- 98 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/27(日) 09:57:41.26 ID:JRaLWEI0
今日は二月十四日。バレンタインディです。
日本中の男性が浮き足立つこの日に、男女問わず一喜一憂の人間ドラマが詰まっているというのは、今更僕が言及するまでも無いかと思います。
恋の成就。
――あるいは喪失。
ご本人達にとっては「決戦」と言えるであろう日であるのかも知れませんが、微笑ましいですねなどと、僕辺りは苦笑してしまえます。
恋愛よりも仕事。
世界が続かなければ、恋愛だって出来ませんから。
しかし、バレンタインディ、ですか……。
製菓会社の販売戦略から始まったとは思えない、島国一つを北から南まであまねく黄土色に染め上げるこの一大イベントでしたが、僕自身としては余り興味も有りません。
……しかしながら無関係と言い切る訳にもいかないのが中々辛い所でして。
仕事と趣味嗜好は別物と言った所でしょうか。そんな当然の現実を再認識してしまいます。
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今では毎年の恒例となってしまった二月十四日。
お分かりかも知れませんが、機関の特別警戒体制が敷かれる日です。
モニタだらけの作戦室を怒号が行き交うのも、最早、風物詩化してしまっているのが少し悲しくない事もなく。
その渦中で今年も陣頭指揮を取らなければならない立場の僕です。
肩書は「SOS団副団長兼作戦本部長」だそうで。
やれやれ。困ったものですよ……機関の茶目っ気にも……彼と彼女の焦れったさにも、ね。
涼宮さんも彼も、両想いであり、かつ、行き着くべき関係にまで落ち着いているのですから、本来ならばそこまで緊張するイベントでも無いはずなのですが。
身も蓋も無く端的に言ってしまえば、たかがチョコレートの受け渡しですしね。
で、あるにも関わらず。彼女の心境を漠然とでは有りますが知ってしまえる僕たちの方まで、少なからず心を引き摺られて頬を引きつらせてしまう始末。
涼宮さんの影響力もそうですが、それよりも「どれだけ緊張しているのですか、貴女は」と言った感じですね。
全くもって。今更、何に躊躇する必要が有るのでしょう。何の懸念が有るのでしょうか。
正直、僕には分かりません。
彼は誰が見ましても涼宮さん一筋で、他の女性には病的なまでに見向きもしない(機関在籍女性全員一致の見解)というのに。
そして、その事は涼宮さんご自身もよく理解なさっているはずなのです。岡目八目とは良く聞く話ですが、それにしたって彼のゾッコン振りは……こう言っては何ですが「目に余る」ほどじゃないですか。
あ、ゾッコンって死語でしたか?
……こほん。失礼しました。
しかし、女性が初々しさをいつまでも持ち続けている事は、褒められこそすれ咎められるべき対象では無いのかも知れません。
「恥じらい」は「可愛らしい」と、前向きな解釈で歓迎されるべきなのでしょう。
ふむ……どうも、何かにつけて私情が混じってしまいるようです。
煮え切らない二人に対し、少しばかり僕は苛立っているのかも分かりません。
とは言いましても、まあ、もどかしい彼らを咎めるべき立場にも僕は居ませんしね。
何も出来ないと、人間は愚痴ばかりを生産してしまうようですよ。
まさか、涼宮さんご本人に「緊張する必要は有りません」などとアドバイスする事も……彼女の有り余る羞恥心は世界改変を起こしてしまいそうでは有りませんか。
その可能性は無いと、そう言い切れない以上……ね。
結論としましては、僕たち機関には彼と彼女のデート先に考えられうる限りの恋愛要素を配置するぐらいしか出来ないのが実情でした。
それはもう、不自然な程に彼らの行く先々には、いわゆる「カップル限定イベント」が目白押しです。
モニター上の彼がキョロキョロと不自然な頻度で辺りを見回している事から察するに……まあ、恐らくですが、彼の方も機関の仕込みには気付いているのでしょう。
別にそれ自体は危惧するような事ではありません。と言いますか、涼宮さんはともかくとして、彼にはこの裏方活動に気付いて頂けた方が僕らとしては都合が良いくらいです。
僕ら機関が動いている事から、聡い彼はきっと気付くでしょう。
涼宮さんが、このバレンタインディというイベントにひどく昂揚及び動揺なさっている、その事実に。
そうなればしめたものです。多少人からの好意に鈍い所が有る彼ですが、それでも前述の通り涼宮さんには非常に愛情を注いでいらっしゃるのです。不安がる大切な彼女に対して、彼なりに優しくあろうとなさるでしょう。
それは、彼に自覚は無いでしょうけれど、僕らにとっても助かる選択肢でした。
考えてもみてください。世界の平穏は、彼女の平穏と同義であるのです。
「事前に『涼宮に優しくしろ』と古泉が一報すれば済む話じゃないのか?」
作戦室で足を揺すっていた上司からの問い掛けに、僕は苦笑を伴いつつ首を振りました。
「いいえ。それではいけません。彼は、天邪鬼なんですよ。人に物を言われると反対を行なってしまう危険性が有るのです。自分から気付いて頂かなければ」
天邪鬼。
……天邪鬼、か。
結局、彼と彼女は似た者同士なのでしょう。
夜も更け、時刻は二十三時になろうとしていました。
お二方の就寝を確認し、長い長い一日掛かりの作戦行動も終了です。
お疲れ様でした。
危惧されていた世界改変も無く、まあ、涼宮さん相手ですから予想外の展開は有りましたが……とにかく、世界は今日も継続した訳です。
陽はまた昇る。それが僕の仕事の結果。
今日のこの日が有る事を当然と感じていらっしゃる通行人の波を爪先程度に疎ましく思いながら、家路を急ぎます。
僕の仕事とは「当然」を「当然」の形で存続させる事。褒められる事は有りません。
所詮、裏方です。
それは「平和」と良く似ているでしょうか。失って、初めてその価値が分かる……などと。
……戯言ですね。どうやら、疲れているようです。
「……はあ」
電車を乗り継ぎ、駅から徒歩三分のマンション。その一室が僕の住居でした。
クリーム色も鮮やかな新築物件でして、少しばかり自慢なのですけれど、こう暗いとその雄姿も確認出来ませんね。
「……ふう」
何でも無い……本当に何でも無い事にさえ一々溜息が出てしまうのは、少々、物悲しいものです。
暗証番号を入力して入口のロックを解除。そのままの足取りでエレベータへ。
自室の有る七階で降りると、エレベータのドアが開いた丁度そこに喜緑女史の姿が有りました。
こんな時間に……珍しいですね。
「こんばんは」
「はい、こんばんは。お待ちしていました。では、交替です」
「交替?」
その言葉の意味が分からないで首を捻る僕を、まるで嘲笑うように喜緑女史は、無駄の無い動きでエレベータに乗り込んでしまいました。閉じる自動ドア。
吹き曝しの通路で、後に残されたのは僕一人です。
交替?
……僕の帰宅を待っていた?
「……考えるだけ無駄でしょうか?」
何より身体が疲労を訴えていました。ので、意味深な「交替発言」の解読は後回しにしようと考え、何も考えずに自室のドアに鍵を差し込み……おや?
部屋の鍵が、開いてますね……。
これは一体、どうした事でしょう?
職業柄(僕は真っ当な大学生の筈なのですけれどね)、慎重に緩やかにドアノブを引くと……途端、室内から溢れ出て来たのは芳醇なカカオの香りでした。
チョコレートの、甘ったるい香。
……なるほど、これ以上無い程に納得です。
振り返ってみれば簡単に予想の付く事では有りませんか。
僕はなぜ今日、一日を焦躁していたのか?
「今日はバレンタインディですからね」
疲れていた身体の芯に温かいものが点ります。
それはきっと「愛情」と呼ぶものではないのでしょうか?
ええ、そうです。
僕の愛しい少女が、あの優しい少女が。こんな絶好の機会を見逃すはずが無いのです。
そうでなくとも、何も無くとも。何かしら理由を作って僕に関わりに来てくれている彼女なのですから。
僕に、心からの笑顔をくれる彼女なのですから。
「全く、敵いません」
しあわせにすると。告げた以上にしあわせにして頂いている実情。
形無し、という言葉がしっくりと来ます。
しあわせにすると。告げた言葉まで形無しにする気は有りませんが、ね。
自嘲気味に笑いながら、リビングダイニングへと続く内開きのドアを押して……、
「……おやおや」
そこは、まるで殺人現場の様相でした。多少、覚悟はしていましたが……それにしても……。
フローリングの床に俯せに倒れている少女(恐らくエネルギー切れでしょう)。そしてその周りに散乱する赤黒い液体は、光の角度によっては血液に見えない事も有りません。
噎(ム)せ返る甘く苦い香り。
「これはまた……派手にやりましたねえ……」
キッチンは使用した調理器具や余った材料で散らかし放題。テーブルの上などはデコレーション用の粉砂糖で白く様変わりしていました。
「そして、テーブルの中心にはハート形とは言い難い手作りチョコ、ですか」
僕は天井を仰いで。まるで空き巣にでも入られたような自室の惨状でありながら、けれど不幸だとは欠片も思わなかったのです。
どころか。
僕はしあわせで、しあわせで。
狂いそうなくらい、しあわせでした。
チョコレートの中心にホワイトのチョコペンで書かれた「だいすき」の四文字だけで。
それだけで、僕は今日もこの世界を守れて良かったなどと。
何の引っ掛かりも無く言ってしまえるのでした。
「僕も貴女の事がだいすきですよ、有希さん」
心から、そう言える自分を、僕はしあわせだと思った。
少女をベッドまで運んで(当然ながら僕の部屋にベッドは一つしか有りません)、そして散らかったリビングダイニングを片付ける事とします。
疲労は否めませんが、何しろこの惨状です。
サラダボウルをひっくり返したようなキッチンは、そのままにしておく事など出来ないでしょう。
僕はともかくとしましても……有希さんが落ち込みます。
少女が目覚めた時に、罪悪感を抱かずに済むならば、それに越した事は有りませんよね。
僕はもう十分に、彼女から頂いたのですから。
多少の労働など、なんでも有りません。
今日を生きる意味と。
明日を迎える理由と。
それをくれた少女の為なら……いいえ。少女こそが僕の在る意味。
だから、僕は予想外の労働であっても……疲れるよりもむしろ。
チョコレート運河の中に彼女の努力の片鱗を見つける度、頬が緩んでしまって。
テーブルの中央。不格好なハートチョコレート。
しかしてそれは。
僕だけの為に作られた事を思えば。
きっと、いえ、間違なく「しあわせ」の味がするんでしょうね。
端を少しだけ割って、口に入れたその一欠けは、甘い、甘い、疲れを吹き飛ばすに十分な、少女らしいミルクテイストでした。
彼女の愛らしさが、僕をつき動かす。ひいては、世界を回す。
今、僕はしあわせなのです。
古泉一樹の情操教育おかわり
「百万回生きたねこ」
「おきて」
誰かの声が耳元で聞こえます。それが誰のモノかは知りませんが、しかし昨晩眠りに付いたのは結局二時過ぎだったのです。
「……すいません……もう少し……寝かせて……下さいませんか……?」
寝ぼけた頭でそう言って。僕はソファの背凭れに顔を埋めました。
「……わかった」
僕を起こさんとしていたどなた様かにも、僕が今、何よりも睡眠を欲している事は理解して頂けたようです。
ああ、助かります。
「なら……かえる」
綺麗な声の誰かはそう言い……頬に冷たい何かがポトリと降りました。
「……ごめんなさい」
「有希さん……いえ、謝る必要は特にな……え!? 有希さん!?」
ああ、僕が飛び起きたのは今更言う必要も無いでしょう。走り寄って、玄関のノブに手を掛けていた少女の腕を取ります。
「おきた?」
「起きましたよ。ええ。僕を置いて帰ろうとするなんて、少し薄情ではありませんか?」
何か言いたそうな少女に口を開く暇を与えず、その小さな体を抱き上げてその頬にキスをしました。
「お早う御座います」
「……おきても、いいの? ねむく、ない?」
「ついさっき、ばっちりと目が覚めましたよ」
貴女の悲しげな声を聞かされて、それでも寝ていられると本気で思っていらっしゃるのでしたら……これは少し啓蒙が必要ですね。
さて、何をしてこの少女に僕からの想いを再確認させてあげましょうかと考えていると。
「……ありがとう」
「何が、ですか?」
「いろいろ。たくさん。ありがとう」
君はそう言って、僕にピンクと白の市松柄の紙袋を差し出すのです。
「ほんとうは、きのうわたしたかった」
「すみません。昨日はどうしても、外せない用が有ったんですよ」
「しっている。あなたがこのせかいのためにがんばっていること。だれもしらないけれど、わたしはしっている。ちゃんとしっている」
まるで見透かしたように。君は言うのです。誰からも何も言われないと自嘲していた昨日の僕の心を知っているみたいに、君はそう、言うのです。
僕が欲しい言葉を。僕が欲しい時に。
君は惜しみなく、捧ぐ。
ありがとう、なんて。僕が君に言うべきでしょう。……ねえ。
「あなたはえらい。だから、ありがとう」
言葉が、出なかった。ただ、半自動的に差し出された紙袋を僕は受け取る。
「中を……見ても?」
「いい」
「では、失礼して」
綺麗とはお世辞にも言えない不格好なラッピングを施された、紙袋の中にはチョコレート。そしてそれと――丸まった紙。
「これは?」
「ひらいて」
「はい」
少女に促されるままに、丸まった厚紙を開きます。その中は、目も痛くなるようなビビッドカラーで所狭しと彩られていました。
『しようじよう 古泉一樹どの』
ねえ、有希さん。貴女はどれだけ僕をしあわせにすれば気が済むのですか?
「しようじよう……賞状、ですか?」
「そう」
「えーっと……」
「きみどりえみりにくれよんとあつがみをかってもらった。それでわたしなりにつくってみた。かんじがむずかしかった」
それは袋のラッピングと同じで上手い出来とはとてもとても言えはしないのです。「の」は左右反転していますし、小さな「よ」だってまるで小さくないから「しようじよう」なんて意味の分からない日本語になってしまっているのに。
なのに。
『あなたは古泉ゆきのためにまいにちがんばっていることを
みとめられましたので
ここにそれをひようしよういたします』
自分の名前さえ漢字を覚えていない彼女は。それでも「古泉一樹」だけは。
きっと一生懸命、練習されたのでしょう。
何度も何度も。何度も何度も。
間違いだらけのひらがなの中であって異彩を放つその漢字は、けれど正確に書けている事を思えば。
「……有希さん」
「なに?」
「抱きしめても、良いですか?」
「かまわない。だきしめてほしいと、わたしもそうおもう」
僕の――古泉一樹の居場所は、どこまで行っても君なのです。
ニマニマしちゃう
二月十五日。昨日、彼と彼女がデートをしていた事からも推察頂けるかと思いますが、今日は日曜日です。
バレンタインディに都合良く休日が来る事に機関の人間が数人、頭を捻っていた、その光景を思い出して少しだけ含み笑い。
全く、分かっていませんね。
都合良く。運良く。タイミング良く。
そんな言葉が涼宮さんの前でどれだけの価値が有ると言うのでしょうか。
偶然ではなく、全ては必然だと。何かのラブソングに歌われていましたけれど。他は知りませんが、事これが涼宮さんの話に至れば。それは紛れも無い必然なのです。
誰も気付かない内に暦すら操作されている可能性も……それすら笑い話ではありません。
冗談のような真の話。
彼女が願えば、それは叶う。彼女が望めば、それを叶える為に東奔西走する僕たちが居て……そして、彼が居る。
まるで御伽噺のような、しあわせな現実。
彼女の世界を彩る、そこに居る登場人物は、皆が一様にしあわせでなければならないのです。彼女は優しい。自分の周りで悲しい顔が有れば、彼女はそれを許さない。
この今は、しあわせのお裾分け。
少女を膝の上で愛子(アヤシ)ながら、僕はこのしあわせな時間をくれた少年少女に、思いを馳せるのです。
願わくば、このしあわせがいつまでも続く事を。
その為ならば、僕はどれだけでも下世話な裏方に回りましょう。
彼の友人として。彼女の友人として。
僕に出来る限りの、しあわせのお裾分けを。
「ねえ、有希さん?」
「……なに?」
「今度、涼宮さんと彼と一緒に、デートをしませんか?」
「……ふたりきりじゃなくて?」
「たまにはいいでしょう。それに涼宮さんにこの間怒られたんですよ。貴女を独り占めするな、と。彼女にしてみたら着せ替え甲斐の有る可愛い妹を持ったような、そんな心境なのでしょうね」
そんな風に言う涼宮さんの気持ちも分からないではありません。僕とて有希さんと一緒に外出した際はどうしても子供服の店に足を伸ばしてしまうのですから。
三年前の彼女が嘘のように、今の彼女の自宅(喜緑江美里さんの部屋です)にある衣装箪笥には溢れる程の服が並んでいました。
……中には僕が購入したものではない服が五割、といった所でしょう。全く、喜緑さん……宇宙人であっても魅了されてしまう有希さんの可愛らしさは最早罪と言っても過言ではないかと。
……誰ですか、バカップルなどと囃し立てるのは。
「でも、もうたんすにはいらない」
「分かりました。喜緑さんには僕から掛け合っておきましょう」
「なにを?」
「箪笥の追加購入を、です」
きっと涼宮さんならば「可愛い子を着飾らないなんて、罪悪よ! 公共の福祉に反するわ!」などと言ってくれる事でしょう。
ちなみに。今日の彼女は涼宮さんに見立てて貰った薄い緑のツーピース。まるでフランス人形のように、などと有り触れた比喩を用いる事に何の抵抗も抱かない程に、愛らしい。
「今日の服も、似合っていますよ、有希さん」
「ありがとう」
「ところどころのチョコレートがアクセントですね」
「……あ」
少女が少し、項垂れる。
「……このままでは、しみになる。それはこまる。えみりにおこられる」
幸いにもと言いますか。僕の家に少女が泊まりに来る事はまま有る事で、つまり服の替えには困りませんでした。
「着替えますか? ああ、今着ていらっしゃる服はクリーニングに出しましょう。ご安心を。喜緑さんには黙っておきますよ」
とは言え。昨晩、有希さんと喜緑さんは一緒にいらっしゃったのでしょうから、僕が沈黙した所で意味も無いのですが。まあ、これは後で電話をして「怒らないであげて下さい」とフォローを入れておけば良いでしょう。
「きがえる」
「分かりました。では、今着替えを持ってきますね」
「こいずみいつき。そのまえに」
「はい?」
彼女は、なんとかかんとか形にしたチョコレートや不恰好なプレゼント包装を引き合いに出すまでも無く。お分かり頂けるとは思いますが。
不器用さんです。
「ぬがせて」
「畏まりました」
服を脱ぐのだって、一苦労する程に。
少女の細い足首からレースの靴下を脱がせる行為に、何がしかを思わないでは有りません。いえ、まあ僕だって至って健康的な男性です。
超能力者であるのは、閉鎖空間の中だけで後の部分は一般的な男子大学生となんら変わる事は無いのです。
有希さんと僕は、届出こそ出していませんが(どこの役所が六歳の少女の婚姻を認めますか?)、しかし夫婦と言っても決して過言ではありません。彼女と僕は半年と少し前に結婚式を挙げているのです。
……その時の有希さんは宇宙人で、同年齢でしたが。
紆余曲折有ってその身の「宇宙人」という属性を彼女は失い、そして人間で言えば六歳児相当になってしまったのですが。
しかし、高校一年生からの記憶を僕たちは共有しています。
つまり、外見は兎も角として、僕らは同年代の感覚で付き合っているのです。
「……よくじょう、した?」
何を言い出すのですか、この人は。
「ノーコメントです」
「わたしならば、かまわない」
「僕が構います。せめて身体が出来上がるまでは、そういった事は待ちましょうよ?」
「……まっていて、くれる?」
「ええと、有希さん。……ああ。もしかして、不安に思っていらっしゃるのでしょうか?」
そうです。考えてみれば、彼女がそれを負い目に感じない筈は無い。子供になってしまったとは言え、彼女は聡い。
恋愛に年齢は関係無いとはよく聞きますが。それは裏を返せば「そうとでも思わなければやっていられない」方々の心の叫びであるのかも知れません。
そして……それは、彼女も同じ。
古泉が28で長門16歳とか
うらやま…けしからん
例えば、ここで。僕には何を言ってあげられるのだろうか。僕の最愛の少女に対して。何を言えば彼女の不安を拭う事が出来るのだろう。
僕個人としては、そんな気遣いは無用でした。性欲よりも、大切なものがこの世界には確固として存在し、そしてそれは少女が傍に居てくれるだけで目に見えて満たされ、溢れ返らんばかり。
なのに。
人間とは言葉でコミュニケーションする生き物です。テレパシーなどは持ちません。朝比奈さんの居る未来はどうか分かりませんが。彼女にしてもそういったものはお持ちではない、と。僕はそう思いますね。
何を言った所で、上辺をどれだけ取り繕おうとも。そんなもので誤魔化せる年の差では、僕と有希さんは、残念ながら無い。
なら、僕に何が出来るでしょう?
幾らでも待ち続けるのに。君以外を必要とはしていないのに。その想いは言葉でどれだけ伝わるものでしょうか?
キスは魔法を掛けるものではない。キスは魔法を解くもの。
本来、僕の年齢であればきっと、こういった不安はスキンシップで解消するものなのだと思います。ですが、その手段は有希さんが相手である限り、ご法度でした。
まさか、六歳児に対して狼藉を働く訳にも行きません。そんな事をしたら……想像するだけで身の毛がよだちます。
ならば、僕は僕らしく。
詐欺師は詐欺師らしく、口から出任せを。
少女が暗闇を不安がって眠れないのならば、しあわせな御伽噺を語るのが。それが保護者というものです。
不器用なコミュニケーションツールだからこそ、伝えられるものがある。
僕はそれを知っている。
僕はそれを、誰あろう有希さん。貴女から教えられたのです。
少女の着替えを終わらせて、右足にしがみ付く彼女の目線に合わせてしゃがみ込むと、僕は指を指しました。
本棚の一番下は、彼女の為の棚。
「一冊、増やしておきました」
「……なに?」
「僕もとても好きなお話なんですよ。きっと気に入って貰えると思います」
有希さんは僕の足から離れると、そろりそろり、おっかなびっくりといった調子で本棚に近付いて。そして本の背表紙を右から指でなぞり。
細く、白い指が、一冊の前で止まります。
さあ、本日の情操教育を始めましょう。
ちくしょう、なんかおっきしちゃう!
「百万回生きたねこ」を読んだ事が無い方、いらっしゃいましたら
ttp://ww5.tiki.ne.jp/~momotti/kage/hn100.htm
を参照ください
30分ほど休憩したら、再開します
僕から見えるように絵本の表紙を向けて、少女は首を傾げます。ほんの少し。ミリ単位の逡巡がそこから見て取れました。
「……ひゃくまんかいいきたねこ?」
「はい。期せず貴女からのプレゼントに対するお返しに、なりましたね。読んだ事は、有りますか?」
「ない」
「そうですか。それは良かった。もしかしたら涼宮さん辺りから既に読んで頂いているかもと、危惧していなかったではないのです」
なにしろ、名作ですからね。彼はこういった方面には疎いかも知れませんが、しかし今の有希さんには世話を焼きたくて仕方が無いといった感じのお姉さんが三人もいらっしゃいますから。
ですが、どうやら杞憂で済んだようで。取り敢えず一安心です。
「そのしんぱいは、ない」
「はあ。と、仰いますと?」
「わたしはあなたいがいにはえほんをもらわないと、そうえみりにもすずみやはるひにもあさひなみくるにも、いってある」
「おや、そうなんですか」
意外です。有希さんは非常に知識欲に旺盛な方でいらっしゃいますので、むしろ自分から強請っていても不思議でも無かったのですが。
ちなみに、彼女が知識に貪欲なのは「僕に早く近付きたい」からだそうで。男冥利に尽きるとはこの事です。
ただ、大人になるまで見守っていくと誓いました僕としましては、無理をして大人になって頂かなくても良い、とも思うのです。
彼女には健やかに、そして伸びやかに育って貰いたいのですから。
そんな事をぼうっと考えている、僕の膝に少しだけ重みが掛かります。
「おや」
「よんで」
彼女のお気に入りの席は、僕の腕の中。膝の上。
「朗読、ですか」
「そう」
少女が差し出す絵本を受け取って、僕は彼女の前でその本を開きます。
「あなたのこえが、すき」
「それは……光栄ですね」
ああ。君が喜んでくれるなら。この喉が潰れるまで。君に読んで聞かせよう。
世界に溢れる幾千幾万の、夢物語。
君に聞かせる為に先人が紡ぎ続けた、星の数ほどの御伽噺。
「おれは100万回もしんだんだぜ。いまさら、おっかしくて!」
「なにがおかしいの?」
有希さんにとっては当然の疑問でしょうか。何がおかしいのか。厭世主義というものを理解するのはまだ少し難しいかも知れません。しかし、逆に言えば良い機会で有るとも言えますね。
「例えば有希さん」
「……なに?」
「もしも、貴女が100万回生きたとします」
「だが、ことわる」
「……」
その仮定を断られたら、僕は以降何の話も出来なくなってしまうんですが……。
「だって、そのひゃくまんかいはあなたにあえない。おうさまもふなのりもさーかすも、おばあさんもこどももいらない」
少女は顔を上げて、僕を見る。
「あなたがいい」
……これではどちらが情操教育を受けているのか分かりません。
殺し文句ktkl
「そうですね。僕も嫌です」
右手を絵本から外し、少女の髪を撫で付けながら。
「だから、彼は生きる事がもう嫌になってしまったのですよ。僕にとっての有希さんに、有希さんにとっての僕に。彼は会えなかったから」
「……そう」
「そうです」
「わたしなら、ないてしまう」
もしも君が宇宙人のままなら。決してそんな事は言わなかったでしょう。「泣く」なんて行動自体が、君のプログラムの中には無かったから。
デジタルから、ロジカルへ。
君が変わった事を、成長した事を実感して、涙汲んでしまいそうな僕です。こんな事では保護者失格ですね。
「猫は泣きたくなかったのですよ。自分は100万回も生きた立派な猫だと、そう思っていたのです。彼の考える『立派な猫』は決して涙など流さない猫だったのでしょう」
「だから、なかなかった?」
「はい。そして……『だから』彼は言ったのですよ。いまさら、おっかしくて、と」
「……かなしいから?」
「悲しいから。強がる事しか出来なかったのでしょう」
それは、まるで。
昔の彼女みたいだと。
そう僕が思わなかったと言ったら嘘になるし。それがこの絵本を僕にレジに持って行かせたのかも知れない。
「このねこは、とてもかなしいねこ」
少女は俯く。君はとても優しい子。僕はそれを知っている。本当はとても感情豊かな子。ただ、それを外に出すのが苦手なだけ。
まるで強がっているみたいに見えるけれど。君はただ感情の表現方法をまだ知らないだけ。
「そうですね。でも、彼にだって転機が訪れるんです。言ったでしょう。神様は可愛そうな物語なんて許しません、と」
涼宮さんがこの絵本を知らない訳は無いでしょう。あれだけセンスの良い方です。彼女はあえて、この絵本を有希さんに与えなかったと。そう見るべきでしょうね。
恐らく……譲ってくれたのでしょう。その役目を。
有希さんの新しい感情を、表情を、一番最初に見る役柄を、僕に。
全く、気が利く人です。いつまで経っても敵いそうにありません。
僕はページを捲り、朗読する。君は僕の膝の上でじっと真剣な目付きで、大きな瞳をいっぱいに見開いて、絵本に夢中。
君の成長を見守って行きたい気持ちに相反して、こんな時間がずっと続いていかないかな、などと。
少女を見ていると僕は柄にも無く「今、この瞬間にも時間が止まってしまえば良い」。そんな愚考をしてしまいそうになるのです。
恋愛と親愛が綯い交ぜとなって、僕の胸に渦巻く。そんな形容し難い胸中であっても、絵本を読む唇は滑らかに動いていく。
終わらない絵本なんてものが有れば、僕はそれを購入してしまいそうで。
子供特有の、少し高い体温を感じていられる時間を引き延ばす、その為だけに。いけませんね、僕は。少女は僕に釣り合おうと、一生懸命になってくれているのを知りながら。
それを少し惜しいと思ってしまうのは……ええ、エゴでしかないでしょう。
でも……それでも。
僕は……このしあわせがいつまでも続いていけば、なんて。
絵本の中の猫みたいな事を考えてしまう。ふふっ。誰の為に購入した絵本なのか、これではまるで分かりませんね。
「そばに、いても、いいかい?」
僕がそう読むと少女は絵本の、文章の部分に小さな手で目隠しをしました。
そして、ただ一言「ええ」と。彼女はそう言って、僕の事を見上げ。君のきらきらとした瞳に、吸い込まれそうになる僕は口から出て来そうになった言葉を飲み込むのです。
「ねこは、しろいねこのそばに、いつまでも、いました」
君の言葉に、息を呑む。そのふっくらとした唇は、次いで、朝露に濡れる朝顔のように、開く。
「あなたは、わたしのそばに、いつまでも、いてくれる?」
……絵本の続きを、僕は知っていました。だから、少女の質問に何と返せば良いのか逡巡してしまう。
けれど。
きっと僕の大切な君なら、この絵本の意味を理解してくれるんじゃないだろうか、と。そう思ったから。
「ええ」
僕はそう返しました。
「そう」
「ええ」
「ありがとう」
例え、死が二人を別とうとも。
そして、絵本はクライマックスを迎えます。
ねこは 白いねこと いっしょに いつまでも 生きていたいと 思いました。
ある日 白いねこは ねこの となりで しずかに うごかなく なっていました。
ねこは はじめて なきました。
ねこは100万回も なきました。
朝になって 夜になって ある日の お昼に ねこは なきやみました。
ねこは 白いねこの となりで しずかに うごかなくなりました。
そこまで読み終えた所で、有希さんは静かに言いました。
「しあわせって、なに?」
それは彼女にとっては初めて抱く、疑問ではありませんでした。けれど。
「どうしてねこのねがいをかみさまはかなえてくれない?」
今までの彼女には、どうしてもそれが理解出来なかったのです。
「どうして、しあわせでいつづけることをゆるしてくれない?」
表情の変わらない君の瞳から、それでも一筋、涙が流れて。僕は君の感受性の強さを、嬉しく、そして心苦しく感じてしまう。
「おわかれなんて、しあわせじゃない」
僕の服の袖を強く掴みながら、君は問う。
「どうすれば、ずっといっしょにいられるの?」
僕は……大人たちはその問い掛けに対する質問を、知っている。
そんなものは、世界のどこにも、ないのだと。
だけど、僕はその問いに真っ向からそんな事は返せませんでした。
君の真摯な瞳にそんな「現実」を告げる事が出来ませんでした。僕はずるいですね。自分が嫌な思いをしたくないという、ただそれだけで少女の真っ当な疑問……いえ、訴えから逃げ出すなんて。
卑怯者も、良い所です。
だけど、だからこそ。
この絵本には、大人たちが上手く伝えられない「答え」が載っている。僕たちの代わりに「しあわせとは何なのか」を伝えてくれる。
僕はゆっくりと、ページを捲り、絵本を見られない、君に向かってはっきりと、その絵本の最後の一文を読み聞かせました。
「ねこは、もう、けっして、生きかえりませんでした」
僕の腕の中で少女は、悲しそうに、不思議そうに僕を見上げます。そんな彼女に僕はキスをした。
そして少女が絵本に向き直るのを待って、もう一度、読み上げました。
「ねこは、もう、けっして、生きかえりませんでした」
そのページの絵には猫も、白い猫も、描かれてはいません。ただ、どこかの草原と、そして真ん中に、麦が力強く伸びている、そんな絵で締め括られている。
何かを象徴するように。
君に何かを伝えるように。
ただ、麦が揺れている。
君の瞳には、どう映っただろうか。この物語は。ただ悲しいだけの物語と。そう見えたのだろうか。……いいえ。そんな筈は無い。
心に、引っかかるものは有ったでしょう? ねえ?
僕の大切な貴女なら。分からないまでも、引っかかりは、有ったでしょう?
さあ、ここからが大人の仕事です。絵本の力を借りて。そうすれば、君の不安なんて吹き飛ばしてみせましょう。
君に信じられた、世界広しと言えどもとびっきりの騙り者が、見事に花を咲かせてみせましょう。
君の心に。
僕に限りないしあわせをくれる君に。
今度は僕がしあわせをあげる番ではないですか? そうでしょう?
「どうして、ねこはもういきかえらなかったの?」
「それを語る前に。どうか裏表紙を見て頂けますか?」
絵本を閉じて、君の目前に差し出す。君はその裏表紙を手のひらでなぞった。
「有希さん、その絵を見て、貴女はどう感じましたか?」
猫と彼の連れ合いの白猫が仲良く抱き合っている、その絵を見て。
「しあわせそうに、みえる」
「そうですね。僕にもそう見えます。そしてそんな『しあわせな二人の絵』がこの絵本の最後なんですよ」
「……どういういみ?」
「分かりませんか?」
「ふたりはしんでしまったあともずっといっしょにいたの?」
ああ、嬉しくて、嬉しくて。
君がそんな非科学的な事を平然と口にしてくれるのが、ああ、とても嬉しくて。
僕は少しだけ意地悪をしてしまいたくなってしまう。
「地の文と、会話分の違いをご存知ですか?」
「……わからない」
「地の文は嘘を書いてはいけないのです。例えば女装している男を『彼女』と書いてはルール違反と。そうなります。会話文であれば、その登場人物が思い違いをしていただけで済まされますが」
それを擦り抜けて推理小説は誤読(ミスリード)という罠を張る……と。これは本題には関係有りませんでしたか。
ページを巻き戻し、そして見つけた一文を口にする。
「ねこは、白いねこの、そばに、いつまでも、いました」
この一文が無ければ、きっと僕はこの絵本を名作とは思わなかったのではないかと、そう考えます。
「いつ……までも?」
「はい、いつまでも」
「……分からない。いつまでも、とは、いつまで?」
「ふふっ。いつまでも、とは、有希さん」
背後から、少女の耳に、少女が驚かないように注意してそっと囁きかける。
「いつまでも、ですよ」
ミスリードを許さない、確固たるその一文が、この物語の中核にして、全て。
いつまでも。
その言葉の意味は……いつまでも。
ずっと。
いつまでも。いついつまでも。
どこまでも。どこどこまでも。
「ねこは、白いねこの、そばに、いました」
例え死んでしまっても。そばに居ます。僕は、君の。
「ねえ、有希さん」
「なに?」
「死が二人を別つまで、って結婚式の常套句なのですけれど」
「そう」
「僕、あの時、彼に言ってその文句だけを変えて貰ったんですよ。覚えていますか?」
あの時。五人だけで執り行った、小さな教会での結婚式の時に。僕は君がその日で消えてしまう事を知っていたから。無理を言って彼にそれを変えて貰った。
君は小さく頷いて、そして彼の言葉を一字一句間違えずに復唱してみせた。
「しがふたりをわかとうとも」
それは、その時の僕の覚悟で。そして、今日、今一度この絵本を通して君に伝えたい事。なのかも知れません。
まさか俺が休みの日に再開するとはこれは運命だな
愛だよ、愛!
「絵本の最後のページ。ああ、草原が描かれているあのページです。人によって幾らでも解釈は出来るのですけれど。例えば僕はこう思うのですよ。二匹は同じ場所に眠った、という暗喩なのではないのかな、と」
生きて連れ添い、死してなお、連れ添い。
「それは、しあわせ? わたしには、そうはおもえない」
「どうでしょうね。僕にもそこは何とも……ああ、少し見方を変えてみましょうか、有希さん。どうして猫はもう生き返らなかったのでしょう?」
まあ、僕がその猫で、君がこの白い猫だったとしたら。やはり僕も生き返ったりはしなかったでしょうけれど。
だって、そんなのは悲しいじゃないですか。
「おうさまもふなのりもさーかすも、おばあさんもこどももいらない。そこにしろいねこはいないから」
ですよね。そこに君が居ないなんて、僕はもう御免です。
「あってる?」
「さあ? 真実は猫のみぞ知る、といった所でしょうか。でも、僕もそう思いますよ。ねえ、有希さん。後十年したら、正式に籍を入れましょう」
「いれてくれないと、こまる」
「ええ。僕だって困りますよ」
死が二人を別とうとも。
君の傍に居続けると、僕は誓ったのですから。
「それで、一緒にたくさん楽しい事をしましょう。一緒にたくさんしあわせになりましょう。そうしたら」
「そうしたら?」
「いつか僕も君も死んでしまっても。一緒に思い出話をするだけでしあわせになれますよ」
いつまでも。
いつまでも。
「きっと、この国に『夫婦は一緒のお墓に入る』という決まりが有るのは、そういう理由なのではないかと思います」
君を抱き締めて、そう言う。君は無表情で、絵本の背表紙を見つめていた。
「だったら、わたしははやくおとなになってあなたとけっこんする。したい」
「焦らなくとも。ゆっくり大人になって下さいね。実は僕、こうやって小さな貴女に読み聞かせをしてあげられる時間というのが、結構好きなんですよ」
「大丈夫」
少女は力強く頷いて、そして。
「こいずみいつき。あなたはきっとやさしいちちおやになる。わたしはあなたがこどもにむけてえほんをよんでいるところをよこからみる」
それはなんて素敵な未来予想図。
「わたしはそのとき、きっと、しあわせ」
「そうですね」
「そう」
あああああ、やっちまった
長門さんは漢字を使わないルールだったのになあ。失敗失敗
各自の脳内でひらがなに直しといて下さい
ああ、好きな人と同じ墓に入りたいねえ……あれ目から汗が
読み聞かせの時間は終わり。僕は自分用と少女用にミルクを温め、ココアを淹れる。彼女のは砂糖をたっぷりと。僕のは小匙に半杯。
彼女の身長に合わせて買った膝丈の高さのテーブルにそれを置きながら、さて、ここからが僕の本領ですね。
「時に有希さん。貴女は裏表紙を見て、この猫と白い猫が百万回生きた猫とその奥さんだと思われたようですけれど」
「ちがうの?」
飲み物で汚してはいけないと、既に本棚に戻っている絵本。それを取りに行こうと少女は立ち上がり、しかしそこで少し戸惑う。
「もってきて、いい?」
彼女には一度、お気に入りの絵本(確か「白雪姫」ではなかったかと僕は記憶しています)をココアで汚してしまった前科が有りました。
「飲み終えてからにしましょうか」
「……わかった。あつくてのめないからこおりをいれてほしい」
そんなに一生懸命になって飲み干そうとなさらなくても……。
「ゆっくり飲んで下さい。折角貴女に合わせて作ったココアなのに、一気に飲まれてしまったら悲しくて僕は泣いてしまいますよ?」
「……わかった。わたしもちょこれーとをあじあわずにあなたにたべられてしまってはかなしい」
僕がそんな勿体無い事をするなんて仮定がもう既に、ありえないのですけれど、ね。
「ゆっくりのむ。だから……なかないで」
ああ、もう。なんて素直な少女なのでしょう。なんて優しい少女なのでしょう。涼宮さんや朝比奈さんが骨抜きにされているのも分かろうと言う物です。
いえ、言うまでもなく、一番骨抜きなのは僕ですよね。
失礼しました。
「……ここあなのは、きのうがばれんたいんでいだったから?」
「ええ。最近は逆チョコというのが……ええと、男性から女性にチョコを送る事を言うのですけれど。そういったのも有りだと聞きまして。ほんの思い付きですけれど」
本当はホットチョコレートがこの場合の飲み物としてはベストなのでしょうが。
流石にそんな準備はありません。
「ここあは、すき。あなたがくれるものは、いつもわたしのすきなあじ。どうして?」
「愛情は最高の調味料なんですよ。知りませんでした?」
そこばかりは、喜緑さんにも負ける訳にはいきません。
「なるほど」
だからこそ、有希さんの作ってくれたチョコレートは特別な味がしたのですけれど。まあ、その事実は秘すれば華、なのかも知れません。
「飲みながらで良いですから。それほど記憶力を必要とする話でもありませんし」
「わかった。なら、うらびょうしのはなし。あれはねことしろいねこではなかった?」
「縞々の猫と白い猫でしたよ。貴女の記憶で、間違ってはいません。ですけれど、そのどこに物語中の猫だと書いて有りましたか?」
裏表紙には絵しか描かれていません。
「そういえば、かいてなかった」
「なれば、あれは推理小説で言う所のミスリードではないのかと。僕は天邪鬼ですからね」
類は友を呼ぶ。誰かや誰かと同じで、僕も類に漏れず天邪鬼。
「そこに疑問を抱いてしまった訳です。ふふっ」
「でも」
熱くて中々飲めないココアを少しだけ眉を顰めて見つめる少女。きっと絵本を確認しに行きたくて仕方が無いのでしょう。
そんな彼女も、愛らしい。
「でも、にひきじゃなかったら、あれはだれ?」
「さあ、誰でしょう? 誰だと思いますか、有希さん?」
「わからないから、きいている。きかせて」
君の堪え性の無さは、飽くなき知識欲から来るものだと僕は知っている。良いでしょう。好奇心は誰にも止められません。
僕だって。
君が僕なりの回答を告げた時にどんな表情をしてくれるのか、それが知りたくて堪らないのですから。
「そうですね。僕なりにこのお話に続きを創るとしたら。それはきっとこんなタイトルになるのではないのでしょうか」
それはきっとしあわせな物語。
それはずっと続いていく物語。
「百万回生きた猫の子猫」
世界は、円環だから。
「猫……父猫と母猫と、同じように。二匹のこどもたちは連れ合いを見つけて、それぞれしあわせになった。そういう事で、どうでしょう?」
「でも、えはしましまねことしろいねこ。えほんのなかのにひきとおなじ。どちらかかたほうがにてるなら、それでもいい」
有希さんの賢さに少しだけ感心します。そうです。僕の言い方ならば、どちらかはまるで別の猫でなければならない筈。
ですが。
大人とは、こと、それが絵本作家ともなれば。婉曲迂遠な表現こそが子供の心に辿り着くと信じて疑わない困った生き物なのです。
「僕がその推論を持つに至った理由は絵本の最後のページです。あそこには草原と麦が描いてありましたね」
「かいてあった」
「麦とはパン……食べ物です。その象徴と言っても良いでしょう。それを作者が最後に描いた理由。それはつまり、命は繰り返すという、そういう事を伝えたかったのではないかと」
「いのちは、くりかえす?」
「そうです。生き物は、いつか必ず死にます。が、死んでしまったぼくらの体は空や海や……そして土になるんです」
「ほしになると、すずみやはるひは、そういっていた」
なるほど。まったく、涼宮さんらしい教えです。
「それは心の話ですね。心は星に、体は地球(ホシ)になるんですよ、有希さん。そうして僕らの体は、次の命がお腹を空かせない為の食べ物を作る土になる。それを伝えようとしたものが、最後のページに描かれていた一本の麦ではないのでしょうか」
「……くりかえす」
「そうです」
万物流転という言葉は君にはまだ難しいかも知れません。ですが、その概論ならば理解出来る筈です。
君は、賢いから。
「そうして実った食べ物のお陰で、また新しいしあわせが育まれていく。貴女や、僕のように。そう考えた時に、ふと思ったんですよ。あの猫と白い猫が一番、土になった後でもしあわせにしてあげたかったのは誰だろう、なんて」
君は、この疑問には悩まなかった。すんなりと、僕が君の唇から引き出したかった言葉はこぼれ出た。
「にひきのあいだにうまれた、こねこ」
十年二十年経って。僕と君の間に子供が産まれたら。
「ですよね。きっと、そうなんです」
ねこは 白いねこと たくさんの 子ねこを 自分よりも すきなくらいでした。
きっと、自分よりもよほど好きになってしまうに違いない。
この古泉は掘れる
惚れるのまちがい……
>>141
穴がち間違いでもない
台無しにしてやろーかこのやろーwwwwww
PCの前で盛大に吹いたわwwwwww
きゃあ~~ゆるしてぇ~~♪
「だとしたら。子猫の姿として縞々の猫と白い猫が描かれているのも『二匹の幸せはいつまでも、どこまでも続いていく』とそういう暗喩なのではないのかな、などと」
そんな作り話。
どこまでも、おとぎばなし。
だけど、君がしあわせを信じてくれるなら。
僕は騙ろう。騙って騙って騙り続けよう。
君が僕にした「しあわせって、なに」という疑問。これが僕なりの答え。
「わたしたちがしんでしまっても、わたしたちはしあわせでいられる?」
「貴女がそれを信じてくれるのなら」
「わかった。なら、しあわせになるために」
部屋中に溢れ返る、チョコレートの香りは。
しあわせの香り。
「わたしはあなたのことばをしんじる」
「光栄です」
君と飲むココアは、しあわせの味がする、僕が生きていく意味となって全身を巡る。
でもね、僕は君に言っていない事が一つだけ、有るんですよ。
「百万回生きたねこ」の裏表紙。
有希さん。貴女は裏表紙を見て、この猫と白い猫が百万回生きた猫とその奥さんだと思われたようですけれど。
僕は本屋さんで最初にこの絵を見た時に。
まるで僕と貴女みたいだな、なんて思ったんです。
そして、絵本と同じように。僕は君の肩を抱いて。
僕は有希さんに言うのです。
「そばにいても、いいですか?」
「そばにいてくれなきゃ、いや」
いつまでも、いつまでも。
僕は 君の そばに いつまでも いました。
いつか、僕らの物語はそんな言葉で締め括られると良いな、なんて考えながら。
今日は二月十五日。
君が僕にしあわせのチョコレートをくれた日。
〆
お疲れ様でした
えーっと、まるで時期に合わないバレンタインディの話なのは
……
バレンタインに間に合わなかったから書き掛けで放置してたんデス
まあ、それでもこうしてちゃんと日の目を見たという事で。良かった良かった
いやー、久々の情操教育で二人の距離感が手探りでしたー
乙っした!
相変わらず〆がきれいだ
GJ!
また思いついたときにヤっておくれ!
長門「ところで、今日は何月何日?」
古泉「えっと……六月二十九日ですね。それがどうしました?」
長門「今日は何の日。うっうー」
古泉「いや、それを棒読みされると凄く怖いですよ。で、何の日なんですか?」
長門「【星の王子さまの日】(6月29日)『星の王子さま』で知られるフランスの作家・飛行士のアントワーヌ・ド・サンテグジュペリの誕生日」
古泉「……そうですか」
長門「じーっ」
古泉「いや、今日はもうガス欠ですよ、僕」
長門「じーっ」
古泉「無理です! 無理ですって!」
長門「古泉一樹の、ちょっと良いとこ見てみたい」
古泉「だから、棒読みは怖いんですって!」
というか、実は星の王子様って読んだ事ないんですよね
ここはいい古長ですね
作者様のサイトです:トビキリリリカル
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