- 1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:09:22.98:xZFmBXM/0
職員「ようやく人員も集まりチーム結成という運びになりました」
そうか、TVなんかでよく扱われていたから、女が興味持ったっておかしくはないな。
職員「残念ながら女ちゃんが選手として活躍するのは難しくなってしまいましたが……」ペラペラ
障害者団体の職員さんの話を要約すると、
女はTVに出ていたこともありそこそこ知名度がある。
だから大会の際に顔だけでも出してくれれば、寄付やボランティアを集めやすい。
という理屈らしい。
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3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:10:52.18:xZFmBXM/0
女?「でもサポートの人の都合だってあるでしょうし」
俺自身は興味なんてないんだから、わざわざこんな体に鞭打ってまでやりたくもなかった。
会場に向かうのもおっくうだ。
職員「……? 女ちゃん、これまでそんなこと気にするような子じゃなかったのにどういう風の吹きまわし?
そもそも、障害者がそういったことに気を遣って萎縮して生きるなんてあってはいけないことなんだから……」ペラペラ
5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:11:19.46:xZFmBXM/0
女の親が団体を通じて出版した手記を読んだから、女の考え方や言動は予測できる。
だが俺は、そんな女を演ずる気にはなれなかった。
手記、か。
俺が手記を出すならどうなるかな。
6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:11:52.31:xZFmBXM/0
ゲホ! ゴホ!
某月某日
食物繊維がまだ不足かもしれない。
めかぶを毎食1パック追加。
某月某日
砂糖を一切断つ。
ジュース、お菓子の類は一切口にできなくなるが、別に支障はなし。
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:12:17.53:xZFmBXM/0
グェ! オエッ!
某月某日
肉を絶って半年。
周囲の反応は変わらず。
まだ肉断ちを続ける必要があるのか、それとも代替で食べてる魚や豆製品こそが元凶なのか?
某月某日
朝晩のジョギング距離を延長。
周囲の迷惑を考え、近場の山林を走ることにする。
9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:12:36.29:xZFmBXM/0
クスクス ヒソヒソ ウワァ……
某月某日
腸内細菌の問題だろうか。
とりあえずヨーグルトの銘柄を変えてみる。
某月某日
新しいサプリメントを試してみる。
10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:13:01.56:xZFmBXM/0
クドクド グチグチ
某月某日
親が付き合いきれないというので俺だけ完全に自炊することにする。
某月某日
親がしつこくトンカツを勧めてきた。
かつては好物だった特製ソースのトンカツ。
根負けして口にし……。
その後は書きたくない。
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:13:13.84:xZFmBXM/0
スンッ! グシュ!
某月某日
新製品のデオドラント、使い切る。効果なしと判断。
某月某日
先月導入した石鹸、使い切る。効果なしと判断。
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:14:00.60:xZFmBXM/0
消エロヨ トイウカ死ネ マジ迷惑ナンダヨ
某月某日
席かえのくじ引きで隣になった女子は悲鳴をあげた。
俺が来るかぎり登校拒否すると宣言。
俺が登校拒否、いや、登校を辞退することにする。
……これじゃ、手記というより日記というか日誌だな。
こんな日々が続き、隣町の心療内科を受診することになった。
距離が距離なのでやむを得ず電車に乗ることにする。
13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:14:18.25:xZFmBXM/0
~駅~
ん? 前を歩いてた女の子がハンカチを落としたな。
俺「落としたよー」
って、しまった!
彼女は汚いものでも見るような目を向け、差し出したハンカチを受け取ろうともせず逃げていった。
……無理もないか。
席替えで隣になったクラスメイトだったんだから。
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:14:54.47:xZFmBXM/0
プルル……
母『お金の無駄なんだから、いいかげん治療なんて諦めなさい』
クドクドクドクド
ピッ
電源切るか。どうせ親以外にかけてくる人なんていないんだし。
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:15:26.86:xZFmBXM/0
ピロリロリン
アナウンス「間もなく列車が……」
ホームの隅っこ、風下側で待機。
乗るのは発車ギリギリまで待って、汗かかないようゆっくりと移動し、車両の隅に……。
ゲホ! ゴホ!
グェ! オエッ!
スンッ! グシュ!
神経にヤスリをかけられる気分だ。
風邪が流行っているわけでも花粉症の季節でもないのに、俺の周辺は咳と鼻すすりやえずく声に満ちている。
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:15:44.82:xZFmBXM/0
金髪の少女「You stink!」(鼻を摘み指さしながら)
子供ハ素直ダネーwww トウトウ言ッチャッタwww
わかってるよ、そんなの。
でもどうしろと。
内科や皮膚科でもある一点を除き異常は発見できず、面倒がられとうとう心療内科を紹介された。
その一方で自分でも対策を色々調べ、行ってるのに。
17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:16:05.01:xZFmBXM/0
共に強烈な体臭を持ち、受け入れない社会が悪いなどと正当化に明け暮れていた男女。
互いに依存し傷を舐めあう形で暮らしていたふたりが、俺の両親だった。
そして、異なるメカニズムで発生するそれぞれの体臭を受け継いで俺が生まれたのだった。
案の上というべきか、心療内科ですら気のせいと一蹴された。
18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:17:47.75:xZFmBXM/0
~自室~
TV『本日午後、某市某区にて自動車が歩道に突っ込む事故が発生。ドライバーは急にブレーキが効かなくなったと供述しており……』
字幕に、重体という文字とともに映っていた名前、それは……。
病院行くときに出会ったあの級友だった。
俺は一瞬だがこう思ってしまった。
『ざまあ見ろ』
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:18:42.40:xZFmBXM/0
最低だ。最低だ! 最低だ!!
散々買いあさった体臭対策の本の中に、こんな記述があった。
『生の証であり個性でもある体臭をことさら否定することは、自分の存在を否定することにもなる』
ふざけるな、なにが生の証だ、個性だ! と、怒りと共に放り投げたものだ。
だがそれは真実だった。
登校拒否したくなるほどの苦痛を与えたのに、その級友が事故に遭ったというニュースを見てほくそ笑んだ最低の男。
そんな俺を見事に表してるのが、どんなに対策を講じても吹き出てくるこの体臭だった。
こんな心の持ち主が、のうのうと生きているという証だったんだ。
21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:19:04.88:xZFmBXM/0
脳裏に浮かんだ選択肢。
散々迷惑をかけているが、コレはよりいっそうの迷惑になるからと思いとどまっていた最悪のもの。
だが、これ以上ズルズル生き続けることこそが最悪の選択肢だという考えが膨らんでゆく。
天秤は、そちらへと傾いてゆく。
22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:19:36.79:xZFmBXM/0
ピンポーン
……誰だろう? 親は……いないのか。
仕方なくドアを開けると、どこにでもいそうなバーコードのおっさんが白衣を着て立っていた。
ウグ ゲホ! オエッ!
セールスを追い返すことくらいにしか役に立たない体臭。
もう何度も経験したとはいえやはりこの反応には凹む。
23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:20:25.21:xZFmBXM/0
……!?
おっさんは懐からガスマスクを取り出し装着した。
??「用意しておいて正解だった。少し話がしたいんだが。
あ、茶も菓子も出さんでいい、コレ付けながら飲み食いするのはちと難しいんでね」
ズカズカ
予想外の展開に呆然とし、追い出すことも警察呼ぶこともできないでいた。
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:21:52.51:xZFmBXM/0
名刺を差し出される。
TS総合技術研究所所長
某
俺「住所も電話番号もメアドも書いてないんですね」
所長「まあ、いろいろと不都合がありまして」
TSなる聞き覚えの無い単語。一体何の略なのか尋ねてもあとで説明するとはぐらかされた。
無論この名刺が本物であるという証拠はどこにもないが、その真偽に関わらずこんな名刺を持ち歩く男がまともであるわけがなかった。
所長「見せたいものがあるんだ」
USBメモリを差し出されたのでPCに差し込む。
その中にあったテキストは、とあるスレッドのログだった。
25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:22:15.13:xZFmBXM/0
所長「見覚えあるようだな」
俺「ああ」
所長「このIDのレスは君だろう?」
俺「匿名掲示板でも、その気になりゃ調べられるか」
所長「ツテが色々あってね。ここの回線だと特定できたよ」
26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:22:57.95:xZFmBXM/0
情報交換したり、初心者にアドバイスしたり、時には愚痴ったり。そんな場所だった。
だが時折、困った人が侵入してくる。
『臭い奴は迷惑だから死ね』
なんて奴はまだ可愛げがあった。
『何で風呂入らないの? デオドラントぐらいしろよ、エチケットだろ』
などと、そんなんで治れば苦労はしない方法や、さんざん既出の方法を得意げに垂れ流されるのも、まだ許せる。
俺の親みたいに同じ価値観の者同士で傷を舐めあうばかりではなく、時には世間の本音を思い出す必要があるのだから。
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:23:36.86:xZFmBXM/0
だが、流石に次のタイプには閉口する。
このスレは体の問題について語り合う板に立てられていた。
そのため、重病人や障害者やその身内の目に止まることがある。
そして、
『五体満足なお前たちは恵まれてる。何でもできるじゃないか、甘ったれるな』
といった説教を始める。
正論である。だが俺たちがいったい何に苦しんでいるのかを何も理解していない。
だからひたすらに気が滅入る。
28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:24:37.18:xZFmBXM/0
所長が指し示したスレ中盤で出てきた奴はその中でも強烈だった。
頻繁に障害者の美談を扱うアンビリーバ某という番組がある。
それで登場した、生まれつきの障害で苦しむ少女を引き合いに出して説教してきた。
所長「この日は祭りだったぞ、本人降臨って話題になってね。ほら、観察するスレッドも立てられている。
本人しか知りえない情報がこのIDの発言のそこかしこに見受けられたそうだ」
俺「俺に粘着していたこいつって、その本人だったのかよ?」
所長「ああ。そして彼女に対するこんな捨て台詞を最後に、この回線からのレスは無くなってるね」
29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:25:03.93:xZFmBXM/0
30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:25:58.33:xZFmBXM/0
俺「一体あんたの研究ってなんなんだよ? そもそも、こんなスレの住人である俺を捕まえて……。
って、まさか俺の体臭を治せるのか?」
所長「それはね……君自身が書き込んでいたことだが、
障害に苦しむ人を救うことに全力を注ごうとする研究者はいても、臭くて迷惑な奴を救うことに力を注ぐものなどいまい?
効果がありそうでないものばかり作って金巻き上げようとしてる奴だけだって」
俺「……ああ」
所長「私だってそうだ。そんなメディア受けしない研究なんてする気はない」
31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:26:34.64:xZFmBXM/0
俺「じゃあどうしてここに?」
所長「私の研究は体臭対策ではないがメディア受けはするかもしれないし、ある意味では君を体臭から開放してやれる」
俺「……え?」
所長「君の最後のレス、あれを実現してしまおうと思ってね。
多少問題はあっても健康な体が手に入るならって彼女も乗り気なんだ」
俺の首筋にピストル型の器具が押し当てられ、液体が首筋に流れ込むのを感じた。
意識が暗転する中、脳裏にこんな単語が浮かぶ。
突 撃 厳 禁
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:27:00.65:xZFmBXM/0
とまあ、こんな経緯でこのおっさんに拉致され、奇妙な機械で女と繋がれ人格を入れ替えられて今に至る。
おっさんの名詞にあったTSとは性転換のことらしい。
34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:30:06.77:xZFmBXM/0
~病室~
プルル……
男?『ねえ男、ちょっとどういうことコレ』
クドクドグチグチ
俺の体を手に入れた女だった。
やりたかったであろう外出、外食、スポーツなど、それを実行した挙句に迫害にあったようだ。
35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:30:52.98:xZFmBXM/0
俺「確かに五体満足だ。でもそれだけだ。
足があるからどこへでも歩いていける。でも歓迎されるところなんてない。
手があるからモノを持てる、作ることができる。でも触れたものは汚物とみなされる。
エトセトラエトセトラ……。
どうだ? その体では確かにいろんなことができるけど、許されないことばかり。どうする? 元に戻るか?」
女『そ……その手には乗らないわよ! アンタみたいな甘ったれにこの健康な体は勿体無いわ!
アタシが有効に使ってあげる!』
プツッ
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:31:10.86:xZFmBXM/0
女は、体の問題で露骨に疎んじられる体験には免疫がなかったんだろう。
相当に参っているようだ。
だが、元に戻ろうという考えがちらついても、俺の捨て台詞で意地が復活するらしい。
37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:33:51.32:xZFmBXM/0
前の体でも、この体でも問題なく楽しめる数少ない娯楽の一つはネットだった。
まちBBSを覗くと、奇妙な家族が起こした騒ぎの報告をいくつか発見した。
体臭持ちの家族が飲食店などに乗り込んで異臭を撒き散らす。
その挙句に、好きでこうなったんじゃないだの、迷惑だなんて差別だのと演説をぶちかまし、叩き出されるというものだった。
かつての俺の体で行動する女だった。
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:34:25.31:xZFmBXM/0
俺になった女は、俺の親とはうまくやっているらしい。
元々表面的なやり取りばかりになっていたから、親は俺の仕草やら何やらをよく覚えていないのだろう。
俺の親は、俺と真正面から向き合っていなかった。
俺の意志を無視して、無理矢理外食や様々な場所に連れ出した。
周りの迷惑を考え身を引く俺の生き方を両親は決して認めようとしなかったのだ。
体臭を不快に思う人は敵。
体臭対策は、自分が間違っていると認めることになる、という理屈らしい。
39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:35:00.12:xZFmBXM/0
病室の本棚に、女の親が書いた手記が並んでいた。
女を演じる助けになると思い読んでみたが、どうも抵抗を感じる内容だった。
障害なんだから仕方ない、好きでなったわけじゃない。健常者はずっと楽な思いしてるんだから支援くらいしてくれ。
根底にはこういう思想があった。
この親と出版に関わった団体によって、女は物心ついたころから様々な支援を当たり前のものとして受け続けていた。
支援への感謝も迷惑かけたことへの謝罪も必要ない。
迷惑や負担だと感じる者は差別する最低の人間だ、と教育されてきたようだ。
そんな女だから、俺の親ともソリが合うのだろう。
41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:37:13.33:xZFmBXM/0
俺の体臭の一方は手術で消せるものだったので、費用を稼ぐためバイトを試みたことがある。
大半は面接で門前払いを受け、どうにか雇ってくれた所でも客や仲間からのクレームが相次いだ。
それでも払ってくれた給料が手術代に達したものの、まだ未成年なので保護者の承諾が要る。
そして親は承諾など出してはくれなかった。
確かに、他の体臭は残る。まだ成長期だから再発の危険性もある。
でもやらないよりはマシだし、再発したなら再手術すればいい。
だが、そういう問題ではなかった。
42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:38:37.61:xZFmBXM/0
父『あるがままの自分でいることを認めず文句言う奴らのため、なぜ自分の体にメス入れねばならないんだ!』
こんな人なのだ。
さりとてそんな事情で周囲の者が許してくれるはずもない。
そこで偽造した承諾書で手術を受けようとしたがバレて、医者にこっぴどく叱られた。
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:39:36.93:xZFmBXM/0
こういう経験から、世の中のルールやマナーといったきまりごとにはそれなりの必然性があること、ソレを破ればどんな事態が発生するかを多少は理解していた。
そりゃあ、従うのが困難な人はいるだろう。
だが、それは決して社会から弱者やマイノリティを締め出すために作られたものではないのだ。
44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:40:19.29:xZFmBXM/0
女には妹がいて、親が書いた手記の中では、障害をもつ姉を恥じているとして妹の態度を批判していた。
だが、妹が恥じているのは障害そのものだろうか?
障害を理由に周りへの負担や迷惑を正当化する見苦しい態度ではないだろうか?
女に対しては、生まれてくれてありがとうなどと書いている。
しかし、支援してくれた人が団体の外部にもたくさんいるのに、その人たちに対する感謝の言葉はなかった。
負担や被害を受けた人もたくさんいるのに、その人たちに対する詫びの言葉もなかった。
むしろ敵視していた。
その人たちにも自分の夢や生活や他にやるべき仕事がある。人格がある。それなのに。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:41:40.71:xZFmBXM/0
所長が見舞いにきた。
所長「男君、入れ替えた私が言うのもなんだが、その体での生活は辛くないか?」
俺「全然」
確かに、時折激痛が襲ってきたり吐き気やめまいに襲われることがある。
しかし、それだけだ。
堪えてさえいればいい。
できないことをやれと言われ、できないことを責められることなどない。
この体での生活は確かに不自由ではある。
でも以前とはあまり変わらなかったりする。
46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:42:51.95:xZFmBXM/0
臭う体での外出は周囲の迷惑と直結していたため、外出を楽しむという思考はもともと消滅していた。
やりたいスポーツなどなかったから、体が自由に動かせなくてもさほど苦痛ではない。
かつての体では毎日ジョギングに明け暮れていたため体力は人一倍あった。
だが、それも運動不足が体臭の原因だと聞いたためだった。
そして効果がなかった。
まだまだ努力が足りないのか、それともこの方法が間違っているのかはわからない。
でもやらないわけにもいかなかった。
47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:43:22.31:xZFmBXM/0
すぐ匂いが染み付く、腋が黄色く染まる。そんなこと考えたら衣服へのこだわりはバカらしくなった。
オナニーは男性ホルモンの分泌を促し、ソレは体臭悪化に繋がるという説があった。
だから、と禁欲してる間に性的なものへの関心が薄れていった。
そのためか障害による体力低下のせいかわからないが、女体を宛がわれてもこれといった衝撃も欲情もなかった。
48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:45:27.86:xZFmBXM/0
将来の夢……考えても仕方なかった。
選択の基準は何になりたいか、から、何になれるかへと変わった。
まあ、こういう変化は誰でもあると思う。
だが俺の場合は更に、何なら許されるかへと選択の基準は変化していった。
仕事について真剣に考えれば考えるほど、清潔感が社会的にどれほど重視されるかを思い知らされ暗澹たる気持ちになった。
49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:45:46.39:xZFmBXM/0
もともと会いたい人はいない。
親は、遺伝する可能性を指摘されてたにもかかわらず見切り発射して俺に臭い体を宛がった。
そのうえ迷惑の正当化に明け暮れ、俺にまでそんな見苦しい生き方を強要した。
そんな奴には恨みしかない。
友人なんていやしない、恋人など言わずもがな。
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:46:16.99:xZFmBXM/0
その人間関係の希薄さは、女と入れ替わっても変わらなかった。
彼女の両親は患者団体としての活動につきっきりのようだった。
一人目の子がこうだったから普通ってのがわからなかったんだろう。
女とは親子としてではなく、団体の人として接する時間のほうが圧倒的に長かったフシが伺える。
だから、話しても職員と親とで違いが全然感じられなかった。
51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:47:07.69:xZFmBXM/0
それに女にも、友達も恋人もいなかった。
無理もない、こんな身勝手な思想に染まった人間とプライベートでまで付き合いきれない。
TVに出ていた友情と家族愛に満ちた光景はヤラセだったらしい。
俺「そんなわけで、俺は女の子と入れ替わったけどこのありさま。コレといって不自由も人間関係のドタバタも女になった驚きもない。
多分、所長が期待してるようなデータは提供できないです」
所長「……そうか。でも、食べられないのは辛いだろう」
俺「全然」
52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:48:48.20:xZFmBXM/0
女の体は消化器官がすっかりボロボロになり、食べ物を一切口にすることなく点滴で命を維持していた。
だが、俺の好物はことごとく体臭に繋がると言われているものだったため除去していくうちに、食生活は非常に味気ないものとなっていた。
今ではもう味も思い出せない。
親にしつこく勧められ仕方なくトンカツを口にしたときは最悪だった。
かつては旨いと感じていた肉汁や油、ソースの香辛料といった味覚はまったく違うイメージを喚起した。
普通の人間なら問題なく消化吸収し排泄できるはずのものがニオイへと変化し、体中を駆け巡り毛穴から噴出する。
そう考えたらもう、胃にとどめておくことなどできなかった。
こうして、食事を楽しむという概念が消失した。
53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:49:20.70:xZFmBXM/0
こんなありさまだったので、何も食べず点滴だけで暮らす今の生活は非情に楽だった。
あの臭う体で外食などもってのほかだったし、食卓を共にしたい人などいない。
楽しく話せる話題がない。
臭い体でも楽しいと思えることはオタクなものだけ、その状況自体が批判の理由となる。
そのうち、その限られた楽しみもオタク批判という罵倒の記憶と密接にリンクするようになっていた。
54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:49:47.86:xZFmBXM/0
そんな話をしていると、妹が見舞いに来たと看護婦さんが告げた。
邪魔しちゃ悪いということで所長は退室。
しかし、どうしたものか。
55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:51:05.32:xZFmBXM/0
妹「……」
憮然とした顔で着替えなどの入った紙袋を差し出された。
そりゃあ、色々やりたいこともあるだろうにこんな雑用で時間取られちゃ機嫌も悪くなるだろうな。
俺「えっと……無理に、来なくてもいいよ。こういう雑用こそ団体の人に任せればいいんだし」
妹「えっ……?」
この年頃の子が身内の世話で時間取られたら、部活も友達と遊ぶことも難しいだろう。
俺「やりたいこと、たくさんあるだろうしさ」
俺はもう関心なくなっちゃったことばかりだけど、妹まで巻き添えになって諦めることなんてない。
56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:51:38.32:xZFmBXM/0
妹「な……何よ、今さら。もう、なにもかも終わっちゃったのに!」
バサァ!
俺「うわっ!?」
持ってきた着替えなどを病室の床に叩きつけ、彼女は出て行った。
俺「……無神経なこと、だったのかな」
所詮は他人の俺が言うことじゃなかったか。
57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:53:30.64:xZFmBXM/0
ベッドから身を起こし、床に降り立つ。
この距離なら車椅子でなくても大丈夫だと思ったが、弱った脚は体重を支えきれずよろけた。
どうにか持ち直し、全身に重石をつけたような体に鞭打って、床に散乱したものを回収する。
だが完全にバランスを崩してしまい、点滴台ごと派手な音を立てて転倒した。
それを聞きつけたのか看護婦さんが血相変えて駆けつけ、俺を助け起こしてくれた。
かつての俺とは違うことを自分に必死に言い聞かせ、近寄られ体に触れられる不安感を堪え、ベッドに上げてもらう。
自分でやろうと無理して余計に手間をかけてしまったことを詫び、礼を言うと、看護婦さんは怪訝な顔をした。
飛び出していった妹のことを尋ねられ、何も聞かず家族にも何も言わないよう頼んだときも同様の反応だった。
看護婦「そうそう、チームの人も見舞いに来ましたよ」
俺「え!?」
バスケのか? もう話が進んだのか?
58:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:54:20.56:xZFmBXM/0
違っていた。
部長「……」
副部長「具合、どう?」
顧問「次の大会のことなんだけど」
俺「えっと……体調が、こんななんで。大会には間に合いそうにないです。チームからは外してください」
女はバスケだけではなくチアリーディングにも興味を示し、無理矢理に通っていた普通の学校でチアリーディング部に入部していた模様。
こういうことの引き継ぎ、ちゃんとやれよな、女。
59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:56:24.74:xZFmBXM/0
部長「……やっぱり、こうなると思ってた」
顧問「ちょ、ちょっと」
部長「先生はまだいいですよ。私達が卒業してからも、新人を育て上げて大会に送り込むチャンスがいくらでもあるんだから。
その一回ぐらい、障害者に理解のあるアテクシを気取るために費やしてもいいって腹だったんでしょう?」
副部長「ちょ、そんな言い方」
部長「あなたは大会に大したこだわりがないから受け入れにも前向きだったけど、誰もがそうじゃないの。
なのに音頭とって、受け入れないとダメって空気にして」
60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 19:58:04.98:xZFmBXM/0
そして俺を睨みつける。
部長「それに、女の回復を望んでないのかって責められるから、保険で女抜きの演技を練習しておくことも許されてなかったのよ?
登山にマラソン、演劇、バスケ、そしてチア。他にもいろいろ。
その手の番組見るたび感化されて自分もやりたいって駄々こねて、たくさんの人を振り回して。
その挙句にちょっと壁にぶつかったらすぐ投げ出して、体調やサポート不足のせいにして。もういい加減にして!」
バサァ!
俺「うわっ!?」
手にしていたファイルを床に叩きつけ立ち去る部長を顧問たちが追う。
副部長「……」ニヤリ
俺「……!?」ゾクリ
去り際の副部長の笑み……何だったんだ?
61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:01:08.14:xZFmBXM/0
投げつけられたファイルを拾い上げる。
フォーメーションの図案だった。
車椅子に乗ったまま上半身だけでの振り付けを行う女を中心としたものだ。
実現できればそれなりに絵になる光景だろう。
それこそアンビリーバ某などの番組で扱われるような。
しかし、こんなふうに障害者が一生懸命やってるんですよーってアピールかまして、公正な評価になるだろうか?
陸上競技のタイムや距離みたいに計測して数字をはじき出す世界じゃないんだし。
それに、他のチームも変に後ろめたさを感じて実力出し切れなくなったりしないだろうか。
62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:03:29.10:xZFmBXM/0
俺「ん……? 何だ? このメモ」
URLと意味不明の文字列があった。
とりあえずアクセスしてみるとパスワードを要求された。
試しにメモにあった文字列を入れると、ソレが通る。
俺「これは……学校裏サイト?」
63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:06:21.62:xZFmBXM/0
スレッド一覧を見ていると、こんなスレタイが目に入った。
『女入学による被害をあげるスレ』
女によるトラブルが書き込まれていた。
学校行事などで、女のサポートのため様々な無理難題が吹っかけられていたという。
ん? どうして備品や施設の不備までこのスレに書かれてる?
無理矢理バリアフリーにする突貫工事が、物理的にも予算的にもあちこちで歪みを生んでるのか。
65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:08:14.60:xZFmBXM/0
部長が言ってたな。その手の番組に感化されてたって。
66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:10:41.02:xZFmBXM/0
上の学年や学校に進めば部活や恋愛や受験で忙しくなって、世話係どころじゃないだろうにな。
67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:16:00.73:xZFmBXM/0
ん……?
世話といっても、たかだか着替え届けるだけだった。
そんなのこそ団体の人間にでもやらせりゃいいだろうに。
そもそも親の用事だって団体の講演会だったんだ。
68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:19:20.17:xZFmBXM/0
ソレを言うなら、障害者本人や生んだ親こそ受け入れるべきだろうに。
何だ? このリンク。
写真……ズタズタに切り裂かれたシューズ!?
69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:25:55.60:xZFmBXM/0
『通信エラー』
アクセスできなくなった。
証拠隠滅かなんかで移転したのか。
……もういい、十分にわかった。
女を無理矢理に普通学校に通わせたことで、生徒にとんでもない負担が発生していた。
だが差別だと責められるため、親や教師といった大人や本人に言うに言えない不満が蓄積。
そして坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理屈で、身内の健常者である妹が腹いせのターゲットにされた。
身内なのに世話をサボったということで、イジメは天誅などと正当化されている。
70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:28:58.77:xZFmBXM/0
女にURLとパスを教えたのはこれを知ってほしかったからか。
見てしまった俺はどうしたらいいんだろう。
タレこんでも、もうこのURLは無効。
そもそも、妹への悪意はそう簡単に消えることなどないだろう。
これから大元の負担はなくなるが、一旦勢いがついてしまった悪意は止めようがない。
71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:31:59.15:xZFmBXM/0
親の働きかけも期待できそうにない。
手記を読み返してみると、姉は辛い思いをしてるのだから、と、妹にも様々な我慢と負担を強いていた。
手抜きの食事、体調崩しても放置、自由を与えず介護と団体への関わりを強要。
姉や他の障害者たちはもっと辛い思いをしているのだから贅沢な悩みなんだそうだ。
えこひいきぐらいはあると予想していたが想像以上、もはやネグレクトというべき仕打ちだった。
親の主観で書かれているため、負担や迷惑を蒙った人の状況は軽く書き流されている。
だが俺の感想は大げさなものではないと思う。
72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 20:32:57.88:xZFmBXM/0
しかし書いた親にしても出版に関わった団体にしても、障害児に過剰に感情移入して、一般社会と感覚が乖離していったようだ。
自分たちの要望を聞き入れてくれない社会を敵視し同じ価値観の者同士で傷を舐めあっていれば、カルト教団みたいになってもおかしくない。
こういう連中の思想に染まった親と、女。
やはり俺は、予想されうる女を演じることはできなかった。
俺のせいではないが、それでも妹に謝らずにはいられなかった。
自分のやりたいようにしていいと言ってやらずにはいられなかった。
そして、何もかもが手遅れだったのだ。
77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:06:16.04:xZFmBXM/0
手記を出したり講演会を開いたり姉のワガママを叶えてやるための時間と費用はどれほどのものになるだろう。
ソレをほんの少しでも妹に回してやれば、あの子は他の家庭の子と同じような生活を送れたかもしれないのに。
学校や部活の仲間と築き上げる思い出はどれほどの価値をもつか。
大人になってからやればいいってものではないのだ。
第一、大人になってからやろうにもその頃には親は老いて、妹に介護の負担が集中し……。
いや、その問題については、幸か不幸か解決の目処が立っていた。
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:09:26.44:xZFmBXM/0
これから俺はどうすればいいのだろう?
俺が可能な限り自立して妹が自分の時間を持てるようにしてやっても、もう取り戻せないものが多すぎる。
それに、女に感情移入した世間や親が妹の自由を許さないだろう。
ヒントを探すためネットをさまよううちに、まちBBSが目に入った。
相変わらず、俺の体で女は騒ぎを起こしていた。
マラソンに出場し、モーゼの十戒のように選手の群れを掻き分けていたそうだ。
よし、いいだろう。
あいつがやりたいようにしてるんだ、俺もそうさせてもらう。
79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:14:02.60:xZFmBXM/0
~翌日、性懲りもなく職員襲来~
俺「これ、見てください」
職員「なになに……? 小学一年のお子さんを持つ母親のブログか」
俺「夏休みの終わりに溜まった宿題片付けるのを見守ってますね」
職員「ははは、ウチもソレくらいの子がいてこんな感じだ。わかるわかる」
俺「角材やらなにやらをボンドでくっつけた工作も、まあそれなりのデキですね」
職員「この年齢の子が突貫工事で作ったってのがよくわかるw ところで……」
80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:17:08.22:xZFmBXM/0
俺「もう一つ、見てもらえます?」
職員「ん? この前やってた大食い競争の番組か……」
俺「すっごく無駄なことしてますよね」
職員「ああ、女ちゃんみたいに食べられない人にとっては不愉快か」
俺「病気で食べられない人もいるし、貧困とか干ばつとかで食べられない人もいるし」
職員「そうだね。あの番組の費用をそういうのに回せばどれだけの人を救えるだろう」
俺「そう思いますよね。ああいうののお金や人手をそっちに回せばって」
職員「うんうん。番組だけじゃなく、国も公共事業とかで無駄遣いしてるんだし。そういうのも回せば」
俺「この前、箱モノとか批判してましたっけ」
職員「そうそう、採算とか全然考えないんだから呆れるよ」
俺「……これも、見てもらえます?」
職員「どれどれ。……!?」
81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:25:59.01:xZFmBXM/0
82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:31:23.56:xZFmBXM/0
俺「こういうの見たら、団体の人たちがやってることは難民を尻目に行われる大食い競争みたいに見えます。
バカ高い特注の車椅子をガツガツぶつけて傷だらけにしてしまえるほど体力有り余ってる人には協力できて、どうしてこういう人たちは助けられないんですか?」
職員「あ、いやその、そういうことはもっと専門的な知識が」
俺「今のあなたたちにできることで、助けられることはないんですか?」
身内にほんのちょっとでも休息を与えること。
部活やりたい妹のため、雑用は代わってやることとか。
83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:35:11.04:xZFmBXM/0
職員「い、いや、こういうところではなく、もっと税金の無駄遣いはあるんだからそこから」
俺「さっき言ってた箱モノとか?」
職員「そうそう、それそれ」
俺「実は、さっき見せたブログ、私がでっち上げたものなんです。あちこちから素材集めてつぎはぎしました」
職員「え? どうしてそんなこと」
俺「小1の子供が突貫工事で作った工作とあなたが信じて疑わなかったモノ。このサイトからの転載なんですよ?」
84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:39:35.77:xZFmBXM/0
職員「……授産施設!?」
俺「私より年上の人が作って、これは千円で販売してますね。
こんなのを本当に必要と感じて、この値段に納得して買う人っているんでしょうか。
採算というんなら、ココも箱モノと大して変わらないような気がするんですがw」
職員「あ、いやそのあの」ゴニョゴニョ
俺「障害者のスポーツとは全然違うお金ではあるでしょう。
でも、TV番組の制作費とヨソの国の難民救済ほどかけ離れたものでもないと思うんですが。
まずは今、障害者に使われてるお金や人手を見直したらどうです?」
職員「あ、用事があるからこれで!」
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:41:45.21:xZFmBXM/0
逃げていった。
俺の理屈も穴だらけだと思うんだが、言い返せないとは情けないな。
これ以上やると、妹が何か酷いこと言った可能性を疑いだすかもしれない。
自重せねば。
86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:46:48.20:xZFmBXM/0
俺「……むなしい。俺、何やってるんだろうな」
そもそも、何がやりたかったんだろう。
あらゆる楽しみが周囲の迷惑や批判と繋がり、俺の苦痛になっていた。
楽しみを放棄することで心の平穏を得ていた。
楽しいことは治ってから考えよう。そう考え、治すことだけを考えていた。
だが、いざ臭わない体を手に入れたら……。
かつてはやりたいと思っていた何もかもが、長い体臭対策の日々で色あせ、もうどうでもよくなっていた。
それに対して抱いていた渇望の記憶は、まるで他人の日記を見ているような感覚だった。
錆付いた心は、何の意欲も見い出せない。
87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:51:42.83:xZFmBXM/0
今のこの体でためしにやってみたら、気持ちは変わるかもしれない。
だが、そのためにどれほどの人を煩わせ未来を潰してしまうかを考えたら俺は到底楽しめない。
女は前向きな子だったらしいんだが、前しか見てなかったんだろう。
自分を足元で支えている人のことも、通せんぼして発生した後ろの大渋滞からも目をそらした結果、向いた方向が前だったんだ。
88:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:54:42.28:xZFmBXM/0
病室に飾られた写真の中には、山のなかでⅤサインするものがあった。
『登山遠足にて』とある。
妹のように障害児のきょうだいと思われる健常児も写っていて、一応は笑顔を浮かべていた。
しかし、某独裁国家で指導者を称える歌を歌わされる子供のような不自然なものだった。
果たして、ボランティアの人たちに神輿のように担がれ、山頂まで運び上げられることは登山と言えるだろうか。
俺が体臭対策のため走りこんでいた山道は、写真の山よりははるかに低い。
それでも、そこから見える景色にはそれなりの感慨があった。
たとえ、その光景を分かち合うことができる仲間がいないとしても。
しかし、自分の足で上り詰めたわけでもない山頂の光景に、どれほどの価値があるだろう。
大した達成感が得られないからこそ、女は次から次へと要求を突きつけ、エスカレートさせていったのではないだろうか。
90:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 21:59:37.89:xZFmBXM/0
~中庭~
気分転換のため外の空気を吸うことにした。
あまり出歩かなくなったことに医師や看護婦さんといった周りの人が心配しうざったかったのだ。
入れ替わってから接した人との間で違和感なら持たれた。
しかしソレは、謝罪やお礼をするようになった点くらいのもの。
それなりに深く関わっていた妹や部長、親や団体の人間とのやり取りすら、ただの気まぐれか何かとしか受け取られていない。
そういう意味では、女が可哀想に思えてきた。
面倒見る対象としてではなく、女のことを知ってる人間は、果たしてどれだけいるのだろう。
91:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:01:29.47:xZFmBXM/0
病室の隅にある箱に女宛の手紙がたくさん入っていた。
だがソレは全て番組や手記を見て感動した手合いや団体からのものだった。
直に接した人からのものは団体以外になかった。
番組に出ていた友人とされる人物からの手紙もなかった。
大事な手紙は、入れ替わったときに持っていったのならいいのだが。
ひたむきに生きる障害者と、それを支える一生懸命な家族。
そんなありきたりな幻想に現実を合わそうとした結果がこれだった。
92:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:02:50.01:xZFmBXM/0
物思いにふけっていると、目の前を松葉杖をついた女の子がゆっくりと横切った。
彼女がハンカチを落としたので拾い、声をかける。
俺「落としたよー」
既視感。
彼女は級友だった。
席替えで俺の隣になったときに悲鳴を上げ、登校拒否すると宣言。
駅前で今みたいに落としたハンカチを拾ってやったとき、汚いものを見るような目で俺を見て逃げていった。
93:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:04:04.02:xZFmBXM/0
今、その級友は俺の呼びかけに振り向き、照れながら侘びを言い、ゆっくりと体の向きを変えた。
交通事故で重態だとニュースで報じていたが、生きていたんだ。こうしてどうにか歩けるようになったんだ。
そのことを素直に喜べた。
ハンカチを持っていってやろうと車椅子の車輪に手をかけたが、
級友「ちょっと待って」
94:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:04:53.02:xZFmBXM/0
ドクン
避けられてる? 俺が臭いから?
でも今の俺は俺じゃない、あの体じゃないから臭くないはずだ。
ソウヤッテ都合ノイイヨウニ解釈スルンダ?
かつて、遠まわしな指摘や体臭によるリアクションを違う理由によるものだと解釈して、何度もトラブルを起こしていた。
アレヲ コウ解釈シタノカヨ 自己中ナンダヨオマエ
数々の罵倒の記憶がよみがえり嫌な汗が吹き出る。
鼓動が激しくなる。
95:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:06:13.42:xZFmBXM/0
動転していたら彼女がゆっくりと近づいてきた。
人との距離が狭まることに恐怖すら芽生える。
臭い迷惑な奴としての思考が染み付き離れない。
向こうから接近しているという現状すら、安心の根拠にはならなかった。
筋道立てて自分が臭くないと考える行為自体が、罵倒の記憶と密接にリンクしている。
この体は臭くない、今の俺は臭くない。
自分にそう言い聞かせ、彼女から逃げずハンカチを差し出す。
級友「よっ……と」
体重を無事なほうの脚にかけ、差し出したハンカチに手を伸ばしてきた。
彼女の硬い表情は俺の体臭を堪えてるためだと考えてしまう。
体のバランスに集中してるんだ、とどんなに理詰めで考えても不安が拭い去れない。
96:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:07:07.68:xZFmBXM/0
ソウヤッテ周リノ人ガ傷ツケマイト遠回シニ指摘シテクレテタノニ
自分ニ都合ノイイヨウニ解釈シテタヨナ
そのとき、彼女の松葉杖は重心の変化を吸収しきれなくなり、体が大きく傾いた。
グラ……
互いに目を見開き、脳をフル回転させ状況打破の方法を模索するも現実的な方法は見つからず、彼女の運命は重力に握られる。
視界を彼女の顔が占め、思わず目をつぶった。
97:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:09:59.17:xZFmBXM/0
ドタッ
ムチュ
唇に柔らかく暖かい感情が走る。
体全体にのしかかる柔らかい重みとぬくもり、倒れる松葉杖の音。
恐る恐る目を開くと、呆然とした級友の顔。
人とのふれあいって、いいものなんだな……って。
俺「……わっ!」
級友「ひえっ!?」
起き上がるのを支えなくては。
フニッ
胸触っちまった!?
俺「……うお!?」
級友「ひゃ!?」
フニッ
その仕返しなのか、俺の胸にも彼女の掌の感触。
俺「わひゃ!?」
級友「わ、わわわ」
98:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:11:12.54:xZFmBXM/0
またも互いに素っ頓狂な声を上げながらじたばたもがく。
彼女は身を起こそうとしてはバランス崩して改めて俺に覆い被さり、体をまさぐられてしまう。
俺「ちょ、ちょっと」
級友「ご、ごめ……きゃ!」
互いに体を自在に動かせない身の上なため、らちがあかない。
しかし誰かに支援の手を差し伸べられても困る。
傍から見ると相当に怪しい光景なんだし。
99:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:11:40.06:xZFmBXM/0
どうにか級友は体を起こして脚を立て直し、ふらつきながら近くにある木陰のベンチに座り込んだ。
顔は真っ赤だった。
おそらく俺もそうなっているのだろう。
俺の腹の上に彼女のハンカチを発見した。
級友「あ、そこにあったんだ。んしょ」
俺「待って」
車椅子をこいで彼女に接近。
俺「無理しない!」
しっかりとハンカチを渡し、見詰め合う。
100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:12:10.65:xZFmBXM/0
そのとき、俺の体に妙な反応が発生した。
腹筋と喉が妙な痙攣を起こし、腹を抱える。
頬の筋肉が収縮した。勝手に妙な声が漏れる。
彼女も同じ反応をしていた。
いったいなんだろう、これは。
凄く懐かしい。
まだ俺が、他の皆と一緒にいることができた時代の記憶。
101:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:16:10.80:xZFmBXM/0
そうだ、俺達は、笑っているんだ。
人の失敗を嘲うのではなく、ひとつのおかしな出来事を当事者同士で共有し、笑っているんだ。
俺は今、楽しいと感じているんだ。
しばらくして落ち着きをとり戻したとき、俺は彼女の行動の真意に気付いた。
ハンカチを渡すため接近しようとした俺を静止したこと。
俺「リハビリ、そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」
なんでも自力でやろうと努力しているのだろう。
それだけ早く治ると信じて。
だが彼女は片手片足をまだギプスで固定し、頭も包帯が巻かれたまま。
素人判断だが、まだまだ安静にしているべきではないだろうか。
102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:17:14.70:xZFmBXM/0
級友「そうも言ってられないよ、会わなきゃならない人がいるんだ」
俺「……恋人?」
だが彼女は赤面して慌てたりはせず、ただ苦笑して手を振る。
ドクン
コレは、ニオイを振り払おうとしてるんじゃない、否定してるだけだ。
ソウヤッテ都合ノイイヨウニ(略
不安を必死で堪える。
103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:18:10.41:xZFmBXM/0
級友「ただのクラスメイトだよ。そう、ただの、クラスメイト」
俺「だったら見舞いに来てもらえばいいじゃない」
級友「……普通はそうなんだけどね。
でも彼の場合はちょっと事情があって、たくさん人がいるところに呼び出すのはよくないと思う。
だから、わたしが彼のところに行かなきゃならないの」
俺「……え?」
級友「わたし、彼にひどい事して、学校に来れなくしてしまったんだ。
どうしても生理的に受け入れられなくて、とんでもないやりかたで拒絶したの」
松葉杖を硬く握り、悲痛な顔で独白する。
俺「そ、そ、それって」
俺のこと!?
104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:18:37.39:xZFmBXM/0
級友「それからしばらくして、偶然に彼と街で出会ったの。
さっきあなた、わたしのハンカチ拾ってくれたでしょ? あんな感じで、拾ってくれたのが彼だったの。
これは、謝るチャンスだと思った。
どんなに謝っても許してもらえないだろうけど、謝らなきゃって思った。それしかできないんだから」
俺「そ……そうだったんだ」
級友「……でも、ダメだった。逃げてしまった」
級友の顔は苦渋にゆがみ、嗚咽する。
いざ謝ろうとしても難しいだろうし、生理的な反応を抑えきれなかったんだろう。
105:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:19:32.77:xZFmBXM/0
あの時、逃げてゆく彼女になにか声をかけてやれば、こんなに苦しませることはなかったのかもしれない。
でも、なんと言えば?
今も、なんて言ってやればいいんだろう?
俺なんだけど俺じゃない、他人である女になってしまった今。
級友「……わたしが事故に遭ったのは、天罰かも」
俺「……!! 違う、違うって。そんなことない! そんな罰受けなきゃならないことなんてしてないって!」
重い体に鞭打って身を起こし、彼女の手を握ってやることしかできなかった。
106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:20:44.93:xZFmBXM/0
~数分後~
級友「ごめんね。出会ったばかりで、いきなりヘビィな話しちゃって」
俺「そんなことない。少しでも楽になったなら、それでいいよ」
級友「……ありがと」
ありがとう、か。
その言葉を聞くのも久しぶりだな。
最後にそんな言葉をかけてもらったのはいつだっただろう。
級友「なんか、その……あなたには言わずにいられなかった。どうしてかな?」
どういうことだろう? 直感か何かで、中の人が俺だとわかったんだろうか。
107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:22:34.61:xZFmBXM/0
級友「今さ」
俺「……え?」
級友「そのクラスメイト、自棄になって滅茶苦茶やってるの。わたしがひどいことしたせいで」
俺「そ……そんなことないんじゃない?」
体臭持ちの一家が揃って飲食店などに乗り込み、異臭撒き散らした挙句に演説ぶちかますあの騒ぎだな。
自棄になったんじゃなく女の人格ならではのことだと思うが。
級友「うーん……他の理由かもしれないけど、ほうって置けないよ。
体の問題だから仕方のないことなんだけど、いくらなんでもやりすぎ。
わたし、こうなったからこそ、わかるんだ」
108:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:23:19.83:xZFmBXM/0
脚のギプスを軽く叩く。
級友「手間かけたり迷惑かけちゃうことがある。もちろん、さっきみたいなのは初めてだけど……」
さっきの、激突し触れ合い揉み合いのしかかったり色々した光景が蘇る。
迷惑じゃぁ……なかったんだけど。
彼女は咳払いした。
ドクン
落ち着け、俺。前後の状況から判断しろ。
俺が臭くて咳したんじゃない。
気まずい話から切り替えるためだ。
ソウヤッテ都合ノイイヨウニ(略
109:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:24:29.87:xZFmBXM/0
級友「仕方のないことだし好きでなったわけじゃない。
でも迷惑した人だって好きで迷惑かけられたわけじゃないし、好きで出会ったわけじゃないんだよね」
俺「……そうだよね」
俺と一緒のクラスになった人、同じ電車に乗る羽目になった人、その他もろもろ。
好き好んでニオイの射程に入った人なんていないんだよな。
級友「私を撥ねた車も、設計ミスだったとかでリコール騒ぎになってた。でも前々から異常は発生してたんだって」
俺「あー、なんかニュースで見た」
級友「好きで設計ミスしたんじゃないだろうし、ドライバーだって好きでそんな車に乗ってたわけじゃない。
だけど、乗らないって選択肢はあったんだよね」
俺「確かに」
110:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:26:03.16:xZFmBXM/0
級友「さっきの私もそう。無理しないで、あなたに差し出してもらったハンカチを素直に受け取ってればあんなことにはならなかった。
迷惑かけない選択肢は、あるんだよ。
ナニナニだからしょうがない、そういう人がいたんだからしょうがない。
そんな責任転嫁のドミノ倒し、自分のところで止めなきゃ」
俺「そう……だね。そう、だよね」
そのとき、駆け寄ってきた看護婦さんが級友に呼びかけた。検診の時間らしい。
級友はゆっくりと立ち上がり、松葉杖のグリップから手を離し力強く拳を握った。
級友「だから、謝ったあとはガツンと言ってやるんだ。キミは間違ってるって、皆と仲良くやってく方法を考えようって」
111:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:27:25.07:xZFmBXM/0
グラ……
腋だけでの支持はうまくいかず、彼女はまたもバランスを崩す。
だが看護婦さんに支えられ、さっきの強烈なスキンシップの再現にはならない。
それを残念がっている自分に戸惑いながらも、言わずにはいられなかった。
俺「それなら、少しでも早い方がいいんじゃない? 手紙とか電話でも気持ちは伝わるよ」
あのニオイは、信念なんかで乗り切れるものではないと思う。
級友「うーん……彼の場合、間接的なやりかたじゃダメだと思う。
安全圏にいるからそんな奇麗事が言えるんだって頑なになっちゃうかも」
嬉しかった、そこまで考えてくれてるんだ。
実際、かつての俺ならそうだったと思う。
俺「……ありがとう」
級友「え? どうして、あなたが礼言うの?」
げ!? 俺は俺じゃなかったっけ。
112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:28:32.84:xZFmBXM/0
俺「な、なんか、その……あなたには言わずにいられなかった。どうしてかな?」
彼女の台詞をそっくりそのまま拝借して誤魔化す。
しばし見詰め合ったあと、笑った。
級友「……よくわかんないけど、わかった。
いざとなったらまた逃げちゃうかもしれないけど、それでも頑張って、少しでも近くに行って話そうと思う。
それが、わたしの誠意だから」
俺「が、頑張ってね」
級友「うん、またお話しようね」バイバイ
俺「あ……うん、そうだね」バイバイ
ゆっくりと歩いてゆく彼女を見送る。
充分に受け取ったよ、級友の誠意。
もう不安はない、俺じゃなく女にこそ級友の言葉が必要だ。
あいつにもきっと、君の気持ちが届くと思う。
級友ならきっと、女の本当の友達になれる。
113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:29:28.75:xZFmBXM/0
中庭のベンチ脇に一人で取り残された。
男性「いい天気だな」
お婆さん「そうねえ」
車椅子に乗ったお婆さんを押す男の語らい。
子供A「食らえ!」
子供B「なんの!」
子供C「そらそら!」
一方は松葉杖をつき、もう一方は車椅子に乗って、残る一人は普通に立って。
それぞれの状況などお構いなしで元気にボール遊びするパジャマ姿の子供達。
語らいも喧騒も、遥か遠くに聞こえる。
これまでは、周りに誰もいない状況に安らぎを感じていたものだ。
だが今は妙に心細い、物悲しい。
もっと、級友と話していたかった。
いや、何も話さなくても、ただ傍にいてくれるだけでもよかった。
俺「そうか……これが、寂しいって気持ちなんだな」
錆び付いた心の歯車が回りだす。
色々な気持ちを紡いでゆく。
114:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:30:40.91:xZFmBXM/0
ソヨ……
そよ風が吹いた。
俺「……!!」
流れる体臭で風下の人に迷惑をかけてしまう!
俺「……って」
もう俺は臭くないんだった。
自分は臭い迷惑な奴だという思考がしつこく染み付いて離れないことにただただ呆れた。
目をつぶり、改めてそよ風に身をさらす。
着衣や髪が風でさわさわと揺れる。それがくすぐったい。
俺はコレまでとは全然違う姿になってるんだとようやく理解した。
級友との強烈なスキンシップで芽生えた火照りがまだ体内でくすぶっていたが、それを風が優しく奪い去ってゆく。
そよ風とは心地よいものだと実感した。
皆と同じように、この風を心地よく感じることができる。
皆と同じ空の下で、同じ風を感じることができる、許される。
もっとこうしていたい。そう感じた。
115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:31:26.75:xZFmBXM/0
かつての俺が参加していた体臭対策のスレッドにあったやり取りを思い出す。
万策尽き果て、汚物扱いでどこにも居場所がない現状に絶望し、もう死にたいと述べた人がいた。
ソレに対し「死んだら何もかも終わりだ」と奇麗事を浴びせた人がいて、他の住人からの集中砲火が行われていた。
俺も、その砲火を放った一人だった。
だが今、その奇麗事の意味を理解した。
116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:33:16.40:xZFmBXM/0
俺「終わりなんだよな。死んだら、何もかも」
そよ風の心地よさを思い出すこともできなかった。
笑うこともできなかった。
ありがとうと言ってもらうことも、こちらから言うこともできなかった。
寂しいという気持ちを思い出すこともできなかった。
たったひとりだけなのかもしれない。
いざニオイの射程に入れば吹っ飛ぶ程度の覚悟でしかないのかもしれない。
それでも俺への仕打ちを済まなく思い、少しでも歩み寄ろうと考えてくれる人がいることにも気付けなかった。
118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:34:17.83:xZFmBXM/0
心の歯車は加速する。
ある気持ちを、この体では抱いても辛くなるだけとわかっているのに、ある言葉を紡いでゆく。
俺「なんだよ……今さら、どうして」
入れ替わったあとの検査入院で判明した、この体に残された時間。
それについて医師から告げられても抱くことがなかった気持ち。
『生きたい』
硬く拳を握る。
腕の筋肉が収縮し、点滴針が刺さった部分から激痛が走る。
まだ今は生きている。
ソレを実感しながら、とめどなく涙を流していた。
119:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:37:04.18:xZFmBXM/0
~学校裏サイト、移転先にて~
120:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:38:07.36:xZFmBXM/0
~某学校~
かがみ「だよね~臭いよね~」
つかさ「臭いね~」
元部長「あ、そうだねー」
ガツ……ガツ……
??「転校生ってあなた?」
元部長「え? うん」
??「前の学校でチアやってたって聞いたんだけど」
元部長「……!? あ、そ、そう……だけど」
(女に言ったこと、尾ひれはひれつけて垂れ流されて、ココにまで広まってるの!?)
ガクガクブルブル
121:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:38:57.51:xZFmBXM/0
部員「ここのチアに入ってくれない?」
元部長「……え?」
部員「私、事故で足がこんなになっちゃったからさ。でも皆で考えたフォーメーション、変えたくない、諦めたくない」
元部長「飛び入りの私がそこに入っちゃっていいの?」
部員「自分の手でやることなんてたいした問題じゃないよ。私や皆が念入りに考えたんだもの、あれを形にすることが肝心だから」
元部長「……私でよければ」
部員「ありがとう!」
元部長「私も……ありがとう」
124:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:41:42.91:xZFmBXM/0
~院内学級~
子供B「車椅子のフレームに腰が当たって痛い……」
教師「B君もずいぶん大きくなったもんな」
子供B「……ごめんなさい」
教師「くぉのバカチンがぁ! 成長したこと謝るやつがあるか!」
子供B「でも、新しい車いす買うお金もないし……」
教師「あー、そうだったな。
(子供にそんな心配させてどうするんだよ俺orz)
仕方ない。A君のを使うか」
子供B「でも……」
教師「A君も、B君に使ってもらえるなら喜ぶさ」
子供B「……わかった」
125:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:43:39.26:xZFmBXM/0
~それから数ヵ月後~
『感動のアンビリーバ某
少女が起こしたイブの奇跡』
TVにて、そんなタイトルで女の生涯が語られた。
家族写真を背景に、生い立ちや病状などが説明される。
女は困難に負けず、様々なチャレンジを繰り返していた。
入校を拒む校長や迷惑だという人を悪者として扱い、団体の人や学校関係者の好意的なコメントとともに番組は進む。
127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:45:09.59:xZFmBXM/0
そして年末、女が入院先の売店近くで倒れているのが発見された。
家族が集められ、女は『イブにはサプライズがある』と言い残し最期を迎えた。
そして、この地方には滅多に降らない雪に彩られたクリスマス。
家族をはじめとする関係者に、女からのクリスマスカードが届いた。
『Merry X'mas』
とだけ書かれたシンプル極まりないソレから、各々が勝手に裏に秘められたメッセージとやらを深読みし、涙していた。
128:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:50:08.40:xZFmBXM/0
番組冒頭に出た家族写真には妹も写っていたが、彼女について番組で触れられることは一切ないまま進行。
女亡き後、両親は今も団体の活動にいそしみ、障害者の夢をかなえる活動を続けている。
女の思い出を胸に、他の子に対してもわが子のように親身に接している。
そんなナレーションで締めくくられていた。
129:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:51:50.24:xZFmBXM/0
~再びめぐってきた年末、墓地にて~
女の名が刻まれた真新しい墓に参る少女。
妹「あれ……? もうお花とお線香がある。誰だろ?
まだあの人たちの顔は見たくないから、団体の忙しくなるイベントの日を狙ってきたのに。
ま、いいか。
あたし、なんとか元気でやれてる。転校先で友達もできた。お話しするのまだ難しいけど、楽しい。
バスケ部にも入れて、レギュラーになった」
シンプルな封筒を取り出し、便箋を広げる。
妹「これのおかげ。ネットさせてもらえなかったアタシは知らないことばかりだった」
130:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:52:34.54:xZFmBXM/0
131:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:53:18.51:xZFmBXM/0
132:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:53:54.44:xZFmBXM/0
133:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:56:45.47:xZFmBXM/0
妹「中身も封筒の宛名も全部プリンターで打ち出したものだった。その宛名で気づいた。
これも、お姉ちゃんだったんだね。
クリスマスカードのソレと、文字の変換ミスの仕方や箇所とか消印がまったく同じだった」
妹「大会の日、八つ当たりしてゴメンね。久しぶりに、優しい言葉かけてくれたのに。
あの日から監視厳しくなって、ダイレクトメールの内容すら根掘り葉掘り聞かれるようになっちゃった。
クリスマスカードって、この手紙からお父さんやお母さんの注意をそらす為の囮だったのかな?
だったら、作戦、成功だよ。大成功だったよ」
妹「……変換ミス、多すぎ。修正、しなかったの?
キーボード打つのも、辛かったのかな?
それでも、アタシに教えるため、頑張ってくれたんだよね」グス
134:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:57:18.88:xZFmBXM/0
妹「おかげで、『精一杯に生きている障害児』の妹じゃなく、一人の人間、○○として生きれるようになった。
アタシを引き取ってくれた遠縁のおじさん、優しくしてくれる。いろんなこと、やりたいようにさせてくれる。
誰もそれを責めたりしない。ここまでやっていいの? ってアタシが怖くなっちゃうくらい」
ソヨ……
妹「うぐ……!? な、何このニオイ!?」
135:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:58:21.47:xZFmBXM/0
ゲホ! オエ!
妹「ふぅ……風向き変わった。何だったんだろ?
まあとにかく、アレからいろいろあった。
お父さんやお母さんや団体の気持ち悪い人たちと距離置いて、ゆっくり考えられるようになって、思い出した。
お姉ちゃんとの思い出、嫌なことばかりじゃなかったって。
今はちょっとだけ、こう思える」
深呼吸。
妹「アタシ、お姉ちゃんの妹に生まれてよかった。じゃあね、また来るから」
パタパタと走り去る。
136:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 22:59:16.81:xZFmBXM/0
~墓から離れた風上~
二人の男がその様子をじっと見ていた。
一方は白衣に身を包み顔をガスマスクで覆っている。
もう一方は、見た目は何の変哲もない、どこにでもいそうな男だった。
所長「会わなくていいのか?」
男?「色々な意味で、無理」
所長「そうか、そうだな。果たして、どちらが幸せだったのかな」
男?「どちら、って?」
所長「いろいろな意味で、ね。私の研究の主題から離れたが、なかなかに面白いデータが手に入ったよ。ありがとう」
男?「……どうも」
所長「これからどうする?」
男?「これから考えます。時間は、あるから」
137:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 23:02:33.88:xZFmBXM/0
女?「でもサポートの人の都合だってあるでしょうし」
俺自身は興味なんてないんだから、わざわざこんな体に鞭打ってまでやりたくもなかった。
会場に向かうのもおっくうだ。
職員「……? 女ちゃん、これまでそんなこと気にするような子じゃなかったのにどういう風の吹きまわし?
そもそも、障害者がそういったことに気を遣って萎縮して生きるなんてあってはいけないことなんだから……」ペラペラ
女の親が団体を通じて出版した手記を読んだから、女の考え方や言動は予測できる。
だが俺は、そんな女を演ずる気にはなれなかった。
手記、か。
俺が手記を出すならどうなるかな。
ゲホ! ゴホ!
某月某日
食物繊維がまだ不足かもしれない。
めかぶを毎食1パック追加。
某月某日
砂糖を一切断つ。
ジュース、お菓子の類は一切口にできなくなるが、別に支障はなし。
グェ! オエッ!
某月某日
肉を絶って半年。
周囲の反応は変わらず。
まだ肉断ちを続ける必要があるのか、それとも代替で食べてる魚や豆製品こそが元凶なのか?
某月某日
朝晩のジョギング距離を延長。
周囲の迷惑を考え、近場の山林を走ることにする。
クスクス ヒソヒソ ウワァ……
某月某日
腸内細菌の問題だろうか。
とりあえずヨーグルトの銘柄を変えてみる。
某月某日
新しいサプリメントを試してみる。
クドクド グチグチ
某月某日
親が付き合いきれないというので俺だけ完全に自炊することにする。
某月某日
親がしつこくトンカツを勧めてきた。
かつては好物だった特製ソースのトンカツ。
根負けして口にし……。
その後は書きたくない。
スンッ! グシュ!
某月某日
新製品のデオドラント、使い切る。効果なしと判断。
某月某日
先月導入した石鹸、使い切る。効果なしと判断。
消エロヨ トイウカ死ネ マジ迷惑ナンダヨ
某月某日
席かえのくじ引きで隣になった女子は悲鳴をあげた。
俺が来るかぎり登校拒否すると宣言。
俺が登校拒否、いや、登校を辞退することにする。
……これじゃ、手記というより日記というか日誌だな。
こんな日々が続き、隣町の心療内科を受診することになった。
距離が距離なのでやむを得ず電車に乗ることにする。
~駅~
ん? 前を歩いてた女の子がハンカチを落としたな。
俺「落としたよー」
って、しまった!
彼女は汚いものでも見るような目を向け、差し出したハンカチを受け取ろうともせず逃げていった。
……無理もないか。
席替えで隣になったクラスメイトだったんだから。
プルル……
母『お金の無駄なんだから、いいかげん治療なんて諦めなさい』
クドクドクドクド
ピッ
電源切るか。どうせ親以外にかけてくる人なんていないんだし。
ピロリロリン
アナウンス「間もなく列車が……」
ホームの隅っこ、風下側で待機。
乗るのは発車ギリギリまで待って、汗かかないようゆっくりと移動し、車両の隅に……。
ゲホ! ゴホ!
グェ! オエッ!
スンッ! グシュ!
神経にヤスリをかけられる気分だ。
風邪が流行っているわけでも花粉症の季節でもないのに、俺の周辺は咳と鼻すすりやえずく声に満ちている。
金髪の少女「You stink!」(鼻を摘み指さしながら)
子供ハ素直ダネーwww トウトウ言ッチャッタwww
わかってるよ、そんなの。
でもどうしろと。
内科や皮膚科でもある一点を除き異常は発見できず、面倒がられとうとう心療内科を紹介された。
その一方で自分でも対策を色々調べ、行ってるのに。
共に強烈な体臭を持ち、受け入れない社会が悪いなどと正当化に明け暮れていた男女。
互いに依存し傷を舐めあう形で暮らしていたふたりが、俺の両親だった。
そして、異なるメカニズムで発生するそれぞれの体臭を受け継いで俺が生まれたのだった。
案の上というべきか、心療内科ですら気のせいと一蹴された。
~自室~
TV『本日午後、某市某区にて自動車が歩道に突っ込む事故が発生。ドライバーは急にブレーキが効かなくなったと供述しており……』
字幕に、重体という文字とともに映っていた名前、それは……。
病院行くときに出会ったあの級友だった。
俺は一瞬だがこう思ってしまった。
『ざまあ見ろ』
最低だ。最低だ! 最低だ!!
散々買いあさった体臭対策の本の中に、こんな記述があった。
『生の証であり個性でもある体臭をことさら否定することは、自分の存在を否定することにもなる』
ふざけるな、なにが生の証だ、個性だ! と、怒りと共に放り投げたものだ。
だがそれは真実だった。
登校拒否したくなるほどの苦痛を与えたのに、その級友が事故に遭ったというニュースを見てほくそ笑んだ最低の男。
そんな俺を見事に表してるのが、どんなに対策を講じても吹き出てくるこの体臭だった。
こんな心の持ち主が、のうのうと生きているという証だったんだ。
脳裏に浮かんだ選択肢。
散々迷惑をかけているが、コレはよりいっそうの迷惑になるからと思いとどまっていた最悪のもの。
だが、これ以上ズルズル生き続けることこそが最悪の選択肢だという考えが膨らんでゆく。
天秤は、そちらへと傾いてゆく。
ピンポーン
……誰だろう? 親は……いないのか。
仕方なくドアを開けると、どこにでもいそうなバーコードのおっさんが白衣を着て立っていた。
ウグ ゲホ! オエッ!
セールスを追い返すことくらいにしか役に立たない体臭。
もう何度も経験したとはいえやはりこの反応には凹む。
……!?
おっさんは懐からガスマスクを取り出し装着した。
??「用意しておいて正解だった。少し話がしたいんだが。
あ、茶も菓子も出さんでいい、コレ付けながら飲み食いするのはちと難しいんでね」
ズカズカ
予想外の展開に呆然とし、追い出すことも警察呼ぶこともできないでいた。
名刺を差し出される。
TS総合技術研究所所長
某
俺「住所も電話番号もメアドも書いてないんですね」
所長「まあ、いろいろと不都合がありまして」
TSなる聞き覚えの無い単語。一体何の略なのか尋ねてもあとで説明するとはぐらかされた。
無論この名刺が本物であるという証拠はどこにもないが、その真偽に関わらずこんな名刺を持ち歩く男がまともであるわけがなかった。
所長「見せたいものがあるんだ」
USBメモリを差し出されたのでPCに差し込む。
その中にあったテキストは、とあるスレッドのログだった。
★体臭対策スレ(56)★
1 :病弱名無しさん:2010/01/05(火) 17:47:54 ID:pB2T+rAzP
体は毎日洗い、衣服も洗いたてのに着替えてるのにニオイが強烈で困ってる人のスレッドです。
所長「見覚えあるようだな」
俺「ああ」
所長「このIDのレスは君だろう?」
俺「匿名掲示板でも、その気になりゃ調べられるか」
所長「ツテが色々あってね。ここの回線だと特定できたよ」
情報交換したり、初心者にアドバイスしたり、時には愚痴ったり。そんな場所だった。
だが時折、困った人が侵入してくる。
『臭い奴は迷惑だから死ね』
なんて奴はまだ可愛げがあった。
『何で風呂入らないの? デオドラントぐらいしろよ、エチケットだろ』
などと、そんなんで治れば苦労はしない方法や、さんざん既出の方法を得意げに垂れ流されるのも、まだ許せる。
俺の親みたいに同じ価値観の者同士で傷を舐めあうばかりではなく、時には世間の本音を思い出す必要があるのだから。
だが、流石に次のタイプには閉口する。
このスレは体の問題について語り合う板に立てられていた。
そのため、重病人や障害者やその身内の目に止まることがある。
そして、
『五体満足なお前たちは恵まれてる。何でもできるじゃないか、甘ったれるな』
といった説教を始める。
正論である。だが俺たちがいったい何に苦しんでいるのかを何も理解していない。
だからひたすらに気が滅入る。
所長が指し示したスレ中盤で出てきた奴はその中でも強烈だった。
頻繁に障害者の美談を扱うアンビリーバ某という番組がある。
それで登場した、生まれつきの障害で苦しむ少女を引き合いに出して説教してきた。
所長「この日は祭りだったぞ、本人降臨って話題になってね。ほら、観察するスレッドも立てられている。
本人しか知りえない情報がこのIDの発言のそこかしこに見受けられたそうだ」
俺「俺に粘着していたこいつって、その本人だったのかよ?」
所長「ああ。そして彼女に対するこんな捨て台詞を最後に、この回線からのレスは無くなってるね」
923 名前: 病弱名無しさん [sage] 投稿日: 2010/09/11(土) 22:35:25 ID:g0hZ3Gsc
こんな状態でズルズル生きつづけるくらいなら、あの少女のほうがずっとマシだ。
ちゃんと人間扱いされるし障害のせいにしてどんなワガママも許されるんだからな。
代わってやれるなら代わってやりたいぜ。こんな臭い体でよければくれてやる。
俺「一体あんたの研究ってなんなんだよ? そもそも、こんなスレの住人である俺を捕まえて……。
って、まさか俺の体臭を治せるのか?」
所長「それはね……君自身が書き込んでいたことだが、
障害に苦しむ人を救うことに全力を注ごうとする研究者はいても、臭くて迷惑な奴を救うことに力を注ぐものなどいまい?
効果がありそうでないものばかり作って金巻き上げようとしてる奴だけだって」
俺「……ああ」
所長「私だってそうだ。そんなメディア受けしない研究なんてする気はない」
俺「じゃあどうしてここに?」
所長「私の研究は体臭対策ではないがメディア受けはするかもしれないし、ある意味では君を体臭から開放してやれる」
俺「……え?」
所長「君の最後のレス、あれを実現してしまおうと思ってね。
多少問題はあっても健康な体が手に入るならって彼女も乗り気なんだ」
俺の首筋にピストル型の器具が押し当てられ、液体が首筋に流れ込むのを感じた。
意識が暗転する中、脳裏にこんな単語が浮かぶ。
突 撃 厳 禁
とまあ、こんな経緯でこのおっさんに拉致され、奇妙な機械で女と繋がれ人格を入れ替えられて今に至る。
おっさんの名詞にあったTSとは性転換のことらしい。
~病室~
プルル……
男?『ねえ男、ちょっとどういうことコレ』
クドクドグチグチ
俺の体を手に入れた女だった。
やりたかったであろう外出、外食、スポーツなど、それを実行した挙句に迫害にあったようだ。
俺「確かに五体満足だ。でもそれだけだ。
足があるからどこへでも歩いていける。でも歓迎されるところなんてない。
手があるからモノを持てる、作ることができる。でも触れたものは汚物とみなされる。
エトセトラエトセトラ……。
どうだ? その体では確かにいろんなことができるけど、許されないことばかり。どうする? 元に戻るか?」
女『そ……その手には乗らないわよ! アンタみたいな甘ったれにこの健康な体は勿体無いわ!
アタシが有効に使ってあげる!』
プツッ
女は、体の問題で露骨に疎んじられる体験には免疫がなかったんだろう。
相当に参っているようだ。
だが、元に戻ろうという考えがちらついても、俺の捨て台詞で意地が復活するらしい。
前の体でも、この体でも問題なく楽しめる数少ない娯楽の一つはネットだった。
まちBBSを覗くと、奇妙な家族が起こした騒ぎの報告をいくつか発見した。
体臭持ちの家族が飲食店などに乗り込んで異臭を撒き散らす。
その挙句に、好きでこうなったんじゃないだの、迷惑だなんて差別だのと演説をぶちかまし、叩き出されるというものだった。
かつての俺の体で行動する女だった。
俺になった女は、俺の親とはうまくやっているらしい。
元々表面的なやり取りばかりになっていたから、親は俺の仕草やら何やらをよく覚えていないのだろう。
俺の親は、俺と真正面から向き合っていなかった。
俺の意志を無視して、無理矢理外食や様々な場所に連れ出した。
周りの迷惑を考え身を引く俺の生き方を両親は決して認めようとしなかったのだ。
体臭を不快に思う人は敵。
体臭対策は、自分が間違っていると認めることになる、という理屈らしい。
病室の本棚に、女の親が書いた手記が並んでいた。
女を演じる助けになると思い読んでみたが、どうも抵抗を感じる内容だった。
障害なんだから仕方ない、好きでなったわけじゃない。健常者はずっと楽な思いしてるんだから支援くらいしてくれ。
根底にはこういう思想があった。
この親と出版に関わった団体によって、女は物心ついたころから様々な支援を当たり前のものとして受け続けていた。
支援への感謝も迷惑かけたことへの謝罪も必要ない。
迷惑や負担だと感じる者は差別する最低の人間だ、と教育されてきたようだ。
そんな女だから、俺の親ともソリが合うのだろう。
俺の体臭の一方は手術で消せるものだったので、費用を稼ぐためバイトを試みたことがある。
大半は面接で門前払いを受け、どうにか雇ってくれた所でも客や仲間からのクレームが相次いだ。
それでも払ってくれた給料が手術代に達したものの、まだ未成年なので保護者の承諾が要る。
そして親は承諾など出してはくれなかった。
確かに、他の体臭は残る。まだ成長期だから再発の危険性もある。
でもやらないよりはマシだし、再発したなら再手術すればいい。
だが、そういう問題ではなかった。
父『あるがままの自分でいることを認めず文句言う奴らのため、なぜ自分の体にメス入れねばならないんだ!』
こんな人なのだ。
さりとてそんな事情で周囲の者が許してくれるはずもない。
そこで偽造した承諾書で手術を受けようとしたがバレて、医者にこっぴどく叱られた。
こういう経験から、世の中のルールやマナーといったきまりごとにはそれなりの必然性があること、ソレを破ればどんな事態が発生するかを多少は理解していた。
そりゃあ、従うのが困難な人はいるだろう。
だが、それは決して社会から弱者やマイノリティを締め出すために作られたものではないのだ。
女には妹がいて、親が書いた手記の中では、障害をもつ姉を恥じているとして妹の態度を批判していた。
だが、妹が恥じているのは障害そのものだろうか?
障害を理由に周りへの負担や迷惑を正当化する見苦しい態度ではないだろうか?
女に対しては、生まれてくれてありがとうなどと書いている。
しかし、支援してくれた人が団体の外部にもたくさんいるのに、その人たちに対する感謝の言葉はなかった。
負担や被害を受けた人もたくさんいるのに、その人たちに対する詫びの言葉もなかった。
むしろ敵視していた。
その人たちにも自分の夢や生活や他にやるべき仕事がある。人格がある。それなのに。
所長が見舞いにきた。
所長「男君、入れ替えた私が言うのもなんだが、その体での生活は辛くないか?」
俺「全然」
確かに、時折激痛が襲ってきたり吐き気やめまいに襲われることがある。
しかし、それだけだ。
堪えてさえいればいい。
できないことをやれと言われ、できないことを責められることなどない。
この体での生活は確かに不自由ではある。
でも以前とはあまり変わらなかったりする。
臭う体での外出は周囲の迷惑と直結していたため、外出を楽しむという思考はもともと消滅していた。
やりたいスポーツなどなかったから、体が自由に動かせなくてもさほど苦痛ではない。
かつての体では毎日ジョギングに明け暮れていたため体力は人一倍あった。
だが、それも運動不足が体臭の原因だと聞いたためだった。
そして効果がなかった。
まだまだ努力が足りないのか、それともこの方法が間違っているのかはわからない。
でもやらないわけにもいかなかった。
すぐ匂いが染み付く、腋が黄色く染まる。そんなこと考えたら衣服へのこだわりはバカらしくなった。
オナニーは男性ホルモンの分泌を促し、ソレは体臭悪化に繋がるという説があった。
だから、と禁欲してる間に性的なものへの関心が薄れていった。
そのためか障害による体力低下のせいかわからないが、女体を宛がわれてもこれといった衝撃も欲情もなかった。
将来の夢……考えても仕方なかった。
選択の基準は何になりたいか、から、何になれるかへと変わった。
まあ、こういう変化は誰でもあると思う。
だが俺の場合は更に、何なら許されるかへと選択の基準は変化していった。
仕事について真剣に考えれば考えるほど、清潔感が社会的にどれほど重視されるかを思い知らされ暗澹たる気持ちになった。
もともと会いたい人はいない。
親は、遺伝する可能性を指摘されてたにもかかわらず見切り発射して俺に臭い体を宛がった。
そのうえ迷惑の正当化に明け暮れ、俺にまでそんな見苦しい生き方を強要した。
そんな奴には恨みしかない。
友人なんていやしない、恋人など言わずもがな。
その人間関係の希薄さは、女と入れ替わっても変わらなかった。
彼女の両親は患者団体としての活動につきっきりのようだった。
一人目の子がこうだったから普通ってのがわからなかったんだろう。
女とは親子としてではなく、団体の人として接する時間のほうが圧倒的に長かったフシが伺える。
だから、話しても職員と親とで違いが全然感じられなかった。
それに女にも、友達も恋人もいなかった。
無理もない、こんな身勝手な思想に染まった人間とプライベートでまで付き合いきれない。
TVに出ていた友情と家族愛に満ちた光景はヤラセだったらしい。
俺「そんなわけで、俺は女の子と入れ替わったけどこのありさま。コレといって不自由も人間関係のドタバタも女になった驚きもない。
多分、所長が期待してるようなデータは提供できないです」
所長「……そうか。でも、食べられないのは辛いだろう」
俺「全然」
女の体は消化器官がすっかりボロボロになり、食べ物を一切口にすることなく点滴で命を維持していた。
だが、俺の好物はことごとく体臭に繋がると言われているものだったため除去していくうちに、食生活は非常に味気ないものとなっていた。
今ではもう味も思い出せない。
親にしつこく勧められ仕方なくトンカツを口にしたときは最悪だった。
かつては旨いと感じていた肉汁や油、ソースの香辛料といった味覚はまったく違うイメージを喚起した。
普通の人間なら問題なく消化吸収し排泄できるはずのものがニオイへと変化し、体中を駆け巡り毛穴から噴出する。
そう考えたらもう、胃にとどめておくことなどできなかった。
こうして、食事を楽しむという概念が消失した。
こんなありさまだったので、何も食べず点滴だけで暮らす今の生活は非情に楽だった。
あの臭う体で外食などもってのほかだったし、食卓を共にしたい人などいない。
楽しく話せる話題がない。
臭い体でも楽しいと思えることはオタクなものだけ、その状況自体が批判の理由となる。
そのうち、その限られた楽しみもオタク批判という罵倒の記憶と密接にリンクするようになっていた。
そんな話をしていると、妹が見舞いに来たと看護婦さんが告げた。
邪魔しちゃ悪いということで所長は退室。
しかし、どうしたものか。
妹「……」
憮然とした顔で着替えなどの入った紙袋を差し出された。
そりゃあ、色々やりたいこともあるだろうにこんな雑用で時間取られちゃ機嫌も悪くなるだろうな。
俺「えっと……無理に、来なくてもいいよ。こういう雑用こそ団体の人に任せればいいんだし」
妹「えっ……?」
この年頃の子が身内の世話で時間取られたら、部活も友達と遊ぶことも難しいだろう。
俺「やりたいこと、たくさんあるだろうしさ」
俺はもう関心なくなっちゃったことばかりだけど、妹まで巻き添えになって諦めることなんてない。
妹「な……何よ、今さら。もう、なにもかも終わっちゃったのに!」
バサァ!
俺「うわっ!?」
持ってきた着替えなどを病室の床に叩きつけ、彼女は出て行った。
俺「……無神経なこと、だったのかな」
所詮は他人の俺が言うことじゃなかったか。
ベッドから身を起こし、床に降り立つ。
この距離なら車椅子でなくても大丈夫だと思ったが、弱った脚は体重を支えきれずよろけた。
どうにか持ち直し、全身に重石をつけたような体に鞭打って、床に散乱したものを回収する。
だが完全にバランスを崩してしまい、点滴台ごと派手な音を立てて転倒した。
それを聞きつけたのか看護婦さんが血相変えて駆けつけ、俺を助け起こしてくれた。
かつての俺とは違うことを自分に必死に言い聞かせ、近寄られ体に触れられる不安感を堪え、ベッドに上げてもらう。
自分でやろうと無理して余計に手間をかけてしまったことを詫び、礼を言うと、看護婦さんは怪訝な顔をした。
飛び出していった妹のことを尋ねられ、何も聞かず家族にも何も言わないよう頼んだときも同様の反応だった。
看護婦「そうそう、チームの人も見舞いに来ましたよ」
俺「え!?」
バスケのか? もう話が進んだのか?
違っていた。
部長「……」
副部長「具合、どう?」
顧問「次の大会のことなんだけど」
俺「えっと……体調が、こんななんで。大会には間に合いそうにないです。チームからは外してください」
女はバスケだけではなくチアリーディングにも興味を示し、無理矢理に通っていた普通の学校でチアリーディング部に入部していた模様。
こういうことの引き継ぎ、ちゃんとやれよな、女。
部長「……やっぱり、こうなると思ってた」
顧問「ちょ、ちょっと」
部長「先生はまだいいですよ。私達が卒業してからも、新人を育て上げて大会に送り込むチャンスがいくらでもあるんだから。
その一回ぐらい、障害者に理解のあるアテクシを気取るために費やしてもいいって腹だったんでしょう?」
副部長「ちょ、そんな言い方」
部長「あなたは大会に大したこだわりがないから受け入れにも前向きだったけど、誰もがそうじゃないの。
なのに音頭とって、受け入れないとダメって空気にして」
そして俺を睨みつける。
部長「それに、女の回復を望んでないのかって責められるから、保険で女抜きの演技を練習しておくことも許されてなかったのよ?
登山にマラソン、演劇、バスケ、そしてチア。他にもいろいろ。
その手の番組見るたび感化されて自分もやりたいって駄々こねて、たくさんの人を振り回して。
その挙句にちょっと壁にぶつかったらすぐ投げ出して、体調やサポート不足のせいにして。もういい加減にして!」
バサァ!
俺「うわっ!?」
手にしていたファイルを床に叩きつけ立ち去る部長を顧問たちが追う。
副部長「……」ニヤリ
俺「……!?」ゾクリ
去り際の副部長の笑み……何だったんだ?
投げつけられたファイルを拾い上げる。
フォーメーションの図案だった。
車椅子に乗ったまま上半身だけでの振り付けを行う女を中心としたものだ。
実現できればそれなりに絵になる光景だろう。
それこそアンビリーバ某などの番組で扱われるような。
しかし、こんなふうに障害者が一生懸命やってるんですよーってアピールかまして、公正な評価になるだろうか?
陸上競技のタイムや距離みたいに計測して数字をはじき出す世界じゃないんだし。
それに、他のチームも変に後ろめたさを感じて実力出し切れなくなったりしないだろうか。
俺「ん……? 何だ? このメモ」
URLと意味不明の文字列があった。
とりあえずアクセスしてみるとパスワードを要求された。
試しにメモにあった文字列を入れると、ソレが通る。
1 : 好きな先輩ができちゃった・・・(3) /2 : 2組のお笑い担当とはだれだ(22) 3 : 物理担当○○を批判するスレ(28) / 4 : 思想が右によっちゃった♪(42) /
5 : こなちゃん(32) / 6 : ねぇ知ってる?(8) / 7 : 野球部=カスだと思っている人の数→(54) / 8 : 続 教員の不祥事(386)
俺「これは……学校裏サイト?」
スレッド一覧を見ていると、こんなスレタイが目に入った。
『女入学による被害をあげるスレ』
女によるトラブルが書き込まれていた。
学校行事などで、女のサポートのため様々な無理難題が吹っかけられていたという。
ん? どうして備品や施設の不備までこのスレに書かれてる?
無理矢理バリアフリーにする突貫工事が、物理的にも予算的にもあちこちで歪みを生んでるのか。
『世界轟天ニュースの予告見たか? 障害児が陸上だとよ』
『女の次のターゲットは陸上部に30000ぺリカw』
『勘弁してくれ、俺スポーツ推薦狙ってんだぞ。あんなののお守りで練習時間を食い潰されちゃたまらん』
『あー、家の事情あって学費出せねーんだっけ』
部長が言ってたな。その手の番組に感化されてたって。
『友達がここに入学するからって養護学校拒否してココ来たんだろ? 友達って誰よ?』
『入学でモメてた時、その友達とやらが受け入れの署名集めてもよさそうなものだがw』
『あー、番組の内容からすると私かも。席が隣だったから世話係にされてた。
差別だって責められるのが怖くて我慢してたら目をつけられちゃったんだよね』
『ご愁傷様。ナームー』
『クラス換えでも一緒にされたし、修学旅行も一緒の班にされた。色々やりたいことあったのに』
上の学年や学校に進めば部活や恋愛や受験で忙しくなって、世話係どころじゃないだろうにな。
『これというのも、妹が世話さぼってバスケにかまけてるせいだ』
ん……?
『今日は大会だったんだけどさ、あいつ、試合の直前になって呼び出されて抜けたんだよね』
『繰り上げで選手になれてよかったじゃん』
『そりゃそうなんだけどさw あいつ、確かに素質はあるんだよ。
しょっちゅう姉の世話で抜けてるけど、それでもわたしより上手いんだもの』
『でも肝心の試合で抜けるんじゃ意味ないじゃん。皆も迷惑なんじゃないの?』
『そもそも、今日も親が忙しいからアイツが世話するよう言われてたんでしょ? それなのにブッチして大会に出るなんて最低!』
世話といっても、たかだか着替え届けるだけだった。
そんなのこそ団体の人間にでもやらせりゃいいだろうに。
そもそも親の用事だって団体の講演会だったんだ。
『障害者がいる家庭に生まれた以上避けられんだろ。運命だ。その境遇は他所に投げず受け入れろ。
誰だって何でもかんでも自分の好きなようにできるわけじゃないんだから』
ソレを言うなら、障害者本人や生んだ親こそ受け入れるべきだろうに。
『天誅だ。部活なんかやめて介護に専念しろ』
http//……
『愛のムチ乙!』
『GJ!』
『いや、流石にこれはまずくね? でも乙w』
『妹がココ見たらガクガクブルブルだなw』
『あれ? しらねーの? あいつのケータイは通話機能のみ。ネットできねーんだよw』
何だ? このリンク。
写真……ズタズタに切り裂かれたシューズ!?
『通信エラー』
アクセスできなくなった。
証拠隠滅かなんかで移転したのか。
……もういい、十分にわかった。
女を無理矢理に普通学校に通わせたことで、生徒にとんでもない負担が発生していた。
だが差別だと責められるため、親や教師といった大人や本人に言うに言えない不満が蓄積。
そして坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理屈で、身内の健常者である妹が腹いせのターゲットにされた。
身内なのに世話をサボったということで、イジメは天誅などと正当化されている。
女にURLとパスを教えたのはこれを知ってほしかったからか。
見てしまった俺はどうしたらいいんだろう。
タレこんでも、もうこのURLは無効。
そもそも、妹への悪意はそう簡単に消えることなどないだろう。
これから大元の負担はなくなるが、一旦勢いがついてしまった悪意は止めようがない。
親の働きかけも期待できそうにない。
手記を読み返してみると、姉は辛い思いをしてるのだから、と、妹にも様々な我慢と負担を強いていた。
手抜きの食事、体調崩しても放置、自由を与えず介護と団体への関わりを強要。
姉や他の障害者たちはもっと辛い思いをしているのだから贅沢な悩みなんだそうだ。
えこひいきぐらいはあると予想していたが想像以上、もはやネグレクトというべき仕打ちだった。
親の主観で書かれているため、負担や迷惑を蒙った人の状況は軽く書き流されている。
だが俺の感想は大げさなものではないと思う。
しかし書いた親にしても出版に関わった団体にしても、障害児に過剰に感情移入して、一般社会と感覚が乖離していったようだ。
自分たちの要望を聞き入れてくれない社会を敵視し同じ価値観の者同士で傷を舐めあっていれば、カルト教団みたいになってもおかしくない。
こういう連中の思想に染まった親と、女。
やはり俺は、予想されうる女を演じることはできなかった。
俺のせいではないが、それでも妹に謝らずにはいられなかった。
自分のやりたいようにしていいと言ってやらずにはいられなかった。
そして、何もかもが手遅れだったのだ。
手記を出したり講演会を開いたり姉のワガママを叶えてやるための時間と費用はどれほどのものになるだろう。
ソレをほんの少しでも妹に回してやれば、あの子は他の家庭の子と同じような生活を送れたかもしれないのに。
学校や部活の仲間と築き上げる思い出はどれほどの価値をもつか。
大人になってからやればいいってものではないのだ。
第一、大人になってからやろうにもその頃には親は老いて、妹に介護の負担が集中し……。
いや、その問題については、幸か不幸か解決の目処が立っていた。
これから俺はどうすればいいのだろう?
俺が可能な限り自立して妹が自分の時間を持てるようにしてやっても、もう取り戻せないものが多すぎる。
それに、女に感情移入した世間や親が妹の自由を許さないだろう。
ヒントを探すためネットをさまよううちに、まちBBSが目に入った。
相変わらず、俺の体で女は騒ぎを起こしていた。
マラソンに出場し、モーゼの十戒のように選手の群れを掻き分けていたそうだ。
よし、いいだろう。
あいつがやりたいようにしてるんだ、俺もそうさせてもらう。
~翌日、性懲りもなく職員襲来~
俺「これ、見てください」
職員「なになに……? 小学一年のお子さんを持つ母親のブログか」
俺「夏休みの終わりに溜まった宿題片付けるのを見守ってますね」
職員「ははは、ウチもソレくらいの子がいてこんな感じだ。わかるわかる」
俺「角材やらなにやらをボンドでくっつけた工作も、まあそれなりのデキですね」
職員「この年齢の子が突貫工事で作ったってのがよくわかるw ところで……」
俺「もう一つ、見てもらえます?」
職員「ん? この前やってた大食い競争の番組か……」
俺「すっごく無駄なことしてますよね」
職員「ああ、女ちゃんみたいに食べられない人にとっては不愉快か」
俺「病気で食べられない人もいるし、貧困とか干ばつとかで食べられない人もいるし」
職員「そうだね。あの番組の費用をそういうのに回せばどれだけの人を救えるだろう」
俺「そう思いますよね。ああいうののお金や人手をそっちに回せばって」
職員「うんうん。番組だけじゃなく、国も公共事業とかで無駄遣いしてるんだし。そういうのも回せば」
俺「この前、箱モノとか批判してましたっけ」
職員「そうそう、採算とか全然考えないんだから呆れるよ」
俺「……これも、見てもらえます?」
職員「どれどれ。……!?」
・「殺して」と依頼受け……介護疲れの妹殺害で75歳兄に実刑 ○○地裁
・たんの吸引に手が回らず窒息
・軽度障害者、就労にれっきとした支障があるにもかかわらず障害者枠への応募不可
・予算不足の院内学級、体格に合わない車いすをやむをえず使用することも
・「障害で将来を悲観」 両親が息子を殺害 ○○地裁
俺「こういうの見たら、団体の人たちがやってることは難民を尻目に行われる大食い競争みたいに見えます。
バカ高い特注の車椅子をガツガツぶつけて傷だらけにしてしまえるほど体力有り余ってる人には協力できて、どうしてこういう人たちは助けられないんですか?」
職員「あ、いやその、そういうことはもっと専門的な知識が」
俺「今のあなたたちにできることで、助けられることはないんですか?」
身内にほんのちょっとでも休息を与えること。
部活やりたい妹のため、雑用は代わってやることとか。
職員「い、いや、こういうところではなく、もっと税金の無駄遣いはあるんだからそこから」
俺「さっき言ってた箱モノとか?」
職員「そうそう、それそれ」
俺「実は、さっき見せたブログ、私がでっち上げたものなんです。あちこちから素材集めてつぎはぎしました」
職員「え? どうしてそんなこと」
俺「小1の子供が突貫工事で作った工作とあなたが信じて疑わなかったモノ。このサイトからの転載なんですよ?」
職員「……授産施設!?」
俺「私より年上の人が作って、これは千円で販売してますね。
こんなのを本当に必要と感じて、この値段に納得して買う人っているんでしょうか。
採算というんなら、ココも箱モノと大して変わらないような気がするんですがw」
職員「あ、いやそのあの」ゴニョゴニョ
俺「障害者のスポーツとは全然違うお金ではあるでしょう。
でも、TV番組の制作費とヨソの国の難民救済ほどかけ離れたものでもないと思うんですが。
まずは今、障害者に使われてるお金や人手を見直したらどうです?」
職員「あ、用事があるからこれで!」
逃げていった。
俺の理屈も穴だらけだと思うんだが、言い返せないとは情けないな。
これ以上やると、妹が何か酷いこと言った可能性を疑いだすかもしれない。
自重せねば。
俺「……むなしい。俺、何やってるんだろうな」
そもそも、何がやりたかったんだろう。
あらゆる楽しみが周囲の迷惑や批判と繋がり、俺の苦痛になっていた。
楽しみを放棄することで心の平穏を得ていた。
楽しいことは治ってから考えよう。そう考え、治すことだけを考えていた。
だが、いざ臭わない体を手に入れたら……。
かつてはやりたいと思っていた何もかもが、長い体臭対策の日々で色あせ、もうどうでもよくなっていた。
それに対して抱いていた渇望の記憶は、まるで他人の日記を見ているような感覚だった。
錆付いた心は、何の意欲も見い出せない。
今のこの体でためしにやってみたら、気持ちは変わるかもしれない。
だが、そのためにどれほどの人を煩わせ未来を潰してしまうかを考えたら俺は到底楽しめない。
女は前向きな子だったらしいんだが、前しか見てなかったんだろう。
自分を足元で支えている人のことも、通せんぼして発生した後ろの大渋滞からも目をそらした結果、向いた方向が前だったんだ。
病室に飾られた写真の中には、山のなかでⅤサインするものがあった。
『登山遠足にて』とある。
妹のように障害児のきょうだいと思われる健常児も写っていて、一応は笑顔を浮かべていた。
しかし、某独裁国家で指導者を称える歌を歌わされる子供のような不自然なものだった。
果たして、ボランティアの人たちに神輿のように担がれ、山頂まで運び上げられることは登山と言えるだろうか。
俺が体臭対策のため走りこんでいた山道は、写真の山よりははるかに低い。
それでも、そこから見える景色にはそれなりの感慨があった。
たとえ、その光景を分かち合うことができる仲間がいないとしても。
しかし、自分の足で上り詰めたわけでもない山頂の光景に、どれほどの価値があるだろう。
大した達成感が得られないからこそ、女は次から次へと要求を突きつけ、エスカレートさせていったのではないだろうか。
~中庭~
気分転換のため外の空気を吸うことにした。
あまり出歩かなくなったことに医師や看護婦さんといった周りの人が心配しうざったかったのだ。
入れ替わってから接した人との間で違和感なら持たれた。
しかしソレは、謝罪やお礼をするようになった点くらいのもの。
それなりに深く関わっていた妹や部長、親や団体の人間とのやり取りすら、ただの気まぐれか何かとしか受け取られていない。
そういう意味では、女が可哀想に思えてきた。
面倒見る対象としてではなく、女のことを知ってる人間は、果たしてどれだけいるのだろう。
病室の隅にある箱に女宛の手紙がたくさん入っていた。
だがソレは全て番組や手記を見て感動した手合いや団体からのものだった。
直に接した人からのものは団体以外になかった。
番組に出ていた友人とされる人物からの手紙もなかった。
大事な手紙は、入れ替わったときに持っていったのならいいのだが。
ひたむきに生きる障害者と、それを支える一生懸命な家族。
そんなありきたりな幻想に現実を合わそうとした結果がこれだった。
物思いにふけっていると、目の前を松葉杖をついた女の子がゆっくりと横切った。
彼女がハンカチを落としたので拾い、声をかける。
俺「落としたよー」
既視感。
彼女は級友だった。
席替えで俺の隣になったときに悲鳴を上げ、登校拒否すると宣言。
駅前で今みたいに落としたハンカチを拾ってやったとき、汚いものを見るような目で俺を見て逃げていった。
今、その級友は俺の呼びかけに振り向き、照れながら侘びを言い、ゆっくりと体の向きを変えた。
交通事故で重態だとニュースで報じていたが、生きていたんだ。こうしてどうにか歩けるようになったんだ。
そのことを素直に喜べた。
ハンカチを持っていってやろうと車椅子の車輪に手をかけたが、
級友「ちょっと待って」
ドクン
避けられてる? 俺が臭いから?
でも今の俺は俺じゃない、あの体じゃないから臭くないはずだ。
ソウヤッテ都合ノイイヨウニ解釈スルンダ?
かつて、遠まわしな指摘や体臭によるリアクションを違う理由によるものだと解釈して、何度もトラブルを起こしていた。
アレヲ コウ解釈シタノカヨ 自己中ナンダヨオマエ
数々の罵倒の記憶がよみがえり嫌な汗が吹き出る。
鼓動が激しくなる。
動転していたら彼女がゆっくりと近づいてきた。
人との距離が狭まることに恐怖すら芽生える。
臭い迷惑な奴としての思考が染み付き離れない。
向こうから接近しているという現状すら、安心の根拠にはならなかった。
筋道立てて自分が臭くないと考える行為自体が、罵倒の記憶と密接にリンクしている。
この体は臭くない、今の俺は臭くない。
自分にそう言い聞かせ、彼女から逃げずハンカチを差し出す。
級友「よっ……と」
体重を無事なほうの脚にかけ、差し出したハンカチに手を伸ばしてきた。
彼女の硬い表情は俺の体臭を堪えてるためだと考えてしまう。
体のバランスに集中してるんだ、とどんなに理詰めで考えても不安が拭い去れない。
ソウヤッテ周リノ人ガ傷ツケマイト遠回シニ指摘シテクレテタノニ
自分ニ都合ノイイヨウニ解釈シテタヨナ
そのとき、彼女の松葉杖は重心の変化を吸収しきれなくなり、体が大きく傾いた。
グラ……
互いに目を見開き、脳をフル回転させ状況打破の方法を模索するも現実的な方法は見つからず、彼女の運命は重力に握られる。
視界を彼女の顔が占め、思わず目をつぶった。
ドタッ
ムチュ
唇に柔らかく暖かい感情が走る。
体全体にのしかかる柔らかい重みとぬくもり、倒れる松葉杖の音。
恐る恐る目を開くと、呆然とした級友の顔。
人とのふれあいって、いいものなんだな……って。
俺「……わっ!」
級友「ひえっ!?」
起き上がるのを支えなくては。
フニッ
胸触っちまった!?
俺「……うお!?」
級友「ひゃ!?」
フニッ
その仕返しなのか、俺の胸にも彼女の掌の感触。
俺「わひゃ!?」
級友「わ、わわわ」
またも互いに素っ頓狂な声を上げながらじたばたもがく。
彼女は身を起こそうとしてはバランス崩して改めて俺に覆い被さり、体をまさぐられてしまう。
俺「ちょ、ちょっと」
級友「ご、ごめ……きゃ!」
互いに体を自在に動かせない身の上なため、らちがあかない。
しかし誰かに支援の手を差し伸べられても困る。
傍から見ると相当に怪しい光景なんだし。
どうにか級友は体を起こして脚を立て直し、ふらつきながら近くにある木陰のベンチに座り込んだ。
顔は真っ赤だった。
おそらく俺もそうなっているのだろう。
俺の腹の上に彼女のハンカチを発見した。
級友「あ、そこにあったんだ。んしょ」
俺「待って」
車椅子をこいで彼女に接近。
俺「無理しない!」
しっかりとハンカチを渡し、見詰め合う。
そのとき、俺の体に妙な反応が発生した。
腹筋と喉が妙な痙攣を起こし、腹を抱える。
頬の筋肉が収縮した。勝手に妙な声が漏れる。
彼女も同じ反応をしていた。
いったいなんだろう、これは。
凄く懐かしい。
まだ俺が、他の皆と一緒にいることができた時代の記憶。
そうだ、俺達は、笑っているんだ。
人の失敗を嘲うのではなく、ひとつのおかしな出来事を当事者同士で共有し、笑っているんだ。
俺は今、楽しいと感じているんだ。
しばらくして落ち着きをとり戻したとき、俺は彼女の行動の真意に気付いた。
ハンカチを渡すため接近しようとした俺を静止したこと。
俺「リハビリ、そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」
なんでも自力でやろうと努力しているのだろう。
それだけ早く治ると信じて。
だが彼女は片手片足をまだギプスで固定し、頭も包帯が巻かれたまま。
素人判断だが、まだまだ安静にしているべきではないだろうか。
級友「そうも言ってられないよ、会わなきゃならない人がいるんだ」
俺「……恋人?」
だが彼女は赤面して慌てたりはせず、ただ苦笑して手を振る。
ドクン
コレは、ニオイを振り払おうとしてるんじゃない、否定してるだけだ。
ソウヤッテ都合ノイイヨウニ(略
不安を必死で堪える。
級友「ただのクラスメイトだよ。そう、ただの、クラスメイト」
俺「だったら見舞いに来てもらえばいいじゃない」
級友「……普通はそうなんだけどね。
でも彼の場合はちょっと事情があって、たくさん人がいるところに呼び出すのはよくないと思う。
だから、わたしが彼のところに行かなきゃならないの」
俺「……え?」
級友「わたし、彼にひどい事して、学校に来れなくしてしまったんだ。
どうしても生理的に受け入れられなくて、とんでもないやりかたで拒絶したの」
松葉杖を硬く握り、悲痛な顔で独白する。
俺「そ、そ、それって」
俺のこと!?
級友「それからしばらくして、偶然に彼と街で出会ったの。
さっきあなた、わたしのハンカチ拾ってくれたでしょ? あんな感じで、拾ってくれたのが彼だったの。
これは、謝るチャンスだと思った。
どんなに謝っても許してもらえないだろうけど、謝らなきゃって思った。それしかできないんだから」
俺「そ……そうだったんだ」
級友「……でも、ダメだった。逃げてしまった」
級友の顔は苦渋にゆがみ、嗚咽する。
いざ謝ろうとしても難しいだろうし、生理的な反応を抑えきれなかったんだろう。
あの時、逃げてゆく彼女になにか声をかけてやれば、こんなに苦しませることはなかったのかもしれない。
でも、なんと言えば?
今も、なんて言ってやればいいんだろう?
俺なんだけど俺じゃない、他人である女になってしまった今。
級友「……わたしが事故に遭ったのは、天罰かも」
俺「……!! 違う、違うって。そんなことない! そんな罰受けなきゃならないことなんてしてないって!」
重い体に鞭打って身を起こし、彼女の手を握ってやることしかできなかった。
~数分後~
級友「ごめんね。出会ったばかりで、いきなりヘビィな話しちゃって」
俺「そんなことない。少しでも楽になったなら、それでいいよ」
級友「……ありがと」
ありがとう、か。
その言葉を聞くのも久しぶりだな。
最後にそんな言葉をかけてもらったのはいつだっただろう。
級友「なんか、その……あなたには言わずにいられなかった。どうしてかな?」
どういうことだろう? 直感か何かで、中の人が俺だとわかったんだろうか。
級友「今さ」
俺「……え?」
級友「そのクラスメイト、自棄になって滅茶苦茶やってるの。わたしがひどいことしたせいで」
俺「そ……そんなことないんじゃない?」
体臭持ちの一家が揃って飲食店などに乗り込み、異臭撒き散らした挙句に演説ぶちかますあの騒ぎだな。
自棄になったんじゃなく女の人格ならではのことだと思うが。
級友「うーん……他の理由かもしれないけど、ほうって置けないよ。
体の問題だから仕方のないことなんだけど、いくらなんでもやりすぎ。
わたし、こうなったからこそ、わかるんだ」
脚のギプスを軽く叩く。
級友「手間かけたり迷惑かけちゃうことがある。もちろん、さっきみたいなのは初めてだけど……」
さっきの、激突し触れ合い揉み合いのしかかったり色々した光景が蘇る。
迷惑じゃぁ……なかったんだけど。
彼女は咳払いした。
ドクン
落ち着け、俺。前後の状況から判断しろ。
俺が臭くて咳したんじゃない。
気まずい話から切り替えるためだ。
ソウヤッテ都合ノイイヨウニ(略
級友「仕方のないことだし好きでなったわけじゃない。
でも迷惑した人だって好きで迷惑かけられたわけじゃないし、好きで出会ったわけじゃないんだよね」
俺「……そうだよね」
俺と一緒のクラスになった人、同じ電車に乗る羽目になった人、その他もろもろ。
好き好んでニオイの射程に入った人なんていないんだよな。
級友「私を撥ねた車も、設計ミスだったとかでリコール騒ぎになってた。でも前々から異常は発生してたんだって」
俺「あー、なんかニュースで見た」
級友「好きで設計ミスしたんじゃないだろうし、ドライバーだって好きでそんな車に乗ってたわけじゃない。
だけど、乗らないって選択肢はあったんだよね」
俺「確かに」
級友「さっきの私もそう。無理しないで、あなたに差し出してもらったハンカチを素直に受け取ってればあんなことにはならなかった。
迷惑かけない選択肢は、あるんだよ。
ナニナニだからしょうがない、そういう人がいたんだからしょうがない。
そんな責任転嫁のドミノ倒し、自分のところで止めなきゃ」
俺「そう……だね。そう、だよね」
そのとき、駆け寄ってきた看護婦さんが級友に呼びかけた。検診の時間らしい。
級友はゆっくりと立ち上がり、松葉杖のグリップから手を離し力強く拳を握った。
級友「だから、謝ったあとはガツンと言ってやるんだ。キミは間違ってるって、皆と仲良くやってく方法を考えようって」
グラ……
腋だけでの支持はうまくいかず、彼女はまたもバランスを崩す。
だが看護婦さんに支えられ、さっきの強烈なスキンシップの再現にはならない。
それを残念がっている自分に戸惑いながらも、言わずにはいられなかった。
俺「それなら、少しでも早い方がいいんじゃない? 手紙とか電話でも気持ちは伝わるよ」
あのニオイは、信念なんかで乗り切れるものではないと思う。
級友「うーん……彼の場合、間接的なやりかたじゃダメだと思う。
安全圏にいるからそんな奇麗事が言えるんだって頑なになっちゃうかも」
嬉しかった、そこまで考えてくれてるんだ。
実際、かつての俺ならそうだったと思う。
俺「……ありがとう」
級友「え? どうして、あなたが礼言うの?」
げ!? 俺は俺じゃなかったっけ。
俺「な、なんか、その……あなたには言わずにいられなかった。どうしてかな?」
彼女の台詞をそっくりそのまま拝借して誤魔化す。
しばし見詰め合ったあと、笑った。
級友「……よくわかんないけど、わかった。
いざとなったらまた逃げちゃうかもしれないけど、それでも頑張って、少しでも近くに行って話そうと思う。
それが、わたしの誠意だから」
俺「が、頑張ってね」
級友「うん、またお話しようね」バイバイ
俺「あ……うん、そうだね」バイバイ
ゆっくりと歩いてゆく彼女を見送る。
充分に受け取ったよ、級友の誠意。
もう不安はない、俺じゃなく女にこそ級友の言葉が必要だ。
あいつにもきっと、君の気持ちが届くと思う。
級友ならきっと、女の本当の友達になれる。
中庭のベンチ脇に一人で取り残された。
男性「いい天気だな」
お婆さん「そうねえ」
車椅子に乗ったお婆さんを押す男の語らい。
子供A「食らえ!」
子供B「なんの!」
子供C「そらそら!」
一方は松葉杖をつき、もう一方は車椅子に乗って、残る一人は普通に立って。
それぞれの状況などお構いなしで元気にボール遊びするパジャマ姿の子供達。
語らいも喧騒も、遥か遠くに聞こえる。
これまでは、周りに誰もいない状況に安らぎを感じていたものだ。
だが今は妙に心細い、物悲しい。
もっと、級友と話していたかった。
いや、何も話さなくても、ただ傍にいてくれるだけでもよかった。
俺「そうか……これが、寂しいって気持ちなんだな」
錆び付いた心の歯車が回りだす。
色々な気持ちを紡いでゆく。
ソヨ……
そよ風が吹いた。
俺「……!!」
流れる体臭で風下の人に迷惑をかけてしまう!
俺「……って」
もう俺は臭くないんだった。
自分は臭い迷惑な奴だという思考がしつこく染み付いて離れないことにただただ呆れた。
目をつぶり、改めてそよ風に身をさらす。
着衣や髪が風でさわさわと揺れる。それがくすぐったい。
俺はコレまでとは全然違う姿になってるんだとようやく理解した。
級友との強烈なスキンシップで芽生えた火照りがまだ体内でくすぶっていたが、それを風が優しく奪い去ってゆく。
そよ風とは心地よいものだと実感した。
皆と同じように、この風を心地よく感じることができる。
皆と同じ空の下で、同じ風を感じることができる、許される。
もっとこうしていたい。そう感じた。
かつての俺が参加していた体臭対策のスレッドにあったやり取りを思い出す。
万策尽き果て、汚物扱いでどこにも居場所がない現状に絶望し、もう死にたいと述べた人がいた。
ソレに対し「死んだら何もかも終わりだ」と奇麗事を浴びせた人がいて、他の住人からの集中砲火が行われていた。
俺も、その砲火を放った一人だった。
だが今、その奇麗事の意味を理解した。
俺「終わりなんだよな。死んだら、何もかも」
そよ風の心地よさを思い出すこともできなかった。
笑うこともできなかった。
ありがとうと言ってもらうことも、こちらから言うこともできなかった。
寂しいという気持ちを思い出すこともできなかった。
たったひとりだけなのかもしれない。
いざニオイの射程に入れば吹っ飛ぶ程度の覚悟でしかないのかもしれない。
それでも俺への仕打ちを済まなく思い、少しでも歩み寄ろうと考えてくれる人がいることにも気付けなかった。
心の歯車は加速する。
ある気持ちを、この体では抱いても辛くなるだけとわかっているのに、ある言葉を紡いでゆく。
俺「なんだよ……今さら、どうして」
入れ替わったあとの検査入院で判明した、この体に残された時間。
それについて医師から告げられても抱くことがなかった気持ち。
『生きたい』
硬く拳を握る。
腕の筋肉が収縮し、点滴針が刺さった部分から激痛が走る。
まだ今は生きている。
ソレを実感しながら、とめどなく涙を流していた。
~学校裏サイト、移転先にて~
『部長イビリ出し成功イェイ!』
『転校に追いやるのはやりすぎじゃない?』
『そこまでやる気はなかったけどね。ちょっと大人しくしてくれれば十分だったのに』
『打たれ弱すぎw』
『部長派の連中って、大会への必死さがウザかったんだよね』
『アタシらダイエットが目的だったから、まったりやりたかったんだっての』
『これで部長派も大人しくなるでしょ。というかこれからはアタシらが部長派かwww』
『女への暴言、イメージダウンの役に立ったね』
『ショーガイシャのこと、迷惑だの負担だのとただ疎んじるんじゃなく、したたかに利用して要領よく生きなきゃw』
~某学校~
かがみ「だよね~臭いよね~」
つかさ「臭いね~」
元部長「あ、そうだねー」
ガツ……ガツ……
??「転校生ってあなた?」
元部長「え? うん」
??「前の学校でチアやってたって聞いたんだけど」
元部長「……!? あ、そ、そう……だけど」
(女に言ったこと、尾ひれはひれつけて垂れ流されて、ココにまで広まってるの!?)
ガクガクブルブル
部員「ここのチアに入ってくれない?」
元部長「……え?」
部員「私、事故で足がこんなになっちゃったからさ。でも皆で考えたフォーメーション、変えたくない、諦めたくない」
元部長「飛び入りの私がそこに入っちゃっていいの?」
部員「自分の手でやることなんてたいした問題じゃないよ。私や皆が念入りに考えたんだもの、あれを形にすることが肝心だから」
元部長「……私でよければ」
部員「ありがとう!」
元部長「私も……ありがとう」
~院内学級~
子供B「車椅子のフレームに腰が当たって痛い……」
教師「B君もずいぶん大きくなったもんな」
子供B「……ごめんなさい」
教師「くぉのバカチンがぁ! 成長したこと謝るやつがあるか!」
子供B「でも、新しい車いす買うお金もないし……」
教師「あー、そうだったな。
(子供にそんな心配させてどうするんだよ俺orz)
仕方ない。A君のを使うか」
子供B「でも……」
教師「A君も、B君に使ってもらえるなら喜ぶさ」
子供B「……わかった」
~それから数ヵ月後~
『感動のアンビリーバ某
少女が起こしたイブの奇跡』
TVにて、そんなタイトルで女の生涯が語られた。
家族写真を背景に、生い立ちや病状などが説明される。
女は困難に負けず、様々なチャレンジを繰り返していた。
入校を拒む校長や迷惑だという人を悪者として扱い、団体の人や学校関係者の好意的なコメントとともに番組は進む。
そして年末、女が入院先の売店近くで倒れているのが発見された。
家族が集められ、女は『イブにはサプライズがある』と言い残し最期を迎えた。
そして、この地方には滅多に降らない雪に彩られたクリスマス。
家族をはじめとする関係者に、女からのクリスマスカードが届いた。
『Merry X'mas』
とだけ書かれたシンプル極まりないソレから、各々が勝手に裏に秘められたメッセージとやらを深読みし、涙していた。
番組冒頭に出た家族写真には妹も写っていたが、彼女について番組で触れられることは一切ないまま進行。
女亡き後、両親は今も団体の活動にいそしみ、障害者の夢をかなえる活動を続けている。
女の思い出を胸に、他の子に対してもわが子のように親身に接している。
そんなナレーションで締めくくられていた。
~再びめぐってきた年末、墓地にて~
女の名が刻まれた真新しい墓に参る少女。
妹「あれ……? もうお花とお線香がある。誰だろ?
まだあの人たちの顔は見たくないから、団体の忙しくなるイベントの日を狙ってきたのに。
ま、いいか。
あたし、なんとか元気でやれてる。転校先で友達もできた。お話しするのまだ難しいけど、楽しい。
バスケ部にも入れて、レギュラーになった」
シンプルな封筒を取り出し、便箋を広げる。
妹「これのおかげ。ネットさせてもらえなかったアタシは知らないことばかりだった」
75 名前: ななしのいるせいかつ [sage] 投稿日: 2009/09/15(火) 18:46:30
池沼兄の面倒なんてみたくねー!!
もう死にたい。
というか殺したい。マジで。
どう考えても、今の生活より少年院のほうがマシだし。
76 名前: ななしのいるせいかつ [sage] 投稿日: 2009/09/15(火) 20:12:14
自分の手汚さなくてもいいって、もちろん死ぬこともない。
扶養義務の規定とかよく調べてごらん。
238 名前:マジレスさん :2007/07/04(水) 11:19:38 ID:YB+r5wEe
親がアレだったこともあって皆と話すのに苦労する。
日常会話も地雷踏まれまくりでさー。
242 名前:マジレスさん :2007/07/04(水) 19:33:24 ID:FYcAe6gr
要領よくかわしたりぼかしていくしかないさ。
俺の経験では……。
724 名前:マジレスさん :2010/08/17(火) 14:20:11 ID:qk4UuOGW
親がカルトにはまってると相談したところ、相談相手もカルトの信者だったでござる。
の巻き。
726 名前:マジレスさん :2010/08/17(火) 19:12:15 ID:cKmP12SY
うわぁ……ご愁傷様
ナームー
相手を慎重に選ぶとともに、情報は小出しにするしかないな。
515 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2010/12/20(月) 02:16:14 ID:PLsxH1Fc
殴られるし責められるし、それでも面倒見なきゃならないし。
私、何のために生まれてきたんだろう……。
518 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2010/12/20(月) 12:33:18 ID:ruJ8+73V
兄の障害は、あなたの責任ではない。
あなたには正論を振りかざした周囲の人と同じように青春を謳歌する権利がある。
あなたがやりたかったこと、他の皆は誰に気兼ねすることなく楽しんでるでしょ?
たまたま身内が障害者というだけで後ろめたさを感じることなんてない。
522 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2010/12/20(月) 16:30:38 ID:H5c4PFaR
逃げちゃえ逃げちゃえ。
あなたの境遇、保護責任者遺棄致死に該当するような。
児相に駆け込んだらどうにかなるかも。
虐待と認定されなかったとしても、個人レベルで夜逃げする方法はあるよ。
妹「中身も封筒の宛名も全部プリンターで打ち出したものだった。その宛名で気づいた。
これも、お姉ちゃんだったんだね。
クリスマスカードのソレと、文字の変換ミスの仕方や箇所とか消印がまったく同じだった」
妹「大会の日、八つ当たりしてゴメンね。久しぶりに、優しい言葉かけてくれたのに。
あの日から監視厳しくなって、ダイレクトメールの内容すら根掘り葉掘り聞かれるようになっちゃった。
クリスマスカードって、この手紙からお父さんやお母さんの注意をそらす為の囮だったのかな?
だったら、作戦、成功だよ。大成功だったよ」
妹「……変換ミス、多すぎ。修正、しなかったの?
キーボード打つのも、辛かったのかな?
それでも、アタシに教えるため、頑張ってくれたんだよね」グス
妹「おかげで、『精一杯に生きている障害児』の妹じゃなく、一人の人間、○○として生きれるようになった。
アタシを引き取ってくれた遠縁のおじさん、優しくしてくれる。いろんなこと、やりたいようにさせてくれる。
誰もそれを責めたりしない。ここまでやっていいの? ってアタシが怖くなっちゃうくらい」
ソヨ……
妹「うぐ……!? な、何このニオイ!?」
ゲホ! オエ!
妹「ふぅ……風向き変わった。何だったんだろ?
まあとにかく、アレからいろいろあった。
お父さんやお母さんや団体の気持ち悪い人たちと距離置いて、ゆっくり考えられるようになって、思い出した。
お姉ちゃんとの思い出、嫌なことばかりじゃなかったって。
今はちょっとだけ、こう思える」
深呼吸。
妹「アタシ、お姉ちゃんの妹に生まれてよかった。じゃあね、また来るから」
パタパタと走り去る。
~墓から離れた風上~
二人の男がその様子をじっと見ていた。
一方は白衣に身を包み顔をガスマスクで覆っている。
もう一方は、見た目は何の変哲もない、どこにでもいそうな男だった。
所長「会わなくていいのか?」
男?「色々な意味で、無理」
所長「そうか、そうだな。果たして、どちらが幸せだったのかな」
男?「どちら、って?」
所長「いろいろな意味で、ね。私の研究の主題から離れたが、なかなかに面白いデータが手に入ったよ。ありがとう」
男?「……どうも」
所長「これからどうする?」
男?「これから考えます。時間は、あるから」
この物語はフィクションです。
作中に登場する人物、団体、事件、番組、疾患、書籍等の設定は全て架空のものです。
実在する人物、団体、事件その他もろもろとは一切関係ありません。
あなたの健康と信用を損なう恐れがありますので作中に描写された内容の鵜呑みには注意しましょう。
社会のルールとマナーを守りましょう。
凶悪な電波を受信したので、大昔に某所で発表したものを再構成してみました。
保守してくれた人、続きを気にしつつも堪えきれず寝てしまった人、ありがとうございました。
138:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 23:03:48.03:Q/ODW5rw0作中に登場する人物、団体、事件、番組、疾患、書籍等の設定は全て架空のものです。
実在する人物、団体、事件その他もろもろとは一切関係ありません。
あなたの健康と信用を損なう恐れがありますので作中に描写された内容の鵜呑みには注意しましょう。
社会のルールとマナーを守りましょう。
凶悪な電波を受信したので、大昔に某所で発表したものを再構成してみました。
保守してくれた人、続きを気にしつつも堪えきれず寝てしまった人、ありがとうございました。
乙
139:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 23:04:51.79:kn/VMItQ0大層乙である
140:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 23:05:45.81:z9as0eMK0乙かれさん
141:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/19(日) 23:17:22.66:trKH53nPOなんか引き込まれた
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