
沙織「タイが曲がっていてよ」 前編
沙織「タイが曲がっていてよ」 後編
1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 01:25:24.39:NXj1FFbX0
京介「…沙織、お前それが言いたかっただけだろ」
沙織「いやはやバレてしまいまったでごさるか!」
京介「まったく…、それじゃ仕事に行ってくるよ」
沙織「ふふっ、行ってらっしゃいあなた」
みたいな結婚生活してたらいいのにな
おわり

【画像】主婦「マジで旦那ぶっ殺すぞおいこらクソオスが」

【速報】尾田っち、ワンピース最新話でやってしまうwwww

【東方】ルックス100点の文ちゃん

【日向坂46】ひなあい、大事件が勃発!?

韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 11:24:06.47:vcv+DdA2O
じゃー、書こう
沙織「おかえりなさい、あなた。」
京介「あぁ、ありがとう」
沙織「お風呂にします?ご飯にします?
それても私にします?」
京介「…じゃー先に飯かな」
沙織「私じゃないんでござるか!?」
京介「バカか、お前は。それより飯だ、飯にしてくれ」
沙織「うー、酷いでござる~、京介氏にバカって言われたでござる
ショックで立ち直れないでござる~。」
京介「はいはい…、てかお前その格好!!」
沙織「よくぞ気付いてくれました!
漢のロマン裸エプロンでござる!!」
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 12:06:22.14:vcv+DdA2O
京介「…、コートしまってきてくれ。
あと服を着てきなさい」
沙織「酷いでござる~、京介氏は男のロマンがわからないんでござるか!?」
京介「いやわかるぜ、俺も高校生のときに憧れたしさ、
でも常識的に考えてだなぁ」
沙織「…似合ってますか?」
京介「あぁ、とっても似合ってるよ。
そういう気分だったらガバッといっちゃいたいくらいにな」
沙織「///」
沙織「そうでござるか、ならもういいでござるよ
京介氏、愛してるでござるよ」
京介「俺もだ、愛してる。」
ちゅっ
沙織「…ありがとうございます」
沙織「で、では早速ご飯の支度を…」
京介「おう」
京介「にしてもとんだ箱入り娘だな…
非常識にも程がある、薄い本とかエロゲの影響受けすぎだろ…。
30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:05:36.45:dtuFfnRW0
身体が左右に軽く揺れる感覚。
ああ、違う。俺が揺れているんじゃなく、誰かに揺らされているのか。
そして、俺はこの手を知っている。
「起きてください、京介さん。もうお昼ですよ?」
「うっ、眩しいな……おはよう、沙織」
「はい、おはようございます、……アナタ」
言って沙織は頬を赤らめた。
こっちだってまだその呼ばれ方には慣れちゃいなかった。
とは言え、恥ずかしいなら止めれば良い、なんて口が裂けても言えやしない。
そう、俺こと高坂京介と槙島沙織は1週間前、めでたく結ばれ、契りを交わした。
31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:11:08.19:dtuFfnRW0
「あ゙ー、寝すぎた」
俺は頭をポリポリと掻きながらあくびをかみ殺し、ベッドから這い出た。
枕元に置いてあるデジタルの目覚まし時計は11時を示している。
「昨日は遅くまでお仕事でしたから」
沙織はそこで一旦区切って続けた。
「さ、少し遅いですけれど、朝ごはんの用意ができております」
「ありがたいねえ。今日は真っ黒なトーストじゃないだろうな?」
「もう、京介さんったら……」
沙織はあまり料理が上手ではなかった。
中学の頃から親元を離れて暮らしていたと聞いていたので
正直期待していたと言えば嘘になる。
が、本人は至って真面目にやっている。
まだお互い若いんだし、これからいくらでも上達するだろうよ。
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:17:28.90:dtuFfnRW0
ダイニングのテーブルには、サラダ、トースト、卵焼きと
シンプルながらヘルシーな朝食が用意されていた。
「おっ、美味そう」
「見た目だけじゃありませんよ?」
まだ先ほどからかった事を気にしているのか、少し頬を膨らませ
責めるようなジト目で、沙織はこちらを見ている。
「んじゃ味わってみますか」
そうして俺達は、いただきますと手を合わせて遅めの朝食を摂る運びとなった。
「お、んまい」
「そ、そうでしょう!?」
沙織は強がってはいるが明らかに嬉しそうにこちらを見ている。
同時に安心もしているようだ。やれやれ、そんなに気にする事もないんだがなあ。
まぁ俺がからかうのがいけないんだろうが……沙織が可愛いからつい、な。
33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:20:49.23:dtuFfnRW0
「あー、そう言えば今日って……」
「はい、そうですよ。桐乃ちゃんと、瑠璃ちゃんが来ます」
やはりそうだったか。
「? なぜそんなに嫌そうな顔をしていらっしゃるのですか?」
「いや、そんな顔してたか、俺?」
「はい、それはもう」
嬉しそうに言われても反応に困る。
「嫌って事はないけどさ……昨日の残業で疲れてるからかなあ」
「ふふっ」
「何笑ってるんだ?」
「いえ、相変わらず素直ではないのですね」
放っておけ。
ああ、今確実は俺は嫌そうな顔をしているな。
沙織をからかうのは好きだが、その逆は嫌いなのである。
贅沢者め。
34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:25:29.64:dtuFfnRW0
そんなこんなで和気藹々と朝食を食べ終わり、後片付け。
料理は沙織がやると言って聞かないので、
せめて皿洗いは俺が担当する事にしている。
「……」
「……」
「……」
「……あー、沙織」
「は、はいっ!?」
「いつも言っているが、あんまりジロジロ見るなよ」
「な、なぜお分かりになるのでしょう……」
視線なんて物理的には何もないようなものだが刺さるものは刺さる。
沙織の料理の腕があまり良くないと言った俺だが
俺自身、家事が得意な訳ではない。
だから監視されているような気分になってしまうのだ。
しかし沙織にはカッコイイとこだけ見せたいので、
皿を洗うところを見られるのは正直居心地が悪い。
37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:30:04.17:dtuFfnRW0
「そうは仰いますが」
キュッとお湯を止め、手を拭いて皿洗い終了。
「男の方がキッチンにいる姿を見るのは……なんと申しますか、心がぽかぽかします」
「な……」
恥ずかしがり屋のくせに、こういう台詞を臆面もなく本人に言えるのは
やはり沙織がお嬢様だからなんだろうか?
「でもまぁ、確かに、沙織がキッチンで料理作ってるの見ると、イイなぁと思っちまうのと同じか」
「そ、そんな事を思っていらしたのですか?」
沙織は顔を紅くして下を向いてしまった。
ふっ。俺を照れされた報いよ。
「でも」
俯いたまま、ボソッと呟くように。
「そう思って頂けて、とても嬉しいです」
カウンターで真っ赤になったのは俺の方だった。
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:39:02.52:dtuFfnRW0
気まずいような、くすぐったいような沈黙を破ったのは携帯電話の振動だ。
「沙織、鳴ってるぞ」
「はい。メールですね……あ、桐乃ちゃんからです」
そう言えば、沙織は今では桐乃と瑠璃(黒猫の事だ)を本名で呼ぶようになった。
何ヶ月か前にいつものメンバー4人で集まって俺達が結婚する事を決めた時からだと思う。
『きりりん氏、黒猫氏。今日はお2人にどうしても報告せねばならない事がございます』
そう言って、沙織は牛乳瓶の底のような眼鏡を外し、居住まいを正して。
『私、槙島沙織は高坂京介さんと結婚する事になりました』
本当は男である俺の口から言うべきなんじゃないかと俺は2回ほど沙織に念を押した。
が、沙織は頑として譲らなかった。
桐乃と黒猫の表情は、硬かった。
沈黙が部屋を占拠して、息をするのも苦しかった。
「……そう」
39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:44:37.79:dtuFfnRW0
まず口を開いたのは、黒猫だった。
『まぁ、貴方達が付き合っていたのは知っていたから、
いつかこういう日が来るのかしらとは、思っていたけれど』
しかしそう言ったきり、また口を閉ざしてしまう。
そしては桐乃は。
『……』
少し肩が震えているようだった。
前髪から覗く額や目の周りはやや青みがかっているようなのに
頬や耳は紅潮しているかのように見えた。
膝の上に載せられた小さな拳は真っ白になるほど強く握られていた。
沙織は口を開かず、ただ、手を床について、下を見ている。
どのくらい時間がたったのか。ようやく口を開いた桐乃から発せられた言葉は
殺気さえ孕んだような
『おめでとう』
の一言だった。
40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:50:27.20:dtuFfnRW0
そして一拍の間をおいて、桐乃は立ち上がり、俺を指差して叫んだのだった。
『今からこの部屋は女子専用! 男のアンタは出てって!』
『な、なんだと?』
『良いから出ていきなさいよ!変態!キモっ!ウザっ!』
『お、お前なぁ……』
救いを求めるように黒猫に視線を移したが、黒猫はため息を1つ零すと
桐乃に同調するように言った。
『そうね、貴方は今すぐにこの部屋から、いえ、この家から消えなさい。それが身のためよ』
『く、黒猫……?』
『京介さん、私からもお願いです。話が終わりましたら連絡いたしますので』
沙織にまでそう言われてはどうしようもない。
俺は財布と携帯電話だけ掴んで家を出た。
雰囲気が雰囲気なら、ガールズトークってヤツで盛り上がるんだろうけど
そんな空気とは無縁だったよな……沙織、大丈夫かな。
42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 17:55:17.36:dtuFfnRW0
行くアテもなく、しかし、俺は思い当たって、歩を進めた。
そこは一軒の和菓子屋。幼馴染の家だった。
『あら、京介ちゃん』
出迎えてくれたのは麻奈実のお母さん。この人も昔から俺に良くしてくれた。
『麻奈美ー、京介ちゃんよー』
大きな声で愛娘を呼び出すおばさんの姿に俺は何か一抹の寂しさを覚えてしまった。
『あ……きょうちゃん……』
『よぉ。ちょっと話がしたくてさ。今、時間あるか?』
『うん』
通されたのは居間。もう昔のように部屋になんて上がれない。
『単刀直入に言うぞ。俺、今度沙織と結婚する』
『そっか……』
返事をする麻奈美の目にはうっすらと光るものがあった。
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 18:01:07.43:dtuFfnRW0
俺は幼馴染の見せた涙に何も言う事はできなかった。
しかし、麻奈美は涙を溜めたまま、笑顔でおめでとうと言ってくれた。
あの妹とは大違いだぜ。全く。爪の垢を煎じて飲ませてやりたいね。
『でも、ごめん、きょうちゃん。今日は帰って……?』
『……わかった。その、元気でな』
『うん、きょうちゃんも。沙織さんと、お幸せにね。結婚式には絶対呼んでね』
小さく、ハッキリと頷いて居間の戸を滑らせるとそこには麻奈美の弟、岩男がいた。
『何してんだ、お前は……』
『な、なんでも!』
そう言って岩男は2階へと駆け上がってしまった。
『なんだってんだ、アイツは……』
『あ、あとで私から叱っておくよ』
『はは、お手柔らかにな』
『うん』
そうして俺は田村屋を後にした。
もう裏の玄関から入ることはないのかもしれんと思うと寂寥感は拭えそうになかった。
44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 18:08:46.90:dtuFfnRW0
結局、沙織からメールが来た頃には日付が変わっていた。
終電も終わってしまったという事で、沙織は俺の家にそのまま泊まるらしい。
が、俺の帰宅は果たして認めてもらえず、俺はファミレスから
駅前の漫画喫茶への移動を余儀なくされた。
一体、何を話しているのかねえ。
沙織へのメールの裏で、黒猫にメールを送った。
『To:黒猫 From:京介 なぁ、沙織を2人でいじめたりとかそういう事はないよな?』
すぐに返信がくる。
『To:京介 From:黒猫 貴方は銀河の果てまで吹き飛ばされてしまえば良いのに』
おいおい! 何いきなり怖い事を口走ってんだよ!
『To:京介 From:黒猫 冗談よ。安心しなさい。3人で思い出に浸っているだけだから』
ふーん、まぁ確かにそういう話って時々時間を忘れるよな。
でも、俺が帰ってはいけない理由にはならないと思うんだが……。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 18:20:12.72:dtuFfnRW0
翌朝、朝8時。ようやく出た帰宅許可だったが、
慣れない寝床で夜を越した俺にはなかなかキツイ。
『京介さん、ごめんなさいね』
『お前が謝る事じゃないだろ、沙織』
ごめんとは口にした沙織だが、その顔は裏腹に明るい。
桐乃、黒猫も、まるで一睡もせずに泣き明かしたかのような
ひどい顔だったが、昨日俺を追い出した時よりは
幾分スッキリしているような印象だった。
そしてあの晩を境に、沙織は、あのぐるぐる眼鏡を止めた。
ついでに呼び方も変わった。
とは言え、あの美人顔でオタクな発言をされると
ギャップに少々驚いてしまうのだが、そこは勘弁してもらおう。
「京介さん?」
「ああ、悪い。ちょっとボーっとしてた。で、黒猫のやつ、なんだって?」
瑠璃ですよ、と言って沙織は続けた。
「2人は夕方になるそうです。私の手料理を楽しみにしている、とも」
「そりゃ、気合入れて夕飯準備しないとな」
はい。と嬉しそうに頷いた沙織の顔にはやる気が満ち溢れているようだった。
46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 18:29:09.45:dtuFfnRW0
結婚して1週間。いまだ新居は綺麗なままの新居……などと思ってもらっては困る。
むしろかなり散らかっている。
と言ってもこれは沙織が掃除のできないヤツ、という訳ではないし、
俺が脱いだ服をその辺に投げている訳でもない。
沙織が相当なお嬢様というだけあって、結婚式はかなり盛大なものだった。
いやすまん。かなりどころか、とても盛大なものだった。
この年になるとチラホラ友人の結婚式に呼ばれるからその違いはハッキリ分かる。
最近は紙切れを提出し、結婚を報告する葉書だけで終わらせるような
カップルも少なくないというのに、両家の親戚連中はもちろん、
お義父さん(いまだにそんな軽々しく呼べない)の仕事関係の友人たち
そして奔放初のお披露目となった沙織の姉であるところの『香織』さん。
新婦側の多さに、あの、うちの親父ですら軽くビビっていたのはここだけの話である。
そう言えば、香織さんと言えば、かつて沙織が『コスプレ』した『元キャラ』で、
当時、そのコスプレはサバイバルゲームをたしなむ男勝りってな感じの印象だったが
実際目の当たりにしたその人はやはり沙織並に整った目鼻立ちをしており
しかし、豪快で竹を割ったような性格をしていた。
47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 18:35:47.19:dtuFfnRW0
話がやや逸れたように思われるかもしれないが、ちゃんと繋がっている。
要は、結婚式に出席してくれた方々からの贈り物の数が尋常ではなかったのだ。
これがかつて沙織が住んでいた、両親所有のマンションなら
まだ『倉庫』もあっただろうが、ここは若い2人にありがちな新居で、ぶっちゃけそんなに広くない。
それでも2LDKなのだから世間の平均にしたら広い方だと思うんだけどな。
しかし、この荷物の山を収めるには手狭。圧倒的、あるいは致命的に場所がない。
加えて共働きしているため荷解きも満足に行えていない状況だ。
「……このままじゃ、アイツらが寝るところねーな」
「あら? 泊まって頂くんですか?」
「お前だって最初からそのつもりだろうに」
京介さんは何でもお見通しなんですね、と沙織ははにかんだ。
当然だろ。お前の事だからな。まるっとお見通しよ。
48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 18:40:50.79:dtuFfnRW0
かくして荷解きと片づけが始まった。
さすがにアイツらと同じ部屋では寝れないからな。
まぁ、最悪。女性陣3人は寝室。俺はリビングに寝れば良いんだけどな。
どちらにせよ、できるだけ早くやらなければならないタスクである。
そもそも何を頂いたのかすら把握しきれていない現状もヤバイしな。
基本的に贈り物は沙織向けのものが多かった。
食器類、貴金属や宝石などのアクセサリー(俺が買った指輪より高いんじゃないか?)、そして、
「ベビーベッドって……気が早すぎんだろオイ」
「あらあら。期待されていますのね」
言いながら赤面している沙織である。
言わなきゃ良いのに。
まぁ、俺まで恥ずかしいから、なんだが。
49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 18:49:30.14:dtuFfnRW0
でも、そうなんだよな。
結婚したからには、そりゃいつかは子どもを作る訳で。
自然な事だよね。いやそうなんだけどね。
脳裏に浮かぶのは去年の夏。
デートで海へ行ったのだが……。
『きょ、京介さん』
『お、遅かった……な!?』
『申し訳ありません……あまり慣れておりませんで……』
そこにいたのは美の化身かと見まがうばかりに神々しささえある沙織の姿だった。
ビキニではなかった。ちょっと期待してたんだけどね!
しかしそんな事が瑣末に思えるほど、沙織の水着姿は完璧だった。
水色のワンピースに短いパレオを腰から巻いている。
パレオが作り出すスリットからすらりと伸びた白くて綺麗な脚は
程よい太さで美しい曲線を描いていたし、
大きく開いた背中は透き通るように美しいし、
極め付けに窮屈そうにしている胸ははちきれそうなのだ。
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 18:54:09.05:dtuFfnRW0
『ど、どうでしょう?』
どうでしょうって。どうでしょうってお前さん。そりゃ最高としか言えないよ。
この時ばかりは自分の語彙の少なさを呪ったね。
『ありがとうございます』
照れてはにかむ沙織の姿はビーチのマドンナ(死語)だった。
ただ、他の男に見せたくなかったので、
もう2度と公共の海水浴場には行かない事にしたけどね。
そう。そんな沙織を抱く?
うわあ。思い浮かべるだけでヤバイぜ。
今日はこれから桐乃たちが来るんだからそれどころじゃないってのに。
「京介さん?」
「はいっ!!?」
突然呼ばれて声を裏返らせた俺を見て沙織は吹き出した。
「どうしたんですか? 手が止まっていますよ?」
「悪い悪い……頑張るよ」
全く、頑張って雑念を払わないとな。
精を出すのは片付けだけにしろってな。
59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 21:13:23.90:dtuFfnRW0
1つ1つ包みを開封して中身を確認しては沙織に確認を取り
用途ごとに振り分けていく。
しっかし一体いくつあるんだろうねえ。
今日一日、いや半日で終わるのか怪しいもんだ。
「あら?」
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」
沙織は箱のフタをそっと載せ、小走りに隣の部屋へ駆けて行く。
「?」
おっとこうしちゃいられん。さっさと片づけを進めないとな。
これもアクセサリーかよ。ダイヤにプラチナ?
しかも揃いでネックレスまで。
なんだかなぁ。自信なくなっちまうぜ、ホント。
あの時の事をちょっと思い出すな。
それは、そう。初めて沙織のご両親、槙島夫妻に会った時の事だ。
本当の金持ちは上ではなく、横にでかい家に住む。とは誰が言ったのだろう。
槙島家はまさしくそんな家だった。
こんなのゲームや映画の世界にしか存在しないとさえ思っていたんだけどな。
63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 21:58:50.94:dtuFfnRW0
『さ、お入りください』
威容に圧倒されている俺の手を引いて門をくぐる沙織の手はひんやりと冷たくて
変に昂ぶっている俺の気持ちを少しだけ冷静にしてくれた。
まず玄関のドアを開けると広いエントランスが、なんて事はなかったが、
日本特有の狭小住宅と明らかに違う、ゆとりある空間の使い方だ。
調度品も全然厭味がなくて落ち着いた雰囲気を作り上げている。
そうか、こういう家に生まれると沙織みたいな子が育つのか、
なんて事を考えてしまうあたり、平常心とは言えない。
『高坂様、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ』
なんとリアルメイドの登場だ。いるところにはいるもんだねえ。
と感心している横で沙織は少し不機嫌気味だ。
『沙織? どうしたんだ?』
『いえ……』
否定する沙織だったが、明らかに怒っている。
これはハッキリ言ってかなり珍しい事だった。
65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 22:48:53.46:dtuFfnRW0
ドアを開けるとそこには気立ての良さそうな婦人と、
穏やかな表情のナイスミドルが座っていた。
『これはこれは。よくいらっしゃいました。沙織の母でございます』
『ど、どうも。お初にお目にかかります。私は、こ、高坂京介と、申します』
『あらあら。硬くならないでよろしいんですのよ』
『そうとも。娘から良く話は聞いている。自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ』
こういうシチュエーションでは大概父親は良い顔をしないもんだと思っていたが
どうやらそれは杞憂だったらしい。
少なくとも表面上は歓迎ムードなようだった。が沙織が噛み付いた。
『お父様、お母様! お客様が来たのに自分たちが迎えに来ないのはいかがなものでしょう?』
なるほど、さっきちょっと憤慨しているように見えたのはそういう事か……。
割とそういうトコ気にするんだな。
『お、おい。俺、いや私のことは良いから』
『良くありませんわ。京介さんは私の大切な彼氏なのですから!』
一瞬、空気が固まった。
『まあまあ。うふふ』
『はっはっは。大切な、か。見せ付けてくれる』
当の俺と沙織はゆでだこか、もしくは加熱したエビみたいに真っ赤だった。
67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:03:07.76:dtuFfnRW0
それからは完全に会話の主導権を掴んだご両親のペースだ。
なんだか喋らなくて良い事までお互い口にしてしまった気がする。
そして意外だったのは
『私たちも、年をとった。香織は年に1回帰国するかしないかだからね』
『ええ。だから子どもは早めにお願いしますね。孫を抱くのが今の私たちの生きがいなのですから』
という発言だ。どうやらすっかり結婚するものと決め込んでいる。
ただ、俺はその時、一瞬だけ垣間見たのだ。
お義父さんの目が光ったのを。
娘を幸せにするだけの覚悟と経済的、社会的、社交的な力量。
当然それらを持ち合わせた上で娘と付き合っているんだろうな、と。
釘を刺されたように感じた。
圧倒的に持っている者の、言外の恫喝に、俺は身震いした。
68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:17:03.17:dtuFfnRW0
沙織は、正真正銘のお嬢様で、俺は中流家庭の平民。
選ぼうと思えばいくらでも稼ぎの良い男、家柄の良い男がいるはずだ。
それでもコイツは俺を選んでくれる、と思う。
そう疑わないだけの時間、10年近い時間を一緒に過ごして、乗り越えてきたんだ。
じゃあ俺はそれに応えられるのか。心身を引き締めずにはいられなかった。
ふと気づくと、沙織が俺を見ていた。
『どうかしたのか?』
そう聞くと沙織はふるふると顔を小さく横に振って微笑んだ。
『私の使っていた部屋がありますわ。よろしければご覧になりませんか?』
『おお、そりゃ是非ともお願いしたいね』
『では参りましょう』
嬉しそうに俺の手首を掴む沙織の姿に、俺はコイツを幸せにしてやると、改めて強く思ったものだ。
69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:21:50.93:dtuFfnRW0
「……懐かしいなあ……」
なんだかんだ言って良いご両親だ。
お義父さんボロ泣きしてたもんな。
「京介さん」
「んー、どうかした、か……?」
突然沙織の声に呼ばれて振り返ると、そこには綺麗なドレスを着たお姫様が立っていた。
「おま、その格好……」
「ふふ。どうです? 贈り物に入っていたのです」
ワインレッドのベルベッドに身を包む彼女はまるで女神だ。
流れるようなラインが沙織のスタイルの良さを上品に、そして強烈に表現している。
「すげー似合うぜ。ドレスも良いけど、やっぱ中身が最高だから」
「もうっ、京介さんったら……」
なんとなく、そんな格好をした沙織を見ていると。
なんとなく、1週間前の事を思い出して。
なんとなく、沙織の目が潤んで。
71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:30:25.35:dtuFfnRW0
「沙織」
「はい」
「好きだ」
「私もです、京介さん」
なんとなく。
沙織の柔らかな唇に、唇を重ねた。
やがて、ほうっと息を漏らして沙織が離れた。
心臓が仕事しすぎなんじゃないかと心配になるくらい左胸の鼓動がヤバイ。
お互いに心なしか息が荒くなっている気がする。
「沙織……」
名前を呼んで、肩をつかむ。
ビクッと小さく震えて、けれどすぐに力が抜けて。
「……沙織……」
「京介さん……」
ピンポーーーーーーーーーーーーーーーーン
「…………あ゙?」
水を差された状況とは逆に、俺の怒りはMAXで燃え上がってしまったが致し方ない。
沙織はあからさまにガッカリした顔になっている。これはこれで珍しい。
73:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:38:00.42:dtuFfnRW0
俺は観念してカメラ付きインターホンを付けるとそこにいたのは例の2人だった。
『げっ』
「人ん家に来て第一声がそれか。早かったな」
『早いって……もう4時過ぎてるじゃん』
あれ? まだ15時前くらいかと思っていたがそんな事はなかったぜ。
『それで、いつになったら開けてもらえるのかしら、このオートロック?』
「ああ悪い。今開けるよ。ほいっ」
『全く』
それからややあって、玄関のベルが鳴る。
「よう、よく来たな」
「はぁ? 別にアンタに会いに来た訳じゃないし。ていうか早くどいてよ」
「……」
なんだろうね。コイツのこの態度は。なんだか昔を思い出すねえ。
懐かしくて涙が出そうだぜ。
74:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:44:40.02:dtuFfnRW0
「黒猫も、いらっしゃい」
「ええ。1週間ぶりね。と言ってもあの時はほとんど話もできなかったけれど」
2次会はあったが、どっちかと言うと新郎新婦の友人たちと騒ぐって言うより
新婦の関係者による質問攻めと、新郎の品定めみたいなものになったのは嫌な記憶だ。
「2人ともいらっしゃい。桐乃ちゃん、瑠璃ちゃん。来てくださって嬉しいです」
「沙織!」
俺が応対している間に先ほどのドレスを着替えた沙織が奥から出てきた。
そんな沙織を見るなり桐乃と黒猫は駆け寄った。
「沙織、大丈夫? あの男に変なもん食わされてない? いびられてない?」
「貴女の事だから大丈夫だと思うけれど、何かあったらすぐ連絡するのよ」
「いやだ、2人ったらもう……」
「いやいやいや。お前らなんつー会話してんだよ」
なんだか放っておくと話がエスカレートしそうな空気だったのですかさず止めに入る。
と、桐乃は気の立った猫のようにこちらを睨んだ。
「あのねー。何? この散らかりよう。沙織に家事押し付けて、
自分はふんぞり返ってんじゃないでしょうね」
「そっ、そんな事しねーよ! 俺だって皿とか洗ってる!」
「あーやだやだ。マジキモイ。何? それくらいで得意面? 自慢ですかぁ?」
「ぐっ……」
相変わらずコイツは人の神経逆撫でするのが上手いよなぁ!
75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:53:09.64:dtuFfnRW0
「口を動かすより手を動かした方が良いわね。沙織、手伝うわよ」
「あ、アタシもアタシもー」
「2人とも、ありがとうございます。助かりますわ」
そんな訳で我が家の初めての客に家の掃除を手伝わせると言う
なかなか申し訳なくもあり、情けなくもある状況になってしまったのだが
ぶつくさ文句を言いながらもしっかりやってくれる桐乃に
黙々と手を動かす黒猫の2人を見ていると良いコンビだと心底思う。
……ただ途中途中で、高価なものを見る度に
こっちを一瞥しては嘲笑するのが癪に障ったけどな。
そして夕食。沙織は宣言どおり、料理の腕を振舞った。
結果としては……満点とはいかなかったが、2人の先生からは
及第点ギリギリをもらったとだけ言っておこうか。
いや、別に不味い訳じゃないんだよ?
マズメシ嫁なんかじゃないからな?
76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:57:51.80:dtuFfnRW0
で、その後は宴会になった。
桐乃はあんまり酒に強くない。良く笑うし、良く泣く。そう、泣く。
普段絶対人前で泣いたりしないヤツなのに、だ。
あやせが初めて桐乃と飲んだ時の動揺っぷりと言ったらなかったね。
ちなみに翌日には綺麗さっぱり忘れるから始末が悪い。
黒猫もあまり強くないらしい、が、ペースと量を弁えているので
桐乃のようにハメを外しすぎる事がない。
ある意味一緒に酒を飲むなら一番適任だろうな。
一番って沙織はどうしたって?
アイツはダメだ。完璧超人の旧姓・槙島沙織だが、やはり人には欠点があるもので。
沙織は、酒の量が一定のラインを超えると、脱ぐんだよ。
いや止めるのにマジで苦労するんだ……。
本人分かってるのに、結構酒が好きみたいでな。
俺? 俺はまぁ普通だよ。テンションが上がるだけ。
面白味がないとか言うな。軽く凹む。
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/10(水) 23:59:25.64:dtuFfnRW0
まぁ、そんな訳で、こんな4人が宴会である。
到底人様には(特に槙島家の関係者)見せられない様相だ。
「ちょっと、そこの変態! 今パンツ見たでしょ!」
「見てねぇ!」
「京介さぁん……聞き捨てならないですぅ……」
「沙織! 脱ぐな!」
「じゃあアタシが脱ぐ!」
「意味が分からんわ!」
「貴方が脱ぐなら私も脱ぐわよ」
「ぐぬぬ……それはヤバイわね……」
何がどうヤバイんだ。いや確かにヤバイけどな。
しかし見ていると酔った桐乃を黒猫は割りと上手にいなしているように見えた。
「きょーすけさーーん! もーう、ろこみれるんれすかぁー」
「うわわわ、沙織! バカ! 桐乃たちが見てんだろ!」
「らーってぇー」
本当に黒猫がいなかったらどうなってたのやら……マジで恩に切るぜ。
79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 00:00:11.74:vLAorgNV0
そんな乱痴気騒ぎは日付が変わっても続き、ようやく収束したのは午前も2時を過ぎた頃だった。
結局半裸になって倒れた沙織と桐乃を寝室にぶち込み、酒臭いリビングに戻ると
黒猫がソファにちんまりと座ってこちらを見上げていた。
「2人は?」
「ぐっすり寝てやがるよ。いい気なもんだ」
「そう」
「今日はサンキュな。お前がいたおかげで地獄の一歩手前で済んだ気がするぜ」
そう、と黒猫は落ち着いた声だった。
「お前は、あんまり楽しめなかったか?」
「いえ、そんな事ないわ。私がお酒を飲むのは貴方達とだけよ」
「ははっ、そりゃ光栄だ」
ほんのり朱が差したような頬。20を過ぎてなお、コイツの肌は桐乃の折り紙付きだ。
「沙織は」
「ん?」
「とても、幸せそうね」
「……お前にそう見えるんなら、嬉しいね」
80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 00:01:35.44:dtuFfnRW0
しんみりと、そしてしっとりした空気だ。
これは黒猫の人格に依るものだろうか。
コイツといると、昔から落ち着くのだ。不思議と、優しい気持ちになる。
「ねぇ」
「なんだ?」
「なぜ、あの時――」
そこまで言い掛けて、しかし、黒猫は
「いえ、なんでもないわ」
「お、おい。そこまで言っておいて」
「私もそろそろ寝ようかしら。貴方も寝たら? 明日も仕事なのでしょう?」
そう、日曜だが明日も仕事だ。正確には明日じゃなくて今日だけどな。
「ま、追求しても言いそうにないしな。寝るか」
「私と一緒に?」
「……バカヤロー」
「……冗談よ」
知ってるよ。
冗談じゃないって事はな。
「じゃあ、おやすみ、黒猫。いや、瑠璃」
少しだけ目を見開いて、黒猫はそっと微笑んだ。
「ええ、おやすみなさい。京介」
81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 00:03:24.04:vLAorgNV0
朝7時。女3人が起きてくる様子はない。
ま、特に問題はないだろう。
沙織には後でメールしとくとして……。
「きょうすけ……さん?」
「あれ、なんだ起こしちゃったか?」
眠そうな目を擦りながら現れたのは沙織。
明らかに寝不足風の顔だ。
「ご、ごめんなさい……寝坊しちゃって……」
「いいって。今日は日曜なんだしさ。まだ寝てろよ。もう出るし」
「そ、そんな」
家を出る前に、愛する奥さんの顔を見て、声を交わせる。
平凡でありきたり。でもそんな日常こそが、俺の夢見た幸せであり、
今ここにあるのはまさしくそれだった。
「んじゃ行ってくるよ、沙織」
「はい。気をつけていってらっしゃい、貴方」
「おう」
「あ」
ついっと滑るように俺との間合いを詰め、すと手を伸ばした。
沙織がふわりと微笑んで
「タイが曲がっていてよ、京介さん」
今日も、頑張れそうだった。
82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 00:05:13.77:vLAorgNV0
蛇足だぜ
桐乃サイド
---
自棄酒、なんて生まれて初めてだった。
お兄ちゃんと沙織の新居。
どれだけ飲んでもいつもみたいに酔えない。
ワインを飲んでも、ビールを飲んでも、焼酎を飲んでも
いつもなら飲まない大吟醸にも口をつけたけどちっとも酔えやしない。
ただ頭の中は車のアクセルを踏みっぱなしにしてるみたいで
なんだかもう訳わかんなくて。
気がついた時には、私はお兄ちゃんの腕に包まれていた。
えっ、やだ、なんで!?
これって、お姫様だっこってヤツ?
私、今、お兄ちゃんにお姫様だっこされてるの!?
なんでなんでなんで!?う、嘘みたい。これって夢?
ううん、夢でも良い。
お兄ちゃんがこんな近くにいるなんて夢、幸せすぎるもん。
ああー……お兄ちゃんって意外と筋肉質なんだぁ。
それに胸板もほどよくボリュームあって……。
「ん? なんだ、起こしちまったか?」
116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 17:29:27.33:vLAorgNV0
「あ……」
「おっと、変態だのキモいだのというのはナシだぞ。
あんだけ酒を呷って潰れる人間が悪いんだからな」
「な、なによ……兄貴面しちゃって……」
ばかばか。またいつもみたいに、お兄ちゃんの前で素直になれない。
そうやってお兄ちゃんに冷たくしてるから、沙織に取られちゃったのに。
でもお兄ちゃんは、態度の悪い私に向かって
兄貴だからな、って笑って言ってくれた。
なんでこんなに優しいの?バカなの?死んじゃうよ?
「ほら」
「あう」
優しく、壊れ物を扱うみたいにそっとベッドの上に私を寝かせてくれるお兄ちゃん。
やだ。ここってもしかして、毎日お兄ちゃんと沙織が寝てるベッド……だよね?
「あ、アンタが寝てるベッドで寝るなんて……サイテー」
「文句言うなよ。ここより上等な寝床はウチにはねーんだ」
また。私ってなんでいつもこうなんだろう。
117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 17:30:16.42:vLAorgNV0
「……桐乃?」
「なによ」
「お前、なんで泣いてるんだよ」
「えっ……」
涙が頬を伝って、熱い。
「み、みん……見ないで……」
「……」
「……ごめん。いきなり」
「うんにゃ、別に」
なんでいきなり泣いちゃったんだろう?訳わかんないなぁ。我ながら。
でも、そんなに長い時間泣いた訳じゃないのに、なんかスッキリした。
「あのさ」
「おう」
「昔、人生相談とかしたの、覚えてる?」
私は、あの頃を思い出しながら喋った。
「懐かしいな」
「あの頃は……いろいろ、ありがとね」
「気にすんなよ。あれはあれで、今となっちゃ楽しかったしな」
「うん」
いつ聞いても不思議な気持ちになる、お兄ちゃんの声。
どきどきしたり、ざわざわしたり、めそめそしたり、いらいらしたり、ふわふわしたり。
男の人は大学にも職場にもいっぱいいるのに、そんなのお兄ちゃんだけ。
118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 17:31:00.96:vLAorgNV0
「ねえ」
「あいよ」
「……お願い、しても良いかな」
「なんだよ?」
「……キスして」
「は?」
恥ずかしい。きっと私、今顔真っ赤だ。
お兄ちゃんはどんな顔してるんだろう。
こんな事言い出す妹に引いてるかもしれない。
目を開けるのが怖い。
けど、すっと空気が動いて、顔の近くに何かが来たのが分かる。
え、うそ、ほんとに……?
ちゅ、と。頬に触れたお兄ちゃんの唇は想像していたよりずっと熱くて、
私は顔だけじゃなくて、体全部がきっと真っ赤になった。
「お、おやすみ」
それだけ言ってお兄ちゃんは足早に部屋から出て行っちゃった。
声を押し殺そうとして、でもちょっと失敗してどもってたけど。
ここのところ、あんまり眠れない日がずっと続いていたけれど。
今日はぐっすり眠れそう。
ありがとう、お兄ちゃん。大好き。
119:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 17:31:45.20:vLAorgNV0
122:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 17:47:36.04:avTsnmpp0
麻奈実ルート
---
「平凡」「不変」「普通」
俺が常々口にしている、俺なりの幸せのかたち。
変わらないものを変わらないまま続けていく難しさは
ある程度理解しているつもりだった。
いや、大した経験や体験談がある訳じゃないから、
苦労を乗り越えて血肉としてそう言い切れるような人たちに
面と向かって言う事なんてできやしないけどな。
だってそうだろ?
誰でもが簡単にできる事なら、誰も苦労しないんだ。
けれど、俺の場合。案外あっさりそこに手が届くかもしれなかったりする。
144:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 22:40:38.38:vLAorgNV0
俺には1人の幼馴染がいる。
名前は田村麻奈実。和菓子屋の娘だ。
とにかく地味な性格、地味な容姿なのだが、成績に関しては優秀の一言に尽きる。
麻奈実のおかげで、そこそこ良いレベルの高校に合格できたし、
さらに都内の大学にも現役で合格した。
旧帝ってほどじゃないが、やはりそれなりに名の通った大学で
合格の知らせを聞いた両親や桐乃、黒猫や沙織、あやせも
割と驚いていたのが、悔しくもあり、また同時に嬉しくもあった。
「きょうちゃーん。こっち手伝って~」
「あいよ!」
季節は8月。大学生活4回目の夏休みは4年連続4度目の、バイトに来ていた。
どこって? そりゃ決まっている。
「おにーさん、このお饅頭とこっちのお煎餅2つずつね」
「はいはい。えーと、1050円が2点、840円が2点で……」
「違うわよ。こっちの1260円の方」
「うわっ、すんません!」
お盆を前に帰省ラッシュも始まりつつあるため、和菓子屋は大盛況という訳だ。
初めて麻奈実から話を持ちかけられたのは4年前。夏休みを控えた7月のある日の事だった。
145:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 22:41:20.01:vLAorgNV0
『バイト?』
『そう。実は毎年この時期は忙しいの。それで、今年もあるばいとをお願いしてたんだけど
急に1人きゃんせるが入っちゃって』
『それで俺に白羽の矢が立った訳か』
この話を聞いて、俺は悪くないなと素直に思った。
バイトは未経験で、兼ねてより探そうかなと考えたりはしていたからだ。
根が小心者の俺としては、いきなりコンビニなんかの知らないところで働くよりは
ある程度気心の知れた人間の店で働く方が気が楽ってもんだろ?
とは言え、一応親父の耳に入れる必要はあるだろうと思い、
その場では前向きに考えると答えるに留めた。
もちろん、その晩、親父からは2つ返事が許可が下りたけどな。
「あっ、すいませーん。これって包んでもらえるんですか?」
「贈答用ですか? 熨斗の指定はありますか?」
普段はぽけーっとしている麻奈実は意外にも手際よく客を捌いている。
そしてなんだか今日は機嫌が良さそうだな。傍目にも浮かれてやがる。
19時閉店。今日も1日お疲れ様でした。
ちなみに普段の営業は18時まで。繁忙期なので1時間延長しているのだそうだ。
実際閉店間際にもお客さん来てたしな。
「きょうちゃん、おつかれさまあ」
「おう、麻奈実もお疲れさん。今日もよく売れたな」
「うん。えへへ。きょうちゃんのおかげだよ~」
やっぱり機嫌良いな。なにかあったんだろうか?
146:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 22:42:01.30:vLAorgNV0
「なあ、麻奈実。お前、今日何か良い事でもあったのか?」
「えっ!? な、なんでわかるの~?」
そりゃお前、顔に書いてあるって表現がピッタリくるぐらい顔に出てるからな。
隠し事のできないヤツめ。
「それってさ、昼間のアレだろ?」
と、顔をひょこっと出したのは麻奈実の弟、岩男だった。
「にーちゃんがお昼食べてる時、お客さんに言われてたんだよなー」
「こ、こら! それはないしょ」
「なんだ? 俺が許す。言ってみろ」
むぐむぐと口で言っているかのようにもがく麻奈実を後ろから抑える。
「今日は若旦那は一緒じゃないのかい?ってお客のばーちゃんに言われてたんだよ」
「なっ! わかっ!?」
「ぷはーっ! もう、言っちゃだめって言ったのにー」
今度は俺が真っ赤になる番だった。若旦那て。
「ご、ごめんね。きょうちゃん。迷惑だった、かなあ?」
「……」
少し困るようにはにかむ麻奈実を見て、
何故だか心に小さなトゲが刺さったみたいに感じた。
147:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 22:43:05.98:vLAorgNV0
だから、俺はハッキリと否定してやる。
「いや」
「ふえ?」
「10年後、こうやって俺とお前はこの店を切り盛りすんのかなって、ちょっと今日思った」
麻奈実は、今自分が聞いたものが信じられないと言わんばかりの表情だったが、
一拍の間を置いて喜色満面になった。
「そ、それって、きょうちゃん……」
「まぁ、そういう事、かな。今後ともよろしくな、麻奈実」
「うん、うん!」
戻ってきた岩男が口笛を鳴らして快哉を叫ぶ。
あーあ、あの分じゃ爺ちゃんも婆ちゃんも、麻奈実の両親も聞いてたな。
でもまぁ。情報化社会、文化の欧米化が進む現代の日本で
伝統の和菓子を守るって仕事も悪くないだろ。
「えへへ、きょうちゃんだいすき~」
ましてや、涙と笑顔でくしゃくしゃになってるコイツと一緒なら、なおさらな。
こうして。既にいくつかの内定をもらっていた身ではあったが、
俺は永久就職先を見つけてしまったのだった。
148:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 22:44:33.14:vLAorgNV0
150:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 22:58:34.00:ZQCDpbkeO
あやせルート
---
妹の親友にして、あの妹と同格の存在。
いまやカリスマモデルとしての評価と地位を不動のものにしている
マイラブリーエンジェル、こと、新垣あやせ。
いや、今となってはそんな事言える年じゃないんだけどさ。
もうねえ、俺もあやせも大学生ですから。
ラブリー(笑)エンジェル(爆)ってなもんだ。
しかし、桐乃がそうであるように、あやせもまた美しく成長している。
そこは純粋に凄いと評価すべきだろうな。
子どもの頃は散々その容姿をもてはやされた人間が
成長してみるとてんで大した事なくなってる、なんてのはよくある事だと
俺はこの業界にそれなりに長く触れる間に何度も目の当たりにしてきたんだ。
175:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:52:08.93:MjI6d/rI0
「おい、まだ……やんのか……」
「決まってるじゃないですか、京介さん。何これぐらいで音を上げているんです?」
情けないくらい息を乱して訴えた抗議は無常につっかえされた。
あやせは汗こそかいているものの、まだまだ余裕たっぷりという感じだ。
「ほら、良いじゃないですか。もう1回やりましょう」
「うっ……い、いや……俺は遠慮したいなー、なんて」
「は? 何言ってるんですか? この私が誘ってるんですよ?
それを拒むとか頭おかしいんじゃないですか?」
「わ、わかった! わかったよ! わかりましたから!」
半ば、いや、全ばとでも言うのか(読み方など知らん)
とにかく強引に俺から口上の同意を取り付けたあやせは嬉しそうに器材の方へ歩いていく。
断じてベッドとかじゃない。
ここはフィットネスジム。週3回、あやせはジムに通っている。
そして俺は毎回それにつき合わされているのだ。
あくまで『仕事』として。
176:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:52:59.70:MjI6d/rI0
俺が大学2年の時、1つの転機が訪れた。
久々にあやせからメールが届いた事に歓喜しながら受信したそれを開いてみると
そこには短く本分が記されているのみだった。
『今、人生相談お願いできませんか』
矢も盾も取らず、とはこういう場合に使うのか。
俺は全力で部屋を飛び出した。
場所なんて書かれていなかったが、アイツの人生相談と言えば『あの場所』しかない。
そしてその予想はバッチリ的中した訳だ。
公園のブランコに、あやせは座っていた。
その背中はとても寂しそうで、悲しそうで。
俺は声をかける事も、近づく事も躊躇った。
それでもあやせの方は何か感じたらしい。
ちらと俺の方に目をやった。
「あ……」
「……よう」
どことなくホッとしたような、そんな顔。
1人にされた子どもが迎えに来た親を見るような、そんな顔だった。
「場所なんて言ってなかったんですが」
「お前の相談なんて、ここ以外で受けた事ないだろ?」
「それも……そうですね」
177:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:53:41.92:MjI6d/rI0
当時あやせは高校2年。初遭遇から3年が経過している。
これがビックリするほど綺麗で、いや、それは中2の時も思っていたが
あの頃に比べてほぼ完全に子どもっぽさ、あどけなさと言うものが抜け
大人の女としての魅力すらまとい始めていたのだ。
そんなあやせの憂いた表情にどきりとしたが、今はあくまで相談だ。
俺は安心させるように、ゆっくりと近づき、2つ隣のブランコに腰掛ける。
「……」
「……」
こちらから切り出してやるのは簡単だ。
「どうした?」「なんかあったのか?」
でも、それはズルだ。
誰でも人が他人に何かを相談するってのは割と一大決心するもんだ。
まして、あやせが桐乃でなく俺に。
それは間違いなく一大決心だったろう。
だから、俺からは聞いてやらない。
あやせから、自分から言い出せるまで、辛抱強く待った。
「……モデルの仕事を、辞めるようにって、母から言われたんです」
沈黙は長くなかった。この辺は意志の強さから来るものだろうか。
「ほう」
「今までは大目に見てきたけれど、もう受験の準備を始めなさいって。
そのためにはモデル『なんかに』うつつを抜かしている場合じゃないでしょうって」
「……なるほど」
178:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:55:00.48:MjI6d/rI0
あやせの母は頭が固い。しかも視野がだいぶ狭い事は分かっていた。
それまでにも何度か相談を受けたが、大体桐乃か母親が絡んでたからな。
「私は辞めたくないんです。モデルの仕事は好きだし、桐乃とも一緒にいられるし」
「まあ確かに、もったいないよな。お前らの人気すげーもん」
「でも、母はそうは思っていません。むしろその人気が仇になっているみたいで」
「ん?どういうこっちゃ」
そこで少し口ごもったあやせだったが、1つ深呼吸して話しを続けた。
「インターネットの掲示板とかで、私の事を、その、
い、いやらしい目で見る人の書き込みがすごい多いらしいんです」
「あー……」
絶句した。思い当たるフシが山ほどある。
というか、つい先日桐乃や黒猫、沙織たちとそのスレッドを見たばかりだったのだ。
『げーキモっ!アタシらはお前らのためにモデルやってんじゃねーっての』
『モデルだろうが何だろうが、抜けるものでヌく。彼らの常でござるよ』
『低俗極まりないわね。わざわざ検索して見つける方も見つける方だけれど』
桐乃もあやせも。今では男どものオカズとしての地位まで確立している。
そりゃ腹立つよ? 可愛くないとは言え、俺の妹と、マイラブリーエンジェルあやせたんで
ティッシュを無駄遣いして環境破壊を促進するような輩にはムカつきますけどね。
でも、そんなのどうしようもねーじゃん。送信者と受信者。そこには明確な差がたくさんあるのだ。
179:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:55:51.31:MjI6d/rI0
「それで、けがらわしい、みたいなイメージをモデルに対して持つようになってしまったみたいで」
「なるほどなぁ……」
「それに、確かに最近モデルの仕事が忙しくなって、勉強が疎かになってきている部分もあるんです」
悔しそうに告白する。
そりゃそうだろう。俺に自分の欠点を明かすなんてな。
「まだ成績は維持できていますけど、次の定期テストではどうなるか……」
「つまり、不安な訳か」
「はい」
まとめると問題は2つ。
純粋に母親が娘を守ろうとちょっと行き過ぎた義憤にかられている事。
そして、勉強が疎かになりつつある事。
この2つをクリアできれば、なんとかなりそうだ。
「勉強は良いとして、問題はお母さんのほうだな」
勉強なら俺や麻奈実(というかほぼ麻奈実)も見てやれる。
俺の手柄ではないが、アイツは良い先生だからな。きっと大丈夫だろ。
ふと、思いついた俺は自分の仲間内で最も頼りになるヤツに電話をかける事にした。
「……お兄さん?」
180:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:56:54.25:MjI6d/rI0
2回目のベルが鳴り終わる前に、がちゃりという効果音。
『もしもし、京介氏でござるか?』
「よお、沙織。遅い時間に悪いな」
『いえいえ。決して。京介氏からの電話でしたら何も問題ござらん』
相変わらず嬉しい事を言ってくれるヤツだ。
『して、今日はどのような?』
「ああ、ちょっと聞きたいんだけどさ。こないだ2ちゃんで桐乃のスレ見ただろ?」
『ええ。ですがああいったものを気に病む事はありませんぞ』
「それは分かってはいるんだけどさ。いや、あーいうヤツらって、
どんな事でショックを受けるんだろうと思ってな」
ふうむ、とやや考えた沙織が俺に教えてくれたものとは。
181:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:57:58.47:MjI6d/rI0
「オッケー。分かった。それくらいならなんとかやれそうだ。
助かったぜ。ありがとな、沙織。恩にきる」
謝辞を伝えて通話を終了。
あやせを見ると、何故か先ほどまでの不安の表情に加えて、不満の色が混ざっていた。
……別にあやせの名前は出してないし、プライバシーは守ったよな?
もしかして桐乃もそういう目で見られていると、今の電話で察したのかもしれないな。
コイツは桐乃教信者ナンバーワンだし。
「とりあえず、手は考えたぜ」
「……ホントですか?私には女性と楽しそうにお喋りしているだけのように聞こえましたが」
「な、何勘繰ってんだよ」
「別に」
……コイツはホントにわからんぜ。俺も20歳になるけどいまだに女心はサッパリだ。
「じゃあ作戦は3つだ」
182:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:58:41.16:MjI6d/rI0
1週間後。
あやせから1通のメールが届いた。
『母からOKをもらえました♥』
目を疑ったね。だってハートマークですよ。
あやせが絵文字を使うのだって未だに新鮮なのにハートマークって。
まぁ、何にせよ、よかった。勉強に関してはこれから少しずつやっていけば大丈夫だろう。
あやせと麻奈実は俺よりよっぽど仲良いっぽいしな。
良かったな。と返信するとすぐにあやせから電話がかかってきた。
多少訝しく思ったが、出ない理由は何もない。
「もしもし」
『よかったな。ってそれだけですか?なんかひどくありませんか?』
えー……なんかいきなりいちゃもん付けられたんですけど……。
「いや、それ以外になんて言えば良いんだよ……良かったじゃん」
『それはそうですけど……』
なにやらブツブツ言っているがうまく聞き取れない。
183:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 11:00:50.46:tmiJmHnzO
「ただまぁ、ちょっと荒療治だったけどな」
『でも、事務所の方々も感謝してましたよ。やっぱり思わしくなかったみたいですから』
そりゃコラージュとか横行してたもんな、あのスレ。
事務所としては、そういう画像がネット上に転がるのはイメージダウンになりかねない。
グラビアアイドルなら男を興奮させるのが目的だから黙認されんのかもしれねーけど。
さて、種明かし。俺たちが何をしたかと言うと。至って簡単で。
あやせが男と一緒に買い物している画像を1枚、わざとネットに流したのだ。
『あのスレの流れを見るに大半は処女厨と呼ばれる集団でしてな』
「処女厨?」
『はい。要は、対象の女性が自分以外の異性と結ばれていないと盲信的に妄信しているのです』
「……なんか救えないヤツらだな」
『しかし、それこそ正に信仰的ですぞ。だからこそ、あれだけの熱意を持ってコラを作ったりできるのです』
誰にでも、簡単にできるというものではござらん。と沙織は続ける。
『だから、例えば京介氏と一緒にいる写真などが彼らに露見すれば、少なくとも処女厨たちは
手のひらを返したように見向きもしなくなるのでござる。男の影は禁忌でごある故』
「でもそれってイメージダウンに繋がったりしねーか?」
『時と場合、そして事務所の戦略と対応次第でござる。今回は世の女性を見方につける事が肝要。
モデルならネットの一部の男性から疎まれても、女性の同情を買えれば勝ちでござる』
嫌な言い方ではございますが、と少し困ったように言ったが、そこは否定した。
185:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 11:02:34.42:MjI6d/rI0
「いや、分かったぜ。俺が一時矢面に立てば良いって訳だ」
『詳しくはPCの方のメールに資料を添付します故。そうですな。明日の夜にでも確認してくだされ』
「何から何まですまねえな」
『いやなに。京介氏の頼みとあらば。それでは可愛い彼女のため、頑張ってくだされ』
アイツめ。桐乃の話ししか切り出していないのに、気づいていやがったのか。
いや全然彼女でもなんでもないんだが。悪い気はしないけどな!
で、次の日メールに添付されていたのはパワーポイント形式のファイル。
そこには画像流出の手順から事務所、当事者の対応がフローチャート形式で説明されている。
『元々あったものを今回のケースにあてはめて拙者のアレンジを加えたでござる』というそれは
素人目にもしっかりできていて、俺はすぐさまそれをあやせに転送した。
事務所の反応は早く、そしてそれ以上にネットの反応は早かった。
3日後には画像が流出、例のスレでは『なんだよ男いたのかよ』と嘆いて去る者が後をたたず
あっという間に過疎スレ化し、昨日にはdat落ちしたのを確認した。
彼らは懸念されていたほど暴走せず、新たな嫁探しに出向いたようだった。
『それで、なんですけれど』
「ん?」
『事務所の方が、その、お兄さんに、私のマネージャーを前提に入社しないか?と』
「……マジで?」
正式なお話は今度直接会って、という事ですが。とあやせは続け、そして現在。
内定どころか確定を頂いてしまった俺は氷河期と呼ばれる就職活動を経験しないまま
この時期に至って、あやせとジムに通ったり、現場に入らせてもらったりしている。
世の中、何がどうなるか分からないもんである。
186:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 11:03:18.35:MjI6d/rI0
ちなみに、あやせの母親は、ネットが沈静化した事と、モデルの仕事の現場に呼んで仕事振りを見せ
さらに会社や現場でのあやせの評価を聞いた事で心を改めた。
どんな仕事でも真面目にやってるヤツは一定の尊敬を持たれて然るべきだよな。
職業に貴賎はないって事を改めて強く認識したもんだ。
「……さん、お兄さん」
「ん? わり、なんだ?」
「もう、やり過ぎですよ。規定の回数はとっくに超えてます」
はたと我に返る。そう言えば今はジムにいるんだったっけ。
「お兄さんって、意外と何か始めるとハマるというか、集中しますよね」
「ものによるな。身体を鍛えるのは嫌いじゃないし」
「確かに」
そう言って、あやせはつつっと俺の二の腕を軽くなぞった。
「なっ、なななな何してんだよ!」
「いえ、引き締まった良い腕だなと……」
「よせやい。腕を誉められてもそんなに嬉しくない」
「あら」
……今、なんかあやせの目がキラリと光った気がするのは錯覚だろうか。
187:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 11:04:18.86:MjI6d/rI0
「なら、じゃあお腹、胸、背中、腰まわり、お尻、腿なら嬉しいんですか?」
人差し指を胸から腹にかけて沿わせるように動かしていく。
「ば、ばばばばっかやろ……」
イチイチどぎまぎさせるヤツである。ていうかなんかもうエロい。
「はむ」
「なんで口に咥えてんだよ!」
自分の指を、である。俺の腕や胸、腹をなぞった右手の人差し指。
「味と匂い、覚えましたからね?」
「……は?」
そしてピトリと、俺の唇に人差し指を押し当てた。
「今後、他の女の匂いなんかさせたら、即刻クビですから。気をつけてくださいね、『京介さん』」
「……ッ!?」
妖艶にすら微笑んで、更衣室へと踵を返すあやせの後姿を、俺は呆然と見送る事しかできなかったのだった。
188:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 11:06:01.40:MjI6d/rI0
190:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 11:08:24.28:eQgVVheI0
「俺の妹がこんなに」ルート
---
どうしてこうなった。
どうしてどうしてこうなった。
昨日、親父とお袋は子ども達を残して
2泊3日の温泉旅行へと連れ立っていった。
事の発端は桐乃。
2週間前くらいに夕食の席で突然こうぶち上げたのだ。
「お父さんとお母さんに、旅行をプレゼントさせてください」
贈り物をする人間の言葉としては些か下手に出ている感もあるが
これはウチでは仕方ない。子は親に敬語。特に父親のいる前では。
それが我が家の侵されざる不文律なのだ。
「急になんだ」
「そ、そうよ、どうしたの、桐乃ったら」
動揺しているように見えるが母親は興奮を隠し切れていない。
ここらへん、親父とは違いがありすぎる。
203:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:21:17.24:MjI6d/rI0
「仕事で稼いだお金を自分のためだけに使う事に少し気が引けるというか……
要は、親孝行しておきたいなって思ったの」
まぁこの子は、なんつって。お父さん聞きました?なんつって。
母親は1人舞い上がっている。
それに引き替えアンタは、と俺に一瞥くれるのも忘れない。
「あんまりすごい所は厳しいけど……お父さんが2日ぐらいお休み取れるなら
どうかなって思ったんですが、どうですか?」
乗り気の母親は親父に熱い視線を注ぐ。
「……検討してみよう」
母さんの歓声が上がったのは言うまでもなかった。
そして翌日の夜には早くも有給休暇を取得してくるあたり、
親父は親父で内心喜んでいるのだろう。
可愛い娘の親孝行だからな。受け取ってやるのも愛情だ。
え、俺? いや、まぁ今はそれは置いとこうぜ。
そんな訳で、早速宿に連絡して予約完了。
(桐乃はすでにネットの評判などで宿を決めていたらしい。)
そして冒頭。2人は水入らずで出かけていった。
204:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:22:05.31:MjI6d/rI0
平日だから俺も桐乃も学校がある。
朝食を食べ、それぞれ登校し、学校では麻奈実や赤城と話し、
放課後には部活に顔を出して黒猫や瀬菜たちと次の企画について論じ、
帰宅した頃には時計は19時を回ろうとしていた。
「ただいまー、っと」
いつものように靴を脱ぎ、麦茶を飲もうとダイニングキッチンのドアを開けると
「お、おかえり……」
台所にはエプロンを付けた桐乃が立っていた。
「お前、何してんの?」
状況を理解できず空っぽになった頭ではそんな言葉が限界で。
「は、はぁ? 夕食の準備に決まってんじゃん。それとも何?
アンタが作るってーの? 何が入ってるか分かんなくて怖いっつーの!」
いやまぁね。確かにね。俺の質問も悪かったよ。
そりゃあそうだよ。台所でエプロンつけて、包丁で野菜切ってて
何してんのって、見りゃ分かるよね。うん、俺が馬鹿だった。
でもさ。桐乃だぜ? ウチは専業主婦のお袋がいたからってせいもあるけど
桐乃が料理してるところなんて見たことなかったし、想像もできなかったんだよ。
じゃあお前自分で作るのかって言われたら多分カップ麺だったと思うけどさ。
205:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:23:17.34:MjI6d/rI0
「何よ。じゃあアンタの分はいらないのね」
「いや、いる、いるよ!食べますって!」
「ふ、ふーん。食べたいんだ……アタシの手料理……ふーん……」
なんだよ。食べて良いのか悪いのか分かりづらいヤツだな。
ただ、料理している桐乃の邪魔をするのも悪いかなと思ったんで麦茶はキャンセルした。
「じゃあ、部屋にいるからな」
「う、うん。出来たら、呼ぶから」
「おう」
……桐乃の手料理、か。完璧人間のアイツの事だし。
結構上手なのかもしんねえな。
まぁあんまり期待してそうでもなかった時が辛いし。
毎日20年近く作り続ける母親と比べるのも酷だし。
あんまり上を望むのは止めておこうか。
部屋に入り、着替えを済ませて適当に本なんぞ読んでいると
唐突にドアがノックされた。
「できたよ」
それだけ言って桐乃は1階に降りてしまったようだ。
さてさて。鬼が出るか蛇が出るか。
……ん? これじゃどっちが出てもダメじゃん。
そんな事を思いながら階段を降りるとなんとも良い香りが鼻腔をくすぐる。
そして食欲はドアを開けると嗅覚だけじゃなく、視覚によっても加速した。
206:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:24:24.21:MjI6d/rI0
「お、おぉっ……」
桐乃は先に椅子に座ってこちらを見ている。
「は、早く席ついたら?」
「あ、ああ」
テーブルに並んでいるのはどれも美味そうだ。
魚の煮付け、おひたし、根野菜の煮物に厚焼き玉子、味噌汁まで完備されている。
ちらりと桐乃を見ると、ジッとこちらを見ている。
これは、先に食べろという事なのか?
「い、いただき、ます……」
「……召し上がれ」
やはり俺が先に食べるようだ。ええい、ままよ!
まず味噌汁。口元に近づけるとふわりと出汁と味噌の良い香り。
具は豆腐とわかめか。ちゃんと綺麗に小さく切り揃えられている。
「美味い」
「ほ、ほん……ゴホン。お味噌汁だけじゃなくて他のも食べなさいよ」
言われるまでもない。
俺は魚の煮付けに箸を伸ばした。
そっと箸を入れると身はほろりと解けるように切れた。
断面から新しく立ち上る湯気がまた食欲をそそるねえ。
207:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:25:25.14:MjI6d/rI0
「これも美味い」
「え、あ、あの……ほんと?」
「嘘言ってどーすんだよ。すげーうめぇっての。お袋より美味いかもしんねーぞ」
桐乃は顔を光り輝かせて喜んでいるように見えた。
そんなバカな。
桐乃が、俺の妹が、こんなに可愛いわけがない……!
安心したのかようやく桐乃もご飯を食べ始めたのだが、
先ほどの顔を見て何故か顔が熱を帯びているのを感じた俺は
急いで桐乃の手料理をかっ込んだ。
「そんな慌てなくても……」
「う、うるせえ。美味いから食が進むんだよ!悪いか!」
「わ、わるくない……」
食事を食べきって、俺は自分の部屋のベッドに逃げるように飛び込んだ。
208:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:26:31.79:MjI6d/rI0
あれ以上はヤバイ。桐乃ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。
まず可愛い。もう可愛いなんてもんじゃない。超可愛い。
可愛いとかっても「あやせと同じくらい?」
とか、もう、そういうレベルじゃない。
そこまで暴走しかけた俺は先ほどの事を思い出した。
あんまり美味くて、良い嫁になれるみたいな事を口走りそうになって
でも咄嗟に急ブレーキを踏んだ。
嫁って。誰のだよ、畜生。って訳だ。
そりゃ兄妹で結婚なんてできる訳ないしさ。
いや、何考えてるんだよ俺は。これじゃあ本当に変態じゃねえか!
でも意識しないようって考えれば考えるほど意識しちまうんだよ。
長い睫毛とか、柔らかそうな赤い頬っぺたとか、滑らかな肌とか、
ふっくらした口唇とか、さらさらした髪とか、すらりと伸びた手足とか、
陸上やって引き締まったお尻とか、キュッとくびれた腰とか、
その割にちゃっかり出てる胸とかさ!
イカン。イカンぞ。これでは妹の身体に発情する変態と罵られても言い返せない!
どうすんだよ。どうすんのよ。どうすんだよコレ!
あーもう、ヌくにも今ヌいたら妹でヌいたみたいな事になって、
そんな事になったら自己嫌悪ハンパねぇぞ!?
「ねえ、兄貴?」
「きっ、桐乃!?」
気がつくと、そこにはドアを開けた桐乃の姿があった。
209:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:27:31.38:MjI6d/rI0
「どうかしたの……?」
「えっ、あ……いや……」
言えるか。お前に発情しちまったなんてよ。
「ほ、ホントはアタシの作ったご飯、美味しくなかった?」
「な、なんでそうなるんだよ」
「だって……食べ終わるなり部屋に戻ってさ、ちょっと心配になって来てみても返事はないし
ドア開けたらなんか苦しそうに悶えてるし……」
桐乃の表情は珍しくも本当に俺を心配しているように見えて。
余計罪悪感でいっぱいになった。
「薬持ってこようか?」
「い、いや」
そこまで言いかけて気がついた。
桐乃が、すぐ側に、立っていた。
「桐乃……?」
なんてこった。俺、どんだけ動揺してんだよ。
こんなに側に来るまで接近に気づかないなんてよ。
「あ、兄貴……それ……」
「っ……!」
そう。罪悪感とか自己嫌悪とか関係なく。
俺のそれはギンギンにいきり立っていたのだ。
210:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:28:13.42:MjI6d/rI0
「え、えっ?」
恥ずかしくて死にそうだ。
「あ、兄貴……」
実の兄が勃起してるところを見せちまうとは……どんだけ気まずいんだよ。
あーあ。これでまた変態兄貴に逆戻りか。つーかもう2度と口きかなくなるかもな……。ははは……。
というか。いつもの桐乃なら変態とか何とか叫んで一撃かましてさっさと退散するだろうに
なんで今日に限ってそういう反応がないんだ?
そんな事を考えていると、何故か桐乃は俺の横に座った。
「き、桐乃? お前何して……」
「あ、あのさ。もしかしてそれ……」
生唾を飲み込む音は、果たしてどちらのものだったのか。
「アタシに、興奮してくれたの?」
「な、あ……」
「そうだとしたら、……嬉しいよ」
そして、桐乃は、俺の口唇に、柔らかい口唇を優しく押し付けてきた。
もう、限界だった。
俺は、桐乃と、そのままベッドに倒れこんだ。
212:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:29:14.37:MjI6d/rI0
すーすーと可愛い寝息を立てて寝ている桐乃を見る。
コイツってばホントに端整な顔立ちしてるよな。
同じ両親から生まれてどうしてこうも違うかねえ……。
2人とも生まれたままの姿。
2人とも同じ両親から生まれた子ども。
これは決して叶わない、叶ってはいけない想いだったはずだ。
もしかして、桐乃は、昔から俺の事を……。
そんな事を考えながら、俺もまた、深い眠りへとつくのだった。
朝。目覚ましの音と共に起きると、目の前には桐乃の顔があった。
「おはよう、兄貴」
「ああ、おはよう。桐乃。つか起きてたのかよ」
「まあね。でも、ベッドの中で好きな人とおはようって挨拶したかったんだ」
言ってから真っ赤になる桐乃。言われた俺ももちろん真っ赤なんだが。
くすぐったいような、甘ったるい空気が俺の部屋に満ちている。
「学校行かないとな」
「うん。本当は、兄貴と一日ずっと一緒にいたいけど。ダメだよね」
「……それも悪くないけど、親が不在でもきちっとしないとな」
お互いに軽くシャワーして身支度を整え、桐乃の用意した朝食を取る。
やっぱり桐乃の作ったご飯は美味かった。
昼休み。一通のメールはあやせから。
放課後公園で会えますか、という文面だった。
216:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 15:12:23.02:MjI6d/rI0
……話の内容が目に見えている気がしたが、だがいつかは通らなきゃいけないだろう。
話せばあやせも分かってくれる、と、良いな。という超希望的観測を胸に。
公園に着いた時にはまだあやせは到着していなかったようだが、
代わりにメールを1通受信した。
『ちょっとだけ遅くなります』
律儀なヤツだ。俺はどのぐらいかだけ聞いておこうと返信メールを
「遅くなりました」
そんな声が、俺の背後から聞こえて。
なんだか背中が熱くて。ぬるぬるしている。
肩が何かに強くぶつかった。
「手を出したら殺しますって、言いましたよね。
ああ、ごめんなさい」
「もう、聞こえていませんよね」
217:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 15:13:05.13:MjI6d/rI0
219:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 15:21:49.69:zaMDuUCz0
フェイトルート
---
朝起きると携帯の背面ディスプレイがチカチカと光っていた。
新着メール:1通
昨日寝る前に携帯を見た時は確かになかったはずなので
寝ている間にメールが来ていたらしい。
それなりに遅い時間だと言うのに誰だと携帯を開き操作する。
フェイトさんだった。
『PCの方のアドレスにいつもの送ったからよろしく☆』
年甲斐もなく星マーク。あの人はそろそろ年齢を考えた方が良い、
なんてのは妙齢の女性に対して禁句である事ぐらいは俺も承知している。
冗談は、真実でないから良い事もある、って事だ。
それにしても、と思う。
そうか。もういつものヤツが届いたのか。
つまり、前回から一ヶ月経ったという事。
特別な思い入れがある訳じゃないが、なんだかちょっと感慨深いモンがあるな。
244:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 20:54:19.40:MjI6d/rI0
高校の連中と同人誌即売会にサークル参加した時に再会して以来、
フェイトさん、こと伊織・F・刹那さんとはちょっとした親交がある。
そもそもの馴れ初めは今回省略するとして、あまり友好的とは言えないはずの
俺と彼女が定期的に連絡を取り合うようになった経緯は説明させて頂こうと思う。
きっかけはやはりメール。ちょっとした相談があるとの旨だった。
FXや馬、ボートに自転車ととにかく碌な金の使い方をしない彼女だが
さすがに高校生相手に金の無心はしないだろう。いや、してきたらその場で着拒ものだが。
とにもかくにも都内で会う事になった。
その席で打ち明けられたのは、小説の事だった。
「小説を、読んでほしい?」
「そう。小説と言っても、ちょっと特殊なジャンルではあるんだけど」
特殊? それはまさか赤城瀬菜が好むような、いわゆるBLものではあるまいな。
「あの、腐った女子向けの本なら紹介できるヤツがいますけど……」
「ち、違う違う。ソッチじゃないわよ。ドリーム小説とか、夢小説って知ってる?」
「いや、聞いたことないッスね。なんですか、それ?」
245:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 20:55:15.73:MjI6d/rI0
ここでフェイトさんはちょっと得意そうな顔になって件の小説について説明してくれた。
曰く。
①ウェブ上で公開されている。
②ブラウザに名前を登録する事で登場人物の名前を自由に変えられる。
この2つが大きな特徴らしい。
つまり、自分がピンチになったところに颯爽と現れて助けてくれるのは
自分の好きな漫画のキャラ、ないし好きな芸能人、みたいな事ができる形態の小説らしい。
へー、ふーん。なるほどねー。ケータイ小説とかドリーム小説とか色々手ぇ出すよな、この人。
「でもそれって金になるんすか?」
「そんなのは分からないけど、ケータイ小説だって、
当初からお金になるなんて誰も思ってなかったのよ?」
まぁそれは確かにそうだろう。ある程度の知名度を得たところでそれを商材に活用する。
近年、より顕著に見られるビジネスモデルだ。
246:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 20:56:07.95:MjI6d/rI0
「で、そこで名前を売るなりして、お金を稼ぎたいって訳ですか?」
俺は正直この時点でかなりうんざりしていた。
あんだけやってまだ懲りてないのか、とか。
いい加減しっかり働いて稼ぐ気はないのか、とかな。
「ううん」
でも、フェイトさんは意外な一言を放ったのである。
「私、なんだかんだ言って、お話を書くのが好きなのよ」
その声は驚くほど柔らかく、落ち着いていて。
ああ、この人って本当に年上の女性なんだな、と妙に思ったものだった。
もっとも、帰り際に
「ところで、今日って……この店ワリカンよね?」
この一言で霧散しちまったけどな。
247:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 20:56:49.17:MjI6d/rI0
まぁそんな訳で。
ネットにアップロードする前に誰かに見てもらいたい。
その誰かとして白羽の矢が立ったのが俺だったのだ。
……他に友達いないのかな……あの人。
それからと言うもの、毎日1回のペースでフェイトさんは小説を書いてはメールで送ってくる。
ちなみに俺はとうとう、ねんがんの のーとぱそこんを てにいれた! のだった。
なので桐乃に気兼ねすることなく自室でPCが使えるのだ。
気をつけないと時間が無為に流れていくから要注意だけどさ。
今回送られてきたのは、またあっまあまなラブストーリーだな。ていうかちょっとエロっちいよ?
でも読者の事を考えると、自分の好きなキャラとこういう事したいって思う人もいるのかもね。
オーケーわかった。エロいのは良しとする。良しとする事に決めた。
でもさ、なんで登場人物の名前が『フェイト』と『京介』なのかね!
『京介くん……私もうガマンできないよ……』
『俺もさ、フェイト……できるだけ優しくするから……』
『うん……嬉しい、嬉しいよ……京介くんと1つになれるなんてぇ……!』
机に突っ伏した。
何考えてんだよ、あの人!!
そりゃこの名前の部分は自由に読者が変更するから、このまま使われたりしないけどさ!
さすがにこれ以上は読めないぞ?
うーん。でもなぁ。
『私、なんだかんだ言って、お話を書くのが好きなのよ』
248:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 20:57:40.17:MjI6d/rI0
チクショウ、である。あの顔が未だに忘れられないのだ。
正直言って反則だったと思う。
あーもう。あーもう。分かったよ。最後まで読む。読みますよ。読めば良いんでしょう。
それから30分ほどして。
今月分の夢小説の原稿を読み終える頃には、俺の中でいろいろな何かが壊れかけていた。
死力を尽くして携帯を取り出してメールを打つ。
『こんばんは。今月分読みました。内容はまぁ良いんじゃないかと思います。
でも刹那さんはともかく、俺の名前使わなくても良いんじゃないですかね』
送信ボタンを押して、ベッドになだれ込む。
たまにあるんだよな。こういうちょいエロ系。
今日のはちょいどころかモロだった気がするけど。
でも名前がフェイトと京介って……。
もうこのまま寝ちまおうかなと思った矢先、携帯が鳴る。
フェイトさんからの返信だろうか。
『だから、言ったでしょ?』
『』
『』
『』
『』
『自分の好きな人と、素敵な体験ができるのが、夢小説の良いところなんだ、って』
249:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 20:58:25.97:MjI6d/rI0
285:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 12:33:51.67:k+Q07ESh0
加奈子&ブリジットルート
---
「ただいまー」
大学から帰ってくるとなぜか玄関には桐乃が仁王立ちしていた。
それもすげー不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。
なんだよ? 俺、何かした? 思い当たるフシはないんだが。
「……い」
「えっ?」
ボソッと言われてもわかんねーよ。
「遅いっつってんの!」
くわっと効果音が付きそうなくらい目を見開いて俺を叱る。
「まだ明るいだろ?」
「……チッ」
強烈な舌打ちである。なんだよ、本当に何かしたのか?
「来て」
「はい?」
「良いから来いっつってんのよ!」
286:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 12:34:37.46:k+Q07ESh0
俺の手を握り、家の中に引きずり込まれそうになり
慌てて靴を脱いで、なんとなく揃えた。
いや、こうしとかないと親父がうるさいんだよ。
駆け上がるって程じゃないがそれでもやけに早足で階段を昇っていく桐乃に
俺は戸惑いながらもついていく。一体なんだってんだ?
「入って」
「あ、ああ」
桐乃の部屋に通されるなり、桐乃は机へ向かい、
電源を引っこ抜いたラップトップを持ってきた。
俺の目の前の液晶画面に表示されていたのは
『星くず☆うぃっちメルル 第4期決定!!』
の文字と、見覚えのある女の子。いや、ちょっと成長してるか?
チラッと桐乃の顔を見ると、ああ、なるほど。すげーウキウキしてる。
もしかしてこれを誰かに言いたくてウズウズしてたってのか?
「どう!?」
「いや、どう? って言われても……こういう時は、良かったなって言えば良いのか?」
「はァ!? アンタ全然分かってない!」
「ええっ?」
「全っ然! 分かってない!!」
うわーテンションたっけえ。
287:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 12:35:18.73:k+Q07ESh0
「良い? まずアニメで4期なんて相当ないのよ?
精々やっても2期が限度。3期ですら稀なの。
なんでかって言うと、どんどん新しいコンテンツが出てくるから。
どうしたってそっちに目移りしちゃうのが消費者だし、制作側もそれを分かってる。
それにどうしたって演出やストーリーのクオリティも下がってくるのが常だし。
スタッフのモチベだってそう長続きしないわよ。
だから4期なんてフツーのアニメじゃありえない訳。
でもサザ○さんとか、ドラ○もんとか、名探偵バーローとかあるじゃん。
あーいう国民的人気を誇るコンテンツはそんなのお構いなしに続いてる。
逆に言うとメルルも、不朽の名作的な? 国民的? あるいは世界的な?
セールスと人気がいまだに根強く残っているっていう明確な証なのよ!」
………………さいですか。
288:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 12:36:01.20:k+Q07ESh0
こんなにテンションたけえのいつぶりだろう。
ぶっちゃけ言ってる事は分かったが、理解はあんましできてなどいない。
ただまぁ、3期が終わった時にはすげー凹んでたもんな。
この終わり方は完結するって演出だよ、とか言って2日くらい飯が喉を通ってなかったぐらいだ。
それを考えるに、この4期発表は嬉しいんだろうねえ。
さすがにちょっと怖いくらいのテンションだが、まぁ兄としては一緒に喜んでやるべきか。
「よ、良かったな。メルルもなんかちょっと大きくなってるみたいだし
成長したメルルと再会できるって訳だ。おめでとう、桐乃」
「……」
え? なんで? なんでそこで黙りこくる?
「問題はそこよ」
「へ?」
「メルルちゃんが成長してるってどういう事なの? 魔法少女が成長なの?
アタシたちの可愛いメルルちゃんはどこにいっちゃうの?
ババァになったメルルちゃんとか誰得なの?」
…………あるぇー…………?
「い、いや。あれ? お前、メルルの4期が決まって喜んでたんじゃねーの?」
「それとこれとは別! まるっきり別物なの!」
め、めんどくせぇー! 何? ファンってこういうもんなの?
289:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 12:37:03.40:k+Q07ESh0
「で、でもさ。まだ詳細な情報はないんだろ? もしかしたらすげえ可愛いかも……」
「は? キモ。どう考えたっておかしいじゃん。中学生のメルルとかありえないでしょ」
「で、でもほら。なんつーの? 動いて喋るトコ見たら意外と、みたいなさ」
「ないない! ありえないから! 一応スタッフとか声優は3期と同じだけどー。
何考えてんだろって。ネットではもう喧々囂々、侃々諤々の議論なの!」
なんでファンでもない俺が制作スタッフのフォローしなきゃならんのだ……。
「なんだよ……じゃあ、メルル4期が決まったの嬉しくないのか?」
「バッカじゃないの!?」
もう、俺、泣いて良いかな。
「嬉しいに決まってるじゃん! でもそれとこれとは別。ご飯とスイーツぐらい別腹。
メルルが帰ってくるんだから盛大に祝ってやるのがファンってもんでしょ?
けどその内容、っていうか設定がありえない。おかしい。頭おかしい」
頭おかしいのはお前だ。何がスイーツだよ。デザートって言え。
その後もお袋から晩飯のお呼びがかかるまで、実に1時間半ほど。
延々とテンションのタガが外れた桐乃の説教(なんで?)を聞かされるハメになったのだった。
あやせからメールが来たのはその後のこと。
マイラブリーエンジェルからのメールは嬉しいのだが、大抵やっかい事になるんだよな。
今回も、やっぱし、ちょっとやっかいそうな事案だった。
290:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 12:38:14.61:k+Q07ESh0
翌日。学校が終わってだらだらと店に入ったりして時間を潰した後、俺はとある公園に来ていた。
いまだに交番裏のこの公園でしか会ってもらえない俺はどれだけ信用がないのかね。
軽く泣きそうになるぜ。昨日とはまた違った意味で。
「お兄さん、お待たせしました」
「よう。久しぶり」
そう。あやせとの待ち合わせ。うーん。字面だけだと素敵シチュエーションなんだけどなあ。
これからの事を考えると気が重くなるのは止むを得ない。
「面倒な事になったな……」
「は、はい……すみません」
「いや、あやせが謝る事じゃないけどさ」
別にあやせは何も悪くないし、誰も悪くない。
ただいくつかの小さな事が積み重なって起きただけの話。
「またマネージャーの真似事をしなきゃならないとはな……」
事の発端はメルル4期。桐乃が大騒ぎしてたアレだ。
どうやら4期開始にあたり、大々的にイベントを行う事になった制作会社が
来栖加奈子――あのクソナマイキなチビ――に打診を入れたらしい。
今までに2回ほどお披露目されたメルルのコスプレはいずれも大好評大絶賛の嵐で
3期が終わってからもコスプレ愛好家の間では『メルルコス=かなかな』、
ついでに『アルファコス=ブリジット』という公式が成り立っている程の人気ぶりなのだった。
291:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 12:38:57.83:k+Q07ESh0
「まさかあの子がこんな事言うなんて、思いもよらなかったんですけどね」
問題は、何故か加奈子が付き人として俺を指名してきた事。
『メルルのコスプレって言えば、あのド新人マネージャーってクビにされたの?』
『まぁアイツ無能だったから仕方ねぇかもしんねぇけどぉ?』
『でもこの加奈子様に付いてたヤツがクビなんてまるでアタシがサゲマンみてーでムカつくし』
『ちょっと呼んで来い』
……どんな指名だよ。
で、『あの時』の顛末を知っているあやせと事務所スタッフが協議した結果、
件の新人はちょっと地方に飛ばされているから当日には呼び戻すって事になったらしい。
「あのさ。アイツはもう正式な事務所のモデルなんだろ?
前は確か禁煙できてるかどうかの確認をするためには俺がうってつけだったって事で
引き受けたけどさ。本来、無関係の素人である俺にやらせるのは無理があるんじゃねーの?」
「それは……私もスタッフも同感なんですけど、ブリジットが……」
「あん? ブリジット?」
なんでそこでブリジットの名前が出てくるんだ?
いや待てよ。そういやあの子もあやせや加奈子と同じ事務所に所属したんだっけか。
そして今回、メルルシリーズ4期。……当然アルファも出る訳か。
「いや、やっぱ繋がらん。ブリジットがどうして」
「ですから。ブリジットも、お兄さんの事をご指名なんです」
「……なん……だと……」
292:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 12:39:39.14:k+Q07ESh0
『加奈子とブリジットから指名なんて、お兄さんモテモテですね~』
……なんであの時のあやせは若干怒ってたんだろうねえ。
つーかこれモテモテとかそういうんじゃないだろうに。
そんなこんなで事前に打ち合わせを済ませ、いざ当日。
『星くず☆うぃっちメルル エターナルフォース 4期制作決定記念イベント』(長い)である。
いつもの如くサングラスにオールバック、スーツで一応の変装は済ませた。
……変わり映えのしない格好だが、別に俺が出演する訳じゃないんだ。良いさ。
そういやあの2人と会うのは……かなり久しぶりだな。
そんな事を思って現場に着くと、既にそこには、それらしき2人がいた。
「おはようございます」
「お、おはようございます、高山さん」
「おっせぇぇぇぇぇ! マネージャーの方が遅く現着するって何様なんだよ。
そんなんだから地方巡業とかやられんだっつーの。マジ超ウケる」
「……悪かったな」
ご挨拶だぜ。これでも予定の待ち合わせ時間より1時間は早く来たってのに。
ちなみに『高山』というのはもちろん偽名。地方云々は俺が左遷されていた地方から
今日は2人のご指名のおかげで中央に栄転したという設定だからである。
「か、かなちゃん……私たちだって早く来ちゃったんだから……」
「はァ!? そんなんカンケーねぇし。マネージャーなら最低でも2時間は早く着いて待ってろって話しだろ」
ブリジットはともかく、加奈子はDQNっぷりがちっとも改善されてねえじゃねーか。
コイツの言葉遣いは何とかすべきじゃね?
まぁ? まぁまぁ? 見た目は2人ともえっらい可愛くなってるけどな?
297:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 13:05:12.77:k+Q07ESh0
ブリジットは小学生から中学生になっても金髪さらっさら。
ハリウッド映画にだってこんな子見ねーよってくらい。
しかも目とか大きくて色もすげー綺麗だし。宝石? 宝石なの?
中学生の頃の桐乃より手足長そうだし、白人ってやっぱすげーわ。
一方の加奈子も相変わらず背ぇちっさいし、ロリーな体型だけど良く言えばスレンダー?
でも昔に比べてやっぱちょっと大人びてんじゃん。
あと髪ツヤすげえしな。天使の輪っかとかあるもん。
桐乃やあやせとは違ったベクトルで可愛いかもしんない。黙ってれば。
でもそれはあくまで、女の子として、あるいはファッションモデルとして、だ。
アニメキャラのコスチュームを着て可愛い、だけでは公式のコスプレイヤーとしては物足りない。
あくまで以前、絶賛されていたのは2人の可愛さではなく、2人が超絶に似ていたから。その1点に限る。
「オラ、いつまで立たせてんだよ。早く控え室に案内しろ、このボケマネ」
「だ、だから、かなちゃん。そんな言い方しちゃだめ……」
作画さえ変わらなければいつまでも変わらないアニメキャラ。
時間が経てば年を取り、外見の変化する人間。
あの時はたまたまそれが合致したが、今回それはうまく行くんだろうか?
「早くしろっつってんだろ! 何ボサッとしてんだ無能!」
「わ、分かってるよ!」
結論から言うと、それは杞憂に終わった。
298:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 13:06:11.87:k+Q07ESh0
会場は異様な雰囲気だった。
以前来たイベントとは違い、歓声一色ではないのだ。
本邦初公開となるプロモーションムービーの出来栄え1つ取っても
予算や力の入れ方が計れる、と言うのは桐乃の弁である。
しかしやはりコイツらにとって一番気になっているのは『果たしてどうなのか』だろう。
つまり、大きくなったメルルちゃん&アルファちゃんは愛すべき対象なのかどうか。
ちなみに本日桐乃は来ていない。
あやせとモデルの仕事が入っている事に加え、
『アタシはまだ静観する』という立ち位置を取ったようだ。
あんだけ興奮しといて何が静観だよ笑わせんな。
そんな事を考えていると、フッと会場の照明が落とされる。静かなBGMが流れ出し、
巨大ビジョンには、黒を背景に白抜きのゴシックフォントが次々と現れては消えていく。
否が応にも高まる緊張感。相変わらずこういうの上手いよな、映像会社ってのはさ。
そして最後にデカデカと、ビジョンの中心に現れる『あの2人が帰ってきた』の文字。
次の瞬間、腹をえぐるように強烈な低音が会場に轟いた。
画面をところ狭しと飛び回るメルル、アルファの姿に会場のボルテージは
一気に最高潮へと達した。怒号、歓声、嬌声!
俺も久しぶりに味わう空気だが、やっぱこのエネルギーはすげえ。
ライブだからこそのこの震える感じには鳥肌が立つ。
流れるBGMは2期前半のOP曲をアレンジしたユーロトランス。
確か桐乃が『メルルのOP・EDは全部神曲だけど、そん中でも最高!』って
ベタ誉めしてたやつだ。一時期毎日リピートで聞かされていたから
このメロディラインには覚えがあったのだ。
299:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 13:06:53.32:k+Q07ESh0
5分に及ぶプロモーション映像がメルルとアルファの抱擁で締められると
会場は誰からどこからともなく大きな拍手で包まれた。
おいおい、なんだか泣いてるヤツいんぞ。そんな繊細なハートで大丈夫か?
興奮冷めやらぬ空気の中、ステージの照明が付くと裾から出てきたのは司会進行の女性。
ここで一息つかせるのである。ずっとテンション上げっぱなしは辛いもんな。
紹介されて出てくる監督さん、プロデューサーさん。
彼らがメルルに対する思い入れを語ると、観客は呼応するように笑ったり拍手したり。
やっぱこういうコール&レスポンスがリアルタイムにあるイベントって良いな。
なんて思ったりしている間にキャラの声を担当する声優さんたちも登場し会場はまた熱を取り戻していく。
さて、そろそろ出番か。お前ら、度肝抜かれんなよな。
「それでは登場して頂きましょう! メルルコスのかなかなさん! そしてアルファコスのブリジットさんです!」
ステージの両端から中央目掛けて真っ直ぐ走る影が1つずつ。
一際大きいどよめきが観客の最前列から広がり――
2人の杖が交錯したところでステージ上の声優さんがすかさず声を当てる。
『やっと会えたね、あるちゃん!』
『うん、会いたかったよ、めるちゃん!』
その時の会場、いや観客ったらなかったね。狂喜乱舞ってのはあーいうのを言うんだろう。
俺も年甲斐もなくちょっとクるもんがあったけどさ。
300:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 13:07:45.98:k+Q07ESh0
いや何がすげえって。完全に一致。メルルとアルファの生き写しかよってくらい一致。
加奈子とブリジットの姿を見てデザイン起こしたって言われても納得するわ。
こんな再現度ありえねーだろ。リアルにメルルとアルファがいるならコイツらがそう。
衣装を着た2人を見た時の俺の衝撃ったらなかったね。
思わず口の悪いクソガキ加奈子に対して
「か、可愛い……」
と本音をポロリしちまったくらいだ。
もちろんブリジットも同じくらい可愛かったし、2人揃ってたから余計にそう思ったのかもしれん。
あの控え室が完全に非日常空間になってたもんなあ。
「あ、当ったり前だろ? このアタシが可愛いとか……あ、当ったり前だろ!」
「かなちゃん。同じ事言ってるよ?」
「う、ううううっせえええ! このマセガキ!」
「ひゃあっ、そ、そんなとこ触っちゃだめなのお!」
そんな2人を見ていた俺は、その時点でこのイベントの成功を断定していたのだが、
にしたってこの盛り上がり。すげえ。すげえの一言だよ。
トークは相変わらず加奈子は上手いし、ブリジットも以前より場慣れしたのか上達していて
なんの問題もなく進行した。名ゼリフを言いながらポーズを決める度に上がる歓声は
加奈子の自尊心を強くくすぐったようで、イベントが終わっても上機嫌であった。
「2人ともお疲れさん」
「あ、マネージャーさん。お疲れ様でしたあ」
「お疲れ様」
憎まれ口を叩かないもんね。普段なら槍か杖かメテオが降ってくるとこだろ。
301:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 13:08:47.49:k+Q07ESh0
ブリジットがシッポを振る犬っころみたいな表情で聞いてきた。
「今日のイベントどうでしたか?」
「凄い良かったよ。感動したもん」
「まっ、アタシにかかればこれくらいチョレーっての」
「かもな」
「えっ」
なんだそのポカーンとした表情は。失礼な。俺だってたまには素直に人を誉めるぞ。
「ふ、ふん……」
そう言って加奈子はそっぽを向いてしまった。
ペットボトルを2人に手渡しながら俺は言ってやる。
「本当に感動した。久しぶりで実は心配だったけど、
2人のおかげで大成功だったしな。良かったよ」
「……成功、か」
「だろ?」
「……じゃ、じゃあさ。これってアンタの手柄だよな?」
んん? 何言ってんだ? どう考えてもスタッフさんと、
お前ら2人を含めた出演者さんの手柄だろ。
「加奈子……?」
「……」
あの加奈子が黙ってしまった。珍しいな本当に。
怪訝な顔をした俺を見て、横からブリジットがにこにこしながら言った。
302:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 13:10:00.59:k+Q07ESh0
「かなちゃんは、お兄さんと一緒に仕事したいんですよ。
だから、今日成功して、無能じゃないって証明できれば地方から戻ってこれるかもって」
「ばっ、バァァァカ! ブリジットてめェェェェ! 言うなって言っただろうがよ!」
……なんだって? 加奈子が、俺と?
さっとブリジットは俺の背中に回って加奈子から逃げると更に続ける。
「私も、お兄さんがマネージャーさんになってくれたら嬉しいです。
他の人の時より、お兄さんが一緒にいてくれる時の方が落ち着きます」
「え……」
「な……ブリジット……」
加奈子がなんだかショックを受けたような、ちょっと怒ったような顔をしている。
「加奈子、そうなのか?」
「し、知るかよ。ケッ! 全部ソイツの妄想じゃねェの?」
あ、これ本当だ。もし嘘ならコイツはこういう態度は取らない。
そんなに付き合いが長い訳じゃないが、照れ隠しとそうでない違いくらい分かるつもりだ。
ていうか基本的にコイツって、隠し事できないタイプだし。だから、まぁ。
「悪いけど、また明日から地方なんだ」
「えっ……そうなんですか?」
「でも、そうだな。あと1年ぐらいしたら、必ず中央に戻ってくるよ」
口から出た言葉は自分でも驚くほど優しくて、でもハッキリしていた。
だから、分かったんだ。
あぁ、これ本音だ、ってな。
303:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 13:11:00.65:k+Q07ESh0
「お兄さん……約束ですよ?」
後ろを見ればブリジットはなんだか涙をうるうるさせている。
ぽんぽんと頭を撫でてやりながら、あぁ、約束だ、と告げた。
「……」
「加奈子」
「……」
俯いたまま、無言の加奈子は、カツカツとヒールの音を立てて俺に歩み寄って、
何か言われるのかと思ったら、素通りされた。
なんだよ、と思って振り返ろうとした刹那。
「……待ってる」
ボソッと呟いた声は、そんな風に聞こえて。
加奈子は控え室へと入っていくのだった。
ブリジットはなんだかニコニコした顔でそれを見送り、次いで控え室へ戻っていった。
やれやれ。どうやら就職活動先の企業に、1社加えなきゃならなくなっちまたらしい。
306:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 13:21:58.96:8X5b3qSFO
じゃー、書こう
沙織「おかえりなさい、あなた。」
京介「あぁ、ありがとう」
沙織「お風呂にします?ご飯にします?
それても私にします?」
京介「…じゃー先に飯かな」
沙織「私じゃないんでござるか!?」
京介「バカか、お前は。それより飯だ、飯にしてくれ」
沙織「うー、酷いでござる~、京介氏にバカって言われたでござる
ショックで立ち直れないでござる~。」
京介「はいはい…、てかお前その格好!!」
沙織「よくぞ気付いてくれました!
漢のロマン裸エプロンでござる!!」
京介「…、コートしまってきてくれ。
あと服を着てきなさい」
沙織「酷いでござる~、京介氏は男のロマンがわからないんでござるか!?」
京介「いやわかるぜ、俺も高校生のときに憧れたしさ、
でも常識的に考えてだなぁ」
沙織「…似合ってますか?」
京介「あぁ、とっても似合ってるよ。
そういう気分だったらガバッといっちゃいたいくらいにな」
沙織「///」
沙織「そうでござるか、ならもういいでござるよ
京介氏、愛してるでござるよ」
京介「俺もだ、愛してる。」
ちゅっ
沙織「…ありがとうございます」
沙織「で、では早速ご飯の支度を…」
京介「おう」
京介「にしてもとんだ箱入り娘だな…
非常識にも程がある、薄い本とかエロゲの影響受けすぎだろ…。
身体が左右に軽く揺れる感覚。
ああ、違う。俺が揺れているんじゃなく、誰かに揺らされているのか。
そして、俺はこの手を知っている。
「起きてください、京介さん。もうお昼ですよ?」
「うっ、眩しいな……おはよう、沙織」
「はい、おはようございます、……アナタ」
言って沙織は頬を赤らめた。
こっちだってまだその呼ばれ方には慣れちゃいなかった。
とは言え、恥ずかしいなら止めれば良い、なんて口が裂けても言えやしない。
そう、俺こと高坂京介と槙島沙織は1週間前、めでたく結ばれ、契りを交わした。
「あ゙ー、寝すぎた」
俺は頭をポリポリと掻きながらあくびをかみ殺し、ベッドから這い出た。
枕元に置いてあるデジタルの目覚まし時計は11時を示している。
「昨日は遅くまでお仕事でしたから」
沙織はそこで一旦区切って続けた。
「さ、少し遅いですけれど、朝ごはんの用意ができております」
「ありがたいねえ。今日は真っ黒なトーストじゃないだろうな?」
「もう、京介さんったら……」
沙織はあまり料理が上手ではなかった。
中学の頃から親元を離れて暮らしていたと聞いていたので
正直期待していたと言えば嘘になる。
が、本人は至って真面目にやっている。
まだお互い若いんだし、これからいくらでも上達するだろうよ。
ダイニングのテーブルには、サラダ、トースト、卵焼きと
シンプルながらヘルシーな朝食が用意されていた。
「おっ、美味そう」
「見た目だけじゃありませんよ?」
まだ先ほどからかった事を気にしているのか、少し頬を膨らませ
責めるようなジト目で、沙織はこちらを見ている。
「んじゃ味わってみますか」
そうして俺達は、いただきますと手を合わせて遅めの朝食を摂る運びとなった。
「お、んまい」
「そ、そうでしょう!?」
沙織は強がってはいるが明らかに嬉しそうにこちらを見ている。
同時に安心もしているようだ。やれやれ、そんなに気にする事もないんだがなあ。
まぁ俺がからかうのがいけないんだろうが……沙織が可愛いからつい、な。
「あー、そう言えば今日って……」
「はい、そうですよ。桐乃ちゃんと、瑠璃ちゃんが来ます」
やはりそうだったか。
「? なぜそんなに嫌そうな顔をしていらっしゃるのですか?」
「いや、そんな顔してたか、俺?」
「はい、それはもう」
嬉しそうに言われても反応に困る。
「嫌って事はないけどさ……昨日の残業で疲れてるからかなあ」
「ふふっ」
「何笑ってるんだ?」
「いえ、相変わらず素直ではないのですね」
放っておけ。
ああ、今確実は俺は嫌そうな顔をしているな。
沙織をからかうのは好きだが、その逆は嫌いなのである。
贅沢者め。
そんなこんなで和気藹々と朝食を食べ終わり、後片付け。
料理は沙織がやると言って聞かないので、
せめて皿洗いは俺が担当する事にしている。
「……」
「……」
「……」
「……あー、沙織」
「は、はいっ!?」
「いつも言っているが、あんまりジロジロ見るなよ」
「な、なぜお分かりになるのでしょう……」
視線なんて物理的には何もないようなものだが刺さるものは刺さる。
沙織の料理の腕があまり良くないと言った俺だが
俺自身、家事が得意な訳ではない。
だから監視されているような気分になってしまうのだ。
しかし沙織にはカッコイイとこだけ見せたいので、
皿を洗うところを見られるのは正直居心地が悪い。
「そうは仰いますが」
キュッとお湯を止め、手を拭いて皿洗い終了。
「男の方がキッチンにいる姿を見るのは……なんと申しますか、心がぽかぽかします」
「な……」
恥ずかしがり屋のくせに、こういう台詞を臆面もなく本人に言えるのは
やはり沙織がお嬢様だからなんだろうか?
「でもまぁ、確かに、沙織がキッチンで料理作ってるの見ると、イイなぁと思っちまうのと同じか」
「そ、そんな事を思っていらしたのですか?」
沙織は顔を紅くして下を向いてしまった。
ふっ。俺を照れされた報いよ。
「でも」
俯いたまま、ボソッと呟くように。
「そう思って頂けて、とても嬉しいです」
カウンターで真っ赤になったのは俺の方だった。
気まずいような、くすぐったいような沈黙を破ったのは携帯電話の振動だ。
「沙織、鳴ってるぞ」
「はい。メールですね……あ、桐乃ちゃんからです」
そう言えば、沙織は今では桐乃と瑠璃(黒猫の事だ)を本名で呼ぶようになった。
何ヶ月か前にいつものメンバー4人で集まって俺達が結婚する事を決めた時からだと思う。
『きりりん氏、黒猫氏。今日はお2人にどうしても報告せねばならない事がございます』
そう言って、沙織は牛乳瓶の底のような眼鏡を外し、居住まいを正して。
『私、槙島沙織は高坂京介さんと結婚する事になりました』
本当は男である俺の口から言うべきなんじゃないかと俺は2回ほど沙織に念を押した。
が、沙織は頑として譲らなかった。
桐乃と黒猫の表情は、硬かった。
沈黙が部屋を占拠して、息をするのも苦しかった。
「……そう」
まず口を開いたのは、黒猫だった。
『まぁ、貴方達が付き合っていたのは知っていたから、
いつかこういう日が来るのかしらとは、思っていたけれど』
しかしそう言ったきり、また口を閉ざしてしまう。
そしては桐乃は。
『……』
少し肩が震えているようだった。
前髪から覗く額や目の周りはやや青みがかっているようなのに
頬や耳は紅潮しているかのように見えた。
膝の上に載せられた小さな拳は真っ白になるほど強く握られていた。
沙織は口を開かず、ただ、手を床について、下を見ている。
どのくらい時間がたったのか。ようやく口を開いた桐乃から発せられた言葉は
殺気さえ孕んだような
『おめでとう』
の一言だった。
そして一拍の間をおいて、桐乃は立ち上がり、俺を指差して叫んだのだった。
『今からこの部屋は女子専用! 男のアンタは出てって!』
『な、なんだと?』
『良いから出ていきなさいよ!変態!キモっ!ウザっ!』
『お、お前なぁ……』
救いを求めるように黒猫に視線を移したが、黒猫はため息を1つ零すと
桐乃に同調するように言った。
『そうね、貴方は今すぐにこの部屋から、いえ、この家から消えなさい。それが身のためよ』
『く、黒猫……?』
『京介さん、私からもお願いです。話が終わりましたら連絡いたしますので』
沙織にまでそう言われてはどうしようもない。
俺は財布と携帯電話だけ掴んで家を出た。
雰囲気が雰囲気なら、ガールズトークってヤツで盛り上がるんだろうけど
そんな空気とは無縁だったよな……沙織、大丈夫かな。
行くアテもなく、しかし、俺は思い当たって、歩を進めた。
そこは一軒の和菓子屋。幼馴染の家だった。
『あら、京介ちゃん』
出迎えてくれたのは麻奈実のお母さん。この人も昔から俺に良くしてくれた。
『麻奈美ー、京介ちゃんよー』
大きな声で愛娘を呼び出すおばさんの姿に俺は何か一抹の寂しさを覚えてしまった。
『あ……きょうちゃん……』
『よぉ。ちょっと話がしたくてさ。今、時間あるか?』
『うん』
通されたのは居間。もう昔のように部屋になんて上がれない。
『単刀直入に言うぞ。俺、今度沙織と結婚する』
『そっか……』
返事をする麻奈美の目にはうっすらと光るものがあった。
俺は幼馴染の見せた涙に何も言う事はできなかった。
しかし、麻奈美は涙を溜めたまま、笑顔でおめでとうと言ってくれた。
あの妹とは大違いだぜ。全く。爪の垢を煎じて飲ませてやりたいね。
『でも、ごめん、きょうちゃん。今日は帰って……?』
『……わかった。その、元気でな』
『うん、きょうちゃんも。沙織さんと、お幸せにね。結婚式には絶対呼んでね』
小さく、ハッキリと頷いて居間の戸を滑らせるとそこには麻奈美の弟、岩男がいた。
『何してんだ、お前は……』
『な、なんでも!』
そう言って岩男は2階へと駆け上がってしまった。
『なんだってんだ、アイツは……』
『あ、あとで私から叱っておくよ』
『はは、お手柔らかにな』
『うん』
そうして俺は田村屋を後にした。
もう裏の玄関から入ることはないのかもしれんと思うと寂寥感は拭えそうになかった。
結局、沙織からメールが来た頃には日付が変わっていた。
終電も終わってしまったという事で、沙織は俺の家にそのまま泊まるらしい。
が、俺の帰宅は果たして認めてもらえず、俺はファミレスから
駅前の漫画喫茶への移動を余儀なくされた。
一体、何を話しているのかねえ。
沙織へのメールの裏で、黒猫にメールを送った。
『To:黒猫 From:京介 なぁ、沙織を2人でいじめたりとかそういう事はないよな?』
すぐに返信がくる。
『To:京介 From:黒猫 貴方は銀河の果てまで吹き飛ばされてしまえば良いのに』
おいおい! 何いきなり怖い事を口走ってんだよ!
『To:京介 From:黒猫 冗談よ。安心しなさい。3人で思い出に浸っているだけだから』
ふーん、まぁ確かにそういう話って時々時間を忘れるよな。
でも、俺が帰ってはいけない理由にはならないと思うんだが……。
翌朝、朝8時。ようやく出た帰宅許可だったが、
慣れない寝床で夜を越した俺にはなかなかキツイ。
『京介さん、ごめんなさいね』
『お前が謝る事じゃないだろ、沙織』
ごめんとは口にした沙織だが、その顔は裏腹に明るい。
桐乃、黒猫も、まるで一睡もせずに泣き明かしたかのような
ひどい顔だったが、昨日俺を追い出した時よりは
幾分スッキリしているような印象だった。
そしてあの晩を境に、沙織は、あのぐるぐる眼鏡を止めた。
ついでに呼び方も変わった。
とは言え、あの美人顔でオタクな発言をされると
ギャップに少々驚いてしまうのだが、そこは勘弁してもらおう。
「京介さん?」
「ああ、悪い。ちょっとボーっとしてた。で、黒猫のやつ、なんだって?」
瑠璃ですよ、と言って沙織は続けた。
「2人は夕方になるそうです。私の手料理を楽しみにしている、とも」
「そりゃ、気合入れて夕飯準備しないとな」
はい。と嬉しそうに頷いた沙織の顔にはやる気が満ち溢れているようだった。
結婚して1週間。いまだ新居は綺麗なままの新居……などと思ってもらっては困る。
むしろかなり散らかっている。
と言ってもこれは沙織が掃除のできないヤツ、という訳ではないし、
俺が脱いだ服をその辺に投げている訳でもない。
沙織が相当なお嬢様というだけあって、結婚式はかなり盛大なものだった。
いやすまん。かなりどころか、とても盛大なものだった。
この年になるとチラホラ友人の結婚式に呼ばれるからその違いはハッキリ分かる。
最近は紙切れを提出し、結婚を報告する葉書だけで終わらせるような
カップルも少なくないというのに、両家の親戚連中はもちろん、
お義父さん(いまだにそんな軽々しく呼べない)の仕事関係の友人たち
そして奔放初のお披露目となった沙織の姉であるところの『香織』さん。
新婦側の多さに、あの、うちの親父ですら軽くビビっていたのはここだけの話である。
そう言えば、香織さんと言えば、かつて沙織が『コスプレ』した『元キャラ』で、
当時、そのコスプレはサバイバルゲームをたしなむ男勝りってな感じの印象だったが
実際目の当たりにしたその人はやはり沙織並に整った目鼻立ちをしており
しかし、豪快で竹を割ったような性格をしていた。
話がやや逸れたように思われるかもしれないが、ちゃんと繋がっている。
要は、結婚式に出席してくれた方々からの贈り物の数が尋常ではなかったのだ。
これがかつて沙織が住んでいた、両親所有のマンションなら
まだ『倉庫』もあっただろうが、ここは若い2人にありがちな新居で、ぶっちゃけそんなに広くない。
それでも2LDKなのだから世間の平均にしたら広い方だと思うんだけどな。
しかし、この荷物の山を収めるには手狭。圧倒的、あるいは致命的に場所がない。
加えて共働きしているため荷解きも満足に行えていない状況だ。
「……このままじゃ、アイツらが寝るところねーな」
「あら? 泊まって頂くんですか?」
「お前だって最初からそのつもりだろうに」
京介さんは何でもお見通しなんですね、と沙織ははにかんだ。
当然だろ。お前の事だからな。まるっとお見通しよ。
かくして荷解きと片づけが始まった。
さすがにアイツらと同じ部屋では寝れないからな。
まぁ、最悪。女性陣3人は寝室。俺はリビングに寝れば良いんだけどな。
どちらにせよ、できるだけ早くやらなければならないタスクである。
そもそも何を頂いたのかすら把握しきれていない現状もヤバイしな。
基本的に贈り物は沙織向けのものが多かった。
食器類、貴金属や宝石などのアクセサリー(俺が買った指輪より高いんじゃないか?)、そして、
「ベビーベッドって……気が早すぎんだろオイ」
「あらあら。期待されていますのね」
言いながら赤面している沙織である。
言わなきゃ良いのに。
まぁ、俺まで恥ずかしいから、なんだが。
でも、そうなんだよな。
結婚したからには、そりゃいつかは子どもを作る訳で。
自然な事だよね。いやそうなんだけどね。
脳裏に浮かぶのは去年の夏。
デートで海へ行ったのだが……。
『きょ、京介さん』
『お、遅かった……な!?』
『申し訳ありません……あまり慣れておりませんで……』
そこにいたのは美の化身かと見まがうばかりに神々しささえある沙織の姿だった。
ビキニではなかった。ちょっと期待してたんだけどね!
しかしそんな事が瑣末に思えるほど、沙織の水着姿は完璧だった。
水色のワンピースに短いパレオを腰から巻いている。
パレオが作り出すスリットからすらりと伸びた白くて綺麗な脚は
程よい太さで美しい曲線を描いていたし、
大きく開いた背中は透き通るように美しいし、
極め付けに窮屈そうにしている胸ははちきれそうなのだ。
『ど、どうでしょう?』
どうでしょうって。どうでしょうってお前さん。そりゃ最高としか言えないよ。
この時ばかりは自分の語彙の少なさを呪ったね。
『ありがとうございます』
照れてはにかむ沙織の姿はビーチのマドンナ(死語)だった。
ただ、他の男に見せたくなかったので、
もう2度と公共の海水浴場には行かない事にしたけどね。
そう。そんな沙織を抱く?
うわあ。思い浮かべるだけでヤバイぜ。
今日はこれから桐乃たちが来るんだからそれどころじゃないってのに。
「京介さん?」
「はいっ!!?」
突然呼ばれて声を裏返らせた俺を見て沙織は吹き出した。
「どうしたんですか? 手が止まっていますよ?」
「悪い悪い……頑張るよ」
全く、頑張って雑念を払わないとな。
精を出すのは片付けだけにしろってな。
1つ1つ包みを開封して中身を確認しては沙織に確認を取り
用途ごとに振り分けていく。
しっかし一体いくつあるんだろうねえ。
今日一日、いや半日で終わるのか怪しいもんだ。
「あら?」
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」
沙織は箱のフタをそっと載せ、小走りに隣の部屋へ駆けて行く。
「?」
おっとこうしちゃいられん。さっさと片づけを進めないとな。
これもアクセサリーかよ。ダイヤにプラチナ?
しかも揃いでネックレスまで。
なんだかなぁ。自信なくなっちまうぜ、ホント。
あの時の事をちょっと思い出すな。
それは、そう。初めて沙織のご両親、槙島夫妻に会った時の事だ。
本当の金持ちは上ではなく、横にでかい家に住む。とは誰が言ったのだろう。
槙島家はまさしくそんな家だった。
こんなのゲームや映画の世界にしか存在しないとさえ思っていたんだけどな。
『さ、お入りください』
威容に圧倒されている俺の手を引いて門をくぐる沙織の手はひんやりと冷たくて
変に昂ぶっている俺の気持ちを少しだけ冷静にしてくれた。
まず玄関のドアを開けると広いエントランスが、なんて事はなかったが、
日本特有の狭小住宅と明らかに違う、ゆとりある空間の使い方だ。
調度品も全然厭味がなくて落ち着いた雰囲気を作り上げている。
そうか、こういう家に生まれると沙織みたいな子が育つのか、
なんて事を考えてしまうあたり、平常心とは言えない。
『高坂様、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ』
なんとリアルメイドの登場だ。いるところにはいるもんだねえ。
と感心している横で沙織は少し不機嫌気味だ。
『沙織? どうしたんだ?』
『いえ……』
否定する沙織だったが、明らかに怒っている。
これはハッキリ言ってかなり珍しい事だった。
ドアを開けるとそこには気立ての良さそうな婦人と、
穏やかな表情のナイスミドルが座っていた。
『これはこれは。よくいらっしゃいました。沙織の母でございます』
『ど、どうも。お初にお目にかかります。私は、こ、高坂京介と、申します』
『あらあら。硬くならないでよろしいんですのよ』
『そうとも。娘から良く話は聞いている。自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ』
こういうシチュエーションでは大概父親は良い顔をしないもんだと思っていたが
どうやらそれは杞憂だったらしい。
少なくとも表面上は歓迎ムードなようだった。が沙織が噛み付いた。
『お父様、お母様! お客様が来たのに自分たちが迎えに来ないのはいかがなものでしょう?』
なるほど、さっきちょっと憤慨しているように見えたのはそういう事か……。
割とそういうトコ気にするんだな。
『お、おい。俺、いや私のことは良いから』
『良くありませんわ。京介さんは私の大切な彼氏なのですから!』
一瞬、空気が固まった。
『まあまあ。うふふ』
『はっはっは。大切な、か。見せ付けてくれる』
当の俺と沙織はゆでだこか、もしくは加熱したエビみたいに真っ赤だった。
それからは完全に会話の主導権を掴んだご両親のペースだ。
なんだか喋らなくて良い事までお互い口にしてしまった気がする。
そして意外だったのは
『私たちも、年をとった。香織は年に1回帰国するかしないかだからね』
『ええ。だから子どもは早めにお願いしますね。孫を抱くのが今の私たちの生きがいなのですから』
という発言だ。どうやらすっかり結婚するものと決め込んでいる。
ただ、俺はその時、一瞬だけ垣間見たのだ。
お義父さんの目が光ったのを。
娘を幸せにするだけの覚悟と経済的、社会的、社交的な力量。
当然それらを持ち合わせた上で娘と付き合っているんだろうな、と。
釘を刺されたように感じた。
圧倒的に持っている者の、言外の恫喝に、俺は身震いした。
沙織は、正真正銘のお嬢様で、俺は中流家庭の平民。
選ぼうと思えばいくらでも稼ぎの良い男、家柄の良い男がいるはずだ。
それでもコイツは俺を選んでくれる、と思う。
そう疑わないだけの時間、10年近い時間を一緒に過ごして、乗り越えてきたんだ。
じゃあ俺はそれに応えられるのか。心身を引き締めずにはいられなかった。
ふと気づくと、沙織が俺を見ていた。
『どうかしたのか?』
そう聞くと沙織はふるふると顔を小さく横に振って微笑んだ。
『私の使っていた部屋がありますわ。よろしければご覧になりませんか?』
『おお、そりゃ是非ともお願いしたいね』
『では参りましょう』
嬉しそうに俺の手首を掴む沙織の姿に、俺はコイツを幸せにしてやると、改めて強く思ったものだ。
「……懐かしいなあ……」
なんだかんだ言って良いご両親だ。
お義父さんボロ泣きしてたもんな。
「京介さん」
「んー、どうかした、か……?」
突然沙織の声に呼ばれて振り返ると、そこには綺麗なドレスを着たお姫様が立っていた。
「おま、その格好……」
「ふふ。どうです? 贈り物に入っていたのです」
ワインレッドのベルベッドに身を包む彼女はまるで女神だ。
流れるようなラインが沙織のスタイルの良さを上品に、そして強烈に表現している。
「すげー似合うぜ。ドレスも良いけど、やっぱ中身が最高だから」
「もうっ、京介さんったら……」
なんとなく、そんな格好をした沙織を見ていると。
なんとなく、1週間前の事を思い出して。
なんとなく、沙織の目が潤んで。
「沙織」
「はい」
「好きだ」
「私もです、京介さん」
なんとなく。
沙織の柔らかな唇に、唇を重ねた。
やがて、ほうっと息を漏らして沙織が離れた。
心臓が仕事しすぎなんじゃないかと心配になるくらい左胸の鼓動がヤバイ。
お互いに心なしか息が荒くなっている気がする。
「沙織……」
名前を呼んで、肩をつかむ。
ビクッと小さく震えて、けれどすぐに力が抜けて。
「……沙織……」
「京介さん……」
ピンポーーーーーーーーーーーーーーーーン
「…………あ゙?」
水を差された状況とは逆に、俺の怒りはMAXで燃え上がってしまったが致し方ない。
沙織はあからさまにガッカリした顔になっている。これはこれで珍しい。
俺は観念してカメラ付きインターホンを付けるとそこにいたのは例の2人だった。
『げっ』
「人ん家に来て第一声がそれか。早かったな」
『早いって……もう4時過ぎてるじゃん』
あれ? まだ15時前くらいかと思っていたがそんな事はなかったぜ。
『それで、いつになったら開けてもらえるのかしら、このオートロック?』
「ああ悪い。今開けるよ。ほいっ」
『全く』
それからややあって、玄関のベルが鳴る。
「よう、よく来たな」
「はぁ? 別にアンタに会いに来た訳じゃないし。ていうか早くどいてよ」
「……」
なんだろうね。コイツのこの態度は。なんだか昔を思い出すねえ。
懐かしくて涙が出そうだぜ。
「黒猫も、いらっしゃい」
「ええ。1週間ぶりね。と言ってもあの時はほとんど話もできなかったけれど」
2次会はあったが、どっちかと言うと新郎新婦の友人たちと騒ぐって言うより
新婦の関係者による質問攻めと、新郎の品定めみたいなものになったのは嫌な記憶だ。
「2人ともいらっしゃい。桐乃ちゃん、瑠璃ちゃん。来てくださって嬉しいです」
「沙織!」
俺が応対している間に先ほどのドレスを着替えた沙織が奥から出てきた。
そんな沙織を見るなり桐乃と黒猫は駆け寄った。
「沙織、大丈夫? あの男に変なもん食わされてない? いびられてない?」
「貴女の事だから大丈夫だと思うけれど、何かあったらすぐ連絡するのよ」
「いやだ、2人ったらもう……」
「いやいやいや。お前らなんつー会話してんだよ」
なんだか放っておくと話がエスカレートしそうな空気だったのですかさず止めに入る。
と、桐乃は気の立った猫のようにこちらを睨んだ。
「あのねー。何? この散らかりよう。沙織に家事押し付けて、
自分はふんぞり返ってんじゃないでしょうね」
「そっ、そんな事しねーよ! 俺だって皿とか洗ってる!」
「あーやだやだ。マジキモイ。何? それくらいで得意面? 自慢ですかぁ?」
「ぐっ……」
相変わらずコイツは人の神経逆撫でするのが上手いよなぁ!
「口を動かすより手を動かした方が良いわね。沙織、手伝うわよ」
「あ、アタシもアタシもー」
「2人とも、ありがとうございます。助かりますわ」
そんな訳で我が家の初めての客に家の掃除を手伝わせると言う
なかなか申し訳なくもあり、情けなくもある状況になってしまったのだが
ぶつくさ文句を言いながらもしっかりやってくれる桐乃に
黙々と手を動かす黒猫の2人を見ていると良いコンビだと心底思う。
……ただ途中途中で、高価なものを見る度に
こっちを一瞥しては嘲笑するのが癪に障ったけどな。
そして夕食。沙織は宣言どおり、料理の腕を振舞った。
結果としては……満点とはいかなかったが、2人の先生からは
及第点ギリギリをもらったとだけ言っておこうか。
いや、別に不味い訳じゃないんだよ?
マズメシ嫁なんかじゃないからな?
で、その後は宴会になった。
桐乃はあんまり酒に強くない。良く笑うし、良く泣く。そう、泣く。
普段絶対人前で泣いたりしないヤツなのに、だ。
あやせが初めて桐乃と飲んだ時の動揺っぷりと言ったらなかったね。
ちなみに翌日には綺麗さっぱり忘れるから始末が悪い。
黒猫もあまり強くないらしい、が、ペースと量を弁えているので
桐乃のようにハメを外しすぎる事がない。
ある意味一緒に酒を飲むなら一番適任だろうな。
一番って沙織はどうしたって?
アイツはダメだ。完璧超人の旧姓・槙島沙織だが、やはり人には欠点があるもので。
沙織は、酒の量が一定のラインを超えると、脱ぐんだよ。
いや止めるのにマジで苦労するんだ……。
本人分かってるのに、結構酒が好きみたいでな。
俺? 俺はまぁ普通だよ。テンションが上がるだけ。
面白味がないとか言うな。軽く凹む。
まぁ、そんな訳で、こんな4人が宴会である。
到底人様には(特に槙島家の関係者)見せられない様相だ。
「ちょっと、そこの変態! 今パンツ見たでしょ!」
「見てねぇ!」
「京介さぁん……聞き捨てならないですぅ……」
「沙織! 脱ぐな!」
「じゃあアタシが脱ぐ!」
「意味が分からんわ!」
「貴方が脱ぐなら私も脱ぐわよ」
「ぐぬぬ……それはヤバイわね……」
何がどうヤバイんだ。いや確かにヤバイけどな。
しかし見ていると酔った桐乃を黒猫は割りと上手にいなしているように見えた。
「きょーすけさーーん! もーう、ろこみれるんれすかぁー」
「うわわわ、沙織! バカ! 桐乃たちが見てんだろ!」
「らーってぇー」
本当に黒猫がいなかったらどうなってたのやら……マジで恩に切るぜ。
そんな乱痴気騒ぎは日付が変わっても続き、ようやく収束したのは午前も2時を過ぎた頃だった。
結局半裸になって倒れた沙織と桐乃を寝室にぶち込み、酒臭いリビングに戻ると
黒猫がソファにちんまりと座ってこちらを見上げていた。
「2人は?」
「ぐっすり寝てやがるよ。いい気なもんだ」
「そう」
「今日はサンキュな。お前がいたおかげで地獄の一歩手前で済んだ気がするぜ」
そう、と黒猫は落ち着いた声だった。
「お前は、あんまり楽しめなかったか?」
「いえ、そんな事ないわ。私がお酒を飲むのは貴方達とだけよ」
「ははっ、そりゃ光栄だ」
ほんのり朱が差したような頬。20を過ぎてなお、コイツの肌は桐乃の折り紙付きだ。
「沙織は」
「ん?」
「とても、幸せそうね」
「……お前にそう見えるんなら、嬉しいね」
しんみりと、そしてしっとりした空気だ。
これは黒猫の人格に依るものだろうか。
コイツといると、昔から落ち着くのだ。不思議と、優しい気持ちになる。
「ねぇ」
「なんだ?」
「なぜ、あの時――」
そこまで言い掛けて、しかし、黒猫は
「いえ、なんでもないわ」
「お、おい。そこまで言っておいて」
「私もそろそろ寝ようかしら。貴方も寝たら? 明日も仕事なのでしょう?」
そう、日曜だが明日も仕事だ。正確には明日じゃなくて今日だけどな。
「ま、追求しても言いそうにないしな。寝るか」
「私と一緒に?」
「……バカヤロー」
「……冗談よ」
知ってるよ。
冗談じゃないって事はな。
「じゃあ、おやすみ、黒猫。いや、瑠璃」
少しだけ目を見開いて、黒猫はそっと微笑んだ。
「ええ、おやすみなさい。京介」
朝7時。女3人が起きてくる様子はない。
ま、特に問題はないだろう。
沙織には後でメールしとくとして……。
「きょうすけ……さん?」
「あれ、なんだ起こしちゃったか?」
眠そうな目を擦りながら現れたのは沙織。
明らかに寝不足風の顔だ。
「ご、ごめんなさい……寝坊しちゃって……」
「いいって。今日は日曜なんだしさ。まだ寝てろよ。もう出るし」
「そ、そんな」
家を出る前に、愛する奥さんの顔を見て、声を交わせる。
平凡でありきたり。でもそんな日常こそが、俺の夢見た幸せであり、
今ここにあるのはまさしくそれだった。
「んじゃ行ってくるよ、沙織」
「はい。気をつけていってらっしゃい、貴方」
「おう」
「あ」
ついっと滑るように俺との間合いを詰め、すと手を伸ばした。
沙織がふわりと微笑んで
「タイが曲がっていてよ、京介さん」
今日も、頑張れそうだった。
終わりです。ごめんなごめんよ。また黒歴史築いちまったよ。
ラストはちょっと駆け足だったのもごめんよ。
でもそれ以上に面白くなくてごめんよーーーーーーー!!
おやすみ
84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 00:07:20.92:lirPj/v70ラストはちょっと駆け足だったのもごめんよ。
でもそれ以上に面白くなくてごめんよーーーーーーー!!
おやすみ
黒猫……(´・ω・`)
ともかく乙。
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 00:08:31.62:u+/GTGbG0ともかく乙。
乙
あまあまちゅっちゅ最高^^
86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 00:08:42.34:vLAorgNV0あまあまちゅっちゅ最高^^
ほ、ホントは桐乃、黒猫の2人に得になる展開を挟んでやりたかったけど心を鬼にした
89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 00:09:37.11:5uCl6NVc0乙
最高だったぜ
今夜はよく寝れそうだ
95:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 05:13:03.78:msszN6/uO最高だったぜ
今夜はよく寝れそうだ
いやぁ良かった
おつ
115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 17:28:42.09:vLAorgNV0おつ
蛇足だぜ
桐乃サイド
---
自棄酒、なんて生まれて初めてだった。
お兄ちゃんと沙織の新居。
どれだけ飲んでもいつもみたいに酔えない。
ワインを飲んでも、ビールを飲んでも、焼酎を飲んでも
いつもなら飲まない大吟醸にも口をつけたけどちっとも酔えやしない。
ただ頭の中は車のアクセルを踏みっぱなしにしてるみたいで
なんだかもう訳わかんなくて。
気がついた時には、私はお兄ちゃんの腕に包まれていた。
えっ、やだ、なんで!?
これって、お姫様だっこってヤツ?
私、今、お兄ちゃんにお姫様だっこされてるの!?
なんでなんでなんで!?う、嘘みたい。これって夢?
ううん、夢でも良い。
お兄ちゃんがこんな近くにいるなんて夢、幸せすぎるもん。
ああー……お兄ちゃんって意外と筋肉質なんだぁ。
それに胸板もほどよくボリュームあって……。
「ん? なんだ、起こしちまったか?」
「あ……」
「おっと、変態だのキモいだのというのはナシだぞ。
あんだけ酒を呷って潰れる人間が悪いんだからな」
「な、なによ……兄貴面しちゃって……」
ばかばか。またいつもみたいに、お兄ちゃんの前で素直になれない。
そうやってお兄ちゃんに冷たくしてるから、沙織に取られちゃったのに。
でもお兄ちゃんは、態度の悪い私に向かって
兄貴だからな、って笑って言ってくれた。
なんでこんなに優しいの?バカなの?死んじゃうよ?
「ほら」
「あう」
優しく、壊れ物を扱うみたいにそっとベッドの上に私を寝かせてくれるお兄ちゃん。
やだ。ここってもしかして、毎日お兄ちゃんと沙織が寝てるベッド……だよね?
「あ、アンタが寝てるベッドで寝るなんて……サイテー」
「文句言うなよ。ここより上等な寝床はウチにはねーんだ」
また。私ってなんでいつもこうなんだろう。
「……桐乃?」
「なによ」
「お前、なんで泣いてるんだよ」
「えっ……」
涙が頬を伝って、熱い。
「み、みん……見ないで……」
「……」
「……ごめん。いきなり」
「うんにゃ、別に」
なんでいきなり泣いちゃったんだろう?訳わかんないなぁ。我ながら。
でも、そんなに長い時間泣いた訳じゃないのに、なんかスッキリした。
「あのさ」
「おう」
「昔、人生相談とかしたの、覚えてる?」
私は、あの頃を思い出しながら喋った。
「懐かしいな」
「あの頃は……いろいろ、ありがとね」
「気にすんなよ。あれはあれで、今となっちゃ楽しかったしな」
「うん」
いつ聞いても不思議な気持ちになる、お兄ちゃんの声。
どきどきしたり、ざわざわしたり、めそめそしたり、いらいらしたり、ふわふわしたり。
男の人は大学にも職場にもいっぱいいるのに、そんなのお兄ちゃんだけ。
「ねえ」
「あいよ」
「……お願い、しても良いかな」
「なんだよ?」
「……キスして」
「は?」
恥ずかしい。きっと私、今顔真っ赤だ。
お兄ちゃんはどんな顔してるんだろう。
こんな事言い出す妹に引いてるかもしれない。
目を開けるのが怖い。
けど、すっと空気が動いて、顔の近くに何かが来たのが分かる。
え、うそ、ほんとに……?
ちゅ、と。頬に触れたお兄ちゃんの唇は想像していたよりずっと熱くて、
私は顔だけじゃなくて、体全部がきっと真っ赤になった。
「お、おやすみ」
それだけ言ってお兄ちゃんは足早に部屋から出て行っちゃった。
声を押し殺そうとして、でもちょっと失敗してどもってたけど。
ここのところ、あんまり眠れない日がずっと続いていたけれど。
今日はぐっすり眠れそう。
ありがとう、お兄ちゃん。大好き。
., -、,. -─- 、⌒〉
{ } ヽ_ r'⌒)
ヽ、 ,,-‐‐ ‐‐-、 iヽ、 J
{ 、_(o)_,: _(o)_ヽ/ ヽ/∪
! >:: } / 丶
l /( [三] )ヽノ‐''> < つわぁぁぁああああ!
i⊂}__ `二´‐'´__/__ 俺きめええええええ!
ヽ ‐- 、二`ヽ/〉⊂ニニ⊃)
| // ̄ ̄)j~U^∪ヽ
ノ ` ‐-L!--‐''(´ )
`i''ー----‐ ''"´ ヽ、__/
! } ` }
!. , -‐- 、. ノ--─ '
ヽ、_{. `ヽi'⌒i
`''‐- 、.. __,!
>>121
ID:vLAorgNV0ちゃんちゅっちゅ!
欲を言えば全員ルート書いてきっちり落としてください^^^^^^^^^^
126:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 17:52:03.69:vLAorgNV0ID:vLAorgNV0ちゃんちゅっちゅ!
欲を言えば全員ルート書いてきっちり落としてください^^^^^^^^^^
え、それとも何なの?上の本編とは待ったく違うルートで書けって事なの?
沙織とくっついたシナリオから各キャラを描写しろって事なの?
127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 18:09:16.35:avTsnmpp0沙織とくっついたシナリオから各キャラを描写しろって事なの?
上の本編とは待ったく違うルートで書けって事なの
133:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 19:14:59.97:vLAorgNV0ちなみにだよ?
全ルートって
・麻奈実
・黒猫(原作ルートだから除外)
・沙織(済)
・桐乃(済)
・あやせ
だから都合2人ってことだよね。
リアとか赤城の妹とかは考えなくて良いんだよね。そうだよね。
143:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 22:39:42.21:vLAorgNV0全ルートって
・麻奈実
・黒猫(原作ルートだから除外)
・沙織(済)
・桐乃(済)
・あやせ
だから都合2人ってことだよね。
リアとか赤城の妹とかは考えなくて良いんだよね。そうだよね。
麻奈実ルート
---
「平凡」「不変」「普通」
俺が常々口にしている、俺なりの幸せのかたち。
変わらないものを変わらないまま続けていく難しさは
ある程度理解しているつもりだった。
いや、大した経験や体験談がある訳じゃないから、
苦労を乗り越えて血肉としてそう言い切れるような人たちに
面と向かって言う事なんてできやしないけどな。
だってそうだろ?
誰でもが簡単にできる事なら、誰も苦労しないんだ。
けれど、俺の場合。案外あっさりそこに手が届くかもしれなかったりする。
俺には1人の幼馴染がいる。
名前は田村麻奈実。和菓子屋の娘だ。
とにかく地味な性格、地味な容姿なのだが、成績に関しては優秀の一言に尽きる。
麻奈実のおかげで、そこそこ良いレベルの高校に合格できたし、
さらに都内の大学にも現役で合格した。
旧帝ってほどじゃないが、やはりそれなりに名の通った大学で
合格の知らせを聞いた両親や桐乃、黒猫や沙織、あやせも
割と驚いていたのが、悔しくもあり、また同時に嬉しくもあった。
「きょうちゃーん。こっち手伝って~」
「あいよ!」
季節は8月。大学生活4回目の夏休みは4年連続4度目の、バイトに来ていた。
どこって? そりゃ決まっている。
「おにーさん、このお饅頭とこっちのお煎餅2つずつね」
「はいはい。えーと、1050円が2点、840円が2点で……」
「違うわよ。こっちの1260円の方」
「うわっ、すんません!」
お盆を前に帰省ラッシュも始まりつつあるため、和菓子屋は大盛況という訳だ。
初めて麻奈実から話を持ちかけられたのは4年前。夏休みを控えた7月のある日の事だった。
『バイト?』
『そう。実は毎年この時期は忙しいの。それで、今年もあるばいとをお願いしてたんだけど
急に1人きゃんせるが入っちゃって』
『それで俺に白羽の矢が立った訳か』
この話を聞いて、俺は悪くないなと素直に思った。
バイトは未経験で、兼ねてより探そうかなと考えたりはしていたからだ。
根が小心者の俺としては、いきなりコンビニなんかの知らないところで働くよりは
ある程度気心の知れた人間の店で働く方が気が楽ってもんだろ?
とは言え、一応親父の耳に入れる必要はあるだろうと思い、
その場では前向きに考えると答えるに留めた。
もちろん、その晩、親父からは2つ返事が許可が下りたけどな。
「あっ、すいませーん。これって包んでもらえるんですか?」
「贈答用ですか? 熨斗の指定はありますか?」
普段はぽけーっとしている麻奈実は意外にも手際よく客を捌いている。
そしてなんだか今日は機嫌が良さそうだな。傍目にも浮かれてやがる。
19時閉店。今日も1日お疲れ様でした。
ちなみに普段の営業は18時まで。繁忙期なので1時間延長しているのだそうだ。
実際閉店間際にもお客さん来てたしな。
「きょうちゃん、おつかれさまあ」
「おう、麻奈実もお疲れさん。今日もよく売れたな」
「うん。えへへ。きょうちゃんのおかげだよ~」
やっぱり機嫌良いな。なにかあったんだろうか?
「なあ、麻奈実。お前、今日何か良い事でもあったのか?」
「えっ!? な、なんでわかるの~?」
そりゃお前、顔に書いてあるって表現がピッタリくるぐらい顔に出てるからな。
隠し事のできないヤツめ。
「それってさ、昼間のアレだろ?」
と、顔をひょこっと出したのは麻奈実の弟、岩男だった。
「にーちゃんがお昼食べてる時、お客さんに言われてたんだよなー」
「こ、こら! それはないしょ」
「なんだ? 俺が許す。言ってみろ」
むぐむぐと口で言っているかのようにもがく麻奈実を後ろから抑える。
「今日は若旦那は一緒じゃないのかい?ってお客のばーちゃんに言われてたんだよ」
「なっ! わかっ!?」
「ぷはーっ! もう、言っちゃだめって言ったのにー」
今度は俺が真っ赤になる番だった。若旦那て。
「ご、ごめんね。きょうちゃん。迷惑だった、かなあ?」
「……」
少し困るようにはにかむ麻奈実を見て、
何故だか心に小さなトゲが刺さったみたいに感じた。
だから、俺はハッキリと否定してやる。
「いや」
「ふえ?」
「10年後、こうやって俺とお前はこの店を切り盛りすんのかなって、ちょっと今日思った」
麻奈実は、今自分が聞いたものが信じられないと言わんばかりの表情だったが、
一拍の間を置いて喜色満面になった。
「そ、それって、きょうちゃん……」
「まぁ、そういう事、かな。今後ともよろしくな、麻奈実」
「うん、うん!」
戻ってきた岩男が口笛を鳴らして快哉を叫ぶ。
あーあ、あの分じゃ爺ちゃんも婆ちゃんも、麻奈実の両親も聞いてたな。
でもまぁ。情報化社会、文化の欧米化が進む現代の日本で
伝統の和菓子を守るって仕事も悪くないだろ。
「えへへ、きょうちゃんだいすき~」
ましてや、涙と笑顔でくしゃくしゃになってるコイツと一緒なら、なおさらな。
こうして。既にいくつかの内定をもらっていた身ではあったが、
俺は永久就職先を見つけてしまったのだった。
/ ̄ ̄`ヽ :
/. i /ヘ\ヽ\:
;| ! |/__.xト、L,_ ト}: こ…
; |!ヘ cモリ lモ!oV こんなんで良いんですか?
;| !|.ト" rっ ツ|.|、:
,',ノ 斗ャ fて`Y トミヽ 黒歴史ってこういうもの
/ {トミトv|'´ゝ } ノノ:l }: なんですかぁ……?
:/イ { ゝィVr-ヘト、 ! ハ
. | !|Y⌒'ミ{ヾ=' | /イ|
ヽ人 |! /\ :
`'┬' トー'´ ヽ :
:,/{、 || ,.|='´ } :
素晴らしい。でも原作で黒猫ルートって分かってるから胸がキュンとなる。だから個別エンドよりもハーレムが好き
151:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/11(木) 22:59:29.02:u+/GTGbG0地味子が幸せになってよかった・・・幼馴染が成就してくれてよかった・・・・・・っ
174:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 10:51:27.01:MjI6d/rI0あやせルート
---
妹の親友にして、あの妹と同格の存在。
いまやカリスマモデルとしての評価と地位を不動のものにしている
マイラブリーエンジェル、こと、新垣あやせ。
いや、今となってはそんな事言える年じゃないんだけどさ。
もうねえ、俺もあやせも大学生ですから。
ラブリー(笑)エンジェル(爆)ってなもんだ。
しかし、桐乃がそうであるように、あやせもまた美しく成長している。
そこは純粋に凄いと評価すべきだろうな。
子どもの頃は散々その容姿をもてはやされた人間が
成長してみるとてんで大した事なくなってる、なんてのはよくある事だと
俺はこの業界にそれなりに長く触れる間に何度も目の当たりにしてきたんだ。
「おい、まだ……やんのか……」
「決まってるじゃないですか、京介さん。何これぐらいで音を上げているんです?」
情けないくらい息を乱して訴えた抗議は無常につっかえされた。
あやせは汗こそかいているものの、まだまだ余裕たっぷりという感じだ。
「ほら、良いじゃないですか。もう1回やりましょう」
「うっ……い、いや……俺は遠慮したいなー、なんて」
「は? 何言ってるんですか? この私が誘ってるんですよ?
それを拒むとか頭おかしいんじゃないですか?」
「わ、わかった! わかったよ! わかりましたから!」
半ば、いや、全ばとでも言うのか(読み方など知らん)
とにかく強引に俺から口上の同意を取り付けたあやせは嬉しそうに器材の方へ歩いていく。
断じてベッドとかじゃない。
ここはフィットネスジム。週3回、あやせはジムに通っている。
そして俺は毎回それにつき合わされているのだ。
あくまで『仕事』として。
俺が大学2年の時、1つの転機が訪れた。
久々にあやせからメールが届いた事に歓喜しながら受信したそれを開いてみると
そこには短く本分が記されているのみだった。
『今、人生相談お願いできませんか』
矢も盾も取らず、とはこういう場合に使うのか。
俺は全力で部屋を飛び出した。
場所なんて書かれていなかったが、アイツの人生相談と言えば『あの場所』しかない。
そしてその予想はバッチリ的中した訳だ。
公園のブランコに、あやせは座っていた。
その背中はとても寂しそうで、悲しそうで。
俺は声をかける事も、近づく事も躊躇った。
それでもあやせの方は何か感じたらしい。
ちらと俺の方に目をやった。
「あ……」
「……よう」
どことなくホッとしたような、そんな顔。
1人にされた子どもが迎えに来た親を見るような、そんな顔だった。
「場所なんて言ってなかったんですが」
「お前の相談なんて、ここ以外で受けた事ないだろ?」
「それも……そうですね」
当時あやせは高校2年。初遭遇から3年が経過している。
これがビックリするほど綺麗で、いや、それは中2の時も思っていたが
あの頃に比べてほぼ完全に子どもっぽさ、あどけなさと言うものが抜け
大人の女としての魅力すらまとい始めていたのだ。
そんなあやせの憂いた表情にどきりとしたが、今はあくまで相談だ。
俺は安心させるように、ゆっくりと近づき、2つ隣のブランコに腰掛ける。
「……」
「……」
こちらから切り出してやるのは簡単だ。
「どうした?」「なんかあったのか?」
でも、それはズルだ。
誰でも人が他人に何かを相談するってのは割と一大決心するもんだ。
まして、あやせが桐乃でなく俺に。
それは間違いなく一大決心だったろう。
だから、俺からは聞いてやらない。
あやせから、自分から言い出せるまで、辛抱強く待った。
「……モデルの仕事を、辞めるようにって、母から言われたんです」
沈黙は長くなかった。この辺は意志の強さから来るものだろうか。
「ほう」
「今までは大目に見てきたけれど、もう受験の準備を始めなさいって。
そのためにはモデル『なんかに』うつつを抜かしている場合じゃないでしょうって」
「……なるほど」
あやせの母は頭が固い。しかも視野がだいぶ狭い事は分かっていた。
それまでにも何度か相談を受けたが、大体桐乃か母親が絡んでたからな。
「私は辞めたくないんです。モデルの仕事は好きだし、桐乃とも一緒にいられるし」
「まあ確かに、もったいないよな。お前らの人気すげーもん」
「でも、母はそうは思っていません。むしろその人気が仇になっているみたいで」
「ん?どういうこっちゃ」
そこで少し口ごもったあやせだったが、1つ深呼吸して話しを続けた。
「インターネットの掲示板とかで、私の事を、その、
い、いやらしい目で見る人の書き込みがすごい多いらしいんです」
「あー……」
絶句した。思い当たるフシが山ほどある。
というか、つい先日桐乃や黒猫、沙織たちとそのスレッドを見たばかりだったのだ。
『げーキモっ!アタシらはお前らのためにモデルやってんじゃねーっての』
『モデルだろうが何だろうが、抜けるものでヌく。彼らの常でござるよ』
『低俗極まりないわね。わざわざ検索して見つける方も見つける方だけれど』
桐乃もあやせも。今では男どものオカズとしての地位まで確立している。
そりゃ腹立つよ? 可愛くないとは言え、俺の妹と、マイラブリーエンジェルあやせたんで
ティッシュを無駄遣いして環境破壊を促進するような輩にはムカつきますけどね。
でも、そんなのどうしようもねーじゃん。送信者と受信者。そこには明確な差がたくさんあるのだ。
「それで、けがらわしい、みたいなイメージをモデルに対して持つようになってしまったみたいで」
「なるほどなぁ……」
「それに、確かに最近モデルの仕事が忙しくなって、勉強が疎かになってきている部分もあるんです」
悔しそうに告白する。
そりゃそうだろう。俺に自分の欠点を明かすなんてな。
「まだ成績は維持できていますけど、次の定期テストではどうなるか……」
「つまり、不安な訳か」
「はい」
まとめると問題は2つ。
純粋に母親が娘を守ろうとちょっと行き過ぎた義憤にかられている事。
そして、勉強が疎かになりつつある事。
この2つをクリアできれば、なんとかなりそうだ。
「勉強は良いとして、問題はお母さんのほうだな」
勉強なら俺や麻奈実(というかほぼ麻奈実)も見てやれる。
俺の手柄ではないが、アイツは良い先生だからな。きっと大丈夫だろ。
ふと、思いついた俺は自分の仲間内で最も頼りになるヤツに電話をかける事にした。
「……お兄さん?」
2回目のベルが鳴り終わる前に、がちゃりという効果音。
『もしもし、京介氏でござるか?』
「よお、沙織。遅い時間に悪いな」
『いえいえ。決して。京介氏からの電話でしたら何も問題ござらん』
相変わらず嬉しい事を言ってくれるヤツだ。
『して、今日はどのような?』
「ああ、ちょっと聞きたいんだけどさ。こないだ2ちゃんで桐乃のスレ見ただろ?」
『ええ。ですがああいったものを気に病む事はありませんぞ』
「それは分かってはいるんだけどさ。いや、あーいうヤツらって、
どんな事でショックを受けるんだろうと思ってな」
ふうむ、とやや考えた沙織が俺に教えてくれたものとは。
「オッケー。分かった。それくらいならなんとかやれそうだ。
助かったぜ。ありがとな、沙織。恩にきる」
謝辞を伝えて通話を終了。
あやせを見ると、何故か先ほどまでの不安の表情に加えて、不満の色が混ざっていた。
……別にあやせの名前は出してないし、プライバシーは守ったよな?
もしかして桐乃もそういう目で見られていると、今の電話で察したのかもしれないな。
コイツは桐乃教信者ナンバーワンだし。
「とりあえず、手は考えたぜ」
「……ホントですか?私には女性と楽しそうにお喋りしているだけのように聞こえましたが」
「な、何勘繰ってんだよ」
「別に」
……コイツはホントにわからんぜ。俺も20歳になるけどいまだに女心はサッパリだ。
「じゃあ作戦は3つだ」
1週間後。
あやせから1通のメールが届いた。
『母からOKをもらえました♥』
目を疑ったね。だってハートマークですよ。
あやせが絵文字を使うのだって未だに新鮮なのにハートマークって。
まぁ、何にせよ、よかった。勉強に関してはこれから少しずつやっていけば大丈夫だろう。
あやせと麻奈実は俺よりよっぽど仲良いっぽいしな。
良かったな。と返信するとすぐにあやせから電話がかかってきた。
多少訝しく思ったが、出ない理由は何もない。
「もしもし」
『よかったな。ってそれだけですか?なんかひどくありませんか?』
えー……なんかいきなりいちゃもん付けられたんですけど……。
「いや、それ以外になんて言えば良いんだよ……良かったじゃん」
『それはそうですけど……』
なにやらブツブツ言っているがうまく聞き取れない。
よしいいぞ
184:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 11:01:52.53:MjI6d/rI0「ただまぁ、ちょっと荒療治だったけどな」
『でも、事務所の方々も感謝してましたよ。やっぱり思わしくなかったみたいですから』
そりゃコラージュとか横行してたもんな、あのスレ。
事務所としては、そういう画像がネット上に転がるのはイメージダウンになりかねない。
グラビアアイドルなら男を興奮させるのが目的だから黙認されんのかもしれねーけど。
さて、種明かし。俺たちが何をしたかと言うと。至って簡単で。
あやせが男と一緒に買い物している画像を1枚、わざとネットに流したのだ。
『あのスレの流れを見るに大半は処女厨と呼ばれる集団でしてな』
「処女厨?」
『はい。要は、対象の女性が自分以外の異性と結ばれていないと盲信的に妄信しているのです』
「……なんか救えないヤツらだな」
『しかし、それこそ正に信仰的ですぞ。だからこそ、あれだけの熱意を持ってコラを作ったりできるのです』
誰にでも、簡単にできるというものではござらん。と沙織は続ける。
『だから、例えば京介氏と一緒にいる写真などが彼らに露見すれば、少なくとも処女厨たちは
手のひらを返したように見向きもしなくなるのでござる。男の影は禁忌でごある故』
「でもそれってイメージダウンに繋がったりしねーか?」
『時と場合、そして事務所の戦略と対応次第でござる。今回は世の女性を見方につける事が肝要。
モデルならネットの一部の男性から疎まれても、女性の同情を買えれば勝ちでござる』
嫌な言い方ではございますが、と少し困ったように言ったが、そこは否定した。
「いや、分かったぜ。俺が一時矢面に立てば良いって訳だ」
『詳しくはPCの方のメールに資料を添付します故。そうですな。明日の夜にでも確認してくだされ』
「何から何まですまねえな」
『いやなに。京介氏の頼みとあらば。それでは可愛い彼女のため、頑張ってくだされ』
アイツめ。桐乃の話ししか切り出していないのに、気づいていやがったのか。
いや全然彼女でもなんでもないんだが。悪い気はしないけどな!
で、次の日メールに添付されていたのはパワーポイント形式のファイル。
そこには画像流出の手順から事務所、当事者の対応がフローチャート形式で説明されている。
『元々あったものを今回のケースにあてはめて拙者のアレンジを加えたでござる』というそれは
素人目にもしっかりできていて、俺はすぐさまそれをあやせに転送した。
事務所の反応は早く、そしてそれ以上にネットの反応は早かった。
3日後には画像が流出、例のスレでは『なんだよ男いたのかよ』と嘆いて去る者が後をたたず
あっという間に過疎スレ化し、昨日にはdat落ちしたのを確認した。
彼らは懸念されていたほど暴走せず、新たな嫁探しに出向いたようだった。
『それで、なんですけれど』
「ん?」
『事務所の方が、その、お兄さんに、私のマネージャーを前提に入社しないか?と』
「……マジで?」
正式なお話は今度直接会って、という事ですが。とあやせは続け、そして現在。
内定どころか確定を頂いてしまった俺は氷河期と呼ばれる就職活動を経験しないまま
この時期に至って、あやせとジムに通ったり、現場に入らせてもらったりしている。
世の中、何がどうなるか分からないもんである。
ちなみに、あやせの母親は、ネットが沈静化した事と、モデルの仕事の現場に呼んで仕事振りを見せ
さらに会社や現場でのあやせの評価を聞いた事で心を改めた。
どんな仕事でも真面目にやってるヤツは一定の尊敬を持たれて然るべきだよな。
職業に貴賎はないって事を改めて強く認識したもんだ。
「……さん、お兄さん」
「ん? わり、なんだ?」
「もう、やり過ぎですよ。規定の回数はとっくに超えてます」
はたと我に返る。そう言えば今はジムにいるんだったっけ。
「お兄さんって、意外と何か始めるとハマるというか、集中しますよね」
「ものによるな。身体を鍛えるのは嫌いじゃないし」
「確かに」
そう言って、あやせはつつっと俺の二の腕を軽くなぞった。
「なっ、なななな何してんだよ!」
「いえ、引き締まった良い腕だなと……」
「よせやい。腕を誉められてもそんなに嬉しくない」
「あら」
……今、なんかあやせの目がキラリと光った気がするのは錯覚だろうか。
「なら、じゃあお腹、胸、背中、腰まわり、お尻、腿なら嬉しいんですか?」
人差し指を胸から腹にかけて沿わせるように動かしていく。
「ば、ばばばばっかやろ……」
イチイチどぎまぎさせるヤツである。ていうかなんかもうエロい。
「はむ」
「なんで口に咥えてんだよ!」
自分の指を、である。俺の腕や胸、腹をなぞった右手の人差し指。
「味と匂い、覚えましたからね?」
「……は?」
そしてピトリと、俺の唇に人差し指を押し当てた。
「今後、他の女の匂いなんかさせたら、即刻クビですから。気をつけてくださいね、『京介さん』」
「……ッ!?」
妖艶にすら微笑んで、更衣室へと踵を返すあやせの後姿を、俺は呆然と見送る事しかできなかったのだった。
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:: ,,.-'"_ r‐'" ,,.-'"` ヽ、 ::
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:: i へ___ ヽゝ=-'"/ _,,> ヽ
:: ./ / > ='''"  ̄ ̄ ̄ ヽ
:: / .<_ ノ''" ヽ i
:: / i 人_ ノ .l
:: ,' ' ,_,,ノエエエェェ了 /
i じエ='='='" ', / ::
', (___,,..----U / ::
ヽ、 __,,.. --------------i-'" ::
ヽ、_ __ -_'"--''"ニニニニニニニニヽ ::
`¨i三彡--''"´ ヽ ::
/ ヽ :: ┼ヽ -|r‐、. レ |
/ ヽ:: d⌒) ./| _ノ __ノ
よくやった
202:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 14:20:24.54:MjI6d/rI0「俺の妹がこんなに」ルート
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どうしてこうなった。
どうしてどうしてこうなった。
昨日、親父とお袋は子ども達を残して
2泊3日の温泉旅行へと連れ立っていった。
事の発端は桐乃。
2週間前くらいに夕食の席で突然こうぶち上げたのだ。
「お父さんとお母さんに、旅行をプレゼントさせてください」
贈り物をする人間の言葉としては些か下手に出ている感もあるが
これはウチでは仕方ない。子は親に敬語。特に父親のいる前では。
それが我が家の侵されざる不文律なのだ。
「急になんだ」
「そ、そうよ、どうしたの、桐乃ったら」
動揺しているように見えるが母親は興奮を隠し切れていない。
ここらへん、親父とは違いがありすぎる。
「仕事で稼いだお金を自分のためだけに使う事に少し気が引けるというか……
要は、親孝行しておきたいなって思ったの」
まぁこの子は、なんつって。お父さん聞きました?なんつって。
母親は1人舞い上がっている。
それに引き替えアンタは、と俺に一瞥くれるのも忘れない。
「あんまりすごい所は厳しいけど……お父さんが2日ぐらいお休み取れるなら
どうかなって思ったんですが、どうですか?」
乗り気の母親は親父に熱い視線を注ぐ。
「……検討してみよう」
母さんの歓声が上がったのは言うまでもなかった。
そして翌日の夜には早くも有給休暇を取得してくるあたり、
親父は親父で内心喜んでいるのだろう。
可愛い娘の親孝行だからな。受け取ってやるのも愛情だ。
え、俺? いや、まぁ今はそれは置いとこうぜ。
そんな訳で、早速宿に連絡して予約完了。
(桐乃はすでにネットの評判などで宿を決めていたらしい。)
そして冒頭。2人は水入らずで出かけていった。
平日だから俺も桐乃も学校がある。
朝食を食べ、それぞれ登校し、学校では麻奈実や赤城と話し、
放課後には部活に顔を出して黒猫や瀬菜たちと次の企画について論じ、
帰宅した頃には時計は19時を回ろうとしていた。
「ただいまー、っと」
いつものように靴を脱ぎ、麦茶を飲もうとダイニングキッチンのドアを開けると
「お、おかえり……」
台所にはエプロンを付けた桐乃が立っていた。
「お前、何してんの?」
状況を理解できず空っぽになった頭ではそんな言葉が限界で。
「は、はぁ? 夕食の準備に決まってんじゃん。それとも何?
アンタが作るってーの? 何が入ってるか分かんなくて怖いっつーの!」
いやまぁね。確かにね。俺の質問も悪かったよ。
そりゃあそうだよ。台所でエプロンつけて、包丁で野菜切ってて
何してんのって、見りゃ分かるよね。うん、俺が馬鹿だった。
でもさ。桐乃だぜ? ウチは専業主婦のお袋がいたからってせいもあるけど
桐乃が料理してるところなんて見たことなかったし、想像もできなかったんだよ。
じゃあお前自分で作るのかって言われたら多分カップ麺だったと思うけどさ。
「何よ。じゃあアンタの分はいらないのね」
「いや、いる、いるよ!食べますって!」
「ふ、ふーん。食べたいんだ……アタシの手料理……ふーん……」
なんだよ。食べて良いのか悪いのか分かりづらいヤツだな。
ただ、料理している桐乃の邪魔をするのも悪いかなと思ったんで麦茶はキャンセルした。
「じゃあ、部屋にいるからな」
「う、うん。出来たら、呼ぶから」
「おう」
……桐乃の手料理、か。完璧人間のアイツの事だし。
結構上手なのかもしんねえな。
まぁあんまり期待してそうでもなかった時が辛いし。
毎日20年近く作り続ける母親と比べるのも酷だし。
あんまり上を望むのは止めておこうか。
部屋に入り、着替えを済ませて適当に本なんぞ読んでいると
唐突にドアがノックされた。
「できたよ」
それだけ言って桐乃は1階に降りてしまったようだ。
さてさて。鬼が出るか蛇が出るか。
……ん? これじゃどっちが出てもダメじゃん。
そんな事を思いながら階段を降りるとなんとも良い香りが鼻腔をくすぐる。
そして食欲はドアを開けると嗅覚だけじゃなく、視覚によっても加速した。
「お、おぉっ……」
桐乃は先に椅子に座ってこちらを見ている。
「は、早く席ついたら?」
「あ、ああ」
テーブルに並んでいるのはどれも美味そうだ。
魚の煮付け、おひたし、根野菜の煮物に厚焼き玉子、味噌汁まで完備されている。
ちらりと桐乃を見ると、ジッとこちらを見ている。
これは、先に食べろという事なのか?
「い、いただき、ます……」
「……召し上がれ」
やはり俺が先に食べるようだ。ええい、ままよ!
まず味噌汁。口元に近づけるとふわりと出汁と味噌の良い香り。
具は豆腐とわかめか。ちゃんと綺麗に小さく切り揃えられている。
「美味い」
「ほ、ほん……ゴホン。お味噌汁だけじゃなくて他のも食べなさいよ」
言われるまでもない。
俺は魚の煮付けに箸を伸ばした。
そっと箸を入れると身はほろりと解けるように切れた。
断面から新しく立ち上る湯気がまた食欲をそそるねえ。
「これも美味い」
「え、あ、あの……ほんと?」
「嘘言ってどーすんだよ。すげーうめぇっての。お袋より美味いかもしんねーぞ」
桐乃は顔を光り輝かせて喜んでいるように見えた。
そんなバカな。
桐乃が、俺の妹が、こんなに可愛いわけがない……!
安心したのかようやく桐乃もご飯を食べ始めたのだが、
先ほどの顔を見て何故か顔が熱を帯びているのを感じた俺は
急いで桐乃の手料理をかっ込んだ。
「そんな慌てなくても……」
「う、うるせえ。美味いから食が進むんだよ!悪いか!」
「わ、わるくない……」
食事を食べきって、俺は自分の部屋のベッドに逃げるように飛び込んだ。
あれ以上はヤバイ。桐乃ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。
まず可愛い。もう可愛いなんてもんじゃない。超可愛い。
可愛いとかっても「あやせと同じくらい?」
とか、もう、そういうレベルじゃない。
そこまで暴走しかけた俺は先ほどの事を思い出した。
あんまり美味くて、良い嫁になれるみたいな事を口走りそうになって
でも咄嗟に急ブレーキを踏んだ。
嫁って。誰のだよ、畜生。って訳だ。
そりゃ兄妹で結婚なんてできる訳ないしさ。
いや、何考えてるんだよ俺は。これじゃあ本当に変態じゃねえか!
でも意識しないようって考えれば考えるほど意識しちまうんだよ。
長い睫毛とか、柔らかそうな赤い頬っぺたとか、滑らかな肌とか、
ふっくらした口唇とか、さらさらした髪とか、すらりと伸びた手足とか、
陸上やって引き締まったお尻とか、キュッとくびれた腰とか、
その割にちゃっかり出てる胸とかさ!
イカン。イカンぞ。これでは妹の身体に発情する変態と罵られても言い返せない!
どうすんだよ。どうすんのよ。どうすんだよコレ!
あーもう、ヌくにも今ヌいたら妹でヌいたみたいな事になって、
そんな事になったら自己嫌悪ハンパねぇぞ!?
「ねえ、兄貴?」
「きっ、桐乃!?」
気がつくと、そこにはドアを開けた桐乃の姿があった。
「どうかしたの……?」
「えっ、あ……いや……」
言えるか。お前に発情しちまったなんてよ。
「ほ、ホントはアタシの作ったご飯、美味しくなかった?」
「な、なんでそうなるんだよ」
「だって……食べ終わるなり部屋に戻ってさ、ちょっと心配になって来てみても返事はないし
ドア開けたらなんか苦しそうに悶えてるし……」
桐乃の表情は珍しくも本当に俺を心配しているように見えて。
余計罪悪感でいっぱいになった。
「薬持ってこようか?」
「い、いや」
そこまで言いかけて気がついた。
桐乃が、すぐ側に、立っていた。
「桐乃……?」
なんてこった。俺、どんだけ動揺してんだよ。
こんなに側に来るまで接近に気づかないなんてよ。
「あ、兄貴……それ……」
「っ……!」
そう。罪悪感とか自己嫌悪とか関係なく。
俺のそれはギンギンにいきり立っていたのだ。
「え、えっ?」
恥ずかしくて死にそうだ。
「あ、兄貴……」
実の兄が勃起してるところを見せちまうとは……どんだけ気まずいんだよ。
あーあ。これでまた変態兄貴に逆戻りか。つーかもう2度と口きかなくなるかもな……。ははは……。
というか。いつもの桐乃なら変態とか何とか叫んで一撃かましてさっさと退散するだろうに
なんで今日に限ってそういう反応がないんだ?
そんな事を考えていると、何故か桐乃は俺の横に座った。
「き、桐乃? お前何して……」
「あ、あのさ。もしかしてそれ……」
生唾を飲み込む音は、果たしてどちらのものだったのか。
「アタシに、興奮してくれたの?」
「な、あ……」
「そうだとしたら、……嬉しいよ」
そして、桐乃は、俺の口唇に、柔らかい口唇を優しく押し付けてきた。
もう、限界だった。
俺は、桐乃と、そのままベッドに倒れこんだ。
すーすーと可愛い寝息を立てて寝ている桐乃を見る。
コイツってばホントに端整な顔立ちしてるよな。
同じ両親から生まれてどうしてこうも違うかねえ……。
2人とも生まれたままの姿。
2人とも同じ両親から生まれた子ども。
これは決して叶わない、叶ってはいけない想いだったはずだ。
もしかして、桐乃は、昔から俺の事を……。
そんな事を考えながら、俺もまた、深い眠りへとつくのだった。
朝。目覚ましの音と共に起きると、目の前には桐乃の顔があった。
「おはよう、兄貴」
「ああ、おはよう。桐乃。つか起きてたのかよ」
「まあね。でも、ベッドの中で好きな人とおはようって挨拶したかったんだ」
言ってから真っ赤になる桐乃。言われた俺ももちろん真っ赤なんだが。
くすぐったいような、甘ったるい空気が俺の部屋に満ちている。
「学校行かないとな」
「うん。本当は、兄貴と一日ずっと一緒にいたいけど。ダメだよね」
「……それも悪くないけど、親が不在でもきちっとしないとな」
お互いに軽くシャワーして身支度を整え、桐乃の用意した朝食を取る。
やっぱり桐乃の作ったご飯は美味かった。
昼休み。一通のメールはあやせから。
放課後公園で会えますか、という文面だった。
……話の内容が目に見えている気がしたが、だがいつかは通らなきゃいけないだろう。
話せばあやせも分かってくれる、と、良いな。という超希望的観測を胸に。
公園に着いた時にはまだあやせは到着していなかったようだが、
代わりにメールを1通受信した。
『ちょっとだけ遅くなります』
律儀なヤツだ。俺はどのぐらいかだけ聞いておこうと返信メールを
「遅くなりました」
そんな声が、俺の背後から聞こえて。
なんだか背中が熱くて。ぬるぬるしている。
肩が何かに強くぶつかった。
「手を出したら殺しますって、言いましたよね。
ああ、ごめんなさい」
「もう、聞こえていませんよね」
問題:これなんてエロゲ?
ラストはさるった。スクイズルートってこんなんで良いのかな?
218:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 15:17:42.75:MjI6d/rI0 ,.へ
___ ム i
「 ヒ_i〉 ゝ 〈
ト ノ iニ(()
i { ____ | ヽ
i i /__, , ‐-\ i }
| i /(●) ( ● )\ {、 λ
ト-┤. / (__人__) \ ,ノ  ̄ ,!
i ゝ、_ | ´ ̄` | ,. ‘´ハ ,!
. ヽ、 `` 、,__\ /” \ ヽ/
\ノ ノ ハ ̄r/:::r―?―/::7 ノ /
ヽ. ヽ::〈; . ‘::. :’ |::/ / ,. ”
`ー 、 \ヽ::. ;:::|/ r’”
/ ̄二二二二二二二二二二二二二二二二ヽ
| 答 | ス ク イ ズ │|
\_二二二二二二二二二二二二二二二二ノ
ラストはさるった。スクイズルートってこんなんで良いのかな?
219:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 15:21:49.69:zaMDuUCz0
どうしてこうなった…俺のわっふるをかえせ……
220:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 15:22:54.35:tmiJmHnzOあやせさん怖いっす><
221:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 15:25:31.43:pA0ZUe2f0ナイスな最後だ
もっともっと
243:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/12(金) 20:49:59.42:MjI6d/rI0もっともっと
フェイトルート
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朝起きると携帯の背面ディスプレイがチカチカと光っていた。
新着メール:1通
昨日寝る前に携帯を見た時は確かになかったはずなので
寝ている間にメールが来ていたらしい。
それなりに遅い時間だと言うのに誰だと携帯を開き操作する。
フェイトさんだった。
『PCの方のアドレスにいつもの送ったからよろしく☆』
年甲斐もなく星マーク。あの人はそろそろ年齢を考えた方が良い、
なんてのは妙齢の女性に対して禁句である事ぐらいは俺も承知している。
冗談は、真実でないから良い事もある、って事だ。
それにしても、と思う。
そうか。もういつものヤツが届いたのか。
つまり、前回から一ヶ月経ったという事。
特別な思い入れがある訳じゃないが、なんだかちょっと感慨深いモンがあるな。
高校の連中と同人誌即売会にサークル参加した時に再会して以来、
フェイトさん、こと伊織・F・刹那さんとはちょっとした親交がある。
そもそもの馴れ初めは今回省略するとして、あまり友好的とは言えないはずの
俺と彼女が定期的に連絡を取り合うようになった経緯は説明させて頂こうと思う。
きっかけはやはりメール。ちょっとした相談があるとの旨だった。
FXや馬、ボートに自転車ととにかく碌な金の使い方をしない彼女だが
さすがに高校生相手に金の無心はしないだろう。いや、してきたらその場で着拒ものだが。
とにもかくにも都内で会う事になった。
その席で打ち明けられたのは、小説の事だった。
「小説を、読んでほしい?」
「そう。小説と言っても、ちょっと特殊なジャンルではあるんだけど」
特殊? それはまさか赤城瀬菜が好むような、いわゆるBLものではあるまいな。
「あの、腐った女子向けの本なら紹介できるヤツがいますけど……」
「ち、違う違う。ソッチじゃないわよ。ドリーム小説とか、夢小説って知ってる?」
「いや、聞いたことないッスね。なんですか、それ?」
ここでフェイトさんはちょっと得意そうな顔になって件の小説について説明してくれた。
曰く。
①ウェブ上で公開されている。
②ブラウザに名前を登録する事で登場人物の名前を自由に変えられる。
この2つが大きな特徴らしい。
つまり、自分がピンチになったところに颯爽と現れて助けてくれるのは
自分の好きな漫画のキャラ、ないし好きな芸能人、みたいな事ができる形態の小説らしい。
へー、ふーん。なるほどねー。ケータイ小説とかドリーム小説とか色々手ぇ出すよな、この人。
「でもそれって金になるんすか?」
「そんなのは分からないけど、ケータイ小説だって、
当初からお金になるなんて誰も思ってなかったのよ?」
まぁそれは確かにそうだろう。ある程度の知名度を得たところでそれを商材に活用する。
近年、より顕著に見られるビジネスモデルだ。
「で、そこで名前を売るなりして、お金を稼ぎたいって訳ですか?」
俺は正直この時点でかなりうんざりしていた。
あんだけやってまだ懲りてないのか、とか。
いい加減しっかり働いて稼ぐ気はないのか、とかな。
「ううん」
でも、フェイトさんは意外な一言を放ったのである。
「私、なんだかんだ言って、お話を書くのが好きなのよ」
その声は驚くほど柔らかく、落ち着いていて。
ああ、この人って本当に年上の女性なんだな、と妙に思ったものだった。
もっとも、帰り際に
「ところで、今日って……この店ワリカンよね?」
この一言で霧散しちまったけどな。
まぁそんな訳で。
ネットにアップロードする前に誰かに見てもらいたい。
その誰かとして白羽の矢が立ったのが俺だったのだ。
……他に友達いないのかな……あの人。
それからと言うもの、毎日1回のペースでフェイトさんは小説を書いてはメールで送ってくる。
ちなみに俺はとうとう、ねんがんの のーとぱそこんを てにいれた! のだった。
なので桐乃に気兼ねすることなく自室でPCが使えるのだ。
気をつけないと時間が無為に流れていくから要注意だけどさ。
今回送られてきたのは、またあっまあまなラブストーリーだな。ていうかちょっとエロっちいよ?
でも読者の事を考えると、自分の好きなキャラとこういう事したいって思う人もいるのかもね。
オーケーわかった。エロいのは良しとする。良しとする事に決めた。
でもさ、なんで登場人物の名前が『フェイト』と『京介』なのかね!
『京介くん……私もうガマンできないよ……』
『俺もさ、フェイト……できるだけ優しくするから……』
『うん……嬉しい、嬉しいよ……京介くんと1つになれるなんてぇ……!』
机に突っ伏した。
何考えてんだよ、あの人!!
そりゃこの名前の部分は自由に読者が変更するから、このまま使われたりしないけどさ!
さすがにこれ以上は読めないぞ?
うーん。でもなぁ。
『私、なんだかんだ言って、お話を書くのが好きなのよ』
チクショウ、である。あの顔が未だに忘れられないのだ。
正直言って反則だったと思う。
あーもう。あーもう。分かったよ。最後まで読む。読みますよ。読めば良いんでしょう。
それから30分ほどして。
今月分の夢小説の原稿を読み終える頃には、俺の中でいろいろな何かが壊れかけていた。
死力を尽くして携帯を取り出してメールを打つ。
『こんばんは。今月分読みました。内容はまぁ良いんじゃないかと思います。
でも刹那さんはともかく、俺の名前使わなくても良いんじゃないですかね』
送信ボタンを押して、ベッドになだれ込む。
たまにあるんだよな。こういうちょいエロ系。
今日のはちょいどころかモロだった気がするけど。
でも名前がフェイトと京介って……。
もうこのまま寝ちまおうかなと思った矢先、携帯が鳴る。
フェイトさんからの返信だろうか。
『だから、言ったでしょ?』
『』
『』
『』
『』
『自分の好きな人と、素敵な体験ができるのが、夢小説の良いところなんだ、って』
// ,.へ ー‐-、` 、:.:.::/ \ \
__ _,. ‐'´/ / ヽ/ k'^ヽ、 ヽ ',
`ヽ、__/ / / / / / ヽ ∨ !:.:.:.:.:.ヽ、 ', !
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/ '., ト、 l | ト、 〈 ヒ′;;| ヒ′;;}ヾ// ! ー' |
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/l ー‐< おわり /´ ̄ `l丶 / | | lハ \
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ゝ _ | ヽ´ ̄ | | | ,′ノ ヽ、
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加奈子&ブリジットルート
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「ただいまー」
大学から帰ってくるとなぜか玄関には桐乃が仁王立ちしていた。
それもすげー不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。
なんだよ? 俺、何かした? 思い当たるフシはないんだが。
「……い」
「えっ?」
ボソッと言われてもわかんねーよ。
「遅いっつってんの!」
くわっと効果音が付きそうなくらい目を見開いて俺を叱る。
「まだ明るいだろ?」
「……チッ」
強烈な舌打ちである。なんだよ、本当に何かしたのか?
「来て」
「はい?」
「良いから来いっつってんのよ!」
俺の手を握り、家の中に引きずり込まれそうになり
慌てて靴を脱いで、なんとなく揃えた。
いや、こうしとかないと親父がうるさいんだよ。
駆け上がるって程じゃないがそれでもやけに早足で階段を昇っていく桐乃に
俺は戸惑いながらもついていく。一体なんだってんだ?
「入って」
「あ、ああ」
桐乃の部屋に通されるなり、桐乃は机へ向かい、
電源を引っこ抜いたラップトップを持ってきた。
俺の目の前の液晶画面に表示されていたのは
『星くず☆うぃっちメルル 第4期決定!!』
の文字と、見覚えのある女の子。いや、ちょっと成長してるか?
チラッと桐乃の顔を見ると、ああ、なるほど。すげーウキウキしてる。
もしかしてこれを誰かに言いたくてウズウズしてたってのか?
「どう!?」
「いや、どう? って言われても……こういう時は、良かったなって言えば良いのか?」
「はァ!? アンタ全然分かってない!」
「ええっ?」
「全っ然! 分かってない!!」
うわーテンションたっけえ。
「良い? まずアニメで4期なんて相当ないのよ?
精々やっても2期が限度。3期ですら稀なの。
なんでかって言うと、どんどん新しいコンテンツが出てくるから。
どうしたってそっちに目移りしちゃうのが消費者だし、制作側もそれを分かってる。
それにどうしたって演出やストーリーのクオリティも下がってくるのが常だし。
スタッフのモチベだってそう長続きしないわよ。
だから4期なんてフツーのアニメじゃありえない訳。
でもサザ○さんとか、ドラ○もんとか、名探偵バーローとかあるじゃん。
あーいう国民的人気を誇るコンテンツはそんなのお構いなしに続いてる。
逆に言うとメルルも、不朽の名作的な? 国民的? あるいは世界的な?
セールスと人気がいまだに根強く残っているっていう明確な証なのよ!」
………………さいですか。
こんなにテンションたけえのいつぶりだろう。
ぶっちゃけ言ってる事は分かったが、理解はあんましできてなどいない。
ただまぁ、3期が終わった時にはすげー凹んでたもんな。
この終わり方は完結するって演出だよ、とか言って2日くらい飯が喉を通ってなかったぐらいだ。
それを考えるに、この4期発表は嬉しいんだろうねえ。
さすがにちょっと怖いくらいのテンションだが、まぁ兄としては一緒に喜んでやるべきか。
「よ、良かったな。メルルもなんかちょっと大きくなってるみたいだし
成長したメルルと再会できるって訳だ。おめでとう、桐乃」
「……」
え? なんで? なんでそこで黙りこくる?
「問題はそこよ」
「へ?」
「メルルちゃんが成長してるってどういう事なの? 魔法少女が成長なの?
アタシたちの可愛いメルルちゃんはどこにいっちゃうの?
ババァになったメルルちゃんとか誰得なの?」
…………あるぇー…………?
「い、いや。あれ? お前、メルルの4期が決まって喜んでたんじゃねーの?」
「それとこれとは別! まるっきり別物なの!」
め、めんどくせぇー! 何? ファンってこういうもんなの?
「で、でもさ。まだ詳細な情報はないんだろ? もしかしたらすげえ可愛いかも……」
「は? キモ。どう考えたっておかしいじゃん。中学生のメルルとかありえないでしょ」
「で、でもほら。なんつーの? 動いて喋るトコ見たら意外と、みたいなさ」
「ないない! ありえないから! 一応スタッフとか声優は3期と同じだけどー。
何考えてんだろって。ネットではもう喧々囂々、侃々諤々の議論なの!」
なんでファンでもない俺が制作スタッフのフォローしなきゃならんのだ……。
「なんだよ……じゃあ、メルル4期が決まったの嬉しくないのか?」
「バッカじゃないの!?」
もう、俺、泣いて良いかな。
「嬉しいに決まってるじゃん! でもそれとこれとは別。ご飯とスイーツぐらい別腹。
メルルが帰ってくるんだから盛大に祝ってやるのがファンってもんでしょ?
けどその内容、っていうか設定がありえない。おかしい。頭おかしい」
頭おかしいのはお前だ。何がスイーツだよ。デザートって言え。
その後もお袋から晩飯のお呼びがかかるまで、実に1時間半ほど。
延々とテンションのタガが外れた桐乃の説教(なんで?)を聞かされるハメになったのだった。
あやせからメールが来たのはその後のこと。
マイラブリーエンジェルからのメールは嬉しいのだが、大抵やっかい事になるんだよな。
今回も、やっぱし、ちょっとやっかいそうな事案だった。
翌日。学校が終わってだらだらと店に入ったりして時間を潰した後、俺はとある公園に来ていた。
いまだに交番裏のこの公園でしか会ってもらえない俺はどれだけ信用がないのかね。
軽く泣きそうになるぜ。昨日とはまた違った意味で。
「お兄さん、お待たせしました」
「よう。久しぶり」
そう。あやせとの待ち合わせ。うーん。字面だけだと素敵シチュエーションなんだけどなあ。
これからの事を考えると気が重くなるのは止むを得ない。
「面倒な事になったな……」
「は、はい……すみません」
「いや、あやせが謝る事じゃないけどさ」
別にあやせは何も悪くないし、誰も悪くない。
ただいくつかの小さな事が積み重なって起きただけの話。
「またマネージャーの真似事をしなきゃならないとはな……」
事の発端はメルル4期。桐乃が大騒ぎしてたアレだ。
どうやら4期開始にあたり、大々的にイベントを行う事になった制作会社が
来栖加奈子――あのクソナマイキなチビ――に打診を入れたらしい。
今までに2回ほどお披露目されたメルルのコスプレはいずれも大好評大絶賛の嵐で
3期が終わってからもコスプレ愛好家の間では『メルルコス=かなかな』、
ついでに『アルファコス=ブリジット』という公式が成り立っている程の人気ぶりなのだった。
「まさかあの子がこんな事言うなんて、思いもよらなかったんですけどね」
問題は、何故か加奈子が付き人として俺を指名してきた事。
『メルルのコスプレって言えば、あのド新人マネージャーってクビにされたの?』
『まぁアイツ無能だったから仕方ねぇかもしんねぇけどぉ?』
『でもこの加奈子様に付いてたヤツがクビなんてまるでアタシがサゲマンみてーでムカつくし』
『ちょっと呼んで来い』
……どんな指名だよ。
で、『あの時』の顛末を知っているあやせと事務所スタッフが協議した結果、
件の新人はちょっと地方に飛ばされているから当日には呼び戻すって事になったらしい。
「あのさ。アイツはもう正式な事務所のモデルなんだろ?
前は確か禁煙できてるかどうかの確認をするためには俺がうってつけだったって事で
引き受けたけどさ。本来、無関係の素人である俺にやらせるのは無理があるんじゃねーの?」
「それは……私もスタッフも同感なんですけど、ブリジットが……」
「あん? ブリジット?」
なんでそこでブリジットの名前が出てくるんだ?
いや待てよ。そういやあの子もあやせや加奈子と同じ事務所に所属したんだっけか。
そして今回、メルルシリーズ4期。……当然アルファも出る訳か。
「いや、やっぱ繋がらん。ブリジットがどうして」
「ですから。ブリジットも、お兄さんの事をご指名なんです」
「……なん……だと……」
『加奈子とブリジットから指名なんて、お兄さんモテモテですね~』
……なんであの時のあやせは若干怒ってたんだろうねえ。
つーかこれモテモテとかそういうんじゃないだろうに。
そんなこんなで事前に打ち合わせを済ませ、いざ当日。
『星くず☆うぃっちメルル エターナルフォース 4期制作決定記念イベント』(長い)である。
いつもの如くサングラスにオールバック、スーツで一応の変装は済ませた。
……変わり映えのしない格好だが、別に俺が出演する訳じゃないんだ。良いさ。
そういやあの2人と会うのは……かなり久しぶりだな。
そんな事を思って現場に着くと、既にそこには、それらしき2人がいた。
「おはようございます」
「お、おはようございます、高山さん」
「おっせぇぇぇぇぇ! マネージャーの方が遅く現着するって何様なんだよ。
そんなんだから地方巡業とかやられんだっつーの。マジ超ウケる」
「……悪かったな」
ご挨拶だぜ。これでも予定の待ち合わせ時間より1時間は早く来たってのに。
ちなみに『高山』というのはもちろん偽名。地方云々は俺が左遷されていた地方から
今日は2人のご指名のおかげで中央に栄転したという設定だからである。
「か、かなちゃん……私たちだって早く来ちゃったんだから……」
「はァ!? そんなんカンケーねぇし。マネージャーなら最低でも2時間は早く着いて待ってろって話しだろ」
ブリジットはともかく、加奈子はDQNっぷりがちっとも改善されてねえじゃねーか。
コイツの言葉遣いは何とかすべきじゃね?
まぁ? まぁまぁ? 見た目は2人ともえっらい可愛くなってるけどな?
ブリジットは小学生から中学生になっても金髪さらっさら。
ハリウッド映画にだってこんな子見ねーよってくらい。
しかも目とか大きくて色もすげー綺麗だし。宝石? 宝石なの?
中学生の頃の桐乃より手足長そうだし、白人ってやっぱすげーわ。
一方の加奈子も相変わらず背ぇちっさいし、ロリーな体型だけど良く言えばスレンダー?
でも昔に比べてやっぱちょっと大人びてんじゃん。
あと髪ツヤすげえしな。天使の輪っかとかあるもん。
桐乃やあやせとは違ったベクトルで可愛いかもしんない。黙ってれば。
でもそれはあくまで、女の子として、あるいはファッションモデルとして、だ。
アニメキャラのコスチュームを着て可愛い、だけでは公式のコスプレイヤーとしては物足りない。
あくまで以前、絶賛されていたのは2人の可愛さではなく、2人が超絶に似ていたから。その1点に限る。
「オラ、いつまで立たせてんだよ。早く控え室に案内しろ、このボケマネ」
「だ、だから、かなちゃん。そんな言い方しちゃだめ……」
作画さえ変わらなければいつまでも変わらないアニメキャラ。
時間が経てば年を取り、外見の変化する人間。
あの時はたまたまそれが合致したが、今回それはうまく行くんだろうか?
「早くしろっつってんだろ! 何ボサッとしてんだ無能!」
「わ、分かってるよ!」
結論から言うと、それは杞憂に終わった。
会場は異様な雰囲気だった。
以前来たイベントとは違い、歓声一色ではないのだ。
本邦初公開となるプロモーションムービーの出来栄え1つ取っても
予算や力の入れ方が計れる、と言うのは桐乃の弁である。
しかしやはりコイツらにとって一番気になっているのは『果たしてどうなのか』だろう。
つまり、大きくなったメルルちゃん&アルファちゃんは愛すべき対象なのかどうか。
ちなみに本日桐乃は来ていない。
あやせとモデルの仕事が入っている事に加え、
『アタシはまだ静観する』という立ち位置を取ったようだ。
あんだけ興奮しといて何が静観だよ笑わせんな。
そんな事を考えていると、フッと会場の照明が落とされる。静かなBGMが流れ出し、
巨大ビジョンには、黒を背景に白抜きのゴシックフォントが次々と現れては消えていく。
否が応にも高まる緊張感。相変わらずこういうの上手いよな、映像会社ってのはさ。
そして最後にデカデカと、ビジョンの中心に現れる『あの2人が帰ってきた』の文字。
次の瞬間、腹をえぐるように強烈な低音が会場に轟いた。
画面をところ狭しと飛び回るメルル、アルファの姿に会場のボルテージは
一気に最高潮へと達した。怒号、歓声、嬌声!
俺も久しぶりに味わう空気だが、やっぱこのエネルギーはすげえ。
ライブだからこそのこの震える感じには鳥肌が立つ。
流れるBGMは2期前半のOP曲をアレンジしたユーロトランス。
確か桐乃が『メルルのOP・EDは全部神曲だけど、そん中でも最高!』って
ベタ誉めしてたやつだ。一時期毎日リピートで聞かされていたから
このメロディラインには覚えがあったのだ。
5分に及ぶプロモーション映像がメルルとアルファの抱擁で締められると
会場は誰からどこからともなく大きな拍手で包まれた。
おいおい、なんだか泣いてるヤツいんぞ。そんな繊細なハートで大丈夫か?
興奮冷めやらぬ空気の中、ステージの照明が付くと裾から出てきたのは司会進行の女性。
ここで一息つかせるのである。ずっとテンション上げっぱなしは辛いもんな。
紹介されて出てくる監督さん、プロデューサーさん。
彼らがメルルに対する思い入れを語ると、観客は呼応するように笑ったり拍手したり。
やっぱこういうコール&レスポンスがリアルタイムにあるイベントって良いな。
なんて思ったりしている間にキャラの声を担当する声優さんたちも登場し会場はまた熱を取り戻していく。
さて、そろそろ出番か。お前ら、度肝抜かれんなよな。
「それでは登場して頂きましょう! メルルコスのかなかなさん! そしてアルファコスのブリジットさんです!」
ステージの両端から中央目掛けて真っ直ぐ走る影が1つずつ。
一際大きいどよめきが観客の最前列から広がり――
2人の杖が交錯したところでステージ上の声優さんがすかさず声を当てる。
『やっと会えたね、あるちゃん!』
『うん、会いたかったよ、めるちゃん!』
その時の会場、いや観客ったらなかったね。狂喜乱舞ってのはあーいうのを言うんだろう。
俺も年甲斐もなくちょっとクるもんがあったけどさ。
いや何がすげえって。完全に一致。メルルとアルファの生き写しかよってくらい一致。
加奈子とブリジットの姿を見てデザイン起こしたって言われても納得するわ。
こんな再現度ありえねーだろ。リアルにメルルとアルファがいるならコイツらがそう。
衣装を着た2人を見た時の俺の衝撃ったらなかったね。
思わず口の悪いクソガキ加奈子に対して
「か、可愛い……」
と本音をポロリしちまったくらいだ。
もちろんブリジットも同じくらい可愛かったし、2人揃ってたから余計にそう思ったのかもしれん。
あの控え室が完全に非日常空間になってたもんなあ。
「あ、当ったり前だろ? このアタシが可愛いとか……あ、当ったり前だろ!」
「かなちゃん。同じ事言ってるよ?」
「う、ううううっせえええ! このマセガキ!」
「ひゃあっ、そ、そんなとこ触っちゃだめなのお!」
そんな2人を見ていた俺は、その時点でこのイベントの成功を断定していたのだが、
にしたってこの盛り上がり。すげえ。すげえの一言だよ。
トークは相変わらず加奈子は上手いし、ブリジットも以前より場慣れしたのか上達していて
なんの問題もなく進行した。名ゼリフを言いながらポーズを決める度に上がる歓声は
加奈子の自尊心を強くくすぐったようで、イベントが終わっても上機嫌であった。
「2人ともお疲れさん」
「あ、マネージャーさん。お疲れ様でしたあ」
「お疲れ様」
憎まれ口を叩かないもんね。普段なら槍か杖かメテオが降ってくるとこだろ。
ブリジットがシッポを振る犬っころみたいな表情で聞いてきた。
「今日のイベントどうでしたか?」
「凄い良かったよ。感動したもん」
「まっ、アタシにかかればこれくらいチョレーっての」
「かもな」
「えっ」
なんだそのポカーンとした表情は。失礼な。俺だってたまには素直に人を誉めるぞ。
「ふ、ふん……」
そう言って加奈子はそっぽを向いてしまった。
ペットボトルを2人に手渡しながら俺は言ってやる。
「本当に感動した。久しぶりで実は心配だったけど、
2人のおかげで大成功だったしな。良かったよ」
「……成功、か」
「だろ?」
「……じゃ、じゃあさ。これってアンタの手柄だよな?」
んん? 何言ってんだ? どう考えてもスタッフさんと、
お前ら2人を含めた出演者さんの手柄だろ。
「加奈子……?」
「……」
あの加奈子が黙ってしまった。珍しいな本当に。
怪訝な顔をした俺を見て、横からブリジットがにこにこしながら言った。
「かなちゃんは、お兄さんと一緒に仕事したいんですよ。
だから、今日成功して、無能じゃないって証明できれば地方から戻ってこれるかもって」
「ばっ、バァァァカ! ブリジットてめェェェェ! 言うなって言っただろうがよ!」
……なんだって? 加奈子が、俺と?
さっとブリジットは俺の背中に回って加奈子から逃げると更に続ける。
「私も、お兄さんがマネージャーさんになってくれたら嬉しいです。
他の人の時より、お兄さんが一緒にいてくれる時の方が落ち着きます」
「え……」
「な……ブリジット……」
加奈子がなんだかショックを受けたような、ちょっと怒ったような顔をしている。
「加奈子、そうなのか?」
「し、知るかよ。ケッ! 全部ソイツの妄想じゃねェの?」
あ、これ本当だ。もし嘘ならコイツはこういう態度は取らない。
そんなに付き合いが長い訳じゃないが、照れ隠しとそうでない違いくらい分かるつもりだ。
ていうか基本的にコイツって、隠し事できないタイプだし。だから、まぁ。
「悪いけど、また明日から地方なんだ」
「えっ……そうなんですか?」
「でも、そうだな。あと1年ぐらいしたら、必ず中央に戻ってくるよ」
口から出た言葉は自分でも驚くほど優しくて、でもハッキリしていた。
だから、分かったんだ。
あぁ、これ本音だ、ってな。
「お兄さん……約束ですよ?」
後ろを見ればブリジットはなんだか涙をうるうるさせている。
ぽんぽんと頭を撫でてやりながら、あぁ、約束だ、と告げた。
「……」
「加奈子」
「……」
俯いたまま、無言の加奈子は、カツカツとヒールの音を立てて俺に歩み寄って、
何か言われるのかと思ったら、素通りされた。
なんだよ、と思って振り返ろうとした刹那。
「……待ってる」
ボソッと呟いた声は、そんな風に聞こえて。
加奈子は控え室へと入っていくのだった。
ブリジットはなんだかニコニコした顔でそれを見送り、次いで控え室へ戻っていった。
やれやれ。どうやら就職活動先の企業に、1社加えなきゃならなくなっちまたらしい。
おつ
桐乃ルート
地味子ルート
あやせルート
沙織ルート
ブリジット・加奈子ルート
フェイトルート
よくこれだけ書いたもんだ
次へ 桐乃ルート
地味子ルート
あやせルート
沙織ルート
ブリジット・加奈子ルート
フェイトルート
よくこれだけ書いたもんだ
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