- 五条「貴方が殺せと言うなら神だって殺しますよ」 1 2 3 4 5
五条「願わくば、もう一度貴女をこの手に抱きたい」 1
3:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 19:55:27.43:DRAChgRy0
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出会いと別れは平等と誰かが言っていた。
数多の出会いがあれば、それと同じ数の別れがある。
それは……きっと人間の力じゃ抗えない、運命とか、因果とか……そういう外側からの力なんだと思う。
別れにも出会いと同じ価値がある?
ちがう。
出会いは色んなものをくれるけど、別れはいつだって奪い去るのよ。
私から、あなたと、心を持ち去ったのよ。

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4:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 19:58:33.06:DRAChgRy0
私はあなたを止めることはできない。
目を瞑るしかできない。
だから私は願った。
あなたと別れることは、死ぬことよりもつらいこと。
願い……?
ううん。
祈り、なんだと思う。
神様に祈ったわけじゃない。
どこにもいかないで欲しい、っていうただの誰でもない『あなた』へ祈ったの。
5:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:03:38.99:DRAChgRy0
でも結局祈りは、私になにも残してはくれない。
あなたを思って流した涙が、希望になったかっていうとそんな事もない。
涙が出て、涙が出て、涙が出て、涙が出て、涙が出て。
涙も枯れ果てたところで物語みたいにあなたが現れるかもしれない、最初はそんな馬鹿なこと考えたりもした。
結局、瞼を腫れ上がらせて涙がくれたのは、現実感。
いない、という事実
死んでもう二度と会えなくなることと、生きてもう二度と会えなくなること。
どっちが悲しいことだと思う?
ねえ、教えてよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
7:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:11:26.35:DRAChgRy0
使う者のいない厚い学術書が、もうひと月も机の上で伏せられている。
入れ換えられていない空気が只でさえ暗い部屋の重さを際立たせる。
閉められたカーテンは私の部屋に明るい光を通さず、埃と湿気は床の上に薄く張り付きまるで自分のようで自嘲気味な笑いが溢れた。
毛布の中でそっとお腹に手を当ててみると、情けなくきゅうと空腹の鳴き声を上げ、そこでもう二日ほど食事を取っていないことを思い出した。
人間という生き物は動かなくてもお腹が減るものなのか……
でも、いいや。
自分で死ぬ勇気もない私には餓死くらいが丁度いいのかもしれない。
シエスタが毎日三度、部屋の前に食事を持ってきているのは知っていた。
最初のうちはそれなりに減っていた皿も、ここ二三日はそのまま厨房に返されていることだろう。
悪いことをしているな、という気持ちはあるが別にそれに対して何かしてやろうという行動は起きない。
8:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:15:30.47:DRAChgRy0
食べることへの気力さえもない。
呼吸すらも億劫だ。
何も聞きたくない。
何も話したくない。
眠るように死にたいと思い始めて何日経っただろう?
眠っている時が一番いい。
何も頭の中で考えが巡らないからだ。
無意識は私から痛みと虚無感を拭い去ってくれる。
眠っていることと死んでいることは同じだ。
だったら深い眠りにつき、そのまま心臓が止まればいい。
9:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:21:35.79:DRAChgRy0
部屋の戸の前にはついたてが置いてあり、誰も入れなくしてある。
といってもここ一週間は誰も部屋の中に入ってこようとしないから、あまり意味が無いのかもしれないが。
最初の頃は部屋に残っていた欝陶しいノックの残響も聞こえなくなった。
いま一番嬉しいと思うことはそれくらいだ。
本当にそれだけ。
アルビオンから戻ってきて、まだ授業に一度も出ていない。
そのことについて咎められないのは、私がここから出てこない理由を知っているからなんだと思う。
同情かな?
先生方は皆、大事な人がいなくなる悲しみを知っているから、私に少し心を休める休憩でも与えてくれているつもりなんだろうか。
そうすると痛みがなくなるって言うの?
時間は心の痛みも薄れさせるの?
なら尚更私には意味のないことだと思うけれど。
だってそういうのって、『忘れる』って事じゃないの?
つらいのが無くなる代わりに大事なことをなくすのなら、ずっとつらいままでいいと私は思う。
11:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:28:34.40:DRAChgRy0
ため息をつくと頭に鈍い痛みが走った。
最近一番私をイラつかせる頭痛。
一定間隔でグリグリと後頭部をきざむ。
右手で左手の甲を抓り、逃れようとするが頭の痛みのほうは身体の芯の部分で焼けつくのであまり効果はない。
この偏頭痛から逃れる方法がひとつだけある。
それに実はちょっとだけ楽しいことでもある。
『思い出すこと』
14:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:34:17.98:DRAChgRy0
変な笑いを浮かべた、ちょっとイジワルな顔とか。
カッコイイとはなんか違うわねー、味のある顔?
ふふ……今思い出してもあの眼鏡、もっといいデザインのにすればいいのにって。
案外皆気がついてないけどあの張り付いてる笑い顔、嬉しい時や楽しい時っていつもと違うのよね。
妙に年をとったような渋めの、男っぽい声とか。
あー、私アイツの声けっこう好きだったんだなーって思ってにやけてしまう。
声聞いてるとすごく落ち着くってなんで分からなかったんだろう。
子守唄?
いやいやそれは言いすぎ。
残しておく方法なかったのかしら、声ぐらい。
聞きたいな……声。
16:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:40:48.17:DRAChgRy0
あと意外とおっきい掌。
暖かい背中。
筋肉質な腕。
鍛えられた両足。
つるつるした指。
私より速い心臓の鼓動
刹那だけ触れ合った口唇……
顔に触れていた指先に水滴が伝わる。
笑い顔で泣くなんて、変な感じ。
うっすら開けた目に白黒のボールが入ってくる。
いや……見たくない。このボールなんて。
枯れたと思ってても存外出てくる体温を滲ませた涙がまた枕を湿らせる。
これをやると、私はすぐ泣く。
楽しいけど、泣いちゃう。
18:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:44:20.91:DRAChgRy0
死ぬのは最後でいい、と言っていた。
今こそがその時だと思うけれど私には自分でこの世にサヨナラする勇気も決意も気力もない。
死ぬって言うのはとてつもなく難しいことなんだとようやく分かった。
死ねない私はどうしようもなくダメな人間だし、殺して欲しいとすら思うようになった。
それでも死なないのは心の何処かでまた会えるかもしれないっていう子供じみた甘えがあるからだ。
もういっそのこと誰かに言ってもらいたい。
『死ね』と。
19:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:50:08.73:DRAChgRy0
ああ、またこの結論になった。
堂々巡りばかりのこの脳味噌を窓から投げ捨てたい。
ふと、部屋の外が人の声で満ちていくのを感じる。
そろそろ朝食の時間。
食べもしないパンとスープをシエスタが持ってくる時間だ。
私には分からないけど外は太陽の光で一杯で、いつものように皆は授業に出るんだろう。
いつものように友達と馬鹿な話をして笑って、楽しい一日が始まるんだろう。
どうでもいい。
21:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 20:55:26.16:DRAChgRy0
シエスタがきたら、もう食事はいらないと言おうかしら。
……それもどうでもいいわね。
どうせすぐに皆、私のことなんて忘れるでしょう。
完全に脱力した身体は力なくベッドに沈んでいき、私を再び無意識の世界に連れていってくれる。
次はもう瞼が開かないといいな、とぼんやり考える。
温い体温だけが生きているという証なんだろうか。
呼吸を止められた肺が酸素を求めてさまよう。
かき消されていく意識のせいで、結局はまた吸い込んでしまうが。
「……入るわよ」
25:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:00:48.32:DRAChgRy0
うつらうつらし始めたとき、ノックと声が聞こえる。
不快だ。
起こさないで欲しい。
どうせ部屋には入れないんだから。
ドアノブがガチャガチャと回るが、つい立てが開けることを許さず、部屋を守る護衛のように侵入者を抑えつける。
まさか最後に私を守ってくれるのがただのつい立てとはね。
頭の片隅でそんなことを考えた。
数回繰り返された金属音が止まり、ドアの向こうの人物が諦めたことを教えてくれる。
もうこれ以上何もしないで。
誰とも会う気はないから。
「……ヴァリエール。開けなさい」
27:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:06:13.79:DRAChgRy0
心臓がビクリと高鳴る。
それは知っている声だったからかもしれないし、そこにまだ誰かがいたからなのかもしれない。
「……開けなさい」
私は答えない。
「……いいわ。最初からあんたが開けるとは思ってなかったし」
だれ。
やめて。
あけないで。
わたしをおこさないで。
28:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:11:54.34:DRAChgRy0
「駄々っ子には……力づくでちょうどいいわ」
その声を最後に急に静まり返る。
しかしその静寂は五秒ともたなかった。
爆音と共に部屋のドアは吹き飛び、壁に激突する。
半分に割れたドアが窓にぶつかり、ガラスを暗澹とした部屋に撒き散らす。
と同時に廊下から痛いほど眩しい光が遠慮もなしに乗り込み、舞い上がった埃をキラキラと照らし出す。
ヒールを響かせ何者かが私の領域に踏み込んでくる。
キュルケ「ゲホゲッホ……! 埃だらけ。よく生活できるわね」
29:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:16:58.31:DRAChgRy0
乾いた目を擦り、視界に飛び込んできたのは赤い髪の女。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
理解出来ない。
何故キュルケが私の部屋に来るのか、そして片手に朝食を持っているのか。
キュルケ「おはよう」
ひと月ぶりの顔合わせなのに、つい昨日まで会っていたかのような口ぶりだ。
ルイズ「……!」
キュルケ「起きなさい、ルイズ。あんたもう何日も食事をまともにとってないでしょ?」
久方ぶりに艷めいた声が鼓膜に届く。
ルイズ「……ツェル……プストー……」
水も飲んでいない私の声は老婆のようにしゃがれ、自分の喉ではないようだ。
キュルケ「ひどい声……水ぐらい飲みなさい」
32:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:21:45.04:DRAChgRy0
差し出されたコップを受け取り、少しだけ口に含む。
カラカラに乾燥していた身体の隅々まで潤いが行き渡るのを、なんとなくイメージで感じる。
ルイズ「なにしに……きたのよ」
気怠い体を僅かばかり起こし、無礼な侵入者を睨みつける。
キュルケ「ん? いえね、どっかの馬鹿が引きこもって延々ぐずってるからそろそろ叩き起こしてやろうと思ったのよ」
光がまぶしすぎてボンヤリとしか見えないが、キュルケは笑っているような気がする。
同時に沸々と沸き上がってくる怒り。
叩き起こす?
全くばかばかしい。
33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/30(木) 21:22:54.91:Eis0cH7n0
ルイズ「出てい……きなさい……」
搾り出すように声を鳴らす喉。
キュルケ「あら、言われなくても出るわよ。こんな埃だらけの部屋、一秒だっていたくないわ」
片手で口元をぱたぱたと揺らし、埃を払うその姿はさらに私の怒りを買った。
ルイズ「だったら……今すぐに……一秒以内に出ていきなさい……! じゃないと……」
キュルケ「フン、何よ。引き篭もってたわりには思いの外、強気じゃない。どうするって言うの?」
挑発するようにこちらを見つめるキュルケ。
ルイズ「爆発させてやるわ……!」
キュルケ「ぷ、あんたがあたしを?」
ベッドから下り、ふらつく足で机に向かうが覚束無いその歩みをキュルケの爪先が引っ掛ける。
ルイズ「きゃ……」
35:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:30:59.40:DRAChgRy0
情けなく床に倒れこみ、埃にまみれる私をキュルケは見下ろす。
キュルケ「そんな状態で魔法を撃てると思ってるの?」
ルイズ「うるっ……さいわね!! いいから出てって!」
キュルケ「はぁ、威勢だけは相変わらずね」
ルイズ「……」
キュルケ「睨まなくたって出て行くわよ、あんたを連れだしたらね」
私の栄養不足で軽くなった身体を脇から持ち上げ、ベッドに座らせる。
ベッドの横に置いてある朝食を指さす様子は、有無を言わせない迫力があり、いつもとは違うその雰囲気に尻込みしてしまう。
トレイの上にはまだ湯気の立つ、暖かいコーンスープと食べやすいように一口大にちぎられた柔らかそうなパンが置いてあった。
なんとなく、その大雑把なちぎりかたは目の前にいるヤツが気遣ってしてくれたような。
そんな気がした。
38:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:38:03.64:DRAChgRy0
きゅうぅとだらしなく私のお腹は声を出し、空腹であったことを確かに知らせてくる。
……ベッドの上にいる間は気がつかなかったが、その有り体な食事が今まで食べてきたどんな豪勢な料理よりも食欲をそそる。
美味しそう、と思ったのも久しぶりだ。
キュルケ「食べなさい」
キュルケは怒るでもなく、いらつくでもなく、微笑んで私に言う。
さっきまでの憤慨が和らいでいく。
そしてゴクリと鳴る、喉。
心では反抗していても、身体はちゃんと食事を欲しがっている。
ルイズ「……」
キュルケ「話はそれからよ」
私の目線まで腰を下ろしたキュルケは、小さなパンをひとつ手に取り私の口元に差し出す。
ルイズ「う”う”う”う”……!」
心のなかの天秤が右に左にぐらつく。
理性と本能が戦っているのだ。
さっきまで考えていた餓死への道と、これでもかといい匂いを立てるパンを食べ生き長らえてしまうかを。
39:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:41:21.56:DRAChgRy0
キュルケ「……シエスタがあんたの為にわざわざ、パンを柔らかくしてあるのにねぇ。しかも焼き立て。あーーおいしそうだなーー! あたしが食べちゃおうかしら?」
これ見よがしにこちらを横目で窺い、その手を自分の口に運ぼうとする。
瞬間、私の口はキュルケの指に噛み付いていた。
がぶりと歯がパンと指を捉えて離れる。
口の中にパンのふんわりとした豊潤な味が広がり、一気に私の中の食欲が爆発する。
キュルケ「いったあああい! 何すんのよこの馬鹿!」
ルイズ「うるひゃいわね! あんちゃがよへいなこひょするにょが、わる、い……んぐ!」
当然のようにパンは咀嚼しきれず、食道に詰まる。
キュルケ「はあ、犬と変わらないわね……水飲みなさい」
手渡されたコップの水でパンを流し込む。
お腹にたまる食べ物に、僅かばかりの満足感を感じてしまう自分が酷く憎く思えて、でも私の両手は意思に反して目の前にあるパンを次々と平らげてしまった。
40:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:46:42.79:DRAChgRy0
食事を終えた私の隣。
ベッドに腰掛けたキュルケは黙っている。
廊下にいた生徒たちは皆授業に向かったため人影はない。
侵入者によって開けられた窓から清々しい風が部屋の中に吹きこみ、溜まっていた重苦しい空気を洗い流していくようだ。
どうせ明日にはまた、馴染み深い陰鬱な空気が戻ってくるのは目に見えているが。
なにも語らないキュルケに耐えかねて、口を開く。
ルイズ「あんた……もう授業始まってるわよ」
キュルケ「……だから?」
ルイズ「だからって……早く行きなさいよ」
キュルケ「もうひと月もサボってるヤツに言われたくないわね」
ルイズ「……」
キュルケ「……」
二人分の嘆息が漏れる。
41:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:48:26.81:DRAChgRy0
ルイズ「ていうか別にあんたが授業に出ようが出まいが知ったこっちゃ無いけど、
とりあえずここから出ていきなさいよ」
キュルケ「ふーん。で、出て行ったらこのドアも壊れた部屋でまた引き篭もるのかしら」
小馬鹿にした態度で前髪を掻き上げる。
鎮火しつつあった怒りの業火が急激に再燃しだす。
やはりこの女とはどうあっても反りが合わないということだ。
ルイズ「うるさい! 私の勝手でしょ!! さっさとどっか行きなさいよ!」
キュルケの前に立ち上がり、怒声を浴びせかける。
キュルケ「……嫌よ、あんたをこの部屋から出すまであたしは出ないわ」
毅然とした声で拒否の意思を真正面からぶつけてくるキュルケに、止めどなく憤怒のボルテージは上がっていく。
ルイズ「黙りなさい!! あんたになにがわかるって言うのよ! 私が……私が……どんな気持ちで……!」
キュルケ「……」
すっと立ち上がり、私より頭一つ分以上大きい背丈が無言で私を後退させる。
ルイズ「……!」
42:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:54:08.76:DRAChgRy0
キュルケ「あんたがどんな気持ちでメソメソメソメソ暗い部屋で自分の使い魔の名前を呼んでいたかなんて、あたしはどうでもいいわ」
ルイズ「な!」
キュルケ「ルイズ、あんたが部屋でベソかいている間……ギーシュが何してたか知ってる?」
ルイズ「……知らないわよ、そんなの」
光の差し込む戸の方に振り向き、背を見せるキュルケ。
キュルケ「あいつ、戦場にも関わらずアルビオンに独りで向かったのよ」
ルイズ「え……?」
キュルケ「ゴジョーがいなくなったって知って、こっちに戻ってきてすぐ荷物揃えて探しに行ったのよ?」
知らなかった……
ギーシュがそんな事していたなんて。
キュルケ「もちろんあたしとタバサは止めたわ、余りにも危険過ぎるって。そしたらなんて言ったと思う、あいつ」
キュルケ「『ルイズが傷ついている今、親友の僕が彼を探さずに誰が探すんだ!』ってさ」
43:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:59:20.68:DRAChgRy0
胸を刺す痛みが走る。
ルイズ「……」
キュルケ「あの馬鹿、自分の生命なんか二の次よ……いつ殺されてもおかしくない状況なのに、僕のヴェルダンデだけが手掛かりだろう、って……」
キュルケ「ヴェルダンデだって……大して頼りにならないのにさ……!」
キュルケ「その上、あたし達が付いていくって言ったら『戦場にレディを付き合わせたなんて知れれば、グラモンの名が廃る』って……ヘタレの癖に変なとこ、カッコつけるんだから」
キュルケの声は少し潤んで聞こえた。
ルイズ「……ギーシュは、無事、なの?」
45:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:03:35.35:DRAChgRy0
キュルケ「つい昨日帰ってきたわ。どういうわけか知らないけど、ヴェルダンデがギーシュを背負ってね」
ルイズ「そん……な」
キュルケ「速攻で医務室送りよ。何とか大事には至らなかったけど、一週間はベッドから起き上がれないでしょうね。まだあたしも話してないわ」
ルイズ「……」
キュルケ「それともう一つ、あんたが知らないこと」
こちらに向き直り、目を見つめてくる。
キュルケ「戦争、始まったの」
ルイズ「……は? なんで? どうして? だってゲルマニアとトリステインが同盟を……!」
キュルケ「アンリエッタ様は、ゲルマニアとの婚約を蹴ったわ」
息が止まる。
どういう事?
ルイズ「なん……で?」
46:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:09:42.24:DRAChgRy0
キュルケ「それはあたしにも分かりかねること」
ルイズ「……」
キュルケ「そして……その代わりにアルビオンとの同盟を結んだの」
ルイズ「アルビオンと……!? だってアルビオンはもう崩壊寸前じゃ」
キュルケ「そのはずだった」
キュルケはそっと目を伏せて、爪先に視線を向けた。
キュルケ「あの戦況を見れば百人が百人、『絶対』にレコン・キスタの勝ちを疑わないはずだった。『必ず』と言っていいほど、アルビオンの敗戦は確定的だった」
絶対。
それを幾度も覆してきた人を、私は一人だけ知っている。
47:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:14:05.56:DRAChgRy0
キュルケ「それが……少しずつ、本当に僅かづつだったけど、アルビオンが盛り返してきているの。変わるはずのない運命が『何か』によってズレてきてる」
ルイズ「……」
キュルケ「アンリエッタ様とウェールズ様は……もしかしたらその『何か』に賭けたのかもしれないわ」
ルイズ「……ゴジョー、いえ、そんな……」
信じられるわけがない。
でも、信じたい。
キュルケ「あたし達はもう一度アルビオンに行く。微力かもしれないけど、運命が変わりつつあるんだとしたらそれを手伝いたい。ゴジョーが戦っているかも知れないって可能性に賭けたい」
ルイズ「……」
言葉が出ない。
私はどうすればいいの?
私ごときがなにかして、いえ、なにか出来るとでも?
答えは誰も教えてくれない。
48:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:17:55.31:DRAChgRy0
キュルケ「ルイズ、戦争に参加しろなんてことは言わないわ。そんな権利あたしにはないし、あんた自身が決める道だから」
ルイズ「キュルケ……」
キュルケ「……ホントなら無理矢理にでも部屋から引きずりだしてやろうと思ったけど、やっぱりヤメた。大体の情報は与えたから、ここからはあんたの意思に任せるわ」
ルイズ「私の意思」
キュルケ「そ。どうするかはあんたの自由」
ルイズ「自由……」
分からない。
判らない。
解らない。
キュルケ「でも、あんたに出来ることは『ゼロ』じゃないってこと。それだけ」
49:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:22:31.93:DRAChgRy0
そう言い残し、部屋から出ていこうとするキュルケ。
ルイズ「違う!!!」
私の叫びに反応して歩みを留める赤髪。
ルイズ「私は……あんたが思ってるほど……力なんてないのよ……!!」
ルイズ「あんたみたいに……強くないし……タバサみたいに誰かを助けることも出来ない!! ギーシュみたいに勇気があるわけでもない!!」
ルイズ「なのに……! なんで……なんで……? 私なんか所詮ゼロのルイズなのに……!」
キュルケ「なら……言っておくわね」
53:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:27:33.30:DRAChgRy0
キュルケ「今の言葉を聞いて、あたしはあんたのこと買い被っていたかもしれないと思ったわ」
キュルケ「トリステインに来てから、あんたと敵対してきたけど……あんたに憧れてたとこがある」
キュルケ「『努力』と『誇り』」
キュルケ「確かにあんたは魔法なんて、てんで出来なかったし、最初はプライドばっかり高いヤツだと思ってた」
キュルケ「でもあんたは誰よりも努力してたし、どれだけ他人に馬鹿にされ様とも自分の誇りは失わなかった」
55:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:30:12.12:DRAChgRy0
キュルケ「だからこそ、あたしもあんたに負けたくないと思った」
キュルケの手が私の胸ぐらをつかみ、顔を近づける。
キュルケ「今は違う」
キュルケ「問題から目を背けて……!」
キュルケ「自分を無力だと卑下して……!!」
キュルケ「なんにも努力しない、ただの泣き喚く負け犬!!!」
キュルケ「それが今のあんた!!!」
56:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:35:13.61:DRAChgRy0
カーテンが風にはためいている。
その柔らかな頬を撫でるそよ風とは反対にハンマーで頭を叩かれたような衝撃だ。
もちろんそれは実際の衝撃じゃなくて、堕落しきってた私の心を鍛え直す衝撃。
ずっと曇ったままだった思考が透明なペンキで塗りなおしたように明瞭になっていく。
私を掴んでいた手が離され、再び部屋から出ようとするキュルケ。
ドアの蝶番の隣で一歩止まる。
キュルケ「あんたの生き方はあんたが決めなさい。このまま部屋にこもって、死に続けるのも生き方。行動すれば起こっていたかもしれない可能性を捨てるのも止めはしない」
指を私に向け、そう宣告した。
キュルケ「ただ、あんたが『ヴァリエール』なら立ち上がってきなさい。その横に『ツェルプストー』はいるんだから」
ルイズ「……」
キュルケ「考えなさいな。少しだけど、時間はあるんだから」
キュルケ「あんたに100のことをやれって言ってるんじゃないの。自分の出来ること、それを見極めなさい」
57:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:40:30.82:DRAChgRy0
キュルケの声はいつもより優しく、じんわりと私の心に沁み込んできたし、不思議なことにそれが嫌だとは思わなかった。
……なんとなしに今さっきの言葉はエレオノールねえさまも言いそうだな、なんて思う。
ルイズ(私にできること……?)
キュルケ「あたしは授業に戻る……!? はぁ……ずっとそこで聞いてたの?」
唐突に部屋の前の廊下で誰かに話しかけるキュルケ。
ギーシュ「いや、スマナイ。盗み聞きするつもりはなかったんだけどね……? 騒がしいものだから、また君らが大喧嘩してるものだと、ね」
申し訳なさそうな声で現れたのは、額に血を滲ませた包帯を巻くギーシュだった。
まだ病衣を着たままで松葉杖をついて部屋に入ってくる。
58:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:45:35.37:DRAChgRy0
ルイズ「ギーシュ……怪我……」
ギーシュ「ん? ああ、額のは少し傷跡が残っちゃうらしいけどしょうがないさ。むしろ生き残れたことを神とヴェルダンデに感謝したいね」
ギーシュにとって『顔』は他の男の人よりも大事なモノだろう。
それを彼は一つも厭うことなく、生きていることに感謝している。
自分を犠牲にすることに躊躇いがない。
ギーシュ「幸運なことに他は致命傷にもならなくてね。僕も避ける能力だけなら一流かもしれない。フーケにだって勝てるか、も」
ククク、と誰かに似た笑い方をするギーシュ。
キュルケ「結局あの時だって戦って無いじゃないの」
ギーシュ「そりゃあそうだが、僕だってレベルアップしたってことをだね……」
59:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:50:58.70:DRAChgRy0
そうだ、言っていた。
あの時三人は外でフーケと戦っていたはず。
ルイズ「アンタ達……フーケにどうやって勝ったの……?」
私の質問に二人は困ったような顔をする。
キュルケ「勝ったも何も」
ギーシュ「奴の方が途中で『テメェら雑魚を殺したところで報酬は貰えねぇ、雇い主が死んじまったみてぇだしな。サービス残業はゴメンだね』って逃げていったんだよ」
キュルケ「で、すごい音が聞こえてきたかと思ったら、ゴジョーらしき影が屋根から消えて」
ギーシュ「よく分からないまま、教会の中に入ると茫然自失の君がいて」
キュルケ「ウェールズ様に事情を聞いて、トリステインに逃げ帰ってきたの。これで分かった?」
ルイズ「う……ん」
実を言うとあの時のことは、記憶が曖昧ではっきりとは覚えていない。
思い出したくないっていうのも心に作用しているのかも。
61:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 22:58:38.19:DRAChgRy0
キュルケ「それにしたって……昨日は瀕死だったのにどんな回復力してんのよ。普通じゃないわよ」
ギーシュ「その、モンモランシーがね……?」
キュルケ「あ、そゆこと」
納得した表情で二三度頷くと、キュルケは椅子を手に取りギーシュの後ろに置く。
ゆっくりと腰を下ろしたギーシュは松葉杖を壁に立てかけた。
ふっと息を吐き出し、天井を見上げた彼は思い巡らせている。
数拍の間を置いてギーシュは口を開く。
ギーシュ「……あー、ルイズ。僕がこんな事を言うのは少しお門違いかもしれない」
ギーシュ「だから、君は僕の言葉を聞き流しても構わない。独り言とでも思ってくれ」
額の傷に手を当てる。
62:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:04:39.80:DRAChgRy0
ギーシュ「僕は弱い人間だ」
ギーシュ「僕一人でなにかを成し遂げられるなんてこれっぽっちも思っていない」
ギーシュ「戦争が始まってしまった今、人一人が出来ることなんて道端の石ころよりも小さい」
ギーシュ「それでも、無力な僕を突き動かしているのは……」
ギーシュ「ゴジョーさんがいたからだ」
ギーシュ「彼はいつだって僕に勇気をくれる」
ギーシュは懐からボロボロの布切れを取り出した。
知らない人には汚いゴミにしか見えないそれは見間違えようもない。
緑と赤のコントラスト。
あいつの着ていたサッカーウェアだ。
ところどころに剣で切り裂いたような跡があり、もう服としての体を保っていない。
ぶわっと、感情が高鳴る。
63:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:10:20.53:DRAChgRy0
ギーシュ「情け無いが……僕にはこれを見つけるだけで精一杯だった」
ルイズ「ご……じょーの……!」
ぐしゃぐしゃに、みっともなく泣き始める私に小さく微笑み、ギーシュは頷く。
ギーシュ「レコン・キスタがまだトリステインに攻めきれない理由を知っているかい?」
ギーシュ「誰かがレコン・キスタの侵攻を止めているんだ」
ギーシュ「きっと、僕らのよく知る誰かが……必死で、トリステインに降りかかろうとする厄災をギリギリのところで止めている」
ギーシュ「独りで」
ギーシュ「誰の力も借りずに」
65:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:20:12.75:DRAChgRy0
ギーシュ「笑っちゃうよ、軍隊相手に一人で戦っていて……尚且つ壊滅させているんだからね」
キュルケ「ふふ、アイツならやれるわ」
片足を引き摺りながら、ギーシュは私の左肩に手を添える。
ギーシュ「ルイズ・フランソワーズ。君は待ってるだけの女かい?」
ギーシュ「僕の中のルイズはそんな女じゃない」
ギーシュ「何度挫けたって、最後には立ち上がってくる心の強さを持った女のはずだ」
ギーシュ「君の使い魔が『絶対』を覆すように、君も自分の『ゼロ』を覆せるはずだ」
ギーシュ「ゴジョーさんは君がいなくなったとき、どうしたかを思い出せ!!」
ギーシュ「逃げるな……ルイズ! 待っていても何も現実は変わらない! 去っていった者を捕まえてみせろ!」
66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/30(木) 23:21:12.15:mB5MddSg0
ギーシュの声が私の閉じられた檻にヒビを入れていく。
私が動くことで変わることもあるのかもしれない。
動かなければ死にゆくだけ。簡単なことだ。
キュルケ「あんたのカッコつけは筋金入りね……ほら、無理しないで椅子に座んなさい」
ギーシュ「ふふふ……やれやれ。ゴジョーさんみたいにはいかないな」
ポリポリと頭を掻き、はにかむギーシュはやっぱりあいつが来る前より強くなっているように見えた。
キュルケ「……じゃあもう行くわよ」
ギーシュ「ああ、僕ももう少し眠りたいね」
ルイズ「……」
キュルケ「ギーシュの傷の治り具合にもよるけど、出発は五日後にしておくわ。自分で決めなさい。ついて来るか、ここで待ってるか」
そう言ってキュルケとギーシュは私の部屋から出て行った。
壊れたドアと窓がまるで元からそうだったかのように、我が物顔で落ちている。
物言わぬボールが風に押され、私の足元に転がってきた。
一瞬だけ、自分の大事な人が戦っている姿が白黒の上に映った気がした。
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69:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:37:36.42:DRAChgRy0
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罵声がカラカラに傷めつけられた戦場に響く。
はッはッはッ、と脳内のアドレナリンが分泌され呼吸を早める。
多勢に無勢。
言ってしまえばそこまでだが、それにしても目の前の兵士たちは数限りなく荒野に広がり、見渡すそこに自分の味方は誰もいない。
後ろに退くことは、死と同義。
まさにここが正念場。
ここから後ろへ侵攻を許せば、数多の侵略者が平和なトリステインに雪崩込むことは火を見るより明らかだ。
守るべき者を傍で守れないことを理解したとき、出来ることはこれしかなかった。
汚れた手で彼女に触れることが出来ないならば……
それでもまだ自分にやれることがあるのなら……
修羅の道でも進むべきだ。
そう覚悟した。
71:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:45:04.83:DRAChgRy0
「どういうことだ……敵は奴一人なのか……?」
兵士の一人がぼそりと呟く。
その隣にいる兵士がそれに返答する。
「冷静に考えろ……何故我々が未だトリステインに侵攻できていないかを……!」
「え……?」
「奴は『悪魔』だ。『トリステインから来た、黒い悪魔』。既に部隊が二つ、奴一人に潰されている」
「じょ、冗談だろう!? こちらには大砲もメイジもいるんだぞ!」
「奴は砲弾を蹴り返す……信じられるか……!? 数瞬の間に周りの兵が全て倒れていく姿を……」
「トライアングルメイジがいるだろう!!」
「魔法も無駄……奴には当たらん」
「そんな……馬鹿な話が……」
「我々は言うなれば生贄。物量で圧倒し、奴の体力が削れるまでの駒だよ……!」
彼らの言うとおり。
体力の消費だけがこちらの懸念材料。
戦いが長引けば長引くほど、膨大な敵兵は増えていき徐々に不利になっていく。
なれば、殺られる前に殺るしか手段はない。
72:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:48:44.98:DRAChgRy0
「にんげn、」
「ば……!?」
跳び上がり、遠心力で力を得た右足が喋りかけていた兵の頚椎を強引にねじ切る。
五条「クックックッ……! お喋りは……そこまでですよ……!」
「きたぞおおおおおおおおおお!!!!」
その声が戦いの狼煙。
一挙に自分の周りを取り囲み、槍と剣を鳴らし刺し殺すタイミングを窺っている。
五条「ヒヒヒ……! 死にたい奴からかかってくるといいですよ……!」
「こいつ、笑っている……?」
張り付いた冷酷な仮面に戦いていく雑兵たち。
五条「それが百人だろうと千人だろうと……! 一万人だろうと……!!」
73:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:53:11.62:DRAChgRy0
「やれぇぇぇ!! 殺せぇぇぇ!!!」
怒号が鳴り響き、途端、殺意が一斉に襲いかかってくる。
遊んでいる余裕はない。
シグマゾーンの応用で脳を高速回転させると、武器の動きは僅かの間だけ避けられるスピードに変わる。
覚えた技。
振り回した足で真空波を生み出し、眼前の敵を彼方まで吹き飛ばす。
「ぎゃあああああああ!!」
断末魔を上げ、堅い地面に転がる人間。
千切れる腕。
吹き上がる血しぶき。
74:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:57:53.81:DRAChgRy0
「何故!!? 速すぎるっっ!?」
慌てる者。
「砲弾を放て!! 物量で押しきれ!! 奴は一人だっ!!」
次の手を打つもの。
それら全てが手に取るように、『視える』。
にわかに騒ぎ出すレコン・キスタの中心で言い放つ。
五条「クックックッ……アーッハッハッハッハッ!!」
一陣の風が身体を通り抜けていく。
これがオレからの死の宣告。
五条「オマエたち……全員まとめて『狂わせて』やりますよ……! 『純粋』に……!」
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77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/31(金) 00:11:32.83:7Q0AQnkkI
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アンリエッタ「ルイズ……体調はもう大丈夫なのですか……?」
姫様の最初の言葉は私を責めるものではなく、優しい気遣いのお言葉だった。
時に優しさは人に痛みを与える。
もちろんそれは何も知らない姫様に非はなく、勝手に私が感じているだけの重みだけれど。
数メイル離れた位置から跪き、頭をさげる。
ルイズ「はい……お忙しいにも関わらず謁見させて頂けて……」
恐縮しきりな私を見て、姫様はブンブンと首を横に振る。
アンリエッタ「何言ってるの……ルイズ・フランソワーズ。あなたとの時間なら、食事を抜いたってつくるわ」
戦争が始まったにしては、それ程憂慮の表情を浮かべていない。
……ウェールズ様と、いえ、アルビオンと同盟が結べたからなのだろうか。
これも邪推ね。
馬鹿な考えを消し去り、頭を上げる。
161:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/01(土) 23:28:42.65:2ReQlfR+0
ルイズ「勿体無きお言葉……」
アンリエッタ「いやだわ。そんなに堅苦しくならないで」
ルイズ「いえ……ひとまず私の姫様へのご報告が遅れたことをお詫びいたします」
アンリエッタ「そんな……あんな状態だったもの。仕方ないわ」
あんな状態だった、ということは私は姫様に会ったのかもしれない。
覚えていないのが心苦しい。
ルイズ「申し訳ございません」
アンリエッタ「ううん、むしろ謝らなくてはいけないのは私」
アンリエッタ「感謝しなければいけないのも私」
二人だけの部屋に、姫様の声がしっとりと質感を持って私に届く。
162:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/01(土) 23:38:23.30:2ReQlfR+0
アンリエッタ「ウェールズ様を救ってくれたのは……やっぱり、貴方とその使い魔だと聞いたわ」
ルイズ「元使い魔……です……が……」
認めたくない現実を言葉にすることで自分に刻もうと思った。
そうでもしなければ私はまた自分の世界に閉じこもってしまいそうだから。
震えてしまった声を聞き、姫様は唇をきゅっと閉めて悲しそうな顔をした。
アンリエッタ「ウェールズ様も言っていたわ。彼がいなければ今頃私はレコン・キスタに殺されていただろうと」
椅子から降り、私の目の前に来ると姫様はしゃがみこんだ。
アンリエッタ「ありがとう……ルイズ」
痛い。
心が痛む。
ルイズ「いえ……私は結局何も出来ませんでした。賊であるワルドを倒すことはおろか……奴の計画に気づかず、婚約の儀を結ぶところでした」
163:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/01(土) 23:49:04.57:2ReQlfR+0
アンリエッタ「貴方は悪くないの……それに気がつけなかったのは私も同じ」
ルイズ「それだけではないんです……」
堪えていてもすぐに漏れ出しそうになる涙は、叫びたい感情が今も私の中で燻り続けている証拠で、されど行き場を失った思いは留まること無く溢れてくる。
アンリエッタ「いいの……! 言わなくていいわ……!」
きつく抱きしめてくる両腕に身を任せ、それでも私は事実を口にする。
今、この場で言うことで私は変わりたかった。
姫様の前で言うことは国に誓うことと同じだと思ったから。
立ち向かう心を持つためにも、もう一度アイツに会うためにも。
弱さに決別しないとまたどこかに行ってしまうかもしれない。
そんなの、もう嫌だ。
ルイズ「ゴジョーが……いなくなったんです……もう……使い魔じゃ……なくなったんです……」
164:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/01(土) 23:56:11.32:2ReQlfR+0
姫様は私の首もとに熱い雫を落とし、只管に頷く。
ルイズ「私……アイツが傍からいなくなることがこんなに苦しいことだと思ってなかった……!」
ルイズ「今までで一番……無力な自分が憎かった……!」
ルイズ「去っていくゴジョーを止められなくて……サヨナラなんて聞きたくなかったのに……!!」
ルイズ「叫んでも届かなくって……!」
ルイズ「自分の部屋でずっと泣いて……!」
ルイズ「何度死のうと思ったか分からないぐらい……思って……だけど死ねない自分がいて……!」
痛みを伴うことでしか人は理解出来ないとゴジョーは言った。
それが本当だとようやく今わかった。
ずっと痛いことから逃げていたから……
張り裂けるほど鋭く痛む気持ちを乗り越えないと、私は弱い自分を捨てられない。
166:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 00:03:15.00:/lzSzPsg0
ルイズ「言われたんです……」
ルイズ「待ってるだけじゃ何も変わらないって」
ルイズ「立ち上がれ……小さくてもいいから、自分が出来ることをやれって」
強く抱きしめる姫様の肩を両手で掴み、潤むその目をしっかりと見つめ返す。
ルイズ「姫様。私はもう一度アルビオンに行きます」
アンリエッタ「……!」
ルイズ「待ってるだけは、もうやめました」
ルイズ「例えそこが戦場であったとしても、もう一度ゴジョーを捕まえてみせます」
168:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 00:10:43.24:/lzSzPsg0
アンリエッタ「ルイズ……」
ルイズ「戦争っていう大局の中で私が出来ることは本当に小さいです」
ルイズ「それでも……私が行動することで起きるかもしれない可能性に賭けてみたいと思います」
ルイズ「弱いことと、力が小さいことは違うって知ったから……」
心に刺さっていた刺が抜け落ちた。
言霊、というのは本当にある。
自分で口にすると、そうでなければならないと思えるし、そうなろうという決意が僅かだけ私を強くしてくれた気がした。
ルイズ「この水のルビー、姫様にお返しいたします」
薬指の指輪を外し、姫様のその手に握らせる。
ルイズ「これのお陰で私はウェールズ様から大事なお話を伺えました。トリステインとアルビオンに架かる虹を……」
姫様は黙ってその指輪を受け取り、机の引き出しに向かった。
取り出されたのは古ぼけた一冊の本。
そしてそれを指輪と一緒に再び私に手渡す。
169:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 00:20:20.03:/lzSzPsg0
ルイズ「これは……?」
アンリエッタ「ルイズ・フランソワーズ。私が貴方を止めることは、出来ません」
アンリエッタ「本当ならば再び戦場に行かせることなど……させたくはありませんでした」
アンリエッタ「……しかしこれは私が引き起こしてしまったも同然な戦争」
ルイズ「そんなことは!!」
アンリエッタ「ルイズ、私も……賭けてみたかったの」
そう言ったアンリエッタ様の眼は曇ってなどいなかった。
アンリエッタ「国というものは本来、奇跡にかけることなど許されないものだわ」
アンリエッタ「だから、為政者としては失格と言われても仕方のない選択肢だったかもしれない……アルビオンと同盟を結ぶことは」
国家……私には計りきれない多くの事がある。
姫様はこの決断をするために、どれほどお悩みになったか想像に難くない。
170:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 00:32:01.51:/lzSzPsg0
アンリエッタ「私はそれでも……たとい愚者と罵られようとも、アルビオンが救われる未来を選びたかった。国を統べる者として、それが一番望ましい未来だと思ったの」
アンリエッタ「そして今、その未来に近付いていると感じています。なによりの証拠として……アルビオンが徐々に息を吹き返していて、既に攻めこまれてもおかしくないトリステインにもまだレコン・キスタの兵は来ていないのだから」
アンリエッタ「レコン・キスタの勢いも半減してきているの」
アンリエッタ「何故……あれだけの兵が崩壊寸前のアルビオンに攻めあぐねているのかは私には分からない」
アンリエッタ「神が奇跡を起こしてくださっているのかもしれません」
奇跡、と姫様は呟いた。
私は違うと確信している。
これは神が手を差し伸べた慈悲によるものではない。
なぜなら。
ルイズ「姫様……奇跡は神が起こすものではありません」
172:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 00:39:33.09:/lzSzPsg0
アンリエッタ「え……?」
ルイズ「神の気まぐれで奇跡は起きません。常に人の力が運命を変えるのです。私も小さな奇跡を、自分でも起こせると信じているからこそ……」
思いもよらぬ私の言葉に驚いた顔を見せた姫様は、クスリと笑った。
アンリエッタ「始祖ブリミルがお聞きになったら卒倒しそうだけれど……ふふ、私もそう思うことにするわ」
ルイズ「姫様……!」
アンリエッタ「そうよね。いつだって歴史を変えてきたのは神ではなく、ちっぽけな人間なのだわ」
ルイズ「そうです!」
私は強く頷き返す。
それを教えてくれたのは、ゴジョー。
そして一緒に旅をしてきた仲間たち。
173:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 00:47:53.71:/lzSzPsg0
アンリエッタ「ありがとう、ルイズ。私、本当は少し怖かったの……軍の先頭にたつことが」
ルイズ「え……? 姫様が軍の指揮を……?」
頭の何処かでは分かっていたことだった。
そうしなければ国民に示しがつかないのだろう。
アンリエッタ「こうなった以上、当然の責任です……恐らくレコン・キスタが攻めて来るのは間違いない。完全に壊滅しない限りは侵略者はトリステインの喉元に噛み付いてこようとするでしょう」
ルイズ「……」
アンリエッタ「でも貴方の言葉で、私は胸を張って戦えるわ」
ルイズ「姫様……」
アンリエッタ「……私よりもルイズ、貴方は自分の身を案じてください。アルビオンはまだあくまでレコン・キスタが優勢なのですから」
ルイズ「はい」
174:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 00:55:30.17:/lzSzPsg0
アンリエッタ「渡したのは始祖の祈祷書……トリステイン王家に伝わる、始祖ブリミルがお書きになったという冊子よ。私には白紙にしか見えないけれど、虚無の貴方にならお力添えしてくれるかもしれないわ」
ルイズ「始祖ブリミルの……」
ページを捲ってみるが、言うとおり何も書いていない。
光に透かしてみても紙の繊維が茶色く残っているだけで何の文字も浮き出てこない。
指で擦っても同じ。
パラパラと流し読みしたがどのページにも文字どころかインク一滴も付いていない。
……やっぱり虚無じゃないのかも。
そんな考えが頭に浮かんで消えた。
アンリエッタ「それと……まだその指輪は貴方に持っていて欲しいの。きっと私
よりも貴方の方が相応しいもの」
ルイズ「そ、そんな……」
アンリエッタ「戦争が終わったとき、もう一度持ってきて」
ルイズ「……はい」
アンリエッタ「約束よ。私も帰ってくるから……!」
175:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 01:01:54.89:/lzSzPsg0
約束、その言葉ではっと思い出す。
ゴジョーが言ってた変なおまじない。
ニホン、ゴジョーのいた国では『指きりげんまん』と言っていたらしい。
ルイズ「姫様、小指をお借りしてもよろしいでしょうか?」
アンリエッタ「え? どうぞ」
差し出された姫様の小指と私の指が絡む。
「ゆーびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」
176:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 01:08:42.36:/lzSzPsg0
アンリエッタ様はぽかんとした顔でこちらを見ている。
思わずやってしまったが、ゴジョーと私しか分からないことをやったのだ。
当然だろう。
急に恥ずかしくなり早口で弁明する。
ルイズ「あ、あああの! これはそのゴジョーがやってた変なおまじないで! ああアイツ普段から変なコトばっかりしてるんだけど、なんだかこれは妙に気に入ってしまって……!」
アンリエッタ「フフフフ、仲がいいのね。ルイズとゴジョーさんは」
ルイズ「いえ、そんなこちょは!」
焦りすぎで思わず噛んでしまう。
アンリエッタ「私も気に入りました! 今度誰かに教えてあげることにするわ!」
さっきまでの責任を背負った顔ではなく、純粋無垢に、楽しそうにそう話す姿はまるで一緒に遊んでいた小さい頃に戻ったようで、なんだか私も楽しくて笑えた。
こんな風に笑ったのも、笑えるのも、すごく久しぶりで……
もう少しだけ、姫様とこうしていたかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
178:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 01:18:18.83:/lzSzPsg0
ルイズ「ちょっっとっ!!! どういう事なのよ!!」
私の声がラ・ロシェールの船乗り場に反響し、乗船許可を出すはずのハゲでデブでメガネな役人は耳を押さえる。
役人「と言われましても……安全面の保証が出来ませんので」
ルイズ「安全なんてどうだっていいのよ!! いいからフネ出しなさい!」
胸ぐらを掴み、ギリギリと締め上げるが役人は怯えるばかりで首を縦には振らない。
役人「ひいいいいいい! た、助けて!」
キュルケ「こっちに助けを求めるな」
シッシッと手を振り、近づこうとしないキュルケ。
ギーシュ「ハハハ……少しばかりルイズを焚き付けすぎたかもしれないな」
お得意の乾いた笑いで頭に手を当て、俯くギーシュ。
タバサ「うるさい」
我関せずなタバサ。
相も変わらぬ三者三様な凸凹っぷりが余計に私をイラつかせる。
179:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 01:26:57.10:/lzSzPsg0
ルイズ「なんでフネが出ないのよ! つい一週間前までは出てたんじゃないの!」
役人「だーから! さっきから言ってるでしょう! テューダー王家が許可したフネ以外の渡航は危険だから禁止されているんですってば!」
ルイズ「じゃああれはなんなのよ!! フネ出てるじゃないのよ!」
指さした先には確かに多くのフネがある。
役人「あれはレコン・キスタのフネですよ。トリステインから来たってバレたら良くて捕虜、八割殺されますよ」
ルイズ「あーもう! なんでこんなとこで立ち往生しなくちゃいけないのよ!」
地団駄を踏み、怒りをあらわにするが後ろの三人は何も言わない。
役人「だいたい君らは何しにあんな戦場くんだりまで行こうって言うんです?」
役人はやれやれとでも言いたげに問う。
180:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 01:30:57.76:/lzSzPsg0
ルイズ「捕まえるのよ」
役人「捕まえる……? 狩りにでも行く気で?」
まるで見当違いなことを真顔で言う。
ルイズ「違うわよ!」
役人「じゃあ賞金稼ぎ?」
ルイズ「ちーがーう!」
役人「……」
ルイズ「忘れ物を取りにいくの!」
えっへんと胸を張って宣言する。
しかしその言葉にも不思議そうに首を傾げる役人。
職務怠慢じゃないかしら、と勝手に思う。
182:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 01:40:08.13:/lzSzPsg0
役人「はあ……よく分かりませんね」
ルイズ「なーんで分かんないのよ!!」
役人「いやそう言われましても……」
タバサ「聞きたいことがある」
突然タバサが横から出てきて役人に話しかける。
うんざりした声で役人は答える。
役人「青髪のお嬢さん……ですから旅行者用のフネは出ませんよ」
タバサ「違う」
役人「じゃあ何か他に?」
タバサ「この出港予定の貨物船の中で一番大きなフネはどれ」
指差す先には本日出港のフネの時間が書いてある。
……忌ま忌ましいことにしっかりとレコン・キスタに限るとも書いてあるが。
役人は体を乗り出し、タバサの言う表を覗き込み眼鏡を持ち上げる。
183:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 01:46:50.75:/lzSzPsg0
役人「ええと、今は昼前ですから……夕方のですかね、多分」
タバサ「そう」
聞いたにも関わらず、タバサは興味なさそうに一言だけ呟いた。
役人「あーっと、あれです。あの一番大きな貨物船ですよ」
目線の向こうに他のフネよりも二回り以上大きなフネが停まっている。
周りにレコン・キスタの紋章を付けた男達が忙しなく、荷物を運びこんでいてこちらには目も配らない。
役人「……まさかお嬢さん、あんた馬鹿なこと考えてるんじゃないでしょうな」
急に鋭い眼差しに変わる役人。
タバサ「?」
役人「いえね、前にもいたんですよ……アルビオンに行きたくてレコン・キスタのフネに忍び込んだ輩が」
ルイズ「そ、それで?」
184:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 01:53:34.12:/lzSzPsg0
役人「皆まで聞かんでください。すぐに見つかり、袋叩きにあってそのまま飛んでる船の上からポイ、ですよ」
想像してゾッとした。
フネが動き始めればすぐに高さは千メイルを越すところまで飛び上がる。
そこから落とされたとなれば……怪我ではすまないだろう。
役人「まあ、暫くして情勢が落ち着けばフネの運行も再開するでしょう。それまで待つことですな」
そう言うと役人は重そうな体を動かし、奥の方へ戻っていった。
ポツンと残された私たちはところなさげに立ち尽くしている。
ギーシュ「困ったねぇ……」
キュルケ「まあいいわ。とりあえず、町に行ってみましょう」
スタスタと歩いて行く三人にはまるで危機感が足りない。
今がどんな状況か分かっているのだろうか。
フネに乗れないことにはアルビオンに行くことも出来ない。
それはつまりゴジョーにも会えないということ。
イコール絶望。
証明終了よ馬鹿!
186:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:02:02.79:/lzSzPsg0
ルイズ「まああちいいいなさあああい!!」
大声に反応して振り向く、赤、青、金。
キュルケ「なによあんた、まだそんなとこに突っ立ってたの。さっさと行くわよ」
ルイズ「あんたたちねえ! 理解してんの!?」
キュルケ「なにを」
はあ、と口から重い溜息が漏れる。
ルイズ「フネに乗れないんじゃどうしようもないでしょバカ!」
キュルケ「あーやっぱり目がゴジョーになってて周りがぜーんぜん見えてないわ」
お得意の小馬鹿にした態度で私を見下ろすツェルプストー。
姫様、申し訳ありません。
あの時の勇気づけられた言葉はこの女の分だけ撤回します。
コイツやっぱり敵です。
ルイズ「ぬわんですってぇ!!」
怒り狂う私を尻目にギーシュの脇腹を小突き、話しかけるキュルケ。
189:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:12:23.23:/lzSzPsg0
キュルケ「だから言ったでしょ、火は燃やし過ぎると火事になるって」
ギーシュ「おいおい、僕のせいかい? 君だって随分クサイ台詞言ってたじゃないか」
キュルケ「アンタほどじゃないわよ」
ギーシュ「酷い言われようだ……」
がっくりと肩を落としたギーシュ。
キュルケ「だいたいルイズ、あんた引きこもる前より元気になってるって言うのはどういう了見?」
ルイズ「当たり前でしょ! ウジウジしてたらゴジョーが逃げるじゃない!」
そう、もうウジウジするのはヤメた。
だって……きっとゴジョーは部屋で泣き続ける『私』じゃなくて。
自分から会いに来るような『私』の使い魔になったんだから。
カバンの中のボールが頷いたような気がする。
190:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:18:16.63:/lzSzPsg0
キュルケ「はあ……毎日隣の部屋から亡霊みたいにゴジョーゴジョー聞かされてたこっちの身にもなりなさいっての。アイツもめんどくさいのに呼び出されたわね。お気の毒だわ」
ギーシュ「は、はは……」
ルイズ「……」
杖先に魔法力が集まっていく。
さっさと乗り場から出て行くタバサ。
ギーシュ「じょ、冗談だろ!?」
キュルケ「あと任したわ」
ギーシュ「待て! 待つんだキュルケ! いや、ルイズも!」
ルイズ「練金……!」
放たれた魔法ではなく『爆発』が青ざめたギーシュに直撃する。
ギーシュ「ぎゃああああああああああああああ」
192:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:27:52.92:/lzSzPsg0
町中は想像していたよりも人で賑わい、以前と変わらぬままの姿だった。
通りには出店が多く立ち並び果物から野菜、肉、果ては武器まで外で売っている者もいる。
思えば前に来たときはワルドとゴジョーの決闘で店を見てまわるような時間はなかった。
今もこんな事をしている余裕はないのだけれど……
位置的には端っこにあるのに、このラ・ロシェールがトリステインの城下町とさほど変わらないのは、他でもないこの戦争のお陰なのかもしれない。
戦争をすればお金が入る人たちもいる。
そしてそのお金で家族を養い、生活をしていることも確かなのだ。
今まで戦争は無条件に間違っていることだと思っていた。
しかし多くの武器商人は、戦争が終われば職を失うも同然だ。
そうなればその家族は……路頭に迷う事になる。
戦争は良いことだと思わない。
今も止める術があるのならば、私はそれに尽力したい。
193:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:34:17.47:/lzSzPsg0
ただ、反対に見てみればどうなんだろう
一方的に攻めてきたんだとしてもレコン・キスタからみれば私たちは敵以外の何者でもない。
どちらが正しかったかなんて、結局勝った側が正しいことになるに決まっている。
歴史の教科書を見ても、負けた方はいつだって悪く書かれる。
トリステインにいる以上私はトリステインが正しいと思わずにはいられない。
それは酷く小さな物の見方な気がする。
だから私には、本当を言うと分からなくなってしまった。
自分が正しいかどうか。
何が正しくて何が間違っているのか。
誰にも分からないことなのかもしれない。
キュルケ「どうしたのよ」
ルイズ「え……あ、なんでもないわよ!」
ずい、と顔を近づけ覗き込んでくるキュルケに内心心臓が飛び出そうになるが、悟られぬように強く言い返した。
195:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:43:28.34:/lzSzPsg0
ずい、と顔を近づけ覗き込んでくるキュルケに内心心臓が飛び出そうになるが、悟られぬように強く言い返した。
ギーシュ「しっかし、タバサはどこに行ったんだろう? さっきから全然見かけないが」
言われてみればタバサの姿が見えない。
辺りを見回しても昼時なせいか人人人、これではタバサどころか行きたい店だって見つけられなさそうだ。
キュルケ「あータバサなら果物屋に入っていったわよ」
ルイズ「全く、団体行動が出来ないんだから」
キュルケ「あんたがよく言うわね」
ルイズ「なんですって!?」
顔を突き合わせバチバチ火花を散らす私とキュルケの間に割って入る、未だ黒ずんだ元・金色。
ギーシュ「あーストップ、僕の姿を見てくれ。もうこんなのは勘弁だよ」
197:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:49:01.67:/lzSzPsg0
ところどころに穴の開いた服を払い、息を吐き出すギーシュを見てちょっとばかり良心の呵責を感じた。
ルイズ「あ……」
ギーシュ「そうそう、冷静が一番だよ」
キュルケ「ちょうどいいわ、ギーシュ。アンタの服を買いがてら、おつかいをこなすわよ」
ルイズ「はあ!? 作戦立てるって言ってたのはどうなったのよ! これじゃただの旅行じゃない! 遊びに来てんじゃないのよ!」
がなりたてる私の顔面を右手で押しのけ、キュルケは人差し指で自分の額を軽く叩く。
キュルケ「はいはいはい、犬や猫じゃないんだからそう喚くんじゃないわよ。もう作戦は出来たらしいから安心しなさいな」
ルイズ「え? どういうこと?」
キュルケ「作戦は服、食器、日用品、本などを買ってくることよ。武器は要らないそうです」
ルイズ「……それのどこが作戦なのよ」
198:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:54:58.90:/lzSzPsg0
キュルケ「さあー? あたしらはあたしたちのブレインの言うとおりに従うだけよ」
ブレイン……
ゴジョーのいない今、一番頭がよく回るのはタバサに違いない。
しかしそれにしたって買ってくる物が何の変哲もない服やら日用品じゃどうしようもないだろう。
せめて何らかのマジックアイテムでも使って策を講じるべきだ。
そうだ。
作戦はこうしよう。
あれだけ大きなフネだもの、一人や二人紛れていてもわからないでしょう。
なんとかマジックアイテムを使ってフネに忍びこみ、アルビオンに到着。
ゴジョーを見つけて、捕まえる。
二度と逃げられないように首輪でも付けてやろうかしら、クックックッ。
……あら、意外となんとかなりそうじゃない。
そう思いアイテムショップの方向に足を向けた途端、私の黒いマントが後ろに引っ張られる。
ルイズ「ぐ!?」
キュルケ「ちょっと待ちなさい。アンタどーせマジックアイテムで強引にフネに乗り込もうとか考えてるでしょ?」
ルイズ「……ゲホゲホ、あんたにしてはご名答。その通りよ」
キュルケ「アホね」
前髪に手を当て二三度頭を横に振るキュルケ。
199:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 02:58:50.87:/lzSzPsg0
キュルケ「見てなかったの? 忙しいとはいえちゃんと運搬口には兵士がついてたでしょ。確かにあの程度の兵士、倒すのは簡単だけど……一発で他のレコン・キスタに見つかるでしょ」
ルイズ「う”!」
ぐうの音も出ず、間抜けな声を漏らしてしまう。
キュルケ「あたしたちはゴジョーじゃないんだから、ゾロゾロ出てくる兵士達なんか一々相手してらんないわよ。すぐに弾切れになっちゃうでしょ」
ご尤もだがキュルケに言われると腹がたつのは何故だろう。
ギーシュ「じゃあタバサはそこを潜り抜けられる方法を見つけた、ということだね」
キュルケ「たぶん、ね。あの子が考えなしにアタシたちに何かさせるとも思えないしね」
ルイズ「……」
200:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/02(日) 03:00:02.31:/lzSzPsg0
俯いた私のおでこをツンとつついて、手を引っ張るキュルケ。
キュルケ「いつまでもむくれてるんじゃないわよバカルイズ。さっさと行くわよ」
その手はなんだか暖かくて、心地良かった。
やっぱりエレオノールねえさまに似てきた……いや、ねえさまはもっとスパルタだった。
ルイズ「プイ!」
首をそっぽ向いたまま、連れだされるのは嫌な気分じゃなくて、でもちょっと悔しいから私から握り返してやる。
繋いだ手を放すのが、少し怖かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
243:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 02:13:37.19:3CIqyHMT0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
戦闘開始から体感時間で一刻半。
戦場に舞う土と血と肉の焦げる匂い。
日本にいた頃には嗅いだことのない、人の死ぬ匂い。
ポタリと汗が一雫、荒野に落ちる。
無常にもそれは乾いた大地に飲み込まれ、すぐに跡を消してしまう。
果て無く思えた敵軍もおおよそ半数に減っている。
半数?
そう、何人殺したかは分からないがまだ『半分』しか殺していない。
躯が重い。
敵の動きが速くなっている。
回避が間に合わない回数が徐々に増えている。
244:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 02:19:08.30:3CIqyHMT0
……違う。
脳の高速回転をし過ぎたからか、シナプスが焼き付いてきたんだろう。
オンとオフの繰り返しは鍛えられぬ脳を蹂躙する。
ここ数分間、目に見えて運動量が落ちてきているのはそのせいだ。
筋繊維も悲鳴をあげている。
敵の頭から潰せと人は言うが、言うは易く行なうは難し。
指揮系統を乱したくても遠く離れた部隊長に蹴りは届かない。
真空波は前列の兵が肉の壁となり防ぐ。
246:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 02:26:09.61:3CIqyHMT0
「しねえええ!」
三人まとめてかかってくる兵士達を見て、既にルーチンワークとなった回避行動を開始する。
右側から斬りつけてくる剣を身体を沈め相手の懐に入ることで躱す。
一閃。手刀で切り裂かれた頸動脈から、噴水のように高々と上がる血しぶき。
同時進行で左からくる槍を肘でいなす。
槍はいい。直線的で操者の呼吸が読みやすい。
二閃。頭蓋にめり込んだ拳が敵の思考を止める。
後ろから迫る剣は避けようがない。
というか、この兵はすぐ傍に味方の兵がいる以上自分の真後ろしか攻撃できない。
来ると分かっている攻撃を防ぐのが簡単だということを屍体の転がる戦場が教えてくれる。
後ろに伸ばした特注のスパイクは大男の振りかざした剣を通さなかった。
三閃。反動を利用し、後ろに回し蹴りを放つとこめかみは音を立てて砕ける。
247:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 02:32:04.08:3CIqyHMT0
五条「ヒヒヒ……! まだやれる……じゃ……ないですか……!」
サッカーをしているわけじゃない。
これは殺し合いだ。
地には螺旋状の靴の跡が描かれていた。
「砲弾用意!! 放て!!」
耳をつんざく音を伴い、人の頭ほどの大きさの弾が自分目がけて飛んでくる。
その数、1,2,3、4,5。
大丈夫。
身体はもう動いている。
ぐっと折り曲げた脚は迫り来る弾丸から距離を置くのではなく、空を駆けた。
リズムが戦いの全てを握っていると言っても過言ではない。
肉体を動かすことはリズムを刻んでいくことと同じだ。
十数メートルの高さから緩やかに落ちていく身体は、落下地点を求めながら重力に引かれる。
248:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 02:38:10.60:3CIqyHMT0
最初の着地目標は人の上でもなければ土の上でもない。
砲弾の上だ。
硬い弾丸の感触をスパイク越しに確かめる。
踏みつけて、翔ぶ。
空中で推進力を得た脚は次の踏み台を選ぶ。
三発目の砲弾。
踏む、翔ぶ。
「な……なんなんだあいつは……!?」
ざわめきが戦場を包んでいく。
それを聞き流しながら五発目の弾丸に狙いを定める。
四肢が脳からの強制的な命令を忠実に実行する。
疲れている躯は『嘘』。
壊れかけている脳も『嘘』。
250:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 02:47:51.98:3CIqyHMT0
今、無理やり覚醒されているのはモノを考え、感情によって動く人間の部分ではなく、その瞬間最低限な動きで最大限の行動が可能になるよう自動取捨選択する機械の部分。
五条「へぇぇぇあああっっ!!!」
覆われた金属を右足はインプットされたプログラムをこなすように一寸の狂いもなく捉える。
重く、冷たいその弾はじりじりと甲の上で回転した後、強引に敵の中枢部に向けて蹴り出される。
竜巻のような空気の渦を纏い、砲弾は『ゴール』に突き刺さる。
背後からは踏みつけた砲弾の爆発音。
土が散り、黒いハルケギニア製の衣服にパラパラと当たる。
炎が申し訳程度に生えていた木々を焼き尽くし、温度は一気に上昇する。
252:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 03:06:18.13:3CIqyHMT0
五条「……クックックッ! 駄目ですよ……? 味方の兵を巻き込まないように撃った弾など、オレには当たらない……!」
化物を見る眼で自分を見つめる無数の兵士たちは、あまりの恐怖に後退する。
モーゼが海を割ったというなら、オレは戦場で敵の海を割ってみせてやろう。
「悪魔め……!」
スペルを唱え始める複数のメイジが雑兵の奥に見える。
この魔力……トライアングルスペルか。
頭痛が酷くなってきている。
暫し脳を休めなければ高速回転出来ない。
傷んだ躯で魔法を何発避けられる?
せいぜい四五発が関の山だろう。
だったらどうする?
逃げるか? 自分で言っただろう。
死ぬのは最後でいいと。
253:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 03:15:08.97:3CIqyHMT0
ほら、この戦場から逃げ出さないと死ぬぞ。
誰かが心のなかで呟く。
それにオレは答える。
逃げる?
馬鹿らしい。
既にオレは『死んでいる』と言っても差し支えないはずだ。
「爆炎!」
放たれた魔法は空間に油を『練金』し、空気と攪拌されたそれは瞬時に点火された。
その範囲、30メイル。
瞬く間に炎が周囲を巻き込み、自軍の兵士たちをもその火炎の中に巻き込んでいく。
単体攻撃の魔法ならばなんとか回避は可能なはずだった。
しかしこの両足は根を生やしたように動かない。
疲労か、それともロケットランチャーとはわけが違う質量を持った砲弾を蹴り返したからか。
255:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 03:19:33.84:3CIqyHMT0
咄嗟に取った行動は一つ。
敵兵を一人、盾にして炎の直撃を防ぐこと。
「あがあああああああああ!!」
肉の焼ける音が鼓膜を叩く。
熱が薄く皮膚を削り取る。
耐え切れる、まだこの魔法ならば……
盾を捨て、虚空に飛び上がろうと脚に命令をだす。
そしてその時やっと気がつく。
敵の狙いが焼き殺すことではないことに。
五条「くっ……!?」
呼吸が出来ない。
辺りの空気が魔法によって燃焼され、肺に酸素を取り込むことが出来なくなっている。
身体の動きが止まった。
グニャリと歪んでいく視界。
直立することに耐え切れず、力なく膝から崩れ落ちる。
256:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 03:26:23.62:3CIqyHMT0
攻め落とすチャンスは、多くの兵士が焼かれている今に違いなかったが目眩で手を動かすことも不可能。
永遠にも思えた豪火が静かに勢いを弱めると、遠くから声が聞こえる。
「動きが止まった! 援軍部隊、ドラゴンで空中から奴を潰せ!!」
五条(援軍……!?)
辛うじて上げた顔。
数十メイル先に見えた、空に浮く黒い影。
これまで五度レコン・キスタと戦ってきたが、援軍が現れたことも翼竜が現れたこともなかった。
敵もこれ以上自分との戦いを長引かせたくないということか……
潰しにかかっている。
考えている間にもドラゴンはこちらに近づいてきている。
動かなければ。
回避しなければ。
ここで死ぬ。
258:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 03:32:45.61:3CIqyHMT0
竜の叫声をすぐ近くに感じる。
「撃てっっ!」
いつもなら止まって見えるはずの攻撃が光のスピードかと思えるほど、疾く、強く切迫してくる。
呼吸を取り戻すのに後何秒かかるだろう。
また誰かが話しかけてくる。
十秒?
十秒間もへたりこんだオマエに一撃も火球が当たらないとでも?
いいだろう。
幸運にも一発ぐらいは耐えられると考えてみろ。
オマエはどうしようもない火傷を負う。
その傷はオマエを蝕み、戦意を奪うだろう。
そこに四方から魔法と、火球と、槍が飛んでくる。
さあ答えろ。
オマエは生きているのか?
259:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 03:41:47.95:3CIqyHMT0
もう火は目の前にあった。
どう頑張っても起動しない肢体。
『HEAVEN’S・TIME?』
駄目だ。
躯が動かない以上時を止めても結局は死ぬ。
……最初から勝ち目の薄い勝負だとは思っていたが、どうせなら敵軍を全滅させてから死にたかった。
悔いは幾らでもある。
だがそんな自分の思惑とは関係なく、死は現実に今、ここにある。
守りたかったものが守れなくても終わりを告げる。
それはさながらサッカーの試合終了を知らせるホイッスルのようなものか。
『絶対』を覆してきた自分でも、終わってしまった試合をもう一度再開させることは出来ない。
261:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 03:51:17.57:3CIqyHMT0
目を瞑る。
瞼の裏に映るのは、自分の主人だった人の顔。
真っ白な肌。
すっと通った鼻筋。
薄い桃色の唇。
大きなくりくりとした目。
長いまつげ。
綺麗なウェーブがかった髪。
細く少し冷たい指。
小さな背丈。
どれも簡単に思い出せる。
しかしこの記憶も思い出も皆まとめて炎に焼かれる。
死を覚悟したその時。
衝撃。
と同時に身体を誰かに抱かれる感覚を覚えた。
262:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/03(月) 04:02:40.83:3CIqyHMT0
そっと瞼を開ける。
目に入ってきたのは、艶やかな緑色。
染めたように毛先まで、一本残らず、その色を振りまいている。
細腕にその力があるかはわからないが、確かにその両手は優しく自分を抱きしめている。
あり得ない。
ある意味で最もあり得ない状況だった。
何故ならば……
この女にとって自分は仇とも言うべき存在だからだ。
そっと自分を地面に下ろした、女。
盗賊、フーケ。
「……よう、死ぬにはまだ早いだろ? ゴジョー・マサル」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
263:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/03(月) 04:04:47.17:1f6/HtOH0
フーケ「なんで、って顔してんな……?」
顔を見つめるフーケがそう言うのならば、自分の顔は大層間抜けに映っていることだろう。
それもそうだ。
なにしろこの盗賊、トリステインに忍び込んだかと思えば、牢獄から抜け出しアルビオンに向い、そこからもいなくなったかと思うとこの戦場に現れる。
神出鬼没。この女の二つ名は土くれよりもそちらの方が似合っている。
今この状況を手放しに飲み込める人間がいるのだろうか?
いつの間にか止まっていた呼吸も一定のリズムで刻みだしている。
フーケというイレギュラーによって、生きている奇跡が霞んでしまった。
フーケ「ヒャハハハハハハ! 血なまぐさい戦場だが、テメェのマヌケ面が拝めただけでも十分ってもんだ!!」
死体がゴロゴロ転がる此処には相応しくないだろうフーケの馬鹿笑いを聞き、はあ、と大きなため息で眉間を押さえる。
299:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 11:57:19.59:jds2lYUL0
五条「オマエは……馬鹿ですか……?」
フーケ「ああん!? クソゴジョー! 助けてもらっておいて何だその態度は!?」
五条「自分がどこに来てしまったか分かってるんですか……?」
フーケ「当たり前だ!」
フーケは鼻をフンスと鳴らし、胸を張る。
流石にルイズよりは……
視線を顔に戻す。
五条「だったら何故ここに……まさかわざわざオレを殺しに戦場まで来たとでも?」
フーケ「ばーか、恋人じゃねぇんだ、一々テメェを探してここまで来るかよ。あたしにゃあたしの目的があっているの」
五条「目的……?」
フーケ「小賢しいテメェならわかんだろ。あたしがアルビオンに残った理由がな」
理由。
フーケの行動パターンは至極シンプルだ。
それは大まかに言えば欲しいか欲しくないか。
多少の例外はあるとしても、この盗賊がアルビオンに残った訳は一つ。
300:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:01:43.49:jds2lYUL0
五条「テューダー王家の財宝……といったところですか」
フーケ「ザッツライ! 待ってんだよあたしは。王家がさっさと崩壊して、城に眠ってる財宝を盗み出すことをね」
フーケ(ま、『あの娘』の様子を見に来たってのもあるがな……)
五条「……どこで聞いたんです、その話は」
フーケ「街の酒場。店主のジジイが姐ちゃんは綺麗だからって教えてくれたんだよ」
そんな物が本当に存在しているのならば、是非とも見せてもらいたい。
砲台もまともに作れない王家に財宝?
眉唾もいいところだ。
この盗賊、その話を本気で信じているのだろうか?
そうだとしたらあまりにもお粗末な話だ。
フーケ「だからよぉ、王家が潰れるのを今か今かと待っていたんだ。だが持って一週間だと言われてたアルビオンはひと月経っても潰れやしねえ」
フーケ「不思議に思ったフーケちゃんは酒場で詳しく話を聞いた」
フーケ「……ロマリア人も吃驚だよ。潰れかかってたアルビオンが段々復活してるって、そりゃどういう事だと問いただした」
フーケ「そしたら『トリステインの黒い悪魔』ってのが独りでレコン・キスタをボコボコにのしてやがるって言うもんだからね、どんなもんかと面を伺いにきたら……あら知ってる顔じゃないかと思ったわけさ」
フーケ(そんな馬鹿なことする奴はテメェかあの金髪色男しかいねえと思ったけどね……)
301:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:04:30.25:jds2lYUL0
一頻り話し終えたフーケは敵軍を見据える。
レコン・キスタ軍はまだ自分とフーケの存在に気づいていない。
大方、フーケが土を巻きあげて姿を晦ましたからだろう。
しかし、それも一時のハーフタイム。
じきに自分とフーケを見つけ、なぶり殺しにするだろう。
フーケ「フン、頭数ばっかり揃えた烏合の衆だよ、アイツらはね」
吐き捨てる様にそう言い放った盗賊は懐から細長いパイプを取り出し、指を鳴らす。
葉に着火された火の粉はパイプの先に明かりをともし、特有の香りが戦場の匂いに混じり合っていく。
フーケ「そういえばテメェのお仲間はどうしたんだい……? 大事なご主人様をほっぽって独りで戦場としけ込むたぁ、らしくないんじゃあねぇか」
五条「……」
フーケ「ヒャハ、だんまりかい。別に言いたくないなら無理に聞き出そうとは思わないし、どうでもいいけどね」
口から吐き出された煙が輪の形で、たゆたう。
302:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:07:30.63:jds2lYUL0
五条「……ワルドを殺しました」
フーケ「知ってる」
五条「この戦場でも多くの人間を殺した……!」
フーケ「それも知ってる」
五条「もうこの手は血で汚れている。だから……彼女に触れることは、許されない。グラモンさんたちにも会うことは出来ない」
フーケ「は! 勝手に責任背負って、顔見せられないから逃げてるってんじゃ……その辺の雑魚と変わらない気がするがねぇ」
罪を犯した人間には罰が課せられる。
もうフーケのやってきた事を責める立場ではなくなった。
いや、フーケよりももっと重い。
抜け出せない迷宮を、彷徨っている。
躯には枷を。
心には鎖を縛り付けて。
へばりついた血を血で洗うように、戦ってきた。
303:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:13:41.14:jds2lYUL0
五条「何故助けた……?」
フーケ「あ?」
五条「オマエにはオレを殺す義理はあっても、助ける義理など無いはずでしょう」
フーケ「そりゃそうだ。あたしにとっちゃテメェは臭い飯食わせてくれた恨みがある」
五条「だったら何故……!?」
フーケ「なんでだろうねぇ」
とぼけた振りをして首を傾げるフーケ。
曇った空をキャンバスのように、紫煙がとらわれること無く自由に色をつけた。
黒い雲が頭上に覆い始める。
一雨きそうだ。
フーケ「助ける気なんて最初はなかったさ」
フーケ「ただ、ボーッとテメェを見てたらむかっ腹が立ってきた」
フーケ「あたしと戦った時より腕は数段上がってるみてぇだが……どっかで迷いがあるって思ってね」
304:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:18:23.67:jds2lYUL0
五条「……」
フーケ「それに、あたしゃ多対一ってのが気に入らないんだよ」
フーケ「それだけさ」
そこはかとなく自分を見るこの盗賊は何を思う。
五条「そんな理由で……」
フーケ「人なんてそんなもんだ。特にあたしは天邪鬼だからね、考えてることと反対のことをすることだってあるのさ」
五条「オマエには家族がいないのですか……?」
フーケ「いるよ」
にべもなくそう答えたフーケはパイプから灰を捨てる。
風が吹き、その灰は地面に落ちること無くどこかに消え去ってしまった。
五条「だったら尚の事、この戦いに加わる必要はないはずです」
フーケ「……テメェを助けた時点でアイツらはあたしも潰しにかかるだろう?」
305:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:23:52.44:jds2lYUL0
五条「しかし……悲しむ人間がいるのなら戦場に来るべきじゃない」
フーケ「そりゃあたしにじゃ無く、自分に言いな」
五条「……」
フーケ「しけた面しやがって……似合わねぇんだよ」
パイプを逆さにして、中の葉を捨てる盗賊。
フーケ「あたしにはガキがいる、だから死なない」
五条「……!」
フーケは見たところ自分より十は年上。
子どもがいてもおかしくない年齢ではあるが、その風体からかそんな雰囲気を微塵も感じない。
貴族を捨てざるを得なかったのもそれに関係しているのか。
306:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:28:54.34:jds2lYUL0
フーケ「と言っても腹痛めて産んだ子じゃない……は、ホント言うとこんな身の上話をするのが嫌いなんだけどね。仕方ねぇから冥土の土産に聞かせてやるよ」
苦虫を噛んだ表情で語り始める。
フーケ「あたしの親父はサウスゴーダの太守だった。結構イイトコのお嬢さんだったんだぜ……だけど理由あって、貴族の名を剥奪された」
フーケ「うちの親父が、王の兄弟の妻と子どもを匿ったんだ。外から来たテメェにゃ分かんねぇかもしれねぇが……その母娘はエルフでね。しがらみの腐るほどある中、エルフとガキをつくるなんざ絶対に許されないことだった」
フーケ「だが王弟モード大公に恩義と忠誠を持ってたウチは、領地で二人を守ったんだ。その結果、国王から家名を消されてね」
フーケ「家を失った今も……ある村に匿ってる。その村には親のいないガキ共もたくさんいる」
五条「……」
フーケ「エルフであるその子が乳飲み子のときから仲良くしてたんだ……絶対に虐げられるような生活はして欲しくなかった」
フーケ「最初は……色んな貴族に頼み込んださ。貴族だった頃はそれなりに地位もあったし、一つぐらいは手を差し伸べてくれる家があるんじゃないかと思った。だけどうちに尻尾振ってた奴らは皆、貴族じゃなくなった途端見向きもしなくなった」
307:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:36:05.21:jds2lYUL0
フーケ「……全く、自分がどれだけ甘ちゃんだったかを思い知った。貴族なんて所詮権威と利益だけが大事なのさ。何の力もない私に手を貸そうなんて奴は誰もいない」
フーケ「あたしは貴族が嫌いになった」
フーケ「自分を捨てなくちゃ……その子達を守れない。手を汚さなくちゃならなくちゃ、誰も守れなかった。マチルダ・オブ・サウスゴータで無くなったあたしにゃ、この世の中、裏の世界で生きる以外に手段は残されてないのさ」
フーケもまた、名を捨て、身を切り生きてきた女だったのか。
純粋な『悪』ではなかった。
フーケ「後はテメェも知っての通りさ。貴族相手に阿漕な盗みをして、時には人を殺すことだってあった……あたしの背中には何十人もの憎しみと怒りが乗っかってる」
五条「フーケ……オマエは」
フーケ「よしな。下らない同情の言葉が聞きたくてこの話をしたんじゃない。誰がどうみてもあたしが下衆な盗賊なのは事実」
フーケ「でも後悔はしてない。ただ、これが生きる道だったというだけさ」
308:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:41:05.70:jds2lYUL0
フーケは自分の顔を見ているが、その実、見ているのは顔ではない。
もっと心の奥にあるしまいこんだはずの迷いをはかっている。
決意の裏に隠れた、後悔。
捨てたはずの未来。
五条「オレに……どうしろと。望んでも手に入らないんですよ、罪に汚れたこの手では」
恐怖を感じた。
フーケの強さではないもっと大きなものに。
騙し騙し続けてきた、この戦いが足元から崩れるような感覚を覚える。
一度壊れた心のドアは中から自分の弱さを止めどなく放出する。
310:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 12:49:13.25:jds2lYUL0
フーケ「なにがあったかは知らねぇ」
フーケ「でもな、人間には……色んな選択に迫られる時がある」
フーケ「それは多く見えるようで、実際には選べるものなんて殆ど無い。しかも出される選択肢は大概はロクなもんじゃねえ」
フーケ「少なくともあたしはそうだった」
フーケ「その中でも、悔いがないように生きていくしかねぇんだよ」
フーケ「テメェはどうなんだ。選んだように見せかけてるだけじゃないのか? 本当に納得した道を選んでいるのか?」
フーケ「自分の選んだ道に、真正面から向き合えるのか?」
何も知らぬはずの盗賊の言葉は、持っている迷いの芯の部分を突いてくる。
313:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 13:04:24.55:jds2lYUL0
フーケ「向き合ってないだろ、テメェは」
フーケ「自分にも、あのピンク色にも」
フーケ「罪で汚れたからってかこつけて、本質から目を背けてるだけじゃねぇか?」
フーケ「そんな風に見えるね」
フーケ「殺さなかったら、なんて馬鹿な事言うんじゃないよ」
フーケ「ワルドを殺さなければ……テメェの大事な主人は殺されてた。あのときのテメェに他の選択肢なんて無かったはずだ」
フーケ「あたしゃ殺しが良いとも悪いとも思わないが……もしあたしの大事なものに誰かが土足で踏み込んできたとしたら……情け容赦なくソイツを殺すね」
空から水滴が一粒、落ちてくる。
すぐにそれは雨となって、熱く燃ゆる大地を冷やし始める。
濡れた服のしっとりとした感触が肌に伝わる。
この瞬間だけは向きあうフーケと自分の世界になった。
314:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 13:14:04.28:jds2lYUL0
整ったフーケの顔を冷たい雨が濡らす。
張り付いた長い髪をかきあげ、肩に手をかける。
フーケ「ゴジョー、テメェは聖人か?」
フーケ「人間てのは大なり小なり罪を犯して生きてんだよ。鳥からすりゃフライドチキン食ったあたしらは鳥殺しの重罪人だ」
フーケ「ま、テメェにとってワルドは死に値する屑野郎だったんだろう?」
フーケ「あたしらは自分のエゴを通さなくちゃ、何も守れないんだ。全員が全員幸せな世界なんて物語の中でしか実現しない。誰かが幸せな裏で、また誰かは痛みを味わってるんだよ。それを忘れんな」
五条「それでもオレは……!」
唇を噛み締めて、拳を握る。
伏せた目線の先にあるのは、やはり汚れた右手。
いつの間にか震えるそれを左手で隠すように押さえこむ。
なぜ震えているのかは、分かっている。
黙って見ていたフーケは不意に一歩近づく。
そして自分の両手を、一回り小さな掌で包み込んだ。
316:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 13:19:25.25:jds2lYUL0
フーケ「……テメェは人より力があるかもしれない。だがそれでも守り通せるのなんか、ほんの一握りだけだ」
フーケ「ただ守ると決めたその一握りぐらい、テメェが傷ついたって傍で必死に守りきってみせな」
フーケ「遠くから見守るなんて情けないことするんじゃないよ」
フーケ「男、だろ……!」
317:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 13:24:11.57:jds2lYUL0
突然空を切る音が耳に入った。
飛んでくるのは砲弾。
十メイルほど後方で着弾したそれは爆発と共に土を撒き散らし、敵の襲来を二人に告げる。
「いたぞっ!!」
「逃がすなよ!! 出てきた仲間もまとめて殺せ!!!」
敵軍は雨の向こう側からやってくる。
引くことの許されない戦いが再び始まろうとしている。
フーケ「ふん、飽きもなくゾロゾロとやってきやがって……!!」
五条「逃げなさい……! 今ならば雨も降っている、オマエ一人ならば何とか逃げ切れるはず……!」
そう言う自分の額に『デコピン』を当てると、フーケは背を向ける。
目を向けているのは、レコン・キスタ。
319:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 13:30:05.63:jds2lYUL0
フーケ「ヒャハハハハ! ばーか、あたしが来たんだ。さっさとあの糞ボケどもを潰しちまうぞ」
五条「……!」
フーケ「この借りは今度一杯奢ったら許してやるよっ!」
大地に手を当て、杖を振るフーケ。
隆起しだしたその土は段々と人型を成していき……
フーケ「出な! 『ゴーレム』」
幾度も見た巨体を大地に鎮座させた。
五条「フーケ……!」
フーケ「おら、なにボサッとしてんだよ! テメェのよく回る頭も少しは休まったんだろ!」
ゴーレムの肩に立つフーケは、やけに頼もしく思えた。
巻き込んでしまったことを謝るべきだろうか?
320:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 13:36:54.62:jds2lYUL0
いや、違う。
感謝すべきだ。
助けてくれたことと、まだ自分に戦うチャンスをくれた事に。
五条「ありがとうございます……!」
フーケ「フン……! そんなもん犬にでも食わしとけ」
続々と先頭部隊の兵士たちが集まってくる。
援軍も到着したからか、その数は増えている。
体力はもう雀の涙ほどしか残っていない。
使える技も限られている。
しかし、それでも。
折れかけていた心が再び闘志に燃えるのは何故だろう。
静かに左足に手を当てる。
無いはずのルーンが光を放ったような。
そんな錯覚に笑いが溢れる。
321:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 13:41:51.02:jds2lYUL0
「ゴーレムだと……」
「あの女……土塊じゃないか」
「確か奴は、レコン・キスタの協力者のはず……!?」
自分たちを取り囲む兵士の間に戸惑いを含んだ声が聞こえ始める。
フーケ「ボケども……このあたしが敵に回ったんだ」
フーケ「第二ラウンドは、一筋縄ではいかねぇことだけ覚えとけ……!」
音を立てずに杖を振るうフーケ。
ゆっくりとゴーレムの豪腕が振りかぶられ……矮小な兵達を一振りでなぎ倒す。
爆発音にも似たその音を伴い、十人単位で兵士たちは再起不能に陥っていく。
緑色は静かに呟いた。
「テメェら『狂わせて』やるぜ……! 『純粋』にな……!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
322:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/04(火) 13:43:21.25:FLxDFm5d0
タバサ「これで、準備は大体整った」
以前は路地裏だったはずの店の裏は、決闘によって広場となってしまっていた。
集まった私たちは各々が『作戦』に必要なものを手に持っている。
タバサの前には私の身長より少し小さいぐらいの木箱二つと幾つかの果物。
ギーシュは歯ブラシ、カミソリ、その他日用品諸々。
キュルケの手には木製の食器の数々と、安そうな時計。
私のカバンの中には適当に選んだ男物の服。
どこをどう見ても、遠征先の人間に送るようなものばかりだ。
一体どうやったらこんなモノでアルビオンに行けるというのだろうか。
ルイズ「さあ、タバサ! 作戦って何!? これでフネに乗れるって本当なんでしょうね!?」
タバサ「待って……まだ重要なモノが一つ、揃っていない」
キュルケ「重要なモノ?」
キュルケが聞き返す。
325:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 14:22:47.09:jds2lYUL0
ギーシュ「ふむ、僕にはイマイチ分からないな」
困ったように腕を組んだギーシュにタバサは杖を向ける。
タバサ「貴方と私は後方支援」
ギーシュ「へ?」
タバサ「ここからは貴方達二人が鍵になる」
青髪は私とキュルケにそう言った。
ルイズ「どーいうことよ?」
キュルケ「あたしとルイズで何をしろって言うの?」
タバサ「……ではまず、作戦の説明から始める」
訳の分からない私たち三人を尻目にタバサは口を開く。
タバサ「基本的にはあのレコン・キスタの貨物船に人が乗り込むことは出来ない。恐らく、多くの補給物資を運ぶために船内の人員は限られているはず」
タバサ「かといって出航するまでフネの周りには兵士がいるので正面突破は厳しい」
326:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 14:27:04.27:jds2lYUL0
ルイズ「だかーら、どうするのって聞いてるんじゃない!」
急かす私を杖で制して、タバサは続ける。
タバサ「……人が乗れないなら荷物になればいい」
傍らの木箱を叩き、注目を引く。
タバサ「あれだけの荷物、一々中身を確認していては日が暮れてしまう。そこを突いて、この中に潜み、アルビオンまで連れていってもらう」
ルイズ「えええ!?」
ギーシュ「んな無茶な! もし箱を開けられたらどうするんだい?」
タバサ「……一応手は打つつもり」
キュルケ「て言うか、船乗り場まではどうやって運ぶのよ。そこまで行かないとそもそもフネに積み込むことも出来ないじゃない。誰かに頼むの?」
首を振って、否定の意を示す。
タバサ「それでは多分、フネに積み込むことは許可されない」
ルイズ「じゃあ乗り場で箱に隠れるの? そんなのすぐに見つかっちゃうじゃない」
327:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 14:33:23.49:jds2lYUL0
タバサ「見て」
タバサの差した先には鎧を身につけた兵士たちが、町中をうろついているのが見える。
これからアルビオンに向かうのか、それともまた別の戦場に向かうのかは分からないが多くの兵がいたのは確かだ。
タバサ「彼らから二人分、着ているものを拝借する」
ルイズ「え”?」
タバサ「それを……身長的に違和感のないギーシュとキュルケに着てもらい、フネの中に運びこむ。私と貴方は箱の中。運び終えたらタイミングを見て二人も箱の中に隠れる」
ギーシュ「ず、随分と大胆な作戦だね。バレたら洒落にならないな……」
キュルケ「でも……まともに乗り込むよりはマシなんじゃない」
タバサ「そして問題になってくるのが、如何にして衣服や鎧を奪うか」
ルイズ「鎧を渡せって言ってくれるような連中じゃないわ」
タバサは頷く。
タバサ「力ずくでは騒ぎになってしまう。そこで考えた」
タバサ「棚からぼた餅作戦」
329:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 14:42:17.62:jds2lYUL0
ルイズ「……なによそれ」
呆れた声で尋ねる。
タバサ「兵士は戦いに疲れて、女に飢えている。そこを利用して貴方とキュルケで路地裏に誘いこみ、私とギーシュで後ろから『ガツン』と」
ルイズ「い、いやよそんなの! なんでどこの馬の骨ともわからない男を誘わなくちゃならないのよ!」
タバサ「ゴジョーのため……でしょう?」
ルイズ「う”」
その言葉は卑怯だ。
……私を禁呪の魔法よりも強く従える。
330:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 14:48:34.10:jds2lYUL0
キュルケ「あら、ルイズ。自分の体に自信がないならあたしひとりで十分よ。このグラマラスボディなら男なんて簡単に虜にしてやるだろうしね」
自分の無駄な脂肪をこれ見よがしに見せつけ、私を端に寄せると一歩前に出た。
ルイズ「なんですって……?」
キュルケ「だってそうでしょう? 無理にやりたくないことをする必要ないわ」
カチンと来た。
いいでしょう。やってやろうじゃない。
私にかかれば男に一人や二人簡単に手玉にとってやろうじゃないか。
ギラリと目を光らせてキュルケに対峙する。
ルイズ「ツェルプストー! あんたに引けを取ることはヴァリエールの名に恥じるわ! どっちが先に捕まえられるか勝負よ!」
キュルケ「ぷ、いいじゃない。負けたほうが相手の言う事なんでも聞くってのはどうよ」
ルイズ「はん! 負けて吠え面かくんじゃないわよ!」
ギーシュ(キュルケもルイズの扱いが上手くなったなぁー……)
タバサ「では、作戦を開始する」
331:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 14:55:38.80:jds2lYUL0
昼下がりになり若干人の波は減ったものの、まだ多くの人が各々の欲しい物を求めて露店の間を練り歩いている。
その中、私とキュルケは望んでもいない男漁りに精を出す。
二人組の男がこちらに近づいてくる。
好都合。引きとめようと一歩足をだす。
キュルケ「あらそこの旦那方。ちょっとあたしとお話しないかしら……?」
……先を越された。
迷うこと無く声を掛けたキュルケは男達の前に立つ。
「なんだねぇちゃん、壺売りなら勘弁してくれよ」
キュルケ「うふふ、そんなのじゃないわ……」
「だったらなんだよ? 俺たちゃ疲れてるんだ、話なら別の奴に当たんな」
キュルケ「つれないわね……楽しいこと、したくないの……?」
男の身体に擦り寄って、頬に手を当てるキュルケ。
……日頃からこんな事ばかりしてるだけあって、私より男を誘うのは上手だ。
それにしたってストレート過ぎないかしら。
見てるこっちが恥ずかしくなってくるわよ。
332:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 15:00:01.40:jds2lYUL0
もう一人の男が言う。
「ひひ、なんだこのねぇちゃん。俺達と一発遊びたいんじゃねぇか」
「そうみたいだな。だったら話は早い」
キュルケ「ふふ……」
キュルケの腰を掴み、連れだそうとする男。
マズイ。
このままだと簡単に勝負がついてしまう。
ルイズ「ちょ、ちょと、お、お待ちになって!」
ひっくり返った声で引き止めると男達は訝しげにこちらに振り向く。
「なんだお嬢ちゃん。俺たちゃ忙しいんだ」
「あっちに行きな」
全く相手にしていない。
憤怒でギリギリと奥歯が軋むが、この無礼な兵士たちに爆発をお見舞いするのはもう少しだけ耐えておく。
333:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 15:08:45.16:jds2lYUL0
ルイズ「わたくしとも、お遊びにならないかし、ら……?」
顔を見合わせる男達。
「だーはっはっはっは!! なんの冗談だよそりゃ!!?」
「ひーーーっ!! 流石に俺にもロリコン趣味はねぇぜ!?」
腹を抱えて笑う、馬鹿達。
……いいわ。
そんなに面白いならもっと面白いことをしてあげる。
杖を取り出し、呪文を詠唱し始める。
その小汚い顔面をもっと綺麗にしてやる。
ルイズ「れんk……!」
キュルケ「あ、あー! ゴジョーだんが過ぎるわね! そうゴジョーだんでしょう!?」
ピクっと耳が反応する。
『ゴジョー』だん、ね。
怒りを必死で抑えつけ、杖を後ろに隠す。
顔がヒクヒク歪んでいることだろう。
ああ、コイツら鎧を奪ったらどうしてくれようかしら……!
楽しみで仕方が無いわ。
334:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/04(火) 15:10:45.60:8epep81O0
「ヒヒ……だがまあ、せっかくだからお前も遊んでやるか」
「フヒヒ、なんだロリコンだったのか」
「馬鹿、このガキ、面は良いからな……初モノも悪く無いだろ?」
「ちげぇねえ、グヒ……」
下卑た笑いを浮かべた男達を連れて、路地に連れ込む。
当然この先には杖を構えたギーシュとタバサが待ち構えている。
こういうバカがいるから世の中が良くならないのよ。
初撃は二人に譲る。
だが目当てのものを奪った後は、キツイお仕置きをしてやったほうが良さそうね……
さあ……遊ぼうじゃないかしら。
336:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 15:30:53.40:jds2lYUL0
ギーシュ「ルイズ……ちょっとばかりやり過ぎじゃないか?」
衣服を奪われ、丸裸の二つの黒炭を見てギーシュは同情の言葉を口にする。
ルイズ「フン、私を馬鹿にした報いよ!」
ギーシュ「レコン・キスタとは言えこんなにボロボロになるまで……可哀想に……」
キュルケ「あんたあたしが止めなかったら、往来でコイツら爆発させてたでしょ……」
キュルケはやれやれとため息をついた。
タバサ「……とにかくコレで必要なものは揃った。後は、ギーシュとキュルケ次第」
ギーシュ「うっ、責任重大……だね」
キュルケ「気張ったってどうしようもないわ。バレないことを神に祈りましょう」
タバサ「いざとなれば私も箱から出てくる。あまり、緊張しないで」
タバサの労いの言葉に顔を少し緩めるギーシュ。
337:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 15:35:27.72:jds2lYUL0
これが成功しなければ、アルビオンへの道は閉ざされる。
今もその雲の上できっとゴジョーは戦ってる。
数万とも言われる軍隊相手にたった一人で。
それを思うと居ても立ってもいられなくなる。
早く、会いたい。
会って……
もどかしくてたまらない。
悔しいけど、私はゴジョーが好きだ。
アイツは私を一人の男として助けにきてくれた。
だったら今度は私が一人の女としてアイツを捕まえにいく。
主人とか使い魔とかは関係なくゴジョーの傍にいたい、その気持だけが私を動かしていた。
キュルケ「……アンタもよ、ルイズ。一番緊張してんのアンタでしょ」
ルイズ「べ、べつに緊張なんて」
キュルケ「バレバレ。箱の中で黙ってるだけなんだから、余計な事するんじゃないわよ」
ルイズ「分かってるわよ!」
338:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 15:42:59.97:jds2lYUL0
ギーシュ「さて、しかし出航の時間までは暫くあるな……何時くらいに乗り場に向かうんだい、タバサ?」
タバサ「余裕を持って一時間前に此処に集合。それまでは自由行動でいいと思う。私もやることがある」
ギーシュ「じゃあ僕は食事にしようかな、ここなら珍しい物も食べられそうだしね。君たちはどうする?」
キュルケ「あたしもそうしようかしら。アンタは?」
ルイズ「わ、わ私は用事があるから行ってきて構わないわ」
やることがある。
恥ずかしいから教えたくないけど。
そんな私の心を見透かす様にキュルケはまじまじと凝視してくる。
キュルケ「怪しいわね……何するつもりよ」
ルイズ「あんたに関係にゃいでしょ!」
焦って話したせいで口が回らない。
キュルケ「にゃいでしょって……いいわ、行ってきなさい」
ルイズ「あんたねぇ、私の保護者じゃないんだから一々……!」
キュルケ「はいはい、わかったわよ。面倒事だけ起こさないでよね?」
443:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 01:04:58.71:CcyIA1bN0
ルイズ「うるさいわね、あーもう! 私が先に行くわ!」
キュルケたちに背を見せ、広場から町中へと足を進める。
全く、口うるさい奴だ。
どうせ私が今から行くところにだって、いつものように小馬鹿にして笑うんだろう。
バレてたまるものか。
人をかき分けながら歩いて行くとすぐに目的の店が見つかる。
この賑わう町でもあんまり人影のない通りにあるその店には、閑古鳥が鳴いていた。
看板も斜めに傾き、どう見ても趣味でやってそうなやる気の無さが窺える。
ルイズ「なんでこれだけ色んな店があるのに……仕立屋だけはこの店しかないのよ!」
鞄からボロボロになったゴジョーの服を取り出す。
これを見ると……なんだかゴジョーもボロボロになっている気がして、嫌だった。
出来るならここ、ラ・ロシェールで綺麗にしてあげてからゴジョーに渡したい。
そう思い食事も後回しにしてやってきたのだ。
とは言え、ゴジョーの服は特別製。
こんな町外れにあるしょぼくれた店で直るのか、半信半疑、いやそれどころか破れた部分が縫えれば儲け物だろう。
445:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 01:08:07.43:CcyIA1bN0
ルイズ「……」
辺りを見回して、だれも居ないことを確認する。
今からこの服が仕立て直されちゃったら……匂いはきっと無くなっちゃう。
だから、今からするこれは私がゴジョーの匂いを忘れないためにするだけ。
別に何か……その、変な意味でするわけじゃない。
あくまで匂いを確認しておくための『作業』でしかないんだから。
そう自分に言い聞かせて、自分の顔をウェアに埋める。
汗の匂いが鼻腔をつく。
クンカクンカ。クンカクンカ。
……いい匂いだなあ。
すーはーすーはー。すーはーすーはー。
ふぁああ……!
やだ、癖になっちゃいそう。
モフモフ。モフモフ。
んはぁ!
ゴジョーに抱きしめられてるみたい……
頭が真っ白になっていく。
ああ、ゴジョー。
ゴジョーゴジョーゴジョー……!
早くもう一回私のことをモフモフして……?
447:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 01:15:42.42:CcyIA1bN0
完全にトリップしかけていた私の肩に、誰かの手がかかる。
誰よ、もう……
ルイズ「何っ!? 私は今忙しいn……」
息が止まる。
キュルケ「あんたなにしてるの……?」
448:sage:2011/01/07(金) 01:18:34.68:B7XXbMBG0
キュルケがかわいそうな人を見る目で直視しながら、言う。
そんな、いや、こんなの末代までの恥よ!
その後ろからひょっこりとギーシュまでもが顔を出す。
最悪だ。
ぐるぐると思考が頭の中を巡り、整理がつかない。
ルイズ「あ、あああ……!」
ギーシュ「だから僕はつけるのなんてヤメようって……」
キュルケ「いや、だって気になるじゃない」
ルイズ「んんん……たたたたた……ちちちちちちち……!」
ギーシュ「ルイズだってひとりになりたい時があるじゃないか……」
キュルケ「そりゃあそうだけど。まさか、こんな……」
ルイズ「ち、ちが!!」
腕をブンブン振り回し必死で誤解だということを伝えようとする。
ギーシュ「はあ、触らぬ神に祟りなしだよ。ぼかぁもう爆発はごめんだ」
開いた口がふさがらない私を見て、ギーシュは小走りで逃げていく。
450:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 01:30:17.92:CcyIA1bN0
キュルケ「あ、ちょっとあんた! ……ルイズ、悪かったわね。どうぞお続けになって! あたしもみなかったことにするから!」
焦った笑いを浮かべてキュルケも私を一人残し去っていく。
嘘だ嘘だ嘘だ!
こんなとこ見られたら何を言われるか分かったものじゃない!
ルイズ「ああああああああああああああああああああああああああああ!」
顔が真っ赤になっていくのを感じる。
最悪だ最悪だ!
こんなところツェルプストーに見られるなんて……ああああああああああ!
クンカクンカしちゃってたじゃない!
モフモフまでしちゃってたわ!
ヤバいヤバいヤバいヤバい!
ルイズ「いやあああああああああああ!!!」
ガンガンと戸を叩き、行き場をなくした恥ずかしさをぶつける。
今すぐ布団に潜り込んで顔を隠したい。
バカ! 私のバカ!
どうしてもっと自分の部屋でクンカクンカしておかなかったのよ!
452:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 01:38:06.73:CcyIA1bN0
ルイズ「いやあああああああああああ!!!」
ガンガンと戸を叩き、行き場をなくした恥ずかしさをぶつける。
今すぐ布団に潜り込んで顔を隠したい。
店主「なんですかい? 騒がしいな」
叩いていたドアから中年の男が現れる。
ルイズ「あ……」
店主「ああ、貴族のお客さんですか。悪いけどもう少し優しく戸は叩いて貰えますかね」
不機嫌そうな顔で私に言う。
ルイズ「ご、ゴメンなさい」
思わず謝ってしまった。
店主は頷くと、私の手に視線を移す。
店主「何か、ウチに仕立てて欲しいものが? ハルケギニアのものなら何だって三日で新品同様にしてみせますぜ」
ルイズ「ホントに!?」
徐々に落ち着きを取り戻し始めた鼓動が、その言葉ではね上がる。
454:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 01:45:34.48:CcyIA1bN0
店主「……その手の布切れ。見せてもらってもいいですかい」
ルイズ「え、はい」
手渡されたゴジョーの服をまじまじと見つめて、手触りを調べる店主。
言われてみればゴジョーの服はあまり見かけない材質だった。
やけにツルツルしているし、絹や綿とも違う。
私の持っているどんな服よりも汚れにくかったし、丈夫だった。
店主「フム、こいつぁこの辺の布じゃないね。貴族のお嬢さん、一体どこでこれを手に入れたんですかい?」
ルイズ「それは……違うの。私の、その、こ、『恋人』が着ていたのよ!」
言ってやったわ。
フフフ、少なくともこの店の主人は私とゴジョーを恋人だと思う。
……幼稚過ぎる自分の行いに虚しくなる。
ああ、そんなことよりキュルケとギーシュになんて言い訳しようかしら。
店主「その人は、もしかして東方から来たんじゃないでしょうかね。こんな珍しい布、そうとしか思えない」
私の台詞には何の興味も示さず、服を太陽に透かして話す店主。
ルイズ「まあそんなものかしら」
455:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 01:55:12.94:CcyIA1bN0
本当は東方じゃなくて違う世界からやってきた、なんて言ったらどう思うだろう。
信じるはずもないか。
私自身、ゴジョーから最初にそう言われたときはジョークにもならないつまらない冗談だと鼻で笑っていた。
店主「やっぱりね……ウチは場所が場所なこともあって、色んな国から服の仕立てを依頼されるんですが」
腰に手を当てて、服を伸ばしたり縮めたりして材質を見定める姿は職人のそれであった。
どうやら寂れたとこに店を構えてもやっていける腕は持っていそうだ。
ルイズ「じゃあ前にもこんな服を?」
店主「いんやぁ見たこともありませんね、こんな素材。古今東西、どんな物でも綺麗に仕立てるのがウチのモットーですが……こいつぁ初めてだ」
ルイズ「じゃあ……」
店主「まあ立ち話もなんです。中に入ってくだせぇ」
457:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 02:04:03.30:CcyIA1bN0
言われるがまま、店の中に入る。
そこはおよそ仕立屋と言うには似つかわしくない物ばかりが置いてある場所だった。
今にも動き出しそうな怪しい仮面が飾られ、おどろおどろしい顔をした女の絵が壁に掛けてある。
とてもじゃないが一人では立ち寄りたくない店だ。
店主「座ってくだせえ」
私の前に引かれたのは、骸骨を模した椅子。
……よくこんな趣味で店が成り立つものだ。
ルイズ「これ、全部あなたの趣味……?」
店主「そうなのもありますがね。大体は客が仕立て代替わりに置いていった物でさあ」
ルイズ「……それで商売成り立つの?」
主人「はは、ご尤もですがね。世の中、金ばかりが物を言うってわけでもありませんからねぇ」
ルイズ「……」
主人「そんな顔されるともっと面白いものを見せたくなるじゃないですかい」
ルイズ「いいわよ、いらないわ」
否定するが、主人はニヤニヤと面白がって立てかけてあった剣をテーブルの上に置く。
鞘にしまわれたそれは……なんとなく嫌な予感がするシロモノだった。
459:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 02:13:24.15:CcyIA1bN0
店主「ハッハッハ、そう言わずに。別に蛇が出るわけじゃあないですよ。お嬢さんの安全は保証しますから」
ルイズ「……あっそ」
つまらないそうな顔をしてみせる。
興味なんか全然ないんだけどここで断って店主の機嫌を損ねるのも面倒だ。
仕方なく、剣を鞘から少しだけ引き抜く。
剣「かーー! ずっとだんまりでストレスが溜まるばかりだぜ。おいオヤジ、たまにはオレを抜けって言ってるだろ? 毎日だんまり続けさせられる俺の身にもなってみろよ! 可哀想だとは思わねぇか!?」
抜いた途端、剣は堰を切ったように喋り出す。
柄の部分が口のようにカクカク動き、ちょっと不気味だ。
主人「今抜いてるじゃないか。それにお前は五月蝿すぎるんだよ。だからたまにお客さんの前で見せてやるくらいが丁度いい。本当ならさっさと武器屋に厄介払いしたいんだぞ」
ルイズ「……インテリジェンス・ソード?」
剣「その通りさ、お嬢ちゃん……これでも由緒正しき名剣なんだぜ。その昔にゃあ『ガンダールヴの左腕』だったこともある。ま、お嬢ちゃんにはわかんねえだろうけどな!」
主人「なに言ってんだか……悪いね。ちょいとビックリさせてやろうと思っただけなんだが」
460:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 02:19:09.95:CcyIA1bN0
ガンダールヴ?
なぜそのことをこの剣は知っているのだろう。
ガンダールヴなんて言葉、普通は聞いたこともないはず。
それに左腕とも言っている。
……適当なことだと決め付けるには、余りにも具体的な言葉が多い気がした。
ルイズ「あんた……」
剣「んん? お前さんもしかして……ハッハッ、こいつぁおでれーた! お嬢ちゃん虚無かい!」
ルイズ「え?」
剣「え、じゃねえだろ? 何だ、自覚もしてねえのか? 使い魔はどこだ? ガンダールヴがいるはずだろ? そいつに会わせてくれよ?」
次から次へと質問を投げかける剣に、私の頭は混乱しだす。
そんな私を見て店主は鞘に喋る剣をしまう。
461:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 02:23:46.31:CcyIA1bN0
店主「まったく、少し喋らすとこれだからな。すまないねえ」
ルイズ「……ええ」
何かが引っかかった。
店主「話をコレに戻しやしょう」
店主は古ぼけた剣の上にゴジョーのウェアを置く。
店主「幸いなことに、破れて無くなっている部分はそんなに多くない」
店主「ただねぇ……この背中にある首もとの部分。何か読めない文字が書いてあったみたいだが、ココばっかりはちぎれてるんで直せませんね」
ルイズ「……何とかならない?」
店主「なんとかと言ってもねぇ、元になる布がないんじゃどうしようもねぇですよ。ウチは人の手でやってますからね、そんな魔法みたいなことは無理でさあ」
ルイズ「そう、よね……」
千切れてなくなった物を、また生み出すなんてメイジにも無理だ。
意気消沈して俯いた私に店主は話しかける。
463:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 02:31:26.49:CcyIA1bN0
店主「まあそんなに落ち込まないでください、同じ生地で仕立て直すのは無理ですが……そうですなあ、ワッペンで名前でも入れれば違和感なく見せられるものになると思いますよ」
ルイズ「ホント!? 直るのね!?」
打って変わった私の声に店主は苦笑いする。
店主「切れている部分は同じ色の糸を使えば目立たないでしょうから、何とかなるでしょうさね。文字はなんにしますかい?」
……困った。
こんなことになると思ってなくて、考えていない。
所属としては……一応魔法学院になるのかしら。
トリステイン魔法学院?
うーん、長すぎるわね。
じゃあシンプルにゴジョー?
これも捻りがなさすぎる。
サッカーとでも入れておけば喜ぶかしら。
いやでも、それじゃちょっと……
テーコクとか言ってたかしら、アイツのチーム。
それだったら喜ぶかも。
……いえやっぱりダメ。
ホームシックになったら困るわ。
うんうんと頭を悩ませた結果、出した答え。
465:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 02:43:22.12:CcyIA1bN0
ルイズ「ルイズ(はぁと)でお願い……!!」
店主「はいはい、わかりまし……ええぇ!? そいつぁお嬢さんの名前じゃないんですかい!?」
ルイズ「何よ! 文句あるのかしら……!?」
店主「い、いやあ。ないですよ……」
慌てた様子で店の奥に入っていく店主。
ルイズ「だったらいいでしょう。文字数も少ないし、割合簡単でしょ」
店主(……これを着せられる旦那。ご愁傷さまですぜ)
なにか良からぬことをこの店主は考えている気がしてならないが、あえて黙っておこう。
今の私はある程度の事ならば許せる広い心を持っている。
……あんなところを見られれば誰だってそうなるか。
やれやれと独りごちた。
467:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 02:50:06.42:CcyIA1bN0
店主「そいじゃ日にちはいかがしますかね、二三日後なら大丈夫ですが?」
にべもなくそう尋ねると店主は腕を組み、首を傾げた。
ルイズ「あー、今日がいいわ」
店主「きょ、今日ですかい!? そりゃあちょっと無茶でさあ!」
ルイズ「しかもあと二時間後。すぐにこの町から出ていかなくちゃならないのよ」
店主「二時間後!? ムリムリムリ! ウチは飯屋じゃないんですぜ!?」
身振り手振りで否定の意を伝える店主。
ルイズ「お・ね・が・い……!」
黒いオーラが自分の背中から出ていることだろう。
店主「……はあ、同じ色の糸を見つけるのだって一苦労だってのに。特別料金頂きますよ?」
ルイズ「え、出来るの!? お金なら多少は奮発するわ!」
店主「まあ時間があれば、イイ線まではいけそうですが……二時間で元通りってのは流石に不可能ですな。だけど違和感ない程度にはしてみせましょう」
468:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 02:56:03.48:CcyIA1bN0
微笑みながら口髭を触る店主。
運が良かった。
他の店ならどう頑張っても二時間じゃ無理そうなのに。
頼み込んでみるものだ。
店主「ああ……あと特別料金についてですが」
ルイズ「ぼったくるつもり!?」
店主「まさか! 貴族のお嬢さんからそんな事したらすぐにウチなんかつぶされてしまいますからね」
ルイズ「じゃあなによ?」
店主「なにか、巷じゃ見られないような珍しいもんを料金がわりに持ってきてくれれば、お代は頂きませんよ」
ルイズ「めずらしい物? そんなこと言われても、すぐには」
店主「何だって良いですよ。ここにある物を見ればわかるでしょう?」
手を広げて示すのは、何度見ても趣味が悪い店内。
今どき骨董屋だってこの店の物は引き取らないだろう。
要は趣味の悪いものを持って来いというのだろうか?
だったらキュルケをここに置いていってやろう。
469:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 03:07:12.83:CcyIA1bN0
ルイズ「……生憎だけど持ってないわ。何か別のことで代用できないかしら」
店主「フーム。まあお嬢さんが持ってきたこの服が一番珍しいといえば珍しいですからね。これ以上の物を要求するのはいささか酷かもしれやせんね」
ポリポリと顎を掻きながら、店内を見回す店主。
泳いでいた視線があるところで止まる。
その先にあったのは私の身の丈ほどもある、さっきの剣。
今度は嫌な予感しかしない。
ルイズ「ちょっとそれは……」
店主「よし、決めた。貴族のお嬢さん、この剣を持って行ってくだせぇ」
ルイズ「え”」
店主「実を言うとね、一度その剣は武器屋に売りに行ったんですよ。だけどあんまり五月蝿いもんだから武器屋も買い取らないときた」
ルイズ「……でしょうね」
店主「その上時々鞘から抜いてやらないと文句ばかり言う。ウチもコイツには手を焼いていたんでさあ。お代はいらない、さらに剣までプレゼント! ハルケギニア全土でも中々こんなに気前のいい店は有りませんぜ!?」
ルイズ「ただの厄介払いでしょ!」
店主「ハッハッハ、そうとも言いますがね。とにかくコイツを引きとってくれりゃ、他は何にもいりません」
470:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/07(金) 03:14:19.64:S4tJeTXf0
この剣を受け取らなければ服を仕立ててはくれなさそうだ。
……この剣に聞きたいことが無いといえば嘘になる。
妙に気になっていたのは事実。
もしかしたらゴジョーを探す何かの手がかりになるのかもしれない、そんな淡い期待を抱いた。
ガンダールヴ。虚無。
少なからず私とゴジョーに関係があるだろう。
ただ、一つ言うとしたら……
ルイズ「私が持ち歩くには大きすぎるわよ!」
腰に携えても背中に背負っても、床をずるずると擦るインテリジェンス・ソードに怒りをぶつける。
店主「ハッハッハ! 小さなお嬢さんにゃ、でか過ぎたかね! なら持っていくのは服を取りに来たときでいい」
手を叩いて笑う店主に腹がたつ。
473:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 03:35:02.88:CcyIA1bN0
ルイズ「ぜぇぇぇぇったい二時間後には仕上げておいてよね! 約束よ!」
主人の前にあるテーブルをダンと叩きつけて言い放つ。
店主「あい、了解致しましたぜ。期待して待っててくだせぇ」
剣「俺も待ってるぜ!」
いつの間にか抜かれた喋る剣がカツカツと音を鳴らし、存在を知らせる。
ルイズ「んもう! 腕が良くなきゃこんな店来ないんだから!」
プンスカ怒りながら店の出口に向かい、ドアに手をかける。
店主「はいはい、これからご贔屓にしてくれるように頑張りますよー」
ニコニコ笑いながら手を振る店主を残し、扉を勢い良く閉める。
寂れた通りに戻ってくると、クンカクンカしてたことを見られたのを思い出し、ものすごく恥ずかしくなる。
腹いせに店の壁を蹴る。
……痛かった。
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476:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 03:46:41.38:CcyIA1bN0
私はあなたを止めることはできない。
目を瞑るしかできない。
だから私は願った。
あなたと別れることは、死ぬことよりもつらいこと。
願い……?
ううん。
祈り、なんだと思う。
神様に祈ったわけじゃない。
どこにもいかないで欲しい、っていうただの誰でもない『あなた』へ祈ったの。
でも結局祈りは、私になにも残してはくれない。
あなたを思って流した涙が、希望になったかっていうとそんな事もない。
涙が出て、涙が出て、涙が出て、涙が出て、涙が出て。
涙も枯れ果てたところで物語みたいにあなたが現れるかもしれない、最初はそんな馬鹿なこと考えたりもした。
結局、瞼を腫れ上がらせて涙がくれたのは、現実感。
いない、という事実
死んでもう二度と会えなくなることと、生きてもう二度と会えなくなること。
どっちが悲しいことだと思う?
ねえ、教えてよ。
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使う者のいない厚い学術書が、もうひと月も机の上で伏せられている。
入れ換えられていない空気が只でさえ暗い部屋の重さを際立たせる。
閉められたカーテンは私の部屋に明るい光を通さず、埃と湿気は床の上に薄く張り付きまるで自分のようで自嘲気味な笑いが溢れた。
毛布の中でそっとお腹に手を当ててみると、情けなくきゅうと空腹の鳴き声を上げ、そこでもう二日ほど食事を取っていないことを思い出した。
人間という生き物は動かなくてもお腹が減るものなのか……
でも、いいや。
自分で死ぬ勇気もない私には餓死くらいが丁度いいのかもしれない。
シエスタが毎日三度、部屋の前に食事を持ってきているのは知っていた。
最初のうちはそれなりに減っていた皿も、ここ二三日はそのまま厨房に返されていることだろう。
悪いことをしているな、という気持ちはあるが別にそれに対して何かしてやろうという行動は起きない。
食べることへの気力さえもない。
呼吸すらも億劫だ。
何も聞きたくない。
何も話したくない。
眠るように死にたいと思い始めて何日経っただろう?
眠っている時が一番いい。
何も頭の中で考えが巡らないからだ。
無意識は私から痛みと虚無感を拭い去ってくれる。
眠っていることと死んでいることは同じだ。
だったら深い眠りにつき、そのまま心臓が止まればいい。
部屋の戸の前にはついたてが置いてあり、誰も入れなくしてある。
といってもここ一週間は誰も部屋の中に入ってこようとしないから、あまり意味が無いのかもしれないが。
最初の頃は部屋に残っていた欝陶しいノックの残響も聞こえなくなった。
いま一番嬉しいと思うことはそれくらいだ。
本当にそれだけ。
アルビオンから戻ってきて、まだ授業に一度も出ていない。
そのことについて咎められないのは、私がここから出てこない理由を知っているからなんだと思う。
同情かな?
先生方は皆、大事な人がいなくなる悲しみを知っているから、私に少し心を休める休憩でも与えてくれているつもりなんだろうか。
そうすると痛みがなくなるって言うの?
時間は心の痛みも薄れさせるの?
なら尚更私には意味のないことだと思うけれど。
だってそういうのって、『忘れる』って事じゃないの?
つらいのが無くなる代わりに大事なことをなくすのなら、ずっとつらいままでいいと私は思う。
ため息をつくと頭に鈍い痛みが走った。
最近一番私をイラつかせる頭痛。
一定間隔でグリグリと後頭部をきざむ。
右手で左手の甲を抓り、逃れようとするが頭の痛みのほうは身体の芯の部分で焼けつくのであまり効果はない。
この偏頭痛から逃れる方法がひとつだけある。
それに実はちょっとだけ楽しいことでもある。
『思い出すこと』
変な笑いを浮かべた、ちょっとイジワルな顔とか。
カッコイイとはなんか違うわねー、味のある顔?
ふふ……今思い出してもあの眼鏡、もっといいデザインのにすればいいのにって。
案外皆気がついてないけどあの張り付いてる笑い顔、嬉しい時や楽しい時っていつもと違うのよね。
妙に年をとったような渋めの、男っぽい声とか。
あー、私アイツの声けっこう好きだったんだなーって思ってにやけてしまう。
声聞いてるとすごく落ち着くってなんで分からなかったんだろう。
子守唄?
いやいやそれは言いすぎ。
残しておく方法なかったのかしら、声ぐらい。
聞きたいな……声。
あと意外とおっきい掌。
暖かい背中。
筋肉質な腕。
鍛えられた両足。
つるつるした指。
私より速い心臓の鼓動
刹那だけ触れ合った口唇……
顔に触れていた指先に水滴が伝わる。
笑い顔で泣くなんて、変な感じ。
うっすら開けた目に白黒のボールが入ってくる。
いや……見たくない。このボールなんて。
枯れたと思ってても存外出てくる体温を滲ませた涙がまた枕を湿らせる。
これをやると、私はすぐ泣く。
楽しいけど、泣いちゃう。
死ぬのは最後でいい、と言っていた。
今こそがその時だと思うけれど私には自分でこの世にサヨナラする勇気も決意も気力もない。
死ぬって言うのはとてつもなく難しいことなんだとようやく分かった。
死ねない私はどうしようもなくダメな人間だし、殺して欲しいとすら思うようになった。
それでも死なないのは心の何処かでまた会えるかもしれないっていう子供じみた甘えがあるからだ。
もういっそのこと誰かに言ってもらいたい。
『死ね』と。
ああ、またこの結論になった。
堂々巡りばかりのこの脳味噌を窓から投げ捨てたい。
ふと、部屋の外が人の声で満ちていくのを感じる。
そろそろ朝食の時間。
食べもしないパンとスープをシエスタが持ってくる時間だ。
私には分からないけど外は太陽の光で一杯で、いつものように皆は授業に出るんだろう。
いつものように友達と馬鹿な話をして笑って、楽しい一日が始まるんだろう。
どうでもいい。
シエスタがきたら、もう食事はいらないと言おうかしら。
……それもどうでもいいわね。
どうせすぐに皆、私のことなんて忘れるでしょう。
完全に脱力した身体は力なくベッドに沈んでいき、私を再び無意識の世界に連れていってくれる。
次はもう瞼が開かないといいな、とぼんやり考える。
温い体温だけが生きているという証なんだろうか。
呼吸を止められた肺が酸素を求めてさまよう。
かき消されていく意識のせいで、結局はまた吸い込んでしまうが。
「……入るわよ」
うつらうつらし始めたとき、ノックと声が聞こえる。
不快だ。
起こさないで欲しい。
どうせ部屋には入れないんだから。
ドアノブがガチャガチャと回るが、つい立てが開けることを許さず、部屋を守る護衛のように侵入者を抑えつける。
まさか最後に私を守ってくれるのがただのつい立てとはね。
頭の片隅でそんなことを考えた。
数回繰り返された金属音が止まり、ドアの向こうの人物が諦めたことを教えてくれる。
もうこれ以上何もしないで。
誰とも会う気はないから。
「……ヴァリエール。開けなさい」
心臓がビクリと高鳴る。
それは知っている声だったからかもしれないし、そこにまだ誰かがいたからなのかもしれない。
「……開けなさい」
私は答えない。
「……いいわ。最初からあんたが開けるとは思ってなかったし」
だれ。
やめて。
あけないで。
わたしをおこさないで。
「駄々っ子には……力づくでちょうどいいわ」
その声を最後に急に静まり返る。
しかしその静寂は五秒ともたなかった。
爆音と共に部屋のドアは吹き飛び、壁に激突する。
半分に割れたドアが窓にぶつかり、ガラスを暗澹とした部屋に撒き散らす。
と同時に廊下から痛いほど眩しい光が遠慮もなしに乗り込み、舞い上がった埃をキラキラと照らし出す。
ヒールを響かせ何者かが私の領域に踏み込んでくる。
キュルケ「ゲホゲッホ……! 埃だらけ。よく生活できるわね」
乾いた目を擦り、視界に飛び込んできたのは赤い髪の女。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
理解出来ない。
何故キュルケが私の部屋に来るのか、そして片手に朝食を持っているのか。
キュルケ「おはよう」
ひと月ぶりの顔合わせなのに、つい昨日まで会っていたかのような口ぶりだ。
ルイズ「……!」
キュルケ「起きなさい、ルイズ。あんたもう何日も食事をまともにとってないでしょ?」
久方ぶりに艷めいた声が鼓膜に届く。
ルイズ「……ツェル……プストー……」
水も飲んでいない私の声は老婆のようにしゃがれ、自分の喉ではないようだ。
キュルケ「ひどい声……水ぐらい飲みなさい」
差し出されたコップを受け取り、少しだけ口に含む。
カラカラに乾燥していた身体の隅々まで潤いが行き渡るのを、なんとなくイメージで感じる。
ルイズ「なにしに……きたのよ」
気怠い体を僅かばかり起こし、無礼な侵入者を睨みつける。
キュルケ「ん? いえね、どっかの馬鹿が引きこもって延々ぐずってるからそろそろ叩き起こしてやろうと思ったのよ」
光がまぶしすぎてボンヤリとしか見えないが、キュルケは笑っているような気がする。
同時に沸々と沸き上がってくる怒り。
叩き起こす?
全くばかばかしい。
五条さんはどこだー?
34:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 21:26:23.46:DRAChgRy0ルイズ「出てい……きなさい……」
搾り出すように声を鳴らす喉。
キュルケ「あら、言われなくても出るわよ。こんな埃だらけの部屋、一秒だっていたくないわ」
片手で口元をぱたぱたと揺らし、埃を払うその姿はさらに私の怒りを買った。
ルイズ「だったら……今すぐに……一秒以内に出ていきなさい……! じゃないと……」
キュルケ「フン、何よ。引き篭もってたわりには思いの外、強気じゃない。どうするって言うの?」
挑発するようにこちらを見つめるキュルケ。
ルイズ「爆発させてやるわ……!」
キュルケ「ぷ、あんたがあたしを?」
ベッドから下り、ふらつく足で机に向かうが覚束無いその歩みをキュルケの爪先が引っ掛ける。
ルイズ「きゃ……」
情けなく床に倒れこみ、埃にまみれる私をキュルケは見下ろす。
キュルケ「そんな状態で魔法を撃てると思ってるの?」
ルイズ「うるっ……さいわね!! いいから出てって!」
キュルケ「はぁ、威勢だけは相変わらずね」
ルイズ「……」
キュルケ「睨まなくたって出て行くわよ、あんたを連れだしたらね」
私の栄養不足で軽くなった身体を脇から持ち上げ、ベッドに座らせる。
ベッドの横に置いてある朝食を指さす様子は、有無を言わせない迫力があり、いつもとは違うその雰囲気に尻込みしてしまう。
トレイの上にはまだ湯気の立つ、暖かいコーンスープと食べやすいように一口大にちぎられた柔らかそうなパンが置いてあった。
なんとなく、その大雑把なちぎりかたは目の前にいるヤツが気遣ってしてくれたような。
そんな気がした。
きゅうぅとだらしなく私のお腹は声を出し、空腹であったことを確かに知らせてくる。
……ベッドの上にいる間は気がつかなかったが、その有り体な食事が今まで食べてきたどんな豪勢な料理よりも食欲をそそる。
美味しそう、と思ったのも久しぶりだ。
キュルケ「食べなさい」
キュルケは怒るでもなく、いらつくでもなく、微笑んで私に言う。
さっきまでの憤慨が和らいでいく。
そしてゴクリと鳴る、喉。
心では反抗していても、身体はちゃんと食事を欲しがっている。
ルイズ「……」
キュルケ「話はそれからよ」
私の目線まで腰を下ろしたキュルケは、小さなパンをひとつ手に取り私の口元に差し出す。
ルイズ「う”う”う”う”……!」
心のなかの天秤が右に左にぐらつく。
理性と本能が戦っているのだ。
さっきまで考えていた餓死への道と、これでもかといい匂いを立てるパンを食べ生き長らえてしまうかを。
キュルケ「……シエスタがあんたの為にわざわざ、パンを柔らかくしてあるのにねぇ。しかも焼き立て。あーーおいしそうだなーー! あたしが食べちゃおうかしら?」
これ見よがしにこちらを横目で窺い、その手を自分の口に運ぼうとする。
瞬間、私の口はキュルケの指に噛み付いていた。
がぶりと歯がパンと指を捉えて離れる。
口の中にパンのふんわりとした豊潤な味が広がり、一気に私の中の食欲が爆発する。
キュルケ「いったあああい! 何すんのよこの馬鹿!」
ルイズ「うるひゃいわね! あんちゃがよへいなこひょするにょが、わる、い……んぐ!」
当然のようにパンは咀嚼しきれず、食道に詰まる。
キュルケ「はあ、犬と変わらないわね……水飲みなさい」
手渡されたコップの水でパンを流し込む。
お腹にたまる食べ物に、僅かばかりの満足感を感じてしまう自分が酷く憎く思えて、でも私の両手は意思に反して目の前にあるパンを次々と平らげてしまった。
食事を終えた私の隣。
ベッドに腰掛けたキュルケは黙っている。
廊下にいた生徒たちは皆授業に向かったため人影はない。
侵入者によって開けられた窓から清々しい風が部屋の中に吹きこみ、溜まっていた重苦しい空気を洗い流していくようだ。
どうせ明日にはまた、馴染み深い陰鬱な空気が戻ってくるのは目に見えているが。
なにも語らないキュルケに耐えかねて、口を開く。
ルイズ「あんた……もう授業始まってるわよ」
キュルケ「……だから?」
ルイズ「だからって……早く行きなさいよ」
キュルケ「もうひと月もサボってるヤツに言われたくないわね」
ルイズ「……」
キュルケ「……」
二人分の嘆息が漏れる。
ルイズ「ていうか別にあんたが授業に出ようが出まいが知ったこっちゃ無いけど、
とりあえずここから出ていきなさいよ」
キュルケ「ふーん。で、出て行ったらこのドアも壊れた部屋でまた引き篭もるのかしら」
小馬鹿にした態度で前髪を掻き上げる。
鎮火しつつあった怒りの業火が急激に再燃しだす。
やはりこの女とはどうあっても反りが合わないということだ。
ルイズ「うるさい! 私の勝手でしょ!! さっさとどっか行きなさいよ!」
キュルケの前に立ち上がり、怒声を浴びせかける。
キュルケ「……嫌よ、あんたをこの部屋から出すまであたしは出ないわ」
毅然とした声で拒否の意思を真正面からぶつけてくるキュルケに、止めどなく憤怒のボルテージは上がっていく。
ルイズ「黙りなさい!! あんたになにがわかるって言うのよ! 私が……私が……どんな気持ちで……!」
キュルケ「……」
すっと立ち上がり、私より頭一つ分以上大きい背丈が無言で私を後退させる。
ルイズ「……!」
キュルケ「あんたがどんな気持ちでメソメソメソメソ暗い部屋で自分の使い魔の名前を呼んでいたかなんて、あたしはどうでもいいわ」
ルイズ「な!」
キュルケ「ルイズ、あんたが部屋でベソかいている間……ギーシュが何してたか知ってる?」
ルイズ「……知らないわよ、そんなの」
光の差し込む戸の方に振り向き、背を見せるキュルケ。
キュルケ「あいつ、戦場にも関わらずアルビオンに独りで向かったのよ」
ルイズ「え……?」
キュルケ「ゴジョーがいなくなったって知って、こっちに戻ってきてすぐ荷物揃えて探しに行ったのよ?」
知らなかった……
ギーシュがそんな事していたなんて。
キュルケ「もちろんあたしとタバサは止めたわ、余りにも危険過ぎるって。そしたらなんて言ったと思う、あいつ」
キュルケ「『ルイズが傷ついている今、親友の僕が彼を探さずに誰が探すんだ!』ってさ」
胸を刺す痛みが走る。
ルイズ「……」
キュルケ「あの馬鹿、自分の生命なんか二の次よ……いつ殺されてもおかしくない状況なのに、僕のヴェルダンデだけが手掛かりだろう、って……」
キュルケ「ヴェルダンデだって……大して頼りにならないのにさ……!」
キュルケ「その上、あたし達が付いていくって言ったら『戦場にレディを付き合わせたなんて知れれば、グラモンの名が廃る』って……ヘタレの癖に変なとこ、カッコつけるんだから」
キュルケの声は少し潤んで聞こえた。
ルイズ「……ギーシュは、無事、なの?」
キュルケ「つい昨日帰ってきたわ。どういうわけか知らないけど、ヴェルダンデがギーシュを背負ってね」
ルイズ「そん……な」
キュルケ「速攻で医務室送りよ。何とか大事には至らなかったけど、一週間はベッドから起き上がれないでしょうね。まだあたしも話してないわ」
ルイズ「……」
キュルケ「それともう一つ、あんたが知らないこと」
こちらに向き直り、目を見つめてくる。
キュルケ「戦争、始まったの」
ルイズ「……は? なんで? どうして? だってゲルマニアとトリステインが同盟を……!」
キュルケ「アンリエッタ様は、ゲルマニアとの婚約を蹴ったわ」
息が止まる。
どういう事?
ルイズ「なん……で?」
キュルケ「それはあたしにも分かりかねること」
ルイズ「……」
キュルケ「そして……その代わりにアルビオンとの同盟を結んだの」
ルイズ「アルビオンと……!? だってアルビオンはもう崩壊寸前じゃ」
キュルケ「そのはずだった」
キュルケはそっと目を伏せて、爪先に視線を向けた。
キュルケ「あの戦況を見れば百人が百人、『絶対』にレコン・キスタの勝ちを疑わないはずだった。『必ず』と言っていいほど、アルビオンの敗戦は確定的だった」
絶対。
それを幾度も覆してきた人を、私は一人だけ知っている。
キュルケ「それが……少しずつ、本当に僅かづつだったけど、アルビオンが盛り返してきているの。変わるはずのない運命が『何か』によってズレてきてる」
ルイズ「……」
キュルケ「アンリエッタ様とウェールズ様は……もしかしたらその『何か』に賭けたのかもしれないわ」
ルイズ「……ゴジョー、いえ、そんな……」
信じられるわけがない。
でも、信じたい。
キュルケ「あたし達はもう一度アルビオンに行く。微力かもしれないけど、運命が変わりつつあるんだとしたらそれを手伝いたい。ゴジョーが戦っているかも知れないって可能性に賭けたい」
ルイズ「……」
言葉が出ない。
私はどうすればいいの?
私ごときがなにかして、いえ、なにか出来るとでも?
答えは誰も教えてくれない。
キュルケ「ルイズ、戦争に参加しろなんてことは言わないわ。そんな権利あたしにはないし、あんた自身が決める道だから」
ルイズ「キュルケ……」
キュルケ「……ホントなら無理矢理にでも部屋から引きずりだしてやろうと思ったけど、やっぱりヤメた。大体の情報は与えたから、ここからはあんたの意思に任せるわ」
ルイズ「私の意思」
キュルケ「そ。どうするかはあんたの自由」
ルイズ「自由……」
分からない。
判らない。
解らない。
キュルケ「でも、あんたに出来ることは『ゼロ』じゃないってこと。それだけ」
そう言い残し、部屋から出ていこうとするキュルケ。
ルイズ「違う!!!」
私の叫びに反応して歩みを留める赤髪。
ルイズ「私は……あんたが思ってるほど……力なんてないのよ……!!」
ルイズ「あんたみたいに……強くないし……タバサみたいに誰かを助けることも出来ない!! ギーシュみたいに勇気があるわけでもない!!」
ルイズ「なのに……! なんで……なんで……? 私なんか所詮ゼロのルイズなのに……!」
キュルケ「なら……言っておくわね」
キュルケ「今の言葉を聞いて、あたしはあんたのこと買い被っていたかもしれないと思ったわ」
キュルケ「トリステインに来てから、あんたと敵対してきたけど……あんたに憧れてたとこがある」
キュルケ「『努力』と『誇り』」
キュルケ「確かにあんたは魔法なんて、てんで出来なかったし、最初はプライドばっかり高いヤツだと思ってた」
キュルケ「でもあんたは誰よりも努力してたし、どれだけ他人に馬鹿にされ様とも自分の誇りは失わなかった」
キュルケ「だからこそ、あたしもあんたに負けたくないと思った」
キュルケの手が私の胸ぐらをつかみ、顔を近づける。
キュルケ「今は違う」
キュルケ「問題から目を背けて……!」
キュルケ「自分を無力だと卑下して……!!」
キュルケ「なんにも努力しない、ただの泣き喚く負け犬!!!」
キュルケ「それが今のあんた!!!」
カーテンが風にはためいている。
その柔らかな頬を撫でるそよ風とは反対にハンマーで頭を叩かれたような衝撃だ。
もちろんそれは実際の衝撃じゃなくて、堕落しきってた私の心を鍛え直す衝撃。
ずっと曇ったままだった思考が透明なペンキで塗りなおしたように明瞭になっていく。
私を掴んでいた手が離され、再び部屋から出ようとするキュルケ。
ドアの蝶番の隣で一歩止まる。
キュルケ「あんたの生き方はあんたが決めなさい。このまま部屋にこもって、死に続けるのも生き方。行動すれば起こっていたかもしれない可能性を捨てるのも止めはしない」
指を私に向け、そう宣告した。
キュルケ「ただ、あんたが『ヴァリエール』なら立ち上がってきなさい。その横に『ツェルプストー』はいるんだから」
ルイズ「……」
キュルケ「考えなさいな。少しだけど、時間はあるんだから」
キュルケ「あんたに100のことをやれって言ってるんじゃないの。自分の出来ること、それを見極めなさい」
キュルケの声はいつもより優しく、じんわりと私の心に沁み込んできたし、不思議なことにそれが嫌だとは思わなかった。
……なんとなしに今さっきの言葉はエレオノールねえさまも言いそうだな、なんて思う。
ルイズ(私にできること……?)
キュルケ「あたしは授業に戻る……!? はぁ……ずっとそこで聞いてたの?」
唐突に部屋の前の廊下で誰かに話しかけるキュルケ。
ギーシュ「いや、スマナイ。盗み聞きするつもりはなかったんだけどね……? 騒がしいものだから、また君らが大喧嘩してるものだと、ね」
申し訳なさそうな声で現れたのは、額に血を滲ませた包帯を巻くギーシュだった。
まだ病衣を着たままで松葉杖をついて部屋に入ってくる。
ルイズ「ギーシュ……怪我……」
ギーシュ「ん? ああ、額のは少し傷跡が残っちゃうらしいけどしょうがないさ。むしろ生き残れたことを神とヴェルダンデに感謝したいね」
ギーシュにとって『顔』は他の男の人よりも大事なモノだろう。
それを彼は一つも厭うことなく、生きていることに感謝している。
自分を犠牲にすることに躊躇いがない。
ギーシュ「幸運なことに他は致命傷にもならなくてね。僕も避ける能力だけなら一流かもしれない。フーケにだって勝てるか、も」
ククク、と誰かに似た笑い方をするギーシュ。
キュルケ「結局あの時だって戦って無いじゃないの」
ギーシュ「そりゃあそうだが、僕だってレベルアップしたってことをだね……」
そうだ、言っていた。
あの時三人は外でフーケと戦っていたはず。
ルイズ「アンタ達……フーケにどうやって勝ったの……?」
私の質問に二人は困ったような顔をする。
キュルケ「勝ったも何も」
ギーシュ「奴の方が途中で『テメェら雑魚を殺したところで報酬は貰えねぇ、雇い主が死んじまったみてぇだしな。サービス残業はゴメンだね』って逃げていったんだよ」
キュルケ「で、すごい音が聞こえてきたかと思ったら、ゴジョーらしき影が屋根から消えて」
ギーシュ「よく分からないまま、教会の中に入ると茫然自失の君がいて」
キュルケ「ウェールズ様に事情を聞いて、トリステインに逃げ帰ってきたの。これで分かった?」
ルイズ「う……ん」
実を言うとあの時のことは、記憶が曖昧ではっきりとは覚えていない。
思い出したくないっていうのも心に作用しているのかも。
キュルケ「それにしたって……昨日は瀕死だったのにどんな回復力してんのよ。普通じゃないわよ」
ギーシュ「その、モンモランシーがね……?」
キュルケ「あ、そゆこと」
納得した表情で二三度頷くと、キュルケは椅子を手に取りギーシュの後ろに置く。
ゆっくりと腰を下ろしたギーシュは松葉杖を壁に立てかけた。
ふっと息を吐き出し、天井を見上げた彼は思い巡らせている。
数拍の間を置いてギーシュは口を開く。
ギーシュ「……あー、ルイズ。僕がこんな事を言うのは少しお門違いかもしれない」
ギーシュ「だから、君は僕の言葉を聞き流しても構わない。独り言とでも思ってくれ」
額の傷に手を当てる。
ギーシュ「僕は弱い人間だ」
ギーシュ「僕一人でなにかを成し遂げられるなんてこれっぽっちも思っていない」
ギーシュ「戦争が始まってしまった今、人一人が出来ることなんて道端の石ころよりも小さい」
ギーシュ「それでも、無力な僕を突き動かしているのは……」
ギーシュ「ゴジョーさんがいたからだ」
ギーシュ「彼はいつだって僕に勇気をくれる」
ギーシュは懐からボロボロの布切れを取り出した。
知らない人には汚いゴミにしか見えないそれは見間違えようもない。
緑と赤のコントラスト。
あいつの着ていたサッカーウェアだ。
ところどころに剣で切り裂いたような跡があり、もう服としての体を保っていない。
ぶわっと、感情が高鳴る。
ギーシュ「情け無いが……僕にはこれを見つけるだけで精一杯だった」
ルイズ「ご……じょーの……!」
ぐしゃぐしゃに、みっともなく泣き始める私に小さく微笑み、ギーシュは頷く。
ギーシュ「レコン・キスタがまだトリステインに攻めきれない理由を知っているかい?」
ギーシュ「誰かがレコン・キスタの侵攻を止めているんだ」
ギーシュ「きっと、僕らのよく知る誰かが……必死で、トリステインに降りかかろうとする厄災をギリギリのところで止めている」
ギーシュ「独りで」
ギーシュ「誰の力も借りずに」
ギーシュ「笑っちゃうよ、軍隊相手に一人で戦っていて……尚且つ壊滅させているんだからね」
キュルケ「ふふ、アイツならやれるわ」
片足を引き摺りながら、ギーシュは私の左肩に手を添える。
ギーシュ「ルイズ・フランソワーズ。君は待ってるだけの女かい?」
ギーシュ「僕の中のルイズはそんな女じゃない」
ギーシュ「何度挫けたって、最後には立ち上がってくる心の強さを持った女のはずだ」
ギーシュ「君の使い魔が『絶対』を覆すように、君も自分の『ゼロ』を覆せるはずだ」
ギーシュ「ゴジョーさんは君がいなくなったとき、どうしたかを思い出せ!!」
ギーシュ「逃げるな……ルイズ! 待っていても何も現実は変わらない! 去っていった者を捕まえてみせろ!」
ギーシュかっけえ
67:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2010/12/30(木) 23:31:08.49:DRAChgRy0ギーシュの声が私の閉じられた檻にヒビを入れていく。
私が動くことで変わることもあるのかもしれない。
動かなければ死にゆくだけ。簡単なことだ。
キュルケ「あんたのカッコつけは筋金入りね……ほら、無理しないで椅子に座んなさい」
ギーシュ「ふふふ……やれやれ。ゴジョーさんみたいにはいかないな」
ポリポリと頭を掻き、はにかむギーシュはやっぱりあいつが来る前より強くなっているように見えた。
キュルケ「……じゃあもう行くわよ」
ギーシュ「ああ、僕ももう少し眠りたいね」
ルイズ「……」
キュルケ「ギーシュの傷の治り具合にもよるけど、出発は五日後にしておくわ。自分で決めなさい。ついて来るか、ここで待ってるか」
そう言ってキュルケとギーシュは私の部屋から出て行った。
壊れたドアと窓がまるで元からそうだったかのように、我が物顔で落ちている。
物言わぬボールが風に押され、私の足元に転がってきた。
一瞬だけ、自分の大事な人が戦っている姿が白黒の上に映った気がした。
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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
罵声がカラカラに傷めつけられた戦場に響く。
はッはッはッ、と脳内のアドレナリンが分泌され呼吸を早める。
多勢に無勢。
言ってしまえばそこまでだが、それにしても目の前の兵士たちは数限りなく荒野に広がり、見渡すそこに自分の味方は誰もいない。
後ろに退くことは、死と同義。
まさにここが正念場。
ここから後ろへ侵攻を許せば、数多の侵略者が平和なトリステインに雪崩込むことは火を見るより明らかだ。
守るべき者を傍で守れないことを理解したとき、出来ることはこれしかなかった。
汚れた手で彼女に触れることが出来ないならば……
それでもまだ自分にやれることがあるのなら……
修羅の道でも進むべきだ。
そう覚悟した。
「どういうことだ……敵は奴一人なのか……?」
兵士の一人がぼそりと呟く。
その隣にいる兵士がそれに返答する。
「冷静に考えろ……何故我々が未だトリステインに侵攻できていないかを……!」
「え……?」
「奴は『悪魔』だ。『トリステインから来た、黒い悪魔』。既に部隊が二つ、奴一人に潰されている」
「じょ、冗談だろう!? こちらには大砲もメイジもいるんだぞ!」
「奴は砲弾を蹴り返す……信じられるか……!? 数瞬の間に周りの兵が全て倒れていく姿を……」
「トライアングルメイジがいるだろう!!」
「魔法も無駄……奴には当たらん」
「そんな……馬鹿な話が……」
「我々は言うなれば生贄。物量で圧倒し、奴の体力が削れるまでの駒だよ……!」
彼らの言うとおり。
体力の消費だけがこちらの懸念材料。
戦いが長引けば長引くほど、膨大な敵兵は増えていき徐々に不利になっていく。
なれば、殺られる前に殺るしか手段はない。
「にんげn、」
「ば……!?」
跳び上がり、遠心力で力を得た右足が喋りかけていた兵の頚椎を強引にねじ切る。
五条「クックックッ……! お喋りは……そこまでですよ……!」
「きたぞおおおおおおおおおお!!!!」
その声が戦いの狼煙。
一挙に自分の周りを取り囲み、槍と剣を鳴らし刺し殺すタイミングを窺っている。
五条「ヒヒヒ……! 死にたい奴からかかってくるといいですよ……!」
「こいつ、笑っている……?」
張り付いた冷酷な仮面に戦いていく雑兵たち。
五条「それが百人だろうと千人だろうと……! 一万人だろうと……!!」
「やれぇぇぇ!! 殺せぇぇぇ!!!」
怒号が鳴り響き、途端、殺意が一斉に襲いかかってくる。
遊んでいる余裕はない。
シグマゾーンの応用で脳を高速回転させると、武器の動きは僅かの間だけ避けられるスピードに変わる。
覚えた技。
振り回した足で真空波を生み出し、眼前の敵を彼方まで吹き飛ばす。
「ぎゃあああああああ!!」
断末魔を上げ、堅い地面に転がる人間。
千切れる腕。
吹き上がる血しぶき。
「何故!!? 速すぎるっっ!?」
慌てる者。
「砲弾を放て!! 物量で押しきれ!! 奴は一人だっ!!」
次の手を打つもの。
それら全てが手に取るように、『視える』。
にわかに騒ぎ出すレコン・キスタの中心で言い放つ。
五条「クックックッ……アーッハッハッハッハッ!!」
一陣の風が身体を通り抜けていく。
これがオレからの死の宣告。
五条「オマエたち……全員まとめて『狂わせて』やりますよ……! 『純粋』に……!」
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来たか……
155:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/01(土) 23:10:05.97:2ReQlfR+0たいっへんお待たせいたしました!!
投下いたします
それとご指摘のとおり『願うならば』じゃなくて『願わくば』の方が正しいです!
もうスレタイから間違えるとか恥ずかしくて死にそうです
普通に考えてそうですよね
もしどこかにまとめて頂く機会があるとしたら、直してほしいなぁーなんてふざけたこと言ってみます
相変わらずの日本語不自由野郎でごめんなさい
159:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/01(土) 23:20:29.70:2ReQlfR+0投下いたします
それとご指摘のとおり『願うならば』じゃなくて『願わくば』の方が正しいです!
もうスレタイから間違えるとか恥ずかしくて死にそうです
普通に考えてそうですよね
もしどこかにまとめて頂く機会があるとしたら、直してほしいなぁーなんてふざけたこと言ってみます
相変わらずの日本語不自由野郎でごめんなさい
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アンリエッタ「ルイズ……体調はもう大丈夫なのですか……?」
姫様の最初の言葉は私を責めるものではなく、優しい気遣いのお言葉だった。
時に優しさは人に痛みを与える。
もちろんそれは何も知らない姫様に非はなく、勝手に私が感じているだけの重みだけれど。
数メイル離れた位置から跪き、頭をさげる。
ルイズ「はい……お忙しいにも関わらず謁見させて頂けて……」
恐縮しきりな私を見て、姫様はブンブンと首を横に振る。
アンリエッタ「何言ってるの……ルイズ・フランソワーズ。あなたとの時間なら、食事を抜いたってつくるわ」
戦争が始まったにしては、それ程憂慮の表情を浮かべていない。
……ウェールズ様と、いえ、アルビオンと同盟が結べたからなのだろうか。
これも邪推ね。
馬鹿な考えを消し去り、頭を上げる。
ルイズ「勿体無きお言葉……」
アンリエッタ「いやだわ。そんなに堅苦しくならないで」
ルイズ「いえ……ひとまず私の姫様へのご報告が遅れたことをお詫びいたします」
アンリエッタ「そんな……あんな状態だったもの。仕方ないわ」
あんな状態だった、ということは私は姫様に会ったのかもしれない。
覚えていないのが心苦しい。
ルイズ「申し訳ございません」
アンリエッタ「ううん、むしろ謝らなくてはいけないのは私」
アンリエッタ「感謝しなければいけないのも私」
二人だけの部屋に、姫様の声がしっとりと質感を持って私に届く。
アンリエッタ「ウェールズ様を救ってくれたのは……やっぱり、貴方とその使い魔だと聞いたわ」
ルイズ「元使い魔……です……が……」
認めたくない現実を言葉にすることで自分に刻もうと思った。
そうでもしなければ私はまた自分の世界に閉じこもってしまいそうだから。
震えてしまった声を聞き、姫様は唇をきゅっと閉めて悲しそうな顔をした。
アンリエッタ「ウェールズ様も言っていたわ。彼がいなければ今頃私はレコン・キスタに殺されていただろうと」
椅子から降り、私の目の前に来ると姫様はしゃがみこんだ。
アンリエッタ「ありがとう……ルイズ」
痛い。
心が痛む。
ルイズ「いえ……私は結局何も出来ませんでした。賊であるワルドを倒すことはおろか……奴の計画に気づかず、婚約の儀を結ぶところでした」
アンリエッタ「貴方は悪くないの……それに気がつけなかったのは私も同じ」
ルイズ「それだけではないんです……」
堪えていてもすぐに漏れ出しそうになる涙は、叫びたい感情が今も私の中で燻り続けている証拠で、されど行き場を失った思いは留まること無く溢れてくる。
アンリエッタ「いいの……! 言わなくていいわ……!」
きつく抱きしめてくる両腕に身を任せ、それでも私は事実を口にする。
今、この場で言うことで私は変わりたかった。
姫様の前で言うことは国に誓うことと同じだと思ったから。
立ち向かう心を持つためにも、もう一度アイツに会うためにも。
弱さに決別しないとまたどこかに行ってしまうかもしれない。
そんなの、もう嫌だ。
ルイズ「ゴジョーが……いなくなったんです……もう……使い魔じゃ……なくなったんです……」
姫様は私の首もとに熱い雫を落とし、只管に頷く。
ルイズ「私……アイツが傍からいなくなることがこんなに苦しいことだと思ってなかった……!」
ルイズ「今までで一番……無力な自分が憎かった……!」
ルイズ「去っていくゴジョーを止められなくて……サヨナラなんて聞きたくなかったのに……!!」
ルイズ「叫んでも届かなくって……!」
ルイズ「自分の部屋でずっと泣いて……!」
ルイズ「何度死のうと思ったか分からないぐらい……思って……だけど死ねない自分がいて……!」
痛みを伴うことでしか人は理解出来ないとゴジョーは言った。
それが本当だとようやく今わかった。
ずっと痛いことから逃げていたから……
張り裂けるほど鋭く痛む気持ちを乗り越えないと、私は弱い自分を捨てられない。
ルイズ「言われたんです……」
ルイズ「待ってるだけじゃ何も変わらないって」
ルイズ「立ち上がれ……小さくてもいいから、自分が出来ることをやれって」
強く抱きしめる姫様の肩を両手で掴み、潤むその目をしっかりと見つめ返す。
ルイズ「姫様。私はもう一度アルビオンに行きます」
アンリエッタ「……!」
ルイズ「待ってるだけは、もうやめました」
ルイズ「例えそこが戦場であったとしても、もう一度ゴジョーを捕まえてみせます」
アンリエッタ「ルイズ……」
ルイズ「戦争っていう大局の中で私が出来ることは本当に小さいです」
ルイズ「それでも……私が行動することで起きるかもしれない可能性に賭けてみたいと思います」
ルイズ「弱いことと、力が小さいことは違うって知ったから……」
心に刺さっていた刺が抜け落ちた。
言霊、というのは本当にある。
自分で口にすると、そうでなければならないと思えるし、そうなろうという決意が僅かだけ私を強くしてくれた気がした。
ルイズ「この水のルビー、姫様にお返しいたします」
薬指の指輪を外し、姫様のその手に握らせる。
ルイズ「これのお陰で私はウェールズ様から大事なお話を伺えました。トリステインとアルビオンに架かる虹を……」
姫様は黙ってその指輪を受け取り、机の引き出しに向かった。
取り出されたのは古ぼけた一冊の本。
そしてそれを指輪と一緒に再び私に手渡す。
ルイズ「これは……?」
アンリエッタ「ルイズ・フランソワーズ。私が貴方を止めることは、出来ません」
アンリエッタ「本当ならば再び戦場に行かせることなど……させたくはありませんでした」
アンリエッタ「……しかしこれは私が引き起こしてしまったも同然な戦争」
ルイズ「そんなことは!!」
アンリエッタ「ルイズ、私も……賭けてみたかったの」
そう言ったアンリエッタ様の眼は曇ってなどいなかった。
アンリエッタ「国というものは本来、奇跡にかけることなど許されないものだわ」
アンリエッタ「だから、為政者としては失格と言われても仕方のない選択肢だったかもしれない……アルビオンと同盟を結ぶことは」
国家……私には計りきれない多くの事がある。
姫様はこの決断をするために、どれほどお悩みになったか想像に難くない。
アンリエッタ「私はそれでも……たとい愚者と罵られようとも、アルビオンが救われる未来を選びたかった。国を統べる者として、それが一番望ましい未来だと思ったの」
アンリエッタ「そして今、その未来に近付いていると感じています。なによりの証拠として……アルビオンが徐々に息を吹き返していて、既に攻めこまれてもおかしくないトリステインにもまだレコン・キスタの兵は来ていないのだから」
アンリエッタ「レコン・キスタの勢いも半減してきているの」
アンリエッタ「何故……あれだけの兵が崩壊寸前のアルビオンに攻めあぐねているのかは私には分からない」
アンリエッタ「神が奇跡を起こしてくださっているのかもしれません」
奇跡、と姫様は呟いた。
私は違うと確信している。
これは神が手を差し伸べた慈悲によるものではない。
なぜなら。
ルイズ「姫様……奇跡は神が起こすものではありません」
アンリエッタ「え……?」
ルイズ「神の気まぐれで奇跡は起きません。常に人の力が運命を変えるのです。私も小さな奇跡を、自分でも起こせると信じているからこそ……」
思いもよらぬ私の言葉に驚いた顔を見せた姫様は、クスリと笑った。
アンリエッタ「始祖ブリミルがお聞きになったら卒倒しそうだけれど……ふふ、私もそう思うことにするわ」
ルイズ「姫様……!」
アンリエッタ「そうよね。いつだって歴史を変えてきたのは神ではなく、ちっぽけな人間なのだわ」
ルイズ「そうです!」
私は強く頷き返す。
それを教えてくれたのは、ゴジョー。
そして一緒に旅をしてきた仲間たち。
アンリエッタ「ありがとう、ルイズ。私、本当は少し怖かったの……軍の先頭にたつことが」
ルイズ「え……? 姫様が軍の指揮を……?」
頭の何処かでは分かっていたことだった。
そうしなければ国民に示しがつかないのだろう。
アンリエッタ「こうなった以上、当然の責任です……恐らくレコン・キスタが攻めて来るのは間違いない。完全に壊滅しない限りは侵略者はトリステインの喉元に噛み付いてこようとするでしょう」
ルイズ「……」
アンリエッタ「でも貴方の言葉で、私は胸を張って戦えるわ」
ルイズ「姫様……」
アンリエッタ「……私よりもルイズ、貴方は自分の身を案じてください。アルビオンはまだあくまでレコン・キスタが優勢なのですから」
ルイズ「はい」
アンリエッタ「渡したのは始祖の祈祷書……トリステイン王家に伝わる、始祖ブリミルがお書きになったという冊子よ。私には白紙にしか見えないけれど、虚無の貴方にならお力添えしてくれるかもしれないわ」
ルイズ「始祖ブリミルの……」
ページを捲ってみるが、言うとおり何も書いていない。
光に透かしてみても紙の繊維が茶色く残っているだけで何の文字も浮き出てこない。
指で擦っても同じ。
パラパラと流し読みしたがどのページにも文字どころかインク一滴も付いていない。
……やっぱり虚無じゃないのかも。
そんな考えが頭に浮かんで消えた。
アンリエッタ「それと……まだその指輪は貴方に持っていて欲しいの。きっと私
よりも貴方の方が相応しいもの」
ルイズ「そ、そんな……」
アンリエッタ「戦争が終わったとき、もう一度持ってきて」
ルイズ「……はい」
アンリエッタ「約束よ。私も帰ってくるから……!」
約束、その言葉ではっと思い出す。
ゴジョーが言ってた変なおまじない。
ニホン、ゴジョーのいた国では『指きりげんまん』と言っていたらしい。
ルイズ「姫様、小指をお借りしてもよろしいでしょうか?」
アンリエッタ「え? どうぞ」
差し出された姫様の小指と私の指が絡む。
「ゆーびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」
アンリエッタ様はぽかんとした顔でこちらを見ている。
思わずやってしまったが、ゴジョーと私しか分からないことをやったのだ。
当然だろう。
急に恥ずかしくなり早口で弁明する。
ルイズ「あ、あああの! これはそのゴジョーがやってた変なおまじないで! ああアイツ普段から変なコトばっかりしてるんだけど、なんだかこれは妙に気に入ってしまって……!」
アンリエッタ「フフフフ、仲がいいのね。ルイズとゴジョーさんは」
ルイズ「いえ、そんなこちょは!」
焦りすぎで思わず噛んでしまう。
アンリエッタ「私も気に入りました! 今度誰かに教えてあげることにするわ!」
さっきまでの責任を背負った顔ではなく、純粋無垢に、楽しそうにそう話す姿はまるで一緒に遊んでいた小さい頃に戻ったようで、なんだか私も楽しくて笑えた。
こんな風に笑ったのも、笑えるのも、すごく久しぶりで……
もう少しだけ、姫様とこうしていたかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ルイズ「ちょっっとっ!!! どういう事なのよ!!」
私の声がラ・ロシェールの船乗り場に反響し、乗船許可を出すはずのハゲでデブでメガネな役人は耳を押さえる。
役人「と言われましても……安全面の保証が出来ませんので」
ルイズ「安全なんてどうだっていいのよ!! いいからフネ出しなさい!」
胸ぐらを掴み、ギリギリと締め上げるが役人は怯えるばかりで首を縦には振らない。
役人「ひいいいいいい! た、助けて!」
キュルケ「こっちに助けを求めるな」
シッシッと手を振り、近づこうとしないキュルケ。
ギーシュ「ハハハ……少しばかりルイズを焚き付けすぎたかもしれないな」
お得意の乾いた笑いで頭に手を当て、俯くギーシュ。
タバサ「うるさい」
我関せずなタバサ。
相も変わらぬ三者三様な凸凹っぷりが余計に私をイラつかせる。
ルイズ「なんでフネが出ないのよ! つい一週間前までは出てたんじゃないの!」
役人「だーから! さっきから言ってるでしょう! テューダー王家が許可したフネ以外の渡航は危険だから禁止されているんですってば!」
ルイズ「じゃああれはなんなのよ!! フネ出てるじゃないのよ!」
指さした先には確かに多くのフネがある。
役人「あれはレコン・キスタのフネですよ。トリステインから来たってバレたら良くて捕虜、八割殺されますよ」
ルイズ「あーもう! なんでこんなとこで立ち往生しなくちゃいけないのよ!」
地団駄を踏み、怒りをあらわにするが後ろの三人は何も言わない。
役人「だいたい君らは何しにあんな戦場くんだりまで行こうって言うんです?」
役人はやれやれとでも言いたげに問う。
ルイズ「捕まえるのよ」
役人「捕まえる……? 狩りにでも行く気で?」
まるで見当違いなことを真顔で言う。
ルイズ「違うわよ!」
役人「じゃあ賞金稼ぎ?」
ルイズ「ちーがーう!」
役人「……」
ルイズ「忘れ物を取りにいくの!」
えっへんと胸を張って宣言する。
しかしその言葉にも不思議そうに首を傾げる役人。
職務怠慢じゃないかしら、と勝手に思う。
役人「はあ……よく分かりませんね」
ルイズ「なーんで分かんないのよ!!」
役人「いやそう言われましても……」
タバサ「聞きたいことがある」
突然タバサが横から出てきて役人に話しかける。
うんざりした声で役人は答える。
役人「青髪のお嬢さん……ですから旅行者用のフネは出ませんよ」
タバサ「違う」
役人「じゃあ何か他に?」
タバサ「この出港予定の貨物船の中で一番大きなフネはどれ」
指差す先には本日出港のフネの時間が書いてある。
……忌ま忌ましいことにしっかりとレコン・キスタに限るとも書いてあるが。
役人は体を乗り出し、タバサの言う表を覗き込み眼鏡を持ち上げる。
役人「ええと、今は昼前ですから……夕方のですかね、多分」
タバサ「そう」
聞いたにも関わらず、タバサは興味なさそうに一言だけ呟いた。
役人「あーっと、あれです。あの一番大きな貨物船ですよ」
目線の向こうに他のフネよりも二回り以上大きなフネが停まっている。
周りにレコン・キスタの紋章を付けた男達が忙しなく、荷物を運びこんでいてこちらには目も配らない。
役人「……まさかお嬢さん、あんた馬鹿なこと考えてるんじゃないでしょうな」
急に鋭い眼差しに変わる役人。
タバサ「?」
役人「いえね、前にもいたんですよ……アルビオンに行きたくてレコン・キスタのフネに忍び込んだ輩が」
ルイズ「そ、それで?」
役人「皆まで聞かんでください。すぐに見つかり、袋叩きにあってそのまま飛んでる船の上からポイ、ですよ」
想像してゾッとした。
フネが動き始めればすぐに高さは千メイルを越すところまで飛び上がる。
そこから落とされたとなれば……怪我ではすまないだろう。
役人「まあ、暫くして情勢が落ち着けばフネの運行も再開するでしょう。それまで待つことですな」
そう言うと役人は重そうな体を動かし、奥の方へ戻っていった。
ポツンと残された私たちはところなさげに立ち尽くしている。
ギーシュ「困ったねぇ……」
キュルケ「まあいいわ。とりあえず、町に行ってみましょう」
スタスタと歩いて行く三人にはまるで危機感が足りない。
今がどんな状況か分かっているのだろうか。
フネに乗れないことにはアルビオンに行くことも出来ない。
それはつまりゴジョーにも会えないということ。
イコール絶望。
証明終了よ馬鹿!
ルイズ「まああちいいいなさあああい!!」
大声に反応して振り向く、赤、青、金。
キュルケ「なによあんた、まだそんなとこに突っ立ってたの。さっさと行くわよ」
ルイズ「あんたたちねえ! 理解してんの!?」
キュルケ「なにを」
はあ、と口から重い溜息が漏れる。
ルイズ「フネに乗れないんじゃどうしようもないでしょバカ!」
キュルケ「あーやっぱり目がゴジョーになってて周りがぜーんぜん見えてないわ」
お得意の小馬鹿にした態度で私を見下ろすツェルプストー。
姫様、申し訳ありません。
あの時の勇気づけられた言葉はこの女の分だけ撤回します。
コイツやっぱり敵です。
ルイズ「ぬわんですってぇ!!」
怒り狂う私を尻目にギーシュの脇腹を小突き、話しかけるキュルケ。
キュルケ「だから言ったでしょ、火は燃やし過ぎると火事になるって」
ギーシュ「おいおい、僕のせいかい? 君だって随分クサイ台詞言ってたじゃないか」
キュルケ「アンタほどじゃないわよ」
ギーシュ「酷い言われようだ……」
がっくりと肩を落としたギーシュ。
キュルケ「だいたいルイズ、あんた引きこもる前より元気になってるって言うのはどういう了見?」
ルイズ「当たり前でしょ! ウジウジしてたらゴジョーが逃げるじゃない!」
そう、もうウジウジするのはヤメた。
だって……きっとゴジョーは部屋で泣き続ける『私』じゃなくて。
自分から会いに来るような『私』の使い魔になったんだから。
カバンの中のボールが頷いたような気がする。
キュルケ「はあ……毎日隣の部屋から亡霊みたいにゴジョーゴジョー聞かされてたこっちの身にもなりなさいっての。アイツもめんどくさいのに呼び出されたわね。お気の毒だわ」
ギーシュ「は、はは……」
ルイズ「……」
杖先に魔法力が集まっていく。
さっさと乗り場から出て行くタバサ。
ギーシュ「じょ、冗談だろ!?」
キュルケ「あと任したわ」
ギーシュ「待て! 待つんだキュルケ! いや、ルイズも!」
ルイズ「練金……!」
放たれた魔法ではなく『爆発』が青ざめたギーシュに直撃する。
ギーシュ「ぎゃああああああああああああああ」
町中は想像していたよりも人で賑わい、以前と変わらぬままの姿だった。
通りには出店が多く立ち並び果物から野菜、肉、果ては武器まで外で売っている者もいる。
思えば前に来たときはワルドとゴジョーの決闘で店を見てまわるような時間はなかった。
今もこんな事をしている余裕はないのだけれど……
位置的には端っこにあるのに、このラ・ロシェールがトリステインの城下町とさほど変わらないのは、他でもないこの戦争のお陰なのかもしれない。
戦争をすればお金が入る人たちもいる。
そしてそのお金で家族を養い、生活をしていることも確かなのだ。
今まで戦争は無条件に間違っていることだと思っていた。
しかし多くの武器商人は、戦争が終われば職を失うも同然だ。
そうなればその家族は……路頭に迷う事になる。
戦争は良いことだと思わない。
今も止める術があるのならば、私はそれに尽力したい。
ただ、反対に見てみればどうなんだろう
一方的に攻めてきたんだとしてもレコン・キスタからみれば私たちは敵以外の何者でもない。
どちらが正しかったかなんて、結局勝った側が正しいことになるに決まっている。
歴史の教科書を見ても、負けた方はいつだって悪く書かれる。
トリステインにいる以上私はトリステインが正しいと思わずにはいられない。
それは酷く小さな物の見方な気がする。
だから私には、本当を言うと分からなくなってしまった。
自分が正しいかどうか。
何が正しくて何が間違っているのか。
誰にも分からないことなのかもしれない。
キュルケ「どうしたのよ」
ルイズ「え……あ、なんでもないわよ!」
ずい、と顔を近づけ覗き込んでくるキュルケに内心心臓が飛び出そうになるが、悟られぬように強く言い返した。
ずい、と顔を近づけ覗き込んでくるキュルケに内心心臓が飛び出そうになるが、悟られぬように強く言い返した。
ギーシュ「しっかし、タバサはどこに行ったんだろう? さっきから全然見かけないが」
言われてみればタバサの姿が見えない。
辺りを見回しても昼時なせいか人人人、これではタバサどころか行きたい店だって見つけられなさそうだ。
キュルケ「あータバサなら果物屋に入っていったわよ」
ルイズ「全く、団体行動が出来ないんだから」
キュルケ「あんたがよく言うわね」
ルイズ「なんですって!?」
顔を突き合わせバチバチ火花を散らす私とキュルケの間に割って入る、未だ黒ずんだ元・金色。
ギーシュ「あーストップ、僕の姿を見てくれ。もうこんなのは勘弁だよ」
ところどころに穴の開いた服を払い、息を吐き出すギーシュを見てちょっとばかり良心の呵責を感じた。
ルイズ「あ……」
ギーシュ「そうそう、冷静が一番だよ」
キュルケ「ちょうどいいわ、ギーシュ。アンタの服を買いがてら、おつかいをこなすわよ」
ルイズ「はあ!? 作戦立てるって言ってたのはどうなったのよ! これじゃただの旅行じゃない! 遊びに来てんじゃないのよ!」
がなりたてる私の顔面を右手で押しのけ、キュルケは人差し指で自分の額を軽く叩く。
キュルケ「はいはいはい、犬や猫じゃないんだからそう喚くんじゃないわよ。もう作戦は出来たらしいから安心しなさいな」
ルイズ「え? どういうこと?」
キュルケ「作戦は服、食器、日用品、本などを買ってくることよ。武器は要らないそうです」
ルイズ「……それのどこが作戦なのよ」
キュルケ「さあー? あたしらはあたしたちのブレインの言うとおりに従うだけよ」
ブレイン……
ゴジョーのいない今、一番頭がよく回るのはタバサに違いない。
しかしそれにしたって買ってくる物が何の変哲もない服やら日用品じゃどうしようもないだろう。
せめて何らかのマジックアイテムでも使って策を講じるべきだ。
そうだ。
作戦はこうしよう。
あれだけ大きなフネだもの、一人や二人紛れていてもわからないでしょう。
なんとかマジックアイテムを使ってフネに忍びこみ、アルビオンに到着。
ゴジョーを見つけて、捕まえる。
二度と逃げられないように首輪でも付けてやろうかしら、クックックッ。
……あら、意外となんとかなりそうじゃない。
そう思いアイテムショップの方向に足を向けた途端、私の黒いマントが後ろに引っ張られる。
ルイズ「ぐ!?」
キュルケ「ちょっと待ちなさい。アンタどーせマジックアイテムで強引にフネに乗り込もうとか考えてるでしょ?」
ルイズ「……ゲホゲホ、あんたにしてはご名答。その通りよ」
キュルケ「アホね」
前髪に手を当て二三度頭を横に振るキュルケ。
キュルケ「見てなかったの? 忙しいとはいえちゃんと運搬口には兵士がついてたでしょ。確かにあの程度の兵士、倒すのは簡単だけど……一発で他のレコン・キスタに見つかるでしょ」
ルイズ「う”!」
ぐうの音も出ず、間抜けな声を漏らしてしまう。
キュルケ「あたしたちはゴジョーじゃないんだから、ゾロゾロ出てくる兵士達なんか一々相手してらんないわよ。すぐに弾切れになっちゃうでしょ」
ご尤もだがキュルケに言われると腹がたつのは何故だろう。
ギーシュ「じゃあタバサはそこを潜り抜けられる方法を見つけた、ということだね」
キュルケ「たぶん、ね。あの子が考えなしにアタシたちに何かさせるとも思えないしね」
ルイズ「……」
俯いた私のおでこをツンとつついて、手を引っ張るキュルケ。
キュルケ「いつまでもむくれてるんじゃないわよバカルイズ。さっさと行くわよ」
その手はなんだか暖かくて、心地良かった。
やっぱりエレオノールねえさまに似てきた……いや、ねえさまはもっとスパルタだった。
ルイズ「プイ!」
首をそっぽ向いたまま、連れだされるのは嫌な気分じゃなくて、でもちょっと悔しいから私から握り返してやる。
繋いだ手を放すのが、少し怖かった。
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戦闘開始から体感時間で一刻半。
戦場に舞う土と血と肉の焦げる匂い。
日本にいた頃には嗅いだことのない、人の死ぬ匂い。
ポタリと汗が一雫、荒野に落ちる。
無常にもそれは乾いた大地に飲み込まれ、すぐに跡を消してしまう。
果て無く思えた敵軍もおおよそ半数に減っている。
半数?
そう、何人殺したかは分からないがまだ『半分』しか殺していない。
躯が重い。
敵の動きが速くなっている。
回避が間に合わない回数が徐々に増えている。
……違う。
脳の高速回転をし過ぎたからか、シナプスが焼き付いてきたんだろう。
オンとオフの繰り返しは鍛えられぬ脳を蹂躙する。
ここ数分間、目に見えて運動量が落ちてきているのはそのせいだ。
筋繊維も悲鳴をあげている。
敵の頭から潰せと人は言うが、言うは易く行なうは難し。
指揮系統を乱したくても遠く離れた部隊長に蹴りは届かない。
真空波は前列の兵が肉の壁となり防ぐ。
「しねえええ!」
三人まとめてかかってくる兵士達を見て、既にルーチンワークとなった回避行動を開始する。
右側から斬りつけてくる剣を身体を沈め相手の懐に入ることで躱す。
一閃。手刀で切り裂かれた頸動脈から、噴水のように高々と上がる血しぶき。
同時進行で左からくる槍を肘でいなす。
槍はいい。直線的で操者の呼吸が読みやすい。
二閃。頭蓋にめり込んだ拳が敵の思考を止める。
後ろから迫る剣は避けようがない。
というか、この兵はすぐ傍に味方の兵がいる以上自分の真後ろしか攻撃できない。
来ると分かっている攻撃を防ぐのが簡単だということを屍体の転がる戦場が教えてくれる。
後ろに伸ばした特注のスパイクは大男の振りかざした剣を通さなかった。
三閃。反動を利用し、後ろに回し蹴りを放つとこめかみは音を立てて砕ける。
五条「ヒヒヒ……! まだやれる……じゃ……ないですか……!」
サッカーをしているわけじゃない。
これは殺し合いだ。
地には螺旋状の靴の跡が描かれていた。
「砲弾用意!! 放て!!」
耳をつんざく音を伴い、人の頭ほどの大きさの弾が自分目がけて飛んでくる。
その数、1,2,3、4,5。
大丈夫。
身体はもう動いている。
ぐっと折り曲げた脚は迫り来る弾丸から距離を置くのではなく、空を駆けた。
リズムが戦いの全てを握っていると言っても過言ではない。
肉体を動かすことはリズムを刻んでいくことと同じだ。
十数メートルの高さから緩やかに落ちていく身体は、落下地点を求めながら重力に引かれる。
最初の着地目標は人の上でもなければ土の上でもない。
砲弾の上だ。
硬い弾丸の感触をスパイク越しに確かめる。
踏みつけて、翔ぶ。
空中で推進力を得た脚は次の踏み台を選ぶ。
三発目の砲弾。
踏む、翔ぶ。
「な……なんなんだあいつは……!?」
ざわめきが戦場を包んでいく。
それを聞き流しながら五発目の弾丸に狙いを定める。
四肢が脳からの強制的な命令を忠実に実行する。
疲れている躯は『嘘』。
壊れかけている脳も『嘘』。
今、無理やり覚醒されているのはモノを考え、感情によって動く人間の部分ではなく、その瞬間最低限な動きで最大限の行動が可能になるよう自動取捨選択する機械の部分。
五条「へぇぇぇあああっっ!!!」
覆われた金属を右足はインプットされたプログラムをこなすように一寸の狂いもなく捉える。
重く、冷たいその弾はじりじりと甲の上で回転した後、強引に敵の中枢部に向けて蹴り出される。
竜巻のような空気の渦を纏い、砲弾は『ゴール』に突き刺さる。
背後からは踏みつけた砲弾の爆発音。
土が散り、黒いハルケギニア製の衣服にパラパラと当たる。
炎が申し訳程度に生えていた木々を焼き尽くし、温度は一気に上昇する。
五条「……クックックッ! 駄目ですよ……? 味方の兵を巻き込まないように撃った弾など、オレには当たらない……!」
化物を見る眼で自分を見つめる無数の兵士たちは、あまりの恐怖に後退する。
モーゼが海を割ったというなら、オレは戦場で敵の海を割ってみせてやろう。
「悪魔め……!」
スペルを唱え始める複数のメイジが雑兵の奥に見える。
この魔力……トライアングルスペルか。
頭痛が酷くなってきている。
暫し脳を休めなければ高速回転出来ない。
傷んだ躯で魔法を何発避けられる?
せいぜい四五発が関の山だろう。
だったらどうする?
逃げるか? 自分で言っただろう。
死ぬのは最後でいいと。
ほら、この戦場から逃げ出さないと死ぬぞ。
誰かが心のなかで呟く。
それにオレは答える。
逃げる?
馬鹿らしい。
既にオレは『死んでいる』と言っても差し支えないはずだ。
「爆炎!」
放たれた魔法は空間に油を『練金』し、空気と攪拌されたそれは瞬時に点火された。
その範囲、30メイル。
瞬く間に炎が周囲を巻き込み、自軍の兵士たちをもその火炎の中に巻き込んでいく。
単体攻撃の魔法ならばなんとか回避は可能なはずだった。
しかしこの両足は根を生やしたように動かない。
疲労か、それともロケットランチャーとはわけが違う質量を持った砲弾を蹴り返したからか。
咄嗟に取った行動は一つ。
敵兵を一人、盾にして炎の直撃を防ぐこと。
「あがあああああああああ!!」
肉の焼ける音が鼓膜を叩く。
熱が薄く皮膚を削り取る。
耐え切れる、まだこの魔法ならば……
盾を捨て、虚空に飛び上がろうと脚に命令をだす。
そしてその時やっと気がつく。
敵の狙いが焼き殺すことではないことに。
五条「くっ……!?」
呼吸が出来ない。
辺りの空気が魔法によって燃焼され、肺に酸素を取り込むことが出来なくなっている。
身体の動きが止まった。
グニャリと歪んでいく視界。
直立することに耐え切れず、力なく膝から崩れ落ちる。
攻め落とすチャンスは、多くの兵士が焼かれている今に違いなかったが目眩で手を動かすことも不可能。
永遠にも思えた豪火が静かに勢いを弱めると、遠くから声が聞こえる。
「動きが止まった! 援軍部隊、ドラゴンで空中から奴を潰せ!!」
五条(援軍……!?)
辛うじて上げた顔。
数十メイル先に見えた、空に浮く黒い影。
これまで五度レコン・キスタと戦ってきたが、援軍が現れたことも翼竜が現れたこともなかった。
敵もこれ以上自分との戦いを長引かせたくないということか……
潰しにかかっている。
考えている間にもドラゴンはこちらに近づいてきている。
動かなければ。
回避しなければ。
ここで死ぬ。
竜の叫声をすぐ近くに感じる。
「撃てっっ!」
いつもなら止まって見えるはずの攻撃が光のスピードかと思えるほど、疾く、強く切迫してくる。
呼吸を取り戻すのに後何秒かかるだろう。
また誰かが話しかけてくる。
十秒?
十秒間もへたりこんだオマエに一撃も火球が当たらないとでも?
いいだろう。
幸運にも一発ぐらいは耐えられると考えてみろ。
オマエはどうしようもない火傷を負う。
その傷はオマエを蝕み、戦意を奪うだろう。
そこに四方から魔法と、火球と、槍が飛んでくる。
さあ答えろ。
オマエは生きているのか?
もう火は目の前にあった。
どう頑張っても起動しない肢体。
『HEAVEN’S・TIME?』
駄目だ。
躯が動かない以上時を止めても結局は死ぬ。
……最初から勝ち目の薄い勝負だとは思っていたが、どうせなら敵軍を全滅させてから死にたかった。
悔いは幾らでもある。
だがそんな自分の思惑とは関係なく、死は現実に今、ここにある。
守りたかったものが守れなくても終わりを告げる。
それはさながらサッカーの試合終了を知らせるホイッスルのようなものか。
『絶対』を覆してきた自分でも、終わってしまった試合をもう一度再開させることは出来ない。
目を瞑る。
瞼の裏に映るのは、自分の主人だった人の顔。
真っ白な肌。
すっと通った鼻筋。
薄い桃色の唇。
大きなくりくりとした目。
長いまつげ。
綺麗なウェーブがかった髪。
細く少し冷たい指。
小さな背丈。
どれも簡単に思い出せる。
しかしこの記憶も思い出も皆まとめて炎に焼かれる。
死を覚悟したその時。
衝撃。
と同時に身体を誰かに抱かれる感覚を覚えた。
そっと瞼を開ける。
目に入ってきたのは、艶やかな緑色。
染めたように毛先まで、一本残らず、その色を振りまいている。
細腕にその力があるかはわからないが、確かにその両手は優しく自分を抱きしめている。
あり得ない。
ある意味で最もあり得ない状況だった。
何故ならば……
この女にとって自分は仇とも言うべき存在だからだ。
そっと自分を地面に下ろした、女。
盗賊、フーケ。
「……よう、死ぬにはまだ早いだろ? ゴジョー・マサル」
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まさかのフーケ
298:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 11:53:34.43:jds2lYUL0フーケ「なんで、って顔してんな……?」
顔を見つめるフーケがそう言うのならば、自分の顔は大層間抜けに映っていることだろう。
それもそうだ。
なにしろこの盗賊、トリステインに忍び込んだかと思えば、牢獄から抜け出しアルビオンに向い、そこからもいなくなったかと思うとこの戦場に現れる。
神出鬼没。この女の二つ名は土くれよりもそちらの方が似合っている。
今この状況を手放しに飲み込める人間がいるのだろうか?
いつの間にか止まっていた呼吸も一定のリズムで刻みだしている。
フーケというイレギュラーによって、生きている奇跡が霞んでしまった。
フーケ「ヒャハハハハハハ! 血なまぐさい戦場だが、テメェのマヌケ面が拝めただけでも十分ってもんだ!!」
死体がゴロゴロ転がる此処には相応しくないだろうフーケの馬鹿笑いを聞き、はあ、と大きなため息で眉間を押さえる。
五条「オマエは……馬鹿ですか……?」
フーケ「ああん!? クソゴジョー! 助けてもらっておいて何だその態度は!?」
五条「自分がどこに来てしまったか分かってるんですか……?」
フーケ「当たり前だ!」
フーケは鼻をフンスと鳴らし、胸を張る。
流石にルイズよりは……
視線を顔に戻す。
五条「だったら何故ここに……まさかわざわざオレを殺しに戦場まで来たとでも?」
フーケ「ばーか、恋人じゃねぇんだ、一々テメェを探してここまで来るかよ。あたしにゃあたしの目的があっているの」
五条「目的……?」
フーケ「小賢しいテメェならわかんだろ。あたしがアルビオンに残った理由がな」
理由。
フーケの行動パターンは至極シンプルだ。
それは大まかに言えば欲しいか欲しくないか。
多少の例外はあるとしても、この盗賊がアルビオンに残った訳は一つ。
五条「テューダー王家の財宝……といったところですか」
フーケ「ザッツライ! 待ってんだよあたしは。王家がさっさと崩壊して、城に眠ってる財宝を盗み出すことをね」
フーケ(ま、『あの娘』の様子を見に来たってのもあるがな……)
五条「……どこで聞いたんです、その話は」
フーケ「街の酒場。店主のジジイが姐ちゃんは綺麗だからって教えてくれたんだよ」
そんな物が本当に存在しているのならば、是非とも見せてもらいたい。
砲台もまともに作れない王家に財宝?
眉唾もいいところだ。
この盗賊、その話を本気で信じているのだろうか?
そうだとしたらあまりにもお粗末な話だ。
フーケ「だからよぉ、王家が潰れるのを今か今かと待っていたんだ。だが持って一週間だと言われてたアルビオンはひと月経っても潰れやしねえ」
フーケ「不思議に思ったフーケちゃんは酒場で詳しく話を聞いた」
フーケ「……ロマリア人も吃驚だよ。潰れかかってたアルビオンが段々復活してるって、そりゃどういう事だと問いただした」
フーケ「そしたら『トリステインの黒い悪魔』ってのが独りでレコン・キスタをボコボコにのしてやがるって言うもんだからね、どんなもんかと面を伺いにきたら……あら知ってる顔じゃないかと思ったわけさ」
フーケ(そんな馬鹿なことする奴はテメェかあの金髪色男しかいねえと思ったけどね……)
一頻り話し終えたフーケは敵軍を見据える。
レコン・キスタ軍はまだ自分とフーケの存在に気づいていない。
大方、フーケが土を巻きあげて姿を晦ましたからだろう。
しかし、それも一時のハーフタイム。
じきに自分とフーケを見つけ、なぶり殺しにするだろう。
フーケ「フン、頭数ばっかり揃えた烏合の衆だよ、アイツらはね」
吐き捨てる様にそう言い放った盗賊は懐から細長いパイプを取り出し、指を鳴らす。
葉に着火された火の粉はパイプの先に明かりをともし、特有の香りが戦場の匂いに混じり合っていく。
フーケ「そういえばテメェのお仲間はどうしたんだい……? 大事なご主人様をほっぽって独りで戦場としけ込むたぁ、らしくないんじゃあねぇか」
五条「……」
フーケ「ヒャハ、だんまりかい。別に言いたくないなら無理に聞き出そうとは思わないし、どうでもいいけどね」
口から吐き出された煙が輪の形で、たゆたう。
五条「……ワルドを殺しました」
フーケ「知ってる」
五条「この戦場でも多くの人間を殺した……!」
フーケ「それも知ってる」
五条「もうこの手は血で汚れている。だから……彼女に触れることは、許されない。グラモンさんたちにも会うことは出来ない」
フーケ「は! 勝手に責任背負って、顔見せられないから逃げてるってんじゃ……その辺の雑魚と変わらない気がするがねぇ」
罪を犯した人間には罰が課せられる。
もうフーケのやってきた事を責める立場ではなくなった。
いや、フーケよりももっと重い。
抜け出せない迷宮を、彷徨っている。
躯には枷を。
心には鎖を縛り付けて。
へばりついた血を血で洗うように、戦ってきた。
五条「何故助けた……?」
フーケ「あ?」
五条「オマエにはオレを殺す義理はあっても、助ける義理など無いはずでしょう」
フーケ「そりゃそうだ。あたしにとっちゃテメェは臭い飯食わせてくれた恨みがある」
五条「だったら何故……!?」
フーケ「なんでだろうねぇ」
とぼけた振りをして首を傾げるフーケ。
曇った空をキャンバスのように、紫煙がとらわれること無く自由に色をつけた。
黒い雲が頭上に覆い始める。
一雨きそうだ。
フーケ「助ける気なんて最初はなかったさ」
フーケ「ただ、ボーッとテメェを見てたらむかっ腹が立ってきた」
フーケ「あたしと戦った時より腕は数段上がってるみてぇだが……どっかで迷いがあるって思ってね」
五条「……」
フーケ「それに、あたしゃ多対一ってのが気に入らないんだよ」
フーケ「それだけさ」
そこはかとなく自分を見るこの盗賊は何を思う。
五条「そんな理由で……」
フーケ「人なんてそんなもんだ。特にあたしは天邪鬼だからね、考えてることと反対のことをすることだってあるのさ」
五条「オマエには家族がいないのですか……?」
フーケ「いるよ」
にべもなくそう答えたフーケはパイプから灰を捨てる。
風が吹き、その灰は地面に落ちること無くどこかに消え去ってしまった。
五条「だったら尚の事、この戦いに加わる必要はないはずです」
フーケ「……テメェを助けた時点でアイツらはあたしも潰しにかかるだろう?」
五条「しかし……悲しむ人間がいるのなら戦場に来るべきじゃない」
フーケ「そりゃあたしにじゃ無く、自分に言いな」
五条「……」
フーケ「しけた面しやがって……似合わねぇんだよ」
パイプを逆さにして、中の葉を捨てる盗賊。
フーケ「あたしにはガキがいる、だから死なない」
五条「……!」
フーケは見たところ自分より十は年上。
子どもがいてもおかしくない年齢ではあるが、その風体からかそんな雰囲気を微塵も感じない。
貴族を捨てざるを得なかったのもそれに関係しているのか。
フーケ「と言っても腹痛めて産んだ子じゃない……は、ホント言うとこんな身の上話をするのが嫌いなんだけどね。仕方ねぇから冥土の土産に聞かせてやるよ」
苦虫を噛んだ表情で語り始める。
フーケ「あたしの親父はサウスゴーダの太守だった。結構イイトコのお嬢さんだったんだぜ……だけど理由あって、貴族の名を剥奪された」
フーケ「うちの親父が、王の兄弟の妻と子どもを匿ったんだ。外から来たテメェにゃ分かんねぇかもしれねぇが……その母娘はエルフでね。しがらみの腐るほどある中、エルフとガキをつくるなんざ絶対に許されないことだった」
フーケ「だが王弟モード大公に恩義と忠誠を持ってたウチは、領地で二人を守ったんだ。その結果、国王から家名を消されてね」
フーケ「家を失った今も……ある村に匿ってる。その村には親のいないガキ共もたくさんいる」
五条「……」
フーケ「エルフであるその子が乳飲み子のときから仲良くしてたんだ……絶対に虐げられるような生活はして欲しくなかった」
フーケ「最初は……色んな貴族に頼み込んださ。貴族だった頃はそれなりに地位もあったし、一つぐらいは手を差し伸べてくれる家があるんじゃないかと思った。だけどうちに尻尾振ってた奴らは皆、貴族じゃなくなった途端見向きもしなくなった」
フーケ「……全く、自分がどれだけ甘ちゃんだったかを思い知った。貴族なんて所詮権威と利益だけが大事なのさ。何の力もない私に手を貸そうなんて奴は誰もいない」
フーケ「あたしは貴族が嫌いになった」
フーケ「自分を捨てなくちゃ……その子達を守れない。手を汚さなくちゃならなくちゃ、誰も守れなかった。マチルダ・オブ・サウスゴータで無くなったあたしにゃ、この世の中、裏の世界で生きる以外に手段は残されてないのさ」
フーケもまた、名を捨て、身を切り生きてきた女だったのか。
純粋な『悪』ではなかった。
フーケ「後はテメェも知っての通りさ。貴族相手に阿漕な盗みをして、時には人を殺すことだってあった……あたしの背中には何十人もの憎しみと怒りが乗っかってる」
五条「フーケ……オマエは」
フーケ「よしな。下らない同情の言葉が聞きたくてこの話をしたんじゃない。誰がどうみてもあたしが下衆な盗賊なのは事実」
フーケ「でも後悔はしてない。ただ、これが生きる道だったというだけさ」
フーケは自分の顔を見ているが、その実、見ているのは顔ではない。
もっと心の奥にあるしまいこんだはずの迷いをはかっている。
決意の裏に隠れた、後悔。
捨てたはずの未来。
五条「オレに……どうしろと。望んでも手に入らないんですよ、罪に汚れたこの手では」
恐怖を感じた。
フーケの強さではないもっと大きなものに。
騙し騙し続けてきた、この戦いが足元から崩れるような感覚を覚える。
一度壊れた心のドアは中から自分の弱さを止めどなく放出する。
フーケ「なにがあったかは知らねぇ」
フーケ「でもな、人間には……色んな選択に迫られる時がある」
フーケ「それは多く見えるようで、実際には選べるものなんて殆ど無い。しかも出される選択肢は大概はロクなもんじゃねえ」
フーケ「少なくともあたしはそうだった」
フーケ「その中でも、悔いがないように生きていくしかねぇんだよ」
フーケ「テメェはどうなんだ。選んだように見せかけてるだけじゃないのか? 本当に納得した道を選んでいるのか?」
フーケ「自分の選んだ道に、真正面から向き合えるのか?」
何も知らぬはずの盗賊の言葉は、持っている迷いの芯の部分を突いてくる。
フーケ「向き合ってないだろ、テメェは」
フーケ「自分にも、あのピンク色にも」
フーケ「罪で汚れたからってかこつけて、本質から目を背けてるだけじゃねぇか?」
フーケ「そんな風に見えるね」
フーケ「殺さなかったら、なんて馬鹿な事言うんじゃないよ」
フーケ「ワルドを殺さなければ……テメェの大事な主人は殺されてた。あのときのテメェに他の選択肢なんて無かったはずだ」
フーケ「あたしゃ殺しが良いとも悪いとも思わないが……もしあたしの大事なものに誰かが土足で踏み込んできたとしたら……情け容赦なくソイツを殺すね」
空から水滴が一粒、落ちてくる。
すぐにそれは雨となって、熱く燃ゆる大地を冷やし始める。
濡れた服のしっとりとした感触が肌に伝わる。
この瞬間だけは向きあうフーケと自分の世界になった。
整ったフーケの顔を冷たい雨が濡らす。
張り付いた長い髪をかきあげ、肩に手をかける。
フーケ「ゴジョー、テメェは聖人か?」
フーケ「人間てのは大なり小なり罪を犯して生きてんだよ。鳥からすりゃフライドチキン食ったあたしらは鳥殺しの重罪人だ」
フーケ「ま、テメェにとってワルドは死に値する屑野郎だったんだろう?」
フーケ「あたしらは自分のエゴを通さなくちゃ、何も守れないんだ。全員が全員幸せな世界なんて物語の中でしか実現しない。誰かが幸せな裏で、また誰かは痛みを味わってるんだよ。それを忘れんな」
五条「それでもオレは……!」
唇を噛み締めて、拳を握る。
伏せた目線の先にあるのは、やはり汚れた右手。
いつの間にか震えるそれを左手で隠すように押さえこむ。
なぜ震えているのかは、分かっている。
黙って見ていたフーケは不意に一歩近づく。
そして自分の両手を、一回り小さな掌で包み込んだ。
フーケ「……テメェは人より力があるかもしれない。だがそれでも守り通せるのなんか、ほんの一握りだけだ」
フーケ「ただ守ると決めたその一握りぐらい、テメェが傷ついたって傍で必死に守りきってみせな」
フーケ「遠くから見守るなんて情けないことするんじゃないよ」
フーケ「男、だろ……!」
突然空を切る音が耳に入った。
飛んでくるのは砲弾。
十メイルほど後方で着弾したそれは爆発と共に土を撒き散らし、敵の襲来を二人に告げる。
「いたぞっ!!」
「逃がすなよ!! 出てきた仲間もまとめて殺せ!!!」
敵軍は雨の向こう側からやってくる。
引くことの許されない戦いが再び始まろうとしている。
フーケ「ふん、飽きもなくゾロゾロとやってきやがって……!!」
五条「逃げなさい……! 今ならば雨も降っている、オマエ一人ならば何とか逃げ切れるはず……!」
そう言う自分の額に『デコピン』を当てると、フーケは背を向ける。
目を向けているのは、レコン・キスタ。
フーケ「ヒャハハハハ! ばーか、あたしが来たんだ。さっさとあの糞ボケどもを潰しちまうぞ」
五条「……!」
フーケ「この借りは今度一杯奢ったら許してやるよっ!」
大地に手を当て、杖を振るフーケ。
隆起しだしたその土は段々と人型を成していき……
フーケ「出な! 『ゴーレム』」
幾度も見た巨体を大地に鎮座させた。
五条「フーケ……!」
フーケ「おら、なにボサッとしてんだよ! テメェのよく回る頭も少しは休まったんだろ!」
ゴーレムの肩に立つフーケは、やけに頼もしく思えた。
巻き込んでしまったことを謝るべきだろうか?
いや、違う。
感謝すべきだ。
助けてくれたことと、まだ自分に戦うチャンスをくれた事に。
五条「ありがとうございます……!」
フーケ「フン……! そんなもん犬にでも食わしとけ」
続々と先頭部隊の兵士たちが集まってくる。
援軍も到着したからか、その数は増えている。
体力はもう雀の涙ほどしか残っていない。
使える技も限られている。
しかし、それでも。
折れかけていた心が再び闘志に燃えるのは何故だろう。
静かに左足に手を当てる。
無いはずのルーンが光を放ったような。
そんな錯覚に笑いが溢れる。
「ゴーレムだと……」
「あの女……土塊じゃないか」
「確か奴は、レコン・キスタの協力者のはず……!?」
自分たちを取り囲む兵士の間に戸惑いを含んだ声が聞こえ始める。
フーケ「ボケども……このあたしが敵に回ったんだ」
フーケ「第二ラウンドは、一筋縄ではいかねぇことだけ覚えとけ……!」
音を立てずに杖を振るうフーケ。
ゆっくりとゴーレムの豪腕が振りかぶられ……矮小な兵達を一振りでなぎ倒す。
爆発音にも似たその音を伴い、十人単位で兵士たちは再起不能に陥っていく。
緑色は静かに呟いた。
「テメェら『狂わせて』やるぜ……! 『純粋』にな……!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
純粋にキターーーー!!
323:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 14:11:48.49:jds2lYUL0タバサ「これで、準備は大体整った」
以前は路地裏だったはずの店の裏は、決闘によって広場となってしまっていた。
集まった私たちは各々が『作戦』に必要なものを手に持っている。
タバサの前には私の身長より少し小さいぐらいの木箱二つと幾つかの果物。
ギーシュは歯ブラシ、カミソリ、その他日用品諸々。
キュルケの手には木製の食器の数々と、安そうな時計。
私のカバンの中には適当に選んだ男物の服。
どこをどう見ても、遠征先の人間に送るようなものばかりだ。
一体どうやったらこんなモノでアルビオンに行けるというのだろうか。
ルイズ「さあ、タバサ! 作戦って何!? これでフネに乗れるって本当なんでしょうね!?」
タバサ「待って……まだ重要なモノが一つ、揃っていない」
キュルケ「重要なモノ?」
キュルケが聞き返す。
ギーシュ「ふむ、僕にはイマイチ分からないな」
困ったように腕を組んだギーシュにタバサは杖を向ける。
タバサ「貴方と私は後方支援」
ギーシュ「へ?」
タバサ「ここからは貴方達二人が鍵になる」
青髪は私とキュルケにそう言った。
ルイズ「どーいうことよ?」
キュルケ「あたしとルイズで何をしろって言うの?」
タバサ「……ではまず、作戦の説明から始める」
訳の分からない私たち三人を尻目にタバサは口を開く。
タバサ「基本的にはあのレコン・キスタの貨物船に人が乗り込むことは出来ない。恐らく、多くの補給物資を運ぶために船内の人員は限られているはず」
タバサ「かといって出航するまでフネの周りには兵士がいるので正面突破は厳しい」
ルイズ「だかーら、どうするのって聞いてるんじゃない!」
急かす私を杖で制して、タバサは続ける。
タバサ「……人が乗れないなら荷物になればいい」
傍らの木箱を叩き、注目を引く。
タバサ「あれだけの荷物、一々中身を確認していては日が暮れてしまう。そこを突いて、この中に潜み、アルビオンまで連れていってもらう」
ルイズ「えええ!?」
ギーシュ「んな無茶な! もし箱を開けられたらどうするんだい?」
タバサ「……一応手は打つつもり」
キュルケ「て言うか、船乗り場まではどうやって運ぶのよ。そこまで行かないとそもそもフネに積み込むことも出来ないじゃない。誰かに頼むの?」
首を振って、否定の意を示す。
タバサ「それでは多分、フネに積み込むことは許可されない」
ルイズ「じゃあ乗り場で箱に隠れるの? そんなのすぐに見つかっちゃうじゃない」
タバサ「見て」
タバサの差した先には鎧を身につけた兵士たちが、町中をうろついているのが見える。
これからアルビオンに向かうのか、それともまた別の戦場に向かうのかは分からないが多くの兵がいたのは確かだ。
タバサ「彼らから二人分、着ているものを拝借する」
ルイズ「え”?」
タバサ「それを……身長的に違和感のないギーシュとキュルケに着てもらい、フネの中に運びこむ。私と貴方は箱の中。運び終えたらタイミングを見て二人も箱の中に隠れる」
ギーシュ「ず、随分と大胆な作戦だね。バレたら洒落にならないな……」
キュルケ「でも……まともに乗り込むよりはマシなんじゃない」
タバサ「そして問題になってくるのが、如何にして衣服や鎧を奪うか」
ルイズ「鎧を渡せって言ってくれるような連中じゃないわ」
タバサは頷く。
タバサ「力ずくでは騒ぎになってしまう。そこで考えた」
タバサ「棚からぼた餅作戦」
ルイズ「……なによそれ」
呆れた声で尋ねる。
タバサ「兵士は戦いに疲れて、女に飢えている。そこを利用して貴方とキュルケで路地裏に誘いこみ、私とギーシュで後ろから『ガツン』と」
ルイズ「い、いやよそんなの! なんでどこの馬の骨ともわからない男を誘わなくちゃならないのよ!」
タバサ「ゴジョーのため……でしょう?」
ルイズ「う”」
その言葉は卑怯だ。
……私を禁呪の魔法よりも強く従える。
キュルケ「あら、ルイズ。自分の体に自信がないならあたしひとりで十分よ。このグラマラスボディなら男なんて簡単に虜にしてやるだろうしね」
自分の無駄な脂肪をこれ見よがしに見せつけ、私を端に寄せると一歩前に出た。
ルイズ「なんですって……?」
キュルケ「だってそうでしょう? 無理にやりたくないことをする必要ないわ」
カチンと来た。
いいでしょう。やってやろうじゃない。
私にかかれば男に一人や二人簡単に手玉にとってやろうじゃないか。
ギラリと目を光らせてキュルケに対峙する。
ルイズ「ツェルプストー! あんたに引けを取ることはヴァリエールの名に恥じるわ! どっちが先に捕まえられるか勝負よ!」
キュルケ「ぷ、いいじゃない。負けたほうが相手の言う事なんでも聞くってのはどうよ」
ルイズ「はん! 負けて吠え面かくんじゃないわよ!」
ギーシュ(キュルケもルイズの扱いが上手くなったなぁー……)
タバサ「では、作戦を開始する」
昼下がりになり若干人の波は減ったものの、まだ多くの人が各々の欲しい物を求めて露店の間を練り歩いている。
その中、私とキュルケは望んでもいない男漁りに精を出す。
二人組の男がこちらに近づいてくる。
好都合。引きとめようと一歩足をだす。
キュルケ「あらそこの旦那方。ちょっとあたしとお話しないかしら……?」
……先を越された。
迷うこと無く声を掛けたキュルケは男達の前に立つ。
「なんだねぇちゃん、壺売りなら勘弁してくれよ」
キュルケ「うふふ、そんなのじゃないわ……」
「だったらなんだよ? 俺たちゃ疲れてるんだ、話なら別の奴に当たんな」
キュルケ「つれないわね……楽しいこと、したくないの……?」
男の身体に擦り寄って、頬に手を当てるキュルケ。
……日頃からこんな事ばかりしてるだけあって、私より男を誘うのは上手だ。
それにしたってストレート過ぎないかしら。
見てるこっちが恥ずかしくなってくるわよ。
もう一人の男が言う。
「ひひ、なんだこのねぇちゃん。俺達と一発遊びたいんじゃねぇか」
「そうみたいだな。だったら話は早い」
キュルケ「ふふ……」
キュルケの腰を掴み、連れだそうとする男。
マズイ。
このままだと簡単に勝負がついてしまう。
ルイズ「ちょ、ちょと、お、お待ちになって!」
ひっくり返った声で引き止めると男達は訝しげにこちらに振り向く。
「なんだお嬢ちゃん。俺たちゃ忙しいんだ」
「あっちに行きな」
全く相手にしていない。
憤怒でギリギリと奥歯が軋むが、この無礼な兵士たちに爆発をお見舞いするのはもう少しだけ耐えておく。
ルイズ「わたくしとも、お遊びにならないかし、ら……?」
顔を見合わせる男達。
「だーはっはっはっは!! なんの冗談だよそりゃ!!?」
「ひーーーっ!! 流石に俺にもロリコン趣味はねぇぜ!?」
腹を抱えて笑う、馬鹿達。
……いいわ。
そんなに面白いならもっと面白いことをしてあげる。
杖を取り出し、呪文を詠唱し始める。
その小汚い顔面をもっと綺麗にしてやる。
ルイズ「れんk……!」
キュルケ「あ、あー! ゴジョーだんが過ぎるわね! そうゴジョーだんでしょう!?」
ピクっと耳が反応する。
『ゴジョー』だん、ね。
怒りを必死で抑えつけ、杖を後ろに隠す。
顔がヒクヒク歪んでいることだろう。
ああ、コイツら鎧を奪ったらどうしてくれようかしら……!
楽しみで仕方が無いわ。
ゴジョーだんwwwwwwwwwwww
335:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/04(火) 15:21:14.12:jds2lYUL0「ヒヒ……だがまあ、せっかくだからお前も遊んでやるか」
「フヒヒ、なんだロリコンだったのか」
「馬鹿、このガキ、面は良いからな……初モノも悪く無いだろ?」
「ちげぇねえ、グヒ……」
下卑た笑いを浮かべた男達を連れて、路地に連れ込む。
当然この先には杖を構えたギーシュとタバサが待ち構えている。
こういうバカがいるから世の中が良くならないのよ。
初撃は二人に譲る。
だが目当てのものを奪った後は、キツイお仕置きをしてやったほうが良さそうね……
さあ……遊ぼうじゃないかしら。
ギーシュ「ルイズ……ちょっとばかりやり過ぎじゃないか?」
衣服を奪われ、丸裸の二つの黒炭を見てギーシュは同情の言葉を口にする。
ルイズ「フン、私を馬鹿にした報いよ!」
ギーシュ「レコン・キスタとは言えこんなにボロボロになるまで……可哀想に……」
キュルケ「あんたあたしが止めなかったら、往来でコイツら爆発させてたでしょ……」
キュルケはやれやれとため息をついた。
タバサ「……とにかくコレで必要なものは揃った。後は、ギーシュとキュルケ次第」
ギーシュ「うっ、責任重大……だね」
キュルケ「気張ったってどうしようもないわ。バレないことを神に祈りましょう」
タバサ「いざとなれば私も箱から出てくる。あまり、緊張しないで」
タバサの労いの言葉に顔を少し緩めるギーシュ。
これが成功しなければ、アルビオンへの道は閉ざされる。
今もその雲の上できっとゴジョーは戦ってる。
数万とも言われる軍隊相手にたった一人で。
それを思うと居ても立ってもいられなくなる。
早く、会いたい。
会って……
もどかしくてたまらない。
悔しいけど、私はゴジョーが好きだ。
アイツは私を一人の男として助けにきてくれた。
だったら今度は私が一人の女としてアイツを捕まえにいく。
主人とか使い魔とかは関係なくゴジョーの傍にいたい、その気持だけが私を動かしていた。
キュルケ「……アンタもよ、ルイズ。一番緊張してんのアンタでしょ」
ルイズ「べ、べつに緊張なんて」
キュルケ「バレバレ。箱の中で黙ってるだけなんだから、余計な事するんじゃないわよ」
ルイズ「分かってるわよ!」
ギーシュ「さて、しかし出航の時間までは暫くあるな……何時くらいに乗り場に向かうんだい、タバサ?」
タバサ「余裕を持って一時間前に此処に集合。それまでは自由行動でいいと思う。私もやることがある」
ギーシュ「じゃあ僕は食事にしようかな、ここなら珍しい物も食べられそうだしね。君たちはどうする?」
キュルケ「あたしもそうしようかしら。アンタは?」
ルイズ「わ、わ私は用事があるから行ってきて構わないわ」
やることがある。
恥ずかしいから教えたくないけど。
そんな私の心を見透かす様にキュルケはまじまじと凝視してくる。
キュルケ「怪しいわね……何するつもりよ」
ルイズ「あんたに関係にゃいでしょ!」
焦って話したせいで口が回らない。
キュルケ「にゃいでしょって……いいわ、行ってきなさい」
ルイズ「あんたねぇ、私の保護者じゃないんだから一々……!」
キュルケ「はいはい、わかったわよ。面倒事だけ起こさないでよね?」
ルイズ「うるさいわね、あーもう! 私が先に行くわ!」
キュルケたちに背を見せ、広場から町中へと足を進める。
全く、口うるさい奴だ。
どうせ私が今から行くところにだって、いつものように小馬鹿にして笑うんだろう。
バレてたまるものか。
人をかき分けながら歩いて行くとすぐに目的の店が見つかる。
この賑わう町でもあんまり人影のない通りにあるその店には、閑古鳥が鳴いていた。
看板も斜めに傾き、どう見ても趣味でやってそうなやる気の無さが窺える。
ルイズ「なんでこれだけ色んな店があるのに……仕立屋だけはこの店しかないのよ!」
鞄からボロボロになったゴジョーの服を取り出す。
これを見ると……なんだかゴジョーもボロボロになっている気がして、嫌だった。
出来るならここ、ラ・ロシェールで綺麗にしてあげてからゴジョーに渡したい。
そう思い食事も後回しにしてやってきたのだ。
とは言え、ゴジョーの服は特別製。
こんな町外れにあるしょぼくれた店で直るのか、半信半疑、いやそれどころか破れた部分が縫えれば儲け物だろう。
ルイズ「……」
辺りを見回して、だれも居ないことを確認する。
今からこの服が仕立て直されちゃったら……匂いはきっと無くなっちゃう。
だから、今からするこれは私がゴジョーの匂いを忘れないためにするだけ。
別に何か……その、変な意味でするわけじゃない。
あくまで匂いを確認しておくための『作業』でしかないんだから。
そう自分に言い聞かせて、自分の顔をウェアに埋める。
汗の匂いが鼻腔をつく。
クンカクンカ。クンカクンカ。
……いい匂いだなあ。
すーはーすーはー。すーはーすーはー。
ふぁああ……!
やだ、癖になっちゃいそう。
モフモフ。モフモフ。
んはぁ!
ゴジョーに抱きしめられてるみたい……
頭が真っ白になっていく。
ああ、ゴジョー。
ゴジョーゴジョーゴジョー……!
早くもう一回私のことをモフモフして……?
完全にトリップしかけていた私の肩に、誰かの手がかかる。
誰よ、もう……
ルイズ「何っ!? 私は今忙しいn……」
息が止まる。
キュルケ「あんたなにしてるの……?」
くんかくんか支援
451:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/07(金) 01:33:11.17:S4tJeTXf0クンカクンカしてるwwwwwww
449:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 01:22:14.12:CcyIA1bN0キュルケがかわいそうな人を見る目で直視しながら、言う。
そんな、いや、こんなの末代までの恥よ!
その後ろからひょっこりとギーシュまでもが顔を出す。
最悪だ。
ぐるぐると思考が頭の中を巡り、整理がつかない。
ルイズ「あ、あああ……!」
ギーシュ「だから僕はつけるのなんてヤメようって……」
キュルケ「いや、だって気になるじゃない」
ルイズ「んんん……たたたたた……ちちちちちちち……!」
ギーシュ「ルイズだってひとりになりたい時があるじゃないか……」
キュルケ「そりゃあそうだけど。まさか、こんな……」
ルイズ「ち、ちが!!」
腕をブンブン振り回し必死で誤解だということを伝えようとする。
ギーシュ「はあ、触らぬ神に祟りなしだよ。ぼかぁもう爆発はごめんだ」
開いた口がふさがらない私を見て、ギーシュは小走りで逃げていく。
キュルケ「あ、ちょっとあんた! ……ルイズ、悪かったわね。どうぞお続けになって! あたしもみなかったことにするから!」
焦った笑いを浮かべてキュルケも私を一人残し去っていく。
嘘だ嘘だ嘘だ!
こんなとこ見られたら何を言われるか分かったものじゃない!
ルイズ「ああああああああああああああああああああああああああああ!」
顔が真っ赤になっていくのを感じる。
最悪だ最悪だ!
こんなところツェルプストーに見られるなんて……ああああああああああ!
クンカクンカしちゃってたじゃない!
モフモフまでしちゃってたわ!
ヤバいヤバいヤバいヤバい!
ルイズ「いやあああああああああああ!!!」
ガンガンと戸を叩き、行き場をなくした恥ずかしさをぶつける。
今すぐ布団に潜り込んで顔を隠したい。
バカ! 私のバカ!
どうしてもっと自分の部屋でクンカクンカしておかなかったのよ!
ルイズ「いやあああああああああああ!!!」
ガンガンと戸を叩き、行き場をなくした恥ずかしさをぶつける。
今すぐ布団に潜り込んで顔を隠したい。
店主「なんですかい? 騒がしいな」
叩いていたドアから中年の男が現れる。
ルイズ「あ……」
店主「ああ、貴族のお客さんですか。悪いけどもう少し優しく戸は叩いて貰えますかね」
不機嫌そうな顔で私に言う。
ルイズ「ご、ゴメンなさい」
思わず謝ってしまった。
店主は頷くと、私の手に視線を移す。
店主「何か、ウチに仕立てて欲しいものが? ハルケギニアのものなら何だって三日で新品同様にしてみせますぜ」
ルイズ「ホントに!?」
徐々に落ち着きを取り戻し始めた鼓動が、その言葉ではね上がる。
店主「……その手の布切れ。見せてもらってもいいですかい」
ルイズ「え、はい」
手渡されたゴジョーの服をまじまじと見つめて、手触りを調べる店主。
言われてみればゴジョーの服はあまり見かけない材質だった。
やけにツルツルしているし、絹や綿とも違う。
私の持っているどんな服よりも汚れにくかったし、丈夫だった。
店主「フム、こいつぁこの辺の布じゃないね。貴族のお嬢さん、一体どこでこれを手に入れたんですかい?」
ルイズ「それは……違うの。私の、その、こ、『恋人』が着ていたのよ!」
言ってやったわ。
フフフ、少なくともこの店の主人は私とゴジョーを恋人だと思う。
……幼稚過ぎる自分の行いに虚しくなる。
ああ、そんなことよりキュルケとギーシュになんて言い訳しようかしら。
店主「その人は、もしかして東方から来たんじゃないでしょうかね。こんな珍しい布、そうとしか思えない」
私の台詞には何の興味も示さず、服を太陽に透かして話す店主。
ルイズ「まあそんなものかしら」
本当は東方じゃなくて違う世界からやってきた、なんて言ったらどう思うだろう。
信じるはずもないか。
私自身、ゴジョーから最初にそう言われたときはジョークにもならないつまらない冗談だと鼻で笑っていた。
店主「やっぱりね……ウチは場所が場所なこともあって、色んな国から服の仕立てを依頼されるんですが」
腰に手を当てて、服を伸ばしたり縮めたりして材質を見定める姿は職人のそれであった。
どうやら寂れたとこに店を構えてもやっていける腕は持っていそうだ。
ルイズ「じゃあ前にもこんな服を?」
店主「いんやぁ見たこともありませんね、こんな素材。古今東西、どんな物でも綺麗に仕立てるのがウチのモットーですが……こいつぁ初めてだ」
ルイズ「じゃあ……」
店主「まあ立ち話もなんです。中に入ってくだせぇ」
言われるがまま、店の中に入る。
そこはおよそ仕立屋と言うには似つかわしくない物ばかりが置いてある場所だった。
今にも動き出しそうな怪しい仮面が飾られ、おどろおどろしい顔をした女の絵が壁に掛けてある。
とてもじゃないが一人では立ち寄りたくない店だ。
店主「座ってくだせえ」
私の前に引かれたのは、骸骨を模した椅子。
……よくこんな趣味で店が成り立つものだ。
ルイズ「これ、全部あなたの趣味……?」
店主「そうなのもありますがね。大体は客が仕立て代替わりに置いていった物でさあ」
ルイズ「……それで商売成り立つの?」
主人「はは、ご尤もですがね。世の中、金ばかりが物を言うってわけでもありませんからねぇ」
ルイズ「……」
主人「そんな顔されるともっと面白いものを見せたくなるじゃないですかい」
ルイズ「いいわよ、いらないわ」
否定するが、主人はニヤニヤと面白がって立てかけてあった剣をテーブルの上に置く。
鞘にしまわれたそれは……なんとなく嫌な予感がするシロモノだった。
店主「ハッハッハ、そう言わずに。別に蛇が出るわけじゃあないですよ。お嬢さんの安全は保証しますから」
ルイズ「……あっそ」
つまらないそうな顔をしてみせる。
興味なんか全然ないんだけどここで断って店主の機嫌を損ねるのも面倒だ。
仕方なく、剣を鞘から少しだけ引き抜く。
剣「かーー! ずっとだんまりでストレスが溜まるばかりだぜ。おいオヤジ、たまにはオレを抜けって言ってるだろ? 毎日だんまり続けさせられる俺の身にもなってみろよ! 可哀想だとは思わねぇか!?」
抜いた途端、剣は堰を切ったように喋り出す。
柄の部分が口のようにカクカク動き、ちょっと不気味だ。
主人「今抜いてるじゃないか。それにお前は五月蝿すぎるんだよ。だからたまにお客さんの前で見せてやるくらいが丁度いい。本当ならさっさと武器屋に厄介払いしたいんだぞ」
ルイズ「……インテリジェンス・ソード?」
剣「その通りさ、お嬢ちゃん……これでも由緒正しき名剣なんだぜ。その昔にゃあ『ガンダールヴの左腕』だったこともある。ま、お嬢ちゃんにはわかんねえだろうけどな!」
主人「なに言ってんだか……悪いね。ちょいとビックリさせてやろうと思っただけなんだが」
ガンダールヴ?
なぜそのことをこの剣は知っているのだろう。
ガンダールヴなんて言葉、普通は聞いたこともないはず。
それに左腕とも言っている。
……適当なことだと決め付けるには、余りにも具体的な言葉が多い気がした。
ルイズ「あんた……」
剣「んん? お前さんもしかして……ハッハッ、こいつぁおでれーた! お嬢ちゃん虚無かい!」
ルイズ「え?」
剣「え、じゃねえだろ? 何だ、自覚もしてねえのか? 使い魔はどこだ? ガンダールヴがいるはずだろ? そいつに会わせてくれよ?」
次から次へと質問を投げかける剣に、私の頭は混乱しだす。
そんな私を見て店主は鞘に喋る剣をしまう。
店主「まったく、少し喋らすとこれだからな。すまないねえ」
ルイズ「……ええ」
何かが引っかかった。
店主「話をコレに戻しやしょう」
店主は古ぼけた剣の上にゴジョーのウェアを置く。
店主「幸いなことに、破れて無くなっている部分はそんなに多くない」
店主「ただねぇ……この背中にある首もとの部分。何か読めない文字が書いてあったみたいだが、ココばっかりはちぎれてるんで直せませんね」
ルイズ「……何とかならない?」
店主「なんとかと言ってもねぇ、元になる布がないんじゃどうしようもねぇですよ。ウチは人の手でやってますからね、そんな魔法みたいなことは無理でさあ」
ルイズ「そう、よね……」
千切れてなくなった物を、また生み出すなんてメイジにも無理だ。
意気消沈して俯いた私に店主は話しかける。
店主「まあそんなに落ち込まないでください、同じ生地で仕立て直すのは無理ですが……そうですなあ、ワッペンで名前でも入れれば違和感なく見せられるものになると思いますよ」
ルイズ「ホント!? 直るのね!?」
打って変わった私の声に店主は苦笑いする。
店主「切れている部分は同じ色の糸を使えば目立たないでしょうから、何とかなるでしょうさね。文字はなんにしますかい?」
……困った。
こんなことになると思ってなくて、考えていない。
所属としては……一応魔法学院になるのかしら。
トリステイン魔法学院?
うーん、長すぎるわね。
じゃあシンプルにゴジョー?
これも捻りがなさすぎる。
サッカーとでも入れておけば喜ぶかしら。
いやでも、それじゃちょっと……
テーコクとか言ってたかしら、アイツのチーム。
それだったら喜ぶかも。
……いえやっぱりダメ。
ホームシックになったら困るわ。
うんうんと頭を悩ませた結果、出した答え。
ルイズ「ルイズ(はぁと)でお願い……!!」
店主「はいはい、わかりまし……ええぇ!? そいつぁお嬢さんの名前じゃないんですかい!?」
ルイズ「何よ! 文句あるのかしら……!?」
店主「い、いやあ。ないですよ……」
慌てた様子で店の奥に入っていく店主。
ルイズ「だったらいいでしょう。文字数も少ないし、割合簡単でしょ」
店主(……これを着せられる旦那。ご愁傷さまですぜ)
なにか良からぬことをこの店主は考えている気がしてならないが、あえて黙っておこう。
今の私はある程度の事ならば許せる広い心を持っている。
……あんなところを見られれば誰だってそうなるか。
やれやれと独りごちた。
店主「そいじゃ日にちはいかがしますかね、二三日後なら大丈夫ですが?」
にべもなくそう尋ねると店主は腕を組み、首を傾げた。
ルイズ「あー、今日がいいわ」
店主「きょ、今日ですかい!? そりゃあちょっと無茶でさあ!」
ルイズ「しかもあと二時間後。すぐにこの町から出ていかなくちゃならないのよ」
店主「二時間後!? ムリムリムリ! ウチは飯屋じゃないんですぜ!?」
身振り手振りで否定の意を伝える店主。
ルイズ「お・ね・が・い……!」
黒いオーラが自分の背中から出ていることだろう。
店主「……はあ、同じ色の糸を見つけるのだって一苦労だってのに。特別料金頂きますよ?」
ルイズ「え、出来るの!? お金なら多少は奮発するわ!」
店主「まあ時間があれば、イイ線まではいけそうですが……二時間で元通りってのは流石に不可能ですな。だけど違和感ない程度にはしてみせましょう」
微笑みながら口髭を触る店主。
運が良かった。
他の店ならどう頑張っても二時間じゃ無理そうなのに。
頼み込んでみるものだ。
店主「ああ……あと特別料金についてですが」
ルイズ「ぼったくるつもり!?」
店主「まさか! 貴族のお嬢さんからそんな事したらすぐにウチなんかつぶされてしまいますからね」
ルイズ「じゃあなによ?」
店主「なにか、巷じゃ見られないような珍しいもんを料金がわりに持ってきてくれれば、お代は頂きませんよ」
ルイズ「めずらしい物? そんなこと言われても、すぐには」
店主「何だって良いですよ。ここにある物を見ればわかるでしょう?」
手を広げて示すのは、何度見ても趣味が悪い店内。
今どき骨董屋だってこの店の物は引き取らないだろう。
要は趣味の悪いものを持って来いというのだろうか?
だったらキュルケをここに置いていってやろう。
ルイズ「……生憎だけど持ってないわ。何か別のことで代用できないかしら」
店主「フーム。まあお嬢さんが持ってきたこの服が一番珍しいといえば珍しいですからね。これ以上の物を要求するのはいささか酷かもしれやせんね」
ポリポリと顎を掻きながら、店内を見回す店主。
泳いでいた視線があるところで止まる。
その先にあったのは私の身の丈ほどもある、さっきの剣。
今度は嫌な予感しかしない。
ルイズ「ちょっとそれは……」
店主「よし、決めた。貴族のお嬢さん、この剣を持って行ってくだせぇ」
ルイズ「え”」
店主「実を言うとね、一度その剣は武器屋に売りに行ったんですよ。だけどあんまり五月蝿いもんだから武器屋も買い取らないときた」
ルイズ「……でしょうね」
店主「その上時々鞘から抜いてやらないと文句ばかり言う。ウチもコイツには手を焼いていたんでさあ。お代はいらない、さらに剣までプレゼント! ハルケギニア全土でも中々こんなに気前のいい店は有りませんぜ!?」
ルイズ「ただの厄介払いでしょ!」
店主「ハッハッハ、そうとも言いますがね。とにかくコイツを引きとってくれりゃ、他は何にもいりません」
五条さんルイズ(はぁと)と書かれたユニフォームを着るのか・・・
471:睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/01/07(金) 03:21:48.97:CcyIA1bN0この剣を受け取らなければ服を仕立ててはくれなさそうだ。
……この剣に聞きたいことが無いといえば嘘になる。
妙に気になっていたのは事実。
もしかしたらゴジョーを探す何かの手がかりになるのかもしれない、そんな淡い期待を抱いた。
ガンダールヴ。虚無。
少なからず私とゴジョーに関係があるだろう。
ただ、一つ言うとしたら……
ルイズ「私が持ち歩くには大きすぎるわよ!」
腰に携えても背中に背負っても、床をずるずると擦るインテリジェンス・ソードに怒りをぶつける。
店主「ハッハッハ! 小さなお嬢さんにゃ、でか過ぎたかね! なら持っていくのは服を取りに来たときでいい」
手を叩いて笑う店主に腹がたつ。
ルイズ「ぜぇぇぇぇったい二時間後には仕上げておいてよね! 約束よ!」
主人の前にあるテーブルをダンと叩きつけて言い放つ。
店主「あい、了解致しましたぜ。期待して待っててくだせぇ」
剣「俺も待ってるぜ!」
いつの間にか抜かれた喋る剣がカツカツと音を鳴らし、存在を知らせる。
ルイズ「んもう! 腕が良くなきゃこんな店来ないんだから!」
プンスカ怒りながら店の出口に向かい、ドアに手をかける。
店主「はいはい、これからご贔屓にしてくれるように頑張りますよー」
ニコニコ笑いながら手を振る店主を残し、扉を勢い良く閉める。
寂れた通りに戻ってくると、クンカクンカしてたことを見られたのを思い出し、ものすごく恥ずかしくなる。
腹いせに店の壁を蹴る。
……痛かった。
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さてそろそろ潮時ですかね
なんとなく明日の夕方までは落ちなさそうな気がしますが、途中で切れるのも嫌なので製作の方に移動しようかと思います
五条「願わくば、もう一度貴女をこの手に抱きたい」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294939943/
こっちです
そいじゃあっちの板でノシ
477:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/07(金) 03:48:47.29:S4tJeTXf0なんとなく明日の夕方までは落ちなさそうな気がしますが、途中で切れるのも嫌なので製作の方に移動しようかと思います
五条「願わくば、もう一度貴女をこの手に抱きたい」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294939943/
こっちです
そいじゃあっちの板でノシ
遅くまで乙
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続きは・・・ないのか・・・