1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 20:52:25.63:DYC1JG0i0

梓「まず、律先輩のお葬式の様子をお話しようと思います」

 
2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 20:56:12.13:DYC1JG0i0

梓「律先輩がお亡くなりになられたのは、1969年の8月初頭のことでした。

   死因?私もよくわかりません。ああ、これがその時の新聞です。
   
   ほら、ここに小さくかかれているでしょ?とにかく、亡くなったことだけが告知されて私は驚きました。
   
   お葬式が執り行なわれるのは、8月15日だということで、私はしぶしぶ夏休みの大事な日を彼女の冥福のためにあてることにしました。
   
   え?ひどいって?ええ、そうでしょうね。でも、死んでしまった人間を今更のように、死後の幸せまで祈るのは滑稽でして……
   
   ああ、お葬式がそのような意味だけではない、複雑な営みだというのは知っているつもりですよ」

 
3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 20:59:45.11:DYC1JG0i0

梓「私は、その時夏フェスを見るために、唯先輩とアメリカにいました。
   唯先輩はすごく楽しみにしていましたが、律先輩の訃報を聞くと、一目散に日本へ帰国してしまいました。

   葬儀に出るためじゃありませんよ。だって、律先輩のお葬式は、サンサルバドルで行われるのですから。
   
   何のために唯先輩が日本に帰ったのかは、はっきり言ってただ彼女が混乱していたからとしか言いようがありません。
   律先輩の死に関して、非常に冷静であった私は、各種の手続きをNYで済ませてから、エルサルバドルのサンサルバドルへ向かいました。」

 
4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 21:04:56.70:9XeyneSDO
最初っから不可解すぎるww

 
5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 21:07:17.02:DYC1JG0i0

梓「サンサルバドルの街並みは、ずいぶんと薄汚れていると聞いていましたが、律先輩の葬儀にあわせて、汚いものは隠されていたようでした。

   たとえば、人間の死体とか……知っていますか?あっちの方じゃ、人間の命は1centコインよりも軽いんですよ。地球どころの話じゃあない。
   
   大通りには、礼服を着た軍人たちが立ち並び、丘の向こうでは、アメリカ陸軍の砲兵隊による礼砲の準備が着々と進められていました。
   
   数日間、絶好の晴天が続くようで、律先輩の葬儀は湿ることなく行われそうだと、とある市民が教えてくれました。
   
   私がサンサルバドルに到着したのは、8月10日のことでした。
   
   律先輩の葬式は、国葬以上の待遇……人類の威信をかけて行われる、ある点でアポロ計画以上の熱意を持って開かれるのです」

 
7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 21:13:19.84:DYC1JG0i0

梓「8月15日の、早朝、丘の上の大砲から、21発の礼砲が打たれました。青空には、白い煙の柔らかい雲が浮かび、私は小学生の頃の運動会の事を思い出しました。

   青空には、飛行機一つと飛んでいません。アメリカが太平洋に2つ、カリブ海に1つの空母を浮かべているせいで、ホンジュラスもキューバもエルサルバドルには侵攻することができませんでした。
   
   街中の人が黒い喪服姿で、通りに並び、道をあけ、これから砲車に載せられて市中を曳き廻される(!)律先輩を待っています。
   
   正午、再び21発の礼砲が打たれました。
   
   ガウディのサグラダファミリアを模して建てられた、エルサルバドル随一の大聖堂が、釜の側面を引っ掻き回すような大きな鐘の音を鳴らし、律先輩の葬儀が始まりました。
   
   私は学生服を着て、大聖堂の中の来賓席で、街路を埋め尽くす人間を見下ろしながら律先輩の到来を待っていました。」

 
8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 21:22:57.88:DYC1JG0i0

梓「残念なことに、桜高けいおん部から参列したのは私だけでしたが、生徒会長の和さんも来賓席に座り、隣のおばさんとお喋りをしていました。

   私はこの時、無知と迷蒙の塊だったので、その少し品のあるだけのおばさんが、24カ国の国家元首の称号を持つ人間だとはてんで気がつかなかったのです。

   知っていれば、"How do you do?"くらい、話しかけたのに。
   
   私はその来賓席の最前列に座り、音楽隊の演奏を聞いていましたが、だんだんと飽きてきて欠伸が出てしまいました。
   
   ふと、来賓席の後ろを見ると、少し空席が目立ち、いや、暑苦しい礼装をした権威の象徴達が雁首を揃えて律先輩の到着を礼儀正しく待っていたのですが(和さんも含め)、
   肝心の"権力"は退屈したのか席をはずしていました。
   だから、私もお手洗いに行くと、その上品なおばさんや白い法衣をいかめしく着込んだ柔和な男性、そして背の低い"人間"に伝え、私は席を立ちました。」

 
9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 21:29:03.59:DYC1JG0i0

梓「便所の前には、小さなガラスの鶏小屋のような喫煙所がありました。

   なぜ、分煙や禁煙が騒がれていないこの時代に、こんなオーパーツじみたものがあるのかはわかりませんが、そこで数人の権力者たちが猥談をしながら煙草を吸っていました。
   
   ソビエト最高会議幹部会議と党委員会書記長を兼ねたレオニード・ブレジネフ、合衆国大統領リチャード・ニクソンが、"いったい、けいおん部の中で誰が一番セックスが上手か?"という、
   しょうもない話で盛り上がっているにいたり、私はこの世界がいずれ滅亡するのではないかという危機感に襲われたのを正直にお伝えします。
   
   ただ、私がその煙のこもった鶏小屋に入ると、二人の最高権力者は気まずそうに黙りこくってしまいました。
   
   どうやら、この片方の大虐殺者は私の事をセックスの上手な女だと思い込んでいたようで、私はいささか呆れてしまいました。
   
   このような連中も、将来絶対国葬されるのかと思うと、涙が出そうになりました。」

 
11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 21:35:29.93:DYC1JG0i0

梓「合衆国大統領は、ソビエト最高指導者の隣で静かに座っていた、フィデル・カストロに貰ったのか、コーイバをふかしていました。

   彼は、私にもそれを勧めましたが、私は断りました。葉巻は私の口で咥えるには太すぎるのです。

   そのようにして率直に断ると、男達はブレジネフを小突くようにして下卑た笑いを浮かべました。
   
   ああ、なんとなくその意味が分かり私は自分に対して嫌悪感をいだいてしまいました。」

 
13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 21:43:45.60:DYC1JG0i0

梓「喫煙所の、青磁器のような羽の換気扇が、権力者達の頭上で甲高い音を立てて回っていました。

   私は便所に行く前に一服するつもりでした。
   
   外套のポケットから、煙草を取り出し、ガスライターで火をつけ、ガラスの壁に寄りかかりながら、煙を見つめていると奥から声をかけられました。
   
   "そろそろあなたのご友人が、扉の前にやって来るのではないでしょうか?"
   
   その髭を生やして襤褸をまとった薄汚いユダヤ人が私にそういって、喫煙所から出ていこうとした時、そこに居座っている権力者たちは彼を見て見ぬふりをして煙をふかし続けていました。
   
   なぜこんな男が、場違いな鶏小屋にいたのかはわかりませんが、私は吸いかけの金鵄を床に落として、便所に行くこともやめて彼についていくことにしました。」

 
14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 21:58:36.28:DYC1JG0i0

梓「彼ならば確実に来賓席が用意されているだろうと思っていましたが、意外なことに彼は階段を下り、人民が蠢きあう街頭に出ていきました。

   人々は誰も気がつかず、遠くで砲車に引き立てられている棺に入った律先輩を望むことも諦めてみな、静かに頭を垂れていました。
   
   ただ、唯先輩そっくりだった、5歳くらいの小さな女の子が、背伸びをして、必死に律先輩を見ようとしていたのを見て、私は心のなかに、この世界のどうしようも無い側面が発露してきたのを感じました。
   
   彼は黙って、人民の中で、人民に混じって、律先輩の葬儀に参加していました。
   
   誰も彼のことを気に止めません。私はやるせなくなって、地面から飛び降りてしまいたくなりました。
   
   律先輩は手順通り、大聖堂の前に運ばれ、最後に礼砲がまた21発打たれようとしていたその時でした。
   
   青空から雨がぽたぽた降ってきたかと思うと、それは突如スコールとなって、まるで街が川に飲み込まれたみたいな大騒ぎになりました。
   
   これでは礼砲は湿気って打てないだろう、いや打てたとしても、だれもその音に気がつかないだろうと私は思いました。
   
   このようにして、律先輩の葬儀は終了したのです。」

 
15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:03:46.09:DYC1JG0i0

   
澪「ふうん。そんな事があったんだな。」
   
梓「ええ。ところでなぜ、律先輩の葬儀に澪先輩は参加されなかったのです?」
   
澪「うん。だって、1969年なんて、私はまだ生まれていないよ」
   
梓「ごもっともですね」
   
澪「ところで、この話は、梓の創作か?それとも本当にあった出来事なのか?」
   
梓「……それは重要な問題ですね」

 
16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:12:29.01:DYC1JG0i0

澪「ああ。これはギリシア悲劇と同じくらい、深刻な問題だぞ!」
   
澪「まず梓に礼を述べなければな。わざわざ教えてくれてありがとな」
   
梓「いえいえ、どういたしました」
   
澪「さて、まずこの問題を討論する前に私の、人生に対する考えを述べさせてくれ」
   
   (このように、往々にして、本当に重要な問題は棚上げされていくのである)
   
澪「ふむ。まずは眼の話をしようか。それが人生という……」
   
梓(他人の人生論を聞かされるほど、退屈なものはありませんが、澪先輩のような人間はどうやらそれを語るのが大好きなのです。)
   

 
17以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:19:35.83:DYC1JG0i0

澪「おい!梓、今私を批判しただろ!
   そうだ、ならまずは批判の話をしようか。人生や哲学において批判の重要性は……」
    
梓「いえ、別に澪先輩を批判したり、よもや否定する予定はないのです。

   ただ、眼の話、というのは気になりましたね。ええ、それはジョルジュ・バタイユの小説のことでしょうか?

   (人生論を語られるくらいなら、文学論のほうがまだマシだ。でも時に思うけど、人生論を語ることのできない人間にどんな価値があるんでしょうか?)」
    
澪「チッ。(舌打ちをしてしまった!私はそのことに対して再び舌打ちをかましたくなった。)

   まあ、ごめん。ちょっと話がずれていきそうだな……

   ふむふむ。バタイユね、かつて文芸部を志願した私にとっては容易い問題でもあるが、同時に難解な問題でもある。

   ところで梓は、サルバドール・ダリの絵を見たことがあるのか?」

 
18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:23:49.56:DYC1JG0i0

澪「私と律の関係は、まるでバタイユとダリの関係のようだったなぁって思うのさ」
   
梓「ニーチェ、じゃないんですか?澪先輩はどうやら律先輩の影響を受けて育ってきた節があります。なら、バタイユとニーチェの関係じゃないんですか?」
   
澪「……いや、律はダリだよ」
   
梓(奇行が多い所が、ですかねぇ!でも、律先輩はダリほどの人間だったんでしょうか?いや、ダリは律先輩ほどの人間だったんでしょうか?)
   
澪「梓が反感を抱くのもわかる。なら、梓は、そう、ヒットラーそっくりだ。お前は、異質なんだよ。だって、ひとりだけの下級生じゃないか。この点で梓はヒットラーになりうるよ。」
   
梓「なら澪公は太陽肛門だ!」
   
   
※私はバタイユもニーチェもあまり詳しくありませんので、その哲学的な問題に踏み込むのはよしにします。

 
19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:24:30.34:9XeyneSDO
けいおん10期ぐらいだったらこんな雰囲気かもな

 
20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:36:55.52:DYC1JG0i0

紬「よく巷で語られるお話を、梓ちゃんにしてあげる。

   これは本当に、私からすると、腹が立つというよりも、不安に胃が捻転してしまいそうになる話なんだけど
   
   人間の一生の価値は、その人の葬式にどれくらいの人間が集まるかで決まるって話があるわよね。
   
   私はいつもお葬式でその話を聞かされるわ。
   
   Aさんの葬式には532人もの人間が参列した、そのうち親族は24人で……
   一方Bさんの葬式には、47人しか参列しなかったけど、あのCさんが供花したぞ
   けど、Dさんの葬式には親族とあと7,8人の参列者しかいなかったなぁ、みじめだなあ
   
   こんな話ばっかり。」
   

 
22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:42:15.39:DYC1JG0i0

紬「私はうんざりすると同時に、自分の葬儀の事を考えたわ
 
   友達は何人来るのかしら?何人泣いてくれるのかしら?
   
   逆に考えるのよ、こういう時。あの子が死んだら、私はその子の葬儀に出席し、涙をながすことができるのかしら?
   
   休めば全てを失う仕事があったら?全てを捨ててまで、葬式に参加する意義なんてあるの?
   
   私は考えても考えても、悲観的かもしれないけれども、私の葬式に来て、ほんとうの意味で葬式に来てくれる友達は、けいおん部の4人しか思い浮かばなかったわ。」

 
24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:51:51.64:DYC1JG0i0

紬「たった4人!それが多いか少ないかは議論の余地があると思うけれども。

   ああ、たった4人!それ以外の人間も、きっと参列してくれると思うけれども、どうせ退屈だと思いながら私の遺影を眺めているんでしょうね。
   
   いや、退屈だと思っているような、純朴な人ならまだ救いようがあるわ。
   
   私が死んだことで、席が一つ空いたとほくそ笑む人間だっているかも知れない。
   
   そんな人間は、決まって私の側にいるのよ。
   
   私の遠くにいる人間は、私の死に対して何ら人間的な感情を抱かない。ただ、また一人の人間が自分の世界から消えたとしか……」

 
25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 22:55:59.80:DYC1JG0i0

紬「あなたは気がついた?この話が詳しく描写されている、素晴らしい小説があるって。

   私はそれを、手垢でぼろぼろになるまで読んだのよ。
   
   作者はね、あの、その、確か戦争と平和を書いた……そう、トルストイ、トルストイよ!
   
   トルストイのね、イワンイリイチ!イワンイリイチよ!ああ、興奮してきたわ。
   
   その小説でね、地位のあるイワンさんが死ぬんだけどね、その葬儀の様子がおかしいのよ。とっても19世紀に描かれたものだとは思えない。それは現代の日本でも当たり前にある、残酷さなの。」

 
26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:01:43.22:DYC1JG0i0

紬「葬儀が描写されたあとに、イワンさんの一生が、彼の手によって語られるの。

   出世、出世、成功、出世、出世、妥協、出世、出世、そして死。
   
   まるで誰かさんのような生き方じゃない?
   
   彼は死んだ。けれども、彼が親しいと思っていた人、近いと思っていた人たちは、彼の死に対して全く別の感情をいだいているの。それは彼が望んだ、純粋な悲しみとは別の……
   
   でも、彼の死をほんとうの意味で最後に看取った人は……召使だったんだけれども……ああ、私のことのように思えてきた。
   
   彼は病床で、その召使に救われるのよ。
   
   でも、最後は一人ぼっちで死に向きあって死んで……」

 
28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:05:23.83:DYC1JG0i0

紬「ごめんなさい。涙が止まらないわ。

   私だって、最後は一人ぼっちで死ななくちゃいけないってのは分かっているのに。
   
   他の4人がどれだけ私を支えてくれても、最後に足元の板を外すのは自分だって分かっているの。
   
   だからつらいのよ。果たしてこの友情に本当の意味があるのかってことが。
   
   いくら5人が強い絆で結ばれていたとしても、いつかは一人の絆が切れ落ちて、地面の底に落ちていく。
   
   そしてまた一人……また一人死んでいく……私は何番目に死ぬんだろう?そんな想像ばかりしているの。
   
   梓ちゃんは一番若いから、五番目かもね。
   
   でも、一人ぼっちになる思いはもう二度としたくないって?
   
   甘ったれたこと言わないでよ。死ぬってことはほんとうの意味で一人ぼっちになるってことなのよ」

 
29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:06:57.54:DYC1JG0i0

紬「ああ、私が物語の登場人物だったら、ずいぶんと楽でしょうね!」


ここで紬の声を録音したカセットテープが止まる。

梓は、一度カセットを取り出して、B面にして再び再生させる。

ちなみに、このテープのA面に録音されているほとんどが、紬の嗚咽であった。

 
30以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:15:13.09:DYC1JG0i0

紬「マザーテレサの国葬をテレビで見たわ。

   道路が人で埋め尽くされていた。
   
   みんな涙を流していたし、世界中で騒ぎになった。
   
   各国が、こぞって特命大使を送り込んだり、外務大臣や国家元首が参列した。
   
   素晴らしいお葬式。でも、彼女が看取ったスラムの人たちは、こんな事をされずに死んでいったのにね。
   
   いや、彼女が救えなかった、彼女の目に止まらなかったスラムの人は、道端で死んだのにね。
   
   別にマザーテレサを批判するわけじゃないわよ。ただ、こういうのってたまにどうかと思う時があるの」

 
31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:25:14.45:DYC1JG0i0

紬「モーツァルトの葬式には、神父と数人の浮浪者もどきがいただけって聞いたことがあるわ。

   あんな感動的な音楽を創り出した神童ですら、偶然によって寂しい最後を迎えるはめになったのだけれども。
   
   でも私は思うのよ。モーツァルトの最後も、マザーテレサの最後も、本人にとってはおんなじ。一人ぼっち。
   
   マザーテレサはきっと、葬式なんてどうでもいいことだと思っていて、最後まで心も体も貧しい人たちの事を考えていて、死が目の前3cmに迫った時だけ、ほんのちょっぴり自分の死の意味を考えたんだと思うわ。
   
   そうであって欲しいわ。だって、彼女が自分の葬式に、どこどこ国の誰がやって来るかって考えていたってことがわかったら、私は本棚にある数冊の本を破り捨てなくてはいけないから。」

 
32以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:30:59.62:DYC1JG0i0

紬「でも、私は俗物なのよ。

   ほとんどの人間はそうかも知れないけれども、だから人類は貧しいの。
   
   わかってくれるかしら、梓ちゃん。
   
   私を聖人のように思っていた?ごめんなさい。でも、本当に聖人だったら、きっとあなたの側にはいなかったわ。もっと貧しい人の側にいたと思う。
   
   結局、私はただの資本主義者だったのよ!
   
   家を捨てて、苦しい人たちのために身を投げれなかった!ガウタマのように!」

 
33以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:37:14.52:DYC1JG0i0

紬「私の葬儀には誰が参列するかしら。しっかり数えていてね、梓ちゃん。

   幻滅するかもしれないけれども、私の葬儀はきっと豪華に行われるはず。
   
   それがいつになるかは、神のみぞ知る、だけど。
   
   ただ、本当の意味で参列する人が誰かを、目ざとく、見つけるのよ。その人こそ、あなたにふさわしい人間だから
   
   さようなら」
   

B面の音声が途中で途切れて、それからテープが回転する音しかしなくなったので、梓はそれを取り出して、ケースに入れて、外套のポケットに突っ込んだ。

 
34以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:39:31.57:DYC1JG0i0

梓(このムギ先輩のテープを澪先輩に聞かせるべきかはとても悩ましいところだったけども……)

梓(ムギ先輩の前に死ぬのが、澪先輩だったなんて。私は彼女の葬儀に参列してあげるべきかな?)

梓(別に案内状はきていないし、新聞のお悔やみ欄で知っただけだけど。)

梓(でも、澪先輩の死を悼む人間がどれだけいるのかは、気になります)

梓(……ああ、私って人間の屑ですね。そうですよね、ムギ先輩)

 
35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:46:17.22:DYC1JG0i0

梓「澪先輩の葬式は、律先輩のそれと比較して余りにも寂しいものでした。

   都内の教会で行われた葬式に参列したのは、私と、一人の行政の人間だけで、神父が決まりごとを述べるだけであっさりと葬式は終わってしまいました。
   
   律先輩の葬式はあれほど、記述する内容があったのに!
   
   白い枸橘の花が澪先輩の棺桶には添えられていましたが、そこに他にものを入れる人はありません。
   
   澪先輩の棺は運ばれ、火葬されるだけです。」

 
37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:49:47.05:DYC1JG0i0

梓「なぜ私は参列してしまったのでしょうか?

   澪先輩はこのような最後になることを知って、どんな思いでしたでしょうか?
   
   律先輩はなぜ、澪先輩の葬式にこなかったのか、それは彼女が先に死んでしまったから……という理由で正しいのでしょうか
   
   でも、私は思ったのです。澪先輩の葬式は、ひょっとしたら律先輩の葬式よりもっと人間的で救いがあるんじゃないかって。
   
   先程は神父が決まりごとを述べただけだと言いましたが……いや、神父は泣いていましたよ。
   
   何も澪先輩の事を知らないくせに……知らないからこそ泣いたんでしょうか?」

 
38以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:51:19.30:DYC1JG0i0

梓「若い頃はあれほどもてはやされた人間が、こんな最後を迎えるなんて。

   私は澪先輩の事を知っているから、その最後を悲しむことが出来ると思ったけれども、何も知らないからこそ悲しめるのですね。

   私が、教会から逃げようとしたとき、神父は突然歌い出しましたよ」

 
39以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:53:15.45:DYC1JG0i0

梓「彼女がミュージシャンだったって誰かから聞いたんでしょうね、大体想像はつきますが。

   神父は、突然ジョン・レノンのイマジンをBパートから歌い出したんですよ。アカペラで。
   
   ―Imagine no possessions
   
   ―I wonder if you can
   
   ―No need for greed or hunger
   
   ―A brotherhood of man
   
   ―Imagine all the people
   
   ―Sharing all the world
   」

 
40以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:54:04.42:DYC1JG0i0

梓「葬式にイマジンなんて、場違いも甚だしいです。歌詞の内容も……でも、神父が何を言いたかったのかわかりました。

   だから私は途中から神父にあわせて歌ってあげましたよ。
   
   澪先輩は、最後まで何も持っていなかったんです。
   
   彼女は、なんだかぼんやりとした自意識しか持っていなかったんだと思います。
   
   それさえ、死によって彼女から解き放たれてしまった。
   
   残ったのは秋山澪という、世界中の人間にとってどうでもいい名前。
   
   それもすぐ忘れられるでしょう。私だって、覚えていられるかあまり自信ありません。」

 
41以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 23:55:26.47:DYC1JG0i0

梓「私は澪公の事が好きだったのかもしれませんね。とっても弱い人だと思っていたけど、私はその弱さに……

   唯先輩は強い人ですよ。だって、きっと唯先輩は葬式に誰もこなくたってどうでもいいことなんでしょ?」
   

梓が紬に送った、このカセットテープは再生される事なく、澪の死から時を経ずに琴吹紬は死ぬ。

 
42以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/30(木) 00:00:05.90:WNfFcbV10

琴吹紬の葬儀を終えた梓は、よろめきながら、会場の外に出てタクシーを拾った。

梓「墓地へ」

梓がそう告げ、梓をのせたタクシーは墓地へ走った。

雨の深い晩のことだった。

梓は傘もささずに、墓地の、一番端の小さな墓石の前で膝まづいた。

梓「唯先輩。この世界には地獄しかありませんでしたが、きっと先輩方がいる場所は天国なのでしょうね」

早朝、梓は自室で首を吊って死んだらしい。

彼女の葬式はおこなわれなかった。

終り。

 
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/30(木) 00:14:20.72:GnhSL2YE0
お疲れ様です年の最後に読めてよかった

 
44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/30(木) 00:30:38.86:qa2sNdm/0
なんか読んでしまった

 
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/30(木) 00:51:38.40:2WdMuLJ0O
なんかすごいな

 
46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/30(木) 01:16:50.96:GqFCA9pFO
今まで読んだSSの中で一番「なぜけいおんでやった」と思わせるSSだった。でも楽しめたよ乙。

 
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