- 朋也「軽音部? うんたん?」1・ 2・ 3・ 4・ 5・ 6・ 7・ 8・ 9・ ラスト
172:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:48:22.74:+UZ/pLeq0
文化祭が終わると、しばらくはまた部室に集まって、だらだらとした日々を送っていた。
あのライブですっきり引退したにも関わらず、だ。
中野は、受験勉強はいいのかと、口をすっぱくして言っていたのだが…
どこか俺たちの訪問を喜んでいる節があった。
楽しかった日常が、まだ続いていくことが嬉しかったのだろう。
それに、唯たちがいなくなれば、残された部員は中野のみになってしまう。
その寂しさもあったんじゃないかと思う。
そんな中野の心情を汲み取ってか、唯たちは足しげく部室に通い続けていた。
―――――――――――――――――――――
10月の末、俺は18歳の誕生日を迎えた。
その日は唯と二人で久しぶりにデートに出かけた。
そして、その最後には、平沢家で憂ちゃんが用意してくれた料理を三人で囲み、祝福してもらった。
プレゼントには、手作りのだんご大家族のぬいぐるみをもらった。
単純な作りだったので量産できたらしく、ふくろいっぱいに詰めて持ち帰った。
唯の誕生日には、俺も何か用意しておこう。
11月の27日らしいので、すぐにその日はやってくる。
金はなかったから、なにか俺も手作りの品を渡すしかなさそうだ。
なにがいいだろう…。
俺はそんなことばかり考えていた。
もうすぐ訪れるであろう別れの予感を胸の奥底に押し込めて。
―――――――――――――――――――――
そして…唯の誕生日も過ぎていき、本格的な冬が来た。
誰もが緊張した面持ちで自分の将来を占っている。
当然、軽音部の面々も、そうなるかと思っていたのだが…
相も変わらず部室に顔を出し続け、いつも通りティータイムに興じていた。
といっても、ただだらけているわけじゃない。受験勉強の場を部室に移したのだ
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173:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:48:56.26:+UZ/pLeq0
それは、中野のためだったのか、それともティータイムのためなのか…そのどちらもなのか。
この際、なんでもいい。この期に及んで、らしくいられるこいつらが、俺には頼もしく見えていた。
それは、俺自身の進路が不安定なまま、ひとつ場所に定まっていなかったからかもしれない。
目標もなく、目的もなく…ただ惰性で生きてきたような奴の末路なんていうのは、こんなものだ。
だからこそ、いつだって変わらない、普遍的な存在が、心のより所となりえるのだろう。
―――――――――――――――――――――
朋也「わははははっ!」
春原「笑うなっ」
朋也「誰だよ、おまえはよっ」
春原「自分で鏡を見たって違和感バリバリだよ」
春原「でも仕方ないだろ…就職難だって言うしさ」
朋也「おまえの田舎じゃ、関係ないんじゃないの?」
春原「どんな田舎を想像してくれてるんだよ…」
朋也「孤島」
春原「本州だよっ!」
春原「…というわけで、しばらくいなくなるな」
コートに身を包んだ春原が立ち上がる。
174:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:50:12.47:jpDSDOMkO
春原「ま、勝手に部屋を使うな、と言っても、使うんだろうから、何も言わないけどさ…」
春原「悪戯だけはすんなよ」
春原は今日から、田舎に帰る。
就職活動だった。そのために髪を黒く染め直していたのだ。
進学しないのであれば地元に帰って就職する…それは親との約束だったらしい。
そんなことを言い出された日、俺は現実を突きつけられた気がして、ショックだったのを覚えている。
そう…もう、馬鹿をしていられる時間は終わったのだ。
俺よか、春原はよっぽど切り替えが早くて…
俺は置いてきぼりだった。
今も、そう。
残り火に当たるようにして、じっとコタツに張りついていた。
春原「決まり次第戻ってくるけどさ…」
春原「そん時はもう、卒業間際かな」
春原「まぁ、おまえも就職活動で忙しくなるのは一緒だからな…」
春原「きっと、あっという間だぞ」
春原「じゃあな、健闘を祈る」
春原が部屋を出ていく。
俺はぼーっとその背中を見送った。
何かしなければならないんだろうな…。
そんなことを考えながら。
175:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:51:49.99:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――
翌日から俺は、就職部に通い始めた。
こんなところに世話になる生徒は他にいないのか、担当の教師以外に人はいなかった。
―――――――――――――――――――――
教師「進学校であることのほうがネックになることがあるよ」
その老いた教師は言った。
教師「進学校の落ちこぼれよりも、レベルが低い学校で頑張っている人間の方が好まれる」
教師「単純にそれは内申で判断される。人間性の問題だからね」
教師「君はそこんところは自覚しておいた方がいいよ」
教師「ショックを受けないように」
教師「でも、ま、諦めることはない」
教師「そのうち、納得のいく仕事も見つかるよ」
朋也(春原も同じ苦労してんのかな…)
朋也(でも、あいつのことだからな…)
朋也(俺なんかより自分の立場を把握してんだろうな…)
朋也(よっぽど俺のほうが子供だ…)
176:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:52:23.62:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
冬休みに入り、俺は本当にひとりだった。
唯は勉強で忙しく、ふたりで居たいなんて、とてもじゃないが言い出せなかった。
クリスマスさえ、一緒に出かけることはなかったのだ。
俺は無意味に春原の部屋で過ごしていた。
自宅よりか、落ち着く場所だった。
朋也(ずっと、ここに居たな、俺…)
無駄にだらだらと過ごした三年間。
今はまだ、三年前と同じ場所に居る。
けど、もう俺たちは…
ブレーキが壊れた自転車のように、走り続けていくんだろう。
そんな気がしていた。
上を目指すわけでもなく、現状維持が精一杯でも…
それでも、がむしゃらにやらないと、負けてしまいそうな日々。
何かに追われるようにして、走っていくのだろう。
この小さな町で。
そんな時間の中で、俺は何を見つけられるのだろう。
もう、それは見つけておかなくてはならなかったのではないか。
少しだけ、恐くなる。
これからの人生の中には、それはもう、見つけることができないのではないか…。
大切なものは、過去の時間に埋まったままで…二度と掘り出せないのではないか…。
もう、俺は…
このままなんじゃないのか。
焦燥感だけを覚える日々で…
あくせくと働く日々で…
…もう、俺は…
………。
177:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:53:14.07:3dGwMLLn0
時を刻む唄聞きながら読んだら破壊力倍増
しっかしうまくクラナドとけいおんの世界を繋げてるなぁ
178:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:54:41.12:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――
就職活動を始めてはや幾日。
自分の力で探し当てた企業は、どれもこれも駄目だった。
どんなささやかな希望も叶わなかったのだ。
これからの人生を暗示しているようで、気が重くなる。
朋也「はぁ…」
そんなある日のこと。
失意に暮れながら、いつものように春原の部屋に足を運んでいると…
朋也「ん…」
視線を上げた先…高い位置に人が居るのを見つけた。
高い位置、というのは空中のことで、一瞬驚く。
が、よくみるとなんてことはなく、梯子に登った作業員だった。
そんなことさえ、時間差でしか気づけないほど俺は消耗しているのだろうか…。
ともかくも、どうやらその作業員は街灯を取り付けているようだった。
見覚えのある光景。
前に俺もその仕事を一日だけ手伝ったことがあった。
そして、あの日、俺は思い知ったはずだ。
いかに自分が、ぬくぬくと暮らしてきたかを。
そして、厳しい社会が待っていることを。
なのに俺は、その教訓を生かすことなく、延々と怠惰な日常を過ごしていた。
あの時…芳野祐介だって、自分とさほど歳の差が無い人で…そのことでもショックを受けたはずだ。
朋也(なのに、俺は…今まで何をやっていたんだ…)
歯がゆさとともに、いろんなことを思い出していた。
179:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:55:18.19:+UZ/pLeq0
そして、その厳しさに見合う対価が得られることも。
あの額ならば、自分の力で食っていける。もう、誰にも頼ることなく、自立できる。
俺は目を凝らし、作業員の顔を判別しようとした。
遠くてよくわからない。けど、背格好が似ている気がする。
別に違ったっていい。俺は焦燥に駆られて走り出していた。
―――――――――――――――――――――
作業員「…ふぅ」
作業員は地面に降り立ち、煙草をふかしていた。
納得がいくしごとができたのか、街頭を見上げて、何度か頷いている。
朋也「芳野…さんっ」
その名を呼んだ。
芳野「あん?」
顔がこちらに向く。芳野祐介…いや、芳野さんだった。
朋也「どうも」
芳野「………」
芳野「…ああ。よぅ」
少し考えた後、思い出したように、挨拶を返してくれた。
芳野「ええと…確かキャサリン…いや、山中の教え子だったよな」
180:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:56:37.72:jpDSDOMkO
朋也「岡崎です。岡崎朋也。自己紹介はまだでしたよね」
芳野「ああ、そうだったな」
芳野「で、どうした。また暇なのか」
朋也「俺を雇ってくださいっ」
そう頭を下げていた。
芳野「え、マジか…」
朋也「ええ、本気です」
芳野「それは助かるがな…。こっちはいつだって人手不足だからな」
芳野「けど、おまえまだ学生だろ。歳はいくつだ」
朋也「18です」
芳野「なら、三年じゃないか。おまえ、坂の上の進学校に通ってるんだろ? 受験はいいのか」
朋也「いえ、俺、完全に落ちこぼれちゃってて、進学とかは無理なんです」
朋也「だから、今は就職活動中なんですよ」
芳野「そうなのか…。まぁ、それならそれで構わないが…」
芳野「おまえも知ってるように、きつい仕事だ」
181:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:57:07.73:+UZ/pLeq0
朋也「覚悟の上です」
芳野「春頃のおまえは、一本立てるだけでへたれてたよな」
朋也「それは…慣れれば大丈夫だと思います」
食い下がる。ここで引くわけにはいかない。
芳野「………」
朋也「頑張ります」
芳野「そうか…」
芳野「OK。雇おう」
よかった…やっと先の見通しが立った…。
芳野「ただし、卒業してからだ。中退したりせずに、ちゃんと卒業だけはしろ」
朋也「あ、はい、それはもちろんです」
芳野「それと、おまえのとこの学校、今冬休み中だろ?」
朋也「はい、そうです」
芳野「だったら、休み一杯はまずバイトとしてフルで働いてもらうが、いいか」
朋也「はい、任せてください」
182:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:59:05.64:jpDSDOMkO
芳野「よし。じゃあ、おまえ、携帯持ってるか」
朋也「いえ、すみません、持ってないです」
芳野「そうか。なら、自宅の番号を教えてくれ。追って詳細を連絡する」
言って、メモ帳とペンを取り出した。
朋也「わかりました。えっと…」
電話番号を伝え、一礼してその場は無事取りまとまった。
―――――――――――――――――――――
そして、バイトとして働き始めた初日のこと。
俺は疲れ果て、ぼろぼろの状態で凱旋していた。
朋也(ふぅ…)
部屋に戻り、ベッドに身を沈める。
朋也「…あー…疲れた」
思わず独り言が出てしまう。
朋也「痛…」
ちょっと動くと筋肉痛が襲ってきた。
朋也(風呂でよく揉んだのにな…)
183:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:59:34.55:+UZ/pLeq0
朋也(つーか、きつい…続くかな、俺…)
少し心が折れそうになる。
朋也(いや…やらなきゃだな…これは全部、今までのツケだ)
そう思い、心を奮い立たせる。
朋也(あー、にしても…唯に会いたい)
弱った時には、あいつの笑顔で支えてほしかった。
朋也(そうだ、明日は午前だけだって言うし…午後から会いに行こう)
朋也(よし…決めた)
多少心に豊かさが戻り、眠りにも割とすんなりつけた。
―――――――――――――――――――――
最初の内はキツかったが、一週間もすれば体が慣れていった。
まだまだバイトの仕事量だったので、なんともいえないかもしれないが…
それでも、この調子なら、なんとかこなしていけそうな気がしていた。
―――――――――――――――――――――
教師「そうか、よかったな」
老教師は、そう俺を労った。
俺よりも嬉しそうだった。
184:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:01:18.63:jpDSDOMkO
報告しに来たのは、三学期の始業式を終えた午後だった。
教師「見ていた生徒の進路が決まると安心するんだ」
教師「特にこんな学校だ。私が見る生徒は少ない」
教師「わが子のように、うれしく思うよ」
教師「………」
朋也「先生」
教師「うん?」
朋也「お世話になりました。本当に…俺なんかをみてくれて、ありがとうございました」
態度も出来も悪い俺を、根気よく励まし続けてくれたこの老教師。
俺はこの人に、幸村のジィさんやさわ子さんに近いものを感じていた。
だから、儀礼的なものでなく、腹のそこから礼の言葉を出すことができた。
教師「ああ、頑張りなさい」
朋也「はい。それでは」
深く礼をして、ストーブの匂いが篭った部屋を後にした。
―――――――――――――――――――――
さわ子「そ…あいつのとこで働くことになったのね」
185:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:02:00.44:+UZ/pLeq0
さわ子さんにも報告するべく、職員室まで足を運んでいた。
朋也「ああ」
さわ子「じゃあ、一度挨拶に行っておかないとね。馬鹿なところもある子だけど、よろしくってね」
さわ子「それとも、あんたの武勇伝を語ってネガキャンしておこうかしら、おほほ」
朋也「さわ子さん」
さわ子「なに?」
朋也「ありがとな。三年間、いろいろ面倒見てくれて。感謝してるよ」
それは、軽音部と関わることになったきっかけを作ってくれたことも、もちろん含めてのことだった。
この人がいなければ、俺は今頃どうなっていたかわからない。
きっと、ロクでもない道を辿っていただろうと思う。
さわ子「………」
さわ子「馬鹿…教師なんだから、教え子が可愛いのは当然じゃない」
さわ子「とくに、馬鹿な子ほどかわいいっていうしね…」
さわ子「はぁ、まったく…」
メガネをはずし、天井を仰ぐ。そして、片手で両目を押さえた。
さわ子「こんなとこで泣かさないでよ…お化粧落ちちゃうじゃない…」
186:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:03:19.70:jpDSDOMkO
朋也「そっか。そりゃ、かなりな事態だな。すっぴんはヤバイもんな」
さわ子「そこまでひどくないわよ…ほんと馬鹿ね。いいから、とっとと行きなさい」
さわ子「あの子たちにも、報告しにいくんでしょ」
朋也「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」
朋也「それじゃあ、失礼します」
丁寧に告げて、職員室を出た。
―――――――――――――――――――――
澪「え…芳野さんのところで?」
朋也「ああ」
次に訪れたのは、軽音部部室。
中野以外は、全員過去問を開き、その解説を見ていた。
時間を計り、一度本番形式で解いたのだという。
今は茶を飲みながら、答え合わせと、誤答した箇所のチェックをしていたらしい。
澪「へぇ…すごいなぁ、芳野さんと一緒に働けるなんて」
朋也「いや、確かに芳野さんはすごい人だろうけど、俺は別に大したことしてないぞ」
梓「そんなことわかってるに決まってるじゃないですか。社交辞令ですよ、社交辞令」
朋也「俺だってわかってるよ。ただ謙遜して合わせただけだ」
187:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:07:12.58:+UZ/pLeq0
澪「そ、そんな、私は本音で言ったからね?」
梓「澪先輩、この人に建前トークはしちゃだめですよ。すぐ真に受けるんですから」
澪「だから、私は本心を言ったまでだってっ」
律「ま、なんにせよ、おめでとさん」
紬「おめでとう、岡崎くん」
朋也「ああ、サンキュ」
唯「………」
律「どした、唯。なんか朝から元気ないけど…彼氏が内定出たんだぞ? 祝ってやれよ」
唯には前から知らせてあったので、今さらな話だったのだが…確かに、朝からどこか浮かない顔をしていた。
受験を目前にしてナーバスになっているのかと思ったので、そっとしておいたのだが…
励ましてあげた方がよかったんだろうか。
けど、受験もしない俺がどんな言葉をかけたとしても、すべて嘘臭くなってしまいそうでもある。
難しいところだ…
唯「うん…なんかね、卒業したらみんなバラバラになっちゃうんだなーって思ったら、ちょっとね…」
と、思いきや、予想外の答えが返ってきた。
唯は別に、自分の身を案じていたわけではなかったのだ。
ただ、離れ離れになっていくことを寂しく思っていただけで。
それも、こんな、受験生なら誰もが自らの前途に不安を抱く時期に、俺たちのことを想って。
唯の繊細な部分に気づいてあげられなかった…反省。
188:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:08:16.35:+UZ/pLeq0
と同時、少し恥ずかしくもある。
この前まで俺は、遠く不確かな未来に怯えて立ちすくんでいたので、てっきり唯もそうだと思い込んでしまっていたのだ。
彼氏として…というか、人としてまだまだ未熟なんだろう、俺は。
律「ああ…そういうこと。ま、そうだな…」
律「岡崎はこの町で就職、春原は地元に帰るし、梓は現役女子高生続行で、さわちゃんはここで教師続けるってな」
朋也「でも、おまえらは同じ大学受けるじゃないか」
それも、東京の有名私立大学だ。
そこは、昔の偉人が創設した名門校で、俺でさえ前からその名を知っていた。
さすがに学部学科まで同じところを受けるというわけではなかったが…
キャンパスは共有しているのだから、今と変わらない関係が続けられるはずだ。
律「受かるかどうかわかんねーじゃん」
朋也「腐っても進学校だろ。おまえらは一般入試組だし、十分圏内じゃないのか」
澪「岡崎くん、それはね、普段まじめにやってる人たちの話だよ」
澪「だから、律と唯はけっこう…アレなんだ」
律「アレってなんだよ、はっきり言えーっ!」
澪「アホ」
唯「えぇーっ!?」
律「んな直球で言うなぁ! もっと婉曲表現とか擬人法とか使えっ!」
189:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:09:45.62:jpDSDOMkO
澪「擬人法って…木が『律と唯は落ちます』と喋った、とでも言えばいいのか?」
唯「澪ちゃん、木に『落ちる』とか『滑る』とか、タブーを喋らせちゃだめぇっ」
澪「だって、律がそう言えって…」
律「言ってなーいっ!」
紬「くすくす…」
一転して、明るくなる空気。
やっぱりこいつらはこうでなければ。
律「澪、おまえ、なんか最近毒吐くけど、ストレス溜まってんのかぁ?」
澪「それなりにな」
紬「じゃあ、リラックスできるように、お線香を持ってこようかしら」
律「せ、線香?」
唯「あ、いいねっ、線香! 落ち着くよねっ」
紬「でしょ?」
律「い、いや、でも、それはちょっとな…」
澪「う、うん、遠慮しておきたいな…」
紬「そう? 残念…」
190:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:11:14.33:jpDSDOMkO
律「でもさ、悪戯用にストックしておくのもいいかもな」
律「春原の馬鹿にブービートラップ仕掛けてさ、ケツに引火! とかやったりな、くひひ」
朋也「でもあいつ、帰ってくるのは卒業間際だって言ってたぞ」
朋也「だから、自由登校になった後だし、学校出てくるかもわかんないけどな」
律「マジかよ…くそぉ、つまんねーの…せっかくまた、頭まっキンキンに染め直してやろうと思ってたのに…」
律「早く帰ってこいっつーの、馬鹿原…」
唯「あれあれ? 春原くんが恋しいの?」
律「ばっ、んなわけねーってっ!」
紬「うふふ、1/3の純情な感情ね、りっちゃん」
律「む、ムギまで…うぅ…べ、勉強するぞ、勉強! おまえら、しっかりしろーっ!」
澪「あ、無理やり話題変えた」
律「ちがーうっ! 勉強に目覚めたんだよ、今っ! 覚醒したのっ!」
梓「危ない粉でも隠し持ってたんですか?」
律「中野ーっ!」
―――――――――――――――――――――
191:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:11:45.76:+UZ/pLeq0
朋也「…よし」
生活必需品と衣類、学校関連の教材などをまとめ、スポーツバッグに詰め終わる。
長年暮らしてきた、この家…実家を出るための荷造りだった。
俺は芳野さん経由で、個人家主の物件を紹介してもらっていたのだ。
普通なら、現高校生の段階で審査が通るはずもないのだが…
そこは個人家主のメリットで、大家さんに融通してもらえていた。
敷金、礼金は、冬休み中の貯えがあったので、楽に払えた。
当面の生活費は、今も放課になるとたびたび仕事に呼び出されていたため、その給与で卒業までは賄える見込みがあった。
抜け目のない布陣に見えるが…ひとつ問題があった。
アパートに移ってしまうと、朝、平沢姉妹と一緒に登校できなくなってしまうのだ。
といっても、2月になれば自由登校になり、学校に行く必要もなくなるのだが。
授業日数も残り僅かだったので、いい頃合だと思い、転居が決まる前、唯には話をしておいた。
すると、卒業まではこの家にいて欲しいと請われた。けど、俺が首を縦に振ることはなかった。
確かに、ここにいれば唯と一緒に居られる時間が増える。とくに一月中は。
でも、2月、授業がなくなって自習するだけの状態になると、話が変わってくる。
唯が登校するのは、部室で勉強するためだ。俺には唯と一緒に居たいという動機しかない。
だが俺が部室に居ても、なんの役にも立てないどころか、気を散らせてしまうばかりだ。
それに、ただ黙って勉強を眺めているだけというのも、かなり味気ない。ナンセンスだ。
そういう事情もあり、距離というどうしようもない理由を作って茶を濁すつもりだった。
いや…それも綺麗ごとか。一番の理由は…やっぱり、親父と離れたかったからに他ならないのだから。
朋也(いくか…)
パンパンに膨らんだバッグを三つ肩に掛け、下の階に降りた。
―――――――――――――――――――――
いつものように親父は居間で転がっていた。
193:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:13:13.31:jpDSDOMkO
朋也「なぁ、親父」
小さく上下する肩に触れる。
親父「ん…」
寝言か何かよくわからなかったが、親父が小さくうめいた。
朋也「俺、家を出るから…」
それを一方的に目覚めたと判断して、俺は話を始めた。
朋也「ひとりで元気にやってくれよ…」
それだけを伝えて、俺は親父のそばから離れる。
そして、玄関へ…
ぎっと背後で床がきしむ音がした。
振り返らざるをえない俺。
朋也「おはよう」
平成を装う。
親父「朋也くん…どこかへいくのかい」
朋也「アパートだよ。就職の見込みがあるから、保護者印なしで貸してくれるとこがあったんだ」
親父「就職、決まったのかい?」
朋也「ああ」
194:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:13:52.21:+UZ/pLeq0
親父「それは、おめでとう。でも…寂しくなるね」
親父「朋也くんは… いい話し相手だったからね」
走って逃げ出したかった。
朋也「こっちにも都合があるんだよ。わかってくれ…」
押し殺した声でそう言う。
最後は…最後まで平静でいよう…。
親父「そうだね…」
朋也「じゃあ、いくから」
俺は背中を向ける。
―――――――――――――――――――――
いつも帰る場所だった家。
今だけは、違う。
どれだけ時間がかかるかわからなかったけど…
いつかは戻ってこれる日がくるのだろうか。
朋也(こんなにも、後ろ向きな俺が…)
朋也(逃げ出しただけじゃないかっ…)
だから最後にこう告げた。
195:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:14:25.61:+UZ/pLeq0
朋也「さよなら、 父さん」
俺は歩き出した。
―――――――――――――――――――――
一月も終わろうかというその日。
放課後になると、俺はいつものようにすぐ下校していた。
最後に部室へ顔を出したのは、就職報告へ行った時だ。
あれ以来俺は直帰するようになっていた。
―――――――――――――――――――――
朋也「あ…」
外に出ると、雪が降っていた。
珍しいものだと思った。
こらから本降りになるのだろうか。
明日の朝には積もっているだろうか。
これからはどうしようか。
今日は仕事が入っていない。
春原もまだ戻ってきていない。
早く帰って来てくれればいいのに…。
最後の時間はどう過ごそうか…。
就職が決まってしまったふたりでも…馬鹿できるだろうか…。
できるだろう…俺たちは本当に馬鹿だったから。
―――――――――――――――――――――
いろんなことを考えながら、俺は門を抜け、坂を下る。
196:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:15:41.40:jpDSDOMkO
その先に…彼女はいた。
朋也「よう…なにやってるんだ、坂上」
桜の木をまっすぐに見つめるその横から声をかけた。
智代「ん…おまえは、あの時の」
朋也「覚えててくれたのか」
智代「それはそうだろう。おまえの助言で私は副会長に鞍替えしたんだぞ」
朋也「そうだったな。で、こんな寒い日に棒立ちして、なにをしてたんだ」
朋也「なにか面白いことでもあるのか」
智代「ただ桜の木を見て感慨にふけっていただけだ。私と、真鍋会長で守ったここの木たちをな」
朋也「そっか。じゃあ、達成できたんだな、おまえの目的」
智代「ああ。とても長くかかった。けど、なんとかここまで漕ぎ着けた」
智代「これも、真鍋会長の力添えがあったからだ」
智代「私一人の力じゃ絶対に成し得なかったと思う」
智代「それだけこの学校は広く、深い構造の中で動いていたことがわかったんだ」
智代「真鍋会長からノウハウを教わっていなかったら、きっと誰も私についてきてくれなかっただろうな」
197:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:16:03.67:+UZ/pLeq0
朋也「そっか」
ということは…こいつも、あの特殊な生徒会に染まってしまったのだろうか。
でも、そんな風には見えない。初めて会った時の純粋な瞳を、今も持ち続けていたから。
智代「だから、おまえには感謝している」
智代「あの時、事を急くあまり状況が見えていなかった私を客観的に諭してくれたおかげで、冷静になれたんだ」
智代「ずいぶんと遅れたが、今礼を言っておく。ありがとう」
なんのけれんみもない透明な言葉。
生徒会内にいて、ドロドロした裏を見てきた人間が、こうも穢れなくいられるものだろうか。
普通ならスレてしまうだろう。
そうならないのは、こいつの持って生まれた器の大きさが成せるわざかもしれない。
まさに将来への展望が期待される大器だった。
朋也「まぁ、助力できたんなら、俺も後味がいいよ」
朋也「俺はもともと、真鍋に肩入れする腹積もりでおまえに副会長を勧めただけだったからな」
智代「そうなのか。おまえは、結構ドライな奴だったんだな」
智代「あの時、熱心に説得してくれたから、もっと熱い男かと思っていたんだぞ」
朋也「まぁ、そういう利害が絡んだ話には決まって裏表があるもんだ」
智代「そういうものか…」
朋也「ああ。だけど、おまえはこれからもまっすぐでい続けてくれよ」
198:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:17:52.76:jpDSDOMkO
朋也「俺、そういう奴好きだし…それに、結局はそれが一番正しくて一番強いだろうからな」
智代「まっすぐか…それは、単純そうでいて、その実難しそうだな」
朋也「おまえなら簡単だよ。そのままのおまえでいればいいだけだからな」
智代「私はまっすぐなのか?」
朋也「ああ、すげぇ直線だ」
智代「そうか…じゃあ、おまえにも好かれているというわけだな?」
朋也「ん、まぁ、そうだな」
智代「なら、私は私でいられ続けるよう精進していこう。おまえに好かれるというのも、悪くない気分だからな」
朋也「そりゃ、光栄だな。そんじゃ…もう話すこともないし、俺、行くな」
智代「うん、それじゃあ」
別れ、その場を去った。
帰り道…不思議と胸がすっとしている自分がいた。
―――――――――――――――――――――
2月になり、自由登校期間に入った。
俺はもちろん学校に用なんかあるわけもなく、アパートの自室で時を過ごしていた。
仕事がある時以外は基本暇だった。
春原さえいれば、最後になにか大きな馬鹿をやってもよかったのだが…。
就職活動が難航しているのか、それとももう決まって実家でゆっくりしているのか…
200:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:21:13.38:jpDSDOMkO
とにかく、あいつはまだ帰ってきていなかった。
朋也(いい加減帰ってこいよな…何様のつもりだ、あの野郎…)
朋也(部屋に家庭ゴミ分別せずに捨てちまうぞ…)
………。
朋也(はぁ…)
―――――――――――――――――――――
唯「やっほー、朋也っ」
朋也「唯…」
数日経った頃、唯がアパートを訪れてきた。
唯「朋也~会いたかったよぉ」
よろよろとこちらに近づいてくると、ぎゅっと強く抱きしめられた。
唯「5日ぶりくらいだよねぇ」
朋也「そうだな」
言いながら、頭を撫でる。
唯「私、今しあわせぇ~」
201:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:21:38.46:+UZ/pLeq0
朋也「ああ、俺もだけど…」
勉強はいいのだろうか…もう試験までちょっとしかないはずだ。
唯「ほんとに?」
顔を上げる。
朋也「ああ」
唯「えへへ、じゃあね、いいものあげる」
朋也「いいもの?」
唯「うん。あ、上がっていい?」
朋也「ああ、いいけど」
―――――――――――――――――――――
唯「わぁ、一人暮らしって感じだね」
部屋に上がると、周りをキョロキョロと見回しながら見たまんまなことを言う。
朋也「まぁ、一人で暮らしてるけどさ…あ、そこ適当に座ってくれ」
座布団を放って渡す。
唯「うん」
202:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:22:51.05:jpDSDOMkO
そして、小さめのテーブルを囲んで、対面に座った。
朋也「で、いいものってなんだ」
唯「それはねぇ…」
鞄を漁る。
唯「これだよぉ」
中からハート型の箱を取り出していた。
唯「ちょっと早いけど、バレンタインでーのチョコレートだよ」
朋也「お…サンキュ」
受け取る。
そういえば…バレンタインデー当日には既に町を出て、現地のホテルに宿泊してるんだったか…。
思い出しながら、開封する。
そして、一口かじってみた。
甘さは極力抑えてあって、食べやすかった。
朋也「うん、うまい」
唯「よかったぁ。朋也、甘いの苦手でしょ? だから、ちょっと工夫してみたんだよね」
唯「それが勝因かなっ」
朋也「工夫って?」
203:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:23:22.45:+UZ/pLeq0
訊きながら、もう一口かじる。
すると、ピリッとした痛みが舌に走った。
朋也「痛っ…」
唯「えーとね、超タバスコをところどころ混ぜて、気づかないようにそっと舌を麻痺させて、甘さを感じないようにしたのです」
朋也「いや、無理やりすぎるだろ…んなことしなくても普通にうまいのに、台無しだぞ」
唯「えぇ? そっかぁ…やっぱり、早苗さんの領域には届かないなぁ、私…」
頼むからあの人をリスペクトするのはやめてくれ。
朋也「まぁ、いいけどさ…。それで、勉強の方は、順調なのか?」
唯「ん? んー、ぼちぼちかな」
朋也「そっか。ま、体壊さないように頑張れよ…っても、おまえは風邪とかとは無縁そうだよな」
唯「そんなことないよ。去年の創立者祭ライブの時なんか、直前で風邪引いちゃったし」
朋也「そうなのか?」
唯「うん。だからさ、今度熱が出たら、朋也が看病してね?」
朋也「じゃあ、キスして風邪移してくれよ。人に移せば直るっていうしな」
唯「そしたら、今度は朋也が風邪引いちゃうよね。そうなったら、また私がちゅーして風邪もらってあげるね」
朋也「じゃあ、また俺がキスして風邪もらうよ」
204:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:26:42.63:jpDSDOMkO
唯「そしたら、また私がちゅーしてあげる」
朋也「ラチがあかないな…俺たちの間でいったりきたりしてるだけじゃん」
唯「あはは、そうだね。永久機関の完成だよ」
朋也「こうなったら、なにかを媒介にして、そこに移ってる間にループから抜け出すしかないな」
朋也「例えば、春原の奴に咳を浴びせ続けて、空気感染させるとかしてさ」
唯「それ、媒介っていうか単純に春原くんに移っただけだよね」
朋也「まぁ、ループから脱出するって大義名分があるんだから、大事の前の小事ってやつだ」
唯「あはは、もう、相変わらず春原くんの扱いがひどいね」
朋也「よしみってやつだよ。もうずっとそういうやり取りを繰り返してきたからな、俺たちは」
唯「そっか…なんかいいね、親友と作り上げてきた関係って」
朋也「おまえも、軽音部の奴らとそうしてきただろ」
唯「うん、そうだね。みんな大好きだよ」
朋也「おまえたちは綺麗な感じがしていいよな。俺たちなんか、ただの腐れ縁だぜ」
唯「いいじゃん。切ろうとしても、切れないんだから、すっごく強いよっ」
唯「だからさ、私と朋也も腐ろうよっ。っていうか、みんないっしょに腐って、いつまでも一緒だよっ」
205:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:28:56.97:jpDSDOMkO
朋也「ただのゾンビだろ、それ。すげぇ嫌な景色が浮かんだんだけど」
朋也「おまえが腐乱死体になって『み゛ん゛な゛ぁ゛~腐ろ゛う゛よ゛』って手招きしてる感じでさ」
唯「えぇ!? そんなの嫌だよっ! やっぱり腐りたくないっ」
朋也「だよな。つーか、腐るなんて俺が許さねぇよ。おまえはめちゃ可愛いから、ゾンビ化はもったいなすぎる」
唯「えへへ、ありがとう」
屈託のない笑顔をくれる。俺も同じように表情を緩めた。
朋也「ま、それでさ、学校行く途中だったんだろ?」
唯は制服で、その上からコートを着込んでいた。
朋也「そろそろ、勉強しにいった方がいいんじゃないか」
これ以上一緒にいれば、いつまでもぐだぐだと会話していそうだったので、そう切り出した。
唯「えー、もうちょっとお話してたいよっ」
朋也「それは、試験が全部終わったらゆっくりしよう。今は勉強頑張れよ。あとちょっとだろ」
唯「うー…じゃあ、終わったら、遊ぼうね?」
朋也「ああ、いいよ」
唯「この部屋にも、泊まりに来ていい?」
206:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:29:18.15:+UZ/pLeq0
朋也「え…おまえ、それは…」
唯「だめなの?」
朋也「いや、だってさ…俺、一人暮らしだぞ? それに、俺たちは付き合ってて…そこに泊まるってことは…」
唯「えっちなこと?」
朋也「あ、ああ…俺、手出さない自信がない」
唯「朋也になら…いいけどな…」
朋也(う…)
マフラーに少し顔を埋め、上目遣いでそう言った。
これは…もしかして、今まさに手を出してもいいのだろうか…
この部屋には、俺と唯だけしかいなくて…唯は、乱暴にいってしまえば俺のもので…
ごくり…
朋也(って、なに考えてんだよ、俺は…)
こんな大事な時期に変なことはできない。
それに、俺はまだ、ただの高校生であって、責任なんて取れやしないのだから。
朋也「いや…やっぱ、だめだ。泊まるのはナシだ」
唯「え~、なんでぇ? ケチぃ…」
朋也「おまえが満足するまで遊びに付き合うから、それで納得してくれ」
207:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:30:13.78:jpDSDOMkO
唯「う~…わかったよ…」
朋也「ほら、立て」
唯「うん」
お互い立ち上がる。
そして、玄関に向かった。
唯「うんしょ…」
靴を履き終え、こちらに向き直る。
唯「じゃあ、またね、朋也」
朋也「ああ。チョコレートもらっといて、なんのもてなしもできなくて悪かったな」
唯「じゃ、今もてなして?」
言って、目を瞑り、顎を上げる。
朋也「え…キス?」
唯「それしかないでしょ~?」
朋也「ま、そうだよな…じゃ…」
身をかがめ、唇を合わせた。
唯「えへへ」
208:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:30:42.46:+UZ/pLeq0
目を開けて、満足そうに微笑む。
唯「じゃあ、私行くよ」
朋也「ああ」
ドアを開け、外へ出て行く。
俺はその背を見えなくなるまで見送っていた。
―――――――――――――――――――――
2月の中旬。すべての試験を終え、唯たちは受験勉強から解放されていた。
後は合格発表を待つばかりだった。
その間、約束通り俺と唯は町に出てデートを重ねた。
学校に行き、また部室で茶会を開いたりもした。
刻々と近づいてくる終わりをすぐそばに感じながらも、俺は夢中になって最後の時を楽しんでいた。
―――――――――――――――――――――
春原「はぁ、にしても、疲れたよ…」
2月も下旬に入り、ようやく春原が凱旋してきた。
春原「ったく、圧迫面接なんかしてきやがってよぉ、あの面接官、プライベートであったらぶっ飛ばしてやる」
土産話を語るというより、愚痴をこぼしてばかりで、しきりに悪態をついていた。
やっぱり、こいつも俺と同じで苦労していたのだ。
朋也「ま、いいじゃん、決まったんだからさ。俺はおまえがプーのまま帰ってくるんじゃないかと思ってたからな」
209:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:32:29.93:+UZ/pLeq0
春原「僕だっておまえが就職きっちり決めてるとは思ってなかったよ」
春原「それも、芳野さんと同じ職場なんて、なおさらね」
朋也「あの人とはなんか縁があるみたいだな」
春原「おまえがうらやましいよ。芳野さんが上司なんてさ」
朋也「かなり厳しいぞ、あの人。それに、おまえも知ってると思うけど、きつい仕事だしな」
春原「そういや、そうだったね。おまえ、よく続いてんね」
朋也「今はバイトだからな。仕事内容も単純だし、それほど時間もこなしてないしな」
春原「それでも、あん時と同じくらいのことやってんだろ?」
朋也「まぁな」
春原「じゃ、十分すごいじゃん」
朋也「そっかよ」
春原「ああ。僕はやりたいとすら思わないからね」
春原「ま、それはいいんだけどさ、明日からなにする? なんか、記録より記憶に残ることしようぜっ」
朋也「そうだな、じゃあ、学校にでも行くか」
春原「あん? なんでだよ? せっかく自由なんだから、んなとこ行ってもしょうがないだろ」
210:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:34:01.91:jpDSDOMkO
朋也「いや、つっても、部室だよ。今、あいつら全員試験終わって、毎日だらだらしてんだぜ」
春原「ああ、そういうこと。いいかもね、久しぶりにムギちゃんに会いたいし」
朋也「部長もおまえに会いたがってたぞ。おまえの帰りはまだかまだかってうるさかったからな」
春原「マジで? ははっ、けっこう可愛いところあるじゃん」
春原「よぅし、明日は久々にかわいがってやるかぁ」
朋也「おいおい、せっかく内定出たのに、取り消されちまうぞ、んな性犯罪起こしたら」
春原「誰も犯そうとなんかしてねぇよっ!」
―――――――――――――――――――――
律「なぁ、岡崎。あのバカってまだ地元にいんの?」
あくる日の午後。
昼休みにあたる時間、部室で茶をすすっていると、部長がそう尋ねてきた。
これを訊かれるのは何度目だろうか。
朋也「きのうやっと帰ってきたよ」
律「え、マジで?」
朋也「ああ。今日ここに顔出すって言ってたから、そろそろ来るんじゃないか」
律「そ、そっか…」
211:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:36:46.48:jpDSDOMkO
言って、カチューシャを一度はずし、またかけ直すと、髪を整え始めた。
澪「なんだ、律。ずいぶんと乙女じゃないか」
律「な、なにがだよ…」
紬「ふふ、久しぶりだもんね。一番可愛い自分で迎えてあげたいんだよね?」
律「は、はぁ? 意味がわからん…」
唯「まぁたまた~、りっちゃんはぁ」
律「な、なんだよ…そんなじゃないってのっ」
がちゃり
春原「よーう、久しぶり」
噂をすればなんとやら。陽気な声を伴って春原が現れた。
唯「春原くん、お帰りっ」
紬「お帰り、春原くん」
澪「お帰り」
梓「お久しぶりです、春原先輩」
春原「おう、この僕が帰ってきてあげたよ」
212:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:37:17.08:+UZ/pLeq0
律「なぁにを偉そうに。誰も頼んでねーっての」
春原「あん? なんだよ、おまえが一番寂しがってたって聞いたぞ、僕は」
律「岡崎、おまえか?」
朋也「ああ、そうだけど。間違ってないだろ」
律「大間違いだっつーのっ! こんなヘタレ野郎いなくて結構だっ!」
春原「あんだとこら、デコてめぇっ!」
律「デコ言うなぁーっ!」
部長が席を立ち、毎度おなじみ、ふたりの言い争いが始まる。
ブランクを感じさせないほど勢いよく罵声が飛び交っていた。
澪「はぁ…やっぱりこうなるんだな、あのふたりは…」
梓「もう、名物ですよね、軽音部の」
唯「あずにゃん、この伝統を受け継いでいくんだよ?」
梓「遠慮しておきます。それは、この代だけで終わりにした方がいい負の遺産ですから」
春原「おまえ、しばらく見ない間にまた額が広がったよね」
律「ああ!?」
春原「今度からちょっと広がるごとに逐一報告して来いよ、ははっ」
213:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:41:27.76:lZ2rFdWo0
215:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:44:38.90:jpDSDOMkO
律「ざけんな、ボケ原! おまえなんか、髪の色がどす黒く変色しててキモイくせにっ」
春原「これが普通の色だろっ!」
律「次は何色になるんだ? う○こ色か? ついにうん○と一体化して本来の姿に戻るのか?」
春原「てめぇっ!」
やむ気配のない罵倒の応酬。
確かに、負の遺産と言われても仕方ないくらいにあさましい。
律「死ね!」
春原「生きるなっ!」
でも、このふたりだけは、その渦中にあって、常に生き生きとしていた。
こいつらにしかわからないなにかがあるんだろう、多分。
―――――――――――――――――――――
また少し時間が流れ、2月も残すところ数日だけとなった頃。
ついに全員の合格発表が終わった。
梓「うう…みな゛さん、おめ゛でとうございま゛す゛…ぐす…」
律「おまえが泣くなよ、梓…」
唯「あずにゃん、いいこいいこ」
中野の頭を撫でる。
216:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:45:39.08:+UZ/pLeq0
梓「よかったです…本当によかったでう…全員第一志望に受かって…うう…」
澪「奇跡的だったよな、ほんとに」
紬「みんな頑張ってたからね。神様がみててくれたのかしら」
春原「いや、違うよ。神様っていうか…ムギちゃん自体が天使なんだよ」
紬「ふふ、ありがとう」
律「ばーか、いくらムギをよいしょしても振り向いてもらえねーって」
春原「うっせぇ、勝負はまだこれからだ」
律「アホか。もう卒業するし、終わるだろ。タイムオ~バ~、残念でしたぁ」
そう…もう、あとは卒業するだけだった。
残された時間は、ごく僅かだ。
俺と唯の関係も…そのエアポケットのような、刹那的な間でしかいられない。
春原「最終日に校門をくぐるまであきらめねぇよっ!」
律「んとにしつけーな、おまえは…」
―――――――――――――――――――――
3月。その日はやってきた。
春原「桜だったら、もっとそれらしいのにね」
217:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:47:31.31:jpDSDOMkO
俺たちは、前庭にいた。
体育館では、卒業式が行われている。
固い連中と肩を並べて座ってなんかいられない、と俺と春原は抜け出してきていたのだ。
後一時間もすれば、否応もなくこの学校を卒業してしまう。
遊んでいられた時間は終わってしまうんだ。
春原「今のうちに、ラグビー部の連中の部屋を回ってさ、壁に染みっぽい人の顔描いて回ろうぜ」
春原「帰ってきたら、ひぃっ、壁に人の顔が浮かび上がってるっ!って、びびりまくるって」
春原「夜中なんて、絶対、寝られないって」
春原「一週間後には、不眠症で死ぬねっ」
朋也「そいつらも、今日卒業だろ」
春原「えっ、マジかよ!?」
春原「なんでだよっ!」
朋也「愚問だからな」
春原「くそぅ、あいつらめ…おめおめと逃げやがって…」
朋也「呼んだらきっと、最後に相手してくれるぞ」
声「岡崎に春原…」
春原「ひぃぃっ!」
218:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:48:14.88:+UZ/pLeq0
いつの間にか、俺たちの正面に幸村が立っていた。
春原「なんだよ、ヨボジィかよっ、びっくりさせんなよっ!」
幸村「最後ぐらい、出んかい…」
春原「最後って、卒業式?」
春原「『楽しかった修学旅行っ、なぜか買ってしまった木刀っ』とかみんなで言うんだろ?ヤだよ…」
朋也「みんなで言うのは、小学生な」
春原「中学の時も言ってたってのっ」
朋也「田舎はなっ」
春原「ウチの田舎馬鹿にすんじゃねぇよっ!」
幸村「ほんとに、おまえらは…」
幸村「情けないやつらだの…」
幸村「これからは社会人だというのにの…」
朋也「逆だよ。最後だからさ」
幸村「ふむ…まぁ、それもそうか…」
幸村「ま、ホームルームぐらいは出たほうがいい…」
219:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:49:34.69:jpDSDOMkO
幸村「山中先生が悲しむでの」
朋也「ああ、わかってるよ」
幸村「ふむ、まぁ…」
幸村「それだけだ…」
体育館に戻ろうとする幸村。
朋也「なぁ、じぃさん」
俺はそれを呼び止めていた。
朋也「どうして、俺たちを卒業させてくれたんだ?」
幸村「ふむ…」
幸村「自分の教え子は…」
幸村「例外なく、自分の子供だと思っておる…」
半身のまま言った。
幸村「ただ…この学校は…ちと優秀すぎる生徒が多すぎての…」
幸村「長い間、わしの出番はなかった…」
幸村「が…」
220:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:49:56.27:+UZ/pLeq0
幸村「最後に、おまえらの面倒を見られてよかった…」
そう…
きっと、俺たちが思っている以上に、影で支えられていたのだろう。
それは、今よりも、もっと…
ずっと、歳をとった未来に、気づいていくことのような気がしていた。
そして、ひしひしと感じるのだ…。
今の自分があるのは、あの人のおかげなんだと。
朋也「俺たちはさ…」
朋也「きっと、うまく生きていけるよ。進学しないぶん、困難は多いだろうけどさ…」
朋也「それでも、きっとやっていけると思うよ」
幸村「ふむ…」
幸村「頑張りなさい…」
しわがれた声で、しみじみと深く芯を込めて返してくれた。
そして、その身を正面に戻して歩いていく。
ゆっくりと歩を進めるその後姿を、俺たちは見届ける。
廊下の角を曲がったところで、視界から消えていった。
朋也「じゃ、行くか」
春原「そうだね」
俺たちは校舎ではなく、校門の方へ向かっていった。
ある計画のために。
221:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:51:27.42:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――
門から玄関へ続く大通りには、すでに人だかりができていた。
保護者と下級生たちだ。
卒業生を花道で迎えようと待ち構えている。
春原「んじゃ、派手にいきますか」
朋也「ああ、そうだな」
―――――――――――――――――――――
春原「注もぉおおおおくっ!!」
昇降口の上段に立ち、春原が大きく声を上げた。
なるべく目立つよう、俺に肩車された状態で。
春原「この後っ、シークレットイベントがあるっ! 全員グラウンドに集合するようにっ!」
続けざま、そう声を張り上げた。
なにごとかと、場にざわめきが生まれ始めていた。
すると、こちらに駆け寄ってくる影がふたつ。
梓「なにやってるんですかっ」
憂「岡崎さん、春原さんっ」
中野と憂ちゃんだった。
朋也「よぉ、中野、憂ちゃん」
222:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:51:55.72:+UZ/pLeq0
梓「よぉ、じゃないですよっ! HRはどうしたんですかっ!」
朋也「サボリだな」
梓「だめですよ、ちゃんと出ないとっ! こんなところで芸を披露してる場合じゃないですよっ!」
春原「芸じゃねぇよ。宣伝だ」
梓「せ、宣伝?」
朋也「ああ、宣伝だ。おまえらの、ラストライブのな」
梓「え…?」
朋也「ほら、おまえらさ、最後に演奏してこの学校を出たいって言ってたじゃん」
朋也「それで、どうせなら広い場所がいいってことで、グラウンドになっただろ」
朋也「で、もう音響とかも準備してあるしさ、ライブにしちまえよってことだ」
俺たちが軽音部のためになにかしてやれることはないか、最近まで話し合っていたのだが…
その結果出した結論がこれだった。しかも、今朝突発的にだったので、出たとこ勝負だったのだ。
梓「そんな…勝手にそんなことしたらまずいですよ…ひっそりと身内でやるだけならまだしも…」
朋也「そんなんでいいのか? テープにレコーディングとかもしてたけどさ…本当にそれだけで満足か?」
梓「それは…」
朋也「やっちまえよ。くそでかいハコで、おまえらの、最後の放課後を」
223:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:53:09.17:jpDSDOMkO
梓「最後の…放課後」
憂「…岡崎さん、春原さん。私も宣伝手伝いますっ」
梓「憂…」
朋也「そっか。サンキュな、憂ちゃん」
春原「さすが唯ちゃんの妹だね。話がわかるよ」
憂「えへへ…」
朋也「おまえはどうなんだ、中野。つっても、おまえが乗り気じゃなきゃ、全部無駄足なんだけどな」
梓「私は…」
憂「やろうよ、梓ちゃんっ。私、またライブみたいよ」
梓「………」
梓「…そうだね。うん…やるよ、私」
憂「梓ちゃんっ」
朋也「よし。そんじゃ、おまえは先にグラウンド行って準備しててくれ」
梓「わかりましたっ」
たっと駆けていく。
224:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:53:48.05:+UZ/pLeq0
春原「じゃあ、僕らは宣伝だね」
朋也「ああ」
憂「はいっ」
春原「おっし…グラウンドへ集合ーーーっ!!」
朋也「グラウンドへお越しくださーーーーいっ」
憂「お願いしまーすっ! グラウンドへ来てくださーいっ!」
懸命に叫んだ。
すると…
その必死さが通じたのか、ひとり、またひとりと動いていき、次第に大きな人の流れができていた。
向かう先は、もちろんグラウンドだ。
確かな手ごたえを感じ、俺たちは声を張り続けた。
―――――――――――――――――――――
春原「お、きたきた」
卒業生が群れを成し、校舎から大挙して押し寄せてくる。
春原「てめぇら、グラウンドへいけーーっ!」
その集団に向かって吠える春原。
不測の事態にざわざわとささやく人混みの中から、教師がひとり、こちらに早足で歩み寄ってきた。
教師「こらっ! なにをやってるっ!」
225:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:55:05.55:jpDSDOMkO
学年主任だった。
教師「おまえらは、最後まで問題を起こす気かっ!」
春原「別に悪いことしようってんじゃねぇよ。ちっとグラウンドまで来てほしいだけだよ」
教師「グラウンドだと…?」
その敷地に目を向ける。
そこには、さっきまでこの場にいた人間が全て移動していた。
教師「おまえら、保護者の方と在校生までグラウンドに誘導したのか?」
朋也「そうです。許可なくやったことは謝ります。でも、今はだけは目をつぶってください」
朋也「お願いします」
頭を下げる。
教師「岡崎、おまえらがなにをしたいのかは知らんが、なにか事故があった時に責任は持てないだろう」
教師「全て、この学校での不祥事になるんだぞ。個人でどうこうできる話じゃなくなるんだ」
教師「おまえはちゃんと更生して就職まで決めたんだから、大人しくしていろ」
教師「春原、おまえも同じだ」
朋也「それでも、どうか、お願いします」
また深く頭を下げる。
226:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:55:28.95:+UZ/pLeq0
春原「お願いします」
憂「お願いしますっ」
春原も、憂ちゃんも一緒になって頭をさげてくれた。
教師「だから、それは…」
声「私からも、お願いします」
聞き覚えのある声。顔を上げる。
さわ子「なにかあった時は、私がひとりの社会人として全ての責任を被ります」
さわ子さんだった。
教師「山中先生…」
さわ子「だから、どうかお願いします」
さわ子さんも、同じように頭を下げてくれた。
教師「…はぁ」
大きくため息を吐く。
教師「安全だけは確保するように」
言って、停滞していた卒業生の集団に体の正面を向ける。
227:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:57:19.75:jpDSDOMkO
教師「グラウンドへ集合!」
そう、声を上げた。
しばし間があった後…皆、列を崩しながらもぞろぞろとグラウンドへ足を運んでいた。
さわ子「すみません、主任」
教師「…こういうことは、今後ないように」
言って、学年主任もグラウンドへ歩いていく。
朋也「ありがとうございます!」
春原「ありがとうございます!」
憂「ありがとうございます!」
その背に大きく礼の言葉を送った。
朋也「さわ子さん、助かったよ」
春原「救世主だよね」
憂「先生、ありがとうございますっ」
さわ子「ええ、それはいいんだけど…岡崎、春原。式とHRはちゃんと出なさいよね」
朋也「悪い。最後まで迷惑かけちまって」
春原「ごめんね、さわちゃん」
さわ子「まったく…手のかかる生徒だこと。ほら、卒業証書」
228:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:57:45.94:+UZ/pLeq0
黒い筒を一本ずつ俺たちにくれた。
朋也「サンキュ」
春原「これで、晴れて卒業だね」
さわ子「で、グラウンドに人を集めてどうしたいのよ」
朋也「ああ、それは…」
唯「朋也ーっ! 春原くーんっ」
唯がこちらに駆けてくる。軽音部の面々もその周りにいた。
唯「はぁ…はぁ…ど、どうしたのふたりとも…」
律「なぁにやってんだよ、おまえらは…つか、なにがしたいの?」
朋也「おまえらのラストライブの呼び込みしてたんだよ」
澪「え…? どういうこと?」
朋也「ほら、グラウンドにさ、演奏できるように設備整えただろ?」
朋也「だから、ライブしちまえよってことだ。客がいるなら、成立するだろ、ライブもさ」
さわ子「そういうことだったのね…やることが大雑把すぎるわよ、あんたたちは」
朋也「悪い」
230:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:59:16.35:jpDSDOMkO
さわ子「憂ちゃんも、巻き込まれたひとりなのよね?」
憂「えへへ、そうですね」
さわ子「ご愁傷様ね…」
律「ほんと、アホだな、おまえらは…」
呆れたように肩をすくめる部長。
律「でも…なぁんか燃えてきたぜぇ、あたしは」
紬「うん…私も。私たちのために、こここまでしてくれる人がいるんだもの」
澪「そうだよな…うん。私も、すごく熱い感じだ」
唯「私もだよ、ふんすっ! ふんすっ!」
朋也「じゃ、やってくれるんだな」
律「ったりまえじゃん。任せとけって」
朋也「そっか。じゃ、頼むよ。中野はもう先に行ってるからさ、合流してやってくれ」
澪「うん、わかったっ」
朋也「おまえらの…放課後ティータイムのファンとして、俺も観てるからな」
春原「僕も、名誉ファン会員としてのオーラを出しながら観とくよ」
231:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:01:36.45:jpDSDOMkO
律「だれが名誉ファン会員だっつーの…」
唯「ふたりとも、違うよっ! ファンじゃなくて、放課後ティータイムの一員でしょ?」
朋也「って、いいのかよ、それで」
律「ま、いいんじゃねぇの? なかなかいい働きしてくれたしな」
唯「りっちゃんの許可も下りたし、もう公式メンバーだねっ」
朋也「そっか。そりゃ、光栄だな」
春原「僕の担当楽器はもちろんムギちゃんで、ボディをあれこれして音を奏でるってことでいいよね?」
律「死ね、変態っ!」
紬「くすくす…」
笑っていた。俺たちは…今、確かに笑えていた。
―――――――――――――――――――――
朋也(ふぅ…)
準備を進める様子を遠巻きに眺めながら思う。
これで俺が、軽音部に…唯にしてあげられることは、全て終わったと。
朋也(よかった…最後に用意できて…)
これで悔いはない。唯とも、笑顔で別れることができる。そのはずだ。
232:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:02:17.02:+UZ/pLeq0
キィーン…
スピーカーから音が鳴る。それは、最終調整の出足を告げる音。
もう少しすればライブが始まるだろう。俺は、その時をじっと待っていた。
―――――――――――――――――――――
ちりちりとマイクの音がした。
電源を入れたのだろう。
唯『こんにちは、放課後ティータイムです!』
始まった…唯のMC。
唯『今日は絶好の卒業日和ですね! 私もさっき思わず卒業しかけちゃいました!』
律『いや、んなくしゃみみたいに言われてもな…』
笑いが起こる。今日も好調のようだった。
唯『えへへ…えーっとですね、そうです、今日は卒業式なんですよねぇ』
唯『それで、お父さん、お母さんたちもいっぱい来てますよ』
唯『まぁ、それはいいんですけど…』
律『無駄な前フリはやめろ』
「りっちゃーん、ツッコミがんばってーっ」
233:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:03:36.87:jpDSDOMkO
「進行の具合は田井中にかかってるぞーっ」
律『はは、ども』
唯『でですね、実は私たち、このライブのこと、さっき知ったんですよ』
「なんで知らなかったのーっ」
「ありえねーっ!」
「平沢せんぱーいっ!」
様々な野次が飛び交う。
唯『式とHRの間にセッティングしてくれた人がいたんです。それで、外に出てきたらびっくりしました』
唯『こんなにたくさんの人を集めてくれたこと…私たちのために動いてくれてたこと…』
唯『すっごくうれしいドッキリでした』
律『おい、ドッキリじゃ、ここに集まってくれた人全員サクラになっちまうぞ』
「りっちゃーん、俺サクラじゃないよーっ」
「俺もガチだよーっ」
唯『じゃあ、サプライズっていうのかな。文化祭の時もあったよね』
唯『あの時は、みんなが私たちと同じTシャツ着てて、驚いたなぁ…』
234:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:03:59.70:+UZ/pLeq0
唯『今日もそれくらい驚きました』
「俺着てたよーっ」
「今も持ってるよーっ!」
唯『ありがとー、みんな。本当に楽しかったよね。文化祭だけじゃなくて…この三年間』
唯『いろんなことがありました。楽しいこと、いっぱいありました』
唯『時々辛いこともあったけど…でも、やっぱりとっても楽しかった』
唯『私たちは、放課後、いつもお茶をして、お話して、だらだらと過ごしてきたけど…』
唯『練習する時は、いっぱいして、ライブを頑張りました』
唯『二年生になると、新入部員も入ってきてくれました。とっても可愛い女の子です』
唯『そして、とってもギターが上手くて、可愛い上に即戦力になってくれて、言うことなしでした』
唯『それからの私たちの活動は、4人でいた頃よりもっと楽しくなりました』
唯『そして、三年生になると、今度は男の子がふたり、部室に遊びに来てくれるようになりました』
俺と春原のことだ…。
唯『とっても面白いふたりで、いつも私たちは笑っていられました』
唯『もっと、もぉっと部活が楽しくなりました』
235:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:04:53.36:+UZ/pLeq0
唯『いっぱい、みんでお話しました。お菓子を食べました。ふざけあいました。やんちゃなこともしました』
唯『けど…』
唯『………』
唯『けど…そうだよね…今日で…おしまい。もう…戻れないよ…』
途中から涙声になって、鼻をすする音が聞こえてきた。
唯『おかしいな…泣きたくないのに…どうしてだろう…さっきまで…うれ…し…』
律『唯…』
澪『…ゆ…唯…』
紬『唯ちゃん…』
梓『唯先輩…』
唯『いやだよ…終わっちゃうなんて…いやだ…いやなの…うぅっ…いやだよぉ…』
そして…唯は泣き始めた。
ずっと堪えていた涙が溢れ出した。
しゃくりあげ、子供のように泣いた。
それは、文化祭の日に見た、あの泣き方より辛いものだった。
続いてほしいと願った、楽しい日常の区切り。
そんな現実を突きつけられ、どうしていいかわからない辛さ。
心の中心に位置していたものを失った辛さだった。
俺は見てられなくなって…顔を伏せた。
236:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:06:21.50:jpDSDOMkO
このまま終わっちまうのか…。
俺のしたことは、唯を傷つけただったのか…。
声「甘えてんじゃねぇええええええええっ!」
怒声が、空にこだました。この声は…
朋也「さわ子さん…」
俺は人混みの中にその姿を探した。
それは人だかりが割れた中の中心にあった。
付近すべての注目を集めて。
さわ子「唯ーーーーっ!」
さわ子「てめぇらの居た時間は卒業したくらいで終わっちまうほど安っぽいもんだったのかーーっ!?」
さわ子「違うだろっ! 離れようが近かろうが、どうあっても色褪せない時間を生きてただろうがーーっ!」
さわ子「ここで挫けたら、全部嘘になっちまうぞっ! 先に進めねぇぞっ! いいのか、おいっ!」
メガネを外し、髪が振り乱れるくらいの剣幕で叫んでいた。
………。
少しの間の後…
憂「おねえちゃーん! 頑張れぇーっ! 今日は焼肉だよーっ!」
憂ちゃんがすぐ近くで声を上げていた。
憂ちゃんの励ましはなんだか的外れだった。
けど、それに便乗しない手はない。
237:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:06:47.39:+UZ/pLeq0
朋也「俺たちも、同じだぞ、唯っ!」
朋也「春原や俺ができなかったことを、今、おまえらが叶えようとしてくれてるんだっ!」
朋也「わかるかっ、俺たちの挫折した思いも、おまえらが今、背負ってんだよっ」
朋也「だから、叶えろ、唯っ!」
怒鳴りつけた。言動の辻褄が合っているかさえわからなかった。
でも、思うままを叫んだ。
………。
唯が…顔を上げる。
もう泣いていなかった。
真っ直ぐに…前を見据えていた。
…連れていってくれ、唯。
この町の願いが、叶う場所に。
唯がマイクを手に取った。
それは、歌う意思の顕れ。
放課後が始まる。
俺たちの、最後の放課後が。
―――――――――――――――――――――
ライブが終わり、会場となったグラウンドは、祝福する声と拍手で賑わっていた。
それでも、だんだんと人が校門の方へ流れていき、卒業式本来の様相を取り戻し始めている。
唯たち軽音部は、さわ子さんを含め、一箇所に固まって、互いを抱きしめあっていた。
皆、涙を流していたが、その顔はとても晴れやかだった。
周辺でその様子を写真に収めたり、ビデオ撮影する父兄の姿があった。
きっと、あいつらの親なんだろう。
238:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:07:57.86:+UZ/pLeq0
春原「おい、岡崎」
朋也「なんだよ」
春原「ほら、あそこ」
朋也「ん?」
春原が示す先。
卒業生が、部活の後輩、顧問や担任の教師に手を振り、振られていた。
その少し離れた場所に幸村の姿もあった。
誰も、幸村の元に寄っていく者はいない。
まるで、忘れられた銅像のように、ぽつんと立っていた。
俺と春原は顔を見合わせる。
春原「そういうのも、アウトローっぽくていいよね」
そして、どちらが先でもなく老教師に駆け寄り、その正面で深く礼をしていた。
朋也「ありがとうございましたっ!」
春原「ありがとうございましたっ!」
抜けるような青空に響かせた。
賑わいが一瞬引くような勢いで。
この三年間の感謝を。
朋也「じゃあな、ジジィ。元気でな」
春原「僕らが死ぬまで死ぬなよっ」
239:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:09:11.80:jpDSDOMkO
幸村「無理を言うな…」
最後の教師としての笑顔を目に焼きつけて…
俺たちは校門をくぐり抜けた。
―――――――――――――――――――――
キョン「よぅ、ふたりとも」
抜けた先、門のすぐそばでキョンが背をもたれかけていた。
朋也「よぉ」
春原「お、また久しぶりだね」
キョン「えっと…すまん、そっちの春原っぽい人は、春原で合ってるよな?」
朋也「ああ、髪の色はだいぶめちゃくちゃになっちまってるけど、ギリギリ春原だ」
春原「これが通常の日本人だろっ!」
キョン「ははは、すまん、冗談だ」
春原「そういうフリには岡崎が絶対に食いつくからやめてほしいんですけどねぇ」
キョン「そうだな。今後気をつけるよ。その機会があればだけどな」
春原「なんだよ、もう会わないつもりなのかよ」
キョン「そうなるかもしれないからな。最後におまえらに会っておきたかったんだよ」
240:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:09:33.01:+UZ/pLeq0
春原「はっ、そんなの、会おうと思えばいつでも会えるに決まってるだろ」
春原「この町に戻ってくれば、絶対に会えるんだよ、僕らは」
キョン「そうか…それは、安心だ」
春原「へへっ…」
キョン「じゃあ…おまえら、元気でな」
手を中に掲げる。ハイタッチの誘いだ。
朋也「おまえもな」
左手で合わせる。パンッと小気味良い音がした。
春原「じゃあな、キョン」
春原は豪快に叩き、大きな音を立てていた。
声「キョン! なにしてんのよ、早くきなさいっ!」
坂の下から声が届く。
キョン「おっと…やばい」
背を向ける。
朋也「涼宮と達者で暮らせよ」
241:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:11:09.37:jpDSDOMkO
春原「結婚式には呼んでくれよなっ」
一度振り向き、苦い顔を向けてくれると、駆け足で坂を下りていった。
―――――――――――――――――――――
俺たちは学校を出ると、そのまま寮に戻ってきていた。
春原「ふぅ…」
ベッドに腰掛ける春原。
俺は床に寝転がって天井を見上げた。
朋也「で…おまえは、明日の朝この町を出るんだったよな」
春原「ああ、まぁね」
春原は少し前から荷造りを始め、帰省の準備をしていた。
ちょっとずつ部屋にあったものが消えていき、今ではあの年中据えられていたコタツさえなくなっている。
卒業証書をもらっても湧かなかった実感。
でも、この部屋の閑散とした佇まいを見ると、これまでの生活に終止符が打たれたことを否応なく感じさせられる。
ここで過ごしてきた時間は、俺の中でそれだけ大きかったのだ。
春原「僕がいなくなっても、泣いたりするなよ」
朋也「俺がそういうやつに見えるのか」
春原「まったく心配なさそうですねっ」
朋也「だろ?」
242:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:11:32.17:+UZ/pLeq0
春原「ああ」
お互い顔は見えていなかったが、向こうもにやけているのが空気でわかった。
春原「おまえにはひどい目に遭わされまくったけどさ…楽しかったよ、この三年間」
朋也「そっか」
春原「おまえは、どうなんだよ」
朋也「俺か…? まぁ、俺も…楽しかったよ。おまえがいてくれてさ」
春原「そっか…へへっ」
口に出してこいつを肯定するのは初めてだったかもしれない。
まさに、最初で最後というやつだ。
しかし…なんともむずがゆいものがある。
けど…悪くはなかった。
がちゃりっ
声「こらーっ! なに勝手に帰ってんだっ!」
朋也「ん…」
春原「おわぁっ」
ベッドから跳ね起きる春原。
ドアの方へ顔を向けてみる。
243:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:12:52.01:jpDSDOMkO
律「あ、岡崎もいやがった」
部長だった。
唯「え、朋也もいるの?」
梓「じゃあ、連絡する手間が省けましたね」
澪「こんにちは~」
紬「お邪魔します~」
憂「どうもー」
和「ん…殺風景になったわね」
その後ろから、わらわらと顔なじみの連中が湧いて出てきた。
律「おまえらも片付けぐらい手伝えよなぁっ」
言いながら、部屋に上がりこんでくる。
唯「おじゃま~」
続けて唯たちもぞろぞろと入ってきた。
みんな、その手にはコンビニやスーパーのレジ袋を提げている。
その中には、ペットボトルや駄菓子類が詰め込まれているようだった。
春原「え、え? なんだよ、ここ、なんかの会場になるの?」
244:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:13:13.30:+UZ/pLeq0
律「そうだよ、卒業記念パーチー会場だ」
春原「マジかよ…つーか、事前に言えよなっ」
律「おまえらだって何の断りもなくライブ仕掛けてたじゃん」
春原「まぁ、そうだけどさ…」
律「とにかく、ここで飲み食いするからな」
春原「いいけどさ、あんまり食い散らかすなよ。明日出てかなきゃなんないんだからさ」
春原「掃除し直すの面倒なんだよね」
律「え!? 明日? 早くない…? 春休みは…?」
春原「休み中には次入学してくる寮生が入居するんだよ」
律「そ、そっか…そうだよな…はは」
和「娯楽品もなにもないのは、そういうことなのね」
春原「まぁね」
律「じ、じゃあさ、みんな、なんにもないとこだけだど、楽にしてくれよ」
春原「おまえが言うなっての」
律「ふ、ふん…」
245:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:14:29.21:jpDSDOMkO
澪「律、なんか動揺してないか?」
律「な、なんで? 別にしてないけど…」
紬「春休み中、春原くんと遊ぶつもりだったのね」
律「ちがわいっ! と、とにかく、菓子の箱あけまくろうぜっ」
律「そんで、この部屋をゴミ屋敷にして帰ろうっ! 立つ鳥跡を濁しまくり、ふははっ」
春原「てめぇ、散らかすなって言ったばっかだろっ!」
律「そんなの忘れちゃった、てへっ」
春原「キモっ」
律「んだとぉ、ラァッ」
丸めてあったゴミをぶつける。
春原「ってぇなぁ…ウラぁっ!」
春原もそれを拾って投げ返した。
律「とうぅっ!」
部長は軽やかに身をかわす。
律「ばーか」
246:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:14:57.59:+UZ/pLeq0
春原「むぅ…うらぁっ!」
今度はしわしわになった洗濯物を投げつける。
律「ぶっ…って、なにパンツ投げつけてんだよ、変態っ!」
春原「あ、やべ…」
律「どういう性癖だ、こらーっ」
春原「勘違いすんなっ! 僕はノーマルだっ」
和「さ、あのふたりは放っておいて、お菓子を広げましょ」
澪「そうだな」
憂「私、たくさん避けるチーズ買ってきました」
梓「あ、憂ナイス。私それ好き」
憂「ほんと? よかったぁ」
唯「朋也、隣に座ろ?」
朋也「ん、ああ」
紬「ふふ、ラブラブね」
唯「えへへ、まぁねぇ」
247:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:16:23.11:jpDSDOMkO
律「こらーっ! 私抜きで始めるなぁっ!」
澪「おまえが暴れるのに夢中だったんだろ…」
春原「ムギちゃん、隣に座っていい? っていうか、最後だし、むしろ僕に座ってくれてもいいよっ」
紬「えっと…ごめんなさい、今足が疲れてて、空気椅子できないの」
春原「そうまでして触れたくないんすかっ!?」
律「わははは!」
和「ほんっとに、うるさいわねぇ…」
―――――――――――――――――――――
律「でもさぁ、ライブ自体もびっくらしたけど、唯が泣き始めた時もかなり焦ったよなぁ」
スティック菓子をポリポリとかじりながら言う。
唯「ごめんね…」
律「いや、いいよいいよ。感極まって泣いちゃったんだよな」
唯「うん…もう、これで終わりなんだって思ったら、寂しくなっちゃって」
澪「唯…」
春原「唯ちゃん、心配すんなよ。学生時代、一緒に馬鹿やった奴らは、一生縁が切れねぇから」
248:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:16:49.55:+UZ/pLeq0
春原「でさ、今手に入る友達は、学校だけの仲じゃないんだ」
春原「卒業して遠く離れてしまっても…」
春原「それでも休みを合わせてくるような…そんな仲なんだ」
春原「これから大人になっても、周りや自分が変わってしまっても、それでも友達なんだ」
春原「みんな出世してさ…すげー忙しくなっても…」
春原「職場の同僚との、新しい居場所が出来ても…」
春原「結婚して、子供が出来て、家族を守るために精一杯でも…」
春原「それでも…僕らはきっと、顔を合わせれば笑いあってるんだ」
春原の言葉。珍しく真に迫っていて、俺たちは静かに耳を傾けていた。
唯「うん、そうだよね。ありがとう、春原くん」
律「急に真面目なこと言いやがって…なんだよ、おまえも言えるんじゃん、そういうこと」
春原「はは、僕の溢れるセンスが爆発しちゃったかな」
律「あーも、すぅぐ調子乗る…」
澪「おまえとそっくりだな」
律「なんか言ったかー?」
249:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:18:25.49:jpDSDOMkO
澪「いや、別に」
梓「さわ子先生もすごかったですよね」
律「あー、昔の血が蘇ってたよな。てめぇ、とか、おらっ! とか言ってさ」
春原「僕もあれは結構ビビッちゃったよ。唯ちゃんは一番ビビッちゃったんじゃない? 名指しだったし」
唯「うーん、ていうよりは、勇気づけられたかなぁ」
春原「マジで? やっぱ、いい神経してるよ、唯ちゃんは」
唯「えへへ」
和「憂と岡崎くんも、はっぱをかけてたわよね」
律「あー、だったな。憂ちゃんは夕食の話題で釣ろうとしてたよな」
憂「やっぱり、ちょっとズレてましたか…?」
唯「そんなことないよ。ちゃんとテンション上がったよ。ありがとね、憂」
憂「うん、えへへ」
律「この姉妹はのほほんとしてんなー、ほんと…」
紬「岡崎くんは、唯ちゃんへの愛を叫んでたわよね」
朋也「あ、愛?」
250:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:20:11.27:jpDSDOMkO
紬「うん、愛」
梓「あんな公衆の面前で恥ずかしくないんですか? 唯先輩のご両親も来てらしたんですよ」
マジか…。
朋也「いや、愛とかのつもりじゃなかったんだけど…」
唯「ええ? 愛はないの? 愛してはくれないの?」
朋也「い、いや、おまえのことは好きだけど…」
唯「だよねっ! 私もだよっ」
言って、腕に絡みついてくる。
朋也「あ、おい…」
律「くぁー、目の前でイチャつかれたらたまったもんじゃないっすわ…」
梓「そういうことはよそでやってくださいっ! しっしっ」
動物を追い払うような手振りをされてしまう。
澪「………」
律「あー、ほら、元岡崎狙いだった梓と澪のテンションがおかしくなっちゃうし…」
梓「わ、私はぜんぜんそんなことないですしっ! ですしっ!」
252:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:30:49.65:jpDSDOMkO
律「すでに口調がおかしいからな…」
唯「でも私、朋也と同じくらいみんなのことが好きだよ?」
律「おー、勝者の余裕かぁ?」
唯「違うよ、ほんとうのこと。だからね、愛の歌をみんなで歌おうよ」
律「なにそれ」
唯「だんご大家族だよっ」
律「って、またそれか…ライブの最後にも歌ってたよな」
律「せっかくいい感じで盛り上がってたのに、みんなずっこけてたぞ」
唯「そんなことないよっ! 盛り上がりはピークに達してたよっ」
律「あ、そっすか…」
唯「うんっ。今からあの興奮を再現するよっ」
唯「だんごっ、だんごっ…」
一人で歌い始める唯。
唯「みんな、カモン!」
唯「やんちゃな焼きだんご 優しい餡だんご…」
255:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:31:17.75:+UZ/pLeq0
律「はいはい、わかったよ…」
そして部長たちも合わせて歌った。
いつかのカラオケの時のようだった。
今度は、俺と春原もちゃんと声を出して歌っていた。
―――――――――――――――――――――
朋也「ふぅ…」
部屋の空気も熱気でモワついて来た頃、俺は夜風にあたるため、外へ出てきていた。
朋也(涼しいな…)
二酸化炭素が充満した狭い部屋から、開けた場所に出てきた開放感も手伝って、気持ちがよかった。
和「あら、岡崎くん」
朋也「お、真鍋」
缶ジュースを持った真鍋が俺に近づいてくる。
真鍋は、俺より先に部屋から出ていたのだ。
和「外の空気を吸いにきたの?」
朋也「ああ、そんなところだ」
和「そ」
言って、ジュースを口にした。
257:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:32:39.64:jpDSDOMkO
朋也「そういえばさ、坂上から聞いたんだけど、桜並木、守れたんだってな」
和「ん、そうね」
朋也「あいつ、おまえのことをすごい奴だって、すげぇ評価してたよ」
朋也「自分の力だけじゃ絶対に成し遂げられなかったってさ」
和「そんなことないわ。あの子のほうがよっぽどすごいわよ」
朋也「逆の意見なんだな。謙遜か?」
和「私はプライベートでへりくだったりしないわ」
朋也「あ、そ」
和「あの子は、本当に純粋で、穢れなくって…真っ直ぐなの」
和「とてもじゃないけど、汚い根回しや、既得権益の保守なんかには関わらせる気にならかったわ」
朋也「おまえにも人間らしい感情があるんだな」
和「まぁ、一応ね」
和「それでも、一般的に必要とされる事務処理の手続きなんかはちゃんと教えていたんだけどね」
和「たったそれだけなのに、あの子はどんどん力をつけていったわ」
和「厄介だった組織をひとつ解体してくれるくらいにね」
259:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:33:29.99:+UZ/pLeq0
朋也「厄介な組織?」
和「ええ。部費に割り当てられるはずの予算を6%横領してる連中がいたの」
和「そいつらは秀才で構成されていて、そのバックには卒業していったやり手の先輩たちがついてたわ」
和「在校生だけなら秀才軍団だろうと、なんてことなく処理できたんだけど…」
和「関わってるOBとは私もしがらみがあってね。1、2年生の頃懇意にさせてもらってたのよ」
和「だから、仕方なく目を瞑るしかなかったんだけど、あの子が会計のおかしさに気づいてね」
和「この不透明な出費はなんなのか、って訊かれたわ。それで、核心には触れず、遠まわしに伝えたの」
和「そうしたら、話をつけてくるって、リーダー格の男のところにいこうとするのよ」
和「私は止めたわ。後であの子にどんな不利益が生じるかわからなかったから」
和「でも、どうしても行くって聞かないのよ。それで生徒会室を飛び出して行ったの」
和「数日後、見事に連中の動きがなくなってたわ」
和「聞いたところによると、構成員のひとりひとりに直接当たって説き伏せていったらしいの」
和「取引きもなく、圧力をかけたわけでもなく、暴力を背景に脅したわけでもなく…」
和「そんな単純なことだけで、不正に金儲けを楽しんでた奴らの考えを改めさせたのよ」
和「すごいわよね。下衆な連中でさえ、あの子の人柄には惹かれてしまうんだから」
260:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:36:34.43:jpDSDOMkO
和「ちなみに…夏頃、軽音部部室にクーラーついたじゃない?」
和「あれは、連中がため込んでた裏金を充てて設置したものなのよ」
朋也「そうだったのか…」
和「ええ。それに、桜並木だって、実質あの子の力で守ったようなものだし」
朋也「え、そうなのか?」
和「そうみてもらっても間違いじゃないわ。あの子ね、英語の弁論大会で、市に訴えたのよ」
和「宅地造成の一環で、学校の桜まで切るのはやめにしてください、ってね」
朋也「へぇ…」
桜の木が切られることになってしまった背景には、そんな事情があったのか…。
和「その甲斐あって、あのとおり今も桜並木は健在なんだけどね」
学校の方を見て言った。この坂下からも、その木々は遠くに少しだけ見えているのだ。
朋也「でも、それじゃ、なんで坂上の中でおまえの評価が高いんだろうな」
和「ま、どうしても私の政治力が必要な時があったってことよ」
和「弁論大会の出場枠だって、無理を言って拡大してもらって、そこにあの子をねじこんだりしたからね」
和「そういう、正規の手段では成しえないことや、時間がかかってしまうことを割とすんなりやっていたから…」
261:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:37:49.20:+UZ/pLeq0
和「それが、まっとうな道を行くあの子の目には、すごい事として映ったんでしょうね」
朋也「そっか」
和「そうよ」
俺から視線を外し、ジュースで喉を潤した。
和「でも…そんな、裏で陰謀渦巻く泥臭い時代も、私の代で終わりでしょうね」
どこをみるでもなく、ただ遠くを見て言う。
和「あの子が…坂上さんが生徒会長の座につけば、きっと光坂は変わる」
和「まっとうで、まっさらな、新しい時代が始まるわ」
和「ま、もうその兆しは見え始めてたんだけどね…」
俺に向き直り、少し眉を下げて言った。
朋也「もしかして、おまえがその役割を果たしたかったりしたのか?」
和「まさか。私はごたごたしている方が好きよ。だから、時代の移り変わりがちょっと名残惜しかったの」
和「ただの懐古ね。それに、元生徒会長OBとして、私も在校生を遠方から動かしてみたかったし」
和「それはきっと、目の届かない場所で人を使うことの予行演習になるでしょうからね」
和「今後のためにも、是非その場を活用したかったんだけど…仕方ないわよね」
262:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:40:32.70:jpDSDOMkO
やけに卒業生の影響力が残っていることを不思議に思っていたが…今、その理由がわかった。
きっと皆、真鍋と同じように考え、あの学校を演習の場として使っていたのだ。
その伝統が今まで受け継がれていたと。そして、それも真鍋の代で終わってしまうと。
まとめると、そういうことだった。
和「ふぅ…」
天を仰ぐ真鍋。俺もそれに倣った。夜空には、星がいくつも見えていた。
和「本当に…おもしろい時代を駆け抜けたてきたわ。唯たち軽音部がいて、あなたたちがいて、SOS団がいて…」
和「濃い人間がそろいもそろってあの学校に、私の同学年に居たんだものね」
和「唯じゃないけど、私も高校生活が終わってしまうと思うと、少しさびしいわね」
今真鍋はどんな顔をしているのだろうか。気になって正面に向き直る。
すると、同じタイミングで真鍋も視線を下げてきた。
和「ま、私は唯ほど情に流されたりしないから、次へ向けて心の整理はついているんだけどね」
朋也「さすがだな。おまえはやっぱり真鍋和だ」
和「それはそうでしょう。って、もしかして…褒めてるの、それ?」
朋也「ああ、すげぇ褒めてる」
和「それは、どうも」
月明かりの下、優しく微笑む。とても人間らしい表情だった。
263:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:41:58.23:+UZ/pLeq0
和「それじゃ、先に戻ってるわね」
朋也「ああ」
寮の玄関へ入っていく真鍋の後姿を見送る。
俺はしばらくの間、真鍋に使われていた日々を思い出しながら、夜空を見上げていた。
―――――――――――――――――――――
春原「じゃあな」
翌日の朝。
春原を見送りに、みんなで駅に集まっていた。
朋也「ああ、達者でな」
唯「元気でね、春原くん」
澪「また、会おうね」
紬「向こうに行っても、いつまでも元気な春原くんでいてね」
梓「いろいろと、お世話になりました。ありがとうございました」
憂「私、春原さんのことずっと覚えてますね。岡崎さんの親友で、面白くて素敵な人だって、忘れません」
和「社会人なんだから、あまり突飛なことはしないようにね」
皆それぞれ、様々な言葉を送る。
264:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:43:15.12:jpDSDOMkO
律「………」
澪「律…おまえもなにか言ってあげろよ」
律「うん…」
律「………」
一歩前に出る。
春原「………」
律「………」
そして、春原と向かい合った。
律「あのさ…今までいっぱい喧嘩したけど…けっこうおもしろかったぜ」
春原「僕も、そうだった気がするね…なんとなくだけど」
律「そっか…」
春原「まぁね…」
律「でさ…あんた、こっちの方が好きだったよな」
カチューシャを外す。
そして…
春原「うわっ」
265:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:44:07.59:+UZ/pLeq0
春原の頬に唇を押し当てた。
律「ばいばい…春原くん」
春原「………」
その箇所を手で押さえ、口を半開きにして目を丸くする春原。
しまりのない顔だ。けど、それも少しの間のこと。
すぐにいつもの、憎めないニヤケヅラに戻った。
春原「ああ…バイバイ、田井中」
初めてその名を口にした。
そして、荷物を重そうに抱え、改札口を抜けていく。
帰っていく…今日、この場所から。いつだって陽気だったあの男が。
また会える日を思いながら、ここで見届ける。
俺の…親友を。
律「…いっちゃったか」
澪「律…」
律「ん…」
少し寂しそうな顔のまま、外していたカチューシャをかけ直す。
律「よぅし、そんじゃ、今から遊びに行くぞっ!」
その時からもういつもの部長の姿に戻っていた。
髪を下ろしていたのは、普段の自分と区別したいという心理もあったからかもしれない。
266:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:45:28.03:jpDSDOMkO
律「あ、でも、岡崎と唯はついてくるなよ?」
律「おまえらは、こっからデートだ! わはは!」
律「こい、澪!」
澪「あ、ちょっと、なんで私だけひっぱるんだよっ」
梓「律先輩、さっきのキスって、やっぱり…」
律「うるへーっ! ただのその場のノリだっ! 深い意味はなぁーいっ」
紬「くすくす…りっちゃん可愛いっ」
和「いいものが見れたわ。忘れないように記録をつけておきましょう」
律「って、和、やめんかーいっ!」
俺と唯をその場に残し、雑踏の中に消えていく。
憂「岡崎さん、お姉ちゃんとのデート、楽しんでくださいねっ」
言って、憂ちゃんもその後を追っていった。
唯「うわぁ、置いていかれちゃった…」
朋也「どうする? 俺たちも追うか?」
268:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:47:56.68:+UZ/pLeq0
唯「う~ん…せっかくデートするように言われちゃったから、そうしようよっ」
朋也「そっか…そうだな、そうしようか」
唯「うんっ」
―――――――――――――――――――――
俺たちは歩いた。
春の光の中を。
ゆっくりと、ゆっくりと。
ずっと手をつないで。
唯の小さな手が、愛おしくて…仕方がなかった。
唯が好きで好きで、仕方がなかった。
俺は… 立ち止まってしまった。
朋也「なぁ、唯」
唯「なに?」
朋也「あのさ…」
唯「うん」
朋也「………」
朋也「…別れよう」
今日言おうと決めていた。
きっぱりと終わらせて、引きずることなく前に進んでいくべきだった。
270:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:48:52.10:+UZ/pLeq0
唯「…え?」
朋也「おまえはさ…もっといろいろ見て、それで付き合う男を決めた方がいい」
朋也「今までは狭かったんだ。そこに、たまたま俺が現れただけなんだよ」
朋也「だから…」
…言葉が出なかった。
代わりに涙がとめどなくあふれ出た。
ぽたぽたと地面に落ち続けていた。
子供のように、俺は泣き続けた。
唯「朋也…」
朋也「………」
唯「朋也…」
朋也「なんだよ…」
唯「歩こう?」
朋也「なんでだよ…」
唯「朋也と歩きたいからだよ」
朋也「やめとけよ…俺、もう彼氏じゃないんだぞ…」
唯「まだ私が答えてないからセーフだよ。だから、ね?」
271:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:51:11.14:jpDSDOMkO
朋也「………」
朋也「…好きにしろよ」
唯「うん、好きにするね」
俺の泣き濡れた顔を笑いもせずに、そう唯は言った。
―――――――――――――――――――――
唯「あのね、私、大学卒業したら、この町に戻ってこようと思ってるんだ」
朋也「………」
唯「それでね、その時には…」
立ち止まる。
唯「朋也…私をお嫁さんにしてください」
朋也「………」
唯「えへへ…プロポーズだよ?」
朋也「馬鹿…そんなの受けられるわけないだろ」
唯「どうして?」
朋也「俺たちは、その時にはもうただの知り合いなんだよ…知り合いとは結婚しないだろ…」
272:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:52:18.54:+UZ/pLeq0
唯「そうだね。でも、朋也は違うよね。ずっと付き合ってた彼氏なんだから」
朋也「だから…それは、もう…」
唯「嫌だよ。別れるなんて、絶対に嫌だよ。朋也だってそうでしょ? だから泣いてるんでしょ?」
朋也「………」
唯「心配しないで。絶対に戻ってくるから。夏休みだって帰ってくるよ」
唯「冬休みも…クリスマスだってそうだよ」
唯「ね? 私、ずっと朋也のこと、好きでいるよ」
できるのだろうか…本当に。
それは、ただ、そうありたいという願いなんじゃないだろうか…。
唯「朋也も、私のこと好きでいてくれるよね? っていうか、今もそう…ってことで合ってるよね?」
朋也「…ああ…好きだよ…」
唯「じゃあ、やっぱり相思相愛だよっ。別れる必要なんてどこにもないんだよ」
朋也「そっか…」
唯「そうだよっ」
俺がいない4年間という長い時間の中で、唯は変わってしまわないだろうか。
また、俺も気持ちが薄れていってしまわないだろうか。
会えない日々に耐えられるだろうか。
274:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:53:37.90:jpDSDOMkO
越えていけるだろうか。
歩いていけるだろうか。
………。
でも、ずっと頑張り続けて…
そして、最後にはやり遂げた俺たちだったから…
きっと登っていける。
その先へ、歩いていける。
そう、思えた。
朋也「唯」
俺はその細い肩を抱きしめた。
朋也「俺、ずっと待ってるから…」
275:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:54:25.36:+UZ/pLeq0
そして、
朋也「その時は、結婚しよう…」
告げていた。
唯「うんっ、お願いしますっ」
現実味のない、子供の口約束。
叶うかどうかは定かじゃなかったけど…実現できるよう、俺は…
立ち止まることなく、歩きたかった。
どこまでも、どこまでも。
ずっと続く、坂道でも…
ふたりで。
―――――――――――――――――――――
276:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:56:21.00:+UZ/pLeq0
いろいろと雑で不快に思った人はすいませんでした
最後の方はトレースとか改変ばっかyってかんりアレだったけどみてくれたひとありがとう。おやすみ
277:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:57:34.99:JHH3ofV00
どこまでも乙
ゆっくり休むといい
278:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:57:56.48:/2Tp0lKfO
乙かれ
ゆっくり休めよ
279:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:57:58.42:RW3HG8jYO
乙
今から積んでたCLANNADやるわ
280:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:58:26.69:KV0U2cyp0
本当に乙。
雑なんかとんでもない。今まで見たSSで一番の出来たったよ。
24時間の投下、お疲れ様でした。
281:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:58:27.58:mYtd73dq0
1めちゃくちゃ乙
いいSSだったぜ
アフターもつくってくれwww
283:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:59:04.24:wcZcDgdhO
あんたのことしばらく忘れそうにないよ
286:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:00:18.23:tRE1gMy80
>>1乙!感動したぜ!ぶっ通しで書き続けるお前にもなw
287:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:01:31.95:C6ZdGqCkO
なんか終わるとなると一気に切なくなるな
乙!
288:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:01:50.02:WO9CGiHG0
>>1乙、さてまた最初から読み直すか
289:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:06:08.29:1tnU9z1E0
乙ッッ!
気づいたら休日ほとんど使ってた
293:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:07:02.93:F3QunPtq0
マジで乙 アフターできることなら書いてほしい
295:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:14:01.48:/y2VoD8Z0
>>1乙!
24時間以上ぶっ通しとかあんたすげぇよ…
ゆっくり休んでください!
297:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:17:15.67:PRCvP3Z4O
ほんとにうまいことけいおんとCLANNAD絡ませてると思った
ていうかCLANNADやばすぎ
まじでだーまえかよ
二次創作とか関係なく純粋にラブコメとしておもしろかった
最高
>>1ゆっくり休め
298:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:22:42.63:gvtdHZSq0
>>1乙
素晴らしかった 27時間投下もさることながらクオリティも高いなんてすごいな
是非別ルートのアフターを期待したい まあ今日はもう休め 乙
302:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 13:48:29.44:PRCvP3Z4O
これは張っておくべきだな
306:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 14:03:49.87:psYPlctqO
久し振りにvipで神を見たわ
308:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 14:12:36.19:JDXzbKUp0
実によかった
改めて春原友達にしてぇと思ったよ乙
312:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 14:29:19.24:Eki+aPehO
だいぶKEYナイズされたけいおんキャラだったから、いたる絵で脳内再生されたわwww
でもかなり良かった。
いつかアフターもやってくれwww
316:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 14:39:47.47:m+iznHnZ0
俺、はたらくよ
319:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 14:49:46.60:HyOn3KzCO
乙! お前の投下っぷりに感動した
320:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 14:50:57.77:aL/YfGkn0
渚が好きすぎで見るのが辛かった
323:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 15:12:02.73:d0r6J70g0
クロスも悪くないな
340:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 16:34:25.56:LXRyRTn+0
澪とあずにゃんはずっと朋也の事、あきらめなさそうw
>>324その後のけいおん部とかの話もみたいな。
もちろんみんなのその後とかも。
328:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 15:34:13.94:tTDNEF4XO
乙
あずにゃんがいい感じのウザさだったww
332:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 15:56:12.37:0EJJIN2c0
読み終わった後の喪失感がヤバイ
なにこれ
343:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 16:50:04.53:8pyLD54b0
今日最初から飽きずにスラスラと一気に全部読み終えた・・・
なんだこれ・・・すげぇよ・・・
乙!
345:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 16:53:34.21:y4s5CK8YO
乙
春原にならりっちゃんを託せる
346:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 16:54:06.07:8pyLD54b0
ラストシーン読み返したら泣けてきた
353:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 17:45:31.57:x/eJlbac0
乙。
なんか・・・就職や進路で離れ離れになった
仲間に連絡取りたくなったわ・・・
360:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 18:29:42.29:pM+VLPTR0
乙
仕事つらいけど頑張ろうって気になったわ
365:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 19:29:47.92:sm0R+y5JO
春原と岡崎のかけ合いがたまらなく俺好みだった
>>1まじで乙、超乙
勉強すっぽかして読んじまった…
372:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 20:11:58.67:hg0xmOF7O
楽しかった。ありがとう>>1!
こうまで楽しいと続きを期待したくなるが、今は休め…!乙!
374:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 20:34:23.53:AP0ajJNcO
おい>>1
お前のせいで休日が潰れちゃったじゃないかああああああ!!
それぐらい面白かったぜ!
過去のSS入れても間違いなく神作品だわ
24時間マジで乙つ(茶)
375:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 20:53:55.40:CdU1ELpcO
勝手な事を書くが
和や智代ら生徒会がOB各所に圧力
↓
光坂の要所要所の工事は中止となり唯の思い出の場所も病院にはならなかった
↓
結果、渚死亡フラグ回避
でいいのか?
396:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:19:58.66:ivI+F6vc0
>>375
病院の件は琴吹家が工事阻止して建設地を無難な場所に遷したって設定にしようと思ってました。
380:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 21:57:17.18:xVOeD+SC0
>>1乙
ところで、途中で何回か出てきたどこかで会ったことがあるような(ryっていうのは
原作で前世でなんかあったみたいな話があるっていうこと?
それともクラナドの世界観が新しくセーブデータを作るごとにひぐらしみたいに何回もループしてるってことなの?
381:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 22:31:27.69:CdU1ELpcO
>>380軽くネタバレてるけどそんな感じかね。
気になったのであればやってみるがヨロシ
しかし王様ゲームの偽告白とバスケにニヤリとし、ラストライブでの唯への励ましとラストに軽く涙目になり
ゲストでたまに出て来るキョンとハルヒに笑わせてもらいましたよ
原作では渚、春原√好きとしちゃ溜まらんシチュエーションをよくぞここまでアレンジしてくれました
>>1のクラナドとけいおんへの愛が詰まった良い話だったよ
できればアフターも書いて頂きたいな。軽くで良いから
396:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:19:58.66:ivI+F6vc0
>>380
そういうあれを匂わせる感じにしようと思ってただけです、俺が書いたのは。
ほんと原作の文まんまなところも多いし、俺が書いたっていうか原作いじった感じですね。
じゃあまたおやすみ。アフターは俺の力量と気力じゃ無理でだわー。お疲れ様でした。
392:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:01:17.09:7U+GBKAV0
面白かった……
特に喧嘩商売とランスのネタがwwww
いや、マジで凄いと思うよ。
相当のクラナド愛を感じたわ。
出来ればスピンオフかアフターか番外編がみてみたいというのは
ファンの勝手でワガママだろうか。
とにかく、今はただ休んでくれ。
また、筆が向いたら頼むぜっ!
>>1はここでダウン!!
だが、>>1はここからが強い――――!!
393:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:13:49.30:3CkAQKScO
なんか、高校の頃に戻りたくなったな…
春原や軽音部ほど濃いじゃないけど、高校の頃バカやった連中と飲みにでも行ってこようかなとか思うぐらいだ
>>1乙、アンタ天才だよ、あんたみたいなのが一人でもいればSSスレも期待して見れるよ。
395:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:18:03.26:vRZ0mxw80
こんなに早いSSスレは始めてだったwww
398:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:23:46.68:7WmVDWDFO
>>396
乙。
続編じゃなくてもいいからまたいつか何か書いてくれ。
399:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:24:31.02:3CkAQKScO
>>396乙
まぁ、アフターまで書けってのはわがままだってわかってる。
気が向いたらでいいから書いて欲しいなって要望さ
でも、あんたの文章クオリティには感動した
401:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:24:46.12:RsAqDore0
やっと見終わったよ
>>1 乙なんだぜ
いろんなネタ入れながらもしっかりとクラナドの世界観保ちつつけいおんまで組み込んでて最高だった
時を刻む唄ループさせながら読んでたら目から汁が止まらなくなった
402:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:25:53.27:7U+GBKAV0
そうだな。
別にアフターじゃなくても全然いい。
またクラナドSSでもなんでも書いてくれればそれで……
とにかく、1おつ!
405:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 01:34:30.78:MrtbXPtKO
読後感がすごくいいよ
良作をありがとう一日潰した価値があった
ハルヒ好きな俺はSOS団がでてきてすごくワクワクした
涙ぐんだり、本当に笑う場面もあったよ
ゆっくり休んでくれ
おつかれさま
ありがとよ>>1
409:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 02:28:11.21:g/PmXmQP0
投下終わって半日以上たつのに
いつまでも止まらない>>1乙の嵐
これこそがこのSSの評価を表してる
417:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/27(月) 06:58:39.74:JiqA22TYO
この>>1は紛れも無く天才
今まで見たSSの中で一番面白かったわ。
また書いてくれ!
それは、中野のためだったのか、それともティータイムのためなのか…そのどちらもなのか。
この際、なんでもいい。この期に及んで、らしくいられるこいつらが、俺には頼もしく見えていた。
それは、俺自身の進路が不安定なまま、ひとつ場所に定まっていなかったからかもしれない。
目標もなく、目的もなく…ただ惰性で生きてきたような奴の末路なんていうのは、こんなものだ。
だからこそ、いつだって変わらない、普遍的な存在が、心のより所となりえるのだろう。
―――――――――――――――――――――
朋也「わははははっ!」
春原「笑うなっ」
朋也「誰だよ、おまえはよっ」
春原「自分で鏡を見たって違和感バリバリだよ」
春原「でも仕方ないだろ…就職難だって言うしさ」
朋也「おまえの田舎じゃ、関係ないんじゃないの?」
春原「どんな田舎を想像してくれてるんだよ…」
朋也「孤島」
春原「本州だよっ!」
春原「…というわけで、しばらくいなくなるな」
コートに身を包んだ春原が立ち上がる。
春原「ま、勝手に部屋を使うな、と言っても、使うんだろうから、何も言わないけどさ…」
春原「悪戯だけはすんなよ」
春原は今日から、田舎に帰る。
就職活動だった。そのために髪を黒く染め直していたのだ。
進学しないのであれば地元に帰って就職する…それは親との約束だったらしい。
そんなことを言い出された日、俺は現実を突きつけられた気がして、ショックだったのを覚えている。
そう…もう、馬鹿をしていられる時間は終わったのだ。
俺よか、春原はよっぽど切り替えが早くて…
俺は置いてきぼりだった。
今も、そう。
残り火に当たるようにして、じっとコタツに張りついていた。
春原「決まり次第戻ってくるけどさ…」
春原「そん時はもう、卒業間際かな」
春原「まぁ、おまえも就職活動で忙しくなるのは一緒だからな…」
春原「きっと、あっという間だぞ」
春原「じゃあな、健闘を祈る」
春原が部屋を出ていく。
俺はぼーっとその背中を見送った。
何かしなければならないんだろうな…。
そんなことを考えながら。
―――――――――――――――――――――
翌日から俺は、就職部に通い始めた。
こんなところに世話になる生徒は他にいないのか、担当の教師以外に人はいなかった。
―――――――――――――――――――――
教師「進学校であることのほうがネックになることがあるよ」
その老いた教師は言った。
教師「進学校の落ちこぼれよりも、レベルが低い学校で頑張っている人間の方が好まれる」
教師「単純にそれは内申で判断される。人間性の問題だからね」
教師「君はそこんところは自覚しておいた方がいいよ」
教師「ショックを受けないように」
教師「でも、ま、諦めることはない」
教師「そのうち、納得のいく仕事も見つかるよ」
朋也(春原も同じ苦労してんのかな…)
朋也(でも、あいつのことだからな…)
朋也(俺なんかより自分の立場を把握してんだろうな…)
朋也(よっぽど俺のほうが子供だ…)
―――――――――――――――――――――
冬休みに入り、俺は本当にひとりだった。
唯は勉強で忙しく、ふたりで居たいなんて、とてもじゃないが言い出せなかった。
クリスマスさえ、一緒に出かけることはなかったのだ。
俺は無意味に春原の部屋で過ごしていた。
自宅よりか、落ち着く場所だった。
朋也(ずっと、ここに居たな、俺…)
無駄にだらだらと過ごした三年間。
今はまだ、三年前と同じ場所に居る。
けど、もう俺たちは…
ブレーキが壊れた自転車のように、走り続けていくんだろう。
そんな気がしていた。
上を目指すわけでもなく、現状維持が精一杯でも…
それでも、がむしゃらにやらないと、負けてしまいそうな日々。
何かに追われるようにして、走っていくのだろう。
この小さな町で。
そんな時間の中で、俺は何を見つけられるのだろう。
もう、それは見つけておかなくてはならなかったのではないか。
少しだけ、恐くなる。
これからの人生の中には、それはもう、見つけることができないのではないか…。
大切なものは、過去の時間に埋まったままで…二度と掘り出せないのではないか…。
もう、俺は…
このままなんじゃないのか。
焦燥感だけを覚える日々で…
あくせくと働く日々で…
…もう、俺は…
………。
時を刻む唄聞きながら読んだら破壊力倍増
しっかしうまくクラナドとけいおんの世界を繋げてるなぁ
―――――――――――――――――――――
就職活動を始めてはや幾日。
自分の力で探し当てた企業は、どれもこれも駄目だった。
どんなささやかな希望も叶わなかったのだ。
これからの人生を暗示しているようで、気が重くなる。
朋也「はぁ…」
そんなある日のこと。
失意に暮れながら、いつものように春原の部屋に足を運んでいると…
朋也「ん…」
視線を上げた先…高い位置に人が居るのを見つけた。
高い位置、というのは空中のことで、一瞬驚く。
が、よくみるとなんてことはなく、梯子に登った作業員だった。
そんなことさえ、時間差でしか気づけないほど俺は消耗しているのだろうか…。
ともかくも、どうやらその作業員は街灯を取り付けているようだった。
見覚えのある光景。
前に俺もその仕事を一日だけ手伝ったことがあった。
そして、あの日、俺は思い知ったはずだ。
いかに自分が、ぬくぬくと暮らしてきたかを。
そして、厳しい社会が待っていることを。
なのに俺は、その教訓を生かすことなく、延々と怠惰な日常を過ごしていた。
あの時…芳野祐介だって、自分とさほど歳の差が無い人で…そのことでもショックを受けたはずだ。
朋也(なのに、俺は…今まで何をやっていたんだ…)
歯がゆさとともに、いろんなことを思い出していた。
そして、その厳しさに見合う対価が得られることも。
あの額ならば、自分の力で食っていける。もう、誰にも頼ることなく、自立できる。
俺は目を凝らし、作業員の顔を判別しようとした。
遠くてよくわからない。けど、背格好が似ている気がする。
別に違ったっていい。俺は焦燥に駆られて走り出していた。
―――――――――――――――――――――
作業員「…ふぅ」
作業員は地面に降り立ち、煙草をふかしていた。
納得がいくしごとができたのか、街頭を見上げて、何度か頷いている。
朋也「芳野…さんっ」
その名を呼んだ。
芳野「あん?」
顔がこちらに向く。芳野祐介…いや、芳野さんだった。
朋也「どうも」
芳野「………」
芳野「…ああ。よぅ」
少し考えた後、思い出したように、挨拶を返してくれた。
芳野「ええと…確かキャサリン…いや、山中の教え子だったよな」
朋也「岡崎です。岡崎朋也。自己紹介はまだでしたよね」
芳野「ああ、そうだったな」
芳野「で、どうした。また暇なのか」
朋也「俺を雇ってくださいっ」
そう頭を下げていた。
芳野「え、マジか…」
朋也「ええ、本気です」
芳野「それは助かるがな…。こっちはいつだって人手不足だからな」
芳野「けど、おまえまだ学生だろ。歳はいくつだ」
朋也「18です」
芳野「なら、三年じゃないか。おまえ、坂の上の進学校に通ってるんだろ? 受験はいいのか」
朋也「いえ、俺、完全に落ちこぼれちゃってて、進学とかは無理なんです」
朋也「だから、今は就職活動中なんですよ」
芳野「そうなのか…。まぁ、それならそれで構わないが…」
芳野「おまえも知ってるように、きつい仕事だ」
朋也「覚悟の上です」
芳野「春頃のおまえは、一本立てるだけでへたれてたよな」
朋也「それは…慣れれば大丈夫だと思います」
食い下がる。ここで引くわけにはいかない。
芳野「………」
朋也「頑張ります」
芳野「そうか…」
芳野「OK。雇おう」
よかった…やっと先の見通しが立った…。
芳野「ただし、卒業してからだ。中退したりせずに、ちゃんと卒業だけはしろ」
朋也「あ、はい、それはもちろんです」
芳野「それと、おまえのとこの学校、今冬休み中だろ?」
朋也「はい、そうです」
芳野「だったら、休み一杯はまずバイトとしてフルで働いてもらうが、いいか」
朋也「はい、任せてください」
芳野「よし。じゃあ、おまえ、携帯持ってるか」
朋也「いえ、すみません、持ってないです」
芳野「そうか。なら、自宅の番号を教えてくれ。追って詳細を連絡する」
言って、メモ帳とペンを取り出した。
朋也「わかりました。えっと…」
電話番号を伝え、一礼してその場は無事取りまとまった。
―――――――――――――――――――――
そして、バイトとして働き始めた初日のこと。
俺は疲れ果て、ぼろぼろの状態で凱旋していた。
朋也(ふぅ…)
部屋に戻り、ベッドに身を沈める。
朋也「…あー…疲れた」
思わず独り言が出てしまう。
朋也「痛…」
ちょっと動くと筋肉痛が襲ってきた。
朋也(風呂でよく揉んだのにな…)
朋也(つーか、きつい…続くかな、俺…)
少し心が折れそうになる。
朋也(いや…やらなきゃだな…これは全部、今までのツケだ)
そう思い、心を奮い立たせる。
朋也(あー、にしても…唯に会いたい)
弱った時には、あいつの笑顔で支えてほしかった。
朋也(そうだ、明日は午前だけだって言うし…午後から会いに行こう)
朋也(よし…決めた)
多少心に豊かさが戻り、眠りにも割とすんなりつけた。
―――――――――――――――――――――
最初の内はキツかったが、一週間もすれば体が慣れていった。
まだまだバイトの仕事量だったので、なんともいえないかもしれないが…
それでも、この調子なら、なんとかこなしていけそうな気がしていた。
―――――――――――――――――――――
教師「そうか、よかったな」
老教師は、そう俺を労った。
俺よりも嬉しそうだった。
報告しに来たのは、三学期の始業式を終えた午後だった。
教師「見ていた生徒の進路が決まると安心するんだ」
教師「特にこんな学校だ。私が見る生徒は少ない」
教師「わが子のように、うれしく思うよ」
教師「………」
朋也「先生」
教師「うん?」
朋也「お世話になりました。本当に…俺なんかをみてくれて、ありがとうございました」
態度も出来も悪い俺を、根気よく励まし続けてくれたこの老教師。
俺はこの人に、幸村のジィさんやさわ子さんに近いものを感じていた。
だから、儀礼的なものでなく、腹のそこから礼の言葉を出すことができた。
教師「ああ、頑張りなさい」
朋也「はい。それでは」
深く礼をして、ストーブの匂いが篭った部屋を後にした。
―――――――――――――――――――――
さわ子「そ…あいつのとこで働くことになったのね」
さわ子さんにも報告するべく、職員室まで足を運んでいた。
朋也「ああ」
さわ子「じゃあ、一度挨拶に行っておかないとね。馬鹿なところもある子だけど、よろしくってね」
さわ子「それとも、あんたの武勇伝を語ってネガキャンしておこうかしら、おほほ」
朋也「さわ子さん」
さわ子「なに?」
朋也「ありがとな。三年間、いろいろ面倒見てくれて。感謝してるよ」
それは、軽音部と関わることになったきっかけを作ってくれたことも、もちろん含めてのことだった。
この人がいなければ、俺は今頃どうなっていたかわからない。
きっと、ロクでもない道を辿っていただろうと思う。
さわ子「………」
さわ子「馬鹿…教師なんだから、教え子が可愛いのは当然じゃない」
さわ子「とくに、馬鹿な子ほどかわいいっていうしね…」
さわ子「はぁ、まったく…」
メガネをはずし、天井を仰ぐ。そして、片手で両目を押さえた。
さわ子「こんなとこで泣かさないでよ…お化粧落ちちゃうじゃない…」
朋也「そっか。そりゃ、かなりな事態だな。すっぴんはヤバイもんな」
さわ子「そこまでひどくないわよ…ほんと馬鹿ね。いいから、とっとと行きなさい」
さわ子「あの子たちにも、報告しにいくんでしょ」
朋也「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」
朋也「それじゃあ、失礼します」
丁寧に告げて、職員室を出た。
―――――――――――――――――――――
澪「え…芳野さんのところで?」
朋也「ああ」
次に訪れたのは、軽音部部室。
中野以外は、全員過去問を開き、その解説を見ていた。
時間を計り、一度本番形式で解いたのだという。
今は茶を飲みながら、答え合わせと、誤答した箇所のチェックをしていたらしい。
澪「へぇ…すごいなぁ、芳野さんと一緒に働けるなんて」
朋也「いや、確かに芳野さんはすごい人だろうけど、俺は別に大したことしてないぞ」
梓「そんなことわかってるに決まってるじゃないですか。社交辞令ですよ、社交辞令」
朋也「俺だってわかってるよ。ただ謙遜して合わせただけだ」
澪「そ、そんな、私は本音で言ったからね?」
梓「澪先輩、この人に建前トークはしちゃだめですよ。すぐ真に受けるんですから」
澪「だから、私は本心を言ったまでだってっ」
律「ま、なんにせよ、おめでとさん」
紬「おめでとう、岡崎くん」
朋也「ああ、サンキュ」
唯「………」
律「どした、唯。なんか朝から元気ないけど…彼氏が内定出たんだぞ? 祝ってやれよ」
唯には前から知らせてあったので、今さらな話だったのだが…確かに、朝からどこか浮かない顔をしていた。
受験を目前にしてナーバスになっているのかと思ったので、そっとしておいたのだが…
励ましてあげた方がよかったんだろうか。
けど、受験もしない俺がどんな言葉をかけたとしても、すべて嘘臭くなってしまいそうでもある。
難しいところだ…
唯「うん…なんかね、卒業したらみんなバラバラになっちゃうんだなーって思ったら、ちょっとね…」
と、思いきや、予想外の答えが返ってきた。
唯は別に、自分の身を案じていたわけではなかったのだ。
ただ、離れ離れになっていくことを寂しく思っていただけで。
それも、こんな、受験生なら誰もが自らの前途に不安を抱く時期に、俺たちのことを想って。
唯の繊細な部分に気づいてあげられなかった…反省。
と同時、少し恥ずかしくもある。
この前まで俺は、遠く不確かな未来に怯えて立ちすくんでいたので、てっきり唯もそうだと思い込んでしまっていたのだ。
彼氏として…というか、人としてまだまだ未熟なんだろう、俺は。
律「ああ…そういうこと。ま、そうだな…」
律「岡崎はこの町で就職、春原は地元に帰るし、梓は現役女子高生続行で、さわちゃんはここで教師続けるってな」
朋也「でも、おまえらは同じ大学受けるじゃないか」
それも、東京の有名私立大学だ。
そこは、昔の偉人が創設した名門校で、俺でさえ前からその名を知っていた。
さすがに学部学科まで同じところを受けるというわけではなかったが…
キャンパスは共有しているのだから、今と変わらない関係が続けられるはずだ。
律「受かるかどうかわかんねーじゃん」
朋也「腐っても進学校だろ。おまえらは一般入試組だし、十分圏内じゃないのか」
澪「岡崎くん、それはね、普段まじめにやってる人たちの話だよ」
澪「だから、律と唯はけっこう…アレなんだ」
律「アレってなんだよ、はっきり言えーっ!」
澪「アホ」
唯「えぇーっ!?」
律「んな直球で言うなぁ! もっと婉曲表現とか擬人法とか使えっ!」
澪「擬人法って…木が『律と唯は落ちます』と喋った、とでも言えばいいのか?」
唯「澪ちゃん、木に『落ちる』とか『滑る』とか、タブーを喋らせちゃだめぇっ」
澪「だって、律がそう言えって…」
律「言ってなーいっ!」
紬「くすくす…」
一転して、明るくなる空気。
やっぱりこいつらはこうでなければ。
律「澪、おまえ、なんか最近毒吐くけど、ストレス溜まってんのかぁ?」
澪「それなりにな」
紬「じゃあ、リラックスできるように、お線香を持ってこようかしら」
律「せ、線香?」
唯「あ、いいねっ、線香! 落ち着くよねっ」
紬「でしょ?」
律「い、いや、でも、それはちょっとな…」
澪「う、うん、遠慮しておきたいな…」
紬「そう? 残念…」
律「でもさ、悪戯用にストックしておくのもいいかもな」
律「春原の馬鹿にブービートラップ仕掛けてさ、ケツに引火! とかやったりな、くひひ」
朋也「でもあいつ、帰ってくるのは卒業間際だって言ってたぞ」
朋也「だから、自由登校になった後だし、学校出てくるかもわかんないけどな」
律「マジかよ…くそぉ、つまんねーの…せっかくまた、頭まっキンキンに染め直してやろうと思ってたのに…」
律「早く帰ってこいっつーの、馬鹿原…」
唯「あれあれ? 春原くんが恋しいの?」
律「ばっ、んなわけねーってっ!」
紬「うふふ、1/3の純情な感情ね、りっちゃん」
律「む、ムギまで…うぅ…べ、勉強するぞ、勉強! おまえら、しっかりしろーっ!」
澪「あ、無理やり話題変えた」
律「ちがーうっ! 勉強に目覚めたんだよ、今っ! 覚醒したのっ!」
梓「危ない粉でも隠し持ってたんですか?」
律「中野ーっ!」
―――――――――――――――――――――
朋也「…よし」
生活必需品と衣類、学校関連の教材などをまとめ、スポーツバッグに詰め終わる。
長年暮らしてきた、この家…実家を出るための荷造りだった。
俺は芳野さん経由で、個人家主の物件を紹介してもらっていたのだ。
普通なら、現高校生の段階で審査が通るはずもないのだが…
そこは個人家主のメリットで、大家さんに融通してもらえていた。
敷金、礼金は、冬休み中の貯えがあったので、楽に払えた。
当面の生活費は、今も放課になるとたびたび仕事に呼び出されていたため、その給与で卒業までは賄える見込みがあった。
抜け目のない布陣に見えるが…ひとつ問題があった。
アパートに移ってしまうと、朝、平沢姉妹と一緒に登校できなくなってしまうのだ。
といっても、2月になれば自由登校になり、学校に行く必要もなくなるのだが。
授業日数も残り僅かだったので、いい頃合だと思い、転居が決まる前、唯には話をしておいた。
すると、卒業まではこの家にいて欲しいと請われた。けど、俺が首を縦に振ることはなかった。
確かに、ここにいれば唯と一緒に居られる時間が増える。とくに一月中は。
でも、2月、授業がなくなって自習するだけの状態になると、話が変わってくる。
唯が登校するのは、部室で勉強するためだ。俺には唯と一緒に居たいという動機しかない。
だが俺が部室に居ても、なんの役にも立てないどころか、気を散らせてしまうばかりだ。
それに、ただ黙って勉強を眺めているだけというのも、かなり味気ない。ナンセンスだ。
そういう事情もあり、距離というどうしようもない理由を作って茶を濁すつもりだった。
いや…それも綺麗ごとか。一番の理由は…やっぱり、親父と離れたかったからに他ならないのだから。
朋也(いくか…)
パンパンに膨らんだバッグを三つ肩に掛け、下の階に降りた。
―――――――――――――――――――――
いつものように親父は居間で転がっていた。
朋也「なぁ、親父」
小さく上下する肩に触れる。
親父「ん…」
寝言か何かよくわからなかったが、親父が小さくうめいた。
朋也「俺、家を出るから…」
それを一方的に目覚めたと判断して、俺は話を始めた。
朋也「ひとりで元気にやってくれよ…」
それだけを伝えて、俺は親父のそばから離れる。
そして、玄関へ…
ぎっと背後で床がきしむ音がした。
振り返らざるをえない俺。
朋也「おはよう」
平成を装う。
親父「朋也くん…どこかへいくのかい」
朋也「アパートだよ。就職の見込みがあるから、保護者印なしで貸してくれるとこがあったんだ」
親父「就職、決まったのかい?」
朋也「ああ」
親父「それは、おめでとう。でも…寂しくなるね」
親父「朋也くんは… いい話し相手だったからね」
走って逃げ出したかった。
朋也「こっちにも都合があるんだよ。わかってくれ…」
押し殺した声でそう言う。
最後は…最後まで平静でいよう…。
親父「そうだね…」
朋也「じゃあ、いくから」
俺は背中を向ける。
―――――――――――――――――――――
いつも帰る場所だった家。
今だけは、違う。
どれだけ時間がかかるかわからなかったけど…
いつかは戻ってこれる日がくるのだろうか。
朋也(こんなにも、後ろ向きな俺が…)
朋也(逃げ出しただけじゃないかっ…)
だから最後にこう告げた。
朋也「さよなら、 父さん」
俺は歩き出した。
―――――――――――――――――――――
一月も終わろうかというその日。
放課後になると、俺はいつものようにすぐ下校していた。
最後に部室へ顔を出したのは、就職報告へ行った時だ。
あれ以来俺は直帰するようになっていた。
―――――――――――――――――――――
朋也「あ…」
外に出ると、雪が降っていた。
珍しいものだと思った。
こらから本降りになるのだろうか。
明日の朝には積もっているだろうか。
これからはどうしようか。
今日は仕事が入っていない。
春原もまだ戻ってきていない。
早く帰って来てくれればいいのに…。
最後の時間はどう過ごそうか…。
就職が決まってしまったふたりでも…馬鹿できるだろうか…。
できるだろう…俺たちは本当に馬鹿だったから。
―――――――――――――――――――――
いろんなことを考えながら、俺は門を抜け、坂を下る。
その先に…彼女はいた。
朋也「よう…なにやってるんだ、坂上」
桜の木をまっすぐに見つめるその横から声をかけた。
智代「ん…おまえは、あの時の」
朋也「覚えててくれたのか」
智代「それはそうだろう。おまえの助言で私は副会長に鞍替えしたんだぞ」
朋也「そうだったな。で、こんな寒い日に棒立ちして、なにをしてたんだ」
朋也「なにか面白いことでもあるのか」
智代「ただ桜の木を見て感慨にふけっていただけだ。私と、真鍋会長で守ったここの木たちをな」
朋也「そっか。じゃあ、達成できたんだな、おまえの目的」
智代「ああ。とても長くかかった。けど、なんとかここまで漕ぎ着けた」
智代「これも、真鍋会長の力添えがあったからだ」
智代「私一人の力じゃ絶対に成し得なかったと思う」
智代「それだけこの学校は広く、深い構造の中で動いていたことがわかったんだ」
智代「真鍋会長からノウハウを教わっていなかったら、きっと誰も私についてきてくれなかっただろうな」
朋也「そっか」
ということは…こいつも、あの特殊な生徒会に染まってしまったのだろうか。
でも、そんな風には見えない。初めて会った時の純粋な瞳を、今も持ち続けていたから。
智代「だから、おまえには感謝している」
智代「あの時、事を急くあまり状況が見えていなかった私を客観的に諭してくれたおかげで、冷静になれたんだ」
智代「ずいぶんと遅れたが、今礼を言っておく。ありがとう」
なんのけれんみもない透明な言葉。
生徒会内にいて、ドロドロした裏を見てきた人間が、こうも穢れなくいられるものだろうか。
普通ならスレてしまうだろう。
そうならないのは、こいつの持って生まれた器の大きさが成せるわざかもしれない。
まさに将来への展望が期待される大器だった。
朋也「まぁ、助力できたんなら、俺も後味がいいよ」
朋也「俺はもともと、真鍋に肩入れする腹積もりでおまえに副会長を勧めただけだったからな」
智代「そうなのか。おまえは、結構ドライな奴だったんだな」
智代「あの時、熱心に説得してくれたから、もっと熱い男かと思っていたんだぞ」
朋也「まぁ、そういう利害が絡んだ話には決まって裏表があるもんだ」
智代「そういうものか…」
朋也「ああ。だけど、おまえはこれからもまっすぐでい続けてくれよ」
朋也「俺、そういう奴好きだし…それに、結局はそれが一番正しくて一番強いだろうからな」
智代「まっすぐか…それは、単純そうでいて、その実難しそうだな」
朋也「おまえなら簡単だよ。そのままのおまえでいればいいだけだからな」
智代「私はまっすぐなのか?」
朋也「ああ、すげぇ直線だ」
智代「そうか…じゃあ、おまえにも好かれているというわけだな?」
朋也「ん、まぁ、そうだな」
智代「なら、私は私でいられ続けるよう精進していこう。おまえに好かれるというのも、悪くない気分だからな」
朋也「そりゃ、光栄だな。そんじゃ…もう話すこともないし、俺、行くな」
智代「うん、それじゃあ」
別れ、その場を去った。
帰り道…不思議と胸がすっとしている自分がいた。
―――――――――――――――――――――
2月になり、自由登校期間に入った。
俺はもちろん学校に用なんかあるわけもなく、アパートの自室で時を過ごしていた。
仕事がある時以外は基本暇だった。
春原さえいれば、最後になにか大きな馬鹿をやってもよかったのだが…。
就職活動が難航しているのか、それとももう決まって実家でゆっくりしているのか…
とにかく、あいつはまだ帰ってきていなかった。
朋也(いい加減帰ってこいよな…何様のつもりだ、あの野郎…)
朋也(部屋に家庭ゴミ分別せずに捨てちまうぞ…)
………。
朋也(はぁ…)
―――――――――――――――――――――
唯「やっほー、朋也っ」
朋也「唯…」
数日経った頃、唯がアパートを訪れてきた。
唯「朋也~会いたかったよぉ」
よろよろとこちらに近づいてくると、ぎゅっと強く抱きしめられた。
唯「5日ぶりくらいだよねぇ」
朋也「そうだな」
言いながら、頭を撫でる。
唯「私、今しあわせぇ~」
朋也「ああ、俺もだけど…」
勉強はいいのだろうか…もう試験までちょっとしかないはずだ。
唯「ほんとに?」
顔を上げる。
朋也「ああ」
唯「えへへ、じゃあね、いいものあげる」
朋也「いいもの?」
唯「うん。あ、上がっていい?」
朋也「ああ、いいけど」
―――――――――――――――――――――
唯「わぁ、一人暮らしって感じだね」
部屋に上がると、周りをキョロキョロと見回しながら見たまんまなことを言う。
朋也「まぁ、一人で暮らしてるけどさ…あ、そこ適当に座ってくれ」
座布団を放って渡す。
唯「うん」
そして、小さめのテーブルを囲んで、対面に座った。
朋也「で、いいものってなんだ」
唯「それはねぇ…」
鞄を漁る。
唯「これだよぉ」
中からハート型の箱を取り出していた。
唯「ちょっと早いけど、バレンタインでーのチョコレートだよ」
朋也「お…サンキュ」
受け取る。
そういえば…バレンタインデー当日には既に町を出て、現地のホテルに宿泊してるんだったか…。
思い出しながら、開封する。
そして、一口かじってみた。
甘さは極力抑えてあって、食べやすかった。
朋也「うん、うまい」
唯「よかったぁ。朋也、甘いの苦手でしょ? だから、ちょっと工夫してみたんだよね」
唯「それが勝因かなっ」
朋也「工夫って?」
訊きながら、もう一口かじる。
すると、ピリッとした痛みが舌に走った。
朋也「痛っ…」
唯「えーとね、超タバスコをところどころ混ぜて、気づかないようにそっと舌を麻痺させて、甘さを感じないようにしたのです」
朋也「いや、無理やりすぎるだろ…んなことしなくても普通にうまいのに、台無しだぞ」
唯「えぇ? そっかぁ…やっぱり、早苗さんの領域には届かないなぁ、私…」
頼むからあの人をリスペクトするのはやめてくれ。
朋也「まぁ、いいけどさ…。それで、勉強の方は、順調なのか?」
唯「ん? んー、ぼちぼちかな」
朋也「そっか。ま、体壊さないように頑張れよ…っても、おまえは風邪とかとは無縁そうだよな」
唯「そんなことないよ。去年の創立者祭ライブの時なんか、直前で風邪引いちゃったし」
朋也「そうなのか?」
唯「うん。だからさ、今度熱が出たら、朋也が看病してね?」
朋也「じゃあ、キスして風邪移してくれよ。人に移せば直るっていうしな」
唯「そしたら、今度は朋也が風邪引いちゃうよね。そうなったら、また私がちゅーして風邪もらってあげるね」
朋也「じゃあ、また俺がキスして風邪もらうよ」
唯「そしたら、また私がちゅーしてあげる」
朋也「ラチがあかないな…俺たちの間でいったりきたりしてるだけじゃん」
唯「あはは、そうだね。永久機関の完成だよ」
朋也「こうなったら、なにかを媒介にして、そこに移ってる間にループから抜け出すしかないな」
朋也「例えば、春原の奴に咳を浴びせ続けて、空気感染させるとかしてさ」
唯「それ、媒介っていうか単純に春原くんに移っただけだよね」
朋也「まぁ、ループから脱出するって大義名分があるんだから、大事の前の小事ってやつだ」
唯「あはは、もう、相変わらず春原くんの扱いがひどいね」
朋也「よしみってやつだよ。もうずっとそういうやり取りを繰り返してきたからな、俺たちは」
唯「そっか…なんかいいね、親友と作り上げてきた関係って」
朋也「おまえも、軽音部の奴らとそうしてきただろ」
唯「うん、そうだね。みんな大好きだよ」
朋也「おまえたちは綺麗な感じがしていいよな。俺たちなんか、ただの腐れ縁だぜ」
唯「いいじゃん。切ろうとしても、切れないんだから、すっごく強いよっ」
唯「だからさ、私と朋也も腐ろうよっ。っていうか、みんないっしょに腐って、いつまでも一緒だよっ」
朋也「ただのゾンビだろ、それ。すげぇ嫌な景色が浮かんだんだけど」
朋也「おまえが腐乱死体になって『み゛ん゛な゛ぁ゛~腐ろ゛う゛よ゛』って手招きしてる感じでさ」
唯「えぇ!? そんなの嫌だよっ! やっぱり腐りたくないっ」
朋也「だよな。つーか、腐るなんて俺が許さねぇよ。おまえはめちゃ可愛いから、ゾンビ化はもったいなすぎる」
唯「えへへ、ありがとう」
屈託のない笑顔をくれる。俺も同じように表情を緩めた。
朋也「ま、それでさ、学校行く途中だったんだろ?」
唯は制服で、その上からコートを着込んでいた。
朋也「そろそろ、勉強しにいった方がいいんじゃないか」
これ以上一緒にいれば、いつまでもぐだぐだと会話していそうだったので、そう切り出した。
唯「えー、もうちょっとお話してたいよっ」
朋也「それは、試験が全部終わったらゆっくりしよう。今は勉強頑張れよ。あとちょっとだろ」
唯「うー…じゃあ、終わったら、遊ぼうね?」
朋也「ああ、いいよ」
唯「この部屋にも、泊まりに来ていい?」
朋也「え…おまえ、それは…」
唯「だめなの?」
朋也「いや、だってさ…俺、一人暮らしだぞ? それに、俺たちは付き合ってて…そこに泊まるってことは…」
唯「えっちなこと?」
朋也「あ、ああ…俺、手出さない自信がない」
唯「朋也になら…いいけどな…」
朋也(う…)
マフラーに少し顔を埋め、上目遣いでそう言った。
これは…もしかして、今まさに手を出してもいいのだろうか…
この部屋には、俺と唯だけしかいなくて…唯は、乱暴にいってしまえば俺のもので…
ごくり…
朋也(って、なに考えてんだよ、俺は…)
こんな大事な時期に変なことはできない。
それに、俺はまだ、ただの高校生であって、責任なんて取れやしないのだから。
朋也「いや…やっぱ、だめだ。泊まるのはナシだ」
唯「え~、なんでぇ? ケチぃ…」
朋也「おまえが満足するまで遊びに付き合うから、それで納得してくれ」
唯「う~…わかったよ…」
朋也「ほら、立て」
唯「うん」
お互い立ち上がる。
そして、玄関に向かった。
唯「うんしょ…」
靴を履き終え、こちらに向き直る。
唯「じゃあ、またね、朋也」
朋也「ああ。チョコレートもらっといて、なんのもてなしもできなくて悪かったな」
唯「じゃ、今もてなして?」
言って、目を瞑り、顎を上げる。
朋也「え…キス?」
唯「それしかないでしょ~?」
朋也「ま、そうだよな…じゃ…」
身をかがめ、唇を合わせた。
唯「えへへ」
目を開けて、満足そうに微笑む。
唯「じゃあ、私行くよ」
朋也「ああ」
ドアを開け、外へ出て行く。
俺はその背を見えなくなるまで見送っていた。
―――――――――――――――――――――
2月の中旬。すべての試験を終え、唯たちは受験勉強から解放されていた。
後は合格発表を待つばかりだった。
その間、約束通り俺と唯は町に出てデートを重ねた。
学校に行き、また部室で茶会を開いたりもした。
刻々と近づいてくる終わりをすぐそばに感じながらも、俺は夢中になって最後の時を楽しんでいた。
―――――――――――――――――――――
春原「はぁ、にしても、疲れたよ…」
2月も下旬に入り、ようやく春原が凱旋してきた。
春原「ったく、圧迫面接なんかしてきやがってよぉ、あの面接官、プライベートであったらぶっ飛ばしてやる」
土産話を語るというより、愚痴をこぼしてばかりで、しきりに悪態をついていた。
やっぱり、こいつも俺と同じで苦労していたのだ。
朋也「ま、いいじゃん、決まったんだからさ。俺はおまえがプーのまま帰ってくるんじゃないかと思ってたからな」
春原「僕だっておまえが就職きっちり決めてるとは思ってなかったよ」
春原「それも、芳野さんと同じ職場なんて、なおさらね」
朋也「あの人とはなんか縁があるみたいだな」
春原「おまえがうらやましいよ。芳野さんが上司なんてさ」
朋也「かなり厳しいぞ、あの人。それに、おまえも知ってると思うけど、きつい仕事だしな」
春原「そういや、そうだったね。おまえ、よく続いてんね」
朋也「今はバイトだからな。仕事内容も単純だし、それほど時間もこなしてないしな」
春原「それでも、あん時と同じくらいのことやってんだろ?」
朋也「まぁな」
春原「じゃ、十分すごいじゃん」
朋也「そっかよ」
春原「ああ。僕はやりたいとすら思わないからね」
春原「ま、それはいいんだけどさ、明日からなにする? なんか、記録より記憶に残ることしようぜっ」
朋也「そうだな、じゃあ、学校にでも行くか」
春原「あん? なんでだよ? せっかく自由なんだから、んなとこ行ってもしょうがないだろ」
朋也「いや、つっても、部室だよ。今、あいつら全員試験終わって、毎日だらだらしてんだぜ」
春原「ああ、そういうこと。いいかもね、久しぶりにムギちゃんに会いたいし」
朋也「部長もおまえに会いたがってたぞ。おまえの帰りはまだかまだかってうるさかったからな」
春原「マジで? ははっ、けっこう可愛いところあるじゃん」
春原「よぅし、明日は久々にかわいがってやるかぁ」
朋也「おいおい、せっかく内定出たのに、取り消されちまうぞ、んな性犯罪起こしたら」
春原「誰も犯そうとなんかしてねぇよっ!」
―――――――――――――――――――――
律「なぁ、岡崎。あのバカってまだ地元にいんの?」
あくる日の午後。
昼休みにあたる時間、部室で茶をすすっていると、部長がそう尋ねてきた。
これを訊かれるのは何度目だろうか。
朋也「きのうやっと帰ってきたよ」
律「え、マジで?」
朋也「ああ。今日ここに顔出すって言ってたから、そろそろ来るんじゃないか」
律「そ、そっか…」
言って、カチューシャを一度はずし、またかけ直すと、髪を整え始めた。
澪「なんだ、律。ずいぶんと乙女じゃないか」
律「な、なにがだよ…」
紬「ふふ、久しぶりだもんね。一番可愛い自分で迎えてあげたいんだよね?」
律「は、はぁ? 意味がわからん…」
唯「まぁたまた~、りっちゃんはぁ」
律「な、なんだよ…そんなじゃないってのっ」
がちゃり
春原「よーう、久しぶり」
噂をすればなんとやら。陽気な声を伴って春原が現れた。
唯「春原くん、お帰りっ」
紬「お帰り、春原くん」
澪「お帰り」
梓「お久しぶりです、春原先輩」
春原「おう、この僕が帰ってきてあげたよ」
律「なぁにを偉そうに。誰も頼んでねーっての」
春原「あん? なんだよ、おまえが一番寂しがってたって聞いたぞ、僕は」
律「岡崎、おまえか?」
朋也「ああ、そうだけど。間違ってないだろ」
律「大間違いだっつーのっ! こんなヘタレ野郎いなくて結構だっ!」
春原「あんだとこら、デコてめぇっ!」
律「デコ言うなぁーっ!」
部長が席を立ち、毎度おなじみ、ふたりの言い争いが始まる。
ブランクを感じさせないほど勢いよく罵声が飛び交っていた。
澪「はぁ…やっぱりこうなるんだな、あのふたりは…」
梓「もう、名物ですよね、軽音部の」
唯「あずにゃん、この伝統を受け継いでいくんだよ?」
梓「遠慮しておきます。それは、この代だけで終わりにした方がいい負の遺産ですから」
春原「おまえ、しばらく見ない間にまた額が広がったよね」
律「ああ!?」
春原「今度からちょっと広がるごとに逐一報告して来いよ、ははっ」
律「ざけんな、ボケ原! おまえなんか、髪の色がどす黒く変色しててキモイくせにっ」
春原「これが普通の色だろっ!」
律「次は何色になるんだ? う○こ色か? ついにうん○と一体化して本来の姿に戻るのか?」
春原「てめぇっ!」
やむ気配のない罵倒の応酬。
確かに、負の遺産と言われても仕方ないくらいにあさましい。
律「死ね!」
春原「生きるなっ!」
でも、このふたりだけは、その渦中にあって、常に生き生きとしていた。
こいつらにしかわからないなにかがあるんだろう、多分。
―――――――――――――――――――――
また少し時間が流れ、2月も残すところ数日だけとなった頃。
ついに全員の合格発表が終わった。
梓「うう…みな゛さん、おめ゛でとうございま゛す゛…ぐす…」
律「おまえが泣くなよ、梓…」
唯「あずにゃん、いいこいいこ」
中野の頭を撫でる。
梓「よかったです…本当によかったでう…全員第一志望に受かって…うう…」
澪「奇跡的だったよな、ほんとに」
紬「みんな頑張ってたからね。神様がみててくれたのかしら」
春原「いや、違うよ。神様っていうか…ムギちゃん自体が天使なんだよ」
紬「ふふ、ありがとう」
律「ばーか、いくらムギをよいしょしても振り向いてもらえねーって」
春原「うっせぇ、勝負はまだこれからだ」
律「アホか。もう卒業するし、終わるだろ。タイムオ~バ~、残念でしたぁ」
そう…もう、あとは卒業するだけだった。
残された時間は、ごく僅かだ。
俺と唯の関係も…そのエアポケットのような、刹那的な間でしかいられない。
春原「最終日に校門をくぐるまであきらめねぇよっ!」
律「んとにしつけーな、おまえは…」
―――――――――――――――――――――
3月。その日はやってきた。
春原「桜だったら、もっとそれらしいのにね」
俺たちは、前庭にいた。
体育館では、卒業式が行われている。
固い連中と肩を並べて座ってなんかいられない、と俺と春原は抜け出してきていたのだ。
後一時間もすれば、否応もなくこの学校を卒業してしまう。
遊んでいられた時間は終わってしまうんだ。
春原「今のうちに、ラグビー部の連中の部屋を回ってさ、壁に染みっぽい人の顔描いて回ろうぜ」
春原「帰ってきたら、ひぃっ、壁に人の顔が浮かび上がってるっ!って、びびりまくるって」
春原「夜中なんて、絶対、寝られないって」
春原「一週間後には、不眠症で死ぬねっ」
朋也「そいつらも、今日卒業だろ」
春原「えっ、マジかよ!?」
春原「なんでだよっ!」
朋也「愚問だからな」
春原「くそぅ、あいつらめ…おめおめと逃げやがって…」
朋也「呼んだらきっと、最後に相手してくれるぞ」
声「岡崎に春原…」
春原「ひぃぃっ!」
いつの間にか、俺たちの正面に幸村が立っていた。
春原「なんだよ、ヨボジィかよっ、びっくりさせんなよっ!」
幸村「最後ぐらい、出んかい…」
春原「最後って、卒業式?」
春原「『楽しかった修学旅行っ、なぜか買ってしまった木刀っ』とかみんなで言うんだろ?ヤだよ…」
朋也「みんなで言うのは、小学生な」
春原「中学の時も言ってたってのっ」
朋也「田舎はなっ」
春原「ウチの田舎馬鹿にすんじゃねぇよっ!」
幸村「ほんとに、おまえらは…」
幸村「情けないやつらだの…」
幸村「これからは社会人だというのにの…」
朋也「逆だよ。最後だからさ」
幸村「ふむ…まぁ、それもそうか…」
幸村「ま、ホームルームぐらいは出たほうがいい…」
幸村「山中先生が悲しむでの」
朋也「ああ、わかってるよ」
幸村「ふむ、まぁ…」
幸村「それだけだ…」
体育館に戻ろうとする幸村。
朋也「なぁ、じぃさん」
俺はそれを呼び止めていた。
朋也「どうして、俺たちを卒業させてくれたんだ?」
幸村「ふむ…」
幸村「自分の教え子は…」
幸村「例外なく、自分の子供だと思っておる…」
半身のまま言った。
幸村「ただ…この学校は…ちと優秀すぎる生徒が多すぎての…」
幸村「長い間、わしの出番はなかった…」
幸村「が…」
幸村「最後に、おまえらの面倒を見られてよかった…」
そう…
きっと、俺たちが思っている以上に、影で支えられていたのだろう。
それは、今よりも、もっと…
ずっと、歳をとった未来に、気づいていくことのような気がしていた。
そして、ひしひしと感じるのだ…。
今の自分があるのは、あの人のおかげなんだと。
朋也「俺たちはさ…」
朋也「きっと、うまく生きていけるよ。進学しないぶん、困難は多いだろうけどさ…」
朋也「それでも、きっとやっていけると思うよ」
幸村「ふむ…」
幸村「頑張りなさい…」
しわがれた声で、しみじみと深く芯を込めて返してくれた。
そして、その身を正面に戻して歩いていく。
ゆっくりと歩を進めるその後姿を、俺たちは見届ける。
廊下の角を曲がったところで、視界から消えていった。
朋也「じゃ、行くか」
春原「そうだね」
俺たちは校舎ではなく、校門の方へ向かっていった。
ある計画のために。
―――――――――――――――――――――
門から玄関へ続く大通りには、すでに人だかりができていた。
保護者と下級生たちだ。
卒業生を花道で迎えようと待ち構えている。
春原「んじゃ、派手にいきますか」
朋也「ああ、そうだな」
―――――――――――――――――――――
春原「注もぉおおおおくっ!!」
昇降口の上段に立ち、春原が大きく声を上げた。
なるべく目立つよう、俺に肩車された状態で。
春原「この後っ、シークレットイベントがあるっ! 全員グラウンドに集合するようにっ!」
続けざま、そう声を張り上げた。
なにごとかと、場にざわめきが生まれ始めていた。
すると、こちらに駆け寄ってくる影がふたつ。
梓「なにやってるんですかっ」
憂「岡崎さん、春原さんっ」
中野と憂ちゃんだった。
朋也「よぉ、中野、憂ちゃん」
梓「よぉ、じゃないですよっ! HRはどうしたんですかっ!」
朋也「サボリだな」
梓「だめですよ、ちゃんと出ないとっ! こんなところで芸を披露してる場合じゃないですよっ!」
春原「芸じゃねぇよ。宣伝だ」
梓「せ、宣伝?」
朋也「ああ、宣伝だ。おまえらの、ラストライブのな」
梓「え…?」
朋也「ほら、おまえらさ、最後に演奏してこの学校を出たいって言ってたじゃん」
朋也「それで、どうせなら広い場所がいいってことで、グラウンドになっただろ」
朋也「で、もう音響とかも準備してあるしさ、ライブにしちまえよってことだ」
俺たちが軽音部のためになにかしてやれることはないか、最近まで話し合っていたのだが…
その結果出した結論がこれだった。しかも、今朝突発的にだったので、出たとこ勝負だったのだ。
梓「そんな…勝手にそんなことしたらまずいですよ…ひっそりと身内でやるだけならまだしも…」
朋也「そんなんでいいのか? テープにレコーディングとかもしてたけどさ…本当にそれだけで満足か?」
梓「それは…」
朋也「やっちまえよ。くそでかいハコで、おまえらの、最後の放課後を」
梓「最後の…放課後」
憂「…岡崎さん、春原さん。私も宣伝手伝いますっ」
梓「憂…」
朋也「そっか。サンキュな、憂ちゃん」
春原「さすが唯ちゃんの妹だね。話がわかるよ」
憂「えへへ…」
朋也「おまえはどうなんだ、中野。つっても、おまえが乗り気じゃなきゃ、全部無駄足なんだけどな」
梓「私は…」
憂「やろうよ、梓ちゃんっ。私、またライブみたいよ」
梓「………」
梓「…そうだね。うん…やるよ、私」
憂「梓ちゃんっ」
朋也「よし。そんじゃ、おまえは先にグラウンド行って準備しててくれ」
梓「わかりましたっ」
たっと駆けていく。
春原「じゃあ、僕らは宣伝だね」
朋也「ああ」
憂「はいっ」
春原「おっし…グラウンドへ集合ーーーっ!!」
朋也「グラウンドへお越しくださーーーーいっ」
憂「お願いしまーすっ! グラウンドへ来てくださーいっ!」
懸命に叫んだ。
すると…
その必死さが通じたのか、ひとり、またひとりと動いていき、次第に大きな人の流れができていた。
向かう先は、もちろんグラウンドだ。
確かな手ごたえを感じ、俺たちは声を張り続けた。
―――――――――――――――――――――
春原「お、きたきた」
卒業生が群れを成し、校舎から大挙して押し寄せてくる。
春原「てめぇら、グラウンドへいけーーっ!」
その集団に向かって吠える春原。
不測の事態にざわざわとささやく人混みの中から、教師がひとり、こちらに早足で歩み寄ってきた。
教師「こらっ! なにをやってるっ!」
学年主任だった。
教師「おまえらは、最後まで問題を起こす気かっ!」
春原「別に悪いことしようってんじゃねぇよ。ちっとグラウンドまで来てほしいだけだよ」
教師「グラウンドだと…?」
その敷地に目を向ける。
そこには、さっきまでこの場にいた人間が全て移動していた。
教師「おまえら、保護者の方と在校生までグラウンドに誘導したのか?」
朋也「そうです。許可なくやったことは謝ります。でも、今はだけは目をつぶってください」
朋也「お願いします」
頭を下げる。
教師「岡崎、おまえらがなにをしたいのかは知らんが、なにか事故があった時に責任は持てないだろう」
教師「全て、この学校での不祥事になるんだぞ。個人でどうこうできる話じゃなくなるんだ」
教師「おまえはちゃんと更生して就職まで決めたんだから、大人しくしていろ」
教師「春原、おまえも同じだ」
朋也「それでも、どうか、お願いします」
また深く頭を下げる。
春原「お願いします」
憂「お願いしますっ」
春原も、憂ちゃんも一緒になって頭をさげてくれた。
教師「だから、それは…」
声「私からも、お願いします」
聞き覚えのある声。顔を上げる。
さわ子「なにかあった時は、私がひとりの社会人として全ての責任を被ります」
さわ子さんだった。
教師「山中先生…」
さわ子「だから、どうかお願いします」
さわ子さんも、同じように頭を下げてくれた。
教師「…はぁ」
大きくため息を吐く。
教師「安全だけは確保するように」
言って、停滞していた卒業生の集団に体の正面を向ける。
教師「グラウンドへ集合!」
そう、声を上げた。
しばし間があった後…皆、列を崩しながらもぞろぞろとグラウンドへ足を運んでいた。
さわ子「すみません、主任」
教師「…こういうことは、今後ないように」
言って、学年主任もグラウンドへ歩いていく。
朋也「ありがとうございます!」
春原「ありがとうございます!」
憂「ありがとうございます!」
その背に大きく礼の言葉を送った。
朋也「さわ子さん、助かったよ」
春原「救世主だよね」
憂「先生、ありがとうございますっ」
さわ子「ええ、それはいいんだけど…岡崎、春原。式とHRはちゃんと出なさいよね」
朋也「悪い。最後まで迷惑かけちまって」
春原「ごめんね、さわちゃん」
さわ子「まったく…手のかかる生徒だこと。ほら、卒業証書」
黒い筒を一本ずつ俺たちにくれた。
朋也「サンキュ」
春原「これで、晴れて卒業だね」
さわ子「で、グラウンドに人を集めてどうしたいのよ」
朋也「ああ、それは…」
唯「朋也ーっ! 春原くーんっ」
唯がこちらに駆けてくる。軽音部の面々もその周りにいた。
唯「はぁ…はぁ…ど、どうしたのふたりとも…」
律「なぁにやってんだよ、おまえらは…つか、なにがしたいの?」
朋也「おまえらのラストライブの呼び込みしてたんだよ」
澪「え…? どういうこと?」
朋也「ほら、グラウンドにさ、演奏できるように設備整えただろ?」
朋也「だから、ライブしちまえよってことだ。客がいるなら、成立するだろ、ライブもさ」
さわ子「そういうことだったのね…やることが大雑把すぎるわよ、あんたたちは」
朋也「悪い」
さわ子「憂ちゃんも、巻き込まれたひとりなのよね?」
憂「えへへ、そうですね」
さわ子「ご愁傷様ね…」
律「ほんと、アホだな、おまえらは…」
呆れたように肩をすくめる部長。
律「でも…なぁんか燃えてきたぜぇ、あたしは」
紬「うん…私も。私たちのために、こここまでしてくれる人がいるんだもの」
澪「そうだよな…うん。私も、すごく熱い感じだ」
唯「私もだよ、ふんすっ! ふんすっ!」
朋也「じゃ、やってくれるんだな」
律「ったりまえじゃん。任せとけって」
朋也「そっか。じゃ、頼むよ。中野はもう先に行ってるからさ、合流してやってくれ」
澪「うん、わかったっ」
朋也「おまえらの…放課後ティータイムのファンとして、俺も観てるからな」
春原「僕も、名誉ファン会員としてのオーラを出しながら観とくよ」
律「だれが名誉ファン会員だっつーの…」
唯「ふたりとも、違うよっ! ファンじゃなくて、放課後ティータイムの一員でしょ?」
朋也「って、いいのかよ、それで」
律「ま、いいんじゃねぇの? なかなかいい働きしてくれたしな」
唯「りっちゃんの許可も下りたし、もう公式メンバーだねっ」
朋也「そっか。そりゃ、光栄だな」
春原「僕の担当楽器はもちろんムギちゃんで、ボディをあれこれして音を奏でるってことでいいよね?」
律「死ね、変態っ!」
紬「くすくす…」
笑っていた。俺たちは…今、確かに笑えていた。
―――――――――――――――――――――
朋也(ふぅ…)
準備を進める様子を遠巻きに眺めながら思う。
これで俺が、軽音部に…唯にしてあげられることは、全て終わったと。
朋也(よかった…最後に用意できて…)
これで悔いはない。唯とも、笑顔で別れることができる。そのはずだ。
キィーン…
スピーカーから音が鳴る。それは、最終調整の出足を告げる音。
もう少しすればライブが始まるだろう。俺は、その時をじっと待っていた。
―――――――――――――――――――――
ちりちりとマイクの音がした。
電源を入れたのだろう。
唯『こんにちは、放課後ティータイムです!』
始まった…唯のMC。
唯『今日は絶好の卒業日和ですね! 私もさっき思わず卒業しかけちゃいました!』
律『いや、んなくしゃみみたいに言われてもな…』
笑いが起こる。今日も好調のようだった。
唯『えへへ…えーっとですね、そうです、今日は卒業式なんですよねぇ』
唯『それで、お父さん、お母さんたちもいっぱい来てますよ』
唯『まぁ、それはいいんですけど…』
律『無駄な前フリはやめろ』
「りっちゃーん、ツッコミがんばってーっ」
「進行の具合は田井中にかかってるぞーっ」
律『はは、ども』
唯『でですね、実は私たち、このライブのこと、さっき知ったんですよ』
「なんで知らなかったのーっ」
「ありえねーっ!」
「平沢せんぱーいっ!」
様々な野次が飛び交う。
唯『式とHRの間にセッティングしてくれた人がいたんです。それで、外に出てきたらびっくりしました』
唯『こんなにたくさんの人を集めてくれたこと…私たちのために動いてくれてたこと…』
唯『すっごくうれしいドッキリでした』
律『おい、ドッキリじゃ、ここに集まってくれた人全員サクラになっちまうぞ』
「りっちゃーん、俺サクラじゃないよーっ」
「俺もガチだよーっ」
唯『じゃあ、サプライズっていうのかな。文化祭の時もあったよね』
唯『あの時は、みんなが私たちと同じTシャツ着てて、驚いたなぁ…』
唯『今日もそれくらい驚きました』
「俺着てたよーっ」
「今も持ってるよーっ!」
唯『ありがとー、みんな。本当に楽しかったよね。文化祭だけじゃなくて…この三年間』
唯『いろんなことがありました。楽しいこと、いっぱいありました』
唯『時々辛いこともあったけど…でも、やっぱりとっても楽しかった』
唯『私たちは、放課後、いつもお茶をして、お話して、だらだらと過ごしてきたけど…』
唯『練習する時は、いっぱいして、ライブを頑張りました』
唯『二年生になると、新入部員も入ってきてくれました。とっても可愛い女の子です』
唯『そして、とってもギターが上手くて、可愛い上に即戦力になってくれて、言うことなしでした』
唯『それからの私たちの活動は、4人でいた頃よりもっと楽しくなりました』
唯『そして、三年生になると、今度は男の子がふたり、部室に遊びに来てくれるようになりました』
俺と春原のことだ…。
唯『とっても面白いふたりで、いつも私たちは笑っていられました』
唯『もっと、もぉっと部活が楽しくなりました』
唯『いっぱい、みんでお話しました。お菓子を食べました。ふざけあいました。やんちゃなこともしました』
唯『けど…』
唯『………』
唯『けど…そうだよね…今日で…おしまい。もう…戻れないよ…』
途中から涙声になって、鼻をすする音が聞こえてきた。
唯『おかしいな…泣きたくないのに…どうしてだろう…さっきまで…うれ…し…』
律『唯…』
澪『…ゆ…唯…』
紬『唯ちゃん…』
梓『唯先輩…』
唯『いやだよ…終わっちゃうなんて…いやだ…いやなの…うぅっ…いやだよぉ…』
そして…唯は泣き始めた。
ずっと堪えていた涙が溢れ出した。
しゃくりあげ、子供のように泣いた。
それは、文化祭の日に見た、あの泣き方より辛いものだった。
続いてほしいと願った、楽しい日常の区切り。
そんな現実を突きつけられ、どうしていいかわからない辛さ。
心の中心に位置していたものを失った辛さだった。
俺は見てられなくなって…顔を伏せた。
このまま終わっちまうのか…。
俺のしたことは、唯を傷つけただったのか…。
声「甘えてんじゃねぇええええええええっ!」
怒声が、空にこだました。この声は…
朋也「さわ子さん…」
俺は人混みの中にその姿を探した。
それは人だかりが割れた中の中心にあった。
付近すべての注目を集めて。
さわ子「唯ーーーーっ!」
さわ子「てめぇらの居た時間は卒業したくらいで終わっちまうほど安っぽいもんだったのかーーっ!?」
さわ子「違うだろっ! 離れようが近かろうが、どうあっても色褪せない時間を生きてただろうがーーっ!」
さわ子「ここで挫けたら、全部嘘になっちまうぞっ! 先に進めねぇぞっ! いいのか、おいっ!」
メガネを外し、髪が振り乱れるくらいの剣幕で叫んでいた。
………。
少しの間の後…
憂「おねえちゃーん! 頑張れぇーっ! 今日は焼肉だよーっ!」
憂ちゃんがすぐ近くで声を上げていた。
憂ちゃんの励ましはなんだか的外れだった。
けど、それに便乗しない手はない。
朋也「俺たちも、同じだぞ、唯っ!」
朋也「春原や俺ができなかったことを、今、おまえらが叶えようとしてくれてるんだっ!」
朋也「わかるかっ、俺たちの挫折した思いも、おまえらが今、背負ってんだよっ」
朋也「だから、叶えろ、唯っ!」
怒鳴りつけた。言動の辻褄が合っているかさえわからなかった。
でも、思うままを叫んだ。
………。
唯が…顔を上げる。
もう泣いていなかった。
真っ直ぐに…前を見据えていた。
…連れていってくれ、唯。
この町の願いが、叶う場所に。
唯がマイクを手に取った。
それは、歌う意思の顕れ。
放課後が始まる。
俺たちの、最後の放課後が。
―――――――――――――――――――――
ライブが終わり、会場となったグラウンドは、祝福する声と拍手で賑わっていた。
それでも、だんだんと人が校門の方へ流れていき、卒業式本来の様相を取り戻し始めている。
唯たち軽音部は、さわ子さんを含め、一箇所に固まって、互いを抱きしめあっていた。
皆、涙を流していたが、その顔はとても晴れやかだった。
周辺でその様子を写真に収めたり、ビデオ撮影する父兄の姿があった。
きっと、あいつらの親なんだろう。
春原「おい、岡崎」
朋也「なんだよ」
春原「ほら、あそこ」
朋也「ん?」
春原が示す先。
卒業生が、部活の後輩、顧問や担任の教師に手を振り、振られていた。
その少し離れた場所に幸村の姿もあった。
誰も、幸村の元に寄っていく者はいない。
まるで、忘れられた銅像のように、ぽつんと立っていた。
俺と春原は顔を見合わせる。
春原「そういうのも、アウトローっぽくていいよね」
そして、どちらが先でもなく老教師に駆け寄り、その正面で深く礼をしていた。
朋也「ありがとうございましたっ!」
春原「ありがとうございましたっ!」
抜けるような青空に響かせた。
賑わいが一瞬引くような勢いで。
この三年間の感謝を。
朋也「じゃあな、ジジィ。元気でな」
春原「僕らが死ぬまで死ぬなよっ」
幸村「無理を言うな…」
最後の教師としての笑顔を目に焼きつけて…
俺たちは校門をくぐり抜けた。
―――――――――――――――――――――
キョン「よぅ、ふたりとも」
抜けた先、門のすぐそばでキョンが背をもたれかけていた。
朋也「よぉ」
春原「お、また久しぶりだね」
キョン「えっと…すまん、そっちの春原っぽい人は、春原で合ってるよな?」
朋也「ああ、髪の色はだいぶめちゃくちゃになっちまってるけど、ギリギリ春原だ」
春原「これが通常の日本人だろっ!」
キョン「ははは、すまん、冗談だ」
春原「そういうフリには岡崎が絶対に食いつくからやめてほしいんですけどねぇ」
キョン「そうだな。今後気をつけるよ。その機会があればだけどな」
春原「なんだよ、もう会わないつもりなのかよ」
キョン「そうなるかもしれないからな。最後におまえらに会っておきたかったんだよ」
春原「はっ、そんなの、会おうと思えばいつでも会えるに決まってるだろ」
春原「この町に戻ってくれば、絶対に会えるんだよ、僕らは」
キョン「そうか…それは、安心だ」
春原「へへっ…」
キョン「じゃあ…おまえら、元気でな」
手を中に掲げる。ハイタッチの誘いだ。
朋也「おまえもな」
左手で合わせる。パンッと小気味良い音がした。
春原「じゃあな、キョン」
春原は豪快に叩き、大きな音を立てていた。
声「キョン! なにしてんのよ、早くきなさいっ!」
坂の下から声が届く。
キョン「おっと…やばい」
背を向ける。
朋也「涼宮と達者で暮らせよ」
春原「結婚式には呼んでくれよなっ」
一度振り向き、苦い顔を向けてくれると、駆け足で坂を下りていった。
―――――――――――――――――――――
俺たちは学校を出ると、そのまま寮に戻ってきていた。
春原「ふぅ…」
ベッドに腰掛ける春原。
俺は床に寝転がって天井を見上げた。
朋也「で…おまえは、明日の朝この町を出るんだったよな」
春原「ああ、まぁね」
春原は少し前から荷造りを始め、帰省の準備をしていた。
ちょっとずつ部屋にあったものが消えていき、今ではあの年中据えられていたコタツさえなくなっている。
卒業証書をもらっても湧かなかった実感。
でも、この部屋の閑散とした佇まいを見ると、これまでの生活に終止符が打たれたことを否応なく感じさせられる。
ここで過ごしてきた時間は、俺の中でそれだけ大きかったのだ。
春原「僕がいなくなっても、泣いたりするなよ」
朋也「俺がそういうやつに見えるのか」
春原「まったく心配なさそうですねっ」
朋也「だろ?」
春原「ああ」
お互い顔は見えていなかったが、向こうもにやけているのが空気でわかった。
春原「おまえにはひどい目に遭わされまくったけどさ…楽しかったよ、この三年間」
朋也「そっか」
春原「おまえは、どうなんだよ」
朋也「俺か…? まぁ、俺も…楽しかったよ。おまえがいてくれてさ」
春原「そっか…へへっ」
口に出してこいつを肯定するのは初めてだったかもしれない。
まさに、最初で最後というやつだ。
しかし…なんともむずがゆいものがある。
けど…悪くはなかった。
がちゃりっ
声「こらーっ! なに勝手に帰ってんだっ!」
朋也「ん…」
春原「おわぁっ」
ベッドから跳ね起きる春原。
ドアの方へ顔を向けてみる。
律「あ、岡崎もいやがった」
部長だった。
唯「え、朋也もいるの?」
梓「じゃあ、連絡する手間が省けましたね」
澪「こんにちは~」
紬「お邪魔します~」
憂「どうもー」
和「ん…殺風景になったわね」
その後ろから、わらわらと顔なじみの連中が湧いて出てきた。
律「おまえらも片付けぐらい手伝えよなぁっ」
言いながら、部屋に上がりこんでくる。
唯「おじゃま~」
続けて唯たちもぞろぞろと入ってきた。
みんな、その手にはコンビニやスーパーのレジ袋を提げている。
その中には、ペットボトルや駄菓子類が詰め込まれているようだった。
春原「え、え? なんだよ、ここ、なんかの会場になるの?」
律「そうだよ、卒業記念パーチー会場だ」
春原「マジかよ…つーか、事前に言えよなっ」
律「おまえらだって何の断りもなくライブ仕掛けてたじゃん」
春原「まぁ、そうだけどさ…」
律「とにかく、ここで飲み食いするからな」
春原「いいけどさ、あんまり食い散らかすなよ。明日出てかなきゃなんないんだからさ」
春原「掃除し直すの面倒なんだよね」
律「え!? 明日? 早くない…? 春休みは…?」
春原「休み中には次入学してくる寮生が入居するんだよ」
律「そ、そっか…そうだよな…はは」
和「娯楽品もなにもないのは、そういうことなのね」
春原「まぁね」
律「じ、じゃあさ、みんな、なんにもないとこだけだど、楽にしてくれよ」
春原「おまえが言うなっての」
律「ふ、ふん…」
澪「律、なんか動揺してないか?」
律「な、なんで? 別にしてないけど…」
紬「春休み中、春原くんと遊ぶつもりだったのね」
律「ちがわいっ! と、とにかく、菓子の箱あけまくろうぜっ」
律「そんで、この部屋をゴミ屋敷にして帰ろうっ! 立つ鳥跡を濁しまくり、ふははっ」
春原「てめぇ、散らかすなって言ったばっかだろっ!」
律「そんなの忘れちゃった、てへっ」
春原「キモっ」
律「んだとぉ、ラァッ」
丸めてあったゴミをぶつける。
春原「ってぇなぁ…ウラぁっ!」
春原もそれを拾って投げ返した。
律「とうぅっ!」
部長は軽やかに身をかわす。
律「ばーか」
春原「むぅ…うらぁっ!」
今度はしわしわになった洗濯物を投げつける。
律「ぶっ…って、なにパンツ投げつけてんだよ、変態っ!」
春原「あ、やべ…」
律「どういう性癖だ、こらーっ」
春原「勘違いすんなっ! 僕はノーマルだっ」
和「さ、あのふたりは放っておいて、お菓子を広げましょ」
澪「そうだな」
憂「私、たくさん避けるチーズ買ってきました」
梓「あ、憂ナイス。私それ好き」
憂「ほんと? よかったぁ」
唯「朋也、隣に座ろ?」
朋也「ん、ああ」
紬「ふふ、ラブラブね」
唯「えへへ、まぁねぇ」
律「こらーっ! 私抜きで始めるなぁっ!」
澪「おまえが暴れるのに夢中だったんだろ…」
春原「ムギちゃん、隣に座っていい? っていうか、最後だし、むしろ僕に座ってくれてもいいよっ」
紬「えっと…ごめんなさい、今足が疲れてて、空気椅子できないの」
春原「そうまでして触れたくないんすかっ!?」
律「わははは!」
和「ほんっとに、うるさいわねぇ…」
―――――――――――――――――――――
律「でもさぁ、ライブ自体もびっくらしたけど、唯が泣き始めた時もかなり焦ったよなぁ」
スティック菓子をポリポリとかじりながら言う。
唯「ごめんね…」
律「いや、いいよいいよ。感極まって泣いちゃったんだよな」
唯「うん…もう、これで終わりなんだって思ったら、寂しくなっちゃって」
澪「唯…」
春原「唯ちゃん、心配すんなよ。学生時代、一緒に馬鹿やった奴らは、一生縁が切れねぇから」
春原「でさ、今手に入る友達は、学校だけの仲じゃないんだ」
春原「卒業して遠く離れてしまっても…」
春原「それでも休みを合わせてくるような…そんな仲なんだ」
春原「これから大人になっても、周りや自分が変わってしまっても、それでも友達なんだ」
春原「みんな出世してさ…すげー忙しくなっても…」
春原「職場の同僚との、新しい居場所が出来ても…」
春原「結婚して、子供が出来て、家族を守るために精一杯でも…」
春原「それでも…僕らはきっと、顔を合わせれば笑いあってるんだ」
春原の言葉。珍しく真に迫っていて、俺たちは静かに耳を傾けていた。
唯「うん、そうだよね。ありがとう、春原くん」
律「急に真面目なこと言いやがって…なんだよ、おまえも言えるんじゃん、そういうこと」
春原「はは、僕の溢れるセンスが爆発しちゃったかな」
律「あーも、すぅぐ調子乗る…」
澪「おまえとそっくりだな」
律「なんか言ったかー?」
澪「いや、別に」
梓「さわ子先生もすごかったですよね」
律「あー、昔の血が蘇ってたよな。てめぇ、とか、おらっ! とか言ってさ」
春原「僕もあれは結構ビビッちゃったよ。唯ちゃんは一番ビビッちゃったんじゃない? 名指しだったし」
唯「うーん、ていうよりは、勇気づけられたかなぁ」
春原「マジで? やっぱ、いい神経してるよ、唯ちゃんは」
唯「えへへ」
和「憂と岡崎くんも、はっぱをかけてたわよね」
律「あー、だったな。憂ちゃんは夕食の話題で釣ろうとしてたよな」
憂「やっぱり、ちょっとズレてましたか…?」
唯「そんなことないよ。ちゃんとテンション上がったよ。ありがとね、憂」
憂「うん、えへへ」
律「この姉妹はのほほんとしてんなー、ほんと…」
紬「岡崎くんは、唯ちゃんへの愛を叫んでたわよね」
朋也「あ、愛?」
紬「うん、愛」
梓「あんな公衆の面前で恥ずかしくないんですか? 唯先輩のご両親も来てらしたんですよ」
マジか…。
朋也「いや、愛とかのつもりじゃなかったんだけど…」
唯「ええ? 愛はないの? 愛してはくれないの?」
朋也「い、いや、おまえのことは好きだけど…」
唯「だよねっ! 私もだよっ」
言って、腕に絡みついてくる。
朋也「あ、おい…」
律「くぁー、目の前でイチャつかれたらたまったもんじゃないっすわ…」
梓「そういうことはよそでやってくださいっ! しっしっ」
動物を追い払うような手振りをされてしまう。
澪「………」
律「あー、ほら、元岡崎狙いだった梓と澪のテンションがおかしくなっちゃうし…」
梓「わ、私はぜんぜんそんなことないですしっ! ですしっ!」
律「すでに口調がおかしいからな…」
唯「でも私、朋也と同じくらいみんなのことが好きだよ?」
律「おー、勝者の余裕かぁ?」
唯「違うよ、ほんとうのこと。だからね、愛の歌をみんなで歌おうよ」
律「なにそれ」
唯「だんご大家族だよっ」
律「って、またそれか…ライブの最後にも歌ってたよな」
律「せっかくいい感じで盛り上がってたのに、みんなずっこけてたぞ」
唯「そんなことないよっ! 盛り上がりはピークに達してたよっ」
律「あ、そっすか…」
唯「うんっ。今からあの興奮を再現するよっ」
唯「だんごっ、だんごっ…」
一人で歌い始める唯。
唯「みんな、カモン!」
唯「やんちゃな焼きだんご 優しい餡だんご…」
律「はいはい、わかったよ…」
そして部長たちも合わせて歌った。
いつかのカラオケの時のようだった。
今度は、俺と春原もちゃんと声を出して歌っていた。
―――――――――――――――――――――
朋也「ふぅ…」
部屋の空気も熱気でモワついて来た頃、俺は夜風にあたるため、外へ出てきていた。
朋也(涼しいな…)
二酸化炭素が充満した狭い部屋から、開けた場所に出てきた開放感も手伝って、気持ちがよかった。
和「あら、岡崎くん」
朋也「お、真鍋」
缶ジュースを持った真鍋が俺に近づいてくる。
真鍋は、俺より先に部屋から出ていたのだ。
和「外の空気を吸いにきたの?」
朋也「ああ、そんなところだ」
和「そ」
言って、ジュースを口にした。
朋也「そういえばさ、坂上から聞いたんだけど、桜並木、守れたんだってな」
和「ん、そうね」
朋也「あいつ、おまえのことをすごい奴だって、すげぇ評価してたよ」
朋也「自分の力だけじゃ絶対に成し遂げられなかったってさ」
和「そんなことないわ。あの子のほうがよっぽどすごいわよ」
朋也「逆の意見なんだな。謙遜か?」
和「私はプライベートでへりくだったりしないわ」
朋也「あ、そ」
和「あの子は、本当に純粋で、穢れなくって…真っ直ぐなの」
和「とてもじゃないけど、汚い根回しや、既得権益の保守なんかには関わらせる気にならかったわ」
朋也「おまえにも人間らしい感情があるんだな」
和「まぁ、一応ね」
和「それでも、一般的に必要とされる事務処理の手続きなんかはちゃんと教えていたんだけどね」
和「たったそれだけなのに、あの子はどんどん力をつけていったわ」
和「厄介だった組織をひとつ解体してくれるくらいにね」
朋也「厄介な組織?」
和「ええ。部費に割り当てられるはずの予算を6%横領してる連中がいたの」
和「そいつらは秀才で構成されていて、そのバックには卒業していったやり手の先輩たちがついてたわ」
和「在校生だけなら秀才軍団だろうと、なんてことなく処理できたんだけど…」
和「関わってるOBとは私もしがらみがあってね。1、2年生の頃懇意にさせてもらってたのよ」
和「だから、仕方なく目を瞑るしかなかったんだけど、あの子が会計のおかしさに気づいてね」
和「この不透明な出費はなんなのか、って訊かれたわ。それで、核心には触れず、遠まわしに伝えたの」
和「そうしたら、話をつけてくるって、リーダー格の男のところにいこうとするのよ」
和「私は止めたわ。後であの子にどんな不利益が生じるかわからなかったから」
和「でも、どうしても行くって聞かないのよ。それで生徒会室を飛び出して行ったの」
和「数日後、見事に連中の動きがなくなってたわ」
和「聞いたところによると、構成員のひとりひとりに直接当たって説き伏せていったらしいの」
和「取引きもなく、圧力をかけたわけでもなく、暴力を背景に脅したわけでもなく…」
和「そんな単純なことだけで、不正に金儲けを楽しんでた奴らの考えを改めさせたのよ」
和「すごいわよね。下衆な連中でさえ、あの子の人柄には惹かれてしまうんだから」
和「ちなみに…夏頃、軽音部部室にクーラーついたじゃない?」
和「あれは、連中がため込んでた裏金を充てて設置したものなのよ」
朋也「そうだったのか…」
和「ええ。それに、桜並木だって、実質あの子の力で守ったようなものだし」
朋也「え、そうなのか?」
和「そうみてもらっても間違いじゃないわ。あの子ね、英語の弁論大会で、市に訴えたのよ」
和「宅地造成の一環で、学校の桜まで切るのはやめにしてください、ってね」
朋也「へぇ…」
桜の木が切られることになってしまった背景には、そんな事情があったのか…。
和「その甲斐あって、あのとおり今も桜並木は健在なんだけどね」
学校の方を見て言った。この坂下からも、その木々は遠くに少しだけ見えているのだ。
朋也「でも、それじゃ、なんで坂上の中でおまえの評価が高いんだろうな」
和「ま、どうしても私の政治力が必要な時があったってことよ」
和「弁論大会の出場枠だって、無理を言って拡大してもらって、そこにあの子をねじこんだりしたからね」
和「そういう、正規の手段では成しえないことや、時間がかかってしまうことを割とすんなりやっていたから…」
和「それが、まっとうな道を行くあの子の目には、すごい事として映ったんでしょうね」
朋也「そっか」
和「そうよ」
俺から視線を外し、ジュースで喉を潤した。
和「でも…そんな、裏で陰謀渦巻く泥臭い時代も、私の代で終わりでしょうね」
どこをみるでもなく、ただ遠くを見て言う。
和「あの子が…坂上さんが生徒会長の座につけば、きっと光坂は変わる」
和「まっとうで、まっさらな、新しい時代が始まるわ」
和「ま、もうその兆しは見え始めてたんだけどね…」
俺に向き直り、少し眉を下げて言った。
朋也「もしかして、おまえがその役割を果たしたかったりしたのか?」
和「まさか。私はごたごたしている方が好きよ。だから、時代の移り変わりがちょっと名残惜しかったの」
和「ただの懐古ね。それに、元生徒会長OBとして、私も在校生を遠方から動かしてみたかったし」
和「それはきっと、目の届かない場所で人を使うことの予行演習になるでしょうからね」
和「今後のためにも、是非その場を活用したかったんだけど…仕方ないわよね」
やけに卒業生の影響力が残っていることを不思議に思っていたが…今、その理由がわかった。
きっと皆、真鍋と同じように考え、あの学校を演習の場として使っていたのだ。
その伝統が今まで受け継がれていたと。そして、それも真鍋の代で終わってしまうと。
まとめると、そういうことだった。
和「ふぅ…」
天を仰ぐ真鍋。俺もそれに倣った。夜空には、星がいくつも見えていた。
和「本当に…おもしろい時代を駆け抜けたてきたわ。唯たち軽音部がいて、あなたたちがいて、SOS団がいて…」
和「濃い人間がそろいもそろってあの学校に、私の同学年に居たんだものね」
和「唯じゃないけど、私も高校生活が終わってしまうと思うと、少しさびしいわね」
今真鍋はどんな顔をしているのだろうか。気になって正面に向き直る。
すると、同じタイミングで真鍋も視線を下げてきた。
和「ま、私は唯ほど情に流されたりしないから、次へ向けて心の整理はついているんだけどね」
朋也「さすがだな。おまえはやっぱり真鍋和だ」
和「それはそうでしょう。って、もしかして…褒めてるの、それ?」
朋也「ああ、すげぇ褒めてる」
和「それは、どうも」
月明かりの下、優しく微笑む。とても人間らしい表情だった。
和「それじゃ、先に戻ってるわね」
朋也「ああ」
寮の玄関へ入っていく真鍋の後姿を見送る。
俺はしばらくの間、真鍋に使われていた日々を思い出しながら、夜空を見上げていた。
―――――――――――――――――――――
春原「じゃあな」
翌日の朝。
春原を見送りに、みんなで駅に集まっていた。
朋也「ああ、達者でな」
唯「元気でね、春原くん」
澪「また、会おうね」
紬「向こうに行っても、いつまでも元気な春原くんでいてね」
梓「いろいろと、お世話になりました。ありがとうございました」
憂「私、春原さんのことずっと覚えてますね。岡崎さんの親友で、面白くて素敵な人だって、忘れません」
和「社会人なんだから、あまり突飛なことはしないようにね」
皆それぞれ、様々な言葉を送る。
律「………」
澪「律…おまえもなにか言ってあげろよ」
律「うん…」
律「………」
一歩前に出る。
春原「………」
律「………」
そして、春原と向かい合った。
律「あのさ…今までいっぱい喧嘩したけど…けっこうおもしろかったぜ」
春原「僕も、そうだった気がするね…なんとなくだけど」
律「そっか…」
春原「まぁね…」
律「でさ…あんた、こっちの方が好きだったよな」
カチューシャを外す。
そして…
春原「うわっ」
春原の頬に唇を押し当てた。
律「ばいばい…春原くん」
春原「………」
その箇所を手で押さえ、口を半開きにして目を丸くする春原。
しまりのない顔だ。けど、それも少しの間のこと。
すぐにいつもの、憎めないニヤケヅラに戻った。
春原「ああ…バイバイ、田井中」
初めてその名を口にした。
そして、荷物を重そうに抱え、改札口を抜けていく。
帰っていく…今日、この場所から。いつだって陽気だったあの男が。
また会える日を思いながら、ここで見届ける。
俺の…親友を。
律「…いっちゃったか」
澪「律…」
律「ん…」
少し寂しそうな顔のまま、外していたカチューシャをかけ直す。
律「よぅし、そんじゃ、今から遊びに行くぞっ!」
その時からもういつもの部長の姿に戻っていた。
髪を下ろしていたのは、普段の自分と区別したいという心理もあったからかもしれない。
律「あ、でも、岡崎と唯はついてくるなよ?」
律「おまえらは、こっからデートだ! わはは!」
律「こい、澪!」
澪「あ、ちょっと、なんで私だけひっぱるんだよっ」
梓「律先輩、さっきのキスって、やっぱり…」
律「うるへーっ! ただのその場のノリだっ! 深い意味はなぁーいっ」
紬「くすくす…りっちゃん可愛いっ」
和「いいものが見れたわ。忘れないように記録をつけておきましょう」
律「って、和、やめんかーいっ!」
俺と唯をその場に残し、雑踏の中に消えていく。
憂「岡崎さん、お姉ちゃんとのデート、楽しんでくださいねっ」
言って、憂ちゃんもその後を追っていった。
唯「うわぁ、置いていかれちゃった…」
朋也「どうする? 俺たちも追うか?」
唯「う~ん…せっかくデートするように言われちゃったから、そうしようよっ」
朋也「そっか…そうだな、そうしようか」
唯「うんっ」
―――――――――――――――――――――
俺たちは歩いた。
春の光の中を。
ゆっくりと、ゆっくりと。
ずっと手をつないで。
唯の小さな手が、愛おしくて…仕方がなかった。
唯が好きで好きで、仕方がなかった。
俺は… 立ち止まってしまった。
朋也「なぁ、唯」
唯「なに?」
朋也「あのさ…」
唯「うん」
朋也「………」
朋也「…別れよう」
今日言おうと決めていた。
きっぱりと終わらせて、引きずることなく前に進んでいくべきだった。
唯「…え?」
朋也「おまえはさ…もっといろいろ見て、それで付き合う男を決めた方がいい」
朋也「今までは狭かったんだ。そこに、たまたま俺が現れただけなんだよ」
朋也「だから…」
…言葉が出なかった。
代わりに涙がとめどなくあふれ出た。
ぽたぽたと地面に落ち続けていた。
子供のように、俺は泣き続けた。
唯「朋也…」
朋也「………」
唯「朋也…」
朋也「なんだよ…」
唯「歩こう?」
朋也「なんでだよ…」
唯「朋也と歩きたいからだよ」
朋也「やめとけよ…俺、もう彼氏じゃないんだぞ…」
唯「まだ私が答えてないからセーフだよ。だから、ね?」
朋也「………」
朋也「…好きにしろよ」
唯「うん、好きにするね」
俺の泣き濡れた顔を笑いもせずに、そう唯は言った。
―――――――――――――――――――――
唯「あのね、私、大学卒業したら、この町に戻ってこようと思ってるんだ」
朋也「………」
唯「それでね、その時には…」
立ち止まる。
唯「朋也…私をお嫁さんにしてください」
朋也「………」
唯「えへへ…プロポーズだよ?」
朋也「馬鹿…そんなの受けられるわけないだろ」
唯「どうして?」
朋也「俺たちは、その時にはもうただの知り合いなんだよ…知り合いとは結婚しないだろ…」
唯「そうだね。でも、朋也は違うよね。ずっと付き合ってた彼氏なんだから」
朋也「だから…それは、もう…」
唯「嫌だよ。別れるなんて、絶対に嫌だよ。朋也だってそうでしょ? だから泣いてるんでしょ?」
朋也「………」
唯「心配しないで。絶対に戻ってくるから。夏休みだって帰ってくるよ」
唯「冬休みも…クリスマスだってそうだよ」
唯「ね? 私、ずっと朋也のこと、好きでいるよ」
できるのだろうか…本当に。
それは、ただ、そうありたいという願いなんじゃないだろうか…。
唯「朋也も、私のこと好きでいてくれるよね? っていうか、今もそう…ってことで合ってるよね?」
朋也「…ああ…好きだよ…」
唯「じゃあ、やっぱり相思相愛だよっ。別れる必要なんてどこにもないんだよ」
朋也「そっか…」
唯「そうだよっ」
俺がいない4年間という長い時間の中で、唯は変わってしまわないだろうか。
また、俺も気持ちが薄れていってしまわないだろうか。
会えない日々に耐えられるだろうか。
越えていけるだろうか。
歩いていけるだろうか。
………。
でも、ずっと頑張り続けて…
そして、最後にはやり遂げた俺たちだったから…
きっと登っていける。
その先へ、歩いていける。
そう、思えた。
朋也「唯」
俺はその細い肩を抱きしめた。
朋也「俺、ずっと待ってるから…」
そして、
朋也「その時は、結婚しよう…」
告げていた。
唯「うんっ、お願いしますっ」
現実味のない、子供の口約束。
叶うかどうかは定かじゃなかったけど…実現できるよう、俺は…
立ち止まることなく、歩きたかった。
どこまでも、どこまでも。
ずっと続く、坂道でも…
ふたりで。
―――――――――――――――――――――
いろいろと雑で不快に思った人はすいませんでした
最後の方はトレースとか改変ばっかyってかんりアレだったけどみてくれたひとありがとう。おやすみ
どこまでも乙
ゆっくり休むといい
乙かれ
ゆっくり休めよ
乙
今から積んでたCLANNADやるわ
本当に乙。
雑なんかとんでもない。今まで見たSSで一番の出来たったよ。
24時間の投下、お疲れ様でした。
1めちゃくちゃ乙
いいSSだったぜ
アフターもつくってくれwww
あんたのことしばらく忘れそうにないよ
>>1乙!感動したぜ!ぶっ通しで書き続けるお前にもなw
なんか終わるとなると一気に切なくなるな
乙!
>>1乙、さてまた最初から読み直すか
乙ッッ!
気づいたら休日ほとんど使ってた
マジで乙 アフターできることなら書いてほしい
>>1乙!
24時間以上ぶっ通しとかあんたすげぇよ…
ゆっくり休んでください!
ほんとにうまいことけいおんとCLANNAD絡ませてると思った
ていうかCLANNADやばすぎ
まじでだーまえかよ
二次創作とか関係なく純粋にラブコメとしておもしろかった
最高
>>1ゆっくり休め
>>1乙
素晴らしかった 27時間投下もさることながらクオリティも高いなんてすごいな
是非別ルートのアフターを期待したい まあ今日はもう休め 乙
これは張っておくべきだな
久し振りにvipで神を見たわ
実によかった
改めて春原友達にしてぇと思ったよ乙
だいぶKEYナイズされたけいおんキャラだったから、いたる絵で脳内再生されたわwww
でもかなり良かった。
いつかアフターもやってくれwww
俺、はたらくよ
乙! お前の投下っぷりに感動した
渚が好きすぎで見るのが辛かった
クロスも悪くないな
澪とあずにゃんはずっと朋也の事、あきらめなさそうw
>>324その後のけいおん部とかの話もみたいな。
もちろんみんなのその後とかも。
乙
あずにゃんがいい感じのウザさだったww
読み終わった後の喪失感がヤバイ
なにこれ
今日最初から飽きずにスラスラと一気に全部読み終えた・・・
なんだこれ・・・すげぇよ・・・
乙!
乙
春原にならりっちゃんを託せる
ラストシーン読み返したら泣けてきた
乙。
なんか・・・就職や進路で離れ離れになった
仲間に連絡取りたくなったわ・・・
乙
仕事つらいけど頑張ろうって気になったわ
春原と岡崎のかけ合いがたまらなく俺好みだった
>>1まじで乙、超乙
勉強すっぽかして読んじまった…
楽しかった。ありがとう>>1!
こうまで楽しいと続きを期待したくなるが、今は休め…!乙!
おい>>1
お前のせいで休日が潰れちゃったじゃないかああああああ!!
それぐらい面白かったぜ!
過去のSS入れても間違いなく神作品だわ
24時間マジで乙つ(茶)
勝手な事を書くが
和や智代ら生徒会がOB各所に圧力
↓
光坂の要所要所の工事は中止となり唯の思い出の場所も病院にはならなかった
↓
結果、渚死亡フラグ回避
でいいのか?
>>375
病院の件は琴吹家が工事阻止して建設地を無難な場所に遷したって設定にしようと思ってました。
>>1乙
ところで、途中で何回か出てきたどこかで会ったことがあるような(ryっていうのは
原作で前世でなんかあったみたいな話があるっていうこと?
それともクラナドの世界観が新しくセーブデータを作るごとにひぐらしみたいに何回もループしてるってことなの?
>>380軽くネタバレてるけどそんな感じかね。
気になったのであればやってみるがヨロシ
しかし王様ゲームの偽告白とバスケにニヤリとし、ラストライブでの唯への励ましとラストに軽く涙目になり
ゲストでたまに出て来るキョンとハルヒに笑わせてもらいましたよ
原作では渚、春原√好きとしちゃ溜まらんシチュエーションをよくぞここまでアレンジしてくれました
>>1のクラナドとけいおんへの愛が詰まった良い話だったよ
できればアフターも書いて頂きたいな。軽くで良いから
>>380
そういうあれを匂わせる感じにしようと思ってただけです、俺が書いたのは。
ほんと原作の文まんまなところも多いし、俺が書いたっていうか原作いじった感じですね。
じゃあまたおやすみ。アフターは俺の力量と気力じゃ無理でだわー。お疲れ様でした。
面白かった……
特に喧嘩商売とランスのネタがwwww
いや、マジで凄いと思うよ。
相当のクラナド愛を感じたわ。
出来ればスピンオフかアフターか番外編がみてみたいというのは
ファンの勝手でワガママだろうか。
とにかく、今はただ休んでくれ。
また、筆が向いたら頼むぜっ!
>>1はここでダウン!!
だが、>>1はここからが強い――――!!
なんか、高校の頃に戻りたくなったな…
春原や軽音部ほど濃いじゃないけど、高校の頃バカやった連中と飲みにでも行ってこようかなとか思うぐらいだ
>>1乙、アンタ天才だよ、あんたみたいなのが一人でもいればSSスレも期待して見れるよ。
こんなに早いSSスレは始めてだったwww
>>396
乙。
続編じゃなくてもいいからまたいつか何か書いてくれ。
>>396乙
まぁ、アフターまで書けってのはわがままだってわかってる。
気が向いたらでいいから書いて欲しいなって要望さ
でも、あんたの文章クオリティには感動した
やっと見終わったよ
>>1 乙なんだぜ
いろんなネタ入れながらもしっかりとクラナドの世界観保ちつつけいおんまで組み込んでて最高だった
時を刻む唄ループさせながら読んでたら目から汁が止まらなくなった
そうだな。
別にアフターじゃなくても全然いい。
またクラナドSSでもなんでも書いてくれればそれで……
とにかく、1おつ!
読後感がすごくいいよ
良作をありがとう一日潰した価値があった
ハルヒ好きな俺はSOS団がでてきてすごくワクワクした
涙ぐんだり、本当に笑う場面もあったよ
ゆっくり休んでくれ
おつかれさま
ありがとよ>>1
投下終わって半日以上たつのに
いつまでも止まらない>>1乙の嵐
これこそがこのSSの評価を表してる
この>>1は紛れも無く天才
今まで見たSSの中で一番面白かったわ。
また書いてくれ!
コメント 47
コメント一覧 (47)
ラスト前に力尽きて見れなくて必死に探したわ。
後世に伝えるべき作品
異論は断じて認めん
疲れたけど読んでよかった
でも読んで損はない
今まで読んだSSで最高の出来だ
アフターもいつか書いて欲しい
かつ米3、俺も3日で読みきったぜ
アフター書くなら、CLANNADと同じ展開にはせんでほしいな
あと、岡崎の別れ話急過ぎじゃね?
智代編みたいにしたかったのだろうが、あの話ほどすれ違いとかなかったし
最後だけ少し走ったかんじが・・・
でもCLANNADもけいおんも好きな俺には最高でした!
作者と管理人乙!
すげえ面白かった。
クラナドみたことないけど見てみよう
作者おつかれ
CLANNADの世界でなんの違和感もなくけいおんがあって
作者さんは本当にすごいと思う
良いSSを書いてくれてありがとう。
普通に面白かったです。
原作ではあまり好きくなれない澪さんがいような可愛さを発揮していて見るのが辛かったデス…
最近、SSの中にも名作が増えてきましたね。
今後も一読者として静かに色んな方が書いたSSを読んでいきたいですね(^^)
最後に、>>1さん、そして管理人さん、お疲れ様でしたっ!
泣いた
ホントよかった
泣いた
時を刻む唄やばい
マジで乙
クロスものとしては素晴らしい出来だった
できれば親父とのことを解決して欲しかったな
アフターやってほしいなあ。ただアフターは悲しい話ばっかになるから
けいおのキャラ向きではないんだよなあ
春原×律の続編が読んでみたい
テスト前になんてものを見つけてしまったんだ
だがそれもよかった。
最高に楽しかった、>>1乙
是非ともこの人にはまた何か書いてほしいな
汐枠が欲しい
春原の扱いが上手すぎる
これだからSSはやめられない
キョンが出てきた時は笑ったわw
ともかく一乙
唯可愛い!
てかもっと、別れ話からすれ違いからのいちゃいちゃが見たかったぜ
明日朝から用事なのにどうしてくれる!
けいおんの唯じゃなくて名前が唯ってだけの別キャラだろ
何回使うんだよ
これだけの量があるのに、
途中で飽きることもなく最後まで読みやすかった!
今まで読んだSSの中で最高に面白かった
>>1がこの素晴らしいSSを書いてくれたことにありがとうをおくりたい。
マジ感動。>>1さん乙です。
喧嘩商売最高!!
とてもとても良かった
このあと二人はどうなるのか気になる
投稿ありがとう!