- 朋也「軽音部? うんたん?」1・ 2・ 3・ 4・ 5・ 6・ 7・ 8・ 9・ ラスト
536:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 19:59:49.44:cUBlBpOS0
4/19 月
唯「おはよ~」
憂「おはようございます」
朋也「ああ、おはよ」
憂「怪我、どうですか? まだ痛みます?」
朋也「まぁ、まだちょっとな」
顔には青アザ、切り傷、腫れがはっきりと残っていた。
身体には、ところどころ湿布やガーゼが貼ってある。
憂「そうですか…じゃあ、直るまで安静にしてなきゃですね」
朋也「ああ、だな」
憂「それと、もうあんな無茶はしないでくださいね?」
憂「私、岡崎さんにも、春原さんにも、傷ついてほしくありません…」
朋也「わかったよ。ありがとな。心配してくれてるんだよな」
そっと頭を撫でる。
憂「あ…」
唯「私だって、めちゃくちゃ心配してたよっ」
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537:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:00:20.96:cUBlBpOS0
朋也「そっか」
唯「そうだよっ。だから…はい、どうぞ」
ちょっと身をかがめ、頭部を俺に差し出した。
朋也「なんだよ」
唯「好きなだけ撫でていいよっ」
朋也「じゃ、行こうか、憂ちゃん」
憂「はいっ」
唯「って、なんでぇ~!?」
―――――――――――――――――――――
唯「でもさ、岡崎くんと春原くんの友情って、なんかいいよね。親友ってやつだよね」
朋也「別に、そんな間柄でもないけどな…」
唯「まぁたまた~。きのう、春原くん言ってたじゃん。一人だったら、学校辞めてたって」
唯「それに、サッカーは辞めちゃったけど、新しい楽しみが今はあるんだよ」
唯「それが、岡崎くんと一緒にいることで、それは、岡崎くんも同じでしょ?」
唯「それくらいお互い必要としてるんだから、親友だよ」
538:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:00:53.90:cUBlBpOS0
朋也「そんなことはない。あいつと俺の間にあるのは、主従関係くらいのもんだからな」
憂「え? それって…どちらかが飼われてるってことですか…?」
憂ちゃんが食いついてきた。
こういう馬鹿話は、平沢の方が好みそうだと思ったのだが…。
朋也「そうだな、まぁ、俺が飼ってやってるといっても、間違いじゃないかな」
せっかくだから、さらにかぶせておく。
憂「ということは…岡崎さん×春原さん…」
憂「春原さんが受け…岡崎さんが攻め…ハァハァ」
ぶつぶつ言いながら、徐々に鼻息が荒くなっていく。
朋也「…憂ちゃん?」
唯「…憂?」
憂「ハッ!…い、いえなんでもないです、あははっ」
朋也(受け…? 攻め…?)
よくわからないが、なぜか憂ちゃんは微妙に発汗しながら焦っていた。
―――――――――――――――――――――
正面玄関までやってくる。
下駄箱は各学年で区切られているので、憂ちゃんとは一旦お別れになった。
539:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:02:25.97:1qYNd8dxO
ここを抜けさえすれば、合流して二階までは一緒に行けるのだが。
朋也「っと…」
脱いだ靴を拾おうとしゃがんだ時、脚が痛んでよろめいた。
唯「あ、おっと…」
すぐ横にいた平沢に支えられる。
朋也「わり…」
唯「いやいや、このくらい守備範囲内ですよ。むしろストライクゾーンかな?」
こいつの例えはよくわからない。
梓「…おはようございます」
朋也(げ…またこいつか…)
音もなく背後に立っていた。
…とういうか、ここは三年の下駄箱なのだが…
唯「おはよう、あずにゃんっ」
俺を支え、体をくっつけたたまま挨拶する平沢。
梓「………」
じっと、俺の顔を見る。
540:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:02:46.46:cUBlBpOS0
また引き離しにくるんだろうか…。
梓「…今だけは特別です」
そう、俺にだけ聞えるようにささやいた。
そして、『また放課後に』と会釈し、二年の下駄箱区画に歩いていった。
朋也(…はぁ…特別ね…)
それは、多分怪我のことを考慮して言っているんだろうな…。
頬に貼った絆創膏をさすりながら、そう思った。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
朝のSHRが終わる。
一限が始まるまでは机に突っ伏していようと、腕を回した時…
さわ子「岡崎くん、その顔、どうしたの?」
さわ子さんが教室から出ずに、まっすぐ俺の席までやって来た。
さわ子「まさか、またどこかで喧嘩してきたんじゃないでしょうね…?」
朋也「違うよ。事故だよ、事故」
さわ子「事故って…なにがあったの? その怪我、ただ事じゃないわよ」
541:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:04:04.33:1qYNd8dxO
朋也「猛スピードの自転車避けて、壁で打ったんだよ」
さわ子「それだけで、そんな風にはならないでしょ」
朋也「二次災害とか、いろいろ起きたんだ。それでだよ」
さわ子「ほんとに? どうも、嘘臭いわね…」
唯「ほんとだよ、さわちゃん! 私、みてたもん!」
さわ子「平沢さん…」
唯「ていうか、その自転車に乗ってたのが私だもん!!」
さわ子「………」
腕組みをしたまま、俺と平沢を交互に見る。
そして、ひとつ呆れたようにため息をついた。
さわ子「…わかったわ。そういうことにしておきましょ」
さわ子「ま、他の先生に聞かれたら、うまく言っておいてあげる」
この人は、やはりなにかあったとわかっているんだろう。
だてに問題児春原の担任を2年間こなしているわけじゃなかった。
唯「さわちゃん、かっこいい~っ」
さわ子「先生、をつけて呼びなさいね、平沢さん」
542:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:04:23.89:cUBlBpOS0
言って、身を翻し、颯爽と教室を出ていった。
朋也「おまえ、嘘ヘタな」
唯「ぶぅ、岡崎くんに乗っかっただけじゃんっ」
唯「土台は岡崎くんなんだから、ヘタなのは岡崎くんのほうだよ」
朋也「唯、好きだ」
唯「……へ? あのあのあのあのあのっそそそそれれびゃ」
朋也「ほらみろ、俺の嘘の精度は高いだろ」
唯「……ふんっ。そうですね、すごいですねっ」
ぷい、とそっぽを向いてしまった。
からかいがいのある奴だ。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
和「ま、なんとかなりそうよ」
朋也「そうか、ありがとな」
和「いえ…あなたには借りがあるからね」
543:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:05:50.44:1qYNd8dxO
真鍋はサッカー部員の告げ口を防ぐため、朝から動いてくれていたのだ。
こいつの人脈を使って、各方面から圧力をかけていったそうだ。
それも、あの六人を個別にだという。
頼りになる奴だ。こんな力技、こいつにしかできない。
事後処理を頼める奴がいて、本当によかった。
和「まぁ、でも、彼らも大会を控えている身だし…」
和「自分たちから大事にしようとはしなかったかもしれないけどね」
和「彼ら自身も、暴力を振るっていたわけだから」
朋也「でも、おまえの後押しがあったからこそ、安心できるんだぜ」
和「そう。なら、動いた甲斐があったというものだわ」
和「ああ、それと、あなたたち、奉仕活動してたじゃない?」
朋也「ああ」
和「あれも、もうしなくてもいいように働きかけておいたから」
和「まぁ、あなたは最近まともに登校してるから、直接は関係ないでしょうけど」
朋也「って、んなことまでできんのか」
和「一応ね。先生たちの心証が悪かったことが事の発端だったみたいだから」
和「ちょっと手心を加えてくれるよう、かけあってみたの」
544:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:06:10.52:cUBlBpOS0
朋也「生徒会長って、思ったよりすげぇんだな」
和「生徒会長うんぬんじゃないわ」
和「長いこと生徒会に入っていた中で作り上げてきた私のパイプがあったればこそよ」
和「立場的には、私個人としてしたことね」
朋也「そら、すげぇな」
和「生徒会なんてところに入ってると、先生方とも付き合う機会は多いから…」
和「深い繋がりができるのも、当然と言えば、当然なんだけどね」
それでも、口利きができるほどになるには、こいつのような優秀さが必要なんだろう。
朋也「でも、よかったのか」
和「なにが?」
朋也「おまえの好意は嬉しいけどさ…」
朋也「でも、それは、遅刻とかサボリを容認したってことになるんじゃないのか」
朋也「生徒会長として、まずくないか」
和「そうね。まずいわね。でも…」
くい、とメガネの位置を正した。
545:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:07:31.39:1qYNd8dxO
和「私だって、人の子だから。打算じゃなく、感情で動くこともあるわ」
朋也「感情か…なんか思うところでもあったのか」
和「ええ。あなたたちは…そうね、自由でいたほうがいいと思って」
朋也「自由ね…」
和「うまく言えないけど…ふたりには、ちゃんと卒業して欲しいから」
和「規則で固めたら、きっと、息苦しくなって、楽しくなくなって…」
和「らしくいられなくなるんじゃないかしら。違う?」
朋也「そうだろうな、多分」
和「だから、最後まで笑っていられるよう、私にできることをしたのよ」
朋也「なんか、悪いな、いろいろと…」
朋也「でも、なんで俺たちを卒業させたいなんて思ったんだ」
なんとなく、さわ子さんや幸村に通ずるものを感じた。
和「あら、生徒会っていうのは、本来生徒のためにあるものよ」
和「だから、ある種、私の行動は理にかなってるわ」
和「特定の生徒をひいきする、っていうところが、エゴなんだけどね」
546:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:07:49.94:cUBlBpOS0
多少納得する。
でも、本心を聞けなかった気もする。
和「まぁ、こんなに人のことを考えられるのも、私に余裕があるからなんだけどね」
和「生徒会長の椅子も手に入って、真鍋政権も順調に機能してるし…」
和「総合偏差値も69以上をキープしてるから」
こいつは、やっぱり真鍋和という人間だった。
これからも、ブレることはないんだろう。
朋也「おまえのそういう人間臭いところ、けっこう好きだぞ」
和「それは、どうも」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。いつものメンツで学食に集まった。
春原「てめぇ、あれは事故だったって言ってんだろっ」
律「事故ですむか、アホっ! 損害賠償を求めるっ!」
春原「こっちが被害者だってのっ! あんな貧乳、揉みたくなかったわっ!」
547:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:09:13.80:1qYNd8dxO
朋也「え、でもおまえ、思い出し揉みしてたじゃん」
朋也「まくらとかふとん掴んで、『なんか違うな…』とか言ってさ」
朋也「あれ、記憶の中の実物と、揉み比べてたんだろ」
春原「よくそんな嘘一瞬で思いつけますねぇっ!」
律「最低だな、おまえ…つーか、むしろ哀れ…」
春原「だから、違うってのっ!」
紬「春原くん…その…女の子の胸が恋しいの?」
春原「む、ムギちゃんまで…」
紬「えっと…もし、私でよかったら…」
顔を赤らめ、もじもじとする。
春原「へ!? も、もしかして…」
ごくり、と生唾を飲み込む。
その目は、邪な期待に満ちていた。
紬「紹介しようか…?」
春原「紹介…?」
紬「うん。その…うちの会社が経営母体の…夜のお店」
548:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:09:33.24:cUBlBpOS0
春原「ビジネスっすか!?」
律「わははは! つーか、ムギすげぇ!」
一体なにを生業としているんだろう、琴吹の家は…。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
唯「じゃね、岡崎くん」
朋也「ああ」
平沢が席を立ち、軽音部の連中と落ち合って、部活に向かった。
帰ろうとして、俺も鞄を引っつかむ。
ふと前を見ると、さわ子さんと春原が話し込んでいた。
きっと、今朝の俺と同じように、怪我のことでも訊かれているんだろう。
しばらくみていると、いきなり春原がガッツポーズをした。
さわ子さんはやれやれ、といった様相で教室を出ていく。
話は終わったようだった。
春原が意気揚々とこちらにやってくる。
春原「おいっ、僕たち、もう居残りで仕事しなくていいってよっ」
即日で解放されるとは…。
549:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:11:26.12:1qYNd8dxO
本当に仕事の速い奴だ、真鍋は。
春原「やったなっ。これで、放課後は僕らの理想郷…」
春原「ゴートゥヘヴンさっ」
あの世に直行していた。
朋也「俺を巻き込むな」
春原「なんでだよっ、一緒にナンパしにいったりしようぜっ」
朋也「初対面の相手と心中なんかできねぇよ」
春原「いや、僕だってそんなことするつもりねぇよっ!?」
朋也「今言ったばっかじゃん、ゴートゥヘヴンって。天国行くんだろ。直訳したらそうなるぞ」
春原「じゃあ…ウィーアーインザヘヴンでどうだよ?」
みんなで死んでいた。
―――――――――――――――――――――
唯「あ、岡崎くん、春原くん」
廊下に出ると、向かいから平沢が小走りで駆けてきた。
朋也「どうした、忘れ物か」
550:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:12:10.93:cUBlBpOS0
唯「うん、机の中にお弁当箱忘れちゃって…」
唯「明日まで放っておいたら、異臭事件起きちゃうから、すぐ戻ってきたんだ」
朋也「そっか」
唯「ふたりは、今帰り?」
朋也「ああ」
唯「春原くんは、今日はお仕事ないの?」
春原「あれ、もうやんなくていいんだってさ。だから、これからは直帰できるんだよね」
唯「え、そうなんだ? だったらさ…」
唯「って、そっか…部活、嫌なんだよね…」
こいつは、また部室に来るよう誘ってくれるつもりだったのか…。
めげないやつだ。
唯「でも、気が変わったらでいいからさ、顔出してよ。軽音部にね」
そう告げると、すぐ教室に入っていった。
春原「…なぁ、岡崎」
朋也「なんだよ」
春原「ただで茶飲めて、菓子も食えるって、いいと思わない?」
551:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:13:32.63:1qYNd8dxO
朋也「………」
こいつの言わんとすることはわかる。
つまりは…
春原「行ってみない? 軽音部」
どういう心境の変化だろう。こいつも丸くなったものだ。
でも…
朋也「…行くか。どうせ、暇だしな」
俺も、同じだった。
春原「ああ、暇だからね」
弁当箱を小脇に抱えた平沢が戻ってくるのが見える。
あいつに言ったら、どんな顔をするだろうか。
喜んでくれるだろうか…こんな俺たちでも。
だとするなら、それは少しだけ贅沢なことだと思った。
―――――――――――――――――――――
がちゃり
部室のドアを開け放つ。
唯「ヘイ、ただいまっ」
律「おー、弁当箱回収でき…」
552:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:13:58.69:cUBlBpOS0
春原「よぅ、邪魔するぞ」
朋也「ちっす」
ずかずと入室する俺たち。
律「って、唯、この二匹も連れて来たんかいっ」
春原「単位が匹とはなんだ、こらぁ」
唯「遊びにきてくれたんだよん」
律「うげぇ、めんどくさぁ…」
春原「あんだと、丁重にもてなせ、こらぁ」
紬「いらっしゃい。今、お茶とケーキ用意するね」
春原「お、ムギちゃんはやっぱいい子だね。どっかの部分ハゲと違ってさ」
律「どの部分のこと言ってんだ、コラっ! 返答次第では殺すっ!」
唯「まぁま、りっちゃん、落ち着いて…」
唯「ほら、岡崎くんも、春原くんも座った座った」
平沢に促され、席に着く。
律「ぐぬぬ…」
554:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:15:15.75:1qYNd8dxO
春原「けっ…」
唯「険悪だねぇ~…それじゃ、仲直りに、アレをしよう」
唯「はい、春原くん、これくわえて」
春原「ん、ああ…」
春原に棒状の駄菓子をくわえさせる。
唯「で、りっちゃんは、反対側くわえて、食べていく」
唯「そうすると、真ん中までいったとき、仲直りできますっ」
律「やっほう、た~のしそぅ~」
春原「ヒューっ、最高にクールだねっ」
律「って、アホかっ!」
春原「って、アホかっ!」
唯「うわぁ、ふたり同時にノリツッコミされちゃった…」
唯「こういう時って、どう反応すればいいのかわかんないよ…」
唯「澪ちゃん、正しい解答をプリーズっ」
澪「いや、別に何もしなくていいと思うぞ…」
唯「何もしない、か…なるほど、深いね…」
555:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:15:35.64:cUBlBpOS0
澪「そのまんまの意味だからな…」
唯「どうやら、私には高度すぎたみたいで、さばき切れなかったよ…」
唯「ごめんね、りっちゃん、春原くん…」
春原「僕、こいつの土俵に入っていけそうにないんだけど…」
律「ああ、心配するな。付き合いの長いあたしたちでも、たまにそうなるから」
唯「えへへ」
まるで褒められたかのように照れていた。
紬「はい、ふたりとも。どうぞ」
琴吹が俺と春原にそれぞれせんべいとケーキをくれた。
春原「ありがと、ムギちゃん」
朋也「サンキュ」
紬「お茶も用意するから、待っててね」
言って、食器棚の方へ歩いていく。
唯「岡崎くん、おせんべいひとつもらっていい?」
朋也「ああ、別に。つーか、俺も、譲ってもらった身だしな」
557:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:16:55.56:1qYNd8dxO
唯「えへへ、ありがと」
俺の隣に腰掛ける。
梓「唯先輩っ」
それと同時、中野が金切り声を上げた。
唯「な、なに? あずにゃん…」
梓「そこに座っちゃダメです! 私の席と代わってください!」
唯「へ? な、なんで…」
梓「その人の隣は、危険だからですっ」
唯「そんなことないよ、安全地帯だよ。地元だよ、ホームだよ」
梓「違いますっ、敵地です、アウェイですっ! いいから、とにかく離れてくださいっ」
席を立ち、平沢のところまでやってくる。
梓「ふんっ!」
唯「わぁっ」
ぐいぐいと引っ張り、椅子から立たせた。
席が空いた瞬間、さっと自分が座る。
唯「うう…強引過ぎるよぉ、あずにゃん…」
558:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:17:18.66:cUBlBpOS0
肩を落とし、とぼとぼと旧中野の席へ。
梓「………」
中野は俺に嫌な視線を送り続けていた。
澪「梓…なにも睨むことないだろ。やめなさい」
梓「……はい」
少ししおれたようになり、俺から目を切った。
律「ははは、相変わらず嫌われてんなぁ」
朋也「………」
春原「なに、おまえ、出会い頭にチューでもしようとしたの?」
春原「ズキュゥゥゥウンって擬音鳴らしながらさ」
朋也「無駄無駄無駄無駄ぁっ」
ドドドドドッ!
春原のケーキをフォークで崩していく。
春原「うわ、あにすんだよっ」
紬「おまたせ、お茶が入っ…」
559:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:18:36.97:1qYNd8dxO
そこへ、琴吹がティーカップを持って現れた。
紬「…ごめんなさい。ケーキ、気に入らなかったのね…」
ぼろぼろになったケーキを見て、琴吹が悲しそうな顔でそうこぼした。
春原「い、いや、これはこいつが…」
朋也「死ね、死ね、ってつぶやきながらフォーク突き刺してたぞ」
春原「僕、どんだけ病んでんだよっ!?」
紬「…う、うぅ…」
その綺麗な瞳に涙を溜め始めていた。
律「あーあ、春原が泣ぁかしたぁ」
春原「僕じゃないだろっ!」
春原「岡崎、てめぇっ!」
朋也「そのケーキ、一気食いすれば、なかったことにしてもらえるかもな」
春原「つーか、もとはといえばおまえが…」
紬「…ぐすん…」
朋也「ああ、ほら、早くしないと、本泣きに入っちまうぞ」
560:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:19:00.41:cUBlBpOS0
春原「う…くそぅ…」
皿を掴み、顔を近づけて犬のように食べ始めた。
律「きちゃないなぁ…」
春原「ああ~、超うまかったっ」
たん、と皿をテーブルに置く。
紬「あはは、なんだか滑稽♪」
春原「切り替え早すぎませんかっ!?」
律「わははは! さすがムギ!」
がちゃり
さわ子「お菓子の用意できてるぅ~?」
扉を開け、さわ子さんがだるそうに現れた。
律「入ってきて、第一声がそれかい」
さわ子「いいじゃない、別に。って、あら…」
俺と春原に気づく。
春原「よぅ、さわちゃん」
561:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:20:25.41:1qYNd8dxO
朋也「ちっす」
さわ子「あれ、あんたたち…なに? 新入部員?」
春原「んなわけないじゃん。ただ間借りしてるだけだよ」
春原「まぁ、今風に言うと、借り暮らしのアリエナイッティって感じかな」
某ジブリ映画を思いっきり冒涜していた。
さわ子「確かに、そんなタイトルありえないけど…」
さわ子「なに? つまるところ、たまり場にしてるってだけ?」
春原「噛み砕いて言うと、そうなるかな」
さわ子「…ダメよ。そんなの許されないわ」
やはり、顧問として、部外者が居座ってしまうのを認めるわけにはいかないんだろうか…。
唯「さわちゃん、どうして? 私たちは、別に気にしてないんだよ?」
律「私たちって…あたし、まだなにも言ってないんだけど」
唯「じゃあ、りっちゃんは反対派なの?」
律「う…まぁ、いっても、そんな嫌って程じゃないけどさ…」
唯「ほら、お偉いさんもこう言ってらっしゃるわけだし…」
562:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:20:57.84:cUBlBpOS0
さわ子「そういうことじゃないわ」
唯「なら、どうして?」
さわ子「お菓子の供給が減ったら困るじゃないっ」
ずるぅっ!
紬「先生、それなら気にしないでください。ちゃんと用意しますから」
さわ子「いつものクオリティを維持したまま?」
紬「はい、もちろん」
さわ子「じゃ、いいわ」
あっさり許可が下りてしまった。
なんともいい加減な顧問だった。
―――――――――――――――――――――
さわ子「それにしても…なんだか懐かしい光景ね」
律「なにが?」
さわ子「いや、岡崎と春原のことよ」
春原「あん? 僕たち?」
さわ子「ええ。覚えてない? あんたたちが初めて会った時のこと」
563:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:22:42.14:1qYNd8dxO
さわ子「宿直室で、お茶飲みながら話してたじゃない?」
さわ子「あの時と、なんとなく重なって見えちゃってね」
この人も、俺たちと同様、あの日のことを覚えてくれていたのだ。
さわ子「まぁ、今は、ふたりともが顔腫らしてるわけだけど…」
さわ子「あの時は、春原が大喧嘩してきて、顔がひどいことになってたのよね」
思い出したのか、可笑しそうにやさしく微笑んだ。
さわ子「あなたたち、知ってる? このふたりの、馴・れ・初・め」
唯「うん。春原くんから、聞いたよ」
さわ子「あら? そうなの? 意外ね…」
驚いたように春原を見る。
さわ子「まぁ、でも、このふたりがわざわざ遊びに来るくらいだしね」
さわ子「それくらい仲はいいんでしょう」
春原「まぁ、それも、僕とムギちゃんの仲がめちゃいいってだけの話なんだけどね」
紬「えっと…白昼夢って、ちょっと怖いな」
春原「寝言は寝て言えってことっすかっ!?」
564:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:23:11.04:cUBlBpOS0
律「わははは!」
さわ子「拒絶されてるじゃない」
春原「く…これからさ」
さわ子「ま、がんばんなさいよ、男の子」
ばしっと気合を入れるように、背を叩いていた。
朋也「…あのさ、さわ子さん」
さわ子「ん?」
朋也「あの時のことだけど、やっぱ、幸村のジィさんと打ち合わせしてたのか」
さわ子「ああ…やっぱり、わかっちゃう?」
朋也「まぁな。なんか、でき過ぎてたっていうかさ」
さわ子「そうね。あの話は幸村先生が私に持ちかけてきたんだけどね」
さわ子「私、春原の担任だったから。以前からあんたたちのことで、よく話をされてたのよ」
さわ子「どうにかしてやらないといけない連中がいる、ってね」
やっぱり、そうだった。全て、見透かされていたんだ。
春原「あのジィさん、なにかと世話焼きたがるよね」
565:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:24:28.02:1qYNd8dxO
さわ子「それは、あんたたちが、幸村先生にとって…最後の教え子だからよ」
朋也「最後…?」
さわ子「幸村先生ね、今年で退職されるのよ」
朋也「そうだったのか…知らなかったよ」
春原「僕も」
朋也「でも、俺の担任だったのは一年の時だし…」
朋也「今は担任持ってないんじゃなかったっけか」
さわ子「最後の教え子っていうのは、担任を持ってるとか、そういう意味じゃないわよ」
さわ子「最後に、手間暇かけて指導した、って意味よ」
朋也「ああ…」
さわ子「幸村先生はね、5年前まで、工業高校で教鞭を執っていたの」
さわ子「一時期、生徒の素行が問題になって、有名になった学校ね」
どこの学校を指しているかはわかった。
町の不良が集まる悪名高い高校だ。
さわ子「そこで、ずっと生活指導をしていたのよ」
朋也「あの細い体で?」
566:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:24:55.05:cUBlBpOS0
さわ子「もちろん、今よりは若かったし…それにそういうのは力じゃないでしょ?」
朋也「だな…」
さわ子「とにかく厳しかったの」
春原「マジで…?」
さわ子「ええ、本当よ。親も生活指導室に放り込んで説教したり…武勇伝はたくさんあるわ」
信じられない…。
さわ子「そんな型破りな指導者だったけど…」
さわ子「でも、たったひとつ、貫いたことがあったの」
朋也「なにを」
さわ子「絶対に、学校を辞めさせない」
さわ子「自主退学もさせなかったの」
さわ子「幸村先生は、学校を社会の縮図と考えていたのね」
さわ子「学校で過ごす三年間は、勉強のためだけじゃない」
さわ子「人と接して、友達を作って、協力して…」
さわ子「成功もあったり、失敗もあったり…」
572:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:34:29.35:cUBlBpOS0
さわ子「楽しいこともあったり、辛いこともあったり…」
さわ子「そして、誰もが入学した当初に描いていた卒業という目標に向かって、歩んでいく」
さわ子「それを途中で諦めたり、挫折しちゃったりしたら…」
さわ子「人生に挫折したも同じ」
さわ子「その後に待つ、もっと大きな人生に立ち向かっていけるはずがない」
さわ子「だから、生徒たちを叱るだけでなく、励ましながら、共に歩んでいったのね」
さわ子「でも、この学校に来てからは…」
さわ子「その必要がなくなったの。わかるわよね?」
さわ子「みんなが優秀なの」
さわ子「きっと、幸村先生にとっての教育、自分の教員生活の中で為すべきこと…」
さわ子「それを必要とされず、そして、否定されてしまった5年間だったと思うの」
さわ子「ほとんどの生徒が…中には違う子たちもいるけど…」
平沢たち、軽音部のメンバーをぐるっと見渡した。
さわ子「この学校で過ごす三年間は、人生のひとつのステップとしか考えていないでしょうから」
さわ子「自分の役目だと思っていたことは、ここではなにひとつ必要とされていない」
575:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:36:08.20:1qYNd8dxO
さわ子「それを感じ続けた5年間」
さわ子「そして、その教員生活も、この春終わってしまうの」
朋也「………」
俺も春原も、何も言えなかった。
結局、俺たちは、ガキだったのだ。
あの人がいなければ、俺たちは進級さえできずにいた。
さわ子「…そういうことよ」
朋也「今度、菓子折りでも持っていかなきゃな」
さわ子「それは、いい心がけね。きっと、喜ぶわよ」
春原「水アメでいいよね」
さわ子「馬鹿、お歳召されてるんだから、食べづらいでしょ…」
さわ子「っていうか、そのチョイスも最悪だし」
律「ほんっと、アホだな、おまえは」
春原「るせぇ」
…最後の生徒。
やけにリアルに、その言葉だけが残っていた。
本当に、俺たちでよかったのだろうか。
さわ子さんは、最後に言った。
576:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:36:39.22:cUBlBpOS0
光栄なことね。
いつまでも、ふたりは幸村先生の記憶に残るんでしょうから…と。
これから過ごしていく穏やかな時間…
その中であの人はふと思い出すのだ。
自分が教員だった頃を…。
そして…
最後に卒業させた、出来の悪い生徒ふたりのことを。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
笑ってくれるだろうか。
ただでさえ細いその目を、それ以上に細めて。
何も見えなくなるくらいに。
笑ってくれるだろうか。
その思い出を胸に。
笑ってくれるだろうか…
長い、旅の終わりに。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
577:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:37:10.69:cUBlBpOS0
4/20 火
朋也「毎朝そんなもん持って、大変じゃないのか」
平沢が抱えるギターケース。
見た目、割と体積があり、女の子が抱えるには重そうだった。
唯「全然平気だよ? 愛があるからね、ギー太へのっ」
朋也「ぎーた?」
唯「このギターの名前だよ」
こんこん、と手の甲でケースを叩く。
朋也「名前なんてつけてんのか」
唯「そうだよ。愛着湧きまくりなんだぁ」
朋也「ふぅん、そっか」
唯「岡崎くんは、なにか持ち物に名前つけたりしないの?」
朋也「いや、しないけど」
唯「もったいないよ。なにかつけてみようよっ」
朋也「なにかったってなぁ…」
唯「憂だって、校門前の坂に、サカタって名前つけてるんだよ?」
578:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:38:48.85:1qYNd8dxO
坂が擬人化されていた。
憂「そんなことしてないよぉ…っていうか、もう普通に人の名前だよ、それ」
憂ちゃんも俺と同じ感想を持ったようだった。
朋也(つーか、なんかつけるもんあったかな…)
朋也(まぁいいや、適当に…)
朋也「あそこの、あれ、あの飛び出し注意の看板な」
朋也「あれを春原陽平と名づけよう」
唯「って、縁起悪いよ、それ…」
朋也「そうか?」
唯「うん。だって、あれ、車に衝突されて首から上がなくなってるし」
朋也「身をもって危険だってことを教えてくれてるんだな」
朋也「人身御供みたいで、かっこいいじゃん」
唯「それが縁起悪いって言ってるんですけどっ」
唯「ていうか、愛着のあるものにつけようよ」
朋也「じゃあ…おまえだ」
579:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:39:06.54:cUBlBpOS0
ぽん、と平沢の頭に手を乗せる。
唯「わ、私…? そ、それって…」
朋也「おまえに、『憂ちゃんの二番煎じ』って名前をつけよう」
唯「って、私が姉なのにぃっ!?」
唯「ひどいよっ、ばかっ!」
ひとりでとことこ先へ歩いていった。
憂「あ、お姉ちゃん待ってぇ~」
憂ちゃんもその後を追う。
朋也(朝から元気だな…)
俺はそのままのペースで歩き続けた。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。もう、何も言わずとも、自然とみんなで食堂へ集まるようになっていた。
ほんの二週間前までは、春原とふたり、むさ苦しく食べていたのに。
あの頃からは考えられない。
580:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:41:30.99:1qYNd8dxO
唯「それ、おいしそうだね。ごはんに旗も刺さってて、おもしろいしっ」
春原「だろ? O定食っていって、僕が贔屓にしてるメニューなんだぜ?」
朋也「お子様ランチをカッコつけていうな」
律「お子様ランチなんてあったっけ?」
朋也「月に一度、突如現れるレアメニューなんだよ」
律「そんな遊び心があんのか…やるな、うちの学食も」
唯「春原くん、その旗、私にくれない?」
春原「ああ、いいけど」
唯「やったぁ、ありがとう」
春原から旗を受け取る。
唯「よし、これを…」
ぶす、と自分の弁当に刺した。
唯「憂ランチの完成~」
律「はは、ガキだなぁ」
唯「む、そんなことないもん、えいっ」
582:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:42:01.15:cUBlBpOS0
旗を取り、それを部長の弁当に突き刺した。
律「あ、なにすんだよっ。こんなのいらねぇっての、おりゃっ」
隣に回す。
和「ごめん、澪」
それだけ言って、流れ作業のように受け流した。
澪「え…私も、ちょっと…ごめん、ムギ」
最後に、琴吹の弁当に行き着く。
紬「あら…」
唯「これがたらい回しって現象だね」
春原「…なんか、ちょっと傷つくんですけど…」
紬「さよなら♪」
バァキァッ!
琴吹の握力で粉々にされ、粉塵がさらさらと空に還っていた。
春原「すげぇいい顔でトドメさしてきたよ、この子っ!」
律「わははは!」
583:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:43:21.05:1qYNd8dxO
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。軽音部の部室へ赴き、茶をすする。
春原「そういやさぁ、あの水槽なんなの」
部室の隅、台座の上に大きめの水槽が設置されていた。
初めてここに来た時には、あんなものはなかったような気がする。
唯「あれはね、トンちゃんの水槽だよ」
春原「とんちゃん? とんちゃんって生き物がいんの?」
唯「違うんだなぁ。トンちゃんは名前で、種族はスッポンモドキだよ」
唯「まぁ、正確には、あずにゃんの後輩なんだけどね」
澪「いや、スッポンモドキの方が正解だからな…」
春原「スッポンが部員ってこと?」
唯「そうだよ」
それでいいのか、軽音部は…。
春原「もう、なんでもありだね。いっそ、部長もなんかの動物にしちゃえば?」
584:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:43:42.06:cUBlBpOS0
春原「デコからポジション奪い取ったってことで、獰猛なヌーとかさっ」
ヌーにそんなイメージはない。
律「デコだとぉ!? おまえなんか最初から珍獣のクセにっ!」
律「トンちゃんより格下なんだよっ!」
春原「あんだと、コラっ」
律「なんだよっ」
春原「………」
律「………」
朋也「人間の部員はいいのか」
いがみ合うふたりをよそに、そう訊いてみた。
唯「人間の方は、全然きてくれないんだよね…」
唯「だから、せめて雰囲気だけでも、あずにゃんに先輩気分を味わってもらいたくて」
澪「それ、後付じゃないのか?」
澪「おまえが単純に、ホームセンター行った時、欲しがってたように見えたんだけど」
唯「てへっ」
舌を出し、愛嬌でごまかしていた。
585:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:44:23.78:cUBlBpOS0
梓「それでもいいんです。今ではもう、私の大切な後輩ですから」
唯「あずにゃん…」
中野は、俺に向ける厳しい眼差しとは違う、優しい目をしていた。
本来のこいつは、こんなふうなのかもしれない。
それが少しでも俺に向いてくれればいいのだが。
唯「あずにゃんっ、いいこすぎるよっ」
中野の後ろに回り、背後から抱きしめて、頬をすりよせる。
梓「あ…もう、唯先輩…」
春原「うおりゃああああ!」
律「うおりゃああああ!」
突然雄たけびを上げるふたり。
澪「なにやってるんだ、律…」
律「みてわかんないのか!? ポテチ早食い対決だよっ」
律「これで白黒つけてやろうってなっ」
春原「ん? 勝負の最中に余所見とは、余裕だねぇ…」
春原「おまえ、ヘタすりゃ死ぬぜ?」
指についたカスを舐めな取りがら言う。
586:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:44:58.55:cUBlBpOS0
セリフとまったく噛み合っていないその姿。
律「死ぬって言ったほうが死ぬんだよ、ばーかっ」
春原「そんな理屈、僕には通用しないね」
律「どうかな…」
春原「へっ…」
一瞬の間があり…
律「どりゃあああああ!」
春原「どりゃあああああ!」
勝負が再開された。
唯「なんか、楽しそう。私も参加するっ」
澪「やめとけって…」
唯「いいや、やるよっ。私もこの世紀の一戦に参加して、歴史に名を刻みたいからっ」
澪「そんな、おおげさな…」
唯「って、あれ? お菓子がもうないよ…」
机の上に広げられた駄菓子類は、全て空き箱になっていた。
紬「唯ちゃん、タクアンならあるけど、いる?」
587:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:46:14.54:1qYNd8dxO
どこからかタッパーを取り出す。
唯「ほんとに? じゃあ、ちょうだいっ」
紬「はい、どうぞ」
唯「ありがとーっ。よし、いくぞぉ」
ガツガツと勢いよく素手で食べ始めた。
澪「はぁ、まったく…」
―――――――――――――――――――――
律「おし、そんじゃ、もう帰るか」
西日も差し込み始め、会話も途切れてきた頃、部長が言った。
澪「って、まだ練習してないだろ!」
梓「そうですよっ、帰るのは早すぎだと思います」
律「でぇもさぁ、今から準備すんのめんどくさいしぃ」
律「お菓子食べて幸せ気分なとこ邪魔されたくないしぃ」
澪「それが部長の言うことかっ」
ぽかっ
588:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:46:33.00:cUBlBpOS0
律「あでっ」
唯「いいじゃん、澪ちゃん。ここはいったん退いて、様子見したほうがいいよ」
梓「なにと戦ってるんですか、軽音部は…」
澪「ダメだ。今日こそ、ちゃんと練習をだな…」
律「ムギ、食器片付けて帰ろうぜ」
紬「うん」
席を立ち、食器を持って流しに向かった。
澪「って、ああ、もう…」
動き出した部長たちを前にして、呆然と立ち尽くす秋山。
澪「明日は絶対練習するからなっ」
律「へいへい」
以前、平沢は、こんな光景が日常だと言っていたが、まさに聞いていた通りの展開だった。
先日は先に帰ったので、どうだったかは知らないが…
実際目の当たりにしてみて、俺は妙な親近感を覚えていた。
無為で、くだらないけど…でも、笑っていられるような時間。
そんな時間を過ごしているのなら、きっと、俺や春原からそう遠くない位置にいるんだろうから。
もしかしたら、最初から遠慮することはなかったのかもしれない。
だから、平沢は言っていたのだ。俺たちのような奴らでも、受け入れてくれると。
ささいなことを気にするような連中ではないと。
589:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:49:24.69:y1qBevVn0
万札出すくだりで大爆笑しちまったが
よく考えたら芽衣ちゃん√であったっけね
590:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:50:10.00:1qYNd8dxO
一緒にいれば、きっと楽しいだろうから、と。
全部、本当だった。
―――――――――――――――――――――
唯「えい、影踏~んだっ」
律「あ、やったなっ」
坂を下る途中、影踏みを始めた部長と平沢。
澪「小学生じゃないんだから…」
紬「やんちゃでいいじゃない」
澪「母親みたいなこと言うな、ムギは…」
春原「はは、ほんと、ガキレベルだな。普通、頭狙って踏むだろ」
こいつもガキだった。
律「ガキとはなんだっ」
唯「そうだそうだっ」
律「うりゃうりゃっ」
唯「えいえいっ」
げしげしげしっ!
591:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:50:44.09:cUBlBpOS0
春原の影が踏まれる。
春原「あにすんだ、こらっ」
律「うわ、怒ったぞ、こいつ。逃げろぉい」
唯「うひゃぁい」
春原「うっらぁっ! まてやっ」
どたどたと走り出す三人組。
坂の上り下りを繰り返し、めまぐるしく攻守が入れ替わる。
唯「ひぃ、疲れたぁ…っと、わぁっ」
足がもつれ、体勢が崩れる。
朋也「おいっ…」
たまたま近くにいた俺が咄嗟に支えた。
唯「あ、ありがとう、岡崎くん…」
朋也「気をつけろよ。なんか、おまえ、ふわふわしてて危なっかしいからさ」
唯「えへへ、ごめんね」
だんだんだんだんっ!
地団駄を踏む音。
592:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:52:15.62:1qYNd8dxO
振り返る。
梓「ふんふんふんふんっ!」
中野が俺の影、股間部分を激しく踏み砕こうとしていた。
朋也(わざわざ急所かよ…)
―――――――――――――――――――――
唯「岡崎くーん、どうしたのぉ」
平沢が俺の前方から声をかけくる。
唯「なんでそんなに離れてるのぉ」
朋也「………」
春原と坂の下で別れてからというもの、俺はあの集団の中で男一人になってしまっていた。
あいつがいる間は考えもしなかったが、こうなってみると、異様なことのように思えた。
俺のわずかに残った体裁を気にする心が、輪に入っていくことを拒むのだ。
だから、一定の距離を取るべく、歩幅を調節して歩いていた。
梓「唯先輩、察してあげましょう。岡崎先輩は、きっとアレです」
唯「アレ?」
梓「はい。お腹が痛くて、手ごろな草むらを探しているんです」
梓「それで、私たちの視界から消えて、自然にフェードアウトして…その…」
593:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:52:55.68:cUBlBpOS0
梓「ひっそりと…催す計画だったんでしょう」
唯「ええ? そうなの?」
中野に誘導され、俺がとんでもなく汚い男になろうとしていた。
律「おーい、岡崎、この先に川原あるから、やるなら、そこがいいぞぉ」
朋也「んなアドバイスいらねぇよっ」
急いで平沢たちに追いつく。
唯「岡崎くん、そんなに急いだら、お腹が…」
朋也「もういいっ、そこから離れろっ。俺は腹痛なんかじゃないっ」
唯「でも、あずにゃんが岡崎くんはもう限界だって…」
朋也「信じるなっ。ほら、俺は健康体だ」
その場でぴょんぴょん跳ねてみせる。
唯「あはは、なんか、可愛い」
朋也「これでわかったか?」
唯「うん、まぁね」
なんとか身の潔白を証明できたようだ。
にしても…
594:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:54:06.54:1qYNd8dxO
朋也「おい、おまえ、あんまり変なこと言うなうよ」
梓「あれ? 違いましたか? それは、すみません」
反省した様子もなく、突っぱねたように言う。
朋也(こいつは…)
今後は、もっと警戒しておくべきなのかもしれない。
平気で毒でも盛ってきそうだ。
―――――――――――――――――――――
部長たちとも別れ、平沢とふたりきりになる。
今朝一緒に来た道を、今は引き返すような形で逆行していた。
唯「あ、みて、岡崎くん、バイア○ラ販売します、だってさ」
古ぼけて、いつ貼られたかわからないような、朽ちた張り紙を見て言った。
連絡先なのか、下に電話番号が書いてある。
唯「懐かしいね。バイアグ○って、昔話題になってたけど、結局なんだったんだろう」
唯「岡崎くん、知ってる?」
朋也「さぁな。でも、おまえは多分知らなくていいと思うぞ」
下半身の事情を解決してくれるらしい、ということだけはぼんやりと知っていた。
唯「そう? まぁ、あんまり興味なかったんだけどね」
595:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:55:44.59:1qYNd8dxO
朋也「じゃ、訊くなよ」
唯「素通りしたら、張り紙張った人がかわいそうじゃん」
朋也「悪徳業者だろ、貼ったの」
唯「そうなの? くそぉ、よくもだましたなっ」
唯「電話して、お説教してやるっ」
朋也「おまえそれ、注文してるぞ」
唯「え? 電話しただけで?」
朋也「ああ」
というか、そもそももう繋がらないだろうと思う。
だが、万が一を考えて、そういうことにしておいた。
唯「ちぇ~、私のお説教で改心させようと思ったのになぁ…」
朋也「残念だったな」
頭に手を乗せる。
唯「岡崎くん、手乗せるの好きだよね」
朋也「嫌だったか?」
唯「ううん、逆だよ。もっとしていいよ?」
597:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:56:56.88:1qYNd8dxO
朋也「おまえは、乗せられるの好きなのか?」
唯「う~ん、そういうわけじゃないけど…なんか、落ち着くんだよね」
朋也「そっか」
唯「うん。えへへ」
夕日を浴びて、微笑むこいつ。
それを見ているだけで、俺も何故か心が落ち着いた。
―――――――――――――――――――――
唯「じゃあね、また明日」
朋也「ああ、じゃあな」
家の前で別れる。
俺はその背を、見えなくなるまで見送っていた。
少しだけ、別れが名残惜しかった。
いや…かなり、か。
―――――――――――――――――――――
598:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:57:25.27:cUBlBpOS0
4/21 水
唯「へいっ、憂、パァスッ!」
憂「わ、軌道がめちゃくちゃだよぉ」
唯「あ~、ごめんごめ~ん」
このふたりは登校中、小石を蹴って、ずっとキープしたまま進んでいた。
憂「岡崎さん、いきますよっ」
俺にパスが回ってきた。
とりあえず受ける。
朋也「これ、ゴールはどこなんだ」
唯「教室だよっ」
朋也「無理だろ…」
唯「大丈夫、階段とかはリフティングして登るからっ」
そういう問題でもない。
朋也(まぁいいか…)
小石を蹴って、前方に転がす。
唯「お、いいとこ放るねぇ。フリースペースにどんぴしゃだよ」
599:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:57:58.64:cUBlBpOS0
唯「キラーパスってやつだね、見事に裏をかいてるよっ」
そもそも敵なんかない。
朋也(ふぁ…ねむ…)
眠気を感じながらも、はしゃぐ平沢姉妹をぼうっと眺めていた。
結局、この後小石は溝に吸い込まれ、そこでゲームセットになってしまったのだが。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
澪「ひっ! り、律っ…」
律「あん? なんだよ」
澪「い、今あそこの影からこっちをじっと見てる人が…」
律「どこだよ…そんな奴いねぇぞ」
澪「あ…そ、そうか…」
唯「澪ちゃん、こんな昼間から幽霊なんか出ないよ」
律「あー、そうじゃなくてな、こいつさ…」
600:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 20:58:31.34:cUBlBpOS0
部長が話し出す。
秋山が、朝から誰かの視線を感じて仕方がなく、気味悪がっている…とのことだった。
律「そんで、マジで一人、澪を舐め回すように見てた奴がいたんだけどさ…」
制服の胸ポケットに手を突っ込み、なにやら取り出した。
律「詰め寄ったら、逃げてったんだけど…これ、落としてったんだよな」
プラスチックのカード。
表面には、秋山澪ファンクラブ、と印字され、秋山本人の写真が貼ってあった。
和「ぶっ!…げほげほっ」
真鍋が突然むせていた。
注目が集まる。
唯「和ちゃん、大丈夫?」
和「え、ええ…」
どこか動揺した様子でハンカチを取り出し、口周りを拭き取る真鍋。
和「そ、それで、なにか直接被害はあったの?」
澪「いや…なにもないけど…」
律「でもさぁ、じっと見られてるってのも、なんか目障りじゃん?」
律「だから、どうにかしてやりたいんだけどなぁ…」
601:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:00:16.00:1qYNd8dxO
春原「そんなの簡単だよ。そのファンクラブの会員どもが犯人なんだろ?」
春原「だったらさ、そいつらをちっとシメてやればいいんだよ」
血の気の多いこいつらしい意見だった。
律「やっぱ、それしかないのか…」
澪「そ、そんな…暴力はダメだ」
律「でもいいのか? このまま監視されるようなマネされ続けて」
澪「それは…」
春原「まぁ、いいから、僕にまかせとけって」
春原「ちょうど食べ終わったとこだしさ、今から軽く行ってきてやるよ」
春原「おい部長、そのカードって、持ってた奴のことなんか書いてるか」
律「いや…書いてないな」
春原「ちっ、じゃあ、一から調べるしかないか…」
律「待て、私も行くぞ。こいつの持ち主は顔割れてるからな」
春原「お、そっか。でも、足手まといにはなるなよ」
律「へっ、そっちこそ」
602:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:00:40.66:cUBlBpOS0
好戦的なふたりが、息巻いてテーブルから離れていった。
澪「あ、ちょっと待って…」
止める声にも振り向かず、どんどん先へ進んでいく。
澪「はぁ…どうしよう…」
紬「私も、行ってくるね」
琴吹が席を立った。
澪「え…そんな、ムギまで…」
紬「心配しないで。私はあのふたりが無茶しないか、見ておくから」
澪「なら、私も…」
紬「澪ちゃんたちはまだ食べ終わってないでしょ? ゆっくりしていって」
紬「それじゃ」
言って、ふたりの後を追っていった。
澪「ああ…なんでこんなことに…」
和「琴吹さんがいれば、とりあえずは心配することないんじゃないかしら」
唯「そうだよ、ムギちゃんなら、圧倒的な力で制圧できるから、大丈夫だよっ」
603:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:03:40.65:1qYNd8dxO
容量落ちか1000まで行ったときは
朋也「軽音部? うんたん?」2
で建て直すね。
だから面白いと思ってくれる人たち、ついてきてくれ
604:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:04:09.51:cUBlBpOS0
澪「って、全然大丈夫じゃないだろ、それはっ」
唯「うそうそ、話し合いになると思うよ、きっと」
澪「まぁ、それなら…」
唯「でも、澪ちゃんてやっぱりすごいよね。ファンクラブなんてさ」
唯「澪ちゃん、美人だから、人気あるもんね。男の子にも、女の子にも」
澪「そ、そんなことないぞ、別に…」
唯「そんなことあるよ。女の私から見ても可愛いって思うもん」
唯「岡崎くんも、そう思わない?」
朋也「俺か? そうだな…」
さらさらの長い黒髪、白い肌、ちょっと釣り目がちな大きい目、ボリュームのある胸…
特徴もさることながら、顔も綺麗に整っている。
これなら、男ウケも相当いいだろう。
朋也「俺も、美人だと思うけど。秋山は」
唯「だよね~」
澪「あ…あ…あぅ…」
唯「あ、顔真っ赤だぁ、かわいい~」
605:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:05:42.85:1qYNd8dxO
澪「う、うるさいうるさいっ」
照れ隠しでなのか、ばくばくと弁当を口にし始めた。
その様子を、なんとなく眺めていると…
和「あとでちょっと話があるんだけど」
真鍋が小声で俺に耳打ちしてきた。
なんだろう…またなにかやらされるんだろうか。
―――――――――――――――――――――
朋也「話って、なんだ」
和「澪のファンクラブのことよ」
朋也「あん?」
予想外の単語が出てくる。
てっきり、また生徒会関連での仕事の依頼だと思っていたのだが…。
和「これ、なんだかわかる?」
朋也「ん…?」
真鍋が俺に見せてくれたのは、秋山のファンクラブ会員証。
それも、会員番号0番だった。クラブ会長とまで書いてある。
朋也「おまえが創ったものだったのか、あいつのファンクラブ」
606:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:06:15.31:cUBlBpOS0
和「違うわ。これは、譲り受けたの。ファンクラブの創設者からね」
朋也「どういうことだ?」
和「このファンクラブを作ったのはね、前生徒会長なの」
和「私の先輩…直属の上司だった人ね」
朋也「はぁ…」
いや、待てよ、それなら…
朋也「まぁ、なんでもいいけどさ、おまえが現会長なんだろ?」
朋也「だったら、その権限で、末端のファンにマナーを守るよう勧告してやれないのか」
和「それは…無理ね、多分」
朋也「どうして」
和「おそらく、すでに新しく会長の座についた人間がいるんでしょうから」
和「私がなにもしていないのに、活動が活性化してるのがいい証拠よ」
朋也「おまえに断りもなくそんなことになるのか」
和「ええ、十分なりえるわ。それも、私自身に責任の一端があるからね」
朋也「なんかしたのか」
607:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:07:49.53:1qYNd8dxO
和「したというか…何もしなかった、ってことね」
朋也「……?」
どういうことだろう…。
和「私、進級と同時にクラブ会長の任をまかされてたんだけど…ほったらかしにしてたのよ」
俺が把握できないでいると、真鍋がそう続けてくれた。
和「きっと、なんの音沙汰もないことに不満の声が上がったんでしょうね」
和「それで、業を煮やした会員たちが、会長を決め直したってところでしょう」
朋也「ああ…そういうことか」
和「今となってはもう、この会員証には何の価値もないわ…」
和「だから、あなたと春原くんには、できるだけ澪を守ってあげて欲しいの」
和「いくらお遊びとはいえ、あの人が組織した部隊だから…女の子だけじゃ、キツイと思うし」
朋也「部隊って、おまえ…たかがファンクラブだろ」
前から思っていたが、こいつは芝居がかって言うのが好きなんだろうか。
和「そうとも言い切れないわ…だって、あの人だもの…」
震えたように、自分の身を抱きしめた。
あの真鍋が怯えている…
608:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:08:21.57:cUBlBpOS0
ファンクラブの名が出た時もむせて、動揺していたが…
前生徒会長…かなりの人物だったに違いない。
和「今回ばかりは、生徒会の力も使えないわ」
和「もし、万が一、私があの人に、形としてでも、歯向かってしまった事が耳に入れば…」
ぶるっとひとつ身震いした。
和「…考えたくもないわ」
朋也「いや、でも、もう卒業してるんだろ? だったら…」
和「甘いっ!」
朋也「うぉっ…」
珍しく真鍋が声を張り上げたので、思わず後ずさりしてしまう。
和「確かに、首都圏に進学していったけど、子飼いの精鋭部隊がまだ現2、3年の中にいるの」
和「私も詳しくは知らされてないけど、存在するってことだけは確かなのよ…」
和「それも、役員会内はもちろん、会計監査委員会や生徒総会にまで構成員を潜り込ませているとか…」
和「確か、人狼、とかいう…」
和「とにかく、その子らに粛清の命が入れば、私とてただじゃすまないわ」
和「だから、滅多なことはできないの。ごめんなさいね」
609:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:09:39.19:1qYNd8dxO
朋也「いや…いいよ。なんか、おまえも大変そうだし…」
和「そう…わかってくれて、うれしいわ」
一息つくと、かいた冷や汗をハンカチで拭っていた。
朋也(思ったより厄介な連中なのかな、秋山澪ファンクラブ…)
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。軽音部部室。
律「おい、ヘタレ。ジュース買ってこいや」
春原「………」
律「聞いてんのか、こら、ヘタレ」
春原「ヘタレヘタレ言うなっ!」
律「だって、ヘタレじゃん。ラグビー部来た瞬間逃げるし」
昼休みのことだ。
こいつらが会員を脅しに行った先で、なぜかラグビー部に立ち塞がれ、逆に追い返されたらしい。
まるで用心棒のような振る舞いで助けに来たそうな。
…これが、真鍋が侮れないと言っていた由縁なのかもしれない。
610:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:10:03.14:cUBlBpOS0
バックに強力な味方をつけるだけの組織力があると、この一件から読めなくもない。
春原「2対1になったからだろっ」
律「絡みに行った方はひ弱そうだったし、頭数に入んないだろ」
律「結局、ラグビー部一人にびびってただけじゃん」
春原「ちがわいっ」
律「いいいわけは女々しいぞ、ヘタレ」
春原「ぐ…くそぉ…」
がちゃ ばたん!
扉が開かれたと思ったら、またすぐに閉められた。
梓「はぁ…はぁ…」
中野が息を切らし、座り込んでいた。
唯「どしたの、あずにゃん」
梓「なんか…外に変な人たちが…」
律「変な人たち?」
唯「変な人たち?」
梓「はい…なんか、澪命ってハチマキしてて…」
612:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:11:27.52:1qYNd8dxO
澪「ひ…」
間違いない。ファンクラブの連中だ。
春原「おし、僕が全員ぶっ飛ばしてきてやるっ! 汚名挽回だっ!」
立ち上がり、肩を怒らせながら扉へと歩いていく。
律「そんなもん挽回してどうすんだよ、アホ…」
がちゃり
春原「うっらぁっ! うざってぇんだよ、ボケどもっ!」
男子生徒1「うわ…DQNだ」
男子生徒2「…死ね」
男子生徒3「軽音部に男は要らないし、普通」
男子生徒4「澪ちゃん見えたっ!」
男子生徒5「澪ちゃんっ」
春原「邪魔なんだよ、てめぇら全員っ!」
集まっていた男たちを払いのけていく。
春原「おら、帰れ帰れっ! ここは僕の食料庫だっ!」
613:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:11:47.05:cUBlBpOS0
趣旨が変わってきていた。おまえは三橋か。
男子生徒「つか、なに、おまえ?」
階段を上がってきた男が春原の前に立ちふさがる。
春原「ああん? 見てわかんねぇのか、用心棒だよ、ヒョロ男くんよぉ」
男子生徒「俺たち、なんか危害加えるようなことした?」
春原「いるだけで迷惑なんだよぉ、ああん?」
男子生徒「いや、いちいちすごまなくていいけどさ…」
男子生徒「君と、そっちの…春原と岡崎だよね? 素行が悪くて有名な」
男子生徒「用心棒とかさ、不良がするわけないし、嘘だよね」
春原「マジだよ、ああん? ぶっとばされてぇか、おい?」
男子生徒「そんなことしたら、明日、ラグビー部に殺してもらうけど、おまえ」
春原「は、はぁん? じ、自分でこいよな…」
明らかに勢いが失速していた。
男子生徒「そんなことするわけないでしょ。バカか、やっぱ」
春原「ああ!? てめぇ…」
614:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:13:01.77:1qYNd8dxO
男子生徒「いいの? ラグビー部、頼むよ?」
春原「……やっぱ、暴力はいけないよね」
速攻で心が折れていた。
男子生徒「だいたいさぁ、なんで君ら軽音部の部室にいんの? だめでしょ、男がいたら」
男子生徒7「うん、普通そうだよな」
男子生徒8「男マジいらねぇ」
男子生徒9「女の子同士だからいいのに」
口々に賛同し始めた。
男子生徒「澪ちゃんは、りっちゃんと付き合うべきなんだからさ」
春原「………は?」
その言葉に、春原だけでなく、俺たち全員が唖然とする。
男子生徒1「いや、澪唯いいって」
男子生徒2「王道で澪梓とか俺はいいな」
男子生徒3「王道は澪紬だって」
男子生徒4「それは邪道」
615:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:13:25.72:cUBlBpOS0
にやつきながら、ぼそぼそと話し始めた。
春原「………」
春原「おい、岡崎っ」
ダッシュで俺の元に駆け寄ってくる。
春原「なんか、あいつら気持ち悪ぃんだけど…」
朋也「ああ…」
男子生徒「ねぇ、そのふたり、要らないから出入り禁止にしてよ」
廊下側から声をかけてくる。
唯「そ、そんなことしたくないよ…」
男子生徒「なんで? 唯ちゃんは男とか興味ないでしょ? 女の子の方がいいんだよね?」
唯「え、ええ? そんな…」
男子生徒3「あ、あれじゃね、男に気がある振りして、澪ちゃんの気を引くという」
男子生徒4「ああ、それだ」
男子生徒5「やべぇ、早くしないと澪ちゃん取られちゃうよ、りっちゃんっ」
唯「う、うぅ…」
616:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:14:02.77:zNA9c7SL0
おまえらwwwww
617:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:14:38.29:1qYNd8dxO
律「…あんたら、さっきからなに言ってんだよ」
律「私たちが女同士で付き合うとか…そんなのあるわけないだろっ」
男子生徒2「ツンデレ? 今の、ツンデレ?」
男子生徒6「厳密には違うよ」
男子生徒7「本心言うの恥ずかしいんじゃね?」
男子生徒8「ああ、それだ」
律「いい加減にしろってっ! あんたらがそういうのが好きなのはわかったよっ!」
律「でも、それを私たちに押しつけんなっつーのっ! そんな性癖ねぇんだよっ」
気圧されたのか、皆押し黙り、沈黙が流れる。
春原「ほら、わかったか。おまえらの方がいらねぇってよ。帰れ帰れ」
そんな中、春原が一番最初に声をあげた。
男子生徒「おまえら男ふたりが帰れ」
春原「ああ? 物分りの悪ぃ奴だな…」
男子生徒「バカに言われたくねぇよ」
春原「…てめぇ、大概にしとけよ、こら」
618:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:15:00.26:cUBlBpOS0
本気で怒ったときの顔だ。
今にも殴りかかっていきそうな気迫で近づいていく。
男子生徒「…わかった。とりあえず、暴力はやめろ」
春原「………」
立ち止まる。
男子生徒「こうしよう。俺たちと勝負するんだ」
春原「勝負だぁ?」
男子生徒「ああ。そっちが勝ったら、今後軽音部と澪ちゃんには近づかない」
春原「んだよ、喧嘩なら今すぐやってもいいぜ」
男子生徒「だから、暴力はやめとけって言っただろ」
春原「じゃあ、なんなんだよ? 囲碁とか言わねぇだろうなぁ」
男子生徒「頭使うのは君らに不利だろうからな。そうだな…スポーツでどうだ」
春原「それじゃ、おまえらに不利じゃん、ヒョロいのしかいねぇしよ」
男子生徒「実際にやるのは俺らじゃないよ。用意した人間とやってもらう」
春原「はっ、プロでもつれてこなきゃ、勝てねぇぞ」
男子生徒「じゃ、勝負を飲むってことでいいか?」
619:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:16:08.85:1qYNd8dxO
春原「おお、あたりまえだ」
朋也「まて、そっちが勝ったらどうするつもりだ」
男子生徒「まず、君らに軽音部から消えてもらう。部員と関わるのも自重しろ」
男子生徒「それから、澪ちゃん」
澪「え…」
男子生徒「澪ちゃんには、プライベートなことから、なにからなにまで…」
男子生徒「俺らが知りたいことは、全て教えてもらうよ」
男子生徒「それと、俺ら以外の男と喋るの禁止ね」
澪「そ、そんな…」
律「むちゃくちゃだ、そんなのっ」
春原「言わせとけよ、どうせ僕らが勝つしね」
律「んな無責任なこと言って…負けたらどうすんだよっ」
春原「それはねぇっての。で、競技はなんだよ」
男子生徒「そっちに決めさせてやる」
春原「ふん…じゃあ、バスケだ。3on3な」
621:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:16:38.45:cUBlBpOS0
朋也「おい、春原…」
男子生徒「あと一人は?」
春原「アテがあるんだよ。だから、いい」
男子生徒「そうか。わかった。じゃあ、試合は3日後の土曜。詳細はまた後で伝える」
春原「ああ、わかった」
勝負の約束を交わすと、男は周りの連中をぞろぞろと引き連れて去っていった。
朋也「おまえ、3on3って、まさか俺にもやらせるつもりじゃないだろうな」
春原に近寄っていき、声をかける。
春原「もちろん、そのつもりだけど」
朋也「俺が肩悪いの知ってるだろ。俺はできねぇぞ」
春原「おまえは司令塔でいいよ。シュートは任せろ」
朋也「3on3で一人パス回ししかできない奴がいるなんて、相当のハンデだぞ」
朋也「おまえ、わかってんのかよ。一人はアテがあるとか言ってたけどさ、もう一人他に探せよ」
春原「ははっ、僕に頼み事できる知り合いが、そんなにいるわけないじゃん」
朋也「………」
622:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:18:07.78:1qYNd8dxO
ぽかっ
春原「ってぇな、あにすんだよっ!」
朋也「土下座して運動神経いい奴に頼んで来いっ」
春原「おまえでいいっての。ほら、バスケってさ、チームワークが重要じゃん?」
春原「知らない奴より、おまえとの方が連携も上手くいくって」
朋也「だとしても、それだけじゃ無理なの」
春原「大丈夫だって。どうせ、あっちも大した奴用意できねぇよ」
春原「バスケ部のレギュラーとかだったら、ちょっとキツイかもだけどね」
朋也「………」
そこが気にかかっていた。
あの男は、妙に自信があるように見えた。
それは、つまり、レギュラークラスも用意できるということなんじゃないのか。
春原「な? 楽勝だって」
朋也「はぁ…簡単に言うな」
春原「ま、さっさと三人揃えて、練習しようぜ」
しかし、勝負は三日後。
相手も、俺たちも時間がない。
623:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:18:29.74:cUBlBpOS0
そんな短期間で交渉が上手くいくかといえば、そうは思えないし…
俺たちが付け焼刃の練習で戦えるようになるとも、断言できない…
条件は、五分のような気もする。
梓「…あの、なにがどうなってるんですか」
律「ん、ああ…」
―――――――――――――――――――――
梓「ファンクラブ…ですか」
騒動が収まり、一度気を落ち着けるため、コーヒーブレイクを取っていた。
律「ああ、気持ち悪い奴らだよ。勝手に私たちがレズだと思ってんだもんな」
紬「あら…でも、いいじゃない、女の子同士、なかなか素敵だと思うな」
律「…いや、まぁ、ムギが言うとそんなでもないけどさ…ソフトだし」
律「でも、あいつらは自分の価値観押しつけてくるとこが気に入らないんだよ」
律「ああいう手合って、女に対してもそういう傾向があったりするんだよな」
律「理想からちょっとでもズレてると、異様に毛嫌いしたりするんだぜ」
律「ほんと、自分勝手なお子様だよ」
春原「ま、僕らがコテンパンにノしてやるから、大船に乗ったつもりでいろよ」
624:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:18:31.29:5LtM96Rl0
お前らwwwwwwwwwwwwwwwwwww見てて腹立つなwwwwwwwwwwwえwっwwwww
625:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:19:05.69:c/+LQZXq0
けいおんが女子高の理由がわかったw
627:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:19:47.18:1qYNd8dxO
はぁ~、っと拳に息をかけた。
時代錯誤な表現が多すぎて、頼りなく映る。
律「おまえ、絶対勝てよ? そんだけ豪語するんだからな」
春原「ああ、楽勝さ。すでに勝ってるようなもんだよ」
そううまくいけばいいのだが…。
―――――――――――――――――――――
春原「おー、ここだここだ」
やってきたのは、文芸部室。
文化系クラブの部室が宛がわれている旧校舎の一階に位置している。
軽音部の部室である第二音楽室からは、階段を二度下るだけでたどり着けた。
朋也「おまえ、こんなとこに奴に知り合いなんていたのか」
春原「なに言ってんだよ、おまえもよく知ってる奴だって」
朋也「あん?」
俺と春原の共通の知人で、文芸部員?
誰だろう…心当たりがない。
がちゃり
その時、部室のドアが開かれた。
628:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:20:16.42:cUBlBpOS0
男子生徒「…ん? おまえら…」
春原「よぅ、ひさしぶりだなっ、キョン」
朋也(ああ…こいつか)
キョン「ああ…久しいな、ふたりとも」
このキョンという男は去年、俺たちふたりと同じクラスだった奴だ。
素行が悪いわけでもなく、ごく普通の一般生徒だったのだが、なぜか気が合った。
理屈っぽい奴で、なにかと俺たちの悪ふざけを止めてきたのだが、よくつるんでいたことを思い出す。
ちなみに、キョンというのはあだ名で、本名は知らない。
周りからそう呼ばれていたので、俺たちもそれに倣ったのだ。
朋也「おまえ、文芸部なんて入ってたのか」
春原「あれ? おまえ、知らねぇの? ここ、文芸部じゃないんだぜ」
朋也「いや、はっきりそう書いてあるだろ」
教室のプレートを指差す。
キョン「あれは、裏側だ」
朋也「裏?」
キョン「表側に現在の部室名が書かれてある」
朋也「ふぅん…」
629:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:20:51.89:DB5vwegq0
急展開すぎる
630:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:21:44.61:1qYNd8dxO
春原「ま、とにかく、変な団体になっちまってるんだよ」
春原「そんで、おまえもその一味なんだよな」
キョン「まぁ、そうだな。でも、よく俺がここの人間だって知ってたな」
キョン「話したこと、なかっただろ、部活のこと」
春原「わりと有名だぜ、おまえらの部活。その部員もな」
キョン「相変わらず、くだらない事には詳しいんだな」
春原「いい情報網を持ってるって言ってくれよ」
キョン「はいはい…。で、今日はなんの用だ」
キョン「なにか用事があるんだろ。でなきゃ、おまえらがこんなとこ来るわけないもんな」
春原「お、察しがいいねぇ、さすがキョン」
キョン「ああ、それと、ひとつ訊いていいか」
春原「なに?」
キョン「そっちの女の子たちは、なんなんだ」
俺たちの後ろ、じっと黙って並んでいた軽音部の連中を指さした。
春原「ああ、こいつらはさ…」
631:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:21:49.59:0XX6NZKd0
京アニが集まっていたとは……
632:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:22:06.70:uvp/vcj8O
キョンくんwwwwwwwwwwwってwwwwwwwwwww
633:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:22:14.26:cUBlBpOS0
春原は、どういった経緯でここまで一緒にやってきたのか、おおまかに説明していた。
キョン「へぇ…そんなことがあったのか」
春原「だからさ、3on3のメンバー、頼めない?」
キョン「まぁ、俺自身はやぶさかじゃないが…団長様がなんて言うかな」
春原「許可とってきてくれよ」
キョン「はぁ…わかったよ、善処してみる」
春原「お、センキュー。頑張れよっ」
背を向けて、ひらひらと手を振り、部室へと戻っていくキョン。
律「…あんたら、妙なのと付き合いあるんだな」
朋也「あいつのこと、知ってるのか」
律「知ってるもなにも、あたしらの学年で知らない奴がいたことの方が驚きだよ」
律「SOS団だかなんだかで、1、2年の頃、すげぇ暴れまわってたんだぜ?」
朋也「へぇ、そうだったのか」
律「っとにおまえは、やる気がないっていうか…そういうことに疎いんだな」
朋也「まぁな」
635:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:23:21.70:DB5vwegq0
キョンは3年か
636:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:23:35.49:1qYNd8dxO
唯「涼宮さんって人が、すごくギター上手かったよね」
律「ああ、一年の時の文化祭な…あれは、確かにすごかったな」
律「聞いた話だと、素人だったらしいぞ」
澪「そうだったのか? 信じられないな…」
梓「そんなにすごかったんですか?」
律「興味あるなら、映像あるから、今度見せてやるよ」
梓「ほんとですか?」
律「ああ。それと同時に蘇る、澪のしまパンの悲劇…」
ぽかっ
律「あでっ」
澪「思い出させるなっ」
秋山は顔を赤くして、涙目になっていた。
唯「あちゃ~、りっちゃん、地雷踏んじゃったね」
律「あれはお蔵入り映像だからな…マニアの間では高値で取引されているらしい」
澪「ええ!? う、嘘だろ…」
638:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:23:59.11:cUBlBpOS0
へなへなと倒れこむ。
律「あー、うそうそ、立ち直れ、澪っ」
澪「………」
しゅばっと立ち上がる。
ぽかっ ぽかっ
律「いでっ! 二発かよっ」
澪「おまえが変な嘘つくからだっ」
―――――――――――――――――――――
がちゃり
キョン「………」
しかめっ面で出てくる。
春原「お、どうだった?」
キョン「…なんとか許可が下りたよ」
春原「やったな、さすがキョンっ」
キョン「今度カツ丼おごってもらわにゃ、割に合わん…」
640:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:25:19.15:1qYNd8dxO
頭をさすりながら言う。
多分、なにかぶつけられたんだろう。
ドアの向こうからは、女と言い合いをする声と、物が飛び交っているような音が聞えていたのだ。
なにかしらないが、ひと悶着あったんだろう。
春原「消費税なら、おごるよ」
キョン「セコいところは、相変わらずなんだな…」
―――――――――――――――――――――
律「おらおら、どしたーっ、全然入ってないぞぉ」
春原「おまえのパスが悪いんだよっ」
律「なにぃ、人のせいにするなっ」
グラウンド。
隅の方に設置された外用ゴールの前に集まった。
春原は、シュート練習。
俺とキョンは、1対1で、交互にディフェンスとオフェンスの練習をしていた。
軽音部の連中は、こぼれ球を拾ってくれたりしている。
朋也「キョン、ディフェンスはもっと腰落としたほうがいいぞ」
キョン「こんな感じか」
朋也「ああ、それでいい」
キョン「けっこうしんどいな、これは…」
641:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:25:39.99:cUBlBpOS0
朋也「でも、文化部にしてはよく動けるほうだぜ」
キョン「そうか?」
朋也「ああ。あとはスタミナがあればいいんだけどな」
キョン「悪いな。何ぶん、体育会系なノリとは縁のない生活をしてきたもんでな」
朋也「もう一本いけるか?」
キョン「ああ、こい」
朋也「よし」
―――――――――――――――――――――
朋也「っはぁ…」
からからになった喉を水道水で潤す。
顔も、思いっきりすすいだ。
気持ちがいい。
こんな感覚、いつぶりだろうか。
はるか昔に味わったっきり、ずっと忘れていた。
澪「あの…これ、使ってください」
そこへ、秋山が恭しくタオルを持ってきてくれた。
朋也「ああ、サンキュ」
643:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:27:31.39:1qYNd8dxO
受け取って、顔についた水気を拭き取る。
朋也「これ、洗って返したほうがいいよな」
澪「いえ、大丈夫です」
朋也「そうか? じゃあ…はい」
タオルを差し出して、返す。
澪「あ…はい」
澪「………」
澪「あの…すみませんでした」
朋也「なにが?」
澪「勝負なんて、させちゃって…」
朋也「いや…春原の奴が勝手に受けたのが悪いんだから、気にすんなよ」
澪「でも…」
朋也「いいから。な?」
澪「はい…」
朋也「それとさ、敬語も使わなくていいよ。俺にも、春原にも、キョンにもな」
644:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:28:05.64:cUBlBpOS0
朋也「ちょっと不自然だろ? タメなんだからな」
澪「え…あ…はい」
朋也「はい?」
澪「う…うん…」
朋也「それでいい」
澪「あぅ…」
ぽんぽん、と肩を軽く叩き、グラウンドへ戻った。
―――――――――――――――――――――
春原「だぁー、疲れたぁ…」
キョン「同じく…」
朋也「俺も…」
三人とも、地面に寝転がる。
暗くなり、もうボールがよく見えなくなっていた。
練習も、ここで終わりだった。
春原「あしたは朝錬するからな」
寝転がったまま言う。
646:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:29:21.89:1qYNd8dxO
朋也「部活かよ…」
春原「それくらい徹底してやって、大差で勝ってやるんだよ」
朋也「なんでそんなにやる気なんだ、おまえは」
春原「僕をバカ呼ばわりしたあの野郎が悔しさで顔を歪めるとこ見たいからね」
朋也「あんがい根に持ってたんだな、おまえ…」
春原「まぁね」
キョン「…それにしても、おまえら、なんか変わったよな」
キョンがぽつりとそう漏らした。
春原「なにが?」
キョン「こういうことに、真剣になるような奴らでもなかったろ」
朋也「………」
それは、確かにそうだ。
いつだって、部外者でいて、傍観して…
必死に頑張るやつらを、斜めから見おろしていた。
キョン「いつもおちゃらけてて、楽しそうだったけどさ…」
キョン「どこか、懸命になることを避けてるっていうか…」
647:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:29:47.88:cUBlBpOS0
キョン「わざと冷めたようにしてた気がするんだよ」
キョン「でも、今は他人のために、こうまで頑張ってるしな」
キョン「なにか、あったのか」
朋也「………」
春原「………」
俺と春原は黙ったまま顔を見合わせた。
お互い、気づかないうちに、そんな熱血漢になってしまったのだろうか。
いや…そんなわけない。
こんなにも汗をかけるのは、あいつらのためだからだろう。
それは、春原も同じ想いのはずだ。
朋也「…別に、何もねぇよ」
春原「ああ。前と、全然変わってないけど?」
キョン「…そうか。まぁ、いいさ」
唯「お疲れさまぁ~」
平沢の声がして、体を起こす。
軽音部の連中が、こっちにやってきていた。
ボールの片づけが終わったんだろう。
唯「スポーツドリンクの差し入れだよぉ、どうぞ」
649:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:30:36.64:0v+hnIby0
こんな凄まじい>>1ははじめて見た・・・
保守なんてする暇すら与えない投下速度・・・
650:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:30:50.28:1qYNd8dxO
朋也「お、サンキュ」
唯「はい、春原くん」
春原「なかなか気が利くじゃん」
唯「はい、どうぞ」
キョン「ああ、どうも」
三人とも受け取った。
春原「もう喉からからなんだよね、僕」
言って、プルタブを開け、一気に飲み始める。
春原「ぶぅほっ!」
いきなり噴き出した。
春原「って、なんでおしるこなんだよっ!」
律「わはははは! ひっかかりやがった!」
651:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:31:13.49:cUBlBpOS0
春原「てめぇか、デコっ!」
律「うわぁ、おしるこが逆流して鼻から出てるよ、きったねぇーっ!」
春原「てめぇっ」
律「うひゃひゃひゃ」
いつものように子供の喧嘩が始まる。
緊張感のない奴らだった。
―――――――――――――――――――――
652:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:32:33.90:1qYNd8dxO
4/22 木
憂「岡崎さん、土曜日にバスケットの試合するんですよね?」
憂「お姉ちゃんから聞きましたよ」
朋也「あ、ああ…」
憂「私、応援に行きますねっ」
朋也「ああ…ありがとな」
憂「はいっ」
まぶしい笑顔で返事をくれる。
朋也「おい、平沢、おまえどんなふうに話したんだよ」
唯「え? バスケの試合で大盛り上がりするよ~って感じかな?」
朋也「おまえな…けっこう重要なことがかかってんだぞ」
朋也「負けりゃ、これから先ずっと変なのにつきまとわれちまうんだ」
朋也「そうなったら、おまえだって変な事されるかもしれなんだぞ」
朋也「そんなの、俺は絶対…」
許すことができない…。
言いかけて、やめる。
653:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:33:01.35:cUBlBpOS0
こいつになにかされるのは確かに嫌だが…
それは知人だからであって、なにも俺がそこまで強く拒むことはないだろうに…。
朋也(彼氏じゃあるまいし…)
唯「なに?」
朋也「いや…とにかく、そんな軽くないんだ」
唯「でも、楽しまなきゃ損だよ?」
朋也「いや、だから…」
唯「大丈夫。岡崎くんたちは勝つよっ。そんな予感がしてるんだ」
唯「私のカンって、よく当たるんだよ?」
屈託なく言う。
本当に事の重大さがわかっているんだろうか、こいつは…。
―――――――――――――――――――――
たんっ たんっ たんっ…
ボールが跳ねる音。
朝錬をする運動部のかけ声に混じって、グラウンドの方から聞えてくる。
音源に目を向けると、春原がドリブルをしているところだった。
朋也(あいつ、もう来てんのか…)
654:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:34:16.33:1qYNd8dxO
信じられない…あの春原が。
そこまで本気で勝ちたいということか。
唯「あ、春原くんだ。おーいっ」
平沢が声を上げ、手を振る。
春原がこちらに気づき、駆け足でやってきた。
春原「やぁ、おはようっ」
唯「おはよ~」
憂「おはようございます」
朋也「おまえ、マジで朝錬やってんのな」
春原「おまえも今からやるんだよ」
朋也「マジかよ…」
春原「きのう言っただろ? おまえだって、僕の部屋から早く帰ってったじゃん」
そうなのだ。
昨夜は、こいつが早めに眠りたいと言い出して、日付が変わる前に帰宅していた。
俺も、体が疲れていたので、すんなりと眠ることが出来たのだが。
朋也「おまえが眠たいとか言ってたからだろ」
春原「ま、そうだけどさ…」
655:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:34:40.94:cUBlBpOS0
春原「とにかく、やろうぜ」
朋也「はぁ…わかったよ。平沢、鞄頼む」
唯「あ、うん」
鞄を手渡す。
唯「あとで私も来るね」
憂「じゃあ、私も来ます」
朋也「ああ、わかった」
別れ、平沢姉妹は正面玄関の方へ歩いていった。
キョン「うお…おまえらがほんとに朝から来てるなんてな…」
そこへ、入れ替わるようにしてキョンが現れた。
キョン「明日はカタストロフィの日になるのか」
春原「いいとこにきたな、キョン。早速練習するぞ」
キョン「鞄くらい置きに行かせてくれよ」
春原「そんな時間はないっての。いくぞ」
キョン「やれやれ…」
656:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:35:49.28:1qYNd8dxO
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼休み。
唯「岡崎くん、春原くん、これ食べていいよ」
平沢がタッパーに入ったハチミツレモンを差し出してきた。
唯「ほんとは放課後の練習の後に出すつもりだったんだけど…」
唯「朝錬で疲れただろうからさ」
朋也「お、サンキュ」
春原「センキュー」
唯「あ、キョンくんの分も残しておいてあげてね」
朋也「ああ、わかった」
春原「皮だけ残しとけばいいよね」
唯「ダメだよ、実の部分も残さないと」
春原「それは保証できないなぁ」
657:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:36:07.71:cUBlBpOS0
唯「じゃあ、春原くんは食べちゃダメっ!」
春原「冗談だよ、冗談」
言って、一切れつまんで口に放った。
春原「うまいね、これ」
唯「ほんとに?」
春原「ああ」
唯「よかったぁ」
俺もひとつ食べてみる。
朋也「お、マジだ。うまい」
唯「えへへ、作った甲斐があったよ」
律「おまえが作ったのか? 憂ちゃんじゃなくて?」
唯「うん、そうだよ」
律「へぇ、珍しいこともあるもんだ」
唯「私だってやる時はやるんだよっ、ふんすっ」
誇ったように息巻いていた。
658:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:36:33.04:5LtM96Rl0
キョンはいいやつだなー
659:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:37:21.45:1qYNd8dxO
紬「私からも、よかったらこれ、どうかな」
弁当箱の蓋に黒い固形物を載せ、打診してくる。
春原「ムギちゃんからのものなら、もちろんもらうよっ」
春原「な、岡崎」
朋也「ん、ああ、まぁ」
紬「じゃあ、どうぞ」
俺たちの前に蓋が置かれる。
春原「でも、これって、なに?」
紬「トリュフよ」
朋也「トリュフって…あの、三大珍味の?」
紬「うん」
なんともスケールのでかい弁当だった。
俺も驚いたが、軽音部の連中も、真鍋さえも驚愕していた。
春原「ふぅん、なんか、おいしそうだねっ」
唯「とりゅふ?」
いや…約二名、知らない奴らがいた。
660:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:37:40.83:cUBlBpOS0
春原「むぐむぐ…なんか、不思議な味わいだね、これ…」
紬「そう? よく食卓に出てくるだろうから、馴染み深いと思ったんだけど…」
それはおまえだけだ。
春原「でも、おいしいよ、ムギちゃん補正で」
紬「ふふ、ありがとう」
朋也(俺も食べてみよう)
もぐもぐ…
確かに、不思議な味わいだった、
まずくもないし、かといって、うまくもない…
正直、微妙だった。
庶民の舌には合わないんだろう。
おとなしく身の丈にあったシイタケあたりでも食べていた方がいいんだ、きっと。
澪「あの…よかったら、これもどうぞ」
秋山も琴吹に倣い、弁当箱の蓋に乗せ、俺たちに差し出してきた。
律「って、それ、おまえのメインディッシュ、クマちゃんハンバーグじゃん」
律「いいのか、主力出しちゃって」
澪「いいんだよ、頑張ってもらってるんだし」
朋也「いや、別に、そんなに気を遣ってもらわなくてもいいけど」
662:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:38:48.87:1qYNd8dxO
澪「私がしたいだけだから…気にしないで」
朋也「そうか?」
澪「うん」
朋也「じゃあ、ありがたく」
箸でハンバーグを掴み、口に運ぶ。
もぐもぐ…
朋也「うん…うまい」
澪「あ、ありがとう…」
春原「じゃ、僕も」
春原もひとつ食べる。
春原「お、うめぇ」
澪「よかった…」
律「つか、澪、おまえ、敬語じゃなくなってるな」
澪「岡崎くんが、敬語じゃなくていいって言ってくれたんだよ」
ちらり、と伏目がちに俺を見てくる。
律「ふぅん、岡崎がね…」
663:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:39:22.42:cUBlBpOS0
にやっと含み笑い。
なにかまた、変な機微の嗅ぎ取り方をしてるんだろうな、こいつは…。
唯「さすが岡崎くん、心が広くていらっしゃる」
朋也「普通だろ…」
律「ふ…岡崎、あんたもつくづく、アレだよなぁ」
アレ、なんて代名詞でボカしているのは、きっといい意味じゃないからに違いない。
律「ま、いいや。それは置いといて、私からも、なにかあげようではないか」
律「そうだな…これでどうだ、キンピラゴボウ」
春原「うわ、一気にレベル下げやがったよ、こいつ」
律「なんだとっ! あたしのキンピラゴボウなんだぞっ!」
春原「だからなんだよ」
律「つまり、間接キスの妄想が楽しめるだろうがっ!」
律「それだけで値千金なんだよっ!」
春原「うげぇ、胃がもたれてきたよ、そんな話聞いたらさ…」
律「なんだと、ヘタレのくせにっ」
春原「キンピラゴボウ女は黙ってろよ」
664:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:40:43.44:1qYNd8dxO
律「ぐぬぅ…」
春原「けっ…」
和「このふたり、仲悪いの?」
朋也「いや…似たもの同士なんだろ、多分…」
―――――――――――――――――――――
飯を食べ終わると、残りの時間は練習に費やした。
春原「かぁ、やっぱ岡崎、おまえ、うめぇよ」
キョン「だな。さすが、元バスケ部」
俺は今しがた、2対1の状況をドリブルで突破したところだった。
朋也「でも、このあと俺が得点に繋げられるのは、左からのレイアップだけだからな」
朋也「シュートするより、おまえらにパス回す機会の方が多くなるはずだ」
朋也「だから、頼んだぞ、ふたりとも」
春原「任せとけって。僕の華麗なダンクをお見舞いしてやるよ」
朋也「ああ、おまえのプレイで、ちゃんとベンチを温めといてくれよ」
春原「それ、ただの空回りしてる控え選手ですよねぇっ!?」
665:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:41:05.41:cUBlBpOS0
キョン「ははは、そういうノリは、変わらないんだな」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
キョン「なんか…よかったのか、俺まで…」
紬「今は軽音部チームの仲間なんだから、遠慮しないで」
紬「はい、ケーキ。どうぞ」
キョン「はぁ、どうも」
練習前、部室に集まり、お茶をすることになった。
その流れで、こいつもここに連れてこられていたのだ。
キョン「おお…うまい。紅茶も、最高だ」
紬「ふふ、ありがとう」
キョン「ああ…朝比奈さん…」
小声でつぶやく。
朋也(朝比奈…?)
668:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:43:27.59:1qYNd8dxO
春原「キョン、てめぇ、ムギちゃんに色目使ってんじゃねぇよ」
春原「おまえには、涼宮って女がいるんだろ」
キョン「いや、あいつは別に…」
律「マジ? 涼宮さんとデキてんの?」
キョン「いや、だから、そんなんじゃないぞ」
春原「でも、聞いた話だと、確定だって言ってたぜ」
キョン「誰に聞いたんだよ…」
春原「谷口って奴」
キョン「あの野郎…」
律「で、どこまで進んだの?」
キョン「進んだもなにも、最初から…」
がちゃり
さわ子「チョリース」
さわ子さんがふざけた挨拶と共に入室してくる。
さわ子「今日もお菓子用意…って、キョンくん?」
669:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:43:47.62:cUBlBpOS0
キョン「ああ、どうも、先生」
律「なに? 親しい感じ?」
キョン「去年の担任だ」
律「あ、そなの」
さわ子「どうしたの? なんであなたがここに?」
キョン「いやぁ、いろいろありまして…」
律「あ、そうだ、聞いてくれよぉ、さわちゃ~ん…」
―――――――――――――――――――――
さわ子「ふぅん、そんなことになってたのね…」
言って、紅茶を一杯すする。
律「ふざけた奴らだろ?」
さわ子「そうね」
朋也(あ…そうだよ…この人なら…)
朋也「さわ子さん、教師だろ? なんとか言って聞かせてやれないか?」
俺はなんでこんな基本的なことを忘れていたんだろう。
あの時は、特異な雰囲気に飲まれてしまい、この発想自体が湧かなかったのかもしれない。
671:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:45:07.64:1qYNd8dxO
それは、他の奴らも同じだったのかわからないが…
とにかく、こういう時こそ、大人の力を借りるべきだ。
バスケの試合なんてせずとも、一発で解決できるはず。
さわ子「できるけど…あえて、しないわ」
朋也「あん? なんでだよ」
さわ子「女の子を守るため、ガチンコで勝負するなんて…青春じゃない」
さわ子「止める事なんて、できないわ」
朋也「そんな理由かよ…」
さわ子「めいっぱい戦いなさい。そんなの、若い内にしかできないんだから」
律「若さに対する哀愁がすげぇ漂ってんなぁ…」
さわ子「おだまりっ」
だん、と激しく机を叩いた。
律「しーましぇん…」
部長も、その迫力の前に縮こまる。
さわ子「ま、でも、いざとなったら、助けてあげるわよ」
唯「さわちゃん、頼もしい~」
673:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:45:28.80:cUBlBpOS0
さわ子「おほほほ、任せておきなさい」
キョン「この人も、相変わらずだな…」
朋也「ああ…」
でもこれで、試合に負けたときの保険ができた。
それは精神的にも大きい。ただの消化試合になったんだから。
さわ子さんに話を聞いてもらえてよかった。
―――――――――――――――――――――
朋也「ふぅ…」
休憩を取るため、ひとり日陰に移り、石段に腰掛ける。
グラウンドでは、春原とキョンの1on1が始まっていた。
少し離れたこの位置で、その様子を眺める。
澪「おつかれさま」
秋山が寄ってきて、昨日のようにタオルを渡してくれる。
朋也「ああ、サンキュ」
受け取り、汗を拭き取る。
澪「あの…」
朋也「ん?」
675:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:46:37.02:1qYNd8dxO
澪「岡崎くんって、バスケ上手いね」
澪「春原くんと、キョンくんも、よく動いてるけど…」
澪「でも、岡崎くんは、二人とはなんか動きが違うっていうか…」
澪「次にどうすればいいのをわかってるように見えるんだ」
澪「それに、ドリブルも上手だし」
朋也「まぁ…昔、ちょっとやってたからな」
澪「そうだったんだ…」
朋也「ああ」
澪「………」
会話が終わり、沈黙が訪れる。
秋山は、なにかもじもじとしていて、必死に話題を探しているように見えた。
朋也「でも、よかったな。さわ子さんがバックについてくれてさ」
放っておくのもなんだったので、俺から話を振ってみた。
朋也「これで勝敗に関係なく、おまえは助かったわけだ」
澪「そう…なのかな…」
朋也「ああ。まぁ、楽に構えてるといいよ」
676:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:47:02.63:cUBlBpOS0
澪「うん…」
朋也「タオル、サンキュな。ほら」
座ったまま手を伸ばす。
澪「あ、これ…水で濡らしてこようか?」
澪「体に当てたら、ひんやりして気持ちいいと思うんだけど…」
受け取ったタオルを手に、そう訊いてきた。
朋也「ん、ああ…それも、いいかもな」
澪「じゃあ、ちょっと待っててね。行ってくるから」
いい顔になり、水道のある校舎側に駆けていった。
朋也(にしても…)
よく動いてくれる。
球拾いにも積極的だし、水分補給のサポートだって、率先してやってくれていた。
自分のファンクラブが起こした問題だったから、責任を感じているんだろうか。
朋也(そんな必要ないのにな…)
空を見上げ、ぼんやりと思った。
声「きゃあ…ちょっと…」
677:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:48:36.53:1qYNd8dxO
朋也(ん…?)
秋山の声。
さっき向かっていった方に顔を向ける。
すると、秋山が男二人に詰め寄られているのが見えた。
あの時、部室に押しかけてきた連中の中に見た顔だった。
朋也(あいつら…)
立ち上がり、走って駆けつける。
その間、男たちが秋山からタオルを取り上げ、下に叩きつけているのが見えた。
あげく、踏みつけだしていた。
朋也「なにやってんだ、こらぁっ!」
男子生徒1「ちっ…くっそ…」
男子生徒2「…ざけんな…」
俺が怒声を浴びせると、すぐに退散していった。
澪「うぅ…ぐす…ぅぅ」
秋山は、怯えたように身を小さくして泣いている。
朋也「どうした? 大丈夫か?」
澪「うぅ…大丈ぬ…」
朋也「だいじょうぬって、おまえ…」
678:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:49:00.44:cUBlBpOS0
気が動転しているのか、舌が回っていなかった。
朋也「とりあえず、向こうまでいって、休もう。な?」
近くに小憩所として使われているスペースがあった。
そこで一旦落ち着いたほうがいいだろう。
澪「ぐす…うん…」
俺は、泣き止む様子のない秋山を連れてゆっくりと歩き出した。
―――――――――――――――――――――
朋也「ほら、これ飲め。コーヒーだけど」
澪「…ありがとう」
プルタブをあけ、ずず、と一口飲む。
朋也「落ち着いたか?」
澪「…うん」
朋也「で、なにされたんだよ。場合によっちゃ、すぐにでも殴りにいってやる」
澪「だ、だめだよ、そんなことしちゃ…」
朋也「でもさ、そこまで泣かせてんだぜ。よっぽどだったんじゃないのか」
澪「それは、私が…その、弱くて…すぐ泣くのが悪いんだよ」
679:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:50:26.18:1qYNd8dxO
朋也「でもな…」
澪「ほんとに、いいの。たいしたこと、されたわけじゃないから」
朋也「…そっかよ。でも、タオル踏まれてたよな」
澪「う、うん…」
朋也「幼稚なことするやつらだよな。人のものに当たるなんてさ」
朋也「おまえ、なんかしたわけじゃないんだろ?」
朋也「理由もなくいきなりなんて、意味わかんねぇな」
澪「私が、男の子の世話してるのが、嫌だったみたい」
朋也「あん?」
澪「岡崎くんに、私のタオル渡したりとか…そういうのが」
朋也「ああ…」
ファンからしてみれば、それは許されない行為だったんだろう。
自分たちだけにしか笑顔を向けてはいけないとでも思っているんだろうか。
朋也「迷惑な奴らだな。別に、アイドルってわけでもないのに」
澪「うん…私なんかじゃ、全然そんなのできないよ」
朋也「いや、俺は別におまえが可愛くないと思って、言ってるわけじゃないぞ」
681:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:51:07.49:cUBlBpOS0
朋也「どっちかといえば…つーか、普通に可愛い方だと思ってるからな」
朋也「落ち込んだりするなよ」
朋也(って、なに言ってんだ、俺は…)
この頃、俺のキャラが崩れてきている気がしてならない…。
こんなに気軽に、女の子に向かって可愛いなんて言う奴でもなかったのに…。
いかん…もっと気を引き締めなければ…。
澪「あ…ありがとう…」
澪「………」
朋也「………」
お互い、押し黙る。若干重い沈黙。
朋也「まぁ、なんだ。試合、絶対勝つよ」
振り払うように、努めて明るくそう言った。
朋也「それで、あいつらに直接言ってやれ。もう私につきまとうな、ってさ」
澪「言えないよ、そんなこと…」
朋也「遠慮するなよ。報復なんかさせないから」
朋也「もし、やばそうなら、俺たちを頼ればいいんだ」
683:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:52:24.29:1qYNd8dxO
朋也「そんなことくらいしか、俺と春原の存在意義なんてないんだからさ」
澪「そんなことないよ。ふたりがいたら、いつもより賑やかで楽しいもん」
平沢のようなことを言う。
それがなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまった。
澪「え…なに?」
朋也「いや…なんでもない」
澪「………?」
疑問の表情を浮かべたが、すぐに秋山も可笑しそうに笑った。
俺も、つられてまた笑顔になる。
梓「あのぉ…盛り上がってるところ、悪いんですけど…」
どこから湧いたのか、中野がイラついた声をぶつけてきた。
澪「あ、梓…いつから…っていうか、なんでここに…」
梓「先輩たちがいないんで、探してくるように言われたんです」
澪「そ、そっか…」
梓「はぁ、でも…」
落胆したように、大げさに息を吐いた。
685:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:53:02.72:cUBlBpOS0
梓「岡崎先輩はまだしも…澪先輩がこんなところでサボってるなんて…」
梓「私、見たくありませんでした」
澪「い、いや、これはサボってたわけじゃないぞ、うん」
澪「今戻ろうと思ってたところなんだ、ははは」
コーヒーのカンを持って、立ち上がる。
澪「じ、じゃあ、戻ろうかな、はは」
言って、そそくさと立ち去っていった。
先輩の威厳を保ちたかったんだろうか。
ずいぶんと取り繕っていたが…。
ともあれ、残された俺と中野。
梓「…はぁ、唯先輩と憂の次は、澪先輩ですか…」
梓「節操なしですね…死ねばいいのに」
冷たく言い放ち、戻っていく。
朋也(ついに死ねときたか…)
あいつと和解する日は、きっとこないんだろうな…。
―――――――――――――――――――――
688:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:54:29.31:1qYNd8dxO
4/23 金
唯「いよいよ明日だねっ。楽しみだなぁ」
朋也「気楽でいいな、試合に出ない奴は」
唯「む、気楽ってわけじゃないよ。私も気合十分だよ」
唯「ほら、こんなのも用意したんだから」
なにかと思えば、鞄からクラッカーを取り出していた。
唯「ゴールしたら、これで、パンッ!ってやるからね」
朋也「パーティーじゃないんだぞ…」
憂「お姉ちゃん、こっちのほうがいいよ」
対して憂ちゃんは、小さめのメガホンを取り出した。
やはり常識があるのは妹である憂ちゃんの方だ。
唯「なるほど、それで、パンッ!の音を拡大するんだねっ」
ずるぅ!
俺と憂ちゃんは漫画のように転けていた。
―――――――――――――――――――――
………。
690:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:55:00.01:cUBlBpOS0
―――――――――――――――――――――
昼。
唯「ねぇ、私さ、応援の舞考えたんだけど、みんなでやらない?」
律「応援の舞? なんだそりゃ」
唯「こんなのだよ。みてて」
立ち上がり、目をつぶった。
そして、かっ、と見開く。
唯「ここから先が戦えるようにやってきた…」
唯「顔の形が変わるほどボコボコに殴られて…死を感じて、小便を漏らしても、心が折れないように…」
唯「あの時のように…2度と心が折れないように、やってきた!!!」
唯「ハッ!」
両手をばっと上げて止まる。
唯「はぁ…はぁ…ど、どうかな…」
律「いや、息切れしてるし、なんか漏らしたことになってるし…絶対やだ」
唯「そんなぁ、私の2時間が水の泡だよぉ」
律「2分考えたあたりでダメなことに気づけよ…」
692:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:56:13.82:1qYNd8dxO
唯「ちぇ…」
律「そんなもんより、澪の萌え萌えキュン☆161連発でどうだ」
澪「や、やだよ、体力的にも、その中途半端な数字的にも…」
律「まぁ、最後に一発鉤突きが当たったって事だな」
律「単純計算で1分15秒…反撃を許さない萌え萌えキュン☆の連打を打ち込むんだ」
澪「なんの話だ?」
律「いや、なんでもない。気にするな」
澪「?」
唯「そうだ、和ちゃん、全校放送で試合実況とかしちゃだめかな?」
和「ダメに決まってるでしょ…」
唯「ぶぅ、けちぃ…」
春原「まぁ、応援なら、ムギちゃんがしてくれるだけで三日は戦えるけどね」
紬「そう? コストがかからなくて、うれしいな♪」
春原「消耗品扱いっすかっ!?」
律「わははは!」
2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:59:34.26:cUBlBpOS0
―――――――――――――――――――――
昨日同様、食べ終わると、練習に向かった。
春原「ふーい…なんか、やけに気合入ってるね、岡崎」
キョン「確かにな。昨日、いなくなって、戻ってきたあたりからずっとこの調子だもんな」
朋也「単に負けたくなくなっただけだよ」
春原「でもさ、二年から聞いたけど、秋山としっぽりしてたんだろ?」
春原「そん時なんかあったんじゃないの?」
朋也「なにもねぇよ」
春原「ふぅん…てっきり、平沢と二股かけてんじゃないかと思ったんだけどねぇ」
キョン「え? 岡崎って、平沢さんとそんな仲なのか?」
春原「まだそういうわけじゃないんだけどさ…」
春原「でも、両思い臭いんだよね、朝も一緒に登校して来てるみたいだし」
キョン「へぇ、あの岡崎がね…丸くなったもんだ」
朋也「キョン、こいつの言うことなんて、8割嘘だって知ってるだろ。話半分に聞いとけよ」
春原「でも、残り2割は事実だろ?」
5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:02:31.14:1qYNd8dxO
朋也「違う。現実逃避の妄想だ」
春原「それ、もう発言全てが妄言ですよねぇっ!」
キョン「ああ、そうだったな。危うくあっちの世界に連れてかれちまうとこだった」
春原「病人みたくいうなっ! こいつが平沢と登校して来てんのはマジだよっ」
朋也「あれ、また幻聴が聞える」
キョン「俺も、かすかに耳に残ってるわ、なんだろ」
春原「取り合ってももらえないんすかっ!?」
朋也「キョン、今、う○こって言ったか?」
キョン「まさか、そんなこと言うの、あいつくらいだろ、あの金髪の…」
キョン「誰だっけ?」
朋也「さぁ?」
春原「ほんと、おまえら最低のコンビっすねっ!」
春原「ちくしょう…これも、去年と変わんないのかよ」
キョン「ああ、悪かった、悪ノリしすぎたよ。つい、懐かしくなってな」
春原「つい、でやらないでほしんですけどねぇ…」
7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:03:03.26:cUBlBpOS0
そう、いつも春原をいじめた後は、こいつがこうしてアフターケアに入っていたのだ。
この感じも久しぶりだったが、すぐに調子が戻ってきた。
朋也「おい、明日は勝つぞ。わざわざ俺たち三人、雁首揃えてるんだからな」
キョン「ああ、そうだな」
春原「…ま、そうだね」
朋也「春原の幻影も、どうやら納得したようだな」
春原「ここまできて、まだ僕の存在はおぼろげなのかよっ!?」
キョン「はははっ」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
春原「なんなんだろうね、こんなとこで待機してろなんてさ」
朋也「さぁな」
キョン「あの人の考えは読み辛いからなぁ。突拍子もないことも割とするし」
さわ子さんに退室するよう言われ、男三人、部室の前でだべっていた。
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:04:12.92:1qYNd8dxO
がちゃり
さわ子「お待たせ~」
間の抜けた声を伴って、室内を一望できるほどに扉が広く開け放たれた。
さわ子「どう? この子たちは」
唯「いぇい、似合う?」
律「動きやす~」
紬「うん…ちょっと胸がきついかなぁ…」
澪「うぅ…」
梓「………」
見れば、全員チア服を着ていた。
限界まで短いスカート、ノースリーブの薄い服、動けばわかる、胸の揺れ…
目のやり場に困るその姿に、逆に俺たちは釘付けとなり、言葉を発せなかった。
さわ子「明日はこれで応援するのよ」
澪「先生、やっぱり、やめませんか、これ…」
梓「そ、そうですよ、恥ずかしいです…」
梓「それに、岡崎先輩とかが、いやらしい目でみてくると思うんです」
10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:04:33.43:cUBlBpOS0
なぜ俺限定なんだ…。
さわ子「あら、でもそういう衣装の方が、男は喜んで、力が発揮できるものなのよ?」
さわ子「そうでしょ?」
俺たちに振ってきた。
朋也「いや、まぁ…」
キョン「でも、これはさすがに…」
春原「さわちゃん、やっぱわかってるねっ」
欲望に忠実な変態が一匹。
さわ子「ふふ、まぁね。だてに二十数年生きてないわ」
さわ子「って、歳のこと言うなっ」
ぽかっ
春原「ってぇっ! 自分で言ったんでしょっ!」
さわ子「あら、そうだったわね、ごめんなさい」
春原「誰かさん並に理不尽だよ、この人…」
唯「ねぇねぇ、どう? 可愛くない? この服」
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:05:30.34:0XX6NZKd0
キョンって何気に良いキャラだよな。
人当たりというか世渡り上手というか……
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:05:48.70:1qYNd8dxO
言って、くるくると回った。
朋也「わ、馬鹿、おまえ、んな激しく動くなっ」
唯「え? なんで?」
朋也「いや、それは…」
梓「あーっ! この人、見たんですよ、絶対っ!」
唯「何を?」
梓「唯先輩の下着ですっ!」
唯「…いやん」
朋也「不可抗力だろっ」
梓「目をそらせばよかったじゃないですかっ! ガン見することないでしょっ!」
朋也「してねぇよ…」
梓「嘘つきっ! 目にしっかり焼き付けてましたっ!」
朋也「だぁーっ、なんなんだこいつはっ!」
キョン「先生、こういうことにならないためにも、チアはやめたほうが…」
さわ子「あら、そう?」
13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:06:11.00:y1qBevVn0
あずにゃんと一緒にハンバーガー食べたり猫とじゃれたりした日が懐かしいぜ…
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:06:14.86:cUBlBpOS0
春原「あ、てめぇキョン、余計なこと言うなよっ」
キョン「いや、でもだな…」
さわ子「じゃあ、バニーガールなんてどうかしら?」
キョン「ぶっ!」
春原「なに過剰反応してんだよ、むっつり野郎」
キョン「ち、違う、二年前のトラウマが蘇っただけだ…」
梓「先生、私もこの衣装を着るのはやめたほうがいいと思います」
梓「絶対、岡崎先輩が本能をむき出しにして、警察沙汰になると思いますから」
朋也「だから、なんで俺だけを槍玉に挙げるんだ…」
澪「私も、普通に応援したいです…」
唯「私はこれ着て応援したいな~」
朋也「いや、やめてくれ…」
唯「ええ? なんで?」
朋也「普通にしてくれてたほうが、いろいろと助かる」
唯「えぇ…なら、しょうがないかぁ…ちぇ」
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:07:11.86:1qYNd8dxO
春原「ムギちゃんは、それ着てくれるよね? ていうか、もう普段着にしようよっ」
律「やらしいやっちゃなー、このエロ原め」
春原「っせぇよ、おまえは一年中ジャージでも着てろ」
律「おまえならジャージの上からでも欲情してきそうだけどな、こわいこわい」
春原「はっ、ジャージの上着をズボンにインしてる奴なんかにするかよ」
律「そんな着こなし方しねぇよっ、ヘタレっ!」
春原「ヘタレは今関係ないだろっ!」
一応ヘタレという自覚はあったらしい。
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:07:28.50:cUBlBpOS0
朋也「春原、落ち着つけ。まず自分の足元をよく見てみろ」
春原「あん? なんだよ…」
春原「って、なんで靴下にズボンがインされてるんだよっ!?」
朋也「いつも社会の窓がアウトしてる分、細かいところで取り戻しておこうと思って…」
春原「まずその前提がおかしいだろっ!」
律「わはは!」
この後、結局コスプレは取りやめとなった。
当日は普通に制服で応援してくれるらしい。
さわ子さんや平沢、春原なんかは不満そうにしていたが、これでよかったんだと思う。
…俺も、少しだけ名残惜しかったが。
―――――――――――――――――――――
次へ
朋也「そっか」
唯「そうだよっ。だから…はい、どうぞ」
ちょっと身をかがめ、頭部を俺に差し出した。
朋也「なんだよ」
唯「好きなだけ撫でていいよっ」
朋也「じゃ、行こうか、憂ちゃん」
憂「はいっ」
唯「って、なんでぇ~!?」
―――――――――――――――――――――
唯「でもさ、岡崎くんと春原くんの友情って、なんかいいよね。親友ってやつだよね」
朋也「別に、そんな間柄でもないけどな…」
唯「まぁたまた~。きのう、春原くん言ってたじゃん。一人だったら、学校辞めてたって」
唯「それに、サッカーは辞めちゃったけど、新しい楽しみが今はあるんだよ」
唯「それが、岡崎くんと一緒にいることで、それは、岡崎くんも同じでしょ?」
唯「それくらいお互い必要としてるんだから、親友だよ」
朋也「そんなことはない。あいつと俺の間にあるのは、主従関係くらいのもんだからな」
憂「え? それって…どちらかが飼われてるってことですか…?」
憂ちゃんが食いついてきた。
こういう馬鹿話は、平沢の方が好みそうだと思ったのだが…。
朋也「そうだな、まぁ、俺が飼ってやってるといっても、間違いじゃないかな」
せっかくだから、さらにかぶせておく。
憂「ということは…岡崎さん×春原さん…」
憂「春原さんが受け…岡崎さんが攻め…ハァハァ」
ぶつぶつ言いながら、徐々に鼻息が荒くなっていく。
朋也「…憂ちゃん?」
唯「…憂?」
憂「ハッ!…い、いえなんでもないです、あははっ」
朋也(受け…? 攻め…?)
よくわからないが、なぜか憂ちゃんは微妙に発汗しながら焦っていた。
―――――――――――――――――――――
正面玄関までやってくる。
下駄箱は各学年で区切られているので、憂ちゃんとは一旦お別れになった。
ここを抜けさえすれば、合流して二階までは一緒に行けるのだが。
朋也「っと…」
脱いだ靴を拾おうとしゃがんだ時、脚が痛んでよろめいた。
唯「あ、おっと…」
すぐ横にいた平沢に支えられる。
朋也「わり…」
唯「いやいや、このくらい守備範囲内ですよ。むしろストライクゾーンかな?」
こいつの例えはよくわからない。
梓「…おはようございます」
朋也(げ…またこいつか…)
音もなく背後に立っていた。
…とういうか、ここは三年の下駄箱なのだが…
唯「おはよう、あずにゃんっ」
俺を支え、体をくっつけたたまま挨拶する平沢。
梓「………」
じっと、俺の顔を見る。
また引き離しにくるんだろうか…。
梓「…今だけは特別です」
そう、俺にだけ聞えるようにささやいた。
そして、『また放課後に』と会釈し、二年の下駄箱区画に歩いていった。
朋也(…はぁ…特別ね…)
それは、多分怪我のことを考慮して言っているんだろうな…。
頬に貼った絆創膏をさすりながら、そう思った。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
朝のSHRが終わる。
一限が始まるまでは机に突っ伏していようと、腕を回した時…
さわ子「岡崎くん、その顔、どうしたの?」
さわ子さんが教室から出ずに、まっすぐ俺の席までやって来た。
さわ子「まさか、またどこかで喧嘩してきたんじゃないでしょうね…?」
朋也「違うよ。事故だよ、事故」
さわ子「事故って…なにがあったの? その怪我、ただ事じゃないわよ」
朋也「猛スピードの自転車避けて、壁で打ったんだよ」
さわ子「それだけで、そんな風にはならないでしょ」
朋也「二次災害とか、いろいろ起きたんだ。それでだよ」
さわ子「ほんとに? どうも、嘘臭いわね…」
唯「ほんとだよ、さわちゃん! 私、みてたもん!」
さわ子「平沢さん…」
唯「ていうか、その自転車に乗ってたのが私だもん!!」
さわ子「………」
腕組みをしたまま、俺と平沢を交互に見る。
そして、ひとつ呆れたようにため息をついた。
さわ子「…わかったわ。そういうことにしておきましょ」
さわ子「ま、他の先生に聞かれたら、うまく言っておいてあげる」
この人は、やはりなにかあったとわかっているんだろう。
だてに問題児春原の担任を2年間こなしているわけじゃなかった。
唯「さわちゃん、かっこいい~っ」
さわ子「先生、をつけて呼びなさいね、平沢さん」
言って、身を翻し、颯爽と教室を出ていった。
朋也「おまえ、嘘ヘタな」
唯「ぶぅ、岡崎くんに乗っかっただけじゃんっ」
唯「土台は岡崎くんなんだから、ヘタなのは岡崎くんのほうだよ」
朋也「唯、好きだ」
唯「……へ? あのあのあのあのあのっそそそそれれびゃ」
朋也「ほらみろ、俺の嘘の精度は高いだろ」
唯「……ふんっ。そうですね、すごいですねっ」
ぷい、とそっぽを向いてしまった。
からかいがいのある奴だ。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
和「ま、なんとかなりそうよ」
朋也「そうか、ありがとな」
和「いえ…あなたには借りがあるからね」
真鍋はサッカー部員の告げ口を防ぐため、朝から動いてくれていたのだ。
こいつの人脈を使って、各方面から圧力をかけていったそうだ。
それも、あの六人を個別にだという。
頼りになる奴だ。こんな力技、こいつにしかできない。
事後処理を頼める奴がいて、本当によかった。
和「まぁ、でも、彼らも大会を控えている身だし…」
和「自分たちから大事にしようとはしなかったかもしれないけどね」
和「彼ら自身も、暴力を振るっていたわけだから」
朋也「でも、おまえの後押しがあったからこそ、安心できるんだぜ」
和「そう。なら、動いた甲斐があったというものだわ」
和「ああ、それと、あなたたち、奉仕活動してたじゃない?」
朋也「ああ」
和「あれも、もうしなくてもいいように働きかけておいたから」
和「まぁ、あなたは最近まともに登校してるから、直接は関係ないでしょうけど」
朋也「って、んなことまでできんのか」
和「一応ね。先生たちの心証が悪かったことが事の発端だったみたいだから」
和「ちょっと手心を加えてくれるよう、かけあってみたの」
朋也「生徒会長って、思ったよりすげぇんだな」
和「生徒会長うんぬんじゃないわ」
和「長いこと生徒会に入っていた中で作り上げてきた私のパイプがあったればこそよ」
和「立場的には、私個人としてしたことね」
朋也「そら、すげぇな」
和「生徒会なんてところに入ってると、先生方とも付き合う機会は多いから…」
和「深い繋がりができるのも、当然と言えば、当然なんだけどね」
それでも、口利きができるほどになるには、こいつのような優秀さが必要なんだろう。
朋也「でも、よかったのか」
和「なにが?」
朋也「おまえの好意は嬉しいけどさ…」
朋也「でも、それは、遅刻とかサボリを容認したってことになるんじゃないのか」
朋也「生徒会長として、まずくないか」
和「そうね。まずいわね。でも…」
くい、とメガネの位置を正した。
和「私だって、人の子だから。打算じゃなく、感情で動くこともあるわ」
朋也「感情か…なんか思うところでもあったのか」
和「ええ。あなたたちは…そうね、自由でいたほうがいいと思って」
朋也「自由ね…」
和「うまく言えないけど…ふたりには、ちゃんと卒業して欲しいから」
和「規則で固めたら、きっと、息苦しくなって、楽しくなくなって…」
和「らしくいられなくなるんじゃないかしら。違う?」
朋也「そうだろうな、多分」
和「だから、最後まで笑っていられるよう、私にできることをしたのよ」
朋也「なんか、悪いな、いろいろと…」
朋也「でも、なんで俺たちを卒業させたいなんて思ったんだ」
なんとなく、さわ子さんや幸村に通ずるものを感じた。
和「あら、生徒会っていうのは、本来生徒のためにあるものよ」
和「だから、ある種、私の行動は理にかなってるわ」
和「特定の生徒をひいきする、っていうところが、エゴなんだけどね」
多少納得する。
でも、本心を聞けなかった気もする。
和「まぁ、こんなに人のことを考えられるのも、私に余裕があるからなんだけどね」
和「生徒会長の椅子も手に入って、真鍋政権も順調に機能してるし…」
和「総合偏差値も69以上をキープしてるから」
こいつは、やっぱり真鍋和という人間だった。
これからも、ブレることはないんだろう。
朋也「おまえのそういう人間臭いところ、けっこう好きだぞ」
和「それは、どうも」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。いつものメンツで学食に集まった。
春原「てめぇ、あれは事故だったって言ってんだろっ」
律「事故ですむか、アホっ! 損害賠償を求めるっ!」
春原「こっちが被害者だってのっ! あんな貧乳、揉みたくなかったわっ!」
朋也「え、でもおまえ、思い出し揉みしてたじゃん」
朋也「まくらとかふとん掴んで、『なんか違うな…』とか言ってさ」
朋也「あれ、記憶の中の実物と、揉み比べてたんだろ」
春原「よくそんな嘘一瞬で思いつけますねぇっ!」
律「最低だな、おまえ…つーか、むしろ哀れ…」
春原「だから、違うってのっ!」
紬「春原くん…その…女の子の胸が恋しいの?」
春原「む、ムギちゃんまで…」
紬「えっと…もし、私でよかったら…」
顔を赤らめ、もじもじとする。
春原「へ!? も、もしかして…」
ごくり、と生唾を飲み込む。
その目は、邪な期待に満ちていた。
紬「紹介しようか…?」
春原「紹介…?」
紬「うん。その…うちの会社が経営母体の…夜のお店」
春原「ビジネスっすか!?」
律「わははは! つーか、ムギすげぇ!」
一体なにを生業としているんだろう、琴吹の家は…。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
唯「じゃね、岡崎くん」
朋也「ああ」
平沢が席を立ち、軽音部の連中と落ち合って、部活に向かった。
帰ろうとして、俺も鞄を引っつかむ。
ふと前を見ると、さわ子さんと春原が話し込んでいた。
きっと、今朝の俺と同じように、怪我のことでも訊かれているんだろう。
しばらくみていると、いきなり春原がガッツポーズをした。
さわ子さんはやれやれ、といった様相で教室を出ていく。
話は終わったようだった。
春原が意気揚々とこちらにやってくる。
春原「おいっ、僕たち、もう居残りで仕事しなくていいってよっ」
即日で解放されるとは…。
本当に仕事の速い奴だ、真鍋は。
春原「やったなっ。これで、放課後は僕らの理想郷…」
春原「ゴートゥヘヴンさっ」
あの世に直行していた。
朋也「俺を巻き込むな」
春原「なんでだよっ、一緒にナンパしにいったりしようぜっ」
朋也「初対面の相手と心中なんかできねぇよ」
春原「いや、僕だってそんなことするつもりねぇよっ!?」
朋也「今言ったばっかじゃん、ゴートゥヘヴンって。天国行くんだろ。直訳したらそうなるぞ」
春原「じゃあ…ウィーアーインザヘヴンでどうだよ?」
みんなで死んでいた。
―――――――――――――――――――――
唯「あ、岡崎くん、春原くん」
廊下に出ると、向かいから平沢が小走りで駆けてきた。
朋也「どうした、忘れ物か」
唯「うん、机の中にお弁当箱忘れちゃって…」
唯「明日まで放っておいたら、異臭事件起きちゃうから、すぐ戻ってきたんだ」
朋也「そっか」
唯「ふたりは、今帰り?」
朋也「ああ」
唯「春原くんは、今日はお仕事ないの?」
春原「あれ、もうやんなくていいんだってさ。だから、これからは直帰できるんだよね」
唯「え、そうなんだ? だったらさ…」
唯「って、そっか…部活、嫌なんだよね…」
こいつは、また部室に来るよう誘ってくれるつもりだったのか…。
めげないやつだ。
唯「でも、気が変わったらでいいからさ、顔出してよ。軽音部にね」
そう告げると、すぐ教室に入っていった。
春原「…なぁ、岡崎」
朋也「なんだよ」
春原「ただで茶飲めて、菓子も食えるって、いいと思わない?」
朋也「………」
こいつの言わんとすることはわかる。
つまりは…
春原「行ってみない? 軽音部」
どういう心境の変化だろう。こいつも丸くなったものだ。
でも…
朋也「…行くか。どうせ、暇だしな」
俺も、同じだった。
春原「ああ、暇だからね」
弁当箱を小脇に抱えた平沢が戻ってくるのが見える。
あいつに言ったら、どんな顔をするだろうか。
喜んでくれるだろうか…こんな俺たちでも。
だとするなら、それは少しだけ贅沢なことだと思った。
―――――――――――――――――――――
がちゃり
部室のドアを開け放つ。
唯「ヘイ、ただいまっ」
律「おー、弁当箱回収でき…」
春原「よぅ、邪魔するぞ」
朋也「ちっす」
ずかずと入室する俺たち。
律「って、唯、この二匹も連れて来たんかいっ」
春原「単位が匹とはなんだ、こらぁ」
唯「遊びにきてくれたんだよん」
律「うげぇ、めんどくさぁ…」
春原「あんだと、丁重にもてなせ、こらぁ」
紬「いらっしゃい。今、お茶とケーキ用意するね」
春原「お、ムギちゃんはやっぱいい子だね。どっかの部分ハゲと違ってさ」
律「どの部分のこと言ってんだ、コラっ! 返答次第では殺すっ!」
唯「まぁま、りっちゃん、落ち着いて…」
唯「ほら、岡崎くんも、春原くんも座った座った」
平沢に促され、席に着く。
律「ぐぬぬ…」
春原「けっ…」
唯「険悪だねぇ~…それじゃ、仲直りに、アレをしよう」
唯「はい、春原くん、これくわえて」
春原「ん、ああ…」
春原に棒状の駄菓子をくわえさせる。
唯「で、りっちゃんは、反対側くわえて、食べていく」
唯「そうすると、真ん中までいったとき、仲直りできますっ」
律「やっほう、た~のしそぅ~」
春原「ヒューっ、最高にクールだねっ」
律「って、アホかっ!」
春原「って、アホかっ!」
唯「うわぁ、ふたり同時にノリツッコミされちゃった…」
唯「こういう時って、どう反応すればいいのかわかんないよ…」
唯「澪ちゃん、正しい解答をプリーズっ」
澪「いや、別に何もしなくていいと思うぞ…」
唯「何もしない、か…なるほど、深いね…」
澪「そのまんまの意味だからな…」
唯「どうやら、私には高度すぎたみたいで、さばき切れなかったよ…」
唯「ごめんね、りっちゃん、春原くん…」
春原「僕、こいつの土俵に入っていけそうにないんだけど…」
律「ああ、心配するな。付き合いの長いあたしたちでも、たまにそうなるから」
唯「えへへ」
まるで褒められたかのように照れていた。
紬「はい、ふたりとも。どうぞ」
琴吹が俺と春原にそれぞれせんべいとケーキをくれた。
春原「ありがと、ムギちゃん」
朋也「サンキュ」
紬「お茶も用意するから、待っててね」
言って、食器棚の方へ歩いていく。
唯「岡崎くん、おせんべいひとつもらっていい?」
朋也「ああ、別に。つーか、俺も、譲ってもらった身だしな」
唯「えへへ、ありがと」
俺の隣に腰掛ける。
梓「唯先輩っ」
それと同時、中野が金切り声を上げた。
唯「な、なに? あずにゃん…」
梓「そこに座っちゃダメです! 私の席と代わってください!」
唯「へ? な、なんで…」
梓「その人の隣は、危険だからですっ」
唯「そんなことないよ、安全地帯だよ。地元だよ、ホームだよ」
梓「違いますっ、敵地です、アウェイですっ! いいから、とにかく離れてくださいっ」
席を立ち、平沢のところまでやってくる。
梓「ふんっ!」
唯「わぁっ」
ぐいぐいと引っ張り、椅子から立たせた。
席が空いた瞬間、さっと自分が座る。
唯「うう…強引過ぎるよぉ、あずにゃん…」
肩を落とし、とぼとぼと旧中野の席へ。
梓「………」
中野は俺に嫌な視線を送り続けていた。
澪「梓…なにも睨むことないだろ。やめなさい」
梓「……はい」
少ししおれたようになり、俺から目を切った。
律「ははは、相変わらず嫌われてんなぁ」
朋也「………」
春原「なに、おまえ、出会い頭にチューでもしようとしたの?」
春原「ズキュゥゥゥウンって擬音鳴らしながらさ」
朋也「無駄無駄無駄無駄ぁっ」
ドドドドドッ!
春原のケーキをフォークで崩していく。
春原「うわ、あにすんだよっ」
紬「おまたせ、お茶が入っ…」
そこへ、琴吹がティーカップを持って現れた。
紬「…ごめんなさい。ケーキ、気に入らなかったのね…」
ぼろぼろになったケーキを見て、琴吹が悲しそうな顔でそうこぼした。
春原「い、いや、これはこいつが…」
朋也「死ね、死ね、ってつぶやきながらフォーク突き刺してたぞ」
春原「僕、どんだけ病んでんだよっ!?」
紬「…う、うぅ…」
その綺麗な瞳に涙を溜め始めていた。
律「あーあ、春原が泣ぁかしたぁ」
春原「僕じゃないだろっ!」
春原「岡崎、てめぇっ!」
朋也「そのケーキ、一気食いすれば、なかったことにしてもらえるかもな」
春原「つーか、もとはといえばおまえが…」
紬「…ぐすん…」
朋也「ああ、ほら、早くしないと、本泣きに入っちまうぞ」
春原「う…くそぅ…」
皿を掴み、顔を近づけて犬のように食べ始めた。
律「きちゃないなぁ…」
春原「ああ~、超うまかったっ」
たん、と皿をテーブルに置く。
紬「あはは、なんだか滑稽♪」
春原「切り替え早すぎませんかっ!?」
律「わははは! さすがムギ!」
がちゃり
さわ子「お菓子の用意できてるぅ~?」
扉を開け、さわ子さんがだるそうに現れた。
律「入ってきて、第一声がそれかい」
さわ子「いいじゃない、別に。って、あら…」
俺と春原に気づく。
春原「よぅ、さわちゃん」
朋也「ちっす」
さわ子「あれ、あんたたち…なに? 新入部員?」
春原「んなわけないじゃん。ただ間借りしてるだけだよ」
春原「まぁ、今風に言うと、借り暮らしのアリエナイッティって感じかな」
某ジブリ映画を思いっきり冒涜していた。
さわ子「確かに、そんなタイトルありえないけど…」
さわ子「なに? つまるところ、たまり場にしてるってだけ?」
春原「噛み砕いて言うと、そうなるかな」
さわ子「…ダメよ。そんなの許されないわ」
やはり、顧問として、部外者が居座ってしまうのを認めるわけにはいかないんだろうか…。
唯「さわちゃん、どうして? 私たちは、別に気にしてないんだよ?」
律「私たちって…あたし、まだなにも言ってないんだけど」
唯「じゃあ、りっちゃんは反対派なの?」
律「う…まぁ、いっても、そんな嫌って程じゃないけどさ…」
唯「ほら、お偉いさんもこう言ってらっしゃるわけだし…」
さわ子「そういうことじゃないわ」
唯「なら、どうして?」
さわ子「お菓子の供給が減ったら困るじゃないっ」
ずるぅっ!
紬「先生、それなら気にしないでください。ちゃんと用意しますから」
さわ子「いつものクオリティを維持したまま?」
紬「はい、もちろん」
さわ子「じゃ、いいわ」
あっさり許可が下りてしまった。
なんともいい加減な顧問だった。
―――――――――――――――――――――
さわ子「それにしても…なんだか懐かしい光景ね」
律「なにが?」
さわ子「いや、岡崎と春原のことよ」
春原「あん? 僕たち?」
さわ子「ええ。覚えてない? あんたたちが初めて会った時のこと」
さわ子「宿直室で、お茶飲みながら話してたじゃない?」
さわ子「あの時と、なんとなく重なって見えちゃってね」
この人も、俺たちと同様、あの日のことを覚えてくれていたのだ。
さわ子「まぁ、今は、ふたりともが顔腫らしてるわけだけど…」
さわ子「あの時は、春原が大喧嘩してきて、顔がひどいことになってたのよね」
思い出したのか、可笑しそうにやさしく微笑んだ。
さわ子「あなたたち、知ってる? このふたりの、馴・れ・初・め」
唯「うん。春原くんから、聞いたよ」
さわ子「あら? そうなの? 意外ね…」
驚いたように春原を見る。
さわ子「まぁ、でも、このふたりがわざわざ遊びに来るくらいだしね」
さわ子「それくらい仲はいいんでしょう」
春原「まぁ、それも、僕とムギちゃんの仲がめちゃいいってだけの話なんだけどね」
紬「えっと…白昼夢って、ちょっと怖いな」
春原「寝言は寝て言えってことっすかっ!?」
律「わははは!」
さわ子「拒絶されてるじゃない」
春原「く…これからさ」
さわ子「ま、がんばんなさいよ、男の子」
ばしっと気合を入れるように、背を叩いていた。
朋也「…あのさ、さわ子さん」
さわ子「ん?」
朋也「あの時のことだけど、やっぱ、幸村のジィさんと打ち合わせしてたのか」
さわ子「ああ…やっぱり、わかっちゃう?」
朋也「まぁな。なんか、でき過ぎてたっていうかさ」
さわ子「そうね。あの話は幸村先生が私に持ちかけてきたんだけどね」
さわ子「私、春原の担任だったから。以前からあんたたちのことで、よく話をされてたのよ」
さわ子「どうにかしてやらないといけない連中がいる、ってね」
やっぱり、そうだった。全て、見透かされていたんだ。
春原「あのジィさん、なにかと世話焼きたがるよね」
さわ子「それは、あんたたちが、幸村先生にとって…最後の教え子だからよ」
朋也「最後…?」
さわ子「幸村先生ね、今年で退職されるのよ」
朋也「そうだったのか…知らなかったよ」
春原「僕も」
朋也「でも、俺の担任だったのは一年の時だし…」
朋也「今は担任持ってないんじゃなかったっけか」
さわ子「最後の教え子っていうのは、担任を持ってるとか、そういう意味じゃないわよ」
さわ子「最後に、手間暇かけて指導した、って意味よ」
朋也「ああ…」
さわ子「幸村先生はね、5年前まで、工業高校で教鞭を執っていたの」
さわ子「一時期、生徒の素行が問題になって、有名になった学校ね」
どこの学校を指しているかはわかった。
町の不良が集まる悪名高い高校だ。
さわ子「そこで、ずっと生活指導をしていたのよ」
朋也「あの細い体で?」
さわ子「もちろん、今よりは若かったし…それにそういうのは力じゃないでしょ?」
朋也「だな…」
さわ子「とにかく厳しかったの」
春原「マジで…?」
さわ子「ええ、本当よ。親も生活指導室に放り込んで説教したり…武勇伝はたくさんあるわ」
信じられない…。
さわ子「そんな型破りな指導者だったけど…」
さわ子「でも、たったひとつ、貫いたことがあったの」
朋也「なにを」
さわ子「絶対に、学校を辞めさせない」
さわ子「自主退学もさせなかったの」
さわ子「幸村先生は、学校を社会の縮図と考えていたのね」
さわ子「学校で過ごす三年間は、勉強のためだけじゃない」
さわ子「人と接して、友達を作って、協力して…」
さわ子「成功もあったり、失敗もあったり…」
さわ子「楽しいこともあったり、辛いこともあったり…」
さわ子「そして、誰もが入学した当初に描いていた卒業という目標に向かって、歩んでいく」
さわ子「それを途中で諦めたり、挫折しちゃったりしたら…」
さわ子「人生に挫折したも同じ」
さわ子「その後に待つ、もっと大きな人生に立ち向かっていけるはずがない」
さわ子「だから、生徒たちを叱るだけでなく、励ましながら、共に歩んでいったのね」
さわ子「でも、この学校に来てからは…」
さわ子「その必要がなくなったの。わかるわよね?」
さわ子「みんなが優秀なの」
さわ子「きっと、幸村先生にとっての教育、自分の教員生活の中で為すべきこと…」
さわ子「それを必要とされず、そして、否定されてしまった5年間だったと思うの」
さわ子「ほとんどの生徒が…中には違う子たちもいるけど…」
平沢たち、軽音部のメンバーをぐるっと見渡した。
さわ子「この学校で過ごす三年間は、人生のひとつのステップとしか考えていないでしょうから」
さわ子「自分の役目だと思っていたことは、ここではなにひとつ必要とされていない」
さわ子「それを感じ続けた5年間」
さわ子「そして、その教員生活も、この春終わってしまうの」
朋也「………」
俺も春原も、何も言えなかった。
結局、俺たちは、ガキだったのだ。
あの人がいなければ、俺たちは進級さえできずにいた。
さわ子「…そういうことよ」
朋也「今度、菓子折りでも持っていかなきゃな」
さわ子「それは、いい心がけね。きっと、喜ぶわよ」
春原「水アメでいいよね」
さわ子「馬鹿、お歳召されてるんだから、食べづらいでしょ…」
さわ子「っていうか、そのチョイスも最悪だし」
律「ほんっと、アホだな、おまえは」
春原「るせぇ」
…最後の生徒。
やけにリアルに、その言葉だけが残っていた。
本当に、俺たちでよかったのだろうか。
さわ子さんは、最後に言った。
光栄なことね。
いつまでも、ふたりは幸村先生の記憶に残るんでしょうから…と。
これから過ごしていく穏やかな時間…
その中であの人はふと思い出すのだ。
自分が教員だった頃を…。
そして…
最後に卒業させた、出来の悪い生徒ふたりのことを。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
笑ってくれるだろうか。
ただでさえ細いその目を、それ以上に細めて。
何も見えなくなるくらいに。
笑ってくれるだろうか。
その思い出を胸に。
笑ってくれるだろうか…
長い、旅の終わりに。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
4/20 火
朋也「毎朝そんなもん持って、大変じゃないのか」
平沢が抱えるギターケース。
見た目、割と体積があり、女の子が抱えるには重そうだった。
唯「全然平気だよ? 愛があるからね、ギー太へのっ」
朋也「ぎーた?」
唯「このギターの名前だよ」
こんこん、と手の甲でケースを叩く。
朋也「名前なんてつけてんのか」
唯「そうだよ。愛着湧きまくりなんだぁ」
朋也「ふぅん、そっか」
唯「岡崎くんは、なにか持ち物に名前つけたりしないの?」
朋也「いや、しないけど」
唯「もったいないよ。なにかつけてみようよっ」
朋也「なにかったってなぁ…」
唯「憂だって、校門前の坂に、サカタって名前つけてるんだよ?」
坂が擬人化されていた。
憂「そんなことしてないよぉ…っていうか、もう普通に人の名前だよ、それ」
憂ちゃんも俺と同じ感想を持ったようだった。
朋也(つーか、なんかつけるもんあったかな…)
朋也(まぁいいや、適当に…)
朋也「あそこの、あれ、あの飛び出し注意の看板な」
朋也「あれを春原陽平と名づけよう」
唯「って、縁起悪いよ、それ…」
朋也「そうか?」
唯「うん。だって、あれ、車に衝突されて首から上がなくなってるし」
朋也「身をもって危険だってことを教えてくれてるんだな」
朋也「人身御供みたいで、かっこいいじゃん」
唯「それが縁起悪いって言ってるんですけどっ」
唯「ていうか、愛着のあるものにつけようよ」
朋也「じゃあ…おまえだ」
ぽん、と平沢の頭に手を乗せる。
唯「わ、私…? そ、それって…」
朋也「おまえに、『憂ちゃんの二番煎じ』って名前をつけよう」
唯「って、私が姉なのにぃっ!?」
唯「ひどいよっ、ばかっ!」
ひとりでとことこ先へ歩いていった。
憂「あ、お姉ちゃん待ってぇ~」
憂ちゃんもその後を追う。
朋也(朝から元気だな…)
俺はそのままのペースで歩き続けた。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。もう、何も言わずとも、自然とみんなで食堂へ集まるようになっていた。
ほんの二週間前までは、春原とふたり、むさ苦しく食べていたのに。
あの頃からは考えられない。
唯「それ、おいしそうだね。ごはんに旗も刺さってて、おもしろいしっ」
春原「だろ? O定食っていって、僕が贔屓にしてるメニューなんだぜ?」
朋也「お子様ランチをカッコつけていうな」
律「お子様ランチなんてあったっけ?」
朋也「月に一度、突如現れるレアメニューなんだよ」
律「そんな遊び心があんのか…やるな、うちの学食も」
唯「春原くん、その旗、私にくれない?」
春原「ああ、いいけど」
唯「やったぁ、ありがとう」
春原から旗を受け取る。
唯「よし、これを…」
ぶす、と自分の弁当に刺した。
唯「憂ランチの完成~」
律「はは、ガキだなぁ」
唯「む、そんなことないもん、えいっ」
旗を取り、それを部長の弁当に突き刺した。
律「あ、なにすんだよっ。こんなのいらねぇっての、おりゃっ」
隣に回す。
和「ごめん、澪」
それだけ言って、流れ作業のように受け流した。
澪「え…私も、ちょっと…ごめん、ムギ」
最後に、琴吹の弁当に行き着く。
紬「あら…」
唯「これがたらい回しって現象だね」
春原「…なんか、ちょっと傷つくんですけど…」
紬「さよなら♪」
バァキァッ!
琴吹の握力で粉々にされ、粉塵がさらさらと空に還っていた。
春原「すげぇいい顔でトドメさしてきたよ、この子っ!」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。軽音部の部室へ赴き、茶をすする。
春原「そういやさぁ、あの水槽なんなの」
部室の隅、台座の上に大きめの水槽が設置されていた。
初めてここに来た時には、あんなものはなかったような気がする。
唯「あれはね、トンちゃんの水槽だよ」
春原「とんちゃん? とんちゃんって生き物がいんの?」
唯「違うんだなぁ。トンちゃんは名前で、種族はスッポンモドキだよ」
唯「まぁ、正確には、あずにゃんの後輩なんだけどね」
澪「いや、スッポンモドキの方が正解だからな…」
春原「スッポンが部員ってこと?」
唯「そうだよ」
それでいいのか、軽音部は…。
春原「もう、なんでもありだね。いっそ、部長もなんかの動物にしちゃえば?」
春原「デコからポジション奪い取ったってことで、獰猛なヌーとかさっ」
ヌーにそんなイメージはない。
律「デコだとぉ!? おまえなんか最初から珍獣のクセにっ!」
律「トンちゃんより格下なんだよっ!」
春原「あんだと、コラっ」
律「なんだよっ」
春原「………」
律「………」
朋也「人間の部員はいいのか」
いがみ合うふたりをよそに、そう訊いてみた。
唯「人間の方は、全然きてくれないんだよね…」
唯「だから、せめて雰囲気だけでも、あずにゃんに先輩気分を味わってもらいたくて」
澪「それ、後付じゃないのか?」
澪「おまえが単純に、ホームセンター行った時、欲しがってたように見えたんだけど」
唯「てへっ」
舌を出し、愛嬌でごまかしていた。
梓「それでもいいんです。今ではもう、私の大切な後輩ですから」
唯「あずにゃん…」
中野は、俺に向ける厳しい眼差しとは違う、優しい目をしていた。
本来のこいつは、こんなふうなのかもしれない。
それが少しでも俺に向いてくれればいいのだが。
唯「あずにゃんっ、いいこすぎるよっ」
中野の後ろに回り、背後から抱きしめて、頬をすりよせる。
梓「あ…もう、唯先輩…」
春原「うおりゃああああ!」
律「うおりゃああああ!」
突然雄たけびを上げるふたり。
澪「なにやってるんだ、律…」
律「みてわかんないのか!? ポテチ早食い対決だよっ」
律「これで白黒つけてやろうってなっ」
春原「ん? 勝負の最中に余所見とは、余裕だねぇ…」
春原「おまえ、ヘタすりゃ死ぬぜ?」
指についたカスを舐めな取りがら言う。
セリフとまったく噛み合っていないその姿。
律「死ぬって言ったほうが死ぬんだよ、ばーかっ」
春原「そんな理屈、僕には通用しないね」
律「どうかな…」
春原「へっ…」
一瞬の間があり…
律「どりゃあああああ!」
春原「どりゃあああああ!」
勝負が再開された。
唯「なんか、楽しそう。私も参加するっ」
澪「やめとけって…」
唯「いいや、やるよっ。私もこの世紀の一戦に参加して、歴史に名を刻みたいからっ」
澪「そんな、おおげさな…」
唯「って、あれ? お菓子がもうないよ…」
机の上に広げられた駄菓子類は、全て空き箱になっていた。
紬「唯ちゃん、タクアンならあるけど、いる?」
どこからかタッパーを取り出す。
唯「ほんとに? じゃあ、ちょうだいっ」
紬「はい、どうぞ」
唯「ありがとーっ。よし、いくぞぉ」
ガツガツと勢いよく素手で食べ始めた。
澪「はぁ、まったく…」
―――――――――――――――――――――
律「おし、そんじゃ、もう帰るか」
西日も差し込み始め、会話も途切れてきた頃、部長が言った。
澪「って、まだ練習してないだろ!」
梓「そうですよっ、帰るのは早すぎだと思います」
律「でぇもさぁ、今から準備すんのめんどくさいしぃ」
律「お菓子食べて幸せ気分なとこ邪魔されたくないしぃ」
澪「それが部長の言うことかっ」
ぽかっ
律「あでっ」
唯「いいじゃん、澪ちゃん。ここはいったん退いて、様子見したほうがいいよ」
梓「なにと戦ってるんですか、軽音部は…」
澪「ダメだ。今日こそ、ちゃんと練習をだな…」
律「ムギ、食器片付けて帰ろうぜ」
紬「うん」
席を立ち、食器を持って流しに向かった。
澪「って、ああ、もう…」
動き出した部長たちを前にして、呆然と立ち尽くす秋山。
澪「明日は絶対練習するからなっ」
律「へいへい」
以前、平沢は、こんな光景が日常だと言っていたが、まさに聞いていた通りの展開だった。
先日は先に帰ったので、どうだったかは知らないが…
実際目の当たりにしてみて、俺は妙な親近感を覚えていた。
無為で、くだらないけど…でも、笑っていられるような時間。
そんな時間を過ごしているのなら、きっと、俺や春原からそう遠くない位置にいるんだろうから。
もしかしたら、最初から遠慮することはなかったのかもしれない。
だから、平沢は言っていたのだ。俺たちのような奴らでも、受け入れてくれると。
ささいなことを気にするような連中ではないと。
万札出すくだりで大爆笑しちまったが
よく考えたら芽衣ちゃん√であったっけね
一緒にいれば、きっと楽しいだろうから、と。
全部、本当だった。
―――――――――――――――――――――
唯「えい、影踏~んだっ」
律「あ、やったなっ」
坂を下る途中、影踏みを始めた部長と平沢。
澪「小学生じゃないんだから…」
紬「やんちゃでいいじゃない」
澪「母親みたいなこと言うな、ムギは…」
春原「はは、ほんと、ガキレベルだな。普通、頭狙って踏むだろ」
こいつもガキだった。
律「ガキとはなんだっ」
唯「そうだそうだっ」
律「うりゃうりゃっ」
唯「えいえいっ」
げしげしげしっ!
春原の影が踏まれる。
春原「あにすんだ、こらっ」
律「うわ、怒ったぞ、こいつ。逃げろぉい」
唯「うひゃぁい」
春原「うっらぁっ! まてやっ」
どたどたと走り出す三人組。
坂の上り下りを繰り返し、めまぐるしく攻守が入れ替わる。
唯「ひぃ、疲れたぁ…っと、わぁっ」
足がもつれ、体勢が崩れる。
朋也「おいっ…」
たまたま近くにいた俺が咄嗟に支えた。
唯「あ、ありがとう、岡崎くん…」
朋也「気をつけろよ。なんか、おまえ、ふわふわしてて危なっかしいからさ」
唯「えへへ、ごめんね」
だんだんだんだんっ!
地団駄を踏む音。
振り返る。
梓「ふんふんふんふんっ!」
中野が俺の影、股間部分を激しく踏み砕こうとしていた。
朋也(わざわざ急所かよ…)
―――――――――――――――――――――
唯「岡崎くーん、どうしたのぉ」
平沢が俺の前方から声をかけくる。
唯「なんでそんなに離れてるのぉ」
朋也「………」
春原と坂の下で別れてからというもの、俺はあの集団の中で男一人になってしまっていた。
あいつがいる間は考えもしなかったが、こうなってみると、異様なことのように思えた。
俺のわずかに残った体裁を気にする心が、輪に入っていくことを拒むのだ。
だから、一定の距離を取るべく、歩幅を調節して歩いていた。
梓「唯先輩、察してあげましょう。岡崎先輩は、きっとアレです」
唯「アレ?」
梓「はい。お腹が痛くて、手ごろな草むらを探しているんです」
梓「それで、私たちの視界から消えて、自然にフェードアウトして…その…」
梓「ひっそりと…催す計画だったんでしょう」
唯「ええ? そうなの?」
中野に誘導され、俺がとんでもなく汚い男になろうとしていた。
律「おーい、岡崎、この先に川原あるから、やるなら、そこがいいぞぉ」
朋也「んなアドバイスいらねぇよっ」
急いで平沢たちに追いつく。
唯「岡崎くん、そんなに急いだら、お腹が…」
朋也「もういいっ、そこから離れろっ。俺は腹痛なんかじゃないっ」
唯「でも、あずにゃんが岡崎くんはもう限界だって…」
朋也「信じるなっ。ほら、俺は健康体だ」
その場でぴょんぴょん跳ねてみせる。
唯「あはは、なんか、可愛い」
朋也「これでわかったか?」
唯「うん、まぁね」
なんとか身の潔白を証明できたようだ。
にしても…
朋也「おい、おまえ、あんまり変なこと言うなうよ」
梓「あれ? 違いましたか? それは、すみません」
反省した様子もなく、突っぱねたように言う。
朋也(こいつは…)
今後は、もっと警戒しておくべきなのかもしれない。
平気で毒でも盛ってきそうだ。
―――――――――――――――――――――
部長たちとも別れ、平沢とふたりきりになる。
今朝一緒に来た道を、今は引き返すような形で逆行していた。
唯「あ、みて、岡崎くん、バイア○ラ販売します、だってさ」
古ぼけて、いつ貼られたかわからないような、朽ちた張り紙を見て言った。
連絡先なのか、下に電話番号が書いてある。
唯「懐かしいね。バイアグ○って、昔話題になってたけど、結局なんだったんだろう」
唯「岡崎くん、知ってる?」
朋也「さぁな。でも、おまえは多分知らなくていいと思うぞ」
下半身の事情を解決してくれるらしい、ということだけはぼんやりと知っていた。
唯「そう? まぁ、あんまり興味なかったんだけどね」
朋也「じゃ、訊くなよ」
唯「素通りしたら、張り紙張った人がかわいそうじゃん」
朋也「悪徳業者だろ、貼ったの」
唯「そうなの? くそぉ、よくもだましたなっ」
唯「電話して、お説教してやるっ」
朋也「おまえそれ、注文してるぞ」
唯「え? 電話しただけで?」
朋也「ああ」
というか、そもそももう繋がらないだろうと思う。
だが、万が一を考えて、そういうことにしておいた。
唯「ちぇ~、私のお説教で改心させようと思ったのになぁ…」
朋也「残念だったな」
頭に手を乗せる。
唯「岡崎くん、手乗せるの好きだよね」
朋也「嫌だったか?」
唯「ううん、逆だよ。もっとしていいよ?」
朋也「おまえは、乗せられるの好きなのか?」
唯「う~ん、そういうわけじゃないけど…なんか、落ち着くんだよね」
朋也「そっか」
唯「うん。えへへ」
夕日を浴びて、微笑むこいつ。
それを見ているだけで、俺も何故か心が落ち着いた。
―――――――――――――――――――――
唯「じゃあね、また明日」
朋也「ああ、じゃあな」
家の前で別れる。
俺はその背を、見えなくなるまで見送っていた。
少しだけ、別れが名残惜しかった。
いや…かなり、か。
―――――――――――――――――――――
4/21 水
唯「へいっ、憂、パァスッ!」
憂「わ、軌道がめちゃくちゃだよぉ」
唯「あ~、ごめんごめ~ん」
このふたりは登校中、小石を蹴って、ずっとキープしたまま進んでいた。
憂「岡崎さん、いきますよっ」
俺にパスが回ってきた。
とりあえず受ける。
朋也「これ、ゴールはどこなんだ」
唯「教室だよっ」
朋也「無理だろ…」
唯「大丈夫、階段とかはリフティングして登るからっ」
そういう問題でもない。
朋也(まぁいいか…)
小石を蹴って、前方に転がす。
唯「お、いいとこ放るねぇ。フリースペースにどんぴしゃだよ」
唯「キラーパスってやつだね、見事に裏をかいてるよっ」
そもそも敵なんかない。
朋也(ふぁ…ねむ…)
眠気を感じながらも、はしゃぐ平沢姉妹をぼうっと眺めていた。
結局、この後小石は溝に吸い込まれ、そこでゲームセットになってしまったのだが。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
澪「ひっ! り、律っ…」
律「あん? なんだよ」
澪「い、今あそこの影からこっちをじっと見てる人が…」
律「どこだよ…そんな奴いねぇぞ」
澪「あ…そ、そうか…」
唯「澪ちゃん、こんな昼間から幽霊なんか出ないよ」
律「あー、そうじゃなくてな、こいつさ…」
部長が話し出す。
秋山が、朝から誰かの視線を感じて仕方がなく、気味悪がっている…とのことだった。
律「そんで、マジで一人、澪を舐め回すように見てた奴がいたんだけどさ…」
制服の胸ポケットに手を突っ込み、なにやら取り出した。
律「詰め寄ったら、逃げてったんだけど…これ、落としてったんだよな」
プラスチックのカード。
表面には、秋山澪ファンクラブ、と印字され、秋山本人の写真が貼ってあった。
和「ぶっ!…げほげほっ」
真鍋が突然むせていた。
注目が集まる。
唯「和ちゃん、大丈夫?」
和「え、ええ…」
どこか動揺した様子でハンカチを取り出し、口周りを拭き取る真鍋。
和「そ、それで、なにか直接被害はあったの?」
澪「いや…なにもないけど…」
律「でもさぁ、じっと見られてるってのも、なんか目障りじゃん?」
律「だから、どうにかしてやりたいんだけどなぁ…」
春原「そんなの簡単だよ。そのファンクラブの会員どもが犯人なんだろ?」
春原「だったらさ、そいつらをちっとシメてやればいいんだよ」
血の気の多いこいつらしい意見だった。
律「やっぱ、それしかないのか…」
澪「そ、そんな…暴力はダメだ」
律「でもいいのか? このまま監視されるようなマネされ続けて」
澪「それは…」
春原「まぁ、いいから、僕にまかせとけって」
春原「ちょうど食べ終わったとこだしさ、今から軽く行ってきてやるよ」
春原「おい部長、そのカードって、持ってた奴のことなんか書いてるか」
律「いや…書いてないな」
春原「ちっ、じゃあ、一から調べるしかないか…」
律「待て、私も行くぞ。こいつの持ち主は顔割れてるからな」
春原「お、そっか。でも、足手まといにはなるなよ」
律「へっ、そっちこそ」
好戦的なふたりが、息巻いてテーブルから離れていった。
澪「あ、ちょっと待って…」
止める声にも振り向かず、どんどん先へ進んでいく。
澪「はぁ…どうしよう…」
紬「私も、行ってくるね」
琴吹が席を立った。
澪「え…そんな、ムギまで…」
紬「心配しないで。私はあのふたりが無茶しないか、見ておくから」
澪「なら、私も…」
紬「澪ちゃんたちはまだ食べ終わってないでしょ? ゆっくりしていって」
紬「それじゃ」
言って、ふたりの後を追っていった。
澪「ああ…なんでこんなことに…」
和「琴吹さんがいれば、とりあえずは心配することないんじゃないかしら」
唯「そうだよ、ムギちゃんなら、圧倒的な力で制圧できるから、大丈夫だよっ」
容量落ちか1000まで行ったときは
朋也「軽音部? うんたん?」2
で建て直すね。
だから面白いと思ってくれる人たち、ついてきてくれ
澪「って、全然大丈夫じゃないだろ、それはっ」
唯「うそうそ、話し合いになると思うよ、きっと」
澪「まぁ、それなら…」
唯「でも、澪ちゃんてやっぱりすごいよね。ファンクラブなんてさ」
唯「澪ちゃん、美人だから、人気あるもんね。男の子にも、女の子にも」
澪「そ、そんなことないぞ、別に…」
唯「そんなことあるよ。女の私から見ても可愛いって思うもん」
唯「岡崎くんも、そう思わない?」
朋也「俺か? そうだな…」
さらさらの長い黒髪、白い肌、ちょっと釣り目がちな大きい目、ボリュームのある胸…
特徴もさることながら、顔も綺麗に整っている。
これなら、男ウケも相当いいだろう。
朋也「俺も、美人だと思うけど。秋山は」
唯「だよね~」
澪「あ…あ…あぅ…」
唯「あ、顔真っ赤だぁ、かわいい~」
澪「う、うるさいうるさいっ」
照れ隠しでなのか、ばくばくと弁当を口にし始めた。
その様子を、なんとなく眺めていると…
和「あとでちょっと話があるんだけど」
真鍋が小声で俺に耳打ちしてきた。
なんだろう…またなにかやらされるんだろうか。
―――――――――――――――――――――
朋也「話って、なんだ」
和「澪のファンクラブのことよ」
朋也「あん?」
予想外の単語が出てくる。
てっきり、また生徒会関連での仕事の依頼だと思っていたのだが…。
和「これ、なんだかわかる?」
朋也「ん…?」
真鍋が俺に見せてくれたのは、秋山のファンクラブ会員証。
それも、会員番号0番だった。クラブ会長とまで書いてある。
朋也「おまえが創ったものだったのか、あいつのファンクラブ」
和「違うわ。これは、譲り受けたの。ファンクラブの創設者からね」
朋也「どういうことだ?」
和「このファンクラブを作ったのはね、前生徒会長なの」
和「私の先輩…直属の上司だった人ね」
朋也「はぁ…」
いや、待てよ、それなら…
朋也「まぁ、なんでもいいけどさ、おまえが現会長なんだろ?」
朋也「だったら、その権限で、末端のファンにマナーを守るよう勧告してやれないのか」
和「それは…無理ね、多分」
朋也「どうして」
和「おそらく、すでに新しく会長の座についた人間がいるんでしょうから」
和「私がなにもしていないのに、活動が活性化してるのがいい証拠よ」
朋也「おまえに断りもなくそんなことになるのか」
和「ええ、十分なりえるわ。それも、私自身に責任の一端があるからね」
朋也「なんかしたのか」
和「したというか…何もしなかった、ってことね」
朋也「……?」
どういうことだろう…。
和「私、進級と同時にクラブ会長の任をまかされてたんだけど…ほったらかしにしてたのよ」
俺が把握できないでいると、真鍋がそう続けてくれた。
和「きっと、なんの音沙汰もないことに不満の声が上がったんでしょうね」
和「それで、業を煮やした会員たちが、会長を決め直したってところでしょう」
朋也「ああ…そういうことか」
和「今となってはもう、この会員証には何の価値もないわ…」
和「だから、あなたと春原くんには、できるだけ澪を守ってあげて欲しいの」
和「いくらお遊びとはいえ、あの人が組織した部隊だから…女の子だけじゃ、キツイと思うし」
朋也「部隊って、おまえ…たかがファンクラブだろ」
前から思っていたが、こいつは芝居がかって言うのが好きなんだろうか。
和「そうとも言い切れないわ…だって、あの人だもの…」
震えたように、自分の身を抱きしめた。
あの真鍋が怯えている…
ファンクラブの名が出た時もむせて、動揺していたが…
前生徒会長…かなりの人物だったに違いない。
和「今回ばかりは、生徒会の力も使えないわ」
和「もし、万が一、私があの人に、形としてでも、歯向かってしまった事が耳に入れば…」
ぶるっとひとつ身震いした。
和「…考えたくもないわ」
朋也「いや、でも、もう卒業してるんだろ? だったら…」
和「甘いっ!」
朋也「うぉっ…」
珍しく真鍋が声を張り上げたので、思わず後ずさりしてしまう。
和「確かに、首都圏に進学していったけど、子飼いの精鋭部隊がまだ現2、3年の中にいるの」
和「私も詳しくは知らされてないけど、存在するってことだけは確かなのよ…」
和「それも、役員会内はもちろん、会計監査委員会や生徒総会にまで構成員を潜り込ませているとか…」
和「確か、人狼、とかいう…」
和「とにかく、その子らに粛清の命が入れば、私とてただじゃすまないわ」
和「だから、滅多なことはできないの。ごめんなさいね」
朋也「いや…いいよ。なんか、おまえも大変そうだし…」
和「そう…わかってくれて、うれしいわ」
一息つくと、かいた冷や汗をハンカチで拭っていた。
朋也(思ったより厄介な連中なのかな、秋山澪ファンクラブ…)
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。軽音部部室。
律「おい、ヘタレ。ジュース買ってこいや」
春原「………」
律「聞いてんのか、こら、ヘタレ」
春原「ヘタレヘタレ言うなっ!」
律「だって、ヘタレじゃん。ラグビー部来た瞬間逃げるし」
昼休みのことだ。
こいつらが会員を脅しに行った先で、なぜかラグビー部に立ち塞がれ、逆に追い返されたらしい。
まるで用心棒のような振る舞いで助けに来たそうな。
…これが、真鍋が侮れないと言っていた由縁なのかもしれない。
バックに強力な味方をつけるだけの組織力があると、この一件から読めなくもない。
春原「2対1になったからだろっ」
律「絡みに行った方はひ弱そうだったし、頭数に入んないだろ」
律「結局、ラグビー部一人にびびってただけじゃん」
春原「ちがわいっ」
律「いいいわけは女々しいぞ、ヘタレ」
春原「ぐ…くそぉ…」
がちゃ ばたん!
扉が開かれたと思ったら、またすぐに閉められた。
梓「はぁ…はぁ…」
中野が息を切らし、座り込んでいた。
唯「どしたの、あずにゃん」
梓「なんか…外に変な人たちが…」
律「変な人たち?」
唯「変な人たち?」
梓「はい…なんか、澪命ってハチマキしてて…」
澪「ひ…」
間違いない。ファンクラブの連中だ。
春原「おし、僕が全員ぶっ飛ばしてきてやるっ! 汚名挽回だっ!」
立ち上がり、肩を怒らせながら扉へと歩いていく。
律「そんなもん挽回してどうすんだよ、アホ…」
がちゃり
春原「うっらぁっ! うざってぇんだよ、ボケどもっ!」
男子生徒1「うわ…DQNだ」
男子生徒2「…死ね」
男子生徒3「軽音部に男は要らないし、普通」
男子生徒4「澪ちゃん見えたっ!」
男子生徒5「澪ちゃんっ」
春原「邪魔なんだよ、てめぇら全員っ!」
集まっていた男たちを払いのけていく。
春原「おら、帰れ帰れっ! ここは僕の食料庫だっ!」
趣旨が変わってきていた。おまえは三橋か。
男子生徒「つか、なに、おまえ?」
階段を上がってきた男が春原の前に立ちふさがる。
春原「ああん? 見てわかんねぇのか、用心棒だよ、ヒョロ男くんよぉ」
男子生徒「俺たち、なんか危害加えるようなことした?」
春原「いるだけで迷惑なんだよぉ、ああん?」
男子生徒「いや、いちいちすごまなくていいけどさ…」
男子生徒「君と、そっちの…春原と岡崎だよね? 素行が悪くて有名な」
男子生徒「用心棒とかさ、不良がするわけないし、嘘だよね」
春原「マジだよ、ああん? ぶっとばされてぇか、おい?」
男子生徒「そんなことしたら、明日、ラグビー部に殺してもらうけど、おまえ」
春原「は、はぁん? じ、自分でこいよな…」
明らかに勢いが失速していた。
男子生徒「そんなことするわけないでしょ。バカか、やっぱ」
春原「ああ!? てめぇ…」
男子生徒「いいの? ラグビー部、頼むよ?」
春原「……やっぱ、暴力はいけないよね」
速攻で心が折れていた。
男子生徒「だいたいさぁ、なんで君ら軽音部の部室にいんの? だめでしょ、男がいたら」
男子生徒7「うん、普通そうだよな」
男子生徒8「男マジいらねぇ」
男子生徒9「女の子同士だからいいのに」
口々に賛同し始めた。
男子生徒「澪ちゃんは、りっちゃんと付き合うべきなんだからさ」
春原「………は?」
その言葉に、春原だけでなく、俺たち全員が唖然とする。
男子生徒1「いや、澪唯いいって」
男子生徒2「王道で澪梓とか俺はいいな」
男子生徒3「王道は澪紬だって」
男子生徒4「それは邪道」
にやつきながら、ぼそぼそと話し始めた。
春原「………」
春原「おい、岡崎っ」
ダッシュで俺の元に駆け寄ってくる。
春原「なんか、あいつら気持ち悪ぃんだけど…」
朋也「ああ…」
男子生徒「ねぇ、そのふたり、要らないから出入り禁止にしてよ」
廊下側から声をかけてくる。
唯「そ、そんなことしたくないよ…」
男子生徒「なんで? 唯ちゃんは男とか興味ないでしょ? 女の子の方がいいんだよね?」
唯「え、ええ? そんな…」
男子生徒3「あ、あれじゃね、男に気がある振りして、澪ちゃんの気を引くという」
男子生徒4「ああ、それだ」
男子生徒5「やべぇ、早くしないと澪ちゃん取られちゃうよ、りっちゃんっ」
唯「う、うぅ…」
おまえらwwwww
律「…あんたら、さっきからなに言ってんだよ」
律「私たちが女同士で付き合うとか…そんなのあるわけないだろっ」
男子生徒2「ツンデレ? 今の、ツンデレ?」
男子生徒6「厳密には違うよ」
男子生徒7「本心言うの恥ずかしいんじゃね?」
男子生徒8「ああ、それだ」
律「いい加減にしろってっ! あんたらがそういうのが好きなのはわかったよっ!」
律「でも、それを私たちに押しつけんなっつーのっ! そんな性癖ねぇんだよっ」
気圧されたのか、皆押し黙り、沈黙が流れる。
春原「ほら、わかったか。おまえらの方がいらねぇってよ。帰れ帰れ」
そんな中、春原が一番最初に声をあげた。
男子生徒「おまえら男ふたりが帰れ」
春原「ああ? 物分りの悪ぃ奴だな…」
男子生徒「バカに言われたくねぇよ」
春原「…てめぇ、大概にしとけよ、こら」
本気で怒ったときの顔だ。
今にも殴りかかっていきそうな気迫で近づいていく。
男子生徒「…わかった。とりあえず、暴力はやめろ」
春原「………」
立ち止まる。
男子生徒「こうしよう。俺たちと勝負するんだ」
春原「勝負だぁ?」
男子生徒「ああ。そっちが勝ったら、今後軽音部と澪ちゃんには近づかない」
春原「んだよ、喧嘩なら今すぐやってもいいぜ」
男子生徒「だから、暴力はやめとけって言っただろ」
春原「じゃあ、なんなんだよ? 囲碁とか言わねぇだろうなぁ」
男子生徒「頭使うのは君らに不利だろうからな。そうだな…スポーツでどうだ」
春原「それじゃ、おまえらに不利じゃん、ヒョロいのしかいねぇしよ」
男子生徒「実際にやるのは俺らじゃないよ。用意した人間とやってもらう」
春原「はっ、プロでもつれてこなきゃ、勝てねぇぞ」
男子生徒「じゃ、勝負を飲むってことでいいか?」
春原「おお、あたりまえだ」
朋也「まて、そっちが勝ったらどうするつもりだ」
男子生徒「まず、君らに軽音部から消えてもらう。部員と関わるのも自重しろ」
男子生徒「それから、澪ちゃん」
澪「え…」
男子生徒「澪ちゃんには、プライベートなことから、なにからなにまで…」
男子生徒「俺らが知りたいことは、全て教えてもらうよ」
男子生徒「それと、俺ら以外の男と喋るの禁止ね」
澪「そ、そんな…」
律「むちゃくちゃだ、そんなのっ」
春原「言わせとけよ、どうせ僕らが勝つしね」
律「んな無責任なこと言って…負けたらどうすんだよっ」
春原「それはねぇっての。で、競技はなんだよ」
男子生徒「そっちに決めさせてやる」
春原「ふん…じゃあ、バスケだ。3on3な」
朋也「おい、春原…」
男子生徒「あと一人は?」
春原「アテがあるんだよ。だから、いい」
男子生徒「そうか。わかった。じゃあ、試合は3日後の土曜。詳細はまた後で伝える」
春原「ああ、わかった」
勝負の約束を交わすと、男は周りの連中をぞろぞろと引き連れて去っていった。
朋也「おまえ、3on3って、まさか俺にもやらせるつもりじゃないだろうな」
春原に近寄っていき、声をかける。
春原「もちろん、そのつもりだけど」
朋也「俺が肩悪いの知ってるだろ。俺はできねぇぞ」
春原「おまえは司令塔でいいよ。シュートは任せろ」
朋也「3on3で一人パス回ししかできない奴がいるなんて、相当のハンデだぞ」
朋也「おまえ、わかってんのかよ。一人はアテがあるとか言ってたけどさ、もう一人他に探せよ」
春原「ははっ、僕に頼み事できる知り合いが、そんなにいるわけないじゃん」
朋也「………」
ぽかっ
春原「ってぇな、あにすんだよっ!」
朋也「土下座して運動神経いい奴に頼んで来いっ」
春原「おまえでいいっての。ほら、バスケってさ、チームワークが重要じゃん?」
春原「知らない奴より、おまえとの方が連携も上手くいくって」
朋也「だとしても、それだけじゃ無理なの」
春原「大丈夫だって。どうせ、あっちも大した奴用意できねぇよ」
春原「バスケ部のレギュラーとかだったら、ちょっとキツイかもだけどね」
朋也「………」
そこが気にかかっていた。
あの男は、妙に自信があるように見えた。
それは、つまり、レギュラークラスも用意できるということなんじゃないのか。
春原「な? 楽勝だって」
朋也「はぁ…簡単に言うな」
春原「ま、さっさと三人揃えて、練習しようぜ」
しかし、勝負は三日後。
相手も、俺たちも時間がない。
そんな短期間で交渉が上手くいくかといえば、そうは思えないし…
俺たちが付け焼刃の練習で戦えるようになるとも、断言できない…
条件は、五分のような気もする。
梓「…あの、なにがどうなってるんですか」
律「ん、ああ…」
―――――――――――――――――――――
梓「ファンクラブ…ですか」
騒動が収まり、一度気を落ち着けるため、コーヒーブレイクを取っていた。
律「ああ、気持ち悪い奴らだよ。勝手に私たちがレズだと思ってんだもんな」
紬「あら…でも、いいじゃない、女の子同士、なかなか素敵だと思うな」
律「…いや、まぁ、ムギが言うとそんなでもないけどさ…ソフトだし」
律「でも、あいつらは自分の価値観押しつけてくるとこが気に入らないんだよ」
律「ああいう手合って、女に対してもそういう傾向があったりするんだよな」
律「理想からちょっとでもズレてると、異様に毛嫌いしたりするんだぜ」
律「ほんと、自分勝手なお子様だよ」
春原「ま、僕らがコテンパンにノしてやるから、大船に乗ったつもりでいろよ」
お前らwwwwwwwwwwwwwwwwwww見てて腹立つなwwwwwwwwwwwえwっwwwww
けいおんが女子高の理由がわかったw
はぁ~、っと拳に息をかけた。
時代錯誤な表現が多すぎて、頼りなく映る。
律「おまえ、絶対勝てよ? そんだけ豪語するんだからな」
春原「ああ、楽勝さ。すでに勝ってるようなもんだよ」
そううまくいけばいいのだが…。
―――――――――――――――――――――
春原「おー、ここだここだ」
やってきたのは、文芸部室。
文化系クラブの部室が宛がわれている旧校舎の一階に位置している。
軽音部の部室である第二音楽室からは、階段を二度下るだけでたどり着けた。
朋也「おまえ、こんなとこに奴に知り合いなんていたのか」
春原「なに言ってんだよ、おまえもよく知ってる奴だって」
朋也「あん?」
俺と春原の共通の知人で、文芸部員?
誰だろう…心当たりがない。
がちゃり
その時、部室のドアが開かれた。
男子生徒「…ん? おまえら…」
春原「よぅ、ひさしぶりだなっ、キョン」
朋也(ああ…こいつか)
キョン「ああ…久しいな、ふたりとも」
このキョンという男は去年、俺たちふたりと同じクラスだった奴だ。
素行が悪いわけでもなく、ごく普通の一般生徒だったのだが、なぜか気が合った。
理屈っぽい奴で、なにかと俺たちの悪ふざけを止めてきたのだが、よくつるんでいたことを思い出す。
ちなみに、キョンというのはあだ名で、本名は知らない。
周りからそう呼ばれていたので、俺たちもそれに倣ったのだ。
朋也「おまえ、文芸部なんて入ってたのか」
春原「あれ? おまえ、知らねぇの? ここ、文芸部じゃないんだぜ」
朋也「いや、はっきりそう書いてあるだろ」
教室のプレートを指差す。
キョン「あれは、裏側だ」
朋也「裏?」
キョン「表側に現在の部室名が書かれてある」
朋也「ふぅん…」
急展開すぎる
春原「ま、とにかく、変な団体になっちまってるんだよ」
春原「そんで、おまえもその一味なんだよな」
キョン「まぁ、そうだな。でも、よく俺がここの人間だって知ってたな」
キョン「話したこと、なかっただろ、部活のこと」
春原「わりと有名だぜ、おまえらの部活。その部員もな」
キョン「相変わらず、くだらない事には詳しいんだな」
春原「いい情報網を持ってるって言ってくれよ」
キョン「はいはい…。で、今日はなんの用だ」
キョン「なにか用事があるんだろ。でなきゃ、おまえらがこんなとこ来るわけないもんな」
春原「お、察しがいいねぇ、さすがキョン」
キョン「ああ、それと、ひとつ訊いていいか」
春原「なに?」
キョン「そっちの女の子たちは、なんなんだ」
俺たちの後ろ、じっと黙って並んでいた軽音部の連中を指さした。
春原「ああ、こいつらはさ…」
京アニが集まっていたとは……
キョンくんwwwwwwwwwwwってwwwwwwwwwww
春原は、どういった経緯でここまで一緒にやってきたのか、おおまかに説明していた。
キョン「へぇ…そんなことがあったのか」
春原「だからさ、3on3のメンバー、頼めない?」
キョン「まぁ、俺自身はやぶさかじゃないが…団長様がなんて言うかな」
春原「許可とってきてくれよ」
キョン「はぁ…わかったよ、善処してみる」
春原「お、センキュー。頑張れよっ」
背を向けて、ひらひらと手を振り、部室へと戻っていくキョン。
律「…あんたら、妙なのと付き合いあるんだな」
朋也「あいつのこと、知ってるのか」
律「知ってるもなにも、あたしらの学年で知らない奴がいたことの方が驚きだよ」
律「SOS団だかなんだかで、1、2年の頃、すげぇ暴れまわってたんだぜ?」
朋也「へぇ、そうだったのか」
律「っとにおまえは、やる気がないっていうか…そういうことに疎いんだな」
朋也「まぁな」
キョンは3年か
唯「涼宮さんって人が、すごくギター上手かったよね」
律「ああ、一年の時の文化祭な…あれは、確かにすごかったな」
律「聞いた話だと、素人だったらしいぞ」
澪「そうだったのか? 信じられないな…」
梓「そんなにすごかったんですか?」
律「興味あるなら、映像あるから、今度見せてやるよ」
梓「ほんとですか?」
律「ああ。それと同時に蘇る、澪のしまパンの悲劇…」
ぽかっ
律「あでっ」
澪「思い出させるなっ」
秋山は顔を赤くして、涙目になっていた。
唯「あちゃ~、りっちゃん、地雷踏んじゃったね」
律「あれはお蔵入り映像だからな…マニアの間では高値で取引されているらしい」
澪「ええ!? う、嘘だろ…」
へなへなと倒れこむ。
律「あー、うそうそ、立ち直れ、澪っ」
澪「………」
しゅばっと立ち上がる。
ぽかっ ぽかっ
律「いでっ! 二発かよっ」
澪「おまえが変な嘘つくからだっ」
―――――――――――――――――――――
がちゃり
キョン「………」
しかめっ面で出てくる。
春原「お、どうだった?」
キョン「…なんとか許可が下りたよ」
春原「やったな、さすがキョンっ」
キョン「今度カツ丼おごってもらわにゃ、割に合わん…」
頭をさすりながら言う。
多分、なにかぶつけられたんだろう。
ドアの向こうからは、女と言い合いをする声と、物が飛び交っているような音が聞えていたのだ。
なにかしらないが、ひと悶着あったんだろう。
春原「消費税なら、おごるよ」
キョン「セコいところは、相変わらずなんだな…」
―――――――――――――――――――――
律「おらおら、どしたーっ、全然入ってないぞぉ」
春原「おまえのパスが悪いんだよっ」
律「なにぃ、人のせいにするなっ」
グラウンド。
隅の方に設置された外用ゴールの前に集まった。
春原は、シュート練習。
俺とキョンは、1対1で、交互にディフェンスとオフェンスの練習をしていた。
軽音部の連中は、こぼれ球を拾ってくれたりしている。
朋也「キョン、ディフェンスはもっと腰落としたほうがいいぞ」
キョン「こんな感じか」
朋也「ああ、それでいい」
キョン「けっこうしんどいな、これは…」
朋也「でも、文化部にしてはよく動けるほうだぜ」
キョン「そうか?」
朋也「ああ。あとはスタミナがあればいいんだけどな」
キョン「悪いな。何ぶん、体育会系なノリとは縁のない生活をしてきたもんでな」
朋也「もう一本いけるか?」
キョン「ああ、こい」
朋也「よし」
―――――――――――――――――――――
朋也「っはぁ…」
からからになった喉を水道水で潤す。
顔も、思いっきりすすいだ。
気持ちがいい。
こんな感覚、いつぶりだろうか。
はるか昔に味わったっきり、ずっと忘れていた。
澪「あの…これ、使ってください」
そこへ、秋山が恭しくタオルを持ってきてくれた。
朋也「ああ、サンキュ」
受け取って、顔についた水気を拭き取る。
朋也「これ、洗って返したほうがいいよな」
澪「いえ、大丈夫です」
朋也「そうか? じゃあ…はい」
タオルを差し出して、返す。
澪「あ…はい」
澪「………」
澪「あの…すみませんでした」
朋也「なにが?」
澪「勝負なんて、させちゃって…」
朋也「いや…春原の奴が勝手に受けたのが悪いんだから、気にすんなよ」
澪「でも…」
朋也「いいから。な?」
澪「はい…」
朋也「それとさ、敬語も使わなくていいよ。俺にも、春原にも、キョンにもな」
朋也「ちょっと不自然だろ? タメなんだからな」
澪「え…あ…はい」
朋也「はい?」
澪「う…うん…」
朋也「それでいい」
澪「あぅ…」
ぽんぽん、と肩を軽く叩き、グラウンドへ戻った。
―――――――――――――――――――――
春原「だぁー、疲れたぁ…」
キョン「同じく…」
朋也「俺も…」
三人とも、地面に寝転がる。
暗くなり、もうボールがよく見えなくなっていた。
練習も、ここで終わりだった。
春原「あしたは朝錬するからな」
寝転がったまま言う。
朋也「部活かよ…」
春原「それくらい徹底してやって、大差で勝ってやるんだよ」
朋也「なんでそんなにやる気なんだ、おまえは」
春原「僕をバカ呼ばわりしたあの野郎が悔しさで顔を歪めるとこ見たいからね」
朋也「あんがい根に持ってたんだな、おまえ…」
春原「まぁね」
キョン「…それにしても、おまえら、なんか変わったよな」
キョンがぽつりとそう漏らした。
春原「なにが?」
キョン「こういうことに、真剣になるような奴らでもなかったろ」
朋也「………」
それは、確かにそうだ。
いつだって、部外者でいて、傍観して…
必死に頑張るやつらを、斜めから見おろしていた。
キョン「いつもおちゃらけてて、楽しそうだったけどさ…」
キョン「どこか、懸命になることを避けてるっていうか…」
キョン「わざと冷めたようにしてた気がするんだよ」
キョン「でも、今は他人のために、こうまで頑張ってるしな」
キョン「なにか、あったのか」
朋也「………」
春原「………」
俺と春原は黙ったまま顔を見合わせた。
お互い、気づかないうちに、そんな熱血漢になってしまったのだろうか。
いや…そんなわけない。
こんなにも汗をかけるのは、あいつらのためだからだろう。
それは、春原も同じ想いのはずだ。
朋也「…別に、何もねぇよ」
春原「ああ。前と、全然変わってないけど?」
キョン「…そうか。まぁ、いいさ」
唯「お疲れさまぁ~」
平沢の声がして、体を起こす。
軽音部の連中が、こっちにやってきていた。
ボールの片づけが終わったんだろう。
唯「スポーツドリンクの差し入れだよぉ、どうぞ」
こんな凄まじい>>1ははじめて見た・・・
保守なんてする暇すら与えない投下速度・・・
朋也「お、サンキュ」
唯「はい、春原くん」
春原「なかなか気が利くじゃん」
唯「はい、どうぞ」
キョン「ああ、どうも」
三人とも受け取った。
春原「もう喉からからなんだよね、僕」
言って、プルタブを開け、一気に飲み始める。
春原「ぶぅほっ!」
いきなり噴き出した。
春原「って、なんでおしるこなんだよっ!」
律「わはははは! ひっかかりやがった!」
春原「てめぇか、デコっ!」
律「うわぁ、おしるこが逆流して鼻から出てるよ、きったねぇーっ!」
春原「てめぇっ」
律「うひゃひゃひゃ」
いつものように子供の喧嘩が始まる。
緊張感のない奴らだった。
―――――――――――――――――――――
4/22 木
憂「岡崎さん、土曜日にバスケットの試合するんですよね?」
憂「お姉ちゃんから聞きましたよ」
朋也「あ、ああ…」
憂「私、応援に行きますねっ」
朋也「ああ…ありがとな」
憂「はいっ」
まぶしい笑顔で返事をくれる。
朋也「おい、平沢、おまえどんなふうに話したんだよ」
唯「え? バスケの試合で大盛り上がりするよ~って感じかな?」
朋也「おまえな…けっこう重要なことがかかってんだぞ」
朋也「負けりゃ、これから先ずっと変なのにつきまとわれちまうんだ」
朋也「そうなったら、おまえだって変な事されるかもしれなんだぞ」
朋也「そんなの、俺は絶対…」
許すことができない…。
言いかけて、やめる。
こいつになにかされるのは確かに嫌だが…
それは知人だからであって、なにも俺がそこまで強く拒むことはないだろうに…。
朋也(彼氏じゃあるまいし…)
唯「なに?」
朋也「いや…とにかく、そんな軽くないんだ」
唯「でも、楽しまなきゃ損だよ?」
朋也「いや、だから…」
唯「大丈夫。岡崎くんたちは勝つよっ。そんな予感がしてるんだ」
唯「私のカンって、よく当たるんだよ?」
屈託なく言う。
本当に事の重大さがわかっているんだろうか、こいつは…。
―――――――――――――――――――――
たんっ たんっ たんっ…
ボールが跳ねる音。
朝錬をする運動部のかけ声に混じって、グラウンドの方から聞えてくる。
音源に目を向けると、春原がドリブルをしているところだった。
朋也(あいつ、もう来てんのか…)
信じられない…あの春原が。
そこまで本気で勝ちたいということか。
唯「あ、春原くんだ。おーいっ」
平沢が声を上げ、手を振る。
春原がこちらに気づき、駆け足でやってきた。
春原「やぁ、おはようっ」
唯「おはよ~」
憂「おはようございます」
朋也「おまえ、マジで朝錬やってんのな」
春原「おまえも今からやるんだよ」
朋也「マジかよ…」
春原「きのう言っただろ? おまえだって、僕の部屋から早く帰ってったじゃん」
そうなのだ。
昨夜は、こいつが早めに眠りたいと言い出して、日付が変わる前に帰宅していた。
俺も、体が疲れていたので、すんなりと眠ることが出来たのだが。
朋也「おまえが眠たいとか言ってたからだろ」
春原「ま、そうだけどさ…」
春原「とにかく、やろうぜ」
朋也「はぁ…わかったよ。平沢、鞄頼む」
唯「あ、うん」
鞄を手渡す。
唯「あとで私も来るね」
憂「じゃあ、私も来ます」
朋也「ああ、わかった」
別れ、平沢姉妹は正面玄関の方へ歩いていった。
キョン「うお…おまえらがほんとに朝から来てるなんてな…」
そこへ、入れ替わるようにしてキョンが現れた。
キョン「明日はカタストロフィの日になるのか」
春原「いいとこにきたな、キョン。早速練習するぞ」
キョン「鞄くらい置きに行かせてくれよ」
春原「そんな時間はないっての。いくぞ」
キョン「やれやれ…」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼休み。
唯「岡崎くん、春原くん、これ食べていいよ」
平沢がタッパーに入ったハチミツレモンを差し出してきた。
唯「ほんとは放課後の練習の後に出すつもりだったんだけど…」
唯「朝錬で疲れただろうからさ」
朋也「お、サンキュ」
春原「センキュー」
唯「あ、キョンくんの分も残しておいてあげてね」
朋也「ああ、わかった」
春原「皮だけ残しとけばいいよね」
唯「ダメだよ、実の部分も残さないと」
春原「それは保証できないなぁ」
唯「じゃあ、春原くんは食べちゃダメっ!」
春原「冗談だよ、冗談」
言って、一切れつまんで口に放った。
春原「うまいね、これ」
唯「ほんとに?」
春原「ああ」
唯「よかったぁ」
俺もひとつ食べてみる。
朋也「お、マジだ。うまい」
唯「えへへ、作った甲斐があったよ」
律「おまえが作ったのか? 憂ちゃんじゃなくて?」
唯「うん、そうだよ」
律「へぇ、珍しいこともあるもんだ」
唯「私だってやる時はやるんだよっ、ふんすっ」
誇ったように息巻いていた。
キョンはいいやつだなー
紬「私からも、よかったらこれ、どうかな」
弁当箱の蓋に黒い固形物を載せ、打診してくる。
春原「ムギちゃんからのものなら、もちろんもらうよっ」
春原「な、岡崎」
朋也「ん、ああ、まぁ」
紬「じゃあ、どうぞ」
俺たちの前に蓋が置かれる。
春原「でも、これって、なに?」
紬「トリュフよ」
朋也「トリュフって…あの、三大珍味の?」
紬「うん」
なんともスケールのでかい弁当だった。
俺も驚いたが、軽音部の連中も、真鍋さえも驚愕していた。
春原「ふぅん、なんか、おいしそうだねっ」
唯「とりゅふ?」
いや…約二名、知らない奴らがいた。
春原「むぐむぐ…なんか、不思議な味わいだね、これ…」
紬「そう? よく食卓に出てくるだろうから、馴染み深いと思ったんだけど…」
それはおまえだけだ。
春原「でも、おいしいよ、ムギちゃん補正で」
紬「ふふ、ありがとう」
朋也(俺も食べてみよう)
もぐもぐ…
確かに、不思議な味わいだった、
まずくもないし、かといって、うまくもない…
正直、微妙だった。
庶民の舌には合わないんだろう。
おとなしく身の丈にあったシイタケあたりでも食べていた方がいいんだ、きっと。
澪「あの…よかったら、これもどうぞ」
秋山も琴吹に倣い、弁当箱の蓋に乗せ、俺たちに差し出してきた。
律「って、それ、おまえのメインディッシュ、クマちゃんハンバーグじゃん」
律「いいのか、主力出しちゃって」
澪「いいんだよ、頑張ってもらってるんだし」
朋也「いや、別に、そんなに気を遣ってもらわなくてもいいけど」
澪「私がしたいだけだから…気にしないで」
朋也「そうか?」
澪「うん」
朋也「じゃあ、ありがたく」
箸でハンバーグを掴み、口に運ぶ。
もぐもぐ…
朋也「うん…うまい」
澪「あ、ありがとう…」
春原「じゃ、僕も」
春原もひとつ食べる。
春原「お、うめぇ」
澪「よかった…」
律「つか、澪、おまえ、敬語じゃなくなってるな」
澪「岡崎くんが、敬語じゃなくていいって言ってくれたんだよ」
ちらり、と伏目がちに俺を見てくる。
律「ふぅん、岡崎がね…」
にやっと含み笑い。
なにかまた、変な機微の嗅ぎ取り方をしてるんだろうな、こいつは…。
唯「さすが岡崎くん、心が広くていらっしゃる」
朋也「普通だろ…」
律「ふ…岡崎、あんたもつくづく、アレだよなぁ」
アレ、なんて代名詞でボカしているのは、きっといい意味じゃないからに違いない。
律「ま、いいや。それは置いといて、私からも、なにかあげようではないか」
律「そうだな…これでどうだ、キンピラゴボウ」
春原「うわ、一気にレベル下げやがったよ、こいつ」
律「なんだとっ! あたしのキンピラゴボウなんだぞっ!」
春原「だからなんだよ」
律「つまり、間接キスの妄想が楽しめるだろうがっ!」
律「それだけで値千金なんだよっ!」
春原「うげぇ、胃がもたれてきたよ、そんな話聞いたらさ…」
律「なんだと、ヘタレのくせにっ」
春原「キンピラゴボウ女は黙ってろよ」
律「ぐぬぅ…」
春原「けっ…」
和「このふたり、仲悪いの?」
朋也「いや…似たもの同士なんだろ、多分…」
―――――――――――――――――――――
飯を食べ終わると、残りの時間は練習に費やした。
春原「かぁ、やっぱ岡崎、おまえ、うめぇよ」
キョン「だな。さすが、元バスケ部」
俺は今しがた、2対1の状況をドリブルで突破したところだった。
朋也「でも、このあと俺が得点に繋げられるのは、左からのレイアップだけだからな」
朋也「シュートするより、おまえらにパス回す機会の方が多くなるはずだ」
朋也「だから、頼んだぞ、ふたりとも」
春原「任せとけって。僕の華麗なダンクをお見舞いしてやるよ」
朋也「ああ、おまえのプレイで、ちゃんとベンチを温めといてくれよ」
春原「それ、ただの空回りしてる控え選手ですよねぇっ!?」
キョン「ははは、そういうノリは、変わらないんだな」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
キョン「なんか…よかったのか、俺まで…」
紬「今は軽音部チームの仲間なんだから、遠慮しないで」
紬「はい、ケーキ。どうぞ」
キョン「はぁ、どうも」
練習前、部室に集まり、お茶をすることになった。
その流れで、こいつもここに連れてこられていたのだ。
キョン「おお…うまい。紅茶も、最高だ」
紬「ふふ、ありがとう」
キョン「ああ…朝比奈さん…」
小声でつぶやく。
朋也(朝比奈…?)
春原「キョン、てめぇ、ムギちゃんに色目使ってんじゃねぇよ」
春原「おまえには、涼宮って女がいるんだろ」
キョン「いや、あいつは別に…」
律「マジ? 涼宮さんとデキてんの?」
キョン「いや、だから、そんなんじゃないぞ」
春原「でも、聞いた話だと、確定だって言ってたぜ」
キョン「誰に聞いたんだよ…」
春原「谷口って奴」
キョン「あの野郎…」
律「で、どこまで進んだの?」
キョン「進んだもなにも、最初から…」
がちゃり
さわ子「チョリース」
さわ子さんがふざけた挨拶と共に入室してくる。
さわ子「今日もお菓子用意…って、キョンくん?」
キョン「ああ、どうも、先生」
律「なに? 親しい感じ?」
キョン「去年の担任だ」
律「あ、そなの」
さわ子「どうしたの? なんであなたがここに?」
キョン「いやぁ、いろいろありまして…」
律「あ、そうだ、聞いてくれよぉ、さわちゃ~ん…」
―――――――――――――――――――――
さわ子「ふぅん、そんなことになってたのね…」
言って、紅茶を一杯すする。
律「ふざけた奴らだろ?」
さわ子「そうね」
朋也(あ…そうだよ…この人なら…)
朋也「さわ子さん、教師だろ? なんとか言って聞かせてやれないか?」
俺はなんでこんな基本的なことを忘れていたんだろう。
あの時は、特異な雰囲気に飲まれてしまい、この発想自体が湧かなかったのかもしれない。
それは、他の奴らも同じだったのかわからないが…
とにかく、こういう時こそ、大人の力を借りるべきだ。
バスケの試合なんてせずとも、一発で解決できるはず。
さわ子「できるけど…あえて、しないわ」
朋也「あん? なんでだよ」
さわ子「女の子を守るため、ガチンコで勝負するなんて…青春じゃない」
さわ子「止める事なんて、できないわ」
朋也「そんな理由かよ…」
さわ子「めいっぱい戦いなさい。そんなの、若い内にしかできないんだから」
律「若さに対する哀愁がすげぇ漂ってんなぁ…」
さわ子「おだまりっ」
だん、と激しく机を叩いた。
律「しーましぇん…」
部長も、その迫力の前に縮こまる。
さわ子「ま、でも、いざとなったら、助けてあげるわよ」
唯「さわちゃん、頼もしい~」
さわ子「おほほほ、任せておきなさい」
キョン「この人も、相変わらずだな…」
朋也「ああ…」
でもこれで、試合に負けたときの保険ができた。
それは精神的にも大きい。ただの消化試合になったんだから。
さわ子さんに話を聞いてもらえてよかった。
―――――――――――――――――――――
朋也「ふぅ…」
休憩を取るため、ひとり日陰に移り、石段に腰掛ける。
グラウンドでは、春原とキョンの1on1が始まっていた。
少し離れたこの位置で、その様子を眺める。
澪「おつかれさま」
秋山が寄ってきて、昨日のようにタオルを渡してくれる。
朋也「ああ、サンキュ」
受け取り、汗を拭き取る。
澪「あの…」
朋也「ん?」
澪「岡崎くんって、バスケ上手いね」
澪「春原くんと、キョンくんも、よく動いてるけど…」
澪「でも、岡崎くんは、二人とはなんか動きが違うっていうか…」
澪「次にどうすればいいのをわかってるように見えるんだ」
澪「それに、ドリブルも上手だし」
朋也「まぁ…昔、ちょっとやってたからな」
澪「そうだったんだ…」
朋也「ああ」
澪「………」
会話が終わり、沈黙が訪れる。
秋山は、なにかもじもじとしていて、必死に話題を探しているように見えた。
朋也「でも、よかったな。さわ子さんがバックについてくれてさ」
放っておくのもなんだったので、俺から話を振ってみた。
朋也「これで勝敗に関係なく、おまえは助かったわけだ」
澪「そう…なのかな…」
朋也「ああ。まぁ、楽に構えてるといいよ」
澪「うん…」
朋也「タオル、サンキュな。ほら」
座ったまま手を伸ばす。
澪「あ、これ…水で濡らしてこようか?」
澪「体に当てたら、ひんやりして気持ちいいと思うんだけど…」
受け取ったタオルを手に、そう訊いてきた。
朋也「ん、ああ…それも、いいかもな」
澪「じゃあ、ちょっと待っててね。行ってくるから」
いい顔になり、水道のある校舎側に駆けていった。
朋也(にしても…)
よく動いてくれる。
球拾いにも積極的だし、水分補給のサポートだって、率先してやってくれていた。
自分のファンクラブが起こした問題だったから、責任を感じているんだろうか。
朋也(そんな必要ないのにな…)
空を見上げ、ぼんやりと思った。
声「きゃあ…ちょっと…」
朋也(ん…?)
秋山の声。
さっき向かっていった方に顔を向ける。
すると、秋山が男二人に詰め寄られているのが見えた。
あの時、部室に押しかけてきた連中の中に見た顔だった。
朋也(あいつら…)
立ち上がり、走って駆けつける。
その間、男たちが秋山からタオルを取り上げ、下に叩きつけているのが見えた。
あげく、踏みつけだしていた。
朋也「なにやってんだ、こらぁっ!」
男子生徒1「ちっ…くっそ…」
男子生徒2「…ざけんな…」
俺が怒声を浴びせると、すぐに退散していった。
澪「うぅ…ぐす…ぅぅ」
秋山は、怯えたように身を小さくして泣いている。
朋也「どうした? 大丈夫か?」
澪「うぅ…大丈ぬ…」
朋也「だいじょうぬって、おまえ…」
気が動転しているのか、舌が回っていなかった。
朋也「とりあえず、向こうまでいって、休もう。な?」
近くに小憩所として使われているスペースがあった。
そこで一旦落ち着いたほうがいいだろう。
澪「ぐす…うん…」
俺は、泣き止む様子のない秋山を連れてゆっくりと歩き出した。
―――――――――――――――――――――
朋也「ほら、これ飲め。コーヒーだけど」
澪「…ありがとう」
プルタブをあけ、ずず、と一口飲む。
朋也「落ち着いたか?」
澪「…うん」
朋也「で、なにされたんだよ。場合によっちゃ、すぐにでも殴りにいってやる」
澪「だ、だめだよ、そんなことしちゃ…」
朋也「でもさ、そこまで泣かせてんだぜ。よっぽどだったんじゃないのか」
澪「それは、私が…その、弱くて…すぐ泣くのが悪いんだよ」
朋也「でもな…」
澪「ほんとに、いいの。たいしたこと、されたわけじゃないから」
朋也「…そっかよ。でも、タオル踏まれてたよな」
澪「う、うん…」
朋也「幼稚なことするやつらだよな。人のものに当たるなんてさ」
朋也「おまえ、なんかしたわけじゃないんだろ?」
朋也「理由もなくいきなりなんて、意味わかんねぇな」
澪「私が、男の子の世話してるのが、嫌だったみたい」
朋也「あん?」
澪「岡崎くんに、私のタオル渡したりとか…そういうのが」
朋也「ああ…」
ファンからしてみれば、それは許されない行為だったんだろう。
自分たちだけにしか笑顔を向けてはいけないとでも思っているんだろうか。
朋也「迷惑な奴らだな。別に、アイドルってわけでもないのに」
澪「うん…私なんかじゃ、全然そんなのできないよ」
朋也「いや、俺は別におまえが可愛くないと思って、言ってるわけじゃないぞ」
朋也「どっちかといえば…つーか、普通に可愛い方だと思ってるからな」
朋也「落ち込んだりするなよ」
朋也(って、なに言ってんだ、俺は…)
この頃、俺のキャラが崩れてきている気がしてならない…。
こんなに気軽に、女の子に向かって可愛いなんて言う奴でもなかったのに…。
いかん…もっと気を引き締めなければ…。
澪「あ…ありがとう…」
澪「………」
朋也「………」
お互い、押し黙る。若干重い沈黙。
朋也「まぁ、なんだ。試合、絶対勝つよ」
振り払うように、努めて明るくそう言った。
朋也「それで、あいつらに直接言ってやれ。もう私につきまとうな、ってさ」
澪「言えないよ、そんなこと…」
朋也「遠慮するなよ。報復なんかさせないから」
朋也「もし、やばそうなら、俺たちを頼ればいいんだ」
朋也「そんなことくらいしか、俺と春原の存在意義なんてないんだからさ」
澪「そんなことないよ。ふたりがいたら、いつもより賑やかで楽しいもん」
平沢のようなことを言う。
それがなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまった。
澪「え…なに?」
朋也「いや…なんでもない」
澪「………?」
疑問の表情を浮かべたが、すぐに秋山も可笑しそうに笑った。
俺も、つられてまた笑顔になる。
梓「あのぉ…盛り上がってるところ、悪いんですけど…」
どこから湧いたのか、中野がイラついた声をぶつけてきた。
澪「あ、梓…いつから…っていうか、なんでここに…」
梓「先輩たちがいないんで、探してくるように言われたんです」
澪「そ、そっか…」
梓「はぁ、でも…」
落胆したように、大げさに息を吐いた。
梓「岡崎先輩はまだしも…澪先輩がこんなところでサボってるなんて…」
梓「私、見たくありませんでした」
澪「い、いや、これはサボってたわけじゃないぞ、うん」
澪「今戻ろうと思ってたところなんだ、ははは」
コーヒーのカンを持って、立ち上がる。
澪「じ、じゃあ、戻ろうかな、はは」
言って、そそくさと立ち去っていった。
先輩の威厳を保ちたかったんだろうか。
ずいぶんと取り繕っていたが…。
ともあれ、残された俺と中野。
梓「…はぁ、唯先輩と憂の次は、澪先輩ですか…」
梓「節操なしですね…死ねばいいのに」
冷たく言い放ち、戻っていく。
朋也(ついに死ねときたか…)
あいつと和解する日は、きっとこないんだろうな…。
―――――――――――――――――――――
4/23 金
唯「いよいよ明日だねっ。楽しみだなぁ」
朋也「気楽でいいな、試合に出ない奴は」
唯「む、気楽ってわけじゃないよ。私も気合十分だよ」
唯「ほら、こんなのも用意したんだから」
なにかと思えば、鞄からクラッカーを取り出していた。
唯「ゴールしたら、これで、パンッ!ってやるからね」
朋也「パーティーじゃないんだぞ…」
憂「お姉ちゃん、こっちのほうがいいよ」
対して憂ちゃんは、小さめのメガホンを取り出した。
やはり常識があるのは妹である憂ちゃんの方だ。
唯「なるほど、それで、パンッ!の音を拡大するんだねっ」
ずるぅ!
俺と憂ちゃんは漫画のように転けていた。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
唯「ねぇ、私さ、応援の舞考えたんだけど、みんなでやらない?」
律「応援の舞? なんだそりゃ」
唯「こんなのだよ。みてて」
立ち上がり、目をつぶった。
そして、かっ、と見開く。
唯「ここから先が戦えるようにやってきた…」
唯「顔の形が変わるほどボコボコに殴られて…死を感じて、小便を漏らしても、心が折れないように…」
唯「あの時のように…2度と心が折れないように、やってきた!!!」
唯「ハッ!」
両手をばっと上げて止まる。
唯「はぁ…はぁ…ど、どうかな…」
律「いや、息切れしてるし、なんか漏らしたことになってるし…絶対やだ」
唯「そんなぁ、私の2時間が水の泡だよぉ」
律「2分考えたあたりでダメなことに気づけよ…」
唯「ちぇ…」
律「そんなもんより、澪の萌え萌えキュン☆161連発でどうだ」
澪「や、やだよ、体力的にも、その中途半端な数字的にも…」
律「まぁ、最後に一発鉤突きが当たったって事だな」
律「単純計算で1分15秒…反撃を許さない萌え萌えキュン☆の連打を打ち込むんだ」
澪「なんの話だ?」
律「いや、なんでもない。気にするな」
澪「?」
唯「そうだ、和ちゃん、全校放送で試合実況とかしちゃだめかな?」
和「ダメに決まってるでしょ…」
唯「ぶぅ、けちぃ…」
春原「まぁ、応援なら、ムギちゃんがしてくれるだけで三日は戦えるけどね」
紬「そう? コストがかからなくて、うれしいな♪」
春原「消耗品扱いっすかっ!?」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
昨日同様、食べ終わると、練習に向かった。
春原「ふーい…なんか、やけに気合入ってるね、岡崎」
キョン「確かにな。昨日、いなくなって、戻ってきたあたりからずっとこの調子だもんな」
朋也「単に負けたくなくなっただけだよ」
春原「でもさ、二年から聞いたけど、秋山としっぽりしてたんだろ?」
春原「そん時なんかあったんじゃないの?」
朋也「なにもねぇよ」
春原「ふぅん…てっきり、平沢と二股かけてんじゃないかと思ったんだけどねぇ」
キョン「え? 岡崎って、平沢さんとそんな仲なのか?」
春原「まだそういうわけじゃないんだけどさ…」
春原「でも、両思い臭いんだよね、朝も一緒に登校して来てるみたいだし」
キョン「へぇ、あの岡崎がね…丸くなったもんだ」
朋也「キョン、こいつの言うことなんて、8割嘘だって知ってるだろ。話半分に聞いとけよ」
春原「でも、残り2割は事実だろ?」
朋也「違う。現実逃避の妄想だ」
春原「それ、もう発言全てが妄言ですよねぇっ!」
キョン「ああ、そうだったな。危うくあっちの世界に連れてかれちまうとこだった」
春原「病人みたくいうなっ! こいつが平沢と登校して来てんのはマジだよっ」
朋也「あれ、また幻聴が聞える」
キョン「俺も、かすかに耳に残ってるわ、なんだろ」
春原「取り合ってももらえないんすかっ!?」
朋也「キョン、今、う○こって言ったか?」
キョン「まさか、そんなこと言うの、あいつくらいだろ、あの金髪の…」
キョン「誰だっけ?」
朋也「さぁ?」
春原「ほんと、おまえら最低のコンビっすねっ!」
春原「ちくしょう…これも、去年と変わんないのかよ」
キョン「ああ、悪かった、悪ノリしすぎたよ。つい、懐かしくなってな」
春原「つい、でやらないでほしんですけどねぇ…」
そう、いつも春原をいじめた後は、こいつがこうしてアフターケアに入っていたのだ。
この感じも久しぶりだったが、すぐに調子が戻ってきた。
朋也「おい、明日は勝つぞ。わざわざ俺たち三人、雁首揃えてるんだからな」
キョン「ああ、そうだな」
春原「…ま、そうだね」
朋也「春原の幻影も、どうやら納得したようだな」
春原「ここまできて、まだ僕の存在はおぼろげなのかよっ!?」
キョン「はははっ」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
春原「なんなんだろうね、こんなとこで待機してろなんてさ」
朋也「さぁな」
キョン「あの人の考えは読み辛いからなぁ。突拍子もないことも割とするし」
さわ子さんに退室するよう言われ、男三人、部室の前でだべっていた。
がちゃり
さわ子「お待たせ~」
間の抜けた声を伴って、室内を一望できるほどに扉が広く開け放たれた。
さわ子「どう? この子たちは」
唯「いぇい、似合う?」
律「動きやす~」
紬「うん…ちょっと胸がきついかなぁ…」
澪「うぅ…」
梓「………」
見れば、全員チア服を着ていた。
限界まで短いスカート、ノースリーブの薄い服、動けばわかる、胸の揺れ…
目のやり場に困るその姿に、逆に俺たちは釘付けとなり、言葉を発せなかった。
さわ子「明日はこれで応援するのよ」
澪「先生、やっぱり、やめませんか、これ…」
梓「そ、そうですよ、恥ずかしいです…」
梓「それに、岡崎先輩とかが、いやらしい目でみてくると思うんです」
なぜ俺限定なんだ…。
さわ子「あら、でもそういう衣装の方が、男は喜んで、力が発揮できるものなのよ?」
さわ子「そうでしょ?」
俺たちに振ってきた。
朋也「いや、まぁ…」
キョン「でも、これはさすがに…」
春原「さわちゃん、やっぱわかってるねっ」
欲望に忠実な変態が一匹。
さわ子「ふふ、まぁね。だてに二十数年生きてないわ」
さわ子「って、歳のこと言うなっ」
ぽかっ
春原「ってぇっ! 自分で言ったんでしょっ!」
さわ子「あら、そうだったわね、ごめんなさい」
春原「誰かさん並に理不尽だよ、この人…」
唯「ねぇねぇ、どう? 可愛くない? この服」
キョンって何気に良いキャラだよな。
人当たりというか世渡り上手というか……
言って、くるくると回った。
朋也「わ、馬鹿、おまえ、んな激しく動くなっ」
唯「え? なんで?」
朋也「いや、それは…」
梓「あーっ! この人、見たんですよ、絶対っ!」
唯「何を?」
梓「唯先輩の下着ですっ!」
唯「…いやん」
朋也「不可抗力だろっ」
梓「目をそらせばよかったじゃないですかっ! ガン見することないでしょっ!」
朋也「してねぇよ…」
梓「嘘つきっ! 目にしっかり焼き付けてましたっ!」
朋也「だぁーっ、なんなんだこいつはっ!」
キョン「先生、こういうことにならないためにも、チアはやめたほうが…」
さわ子「あら、そう?」
あずにゃんと一緒にハンバーガー食べたり猫とじゃれたりした日が懐かしいぜ…
春原「あ、てめぇキョン、余計なこと言うなよっ」
キョン「いや、でもだな…」
さわ子「じゃあ、バニーガールなんてどうかしら?」
キョン「ぶっ!」
春原「なに過剰反応してんだよ、むっつり野郎」
キョン「ち、違う、二年前のトラウマが蘇っただけだ…」
梓「先生、私もこの衣装を着るのはやめたほうがいいと思います」
梓「絶対、岡崎先輩が本能をむき出しにして、警察沙汰になると思いますから」
朋也「だから、なんで俺だけを槍玉に挙げるんだ…」
澪「私も、普通に応援したいです…」
唯「私はこれ着て応援したいな~」
朋也「いや、やめてくれ…」
唯「ええ? なんで?」
朋也「普通にしてくれてたほうが、いろいろと助かる」
唯「えぇ…なら、しょうがないかぁ…ちぇ」
春原「ムギちゃんは、それ着てくれるよね? ていうか、もう普段着にしようよっ」
律「やらしいやっちゃなー、このエロ原め」
春原「っせぇよ、おまえは一年中ジャージでも着てろ」
律「おまえならジャージの上からでも欲情してきそうだけどな、こわいこわい」
春原「はっ、ジャージの上着をズボンにインしてる奴なんかにするかよ」
律「そんな着こなし方しねぇよっ、ヘタレっ!」
春原「ヘタレは今関係ないだろっ!」
一応ヘタレという自覚はあったらしい。
朋也「春原、落ち着つけ。まず自分の足元をよく見てみろ」
春原「あん? なんだよ…」
春原「って、なんで靴下にズボンがインされてるんだよっ!?」
朋也「いつも社会の窓がアウトしてる分、細かいところで取り戻しておこうと思って…」
春原「まずその前提がおかしいだろっ!」
律「わはは!」
この後、結局コスプレは取りやめとなった。
当日は普通に制服で応援してくれるらしい。
さわ子さんや平沢、春原なんかは不満そうにしていたが、これでよかったんだと思う。
…俺も、少しだけ名残惜しかったが。
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