- 朋也「軽音部? うんたん?」1・ 2・ 3・ 4・ 5・ 6・ 7・ 8・ 9・ ラスト
189:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:50:35.32:cUBlBpOS0
4/10 土
朝。用を足し、自分の部屋に戻ってくる。
モヤがかかった意識で、時計を見た。
これも、もう目覚ましとして機能しなくなって久しい。
今朝はその唯一の役割を立派に果たしてくれた。
今から準備して学校に向かえば、四時間目には間に合うだろう時間であることがわかったのだから。
朋也(今日、土曜だよな…)
朋也(行っても、一時間だけか…)
朋也(たるい…サボるか…)
布団にもぐりなおし、目を閉じる。
………。
朋也(ああっ、くそっ…)
頭はぼんやりとしているが、体が落ちつかず、眠れない。
朋也(運動不足かな…)
………。
朋也(学校…いくか)
そう決めて、布団から這い出た。
―――――――――――――――――――――
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190:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:52:41.79:1qYNd8dxO
支度を終え、居間に下りてくる。
親父の姿はなかった。
もう、出かけた後なのだろう。
―――――――――――――――――――――
戸締りをし、家を出る。
―――――――――――――――――――――
ちょうど角を曲がったところ。
見覚えのある顔をみつけた。
壁に背を預け、空を見上げているその少女。
手には、その形から察するに、大きなギターケースなんかを持っている。
「あっ」
こっちに気づく。
唯「おはよう、岡崎くん」
平沢だった。
朋也「おまえ…なにしてんだよ」
唯「ん? 岡崎くんを待ってたんだよ?」
朋也「そういうことじゃなくてさ…」
なにから言っていいのやら…。
191:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:53:05.26:cUBlBpOS0
朋也「もう、とっくに学校始まってんだぞ。むしろ、もう終わるだろ、今日は」
唯「そうだね」
朋也「そうだねって…」
ここまで軽く返されるとは思わなかった。
朋也「つーか、きのう迎えはいらないって言っただろ」
唯「だから、迎えてはないよ。待ってただけだからね」
朋也「同じことだろ…」
唯「いいでしょ、待つだけなら、私の自由だし」
それならいっそ、呼び鈴でも鳴らしてしまえばいいのに。
俺に拒否された上でやるならば、ただ待つよりは手っ取り早いはずだ。
言おうとして…やめる。
もしかしたら、とひとつの考えが頭をよぎった。
こいつは、昨夜俺から聞いた話を考慮して、こんな行動に出たのかもしれない。
俺が親父と接触することにならないよう、下手に干渉することを避けて。
………。
朋也「…朝からずっと待ってたのか」
唯「うん。いつ来てもいいようにね」
そんなの、俺の気分次第で変わってしまうのに。
最悪、サボることだってありうる。現に直前まで迷っていた。
193:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:56:02.46:1qYNd8dxO
それなのに、こいつは…
朋也「…なんで、そこまで…俺、なんかおまえに気に入られるようなこと、したか」
思い当たる節がない。
むしろ、その逆に当てはまる事例の方が多いような気がする。
唯「う~ん…そう言われると、特別、なにもないような…」
腕を組み、小首をかしげる。
唯「でもさ、人が人を気になるのって、理屈じゃないところもあると思うけどな」
胸を張ってそう言った。
朋也「…おまえ、俺のこと好きなの?」
唯「え?」
朋也「恋愛的な意味で」
唯「へ!? いや…それは…違う…かな?」
流石にそれは自分でも都合がよすぎるとは思ったが。
きっと、こいつはただ、俺のように腐っている奴を放っておけないたちなんだろう。
ストレートにいい人間なんだ。
唯「でも、岡崎くん、かっこいいし、その…いい人が現れると思うよっ」
フォローされてしまった。
194:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:56:29.31:cUBlBpOS0
朋也「そっか。ありがとな」
ぽむ、と彼女のあたまに手を乗せる。
唯「わ…」
朋也「いくか」
唯「うんっ」
―――――――――――――――――――――
朋也「これっきりにしとけよ」
唯「なにが?」
朋也「だから、俺の出待ちだよ」
唯「私と一緒に登校するの、嫌?」
朋也「そうじゃなくて、俺を待ってたら遅刻するって話だよ」
いいや奴だと思うからこそ、巻き込みたくはなかった。
こいつはまともでいるべきだ。
唯「じゃあ、岡崎くんが朝ちゃんと起きればいいんだよ」
朋也「おまえがやめればいいんだ」
唯「やだよ。私、待ってるって決めたんだもん」
195:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:57:54.64:1qYNd8dxO
唯「だから、私がかわいそうだと思うなら、はやく来てね」
朋也「まったく思わないし、今まで通り起きる」
突き放すつもりで、そう言った。
唯「ひどいよっ、開店前のパチンコ店に並ぶ人くらい早くきてよっ」
また、わかりづらい例えを…。
というか、まったく堪えていない様子だ。
初めて会った時の再現のようだった。
唯「あ、今の通じた?」
朋也「まぁ、一応…」
196:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:58:14.79:cUBlBpOS0
唯「よかったぁ、少し自信なかったんだ」
唯「だけど、あえて冒険してみました」
朋也「あ、そ…」
平沢のペースに巻き込まれてしまい、それ以上なにか言う気になれなくなってしまっていた。
こいつのボケをまともに受けてしまうと、こっちの調子が乱される…。
なるべく捌くように心がけよう…。
―――――――――――――――――――――
ふたり、坂を上る。
あたりまえだが、周りには誰もいない。俺たちだけだった。
そんな状況にあるため、なんとなく隣を意識してしまう。
197:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:59:31.80:1qYNd8dxO
俺は平沢をそっと盗み見た。
前を向いて、ひたすらに歩いている。
時々風で髪がそよぐ。
桜を背景にして、景色によく映えていた。
こいつのふわふわとした感じが、春という季節にマッチしているのだ。
俺は、いつかの春原の言葉を思い出す。
確か、軽音部はかわいいこばかりだとか言っていた気がする。
朋也(こいつも、かわいい部類には入るよな…)
大きい目、小さい口、通った鼻筋、弾力のありそうな頬、ふんわりとした髪質…
朋也(つーか、余裕で入るな…)
春原の言ったこと…少なくとも、こいつにはあてはまると思う。
唯「? なに?」
朋也「いや、別に」
俺はすぐに視線を前に戻す。
長く見すぎていたようだ。気づかれてしまった。
唯「?」
―――――――――――――――――――――
教室、四時間目までの休み時間に到着する。
律「唯~、どうしたんだよ」
198:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:59:49.32:cUBlBpOS0
ふたりとも席に着くと、部長がやってきた。
律「とうとう、憂ちゃんに見捨てられたか?」
唯「そんなんじゃないよ~。今日はちょっと先にいってもらっただけだよ」
律「ふーん、先にねぇ…」
ちらり、と俺に目をやる。
律「こいつと登校するために?」
朋也(げ…)
やっぱり、一緒に教室に入ってきたのはまずかったか…。
そういえば、ちらちらとこっちを見ていた奴らもいたような気がする…。
唯「そうだよ」
朋也(おまえ…んなはっきりと…)
律「お? マジだったか」
嫌な汗が出てくる。
話がそういう方向へ向かっているように見えたた。
実際は、平沢の親切心から出発したことなのに。
昨日あったこと、俺が話したこと…
全部含めて、そう決めたというのも、少なからずあるだろう。
そういういきさつを知らずに結果だけ見れば、おおいに誤解される可能性があった。
200:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:01:05.05:1qYNd8dxO
律「岡崎…あんた、やるねぇ。短期間で、あの唯を落とすなんてな」
唯「落とす…?」
思った通り、ばっちりされていた。
律「いやぁ、唯はそういうこと、興味あるようにみえなかったんだけどなぁ」
朋也「違う。勘違いするな」
律「なにいってんだよ。遅刻してまであんたと登校したかったんだろ」
律「思いっきり惚れられてんじゃん」
朋也「だから、それは…」
どう説明したものだろうか…。
唯「ねぇ、りっちゃん。落とすって、なに? 業界用語?」
律「うん? そんなことも知らないのか、おまえは…」
律「落とすっていうのは、口説き落とすってことだよ」
唯「口説く…って、岡崎くんが、私を?」
律「うん。それで、今ラブラブなんだろ」
唯「そ、そんなんじゃないよっ! 第一、岡崎くんには、私じゃ釣り合わないし…」
201:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:01:25.13:cUBlBpOS0
律「見た目のこといってんなら、釣り合い取れてると思うぞ」
律「唯は当然かわいいとして、岡崎もなんだかんだいって男前だからな」
唯「そ、そうかな…って、ちがうちがうっ!」
唯「今日一緒にきたのは、なんていうか…私のわがままっていうか…」
唯「とにかく、そういうのじゃないからっ!」
律「ふぅ~ん、でも、なぁんかあやしいなぁ」
唯「もう許してよ、りっちゃん…」
律「いやいや、こういうことは、はっきりさせなきゃだな…」
キーンコーンカーンコーン…
律「っと、タイムアップか。ま、昼にまた詳しく聞くからな。ばいびー」
そそくさと自分の席へ戻っていった。
唯「もう…ごめんね、岡崎くん。りっちゃん、いつもあんなだから…」
朋也「いや、いいけど…」
なんとなく挙動が誰かに似ている気がして、逆に親近感が湧くような…。
そう思うのは気のせいだろうか。
ガラリっ
202:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:02:47.11:1qYNd8dxO
乱暴にドアが開かれる。
教師かと思ったが、目に入ってきた金髪で、その予想が裏切られたことを知る。
普通に春原だった。
肩で息をしながら着席し、そのまま机に突っ伏すと、微動だにしなくなった。
朋也(あ、死んだ…)
かのように見えたが、呼吸のためか、上体が上下しはじめた。
朋也(寝たのか…なにしにきたんだ、あいつは…)
―――――――――――――――――――――
生徒「気をつけ、礼」
声「ありがとうございました」
授業が終わり、弛緩した空気になる。
そこかしこから、昼は何にするだとか、そんな声が聞えてきた。
唯「いこ、岡崎くん」
朋也「ああ」
いつものように平沢と職員室に向かう。
土曜日は、4時間目が終わると、清掃なしで即SHRが行われ、放課となる。
昼を摂れるのはそれからだった。
―――――――――――――――――――――
203:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:03:04.66:cUBlBpOS0
声「平沢さん」
唯「はい?」
職員室でボックスの中を漁っていると、後ろから声をかけられた。
さわ子「今日、なんで遅刻したの? 欠席かと思って、お家に電話したのよ」
俺が主な原因だっただけに、どうもばつが悪い。
さわ子「でも、誰も出ないし…携帯もつながらなかったし…」
さわ子「だから、なにかあったんじゃないかって心配してたんだから」
俺や春原なんかは常習犯だったし、この人は大体の事情も知っているから、いつものことで済まされる。
だが、これが普通の生徒に対する、一般的な反応だった。
唯「ごめん、さわちゃん。ただの寝坊だよ。携帯は電源切ってたんだ」
部長の時とは違い、ごまかして伝えていた。
仲がいいとはいえ、教師なので、俺の名前を出すことをしなかったのかもしれない。
それを思うと、罪悪感を感じてしまう。
さわ子「寝坊って…岡崎くんや春原くんじゃあるまいし…」
さわ子「まぁ、いいわ。それで、いつきたの」
唯「三時間目の終わりだよ」
さわ子「それ、寝すぎじゃない? 夜更かしでもしてたの?」
204:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:04:18.96:1qYNd8dxO
唯「えへへ、まぁね。ギー太がなかなか寝かせてくれなくて…」
さわ子「よくわからないけど、夜中にギターを弾くのは近所迷惑でもあるから、やめなさい」
唯「は~い」
さわ子「夜はしっかり寝て、ちゃんと学校に来なさいね」
唯「はぁ~いぃ」
さわ子「過剰に間延びした返事はやめなさい」
唯「へいっ」
さわ子「ほんとにもう…。あ、それと、岡崎くん」
朋也「…なんすか」
少し落ちた気分を引きずったままこたえる。
さわ子「中庭、がんばってくれたみたいね。用務員のおじさんも喜んでたわ」
朋也「はぁ…」
さわ子「今日は特にやること決めてないから、帰ってもいいわよ」
朋也「そっすか」
さわ子「春原くん…は今日来てる?」
205:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:04:37.58:cUBlBpOS0
朋也「ああ。来てるよ」
さわ子「じゃ、あの子にも言っておいてね」
そう言い残し、職員室の奥へ去っていった。
唯「私達も、いこっか」
朋也「ああ」
―――――――――――――――――――――
唯「ねぇ、今日なにもないんだったらさ、部室に遊びにこない?」
配布物を運ぶ途中、平沢が口を開いた。
前にもこんな調子で誘われた覚えがある。
朋也「遊びって…いいのかよ」
唯「うん、もちろん。一緒にお茶飲んだり、お話したりしようよ」
普段はそうしていると聞いていたが、真剣な平沢たちも見てしまっている。
それもあって、やはり、俺がその中に割って入るのは野暮ったく感じる。
唯「ね? 春原くんも誘ってさ」
黙っていると、そうつけ加えてきた。
朋也「俺は遠慮しとく。あいつはどうか知らないけどさ」
206:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:05:54.45:1qYNd8dxO
仮に春原がその気になったとして、俺は止めることはしない。
あの連中の中に入っていくことをどう思うかなんて、あいつの勝手だ。
唯「ぶぅ、つまんないなぁ。くればいいのに」
朋也「おまえがよくても、他の奴らがよく思わないかもしれないだろ」
唯「そんなことないよ。みんな、ふたりがいた時はいつもより賑やかでよかったって言ってたし」
朋也「部長もか」
唯「うん。いないと、なんとなく寂しいって言ってたよ」
朋也「そっか」
少し意外だった。あんなにも春原と仲が悪かったのに。
唯「だから、ね? 遠慮しないでいいんだよ?」
朋也「いや…それでもやっぱ、いいよ」
むこうが歓迎ムード寄りだったとしても、どうしてもおれ自身が気兼ねしてしまう。
唯「ちぇ~…」
―――――――――――――――――――――
SHRも終わり、やっと昼食の時間を迎えた。
唯「岡崎くん、お昼どうするの? 学食?」
207:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:06:14.38:cUBlBpOS0
朋也「ん、ああ…決めてないな」
唯「じゃあさ、また私たちと一緒に…」
春原「おい、岡崎。さわちゃんなにも言わずに出てっちゃったんだけど、なんか聞いてる?」
平沢がなにごとか言いかけた時、春原が現れた。
朋也「今日はもう帰っていいってよ」
春原「マジ? ラッキー」
唯「ていうか春原くんって、さわちゃんって呼んでるんだね」
春原「ああ、もう長い付き合いだからね」
唯「私とりっちゃんもそう呼んでるんだよ。まる被りだね」
春原「ま、最初にそう呼び始めたのは僕だろうけどね」
なぜか対抗心を燃やし始めていた。
唯「む、そんなことないよっ。私たちなんて、会った瞬間からそう呼んでたんだから」
春原「甘いな。僕なんて、物心ついた頃から雰囲気でそう呼んでたんだぞ」
朋也「時系列的にもありえないからな…」
唯「だよね」
209:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:08:49.41:1qYNd8dxO
春原「岡崎、余計なこというなよっ。あとちょっとで勝てたのによっ」
なににだ。
春原「ま、いいや。んなことより昼、食いにいこうぜ」
朋也「ああ、そうだな」
言って、立ち上がる。
唯「どこいくの?」
春原「ラーメン屋…でいいよな?」
確認を取るように、俺を見る。
朋也「いいけど」
唯「あ~、外かぁ。じゃ、しょうがないか…」
春原「あんだよ、なんかあんのか」
唯「いや、学食だったら、一緒にどうかなと思ったんだけどね」
春原「そんなにどうしても僕たちと一緒がいいなら、ラーメン屋ついてくりゃいいじゃん」
そこまで熱望していない。
唯「お弁当持ってきてるからね。学食なら一緒のテーブルにつけたでしょ」
210:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:09:07.11:cUBlBpOS0
春原「あそ。じゃだめだな」
春原「もういこうぜ、岡崎」
言うが早いか、ぶっきらぼうに歩き出した。
俺もそれに続く。
唯「あ、春原くんっ、ご飯食べ終わったら、部室に遊びにこない?」
春原「あん? 遊び?」
振り返り、そう聞き返した。
唯「うん。みんなでお菓子食べたり、お話したりするんだよ」
春原「………」
しばし逡巡する。
こいつのことだ、食べ物に釣られて快諾するかもしれない。
春原「それ、僕だけ? こいつは?」
唯「岡崎くんは、こないんだって」
春原「ま、そうだよねぇ、こいつは」
俺を見て、納得したような顔をする。
春原「僕も行かねぇよ」
212:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:10:25.75:1qYNd8dxO
唯「春原くんもかぁ…残念…」
春原「ま、僕たち、部活なんか大嫌いだからね。わざわざそんなとこ、寄りつかないよ」
どうしてそこまで話してしまうのか。
ただ、行かないとだけ言っていればいいのに。
俺は春原を恨めしく思った。
それほど触れられたくないことだった。
唯「え? どうして…」
春原「別にいいだろ、なんでも。とにかく嫌いなんだよ」
曖昧に答える。
こいつも、詳しく話す気はないようだ。
唯「…もしかして、楽しくなかったかな、私たちといて…」
どうやら平沢は、断る口実として言ったものだと受け取っているようだった。
…よかった。内心かなりほっとする。
春原「ばぁか。んなもん、僕とこいつの友情にくらべれば屁みたいなもんだよ」
春原「だよな? 岡崎っ」
朋也「ああ、その通り。屁の化身みたいな奴だよ、おまえは」
春原「なにを肯定してるんだよっ!? 一言もそんなこといってないだろっ!」
唯「あははっ、確かに、仲いいよね、ふたりとも」
213:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:10:47.05:cUBlBpOS0
春原「ふふん、まぁね」
ぴと ぴと
春原「あん? なに背中つついてんの、おまえ」
朋也「いや、俺の服、ちょっとほつれてたからさ、その糸くずだよ」
ぴと ぴと
春原「いや、もうやめろよっ! 地味に嫌だよっ!」
背に手を伸ばし、はたきだす。
朋也「動くなよ、もう少しでバカって文字が完成するんだから」
春原「あんた、めちゃくちゃほつれ多いっすね!」
唯「あははっ」
―――――――――――――――――――――
朋也「おまえは行くと思ってたんだけどな」
春原「なにが」
朋也「軽音部」
春原「はっ…行かねぇよ。おまえと同じ理由でな」
214:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:12:08.51:1qYNd8dxO
朋也「そうか…」
秤にかけるまでもなかったということか。
朋也「でも、昼飯は一緒でもいいんだな。ラーメン屋ついてきてもよかったんだろ」
春原「ああ、それくらいならね」
こいつの中では譲れるラインらしい。
普通ならもう関わることさえしなくなっているだろうに。
やっぱり、こいつもどこか軽音部の連中のことを気に入っていたのかもしれない。
春原「ま、ムギちゃんがいるってのがデカイんだけどね」
朋也「ふぅん。つーか、おまえマジなの」
春原「ムギちゃん?」
朋也「ああ」
春原「彼女にできれば、将来明るそうじゃん? お嬢様だぜ?」
朋也「そんな理由かよ」
春原「まぁ、それだけじゃないよ。かわいいし、いいこだしね」
春原「僕の彼女になれる条件を満たしてるってことだよ」
こいつは琴吹の『いつか殺りたい人間』リストの最上段に載れる条件を全て満たしているはずだ。
215:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:12:29.51:cUBlBpOS0
―――――――――――――――――――――
春原「はぁ、うまかった」
ラーメン屋で昼を済ませ、外に出てくる。
春原「学食のもいいけどさ、たまにはがっつり、ニンニク入ったラーメンも食いたくなるよね」
朋也「そうだな」
これはかなり共感できた。
チーズバーガーが無性に食べたくなる衝動と同じ原理だ。多分。
春原「あ、コンビニ寄ってかない?」
朋也「いいけど」
―――――――――――――――――――――
近くのコンビニに入る。
同じ学校の制服もちらほら見かけた。
春原「今週は載ってるかな…」
小さくつぶやき、雑誌コーナーへ向かう。
俺もそれに倣った。
―――――――――――――――――――――
春原「うぉ…ははっ」
216:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:17:22.63:cUBlBpOS0
手に取った雑誌を読みふけり、興奮を織り交ぜながら笑いをこぼしていた。
朋也(口に出すなよ…うるせぇな…)
朋也「春原、もうちょい奥にいってくれ。立ち読み客がつかえてる」
春原「ん、おお」
雑誌から目を離さずに移動する。
朋也「まだ足りないって」
春原「ん…」
端までたどりつく。
そう、そこはまさに、警告標識で仕切られた、いかがわしい雑誌コーナーの目の前。
春原「うっお…へへっ」
そんな場所で不気味なうめき声を上げるこの男。
ただの変態だった。
女生徒1「あれって…」
女生徒2「えぇ…やばいよ…」
女生徒1「大丈夫だって…」
うちの学校の生徒にも目撃されていた。
その女生徒たちは、なにやら携帯を取り出すと、カメラのレンズを春原に合わせているように見えた。
219:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:20:07.41:1qYNd8dxO
そして、ちゃらりん、と音がすると、ダッシュで店を出ていった。
朋也「………」
あの春原の姿が全校生徒のデータフォルダに保存される日は近いかもしれない…。
―――――――――――――――――――――
春原「岡崎、なんか思いついた?」
朋也「いや、なにも」
俺たちはなんの目的もなく、ただ駅前に出てきていたのだが…
そんなことだから、当然のように間が持たなくなっていた。
今は適当なベンチに腰掛けて、遊びのアイデアをひねり出していたのだ。
だが、どれも不毛なものばかりで、一向に納得できる案が浮かんでこない状態が続いていた。
つまりは…いつもの通り、暇だった。
これが俺たちの日常だったから、もういい加減慣れてしまっていたが。
春原「じゃあさ、白線踏み外さずに、どこまでいけるかやろうぜ」
朋也「おまえ、ほんとガキな」
春原「いいじゃん、この際ガキでもさ。あそこのからな出発なっ」
指をさし、その地点へ駆けていく。
朋也(しょうがねぇな…)
俺も仕方なくついていった。
220:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:20:25.92:cUBlBpOS0
―――――――――――――――――――――
春原「おい、おまえもやれよ」
俺は春原の横につき、白線の外にいた。
朋也「俺は監視だよ。おまえがちゃんとルールに則ってプレイしてるかチェックしてやる」
朋也「確か、踏み外すと、その足が粉砕骨折するってことでよかったよな」
春原「んな過酷なルールに設定するわけないだろっ! どんなシチュエーションだよっ!」
朋也「じゃあ、落ちてる犬の糞を踏んだら残機がひとつ増えるってのは守れよ」
春原「なんでそんなもんで1UPすんだよっ!? むしろダメージ受けるだろっ!」
朋也「いや、そういう世界観のゲームなのかなと思って。おまえが主人公だし」
春原「めちゃくちゃ汚いファンタジーワールドっすね!」
朋也「いいから、早くいけよ、主人公」
春原「おまえがいろいろ言うから開幕が遅れたんだろ…」
ぶつぶつと愚痴りながらも白線に沿って進み始めた。
―――――――――――――――――――――
春原「あー、もういいや、つまんね…」
221:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:21:43.32:1qYNd8dxO
商店街を出て、しばらく来たところで春原が白線から出た。
朋也「なに言ってんだよ、十分楽しんでたじゃん」
朋也「その辺に生えてるキノコ食って巨大化とか言ってみたりさ」
春原「どうみてもそのキノコのせいで幻覚みてますよねぇっ!」
朋也「で、これからどうすんだよ」
春原「帰るよ、普通に…ん?」
春原の視線の先。
電柱のそばに、作業員風の男がヘルメットを腰に提げて立っていた。
時々電柱を見上げ、手にもつボードになにかを書き込んでいる。
点検でもしていたんだろうか。
春原「んん!? うわっ…マジかよ…やべぇよ…」
その男を見つめたまま、春原がうわごとのようにつぶやく。
朋也「どうした。禁断症状でもあらわれたか」
春原「もうキノコネタはいいんだよっ。それより、おまえ、気づかないのかよっ」
朋也「なにが」
春原「ほら、あの人だよっ」
男を指さす。
222:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:21:59.52:cUBlBpOS0
朋也「作業員だな」
春原「そうじゃなくて、あの人、芳野祐介だよっ! おまえも名前ぐらい聞いたことあるだろ」
朋也「芳野祐介…?」
確かに、どこかで聞いたことがあるような…。
春原「ほら、昔いたミュージシャンの」
朋也「ふぅん、ミュージシャンなのか。名前はなんとなく聞いたことあるような気はするけど」
春原「メディア露出がほとんどなかったからな…顔は知らなくても無理ないか…」
春原「でも、それでもかなり売れてたんだぜ? おまえもラジオとかで聞いてるって、絶対」
朋也「そうかもな、名前知ってるってことは」
春原「はぁ…でも、この町にいたなんてな…しかも電気工なんかやってるし…それも驚きだよ…」
朋也「ただのそっくりさんかもしれないじゃん」
春原「いや、絶対本人だって」
朋也「なんでそう言い切れるんだよ」
春原「あの人が出てる数少ない雑誌も全部読んでるからね」
朋也「おまえ、んなコアなファンだったの」
223:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:23:20.54:1qYNd8dxO
春原「いや、妹がファンでさ、そういうの集めてたんだよ」
春原「それで、僕も影響されて好きになったんだけどね」
朋也「おまえ、妹なんかいたのか!?」
春原「ああ。言ってなかったっけ?」
朋也「初耳だぞ。紹介しろよ、こらぁ」
春原「実家にいるから無理だっての」
…それもそうか。確か、こいつの実家は東北の方だったはずだ。
というか…春原の妹なんていったら、きっとゲテモノに違いない。
それを思うと、すぐに萎えた。
春原「それよか、サインもらいにいこうぜ」
朋也「俺はいいよ。ひとりでいけ」
春原「もったいねぇの。あとで後悔しても遅いんだからな」
朋也「しねぇよ」
春原「じゃ、いいよ。僕だけもらってくるから」
言って、芳野祐介(春原談)に振り返る。
春原「あ…」
224:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:23:42.95:cUBlBpOS0
その先へ向かおうとしたところで、ぴたっと動きを止めた。
春原「………」
朋也「どうしたんだよ」
春原「いや…ちょっと思い出したんだよ」
朋也「なにを」
春原「いや、芳野祐介ってさ、もう引退してるんだけど、その最後がすげぇ荒んでたって聞いたんだよね…」
春原「当時のファンだったら絶対声かけないってくらいにさ…」
朋也「もう時効なんじゃねぇの。いけよ」
春原「おまえ、ほんと誰にでも鬼っすね…」
朋也「あ、おい、もう行こうとしてないか」
芳野祐介(春原談)は、軽トラの荷台に仕事道具を積み始めていた。
春原「やべっ…」
春原「岡崎、おまえも協力してくれっ」
朋也「なにをだよ」
春原「それとなくサインもらえるようにだよっ」
225:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:24:58.67:1qYNd8dxO
朋也「ああ? どうやって」
春原「そうだな…」
あごに手を当て、考える。
春原「僕が合図したら、おまえは、うんたん♪うんたん♪ いいながらエアカスタネットしてくれ」
朋也「はぁ? 意味がわからん」
春原「いいから、頼むよっ」
朋也「いやだ」
春原「今度カツ丼おごるからっ」
朋也「よし、乗った」
―――――――――――――――――――――
春原「あのぉ、すみません…」
積み作業を続ける芳野祐介(春原談)の手前までやってくる。
作業員「あん?」
一時中断し、俺達に振り向いた。
春原「僕たち、大道芸のようなものをたしなんでるんですけど…」
226:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:25:23.10:cUBlBpOS0
春原「もしよかったら、今、みていただけませんかね?」
作業員「大道芸なら、繁華街のほうでやればいいんじゃないか」
春原「いや、まだそれはハードルが高いっていうか…」
春原「まずは少人数でならしていこうと思いまして…」
作業員「ふぅん…そうなのか」
腕時計を見て、なにか考えるような顔つきで押し黙る。
作業員「…まぁ、少しなら付き合ってやれる」
春原「ほんとですか!? あざすっ!」
春原「それじゃ…」
春原が俺に目配せする。
合図だった。
朋也「うんたん♪ うんたん♪」
春原「ボンバヘッ! ボンバヘッ!」
いつかみたヘッドバンギング。
その隣で謎のリズムを刻む俺。
………。
俺たちは一体なにをしているんだろう…。
というより、なにがしたいんだ…。
227:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:26:47.22:1qYNd8dxO
やっている自分でさえわからない。
作業員「………」
芳野祐介(春原談)も明らかに怪訝な顔で見ていた。
春原「…ふぅ」
作業員「…もう終わりか?」
春原「え? えっと…まだありますっ」
多分、今ので終わる予定だったんだろう。
朋也(まさか、いいリアクションがくるまでやるつもりじゃないだろうな…)
と、また目配せされた。
朋也「うんたん♪ うんたん♪」
春原「ヴォンヴァヘッ! ヴォンヴァヘッ!」
今度は横に揺れていた。
くだらなさ過ぎるマイナーチェンジだった。
―――――――――――――――――――――
春原「ぜぇぜぇ…こ、これで終わりっす…」
結局一度もいい反応を得ることなく、春原の体力が底を尽いていた。
228:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:27:05.44:cUBlBpOS0
作業員「…ひとつ訊いていいか」
春原「はい? なんですか…」
作業員「一体、なにがしたかったんだ?」
それは俺も知りたい。
春原「え? やだなぁ、エアバンドじゃないっすか」
そうだったのか。
というか、おまえがやったのはどっちかというとエア観客じゃないのか。
作業員「そうか…よくわからんが、まぁ、がんばれよ」
励ましの言葉をくれると、車のドアを開け、そこに乗り込もうとする。
春原「あ、ちょっといいっすか?」
作業員「なんだ、まだなにかあるのか」
春原「あの…このシャツにサインしてくれませんか」
強引過ぎる…。
話がまったくつながっていなかった。
エアバンドの前フリは一体なんだったのか…。
作業員「俺がか?」
春原「はい。最初のお客さんってことで、記念にお願いします」
229:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:28:33.53:1qYNd8dxO
作業員「…まぁ、あんたがいいなら、やるが」
春原「あ、本名でお願いしますよ。あと、春原くんへってのもお願いします」
ますます話が破綻していた。
普通は役者がファンにするものだろうに。
春原「春原は、季節の春に、はらっぱの原です」
作業員「ああ、わかった」
書き始める。
これで名前が芳野祐介じゃなかったら爆笑してやる。
作業員「これでいいか」
春原「っ…ばっちりっす! あざした!」
朋也(おお…)
そこに書かれていたのは、芳野祐介という名前。
同姓同名の他人…なんてことはやっぱりなくて、本物なのか…。
芳野「…はぁ」
また腕時計で時間を確認する。
芳野「あんたら、時間あるか」
春原「え? はい、有り余ってますっ」
230:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:28:50.50:cUBlBpOS0
芳野「なら、バイトしないか」
春原「バイトっすか」
芳野「ああ。作業を手伝って欲しいんだ」
春原「もちろんやりますよっ」
芳野「助かる。なら、車に乗ってくれ」
春原「はいっ」
元気よく答えて、助手席に向かう。
春原「岡崎、なにつっ立ってんだよ。早くこいって」
朋也「俺もかよ…」
春原「ったりまえじゃん」
朋也(なにが当たり前だ…)
しかし、バイトだと言っていたのだから、当然バイト代も出るのだろう。
どうせ、暇だったのだ。
金がもらえるなら、それも悪くないかもしれない。
―――――――――――――――――――――
春原「うぇ…しんど…」
233:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:30:18.93:cUBlBpOS0
朋也「俺も、脚パンパンだ…」
梯子や街灯を支えていたのだが、これが大層な力作業だった。
不安定なものを固定するというのが、ここまで神経を使い、なおかつ筋力も酷使するものだったとは…。
芳野「助かったよ。ご苦労だったな」
ちっとも疲労感を感じさせない、余裕のある佇まい。
俺達よりよっぽど過酷な作業をこなしていたというのに…。
春原「きついっすね…いつもこんなことしてんすか…」
芳野「ああ、まぁな。今日はこれでも軽い方だ」
春原「はは…これでっすか…」
これが社会人と、俺たちのような怠惰な学生の違いなのだろうか。
こんなにも疲弊しきっている俺たちを尻目に、この人は涼しい顔で軽い方だと言ってのける。
午前中にも、ずっと同じような作業をしてきたかもしれないのに…。
小さな悩みとか、そういうことをうじうじ考えているのが馬鹿馬鹿しくなるほどに、しんどい。
社会に出るというのは、そんな日々に身を投じるということなのだ。
想像はしていたけど…想像以上だった。
今までどれだけ働くということを甘く考えていたか、いやというほど思い知らされた気分だ。
でも、芳野祐介だって、俺たちとさほど変わらない歳の若い男だ。
その男からいとも簡単に『軽い方だ』などと言われれば、ショックもでかかった。
俺は歴然とした差を感じ、いいようのない焦燥感に襲われていた。
芳野「あんたら、予想以上によく動いてくれたよ。体力あるほうだ」
春原「はは…」
235:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:31:42.81:1qYNd8dxO
朋也「そっすか…」
なんの救いにもならない。
芳野「今から事務所の方に行ってくるから、少し待っててくれ」
春原「はい…つーか、動きたくないっす…」
ふ、と笑い、俺と春原の肩を軽く叩き、労いの意を示してくれた。
―――――――――――――――――――――
芳野「待たせたな。ほら、バイト代」
灰色の封筒を差し出した。
下の方に何やら会社名が書いてあった。
春原「あざす」
朋也「ども」
芳野「悪いな、半分しか出なかった」
芳野「一日働いてないのに、丸々出せるかって言われてな」
俺は痛みの残る腕で封筒を開けた。ひのふのみの…
朋也「これ、間違いじゃないんすか?」
春原「はは…」
237:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:32:09.78:cUBlBpOS0
春原もその額になにか思うところがあるようだ。
芳野「ん? そんなことないと思うが」
俺は芳野祐介に封筒を渡し、見てもらった。
芳野「違わない。そんなに少なかったか?」
いや、逆だ。どうみても、多いと思った。
話では、これでも半分の額だという。
もし満額もらっていたのなら。
この額ならば、自分の力だけで食っていける…。
けど、それはやっぱり甘い考えなんだろう。
俺のように冷めやすい性格の人間に勤まるような仕事じゃなかった。
きっとすぐに嫌気が差して、投げ出してしまうに違いなかった。
じゃあ、俺はどんな場所に収まれるというんだろう…。
俺はかぶりを振る。
そんなことを今から考えていたくなかった。
春原「いや、めちゃ満足っす。こわいくらいに…」
芳野「そうか。なら、よかった」
芳野「また暇な時にでもバイトしにきてくれ。ウチはいつだって人手不足だからな」
芳野「ほら、名刺」
春原「いいんすか? もらっちゃって」
芳野「名刺くらい、別にいい」
238:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:33:41.17:cUBlBpOS0
春原「っしゃ! ざぁすっ!」
俺も名刺を受け取る。そこには電設会社の名前と、芳野祐介という文字が記されていた。
芳野「じゃあ、急ぐんでな」
芳野祐介は荷物を持つと、向かいに止めてあった軽トラへと歩いていく。
中に乗り込み、最後にこちらを見て片手を上げると、低いエンジン音と共に去っていった。
―――――――――――――――――――――
春原「いやぁ、今日は大収穫があったね」
ベッドに寝転び、もらった名刺を眺めながらごろごろと二転、三転している。
春原「臨時収入はあったし、あの芳野祐介の名刺まで手に入るなんてさ」
春原「やっぱ、日ごろの行いがいいと、こういう幸運に恵まれるんだね」
朋也「確かに、この雑誌の後ろの方にある占いによると、おまえの星座、今日運気いいってあるぞ」
春原「マジで?」
朋也「ああ。でも、今日までらしいぞ。明日以降は確実に死ぬでしょう、だってよ」
春原「どんな雑誌だよっ! 死期まで占わなくていいよっ!」
朋也「ラッキーアイテムは位牌です、ってかわいいキャラクターが満面の笑みで言ってるぞ」
春原「諦めて死ねっていいたいんすかねぇっ!?」
239:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:35:04.53:1qYNd8dxO
―――――――――――――――――――――
朋也「そういやさ…」
春原「あん?」
朋也「おまえ、芳野祐介のCD持ってんの」
春原「テープならあるけど。聞く?」
朋也「ああ、頼む」
春原「じゃ、ちょっと待ってて」
立ち上がり、ダンボールを漁りだす。
朋也「つーか、今時テープって、古すぎだろ。音質とかやばいだろ」
春原「文句言うなよ。ほらっ」
240:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:35:25.38:cUBlBpOS0
テープの入ったラジカセをよこしてくる。
電源をいれ、再生してみる。
ハードなロック調のメロディが流れてきた。
歌詞もよく聴いてみると、音は激しいのに、心にじぃんとくるものがあった。
春原「どうよ?」
朋也「…いいわ、かなり」
春原「だろ?」
今日入った金もあることだし…。
今度、中古ショップでも回ってCDを探してみよう。そう決めた。
―――――――――――――――――――――
243:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:37:39.51:1qYNd8dxO
4/11 日
目が覚める。寝起きは悪く、けだるい。
時計を確認すると、まだ午前中だった。
朋也(寝直すか…)
どうせ、この時間に起きて寮に行っても、春原の奴もまだ夢の中に違いなかった。
寝ているあいつにいたずらするもの一興だが、それ以上に睡眠欲求が強い。
俺は二度寝するため、目をつぶって枕に頭を預けた。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
朋也(ふぁ…だる…)
結局、起きたのは午後一時半。
深夜に寝ついたとはいえ、眠りすぎだった。
加え、二度寝もしているから、いつも以上に体も頭も重い。
そして、そんな時は食欲も湧いてこないので、まだなにも食べていなかった。
なにか食べたくなるのは決まって時間が経ってからだ。
それも一気にくるから、こってりしたものが欲しくなる。
なので、時間を潰し、かつそんな食事もできるよう、俺は繁華街へ出てきていた。
当面はCDショップを巡るつもりだ。
お目当ては、芳野祐介のCD。
昨日、いつか探しに出ようと決めたが、そのいつかがこんなに早く来るとは…。
我ながら、本当にいきあたりばったりだと思う。
244:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:38:06.75:cUBlBpOS0
―――――――――――――――――――――
朋也(ないな…)
大手CDショップの中古コーナーを回ったり、中古専門の店に入ってもまったく見つからなかった。
すでに数件巡っているのにだ。
朋也(もう、出るか…)
朋也(ん? あれは…)
懐かしいものを発見した。それは、ひっそりと棚の隅にあった。
だんご大家族のCDだった。
誰かが出しかけたまま放置していったのだろう。
他のCDにくらべて少し飛び出していた。
だからこそ俺の目に入ったのだが。
手に取ってみる。
朋也(平沢の奴、これのシャーペン持ってたよな、確か…)
あいつから聞いていなければ、見つけても素通りしていただろう。
朋也(買って、500円くらい上乗せして売りつけてやろうか)
朋也(いや…好きなら、CDくらい持ってるか…)
よこしまな考えをすぐに改め、CDを棚に戻し、店を後にした。
―――――――――――――――――――――
245:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:39:28.57:1qYNd8dxO
朋也(あれ…この辺だったよな…)
俺は無性にハンバーガーが食べたくなり、店を探していた。
以前何度か利用したことがあったのだが…見つからない。
最近、来ていないうちに潰れてしまったんだろうか。
だとすると、駅前の方にするしかない。
だが、ここからは少し距離があった。
朋也(まぁいいか…行こう)
そう決めて、踵を返す。
朋也(ん…?)
すると、小さい女の子が、さっと柱に身を隠した。
挙動がおかしかったので、なんとなく気になった。
歩き、近づいていく。
そして、横についたとき、ちらっと横目でその子を見てみた。
柱に顔を押しつけ、手で覆い隠すようにしている。
朋也(なんだ、こいつ…)
ちょっとおかしい奴なのか…。
あまり見すぎていて、突然振り返られでもしたら怖い。
俺はスルーして先へ進んだ。
―――――――――――――――――――――
朋也(さっきの奴どうなったかな…)
246:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:40:29.28:cUBlBpOS0
ちょっと歩いたところで、好奇心から振り返ってみた。
女の子「!」
先程と同じく、柱に隠れる。
朋也(…俺、尾けられてないよな)
俺が振り返ると隠れるし、同じタイミングで方向変えたし…。
しかしそれにしては下手な尾行だった。
朋也(まさかな…)
またしばらく歩く。そして突然…
ばっ
勢いよく振り返った。
女の子「!!」
また、隠れた…。
朋也(なんなんだよ…くそ)
俺は歩を進めて近づいていく。
付近までやってくると、柱の両端から髪がはみ出ていた。
さっき見て確認した時、ツインテールだったので、その部分だ。
俺はその子の後ろに回った。
248:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:42:47.88:1qYNd8dxO
朋也「おい」
びく、と体が跳ねる。
朋也「おまえさ…」
いいながら、肩に手を置く。
女の子「す、すみません、私…」
俺がこちらを向かせる前に、自ら振り返った。
朋也「あれ…おまえ」
確か軽音部の…中野という子だったはずだ。
梓「あの、私…CDショップのところから先輩を尾行してました」
そんなとこから…気づかなかった…。
梓「失礼ですよね…やっぱり…」
朋也「いや、なんでまた…」
梓「それは…」
言いよどみ、顔を伏せる。
きゅっとこぶしを作ると、俺を見上げた。
梓「唯先輩の件で、気になることがあったからです」
249:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:43:23.26:cUBlBpOS0
朋也「平沢の? それで、なんで俺なんだよ」
平沢のことで尾行されるような心当たりがない。
梓「きのう、聞いたんです。唯先輩が遅刻してきたって」
梓「それで、その原因が岡崎先輩と一緒に登校するためだったっていうのも…」
朋也(うげ…)
あの部長、話題にあげたのか…。
梓「だから、岡崎先輩が普段どういう人なのか気になって…」
梓「ていうか、唯先輩にふさわしい人かどうか…」
ふさわしい、とは…やっぱり、そういう意味なんだろうか。
あの部長、いったいどういうふうに話したんだろう。
おもしろおかしく盛り上げて、あることないこと喋ったんじゃないだろうな…。
曲解されてしまっているじゃないか。
梓「あ、す、すみません、私…また失礼なことを…」
朋也「いや、つーか、まず俺と平沢はそんな関係じゃないからな」
梓「え? だって、手をつないで登校したりしてるんですよね?」
朋也「してない」
やはり話が盛られていた。
251:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:44:36.29:1qYNd8dxO
梓「じゃあ、休み時間にラブトークしてるっていうのは…」
朋也「するわけない…」
梓「そうですか…」
安堵した表情で、胸をなでおろすような仕草。
梓「じゃあ、律先輩のいつもの冗談だったんだ…」
朋也「なに言ったか知らないけど、九割嘘だ」
梓「え? じゃあ、残りの一割…あれは本当だったんですか…」
朋也「なんだよ、それ」
少し気になった。
だが、残り一割なら、そうたいしたことはなさそうだ。
もしかしたら、事実かもしれない。
よく話しているとか、そんな程度のこと。
梓「焼きそばパンを両端から食べあって真ん中でキスするっていう…」
めちゃヤバイのが残っていた!
朋也「それより軽いの否定してんのに、ありえないだろ…」
梓「ですよね…ちょっとテンパッちゃってました」
だろうな…。
252:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:44:55.85:cUBlBpOS0
朋也「あー…まぁ、誤解も解けたし、もういいよな。それじゃ」
言って、もと来た道を引き返し始める俺。
梓「あ、まってください!」
後ろから声。
振り返る。
朋也「なんだよ」
梓「あの…失礼なことしたお詫びに、なにかしたいんですけど…」
梓「私にできることならします。なんでもいってください」
朋也「なんでも?」
梓「はい。できる範囲でですけど…」
朋也(そうだな…)
朋也「じゃ、昼おごってくれ。飯まだなんだ」
梓「それくらいなら、まかせてください」
もともとハンバーガーを食べるつもりだったのだ。
それくらいなら、そう負担にもならないだろう。
―――――――――――――――――――――
253:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:46:23.96:1qYNd8dxO
店に入る。昼時は少し過ぎたとはいえ、人が多い。
とりあえず並んで順番を待つ。
―――――――――――――――――――――
店員「いらっしゃいませ~」
朋也「あ」
梓「あ」
店員「あら…」
その店員も、一瞬接客を忘れて素の反応が出てしまっていた。
俺たちも、向こうも、相手のことを知っていたからだ。
つまりは知り合いだ。
紬「店内でお召し上がりになりますか?」
琴吹だった。
もう店員としての顔を取り戻している。
朋也「ええと、そうだな…」
梓「私も頼むんで、店内でお願いします」
横から、そう俺に伝えてくる。
朋也「ああ、じゃ、店内で」
紬「かしこまりました。ご注文をどうぞ」
254:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:46:50.29:cUBlBpOS0
朋也「チーズバーガー3つと、水」
紬「はい」
ピッピッ、とレジに打ち込んでいく。
紬「お会計は、おふたりご一緒でよろしいでしょうか」
梓「あ、はい」
紬「かしこまりました。では、ご注文をどうぞ」
梓「えっと…このネコマタタビセットをひとつ」
紬「はい」
同じように、またレジに入力する。
会計が出ると、中野が支払いを済ませた。
紬「では、この番号札でお待ちください」
札を受け取り、空席を探しに出た。
―――――――――――――――――――――
朋也「琴吹ってお嬢様なんだろ」
梓「そう聞いてます」
朋也「なんでバイトなんてしてるんだろうな」
255:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:48:03.71:1qYNd8dxO
梓「それは…多分あこがれがあったんだと思います」
朋也「あこがれ?」
梓「はい。なんていうか、庶民的なことに」
朋也「ふぅん…」
梓「インスタントコーヒーとか、カップラーメンにも感動してました」
朋也「へぇ…」
反動というやつだろうか。俺にはよくわからなかった。
いや…まてよ…庶民的なことに心動かされるということは…
春原とは相性がいいかもしれない。
あいつは典型的な庶民だからな…。
俺も人のことはいえないが。
梓「あの…チーズバーガー3つで本当によかったんですか?」
梓「飲み物も水ですし…」
朋也「ああ、俺小食だから」
いくらおごりといっても、腹いっぱいになる量を頼めるほど図太くなれない。
あとで適当な定食屋にでも寄ればいい。
梓「そうですか。うらやましいです」
朋也「おまえが頼んでたネコマタタビセットって、なに」
256:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:48:23.00:cUBlBpOS0
なんとなく気になっていたので、訊いてみる。
梓「あれはですね、マタタビ味のするハンバーガーとジュース、ポテトがついてきます」
朋也(マタタビ味…)
どんな味がするんだろう…。
梓「そして、なんと、電動ねこじゃらしもついてくるんです」
つまり、よくある玩具がついてくるセットのようなものなのか。
朋也「ふぅん。それで、バーガーの肉は猫なのか」
梓「そんなわけないじゃないですか。怖すぎますよ」
きわめて冷静に返されてしまった。
冗談で言ったのに、俺がバカに見えて、ちょっと恥ずかしくなってしまう。
紬「お待たせしました」
そこへ、注文の品を持った琴吹が現れた。
朋也「あれ、おまえレジじゃなかったのか」
紬「ちょっとわがまま言ってかわってもらったの」
朋也「なんで」
紬「私が持ってきたかったから」
257:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:49:30.49:1qYNd8dxO
その理由を訊いたつもりなのだが…。
紬「どうぞ、梓ちゃん」
梓「ありがとうございます」
紬「岡崎くんも」
朋也「ああ、サンキュ」
盆を受け取る。
紬「ところで…」
俺の耳にそっと顔を寄せる。
紬「唯ちゃんはいいの?」
ばっと勢いよく振り返り、顔を見合わせる。
朋也「おまえまで、俺と平沢がそんなだと思ってんのか」
紬「あれ、ちがった?」
朋也「違うに決まってるだろ」
紬「そうなの? なぁんだ…」
にこやかに微笑む。
悪びれた様子はまったくない。
258:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:49:49.98:cUBlBpOS0
無垢な子供のようだった。
これでは強く言うこともできなくなる。
朋也(はぁ…なんつーか、人徳ってやつなのかな)
冷静になったところで、思い出したように気づく。
琴吹と顔を間近に突き合わせてしまっていることに。
そういえば、さっきから、ふわりといい匂いが鼻腔をかすめていた。
俺は思わず視線を外してしまう。
琴吹は、ふふと笑い、俺から離れた。
そして、ごゆっくり、と店員然としたセリフを言い残し、カウンターへ戻っていった。
朋也(なんだかなぁ…)
俺より余裕があって、負けた気分になる。
お嬢様なのに、もう大人の風格を身につけているというか…。
梓「なに話してたんですか」
朋也「いや、ささくれの処理の仕方についてだよ」
梓「はぁ…そんなのひそひそやらなくてもいいと思いますけど」
朋也「ちょっとエグイ部分もあったから、店員のモラル的にまずかったんだよ」
梓「そうですか…よくわかりませんけど」
―――――――――――――――――――――
食事を終え、店を出る。
259:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:50:48.99:m67Qi8Pxi
男の前だと微妙にキャラが変わる唯が、なんかリアルだな。
261:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:50:57.97:1qYNd8dxO
朋也「昼飯、ありがとな」
梓「いえ、そんな」
朋也「そんじゃ」
梓「はい」
―――――――――――――――――――――
朋也(ここでいいか)
中野と別れてからしばらく飯屋を探し回っていたのだが…
ショーウインドウのモデルメニューに惹かれ、ようやっと店を決めた。
中に入る。
―――――――――――――――――――――
ガー
腹を満たし、自動ドアをくぐって店を後にする。
朋也(けっこううまかったな…)
朋也(…ん?)
道に沿うようにして広がる花壇の淵、そのコンクリート部分。
そこに腰掛け、一匹の猫と戯れる女の子がいた。
手には、うぃんうぃん動くねこじゃらし。
262:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:51:25.73:cUBlBpOS0
梓「…あれ」
こっちを見て、そう口が動いた気がした。
次に、俺の後ろにある飯屋に目をやった。
そして、立ち上がると、こちらに近づいてくる。
猫はちょこんとその場に座り続けていた。
梓「あの…岡崎先輩、今ここから出てきませんでしたか?」
俺がさっきまでいた店を指さす。
朋也「ん、まぁ…」
梓「やっぱり、あれだけじゃ足りなかったんですね」
梓「私に遠慮してくれてたんですか」
朋也「いや、急に小腹がすいたんだよ」
梓「そんなレベルのお店じゃないと思うんですけど」
ショーウィンドウを見ながらいう。
デザート類はあったが、それ以外はしっかりしたものばかりだった。
梓「お詫びできたことになってないです…」
朋也「いや、十分だって」
梓「でも…」
263:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:52:49.28:1qYNd8dxO
食い下がってくる。
朋也(どうするかな…)
朋也「…じゃあさ、あれでいいよ」
俺は猫を指さした。
梓「え?」
猫のいる方に歩き出し、その隣に座る。
顎下をなでると、にゃ~、と鳴き、体をすり寄せてきた。
遅れて中野もついてくる。
梓「あの…」
朋也「こいつとじゃれるのでチャラな」
梓「でも、私の猫ってわけじゃないですし」
言ながら、俺とその間に猫を挟むような位置に座る。
朋也「じゃ、その猫じゃらし貸してくれ」
梓「あ、はい、どうぞ」
受け取る。
みてみると、弱、中、強と強さ調節があった。
強にしてみる。
264:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:53:09.49:cUBlBpOS0
うぃんっうぃんっ!
激しく左右に振れだした。
………。
駆動音といい、挙動といい…ひわいなアレを連想してしまう…。
朋也(いかんいかん…)
気を取り直し、猫の前に持っていく。
猫もその早い動きに対して、高速で対応していた。
バシバシバシ、と猫パンチが繰り出される。
その様子がおもしろかわいかった。
一通り遊ぶと、俺は満足してスイッチをオフにした。
朋也「ほら」
梓「あ、はい」
猫じゃらしを返す。
その折、猫の頭をなでた。
しっぽをぴんと立て、体をよせてくる。
梓「なつかれてますね」
朋也「こいつが人に慣れてるんだろ」
野生という感じはあまりしない。
人から食べ物でもよくもらっているんだろうか。
媚びれば、餌にありつけるという計算があるのかもしれない。
265:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:54:28.87:1qYNd8dxO
朋也「そういえば、俺たち、反対方向に別れたよな」
朋也「なんでここにいるんだ」
梓「それは…」
恥ずかしそうに目をそらせた。
梓「…この子をみつけて、追いかけてたからです」
朋也「逃げられたのか」
梓「はい…」
朋也「おまえ、マタタビなんとかっての食ってたし、寄ってきそうなもんだけどな」
梓「逆に避けられました…それで、ここでやっと止まってくれたんです」
朋也「気まぐれだよな、猫って」
梓「ほんと、そうですよ」
優しい笑みを浮かべ、猫をなでた。
すると、甘えたように中野のひざの上で寝転び始めた。
梓「かわいいなぁ…」
中野がなでるたび、ごろごろと鳴いて、心地よさそうだった。
朋也(いくか…)
266:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:54:53.79:cUBlBpOS0
立ち上がる。
朋也「それじゃな」
今日二回目の別れ。
梓「あ、あの、お詫びの件は…」
朋也「だから、猫じゃらしでチャラだって」
そう告げて、反論される前に歩き出す。
ひざの上には猫がいる。それをどけてまで追ってはこないだろう。
これから俺が向かう先は、当然坂下にある学生寮。
もういい加減春原の奴も起きている頃だろう。
まだ寝ているようなら、俺のいたずらの餌食になるだけだが。
その時はなにをしてやろうか…などと、そんなことを考えながら足を運んだ。
―――――――――――――――――――――
268:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:57:27.28:1qYNd8dxO
4/12 月
朋也(……朝か)
カーテンの向こう側から朝日が透過して届いてくる。
その光が目に痛い。頭も擦り切れたように思考の巡りが悪い。
先日は起きる時間が遅れていたので、うまく寝つくことができなかったのだ。
俺は今の今まで、小刻みに浅い眠りと覚醒を繰り返していた。
朋也(今日はもうだめだ…サボろう…)
混濁する意識の中、そう思った。
まぶたを下ろす。
………。
そういえば…
朋也(今日も待ってんのかな、あいつ…)
あの日、待つことにした、とそう言っていた。
俺が今日サボれば、あいつも欠席になってしまうんだろうか。
まさか、そこまでしないだろうとは思うが…。
きっと、適当なところで切り上げるだろう。
朋也(関係ないか、俺には…)
頭の中から振り払うように、寝返りをうつ。
朋也(だいたい、俺が風邪引いて休むことになった時はどうするつもりだったんだよ…)
朋也(………)
269:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:57:54.25:cUBlBpOS0
朋也(……ああ、くそっ)
考え出してしまうと、気になってしょうがなかった。
俺は布団から出た。
学校へいく準備をするために。
―――――――――――――――――――――
唯「おはようっ」
やっぱり、いた。
朋也「…おはよ」
唯「今日は早いんだねっ。これならまだ間に合うよっ」
朋也「ああ、そう…」
唯「なんか、すごく眠そうだね。やっぱり、体が慣れてない?」
朋也「ああ…」
唯「これから徐々になれていこう。ね?」
朋也「ああ…」
270:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:59:08.63:1qYNd8dxO
唯「じゃ、いこっ」
朋也「ああ…」
―――――――――――――――――――――
唯「岡崎くんさ、今日早かったのって、もしかして…私のため?」
朋也「ああ…」
唯「そ、そうなんだ…うれしいよ。やっぱり、岡崎くんはいい人だったよっ」
朋也「ああ…」
唯「岡崎くん?」
朋也「ああ…」
唯「さっきからリアクションが全部 ああ… なのはなんで?」
271:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:59:29.50:cUBlBpOS0
朋也「ああ…?」
唯「微妙な変化つけないでよ…もう、真剣に聞いてなかったんだね…」
ざわ…
ざわ…
朋也「ああっ…!」
ざわ…
ざわ…
唯「某賭博黙示録みたいになってるよっ…!」
―――――――――――――――――――――
学校の近くまでやってくる。
うちの生徒もまだ多く登校していた。
こんな風景を見るのはいつぶりだろうか。
もう、長く見ていなかった。
朋也(にしても…)
こんな中をふたり、こいつと一緒に歩くのか…。
周りからはどう見られてしまうんだろう。
みんな、そんなの気にも留めないのかもしれないけど…
万が一、軽音部の連中のように、勘違いする奴らが出てきたらたまらない。
朋也「おまえ先にいけ」
272:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:01:21.11:1qYNd8dxO
立ち止まり、そう告げた。
唯「え? なんで? ここまで来たんだから最後まで一緒にいこうよ」
朋也「いいから」
唯「ぶぅ、なんなの、もう…」
不服そうだったが、しぶしぶ先を行ってくれた。
俺も少し時間を置いて歩き出した。
―――――――――――――――――――――
教室に着き、自分の席に座る。
唯「なんであそこから別行動だったの?」
座るやいなや、すぐに訊いてきた。
朋也「おまえ、恥ずかしくないのか。俺と一緒に登校なんかして」
唯「恥ずかしい? なんで? おとといだって一緒だったじゃん」
朋也「いや、だから、それが原因で俺たちが、その…」
唯「うん?」
きょとん、としている。
そういうことに無頓着なんだろうか、こいつは。
273:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:01:56.37:cUBlBpOS0
朋也「…付き合ってるみたいに言われるのがだよ」
唯「あ、そ、それは…えっと…」
唯「私は別に……あ、いや…岡崎くんに迷惑だよ…ね…?」
朋也「まぁ、な…」
というか、おまえはいいのか…。
唯「あはは……だよね…気づかなかったよ、ごめんね…」
朋也「ああ、まぁ…」
唯「………」
少し驚く。あの平沢が目に見えて落ち込んでいた。
今までなら、そっけなくしても、ややあってからすぐ持ち直していたのに。
少し打ち解けてきたと思ったところで拒絶されたものだから、傷も深いんだろうか。
…でも、これでよかったのかもしれない。
これで朝、俺を待つなんて、そんな不毛なことをしなくなってくれれば。
それがお互いのためにもいいはずだ。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
4時間目の授業が終わり、昼休みになった。
274:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:03:32.16:1qYNd8dxO
朋也(はぁ…きっつ…)
朝から授業を受けて蓄積した疲労が堪える。
休憩時間も、全て机に突っ伏し、回復に当てて過ごしていたにも関わらずだ。
そもそも、俺が朝からいたことなんて、ほんとうに数えるくらいしかないのだ。
出欠を取ったとき、さわ子さんも俺がいることにたいそう驚いていた。
替え玉じゃないかと疑っていたくらいだ。
そんな、代返ならまだしも、替え玉出席なんて聞いたこともないのに。
それくらいイレギュラーな事態だったのだ。
朋也(飯、いくか…)
ふと、隣が気になった。
思えば、ずっと静かだったような気がする。
いつもなら、軽音部の誰かがやってきてふざけあっていたのに。
少し心に余裕ができた今、ようやくそのことに違和感を覚えた。
窺うようにして、隣を横目で見てみる。
唯「…ん? なに」
朋也「いや…別に」
唯「…そ」
朋也「………」
まだ、引きずっているのだろうか。
あの、たった一回の拒絶で、ここまで落ちてしまうものなのか。
…いや
回数の問題でもないか…
275:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:03:52.45:cUBlBpOS0
春原「岡崎、昼いこうぜ」
そこへ、春原がやってくる。
朋也「ああ…」
席を立ち、教室を出た。
―――――――――――――――――――――
春原「なんか、おまえ、元気ないね」
朋也「いつものことだろ。俺が元気振り撒いてる時なんかあったか」
春原「まぁ、そうだけどさ…今日は一段とね」
朋也「眠いんだよ」
春原「ふぅん…」
結局、いつかはこうなっていたはずだ。
いくら平沢が歩み寄ってきてくれても、俺自身がこんな奴なのだ。
無神経に振舞って、人の好意を無下にして…
そういうことを簡単にやってしまう人間だ。
だから、再三警告していたのに。
ロクでもない不良生徒だって。
―――――――――――――――――――――
ああ…それでも…
277:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:05:26.97:1qYNd8dxO
ずっと関わり続けようとしてきたのが、あいつだったんだ。
そんなやつ、あいつしかいなかったんだ。
………。
―――――――――――――――――――――
春原より先に食べ終わり、一人で学食を出た。
昼休みは中盤にさしかかったころだった。
教室へ戻っても、まだ軽音部の連中が固まって食後の談笑でもしているはずだ。
そんな中へひとり入っていく気にはなれない。
どこかで時間を潰して、予鈴が鳴る頃を見計らって帰った方がいいだろう。
俺は窓によっていき、外を見た。
食堂から続く一階の廊下。俺のいるこの場所からは中庭が見渡せた。
そこに、見覚えのある後姿を見つける。
朋也(なにやってんだ、あいつ…)
横顔が見えたとき、同時に一筋の涙がこぼれて見えた気がした。
ここからじゃ、正確にはわからなかったが、確かにそう見えた。
顔を袖で拭う動作。
こっちの、校舎の方に振り向く。
向こうも俺に気がついた。
目が合う。
一瞬、躊躇した後…
笑顔を作っていた。
また、涙が頬を伝い、それがしずくとなって地面に落ちた。
今度は間違いなく、それが見て取れた。
………。
俺は駆け出していた。
中庭に直接出ることができる、渡り廊下へ向けて。
278:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:05:53.83:cUBlBpOS0
―――――――――――――――――――――
上履きのまま、夢中で外へ出てきた。
そして、辿り着く。今はもう、石段のふちに腰掛けているその女の子。
俺も隣に座り、少し息を整える。
朋也「…こんなとこでなにやってんだよ」
もっと言いたいことはあったのに、こんなセリフしか出てこない。
唯「…岡崎くんこそ、くつに履き替えもしないで、どうしたの」
朋也「急いでたんだよ」
唯「どうして」
朋也「おまえが泣いてたから」
唯「…私が泣いてたら、急いでくれるの?」
朋也「ああ」
唯「どうして」
朋也「そりゃ…」
どうしてだろう…。
自分でもよくわからない。
279:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:07:12.27:1qYNd8dxO
朋也「…泣いてるからだよ」
唯「…ぷっ…あはは。見たまんますぎるよ」
朋也「ああ…だな」
作ったものじゃない、素の笑顔。
ここまで出てきたその行為が報われたような気分になる。
唯「私、泣いてないよ」
朋也「あん?」
唯「あくびだよ、あ・く・び」
朋也「…マジ?」
唯「マジ」
なんてくだならいオチなんだろう…。
じゃあ、なんだ、俺が単に空回りしていただけなのか…。
唯「でも、うれしかったよ。そんなふうに思って、駆けつけてくれて」
朋也「そっかよ…」
唯「また泣いたら、今みたいに来てくれる?」
朋也「ああ、すぐ行く。借りてた1泊2日のレンタルDVD返したら、駆けつける」
280:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:07:31.79:cUBlBpOS0
唯「それ、私がついでみたいになってるんだけど?」
朋也「しょうがないだろ。もう三日も延滞してるんだから」
唯「そんな事情知らないっ。最初からその日数で借りなよっ」
朋也「ちょっと見栄張ったんだよ。二日あれば俺には十分だ、ってさ」
唯「意味わかんないよ、もう…」
困ったように笑う。
けど、その表情にはもうかげりがなかった。
朋也「それで、ひとりでなにしてたんだよ。こんなとこでさ」
唯「ひなたぼっこだよ。いい天気だし、気持ちいいかなって」
朋也「ほかの奴らは」
唯「誘ったんだけどね~。断れちゃった」
朋也「そっか」
唯「みんなわかってないよ、光合成のよさを」
朋也「植物か、おまえは」
唯「む、哺乳類でもできるんだよ。みてて」
はぁ~…と気合のようなものをためていく。
281:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:08:45.59:1qYNd8dxO
唯「ソーラー…ビーーームッ!」
ズビシッ、と俺に人差し指を突き刺した。
朋也「ビームって…ただの打撃だろ…肉弾攻撃だ」
唯「えへへ」
笑ってうやむやにしようとしていた。
朋也「がんばって光合成でもしといてくれ」
立ち上がり、校舎に引き返す。
唯「あ、私もいくっ」
声がして、後ろから元気な足音が近づいてきていた。
―――――――――――――――――――――
律「よ」
帰ってきた俺を見て、部長が声をかけてくる。
今日は俺の席ではなく、空いた平沢の席に腰掛けている。
朋也「…ああ、よぉ」
平沢が抜けたことにより散会になったとばかり思っていたのだが…
まだ三人とも残っていた。
とりあえず自分の席につく。
282:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:09:02.82:cUBlBpOS0
律「なぁ…」
と、また部長。
朋也「なんだ」
律「あんた、唯のことでなんか知らない?」
それは、今朝からの平沢の様子を気にして訊いてきているんだろう。
容易に想像がついた。
律「あいつ、朝ちょっかい出しにいった時から元気なかったしさ…」
俺が机に突っ伏している間、やっぱり今日も平沢のもとに訪れていたのだ、部長は。
その時異変に気づいたと、そういうことだろう。
律「どうしたのか訊いても、曖昧にこたえるし…」
律「そんで、唯から聞いたんだけど、あんたたち、今朝も一緒に途中まで登校してきたんだろ」
律「だから、あんたならなんか知ってるんじゃないかと思ってさ」
他のふたりも、俺をじっとみてくる。
なんと言っていいのだろうか。
俺が原因だなんていったら、自惚れにもほどがある気もするし…。
今までの流れを言葉で説明すると、途端に安っぽくなるし…。
唯「やっほ、帰ったよ」
そこへ、ちょうど平沢が戻ってきた。
285:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:10:17.09:1qYNd8dxO
下駄箱で上履きに履き替えるため、途中で別れていたのだ。
だから、この時間差が生まれたのだ。
律「あ、おう…」
紬「おかえり、唯ちゃん」
澪「おかえり」
唯「ただいまぁ」
言いながら、自然に部長の上から座った。
律「ちょ、唯、重いっ」
唯「あれ、悦んでクッションになってくれるんじゃないの」
律「んな性癖ないわっ。どかんかいっ」
唯「ちぇ、思わせぶりなんだから…」
部長から身をどける。
律「なに見てそう思ったんだよ…ったく」
立ちあがり、平沢に席を譲った。
澪「唯…その、もういいのか?」
唯「ん? なにが?」
286:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:10:39.42:cUBlBpOS0
澪「いや…ちょっとテンション低かったじゃないか」
唯「ああ、もう大丈夫! 陽の光浴びて満タンに充電してきたからっ」
澪「そっか…」
部長、琴吹と顔を見合わせる。
そして、みな一様に顔をほころばせた。
律「ま、元気になったんなら、それでいいけど」
紬「そうね」
澪「ああ」
唯「えへへ」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
さわ子さんによると、今日普通に登校してきた俺は、奉仕活動を免除されるということだった。
なので、春原だけが捕まっていってしまった。
唐突に暇になる。
あんな奴でさえ、いれば暇つぶしにはなっていた。
やることもない俺は、すぐに学校を出た。
288:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:11:54.75:1qYNd8dxO
―――――――――――――――――――――
着替えを済ませ、折り返し家を出る。
―――――――――――――――――――――
いつものように、春原の部屋でくつろぐ。
今はこの部屋本来の主人も戻っておらず、俺が暫定主人だった。
無意味に高いところに立ってみる。
朋也(………)
朋也(アホくさ…)
むなしくなって速攻やめた。
―――――――――――――――――――――
がちゃり
春原「…あれ、来てたの」
朋也「ああ、おかえり」
春原「つーか、人の部屋に勝手にあがりこ…うわっ」
上着を脱ぎ、コタツまで来たところで驚きの声を上げる。
春原「なにしてくれてんだよっ」
289:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:12:41.62:cUBlBpOS0
朋也「なにが」
漫画を読みながら、おざなりに返す。
春原「これだよっ! このフィギュアっ!」
朋也「おまえの大事な萌え萌え二次元美少女がどうしたって?」
春原「ちがうわっ! 僕のでもないし、そんな感じのでもないっ!」
朋也「じゃ、なんだよ」
春原「よくわかんないけど、電灯の紐で首くくられてるだろっ!」
朋也「いいインテリアじゃん」
春原「縁起悪いよっ!」
必死に紐を解く春原。
春原「なんなんだよ、これ。どうせおまえが持って来たんだろ」
朋也「ああ、なんか飲み物買ったらついてきた」
春原「やっぱりかよ…いらないなら、捨てるぞ」
朋也「いいよ」
ゴミ箱までとことこ歩いていき、捨てていた。
戻ってきて、コタツに入る。
290:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:14:12.28:1qYNd8dxO
時を同じくして、俺は飲みほしたペットボトルをゴミ箱に向かって投げた。
ぽろっ
朋也「春原、リバウンドっ」
春原「自分で行けよっ! つーか、今ゴミ箱までいったんだから、そん時言えよっ!」
朋也「ちっ、注文多いな…めんどくせぇやつ」
春原「まんまおまえのことですよねぇっ!」
俺はコタツから出て、こぼれ球を拾ってゴールに押し込んだ。
また戻ってきて、コタツの中に入る。
そして、スナック菓子を食べながら漫画を再開した。
春原「ったく、しおらしかったと思ったら、もう調子戻しやがって…」
春原「…ん? おまえ、そのコミック…」
朋也「これがどうかしたか」
表紙を見せる。
春原「やっぱ、最新刊じゃないかよっ! べとべとした手でさわんなっ」
朋也「ああ、悪い」
ちゅぱちゅぱと指をなめとった。
291:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:14:37.73:cUBlBpOS0
春原「そんな方法できれいにしても納得できねぇよっ!」
春原「台所で手洗ってこいっ!」
朋也「遠いからいやだ」
春原「すっげぇむかつくよ、こいつっ!」
朋也「ま、いいじゃん。また新しいの買えばさ」
春原「おまえが自腹で自分の買えよっ!」
春原「くっそぉ、やりたい放題やりやがって…」
朋也「これにこりたら、早く帰ってこいよ」
春原「あんたが大人しくしてればすむでしょっ!」
―――――――――――――――――――――
292:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:17:04.98:1qYNd8dxO
4/13 火
朋也「…おはよ」
唯「おはよう」
昨日と同じ場所で落ち合い、学校へ向かう。
唯「今日も眠い?」
朋也「…ああ、かなりな」
だが、昨日よりかは幾分マシだった。
普通に受け答えする気にはなる。
唯「そっかぁ、じゃあ、まだ無理かな…」
朋也「なにが」
唯「もうちょっと早く来れば、私の妹とも一緒にいけるよ」
朋也「そっか…」
そういえば、妹がどうとか、いつか言っていた気がする。
唯「私の妹、気にならない?」
朋也「いや、取り立てては」
唯「ぶぅ、もっと興味持ってよぉ…じゃなきゃ、つまんないよぉ」
293:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:17:32.00:cUBlBpOS0
朋也「ああ、気になるよ、むしろ、すげぇ眠いよ…」
唯「すごい適当に言ってるよね、いろいろと…」
―――――――――――――――――――――
あの時別れた場所までやってくる。
唯「…えっと、ここからは、別々なんだよね」
立ち止まり、前を向いたままそう言った。
唯「じゃ…先に行くね」
一歩を踏み出す。
少しさびしそうな横顔。
………。
そもそも…
俺にはそんなことを気にする見栄や立場なんてなかったんじゃないのか。
ただの不良生徒だ。周りの評判なんて、今更何の意味もない。
唯「…あ」
俺は黙って平沢の横に追いついた。
朋也「なに止まってんだよ。いくぞ」
唯「…うんっ」
―――――――――――――――――――――
295:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:18:50.28:1qYNd8dxO
唯「桜、もうほとんど散っちゃったね」
朋也「ああ」
もう、二割くらいしか残っていなかった。
2、3日もすれば完全に散ってしまうだろう。
―――――――――――――――――――――
教室のドア、そこに手をかけ、止まる。
ここで一緒に入ってしまえば、また揶揄されてしまうんだろうか。
唯「ん? どうしたの」
だが、今俺が躊躇すれば、またこいつは落ち込んでしまうんじゃないのか。
俺の考えすぎか…。
朋也「…いや、なんでもない」
俺は戸を開け中に入った。
もう、ほとんど開き直りに近かった。
―――――――――――――――――――――
律「はよ~、唯」
紬「おはよう、唯ちゃん」
澪「おはよう」
296:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:20:12.47:cUBlBpOS0
唯「おはよ~」
俺たちが席につき、間もなくすると軽音部の連中がやってきた。
俺は眠さもあり、昨日同様、机に突っ伏していた。
律「今日もラブラブしやがって、むかつくんだよぅ~」
唯「だから、違うってぇ…家が近いから、それでだって言ったじゃん」
律「ああん? そんなことくらいで一緒に登校してたら人類みな兄弟だっつーの」
澪「意味がわからん…」
会話が聞えてくる。
案じていた通り、部長がその話題に触れてきた。
俺も反論してやりたいが、いかんせん気力が湧かない。
だから、じっと休むことに集中した。
律「こいつも寝たフリして、全部聞えてんだろ~?」
律「黙秘のつもりか~? デコピンで起こしてやろう」
澪「やめときなよ」
唯「そうだよ。かなり眠いって言ってたし、そっとしといてあげよ?」
律「それだよ。こいつが早起きしてんだよなぁ。それって唯と登校するためだろ?」
律「だったらさ、やっぱ、こいつも唯に気があるんじゃね?」
298:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:21:27.59:1qYNd8dxO
唯「そ、それは…いや、ちがくて、えっと…」
唯「そうだよ、親切だよっ! 親切心っ!」
律「親切?」
唯「うん。私が待ってるって言ったから、遅刻しないように来てくれてるんだよ」
澪「へぇ…」
紬「いい人よね、岡崎くんって」
唯「だよね~」
律「なぁんか、腑に落ちねぇなぁ…」
キーンコーンカーンコーン…
律「あ、鐘鳴った」
澪「戻ろうか」
紬「うん」
そこで会話は聞こえなくなった。
3人とも言葉通り戻っていったようだ。
直にさわ子さんがやってくるだろう。俺も起きなくては…。
話が気になって、あまり回復できなかったが…。
―――――――――――――――――――――
299:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:21:51.00:cUBlBpOS0
………。
―――――――――――――――――――――
つん つん
頬に感触。
声「起きて~、岡崎くん」
続いて、すぐそばで声がした。
目を開ける。
唯「おはよ~」
…近い。すごく。
ちょっと前に顔を出せば唇が触れそうな距離。
俺は多少動揺しつつも、身を起こして顔を離した。
唯「もう授業終わったよ」
朋也「あ、ああ…」
4時間目…そう、俺は途中で眠ってしまったんだ。
担当の教師が、寝ようが内職しようが、なにも言わない奴だったから、気が緩んで。
教師としてはグレーゾーンな奴なんだろうけど、生徒にとってはありがたい存在だった。
唯「よく寝てたね」
朋也「ああ、まぁな」
300:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:22:59.60:1qYNd8dxO
朋也「ん…」
伸びをして体をほぐす。
唯「寝顔かわいいんだね」
突っ伏していたはずだが…無意識に頭の位置を心地いいほうに変えていってしまったのだろう。
それで、こいつに寝顔をさらしてしまっていたのだ。
朋也「勝手にみるな」
唯「え~、無理だよ。どうしてもみちゃう」
朋也「授業に集中しろ」
唯「それ、岡崎くんが言っても全く説得力ないよ…」
春原「岡崎~。飯」
そこへ、春原がだるそうにやってくる。
朋也「動詞を言え、動詞を」
春原「あん? んなもん、僕たちの仲なら、なくても通じるだろ?」
朋也「わかんねぇよ。飯みたいになりたい、かと思ったぞ」
春原「なんでそんなもんになりたがってんだよっ、食われてるだろっ!」
朋也「いや、残飯だから大丈夫だろ」
301:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:23:16.64:cUBlBpOS0
春原「廃棄っすか!? 余計嫌だよっ」
朋也「じゃあ、ちゃんと伝わるように今度から英雄風にいえ」
春原「ひでお? 誰だよ」
朋也「えいゆう、だ」
春原「英雄ねぇ…そんなんでほんとに伝わんのかよ」
朋也「ああ、ばっちりだ」
春原「わかったよ、なら、やってやるよ…」
春原「じゃ、もういこうぜ」
朋也「ああ」
立ち上がる。
唯「あ、待ってっ。今日は学食だよね? だったらさ、一緒に食べない?」
春原「またあの時のメンバー?」
唯「うん」
春原「まぁ、別にいいけど…」
唯「岡崎くんは?」
302:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:24:33.84:1qYNd8dxO
朋也「俺も、別に」
唯「よかったぁ」
うれしがるほどのことでもないような気もするが…。
賑やかなのが好きなんだろう、こいつは。
唯「じゃ、みんなに言ってくるね」
朋也「俺たちは先いって席取っとくぞ」
唯「うん、よろしくね。それじゃ、またあとで!」
―――――――――――――――――――――
無事席の確保ができ、平沢たちも合流した。
唯「やっほ」
律「おう、ご苦労さん」
春原「あん? おまえ、なに普通に座ってんだよ」
春原「おまえの席はあっちに確保してるから、移れよ」
春原が指さすゾーン。ダストボックスの目の前だった。
なんとなく不衛生な気がして、みんな避けている場所だ。
実際、そんなことはないのだろうけど、気分の問題だった。
律「あんたが行けよ。背景にしっくりくるだろ」
303:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:24:53.91:cUBlBpOS0
春原「ははっ、おまえの自然に溶け込みそうな感じには負けるさ」
律「おほほ、そんなことないですわよ。あなたなんて背景と判別がつきませんもの」
春原「………」
律「………」
無言でにらみ合う。
唯「あわ…ふ、ふたりとも、やめようよ…」
澪「律…なんでそう、すぐいがみ合おうとするんだ?」
律「えぇっ? 今のはあっちが先だったじゃんっ!」
春原「けっ…」
紬「春原くん…仲良くしましょ?」
春原「ムギちゃんとなら、喜んでするけどね」
律「ムギはいやだってよ」
春原「んなことねぇよっ! ね、ムギちゃん?」
紬「えっと…ごめんなさい、距離感ブレてると思うの」
春原「ただの他人でいたいんすか!?」
律「わははは!」
305:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:26:04.11:1qYNd8dxO
久しぶりだが、この流れも変わらないようだった。
―――――――――――――――――――――
唯「そういえばさぁ、選挙っていつだったっけ?」
和「今週の金曜日ね」
唯「じゃ、もうすぐだねっ」
和「そうね」
律「絶対和に投票するからな」
紬「私も」
澪「私だって」
唯「私も~」
和「ありがとう、みんな」
春原「なに? CDでも出してるの?」
和「…どういうこと?」
春原「ほら、CD買ったらさ、その中に投票券が入ってるっていうあれだよ」
和「某アイドルグループの総選挙じゃないんだけど…」
306:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:26:22.29:cUBlBpOS0
律「んなお約束ネタいらねぇって」
春原「ふん、言ってみただけだよ」
和「あ、そうだ。話は変わるんだけど、あなたたち、最近奉仕活動してるんですってね」
朋也「やらされてるんだよ。今までの遅刻を少し大目にみてくれるって話だからな」
和「そういう裏があるってことも、一応聞いてるわ」
唯「和ちゃん、なんか情報いっぱい持ってるよね」
和「そうでもないわよ」
律「この学校の重要機密とか、校長の弱みとかも握ってるんじゃないのか?」
和「何者よ、私は…っていうか、機密なんてそんなドス黒いものあるわけないでしょ」
律「てへっ」
春原「かわいくねぇよ」
律「るせっ」
和「まぁ、それで、昨日もあなたが書類整理してくれたって聞いたの」
春原「ああ、あれね」
和「けっこう大変だったでしょ」
308:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:27:30.44:1qYNd8dxO
春原「まぁね」
和「あれ、私が選挙管理委員会に提出するものだったのよ」
和「それで、期限が昨日までだったんだけど、整理が終わってなくてね」
和「すぐにやらなきゃいけなかったんだけど、どうしても外せない用事ができちゃって…」
和「でも、先生から、代打であなたにやってもらうから大丈夫だって、そう背を押してもらったの」
和「本当に助かったわ。遅れたけど、この場を借りてお礼を言うわね」
和「ありがとう」
春原「う~ん…言葉だけじゃ足りないねぇ」
朋也「気をつけろ、こいつ、体を要求してくるつもりだぞ」
春原「んなことしねぇよっ!」
唯「………」
紬「………」
澪「………」
和「………」
律「…引くわ」
春原「は…」
春原「岡崎、てめぇ!」
309:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:28:03.09:cUBlBpOS0
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
俺と春原はまたさわ子さんに呼び出され、空き教室にいた。
さわ子「今日からは、真鍋さんの手伝いをしてもらうわ」
春原「誰?」
さわ子「あんたたち、親しいんじゃないの?」
春原「いや、だから、そいつ自体知らないんだけど…」
さわ子「真鍋和さんよ。同じクラスでしょうに」
春原「真鍋和…?」
朋也「昼に一緒に飯食ったあのメガネの奴だろ」
春原「ああ…でも、そんな名前だったっけ?」
朋也「前にフルネーム聞いただろ」
春原「そうだっけ。忘れちゃったよ」
さわ子「向こうからのオファーだったから、てっきり親しいんだと思ってたのに」
310:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:29:18.27:1qYNd8dxO
朋也「そんな親しいってほどでもねぇよ…つーか、オファー?」
それは、俺たちをわざわざ指名してきたということだ。
どういう意図なのか全く読めない。
さわ子「ええ。まぁ、詳しいことは本人から聞いてちょうだい」
―――――――――――――――――――――
さわ子さんに言われ、生徒会室に向かった。
聞けば、通常、役員が決まるまで使われることはないそうだ。
新生徒会が始動して、初めて活用されるらしい。
春原「なんでこんなとこにいるんだろうね」
朋也「さぁな」
がらり
戸を開け、中に入った。
―――――――――――――――――――――
声「遅かったわね」
教室の奥、一番大きい背もたれつきのイスがこちらに背を向けていた。
そこから声がする。
くるり、と回転し、こちらを向いた。
和「さ、掛けて」
311:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:29:43.39:cUBlBpOS0
朋也「あ、ああ…」
春原「………」
異様な気配を感じながらも、近くにあった椅子に腰掛ける。
和「先生から話は聞いてると思うけど、私の手伝いをしてもらうわ」
しん、とした部屋に声が響き、次第に消えていった。
…なんだ、この緊張感。
朋也「…ひとつ訊いていいか」
和「なに?」
朋也「なんで俺たちなんだ」
和「それはね…二つ理由があるわ」
立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
和「ひとつは、私の、一年から地道に作り上げてきた政党から人が離れたこと」
こちらに近づいてくる。
和「ふたつめは…」
ぽん、と俺と春原の肩に手を置く。
和「…あななたちが悪(あく)だからよ」
313:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:30:54.40:1qYNd8dxO
顔を見合わせる。
大丈夫か、こいつ…と目で訴えあっていた。
和「いい? 政治は綺麗事だけじゃ動かないの」
言いながら、離れて歩き出した。
和「時には汚いことだってしなきゃいけない…理想を貫くとはそういうことよ」
春原「あー…あのさ、そういう遊びがしたいんだったら、友達とやってくんない?」
和「遊び? 私がやっていることが遊びだって言いたいの?」
春原「ああ、なんか、キャラ作って遊びたいんだろ? 僕たち、そんなの…」
和「トイレットペーパー泥棒事件」
びくり、と春原が反応する。
和「二年生のとき、あったわよね」
春原「………」
確かにあった。
男子トイレのストック分が丸々なくなっていたとか、そんなセコい事件だった。
和「あれね、現場を見ていた人間がいたの」
和「いや…正確には押さえていた、かしら」
314:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:31:19.34:cUBlBpOS0
窓に寄って行き、外を見る。
和「写真部の子がね、外で撮影していたんですって」
和「それで、校舎が写った写真も何枚かあったの」
和「その中にね…あったのよ」
ごくり、とツバを飲み込む春原。
和「金髪が、トイレットペーパーのようなものを抱えている姿が」
…おまえが犯人だったのか。
和「私はそのネガを買い取って、その子の口封じもしたわ」
春原「な…なんで…」
和「いつかなにかあった時、取引の材料になるんじゃないかと思ってね」
どんぴしゃでなっていた。
春原「う…嘘だろ…」
和「遊びじゃないって、わかってくれたかしら?」
春原「うぐ…は、はい…」
和「でもね、だからこそリスクが高いのよ」
315:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:32:36.90:1qYNd8dxO
和「こんなことをしていると、こっちだって、ひとつミスれば即失脚してしまう」
和「ぎりぎりのところでやっているの」
和「だから、今になって保守派に鞍替えした人間も出てきてしまったのだけどね」
和「そこで、あなたたちの出番というわけよ」
朋也「善人を懐柔するより、最初から悪人を使ったほうが早いってことか」
和「そういうことね。なかなか物分りが早いわね」
和「知ってる? あなたは今日、本来なら奉仕活動は免除されていたの」
朋也「遅刻しなかったから…だろ?」
なんとなく、俺もそれっぽく言っていしまう。
和「ええ。でも、無理いって呼んでおいて正解だったわ」
和「春原くんだけじゃ、少し不安を感じるから」
春原は、その独特の小物臭を嗅ぎ取られていた。
朋也「それで、俺たちはなにをすればいいんだ」
暗殺か、ゆすりか、ライバルのスキャンダルリークか…
内心、ちょっとドキドキし始めていた。
和「まずはこの選挙ポスターを校内の目立つ場所に貼ってきてくれる?」
316:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:32:58.41:cUBlBpOS0
そう言うと、どこからかポスターの束を取り出し、机の上に置いた。
案外普通のことをするようだ。
和「それが終わったら一旦戻ってきてね」
朋也「ああ、了解」
―――――――――――――――――――――
春原「なぁ、岡崎。僕たち、ヤバイのと絡んじゃってるんじゃない?」
朋也「かもな…でも、なんかおもしろそうじゃん」
春原「おまえ、ほんとこわいもの知らずだよね…」
朋也「おまえほどじゃねぇよ、コソ泥」
春原「コソ泥いうなっ!」
朋也「大丈夫だって、事件はもう風化してるんだしさ」
朋也「そのワードからおまえにつながることなんてねぇよ」
春原「そういうの関係なしに嫌なんですけどっ!」
―――――――――――――――――――――
掲示板、壁、下駄箱…はてはトイレにまで貼った。
今は外に出て、校門に貼りつけている。
318:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:34:04.79:1qYNd8dxO
朋也「もういいよな。戻るか」
春原「ちょっとまって。ついでに貼っておきたいとこあるから」
朋也「あん? どこだよ」
春原「おまえもくる?」
朋也「まぁ、一応…」
春原「じゃ、いこうぜ」
―――――――――――――――――――――
やってきたのは、ラグビー部の部室。
今は練習で出払っていて無人だ。
春原は得意満面でその扉に貼り付けていた。
どうやらいやがらせがしたかっただけらしい。
春原「よし、帰ろうぜ」
朋也「いいのか、んなことして」
春原「大丈夫だって」
声「なにが、大丈夫だって?」
春原「ひぃっ」
ラグビー部員「てめぇ…」
320:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:34:26.30:cUBlBpOS0
振り向くと、ラグビー部員がご立腹な様子で立っていた。
ラグビー部員「春原、おまえ、今部室になに…」
ポスターを見て、止まる。
ラグビー部員「真鍋…和…」
少し腰が引けていた。
ラグビー部員「おまえら、あの人の使いか…?」
朋也「ああ、そうだけど…」
ラグビー部員「そ、そうか、がんばれよ…」
それだけを言い残し、運動場の方に引き返していった。
春原「…ほんと、なに者だよ、あの子」
朋也「…さぁな」
―――――――――――――――――――――
春原「ただいま帰りましたぁ…」
中に入ると、真鍋は携帯を片手に、誰かと話し込んでいた。
和「…ええ、そうね。いや、あの件はもう処理したわ。ええ、じゃ、あとはよろしく」
321:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:37:12.74:1qYNd8dxO
ぴっ、と電源を切り、こちらを向く。
和「ご苦労様」
春原「いえいえ…和さんもお疲れさまっす」
完全に媚びまくっていた。
和「今日のところはこれだけでいいわ」
春原「そっすか。じゃ、お疲れさまっした」
足早に去っていこうとする。
和「まって、まだ伝えておきたいことがあるから」
春原「…なんでしょう?」
和「ここでのことは絶対に口外しないこと」
和「指示はここで出すから、この場以外でその内容を口に出さないこと。質問、意見も一切禁止」
和「私たちは普段どおりに接すること」
和「以上のことを守ってほしいの」
春原「わかりましたっ! 死守するっす!」
必死すぎだった。
322:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:37:45.21:cUBlBpOS0
和「それから、岡崎くん。あなた、配布係だったわよね」
朋也「ああ」
和「じゃ、明日、これをそれとなく配ってほしいんだけど」
俺に三枚の封筒を渡してきた。
それぞれに名前が書いてある。
朋也「これは…?」
和「それは、うちのクラスの各派閥の中心人物に宛てたものよ」
和「そこにある内容を飲ませれば、今度の選挙で結構な規模の組織票が得られるわ」
和「直接交渉は危険だからね…そういう形にしたの。頼んだわよ、岡崎くん」
325:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:38:47.99:1qYNd8dxO
朋也「でも、形として残ったほうが危険なんじゃないのか」
和「大丈夫。私が書いたものだってわからないから」
朋也「それなのに、おまえに入るのか」
和「ええ。いろんな利権が複雑に絡んでいるからね。結果的に私に入るわ」
そんな勢力図がうちのクラスにうずまいていたとは…。
…というか、ドロドロとしすぎてないか?
和「これが可能になったのは、岡崎くんが配布係であったことと、私との接点が薄いことが決め手ね」
和「感謝してるわ」
いい手駒が手に入って…と続くんだろうな、きっと。
―――――――――
326:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:39:31.79:cUBlBpOS0
4/14 水
朋也「…おはよ」
唯「おはよ~」
落ち合って、並んで歩き出す。
朋也「…ふぁ」
大きくあくび。
唯「今日も眠そうだね」
朋也「ああ、まぁな」
唯「やっぱり、授業中寝ちゃうの?」
朋也「そうなるだろうな」
唯「じゃ、またこっちむいて寝てね」
朋也「いやだ」
唯「いいじゃん、けち」
朋也「じゃあ、呼吸が苦しくなって、息継ぎするときに一瞬だけな」
唯「そんな極限状態の苦しそうな顔むけないでよ…」
328:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:40:43.96:1qYNd8dxO
―――――――――――――――――――――
坂を上る。周りには俺たちと同じように、喋りながら登校する生徒の姿がまばらにあった。
その中に混じって歩くのは、まだ少し慣れない。
いつか、この違和感がなくなる日が来るんだろうか…こいつと一緒にいるうちに。
唯「ねぇ、今日も一緒にお昼食べない?」
朋也「いいけど」
唯「っていうかさ、もう、ずっとそうしようよっ」
朋也「ずっとはな…気が向いた時だけだよ」
唯「ぶぅ、ずっとだよっ」
朋也「ああ、じゃ、がんばれよ」
唯「流さないでよっ、もう…」
唯「あ…」
坂を上りきり、校門までやってくる。
唯「和ちゃんのポスターだ」
昨日俺たちが貼った物だった。
唯「もう、明後日だもんね。和ちゃん、当選するといいなぁ」
329:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:42:29.44:1qYNd8dxO
あいつの政治力なら容易そうだった。
にしても…
朋也(清く正しく、ねぇ…)
ポスターに書かれた文字を見て、なにかもやもやとしたものを感じた。
学校は社会の縮図、とはよくいったものだが…なにもここまでリアルじゃなくてもいいのでは…。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
春原「がははは! 岡崎、昼飯にするぞ」
いきなり春原が腰に手を当て、ふんぞり返りながら現れた。
朋也「…はぁ?」
春原「春原アターーーーーーーーーーーーック!」
びし
朋也「ってぇな、こらっ!」
春原「はぁ? ではない! 飯だと言っているだろ! バカなのか?」
330:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:42:57.68:cUBlBpOS0
バカにバカっていわれた…。
春原「がはははは! 世界中の美女は俺様のもの!」
完全に自分を見失っていた。
朋也「…春原、もうわかった。もういいんだ。休め」
春原「あん?」
朋也「なにがあったかは知らないけど、もういいんだ」
朋也「がんばらなくていい…休め…」
春原「なんで哀れんでんだよっ!」
朋也「春だからか。季節柄、そんな奴になっちまったのか…」
春原「お、おい、ちょっと待て、おまえが昨日、英雄風に言えって言ったんだろ!?」
朋也「え?」
春原「え? じゃねぇよっ! 思い出せっ!」
そういえば、そんなことを言った気もする。
朋也「じゃ、なにか、今のが英雄?」
春原「そうだよっ。ラ○スだよっ」
331:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:44:17.06:1qYNd8dxO
朋也「ああ、ラン○ね。まぁ、確かに英雄だけど」
春原「だろ?」
朋也「でも、おまえの器じゃないからな、あの人は」
朋也「再現できずに、ただのかわいそうな人になってたぞ」
春原「再現度は関係ないだろっ!」
春原「くそぅ、おまえの言った通りにしてやったのに…」
朋也「悪かったな。じゃ、次は中学二年生のように誘ってくれ」
春原「ほんっとうにそれで伝わるんだろうなっ」
朋也「ああ、ばっちりだ」
春原「わかったよ、やってやるよ…」
朋也「それと、今日も平沢たち、学食来るんだってさ」
春原「そっすか…別になんでもいいよ…」
―――――――――――――――――――――
7人でテーブルの一角を占め、食事を始める。
春原「ムギちゃんの弁当ってさ、気品あるよね」
332:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:44:40.15:cUBlBpOS0
紬「そうかな?」
春原「うん。やっぱ、召使いの料理人が作ってたりするの?」
紬「そんなんじゃないよ。自分で作ってるの」
春原「マジ? すげぇなぁ、ムギちゃんは」
紬「ふふ、ありがとう」
唯「澪ちゃんのお弁当は、可愛い系だよね」
澪「そ、そうか?」
唯「うん。ご飯に海苔でクマ描いてあるし」
律「りんごは絶対うさぎにしてあるしな」
紬「澪ちゃんらしくて可愛いわぁ」
澪「あ、ありがとう…そ、そうだ、唯のは、憂ちゃん作なんだよな」
唯「うん、そうだよ」
澪「なんか、愛情こもってる感じだよな、いつも」
唯「たっぷりこもってるよ~。それで、すっごくおいしいんだぁ」
澪「でも、姉なんだから、たまには妹に作ってあげるくらいしてあげればいいのに」
335:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:46:14.60:1qYNd8dxO
唯「えへっ、無理っ」
澪「唯はこれだからな…憂ちゃんの苦労が目に浮かぶよ…」
律「和のは、なんか、全て計算ずくって感じだよなぁ」
和「そう?」
律「ああ。カロリー計算とかしてそうな。ここの区画はこれ、こっちはあれ、って感じでさぁ」
唯「仕切りがすごく多いよね」
春原「さすが、和さん」
唯「和さん?」
律「和さん?」
春原「あ、いや…」
春原に注目が集まる。
和「………」
真鍋の強烈な視線が春原に突き刺さっている。
普段通りに接すること…その鉄則を破っているからだ。
春原「ひぃっ」
春原「…真鍋も、やるじゃん」
336:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:46:44.99:cUBlBpOS0
冷や汗をかきながら、必死に取り繕っていた。
春原「あそ、そうだ、部長、おまえのはどんなんだよ」
律「私? 私のは…」
春原「ああ、ノリ弁ね」
律「まだなにも言ってないだろっ」
春原「言わなくてもわかるよ。おまえ、歯に海苔つけたまま、がははって笑いそうだし」
律「なんだと、こらっ! そんなことしねぇっつの!」
律「おまえなんか、弁当で例えると、あの緑色の食べられない草のくせにっ!」
朋也「それは言いすぎだ」
春原「岡崎、おまえ…」
律「な、なんだよ、男同士かばいあっちゃって…」
朋也「フタの裏についてて、開けたらこぼれてくる水滴ぐらいはあるだろ」
春原「追い討ちかけやがったよ、こいつっ!」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
337:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:48:09.96:1qYNd8dxO
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。無人の生徒会室へ。
周囲を警戒して、真鍋とは別ルートで向かった。
そして、席につき、会議が始まる。
和「岡崎くん、ちゃんと渡してくれた?」
朋也「ああ」
和「そう。ご苦労様」
渡した時、なにも不審がられなかったのが逆に不気味だった。
みな、手馴れた様子でさっと机の中に隠していた。
こういうことが日常的に起きているんだろうか…。
和「今日は届けものをして欲しいんだけど」
机の上には、封筒から小包まで、大小様々な包みが並べられていた。
和「それぞれにクラス、氏名…この時間いるであろう場所、等が書いてあるから」
朋也「わかった。どれからいってもいいのか」
和「ええ、どうぞ」
とりあえず、軽めのものからかき集めていく。
なぜか春原は小包を見て、そわそわし始めていた。
338:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:48:35.05:cUBlBpOS0
和「それから、中は絶対に見ないでね」
下手な好奇心は身を滅ぼす、と今の一言に集約されていた。
春原「う、は、はいっ」
歯切れの悪い返事。
こいつは中身を覗いてみるつもりだったに違いない。
―――――――――――――――――――――
春原「なぁ、岡崎…これって、俗に言う運び屋なんじゃ…」
朋也「だろうな」
男子生徒1「ファッキューメーン!」
男子生徒2「イェーマザファカッ!」
いきなりニット帽をかぶった二人組が俺たちの前に立ちはだかった。
春原「なに、こいつら」
男子生徒1「おまえら、真鍋和の兵隊だろ、オーケー?」
男子生徒2「そのブツ、ヒアにおいてけ、ヨーメーン?」
中途半端すぎる英語だった。
春原「ああ? うっぜぇよっ、やんのか、らぁっ!」
339:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:49:56.37:1qYNd8dxO
男子生徒1「…怖いメーン。帰りたいYO」
男子生徒2「俺もだYO」
男子生徒1「じゃ、帰ろっか」
男子生徒2「うん」
最後は素に戻り、立ち去っていった。
春原「マジでなんなの」
朋也「さぁ…」
―――――――――――――――――――――
朋也「えーと…二年B組か」
封筒を確認し、教室を覗く。
適当な奴を捕まえて、記載された名前の人物を呼んでもらった。
男子生徒「なんすか」
いかにもな、チャラい男だった。
朋也「これ」
封筒を渡す。
男子生徒「あい?」
340:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:50:17.26:cUBlBpOS0
受け取ると、少し開けて中を確認した。
男子生徒「ああ…そういうこと」
次に俺たちを見て、何かを納得したようだった。
男子生徒「30…いや、50はかたいって伝えてといてください」
朋也「わかった」
男子生徒「それじゃ」
一度片手を上げ、たむろしていた連中の輪の中に戻っていった。
春原「なにが入ってたんだろうね…」
朋也「俺たちの知らなくていいことなんだろうな」
きっと、高度な政治的駆け引きが行われたのだ…。
―――――――――――――――――――――
女子生徒「あの…なんでしょう」
やってきたのは図書室。
カウンターの女の子へ届けることになっていた。
春原「ほら、これ。配達にきたんだよ」
小包を渡す。
341:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:51:32.66:1qYNd8dxO
女子生徒「はぁ…」
よくわかっていない様子だ。
開封していく。
女子生徒「………」
みるみる顔が青ざめていく。
そして、俺たちに謝罪の言葉を伝えて欲しいと、そう言って、そのまま意気消沈してしまった。
―――――――――――――――――――――
春原「…中身、みなくてよかったのかな、やっぱ」
やはりなにが入っているか気になっていたようだ。
朋也「だろうな」
もし見ていれば、次はこいつのもとに小包が届くことになっていたのだろう。
―――――――――――――――――――――
手持ちも全てなくなり、一度生徒会室に戻ってくる。
春原「和さん、なんか、途中変な奴らに絡まれたんすけど。僕たちが和さんの兵隊だとかいって」
和「それで、どうしたの」
春原「蹴散らしてやりましたよっ」
342:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:52:48.79:1qYNd8dxO
和「それでいいわ。よくやってくれたわね」
春原「へへ、楽勝っす」
和「その人たちは私の政敵が雇った刺客ね」
朋也「刺客?」
和「ええ。私と似たようなことをしている輩もいるのよ」
和「でも、ま、雇えたとしても、その働きには期待できないでしょうけどね」
和「正規運動部を雇うのは、あとあと面倒だろうし…」
和「一般生徒や、途中で部を辞めてしまった生徒じゃ力不足になるわ」
和「なぜなら…」
すっ、とメガネを上げる。
和「スポーツ推薦でこの学校に入ってこられるほどの身体ポテンシャルを持ち…」
和「なおかつ、喧嘩慣れしたあなたたちには、到底適わないでしょうから」
こいつ…俺たちのプロフィールも事前にしっかり調べていたのか…。
春原「ふ…そうっすよ。僕たち、この学校最強のコンビっすからっ」
いつもラグビー部に好き放題ボコられている男の言っていいセリフじゃなかった。
343:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:53:07.69:cUBlBpOS0
和「頼もしいわ。その調子で残りもお願いね」
春原「まかせてくださいよっ」
朋也(すぐ調子に乗りやがる…)
―――――――――――――――――――――
その後も俺たちは似たようなやり取りを繰り返した。
そして、最後の配達を追え、また戻ってくる。
―――――――――――――――――――――
春原「全部終わりましたっ」
和「ええ、そうね。ご苦労様」
春原「いえいえ」
春原「あ、そうだ。メガネの奴が、今までの3割増しなら60、って言ってました」
和「そう…わかったわ。ありがとう」
伝言もことあるごとに頼まれていた。
その都度、こうして真鍋に報告を入れていた。
和「ふぅ…」
ひとつ深く息をつき、生徒会長の椅子に座る。
344:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:54:14.54:1qYNd8dxO
和「本当に…あと少しなのね」
声色に覇気がなかい。
朋也「まだなにか不安があるのか」
和「まぁね」
朋也「これだけやれば、もうおまえが勝ったも同然な気がするけどな」
春原「そっすよ」
和「…あなたたち、二年生の坂上智代って子、知ってる?」
聞いたことがなかった。
春原「いや、知らないっす」
朋也「有名な奴なのか」
和「ええ。それも、この春編入してきたばかりだというのによ」
なら、まだこの学校に来て二週間も経っていないことになる。
それで有名なら、よっぽどな奴なんだろう。
和「純粋な子なんでしょうね…それを、周囲の人間が感じ取ってる」
朋也「そいつとおまえと、どう関係あるんだ」
和「立候補してるのよ。生徒会長に」
345:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:54:42.93:cUBlBpOS0
朋也「そら、すげぇな」
そんな型破りな奴なら、有名になるのも頷ける。
和「ええ。求心力も抜群でね…私の党から離れて、坂上さんサイドに移った人間もいるわ」
和「いえ…それが大多数かしら」
ぎっと音を立て、椅子から立ち上がった。
和「汚いことをしているとね…綺麗なもの、純粋なものが一層美しく映るの」
和「みんな心の底ではそんなものに憧憬の念を抱いていたわ」
和「そこへ、一点の曇りもない、指導者と成り得るだけの器を持った人物が現れた」
和「それは私にとって由々しき事態だったわ」
和「私は一年の頃からこちら側に芯までつかっていた」
和「そう…全ては生徒会長の椅子を手に入れるために」
和「それなのに…会長を務めていた先輩も卒業して、ようやく私がそのポストにつけると思っていたのに…」
和「なんのしがらみも持たず、何にも囚われない最強の敵が現れた!」
和「私は焦った。どんどん人が離れていく。中核を成していた実働部隊もいなくなった」
和「残ったのは少数の部下だけ…」
346:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 16:55:51.18:1qYNd8dxO
和「悩んだわ…たったこれだけの戦力じゃ、どうあっても勝てっこない…」
和「途方にくれていた時…あなたたちが奉仕活動をしていることを知ったの」
和「そして思いついた…なにも知らない、一不良を使った『封神計画』を!」
朋也「なんか、ずれてないか」
和「冗談よ」
朋也「あ、そ」
和「まぁ、それであなたたちに働いてもらったってわけね」
そっと椅子に手を触れる。
和「ようやく、互角…まだ戦えるわ」
和「そして、この椅子を手に入れるのは…」
じっと、俺たちを見据えて…
和「私よ」
そう言い放った。
―――――――――――――――――――――
次へ
支度を終え、居間に下りてくる。
親父の姿はなかった。
もう、出かけた後なのだろう。
―――――――――――――――――――――
戸締りをし、家を出る。
―――――――――――――――――――――
ちょうど角を曲がったところ。
見覚えのある顔をみつけた。
壁に背を預け、空を見上げているその少女。
手には、その形から察するに、大きなギターケースなんかを持っている。
「あっ」
こっちに気づく。
唯「おはよう、岡崎くん」
平沢だった。
朋也「おまえ…なにしてんだよ」
唯「ん? 岡崎くんを待ってたんだよ?」
朋也「そういうことじゃなくてさ…」
なにから言っていいのやら…。
朋也「もう、とっくに学校始まってんだぞ。むしろ、もう終わるだろ、今日は」
唯「そうだね」
朋也「そうだねって…」
ここまで軽く返されるとは思わなかった。
朋也「つーか、きのう迎えはいらないって言っただろ」
唯「だから、迎えてはないよ。待ってただけだからね」
朋也「同じことだろ…」
唯「いいでしょ、待つだけなら、私の自由だし」
それならいっそ、呼び鈴でも鳴らしてしまえばいいのに。
俺に拒否された上でやるならば、ただ待つよりは手っ取り早いはずだ。
言おうとして…やめる。
もしかしたら、とひとつの考えが頭をよぎった。
こいつは、昨夜俺から聞いた話を考慮して、こんな行動に出たのかもしれない。
俺が親父と接触することにならないよう、下手に干渉することを避けて。
………。
朋也「…朝からずっと待ってたのか」
唯「うん。いつ来てもいいようにね」
そんなの、俺の気分次第で変わってしまうのに。
最悪、サボることだってありうる。現に直前まで迷っていた。
それなのに、こいつは…
朋也「…なんで、そこまで…俺、なんかおまえに気に入られるようなこと、したか」
思い当たる節がない。
むしろ、その逆に当てはまる事例の方が多いような気がする。
唯「う~ん…そう言われると、特別、なにもないような…」
腕を組み、小首をかしげる。
唯「でもさ、人が人を気になるのって、理屈じゃないところもあると思うけどな」
胸を張ってそう言った。
朋也「…おまえ、俺のこと好きなの?」
唯「え?」
朋也「恋愛的な意味で」
唯「へ!? いや…それは…違う…かな?」
流石にそれは自分でも都合がよすぎるとは思ったが。
きっと、こいつはただ、俺のように腐っている奴を放っておけないたちなんだろう。
ストレートにいい人間なんだ。
唯「でも、岡崎くん、かっこいいし、その…いい人が現れると思うよっ」
フォローされてしまった。
朋也「そっか。ありがとな」
ぽむ、と彼女のあたまに手を乗せる。
唯「わ…」
朋也「いくか」
唯「うんっ」
―――――――――――――――――――――
朋也「これっきりにしとけよ」
唯「なにが?」
朋也「だから、俺の出待ちだよ」
唯「私と一緒に登校するの、嫌?」
朋也「そうじゃなくて、俺を待ってたら遅刻するって話だよ」
いいや奴だと思うからこそ、巻き込みたくはなかった。
こいつはまともでいるべきだ。
唯「じゃあ、岡崎くんが朝ちゃんと起きればいいんだよ」
朋也「おまえがやめればいいんだ」
唯「やだよ。私、待ってるって決めたんだもん」
唯「だから、私がかわいそうだと思うなら、はやく来てね」
朋也「まったく思わないし、今まで通り起きる」
突き放すつもりで、そう言った。
唯「ひどいよっ、開店前のパチンコ店に並ぶ人くらい早くきてよっ」
また、わかりづらい例えを…。
というか、まったく堪えていない様子だ。
初めて会った時の再現のようだった。
唯「あ、今の通じた?」
朋也「まぁ、一応…」
唯「よかったぁ、少し自信なかったんだ」
唯「だけど、あえて冒険してみました」
朋也「あ、そ…」
平沢のペースに巻き込まれてしまい、それ以上なにか言う気になれなくなってしまっていた。
こいつのボケをまともに受けてしまうと、こっちの調子が乱される…。
なるべく捌くように心がけよう…。
―――――――――――――――――――――
ふたり、坂を上る。
あたりまえだが、周りには誰もいない。俺たちだけだった。
そんな状況にあるため、なんとなく隣を意識してしまう。
俺は平沢をそっと盗み見た。
前を向いて、ひたすらに歩いている。
時々風で髪がそよぐ。
桜を背景にして、景色によく映えていた。
こいつのふわふわとした感じが、春という季節にマッチしているのだ。
俺は、いつかの春原の言葉を思い出す。
確か、軽音部はかわいいこばかりだとか言っていた気がする。
朋也(こいつも、かわいい部類には入るよな…)
大きい目、小さい口、通った鼻筋、弾力のありそうな頬、ふんわりとした髪質…
朋也(つーか、余裕で入るな…)
春原の言ったこと…少なくとも、こいつにはあてはまると思う。
唯「? なに?」
朋也「いや、別に」
俺はすぐに視線を前に戻す。
長く見すぎていたようだ。気づかれてしまった。
唯「?」
―――――――――――――――――――――
教室、四時間目までの休み時間に到着する。
律「唯~、どうしたんだよ」
ふたりとも席に着くと、部長がやってきた。
律「とうとう、憂ちゃんに見捨てられたか?」
唯「そんなんじゃないよ~。今日はちょっと先にいってもらっただけだよ」
律「ふーん、先にねぇ…」
ちらり、と俺に目をやる。
律「こいつと登校するために?」
朋也(げ…)
やっぱり、一緒に教室に入ってきたのはまずかったか…。
そういえば、ちらちらとこっちを見ていた奴らもいたような気がする…。
唯「そうだよ」
朋也(おまえ…んなはっきりと…)
律「お? マジだったか」
嫌な汗が出てくる。
話がそういう方向へ向かっているように見えたた。
実際は、平沢の親切心から出発したことなのに。
昨日あったこと、俺が話したこと…
全部含めて、そう決めたというのも、少なからずあるだろう。
そういういきさつを知らずに結果だけ見れば、おおいに誤解される可能性があった。
律「岡崎…あんた、やるねぇ。短期間で、あの唯を落とすなんてな」
唯「落とす…?」
思った通り、ばっちりされていた。
律「いやぁ、唯はそういうこと、興味あるようにみえなかったんだけどなぁ」
朋也「違う。勘違いするな」
律「なにいってんだよ。遅刻してまであんたと登校したかったんだろ」
律「思いっきり惚れられてんじゃん」
朋也「だから、それは…」
どう説明したものだろうか…。
唯「ねぇ、りっちゃん。落とすって、なに? 業界用語?」
律「うん? そんなことも知らないのか、おまえは…」
律「落とすっていうのは、口説き落とすってことだよ」
唯「口説く…って、岡崎くんが、私を?」
律「うん。それで、今ラブラブなんだろ」
唯「そ、そんなんじゃないよっ! 第一、岡崎くんには、私じゃ釣り合わないし…」
律「見た目のこといってんなら、釣り合い取れてると思うぞ」
律「唯は当然かわいいとして、岡崎もなんだかんだいって男前だからな」
唯「そ、そうかな…って、ちがうちがうっ!」
唯「今日一緒にきたのは、なんていうか…私のわがままっていうか…」
唯「とにかく、そういうのじゃないからっ!」
律「ふぅ~ん、でも、なぁんかあやしいなぁ」
唯「もう許してよ、りっちゃん…」
律「いやいや、こういうことは、はっきりさせなきゃだな…」
キーンコーンカーンコーン…
律「っと、タイムアップか。ま、昼にまた詳しく聞くからな。ばいびー」
そそくさと自分の席へ戻っていった。
唯「もう…ごめんね、岡崎くん。りっちゃん、いつもあんなだから…」
朋也「いや、いいけど…」
なんとなく挙動が誰かに似ている気がして、逆に親近感が湧くような…。
そう思うのは気のせいだろうか。
ガラリっ
乱暴にドアが開かれる。
教師かと思ったが、目に入ってきた金髪で、その予想が裏切られたことを知る。
普通に春原だった。
肩で息をしながら着席し、そのまま机に突っ伏すと、微動だにしなくなった。
朋也(あ、死んだ…)
かのように見えたが、呼吸のためか、上体が上下しはじめた。
朋也(寝たのか…なにしにきたんだ、あいつは…)
―――――――――――――――――――――
生徒「気をつけ、礼」
声「ありがとうございました」
授業が終わり、弛緩した空気になる。
そこかしこから、昼は何にするだとか、そんな声が聞えてきた。
唯「いこ、岡崎くん」
朋也「ああ」
いつものように平沢と職員室に向かう。
土曜日は、4時間目が終わると、清掃なしで即SHRが行われ、放課となる。
昼を摂れるのはそれからだった。
―――――――――――――――――――――
声「平沢さん」
唯「はい?」
職員室でボックスの中を漁っていると、後ろから声をかけられた。
さわ子「今日、なんで遅刻したの? 欠席かと思って、お家に電話したのよ」
俺が主な原因だっただけに、どうもばつが悪い。
さわ子「でも、誰も出ないし…携帯もつながらなかったし…」
さわ子「だから、なにかあったんじゃないかって心配してたんだから」
俺や春原なんかは常習犯だったし、この人は大体の事情も知っているから、いつものことで済まされる。
だが、これが普通の生徒に対する、一般的な反応だった。
唯「ごめん、さわちゃん。ただの寝坊だよ。携帯は電源切ってたんだ」
部長の時とは違い、ごまかして伝えていた。
仲がいいとはいえ、教師なので、俺の名前を出すことをしなかったのかもしれない。
それを思うと、罪悪感を感じてしまう。
さわ子「寝坊って…岡崎くんや春原くんじゃあるまいし…」
さわ子「まぁ、いいわ。それで、いつきたの」
唯「三時間目の終わりだよ」
さわ子「それ、寝すぎじゃない? 夜更かしでもしてたの?」
唯「えへへ、まぁね。ギー太がなかなか寝かせてくれなくて…」
さわ子「よくわからないけど、夜中にギターを弾くのは近所迷惑でもあるから、やめなさい」
唯「は~い」
さわ子「夜はしっかり寝て、ちゃんと学校に来なさいね」
唯「はぁ~いぃ」
さわ子「過剰に間延びした返事はやめなさい」
唯「へいっ」
さわ子「ほんとにもう…。あ、それと、岡崎くん」
朋也「…なんすか」
少し落ちた気分を引きずったままこたえる。
さわ子「中庭、がんばってくれたみたいね。用務員のおじさんも喜んでたわ」
朋也「はぁ…」
さわ子「今日は特にやること決めてないから、帰ってもいいわよ」
朋也「そっすか」
さわ子「春原くん…は今日来てる?」
朋也「ああ。来てるよ」
さわ子「じゃ、あの子にも言っておいてね」
そう言い残し、職員室の奥へ去っていった。
唯「私達も、いこっか」
朋也「ああ」
―――――――――――――――――――――
唯「ねぇ、今日なにもないんだったらさ、部室に遊びにこない?」
配布物を運ぶ途中、平沢が口を開いた。
前にもこんな調子で誘われた覚えがある。
朋也「遊びって…いいのかよ」
唯「うん、もちろん。一緒にお茶飲んだり、お話したりしようよ」
普段はそうしていると聞いていたが、真剣な平沢たちも見てしまっている。
それもあって、やはり、俺がその中に割って入るのは野暮ったく感じる。
唯「ね? 春原くんも誘ってさ」
黙っていると、そうつけ加えてきた。
朋也「俺は遠慮しとく。あいつはどうか知らないけどさ」
仮に春原がその気になったとして、俺は止めることはしない。
あの連中の中に入っていくことをどう思うかなんて、あいつの勝手だ。
唯「ぶぅ、つまんないなぁ。くればいいのに」
朋也「おまえがよくても、他の奴らがよく思わないかもしれないだろ」
唯「そんなことないよ。みんな、ふたりがいた時はいつもより賑やかでよかったって言ってたし」
朋也「部長もか」
唯「うん。いないと、なんとなく寂しいって言ってたよ」
朋也「そっか」
少し意外だった。あんなにも春原と仲が悪かったのに。
唯「だから、ね? 遠慮しないでいいんだよ?」
朋也「いや…それでもやっぱ、いいよ」
むこうが歓迎ムード寄りだったとしても、どうしてもおれ自身が気兼ねしてしまう。
唯「ちぇ~…」
―――――――――――――――――――――
SHRも終わり、やっと昼食の時間を迎えた。
唯「岡崎くん、お昼どうするの? 学食?」
朋也「ん、ああ…決めてないな」
唯「じゃあさ、また私たちと一緒に…」
春原「おい、岡崎。さわちゃんなにも言わずに出てっちゃったんだけど、なんか聞いてる?」
平沢がなにごとか言いかけた時、春原が現れた。
朋也「今日はもう帰っていいってよ」
春原「マジ? ラッキー」
唯「ていうか春原くんって、さわちゃんって呼んでるんだね」
春原「ああ、もう長い付き合いだからね」
唯「私とりっちゃんもそう呼んでるんだよ。まる被りだね」
春原「ま、最初にそう呼び始めたのは僕だろうけどね」
なぜか対抗心を燃やし始めていた。
唯「む、そんなことないよっ。私たちなんて、会った瞬間からそう呼んでたんだから」
春原「甘いな。僕なんて、物心ついた頃から雰囲気でそう呼んでたんだぞ」
朋也「時系列的にもありえないからな…」
唯「だよね」
春原「岡崎、余計なこというなよっ。あとちょっとで勝てたのによっ」
なににだ。
春原「ま、いいや。んなことより昼、食いにいこうぜ」
朋也「ああ、そうだな」
言って、立ち上がる。
唯「どこいくの?」
春原「ラーメン屋…でいいよな?」
確認を取るように、俺を見る。
朋也「いいけど」
唯「あ~、外かぁ。じゃ、しょうがないか…」
春原「あんだよ、なんかあんのか」
唯「いや、学食だったら、一緒にどうかなと思ったんだけどね」
春原「そんなにどうしても僕たちと一緒がいいなら、ラーメン屋ついてくりゃいいじゃん」
そこまで熱望していない。
唯「お弁当持ってきてるからね。学食なら一緒のテーブルにつけたでしょ」
春原「あそ。じゃだめだな」
春原「もういこうぜ、岡崎」
言うが早いか、ぶっきらぼうに歩き出した。
俺もそれに続く。
唯「あ、春原くんっ、ご飯食べ終わったら、部室に遊びにこない?」
春原「あん? 遊び?」
振り返り、そう聞き返した。
唯「うん。みんなでお菓子食べたり、お話したりするんだよ」
春原「………」
しばし逡巡する。
こいつのことだ、食べ物に釣られて快諾するかもしれない。
春原「それ、僕だけ? こいつは?」
唯「岡崎くんは、こないんだって」
春原「ま、そうだよねぇ、こいつは」
俺を見て、納得したような顔をする。
春原「僕も行かねぇよ」
唯「春原くんもかぁ…残念…」
春原「ま、僕たち、部活なんか大嫌いだからね。わざわざそんなとこ、寄りつかないよ」
どうしてそこまで話してしまうのか。
ただ、行かないとだけ言っていればいいのに。
俺は春原を恨めしく思った。
それほど触れられたくないことだった。
唯「え? どうして…」
春原「別にいいだろ、なんでも。とにかく嫌いなんだよ」
曖昧に答える。
こいつも、詳しく話す気はないようだ。
唯「…もしかして、楽しくなかったかな、私たちといて…」
どうやら平沢は、断る口実として言ったものだと受け取っているようだった。
…よかった。内心かなりほっとする。
春原「ばぁか。んなもん、僕とこいつの友情にくらべれば屁みたいなもんだよ」
春原「だよな? 岡崎っ」
朋也「ああ、その通り。屁の化身みたいな奴だよ、おまえは」
春原「なにを肯定してるんだよっ!? 一言もそんなこといってないだろっ!」
唯「あははっ、確かに、仲いいよね、ふたりとも」
春原「ふふん、まぁね」
ぴと ぴと
春原「あん? なに背中つついてんの、おまえ」
朋也「いや、俺の服、ちょっとほつれてたからさ、その糸くずだよ」
ぴと ぴと
春原「いや、もうやめろよっ! 地味に嫌だよっ!」
背に手を伸ばし、はたきだす。
朋也「動くなよ、もう少しでバカって文字が完成するんだから」
春原「あんた、めちゃくちゃほつれ多いっすね!」
唯「あははっ」
―――――――――――――――――――――
朋也「おまえは行くと思ってたんだけどな」
春原「なにが」
朋也「軽音部」
春原「はっ…行かねぇよ。おまえと同じ理由でな」
朋也「そうか…」
秤にかけるまでもなかったということか。
朋也「でも、昼飯は一緒でもいいんだな。ラーメン屋ついてきてもよかったんだろ」
春原「ああ、それくらいならね」
こいつの中では譲れるラインらしい。
普通ならもう関わることさえしなくなっているだろうに。
やっぱり、こいつもどこか軽音部の連中のことを気に入っていたのかもしれない。
春原「ま、ムギちゃんがいるってのがデカイんだけどね」
朋也「ふぅん。つーか、おまえマジなの」
春原「ムギちゃん?」
朋也「ああ」
春原「彼女にできれば、将来明るそうじゃん? お嬢様だぜ?」
朋也「そんな理由かよ」
春原「まぁ、それだけじゃないよ。かわいいし、いいこだしね」
春原「僕の彼女になれる条件を満たしてるってことだよ」
こいつは琴吹の『いつか殺りたい人間』リストの最上段に載れる条件を全て満たしているはずだ。
―――――――――――――――――――――
春原「はぁ、うまかった」
ラーメン屋で昼を済ませ、外に出てくる。
春原「学食のもいいけどさ、たまにはがっつり、ニンニク入ったラーメンも食いたくなるよね」
朋也「そうだな」
これはかなり共感できた。
チーズバーガーが無性に食べたくなる衝動と同じ原理だ。多分。
春原「あ、コンビニ寄ってかない?」
朋也「いいけど」
―――――――――――――――――――――
近くのコンビニに入る。
同じ学校の制服もちらほら見かけた。
春原「今週は載ってるかな…」
小さくつぶやき、雑誌コーナーへ向かう。
俺もそれに倣った。
―――――――――――――――――――――
春原「うぉ…ははっ」
手に取った雑誌を読みふけり、興奮を織り交ぜながら笑いをこぼしていた。
朋也(口に出すなよ…うるせぇな…)
朋也「春原、もうちょい奥にいってくれ。立ち読み客がつかえてる」
春原「ん、おお」
雑誌から目を離さずに移動する。
朋也「まだ足りないって」
春原「ん…」
端までたどりつく。
そう、そこはまさに、警告標識で仕切られた、いかがわしい雑誌コーナーの目の前。
春原「うっお…へへっ」
そんな場所で不気味なうめき声を上げるこの男。
ただの変態だった。
女生徒1「あれって…」
女生徒2「えぇ…やばいよ…」
女生徒1「大丈夫だって…」
うちの学校の生徒にも目撃されていた。
その女生徒たちは、なにやら携帯を取り出すと、カメラのレンズを春原に合わせているように見えた。
そして、ちゃらりん、と音がすると、ダッシュで店を出ていった。
朋也「………」
あの春原の姿が全校生徒のデータフォルダに保存される日は近いかもしれない…。
―――――――――――――――――――――
春原「岡崎、なんか思いついた?」
朋也「いや、なにも」
俺たちはなんの目的もなく、ただ駅前に出てきていたのだが…
そんなことだから、当然のように間が持たなくなっていた。
今は適当なベンチに腰掛けて、遊びのアイデアをひねり出していたのだ。
だが、どれも不毛なものばかりで、一向に納得できる案が浮かんでこない状態が続いていた。
つまりは…いつもの通り、暇だった。
これが俺たちの日常だったから、もういい加減慣れてしまっていたが。
春原「じゃあさ、白線踏み外さずに、どこまでいけるかやろうぜ」
朋也「おまえ、ほんとガキな」
春原「いいじゃん、この際ガキでもさ。あそこのからな出発なっ」
指をさし、その地点へ駆けていく。
朋也(しょうがねぇな…)
俺も仕方なくついていった。
―――――――――――――――――――――
春原「おい、おまえもやれよ」
俺は春原の横につき、白線の外にいた。
朋也「俺は監視だよ。おまえがちゃんとルールに則ってプレイしてるかチェックしてやる」
朋也「確か、踏み外すと、その足が粉砕骨折するってことでよかったよな」
春原「んな過酷なルールに設定するわけないだろっ! どんなシチュエーションだよっ!」
朋也「じゃあ、落ちてる犬の糞を踏んだら残機がひとつ増えるってのは守れよ」
春原「なんでそんなもんで1UPすんだよっ!? むしろダメージ受けるだろっ!」
朋也「いや、そういう世界観のゲームなのかなと思って。おまえが主人公だし」
春原「めちゃくちゃ汚いファンタジーワールドっすね!」
朋也「いいから、早くいけよ、主人公」
春原「おまえがいろいろ言うから開幕が遅れたんだろ…」
ぶつぶつと愚痴りながらも白線に沿って進み始めた。
―――――――――――――――――――――
春原「あー、もういいや、つまんね…」
商店街を出て、しばらく来たところで春原が白線から出た。
朋也「なに言ってんだよ、十分楽しんでたじゃん」
朋也「その辺に生えてるキノコ食って巨大化とか言ってみたりさ」
春原「どうみてもそのキノコのせいで幻覚みてますよねぇっ!」
朋也「で、これからどうすんだよ」
春原「帰るよ、普通に…ん?」
春原の視線の先。
電柱のそばに、作業員風の男がヘルメットを腰に提げて立っていた。
時々電柱を見上げ、手にもつボードになにかを書き込んでいる。
点検でもしていたんだろうか。
春原「んん!? うわっ…マジかよ…やべぇよ…」
その男を見つめたまま、春原がうわごとのようにつぶやく。
朋也「どうした。禁断症状でもあらわれたか」
春原「もうキノコネタはいいんだよっ。それより、おまえ、気づかないのかよっ」
朋也「なにが」
春原「ほら、あの人だよっ」
男を指さす。
朋也「作業員だな」
春原「そうじゃなくて、あの人、芳野祐介だよっ! おまえも名前ぐらい聞いたことあるだろ」
朋也「芳野祐介…?」
確かに、どこかで聞いたことがあるような…。
春原「ほら、昔いたミュージシャンの」
朋也「ふぅん、ミュージシャンなのか。名前はなんとなく聞いたことあるような気はするけど」
春原「メディア露出がほとんどなかったからな…顔は知らなくても無理ないか…」
春原「でも、それでもかなり売れてたんだぜ? おまえもラジオとかで聞いてるって、絶対」
朋也「そうかもな、名前知ってるってことは」
春原「はぁ…でも、この町にいたなんてな…しかも電気工なんかやってるし…それも驚きだよ…」
朋也「ただのそっくりさんかもしれないじゃん」
春原「いや、絶対本人だって」
朋也「なんでそう言い切れるんだよ」
春原「あの人が出てる数少ない雑誌も全部読んでるからね」
朋也「おまえ、んなコアなファンだったの」
春原「いや、妹がファンでさ、そういうの集めてたんだよ」
春原「それで、僕も影響されて好きになったんだけどね」
朋也「おまえ、妹なんかいたのか!?」
春原「ああ。言ってなかったっけ?」
朋也「初耳だぞ。紹介しろよ、こらぁ」
春原「実家にいるから無理だっての」
…それもそうか。確か、こいつの実家は東北の方だったはずだ。
というか…春原の妹なんていったら、きっとゲテモノに違いない。
それを思うと、すぐに萎えた。
春原「それよか、サインもらいにいこうぜ」
朋也「俺はいいよ。ひとりでいけ」
春原「もったいねぇの。あとで後悔しても遅いんだからな」
朋也「しねぇよ」
春原「じゃ、いいよ。僕だけもらってくるから」
言って、芳野祐介(春原談)に振り返る。
春原「あ…」
その先へ向かおうとしたところで、ぴたっと動きを止めた。
春原「………」
朋也「どうしたんだよ」
春原「いや…ちょっと思い出したんだよ」
朋也「なにを」
春原「いや、芳野祐介ってさ、もう引退してるんだけど、その最後がすげぇ荒んでたって聞いたんだよね…」
春原「当時のファンだったら絶対声かけないってくらいにさ…」
朋也「もう時効なんじゃねぇの。いけよ」
春原「おまえ、ほんと誰にでも鬼っすね…」
朋也「あ、おい、もう行こうとしてないか」
芳野祐介(春原談)は、軽トラの荷台に仕事道具を積み始めていた。
春原「やべっ…」
春原「岡崎、おまえも協力してくれっ」
朋也「なにをだよ」
春原「それとなくサインもらえるようにだよっ」
朋也「ああ? どうやって」
春原「そうだな…」
あごに手を当て、考える。
春原「僕が合図したら、おまえは、うんたん♪うんたん♪ いいながらエアカスタネットしてくれ」
朋也「はぁ? 意味がわからん」
春原「いいから、頼むよっ」
朋也「いやだ」
春原「今度カツ丼おごるからっ」
朋也「よし、乗った」
―――――――――――――――――――――
春原「あのぉ、すみません…」
積み作業を続ける芳野祐介(春原談)の手前までやってくる。
作業員「あん?」
一時中断し、俺達に振り向いた。
春原「僕たち、大道芸のようなものをたしなんでるんですけど…」
春原「もしよかったら、今、みていただけませんかね?」
作業員「大道芸なら、繁華街のほうでやればいいんじゃないか」
春原「いや、まだそれはハードルが高いっていうか…」
春原「まずは少人数でならしていこうと思いまして…」
作業員「ふぅん…そうなのか」
腕時計を見て、なにか考えるような顔つきで押し黙る。
作業員「…まぁ、少しなら付き合ってやれる」
春原「ほんとですか!? あざすっ!」
春原「それじゃ…」
春原が俺に目配せする。
合図だった。
朋也「うんたん♪ うんたん♪」
春原「ボンバヘッ! ボンバヘッ!」
いつかみたヘッドバンギング。
その隣で謎のリズムを刻む俺。
………。
俺たちは一体なにをしているんだろう…。
というより、なにがしたいんだ…。
やっている自分でさえわからない。
作業員「………」
芳野祐介(春原談)も明らかに怪訝な顔で見ていた。
春原「…ふぅ」
作業員「…もう終わりか?」
春原「え? えっと…まだありますっ」
多分、今ので終わる予定だったんだろう。
朋也(まさか、いいリアクションがくるまでやるつもりじゃないだろうな…)
と、また目配せされた。
朋也「うんたん♪ うんたん♪」
春原「ヴォンヴァヘッ! ヴォンヴァヘッ!」
今度は横に揺れていた。
くだらなさ過ぎるマイナーチェンジだった。
―――――――――――――――――――――
春原「ぜぇぜぇ…こ、これで終わりっす…」
結局一度もいい反応を得ることなく、春原の体力が底を尽いていた。
作業員「…ひとつ訊いていいか」
春原「はい? なんですか…」
作業員「一体、なにがしたかったんだ?」
それは俺も知りたい。
春原「え? やだなぁ、エアバンドじゃないっすか」
そうだったのか。
というか、おまえがやったのはどっちかというとエア観客じゃないのか。
作業員「そうか…よくわからんが、まぁ、がんばれよ」
励ましの言葉をくれると、車のドアを開け、そこに乗り込もうとする。
春原「あ、ちょっといいっすか?」
作業員「なんだ、まだなにかあるのか」
春原「あの…このシャツにサインしてくれませんか」
強引過ぎる…。
話がまったくつながっていなかった。
エアバンドの前フリは一体なんだったのか…。
作業員「俺がか?」
春原「はい。最初のお客さんってことで、記念にお願いします」
作業員「…まぁ、あんたがいいなら、やるが」
春原「あ、本名でお願いしますよ。あと、春原くんへってのもお願いします」
ますます話が破綻していた。
普通は役者がファンにするものだろうに。
春原「春原は、季節の春に、はらっぱの原です」
作業員「ああ、わかった」
書き始める。
これで名前が芳野祐介じゃなかったら爆笑してやる。
作業員「これでいいか」
春原「っ…ばっちりっす! あざした!」
朋也(おお…)
そこに書かれていたのは、芳野祐介という名前。
同姓同名の他人…なんてことはやっぱりなくて、本物なのか…。
芳野「…はぁ」
また腕時計で時間を確認する。
芳野「あんたら、時間あるか」
春原「え? はい、有り余ってますっ」
芳野「なら、バイトしないか」
春原「バイトっすか」
芳野「ああ。作業を手伝って欲しいんだ」
春原「もちろんやりますよっ」
芳野「助かる。なら、車に乗ってくれ」
春原「はいっ」
元気よく答えて、助手席に向かう。
春原「岡崎、なにつっ立ってんだよ。早くこいって」
朋也「俺もかよ…」
春原「ったりまえじゃん」
朋也(なにが当たり前だ…)
しかし、バイトだと言っていたのだから、当然バイト代も出るのだろう。
どうせ、暇だったのだ。
金がもらえるなら、それも悪くないかもしれない。
―――――――――――――――――――――
春原「うぇ…しんど…」
朋也「俺も、脚パンパンだ…」
梯子や街灯を支えていたのだが、これが大層な力作業だった。
不安定なものを固定するというのが、ここまで神経を使い、なおかつ筋力も酷使するものだったとは…。
芳野「助かったよ。ご苦労だったな」
ちっとも疲労感を感じさせない、余裕のある佇まい。
俺達よりよっぽど過酷な作業をこなしていたというのに…。
春原「きついっすね…いつもこんなことしてんすか…」
芳野「ああ、まぁな。今日はこれでも軽い方だ」
春原「はは…これでっすか…」
これが社会人と、俺たちのような怠惰な学生の違いなのだろうか。
こんなにも疲弊しきっている俺たちを尻目に、この人は涼しい顔で軽い方だと言ってのける。
午前中にも、ずっと同じような作業をしてきたかもしれないのに…。
小さな悩みとか、そういうことをうじうじ考えているのが馬鹿馬鹿しくなるほどに、しんどい。
社会に出るというのは、そんな日々に身を投じるということなのだ。
想像はしていたけど…想像以上だった。
今までどれだけ働くということを甘く考えていたか、いやというほど思い知らされた気分だ。
でも、芳野祐介だって、俺たちとさほど変わらない歳の若い男だ。
その男からいとも簡単に『軽い方だ』などと言われれば、ショックもでかかった。
俺は歴然とした差を感じ、いいようのない焦燥感に襲われていた。
芳野「あんたら、予想以上によく動いてくれたよ。体力あるほうだ」
春原「はは…」
朋也「そっすか…」
なんの救いにもならない。
芳野「今から事務所の方に行ってくるから、少し待っててくれ」
春原「はい…つーか、動きたくないっす…」
ふ、と笑い、俺と春原の肩を軽く叩き、労いの意を示してくれた。
―――――――――――――――――――――
芳野「待たせたな。ほら、バイト代」
灰色の封筒を差し出した。
下の方に何やら会社名が書いてあった。
春原「あざす」
朋也「ども」
芳野「悪いな、半分しか出なかった」
芳野「一日働いてないのに、丸々出せるかって言われてな」
俺は痛みの残る腕で封筒を開けた。ひのふのみの…
朋也「これ、間違いじゃないんすか?」
春原「はは…」
春原もその額になにか思うところがあるようだ。
芳野「ん? そんなことないと思うが」
俺は芳野祐介に封筒を渡し、見てもらった。
芳野「違わない。そんなに少なかったか?」
いや、逆だ。どうみても、多いと思った。
話では、これでも半分の額だという。
もし満額もらっていたのなら。
この額ならば、自分の力だけで食っていける…。
けど、それはやっぱり甘い考えなんだろう。
俺のように冷めやすい性格の人間に勤まるような仕事じゃなかった。
きっとすぐに嫌気が差して、投げ出してしまうに違いなかった。
じゃあ、俺はどんな場所に収まれるというんだろう…。
俺はかぶりを振る。
そんなことを今から考えていたくなかった。
春原「いや、めちゃ満足っす。こわいくらいに…」
芳野「そうか。なら、よかった」
芳野「また暇な時にでもバイトしにきてくれ。ウチはいつだって人手不足だからな」
芳野「ほら、名刺」
春原「いいんすか? もらっちゃって」
芳野「名刺くらい、別にいい」
春原「っしゃ! ざぁすっ!」
俺も名刺を受け取る。そこには電設会社の名前と、芳野祐介という文字が記されていた。
芳野「じゃあ、急ぐんでな」
芳野祐介は荷物を持つと、向かいに止めてあった軽トラへと歩いていく。
中に乗り込み、最後にこちらを見て片手を上げると、低いエンジン音と共に去っていった。
―――――――――――――――――――――
春原「いやぁ、今日は大収穫があったね」
ベッドに寝転び、もらった名刺を眺めながらごろごろと二転、三転している。
春原「臨時収入はあったし、あの芳野祐介の名刺まで手に入るなんてさ」
春原「やっぱ、日ごろの行いがいいと、こういう幸運に恵まれるんだね」
朋也「確かに、この雑誌の後ろの方にある占いによると、おまえの星座、今日運気いいってあるぞ」
春原「マジで?」
朋也「ああ。でも、今日までらしいぞ。明日以降は確実に死ぬでしょう、だってよ」
春原「どんな雑誌だよっ! 死期まで占わなくていいよっ!」
朋也「ラッキーアイテムは位牌です、ってかわいいキャラクターが満面の笑みで言ってるぞ」
春原「諦めて死ねっていいたいんすかねぇっ!?」
―――――――――――――――――――――
朋也「そういやさ…」
春原「あん?」
朋也「おまえ、芳野祐介のCD持ってんの」
春原「テープならあるけど。聞く?」
朋也「ああ、頼む」
春原「じゃ、ちょっと待ってて」
立ち上がり、ダンボールを漁りだす。
朋也「つーか、今時テープって、古すぎだろ。音質とかやばいだろ」
春原「文句言うなよ。ほらっ」
テープの入ったラジカセをよこしてくる。
電源をいれ、再生してみる。
ハードなロック調のメロディが流れてきた。
歌詞もよく聴いてみると、音は激しいのに、心にじぃんとくるものがあった。
春原「どうよ?」
朋也「…いいわ、かなり」
春原「だろ?」
今日入った金もあることだし…。
今度、中古ショップでも回ってCDを探してみよう。そう決めた。
―――――――――――――――――――――
4/11 日
目が覚める。寝起きは悪く、けだるい。
時計を確認すると、まだ午前中だった。
朋也(寝直すか…)
どうせ、この時間に起きて寮に行っても、春原の奴もまだ夢の中に違いなかった。
寝ているあいつにいたずらするもの一興だが、それ以上に睡眠欲求が強い。
俺は二度寝するため、目をつぶって枕に頭を預けた。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
朋也(ふぁ…だる…)
結局、起きたのは午後一時半。
深夜に寝ついたとはいえ、眠りすぎだった。
加え、二度寝もしているから、いつも以上に体も頭も重い。
そして、そんな時は食欲も湧いてこないので、まだなにも食べていなかった。
なにか食べたくなるのは決まって時間が経ってからだ。
それも一気にくるから、こってりしたものが欲しくなる。
なので、時間を潰し、かつそんな食事もできるよう、俺は繁華街へ出てきていた。
当面はCDショップを巡るつもりだ。
お目当ては、芳野祐介のCD。
昨日、いつか探しに出ようと決めたが、そのいつかがこんなに早く来るとは…。
我ながら、本当にいきあたりばったりだと思う。
―――――――――――――――――――――
朋也(ないな…)
大手CDショップの中古コーナーを回ったり、中古専門の店に入ってもまったく見つからなかった。
すでに数件巡っているのにだ。
朋也(もう、出るか…)
朋也(ん? あれは…)
懐かしいものを発見した。それは、ひっそりと棚の隅にあった。
だんご大家族のCDだった。
誰かが出しかけたまま放置していったのだろう。
他のCDにくらべて少し飛び出していた。
だからこそ俺の目に入ったのだが。
手に取ってみる。
朋也(平沢の奴、これのシャーペン持ってたよな、確か…)
あいつから聞いていなければ、見つけても素通りしていただろう。
朋也(買って、500円くらい上乗せして売りつけてやろうか)
朋也(いや…好きなら、CDくらい持ってるか…)
よこしまな考えをすぐに改め、CDを棚に戻し、店を後にした。
―――――――――――――――――――――
朋也(あれ…この辺だったよな…)
俺は無性にハンバーガーが食べたくなり、店を探していた。
以前何度か利用したことがあったのだが…見つからない。
最近、来ていないうちに潰れてしまったんだろうか。
だとすると、駅前の方にするしかない。
だが、ここからは少し距離があった。
朋也(まぁいいか…行こう)
そう決めて、踵を返す。
朋也(ん…?)
すると、小さい女の子が、さっと柱に身を隠した。
挙動がおかしかったので、なんとなく気になった。
歩き、近づいていく。
そして、横についたとき、ちらっと横目でその子を見てみた。
柱に顔を押しつけ、手で覆い隠すようにしている。
朋也(なんだ、こいつ…)
ちょっとおかしい奴なのか…。
あまり見すぎていて、突然振り返られでもしたら怖い。
俺はスルーして先へ進んだ。
―――――――――――――――――――――
朋也(さっきの奴どうなったかな…)
ちょっと歩いたところで、好奇心から振り返ってみた。
女の子「!」
先程と同じく、柱に隠れる。
朋也(…俺、尾けられてないよな)
俺が振り返ると隠れるし、同じタイミングで方向変えたし…。
しかしそれにしては下手な尾行だった。
朋也(まさかな…)
またしばらく歩く。そして突然…
ばっ
勢いよく振り返った。
女の子「!!」
また、隠れた…。
朋也(なんなんだよ…くそ)
俺は歩を進めて近づいていく。
付近までやってくると、柱の両端から髪がはみ出ていた。
さっき見て確認した時、ツインテールだったので、その部分だ。
俺はその子の後ろに回った。
朋也「おい」
びく、と体が跳ねる。
朋也「おまえさ…」
いいながら、肩に手を置く。
女の子「す、すみません、私…」
俺がこちらを向かせる前に、自ら振り返った。
朋也「あれ…おまえ」
確か軽音部の…中野という子だったはずだ。
梓「あの、私…CDショップのところから先輩を尾行してました」
そんなとこから…気づかなかった…。
梓「失礼ですよね…やっぱり…」
朋也「いや、なんでまた…」
梓「それは…」
言いよどみ、顔を伏せる。
きゅっとこぶしを作ると、俺を見上げた。
梓「唯先輩の件で、気になることがあったからです」
朋也「平沢の? それで、なんで俺なんだよ」
平沢のことで尾行されるような心当たりがない。
梓「きのう、聞いたんです。唯先輩が遅刻してきたって」
梓「それで、その原因が岡崎先輩と一緒に登校するためだったっていうのも…」
朋也(うげ…)
あの部長、話題にあげたのか…。
梓「だから、岡崎先輩が普段どういう人なのか気になって…」
梓「ていうか、唯先輩にふさわしい人かどうか…」
ふさわしい、とは…やっぱり、そういう意味なんだろうか。
あの部長、いったいどういうふうに話したんだろう。
おもしろおかしく盛り上げて、あることないこと喋ったんじゃないだろうな…。
曲解されてしまっているじゃないか。
梓「あ、す、すみません、私…また失礼なことを…」
朋也「いや、つーか、まず俺と平沢はそんな関係じゃないからな」
梓「え? だって、手をつないで登校したりしてるんですよね?」
朋也「してない」
やはり話が盛られていた。
梓「じゃあ、休み時間にラブトークしてるっていうのは…」
朋也「するわけない…」
梓「そうですか…」
安堵した表情で、胸をなでおろすような仕草。
梓「じゃあ、律先輩のいつもの冗談だったんだ…」
朋也「なに言ったか知らないけど、九割嘘だ」
梓「え? じゃあ、残りの一割…あれは本当だったんですか…」
朋也「なんだよ、それ」
少し気になった。
だが、残り一割なら、そうたいしたことはなさそうだ。
もしかしたら、事実かもしれない。
よく話しているとか、そんな程度のこと。
梓「焼きそばパンを両端から食べあって真ん中でキスするっていう…」
めちゃヤバイのが残っていた!
朋也「それより軽いの否定してんのに、ありえないだろ…」
梓「ですよね…ちょっとテンパッちゃってました」
だろうな…。
朋也「あー…まぁ、誤解も解けたし、もういいよな。それじゃ」
言って、もと来た道を引き返し始める俺。
梓「あ、まってください!」
後ろから声。
振り返る。
朋也「なんだよ」
梓「あの…失礼なことしたお詫びに、なにかしたいんですけど…」
梓「私にできることならします。なんでもいってください」
朋也「なんでも?」
梓「はい。できる範囲でですけど…」
朋也(そうだな…)
朋也「じゃ、昼おごってくれ。飯まだなんだ」
梓「それくらいなら、まかせてください」
もともとハンバーガーを食べるつもりだったのだ。
それくらいなら、そう負担にもならないだろう。
―――――――――――――――――――――
店に入る。昼時は少し過ぎたとはいえ、人が多い。
とりあえず並んで順番を待つ。
―――――――――――――――――――――
店員「いらっしゃいませ~」
朋也「あ」
梓「あ」
店員「あら…」
その店員も、一瞬接客を忘れて素の反応が出てしまっていた。
俺たちも、向こうも、相手のことを知っていたからだ。
つまりは知り合いだ。
紬「店内でお召し上がりになりますか?」
琴吹だった。
もう店員としての顔を取り戻している。
朋也「ええと、そうだな…」
梓「私も頼むんで、店内でお願いします」
横から、そう俺に伝えてくる。
朋也「ああ、じゃ、店内で」
紬「かしこまりました。ご注文をどうぞ」
朋也「チーズバーガー3つと、水」
紬「はい」
ピッピッ、とレジに打ち込んでいく。
紬「お会計は、おふたりご一緒でよろしいでしょうか」
梓「あ、はい」
紬「かしこまりました。では、ご注文をどうぞ」
梓「えっと…このネコマタタビセットをひとつ」
紬「はい」
同じように、またレジに入力する。
会計が出ると、中野が支払いを済ませた。
紬「では、この番号札でお待ちください」
札を受け取り、空席を探しに出た。
―――――――――――――――――――――
朋也「琴吹ってお嬢様なんだろ」
梓「そう聞いてます」
朋也「なんでバイトなんてしてるんだろうな」
梓「それは…多分あこがれがあったんだと思います」
朋也「あこがれ?」
梓「はい。なんていうか、庶民的なことに」
朋也「ふぅん…」
梓「インスタントコーヒーとか、カップラーメンにも感動してました」
朋也「へぇ…」
反動というやつだろうか。俺にはよくわからなかった。
いや…まてよ…庶民的なことに心動かされるということは…
春原とは相性がいいかもしれない。
あいつは典型的な庶民だからな…。
俺も人のことはいえないが。
梓「あの…チーズバーガー3つで本当によかったんですか?」
梓「飲み物も水ですし…」
朋也「ああ、俺小食だから」
いくらおごりといっても、腹いっぱいになる量を頼めるほど図太くなれない。
あとで適当な定食屋にでも寄ればいい。
梓「そうですか。うらやましいです」
朋也「おまえが頼んでたネコマタタビセットって、なに」
なんとなく気になっていたので、訊いてみる。
梓「あれはですね、マタタビ味のするハンバーガーとジュース、ポテトがついてきます」
朋也(マタタビ味…)
どんな味がするんだろう…。
梓「そして、なんと、電動ねこじゃらしもついてくるんです」
つまり、よくある玩具がついてくるセットのようなものなのか。
朋也「ふぅん。それで、バーガーの肉は猫なのか」
梓「そんなわけないじゃないですか。怖すぎますよ」
きわめて冷静に返されてしまった。
冗談で言ったのに、俺がバカに見えて、ちょっと恥ずかしくなってしまう。
紬「お待たせしました」
そこへ、注文の品を持った琴吹が現れた。
朋也「あれ、おまえレジじゃなかったのか」
紬「ちょっとわがまま言ってかわってもらったの」
朋也「なんで」
紬「私が持ってきたかったから」
その理由を訊いたつもりなのだが…。
紬「どうぞ、梓ちゃん」
梓「ありがとうございます」
紬「岡崎くんも」
朋也「ああ、サンキュ」
盆を受け取る。
紬「ところで…」
俺の耳にそっと顔を寄せる。
紬「唯ちゃんはいいの?」
ばっと勢いよく振り返り、顔を見合わせる。
朋也「おまえまで、俺と平沢がそんなだと思ってんのか」
紬「あれ、ちがった?」
朋也「違うに決まってるだろ」
紬「そうなの? なぁんだ…」
にこやかに微笑む。
悪びれた様子はまったくない。
無垢な子供のようだった。
これでは強く言うこともできなくなる。
朋也(はぁ…なんつーか、人徳ってやつなのかな)
冷静になったところで、思い出したように気づく。
琴吹と顔を間近に突き合わせてしまっていることに。
そういえば、さっきから、ふわりといい匂いが鼻腔をかすめていた。
俺は思わず視線を外してしまう。
琴吹は、ふふと笑い、俺から離れた。
そして、ごゆっくり、と店員然としたセリフを言い残し、カウンターへ戻っていった。
朋也(なんだかなぁ…)
俺より余裕があって、負けた気分になる。
お嬢様なのに、もう大人の風格を身につけているというか…。
梓「なに話してたんですか」
朋也「いや、ささくれの処理の仕方についてだよ」
梓「はぁ…そんなのひそひそやらなくてもいいと思いますけど」
朋也「ちょっとエグイ部分もあったから、店員のモラル的にまずかったんだよ」
梓「そうですか…よくわかりませんけど」
―――――――――――――――――――――
食事を終え、店を出る。
男の前だと微妙にキャラが変わる唯が、なんかリアルだな。
朋也「昼飯、ありがとな」
梓「いえ、そんな」
朋也「そんじゃ」
梓「はい」
―――――――――――――――――――――
朋也(ここでいいか)
中野と別れてからしばらく飯屋を探し回っていたのだが…
ショーウインドウのモデルメニューに惹かれ、ようやっと店を決めた。
中に入る。
―――――――――――――――――――――
ガー
腹を満たし、自動ドアをくぐって店を後にする。
朋也(けっこううまかったな…)
朋也(…ん?)
道に沿うようにして広がる花壇の淵、そのコンクリート部分。
そこに腰掛け、一匹の猫と戯れる女の子がいた。
手には、うぃんうぃん動くねこじゃらし。
梓「…あれ」
こっちを見て、そう口が動いた気がした。
次に、俺の後ろにある飯屋に目をやった。
そして、立ち上がると、こちらに近づいてくる。
猫はちょこんとその場に座り続けていた。
梓「あの…岡崎先輩、今ここから出てきませんでしたか?」
俺がさっきまでいた店を指さす。
朋也「ん、まぁ…」
梓「やっぱり、あれだけじゃ足りなかったんですね」
梓「私に遠慮してくれてたんですか」
朋也「いや、急に小腹がすいたんだよ」
梓「そんなレベルのお店じゃないと思うんですけど」
ショーウィンドウを見ながらいう。
デザート類はあったが、それ以外はしっかりしたものばかりだった。
梓「お詫びできたことになってないです…」
朋也「いや、十分だって」
梓「でも…」
食い下がってくる。
朋也(どうするかな…)
朋也「…じゃあさ、あれでいいよ」
俺は猫を指さした。
梓「え?」
猫のいる方に歩き出し、その隣に座る。
顎下をなでると、にゃ~、と鳴き、体をすり寄せてきた。
遅れて中野もついてくる。
梓「あの…」
朋也「こいつとじゃれるのでチャラな」
梓「でも、私の猫ってわけじゃないですし」
言ながら、俺とその間に猫を挟むような位置に座る。
朋也「じゃ、その猫じゃらし貸してくれ」
梓「あ、はい、どうぞ」
受け取る。
みてみると、弱、中、強と強さ調節があった。
強にしてみる。
うぃんっうぃんっ!
激しく左右に振れだした。
………。
駆動音といい、挙動といい…ひわいなアレを連想してしまう…。
朋也(いかんいかん…)
気を取り直し、猫の前に持っていく。
猫もその早い動きに対して、高速で対応していた。
バシバシバシ、と猫パンチが繰り出される。
その様子がおもしろかわいかった。
一通り遊ぶと、俺は満足してスイッチをオフにした。
朋也「ほら」
梓「あ、はい」
猫じゃらしを返す。
その折、猫の頭をなでた。
しっぽをぴんと立て、体をよせてくる。
梓「なつかれてますね」
朋也「こいつが人に慣れてるんだろ」
野生という感じはあまりしない。
人から食べ物でもよくもらっているんだろうか。
媚びれば、餌にありつけるという計算があるのかもしれない。
朋也「そういえば、俺たち、反対方向に別れたよな」
朋也「なんでここにいるんだ」
梓「それは…」
恥ずかしそうに目をそらせた。
梓「…この子をみつけて、追いかけてたからです」
朋也「逃げられたのか」
梓「はい…」
朋也「おまえ、マタタビなんとかっての食ってたし、寄ってきそうなもんだけどな」
梓「逆に避けられました…それで、ここでやっと止まってくれたんです」
朋也「気まぐれだよな、猫って」
梓「ほんと、そうですよ」
優しい笑みを浮かべ、猫をなでた。
すると、甘えたように中野のひざの上で寝転び始めた。
梓「かわいいなぁ…」
中野がなでるたび、ごろごろと鳴いて、心地よさそうだった。
朋也(いくか…)
立ち上がる。
朋也「それじゃな」
今日二回目の別れ。
梓「あ、あの、お詫びの件は…」
朋也「だから、猫じゃらしでチャラだって」
そう告げて、反論される前に歩き出す。
ひざの上には猫がいる。それをどけてまで追ってはこないだろう。
これから俺が向かう先は、当然坂下にある学生寮。
もういい加減春原の奴も起きている頃だろう。
まだ寝ているようなら、俺のいたずらの餌食になるだけだが。
その時はなにをしてやろうか…などと、そんなことを考えながら足を運んだ。
―――――――――――――――――――――
4/12 月
朋也(……朝か)
カーテンの向こう側から朝日が透過して届いてくる。
その光が目に痛い。頭も擦り切れたように思考の巡りが悪い。
先日は起きる時間が遅れていたので、うまく寝つくことができなかったのだ。
俺は今の今まで、小刻みに浅い眠りと覚醒を繰り返していた。
朋也(今日はもうだめだ…サボろう…)
混濁する意識の中、そう思った。
まぶたを下ろす。
………。
そういえば…
朋也(今日も待ってんのかな、あいつ…)
あの日、待つことにした、とそう言っていた。
俺が今日サボれば、あいつも欠席になってしまうんだろうか。
まさか、そこまでしないだろうとは思うが…。
きっと、適当なところで切り上げるだろう。
朋也(関係ないか、俺には…)
頭の中から振り払うように、寝返りをうつ。
朋也(だいたい、俺が風邪引いて休むことになった時はどうするつもりだったんだよ…)
朋也(………)
朋也(……ああ、くそっ)
考え出してしまうと、気になってしょうがなかった。
俺は布団から出た。
学校へいく準備をするために。
―――――――――――――――――――――
唯「おはようっ」
やっぱり、いた。
朋也「…おはよ」
唯「今日は早いんだねっ。これならまだ間に合うよっ」
朋也「ああ、そう…」
唯「なんか、すごく眠そうだね。やっぱり、体が慣れてない?」
朋也「ああ…」
唯「これから徐々になれていこう。ね?」
朋也「ああ…」
唯「じゃ、いこっ」
朋也「ああ…」
―――――――――――――――――――――
唯「岡崎くんさ、今日早かったのって、もしかして…私のため?」
朋也「ああ…」
唯「そ、そうなんだ…うれしいよ。やっぱり、岡崎くんはいい人だったよっ」
朋也「ああ…」
唯「岡崎くん?」
朋也「ああ…」
唯「さっきからリアクションが全部 ああ… なのはなんで?」
朋也「ああ…?」
唯「微妙な変化つけないでよ…もう、真剣に聞いてなかったんだね…」
ざわ…
ざわ…
朋也「ああっ…!」
ざわ…
ざわ…
唯「某賭博黙示録みたいになってるよっ…!」
―――――――――――――――――――――
学校の近くまでやってくる。
うちの生徒もまだ多く登校していた。
こんな風景を見るのはいつぶりだろうか。
もう、長く見ていなかった。
朋也(にしても…)
こんな中をふたり、こいつと一緒に歩くのか…。
周りからはどう見られてしまうんだろう。
みんな、そんなの気にも留めないのかもしれないけど…
万が一、軽音部の連中のように、勘違いする奴らが出てきたらたまらない。
朋也「おまえ先にいけ」
立ち止まり、そう告げた。
唯「え? なんで? ここまで来たんだから最後まで一緒にいこうよ」
朋也「いいから」
唯「ぶぅ、なんなの、もう…」
不服そうだったが、しぶしぶ先を行ってくれた。
俺も少し時間を置いて歩き出した。
―――――――――――――――――――――
教室に着き、自分の席に座る。
唯「なんであそこから別行動だったの?」
座るやいなや、すぐに訊いてきた。
朋也「おまえ、恥ずかしくないのか。俺と一緒に登校なんかして」
唯「恥ずかしい? なんで? おとといだって一緒だったじゃん」
朋也「いや、だから、それが原因で俺たちが、その…」
唯「うん?」
きょとん、としている。
そういうことに無頓着なんだろうか、こいつは。
朋也「…付き合ってるみたいに言われるのがだよ」
唯「あ、そ、それは…えっと…」
唯「私は別に……あ、いや…岡崎くんに迷惑だよ…ね…?」
朋也「まぁ、な…」
というか、おまえはいいのか…。
唯「あはは……だよね…気づかなかったよ、ごめんね…」
朋也「ああ、まぁ…」
唯「………」
少し驚く。あの平沢が目に見えて落ち込んでいた。
今までなら、そっけなくしても、ややあってからすぐ持ち直していたのに。
少し打ち解けてきたと思ったところで拒絶されたものだから、傷も深いんだろうか。
…でも、これでよかったのかもしれない。
これで朝、俺を待つなんて、そんな不毛なことをしなくなってくれれば。
それがお互いのためにもいいはずだ。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
4時間目の授業が終わり、昼休みになった。
朋也(はぁ…きっつ…)
朝から授業を受けて蓄積した疲労が堪える。
休憩時間も、全て机に突っ伏し、回復に当てて過ごしていたにも関わらずだ。
そもそも、俺が朝からいたことなんて、ほんとうに数えるくらいしかないのだ。
出欠を取ったとき、さわ子さんも俺がいることにたいそう驚いていた。
替え玉じゃないかと疑っていたくらいだ。
そんな、代返ならまだしも、替え玉出席なんて聞いたこともないのに。
それくらいイレギュラーな事態だったのだ。
朋也(飯、いくか…)
ふと、隣が気になった。
思えば、ずっと静かだったような気がする。
いつもなら、軽音部の誰かがやってきてふざけあっていたのに。
少し心に余裕ができた今、ようやくそのことに違和感を覚えた。
窺うようにして、隣を横目で見てみる。
唯「…ん? なに」
朋也「いや…別に」
唯「…そ」
朋也「………」
まだ、引きずっているのだろうか。
あの、たった一回の拒絶で、ここまで落ちてしまうものなのか。
…いや
回数の問題でもないか…
春原「岡崎、昼いこうぜ」
そこへ、春原がやってくる。
朋也「ああ…」
席を立ち、教室を出た。
―――――――――――――――――――――
春原「なんか、おまえ、元気ないね」
朋也「いつものことだろ。俺が元気振り撒いてる時なんかあったか」
春原「まぁ、そうだけどさ…今日は一段とね」
朋也「眠いんだよ」
春原「ふぅん…」
結局、いつかはこうなっていたはずだ。
いくら平沢が歩み寄ってきてくれても、俺自身がこんな奴なのだ。
無神経に振舞って、人の好意を無下にして…
そういうことを簡単にやってしまう人間だ。
だから、再三警告していたのに。
ロクでもない不良生徒だって。
―――――――――――――――――――――
ああ…それでも…
ずっと関わり続けようとしてきたのが、あいつだったんだ。
そんなやつ、あいつしかいなかったんだ。
………。
―――――――――――――――――――――
春原より先に食べ終わり、一人で学食を出た。
昼休みは中盤にさしかかったころだった。
教室へ戻っても、まだ軽音部の連中が固まって食後の談笑でもしているはずだ。
そんな中へひとり入っていく気にはなれない。
どこかで時間を潰して、予鈴が鳴る頃を見計らって帰った方がいいだろう。
俺は窓によっていき、外を見た。
食堂から続く一階の廊下。俺のいるこの場所からは中庭が見渡せた。
そこに、見覚えのある後姿を見つける。
朋也(なにやってんだ、あいつ…)
横顔が見えたとき、同時に一筋の涙がこぼれて見えた気がした。
ここからじゃ、正確にはわからなかったが、確かにそう見えた。
顔を袖で拭う動作。
こっちの、校舎の方に振り向く。
向こうも俺に気がついた。
目が合う。
一瞬、躊躇した後…
笑顔を作っていた。
また、涙が頬を伝い、それがしずくとなって地面に落ちた。
今度は間違いなく、それが見て取れた。
………。
俺は駆け出していた。
中庭に直接出ることができる、渡り廊下へ向けて。
―――――――――――――――――――――
上履きのまま、夢中で外へ出てきた。
そして、辿り着く。今はもう、石段のふちに腰掛けているその女の子。
俺も隣に座り、少し息を整える。
朋也「…こんなとこでなにやってんだよ」
もっと言いたいことはあったのに、こんなセリフしか出てこない。
唯「…岡崎くんこそ、くつに履き替えもしないで、どうしたの」
朋也「急いでたんだよ」
唯「どうして」
朋也「おまえが泣いてたから」
唯「…私が泣いてたら、急いでくれるの?」
朋也「ああ」
唯「どうして」
朋也「そりゃ…」
どうしてだろう…。
自分でもよくわからない。
朋也「…泣いてるからだよ」
唯「…ぷっ…あはは。見たまんますぎるよ」
朋也「ああ…だな」
作ったものじゃない、素の笑顔。
ここまで出てきたその行為が報われたような気分になる。
唯「私、泣いてないよ」
朋也「あん?」
唯「あくびだよ、あ・く・び」
朋也「…マジ?」
唯「マジ」
なんてくだならいオチなんだろう…。
じゃあ、なんだ、俺が単に空回りしていただけなのか…。
唯「でも、うれしかったよ。そんなふうに思って、駆けつけてくれて」
朋也「そっかよ…」
唯「また泣いたら、今みたいに来てくれる?」
朋也「ああ、すぐ行く。借りてた1泊2日のレンタルDVD返したら、駆けつける」
唯「それ、私がついでみたいになってるんだけど?」
朋也「しょうがないだろ。もう三日も延滞してるんだから」
唯「そんな事情知らないっ。最初からその日数で借りなよっ」
朋也「ちょっと見栄張ったんだよ。二日あれば俺には十分だ、ってさ」
唯「意味わかんないよ、もう…」
困ったように笑う。
けど、その表情にはもうかげりがなかった。
朋也「それで、ひとりでなにしてたんだよ。こんなとこでさ」
唯「ひなたぼっこだよ。いい天気だし、気持ちいいかなって」
朋也「ほかの奴らは」
唯「誘ったんだけどね~。断れちゃった」
朋也「そっか」
唯「みんなわかってないよ、光合成のよさを」
朋也「植物か、おまえは」
唯「む、哺乳類でもできるんだよ。みてて」
はぁ~…と気合のようなものをためていく。
唯「ソーラー…ビーーームッ!」
ズビシッ、と俺に人差し指を突き刺した。
朋也「ビームって…ただの打撃だろ…肉弾攻撃だ」
唯「えへへ」
笑ってうやむやにしようとしていた。
朋也「がんばって光合成でもしといてくれ」
立ち上がり、校舎に引き返す。
唯「あ、私もいくっ」
声がして、後ろから元気な足音が近づいてきていた。
―――――――――――――――――――――
律「よ」
帰ってきた俺を見て、部長が声をかけてくる。
今日は俺の席ではなく、空いた平沢の席に腰掛けている。
朋也「…ああ、よぉ」
平沢が抜けたことにより散会になったとばかり思っていたのだが…
まだ三人とも残っていた。
とりあえず自分の席につく。
律「なぁ…」
と、また部長。
朋也「なんだ」
律「あんた、唯のことでなんか知らない?」
それは、今朝からの平沢の様子を気にして訊いてきているんだろう。
容易に想像がついた。
律「あいつ、朝ちょっかい出しにいった時から元気なかったしさ…」
俺が机に突っ伏している間、やっぱり今日も平沢のもとに訪れていたのだ、部長は。
その時異変に気づいたと、そういうことだろう。
律「どうしたのか訊いても、曖昧にこたえるし…」
律「そんで、唯から聞いたんだけど、あんたたち、今朝も一緒に途中まで登校してきたんだろ」
律「だから、あんたならなんか知ってるんじゃないかと思ってさ」
他のふたりも、俺をじっとみてくる。
なんと言っていいのだろうか。
俺が原因だなんていったら、自惚れにもほどがある気もするし…。
今までの流れを言葉で説明すると、途端に安っぽくなるし…。
唯「やっほ、帰ったよ」
そこへ、ちょうど平沢が戻ってきた。
下駄箱で上履きに履き替えるため、途中で別れていたのだ。
だから、この時間差が生まれたのだ。
律「あ、おう…」
紬「おかえり、唯ちゃん」
澪「おかえり」
唯「ただいまぁ」
言いながら、自然に部長の上から座った。
律「ちょ、唯、重いっ」
唯「あれ、悦んでクッションになってくれるんじゃないの」
律「んな性癖ないわっ。どかんかいっ」
唯「ちぇ、思わせぶりなんだから…」
部長から身をどける。
律「なに見てそう思ったんだよ…ったく」
立ちあがり、平沢に席を譲った。
澪「唯…その、もういいのか?」
唯「ん? なにが?」
澪「いや…ちょっとテンション低かったじゃないか」
唯「ああ、もう大丈夫! 陽の光浴びて満タンに充電してきたからっ」
澪「そっか…」
部長、琴吹と顔を見合わせる。
そして、みな一様に顔をほころばせた。
律「ま、元気になったんなら、それでいいけど」
紬「そうね」
澪「ああ」
唯「えへへ」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
さわ子さんによると、今日普通に登校してきた俺は、奉仕活動を免除されるということだった。
なので、春原だけが捕まっていってしまった。
唐突に暇になる。
あんな奴でさえ、いれば暇つぶしにはなっていた。
やることもない俺は、すぐに学校を出た。
―――――――――――――――――――――
着替えを済ませ、折り返し家を出る。
―――――――――――――――――――――
いつものように、春原の部屋でくつろぐ。
今はこの部屋本来の主人も戻っておらず、俺が暫定主人だった。
無意味に高いところに立ってみる。
朋也(………)
朋也(アホくさ…)
むなしくなって速攻やめた。
―――――――――――――――――――――
がちゃり
春原「…あれ、来てたの」
朋也「ああ、おかえり」
春原「つーか、人の部屋に勝手にあがりこ…うわっ」
上着を脱ぎ、コタツまで来たところで驚きの声を上げる。
春原「なにしてくれてんだよっ」
朋也「なにが」
漫画を読みながら、おざなりに返す。
春原「これだよっ! このフィギュアっ!」
朋也「おまえの大事な萌え萌え二次元美少女がどうしたって?」
春原「ちがうわっ! 僕のでもないし、そんな感じのでもないっ!」
朋也「じゃ、なんだよ」
春原「よくわかんないけど、電灯の紐で首くくられてるだろっ!」
朋也「いいインテリアじゃん」
春原「縁起悪いよっ!」
必死に紐を解く春原。
春原「なんなんだよ、これ。どうせおまえが持って来たんだろ」
朋也「ああ、なんか飲み物買ったらついてきた」
春原「やっぱりかよ…いらないなら、捨てるぞ」
朋也「いいよ」
ゴミ箱までとことこ歩いていき、捨てていた。
戻ってきて、コタツに入る。
時を同じくして、俺は飲みほしたペットボトルをゴミ箱に向かって投げた。
ぽろっ
朋也「春原、リバウンドっ」
春原「自分で行けよっ! つーか、今ゴミ箱までいったんだから、そん時言えよっ!」
朋也「ちっ、注文多いな…めんどくせぇやつ」
春原「まんまおまえのことですよねぇっ!」
俺はコタツから出て、こぼれ球を拾ってゴールに押し込んだ。
また戻ってきて、コタツの中に入る。
そして、スナック菓子を食べながら漫画を再開した。
春原「ったく、しおらしかったと思ったら、もう調子戻しやがって…」
春原「…ん? おまえ、そのコミック…」
朋也「これがどうかしたか」
表紙を見せる。
春原「やっぱ、最新刊じゃないかよっ! べとべとした手でさわんなっ」
朋也「ああ、悪い」
ちゅぱちゅぱと指をなめとった。
春原「そんな方法できれいにしても納得できねぇよっ!」
春原「台所で手洗ってこいっ!」
朋也「遠いからいやだ」
春原「すっげぇむかつくよ、こいつっ!」
朋也「ま、いいじゃん。また新しいの買えばさ」
春原「おまえが自腹で自分の買えよっ!」
春原「くっそぉ、やりたい放題やりやがって…」
朋也「これにこりたら、早く帰ってこいよ」
春原「あんたが大人しくしてればすむでしょっ!」
―――――――――――――――――――――
4/13 火
朋也「…おはよ」
唯「おはよう」
昨日と同じ場所で落ち合い、学校へ向かう。
唯「今日も眠い?」
朋也「…ああ、かなりな」
だが、昨日よりかは幾分マシだった。
普通に受け答えする気にはなる。
唯「そっかぁ、じゃあ、まだ無理かな…」
朋也「なにが」
唯「もうちょっと早く来れば、私の妹とも一緒にいけるよ」
朋也「そっか…」
そういえば、妹がどうとか、いつか言っていた気がする。
唯「私の妹、気にならない?」
朋也「いや、取り立てては」
唯「ぶぅ、もっと興味持ってよぉ…じゃなきゃ、つまんないよぉ」
朋也「ああ、気になるよ、むしろ、すげぇ眠いよ…」
唯「すごい適当に言ってるよね、いろいろと…」
―――――――――――――――――――――
あの時別れた場所までやってくる。
唯「…えっと、ここからは、別々なんだよね」
立ち止まり、前を向いたままそう言った。
唯「じゃ…先に行くね」
一歩を踏み出す。
少しさびしそうな横顔。
………。
そもそも…
俺にはそんなことを気にする見栄や立場なんてなかったんじゃないのか。
ただの不良生徒だ。周りの評判なんて、今更何の意味もない。
唯「…あ」
俺は黙って平沢の横に追いついた。
朋也「なに止まってんだよ。いくぞ」
唯「…うんっ」
―――――――――――――――――――――
唯「桜、もうほとんど散っちゃったね」
朋也「ああ」
もう、二割くらいしか残っていなかった。
2、3日もすれば完全に散ってしまうだろう。
―――――――――――――――――――――
教室のドア、そこに手をかけ、止まる。
ここで一緒に入ってしまえば、また揶揄されてしまうんだろうか。
唯「ん? どうしたの」
だが、今俺が躊躇すれば、またこいつは落ち込んでしまうんじゃないのか。
俺の考えすぎか…。
朋也「…いや、なんでもない」
俺は戸を開け中に入った。
もう、ほとんど開き直りに近かった。
―――――――――――――――――――――
律「はよ~、唯」
紬「おはよう、唯ちゃん」
澪「おはよう」
唯「おはよ~」
俺たちが席につき、間もなくすると軽音部の連中がやってきた。
俺は眠さもあり、昨日同様、机に突っ伏していた。
律「今日もラブラブしやがって、むかつくんだよぅ~」
唯「だから、違うってぇ…家が近いから、それでだって言ったじゃん」
律「ああん? そんなことくらいで一緒に登校してたら人類みな兄弟だっつーの」
澪「意味がわからん…」
会話が聞えてくる。
案じていた通り、部長がその話題に触れてきた。
俺も反論してやりたいが、いかんせん気力が湧かない。
だから、じっと休むことに集中した。
律「こいつも寝たフリして、全部聞えてんだろ~?」
律「黙秘のつもりか~? デコピンで起こしてやろう」
澪「やめときなよ」
唯「そうだよ。かなり眠いって言ってたし、そっとしといてあげよ?」
律「それだよ。こいつが早起きしてんだよなぁ。それって唯と登校するためだろ?」
律「だったらさ、やっぱ、こいつも唯に気があるんじゃね?」
唯「そ、それは…いや、ちがくて、えっと…」
唯「そうだよ、親切だよっ! 親切心っ!」
律「親切?」
唯「うん。私が待ってるって言ったから、遅刻しないように来てくれてるんだよ」
澪「へぇ…」
紬「いい人よね、岡崎くんって」
唯「だよね~」
律「なぁんか、腑に落ちねぇなぁ…」
キーンコーンカーンコーン…
律「あ、鐘鳴った」
澪「戻ろうか」
紬「うん」
そこで会話は聞こえなくなった。
3人とも言葉通り戻っていったようだ。
直にさわ子さんがやってくるだろう。俺も起きなくては…。
話が気になって、あまり回復できなかったが…。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
つん つん
頬に感触。
声「起きて~、岡崎くん」
続いて、すぐそばで声がした。
目を開ける。
唯「おはよ~」
…近い。すごく。
ちょっと前に顔を出せば唇が触れそうな距離。
俺は多少動揺しつつも、身を起こして顔を離した。
唯「もう授業終わったよ」
朋也「あ、ああ…」
4時間目…そう、俺は途中で眠ってしまったんだ。
担当の教師が、寝ようが内職しようが、なにも言わない奴だったから、気が緩んで。
教師としてはグレーゾーンな奴なんだろうけど、生徒にとってはありがたい存在だった。
唯「よく寝てたね」
朋也「ああ、まぁな」
朋也「ん…」
伸びをして体をほぐす。
唯「寝顔かわいいんだね」
突っ伏していたはずだが…無意識に頭の位置を心地いいほうに変えていってしまったのだろう。
それで、こいつに寝顔をさらしてしまっていたのだ。
朋也「勝手にみるな」
唯「え~、無理だよ。どうしてもみちゃう」
朋也「授業に集中しろ」
唯「それ、岡崎くんが言っても全く説得力ないよ…」
春原「岡崎~。飯」
そこへ、春原がだるそうにやってくる。
朋也「動詞を言え、動詞を」
春原「あん? んなもん、僕たちの仲なら、なくても通じるだろ?」
朋也「わかんねぇよ。飯みたいになりたい、かと思ったぞ」
春原「なんでそんなもんになりたがってんだよっ、食われてるだろっ!」
朋也「いや、残飯だから大丈夫だろ」
春原「廃棄っすか!? 余計嫌だよっ」
朋也「じゃあ、ちゃんと伝わるように今度から英雄風にいえ」
春原「ひでお? 誰だよ」
朋也「えいゆう、だ」
春原「英雄ねぇ…そんなんでほんとに伝わんのかよ」
朋也「ああ、ばっちりだ」
春原「わかったよ、なら、やってやるよ…」
春原「じゃ、もういこうぜ」
朋也「ああ」
立ち上がる。
唯「あ、待ってっ。今日は学食だよね? だったらさ、一緒に食べない?」
春原「またあの時のメンバー?」
唯「うん」
春原「まぁ、別にいいけど…」
唯「岡崎くんは?」
朋也「俺も、別に」
唯「よかったぁ」
うれしがるほどのことでもないような気もするが…。
賑やかなのが好きなんだろう、こいつは。
唯「じゃ、みんなに言ってくるね」
朋也「俺たちは先いって席取っとくぞ」
唯「うん、よろしくね。それじゃ、またあとで!」
―――――――――――――――――――――
無事席の確保ができ、平沢たちも合流した。
唯「やっほ」
律「おう、ご苦労さん」
春原「あん? おまえ、なに普通に座ってんだよ」
春原「おまえの席はあっちに確保してるから、移れよ」
春原が指さすゾーン。ダストボックスの目の前だった。
なんとなく不衛生な気がして、みんな避けている場所だ。
実際、そんなことはないのだろうけど、気分の問題だった。
律「あんたが行けよ。背景にしっくりくるだろ」
春原「ははっ、おまえの自然に溶け込みそうな感じには負けるさ」
律「おほほ、そんなことないですわよ。あなたなんて背景と判別がつきませんもの」
春原「………」
律「………」
無言でにらみ合う。
唯「あわ…ふ、ふたりとも、やめようよ…」
澪「律…なんでそう、すぐいがみ合おうとするんだ?」
律「えぇっ? 今のはあっちが先だったじゃんっ!」
春原「けっ…」
紬「春原くん…仲良くしましょ?」
春原「ムギちゃんとなら、喜んでするけどね」
律「ムギはいやだってよ」
春原「んなことねぇよっ! ね、ムギちゃん?」
紬「えっと…ごめんなさい、距離感ブレてると思うの」
春原「ただの他人でいたいんすか!?」
律「わははは!」
久しぶりだが、この流れも変わらないようだった。
―――――――――――――――――――――
唯「そういえばさぁ、選挙っていつだったっけ?」
和「今週の金曜日ね」
唯「じゃ、もうすぐだねっ」
和「そうね」
律「絶対和に投票するからな」
紬「私も」
澪「私だって」
唯「私も~」
和「ありがとう、みんな」
春原「なに? CDでも出してるの?」
和「…どういうこと?」
春原「ほら、CD買ったらさ、その中に投票券が入ってるっていうあれだよ」
和「某アイドルグループの総選挙じゃないんだけど…」
律「んなお約束ネタいらねぇって」
春原「ふん、言ってみただけだよ」
和「あ、そうだ。話は変わるんだけど、あなたたち、最近奉仕活動してるんですってね」
朋也「やらされてるんだよ。今までの遅刻を少し大目にみてくれるって話だからな」
和「そういう裏があるってことも、一応聞いてるわ」
唯「和ちゃん、なんか情報いっぱい持ってるよね」
和「そうでもないわよ」
律「この学校の重要機密とか、校長の弱みとかも握ってるんじゃないのか?」
和「何者よ、私は…っていうか、機密なんてそんなドス黒いものあるわけないでしょ」
律「てへっ」
春原「かわいくねぇよ」
律「るせっ」
和「まぁ、それで、昨日もあなたが書類整理してくれたって聞いたの」
春原「ああ、あれね」
和「けっこう大変だったでしょ」
春原「まぁね」
和「あれ、私が選挙管理委員会に提出するものだったのよ」
和「それで、期限が昨日までだったんだけど、整理が終わってなくてね」
和「すぐにやらなきゃいけなかったんだけど、どうしても外せない用事ができちゃって…」
和「でも、先生から、代打であなたにやってもらうから大丈夫だって、そう背を押してもらったの」
和「本当に助かったわ。遅れたけど、この場を借りてお礼を言うわね」
和「ありがとう」
春原「う~ん…言葉だけじゃ足りないねぇ」
朋也「気をつけろ、こいつ、体を要求してくるつもりだぞ」
春原「んなことしねぇよっ!」
唯「………」
紬「………」
澪「………」
和「………」
律「…引くわ」
春原「は…」
春原「岡崎、てめぇ!」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
俺と春原はまたさわ子さんに呼び出され、空き教室にいた。
さわ子「今日からは、真鍋さんの手伝いをしてもらうわ」
春原「誰?」
さわ子「あんたたち、親しいんじゃないの?」
春原「いや、だから、そいつ自体知らないんだけど…」
さわ子「真鍋和さんよ。同じクラスでしょうに」
春原「真鍋和…?」
朋也「昼に一緒に飯食ったあのメガネの奴だろ」
春原「ああ…でも、そんな名前だったっけ?」
朋也「前にフルネーム聞いただろ」
春原「そうだっけ。忘れちゃったよ」
さわ子「向こうからのオファーだったから、てっきり親しいんだと思ってたのに」
朋也「そんな親しいってほどでもねぇよ…つーか、オファー?」
それは、俺たちをわざわざ指名してきたということだ。
どういう意図なのか全く読めない。
さわ子「ええ。まぁ、詳しいことは本人から聞いてちょうだい」
―――――――――――――――――――――
さわ子さんに言われ、生徒会室に向かった。
聞けば、通常、役員が決まるまで使われることはないそうだ。
新生徒会が始動して、初めて活用されるらしい。
春原「なんでこんなとこにいるんだろうね」
朋也「さぁな」
がらり
戸を開け、中に入った。
―――――――――――――――――――――
声「遅かったわね」
教室の奥、一番大きい背もたれつきのイスがこちらに背を向けていた。
そこから声がする。
くるり、と回転し、こちらを向いた。
和「さ、掛けて」
朋也「あ、ああ…」
春原「………」
異様な気配を感じながらも、近くにあった椅子に腰掛ける。
和「先生から話は聞いてると思うけど、私の手伝いをしてもらうわ」
しん、とした部屋に声が響き、次第に消えていった。
…なんだ、この緊張感。
朋也「…ひとつ訊いていいか」
和「なに?」
朋也「なんで俺たちなんだ」
和「それはね…二つ理由があるわ」
立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
和「ひとつは、私の、一年から地道に作り上げてきた政党から人が離れたこと」
こちらに近づいてくる。
和「ふたつめは…」
ぽん、と俺と春原の肩に手を置く。
和「…あななたちが悪(あく)だからよ」
顔を見合わせる。
大丈夫か、こいつ…と目で訴えあっていた。
和「いい? 政治は綺麗事だけじゃ動かないの」
言いながら、離れて歩き出した。
和「時には汚いことだってしなきゃいけない…理想を貫くとはそういうことよ」
春原「あー…あのさ、そういう遊びがしたいんだったら、友達とやってくんない?」
和「遊び? 私がやっていることが遊びだって言いたいの?」
春原「ああ、なんか、キャラ作って遊びたいんだろ? 僕たち、そんなの…」
和「トイレットペーパー泥棒事件」
びくり、と春原が反応する。
和「二年生のとき、あったわよね」
春原「………」
確かにあった。
男子トイレのストック分が丸々なくなっていたとか、そんなセコい事件だった。
和「あれね、現場を見ていた人間がいたの」
和「いや…正確には押さえていた、かしら」
窓に寄って行き、外を見る。
和「写真部の子がね、外で撮影していたんですって」
和「それで、校舎が写った写真も何枚かあったの」
和「その中にね…あったのよ」
ごくり、とツバを飲み込む春原。
和「金髪が、トイレットペーパーのようなものを抱えている姿が」
…おまえが犯人だったのか。
和「私はそのネガを買い取って、その子の口封じもしたわ」
春原「な…なんで…」
和「いつかなにかあった時、取引の材料になるんじゃないかと思ってね」
どんぴしゃでなっていた。
春原「う…嘘だろ…」
和「遊びじゃないって、わかってくれたかしら?」
春原「うぐ…は、はい…」
和「でもね、だからこそリスクが高いのよ」
和「こんなことをしていると、こっちだって、ひとつミスれば即失脚してしまう」
和「ぎりぎりのところでやっているの」
和「だから、今になって保守派に鞍替えした人間も出てきてしまったのだけどね」
和「そこで、あなたたちの出番というわけよ」
朋也「善人を懐柔するより、最初から悪人を使ったほうが早いってことか」
和「そういうことね。なかなか物分りが早いわね」
和「知ってる? あなたは今日、本来なら奉仕活動は免除されていたの」
朋也「遅刻しなかったから…だろ?」
なんとなく、俺もそれっぽく言っていしまう。
和「ええ。でも、無理いって呼んでおいて正解だったわ」
和「春原くんだけじゃ、少し不安を感じるから」
春原は、その独特の小物臭を嗅ぎ取られていた。
朋也「それで、俺たちはなにをすればいいんだ」
暗殺か、ゆすりか、ライバルのスキャンダルリークか…
内心、ちょっとドキドキし始めていた。
和「まずはこの選挙ポスターを校内の目立つ場所に貼ってきてくれる?」
そう言うと、どこからかポスターの束を取り出し、机の上に置いた。
案外普通のことをするようだ。
和「それが終わったら一旦戻ってきてね」
朋也「ああ、了解」
―――――――――――――――――――――
春原「なぁ、岡崎。僕たち、ヤバイのと絡んじゃってるんじゃない?」
朋也「かもな…でも、なんかおもしろそうじゃん」
春原「おまえ、ほんとこわいもの知らずだよね…」
朋也「おまえほどじゃねぇよ、コソ泥」
春原「コソ泥いうなっ!」
朋也「大丈夫だって、事件はもう風化してるんだしさ」
朋也「そのワードからおまえにつながることなんてねぇよ」
春原「そういうの関係なしに嫌なんですけどっ!」
―――――――――――――――――――――
掲示板、壁、下駄箱…はてはトイレにまで貼った。
今は外に出て、校門に貼りつけている。
朋也「もういいよな。戻るか」
春原「ちょっとまって。ついでに貼っておきたいとこあるから」
朋也「あん? どこだよ」
春原「おまえもくる?」
朋也「まぁ、一応…」
春原「じゃ、いこうぜ」
―――――――――――――――――――――
やってきたのは、ラグビー部の部室。
今は練習で出払っていて無人だ。
春原は得意満面でその扉に貼り付けていた。
どうやらいやがらせがしたかっただけらしい。
春原「よし、帰ろうぜ」
朋也「いいのか、んなことして」
春原「大丈夫だって」
声「なにが、大丈夫だって?」
春原「ひぃっ」
ラグビー部員「てめぇ…」
振り向くと、ラグビー部員がご立腹な様子で立っていた。
ラグビー部員「春原、おまえ、今部室になに…」
ポスターを見て、止まる。
ラグビー部員「真鍋…和…」
少し腰が引けていた。
ラグビー部員「おまえら、あの人の使いか…?」
朋也「ああ、そうだけど…」
ラグビー部員「そ、そうか、がんばれよ…」
それだけを言い残し、運動場の方に引き返していった。
春原「…ほんと、なに者だよ、あの子」
朋也「…さぁな」
―――――――――――――――――――――
春原「ただいま帰りましたぁ…」
中に入ると、真鍋は携帯を片手に、誰かと話し込んでいた。
和「…ええ、そうね。いや、あの件はもう処理したわ。ええ、じゃ、あとはよろしく」
ぴっ、と電源を切り、こちらを向く。
和「ご苦労様」
春原「いえいえ…和さんもお疲れさまっす」
完全に媚びまくっていた。
和「今日のところはこれだけでいいわ」
春原「そっすか。じゃ、お疲れさまっした」
足早に去っていこうとする。
和「まって、まだ伝えておきたいことがあるから」
春原「…なんでしょう?」
和「ここでのことは絶対に口外しないこと」
和「指示はここで出すから、この場以外でその内容を口に出さないこと。質問、意見も一切禁止」
和「私たちは普段どおりに接すること」
和「以上のことを守ってほしいの」
春原「わかりましたっ! 死守するっす!」
必死すぎだった。
和「それから、岡崎くん。あなた、配布係だったわよね」
朋也「ああ」
和「じゃ、明日、これをそれとなく配ってほしいんだけど」
俺に三枚の封筒を渡してきた。
それぞれに名前が書いてある。
朋也「これは…?」
和「それは、うちのクラスの各派閥の中心人物に宛てたものよ」
和「そこにある内容を飲ませれば、今度の選挙で結構な規模の組織票が得られるわ」
和「直接交渉は危険だからね…そういう形にしたの。頼んだわよ、岡崎くん」
朋也「でも、形として残ったほうが危険なんじゃないのか」
和「大丈夫。私が書いたものだってわからないから」
朋也「それなのに、おまえに入るのか」
和「ええ。いろんな利権が複雑に絡んでいるからね。結果的に私に入るわ」
そんな勢力図がうちのクラスにうずまいていたとは…。
…というか、ドロドロとしすぎてないか?
和「これが可能になったのは、岡崎くんが配布係であったことと、私との接点が薄いことが決め手ね」
和「感謝してるわ」
いい手駒が手に入って…と続くんだろうな、きっと。
―――――――――
4/14 水
朋也「…おはよ」
唯「おはよ~」
落ち合って、並んで歩き出す。
朋也「…ふぁ」
大きくあくび。
唯「今日も眠そうだね」
朋也「ああ、まぁな」
唯「やっぱり、授業中寝ちゃうの?」
朋也「そうなるだろうな」
唯「じゃ、またこっちむいて寝てね」
朋也「いやだ」
唯「いいじゃん、けち」
朋也「じゃあ、呼吸が苦しくなって、息継ぎするときに一瞬だけな」
唯「そんな極限状態の苦しそうな顔むけないでよ…」
―――――――――――――――――――――
坂を上る。周りには俺たちと同じように、喋りながら登校する生徒の姿がまばらにあった。
その中に混じって歩くのは、まだ少し慣れない。
いつか、この違和感がなくなる日が来るんだろうか…こいつと一緒にいるうちに。
唯「ねぇ、今日も一緒にお昼食べない?」
朋也「いいけど」
唯「っていうかさ、もう、ずっとそうしようよっ」
朋也「ずっとはな…気が向いた時だけだよ」
唯「ぶぅ、ずっとだよっ」
朋也「ああ、じゃ、がんばれよ」
唯「流さないでよっ、もう…」
唯「あ…」
坂を上りきり、校門までやってくる。
唯「和ちゃんのポスターだ」
昨日俺たちが貼った物だった。
唯「もう、明後日だもんね。和ちゃん、当選するといいなぁ」
あいつの政治力なら容易そうだった。
にしても…
朋也(清く正しく、ねぇ…)
ポスターに書かれた文字を見て、なにかもやもやとしたものを感じた。
学校は社会の縮図、とはよくいったものだが…なにもここまでリアルじゃなくてもいいのでは…。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
春原「がははは! 岡崎、昼飯にするぞ」
いきなり春原が腰に手を当て、ふんぞり返りながら現れた。
朋也「…はぁ?」
春原「春原アターーーーーーーーーーーーック!」
びし
朋也「ってぇな、こらっ!」
春原「はぁ? ではない! 飯だと言っているだろ! バカなのか?」
バカにバカっていわれた…。
春原「がはははは! 世界中の美女は俺様のもの!」
完全に自分を見失っていた。
朋也「…春原、もうわかった。もういいんだ。休め」
春原「あん?」
朋也「なにがあったかは知らないけど、もういいんだ」
朋也「がんばらなくていい…休め…」
春原「なんで哀れんでんだよっ!」
朋也「春だからか。季節柄、そんな奴になっちまったのか…」
春原「お、おい、ちょっと待て、おまえが昨日、英雄風に言えって言ったんだろ!?」
朋也「え?」
春原「え? じゃねぇよっ! 思い出せっ!」
そういえば、そんなことを言った気もする。
朋也「じゃ、なにか、今のが英雄?」
春原「そうだよっ。ラ○スだよっ」
朋也「ああ、ラン○ね。まぁ、確かに英雄だけど」
春原「だろ?」
朋也「でも、おまえの器じゃないからな、あの人は」
朋也「再現できずに、ただのかわいそうな人になってたぞ」
春原「再現度は関係ないだろっ!」
春原「くそぅ、おまえの言った通りにしてやったのに…」
朋也「悪かったな。じゃ、次は中学二年生のように誘ってくれ」
春原「ほんっとうにそれで伝わるんだろうなっ」
朋也「ああ、ばっちりだ」
春原「わかったよ、やってやるよ…」
朋也「それと、今日も平沢たち、学食来るんだってさ」
春原「そっすか…別になんでもいいよ…」
―――――――――――――――――――――
7人でテーブルの一角を占め、食事を始める。
春原「ムギちゃんの弁当ってさ、気品あるよね」
紬「そうかな?」
春原「うん。やっぱ、召使いの料理人が作ってたりするの?」
紬「そんなんじゃないよ。自分で作ってるの」
春原「マジ? すげぇなぁ、ムギちゃんは」
紬「ふふ、ありがとう」
唯「澪ちゃんのお弁当は、可愛い系だよね」
澪「そ、そうか?」
唯「うん。ご飯に海苔でクマ描いてあるし」
律「りんごは絶対うさぎにしてあるしな」
紬「澪ちゃんらしくて可愛いわぁ」
澪「あ、ありがとう…そ、そうだ、唯のは、憂ちゃん作なんだよな」
唯「うん、そうだよ」
澪「なんか、愛情こもってる感じだよな、いつも」
唯「たっぷりこもってるよ~。それで、すっごくおいしいんだぁ」
澪「でも、姉なんだから、たまには妹に作ってあげるくらいしてあげればいいのに」
唯「えへっ、無理っ」
澪「唯はこれだからな…憂ちゃんの苦労が目に浮かぶよ…」
律「和のは、なんか、全て計算ずくって感じだよなぁ」
和「そう?」
律「ああ。カロリー計算とかしてそうな。ここの区画はこれ、こっちはあれ、って感じでさぁ」
唯「仕切りがすごく多いよね」
春原「さすが、和さん」
唯「和さん?」
律「和さん?」
春原「あ、いや…」
春原に注目が集まる。
和「………」
真鍋の強烈な視線が春原に突き刺さっている。
普段通りに接すること…その鉄則を破っているからだ。
春原「ひぃっ」
春原「…真鍋も、やるじゃん」
冷や汗をかきながら、必死に取り繕っていた。
春原「あそ、そうだ、部長、おまえのはどんなんだよ」
律「私? 私のは…」
春原「ああ、ノリ弁ね」
律「まだなにも言ってないだろっ」
春原「言わなくてもわかるよ。おまえ、歯に海苔つけたまま、がははって笑いそうだし」
律「なんだと、こらっ! そんなことしねぇっつの!」
律「おまえなんか、弁当で例えると、あの緑色の食べられない草のくせにっ!」
朋也「それは言いすぎだ」
春原「岡崎、おまえ…」
律「な、なんだよ、男同士かばいあっちゃって…」
朋也「フタの裏についてて、開けたらこぼれてくる水滴ぐらいはあるだろ」
春原「追い討ちかけやがったよ、こいつっ!」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。無人の生徒会室へ。
周囲を警戒して、真鍋とは別ルートで向かった。
そして、席につき、会議が始まる。
和「岡崎くん、ちゃんと渡してくれた?」
朋也「ああ」
和「そう。ご苦労様」
渡した時、なにも不審がられなかったのが逆に不気味だった。
みな、手馴れた様子でさっと机の中に隠していた。
こういうことが日常的に起きているんだろうか…。
和「今日は届けものをして欲しいんだけど」
机の上には、封筒から小包まで、大小様々な包みが並べられていた。
和「それぞれにクラス、氏名…この時間いるであろう場所、等が書いてあるから」
朋也「わかった。どれからいってもいいのか」
和「ええ、どうぞ」
とりあえず、軽めのものからかき集めていく。
なぜか春原は小包を見て、そわそわし始めていた。
和「それから、中は絶対に見ないでね」
下手な好奇心は身を滅ぼす、と今の一言に集約されていた。
春原「う、は、はいっ」
歯切れの悪い返事。
こいつは中身を覗いてみるつもりだったに違いない。
―――――――――――――――――――――
春原「なぁ、岡崎…これって、俗に言う運び屋なんじゃ…」
朋也「だろうな」
男子生徒1「ファッキューメーン!」
男子生徒2「イェーマザファカッ!」
いきなりニット帽をかぶった二人組が俺たちの前に立ちはだかった。
春原「なに、こいつら」
男子生徒1「おまえら、真鍋和の兵隊だろ、オーケー?」
男子生徒2「そのブツ、ヒアにおいてけ、ヨーメーン?」
中途半端すぎる英語だった。
春原「ああ? うっぜぇよっ、やんのか、らぁっ!」
男子生徒1「…怖いメーン。帰りたいYO」
男子生徒2「俺もだYO」
男子生徒1「じゃ、帰ろっか」
男子生徒2「うん」
最後は素に戻り、立ち去っていった。
春原「マジでなんなの」
朋也「さぁ…」
―――――――――――――――――――――
朋也「えーと…二年B組か」
封筒を確認し、教室を覗く。
適当な奴を捕まえて、記載された名前の人物を呼んでもらった。
男子生徒「なんすか」
いかにもな、チャラい男だった。
朋也「これ」
封筒を渡す。
男子生徒「あい?」
受け取ると、少し開けて中を確認した。
男子生徒「ああ…そういうこと」
次に俺たちを見て、何かを納得したようだった。
男子生徒「30…いや、50はかたいって伝えてといてください」
朋也「わかった」
男子生徒「それじゃ」
一度片手を上げ、たむろしていた連中の輪の中に戻っていった。
春原「なにが入ってたんだろうね…」
朋也「俺たちの知らなくていいことなんだろうな」
きっと、高度な政治的駆け引きが行われたのだ…。
―――――――――――――――――――――
女子生徒「あの…なんでしょう」
やってきたのは図書室。
カウンターの女の子へ届けることになっていた。
春原「ほら、これ。配達にきたんだよ」
小包を渡す。
女子生徒「はぁ…」
よくわかっていない様子だ。
開封していく。
女子生徒「………」
みるみる顔が青ざめていく。
そして、俺たちに謝罪の言葉を伝えて欲しいと、そう言って、そのまま意気消沈してしまった。
―――――――――――――――――――――
春原「…中身、みなくてよかったのかな、やっぱ」
やはりなにが入っているか気になっていたようだ。
朋也「だろうな」
もし見ていれば、次はこいつのもとに小包が届くことになっていたのだろう。
―――――――――――――――――――――
手持ちも全てなくなり、一度生徒会室に戻ってくる。
春原「和さん、なんか、途中変な奴らに絡まれたんすけど。僕たちが和さんの兵隊だとかいって」
和「それで、どうしたの」
春原「蹴散らしてやりましたよっ」
和「それでいいわ。よくやってくれたわね」
春原「へへ、楽勝っす」
和「その人たちは私の政敵が雇った刺客ね」
朋也「刺客?」
和「ええ。私と似たようなことをしている輩もいるのよ」
和「でも、ま、雇えたとしても、その働きには期待できないでしょうけどね」
和「正規運動部を雇うのは、あとあと面倒だろうし…」
和「一般生徒や、途中で部を辞めてしまった生徒じゃ力不足になるわ」
和「なぜなら…」
すっ、とメガネを上げる。
和「スポーツ推薦でこの学校に入ってこられるほどの身体ポテンシャルを持ち…」
和「なおかつ、喧嘩慣れしたあなたたちには、到底適わないでしょうから」
こいつ…俺たちのプロフィールも事前にしっかり調べていたのか…。
春原「ふ…そうっすよ。僕たち、この学校最強のコンビっすからっ」
いつもラグビー部に好き放題ボコられている男の言っていいセリフじゃなかった。
和「頼もしいわ。その調子で残りもお願いね」
春原「まかせてくださいよっ」
朋也(すぐ調子に乗りやがる…)
―――――――――――――――――――――
その後も俺たちは似たようなやり取りを繰り返した。
そして、最後の配達を追え、また戻ってくる。
―――――――――――――――――――――
春原「全部終わりましたっ」
和「ええ、そうね。ご苦労様」
春原「いえいえ」
春原「あ、そうだ。メガネの奴が、今までの3割増しなら60、って言ってました」
和「そう…わかったわ。ありがとう」
伝言もことあるごとに頼まれていた。
その都度、こうして真鍋に報告を入れていた。
和「ふぅ…」
ひとつ深く息をつき、生徒会長の椅子に座る。
和「本当に…あと少しなのね」
声色に覇気がなかい。
朋也「まだなにか不安があるのか」
和「まぁね」
朋也「これだけやれば、もうおまえが勝ったも同然な気がするけどな」
春原「そっすよ」
和「…あなたたち、二年生の坂上智代って子、知ってる?」
聞いたことがなかった。
春原「いや、知らないっす」
朋也「有名な奴なのか」
和「ええ。それも、この春編入してきたばかりだというのによ」
なら、まだこの学校に来て二週間も経っていないことになる。
それで有名なら、よっぽどな奴なんだろう。
和「純粋な子なんでしょうね…それを、周囲の人間が感じ取ってる」
朋也「そいつとおまえと、どう関係あるんだ」
和「立候補してるのよ。生徒会長に」
朋也「そら、すげぇな」
そんな型破りな奴なら、有名になるのも頷ける。
和「ええ。求心力も抜群でね…私の党から離れて、坂上さんサイドに移った人間もいるわ」
和「いえ…それが大多数かしら」
ぎっと音を立て、椅子から立ち上がった。
和「汚いことをしているとね…綺麗なもの、純粋なものが一層美しく映るの」
和「みんな心の底ではそんなものに憧憬の念を抱いていたわ」
和「そこへ、一点の曇りもない、指導者と成り得るだけの器を持った人物が現れた」
和「それは私にとって由々しき事態だったわ」
和「私は一年の頃からこちら側に芯までつかっていた」
和「そう…全ては生徒会長の椅子を手に入れるために」
和「それなのに…会長を務めていた先輩も卒業して、ようやく私がそのポストにつけると思っていたのに…」
和「なんのしがらみも持たず、何にも囚われない最強の敵が現れた!」
和「私は焦った。どんどん人が離れていく。中核を成していた実働部隊もいなくなった」
和「残ったのは少数の部下だけ…」
和「悩んだわ…たったこれだけの戦力じゃ、どうあっても勝てっこない…」
和「途方にくれていた時…あなたたちが奉仕活動をしていることを知ったの」
和「そして思いついた…なにも知らない、一不良を使った『封神計画』を!」
朋也「なんか、ずれてないか」
和「冗談よ」
朋也「あ、そ」
和「まぁ、それであなたたちに働いてもらったってわけね」
そっと椅子に手を触れる。
和「ようやく、互角…まだ戦えるわ」
和「そして、この椅子を手に入れるのは…」
じっと、俺たちを見据えて…
和「私よ」
そう言い放った。
―――――――――――――――――――――
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