- 律「バンドミーティング」 前編
- 3:1:2010/08/12(木) 22:59:17.63 ID:oi4BMfHG0
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律「わるいわるい、店長との話が長引いちゃってさ」
私は、ライブハウスのブッキングを終え、いつもの気分でスタジオに脚を踏み入れる。
ちょっとした違和感。
唯はソファーでだらだらしながらギターをいじっている。
ああ、口の周りにチョコが…。
袖口で拭って…。
あーあー…。
唯はびっくりするぐらいいつも通り。
澪は、ベースをケースから出しもせず椅子にすわっている。
いつもと同じように見えるけど、ちょっと緊張した面持ち。
律「バンドミーティング」 後編
┗梓「あごらえせうてんぽ」
┗澪「Living On The Edge」
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韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
他の奴なら見逃しちゃうかも知れないけど、私は見逃さない。
長い付き合いだしね。
律「あれぇ?澪ちゃん、なんか心配ごとかーい?」
わざとおどけて。
2人きりの時を選んでって、感じでも無いだろ。
だって、こっちから話かけて欲しいって顔してたし。
良く分かってるさ。
これも長い友情の賜物。
ふふ、緊張してる。
澪は緊張しいだからなあ。
澪「な、なぁ、律、唯」
唯「なぁにぃ?」
律「んー?」
私はちょっとだけ嫌な予感。
澪「バンドミーティングしないか?」
唯「えぇぇっ!!バンドミーティング?!」
私も唯と同じぐらいに驚いている。
まあ、唯ほどは表に出ないけど。
バンドミーティングって言葉ほど、ロックンロールの世界で恐れられている言葉があるか?
私は「バンドミーティングしたい」ほどロックンロールの世界で恐れられている言葉は無いと思う。
唯「んで、バンドミーティングって何?りっちゃん?」
律「って、知らないで言ってたのかよ?!」
私は、まさかそう言うバンドミーティングでは無いだろう、と言う期待もこめて、おどけてみせる。
勿論ショックを隠すためってのもある。
律「バンドミーティングってのはロックンロールの世界で最もシットな言葉だよ、なぁ澪?」
澪からは返事が帰って来ない。
唯「シット?嫉妬に狂うって事?んー?」
律、よしよし唯はそう言う次元だよな。
もっと悩むと良い。
その間に私は澪と話をしなきゃいけない。
律「ミーティングってどう言う事だよ」
澪「こ、言葉通りの意味だよ」
律「なんだよ、それ」
澪「だから、お祭りもそろそろお終いにする時期じゃないかと思って」
律「最近は、ライブだってやっと埋められるようになって来たじゃん。物販のCDだって、それなりに出るようになったしさ。今がその時期ってのはおかしい。大事な時期の間違いだろ」
澪は私が強調したライブの下りを鼻で笑う。
澪「そんなバンドが全国にどれだけいると思ってるんだよ」
そう言う言い方に理屈で反論出来る言葉は無いよ?
でもさ…。
律「はぁ?約束したじゃん。2人で約束したじゃん。目指せ武道館って」
澪「どうやって武道館でやるクラスのバンドになんの?そのためのタイムスケジュールはきっちり出来てんの?デモテープ送っても無しのつぶて。オーディション番組も一次審査で落選。恥ずかしいの堪えて動画サイトにアップしたのだって…」
あれは失敗だった。
叩かれて炎上するならまだましで、閲覧数が三桁ってのは悲しすぎた。
澪「まさか、今度のライブにいきなり大物プロデューサーがお忍びで来てて、それでデビュー決定とか?あり得ないよね」
律「要するに、HTT捨てたいって事かよ」
澪「捨てる?何で私にだけそう言う言い方するんだよ?ムギの時は何も言わなかっただろ。梓の時は?」
律「あ、あれは…。だって、ムギは留学だし、梓は東京の大学に進学するから…」
澪「それと同じ。私はただ、それが就職って言うだけで」
律「だ、だったら、別に辞めなくても…」
澪「律はプロになりたいんじゃないのか?プロって本業持ちが趣味でやっててなれるようなもんなの?」
私は今度こそ、言葉が出ない。
唯「澪ちゃん…?」
唯はようやく、言葉の意味が分かったらしくおろおろしている。
澪「それに…、私なんかいなくても…」
律「澪?」
澪「そう言うことだから」
律「あ、おい待てよ!澪!」
足が出ない。
追いついても澪にかける言葉が無い事を私の気持より身体の方がずっと理解してるからだ。
扉がゆっくりしまる。
くそ、防音扉ってなんであんなにゆっくり閉まるんだよ。
ガチャンって勢い良く閉まってくれれば、私の気持ちだって軽く断ち切ってくれる感じがするのにさ。
何で、こんな時に限って三時間パックで取っちゃったんだろな。
つーか、澪の奴、三時間パックの時に言い出さなくったって良いだろうにさ。
律「さて…、っと。こうしてても練習する訳じゃないし、取り合えず出ようぜ、唯」
唯「あ、うん…」
放心状態の唯に声かける。
泣く余裕も無いって感じだな。
律「あ…」
澪の座ってた椅子を見ると、足元にベースのケースが置きっぱなしになっている。
律「ははは、ベース置きっぱじゃん。冷静に見えたけど澪も随分テンパってたんだろうなー…」
これ、どうしたもんかね?
家に届けてやるって?
私だってそんな図太い訳じゃない。
せめて3日は間を置きたい。
唯「あ、それ私届けるよ…」
気が利くな。
唯、やっぱお前、最高だぜ。
律「そっか…」
唯「澪ちゃんもそっちの方が良いと思うし…」
律「ありがとな」
唯「うん」
律「じゃ、替わりといっちゃなんだけど、片付けとかは私がやっとくよ」
唯、その笑顔は苦笑なのか、作り笑いなのか?
唯「お言葉に甘えましてー」
律「おう、任せとけ」
いつもなら、唯が食べ散らかしたスナックの食べかす紙くずやらが結構あるんだけどな。
今日はほとんど無くて楽勝だ。
毎回今日みたいだったら、澪も片付け楽だったろうな…、ふふ…。
澪、どうして…。
どうして?
数時間前まではそんな事考える必要無かった。
十数年に及ぶ友人関係によって、そう言う自信を育んで来ていたから。
澪はこう考えてるだろう、こうしたらこう反応するよな、だから私に任せておけば大丈夫だって…。
ただ、どうやらその自信は脆い地盤の上に立っているものでしか無かったみたいだ。
律「うぅ…、澪ぉ…、どうしてだよぉ…」
希望や夢も時には眠りに就く。
私の希望と夢は眠りに就いた。
その時初めて知ったのだが、人生は常にこう言う危険と隣り合わせらしい。
引き籠ってから何時の間にか一週間がたっていた。
一日の終わりにバイト先のレコード屋と唯からの電話が何回あったかと言う着信履歴を数えるだけの生活。
どれだけ着信があったかと言うのを知っているのに、電話に出ないでいると言うのは時にとても疲れる。
分かりやすく言うと、ある種の精神力を要求される。
そう言うときは我慢するべきでない。
すぐ、唯からの電話に出るべきだ。
律「唯か?」
唯「あ、りっちゃん?やっと出た…」
律「何か用…」
唯「あ、あのさ!その…、スタジオ取ったんだけど…」
正気?
3ピースバンドでメンバーが一人抜けて、デユオになっちまって?そんでバンドを続けてくかどうかって言う状況なのに?
練習?
何のために?
唯「ライブハウス予約入れちゃったでしょ?今からじゃキャンセル料発生するでしょ…?だから、それ用の練習を一応、ね?」
律「あ…」
すっかり忘れてた。
律「で、でも…」
唯「とにかく、来てね!」
律「あ、唯、待てよ!」
唯の奴、なに考えてんだ…。
良いさ、どうせキャンセル料を払うんなら、唯の考えってのを聞かせて貰ってからでも一緒だ。
スタジオレンタル料が余計に増えるのは気にしないでおけ。
膝の抜けたスキニーデニムと毛玉だらけのパーカー。
髪は寝癖も直さずヘアバンドで上げただけ。
私はまだロックスターなどではないのだから、身なりよりも友の元へ駆けつける方を優先するのさ。
律「おぃーっす」
唯「あ、りっちゃん!」
律「一週間振り」
唯「うん」
律「ベース届けた時、澪、なんか言ってた…?」
唯「いや、あ…、うん…」
唯は言い淀む。
ん?
律「まぁ、良いや。少ししたらどうか分からないけど、すぐ意見を覆すような奴でも無いし…」
あれ?唯、ギター変えたのか…?
違う、ベースだ。
律「唯?」
唯「ああ、これ?リズムセクションの方を固めた方が良いでしょ?だから」
唯はちょっと拙いながらも私達の曲のベースラインをちょっとだけ弾いてみせる。
唯「どう?ちょっとは弾けてるかなあ…」
律「ちょっとって…。凄ぇじゃん!!」
唯「えへへ…、あ、あれ…、涙…」
唯、照れるのか泣くのかどっちかにしろよ。
唯「あれ…、りっちゃん…」
なんだよ。
唯「りっちゃんも涙…」
うるせー。
澪がいなくたって、The show must go on。
人生は続いていくんだぜ、ベイベー。
唯「ギターソロのところはオミットしちゃって…、いや、今思いついた!そこだけキーボードを私が弾いて代替させるの。ギターとベースを持ち替えるのは難しいけど、ベース首に掛けながらでも、キーボード押さえるぐらいは出来るし」
律「そ、それで?」
私は音楽を始めたばかりの頃みたいに少しドキドキする。
唯「一応、うわモノは打ち込みを入れれば厚みが出せると思うんだ。ただ、それだけだと弱いから…」
唯は高音部を押さえて、ベースでメロディラインを奏でる。
唯「ね?ね?ちょっと、良いでしょ?」
律「ああ、うん」
私は唯のアイデアにうっとりとする。
私の夢はもう一度蘇る。
この場合は三日後じゃなくて、七日後だったけど。
ここで言いたいのは宗教が生まれた時の話じゃない。
単純に禍福は糾える縄の如しで、つまりは物事は流転するという話。
私は楽天的な方だけど、でもああ言う事が有ったあとで手放しで喜んでいたらただの馬鹿だ。
そう、もっと重要な事があった。
律「そこまでして私達バンド続けていくべきなのか?」
梓もムギもいない、澪もいなくなって…
唯「当たり前だよ!」
律「だ、だって、もう2人しかいないんだぞ?みんないなくなっちゃって…」
唯「そうしないと、皆が戻って来る場所が無いじゃん!ここでライブしなかったら、本当にHTT無くなっちゃうよ!」
唯、凄いな、お前…。
律「あ…、あぁ、そうだな…。もしかしたら、澪も戻って来るかも知れない…しな」
唯「うん…、澪ちゃんも…ね」
ん?
まあな、澪だって何時かは戻って来るかも知れないよな。
律「今回は色々唯に教えられたなー?」
唯「あはは…、あ、バイトの時間だ!じゃあまた次の練習日にね!」
律「お、おう」
ははは、慌ただしいね。
また、戻って来る。
そう、あの夢を追いかける日々が戻って来るのだ。
律「唯の奴すげーな…。いきなりあれだけ弾けるなんて。絶対音感のたまものってやつか?」
いや、違う。そんな事じゃないんだ。
音に新鮮さを与えるのはテクニックじゃない。
アイデアと衝動。
ノせられるなら何でも良い。
ベースでメロディーラインを弾くなんて見渡せばそこそこあるスタイルだ。
でも、澪が中心を取っていた今までは出て来なかったスタイルでもある事も事実だ。
まだ私達が軽音部だった頃、今よりも皆稚拙で、特に唯なんか、3コードを押さえる事すら怪しかったころ、あいつが掻き鳴らしただけで風景が大きく変化したのは何故だ?
私は、ちょっと怖い想像に辿り着く。
律「澪は…、この事に気付いてた…?」
私の意気込みとは反対にと言うか、残念ながらライブの入りは散々だった。
澪の手売り分が丸々無くなったのが痛いし、ましてそれがVoもやるメンバーの分なのだから尚更だ。
フロントメンバーが脱退しました!残り2人で活動していきます!
これには数少ない固定ファンもがっかりしてしまう。
唯「良いライブだったよね?人、少なかったけど…」
律「でも、最高だったろ?」
唯「うん、良かった」
律「歴史に残るよ、きっと」
さて、こう言うポジティビイティはどうだろう?
伝説のライブはしばしば観客が少なくて、観客もまた後々担い手として共犯関係になるなんて話。
つまり、こう言う事だ。
人数が少なければ少ないほど、歴史的な意味が増す。
最後の晩餐は12人。
私たちの方が勝っている。
大事な事だから、もう一回言うね。
律「歴史に残るよ、きっと」
唯「ね、りっちゃん、ドリンクバー取って来るけど、何が良い?」
律「そだなー、コーラかなー」
さて、これからだ。
どうしたら、良いんだろう。
澪に指摘されたように、私は漠然とし過ぎていた。
そんな怠惰な楽園がずっと続くと思い込んでいた。
私はライブの打ち上げだと言うのに、今日の事よりも次の事ばかりを見ている。
ここにいない澪との過去よりも未来ばかりを考えている。
どうしたら良いか。
澪が出て行ってしまった事で気付かされた。
そう、もう気付いている。
気付いて…。
律「おい、唯…。人が考え事してる時にジュースブクブクするのは止めろよ」
唯「だってぇ、りっちゃん、ドリンク持って来たのに全然反応してくれないからさ」
そりゃーなー…。
律「なぁ、唯。これからどうやって活動していく?」
唯「え、なに、急に…」
律「だからさ、今までみたいに漠然としてたんじゃ駄目かなって…」
唯「まあねー」
律「おい、そこはちょっと否定しろよ。私のリーダーとしての資質がって話になっちゃうだろ?」
いや、五人が二人になってる時点で資質はもう疑問符どころでは無いのも事実だけどさ。
唯「えへへ…」
律「でさ、ちょっと考えたのは、ライブを休止してデモテープ作りに本格的にシフトして見ようと思うんだよ」
唯「デモテープ?」
律「あからさまにがっかりした顔するなよ…」
唯「え、私、そんな顔してた?」
分かりやすい奴。
ま、それが唯の良いとこなんだ。
律「そりゃあ、ライブは楽しいよ。客と私達。気の合ったメンバー。そこにケミストリーが生まれて、バーンっと…。でもさ、今のままじゃ次に繋がらないって言うか…」
そうだ。
今までは、今が続く事ばかり願っていた。
でも、何時の間にか次の事ばかり考えるようになっている。
夢が続くとはそう言う事だ。
唯「うー」
律「だよなあ?だから、さ…」
唯「うん」
律「取り合えず、2人でやって行くならその方向性も決めなきゃいけないだろ?ただ、漠然とスタジオに入っても時間とお金が、さ」
唯「仕方無いかぁ…」
律「つー訳で、明日うちに12:00に集合な。遅刻すんなよ?」
唯「ぶー、残念でした。あたし一人暮らし始めてからもバイトに遅刻した事無いんだからね!凄い?」
ははは、そりゃあ凄いな。
唯にしちゃあ大進歩だよな。
でも、私は唯がもっと凄いって事に気付いてしまった。
律「10分遅刻とは上出来上出来」
扉を開けると、そこにはどや顔の唯。
唯「えっへん」
ま、遅刻はしてるんだけどな。
唯「おぉー、りっちゃん凄い!片付いてるー!もっと汚いかと思ってたよー」
律「唯んとこに比べたらか?」
唯「そんな事無いよ!私の部屋綺麗だよー?憂が二月に一度は掃除に来てくれるもんね」
唯はフンスと胸を張る。
何で自慢げなんだ?
まあ、この部屋の綺麗さも澪が手伝ってくれてたからなんだけどな…。
…。
ああ、もうっ!!
澪、ごめんな。
裏切るのは私の方も一緒かも知れない。
でも、私はお前みたいに考えられないよ。
唯だって友達だし、それに…。
唯「あ、これリマスタリング版再発されたんだー。ねぇ借りてって良い?良いよね。借りてっちゃお。あ、このEPってレアでプレ値付いてるやつだよね?どこで手に入れたの?」
律「あー、それはバイト先で…って、おい!何やってるんだー!」
唯「ぺヤング探しだよ!りっちゃん!」
律「こらー、今日は遊びじゃないんだぞー」
唯「だよね!」
律「新しい曲はさ、澪が途中まで作ってた奴があるじゃん?それを完成させる形で取り合えず、一曲やるのが良いと思うんだよ」
唯「うんうん」
律「でさ、アレンジとかリフ作りとかさ諸々、今まで澪がやってくれてた部分は唯にやって欲しいんだわ」
唯「うんうん…、って、えぇっ?!」
律「だから、アレンジとかさ…」
唯「一度言えばわかるよ。で、でも、そんなの私やった事無いし…」
律「大丈夫だって」
唯「ふぇ?」
律「この前みたいにさ、思いついたアイデアを形にして見てくれたら良いんだよ。私も色々するからさ」
唯「でも…」
迷ってんじゃねーよ。
律「澪だけじゃなくて、ムギや梓にも見えるようなおっきな塔を建てなきゃいけないんだぞ?」
唯「ん?」
律「大丈夫だって、唯なら出来るって」
唯「うん…」
もう、決心は出来てるんだ。
今までと違ってしまうかも知れない。
でも、それでも構わないんだ。
澪は逃げ出したくなったかも知れないけど、私は逃げない。
だって、唯がどこまで行けるか見てみたくないか?
それに、高いところまで行ければ、澪だけじゃなくて、ムギ、梓からだって見えるようになる。
戻って来る場所があるのは良いもんだぜ?なあ、澪。
唯に色々な事をさせてみると言うのは我ながら良いアイデアだったと思う。
今まで、楽をし過ぎてた反動だろうか、最初こそブーブー言う事が多かったが、どんどん新しいアイデアを出して来るようになる。
唯「ねえ、りっちゃん。こう言うのはどう?」
唯「りっちゃん、アレンジのここ変えてみたんだけど」
唯「ねー、このワウを効かせたイントロどう?爆発って感じだよね?」
私は唯の提案を聞きながらいちいちニヤニヤする。
唯「ね?これ良いでしょ?身体揺れちゃうでしょ?踊れるでしょ?」
今まで唯はほんの少ししか音楽に手を入れてこなかった。
ちょっとジャムってる時やライブの時に魔法を一つまみ。
そのちょっとした魔法にやられて入部した梓や、その凄さに気付いてしまった澪ってのは、それこそ今になってやっと分かった私なんかよりもずっと音楽の神様に愛されてるんだろうな。
でも、これからの魔法は純度100%だ。
きっと、凄い事になる。
唯「スネアをさ、もうちょい高音にチューニングして、で、もっと…、マーチ的に…」
律「あー、っと…?」
唯「だから、こうタタタタって」
律「手がつっちまうよ…」
唯「だからさ、ちょっと貸して。こう言う感じにして…。んで、リムショットでこうカカカカって…。分かった?」
ふふふ。
律「唯と音楽やれて良かったよ。凄くそう思う」
唯「りっちゃん、突然なに言い出すの」
律「まあまあ、急に感謝したくなったんだよ」
唯「変なりっちゃん」
律「そうかな?」
唯「そうだよ」
大義ってのは良いものだと思う。
HTTは、いや平沢唯はそれに値するアーティストだ。
つまり、こう言う事だ。
20年近くに及んだ友情の終焉。
退屈なレコード屋のバイト。
先が見えないアマチュアバンド生活。
そう言う諸々の苦痛の解消法を私田井中律は見つけたって事だ
デモテープは完成する。
澪の残したのを作りかけを完成させた曲。
私が鼻歌で歌ったのを、唯が起こして完成させた曲。
これはちょっと稚拙な曲だ。
これまでの曲、例えば昔にムギが作ってくれた曲のAメロBメロ、フック、フレーズを引っ張ってきて再構成させたみたいな曲だからだ。
才能の無い私にはこれが精一杯。
でも、逆に今までのHTTに一番近いかも知れない。
この二曲に唯のアイデア、アレンジを大量に盛り込んだ結果、作りも作ったりバージョン違いが6つずつ。
こんなデモテープを取り合えずどうぞ。
『放課後ティータイム』
Vo:平沢唯
G :平沢唯
B :平沢唯
Key:平沢唯
Dr:田井中律
ふはっ、女の子2人バンド。
送られてくる山ほどのデモテープの中、少しはフックになってない?
おまけに一人はマルチプレイヤー。
レコード会社のお偉いさんはまだテクニック信奉なんて言う間抜けさを持ち合わせてるに違いない。
だったら、それを利用しない手は無い。
皆が才能に背を向けないで済むように。
デモテープを送ってから一月。
連絡は来ない。
私はちょっとがっかりする。
さて、ここで問題。
唯が才能が無いのか。
私に見る目が無いのか。
メジャーのA&Rマンに見る目が無いのか。
チャンネルはそのままで。
メール着信。
律「ん?唯から?」
すぐ来ての文字。
唯のアパートに来るのって引っ越し手伝って以来だな。
いや、魔窟になってそうだから遠慮してたんだ。
唯「りっぢゃ~ん」
うぉ、玄関開けて0.1秒かよ。
律「ど、どうしたんだよ、鼻水垂らして」
唯「だっでぇ、だっでぇ…」
あっちゃー、やっぱ魔窟になってたか。
こう足の踏み場も無いと、唯一の生活スペースであろうベッドまで行くのも…。
あぁ、貴重な盤をこんな積み方をしやがって。
後でちゃんと言い聞かせなくては…。
唯「りっちゃん、早く早く…」
律「あ、うん。ほいほいっと…」
私は何とか孤島であるベッドに上陸して唯と共にノートPCを覗きこむ。
要するに、才能溢れる唯とだけ契約したいって事か。
唯「どうしたら良い…。こんなの私…」
しょうがねーなー。
律「契約するしかないだろ」
唯「で、でも…」
律「だって、私のせいで唯が先に進めないのって辛いしな。引き上げるんじゃなくて、自分のとこまで引きずり下ろそうってするようなのは友達じゃないだろ?」
もう一回言うぜ。
迷ってんじゃねーよ!
唯「りっちゃん…」
律「おいおい、抱きついてくるなよ」
唯「だって…」
律「唯がさ、武道館でやってくれればそれは私達の夢を実現してくれたって思えるからさ。ただ乗りなんて図々しいかも知れないけど、友達だと思ってくれてるなら、な?」
唯「う、うん…」
唯は最後まで渋ってたが、契約する事にした。
向こうの提示した条件はあまり良いものでは無かった。
アマ活動でも大した実績が無かったので、当たり前だが高額でも長期の契約でも無い。
1stアルバムの時点で契約の見直し、再検討。
全く、問題無い。
私には勝算がある。
唯の作りだすアートに自信がある。
条件闘争が出来るような評価でも無かったが、
それでも契約に当たって一つだけのお願い。
律「ほーら、唯早くしないと」
唯「ま、待ってよ、りっちゃ~ん」
律「インストアイベント15:00からだぞ?今何ん時だと思ってんだよ」
唯「13:00です、えへへ…」
まったく、モーニングコールのあと二度寝するとは。
いや、予測可能ではあったけどさ。
私は唯のマネージャーになった。
それはこの世界に唯を放り込んだ私なりの責任の果たし方だ。
本当はバンドのメンバーとして見て行きたかったけど、でもそれが出来なかったんだから仕方が無いだろ?
A Dream Goes On Forever.
そのために自分に出来る事は何か?と言う単純な話で。
律「あ、渋谷のタワレコまでどんぐらいかかります?」
タクシー「そうですね~、この時間だと40分ぐらいですかね」
律「あー、やばいな…。リハ間に合わないかなー。…首都高入ったら少し早くなります?」
タクシー「あー、どうですかねー、でも、気持ちってとこですよ?」
律「構いません、それでよろしくお願いします」
それまで神妙な顔をしていた唯は、私とタクシー運転手の会話を聞いて元気を取り戻す。
少しは反省しろ。
唯「なんだ、楽々間に合いそうじゃん。りっちゃん、大袈裟だよー」
バカ野郎。
律「スタッフへの挨拶とかあるだろ?」
唯「そーだけどさー」
律「それにリハだって」
唯「でも、リハなんていらないよー。すぐに弾けるし…。それにあんな曲…」
おいおい、自分の曲、おまけに初登場オリコン一桁のスマッシュヒットをあんな曲扱いかよ…。
唯「私は『YUI』じゃないよ。平沢唯だもん…」
律「そう言うなよ」
唯「だってぇー…」
まあ、唯の気持ちも分からないでは無いけどな。
律「あ、クマ…。唯、あんま最近眠れて無いのか?」
唯「あー、うん…。ちょっと寝付き悪いかも…」
律「そっか。じゃあ着くまでちょっとでも寝ときな。着いたら起こしてやっから」
唯「うん、そうさせて…」
※現実のYUIには何の思うところも無いです。
ただ、このSS中では芸名として付けられていると言う事です。
唯の気持ちは分かる。
何しろ、このシングルで唯のやってる事は楽器を弾いてるだけだ。
しかも指定されたように。
曲の出来が悪いって訳じゃない。
とても良く出来たポップミュージックだし、私だって嫌いじゃないし、唯だって言うほど嫌ってはいないだろう。
PVも悪い出来じゃなかった。
天真爛漫にピアノ、ギター、ベース、ドラムととっかえひっかえ演奏する姿を撮ったPVは中々にキュートだし、そこに唯の才能の閃きってのを見出せるようにもつくられてる。
ただ、それもこれも唯のものじゃない。
周りが思う才気あふれる若手女性歌手ってのをシミュレートさせてるだけだ。
「平沢唯」とレコード会社の作り上げ、デビューさせた「YUI」と言う歌手は別物だ。
蛸壺屋的展開かと思ったのに
>>86
あれの影響もあるのは否定しないです。
でも、他のキャラがあそこまで唯に対して距離をとるかな、
と言うのがあったので…。
・・・
それでも、良いとこまで行く事は出来るかも知れない。
薄めて、能動的には音楽を聴かない人達に売る。
ダウンロード数を稼ぐ。カラオケで歌われる。
良いプロダクトだ。
そのかわり、天才の才能は失われる。
つまり、こう言う事だ。
鳥は翼を失い地面に墜落し、そして最後には出血多量で息絶える。
律「お疲れさまでした」
スタッフ「お疲れしたー」
まったく、唯の奴。
本番でアレンジをいきなりいじって来るか?
今日は必要の無いはずのギターを背負って出て来た時点で気付くべきだったんだが…。
でもでも、あんな遅刻寸前の入りって状況でそんな事にまで気付けってのは無理だろ?
今日はキーボードってのが唯のやるように言われた楽器だった。
キーボード弾き語り。
レコード会社が唯をどう売り出したいか分かるやり方だ。
バックバンド有りでってのが悪い方向に作用した。
スタッフの目を盗んでバンドメンバーと打ち合わせ。
少しでも音楽を齧ってる奴は唯の言い出す事の面白さが分かってしまう。
結果、録音されたものとはまるで別のものになる。
唯「りっちゃん、疲れたー。早く帰ろー。行ってるよー?」
律「ああ、今日は私も直帰だから…、ん?」
スタッフ「田井中さん」
律「あ、はい、何か?あー、唯行ってて?」
唯「ほいほーい」
律「えーっと…?」
スタッフ「あ、あの、今日の唯さん、CDとは全然違う感じでしたけど、凄く良かったです…」
律「あ、ありがとうございます…」
あー、唯?私達は自信を持って良いみたいだぜ?
スタッフ「それで、このバージョンで今度出るアルバムとかに収録されたりするんですか?」
さてと…。
律「あー…、それはですね…、あはは…」
ちょっと気まずいね、色々と。
スタッフ「そうなんですか…。いや、CDのバージョンより全然良かったから、惜しいなって…。あ、CDの方も良いと思いますけど、個人的には今日の方が好みかなって」
律「あはは、良いですよ。アフレコにしときます」
スタッフ「…すいません」
唯「りっちゃん、店側の人と何話してたの?」
タクシーが走りだすまでは、硬い表情。
2人きりと言う事でやっと口を開く。
唯は唯なりに気を使ってんだよな。
だから、外では不満を口に出さない。
レコード会社にも事務所にも、きっとメジャーデビューを勧めたり、マネージャーを買って出た私にも、不満はあるんだろうけど。
今日みたいなのは…。
まあ、耐えられないよな、全てをコントロールされるってのは。
だから、少しぐらいは発散したくなるよな。
律「いや、大した事無いよ」
唯「なら話してよ」
律「あー、そだなー…」
唯「気になるよー」
律「えっとな、今日やったアレンジの方がCDの奴より良かったってよ」
唯「あー…、そっか…」
おーおー、嬉しそうな顔しちゃって。
気持ちは分かるけどな。
唯「何かさ、りっちゃんとデモ作ってた時の方が楽しかったんだよね」
律「今は?」
唯「どうかなー?」
律「冗談はそんぐらいにしとけー?」
唯「冗談なんかじゃないよ」
唯の表情も声も見ない振り聞こえない振り。
だから返事もしない。
律「ほら、着いたぞ」
唯「りっちゃん…」
律「明日からまたアルバムの作業だからな。遅れんなよ…、いや、明日は不安だから迎えに来る。12:00に来るからちゃんと起きて顔洗うぐらいはやっとけよ」
律「ん?どうかしたか?」
唯「りっちゃん…、あのさ…」
律「ん?」
唯「何でも無い…」
律「今日は早く寝つけると良いな。じゃな」
私達はほんの少しだけ夢を見て、その夢が長く続く事を祈ってた。
その夢はいつの間にか悪夢になって、私達の中の一番才能ある一人を浸食しつつある。
律「おはよございまーす!」
スタッフ達「あ、おはようございます!」
唯は昔のような陽気さは無くボソリと
唯「おはようございます…」
プロデューサー「唯ちゃんおはよー。今日もよろしくねー」
律「おはようございます」
プロデューサー「りっちゃんもおはよう」
プロデューサー「はーい、OK」
唯「はい…、ありがとうございます」
プロデューサー「じゃ、少し休憩しよっか?」
唯はすっかり不機嫌そうなオーラを纏うミュージシャンと言う感じになってしまっている。
だから、その本当の感情に周りが気付かなくても無理は無い。
プロデューサーもミキサーもスタッフの全員に罪は無い。
ここに連れて来てしまった私に、そして一人唯の苦痛に気付いてしまう私には罪はある。
P「りっちゃん、ここ良い?」
律「あ、はい」
プロデューサーは私の横に腰を下ろし、コーヒーを啜る。
唯は休憩だと言うのにブースの中に入ったままギターをいじっている。
最近ではスタジオに入る日に笑顔を見せる事は無い。
差し入れのお菓子を口に頬張る事も無い。
唯らしく無いその姿に私の心は痛む。
P「僕らはさ」
律「あ、はい」
P「僕らはさ、楽で良いし、それにまあクオリティコントロールの面でも問題無いんけどさ…」
律「はい」
P「いや、こんなに楽な子って初めてだなと思ってね」
?!
P「いや、悪い意味じゃなくてさ、何となくね」
そうしてプロデューサーはまたコンソールの方へ戻って行く。
なあ、唯。
お前の衝動が周りを傷つける程に育つのと、お前が擦り切れてしまうのとどっちが早いんだろうな?
ほとんどのバンドが音楽業界に入りたいからステージに立つ。
ロックスターになりたいから、と言い換えても良い。
そう言うバンドは周りを傷つけない。
ただ、私は唯に気付かせてしまった。
平沢唯はアーティストで有ると言う事に。
あるのは表現衝動だ。
だが、その衝動の正しさ、尊大さは時に人々を傷つける。
例えば、それを抑えてしまうとしよう。
だが、それは太平洋を跳ねるマグロの泳ぎを止めるようなもので、窒息してすぐにも死んでしまうだろう。
私はどっちを選ぶべき?
「YUI」のファーストアルバムはそこそこ売れた。
業界全体でパッケージが売れない時代だからと言うのもあるが、初登場オリコン10位以内にも入った。
シングルの時よりは唯のアイデアも生かされたのも事実だ。
でも、やっぱりこれは唯の作品じゃない。
CDが売れた事が、唯にとっても、そして私にとっても思い描いていた喜びを与えてくれるものじゃないってのは、不幸過ぎる話だ。
私達は唯のアパートで2人だけの打ち上げをする。
六本木の創作料理店の個室で?
柄じゃないだろ?
スタッフ全員で?
一生懸命にやってくれている彼らにどんな顔を見せたら良い?
幸い、事務所の契約してくれた唯の部屋は部屋数が多くてさすがの唯も汚しきれないので、居間で飲むには問題ない。
唯・律「乾杯」
律「オリコン7位だってさ」
唯「…うん、良かったよね…」
私達はお互いに次の言葉に詰まる。
2人ともこのアルバムに、と言うか全てに満足してない事が分かり過ぎるほどに分かっているからだ。
それでも、酔いが回ってくればそれなりに本音は出てくる。
唯「だからさぁ、遠まわしに糞だよ、fuckin’だって言ってるのにさぁ…、ホント分かって無いのかなぁ」
律「ばっか、分かっててもそこは見ない振りってのは、やつらの一つのやり方でさ…」
唯「ちょっと待ってて」
スタッフの悪口にも飽きが来た頃、唯が隣の部屋に駆け込む。
唯「じゃーん。な~んだこれ?」
小袋を持って戻って来る。
「芸能界」に足を突っ込んだ中で良かった唯一の事は、こう言うものを比較的自由に使えるようになった事だ。
唯「ねえ、りっちゃん。こう言うのってさ、もしも対処出来るなら素晴らしいものだと思うんだよね。その事を理解して…、信じてさえくれれば、ベローナベラドンナってさ、アハハ…」
律「なんだよ、アイスじゃなくて良いのか?アハハ…」
唯「私の好きなアイスはアイスだけだよぉ、ウフフ…。りっちゃんはマリファナ派なんでしょ?私は俄然ハイブリッドだね。何でもありっでって…」
律「ばっか、その決めつけだと、私がヤリマンみたいだろ?パンツの中のコンドーム詰めにされたものが、太平洋を渡ってくるのを待ちわびてましたって?ハハ…」
ただひたすらに酩酊感に酔う。
唯も私も。
取り合えず、バッドトリップのような日々とさようなら。
窓から光が差し込んでいる。
目が覚めると、日が昇る所だった。
私は目を細めて太陽を見る。
ここにいたら喉がつまりそうなる。
そうだ、どっか別の場所に行く事にしよう。
ファーストアルバムの売上を考えれば会社は契約の延長を提示してくるだろう。
だが、そんなものは糞喰らえだ。
マーケティング?パッケージ?クオリティ?そんなものはくれてやる。
良く分かってる連中がやれば良い。
お前らの仕事だ。
でも、素晴らしい曲を書いて、人々を魅了するアートはミュージシャンのものだ。
それはお前らの仕事じゃない。
唯が眠そうに目を擦りながら、起きて来る。
唯「もう、朝?」
律「あぁ」
唯「朝だね、りっちゃん」
律「朝だな、唯」
唯「新しい朝かなぁ?」
そうさ、新しい日々の始まりだぜ。
律「なぁ、唯?」
唯「ん?」
律「止めちまうか?」
唯「りっちゃんに任せるよ」
らしく無かったってことだ。
私は唯の才能を皆に届ける手伝いをしてやるんだ、と粋がっていたけど、
実際には何の力も無い雇われ監督で、ただ唯を間違った方向へ進ませる事に協力して来ただけだった。
独立騒動?芸能界を干される?
勝手にすれば良い。
最後までやる事に決めたんだ。
くたばれショウビズ。
中指でも喰らえ。
・・・
「『YUI』と言う名称は使わせないぞ」
どうぞ、それはあんた達のものだ。
私達と、少し大袈裟な言い方をすると時代に必要なのはアートであって。
その貴方がたが作り上げた名前は、貴方がたにお返ししよう。
・・・
律「他のとこのA&Rを待つか?それとも…」
唯はあからさまに嫌悪の表情を示す。
唯「上手くしてくれるなら良いけどなぁ…」
律「ですよね~」
これは高校時代からの口癖だ。
別に唯がアーティストだからへりくだってる訳じゃない。
私は、あのスタジオでの事や高校時代の出会いの事を思い返す。
その選択の基準はどこから来たか。
有りがちな話なのだけど、きっと言葉よりもっと深いところ。
言語化は出来ない。
だが、それでも自信がある。
それに続く言葉はこうだ。
なるほど、それならやって見たまえ。
そうしよう。
パンクが世界にもたらしたもっとも素晴らしい発明品は何だったか?
DIY精神。
つまり、手前でやってみろって事なのだ。
律「自分達で出そう!」
唯「うん、私もそう思ったところだよ!」
その夢がもう少しだけ長く続くように。
いや、終わらないようにとしておこう
律「唯が曲を作る」
唯「私がアーティスト」
律「そして私がそれを売る」
律、唯「ギャラは?」
律「5:5で」
七三じゃないよな。
唯「レーベル名はどうするの?」
唯がニヤニヤする。
きっと、同じ事を考えてる。
律「いっせーのせで言おうぜ」
律、唯「HTTレコード!」
爆発!
良い感じじゃないか?
私たちはこうでないといけない。
レコード会社との取り決め通り、「YUI」の名前は出さない。
まったくの別人だから。
彼女は死んだ。
そして平沢唯は蘇る。
良い音楽ほど売れない。
こう言う決まり事は時に覆される。
売れたのだ。
「YUI」程では無いが、ちょっとした話題になるような売れ方をした。
マキシシングル。
一枚につき、ワンアイデアツーアイデアスリー…、無数のバージョン違い。
こう言うやり方も一役買った。
何枚プレスしますか?
唯「2万枚で!」
それは素晴らしすぎるアイデアだ。
凡人の頭からは出て来ない。
よし、やってみよう。
唯が自信があるのなら、私は反対しない。
それがHTTレコードのやり方だからだ。
レーベル立ち上げ、レコーディング、プレス、プロモーションその他諸々。
唯がメジャーで稼いだ金は全て注ぎ込まれた。
私の稼ぎも注ぎ込まれた。
家族に頭を下げて借金した。
そして、その結実として目の前に積まれた2万枚のCDケース。
唯「冒険し過ぎだったかも知れないねー」
今更?!
馬鹿ヤロー!!
・・・
私と唯のオフィス兼自宅(唯は事務所からあてがわれたマンションを追い出されたし、私も金が無かったんだ。ルームシェアってのもオフィス兼てのもごくごく真っ当なアイデアじゃないか?)
であるところの築三十年の一軒家に2万枚が運び込まれる様子を見た時には、自分達の決定のアホ臭さに失神しそうになる。
その二万枚分の重さは床を歪ませ続け、ついには三十年物の床はその重さに耐え切れず抜けてしまう。
そんな様をその一瞬に想像してしまい、私も唯もその場で嘔吐しそうになる。
しかし、そんな崩落の心配は杞憂に終わった。
目に見えて箱は掃けていったからだ。
雑誌媒体に無視される?
そんなら、動画サイトに上げてやる。
リエディットしたロングバージョン、ダブバージョン、リミックスをレコード屋で配れ。
「これ『YUI』じゃないか?」
「売名乙」
「あれより全然格好良いじゃん!」
「何で名前変えてんの?」
以前の悲しすぎる経験とは大違い。
あれやこれやでカルトヒットと言う奴だ。
全てが上手く行き過ぎた。
こうなると家内制手工業的なやり方を脱皮しなければいけなくなる。
少なくともそう言うプレッシャーは掛かる。
オフィスは住宅街から、駅の近くのビルの一フロアに。
唯の部屋はマンションに。
営業車兼機材車は役割分担出来るように、私の自家用車兼営業車のアッパーミドルセダンと小型バスに。
社長の私とローディとマネージャーも役割分担。
私も唯もただやりたかったからやって来ただけだが、
新しく増えた船員たちはそれでは満足しない。
こんな事があった。
マネージャー「メジャーから傘下に入らないかって話が来てるんですけど。
つまり、A&R部門として有る程度の独立性を保ちつつみたいな…」
拒否だ。
こいつは私達のやり方をもう少し学んだ方が良い。
時にはこんな事もあった。
M「メジャーの流通経路を使わせて貰うと言う話はどうっスかね?勿論、幾許かのお金は入れないといけないと思いますけど、完全独立の関係なんで前の話とは違いますよ。検討する価値あると思いますよ?うちに取っても悪い話じゃないと思うんですけど」
なるほど、こいつは有能な奴だ。
普通なら良いニュースだと飛び付くところだろう。
律「そうだなー」
次に続く言葉は驚く事に「拒否」だ。
理由?
感覚的なものだ。
納得しろ。
それが私と唯のやり方だ。
つまり、私達の活動はある種狂信的な信念に支えられていると言う訳だ。
そして最終的にはこう言うこんな感じだ。
M「プロモーションの専門家をいれましょう。そうしないと、例え今度のアルバムが売れても次は頭打ちですよ。それぐらいの金をけちるのはどうかと思いますよ。昔から言われてる損して得取れってやつですよ。」
律「そうして金儲けしてどうするんだよ。いや、私はお金を儲けるのが嫌だって言ってるんじゃないよ?お金があれば、質の良い…だって吸い放題だからね。でもさぁ、まず売るためにってのは違うんじゃないか?」
M「でも、律さん、分かってますか?それじゃ成功はあり得ないんですよ?」
律「それだよ。成功ってなら『YUI』だって成功してた。でも、それじゃ嫌だから私達はここを始めたんだよ。もし、もっと成功したいって言うなら…」
お前がここじゃ無い場所で頑張るしかないよな?
律「取り合えず、次のは半年後発売を目指してるって状況で良かったよ。体制を立て直す余裕があるってことだからな。唯には伝えておくから」
マネージャーの呆然とした表情ったら無かったな。
でも、彼は私達のやり方の学び方が少し甘かったんだから仕方が無い。
取り合えず、速やかにしなければならない事は新たなマネージャーを見つける事だ。
良いマネージャーの条件に、アーティストと同じ方向を見ていると言うのがある。
アーティストと同じオーラを纏う事が出来れば完璧だ。
そう言う人材を探さなければならなくなった。
バイト「律さん、デモテープ今日の分です」
律「置いといて」
バイト「はい」
唯の成功を見て多くのインディーズミュージシャンがデモテープを送りつけてくる。
最初は真面目に。
一週間後には?
音は聞かずに売り込み文だけを見る。
そして見込みがありそうなものだけ。
収穫ゼロ。
二、三ヵ月後には?
机の上に届けられたデモテープの山を見もせずにバーンと。
ん?だからこう言う事だ。
まとめて机の脇のシュレッダーに放り込む。
機密保持の強い味方。
CD-Rも問題なくバリバリにする。
ああ、こんな風に私たちのデモも「バリバリ」されていたのか。
人間立場が変われば昔のことは忘れると言う事だ。
出社してまず最初にやるデモテープ「チェック」。
その日、私は机の上無造作に広げられた山の頂上に懐かしい名前を発見する。
一つ、閃く。
律「よし」
一芝居打つ事に決めた。
後輩のよしみだ。
一応、音も聞いておいてやろう。
一人編成。
ドラムマシンが揺らぎの無い四つ打ちのリズムを刻む。
最初は爪弾くように、それから流れるように。
悪くない。
ギターの感じとか…、あーなんだっけか、確かなんちゃら言うフュージョンギタリストっぽいな(あとで、思い出したけどパット・メセニーのことだ)。
四つ打ちなんだけど手触りがって言うか…。
うん、何度か聞けばより好きになる感じもある。
取り合えず、今すぐ会うんだ。
大柄なフレームのサングラス。
ヴィンテージスタッズ使いの一点ものカスタムレザージャケットにサテンのトップス。
デザイナーズブランドのスキニーデニムをフリンジブーツにイン。
勿論、カチューシャは付けない。
最初に驚かす事が肝心だ。
身長が足りないのは悔しいが、心意気だけは本場セレブにも負けない女社長のお出ましだ。
律「初めまして。私がHTTレーベルオーナー田中です」
偽名です。
日系三世リッチー田中ってのが私だ。
それっぽくない?
革張りソファーに緊張気味の我が後輩。
梓「あ、はい、中野梓です。初めまして…」
律「ああ、座ったままで良いよ。私は音楽を売る、君は音楽を作る。うちでは対等の関係だから」
梓「そうなんですか…」
律「うん。だからもっとリラックスしてよ」
梓「は、はい」
視線があっちいったりこっちいったり。
前髪で隠れ気味の私の表情を覗こうとしたり。
ぷぷぷ。
なんだよ、あの緊張した表情。
梓「あ、あのコーヒー飲んでも良いでしょうか」
律「良いよ良いよ。飲んで?それとも紅茶の方が良かったかな?あ、冷めちゃってるでしょ?入れ直させようか?」
梓「い、いえ大丈夫です。そんなお気遣いは…」
そう言うと、今まで手をつけずにいた冷めたコーヒーを一気に流し込む。
少し落ち着いた?
ふふ、梓は相変わらず『あずにゃん』だな。
梓「あ、あの…」
律「ん?何?」
梓「リッチーさんって、女の方だったんですね」
律「意外?」
梓「い、いえ…」
律「まあねー。いきなりレーベル立ち上げてってのは、日本だとあんま無いかも知れないよね」
梓「リッチーさん、凄いですね」
律「それだけ、唯に惚れ込んでたって事だよ」
あ、ちょっと傷ついた表情。
『私たちより仲良さそうにしないでー』って嫉妬してんのかな。
梓可愛い。超可愛い。
律「そうそう、デモテープ聞かせて貰ったよ。中々良いと思った」
梓「ありがとうございます!」
律「でもさ、何でうちに送って来たの?私はこう言うのもそこそこ聞くからより疑問に思うんだけど、うちみたいなとこよりもっと良いとこあるでしょ?このクオリティならこう言う音を専門にしてる老舗でもって思っちゃうんだ」
私も大概意地悪いねー。
でも、梓と話すのも久々だし、種明かしはもうちょっとだけ先延ばし。
梓「そ、それは…」
律「あ、ごめんね。中野さんを責めてるとかでは無くて、正直な話少し疑問に思っちゃってさ」
梓「あの、二枚目に出した奴の三曲目ってリズムを四つ打ちに完全に差し替えてたじゃないですか。で、キックにもリバーーブかけてたり。それで、そう言う自由さが許されてるなら、今回私が送ったみたいのも許されるかなって…」
律「なるほど…」
梓「その…、あとは新しいレーベルってのが良いなって。メジャー傘下の形だけインディーズじゃなくて完全にインディーズと言うのも良いなって」
まだまだ、本心隠すね。
良いよ?
もう少しこう言うのを続けよう。
律「それと…、送ってくれた曲ってギターは生演奏じゃない?あれだけ弾けるのにバンドとかやってなかったの?」
梓「あー…」
律「言いにくい?出来れば言いたく無い?」
ちょっと、表情が硬い。
意地悪が過ぎたかな。
梓「いえ、構わないです」
律「気を悪くしたら、ごめんね?でも、うちでこう言う風にデモ送ってくれた人と話すの中野さんが初めてだから。うん。突っ込んだ話がしてみたいってのもあるんだ?」
梓「構わないです。それにそんな大した事でも無いんです。どこにでもある話って言うか」
律「うん」
梓「少し前にちょっとバンドで揉めちゃって、あの、そのバンドは本当にオーセンティックなジャズをやろうって感じだったんだけど、私はそれがつまらないからって、もっと色々な事やって見れば良いのにって思ってて、それで…」
律「ぶつかっちゃったって訳だ?」
梓「結局、ザッパが言った通りだと思うんですよ」
律「ああ、死んじゃいないけど、ただ変な臭いがするって奴?」
梓「それです。他のメンバーはそれが分からなかったんですよ」
律「それで自由にやってみたって訳だ。でもさ?」
梓「何です?」
律「そんなバンドをやるぐらいだし、元々ジャズっぽいのが好きなんじゃ無かったの?」
さあ、こっからが本題。
梓「ええ、親がそう言う感じだったんで…。気が付いたらって感じですよね。でも、音楽的に衝撃を受けたのは高校の時でした」
律「ちょっと興味ある」
梓「私、高校時代にも部活でバンド組んでたんですよ」
律「へー、それもジャズ系?」
梓「いえ、それが違うんですよ。全然普通のガールズポップバンド」
律「良く分からないな」
梓「実際、最初はジャズ研に入ろうと思ってたんです。
でもそれまでの好みとか、ポップスって言うネガティブさとか、そんなの吹っ飛んじゃうような、それ以上の衝撃があったって言うか。
テクニックとか全然大した事無かったんですけど、その先輩が弾くと凄いんですよ。
一言で言うとノれたんですよね」
私はまだその時には気付かなかったんだよな。
私はまだその時には気付かなかったんだよな。
気付けなくてごめんな?
それで、きっと澪の事も傷付けてたんだよな。
律「その先輩に衝撃を受けたんだ?」
梓「ええ。凄くその先輩に影響受けてると思います、音楽をやる上で。だから、大学入ってからバンド組んだんですけど、その時みたいなワクワク感が感じられなくて…、だから、ちょっと揉めちゃったって言うか…」
律「その先輩は今どうしてるの?」
梓「それは…」
クスッ、どう答えるかな。
律「その先輩と一緒に音楽をした方が良いんじゃないの?」
梓の性格なら、ファンだったり、増えすぎた親戚みたいな扱いをされる事を嫌うはず。
さあ、どう答える。
梓「…」
律「…」
梓は一つ息を吸い込む。
準備OK?
梓「あ、あの、こう言う言い方は傲慢かも知れないですけど、CD一枚も出してないような、自分の力で何も出来ないような状況じゃ、あの人と一緒にやる資格無いと思うんです。
だから、そう言う事もあって、あの頃の自分とは違う音を作って送ったつもりです」
律「そっか」
梓「はい…」
さあ、面接が終わって自分がどう評価されたかが気になってるね。
まあ、私の答えは決まってるんだけどさ。
律「うん。取り合えず検討するよ」
梓「あ、はい。お願いします」
律「まったく、評価して無かったらここに来て貰って無い。でも一応、唯と相談してね。あいつは一応共同オーナーみたいなもんだからさ」
また、嫉妬の表情。
可愛い超可愛い。
律「今回はこんな感じだけど、何か聞いておく事ある?」
梓「あ、えっと…」
律「ん、何?」
梓「HTTレコードってのは誰の命名で、どんな意味があるんですか?」
かっけえええええええ!!!! くそwwwwこのやろうwwwwwファック!!!! ファック!!!! 女の子ファック!!!!
最後まで読みたい
映像イメージがデフリック効いてないじらじら画面のトゥーンシェイド
面白いなあ
イケメンりっちゃん!
久々に最後まで読みたいと思ったわ
是非完走してほしい
--───-
: : : : : : : : : : : : : :\
/:/: : : : : : : : : : : : : : : : : ヽ
/: / : :{: : : : : : : : {: : : :{: : : : : i丶
/: :|: : ∧: {: :i: : : : ト : : : {: : : : : i :i
i: : |: i ー il: :i: : : :l -\: i : : : : : |: :i
|: : V|__i| i: : : }___i:_: : : : :.}: :i 初めまして。私がHTTレーベルオーナー、
|: : :∨//Vヽ: : }////////: : : : }: :
|: : : i∨/////v∨///// |: :/:/): 小 リッチー田中です。
i: : : :i  ̄ ̄ '  ̄ ̄ ノ: /: {/:∧}
/{: : : :i フ: : : }: : \
⌒ {: : : }.、., △ ,. イ: : ::/: :| ̄
ヽ: :|ヽ}> ー ' {: : /\| シレッ
ヽ|ー /ヽ / |: /ーー
/{ へ=へ |/ / ヽ
. / ∨ / i
保守ありがとうございます。
帰って来たら規制喰らってた…。
・・・
絡め手で来たねえ。
さて、最後にちょっとだけからかわせて貰おうかしらん?
律「Hang Tumb Tumbって分かる?」
期待してた答と違うでしょ?
唯がいてHTTならって、期待してたでしょ?
梓「…」
律「イタリア未来派の詩人マリネッテイの詩のタイトルで、機関銃の発射音を表して…」
梓「嘘ですよね?」
あれ?
何か睨んでる…。
梓「それZung Tumb TumbでZTTレコードの由来じゃないですか」
あはは…、良く知ってたなー…。
梓「それに…」
梓、その目つきちょっと怖いぜ…。
あ、サングラス取られた!
梓「律先輩!!」
ばれた…。
律「あはは…」
梓「途中から、何かおかしいと思ったんですよね」
律「でも、最初のあの緊張の仕方と来たら…」
梓「あ、あれは!?」
律「『唯に惚れこんで~』の下りでのあの表情と言ったら!『唯先輩を取られちゃう~』って表情だったよなぁ?」
梓「律先輩!!」
律「『ザッパが~』」
梓「勘弁して下さい…」
もうちょい、引っ張ろうかと思ったけど、いじれたからまあ良いか。
律「じゃ、行こうぜ?」
梓「え、どこに…?あ!」
律「そ、唯の家に。久々の再開パーティ、いやティータイムか?それをしようって話」
梓「で、でも、あ、えっと、良いのかな…。大丈夫ですか?」
律「Fuck off!」
梓「えっと…、良くない…ですかね、やっぱり」
律「ばっか、このときのFuck offはOf course you fuckin’ canって事でさ。
ロックンローラーの定番的言い回しだろ?」
律「どうした?早く乗れよ」
梓「律先輩…、凄い車乗ってますね?」
律「へへ、格好良い?最新のキャデラックだぜ?内装は特注でりっちゃんのイメージカラー黄色にしてみました。
あとエンジンもルーツ式ブロワー付けてノーマルに100hp上乗せで400hp以上出してんだぜ?ホイールは22インチ。24でも良かったんだけど、あんまハイトが低いと乗り心地悪くなんだろ?」
梓「はぁ~」
ため息つきやがった。
この野郎。
ビビらせてやる。
>ばっか、このときのFuck offはOf course you fuckin’ canって事でさ
つまり…どういうことだってばよ…
アクセル一踏みで、一気に加速。
梓「うぁ!?」
油断しててシートに後頭部をぶつける梓が面白すぎる。
梓「…」
梓、何こっち睨んでんだよ。
梓「こんなのにお金突っ込んで馬鹿じゃないですか?」
もう一発。
今度は急ブレーキ。
イタリア製モノブロック8ポッドの威力を見せてやろう。
シートベルトが伸びきって頭がガックン。
わはは、舌噛まなくて良かったな。
律「梓良い事を教えてやる。セレブたるもの乗り物にも気を使わなければならんのよ?」
梓「今のハリウッドセレブはハイブリッドに乗ってますが?」
律「いやいや、ロックンロールの文脈ではMy baby up in a brand new caddilac♪ってのが正解だろ?」
梓「クラッシュですか?随分な分かりやすさですね」
律「な!?違ぇし!ヴィンス・テイラーだし。大体、その言い方ジョーに失礼だろ」
梓「同じ曲じゃないですか。それに、そんな外交官の息子の事なんか知りませんよ」
律「な?!」
梓「…」
律「なんだよ…」
梓「あははは」
律「なんなんだよ!」
梓「律先輩変わらないですね」
律「へへ、梓も変わらないな。性格もだけど、ルックスもさ」
梓「む…。これでも身長少し伸びたんですよ?」
律「何ミリ?」
梓「もう、知りません!」
律「へへ、わりいわりい」
変わらないよ。
やっぱり、お前は可愛い後輩だ。
律「And now, the end is near
And so I face the final curtain
You cunt, I´m not a queer
I´ll state my case, of which I´m certain
I´ve lived a life that´s full
I've traveled each and every highway
And more, much more than this
I did it my way♪」
私は良い気分で鼻歌。
梓はさっきまでと打って変わって真剣な表情。
梓「ねえ、律先輩」
律「んー?」
梓「私の曲リリースするつもりですか?」
律「それはどう言う意味で?」
梓「いや、知り合いだからって言うか、コネでって言うのは、ちょっと…」
律「梓はどうしたいんだよ?」
梓「…」
ああ、そうか。
わざわざ、うちにデモを送って来たのは唯がいるからだもんな。
自分の存在を唯に知らせたかったからだもんな?
律「梓はさ、また音楽を唯とやりたいんだろ?」
梓「?!」
そんなびっくりした顔するなよ。
私だって、色々経験したからこうしてレーベル運営なんてしてるんだぜ?
経験は人を鋭くさせるものだろ?
梓「正直な希望を言えば…、でも…」
律「自分はそのレベルに無いんじゃないか、と」
梓「はい、いや、ちょっと違うかな…、いえ、それもあるかも知れないですけど…」
律「さっき言ったけど、梓の作ってきたやつあれは演技とかでは無く、正直な感覚として悪く無かったと思うけど?」
梓「最初唯先輩の曲聞いた時に、バンドの事もあったし、『私こんな事してる場合じゃない』って思って、すぐデモ作って…。
で、律先輩から、と言うかその時はそうだと知りませんでしたけど、レーベルから連絡が来た時は本当に嬉しかったんですよ。
唯先輩の出してるレーベルから評価されたんだ、私にも資格があるんだって。でも…、でもですよ…」
律「その評価を求めた相手が友達だと、その評価が本当か自信が持てない、と」
梓「ええ、そうです…。それにその作ろうと思った自分も信頼出来なくなっちゃって…」
律「どうして?」
梓「また唯先輩とやりたいとか、横に並びたいからとかそう言う事なのかも知れないって思っちゃって」
律「それの何が問題なんだ?」
梓「だって、それってロックスターになりたいからプロを目指すって言うのと同じじゃないですか。不純ですよ。そんなんじゃ資格無いですよ」
律「梓、お前複雑に考えすぎだよ。お前の中にあった何らかの衝動に火をつけたのは唯の曲。で、その凄い唯と何かやってみたい。そして、表現するための方法論やその内容は取り合えず梓の中にあった。それで良いじゃん」
梓「律先輩…」
律「何だよ?」
梓「律先輩の考え方ってちょっと普通じゃないですよね」
うわっ、ストレートに失礼っぽい言い方されたぞ?
律「どう言う意味だよ」
梓「凄いって事です。私、律先輩のこと舐めてました」
わはは、私は凄いんだぜ?
ん…?
どっちにしろ、あんまり評価してなかったって事じゃねーか。
この野郎。
梓「でも、そうですよね。律先輩はあの唯先輩の横にずっといたんですもんね…」
梓…。
私こそ、中野梓と言う人間を舐めてたな。
唯の名前を見て寄って来たんだから、マネージャーをやらせておけば満足するだろうってのは随分と相手を馬鹿にした考え方だ。
梓「唯先輩の、あ『YUI』の方じゃなくてですよ?曲凄いですよね。メロディーがとか、テクニックがって言う言葉だと、薄っぺらい捉え方しか出来ない感じ…」
そりゃ、そのどっちもがアティチュードを伴わなければ薄っぺらいもんだからな。
梓「その、なんて言うか…、凄いって一言で済ますのが一番しっくり来ると思うんですよ」
律「ああ、唯は凄いやつだよな」
梓「律先輩?」
律「何?」
梓「何で最初の曲を録音する時にドラム叩かなかったんですか?その…、叩きたいって思わなかったですか?」
律「唯がメジャーでやった時、私は何をしてたと思う?」
梓「?」
律「唯のマネージャーをしてたんだよ」
梓「そ…、う…、なんですか…」
律「だからさ、もうそこら辺は随分前にな…。はは、大体私より唯の方が上手く叩けるんだぜ?」
そんな言いにくい事言わせたような表情するなよ…。
私はそこら辺に関しちゃもう吹っ切れてるんだぜ?
律「たださ、私はそう言う感覚よりも、唯が作る音楽を世に出したいってのが強かったからさ」
梓「そう…、ですよね…、でも…」
梓、泣いてるのか…。
ふふ、やっぱりこいつは可愛い後輩だ。
柄じゃないけど、頭撫でてやるぐらいのことはしてやるよ。
梓「律先輩…」
律「うん?」
梓「ちゃんと前見て運転して下さいね」
律「お前なぁ…」
梓「あ、ありがとうございます…」
でも、ぼそりと呟くのが聞こえたから許してやる。
梓「そう言えば、ムギ先輩や澪先輩とは連絡取り合ってるんですか?」
律「ムギからはちょい前にメールあったよ。イギリスの輸入盤屋で唯のCDを見つけたって。
へへ、そんで『なんで、教えてくれないの?ヒドイわ』って怒られちったよ」
梓「へー、ムギ先輩らしい反応ですね」
律「だよな」
梓「ムギ先輩はまだイギリスなんですか?」
律「あ、いや、向こうの支社に勤務で、もう日本には『来る』って感覚なんだってさ」
梓「はー、凄いですね…」
律「なあ、でもさ?向こうに住んでるムギにも、唯の事が届いたってのは、凄いと思わない?」
梓「良く考えれば、そうですよね」
律「だろ?『YUI』をいくらやってたって、ムギには届かなかったと思うぜ?それ考えたら、私たちの感覚は間違ってなかったって思うだろ?」
梓は改めて、感心したような表情で私を見る。
よせよ、照れるぜ。
でも、もっと褒めてくれ。
I Wanna Be Adored.って感じ?
梓「あ、えっと…、澪先輩は…?澪先輩もレーベルスタッフだったり?」
律「いや…、えっと…、澪とはもうずっと連絡取って無いんだよ…」
梓「どうして…、あ、すいません…、その詮索する気は無いんですけど…」
その表情からは聞きたいって感情しか読み取れないなあ。
良いさ。
隠すつもりも無いんだ。
梓は他人じゃないしな。
律「梓が大学のために東京行ってから、ずっと3ピースでやってたんだよ。ライブもそこそこ埋められてたし、物販のCDもちょこちょことは売れるようになってたんだ。
私はそれに満足してたし、唯は…、まあ何も考えて無かったと思うけど、澪もそれなりに満足してたんだと思ってた」
でも、そうじゃなかった。
律「そんな時、澪が辞めたいって言い出してさ。あとは、唯を頼りにデモ作ったら、それがメジャーのセレクトに引っ掛かって、デビューして、嫌になって今に至る、と」
満足して無い表情だな。
梓「そう言うもんですか?」
律「あー、分かったよ。私が思ってるだけだから、澪が実際どうだったかは分からないんだけどさ、恐らくこう言う事だと思う」
ある種の突出した存在は、他を抑圧し後退りさせる。
良くある、そう本当に良くあるバンドが悪くなる時の典型例でしか無いんだが、まあそんな感じだったのだと思う。
お決まりの言葉で繋げてみる。
「つまり、こう言う事だ」
唯の存在は澪にずっとプレッシャーを掛け続けていて、最後には消滅させてしまったと言う事だ。
本当はもう少し複雑で、唯の才能の片鱗をプレッシャーに感じながら、またそれを表出させない唯に苛立ちも感じていた。
さらに言うと、そう言うアーティスト的な嫉妬心と、それを大事な友人である唯に抱いていると言う事に対する罪の意識。
それに耐えられなかったのでは無いか、と言う事だ。
律「と言うのが、私達と澪に関して私に話せる全て。勿論、澪の話を聞ければまた違うのかも知れないけど…、恐らくはこう言うことだと思う」
梓「…」
律「そんな顔するなよ」
梓「それはそうですけど…」
律「そりゃあ、その時は怒り…、いや絶望の方が強かったかな。
だって、そうだろ?一緒にやって行くもんだとばかり思ってて、それ以外の可能性なんてこれっぱかしも考えてなかったんだからさ。
それを一人途中下車ってどう言う事なんだ、ってさ」
梓「すいません…」
律「いや、梓は謝る必要無いだろ」
梓「最初に抜けたのは…」
私はもうツインテールはやめている梓の毛先に手を伸ばしていじる。
梓「止めて下さいよ…」
へへへ…。
それと同じだよ。
何か、不愉快に近いけど、そうとも言い切れなくてくすぐったい。
律「もう、この話はやめようぜ。澪には澪の人生がある。ムギだって今こっちに戻って来て一緒に出来る訳じゃない」
梓「はい…」
律「さっき言った様に理由はいくらだってあるんだ。でも、それだけで説明が付く訳じゃない。だからこれでおしまい」
律「バンドミーティング」 前編
律「バンドミーティング」 後編
┗梓「あごらえせうてんぽ」
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