- 1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 19:54:55.15:czSh/PHH0
姫子「ごめーん、待った?」
いちご「別に、待ってないよ。上映時間までまだ時間あるし」
姫子「ごめんね。私から誘っといて待ち合わせに遅れちゃうなんて」
いちご「待ってないって言ってるのに」
姫子「ふふ、にしてもさ、ムギも太っ腹だよね。クラス全員に映画のチケット配るなんてさ」
いちご「この映画とったのがムギんとこの映画会社だからでしょ。それに、この映画のキャストは……」
姫子「うんうん、どんな演技するんだろう、楽しみだねー」

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韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:09:27.48:czSh/PHH0
よく晴れた土曜日、映画館からぞろぞろと連れだって五人の少女たちが出てくる。その中の一人、髪を肩のあたりで切りそろえた少女が元気一杯に口を開いた。
「すっごく面白かったね! えぇっと、タイトルはなんだっけ?」
その問いに、カチューシャを付けた少女が答える。
「おいおい唯、タイトルくらい覚えとけよ。『ZOMBIE HAZARD』だよ。『ZOMBIE HAZARD』」
「ああ、そっかそっか。でもあのゾンビちょーリアルだったね。澪ちゃんなんか上映中に何度もビクッて驚いてたんだよ」
「な、仕方ないだろ! あんなリアルな怪物が急に飛び出してきたらだれだって驚くさ。梓だって何度か驚いてたろ?」
澪と呼ばれた少女は恥ずかしそうに少し赤面しながら、隣を歩く後輩、梓に話を振った。
「……たしかに私も何度か驚きましたが、ビビりの澪先輩ほどじゃありませんよ」
「む、なんだよその言い方。最近妙に突っ掛かるじゃないか」
「別に、突っ掛かってなんていません。自意識過剰なんじゃないですか?」
二人の間に少々険悪なムードが流れだしたところで、ウェーブがかった長髪の少女が割って入る。
「まあまあまあまあ、喧嘩はやめましょう? 映画、楽しんでもらえたみたいで本当によかったわ」
7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:16:42.68:czSh/PHH0
この五人、平沢唯、田井中律、秋山澪、中野梓、琴吹紬は同じ高校の軽音楽部に所属している。今日は五人で紬の父が経営している会社の、傘下のひとつである映画会社が制作したパニックホラー映画『ZOMBIE HAZARD』を鑑賞したのだ。
「あ、そうだ。澪ちゃん、服買いに行こうよ。新しい冬もののジャケットが欲しいの」
「ん? ああ、いいよ。行こうか」唯の突然の誘いに、澪は快く答える。
「お、いいねいいね。皆でいこう」律もノリよく声をあげるが
「あ、ごめんりっちゃん。今日は澪ちゃんと二人でいきたいんだよー」
「え……ああ、そっかそっか。そうだよな……んじゃ今日はここで解散ってことで」
唯に断られてしまい、調子を落とす律。澪はそんな律に左手で手刀を切って謝罪しながら
「悪いな、律。じゃあ皆、また月曜に学校で」
「ホントにごめんね、りっちゃん。じゃ、みんなバイバイ」
「おう、また来週!」
「さよならです。唯先輩」
「二人とも、また学校でね」
別れの挨拶を交わして、唯と澪はショッピングモールがある方向へと手をつないで歩いて行った。
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:19:05.48:czSh/PHH0
「りっちゃん」
「ん? なんだよ、ムギ」
「無理、してない?」紬は律を気遣うように問いかける。
「無理なんか……してないさ」
「そう……なら良いんだけど」
強がる律の表情には、明らかに暗いものがうかんでいる。
「梓ちゃんも、あんまり澪ちゃんのこと悪く思っちゃダメよ」
「別に、澪先輩のこと悪く思ってなんてないですよ。それより、暗くなる前にかえりましょう」
「そうね、そうしましょうか」
その後、三人は言葉少なく家路に着いた。
10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:27:37.95:czSh/PHH0
澪とのショッピングの後、少し遅めの時刻に帰宅した唯は、妹の憂と二人で食卓についた。両親は、今日は泊りがけで温泉旅館に行っている。
高校生の娘がいるというのにこの夫婦はいまだに新婚気分で、良く二人で旅行にでかけてしまう。なので平沢家の食卓は姉妹二人きりということが多い。
「それにしても、お姉ちゃん。遅くなるんなら連絡してくれればよかったのに」
「えへへ、ごめんね、憂。連絡しようと思ったら携帯が見つかんなくてさー。多分、部屋に置き忘れたんじゃないかなーと思うんだけど、もしかしたらどっかで落としちゃったのかも」
憂が作った特製ハンバーグを箸で切り分けながら、申し訳なさそうに唯は答える。
「もう、それなら梓ちゃんの携帯で代わりにメールしてもらったりすれば良かったでしょ?」
「それがさぁ、連絡しようと思った時にはあずにゃんと別れた後だったんだよ。映画を観終わったあと澪ちゃんとデートしてたから」
唯は嬉しそうに惚気るが、その瞬間、憂の表情は少し険しくなった。
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:31:32.68:czSh/PHH0
「そう……デート、してたんだ」
「うん! 澪ちゃんにね、冬もののジャケット選んでもらったの。すっごく可愛いんだよ」
「そっか、良かったねお姉ちゃん。澪さん、優しくしてくれてる?」
どこかぎこちない笑顔で、憂は姉に訊ねる。
「あったりまえだよー、なんて言ったって澪ちゃんは私の恋人さんだからね!」
唯と澪が付き合いだしたのは一カ月ほど前のことだ。軽音部に唯が入部した時から良好な
友人関係を築いていた二人だが、友達として付き合っていくうちに、どちらからともなく恋
心が芽生えていった。恋人として付き合いたいと告白したのは澪の方だ。澪の一世一代の告
白に対して、唯は笑顔で「うん! 良いよ!」と即答した。同性愛者など引かれるかもしれ
ないと悩んでいた澪が拍子抜けしたのは言うまでもない。
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:35:20.67:czSh/PHH0
「ごちそうさま! 憂、お風呂沸いてる?」
「あ、うん。沸いてるよ」
「じゃあ、お姉ちゃんはひとっ風呂浴びてくるのあります!」
「ふふっ、いってらっしゃい。ゆっくり温まってきてね、お姉ちゃん」
ぺたりぺたりと軽快な足音をたてながら、唯はバスルームへと歩いていった。
「…………よし、さっさと洗い物でもしちゃおうか」
かちゃりかちゃりとどこか物悲しげな食器を片づける音が、リビングルームに響いた。
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:40:26.20:czSh/PHH0
夜十一時半、そろそろ寝ようかという時刻に、自分の部屋で寛いでいた澪の携帯が鳴った。どうやらメール着信のようだ。
――澪ちゃん、まだ起きてる? いまメールできる?――from唯
相手は唯だった。少し夜遅いが、恋人からのメールのお誘いだ。断るわけにはいかないので、すぐに返信する。
――起きてるよ。携帯みつかったんだな。良かったじゃないか――from澪
――うん。よかったよ。それにしても、今日のデートは楽しかったね!――from唯
『デート』の三文字に、思わず頬が緩むのを感じる。
――ああ、楽しかったな。また二人でどこか行こうな――from澪
――うん! ところでさ、澪ちゃん。いまから、ちょっと家でられるかな?
今日は澪ちゃんと一緒に夜更かししたい気分なんだ。カラオケ行こうよ!――from唯
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:44:00.20:czSh/PHH0
――というわけで、メールでカラオケボックスに呼び出された澪は、両親にばれないように
抜き足差し足で家を抜けだした。近所のカラオケ店の前で十二時半に待ち合わせだったは
ずだが、約束の時間になっても唯はあらわれず、五分ほど待ってみたところで
――ごめん、ちょっと遅れるから先に部屋取っといて!――from唯
という内容のメールが送られてきた。
全く、自分が呼び出したくせに困ったやつだなと呆れながらも、惚れた弱みか痘痕(あば
た)も笑窪か、そんなところも可愛いのだけどと苦笑してしまう澪。
メールでいわれた通りに先に店に入り、カウンターの店員にあとからもう一人来ること
を伝えてから部屋を取った。しかし俗に言う一人カラオケなどしたことはないし、歌いた
い曲もない。何より一人で歌ってもつまらないので、唯が来るのを待つことにする。
それにしても、夜のカラオケボックスって奴はどうしてこう薄暗いんだろうか、などと
呟きながら、照明をつけて部屋の中を明るくする。暗い部屋で一人というシチュエーシ
ョンは少々苦手だ。
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:46:48.58:czSh/PHH0
カラオケ機器の画面に流れている新作映画の宣伝を聞き流しながら、曲入力端末をいじ
ってお気に入りのバンドの新曲を調べながら時間を潰していると、ガチャリとドアが開
き唯が部屋の中に入ってきた。
「おう、やっと来たか……って、どうしたんだその格好?」
やっと現れた唯の服装は下から順に、学校指定のローファー、いつもの黒のタイツ、黒
のスカート、黒のダウンジャケットとさらには黒い手袋まで付けた黒づくめであった。し
かもダウンジャケットのフードをかぶり、そのフードには可愛らしい猫耳が付いているの
で、まるで黒猫のようである。
「猫耳なんかつけちゃって、今日はゆいにゃんって呼べばいいのか?」
世間一般の常識からいえばちょっと変わった服装だが、唯にはよく似合っている。
「澪ちゃん……ちょっと、部屋、暗くするね。」
「え? ああ、うん。」
唯の声は小さく、少々聞き取りづらかった。どうしたんだろう? なんかいつもと雰囲
気違うな――と、澪が戸惑っていると、唯はドアの横についている照明を調節する摘みを
オフの方へと捻った。
17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:48:40.53:czSh/PHH0
「唯って明るいところで歌うの苦手? いや、そんなことはないよな。ライブで大勢の前
で歌う時も堂々としたもんだし」
「ごめんね、澪ちゃん」
小声での謝罪とともに唯は澪の方へと走り寄った。
二人の体が重なる。
「え?」
澪の口から疑問の声が漏れる。
唯の手にはナイフが握られており、鋭利なそれは澪の心臓あたりに突き刺さっていた。
「ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね……」
ごめんね。ごめんね。ごめんね。呟くたびに澪の体にナイフが突きたてられていく。
突然の出来事にさしたる抵抗もできず、やっとのことで絞り出した助けを呼ぶ声はカラ
オケ店特有の防音と喧騒に消えていった。
18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:50:06.18:ntcqgDpc0
「そして犯人は店から逃走。現場には犯行時に落としたと思われる平沢唯の携帯電話とナ
イフが突き刺さった秋山澪の遺体が残されていたわけだ」
監視カメラに残されていた映像と、カウンターで平沢唯らしき人物の応対をした店員の
目撃証言から、翌日平沢唯は任意で引っぱられることとなった。
ここまでしゃべったところで草薙は言葉を切り、湯川の方を見た。湯川は爪にヤスリをかけている。両足は机にのせていた。
例によって帝都大学理工学部物理学科第十三研究室にいる。今は講義の時間で、学生たちの姿はなかった。
「さて、ここまでで何か質問は?」
「質問ね。しいて言うなら、なぜ僕にそんな話を延々と聴かせているのかを教えてほしい
な」
湯川は全く興味がなさそうに、爪を磨きながら草薙に問う。
21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:57:29.91:bb+jMSTs0
「わかりやすい事件じゃないか。犯人は被害者の恋人で、動機はおおかた痴情のもつれか
なにかだろうさ。同性カップルである点を除けば、ごくありふれた殺人事件」
「そんな単純な事件なら、お前に相談しに来たりしない」草薙は困ったように頭をかきな
がら疲れたように言葉を吐く。
「この話には続きがある」事件内容を話すときの草薙の目はいつも真剣だ。「なんと平沢唯には、そっくりな妹がいるんだ。名前は平沢憂。髪形を似せれば、親しい友人でも見分け
がつかなかったそうだ」
「なるほど。双子トリックというわけか」
「いや、確かにそっくりなんだが、双子というわけじゃないらしい」草薙は左手に持った
手帳を右手のボールペンでたたきながら訂正する。
「ああ、僕が言っているのは双子入れ替わりトリックのことさ。この場合、本当に双子か
どうかは問題じゃない」
湯川は目を細めて窓から外を眺めた。
「やはり、わからんな。犯人が平沢姉妹のどちらだったとしても、僕に話すような事件で
はないと思うが」
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 21:14:09.55:czSh/PHH0
「……実はカラオケ店の店員が奇妙な証言をしているんだ」
「奇妙な証言?」湯川の目が少し見開かれた。
「店から逃亡するときに犯人は店員の一人と廊下でぶつかっている。そのぶつかった店員
がちらっと見た犯人の顔には、まるで殴られたような痕があったというんだ」
「犯行時に殴られたんじゃないか?」
「秋山澪の手には殴ったような痕はなかった。しかも、しかもだ、逮捕時の平沢姉妹の顔
は傷一つない綺麗なものだったんだよ! 犯行があった深夜から翌日逮捕されるまでのた
った十数時間程度で、殴られた傷を完璧に治すなんて有り得ると思うか?」
「店員が見間違えたんじゃないか? 人間の記憶など、当てにならんものだ」
「うちの課長はお前と同意見だよ。ぶつかったときに顰めた顔が殴られた痕のように見え
たんだろうと言っている」
ははは、と湯川は声をたてて笑った。
「いつものことながら、君のところの課長とは気が合う」
25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 21:21:42.51:czSh/PHH0
「はあ、笑い事じゃないんだが、やっぱり課長やお前の言う通りなのかな」
「仮に、本当に一晩で怪我を治したとするならば、報告書にはなんと書くつもりだい? 犯
人は超常の自己再生能力をもっていました、とかかな? なかなかユニークで素晴らしい
報告書だとは思うが」
湯川の言葉には、明らかに小馬鹿にしたようなニュアンスが含まれている。草薙は口元
を歪めた。
湯川は、話は終わったと言わんばかりに席を立ち、いつものインスタントコーヒーを淹
れるために、流し台へと歩いて行く。
「わかったよ、犯人はこのまま平沢憂で決まりか。平沢憂の証言には微妙に納得いかない
ところもあるんだがなあ……」
草薙は少々不満そうだ。
「ん?」
草薙の言葉に気になるところがあったのか、湯川の視線が草薙の持っている事件概要が
書かれた手帳に向けられる。
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 21:25:46.57:czSh/PHH0
「平沢憂で決まりとはどういうことだ。姉の方も十分怪しいと思うが」
水を入れたやかんを火にかけながら湯川は訊いた。
「ああ、平沢憂自身が、自分が犯人だと主張しているんだ。逮捕されたのも、平沢憂本人が
自主してきたからだよ」
「自主してきただと?」湯川の眉間にしわが寄る。「なぜだ?」
「そりゃ、自分が犯人だからだろう。もしくは、姉をかばうためという線もあるだろうが」
「かばうため? かばうためか……」
湯川は何事か考え込むように顎に人差し指を添えている。
数十秒程の間をおいて、湯川はガスレンジの火を消した。
「まだ沸いてないんじゃないか?」ぬるいインスタントなど飲めたものじゃないだろう、
と草薙が続けようとした言葉を切るように、湯川は草薙を指差しながら口を開いた。
「コーヒーはおあずけだ。カラオケ店の監視カメラに証拠映像が残っているんだったか?
その映像は、僕にも見せてもらえるんだろうね?」
29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 21:36:44.18:czSh/PHH0
「で、映像を観た感想は?」警察署の一室で二人はパイプ椅子に座って映像確認用のテレ
ビに向かっている。犯人が犯行現場に現れてから十数秒程で犯人の手で証明が落とされて
しまうので、実際に凶行がおこなわれている場面は部屋が暗くてよく観えない。
「犯人は猫耳を付けている」
「それはお前の研究室で言っただろう? 他にはないのか、他には」
「秋山澪は照明が落とされる前に犯人の顔を確認している。とりあえず、秋山澪が犯人の
ことを平沢唯だと認識しているのは間違いないらしいな」
「ああ、それは間違いないよ。店員にも平沢姉妹の写真を見せて確認してある」ただ、残
念ながら店員には姉妹の区別はつけられなかった。
30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 21:49:21.32:czSh/PHH0
湯川は何度も巻き戻しては映像をチェックしている。
「犯人の指紋は全く残されていなかったのか? 凶器にも?」
「うちの鑑識をあまり馬鹿にするなよ? そんな証拠があれば苦労しない」
「そうか、では次にいこうか」
湯川はパイプ椅子から立ち上がって足早にドアの方へ歩を進める。
「ちょ、次ってなんだよ? どこへ行くつもりだ」
「平沢唯と秋山澪が所属していた部活は、たしか軽音楽部だったか? その軽音楽部の子
たちの話が聞きたい」
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 22:04:54.50:czSh/PHH0
桜ケ丘高校の応接室で、湯川と草薙はソファに腰掛けて呼び出した生徒が来るのを待た
されていた。
「秋山澪の幼馴染で部長の田井中律。大企業の社長令嬢である琴吹紬。唯一の後輩中野梓。
秋山澪と平沢唯を除けば、軽音部員はこの三人だけだ」
「琴吹、というのはあの琴吹かい? 一流企業じゃないか。うちの大学からも毎年たくさ
んの卒業生が琴吹の関連企業に就職しているが」
「その琴吹で間違いないよ。犯行があった日に五人が観た映画も、琴吹の関連企業が制作
したものらしい」
しかし遅いな、と草薙が愚痴ろうとしたその時、応接室の扉がコンコン、とノックされ
た。
「どうぞ」草薙がノックに応えると、スライド式のドアがガラリと開けられた。
34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 22:14:52.70:czSh/PHH0
「お待たせ致しました。山中さわ子と申します。軽音楽部の顧問を担当しています」年齢
は二十代半ばといったところの、柔和そうな印象を与える教師が生徒を連れ立って部屋の
中に入ってくる。
「急に押しかけてしまってすいませんね。少々お伺いしたいことができてしまいまして」
草薙は申し訳なさそうに頭を軽く下げる。それに合わせて会釈しながら、さわ子、紬、梓
は対面に腰掛けた。
「一人足りないようですが?」湯川はこんな時でも態度を崩す気はないようだ。
「すいません。部長の田井中はあれ以来、学校を欠席しておりまして……」
無理もない。事件の被害者も容疑者も、とても親しくしていた友人なのだ。ショックで
塞ぎ込んでしまうのは当然と言える。
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 22:23:41.53:czSh/PHH0
「あの、私たちに答えられることは、もう全てお答えしたと思うのですが」紬が草薙に目
を向けながら言う。
「いやあ、今日はちょっと、うちの同僚がどうしても確認したいことができたというので
訪ねさせていただいたんです」草薙は湯川に目配せしながら答えた。話を合わせて刑事の
ふりをしろ、ということだろう。帝都大学準教授という肩書きでは、円滑に事情を聴くの
は難しい。
「どうも、湯川と申します。いくつか聞きたいことがあるのですが、まずはじめに」湯川
は紬と梓に視線を向けて、「猫耳ファッションについて、どう思われますか?」と尋ねた。
「はあ?」
間の抜けた声をあげてしまったのは草薙だ。わざわざ女子高までやってきてこんなくだ
らないことを聞くとは思わなかった。
39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 22:32:17.18:czSh/PHH0
「あの、それが何か事件と関係あるんですか?」梓が訝しげに問いかける。
「ええ、とても重要なことです。どうです? 最近の女子高生の間では猫耳を付けるのが
流行しているのでしょうか?」湯川の顔は思いのほか真剣だ。その真剣さと質問内容のギ
ャップで、ほかの面々は余計に唖然としてしまうのだが。
「別に、そんな奇抜なファッション流行ってないですよ。 流行るわけがないです」梓は
少し早口で否定する。
「唯ちゃんは、たまに梓ちゃんに猫耳カチューシャを無理やりつけて遊んでいましたけど」
「ちょっと、ムギ先輩! そんなこと別に言わなくてもいいじゃないですか!」
「ほう、では平沢唯さん自身も、よく猫耳を付けていたのでしょうか?」
猫耳の何がそんなに気になるのか、湯川は質問をつづける。
40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 22:37:13.85:czSh/PHH0
「……いえ、自分でつけるのはそれほど好きではなかったですね。いつもいつも私にばか
りつけさせて……」梓が本当に嫌そうに呟く。
「なるほど、では次の質問ですが、犯行があった日、五人で映画を観にいったそうですね。
提案したのはだれでしょうか?」
「……私ですが、それがなにか?」紬が右手を軽くあげながら答えた。
「いえ、ちょっとした興味です。では次の」質問ですが――と湯川が言おうとしたところ
で、山中さわ子が口を開いた。
「あの、この子たちも、事件には大変ショックを受けておりまして……あまり重要ではな
い質問をされるんでしたら、できれば今はそっとしておいてあげて欲しいのですが」
「も、申し訳ありません!」草薙があわてて謝罪し、湯川を少し睨む。
41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 22:50:46.85:czSh/PHH0
「わかりました。では最後の質問にしましょう」それでも湯川は全く悪びれない。
「あなたたち軽音楽部は平沢唯と秋山澪の交際を祝福していましたか?」
「な! 何を言っているんですか!」さわ子が声を荒げる。
「お答えいただきたい。できれば今ここにいない田井中律さんがどうだったのかも含めて。
どうです? 祝福していましたか?」
「やめてください! そんなこと聞かなくてもいいでしょう?」我慢ならなくなったのか、
ついにさわ子はソファから立ちあがって湯川を睨みつける。
「……少なくとも私は、祝福なんかしてませんでしたよ」梓は俯きながら湯川に告げた。
「梓ちゃん! そんなこと言わなくていいの! も、もう帰ってください!」
42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 23:05:10.32:czSh/PHH0
応接室を追い出された二人は校舎を出て、草薙の車を置いてある駐車場へ向かっている。
「湯川、なんであんな質問したんだ。どの質問も事件に関係あるとは思えなかったが?」
草薙の顔にははっきりと、御不満です、と書かれている。
「どれも重要な質問さ。おかげで事件の真相はだいたいわかった」
「なに! 本当か?」
「ああ、勿論」
「じゃあ教えてくれって言っても、すぐには教えてくれないんだろうな」
「当然だ。少々試してみたいことがある。また後日、僕の研究室に来てくれ」
湯川の不遜な顔が、冬の優しげな太陽に照らされた。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 23:36:37.27:czSh/PHH0
放課後の音楽室、琴吹紬と中野梓はたった二人でティータイムを開いていた。
「りっちゃん、今日もお休みだから、ケーキ余っちゃったね」紬はさびしそうに顔を伏せる。
「半分こしましょう。私、ムギ先輩が持ってきてくれるケーキ、大好きですから!」
「……やさしいね、梓ちゃんは」
「食い意地はってるだけです。そんなことで褒められても困っちゃいます」
梓はケーキをきれいに半分に切り分け、紬と自分それぞれの皿の上にのせた。
「ムギ先輩は」
「……ん?」
「犯人、どっちだと思いますか? 唯先輩か、憂か」梓はケーキの上に乗っていたフルーツをフォークで弄びながら紬に尋ねた。
「みんな噂してるわね、どっちなんだろうって。梓ちゃんはどう思う?」
「私は……どっちだったとしても、嫌……です」
「……そうね。そのとおりだわ」
音楽室は静寂に包まれていた。楽器の音などなにひとつきこえない、深い静寂に。
47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 23:56:51.05:czSh/PHH0
今日の午後三時に研究室に来てくれ――と呼び出され、草薙は一も二もなく帝都大学へと赴いた。
湯川の研究室の扉の前に立ち、一つ、二つとノックをする。
「開いてますよー」
低音だが少し間延びした男の声がきこえた。中に入ると、髪をオールバックに流した三
十代くらいの年齢の男が立っていた。
「あの、私は湯川の友人で、草薙俊平と申します。湯川はどちらに?」
「ええ、ええ、聞き及んでおりますよ。私の名前は佐野雅治です。この大学で物理学の教
鞭をとっております。ただいま湯川先生は少々私用で席をはずしておりましてねえ。まあ、
そこの椅子にでも座ってお待ちください」
「ああ、ではちょっと待たせてもらいますね」
授業で生徒が使う椅子に腰かけ、草薙は少しネクタイを緩める。
48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 00:01:08.99:EpJg/sFs0
待っているあいだ特にすることもないので、草薙は湯川のいないうちに煙草でも吸おう
かと、懐から携帯灰皿と煙草を取り出す。
「ちょっとちょっと! 困るなあ、草薙さん。ここは禁煙ですよー」
「う、すいません」
「くっくっく。吸いません、だけに?」つまらない駄洒落だ。
「あ、あはは……」思わず草薙は苦笑いを漏らす。
「口寂しいのならコーヒーでも淹れましょう。少々お待ちください」
「あ、いえ、お気づかいなく」どうせインスタントのあまりおいしくないコーヒーだ。わ
ざわざ淹れてもらうのも悪いと草薙は思ったが……
「そういえばあの時は、おあずけになってしまったんでしたねえ」
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 00:11:22.85:EpJg/sFs0
「あの時?」
「あの時ですよ。ほら」
草薙にはいまいちピンとこないようだ。と言うより、草薙と佐野は今日が初対面のはず
である。あの時というのは――
「ふむ、やはり声色と口調を変えればなかなか気づかれないようだな」いつもの湯川の少々
もったいぶったイントネーションの声がきこえた――佐野の口から。
「さ、佐野さん? あんたっ、いや、お前、湯川か!」
「ご名答。といっても、これだけヒントを出さないと気付かないというのは、刑事として
は洞察力に難ありといったところか」湯川は悪戯が成功して心底うれしいといった風に笑
顔を見せるが、その顔はいつもの湯川の不遜な顔ではなく、どこにでもいるさえない中年
に観える。
51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 00:26:24.95:EpJg/sFs0
「この顔は特殊メイクさ」湯川は左の奥顎をかりかりと引っ掻いて少しだけ皮膚を引っぺ
がす。メイクだとわかっていてもその光景は少し気味が悪い。
「特殊メイクと一口にいっても色々種類があってね。パニック映画やホラー映画でよく見
るモンスターを作る怪物メイク、傷痕や火傷をつける怪我メイク、そして、まるで整形で
もしたかのように顔を変えてしまう別人メイクだ」
「しかし、どうして特殊メイクなんて手の込んだ悪戯を」
「僕が君を驚かせるためだけにこんなことをすると思うかい? これが事件の真相さ」
草薙は驚いて湯川の顔を凝視する。
「それじゃあ……お前は、平沢姉妹のどちらも犯人ではなく、特殊メイクで顔をかえて犯
行に及んだ真犯人がいるというのか?」草薙は眉間にしわをよせて訝しげだ。特殊メイク
なんかで、恋人の顔をみまちがうだろうか? 秋山澪は、たしかに犯人を自身の恋人だと
認識していたというのに。
52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 00:37:18.45:EpJg/sFs0
「そうだな、普通ならすぐにばれるかもしれない。僕がいま君にばれなかったのは架空の
人物に成り済ましたからだ。特定の人物、特に被害者にとっては恋人に当たる人間だ。一
目でばれてもおかしくはないが、あの時の犯人の格好には、ちょっとした秘密が隠されて
いる」
「秘密だと?」草薙は監視カメラに残されていた映像を頭に思い浮かべる。
「ゆったりとしたダウンジャケットは体型を隠すことができる。さらにフードをかぶって
いたな、あれは髪の長さを誤魔化すためだろう。そして極めつけは、あの猫耳」
「猫耳ぃ?」
「猫耳だ。あんなものを付けて人前にでるというのは、かなり奇特な人間だ。平沢唯は日
常的に猫耳を付けるのを好むようなファッションセンスではなかったらしいから、秋山澪
も驚いて注目したはずだ」湯川はすました顔で言う。
「むう、だがそんなことで……」
53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 00:50:51.25:EpJg/sFs0
「人間の認識視野って奴は驚くほど狭い。特に、なにかに目を奪われるように注目してし
まうと、それ以外のものは観えているようで観えていない、しっかりと認識できていない
状態になってしまうのさ」
湯川は右ポケットから白いハンカチを取り出して、目の横くらいの高さに掲げて振る。
「こうやって右手のハンカチに注目を集めておいて、左手はポケットのなかで次の手品の
種を用意する。観客の目には確かに不自然な動きをしている左手が映っているはずなのに、
どうしても右手のハンカチがちらついて、左手を認識することができない。古典的な認識
操作トリックだよ」湯川は猫耳をハンカチに、犯人の顔を左手のポケットにたとえて説明
した。
「さらに、カラオケ店の店員が見たという逃げ去る犯人の顔というのはこんなのじゃない
のかな?」湯川は右のこめかみあたりを指でつまんで、下へ一気に、頬のあたりまで引張
る。
「あ!」
54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 01:00:59.89:EpJg/sFs0
「このメイクは人工皮膚を使用していて、直接皮膚に特殊な接着剤でくっつけているんだ
が、この接着剤は剥がすときに顔を傷付けないために水で溶けるようにつくられている。
ただ、汗で接着力が弱まってしまうという欠点があるんだ」
湯川の顔は右目の眼尻が垂れ下がっていて、まるで何ラウンドも戦い抜いたボクサーの
ように目が潰れている。
「少々汗をかいたからと言って簡単にメイクが崩れるということはないが、接着力が弱ま
った状態で何らかの衝撃が加われば人工皮膚がずれてしまっても不思議はない」
「ということは、もう一度事件を洗いなおさないとな」草薙はうんざりしたようにぼやく。
「いや、そうでもない。秋山澪は犯行現場に残されていた平沢唯の携帯で呼び出されたん
だろう?」湯川はもうすでに犯人にあたりを付けているようだ。
55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 01:08:51.53:EpJg/sFs0
「携帯電話を盗むタイミングとしては、映画を観ている最中がベストだ。映画館の暗闇な
ら、気づかれないように盗みやすいし、前日以前に盗むと携帯の利用契約を停止してしま
うリスクが高くなるからな」
「映画を観に行ったのは軽音部の三人か、その中に犯人が?」
「さらに、僕のこの特殊メイクは、近所にある映像美術の専門学校の学生に、材料費だけ
渡してやってもらったんだが……」
「へえ、学生にしちゃ良い腕だ」完璧にだまされた草薙は手放しでほめる。
「僕もそう思うが、実際にいる人物の顔を造るのは学生の腕ではちょいとむずかしいだろ
う」
「では、プロに頼んだということか」
「ああ、そして、最初は僕もプロに頼もうかと思ったんだが、軽く調べてみて驚いた。結
構な金額がかかるようだ」
「十万くらいか?」
「そんなもんじゃない。 そこらを走ってる車くらいならポンと一括で買えるくらいだ。
少なくとも普通の女子高生に払える金じゃないし、犯罪の片棒を担がせるわけだから、相
応の口止め料も必要だろう。そんな金を用意できるのは……」
草薙の脳裏に、軽音部員の一人の名前が思い浮かんだ。
59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 01:21:53.04:EpJg/sFs0
「我々の推理は以上です。訂正する部分はありますか?」
琴吹家の一室で、草薙と紬は向かい合って座っていた。紬の隣には執事の斎藤が控え、
部屋の唯一のドアには草薙の後輩である牧田刑事が立っている。
「お嬢様、刑事さん方にはお引き取りいただいた方がよろしいかと……」
「やめなさい、斎藤。これだけ真相をつかんでいるんだもの。抵抗しても無駄だわ」
紬の顔は穏やかな諦観の色が浮かんでいる。
「お察しの通りです。すでに、あなたが雇った特殊メイクアップアーティストの日野早苗は全て自供しています」
映画『ZOMBIE HAZARD』のスタッフだった日野早苗には多額の借金があり、高
額の依頼料と口止め料に目がくらんで、深く考えもせず話に飛びついたのだった。
61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 01:28:33.27:EpJg/sFs0
「ひとつだけ疑問をあげるとしたら、動機でしょうか。やはり、平沢唯か秋山澪のどちら
かを君も愛していた……とか」
「ふふっ、そんなんじゃありませんよ。私、同性愛者じゃないですし」紬は綺麗な笑顔で
語りだす。
「りっちゃんがいて、澪ちゃんがいて、唯ちゃんがいて、梓ちゃんがいて、私がいる、仲
良しで楽しくて明るくて眩しくて暖かくて……そんな軽音部が私は大好きだった」
思い出を懐かしんで口元をほころばせ、まるで母に抱かれた赤子のような穏やかな顔だ
が、目元だけはどこか狂気を孕んでいるように見えた。
「五人の関係が崩れだしたのは、あの二人が付き合いだしてから。りっちゃんは目に見え
て元気がなくなっていくし、梓ちゃんは日に日に荒んでいくし、唯ちゃんと澪ちゃんはお
互いのことしか目に映らなくなっていった」
「だから……殺したと?」
「どうせこのまま緩やかに五人の関係が壊れていくのを見るくらいなら、自分で壊した方
が良いかなって……そう思ったの」
そんなくだらない理由で、人を殺したのか――。
喉元まで出かかった言葉を、草薙は無理やり飲み込んだ。少女の瞳には、譬えようのな
い暗い感情が燻ぶっていて、覗き込んでいると、そのまま飲み込まれてしまうのではな
いかという錯覚を起こした。
62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 01:50:18.67:EpJg/sFs0
「――と、いうわけで事件は解決したよ。殆どお前の言うとおりだった。さすがだな、湯川」事件の顛末を話し終え、草薙は椅子の上で伸びをした。
「しかし、なんで平沢姉妹が犯人ではないとわかったんだ」
「平沢憂が自主してきたと聞いたときに、疑問がわいた」湯川は窓のカーテンを大きく開いて外を眺めた。
「そもそもカラオケボックスは人を殺すのに適した場所とは言い難い。入店時には店員と
会話しなければならないし、まず間違いなく監視カメラが設置されている。そんなところ
にわざわざ呼び出したのは何故か? 殺すことさえできれば捕まってもいいと考えていた
から?」
湯川はまるで、学生に講義をするかのように饒舌に語る。
「そんなはずはない、捕まってもいいと考えていたのなら凶器に指紋が全く残されていな
いのはおかしい。わざと証拠を残して平沢唯に罪を被せようとしたと考えるのが最も自然
だ。そう考えれば、犯人が翌日に自首してくるというのは少々違和感があると思わないか?」
「なるほどな、しかし、俺は今回ほど犯人を怖いと思ったことはないよ」
「なぜだい?」
「あんな上品で誠実そうな女子高生が、心の中ではトチ狂ったようなこと考えてたんだ
ぜ? 女性不信になりそうだ」
「上品だから、誠実そうだから、高校生だから……そんな上辺の要素では女性の本質は測
れはしないさ」湯川は気だるく伸びをして椅子の背もたれに身を預けた。
「女という生き物は、メイクの下ではどんな顔をしているのかわからんものだ」
64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 02:12:41.23:EpJg/sFs0
紬「わたし推理物の犯人役をするのが夢だったの~」
さわ子「福山さん格好良かったわね!」
憂「梓ちゃんも福山さんと共演シーンあったんだよね?」
梓「え? ああ、まあね。ちょっとだけだけど」
澪「私の役、同性愛者の上に被害者ってのは文句言うべきところなのか?」
律「澪はまだ良いだろうよ! 私なんか出番冒頭だけだぞ!」
唯「がりれお! 終わり!」
よく晴れた土曜日、映画館からぞろぞろと連れだって五人の少女たちが出てくる。その中の一人、髪を肩のあたりで切りそろえた少女が元気一杯に口を開いた。
「すっごく面白かったね! えぇっと、タイトルはなんだっけ?」
その問いに、カチューシャを付けた少女が答える。
「おいおい唯、タイトルくらい覚えとけよ。『ZOMBIE HAZARD』だよ。『ZOMBIE HAZARD』」
「ああ、そっかそっか。でもあのゾンビちょーリアルだったね。澪ちゃんなんか上映中に何度もビクッて驚いてたんだよ」
「な、仕方ないだろ! あんなリアルな怪物が急に飛び出してきたらだれだって驚くさ。梓だって何度か驚いてたろ?」
澪と呼ばれた少女は恥ずかしそうに少し赤面しながら、隣を歩く後輩、梓に話を振った。
「……たしかに私も何度か驚きましたが、ビビりの澪先輩ほどじゃありませんよ」
「む、なんだよその言い方。最近妙に突っ掛かるじゃないか」
「別に、突っ掛かってなんていません。自意識過剰なんじゃないですか?」
二人の間に少々険悪なムードが流れだしたところで、ウェーブがかった長髪の少女が割って入る。
「まあまあまあまあ、喧嘩はやめましょう? 映画、楽しんでもらえたみたいで本当によかったわ」
この五人、平沢唯、田井中律、秋山澪、中野梓、琴吹紬は同じ高校の軽音楽部に所属している。今日は五人で紬の父が経営している会社の、傘下のひとつである映画会社が制作したパニックホラー映画『ZOMBIE HAZARD』を鑑賞したのだ。
「あ、そうだ。澪ちゃん、服買いに行こうよ。新しい冬もののジャケットが欲しいの」
「ん? ああ、いいよ。行こうか」唯の突然の誘いに、澪は快く答える。
「お、いいねいいね。皆でいこう」律もノリよく声をあげるが
「あ、ごめんりっちゃん。今日は澪ちゃんと二人でいきたいんだよー」
「え……ああ、そっかそっか。そうだよな……んじゃ今日はここで解散ってことで」
唯に断られてしまい、調子を落とす律。澪はそんな律に左手で手刀を切って謝罪しながら
「悪いな、律。じゃあ皆、また月曜に学校で」
「ホントにごめんね、りっちゃん。じゃ、みんなバイバイ」
「おう、また来週!」
「さよならです。唯先輩」
「二人とも、また学校でね」
別れの挨拶を交わして、唯と澪はショッピングモールがある方向へと手をつないで歩いて行った。
「りっちゃん」
「ん? なんだよ、ムギ」
「無理、してない?」紬は律を気遣うように問いかける。
「無理なんか……してないさ」
「そう……なら良いんだけど」
強がる律の表情には、明らかに暗いものがうかんでいる。
「梓ちゃんも、あんまり澪ちゃんのこと悪く思っちゃダメよ」
「別に、澪先輩のこと悪く思ってなんてないですよ。それより、暗くなる前にかえりましょう」
「そうね、そうしましょうか」
その後、三人は言葉少なく家路に着いた。
澪とのショッピングの後、少し遅めの時刻に帰宅した唯は、妹の憂と二人で食卓についた。両親は、今日は泊りがけで温泉旅館に行っている。
高校生の娘がいるというのにこの夫婦はいまだに新婚気分で、良く二人で旅行にでかけてしまう。なので平沢家の食卓は姉妹二人きりということが多い。
「それにしても、お姉ちゃん。遅くなるんなら連絡してくれればよかったのに」
「えへへ、ごめんね、憂。連絡しようと思ったら携帯が見つかんなくてさー。多分、部屋に置き忘れたんじゃないかなーと思うんだけど、もしかしたらどっかで落としちゃったのかも」
憂が作った特製ハンバーグを箸で切り分けながら、申し訳なさそうに唯は答える。
「もう、それなら梓ちゃんの携帯で代わりにメールしてもらったりすれば良かったでしょ?」
「それがさぁ、連絡しようと思った時にはあずにゃんと別れた後だったんだよ。映画を観終わったあと澪ちゃんとデートしてたから」
唯は嬉しそうに惚気るが、その瞬間、憂の表情は少し険しくなった。
「そう……デート、してたんだ」
「うん! 澪ちゃんにね、冬もののジャケット選んでもらったの。すっごく可愛いんだよ」
「そっか、良かったねお姉ちゃん。澪さん、優しくしてくれてる?」
どこかぎこちない笑顔で、憂は姉に訊ねる。
「あったりまえだよー、なんて言ったって澪ちゃんは私の恋人さんだからね!」
唯と澪が付き合いだしたのは一カ月ほど前のことだ。軽音部に唯が入部した時から良好な
友人関係を築いていた二人だが、友達として付き合っていくうちに、どちらからともなく恋
心が芽生えていった。恋人として付き合いたいと告白したのは澪の方だ。澪の一世一代の告
白に対して、唯は笑顔で「うん! 良いよ!」と即答した。同性愛者など引かれるかもしれ
ないと悩んでいた澪が拍子抜けしたのは言うまでもない。
「ごちそうさま! 憂、お風呂沸いてる?」
「あ、うん。沸いてるよ」
「じゃあ、お姉ちゃんはひとっ風呂浴びてくるのあります!」
「ふふっ、いってらっしゃい。ゆっくり温まってきてね、お姉ちゃん」
ぺたりぺたりと軽快な足音をたてながら、唯はバスルームへと歩いていった。
「…………よし、さっさと洗い物でもしちゃおうか」
かちゃりかちゃりとどこか物悲しげな食器を片づける音が、リビングルームに響いた。
夜十一時半、そろそろ寝ようかという時刻に、自分の部屋で寛いでいた澪の携帯が鳴った。どうやらメール着信のようだ。
――澪ちゃん、まだ起きてる? いまメールできる?――from唯
相手は唯だった。少し夜遅いが、恋人からのメールのお誘いだ。断るわけにはいかないので、すぐに返信する。
――起きてるよ。携帯みつかったんだな。良かったじゃないか――from澪
――うん。よかったよ。それにしても、今日のデートは楽しかったね!――from唯
『デート』の三文字に、思わず頬が緩むのを感じる。
――ああ、楽しかったな。また二人でどこか行こうな――from澪
――うん! ところでさ、澪ちゃん。いまから、ちょっと家でられるかな?
今日は澪ちゃんと一緒に夜更かししたい気分なんだ。カラオケ行こうよ!――from唯
――というわけで、メールでカラオケボックスに呼び出された澪は、両親にばれないように
抜き足差し足で家を抜けだした。近所のカラオケ店の前で十二時半に待ち合わせだったは
ずだが、約束の時間になっても唯はあらわれず、五分ほど待ってみたところで
――ごめん、ちょっと遅れるから先に部屋取っといて!――from唯
という内容のメールが送られてきた。
全く、自分が呼び出したくせに困ったやつだなと呆れながらも、惚れた弱みか痘痕(あば
た)も笑窪か、そんなところも可愛いのだけどと苦笑してしまう澪。
メールでいわれた通りに先に店に入り、カウンターの店員にあとからもう一人来ること
を伝えてから部屋を取った。しかし俗に言う一人カラオケなどしたことはないし、歌いた
い曲もない。何より一人で歌ってもつまらないので、唯が来るのを待つことにする。
それにしても、夜のカラオケボックスって奴はどうしてこう薄暗いんだろうか、などと
呟きながら、照明をつけて部屋の中を明るくする。暗い部屋で一人というシチュエーシ
ョンは少々苦手だ。
カラオケ機器の画面に流れている新作映画の宣伝を聞き流しながら、曲入力端末をいじ
ってお気に入りのバンドの新曲を調べながら時間を潰していると、ガチャリとドアが開
き唯が部屋の中に入ってきた。
「おう、やっと来たか……って、どうしたんだその格好?」
やっと現れた唯の服装は下から順に、学校指定のローファー、いつもの黒のタイツ、黒
のスカート、黒のダウンジャケットとさらには黒い手袋まで付けた黒づくめであった。し
かもダウンジャケットのフードをかぶり、そのフードには可愛らしい猫耳が付いているの
で、まるで黒猫のようである。
「猫耳なんかつけちゃって、今日はゆいにゃんって呼べばいいのか?」
世間一般の常識からいえばちょっと変わった服装だが、唯にはよく似合っている。
「澪ちゃん……ちょっと、部屋、暗くするね。」
「え? ああ、うん。」
唯の声は小さく、少々聞き取りづらかった。どうしたんだろう? なんかいつもと雰囲
気違うな――と、澪が戸惑っていると、唯はドアの横についている照明を調節する摘みを
オフの方へと捻った。
「唯って明るいところで歌うの苦手? いや、そんなことはないよな。ライブで大勢の前
で歌う時も堂々としたもんだし」
「ごめんね、澪ちゃん」
小声での謝罪とともに唯は澪の方へと走り寄った。
二人の体が重なる。
「え?」
澪の口から疑問の声が漏れる。
唯の手にはナイフが握られており、鋭利なそれは澪の心臓あたりに突き刺さっていた。
「ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね……」
ごめんね。ごめんね。ごめんね。呟くたびに澪の体にナイフが突きたてられていく。
突然の出来事にさしたる抵抗もできず、やっとのことで絞り出した助けを呼ぶ声はカラ
オケ店特有の防音と喧騒に消えていった。
ほう
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 20:56:34.15:czSh/PHH0「そして犯人は店から逃走。現場には犯行時に落としたと思われる平沢唯の携帯電話とナ
イフが突き刺さった秋山澪の遺体が残されていたわけだ」
監視カメラに残されていた映像と、カウンターで平沢唯らしき人物の応対をした店員の
目撃証言から、翌日平沢唯は任意で引っぱられることとなった。
ここまでしゃべったところで草薙は言葉を切り、湯川の方を見た。湯川は爪にヤスリをかけている。両足は机にのせていた。
例によって帝都大学理工学部物理学科第十三研究室にいる。今は講義の時間で、学生たちの姿はなかった。
「さて、ここまでで何か質問は?」
「質問ね。しいて言うなら、なぜ僕にそんな話を延々と聴かせているのかを教えてほしい
な」
湯川は全く興味がなさそうに、爪を磨きながら草薙に問う。
あ、そういう系なのね……
22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/08(土) 21:08:05.63:czSh/PHH0「わかりやすい事件じゃないか。犯人は被害者の恋人で、動機はおおかた痴情のもつれか
なにかだろうさ。同性カップルである点を除けば、ごくありふれた殺人事件」
「そんな単純な事件なら、お前に相談しに来たりしない」草薙は困ったように頭をかきな
がら疲れたように言葉を吐く。
「この話には続きがある」事件内容を話すときの草薙の目はいつも真剣だ。「なんと平沢唯には、そっくりな妹がいるんだ。名前は平沢憂。髪形を似せれば、親しい友人でも見分け
がつかなかったそうだ」
「なるほど。双子トリックというわけか」
「いや、確かにそっくりなんだが、双子というわけじゃないらしい」草薙は左手に持った
手帳を右手のボールペンでたたきながら訂正する。
「ああ、僕が言っているのは双子入れ替わりトリックのことさ。この場合、本当に双子か
どうかは問題じゃない」
湯川は目を細めて窓から外を眺めた。
「やはり、わからんな。犯人が平沢姉妹のどちらだったとしても、僕に話すような事件で
はないと思うが」
「……実はカラオケ店の店員が奇妙な証言をしているんだ」
「奇妙な証言?」湯川の目が少し見開かれた。
「店から逃亡するときに犯人は店員の一人と廊下でぶつかっている。そのぶつかった店員
がちらっと見た犯人の顔には、まるで殴られたような痕があったというんだ」
「犯行時に殴られたんじゃないか?」
「秋山澪の手には殴ったような痕はなかった。しかも、しかもだ、逮捕時の平沢姉妹の顔
は傷一つない綺麗なものだったんだよ! 犯行があった深夜から翌日逮捕されるまでのた
った十数時間程度で、殴られた傷を完璧に治すなんて有り得ると思うか?」
「店員が見間違えたんじゃないか? 人間の記憶など、当てにならんものだ」
「うちの課長はお前と同意見だよ。ぶつかったときに顰めた顔が殴られた痕のように見え
たんだろうと言っている」
ははは、と湯川は声をたてて笑った。
「いつものことながら、君のところの課長とは気が合う」
「はあ、笑い事じゃないんだが、やっぱり課長やお前の言う通りなのかな」
「仮に、本当に一晩で怪我を治したとするならば、報告書にはなんと書くつもりだい? 犯
人は超常の自己再生能力をもっていました、とかかな? なかなかユニークで素晴らしい
報告書だとは思うが」
湯川の言葉には、明らかに小馬鹿にしたようなニュアンスが含まれている。草薙は口元
を歪めた。
湯川は、話は終わったと言わんばかりに席を立ち、いつものインスタントコーヒーを淹
れるために、流し台へと歩いて行く。
「わかったよ、犯人はこのまま平沢憂で決まりか。平沢憂の証言には微妙に納得いかない
ところもあるんだがなあ……」
草薙は少々不満そうだ。
「ん?」
草薙の言葉に気になるところがあったのか、湯川の視線が草薙の持っている事件概要が
書かれた手帳に向けられる。
「平沢憂で決まりとはどういうことだ。姉の方も十分怪しいと思うが」
水を入れたやかんを火にかけながら湯川は訊いた。
「ああ、平沢憂自身が、自分が犯人だと主張しているんだ。逮捕されたのも、平沢憂本人が
自主してきたからだよ」
「自主してきただと?」湯川の眉間にしわが寄る。「なぜだ?」
「そりゃ、自分が犯人だからだろう。もしくは、姉をかばうためという線もあるだろうが」
「かばうため? かばうためか……」
湯川は何事か考え込むように顎に人差し指を添えている。
数十秒程の間をおいて、湯川はガスレンジの火を消した。
「まだ沸いてないんじゃないか?」ぬるいインスタントなど飲めたものじゃないだろう、
と草薙が続けようとした言葉を切るように、湯川は草薙を指差しながら口を開いた。
「コーヒーはおあずけだ。カラオケ店の監視カメラに証拠映像が残っているんだったか?
その映像は、僕にも見せてもらえるんだろうね?」
「で、映像を観た感想は?」警察署の一室で二人はパイプ椅子に座って映像確認用のテレ
ビに向かっている。犯人が犯行現場に現れてから十数秒程で犯人の手で証明が落とされて
しまうので、実際に凶行がおこなわれている場面は部屋が暗くてよく観えない。
「犯人は猫耳を付けている」
「それはお前の研究室で言っただろう? 他にはないのか、他には」
「秋山澪は照明が落とされる前に犯人の顔を確認している。とりあえず、秋山澪が犯人の
ことを平沢唯だと認識しているのは間違いないらしいな」
「ああ、それは間違いないよ。店員にも平沢姉妹の写真を見せて確認してある」ただ、残
念ながら店員には姉妹の区別はつけられなかった。
湯川は何度も巻き戻しては映像をチェックしている。
「犯人の指紋は全く残されていなかったのか? 凶器にも?」
「うちの鑑識をあまり馬鹿にするなよ? そんな証拠があれば苦労しない」
「そうか、では次にいこうか」
湯川はパイプ椅子から立ち上がって足早にドアの方へ歩を進める。
「ちょ、次ってなんだよ? どこへ行くつもりだ」
「平沢唯と秋山澪が所属していた部活は、たしか軽音楽部だったか? その軽音楽部の子
たちの話が聞きたい」
桜ケ丘高校の応接室で、湯川と草薙はソファに腰掛けて呼び出した生徒が来るのを待た
されていた。
「秋山澪の幼馴染で部長の田井中律。大企業の社長令嬢である琴吹紬。唯一の後輩中野梓。
秋山澪と平沢唯を除けば、軽音部員はこの三人だけだ」
「琴吹、というのはあの琴吹かい? 一流企業じゃないか。うちの大学からも毎年たくさ
んの卒業生が琴吹の関連企業に就職しているが」
「その琴吹で間違いないよ。犯行があった日に五人が観た映画も、琴吹の関連企業が制作
したものらしい」
しかし遅いな、と草薙が愚痴ろうとしたその時、応接室の扉がコンコン、とノックされ
た。
「どうぞ」草薙がノックに応えると、スライド式のドアがガラリと開けられた。
「お待たせ致しました。山中さわ子と申します。軽音楽部の顧問を担当しています」年齢
は二十代半ばといったところの、柔和そうな印象を与える教師が生徒を連れ立って部屋の
中に入ってくる。
「急に押しかけてしまってすいませんね。少々お伺いしたいことができてしまいまして」
草薙は申し訳なさそうに頭を軽く下げる。それに合わせて会釈しながら、さわ子、紬、梓
は対面に腰掛けた。
「一人足りないようですが?」湯川はこんな時でも態度を崩す気はないようだ。
「すいません。部長の田井中はあれ以来、学校を欠席しておりまして……」
無理もない。事件の被害者も容疑者も、とても親しくしていた友人なのだ。ショックで
塞ぎ込んでしまうのは当然と言える。
「あの、私たちに答えられることは、もう全てお答えしたと思うのですが」紬が草薙に目
を向けながら言う。
「いやあ、今日はちょっと、うちの同僚がどうしても確認したいことができたというので
訪ねさせていただいたんです」草薙は湯川に目配せしながら答えた。話を合わせて刑事の
ふりをしろ、ということだろう。帝都大学準教授という肩書きでは、円滑に事情を聴くの
は難しい。
「どうも、湯川と申します。いくつか聞きたいことがあるのですが、まずはじめに」湯川
は紬と梓に視線を向けて、「猫耳ファッションについて、どう思われますか?」と尋ねた。
「はあ?」
間の抜けた声をあげてしまったのは草薙だ。わざわざ女子高までやってきてこんなくだ
らないことを聞くとは思わなかった。
「あの、それが何か事件と関係あるんですか?」梓が訝しげに問いかける。
「ええ、とても重要なことです。どうです? 最近の女子高生の間では猫耳を付けるのが
流行しているのでしょうか?」湯川の顔は思いのほか真剣だ。その真剣さと質問内容のギ
ャップで、ほかの面々は余計に唖然としてしまうのだが。
「別に、そんな奇抜なファッション流行ってないですよ。 流行るわけがないです」梓は
少し早口で否定する。
「唯ちゃんは、たまに梓ちゃんに猫耳カチューシャを無理やりつけて遊んでいましたけど」
「ちょっと、ムギ先輩! そんなこと別に言わなくてもいいじゃないですか!」
「ほう、では平沢唯さん自身も、よく猫耳を付けていたのでしょうか?」
猫耳の何がそんなに気になるのか、湯川は質問をつづける。
「……いえ、自分でつけるのはそれほど好きではなかったですね。いつもいつも私にばか
りつけさせて……」梓が本当に嫌そうに呟く。
「なるほど、では次の質問ですが、犯行があった日、五人で映画を観にいったそうですね。
提案したのはだれでしょうか?」
「……私ですが、それがなにか?」紬が右手を軽くあげながら答えた。
「いえ、ちょっとした興味です。では次の」質問ですが――と湯川が言おうとしたところ
で、山中さわ子が口を開いた。
「あの、この子たちも、事件には大変ショックを受けておりまして……あまり重要ではな
い質問をされるんでしたら、できれば今はそっとしておいてあげて欲しいのですが」
「も、申し訳ありません!」草薙があわてて謝罪し、湯川を少し睨む。
「わかりました。では最後の質問にしましょう」それでも湯川は全く悪びれない。
「あなたたち軽音楽部は平沢唯と秋山澪の交際を祝福していましたか?」
「な! 何を言っているんですか!」さわ子が声を荒げる。
「お答えいただきたい。できれば今ここにいない田井中律さんがどうだったのかも含めて。
どうです? 祝福していましたか?」
「やめてください! そんなこと聞かなくてもいいでしょう?」我慢ならなくなったのか、
ついにさわ子はソファから立ちあがって湯川を睨みつける。
「……少なくとも私は、祝福なんかしてませんでしたよ」梓は俯きながら湯川に告げた。
「梓ちゃん! そんなこと言わなくていいの! も、もう帰ってください!」
応接室を追い出された二人は校舎を出て、草薙の車を置いてある駐車場へ向かっている。
「湯川、なんであんな質問したんだ。どの質問も事件に関係あるとは思えなかったが?」
草薙の顔にははっきりと、御不満です、と書かれている。
「どれも重要な質問さ。おかげで事件の真相はだいたいわかった」
「なに! 本当か?」
「ああ、勿論」
「じゃあ教えてくれって言っても、すぐには教えてくれないんだろうな」
「当然だ。少々試してみたいことがある。また後日、僕の研究室に来てくれ」
湯川の不遜な顔が、冬の優しげな太陽に照らされた。
放課後の音楽室、琴吹紬と中野梓はたった二人でティータイムを開いていた。
「りっちゃん、今日もお休みだから、ケーキ余っちゃったね」紬はさびしそうに顔を伏せる。
「半分こしましょう。私、ムギ先輩が持ってきてくれるケーキ、大好きですから!」
「……やさしいね、梓ちゃんは」
「食い意地はってるだけです。そんなことで褒められても困っちゃいます」
梓はケーキをきれいに半分に切り分け、紬と自分それぞれの皿の上にのせた。
「ムギ先輩は」
「……ん?」
「犯人、どっちだと思いますか? 唯先輩か、憂か」梓はケーキの上に乗っていたフルーツをフォークで弄びながら紬に尋ねた。
「みんな噂してるわね、どっちなんだろうって。梓ちゃんはどう思う?」
「私は……どっちだったとしても、嫌……です」
「……そうね。そのとおりだわ」
音楽室は静寂に包まれていた。楽器の音などなにひとつきこえない、深い静寂に。
今日の午後三時に研究室に来てくれ――と呼び出され、草薙は一も二もなく帝都大学へと赴いた。
湯川の研究室の扉の前に立ち、一つ、二つとノックをする。
「開いてますよー」
低音だが少し間延びした男の声がきこえた。中に入ると、髪をオールバックに流した三
十代くらいの年齢の男が立っていた。
「あの、私は湯川の友人で、草薙俊平と申します。湯川はどちらに?」
「ええ、ええ、聞き及んでおりますよ。私の名前は佐野雅治です。この大学で物理学の教
鞭をとっております。ただいま湯川先生は少々私用で席をはずしておりましてねえ。まあ、
そこの椅子にでも座ってお待ちください」
「ああ、ではちょっと待たせてもらいますね」
授業で生徒が使う椅子に腰かけ、草薙は少しネクタイを緩める。
待っているあいだ特にすることもないので、草薙は湯川のいないうちに煙草でも吸おう
かと、懐から携帯灰皿と煙草を取り出す。
「ちょっとちょっと! 困るなあ、草薙さん。ここは禁煙ですよー」
「う、すいません」
「くっくっく。吸いません、だけに?」つまらない駄洒落だ。
「あ、あはは……」思わず草薙は苦笑いを漏らす。
「口寂しいのならコーヒーでも淹れましょう。少々お待ちください」
「あ、いえ、お気づかいなく」どうせインスタントのあまりおいしくないコーヒーだ。わ
ざわざ淹れてもらうのも悪いと草薙は思ったが……
「そういえばあの時は、おあずけになってしまったんでしたねえ」
「あの時?」
「あの時ですよ。ほら」
草薙にはいまいちピンとこないようだ。と言うより、草薙と佐野は今日が初対面のはず
である。あの時というのは――
「ふむ、やはり声色と口調を変えればなかなか気づかれないようだな」いつもの湯川の少々
もったいぶったイントネーションの声がきこえた――佐野の口から。
「さ、佐野さん? あんたっ、いや、お前、湯川か!」
「ご名答。といっても、これだけヒントを出さないと気付かないというのは、刑事として
は洞察力に難ありといったところか」湯川は悪戯が成功して心底うれしいといった風に笑
顔を見せるが、その顔はいつもの湯川の不遜な顔ではなく、どこにでもいるさえない中年
に観える。
「この顔は特殊メイクさ」湯川は左の奥顎をかりかりと引っ掻いて少しだけ皮膚を引っぺ
がす。メイクだとわかっていてもその光景は少し気味が悪い。
「特殊メイクと一口にいっても色々種類があってね。パニック映画やホラー映画でよく見
るモンスターを作る怪物メイク、傷痕や火傷をつける怪我メイク、そして、まるで整形で
もしたかのように顔を変えてしまう別人メイクだ」
「しかし、どうして特殊メイクなんて手の込んだ悪戯を」
「僕が君を驚かせるためだけにこんなことをすると思うかい? これが事件の真相さ」
草薙は驚いて湯川の顔を凝視する。
「それじゃあ……お前は、平沢姉妹のどちらも犯人ではなく、特殊メイクで顔をかえて犯
行に及んだ真犯人がいるというのか?」草薙は眉間にしわをよせて訝しげだ。特殊メイク
なんかで、恋人の顔をみまちがうだろうか? 秋山澪は、たしかに犯人を自身の恋人だと
認識していたというのに。
「そうだな、普通ならすぐにばれるかもしれない。僕がいま君にばれなかったのは架空の
人物に成り済ましたからだ。特定の人物、特に被害者にとっては恋人に当たる人間だ。一
目でばれてもおかしくはないが、あの時の犯人の格好には、ちょっとした秘密が隠されて
いる」
「秘密だと?」草薙は監視カメラに残されていた映像を頭に思い浮かべる。
「ゆったりとしたダウンジャケットは体型を隠すことができる。さらにフードをかぶって
いたな、あれは髪の長さを誤魔化すためだろう。そして極めつけは、あの猫耳」
「猫耳ぃ?」
「猫耳だ。あんなものを付けて人前にでるというのは、かなり奇特な人間だ。平沢唯は日
常的に猫耳を付けるのを好むようなファッションセンスではなかったらしいから、秋山澪
も驚いて注目したはずだ」湯川はすました顔で言う。
「むう、だがそんなことで……」
「人間の認識視野って奴は驚くほど狭い。特に、なにかに目を奪われるように注目してし
まうと、それ以外のものは観えているようで観えていない、しっかりと認識できていない
状態になってしまうのさ」
湯川は右ポケットから白いハンカチを取り出して、目の横くらいの高さに掲げて振る。
「こうやって右手のハンカチに注目を集めておいて、左手はポケットのなかで次の手品の
種を用意する。観客の目には確かに不自然な動きをしている左手が映っているはずなのに、
どうしても右手のハンカチがちらついて、左手を認識することができない。古典的な認識
操作トリックだよ」湯川は猫耳をハンカチに、犯人の顔を左手のポケットにたとえて説明
した。
「さらに、カラオケ店の店員が見たという逃げ去る犯人の顔というのはこんなのじゃない
のかな?」湯川は右のこめかみあたりを指でつまんで、下へ一気に、頬のあたりまで引張
る。
「あ!」
「このメイクは人工皮膚を使用していて、直接皮膚に特殊な接着剤でくっつけているんだ
が、この接着剤は剥がすときに顔を傷付けないために水で溶けるようにつくられている。
ただ、汗で接着力が弱まってしまうという欠点があるんだ」
湯川の顔は右目の眼尻が垂れ下がっていて、まるで何ラウンドも戦い抜いたボクサーの
ように目が潰れている。
「少々汗をかいたからと言って簡単にメイクが崩れるということはないが、接着力が弱ま
った状態で何らかの衝撃が加われば人工皮膚がずれてしまっても不思議はない」
「ということは、もう一度事件を洗いなおさないとな」草薙はうんざりしたようにぼやく。
「いや、そうでもない。秋山澪は犯行現場に残されていた平沢唯の携帯で呼び出されたん
だろう?」湯川はもうすでに犯人にあたりを付けているようだ。
「携帯電話を盗むタイミングとしては、映画を観ている最中がベストだ。映画館の暗闇な
ら、気づかれないように盗みやすいし、前日以前に盗むと携帯の利用契約を停止してしま
うリスクが高くなるからな」
「映画を観に行ったのは軽音部の三人か、その中に犯人が?」
「さらに、僕のこの特殊メイクは、近所にある映像美術の専門学校の学生に、材料費だけ
渡してやってもらったんだが……」
「へえ、学生にしちゃ良い腕だ」完璧にだまされた草薙は手放しでほめる。
「僕もそう思うが、実際にいる人物の顔を造るのは学生の腕ではちょいとむずかしいだろ
う」
「では、プロに頼んだということか」
「ああ、そして、最初は僕もプロに頼もうかと思ったんだが、軽く調べてみて驚いた。結
構な金額がかかるようだ」
「十万くらいか?」
「そんなもんじゃない。 そこらを走ってる車くらいならポンと一括で買えるくらいだ。
少なくとも普通の女子高生に払える金じゃないし、犯罪の片棒を担がせるわけだから、相
応の口止め料も必要だろう。そんな金を用意できるのは……」
草薙の脳裏に、軽音部員の一人の名前が思い浮かんだ。
「我々の推理は以上です。訂正する部分はありますか?」
琴吹家の一室で、草薙と紬は向かい合って座っていた。紬の隣には執事の斎藤が控え、
部屋の唯一のドアには草薙の後輩である牧田刑事が立っている。
「お嬢様、刑事さん方にはお引き取りいただいた方がよろしいかと……」
「やめなさい、斎藤。これだけ真相をつかんでいるんだもの。抵抗しても無駄だわ」
紬の顔は穏やかな諦観の色が浮かんでいる。
「お察しの通りです。すでに、あなたが雇った特殊メイクアップアーティストの日野早苗は全て自供しています」
映画『ZOMBIE HAZARD』のスタッフだった日野早苗には多額の借金があり、高
額の依頼料と口止め料に目がくらんで、深く考えもせず話に飛びついたのだった。
「ひとつだけ疑問をあげるとしたら、動機でしょうか。やはり、平沢唯か秋山澪のどちら
かを君も愛していた……とか」
「ふふっ、そんなんじゃありませんよ。私、同性愛者じゃないですし」紬は綺麗な笑顔で
語りだす。
「りっちゃんがいて、澪ちゃんがいて、唯ちゃんがいて、梓ちゃんがいて、私がいる、仲
良しで楽しくて明るくて眩しくて暖かくて……そんな軽音部が私は大好きだった」
思い出を懐かしんで口元をほころばせ、まるで母に抱かれた赤子のような穏やかな顔だ
が、目元だけはどこか狂気を孕んでいるように見えた。
「五人の関係が崩れだしたのは、あの二人が付き合いだしてから。りっちゃんは目に見え
て元気がなくなっていくし、梓ちゃんは日に日に荒んでいくし、唯ちゃんと澪ちゃんはお
互いのことしか目に映らなくなっていった」
「だから……殺したと?」
「どうせこのまま緩やかに五人の関係が壊れていくのを見るくらいなら、自分で壊した方
が良いかなって……そう思ったの」
そんなくだらない理由で、人を殺したのか――。
喉元まで出かかった言葉を、草薙は無理やり飲み込んだ。少女の瞳には、譬えようのな
い暗い感情が燻ぶっていて、覗き込んでいると、そのまま飲み込まれてしまうのではな
いかという錯覚を起こした。
「――と、いうわけで事件は解決したよ。殆どお前の言うとおりだった。さすがだな、湯川」事件の顛末を話し終え、草薙は椅子の上で伸びをした。
「しかし、なんで平沢姉妹が犯人ではないとわかったんだ」
「平沢憂が自主してきたと聞いたときに、疑問がわいた」湯川は窓のカーテンを大きく開いて外を眺めた。
「そもそもカラオケボックスは人を殺すのに適した場所とは言い難い。入店時には店員と
会話しなければならないし、まず間違いなく監視カメラが設置されている。そんなところ
にわざわざ呼び出したのは何故か? 殺すことさえできれば捕まってもいいと考えていた
から?」
湯川はまるで、学生に講義をするかのように饒舌に語る。
「そんなはずはない、捕まってもいいと考えていたのなら凶器に指紋が全く残されていな
いのはおかしい。わざと証拠を残して平沢唯に罪を被せようとしたと考えるのが最も自然
だ。そう考えれば、犯人が翌日に自首してくるというのは少々違和感があると思わないか?」
「なるほどな、しかし、俺は今回ほど犯人を怖いと思ったことはないよ」
「なぜだい?」
「あんな上品で誠実そうな女子高生が、心の中ではトチ狂ったようなこと考えてたんだ
ぜ? 女性不信になりそうだ」
「上品だから、誠実そうだから、高校生だから……そんな上辺の要素では女性の本質は測
れはしないさ」湯川は気だるく伸びをして椅子の背もたれに身を預けた。
「女という生き物は、メイクの下ではどんな顔をしているのかわからんものだ」
紬「わたし推理物の犯人役をするのが夢だったの~」
さわ子「福山さん格好良かったわね!」
憂「梓ちゃんも福山さんと共演シーンあったんだよね?」
梓「え? ああ、まあね。ちょっとだけだけど」
澪「私の役、同性愛者の上に被害者ってのは文句言うべきところなのか?」
律「澪はまだ良いだろうよ! 私なんか出番冒頭だけだぞ!」
唯「がりれお! 終わり!」
コメント 12
コメント一覧 (12)
トリックは残念だけどな。
加賀恭一郎でやった方が面白かった。
しかも姫子といちごの会話からして劇場版映画だろこれ?しかも福山雅治まで出しておいてこのクオリティじゃポップコーンとコーラ投げるわ
ストーリーはあんま面白くない…微妙だ。