- 朋也「軽音部? うんたん?」1・ 2・ 3・ 4・ 5・ 6・ 7・ 8・ 9・ ラスト
383:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:33:02.25:+UZ/pLeq0
5/3 月 祝日
春原「なぁ、岡崎…」
朋也「なんだよ」
雑誌を読みながら応答する。
春原「ゴールデンウィークだぞ」
朋也「知ってるよ」
春原「じゃあさ、なんかゴールデンなことしようぜっ」
春原「こんなとこでうだうだやってたらもったいねぇよ」
朋也「そうだな、こんな薄汚い部屋なんか、一刻も早く出て行きたいもんな」
春原「そこまでは言ってないだろっ!」
朋也「で、ゴールデンなことって、なんだよ」
春原「そうだなぁ…やっぱ、黄金にちなんだことがいいよね」
春原「埋蔵金掘りに、町に繰り出したりとかさっ」
朋也「どこ掘るつもりなんだよ…」
春原「そりゃ、やっぱ、金脈がありそうなとこだよ」
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385:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:34:20.89:jpDSDOMkO
春原「銀行の近くとか、案外よさそうな感じじゃない?」
春原「もしなくても、金庫まで掘り進めば、僕ら大金持ちだぜ?」
朋也「ただの強盗だからな…」
朋也「つーか、金脈って、金の鉱脈のことだぞ。埋蔵金とは関係ない」
春原「あん? そうなの? ま、どうでもいいけど」
朋也「じゃ、言うな」
春原「それよか、おまえはなんかないの」
朋也「ない」
春原「んだよ、素っ気ねぇなぁ…きのうも、なかなか来なかったしさ…」
春原「なにやってたんだよ」
朋也「なんでもいいだろ、別に」
こいつにだけは話したくなかった。
泣き喚かれたりでもしたら面倒だ。
春原「よくねぇよっ! おまえがこなきゃ、僕がひとりになるだろっ」
春原「きのうは、ずっと貧乏ゆすりでビート刻んでるしかなかったんだからなっ」
朋也「知らねぇよ…」
386:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:34:40.20:+UZ/pLeq0
春原「今日こそは僕と同じ時を過ごしてもらうからなっ!」
朋也「気持ちの悪い言い回しをするな」
春原「だからさぁ、どっか行こうぜ」
朋也「その案が浮かばないからここにいるんだろ」
春原「そうだけどさぁ…」
朋也「大人しく漫画でも読んどけ」
春原「結局それしかないのかよ…あーあ、つまんね…」
コタツの向こう側、春原はばたりと床に倒れこみ、俺の視界から消えた。
ふて寝でもするのかと思ったが、寝転がったままぶつぶつと不満を漏らし続けていた。
春原「なんかおもしろいことないの、岡崎」
朋也(うるせぇな…)
春原「聞いてる?」
朋也「ねぇっての」
春原「なんだよ、つまんねぇ奴だなぁ…」
俺は無視して雑誌を読み続けた。
―――――――――――――――――――――
387:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:36:05.30:jpDSDOMkO
春原「なんか、家族連れが多いねぇ」
朋也「まぁ、大型連休の只中だからな」
町の中、行き交う人たちを品定めするように眺める俺たち。
外出を決めたのは、こいつの愚痴にいい加減耳が耐えられなくなったからだった。
春原「にしても…なかなかヒットしないなぁ…」
春原「岡崎、おまえも可愛い娘見つけたら教えてくれよ」
朋也「ひとりで探せよ」
こいつのナンパの片棒なんて担ぎたくもない。
春原「遠慮すんなって。おまえの好みの娘がいたら、ばっちり協力してやるからさ」
朋也「って、なんだ、俺もやんのかよ」
春原「そりゃ、そうでしょ。なんのためにここまで出てきてんだよ」
朋也「暇つぶしだけど」
春原「僕が女の子ひっかけちゃったら、おまえ、暇になるじゃん」
朋也「まぁ、そうだけどさ…」
春原「な? だからさ、ふたり以上で固まってる女の子たち狙って、協力して落とそうぜ」
朋也「落とすって、んな簡単に言うけどな、失敗すりゃただのピエロだぞ。恥かくリスクが高すぎる」
388:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:36:35.50:+UZ/pLeq0
春原「大丈夫だって。その辺は僕に任せとけよ。巧みな話術で瞬殺してやるからさ」
春原「それに、おまえも女ウケいいツラしてるし、成功率は高いって」
朋也「おまえのトークセンス頼みってところに不安を覚えるんだけどな」
春原「僕を信じろっ! かなりの場数を踏んできた百戦錬磨の手錬なんだぞっ」
朋也「勝率は?」
春原「え゛? ははっ、そりゃ、ぎりぎり判定負けする時もあったさ」
要するに一度も成功したことがないんだろう。
朋也「つーか、おまえ、琴吹はいいのかよ」
春原「ん? それはそれ、これはこれだよ」
朋也「あ、そ」
朋也(はぁ…)
他にやることがあるわけでもなし…ひとりでいるよりはマシかもしれない。
―――――――――――――――――――――
春原「あーあ、なかなかいい娘みつかんないなぁ…」
朋也「お、あの娘なんかいいんじゃないか」
389:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:37:42.46:jpDSDOMkO
春原「え、どこ?」
俺の指さすその先を凝視する春原。
春原「って、なんだよ、ガキじゃん」
朋也「ちょうど親子でそろってるしさ、娘さんを僕にくださいっ、ってやってこいよ」
春原「もうそれ、路上で結納してるだろっ! ナンパしにきてんの、ナンパっ」
朋也「結婚を前提にだろ?」
春原「結婚を前提にナンパって、どんな奴だよっ! 重すぎるだろっ」
朋也「けっこう切羽詰ってそうだったから、そう見えたんだよ」
春原「んながっついてねぇよっ。ったく…もっと真面目にやれよ」
真面目にナンパするのもどうかと思うが。
朋也「わかったよ」
春原「頼むぞ、ほんとに…」
朋也「お、早速みつけたぞ」
春原「どこ?」
朋也「ほら、あそこ」
390:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:38:04.59:+UZ/pLeq0
春原「って、今度はバァさんかよっ!」
朋也「なんだよ、不満か?」
春原「当たり前だろっ!」
朋也「おまえのストライクゾーンがわからん」
春原「せめて、娘って呼べる年齢層に絞ってくれっ」
朋也「そっか。そうだったな。おまえ、ロリコンだもんな」
春原「どんだけ下を想定してんだよっ!?」
春原「ああっもう、おまえが想像する僕の好みじゃなくて、おまえ自身の好みで探してくれっ」
春原「そっちのが間違いなさそうだからな…」
朋也「わぁったよ」
春原「今度こそ頼むぞ…ん?」
人混みに目を向けて、そこで固まる。
春原「おい、岡崎、みてみろよ、あの二人組」
朋也「あん?」
春原が示した先に顔を向ける。
ひとりは、背が小さめで髪がショート。小動物のような雰囲気を持っていた。
391:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:39:13.03:jpDSDOMkO
もうひとりは、黄色いカチューシャとリボンが印象的だった。顔立ちはかなり整っている。
春原「かわいくない?」
朋也「ああ、まぁな」
春原「決まりだね。いくぞ、岡崎っ」
―――――――――――――――――――――
春原「ねぇ、君たち、今、暇?」
進路を塞ぐように相手の正面に立ち、あげくボディタッチまでしていた。
女1「………」
女2「………」
春原「よかったらさ、僕らと遊ばない? 楽しいことしまくろうよ」
春原「朝まで、あ~んなことや、こ~んなことしてさっ、げへへ」
下ネタの追撃。最悪な第一印象を、これでもかというくらいにねじこんでいた。
女1「あんたたち…春原と、岡崎じゃない?」
カチューシャをした、気の強そうな女がそう返してきた。
春原「うん? そうだけど…なに? 僕らって、そんなに有名なの?」
392:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:40:09.92:+UZ/pLeq0
女1「うちの学校じゃ、悪名の高さで知れ渡ってるわね」
春原「あ、君も光坂なんだ? へぇ、知らなかったなぁ、こんな可愛い子がいたなんて」
春原「名前、なんていうの?」
女1「涼宮」
朋也(ん?)
どこかで聞いたような…
春原「え? って、もしかして…キョンが入ってる部活の、部長さん?」
朋也(ああ、そういえば…)
あいつの所属する部活動の話になった時、その名が出てきたことを思い出した。
涼宮「そうよ」
春原「へぇ、美人だって聞いてたけど、ほんとだったんだ」
春原「でも、残念だなぁ。もうキョンっていう彼氏がいるもんね」
春原「さすがに友達の彼女は寝取れないからなぁ」
涼宮「キョンとは付き合ってないわ。誤解しないで」
春原「まぁたまた~、みんな言ってるよ」
393:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:41:28.32:jpDSDOMkO
涼宮「それはただの、何も知らない外野の意見よ。信憑性なんかゼロに等しいわ」
涼宮「そんなことより、あんたたち、今日一日、SOS団の臨時団員として働きなさい」
春原「へ? どういうこと?」
涼宮「私たち、6対6のサバイバルゲームに挑むためのリザーバーを探していたところなの」
涼宮「こっちは4人しかいないから、あとふたり必要だったのよ」
涼宮「そこへ、丁度あんたたちが現れたってわけ」
春原「ふぅん…サバイバルゲームねぇ…なんか、おもしろそうじゃん」
朋也「そうか?」
春原「おまえも、やるよな?」
朋也「いや、俺は…」
涼宮「拒否権はないわ。バスケだかなんだかで、キョンを貸してあげたことあったでしょう」
まるで備品のように言う。
涼宮「あの時の貸しは、ここできっちりと清算してもらうわ」
断ることを許さない、意志のこもった瞳。
朋也「…ああ、わかったよ。借りは返さなきゃいけないよな」
394:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:41:53.93:+UZ/pLeq0
涼宮「殊勝な心がけね。ま、当然だけど」
強引な女だ。あいつの気苦労も、こいつからきているんだろうな…きっと。
―――――――――――――――――――――
涼宮「あ、来た」
向かいの通りから、キョンと、長身で細身の男が一緒に駆けてきた。
涼宮「遅いわよっ、キョン、古泉くん。呼んだらすぐに来なさい」
男「すみません、走って来たんですが…気合が足りなかったみたいですね」
キョン「いや、遅くはないだろ、全然早…って、あれ…」
春原「よう、キョン」
朋也「よお」
キョン「春原に、岡崎…え、もしかして、おまえらか? サバゲーの補充要員って…」
涼宮「その通りよ」
涼宮が答える。
キョン「マジでか…」
涼宮「大マジよ。これで参加人数を満たせたわ」
395:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:43:08.76:jpDSDOMkO
好戦的な口調で言う。
早く戦いたくてうずうずしているようだった。
涼宮「さて、キョンは面識あるからいいとして…古泉くん、有希。一応自己紹介しときなさい」
涼宮「これからチームで戦うことになるんだからね。こういう形式的なことも大事よ」
男「そうですね。では、僕から…」
一歩前に出る。
男「古泉一樹です。以後お見知りおきを」
笑顔を作り、さわやかに言ってみせた。
さらさらの長髪で、いかにもモテそうな美男子といった容姿をしている。
古泉「直接お会いするのは初めてですが…僕の方は、あなたたちのことは、以前から存じてます」
丁寧口調のまま続ける。
春原「あん? そうなの?」
古泉「ええ、あなたたちコンビは、その筋の人間には人気が…」
女「…それ以上喋るな」
古泉「んっふ、これは手厳しい」
女「………」
396:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:43:30.81:+UZ/pLeq0
涼宮と一緒にいた女。
おとなしそうだが、意外と毒を吐く奴なんだろうか…
女「…長門有希」
こちらを見て、その一言だけをぽつりと漏らした。
朋也「岡崎朋也」
春原「春原陽平」
俺たちも名前だけ伝えた。
なんとも事務的な自己紹介だった。
涼宮「じゃ、親交も深まったことだし、行くわよっ」
多分、なにも関係に変化はなかっただろう。
―――――――――――――――――――――
キョン「しっかし…まさか、おまえらを連れてくるとはな…予想外だったよ」
春原「おう、よろしくな、キョン」
涼宮の後に続き、現地へと向かう俺たち一向。
朋也「つーか、おまえらって、サバゲー愛好会かなんかなのか」
キョン「いや、そういうわけじゃないんだけどな…たまたまだよ」
397:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:44:46.23:jpDSDOMkO
キョン「俺たち、休みの日は市街探索…ああ、まぁ…町の中をぶらついたりしてるんだけどさ…」
キョン「きのう、その途中で、ある男に絡まれたんだ」
キョン「その時に、サバゲーの話を持ちかけられて、うちの団長様が乗っちまったんだ」
朋也「ふぅん…そうなのか」
しかし、いきなりサバゲーに誘ってくるなんて、どんな男なんだろう…
ミリタリーな趣味を持った、アブナイ奴なのか…
春原「でもさ、涼宮…ハルヒちゃんだっけ? 初めてみたけど、可愛いよね」
春原「おまえも、けっこうやるじゃん」
キョン「なにをどうやるのかわからん」
春原「はっ、とぼけん…うわっ」
ばっとケツを抑える春原。
春原「な、なにすんだよっ」
古泉「おっと、失礼。手が空中で派手にスリップしてしまいました」
春原「な、なに言って…」
古泉「事故ですよ、事・故。んっふ」
春原「………」
398:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:45:14.53:+UZ/pLeq0
ぎこちなく俺たちに振り返る。
春原「なんか、気色悪いんだけど、こいつ…」
キョン「そういう奴なんだ。自分の身は自分で守ってくれ」
春原「…ははっ、どういう意味なのかなぁ」
朋也「…さぁな」
できるだけ考えたくない…なにも考えないようにしよう…。
―――――――――――――――――――――
涼宮「着いたわ」
広い敷地の中に木造の建物がひとつ、ぽつんと佇んでいた。
誰の記憶からも忘れ去られたかのように、老朽化が進んでいる。
涼宮「ここで待ち合わせることになってたはずんなんだけど…」
腕時計を見る。
涼宮「時間は合ってるわね…」
男「おう、お嬢ちゃん。逃げずにやってきたか」
どこからともなく、ガラの悪そうな男が現れた。
タッパがあり、威圧感もそれ相応にあった。
399:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:46:35.37:jpDSDOMkO
年の頃は、30前後だろうか。
それにしては、悪戯っ子のように目がギラギラしていた。
涼宮「当たり前じゃない。こんな面白そうなイベント、あたしがすっぽかすわけないわ」
男「ふん、そうかい。威勢のいいこった」
男「こっちの準備は大体できてるからな。あとはおまえらを待つだけだ」
男「装備は向こうの小屋に一式揃えてある」
ここからそう遠くない場所に、物置のような小さい小屋があった。
男「一四○○(いちよんまるまる)時にゲーム開始だ」
男「俺たちは裏口から、おまえらは正面からあの建物に突入する」
木造の建物を指さす。
男「それでいいな?」
涼宮「ええ、わかったわ」
男「せいぜい俺様を楽しませてくれよ」
不敵な笑みを見せ、奥に消えていった。
涼宮「みんな、気合いれていくわよっ」
興奮した面持ちで小屋にずんずんと歩いていく。
400:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:47:35.86:+UZ/pLeq0
俺たちもそれに続いた。
―――――――――――――――――――――
春原「うわ、かっけぇ…」
小屋の中にあったのは、プロテクトアーマーのような重装甲と、マシンガンだった。
ディテールに凝っていて、とてもおもちゃとは思えない。
朋也(お…建物の見取り図まである…)
朋也(やけに本格的だな…まさか、銃も本物ってことはないだろうな…)
………。
朋也(はっ…まさかな…)
長門「…弾はゴム弾。ギアの上からでも被弾すれば、肉体的な痛みは相当のものだと予想される」
長門「気をつけたほうがいい」
長門有希が装備を身につけながら、淡々と言った。
長門「いかなる状況であれ、撃たれるよりは撃つべき」
涼宮「いいこと言うじゃない、有希。そうよ、攻撃は最大の防御なんだからね」
涼宮「さっさと全滅させちゃいましょ」
キョン「また、物騒なことを…つーか、危ないんじゃないのか、このゲーム」
401:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:48:58.10:jpDSDOMkO
長門「死に至るまでの危険性はない。あくまで被弾箇所の人体が著しく損傷するだけ」
キョン「いや、十分ヤバイじゃないか…」
春原『みろよ、これ、すげぇかっこよくない?』
春原が上半身だけアーマーを身にまとっていた。
春原『これ、ガスマスクって奴だよね?』
篭った声。顔面を保護する装甲の下から発声しているからだ。
春原『なんか、本格的だよね…っうわっ』
古泉「んっふ、下半身がお留守ですよ、んっふ」
春原『なんなんだよ、こいつ!? いつの間にかすげぇ近いよっ!』
古泉「特に*を守らないと…常に誰かに狙われていることを、もっと自覚したほうがいい」
春原『ひぃぃいいっ』
古泉に襲われ始める春原。
朋也(しかし…)
あの、長門有希という子は、なんでダメージのでかさがわかるんだろう…
長門「………」
402:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:49:32.36:+UZ/pLeq0
何者なんだ、あいつは…
―――――――――――――――――――――
時間になり、屋内に突入した。
中は薄暗く、視界が悪かった。
そのため、暗視ゴーグルを作動させて進むことになった。
キョン『暗視調整、良し。吸気弁、作動良し』
朋也『妙な気分だな…』
キョン『ああ。体は軽いのに視界が重い』
春原『潜水夫になった気分だよね』
涼宮『そこ、無駄口を叩くんじゃないわよ。オペレーションスタートっ』
古泉『了解です、ゆりっぺ』
長門『…自重しろ』
古泉『んっふ、すみません、もしくはさーせん』
―――――――――――――――――――――
周りを警戒しつつ、ゆっくりと廊下を進む。
先頭は涼宮だ。この部隊の指揮官であるため、強化服の上から腕章をしていた。
死んでたまるか戦線、と書かれてある。
403:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:50:54.36:jpDSDOMkO
涼宮『いないわね…』
未だ敵とエンカウントしていなかった。
物音もしない。
涼宮『この区間にはいないのかしら…』
その言葉を聞いて、俺たちの緊張が少しだけ解けた。
その時…
朋也『ん?』
赤いランプが四つ、奥の通路で軌跡を残しながら揺らめいた。
電気も通っていないようなこの建物内での明かり。
考えられる光源は、ひとつしかない。暗視装置が放つ光だ。
ばたたたたっ! ばたたたたっ!
案の定、すぐに銃声が響いた。
涼宮『っ! 待ち伏せよっ!』
全員、さっと遮蔽物に身を隠す。
弾が柱に当たって、バチバチと大きな音を立てていた。
俺たちも、相手の攻撃が休まると、その隙に身を乗り出して撃ち返した。
涼宮『古泉くん、有希! その通路からあそこまで回りこめるから、潜行してちょうだい!』
涼宮『挟撃するわよっ』
404:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:51:20.78:+UZ/pLeq0
最も通路の入り口に近かったふたりに指示を出す。
古泉『わかりました、任せてください』
長門『わかった』
即時行動に移し、がしゃがしゃと装備の揺れる音を立てながら消えていった。
朋也(すげぇな、涼宮の奴…)
あの指示が出せるということは、建物内の空間の把握ができているということだ。
それはつまり、ほんのわずかな時間見取り図を眺めただけで、完全に頭の中に入れてしまったことを意味する。
たたたっ! ばたたたっ!
向こうから新しい銃声がふたつ。
古泉と長門有希だった。
手を振って、制圧が完了したことをこちらに伝えてきた。
不意をつかれはしたが、意外にあっけなく終わった開幕戦。
涼宮の采配が的確だったおかげだ。
敵は正面から俺たちの攻撃を受け続け、突然横から潜行部隊の奇襲を受けたのだ。
ひとたまりもなかったろう。
涼宮『よくやったわ、ふたりとも』
通路を抜け、敵の居た位置までやってくる。
そこは、ずいぶんと開けた場所だった。
さっきまでの一方通行な一本道と違い、動きやすい。
古泉『んっふ、正確に仕事ができて、なによりです、Angel Beatあっ…』
407:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:53:31.33:jpDSDOMkO
ばたたたたっ!
かんっ、とひとつ金属音がしたと思うと、古泉が発砲しながら勢いよく倒れた。
敵からのヘッドショットを受けたのだ。
涼宮『どこからっ…』
向かい側の出入り口から、がしゃがしゃと音を立てながら足音が遠のいていった。
ヒットアンドアウェイだ。敵は、反撃される前に退いていた。
涼宮『逃げられたか…』
キョン『大丈夫か、長門』
長門有希が床にうずくまっている。
キョンに安否を訊かれ、フェイスセーフ、メット、吸気弁の三つを外した。
長門「問題ない。でも…ルール上もう動けない」
手や足など、体の末端はセーフだが、内臓の詰まった胴や、頭にもらえばそこでゲームオーバーということだった。
長門「…あなたのせい」
古泉「僕も突然のことだったので、なにがなんだか…一応すみませんでした」
古泉も頭部の装備をすべて外していた。
長門「…死ぬならひとりで死ぬべき。馬鹿」
…古泉の死に際の乱射が長門有希に被弾していたらしい。
408:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:53:59.70:+UZ/pLeq0
キョン『これでまた同人数に戻っちまったな…』
今しがたふたり処理した矢先の出来事だったので、落胆の具合も大きい。
涼宮『終わったことは、言っても仕方ないわ。先へ進みましょう』
涼宮『ふたりのカタキを取るのよ』
言って、先行する。
春原『ハルヒちゃん、頼もしいね』
キョン『こういう時だけは、役に立つんだ、あいつも』
涼宮『なにがこういう時だけよ! 聞えてるんだからね、キョンっ』
キョン『あー、すまんすまん…』
―――――――――――――――――――――
涼宮『静かね…』
通路を進むが、人のいる気配が感じられない。
しかし…
朋也『俺たちが追う立場になってるけど、それって不利なんじゃないか』
涼宮『じゃ、私たちも待ち伏せしろっていうの? そんなの嫌よ』
涼宮『言ったでしょ? 攻撃は最大の防御だって。なにより、あたしの性分にあわないわ』
409:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:55:13.59:jpDSDOMkO
朋也『あ、そ…』
闘争心の塊のような奴だった。
春原『ん…?』
春原『うわぁあああっ! ゴキブリだぁあああっ!』
ばたたたたたっ!
朋也『馬鹿、んなのほっとけよ!』
涼宮『なにやってんの、金髪! 敵に位置がばれるじゃないっ!』
キョン『春原、無駄弾撃つなっ』
春原『わ、わりぃ、つい…』
どがらしゃーっ!
大きい音がして、目の前で天井が抜けていた。
春原の撃った弾が、脆くなった部分に当たり、ぶち抜いてしまったんだろうか…。
もくもくと埃が舞う。が、マスクをしている俺たちには無害だった。
次第に煙も薄れ、晴れていく視界。
涼宮『あ…』
そこには、敵が三人、重なって倒れていた。
上の階で、丁度床が崩れた場所にいて、落ちてきたのだろう。
411:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:55:40.78:+UZ/pLeq0
その衝撃からか、吸気弁が外れて埃を吸い込んでしまい、咳き込んでいる者もいた。
すかさず俺たちが銃を構えると、手を挙げて降伏していた。
―――――――――――――――――――――
春原『いやぁ、なんか、あそこは怪しいと思ってたんだよねっ』
春原『なんていうの? 動物的カンってやつ?』
あの偶発的な事故以来、春原は延々と自画自賛し続けていた。
朋也『おまえ、うるさい』
春原『いいじゃん、敵もあと一人なんだしさ。軽くトークしながらいこうぜ』
その残った一人とは、やっぱり、あの目つきの悪い男なんだろう。
今は3対1の状況で有利だが…なにか嫌な予感がしてならない。
春原『ん…どうしたの、いきなり止まっちゃってさ』
涼宮『この扉の向こうは大部屋になってるの。特に入り組んでいるわけでもなく、単純な構造よ』
涼宮『もしここに潜伏してるとしたら…』
涼宮『不用意に全員で突入すれば、一網打尽にされる可能性もあるわ』
涼宮『身を隠す遮蔽物が、室内にある家具ぐらいしかないでしょうからね』
涼宮『それに、罠を張られているかもしれないしね』
413:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:56:55.20:jpDSDOMkO
春原『ははっ、大丈夫だって。三人で袋叩きにしちゃえばいいじゃん』
春原が銃を構えることもなく、無造作に扉を開けた。
涼宮『あ、馬鹿っ…』
入り口に足を踏み入れる春原。
室内を見回す。
春原『何もないよ』
俺たちに向き直り、肩をすくめてみせる。
そして、また正面に視線を戻す。
春原『この部屋にはいなかったみた…』
カシャッ
物音がしたと思うと、大量の日光が窓から降り注いできた。
朋也『うお…』
暗視装置がちりちりと焼けていた。
腕で光を遮り、影を作ることで対処した。
春原『うぐあぁ…目がぁあっ! 目がぁあっ!』
春原はモロに直視してしまったようだ。
となれば、おそらく暗視装置は焼き切れてしまっているだろう。
414:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:57:21.71:+UZ/pLeq0
ばたたたたたたっ!
春原『ぎゃぁあああああああああっ!』
銃弾を浴びながら後ずさり、俺たちのいる場所まで押し戻され、そこでばたりと倒れた。
朋也(くそっ…!)
暗視装置を切り、半身になって室内を見る。
すると、光を背にして、ひとりの男が立っていた。
斜光カーテンを開けて、暗視装置の弱点を突いてきたのだ、あいつは…。
俺は迷わず発砲する。
ばたたたたたっ! ばたたたたっ!
キョンと涼宮も加わり、掃討射撃のように絶え間なく弾が飛んでいく。
だが、そんな派手な攻撃もむなしく、ソファーに身を隠しながら別の出入り口から逃げられてしまった。
朋也(逃がすかっ…!)
俺が一番に追い始め、その後に残りのふたりもついてきた。
―――――――――――――――――――――
部屋から出ると、すぐに階段があった。
暗視装置を再び作動させ、一気に下りていく。
そして、中程まで来たところで…
どがぁっ!
415:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:58:38.24:jpDSDOMkO
最上段から何かが砕ける音。
朋也(嘘だろ…!?)
壁を突き破って、突然敵が現れていた。
銃を構える。狙われるのは、当然一番近い位置に居る…
涼宮『嘘っ…』
ばたたたたたたっ!
キョン『うぁああっ!』
声を上げたのは、涼宮ではなく、キョンだった。
自分が盾となり、涼宮をを守っていたのだ。
涼宮『キョンっ! なんで…』
涼宮はキョンが階段から落ちないように支え、両手がふさがり、銃を落としてしまっていた。
容赦なく敵の銃口が向く。
朋也(くそっ…!)
朋也『喰らえっ』
ばたたたたたたたっ!
敵に向けて発砲する。
が、すぐさま逃げられてしまった。
416:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 03:59:02.96:+UZ/pLeq0
涼宮『キョン…』
キョン『あつつ…あー、俺はもうゲームオーバーだな…あとは任せた』
涼宮に抱きかかえられるその腕の中で、若干苦しそうに言う。
涼宮『……うん』
朋也『行くぞ、涼宮。終わりは近い』
涼宮『…わかってるわ』
―――――――――――――――――――――
薄暗い通路をただひたすら進む。俺が前衛、涼宮が後衛だった。
俺たちの他に足音は聞えない。やはり、また待ち伏せなのだろう。
今は2対1の状況なので、その判断は正しいはずだ。
朋也『ん…』
大き目の扉が目の前にあった。
一度立ち止まる。
涼宮『この先は、結構な広さのあるホールになってるわ。そして…出入り口はここしかないの』
涼宮『もし、ここでキャンプしているとしたら…決着は、ここでつくことになるわ』
朋也『…そうか』
涼宮『短時間で罠が用意できたかどうかはわからないけど、用心していきましょう』
417:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:00:37.19:jpDSDOMkO
朋也『ああ、わかった』
俺はまず様子見のために、扉を慎重に開くだけで、中に突入することはなかった。
次に、銃を構えつつ辺りを見渡して、警戒しながら足を踏み入れた。
長机が多く並んでおり、最奥には人ひとり隠れられるだけの教卓のようなものがあった。
朋也(居るのか…?)
そこに注意を向け、進んでいく。
涼宮も後ろからついてくる。
朋也(あそこしかないよな…居るとしたら…)
緊張が高まる。
ばたたたたっ!
奥から銃声。
身をかがめて長机の下に隠れる。
俺と涼宮は左右に散っていた。
朋也(やっぱりか…)
朋也(よし…)
身を起こして、教卓に銃を向ける。
その時…
右の壁にある窪みから、赤い光が尾を引きながら出てきた。
朋也(な…)
418:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:01:10.11:+UZ/pLeq0
ばたたたたっ!
朋也『うぉあっ』
咄嗟に伏せて難を逃れる。
男『ふん、なかなかいい反射神経してるじゃねぇか』
ばたたたっ!
涼宮が発砲する。
男『おっと』
しゃがみ、奥へ移動していった。
朋也(どうなってんだ…)
さっきは確かに奥から発砲してきたはずだ。
それで、あの場所に居ると当たりをつけたのだから。
朋也(一瞬で移動…? いや、ありえない、あんな距離だからな…)
朋也(なら…銃が二丁あるのか…? 一つはおとり用で…)
朋也(でも、どうやって…)
朋也(あ…)
ひとつ思い当たる。
419:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:02:15.82:jpDSDOMkO
あの大部屋のすぐ外で、春原がゲームオーバーになっていたことを。
おそらく、回収していたのだろう。
そして、仕掛けていたのだ。この罠を。
どうやって遠隔発砲できたのかは知らないが…やはり只者じゃない。
朋也(しかし…)
マガジンを取り出す。
重さからして、残弾も残り少ないことがわかった。
それは、涼宮も同じことだろう。
このまま小競り合いを続けて消耗戦になれば、負け戦になることは目に見えている。
朋也(…ふぅ。仕方ねぇな…やるか)
俺は一つの賭けに出ることにした。
ともすれば、無駄死にするだけかもしれない策だったが…いや、策とも呼べないかもしれない。
だが、この状況を打破し、勝利できる可能性も秘めているはずだ。
朋也『涼宮』
俺は銃を放った。
受け取る涼宮。
涼宮『なによ…どうしたの』
朋也『俺は今からあの男を拘束しに行く。丸腰でな』
朋也『おまえは発砲して動きを止めておいてくれ』
涼宮『そんなことできるの?』
420:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:02:39.45:+UZ/pLeq0
朋也『やるしかねぇだろ。弾、もうないだろ?』
涼宮『…そうね。じゃあ、頼んだわ』
朋也『ああ』
朋也(さて…)
俺は長机のひとつを抱えると、それを盾にして突進していった。
昨日の水鉄砲遊びの時、ダンボールで防いでいたようにだ。
男『かっ、馬鹿だな。蜂の巣にしてやるよ』
ばたたたたたっ!
朋也『うぐ…』
ミシミシと机が削られていく。
支える手にも、その振動が伝わってくる。
ばたたたたっ!
涼宮からの援護が入り、相手の攻撃の手が休まる。
朋也(ぐ、うおらっ…)
飛びかかれる位置までやってくる。
男『ちっ』
421:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:03:46.36:jpDSDOMkO
逃げようとするが…
ばたたたたっ!
涼宮の援護射撃によって動きが止まる。
朋也『おらっ』
ついに組み付くことに成功した。
男『離せ、小僧っ』
ものすごい力で抵抗される。
この状態も、長くは持たないだろう。
朋也『撃てっ! 涼宮っ!』
涼宮『でも、あんたにも当たるじゃないっ!』
朋也『いいから、早くしろっ! もう解かれるっ』
涼宮『わ、わかったわよっ! 恨まないでよねっ!』
ばたたたたたっ!
男『あだだだっ!』
朋也『ってぇ!』
弾を受けながら倒れる俺と敵の男。
422:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:04:06.26:+UZ/pLeq0
男『はぁー…はぁ…』
重く呼吸にあえぎながらも、フェイスガードと吸気弁を外す。
俺も寝転がったまま同じように装備を脱いだ。
男「なかなか根性あるじゃねぇか、小僧」
朋也「あんたも、かなり手ごわかったぜ、オッサン」
小僧と言われたお返しに、オッサンを強調してやる。
男「かっ、しっかし、この俺様が負けちまうとはな…」
ポケットからタバコを取り出して、火をつけた。
そう、戦いは終わったのだ。俺たちの勝利を以って。
―――――――――――――――――――――
男「おめぇら、最近のガキにしちゃ、骨があるな」
男「俺たち古河ベーカリーズに勝つなんてよ」
ベーカリー…パン?
涼宮「当然じゃない。私たちSOS団は世界最強なのよ」
涼宮「それを知らしめるために、日夜活動してるの」
涼宮「今は光坂だけだけど、いずれは全国に支部を置いてやるんだから」
423:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:05:17.52:jpDSDOMkO
男「ん…おまえら、もしかして、光坂の生徒なのか?」
涼宮「そうよ」
男「そうか…じゃ、渚の後輩ってことになるのか…」
渚…?
朋也(う~ん…)
誰かがその名を言っていたような…。
記憶が曖昧で思い出せない。
男「ま、いいや。おら、ご褒美をやる」
言って、全員にパンを握らせた。
男「うちは古河パンってパン屋をやってるんだが、気が向いたら来い」
男「おまえらなら、全品一割引きの出血大サービスだ」
出血するどころか、ただのかすり傷だった。
それに、店の名前だけ言われても、場所がわからない。
この人には、絶対商才がないと思う。
男「それじゃあな。今日は楽しかったぜ」
それだけ言うと、背を向けて去っていった。
涼宮「ふふふ、勝った後はやっぱり気分がいいわね」
424:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:05:40.18:+UZ/pLeq0
キョン「おまえはノーダメージだから、そりゃ気分もいいだろうよ…いつつ…」
涼宮「あ…キョン…その、大丈夫?」
キョン「まぁ、なんとかな…」
朋也「そういや、おまえ、涼宮を身を挺して守ってたよな」
キョン「お、おい、岡崎…」
春原「マジで? 愛だねぇ」
キョン「違うって…指揮系統をやられるわけにはいかないだろ」
春原「じゃあ、エースである僕の盾になってくれてもよかったんじゃない?」
春原「僕も、かなり喰らっちゃって…だいぶ体が痛むからね…骨まで堪えるよ…」
古泉「僕が居れば、その*だけは守り通して…いや、責め通してあげられたんですけどね」
古泉「ふぅんもっふっ!!」
春原「ひぃっ! なんで頭に喰らったのにこんな元気なんだよ、こいつ!?」
古泉「下半身は無傷ですからね…まっ↓がーれ↑」
春原「ひぃいっ」
手負いの春原に好き放題始める古泉。
思わず目を逸らしたくなるほど陰惨な光景だった。
426:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:06:49.93:jpDSDOMkO
朋也(そういえば…)
長門有希も、至近距離で古泉のフレンドリーファイアを受けていたはずだが…
長門「………」
何事もなかったかのような涼しい顔。
………。
やっぱり、こいつからはなにか得たいの知れない深いものを感じる…
涼宮「ところで、岡崎。あんた、正式にSOS団に入団してみない?」
朋也「あん?」
涼宮「あの金髪はともかく、あんたはなかなか使えそうだからね」
涼宮「もし、入るんなら、キョンより上の地位に置いてあげるわ」
キョン「なんでだよ…」
涼宮「あんたは定年まで平団員で固定なのよ」
キョン「ああ、そうですか…はぁ…やれやれ…」
朋也「せっかくだけど、遠慮しとくよ」
涼宮「なんですって? あたしの誘いを蹴るっていうの?」
キョン「やめとけ、ハルヒ。こいつは無理に押さえつけてられるようなタマじゃない」
427:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:07:32.59:+UZ/pLeq0
涼宮「だからこそ欲しいんじゃない」
キョン「諦めろ。最近は、こいつにも新しい居場所が出来つつあるんだ」
キョン「それを邪魔するのは、野暮ってもんだろ」
俺を見て、わずかに笑みを浮かべた。
それは…やっぱり、軽音部のことを言っているんだろうか。
涼宮「でも…」
キョン「いいから、もう帰るぞ」
言って、その背を優しく押した。
涼宮「もう…わかったわよ…」
キョン「長門も、いくぞ」
長門「………」
こく、と小さく頷いて歩き出す。
キョン「じゃあな、岡崎」
朋也「ああ、じゃあな」
春原「って、こいつも連れて帰ってくれよっ!」
古泉「セェカンドレイドッ!!! フンッ!」
428:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:08:27.95:jpDSDOMkO
春原「ひぃぃいいっ」
後ろで悲鳴が上がったが、誰も振り返らなかった。
俺は、あのオッサンにもらったパンの袋を開けた。
一口かじってみる。
朋也(うげ…)
とてもマズかった。なぜか食感もボリボリしているし…
捨てようかとも思ったが…食べ物を粗末にするのもよくない。
道すがら、ジュースでも買って一気に流し込もうと、そう決めた。
春原「って、助けてくれよっ!」
―――――――――――――――――――――
429:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:09:21.64:+UZ/pLeq0
5/4 火 祝日
春原「あ……あ…」
朋也「駄目か…」
ひっぱたいてみても、つねってみても反応がない。
こいつは朝からずっとこんな調子だった。
昨日、銃撃で体を痛めつけられたあげく、古泉には精神を犯されていたので、廃人のようになってしまっていたのだ。
朋也(そっとしておいてやるか)
寝転がり、雑誌を開いた。
―――――――――――――――――――――
さすがに暇になり、ひとりで町へ出てきた。
春原があんな状態では、悪戯してもつまらない。
雑誌も漫画も、一通り読みつくしてしまっていたし…
昔のを読み返す気にもならなかった。
朋也(なにしようかな…)
ノープランだったので、当然のごとく立ち往生してしまう。
あまり無駄金は使いたくなかったが、ネットカフェにでも行けば、楽しく暇が潰せるだろうか。
朋也(でもなぁ…)
仮に行ったとして、春原の部屋で過ごすのと、やることはそんなに変わりないような気もする。
431:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:11:48.56:jpDSDOMkO
………。
朋也(まぁ、物は試し…行ってみるか…)
俺は繁華街の方へ足を向けた。
―――――――――――――――――――――
朋也(この辺で見たことあるんだけどなぁ…)
すでに何度か同じ区間で行ったり来たりを繰り返していた。
用がない時にはすぐ見つかるのだが、探し始めた時に限ってなかなか見つからないのだ。
なんというんだろう、この現象は。
誰か偉い学者が名前をつけていてもおかしくはないくらい、ありふれていると思うのだが。
朋也(もういっか…寮に戻ろう)
諦めて、踵を返す。
この辺りは、食事処がずらっと並んでいる。
どこかに立ち寄ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、歩を進める。
朋也「あれ…」
澪「………」
少し先、秋山の姿が見えた。
こじゃれたカフェの前で立ち止まっている。
なにか、きょろきょろと周りを気にしているようだった。
誰かに目を向けられていることを察すると、すぐ表にあったメニューを熟読し始めていた。
432:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:12:36.43:+UZ/pLeq0
朋也(なにやってんだろ…)
俺は近づいていった。
朋也「よお、なにやってんだ」
澪「うわぁっ」
びくっと体を震わせる。
澪「ぽ、岡崎くん…?」
朋也(ぽ?)
謎の接頭辞。
434:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:13:09.32:+UZ/pLeq0
澪「びっくりしたぁ…」
朋也「うん、俺も」
ぽ、にだが。
澪「え、岡崎くんも…?」
朋也「ああ」
澪「でも、すごく冷静にみえるんだけど…」
朋也「いや、こう見えて、すげぇ足にきてるんだ」
朋也「今ヒザカックンもらったら、呼吸困難に陥るくらいにな」
435:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:14:32.10:jpDSDOMkO
澪「そ、そんなに…」
朋也「まぁ、それはいいとして…」
澪「いいんだ…? 結構、危険な状態だと思うけど…」
朋也「なにやってたんだ? この店になんかあるのか?」
逸れかけた話の筋を軌道修正し、本題に入る。
澪「うん…私、前からこのお店に来てみたかったんだけどね…」
澪「その…初めてだから、気後れしちゃって…なかなか入れなかったんだ」
朋也「ふぅん。じゃ、誰か誘っくればよかったんじゃないか?」
澪「あ…そ、そうか…その手があった…」
しっかりしているような印象があったが、意外と抜けているところもあるようだ。
朋也「じゃ、入ってみるか? 俺とでよければだけど」
澪「いいの?」
目を輝かせる。
朋也「ああ」
澪「じゃあ、お願いしようかな…」
436:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:14:54.52:+UZ/pLeq0
朋也「了解。ま、さっさと入ろうぜ」
澪「うんっ」
―――――――――――――――――――――
からんからん。
ベルの音と共に入店する。
店内は、白を基調とした清潔感ある内装だった。
店員「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
カウンターに近づいていくと、すぐに店員が寄ってきた。
朋也「ふたりです」
店員「では、こちらへどうぞ」
案内されるままついていく。
日当りのいい、窓際の席に通された。
店員「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
言って、テーブルから離れていった。
澪「ああ、ひとりで入らなくてよかったぁ…私、絶対店員さんに声かけられないよ…」
朋也「水運んでくるだろうから、その時に言えばひとりでも大丈夫だろ」
437:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:16:09.46:jpDSDOMkO
澪「でも、それまでに頼むもの決めてなきゃいけないでしょ? そう考えたら…お、恐ろしい…」
澪「きっと、水だけ飲んで帰ることになって…冷やかしだと思われて…」
澪「それで、ブラックリストに載って…出入り禁止になって…」
澪「町中のお店にその情報が伝わって…どこにも入れてくれなくなって…」
澪「私…私…あわわ…」
多重債務者のような扱いになっていた。
朋也「あー…心配するな。俺がちゃんと声かけてやるから」
澪「うぅ…かさねがさね、ありがとうございます…」
涙を流すほどでもないと思うが…。
朋也(まぁ、とりあえずは…)
メニューを開く。
朋也(…なんだこりゃ)
そこには、みたこともない文字列が所狭しと踊っていた。
フラペチーノうんらたらマキアートなんたらカプチーノかんたら…
かろうじて、ラテとモカを聞いたことがある程度だった。
はっきり言って、ちんぷんかんぷんだ。
秋山ならわかるだろうか。
438:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:16:34.58:+UZ/pLeq0
朋也「なぁ、秋山…」
澪「………」
…顔が青ざめている。
澪「…ナニ、オカザキクン」
声がおかしい。
朋也「いや…メニューがさっぱりわかんなくてさ…」
澪「…ウン、ワタシモ」
やっぱりか…。
澪「どどっどどうしよう…」
ぷるぷると震えだす。
朋也「落ち着け。なんかうまそうなの、指さして頼めば大丈夫だ」
澪「ゆ、ゆゆ指? そ、そんな恥ずかしいよ…もし、田舎者だってことがバレたら…あわわ」
ここは地元だ。
だいぶ錯乱しているようだった。
朋也「じゃあ、適当に俺がおまえの分も頼むってことでいいか?」
澪「お、おおお願いしますぅ…」
439:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:17:47.40:jpDSDOMkO
緊張の糸が切れたのか、脱力していた。
朋也(ふぅ…)
もう一度メニューに目を落とす。
フードメニューの方は普通に理解できた。
異常なのはドリンクだけだったようだ。
朋也(フレンチトーストでいいかな…)
朋也「食べ物は、どうする?」
澪「えっと…チョコレートケーキにしようかな」
朋也「わかった。んじゃ、店員来たら、一度に頼むな」
澪「お願いします…」
横のスタンドにメニューを立てかける。
澪「…あ、そうだ」
なにやらバッグを漁り、ノートを取り出した。
澪「あの、岡崎くん」
朋也「ん? なんだ」
澪「ちょっとみてもらいたいものがあるんだけど…いいかな?」
440:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:18:10.21:+UZ/pLeq0
朋也「なにを」
澪「これなんだけど…」
ページを開いて、そのノートを差し出してくる。
朋也「なんだ、これ」
受け取る。
澪「私が書いた詩だよ。感想もらいたくて」
朋也「俺、詩の良し悪しなんてわかんないぞ」
澪「いいよ、思った通りを言ってくれれば。それに、岡崎くんなら、正直に言ってくれそうだしね」
朋也「はぁ…」
目を通してみる。
朋也「………」
甘ったるい言葉の羅列。意味不明な比喩表現。口に出すのも恥ずかしい言い回し。
俺にとっては、さっきのドリンクメニュー並にわからない世界だった。
朋也「あのさ…」
店員「お冷、どうぞ」
言いかけた時、店員が水を持ってきてくれた。
441:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:19:26.88:jpDSDOMkO
朋也「あ、すみません、注文いいですか」
店員「はい、どうぞ」
朋也「これと、これを…」
メニューを片手に、指でさし示して伝える。
店員は、腰に下げていたオーダー表を取り出して、そこになにやら書き込んでいた。
不恰好な注文方法だったが、意思の疎通は滞りなく果たせたようだ。
朋也「それと、フレンチトーストとチョコレートケーキを」
店員「はい」
朋也「以上で」
店員「お飲み物の方は先にお持ちいたしましょうか?」
朋也「どっちでもいいです」
店員「かしこまりました。しばらくお待ちください」
軽く会釈し、下がっていった。
朋也「あー…それで、感想だったっけ…」
澪「うん」
俺は水を少し飲んで、一呼吸置いた。
442:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:19:54.08:+UZ/pLeq0
朋也「なんか、変だな」
澪「う…へ、変かぁ…あはは…律にもよくそう言われるんだ…はは…」
朋也「でも、独特で面白い気もする」
澪「ほ、ほんとに?」
朋也「ああ。もうちょっとみていいか?」
澪「う、うん、どうぞ」
ページをめくってみる。
ところどころ、走り書きされた単語や、注意点の箇条書きなどがメモされてあった。
読み進めてみる。文字だけが続いていたと思うと、突如可愛らしい落書きが現れた。
その付近の字は、やけにへにゃへにゃとしている。
ネタが思い浮かばず、苦悩した末、落書きに走ったんだろうか。
なんとなく共感できるところもあり、人の思考の軌跡を辿るのは、意外と面白かった。
しかし…
朋也「この、遭難者が日数カウントしてるような記号はなんなんだ?」
正、という字を書く、あれのことだ。
朋也「いろんなページにあるけど、どれも三回くらいで終わってるよな」
澪「あ、そ、それは…えっと…ダイエットが続いた日数…かな…」
朋也「そうなのか…」
443:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:21:29.71:jpDSDOMkO
確かに、恋愛というよりは、その前段階である片想いの立場で書かれているものばかりだった。
朋也(なら、好きな奴はいたってことなのかな)
澪「でも、やっぱり経験に根ざしてないぶん、私自身、言葉にリアリティがない気がするんだ…」
コップを置き、そう力なくつぶやいた。
朋也「いや、好きな奴はいたんだろ? そういう女の子の主観じゃないのか?」
澪「ううん、全部想像なんだ。今まではそういう人がいなかったから」
朋也「今まで? じゃ、今はいるのか」
澪「え? あ、いや…気になるっていうか…そんな感じなんだけど」
444:ミス:2010/09/26(日) 04:22:33.74:+UZ/pLeq0
つまり、いつも三日ほどで挫折しているということか。
いや…むしろ、三日坊主を継続しているといえるかもしれない。
朋也「まぁ、なんていうかさ、思ったんだけど…恋のこと書いてるのが多いよな」
朋也「やっぱ、おまえくらいだと、恋愛経験豊富だったりするんだな」
澪「そ、そんなことないよ…私、一度も男の子と付き合ったことなんてないし」
朋也「マジ? 意外だな…」
澪「い、いや、私なんて別に…」
謙虚に返した後、気を紛らわすようにして水を口にする秋山。
俺はノートを読み返してみた。
確かに、恋愛というよりは、その前段階である片想いの立場で書かれているものばかりだった。
朋也(なら、好きな奴はいたってことなのかな)
澪「でも、やっぱり経験に根ざしてないぶん、私自身、言葉にリアリティがない気がするんだ…」
コップを置き、そう力なくつぶやいた。
朋也「いや、好きな奴はいたんだろ? そういう女の子の主観じゃないのか?」
澪「ううん、全部想像なんだ。今まではそういう人がいなかったから」
朋也「今まで? じゃ、今はいるのか」
澪「え? あ、いや…気になるっていうか…そんな感じなんだけど」
445:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:25:34.40:jpDSDOMkO
朋也「ふぅん、なら、その気持ちはけっこう恋に近いんじゃないのか」
澪「そ、そうかな…」
朋也「ああ、多分な。俺も別に恋愛経験豊富ってわけじゃないからなんともいえないけどさ…」
朋也「少なくとも、他の男よりかは、一緒に居たいって思ったりするんだろ?」
澪「うん…そうだね」
朋也「試しに告ってみたらどうだ。付き合ってみれば、恋愛の詩だって書けるようになるだろうし」
澪「ええ!? む、無理、絶対…」
朋也「大丈夫だって。おまえの告白を断る男なんて、ホモ野郎ぐらいだからさ」
澪「えぇ…じ、じゃあ…もし、岡崎くんに告白したら、受けてくれるの…?」
朋也「俺? まぁ、そうだな。できるならそうしたいけど…」
朋也「おまえにはもっと相応しい奴がいるだろうし…俺にはもったいないからな」
朋也「そういう意味で、受け流すかな」
澪「そんな…相応しいとか、相応しくないとか、自分で決めないでよ、岡崎くん」
朋也「いや、俺なんて、なんの将来性もなくて…ずっと同じ場所に留まってるだけの奴なんだぜ」
朋也「どう考えても、おまえとは釣り合わない。つーか、俺が心苦しいよ」
446:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:26:03.02:+UZ/pLeq0
澪「でも…」
朋也「ま、こんな配慮、おまえが知り合いだからするんだけどな」
朋也「もし、なにも知らない状態で告白されてたら、間違いなく受けてたよ」
その時は、可愛い子とつき合えてラッキー、くらいにしか思わないだろう。
そして、徐々に価値観の違い、目指すべき場所の違いから、溝が大きくなっていって…
最後には、破局してしまうのだ。それは、容易に予想しえたことだった。
澪「………」
朋也「な? それで納得してくれ」
澪「…できないよ」
朋也「え?」
澪「あ、私とつき合えないことを言ってるんじゃないよ?」
澪「それは、岡崎くんが決めることだから、いいんだけど…」
澪「ただ、岡崎くんが自分を卑下してるのが、その…すごく嫌なんだ」
澪「私、岡崎くんは素敵な男の子だと思ってるから」
澪「優しくて、おもしろくて、頼り甲斐があって…」
澪「そんな岡崎くんだから、私も普通に話せてるんだと思う」
447:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:27:22.03:jpDSDOMkO
澪「今まで、恥ずかしがってばっかりで、まともに男の子と話せなかった私が、だよ」
澪「それは、きっと、すごいことなんだよ。だから、岡崎くんにはもっと自信を持って欲しい」
諭すように、俺の目をじっと見つめたままで、ゆっくりと、でも力強く言った。
真摯な姿勢が、挙動やその言葉の節々から汲み取れた。
単なる慰めじゃなく、腹の底から出た本音だということが、すぐにわかる。
朋也「…そっか。ありがとな。頭の隅に置いておくよ、おまえの言葉」
だからこそ、俺も素直になれた。
同じように、思ったことをそのまま返していた。
澪「うんっ」
まばゆい笑顔。
それは、男なら誰でもはっとしてしまうであろうくらいに魅力的だった。
店員「お待たせしました」
店員がやってきて、トーストとケーキ、同じタイミングで、ドリンクを俺たちの前に並べた。
店員「ごゆっくりどうぞ」
言って、俺たちの席を離れ、また店の中をせわしく動き回っていた。
澪「あ、おいしそう」
朋也「でも、部室で出てくる奴よりは、貧相だな」
448:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:27:49.61:+UZ/pLeq0
澪「それは、持ってきてくれてるのがムギだからしょうがないよ」
澪「貰い物っていっても、それをくれる人たちが、大企業の社長さんだったりするみたいだから」
朋也「え、あれって貰い物だったのか」
澪「うん、そうらしいよ」
朋也「へぇ…」
なら、お歳暮なんかはどうなっているんだろうか…。
俺には到底想像が及ばない領域で贈答が行われているに違いない。
澪「でも、これはこれでいいと思うな、私は」
フォークで一口サイズに切って、口に運ぶ。
澪「おいひぃ~」
頬に手を添え、幸せそうにもぐもぐとかみ締めていた。
朋也(俺も食うか…)
とりあえずはドリンクから手をつけることにした。
カップからは湯気が立っている。ホットを注文していたようだ。
一口飲んでみる。若干ミルクが多かったが、甘すぎず、丁度良い加減だった。
ランダムに選んだのだが、当たりを引けたようだった。
―――――――――――――――――――――
450:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:28:58.94:jpDSDOMkO
澪「ありがとね、岡崎くん」
朋也「いや、別に。俺も暇が潰せてよかったよ」
澪「そっか。じゃ、おあいこだね」
朋也「だな」
澪「ふふ…それじゃあ、また」
朋也「ああ、じゃあな」
その背を見送る。
角を曲がったところで、俺も身を翻して歩き出す。
向かう先は、もちろん春原の部屋。
あいつはもう、意識を取り戻しているだろうか。
もし、まだ臥せっているなら、また暇になってしまう。
最悪の事態に備えて、途中で雑誌でも買っていこう…そう決めた。
朋也(ふぅ…)
451:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:29:26.05:+UZ/pLeq0
ふと、秋山との会話を思い出す。
こんな俺にさえ、自信を持てと、そう言ってくれていた。
いいところを、見つけようとしてくれていた。
それも、無理にではなく、ごく自然にだ。
なら…一緒にいても、気疲れすることもなく、心から楽しめるかもしれない。
つまりは…つき合ったとしても、上手くいってしまうんじゃないかと…
そんな可能性を僅かに感じていた。
朋也(はっ…馬鹿か、俺は…)
なにがつき合ったら、だ。その仮定がまずありえない。
朋也(アホらし…)
とっとと寮に戻ろう…。
俺はポケットから手を出し、気持ちその足を速めていた。
―――――――――――――――――――――
452:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:31:16.47:jpDSDOMkO
5/5 水 祝日
春原「ああ、くそっ、つーか、なんでもう最終日になってんだよっ」
大人しく漫画を読んでいたと思ったら、なんの前触れもなく突如声を上げた。
朋也「そりゃ、時間が過ぎたからだろ」
春原「それなんだけどさ、僕、きのうの記憶がまったくないんだよね」
春原「っていうか、最後になにか汚いものが顔面に迫ってきたのはうっすら覚えてるんだけど…」
春原「そこから先がなにも思い出せないんだ」
精神が完全に崩壊しないよう、防衛本能が働いたのか、記憶障害を起こしていた。
春原「おまえ、なにか知らない?」
朋也「知らん」
知らないほうがいいだろう。
春原「くそぅ、どうも煮え切らなくて、気持ち悪いんだよなぁ…」
―――――――――――――――――――――
春原「なぁ、岡崎。なんか楽しげなイベントとかないの?」
春原「もう今日で終わっちまうんだぜ? ゴールデンな週間もさ」
453:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:31:40.57:+UZ/pLeq0
朋也「じゃあ、ラグビー部の部屋のドアに落書きしてまわるか」
朋也「あいつら、遠征かなんかで出払ってるだろ、今」
春原「お、いいねぇ、おもしろそうじゃん。日ごろの鬱憤もはらせるし」
春原「なんか派手に書けるものあったかな、へへっ」
意気揚々と立ち上がる。
朋也「春原参上! って、スラム街のように赤いスプレーで書いてやろうな」
春原「って、なんで特定される情報まで書くんだよっ!」
朋也「いいだろ、別に。今寮に残ってんのなんて、おまえぐらいのもんだし、どっちみちすぐバレるって」
春原「じゃ、ダメじゃん。他になんかないの」
朋也「おまえの洗濯物と、ラグビー部の奴の洗濯物入れ替えるってのはどうだ?」
朋也「もしかしたら、下着を交換することで、立場が逆転するかもしれないぜ?」
春原「どういう理屈だよっ! つか、確実にボコボコにされるだろ、僕っ」
朋也「それを見越してのことなんだけど」
春原「おまえが楽しむだけのイベント考えるなっ!」
春原「ったく…おまえに訊いたのが間違いだったよ」
454:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:34:21.00:jpDSDOMkO
ぼやき、布団にダイブした。
春原「あーあ、暇だなぁ…」
がちゃり
声「よーぅ、居るかぁ、春原ー」
朋也(ん?)
ドアの方に顔を向ける。
朋也(あれ…)
春原「うわぁっ、ななんでおまえが…」
律「お、岡崎もいるみたいだな。丁度よかった」
部長だった。
澪「律、ノックぐらいしないか」
唯「ひぃ…ふぅ…歩くの早いよぉ、りっちゃん…」
梓「大丈夫ですか、唯先輩」
唯「うん、なんとか…」
その後ろからぞろぞろと他の部員も出てくる。
455:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:34:43.26:+UZ/pLeq0
律「おい、おまえら、今からボーリング行くぞ」
春原「あん? ボーリングぅ?」
律「おう。早く準備しろい」
春原「なんかよくわかんないけど、急すぎるだろ、おまえ」
澪「ほら、やっぱりアポなしでいきなり来たから迷惑してるじゃないか」
唯「そうだよぉ、私だって熱海から帰ってきたばっかりで疲れてたのにぃ」
律「なぁんで保養地に行って疲れて帰って来るんだよっ」
梓「私だって今日はのんびりしたかったです」
律「夏でもないのに軽井沢なんて避暑地にいく中野家が悪い」
梓「どう悪いのかさっぱりわかりません」
梓「むしろ、TDLで三日間も遊んでた律先輩のご家族の方がおかしいです」
律「なんだとぉ? お土産あったのにぃ…おまえにはあげないからなっ」
澪「お土産? おまえにしては珍しいな」
律「ん? 欲しいかい? 興味あるかい?」
律「インドア派で、この三日間どこにも出かけず部屋に篭ってる内に髪が伸び放題になっちゃった澪ちゃんよぉ」
457:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:36:00.20:jpDSDOMkO
澪「引き篭もりみたく言うなっ! しかもそんな長い形容句をスムーズにっ!」
律「そういきりなさんなって…ほら、やるよ」
ごそごそとポケットから何かを取り出した。
律「フリーパスの残りカス」
澪「って、それがお土産なのか…」
律「そだよん」
澪「普通に要らない」
律「あ、そ」
ぽい、と投げ捨てた。
春原「って、僕の部屋に捨てるなっ!」
朋也「お前の部屋も、ゴミ箱も、そう大差ないんだから、許してやれよ」
春原「大違いだよっ! それじゃ、住んでる僕がゴミみたいだろっ!」
朋也「はははははっ」
春原「笑うなぁっ!」
律「アホなコントやってないで、早く準備しろって」
458:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:36:31.72:+UZ/pLeq0
春原「待てよ。ムギちゃんはどうしたんだよ。そこが一番重要なのによ」
律「ムギはまだイタリーにいるんだよ。帰ってくるのは今日の夜らしいからな。諦めろ」
春原「うへ~、海外かよ、さすがムギちゃん…」
春原「でも、ムギちゃんがいないんじゃ、行く気にならないなぁ…僕も、そんな暇じゃないしね」
律「嘘つけ。んなだらしなく寝巻きでゴロゴロしてる奴に、予定なんかあるわけないだろ」
律「もしあったとしても、こんな美少女が誘ってるんだぜ? 当然こっちを優先するよな」
春原「美少女かどうかはともかく、そこまで言うんなら行ってやってもいいけどね」
律「ふん、内心めちゃくちゃうれしいくせに。ひねくれ者め」
春原「言ってろって」
ベッドから身を起こす。
美佐枝「あら…こりゃまた、珍しい光景だねぇ。春原の部屋に女の子が集まってるなんて」
春原「あ、美佐枝さん」
廊下側、部長たちの後ろから美佐枝さんが顔を覗かせる。
律「あ、こんにちは」
澪「こんにちは」
459:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:38:15.90:jpDSDOMkO
唯「こんにちは~」
梓「こんにちは」
美佐枝「はい、こんにちは」
春原「その子たち、そこのカチューシャ以外みんな僕の彼女なんだよ。すごくない?」
律「変な嘘つくな、アホっ! しかも、あたし以外ってどういうことだよっ」
春原「そのまんまの意味さ」
律「てめぇ…」
梓「あの、その節はお世話になりました」
美佐枝「ん? あー、確か…中野さん、だったっけ」
梓「はい、そうです」
美佐枝「あの時、岡崎とデートしてた子よねぇ?」
朋也(ぐあ…)
梓「なっ…」
唯「えぇ!?」
澪「えぇ!?」
律「え、マジで?」
461:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:38:35.44:+UZ/pLeq0
春原「へぇ、気づかなかったよ。おまえら、そんな仲だったんだ」
朋也「違うっての」
梓「相楽さん、違いますよっ! ほら、猫の件で一緒に居ただけじゃないですかっ!」
美佐枝「あーら、そうだったわねぇ。この歳になると物忘れが激しくていけないわぁ」
…絶対にわざとだ。
梓「なに言ってるんですか、十分お若いじゃないですかっ」
美佐枝「あら、ありがと。あ、そだ。今あの子、部屋にいるんだけど、みてく?」
梓「あ、はい、是非っ。律先輩、私ちょっと行ってきますんで」
律「ん、ああ…」
梓「それじゃ、失礼します」
言って、美佐枝さんについていった。
律「…で、今の人は?」
春原「美佐枝さんっていって、ここの寮母やってる人だよ。要するにおっぱいって感じかな」
律「変なまとめ方するなよ、変態め…まぁ、確かに胸は大きかったけどさ…」
澪「あの…岡崎くん、梓とデートしてたって、本当…?」
462:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:39:57.29:jpDSDOMkO
春原「お、そうだそうだ。おまえ、あの二年と仲悪かったのに、どんなテク使ったんだよ」
朋也「デートじゃねぇって。中野も否定してただろ。たまたま会って、それで、猫の飼い主探しを手伝ってたんだよ」
唯「あ、もしかして、あれかな? あずにゃんからメールきたことあったんだよね。飼ってくれませんかって」
律「それ、あたしにもきたわ」
澪「そういえば、私にも…」
唯「飼い主みつかったって言ってたけど、あの人のことだったんだね」
朋也「まぁ、そういうことだ」
春原「でも、美佐枝さんがデートと見間違えたってことはさ…さてはおまえ、チューしようとしてたなっ」
朋也「んなわけあるか、馬鹿。つーか、さっさと着替えろよ。行くんだろ、ボーリング」
春原「ん、そうだね。よいしょっと…」
おもむろにズボンを脱ぎ捨てる。
澪「ひゃっ…」
ばっ、と顔を背ける秋山。
律「って、馬鹿、まだあたしらがいるのに着替え始めんなよっ! しかも下からっ!」
部長は手で顔を覆い隠していた。
463:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:40:25.70:+UZ/pLeq0
唯「かわいい柄だね、そのパンツ」
春原「だろ?」
が、平沢だけは平然と直視していた。
…やはりこいつは少し人とズレているんだろうか。
―――――――――――――――――――――
律「今日は絶対この前の借りを返してやるからな」
春原「はっ、できるかな…この町内会の鬼と呼ばれた僕に」
律「なんだそのだせぇ異名は」
春原「ださくねぇよっ! 地元で一番のボウラーだったからついた名誉ある称号だっ!」
律「地元? 小せぇなぁ…ま、おまえに世界の広さってもんを教えてやるよ」
律「この、16ポンドボールの生まれ変わりと呼ばれるあたしがな」
春原「ははっ、なるほど。でかい球体と、広いデコのことをかけて言われてるんだね。悪口じゃん」
律「違うわっ! ピンを倒しまくるからだっつーのっ!」
律「それくらいわかれ、このガーターの生まれ変わりがっ!」
春原「あんだと、こらっ」
騒がしいふたりを先頭に、一向はボウリング場を目指す。
464:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:41:49.69:jpDSDOMkO
朋也「ところでさ、平沢」
唯「うん? なに?」
朋也「今日は、憂ちゃんは一緒じゃないんだな」
唯「憂はお母さんと買い物にいってるからね~」
唯「お父さんたち、明日また仕事に戻っちゃうから、一緒にいられるのは今日までなんだ」
唯「それで、朝からずっとべったりなんだよ、憂は」
朋也「ふぅん…でも、おまえはよかったのか? 親と一緒にいなくて」
唯「行ってきなさいって、言われちゃったからね。友達は大事にしなさい~って」
朋也「そっか」
唯「うん。あと、和ちゃんも誘ったんだけど、今月は模試と中間があるから、勉強したいって断られちゃったんだ」
朋也「へぇ…真面目だな。さすが生徒会長」
唯「だよねぇ」
梓「…あ~あ、また岡崎先輩の最悪なクセが出てきましたね」
梓「こんなに女の子の比率が高いのに、まだ憂を欲しがるなんて…最低です」
澪「こ、こら梓…」
465:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:42:19.58:+UZ/pLeq0
朋也「いや、ただいないのが気になっただけだからな…」
梓「どうせ、また憂にお兄ちゃんって呼ばせたかったんでしょっ!」
朋也(聞いちゃいねぇ…)
梓「…それなら、私だって、言ってくれれば…呼んであげるのに…」
朋也「あん?」
小さすぎて、そのセリフを聞き取ることができなかった。
梓「なんでもないですっ! 馬鹿っ!」
澪「梓、なんでそういつもつっかかっていくんだ」
梓「だって…」
澪「だってじゃありません。せっかく一緒に遊ぶんだから、仲良くしなさい」
梓「…はい」
あまり納得していないような面持ちだったが、それでも不承不承こくりと頷いていた。
朋也「すげぇな、秋山。後輩の躾け、上手いじゃん」
澪「そんなことないよ。ただ注意しただけだし」
梓「って、なにが躾けですかっ! 動物みたいに言わないでくださいっ!」
466:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:43:47.07:jpDSDOMkO
朋也「ああ、でも、猫だよ、猫。猫みたいな感じだよ」
梓「ね、猫ですか…まぁ、それなら…」
唯「私も、あずにゃんを躾けてみたい! ほら、あずにゃん、お手っ」
梓「な…ば、馬鹿にしないでくださぁいっ!」
ぽかぽかと殴られる平沢。
唯「うわぁん、ごめんよ、あずにゃん」
梓「このっこのっ」
平和な奴らだった。
―――――――――――――――――――――
カウンターで手続きを済ませ、シューズやボールなどの準備を終えて、ボックスにつく。
春原「よぅし、先発は僕からだ」
春原がアプローチに立つ。
春原「うおりゃああああっ」
思い切り助走をつけて…
春原「いっけ…っうぉわっ」
467:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:44:18.18:+UZ/pLeq0
投げようとしたところで、指が抜けず、球といっしょに体が放り出される。
どすん!
春原「ってぇ…」
ぎりぎりファールラインを超えず、こちら側に倒れていたので、油まみれにならずに済んでいた。
球はゴロゴロと転がっていき、ガーターに嵌り、一本もピンを倒すことはなかった。
律「わはは、力みすぎだっつーの。つーか、ボールは自分に合ったの選べよなぁ」
春原「最近やってなかったからな…ブランクのせいだよ。次は華麗に決めてやるさ」
言って、ボールを選び直しに出た。
何個か手に持って確認すると、その中の一つを持ってくる。
春原「これでいいぜ…スペア取ってやるよ」
構える。
春原「らぁああっ!」
フォームを意識しすぎて、最終的にはJOJO立ちのようになって放っていた。
ごろごろごろ…がたん
再びガーター。得点は0。
律「だっせー、こいつっ! わはははっ」
469:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:50:09.63:GUuTH9K4O
ポケモンの孵化作業をしながらここをみてるのは俺だけじゃないはず
471:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:51:52.91:+UZ/pLeq0
春原「ちっ…オイルのコンディションが悪すぎるんだよ」
待機席に戻ってくると、乱暴に腰を下ろした。
澪「ドンマイ、春原くん」
唯「投げ方だけはストライクだったよ」
春原「おまえのはフォローになってねぇっての」
画面に表示された春原のスコアに0とつけられた。
次に、部長の枠が点滅していた。
律「ほんじゃ、次はあたしだな」
―――――――――――――――――――――
律「ふぅ…」
ボールを手前に持ち、集中している。
踏ん切りがついたのか、助走をつけた。
律「ほっ」
綺麗なフォームで投げ放つ。
ボールは勢いのある直線的な動きで、ど真ん中からピンを蹴散らしていった。
律「あ、くそ…」
その結果、端と端に一本ずつ残してしまっていた。
473:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:53:27.82:jpDSDOMkO
春原「はは、こりゃどっちか諦めなきゃね。スペアは無理だよ」
律「ふん、どうかな…」
ボールが返却される。
それを手に取ると、再びアプローチに戻った。
律「む…」
助走をつける。
律「てりゃっ」
右端のピンに真っ直ぐ向かっていくボール。
ガーターすれすれで進んでいくと…
パコンッ パコンッ
春原「なっ…!?」
豪快に左端まで飛ばし、ピン同士がぶつかり合って倒れていた。
律「どうよ? 私のピンアクション。すごくない?」
唯「りっちゃんすごぉ~い!」
澪「昔から得意だよな、それ」
律「まぁねん」
474:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:54:16.65:+UZ/pLeq0
梓「いつもはおおざっぱなのに…変に器用なんですね。それをドラムにも生かしてくれればいいのに」
律「なんか言ったかぁ? あ~ずさぁ?」
梓「いえ、なんでもありません」
春原「まぁ、ビギナーズラックってやつだね、ははっ」
律「ビギナーでもねぇし。ジツリキよ、ジツリキ。運などとは絶対に言わせない。絶対にな」
澪「なにファイティングポーズとってるんだ、律」
律「いや、なんでも。それよか、次は澪だろ? いってかましてこいよ」
澪「ん、私か…」
―――――――――――――――――――――
澪「………」
静かにレーンの先を見つめる。
そして、軽く助走をつけた。
澪「ほっ…」
ボールがリリースされる。
回転がかかっているのか、えぐるようにして、若干横からピンに突っ込んでいった。
パコーンっ
477:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:56:05.32:+UZ/pLeq0
見事すべて倒し、ストライクを取っていた。
球威こそなかったが、入っていく角度がどんぴしゃだったのだろう。
唯「うわぁ澪ちゃんすごいねっ! さっきのりっちゃんが霞んで見えるよっ」
律「な…おま…」
澪「あはは…」
照れたように、ぽりぽりと頬をかいていた。
唯「りっちゃん、褒めた分の労力を返してよっ」
律「なんだよ、あたしも十分すごかったってのっ」
梓「澪先輩、上手ですね」
澪「たまたまだって」
朋也「たまたまで回転なんかかけられないだろ」
春原「だね。やるじゃん、秋山」
澪「あ、あはは…ありがとう」
澪「あ、そ、そうだ、次は岡崎くんだよ」
朋也「俺か…」
あんな快挙の後では、ハードルが上がったような気がして、なんとなくやり辛い…。
478:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:57:41.53:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――
結局、俺は普通に投げ、そこそこ倒し、なんのトラブルもなく普通に順番を終えた。
―――――――――――――――――――――
梓「なんか、すごく地味でしたね」
待機席に帰ってくると、開口一番そう口にする中野。
律「だよなぁ。なんかイベント起こしてくれなきゃ、つまんねぇよ」
朋也「俺にそんな期待するな…」
春原「間違って隣のレーンに投げちゃったぁ、とかすればウケたのにな。残念だったな、岡崎」
それはおまえの役目だ。しかもシャレになっていない。
唯「確かに、全然おもしろくなかったけど…気にしちゃだめだよ? それが岡崎くんの持ち味なんだから」
澪「うん、気を落とさないでね、岡崎くん」
慰めの皮を被った追い討ちをされていた。
朋也「俺のことはいいんだよ…次、中野だろ? いけよ」
梓「じゃあ、私も岡崎先輩に倣って、頑張って盛り上げてきますね」
にこやかに皮肉を言い残していった。
479:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 04:58:28.16:+UZ/pLeq0
朋也(くそ…)
―――――――――――――――――――――
梓「………」
ボールを持ち、真剣な眼差しで正面を見据える。
その小さい体と、それに合わせた小さいボールだったが、妙な迫力があった。
梓「……っ」
助走をつける。
梓「えいっ」
投げ放つ。
途中まではレーンに乗っていたが、次第にガーターに寄っていき、すとん、と落ちた。
朋也(なんだ、ガーター…)
朋也(ん?)
突如、ガーターから復帰し、ピンを弾き出すボール。
倒した本数もそれなりにあった。
律「おお、すげぇ…今の狙ってやったのか?」
梓「はい、これは私の持ちネタの一つなんです。まぁ、あくまでネタですから、実利に乏しいんですけど」
唯「おもしろい技もってるねっ、あずにゃん」
481:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:02:40.42:jpDSDOMkO
春原「なかなかやるじゃん、二年もさ」
澪「あんなの見たことないな…すごいんだな、梓は」
梓「ありがとうございます」
優越感たっぷりに俺を見下ろしてきた。
朋也「………」
正直、敗北を認めてしまっている自分がいた。
―――――――――――――――――――――
その後、中野は順調に残りのピンを倒し、スペアを取っていた。
まぁ、あんな離れ業をこなすだけの技量があるのだから、普通にやればわけないだろう。
唯「最後は私だね」
梓「頑張ってください、唯先輩」
唯「やるよぉ、私はっ。ふんすっ」
意気込み、ボールを持ってアプローチに上がった。
朋也(大丈夫かな…)
その足取りがふらふらとおぼつかないことに少し不安を覚えた。
唯「よぉし…」
482:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:03:06.20:+UZ/pLeq0
構えることもなく、ぱたぱたと小走りで助走をつける。
唯「うわっ…」
朋也(あ…)
なにも無いはずなのに、足をつっかえさせて転けていた。
ボールが床に落ち、ゴン、と鈍い音がする。
朋也「大丈夫か、平沢っ」
すぐに駆け寄っていく。
ボールが落ちた拍子に、どこかにぶつけていないだろうか…それが心配だった。
唯「うん、平気だよ…」
朋也「そうか…」
強がりで言っている様子はない。ただ転んだだけで済んだようだ。
大きな怪我もなく、ほっとする。
律「唯、大丈夫か!?」
唯「だいじょうぶいっ」
やや遅れて部長たちもやってきた。
梓「はい、岡崎先輩、唯先輩から離れましょうねっ」
朋也「あ、おい…」
483:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:04:15.98:jpDSDOMkO
ぐいぐい服を引かれる。
朋也「って、なについでに手についた油拭いてんだよっ」
梓「あ、無意識にやってました。すみません」
どんな深層心理だ。
澪「どこか痛むところないか?」
唯「全然大丈夫だよっ。気にしないで、ノーダメージだから」
澪「そっか…なら、よかったよ。不幸中の幸いだな」
律「まったく、おまえは…いつも心配かけさせやがって」
唯「えへへ、ごめんね」
春原「とろいなぁ、おまえ」
唯「そんなことないよっ! めちゃ機敏だよっ!」
春原「んじゃ、こけんなよ」
唯「こけてないよっ。受身取ってるからねっ」
澪「それは、こけてから取る動作なんじゃないのか…」
律「はは、まぁこんな冗談が言えるくらいだから、本当に大丈夫なんだろうな」
484:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:04:35.04:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
平沢の無事が確認できたので、皆席に戻っていた。
春原「つーかさ、岡崎。おまえ、すげぇ速かったな。一番に走ってったし」
律「あー、あたしもそれ思ったわ。やっぱ、愛しの唯ちゃんが心配だったのぉ?」
朋也「なにが愛しのだ。単に俺の足が速かっただけだろ」
春原「僕より速いっていうのかよっ!!」
朋也「いちいち変なところに食いついてくるな」
律「でも、めちゃ顔面蒼白になってたじゃん。転んだだけであそこまでなるかぁ、普通?」
朋也「嘘つけ。俺は血色はいいほうだ。つーか、おまえらだって駆けつけてただろ」
律「そうだけどさ、なんか、あんたは心配の度合いが違ったっていうか…」
春原「彼女を心配する彼氏みたいだったよね」
律「うんうん、それだわ、まさに」
朋也「こんな時だけ徒党を組むな。思い出せ、おまえらは仲が悪かったはずだ」
律「お、話題を逸らしに来ましたなぁ」
春原「こりゃ、なんか隠そうとしてる本心があるね」
485:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:05:48.40:jpDSDOMkO
朋也「ねぇっての…」
律「うひひ、これは今後が楽しみですなぁ」
春原「なんか進展したら、すぐ報告してくれよな」
朋也「なにも起こらねぇよ…」
悪巧みする悪人のような顔つきで邪推し、盛り上がり始める春原と部長。
朋也(ったく…)
つんつん
袖を引っ張られる。
朋也「ん…?」
梓「…本当のところはどうなんですか」
朋也「あん? なにがだよ」
梓「だから、唯先輩のことです」
朋也「おまえまで、んなこと訊いてくるのかよ」
梓「だって…すごく大事にしてるし…」
憤慨してくるのかと思ったが…意外にも、しゅんとなってしおれていた。
よほど平沢を取られたくないんだろう。
486:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:06:11.45:+UZ/pLeq0
澪「私も、知りたいな。岡崎くんが唯をどう思ってるか」
朋也「って、おまえもかよ…」
そんなに興味を引くことなんだろうか…。
梓「澪先輩…」
澪「………」
朋也「俺は、別に…」
朋也「………」
好きじゃない…とは、言えなかった。
俺は…
唯「みんなひどいよ~、私投げ終わったのに、なにも声かけてくれないのぉ?」
のんきな声と共に平沢が戻ってきた。
全員の目が向く。
律「おう、悪い悪い。で、どうだったんだ、結果はさ」
唯「えへへ、それがね…」
ぱっ、と画面がちらつくと、平沢のスコアに得点が表示された。
…1点。
律「おま…一本だけ倒したのか…」
487:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:07:42.09:jpDSDOMkO
唯「うん。やっぱり、難しいね、ボーリングは」
律「いや、逆にすごいぞ、一本だけなんて…」
春原「ははっ、こりゃ、平沢のドベで決まりかもね」
朋也「今はおまえが最下位だろ」
春原「はっ、そんなの、すぐにひっくり返してやるさ」
一巡し、また春原に順番が回ってくる。
春原「おし、やってやるぜっ」
律「気合だけは一人前なんだよなぁ、空回りするけど」
春原「うっせー、ボケ」
唯「あはは、頑張って~春原くんっ」
ゲームが再開される。
俺はそのタイミングに救われた心地がしていた。
そう…平沢のことが好きじゃないなんて、心にもない事、口に出さずに済んだからだ。
つまり俺は…やっぱり、好きなんだ。平沢のことが。
朋也(いつからだったんだろうな…)
俺自身、正確にはわからなかった。
けど…もう、ずっと前からだった気がする。
それが今、ようやくはっきりした。
488:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:08:02.59:+UZ/pLeq0
こんなキッカケでしか気づけないなんて…自分のことながら、滑稽だった。
朋也(はぁ…)
俺は平沢の横顔をじっと見つめた。
朋也(変な奴だよな…可愛いけど)
唯「ん?」
目が合う。
唯「…えへへ」
朋也「…えへへ」
唯「ぷふっ、岡崎くんが、えへへって…」
朋也「悪いか」
唯「いや、かわいいなって…あははっ」
朋也「そっかよ…っ、痛っつ…」
ふとももに鋭い痛みが走る。
梓「なに目の前でいちゃついてくれてるんですかっ」
中野につねられていた。
489:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:09:12.34:jpDSDOMkO
朋也「別にんなこと…秋山、こいつを止めてくれ」
澪「…梓、ちょっと力が足りないんじゃないか?」
朋也「え?」
梓「そうですね」
ぎゅうっ
朋也「あでででっ! って、なんでだよっ」
同時にそっぽを向く秋山と中野。
朋也(なんなんだよ…)
秋山まで悪乗りするなんて…わけがわからなかった。
―――――――――――――――――――――
唯「うぅ…手がベタベタするよぉ…」
梓「唯先輩、手洗ってこなかったんですか」
唯「うん、自然乾燥がいいって、テレビで高田純次さんが言ってたから」
梓「それは信じちゃだめですよ…発言の後、スタジオに笑いが起こってませんでしたか?」
唯「ん? そういえば…」
490:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:09:35.94:+UZ/pLeq0
梓「だったら、それはただのネタですから」
唯「そっかぁ…くそぉ、あの野郎ぉ…」
梓「大御所芸能人を、一般人があの野郎呼ばわりしたら駄目ですよ…」
梓「とりあえず、ティッシュあげますから、これで拭き取ってください。ちょうどそこにゴミ箱もありますから」
唯「ありがとう、あずにゃん」
俺たちは4ゲームこなし、ボウリング場を後にしていた。
総合順位は、1位秋山、2位中野、3位部長、4位春原、5位俺、6位平沢だった。
1位と2位のふたりは、下位とは大差をつけての高得点争いをしていた。
接戦の末、勝負を制して王者に輝いたのは秋山だった。
続く3位と4位、部長と春原は、妨害工作が入り混じる、抜きつ抜かれつの泥仕合を演じていた。
そして今回一枚上手だったのは部長の方だった。
続く5位と6位、俺と平沢は、ただただ平凡に順番を回していったのだった。
律「おい、負け原、頭が高いぞ。もっとひれ伏して、地面に近い位置をキープしろよ」
春原「ざけんなっ、ゲーセン勝負じゃ、僕に軍配が上がってたんだから、これでやっと対等になれたんだろっ」
律「そんな昔のこと覚えとらんわぁっ! 男なら、いつだって今日を生きてみろよっ」
春原「くそぉ…一理あるな…」
あるのか。
律「んじゃさ、すっきり勝てたことだし…次はカラオケ行ってみよか」
491:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:10:58.81:jpDSDOMkO
唯「あ、いいね、カラオケっ」
梓「って、まだ遊ぶんですか?」
律「当然。あたしたちのゴールデンウィークは始まったばっかりだぜ」
梓「今日で終わりですけどね…」
澪「…カラオケは、やめにしないか?」
律「なんでだよ?」
澪「だって…恥ずかしいし…」
律「なにいってんだよ、今更。もう散々ライブで人前に立って歌ってるじゃん」
澪「唯がメインボーカルだろ…私は隣で相槌打ってたり、ちょっとハモったりするだけじゃないか」
律「んなわけないだろ…1曲まるまる歌ってたこともあったぐらいだしな」
唯「私が喉やられちゃってた時と、風邪引いちゃってた時だよね」
律「そうそう」
澪「でも…カラオケは採点機能とかあって、厳しい評価下されるわけだし…」
律「ええい、まどこっろしいわっ! 来週にはライブやるんだから、今から特訓しとくぞっ」
律「いくぞ、ゴーゴーっ!」
492:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:11:17.91:+UZ/pLeq0
唯「おーっ」
先頭に立って歩き出す部長と平沢。
流されるように、俺たちもその後に続いていく。
春原「ふん、僕の美声で、幼かったあの日の匂いを思い出すがいいさ」
律「なんだそりゃ。おまえの歌唱力で想起される情景なんか、台所の三角コーナーぐらいだろ」
春原「あんだと、こらっ」
またも騒ぎ出す。疲れを知らない奴らだった。
澪「はぁ…」
秋山はあくまで気が乗らないようで、ため息をついていた。
―――――――――――――――――――――
春原「てめぇ、勝手に予約消すんじゃねぇよっ」
律「あんたが連続して入れるからだろっ! しかも同じ曲ばっかりっ!」
春原「ボンバヘッ! はどれだけ続いても盛り上がるんだよっ!」
春原「つーか、どさくさにまぎれて、割り込みいれてくるんじゃねぇよっ」
律「あ、消すなっ! 馬鹿っ」
個室に入ると、このふたりはすぐにリモコンを手にして、互いの予約を打ち消し合っていた。
493:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:12:26.44:jpDSDOMkO
春原「はぁはぁ…くそ…」
律「はぁ…しつけぇ、こいつ…」
たららん らんらん らんらんらんらん♪
室内になんとも締まらない音楽が鳴り響く。
春原「あん?」
律「あ…」
唯「えへへ」
平沢が端末に手動で直接入力していた。
マイクも手にしている。
唯『だんごっ だんごっ…』
歌いだす平沢。
律「うわ、やられた…意外と策士だな、唯」
春原「おまえが邪魔しなきゃ、今頃僕がボンバヘッ! でスタートダッシュできてたのによ」
律「一曲だけなら文句はなかったってのっ」
唯『みんな、みんな、合~わ~せ~てぇ百人、家族~…』
律「しっかし、一発目から、だんご大家族かよ…」
494:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:12:49.52:+UZ/pLeq0
梓「唯先輩らしいです」
澪「唯、好きだもんな、だんご大家族」
春原「ふぅん、変な趣味してんなぁ」
唯『みんなも一緒に歌おうよっ! 赤ちゃんだんごは、いつも、幸せの中で…』
律「ははっ…へいへい」
部長も歌いだす。
続き、秋山も、中野も一緒に歌出だした。
そして、俺と、春原さえも控えめにだが、口ずさんでいた。
とても高校生がカラオケでやるようなこととは思えない。まるで、お遊戯会の合唱のようだった。
唯『…ふぅ』
曲が終わる。
唯「いやぁ、やっぱり、だんご大家族だよね」
律「まぁ、たまには悪くないな、だんごも」
唯「いつだっていいものだよ、だんご大家族は」
律「はいはい」
和やかな空気。
しかし…
495:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:14:08.82:jpDSDOMkO
春原『ボンバヘッ!』
ぶち壊すような春原のシャウト。
同時、流れ出す歌謡ヒップホップ。
律「げっ、いつの間に…」
春原『ボンッボンッボンバヘッ! ボンボンボンバヘッ!』
律「ボンバヘッしか言ってねぇし…あ、そだ。採点オンにしなきゃな」
画面に採点が入ったことを知らせるテロップが流れた。
春原の声に気合が篭る。
澪「ええ!? 採点はなしにしてくれっ」
律「ああ、おまえの時だけ切るから、安心しろ」
澪「ほんとだぞ? 不意打ちとか、するなよ?」
律「わかってるって」
―――――――――――――――――――――
春原『おしっ、どうだ!』
曲が終わり、採点が始まる。
デフォルメされた動物キャラたちが、なにやらひそひそと会議をしている。
だらららら だん!
496:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:14:41.01:+UZ/pLeq0
10点 10点 5点 6点 11点 合計…42点!
悲壮感漂うBGMを背景に、キャラクターたちが狂ったように得点フリップを叩き壊していた。
春原『え゛ぇ゛!? マジかよっ!?』
律「わはは、ショボっ」
春原「最初から入ってなかったから、その分引かれてんだよ、絶対っ」
律「んなわけあるかいっ。もしそうだったとしても、超序盤だったし、変わんねぇって」
春原「くそぅ…こんなはずじゃ…」
律「次はあたしだな」
画面が変わり、次の曲のタイトルが大きく表示される。
『Oh!Heaven』とあった。
律『んっん…あーあー…』
喉の調子を整える部長。
ややあって、背景映像と前奏が流れ始める。
なんとなく聞いたことがあるメロディ。
朋也(なんだったっけな…)
頭を抱えて記憶を辿る。
確か、昔あったドラマで使われていたような…。
497:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:16:05.95:jpDSDOMkO
律『ダメなぼくと知ってても~いつもそばにいたんだねぇ~』
やっぱりそうだ。実際に歌を聴いて確信した。次いで、ドラマの内容も思い出す。
天使から与えられる試練をクリアできなければ即死亡…そんな設定の物語だった。
部長もまた、ずいぶんと懐かしい選曲をしたものだ。
春原「む…」
春原にも心当たりがあったんだろうか。
画面を凝視していた。
春原「おおっ…」
律『うっ…』
澪「はうっ…」
朋也(ああ…そういうことか)
画面の中で男女がもつれ合ってベッドに入っていた。
春原が熱心に見入っていたのは、この展開を予見してのことだったのだ。
というか、なぜこういうアダルトなイメージ映像が用意されているんだろうか。
完全に曲調とミスマッチしていた。
律『っ…長い夜も越えてみようよぉ~…』
部長の声が裏返る。ボリュームもどんどん尻すぼみしていった。
春原「ははっ、長い夜だって。意味深だねぇ」
498:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:16:28.68:+UZ/pLeq0
律『う…うっせぇ…』
その後も映像がループし続け、失速した勢いを取り戻すことはなかった。
律『うう…くっそぉ…』
採点が始まる。
だらららら だん!
18点 15点 16点 12点 14点 合計…75点!
春原「うわっ、中途半端だな。褒められもしないし、けなし辛いしさぁ」
律「アクシデントさえなけりゃもっと高かったってのっ」
難癖をつけて体裁を保とうとするその姿が、なんとなく春原と被って見えた。
律「くしょー…」
画面が入れ替わる。
次の曲…『Last regrets』。聞いたことがない曲名だった。
澪「り、律、早くオフにしてくれっ」
律「あー、はいはい」
採点が切られる。
そして、流れ出す前奏。かなり澄んだ音だった。
499:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:17:38.86:jpDSDOMkO
澪『ありがとう 言わないよ ずっとしまっておく…』
透明感のあるメロディ。歌詞も綺麗だった。
秋山の透き通った声も相まって、一層まっさらに思えた。
ずっと静かに聴いていたい。そんな歌だった。
春原「ヒューッ!」
空気を読めない男が一人。
にこやかにマラカスを振っていた。
こいつに情緒や風情を理解しろという方が無理な話なのかもしれない。
―――――――――――――――――――――
澪「…はぁ」
歌い終える。
唯「やっぱり澪ちゃん上手いね」
梓「音程が完璧です」
澪「いや、普通だって…」
律「今回のライブは澪がメイン張ってみるか?」
澪「や、やだよ…」
言って、腰を下ろす。
500:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:17:57.20:+UZ/pLeq0
朋也「採点つけとけばよかったのにな。かなり高得点だったんじゃないか」
澪「そ、そんなことないって、絶対…」
朋也「俺はそれくらい良かったと思うけど」
澪「そ、それは、ありがとう…」
もじもじとして、顔を伏せてしまう。
ぐしっ
足に重み。
朋也「って、なに踏んでんだよ」
梓「あ、すみません。特に理由はないです」
もはや言いわけを考えることさえ放棄していた。
律「あん? なんだ、この『はっぴぃにゅうにゃあ』って。梓か?」
梓「あ、はい。私です」
澪「梓、マイク」
梓「どうも」
マイクを受け取る。
そして、音響機器からコミカルな音楽が流れ始めた。背景映像は…アニメ?
501:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:21:11.13:Uk4GWlZ40
んでんでんでwww
502:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:23:12.74:jpDSDOMkO
梓『んでっ! んでっ! んでっ!』
…俗に言う電波ソングという奴なんだろうか。
妙なインパクトを持っていた。
がちゃり
ドアが開き、店員がドリンクを持ってきた。
梓『好きって言ったらジエンドにゃん』
それでも、まったくひるむことなく歌い続ける中野。
逆に、店員の方が仕事を終えると、恥ずかしそうにそそくさと退室していった。
タフすぎる精神力だ…。
―――――――――――――――――――――
梓「…ふぅ」
マイクを置く。
律「いやぁ…梓って、こんな曲も歌うんだな…はは…」
梓「変ですか?」
律「い、いや、別に…」
唯「可愛かったよ、あずにゃん」
澪「店員さん来ても続けられるなんて…すごいな、梓」
503:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:23:36.37:+UZ/pLeq0
梓「ありがとうございます」
梓「………」
俺をじっと見てくる。
朋也「? なんだよ」
梓「なにか感想はないんですか」
朋也「ああ? 俺か?」
梓「はい。一応、参考までに」
朋也「…まぁ、図太いよな、神経がさ」
梓「なんですかそれ! もっと歌唱力とかの方に言及してくださいよっ!」
朋也「いや、俺以外の感想も技術面には触れてなかっただろ」
梓「じゃあ、ヘタだったって言うんですかっ」
朋也「そうは言ってねぇけど…」
唯「あずにゃんは可愛ければそれでいいんだよ。深く考えちゃだめだってぇ」
朋也「ああ、そうだそうだ。オールオッケーだ」
梓「…なんか投げやり気味で気に食わないです…」
504:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:24:49.70:jpDSDOMkO
律「つっかさ、岡崎、あんた曲入れないの?」
朋也「ああ、俺は別にいいよ」
唯「ええ~、歌ってよ、岡崎くんも」
朋也「さっきだんご大家族一緒に歌ったからもう満足だよ」
唯「あれは私のでしょ~」
梓「きっと、ヘタクソだから、恥かかないように逃げてるんですよ」
朋也「ああ、まぁ、そんなところだ」
律「澪だって恥ずかしいの我慢して歌ったのに…根性ねぇなぁ。春原よりヘタレかもな、ははっ」
春原「僕を引き合いに出すなっ!」
春原より…ヘタレ? 俺が?
………。
朋也「…リモコン貸してくれ」
律「お、やる気になったか? やっぱ、春原よりヘタレは嫌か」
朋也「当たり前だ」
春原「すげぇ気分悪いんですけどっ!」
俺はアーティスト名で検索した。芳野祐介、と。
505:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:25:17.06:+UZ/pLeq0
一件だけヒットする。あの芳野祐介であることを願ってタッチパネルを押す。
すると、いくつか曲名が表示された。
朋也(よし…)
その中にお目当ての曲を見つける。
それは、俺が春原の部屋で何度も聴き、そらで歌えるようにまでなっていた曲だった。
決定ボタンを押し、端末に送信する。
澪「あ…この曲…芳野さんのだ」
梓「ほんとだ…でも、上手く歌えますかね、岡崎先輩に…」
音楽が鳴り始める。
俺は久しぶりに、怒声ではなく、歌うことを意識した大声を出した。
ところどころ詰まってしまう場面もあったが、それも気にならないくらいに胸がすっとしていた。
芳野祐介の歌は、技術云々じゃなく、ストレートに歌えるから、こんなにも気持ちがいいんだろう。
―――――――――――――――――――――
朋也「…こほん」
マイクの電源を切り、腰を下ろす。
俺は途中から立ち上がり、ガラにもなく熱唱してしまっていた。
律「ふぅん、なかなかいいじゃん」
唯「岡崎くんが熱血になってたね。なんか、新鮮だったよ」
朋也「そっかよ…」
506:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:26:32.76:jpDSDOMkO
澪「でも、いいなぁ、男の子は。芳野さんの曲が思いっきり歌えて」
梓「ですよね。それに、ちょっとダサ目の男の人でも、芳野さん効果でかっこよくみえますし」
遠まわしに俺がダサ男だと言っているんだろう、こいつは。
春原「くぅ、岡崎。おまえ、合コン慣れしてるな。こんなタイミングで持ち歌使いやがって」
朋也「一回もしたことねぇよ。つーか、別にベストなタイミングでもないだろ」
春原「ふん、とぼけやがって…まぁいいさ、ここからは僕劇場の始まりだからね」
春原「いくぜっ、ボンバヘッ!~リミックス~だっ」
律「って、また同じ曲かい…」
―――――――――――――――――――――
全員の持ちネタが尽きたところで、カラオケボックスを出た。
外はもう完全に陽も落ち切って、暗くなっていた。
春原「ん…あー喉痛ぇ…」
律「んんっ…あ゛ー…あたしもだ…」
終盤になると、このふたりが交互に歌うだけになっていたのだ。
喉にかかる負担が大きいのも無理はない。
梓「さすがにもうここでお開きですよね」
507:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:27:25.13:+UZ/pLeq0
律「だな。腹も減ったし…帰って飯にしたいしな」
律「はい、解散解散~」
ぱんぱん、と二度手を叩く。
唯「じゃあね」
律「おう、そんじゃな」
澪「また明日」
梓「それでは」
春原「じゃな」
部長、秋山、中野の三人組は、残る俺たちとは別方向の帰路についた。
こちらに背を向けて、話しながら歩いていく。
春原「僕、この辺で晩飯食ってくけど、おまえどうする?」
朋也「俺は適当にコンビニでなんか買ってく」
春原「あっそ。まぁ、なんでもいいけど、僕の部屋、荒らしたりするなよ」
そう言い残し、人込みの中に消えていった。
平沢とふたりだけになる。
唯「今からまた春原くんの部屋にいくんだ?」
508:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:28:44.85:jpDSDOMkO
朋也「ああ、まぁな」
唯「仲いいよね、ほんとに」
朋也「別に…惰性だよ。それよか、もう暗いしさ…送っていこうか」
それはただの口実で、単にまだ一緒にいたかっただけなのだが。
唯「いいの?」
朋也「ああ」
唯「でも…私、結構重いし…分割発送されたりしないよね?」
朋也「意味がわからん。変なボケはいいから、いくぞ」
唯「うんっ、えへへ」
―――――――――――――――――――――
唯「この辺は、暗いよね。外灯ないし」
朋也「そうだな」
いつも待ち合わせている場所の付近までやってくる。
この後、ひとつ角を曲がれば、それだけで俺の自宅が見える。
唯「はぐれないように、手つなごっか? なんて…」
朋也「つないでいいのか?」
509:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:29:12.77:+UZ/pLeq0
唯「え? あ…えあ?」
朋也「なんだよ…嫌なら、言うなよ」
唯「い、いや…そういうわけじゃ…まさか、いい返事がくるとは…」
唯「えっと…あの…つないでいこう…か?」
朋也「ああ」
そっと手を伸ばす。向こうからも同じように来て、中間地点で触れ合う。
そして、その手を握った。小さな手から温もりが伝わってくる。
唯「手、おっきいね、岡崎くん」
朋也「普通だよ」
唯「そうかな? おっきいと思うけど。なんか、安心できるサイズだよ」
朋也「そっかよ」
唯「うん」
それは…むしろ俺の方だった。
こんなにも心が落ち着いていられるんだから。
サイズ云々の話ではなかったが。
唯「なんか…いいね。朝もこんな感じで行っちゃう?」
朋也「おまえがよければ、いいけど」
510:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:30:27.61:jpDSDOMkO
唯「ほんとに? っていうか、岡崎くん、今日はすごく素直ないい子だよね」
唯「なんかあったの?」
朋也「まぁな」
それが言えればどれだけ楽だろうか。
唯「なに? 教えてよぉ」
朋也「また今度な」
唯「ぶぅ、けちぃ…今教えてくれたっていいじゃん…」
月明かりを頼りに、手をつないで歩く俺たち。
もう、うちの目の前までやって来ていた。
そして、通り過ぎようとした、その時…
がらっ
玄関の戸が開く。
そこから出てきたのは、当然、親父だ。
唯「あ…」
平沢が立ち止まる。
手をつないでいたため、俺もその場に留まることになった。
親父「ああ…お帰り、朋也くん」
511:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:31:11.01:+UZ/pLeq0
朋也「…ああ」
唯「あの…お久しぶりですっ」
親父「君は…いつかの」
唯「あ、平沢唯です」
親父「ああ、そうだったね。すまないね、すぐに思い出せなくて」
唯「いえ、全然…」
親父「おや…」
つないでいたその手に目がいく。
親父「これは、これは…朋也くんも、ついに…」
吐き気がした。この人にそんなこと、勘ぐられたくもない。
親父「平沢さんは、朋也くんの、そういう人だったんだね」
唯「え? あ…これは、その…」
俺は手に力をこめて、強く握った。
唯「え? 岡崎くん…」
今離してしまえば…俺は耐えられそうになかったから。
この、責め苦のような時間に。
513:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:32:34.82:jpDSDOMkO
親父「私が言うのもなんだが…朋也くんをお願いするよ」
親父「彼は、真面目で誠実な人柄をしているからね」
親父「きっと、いい友人のような付き合いができると思うから」
親父「私も、そうだからね」
なんて優しい顔で…
なんて、辛いことを言うのだろう、この人は…。
………。
そう…
俺は、それを確かめたくなかったのだ。
親父と俺が、家族ではない、他人同士でいること…。
それは俺と親父だけのゲームなのか…。
ふたりきりの時だけに行われるゲームなのか…。
でも、もし…
第三者も交えて…
そんなゲームが行われたなら…
それはもうゲームなんかじゃない。
現実だ。
親父「それじゃ…もう暗いから、気をつけて帰るんだよ」
唯「あ…はい…」
親父は郵便受けから新聞を取り出すと、それを手に家の中へと戻っていった。
唯「………」
514:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:33:03.63:+UZ/pLeq0
平沢もじっとその様子を見ていた。
朋也「なぁ、平沢…」
朋也「おまえは、喧嘩してても、わかり合えてるならいいって言ってたよな…」
唯「うん…」
朋也「喧嘩すらできないんだよ、俺とあの人は…」
朋也「見ただろ、あの他人のような物言いをさ…」
朋也「あの人の中ではさ…俺は息子じゃないんだ」
朋也「もうずっと前から…」
朋也「自分の中で放棄したままでさ…」
朋也「もう、何年も経ってるんだ…」
唯「………」
朋也「それをさ、時間が解決してくれるのか…?」
朋也「なぁ、平沢…」
朋也「なんとか言ってくれよ…」
唯「………」
515:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:34:18.27:jpDSDOMkO
唯「ごめんなさい…」
唯「事情も知らないで…軽率だったよね…」
違う…
謝って欲しくなんてないんだ、俺は…。
支えて欲しいんだ。
今、崩れそうな俺を支えて欲しいんだ。
唯「岡崎くん…」
俺の腰に手を回してくる。
正面から優しく抱きしめてくれていた。
唯「こんなことしか、私にはしてあげられないよ…」
朋也「…十分だよ」
俺も平沢を抱きしめた。
朋也「なぁ、平沢…俺、おまえのことが好きだよ」
朋也「それも、ひとりの女の子としてだ。言ってる意味、わかるか?」
こんな時に言うのも卑怯な気がしたが…もう抑えることができなかった。
そばにいて欲しかった。
誰かに後ろ指をさされることになっても…それでも、俺はこいつと一緒に居たい。
唯「…うん、わかるよ」
516:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:34:38.41:+UZ/pLeq0
朋也「じゃあさ、言うよ……俺の彼女になってくれないか」
唯「…いいの? 本当に私で…」
朋也「おまえじゃなきゃ、嫌だ」
唯「…うれしいよ…すごく…」
唯「私…私もね…岡崎くんのこと、ずっと好きだった気がする…」
唯「岡崎くんがね、澪ちゃんとか、あずにゃんとか、憂とかと仲良くしてたでしょ?」
唯「それって、すごくいいことなのに…私、あんまり見てたくなかったんだ」
唯「これって、嫉妬だよね…最低だよね、私…」
朋也「そんなことない。俺は、嬉しいよ。それだけおまえに想われてたってことがさ」
唯「………」
517:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:35:53.60:jpDSDOMkO
朋也「おまえが、俺のことを好きでいてくれたなら…俺も、それに応えたい」
朋也「ずっと好きでいてくれるように、頑張り続けるよ」
唯「そんな…私だって、頑張るよ。頑張りたいよ」
朋也「そっか。じゃあ、平沢…頷いてくれ、俺の問いかけに」
いつかまったく同じセリフを言ったことがある。
みんなで王様ゲームをやっていた時だ。
あんな遊びでやったことが、実現する日がくるなんて…誰が予想できたろうか。
唯「………」
朋也「俺の彼女になってくれ」
ここまでも、まったく同じ流れ。
平沢もわかっているだろうか。
なら、最後には…
「よろしくお願いします…」
俺の胸の中で、そう小さな声が聞えてきた。
―――――――――――――――――――――
519:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:36:22.90:+UZ/pLeq0
5/6 木
朋也(眩しい…)
布団の中に頭を埋めなおし、まどろむ。
………。
突然、平沢の顔が思い出された。
俺の腕の中にいた。
その場の陰影や、夜風の肌触りまで、克明に思い出された。
抱いた平沢の肩の小ささ。
近くで嗅いだあいつの髪の匂いまでも。
そして、腕の中で平沢は小さく頷く。
よろしくお願いします、と。
がばりと、俺は飛び起きていた。
朋也(そうか…)
俺はあいつに告白したんだ…。
それで、あの時から俺たちは恋人同士で…。
朋也(………)
いまいち実感がない。
昨夜は、ずっと手をつないだまま家まで送っていったのに。
朋也(本当かよ…)
壁の時計を見る。
朋也「まずい…」
520:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:37:38.43:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――
準備を進め、時間に余裕が出来てからも、俺は急ぐことをやめなかった。
足を止めたら、そのまま、立ち止まってしまいそうだった。
あいつが俺の彼女…
それは深く考えてしまうと、厄介なものである気がしたからだ。
けど、心のどこかでこそばゆいような、嬉しい気持ちもある。
ああ、考えるな。
急げ。
勢いでいくしかなかった。
―――――――――――――――――――――
今日も同じ場所で、変わらず平沢姉妹の姿があった。
朋也(いた…)
ようやくそこで肩の力を抜いて、息を整える。
朋也(ああ…なんかどきどきする)
これからの彼女の元へ…俺は歩いていく。
朋也「………」
朋也「よぅ…おはよ」
憂「あ、おはようございます、岡崎さん」
唯「お、おは…おはおは…よう…」
521:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:38:12.88:+UZ/pLeq0
つっかえながら言って、俺から目を逸らすように段々と視線を下げていった。
らしくない挙動。こいつも、俺と同じで、意識してくれているんだろうか。
憂「お姉ちゃん、本当にどうしたの? きのうからちょっとおかしいよ?」
唯「なな、なんでもないよっ…」
ぷるぷると顔を振る。
唯「あ、ほら、もう行こうよっ」
憂「手と足の動きがシンクロしちゃってるよぅ…」
―――――――――――――――――――――
朋也「………」
唯「………」
…気まずい。
こんなに沈黙が続いたことが、かつてあっただろうか…。
何か話さないと、息苦しいままになってしまう…。
しかし、俺から振れる気の利いた話題なんて、ぱっと思いつかない。
朋也(う~ん…)
憂「岡崎さん」
悶えていると、憂ちゃんから声をかけられた。
522:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:39:22.35:jpDSDOMkO
朋也「ん…なんだ」
憂「岡崎さんもきのう、律さんたちと一緒に遊んでたんですよね?」
朋也「ああ、まぁ…」
憂「あの、その時、お姉ちゃんになにかありませんでしたか?」
憂「帰ってきてから、ずっとぼーっとしてて…今朝もずっとこの調子なんです」
それは…やっぱり、俺の告白のせいなんだろう。
朋也「えっと…」
憂ちゃんには、言っておいたほうがいいんだろうか…。
ほとんど平沢の保護者のようなものだし…。
唯「岡崎くんっ」
急に声を上げる平沢。俺も憂ちゃんも、ほぼ同時に振り向く。
その表情からは、さっきまでのぎこちなさが立ち消え、今はなにか意を決したように目に力が入っていた。
唯「手、つないで行ってもいいって言ってたよね?」
朋也「あ、ああ…」
唯「じゃあ…つないでいこうよっ」
俺の側にあった手を差し出してくる。
523:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:39:51.30:+UZ/pLeq0
朋也「………」
どうするべきか…。
あの時は軽い気持ちで言ったのだが…いざその時を前にしてみると、人目もあって、かなり恥ずかしい。
大体、手をつないで登校するなんて、考えてみれば相当な暴挙だ。
自分たちはラブラブです、なんてことをアホのように宣伝して回っているようなものじゃないか。
そんなの、プライベートでならまだしも、学校という狭い世間の中でやるのは危険すぎる。
朋也「…いや、さすがにやっぱ、無理かな。すまん」
唯「えぇ…そんなぁ…」
朋也「手つないで歩くのは、ふたりで遊びに行った時くらいにしてくれ」
唯「う~ん…でも、今だけはつないで欲しいなぁ。それで、実感したいんだ…」
唯「岡崎くんが…本当に私の彼氏になってくれたこと」
ああ…そうか。こいつも、まだ俺たちの関係にピンときていないところがあったのか。
………。
唯「あ…」
俺は黙って平沢の手を取り、しっかりと握っていた。
朋也「今日だけな」
唯「えへへ…ありがとう」
うれしそうに微笑む。俺も同じように返した。
524:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:41:01.64:jpDSDOMkO
こんなことで喜んでくれるなら…毎朝でも悪くないかもしれない。
一瞬で考えが覆るほどに、俺は平沢の笑顔が見ていたかった。
憂「なぁんだ…そういうことだったんですね」
憂ちゃんが俺たちを見て、何度も頷いていた。
憂「それでお姉ちゃん、ソファーでバタバタしたり、うーうー唸ってたりしたんだね」
唯「あはは…お恥ずかしい…」
憂「可愛いなぁ、もう」
唯「いやぁ…あはは~…」
憂「でも、よかったね、お姉ちゃん。おめでとう。ずっと、岡崎さんのこと好きだったもんね」
唯「ええ!? なぜ憂がそれを…」
憂「わかるよ、それくらい。ご飯食べてる時も、岡崎さんの話が多かったし…」
憂「その時のお姉ちゃんの顔、すっごく生き生きしてたんだよ?」
唯「そ、そんな…私のポーカーフェイスの裏側を読み取るなんて…さすが憂だよ…」
憂「顔中にごはんつぶつけて、ポーカーフェイスもなにもないけどね」
憂「でも、お姉ちゃん、えらいよね。勇気出して、告白できたんだもん」
朋也「いや…俺からなんだ、告白したのは」
525:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:41:21.94:+UZ/pLeq0
憂「え? じゃあ、岡崎さんも、お姉ちゃんのこと好きでいてくれたんですか?」
朋也「まぁ…そうなるな」
唯「…あぅ」
憂「うわぁ、じゃあ、両思いだったんだぁ…いいなぁ、素敵だなぁ」
きゃぴきゃぴとはしゃぐ憂ちゃん。
対照的に、俺たちは互いの感情を再確認させられ、恥ずかしさが蘇り、もどかしく相手の表情を窺い合っていた。
憂「岡崎さん、これ、言うの二回目ですけど…お姉ちゃんを末永くよろしくお願いしますね」
そういえば、前にも言われた覚えがある。その時は、冗談交じりだった気がする。
でも、今は違う。
朋也「こっちこそだよ。愛想つかされないようにしないと」
はぐらかすことなく、素直にそう答えていた。
憂「愛想つかされるなんて、そんなこと、絶対ないです」
はっきりと言い切る。
やっぱり、俺はこの子も大好きだった。
憂「ね? お姉ちゃん」
唯「うん、でも…私の方が、飽きられちゃうんじゃないかって、それだけが心配なんだけどね…」
唯「岡崎くん、かっこいいし、優しいし…可愛い女の子がたくさん寄ってくるだろうから…」
526:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:42:35.23:jpDSDOMkO
朋也「馬鹿…飽きるなんて、そんなことあるわけないだろ」
朋也「それに、俺は別にかっこよくもないし、性格がいいわけでもないからな」
朋也「こんな俺に、おまえみたいな可愛い彼女ができたんだ。大事にするに決まってる」
朋也「だから、変な心配するな」
唯「…うん。ありがとう」
憂「う~ん、ラブラブですねぇ。なんか、みせつけられちゃったなぁ」
唯「えへへ…」
朋也「う、憂ちゃん、茶化すのは勘弁してくれ…」
憂「えへ、ごめんなさぁい」
憂「あ、でも、私思ったんですけど、付き合ってるなら、下の名前で呼び合ったらどうです?」
唯「それ、いいかもっ。そうしようよ、岡崎くんっ」
朋也「まぁ、いいけど…」
唯「じゃあ、一回私のこと呼んでみて?」
朋也「ああ、じゃあ…えーと…唯」
唯「なぁに、朋也?」
527:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:42:56.59:+UZ/pLeq0
朋也「なんでもないよぉ、唯」
唯「そっかぁ、わかったよぉ、朋也」
朋也「あははは」
唯「あははは」
朋也「って、アホかっ」
憂「くすくす…」
―――――――――――――――――――――
学校に近づくにつれ、生徒の姿が増えていく。
だけど、俺たちはずっと手をつないだまま歩いた。
こちらに目をくれて、ひそひそと話す連中もいたが、それでも離すことはなかった。
そんなこと、いちいち気にならないくらいに、俺の足取りは軽かった。
―――――――――――――――――――――
坂の下。ここまでくれば、もう周りはうちの生徒だらけになっていた。
皆、どんどん上を目指して上っていく。
これももう、見慣れた光景だった。
ちょっと前までは、誰もいない坂をひとりで上っていたのに。
何も変わらない日々にうんざりしながら、重い体をひたすら動かしていたのに。
今は、すぐ隣に俺を想ってくれる奴がいる。慕ってくれる子がいる。
それだけで、俺は前向きでいられた。
まさか、こんな気持ちでこの坂を上る日がくるなんて、思いもしなかった。
朋也(はぁ…なんていうか)
528:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:44:05.72:jpDSDOMkO
唯と出会ってからいろんなことが変わった。
それは俺だけじゃない。
今の春原もだ。
唯と出会った人間はみんな変わっていく。
どんな方向かはわからなかったが…少なくとも最低から違う場所に向けてだ。
―――――――――――――――――――――
玄関をくぐり、昇降口に入る。
憂ちゃんは二年の下駄箱に向かい、俺たちは三年の下駄箱に足を向けた。
そろそろ手を離そうと、そう思っていた矢先…
バシィッ
唯「うわっ」
朋也「うおっ」
後ろから繋ぎ目にチョップを落とされ、無理やり切られてしまった。
朋也(まさか…)
振り返る。
梓「ななななな…」
やはり中野だった。
梓「なに手なんかつないぎゃーっ!」
日本語になっていなかった。
529:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:44:44.68:+UZ/pLeq0
梓「じゃなくて…岡崎先輩っ! どういうことなんですかっ! 唯先輩の手だけを襲うなんてっ!」
梓「唯先輩そのものじゃなくても、襲ったってだけで犯罪なんですよっ!」
唯「違うよ、あずにゃん。これは、私たちが付き…」
咄嗟に唯の口を塞ぐ。
唯「むん…」
朋也「襲ったってわけじゃねぇよ。ただ、手がなんとなく寂しくてな…」
朋也「俺、いつもはリラックスボール握りながら登校してるんだけど、今日は忘れちゃってさ…」
朋也「その代わりに、平沢の手を借りてたんだよ」
梓「それなら、自分の手を握ってればいいじゃないですかっ」
朋也「それだと、異様に不安になってな…リラックスどころか、ストレスが溜まりだしたんだ」
朋也「でも、経験上、他人の手を握れば解決できることを知ってたからな。それでだよ」
梓「…なんか、すごく嘘臭いです…」
朋也「納得してくれよ、あずにゃん」
梓「あ、あずにゃんって呼ばないでくださいっ! 馬鹿っ」
ぷい、と顔を背けて立ち去っていった。
530:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:45:58.08:jpDSDOMkO
朋也(ふぅ…)
なんとか事なきを得たようだ。
俺は唯の口を塞いでいた手を離す。
唯「っぷはぁ…なにするのぉ、朋也…」
朋也「いや、俺たちが付き合ってるって言おうとしてただろ、おまえ」
唯「そうだけど…だめなの?」
朋也「だめっていうか…一応、黙っておいて欲しいな、俺は。部長とかがうるさそうだし」
部長も春原もそうだが、一番知られたくないのは中野だ。
何をされるかわかったもんじゃない。
唯「ええー…いいじゃん。私はみんなに言いたいよぉ」
朋也「頼むから、大人しくしておいてくれ」
唯「ぶぅ…わかったよ…」
不満そうに頬を膨らませていたが、しぶしぶ了承してくれた。
朋也(憂ちゃんにも言っておかなきゃな…)
―――――――――――――――――――――
………。
531:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:46:28.17:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
昼。
律「ムギ、これ、なんだ? 弓と矢みたいだけど…」
紬「それはね、その矢で射抜かれると新しい能力が発現するっていう触れ込みで売られていたの」
紬「なんだかおもしろかったから、買ってきたんだけど…だめだったかな…」
律「いや、そんなことないぞ。イタリー製だし、オシャレな感じするしな」
澪「うん、すぐにでも鞄につけておきたいな。ありがとう、ムギ」
唯「ありがとう~、ムギちゃん」
春原「ムギちゃん、僕、これ家宝にするよっ」
紬「ふふ、よろこんでもらえて、よかった」
俺の手元にもそれはあった。
琴吹が買ってきたイタリア土産のキーホルダー。
今しがた全員に配られたのだ。
和「でも、よかったのかしら? これ、高かったんじゃないの?」
作りはあくまで精巧で、職人のそれを思わせた。
確かに、値が張りそうだ。
紬「お金のことは言いっこなしよ。気持ちを受け取って欲しいな」
532:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:47:45.36:jpDSDOMkO
ということは、やはり、それなりにしたんだろう。
真鍋もそれを察したはずだ。
和「…そう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうわね」
その上での、この答えだった。俺もそれで正解だと思う。
紬「うん」
律「でもさぁ、やっぱ、ブランドものだったりするのか? ヴィトンとかの」
紬「う~ん、露店で買ったから、手作りじゃないのかなぁ」
紬「ジョルノ・ジョバァーナさんっていう人が個人で売ってたから」
律「そか。ブランドものを身につけるあたしっていうのも、共鳴現象でより可愛さに滑車がかかったんだけどなぁ」
春原「トップバリュみたいな顔してなに言ってんだろうね、こいつは」
律「誰が安さ重視な顔だ、こらっ!」
春原「おまえはカップラーメンとかと共鳴しとけばいいんじゃない? ははっ」
律「てめぇ…負け原のクセに」
春原「僕は別にプロボウラーでもないしね。ボーリングで負けても悔しくないんだよ」
朋也「ああ、おまえの本業は……だもんな」
春原「なんで悲しそうな顔して僕を見てくるんだよっ!?」
533:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:48:12.73:+UZ/pLeq0
律「わははは!」
紬「ふふ、でも、私もみんなと行きたかったなぁ、ボウリング」
律「あん? いや、絶対イタリーのがいいって。楽しかっただろ、旅行」
紬「うん、そうだけど…やっぱり、みんなといたほうが楽しいから」
春原「それ、つまりは僕と一緒に居たいことだよね」
律「凄まじく自分に都合のいい解釈の仕方するな、アホっ」
唯「うれしいこといってくれるねぇ、ムギちゃんは」
澪「ちょっとご両親がかわいそうだけどな」
紬「いいのよ、お父さんとは、イタリアに行く前に喧嘩しちゃってたくらいだし」
澪「え、そうなのか?」
紬「うん。一応、仲直りは出来て、旅行自体は楽しめたんだけどね」
澪「そっか。なら、なんにせよ、いい連休が過ごせたってわけだな」
紬「そうね。初日に、岡崎くんとデートもできたし」
その一言で、しんと静まり返るテーブル。
534:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:49:16.68:LXRyRTn+0
修羅場ルートになるのかなハラハラ
537:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:51:15.20:+UZ/pLeq0
春原「え…」
律「え…」
澪「え…」
唯「え…」
和「………」
春原「え゛ぇ゛ーっ!?」
律「え゛ぇ゛ーっ!?」
澪「えぇ!?」
悲鳴に近い驚きの声が上がる。
和「どういうこと? 琴吹さん」
そんな中、冷静に真鍋が琴吹に問いかけていた。
和「ふたりは、付き合ってるの?」
紬「ううん、そういうわけじゃないの。えっとね…」
琴吹は、あの日あった事の経緯を至極穏やかに話していた。
対して、話が進むたび、俺の心中は焦りと動揺で満たされていった。
唯と付き合うことになったばかりなのに…俺のうかつな行動が招いた結果だった。
紬「…というわけなの」
律「はぁ…偽の恋人役ねぇ…なんか、漫画みたいだな」
春原「てめぇ、あの日遅かった理由はこれだったのかよっ!」
538:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:52:27.19:+UZ/pLeq0
朋也「帰りを待つ妻みたく言うな」
春原「なんでそん時僕も誘ってくれなかったんだよっ! つーか、恋人役なら僕にやらせろよっ!」
朋也「俺の?」
春原「ムギちゃんのだよっ! 決まってるだろっ」
朋也「いや、今みたいに騒がれたら面倒だと思ったから、おまえは避けたんだけどな」
春原「くそぉおおおおジェラシイィイイイッ!」
律「しっかし岡崎、おまえはほんとすげぇなぁ…ムギまで攻略中かよ。でも、ちょっと同時にいきすぎてないか?」
朋也「いや、別にそんなやましい考えはなかったけどな。ただ遊んでただけだって」
紬「岡崎くんったら、ただ遊んでただけだなんて…キス未遂までいったじゃない、私たち」
朋也(ぐあ…)
春原「え゛ぇ゛ーっ!?」
律「え゛ぇ゛ーっ!?」
澪「えぇ!?」
唯「………」
唯の視線が痛い…。
むすっとして頬を膨らませている。
春原「てめぇええええ!! うらやま死ねぇええええっ!」
539:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:53:42.43:jpDSDOMkO
朋也「落ち着け、未遂だ、未遂。ただの空砲だ」
澪「岡崎くん、ムギのこと…もしかして、その…」
朋也「待て、違うぞ、俺は別に…」
紬「岡崎くん、私のこと、嫌い?」
朋也「い、いや、そんなことないぞ…好きか嫌いかでいえば、好きだよ」
紬「うれしいっ」
春原「岡崎ぃいいいいいいいいいっ!!」
澪「やっぱり、岡崎くんは…」
朋也「だぁーっ、どうすりゃいいんだよっ」
紬「くすくす…」
琴吹は困惑する俺を見て、悪戯っぽく笑っていた。
最初からこうしてからかうつもりで話したんだろう。
律「これがフラグを立てすぎて処理しきれなくなった男の末路か…ふ、成仏しろよ岡崎」
和「まったく…はっきりしないからこういうことになるのよ。少しは反省なさい」
この場に俺の味方はいないようだった。
それよりも…
541:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:54:17.30:+UZ/pLeq0
唯「……ふん」
唯へのフォローはどうしようかと、それだけが心配だった。
―――――――――――――――――――――
唯「………」
朋也「なぁ…違うんだよ、あれは…」
唯「………」
朋也(はぁ…)
教室に戻ってきても、まったく口をきいてくれなかった。
そもそも、琴吹とふたりきりで遊んだのは、唯と付き合う前だから、セーフじゃないのか…?
そうは思いながらも、途方に暮れる俺。
朋也「どうすればいいんだ、俺は」
唯「…知らない」
一蹴されてしまう。
朋也「そ、そうだ、日曜に遊びに行こう。おまえの好きなところ、回ってさ」
朋也「どこでもいいぞ。寄生虫館とか、全力坂とか、チンさむロードでもオッケーだ」
唯「…どれも興味ないよ」
542:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:55:06.06:KV0U2cyp0
朋也は律以外全員とフラグ立ててんじゃんw
543:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:56:15.28:jpDSDOMkO
朋也「そ、そうか…」
冷たい…あの唯が…。思いのほかショックだった。
でも、俺も最初はこんな感じで唯に接していたんだよな…。
される側になって初めてわかる…なんて嫌な野郎なんだ、俺は。
朋也(仕方ない…)
俺はそっと唯の耳元に口を近づけ…
朋也「好きだ…」
そう囁いた。
唯「…あ、ありがと」
照れたように顔を伏せた。
朋也(よし、手ごたえありっ)
朋也「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ…」
ここぞとばかりに連呼した。
すると、俯いていた唯がぷっと吹き出した。
唯「もう…わかったよ、それは」
朋也「そっか。そりゃ、よかった」
唯「変なの」
544:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:56:44.96:+UZ/pLeq0
朋也「そうか?」
唯「うん…えへへ」
笑顔を向けてくれる。
機嫌を直してくれたようなので、俺はひとまず安心した。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。軽音部部室。
春原「ねぇ、ムギちゃん、今度は僕とデート行こうよ。擬似じゃなくて、本物のさ」
春原「それで、最終的には、あんなことや、こんなことに発展して…い、いやら…」
律「アホかっ」
スパコーンッ
上履きで頭をはたかれる春原。
春原「ってぇなっ! あにすんだよっ」
律「おまえが生粋の変態だから、人の道を叩き込んでやったんだよっ」
春原「余計なお世話なんだよっ! つか、そんなくっせぇ武器で攻撃するんじゃねぇよっ」
545:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:58:44.41:jpDSDOMkO
律「な、臭いだとぉ!? 失敬なっ! めちゃフローラルな香りがするんだぞっ!」
春原「うそつけっ! 痛いっていうより、むしろ臭いって感覚の方が大きかったわいっ」
律「な、こぉの野郎っ」
バシバシバシッ
席を立ち、春原に上履きの連打を与える部長。
春原「うぁっ、おま、や、やめ…ぎゃあああああっ」
律「ふりゃふりゃふりゃっ! この、薄汚い豚めっ!」
床にうずくまる春原に向かって、女王様のように上履きをしならせていた。
がちゃり。
梓「こんにちはー」
扉を開け、中野が姿を現した。
梓「………」
律「お、おう、梓。やっと来たか…」
攻撃の手を止める部長。
梓「はぁ…いい汗かいてますね、律先輩…」
546:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 05:59:11.55:+UZ/pLeq0
律「まぁな、ははっ。ま、とりあえずおまえも座れよ」
言って、自分の席に戻る部長。
梓「そうさせてもらいます」
中野は鞄を置きにソファへと歩いていった。
春原「くそぅ…暴力デコめ…」
春原もなにか小さく呟きながら起き上がり、もとの席についた。
梓「って、唯先輩っ! またそんなとこに座ってっ!」
荷を降ろして身軽になると、真っ先に唯のもとへ歩み寄っていく。
唯「あ、あずにゃん、思い出して? 自由席なんだよ?」
梓「でもっ…」
律「梓、諦めろ。あの時決めて、おまえも頷いてただろ?」
梓「うぅ…」
律「そんなに岡崎の隣がいいなら、もっと早くに来るんだな、うひひ」
梓「な…別にそういうつもりで言ってるんじゃないですっ! 変に取らないでくださいっ」
律「あーはいはい、わるぅござんしたね~、ふへへ」
547:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:00:37.13:jpDSDOMkO
梓「もう…」
ため息混じりに、空席へ腰を下ろす中野。
紬「梓ちゃん、どうぞ」
そこへ、琴吹がティーカップとケーキを差し出した。
梓「ありがとうございます」
紬「それと、これ」
キーホルダーを手渡す。
梓「これは…?」
紬「お土産よ」
梓「あ、イタリアのですか?」
紬「うん」
梓「へぇ…なんだか神秘的ですね」
紬「お気に召してくれたかしら?」
梓「はい、すごく。ありがとうございます、ムギ先輩」
紬「いえいえ」
548:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:00:59.12:+UZ/pLeq0
中野はしばらくの間、キーホルダーのギミックに夢中になっていた。
一応、矢を発射できるようになっているのだ。さすがに刺さるほどの威力はなかったが。
律「なんだ? そんなに楽しいのかぁ、梓。けっこう子供だなぁ」
梓「う…ほ、ほっといてください」
言って、胸ポケットにしまう。
梓「…こほん。それはいいとして、今日はおやつを頂いたらすぐに練習しますよ」
梓「もう、創立者祭までの猶予もそんなにありませんからね」
澪「そうだな。気合入れていかないとな、うん」
唯「え~、キワキワまでゆっくりして、その白刃取り感を楽しもうよ~」
唯「キワキワたぁ~いむ♪ キワキワたぁ~いむ♪ ってね」
澪「そんなことしてたら、ばっさり切られちゃうくらいの段階まできてるんだぞ」
梓「そうですよ。唯先輩も、できるだけ早く食べ終わってくださいね」
唯「はぁ~い」
律「でも、なぁんか今日の梓は積極的だよなぁ。いつもは澪が練習のこと一番に言い出すのにさ」
梓「私だっていつも言ってるじゃないですか、練習しましょうって」
律「でも、最近はなぁなぁになってて、あんま言わなかったじゃん」
549:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:02:19.77:jpDSDOMkO
梓「う…それは…」
律「やっぱさ、目の前で岡崎の隣に他の女がいるのが嫌なのかぁ?」
梓「ち、違いますっ! 絶対にありえないですっ!」
律「おーおー、顔赤くしちゃって…うしし」
紬「うふふ、梓ちゃん、可愛いわぁ」
梓「か、からかわないでくださいっ」
梓「もうっ…」
拗ねたように嘆息すると、口直しとばかりにケーキを一切れ食べていた。
梓「むぐ…みなさんも、早く食べてください」
律「はは、わかってるから、食べながら喋るなって」
―――――――――――――――――――――
春原「う~ん、練習頑張ってるムギちゃんも可愛いなぁ」
春原は練習が始まって以来、視姦といっていいレベルで琴吹を見つめ続けていた。
その被害者である当の琴吹本人は、まるで意に介した様子はなく、自身の演奏に集中していた。
賞賛に値する精神力だ。
唯「ふわふわタ~ァイム…っと」
551:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:02:56.62:+UZ/pLeq0
後奏が少し走って、音が止む。
澪「今の、結構よかったな」
梓「唯先輩のギターが正確な回でしたね。いつもこうだといいんですけど」
澪「ムラがあるからな、唯は」
唯「えへへ、ごめんね」
澪「いや、そういうところも、おまえらしくていいよ。この調子で頑張ろう」
唯「うんっ」
律「あ~、ちょっと待って。休憩入れよう、休憩」
部長がだらっと姿勢を崩して言う。
澪「って、なんだよ、今いい感じでまとまってたのに…」
律「だって疲れたんだもん」
梓「部長なんだから士気とかそういうことも考慮してくださいよ」
律「なんだよ、じゃあ、あたしが無理して再起不能になってもいいって言うのかよぉ」
梓「なるわけないじゃないですか…どんな叩き方してるつもりなんですか」
律「もぉーっ! いいから、休憩するのっ」
553:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:04:09.55:jpDSDOMkO
澪「小学生みたいな駄々をこねるな…」
紬「ふふ、いいじゃない。休憩、入れましょ?」
澪「まぁ…ムギがそう言うなら…」
律「なんだ、そのあたしとの温度差はっ」
澪「日ごろの行いの差だ」
律「意味わかんねぇーっ! 理不尽だーっ」
唯「あははっ」
春原「ムギちゃん、ミネラルウォーターだよ」
いつの間にか春原がペットボトルを手に練習スペースに入っていた。
紬「あら、ありがとう、春原くん」
春原「これくらい、なんでもないよ。パシリ…いや、飲み物運びは慣れてるからさっ」
言い直しても意味は同じだった。
律「ふぃ~…春原ぁ、ちっとタオル持ってきてぇ~」
春原「あん? んなの、自分で持って…」
春原が部長を見て固まる。
554:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:04:37.81:+UZ/pLeq0
律「? なんだよ…」
部長はカチューシャを外して前髪を下ろしていた。
それだけなのだが、かなり印象が変わっていた。
硬直の原因はそれだろう。
春原「い、いや…」
律「変な奴だな…とりあえず、タオル持ってきてよ」
春原「あ、ああ…」
言われ、とぼとぼ歩きながらソファにかけてあった部長のタオルを持ち帰る。
春原「ほ、ほらよ…」
律「お、サンキュ」
受け取って、顔を拭く。
律「あー、すっきり」
そして、またカチューシャで髪を上げた。
律「ん? なんだよ、春原。もう用はないぞ」
春原「あ、いや…」
春原は立ったままその場で動きを止めていた。
555:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:05:47.56:jpDSDOMkO
春原「おまえ、それしてない方が…」
律「あん?」
春原「いや…なんでもないよ、ははっ」
苦笑いを浮かべながらこちらに戻ってくる。
律「なんなんだよ…気持ちわりぃなぁ…」
紬「りっちゃん、気づかないの?」
律「なにが?」
紬「春原くん、髪下ろしたりっちゃんにトキメいてたのよ」
律「え? マジ?」
春原「ちょ、ムギちゃん、それはないってっ」
唯「春原くん、ラヴだね、恋だねっ」
春原「ちげぇってのっ!」
律「ふふん、そういうことか…道理であたしの言う事素直に聞いてたわけだ」
春原「勘違いすんなっ、デコっ!」
律「デコじゃないわよん?」
556:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:06:12.25:+UZ/pLeq0
ぱっとカチューシャを外す。
春原「う…て、てめぇ…」
律「ははは、動揺しているようだな、春原くん?」
春原「ぐ…くそぉ…」
紬「あらあら…甘酸っぱいわぁ」
唯「澪ちゃん、こいいう甘酸っぱい感じの歌詞書けば、新境地に立てるんじゃない?」
澪「そうだな…タイトルは、デコ☆LOVE…でいけそう…いや、LOVE☆デコかな?」
律「って、まてぇいっ! どっちもめちゃくちゃ悪意を感じるぞっ! つか位置変えたただけだしっ」
梓「…ぷっ」
律「中野ーっ!」
騒ぎ出す部員たち。
俺と春原はテーブル席からその喧騒を眺めていた。
朋也「で、おまえ、実際部長はどうなんだよ」
春原「うん? あんなのただのデコさ、ははっ」
朋也「ふぅん…」
春原「マジだって、はははっ」
557:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:07:43.55:jpDSDOMkO
軽く言って、紅茶を口にする。
春原「ふぅ…なんか肺がおかしいなぁ…ガンじゃないだろうな…」
完全にトキメいていた。分り易い奴だ。
―――――――――――――――――――――
律「春原ぁ、鞄持って~」
春原「ああ? やだよ。アホか」
律「む…」
カチューシャを外し、髪を下ろす。
律「お・ね・が・い、春原くん」
春原「う…」
春原「うわぁああああああんっ!!」
猛ダッシュで坂を下っていった。
律「わははは! こりゃ、おもしろい」
紬「りっちゃん、あんまり春原くんの純情を弄んじゃだめよ」
律「いや、あいつにそんなもんねぇって。常に劣情をたぎらせてるような男だし」
558:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:08:30.76:+UZ/pLeq0
律「まぁ、しばらくはこれで遊べそうだな、うひひ」
まるで新しいおもちゃが手に入った子供のようだった。
―――――――――――――――――――――
他の部員たちと別れ、唯とふたりきりになる。
俺はこのまま唯を家まで送っていくつもりだった。
唯「でもさぁ、意外だよねぇ。春原くんが、りっちゃんをあんな風に見ちゃうなんてさ」
唯「けんかも、いっぱいしてたのにね」
朋也「そうだな。でも、まぁ、あいつは見た目が好みなら、すぐに心が揺れるからな」
朋也「実際、ナンパもよくしてたみたいだし…俺もそれに付き合わされたことあるしな」
唯「…朋也、ナンパなんてしてたんだ? ふーん…」
しら~っとした、寒々しい目を向けられる。
朋也「いや、だから、付き合わされただけだって。それも、おまえと付き合う前に一度だけだ」
朋也「これからは誘われたって絶対しねぇよ。おまえがいてくれれば、俺は十分だからな」
唯「ほんと?」
朋也「ああ」
唯「えへへ…私もだよ。朋也がこれからも私の隣にいてくれると、うれしいな」
559:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:09:54.60:jpDSDOMkO
朋也「安心しろ。ずっとおまえの後ろから、そのうなじに執着しててやるから」
唯「なんで背後なのぉ? せめて横にいてよ…っていうか、そんな物理的な意味じゃないのにぃ」
朋也「そうか? 残念だな…あとちょっとだったのに」
唯「なにがあとちょっとなのかわかんないけど…どうせ、変なことなんでしょ」
朋也「まぁな。でも、男はみんなそんなもんだ」
唯「もう…特別変態だよ、朋也は」
ポン、と体に唯の拳を受けて、軽く制裁された。
俺はその腕を取ると、末端まで辿っていき、自分の手を絡ませた。
繋がれるふたりの手。
唯も笑顔で返してくれた。
そのまま歩く。
唯「とろでさ…朋也はあずにゃんのこと、どう思う?」
朋也「あん? 中野?」
こんないい雰囲気の中、その名が出てくることに少し戸惑う。
今もどこかに潜んでいて、俺たちの仲を引き裂こうと身構えているんじゃないかと、そんな気にさえなる。
朋也「つーか…どうって、なにが?」
唯「だから、可愛いとか、いい子だなぁ、とか、抱きしめたい~、とか…そんな感想だよ」
今挙げた例はすべてこいつの胸の内なんだろう、多分。
560:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:10:43.63:+UZ/pLeq0
朋也「感想たってなぁ…まぁ、確かに見た目は可愛いけど…でも、生意気だしな…」
朋也「それに、俺たちにとってちょっと厄介な存在でもあるし…面倒だよな、正直」
それでも、わざわざ野良猫の飼い主を探すような優しい一面も、あるにはあるのだが。
唯「そっか…でもね、あずにゃんは朋也のこと、きっと良く思ってるよ」
朋也「んなわけねぇよ。むしろ、嫌われてるだろ。いつも攻撃されてるんだぜ? 俺」
唯「それはあんまり関係ないんじゃないかなぁ。春原くんだってそうだったでしょ」
朋也「そうだけど…なんだ? 部長が言ってたこと気にしてんのかよ」
朋也「あんなの、おもしろがって言ってるだけだろ。攻略とかなんとかってさ」
唯「そうかもしれないけど…案外当たってるところもあると思うんだ」
唯「あずにゃんが朋也の隣に座りたがるのも、やっぱりそういうことなんじゃないのかなぁ」
朋也「そうかぁ?」
単に唯を取られまいと、俺から遠ざけているだけに見えるのだが。
それがあいつの行動原理のはずだ。
唯「うん…それでね、もしほんとにあずにゃんが朋也のこと好きで、朋也も同じ気持ちになった時は…」
唯「その時は、私じゃなくて、あずにゃんを選んでくれてもいいかなって、ちょっと思ったりしたんだけどね」
朋也「馬鹿…そういうこと、冗談でも言うなよ」
561:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:11:52.93:jpDSDOMkO
朋也「俺はおまえ以外考えられないって、さっきもそう言ったばっかりだろ?」
唯「うん…」
朋也「俺はおまえが好きだよ。おまえも、そう想ってくれてるってことで、合ってるよな?」
唯「うん」
朋也「だったら、もうそれだけでいいじゃないか。余計なことは考えるな」
唯「そうだね…うん」
朋也「けっこう恥ずかしいんだからな、好き好き言うのは」
唯「そう? でも、私はもっと言って欲しいなぁ」
朋也「もう言わねぇよ」
562:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:12:16.17:+UZ/pLeq0
唯「じゃあ、私が言ってあげるね。朋也、好き好き~」
腕に絡み付いてくる。
朋也「…うん」
唯「あはは、…うん、だって。朋也、照れてるぅ~」
朋也「…ほっとけよ」
唯「かわいいなぁ~」
家に帰り着くまで、唯はずっと俺をからかい続けてきた。
スキンシップに耐性があまりないんだろうか、俺は…
終始どきどきしっぱなしだった。
―――――――――――――――――――――
次へ
春原「銀行の近くとか、案外よさそうな感じじゃない?」
春原「もしなくても、金庫まで掘り進めば、僕ら大金持ちだぜ?」
朋也「ただの強盗だからな…」
朋也「つーか、金脈って、金の鉱脈のことだぞ。埋蔵金とは関係ない」
春原「あん? そうなの? ま、どうでもいいけど」
朋也「じゃ、言うな」
春原「それよか、おまえはなんかないの」
朋也「ない」
春原「んだよ、素っ気ねぇなぁ…きのうも、なかなか来なかったしさ…」
春原「なにやってたんだよ」
朋也「なんでもいいだろ、別に」
こいつにだけは話したくなかった。
泣き喚かれたりでもしたら面倒だ。
春原「よくねぇよっ! おまえがこなきゃ、僕がひとりになるだろっ」
春原「きのうは、ずっと貧乏ゆすりでビート刻んでるしかなかったんだからなっ」
朋也「知らねぇよ…」
春原「今日こそは僕と同じ時を過ごしてもらうからなっ!」
朋也「気持ちの悪い言い回しをするな」
春原「だからさぁ、どっか行こうぜ」
朋也「その案が浮かばないからここにいるんだろ」
春原「そうだけどさぁ…」
朋也「大人しく漫画でも読んどけ」
春原「結局それしかないのかよ…あーあ、つまんね…」
コタツの向こう側、春原はばたりと床に倒れこみ、俺の視界から消えた。
ふて寝でもするのかと思ったが、寝転がったままぶつぶつと不満を漏らし続けていた。
春原「なんかおもしろいことないの、岡崎」
朋也(うるせぇな…)
春原「聞いてる?」
朋也「ねぇっての」
春原「なんだよ、つまんねぇ奴だなぁ…」
俺は無視して雑誌を読み続けた。
―――――――――――――――――――――
春原「なんか、家族連れが多いねぇ」
朋也「まぁ、大型連休の只中だからな」
町の中、行き交う人たちを品定めするように眺める俺たち。
外出を決めたのは、こいつの愚痴にいい加減耳が耐えられなくなったからだった。
春原「にしても…なかなかヒットしないなぁ…」
春原「岡崎、おまえも可愛い娘見つけたら教えてくれよ」
朋也「ひとりで探せよ」
こいつのナンパの片棒なんて担ぎたくもない。
春原「遠慮すんなって。おまえの好みの娘がいたら、ばっちり協力してやるからさ」
朋也「って、なんだ、俺もやんのかよ」
春原「そりゃ、そうでしょ。なんのためにここまで出てきてんだよ」
朋也「暇つぶしだけど」
春原「僕が女の子ひっかけちゃったら、おまえ、暇になるじゃん」
朋也「まぁ、そうだけどさ…」
春原「な? だからさ、ふたり以上で固まってる女の子たち狙って、協力して落とそうぜ」
朋也「落とすって、んな簡単に言うけどな、失敗すりゃただのピエロだぞ。恥かくリスクが高すぎる」
春原「大丈夫だって。その辺は僕に任せとけよ。巧みな話術で瞬殺してやるからさ」
春原「それに、おまえも女ウケいいツラしてるし、成功率は高いって」
朋也「おまえのトークセンス頼みってところに不安を覚えるんだけどな」
春原「僕を信じろっ! かなりの場数を踏んできた百戦錬磨の手錬なんだぞっ」
朋也「勝率は?」
春原「え゛? ははっ、そりゃ、ぎりぎり判定負けする時もあったさ」
要するに一度も成功したことがないんだろう。
朋也「つーか、おまえ、琴吹はいいのかよ」
春原「ん? それはそれ、これはこれだよ」
朋也「あ、そ」
朋也(はぁ…)
他にやることがあるわけでもなし…ひとりでいるよりはマシかもしれない。
―――――――――――――――――――――
春原「あーあ、なかなかいい娘みつかんないなぁ…」
朋也「お、あの娘なんかいいんじゃないか」
春原「え、どこ?」
俺の指さすその先を凝視する春原。
春原「って、なんだよ、ガキじゃん」
朋也「ちょうど親子でそろってるしさ、娘さんを僕にくださいっ、ってやってこいよ」
春原「もうそれ、路上で結納してるだろっ! ナンパしにきてんの、ナンパっ」
朋也「結婚を前提にだろ?」
春原「結婚を前提にナンパって、どんな奴だよっ! 重すぎるだろっ」
朋也「けっこう切羽詰ってそうだったから、そう見えたんだよ」
春原「んながっついてねぇよっ。ったく…もっと真面目にやれよ」
真面目にナンパするのもどうかと思うが。
朋也「わかったよ」
春原「頼むぞ、ほんとに…」
朋也「お、早速みつけたぞ」
春原「どこ?」
朋也「ほら、あそこ」
春原「って、今度はバァさんかよっ!」
朋也「なんだよ、不満か?」
春原「当たり前だろっ!」
朋也「おまえのストライクゾーンがわからん」
春原「せめて、娘って呼べる年齢層に絞ってくれっ」
朋也「そっか。そうだったな。おまえ、ロリコンだもんな」
春原「どんだけ下を想定してんだよっ!?」
春原「ああっもう、おまえが想像する僕の好みじゃなくて、おまえ自身の好みで探してくれっ」
春原「そっちのが間違いなさそうだからな…」
朋也「わぁったよ」
春原「今度こそ頼むぞ…ん?」
人混みに目を向けて、そこで固まる。
春原「おい、岡崎、みてみろよ、あの二人組」
朋也「あん?」
春原が示した先に顔を向ける。
ひとりは、背が小さめで髪がショート。小動物のような雰囲気を持っていた。
もうひとりは、黄色いカチューシャとリボンが印象的だった。顔立ちはかなり整っている。
春原「かわいくない?」
朋也「ああ、まぁな」
春原「決まりだね。いくぞ、岡崎っ」
―――――――――――――――――――――
春原「ねぇ、君たち、今、暇?」
進路を塞ぐように相手の正面に立ち、あげくボディタッチまでしていた。
女1「………」
女2「………」
春原「よかったらさ、僕らと遊ばない? 楽しいことしまくろうよ」
春原「朝まで、あ~んなことや、こ~んなことしてさっ、げへへ」
下ネタの追撃。最悪な第一印象を、これでもかというくらいにねじこんでいた。
女1「あんたたち…春原と、岡崎じゃない?」
カチューシャをした、気の強そうな女がそう返してきた。
春原「うん? そうだけど…なに? 僕らって、そんなに有名なの?」
女1「うちの学校じゃ、悪名の高さで知れ渡ってるわね」
春原「あ、君も光坂なんだ? へぇ、知らなかったなぁ、こんな可愛い子がいたなんて」
春原「名前、なんていうの?」
女1「涼宮」
朋也(ん?)
どこかで聞いたような…
春原「え? って、もしかして…キョンが入ってる部活の、部長さん?」
朋也(ああ、そういえば…)
あいつの所属する部活動の話になった時、その名が出てきたことを思い出した。
涼宮「そうよ」
春原「へぇ、美人だって聞いてたけど、ほんとだったんだ」
春原「でも、残念だなぁ。もうキョンっていう彼氏がいるもんね」
春原「さすがに友達の彼女は寝取れないからなぁ」
涼宮「キョンとは付き合ってないわ。誤解しないで」
春原「まぁたまた~、みんな言ってるよ」
涼宮「それはただの、何も知らない外野の意見よ。信憑性なんかゼロに等しいわ」
涼宮「そんなことより、あんたたち、今日一日、SOS団の臨時団員として働きなさい」
春原「へ? どういうこと?」
涼宮「私たち、6対6のサバイバルゲームに挑むためのリザーバーを探していたところなの」
涼宮「こっちは4人しかいないから、あとふたり必要だったのよ」
涼宮「そこへ、丁度あんたたちが現れたってわけ」
春原「ふぅん…サバイバルゲームねぇ…なんか、おもしろそうじゃん」
朋也「そうか?」
春原「おまえも、やるよな?」
朋也「いや、俺は…」
涼宮「拒否権はないわ。バスケだかなんだかで、キョンを貸してあげたことあったでしょう」
まるで備品のように言う。
涼宮「あの時の貸しは、ここできっちりと清算してもらうわ」
断ることを許さない、意志のこもった瞳。
朋也「…ああ、わかったよ。借りは返さなきゃいけないよな」
涼宮「殊勝な心がけね。ま、当然だけど」
強引な女だ。あいつの気苦労も、こいつからきているんだろうな…きっと。
―――――――――――――――――――――
涼宮「あ、来た」
向かいの通りから、キョンと、長身で細身の男が一緒に駆けてきた。
涼宮「遅いわよっ、キョン、古泉くん。呼んだらすぐに来なさい」
男「すみません、走って来たんですが…気合が足りなかったみたいですね」
キョン「いや、遅くはないだろ、全然早…って、あれ…」
春原「よう、キョン」
朋也「よお」
キョン「春原に、岡崎…え、もしかして、おまえらか? サバゲーの補充要員って…」
涼宮「その通りよ」
涼宮が答える。
キョン「マジでか…」
涼宮「大マジよ。これで参加人数を満たせたわ」
好戦的な口調で言う。
早く戦いたくてうずうずしているようだった。
涼宮「さて、キョンは面識あるからいいとして…古泉くん、有希。一応自己紹介しときなさい」
涼宮「これからチームで戦うことになるんだからね。こういう形式的なことも大事よ」
男「そうですね。では、僕から…」
一歩前に出る。
男「古泉一樹です。以後お見知りおきを」
笑顔を作り、さわやかに言ってみせた。
さらさらの長髪で、いかにもモテそうな美男子といった容姿をしている。
古泉「直接お会いするのは初めてですが…僕の方は、あなたたちのことは、以前から存じてます」
丁寧口調のまま続ける。
春原「あん? そうなの?」
古泉「ええ、あなたたちコンビは、その筋の人間には人気が…」
女「…それ以上喋るな」
古泉「んっふ、これは手厳しい」
女「………」
涼宮と一緒にいた女。
おとなしそうだが、意外と毒を吐く奴なんだろうか…
女「…長門有希」
こちらを見て、その一言だけをぽつりと漏らした。
朋也「岡崎朋也」
春原「春原陽平」
俺たちも名前だけ伝えた。
なんとも事務的な自己紹介だった。
涼宮「じゃ、親交も深まったことだし、行くわよっ」
多分、なにも関係に変化はなかっただろう。
―――――――――――――――――――――
キョン「しっかし…まさか、おまえらを連れてくるとはな…予想外だったよ」
春原「おう、よろしくな、キョン」
涼宮の後に続き、現地へと向かう俺たち一向。
朋也「つーか、おまえらって、サバゲー愛好会かなんかなのか」
キョン「いや、そういうわけじゃないんだけどな…たまたまだよ」
キョン「俺たち、休みの日は市街探索…ああ、まぁ…町の中をぶらついたりしてるんだけどさ…」
キョン「きのう、その途中で、ある男に絡まれたんだ」
キョン「その時に、サバゲーの話を持ちかけられて、うちの団長様が乗っちまったんだ」
朋也「ふぅん…そうなのか」
しかし、いきなりサバゲーに誘ってくるなんて、どんな男なんだろう…
ミリタリーな趣味を持った、アブナイ奴なのか…
春原「でもさ、涼宮…ハルヒちゃんだっけ? 初めてみたけど、可愛いよね」
春原「おまえも、けっこうやるじゃん」
キョン「なにをどうやるのかわからん」
春原「はっ、とぼけん…うわっ」
ばっとケツを抑える春原。
春原「な、なにすんだよっ」
古泉「おっと、失礼。手が空中で派手にスリップしてしまいました」
春原「な、なに言って…」
古泉「事故ですよ、事・故。んっふ」
春原「………」
ぎこちなく俺たちに振り返る。
春原「なんか、気色悪いんだけど、こいつ…」
キョン「そういう奴なんだ。自分の身は自分で守ってくれ」
春原「…ははっ、どういう意味なのかなぁ」
朋也「…さぁな」
できるだけ考えたくない…なにも考えないようにしよう…。
―――――――――――――――――――――
涼宮「着いたわ」
広い敷地の中に木造の建物がひとつ、ぽつんと佇んでいた。
誰の記憶からも忘れ去られたかのように、老朽化が進んでいる。
涼宮「ここで待ち合わせることになってたはずんなんだけど…」
腕時計を見る。
涼宮「時間は合ってるわね…」
男「おう、お嬢ちゃん。逃げずにやってきたか」
どこからともなく、ガラの悪そうな男が現れた。
タッパがあり、威圧感もそれ相応にあった。
年の頃は、30前後だろうか。
それにしては、悪戯っ子のように目がギラギラしていた。
涼宮「当たり前じゃない。こんな面白そうなイベント、あたしがすっぽかすわけないわ」
男「ふん、そうかい。威勢のいいこった」
男「こっちの準備は大体できてるからな。あとはおまえらを待つだけだ」
男「装備は向こうの小屋に一式揃えてある」
ここからそう遠くない場所に、物置のような小さい小屋があった。
男「一四○○(いちよんまるまる)時にゲーム開始だ」
男「俺たちは裏口から、おまえらは正面からあの建物に突入する」
木造の建物を指さす。
男「それでいいな?」
涼宮「ええ、わかったわ」
男「せいぜい俺様を楽しませてくれよ」
不敵な笑みを見せ、奥に消えていった。
涼宮「みんな、気合いれていくわよっ」
興奮した面持ちで小屋にずんずんと歩いていく。
俺たちもそれに続いた。
―――――――――――――――――――――
春原「うわ、かっけぇ…」
小屋の中にあったのは、プロテクトアーマーのような重装甲と、マシンガンだった。
ディテールに凝っていて、とてもおもちゃとは思えない。
朋也(お…建物の見取り図まである…)
朋也(やけに本格的だな…まさか、銃も本物ってことはないだろうな…)
………。
朋也(はっ…まさかな…)
長門「…弾はゴム弾。ギアの上からでも被弾すれば、肉体的な痛みは相当のものだと予想される」
長門「気をつけたほうがいい」
長門有希が装備を身につけながら、淡々と言った。
長門「いかなる状況であれ、撃たれるよりは撃つべき」
涼宮「いいこと言うじゃない、有希。そうよ、攻撃は最大の防御なんだからね」
涼宮「さっさと全滅させちゃいましょ」
キョン「また、物騒なことを…つーか、危ないんじゃないのか、このゲーム」
長門「死に至るまでの危険性はない。あくまで被弾箇所の人体が著しく損傷するだけ」
キョン「いや、十分ヤバイじゃないか…」
春原『みろよ、これ、すげぇかっこよくない?』
春原が上半身だけアーマーを身にまとっていた。
春原『これ、ガスマスクって奴だよね?』
篭った声。顔面を保護する装甲の下から発声しているからだ。
春原『なんか、本格的だよね…っうわっ』
古泉「んっふ、下半身がお留守ですよ、んっふ」
春原『なんなんだよ、こいつ!? いつの間にかすげぇ近いよっ!』
古泉「特に*を守らないと…常に誰かに狙われていることを、もっと自覚したほうがいい」
春原『ひぃぃいいっ』
古泉に襲われ始める春原。
朋也(しかし…)
あの、長門有希という子は、なんでダメージのでかさがわかるんだろう…
長門「………」
何者なんだ、あいつは…
―――――――――――――――――――――
時間になり、屋内に突入した。
中は薄暗く、視界が悪かった。
そのため、暗視ゴーグルを作動させて進むことになった。
キョン『暗視調整、良し。吸気弁、作動良し』
朋也『妙な気分だな…』
キョン『ああ。体は軽いのに視界が重い』
春原『潜水夫になった気分だよね』
涼宮『そこ、無駄口を叩くんじゃないわよ。オペレーションスタートっ』
古泉『了解です、ゆりっぺ』
長門『…自重しろ』
古泉『んっふ、すみません、もしくはさーせん』
―――――――――――――――――――――
周りを警戒しつつ、ゆっくりと廊下を進む。
先頭は涼宮だ。この部隊の指揮官であるため、強化服の上から腕章をしていた。
死んでたまるか戦線、と書かれてある。
涼宮『いないわね…』
未だ敵とエンカウントしていなかった。
物音もしない。
涼宮『この区間にはいないのかしら…』
その言葉を聞いて、俺たちの緊張が少しだけ解けた。
その時…
朋也『ん?』
赤いランプが四つ、奥の通路で軌跡を残しながら揺らめいた。
電気も通っていないようなこの建物内での明かり。
考えられる光源は、ひとつしかない。暗視装置が放つ光だ。
ばたたたたっ! ばたたたたっ!
案の定、すぐに銃声が響いた。
涼宮『っ! 待ち伏せよっ!』
全員、さっと遮蔽物に身を隠す。
弾が柱に当たって、バチバチと大きな音を立てていた。
俺たちも、相手の攻撃が休まると、その隙に身を乗り出して撃ち返した。
涼宮『古泉くん、有希! その通路からあそこまで回りこめるから、潜行してちょうだい!』
涼宮『挟撃するわよっ』
最も通路の入り口に近かったふたりに指示を出す。
古泉『わかりました、任せてください』
長門『わかった』
即時行動に移し、がしゃがしゃと装備の揺れる音を立てながら消えていった。
朋也(すげぇな、涼宮の奴…)
あの指示が出せるということは、建物内の空間の把握ができているということだ。
それはつまり、ほんのわずかな時間見取り図を眺めただけで、完全に頭の中に入れてしまったことを意味する。
たたたっ! ばたたたっ!
向こうから新しい銃声がふたつ。
古泉と長門有希だった。
手を振って、制圧が完了したことをこちらに伝えてきた。
不意をつかれはしたが、意外にあっけなく終わった開幕戦。
涼宮の采配が的確だったおかげだ。
敵は正面から俺たちの攻撃を受け続け、突然横から潜行部隊の奇襲を受けたのだ。
ひとたまりもなかったろう。
涼宮『よくやったわ、ふたりとも』
通路を抜け、敵の居た位置までやってくる。
そこは、ずいぶんと開けた場所だった。
さっきまでの一方通行な一本道と違い、動きやすい。
古泉『んっふ、正確に仕事ができて、なによりです、Angel Beatあっ…』
ばたたたたっ!
かんっ、とひとつ金属音がしたと思うと、古泉が発砲しながら勢いよく倒れた。
敵からのヘッドショットを受けたのだ。
涼宮『どこからっ…』
向かい側の出入り口から、がしゃがしゃと音を立てながら足音が遠のいていった。
ヒットアンドアウェイだ。敵は、反撃される前に退いていた。
涼宮『逃げられたか…』
キョン『大丈夫か、長門』
長門有希が床にうずくまっている。
キョンに安否を訊かれ、フェイスセーフ、メット、吸気弁の三つを外した。
長門「問題ない。でも…ルール上もう動けない」
手や足など、体の末端はセーフだが、内臓の詰まった胴や、頭にもらえばそこでゲームオーバーということだった。
長門「…あなたのせい」
古泉「僕も突然のことだったので、なにがなんだか…一応すみませんでした」
古泉も頭部の装備をすべて外していた。
長門「…死ぬならひとりで死ぬべき。馬鹿」
…古泉の死に際の乱射が長門有希に被弾していたらしい。
キョン『これでまた同人数に戻っちまったな…』
今しがたふたり処理した矢先の出来事だったので、落胆の具合も大きい。
涼宮『終わったことは、言っても仕方ないわ。先へ進みましょう』
涼宮『ふたりのカタキを取るのよ』
言って、先行する。
春原『ハルヒちゃん、頼もしいね』
キョン『こういう時だけは、役に立つんだ、あいつも』
涼宮『なにがこういう時だけよ! 聞えてるんだからね、キョンっ』
キョン『あー、すまんすまん…』
―――――――――――――――――――――
涼宮『静かね…』
通路を進むが、人のいる気配が感じられない。
しかし…
朋也『俺たちが追う立場になってるけど、それって不利なんじゃないか』
涼宮『じゃ、私たちも待ち伏せしろっていうの? そんなの嫌よ』
涼宮『言ったでしょ? 攻撃は最大の防御だって。なにより、あたしの性分にあわないわ』
朋也『あ、そ…』
闘争心の塊のような奴だった。
春原『ん…?』
春原『うわぁあああっ! ゴキブリだぁあああっ!』
ばたたたたたっ!
朋也『馬鹿、んなのほっとけよ!』
涼宮『なにやってんの、金髪! 敵に位置がばれるじゃないっ!』
キョン『春原、無駄弾撃つなっ』
春原『わ、わりぃ、つい…』
どがらしゃーっ!
大きい音がして、目の前で天井が抜けていた。
春原の撃った弾が、脆くなった部分に当たり、ぶち抜いてしまったんだろうか…。
もくもくと埃が舞う。が、マスクをしている俺たちには無害だった。
次第に煙も薄れ、晴れていく視界。
涼宮『あ…』
そこには、敵が三人、重なって倒れていた。
上の階で、丁度床が崩れた場所にいて、落ちてきたのだろう。
その衝撃からか、吸気弁が外れて埃を吸い込んでしまい、咳き込んでいる者もいた。
すかさず俺たちが銃を構えると、手を挙げて降伏していた。
―――――――――――――――――――――
春原『いやぁ、なんか、あそこは怪しいと思ってたんだよねっ』
春原『なんていうの? 動物的カンってやつ?』
あの偶発的な事故以来、春原は延々と自画自賛し続けていた。
朋也『おまえ、うるさい』
春原『いいじゃん、敵もあと一人なんだしさ。軽くトークしながらいこうぜ』
その残った一人とは、やっぱり、あの目つきの悪い男なんだろう。
今は3対1の状況で有利だが…なにか嫌な予感がしてならない。
春原『ん…どうしたの、いきなり止まっちゃってさ』
涼宮『この扉の向こうは大部屋になってるの。特に入り組んでいるわけでもなく、単純な構造よ』
涼宮『もしここに潜伏してるとしたら…』
涼宮『不用意に全員で突入すれば、一網打尽にされる可能性もあるわ』
涼宮『身を隠す遮蔽物が、室内にある家具ぐらいしかないでしょうからね』
涼宮『それに、罠を張られているかもしれないしね』
春原『ははっ、大丈夫だって。三人で袋叩きにしちゃえばいいじゃん』
春原が銃を構えることもなく、無造作に扉を開けた。
涼宮『あ、馬鹿っ…』
入り口に足を踏み入れる春原。
室内を見回す。
春原『何もないよ』
俺たちに向き直り、肩をすくめてみせる。
そして、また正面に視線を戻す。
春原『この部屋にはいなかったみた…』
カシャッ
物音がしたと思うと、大量の日光が窓から降り注いできた。
朋也『うお…』
暗視装置がちりちりと焼けていた。
腕で光を遮り、影を作ることで対処した。
春原『うぐあぁ…目がぁあっ! 目がぁあっ!』
春原はモロに直視してしまったようだ。
となれば、おそらく暗視装置は焼き切れてしまっているだろう。
ばたたたたたたっ!
春原『ぎゃぁあああああああああっ!』
銃弾を浴びながら後ずさり、俺たちのいる場所まで押し戻され、そこでばたりと倒れた。
朋也(くそっ…!)
暗視装置を切り、半身になって室内を見る。
すると、光を背にして、ひとりの男が立っていた。
斜光カーテンを開けて、暗視装置の弱点を突いてきたのだ、あいつは…。
俺は迷わず発砲する。
ばたたたたたっ! ばたたたたっ!
キョンと涼宮も加わり、掃討射撃のように絶え間なく弾が飛んでいく。
だが、そんな派手な攻撃もむなしく、ソファーに身を隠しながら別の出入り口から逃げられてしまった。
朋也(逃がすかっ…!)
俺が一番に追い始め、その後に残りのふたりもついてきた。
―――――――――――――――――――――
部屋から出ると、すぐに階段があった。
暗視装置を再び作動させ、一気に下りていく。
そして、中程まで来たところで…
どがぁっ!
最上段から何かが砕ける音。
朋也(嘘だろ…!?)
壁を突き破って、突然敵が現れていた。
銃を構える。狙われるのは、当然一番近い位置に居る…
涼宮『嘘っ…』
ばたたたたたたっ!
キョン『うぁああっ!』
声を上げたのは、涼宮ではなく、キョンだった。
自分が盾となり、涼宮をを守っていたのだ。
涼宮『キョンっ! なんで…』
涼宮はキョンが階段から落ちないように支え、両手がふさがり、銃を落としてしまっていた。
容赦なく敵の銃口が向く。
朋也(くそっ…!)
朋也『喰らえっ』
ばたたたたたたたっ!
敵に向けて発砲する。
が、すぐさま逃げられてしまった。
涼宮『キョン…』
キョン『あつつ…あー、俺はもうゲームオーバーだな…あとは任せた』
涼宮に抱きかかえられるその腕の中で、若干苦しそうに言う。
涼宮『……うん』
朋也『行くぞ、涼宮。終わりは近い』
涼宮『…わかってるわ』
―――――――――――――――――――――
薄暗い通路をただひたすら進む。俺が前衛、涼宮が後衛だった。
俺たちの他に足音は聞えない。やはり、また待ち伏せなのだろう。
今は2対1の状況なので、その判断は正しいはずだ。
朋也『ん…』
大き目の扉が目の前にあった。
一度立ち止まる。
涼宮『この先は、結構な広さのあるホールになってるわ。そして…出入り口はここしかないの』
涼宮『もし、ここでキャンプしているとしたら…決着は、ここでつくことになるわ』
朋也『…そうか』
涼宮『短時間で罠が用意できたかどうかはわからないけど、用心していきましょう』
朋也『ああ、わかった』
俺はまず様子見のために、扉を慎重に開くだけで、中に突入することはなかった。
次に、銃を構えつつ辺りを見渡して、警戒しながら足を踏み入れた。
長机が多く並んでおり、最奥には人ひとり隠れられるだけの教卓のようなものがあった。
朋也(居るのか…?)
そこに注意を向け、進んでいく。
涼宮も後ろからついてくる。
朋也(あそこしかないよな…居るとしたら…)
緊張が高まる。
ばたたたたっ!
奥から銃声。
身をかがめて長机の下に隠れる。
俺と涼宮は左右に散っていた。
朋也(やっぱりか…)
朋也(よし…)
身を起こして、教卓に銃を向ける。
その時…
右の壁にある窪みから、赤い光が尾を引きながら出てきた。
朋也(な…)
ばたたたたっ!
朋也『うぉあっ』
咄嗟に伏せて難を逃れる。
男『ふん、なかなかいい反射神経してるじゃねぇか』
ばたたたっ!
涼宮が発砲する。
男『おっと』
しゃがみ、奥へ移動していった。
朋也(どうなってんだ…)
さっきは確かに奥から発砲してきたはずだ。
それで、あの場所に居ると当たりをつけたのだから。
朋也(一瞬で移動…? いや、ありえない、あんな距離だからな…)
朋也(なら…銃が二丁あるのか…? 一つはおとり用で…)
朋也(でも、どうやって…)
朋也(あ…)
ひとつ思い当たる。
あの大部屋のすぐ外で、春原がゲームオーバーになっていたことを。
おそらく、回収していたのだろう。
そして、仕掛けていたのだ。この罠を。
どうやって遠隔発砲できたのかは知らないが…やはり只者じゃない。
朋也(しかし…)
マガジンを取り出す。
重さからして、残弾も残り少ないことがわかった。
それは、涼宮も同じことだろう。
このまま小競り合いを続けて消耗戦になれば、負け戦になることは目に見えている。
朋也(…ふぅ。仕方ねぇな…やるか)
俺は一つの賭けに出ることにした。
ともすれば、無駄死にするだけかもしれない策だったが…いや、策とも呼べないかもしれない。
だが、この状況を打破し、勝利できる可能性も秘めているはずだ。
朋也『涼宮』
俺は銃を放った。
受け取る涼宮。
涼宮『なによ…どうしたの』
朋也『俺は今からあの男を拘束しに行く。丸腰でな』
朋也『おまえは発砲して動きを止めておいてくれ』
涼宮『そんなことできるの?』
朋也『やるしかねぇだろ。弾、もうないだろ?』
涼宮『…そうね。じゃあ、頼んだわ』
朋也『ああ』
朋也(さて…)
俺は長机のひとつを抱えると、それを盾にして突進していった。
昨日の水鉄砲遊びの時、ダンボールで防いでいたようにだ。
男『かっ、馬鹿だな。蜂の巣にしてやるよ』
ばたたたたたっ!
朋也『うぐ…』
ミシミシと机が削られていく。
支える手にも、その振動が伝わってくる。
ばたたたたっ!
涼宮からの援護が入り、相手の攻撃の手が休まる。
朋也(ぐ、うおらっ…)
飛びかかれる位置までやってくる。
男『ちっ』
逃げようとするが…
ばたたたたっ!
涼宮の援護射撃によって動きが止まる。
朋也『おらっ』
ついに組み付くことに成功した。
男『離せ、小僧っ』
ものすごい力で抵抗される。
この状態も、長くは持たないだろう。
朋也『撃てっ! 涼宮っ!』
涼宮『でも、あんたにも当たるじゃないっ!』
朋也『いいから、早くしろっ! もう解かれるっ』
涼宮『わ、わかったわよっ! 恨まないでよねっ!』
ばたたたたたっ!
男『あだだだっ!』
朋也『ってぇ!』
弾を受けながら倒れる俺と敵の男。
男『はぁー…はぁ…』
重く呼吸にあえぎながらも、フェイスガードと吸気弁を外す。
俺も寝転がったまま同じように装備を脱いだ。
男「なかなか根性あるじゃねぇか、小僧」
朋也「あんたも、かなり手ごわかったぜ、オッサン」
小僧と言われたお返しに、オッサンを強調してやる。
男「かっ、しっかし、この俺様が負けちまうとはな…」
ポケットからタバコを取り出して、火をつけた。
そう、戦いは終わったのだ。俺たちの勝利を以って。
―――――――――――――――――――――
男「おめぇら、最近のガキにしちゃ、骨があるな」
男「俺たち古河ベーカリーズに勝つなんてよ」
ベーカリー…パン?
涼宮「当然じゃない。私たちSOS団は世界最強なのよ」
涼宮「それを知らしめるために、日夜活動してるの」
涼宮「今は光坂だけだけど、いずれは全国に支部を置いてやるんだから」
男「ん…おまえら、もしかして、光坂の生徒なのか?」
涼宮「そうよ」
男「そうか…じゃ、渚の後輩ってことになるのか…」
渚…?
朋也(う~ん…)
誰かがその名を言っていたような…。
記憶が曖昧で思い出せない。
男「ま、いいや。おら、ご褒美をやる」
言って、全員にパンを握らせた。
男「うちは古河パンってパン屋をやってるんだが、気が向いたら来い」
男「おまえらなら、全品一割引きの出血大サービスだ」
出血するどころか、ただのかすり傷だった。
それに、店の名前だけ言われても、場所がわからない。
この人には、絶対商才がないと思う。
男「それじゃあな。今日は楽しかったぜ」
それだけ言うと、背を向けて去っていった。
涼宮「ふふふ、勝った後はやっぱり気分がいいわね」
キョン「おまえはノーダメージだから、そりゃ気分もいいだろうよ…いつつ…」
涼宮「あ…キョン…その、大丈夫?」
キョン「まぁ、なんとかな…」
朋也「そういや、おまえ、涼宮を身を挺して守ってたよな」
キョン「お、おい、岡崎…」
春原「マジで? 愛だねぇ」
キョン「違うって…指揮系統をやられるわけにはいかないだろ」
春原「じゃあ、エースである僕の盾になってくれてもよかったんじゃない?」
春原「僕も、かなり喰らっちゃって…だいぶ体が痛むからね…骨まで堪えるよ…」
古泉「僕が居れば、その*だけは守り通して…いや、責め通してあげられたんですけどね」
古泉「ふぅんもっふっ!!」
春原「ひぃっ! なんで頭に喰らったのにこんな元気なんだよ、こいつ!?」
古泉「下半身は無傷ですからね…まっ↓がーれ↑」
春原「ひぃいっ」
手負いの春原に好き放題始める古泉。
思わず目を逸らしたくなるほど陰惨な光景だった。
朋也(そういえば…)
長門有希も、至近距離で古泉のフレンドリーファイアを受けていたはずだが…
長門「………」
何事もなかったかのような涼しい顔。
………。
やっぱり、こいつからはなにか得たいの知れない深いものを感じる…
涼宮「ところで、岡崎。あんた、正式にSOS団に入団してみない?」
朋也「あん?」
涼宮「あの金髪はともかく、あんたはなかなか使えそうだからね」
涼宮「もし、入るんなら、キョンより上の地位に置いてあげるわ」
キョン「なんでだよ…」
涼宮「あんたは定年まで平団員で固定なのよ」
キョン「ああ、そうですか…はぁ…やれやれ…」
朋也「せっかくだけど、遠慮しとくよ」
涼宮「なんですって? あたしの誘いを蹴るっていうの?」
キョン「やめとけ、ハルヒ。こいつは無理に押さえつけてられるようなタマじゃない」
涼宮「だからこそ欲しいんじゃない」
キョン「諦めろ。最近は、こいつにも新しい居場所が出来つつあるんだ」
キョン「それを邪魔するのは、野暮ってもんだろ」
俺を見て、わずかに笑みを浮かべた。
それは…やっぱり、軽音部のことを言っているんだろうか。
涼宮「でも…」
キョン「いいから、もう帰るぞ」
言って、その背を優しく押した。
涼宮「もう…わかったわよ…」
キョン「長門も、いくぞ」
長門「………」
こく、と小さく頷いて歩き出す。
キョン「じゃあな、岡崎」
朋也「ああ、じゃあな」
春原「って、こいつも連れて帰ってくれよっ!」
古泉「セェカンドレイドッ!!! フンッ!」
春原「ひぃぃいいっ」
後ろで悲鳴が上がったが、誰も振り返らなかった。
俺は、あのオッサンにもらったパンの袋を開けた。
一口かじってみる。
朋也(うげ…)
とてもマズかった。なぜか食感もボリボリしているし…
捨てようかとも思ったが…食べ物を粗末にするのもよくない。
道すがら、ジュースでも買って一気に流し込もうと、そう決めた。
春原「って、助けてくれよっ!」
―――――――――――――――――――――
5/4 火 祝日
春原「あ……あ…」
朋也「駄目か…」
ひっぱたいてみても、つねってみても反応がない。
こいつは朝からずっとこんな調子だった。
昨日、銃撃で体を痛めつけられたあげく、古泉には精神を犯されていたので、廃人のようになってしまっていたのだ。
朋也(そっとしておいてやるか)
寝転がり、雑誌を開いた。
―――――――――――――――――――――
さすがに暇になり、ひとりで町へ出てきた。
春原があんな状態では、悪戯してもつまらない。
雑誌も漫画も、一通り読みつくしてしまっていたし…
昔のを読み返す気にもならなかった。
朋也(なにしようかな…)
ノープランだったので、当然のごとく立ち往生してしまう。
あまり無駄金は使いたくなかったが、ネットカフェにでも行けば、楽しく暇が潰せるだろうか。
朋也(でもなぁ…)
仮に行ったとして、春原の部屋で過ごすのと、やることはそんなに変わりないような気もする。
………。
朋也(まぁ、物は試し…行ってみるか…)
俺は繁華街の方へ足を向けた。
―――――――――――――――――――――
朋也(この辺で見たことあるんだけどなぁ…)
すでに何度か同じ区間で行ったり来たりを繰り返していた。
用がない時にはすぐ見つかるのだが、探し始めた時に限ってなかなか見つからないのだ。
なんというんだろう、この現象は。
誰か偉い学者が名前をつけていてもおかしくはないくらい、ありふれていると思うのだが。
朋也(もういっか…寮に戻ろう)
諦めて、踵を返す。
この辺りは、食事処がずらっと並んでいる。
どこかに立ち寄ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、歩を進める。
朋也「あれ…」
澪「………」
少し先、秋山の姿が見えた。
こじゃれたカフェの前で立ち止まっている。
なにか、きょろきょろと周りを気にしているようだった。
誰かに目を向けられていることを察すると、すぐ表にあったメニューを熟読し始めていた。
朋也(なにやってんだろ…)
俺は近づいていった。
朋也「よお、なにやってんだ」
澪「うわぁっ」
びくっと体を震わせる。
澪「ぽ、岡崎くん…?」
朋也(ぽ?)
謎の接頭辞。
澪「びっくりしたぁ…」
朋也「うん、俺も」
ぽ、にだが。
澪「え、岡崎くんも…?」
朋也「ああ」
澪「でも、すごく冷静にみえるんだけど…」
朋也「いや、こう見えて、すげぇ足にきてるんだ」
朋也「今ヒザカックンもらったら、呼吸困難に陥るくらいにな」
澪「そ、そんなに…」
朋也「まぁ、それはいいとして…」
澪「いいんだ…? 結構、危険な状態だと思うけど…」
朋也「なにやってたんだ? この店になんかあるのか?」
逸れかけた話の筋を軌道修正し、本題に入る。
澪「うん…私、前からこのお店に来てみたかったんだけどね…」
澪「その…初めてだから、気後れしちゃって…なかなか入れなかったんだ」
朋也「ふぅん。じゃ、誰か誘っくればよかったんじゃないか?」
澪「あ…そ、そうか…その手があった…」
しっかりしているような印象があったが、意外と抜けているところもあるようだ。
朋也「じゃ、入ってみるか? 俺とでよければだけど」
澪「いいの?」
目を輝かせる。
朋也「ああ」
澪「じゃあ、お願いしようかな…」
朋也「了解。ま、さっさと入ろうぜ」
澪「うんっ」
―――――――――――――――――――――
からんからん。
ベルの音と共に入店する。
店内は、白を基調とした清潔感ある内装だった。
店員「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
カウンターに近づいていくと、すぐに店員が寄ってきた。
朋也「ふたりです」
店員「では、こちらへどうぞ」
案内されるままついていく。
日当りのいい、窓際の席に通された。
店員「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
言って、テーブルから離れていった。
澪「ああ、ひとりで入らなくてよかったぁ…私、絶対店員さんに声かけられないよ…」
朋也「水運んでくるだろうから、その時に言えばひとりでも大丈夫だろ」
澪「でも、それまでに頼むもの決めてなきゃいけないでしょ? そう考えたら…お、恐ろしい…」
澪「きっと、水だけ飲んで帰ることになって…冷やかしだと思われて…」
澪「それで、ブラックリストに載って…出入り禁止になって…」
澪「町中のお店にその情報が伝わって…どこにも入れてくれなくなって…」
澪「私…私…あわわ…」
多重債務者のような扱いになっていた。
朋也「あー…心配するな。俺がちゃんと声かけてやるから」
澪「うぅ…かさねがさね、ありがとうございます…」
涙を流すほどでもないと思うが…。
朋也(まぁ、とりあえずは…)
メニューを開く。
朋也(…なんだこりゃ)
そこには、みたこともない文字列が所狭しと踊っていた。
フラペチーノうんらたらマキアートなんたらカプチーノかんたら…
かろうじて、ラテとモカを聞いたことがある程度だった。
はっきり言って、ちんぷんかんぷんだ。
秋山ならわかるだろうか。
朋也「なぁ、秋山…」
澪「………」
…顔が青ざめている。
澪「…ナニ、オカザキクン」
声がおかしい。
朋也「いや…メニューがさっぱりわかんなくてさ…」
澪「…ウン、ワタシモ」
やっぱりか…。
澪「どどっどどうしよう…」
ぷるぷると震えだす。
朋也「落ち着け。なんかうまそうなの、指さして頼めば大丈夫だ」
澪「ゆ、ゆゆ指? そ、そんな恥ずかしいよ…もし、田舎者だってことがバレたら…あわわ」
ここは地元だ。
だいぶ錯乱しているようだった。
朋也「じゃあ、適当に俺がおまえの分も頼むってことでいいか?」
澪「お、おおお願いしますぅ…」
緊張の糸が切れたのか、脱力していた。
朋也(ふぅ…)
もう一度メニューに目を落とす。
フードメニューの方は普通に理解できた。
異常なのはドリンクだけだったようだ。
朋也(フレンチトーストでいいかな…)
朋也「食べ物は、どうする?」
澪「えっと…チョコレートケーキにしようかな」
朋也「わかった。んじゃ、店員来たら、一度に頼むな」
澪「お願いします…」
横のスタンドにメニューを立てかける。
澪「…あ、そうだ」
なにやらバッグを漁り、ノートを取り出した。
澪「あの、岡崎くん」
朋也「ん? なんだ」
澪「ちょっとみてもらいたいものがあるんだけど…いいかな?」
朋也「なにを」
澪「これなんだけど…」
ページを開いて、そのノートを差し出してくる。
朋也「なんだ、これ」
受け取る。
澪「私が書いた詩だよ。感想もらいたくて」
朋也「俺、詩の良し悪しなんてわかんないぞ」
澪「いいよ、思った通りを言ってくれれば。それに、岡崎くんなら、正直に言ってくれそうだしね」
朋也「はぁ…」
目を通してみる。
朋也「………」
甘ったるい言葉の羅列。意味不明な比喩表現。口に出すのも恥ずかしい言い回し。
俺にとっては、さっきのドリンクメニュー並にわからない世界だった。
朋也「あのさ…」
店員「お冷、どうぞ」
言いかけた時、店員が水を持ってきてくれた。
朋也「あ、すみません、注文いいですか」
店員「はい、どうぞ」
朋也「これと、これを…」
メニューを片手に、指でさし示して伝える。
店員は、腰に下げていたオーダー表を取り出して、そこになにやら書き込んでいた。
不恰好な注文方法だったが、意思の疎通は滞りなく果たせたようだ。
朋也「それと、フレンチトーストとチョコレートケーキを」
店員「はい」
朋也「以上で」
店員「お飲み物の方は先にお持ちいたしましょうか?」
朋也「どっちでもいいです」
店員「かしこまりました。しばらくお待ちください」
軽く会釈し、下がっていった。
朋也「あー…それで、感想だったっけ…」
澪「うん」
俺は水を少し飲んで、一呼吸置いた。
朋也「なんか、変だな」
澪「う…へ、変かぁ…あはは…律にもよくそう言われるんだ…はは…」
朋也「でも、独特で面白い気もする」
澪「ほ、ほんとに?」
朋也「ああ。もうちょっとみていいか?」
澪「う、うん、どうぞ」
ページをめくってみる。
ところどころ、走り書きされた単語や、注意点の箇条書きなどがメモされてあった。
読み進めてみる。文字だけが続いていたと思うと、突如可愛らしい落書きが現れた。
その付近の字は、やけにへにゃへにゃとしている。
ネタが思い浮かばず、苦悩した末、落書きに走ったんだろうか。
なんとなく共感できるところもあり、人の思考の軌跡を辿るのは、意外と面白かった。
しかし…
朋也「この、遭難者が日数カウントしてるような記号はなんなんだ?」
正、という字を書く、あれのことだ。
朋也「いろんなページにあるけど、どれも三回くらいで終わってるよな」
澪「あ、そ、それは…えっと…ダイエットが続いた日数…かな…」
朋也「そうなのか…」
確かに、恋愛というよりは、その前段階である片想いの立場で書かれているものばかりだった。
朋也(なら、好きな奴はいたってことなのかな)
澪「でも、やっぱり経験に根ざしてないぶん、私自身、言葉にリアリティがない気がするんだ…」
コップを置き、そう力なくつぶやいた。
朋也「いや、好きな奴はいたんだろ? そういう女の子の主観じゃないのか?」
澪「ううん、全部想像なんだ。今まではそういう人がいなかったから」
朋也「今まで? じゃ、今はいるのか」
澪「え? あ、いや…気になるっていうか…そんな感じなんだけど」
つまり、いつも三日ほどで挫折しているということか。
いや…むしろ、三日坊主を継続しているといえるかもしれない。
朋也「まぁ、なんていうかさ、思ったんだけど…恋のこと書いてるのが多いよな」
朋也「やっぱ、おまえくらいだと、恋愛経験豊富だったりするんだな」
澪「そ、そんなことないよ…私、一度も男の子と付き合ったことなんてないし」
朋也「マジ? 意外だな…」
澪「い、いや、私なんて別に…」
謙虚に返した後、気を紛らわすようにして水を口にする秋山。
俺はノートを読み返してみた。
確かに、恋愛というよりは、その前段階である片想いの立場で書かれているものばかりだった。
朋也(なら、好きな奴はいたってことなのかな)
澪「でも、やっぱり経験に根ざしてないぶん、私自身、言葉にリアリティがない気がするんだ…」
コップを置き、そう力なくつぶやいた。
朋也「いや、好きな奴はいたんだろ? そういう女の子の主観じゃないのか?」
澪「ううん、全部想像なんだ。今まではそういう人がいなかったから」
朋也「今まで? じゃ、今はいるのか」
澪「え? あ、いや…気になるっていうか…そんな感じなんだけど」
朋也「ふぅん、なら、その気持ちはけっこう恋に近いんじゃないのか」
澪「そ、そうかな…」
朋也「ああ、多分な。俺も別に恋愛経験豊富ってわけじゃないからなんともいえないけどさ…」
朋也「少なくとも、他の男よりかは、一緒に居たいって思ったりするんだろ?」
澪「うん…そうだね」
朋也「試しに告ってみたらどうだ。付き合ってみれば、恋愛の詩だって書けるようになるだろうし」
澪「ええ!? む、無理、絶対…」
朋也「大丈夫だって。おまえの告白を断る男なんて、ホモ野郎ぐらいだからさ」
澪「えぇ…じ、じゃあ…もし、岡崎くんに告白したら、受けてくれるの…?」
朋也「俺? まぁ、そうだな。できるならそうしたいけど…」
朋也「おまえにはもっと相応しい奴がいるだろうし…俺にはもったいないからな」
朋也「そういう意味で、受け流すかな」
澪「そんな…相応しいとか、相応しくないとか、自分で決めないでよ、岡崎くん」
朋也「いや、俺なんて、なんの将来性もなくて…ずっと同じ場所に留まってるだけの奴なんだぜ」
朋也「どう考えても、おまえとは釣り合わない。つーか、俺が心苦しいよ」
澪「でも…」
朋也「ま、こんな配慮、おまえが知り合いだからするんだけどな」
朋也「もし、なにも知らない状態で告白されてたら、間違いなく受けてたよ」
その時は、可愛い子とつき合えてラッキー、くらいにしか思わないだろう。
そして、徐々に価値観の違い、目指すべき場所の違いから、溝が大きくなっていって…
最後には、破局してしまうのだ。それは、容易に予想しえたことだった。
澪「………」
朋也「な? それで納得してくれ」
澪「…できないよ」
朋也「え?」
澪「あ、私とつき合えないことを言ってるんじゃないよ?」
澪「それは、岡崎くんが決めることだから、いいんだけど…」
澪「ただ、岡崎くんが自分を卑下してるのが、その…すごく嫌なんだ」
澪「私、岡崎くんは素敵な男の子だと思ってるから」
澪「優しくて、おもしろくて、頼り甲斐があって…」
澪「そんな岡崎くんだから、私も普通に話せてるんだと思う」
澪「今まで、恥ずかしがってばっかりで、まともに男の子と話せなかった私が、だよ」
澪「それは、きっと、すごいことなんだよ。だから、岡崎くんにはもっと自信を持って欲しい」
諭すように、俺の目をじっと見つめたままで、ゆっくりと、でも力強く言った。
真摯な姿勢が、挙動やその言葉の節々から汲み取れた。
単なる慰めじゃなく、腹の底から出た本音だということが、すぐにわかる。
朋也「…そっか。ありがとな。頭の隅に置いておくよ、おまえの言葉」
だからこそ、俺も素直になれた。
同じように、思ったことをそのまま返していた。
澪「うんっ」
まばゆい笑顔。
それは、男なら誰でもはっとしてしまうであろうくらいに魅力的だった。
店員「お待たせしました」
店員がやってきて、トーストとケーキ、同じタイミングで、ドリンクを俺たちの前に並べた。
店員「ごゆっくりどうぞ」
言って、俺たちの席を離れ、また店の中をせわしく動き回っていた。
澪「あ、おいしそう」
朋也「でも、部室で出てくる奴よりは、貧相だな」
澪「それは、持ってきてくれてるのがムギだからしょうがないよ」
澪「貰い物っていっても、それをくれる人たちが、大企業の社長さんだったりするみたいだから」
朋也「え、あれって貰い物だったのか」
澪「うん、そうらしいよ」
朋也「へぇ…」
なら、お歳暮なんかはどうなっているんだろうか…。
俺には到底想像が及ばない領域で贈答が行われているに違いない。
澪「でも、これはこれでいいと思うな、私は」
フォークで一口サイズに切って、口に運ぶ。
澪「おいひぃ~」
頬に手を添え、幸せそうにもぐもぐとかみ締めていた。
朋也(俺も食うか…)
とりあえずはドリンクから手をつけることにした。
カップからは湯気が立っている。ホットを注文していたようだ。
一口飲んでみる。若干ミルクが多かったが、甘すぎず、丁度良い加減だった。
ランダムに選んだのだが、当たりを引けたようだった。
―――――――――――――――――――――
澪「ありがとね、岡崎くん」
朋也「いや、別に。俺も暇が潰せてよかったよ」
澪「そっか。じゃ、おあいこだね」
朋也「だな」
澪「ふふ…それじゃあ、また」
朋也「ああ、じゃあな」
その背を見送る。
角を曲がったところで、俺も身を翻して歩き出す。
向かう先は、もちろん春原の部屋。
あいつはもう、意識を取り戻しているだろうか。
もし、まだ臥せっているなら、また暇になってしまう。
最悪の事態に備えて、途中で雑誌でも買っていこう…そう決めた。
朋也(ふぅ…)
ふと、秋山との会話を思い出す。
こんな俺にさえ、自信を持てと、そう言ってくれていた。
いいところを、見つけようとしてくれていた。
それも、無理にではなく、ごく自然にだ。
なら…一緒にいても、気疲れすることもなく、心から楽しめるかもしれない。
つまりは…つき合ったとしても、上手くいってしまうんじゃないかと…
そんな可能性を僅かに感じていた。
朋也(はっ…馬鹿か、俺は…)
なにがつき合ったら、だ。その仮定がまずありえない。
朋也(アホらし…)
とっとと寮に戻ろう…。
俺はポケットから手を出し、気持ちその足を速めていた。
―――――――――――――――――――――
5/5 水 祝日
春原「ああ、くそっ、つーか、なんでもう最終日になってんだよっ」
大人しく漫画を読んでいたと思ったら、なんの前触れもなく突如声を上げた。
朋也「そりゃ、時間が過ぎたからだろ」
春原「それなんだけどさ、僕、きのうの記憶がまったくないんだよね」
春原「っていうか、最後になにか汚いものが顔面に迫ってきたのはうっすら覚えてるんだけど…」
春原「そこから先がなにも思い出せないんだ」
精神が完全に崩壊しないよう、防衛本能が働いたのか、記憶障害を起こしていた。
春原「おまえ、なにか知らない?」
朋也「知らん」
知らないほうがいいだろう。
春原「くそぅ、どうも煮え切らなくて、気持ち悪いんだよなぁ…」
―――――――――――――――――――――
春原「なぁ、岡崎。なんか楽しげなイベントとかないの?」
春原「もう今日で終わっちまうんだぜ? ゴールデンな週間もさ」
朋也「じゃあ、ラグビー部の部屋のドアに落書きしてまわるか」
朋也「あいつら、遠征かなんかで出払ってるだろ、今」
春原「お、いいねぇ、おもしろそうじゃん。日ごろの鬱憤もはらせるし」
春原「なんか派手に書けるものあったかな、へへっ」
意気揚々と立ち上がる。
朋也「春原参上! って、スラム街のように赤いスプレーで書いてやろうな」
春原「って、なんで特定される情報まで書くんだよっ!」
朋也「いいだろ、別に。今寮に残ってんのなんて、おまえぐらいのもんだし、どっちみちすぐバレるって」
春原「じゃ、ダメじゃん。他になんかないの」
朋也「おまえの洗濯物と、ラグビー部の奴の洗濯物入れ替えるってのはどうだ?」
朋也「もしかしたら、下着を交換することで、立場が逆転するかもしれないぜ?」
春原「どういう理屈だよっ! つか、確実にボコボコにされるだろ、僕っ」
朋也「それを見越してのことなんだけど」
春原「おまえが楽しむだけのイベント考えるなっ!」
春原「ったく…おまえに訊いたのが間違いだったよ」
ぼやき、布団にダイブした。
春原「あーあ、暇だなぁ…」
がちゃり
声「よーぅ、居るかぁ、春原ー」
朋也(ん?)
ドアの方に顔を向ける。
朋也(あれ…)
春原「うわぁっ、ななんでおまえが…」
律「お、岡崎もいるみたいだな。丁度よかった」
部長だった。
澪「律、ノックぐらいしないか」
唯「ひぃ…ふぅ…歩くの早いよぉ、りっちゃん…」
梓「大丈夫ですか、唯先輩」
唯「うん、なんとか…」
その後ろからぞろぞろと他の部員も出てくる。
律「おい、おまえら、今からボーリング行くぞ」
春原「あん? ボーリングぅ?」
律「おう。早く準備しろい」
春原「なんかよくわかんないけど、急すぎるだろ、おまえ」
澪「ほら、やっぱりアポなしでいきなり来たから迷惑してるじゃないか」
唯「そうだよぉ、私だって熱海から帰ってきたばっかりで疲れてたのにぃ」
律「なぁんで保養地に行って疲れて帰って来るんだよっ」
梓「私だって今日はのんびりしたかったです」
律「夏でもないのに軽井沢なんて避暑地にいく中野家が悪い」
梓「どう悪いのかさっぱりわかりません」
梓「むしろ、TDLで三日間も遊んでた律先輩のご家族の方がおかしいです」
律「なんだとぉ? お土産あったのにぃ…おまえにはあげないからなっ」
澪「お土産? おまえにしては珍しいな」
律「ん? 欲しいかい? 興味あるかい?」
律「インドア派で、この三日間どこにも出かけず部屋に篭ってる内に髪が伸び放題になっちゃった澪ちゃんよぉ」
澪「引き篭もりみたく言うなっ! しかもそんな長い形容句をスムーズにっ!」
律「そういきりなさんなって…ほら、やるよ」
ごそごそとポケットから何かを取り出した。
律「フリーパスの残りカス」
澪「って、それがお土産なのか…」
律「そだよん」
澪「普通に要らない」
律「あ、そ」
ぽい、と投げ捨てた。
春原「って、僕の部屋に捨てるなっ!」
朋也「お前の部屋も、ゴミ箱も、そう大差ないんだから、許してやれよ」
春原「大違いだよっ! それじゃ、住んでる僕がゴミみたいだろっ!」
朋也「はははははっ」
春原「笑うなぁっ!」
律「アホなコントやってないで、早く準備しろって」
春原「待てよ。ムギちゃんはどうしたんだよ。そこが一番重要なのによ」
律「ムギはまだイタリーにいるんだよ。帰ってくるのは今日の夜らしいからな。諦めろ」
春原「うへ~、海外かよ、さすがムギちゃん…」
春原「でも、ムギちゃんがいないんじゃ、行く気にならないなぁ…僕も、そんな暇じゃないしね」
律「嘘つけ。んなだらしなく寝巻きでゴロゴロしてる奴に、予定なんかあるわけないだろ」
律「もしあったとしても、こんな美少女が誘ってるんだぜ? 当然こっちを優先するよな」
春原「美少女かどうかはともかく、そこまで言うんなら行ってやってもいいけどね」
律「ふん、内心めちゃくちゃうれしいくせに。ひねくれ者め」
春原「言ってろって」
ベッドから身を起こす。
美佐枝「あら…こりゃまた、珍しい光景だねぇ。春原の部屋に女の子が集まってるなんて」
春原「あ、美佐枝さん」
廊下側、部長たちの後ろから美佐枝さんが顔を覗かせる。
律「あ、こんにちは」
澪「こんにちは」
唯「こんにちは~」
梓「こんにちは」
美佐枝「はい、こんにちは」
春原「その子たち、そこのカチューシャ以外みんな僕の彼女なんだよ。すごくない?」
律「変な嘘つくな、アホっ! しかも、あたし以外ってどういうことだよっ」
春原「そのまんまの意味さ」
律「てめぇ…」
梓「あの、その節はお世話になりました」
美佐枝「ん? あー、確か…中野さん、だったっけ」
梓「はい、そうです」
美佐枝「あの時、岡崎とデートしてた子よねぇ?」
朋也(ぐあ…)
梓「なっ…」
唯「えぇ!?」
澪「えぇ!?」
律「え、マジで?」
春原「へぇ、気づかなかったよ。おまえら、そんな仲だったんだ」
朋也「違うっての」
梓「相楽さん、違いますよっ! ほら、猫の件で一緒に居ただけじゃないですかっ!」
美佐枝「あーら、そうだったわねぇ。この歳になると物忘れが激しくていけないわぁ」
…絶対にわざとだ。
梓「なに言ってるんですか、十分お若いじゃないですかっ」
美佐枝「あら、ありがと。あ、そだ。今あの子、部屋にいるんだけど、みてく?」
梓「あ、はい、是非っ。律先輩、私ちょっと行ってきますんで」
律「ん、ああ…」
梓「それじゃ、失礼します」
言って、美佐枝さんについていった。
律「…で、今の人は?」
春原「美佐枝さんっていって、ここの寮母やってる人だよ。要するにおっぱいって感じかな」
律「変なまとめ方するなよ、変態め…まぁ、確かに胸は大きかったけどさ…」
澪「あの…岡崎くん、梓とデートしてたって、本当…?」
春原「お、そうだそうだ。おまえ、あの二年と仲悪かったのに、どんなテク使ったんだよ」
朋也「デートじゃねぇって。中野も否定してただろ。たまたま会って、それで、猫の飼い主探しを手伝ってたんだよ」
唯「あ、もしかして、あれかな? あずにゃんからメールきたことあったんだよね。飼ってくれませんかって」
律「それ、あたしにもきたわ」
澪「そういえば、私にも…」
唯「飼い主みつかったって言ってたけど、あの人のことだったんだね」
朋也「まぁ、そういうことだ」
春原「でも、美佐枝さんがデートと見間違えたってことはさ…さてはおまえ、チューしようとしてたなっ」
朋也「んなわけあるか、馬鹿。つーか、さっさと着替えろよ。行くんだろ、ボーリング」
春原「ん、そうだね。よいしょっと…」
おもむろにズボンを脱ぎ捨てる。
澪「ひゃっ…」
ばっ、と顔を背ける秋山。
律「って、馬鹿、まだあたしらがいるのに着替え始めんなよっ! しかも下からっ!」
部長は手で顔を覆い隠していた。
唯「かわいい柄だね、そのパンツ」
春原「だろ?」
が、平沢だけは平然と直視していた。
…やはりこいつは少し人とズレているんだろうか。
―――――――――――――――――――――
律「今日は絶対この前の借りを返してやるからな」
春原「はっ、できるかな…この町内会の鬼と呼ばれた僕に」
律「なんだそのだせぇ異名は」
春原「ださくねぇよっ! 地元で一番のボウラーだったからついた名誉ある称号だっ!」
律「地元? 小せぇなぁ…ま、おまえに世界の広さってもんを教えてやるよ」
律「この、16ポンドボールの生まれ変わりと呼ばれるあたしがな」
春原「ははっ、なるほど。でかい球体と、広いデコのことをかけて言われてるんだね。悪口じゃん」
律「違うわっ! ピンを倒しまくるからだっつーのっ!」
律「それくらいわかれ、このガーターの生まれ変わりがっ!」
春原「あんだと、こらっ」
騒がしいふたりを先頭に、一向はボウリング場を目指す。
朋也「ところでさ、平沢」
唯「うん? なに?」
朋也「今日は、憂ちゃんは一緒じゃないんだな」
唯「憂はお母さんと買い物にいってるからね~」
唯「お父さんたち、明日また仕事に戻っちゃうから、一緒にいられるのは今日までなんだ」
唯「それで、朝からずっとべったりなんだよ、憂は」
朋也「ふぅん…でも、おまえはよかったのか? 親と一緒にいなくて」
唯「行ってきなさいって、言われちゃったからね。友達は大事にしなさい~って」
朋也「そっか」
唯「うん。あと、和ちゃんも誘ったんだけど、今月は模試と中間があるから、勉強したいって断られちゃったんだ」
朋也「へぇ…真面目だな。さすが生徒会長」
唯「だよねぇ」
梓「…あ~あ、また岡崎先輩の最悪なクセが出てきましたね」
梓「こんなに女の子の比率が高いのに、まだ憂を欲しがるなんて…最低です」
澪「こ、こら梓…」
朋也「いや、ただいないのが気になっただけだからな…」
梓「どうせ、また憂にお兄ちゃんって呼ばせたかったんでしょっ!」
朋也(聞いちゃいねぇ…)
梓「…それなら、私だって、言ってくれれば…呼んであげるのに…」
朋也「あん?」
小さすぎて、そのセリフを聞き取ることができなかった。
梓「なんでもないですっ! 馬鹿っ!」
澪「梓、なんでそういつもつっかかっていくんだ」
梓「だって…」
澪「だってじゃありません。せっかく一緒に遊ぶんだから、仲良くしなさい」
梓「…はい」
あまり納得していないような面持ちだったが、それでも不承不承こくりと頷いていた。
朋也「すげぇな、秋山。後輩の躾け、上手いじゃん」
澪「そんなことないよ。ただ注意しただけだし」
梓「って、なにが躾けですかっ! 動物みたいに言わないでくださいっ!」
朋也「ああ、でも、猫だよ、猫。猫みたいな感じだよ」
梓「ね、猫ですか…まぁ、それなら…」
唯「私も、あずにゃんを躾けてみたい! ほら、あずにゃん、お手っ」
梓「な…ば、馬鹿にしないでくださぁいっ!」
ぽかぽかと殴られる平沢。
唯「うわぁん、ごめんよ、あずにゃん」
梓「このっこのっ」
平和な奴らだった。
―――――――――――――――――――――
カウンターで手続きを済ませ、シューズやボールなどの準備を終えて、ボックスにつく。
春原「よぅし、先発は僕からだ」
春原がアプローチに立つ。
春原「うおりゃああああっ」
思い切り助走をつけて…
春原「いっけ…っうぉわっ」
投げようとしたところで、指が抜けず、球といっしょに体が放り出される。
どすん!
春原「ってぇ…」
ぎりぎりファールラインを超えず、こちら側に倒れていたので、油まみれにならずに済んでいた。
球はゴロゴロと転がっていき、ガーターに嵌り、一本もピンを倒すことはなかった。
律「わはは、力みすぎだっつーの。つーか、ボールは自分に合ったの選べよなぁ」
春原「最近やってなかったからな…ブランクのせいだよ。次は華麗に決めてやるさ」
言って、ボールを選び直しに出た。
何個か手に持って確認すると、その中の一つを持ってくる。
春原「これでいいぜ…スペア取ってやるよ」
構える。
春原「らぁああっ!」
フォームを意識しすぎて、最終的にはJOJO立ちのようになって放っていた。
ごろごろごろ…がたん
再びガーター。得点は0。
律「だっせー、こいつっ! わはははっ」
ポケモンの孵化作業をしながらここをみてるのは俺だけじゃないはず
春原「ちっ…オイルのコンディションが悪すぎるんだよ」
待機席に戻ってくると、乱暴に腰を下ろした。
澪「ドンマイ、春原くん」
唯「投げ方だけはストライクだったよ」
春原「おまえのはフォローになってねぇっての」
画面に表示された春原のスコアに0とつけられた。
次に、部長の枠が点滅していた。
律「ほんじゃ、次はあたしだな」
―――――――――――――――――――――
律「ふぅ…」
ボールを手前に持ち、集中している。
踏ん切りがついたのか、助走をつけた。
律「ほっ」
綺麗なフォームで投げ放つ。
ボールは勢いのある直線的な動きで、ど真ん中からピンを蹴散らしていった。
律「あ、くそ…」
その結果、端と端に一本ずつ残してしまっていた。
春原「はは、こりゃどっちか諦めなきゃね。スペアは無理だよ」
律「ふん、どうかな…」
ボールが返却される。
それを手に取ると、再びアプローチに戻った。
律「む…」
助走をつける。
律「てりゃっ」
右端のピンに真っ直ぐ向かっていくボール。
ガーターすれすれで進んでいくと…
パコンッ パコンッ
春原「なっ…!?」
豪快に左端まで飛ばし、ピン同士がぶつかり合って倒れていた。
律「どうよ? 私のピンアクション。すごくない?」
唯「りっちゃんすごぉ~い!」
澪「昔から得意だよな、それ」
律「まぁねん」
梓「いつもはおおざっぱなのに…変に器用なんですね。それをドラムにも生かしてくれればいいのに」
律「なんか言ったかぁ? あ~ずさぁ?」
梓「いえ、なんでもありません」
春原「まぁ、ビギナーズラックってやつだね、ははっ」
律「ビギナーでもねぇし。ジツリキよ、ジツリキ。運などとは絶対に言わせない。絶対にな」
澪「なにファイティングポーズとってるんだ、律」
律「いや、なんでも。それよか、次は澪だろ? いってかましてこいよ」
澪「ん、私か…」
―――――――――――――――――――――
澪「………」
静かにレーンの先を見つめる。
そして、軽く助走をつけた。
澪「ほっ…」
ボールがリリースされる。
回転がかかっているのか、えぐるようにして、若干横からピンに突っ込んでいった。
パコーンっ
見事すべて倒し、ストライクを取っていた。
球威こそなかったが、入っていく角度がどんぴしゃだったのだろう。
唯「うわぁ澪ちゃんすごいねっ! さっきのりっちゃんが霞んで見えるよっ」
律「な…おま…」
澪「あはは…」
照れたように、ぽりぽりと頬をかいていた。
唯「りっちゃん、褒めた分の労力を返してよっ」
律「なんだよ、あたしも十分すごかったってのっ」
梓「澪先輩、上手ですね」
澪「たまたまだって」
朋也「たまたまで回転なんかかけられないだろ」
春原「だね。やるじゃん、秋山」
澪「あ、あはは…ありがとう」
澪「あ、そ、そうだ、次は岡崎くんだよ」
朋也「俺か…」
あんな快挙の後では、ハードルが上がったような気がして、なんとなくやり辛い…。
―――――――――――――――――――――
結局、俺は普通に投げ、そこそこ倒し、なんのトラブルもなく普通に順番を終えた。
―――――――――――――――――――――
梓「なんか、すごく地味でしたね」
待機席に帰ってくると、開口一番そう口にする中野。
律「だよなぁ。なんかイベント起こしてくれなきゃ、つまんねぇよ」
朋也「俺にそんな期待するな…」
春原「間違って隣のレーンに投げちゃったぁ、とかすればウケたのにな。残念だったな、岡崎」
それはおまえの役目だ。しかもシャレになっていない。
唯「確かに、全然おもしろくなかったけど…気にしちゃだめだよ? それが岡崎くんの持ち味なんだから」
澪「うん、気を落とさないでね、岡崎くん」
慰めの皮を被った追い討ちをされていた。
朋也「俺のことはいいんだよ…次、中野だろ? いけよ」
梓「じゃあ、私も岡崎先輩に倣って、頑張って盛り上げてきますね」
にこやかに皮肉を言い残していった。
朋也(くそ…)
―――――――――――――――――――――
梓「………」
ボールを持ち、真剣な眼差しで正面を見据える。
その小さい体と、それに合わせた小さいボールだったが、妙な迫力があった。
梓「……っ」
助走をつける。
梓「えいっ」
投げ放つ。
途中まではレーンに乗っていたが、次第にガーターに寄っていき、すとん、と落ちた。
朋也(なんだ、ガーター…)
朋也(ん?)
突如、ガーターから復帰し、ピンを弾き出すボール。
倒した本数もそれなりにあった。
律「おお、すげぇ…今の狙ってやったのか?」
梓「はい、これは私の持ちネタの一つなんです。まぁ、あくまでネタですから、実利に乏しいんですけど」
唯「おもしろい技もってるねっ、あずにゃん」
春原「なかなかやるじゃん、二年もさ」
澪「あんなの見たことないな…すごいんだな、梓は」
梓「ありがとうございます」
優越感たっぷりに俺を見下ろしてきた。
朋也「………」
正直、敗北を認めてしまっている自分がいた。
―――――――――――――――――――――
その後、中野は順調に残りのピンを倒し、スペアを取っていた。
まぁ、あんな離れ業をこなすだけの技量があるのだから、普通にやればわけないだろう。
唯「最後は私だね」
梓「頑張ってください、唯先輩」
唯「やるよぉ、私はっ。ふんすっ」
意気込み、ボールを持ってアプローチに上がった。
朋也(大丈夫かな…)
その足取りがふらふらとおぼつかないことに少し不安を覚えた。
唯「よぉし…」
構えることもなく、ぱたぱたと小走りで助走をつける。
唯「うわっ…」
朋也(あ…)
なにも無いはずなのに、足をつっかえさせて転けていた。
ボールが床に落ち、ゴン、と鈍い音がする。
朋也「大丈夫か、平沢っ」
すぐに駆け寄っていく。
ボールが落ちた拍子に、どこかにぶつけていないだろうか…それが心配だった。
唯「うん、平気だよ…」
朋也「そうか…」
強がりで言っている様子はない。ただ転んだだけで済んだようだ。
大きな怪我もなく、ほっとする。
律「唯、大丈夫か!?」
唯「だいじょうぶいっ」
やや遅れて部長たちもやってきた。
梓「はい、岡崎先輩、唯先輩から離れましょうねっ」
朋也「あ、おい…」
ぐいぐい服を引かれる。
朋也「って、なについでに手についた油拭いてんだよっ」
梓「あ、無意識にやってました。すみません」
どんな深層心理だ。
澪「どこか痛むところないか?」
唯「全然大丈夫だよっ。気にしないで、ノーダメージだから」
澪「そっか…なら、よかったよ。不幸中の幸いだな」
律「まったく、おまえは…いつも心配かけさせやがって」
唯「えへへ、ごめんね」
春原「とろいなぁ、おまえ」
唯「そんなことないよっ! めちゃ機敏だよっ!」
春原「んじゃ、こけんなよ」
唯「こけてないよっ。受身取ってるからねっ」
澪「それは、こけてから取る動作なんじゃないのか…」
律「はは、まぁこんな冗談が言えるくらいだから、本当に大丈夫なんだろうな」
―――――――――――――――――――――
平沢の無事が確認できたので、皆席に戻っていた。
春原「つーかさ、岡崎。おまえ、すげぇ速かったな。一番に走ってったし」
律「あー、あたしもそれ思ったわ。やっぱ、愛しの唯ちゃんが心配だったのぉ?」
朋也「なにが愛しのだ。単に俺の足が速かっただけだろ」
春原「僕より速いっていうのかよっ!!」
朋也「いちいち変なところに食いついてくるな」
律「でも、めちゃ顔面蒼白になってたじゃん。転んだだけであそこまでなるかぁ、普通?」
朋也「嘘つけ。俺は血色はいいほうだ。つーか、おまえらだって駆けつけてただろ」
律「そうだけどさ、なんか、あんたは心配の度合いが違ったっていうか…」
春原「彼女を心配する彼氏みたいだったよね」
律「うんうん、それだわ、まさに」
朋也「こんな時だけ徒党を組むな。思い出せ、おまえらは仲が悪かったはずだ」
律「お、話題を逸らしに来ましたなぁ」
春原「こりゃ、なんか隠そうとしてる本心があるね」
朋也「ねぇっての…」
律「うひひ、これは今後が楽しみですなぁ」
春原「なんか進展したら、すぐ報告してくれよな」
朋也「なにも起こらねぇよ…」
悪巧みする悪人のような顔つきで邪推し、盛り上がり始める春原と部長。
朋也(ったく…)
つんつん
袖を引っ張られる。
朋也「ん…?」
梓「…本当のところはどうなんですか」
朋也「あん? なにがだよ」
梓「だから、唯先輩のことです」
朋也「おまえまで、んなこと訊いてくるのかよ」
梓「だって…すごく大事にしてるし…」
憤慨してくるのかと思ったが…意外にも、しゅんとなってしおれていた。
よほど平沢を取られたくないんだろう。
澪「私も、知りたいな。岡崎くんが唯をどう思ってるか」
朋也「って、おまえもかよ…」
そんなに興味を引くことなんだろうか…。
梓「澪先輩…」
澪「………」
朋也「俺は、別に…」
朋也「………」
好きじゃない…とは、言えなかった。
俺は…
唯「みんなひどいよ~、私投げ終わったのに、なにも声かけてくれないのぉ?」
のんきな声と共に平沢が戻ってきた。
全員の目が向く。
律「おう、悪い悪い。で、どうだったんだ、結果はさ」
唯「えへへ、それがね…」
ぱっ、と画面がちらつくと、平沢のスコアに得点が表示された。
…1点。
律「おま…一本だけ倒したのか…」
唯「うん。やっぱり、難しいね、ボーリングは」
律「いや、逆にすごいぞ、一本だけなんて…」
春原「ははっ、こりゃ、平沢のドベで決まりかもね」
朋也「今はおまえが最下位だろ」
春原「はっ、そんなの、すぐにひっくり返してやるさ」
一巡し、また春原に順番が回ってくる。
春原「おし、やってやるぜっ」
律「気合だけは一人前なんだよなぁ、空回りするけど」
春原「うっせー、ボケ」
唯「あはは、頑張って~春原くんっ」
ゲームが再開される。
俺はそのタイミングに救われた心地がしていた。
そう…平沢のことが好きじゃないなんて、心にもない事、口に出さずに済んだからだ。
つまり俺は…やっぱり、好きなんだ。平沢のことが。
朋也(いつからだったんだろうな…)
俺自身、正確にはわからなかった。
けど…もう、ずっと前からだった気がする。
それが今、ようやくはっきりした。
こんなキッカケでしか気づけないなんて…自分のことながら、滑稽だった。
朋也(はぁ…)
俺は平沢の横顔をじっと見つめた。
朋也(変な奴だよな…可愛いけど)
唯「ん?」
目が合う。
唯「…えへへ」
朋也「…えへへ」
唯「ぷふっ、岡崎くんが、えへへって…」
朋也「悪いか」
唯「いや、かわいいなって…あははっ」
朋也「そっかよ…っ、痛っつ…」
ふとももに鋭い痛みが走る。
梓「なに目の前でいちゃついてくれてるんですかっ」
中野につねられていた。
朋也「別にんなこと…秋山、こいつを止めてくれ」
澪「…梓、ちょっと力が足りないんじゃないか?」
朋也「え?」
梓「そうですね」
ぎゅうっ
朋也「あでででっ! って、なんでだよっ」
同時にそっぽを向く秋山と中野。
朋也(なんなんだよ…)
秋山まで悪乗りするなんて…わけがわからなかった。
―――――――――――――――――――――
唯「うぅ…手がベタベタするよぉ…」
梓「唯先輩、手洗ってこなかったんですか」
唯「うん、自然乾燥がいいって、テレビで高田純次さんが言ってたから」
梓「それは信じちゃだめですよ…発言の後、スタジオに笑いが起こってませんでしたか?」
唯「ん? そういえば…」
梓「だったら、それはただのネタですから」
唯「そっかぁ…くそぉ、あの野郎ぉ…」
梓「大御所芸能人を、一般人があの野郎呼ばわりしたら駄目ですよ…」
梓「とりあえず、ティッシュあげますから、これで拭き取ってください。ちょうどそこにゴミ箱もありますから」
唯「ありがとう、あずにゃん」
俺たちは4ゲームこなし、ボウリング場を後にしていた。
総合順位は、1位秋山、2位中野、3位部長、4位春原、5位俺、6位平沢だった。
1位と2位のふたりは、下位とは大差をつけての高得点争いをしていた。
接戦の末、勝負を制して王者に輝いたのは秋山だった。
続く3位と4位、部長と春原は、妨害工作が入り混じる、抜きつ抜かれつの泥仕合を演じていた。
そして今回一枚上手だったのは部長の方だった。
続く5位と6位、俺と平沢は、ただただ平凡に順番を回していったのだった。
律「おい、負け原、頭が高いぞ。もっとひれ伏して、地面に近い位置をキープしろよ」
春原「ざけんなっ、ゲーセン勝負じゃ、僕に軍配が上がってたんだから、これでやっと対等になれたんだろっ」
律「そんな昔のこと覚えとらんわぁっ! 男なら、いつだって今日を生きてみろよっ」
春原「くそぉ…一理あるな…」
あるのか。
律「んじゃさ、すっきり勝てたことだし…次はカラオケ行ってみよか」
唯「あ、いいね、カラオケっ」
梓「って、まだ遊ぶんですか?」
律「当然。あたしたちのゴールデンウィークは始まったばっかりだぜ」
梓「今日で終わりですけどね…」
澪「…カラオケは、やめにしないか?」
律「なんでだよ?」
澪「だって…恥ずかしいし…」
律「なにいってんだよ、今更。もう散々ライブで人前に立って歌ってるじゃん」
澪「唯がメインボーカルだろ…私は隣で相槌打ってたり、ちょっとハモったりするだけじゃないか」
律「んなわけないだろ…1曲まるまる歌ってたこともあったぐらいだしな」
唯「私が喉やられちゃってた時と、風邪引いちゃってた時だよね」
律「そうそう」
澪「でも…カラオケは採点機能とかあって、厳しい評価下されるわけだし…」
律「ええい、まどこっろしいわっ! 来週にはライブやるんだから、今から特訓しとくぞっ」
律「いくぞ、ゴーゴーっ!」
唯「おーっ」
先頭に立って歩き出す部長と平沢。
流されるように、俺たちもその後に続いていく。
春原「ふん、僕の美声で、幼かったあの日の匂いを思い出すがいいさ」
律「なんだそりゃ。おまえの歌唱力で想起される情景なんか、台所の三角コーナーぐらいだろ」
春原「あんだと、こらっ」
またも騒ぎ出す。疲れを知らない奴らだった。
澪「はぁ…」
秋山はあくまで気が乗らないようで、ため息をついていた。
―――――――――――――――――――――
春原「てめぇ、勝手に予約消すんじゃねぇよっ」
律「あんたが連続して入れるからだろっ! しかも同じ曲ばっかりっ!」
春原「ボンバヘッ! はどれだけ続いても盛り上がるんだよっ!」
春原「つーか、どさくさにまぎれて、割り込みいれてくるんじゃねぇよっ」
律「あ、消すなっ! 馬鹿っ」
個室に入ると、このふたりはすぐにリモコンを手にして、互いの予約を打ち消し合っていた。
春原「はぁはぁ…くそ…」
律「はぁ…しつけぇ、こいつ…」
たららん らんらん らんらんらんらん♪
室内になんとも締まらない音楽が鳴り響く。
春原「あん?」
律「あ…」
唯「えへへ」
平沢が端末に手動で直接入力していた。
マイクも手にしている。
唯『だんごっ だんごっ…』
歌いだす平沢。
律「うわ、やられた…意外と策士だな、唯」
春原「おまえが邪魔しなきゃ、今頃僕がボンバヘッ! でスタートダッシュできてたのによ」
律「一曲だけなら文句はなかったってのっ」
唯『みんな、みんな、合~わ~せ~てぇ百人、家族~…』
律「しっかし、一発目から、だんご大家族かよ…」
梓「唯先輩らしいです」
澪「唯、好きだもんな、だんご大家族」
春原「ふぅん、変な趣味してんなぁ」
唯『みんなも一緒に歌おうよっ! 赤ちゃんだんごは、いつも、幸せの中で…』
律「ははっ…へいへい」
部長も歌いだす。
続き、秋山も、中野も一緒に歌出だした。
そして、俺と、春原さえも控えめにだが、口ずさんでいた。
とても高校生がカラオケでやるようなこととは思えない。まるで、お遊戯会の合唱のようだった。
唯『…ふぅ』
曲が終わる。
唯「いやぁ、やっぱり、だんご大家族だよね」
律「まぁ、たまには悪くないな、だんごも」
唯「いつだっていいものだよ、だんご大家族は」
律「はいはい」
和やかな空気。
しかし…
春原『ボンバヘッ!』
ぶち壊すような春原のシャウト。
同時、流れ出す歌謡ヒップホップ。
律「げっ、いつの間に…」
春原『ボンッボンッボンバヘッ! ボンボンボンバヘッ!』
律「ボンバヘッしか言ってねぇし…あ、そだ。採点オンにしなきゃな」
画面に採点が入ったことを知らせるテロップが流れた。
春原の声に気合が篭る。
澪「ええ!? 採点はなしにしてくれっ」
律「ああ、おまえの時だけ切るから、安心しろ」
澪「ほんとだぞ? 不意打ちとか、するなよ?」
律「わかってるって」
―――――――――――――――――――――
春原『おしっ、どうだ!』
曲が終わり、採点が始まる。
デフォルメされた動物キャラたちが、なにやらひそひそと会議をしている。
だらららら だん!
10点 10点 5点 6点 11点 合計…42点!
悲壮感漂うBGMを背景に、キャラクターたちが狂ったように得点フリップを叩き壊していた。
春原『え゛ぇ゛!? マジかよっ!?』
律「わはは、ショボっ」
春原「最初から入ってなかったから、その分引かれてんだよ、絶対っ」
律「んなわけあるかいっ。もしそうだったとしても、超序盤だったし、変わんねぇって」
春原「くそぅ…こんなはずじゃ…」
律「次はあたしだな」
画面が変わり、次の曲のタイトルが大きく表示される。
『Oh!Heaven』とあった。
律『んっん…あーあー…』
喉の調子を整える部長。
ややあって、背景映像と前奏が流れ始める。
なんとなく聞いたことがあるメロディ。
朋也(なんだったっけな…)
頭を抱えて記憶を辿る。
確か、昔あったドラマで使われていたような…。
律『ダメなぼくと知ってても~いつもそばにいたんだねぇ~』
やっぱりそうだ。実際に歌を聴いて確信した。次いで、ドラマの内容も思い出す。
天使から与えられる試練をクリアできなければ即死亡…そんな設定の物語だった。
部長もまた、ずいぶんと懐かしい選曲をしたものだ。
春原「む…」
春原にも心当たりがあったんだろうか。
画面を凝視していた。
春原「おおっ…」
律『うっ…』
澪「はうっ…」
朋也(ああ…そういうことか)
画面の中で男女がもつれ合ってベッドに入っていた。
春原が熱心に見入っていたのは、この展開を予見してのことだったのだ。
というか、なぜこういうアダルトなイメージ映像が用意されているんだろうか。
完全に曲調とミスマッチしていた。
律『っ…長い夜も越えてみようよぉ~…』
部長の声が裏返る。ボリュームもどんどん尻すぼみしていった。
春原「ははっ、長い夜だって。意味深だねぇ」
律『う…うっせぇ…』
その後も映像がループし続け、失速した勢いを取り戻すことはなかった。
律『うう…くっそぉ…』
採点が始まる。
だらららら だん!
18点 15点 16点 12点 14点 合計…75点!
春原「うわっ、中途半端だな。褒められもしないし、けなし辛いしさぁ」
律「アクシデントさえなけりゃもっと高かったってのっ」
難癖をつけて体裁を保とうとするその姿が、なんとなく春原と被って見えた。
律「くしょー…」
画面が入れ替わる。
次の曲…『Last regrets』。聞いたことがない曲名だった。
澪「り、律、早くオフにしてくれっ」
律「あー、はいはい」
採点が切られる。
そして、流れ出す前奏。かなり澄んだ音だった。
澪『ありがとう 言わないよ ずっとしまっておく…』
透明感のあるメロディ。歌詞も綺麗だった。
秋山の透き通った声も相まって、一層まっさらに思えた。
ずっと静かに聴いていたい。そんな歌だった。
春原「ヒューッ!」
空気を読めない男が一人。
にこやかにマラカスを振っていた。
こいつに情緒や風情を理解しろという方が無理な話なのかもしれない。
―――――――――――――――――――――
澪「…はぁ」
歌い終える。
唯「やっぱり澪ちゃん上手いね」
梓「音程が完璧です」
澪「いや、普通だって…」
律「今回のライブは澪がメイン張ってみるか?」
澪「や、やだよ…」
言って、腰を下ろす。
朋也「採点つけとけばよかったのにな。かなり高得点だったんじゃないか」
澪「そ、そんなことないって、絶対…」
朋也「俺はそれくらい良かったと思うけど」
澪「そ、それは、ありがとう…」
もじもじとして、顔を伏せてしまう。
ぐしっ
足に重み。
朋也「って、なに踏んでんだよ」
梓「あ、すみません。特に理由はないです」
もはや言いわけを考えることさえ放棄していた。
律「あん? なんだ、この『はっぴぃにゅうにゃあ』って。梓か?」
梓「あ、はい。私です」
澪「梓、マイク」
梓「どうも」
マイクを受け取る。
そして、音響機器からコミカルな音楽が流れ始めた。背景映像は…アニメ?
んでんでんでwww
梓『んでっ! んでっ! んでっ!』
…俗に言う電波ソングという奴なんだろうか。
妙なインパクトを持っていた。
がちゃり
ドアが開き、店員がドリンクを持ってきた。
梓『好きって言ったらジエンドにゃん』
それでも、まったくひるむことなく歌い続ける中野。
逆に、店員の方が仕事を終えると、恥ずかしそうにそそくさと退室していった。
タフすぎる精神力だ…。
―――――――――――――――――――――
梓「…ふぅ」
マイクを置く。
律「いやぁ…梓って、こんな曲も歌うんだな…はは…」
梓「変ですか?」
律「い、いや、別に…」
唯「可愛かったよ、あずにゃん」
澪「店員さん来ても続けられるなんて…すごいな、梓」
梓「ありがとうございます」
梓「………」
俺をじっと見てくる。
朋也「? なんだよ」
梓「なにか感想はないんですか」
朋也「ああ? 俺か?」
梓「はい。一応、参考までに」
朋也「…まぁ、図太いよな、神経がさ」
梓「なんですかそれ! もっと歌唱力とかの方に言及してくださいよっ!」
朋也「いや、俺以外の感想も技術面には触れてなかっただろ」
梓「じゃあ、ヘタだったって言うんですかっ」
朋也「そうは言ってねぇけど…」
唯「あずにゃんは可愛ければそれでいいんだよ。深く考えちゃだめだってぇ」
朋也「ああ、そうだそうだ。オールオッケーだ」
梓「…なんか投げやり気味で気に食わないです…」
律「つっかさ、岡崎、あんた曲入れないの?」
朋也「ああ、俺は別にいいよ」
唯「ええ~、歌ってよ、岡崎くんも」
朋也「さっきだんご大家族一緒に歌ったからもう満足だよ」
唯「あれは私のでしょ~」
梓「きっと、ヘタクソだから、恥かかないように逃げてるんですよ」
朋也「ああ、まぁ、そんなところだ」
律「澪だって恥ずかしいの我慢して歌ったのに…根性ねぇなぁ。春原よりヘタレかもな、ははっ」
春原「僕を引き合いに出すなっ!」
春原より…ヘタレ? 俺が?
………。
朋也「…リモコン貸してくれ」
律「お、やる気になったか? やっぱ、春原よりヘタレは嫌か」
朋也「当たり前だ」
春原「すげぇ気分悪いんですけどっ!」
俺はアーティスト名で検索した。芳野祐介、と。
一件だけヒットする。あの芳野祐介であることを願ってタッチパネルを押す。
すると、いくつか曲名が表示された。
朋也(よし…)
その中にお目当ての曲を見つける。
それは、俺が春原の部屋で何度も聴き、そらで歌えるようにまでなっていた曲だった。
決定ボタンを押し、端末に送信する。
澪「あ…この曲…芳野さんのだ」
梓「ほんとだ…でも、上手く歌えますかね、岡崎先輩に…」
音楽が鳴り始める。
俺は久しぶりに、怒声ではなく、歌うことを意識した大声を出した。
ところどころ詰まってしまう場面もあったが、それも気にならないくらいに胸がすっとしていた。
芳野祐介の歌は、技術云々じゃなく、ストレートに歌えるから、こんなにも気持ちがいいんだろう。
―――――――――――――――――――――
朋也「…こほん」
マイクの電源を切り、腰を下ろす。
俺は途中から立ち上がり、ガラにもなく熱唱してしまっていた。
律「ふぅん、なかなかいいじゃん」
唯「岡崎くんが熱血になってたね。なんか、新鮮だったよ」
朋也「そっかよ…」
澪「でも、いいなぁ、男の子は。芳野さんの曲が思いっきり歌えて」
梓「ですよね。それに、ちょっとダサ目の男の人でも、芳野さん効果でかっこよくみえますし」
遠まわしに俺がダサ男だと言っているんだろう、こいつは。
春原「くぅ、岡崎。おまえ、合コン慣れしてるな。こんなタイミングで持ち歌使いやがって」
朋也「一回もしたことねぇよ。つーか、別にベストなタイミングでもないだろ」
春原「ふん、とぼけやがって…まぁいいさ、ここからは僕劇場の始まりだからね」
春原「いくぜっ、ボンバヘッ!~リミックス~だっ」
律「って、また同じ曲かい…」
―――――――――――――――――――――
全員の持ちネタが尽きたところで、カラオケボックスを出た。
外はもう完全に陽も落ち切って、暗くなっていた。
春原「ん…あー喉痛ぇ…」
律「んんっ…あ゛ー…あたしもだ…」
終盤になると、このふたりが交互に歌うだけになっていたのだ。
喉にかかる負担が大きいのも無理はない。
梓「さすがにもうここでお開きですよね」
律「だな。腹も減ったし…帰って飯にしたいしな」
律「はい、解散解散~」
ぱんぱん、と二度手を叩く。
唯「じゃあね」
律「おう、そんじゃな」
澪「また明日」
梓「それでは」
春原「じゃな」
部長、秋山、中野の三人組は、残る俺たちとは別方向の帰路についた。
こちらに背を向けて、話しながら歩いていく。
春原「僕、この辺で晩飯食ってくけど、おまえどうする?」
朋也「俺は適当にコンビニでなんか買ってく」
春原「あっそ。まぁ、なんでもいいけど、僕の部屋、荒らしたりするなよ」
そう言い残し、人込みの中に消えていった。
平沢とふたりだけになる。
唯「今からまた春原くんの部屋にいくんだ?」
朋也「ああ、まぁな」
唯「仲いいよね、ほんとに」
朋也「別に…惰性だよ。それよか、もう暗いしさ…送っていこうか」
それはただの口実で、単にまだ一緒にいたかっただけなのだが。
唯「いいの?」
朋也「ああ」
唯「でも…私、結構重いし…分割発送されたりしないよね?」
朋也「意味がわからん。変なボケはいいから、いくぞ」
唯「うんっ、えへへ」
―――――――――――――――――――――
唯「この辺は、暗いよね。外灯ないし」
朋也「そうだな」
いつも待ち合わせている場所の付近までやってくる。
この後、ひとつ角を曲がれば、それだけで俺の自宅が見える。
唯「はぐれないように、手つなごっか? なんて…」
朋也「つないでいいのか?」
唯「え? あ…えあ?」
朋也「なんだよ…嫌なら、言うなよ」
唯「い、いや…そういうわけじゃ…まさか、いい返事がくるとは…」
唯「えっと…あの…つないでいこう…か?」
朋也「ああ」
そっと手を伸ばす。向こうからも同じように来て、中間地点で触れ合う。
そして、その手を握った。小さな手から温もりが伝わってくる。
唯「手、おっきいね、岡崎くん」
朋也「普通だよ」
唯「そうかな? おっきいと思うけど。なんか、安心できるサイズだよ」
朋也「そっかよ」
唯「うん」
それは…むしろ俺の方だった。
こんなにも心が落ち着いていられるんだから。
サイズ云々の話ではなかったが。
唯「なんか…いいね。朝もこんな感じで行っちゃう?」
朋也「おまえがよければ、いいけど」
唯「ほんとに? っていうか、岡崎くん、今日はすごく素直ないい子だよね」
唯「なんかあったの?」
朋也「まぁな」
それが言えればどれだけ楽だろうか。
唯「なに? 教えてよぉ」
朋也「また今度な」
唯「ぶぅ、けちぃ…今教えてくれたっていいじゃん…」
月明かりを頼りに、手をつないで歩く俺たち。
もう、うちの目の前までやって来ていた。
そして、通り過ぎようとした、その時…
がらっ
玄関の戸が開く。
そこから出てきたのは、当然、親父だ。
唯「あ…」
平沢が立ち止まる。
手をつないでいたため、俺もその場に留まることになった。
親父「ああ…お帰り、朋也くん」
朋也「…ああ」
唯「あの…お久しぶりですっ」
親父「君は…いつかの」
唯「あ、平沢唯です」
親父「ああ、そうだったね。すまないね、すぐに思い出せなくて」
唯「いえ、全然…」
親父「おや…」
つないでいたその手に目がいく。
親父「これは、これは…朋也くんも、ついに…」
吐き気がした。この人にそんなこと、勘ぐられたくもない。
親父「平沢さんは、朋也くんの、そういう人だったんだね」
唯「え? あ…これは、その…」
俺は手に力をこめて、強く握った。
唯「え? 岡崎くん…」
今離してしまえば…俺は耐えられそうになかったから。
この、責め苦のような時間に。
親父「私が言うのもなんだが…朋也くんをお願いするよ」
親父「彼は、真面目で誠実な人柄をしているからね」
親父「きっと、いい友人のような付き合いができると思うから」
親父「私も、そうだからね」
なんて優しい顔で…
なんて、辛いことを言うのだろう、この人は…。
………。
そう…
俺は、それを確かめたくなかったのだ。
親父と俺が、家族ではない、他人同士でいること…。
それは俺と親父だけのゲームなのか…。
ふたりきりの時だけに行われるゲームなのか…。
でも、もし…
第三者も交えて…
そんなゲームが行われたなら…
それはもうゲームなんかじゃない。
現実だ。
親父「それじゃ…もう暗いから、気をつけて帰るんだよ」
唯「あ…はい…」
親父は郵便受けから新聞を取り出すと、それを手に家の中へと戻っていった。
唯「………」
平沢もじっとその様子を見ていた。
朋也「なぁ、平沢…」
朋也「おまえは、喧嘩してても、わかり合えてるならいいって言ってたよな…」
唯「うん…」
朋也「喧嘩すらできないんだよ、俺とあの人は…」
朋也「見ただろ、あの他人のような物言いをさ…」
朋也「あの人の中ではさ…俺は息子じゃないんだ」
朋也「もうずっと前から…」
朋也「自分の中で放棄したままでさ…」
朋也「もう、何年も経ってるんだ…」
唯「………」
朋也「それをさ、時間が解決してくれるのか…?」
朋也「なぁ、平沢…」
朋也「なんとか言ってくれよ…」
唯「………」
唯「ごめんなさい…」
唯「事情も知らないで…軽率だったよね…」
違う…
謝って欲しくなんてないんだ、俺は…。
支えて欲しいんだ。
今、崩れそうな俺を支えて欲しいんだ。
唯「岡崎くん…」
俺の腰に手を回してくる。
正面から優しく抱きしめてくれていた。
唯「こんなことしか、私にはしてあげられないよ…」
朋也「…十分だよ」
俺も平沢を抱きしめた。
朋也「なぁ、平沢…俺、おまえのことが好きだよ」
朋也「それも、ひとりの女の子としてだ。言ってる意味、わかるか?」
こんな時に言うのも卑怯な気がしたが…もう抑えることができなかった。
そばにいて欲しかった。
誰かに後ろ指をさされることになっても…それでも、俺はこいつと一緒に居たい。
唯「…うん、わかるよ」
朋也「じゃあさ、言うよ……俺の彼女になってくれないか」
唯「…いいの? 本当に私で…」
朋也「おまえじゃなきゃ、嫌だ」
唯「…うれしいよ…すごく…」
唯「私…私もね…岡崎くんのこと、ずっと好きだった気がする…」
唯「岡崎くんがね、澪ちゃんとか、あずにゃんとか、憂とかと仲良くしてたでしょ?」
唯「それって、すごくいいことなのに…私、あんまり見てたくなかったんだ」
唯「これって、嫉妬だよね…最低だよね、私…」
朋也「そんなことない。俺は、嬉しいよ。それだけおまえに想われてたってことがさ」
唯「………」
朋也「おまえが、俺のことを好きでいてくれたなら…俺も、それに応えたい」
朋也「ずっと好きでいてくれるように、頑張り続けるよ」
唯「そんな…私だって、頑張るよ。頑張りたいよ」
朋也「そっか。じゃあ、平沢…頷いてくれ、俺の問いかけに」
いつかまったく同じセリフを言ったことがある。
みんなで王様ゲームをやっていた時だ。
あんな遊びでやったことが、実現する日がくるなんて…誰が予想できたろうか。
唯「………」
朋也「俺の彼女になってくれ」
ここまでも、まったく同じ流れ。
平沢もわかっているだろうか。
なら、最後には…
「よろしくお願いします…」
俺の胸の中で、そう小さな声が聞えてきた。
―――――――――――――――――――――
5/6 木
朋也(眩しい…)
布団の中に頭を埋めなおし、まどろむ。
………。
突然、平沢の顔が思い出された。
俺の腕の中にいた。
その場の陰影や、夜風の肌触りまで、克明に思い出された。
抱いた平沢の肩の小ささ。
近くで嗅いだあいつの髪の匂いまでも。
そして、腕の中で平沢は小さく頷く。
よろしくお願いします、と。
がばりと、俺は飛び起きていた。
朋也(そうか…)
俺はあいつに告白したんだ…。
それで、あの時から俺たちは恋人同士で…。
朋也(………)
いまいち実感がない。
昨夜は、ずっと手をつないだまま家まで送っていったのに。
朋也(本当かよ…)
壁の時計を見る。
朋也「まずい…」
―――――――――――――――――――――
準備を進め、時間に余裕が出来てからも、俺は急ぐことをやめなかった。
足を止めたら、そのまま、立ち止まってしまいそうだった。
あいつが俺の彼女…
それは深く考えてしまうと、厄介なものである気がしたからだ。
けど、心のどこかでこそばゆいような、嬉しい気持ちもある。
ああ、考えるな。
急げ。
勢いでいくしかなかった。
―――――――――――――――――――――
今日も同じ場所で、変わらず平沢姉妹の姿があった。
朋也(いた…)
ようやくそこで肩の力を抜いて、息を整える。
朋也(ああ…なんかどきどきする)
これからの彼女の元へ…俺は歩いていく。
朋也「………」
朋也「よぅ…おはよ」
憂「あ、おはようございます、岡崎さん」
唯「お、おは…おはおは…よう…」
つっかえながら言って、俺から目を逸らすように段々と視線を下げていった。
らしくない挙動。こいつも、俺と同じで、意識してくれているんだろうか。
憂「お姉ちゃん、本当にどうしたの? きのうからちょっとおかしいよ?」
唯「なな、なんでもないよっ…」
ぷるぷると顔を振る。
唯「あ、ほら、もう行こうよっ」
憂「手と足の動きがシンクロしちゃってるよぅ…」
―――――――――――――――――――――
朋也「………」
唯「………」
…気まずい。
こんなに沈黙が続いたことが、かつてあっただろうか…。
何か話さないと、息苦しいままになってしまう…。
しかし、俺から振れる気の利いた話題なんて、ぱっと思いつかない。
朋也(う~ん…)
憂「岡崎さん」
悶えていると、憂ちゃんから声をかけられた。
朋也「ん…なんだ」
憂「岡崎さんもきのう、律さんたちと一緒に遊んでたんですよね?」
朋也「ああ、まぁ…」
憂「あの、その時、お姉ちゃんになにかありませんでしたか?」
憂「帰ってきてから、ずっとぼーっとしてて…今朝もずっとこの調子なんです」
それは…やっぱり、俺の告白のせいなんだろう。
朋也「えっと…」
憂ちゃんには、言っておいたほうがいいんだろうか…。
ほとんど平沢の保護者のようなものだし…。
唯「岡崎くんっ」
急に声を上げる平沢。俺も憂ちゃんも、ほぼ同時に振り向く。
その表情からは、さっきまでのぎこちなさが立ち消え、今はなにか意を決したように目に力が入っていた。
唯「手、つないで行ってもいいって言ってたよね?」
朋也「あ、ああ…」
唯「じゃあ…つないでいこうよっ」
俺の側にあった手を差し出してくる。
朋也「………」
どうするべきか…。
あの時は軽い気持ちで言ったのだが…いざその時を前にしてみると、人目もあって、かなり恥ずかしい。
大体、手をつないで登校するなんて、考えてみれば相当な暴挙だ。
自分たちはラブラブです、なんてことをアホのように宣伝して回っているようなものじゃないか。
そんなの、プライベートでならまだしも、学校という狭い世間の中でやるのは危険すぎる。
朋也「…いや、さすがにやっぱ、無理かな。すまん」
唯「えぇ…そんなぁ…」
朋也「手つないで歩くのは、ふたりで遊びに行った時くらいにしてくれ」
唯「う~ん…でも、今だけはつないで欲しいなぁ。それで、実感したいんだ…」
唯「岡崎くんが…本当に私の彼氏になってくれたこと」
ああ…そうか。こいつも、まだ俺たちの関係にピンときていないところがあったのか。
………。
唯「あ…」
俺は黙って平沢の手を取り、しっかりと握っていた。
朋也「今日だけな」
唯「えへへ…ありがとう」
うれしそうに微笑む。俺も同じように返した。
こんなことで喜んでくれるなら…毎朝でも悪くないかもしれない。
一瞬で考えが覆るほどに、俺は平沢の笑顔が見ていたかった。
憂「なぁんだ…そういうことだったんですね」
憂ちゃんが俺たちを見て、何度も頷いていた。
憂「それでお姉ちゃん、ソファーでバタバタしたり、うーうー唸ってたりしたんだね」
唯「あはは…お恥ずかしい…」
憂「可愛いなぁ、もう」
唯「いやぁ…あはは~…」
憂「でも、よかったね、お姉ちゃん。おめでとう。ずっと、岡崎さんのこと好きだったもんね」
唯「ええ!? なぜ憂がそれを…」
憂「わかるよ、それくらい。ご飯食べてる時も、岡崎さんの話が多かったし…」
憂「その時のお姉ちゃんの顔、すっごく生き生きしてたんだよ?」
唯「そ、そんな…私のポーカーフェイスの裏側を読み取るなんて…さすが憂だよ…」
憂「顔中にごはんつぶつけて、ポーカーフェイスもなにもないけどね」
憂「でも、お姉ちゃん、えらいよね。勇気出して、告白できたんだもん」
朋也「いや…俺からなんだ、告白したのは」
憂「え? じゃあ、岡崎さんも、お姉ちゃんのこと好きでいてくれたんですか?」
朋也「まぁ…そうなるな」
唯「…あぅ」
憂「うわぁ、じゃあ、両思いだったんだぁ…いいなぁ、素敵だなぁ」
きゃぴきゃぴとはしゃぐ憂ちゃん。
対照的に、俺たちは互いの感情を再確認させられ、恥ずかしさが蘇り、もどかしく相手の表情を窺い合っていた。
憂「岡崎さん、これ、言うの二回目ですけど…お姉ちゃんを末永くよろしくお願いしますね」
そういえば、前にも言われた覚えがある。その時は、冗談交じりだった気がする。
でも、今は違う。
朋也「こっちこそだよ。愛想つかされないようにしないと」
はぐらかすことなく、素直にそう答えていた。
憂「愛想つかされるなんて、そんなこと、絶対ないです」
はっきりと言い切る。
やっぱり、俺はこの子も大好きだった。
憂「ね? お姉ちゃん」
唯「うん、でも…私の方が、飽きられちゃうんじゃないかって、それだけが心配なんだけどね…」
唯「岡崎くん、かっこいいし、優しいし…可愛い女の子がたくさん寄ってくるだろうから…」
朋也「馬鹿…飽きるなんて、そんなことあるわけないだろ」
朋也「それに、俺は別にかっこよくもないし、性格がいいわけでもないからな」
朋也「こんな俺に、おまえみたいな可愛い彼女ができたんだ。大事にするに決まってる」
朋也「だから、変な心配するな」
唯「…うん。ありがとう」
憂「う~ん、ラブラブですねぇ。なんか、みせつけられちゃったなぁ」
唯「えへへ…」
朋也「う、憂ちゃん、茶化すのは勘弁してくれ…」
憂「えへ、ごめんなさぁい」
憂「あ、でも、私思ったんですけど、付き合ってるなら、下の名前で呼び合ったらどうです?」
唯「それ、いいかもっ。そうしようよ、岡崎くんっ」
朋也「まぁ、いいけど…」
唯「じゃあ、一回私のこと呼んでみて?」
朋也「ああ、じゃあ…えーと…唯」
唯「なぁに、朋也?」
朋也「なんでもないよぉ、唯」
唯「そっかぁ、わかったよぉ、朋也」
朋也「あははは」
唯「あははは」
朋也「って、アホかっ」
憂「くすくす…」
―――――――――――――――――――――
学校に近づくにつれ、生徒の姿が増えていく。
だけど、俺たちはずっと手をつないだまま歩いた。
こちらに目をくれて、ひそひそと話す連中もいたが、それでも離すことはなかった。
そんなこと、いちいち気にならないくらいに、俺の足取りは軽かった。
―――――――――――――――――――――
坂の下。ここまでくれば、もう周りはうちの生徒だらけになっていた。
皆、どんどん上を目指して上っていく。
これももう、見慣れた光景だった。
ちょっと前までは、誰もいない坂をひとりで上っていたのに。
何も変わらない日々にうんざりしながら、重い体をひたすら動かしていたのに。
今は、すぐ隣に俺を想ってくれる奴がいる。慕ってくれる子がいる。
それだけで、俺は前向きでいられた。
まさか、こんな気持ちでこの坂を上る日がくるなんて、思いもしなかった。
朋也(はぁ…なんていうか)
唯と出会ってからいろんなことが変わった。
それは俺だけじゃない。
今の春原もだ。
唯と出会った人間はみんな変わっていく。
どんな方向かはわからなかったが…少なくとも最低から違う場所に向けてだ。
―――――――――――――――――――――
玄関をくぐり、昇降口に入る。
憂ちゃんは二年の下駄箱に向かい、俺たちは三年の下駄箱に足を向けた。
そろそろ手を離そうと、そう思っていた矢先…
バシィッ
唯「うわっ」
朋也「うおっ」
後ろから繋ぎ目にチョップを落とされ、無理やり切られてしまった。
朋也(まさか…)
振り返る。
梓「ななななな…」
やはり中野だった。
梓「なに手なんかつないぎゃーっ!」
日本語になっていなかった。
梓「じゃなくて…岡崎先輩っ! どういうことなんですかっ! 唯先輩の手だけを襲うなんてっ!」
梓「唯先輩そのものじゃなくても、襲ったってだけで犯罪なんですよっ!」
唯「違うよ、あずにゃん。これは、私たちが付き…」
咄嗟に唯の口を塞ぐ。
唯「むん…」
朋也「襲ったってわけじゃねぇよ。ただ、手がなんとなく寂しくてな…」
朋也「俺、いつもはリラックスボール握りながら登校してるんだけど、今日は忘れちゃってさ…」
朋也「その代わりに、平沢の手を借りてたんだよ」
梓「それなら、自分の手を握ってればいいじゃないですかっ」
朋也「それだと、異様に不安になってな…リラックスどころか、ストレスが溜まりだしたんだ」
朋也「でも、経験上、他人の手を握れば解決できることを知ってたからな。それでだよ」
梓「…なんか、すごく嘘臭いです…」
朋也「納得してくれよ、あずにゃん」
梓「あ、あずにゃんって呼ばないでくださいっ! 馬鹿っ」
ぷい、と顔を背けて立ち去っていった。
朋也(ふぅ…)
なんとか事なきを得たようだ。
俺は唯の口を塞いでいた手を離す。
唯「っぷはぁ…なにするのぉ、朋也…」
朋也「いや、俺たちが付き合ってるって言おうとしてただろ、おまえ」
唯「そうだけど…だめなの?」
朋也「だめっていうか…一応、黙っておいて欲しいな、俺は。部長とかがうるさそうだし」
部長も春原もそうだが、一番知られたくないのは中野だ。
何をされるかわかったもんじゃない。
唯「ええー…いいじゃん。私はみんなに言いたいよぉ」
朋也「頼むから、大人しくしておいてくれ」
唯「ぶぅ…わかったよ…」
不満そうに頬を膨らませていたが、しぶしぶ了承してくれた。
朋也(憂ちゃんにも言っておかなきゃな…)
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
律「ムギ、これ、なんだ? 弓と矢みたいだけど…」
紬「それはね、その矢で射抜かれると新しい能力が発現するっていう触れ込みで売られていたの」
紬「なんだかおもしろかったから、買ってきたんだけど…だめだったかな…」
律「いや、そんなことないぞ。イタリー製だし、オシャレな感じするしな」
澪「うん、すぐにでも鞄につけておきたいな。ありがとう、ムギ」
唯「ありがとう~、ムギちゃん」
春原「ムギちゃん、僕、これ家宝にするよっ」
紬「ふふ、よろこんでもらえて、よかった」
俺の手元にもそれはあった。
琴吹が買ってきたイタリア土産のキーホルダー。
今しがた全員に配られたのだ。
和「でも、よかったのかしら? これ、高かったんじゃないの?」
作りはあくまで精巧で、職人のそれを思わせた。
確かに、値が張りそうだ。
紬「お金のことは言いっこなしよ。気持ちを受け取って欲しいな」
ということは、やはり、それなりにしたんだろう。
真鍋もそれを察したはずだ。
和「…そう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうわね」
その上での、この答えだった。俺もそれで正解だと思う。
紬「うん」
律「でもさぁ、やっぱ、ブランドものだったりするのか? ヴィトンとかの」
紬「う~ん、露店で買ったから、手作りじゃないのかなぁ」
紬「ジョルノ・ジョバァーナさんっていう人が個人で売ってたから」
律「そか。ブランドものを身につけるあたしっていうのも、共鳴現象でより可愛さに滑車がかかったんだけどなぁ」
春原「トップバリュみたいな顔してなに言ってんだろうね、こいつは」
律「誰が安さ重視な顔だ、こらっ!」
春原「おまえはカップラーメンとかと共鳴しとけばいいんじゃない? ははっ」
律「てめぇ…負け原のクセに」
春原「僕は別にプロボウラーでもないしね。ボーリングで負けても悔しくないんだよ」
朋也「ああ、おまえの本業は……だもんな」
春原「なんで悲しそうな顔して僕を見てくるんだよっ!?」
律「わははは!」
紬「ふふ、でも、私もみんなと行きたかったなぁ、ボウリング」
律「あん? いや、絶対イタリーのがいいって。楽しかっただろ、旅行」
紬「うん、そうだけど…やっぱり、みんなといたほうが楽しいから」
春原「それ、つまりは僕と一緒に居たいことだよね」
律「凄まじく自分に都合のいい解釈の仕方するな、アホっ」
唯「うれしいこといってくれるねぇ、ムギちゃんは」
澪「ちょっとご両親がかわいそうだけどな」
紬「いいのよ、お父さんとは、イタリアに行く前に喧嘩しちゃってたくらいだし」
澪「え、そうなのか?」
紬「うん。一応、仲直りは出来て、旅行自体は楽しめたんだけどね」
澪「そっか。なら、なんにせよ、いい連休が過ごせたってわけだな」
紬「そうね。初日に、岡崎くんとデートもできたし」
その一言で、しんと静まり返るテーブル。
修羅場ルートになるのかなハラハラ
春原「え…」
律「え…」
澪「え…」
唯「え…」
和「………」
春原「え゛ぇ゛ーっ!?」
律「え゛ぇ゛ーっ!?」
澪「えぇ!?」
悲鳴に近い驚きの声が上がる。
和「どういうこと? 琴吹さん」
そんな中、冷静に真鍋が琴吹に問いかけていた。
和「ふたりは、付き合ってるの?」
紬「ううん、そういうわけじゃないの。えっとね…」
琴吹は、あの日あった事の経緯を至極穏やかに話していた。
対して、話が進むたび、俺の心中は焦りと動揺で満たされていった。
唯と付き合うことになったばかりなのに…俺のうかつな行動が招いた結果だった。
紬「…というわけなの」
律「はぁ…偽の恋人役ねぇ…なんか、漫画みたいだな」
春原「てめぇ、あの日遅かった理由はこれだったのかよっ!」
朋也「帰りを待つ妻みたく言うな」
春原「なんでそん時僕も誘ってくれなかったんだよっ! つーか、恋人役なら僕にやらせろよっ!」
朋也「俺の?」
春原「ムギちゃんのだよっ! 決まってるだろっ」
朋也「いや、今みたいに騒がれたら面倒だと思ったから、おまえは避けたんだけどな」
春原「くそぉおおおおジェラシイィイイイッ!」
律「しっかし岡崎、おまえはほんとすげぇなぁ…ムギまで攻略中かよ。でも、ちょっと同時にいきすぎてないか?」
朋也「いや、別にそんなやましい考えはなかったけどな。ただ遊んでただけだって」
紬「岡崎くんったら、ただ遊んでただけだなんて…キス未遂までいったじゃない、私たち」
朋也(ぐあ…)
春原「え゛ぇ゛ーっ!?」
律「え゛ぇ゛ーっ!?」
澪「えぇ!?」
唯「………」
唯の視線が痛い…。
むすっとして頬を膨らませている。
春原「てめぇええええ!! うらやま死ねぇええええっ!」
朋也「落ち着け、未遂だ、未遂。ただの空砲だ」
澪「岡崎くん、ムギのこと…もしかして、その…」
朋也「待て、違うぞ、俺は別に…」
紬「岡崎くん、私のこと、嫌い?」
朋也「い、いや、そんなことないぞ…好きか嫌いかでいえば、好きだよ」
紬「うれしいっ」
春原「岡崎ぃいいいいいいいいいっ!!」
澪「やっぱり、岡崎くんは…」
朋也「だぁーっ、どうすりゃいいんだよっ」
紬「くすくす…」
琴吹は困惑する俺を見て、悪戯っぽく笑っていた。
最初からこうしてからかうつもりで話したんだろう。
律「これがフラグを立てすぎて処理しきれなくなった男の末路か…ふ、成仏しろよ岡崎」
和「まったく…はっきりしないからこういうことになるのよ。少しは反省なさい」
この場に俺の味方はいないようだった。
それよりも…
唯「……ふん」
唯へのフォローはどうしようかと、それだけが心配だった。
―――――――――――――――――――――
唯「………」
朋也「なぁ…違うんだよ、あれは…」
唯「………」
朋也(はぁ…)
教室に戻ってきても、まったく口をきいてくれなかった。
そもそも、琴吹とふたりきりで遊んだのは、唯と付き合う前だから、セーフじゃないのか…?
そうは思いながらも、途方に暮れる俺。
朋也「どうすればいいんだ、俺は」
唯「…知らない」
一蹴されてしまう。
朋也「そ、そうだ、日曜に遊びに行こう。おまえの好きなところ、回ってさ」
朋也「どこでもいいぞ。寄生虫館とか、全力坂とか、チンさむロードでもオッケーだ」
唯「…どれも興味ないよ」
朋也は律以外全員とフラグ立ててんじゃんw
朋也「そ、そうか…」
冷たい…あの唯が…。思いのほかショックだった。
でも、俺も最初はこんな感じで唯に接していたんだよな…。
される側になって初めてわかる…なんて嫌な野郎なんだ、俺は。
朋也(仕方ない…)
俺はそっと唯の耳元に口を近づけ…
朋也「好きだ…」
そう囁いた。
唯「…あ、ありがと」
照れたように顔を伏せた。
朋也(よし、手ごたえありっ)
朋也「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ…」
ここぞとばかりに連呼した。
すると、俯いていた唯がぷっと吹き出した。
唯「もう…わかったよ、それは」
朋也「そっか。そりゃ、よかった」
唯「変なの」
朋也「そうか?」
唯「うん…えへへ」
笑顔を向けてくれる。
機嫌を直してくれたようなので、俺はひとまず安心した。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。軽音部部室。
春原「ねぇ、ムギちゃん、今度は僕とデート行こうよ。擬似じゃなくて、本物のさ」
春原「それで、最終的には、あんなことや、こんなことに発展して…い、いやら…」
律「アホかっ」
スパコーンッ
上履きで頭をはたかれる春原。
春原「ってぇなっ! あにすんだよっ」
律「おまえが生粋の変態だから、人の道を叩き込んでやったんだよっ」
春原「余計なお世話なんだよっ! つか、そんなくっせぇ武器で攻撃するんじゃねぇよっ」
律「な、臭いだとぉ!? 失敬なっ! めちゃフローラルな香りがするんだぞっ!」
春原「うそつけっ! 痛いっていうより、むしろ臭いって感覚の方が大きかったわいっ」
律「な、こぉの野郎っ」
バシバシバシッ
席を立ち、春原に上履きの連打を与える部長。
春原「うぁっ、おま、や、やめ…ぎゃあああああっ」
律「ふりゃふりゃふりゃっ! この、薄汚い豚めっ!」
床にうずくまる春原に向かって、女王様のように上履きをしならせていた。
がちゃり。
梓「こんにちはー」
扉を開け、中野が姿を現した。
梓「………」
律「お、おう、梓。やっと来たか…」
攻撃の手を止める部長。
梓「はぁ…いい汗かいてますね、律先輩…」
律「まぁな、ははっ。ま、とりあえずおまえも座れよ」
言って、自分の席に戻る部長。
梓「そうさせてもらいます」
中野は鞄を置きにソファへと歩いていった。
春原「くそぅ…暴力デコめ…」
春原もなにか小さく呟きながら起き上がり、もとの席についた。
梓「って、唯先輩っ! またそんなとこに座ってっ!」
荷を降ろして身軽になると、真っ先に唯のもとへ歩み寄っていく。
唯「あ、あずにゃん、思い出して? 自由席なんだよ?」
梓「でもっ…」
律「梓、諦めろ。あの時決めて、おまえも頷いてただろ?」
梓「うぅ…」
律「そんなに岡崎の隣がいいなら、もっと早くに来るんだな、うひひ」
梓「な…別にそういうつもりで言ってるんじゃないですっ! 変に取らないでくださいっ」
律「あーはいはい、わるぅござんしたね~、ふへへ」
梓「もう…」
ため息混じりに、空席へ腰を下ろす中野。
紬「梓ちゃん、どうぞ」
そこへ、琴吹がティーカップとケーキを差し出した。
梓「ありがとうございます」
紬「それと、これ」
キーホルダーを手渡す。
梓「これは…?」
紬「お土産よ」
梓「あ、イタリアのですか?」
紬「うん」
梓「へぇ…なんだか神秘的ですね」
紬「お気に召してくれたかしら?」
梓「はい、すごく。ありがとうございます、ムギ先輩」
紬「いえいえ」
中野はしばらくの間、キーホルダーのギミックに夢中になっていた。
一応、矢を発射できるようになっているのだ。さすがに刺さるほどの威力はなかったが。
律「なんだ? そんなに楽しいのかぁ、梓。けっこう子供だなぁ」
梓「う…ほ、ほっといてください」
言って、胸ポケットにしまう。
梓「…こほん。それはいいとして、今日はおやつを頂いたらすぐに練習しますよ」
梓「もう、創立者祭までの猶予もそんなにありませんからね」
澪「そうだな。気合入れていかないとな、うん」
唯「え~、キワキワまでゆっくりして、その白刃取り感を楽しもうよ~」
唯「キワキワたぁ~いむ♪ キワキワたぁ~いむ♪ ってね」
澪「そんなことしてたら、ばっさり切られちゃうくらいの段階まできてるんだぞ」
梓「そうですよ。唯先輩も、できるだけ早く食べ終わってくださいね」
唯「はぁ~い」
律「でも、なぁんか今日の梓は積極的だよなぁ。いつもは澪が練習のこと一番に言い出すのにさ」
梓「私だっていつも言ってるじゃないですか、練習しましょうって」
律「でも、最近はなぁなぁになってて、あんま言わなかったじゃん」
梓「う…それは…」
律「やっぱさ、目の前で岡崎の隣に他の女がいるのが嫌なのかぁ?」
梓「ち、違いますっ! 絶対にありえないですっ!」
律「おーおー、顔赤くしちゃって…うしし」
紬「うふふ、梓ちゃん、可愛いわぁ」
梓「か、からかわないでくださいっ」
梓「もうっ…」
拗ねたように嘆息すると、口直しとばかりにケーキを一切れ食べていた。
梓「むぐ…みなさんも、早く食べてください」
律「はは、わかってるから、食べながら喋るなって」
―――――――――――――――――――――
春原「う~ん、練習頑張ってるムギちゃんも可愛いなぁ」
春原は練習が始まって以来、視姦といっていいレベルで琴吹を見つめ続けていた。
その被害者である当の琴吹本人は、まるで意に介した様子はなく、自身の演奏に集中していた。
賞賛に値する精神力だ。
唯「ふわふわタ~ァイム…っと」
後奏が少し走って、音が止む。
澪「今の、結構よかったな」
梓「唯先輩のギターが正確な回でしたね。いつもこうだといいんですけど」
澪「ムラがあるからな、唯は」
唯「えへへ、ごめんね」
澪「いや、そういうところも、おまえらしくていいよ。この調子で頑張ろう」
唯「うんっ」
律「あ~、ちょっと待って。休憩入れよう、休憩」
部長がだらっと姿勢を崩して言う。
澪「って、なんだよ、今いい感じでまとまってたのに…」
律「だって疲れたんだもん」
梓「部長なんだから士気とかそういうことも考慮してくださいよ」
律「なんだよ、じゃあ、あたしが無理して再起不能になってもいいって言うのかよぉ」
梓「なるわけないじゃないですか…どんな叩き方してるつもりなんですか」
律「もぉーっ! いいから、休憩するのっ」
澪「小学生みたいな駄々をこねるな…」
紬「ふふ、いいじゃない。休憩、入れましょ?」
澪「まぁ…ムギがそう言うなら…」
律「なんだ、そのあたしとの温度差はっ」
澪「日ごろの行いの差だ」
律「意味わかんねぇーっ! 理不尽だーっ」
唯「あははっ」
春原「ムギちゃん、ミネラルウォーターだよ」
いつの間にか春原がペットボトルを手に練習スペースに入っていた。
紬「あら、ありがとう、春原くん」
春原「これくらい、なんでもないよ。パシリ…いや、飲み物運びは慣れてるからさっ」
言い直しても意味は同じだった。
律「ふぃ~…春原ぁ、ちっとタオル持ってきてぇ~」
春原「あん? んなの、自分で持って…」
春原が部長を見て固まる。
律「? なんだよ…」
部長はカチューシャを外して前髪を下ろしていた。
それだけなのだが、かなり印象が変わっていた。
硬直の原因はそれだろう。
春原「い、いや…」
律「変な奴だな…とりあえず、タオル持ってきてよ」
春原「あ、ああ…」
言われ、とぼとぼ歩きながらソファにかけてあった部長のタオルを持ち帰る。
春原「ほ、ほらよ…」
律「お、サンキュ」
受け取って、顔を拭く。
律「あー、すっきり」
そして、またカチューシャで髪を上げた。
律「ん? なんだよ、春原。もう用はないぞ」
春原「あ、いや…」
春原は立ったままその場で動きを止めていた。
春原「おまえ、それしてない方が…」
律「あん?」
春原「いや…なんでもないよ、ははっ」
苦笑いを浮かべながらこちらに戻ってくる。
律「なんなんだよ…気持ちわりぃなぁ…」
紬「りっちゃん、気づかないの?」
律「なにが?」
紬「春原くん、髪下ろしたりっちゃんにトキメいてたのよ」
律「え? マジ?」
春原「ちょ、ムギちゃん、それはないってっ」
唯「春原くん、ラヴだね、恋だねっ」
春原「ちげぇってのっ!」
律「ふふん、そういうことか…道理であたしの言う事素直に聞いてたわけだ」
春原「勘違いすんなっ、デコっ!」
律「デコじゃないわよん?」
ぱっとカチューシャを外す。
春原「う…て、てめぇ…」
律「ははは、動揺しているようだな、春原くん?」
春原「ぐ…くそぉ…」
紬「あらあら…甘酸っぱいわぁ」
唯「澪ちゃん、こいいう甘酸っぱい感じの歌詞書けば、新境地に立てるんじゃない?」
澪「そうだな…タイトルは、デコ☆LOVE…でいけそう…いや、LOVE☆デコかな?」
律「って、まてぇいっ! どっちもめちゃくちゃ悪意を感じるぞっ! つか位置変えたただけだしっ」
梓「…ぷっ」
律「中野ーっ!」
騒ぎ出す部員たち。
俺と春原はテーブル席からその喧騒を眺めていた。
朋也「で、おまえ、実際部長はどうなんだよ」
春原「うん? あんなのただのデコさ、ははっ」
朋也「ふぅん…」
春原「マジだって、はははっ」
軽く言って、紅茶を口にする。
春原「ふぅ…なんか肺がおかしいなぁ…ガンじゃないだろうな…」
完全にトキメいていた。分り易い奴だ。
―――――――――――――――――――――
律「春原ぁ、鞄持って~」
春原「ああ? やだよ。アホか」
律「む…」
カチューシャを外し、髪を下ろす。
律「お・ね・が・い、春原くん」
春原「う…」
春原「うわぁああああああんっ!!」
猛ダッシュで坂を下っていった。
律「わははは! こりゃ、おもしろい」
紬「りっちゃん、あんまり春原くんの純情を弄んじゃだめよ」
律「いや、あいつにそんなもんねぇって。常に劣情をたぎらせてるような男だし」
律「まぁ、しばらくはこれで遊べそうだな、うひひ」
まるで新しいおもちゃが手に入った子供のようだった。
―――――――――――――――――――――
他の部員たちと別れ、唯とふたりきりになる。
俺はこのまま唯を家まで送っていくつもりだった。
唯「でもさぁ、意外だよねぇ。春原くんが、りっちゃんをあんな風に見ちゃうなんてさ」
唯「けんかも、いっぱいしてたのにね」
朋也「そうだな。でも、まぁ、あいつは見た目が好みなら、すぐに心が揺れるからな」
朋也「実際、ナンパもよくしてたみたいだし…俺もそれに付き合わされたことあるしな」
唯「…朋也、ナンパなんてしてたんだ? ふーん…」
しら~っとした、寒々しい目を向けられる。
朋也「いや、だから、付き合わされただけだって。それも、おまえと付き合う前に一度だけだ」
朋也「これからは誘われたって絶対しねぇよ。おまえがいてくれれば、俺は十分だからな」
唯「ほんと?」
朋也「ああ」
唯「えへへ…私もだよ。朋也がこれからも私の隣にいてくれると、うれしいな」
朋也「安心しろ。ずっとおまえの後ろから、そのうなじに執着しててやるから」
唯「なんで背後なのぉ? せめて横にいてよ…っていうか、そんな物理的な意味じゃないのにぃ」
朋也「そうか? 残念だな…あとちょっとだったのに」
唯「なにがあとちょっとなのかわかんないけど…どうせ、変なことなんでしょ」
朋也「まぁな。でも、男はみんなそんなもんだ」
唯「もう…特別変態だよ、朋也は」
ポン、と体に唯の拳を受けて、軽く制裁された。
俺はその腕を取ると、末端まで辿っていき、自分の手を絡ませた。
繋がれるふたりの手。
唯も笑顔で返してくれた。
そのまま歩く。
唯「とろでさ…朋也はあずにゃんのこと、どう思う?」
朋也「あん? 中野?」
こんないい雰囲気の中、その名が出てくることに少し戸惑う。
今もどこかに潜んでいて、俺たちの仲を引き裂こうと身構えているんじゃないかと、そんな気にさえなる。
朋也「つーか…どうって、なにが?」
唯「だから、可愛いとか、いい子だなぁ、とか、抱きしめたい~、とか…そんな感想だよ」
今挙げた例はすべてこいつの胸の内なんだろう、多分。
朋也「感想たってなぁ…まぁ、確かに見た目は可愛いけど…でも、生意気だしな…」
朋也「それに、俺たちにとってちょっと厄介な存在でもあるし…面倒だよな、正直」
それでも、わざわざ野良猫の飼い主を探すような優しい一面も、あるにはあるのだが。
唯「そっか…でもね、あずにゃんは朋也のこと、きっと良く思ってるよ」
朋也「んなわけねぇよ。むしろ、嫌われてるだろ。いつも攻撃されてるんだぜ? 俺」
唯「それはあんまり関係ないんじゃないかなぁ。春原くんだってそうだったでしょ」
朋也「そうだけど…なんだ? 部長が言ってたこと気にしてんのかよ」
朋也「あんなの、おもしろがって言ってるだけだろ。攻略とかなんとかってさ」
唯「そうかもしれないけど…案外当たってるところもあると思うんだ」
唯「あずにゃんが朋也の隣に座りたがるのも、やっぱりそういうことなんじゃないのかなぁ」
朋也「そうかぁ?」
単に唯を取られまいと、俺から遠ざけているだけに見えるのだが。
それがあいつの行動原理のはずだ。
唯「うん…それでね、もしほんとにあずにゃんが朋也のこと好きで、朋也も同じ気持ちになった時は…」
唯「その時は、私じゃなくて、あずにゃんを選んでくれてもいいかなって、ちょっと思ったりしたんだけどね」
朋也「馬鹿…そういうこと、冗談でも言うなよ」
朋也「俺はおまえ以外考えられないって、さっきもそう言ったばっかりだろ?」
唯「うん…」
朋也「俺はおまえが好きだよ。おまえも、そう想ってくれてるってことで、合ってるよな?」
唯「うん」
朋也「だったら、もうそれだけでいいじゃないか。余計なことは考えるな」
唯「そうだね…うん」
朋也「けっこう恥ずかしいんだからな、好き好き言うのは」
唯「そう? でも、私はもっと言って欲しいなぁ」
朋也「もう言わねぇよ」
唯「じゃあ、私が言ってあげるね。朋也、好き好き~」
腕に絡み付いてくる。
朋也「…うん」
唯「あはは、…うん、だって。朋也、照れてるぅ~」
朋也「…ほっとけよ」
唯「かわいいなぁ~」
家に帰り着くまで、唯はずっと俺をからかい続けてきた。
スキンシップに耐性があまりないんだろうか、俺は…
終始どきどきしっぱなしだった。
―――――――――――――――――――――
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