3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 00:23:40.38:drl5f91K0

「まったく。どこに行かれるかと後を付いてきてみれば、まさかハイジャックの真似事だなんて……。お姉様のお転婆具合もここまでくると呆れ果てるばかりですの」

『様子がおかしいってだけで24時間御坂さんに張り付く白井さんのストーカー具合にも呆れ果てますけどね』

「うるさいですわよ初春。わたくしはお姉様のパートナー。お姉様がお困りであるならば、どこにでも駆けつけるのがこの白井黒子の役目ですの」

  学園都市第二十三学区。
  航空、宇宙関連の施設が集約されたその学区の中でも、とりわけ警備が厳しい施設。兵器関連の航空機などを取り扱う施設の中で、そのような会話がなされていた。

  一人は、白井黒子。空間移動能力者、テレポーターのレベル4で、学園都市が誇るレベル5の第三位、御坂美琴をお姉様と呼び慕う少女だ。
  今年中学に上がったばかりの彼女がなぜこのような施設に居るか、それは別に、社会科見学に来たという訳ではない。

  尊敬する御坂美琴――お姉様の後を追って行ったらいつのまにかここまで来てしまった、というのが正解だ。

  お姉様の様子がおかしい、そう思った白井がストーカーまがいの尾行を行っていると、美琴はなぜか学園都市の第二十三学区へ、そして警備員をバッタバッタ――ビッリビッリとなぎ倒し、戦闘機らしき大型機へと乗り込んでしまった。

  追いすがる白井をその場に残し、その戦闘機は先ほど飛び立ってしまったが。


 
5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 00:29:18.47:drl5f91K0

「それで初春。先ほどお姉様が乗り込んだ戦闘機、追撃される心配は……」

  白井は通信機の向こうへと問いかける。
  その先に居るのは、初春飾利。
  白井の友人で、白井と同じ中学生の少女でありながら学園都市随一のハッカーだ。

『えっと……どうやら追撃されたりはしないようですね。御坂さんがハイジャックした戦闘機は学園都市最速の戦闘機みたいです。今からスクランブルをかけても、追いつけるような飛行機はないみたいです』

  初春はその腕を生かした情報収集能力で、白井に状況を告げる。
  あんな図体のデカイ飛行機が最速だなんて馬鹿げているが、初春が告げたのなら本当だろう。

『あ、でもちょっと待って下さい。…………うわ、これは……』

「どうしたんですの初春? 何か問題でもっ?」

『マズイですよ……これ。……どうやら弾道ミサイルで撃ち落とす気みたいです』

 
6以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 00:35:38.42:drl5f91K0

「なっ!?」

  それはダメだ。
  そんな事になったらお姉様が死んでしまう。
  いくらレベル5の能力者でも、ふいうちで迫ってくるミサイルの脅威まではどうにもできないだろう。
  気付いた時には、既に爆炎の中だ。

「初春っ! 今すぐそれを止めて下さいですのっ!」

『もうやってますっ。けどそのミサイル、管制はオフラインみたいですし、発射されるまでに止めようにも命令系統の防壁は一筋縄じゃ……』

  通信機越しでも切羽詰っているのが伝わってくるような声だった。
  白井にはよくわからない単語を呟きながら、初春はどうにかミサイルの発射を食い止めようとしているようだが、

「初春っ! そのミサイルが発射されるまでの時間はっ!? 弾道ミサイルという事はこの学区に施設があるハズですわっ! わたくしが直接止めにいきますのっ!」

 
7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 00:41:26.36:drl5f91K0

  第二十三学区。ミサイル発射施設。

「止まれっ! それ以上近付けば――」

「――射殺、ですわよねっ? そのセリフはもう聞き飽きましたのっ!」

  ライフルを構えた警備員の背に転移し、白井はそう言い放つ。
  相手の首筋に思い切りつま先をぶち当て、一撃で警備員の意識を刈り取った。

  そして、倒れ伏す相手には目もくれず、白井は通路を駆け出す。

  ――いいですか、白井さん。御坂さんの乗った戦闘機はマッハ8で飛行しています。それを今から撃ち落とせる程のミサイルは学園都市にも限りがあるようで、今から発射台に設置するみたいなんです――。

  初春の言っていた事を思い出しながら、鉄板でできた通路を駆け抜ける。
  空間移動を使って移動したかったが、転移先の様子も見れない場所でそれは、自殺行為に等しかった。

  ――発射台は地下施設にあるようです。白井さんの携帯に施設の見取り図を転送しますから、それを元に発射台まで行って下さい。私は今からミサイルの命令系統にハッキングをかけて止められるか試してみます――。


  白井の吐く息が、荒くなっている。

  全力で駈けている事も原因だろうが、それだけが理由ではなかった。
  普段は腕章が付いている肩にいつものそれはなく、赤いハンカチが巻かれている。

 
9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 00:46:51.30:drl5f91K0

  走る動きとは別に、白井の片腕は不自然に揺れていた。
  肩にあるのは、元はただの白いハンカチ。
  それが赤色なのは、白井自身の血で染まっているからだ。

  白井は、その肩を銃で撃たれたのだった。
  たらされた細い腕からは鮮血がしたたり落ち、白井の顔からは苦痛が見て取れた。

  しかし、彼女の体に響く痛み。それは一か所だけではない。
  細い手足にはところどころアザがあり。走る動きもどこかぎこちなかった。
  同じように殴られた背中や腹からも痛みが響いている事だろう。
  さらには、女の命である顔にもアザができていた。

  レベル4の空間移動能力者である白井黒子。
  一般的に、レベル4の能力者は軍隊において戦術的価値を得られる程の力があるという。
  その彼女が、こんなにも痛めつけられていた。

 
10以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 00:52:03.53:drl5f91K0

  だが、まだ彼女が捕らわれていない事の方こそ、驚くべき事なのだろう。

  ――白井さん。気をつけて下さいね? 今は第三次世界大戦中。ミサイルの発射施設なんて特別警備が厳しくなっているんですから――

  たしかに、初春の言っていた通りだった。
  警備の厳しさはアンチスキルとは段違い。
  それはここに来る途中でも見ていたハズだ。

  ――御坂さんはこの学園都市に7人しか居ないレベル5の一人、単独でも軍隊を相手にできるんでしょうけど。白井さんはレベル4のテレポーター、一人で制圧できるような警備の訳ありません。無理したら逆に白井さんが死んじゃいますよ――。

  いくら空間移動が有効な能力とはいえ、ただそれだけで軍事に施設に侵入を許すほど学園都市は甘くない。

  能力を使ってもその裏をかかれ、幾度かの戦闘では警棒で殴られた。
  しまいには相手も本気になったのか、先ほどの相手には銃弾までもらってしまった。

  これ以上進めば、本当に殺されるかもしれない。

 
17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:06:59.55:ryFVx4/mP
原作はまだあまり読んでないが、今は世界大戦とか大風呂敷広げてんのか……

 
11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 00:55:31.66:drl5f91K0

   
(ですけど……ここで止まる訳にはいきませんのっ)

  ミサイルの発射を阻止しなければ、美琴の命が危ない。
  白井を動かす理由に、これ以上のモノがあるだろうか?

  彼女の安全の為なら、たとえ自分が死んでもかまわない。
  本心からそう思えるほどに、御坂美琴に惚れているのだ、白井黒子という少女は。

(くっ、時間はあとどれくらいですの?)

  携帯の画面を見て、発射場への経路を確認しながら時刻も確かめる。
  初春が言うには十分ほどで準備は完了してしまうとの事、残された時間は残り少ない。
  体中から響いてくる痛みも無視して、白井はさらに駆け出した。

 
14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 00:58:45.86:drl5f91K0

「ここが、発射場ですわね……」

  地下とは思えないほどの広大な空間が広がっていた。

  さながら巨大戦艦の格納庫といったところだろうか、それほどまでに広い空間だった。
  一見ではとてもミサイルの発射場などには見えないが、空間の両脇には番号の書かれた巨大なシャッターが立ち並んでいる。それが発射台なのだろう、規則的に向こうの方まで番号が振ってあった。

  ここまでくれば後一息。
  通信機で初春に連絡を入れてみる。

「初春、目的地に着きましたわ。件のミサイルはどれですの?」

『白井さんっ? よかったぁ、無事だったんですね? こっちの方は防壁が厚過ぎて、もう間に合わないんじゃないかと……』

「いえ、後はわたくしが止めてみせますの。初春、早くミサイルの場所を」

『は、はい。ミサイルはそこからだと……奥から三番目、13番と書かれているやつです。今は燃料を入れてるところみたいです、けど。急いでください白井さん、もう発射までいくらもないです』

 
15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:02:08.60:drl5f91K0

「奥から三番目……あれですのね……」

  キロ単位もあるような距離を見て、白井が呟く。
  走るだけで向かっては、それだけで一、二分経ってしまいそうだが、

「これだけ開けていれば、テレポートも容易ですわね」

  転移先の様子も見れるこの場では、空間移動を使った方が早い。
  白井が空間移動使った時の速さは、自動車などよりも数段速いのだ。あそこまででもすぐだろう。

  白井は転移しようと演算を始め、

  ――ドスッと、足に重たい衝撃が走った。

  一瞬遅れて、バァァァアンとう銃声が辺りに響く。
  狙撃された。そう気付いたのは頬が地面に付いてからだった。

「あ、が、ぐぅう――ッ!?」

  気を抜けば失神してしまいそうな程の痛みが白井を襲う。
  肩を撃たれた時よりももっと酷かった。足の肉をいくらから持っていかれたみたいだ。

 
18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:08:08.08:drl5f91K0

「――ッぐぅうう……ど、こから?」

  白井は奥歯を噛んで痛みを押し殺し、上体だけ起こして辺りに目を配る。
  苦しげに眉をひそめた白井の視線が、狙撃手の姿を捕らえた。

「……そ、んなに遠くからとは……随分と、怖がり屋さんですのね」

  痛々しい吐息に乗せて、そんな悪態を吐く。

  白井と狙撃手の距離は数百メートル程。それでも姿を確認できたのは、向こうまで物陰などなかったからだ。
  しかも、ご丁寧に白井の額にはレーザーサイトが当てられていた。

  普通、狙撃の為にわざわざそんなモノを使ったりはしないだろう。
  つまりは、次に抵抗すれば殺す、という意思表示なのだろう。

 
19以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:11:54.56:drl5f91K0

「ふっ……。この程度の窮地で、わたくしが、白旗を上げるとでも?」

  狙撃手は反撃を許さないよう、500メートル以上の距離を取っているようだった。

  物陰のないこの場では、一回の転移でその距離をどうにかしなれば確実に殺されるだろう。
  学園都市広しといえども、その距離を一度で詰められる空間移動能力者なんて、白井は一人しか知らなかった。

  このだけの距離を空けられては、並の空間移動能力者に反撃するすべはない。

  思えば、その距離は、あの時にも感じた‘目的地との距離’にも似ていた。

  美琴が人知れず問題を抱えていたと知り、その渦中に飛び込んだ白井。
  その夜に立った場所は、その世界は、とてもじゃないが自分がついていけるような世界ではなかった。
  重傷を負い、それでも無理に首を突っ込んで、あげく死にかけた。

  あの時助かったのは、土壇場で美琴が駆けつけてくれたからだ。
  自分一人では、確実に死んでいた。

  そして、その世界、そこで渡り合えるほどの立ち位置。
  自分の身の程では永遠に距離を詰める事ができないと思えるほどの、辿り着くにはあまりにも遠すぎる目的地を知った。

  今もきっと、あの時の世界に足を踏み入れてしまったのだろう。
  だから、目的地にも辿り着けず、またこうやって血まみれになっているのだろう。
  そして、これ以上踏み入ろうとすれば……。

 
20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:14:14.90:drl5f91K0

「それでも……諦める訳には、いきませんの……」

  あの先には、美琴の命を奪うであろうミサイルがある。

  なら、白井の出す答えは決まっている。

  肩を撃ち抜かれようが、足を撃ち抜かれようが、白井は絶対に諦めない。
  白井は、たとえその身が首一つになろうとも、美琴に仇をなす者がいれば噛み付く事だろう。

  美琴の願いを叶える為になら、その願いがどんなに稚拙であろうとも命を賭けてみせたのだ。

  美琴の命がかかっているこの時に、自分の身をかんがみる必要などどこにあるのだろうか?

  もう、この学園都市に、美琴は居ない。
  そして、あの男も居ない。

  あの時のように、奇跡が起きて誰かが助けに来てくれる事なんてありはしないのだ。

  だから、白井は諦めない。
  たとえ、身の程を知らないバカの行いでも。
  たとえ、自分では踏み入る事ができないほどの世界でも。
  そこに美琴が居るのなら、辿り着こうと思ったのだ。

  その目的地へと。

  だから、

 
21以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:15:51.54:drl5f91K0

「その距離を、超えてみせますわっ!!」

  500メートル超。遠過ぎる目的地の向こうに座標を指定し、白井は演算する。

  あの夜から一か月、白井は、寝る間も惜しんで能力の向上に力を入れた。
  しかも、通常の方法で、だ。

  簡単に力を付ける方法など、やり方は他にいくらでもあっただろう。
  しかし、美琴が望む世界に、‘そういう方法’などは論外だ。

  奢りかもしれないが、いや、あの優しいお姉様だからこそ、たとえ自分のような者でも身を捨てれば悲しむのだろう。

  だから白井は、ひたすら努力する事で、あの高みへと手をかけようとした。

  風紀委員の仕事もこなし、学校生活も通常通りにこなし、足りない分はお姉様との戯れの時間さえ削って、白井は努力した。

  そうして、まっとうに頑張る方が、美琴に心配をかけないと思ったから。

 
22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:17:18.52:drl5f91K0

  何をするにしても、白井黒子の行動はお姉様基準だった。
  どこまでもお姉様の事を思い。どこまででもついていく。
  その強い思いがあるからこそ、白井は目的地へと近付けるのだ。

  一か月ほど前の白井の最大射程は、僅か80メートルほど。
  いま目指そうとする距離にはほど遠いだろう。

  さらに、足からの激痛、体中から響いてくる痛みにも演算式を乱され、とても万全の状態だとは言えなかった。

  この状態、この距離を克服できる空間移動能力者など、あの結締淡希、そのひと一人しか白井は知らない。
  500メートルもの距離を超えられる空間移動能力者は、一人しかいないのだ。

  ――白井黒子、彼女本人を除けば。

「そんなにスコープを凝視していると、後ろがお留守ですわよっ!?」

  狙撃手の背後に転移し、強烈な手刀を相手の首筋に放つ。
  急所に入ったその一撃は、一瞬で相手の意識を奪う事に成功した。

 
23以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:18:20.48:drl5f91K0

  ただ見れば、それだけの事だろう。

  だが、白井は超えてみせた。
  決して届く事はないと思った距離を。
  あの時は、あまりにも遠すぎると思った目的地へと、足を踏み入れた。
 
  たった、僅か一ヶ月ほどの間で、白井はそれだけの力を身につけたのだ。

  ただひたすらに、美琴の事を思い。
  尊敬する彼女の足枷にはならぬように。
  こんな自分にでも心を砕いてくれる優しい人に、もう心配はかけぬように。
  強くなりたいと願った。
 
  彼女の力になれるような人物になりたいと、そう思い。
  彼女が守りたいと思う世界を、自分も一緒に守ると、白井黒子はそう誓ったのだ。

  その一心で、あの夜から続く戦いの場でも渡り合える程の、強い力を手に入れる事ができた。

 
25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:20:56.96:drl5f91K0

「ですけど……心配をかけない、というのは達成できそうにもありませんわね……あぐっ」

  トサッと、白井の体が床に倒れる。
  撃たれた足に力など入らず、まともに立つ事ができなかったのだ。
  肩の傷口からも血は流れ、制服もボロボロ。
  こんな自分の姿を見れば、また美琴は心を痛めてしまうのだろう。

「お姉、様…………。13番の発射台、早く破壊しませんと……」

  そう思うが、足の傷からは血が止めどなく流れ出していた。
 
  白井は自分の髪を結んでいるリボンをほどき、足に縛り付けるだけで手当てを終わらせる。
  この場ではそれくらいしかできないし、悠長に手当てをしている時間などもはや数秒もない。

  白井は、霞む視界で、目標のシャッターを見据えた。

  もうそこまでは数十メートル。
  ここからなら、昔の自分でも破壊できる事だろう。

  細かい方法などはどうでもいい。適当に足下の鉄板でもシャッター内に転移させれば、それで事は済む。
  爆発したりしたら危険だが、その為のシャッターだろう。万が一でも、転移すれば巻き込まれたりはしない。

  それくらいの力は、もう自分にはあるのだから。

 
26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:23:29.62:drl5f91K0

「初春……今シャッターの前にいますの。能力で破壊しますので、できれば詳細な図面を」

『……え、はいっ。そうくるだろうと思って用意していましたから。もう携帯に転送されていると思いますよ』

  言われ、携帯の画面を開いてみる。
  急所がどの辺りにあるか、わかりやすいように実際の距離も記してくれていた。
  さすがの手際だ。

「感謝しますわ初春。……あとは、この座標を元に攻撃すれば」

  そう思い、床に手を付ける。
  あとは、鉄板を一枚転移するだけで終わる。

  しかし、

 
28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:27:07.03:drl5f91K0

「の、能力が発動しない――ッ!?」

  その事実に、白井の心がかき乱される。
  ――いや、焦ってはダメだ。
  落ち着いて演算式を組めばなんとかなる。
  空間移動の演算式は複雑だが、痛みにも耐えられるよう、訓練もした。
  事実、先ほどは転移できたハズだ。

  もう、あんな悔しい思いは…………。

  そこまで考えて、白井の意識が一瞬薄れる。
  そして、気付いてしまった。
  自分の足から広がる、真っ赤な血だまりに。

「ま……さか、失血のせいで?」

  痛みを信念で耐えようが、人間としての機能まではどうにもならない。
  肩の手当てもそこそこに走り回り、足も撃ち抜かれ。
  流れ出た血は、白井の体から力を奪っていたのだ。

 
29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:29:38.31:drl5f91K0

  それを理解すれば、自覚症状も出てきた。
  視界はやけにぼやけているし、意識さえ朦朧としているかもしれない。

「そ、んな……ここまできて……」

『白井さん? ……何かあったんですかっ!? もうカントダウンが始まっていますよっ!?早くしないとミサイルがっ!』

  言われてやっと気付く。
  まるでスペースシャトルの点火前のような、重い地響きが辺りを震わしていた。
  近くのコンソールにある画面は、発射まであと一分を切っていると知らせている。

「初、春……、命令系統のハッキングは……」

『ずっとやっていますっ! けど、さっきも言ったように防壁が厚過ぎて、とても間に合いそうには――』

 
30以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:31:09.92:drl5f91K0

  初春の焦る声を聞きながら、白井はコンソールを目指す。

  片足ではまともに立つ事もできず、立ち上がり数歩歩いては、ふらついて倒れてしまう。
  そのたびに、全身を襲う激痛に呻き声を上げた。

  それでも、白井は目指した。
  美琴を救える可能性へと。

「……わ、たくしは……お姉様の露払い、ですわ。ぐっ……お姉様には、指一本、触れさせません、の」

  失血のせいで、段々と気が遠くなっていく。
  しかし、床に倒れる――傷口をぶつけてしまう痛みさえも利用して、なんとか意識を保った。

  美琴へと迫る脅威の一本も排除できず、お姉様の露払いなどとは名乗れない。

  あの言葉は、洒落や戯れで言ったのではない。
  尊敬する御坂美琴。彼女を傷つけるモノは何であろうと許しはしない。
  そう思うからこそ言った。

  それは、冗談でもなんでもなく、美琴へと襲いかかる苦痛は全てこの身で受けても構わないと、そう思ったからこそだ。

 
31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:31:57.48:drl5f91K0

  激痛がにじませる汗を額から垂らし、頬には血濡れた髪をはり付け、それでも、白井は僅かに笑った。

「ふふ、ほんとに、わたくしもとんだ大バカ者ですわよね……。こんな事になるくらいなら、最初からお姉様を止めておけばよかったですの」

  白井は知っていた。
  美琴が、なぜハイジャックしたのか。
  その理由を。
 
  決して認めたくはないが、どうやら、お姉様はあの猿人類に気があるらしい。
  彼がロシアに居ると知り、美琴もその後追った。
 
  こんなにもさんざんな目に合って、結局自分がしているのは、その手助けだった。

 
32以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:34:20.12:drl5f91K0

「はぁ……やりきれないですわね。帰ったら、お姉様のベッドで眠りたいですの」

  肩と足に銃弾を浴び、それさえももう叶いそうにないが。
  そんな軽口も出てしまうほど、もう意識がまともではないのか。
 
  銀色の冷たい床に、赤色の生々しい跡を付けながら、白井は這っていく。

  普段まとめられている髪は片方解かれ、その美しい髪も今は血がへばり付いている。
  華奢な体は、乾きかけの赤黒い血と、鮮血の紅に染まり。それとは対照的に、血の気が失われた肌は陶磁のように白かった。

  そんな自分の姿を見て。
  白井は、みっともないな、と思った。
 
  あんなにも必死になって、美琴の隣で胸を張って立てるようにと頑張った。

  そして、自分一人でもなんとかやっていけると思えるくらいの力を手に入れた。

  しかし、結果はこのザマだ。

  また同じ様に地に伏し、無様な醜態を晒している。
  やはり、美琴が戦っている世界に立つ事など、自分にはまだ早過ぎたのかもしれない。

 
34以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:36:40.41:drl5f91K0

「……それ、でも……今、お姉様を救えるのが、このわたくしだけだというのなら……いくらでも、足掻いてみせますの」

  この絶望的な状況で、誰かが奇跡を起こしてくれる事なんてありはしない。
  いつまでも、使い古されたヒーローの登場を待っているだけの、弱かった自分はここには居ないハズだ。

  ここで、今この時、自分の手で奇跡を掴み取らなくて、何がお姉様のパートナーだ。

  もう、ただ救われるのを待つだけの自分とは決別した。

  どんなにみっともなかろうが、惨めだろうが、御坂美琴、ただその人を助ける為だけに、自分はここに居るのだ。

 
35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:38:15.95:drl5f91K0

  傷口から血が流れ出るのにも構わず、白井はその足に力を込める。
  数歩歩いて、またふらつくままに倒れてしまった。

「ぐ……」

  あまりの自分の情けなさに、白井の瞳に涙が滲んだ。

  ここまで死にもの狂いになって、本気で歯を食いしばって、自分はまだ、この世界で立つ事さえできないのか、と。

  だが、

  それでも、

  まだ、体は動く。

  ただ叫ぶ事しかできなかったあの時とは、違う。

  今度は、自分の手で奇跡を掴み取る。

 
37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:43:14.07:drl5f91K0

「――っは。……あ……」

  やっと辿り着いたコンソールにすがりつき、白井は盤の上に目を走らせた。

  画面が表示するタイムリミットは後十秒を切っている。が、

「ありました、わ……。火災、警報器」

  白井は赤く染まった手を振り上げ、ガラス越しのボタンに拳を叩きつけた。
 
  耳に付く警報が鳴り響き、天井のスプリンクラーが雨を降らせる。
  辺りに響いていた地鳴りは、次第におさまっていった。

  そして、かろうじてコンソールにすがりついていた白井の体が、ズルリと滑り落ちる。
  そのまま床へと倒れた体に、もう、力は入らなかった。

「お姉、様……どうか、ご無事で……」

  降り注ぐ雨が、体に纏わりつく赤い色を流していく。
  頬に張り付いた髪が邪魔だな、最後にそんな事を考えて、白井の意識もスーッと遠くなっていった。

 
40以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:49:50.71:drl5f91K0

エピローグ

「その傷でスプリンクラー作動させようなんて、やっぱり白井さんの頭はどこかおかしいですよね。失血死するかもとか思わなったんですか? 能力使えないほど出血してるってわかってたんですよね?」

  ベッドの横。パイプ椅子に腰掛けた初春がそう言った。
  ここはとある病院の一室。
  ベッドの上には、いつかのように包帯だらけの白井黒子が横になっている。

「――ですけど、あの場ではそれしか方法がありませんでしたもの。……初春は役に立ちませんでしたからから」

  お茶を濁すため、白井はそんな憎まれ口をたたく。
  別に、あの場でああ行動したのは、命を捨ててでも、なんていう自己犠牲のような、そんな高尚な物ではなかった。
  ただ単に、お姉様を助ける、それしか頭になかったからだ。

  つまりは、いつもの白井黒子がそこに居た、ただそれだけの話だった。

 
41以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:51:35.07:drl5f91K0

  しかし、それを正直に言っては初春に馬鹿だと言われるし、嘘を吐いて自己犠牲の方に話を持っていくのは美徳に反する。
  それで白井はお茶を濁してみた訳なのだが、悪口を言われた初春からしたらちょっと気分が悪い。

「なっ!? これでも頑張ってたんですよ? だいたい軍事施設にハッキングかけようなんて元から無茶なんですからね? 最後まで諦めなかった頑張りを少しは――」

「う~っいっはっる~んっ! 今日のパンツは何色かな~っ?」

「ひゃっ!? って、さ、佐天さんっ!? いつのまにっ!? というか挨拶代わりにスカート捲らないで下さいっていつも言ってるじゃないですかっ!」

  初春の親友――白井にとっても友達だ。その佐天涙子がいつものように初春のスカートをバッサバッサと捲っていた。
  そんな光景を見て白井は、やっと元の世界に戻ってこれた、そう思った。

  そして。

  この世界、御坂美琴も望むこの温かな世界を、やっぱり自分も守りたいと思った。

 
42以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:53:08.13:drl5f91K0

  だから白井は、またあちら側へ、あの血塗られた世界へ戻ると覚悟を決める。
  ひとまずはこの傷が癒えてからになるだろうが、幸いにも、招待状はもう持っていた。

  ――FROM:UNKNOWN
    DATE:XX/10/30
    TITLE:(件名なし)
    ――――――――――――――――――――――――
    貴方は私が殺す。
    なんて馬鹿な事は言わないけどね。
    人の仕事場で貴方の乳臭い血を流さないでちょうだい。
    こっちまでひよるから。
    もう二度と貴方の顔なんて見たくないのよ。

 
43以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:55:10.28:drl5f91K0

(誰しも、その場で立ち止まったりのままなんて、ありはしませんのね……。わたくしも、負けてはいられませんの)

  どんなに無謀だろうが、どんなに大それた望みだろうが、白井黒子は高みを目指す。
  いつか、お姉様の傍らでしっかりと足を付き、胸を張ってパートナーだと言えるよう。
  そして、この温かな世界を一緒に守れるようにと。
 
  白井黒子は、自分の信念は絶対に曲げないのだから。
 
  END

 
44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:57:00.99:mDpi0WKy0
乙 面白かった

 
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:57:05.94:jNn435pB0
乙乙

これをアニメで見れるのはいつの頃かねえ・・・?


 
photo
とある魔術の禁書目録(インデックス)〈22〉 (電撃文庫)
鎌池 和馬 灰村 キヨタカ
アスキーメディアワークス 2010-10

by G-Tools , 2010/11/10