- 朋也「軽音部? うんたん?」1・ 2・ 3・ 4・ 5・ 6・ 7・ 8・ 9・ ラスト
563:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:13:22.83:jpDSDOMkO
5/7 金
唯「おはよぉ~」
憂「おはようございます」
朋也「ああ、おはよ」
今日も笑顔で出迎えてくれる。
唯「はい、朋也」
手を差し出してくる。
唯「手、つないでいこ?」
朋也「ああ、そうだな」
俺はやさしく握った…
憂「あ…」
憂ちゃんの手を。
唯「って、そっちは憂だよっ」
朋也「じゃ、行こうか、憂ちゃん。俺たちの愛の巣に」
憂「は、はい…ぽっ」
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564:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:13:42.62:+UZ/pLeq0
唯「って、こらーっ! ちがうでしょっ!」
憂「ていうか、愛の巣ってなんなの!? 憂もちょっと照れてるしっ」
朋也「なんかうるさいけど、気にせず行こうな」
憂「はいっ」
唯「ばかーっ! もう、ふたりともばかーっ!」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
律「お、そのハムバーグうまそうじゃん。まるまるくれよ」
春原「やるわけねぇだろ。キンピラでも食ってろって」
律「あー、そういうこと言うんだ? ふぅん、そうですか…」
ここぞとばかりに髪を下ろす部長。
律「嫌い…春原くんなんて」
目をうるうるさせて春原をみつめていた。
565:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:14:59.72:jpDSDOMkO
春原「はぐぅ…」
心臓を押さえながら嗚咽する春原。
トキメキが直接臓器に叩き込まれ、よろめいていた。
春原「ふ…ふふ…」
と思いきや、目を瞑り、不気味な笑いをこぼしていた。
すると、いきなり胸元をはだけさせ、髪をかきあげた。
春原「ふっ…」
顔にも角度をつけ、気合が乗っている。
律「…なにがしたいんだよ、おまえは」
春原「おまえごときに不覚を取ってしまった自分が許せなくてね…」
春原「きのう、対抗策を考えてきたんだ。それが、これさ」
律「…はぁ?」
春原「僕のセクシーな魅力で、おまえもたじたじってわけさ」
律「いや…キモいからやめてくれ。食欲が失せる」
春原「あんだとっ!」
さらに体をくねらせる。
566:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:15:29.15:+UZ/pLeq0
律「あー、わかった、わかったから…もうやめろ」
部長のほうが折れて、カチューシャをつけ、髪を上げた。
春原「ふふん、勝ったな」
律「キショすぎて早くやめて欲しかっただけだっての」
春原「はっ、バレバレな嘘つくなよ。僕の魅力の前にして怖気づいただけだろ」
春原「でも、どうしよっかなぁ、デコに告られたりしたら」
春原「僕、すでにムギちゃんと両思いだしなぁ…ね、ムギちゃん?」
紬「えっと…今、たわごとが聞えた気がするの」
春原「たわごとっすかっ!? ストレートすぎませんか、それ!?」
律「わはは! おまえの、ね、ムギちゃん? はもはやネタフリになってることに気づけよ」
春原「くそぅ…」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
567:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:15:48.42:CdU1ELpcO
変な話だが、本家でも渚に後輩や妹がいたらこうなってたんじゃないかと言う錯覚すら覚えるな
568:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:17:17.26:jpDSDOMkO
紬「今日はウィスキーボンボンを持ってきたんだけど…どうかな」
言って、テーブルの中央にボール型の器を載せる。
その中には、銀紙でパッケージされた固形物がたくさん入っていた。
澪「ウィスキーボンボンって…中にお酒が入ってる、あのチョコのことだよな?」
ひとつ手にとって言う。
紬「うん。好き嫌いが別れるだろうから、ここで出すのもちょとあれかなと思ったんだけど…」
紬「でも、これを頂いた製菓会社さんの方から、感想が欲しいって言われちゃってて…」
紬「これ、新商品の試作品らしいから。それで、みんなにも意見をもらえたらな~って、思ったの」
澪「私たちがモニターになるってことか…うう…なんか、責任重大だな…」
紬「澪ちゃん、そんなに重く考えなくてもいいのよ。おいしかった、とか、微妙だった、とかでも全然オッケーよ」
澪「そんな漠然としてて参考になるのか?」
紬「う~ん、具体的な方がいいのかもしれないけど…でも、率直な感想が欲しいって言ってらしたし…」
紬「シンプルでいいと思うな」
澪「そうか…じゃあ、少しは気が楽だな…」
律「おまえはいつも考えすぎなんだよ」
包装紙を破り、口に放る。
569:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:18:01.48:+UZ/pLeq0
律「お、けっこうイケる」
紬「みんなも、よかったら食べてみてね」
春原「当然僕はもらうよ。ムギちゃんの持ってきたものにハズレなんかないからね」
春原は一気に4つほど掴んでいた。
唯「私も、も~らおっと」
梓「私も、頂きます」
中野と唯もチョコに手を伸ばす。
俺も一つ食べてみることにした。
ボールから一つ取って、銀紙を剥がす。
もぐもぐ…
酒の味が濃いような気がしたが、なかなか美味かった。
澪「…あ、おいしい」
律「だよな? もう一個もらおっと」
唯「でも、なんか、苦いね…」
梓「お酒のせいですよ、それは」
唯「あずにゃんは平気なの?」
梓「はい、私は別に」
570:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:19:28.59:jpDSDOMkO
律「梓は将来酒飲みになるぞ、きっと」
梓「ウィスキーボンボンくらいで、変な未来を視ないでくださいよ」
春原「もぎちゅん…むぐ…うみゃいね…もれ」
律「って、おまえはリスか…頬袋にためやがって…」
―――――――――――――――――――――
律「あ、もう無いな…」
いつの間にかボールの中は空になっていた。
律「んじゃ、ここでティータイムも終わりか…食ったらすぐ練習だっけか」
律「だったよな、梓」
梓「…ひっく」
律「梓?」
梓「あー…あい?」
ふらふらと揺れて、目の焦点が定まっていなかった。
例えるなら、酩酊状態のような…
律「なんか…変だぞ、おまえ」
梓「あにが変だって言うんれすかっ!」
571:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:19:54.78:+UZ/pLeq0
ろれつが回っていない。
律「まさかおまえ…酔ってるのか?」
梓「んなわけないれしょっ!」
律「酔っ払いはみんなそう言うんだよ…つーか、ウィスキーボンボンで酔うって、おまえ…」
梓「だぁから、酔ってねぇーっつーのっ」
完全に酔いが回っていた。
梓「う゛ー…ったくもー…」
梓「………」
潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
朋也「な、なんだよ…」
梓「この…女たらし最低野郎…」
椅子を寄せて、俺の肩に頭を預けてくる。
今日はこいつが隣に座っていたのだ。
朋也「なっ…」
梓「女の子にこんなことされると嬉しいんですよね、岡崎せんぴゃあは…」
梓「はふぅ…」
572:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:21:04.73:jpDSDOMkO
さらに体重を預けてくる。
朋也「お、おい…」
唯の手前、あいつの反応が気になって、ちらりと目を向ける。
唯「………」
なぜか笑顔だった…それが逆に怖い。
朋也「中野、離れ…」
ばぁんっ
机を叩く激しい音。
澪「こらっ、梓っ! 岡崎くん、困ってるらろっ!」
澪「…ひっく、う゛ー…」
律「って、澪も酔ってるし…」
梓「困ってませんよーだ…逆に喜んでますけどね、うふふ」
澪「そんあことないっ! 顔がすっごく困ってるっ!」
梓「えうー…?」
俺の顔を覗き込む。
573:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:21:24.83:+UZ/pLeq0
梓「あ、なんれすかっ! あたひじゃ不満だって言うんれすかっ!」
朋也「い、いや…」
澪「不満があるにきまってるらろっ! 梓みたいな幼児体型じゃっ」
梓「よ、幼児体型…?」
澪「そうらっ! 男の子は、胸があるほうが好きなんらぞっ!」
澪「ちょうど、その…わ、私くらいのらっ!!」
律「おお…澪なのに強気な発言だ…」
梓「じゃ、なんれすか? もしかして…澪先輩がこうしたいっていうんれすか?」
ぎゅっと強く腕を絡めてくる。
朋也(うぉ…)
中野の体温が伝わってくる。
こいつのいい香りも、ふわっと鼻腔をかすめた。
図らずもどきっとしてしまう。
澪「な、そ、そういうわけじゃ…と、とにかく離れなさいっ」
梓「わーっ、乱暴れすよーっ!」
中野がいつも唯にするように、今度は自分が秋山にひっぺがされていた。
574:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:22:37.95:jpDSDOMkO
澪「………」
今しがた主人を失った空席をみつめる。
澪「ちょっと疲れちゃった…」
そこに腰を下ろす。
澪「…岡崎くん、私、ちょっと疲れちゃった」
朋也「あ、ああ…そうか」
澪「…うん。ちょっと、疲れちゃったんだ」
朋也「ああ…知ってるよ」
澪「そう? じゃあ…体、預けてもいいかな?」
朋也「え?」
俺が答える前、そっと寄り添ってきた。
朋也「お、おい…」
澪「………」
目を閉じて、心地よさそうにしている。
邪険に扱うことがためらわれるような、安らいだ表情。
朋也(ごくり…)
575:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:23:05.28:+UZ/pLeq0
正直、可愛かった。
梓「って、やっぱり自分がしたかっただけじゃないれすかーっ!」
澪「う、うわぁっ」
同じように引きずりおろされる秋山。
澪「ち、ちが…ちょっと疲れてたんだおっ」
梓「だお、じゃないれすよっ」
わーわーと言い合いになっていた。
春原「おまえ、おいしいポジションにいるよね、マジで」
朋也「そうでもねぇよ…」
見た目ほど状況は単純じゃない。
朋也(唯…)
唯「………」
朋也(う…)
笑顔をキープしていたが…口の端がひくついていた。
怒ってる…のか?
澪「あー、もう練習らっ! 練習するろっ!」
576:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:24:28.39:jpDSDOMkO
梓「う゛ー、そうれすね…練習れすよ…やぁってやるれすっ!」
ずんずんと練習スペースに踏み入っていくふたり。
紬「う~ん、お酒の調節がちょっと雑だったのかしら…報告しておかなきゃね」
律「今日はえらく事務的っすね、ムギさんは…」
澪「こらーっ! おまえらも、早くこーいっ!」
梓「たるんでますですっ! きびきび動くですっ!」
律「あー、はいはい、わかったよ…」
やれやれ、と肩をすくめて部長も席を立った。
琴吹もそれに続く。
唯「………」
唯だけがずっと座ったまま俺を見て微笑んでいた。
朋也「お、おまえも行ったほうがいいんじゃないのか…?」
唯「………」
無言で立ち上がる…やっぱり、俺を見たまま。
そして、最後までなにも言うことなく練習に加わっていった。
朋也(…ヤバイかもしれん)
577:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:24:53.03:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
活動が終わり、下校する時間になっても秋山と中野のふたりは酔いが抜けていなかった。
その暴れようは、いつも騒いでいる部長と春原でさえ少し引き気味にさせる程だった。
秋山と通学路を共にする部長は、きっと帰り着くまで延々クダを巻かれ続けることになるのだろう。
それはいいとして…
朋也「いやぁ、あのふたりが酔うと、あんな感じになるんだな」
唯「………」
朋也「あー…暴れ上戸って言うのかな? ああいうのってさ…」
唯「………」
朋也(はぁ…)
無視され続ける俺。
朋也「唯ちゃ~ん…怒ってるのか?」
唯「………」
ちゃん付けで呼んでみたが、効果はなかった。
朋也「お~い…」
唯「…嬉しそうだった」
朋也「ん?」
578:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:26:25.46:jpDSDOMkO
唯「ニヤニヤしてた…顔が赤くなってた…デレデレしてた…」
唯「私だけだって言ってくれたのに…可愛い女の子なら、誰でもいいんだね、朋也は」
朋也「い、いや、そんなことねぇって。全然なんとも思わなかったよ、あんなの」
唯「嘘だよ。だって、すっごくだらしない顔してたもん」
そうだったのか…気づかなかった…そんなに顔が緩んでしまっていたとは…。
唯「あーあ、いいよねぇ、朋也はモテて。私、ハーレムの一人に加えてもらえて、うれしいなぁ」
ハーレムの一人、の部分を強調して言った。
皮肉を込めているんだろう。
本格的に拗ねてしまっているようだった。
朋也「変なこと言うなよ…俺の中じゃいつだっておまえが一番だぞっ」
朋也「ヒューッ! 唯、最高ゥッ! 超可愛いぜっ! あ~、幸せ者だ、俺はっ」
唯「…ばかみたい」
頑張ったのに、ばかって言われた…悲しい…。
朋也「はぁ…俺が悪かったよ…ごめんな、鼻の下伸ばしたりなんかして…」
朋也「もうそんなこと絶対しない…約束する。だから、機嫌直してくれよ…」
出したことも無いような情けない声色で、訴えるように言った。
かなり惨めな男になっていた。絶対他人には見せられない…。
579:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:26:54.52:+UZ/pLeq0
唯「ほんとに、約束守る?」
朋也「ああ、絶対」
唯「じゃあ…許してあげる」
朋也「そっか…よかった」
ほっと胸をなでおろす。
唯「………」
朋也「ん? なんだ?」
黙って俺を見ていたと思うと、急に近づいてきた。
そして、くんくんと匂いを嗅ぎ始める。
唯「…あずにゃんと澪ちゃんの匂いが残ってる」
580:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:27:55.71:jpDSDOMkO
朋也「わかるのかよ…」
犬並みに研ぎ澄まされた嗅覚を持った女だった。
唯「…えいっ」
飛びつくくらいの勢いで腕に組みついてくる。
朋也「歩き辛くないか? 普通に手つないだほうがいいだろ」
唯「いいの。こうやって私も匂い残すんだからっ」
朋也「あ、そ…」
なんというか…縄張り意識の強い獣のような思考な気がする…。
まぁ、そんなこいつの行動も、可愛く思えてしまうのだが。
―――――――――――――――――――――
581:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:28:34.50:+UZ/pLeq0
5/8 土
唯「あぁ~カミサマ~お願い~二人だけの~」
上機嫌で口ずさむ。それは、軽音部の練習でよく歌われている曲だった。
もう何度も聴いていたので、俺もすぐにわかった。
憂「ふふ、お姉ちゃん機嫌いいなぁ。やっぱり、あしたは岡崎さんとデートだからかな」
朋也「知ってたのか、憂ちゃん…」
憂「はい。すっごく嬉しそうに話してましたよ、きのう」
朋也「そっか」
そう、俺は明日、唯とデートする約束を取り付けていたのだ。
今日は午前中で授業が終わるので、午後からは一人でデートコースの下見に行くつもりだった。
初めてのデートだったから、一応念を押しておきたかったのだ。
憂「でも、岡崎さん。まだ、学生の内はエッチなことしちゃだめですよ」
朋也「わ、わかってるよ…」
なぜ釘を刺されるんだろう…憂ちゃんには俺がそんな奴に見えているんだろうか…。
しかし…つくづく保護者じみているな、この子は…。
本当に年下なんだろうか…。
―――――――――――――――――――――
………。
582:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:29:46.26:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――
昼。
澪「う~…頭痛い…」
和「大丈夫? 風邪?」
澪「いや、そういうわけじゃないんだけど…熱もなかったし…なんでだろ」
見事に二日酔いしていた。
澪「顎もなんか痛いんだよな…」
それもそうだろう。
放課後デスメタルを名乗り、歯ベースなるものを披露していたのだから。
澪「それに、きのうの部活あたりから記憶がおぼろげなんだよな…」
澪「そこになにかヒントが隠されてる気がするんだけど…」
律「あー、なにもないよ。おまえはちゃんと練習してたぞ。それも、すっげぇテク見せつつな」
澪「ほんとか?」
律「ああ。だから、もう気にするな」
澪「う~ん…まぁ、いいか…」
醜態を晒してしまった過去は今、闇に葬られていった。
583:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:30:06.17:+UZ/pLeq0
真面目な秋山のことだ、知ればきっと、恥ずかしさで身動きが取れなくなってしまうんだろう。
それを未然に防ぐための処置だった。
―――――――――――――――――――――
朋也(う~ん…どうしようかな…)
学校を出て、町の中をうろつく。
現地を巡りながら、彼女と二人で過ごすに耐えうるプランを練っていたのだが…
まったくいい案が思いつかない。というか、俺の経験程度じゃ、まず発想自体が浮かばない。
こういう時、誰か頼れる人間がいればいいのだが、生憎とそんなツテはない。
となると、ここは、そういった情報を扱っている雑誌を参考にしてみるのも手かもしれない。
朋也(本屋にでも行くか…)
―――――――――――――――――――――
朋也(………)
棚に並ぶ雑誌群。その中に、それらしいものを見つける。
表紙のあおり文には『鬼畜王が教えるデート必勝法!』とあった。
その鬼畜王というフレーズに惹かれ、一冊手に取ってみる。
朋也(なになに…)
漢ならストレートにいけ! 会った瞬間唇を奪うのだ! 後はわかるな?
ホテルに直行だ、がははは! 金が無いなら自宅でもいいぞ。
野外派の奴は、P12を開け。俺様おすすめの路地裏を教えてやる。ありがたく思え、がははは!
出かける前には、ハイパー兵器はちゃんと洗って…
584:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:31:16.14:jpDSDOMkO
パタム
俺はそこで読むのをやめた。
朋也(レベルが高すぎる…)
この筆者…いや、英雄とは生きている次元が違うような気がする。
その差をひしひしと感じながら、雑誌を棚に戻す。
というか…よく出版できたな、この雑誌…。
朋也(それはいいとして…)
俺は再び雑誌を物色し始めた。
―――――――――――――――――――――
朋也「はぁ…」
本屋から出てくる。結局、決めたのは映画を観にいくことだけ。
上映時間を調べて、それで終わりだった。
朋也(どうすっかなぁ…)
電車で都心部の方まで出れば、それなりにサマになったデートになるんだろうか…。
でも、俺はあまりこの町から出て遊ぶことはしなかったので、その辺の地理に疎かった。
今から付け焼刃で調べに行っても、実りがあるとは思えない。
やはり、地元が無難だろう。
朋也「痛っ…」
585:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:31:43.90:+UZ/pLeq0
次に向かおうと身を翻した矢先、誰かに肩をぶつけてしまった。
ばさばさと本が地面に数冊落ちる。
相手方のものだろう。
声「おっと…悪いな」
朋也「いえ、こちらこそ…」
言いながら、その本を拾い集める。
朋也(って、エロ本かよ…)
これは、俺もそうだが、相手はもっと気まずいぞ…。
朋也「どうぞ。すみませんでした」
二冊重ねて手渡す。
男「おう、悪いな」
朋也(ん? この男どこかで…)
サングラスをしていたが、なんとなくその背格好や顔つきに見覚えがあった。
朋也「…あ」
男「…あ」
思い出す。そう、この男は…
586:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:32:28.16:+UZ/pLeq0
朋也「あんた、サバゲーの…」
男「あん時の小僧か…」
指をさし合う。向こうも覚えてくれていたようだ。
男「なんだ、おまえもエロ本買いに来たのか」
朋也「違うっての…」
男「ふん、そんなみえみえの嘘をつくな」
男「どうせ、買いたくても、恥ずかしくて一歩が踏み出せずに、この場で足踏みしてたんだろ?」
男「そこで、姑息なおまえはエロ本を買った客をここで襲うことにしたわけだ。どうだ、図星だろう?」
朋也「あんたにぶつかったのは偶然だ…」
男「だが残念だったな、この俺様を狙ったのが運の尽きよ…返り討ちにしてくれるわ、小僧ぉおっ!」
朋也「人の話を聞け、オッサンっ」
男「誰がオッサンだ。秋生様だ。秋生様と呼べ、小僧」
朋也「俺にも岡崎って名前があんだよ、オッサンっ」
秋生「小僧は小僧だろうが、この小僧が…真っ昼間からエロ本なんか買いに来やがって」
朋也「そりゃ、あんたのことだ」
秋生「まぁそうだが…ちっ、仕方ねぇな、そこまで言うなら、同士としてアドバイスをくれてやる」
587:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:34:08.99:jpDSDOMkO
一方的に話を進めていた。
この人とは一生まともな会話が出来そうにない。
秋生「いいか、まずは店内の監視カメラの位置をすべて把握するんだ」
秋生「そして、死角を縫うようにしてアダルトコーナーにたどり着け」
秋生「ここまでくればあとは買うだけだが…一応、少年ジャンプも二冊ほど一緒に買っておけ」
秋生「その間に挟んでレジを通せば、店員も『あ、なんだ。ただの成年ジャンプか』とサブリミナル効果で騙せるからな」
朋也「そんな回りくどいことせずに普通に買えばいいだろ…」
秋生「それができないっていうからアドバイスしてやってるんだろうがっ」
朋也「いらねぇよっ」
秋生「じゃ、なんだ、ここでエロ本を買っていく善良な市民を襲い続けるのか、てめぇは」
朋也「だから、んなことしねぇってのっ」
秋生「嘘をつけぇっ! さっきエロ本拾う振りしてポケットにしまってただろうがっ! 返せ、こらっ!」
朋也「無理があるだろっ! ポケットなんかに入んねぇよっ」
秋生「なら、腹に仕込んで喧嘩しにいくつもりだろ。ボディもらった時、ちょうど袋とじが破れるように調節しやがって…」
意味がわからなかった。
朋也(付き合ってられん…)
592:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:36:43.69:jpDSDOMkO
俺はオッサンを無視して歩き出した。
秋生「おーい、そっちにゃ本屋はねぇぞーっ。エロ本買うんだろーっ」
朋也(声がでけぇよ…)
朋也(う…)
通行人が俺とオッサンを交互にちらちらと見ている。
仲間だと思われているのだろうか…かなり嫌だ。
朋也(くそ…)
俺は逃げるように大急ぎでその場を立ち去った。
―――――――――――――――――――――
朋也(ふぅ…えらいのに絡まれちまった…)
商店街のあたりまで駆けてきて、そこでやっと足を止めた。
少し息を整える。
朋也(遊んでる場合じゃない…デートコースだ、デートコース)
気を取り直して再び考えを巡らせる。
朋也(商店街…この辺を見て回るのもいいかもな…)
朋也(後は…)
593:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:37:17.19:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
朋也(よし…この辺でいいかな)
大まかな流れを固め、ひとまずは区切りがついた。
細かいことはその場の判断でいいだろう。
俺は腕時計を見た。まだ余裕で軽音部が活動している時間帯。
朋也(戻るか…)
学校へ足を向ける。
道中も、立てたばかりの計画を頭の中でずっと反芻していた。
―――――――――――――――――――――
『ごめんね ル~だけ残したカレー…』
部室の前までやってくると、音が漏れ聞えてきた。
今も練習中なのだろう。
がちゃり
扉を開け放ち、中に入る。
―――――――――――――――――――――
ぎゃりぃっ!
弦を乱暴にひっかいたようなギターの音。それをもって演奏が止まった。
594:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:38:43.08:jpDSDOMkO
律「なぁんだよ、梓…いきなり変な音だして…」
梓「す、すみません、岡崎先輩がぶしつけに入ってくるのが見えたので、気が散っちゃって…」
律「あん?」
その一言で、部員たちがの視線が俺に集まる。
律「ああ、来たのか」
唯「おかえり~」
紬「今岡崎くんの分のお菓子、用意するね」
朋也「いや、いいよ。なんか邪魔しちゃったみたいだし…練習続けてくれ」
手をひらひら振ってテーブル席に向かう。
朋也「ふぅ…」
春原「用事ってなんだったの」
腰を下ろすと、春原がそう訊いてきた。
朋也「大したことじゃねぇよ。俺の行きつけの部屋があるんだけど、そこで空き巣してきただけだ」
春原「ははっ、そりゃ哀れだね、その部屋に住んでる被害者は…」
春原「って、待てよっ! それ、僕の部屋のことだろっ!?」
595:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:39:12.63:+UZ/pLeq0
朋也「ああ。堂々と土足で踏み込んでやったぜ」
春原「なんでそんな自慢げなんだよっ! つーか、パクッたもん返せっ!」
朋也「馬鹿、嘘に決まってるだろ。気づけよ。だからおまえは毎日がエイプリルフールって呼ばれるんだよ」
春原「んなの一度も呼ばれたことねぇってのっ!」
春原「ったく…いつもいつもおまえは…」
ぶつくさ言いながら紅茶を口にする春原。
そこで、シンバルの音が鳴り、また演奏が再開された。
顔を向ける。
梓「…っ!」
中野と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
気のせいか、頬が赤く染まっているように見えるが…。
そんな、目が合ったくらいで照れるようなタマでもないし…俺の思い過ごしだろう。
―――――――――――――――――――――
梓「あ、あの…岡崎先輩…」
帰り道、中野が控えめに話しかけてきた。
朋也「なんだよ」
梓「き、きのうことですけど…」
596:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:40:24.69:jpDSDOMkO
もじもじとして言いよどむ。
多分、酔っ払っていた時の話を切り出そうとしているんだろう。
梓「あの…岡崎先輩に抱きついたりしましたけど…か、勘違いしないでくださいねっ」
梓「あれはっ…ただ、気分がぽーっとなって、その…若気の至りというか…そんなアレだっただけですから…」
朋也「ああ、なんか変だったもんな、おまえ」
梓「うぅ…」
朋也「わかってるよ。変な気なんか起こしてないから、心配するな」
梓「…ちっともですか?」
朋也「ああ、まったくな」
梓「…ああそうですか、そうですよね、私、唯先輩や澪先輩と違って魅力ありませんもんねっ」
梓「わかりましたよ、もういいですっ」
怒ったように言うと、俺から離れていった。
朋也(なんなんだ…?)
気難しい奴だ…あいつをどう扱っていいのか、いまいちわからない。
―――――――――――――――――――――
597:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:41:08.50:+UZ/pLeq0
5/9 日
朝。約束の時間通りに平沢家まで足を運んできた。
朋也「………」
少し緊張しながらも、呼び鈴を押す。
ピンポーン
『はい』
インターホンから憂ちゃんの声。
朋也「あ…俺だけど…」
『岡崎さんですね? ちょっと待っててください…』
そこでぶつりと切れる内線。
「お姉ちゃーん、岡崎さん来たよー」
今度は肉声でそう聞えてきた。
次いで、どたどたどたー、と階段を駆け下りてくるような音が屋内で響く。
「お姉ちゃん、これ忘れてるよ」
「おおぅ、そうだった。ありがとう、憂」
「いっぱい楽しんできてね」
599:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:42:23.88:jpDSDOMkO
「うんっ。いってきまぁ~す」
がちゃり
玄関が開き、唯が元気よく出てきた。
パステルカラーが目に優しい、可愛らしいコーディネイトで身を包んでいる。
私服姿を見るのはこれで三度目だが、今日が一番女の子していた。
やっぱり、デート仕様でめかし込んできてくれたんだろうか。
唯「お待たせ~、朋也」
朋也「ああ」
ふたり並んで歩き出す。
唯「私ね、今日お弁当作ってきたんだよ。お昼になったら食べようね」
その手に持つバッグを掲げる。
朋也「そっか。楽しみだな」
唯「ふっふっふ、期待しているがよい」
朋也「そんなに自信あるのか。じゃ、ほぼ憂ちゃんが作ってくれたんだな」
朋也「おまえは、夏休みの自由研究を誰かに便乗してスタッフロールにだけ加えてもらう、あの手法を取ったと」
唯「違うよっ、全部私の手作りだよっ」
朋也「えぇ…大丈夫なのか、それ」
600:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:42:53.39:+UZ/pLeq0
唯「味見した時おいしかったから、大丈夫だよ」
朋也「ふぅん…」
唯「なんなのぉ、ふぅんって。信じてないんでしょ」
朋也「いや、信じてるって。おまえの料理の腕は確かだよ、うん」
唯「なぁんか雑に言ってるよね…ほんと失礼だよ、朋也は」
唯「それに、鈍感だよ…まだ私に言ってないことあるし」
言ってないこと…?
思い当たる節がない。
朋也「なんだよ…わかんないな」
唯「あるでしょ? 早く気づいて?」
体をくねらせ、上目遣いで目をパチパチとさせた。
これは、まさか…誘惑されてるのか、俺は?
朋也「…よし、キスしよう」
唯「え、ええ!? こ、こんなところで!?」
朋也「って、言って欲しかったんじゃないのか」
唯「そ、それはまた別の話だよ…今はもっと他にあるでしょ?」
601:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:44:02.45:jpDSDOMkO
少し照れながら、両の手を広げて半回転した。
唯「ね?」
朋也「ああ…」
なんとなく察しがついた。
朋也「その服、似合ってるよ。可愛い」
唯「えへへ、正解だよ」
いい笑顔を向けてくれる。
唯「でも、気づくの遅いよぉ。私、けっこう頑張ったんだから、すぐに言って欲しかったな」
朋也「まぁ、おまえはいつも可愛いし、いまさら言うのも二度手間な気がしたんだよ」
唯「………」
朋也「ん?」
唯「う~…朋也ぁ」
体をすり寄せてくる。
唯「好きぃ~」
朋也「はいはい」
602:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:44:31.18:+UZ/pLeq0
本当に可愛い奴だった。
―――――――――――――――――――――
映画館。
チケットは先日見回りに出た折、事前に購入しておいたので、スムーズに入館できた。
席も隣り合って観たかったので、指定席予約の準備もばっちりだった。
唯「もぐもぐ…」
ポップコーンをつまむ唯。
朋也「まだ始まってないのに、今から食ってどうするんだよ」
唯「ちっちっち、甘いね。こうやって最初から気分を盛り上げてた方がいいんだよ」
唯「そうすれば、ギャグシーンが来た時、声を出して笑えるでしょ」
朋也「それは典型的なちょっとウザい客なんじゃないのか」
唯「そんなことないよっ! 他のお客さんもみんな笑ってるし、私も小さい頃からそうだったもん」
唯「ああ、思い出すなぁ…ジョニーがアメリカンジョーク言いながら後ろで意味もなく車が爆発炎上したあのシーンを」
唯「あの時は、みんな手を叩きながらヒィヒィ笑ってたっけ」
どんな映画だ。そして、どんな客だ。
朋也「まぁ、なんでもいいけど、今回はそんなシーンないと思うぞ」
603:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:45:48.31:jpDSDOMkO
唯「『FUNSZUーフンスー』だっけ? どんな映画なの?」
朋也「漫画の実写化だよ。ひたすら星人を倒していくって感じの内容だ」
その漫画は、春原の部屋に既刊はすべてそろってあった。
俺も何度か読み返すほど気に入っていたので、映画化されると聞いた時は驚いた。
まさか、あの内容を実写でやるとは露ほども思っていなかったからだ。
ずっと気になっていたので、いつか観てやろうと心に決めていたのだが…
意外にもその機会は早くに訪れた。それが今日というわけだ。
ぶっちゃけて言うと、唯の嗜好を度外視した俺のスタンドプレーだった。
唯「星人?」
朋也「まぁ、敵だな。エイリアン的な」
唯「ふぅん、エイリアンかぁ…」
朋也「興味なかったか? そういうの」
唯「ううん、そんなことないよ。ただ、エイリアンとジョニーならどっちが強いのかなって考えてたんだ」
朋也「あ、そ…」
なぜジョニーにそこまでこだわるんだろう…。
―――――――――――――――――――――
唯「ふッざッけッんッなッ! ギョーン ギョーーン」
朋也「おまえ、もう影響されたのか…」
604:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:46:14.38:+UZ/pLeq0
映画館を出ても、いまだ興奮冷めやらぬノリで、劇中のセリフを口走っていた。
唯「だッてッ! おもしろかッたもんッ! ふッざッけんなッ」
朋也「わかったから、その喋り方やめろ…聞き取りづらい」
唯「そんッなことッよりッ! お昼ッにしようよッ!」
朋也「…そうだな…じゃあ、どっか座れるとこ探そうか…」
唯「これがッ! カタスットロヒィッ! いや…お昼ットロヒィッ!」
唯「無理だろ…生き残れるわけねェッて…」
朋也「もうそれはいいよ…」
楽しんでくれたなら、俺としても嬉しいところだが…この状態は非常に面倒くさかった。
―――――――――――――――――――――
朋也「へぇ…こんなとこがあったのか」
町の外れへ出て、山を迂回して辿り着いた場所。
自然に囲まれ、秘密の場所のようにあった。
唯が言うには、ここが最高の昼ごはんスポットなんだとか。
唯「ここはね、この町の、願いが叶う場所なんだよ」
朋也「願いが叶う場所?」
605:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:47:26.83:jpDSDOMkO
唯「うん」
朋也「パワースポットかなんかなのか」
唯「知らなぁい。私も、アッキーからそう聞いただけだから。受け売りなんだ」
朋也「ふぅん…アッキーね…」
うさんくさそうな奴だ。
唯「小さい頃はよくここでアッキーに遊んでもらったんだよ。憂も、近所の子たちも一緒にね」
朋也「思い出の場所なんだな」
唯「うんっ。でさ、あそこに大きい木があるでしょ?」
奥の方に一本、存在感のある大樹があった。
風を受けて枝葉がそよそよと揺れている。
唯「あの木の下はね、私のお気に入りだったんだよ。寝転がると気持ちいいんだぁ」
朋也「へぇ…」
唯「だからさ、あそこで食べようよ。ごろごろ寝転がってさ」
朋也「いや、いいけど、座って食べような…」
―――――――――――――――――――――
木陰までやってくると、腰を下ろして木に背を預けた。
606:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:47:47.81:+UZ/pLeq0
朋也(ん?)
手をついた時、なにか硬いものに触れた。
その全様を見てみると、立て看板のようだった。
錆び果てて、その上文字がかすれているため何が書かれてあるか詳細はわからない。
ただ、建設予定地、とだけかろうじて読み取ることが出来た。
とすると…ここに何かが建つはずだったんだろうか。
こんな景色もよく、居心地もいい自然があるこの場所に。
だとしたら、その計画が頓挫してよかったと、俺は思う。
なにも自然のためだけじゃない。一番の理由は、唯の思い出の場所だからだ。
唯「じゃ~ん、私のお弁当だよぉ~」
ふたを開けて現れたのは、サンドイッチだった。
容器いっぱいに敷き詰められている。
唯「どうぞ。遠慮せずに食べてね」
朋也「ああ、じゃあ…」
ひとつ取り出す。
朋也「むぐ…」
たまごサンドだった。なかなかにうまい。
朋也(む…)
ぼりっと音がする。
ぼりぼり…これは…まさか卵のカラ?
608:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:49:04.67:jpDSDOMkO
…どういう調理法だったんだろう。
唯「どう? おいしい?」
朋也「ん、ああ…うまいよ」
味の方は悪くなかったのでそう答えておいた。
唯「ほんとにっ? うれしいなぁ~、作ってきた甲斐があったよぅ~」
唯「もっと食べて、朋也っ」
朋也「ああ…じゃあ、遠慮なく」
今度はジャムサンドらしきものを選んだ。
もぐもぐ…ぐにゃ
朋也(ぐにゃ…?)
口の中で噛みしめる。これは…ガムだ。
朋也「なんか、ガムが入ってたんだけど…」
唯「あ、それ、ジャムガムサンドだよ。私の創作料理なんだぁ。イケるでしょ」
朋也「いや、ガムはガムで別々に食いたいかな、俺は…」
唯「えぇ、じゃあ、微妙ってこと?」
朋也「うん、まぁ…そこそこかな」
609:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:49:30.86:+UZ/pLeq0
唯「ちぇ~…早苗さんみたいには、うまくいかなかったかぁ…」
早苗さん…その人は創作料理が上手いんだろうか。
朋也「それよか、おまえは食わないのか」
唯「私は朋也が食べてくれるの見てたいんだよ」
朋也「そっか…でも、これからも遊びに出るし、一応食っておいた方がいいと思うぞ」
唯「ん~、それもそうだね。じゃ、私も」
言って、唯も食べ始めた。
俺もガムをポケットティッシュにくるみ、三つ目のサンドイッチに手をつける。
朋也「そういえば、飲み物買ってなかったな」
唯「もぐ…ほういひぇば…」
朋也「喉渇いたまま食べるのもなんだし、さっさと全部飲み込んじまうか」
唯「むぐ…ん…だめだよっ、ちゃんと味わって食べてっ」
朋也「冗談だよ」
言って、軽く頭をわしゃっと撫でる。
朋也「近くに自販機あったから、買ってくるよ。おまえなにがいい?」
唯「緑茶でお願いっ」
611:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:50:23.51:jpDSDOMkO
朋也「了解」
俺は立ち上がり、自販機を目指した。
―――――――――――――――――――――
朋也(ふぅ…)
すべてのサンドイッチを食べ終わり、腹も十分に満たされた。
朋也「ごちそうさま」
唯「おそまつさま」
ふたをして、容器をバッグにしまう。
朋也「んじゃ、いこうか」
唯「あ、待って」
足を伸ばし、ゆったりと構えた。
唯「ヘイ、カモ~ン」
俺を見て、膝をぱんぱんと叩く。
朋也「うん? 虫でもいたのか」
唯「違うよぉ、膝枕の合図だよ」
612:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:50:55.50:+UZ/pLeq0
朋也「頭乗せろって?」
唯「うん。せっかくだから、していこうよ」
朋也「そっか? じゃあ、遠慮なく…」
寝転がり、その膝に後頭部を預ける。ふにゅっと柔らかい感触。
視界には枝葉の隙間から見えるいっぱいの空が広がっていた。
と、そこで唯が俺を覗き込んできた。
下から仰ぎ見たその顔は、木漏れ日を背に境界線が煌いていた。
唯「朋也、目開けてちゃだめだよ。つむって?」
朋也「なんでだよ。いいじゃん、開けてたって」
唯「こういう時はそうするのが鉄板なのっ」
朋也「別に眠くないしなぁ、俺」
唯「形から入るのも大事だよ?」
朋也「まぁ、いいけど…」
俺は言われるまま目を閉じた。
すると…
ティロリン♪
朋也(なんだ?)
614:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:52:07.87:jpDSDOMkO
音がして目を開ける。
唯「やったっ、朋也の寝顔ゲット~」
携帯を手に、一人はしゃいでいる。
朋也「おまえ、それがしたかったのか」
唯「えへへ、まぁね~。今度はツーショットだよ」
唯「よいしょ…」
携帯を斜めに構え、顔を俺に近づけた。
ティロリン♪
唯「う~ん、これでまたひとつ朋也フォルダが充実したよ」
朋也「変なカテゴリ作るなよ」
唯「いいじゃん。これからどんどん増やしていこうね、朋也」
朋也「一人で頑張ってくれ…」
俺は再び目を閉じた。
唯「朋也も協力してくれなきゃやだよ」
言いながら、俺の頭を撫でてくれていた。
思いのほか心地いい。
615:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:52:42.10:+UZ/pLeq0
俺は安息の中で、ただこの少女に身を任せ続けていた。
―――――――――――――――――――――
朋也「ん…」
目を開ける。
もう結構な時間横たわっていた気がする。
ここいらで引き上げておくのが無難だろう。
朋也「そろそろいくか」
唯「うん、そうだね」
立ち上がり、尻を払う。
そして、連れ立って歩き出した。
朋也(あ…)
ふと端に目をやると、また看板を見かけた。
木陰に落ちてあったものと違い、テーピングが施されてあった。
まるで、警察が事件現場に敷くトラロープのようにだ。
そして、そのテープ…琴吹建設、と印字されてあった。
それはやっぱり…俺もよく知る、あの琴吹の家が関係しているんだろう。
工事を請け負っていたのは琴吹建設だったのか…一瞬そう思ったが、どうやら少し事情が違うようだ。
看板には他の建設会社の名前が書かれていて、その上からテープが貼られているのだ。
おそらくは、なんらかの都合により主導権が移り、一時的な措置として上書きされたのだろう。
それはつまり、予定されていた下請け業者が覆ったことを意味する。
もし、そんなことが意図的に起こったのであれば、元請け先に直接なにか働きかけがあったのかもしれない。
建設業界のことは詳しくは知らないが、琴吹の名前を見て、そんな考えが頭をよぎった。
616:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:53:14.22:+UZ/pLeq0
だが…それだと腑に落ちない点もある。
発注を受けたゼネコンに圧力をかけてまで手に入れた仕事なら、中途で終わるようなことには絶対ならないはずだ。
なんといっても、琴吹家の息がかかった仕事なのだから。
………。
もしかしたら…逆に、この場所を守るために動いたのかもしれない。
ここは、荒らされた気配もまったくないどころか、むしろ整備されている風ですらあるのだ。
それに、発注元と話をつけて建設場所を遷すことも、なんなくやってのけてしまいそうでもある。
ただそれだけの、憶測も多分に含む根拠だったし、俺の希望的観測も同居しているが、そんな気がしてならなかった。
でももし、俺のこの推測が当たっているのなら、やっぱり琴吹の家は普通じゃない。
この町の産業を牛耳っているんじゃないのかと、そう思えるほどの大きな力を持っている。
唯「どうしたの、朋也? 急に立ち止まっちゃって…」
朋也「ああ、いや、なんでもない」
―――――――――――――――――――――
町なかに戻ってくると、そのまま商店街へ入った。
たい焼きや、たこ焼きを買って、食べ歩きのようなことをする俺たち。
唯「ん~、味のメタミドホスや~」
朋也「食中毒になってるからな…」
唯「あ、朋也。見て、あそこ」
朋也「ん?」
唯の指さす先。こじんまりとした相席テーブルに女性が腰掛けていた。
その横に立てかけてある看板を見ると、どうやら手相占いをしてくれるらしいことがわかった。
617:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:54:34.42:jpDSDOMkO
唯「新宿の妹、だってさ。なんか、おもしろそうじゃない? 占ってもらおうよ」
朋也「いや、でもなぁ…ああいうのって、ボッタ価格だったりするしなぁ…」
示し合わせたように、料金のことに触れたポップなども一切なかった。
唯「大丈夫だってぇ。そんなにしないよ、多分」
わくわくが抑えきれないといった顔で言う。
とにかくやってみたくて仕方がないんだろう。
唯「いこっ」
と、手を引っ張られてしまう。
朋也「あ、おい…」
―――――――――――――――――――――
唯「あのぉ、すみませぇん…」
女「…なんだい。客かい」
唯「はい、そうですっ」
女「じゃ、座りな」
唯「あ、はいっ」
易者と対面する。
618:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:54:55.83:+UZ/pLeq0
女「で、なにをみて欲しいんだい。将来性、恋愛運、金運…自分が気になることを言ってごらん」
唯「えっと…じゃあ、将来性でお願いしますっ」
女「手、貸してみな。両手な」
唯「はい」
言われたとおりに従う。
女「ふむ…」
時に揉んだ手をじっと見つめ、時に指で掌線をなぞったりしていた。
女「あんた、変わった感性をしてるようだね。はっきりいって変人だよ」
唯「へ、変人…」
女「それに、注意力散漫なところもあって、どこか抜けてる」
唯「うぅ…」
女「でも、人の気持ちを察したり、周りを明るくすることに長けてる」
女「そんなところが好かれて、人が集まってくるようだね」
…当たっている。その通りだった。
女「味方が多い人生を歩めるだろうね。なにかあれば誰かが助けてくれるくらいに」
619:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:55:21.75:gvtdHZSq0
新宿の妹wwwwwwwイミフすぎて糞ワロタwwwwwwwwww
620:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:56:43.95:jpDSDOMkO
女「そんな環境だから、なにかやりたいことがあれば、成し遂げられる可能性は高いよ」
女「それに、あんた自身も素質に恵まれているようだしね」
唯「ほんとですか?」
女「ああ。芸術面と知能面に適正があるよ。音楽でもやれば、人の心をしっかり掴むことができるだろうし…」
女「勉強すれば、いい成績を残せるだろうね」
唯「ええ、私成績ぜんぜんよくないですよ? 一年生の時は追試になっちゃったし」
女「それはあんたの努力不足だよ。やればできるんだから、頑張りな」
唯「はぁい…」
女「それと、あんた今いくつだい?」
唯「17歳です。高校三年生です」
女「そうかい。じゃあ、心しておきな。この時期、あんたの人生に今後深く関わってくるパートナーが現れるから」
唯「パートナー?」
女「まぁ、ありていに言えば彼氏だね。それで、その男なんだけど、必ずしもあんたとくっつくわけじゃないからね」
女「もし、一緒になれなかった時は、もちろんその後の人生もガラッと変わってくるよ」
女「ああ、でも、不幸になるって言ってるわけじゃないよ。ただ、幸せの形が変わるってだけだからね。そこは心配ないよ」
621:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:57:34.22:+UZ/pLeq0
唯「それなら、大丈夫ですっ。もう、朋也が私の彼氏になってくれましたからっ」
なんて恥ずかしいことを初対面の人間に言うのだろう、こいつは…。
唯「朋也は、私の運命の人だったんだねっ」
朋也「んな大げさな…」
女「この無愛想なのがそうとは限らないよ。あんたくらい器量がよければ、他にも候補はたくさんいるだろうからね」
唯「そんなことないですっ、私には朋也だけですからっ」
朋也(ぐあ…)
体温が上がっていく。顔が熱い…。
俺はシャツをはだけさせて必死に熱を逃がしていた。
女「愛されてるじゃないかい、彼氏くん」
朋也「はは…」
唯「朋也、愛してるぅ~、ちゅっちゅっ」
朋也「こ、こら、やめろっての…」
女「まぁ、これであんたの占いは終わりだよ」
唯「ありがとうございましたっ」
女「次は彼氏くんかい?」
622:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 06:58:44.41:jpDSDOMkO
朋也「俺はいいっす」
唯「ええ~、朋也も占ってもらおうよぉ~」
女「彼女もこう言ってるんだ、座りな」
朋也「はぁ…」
成り行きで俺も占ってもらうことになってしまった。
唯と交代で座る。
女「で、なにをみてほしい?」
朋也「寿命で」
女「そんな具体的なのは無理だよ。もっと全体的な大きな流れのあることにしな」
朋也「漠然といつ死ぬかでいいっす。何歳代の時とか、そんな感じで」
唯「朋也、死んじゃやだよぉっ」
後ろから抱きついてくる。
朋也「いつかは死ぬんだからしょうがないだろ…離れろって」
唯「うぅ…その時は、私が楽しいお葬式にしてあげるからね…」
こいつは本当は俺のことが嫌いなんだろうか。
女「…まぁ、そんなに死期が知りたいなら、一応やってあげるよ。手、出しな」
624:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:00:45.86:+UZ/pLeq0
さっきと同じ要領で鑑定が始まる。
最中はずっと手がくすぐったかった。
女「…こりゃ、また珍しい…」
目を丸くして、溜めがちに言った。
女「ちょっとした行動、選択次第で、ここまで結末が変わるとはね…」
結末…?
朋也「あの、どういうことっすか」
女「そのまんまの意味さね。自分のありかた次第で未来が変わっていくってこと」
朋也「それ、普通じゃないですか」
女「あんたの場合はちょっと人と違うんだよ」
女「あったかもしれない未来、その可能性の振れ幅が大きいんだ」
女「例えば、怠惰な受験生がいて、入試に落ちたとする」
女「そして、本命じゃないにせよ、第三志望に受かっていたら、そこで選択肢が生まれる」
女「そのまま第三志望に進学するか、本命に受かるために浪人するか、すべてを諦めてニートになるか…様々だ」
女「それは一見、人生を大きく左右する大事な選択のようにみえるけど、実はそうでもない」
女「ニートを選ぼうが、一念発起して再受験を志す奴はそうするし…」
625:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:00:52.66:jpDSDOMkO
女「進学しても、腐って辞める奴もいれば、頑張っていい人生を目指す前向きな奴もいる」
女「浪人するにしたって、頑張る奴、怠ける奴、どっちも同じようにいる」
女「結局は、そんな選択とは無関係のところで、本人の資質が一番重要になってくるんだ」
女「それによって進むべき人生の方向性が定まっていくかんだからね」
女「だから、どの道をいこうが、最後には似たような場所にたどり着くことが多い」
女「例外があるとすれば、事故や、不運…自分の努力じゃどうしようもない巡り合わせだね」
女「そう…そんな抗いがたい運命とでもいうべき事の流れが極端なのが、あんたなんだよ」
女「身の振り方によってまるで別方向の人生に別れ、けっして一本で交わることがないんだ」
女「あたしも長くこの仕事やってるけど、こんな奴初めて見たよ」
朋也「はぁ…」
俺にはこの人が言っていることも、その例えもよくわからなかった。
朋也「それで…俺、いつ頃死ぬんすか」
女「そんなの、あんた次第としか言えないね」
朋也「そっすか」
単にわからなかったから適当なこと言ったんじゃないだろうな…。
627:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:01:34.16:+UZ/pLeq0
朋也(まぁ、いいけど…)
朋也「じゃあ、もう行くんで、お会計お願いします」
女「ああ、お金なんかいらないよ。特別にタダってことにしてあげるよ」
唯「いいんですかっ?」
女「ああ。もうこの町も今日で去るしね。それに、変わった手相も見れたし、あたしゃ満足だよ」
唯「わぁ、じゃあ、朋也のおかげだねっ。さすが朋也だよぉ、好き好きぃ~」
また後ろから抱きついてくる。
朋也「立つから、離れてくれ」
唯「このまま立っていいよ?」
朋也「そしたら、おまえがぐちゃーってなるじゃん」
唯「ならないから、立ってみて?」
朋也「ほんとに立つぞ」
唯「どうぞどうぞ」
朋也「後で文句言うなよ…」
立ち上がる。すると、流れるように体をシフトさせ、そのまま俺の腕に絡んできた。
628:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:02:48.68:jpDSDOMkO
朋也「おお…」
唯「ね?」
朋也「ああ、すげぇな」
唯「えへへ」
変なところで器用な奴だった。
朋也「それじゃ、ありがとうございました」
唯「ありがとうどざいましたぁ」
女「ふたりとも、いつまでも仲良くするんだよ」
唯「はい、もちろんですっ」
しゅび、っと片手で敬礼の形をとる。
別れの挨拶を終えると、俺たちは腕を組んだままその場を後にした。
―――――――――――――――――――――
唯「ねぇ、朋也。プリクラ撮らない?」
陽も少し傾きかけてきた頃、唯が言った。
朋也「そうだな…じゃ、ゲーセン寄っていこうか」
唯「うんっ」
629:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:03:13.11:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
唯「う~ん…」
プリント機の中、唯が画面と向き合っていた。
唯「ねぇ朋也、美白にしちゃう?」
朋也「いや、普通でいってくれ」
唯「美白朋也もみてみたかったなぁ~」
朋也「俺は黄色人種でいいよ」
唯「お、アジア人の鏡だね」
朋也「だろ?」
唯「うん、あはは」
ガイド音声が流れ、撮影に移行したことが知らされた。
唯は俺の隣に立ち、寄り添うように腕を絡めてきた。
俺も枠に収まりきるよう、体をくっつけた。
少し照れくさい。カメラで映し出された俺の顔は、なんとも締まりがなかった。
朋也(む、いかん…)
キリッと表情を作る。だが、それだと怒っているように見えた。
自分の生まれ持った仏頂面が恨めしい。こういう時の微調整が難しいのだ。
一方、唯の方はいつも通りのにここやかな人懐っこい笑顔だった。
631:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:04:33.75:jpDSDOMkO
朋也(俺も合わせなきゃな…よし…)
俺の必死な試行錯誤が始まった。
そうこうしている内に、何度か撮られる。
次に、今撮った画像データが表示され、編集する一枚を選ぶよう促された。
唯「これでいい? 朋也が一番自然に笑ってるよね」
そう、その一枚以外は表情がぎこちなかったり、睨んでしまったりしていたのだ。
朋也「そうだな、それにしてくれ…」
唯「じゃ、これにするね」
選択すると、隣の落書きスペースへ向かった。
―――――――――――――――――――――
唯「ふんすっ、ふんすっ」
朋也「なにやってんの」
唯「ハートスタンプいっぱいつけてるんだよ」
朋也「そっか…」
唯の方のタッチパネルを見てみる。もうかなりの数がふたりの周りにあった。
朋也「でも、もうそろそろいいんじゃないか、ハートもさ」
632:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:05:07.51:+UZ/pLeq0
唯「そうだね、このくらいにしとこうかな」
ペンを置く。
唯「あれ? 朋也はなにもしないの?」
朋也「ああ、俺は別に」
唯「じゃ、そっちも私がやっていい?」
朋也「ああ、いいけど」
唯「やったっ」
俺の側にあったペンを取り、嬉々としてパネルと向かい合った。
今度はネタに走ったようで、当て字で『愛死手瑠(あいしてる)』などと書き込んでいた。
―――――――――――――――――――――
空がオレンジ色に染まる中、俺たちは帰り道をゆっくりと歩いていた。
唯「えへへ~」
ゲーセンを出てからも、唯はずっとシールを眺めていた。
唯「どこに貼ろうかなぁ…携帯に貼っとこうかな…あ、ギー太もいいかもっ」
朋也「あんまり目立つとこはやめとこうぜ。バレたらことだしな」
唯「私たちが付き合ってること?」
633:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:06:43.28:jpDSDOMkO
朋也「ああ」
唯「もう言っちゃおうよ。公言して回ろうっ。そしたら、朋也の浮気防止にもなるし」
朋也「そんなことする予定ないから、しなくていいって」
唯「朋也にその気がなくても、女の子の方から、好き~ってくるかもしれないでしょ」
朋也「そんなこと一度もなかったし、もしこれからあったとても絶対断るよ」
唯「ほんとかなぁ? 朋也、可愛い女の子に弱いからねぇ…」
朋也「そうだな。だから、逆に信用できるだろ? おまえが一番可愛いと思ってるからな、俺は」
唯「…えへへ、ありがとう」
小首をかしげて、照れたように微笑む。
結果的に口止めを続行させることに成功していた。
今度からなにか言いくるめようとする時は、こういう手を使っていこうと、そう思った。
―――――――――――――――――――――
唯「あ、そうだ。憂にお土産買って帰ってあげなきゃ」
もうそろそろ平沢家に帰り着こうかというころまでやってくると、思い出したようにそう口に出した。
朋也「って、もうとっくに町なかから離れちゃったぞ」
唯「大丈夫、お土産はパンにするつもりだったから」
634:脱字:2010/09/26(日) 07:09:01.55:jpDSDOMkO
朋也「そんなこと一度もなかったし、もしこれからあったとしても絶対断るよ」
635:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:09:47.21:+UZ/pLeq0
朋也「コンビニかなんかか」
唯「ううん、行きつけのパン屋さんがこの近くにあるんだ。朋也も来る?」
朋也「ああ、いくよ。最後までおまえを送っていきたいしな」
唯「えへへ、そっか。じゃ、いこうっ」
朋也「ああ」
―――――――――――――――――――――
朋也(ここか…)
公園のすぐ正面。一軒のパン屋があった。『古河パン』と看板にある。
朋也(すっげー地味な店…)
ガラス戸は半分閉じられていたが、中からは煌々とした明かりが漏れている。
まだ営業中のようだった。
にしても、入りづらい佇まいである。常連客以外が、訪れることがあるのだろうか?
俺がパンを求める客であったなら、遠くても別のパン屋を探すだろう。
唯「こんばんはぁ~」
でも今は唯について来ているのだから、ここに入るしかない。
戸の敷居を跨いで、中に踏み入る。
―――――――――――――――――――――
637:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:11:01.95:jpDSDOMkO
唯「あれぇ…」
誰もいなかった。
唯「早苗さぁ~ん、アッキ~」
声をかける。
それでも返事はなかった。
朋也(留守なのか…だとしたら、取られ放題だぞ…)
俺は棚に並べられたパンに目を向ける。
朋也(かなり残ってるな。どうするんだろ、これ…)
こんな遅い時間だというのに、トレイには大量のパンが並べられていた。
見た目はうまそうだ。
声「こんばんはっ」
いきなり背後で声。
驚いて振り返ると、ひとりの女性がすぐ近くに立っていた。
エプロンをしているところを見ると、きっと店員なのだろう。
唯「あ、早苗さんっ」
早苗「あら、唯ちゃん。今日はどうしましたか」
この人が昼に唯の口から出てきていた例の『早苗さん』なのか…。
若く、とても綺麗な女性だった。
639:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:11:41.69:+UZ/pLeq0
唯「パンを買いにきたんだよ」
パン屋に来るのにそれ以外の理由があるんだろうか。
早苗「そうでしたか。でも、代金は結構ですよ。全部、余り物ですから」
唯「ほんとに? やったぁっ」
そんなことで、この店の経営は大丈夫なんだろうか…。
唯「じゃあ、早苗さんの今週の新商品がいっぱいほしいなぁ」
早苗「どうぞ、持っていってください、私の『パン・インザ・パン』」
唯「今回のはどんな感じなの?」
早苗「パンの中に、さらにもうひとつ小さいパンが入ってるんです」
早苗「もちろん、どちらも同じ味ですよ」
それは二重にする意味があるのか…?
唯「おもしろいねっ」
早苗「私も自信があったんですけど、なぜかひとつも売れなくて…少し落ち込んでたんです」
唯「大丈夫だよ、私は早苗さんのパンが素ですごく好きだから」
早苗「いつもいつも、ありがとうございます、唯ちゃん」
641:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:14:02.01:jpDSDOMkO
唯「えへへ」
早苗「ところで…」
俺を見る。
早苗「こちらのかっこいい男の子は、もしかして唯ちゃんのボーイフレンドですか?」
唯「実はねぇ…その通りなんだ」
早苗「まぁ…唯ちゃんも、やりますねっ」
唯「えへへ~、そうでしょ~」
ピースサインを作ってみせる唯。
早苗「お名前、教えてもらってもいいですか?」
俺に向き直り、そう訊いてきた。
朋也「岡崎っす」
早苗「私は、古河早苗といいます。よろしくお願いしますね」
朋也「ああ、はい、こちらこそ…」
早苗「それで、岡崎さん」
朋也「はい」
642:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:14:35.80:+UZ/pLeq0
早苗「唯ちゃんと、末永くお付き合いしてあげてくださいね。すごくいい子ですから」
朋也「はぁ…」
憂ちゃんに言われたこととほとんど被っていた。
だが、この人からはなにか母親のような、そんな包容力が感じられた。
そこが憂ちゃんと唯一違う点だった。
こんなに若いのに、そう思えてしまうのは、大人の落ち着きと、この人の持つ温かい雰囲気からだろうか。
ならきっと、憂ちゃんも成長すればこの人のようになれるだろう。
あの子も似たような資質を持っているのだから。
声「あーっ! てめぇはぁっ!」
朋也「あん?」
聞き覚えのある声。振り返ると、今度は目つきの悪い男が立っていた。
そう、その男とは…
秋生「きのう俺様が買ったエロ本を物欲しそうな目で眺めてた小僧じゃねぇかっ」
あのオッサンだった。
朋也「んなことしてねぇだろっ」
秋生「女々しいぞてめぇっ! そうまでして無垢な少年を演じてぇのか、こらっ」
早苗「秋生さん、そういう本を買ってたんですか?」
秋生「しまったぁあああああああああっ!」
643:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:15:53.53:jpDSDOMkO
秋生「早苗、好きだ」
早苗「はい、私も好きですよ」
ものすごいごまかし方だった!
朋也(つーか、このふたり、夫婦かなんかなのかな…)
そう見えなくもない。というか…多分、そうなんだろう。
この店の名前が古河パンで、早苗さんの苗字も古河。
そして、このオッサンのサバゲーのチーム名も古河ベーカリーズだった。
これはもう、入籍していると見て間違いない…と思う。
唯「やっほ、アッキー」
朋也(アッキー?)
ということは…このオッサンが唯と小さい頃遊んでいた人物だったのか…。
なぜか、小さい子供と一緒になってはしゃぐこの人の姿が容易に想像できてしまった。
それはやっぱり、この人もまた子供のような振る舞いを平気でしてしまえるからなんだろう。
秋生「お、唯じゃねぇか。どうした、道に迷って家に帰れなくなったのか」
唯「そんなわけないでしょ~、いくら私でもこんなご近所さんじゃ迷えないよ」
秋生「じゃあ、なんだ、あれか…冷やかしか、おいっ!」
唯「違うってぇ。ちゃんと買いに来たんだよ」
秋生「おー、そうかそうか。じゃあ、早苗のパンを買っていけ。おまえ、好きだろ」
644:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:16:15.10:+UZ/pLeq0
唯「うん、大好きっ」
秋生「よしよし、いい子だ。おまえくらいのもんだからな、自ら舌に過酷な負荷を与える奴なんて」
早苗「あの、どういう意味でしょうか」
秋生「早苗、愛してるぞ」
早苗「ありがとうございます。私も、秋生さんが大好きですよ」
ごまかしたということは…早苗さんのパンは、この店に並ぶパンの中での地雷なんだろうか。
そういえば、唯も創作サンドイッチで妙な物を作って、早苗さんを参考にしたような旨の発言をしていた。
つまりは、そういうことなんだろう。
唯「ていうかさ、アッキーと朋也って知り合いなの?」
秋生「ああ、きのうこいつがエロ本強盗しようとしてたところを、俺様が踏みとどまらせてやったんだ」
朋也「って、んな根も葉もない嘘をつくなっ! そもそもエロ本を買ってたのはあんたのほうだろっ」
秋生「シャラーーーーーーーップ! あれはただの参考書だっ!」
早苗「秋生さん、お勉強するんですか?」
秋生「ああ、俺はインテリになる。そして、この古河パンを全国チェーンで展開できるまでに発展させるんだ」
早苗「それは、すごいですねっ。頑張ってくださいっ」
秋生「ああ、任せろ。がーはっはっは!」
647:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:17:38.83:jpDSDOMkO
なんなんだろう、この人たちは…。
あまり関わり合いになってはいけない気がする…。
朋也「おい、唯。さっさと選んで帰ろうぜ」
秋生「こら、小僧っ! なに下の名前呼び捨てしてやがるっ」
早苗「秋生さん、この岡崎さんという方は、唯ちゃんのボーイフレンドなんですよ」
秋生「なにぃいいいいいっ!? 許さんぞっ! こんなウジ虫なんかにうちの娘はやらんっ!」
唯「って、私はアッキーの子供じゃないでしょ」
秋生「ん、そういえば、そうだった時期もあるな」
なぜ反抗期のように言うのだろう。
唯「アッキーの本当の子供は、渚ちゃんじゃん」
秋生「ああ、そうだな…そうだよな…」
早苗「秋生さん、渚が進学してこの町を出てしまったものだから、寂しがってるんですよ」
早苗「だから、唯ちゃんが娘だったらっていう願望が出ちゃったんですよね」
唯「へぇ、そうなんだ、アッキー?」
秋生「ん、まぁ確かにそういう事情もあるが…」
秋生「そうじゃなくても、俺はおまえを我が子のように思ってるけどな。もちろん憂もだが」
648:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:17:41.19:chJAvP+K0
渚がでるのかドキドキする
649:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:18:27.11:+UZ/pLeq0
早苗「私も、そう思ってますよ」
唯「えへへ、ありがとう。私もふたりを本当の両親みたいに思ってるよ」
唯「うちのお父さんとお母さんはお仕事で家にいないことが多かったから、小さい頃からお世話になってるもんね」
秋生「そうだな。俺もよくおまえのオシメを替えてやったもんだぜ」
唯「そこまではしてもらってないよね…幼稚園の頃くらいからだから」
秋生「ま、それくらいに思えるほど長い付き合いだってこった」
唯「そうだね。渚ちゃんにも、ずっと遊んでもらってたしね」
唯「もう、私と憂にとっては、本当のお姉ちゃんだよ、渚ちゃんは」
お姉ちゃん…年上か? なら、確実に高校は卒業している年齢のはずだ。
それが娘だというこのふたり…とてもそうは思えないほど若く見える。
早苗さんなんか、制服を着れば今でも女学生といっても通用するくらいなのに…。
にわかには信じられない…。
秋生「渚のやつも、おまえら姉妹を本当の妹のように思ってるぞ」
秋生「おまえらが志望校に合格できたってわかった時は、自分の時より喜んでたからな」
秋生「力有り余って、あの地獄のようなだんご大家族ラッシュで祝ってたしな」
唯「ああ、あれはすごかったよね」
その時のことを思い出したのか、三人とも笑い出していた。
650:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:19:44.52:jpDSDOMkO
なんだか俺一人が蚊帳の外で、少しだけ寂しかった。
唯「それで、渚ちゃんは今元気?」
秋生「ああ、何事もなく楽しい女子大生ライフを送ってるみてぇだ。近況報告の手紙に書いてあった」
唯「そっか…よかった。渚ちゃん、病気がちだったからね」
秋生「そうだな…原因不明だったせいで、治療のしようがなかったからな…」
秋生「だが、定期的に起きてた発熱が、ある時を境に全く無くなって、そこからだな。あいつが元気になっていったのは」
秋生「っとに、気まぐれすぎるぜ、神様ってのはよ…」
言って、くわえタバコをくゆらせた。
秋生「ま、それはいいとして…パンだったな」
店内を見渡す。
秋生「好きなもん好きなだけ持っていけ。どうせ売れ残りだ。この後近所にさばく予定だったからな」
秋生「ただし小僧、てめぇは有料だ。倍額で買ってけ、こらっ」
朋也「いらねぇっての。つーか、一割引きしてくれるんじゃなかったのかよ」
秋生「なんでおまえなんかに割り引いてやらにゃならねぇんだっ! そんな筋合いはねぇっ!」
朋也「サバゲーで負けて、自分から言い出したんだろうがっ」
651:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:20:11.98:+UZ/pLeq0
秋生「ふははは! あんな口約束信じるとは、やはりただの小僧だな」
理不尽すぎる大人だった。
―――――――――――――――――――――
唯「朋也って、アッキーと仲いいんだね」
パン屋を出ると、唯がそう言って話しかけてきた。
その胸には、いっぱいになった紙袋を抱えている。
俺も同じように両手が塞がっていた。
朋也「どこがだよ…」
唯「私にはそうみえたけどなぁ。それに、なんかふたりとも似てるし」
朋也「嘘だろ…俺、あんな感じなのか?」
唯「みかけのことじゃないよ? なんていうか、中身的な感じでね」
朋也「そっちのが俺はショックだぞ…」
唯「なんで? いいじゃん、アッキー」
朋也「いや、まだ数回会っただけだからどうかしらないけどさ…どう考えても俺のキャラじゃないだろ」
唯「でもさ、アッキーが早苗さんをごまかす時の方法とか、朋也のごまかし方とそっくりだよ」
唯「前に私、朋也に耳元で好きって言われ続けて、許しちゃったことあったもん」
652:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:22:22.14:+UZ/pLeq0
あれか…。確かに身に覚えがあった。
朋也「…それは、俺があのオッサンに似てるんじゃなくて、おまえが早苗さんに似てるんだ」
唯「あ、その言い訳の仕方もなんか似てる」
朋也「そんなわけない。あんまり言うと、このパンがどうなるかわかってるのか」
唯「今のもそっくりだよ」
朋也「くそ、マジかよ…」
唯「もう認めちゃいなって」
朋也「いやだ」
唯「あはは、頑固だなぁ、朋也は」
あんなオッサンと同類なんて冗談じゃない。
………。
けど…なぜだろう、そう言われ、俺は不思議な感覚にとらわれていた。
古河パンという空間、そして、早苗さんとオッサン…それに、渚という子。
なにか心の奥底で引っかかるものがあった。
昔…遠い昔に、俺は誰かのために頑張っていて…充実した温かな日々を送っていた気がする。
そんなこと、年齢から考えても絶対にありえないのに…なぜか実感としてあった。
そして、その最後。とても悲しいことがあって、俺は耐え切れなくて…
どうなってしまったんだろう。ぼんやりと浮かんでくるのは後悔の念だった。
なんなんだろう、この不安は。胸の痛みは。
朋也「唯…」
653:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:23:31.39:jpDSDOMkO
俺はたまらなくなって、その名を口に出した。
唯「ん? なに?」
いつもと変わらない様子で返してくれる。
そんなありふれたことだけで、俺は平静になれた。
朋也「好きだよ」
唯「え!?…う、うん…私も」
不意打ちになってしまったようで、少し動揺していた。
そんな慌てぶりが可笑しくて、思わず笑ってしまう。
唯「あ、もう…なんで笑うのっ」
朋也「いや、おまえが可愛いからつい」
唯「意味わかんないっ」
そっぽを向かれてしまった。それでも、俺はずっと笑顔でいられた。
そして、切に思う。
こんな温かな日々を。どうかいつまでも…俺にください。
―――――――――――――――――――――
654:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:24:13.90:+UZ/pLeq0
5/10 月
唯「おはよぉ、朋也」
憂「おはようございます、岡崎さん」
朋也「おはよ」
憂「うふふ…」
憂ちゃんが俺を見ながらこらえ笑い。
朋也「うん? なんだよ、憂ちゃん」
憂「ふふ、きのうはすごくラブラブなデートだったみたいですね」
憂「お姉ちゃんから見せてもらいましたよ、プリクラ」
唯「えへへ、つい自慢したくなっちゃってねぇ」
朋也「そっかよ…なんか恥ずかしいな…」
憂「岡崎さんもすごくいい笑顔で写ってましたよね」
朋也「それなりに頑張ったんだよ」
憂「あはは、岡崎さん、普段はクールですもんね」
その表現はきっと、『無愛想』を最大限に持ち上げてくれたものなんだろう。
655:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:25:25.95:jpDSDOMkO
朋也「まぁ、あんなさわやかな笑い方はしないかな」
憂「それだけレアだったんですよね。あーあ、私も生で見たかったなぁ~」
朋也「そっか? じゃあ…」
前髪をさらっとかきあげる。
そして、笑顔で目を細めながら…
朋也「憂ちゃん」
切なげにその名を呼んだ。
憂「岡崎…さん」
憂ちゃんの表情にとろんと酔いが帯びる。
朋也「憂ちゃん…いや、憂。俺は君のためにずっと笑い続けていたい。そうしてもいいか?」
憂「うん…私、そうしてほしいよ…朋也…」
今、二人だけの世界が形作られていた。
唯「って、なに目の前で浮気してるの!? だめぇーっ!」
間に割って入ってくる唯。
ふたりで作り上げた甘い空間が音を立てて崩れていった。
朋也「ああ…もったいねぇ…」
656:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:25:56.20:+UZ/pLeq0
唯「なにがもったいないっていうのっ! 馬鹿朋也っ」
朋也「いや、俺と憂ちゃんのラブロマンスが始まろうとしてたじゃん、今」
唯「だから邪魔しに入ったんですけどっ」
憂「お姉ちゃん、怒っちゃやだよ?」
唯「憂も、悪ノリしちゃだめっ」
憂「てへっ」
舌をぺろっと出していた。憂ちゃんにもこういうところがあるのか…。
どことなく唯っぽい。やはり、なんだかんだいっても血の繋がった姉妹なのだろう。
唯「朋也、なんでいつも憂にはすごく尽くしてあげるの? もしかして…」
朋也「ああ、その通り。俺は憂ちゃんが大好きだ」
憂「ありがとうございますっ。私も岡崎さんが大好きですよ」
朋也「憂ちゃん…」
憂「岡崎さん…」
見つめあう。
唯「うぅ…もういいよっ、ふたりともきらいっ」
早足で先に進んでいく唯。
657:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:27:13.83:jpDSDOMkO
憂「あ、待ってよぉ、お姉ちゃ~ん」
それを憂ちゃんが追っていく。いつも通りの、ちょっと騒がしい朝の光景だった。
ちなみに、この後俺は唯の許しを得る代償として、五本分のアイスを奢る契約に判を押してしまっていた。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
澪「いよいよ今週末だな」
律「ん~? なにが」
澪「なにがって、創立者祭に決まってるだろ。どうやったらそんな大事なことが頭から抜け落ちるんだ」
律「ちゃんと覚えてるよ。ただ、私の携帯も週末に機種変しにいくつもりだったから、それとどっちかなと」
澪「おまえの予定なんて知らないからな…」
春原「ムギちゃん、当日は僕とふたりっきりで模擬店みてまわろうね」
紬「えっと…ごめんなさい、その日は体調がすこぶる悪いの」
春原「すがすがしいほどわかりやすい仮病っすかっ!?」
律「わははは!」
658:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:27:40.65:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
その日の放課後。軽音部では、ティータイムもほどほどに、すぐさま練習が始まっていた。
追い込みというやつなのだろうか。皆、表情が本番さながらの真剣さだった。
こいつらのそんな姿を初めて見たのは、4月にあった新勧ライブのあたりだった。
あの頃はその場にいることさえ常に違和感がつきまとっていたのに…今はどうだ。
すっかり馴染んでしまい、演奏を聴きながら、のんきに茶なんかすすってしまっているではないか。
本当に…こんな風になるなんて、考えもしなかった。
世の中、なにがどうなるかわからないものだ。
朋也(ふぅ…)
俺は湯飲みを手に取った。そして、一度喉を潤す。
朋也(創立者祭か…)
例年通りに過ごすなら、朝の出欠だけ出て帰るのだが…
今年はそういうわけにもいかない。もちろん、軽音部の手伝いがあるからだ。
それに、俺は唯と一緒にこのイベントを楽しんでみたかった。
まぁ、ふたりっきりというわけにはいかないだろうが…それでもだ。
春原「おい、岡崎」
後ろから春原の声。振り返る。
朋也「なんだよ」
659:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:28:43.93:jpDSDOMkO
春原「○×ゲームしようぜ」
ペンを持ち、ホワイトボードをこんこんと叩いている。
春原「僕の神の一手をみせてやるよ」
朋也「やらねぇよ。ひとりで詰め○×ゲームでもやってろ」
春原「んだよ、ノリ悪ぃなぁ…ま、いいけど」
きゅぽん、とキャップを外す。そして、おもむろに落書きを始めた。
どうやら部長の似顔絵のようだ。
原型をとどめていないくらいにぐちゃぐちゃだったが、注意書きされていたのでなんとかわかった。
きっとまた、それを見た部長が怒って、春原と一騒動あるのだろう…ぼんやりと思った。
―――――――――――――――――――――
660:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:29:16.08:+UZ/pLeq0
5/15 土
火、水、木、金と過ぎ、創立者祭前日の土曜。
今日は午後から、体育館と講堂で明日のリハーサルが行われる。
三年のほとんどは真っ直ぐ帰宅することになるが、その他の生徒は昨日に引き続き明日の準備に入る。
学祭のような催しに、合計して一日分しか準備時間を割かないというのが実に進学校らしい。
和「ふぅ…」
律「お疲れだなぁ、和」
澪「生徒会、すごく忙しそうだもんな」
和「ええ、まぁね…」
創立者祭は生徒会主導らしく、真鍋は昨日から各種業務に追われ奔走していた。
それはもう、昼食をゆっくり食べる時間さえまともに取れないほどに。
和「ん…」
腕時計を見る。
和「もうこんな時間…そろそろいかないと」
言って、弁当を片して席を立った。
和「また後でね」
律「おう」
661:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:30:28.87:jpDSDOMkO
唯「頑張ってね、和ちゃん」
和「あんたたちもね」
―――――――――――――――――――――
律「んじゃ、リハ行くか」
昼を済ますと、俺たちはそのまま部室へやってきた。
これから機材の搬入が始まるのだ。
律「あんたらは重いもの持ってくれよ」
朋也「ああ、わかってるよ」
春原「へいへい」
がちゃり
さわ子「ん…まだみんないるわね」
唯「あ、さわちゃん」
さわ子「ふふふ、今回のステージ衣装を持ってきたわよ」
その両腕にはケースが5段重ねで抱えられていた。
律「今週全然来ないと思ってたら…それ作ってたの?」
さわ子「ん~、ちょっと違うわね。確かに、衣装を作ってたっていうのもあるけど…」
662:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:30:52.08:+UZ/pLeq0
さわ子「主な原因は、新しく出来た合唱部の面倒をみてたことかしらね」
紬「え? 合唱部、できたんですか?」
さわ子「ええ。二年生の子が新しく部を作るために4人集めてね。あなたたちと似てるでしょ?」
律「あー、確かに。思い出すなぁ~…私たちは廃部になりかけてたところをギリで防いだんだよな」
唯「私という逸材が入ったことで救われたんだよね」
律「なにが逸材だよ、ハーモニカ吹けますとかハッタリかましてきたくせに」
唯「てへっ」
さわ子「ま、それで、技術指導を頼まれてしばらく出張してたのよ」
律「指導って、それ顧問の仕事じゃないの?」
さわ子「いろいろ事情があって、担当顧問は幸村先生がされてるんだけど…」
さわ子「先生、もともとは演劇部の顧問をされてらしたから、細かい技術面の指導はしてあげられないのよ」
あの人が演劇部の顧問…知らなかった。それほど活動が慎ましい部だったのだろう。
春原「あのジジィに大声出させたら、すぐに天からお迎えが来ちゃいそうだもんね」
さわ子「失礼なことを言わないっ」
ぽかっ
663:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:32:13.77:jpDSDOMkO
春原「あでぇっ」
紬「でも、ちゃんと活動できてるんですよね?」
さわ子「ええ、もちろんよ」
紬「そうですか…よかった」
律「そういや、ムギは最初合唱部志望だったんだよな」
春原「マジで? ムギちゃんが合唱って…それ、もう天使じゃん」
律「あー、はいはい、そうですね」
唯「でも、一年生の頃はまだ合唱部がなくてよかったよね。ムギちゃん取られちゃうなんて絶対いやだもん」
澪「そうだな。ムギは作曲もしてくれるし、放課後ティータイムに欠かせない存在だからな」
律「菓子も紅茶も用意してくれるしなっ」
澪「おまえは即物的すぎて嫌なやつに見えるな」
律「え、マジ? いや、でもそれだけじゃないぞ? もちろんムギの存在自体が必要だって思ってるよ」
紬「ふふ、ありがとう、みんな」
さわ子「ま、合唱部の話はさておき…はい、みんなどうぞ」
部員たちにケースを配る。
664:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:32:44.80:+UZ/pLeq0
さわ子「あら、梓ちゃんは?」
律「多分クラスの出し物関連で時間食ってるんじゃないの」
さわ子「そ。じゃあ、これはあとで渡しましょうかね」
言って、中野の分であろうケースを机に置いた。
朋也(ん?)
よくみると、そのケースには文字が書かれていた。
『かめしいくがかり』とある。
律「で、これなに? 『かちゅーしゃ』とか書いてあるんだけど」
紬「私のには『とだりゅうななだいめ』って書いてあるわ」
澪「私のは…うぅ…」
律「『しまぱん』って書いてあるな、澪のは」
唯「私は『うんたん』だけど…これ…もしかして…」
さわ子「ふふ、唯ちゃんは知っているようね。そうよ、その通りよ。開けてみなさい」
唯「うん」
ケースを開けて出てきたのは、近未来を思わせる皮製の真っ黒な全身スーツだった。
俺もよく知っているそのデザイン。それはまさしく…
665:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:34:54.26:jpDSDOMkO
唯「やっぱり、フンススーツだっ」
春原「うお、すげぇっ」
さわ子「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」
律「なんだよ、フンススーツって…」
唯「りっちゃん、FUNSZU知らないの?」
律「知らないけど」
唯「FUNSZUっていうのはね、星人との生き残りをかけた戦いを描いた物語なんだよ」
律「星人? 火星人とかそんなあれか?」
唯「う~ん、なんていうか、地球外生命体のことかな。プレデターとかエイリアンみたいな」
律「ふぅん…」
唯「それでね、このスーツを着ると体がすっごく強くなって、人間でも星人と互角に戦えるようになるんだよ」
律「へぇ…それでなんかSFチックなのか、これ」
スーツをつまみ、眺めながら言う。
さわ子「唯ちゃん、ちょっと物置で着替えてきなさい」
唯「はぁ~い」
666:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:35:26.92:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
唯「どう? かっこよくない?」
スーツを身にまとった唯が戻ってくる。
そのぽわぽわした顔に戦闘服はミスマッチかとも思ったが…意外にアリかもしれない。
律「おお、確かに、かっこいいなっ」
紬「うん、いい感じ」
さわ子「絶対ウケるわよ、これ」
澪「でも…なんかピチピチしすぎてませんか?」
さわ子「大丈夫よ。澪ちゃんスタイルいいし、ボディラインがはっきり見えても問題無いわ」
澪「いえ、そういうことじゃなくて…」
律「あたしこれ着るわ」
紬「私も~」
澪「って、ちょっと待て、本気か? これ、絶対暑いぞ」
唯「けっこう涼しいよ?」
さわ子「その辺のことも考慮して、通気性がよくなるようにちょっと構造をいじってあるのよ。私のオリジナルでね」
667:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:36:47.40:jpDSDOMkO
澪「で、でも…」
律「なんだよ、澪。着ないつもりか? ひとりだけ普通だと、逆に浮いちゃうぞ」
澪「だ、だって、恥ずかしいし…」
律「いいから、着とけよ。これ着れば、こけてもパンモロしないですむぞ?」
澪「な、そ、そんなの気をつけてればいいだけの話だろっ。っていうか、梓も着たがらないと思うんだけどっ」
律「あいつは事後承諾でいいんだよ。後輩だし」
澪「そんな理不尽なことが許されるものかっ」
律「なんだその口調は…。まぁ、ともかく、ムギ。あたしらも着替えてこようぜー」
紬「うんっ」
澪「あ、ちょっと…」
律「諦めろ、澪。多数決的にもこれで決まりだ。唯も着る気まんまんだしな」
唯「いぇ~い」
澪「うぅ…でも…でも…」
律「みんな一緒の衣装で、結束力を固めようぜ? 同じ放課後ティータイムの一員としてな」
澪「…放課後ティータイムの…一員…?」
668:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:38:24.84:jpDSDOMkO
律「ああ、そうだ。私たち、仲間だろ?」
澪「うん…」
律「だからさ、おまえも来いよ。一緒に着替えようぜ?」
澪「…う、うん…わかった」
部長の口車に乗せられ、一緒に物置へと連行されていた。
春原「ねぇ、さわちゃん。僕もスーツ欲しいんだけど」
さわ子「あんたは着ても意味ないでしょ。エリア外に出てすぐ頭吹き飛ぶんだから」
春原「スーツ着てるのにそんな初歩的なミスで死ぬんすかっ!?」
朋也「まぁ、おまえは最初からエリア外に転送されてるからな」
春原「なんで僕だけ詰んだ状態から始まるんだよっ!」
朋也「カタストロフィの余波だな」
春原「納得いかねぇえええっ!」
―――――――――――――――――――――
人の行き交いの激しい昇降口を抜け、俺たちは講堂に向けて機材を運んでいた。
澪「うぅ…やっぱり目立つなぁ、この格好…」
670:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:47:08.55:+UZ/pLeq0
確かに…ここにくるまでにどれだけの注目を集めてきただろうか。
すれ違った生徒なんかは総じて興味津々な様子で振り返っていたのだ。
中にはこのスーツにピンとくる奴もいたようで、そんな連中は訳知り顔でにやにやとしていたが。
唯「気にしちゃダメだよ、フンスッ」
律「そうだぞ、フンスッ」
紬「頑張って、澪ちゃん、フンスッ」
澪「なんでそんなに気丈でいられるんだよぉ…」
―――――――――――――――――――――
和「…まぁ、なんていうか、けったいな格好ね」
唯「かっこいいって言って欲しいなぁ」
律「そうだそうだぁ」
和「澪も、よくそんなの着ようと思ったわね」
澪「深い事情があったんだ…しょうがなかったんだ…私の真価が試されていたんだ…」
ぶつぶつと呪文のようにつぶやく。
和「そ、そう…とりあえず、順番が来たら呼ぶから、それまで待機しててちょうだい」
―――――――――――――――――――――
671:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:48:44.89:jpDSDOMkO
舞台袖に荷を下ろし、観客席側に出る。
壇上では、白いスクリーンが用意されていて、そこに映像が映し出されていた。
なに部かは知らないが、映像の調子を見ているようだった。
声「すみません、遅れましたっ」
唯「あっ、あずにゃんだ」
見ると、楽器を背負い、こっちに向けて小走りで駆けて来るところだった。
梓「準備が忙しくて、なかなか抜け出せなくて…すみませんでした」
梓「搬入も、もう終わっちゃってますよね…?」
澪「ああ。けど、しょうがないよ。一、二年生は大変だもんな、この時期は。だから、気にするな」
梓「は、はい…」
梓「………」
梓「えっと…それで、みなさんが着てるそれは一体…?」
澪「う、こ、これは…」
唯「ライブの衣装だよ」
梓「え? マジですか?」
律「超大マジだよん」
672:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:49:26.70:+UZ/pLeq0
梓「そんな…澪先輩まで…」
澪「梓…これは試練なんだ。放課後ティータイムの絆が問われているんだ」
中野の肩をがしっと掴み、力強く語りだす。
梓「は、はぁ…」
澪「だから、梓…おまえも本番ではこれを着るんだ。いいな?」
梓「は、はい…わかりました…」
その有無を言わせない迫力を前にして、首を縦に振るしかないようだった。
和『合唱部の方、次なので準備をお願いします』
拡声器を使った声が届いた。
すると、端の方に腰掛けていた女の子たち4人が、そろってステージの方に歩いていった。
梓「あれ…うちの学校って合唱部ありましたっけ」
紬「新しくできたのよ。それも、一から部員を集めて、顧問の先生まで見つけてね」
674:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:51:48.00:+UZ/pLeq0
梓「へぇ…すごいですね」
合唱部のリハーサルを俺たちは見届ける。
上手いとか下手とか俺にはわからない。
けど、間違いなく心は動かされた。
それは聴く前と、聴いた後の気分が違っていたのだから間違いない。
それを感動と呼ぶのは簡単な気がしたけど、でも、きっとそうなのだと思う。
続けて、軽音部が呼び出された。
律「うし、いくかっ」
唯「おーうっ」
澪「うんっ」
紬「やってやるですっ」
梓「って、それは私が言おうと思ってたのに…ひどいです…」
気合が入ったのか入ってないのかよくわからない号令をもって、歩き出す。
俺と春原はそれを見送った。
我が軽音部の、誇らしい部員たちを。
―――――――――――――――――――――
675:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:52:35.70:+UZ/pLeq0
5/16 日
迎えた創立者祭当日。この日は通例、朝のHRで出欠だけ取ると、すぐさま自由時間となる。
それからは、ほとんどの生徒は遊びに出ることができるのだが…
発表を控えた文化系クラブの面々はそういうわけにはいかなかった。
午前中に組まれたプログラムに備えて、準備を始めなければならないのだ。
当然、軽音部の部員たちもそんな連中の側にいた。
だが、その発表順には少し余裕があったため、浮いた時間を最後の調整に充てることができたのだ。
朋也「………」
部屋中に音が鳴り響く中、俺は窓の外を見ていた。
立ち並ぶ模擬店の前にはどこも人だかりができている。
一般解放もしているため、私服で訪れている人も多く見受けられた。
それもあってか、かなり混雑しているようだった。
生徒会の人間とおぼしき連中が交通整備をやっているのが見える。ご苦労なことだ。
澪「よし…」
演奏が止む。
澪「このくらいにして、そろそろ講堂入りしとこう」
律「だな。おーい、おまえら、仕事だぞ」
春原「ふぁ…すんげぇ眠いんですけど…」
律「んとに緊張感ねぇなぁ、おまえは」
春原「だって、こんな早くに来るなんて平日だってないぜ? しかも日曜だし…」
676:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:53:51.78:jpDSDOMkO
律「しっかりしろよ。運んでる最中に落とされでもしたら困るからな」
春原「そんときゃ、ドンマイ」
律「なにがドンマイだ、アホっ! おまえの生死は問わないから身を挺して守れっ」
春原「やだよ。僕のビューテホーな顔に傷がついたらどうすんだよ」
律「最初から5、6発いいのもらったような顔してるから変わんねぇよ」
春原「あんだとっ!?」
くわっと目を見開く。
怒りが引き金となり、すっかり覚醒してしまったようだ。
―――――――――――――――――――――
搬入が終わり、後は出番を待つだけとなった。
俺と春原は軽音部の連中を舞台裏に残し、客席に下りていた。
椅子に腰掛け、映研が上映する短編映画をそれとなく観賞していたのだが…
物語もすでにクライマックスに差し掛かっていたようで、すぐに幕が閉じていった。
照明が戻り、観客の出入りがせわしく始まる。
声「よっ、ふたりとも」
そんな煩雑とした中、横から声をかけられた。
朋也「ん…」
振り返る。
677:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:54:19.56:+UZ/pLeq0
春原「お、ようキョン」
キョン「よ」
キョンだった。
春原にぴっと片手を上げて返し、その隣に腰掛ける。
キョン「えーと…」
座るなり、パンフレットを開くキョン。
キョン「軽音部は次の次なんだな」
朋也「ああ、そうだけど…なんだ、ライブ目当てか」
キョン「まぁな。一度関わっちまった手前、興味湧いたからな」
朋也「そっか」
春原「つーかさ、おまえ、ひとりなの?」
キョン「ああ、そうだが」
春原「ハルヒちゃんはいいのかよ。ふたりで見回らなくてさ」
キョン「なんで俺がわざわざあいつと…」
春原「んなこと言ってると、他の男に取られちゃうぜ?」
春原「今日は他校の男共もナンパ目的でかなり来てるからな」
679:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:55:29.29:jpDSDOMkO
春原「ハルヒちゃん可愛いし、絶対狙われるぞ」
キョン「そんなことは俺の知ったことじゃない」
春原「へっ、こいつはまた…強がんなって」
キョン「強がってない」
春原「んじゃ、僕が口説きにいってもいいのかよ?」
春原「こんな周りが浮き足立ってる時に僕の巧みな話術展開しちゃったら…一瞬で落ちるぜ?」
キョン「好きにしてくれ」
キョン「まぁ、あいつは今日イベント打ってて忙しいから、相手にしてもらえるかどうかはわからんがな」
朋也「おまえらのクラブもなんかやってんのか?」
キョン「ああ。俺は詳細を伝えられてないんだが…」
キョン「なんでも、アンダーグラウンドとかいう格闘技興行を秘密裏に運営するってことらしい」
朋也「…なんかヤバそうなことやってるな」
キョン「俺はメンバーから外されちまってるんだけどな。あんたには荷が重過ぎるから、ってさ」
それはもしかしたら、こいつを保護するための措置だったんじゃないだろうか。
そんな気がした。
和『お待たせしました。続いては、合唱部によるコーラスです』
680:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:56:23.97:+UZ/pLeq0
真鍋の声がして、幕が上がる。
舞台には、昨日のリハーサルでみた女の子たちが立っていた。
皆緊張した面持ちでその時を待っている。
音楽が鳴り始めと、それが始まりの合図だった。
彼女たちの歌声は、高く館内に響き渡っていた。
―――――――――――――――――――――
合唱部の曲目が終わると、次はいよいよ軽音部のライブだった。
途端に客足の入りが激しくなる。主にうちの生徒がわいわいと集まりだしていた。
やはり校内人気は相当高いようだ。
春原「やべっ…僕トイレいきたくなっちゃったよ」
キョン「そろそろ始まるぞ」
春原「ちょっとダッシュで行ってくるっ」
朋也「っても、この人の多さだぞ。多分押し戻されて戻ってくるだけだ」
朋也「ライブ終わるまで出られねぇよ」
春原「そ、そんなぁ…どうすりゃいいんだよ…」
朋也「諦めてそういう下ネタだって言い張れよ」
春原「って、それシャレになってねぇよっ!」
キョン「ははは、まぁ、30分で終わるみたいだし、それくらい耐えられるだろ、おまえなら」
681:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 07:59:01.28:jpDSDOMkO
春原「下ネタに長けてるみたいな言い方しないでくれますかねぇ…」
和『続きまして、軽音部によるバンド演奏です』
真鍋のアナウンスが流れる。すると、それだけでわっと歓声が上がった。
幕がゆっくりと上がっていき、徐々に部員たちの姿が見えてくる。
観客のテンションも右肩上がりだ。
そして、現れる…黒いスーツを身にまとった5人組が。
キョン「…なんだ、あの格好は…」
キョンが訝しげな顔をして疑問符をつけていた。
館内にもあちこちでどよめきが起こっている。
ところどころ、FUNSZUと聞えてくることもあったが…
知らない奴が見れば、さぞ異様に見えたことだろう。
唯『みなさんこんにちは! 放課後ティータイムです!』
唯『今日はお忙しいところお集まりいただき、まことにありがとうございます!』
律『かたいっつーの』
どっと笑いが起こる。
そのおかげで、衣装への不和がほぐれたのか、客席からも声が上がりだした。
声「唯ちゃーーん!」
声「唯ーーー!」
声「平沢さーーんっ」
682:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:00:06.37:+UZ/pLeq0
黄色い声援も中にはあったが、ほとんどが男の野太い野次だった。
MCだからなのか知らないが、唯に集中している。
朋也(そういえば、真鍋の奴が唯はモテるとか言ってたな…)
朋也(もしかして、唯ファンの連中なのかな…)
そう考えると、ちょっとした優越感が味わえた。
朋也(てめぇら、唯は俺の彼女だぜ…ふふふ…)
唯『みんな、ありがとぅーっ』
壇上で大きく手を振る。
唯『えーっと、初めての人は、はじめましてっ。二回目以降の人は…うぅん? えーと…』
唯『こ…こんにちはっ』
声「こーんにーちはー」
某長寿昼番組風な答えが返ってくる。
唯『えへへ…えっと、私たちはこの学校で軽音部に入って活動してる、放課後ティータイムといいます』
声「そーですねー」
唯『あははっ…ん、でですね、実は、先月新勧ライブをやったんですよ…』
マイクに手を当て、内緒話のようにささやいた。
683:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:01:29.22:jpDSDOMkO
律『シークレット調に話す意味がわからん』
唯『そっちのほうが深みが出るかなと思って…』
律『深みっつーか、むしろなんか裏がありそうに見えるんだけどっ』
唯『ありゃ? そう?』
そのやりとりで、客席が笑いで沸いていた。
あれは全部アドリブでやっているんだろうか。
とくに打ち合わせしていた様子はなかったように思う。
唯『まぁ、それでですね、新勧ライブなんですけど…やったってところまで話しましたよね?』
律『ところまでって、そこが冒頭だろ』
唯『そうですそうです、ここから物語が展開していくんです』
唯『それでですね、やったのに全然新入部員が入ってくれなかったんですよ、あははー』
律『起承転結してなすぎること物語るなよ。起結しかねーじゃん』
声「りっちゃーん、ツッコミ代弁ありがとー」
客席から声。
律『ははっ、いやいや…』
唯『まぁ、そういうことなので、ただいま部員募集中ですっ! 来たれ、興味のある人!』
684:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:02:02.86:+UZ/pLeq0
声「唯ーーーっ! 俺が入るぞぉおおおっ!」
今までの野次とは質の違う、よく通る大きい声。
その発生源に館内すべての注目が集まっていた。
キョン「あ…あの人は…」
春原「うわ…サバゲーの男だ…」
朋也(オッサン…来てたのか)
秋生「唯ーーーっ! 俺がラップ担当してやるぞぉおおっ!」
秋生「YO! YO! 俺MCアキオ マイク握れば最強のパンヤー」
ずるぅ!
満場一致で盛大にずっこける。
キョン「つーか、平沢さんの知り合いだったのか…」
春原「変な人脈持ってるよね…やっぱ、類は共を呼ぶって奴なのかな、ははっ」
朋也「無理して覚えたてのことわざ使わなくていいぞ」
多分誤字もしているような気がするし。
春原「無理なんかしてねぇってのっ!」
唯『ア、アッキーはもう高校生じゃないから無理だよ…』
685:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:03:31.39:jpDSDOMkO
秋生「なにぃいいっ! 自分から誘っておいて…」
発言の途中、隣に座っていた女性に止められる。
その人はオッサンになにかを言い聞かせ、根気よくなだめているようだった。
そして、その説得が功を奏したのか、オッサンもしぶしぶ座っていた。
女性がステージに向かって手を振る。
よく見ると、その女性は早苗さんだった。
唯『ありがとうっ、早苗さん』
唯も手を振って返していた。
唯『さて、告知も終わりましたので…本番いってみましょうっ』
唯『それじゃ、一曲目、カレーのちライス!』
いつも練習で聴いていた、馴染みある音が奏でられる。
そこに唯の声が乗ると、ひとつの曲として走り出したことを実感する。
館内は、騒然と熱気に包まれ始めていた。
―――――――――――――――――――――
唯『ありがとうございましたぁっ』
最後に一言そう投げかけて、ライブの締めくくりとした。
未だ観客の歓声が続く中、幕が下りていく。
そして、興奮の余韻を残したまま、人の移動が始まった。
春原「やべっ、もう限界だっ」
686:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:04:02.71:+UZ/pLeq0
流動する波の中に迷い無く飛び込んでいく。
押しつ押されつしながらも、掻き分けるように進んでいく。
無事にトイレまでたどり着ければいいのだが。
朋也(さて…)
立ち上がる。
幕の向こう側では、片付けが始まっているはずだった。
俺も行かなくてはいけない。
キョン「撤収作業にいくのか?」
朋也「ああ、まぁな」
キョン「じゃ、俺も手伝うよ」
言って、キョンも立ち上がった。
朋也「いいのか?」
キョン「どうせ暇だしな」
朋也「そっか。サンキュな」
キョン「おまえらをサバゲーに巻き込んじまったことあったしな。おたがいさまだ」
朋也「それは、その前におまえをバスケで借りてたからだろ」
キョン「そうじゃなくても、あの団長様なら無理にでも参加させてただろうからな」
2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:08:31.45:+UZ/pLeq0
キョン「その辺の事情はあまり関係ないさ」
朋也「そっか」
確かに涼宮のあの気性なら、さもありなんといったところか。
朋也「じゃあ、いくか」
キョン「ああ」
―――――――――――――――――――――
キョン「おつかれさん」
一仕事終えて弛緩した空気の中、わきあいあいと荷をまとめる部員たちに声をかける。
唯「あ、キョンくんだ! 久しぶり~」
キョン「久しぶり」
唯「ライブ見に来てくれたの?」
キョン「ああ、見てたよ。かなり盛り上がってたよな。MCも面白かったし」
唯「えへへ、ありがと」
律「で、どうしたんだよ、こんなとこまできてさ。サインでも欲しいの?」
キョン「いや、俺も片付け手伝いに来たんだよ。人手が多い方がいいかと思ってさ」
4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:11:51.41:+UZ/pLeq0
律「マジで? 気ぃ利くなぁ、あんた」
澪「ありがとう、キョンくん」
唯「ありがと~」
梓「ありがとうございます」
紬「部室に戻ったら、すぐにお茶出すわね」
キョン「ああ、お構いなく」
紬「遠慮しないで? 手伝ってもらうんだから、もてなしてあげたいの」
キョン「そうですか? じゃあ、よろしくお願いします」
キョンは琴吹に対しては最初に出会った時からずっと敬語だった。
卒業してしまった先輩とどこかダブって見えてしまうからだということらしかった。
律「で、春原のアホはどこいったんだ? まさか、ブッチしたんじゃないだろうな」
朋也「あいつはトイレに行ってるよ。ライブ前からずっと我慢してたから、マジダッシュでな」
律「間の悪い奴…」
―――――――――――――――――――――
春原「ふ~い…」
すっきりした顔の春原が、前方からちんたらやってきた。
5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:13:06.35:jpDSDOMkO
春原「あれ…」
こちらに気づく。
春原「あんだよ、キョン。こき使われてるね」
律「人聞きの悪いこと言うなっての。自ら志願してくれたんだよ」
春原「マジで? マゾいね。そっち系なの?」
キョン「ただの善意だ…妙なミスリードしないでくれ」
律「ほら、いいからおまえも運んでこいよ」
春原「わぁったよ」
朋也「いや、まて。それはやめた方がいいかもしれん」
律「ああ? なんで」
朋也「こいつ、トイレの後も絶対に手を洗わないっていう、腹に決めた固い信念を持ってるからな」
春原「なんでそんなことに頑ななんだよっ! 変なキャラ付けするなっ!」
紬「春原くん…どんな高みを目指してるの?」
春原「って、ムギちゃん、信じちゃだめだぁああああっ」
律「わははは!」
次へ
唯「って、こらーっ! ちがうでしょっ!」
憂「ていうか、愛の巣ってなんなの!? 憂もちょっと照れてるしっ」
朋也「なんかうるさいけど、気にせず行こうな」
憂「はいっ」
唯「ばかーっ! もう、ふたりともばかーっ!」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
律「お、そのハムバーグうまそうじゃん。まるまるくれよ」
春原「やるわけねぇだろ。キンピラでも食ってろって」
律「あー、そういうこと言うんだ? ふぅん、そうですか…」
ここぞとばかりに髪を下ろす部長。
律「嫌い…春原くんなんて」
目をうるうるさせて春原をみつめていた。
春原「はぐぅ…」
心臓を押さえながら嗚咽する春原。
トキメキが直接臓器に叩き込まれ、よろめいていた。
春原「ふ…ふふ…」
と思いきや、目を瞑り、不気味な笑いをこぼしていた。
すると、いきなり胸元をはだけさせ、髪をかきあげた。
春原「ふっ…」
顔にも角度をつけ、気合が乗っている。
律「…なにがしたいんだよ、おまえは」
春原「おまえごときに不覚を取ってしまった自分が許せなくてね…」
春原「きのう、対抗策を考えてきたんだ。それが、これさ」
律「…はぁ?」
春原「僕のセクシーな魅力で、おまえもたじたじってわけさ」
律「いや…キモいからやめてくれ。食欲が失せる」
春原「あんだとっ!」
さらに体をくねらせる。
律「あー、わかった、わかったから…もうやめろ」
部長のほうが折れて、カチューシャをつけ、髪を上げた。
春原「ふふん、勝ったな」
律「キショすぎて早くやめて欲しかっただけだっての」
春原「はっ、バレバレな嘘つくなよ。僕の魅力の前にして怖気づいただけだろ」
春原「でも、どうしよっかなぁ、デコに告られたりしたら」
春原「僕、すでにムギちゃんと両思いだしなぁ…ね、ムギちゃん?」
紬「えっと…今、たわごとが聞えた気がするの」
春原「たわごとっすかっ!? ストレートすぎませんか、それ!?」
律「わはは! おまえの、ね、ムギちゃん? はもはやネタフリになってることに気づけよ」
春原「くそぅ…」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
変な話だが、本家でも渚に後輩や妹がいたらこうなってたんじゃないかと言う錯覚すら覚えるな
紬「今日はウィスキーボンボンを持ってきたんだけど…どうかな」
言って、テーブルの中央にボール型の器を載せる。
その中には、銀紙でパッケージされた固形物がたくさん入っていた。
澪「ウィスキーボンボンって…中にお酒が入ってる、あのチョコのことだよな?」
ひとつ手にとって言う。
紬「うん。好き嫌いが別れるだろうから、ここで出すのもちょとあれかなと思ったんだけど…」
紬「でも、これを頂いた製菓会社さんの方から、感想が欲しいって言われちゃってて…」
紬「これ、新商品の試作品らしいから。それで、みんなにも意見をもらえたらな~って、思ったの」
澪「私たちがモニターになるってことか…うう…なんか、責任重大だな…」
紬「澪ちゃん、そんなに重く考えなくてもいいのよ。おいしかった、とか、微妙だった、とかでも全然オッケーよ」
澪「そんな漠然としてて参考になるのか?」
紬「う~ん、具体的な方がいいのかもしれないけど…でも、率直な感想が欲しいって言ってらしたし…」
紬「シンプルでいいと思うな」
澪「そうか…じゃあ、少しは気が楽だな…」
律「おまえはいつも考えすぎなんだよ」
包装紙を破り、口に放る。
律「お、けっこうイケる」
紬「みんなも、よかったら食べてみてね」
春原「当然僕はもらうよ。ムギちゃんの持ってきたものにハズレなんかないからね」
春原は一気に4つほど掴んでいた。
唯「私も、も~らおっと」
梓「私も、頂きます」
中野と唯もチョコに手を伸ばす。
俺も一つ食べてみることにした。
ボールから一つ取って、銀紙を剥がす。
もぐもぐ…
酒の味が濃いような気がしたが、なかなか美味かった。
澪「…あ、おいしい」
律「だよな? もう一個もらおっと」
唯「でも、なんか、苦いね…」
梓「お酒のせいですよ、それは」
唯「あずにゃんは平気なの?」
梓「はい、私は別に」
律「梓は将来酒飲みになるぞ、きっと」
梓「ウィスキーボンボンくらいで、変な未来を視ないでくださいよ」
春原「もぎちゅん…むぐ…うみゃいね…もれ」
律「って、おまえはリスか…頬袋にためやがって…」
―――――――――――――――――――――
律「あ、もう無いな…」
いつの間にかボールの中は空になっていた。
律「んじゃ、ここでティータイムも終わりか…食ったらすぐ練習だっけか」
律「だったよな、梓」
梓「…ひっく」
律「梓?」
梓「あー…あい?」
ふらふらと揺れて、目の焦点が定まっていなかった。
例えるなら、酩酊状態のような…
律「なんか…変だぞ、おまえ」
梓「あにが変だって言うんれすかっ!」
ろれつが回っていない。
律「まさかおまえ…酔ってるのか?」
梓「んなわけないれしょっ!」
律「酔っ払いはみんなそう言うんだよ…つーか、ウィスキーボンボンで酔うって、おまえ…」
梓「だぁから、酔ってねぇーっつーのっ」
完全に酔いが回っていた。
梓「う゛ー…ったくもー…」
梓「………」
潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
朋也「な、なんだよ…」
梓「この…女たらし最低野郎…」
椅子を寄せて、俺の肩に頭を預けてくる。
今日はこいつが隣に座っていたのだ。
朋也「なっ…」
梓「女の子にこんなことされると嬉しいんですよね、岡崎せんぴゃあは…」
梓「はふぅ…」
さらに体重を預けてくる。
朋也「お、おい…」
唯の手前、あいつの反応が気になって、ちらりと目を向ける。
唯「………」
なぜか笑顔だった…それが逆に怖い。
朋也「中野、離れ…」
ばぁんっ
机を叩く激しい音。
澪「こらっ、梓っ! 岡崎くん、困ってるらろっ!」
澪「…ひっく、う゛ー…」
律「って、澪も酔ってるし…」
梓「困ってませんよーだ…逆に喜んでますけどね、うふふ」
澪「そんあことないっ! 顔がすっごく困ってるっ!」
梓「えうー…?」
俺の顔を覗き込む。
梓「あ、なんれすかっ! あたひじゃ不満だって言うんれすかっ!」
朋也「い、いや…」
澪「不満があるにきまってるらろっ! 梓みたいな幼児体型じゃっ」
梓「よ、幼児体型…?」
澪「そうらっ! 男の子は、胸があるほうが好きなんらぞっ!」
澪「ちょうど、その…わ、私くらいのらっ!!」
律「おお…澪なのに強気な発言だ…」
梓「じゃ、なんれすか? もしかして…澪先輩がこうしたいっていうんれすか?」
ぎゅっと強く腕を絡めてくる。
朋也(うぉ…)
中野の体温が伝わってくる。
こいつのいい香りも、ふわっと鼻腔をかすめた。
図らずもどきっとしてしまう。
澪「な、そ、そういうわけじゃ…と、とにかく離れなさいっ」
梓「わーっ、乱暴れすよーっ!」
中野がいつも唯にするように、今度は自分が秋山にひっぺがされていた。
澪「………」
今しがた主人を失った空席をみつめる。
澪「ちょっと疲れちゃった…」
そこに腰を下ろす。
澪「…岡崎くん、私、ちょっと疲れちゃった」
朋也「あ、ああ…そうか」
澪「…うん。ちょっと、疲れちゃったんだ」
朋也「ああ…知ってるよ」
澪「そう? じゃあ…体、預けてもいいかな?」
朋也「え?」
俺が答える前、そっと寄り添ってきた。
朋也「お、おい…」
澪「………」
目を閉じて、心地よさそうにしている。
邪険に扱うことがためらわれるような、安らいだ表情。
朋也(ごくり…)
正直、可愛かった。
梓「って、やっぱり自分がしたかっただけじゃないれすかーっ!」
澪「う、うわぁっ」
同じように引きずりおろされる秋山。
澪「ち、ちが…ちょっと疲れてたんだおっ」
梓「だお、じゃないれすよっ」
わーわーと言い合いになっていた。
春原「おまえ、おいしいポジションにいるよね、マジで」
朋也「そうでもねぇよ…」
見た目ほど状況は単純じゃない。
朋也(唯…)
唯「………」
朋也(う…)
笑顔をキープしていたが…口の端がひくついていた。
怒ってる…のか?
澪「あー、もう練習らっ! 練習するろっ!」
梓「う゛ー、そうれすね…練習れすよ…やぁってやるれすっ!」
ずんずんと練習スペースに踏み入っていくふたり。
紬「う~ん、お酒の調節がちょっと雑だったのかしら…報告しておかなきゃね」
律「今日はえらく事務的っすね、ムギさんは…」
澪「こらーっ! おまえらも、早くこーいっ!」
梓「たるんでますですっ! きびきび動くですっ!」
律「あー、はいはい、わかったよ…」
やれやれ、と肩をすくめて部長も席を立った。
琴吹もそれに続く。
唯「………」
唯だけがずっと座ったまま俺を見て微笑んでいた。
朋也「お、おまえも行ったほうがいいんじゃないのか…?」
唯「………」
無言で立ち上がる…やっぱり、俺を見たまま。
そして、最後までなにも言うことなく練習に加わっていった。
朋也(…ヤバイかもしれん)
―――――――――――――――――――――
活動が終わり、下校する時間になっても秋山と中野のふたりは酔いが抜けていなかった。
その暴れようは、いつも騒いでいる部長と春原でさえ少し引き気味にさせる程だった。
秋山と通学路を共にする部長は、きっと帰り着くまで延々クダを巻かれ続けることになるのだろう。
それはいいとして…
朋也「いやぁ、あのふたりが酔うと、あんな感じになるんだな」
唯「………」
朋也「あー…暴れ上戸って言うのかな? ああいうのってさ…」
唯「………」
朋也(はぁ…)
無視され続ける俺。
朋也「唯ちゃ~ん…怒ってるのか?」
唯「………」
ちゃん付けで呼んでみたが、効果はなかった。
朋也「お~い…」
唯「…嬉しそうだった」
朋也「ん?」
唯「ニヤニヤしてた…顔が赤くなってた…デレデレしてた…」
唯「私だけだって言ってくれたのに…可愛い女の子なら、誰でもいいんだね、朋也は」
朋也「い、いや、そんなことねぇって。全然なんとも思わなかったよ、あんなの」
唯「嘘だよ。だって、すっごくだらしない顔してたもん」
そうだったのか…気づかなかった…そんなに顔が緩んでしまっていたとは…。
唯「あーあ、いいよねぇ、朋也はモテて。私、ハーレムの一人に加えてもらえて、うれしいなぁ」
ハーレムの一人、の部分を強調して言った。
皮肉を込めているんだろう。
本格的に拗ねてしまっているようだった。
朋也「変なこと言うなよ…俺の中じゃいつだっておまえが一番だぞっ」
朋也「ヒューッ! 唯、最高ゥッ! 超可愛いぜっ! あ~、幸せ者だ、俺はっ」
唯「…ばかみたい」
頑張ったのに、ばかって言われた…悲しい…。
朋也「はぁ…俺が悪かったよ…ごめんな、鼻の下伸ばしたりなんかして…」
朋也「もうそんなこと絶対しない…約束する。だから、機嫌直してくれよ…」
出したことも無いような情けない声色で、訴えるように言った。
かなり惨めな男になっていた。絶対他人には見せられない…。
唯「ほんとに、約束守る?」
朋也「ああ、絶対」
唯「じゃあ…許してあげる」
朋也「そっか…よかった」
ほっと胸をなでおろす。
唯「………」
朋也「ん? なんだ?」
黙って俺を見ていたと思うと、急に近づいてきた。
そして、くんくんと匂いを嗅ぎ始める。
唯「…あずにゃんと澪ちゃんの匂いが残ってる」
朋也「わかるのかよ…」
犬並みに研ぎ澄まされた嗅覚を持った女だった。
唯「…えいっ」
飛びつくくらいの勢いで腕に組みついてくる。
朋也「歩き辛くないか? 普通に手つないだほうがいいだろ」
唯「いいの。こうやって私も匂い残すんだからっ」
朋也「あ、そ…」
なんというか…縄張り意識の強い獣のような思考な気がする…。
まぁ、そんなこいつの行動も、可愛く思えてしまうのだが。
―――――――――――――――――――――
5/8 土
唯「あぁ~カミサマ~お願い~二人だけの~」
上機嫌で口ずさむ。それは、軽音部の練習でよく歌われている曲だった。
もう何度も聴いていたので、俺もすぐにわかった。
憂「ふふ、お姉ちゃん機嫌いいなぁ。やっぱり、あしたは岡崎さんとデートだからかな」
朋也「知ってたのか、憂ちゃん…」
憂「はい。すっごく嬉しそうに話してましたよ、きのう」
朋也「そっか」
そう、俺は明日、唯とデートする約束を取り付けていたのだ。
今日は午前中で授業が終わるので、午後からは一人でデートコースの下見に行くつもりだった。
初めてのデートだったから、一応念を押しておきたかったのだ。
憂「でも、岡崎さん。まだ、学生の内はエッチなことしちゃだめですよ」
朋也「わ、わかってるよ…」
なぜ釘を刺されるんだろう…憂ちゃんには俺がそんな奴に見えているんだろうか…。
しかし…つくづく保護者じみているな、この子は…。
本当に年下なんだろうか…。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
澪「う~…頭痛い…」
和「大丈夫? 風邪?」
澪「いや、そういうわけじゃないんだけど…熱もなかったし…なんでだろ」
見事に二日酔いしていた。
澪「顎もなんか痛いんだよな…」
それもそうだろう。
放課後デスメタルを名乗り、歯ベースなるものを披露していたのだから。
澪「それに、きのうの部活あたりから記憶がおぼろげなんだよな…」
澪「そこになにかヒントが隠されてる気がするんだけど…」
律「あー、なにもないよ。おまえはちゃんと練習してたぞ。それも、すっげぇテク見せつつな」
澪「ほんとか?」
律「ああ。だから、もう気にするな」
澪「う~ん…まぁ、いいか…」
醜態を晒してしまった過去は今、闇に葬られていった。
真面目な秋山のことだ、知ればきっと、恥ずかしさで身動きが取れなくなってしまうんだろう。
それを未然に防ぐための処置だった。
―――――――――――――――――――――
朋也(う~ん…どうしようかな…)
学校を出て、町の中をうろつく。
現地を巡りながら、彼女と二人で過ごすに耐えうるプランを練っていたのだが…
まったくいい案が思いつかない。というか、俺の経験程度じゃ、まず発想自体が浮かばない。
こういう時、誰か頼れる人間がいればいいのだが、生憎とそんなツテはない。
となると、ここは、そういった情報を扱っている雑誌を参考にしてみるのも手かもしれない。
朋也(本屋にでも行くか…)
―――――――――――――――――――――
朋也(………)
棚に並ぶ雑誌群。その中に、それらしいものを見つける。
表紙のあおり文には『鬼畜王が教えるデート必勝法!』とあった。
その鬼畜王というフレーズに惹かれ、一冊手に取ってみる。
朋也(なになに…)
漢ならストレートにいけ! 会った瞬間唇を奪うのだ! 後はわかるな?
ホテルに直行だ、がははは! 金が無いなら自宅でもいいぞ。
野外派の奴は、P12を開け。俺様おすすめの路地裏を教えてやる。ありがたく思え、がははは!
出かける前には、ハイパー兵器はちゃんと洗って…
パタム
俺はそこで読むのをやめた。
朋也(レベルが高すぎる…)
この筆者…いや、英雄とは生きている次元が違うような気がする。
その差をひしひしと感じながら、雑誌を棚に戻す。
というか…よく出版できたな、この雑誌…。
朋也(それはいいとして…)
俺は再び雑誌を物色し始めた。
―――――――――――――――――――――
朋也「はぁ…」
本屋から出てくる。結局、決めたのは映画を観にいくことだけ。
上映時間を調べて、それで終わりだった。
朋也(どうすっかなぁ…)
電車で都心部の方まで出れば、それなりにサマになったデートになるんだろうか…。
でも、俺はあまりこの町から出て遊ぶことはしなかったので、その辺の地理に疎かった。
今から付け焼刃で調べに行っても、実りがあるとは思えない。
やはり、地元が無難だろう。
朋也「痛っ…」
次に向かおうと身を翻した矢先、誰かに肩をぶつけてしまった。
ばさばさと本が地面に数冊落ちる。
相手方のものだろう。
声「おっと…悪いな」
朋也「いえ、こちらこそ…」
言いながら、その本を拾い集める。
朋也(って、エロ本かよ…)
これは、俺もそうだが、相手はもっと気まずいぞ…。
朋也「どうぞ。すみませんでした」
二冊重ねて手渡す。
男「おう、悪いな」
朋也(ん? この男どこかで…)
サングラスをしていたが、なんとなくその背格好や顔つきに見覚えがあった。
朋也「…あ」
男「…あ」
思い出す。そう、この男は…
朋也「あんた、サバゲーの…」
男「あん時の小僧か…」
指をさし合う。向こうも覚えてくれていたようだ。
男「なんだ、おまえもエロ本買いに来たのか」
朋也「違うっての…」
男「ふん、そんなみえみえの嘘をつくな」
男「どうせ、買いたくても、恥ずかしくて一歩が踏み出せずに、この場で足踏みしてたんだろ?」
男「そこで、姑息なおまえはエロ本を買った客をここで襲うことにしたわけだ。どうだ、図星だろう?」
朋也「あんたにぶつかったのは偶然だ…」
男「だが残念だったな、この俺様を狙ったのが運の尽きよ…返り討ちにしてくれるわ、小僧ぉおっ!」
朋也「人の話を聞け、オッサンっ」
男「誰がオッサンだ。秋生様だ。秋生様と呼べ、小僧」
朋也「俺にも岡崎って名前があんだよ、オッサンっ」
秋生「小僧は小僧だろうが、この小僧が…真っ昼間からエロ本なんか買いに来やがって」
朋也「そりゃ、あんたのことだ」
秋生「まぁそうだが…ちっ、仕方ねぇな、そこまで言うなら、同士としてアドバイスをくれてやる」
一方的に話を進めていた。
この人とは一生まともな会話が出来そうにない。
秋生「いいか、まずは店内の監視カメラの位置をすべて把握するんだ」
秋生「そして、死角を縫うようにしてアダルトコーナーにたどり着け」
秋生「ここまでくればあとは買うだけだが…一応、少年ジャンプも二冊ほど一緒に買っておけ」
秋生「その間に挟んでレジを通せば、店員も『あ、なんだ。ただの成年ジャンプか』とサブリミナル効果で騙せるからな」
朋也「そんな回りくどいことせずに普通に買えばいいだろ…」
秋生「それができないっていうからアドバイスしてやってるんだろうがっ」
朋也「いらねぇよっ」
秋生「じゃ、なんだ、ここでエロ本を買っていく善良な市民を襲い続けるのか、てめぇは」
朋也「だから、んなことしねぇってのっ」
秋生「嘘をつけぇっ! さっきエロ本拾う振りしてポケットにしまってただろうがっ! 返せ、こらっ!」
朋也「無理があるだろっ! ポケットなんかに入んねぇよっ」
秋生「なら、腹に仕込んで喧嘩しにいくつもりだろ。ボディもらった時、ちょうど袋とじが破れるように調節しやがって…」
意味がわからなかった。
朋也(付き合ってられん…)
俺はオッサンを無視して歩き出した。
秋生「おーい、そっちにゃ本屋はねぇぞーっ。エロ本買うんだろーっ」
朋也(声がでけぇよ…)
朋也(う…)
通行人が俺とオッサンを交互にちらちらと見ている。
仲間だと思われているのだろうか…かなり嫌だ。
朋也(くそ…)
俺は逃げるように大急ぎでその場を立ち去った。
―――――――――――――――――――――
朋也(ふぅ…えらいのに絡まれちまった…)
商店街のあたりまで駆けてきて、そこでやっと足を止めた。
少し息を整える。
朋也(遊んでる場合じゃない…デートコースだ、デートコース)
気を取り直して再び考えを巡らせる。
朋也(商店街…この辺を見て回るのもいいかもな…)
朋也(後は…)
―――――――――――――――――――――
朋也(よし…この辺でいいかな)
大まかな流れを固め、ひとまずは区切りがついた。
細かいことはその場の判断でいいだろう。
俺は腕時計を見た。まだ余裕で軽音部が活動している時間帯。
朋也(戻るか…)
学校へ足を向ける。
道中も、立てたばかりの計画を頭の中でずっと反芻していた。
―――――――――――――――――――――
『ごめんね ル~だけ残したカレー…』
部室の前までやってくると、音が漏れ聞えてきた。
今も練習中なのだろう。
がちゃり
扉を開け放ち、中に入る。
―――――――――――――――――――――
ぎゃりぃっ!
弦を乱暴にひっかいたようなギターの音。それをもって演奏が止まった。
律「なぁんだよ、梓…いきなり変な音だして…」
梓「す、すみません、岡崎先輩がぶしつけに入ってくるのが見えたので、気が散っちゃって…」
律「あん?」
その一言で、部員たちがの視線が俺に集まる。
律「ああ、来たのか」
唯「おかえり~」
紬「今岡崎くんの分のお菓子、用意するね」
朋也「いや、いいよ。なんか邪魔しちゃったみたいだし…練習続けてくれ」
手をひらひら振ってテーブル席に向かう。
朋也「ふぅ…」
春原「用事ってなんだったの」
腰を下ろすと、春原がそう訊いてきた。
朋也「大したことじゃねぇよ。俺の行きつけの部屋があるんだけど、そこで空き巣してきただけだ」
春原「ははっ、そりゃ哀れだね、その部屋に住んでる被害者は…」
春原「って、待てよっ! それ、僕の部屋のことだろっ!?」
朋也「ああ。堂々と土足で踏み込んでやったぜ」
春原「なんでそんな自慢げなんだよっ! つーか、パクッたもん返せっ!」
朋也「馬鹿、嘘に決まってるだろ。気づけよ。だからおまえは毎日がエイプリルフールって呼ばれるんだよ」
春原「んなの一度も呼ばれたことねぇってのっ!」
春原「ったく…いつもいつもおまえは…」
ぶつくさ言いながら紅茶を口にする春原。
そこで、シンバルの音が鳴り、また演奏が再開された。
顔を向ける。
梓「…っ!」
中野と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
気のせいか、頬が赤く染まっているように見えるが…。
そんな、目が合ったくらいで照れるようなタマでもないし…俺の思い過ごしだろう。
―――――――――――――――――――――
梓「あ、あの…岡崎先輩…」
帰り道、中野が控えめに話しかけてきた。
朋也「なんだよ」
梓「き、きのうことですけど…」
もじもじとして言いよどむ。
多分、酔っ払っていた時の話を切り出そうとしているんだろう。
梓「あの…岡崎先輩に抱きついたりしましたけど…か、勘違いしないでくださいねっ」
梓「あれはっ…ただ、気分がぽーっとなって、その…若気の至りというか…そんなアレだっただけですから…」
朋也「ああ、なんか変だったもんな、おまえ」
梓「うぅ…」
朋也「わかってるよ。変な気なんか起こしてないから、心配するな」
梓「…ちっともですか?」
朋也「ああ、まったくな」
梓「…ああそうですか、そうですよね、私、唯先輩や澪先輩と違って魅力ありませんもんねっ」
梓「わかりましたよ、もういいですっ」
怒ったように言うと、俺から離れていった。
朋也(なんなんだ…?)
気難しい奴だ…あいつをどう扱っていいのか、いまいちわからない。
―――――――――――――――――――――
5/9 日
朝。約束の時間通りに平沢家まで足を運んできた。
朋也「………」
少し緊張しながらも、呼び鈴を押す。
ピンポーン
『はい』
インターホンから憂ちゃんの声。
朋也「あ…俺だけど…」
『岡崎さんですね? ちょっと待っててください…』
そこでぶつりと切れる内線。
「お姉ちゃーん、岡崎さん来たよー」
今度は肉声でそう聞えてきた。
次いで、どたどたどたー、と階段を駆け下りてくるような音が屋内で響く。
「お姉ちゃん、これ忘れてるよ」
「おおぅ、そうだった。ありがとう、憂」
「いっぱい楽しんできてね」
「うんっ。いってきまぁ~す」
がちゃり
玄関が開き、唯が元気よく出てきた。
パステルカラーが目に優しい、可愛らしいコーディネイトで身を包んでいる。
私服姿を見るのはこれで三度目だが、今日が一番女の子していた。
やっぱり、デート仕様でめかし込んできてくれたんだろうか。
唯「お待たせ~、朋也」
朋也「ああ」
ふたり並んで歩き出す。
唯「私ね、今日お弁当作ってきたんだよ。お昼になったら食べようね」
その手に持つバッグを掲げる。
朋也「そっか。楽しみだな」
唯「ふっふっふ、期待しているがよい」
朋也「そんなに自信あるのか。じゃ、ほぼ憂ちゃんが作ってくれたんだな」
朋也「おまえは、夏休みの自由研究を誰かに便乗してスタッフロールにだけ加えてもらう、あの手法を取ったと」
唯「違うよっ、全部私の手作りだよっ」
朋也「えぇ…大丈夫なのか、それ」
唯「味見した時おいしかったから、大丈夫だよ」
朋也「ふぅん…」
唯「なんなのぉ、ふぅんって。信じてないんでしょ」
朋也「いや、信じてるって。おまえの料理の腕は確かだよ、うん」
唯「なぁんか雑に言ってるよね…ほんと失礼だよ、朋也は」
唯「それに、鈍感だよ…まだ私に言ってないことあるし」
言ってないこと…?
思い当たる節がない。
朋也「なんだよ…わかんないな」
唯「あるでしょ? 早く気づいて?」
体をくねらせ、上目遣いで目をパチパチとさせた。
これは、まさか…誘惑されてるのか、俺は?
朋也「…よし、キスしよう」
唯「え、ええ!? こ、こんなところで!?」
朋也「って、言って欲しかったんじゃないのか」
唯「そ、それはまた別の話だよ…今はもっと他にあるでしょ?」
少し照れながら、両の手を広げて半回転した。
唯「ね?」
朋也「ああ…」
なんとなく察しがついた。
朋也「その服、似合ってるよ。可愛い」
唯「えへへ、正解だよ」
いい笑顔を向けてくれる。
唯「でも、気づくの遅いよぉ。私、けっこう頑張ったんだから、すぐに言って欲しかったな」
朋也「まぁ、おまえはいつも可愛いし、いまさら言うのも二度手間な気がしたんだよ」
唯「………」
朋也「ん?」
唯「う~…朋也ぁ」
体をすり寄せてくる。
唯「好きぃ~」
朋也「はいはい」
本当に可愛い奴だった。
―――――――――――――――――――――
映画館。
チケットは先日見回りに出た折、事前に購入しておいたので、スムーズに入館できた。
席も隣り合って観たかったので、指定席予約の準備もばっちりだった。
唯「もぐもぐ…」
ポップコーンをつまむ唯。
朋也「まだ始まってないのに、今から食ってどうするんだよ」
唯「ちっちっち、甘いね。こうやって最初から気分を盛り上げてた方がいいんだよ」
唯「そうすれば、ギャグシーンが来た時、声を出して笑えるでしょ」
朋也「それは典型的なちょっとウザい客なんじゃないのか」
唯「そんなことないよっ! 他のお客さんもみんな笑ってるし、私も小さい頃からそうだったもん」
唯「ああ、思い出すなぁ…ジョニーがアメリカンジョーク言いながら後ろで意味もなく車が爆発炎上したあのシーンを」
唯「あの時は、みんな手を叩きながらヒィヒィ笑ってたっけ」
どんな映画だ。そして、どんな客だ。
朋也「まぁ、なんでもいいけど、今回はそんなシーンないと思うぞ」
唯「『FUNSZUーフンスー』だっけ? どんな映画なの?」
朋也「漫画の実写化だよ。ひたすら星人を倒していくって感じの内容だ」
その漫画は、春原の部屋に既刊はすべてそろってあった。
俺も何度か読み返すほど気に入っていたので、映画化されると聞いた時は驚いた。
まさか、あの内容を実写でやるとは露ほども思っていなかったからだ。
ずっと気になっていたので、いつか観てやろうと心に決めていたのだが…
意外にもその機会は早くに訪れた。それが今日というわけだ。
ぶっちゃけて言うと、唯の嗜好を度外視した俺のスタンドプレーだった。
唯「星人?」
朋也「まぁ、敵だな。エイリアン的な」
唯「ふぅん、エイリアンかぁ…」
朋也「興味なかったか? そういうの」
唯「ううん、そんなことないよ。ただ、エイリアンとジョニーならどっちが強いのかなって考えてたんだ」
朋也「あ、そ…」
なぜジョニーにそこまでこだわるんだろう…。
―――――――――――――――――――――
唯「ふッざッけッんッなッ! ギョーン ギョーーン」
朋也「おまえ、もう影響されたのか…」
映画館を出ても、いまだ興奮冷めやらぬノリで、劇中のセリフを口走っていた。
唯「だッてッ! おもしろかッたもんッ! ふッざッけんなッ」
朋也「わかったから、その喋り方やめろ…聞き取りづらい」
唯「そんッなことッよりッ! お昼ッにしようよッ!」
朋也「…そうだな…じゃあ、どっか座れるとこ探そうか…」
唯「これがッ! カタスットロヒィッ! いや…お昼ットロヒィッ!」
唯「無理だろ…生き残れるわけねェッて…」
朋也「もうそれはいいよ…」
楽しんでくれたなら、俺としても嬉しいところだが…この状態は非常に面倒くさかった。
―――――――――――――――――――――
朋也「へぇ…こんなとこがあったのか」
町の外れへ出て、山を迂回して辿り着いた場所。
自然に囲まれ、秘密の場所のようにあった。
唯が言うには、ここが最高の昼ごはんスポットなんだとか。
唯「ここはね、この町の、願いが叶う場所なんだよ」
朋也「願いが叶う場所?」
唯「うん」
朋也「パワースポットかなんかなのか」
唯「知らなぁい。私も、アッキーからそう聞いただけだから。受け売りなんだ」
朋也「ふぅん…アッキーね…」
うさんくさそうな奴だ。
唯「小さい頃はよくここでアッキーに遊んでもらったんだよ。憂も、近所の子たちも一緒にね」
朋也「思い出の場所なんだな」
唯「うんっ。でさ、あそこに大きい木があるでしょ?」
奥の方に一本、存在感のある大樹があった。
風を受けて枝葉がそよそよと揺れている。
唯「あの木の下はね、私のお気に入りだったんだよ。寝転がると気持ちいいんだぁ」
朋也「へぇ…」
唯「だからさ、あそこで食べようよ。ごろごろ寝転がってさ」
朋也「いや、いいけど、座って食べような…」
―――――――――――――――――――――
木陰までやってくると、腰を下ろして木に背を預けた。
朋也(ん?)
手をついた時、なにか硬いものに触れた。
その全様を見てみると、立て看板のようだった。
錆び果てて、その上文字がかすれているため何が書かれてあるか詳細はわからない。
ただ、建設予定地、とだけかろうじて読み取ることが出来た。
とすると…ここに何かが建つはずだったんだろうか。
こんな景色もよく、居心地もいい自然があるこの場所に。
だとしたら、その計画が頓挫してよかったと、俺は思う。
なにも自然のためだけじゃない。一番の理由は、唯の思い出の場所だからだ。
唯「じゃ~ん、私のお弁当だよぉ~」
ふたを開けて現れたのは、サンドイッチだった。
容器いっぱいに敷き詰められている。
唯「どうぞ。遠慮せずに食べてね」
朋也「ああ、じゃあ…」
ひとつ取り出す。
朋也「むぐ…」
たまごサンドだった。なかなかにうまい。
朋也(む…)
ぼりっと音がする。
ぼりぼり…これは…まさか卵のカラ?
…どういう調理法だったんだろう。
唯「どう? おいしい?」
朋也「ん、ああ…うまいよ」
味の方は悪くなかったのでそう答えておいた。
唯「ほんとにっ? うれしいなぁ~、作ってきた甲斐があったよぅ~」
唯「もっと食べて、朋也っ」
朋也「ああ…じゃあ、遠慮なく」
今度はジャムサンドらしきものを選んだ。
もぐもぐ…ぐにゃ
朋也(ぐにゃ…?)
口の中で噛みしめる。これは…ガムだ。
朋也「なんか、ガムが入ってたんだけど…」
唯「あ、それ、ジャムガムサンドだよ。私の創作料理なんだぁ。イケるでしょ」
朋也「いや、ガムはガムで別々に食いたいかな、俺は…」
唯「えぇ、じゃあ、微妙ってこと?」
朋也「うん、まぁ…そこそこかな」
唯「ちぇ~…早苗さんみたいには、うまくいかなかったかぁ…」
早苗さん…その人は創作料理が上手いんだろうか。
朋也「それよか、おまえは食わないのか」
唯「私は朋也が食べてくれるの見てたいんだよ」
朋也「そっか…でも、これからも遊びに出るし、一応食っておいた方がいいと思うぞ」
唯「ん~、それもそうだね。じゃ、私も」
言って、唯も食べ始めた。
俺もガムをポケットティッシュにくるみ、三つ目のサンドイッチに手をつける。
朋也「そういえば、飲み物買ってなかったな」
唯「もぐ…ほういひぇば…」
朋也「喉渇いたまま食べるのもなんだし、さっさと全部飲み込んじまうか」
唯「むぐ…ん…だめだよっ、ちゃんと味わって食べてっ」
朋也「冗談だよ」
言って、軽く頭をわしゃっと撫でる。
朋也「近くに自販機あったから、買ってくるよ。おまえなにがいい?」
唯「緑茶でお願いっ」
朋也「了解」
俺は立ち上がり、自販機を目指した。
―――――――――――――――――――――
朋也(ふぅ…)
すべてのサンドイッチを食べ終わり、腹も十分に満たされた。
朋也「ごちそうさま」
唯「おそまつさま」
ふたをして、容器をバッグにしまう。
朋也「んじゃ、いこうか」
唯「あ、待って」
足を伸ばし、ゆったりと構えた。
唯「ヘイ、カモ~ン」
俺を見て、膝をぱんぱんと叩く。
朋也「うん? 虫でもいたのか」
唯「違うよぉ、膝枕の合図だよ」
朋也「頭乗せろって?」
唯「うん。せっかくだから、していこうよ」
朋也「そっか? じゃあ、遠慮なく…」
寝転がり、その膝に後頭部を預ける。ふにゅっと柔らかい感触。
視界には枝葉の隙間から見えるいっぱいの空が広がっていた。
と、そこで唯が俺を覗き込んできた。
下から仰ぎ見たその顔は、木漏れ日を背に境界線が煌いていた。
唯「朋也、目開けてちゃだめだよ。つむって?」
朋也「なんでだよ。いいじゃん、開けてたって」
唯「こういう時はそうするのが鉄板なのっ」
朋也「別に眠くないしなぁ、俺」
唯「形から入るのも大事だよ?」
朋也「まぁ、いいけど…」
俺は言われるまま目を閉じた。
すると…
ティロリン♪
朋也(なんだ?)
音がして目を開ける。
唯「やったっ、朋也の寝顔ゲット~」
携帯を手に、一人はしゃいでいる。
朋也「おまえ、それがしたかったのか」
唯「えへへ、まぁね~。今度はツーショットだよ」
唯「よいしょ…」
携帯を斜めに構え、顔を俺に近づけた。
ティロリン♪
唯「う~ん、これでまたひとつ朋也フォルダが充実したよ」
朋也「変なカテゴリ作るなよ」
唯「いいじゃん。これからどんどん増やしていこうね、朋也」
朋也「一人で頑張ってくれ…」
俺は再び目を閉じた。
唯「朋也も協力してくれなきゃやだよ」
言いながら、俺の頭を撫でてくれていた。
思いのほか心地いい。
俺は安息の中で、ただこの少女に身を任せ続けていた。
―――――――――――――――――――――
朋也「ん…」
目を開ける。
もう結構な時間横たわっていた気がする。
ここいらで引き上げておくのが無難だろう。
朋也「そろそろいくか」
唯「うん、そうだね」
立ち上がり、尻を払う。
そして、連れ立って歩き出した。
朋也(あ…)
ふと端に目をやると、また看板を見かけた。
木陰に落ちてあったものと違い、テーピングが施されてあった。
まるで、警察が事件現場に敷くトラロープのようにだ。
そして、そのテープ…琴吹建設、と印字されてあった。
それはやっぱり…俺もよく知る、あの琴吹の家が関係しているんだろう。
工事を請け負っていたのは琴吹建設だったのか…一瞬そう思ったが、どうやら少し事情が違うようだ。
看板には他の建設会社の名前が書かれていて、その上からテープが貼られているのだ。
おそらくは、なんらかの都合により主導権が移り、一時的な措置として上書きされたのだろう。
それはつまり、予定されていた下請け業者が覆ったことを意味する。
もし、そんなことが意図的に起こったのであれば、元請け先に直接なにか働きかけがあったのかもしれない。
建設業界のことは詳しくは知らないが、琴吹の名前を見て、そんな考えが頭をよぎった。
だが…それだと腑に落ちない点もある。
発注を受けたゼネコンに圧力をかけてまで手に入れた仕事なら、中途で終わるようなことには絶対ならないはずだ。
なんといっても、琴吹家の息がかかった仕事なのだから。
………。
もしかしたら…逆に、この場所を守るために動いたのかもしれない。
ここは、荒らされた気配もまったくないどころか、むしろ整備されている風ですらあるのだ。
それに、発注元と話をつけて建設場所を遷すことも、なんなくやってのけてしまいそうでもある。
ただそれだけの、憶測も多分に含む根拠だったし、俺の希望的観測も同居しているが、そんな気がしてならなかった。
でももし、俺のこの推測が当たっているのなら、やっぱり琴吹の家は普通じゃない。
この町の産業を牛耳っているんじゃないのかと、そう思えるほどの大きな力を持っている。
唯「どうしたの、朋也? 急に立ち止まっちゃって…」
朋也「ああ、いや、なんでもない」
―――――――――――――――――――――
町なかに戻ってくると、そのまま商店街へ入った。
たい焼きや、たこ焼きを買って、食べ歩きのようなことをする俺たち。
唯「ん~、味のメタミドホスや~」
朋也「食中毒になってるからな…」
唯「あ、朋也。見て、あそこ」
朋也「ん?」
唯の指さす先。こじんまりとした相席テーブルに女性が腰掛けていた。
その横に立てかけてある看板を見ると、どうやら手相占いをしてくれるらしいことがわかった。
唯「新宿の妹、だってさ。なんか、おもしろそうじゃない? 占ってもらおうよ」
朋也「いや、でもなぁ…ああいうのって、ボッタ価格だったりするしなぁ…」
示し合わせたように、料金のことに触れたポップなども一切なかった。
唯「大丈夫だってぇ。そんなにしないよ、多分」
わくわくが抑えきれないといった顔で言う。
とにかくやってみたくて仕方がないんだろう。
唯「いこっ」
と、手を引っ張られてしまう。
朋也「あ、おい…」
―――――――――――――――――――――
唯「あのぉ、すみませぇん…」
女「…なんだい。客かい」
唯「はい、そうですっ」
女「じゃ、座りな」
唯「あ、はいっ」
易者と対面する。
女「で、なにをみて欲しいんだい。将来性、恋愛運、金運…自分が気になることを言ってごらん」
唯「えっと…じゃあ、将来性でお願いしますっ」
女「手、貸してみな。両手な」
唯「はい」
言われたとおりに従う。
女「ふむ…」
時に揉んだ手をじっと見つめ、時に指で掌線をなぞったりしていた。
女「あんた、変わった感性をしてるようだね。はっきりいって変人だよ」
唯「へ、変人…」
女「それに、注意力散漫なところもあって、どこか抜けてる」
唯「うぅ…」
女「でも、人の気持ちを察したり、周りを明るくすることに長けてる」
女「そんなところが好かれて、人が集まってくるようだね」
…当たっている。その通りだった。
女「味方が多い人生を歩めるだろうね。なにかあれば誰かが助けてくれるくらいに」
新宿の妹wwwwwwwイミフすぎて糞ワロタwwwwwwwwww
女「そんな環境だから、なにかやりたいことがあれば、成し遂げられる可能性は高いよ」
女「それに、あんた自身も素質に恵まれているようだしね」
唯「ほんとですか?」
女「ああ。芸術面と知能面に適正があるよ。音楽でもやれば、人の心をしっかり掴むことができるだろうし…」
女「勉強すれば、いい成績を残せるだろうね」
唯「ええ、私成績ぜんぜんよくないですよ? 一年生の時は追試になっちゃったし」
女「それはあんたの努力不足だよ。やればできるんだから、頑張りな」
唯「はぁい…」
女「それと、あんた今いくつだい?」
唯「17歳です。高校三年生です」
女「そうかい。じゃあ、心しておきな。この時期、あんたの人生に今後深く関わってくるパートナーが現れるから」
唯「パートナー?」
女「まぁ、ありていに言えば彼氏だね。それで、その男なんだけど、必ずしもあんたとくっつくわけじゃないからね」
女「もし、一緒になれなかった時は、もちろんその後の人生もガラッと変わってくるよ」
女「ああ、でも、不幸になるって言ってるわけじゃないよ。ただ、幸せの形が変わるってだけだからね。そこは心配ないよ」
唯「それなら、大丈夫ですっ。もう、朋也が私の彼氏になってくれましたからっ」
なんて恥ずかしいことを初対面の人間に言うのだろう、こいつは…。
唯「朋也は、私の運命の人だったんだねっ」
朋也「んな大げさな…」
女「この無愛想なのがそうとは限らないよ。あんたくらい器量がよければ、他にも候補はたくさんいるだろうからね」
唯「そんなことないですっ、私には朋也だけですからっ」
朋也(ぐあ…)
体温が上がっていく。顔が熱い…。
俺はシャツをはだけさせて必死に熱を逃がしていた。
女「愛されてるじゃないかい、彼氏くん」
朋也「はは…」
唯「朋也、愛してるぅ~、ちゅっちゅっ」
朋也「こ、こら、やめろっての…」
女「まぁ、これであんたの占いは終わりだよ」
唯「ありがとうございましたっ」
女「次は彼氏くんかい?」
朋也「俺はいいっす」
唯「ええ~、朋也も占ってもらおうよぉ~」
女「彼女もこう言ってるんだ、座りな」
朋也「はぁ…」
成り行きで俺も占ってもらうことになってしまった。
唯と交代で座る。
女「で、なにをみてほしい?」
朋也「寿命で」
女「そんな具体的なのは無理だよ。もっと全体的な大きな流れのあることにしな」
朋也「漠然といつ死ぬかでいいっす。何歳代の時とか、そんな感じで」
唯「朋也、死んじゃやだよぉっ」
後ろから抱きついてくる。
朋也「いつかは死ぬんだからしょうがないだろ…離れろって」
唯「うぅ…その時は、私が楽しいお葬式にしてあげるからね…」
こいつは本当は俺のことが嫌いなんだろうか。
女「…まぁ、そんなに死期が知りたいなら、一応やってあげるよ。手、出しな」
さっきと同じ要領で鑑定が始まる。
最中はずっと手がくすぐったかった。
女「…こりゃ、また珍しい…」
目を丸くして、溜めがちに言った。
女「ちょっとした行動、選択次第で、ここまで結末が変わるとはね…」
結末…?
朋也「あの、どういうことっすか」
女「そのまんまの意味さね。自分のありかた次第で未来が変わっていくってこと」
朋也「それ、普通じゃないですか」
女「あんたの場合はちょっと人と違うんだよ」
女「あったかもしれない未来、その可能性の振れ幅が大きいんだ」
女「例えば、怠惰な受験生がいて、入試に落ちたとする」
女「そして、本命じゃないにせよ、第三志望に受かっていたら、そこで選択肢が生まれる」
女「そのまま第三志望に進学するか、本命に受かるために浪人するか、すべてを諦めてニートになるか…様々だ」
女「それは一見、人生を大きく左右する大事な選択のようにみえるけど、実はそうでもない」
女「ニートを選ぼうが、一念発起して再受験を志す奴はそうするし…」
女「進学しても、腐って辞める奴もいれば、頑張っていい人生を目指す前向きな奴もいる」
女「浪人するにしたって、頑張る奴、怠ける奴、どっちも同じようにいる」
女「結局は、そんな選択とは無関係のところで、本人の資質が一番重要になってくるんだ」
女「それによって進むべき人生の方向性が定まっていくかんだからね」
女「だから、どの道をいこうが、最後には似たような場所にたどり着くことが多い」
女「例外があるとすれば、事故や、不運…自分の努力じゃどうしようもない巡り合わせだね」
女「そう…そんな抗いがたい運命とでもいうべき事の流れが極端なのが、あんたなんだよ」
女「身の振り方によってまるで別方向の人生に別れ、けっして一本で交わることがないんだ」
女「あたしも長くこの仕事やってるけど、こんな奴初めて見たよ」
朋也「はぁ…」
俺にはこの人が言っていることも、その例えもよくわからなかった。
朋也「それで…俺、いつ頃死ぬんすか」
女「そんなの、あんた次第としか言えないね」
朋也「そっすか」
単にわからなかったから適当なこと言ったんじゃないだろうな…。
朋也(まぁ、いいけど…)
朋也「じゃあ、もう行くんで、お会計お願いします」
女「ああ、お金なんかいらないよ。特別にタダってことにしてあげるよ」
唯「いいんですかっ?」
女「ああ。もうこの町も今日で去るしね。それに、変わった手相も見れたし、あたしゃ満足だよ」
唯「わぁ、じゃあ、朋也のおかげだねっ。さすが朋也だよぉ、好き好きぃ~」
また後ろから抱きついてくる。
朋也「立つから、離れてくれ」
唯「このまま立っていいよ?」
朋也「そしたら、おまえがぐちゃーってなるじゃん」
唯「ならないから、立ってみて?」
朋也「ほんとに立つぞ」
唯「どうぞどうぞ」
朋也「後で文句言うなよ…」
立ち上がる。すると、流れるように体をシフトさせ、そのまま俺の腕に絡んできた。
朋也「おお…」
唯「ね?」
朋也「ああ、すげぇな」
唯「えへへ」
変なところで器用な奴だった。
朋也「それじゃ、ありがとうございました」
唯「ありがとうどざいましたぁ」
女「ふたりとも、いつまでも仲良くするんだよ」
唯「はい、もちろんですっ」
しゅび、っと片手で敬礼の形をとる。
別れの挨拶を終えると、俺たちは腕を組んだままその場を後にした。
―――――――――――――――――――――
唯「ねぇ、朋也。プリクラ撮らない?」
陽も少し傾きかけてきた頃、唯が言った。
朋也「そうだな…じゃ、ゲーセン寄っていこうか」
唯「うんっ」
―――――――――――――――――――――
唯「う~ん…」
プリント機の中、唯が画面と向き合っていた。
唯「ねぇ朋也、美白にしちゃう?」
朋也「いや、普通でいってくれ」
唯「美白朋也もみてみたかったなぁ~」
朋也「俺は黄色人種でいいよ」
唯「お、アジア人の鏡だね」
朋也「だろ?」
唯「うん、あはは」
ガイド音声が流れ、撮影に移行したことが知らされた。
唯は俺の隣に立ち、寄り添うように腕を絡めてきた。
俺も枠に収まりきるよう、体をくっつけた。
少し照れくさい。カメラで映し出された俺の顔は、なんとも締まりがなかった。
朋也(む、いかん…)
キリッと表情を作る。だが、それだと怒っているように見えた。
自分の生まれ持った仏頂面が恨めしい。こういう時の微調整が難しいのだ。
一方、唯の方はいつも通りのにここやかな人懐っこい笑顔だった。
朋也(俺も合わせなきゃな…よし…)
俺の必死な試行錯誤が始まった。
そうこうしている内に、何度か撮られる。
次に、今撮った画像データが表示され、編集する一枚を選ぶよう促された。
唯「これでいい? 朋也が一番自然に笑ってるよね」
そう、その一枚以外は表情がぎこちなかったり、睨んでしまったりしていたのだ。
朋也「そうだな、それにしてくれ…」
唯「じゃ、これにするね」
選択すると、隣の落書きスペースへ向かった。
―――――――――――――――――――――
唯「ふんすっ、ふんすっ」
朋也「なにやってんの」
唯「ハートスタンプいっぱいつけてるんだよ」
朋也「そっか…」
唯の方のタッチパネルを見てみる。もうかなりの数がふたりの周りにあった。
朋也「でも、もうそろそろいいんじゃないか、ハートもさ」
唯「そうだね、このくらいにしとこうかな」
ペンを置く。
唯「あれ? 朋也はなにもしないの?」
朋也「ああ、俺は別に」
唯「じゃ、そっちも私がやっていい?」
朋也「ああ、いいけど」
唯「やったっ」
俺の側にあったペンを取り、嬉々としてパネルと向かい合った。
今度はネタに走ったようで、当て字で『愛死手瑠(あいしてる)』などと書き込んでいた。
―――――――――――――――――――――
空がオレンジ色に染まる中、俺たちは帰り道をゆっくりと歩いていた。
唯「えへへ~」
ゲーセンを出てからも、唯はずっとシールを眺めていた。
唯「どこに貼ろうかなぁ…携帯に貼っとこうかな…あ、ギー太もいいかもっ」
朋也「あんまり目立つとこはやめとこうぜ。バレたらことだしな」
唯「私たちが付き合ってること?」
朋也「ああ」
唯「もう言っちゃおうよ。公言して回ろうっ。そしたら、朋也の浮気防止にもなるし」
朋也「そんなことする予定ないから、しなくていいって」
唯「朋也にその気がなくても、女の子の方から、好き~ってくるかもしれないでしょ」
朋也「そんなこと一度もなかったし、もしこれからあったとても絶対断るよ」
唯「ほんとかなぁ? 朋也、可愛い女の子に弱いからねぇ…」
朋也「そうだな。だから、逆に信用できるだろ? おまえが一番可愛いと思ってるからな、俺は」
唯「…えへへ、ありがとう」
小首をかしげて、照れたように微笑む。
結果的に口止めを続行させることに成功していた。
今度からなにか言いくるめようとする時は、こういう手を使っていこうと、そう思った。
―――――――――――――――――――――
唯「あ、そうだ。憂にお土産買って帰ってあげなきゃ」
もうそろそろ平沢家に帰り着こうかというころまでやってくると、思い出したようにそう口に出した。
朋也「って、もうとっくに町なかから離れちゃったぞ」
唯「大丈夫、お土産はパンにするつもりだったから」
朋也「そんなこと一度もなかったし、もしこれからあったとしても絶対断るよ」
朋也「コンビニかなんかか」
唯「ううん、行きつけのパン屋さんがこの近くにあるんだ。朋也も来る?」
朋也「ああ、いくよ。最後までおまえを送っていきたいしな」
唯「えへへ、そっか。じゃ、いこうっ」
朋也「ああ」
―――――――――――――――――――――
朋也(ここか…)
公園のすぐ正面。一軒のパン屋があった。『古河パン』と看板にある。
朋也(すっげー地味な店…)
ガラス戸は半分閉じられていたが、中からは煌々とした明かりが漏れている。
まだ営業中のようだった。
にしても、入りづらい佇まいである。常連客以外が、訪れることがあるのだろうか?
俺がパンを求める客であったなら、遠くても別のパン屋を探すだろう。
唯「こんばんはぁ~」
でも今は唯について来ているのだから、ここに入るしかない。
戸の敷居を跨いで、中に踏み入る。
―――――――――――――――――――――
唯「あれぇ…」
誰もいなかった。
唯「早苗さぁ~ん、アッキ~」
声をかける。
それでも返事はなかった。
朋也(留守なのか…だとしたら、取られ放題だぞ…)
俺は棚に並べられたパンに目を向ける。
朋也(かなり残ってるな。どうするんだろ、これ…)
こんな遅い時間だというのに、トレイには大量のパンが並べられていた。
見た目はうまそうだ。
声「こんばんはっ」
いきなり背後で声。
驚いて振り返ると、ひとりの女性がすぐ近くに立っていた。
エプロンをしているところを見ると、きっと店員なのだろう。
唯「あ、早苗さんっ」
早苗「あら、唯ちゃん。今日はどうしましたか」
この人が昼に唯の口から出てきていた例の『早苗さん』なのか…。
若く、とても綺麗な女性だった。
唯「パンを買いにきたんだよ」
パン屋に来るのにそれ以外の理由があるんだろうか。
早苗「そうでしたか。でも、代金は結構ですよ。全部、余り物ですから」
唯「ほんとに? やったぁっ」
そんなことで、この店の経営は大丈夫なんだろうか…。
唯「じゃあ、早苗さんの今週の新商品がいっぱいほしいなぁ」
早苗「どうぞ、持っていってください、私の『パン・インザ・パン』」
唯「今回のはどんな感じなの?」
早苗「パンの中に、さらにもうひとつ小さいパンが入ってるんです」
早苗「もちろん、どちらも同じ味ですよ」
それは二重にする意味があるのか…?
唯「おもしろいねっ」
早苗「私も自信があったんですけど、なぜかひとつも売れなくて…少し落ち込んでたんです」
唯「大丈夫だよ、私は早苗さんのパンが素ですごく好きだから」
早苗「いつもいつも、ありがとうございます、唯ちゃん」
唯「えへへ」
早苗「ところで…」
俺を見る。
早苗「こちらのかっこいい男の子は、もしかして唯ちゃんのボーイフレンドですか?」
唯「実はねぇ…その通りなんだ」
早苗「まぁ…唯ちゃんも、やりますねっ」
唯「えへへ~、そうでしょ~」
ピースサインを作ってみせる唯。
早苗「お名前、教えてもらってもいいですか?」
俺に向き直り、そう訊いてきた。
朋也「岡崎っす」
早苗「私は、古河早苗といいます。よろしくお願いしますね」
朋也「ああ、はい、こちらこそ…」
早苗「それで、岡崎さん」
朋也「はい」
早苗「唯ちゃんと、末永くお付き合いしてあげてくださいね。すごくいい子ですから」
朋也「はぁ…」
憂ちゃんに言われたこととほとんど被っていた。
だが、この人からはなにか母親のような、そんな包容力が感じられた。
そこが憂ちゃんと唯一違う点だった。
こんなに若いのに、そう思えてしまうのは、大人の落ち着きと、この人の持つ温かい雰囲気からだろうか。
ならきっと、憂ちゃんも成長すればこの人のようになれるだろう。
あの子も似たような資質を持っているのだから。
声「あーっ! てめぇはぁっ!」
朋也「あん?」
聞き覚えのある声。振り返ると、今度は目つきの悪い男が立っていた。
そう、その男とは…
秋生「きのう俺様が買ったエロ本を物欲しそうな目で眺めてた小僧じゃねぇかっ」
あのオッサンだった。
朋也「んなことしてねぇだろっ」
秋生「女々しいぞてめぇっ! そうまでして無垢な少年を演じてぇのか、こらっ」
早苗「秋生さん、そういう本を買ってたんですか?」
秋生「しまったぁあああああああああっ!」
秋生「早苗、好きだ」
早苗「はい、私も好きですよ」
ものすごいごまかし方だった!
朋也(つーか、このふたり、夫婦かなんかなのかな…)
そう見えなくもない。というか…多分、そうなんだろう。
この店の名前が古河パンで、早苗さんの苗字も古河。
そして、このオッサンのサバゲーのチーム名も古河ベーカリーズだった。
これはもう、入籍していると見て間違いない…と思う。
唯「やっほ、アッキー」
朋也(アッキー?)
ということは…このオッサンが唯と小さい頃遊んでいた人物だったのか…。
なぜか、小さい子供と一緒になってはしゃぐこの人の姿が容易に想像できてしまった。
それはやっぱり、この人もまた子供のような振る舞いを平気でしてしまえるからなんだろう。
秋生「お、唯じゃねぇか。どうした、道に迷って家に帰れなくなったのか」
唯「そんなわけないでしょ~、いくら私でもこんなご近所さんじゃ迷えないよ」
秋生「じゃあ、なんだ、あれか…冷やかしか、おいっ!」
唯「違うってぇ。ちゃんと買いに来たんだよ」
秋生「おー、そうかそうか。じゃあ、早苗のパンを買っていけ。おまえ、好きだろ」
唯「うん、大好きっ」
秋生「よしよし、いい子だ。おまえくらいのもんだからな、自ら舌に過酷な負荷を与える奴なんて」
早苗「あの、どういう意味でしょうか」
秋生「早苗、愛してるぞ」
早苗「ありがとうございます。私も、秋生さんが大好きですよ」
ごまかしたということは…早苗さんのパンは、この店に並ぶパンの中での地雷なんだろうか。
そういえば、唯も創作サンドイッチで妙な物を作って、早苗さんを参考にしたような旨の発言をしていた。
つまりは、そういうことなんだろう。
唯「ていうかさ、アッキーと朋也って知り合いなの?」
秋生「ああ、きのうこいつがエロ本強盗しようとしてたところを、俺様が踏みとどまらせてやったんだ」
朋也「って、んな根も葉もない嘘をつくなっ! そもそもエロ本を買ってたのはあんたのほうだろっ」
秋生「シャラーーーーーーーップ! あれはただの参考書だっ!」
早苗「秋生さん、お勉強するんですか?」
秋生「ああ、俺はインテリになる。そして、この古河パンを全国チェーンで展開できるまでに発展させるんだ」
早苗「それは、すごいですねっ。頑張ってくださいっ」
秋生「ああ、任せろ。がーはっはっは!」
なんなんだろう、この人たちは…。
あまり関わり合いになってはいけない気がする…。
朋也「おい、唯。さっさと選んで帰ろうぜ」
秋生「こら、小僧っ! なに下の名前呼び捨てしてやがるっ」
早苗「秋生さん、この岡崎さんという方は、唯ちゃんのボーイフレンドなんですよ」
秋生「なにぃいいいいいっ!? 許さんぞっ! こんなウジ虫なんかにうちの娘はやらんっ!」
唯「って、私はアッキーの子供じゃないでしょ」
秋生「ん、そういえば、そうだった時期もあるな」
なぜ反抗期のように言うのだろう。
唯「アッキーの本当の子供は、渚ちゃんじゃん」
秋生「ああ、そうだな…そうだよな…」
早苗「秋生さん、渚が進学してこの町を出てしまったものだから、寂しがってるんですよ」
早苗「だから、唯ちゃんが娘だったらっていう願望が出ちゃったんですよね」
唯「へぇ、そうなんだ、アッキー?」
秋生「ん、まぁ確かにそういう事情もあるが…」
秋生「そうじゃなくても、俺はおまえを我が子のように思ってるけどな。もちろん憂もだが」
渚がでるのかドキドキする
早苗「私も、そう思ってますよ」
唯「えへへ、ありがとう。私もふたりを本当の両親みたいに思ってるよ」
唯「うちのお父さんとお母さんはお仕事で家にいないことが多かったから、小さい頃からお世話になってるもんね」
秋生「そうだな。俺もよくおまえのオシメを替えてやったもんだぜ」
唯「そこまではしてもらってないよね…幼稚園の頃くらいからだから」
秋生「ま、それくらいに思えるほど長い付き合いだってこった」
唯「そうだね。渚ちゃんにも、ずっと遊んでもらってたしね」
唯「もう、私と憂にとっては、本当のお姉ちゃんだよ、渚ちゃんは」
お姉ちゃん…年上か? なら、確実に高校は卒業している年齢のはずだ。
それが娘だというこのふたり…とてもそうは思えないほど若く見える。
早苗さんなんか、制服を着れば今でも女学生といっても通用するくらいなのに…。
にわかには信じられない…。
秋生「渚のやつも、おまえら姉妹を本当の妹のように思ってるぞ」
秋生「おまえらが志望校に合格できたってわかった時は、自分の時より喜んでたからな」
秋生「力有り余って、あの地獄のようなだんご大家族ラッシュで祝ってたしな」
唯「ああ、あれはすごかったよね」
その時のことを思い出したのか、三人とも笑い出していた。
なんだか俺一人が蚊帳の外で、少しだけ寂しかった。
唯「それで、渚ちゃんは今元気?」
秋生「ああ、何事もなく楽しい女子大生ライフを送ってるみてぇだ。近況報告の手紙に書いてあった」
唯「そっか…よかった。渚ちゃん、病気がちだったからね」
秋生「そうだな…原因不明だったせいで、治療のしようがなかったからな…」
秋生「だが、定期的に起きてた発熱が、ある時を境に全く無くなって、そこからだな。あいつが元気になっていったのは」
秋生「っとに、気まぐれすぎるぜ、神様ってのはよ…」
言って、くわえタバコをくゆらせた。
秋生「ま、それはいいとして…パンだったな」
店内を見渡す。
秋生「好きなもん好きなだけ持っていけ。どうせ売れ残りだ。この後近所にさばく予定だったからな」
秋生「ただし小僧、てめぇは有料だ。倍額で買ってけ、こらっ」
朋也「いらねぇっての。つーか、一割引きしてくれるんじゃなかったのかよ」
秋生「なんでおまえなんかに割り引いてやらにゃならねぇんだっ! そんな筋合いはねぇっ!」
朋也「サバゲーで負けて、自分から言い出したんだろうがっ」
秋生「ふははは! あんな口約束信じるとは、やはりただの小僧だな」
理不尽すぎる大人だった。
―――――――――――――――――――――
唯「朋也って、アッキーと仲いいんだね」
パン屋を出ると、唯がそう言って話しかけてきた。
その胸には、いっぱいになった紙袋を抱えている。
俺も同じように両手が塞がっていた。
朋也「どこがだよ…」
唯「私にはそうみえたけどなぁ。それに、なんかふたりとも似てるし」
朋也「嘘だろ…俺、あんな感じなのか?」
唯「みかけのことじゃないよ? なんていうか、中身的な感じでね」
朋也「そっちのが俺はショックだぞ…」
唯「なんで? いいじゃん、アッキー」
朋也「いや、まだ数回会っただけだからどうかしらないけどさ…どう考えても俺のキャラじゃないだろ」
唯「でもさ、アッキーが早苗さんをごまかす時の方法とか、朋也のごまかし方とそっくりだよ」
唯「前に私、朋也に耳元で好きって言われ続けて、許しちゃったことあったもん」
あれか…。確かに身に覚えがあった。
朋也「…それは、俺があのオッサンに似てるんじゃなくて、おまえが早苗さんに似てるんだ」
唯「あ、その言い訳の仕方もなんか似てる」
朋也「そんなわけない。あんまり言うと、このパンがどうなるかわかってるのか」
唯「今のもそっくりだよ」
朋也「くそ、マジかよ…」
唯「もう認めちゃいなって」
朋也「いやだ」
唯「あはは、頑固だなぁ、朋也は」
あんなオッサンと同類なんて冗談じゃない。
………。
けど…なぜだろう、そう言われ、俺は不思議な感覚にとらわれていた。
古河パンという空間、そして、早苗さんとオッサン…それに、渚という子。
なにか心の奥底で引っかかるものがあった。
昔…遠い昔に、俺は誰かのために頑張っていて…充実した温かな日々を送っていた気がする。
そんなこと、年齢から考えても絶対にありえないのに…なぜか実感としてあった。
そして、その最後。とても悲しいことがあって、俺は耐え切れなくて…
どうなってしまったんだろう。ぼんやりと浮かんでくるのは後悔の念だった。
なんなんだろう、この不安は。胸の痛みは。
朋也「唯…」
俺はたまらなくなって、その名を口に出した。
唯「ん? なに?」
いつもと変わらない様子で返してくれる。
そんなありふれたことだけで、俺は平静になれた。
朋也「好きだよ」
唯「え!?…う、うん…私も」
不意打ちになってしまったようで、少し動揺していた。
そんな慌てぶりが可笑しくて、思わず笑ってしまう。
唯「あ、もう…なんで笑うのっ」
朋也「いや、おまえが可愛いからつい」
唯「意味わかんないっ」
そっぽを向かれてしまった。それでも、俺はずっと笑顔でいられた。
そして、切に思う。
こんな温かな日々を。どうかいつまでも…俺にください。
―――――――――――――――――――――
5/10 月
唯「おはよぉ、朋也」
憂「おはようございます、岡崎さん」
朋也「おはよ」
憂「うふふ…」
憂ちゃんが俺を見ながらこらえ笑い。
朋也「うん? なんだよ、憂ちゃん」
憂「ふふ、きのうはすごくラブラブなデートだったみたいですね」
憂「お姉ちゃんから見せてもらいましたよ、プリクラ」
唯「えへへ、つい自慢したくなっちゃってねぇ」
朋也「そっかよ…なんか恥ずかしいな…」
憂「岡崎さんもすごくいい笑顔で写ってましたよね」
朋也「それなりに頑張ったんだよ」
憂「あはは、岡崎さん、普段はクールですもんね」
その表現はきっと、『無愛想』を最大限に持ち上げてくれたものなんだろう。
朋也「まぁ、あんなさわやかな笑い方はしないかな」
憂「それだけレアだったんですよね。あーあ、私も生で見たかったなぁ~」
朋也「そっか? じゃあ…」
前髪をさらっとかきあげる。
そして、笑顔で目を細めながら…
朋也「憂ちゃん」
切なげにその名を呼んだ。
憂「岡崎…さん」
憂ちゃんの表情にとろんと酔いが帯びる。
朋也「憂ちゃん…いや、憂。俺は君のためにずっと笑い続けていたい。そうしてもいいか?」
憂「うん…私、そうしてほしいよ…朋也…」
今、二人だけの世界が形作られていた。
唯「って、なに目の前で浮気してるの!? だめぇーっ!」
間に割って入ってくる唯。
ふたりで作り上げた甘い空間が音を立てて崩れていった。
朋也「ああ…もったいねぇ…」
唯「なにがもったいないっていうのっ! 馬鹿朋也っ」
朋也「いや、俺と憂ちゃんのラブロマンスが始まろうとしてたじゃん、今」
唯「だから邪魔しに入ったんですけどっ」
憂「お姉ちゃん、怒っちゃやだよ?」
唯「憂も、悪ノリしちゃだめっ」
憂「てへっ」
舌をぺろっと出していた。憂ちゃんにもこういうところがあるのか…。
どことなく唯っぽい。やはり、なんだかんだいっても血の繋がった姉妹なのだろう。
唯「朋也、なんでいつも憂にはすごく尽くしてあげるの? もしかして…」
朋也「ああ、その通り。俺は憂ちゃんが大好きだ」
憂「ありがとうございますっ。私も岡崎さんが大好きですよ」
朋也「憂ちゃん…」
憂「岡崎さん…」
見つめあう。
唯「うぅ…もういいよっ、ふたりともきらいっ」
早足で先に進んでいく唯。
憂「あ、待ってよぉ、お姉ちゃ~ん」
それを憂ちゃんが追っていく。いつも通りの、ちょっと騒がしい朝の光景だった。
ちなみに、この後俺は唯の許しを得る代償として、五本分のアイスを奢る契約に判を押してしまっていた。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
澪「いよいよ今週末だな」
律「ん~? なにが」
澪「なにがって、創立者祭に決まってるだろ。どうやったらそんな大事なことが頭から抜け落ちるんだ」
律「ちゃんと覚えてるよ。ただ、私の携帯も週末に機種変しにいくつもりだったから、それとどっちかなと」
澪「おまえの予定なんて知らないからな…」
春原「ムギちゃん、当日は僕とふたりっきりで模擬店みてまわろうね」
紬「えっと…ごめんなさい、その日は体調がすこぶる悪いの」
春原「すがすがしいほどわかりやすい仮病っすかっ!?」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
その日の放課後。軽音部では、ティータイムもほどほどに、すぐさま練習が始まっていた。
追い込みというやつなのだろうか。皆、表情が本番さながらの真剣さだった。
こいつらのそんな姿を初めて見たのは、4月にあった新勧ライブのあたりだった。
あの頃はその場にいることさえ常に違和感がつきまとっていたのに…今はどうだ。
すっかり馴染んでしまい、演奏を聴きながら、のんきに茶なんかすすってしまっているではないか。
本当に…こんな風になるなんて、考えもしなかった。
世の中、なにがどうなるかわからないものだ。
朋也(ふぅ…)
俺は湯飲みを手に取った。そして、一度喉を潤す。
朋也(創立者祭か…)
例年通りに過ごすなら、朝の出欠だけ出て帰るのだが…
今年はそういうわけにもいかない。もちろん、軽音部の手伝いがあるからだ。
それに、俺は唯と一緒にこのイベントを楽しんでみたかった。
まぁ、ふたりっきりというわけにはいかないだろうが…それでもだ。
春原「おい、岡崎」
後ろから春原の声。振り返る。
朋也「なんだよ」
春原「○×ゲームしようぜ」
ペンを持ち、ホワイトボードをこんこんと叩いている。
春原「僕の神の一手をみせてやるよ」
朋也「やらねぇよ。ひとりで詰め○×ゲームでもやってろ」
春原「んだよ、ノリ悪ぃなぁ…ま、いいけど」
きゅぽん、とキャップを外す。そして、おもむろに落書きを始めた。
どうやら部長の似顔絵のようだ。
原型をとどめていないくらいにぐちゃぐちゃだったが、注意書きされていたのでなんとかわかった。
きっとまた、それを見た部長が怒って、春原と一騒動あるのだろう…ぼんやりと思った。
―――――――――――――――――――――
5/15 土
火、水、木、金と過ぎ、創立者祭前日の土曜。
今日は午後から、体育館と講堂で明日のリハーサルが行われる。
三年のほとんどは真っ直ぐ帰宅することになるが、その他の生徒は昨日に引き続き明日の準備に入る。
学祭のような催しに、合計して一日分しか準備時間を割かないというのが実に進学校らしい。
和「ふぅ…」
律「お疲れだなぁ、和」
澪「生徒会、すごく忙しそうだもんな」
和「ええ、まぁね…」
創立者祭は生徒会主導らしく、真鍋は昨日から各種業務に追われ奔走していた。
それはもう、昼食をゆっくり食べる時間さえまともに取れないほどに。
和「ん…」
腕時計を見る。
和「もうこんな時間…そろそろいかないと」
言って、弁当を片して席を立った。
和「また後でね」
律「おう」
唯「頑張ってね、和ちゃん」
和「あんたたちもね」
―――――――――――――――――――――
律「んじゃ、リハ行くか」
昼を済ますと、俺たちはそのまま部室へやってきた。
これから機材の搬入が始まるのだ。
律「あんたらは重いもの持ってくれよ」
朋也「ああ、わかってるよ」
春原「へいへい」
がちゃり
さわ子「ん…まだみんないるわね」
唯「あ、さわちゃん」
さわ子「ふふふ、今回のステージ衣装を持ってきたわよ」
その両腕にはケースが5段重ねで抱えられていた。
律「今週全然来ないと思ってたら…それ作ってたの?」
さわ子「ん~、ちょっと違うわね。確かに、衣装を作ってたっていうのもあるけど…」
さわ子「主な原因は、新しく出来た合唱部の面倒をみてたことかしらね」
紬「え? 合唱部、できたんですか?」
さわ子「ええ。二年生の子が新しく部を作るために4人集めてね。あなたたちと似てるでしょ?」
律「あー、確かに。思い出すなぁ~…私たちは廃部になりかけてたところをギリで防いだんだよな」
唯「私という逸材が入ったことで救われたんだよね」
律「なにが逸材だよ、ハーモニカ吹けますとかハッタリかましてきたくせに」
唯「てへっ」
さわ子「ま、それで、技術指導を頼まれてしばらく出張してたのよ」
律「指導って、それ顧問の仕事じゃないの?」
さわ子「いろいろ事情があって、担当顧問は幸村先生がされてるんだけど…」
さわ子「先生、もともとは演劇部の顧問をされてらしたから、細かい技術面の指導はしてあげられないのよ」
あの人が演劇部の顧問…知らなかった。それほど活動が慎ましい部だったのだろう。
春原「あのジジィに大声出させたら、すぐに天からお迎えが来ちゃいそうだもんね」
さわ子「失礼なことを言わないっ」
ぽかっ
春原「あでぇっ」
紬「でも、ちゃんと活動できてるんですよね?」
さわ子「ええ、もちろんよ」
紬「そうですか…よかった」
律「そういや、ムギは最初合唱部志望だったんだよな」
春原「マジで? ムギちゃんが合唱って…それ、もう天使じゃん」
律「あー、はいはい、そうですね」
唯「でも、一年生の頃はまだ合唱部がなくてよかったよね。ムギちゃん取られちゃうなんて絶対いやだもん」
澪「そうだな。ムギは作曲もしてくれるし、放課後ティータイムに欠かせない存在だからな」
律「菓子も紅茶も用意してくれるしなっ」
澪「おまえは即物的すぎて嫌なやつに見えるな」
律「え、マジ? いや、でもそれだけじゃないぞ? もちろんムギの存在自体が必要だって思ってるよ」
紬「ふふ、ありがとう、みんな」
さわ子「ま、合唱部の話はさておき…はい、みんなどうぞ」
部員たちにケースを配る。
さわ子「あら、梓ちゃんは?」
律「多分クラスの出し物関連で時間食ってるんじゃないの」
さわ子「そ。じゃあ、これはあとで渡しましょうかね」
言って、中野の分であろうケースを机に置いた。
朋也(ん?)
よくみると、そのケースには文字が書かれていた。
『かめしいくがかり』とある。
律「で、これなに? 『かちゅーしゃ』とか書いてあるんだけど」
紬「私のには『とだりゅうななだいめ』って書いてあるわ」
澪「私のは…うぅ…」
律「『しまぱん』って書いてあるな、澪のは」
唯「私は『うんたん』だけど…これ…もしかして…」
さわ子「ふふ、唯ちゃんは知っているようね。そうよ、その通りよ。開けてみなさい」
唯「うん」
ケースを開けて出てきたのは、近未来を思わせる皮製の真っ黒な全身スーツだった。
俺もよく知っているそのデザイン。それはまさしく…
唯「やっぱり、フンススーツだっ」
春原「うお、すげぇっ」
さわ子「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」
律「なんだよ、フンススーツって…」
唯「りっちゃん、FUNSZU知らないの?」
律「知らないけど」
唯「FUNSZUっていうのはね、星人との生き残りをかけた戦いを描いた物語なんだよ」
律「星人? 火星人とかそんなあれか?」
唯「う~ん、なんていうか、地球外生命体のことかな。プレデターとかエイリアンみたいな」
律「ふぅん…」
唯「それでね、このスーツを着ると体がすっごく強くなって、人間でも星人と互角に戦えるようになるんだよ」
律「へぇ…それでなんかSFチックなのか、これ」
スーツをつまみ、眺めながら言う。
さわ子「唯ちゃん、ちょっと物置で着替えてきなさい」
唯「はぁ~い」
―――――――――――――――――――――
唯「どう? かっこよくない?」
スーツを身にまとった唯が戻ってくる。
そのぽわぽわした顔に戦闘服はミスマッチかとも思ったが…意外にアリかもしれない。
律「おお、確かに、かっこいいなっ」
紬「うん、いい感じ」
さわ子「絶対ウケるわよ、これ」
澪「でも…なんかピチピチしすぎてませんか?」
さわ子「大丈夫よ。澪ちゃんスタイルいいし、ボディラインがはっきり見えても問題無いわ」
澪「いえ、そういうことじゃなくて…」
律「あたしこれ着るわ」
紬「私も~」
澪「って、ちょっと待て、本気か? これ、絶対暑いぞ」
唯「けっこう涼しいよ?」
さわ子「その辺のことも考慮して、通気性がよくなるようにちょっと構造をいじってあるのよ。私のオリジナルでね」
澪「で、でも…」
律「なんだよ、澪。着ないつもりか? ひとりだけ普通だと、逆に浮いちゃうぞ」
澪「だ、だって、恥ずかしいし…」
律「いいから、着とけよ。これ着れば、こけてもパンモロしないですむぞ?」
澪「な、そ、そんなの気をつけてればいいだけの話だろっ。っていうか、梓も着たがらないと思うんだけどっ」
律「あいつは事後承諾でいいんだよ。後輩だし」
澪「そんな理不尽なことが許されるものかっ」
律「なんだその口調は…。まぁ、ともかく、ムギ。あたしらも着替えてこようぜー」
紬「うんっ」
澪「あ、ちょっと…」
律「諦めろ、澪。多数決的にもこれで決まりだ。唯も着る気まんまんだしな」
唯「いぇ~い」
澪「うぅ…でも…でも…」
律「みんな一緒の衣装で、結束力を固めようぜ? 同じ放課後ティータイムの一員としてな」
澪「…放課後ティータイムの…一員…?」
律「ああ、そうだ。私たち、仲間だろ?」
澪「うん…」
律「だからさ、おまえも来いよ。一緒に着替えようぜ?」
澪「…う、うん…わかった」
部長の口車に乗せられ、一緒に物置へと連行されていた。
春原「ねぇ、さわちゃん。僕もスーツ欲しいんだけど」
さわ子「あんたは着ても意味ないでしょ。エリア外に出てすぐ頭吹き飛ぶんだから」
春原「スーツ着てるのにそんな初歩的なミスで死ぬんすかっ!?」
朋也「まぁ、おまえは最初からエリア外に転送されてるからな」
春原「なんで僕だけ詰んだ状態から始まるんだよっ!」
朋也「カタストロフィの余波だな」
春原「納得いかねぇえええっ!」
―――――――――――――――――――――
人の行き交いの激しい昇降口を抜け、俺たちは講堂に向けて機材を運んでいた。
澪「うぅ…やっぱり目立つなぁ、この格好…」
確かに…ここにくるまでにどれだけの注目を集めてきただろうか。
すれ違った生徒なんかは総じて興味津々な様子で振り返っていたのだ。
中にはこのスーツにピンとくる奴もいたようで、そんな連中は訳知り顔でにやにやとしていたが。
唯「気にしちゃダメだよ、フンスッ」
律「そうだぞ、フンスッ」
紬「頑張って、澪ちゃん、フンスッ」
澪「なんでそんなに気丈でいられるんだよぉ…」
―――――――――――――――――――――
和「…まぁ、なんていうか、けったいな格好ね」
唯「かっこいいって言って欲しいなぁ」
律「そうだそうだぁ」
和「澪も、よくそんなの着ようと思ったわね」
澪「深い事情があったんだ…しょうがなかったんだ…私の真価が試されていたんだ…」
ぶつぶつと呪文のようにつぶやく。
和「そ、そう…とりあえず、順番が来たら呼ぶから、それまで待機しててちょうだい」
―――――――――――――――――――――
舞台袖に荷を下ろし、観客席側に出る。
壇上では、白いスクリーンが用意されていて、そこに映像が映し出されていた。
なに部かは知らないが、映像の調子を見ているようだった。
声「すみません、遅れましたっ」
唯「あっ、あずにゃんだ」
見ると、楽器を背負い、こっちに向けて小走りで駆けて来るところだった。
梓「準備が忙しくて、なかなか抜け出せなくて…すみませんでした」
梓「搬入も、もう終わっちゃってますよね…?」
澪「ああ。けど、しょうがないよ。一、二年生は大変だもんな、この時期は。だから、気にするな」
梓「は、はい…」
梓「………」
梓「えっと…それで、みなさんが着てるそれは一体…?」
澪「う、こ、これは…」
唯「ライブの衣装だよ」
梓「え? マジですか?」
律「超大マジだよん」
梓「そんな…澪先輩まで…」
澪「梓…これは試練なんだ。放課後ティータイムの絆が問われているんだ」
中野の肩をがしっと掴み、力強く語りだす。
梓「は、はぁ…」
澪「だから、梓…おまえも本番ではこれを着るんだ。いいな?」
梓「は、はい…わかりました…」
その有無を言わせない迫力を前にして、首を縦に振るしかないようだった。
和『合唱部の方、次なので準備をお願いします』
拡声器を使った声が届いた。
すると、端の方に腰掛けていた女の子たち4人が、そろってステージの方に歩いていった。
梓「あれ…うちの学校って合唱部ありましたっけ」
紬「新しくできたのよ。それも、一から部員を集めて、顧問の先生まで見つけてね」
梓「へぇ…すごいですね」
合唱部のリハーサルを俺たちは見届ける。
上手いとか下手とか俺にはわからない。
けど、間違いなく心は動かされた。
それは聴く前と、聴いた後の気分が違っていたのだから間違いない。
それを感動と呼ぶのは簡単な気がしたけど、でも、きっとそうなのだと思う。
続けて、軽音部が呼び出された。
律「うし、いくかっ」
唯「おーうっ」
澪「うんっ」
紬「やってやるですっ」
梓「って、それは私が言おうと思ってたのに…ひどいです…」
気合が入ったのか入ってないのかよくわからない号令をもって、歩き出す。
俺と春原はそれを見送った。
我が軽音部の、誇らしい部員たちを。
―――――――――――――――――――――
5/16 日
迎えた創立者祭当日。この日は通例、朝のHRで出欠だけ取ると、すぐさま自由時間となる。
それからは、ほとんどの生徒は遊びに出ることができるのだが…
発表を控えた文化系クラブの面々はそういうわけにはいかなかった。
午前中に組まれたプログラムに備えて、準備を始めなければならないのだ。
当然、軽音部の部員たちもそんな連中の側にいた。
だが、その発表順には少し余裕があったため、浮いた時間を最後の調整に充てることができたのだ。
朋也「………」
部屋中に音が鳴り響く中、俺は窓の外を見ていた。
立ち並ぶ模擬店の前にはどこも人だかりができている。
一般解放もしているため、私服で訪れている人も多く見受けられた。
それもあってか、かなり混雑しているようだった。
生徒会の人間とおぼしき連中が交通整備をやっているのが見える。ご苦労なことだ。
澪「よし…」
演奏が止む。
澪「このくらいにして、そろそろ講堂入りしとこう」
律「だな。おーい、おまえら、仕事だぞ」
春原「ふぁ…すんげぇ眠いんですけど…」
律「んとに緊張感ねぇなぁ、おまえは」
春原「だって、こんな早くに来るなんて平日だってないぜ? しかも日曜だし…」
律「しっかりしろよ。運んでる最中に落とされでもしたら困るからな」
春原「そんときゃ、ドンマイ」
律「なにがドンマイだ、アホっ! おまえの生死は問わないから身を挺して守れっ」
春原「やだよ。僕のビューテホーな顔に傷がついたらどうすんだよ」
律「最初から5、6発いいのもらったような顔してるから変わんねぇよ」
春原「あんだとっ!?」
くわっと目を見開く。
怒りが引き金となり、すっかり覚醒してしまったようだ。
―――――――――――――――――――――
搬入が終わり、後は出番を待つだけとなった。
俺と春原は軽音部の連中を舞台裏に残し、客席に下りていた。
椅子に腰掛け、映研が上映する短編映画をそれとなく観賞していたのだが…
物語もすでにクライマックスに差し掛かっていたようで、すぐに幕が閉じていった。
照明が戻り、観客の出入りがせわしく始まる。
声「よっ、ふたりとも」
そんな煩雑とした中、横から声をかけられた。
朋也「ん…」
振り返る。
春原「お、ようキョン」
キョン「よ」
キョンだった。
春原にぴっと片手を上げて返し、その隣に腰掛ける。
キョン「えーと…」
座るなり、パンフレットを開くキョン。
キョン「軽音部は次の次なんだな」
朋也「ああ、そうだけど…なんだ、ライブ目当てか」
キョン「まぁな。一度関わっちまった手前、興味湧いたからな」
朋也「そっか」
春原「つーかさ、おまえ、ひとりなの?」
キョン「ああ、そうだが」
春原「ハルヒちゃんはいいのかよ。ふたりで見回らなくてさ」
キョン「なんで俺がわざわざあいつと…」
春原「んなこと言ってると、他の男に取られちゃうぜ?」
春原「今日は他校の男共もナンパ目的でかなり来てるからな」
春原「ハルヒちゃん可愛いし、絶対狙われるぞ」
キョン「そんなことは俺の知ったことじゃない」
春原「へっ、こいつはまた…強がんなって」
キョン「強がってない」
春原「んじゃ、僕が口説きにいってもいいのかよ?」
春原「こんな周りが浮き足立ってる時に僕の巧みな話術展開しちゃったら…一瞬で落ちるぜ?」
キョン「好きにしてくれ」
キョン「まぁ、あいつは今日イベント打ってて忙しいから、相手にしてもらえるかどうかはわからんがな」
朋也「おまえらのクラブもなんかやってんのか?」
キョン「ああ。俺は詳細を伝えられてないんだが…」
キョン「なんでも、アンダーグラウンドとかいう格闘技興行を秘密裏に運営するってことらしい」
朋也「…なんかヤバそうなことやってるな」
キョン「俺はメンバーから外されちまってるんだけどな。あんたには荷が重過ぎるから、ってさ」
それはもしかしたら、こいつを保護するための措置だったんじゃないだろうか。
そんな気がした。
和『お待たせしました。続いては、合唱部によるコーラスです』
真鍋の声がして、幕が上がる。
舞台には、昨日のリハーサルでみた女の子たちが立っていた。
皆緊張した面持ちでその時を待っている。
音楽が鳴り始めと、それが始まりの合図だった。
彼女たちの歌声は、高く館内に響き渡っていた。
―――――――――――――――――――――
合唱部の曲目が終わると、次はいよいよ軽音部のライブだった。
途端に客足の入りが激しくなる。主にうちの生徒がわいわいと集まりだしていた。
やはり校内人気は相当高いようだ。
春原「やべっ…僕トイレいきたくなっちゃったよ」
キョン「そろそろ始まるぞ」
春原「ちょっとダッシュで行ってくるっ」
朋也「っても、この人の多さだぞ。多分押し戻されて戻ってくるだけだ」
朋也「ライブ終わるまで出られねぇよ」
春原「そ、そんなぁ…どうすりゃいいんだよ…」
朋也「諦めてそういう下ネタだって言い張れよ」
春原「って、それシャレになってねぇよっ!」
キョン「ははは、まぁ、30分で終わるみたいだし、それくらい耐えられるだろ、おまえなら」
春原「下ネタに長けてるみたいな言い方しないでくれますかねぇ…」
和『続きまして、軽音部によるバンド演奏です』
真鍋のアナウンスが流れる。すると、それだけでわっと歓声が上がった。
幕がゆっくりと上がっていき、徐々に部員たちの姿が見えてくる。
観客のテンションも右肩上がりだ。
そして、現れる…黒いスーツを身にまとった5人組が。
キョン「…なんだ、あの格好は…」
キョンが訝しげな顔をして疑問符をつけていた。
館内にもあちこちでどよめきが起こっている。
ところどころ、FUNSZUと聞えてくることもあったが…
知らない奴が見れば、さぞ異様に見えたことだろう。
唯『みなさんこんにちは! 放課後ティータイムです!』
唯『今日はお忙しいところお集まりいただき、まことにありがとうございます!』
律『かたいっつーの』
どっと笑いが起こる。
そのおかげで、衣装への不和がほぐれたのか、客席からも声が上がりだした。
声「唯ちゃーーん!」
声「唯ーーー!」
声「平沢さーーんっ」
黄色い声援も中にはあったが、ほとんどが男の野太い野次だった。
MCだからなのか知らないが、唯に集中している。
朋也(そういえば、真鍋の奴が唯はモテるとか言ってたな…)
朋也(もしかして、唯ファンの連中なのかな…)
そう考えると、ちょっとした優越感が味わえた。
朋也(てめぇら、唯は俺の彼女だぜ…ふふふ…)
唯『みんな、ありがとぅーっ』
壇上で大きく手を振る。
唯『えーっと、初めての人は、はじめましてっ。二回目以降の人は…うぅん? えーと…』
唯『こ…こんにちはっ』
声「こーんにーちはー」
某長寿昼番組風な答えが返ってくる。
唯『えへへ…えっと、私たちはこの学校で軽音部に入って活動してる、放課後ティータイムといいます』
声「そーですねー」
唯『あははっ…ん、でですね、実は、先月新勧ライブをやったんですよ…』
マイクに手を当て、内緒話のようにささやいた。
律『シークレット調に話す意味がわからん』
唯『そっちのほうが深みが出るかなと思って…』
律『深みっつーか、むしろなんか裏がありそうに見えるんだけどっ』
唯『ありゃ? そう?』
そのやりとりで、客席が笑いで沸いていた。
あれは全部アドリブでやっているんだろうか。
とくに打ち合わせしていた様子はなかったように思う。
唯『まぁ、それでですね、新勧ライブなんですけど…やったってところまで話しましたよね?』
律『ところまでって、そこが冒頭だろ』
唯『そうですそうです、ここから物語が展開していくんです』
唯『それでですね、やったのに全然新入部員が入ってくれなかったんですよ、あははー』
律『起承転結してなすぎること物語るなよ。起結しかねーじゃん』
声「りっちゃーん、ツッコミ代弁ありがとー」
客席から声。
律『ははっ、いやいや…』
唯『まぁ、そういうことなので、ただいま部員募集中ですっ! 来たれ、興味のある人!』
声「唯ーーーっ! 俺が入るぞぉおおおっ!」
今までの野次とは質の違う、よく通る大きい声。
その発生源に館内すべての注目が集まっていた。
キョン「あ…あの人は…」
春原「うわ…サバゲーの男だ…」
朋也(オッサン…来てたのか)
秋生「唯ーーーっ! 俺がラップ担当してやるぞぉおおっ!」
秋生「YO! YO! 俺MCアキオ マイク握れば最強のパンヤー」
ずるぅ!
満場一致で盛大にずっこける。
キョン「つーか、平沢さんの知り合いだったのか…」
春原「変な人脈持ってるよね…やっぱ、類は共を呼ぶって奴なのかな、ははっ」
朋也「無理して覚えたてのことわざ使わなくていいぞ」
多分誤字もしているような気がするし。
春原「無理なんかしてねぇってのっ!」
唯『ア、アッキーはもう高校生じゃないから無理だよ…』
秋生「なにぃいいっ! 自分から誘っておいて…」
発言の途中、隣に座っていた女性に止められる。
その人はオッサンになにかを言い聞かせ、根気よくなだめているようだった。
そして、その説得が功を奏したのか、オッサンもしぶしぶ座っていた。
女性がステージに向かって手を振る。
よく見ると、その女性は早苗さんだった。
唯『ありがとうっ、早苗さん』
唯も手を振って返していた。
唯『さて、告知も終わりましたので…本番いってみましょうっ』
唯『それじゃ、一曲目、カレーのちライス!』
いつも練習で聴いていた、馴染みある音が奏でられる。
そこに唯の声が乗ると、ひとつの曲として走り出したことを実感する。
館内は、騒然と熱気に包まれ始めていた。
―――――――――――――――――――――
唯『ありがとうございましたぁっ』
最後に一言そう投げかけて、ライブの締めくくりとした。
未だ観客の歓声が続く中、幕が下りていく。
そして、興奮の余韻を残したまま、人の移動が始まった。
春原「やべっ、もう限界だっ」
流動する波の中に迷い無く飛び込んでいく。
押しつ押されつしながらも、掻き分けるように進んでいく。
無事にトイレまでたどり着ければいいのだが。
朋也(さて…)
立ち上がる。
幕の向こう側では、片付けが始まっているはずだった。
俺も行かなくてはいけない。
キョン「撤収作業にいくのか?」
朋也「ああ、まぁな」
キョン「じゃ、俺も手伝うよ」
言って、キョンも立ち上がった。
朋也「いいのか?」
キョン「どうせ暇だしな」
朋也「そっか。サンキュな」
キョン「おまえらをサバゲーに巻き込んじまったことあったしな。おたがいさまだ」
朋也「それは、その前におまえをバスケで借りてたからだろ」
キョン「そうじゃなくても、あの団長様なら無理にでも参加させてただろうからな」
キョン「その辺の事情はあまり関係ないさ」
朋也「そっか」
確かに涼宮のあの気性なら、さもありなんといったところか。
朋也「じゃあ、いくか」
キョン「ああ」
―――――――――――――――――――――
キョン「おつかれさん」
一仕事終えて弛緩した空気の中、わきあいあいと荷をまとめる部員たちに声をかける。
唯「あ、キョンくんだ! 久しぶり~」
キョン「久しぶり」
唯「ライブ見に来てくれたの?」
キョン「ああ、見てたよ。かなり盛り上がってたよな。MCも面白かったし」
唯「えへへ、ありがと」
律「で、どうしたんだよ、こんなとこまできてさ。サインでも欲しいの?」
キョン「いや、俺も片付け手伝いに来たんだよ。人手が多い方がいいかと思ってさ」
律「マジで? 気ぃ利くなぁ、あんた」
澪「ありがとう、キョンくん」
唯「ありがと~」
梓「ありがとうございます」
紬「部室に戻ったら、すぐにお茶出すわね」
キョン「ああ、お構いなく」
紬「遠慮しないで? 手伝ってもらうんだから、もてなしてあげたいの」
キョン「そうですか? じゃあ、よろしくお願いします」
キョンは琴吹に対しては最初に出会った時からずっと敬語だった。
卒業してしまった先輩とどこかダブって見えてしまうからだということらしかった。
律「で、春原のアホはどこいったんだ? まさか、ブッチしたんじゃないだろうな」
朋也「あいつはトイレに行ってるよ。ライブ前からずっと我慢してたから、マジダッシュでな」
律「間の悪い奴…」
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春原「ふ~い…」
すっきりした顔の春原が、前方からちんたらやってきた。
春原「あれ…」
こちらに気づく。
春原「あんだよ、キョン。こき使われてるね」
律「人聞きの悪いこと言うなっての。自ら志願してくれたんだよ」
春原「マジで? マゾいね。そっち系なの?」
キョン「ただの善意だ…妙なミスリードしないでくれ」
律「ほら、いいからおまえも運んでこいよ」
春原「わぁったよ」
朋也「いや、まて。それはやめた方がいいかもしれん」
律「ああ? なんで」
朋也「こいつ、トイレの後も絶対に手を洗わないっていう、腹に決めた固い信念を持ってるからな」
春原「なんでそんなことに頑ななんだよっ! 変なキャラ付けするなっ!」
紬「春原くん…どんな高みを目指してるの?」
春原「って、ムギちゃん、信じちゃだめだぁああああっ」
律「わははは!」
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