- 3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 16:54:03.22:Hy5BKYaI0
桜高を卒業して、もう五年は経とうとしていた。
私が部長を務めていた軽音部のメンバーと一緒の大学に進学はしたものの、今は疎遠になっている。
私は大学をなんとか現役で卒業後、苦難の連続で結局どこにも就職できなかった就職活動の末、
昔の知人の勧めで雇ってくれた楽器店で一応、正社員として働いている。
楽器店で働く毎日は楽しい。
だけど、どうしてか毎日が虚しい。
たまに高校生くらいの子たちが店に来たりすると、バンドを組んでいた頃が無性に懐かしくなる。
そういうとき、私は必ずある場所を訪れていた。
「よっ、久しぶり」
駅前の路上で弾き語りをしている、相変わらず小さな後姿に声を掛ける。
私たちのたった一人の後輩だった中野梓。
「律先輩!」
「調子どう?」
「まずまずですかね」
梓は苦笑を浮かべると、自分の前にあったギターケースを持ち上げて、それに溜まった小銭の数を
私に見せた。それから、その小銭をズボンのポケットにねじ込むようにして入れると、ギターをケースに
仕舞って立ち上がった。

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4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 16:55:02.80:Hy5BKYaI0
「せっかく久しぶりに会えたんですからどこかで飲みませんか?」
「ん、そうだな……」
もうすぐで日が暮れそうだった。
時計を見て、今日の夜から明日の朝までのスケジュールを思い出す。
特に何もなかったことを確認して、私は頷いた。
――――― ――
梓と連れ立って、小さな居酒屋に入る。
こういうとき、私は大人になったんだなと感じる。
梓共々すっかり顔なじみになってしまった居酒屋のおっちゃんに、ビールとおつまみを頼んで、
カウンターに並んで座った。
「最近あんまり来なかったけど何かあったの?」
「おっちゃん……来ないときは上手くやってるって思ってよ」
「ははは、なら今日は何かあったんかな?」
おっちゃんはそう言いながら、私と梓の前にたっぷりビールの入ったグラスを置いてくれた。
その横に、枝豆が山のように盛られたお皿も添えて。
「特に何も。ただ寂しくなって後輩を連れてきただけで」
6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 16:55:57.89:Hy5BKYaI0
梓が路上ライブをしているところを発見したのは、私が大学を卒業してすぐのことだった。
梓は私たちとは別の大学に進学していたから、梓が高校を卒業後はめっきり会う機会がなくなっていた。
それに私は親元を離れて、以前より少し遠い場所に住んでいたから、誰か昔の知り合いに会うとは思っていなかったので、駅前で梓の姿を見つけたときは驚いた。
梓も今、私と同じ地区のアパートに住んでいて、大学に行く傍らプロデビューを目指して頑張っているらしい。(その代わり、今年中に大学卒業は難しいと言っていた)
梓と再開した日から私は、昔のことを思い出して寂しくなったり、楽器店の客に対して愚痴りたくなったりしたときは、必ず梓の歌っている場所に足を向けるようになった。
もちろん会えないときもあるけど、会えた日はこうして今みたいに酒を酌み交わす。
「律先輩の負の感情の捌け口ですから、私は」
「はははっ。それにしても若い女の子二人でこんな居酒屋に来ててもいいのかい?一度くらい彼氏でも連れておいでよ」
「おっちゃん、察して」
23そこそこになっても彼氏一人すら私はいない。
梓もそうらしく、隣で大きな溜息を吐いている。
7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 16:56:56.18:Hy5BKYaI0
「そりゃあ悪かったね、でも二人ともべっぴんなのになあ」
「お世辞はいいです。私だって一度くらい男連れて小洒落たバーなんかに行ってみたいですよ」
梓がビールをぐびっと飲んで、苦々しい顔で言った。
私も一口、ビールを口に含む。
たぶん今、梓と同じ苦い顔をしているんだろうなと思いながらビールを飲み込むと、喉の奥を冷たい感触が通っていった。
「唯先輩なら毎日そんなとこに行ってるんでしょうけど……」
梓が呟くように言ったとき、ちょうど店に掛かっていた音楽が変わり、聴き慣れた声が私たちの耳に入ってきた。
私たちが組んでいたバンド、放課後ティータイムでギターとボーカルを務めていた平沢唯。
唯は今、日本で知らない人間はいないんじゃないかと思うほど、人気アーティストの座に登り詰めている。
高校在学時から目を付けられていたらしいが、大学に入学してすぐ大手のレコード会社にスカウトされ、あっという間に雲の上の人となってしまった。
大学は途中退学で、今じゃ連絡さえ取っていない。
「私、プロデビューすることになったんだ!」
そう報告を受けたその日から一度も。
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 16:57:52.52:Hy5BKYaI0
たぶん、一人だけ成功した唯を妬んでいたんだと思う。
きっと今も。
唯に会ったとしても、媚びるような態度か嫌味な態度しか取れない気がする。
だからまだ、会わないほうがマシだと思う。唯の為にも、私の為にも。
「最近唯、どうしてるだろうな」
「相変わらずみたいですけど」
梓は今でも唯と連絡を取り合っているらしい。
梓がプロを目指しているのは、少なからず唯の影響もあるんだろうなと思う。
なんだかんだ言いながらも、梓は唯に一番懐いていたし、尊敬していたから。
一緒の舞台に立ちたいと夢見ても不思議じゃない。
「あ、唯先輩、律先輩にも会いたいって言ってましたよ」
「そっか、わかった」
いつか私の中で整理がついたらな。
そう心の中で付け足す。
おっちゃんは、違うお客のところに行ってしまってまだ戻ってきそうにない。
ビールのお代わりはすぐにもらえそうにないなと判断して、グラスを持ち掛けた右手を引いた。
手持ち無沙汰になった右手を膝の上に置くと、いつのまにか唯の曲が、最近デビューしたばかりの大型新人アーティストと持て囃されている歌手の曲に変わっていた。
10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:00:35.22:Hy5BKYaI0
「そういえば律先輩」
梓は今流れている音楽に興味はないようで、携帯を取り出すとそれを開けながら、ふいに何かを思い出したように私の名前を呼んだ。
「なに?」
「最近澪先輩から連絡来ないんですけど、どうしたんでしょうかね」
あぁ、と私は声を漏らした。
崩れないように枝豆の山に手を伸ばしながら「忙しいんだろ、あいつも」と答える。
幼馴染の親友で、同じリズム隊として最高の相棒だった秋山澪。
澪は現在、一児の母として子育てに奮闘している。
所謂デきちゃった婚なので、旦那とはすぐに離婚したらしく、女手一つでって奴だそうだ。
私だって最初、「子どもができちゃった」と澪に言われたときは親友としてショックだった。
だけど、澪は幸せそうだったので私は何も言えなかった。
大学卒業間近のことだったから、澪は妊娠していることを隠して最後まで大学に通った。
澪の子は女の子で、名前は「りお」というらしい。
名付けた理由を尋ねると、「律と私の名前を足してみた」なんて言っていた。
私は関係ないんだからもっと違う名前にしろよ、と思ったけど、少しだけ嬉しかった。
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:01:42.68:Hy5BKYaI0
私が家から離れたので、実家で子育てしている澪とも会う機会はほとんどない。
ただ、月に一回は必ず一緒にお茶するようにしていた。
先月会った時、澪はりおちゃんを連れてきていた。以前家に帰ったついでに澪の様子を見に行ったときに会ったことをを覚えていてくれたようで、りおちゃんは私に向かって微笑んでくれた。
きっとりおちゃんは澪に似て美人になると思う。
澪は今の生活は辛いと愚痴を零していた。
それでも明るい顔をしていたのは、りおちゃんがいるからなんだろう。
きっと、りおちゃんがいなければ、澪は自殺の道にまで追い込まれていたかもしれない。
学生のときみたいに、私がずっと傍にいてやることが出来ないから。
だから、澪が明るい顔をしていることが自分のことのように嬉しかったし、だけど私の元を唯とは違う道だけどだんだんと離れていくことが寂しかった。
「私もそろそろ結婚してもいいかなー。20代後半になったらマジで考えなきゃやばいだろうし」
「相手、いるんですか?」
「うっせーよ」
カウンターに顔を伏せて脱力する。
梓は何がおかしかったのか「ふふっ」と笑った。
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:02:50.68:Hy5BKYaI0
「なんだよー?」
「なんか久しぶりだな、と思って。この感じ」
私は暫く動かなかった。
また店に流れる音楽が変わったとき、私は「そうだな」と身体を起こした。
私は随分と変わってしまったんだな、と思った。
こうして軽口を言い合うなんて、大人になってからは殆どなかった。
そのことにさえ気付かないんだから、よっぽどなんだと思う。
ふいに雨の音がした。
窓の外では、大粒の雨が街を濡らしていた。
「あ、降って来ちゃったな……」
「通り雨ですかね?ここに入ったときは全然曇ってなかったですし……」
「だといいんだけどなあ。傘、持って来てないし」
「私もです」
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:03:17.45:vlmtu3Ue0
「あー、そういや高校のとき、こんなことあったよな」
「こんなことって?」
「私が高二のときだったかな、ムギが傘忘れて来てさ」
そこまで言うと、梓も昔の仲間の奇行を思い出したらしく「あぁ」と肩を竦めて笑った。
たぶん、私と同じ場面を思い出しているんだろう。
「ムギ先輩、『私、傘忘れるの夢だったの~』って言いながら雨の中ずぶ濡れになってはしゃいでたんですよね」
「そうそう。よくわかんないけどムギってすっげー家のお嬢様なのにこんなことしてて良いのかよって思ってた」
「私なんてあのムギ先輩があんなことするなんて信じられずに記憶から削除してましたよ!まあその後からムギ先輩が元々あんな人なんだってわかりましたけど」
19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:12:05.50:Hy5BKYaI0
放課後ティータイムのキーボードで作曲担当、琴吹紬。
とにかくムギは、何事にも全力だった。
たぶん、一番高校生活を満喫していたのはムギだろう。
「ムギ先輩、帰って来るのいつでしたっけ」
「んー……確か来月くらいじゃなかった?前最後に会ったときは、冬くらいに帰って来るって
言ってたと思うんだけど」
今ムギは、家を継ぐ為に海外研修に行っている。
どこの国かは忘れてしまったが、海外研修というのは名目上で、本当はボランティアに行っているんだと
言っていた気がする。
お嬢様がボランティア活動。相変わらず、ムギの考えることはよくわからない。
そのまま黙って家を継いだら幸せになれるのに、と私は思ってしまう。
でも、どちらにしてもムギは、軽音部の中で一番充実した日々を過ごしてるんじゃないか
と思う。
そんなムギに、以前会った時に仕事の愚痴を零したら怒られてしまった。
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:16:11.01:Hy5BKYaI0
「りっちゃん、それっておかしいわよ、アフリカの人や子ども達は就きたい仕事に就けること
なんて滅多にないの。それでもそんなこと言わずに働いてる。凄く危険な仕事ばかりだし、あの子たちは
夢を見ることさえ許されないのに」
仕事がつまらない。
どうして私は唯みたいに夢見たような場所にいないんだろう。
そう言うと、ムギは顔を真っ赤にして怒った。
ムギは現地で酷く苦しい生活に触れた。
だからそうやって私を怒ってくれたんだろう。
「唯ちゃんだって、プロになったからっていって良いことばかりじゃないはずよ。
それに今の日本は働くことさえ出来ない人がいる。そう考えるとりっちゃんは幸せでしょう?」
本当にムギは、高校のときのまま、純粋なんだと思う。
私や、たぶん梓も澪も、そして唯だって、愛想笑いを貼り付けて生きていくしかない
この世界の汚れを知り、生きていくために自らもそれを被ってしまった。
もしかしたら、ムギだってそうなのかも知れないけど。
「律先輩、そろそろ帰りましょうか」
22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:20:25.14:Hy5BKYaI0
随分長い間呆としていたようだ。
いつのまにか雨は止んでいて、梓はビールを飲み干して言った。
私も慌てて残りのビールを喉に流し込んだ。
「もう帰るのかい?」
「また雨が降らないうちに」
おっちゃんが立ち上がった私たちに気付いて声を掛けてきた。
梓が答えて、ビールの代金をカウンターに置く。
「そうかい、また来てくれよ、今度は彼氏連れて」
「じゃあもうここには来れないなー」
私も自分の分の代金を置いて冗談交じりに言うと、「ならおっちゃんが彼氏になってやろうか」と
返されてしまった。
「考えとく」
私たちは手を振ると、店を出た。
外はもうすっかり暗くなっていた。
梓がギターを背負い、先に立って歩き出す。
23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:22:09.14:Hy5BKYaI0
「梓、どこ行くんだよ?そっちじゃないだろ、家」
「はい、でも酔い醒ましも兼ねてちょっと散歩しません?」
私は空を振り仰いだ。
今夜は三日月だ。
今度は時計を確認せずに、私は「そうだな」と頷いた。
――――― ――
25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:36:57.66:Hy5BKYaI0
私たちは、暗い道を二人並んで歩いた。
特に何も会話はなかった。
ただ二人とも、気が付くと懐かしい場所へと続く道を歩いていた。
「……あー、そろそろ戻るか」
このまま歩いたら、駅一つ分超えて実家に戻ってしまう。
梓もそう思ったのか、「そうですね」と身体の向きを変えた。
「律先輩」
「なに?」
「この辺りも、数年ですごい変わっちゃいましたね」
梓の言う通り、高校時代この場所までよく遊びに来ていたが、その時はこんなに家なんて立っていなかったのに、
これじゃあ小さなニュータウンだ。
同じような家ばかりがずらずらと並んでいる。
「なんていうか、あっという間だよな、変わっちゃうのって」
26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:41:44.71:Fw5dHSaF0
たぶん、街も、そして私たち人間も。
変わらないわけがない。変わるしかない。
「仕方無いんでしょうけど……」
「うん、仕方無いよ」
私はそう言い切ると、沈んだ顔をしている梓の手を掴んで、引っ張るようにして止まっていた足を
再び動かし始める。
仕方無いと言い切る時点で私は負け組み。
いいほうに変われたらいいのに、と思う。悪いほうじゃなく、いいほうに。
でも私たちはもう戻れない。
後ろの方から、楽しそうな声が聞こえた。
振り向くと、数年前、自分も身に着けていた制服を着て、ギターケースや何かの楽器のケースを持ちながら歩く
女子高生が数人いた。
その子たちは、思わず立ち止まってしまった私たちを気にすることなく、私たちの横を通り過ぎて行った。
29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 18:21:56.51:Hy5BKYaI0
改めて、もう戻れないんだと悟った。
あの子たちのいる、全てが輝いていた世界にはもう、戻れない。
頭の奥で、高校最後の学園祭のときに唯の言っていた言葉を思い出す。
『放課後ティータイムは、いつまでも、いつまでも、放課後です!』
いつまでも放課後。
放課後は人生の暇潰し。
高校生の頃は、そんなことを平気で言えた。
早く社会に出て一人前になりたいとか、好きなことばかりしていたいとか。
だけど、今となってはそんなこと言ってられるほど優しい世界じゃないことを知ってしまった。
30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 18:24:15.09:Hy5BKYaI0
夢を見ていられるから、あの時の私たちだってきっと、輝いていられた。
昔の私が今の私を見たらなんて言うだろうか。どんな風に私を見て、どんな風に笑うのだろうか。
“放課後”の世界から出てしまった私にはもう、昔の自分のことすらわからなくなった。
だから私は、大人になってしまった私たちは、この暗い世界を歩いていくしかない。
放課後の記憶に縛られながら、生きていくしかない。
「なあ梓」
「なんですか?」
「今度ムギが帰ってきたらさ、唯も誘って、昔みたいに皆で演奏してみない?」
ただ、昔の幻想を追い求めてちょっと後ろを振り返るくらいならいいんじゃないかと思う。
そこで絶望してしまったってあの頃の仲間達が傍にいる限り、私は立って、歩き続けられるから。
私たちは先はまだまだ長い。
だけど、放課後の明るい光に気を取られて立ち止まってる時間なんてない。
「そうですね」
梓はずり落ちたギターケースを肩に掛けなおすと、そう言って笑った。
終わり。
34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 18:36:01.37:7YxLh/W60
「せっかく久しぶりに会えたんですからどこかで飲みませんか?」
「ん、そうだな……」
もうすぐで日が暮れそうだった。
時計を見て、今日の夜から明日の朝までのスケジュールを思い出す。
特に何もなかったことを確認して、私は頷いた。
――――― ――
梓と連れ立って、小さな居酒屋に入る。
こういうとき、私は大人になったんだなと感じる。
梓共々すっかり顔なじみになってしまった居酒屋のおっちゃんに、ビールとおつまみを頼んで、
カウンターに並んで座った。
「最近あんまり来なかったけど何かあったの?」
「おっちゃん……来ないときは上手くやってるって思ってよ」
「ははは、なら今日は何かあったんかな?」
おっちゃんはそう言いながら、私と梓の前にたっぷりビールの入ったグラスを置いてくれた。
その横に、枝豆が山のように盛られたお皿も添えて。
「特に何も。ただ寂しくなって後輩を連れてきただけで」
梓が路上ライブをしているところを発見したのは、私が大学を卒業してすぐのことだった。
梓は私たちとは別の大学に進学していたから、梓が高校を卒業後はめっきり会う機会がなくなっていた。
それに私は親元を離れて、以前より少し遠い場所に住んでいたから、誰か昔の知り合いに会うとは思っていなかったので、駅前で梓の姿を見つけたときは驚いた。
梓も今、私と同じ地区のアパートに住んでいて、大学に行く傍らプロデビューを目指して頑張っているらしい。(その代わり、今年中に大学卒業は難しいと言っていた)
梓と再開した日から私は、昔のことを思い出して寂しくなったり、楽器店の客に対して愚痴りたくなったりしたときは、必ず梓の歌っている場所に足を向けるようになった。
もちろん会えないときもあるけど、会えた日はこうして今みたいに酒を酌み交わす。
「律先輩の負の感情の捌け口ですから、私は」
「はははっ。それにしても若い女の子二人でこんな居酒屋に来ててもいいのかい?一度くらい彼氏でも連れておいでよ」
「おっちゃん、察して」
23そこそこになっても彼氏一人すら私はいない。
梓もそうらしく、隣で大きな溜息を吐いている。
「そりゃあ悪かったね、でも二人ともべっぴんなのになあ」
「お世辞はいいです。私だって一度くらい男連れて小洒落たバーなんかに行ってみたいですよ」
梓がビールをぐびっと飲んで、苦々しい顔で言った。
私も一口、ビールを口に含む。
たぶん今、梓と同じ苦い顔をしているんだろうなと思いながらビールを飲み込むと、喉の奥を冷たい感触が通っていった。
「唯先輩なら毎日そんなとこに行ってるんでしょうけど……」
梓が呟くように言ったとき、ちょうど店に掛かっていた音楽が変わり、聴き慣れた声が私たちの耳に入ってきた。
私たちが組んでいたバンド、放課後ティータイムでギターとボーカルを務めていた平沢唯。
唯は今、日本で知らない人間はいないんじゃないかと思うほど、人気アーティストの座に登り詰めている。
高校在学時から目を付けられていたらしいが、大学に入学してすぐ大手のレコード会社にスカウトされ、あっという間に雲の上の人となってしまった。
大学は途中退学で、今じゃ連絡さえ取っていない。
「私、プロデビューすることになったんだ!」
そう報告を受けたその日から一度も。
たぶん、一人だけ成功した唯を妬んでいたんだと思う。
きっと今も。
唯に会ったとしても、媚びるような態度か嫌味な態度しか取れない気がする。
だからまだ、会わないほうがマシだと思う。唯の為にも、私の為にも。
「最近唯、どうしてるだろうな」
「相変わらずみたいですけど」
梓は今でも唯と連絡を取り合っているらしい。
梓がプロを目指しているのは、少なからず唯の影響もあるんだろうなと思う。
なんだかんだ言いながらも、梓は唯に一番懐いていたし、尊敬していたから。
一緒の舞台に立ちたいと夢見ても不思議じゃない。
「あ、唯先輩、律先輩にも会いたいって言ってましたよ」
「そっか、わかった」
いつか私の中で整理がついたらな。
そう心の中で付け足す。
おっちゃんは、違うお客のところに行ってしまってまだ戻ってきそうにない。
ビールのお代わりはすぐにもらえそうにないなと判断して、グラスを持ち掛けた右手を引いた。
手持ち無沙汰になった右手を膝の上に置くと、いつのまにか唯の曲が、最近デビューしたばかりの大型新人アーティストと持て囃されている歌手の曲に変わっていた。
「そういえば律先輩」
梓は今流れている音楽に興味はないようで、携帯を取り出すとそれを開けながら、ふいに何かを思い出したように私の名前を呼んだ。
「なに?」
「最近澪先輩から連絡来ないんですけど、どうしたんでしょうかね」
あぁ、と私は声を漏らした。
崩れないように枝豆の山に手を伸ばしながら「忙しいんだろ、あいつも」と答える。
幼馴染の親友で、同じリズム隊として最高の相棒だった秋山澪。
澪は現在、一児の母として子育てに奮闘している。
所謂デきちゃった婚なので、旦那とはすぐに離婚したらしく、女手一つでって奴だそうだ。
私だって最初、「子どもができちゃった」と澪に言われたときは親友としてショックだった。
だけど、澪は幸せそうだったので私は何も言えなかった。
大学卒業間近のことだったから、澪は妊娠していることを隠して最後まで大学に通った。
澪の子は女の子で、名前は「りお」というらしい。
名付けた理由を尋ねると、「律と私の名前を足してみた」なんて言っていた。
私は関係ないんだからもっと違う名前にしろよ、と思ったけど、少しだけ嬉しかった。
私が家から離れたので、実家で子育てしている澪とも会う機会はほとんどない。
ただ、月に一回は必ず一緒にお茶するようにしていた。
先月会った時、澪はりおちゃんを連れてきていた。以前家に帰ったついでに澪の様子を見に行ったときに会ったことをを覚えていてくれたようで、りおちゃんは私に向かって微笑んでくれた。
きっとりおちゃんは澪に似て美人になると思う。
澪は今の生活は辛いと愚痴を零していた。
それでも明るい顔をしていたのは、りおちゃんがいるからなんだろう。
きっと、りおちゃんがいなければ、澪は自殺の道にまで追い込まれていたかもしれない。
学生のときみたいに、私がずっと傍にいてやることが出来ないから。
だから、澪が明るい顔をしていることが自分のことのように嬉しかったし、だけど私の元を唯とは違う道だけどだんだんと離れていくことが寂しかった。
「私もそろそろ結婚してもいいかなー。20代後半になったらマジで考えなきゃやばいだろうし」
「相手、いるんですか?」
「うっせーよ」
カウンターに顔を伏せて脱力する。
梓は何がおかしかったのか「ふふっ」と笑った。
「なんだよー?」
「なんか久しぶりだな、と思って。この感じ」
私は暫く動かなかった。
また店に流れる音楽が変わったとき、私は「そうだな」と身体を起こした。
私は随分と変わってしまったんだな、と思った。
こうして軽口を言い合うなんて、大人になってからは殆どなかった。
そのことにさえ気付かないんだから、よっぽどなんだと思う。
ふいに雨の音がした。
窓の外では、大粒の雨が街を濡らしていた。
「あ、降って来ちゃったな……」
「通り雨ですかね?ここに入ったときは全然曇ってなかったですし……」
「だといいんだけどなあ。傘、持って来てないし」
「私もです」
なんであれから数年ネタは場末感が凄いんだろう
17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:06:20.33:6vd+ZrjS0確かに
みんなが幸せな未来の話はないもんかねえ
18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:07:20.85:Hy5BKYaI0みんなが幸せな未来の話はないもんかねえ
「あー、そういや高校のとき、こんなことあったよな」
「こんなことって?」
「私が高二のときだったかな、ムギが傘忘れて来てさ」
そこまで言うと、梓も昔の仲間の奇行を思い出したらしく「あぁ」と肩を竦めて笑った。
たぶん、私と同じ場面を思い出しているんだろう。
「ムギ先輩、『私、傘忘れるの夢だったの~』って言いながら雨の中ずぶ濡れになってはしゃいでたんですよね」
「そうそう。よくわかんないけどムギってすっげー家のお嬢様なのにこんなことしてて良いのかよって思ってた」
「私なんてあのムギ先輩があんなことするなんて信じられずに記憶から削除してましたよ!まあその後からムギ先輩が元々あんな人なんだってわかりましたけど」
放課後ティータイムのキーボードで作曲担当、琴吹紬。
とにかくムギは、何事にも全力だった。
たぶん、一番高校生活を満喫していたのはムギだろう。
「ムギ先輩、帰って来るのいつでしたっけ」
「んー……確か来月くらいじゃなかった?前最後に会ったときは、冬くらいに帰って来るって
言ってたと思うんだけど」
今ムギは、家を継ぐ為に海外研修に行っている。
どこの国かは忘れてしまったが、海外研修というのは名目上で、本当はボランティアに行っているんだと
言っていた気がする。
お嬢様がボランティア活動。相変わらず、ムギの考えることはよくわからない。
そのまま黙って家を継いだら幸せになれるのに、と私は思ってしまう。
でも、どちらにしてもムギは、軽音部の中で一番充実した日々を過ごしてるんじゃないか
と思う。
そんなムギに、以前会った時に仕事の愚痴を零したら怒られてしまった。
「りっちゃん、それっておかしいわよ、アフリカの人や子ども達は就きたい仕事に就けること
なんて滅多にないの。それでもそんなこと言わずに働いてる。凄く危険な仕事ばかりだし、あの子たちは
夢を見ることさえ許されないのに」
仕事がつまらない。
どうして私は唯みたいに夢見たような場所にいないんだろう。
そう言うと、ムギは顔を真っ赤にして怒った。
ムギは現地で酷く苦しい生活に触れた。
だからそうやって私を怒ってくれたんだろう。
「唯ちゃんだって、プロになったからっていって良いことばかりじゃないはずよ。
それに今の日本は働くことさえ出来ない人がいる。そう考えるとりっちゃんは幸せでしょう?」
本当にムギは、高校のときのまま、純粋なんだと思う。
私や、たぶん梓も澪も、そして唯だって、愛想笑いを貼り付けて生きていくしかない
この世界の汚れを知り、生きていくために自らもそれを被ってしまった。
もしかしたら、ムギだってそうなのかも知れないけど。
「律先輩、そろそろ帰りましょうか」
随分長い間呆としていたようだ。
いつのまにか雨は止んでいて、梓はビールを飲み干して言った。
私も慌てて残りのビールを喉に流し込んだ。
「もう帰るのかい?」
「また雨が降らないうちに」
おっちゃんが立ち上がった私たちに気付いて声を掛けてきた。
梓が答えて、ビールの代金をカウンターに置く。
「そうかい、また来てくれよ、今度は彼氏連れて」
「じゃあもうここには来れないなー」
私も自分の分の代金を置いて冗談交じりに言うと、「ならおっちゃんが彼氏になってやろうか」と
返されてしまった。
「考えとく」
私たちは手を振ると、店を出た。
外はもうすっかり暗くなっていた。
梓がギターを背負い、先に立って歩き出す。
「梓、どこ行くんだよ?そっちじゃないだろ、家」
「はい、でも酔い醒ましも兼ねてちょっと散歩しません?」
私は空を振り仰いだ。
今夜は三日月だ。
今度は時計を確認せずに、私は「そうだな」と頷いた。
――――― ――
私たちは、暗い道を二人並んで歩いた。
特に何も会話はなかった。
ただ二人とも、気が付くと懐かしい場所へと続く道を歩いていた。
「……あー、そろそろ戻るか」
このまま歩いたら、駅一つ分超えて実家に戻ってしまう。
梓もそう思ったのか、「そうですね」と身体の向きを変えた。
「律先輩」
「なに?」
「この辺りも、数年ですごい変わっちゃいましたね」
梓の言う通り、高校時代この場所までよく遊びに来ていたが、その時はこんなに家なんて立っていなかったのに、
これじゃあ小さなニュータウンだ。
同じような家ばかりがずらずらと並んでいる。
「なんていうか、あっという間だよな、変わっちゃうのって」
んだなぁ同窓会とかいくと周りが変わってて戸惑うよな
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 17:53:03.58:Hy5BKYaI0たぶん、街も、そして私たち人間も。
変わらないわけがない。変わるしかない。
「仕方無いんでしょうけど……」
「うん、仕方無いよ」
私はそう言い切ると、沈んだ顔をしている梓の手を掴んで、引っ張るようにして止まっていた足を
再び動かし始める。
仕方無いと言い切る時点で私は負け組み。
いいほうに変われたらいいのに、と思う。悪いほうじゃなく、いいほうに。
でも私たちはもう戻れない。
後ろの方から、楽しそうな声が聞こえた。
振り向くと、数年前、自分も身に着けていた制服を着て、ギターケースや何かの楽器のケースを持ちながら歩く
女子高生が数人いた。
その子たちは、思わず立ち止まってしまった私たちを気にすることなく、私たちの横を通り過ぎて行った。
改めて、もう戻れないんだと悟った。
あの子たちのいる、全てが輝いていた世界にはもう、戻れない。
頭の奥で、高校最後の学園祭のときに唯の言っていた言葉を思い出す。
『放課後ティータイムは、いつまでも、いつまでも、放課後です!』
いつまでも放課後。
放課後は人生の暇潰し。
高校生の頃は、そんなことを平気で言えた。
早く社会に出て一人前になりたいとか、好きなことばかりしていたいとか。
だけど、今となってはそんなこと言ってられるほど優しい世界じゃないことを知ってしまった。
夢を見ていられるから、あの時の私たちだってきっと、輝いていられた。
昔の私が今の私を見たらなんて言うだろうか。どんな風に私を見て、どんな風に笑うのだろうか。
“放課後”の世界から出てしまった私にはもう、昔の自分のことすらわからなくなった。
だから私は、大人になってしまった私たちは、この暗い世界を歩いていくしかない。
放課後の記憶に縛られながら、生きていくしかない。
「なあ梓」
「なんですか?」
「今度ムギが帰ってきたらさ、唯も誘って、昔みたいに皆で演奏してみない?」
ただ、昔の幻想を追い求めてちょっと後ろを振り返るくらいならいいんじゃないかと思う。
そこで絶望してしまったってあの頃の仲間達が傍にいる限り、私は立って、歩き続けられるから。
私たちは先はまだまだ長い。
だけど、放課後の明るい光に気を取られて立ち止まってる時間なんてない。
「そうですね」
梓はずり落ちたギターケースを肩に掛けなおすと、そう言って笑った。
終わり。
乙
何かこういうストーリー胸が苦しくなるよな…
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 20:38:21.02:WfdzpXK4i何かこういうストーリー胸が苦しくなるよな…
乙、律梓の組み合わせはなんか落ち着きがいい。何故かはわからん。
41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/21(日) 21:33:41.71:QIvkBkEpO最近卒業後SS読む度に鬱になるぜ…
もう10日も寝たきりだ
どうして好きなものは離れてくんだろうな
もう10日も寝たきりだ
どうして好きなものは離れてくんだろうな
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でも五人の絆は切れないと信じてる