キョン「かまいたちの夜?」 前編
キョン「かまいたちの夜?」 後編

1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 00:25:19.96:sDHzCwEM0

「って何だ?」

「ホラーゲームだよ。一言で言えばね」

「あー、バイオハザードとか、そんな感じの?」

「いや、ああいうアクション系とはまた別種のホラー。好みが激しく分かれるゲームなんだけどね。キョンは小説とかあんまり読まないんだっけ?」

「自ら好んでは手を出さないな。ああ、つまり、そういうゲームなのか」

「そう。基本的には小説と変わらない。プレイヤーは物語を読み進めるだけさ。ただ、時々選択肢が出て、主人公の行動を決めることが出来る。それによって物語の結末は大きく様変わりしていく」

「いわゆるADV(アドベンチャー)ゲームってジャンルになるわけか」

「サウンドノベルっていうらしいけどね。中々面白かったから今度貸してあげるよ。小説、嫌いってわけじゃないんだろ?」

「まあな。お前が薦めるってんなら、そりゃプレイしてみるのもやぶさかじゃないが、ところでそれ、どんな話なんだ?」

「『吹雪によって閉じ込められたペンションで起きる連続殺人。果たして主人公とヒロインは無事生還することが出来るのか』、とまあこんな感じ」

「殺人事件か。それはホラーというか、ミステリー小説みたいだな」

「立派なホラーだよ。選択を誤ればバンバン人が死ぬ」

「そりゃあ成程、ホラーだな」


 
2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 00:29:54.92:sDHzCwEM0

国木田と交わしたそんな会話を思い出す。
俺の手元にはその国木田から借り受けた「かまいたちの夜」というタイトルのゲームがある。

まさかこれが国木田の形見になるとは思いもしなかった。

つい一週間前のことである。
交通事故だった。
信号無視してきたトラックにはねられたのだという。
その知らせを受けた時は我ながら取り乱したものだ。
それこそ、長門有希に、あの寡黙なヒューマノイドインターフェースに何とかしてくれとすがりつく程に。
そんな醜態を晒す俺を諫めたのは古泉だった。
曰く、長門さんだって神様ではない。
人の死だけは、どうにもならないのだと。
あの常に胡散臭い笑みを絶やさぬ男がとても真剣に。
俺に語って聞かせたのだ。
俺はすまないと謝った。
いえいえ、と古泉は笑った。

 
4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 00:32:38.45:sDHzCwEM0

それが、一週間前。

ようやく心の整理もついた俺は、ふと思い出して国木田から借りたまま放置していたそのゲームを引っ張り出したわけなのだが……

「借りた以上は、一度はプレイしておくべきなんだよな……」

感想を聞かせてくれ、と国木田は言っていた。
俺はパッケージからソフトを取り出し、ゲーム機にセットする。
遅くなってしまったが、遅くなりすぎてしまったが。
それでも、感想を報告させてもらうことにしよう。
約束はきちんと守らなくてはならない。
それが故人とのものならば、なおさら。
そして俺はゲーム機のスイッチに手を触れ、スイッチをONに切り替えた。

――瞬間。

俺の意識は断絶した。

 
5 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:34:54.78:sDHzCwEM0

涼宮ハルヒの憂鬱×PS or SFCソフト「かまいたちの夜」  クロスSS

 
7 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:36:19.43:sDHzCwEM0

気付けば、俺は真っ白な下り坂を猛烈なスピードで滑り落ちていた。

「は!? あ!? うおお!?」

訳も分からぬままバランスを崩し、俺は盛大に転倒する。
そして雪面にしたたか頭を打ちつけた。
雪面。
雪。雪だ。
そして俺はスキー板を履いていた。
待て。
待て待て。
状況を整理しよう。
一体全体何がどうなって俺はこんな目に――ダメだ、頭がくわんくわんして回らない。
そんな俺の目の前で、雪を蹴立てて鮮やかに止まる人影。

「全く情けないわねぇ、キョン」

呆れたように声をかけてくる。
その声に俺は、

「うるせえよ、ハルヒ」

と、ぞんざいに答えたのだった。

 
10 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:39:54.34:sDHzCwEM0

ようやく痛みも引いて頭が回転してきた。
何をボケていたんだ俺は。
そうだ、俺は今――ハルヒとスキー場に来ているのだ。

「どうせ俺は滑るより転がる方が似合ってるよ」

「何言ってんのよ。アンタね、ただでさえ滑りっぱなし転がりっぱなしの人生送ってんだから、せめてスキーの時くらいしゃんと立ちなさいよ」

「お前ね…ちょっとは『大丈夫?』とかそういう労わりってものを……」

「ほらほら、さっさと立つ! もう一回滑るわよ!!」

ハルヒは快活にそう言った。
が、ちょっと待ってくれハルヒ。
俺はもう朝からのお前のスパルタ特訓のせいで、立っているのがやっとという状態なのだ。

「もう、男の癖に情けないわね! 私を見習いなさいよ! 今から富士山登頂をやってみせろと言われたって私はやり遂げてみせるわよ!?」

やかましい規格外。
どこどこまでも常識から外れているお前と、平々凡々極まる俺を一緒にするんじゃない。

「もう帰ろうぜ。見ろよ、雲行きだって怪しくなってきた」

 
13 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:42:48.02:sDHzCwEM0

俺は半ば適当にそう言ったのだが、事実、先程までちらほら見えていた太陽はもうすっかり雲に隠れてしまっていた。
というより、空全体が黒く重い雲に覆われてしまっている。

「あら、ホントね。今夜は吹雪くかも」

ハルヒは空を見上げてそう言った。

「ついてるじゃない!! 吹雪の中のサバイバルなんて、滅多に出来る経験じゃないわよ!!」

「出来るなら一度もしたくない経験だそれは!! そもそも吹雪けばリフトが止まるわ!!」

とんでもない女だった。とんでもない馬鹿だった。
まあ、知っていたけどさ。
俺はハルヒのスキーウェアの後ろ首を引っ掴み、ハルヒを無理やり引きずる形で、スキー場を後にした。

 
15 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:46:26.52:sDHzCwEM0

ハルヒの叔父から借りた4WDのワゴン車に乗り込み、ペンションまでの道のりを走らせる。
涼宮ハルヒ。
傍若無人、自由奔放、天上天下唯我独尊なこの女と知り合ったのは――
あれ? いつだっけ?
ああ、そうだ。今年の四月だ。

今年の四月に、俺とハルヒは大学で知り合ったのだ。

……なんでこんな簡単な記憶が曖昧になってしまっているんだろう。
ゲレンデで何回も盛大に後頭部を強打したことがまだ尾を引いているのかもしれない。ぞっとする話だ。
しかし、実際コイツとはもっと昔から知り合いだったような気もしてるんだよな。もちろんそれは気のせいでしかないわけだが。
ま、とにかく。
珍妙奇天烈摩訶不思議、奇想天外四捨五入、出前迅速落書無用なこの女と出会って、何となく気があって、一緒に飯を食いに行ったり何回か一緒に飲んだりもして。
そこそこ仲良くやれてきたんではないかと思う今日この頃。
この冬。
ハルヒから一緒にスキーに行かないかと誘われた。
ハルヒの叔父がペンションを経営していて、格安で泊まれるから――ということらしい。
もちろん、有意義なキャンパスライフを送らんと努力を怠らぬ暇な大学生である俺にとって、その誘いを断る理由は無く、俺は二つ返事でOKした。
そういうわけで俺たちは昨日、つまり12月21日、ここ信州へとやって来たのだった。

 
17 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:49:48.78:sDHzCwEM0

ペンションに帰り着く頃にはもう日はとっぷりと暮れ、雪が降り始めていた。
ハルヒの叔父が経営するペンション『シュプール』は、外観はログキャビン風で、内装は白を基調にしたおしゃれな造りだった。
料理のメニューも多彩で、味も文句のつけようがないレベル。
シーズンだということもあり、けっこう繁盛していて、親族という事で割安で泊めてもらえることにちょっと罪悪感を感じるほどだった。
正面玄関のドアを開ける。
からんからん、とドアについた鈴の音が鳴った。
俺とハルヒの部屋は別々にとってある。
当然だ。ハルヒの叔父が経営しているんだからな。
いや、例えそうじゃなくても、俺もハルヒももう立派な大人である以上、その辺の線引きはキッチリしないといけないだろう。
……俺は一体誰に言い訳しているんだろうね。
ふむ、夕食までけっこう時間があるな。
どうするか……。

1.一旦部屋に戻って着替え、玄関脇の談話室で落ち合う

2.一旦部屋に戻って着替え、夕食までどちらかの部屋で話でもする。

3.疲れがひどいので、夕食まで仮眠をとる。

 
19選択肢は出るけど安価とかはない めんご:2010/10/03(日) 00:53:11.68:sDHzCwEM0

俺たちは一旦部屋に戻って着替えてから、夕食まで俺の部屋で話をすることにした。
俺は服を着替えた後、何となくそわそわしながらハルヒを待つ。
しかしまあ、今更ながら、ハルヒは俺を全く男として意識してないんだろうなあ、とつくづく思う。
そうじゃなきゃ、二人きりで泊りがけの旅行になんて誘ってこないだろうけどさ。
男としてそこはかとなく切なくなったりもするが、まあそっちの方が気楽でいい。
俺もハルヒを女として見たことなどほとんど無いしな。
こんこん、とノックの音がした。

「開いてるよ」

軽く返事を返すと、がちゃりとドアが開いてハルヒが入ってきた。

「ふうん、私の部屋と変わんないのね」

「当たり前だ」

「壁が回転して隣の部屋と繋がってるとか期待したのに」

「観光地のペンションに何を求めてるんだお前は」

 
21 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:56:38.66:sDHzCwEM0

ハルヒは相変わらずなことを言いながらベッドに腰を下ろす。
ペンション『シュプール』の客室は全てツインルームになっているらしく、俺が一人で使っているこの部屋にもベッドは二つある。
俺はもうひとつのベッドに腰を下ろした。
途端、足腰の疲れを自覚する。

「さすがに疲れたな。足腰ががたがただ」

「あの程度で? なっさけないわねえ。私は全然疲れてないわよ」

だろうな。同意を求めた俺が馬鹿だったよ。

「マッサージしてあげようか?」

「あん?」

「ほらほら、ちょっとうつ伏せになって」

「お、おい」

「いいから」

全く強引なやつである。
まあ逆らう理由も無いので俺は素直にベッドに横になった。

 
22 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:00:30.59:sDHzCwEM0

ハルヒが俺のふくらはぎの辺りを両手で揉みほぐし始める。
お、おお…これは……。

「き、きもちいい……」

「私、こういうの得意なのよね~。意外と」

ほう、自分で『意外と』と口にするか。どうやら自分のキャラを少しは把握しているようだな。
なんて感心していると、ハルヒのしなやかな手がふくらはぎから太ももへと昇ってきた。
待て待ておいおい。
止めなければどこまででも上に昇ってきそうな様子だぞ。
どうする?

1.「わあ! もういいよ!」
俺は慌てて起き上がった。

2.「もっと……もっと上まで……おういぇー…」
俺は何も言わずにハルヒの手の感触を楽しんだ。

 
23 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:04:00.13:sDHzCwEM0

「よーしもうオーケイだ!! すっかり疲れが取れたよサンキュー!!」

もちろん俺の性格で2番を選択するなど有り得ないのである。

「なによ、もういいの?」

若干不満げなハルヒ。
その表情を前に、あれ? もしや勿体無いことをしたかなと後悔しなくも無いが、事実疲れはどこかへ吹っ飛んでしまっていたのであった。

「そ、そろそろ下に降りようぜ」

狼狽してしまった自分を誤魔化す様に提案する俺。
少し口をへの字に曲げて頷くハルヒ。
まるでもう少し俺と二人っきりで話したかったと言いたげな表情だった。
なんて。
んなわけあるか。あほらしい。
一瞬でもそんな勘違いをした自分を恥じながら俺は階下の談話室へと足を向けた。

 
24 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:08:24.49:sDHzCwEM0

階段を下りた所にあるリビングルームが、ペンション『シュプール』の談話室だ。
談話室には大きな茶色のテーブルを囲んでソファが置かれていて、俺たちは夕食が始まるまでの間そこに腰掛けて待つことにした。
ちょうど俺たちが腰をかけた時、二階からがやがやと女の子の声がした。
目を向けると、三人の女の子達が喋りながら階段を下りてくる所だった。
何となくの見た目で判断すれば、多分俺たちと同じか、ひとつふたつ上の年齢だろう。

「こんなにゲレンデから遠いなんて思わなかったっさ!」

そう言ったのは緑がかった髪を伸ばした明朗快活な女の子。
何だか独特な喋り方をしているが、それが気にならないくらいかなり魅力的な容貌をしている。

「でもでも、お料理がおいしいって、ここにほら、書いてありますし……」

弁解するように丸めて持った情報誌を指差す女の子。髪は亜麻色で、これまた長い。
服の上からでもわかるほど胸がでかい。
少し気弱そうなのがまた高ポイントだ。
全くの私見だが彼女にはメイド服が非常によく似合うはずだ。
何故か確信できる。
ほんとに何でだろう?

 
26 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:12:29.16:sDHzCwEM0

「いやいや、みくるを責めてるわけじゃないんだよ!」

申し訳なさそうにしていたおっぱいがすごい女の子に、快活そうな女の子が慌てたようにフォローを入れる。

「そうね。それにこのペンションの雰囲気、私は好きだな。サービスも今の所凄くいいし……」

会話に入ってきた三人目の女の子。
伸ばした髪は一見すると黒だが、光に照らされた部分は少し蒼く輝いている。
今時の女の子には珍しい太眉は、しかし彼女にとてもよく似合っていた。
文句なしに美人だ。ランクをつけるなんて下世話な真似をさせてもらえば、AAランクは間違いないだろう。
しかし、なんだろう。
彼女を見た瞬間芽生えたこの思いは。
心臓の高鳴りを感じる。
もしやこれが一目惚れというやつか?
しかしこれはそんな甘酸っぱいものではなく、もっとおぞましい、もやもやとした、得体の知れない……不安というか。
よくわからんな。

 
29 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:15:08.26:sDHzCwEM0

「こぉら。なにジロジロ見てんのよ。ああいう女が好みなわけ?」

ハルヒに耳を引っ張られた。いてえ。
ハルヒはそのままジト目で俺を睨みつけている。
ぬう。一刻も早くこの耳を離してもらうためには、さて、どうしたものか。

1.「何言ってんだ。そんなんじゃねえよ」
俺はクールにそう答えた。

2.「馬鹿言うな。俺の好みはベイベー、君だけさ」
俺はチッチッチッと指を振った。

3.「待ってろ。じっくり吟味するから」
質問には誠実に答えねばならない。俺は三人に舐めるような視線を向けた。

 
31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 01:16:45.23:2tb5u6N7O

懐かしさにニヤニヤしてしまう

 
33 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:19:45.33:sDHzCwEM0

「待ってろ。じっくり吟味するから」

どうせ無難な1番だろ、とでも思ったか?
甘いな。俺はやる時はやる男なんだぜ。
やる時を激しく間違っているような気がしないでもないが。
まあいい。質問に対し誠実に答えるのは常識である。俺は常識が大好きなのだ。

「ふむ」

俺は三人を上から下まで舐めるように観察する。

「うーん……」

なかなか決まらない。
ホンマに三人とも別嬪さんやでえ。
しかしその中でもやはりおっぱいの大きな女の子には特に目を引かれる。
ホントにメイド服着てお茶とか差し出してくれないかなあ。
つまんだままだった耳を思いっきり引っ張られた。

「いってえ!!」

「ふんッ!」

そっぽを向くハルヒ。
くそう、俺はお前の質問に誠実に答えようとしただけじゃないか……。
この理不尽大王め。

 
36 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:23:16.72:sDHzCwEM0

「すいません、シャッター押してもらえますか?」

三人組の一人、眉毛の女の子がカメラを差し出しながら俺たちに話しかけてきた。
視線を見るに、どうやらハルヒではなく俺に頼んでいるらしい。

「ええ、いいですよ」

俺は軽く引き受けた。

「じゃあ、いきますよ~」

俺がカメラを構えると、三人は寄り添って笑みを浮かべる。
さてさて、笑顔を作るための定番の掛け声をかけさせて頂こう。

「1+1+1は~?」

「……さん?」

パシャア!!
俺は問答無用でシャッターを切った。
うむ、見事にみんな素の顔である。
まさしく飾らない顔というやつだ。
自らの仕事に惚れ惚れである。
ハルヒに蹴り飛ばされた。

 
39 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:26:32.79:sDHzCwEM0

その後、ハルヒが写真を撮りなおし、カメラを女の子たちに返す。
そのままの流れで自己紹介が始まった。

緑がかった髪の、明朗快活な女の子が鶴屋さん。

おっぱい大盛りな女の子が朝比奈みくるさん。

眉毛が朝倉涼子。

というらしい。
ん? いかんな、何故か朝倉さんだけごくナチュラルに呼び捨てにしてしまったぞ?

「別にいいわよ。どうやら年も一緒みたいだし」

朝倉さん、いや朝倉はそう言って許してくれた。寛大なことだ。
ちなみに俺と年齢が一緒なのは朝倉だけで、鶴屋さんと朝比奈さんはひとつ上らしい。
三人ともOLをやっているそうだ。

 
43 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:30:23.76:sDHzCwEM0

「私たちはさっき着いたばっかりなんだけど、ゲレンデの様子はどんな感じだい?」

鶴屋さんが気さくに聞いてくる。
といってもスキー初心者たる俺にゲレンデの良し悪しがわかるわけもない。
わかるのは痛かったってことぐらいだ。

「結構いい感じよ。リフトもそんなに混んでなかったし」

代わりにハルヒが答えた。
しかしコイツは一旦気安くなるとほんとに年上だろうがなんだろうが敬語を使わんな。
鶴屋さんは特に気を悪くした風もなく、ハルヒと雪について話を続けている。
どうやらこの二人、けっこう気が合うようだ。

ブゥーン……

その時、エンジン音が近づいてきて、ペンションの表で止まった。
誰か新しい客が到着したらしい。
しばらくすると、玄関ドアに取り付けられたベルがからんからんと音を立てた。

「WAWAWA! やっと着いたか!! 死ぬかと思ったぜ~!!」

新しい客は、入ってくるなり随分と騒々しかった。

 
46 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:34:23.92:sDHzCwEM0

新しい客は二人連れだった。
一人は髪の毛をオールバック風に纏めた騒々しい男。
もう一人は見るからに大人しそうな女の子。
女の子の方は小型犬を猫っ可愛がりしているようなイメージだ。
これまた見た目は俺たちと同年代に見える。

「ああ谷口さん、いらっしゃい。遅かったですね。心配しましたよ」

ハルヒの叔父である新川さんが奥から出てきて二人を迎える。
ちなみに新川さんは白髪のよく似合うダンディな御方だ。
年を取ったらこうなりたいと思わざるをえない。

「いきなりすげえ吹雪き始めたから、迷う所だったぜ」

谷口と呼ばれた男が新川さんに答える。
窓の外に目を向けると、確かに雪の勢いが随分と増していた。
ぽっぽ、ぽっぽ、ぽっぽ、ぽっぽ……
突然鳩の鳴き声が聞こえて、俺は壁に目を向ける。
古臭い鳩時計が七時を告げたところだった。
俺は反射的に自分の腕時計に目を向ける。
その表示は18:55となっている。
遅れてしまったのだろうか?

 
47 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:37:55.94:sDHzCwEM0

「食事の用意が出来ましたので、食堂の方へどうぞ」

食堂からアルバイトの喜緑江美里さんが出て来た。

「では、荷物と上着は運んでおきますから、谷口さん達も食堂へ」

フロントでは新川さんが記帳を済ませた二人に食事をすすめている。
何となくそちらを見ていたら、大人しそうな女の子と目が合った。
女の子はにこりと微笑むと軽く頭を下げた。
俺も慌ててそれにならう。
気付くと、ハルヒも彼女を見ていた。
やばい、と思って咄嗟に耳をかばったが、ハルヒはそんな俺に頓着せず呟いた。

「大人しそうで、可愛い子ね」

私と違って。
ぼそりと。小さな声でハルヒがそう付け足した気がした。

「まあな」

俺は特に何も考えず肯定する。

 
49 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:42:39.06:sDHzCwEM0

「やっぱり男ってああいう女の子女の子したような子が好きなわけ?」

「確かにそういう奴も多いだろうな」

「あんたは?」

「俺か? どうだろうな。やっぱり一緒にいて楽しいってのが一番大事だと思うけどな」

「ふーん」

「ま、そんなもんどうでもいいじゃねーか。楽しい旅行を続けようぜ。ハルヒ」

そう言って俺はソファーから立ち上がる。
まずはおいしいと評判の夕食だ。温かいうちに、十分に堪能させていただこう。

「……? おい、ハルヒ。早く行こうぜ。折角の料理が冷めちまう」

こういう旅行は最大限楽しむ努力をするのが俺のモットーだ。
俺は心なしか少し赤い顔をしているハルヒを急かすのだった。

 
50 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:46:40.36:sDHzCwEM0

食堂のテーブルにはすでにナイフやフォークがセットされていた。
女の子三人組やさっき着いた二人組も、もう先に椅子に座っている。
俺達も指定されたテーブルに着いた。
テーブルの真ん中には、クリスマスツリーの形をしたキャンドルが立っている。
その揺らめく小さな炎が、窓の外を見つめるハルヒの横顔を、ほの赤く照らしている。
こうして黙っているとこいつもそれなりに可愛いんだけどな。

「何見てんのよ」

「別に」

「エッチなこと考えてるんじゃないでしょうね」

「ねーよ」

「勘違いしないでよね。こんなお手軽な旅行で雰囲気に流されて処女を捧げてしまうほど安い女じゃないわよ私は」

「黙れ。死ね」

黙ってないとホントにダメだこいつは。
ってか処女かよ。
びっくりだよ。
素面でそんなカミングアウトしてんじゃないよお前。

 
51 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:50:27.92:sDHzCwEM0

そんな下品な会話をしていると料理がやってきた。
料理を運んできたのはメイドだった。
バイトの喜緑さんではない。喜緑さんは普通にエプロンをつけているだけである。

「ごゆっくりどうぞ」

メイドさんはたおやかな笑みを浮かべ、去っていく。

「何アレ」

「森さん。説明しなかったっけ? 新川さんの、うーん、何ていうか、押しかけ女房というか」

ちなみにハルヒの叔父さん、新川さんはどう見たって六十歳近く、森さんはどう見ても三十歳に届いてはいない。
えー、何それ。新川さん超勝ち組じゃねえ?

「森さんは籍を入れるのを強く望んでるらしいんだけど、新川さんが受け入れないのよ。他にいい人がいるだろうってずっと説得してるらしくって」

それでも俺は新川さんが憎い。
男子たるもの一生で一度は自分にベタ惚れのメイドを侍らせてみたいと夢見るものだ。
彼はそれを叶えたというのか。
素直に妬ましいものである。

 
52 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:54:07.59:sDHzCwEM0

花のような笑顔で配膳を続ける森さんをつい目で追ってしまう。

「あれ?」

そこで気付いた。
泊り客は、俺たち、三人娘、遅れてきた二人組……だけかと思っていたが違った。

もう一人、こんなペンションには似つかわしくない客がいた。

食堂の隅、壁に溶け込むようにして座っているコートの男。
食事中だというのに上着も帽子も脱がず、あまつさえ黒いサングラスをかけている。
スキー客にはもちろん、仕事で来ている営業マンにすら見えない。
……ヤクザ?
それが俺の第一印象だった。

1.「しかしヤクザがこんな所に…?」
俺は思わず口にしていた。

2.「あの人ヤクザかな?」
俺はハルヒに聞いてみた。

3.「あなた、ヤクザですか?」
本人に尋ねてみた。

 
53 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:58:27.92:sDHzCwEM0

3番なんざありえるかぼけーい。

「あの人ヤクザっぽいよな」

俺はハルヒに意見を求めてみた。

「そんなわけないでしょ。ヤクザがこんな所に一人で来て何しようってのよ」

「ま、そりゃ確かにな」

「気になるなら私が直接聞いてきてあげようか」

「毛ほども微塵もこれっぽっちも気になってないから座ってろ」

なぜお前はそんなにあっさりと3番を選択してしまえるのだ。恐ろしいやつめ。
改めて男を横目で見る。
大人しくスープをすすっているその様子を見ていると、見かけと違って気のいい人なんじゃないかとも思えてきた。
サングラスを外さないのも、単に眼病を患っているのかもしれないし、恥ずかしがっているんだと考えれば萌えるではないか。
彼のことは意識から追いやって、俺たちも運ばれてきたスープに口をつける。

 
54 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:03:06.55:sDHzCwEM0

「うお…!」

思わず声を漏らしてしまった。
おいしい。なんだこれは。
スープだけではなく、その後次々に運ばれてきた料理はどれも素晴らしく、俺は感嘆の念を禁じえなかった。
てっきり料理は森さんの作品かと思ったら、ハルヒ曰く、新川さんが作っているらしい。
なんだちくしょうと唸る俺。
どこまでパーフェクトなんだ新川さん。
男として完全敗北してしまった気分である。
食事を終えた人々が、三々五々、食堂を出て行く。
俺の腕時計は19:55を示していた。

「さて、じゃあナイターに行きましょ」

ハルヒは信じられないことを言って立ち上がる。

「ば、馬鹿いうな。どう考えても腹いっぱいになってまったりモードだろここは」

「何言ってんのよ。折角スキー場に来てんのよ? 滑りたおさなきゃ損じゃないの」

「待て待てハルヒ、時に落ち着け。こんな吹雪じゃそもそもナイター自体やってないだろう」

とにかく行きたくない俺だった。

「ほら! さっさと立つ!!」

とにかく聞き分けないハルヒだった。

 
55 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:07:00.26:sDHzCwEM0

「天気予報を聞くかぎりじゃ、ナイターどころじゃなさそうですよ」

エプロン姿の喜緑さんが横から口を挟んできた。

「当分ここから出ない方が安全みたい」

アルバイトの喜緑さんはちょっと年齢がよくわからない。
ぱっと見は年下のようにも見えるし、ふとした時にとても大人びて見えたりもする。
どこかふわふわした、つかみ所の無い女の人だ。

「そんなに激しいんですか?」

俺はほっとした反面、喜緑さんの言葉に不安を感じる。

「予報じゃあ近年にない大雪になるかもしれないなんて言ってるぜ」

今度はもう一人のアルバイト、生徒会長がやってきた。
……うん、彼の名に疑問を抱かれた方は多いと思う。
キャラ名生徒会長て。
しかし彼、何度名前を聞いてもそうとしか答えないのだ。
ならばこちらもそう呼ぶしかないだろう。

 
57 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:10:46.44:sDHzCwEM0

生徒会長(高校の時にでもそんな役職をやってたんだろうか?)はその名の示す通りの風体をしていた。
さすがに学生服でこそないが、仕事中は常にパリッとしたカッターシャツに身を包み、いかにも秀才ですと言わんばかりの眼鏡をかけている。
またそれがニヒルな雰囲気によく似合うのだ。
まるでわざと『生徒会長』という、いかにもなキャラを演出しているのではないかと疑ってしまうほどに。
身長も高く、運動にも長けているのは疑いない。
男としては間違いなく格好いい部類に入るだろう。
なんとなくハルヒを見る。
ハルヒは敵意を込めた眼差しで会長を睨みつけていた。
ああ、うん、お前はこういうタイプとは相性悪いだろうなあ。

「閉じ込められて飢え死に、なんてことにならないでしょうね?」

早速ハルヒが噛み付いた。

「ふん、ずいぶん幼稚な発想をするな。オーナーの姪とは思えん」

こっちもはなっから喧嘩腰だ。なんでだよ。
喜緑さんは笑ってる。他人事かよ。

 
58 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:15:37.78:sDHzCwEM0

「仮にお前の言うとおりになったとしても十分な備えはある。この人数なら三週間はもつだろうさ」

「雇い主の姪に向かって『お前』とは随分ね」

「こいつは失礼しましたオジョウサマ」

そう言って口をゆがめて笑う会長。

「まあ三週間は大げさだか、一日二日は滞在が延びることになるかもしれんな」

「ふうん、ま、それくらいは仕方ないか。ね、キョン」

なに? それは困る。明後日にはバイトが入ってるのだ。
が、ここでそんなことを言うほど俺はKYではないので、ここは言うべきことだけを言うことにする。

1.「ああ、もちろん。かまわないさ」
俺は笑顔を返した。

2.「もちろん宿泊代はタダなんだろうな?」
俺は念を押した。

 
59 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:18:53.95:sDHzCwEM0

「もちろん宿泊代はタダなんだろうな?」

俺は念を押した。
お金に関することはきっちりしておかなくては、後々トラブルの種になってしまう。
ただでさえ割安で泊めてもらっているくせに言うことは立派な俺だった。
誰も言葉を返してこない。
ハルヒは顔を赤くしている。
会長は俺を蔑んだ目で見下している。
喜緑さんの顔から笑みが消えた。
え、なにこの空気。

1.「もちろん、今のは冗談だ」
俺は慌てて取り繕った。

2.「どうなんだ!」
俺は畳み掛けた。

 
60 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:22:10.89:sDHzCwEM0

「どうなんですか会長!」

俺は畳み掛けた。
俺は間違っていないはずだ。
俺はKYなんかじゃないぞ。

「…まあ、オーナーの姪とその連れだからな。融通はきかせてくれるだろうよ」

「よし! 言質とった!!」

ガッツポーズの俺。
俺のすねを蹴り飛ばすハルヒ。
悶絶する俺。
さっさと席を立つハルヒ。
片足けんけんで追いかける俺。
くっ、お金に厳しいしっかりした男を演出したかっただけのはずが、なぜこんな結果に。
とりあえず食堂を出るまでの短い時間でハルヒに十回以上謝った俺だった。

 
61 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:24:47.20:sDHzCwEM0

食堂を出た所で、何だか雰囲気がざわついているのに気が付いた。
フロントのあたりで、三人の女の子たちが新川さんに向かって何かを喚いている。

「落ち着いて話してください。一体何があったんです?」

女の子たちを落ち着かせるように、ゆっくりと言葉をかける新川さん。

「だから! 今部屋に戻ったら、床にこんな……こんな物が……!」

女の子達が震えながら、新川さんに小さな紙切れを差し出した。
俺は横からその紙切れを覗き込む。
赤いマジックのような物で、字が書きなぐってある。

 
62 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:25:46.18:sDHzCwEM0

こんや、12じ、だれかが 

 
63 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:26:35.92:sDHzCwEM0

              しぬ

 
64 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:30:32.77:sDHzCwEM0

「今夜、12時、誰かが……死ぬ!?」

俺が読み上げると、皆一様に息を呑んだ。
数秒たって、新川さんがようやく口を開く。

「誰かのいたずらでしょう」

「……悪趣味ね」

ハルヒが眉をひそめる。
確かに、悪趣味ないたずらだった。
それが、本当にいたずらであったならば。

「でも、それにしたって誰かが私達の部屋に入ってこれを置いていったってことにならないかい? 気持ち悪くてあそこじゃ眠れないっさ」

鶴屋さんが横で涙目になっている朝比奈さんを見やりながら言う。
その様子から見るに、眠れないのは鶴屋さんではなく朝比奈さんなのだろう。

「床に落ちていたのなら、ドアの隙間から差し込んだのではないでしょうか。鍵はかけていらしたのでしょう?」

新川さんがそう言うと、女の子達はぽかんとした表情を浮かべた。

「そっかー。中に入らなくてもいいんだ」

どうやらそんなことにも気付いていなかったらしい。

 
65 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:35:21.45:sDHzCwEM0

「……でもやっぱり気持ち悪いです」

朝比奈さんはそれでも不満を示す。

「何ならお部屋を替えましょうか? 幸い空き部屋もありますから」

「その部屋にはテレビついてます?」

朝倉の問いに、新川さんは申し訳なさそうに首を振った。

「申し訳ありません。うちは客室には基本的にテレビは置いていないんです。ふた部屋だけ置いてある部屋があるんですが、それが今お泊りの部屋なんですよ」

「もうひと部屋は?」

「あいにくふさがっております。ですから、テレビを御覧になるのでしたら、今のお部屋で我慢していただくしか……」

「どうする?」

「やっぱり怖いです~」

「テレビは我慢しよっか?」

「でも、見たいテレビがあるのよね」

「ん~、テレビくらい我慢できないかい?」

「『101匹猫ちゃんにゃんにゃん大行進』があるのよね~…」

何だかとてつもなく癒されそうな番組名を口にする朝倉だった。

 
66 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:39:14.80:sDHzCwEM0

結局、つまらないいたずらだし、部屋を替えることにもあまり意味がなさそうだということで、三人は引き下がって部屋に戻っていった。

「でも、誰がこんな悪趣味ないたずらするのかしらね。子供は泊まってないし」

ハルヒが俺をいたずらっぽい目で見つめる。

「アンタがやったんじゃないの? こういうの好きそうだもんね、アンタ」

「OKハルヒ。今の俺の正直な気持ちを伝えよう」

「なによ」

「お前が言うな」

ジリリリリン! ジリリリリン! と、フロントの電話が鳴り始めた。

「はい、『シュプール』です」

新川さんが電話に出るのを聞くともなしに聞きながら、俺たちは誰もいない談話室のソファに腰掛けた。
新川さんの低く通った声は、俺たちの座った所までよく聞こえてくる。

 
67 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:43:44.63:sDHzCwEM0

「ああ、古泉様でございますか。夕食はあいにく終わってしまいましたが、お部屋は取ってございます。……はい……はい……駅の辺りですか。そこからですと、車で3、40分はかかると思いますが」

どうやら今頃来る客がいるらしい。
雪はもう相当強くなっている。
迷って遭難、なんてことにならなければいいが。

「……かしこまりました。では、お待ちしております」

がちゃん、と新川さんが受話器を置いたところで、二階からあの騒がしい男と大人しそうな女の子が階段を降りてきた。

「テレビつけていいか?」

馴れ馴れしく声をかけてくる。
恐らくは同年代なんだろうが、初対面の人間にいきなりタメ口とは感心できることではない。

「ええ、どうぞ」

とはいえ、進んで波風を立てることもあるまい。
俺が頷くと男はテーブルの上のリモコンを操作し、テレビをつけた。
そのまま次々とチャンネルを変えていく。

 
68 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:48:39.74:sDHzCwEM0

「駄目だ。どこもやってねえや。もうちょっと待たなきゃしょうがねえか」

男は苛立たしげにリモコンをテーブルに置くと、俺達の方を向く。

「なあ、今日の終わり値知らねえ?」

「は? おわりね?」

「株価だよ株価。ここど田舎だからな、夕刊がねえんだよ。ああ、ちくしょう、まさかケータイが圏外になるとは思わなかったなぁ」

「お忙しそうですね谷口さん。しかし、こういう時くらい仕事のことは忘れてはいかがです?」

新川さんが男に声をかけてきた。

「ああ、悪い悪い。別に仕事って訳じゃなくてさ、毎日見てるもんだから、見ないと気持ち悪いってだけなんだよ」

「全く、今日は恋人さんとの初めての旅行なんでしょう? 忙しくて中々彼女と会えなくて、ようやく時間が取れたんだと仰ってたじゃないですか」

そこまで喋って、新川さんは俺たちが見ていることに気付いて言葉を切った。

「ああ、一応紹介しておきましょうか。谷口さん、この子は私の姪で、ハルヒといいます。こっちは義理の甥になるかもしれないキョン君」

何てこった。新川さん、あなたも俺をその名で呼ぶのか。
義理の甥なんていう囃し立てに何にも感じないくらいショックだ。

「ちょ、ちょっと! 勝手に決めないでよ!! だ、誰がこんなやつ!!」

「全くです。俺にも選ぶ権利という物があります」

ハルヒに蹴り飛ばされた。いてえ。

 
69 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:53:39.66:sDHzCwEM0

「へえー、新川さんの姪か。可愛いじゃん」

そう言って、いやらしい目つきでハルヒを舐めるように観察する谷口とやら。
いや、そう感じるのは俺の思い過ごしか?
しかしこの男はそういう下世話な目で女の子を見ることに躊躇をしないタイプのような気がする。
いや、これはもう確信だ。
初対面の人間にかなり失礼な評価を下す俺。
うーむ、俺はこんなに決め付けるタイプの男では無かったはずなのだが。

「谷口さんは私がペンションを始める前にお世話になった方の息子さんでね。若くして会社を継いで経営なさっている、大変立派なお方なのですよ」

なに、そんな凄い奴なのか。
こいつが?
キャラ設定を間違ってるんじゃないのか?

「そんなわけだけど、なに、敬語とか使わなくていいからな。そういう堅苦しいのは苦手だからよ。どうやら同年代みたいだし」

言われるまでもねえ。
お前に敬語を使うなど、俺の魂がNOと言っている。

 
71 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:57:14.28:sDHzCwEM0

「しかしあれだな。新川さんは大したもんだ。脱サラして店始めて、こんなにしっかりやれてる奴なんてそうはいないもんだぜ。お前らはまだ学生なのか?」

「まあな」

よくしゃべる奴だなと思いつつ、俺は頷く。

「新川さんは見習うべき人だぜ。この人は立派な人だよ」

言われるまでも無い。
俺はもう心の中で新川さんを師と仰がせていただいているのだ。勝手に。

「ところでお前、もう就職は決まったか?」

「まだだけど……」

「まだか。まだだったらウチに来ねえか? ウチはいいぞー、実力主義だからな、二年目の人間が十年目の人間より給料高いなんて平気でやってる」

「はぁ…」

なんかいきなり勧誘が始まってしまった。
初対面の人間をいきなり自社に雇おうとするとは、何ともリスキーな野郎である。

「そのかわり力のない奴はいつまで経っても給料は上がらねえ……お前はなんか見所がある。どうだ。ウチに来ねえか?」

1.「遠慮しとくよ」

2.「願ってもない話だ。是非お願いするよ」

 
73 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:01:05.55:sDHzCwEM0

「遠慮しとくよ」

就職先は自分でしっかり考えて決めたい俺は、谷口の誘いを丁寧に断った。

「今不況だ不況だ言って騒いでるけどな、ウチにはそんなもん関係ねえ。実力のある奴しか雇ってないからだ。ウチは実力主義だからな。どうだ? ウチ来ねえか」

自分が話すことに夢中で俺の答えを聞いていなかったらしく、話をやめようとしない谷口。
こんなんで本当に商談とか纏められるのかよ、と疑問を抱かなくもない。
しょうがないので俺は……

1.「謹んで辞退させてもらおう」

2.「その熱意に負けたよ。これから世話になるぜ」

 
74 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:04:45.16:sDHzCwEM0

「謹んで辞退させてもらう」

と、重ねて辞意を示した。

「そもそもウチの会社がなんで不況に強いか、それはだな」

「聞けよ!!」

新川さんの恩人の息子の若社長の頭を躊躇なく叩く俺。
いやでもさ、今のはさ、俺悪くなくね?

くすくすくす、と笑い声が聞こえた。

振り向くと、谷口の恋人らしい、あの可愛らしい女の子が階段の下に立っている。

「あなた、とっても面白いのね」

声を聞いてみると、どこかおっとりとした、いわゆるお嬢様という印象をうけた。

 
75 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:09:01.44:sDHzCwEM0

「谷口くんにそんな風に接してる人を見るのは初めてなのね」

「恋人の阪中だ」

谷口が彼女、阪中さんを紹介する。
いや、同年代らしいからここは気さくに阪中と呼ばせてもらうことにしよう。

「阪中。こっちは新川さんの姪の涼宮ハルヒ、そのフィアンセのキョンだ」

「勝手に」

「決めるな!」

声を揃えて文句を言う俺とハルヒに、阪中はまたくすくすと笑った。
阪中はそのまま谷口の隣りに腰掛けた。

「おいしいお食事だったのね」

「ありがとうございます」

恭しく頭を下げる新川さん。
そういった仕草が本当に様になるオジサマだ。

「本当に素敵なお料理でした」

「阪中さんにそう言っていただけると、自信がつきます」

にこりと笑う阪中に微笑みを返す新川さん。
何だか穏やかな、心地よい雰囲気が場を満たし始める。

 
76 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:12:24.49:sDHzCwEM0

「なんか喉渇いちまったぜ! ビールもらえるかな!」

馬鹿が空気をぶち壊した。

「ええ、すぐにお持ちします。君たちはどうする?」

新川さんが俺とハルヒに目を向ける。

「いただくわ」

ハルヒはそう答えた。
俺は……。

1.「そうですね、いただきます」
遠慮なくいただくことにした。

2.「いや、俺はウーロン茶で」
アルコールは控えておくことにした。

3.「タダですか?」
念を押した。

 
78 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:15:27.27:sDHzCwEM0

「タダでうぐぅッ!?」

ハルヒに足を踏んづけられた。
超いってえ。

「キョンにもビールね」

勝手に決められてしまった。
新川さんは微笑みながら頷いて、食堂へと向かっていく。

 
79 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:20:25.04:sDHzCwEM0

どさどさッ! と、突然窓の外で何か重たい物が落ちる音がした。

「うおっ。何か…落ちたぞ」

俺がびくりと体を震わせると、ハルヒは呆れたようにため息をついた。

「屋根の雪が落ちただけよ」

「なんだ雪かよ」

拍子抜けした。
しかし本当に雪だったのか?
疑いながら窓の外の闇を見つめていると、遠くでぼんやりと明かりがちらつくのに気付いた。
車のヘッドライトだ。
急速に近づいてきて、エンジン音も聞き取れるようになる。
この辺りには他に家もないし、おそらく遅れてきた客だろう。
案の定、エンジン音はペンションの裏手に回り、そこで消えた。
からんからん、と玄関の鈴の音が響く。

「すいません! 古泉ですが! どなたかいらっしゃいますか!」

よく通る声がこちらまで響いてくる。

「古泉さんですね? ようこそいらっしゃいました」

新川さんが食堂から姿を現した。

 
80 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:24:00.53:sDHzCwEM0

古泉と名乗った新しい客が靴を脱いで上がってきた。
新川さんはビールを談話室のテーブルに置くと、急いでフロントへと向かう。

「いやあ、一時はどうなることかと思いました。ワイパーはまるで役に立たないし、車はスタックするし……」

フロントで記帳しながら喋り続けるそいつは、これまた俺たちと同年代のようだった。
爽やかなイケメンという感じで、常に笑みを絶やさない。
しかし、何故か俺はその笑顔に胡散臭さを感じた。

「夕食は終わってしまったのですが、おにぎり程度のものならばご用意できます。お作りしましょうか?」

「いえ、途中で色々食べてきましたので、お腹は空いていません。何か温かい飲み物をいただけるとうれしいのですが……」

「コーヒーや紅茶のような物がよろしいでしょうか? スープもご用意できますが」

「それじゃあ、紅茶をお願いします」

「お部屋にお持ちしましょうか。それともそこの談話室で…?」

「そうですね…そこで結構です」

古泉さんとやらはちらりとこちらを見て頷いた。

 
81 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:28:06.53:sDHzCwEM0

「かしこまりました。ではこちらが鍵になります。荷物を置いたらまた降りてきてください」

新川さんから鍵を受け取り、古泉さんとやらは荷物を担いで二階へと昇っていった。
ぽっぽ、と鳩時計が一回だけなる。
八時半だ。

「ああ、申し訳ありません。どうぞ、お召し上がりになっていてください」

俺たちにそう声をかけて、新川さんはまた食堂に戻っていった。

「んじゃ、お言葉に甘えて」

俺とハルヒと谷口はビール、阪中はオレンジジュースの入ったグラスを手に取った。

「乾杯!」

軽くグラスを合わせてから口をつける。

「ぷはー!」

「いやあ、こういう寒い時に部屋ん中を暖かくして、冷たいビールを飲むってのは最高の贅沢だよなぁ」

谷口はニコニコしている。

1.「そうだな」
俺はあいづちを打った。

2.「そうは思わんな」
俺は逆らった。

 
82 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:31:39.80:sDHzCwEM0

「そうは思わんな」

俺は逆らった。

「最高の贅沢ってのはやっぱりなんといっても、真夏にクーラーをがんがんにかけて鍋を食べることだよ」

「違うぜキョン。そんなん言うなら南極でストーブ思いっきり焚いて、ガリガリ君を食うことこそ至高の贅沢というもんだ」

「戯けた事を。いいか。究極の贅沢というのは赤道直下で冷凍庫に入ってその中で」

「黙んなさい」

ハルヒに怒られた。

「何をさっきから低次元な言い争いしてんのよ」

「なにおう。ならばハルヒ、お前の考える最高の贅沢ってのを言ってみろ」

「地球最後の日に一人宇宙へ脱出する私。宇宙船の中で優雅にグラスを傾けながら、大爆発する地球を見て私はこう言うの。た~まや~」

「こ、この悪魔め!!」

その時はせめて俺だけでも連れていけ。

 
83 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:35:30.74:sDHzCwEM0

「どうもこんばんは」

そんな馬鹿なことを言っていたら、古泉さんが降りてきた。

「はは、皆さんはビールですか。参りましたね。ここに凍えかけた人間がいるというのに」

随分親しげに話しかけてきて、そのままハルヒの隣りに腰掛ける。

「えーと、古泉さん…でよかったですよね?」

「呼び捨てにしてもらって構いませんよ。どうやら年もそう離れてないようですし」

俺の問いに気さくに答える古泉さん。
試しに年齢を聞いてみたらずばり同じ年だった。
ならば気兼ねなく古泉と呼ばせてもらおう。

「ああ古泉さん。もう降りてこられたのですか。紅茶は今入れていますから……」

新川さんが追加のビールを持って戻ってきた。
その言葉通り、直後にメイド姿の森さんと喜緑さんがティーポットとカップをのせたお盆を持ってやってきた。

 
86 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:06:07.02:sDHzCwEM0

「ああ、これは生き返りますね……」

古泉は熱々の紅茶をありがたそうに口に運ぶ。
ティーカップのよく似合う男だ。

「泊まり客はこれで全員ですか?」

一息ついた古泉が俺たちを見回して聞く。

「いえ、あと四名いらっしゃいます」

新川さんが答えた。

「そうだ。喜緑さん。あの女の子達にも声をかけてみてくれませんか? お茶を欲しがっているかもしれません」

「はい」

新川さんの言葉を受けて、喜緑さんはパタパタとフロントに向かった。

「あの男の方はどうします? ちょっと怖い感じの……」

怖い感じ……あのコートにサングラスの、ヤクザの様な男のことだろう。

 
87 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:11:04.06:sDHzCwEM0

「ああ…彼はいいでしょう。あまり人付き合いを好まれる方ではないようでしたし」

「わかりました」

頷いて、喜緑さんは内線電話を手に取った。

「オーナー。彼女たち、降りてくるそうです」

「じゃあ私はもう三人分用意してきますね」

森さんがお盆を持って立ち上がる。

「森さん、くれぐれも砂糖と塩を間違えないようにお願いします」

「もう、新川さんったら馬鹿にして」

ぷくっ、と頬を膨らませて森さんは台所に消えていった。
なんだ今のやり取り。
あまずっぺえ。

「くれぐれも…お願いしますよ森さん……」

なんて思ってたら新川さんはマジだった。
マジなのか……。
森さん、砂糖と塩を間違えるのか……。
萌える、かなあ?

 
88 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:15:09.19:sDHzCwEM0

三人組はすぐに降りてきた。

「こんばんはー!」

「わあ~、紅茶のいい香り。どんな葉っぱ使ってるんでしょう?」

「まだテレビ見たかったのに…猫ちゃん……」

「まあまあ、いずれシリーズまとめてDVDで出るっさ!」

あっという間に談話室が騒がしくなる。
人が増えてきたので俺たちはソファを立ち、階段に腰掛けることにした。
それでもソファはぎゅうぎゅうだ。
森さんが飲み物を持ってやってきた。
砂糖と塩は間違えずにすんだのだろうか。

「会長くんにも声をかけたんですけどね。テレビを見てるらしくて今はいらないそうです」

「いただきまーす」

女の子達は声を揃えて飲み物に口をつけた。

 
89 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:21:56.64:sDHzCwEM0

鳩時計が鳴る。
皆が一斉にそちらを見た。
鳴き声は、9回。
9時だ。
鳩が鳴きやむと、吹きすさぶ風の音がそれまで以上に大きく聞こえた。
窓枠ががたがた音を立て、分厚いガラスが割れそうに思える。

「雪崩なんか、起きないわよね」

心配そうに朝倉は言う。

「縁起でもないこと言わないでくださいよぅ。それでなくてもあんなことがあって気持ち悪いのに……」

朝比奈さんは言いかけて、はっとしたように口を押さえた。

「あんなこと? 何かあったんですか?」

古泉がのんびりと尋ねてくる。
まずいな。
今夜誰かが死ぬなんて書かれた紙切れのことなんて、伝えても気分が悪くなるだけだろう。
誤魔化すか。

「いやな。大雪で閉じ込められて飢え死にするんじゃないか、なんて話があったんだよ」

 
92 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:27:55.92:sDHzCwEM0

「はは、まさか。それは大袈裟でしょう」

古泉は笑って言った。

「ペンションの方ですか?」

すかさず鶴屋さんが古泉に質問を重ねる。

「僕は泊まり客ですよ。古泉一樹と申します」

うまく誤魔化せたようだ。
古泉はそのまま自己紹介を続けた。

「フリーのカメラマンをやってます。風景写真を主に細々とやらせてもらってますが、要望があれば女性のヌードなどもお撮りしますよ」

冗談のつもりか、そう言ってにやりと笑ってみせる。

「ぬ、ヌードですかぁ?」

朝比奈さんが真っ赤になった。

「恥ずかしがることはありませんよ。確かに今は皆さん、肌に張りがあってお綺麗でいらっしゃいます。
ですが、いずれお年を召した時に、あの時の写真を撮っておけばよかったと、きっと思うことになりますよ」

それにここにいる皆さんは全員素晴らしい体をしていらっしゃるようですし、とセクハラすれすれの発言をかます古泉カメラマン。
こういう発言が許されるのは、やっぱりイケメンゆえなんだろう。
いや、僻みや妬みで言ってるんじゃないんだ。
もしそのセリフを谷口が言ったとしたら、全員から袋叩きに会う画が鮮明に頭に浮かぶ。

 
94 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:31:48.32:sDHzCwEM0

「みくる、撮ってもらえばー?」

「ひえぇ! む、無理です無理です! 無理ですよぅ!」

「あらあら、男に見せるためとしか思えないえっちな体してるくせに」

「や、やめてくださぁい! そ、それに、えっちっていうなら朝倉さんだってすっごくえっちじゃないですかぁ!」

「やめてよ。そんな言い方されたらなんだか私、とっても淫乱な女の子みたいじゃないの」

「あ、朝倉さんはえっちですぅ! えっちじゃなきゃあんな水着は着れませぇん!」

「や、やめてよ! 私淫乱じゃないわよ!!」

「二人とも全く私に触れてくれないから自分で言っちゃうけど、私もプロポーションにはちょぉっと自信があるっさ!!」

きゃいきゃいはしゃぐ三人娘。
神よ。何故だ。何故今回の舞台を海に設定してくれなかった……!

「お前はいらないのか? ヌード写真」

ハルヒに話を振ってみた。

「いらないわ」

「何故だ」

「私はこのプロポーションを還暦まで保つもの」

マジか。おい結婚してくれ。

 
95 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:35:49.36:sDHzCwEM0

ガシャン!! と、何か大きな音が響いた。

「……何だ、今の。何かガラスが割れたみたいな音だったけど」

音に大きく反応した谷口は訝しげに二階を見上げている。

「少し見てきます」

新川さんはすぐに立ち上がると、廊下の奥に消えていった。
さっきまでの楽しげな雰囲気は雲散霧消してしまった。
新川さんが戻ってくる。隣に会長を引き連れていた。

「一階には異常は見当たりませんでした。申し訳ありませんが皆さん、ご自分の部屋を確認していただけないでしょうか。放っておいたら冷凍庫になってしまいますので」

そりゃ大変、と俺たちは慌てて二階へと上がった。

 
96 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:42:00.10:sDHzCwEM0

がちゃり、とドアを開けて自分の部屋をチェックする。
一見して何も異常が無いのはわかる。
念のため窓に歩み寄り、ガタガタと揺らしてみたりしたが問題なし。
ふむ、と一息ついて俺は廊下に出た。
ハルヒ、谷口、阪中、古泉、鶴屋さん、朝比奈さん、朝倉。全員が廊下に出てきている。
その様子を見れば、何も無かったことは読心術の心得が無くたってわかる。
やがて空き部屋を調べていたらしい新川さんも廊下に出てきた。

「皆さん、異常はありませんでしたか?」

頷く俺たち。

「……なら、あとは一部屋しかありませんね」

そう言って新川さんはある扉を見つめる。
あの、ヤクザのような男の部屋なのだろう。
俺たちは自然と新川さんを取り巻くようにして立っていた。

「そういえば、あの脅迫状、もしかしたらあの人が書いたのかもね」

ハルヒがぽつりと口にする。

「どういう意味だ?」

「誰かをその部屋で殺したのかも」

物騒なことを言い出しやがった。

 
98 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:45:49.39:sDHzCwEM0

「馬鹿言うなよ。それに、まだ9時過ぎだぜ? あの脅迫状が真実だとしても、予告の時間は12時だったろうが」

「そうだけど。だいたい犯行予告なんてのは、捜査陣を惑わすために出すものでしょ?」

「まあ、確かにそうかもしれんが」

新川さんが扉をノックした。

「お客様! 田中様!」

そうか、あの客は田中というのか。
新川さんはノックしてしばらく待つが、田中さんから返事はない。
耳をすましていると、中から何かが風であおられているような音がする。

「お客様!」

ドン、ドン、と強く扉を叩く新川さん。
が、やはり返事は無い。
ドアノブを捻るも、鍵がかかっていて開かない。
新川さんは少しだけためらったが、持っていた鍵を鍵穴にさし込んだ。
かちり、とロックの外れる音がする。

「失礼いたします」

新川さんはそう言ってドアを開いた。

 
99 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:50:08.99:sDHzCwEM0

新川さんがドアを開けた瞬間、その部屋がおかしいことはわかった。
ドアの隙間からひどい冷気と共に一陣の風が俺たちの間を吹きぬけたのだ。
室内からは、ばたばたとカーテンが揺れる音と、がたんがたんと何かが叩きつけられるような音が聞こえてくる。

「お客様!」

新川さんが手を離すと、ドアは風に吹かれて勢いよく開き、壁にぶち当たった。
部屋の中が見える。
俺の部屋と同じツインの部屋だ。
開け放たれた窓から吹き込む雪が、狂ったように乱舞していた。
重いカーテンが、カーテンレールから引きちぎられそうなほどばたついている。
窓側のベッドに雪とガラスの破片が少し散らばっているだけで、人の姿はなかった。

「お客様! 田中様!」

新川さんは叫びながら、入り口脇にあるバスルームの扉を開ける。
がたん、と窓のほうから音がした。
見ると、ほとんど枠だけになった窓が外側の壁に叩きつけられている。
おかしい。
田中さんはどこに消えたんだ?
窓から出て行ったのか?
まさか。この吹雪の中外に出て一体何をしようってんだ。

 
101 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:01:47.17:sDHzCwEM0

新川さんはバスルームの扉を閉じると、部屋の奥へと歩を進める。
俺とハルヒもそのあとについて部屋の中に入り、残りの皆は廊下から部屋を覗き込んでいた。
吹き込む雪と風から顔を守るように右手をかざし、新川さんは窓に辿り着いた。
てっきり窓の外を覗き込むのかと思ったが、新川さんはそこでぎょっとしたように立ちすくんだ。

「……何だこれは」

何気なく近寄って、俺は彼の視線の先を辿った。
窓とベッドの間は数十センチあいている。
その床の上に、マネキン人形の部品のようなものが落ちていた。
黒い布から突き出た手首。
その上に無造作に置かれた土気色をした足首。
そして青黒い顔の近くにはサングラスが落ちている。
バラバラになった人間の体が、無造作に積まれていた。

「なんてことだ…これは……死体だ。人間の、死体だ……!」

新川さんは声を震わせる。
ハルヒは呆然として雪の積もり始めたその死体の山を見ながら立ち尽くしている。
そして俺は。
俺は。
俺は。




「国木田――――――?」

俺は、絶対に知るはずの無いその死体の名を、呼んでいた。

 
102 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:03:58.13:sDHzCwEM0

「『吹雪によって閉じ込められたペンションで起きる連続殺人。果たして主人公とヒロインは無事生還することが出来るのか』、とまあこんな感じ」


「殺人事件か。それはホラーというか、ミステリー小説みたいだな」


「立派なホラーだよ。選択を誤ればバンバン人が死ぬ」


「そりゃあ成程、ホラーだな」

 
104 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:08:16.86:sDHzCwEM0

「どうされました? あなたの番ですよ?」

古泉のその声で、俺は我に返った。

「は? へ?」

くるりと部屋の中を見渡す。
そこはSOS団の部室だった。
えーと。あれ?
バラバラ死体はどうなった?
今の季節はいつだっけ?

「おや、このセミの大合唱が聞こえませんか? 今はもう夏休みに突入していて、僕等は進学校らしく夏課外ということで学校に登校し、放課後をこうしてSOS団で過ごしているところですよ」

オセロ盤を挟んで対面に座っている古泉が、指でオセロの駒を弄びながら言う。
夢…だったのか?

 
105 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:12:51.72:sDHzCwEM0

改めてゆっくりと部屋の中を観察する。
SOS団団長であるところの涼宮ハルヒは何だかボケッとしながらパソコンの画面を見つめていて。
部屋の隅では長門有希がいつもどおり本を読んでいて。
そして俺が熱望するまでもなく、朝比奈さんはメイド服に身を包み、俺に熱いお茶を差し出してくれる。
それはまるっきり日常の風景。
古泉はフリーのカメラマンではなく、朝比奈さんはOLではなく、俺とハルヒは大学生なんかではなく、皆仲良く高校生をやっている。
つまり、どう考えても、あれは夢だったという結論にしか辿り着かない。

「あー…俺疲れてんのかな」

「かもしれませんね。色々ありましたし」

古泉が頷く。
俺がこういう弱音を吐けば、いつもなら、ハルヒが鬼の首を取ったかのごとく突っ込んでくるのだが今日は大人しい。
……国木田のことがあるからだろう。
さすがのハルヒも、国木田が亡くなってから、なんというか、俺に色々気を使うようになった。
相当凹んでたしな、俺。
まあその凹みは、まだ完全に修繕されたとはとても言えないんだが、な。
国木田。
国木田、ね。

 
106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 05:14:49.66:72NGqGbIO

予想できない展開になってきたな

 
107 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:16:30.89:sDHzCwEM0

「なあ古泉」

「なんでしょう?」

国木田は。
トラックに正面衝突したあいつは。

「……なんでもない」

まったく、一体何を聞こうとしているんだか。
寝ぼけていたとしても最悪だ。
国木田は、どんな風に死んだのか―――なんて。
もしかして、死体はバラバラになってしまったりしていなかったかなんて。
どうかしてるぜ。
俺は苦笑しながらオセロ盤に駒を置く。
古泉の白はもう盤面に数えるほどしか残っていない。

「参りました」

「お前…オセロで参ったはないだろう」

「潔いのだけが取り柄でして」

そう言って微笑む古泉。
まあいい。ちょうどよかった。
やっぱりどうも調子が悪いんで、今日のところはこれで退散させてもらうとしよう。
ハルヒはやっぱり俺に何も言ってこなかった。

 
108 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:20:53.86:sDHzCwEM0

そして。俺は帰宅して。
そして。俺は自分の部屋に辿り着き。

俺は思い出す。
俺は思い至る。

夢なんかではない、悪夢のような、現実に。

俺の目の前で、ゲーム機が勝手に動き出す。
俺はゲーム機に一切触れてなどいないのに。

ペンション『シュプール』へようこそ。
お客様のお名前は キョン 様。
おつれ様は ハルヒ 様ですね。

そして。
俺の意識は、闇の底へ落ちる。



―――それでは、どうぞごゆっくりかまいたちの夜の世界をお楽しみください。

 
109 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:25:27.40:sDHzCwEM0

ちょっと休憩
原作知らない人でもわかるようにと思ってかなり原作なぞってるけど
やっぱ原作知ってる人からしたら冗長だよなあ
それに原作知らねえ人はそもそもこれ読まねえか?
まあいいや 
しばらくはまた原作の流れ辿っていくけど
原作知ってる人は懐かしいなあとかちょっとしたセリフの違いとかを生ぬるく楽しんでくれたらありがたいっす

 
115 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 06:50:59.31:sDHzCwEM0

「キョン? キョンってば」

「……あ?」

「なんかぼけっとしてたけど……大丈夫?」

「あ、ああ。すまん。大丈夫だ」

心配そうにこちらを覗きこんでいたハルヒに答え、俺は頭を振った。
……うん、ようやく頭がシャッキリしてきた。
ここはペンション『シュプール』一階の談話室だ。
泊まり客とスタッフは全員ここに集まっている。
正確には、あの死体となった客を除いて全員と言うことになるが。
死体。
バラバラ死体。
死体を見たのは俺とハルヒ、それと新川さんだけだ。
残りの皆は死体を目にする前に新川さんによって部屋から追い出されていた。
俺たちは見たものを皆に説明できるだけの余裕もなく、ただ震えながら紅茶をすすっている。

「ねえ、いい加減何があったのか教えてよ」

じれた様な口調で朝倉が言った。
俺は新川さんをちらりと見たが、朝倉の言葉が耳に入っている様子は無い。
俺が……言わなくてはならないのか。

 
117 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 06:55:23.70:sDHzCwEM0

「死んでたんだ。あそこで、バラバラになって……死んでいた」

ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。

「バラバラって…それどういうこと?」

朝倉は悪い冗談だと思ったのか、口元を苦笑いの形に歪めながら聞き返してくる。

「どういうこともなにも……」

知らず知らず、俺の声は上ずり、甲高く叫ぶような調子になっていた。

「バラバラだったんだよ! 首も、手も、足も! みんな切り離されてあそこに落ちてたんだ!」

「いやぁ!」

女の子の誰かがそう叫んで泣き出した。
朝比奈さんだ。

 
118 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:01:22.64:sDHzCwEM0

「……田中さん、とかいう人なんですか?」

喜緑さんが小声で聞いてきた。

「そう……だと思います。顔色が全然違うからよくわからなかったけど、あの人だったと思います」

「よく出来た人形だった、ということはなかったですか? それもあの脅迫状と一緒で、いたずらなのかも」

「人形と人間を間違えたりしませんよ」

「でも、最近の特殊技術ってすごいでしょう? 映画なんかでも、本当にリアルな死体とかよく見るじゃないですか」

……それでも、だ。
俺が、国木田の顔を見間違えたりするものか。
……まただ。俺は何を言っている。
国木田なんて人物、俺は知らないのに。

「……あれは人間だった。間違いない」

新川さんも俺に同意した。
朝比奈さんが「ひいぃ…!」とさらにくぐもった悲鳴を上げる。

「そういえば……聞いたことがありますよ。『かまいたち』のこと」

古泉が口を開いた。

「かまいたち?」

俺は聞き返した。

 
119 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:06:49.02:sDHzCwEM0

「ええ、知っているでしょう? このような風の強い地域では昔から、何も無い所で突然服が切り裂かれたり、怪我をしたりする現象がまま起こる。
土地の人たちは、鎌を持ったイタチのような生き物のしわざだと考えて、それらを『かまいたち』と呼びました」

「そのかまいたちのせいで田中さんがバラバラになったってのか? 馬鹿らしい」

俺は古泉の話を鼻で笑う。

「それに、かまいたちって自然現象なんでしょ? 真空状態が発生してナントカ…って聞いたことあるけど」

ハルヒも口を挟んだ。
しかし古泉は動じない。

「一応そういう説明はなされています。しかしここで重要な所は、理屈はどうあれ、そういう現象は事実として起こっている、ということなのです」

「だがそれもちょっとの切り傷が出来る程度のもんだろう。いくらなんでもそれで人間がバラバラになるなんてことは」

「妖怪の仕業だとしたらどんなことでも考えられますよ」

真顔で一体何を言ってんだこいつは。
いくらイケメンが言ってもひくものはひくんだぞ。

 
120 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:11:58.95:sDHzCwEM0

「そんな顔をしないでくださいよ。僕も妖怪なんて信じているわけではありません。では自然現象だと考えてみましょう。
……この風の音が聞こえませんか? これほどの激しい風なら滅多に出来ないような恐ろしい真空が出来ても不思議ではないと思いませんか?」

確かに、外はもう随分前から完全な吹雪になっていて、聞こえてくる風の音はものすごいものがある。
だがしかし、窓ガラスを割り、窓辺に立つ人間を一瞬にしてバラバラにするような風が吹いたのだと考えるのは、やはり荒唐無稽すぎる。

「そういう考察を発展させるのは自由だと思うけど、忘れてないかな? 脅迫状。あれがあるってことは、あれを書いた『人間』がいるってことだよ」

鶴屋さんが俺と古泉を冷めた目で見つめている。
そうだ、脅迫状の件があったんだった。

「脅迫状…とは?」

だが俺と違って、指摘を受けた古泉はきょとんとしている。
ああそうだ。そういえば脅迫状の件はさっき誤魔化したんだった。

「そうだぜ。さっきからちょこちょこ出てるけど、脅迫状ってなんのことなんだよ」

谷口が唇を尖らせる。
ここまできたら説明しなくてはならないだろう。

「実は……」

 
121 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:16:21.45:sDHzCwEM0

脅迫状の一件について説明を終える。
聞き終わったあとしばらく、全員が絶句していた。

「そんなことが……あったんですか」

古泉が呟く。

「おいおい、そういうことはちゃんと言っといてくれよなあ……」

谷口はため息まじりでぼやいた。

「……まあ、今更そんなこと言ってもしょうがねえか。とにかく早く警察に連絡しなきゃな」

あ、そうだ……。
そうだよな。それが一番先にするべきことだった。
そんな常識的なことを谷口から指摘されるとは。
新川さんもはっとしたように振り向いて、電話に向かった。
受話器を取り上げ、耳に当てる。
だが。

「駄目だ……何も音がしない。電話が、通じていない…!」

 
122 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:20:22.03:sDHzCwEM0

「な、なんだと!?」

谷口は立ち上がって叫んだ。

「おそらくどこかで電話線が切れてしまったんでしょう」

新川さんは音のしない受話器を憎々しげに見つめている。
電話が通じない。
なんてことだ。
これで少なくとも明日になり、吹雪が止まないかぎり警察に連絡する手段が無い。
……だけでなく、ここから降りる手段も断たれたということだ。
谷口は突然笑い出した。

「ああ、いやいや。そんなに焦ることも無いか。今の世の中、ケータイっていう便利なもんが……って圏外だったじゃねーか!」

まったく、一人で騒がしいやつだ。
一応俺もポケットから携帯電話を取り出して確認する。
やはり、圏外だ。皆の様子を見るに、電波が届いた人はいないらしい。

「じゃ、じゃあどうすんだよ! 人殺しがこの辺をうろついてんだぞ!?」

 
123 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:24:48.81:sDHzCwEM0

人殺し。
認めたくなかったことを、何とかして誤魔化したかったことを、谷口はあっさりと言い放った。
そう、俺たちは、少なくとも俺は、その可能性についてわざと考えないようにしていた。
現実から目をそむけて、かまいたちだなんだと絶無の可能性を囃し立てていた。
認めたくなかった。
認めるのが怖すぎた。
だが、あれが事故や自殺であろうはずがない。
殺人だと考えるのが一番自然だ。
誰かが田中さんを殺し、その死体をバラバラにしていったのだ。
そして谷口の言うとおり、この天候を考えると犯人はまだこのあたりにいる可能性が高い。

「この天気で山を降りることは可能ですか?」

俺が尋ねると新川さんと会長がほとんど同時に首を振った。

「無理だろ」

答えたのは会長だった。

「さっき古泉…さんが辿り着いたのだって奇跡みたいなもんだぜ。歩いて降りたらもちろん凍死。車だったら運がよくても立ち往生。運が悪かったら沢に転落だな」

「じゃあ犯人は、このペンションの中に隠れようとするんじゃないですか? 生き延びるためには、それしかないでしょう?」

……全員が、息を呑んだ。
泣いていた朝比奈さんさえ、一瞬泣き止んで恐怖の表情を浮かべた。

 
124 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:30:16.59:sDHzCwEM0

会長が舌を鳴らす。

「つまり…俺たちは死体をバラバラに切り刻んだような奴とこれから一晩過ごさなきゃならんってことか? 冗談じゃない」

「同感だな。そんなもんはゴメンだ。何とかしなきゃな」

谷口も大きく頷いた。

「ですが…具体的にはどうするのです? まさか、僕達で犯人を捕まえるというのですか?」

「それしかないだろ」

古泉の疑問に当然だとばかりに頷く谷口。

「……それはあまりに危険でしょう。相手は死体をバラバラにするような凶悪な殺人鬼です。下手に手を出すより、ここで皆でじっとしていた方がいいと思います」

「じゃあここでこのままずっと起きとくってのかよ。うっかり全員寝ちまったらその間に皆殺しだぞ?」

この馬鹿は言いづらいことを本当にずけずけと……。
見ろ。朝比奈さんがもう真っ青じゃねえか。
くそう。見てられない。

「いや、どんなにひどいやつでもそこまではしないだろ。まあ、戸締りだけはしっかりしなきゃならんだろうが……」

「戸締りっつってもよ、キョン。もう中に入り込んでたら意味ねえじゃねえか」

谷口の言葉に朝比奈さんは「ひゃわぁ!」と叫んでそこかしこを凝視し始めた。
俺のフォローが台無しだちくしょうめ。

 
126 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:36:34.25:sDHzCwEM0

「まさか。一体、いつ、どこから入ってきたというのです?」

新川さんは谷口の言葉を否定する。

「それはわかんねえよ。でも実際に人ひとり殺してるんだ。俺らが気付かないうちに入ってきたってことだろ」

「いえ、ですが……」

「そうだ、窓を割って入ってきたんじゃねえか? 裏手にはあんまり除雪してない所もあるだろ? だったら二階から入るのもそんなに難しくはないんじゃないか?」

「だとしたら、犯人はまた窓から逃げたってことになる。あの時、田中さんのドアは鍵がかかったままだったんだから」

「何言ってんだよキョン。ここのドアは押しボタン式の鍵だぜ? 出る時にノブのボタン押しときゃドア閉めた時に勝手に鍵はかかるよ」

確かに谷口の言うとおりだった。
『シュプール』のドアの鍵は全てそのタイプになっている。
だからドアの鍵がかかっている=ドアから出ていないということにはならない。
俺たちの目を盗んで部屋を出て、空き部屋に隠れたりすることも不可能ではないだろう。
不可能ではないというだけで、俺たち全員の目に止まらずに、というのは中々考えづらいところではあるが。

 
127 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:41:15.35:sDHzCwEM0

「なんにしても、みんな何か武器になるようなものを持ったほうがいいんじゃないかしら」

黙り込んでいたハルヒが口を開いた。
その顔色は青ざめて――いる。
非日常的なことを何より好むコイツだけれど、だからといって人の死を楽しめるような奴ではないのだ。
それでも、無残な人の死に青ざめていても、武器を持つべきだと思考出来るその心の強さには素直に感心する。

「そうだな」

俺は頷く。みんなもすぐにその意見に賛成した。
といっても、こんなスキーリゾートのためのペンションに碌な武器などあるわけもなく。
皆が手にしたのはスキーのストック、果物ナイフ、そしてモップの柄くらいの物だった。
包丁なんかはかえって危ないということでこんなものになってしまったが、頼りないことこの上ない。

「何人かでチームを組んでしらみつぶしに調べよう。ベッドの下、クローゼットの中、バスタブ……相手はどこに隠れてるかわからないからな」

いつのまにか谷口がリーダーシップを取っていた。
さすがは若社長、といったところだろうか。

 
128 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:45:59.88:sDHzCwEM0

結局、男性陣総出でペンションを調べまわることになった。
男は俺、谷口、古泉、会長そして新川さんの全部で五人。

「さて、どこから手をつけますか…」

新川さんが誰にともなく尋ねた。

「二階から調べましょう」

俺はそう提案した。
もし仮に犯人が窓の割れる音がしたその時に侵入したのだとすれば、それから皆の目を盗んで一階に降りたとは考えづらい。
隠れているとしたら二階にいる可能性の方が高いはずだ。

「よっしゃ。先鋒は任せたぜ」

言いだしっぺの癖に、谷口は俺と古泉を先に行かせようとする。
この野郎……。
結局俺と古泉が先に立ち、俺はストックを、古泉はモップの柄を握り締め、二階への階段を昇った。
天国への階段にならなきゃいいがな。

 
129 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:01:46.04:sDHzCwEM0

新川さんが鍵を開け、俺と古泉が武器を構える。

「よろしいですか。開けますよ」

俺と古泉が頷くと同時に新川さんはドアを開いてその陰に隠れる。
そして俺たちはストックとモップを突き出しながら中へと入っていく。
そうやって一つ一つの部屋を、ベッドの下まで捜索していった。
全員が部屋に入ってはその間に逃げられる可能性があるということで中に入るのは俺と古泉だけ。
最初はびくびくものだったが、同じことを繰り返すうちにだんだん緊張も解けてきた。

「どんな奴が出てきても五人もいれば大丈夫…だよな?」

「そう信じたいものですね」

とうとう全ての客室を調べ終わったが、人の気配は無い。

「新川さん、あのドアはなんだ?」

谷口が、廊下の突き当たりの扉を指差した。

「あれは掃除用具なんかを入れてある物置です。人間は……隠れられないこともないですが……」

新川さんがそう説明したのと同時。
がたん、と物置から音がした。

 
130 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:09:04.02:sDHzCwEM0

全員がぎくりとして足を止める。
古泉と目が合った。

『聞こえましたか?』

古泉の目はそう言っていた。
俺はごくりと唾を飲み込みながら大きく頷く。
ストックを握り締める手に汗が滲む。
ノブに手をかけた新川さんが皆の顔を見回した。
俺、古泉、会長、そして少し離れた所に谷口。
俺たちは一斉に頷いた。

がちゃり、とドアが開く。

中にあったのは、掃除用具の入ったバケツや、ほうきやちりとり、ゴムのスリッパなどの洗面所用具。
明かりが無いのでそういったものの影しか見えない。

「だ、誰かいますか?」

古泉が暗闇に向かって話しかける。
返事は無い。
俺はほっと息を吐いた。

「やっぱり犯人は窓から逃げたんだな。これだけ人がいる所に逃げ込もうとは思わない……」

そこまで言った時だった。

突然、ガタガタっと音がして、ほうきがこちらに倒れ掛かってきた。

 
131 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:14:54.09:sDHzCwEM0

「う、うわああ!」

古泉ががむしゃらにモップの柄を振り回す。
物置から飛び出した影は俺たちの間をすり抜け、廊下を駆け出し。

にゃ~お、と鳴いた。

「……猫だ」

「ありゃあシャミセンだ。こんなところにいやがったのか」

会長が言った。

「シャミセン?」

「ここで飼ってる猫だよ。見かけないからどこに行ったのかと思っていたが、まさかこんなところにいたとはな」

呆れたように言う会長。
……なんだかどっと力が抜けてしまった。

「さあ」

新川さんがそんな俺たちを促した。

「次は一階です」

 
132 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:18:48.68:sDHzCwEM0

みんな、犯人が入り込んだ可能性はほとんどないと思い始めたのだろう。
さっきまでと違い、リラックスしきって一階へと降りていく。

「俺はこう見えても高校の時は柔道をやっててな、もし犯人が出てきたら一本背負いから押さえ込んで、ぐうの音も出ないようにしてやるぜ」

谷口は今になってからそんなことを言い出した。
いらっとしたので俺は……

1.無視した。

2.「それならお前が先に行け」

 
133 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:24:01.54:sDHzCwEM0

「それならお前が先に行け」

俺がそう言うと谷口は途端に慌てだした。

「……そうしたいのはやまやまなんだけどな。俺今腰の調子が悪いから。あいた、あいたたた……くそ、この腰さえよかったら…!」

「もういいしゃべるな」

出来れば呼吸もとめてくれ。
一階ではハルヒたちが心配そうな顔で待っていた。

「どうだった?」

尋ねるハルヒに俺はただ首を横に振った。
俺たちを驚かせた三毛猫は、今は喜緑さんの足元でがつがつと餌を食っている。
まったく、猫は気楽でいいもんだ。

 
134 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:28:28.05:sDHzCwEM0

一階には談話室を除くと……。
食堂とキッチン。
喜緑さん、生徒会長達のスタッフルーム。
新川さん、森さんの部屋。
乾燥室、なんかがある。
それらをざっと見て回るが、人が隠れているとは考えられなかった。

「もう他に部屋はないんですか?」

談話室に戻りつつ、俺は新川さんに聞いた。

「あとはワイン蔵だけですが、あそこは鍵がかかってますからね」

新川さんはちょっと考えてから答えた。

「なんだ、結局いなかったってことか。残念だな。せっかく俺の地獄車をおみまいしてやろうと思ってたのに」

くやしそうな谷口。
てめえ腰はどうした。

 
135 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:33:22.78:sDHzCwEM0

談話室に戻ると、森さんがコーヒーを入れてくれていた。

「誰もいなかったのね」

ハルヒが俺たちの表情を読み取って言う。

「結局、外に逃げたっていうことなのかしら」

「だろうな」

会長が答えた。
みんな、ほっとしたような、それでいて不安げな、複雑な表情を浮かべている。
そりゃそうだろう。
とりあえず危険なことはなかったものの、本当に誰も隠れていないとはまだ確信できない。
それに、今いなくても、夜中に入ってくるかもしれない。
いくら戸締りをきちんとしたところで、窓を割れば簡単に入ることが出来るのだ。

……待てよ。

俺はふと疑問に思った。
俺たちは始めから、犯人は窓を割って入ってきたのだと決め付けていた。
だが、本当にそうなのだろうか?

1.犯人はもっと前からペンションの中に入り込んでいたのではないだろうか。

2.俺たちの中にただ一人アリバイの無い人間がいることに気付いた。

 
136 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:37:17.08:sDHzCwEM0

俺たちの中にただ一人アリバイの無い人間がいることに気付いた。
窓の割れる音がしたとき、ただ一人談話室にいなかった人間。
となりで熱いコーヒーをおいしそうに飲んでいる男……。
生徒会長。
この人になら、田中さんを殺すことが出来た。
俺はその顔をそっと覗き見た。

「ん? なんだ?」

会長がこちらを見返した。

「いや、その」

「ああ、砂糖か。ほらよ」

会長はシュガーポットをこちらへ回してくれた。

「ど、どうも」

仕方なくそれを受け取り、自分のコーヒーに砂糖を入れる。
どうやら俺の視線の意味を誤解したらしい。
性格は悪そうに見えても、やはり根はいい人なのだ。

 
137 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:42:02.68:sDHzCwEM0

違う。
どんな事情があったにせよ、この人が人を殺し、その体をバラバラに切り刻むなんて出来るわけが無い。
犯人はやっぱり外へ逃げたのだ。
ここにいる人間とは何の関係もない、根っからの犯罪者に違いない。
きっと殺された田中さんもやっぱりヤクザか何かで、別のヤクザに殺された。
そう考えれば、あの異様な殺され方にも納得がいくというものだ。
突然新川さんが立ち上がった。

「ちょっと外を見てきます」

「どうして?」

俺の問いに新川さんは苦笑いを浮かべた。

「……いてもたってもいられなくて。外を調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれない。もっともこの雪じゃ、期待は薄いですが」

「俺も行きます」

俺は立ち上がった。
いてもたってもいられないのは、俺も同じだ。

 
140 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:03:54.13:sDHzCwEM0

さっきと同じように男全員で、となるかと思ったら谷口が辞退した。

「おい」

「ん?」

「犯人に出くわしたら地獄車をおみまいしてくれるんじゃなかったのか」

「いや、その、俺な、寒いのホントに駄目なの。体動かなくなるの。犯人が出たら中に追い込んでくれ。その時こそ俺の燕返しをおみまいしてやる」

おい柔道どこいった。
もういい。貴様には何も期待せん。
俺、新川さん、会長、古泉の四人は一度部屋に戻って着替え、玄関で落ち合った。
時間は10時ジャストだ。
靴を履き、武器(スキーストック)を携えて外へ。
ドアを開けた途端、カミソリのような風が雪と共に襲ってくる。
俺は慌ててフードを被り、紐をきつく引いて固定した。

「右と左からぐるっと一回りしましょう!」

新川さんが風の音に負けないように声を張り上げる。

「キョン君と私で時計回り。会長君と古泉さんで反対回り。それでどうですか?」

皆が頷き、玄関ポーチから足を踏み出した。

 
141 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:07:32.65:sDHzCwEM0

き、きつい…! なんだこれは……!
雪はどんどん降り積もっていて、俺と新川さんは脛まで埋まりながら行軍する。
顔を上げて思いきって目を見開いても、荒れ狂う雪に阻まれて1メートル先も見通せない。
白い闇。真っ白な地獄。
分厚い手袋をしているのに、もう指先は凍え始めている。
俺は足元を確認していた視線を前に戻す。
ぞっとした。新川さんがいなくなっている。

「新川さん! 新川さん!」

俺は半ばパニックになって叫ぶ。
待て待て、落ち着け。
そうだ、俺と新川さんはペンションの壁を伝って時計回りに進んでいたはず。
つまり右手を壁につけながら前に進めば迷うことなどありえない。
オーケイ、クールに、クールにだ。
俺は右手を壁に向かって伸ばす。
どれだけ手を伸ばしても全然壁に触れない。
おかしい。どういうことだ。
俺は今どこにいる。ペンションはどっちだ。

「新川さん! 新川さーーん!!」

俺はパニックになって雪の中をがむしゃらに進んだ。



ガツン―――と。

頭を殴られたような衝撃が走った。

 
142 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:14:03.42:sDHzCwEM0

「う…ぐ…!」

痛む頭を押さえ、何とか踏みとどまる。
違う。殴られたんじゃない。
ぶつけたんだ。
俺の目の前にはペンションの壁があった。
どうやらパニックになった俺は目の前に迫った壁に気付かず、盛大に頭を打ちつけてしまったらしい。
なんてみっともない―――が、これで方向の見当はついた。
早く新川さんに追いつかなくては。

「……ン君!」

新川さんらしき声が聞こえた。
俺は急いで雪を掻き分け、先へ進む。
深い雪の中を歩くのはそれだけで重労働だ。
手足はしびれるほど寒いのに、もう背中に汗をかき始め、息が上がっている。
ようやく建物の角に辿り着き、回り込んだ所で新川さんの背中が見えた。

「新川さん!」

声をかけながら近寄る。
新川さんの足元で、古泉が倒れていた。

 
144 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:19:52.48:sDHzCwEM0

「……え?」

倒れた古泉を会長が抱き起こそうとしている。

「手伝ってくれ」

「い、一体何が…?」

状況がわからない。
古泉のこめかみから赤い筋が流れているのが目に入る。
血…だ。

「誰かに殴られたらしい。早く中に運んで手当てしないと」

会長が言った。
殴られた? 一体誰に?
なんて、馬鹿か俺は。
そんなもん、犯人に決まってるだろうが。

「俺が遅れなければ捕まえてやれたのに…」

会長は悔しそうだ。

「どうして離れたんです?」

新川さんが会長に問うが、その声に責めている感じはない。
この視界ならはぐれても仕方ないことだ。
実際俺と新川さんもはぐれたんだしな。

 
145 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:25:52.28:sDHzCwEM0

俺は風を手で遮りながら目をこらした。
古泉が倒れている辺りは格闘があったらしく雪が乱れている。
しかし、足跡があるかまではわからない。
それどころか、降りしきる雪は俺たちの足跡さえも急速に覆い隠そうとしていた。

「くそ、犬でもいれば……」

会長は唇をかんで白い闇の彼方を睨む。
しかし、正気の人間がこの吹雪の中へ逃げようとするだろうか。
そう思った瞬間俺はぞっとした。

ここには俺たち以外誰もいなかったんじゃないか?

古泉を殴ったのは、会長じゃないのか?

遅れたと嘘をつき、後ろから古泉をモップの柄で殴ったんじゃ……。

「とにかく、運ぼう」

新川さんが武器をまとめて持ち、俺と会長で古泉を抱える。
深い雪の中を人間一人抱えて進むのは苦行以外の何物でもなかった。
それほど離れていない所に裏口があったのが幸いだった。
新川さんが裏口のベルを鳴らす。
早く…早く誰か開けてくれ……。
焦れて待っていると、ようやくドアが開いた。
俺たちは雪だるまみたいになって中へ転がり込んだ。

 
147 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:30:37.84:sDHzCwEM0

中では森さんが口に手を当てて立ちすくんでいた。

「早く…早く手当てを……」

新川さんはそれだけ言うのが精一杯だった。
だが森さんはそれだけで全てを察したらしく、一度奥に行って喜緑さんを連れてくる。
そして新川さん、森さん、喜緑さんの三人で古泉を引きずるように奥へ運んでいった。
会長が裏口のドアを閉める。
俺は立ち上がる気力もなく、床に座り込んだままだ。

「しかし…なんであいつ襲われたんだろうな」

会長がそんな俺に話しかけてくる。

「さ、さあ……犯人と出くわしたんじゃないですか?」

アンタがやったんじゃないのか、という言葉をぐっと飲み込む。

「でもさっきのところ、ちょうど死体のあった部屋の真下だぜ? 犯人が窓から逃げたとしても、それからずっとあそこにいたってのか?」

氷の彫刻になっちまうぜ、と会長。
それは確かにその通りだ。
だが、もう俺にはこの人の言葉を素直に聞くことは出来ない。

 
149 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:35:51.73:sDHzCwEM0

「たまたま何か理由があって戻ってきたところだったのかもしれませんね。犯人は現場に戻るって言いますし」

俺はその場の思いつきで適当に返事する。

「なるほど。それはあるかもしれんな。ならば、犯人は何故戻ってきたのか、という話になる。案外重要な証拠が残っていたのかもしれん」

しかし、そんな俺の言葉に反応し、深く考察を始める会長。
……この人はどういうつもりでこんなことを言うのだろう?
この人は犯人ではないのか?
犯人はやはり外にいるのか?
それとも会長以外の誰かが?
新川さん?
確かに新川さんにも古泉を襲う機会はあった。
俺とわざとはぐれ、出くわした古泉を殴る。
しかし新川さんは古泉を殴れても、田中さんを殺せない。
事件があったとき、新川さんは俺たちと一緒に談話室にいたのだから。
やはり犯人が会長でないとしたら、外に逃げたと考えるしかないのだが……。

なんにせよ、今は古泉の回復待ちだ。
古泉が意識を取り戻せば、何らかの手がかりを得ることが出来るだろう。

「部屋に戻るか」

会長は部屋に戻っていった。
俺は彼が自分の部屋に戻るのを見届けてから、談話室の方へ向かう。
何となく、今彼に背中を見せる気にはならなかった。

 
150 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:39:59.09:sDHzCwEM0

談話室に戻るとそこには阪中とハルヒしかいなかった。

「他の人たちは?」

「谷口はキョン達が出て行ったあと、二階に上がっていったわ。もう一回携帯電話を試してみるって言って」

「ふーん」

「鶴屋さんたちはトイレに行きたいって」

「三人一緒に?」

「ええ。あと喜緑さんと森さんは、叔父さんと一緒に古泉君を部屋へ連れて行ったわ」

「ああ、それは知ってる」

とりあえずの現状把握は出来た。
とにかく部屋に戻ってこのびしょぬれの服をなんとかすることにしよう。
俺は談話室を後にし、二階へと上がった。

 
151 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:43:43.89:sDHzCwEM0

「お、谷口」

着替えて廊下に出ると、ちょうど谷口と出くわした。

「よう、キョン。ごくろうさんだったな」

「電話どうだった?」

「電話? ああケータイか。駄目だ。どこに持って行っても通じねえわ」

「だろうな。この山全体がカバーされてないんだろうよ」

談話室に戻る。
談話室にいたのは相変わらずハルヒと阪中の二人だけだった。谷口は阪中の隣りに座り、俺は階段に腰掛ける。

「それで…外の様子はどうだったんだ? 何か手がかりはあったのか?」

どうやら谷口はずっと二階にいたせいで事態をまるで把握していないらしい。

「それどころじゃなかったんだよ」

俺は状況をかいつまんで説明した。ハルヒと阪中も不安げに耳を傾けている。

「古泉が殴られた…だと? 誰に?」

「犯人しかいないだろう」

「見たのか?」

「見ていない……誰も。殴られた古泉以外には」

 
153 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:48:01.65:sDHzCwEM0

「それで怪我はひどいのか……それとも、もう」

死んだのか、という言葉を飲み込んだようだった。

「それは分からない……今、新川さんたちが手当てをしてくれているところだ」

「まさか俺たちを一人ずつ順番に殺していこうってわけじゃないだろうな」

コイツはまたとんでもないことを言い出した。
ハルヒや阪中も一瞬ぎくりとした表情を見せた。

「馬鹿言うなよ! 何でそんなこと…!」

ここに朝比奈さんたちがいなかったからよかったものの、どうしてお前はそう不安を煽る様なことばっかり言うんだよ。

「だけどよ、全員殺しておけば吹雪がやむのをこの中でゆっくり待てるじゃんか」

全然黙りやがらねえコイツ。

「おまけに警察に通報するやつもいなくなるから逃げる方法もゆっくり考えられる」

ハルヒと阪中が青ざめる。
俺は谷口を睨みつけた。

 
154 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:01:43.84:sDHzCwEM0

「な、なんだよ。正論だろ?」

ああ、確かに正論さ。谷口。
確かにこの吹雪の中を逃げるのはどう考えても自殺行為だ。
むしろ、とりあえずどこかに身を隠し、誰かが外に出てくるのを待つ、という方がまだしも現実的だ。
古泉にしても、別に確たる理由があって襲われたんじゃないのかもしれない。
犯人からしてみれば、たまたま最初に目に付いた。
だから、襲った。
それだけのことなのかもしれないさ。
そんなことくらい、俺にだって想像はつく。

だけどよ。それをハルヒと阪中に教えて何になる。

見ろよ。
怯えてんじゃねえか。
震えてんじゃねえか。
お前も男だろ? しかも若社長なんて立派なことやってんだろ?
なら、女の子を安心させてやれよ。
そのためなら俺は、気休めに過ぎないとわかっていても、こう言うさ。

「そうだと決まったわけじゃないし、例えそうだとしても、俺たちが外へ出なければいいだけの話だろ。なるべく皆で一緒にいて、一人にならないようにすれば大丈夫だ」

「そんなこと言ったって、電話通じないのよ? 外に出ないでどうやって助けを呼ぶのよ」

ハルヒに反論された。うそーん。

 
155 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:06:56.66:sDHzCwEM0

「と、とにかく、朝まで持ちこたえれば大丈夫だ。あの寒さの中、朝まで生きていられるわけがない」

「なら、なおさら死に物狂いで襲ってくるんじゃないの?」

「そ、それは……」

な、なんだ? なんで俺こんな、なんか怒られてるみたいな感じになってんの?
えー? 俺が悪いの? うそーん。
そうこうしているうちに、新川さんと森さんが二階から降りてきた。

「あ、新川さん。どうですか、古泉の具合は」

「一応意識は戻りました。ですが……」

表情が暗い。
重体なのか?

「何も見てないそうです。いきなりガツンとやられたそうで」

ああ、表情が暗かったのは何の手がかりも得られなかったからか。

 
156 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:12:15.54:sDHzCwEM0

「それで、もう大丈夫なんですか?」

「……どうでしょう。めまいがすると仰ってましたから、脳震盪を起こしている可能性もあるでしょうが……」

そう言って新川さんは首を振る。

「それ以上のことは私には判断しかねます。少なくとも頭蓋骨が割れたり、なんてことはなさそうですが……」

「頭のどの辺を殴られてたの?」

ハルヒが妙な質問をする。

「右のこめかみあたりですが」

ハルヒは考え考え、話し始めた。

「右のこめかみを後ろから殴られたわけね。ということは犯人は右利きね」

「待てよ。後ろからとは限らないだろ」

後ろからだとしたら、いよいよ会長が怪しくなってくるじゃないか。

 
157 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:17:27.25:sDHzCwEM0

「なによ。だって犯人を見てないんでしょ? なら後ろからしかないじゃないの」

「お前は外の吹雪のすごさを知らないからそんなことを言うのさ。一歩先だって見通せないんだぜ?」

「それにしたって前に立ってたら殴られる前に気付くわよ。やっぱり後ろからなんじゃない?」

そんな話をしていたら会長が談話室にやってきた。
まずい。
俺は慌てて言った。

「前じゃなくても横からかもしれないし、上からかもしれないだろ」

……上?

自分でもいい加減に言った言葉だったが、何か引っかかる物を感じた。

 
158 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:22:56.52:sDHzCwEM0

そんな俺たちの会話に気がつかなかったのか、会長は何食わぬ顔でソファに座った。

「オーナー、彼の容態は?」

「素人目には大したことはなさそうですけどね。脳内出血でもしていたら翌朝ぽっくり、なんてことにもなりかねませんから、安心は出来ません」

「……それで、犯人の顔は?」

「見ていないそうです」

会長がほっとしたように見えた……のは俺の気のせいなのだろうか?

「そうか…しかしこれから犯人はどんな行動に出るか分かったもんじゃない。皆出来るだけ固まっていた方が……ん?」

会長は一旦言葉を止めると、周りを見渡した。

「あの女達はどうした? 喜緑もいないみたいだが」

「喜緑くんは先に降りてきているはずなんですが」

新川さんが答える。

「……あの女の子達もトイレに行っただけにしては遅すぎますね。三人もいれば滅多なことはないと思いますが……」

 
161 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:28:08.62:sDHzCwEM0

「喜緑さんは降りてきてないわよ。まだ上にいるんじゃないの?」

ハルヒが新川さんの言葉を訂正する。確かに、俺も喜緑さんが降りてくる姿は見ていない。

「まだ降りてきていない…? まさか、死体のある部屋にいったんじゃあ……」

新川さんが顔を曇らせる。

「死体のある部屋? どうしてそんなところへ……」

「何か気になることがあると言ってたんですよ。見るようなものではないからやめておきなさいと言っておいたのですが……」

「俺が呼んできますよ」

会長が立ち上がる。
顔には出さなかったが俺は内心、慌てた。
犯人かもしれない彼を一人で二階に行かせていいものだろうか。
どうする? 俺もついていくべきか?

「私が行くわ。彼女たち、寝てるのかもしれないし」

俺が迷っていたら、ハルヒが腰を上げた。
いや、それもどうなんだ?
もし、犯人が外部にいたとして、古泉に顔を見られたかもしれないと思い込んで、とどめを刺しに戻ってきたら。
そして、ハルヒと鉢合わせたら!
駄目だ! そんな危険な真似をハルヒにさせられるものか!

「ハルヒ! ってもういねーし!!」

ほんと行動はえーなアイツは!!

 
163 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:34:43.52:sDHzCwEM0

様子を見にいこうか迷っていたらハルヒはさっさと降りてきた。

「あのね…」

「どうした」

「それがね……彼女たち…その……三人だけでいるほうがいいって言うのよ。……他の人は誰も信用できないって」

「どういう意味です? 信用できないというのは」

新川さんが驚いて聞き返すと、ハルヒは言いにくそうに答えた。

「つまり……私達の誰かが人殺しかもしれない、そう思ってるらしいの」

これを聞いて驚いた様子を見せたのは新川さん、森さん、阪中の三人だけだった。
多分、他の皆はその可能性を少しは考えていたのだろう。

「馬鹿な! 何故見ず知らずの人間を殺す必要がある!」

新川さんが、珍しく強い語調でそう言った。

 
164 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:40:15.93:sDHzCwEM0

「見ず知らずかどうか、どうしてわかる?」

谷口が反論する。

「谷口さん…あなたまさか……」

「違う違う。俺がやったんじゃねえよ。でも新川さんにしろ、俺にしろ、他の奴等にしたって、あの田中って客と知り合いじゃなかったなんて証拠はないだろ?」

「そんな…」

「もしかしたら俺たちの中の誰かは、あの男のことをよく知ってたのかもしれねえ」

新川さんは追い詰められたように皆の顔を見回した。

「君達も…君達もそんな風に考えていたんですか? 犯人は外に逃げたんじゃなくて、私達の中にいるんじゃないかと…考えて、いたんですか?」

俺は会長の顔を見ないようにしながら頷いた。
それは新川さんにとって、どうしても受け入れがたい考えのようだった。

 
165 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:47:41.55:sDHzCwEM0

「しかし…しかしそんなことはあり得ない! 一体私達の中の誰に、あんなことをする機会があったんです? 人を殺し、あんなふうにバラバラにするのに一体どれほどの時間がかかりますか」

「……30分もあれば、なんとかなるんじゃないですか?」

俺は少し考えて言った。
あまり長く考えたくも無かった。

「手際がよければ、それで可能かもしれません」

新川さんは頷いた。

「夕食後、そんな暇のあった人がいますか? 私や森さん、会長くんや喜緑くんは当然、片付けなどの作業をしていたし、君たちの殆どはここにいたはずです。外部の人間の仕業だと考えるのが一番自然でしょう」

ガラスが割れた時姿が見えなかった。
俺は今までそのことだけで会長を疑っていたが……。
が、確かに考えてみれば、人をバラバラにする時間はなさそうだった。

 
167 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:52:56.81:sDHzCwEM0

整理してみよう。
夕食の終わったのが8時頃。
食堂を出ると鶴屋さんたちが脅迫状の件で騒いでいた。
その後、谷口・阪中が降りてきて、新川さん・森さん、女の子三人組が一緒になる。
そして古泉が遅れて到着したのが八時半ごろ。
これ以降、事件発生まで会長以外の全員が談話室にいたことになる。
……やはり、会長にはぎりぎり犯行の機会があったように思える。
が、あえて口にするのはやめた。

ん…!?

突然俺は皆が重要な点を見落としていることに気がついた。

「ちょっと待ってください。新川さんは今、中にいる人間には死体をバラバラにするような時間はなかったと言いましたよね?
じゃあ犯人は一体いつ犯行を行ったというんです? 犯人は一体いつこのペンションの中に入り、いつ田中さんを殺したというんです?」

「いつと言われても…」

新川さんは困惑した様子で答えた。

「じゃあ時間は別として、どこから入ったというんです? 窓なんかはちゃんと閉まっていた。正規の入り口から入ってくれば誰かの目に留まったでしょう」

「二階の窓を割って入ったんじゃないの?」

森さんが驚いて聞く。
そう、そこだ。
そこを皆見落としている。

 
168 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:02:32.34:sDHzCwEM0

「ガラスの割れる音が聞こえたのは死体を発見する直前ですよ? 俺たちがあの部屋に踏み込むまでせいぜい15分くらいしかかかっていない。
いくらなんでもその間に死体をバラバラにするなんて出来るはずが無い」

「確かにそうね……じゃあ、入る時は割らずに入ったのかも」

森さんがよく分からないことを言い出した。

「あの人が窓を開けて中に入れたのかもしれないわ。田中さんが」

突拍子も無い考えだと思ったが、それも確かにありえないことではない。

「それならいつ入ってきていたとしてもおかしくはない、か。夕食を終えて戻ってきた田中さんとやらを殺してバラバラにする時間は十分にある」

会長の口調にはどこかほっとしたようなところがあった。
自分が疑われていたことに感づいていたのかもしれない。

「そういえば…」

会長が急に何かを思い出したようにきょろきょろとまわりを見渡した。

「喜緑は? 喜緑はどうしたんだ?」

「あ」

ハルヒが口を押さえた。

 
169 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:08:09.71:sDHzCwEM0

「言い忘れてたけど、喜緑さん、見当たらないの。あの…死体の部屋にはちょっと入る気がしなくて、呼んではみたんだけど、返事が無いの」

全員、顔を見合わせた。
犯人が二階の窓から入ったんだとしたら、また同じようにする可能性はある。ガラスはもう割れているのだ。
俺がそう言うと新川さんは絶句した。

「まさか……」

「そりゃちゃんと探さねえと。早くしねえとバラバラにされちゃうかもしれないぜ」

てめえ谷口いい加減にしろこの野郎。

「縁起でもないことを言わないで下さい!」

さすがに新川さんも声を荒げた。

「だが、早く見つけて一緒になるにこしたことはないだろう。あの三人もな」

会長が言った。俺もその意見には賛成だ。

「皆で探しに行きましょう。離れ離れにならないようにして」

「そうですね。では谷口さん、阪中さん、一緒に二階へいらしていただけますか」

俺たちはまた念のために武器を手にして、一丸となって二階へと上がった。
新川さんを中心に囲むようにして、全員、田中さんの部屋の前に立つ。
新川さんはドアを開けようとして、一瞬ためらった。死体に近づくことに抵抗があるんだろう。
新川さんはひとつ、大きく息をつくと、ゆっくりとノブを回した。

 
170 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:13:19.93:sDHzCwEM0

冷気が部屋から流れ出す。

「喜緑くん? いますか?」

返ってくるのは風の唸りだけだ。
新川さんはストックを持ってバスルームを覗く。
俺たちは入り口でそれを見守っていた。
新川さんは恐る恐る死体のある辺りを見ると、すぐに戻ってきた。

「やはり、ここにはいないようですね」

「オーナー! ちょっと!」

会長が廊下から新川さんを呼んだ。

「なんです?」

「シャミセンが……」

にゃおーん。と猫の鳴き声。
会長が廊下の突き当たりを指差す。
さっき調べた物置だ。
その前で、三毛猫のシャミセンがにゃあにゃあ鳴いている。

 
171 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:18:27.24:sDHzCwEM0

新川さんは黙って歩き出した。
シャミセンが俺たちに気がつく。
にゃあにゃあ、にゃあにゃあといっそう激しく鳴きだした。
新川さんは物置のドアノブに手をかけたが、なぜかためらっている。

「なんだよ、猫が鳴いてるだけじゃんか。そこはさっき……」

谷口がぶつぶつ文句を言う。
しかし誰も聞いていない。
新川さんはドアを開けた。











喜緑さんは、そこにいた。

 
172 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:24:13.33:sDHzCwEM0

喜緑さんは、まるで人形か何かをしまっておくみたいに、体を折り畳まれ、無造作に押し込められていた。
目は大きく見開き、俺たちを見ておどろいているみたいに見える。

でも、その瞳はぴくりとも動かなかった。

「喜緑……」

会長の呟く声が聞こえた。
新川さんが喜緑さんの手をとり、脈をみる。
……新川さんは何も言わずに首を振った。

「おいおい…なにしてんだよ……何死んでんだよおい……」

会長が喜緑さんの前に跪く。
血が絡んだ髪の毛に指を通す。
会長の口は、笑みの形に歪んでいた。

「しち面倒くさい生徒会の業務を俺に押し付ける気か? お前が仕事を全部担うっていったろう。俺はお飾りでいいっていったろう。
だから俺は……ふざけるなよ。起きろ。起きろよ。起きろ。起きろ。起きろぉ!!」

会長が床を殴りつける。
俺は、ただ呆然とその姿を見つめていた。

喜緑さんは、殴り殺されていた。

 
174 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:29:28.94:sDHzCwEM0

―――蝉の声が聞こえる。
暑い。
風通しのいい半袖のシャツを着ていても、溢れる汗は止まらない。
夏。
夏だ。
肌を切り裂く雪も、指先を凍らせる風もあり得ない。
照りつける太陽がじりじりとアスファルトを焼いている。
そんな街の中を、俺は歩いていた。

「……あれ? 俺、今まで何してたんだっけ?」

自分が何をしていたのかが把握できない。
携帯電話を取り出す。当然圏外ではない。
予定表を確認する。
SOS団の活動予定も今日は入っていない。
とすると、俺は本当にただの散歩をしていた、というだけらしい。
あー、まずいな。
自分が直前まで何をしていたか思い出せないなんて、相当まずいだろう。
俺はそんなに暑さにやられてしまったのだろうか。
これはいかん。早急に冷たい飲み物でも摂取して、脳みそをクールダウンする必要がある。
喫茶店にでも行くか。
喫茶店といえば、確か喜緑さんがバイトしていた店があったはずだ。

 
176 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:34:37.66:sDHzCwEM0

喫茶店に喜緑さんはいなかった。
俺に注文を取りに来た店員さんに尋ねてみる。
今日は喜緑さんはお休みなんですか?

「それがあの子、今日無断欠勤してるのよ。今までそんなことしたことないのに。あなたあの子の知り合い? 何か知ってることないかな?」

知ってることなんてあるはずないじゃないですか。
俺はエスパーじゃないんですから。
うん、冷たい飲み物を取って頭もシャッキリしてきたぞ。
もう少し、散歩を続けてみることにしよう。
久しぶりに、川原なんかを歩いてみるのも、うん、いいかもしれない。

 
177 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:39:19.60:sDHzCwEM0

川原で喜緑さんが死んでいた。
鉄橋の真下の影に、喜緑さんはその身を横たえていた。
左のこめかみの辺りがぐずぐずに潰れてしまっている。
その目はまるでびっくりしたように俺のほうを見ていて、だけど、その瞳はぴくりとも動こうとはしない。

は。

なんだこれ?

俺は苦笑いを浮かべながら辺りを見回す。
雑草が足首まで生い茂ったその川原には俺のほかに人影はない。

はっはっは。

これは一体どんなドッキリなんだ?
まったくタチが悪いぜ。
主催は誰だ?
出て来いよ。
ぶん殴ってやるから。

 
178 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:46:32.22:sDHzCwEM0

誰も来ない。
時間だけが経過する。
喜緑さんの顔をアリが這っていく。
汗が止まらない。
どくんどくんと心臓が鳴りすぎて痛い。
喜緑さんを見る。

同じだ。

同じだ、ちくしょう。

あのペンションでの死に様と、おんなじだ。

「うああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
そういうことか?
そういうことなのか?


今俺が巻き込まれているのは、そういうことなのか!?

 
180 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:55:41.49:sDHzCwEM0

「は、ぐ、ふ……!」

うまく呼吸が出来ない。
俺のちっぽけな脳みそは既に混乱の極みに達している。
それでも、たったひとつの、非常にシンプルな結論だけは理解してしまう。

あのペンションで死んだ人間は、現実でも死ぬ。

虚構の死が、現実に反映されている。

「ぐ、ぐうううううううう!!!!」

怖い。
いやだ。
もうあのペンションには戻りたくない。
だってあそこには、朝比奈さんがいる。古泉がいる。鶴屋さんがいる。谷口がいる。阪中がいる。生徒会長が、新川さんが、森さんがいる。

―――ハルヒが、いる!

死なせたくない。これ以上事件を進行させたくない。
あそこにいる連中をこれ以上誰一人死なすわけには―――!

……いや、待て。

あそこにいる連中を、これ以上、誰一人として?
違う、俺はあと一人の登場人物を忘れている。

 
181 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:00:07.35:sDHzCwEM0

思い出してみれば簡単な話だった。
混乱していた頭はあっという間に冷えた。

朝倉涼子。

なぜお前がそこにいる。

かつて俺の命を何度も危ぶませたヒューマノイド・インターフェース。
殺人という言葉とあっさりイメージが結びついてしまう女。
そうだ。アイツがあそこにいる以上、答えはひとつしかない。
携帯電話を取り出す。
かける。
コールは2回。
出た。
だが、向こうは無言だ。名乗ろうともしない。
かまうものか。
俺は電話の向こうのそいつに向かって呼びかける。

「助けてくれ――――――――――――――長門」

 
182 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:04:19.75:sDHzCwEM0

電話を切ってから、長門はあっという間に現れた。
本当にあっという間だった。
電話を切って、ポケットにしまって、振り向いたら目の前に長門がどん、と降りてきた。
長門の足首は地面に埋まっていて、その足を中心に大地に亀裂が走っている。

「長門、つかぬことを聞くが」

長門は足を地面から引き抜きながら、俺のほうを見る。

「お前、今どうやってここに来た?」

「飛んできた」

俺の問いに、首を傾げながら答える長門。

「それは、舞空術的な意味で?」

俺の問いに、首を小さく横に振る長門。

「跳躍」

ああ、そう。つまり大ジャンプ的な意味で、飛んできたんだ。
長門のマンションから、ここまで?
直線距離にして10kmは優に有ると思うぞう?
まったく、相も変わらず頼もしい奴よ。
不安もどっか飛んでっちまうぜ。

 
183 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:08:41.63:sDHzCwEM0

どうやら俺の声にただならぬものを感じた長門は俺のところまで(文字通り)飛んできてくれたらしい。
その手段には唖然とさせられたが、その心には素直に感じ入るばかりである。
長門が俺の背後に目を向ける。
そこには、変わり果てた喜緑さんの姿があった。

「……あなたが?」

「ば、馬鹿いうな!」

「そう」

長門は俺のそばを通り過ぎ、喜緑さんの体の側に立ち、そのままじっと喜緑さんを見下ろす。

「状況の説明を」

長門に促され、俺は頷く。
そして、ことのあらましを出来るだけ詳しく、細部に至るまで説明した。

 
184 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:14:16.51:sDHzCwEM0

「そう」

俺の説明を聞き終えた長門はただ一言、そう呟いた。

「そして、お前に確認したいことがあるんだ、長門。あの世界には朝倉がいた。ってことはつまり、これはアイツの仕業なのか?」

「情報統合思念体の急進派が事を仕掛けている可能性はある」

「やっぱりそうか。というかこの状況、それしか考えられないもんな」

「しかし、断定は出来ない。もう少し情報を集める必要がある」

長門は喜緑さんのそばにしゃがみ込むと、その手を喜緑さんの目の前にかざした。
長門の口が高速で動く。喜緑さんの体が、光の粒になって消失していく。

「お、おいおい! 長門!?」

「このまま放置しておけば騒ぎになる」

「しかし、その、現場の保存とか、そういうの、大丈夫なのか」

「元々ここには彼女を殺害した物的痕跡は存在しない。……『向こう』の世界ではわからないけれど」

「そ、そうか」

「それより」

長門は立ち上がり、俺の側まで歩み寄ると、俺の手を取った。その柔らかな感触に、それどころじゃないのにちょっとドギマギしてしまう。

「まずはあなたを守ることが先決。私の部屋に来て欲しい」

 
185 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:17:42.35:sDHzCwEM0

長門曰く、今後俺があちらの世界に引き込まれないよう部屋に結界を張るらしい。
もちろんそれを断るようなことはしないが、少しだけ気になることがある。
一体俺はどれくらい長門の部屋に留まる事になるのだろう。
三日くらいなら友達の家に泊まるとか何とか言って家族を誤魔化すことは可能だろうが、それ以上となると許可はでるまい。
よしんば三日で済んだとしても、長門の部屋で俺は三日を過ごすことになるわけだ。
長門の部屋で、である。
つまり長門と二人きりである。
そして俺は若いオトコノコなのである。
これは何かとまずいんではなかろうか。
ああ、そうか。いつかの七夕みたいに解決まで俺は寝ておけばいいみたいな話か。

「違う。私の部屋から出ない限りにおいて、あなたの行動を束縛する理由は無い。好きに振舞ってくれてかまわない」

「す、好きにしてだと……?」

俺の耳は妙な誤変換を起こしていた。

「ちなみに長門。事態の解決にはどれくらいかかりそうだ?」

「おそらく明日には問題は解決に向かうと思われる」

なんだ……一日で済んじゃうのか……。
は! が、がっかりなんてしてないぞ!

「……そう」

「こ、心を読むんじゃない長門!!」

そんなこんなで、長門宅に到着である。

 
186 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:21:20.05:sDHzCwEM0

もう何度も足を運んでいる長門の部屋に到着する。
長門はドアを開けるとさっさと中に入っていった。
一応おじゃまします、と声をかけてから靴を脱ぐ。
短めの廊下を抜けると、そこは見覚えのあるあの殺風景なリビングルームになっていて……。

あれ?

何だこの違和感?

俺は部屋を見回した。
カーテンもついていないガラス張りの窓。
部屋の真ん中に置かれたこたつ机。
壁際に鎮座するテレビ。

テレビ。

テレビ?

違和感の正体はコレだ。
おかしいじゃないか。
そんなものが長門の部屋にあるなんて。
そして。

そしてそしてそしてそしてそして。

その前に置かれたゲーム機。


電源は、既に入っている。

 
187 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:25:24.96:sDHzCwEM0

「長門……?」

長門はテレビの方を向いたまま俺のほうを振り向かない。
音楽と共に画面に文字が躍り始める。

ペンション『シュプール』へようこそ。
お客様のお名前は キョン 様。
おつれ様は ハルヒ 様ですね。

「長門!」

長門は振り向かない。
俺は長門の肩に手を伸ばす。
だが、その手が届く前に、俺の視界が暗転していく。

嘘だ。

長門。

嘘だと言ってくれ。

暗転していく視界の中で、長門はようやく振り向いた。
その顔はもうよく見えない。

「大丈夫」

最後の最後、意識が途切れる瞬間、長門のそんな声が聞こえた気がした。

 
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