1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 20:42:03.65 ID:IXkIM3hz0

 静かなリビングで、天井を見上げていた。

隣には、誰もいない。

唯「……」

ため息も、涙も、今は出ない。


 いつも後悔するのは、やらなかったときだけ。

あの時、言っておけばよかった。

何も変わらなかったかもしれないけど、今のこのどうしようもない気持ちになるよりましだ。

 今頃憂は、あずにゃんと一緒にいる。

その横に、わたしはもういられない。


今だって、あの憂の言葉が頭を離れない。

 この気持は、悲しいのかな、自分に腹がたってるのかな。

 今のままを壊すのが怖くて、怯えてただけ。

唯「ばかみたいだね、わたし……」

 また自分を嘲るように、瞼を閉じて目を擦る。


7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 20:53:06.46 ID:IXkIM3hz0

  あの時、あずにゃんはわたしに言った。

「ほんとにいいんですか?」

  だって、そんなのいいとしか言えないじゃん。妹だもん。

「あ、ありがとうございます」

  どうしてありがとうなんて言うのかな。

  でも、わたしの口から出ていたのは、

「がんばってね」

  その言葉だけ。


あそこでなりふり構わず憂のもとへ向かっていたら、どうなったのかな。

憂とも、あずにゃんとも、今の関係とは変わってるのかな。

  でも、それでなにかが変わるっていうのなら、それをしなかったわたしはばか。

  ただのばか。

唯「……憂」

いるはずもないのに、返事がくるはずもないのに、今はここにいない憂の名前を呟いた。

  あの時は、憂が横にいた。


9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:01:21.80 ID:IXkIM3hz0

──
────

いつもの帰り道。部活は休み。

憂「晩ごはんなにがいい?」

唯「憂の料理ならなんでもいいよ~」

いつものやりとりをしながら、ふたりで家に向かう。

  隣には、憂の笑顔。

その笑顔を見れば、わたしは幸せで、あったかくて、胸が締め付けられる気持ちになるんだ。

唯「今日はわたしも手伝うよ!」

憂「え~平気かな~?」

唯「あっひどいよ憂!」

憂「冗談だよ、ありがとね。お姉ちゃん」

  その優しい声はずっと昔からわたしを包んで、ずっと一緒だと思ってた。その時は。

でもその時のわたしは、それがどれだけ幸福なことか、分かっていなかったんだ。

唯「うん!」

  またふたり、家に向かう。


10以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:07:28.43 ID:IXkIM3hz0

  家に入り、毎度の如く憂に抱きつく。

あったかくて、いい匂い。

この匂いが大好きで、何も考えずに抱きついていた。

憂「ほら、はやく作っちゃお」

唯「うん~」

  仕方なく離れる。別に構わない。

だってまたいつでも抱きつけるもんね。

  憂のあとについて、キッチンへ向かった。


唯「……ごめんなさい」

憂「平気だよ、うん、おいしいよ」

唯「うん……」

またいつものようにわたしが失敗。

  でも憂は笑顔でほめてくれるんだ。

優しい憂。わたしの大事な妹。

憂「ほら、食べよ」


13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:16:02.50 ID:IXkIM3hz0

  ただ憂が促すままに、食事を口に運んだ。


憂「おいしかったね」

唯「う~ん、やっぱり憂のご飯には敵わないよ」

憂「そんなことないよ」

唯「わたしは憂のほうがおいしく感じるもん!」

憂「そう……?ありがとね」

  そう言ってわたしのわがままに付き合ってくれる憂。

憂はやさしいな。


  憂と話すのは、当然軽音部のこと。それと、あずにゃんのこと。

当たり前だ。わたしたちふたりとも仲いいもんね。

  でも、ふと憂の口から漏れた言葉に、なぜだか体が震えたんだ。

憂「わたしも梓ちゃんに抱きついてみたいな」

  別にいいでしょ、わたしだってその気持ち分かるんだから。でも……

唯「わたしが抱きつくのじゃ……だめなの?」


16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:20:51.83 ID:IXkIM3hz0

憂「えっ?」

  あれ?どうしてこんなこと言ったのかな。

唯「あ、ごめんね!なんでもないよ!」

憂「……」

唯「わたしだってわかるよその気持ち!」

憂「う、うん……」

怪しまれちゃったかな。

  どうしてあんなこと、なんて思っていたけれど、ただ目を背けていただけだ。その時のわたしは。

だから、なんとか誤魔化した。

憂「うん……」

また、憂があの顔を見せた。

  少し表情が翳って、何かを考えている顔。

お姉ちゃんだったら、心配しなくちゃいけないのに。

唯「あ、わ、わたし部屋戻るね」

  わたしは逃げた。


18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:27:02.66 ID:IXkIM3hz0

唯「……ふう」

何故か安心した。

  思えば怖かったのかもしれない。憂の言葉を聞くのが。

唯「……りっちゃんなにしてるかな」

でも知らんぷりをしたまま、別のことに頭をまわした。


布団に入り、考える。

部活のこと。あずにゃんのこと。憂のこと。

「わたしも抱きついてみたいな」

  うん、だってあずにゃんかわいいもんね。

唯「ただ、それだけだもんね」

  だから最近あずにゃんの話ばっかりするんだ。

わたしの話が少なくなったのは、そのせい。

  だから、何も問題ない。

唯「……平気だよ」

  暑いけど布団に潜って、何も考えないようにただ目を強く瞑った。


20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:32:47.66 ID:IXkIM3hz0

──朝。

唯「ん……」

目覚ましで目が覚めたけど、憂の足音をまっていた。

唯「えへへ、憂ごめんね」

憂に起こしてもらうと安心出来るんだ。

ぱたぱたぱた、とかわいらしい足音が聞こえて、わたしはまた布団に潜る。

憂「お姉ちゃん起きてー」

憂の声が近づく。でもまだ寝たふり。

憂「お姉ちゃん」

憂がわたしを揺さぶる。

演技とは言えない演技で、それっぽく振る舞う。

唯「ん~?」

憂「起きたね、着替えて顔洗ってきて」

唯「はーい」

すぐに憂の足音は離れていってしまうけど、わたしの心は温かい。


21以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:38:04.49 ID:IXkIM3hz0

  ふたりで学校に向かう。

隣には憂がいる。

憂「ほらはやく」

ぐだぐだと荷物を背負い直すわたしの手をとって、憂は微笑む。

  どきどきするのは、なんでかな。

唯「うん!」

  そんなの、考えなくてもいい。この気持ちは間違いなく幸せだったから。

憂「明日ははやくご飯済ませてね」

唯「だって憂のご飯おいしいんだも~ん」

憂「も~……そんなこと言われたら怒れないよ」

  やわらかい苦笑いを見せる憂。

  そうだ。この気持ちは幸せ。

だから深くは考えず、また学校へと足を進めた。


22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:44:13.10 ID:IXkIM3hz0

  階段で分かれる。

唯「じゃね~」

憂「うん、またあとでね」

  少し寂しかったけれど、またあとで会える。だから笑顔で別れた。

鞄には、憂のお弁当。

髪だって、憂が整えてくれた。

  明日だって同じ。

だから気分の上気したまま、階段を登る。


唯「おはよ~」

律「お、来た」

澪「お、おはよう」

唯「?」

どうしたのかな。みんな目が泳いでる。

紬「ね、ねえ唯ちゃん」

  なんだか、よくない予感がした。


24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 21:52:14.19 ID:IXkIM3hz0

澪「言っちゃダメだろ」

紬「あ、うん……」

唯「なになに~」

律「あとで梓が話したいことがあるってよ~」

澪「お、おい!」

  あずにゃんからたぶん大事な話。

  みんなが教えてくれないのはなんでかな。

澪「あ、あとは梓からな」

唯「?うん」

  でもそんなのはどうでもよかった。

いつも通りに授業を受けて、いつも通りに憂のお弁当を食べるんだ。

そしたら午後なんてあっという間だから、部活でムギちゃんのお菓子を食べて、また帰って憂に抱きつく。

憂のことばっかり考えるのは、たぶんなんでもない。

憂のことばかり考えていたいのも、なんでもないんだよ。


26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 22:00:41.78 ID:IXkIM3hz0

  今日のみんなは、なんだかぎこちなかった。

別になにもした覚えもないし、聞いてもなんでもないっていうからわたしは気にしなかった。


  そしてあっという間に放課後。

唯「お菓子楽しみだな~」

紬「今日はね……」

律「まったまった!部室までとっとこう」

唯「そうだねー」

  またいつも通り。

部室へ行ったら、ムギちゃんのお菓子が待ってる。

  気持ち高らかに、わたしたちは部室へ向かう。

そういえば、あずにゃんから話があるんだっけ。


扉を開けると、もうあずにゃんが来ていた。

梓「こんにちは」

特に変わった様子はない。だから、気にすることもない。


27以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 22:08:29.19 ID:IXkIM3hz0

  だらだらとおしゃべりをかわしながら、ケーキを口に運ぶ。

唯「あ~しあわせ~」

  ただ口から出るままに声に出した。

律「だな~」

  りっちゃんとふたり、机に突っ伏す。

こういう時は澪ちゃんがなにか言うのに、その時はなにも言わなかった。

  代わりに、あずにゃんが口を開いた。

梓「あの、唯先輩」

  顔をあげると、少し、ほんの少しだけ空気が固まったような気がしたけれど、構わずに尋ねる。

唯「あずにゃんなあに?」

  みんなは黙ったまま。

梓「ぶ、部活終わった、残ってもらえますか?」

唯「?いいよ」

梓「あ、ありがとうございます……」

  なんだろうこの雰囲気、わたしはどうすればよかったのかな。


28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 22:14:25.71 ID:IXkIM3hz0

「じゃあな~」

楽しい時間はすぐに過ぎ去り、あずにゃんと部室に残る。

梓「ありがとうございます」

  さっきは不安そうな顔をしていたあずにゃんは、今はもうしっかりとした顔つきになっている。

唯「なあに?」

梓「先輩に、言っておきたいことがあるんです」

唯「うん」

梓「あの、わたし……憂が……」

  憂が、なんだろ。

聞かなきゃいけないのに、聞きたくない。

耳を塞ぎそうになったけれど、なんとかこらえた。

梓「すっ好きなんです!」

時間が止まった気がしたけれど、たぶんわたしが動かなかっただけ。

  そっか。憂のこと、好きなんだ。


30以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 22:34:35.01 ID:IXkIM3hz0

梓「唯先輩にまず言っておこうと思って……」

  なんでわたしに言うんだろ。

唯「憂に言うの?」

梓「そのつもりです……あの」

  だから、なんでわたしに言うのかな。

唯「なあに?」

梓「わ、わたしがこっ告白しても、いいですか?」

  意味がわからないよ。

唯「どうして?」

梓「先輩、憂と仲良いから……」

  だったら別に聞かなくてもいいでしょ。

梓「せ、先輩は……」

  わからないよ。

梓「憂のこと、好きなんですか?」

  そんなの。


32以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/25(水) 22:40:25.52 ID:IXkIM3hz0

唯「……」

梓「……先輩?」

唯「ん?」

梓「ど、どうなんですか?」

  わたしが憂を?そんなわけないよ。

  だって憂は妹だし、ずっと一緒にいたし、いつもわたしの側にいてくれたし、

唯「憂は……」

  いつも笑っていてくれたし、手を握ってくれたし、そばにいると胸がどきどきするし……あ。

唯「……」

  そっか。わたし。

唯「……ただの妹だよ」

  憂のこと好きなんだ。


66以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 09:42:20.47 ID:kQ4tYwS70

梓「じゃあ、ほんとにいいんですか?」

唯「……うん」

  そうとしか言えないよ、そんなの。

梓「あ、ありがとうございます」

  お礼なんていらないんだ。

  本音をここで出せるなら、やめてほしかった。

唯「……がんばってね」

梓「はい!」


  ぼーっとしたまま、帰り道。

昨日は憂がいたけれど、今はいない。

  あはは、憂、あずにゃんに告白されちゃうんだって。

唯「憂、かわいいもんね」

帰る足取りはなぜだか重く、憂のことを考えると胸が苦しかった。

  この気持ちは、なんでもない。

焦りとかそういうのじゃなくて、ただ憂のことを心配する気持ち。それだけ。


68以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 09:50:06.29 ID:kQ4tYwS70

  家に帰ると、憂が迎えてくれた。

憂「おかえり」

  やっぱり、胸が熱くて苦しくなる。

唯「ただいま」

  でもわたしには、あずにゃんを邪魔することなんてできないから、頑張っていつも通りを振舞った。

憂「……じゃ、着替えてきてね」

  憂の顔は、なんだか沈んでいた。

唯「……うん」

  なんでかな、でも。

唯「……」

  わたしには声をかけられない。


階段を登って、部屋の明かりをつけた。


70以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 10:22:24.59 ID:kQ4tYwS70

  着替えてリビングに降りると、憂はうつむいていた。

憂「あ、ご飯いま盛るからね」

どんなことがあったかなんて、わたしには尋ねられない。

  だって、知りたくないから。

聞いてしまったら、聞きたくないことを言われてしまいそうで、怖かった。

憂「……あのね、お姉ちゃん」

  でも、憂からわたしに声をかけた。

唯「なあに?」

憂「あ、梓ちゃんがね」

  あずにゃん。

その言葉を聞いて心臓が飛び出しそうになるけれど、まだなにも言っていない。落ち着かなきゃ。

唯「うん」

憂「わたしに、大事な話があるんだって」

  ひょっとしたら、憂はもうわかってるのかな。

わたしがそのことを知ってることも。……わたしの想いも。


72以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 10:34:33.72 ID:kQ4tYwS70

唯「そっか」

  憂がわたしに話すのはなんでだろう。

憂「……うん」

  憂がわたしに聞いてほしいからでしょ。なにしてるのわたし。

唯「……じゃあ、ご飯にしよ」

  聞いてあげなきゃ。

  わかってるよ。わかってるけど……

憂「……」

  なにしてるんだ。わたし。

憂「お、お姉ちゃん」

唯「ん?」

  知らんぷりなんて、たちが悪い。

  こんな人間だから、いやになるんだ。

憂「……どう思うかな」

  そうだよ、憂は分かってるんだ。あずにゃんに告白されること。


74以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 10:45:42.06 ID:kQ4tYwS70

唯「……どうして?」

  どうして?

憂「え?」

唯「わたしに聞くの?」

  そんなこと言っちゃうの?

憂「……そうだよね」

  お願い、そんな顔しないで。

唯「……」

憂「わたしのことだもんね……」

  そうだよ、憂が自分のことを言ってくれたんでしょ。

憂「ごめんね、変なこと言って」

  なんで?

唯「ううん」

  なんで自分の気持ちを言わないの?

  ……ううん。言うことができなかったんだ。憂と離れるのに怯えて。 


75以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 10:53:34.88 ID:kQ4tYwS70

  わかってるのにね、自分の気持ち。

憂「……」

憂はまたうつむいて、なにもしゃべらない。

  ひょっとしたら、今しかないのかもしれない。

わたしのこの気持ち、伝えるには。

唯「……」

  でも、口からはなにも出てこないんだ。

  臆病者で、卑怯なわたしだから。

憂「……お姉ちゃん、あのね」

  憂がまた口を開く。

憂「わたし……」

  だめだよ、なにを言おうとしてるの。

憂「お姉ちゃんのこと……」

  だめ、だめだよ!憂がそんなこと言ったら……

唯「やめて!」


76以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 11:13:00.58 ID:kQ4tYwS70

憂「!」

唯「だめだよ……」

  今度は憂の気持ちまで無下にして、わたしはなにがしたいんだろう。せっかく言おうとしてくれたのに。

憂「……あはは、そうだね。なに言ってるんだろ」

唯「……」

  憂がたぶんいっぱい勇気を出して言ってくれようとしたのにね。

  わたしだって、言いたかったくせに。

憂「じゃあ、部屋戻るね」

  自分からは言えないくせに、人が言うのは憚ることができるのかな、わたしは。

  勝手すぎて、悲しいよ。

  だったら、止めなきゃ。

唯「……」

  憂がどっか遠くに行ってしまう気がしたけれど、またなにもしなかった。

  もし憂の言葉を聞いていたら、どうなったかな。

  やっぱりこんな自分とじゃ憂に失礼だって、断っただろうな。……はは、結局だめだ。


78以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 11:35:30.56 ID:kQ4tYwS70

  だから結局、全部自分のせい。

「ありがとね、お姉ちゃん」

最後に憂にそう言わせたのも、わたしのせい。

それを気のせいにしたのも、わたしのせいなんだ。


気がつくと、目が熱かった。

唯「あれ……?」

  それに視界も霞むから、目を何度も何度も擦った。

唯「……なんで……」

  憂とはもうこれでおしまい。

今まで一緒にいたのも、一緒に笑ってきたのも、今日で終わり。

  これから憂は、わたしのところにはいられない。

わたしがいられなくしたんだ。

  それがどんなに辛いのか、まだまだわかってないのに辛かった。

唯「……うい……」

  泣いてなんかいなかったけれど、目を拭った服の袖は濡れていた。


79以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 11:53:17.79 ID:kQ4tYwS70

──
────

  部屋の戸を閉め、ベッドに沈む。

憂「……」

お姉ちゃんは、わたしの言葉を遮った。

たぶん、なにを言うのか分かってたんだ。

  わたしはどんなにばかなことだったかも知れず、勢いのままに言おうとした。

  お姉ちゃんに抱くこの気持ちは、ずっと胸に秘めていたものだったけど、ただあの状況がいやでつい口から漏れた。

憂「ばかだな、わたし」

だからお姉ちゃんはそんなばかな自分を止めてくれたんだ。

  わたしのお姉ちゃんだもんね。わたしのことはお見通し。

こんな気持ちはだれにも言っちゃいけないんだ。

  お姉ちゃんにだって。

憂「……」

  明日、梓ちゃんからのお話。

聞きたくはなかったけれど、聞かなきゃいけないのは分かってた。


80以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 12:12:47.90 ID:kQ4tYwS70

──朝。

いつも通りにご飯を作って、いつも通りにお姉ちゃんを起こしにいく。

  いつも通りにしなきゃ。

憂「お姉ちゃん、起きて」

  でもやっぱりできなくて、お姉ちゃんの体に触れなかった。

唯「うん……」

  いつもよりはやく帰ってきた返事は、わたしに出ていってと言っているようで、わたしはすぐに部屋を出る。

憂「じゃあ着替えてきてね」

唯「……」

  返事はない。

  毎朝のことだけれど、わたしにはそれがとても苦しかった。


憂「あ、おはよう……」

唯「おはよう……」

いつもなら待ってるのに、今日はもうご飯は済ませた。

  なんだか、お姉ちゃんに合わせる顔がなかったんだ。


82以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 12:20:09.50 ID:kQ4tYwS70

  一足先に家を出た。

お姉ちゃんには、用事があると嘘をついて。

憂「……」

学校に行きたくなかった。

  お姉ちゃんと笑って、いっしょにいられればよかった。

なのに昨日あんなことをしてしまった。

  全部、わたしが悪いんだ。

憂「そうだよ……」

  こうなったのは、わたしのせい。

自分を責めて責めて、もう心が限界だったけど、これ以上迷惑かけたくないからなんとかこらえた。

 
  いつもふたりで通っていた道を、ひとりで歩く。

  けれども体は、倍より重い。

  足は、ただ意志もなく進んでいた。


83以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 12:28:10.91 ID:kQ4tYwS70

「あっ憂おはよう」

  教室へ入ると、声をかけられた。

憂「あ、梓ちゃん。おはよう」

梓「う、うん」

  いつものように交わす返事だけれど、どこかぎこちない。

わたしはでも、なにも変わらず振る舞った。

梓「きょ、今日のこと……」

憂「うん、わかってるよ。放課後ね」

  梓ちゃんが緊張しているのがわかった。

梓「ありがとう!じゃ、じゃあね」

  そそくさとわたしから逃げるように梓ちゃんは去っていく。

一度も目は合わせなかった。

そのことに、なんだか罪悪感を感じ、後ろ姿を目で追った。

憂「……」

  わたしだって、割りきらなきゃ。


84以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 12:41:10.44 ID:kQ4tYwS70

  授業は頭に入らなかった。

どうみても集中できていない梓ちゃんとか、なんだかよそよそしい純ちゃんも気になったけど、わたしの頭には何も入らない。

  お姉ちゃんのことも考えた。

今頃どうしてるかなとか、課題わすれてないかなとか、今のわたしはそれだけの余裕しかない。

どうすればいいのか分からないんだ。

  こういう時、いつも頼りにしてたのはお姉ちゃんだから。

だからどこにも頼れる当てがなくて、泣きそうにもなったけど、泣いたって誰も助けてはくれない。

  それに、これは自分で作った状況だ。自分でなんとかしなきゃだめ。

心を奮い立たせて気を保とうとするけれど、辛くて辛くて折れそうになる。

  お姉ちゃん。

  どれだけ大切だったのか、分かってなかったのかな。わたし。


そんなことを考えているうちも、時間はあっという間に過ぎて、放課後のチャイムが鳴り響く。

  次々と出ていくクラスメイトたちを横目に、空を見た。

憂「ちゃんと決めなきゃ」

  もうあとは、自分で責任をとらなきゃいけないよ。


86以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 12:48:44.30 ID:kQ4tYwS70

  しばらくして、人気のなくなった教室に、ふたりだけ。

どこからともなく口を開いた。

憂「もう平気かな」

梓「う、うん」

声色が震えてる梓ちゃんを見ると、手も震えてた。

  そんなにならなくても、平気だよ。

梓「う、憂」

憂「はい」

梓「わ、わたし……」

  そうだよね、わたしがしっかりしなきゃ。

梓「えと……その」

  だから大丈夫、大丈夫だよ。梓ちゃん。

梓「憂のこと、好きなの!」

  そっか。

梓「だから、もしよかったら、つ、付き合って……ください」


87以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 12:55:26.99 ID:kQ4tYwS70

  梓ちゃん、わたしのこと好きなんだ。

梓「あ、あの……?」

  うれしいな。そんなこと思われてるなんて。

憂「ありがとね、梓ちゃん」

梓「……い、いや」

憂「わたし……」

  こんなに幸せなのは、すごく久しぶりな気がする。

梓「……」

  ほら、梓ちゃんがわたしをの言葉を待ってる。

  わたしだって、いつまでもお姉ちゃんなんて言ってられないよ。

憂「……」

  今までありがとね、お姉ちゃん。

憂「わたしは……」

  ……大好きだったよ。


88以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 13:08:42.59 ID:kQ4tYwS70

──
────

唯「ただいま」

  誰もいない部屋に呼びかける。

  いつもなら、あの子が迎えてくれる。でも、もういつもじゃないんだ。

部屋のカーテンは閉めきって暗いまま、ベッドに倒れ枕に顔を突っ込んだ。

唯「憂……」

返事もあるはずのない名前を呼ぶ。

  だめだよ、もうあずにゃんのところだもん。

唯「……うい……」

  呼んだって、来てくれるわけじゃないんだよ。

唯「うい……いや、やだよ……」

  ばかみたい。自分のせいでしょ。

唯「おねがい……もどって、きてよぉ……」

  悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。

  それでもわたしは、ずっとひとりのまま。


91以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 13:22:41.41 ID:kQ4tYwS70

──
────

  夕焼けがオレンジに照らす道を、ふたりで歩いてた。

憂「ね、梓ちゃん」

梓「は、はい?」

  まるで機械のように動く梓ちゃんの横顔は、淡く染められてとってもきれい。

憂「手、繋いでいい?」

梓「えっ?え?」

  そんな初々しいところもまた新鮮で、わたしから手を取った。

梓「あっ……」

憂「えへへ」


92以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/26(木) 13:29:41.83 ID:kQ4tYwS70

梓「あ、ありがと……」

憂「んーん」

梓「……憂、わたしね」

憂「なあに?」


梓「……憂のこと……」



  そして、

  夕焼けがかなわないくらい、顔を真っ赤にした梓ちゃん。

  わたしの顔は、どうなってるかな。

  今握ってる手は、いつもとは違うけど、

  これからは、これがいつもの風景なんだ。

  それをわたしは、その手に想いを込めるよう、

  強く握って確かめた。


                                               おしまい。