- 14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 00:02:20.29:4VMQO8V20
唯は墓石に花を手向けると、悲しそうに、静かに、手を合わせる
「………………」
永く、永く――
唯の背中を見ていると……いつもは元気な唯が、あの時と――1年前のあの時の唯と重なって見えた
私もその唯の隣へ、そして律の眠る場所に、線香を手向けて手を合わせる
……律
心の中で律に呟いても、返ってこない返事
「…………律っちゃん」
目を瞑ると聞こえてきた声……
唯の呟く声が、私の耳に、微かに聞こえる
「りっ……ちゃぁ……ん……」
時折混ざる、小さな嗚咽――
「……うぅ……っっくぅ……っ」
その声は、静かな霊園に佇む数々の思い出の跡に飲み込まれていくように――
あふれては消え、こぼれては消え……
静かに、静かに
唯の悲しみが消えるまで――
絶対に消えることはないけれど――僅かでも消えるまで……唯の嗚咽は治まるまることはなかった
律……律……どうして……どうして……
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18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 00:18:47.76:4VMQO8V20
こんにちは、秋山澪です
今日は唯と二人で律のお墓参りに来ました
二人でどれだけ律のお墓の前にいたのか……わかりません
30分……ううん、多分一時間はいたと思います
私も唯も、何かをしていたわけでもなく
律のお墓の前で手をあわせて、佇んでいました
きっとその間は、唯も私と同じことを思っていたのではないでしょうか
心のなかで、律に話しかけて、それでも返事は返ってこなくて
それが辛くて……悲しくなって……声が溢れて……
夕時の凪が終わり、急に吹いた風で、空になった水桶が倒れる音が耳に入ってくるまで
二人でずっと手をあわせていました
その風が――その音が、私と唯を包む悲しみと沈黙を中断させてくれたような気がして……
律が『もうやめろってば、帰らないと風邪をひくだろ』と教えてくれたような気がして……
太陽が霊園を朱に染める中、私と唯は律の眠る場所から帰ることにしました
19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 00:36:34.68:4VMQO8V20
――…ぉ
私の耳元で聞こえる、懐かしい声――
「……みーおー?」
私の事を呼び捨てで呼ぶあの声――
「澪っ!」
少し急かすような、元気なあの声――
寝ていたのか、でも眠気は無く
でも目を瞑っていた私は、目をゆっくり開けると――
そこが部室だというのは何故か違和感なく分かっていて
私は部室のソファーに腰掛けているみたいで
「お目覚め?」
目の前には……見上げると――
「りっ……――」
声と喉の奥から、いろいろな物があふれそうになって――
「律ぅっ!!!」
目の前にいる、律を、懐かしい、その律を私は抱きしめようと体をソファーから起こして、律に触れ――
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 00:44:48.41:4VMQO8V20
――た、と思った
でも、そこには天井に向けた両手――
抱きしめようとして起き上がったのに、何故か私は横になっていて
見慣れていた部室ではなく……それは、私の家の天井で
手には――
手の先には……
何も、無くて……
律は………………いなかった
抱きしめようとした
やっと会えたから、もう、律が何処にも行かないでほしかったから
消えないように、逃げないように……抱きしめようと……したのに
……夢、だった
目尻から零れた雫が耳を濡らし、そのまま髪を、枕へと落ちていくのを感じながら
私は何もつかめなかった手をゆっくりと下ろして――
目覚まし時計のアラームが鳴るまで、何も考えず、ただただ、虚ろに天井を眺めていました
22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 01:39:33.98:4VMQO8V20
――その日は朝から雨でした
あんな夢を見た後だから、気分も晴れません
それに……
今の時期の雨は、嫌い……
「澪ちゃん、おはよう」
「おはよう、澪」
教室に入ると、ムギと和が笑顔で声をかけてきました
あんまり気分が落ち込んでいるのを他の人に伝染させたくない、だから――
「おはよう」
――私は二人にいつも通り平然を装って返事をします
席に着くと、もう少しで朝のHRが始まる時間なのに
一席だけ空席がありました
「……唯、まだきていないの?」
いつも唯と一緒の和に尋ねます
「唯ならもう来ているよ、部室に行くって言ってたけど」
「唯ちゃんならギターを置くついでにトンちゃんにエサあげているんじゃないかしら?」
唯が早く来ているなんて珍しい……
私はエリザベスを置いてくるついでに、戻ってこない唯を呼んでくることにしました
23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 01:55:22.86:4VMQO8V20
HRが始まる間際の時間の廊下――
自分の教室に向けて走る生徒、まだ教室に入らずに廊下で話す生徒、他のクラスから自分のクラスへ戻る生徒……
そんな朝の光景を横目に、薄暗い階段を上がって――
音楽室の前まで来ると、朝の喧騒も遠くなり、そこだけ静まり返っていました
部室の電気は……消えているみたいです
唯が部室に来ているって二人言っていたんだけど……
ここからだと人のいる気配が全く感じません
扉に手を掛けると……鍵は空いていました
そっと扉を開けて――
な、何かあったら嫌だし、警戒しながら……ゆっくりと、ゆっくり、と……
扉が半分ほど開いたところで中の反応を伺うけれど……
扉を開けたことだけでは何もありませんでした
「ゆ……唯……?」
開いた扉から中に声を投げかけるけれど……これも反応がありません
そっとさらに扉を開き――部室の中に入ります
天気が雨なので、電気のついていない部室は暗くて、少し寒い……
こんな部室に、唯は居るのかな――と思い、辺りを見回すと……
いました
いつもお茶を飲んでいる机の前、椅子に座り、手を机の上で枕替りにして寝ているみたいです
26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 02:09:56.49:4VMQO8V20
「ゆ――」
起きないとHRはじまるぞ、と声をかけようと思ったのですが……
その唯の光景を見て、声が詰まり、呼びかけるのを躊躇いました
唯の目は閉じていて、寝ているように見える唯……
でも、僅かに肩が震えています
そして、私が近くに、背後にいるのに、気がついていない唯
寝ているのかと思いましたが……小さな音が、唯の場所から聞こえます
その音が出ている場所――
唯の耳元を見ると、イヤホンをしていました
何か聴いているみたいです
小さな小さな音……メロディに乗っているようなリズムで、僅かに人の声が入っているような……
雑音、と言ってしまえばそれだけの音、気が付かないような音だけれど……
『――ダ゙カラ……テイル……キヅイテ……デモイチオウ……』
この音……――
『カチューシャ……デア……カナッテ……ナッタリシテ……』
この声は……唯が聴いているのは――律の声
練習で録音した、律の歌が入った……カセットテープを――
――肩を震わせながら……
――泣きながら、聴いていました
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 02:16:18.39:4VMQO8V20
「律っちゃん……」
イヤホンから漏れる音を消す音
唯の口から漏れた呟き――
「なん、で……」
私が後ろにいることに、まだ気がついていないみたいで――
「……ぃっく…なんで、なの……?」
続く唯の嗚咽……昨日と同じ、唯の嗚咽――
「なんで……――」
でも……昨日以上に、言葉の端々に悲しみを込めている唯の声――
「――なんで、死んじゃったの……?」
29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 02:36:06.35:4VMQO8V20
私は……泣きながら律の歌を聴く唯に声をかけられませんでした
きっと唯も、そんな姿を誰にも見られたくなかったのかもしれないから――
私はそのまま唯を残して、教室に戻りました
教室に戻るとすぐにHRの開始を告げるチャイムが鳴って――
唯はHRの時間に戻ってくることはありませんでした
1限目が始まる前に、さわ子先生と、ムギ、和に唯のことを尋ねられましたが
部室にはいなかった、とだけ答えました
結局、1限目にも唯は顔を出さず――
2限目が始まる前の休み時間、さわ子先生から、唯は早退した、とクラスに伝えられました
鞄は……机の横に置いてあるままでしたが、職員室でさわ子先生に告げた後、帰ったそうです
泣いている唯に……声をかけてあげたほうがよかったのかな……?
でも――
『――なんで、死んじゃったの……?』
唯の、その言葉に私は答えることがでかったから……できないから……
私が何を言っても……
それは全部言い訳にしかならないから……
私は…・…
だって……私の――
私のせいで……律は……――
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 03:05:28.29:4VMQO8V20
一年前の、あの日――私は、律と楽器店に行く約束をしていました
「……なにやってるんだよ、律は……」
約束の時間になっても、時間から20分オーバーしているのに、律は待ち合わせの場所に来ません
電話も何度もかけているのに出ないし、メールも何通か送っているのに返事が来ない……
ああもう……早く行かないと……レフティフェアが終わってしまうじゃないか……
私は再度、律に電話をかけると、2コール半で――
「澪っ、ごめん!!!」
――出た瞬間に私の名前と謝罪の言葉
「もう30分は経つのになにしているんだよ!楽器屋閉まっちゃうじゃないか!」
「いやいやいや、閉店まではまだ数時間あるから……」
「とにかく!早く来て!」
「わ、わかってるって!今急いで準備していくから!」
……準備、って?
「律、もしかして……まだ家!?」
「さっすがみおしゃん!正解でっす!ただいま着替え中ー」
「正解ですじゃない!早く!着替えなくていいから!今すぐ!!5秒で!!!」
「無茶言うな!!」
「じゃあ20秒で!!」
「無理だっての!!遅れたのは悪いけどさー、これも澪のせいでもあるんだぜ?」
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 03:32:20.78:4VMQO8V20
「なんで私のせいなんだよ!」
「それがさ、昨日、幼稚園の頃と小学生の頃のアルバムが出てきてさー」
「……で?」
「つい……夜中まで読み耽けっちゃってさー、小さい頃の澪ちゃんてぇ、すっごくかわいいかったんだねー♪」
「う、うるさい!!てかそれ私悪く無いだろ!律が悪いんじゃないか!」
「でもすっごく懐かしかったからさー、ついつい、あっはっはっはぁ――がってぇええ!?」
「いきなり叫ぶなよ!」
「っつうう……ベッドに、こ、こゆび……ぶつけた……」
「遅刻した天罰だ」
「酷いこと言うねみおしゃん……」
「とにかく昔話とかいいからはやく来いって!もう着替え終わったんでしょう?」
「終わってねーよ!!」
「早く終わらせて!!」
「電話してるのに無茶いうなって!……全く、酷い幼馴染だよ……」
「約束の時間から30分以上待たせる幼馴染も酷いよ!」
「わかったわかった、お互い様ってことでね!」
「いや、私悪くないと思うんだけど!」
「でもさー、幼馴染の澪と一緒にこうやって楽器屋行って、同じバンドやってるって、すごいことじゃね?」
「ん……?そ、そうかもしれないけど……」
「だろー?幼稚園の頃からの幼馴染と一緒なんて運命ってヤツ?そう思うと感慨深いなーってさ!」
「確かに……そうだけど……今は関係ないだろ……」
「そーだけどさー、まあ、何ていうか……そのさ、みおしゃん……」
「なんだよ、歯切れ悪いなぁ」
「あは☆……大好き♪」
「いいから早く来い!!!」
――と、いつも通りの、何気ないやりとりでした
だからそのまま私の方から通話を切って、今から待ち合わせの場所に来る律を待つことにして――
そのまま……私は待っていて……1時間以上も待っていて……――
37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 03:36:59.15:4VMQO8V20
――それでも律は、待ち合わせの場所に現れませんでした
再度、電話をしたら、コール音の代わりに
『お客様のおかけになった電話番号は、現在、電波の届かない所か――』
アナウンスが流れます
何度かけても、何度かけても――電源を切っているのか、アナウンスばかりでコール音が鳴りません
69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 21:58:11.88:4VMQO8V20
――律と連絡を取ってから……1時間半経ちました
私は律の家に電話をかけてみましたが、数コール後に留守番電話になってしまいます
レフティフェア……も大切だけれど……
時々待ち合わせに遅れてくる律だけれど……
こんなに、律のことを待っていたのは、初めてでした
「……何……やっているんだよ……」
いつまで経っても――
『お客様のおかけになった電話番号は、現在、電波の届かない所か――』
――繋がらない、律の携帯
「遅いよ……」
歩く人の中に律の姿を探します
けれど――いつまで経っても……その中に律の姿は現れません
「遅い……」
少し、風が冷たくなった気がしました
午後になって、雲行きが怪しくなり、朝には青空だった空も、今は雲が覆い尽くして……
「律……どうしたんだよ……」
空も……泣き出しそうです……
70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 22:24:32.00:4VMQO8V20
――次に時計を見たときには……2時間経っていました
律の携帯にも、家の電話にも。何度も、何度も……
もう数えきれないくらいかけたけれど……
――律の声を聞くことはできませんでした
「あ……」
突然、手に付着する冷たい感触
当たった手の甲を見ると、はじけた雫――雨、でした
灰色に染まった空を見上げると――ぽつり、ぽつりと
見上げた私の顔を、頬を、ひとつ、またひとつと雫が当たり、弾け、落ちてきています
傘は――持っていませんでした
でも、私は――
何故か……雨が、私に何かを告げている気がして
雨が頬を打つたびに、空を覆う雲が私の胸まで覆い尽くすかのように――
胸が、息が……少し、詰まります
だから私は――
律の家に向かって歩こうと思って足を踏み出し――
一歩踏み出すと、耐え切れず――走り出しました
73:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 22:48:58.92:4VMQO8V20
雨は、すぐに強くなりました
走りだした時に頬や手にあたって弾けていた雨も――
今は、走っている私の全身に叩きつけるように降りそそいでいます
頬を濡らし、セットした髪を崩し、服を重くし、時折目にも入り込んで視界を遮ろうとしてきます
「いつ、っはぁ、はぁ……まで、……いつまで、っはぁ……――」
バッグを持ったまま、走り辛い靴、動き難い服、コンクリートの道路……
いつもなら、こんなにすぐ息が上がることなんてないのに――
体育の時間で走るのとは、状態も状況も、全然違くて……
「いつ……はぁ、はっ、ぁ……り、律はっ……待たせ、るんだ……!」
それでも、足を止めることはできませんでした
足を止めてしまったら――
打ち付ける雨に、雨と一緒に、私の体も地面に叩き伏せられてしまいそうだったから――
だから、私は走って、走って――
――走って、いると……
雨の中、異様な光景が目に入ってきました
75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 23:09:09.85:4VMQO8V20
その光景は……走っていた私の足を、強引に止めるものでした
そこは――交差点、でした
人が信号待ちをしている……にしては違和感があります
人数が多くて――そして、青信号なのに、だれも交差点を渡ろうとしない
ううん……少し、違う
私の前を遮るように大勢いる人の背中、そしてその足を動かさない人たち
交差点から伸びる、幾つもの止まった車……
その先にある交差点、道路がよく見えないから――青なのに、渡らずに止まっているように感じたのです
人、人、人……
そして――その人達が話す声から感じる……
……不穏な、ざわめき
あの、雨が降ってきた時に感じた、胸の中の違和感と同じような感覚――
傘をさしている人もいれば、雨に……私と同じように、雨にうたれて濡れている人も…・…
聞こえてくるざわめきは――
胸の中の、嫌な予感を……強めて、いきます
私は、これ以上強くなるその嫌な予感に耐えきれませんでしたが――
進む足は、律の家の方向では無く……その人集りの中心部へと、向かっていました
77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 23:30:42.05:4VMQO8V20
人と人の間をくぐり抜け、少しずつ前へ、前へ……
そしてほぼ一番前までくると、私の目に、入ってきたのは――
――停まっている車
――その先には……警察官が交差点付近に……何人もいて……
その中心には……銀色の大きな四角い物体……
何だろう?どこかで、見たことがあるような、銀色の横に長い物体――あ、これは……
その銀色の物体の周りを見ると、その銀色の物体が普段見かけているものだとわかりました
いつもとは見る場所も、見ることができる部分も違うから、わからなかっただけで――
――それは、トラックのコンテナでした
横転しているようで、私のほうからは運転席の屋根が見えています
でも――その後に
私は、もっと、見慣れているものを、毎日見ているものを……見つけました
トラックよりも――私にとっては、大きなもの、大切な、もの……
いつも見ている――
あの、黄色い、カチューシャ、が、落ちて、いて――
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/13(土) 23:51:39.84:4VMQO8V20
律は……即死だったそうです
そのずっと、ずっと後にその現場を見ていた人から聞いたのですが
事故は雨が降りだす少し前に起きたそうです
青信号で横断歩道を渡っていた律の所に、信号無視をした大型トラックが突っ込んで来て――
私があの場所に着いた頃には、律は病院に搬送されていました
でも……その時には、既に……
――私が、律に急げって言わなかったら
――律と違う場所で待ち合わせをしていたら
――トラックも、事故も、全部、全部、全部何も無かったら……
そんなことを考えても意味はないのに
でも、思い出すたびに――
後悔して、律と話した最後の電話を思い出すたびに、胸が砕けて散ってしまいそうで……
……律がいないことが……もう、律に二度と、もう二度と会えないと思うと……
……辛くて、悲しい
81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 00:19:08.74:YXB9+b6D0
「――澪ちゃん?次、移動教室だよ」
「……え?あ、ああ……うん……そうだね」
ムギの声をかけられて時計を見ると、次の授業まであと数分になっていました
授業もいつの間にか終わっていたみたい
「澪ちゃんが授業中に寝ているなんて、珍しいね。昨日は徹夜で作詞してたの?」
律の事を思い出していた、なんてムギに今言うのは……躊躇われました
「そうなんだよ、中々いい歌詞ができなくて……やっぱり先に曲があったほうがいいかな、とか」
「私、澪ちゃんの歌詞好きだから、唯ちゃんと一緒に楽しみに待っているね」
――唯
何気ない会話の中で名前を聞いただけなのに、今日は、今は――
あの、泣いていた唯の顔を思い出してしまいます
そして、さっき思い出していた律のことも、また……
「……澪ちゃん、大丈夫?どこか調子悪いの?」
「え、いや何も無いけど……?」
急に心配そうな顔で私を見るムギ
「……唯ちゃんも体調悪いみたいだったから」
「わ、私は大丈夫だよ」
少しだけ……違う意味で大丈夫じゃないけど……
「大丈夫なら、いいけれど――」
84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 00:36:48.40:YXB9+b6D0
「――ねえ、澪ちゃん」
ムギは足を止めて、廊下の窓の外に視線を向けます
「雨、やまないね」
雨……
私もムギの見る方向……その窓の外で今も雨を降らせている雲を見上げます
灰色に染まった雲と、時々窓を打つ雨……
今日の雨はそんなには強くないけれど、朝からずっと降り続いている長い雨……
ムギもまだ、窓の外を、ただずっと、同じように眺めています
次の授業に急がないといけないはずなのに
でも……時間が、私とムギだけ止まっているように――
止まってしまっているかのように――
「雨、いつ止むのかな……?」
私に問いかけているようにも、ムギがただ呟いただけにも聞こえたその言葉…・…
天気予報では、今日の夕方には止むと言っていたけれど――
私は――ムギのその言葉に、答えることができませんでした
99:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 13:14:28.88:YXB9+b6D0
天気予報は外れて、下校時刻になってもまだ弱い雨が降り続いていました
唯も早退してしまったので、今日の部活はお休みです
だけど――
ムギと和と教室で別れた後、私は一人で部室に来ていました
102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 13:27:11.83:YXB9+b6D0
放課後の部室――
朝来たときより、薄暗く……
窓を叩く雨音が唯一の音となって、静かに部室を包んでいます
……薄暗いのは、あんまり好きじゃない
でも、電気は付けません
電気をつけていたら……
まだ学校に残っているかもしれないムギや和
それと梓が部室まで来てしまうかもしれないから……
薄暗い中、私は私物で埋まっている部室の棚から、目的のものを探します
きっと……あの後に戻したのなら……すぐに見つかるはず……
104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 13:55:31.78:YXB9+b6D0
以前置いてあった場所とは別の所だったけれど
それはすぐ見つけることができました
小さな缶のケース――
中には、私たちが練習で録音した時に使っていたカセットテープが何本か入っています
缶を開けて、その中からひとつ――
『りっちゃん!』
――と、唯の字で書かれているカセットテープを取り出します
……やっぱり
朝、唯が聞いていたのは……このテープみたい
聞いたあとに、巻き戻しをしていないままになっていました
私はそのカセットテープを――
ラジカセに入れて、そして、巻き戻しボタンを押します
音を立ながら、少しずつ、少しずつ、A面の最初へ戻っていくカセットテープ
あの頃の律の声を聴くために……戻すことができる、カセットテープ……
105:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 14:08:25.25:YXB9+b6D0
――カシャン、と小さな音をたててテープの巻き戻しは終わりました
そして私は――再生ボタンを……
……一瞬、躊躇いましたが、再生ボタンを押しました
僅かな雑音がスピーカーから漏れ出し――
『――よし、じゃよろしくな!』
――懐かしい、声
雨音に包まれていた今の教室に――
『わん、つー、わんつー、すり、ふぉ!』
――覆い被さるように、あの頃の音が教室を包みました
107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 15:27:31.70:YXB9+b6D0
『――こんなもんかな?』
『うん、いいんじゃないかしら?』
『律っちゃんも歌上手いんだね!』
『サビの部分は少しドラムのほうが走り過ぎになっているけどな』
『いやー、のってくると、つい……てへ☆』
――カシャン
キュルキュルキュルキュルキュルキュル――
――カシャン
カシン
『――よし、じゃよろしくな! わん、つー、わんつー、すり、ふぉ!』
律の喋る声――
律の歌う声――
律が刻むドラムの音――
カセットテープの音だけなのに……
その時の律の顔、あの時の部室の光景
全部、全部今その場所にいるかのように頭の中で再生されます
終わっては戻して、終わっては戻して――何度も戻すけれど……
それでも……時間は過ぎていって――あの頃に戻すことはできなくて……
何もすることができないから、私はただただ、律のその声を何度も何度も聞いていました
109:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 16:24:22.15:YXB9+b6D0
――真っ暗な部室
側に置いてあるラジカセも、暗闇の中に溶けて無くなってしまいそうなくらい、真っ暗……
巻き戻したまま、再生ボタンを押さずに……私は少しの間眠っていたみたいです
目が痛い……
それに……寒い……
窓を見ると、外も暗闇で覆われていました
遠くの教室に灯る明かりがあるからなのか、少しだけ外のほうが明るいような気がします
雨はもう止んでいました
だけど、空はまだ雲に覆われているようです
……そろそろ、帰らないと
私は椅子から立ち上がろうとすると――
「澪ちゃん」
――急に、肩を叩かれました
110:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 16:35:16.39:YXB9+b6D0
「ひぃぃっ!!!」
だだだだ、だれだれだれだれ?!
肩にまだ残る、何かが……手?
手がの、乗っているか、かか感触が、ま、まだあ、あって……
振り向けない!振り向けない!!振り向けない!!!
立ち上がろうとしても、座っている状態から、ち、力が入らない!!!
「ひいぁ――」
ここ声が喉の奥で詰まって出てこなくない――た、たすけて!!
「ご、ごめん!澪ちゃん!!」
肩にあった感触がそのまま私の肩を抱くように包んで……
「私、私だから、ね?いきなり驚かないで?大丈夫だから?!」
私の視界に横から入ってきたのは――
「――ぃ、む、む、ムギ……?」
「ごめんね澪ちゃん、そ、そこまで驚くとは思っていなかったから……でも――」
真っ暗でも、真横に近づいていたその顔は誰だかすぐにわかりました
「――ちょっと……可愛かった、かな」
でも……い、いつの間に……?
112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 16:56:34.36:YXB9+b6D0
「――落ち着いた?」
「う、うん……」
ムギは私のことを、そのままずっと、後ろから抱きしめていてくれていました
暖かい、感触――少しだけ、落ち着きを取り戻すことができました
「……もう大丈夫」
でも、まだちょっとだけ、心臓の鼓動が早いかもしれない
「本当に、ごめんね……」
「いいよ……大丈夫だから……ん」
ムギは手を、抱きしめてくれているその手を少し強めます
「……澪ちゃんも、唯ちゃんも」
ムギの声は、私と唯の名前を呟くその声は、抱きしめる手とは逆に、弱々しい声でした
「聞いていたんだね――律っちゃんの、テープ……」
「……ムギはいつから――」
――私がここで聞いていたのを見ていたの?と尋ねようとしたのだけれど
「私は……ずっと前から……。悲しくて、どうしようもない時があると……聞いていたの」
「ムギも……?」
113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 17:34:47.31:YXB9+b6D0
「うん……あの日から……
律っちゃんの事、忘れた日なんて一日も無かった……」
抱きしめるムギの感触が強くなれば強くなるほど――
ムギの声は、弱々しく、消えしまいそうになっていきます
「…………」
「だって……律っちゃ、んっ……急に、いなくなって……しまうんだもの……」
時折、しゃくり上げるようなムギの声……
「律っ、ちゃん……どう、して……」
あまり泣かないムギの、そんな声を聞いていると――
胸の中を、心臓を、心を、握り締められているように痛くなります
その痛みに重なるように――
『――なんで、死んじゃったの……?』
――唯の、あの声がさらに私の胸を掴み……
「…………ごめんなさい」
押し出されるように口からあふれるのは……律に、唯に、ムギに――
律と出会って、律のことを思い、律のことを大切にしていた人たちへの謝罪でした――
117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 17:58:02.50:YXB9+b6D0
「なんで、澪ちゃんが……謝るの……?」
「私が……私が律のことを呼ばなかったら……
私が、もっと早く律の所へ……律が交差点を渡る前に会っていたら……」
『――なんで、死んじゃったの……?』
「ごめんなさ、いっ……わたしが律を呼んだから……」
『律っ、ちゃん……どう、して……』
「ごめんなさい……わた、んっ、わたし、がっ……わたしが……ぅっく、り、律、を……急かしたから……」
――ごめんなさい
「私が……!!わたしが!!わたし、が!!!」
「澪ちゃん!!それはちが――」
「わたしがっ!!!
律と、あの、あの日……あの日に、約束なんてしなかったらっ……!!」
――律……りつぅ……ごめんね……ごめんね……――
「律が……し、死ぬことなんて……なかったんだよ……ぉ……」
ムギに抱きしめられているから――目からあふれるものも、頬を伝うものも……
そこから下に溢れ落ちるものも、拭うことはできなかった
でも、拭うことなんてできなくても……涙は、止められなかった
「澪ちゃん――」
「ごめんね……ムギ……わたし、が……」
「――お願いだから……そんなこと……言わないで」
120:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 18:53:44.88:YXB9+b6D0
「澪ちゃんは悪く無いから……謝らないで……」
「でもわ、私は……わたし、はっ……、わた、しは……――」
「澪ちゃんが律っちゃんと約束した事まで謝ってしまったら……!!律っちゃんは――」
荒げた声で、嗚咽を噛み締め――
「――澪ちゃんとの、約束をっ……、楽しみにしていた律っちゃんは……悲しむと……思うから……」
それは――だけど……だけど……!!
「でも、でも、律は……!!」
私は――ずっと……律と、一緒だったんだ
122:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 18:55:56.41:YXB9+b6D0
私の――
今まで生きてきた人生の殆どが――
――律と、一緒だったんだ……
小さい頃から――
『みおちゃん、なに読んでるのー?みせて!』
『すごーい!ひだりききなんだ!みんなー!みおちゃんすごいよー!』
『いまからうちにおいでよ!作文を読む特訓をしよう!!』
『でもわたし、じゃがいもの真似はできないからパイナップル!!』
『恥ずかしがり屋を直すには、自分に自信をもたなきゃ!』
『語尾に、だぜ、を付けると自信満々に見えるよ!』
――ずっと……
123:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 19:00:30.50:YXB9+b6D0
今までも――
『軽音部だよ!軽音部!』
『あの時の約束は嘘だったのかっ?!』
『みんなー!入部希望者が来たぞー!!』
『それじゃー澪がボーカルってことで♪』
『上手いんだぜ、澪は!一夜漬けを教えるのが!』
『体質、じゃね?』
――ずっと……
『寂しくなったら、いつでも2組に遊びに来ていいんだよ?』
『相変わらず澪のセンスは独特だよな……』
『おふたりさーん、仲いいですねーぇ?』
『勉強教えてください!先生!』
『夏で合宿と言ったら、肝試しだよね!』
『なんかさ、レフティフェアやってるみたいだよ』
――ずっと……
124:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 19:16:19.63:YXB9+b6D0
これからも……ずっと……ずっと……律とは……
律と……一緒だと……思っていたから――
律が……
理由も無く、何も無く……律がここから居なくなってしまったことにしたくなかった
律の存在が……偶然の事故で――
偶然というだけの、何も理由も無く失われたことを……認めたくなかった
私にとって、律は……いつも、傍にいたから……
幼馴染、友達、親友――
私にとっての律は……言葉になんて……できるはずが……ない
律は……掛け替えの無い、唯一の存在だったのだから――
だから…・…大切な律の人生が……何の理由も無く途切れてしまったことを……
私は……許せなかった……
律の人生の終わりが……こんなにもあっさりと……偶然に――
大切な人の人生が、理由もなく終わったという形に、したくなかった……
どうしても……律がいなくなってしまった……理由が、欲しかった……
126:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 19:32:54.11:YXB9+b6D0
だから私は……最後に遊ぶ約束をした自分自信を……許そうとしなかったんだと思う
私自身が、律の人生を終わらせてしまったという理由にしたかった……――
「うう……!!うううく!……くぅううううう!!!」
奥歯を噛み締める
拭えない涙が頬をぼろぼろとこぼれ落ちるのを抑えたかったから
――でも、どんな理由だとしても……
どんな理由を付けたとしても……
「うう……うう!!」
律は――絶対に、もう、戻ってこないから
「くうううう……!!うう!!!」
だから、寂しいけれど、それ以上に――
だから、悲しいけれど、それ以上に――
だから、辛いけれど、それ以上に――
――私は、律を失ったことが
――悔しかったんだ
「うううぅぁ、ぁあああああああああぁ――!!!!!!」
132:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 20:39:35.50:YXB9+b6D0
――どれくらい泣いていたんだろう
泣いている間――
ムギの胸に顔をうずめて、声を出して泣いていた間
ムギは私の頭を撫でていてくれて……
それが心地良くて、涙も、気持ちも、少しずつ落ち着いてきました
「澪ちゃん……落ち着いた?」
ムギの顔を見ると――
目は潤んで赤く、頬は朱に染まり、幾つかの涙の跡
それをハンカチで拭うと、ムギは私に笑顔を向けます
だから私も、ムギに――
「うん……大丈夫」
――笑顔ではなかったかもしれないけど、大丈夫、と伝えました
と、ムギの顔を見ていると
部室の扉を叩く音と――
「澪ちゃーん、もうそろそろ鍵、返してもらっていいかしら?」
――その扉の先からさわ子先生の声
「……澪ちゃん、帰ろっか」
「そうだね……」
私はムギから離れて、窓を――空を見ると……
――途切れて少なくなった雲の合間から、少しだけ、星が見えていました
136:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 21:00:19.48:YXB9+b6D0
その日の夜――夢を見ました
それが夢だと分かっている夢……
名前があったと思うけれど、何ていうんだっけ……?
なんて考えていると――
「みぃーお♪」
「んなっ!?な、何するんだよ!」
背後から急に抱きついて来るのは唯か、もしくは――
「廊下で急に抱きつくな!危ないだろ!」
「あらあらみおしゃん、照れちゃって可愛い♪」
――律しか、いないよね
「寂しがってたと思ったからぁ、ぎゅうってぇ、してあげようとぉ、思ったのにー」
「なっ?!さ、寂しくなんか――」
――無い、なんて言葉には出せなかった
「あららー?みおしゃーん、寂しくなんか、なに?」
――でも、その律の笑顔を見たら
「寂しくなんかない!寂しくなんてない!」
――夢だからかもしれない
何もなかったように、あの頃と同じように……今は、律と話せる気がしました
139:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 21:17:24.06:YXB9+b6D0
「そんなこと言っても、澪の心の中なんて幼馴染の私にはお見通しだぞー」
と、言って律は私の胸を人差し指でつつきます
何度も律との夢は見ていたけれど――
抱きつかれたことも、今こうして律と触れ合うことも……
あの日の後に見た夢の中では……
今日初めて、律に触れること、触れてもらうことができました
そしてその手で私のお腹を掴んで――
「――ってあれ?澪、私の知らないうちに、もしかしてちょっと太った?」
「太ってない!!」
何気なく叩くことができた律の頭――
もちろん、いつも通りの強さで
「つうう……!寂しがり屋の澪への精一杯のスキンシップだったのに……」
「だから寂しくなんてないって言ってるだろ!」
この何気ないいつも通りの会話
いつも通りで何も変わらないやりとりが――すごく、楽しい
「ひ、人の頭を叩いて笑ってる……!澪はいつからSになったんだ!
……いや、前からどちらかと言えばSだったか?」
「うるさいな!!Sでもなんでもない!」
律もなんだか楽しそうに見えるのは……私が楽しいから、そう見えるだけでしょうか
140:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 21:27:46.13:YXB9+b6D0
「まー冗談はさておき――澪」
――律の顔
時折見せる、真面目な話をする時の律の顔
「な、なんだよ改まって……」
……と言っても、ここからまた冗談を言い出すのも、律だ
「ん、今日さ、澪……部室で、泣いていただろ?」
「な……」
……でも、横道にそれることは無かった
本当の事だからこそ、それに驚いた
「泣いてなんか……いないよ」
「へんなとこで強情だなぁ……さっきも言っただろ?私にはお見通しだって」
律は胸を張って言います
「やっぱ澪は私がいないとダメダメだね」
ずきり、と痛む胸の奥
――そうだよ
「……私は、律がいないと駄目なんだ」
141:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 21:41:04.79:YXB9+b6D0
「って、そこ少しは強がれよ!」
おどけて言う律だけれど
だって、泣いていたのは本当のこと……
それに律の事だったから……
「律がいないと……寂しいんだよ……」
いつもなら冗談で返せるのに
今日も返せると思ったけれど……
――嬉しかったから
――出てくる言葉を、気持ちを、思いを……抑えられませんでした
「す、素直すぎるぞっ!澪っ!」
「さっき……お見通しって言ってただろ……」
「だけどさ……」
困った顔の律
だけど、私の顔を見ると――
「うん、まあ、そうだな……」
律は私に手を伸ばして――
「澪が泣いているとこ見ると――心配なんだよ」
そのまま――私を、抱きしめてくれました
142:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 22:00:06.70:YXB9+b6D0
「本当、澪は寂しがり屋だな」
「……そうだよ」
――暖かい
触れている律の腕や体の温もり
心の奥から、触れ合う感覚の内側からも暖まるように……
律に抱きしめられていると……
心が、落ち着く……
「だから律、行かないで……」
「…………」
律は返事のかわりに、抱きしめる手を強くしてくれました
「これからも……律と一緒に……」
――バンド、やりたいよ
「…………大丈夫だよ」
――ずっと、これからもずっと……
「…………何泣いているんだよ、澪」
――だって、夢が覚めたら……律とはまた……離れたくない……ずっと律と一緒にいたいよ……
「大丈夫だよ、大丈夫……私はずっと――
これからも、ずーっと……澪とは一緒だから――な?だから、泣くな……」
143:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 22:19:13.05:YXB9+b6D0
――でも
「でも!また夢が覚めたら……私は、律とは……!!」
「だーかーらー、私は、ずっと澪と一緒だって言ってるだろ?」
こうして抱きしめられているのだって……
時間が経てば、私は起きて……
そこには……律は……いないじゃないか……
「そうだな……でも――
澪が、私と一緒だと思えば私はずっと、いつでも澪の側にいるんだよ」
――澪が喜べば、私も嬉しい
――澪が悲しめば、私だって悲しい
――澪が怖がっている時は……
――澪が怖がっているところを見ると……私は楽しい!
「私はもう、澪とはずっと一緒なんだ……澪が一人で泣かないように、ずっと見守っていてあげるからさ
離れることなんてないから……大丈夫だ!」
「最後のは……納得行かない……」
律、らしいけどさ
軽く、律の頭を叩く
「ははっ、ツッコミ入れられるのなら、大丈夫だな……」
156:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 23:00:34.82:YXB9+b6D0
「さて……と」
律は私から手を、抱きしめていた手を緩めて――私から離れます
「律……」
「そんな悲しい顔しない、しない!」
――ぽんぽん、と肩を叩く律は笑顔だった
「夢からさめても、これからもずっとずっと――私と澪は一緒だよ
あ、それと……私と一緒なんだから、もう泣くな?」
「……うん」
「毎日晴れる、私といたら晴れる♪ってね!
あ、あと……もう一つ、私は……澪が、私のことで怒るのは仕方ないと思うけどさ
私のことで謝ってる姿なんて……見たくないから!」
「あ……ご、ごめん……」
「……素直っていうかなんか今日は弱気だな……
まー、そんな澪のギャップも可愛いとこの一つなんだろうけどさ」
「な……!」
「てことでさ、笑顔、笑顔!ね!――それじゃあ澪」
「律……!!!」
――またね!
157:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 23:11:56.70:YXB9+b6D0
――鳴り響く時計のアラーム
律の最後の声が、夢の中なのか、現実で聞いたものなのか
微睡みの中ではとても曖昧で……
夢だったけれど……まるでさっきまで起きていたかのように、眠気はもう無くて……
頭も、寝起きなのにいつもより冴えていて……
私は時計のアラームを止め、ベッドから起き上がりました
少しだけ肌寒い朝……
でもなんだろう……布団よりも、体が暖かい
夢の中だったけれど……律に……
抱きしめられていた感覚が、まだ残っているような感覚……
私はベットから降りて、カーテンに手をかけます
そしてそれを一気に、左右に――開きました
瞬間――
眩しい光がカーテンからあふれるように部屋に入り込み――
そこには――
窓の外は――
――澄み渡るように晴れた青空が広がっていました
158:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 23:30:30.15:YXB9+b6D0
――朝の、学校へと向かう道
昨日の雨のせいなのか、色付いた葉が地面にぱらぱらと舞い落ちていした
「澪ちゃん、おはよう」
「ああ、ムギ、おはよう」
いつも通りの挨拶だけれど、今日はまさか学校の外でムギと会えるとは思っていなかった
「澪ちゃん、今日は早いね」
「そういうムギだって――」
時間はまだ朝のHRが始まる1時間半も前……
「――いつもこんな早く来ているの?」
「ううん、私も今日は……なんだか早く学校に行きたくて
澪ちゃんは?何か用事?」
特に何かあるわけでもないんだけれど――
でも、多分ムギと向かう場所は一緒のような気がする――
「……部室に、用事といえば用事かな」
「あ、やっぱり♪私もなの」
「実は、き――」
私が話すのとほぼ同じタイミングで、ムギも口を開きました
「昨日、私の夢に……律っちゃんがでてきたの」
159:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 23:44:02.03:YXB9+b6D0
二人で、律の話をしながら、部室の前まで行くと――
「ちがいます!唯先輩、この部分はこうです!」
「あずにゃん……す、少しきゅう、けいを……」
「駄目です!まだ初めて1時間も経っていませんよ!」
――中から、声がしました
扉を開けると……
「こんなんじゃ律せんぱ……あ、澪先輩にムギ先輩!」おはようございます!」
「おはよう、梓」
「梓ちゃん、おはよう♪今日は一段と元気ねー」
「先輩たちも、今日はどうしたんですか?朝練を?」
「まあ……そんなところかな」
「ええ♪」
「ふたりともおはよ~!
ねぇ、あずにゃん、丁度二人も来たから一回休け――」
「駄目です!二人が来るまで待っていたんじゃないですか!」
「そ、そうだけど……」
「その、梓……今日は一段と張り切っているね」
「はい!だってり――」
梓は、しまった、という顔をして言葉を飲み込んだけれど――すぐにそれを出しました
「だって――その、信じてもらえるかどうかわかりませんけれど……
律先輩が、昨日、私の夢に出てきたんです」
161:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/14(日) 23:59:47.66:YXB9+b6D0
話を聞くと……
梓にも、唯の夢にも、昨日律が出てきたらしい
そこで梓には……
「昨日、律先輩が夢に出てきて、私に言ってきたんです
あの歌を、もう一度みんなで演奏したい、って……」
と伝えたそうです
あの歌とは――それは律の歌でした
唯には……
「私も、律っちゃんを連れ戻そうと頑張ったんだけど……
戻れない代わりに、明日はあのカセットテープを使って、って」
カセットテープ……律の歌が入っているあのテープ
「そしたら、朝部室に来たらあずにゃんがいて――」
「二人で、カセットに合わせて練習していたんです」
で、ムギはというと……
「私の夢には、澪ちゃんも出てきていたのよ」
「え……私?」
「もちろん、律ちゃんとも話したけれど……二人とも、やっぱり――仲が、よかったわぁ♪」
「夢で何を見たんだ?!」
「遠くで見ていただけなんだけれど……二人とも、抱き合っていて……♪」
「み、見られていたの……?私の夢を……!?」
162:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/15(月) 00:13:02.23:o7EddvUN0
「じゃあ……やってみようよ!」
律がいなくなってから、昨日まで何度も泣いていた唯も――
今日の笑顔は、晴れ晴れとしていて――
久しぶりに見た、笑顔でした
「準備万端です!」
梓だって、今まで表に出さなかっただけなのかもしれない――
「私も、大丈夫よ♪」
ムギの目もとても強くて――
「よしじゃあ始めるぞ――律!」
私だって――
律が、側にいるんだ
だから……私だって、曇った顔なんてしていられない
――律と一緒なら、晴れていないと、いけないんだ!
『――よし、じゃよろしくな! わん、つー、わんつー、すり、ふぉ!』
165:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/15(月) 00:47:42.33:o7EddvUN0
『毎日晴れる、私といたら晴れる!』
――律は小さい頃からいつも、笑っていたな
『そんな人でいたい!目指すのはハッピー!』
――律っちゃん、部活の時が一番楽しそうだったよね!
『譲れないポリシー、ひゃっくぱー!!』
――まあ、律は……前からずっと、バンドやりたがっていたからね
『おデコんなか、心んなか、フルかどう企画プレゼンっ!』
――あ、そういえばりっちゃんのおでこに澪ちゃんよく落書きしていたよね
『きみが笑う、みんな笑うことを探して』
――そ、そんなに私、落書きしていたか……?
166:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/15(月) 00:48:23.97:o7EddvUN0
『にぎやかしーで、お騒がせで、いなきゃ一瞬、平和で』
――唯先輩も、律先輩と一緒だとふざけすぎでしたよ……
『これでいいのか? 私のポジション』
――ええ!私、律っちゃんよりは静かだと思うけど……
『ジャージがクラス1 似合うくせしてなんだけど』
――どの口が言うんだ!どの口が!
『辞書の最初のページの言葉が、大好き!』
――でも、二人とも……ううん、梓ちゃんも、みんな律っちゃんのこと、好きでしょう?
『憧れてるんだ、ズバリ、愛!』
――もちろん……好きです
――うん!りっちゃんの事、大好きだよ!
――私だって律のことは……す、好き……だよ
――ふふっ♪私も、律っちゃんのこと、大好き!
167:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/15(月) 00:50:30.26:o7EddvUN0
『毎日晴れる、きみといれたら晴れる――』
――律っちゃんと過ごした毎日は、すごく、すごく楽しかった
――だよね!私もりっちゃんと一緒に軽音部で演奏できて、楽しかったよ!
『――そんな恋もしたい、目指すのはハッピー』
――私も、律先輩の少し走り気味のドラムが……好きでした
――律……私は律と出会えて、律がずっとずっと側にいてくれて……
『いつか叶え夢――』
――幸せ、だったよ!
『――オーライ!!』
ありがとう!律!!
169:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/15(月) 01:10:00.18:o7EddvUN0
こんにちは、秋山澪です
ひとりだけ、途中でメンバーが欠けてしまった放課後ティータイムでしたが
今は、ドラムがいないバンド、として少しだけ学生の間では有名だったりします
……でも、ドラムはいないわけではないんです
ドラムは……私たちの中に――
唯にも、ムギにも、梓にも――
それに私の中でも――
今でもずっと――
――少し走り気味に、ドラムを刻む音が響いています
笑い声が聞こえてきそうなくらい、楽しく、笑顔で……
放課後ティータイム、軽音部の部長――田井中律は……
これからも、ずっと、ずっと――私たちと一緒です
そうだよな!律!
――どこまでも晴れ渡る秋の青空に、律の笑い声が響いた気がしました
~ 終わり ~
176:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/15(月) 02:22:41.17:o7EddvUN0
こんにちは、秋山澪です
今日は唯と二人で律のお墓参りに来ました
二人でどれだけ律のお墓の前にいたのか……わかりません
30分……ううん、多分一時間はいたと思います
私も唯も、何かをしていたわけでもなく
律のお墓の前で手をあわせて、佇んでいました
きっとその間は、唯も私と同じことを思っていたのではないでしょうか
心のなかで、律に話しかけて、それでも返事は返ってこなくて
それが辛くて……悲しくなって……声が溢れて……
夕時の凪が終わり、急に吹いた風で、空になった水桶が倒れる音が耳に入ってくるまで
二人でずっと手をあわせていました
その風が――その音が、私と唯を包む悲しみと沈黙を中断させてくれたような気がして……
律が『もうやめろってば、帰らないと風邪をひくだろ』と教えてくれたような気がして……
太陽が霊園を朱に染める中、私と唯は律の眠る場所から帰ることにしました
――…ぉ
私の耳元で聞こえる、懐かしい声――
「……みーおー?」
私の事を呼び捨てで呼ぶあの声――
「澪っ!」
少し急かすような、元気なあの声――
寝ていたのか、でも眠気は無く
でも目を瞑っていた私は、目をゆっくり開けると――
そこが部室だというのは何故か違和感なく分かっていて
私は部室のソファーに腰掛けているみたいで
「お目覚め?」
目の前には……見上げると――
「りっ……――」
声と喉の奥から、いろいろな物があふれそうになって――
「律ぅっ!!!」
目の前にいる、律を、懐かしい、その律を私は抱きしめようと体をソファーから起こして、律に触れ――
――た、と思った
でも、そこには天井に向けた両手――
抱きしめようとして起き上がったのに、何故か私は横になっていて
見慣れていた部室ではなく……それは、私の家の天井で
手には――
手の先には……
何も、無くて……
律は………………いなかった
抱きしめようとした
やっと会えたから、もう、律が何処にも行かないでほしかったから
消えないように、逃げないように……抱きしめようと……したのに
……夢、だった
目尻から零れた雫が耳を濡らし、そのまま髪を、枕へと落ちていくのを感じながら
私は何もつかめなかった手をゆっくりと下ろして――
目覚まし時計のアラームが鳴るまで、何も考えず、ただただ、虚ろに天井を眺めていました
――その日は朝から雨でした
あんな夢を見た後だから、気分も晴れません
それに……
今の時期の雨は、嫌い……
「澪ちゃん、おはよう」
「おはよう、澪」
教室に入ると、ムギと和が笑顔で声をかけてきました
あんまり気分が落ち込んでいるのを他の人に伝染させたくない、だから――
「おはよう」
――私は二人にいつも通り平然を装って返事をします
席に着くと、もう少しで朝のHRが始まる時間なのに
一席だけ空席がありました
「……唯、まだきていないの?」
いつも唯と一緒の和に尋ねます
「唯ならもう来ているよ、部室に行くって言ってたけど」
「唯ちゃんならギターを置くついでにトンちゃんにエサあげているんじゃないかしら?」
唯が早く来ているなんて珍しい……
私はエリザベスを置いてくるついでに、戻ってこない唯を呼んでくることにしました
HRが始まる間際の時間の廊下――
自分の教室に向けて走る生徒、まだ教室に入らずに廊下で話す生徒、他のクラスから自分のクラスへ戻る生徒……
そんな朝の光景を横目に、薄暗い階段を上がって――
音楽室の前まで来ると、朝の喧騒も遠くなり、そこだけ静まり返っていました
部室の電気は……消えているみたいです
唯が部室に来ているって二人言っていたんだけど……
ここからだと人のいる気配が全く感じません
扉に手を掛けると……鍵は空いていました
そっと扉を開けて――
な、何かあったら嫌だし、警戒しながら……ゆっくりと、ゆっくり、と……
扉が半分ほど開いたところで中の反応を伺うけれど……
扉を開けたことだけでは何もありませんでした
「ゆ……唯……?」
開いた扉から中に声を投げかけるけれど……これも反応がありません
そっとさらに扉を開き――部室の中に入ります
天気が雨なので、電気のついていない部室は暗くて、少し寒い……
こんな部室に、唯は居るのかな――と思い、辺りを見回すと……
いました
いつもお茶を飲んでいる机の前、椅子に座り、手を机の上で枕替りにして寝ているみたいです
「ゆ――」
起きないとHRはじまるぞ、と声をかけようと思ったのですが……
その唯の光景を見て、声が詰まり、呼びかけるのを躊躇いました
唯の目は閉じていて、寝ているように見える唯……
でも、僅かに肩が震えています
そして、私が近くに、背後にいるのに、気がついていない唯
寝ているのかと思いましたが……小さな音が、唯の場所から聞こえます
その音が出ている場所――
唯の耳元を見ると、イヤホンをしていました
何か聴いているみたいです
小さな小さな音……メロディに乗っているようなリズムで、僅かに人の声が入っているような……
雑音、と言ってしまえばそれだけの音、気が付かないような音だけれど……
『――ダ゙カラ……テイル……キヅイテ……デモイチオウ……』
この音……――
『カチューシャ……デア……カナッテ……ナッタリシテ……』
この声は……唯が聴いているのは――律の声
練習で録音した、律の歌が入った……カセットテープを――
――肩を震わせながら……
――泣きながら、聴いていました
「律っちゃん……」
イヤホンから漏れる音を消す音
唯の口から漏れた呟き――
「なん、で……」
私が後ろにいることに、まだ気がついていないみたいで――
「……ぃっく…なんで、なの……?」
続く唯の嗚咽……昨日と同じ、唯の嗚咽――
「なんで……――」
でも……昨日以上に、言葉の端々に悲しみを込めている唯の声――
「――なんで、死んじゃったの……?」
私は……泣きながら律の歌を聴く唯に声をかけられませんでした
きっと唯も、そんな姿を誰にも見られたくなかったのかもしれないから――
私はそのまま唯を残して、教室に戻りました
教室に戻るとすぐにHRの開始を告げるチャイムが鳴って――
唯はHRの時間に戻ってくることはありませんでした
1限目が始まる前に、さわ子先生と、ムギ、和に唯のことを尋ねられましたが
部室にはいなかった、とだけ答えました
結局、1限目にも唯は顔を出さず――
2限目が始まる前の休み時間、さわ子先生から、唯は早退した、とクラスに伝えられました
鞄は……机の横に置いてあるままでしたが、職員室でさわ子先生に告げた後、帰ったそうです
泣いている唯に……声をかけてあげたほうがよかったのかな……?
でも――
『――なんで、死んじゃったの……?』
唯の、その言葉に私は答えることがでかったから……できないから……
私が何を言っても……
それは全部言い訳にしかならないから……
私は…・…
だって……私の――
私のせいで……律は……――
一年前の、あの日――私は、律と楽器店に行く約束をしていました
「……なにやってるんだよ、律は……」
約束の時間になっても、時間から20分オーバーしているのに、律は待ち合わせの場所に来ません
電話も何度もかけているのに出ないし、メールも何通か送っているのに返事が来ない……
ああもう……早く行かないと……レフティフェアが終わってしまうじゃないか……
私は再度、律に電話をかけると、2コール半で――
「澪っ、ごめん!!!」
――出た瞬間に私の名前と謝罪の言葉
「もう30分は経つのになにしているんだよ!楽器屋閉まっちゃうじゃないか!」
「いやいやいや、閉店まではまだ数時間あるから……」
「とにかく!早く来て!」
「わ、わかってるって!今急いで準備していくから!」
……準備、って?
「律、もしかして……まだ家!?」
「さっすがみおしゃん!正解でっす!ただいま着替え中ー」
「正解ですじゃない!早く!着替えなくていいから!今すぐ!!5秒で!!!」
「無茶言うな!!」
「じゃあ20秒で!!」
「無理だっての!!遅れたのは悪いけどさー、これも澪のせいでもあるんだぜ?」
「なんで私のせいなんだよ!」
「それがさ、昨日、幼稚園の頃と小学生の頃のアルバムが出てきてさー」
「……で?」
「つい……夜中まで読み耽けっちゃってさー、小さい頃の澪ちゃんてぇ、すっごくかわいいかったんだねー♪」
「う、うるさい!!てかそれ私悪く無いだろ!律が悪いんじゃないか!」
「でもすっごく懐かしかったからさー、ついつい、あっはっはっはぁ――がってぇええ!?」
「いきなり叫ぶなよ!」
「っつうう……ベッドに、こ、こゆび……ぶつけた……」
「遅刻した天罰だ」
「酷いこと言うねみおしゃん……」
「とにかく昔話とかいいからはやく来いって!もう着替え終わったんでしょう?」
「終わってねーよ!!」
「早く終わらせて!!」
「電話してるのに無茶いうなって!……全く、酷い幼馴染だよ……」
「約束の時間から30分以上待たせる幼馴染も酷いよ!」
「わかったわかった、お互い様ってことでね!」
「いや、私悪くないと思うんだけど!」
「でもさー、幼馴染の澪と一緒にこうやって楽器屋行って、同じバンドやってるって、すごいことじゃね?」
「ん……?そ、そうかもしれないけど……」
「だろー?幼稚園の頃からの幼馴染と一緒なんて運命ってヤツ?そう思うと感慨深いなーってさ!」
「確かに……そうだけど……今は関係ないだろ……」
「そーだけどさー、まあ、何ていうか……そのさ、みおしゃん……」
「なんだよ、歯切れ悪いなぁ」
「あは☆……大好き♪」
「いいから早く来い!!!」
――と、いつも通りの、何気ないやりとりでした
だからそのまま私の方から通話を切って、今から待ち合わせの場所に来る律を待つことにして――
そのまま……私は待っていて……1時間以上も待っていて……――
――それでも律は、待ち合わせの場所に現れませんでした
再度、電話をしたら、コール音の代わりに
『お客様のおかけになった電話番号は、現在、電波の届かない所か――』
アナウンスが流れます
何度かけても、何度かけても――電源を切っているのか、アナウンスばかりでコール音が鳴りません
――律と連絡を取ってから……1時間半経ちました
私は律の家に電話をかけてみましたが、数コール後に留守番電話になってしまいます
レフティフェア……も大切だけれど……
時々待ち合わせに遅れてくる律だけれど……
こんなに、律のことを待っていたのは、初めてでした
「……何……やっているんだよ……」
いつまで経っても――
『お客様のおかけになった電話番号は、現在、電波の届かない所か――』
――繋がらない、律の携帯
「遅いよ……」
歩く人の中に律の姿を探します
けれど――いつまで経っても……その中に律の姿は現れません
「遅い……」
少し、風が冷たくなった気がしました
午後になって、雲行きが怪しくなり、朝には青空だった空も、今は雲が覆い尽くして……
「律……どうしたんだよ……」
空も……泣き出しそうです……
――次に時計を見たときには……2時間経っていました
律の携帯にも、家の電話にも。何度も、何度も……
もう数えきれないくらいかけたけれど……
――律の声を聞くことはできませんでした
「あ……」
突然、手に付着する冷たい感触
当たった手の甲を見ると、はじけた雫――雨、でした
灰色に染まった空を見上げると――ぽつり、ぽつりと
見上げた私の顔を、頬を、ひとつ、またひとつと雫が当たり、弾け、落ちてきています
傘は――持っていませんでした
でも、私は――
何故か……雨が、私に何かを告げている気がして
雨が頬を打つたびに、空を覆う雲が私の胸まで覆い尽くすかのように――
胸が、息が……少し、詰まります
だから私は――
律の家に向かって歩こうと思って足を踏み出し――
一歩踏み出すと、耐え切れず――走り出しました
雨は、すぐに強くなりました
走りだした時に頬や手にあたって弾けていた雨も――
今は、走っている私の全身に叩きつけるように降りそそいでいます
頬を濡らし、セットした髪を崩し、服を重くし、時折目にも入り込んで視界を遮ろうとしてきます
「いつ、っはぁ、はぁ……まで、……いつまで、っはぁ……――」
バッグを持ったまま、走り辛い靴、動き難い服、コンクリートの道路……
いつもなら、こんなにすぐ息が上がることなんてないのに――
体育の時間で走るのとは、状態も状況も、全然違くて……
「いつ……はぁ、はっ、ぁ……り、律はっ……待たせ、るんだ……!」
それでも、足を止めることはできませんでした
足を止めてしまったら――
打ち付ける雨に、雨と一緒に、私の体も地面に叩き伏せられてしまいそうだったから――
だから、私は走って、走って――
――走って、いると……
雨の中、異様な光景が目に入ってきました
その光景は……走っていた私の足を、強引に止めるものでした
そこは――交差点、でした
人が信号待ちをしている……にしては違和感があります
人数が多くて――そして、青信号なのに、だれも交差点を渡ろうとしない
ううん……少し、違う
私の前を遮るように大勢いる人の背中、そしてその足を動かさない人たち
交差点から伸びる、幾つもの止まった車……
その先にある交差点、道路がよく見えないから――青なのに、渡らずに止まっているように感じたのです
人、人、人……
そして――その人達が話す声から感じる……
……不穏な、ざわめき
あの、雨が降ってきた時に感じた、胸の中の違和感と同じような感覚――
傘をさしている人もいれば、雨に……私と同じように、雨にうたれて濡れている人も…・…
聞こえてくるざわめきは――
胸の中の、嫌な予感を……強めて、いきます
私は、これ以上強くなるその嫌な予感に耐えきれませんでしたが――
進む足は、律の家の方向では無く……その人集りの中心部へと、向かっていました
人と人の間をくぐり抜け、少しずつ前へ、前へ……
そしてほぼ一番前までくると、私の目に、入ってきたのは――
――停まっている車
――その先には……警察官が交差点付近に……何人もいて……
その中心には……銀色の大きな四角い物体……
何だろう?どこかで、見たことがあるような、銀色の横に長い物体――あ、これは……
その銀色の物体の周りを見ると、その銀色の物体が普段見かけているものだとわかりました
いつもとは見る場所も、見ることができる部分も違うから、わからなかっただけで――
――それは、トラックのコンテナでした
横転しているようで、私のほうからは運転席の屋根が見えています
でも――その後に
私は、もっと、見慣れているものを、毎日見ているものを……見つけました
トラックよりも――私にとっては、大きなもの、大切な、もの……
いつも見ている――
あの、黄色い、カチューシャ、が、落ちて、いて――
律は……即死だったそうです
そのずっと、ずっと後にその現場を見ていた人から聞いたのですが
事故は雨が降りだす少し前に起きたそうです
青信号で横断歩道を渡っていた律の所に、信号無視をした大型トラックが突っ込んで来て――
私があの場所に着いた頃には、律は病院に搬送されていました
でも……その時には、既に……
――私が、律に急げって言わなかったら
――律と違う場所で待ち合わせをしていたら
――トラックも、事故も、全部、全部、全部何も無かったら……
そんなことを考えても意味はないのに
でも、思い出すたびに――
後悔して、律と話した最後の電話を思い出すたびに、胸が砕けて散ってしまいそうで……
……律がいないことが……もう、律に二度と、もう二度と会えないと思うと……
……辛くて、悲しい
「――澪ちゃん?次、移動教室だよ」
「……え?あ、ああ……うん……そうだね」
ムギの声をかけられて時計を見ると、次の授業まであと数分になっていました
授業もいつの間にか終わっていたみたい
「澪ちゃんが授業中に寝ているなんて、珍しいね。昨日は徹夜で作詞してたの?」
律の事を思い出していた、なんてムギに今言うのは……躊躇われました
「そうなんだよ、中々いい歌詞ができなくて……やっぱり先に曲があったほうがいいかな、とか」
「私、澪ちゃんの歌詞好きだから、唯ちゃんと一緒に楽しみに待っているね」
――唯
何気ない会話の中で名前を聞いただけなのに、今日は、今は――
あの、泣いていた唯の顔を思い出してしまいます
そして、さっき思い出していた律のことも、また……
「……澪ちゃん、大丈夫?どこか調子悪いの?」
「え、いや何も無いけど……?」
急に心配そうな顔で私を見るムギ
「……唯ちゃんも体調悪いみたいだったから」
「わ、私は大丈夫だよ」
少しだけ……違う意味で大丈夫じゃないけど……
「大丈夫なら、いいけれど――」
「――ねえ、澪ちゃん」
ムギは足を止めて、廊下の窓の外に視線を向けます
「雨、やまないね」
雨……
私もムギの見る方向……その窓の外で今も雨を降らせている雲を見上げます
灰色に染まった雲と、時々窓を打つ雨……
今日の雨はそんなには強くないけれど、朝からずっと降り続いている長い雨……
ムギもまだ、窓の外を、ただずっと、同じように眺めています
次の授業に急がないといけないはずなのに
でも……時間が、私とムギだけ止まっているように――
止まってしまっているかのように――
「雨、いつ止むのかな……?」
私に問いかけているようにも、ムギがただ呟いただけにも聞こえたその言葉…・…
天気予報では、今日の夕方には止むと言っていたけれど――
私は――ムギのその言葉に、答えることができませんでした
天気予報は外れて、下校時刻になってもまだ弱い雨が降り続いていました
唯も早退してしまったので、今日の部活はお休みです
だけど――
ムギと和と教室で別れた後、私は一人で部室に来ていました
放課後の部室――
朝来たときより、薄暗く……
窓を叩く雨音が唯一の音となって、静かに部室を包んでいます
……薄暗いのは、あんまり好きじゃない
でも、電気は付けません
電気をつけていたら……
まだ学校に残っているかもしれないムギや和
それと梓が部室まで来てしまうかもしれないから……
薄暗い中、私は私物で埋まっている部室の棚から、目的のものを探します
きっと……あの後に戻したのなら……すぐに見つかるはず……
以前置いてあった場所とは別の所だったけれど
それはすぐ見つけることができました
小さな缶のケース――
中には、私たちが練習で録音した時に使っていたカセットテープが何本か入っています
缶を開けて、その中からひとつ――
『りっちゃん!』
――と、唯の字で書かれているカセットテープを取り出します
……やっぱり
朝、唯が聞いていたのは……このテープみたい
聞いたあとに、巻き戻しをしていないままになっていました
私はそのカセットテープを――
ラジカセに入れて、そして、巻き戻しボタンを押します
音を立ながら、少しずつ、少しずつ、A面の最初へ戻っていくカセットテープ
あの頃の律の声を聴くために……戻すことができる、カセットテープ……
――カシャン、と小さな音をたててテープの巻き戻しは終わりました
そして私は――再生ボタンを……
……一瞬、躊躇いましたが、再生ボタンを押しました
僅かな雑音がスピーカーから漏れ出し――
『――よし、じゃよろしくな!』
――懐かしい、声
雨音に包まれていた今の教室に――
『わん、つー、わんつー、すり、ふぉ!』
――覆い被さるように、あの頃の音が教室を包みました
『――こんなもんかな?』
『うん、いいんじゃないかしら?』
『律っちゃんも歌上手いんだね!』
『サビの部分は少しドラムのほうが走り過ぎになっているけどな』
『いやー、のってくると、つい……てへ☆』
――カシャン
キュルキュルキュルキュルキュルキュル――
――カシャン
カシン
『――よし、じゃよろしくな! わん、つー、わんつー、すり、ふぉ!』
律の喋る声――
律の歌う声――
律が刻むドラムの音――
カセットテープの音だけなのに……
その時の律の顔、あの時の部室の光景
全部、全部今その場所にいるかのように頭の中で再生されます
終わっては戻して、終わっては戻して――何度も戻すけれど……
それでも……時間は過ぎていって――あの頃に戻すことはできなくて……
何もすることができないから、私はただただ、律のその声を何度も何度も聞いていました
――真っ暗な部室
側に置いてあるラジカセも、暗闇の中に溶けて無くなってしまいそうなくらい、真っ暗……
巻き戻したまま、再生ボタンを押さずに……私は少しの間眠っていたみたいです
目が痛い……
それに……寒い……
窓を見ると、外も暗闇で覆われていました
遠くの教室に灯る明かりがあるからなのか、少しだけ外のほうが明るいような気がします
雨はもう止んでいました
だけど、空はまだ雲に覆われているようです
……そろそろ、帰らないと
私は椅子から立ち上がろうとすると――
「澪ちゃん」
――急に、肩を叩かれました
「ひぃぃっ!!!」
だだだだ、だれだれだれだれ?!
肩にまだ残る、何かが……手?
手がの、乗っているか、かか感触が、ま、まだあ、あって……
振り向けない!振り向けない!!振り向けない!!!
立ち上がろうとしても、座っている状態から、ち、力が入らない!!!
「ひいぁ――」
ここ声が喉の奥で詰まって出てこなくない――た、たすけて!!
「ご、ごめん!澪ちゃん!!」
肩にあった感触がそのまま私の肩を抱くように包んで……
「私、私だから、ね?いきなり驚かないで?大丈夫だから?!」
私の視界に横から入ってきたのは――
「――ぃ、む、む、ムギ……?」
「ごめんね澪ちゃん、そ、そこまで驚くとは思っていなかったから……でも――」
真っ暗でも、真横に近づいていたその顔は誰だかすぐにわかりました
「――ちょっと……可愛かった、かな」
でも……い、いつの間に……?
「――落ち着いた?」
「う、うん……」
ムギは私のことを、そのままずっと、後ろから抱きしめていてくれていました
暖かい、感触――少しだけ、落ち着きを取り戻すことができました
「……もう大丈夫」
でも、まだちょっとだけ、心臓の鼓動が早いかもしれない
「本当に、ごめんね……」
「いいよ……大丈夫だから……ん」
ムギは手を、抱きしめてくれているその手を少し強めます
「……澪ちゃんも、唯ちゃんも」
ムギの声は、私と唯の名前を呟くその声は、抱きしめる手とは逆に、弱々しい声でした
「聞いていたんだね――律っちゃんの、テープ……」
「……ムギはいつから――」
――私がここで聞いていたのを見ていたの?と尋ねようとしたのだけれど
「私は……ずっと前から……。悲しくて、どうしようもない時があると……聞いていたの」
「ムギも……?」
「うん……あの日から……
律っちゃんの事、忘れた日なんて一日も無かった……」
抱きしめるムギの感触が強くなれば強くなるほど――
ムギの声は、弱々しく、消えしまいそうになっていきます
「…………」
「だって……律っちゃ、んっ……急に、いなくなって……しまうんだもの……」
時折、しゃくり上げるようなムギの声……
「律っ、ちゃん……どう、して……」
あまり泣かないムギの、そんな声を聞いていると――
胸の中を、心臓を、心を、握り締められているように痛くなります
その痛みに重なるように――
『――なんで、死んじゃったの……?』
――唯の、あの声がさらに私の胸を掴み……
「…………ごめんなさい」
押し出されるように口からあふれるのは……律に、唯に、ムギに――
律と出会って、律のことを思い、律のことを大切にしていた人たちへの謝罪でした――
「なんで、澪ちゃんが……謝るの……?」
「私が……私が律のことを呼ばなかったら……
私が、もっと早く律の所へ……律が交差点を渡る前に会っていたら……」
『――なんで、死んじゃったの……?』
「ごめんなさ、いっ……わたしが律を呼んだから……」
『律っ、ちゃん……どう、して……』
「ごめんなさい……わた、んっ、わたし、がっ……わたしが……ぅっく、り、律、を……急かしたから……」
――ごめんなさい
「私が……!!わたしが!!わたし、が!!!」
「澪ちゃん!!それはちが――」
「わたしがっ!!!
律と、あの、あの日……あの日に、約束なんてしなかったらっ……!!」
――律……りつぅ……ごめんね……ごめんね……――
「律が……し、死ぬことなんて……なかったんだよ……ぉ……」
ムギに抱きしめられているから――目からあふれるものも、頬を伝うものも……
そこから下に溢れ落ちるものも、拭うことはできなかった
でも、拭うことなんてできなくても……涙は、止められなかった
「澪ちゃん――」
「ごめんね……ムギ……わたし、が……」
「――お願いだから……そんなこと……言わないで」
「澪ちゃんは悪く無いから……謝らないで……」
「でもわ、私は……わたし、はっ……、わた、しは……――」
「澪ちゃんが律っちゃんと約束した事まで謝ってしまったら……!!律っちゃんは――」
荒げた声で、嗚咽を噛み締め――
「――澪ちゃんとの、約束をっ……、楽しみにしていた律っちゃんは……悲しむと……思うから……」
それは――だけど……だけど……!!
「でも、でも、律は……!!」
私は――ずっと……律と、一緒だったんだ
私の――
今まで生きてきた人生の殆どが――
――律と、一緒だったんだ……
小さい頃から――
『みおちゃん、なに読んでるのー?みせて!』
『すごーい!ひだりききなんだ!みんなー!みおちゃんすごいよー!』
『いまからうちにおいでよ!作文を読む特訓をしよう!!』
『でもわたし、じゃがいもの真似はできないからパイナップル!!』
『恥ずかしがり屋を直すには、自分に自信をもたなきゃ!』
『語尾に、だぜ、を付けると自信満々に見えるよ!』
――ずっと……
今までも――
『軽音部だよ!軽音部!』
『あの時の約束は嘘だったのかっ?!』
『みんなー!入部希望者が来たぞー!!』
『それじゃー澪がボーカルってことで♪』
『上手いんだぜ、澪は!一夜漬けを教えるのが!』
『体質、じゃね?』
――ずっと……
『寂しくなったら、いつでも2組に遊びに来ていいんだよ?』
『相変わらず澪のセンスは独特だよな……』
『おふたりさーん、仲いいですねーぇ?』
『勉強教えてください!先生!』
『夏で合宿と言ったら、肝試しだよね!』
『なんかさ、レフティフェアやってるみたいだよ』
――ずっと……
これからも……ずっと……ずっと……律とは……
律と……一緒だと……思っていたから――
律が……
理由も無く、何も無く……律がここから居なくなってしまったことにしたくなかった
律の存在が……偶然の事故で――
偶然というだけの、何も理由も無く失われたことを……認めたくなかった
私にとって、律は……いつも、傍にいたから……
幼馴染、友達、親友――
私にとっての律は……言葉になんて……できるはずが……ない
律は……掛け替えの無い、唯一の存在だったのだから――
だから…・…大切な律の人生が……何の理由も無く途切れてしまったことを……
私は……許せなかった……
律の人生の終わりが……こんなにもあっさりと……偶然に――
大切な人の人生が、理由もなく終わったという形に、したくなかった……
どうしても……律がいなくなってしまった……理由が、欲しかった……
だから私は……最後に遊ぶ約束をした自分自信を……許そうとしなかったんだと思う
私自身が、律の人生を終わらせてしまったという理由にしたかった……――
「うう……!!うううく!……くぅううううう!!!」
奥歯を噛み締める
拭えない涙が頬をぼろぼろとこぼれ落ちるのを抑えたかったから
――でも、どんな理由だとしても……
どんな理由を付けたとしても……
「うう……うう!!」
律は――絶対に、もう、戻ってこないから
「くうううう……!!うう!!!」
だから、寂しいけれど、それ以上に――
だから、悲しいけれど、それ以上に――
だから、辛いけれど、それ以上に――
――私は、律を失ったことが
――悔しかったんだ
「うううぅぁ、ぁあああああああああぁ――!!!!!!」
――どれくらい泣いていたんだろう
泣いている間――
ムギの胸に顔をうずめて、声を出して泣いていた間
ムギは私の頭を撫でていてくれて……
それが心地良くて、涙も、気持ちも、少しずつ落ち着いてきました
「澪ちゃん……落ち着いた?」
ムギの顔を見ると――
目は潤んで赤く、頬は朱に染まり、幾つかの涙の跡
それをハンカチで拭うと、ムギは私に笑顔を向けます
だから私も、ムギに――
「うん……大丈夫」
――笑顔ではなかったかもしれないけど、大丈夫、と伝えました
と、ムギの顔を見ていると
部室の扉を叩く音と――
「澪ちゃーん、もうそろそろ鍵、返してもらっていいかしら?」
――その扉の先からさわ子先生の声
「……澪ちゃん、帰ろっか」
「そうだね……」
私はムギから離れて、窓を――空を見ると……
――途切れて少なくなった雲の合間から、少しだけ、星が見えていました
その日の夜――夢を見ました
それが夢だと分かっている夢……
名前があったと思うけれど、何ていうんだっけ……?
なんて考えていると――
「みぃーお♪」
「んなっ!?な、何するんだよ!」
背後から急に抱きついて来るのは唯か、もしくは――
「廊下で急に抱きつくな!危ないだろ!」
「あらあらみおしゃん、照れちゃって可愛い♪」
――律しか、いないよね
「寂しがってたと思ったからぁ、ぎゅうってぇ、してあげようとぉ、思ったのにー」
「なっ?!さ、寂しくなんか――」
――無い、なんて言葉には出せなかった
「あららー?みおしゃーん、寂しくなんか、なに?」
――でも、その律の笑顔を見たら
「寂しくなんかない!寂しくなんてない!」
――夢だからかもしれない
何もなかったように、あの頃と同じように……今は、律と話せる気がしました
「そんなこと言っても、澪の心の中なんて幼馴染の私にはお見通しだぞー」
と、言って律は私の胸を人差し指でつつきます
何度も律との夢は見ていたけれど――
抱きつかれたことも、今こうして律と触れ合うことも……
あの日の後に見た夢の中では……
今日初めて、律に触れること、触れてもらうことができました
そしてその手で私のお腹を掴んで――
「――ってあれ?澪、私の知らないうちに、もしかしてちょっと太った?」
「太ってない!!」
何気なく叩くことができた律の頭――
もちろん、いつも通りの強さで
「つうう……!寂しがり屋の澪への精一杯のスキンシップだったのに……」
「だから寂しくなんてないって言ってるだろ!」
この何気ないいつも通りの会話
いつも通りで何も変わらないやりとりが――すごく、楽しい
「ひ、人の頭を叩いて笑ってる……!澪はいつからSになったんだ!
……いや、前からどちらかと言えばSだったか?」
「うるさいな!!Sでもなんでもない!」
律もなんだか楽しそうに見えるのは……私が楽しいから、そう見えるだけでしょうか
「まー冗談はさておき――澪」
――律の顔
時折見せる、真面目な話をする時の律の顔
「な、なんだよ改まって……」
……と言っても、ここからまた冗談を言い出すのも、律だ
「ん、今日さ、澪……部室で、泣いていただろ?」
「な……」
……でも、横道にそれることは無かった
本当の事だからこそ、それに驚いた
「泣いてなんか……いないよ」
「へんなとこで強情だなぁ……さっきも言っただろ?私にはお見通しだって」
律は胸を張って言います
「やっぱ澪は私がいないとダメダメだね」
ずきり、と痛む胸の奥
――そうだよ
「……私は、律がいないと駄目なんだ」
「って、そこ少しは強がれよ!」
おどけて言う律だけれど
だって、泣いていたのは本当のこと……
それに律の事だったから……
「律がいないと……寂しいんだよ……」
いつもなら冗談で返せるのに
今日も返せると思ったけれど……
――嬉しかったから
――出てくる言葉を、気持ちを、思いを……抑えられませんでした
「す、素直すぎるぞっ!澪っ!」
「さっき……お見通しって言ってただろ……」
「だけどさ……」
困った顔の律
だけど、私の顔を見ると――
「うん、まあ、そうだな……」
律は私に手を伸ばして――
「澪が泣いているとこ見ると――心配なんだよ」
そのまま――私を、抱きしめてくれました
「本当、澪は寂しがり屋だな」
「……そうだよ」
――暖かい
触れている律の腕や体の温もり
心の奥から、触れ合う感覚の内側からも暖まるように……
律に抱きしめられていると……
心が、落ち着く……
「だから律、行かないで……」
「…………」
律は返事のかわりに、抱きしめる手を強くしてくれました
「これからも……律と一緒に……」
――バンド、やりたいよ
「…………大丈夫だよ」
――ずっと、これからもずっと……
「…………何泣いているんだよ、澪」
――だって、夢が覚めたら……律とはまた……離れたくない……ずっと律と一緒にいたいよ……
「大丈夫だよ、大丈夫……私はずっと――
これからも、ずーっと……澪とは一緒だから――な?だから、泣くな……」
――でも
「でも!また夢が覚めたら……私は、律とは……!!」
「だーかーらー、私は、ずっと澪と一緒だって言ってるだろ?」
こうして抱きしめられているのだって……
時間が経てば、私は起きて……
そこには……律は……いないじゃないか……
「そうだな……でも――
澪が、私と一緒だと思えば私はずっと、いつでも澪の側にいるんだよ」
――澪が喜べば、私も嬉しい
――澪が悲しめば、私だって悲しい
――澪が怖がっている時は……
――澪が怖がっているところを見ると……私は楽しい!
「私はもう、澪とはずっと一緒なんだ……澪が一人で泣かないように、ずっと見守っていてあげるからさ
離れることなんてないから……大丈夫だ!」
「最後のは……納得行かない……」
律、らしいけどさ
軽く、律の頭を叩く
「ははっ、ツッコミ入れられるのなら、大丈夫だな……」
「さて……と」
律は私から手を、抱きしめていた手を緩めて――私から離れます
「律……」
「そんな悲しい顔しない、しない!」
――ぽんぽん、と肩を叩く律は笑顔だった
「夢からさめても、これからもずっとずっと――私と澪は一緒だよ
あ、それと……私と一緒なんだから、もう泣くな?」
「……うん」
「毎日晴れる、私といたら晴れる♪ってね!
あ、あと……もう一つ、私は……澪が、私のことで怒るのは仕方ないと思うけどさ
私のことで謝ってる姿なんて……見たくないから!」
「あ……ご、ごめん……」
「……素直っていうかなんか今日は弱気だな……
まー、そんな澪のギャップも可愛いとこの一つなんだろうけどさ」
「な……!」
「てことでさ、笑顔、笑顔!ね!――それじゃあ澪」
「律……!!!」
――またね!
――鳴り響く時計のアラーム
律の最後の声が、夢の中なのか、現実で聞いたものなのか
微睡みの中ではとても曖昧で……
夢だったけれど……まるでさっきまで起きていたかのように、眠気はもう無くて……
頭も、寝起きなのにいつもより冴えていて……
私は時計のアラームを止め、ベッドから起き上がりました
少しだけ肌寒い朝……
でもなんだろう……布団よりも、体が暖かい
夢の中だったけれど……律に……
抱きしめられていた感覚が、まだ残っているような感覚……
私はベットから降りて、カーテンに手をかけます
そしてそれを一気に、左右に――開きました
瞬間――
眩しい光がカーテンからあふれるように部屋に入り込み――
そこには――
窓の外は――
――澄み渡るように晴れた青空が広がっていました
――朝の、学校へと向かう道
昨日の雨のせいなのか、色付いた葉が地面にぱらぱらと舞い落ちていした
「澪ちゃん、おはよう」
「ああ、ムギ、おはよう」
いつも通りの挨拶だけれど、今日はまさか学校の外でムギと会えるとは思っていなかった
「澪ちゃん、今日は早いね」
「そういうムギだって――」
時間はまだ朝のHRが始まる1時間半も前……
「――いつもこんな早く来ているの?」
「ううん、私も今日は……なんだか早く学校に行きたくて
澪ちゃんは?何か用事?」
特に何かあるわけでもないんだけれど――
でも、多分ムギと向かう場所は一緒のような気がする――
「……部室に、用事といえば用事かな」
「あ、やっぱり♪私もなの」
「実は、き――」
私が話すのとほぼ同じタイミングで、ムギも口を開きました
「昨日、私の夢に……律っちゃんがでてきたの」
二人で、律の話をしながら、部室の前まで行くと――
「ちがいます!唯先輩、この部分はこうです!」
「あずにゃん……す、少しきゅう、けいを……」
「駄目です!まだ初めて1時間も経っていませんよ!」
――中から、声がしました
扉を開けると……
「こんなんじゃ律せんぱ……あ、澪先輩にムギ先輩!」おはようございます!」
「おはよう、梓」
「梓ちゃん、おはよう♪今日は一段と元気ねー」
「先輩たちも、今日はどうしたんですか?朝練を?」
「まあ……そんなところかな」
「ええ♪」
「ふたりともおはよ~!
ねぇ、あずにゃん、丁度二人も来たから一回休け――」
「駄目です!二人が来るまで待っていたんじゃないですか!」
「そ、そうだけど……」
「その、梓……今日は一段と張り切っているね」
「はい!だってり――」
梓は、しまった、という顔をして言葉を飲み込んだけれど――すぐにそれを出しました
「だって――その、信じてもらえるかどうかわかりませんけれど……
律先輩が、昨日、私の夢に出てきたんです」
話を聞くと……
梓にも、唯の夢にも、昨日律が出てきたらしい
そこで梓には……
「昨日、律先輩が夢に出てきて、私に言ってきたんです
あの歌を、もう一度みんなで演奏したい、って……」
と伝えたそうです
あの歌とは――それは律の歌でした
唯には……
「私も、律っちゃんを連れ戻そうと頑張ったんだけど……
戻れない代わりに、明日はあのカセットテープを使って、って」
カセットテープ……律の歌が入っているあのテープ
「そしたら、朝部室に来たらあずにゃんがいて――」
「二人で、カセットに合わせて練習していたんです」
で、ムギはというと……
「私の夢には、澪ちゃんも出てきていたのよ」
「え……私?」
「もちろん、律ちゃんとも話したけれど……二人とも、やっぱり――仲が、よかったわぁ♪」
「夢で何を見たんだ?!」
「遠くで見ていただけなんだけれど……二人とも、抱き合っていて……♪」
「み、見られていたの……?私の夢を……!?」
「じゃあ……やってみようよ!」
律がいなくなってから、昨日まで何度も泣いていた唯も――
今日の笑顔は、晴れ晴れとしていて――
久しぶりに見た、笑顔でした
「準備万端です!」
梓だって、今まで表に出さなかっただけなのかもしれない――
「私も、大丈夫よ♪」
ムギの目もとても強くて――
「よしじゃあ始めるぞ――律!」
私だって――
律が、側にいるんだ
だから……私だって、曇った顔なんてしていられない
――律と一緒なら、晴れていないと、いけないんだ!
『――よし、じゃよろしくな! わん、つー、わんつー、すり、ふぉ!』
『毎日晴れる、私といたら晴れる!』
――律は小さい頃からいつも、笑っていたな
『そんな人でいたい!目指すのはハッピー!』
――律っちゃん、部活の時が一番楽しそうだったよね!
『譲れないポリシー、ひゃっくぱー!!』
――まあ、律は……前からずっと、バンドやりたがっていたからね
『おデコんなか、心んなか、フルかどう企画プレゼンっ!』
――あ、そういえばりっちゃんのおでこに澪ちゃんよく落書きしていたよね
『きみが笑う、みんな笑うことを探して』
――そ、そんなに私、落書きしていたか……?
『にぎやかしーで、お騒がせで、いなきゃ一瞬、平和で』
――唯先輩も、律先輩と一緒だとふざけすぎでしたよ……
『これでいいのか? 私のポジション』
――ええ!私、律っちゃんよりは静かだと思うけど……
『ジャージがクラス1 似合うくせしてなんだけど』
――どの口が言うんだ!どの口が!
『辞書の最初のページの言葉が、大好き!』
――でも、二人とも……ううん、梓ちゃんも、みんな律っちゃんのこと、好きでしょう?
『憧れてるんだ、ズバリ、愛!』
――もちろん……好きです
――うん!りっちゃんの事、大好きだよ!
――私だって律のことは……す、好き……だよ
――ふふっ♪私も、律っちゃんのこと、大好き!
『毎日晴れる、きみといれたら晴れる――』
――律っちゃんと過ごした毎日は、すごく、すごく楽しかった
――だよね!私もりっちゃんと一緒に軽音部で演奏できて、楽しかったよ!
『――そんな恋もしたい、目指すのはハッピー』
――私も、律先輩の少し走り気味のドラムが……好きでした
――律……私は律と出会えて、律がずっとずっと側にいてくれて……
『いつか叶え夢――』
――幸せ、だったよ!
『――オーライ!!』
ありがとう!律!!
こんにちは、秋山澪です
ひとりだけ、途中でメンバーが欠けてしまった放課後ティータイムでしたが
今は、ドラムがいないバンド、として少しだけ学生の間では有名だったりします
……でも、ドラムはいないわけではないんです
ドラムは……私たちの中に――
唯にも、ムギにも、梓にも――
それに私の中でも――
今でもずっと――
――少し走り気味に、ドラムを刻む音が響いています
笑い声が聞こえてきそうなくらい、楽しく、笑顔で……
放課後ティータイム、軽音部の部長――田井中律は……
これからも、ずっと、ずっと――私たちと一緒です
そうだよな!律!
――どこまでも晴れ渡る秋の青空に、律の笑い声が響いた気がしました
~ 終わり ~
律「あとがき!」
>>14から書かせていただきましたが投下速度が遅いのと
地の文の語尾が統一されていなかったりするのは……
唯「ごめんね!」
一応、ストーリーはとあるゲームを下地に少しアレンジを加えて書かせていただきました
あからさまに出している部分もあるので、分かりやすいんだか分かりにくいんだか……
その元ネタはもう古典になるのかもしれません……
保守して頂いた人、とにかく最後まで読んでくれた人、途中まで読んでくれた人
それと>>1さん、感謝です
ありがとうございました
あと律と澪は幼稚園からの、おさななじみ!
170:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/15(月) 01:17:19.93:wFhVbQPIO>>14から書かせていただきましたが投下速度が遅いのと
地の文の語尾が統一されていなかったりするのは……
唯「ごめんね!」
一応、ストーリーはとあるゲームを下地に少しアレンジを加えて書かせていただきました
あからさまに出している部分もあるので、分かりやすいんだか分かりにくいんだか……
その元ネタはもう古典になるのかもしれません……
保守して頂いた人、とにかく最後まで読んでくれた人、途中まで読んでくれた人
それと>>1さん、感謝です
ありがとうございました
あと律と澪は幼稚園からの、おさななじみ!
乙
180:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/15(月) 04:47:21.05:0Txq4nllO乙
素直澪ちゃんの可愛さは異常
素直澪ちゃんの可愛さは異常
コメント 5
コメント一覧 (5)
智也=澪
唯笑=唯
でも面白かったけどね
まじで良作だった