- 1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:03:13.18:+RVIhHVI0
律「また今年もクリスマス会やろうぜ!」
それは2年生の2学期、終業式も今や遅しとせまろうかとしていた日の放課後。
私たちはいつものようにティータイムをして過ごしていた。
私が紅茶を用意し、唯ちゃんは早く早くと急き立て、そんな唯ちゃんを梓ちゃんが宥める。
その間にりっちゃんはおふざけをして澪ちゃんにまた叱られている。
そんな光景を背中で感じながら、ああ今日もいつもの軽音部だなとあらためて実感する。
そして待ってるだろうみんなの元に今日も今日とてとっておきのお菓子と紅茶を、とっておきの笑顔で運んでいく。
唯「いいね! やろやろ! またうちでやろう!」
私は幸せだった。心からそう思っていた。
【画像】主婦「マジで旦那ぶっ殺すぞおいこらクソオスが」
【速報】尾田っち、ワンピース最新話でやってしまうwwww
【東方】ルックス100点の文ちゃん
【日向坂46】ひなあい、大事件が勃発!?
韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:05:28.17:+RVIhHVI0
梓「あの、私、クリスマスには予定が……」
律「彼氏ですよ奥さん」
唯「若い子はいいわねえ」
梓「違います!」
クリスマスパーティかあ、去年はとっても楽しかった。
唯ちゃんの家で、一杯色んなことをして。あんなに楽しいクリスマスは生れて初めてだったかもしれない。
唯「なら年末パーティはどう?」
唯ちゃんの鶴の一声で今年は年末パーティin平沢家が開かれることが決まった。
年末といえば今年は家族でニュージーランドで過ごす予定だったけど、みんなで過ごす年末の方が絶対楽しいに決まってる。
私はニュージーランドではなく唯ちゃんの家で年末を過ごすことを心の中で即断した。
3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:06:21.05:+RVIhHVI0
ティータイムが終わると今度は練習。
といっても次の演奏の機会までまだ時間はだいぶんあるので本格的な練習ではなく、本当に軽く楽器に触る程度の練習。
律「今日はこんなもんかなー」
澪「そうだな」
唯「つかれたー」
帰り道、途中までまたみんなと一緒。
とりとめのない会話。その時間はあっという間。
みんなとの別れ道に差し掛かって、ああ、もう今日も一日が終わったのだ、と感じさせられる。
まずりっちゃん澪ちゃんと、次に唯ちゃん梓ちゃんと別れる。
律「唯、ムギ、梓、またなー」
澪「また明日」
唯「ムギちゃんまたねー」
梓「ムギ先輩また明日です」
今日が終わった。
――そしてまた新しい一日が始まる。
4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:07:46.74:+RVIhHVI0
寒い。今日の朝もまた一段と寒い。
こうなると布団からは出たくないけど、そろそろ斉藤が起こしに来る時間だからそうもいっていられない。
まだ覚醒しきってない頭を全力で働かせて、今朝の準備に取り掛かる。
さあまずは起きなくっちゃ。
着替えを済ませ、髪をセット――冬は乾燥して大変――し、朝食を頂き登校の準備は万端。
何もおかしいところはないよねと、姿見で再確認。
紬「それじゃあ、いってきます」
斉藤「紬お嬢様、お車の準備は整っております。こちらに」
車? なにをいっているのかしら斉藤は。
紬「斉藤、誰が車を用意しなさいっていったの? 私は今日も電車で学校に行くわよ」
斉藤「はあ、電車、でございますか?」
紬「しっかりしなさい。斉藤らしくもない。朝から寝ぼけていては駄目よ」
どうしたのかしら、全く。斉藤らしくない。
何かの手違いかしら。
でも、それにしたって弛んでるわね。
紬「それじゃあ斉藤、いってくるわね」
斉藤「はあ、それではいってらっしゃいませ。どうかくれぐれもお気をつけて」
5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:08:45.07:+RVIhHVI0
紬「それじゃあ斉藤、いってくるわね」
斉藤「はあ、それではいってらっしゃいませ。どうかくれぐれもお気をつけて」
はあ、今日は寒いわね。昨日も寒かったけどそれ以上。冬ねえ。
白い息を吐きながら、いつもの駅に向かう。
きっとこの寒さに斉藤なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
紬(あ、そろそろ改札だわ。定期、定期と)
確か鞄のポケットに。
紬(あれ、無い)
おかしいなあ、このポケットにいつも入れてたはず。別のところにしまっちゃったのかしら。
あ、他の乗客が、急がないと。
しかし結局、鞄をいくら探しても定期は見つからず、仕方なく今日のところは切符を買って済ませることにした。
どこかで落としちゃったのかしら?
6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:10:16.11:+RVIhHVI0
なんとか電車に乗ることが出来、無事今日も桜高に登校することが出来た。
朝から奇妙なことが続いていた私は、またクラスでみんなに、りっちゃん唯ちゃん、そしてもちろん他のクラスの澪ちゃんや梓ちゃんに会えれば
全部すっきりして、いつもどうりの一日がスタート出来ると確信していた。
心なしかクラスへと向かう足は速まっていく。
紬「あれ?」
クラスに着いた時二人は姿はまだなかった。
私は取り敢えず他のクラスメートに挨拶を済ませると、自分の席に座った。
紬(りっちゃん、どうしたのかしら? いつもなら澪ちゃんと一緒のはずだから遅れることなんてないのに)
風邪かな? でも昨日のりっちゃんは元気そのもので、風邪を引くような気配は微塵もなかった。
朝のホームルーム前の時間、他のクラスメートは仲良し同士集まって他の休み時間と変わらない様子で会話に華を咲かせている。
そんな中いつまで経っても二人は姿を見せない。
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:11:44.69:+RVIhHVI0
紬(そっか! 澪ちゃんのクラスだ)
1組に向かう。
けれどそこには律もそして澪さえもいなかった。
紬(今日は三人仲良く遅刻かしら?)
朝のホームルームが始まる時間はすぐそこまで迫っている。
紬(取り敢えず教室に戻りましょう。もしかしたら唯ちゃんだけでも、もう来てるかもしれない)
教室に戻ると、クラスメイトたちは自分の席に着き始めていた。
すると、律の席に1人の生徒が座っていて他の生徒と話し込んでいた。
もうホームルームも始まろうかという時間だったのに。
紬「あのう。そろそろ自分の席に座った方が良いんじゃない?」
余計な気遣いだったかな、そう思っていると、
クラスメイトA「え、あ、そうだね」
しかしその生徒はそこからいっこうに動こうとはしない。
10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:13:12.74:+RVIhHVI0
A「どうしたの?」
紬「あ、えっと、先生もうすぐ来ちゃうよ」
A「うん」
紬「そ、それにりっちゃんも」
A「りっちゃん? 誰それ?」
紬「りっちゃんはりっちゃんだよ。田井中りっちゃん」
なんで意地悪いうかな。あのりっちゃんをこのクラスのみんなが知らないはずないのに。
A「うん? 琴吹さんのお友達?」
紬「違うよ。それわざといってる? このクラスで一番元気なりちゃんを知らないはずないでしょ。酷いなあ」
A「田井中さんだって。そんな人いたっけ?」
クラスメイトB「私、知らない」
クラスメイトC「私も。聞いたことない」
あ、わかった。
紬「そうやってお喋りしてたいからそんなこというんでしょう。けど、ここはりっちゃんの席だから駄目よ」
B「なにいってるの。そこはAの席だよ」
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:14:41.66:+RVIhHVI0
C「そう。琴吹さんこそそろそろ席に戻った方がいいんじゃないの?」
そういうとまた三人は会話を始めた。
紬「ちょ、ちょっと待って、おかしいよそんなの」
A「琴吹さん、またー?」
だってそこはりっちゃんの席だもん。
B「冗談にしても度が過ぎてると思うよ」
紬「違うもん! そこはりっちゃんの席だもん!」
無理やりクラスメイトのAをどかそうとする。
A「な、なにするの琴吹さん!」
B「やめなよ!」
けれど急いで立ち上がってきたBとCに押さえられる。
紬「離して! 離してよ!」
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:15:59.49:+RVIhHVI0
大声と騒ぎに他のクラスメイトの視線が集まりだした。
紬「……ごめんなさい。ちょっと寝ぼけて、混乱、してたみたい。本当に、ごめんなさい」
さっきのクラスメイトがなにかいっていたようだが、耳に入らない。
背中で聞き流し自分の席に着く。
紬(きっとなにかの間違いよ。先生が来れば私が正しいってわかるわ、きっと)
項垂れながらふと唯の席に目をやると誰も座っていない。
紬(ほら唯ちゃんの席はちゃんとあるもの)
ガラガラと教室の扉が開く。担任の教師が教室に入ってきた。
1人も席を立っている生徒はいない。唯の席も依然空席のまま。
担任「それじゃあ出席をとるぞ」
1人1人生徒の名前が呼ばれていく。
担任「琴吹、琴吹紬」
紬「はい」
落ち着いて、落ち着くのよ紬。そう自分に言い聞かせる。
きっと「田井中律」、「平沢唯」の名前がこの後呼ばれるはず。
二人ともなにか理由があって遅刻しいているだけ。
座席だってあの子が勘違いしているだけよ。
13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:17:18.62:+RVIhHVI0
担任「以上。今日は欠席者ゼロだな」
だが無常にも担任の教師は二人の名前を読み上げることはなく、出席簿をパタリと閉じた。
紬「待ってください!」
担任「どうした、琴吹?」
紬「まだ、来てない、名前を呼ばれてない生徒がいます!」
立ち上がると、教卓の担任の元に詰め寄る。
俄かに教室がざわめき立つが気にしてはいられない。
担任「どうしたんだ、そんなに血相を変えて。琴吹らしくない」
紬「ちゃんと呼んであげてください! 2人の名前を!」
担任「おかしいな。ちゃんと名簿にある名前は一通り読み上げたぞ」
紬「そんなはずないです! まだ『平沢唯』さんと『田井中律』さんがいます!」
おかしい、おかしい、おかしい。
先生までなにをいってるの。
担任「ヒラサワ? タイナカ? そんな生徒うちのクラスにいたか?」
紬「います! 絶対にいます! いない訳がないです! ねえ、みんな!?」
他のクラスメイトにも問い掛けるが皆一様に呆気に取られてしまって、何も答えない。
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:18:39.40:+RVIhHVI0
紬「ねえ、いたよね? りっちゃん、唯ちゃん?」
紬「いつも私と、りっちゃんと唯ちゃんと3人で仲良くしてたのみんな知ってるでしょ?」
紬「ほら、それに私たちついこの間、軽音部で学園祭で演奏して、みんな褒めてくれたじゃない!」
1人1人に聞きまわるのだが「うーん」とか、「そうだっけ?」といった歯切れの悪い返事しか返ってこない。
担任「こら、落ち着きなさい。そんなにいうなら名簿を自分で確認してみるかい」
担任の教師は名簿を開き差し出してきた。
急いで飛びつくと名前を確認していく。
紬(た、た、た……、ない)
次!
紬(ひ、ひ、ひ……)
……ない。
担任「気が済んだか? なら落ち着いて席に着くんだ」
こんなのおかしいよ。おかしい、おかしい、おかしい。
昨日まではちゃんといたのに、りっちゃんも唯ちゃんも。それがいなくなっちゃうなんて。
これはなんなの? どっきりカメラ? 誰かの悪戯?
クラス中みんなぐるになって。そうに違いない。
と、そこで気付く。皆が自分に向けてくる視線。
それは明らかになにか異形のものを見るような。
突き刺さる、心の奥まで痛々しく突き刺さる、突き放すような冷たい視線。
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:19:45.35:+RVIhHVI0
紬「……」
のろのろと席に戻る。
これは悪夢よ、きっとなにか悪い夢に違いない。すぐに覚めるのよ。
自分の足の腿を抓り上げる。
紬「痛い」
ホームルームの終了を告げるチャイムが虚しく鳴り響いた。
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:20:41.13:+RVIhHVI0
休み時間、もう一度1組の教室に向かった。
けれど自分のクラスと同じ。力なく1人1人尋ねるも、秋山澪、ましてや律や唯の存在を証言してくれる人は皆無だった。
紬(これはきっと何か悪い夢。じゃなかったら私、おかしくなっちゃったのかな)
それ以上考えることをやめた。
そうしないと、自分がどうにかなってしまいそうだったから。自身の生存本能がそうさせたのかもしれない。
自分のクラスに戻っても授業は頭に入らない。ただひたすら頭の中を空っぽにすることに努めた。
朝の授業が過ぎ、昼休みが終わり、また昼からの授業。
そして気付くともう放課後だった。
紬「帰ろう」
携帯を取り出し家に電話を掛ける。
紬「紬です。車をお願い。学校まで」
一方的に用件だけ伝えると携帯の通話を切った。
紬(帰ろう。きっと明日になれば、全てが元通り。きっと)
帰りの車の中、運転手の呼びかけにも応える気力はなかった。
これは現実じゃない、これは現実じゃない。
呪文のように何度も呟いた。
紬「これは、現実じゃない」
家に着くと着替える間も無くベッドに倒れ込んだ。
大きくふかふかのベッド。そこに体が沈みこんでいくのと同じように深く深く眠りに落ちていった。
18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:22:16.85:+RVIhHVI0
次の日の朝。
いつもと同じように学校へと登校する準備をする。
しかし手元が覚束ない。それになんだか体が重い。
いつもより時間をかけなんとか準備を終える。朝食はとてもとる気にはなれなかった。
紬「斉藤、車は用意出来てるかしら?」
斉藤「はあ、一応念のため準備は済んでおりますが、今日はお車で?」
紬「ええ、もちろんよ」
学校へ向かう車の中、ふと思いついた疑問を問い掛ける。
紬「斉藤。私が車で高校へ通っているのはいつからだったかしら?」
斉藤「お嬢様は入学当初こそ電車で通いになられておられましたが、
一月もするとまた中学の頃のようにお車で通われるようになられました」
紬「そう、ありがとう。変なことを訊いてごめんなさい」
斉藤「いえ」
そっか今までのことは全部なかったことになっているのね。
りっちゃんも澪ちゃんもいなかったから私は軽音部に入ることもなかった。そして唯ちゃんに出会うことも。
中学生の時のようにただ琴吹家の1人娘として生きてきたのね私は。
19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:23:32.10:+RVIhHVI0
斉藤「お嬢様?」
ルームミラー越しに問い掛けてくる。
紬「なに?」
斉藤「なにかございましたか?」
紬「……いいえ、なにも。なにもないわよ」
斉藤「そうですか」
車は桜高の校門前へと到着した。
車を降りるとゆっくりと学校の下駄箱へと向かう。
まだどこか夢見心地。昨日体感したあまりの現実に脳は完全に覚醒しきっていないようだった。
認めたくない。
軽音部のみんなは消えてしまったんだろうか。
……みんな?
突如横を通り過ぎる小さな影。
頭の両側から垂れ下がる長く黒い髪。愛くるしい小さな体。
忘れようにも忘れられない。放課後ティータイム5人目のメンバー。
その背中にはギターが背負われている。それはとてもよく見知った後姿。
2年生になって出来た天使のような可愛い後輩。
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:24:49.55:+RVIhHVI0
紬「梓ちゃん!」
夢中でその姿を追う。
紬(梓ちゃん! 梓ちゃん! 梓ちゃん!)
聞いて、ねえ、私とっても怖い夢をみたの!
紬「梓ちゃん!」
追いつくと後ろから思い切り抱きつく。
梓「きゃあ!」
紬「梓ちゃん! 会いたかったよ、梓ちゃん!」
梓「なにするんですか、いきなり!」
ドン、と体を突き飛ばされる。
紬「え?」
21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:26:18.12:+RVIhHVI0
梓「あ、す、すいません! いきなりだったんでつい。大丈夫、ですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
梓「えっと、リボンの色が、あ、すいません、先輩の方ですか」
なんでそんな顔するの? 私よ、私。
いつもみたいに名前を呼んでよ。
梓「あ、でも、先輩だからって」
ねえ、お願い、「ムギ先輩」って。たった一言いってくれるだけで良いから。
梓「いきなり『知らない後輩』に抱きついてくるのはちょっと常識はずれじゃないかと」
紬「……」
梓「もしかして、人違いとか? あ、すいません突き飛ばしておいて。手、どうぞ」
差し出された手を無視するように立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
あとは覚えていない。
気付いたら教室の自分の机にへたり込んでいた。
今、何時間目だろうか。それとも休み時間だろうか。放課後だろうか。
時間の感覚も麻痺してしまっている。
ただ周りにいるクラスメイトが各々自由に歩き回ったり、話をしたりしているので恐らく授業中ではないのだろうということはわかった。
22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:28:20.26:+RVIhHVI0
クラスメイトD「あの、琴吹さん?」
トントンと肩を叩かれる。
誰だろう。
D「大丈夫? 一日中臥せってたみたいですけど。授業中先生がいくら声を掛けても反応しないし」
紬「そうなの?」
体がだるい。動かない。
そのままの体制で振り返りもせず適当に相槌を打つ。
D「え、ええ。あの私、一応クラス委員だから、何かあったのなら相談して欲しいな」
紬「いいえ、大丈夫よ」
だからもう、放っておいて。
D「えっと昨日いってた、ヒラサワさんとタイナカさんだっけ?」
紬「知ってるの?」
D「ごめんなさい。私も知らないわ。名簿も確認したけどそんな人の名前はやっぱりなかった」
紬(でしょうね)
D「でもね、私思ったの。きっと琴吹さんは勘違いしてるんじゃないかって」
23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:30:10.99:+RVIhHVI0
紬「勘違い?」
D「きっと他のクラスの子じゃないのかなって、2人とも」
と、チャイムが鳴り始める。恐らく授業の始まりを知らせるものだ。
D「ごめん、もう授業だね。じゃあまた」
他のクラス。他のクラス?
梓ちゃんがいたんだし、確かにその可能性もないとも限らない。
だけど例え見つかったとして一体私になにが出来る?
朝の梓ちゃんがそうであったように、きっとみんな私のことを忘れているはず。
会ったところでただの他人と変わりない。
もし無理に知り合いだと主張してもおかしな人と思われるだけだろう。
下手をすれば不審者扱いされかねない。
でも。
紬(会いたい、会いたいよ、みんな)
例え他人でもいい。自分のことを全く覚えてなくても知らなくてもいい。
もし存在するのなら、まだこの悪夢のような世界にいてくれるのなら、会いたい。
紬(みんなに会いたい!)
今まで頭を覆っていたもやもやが少しずつ晴れていく。
重い体が今なら少しは動く気がする。
目標は、決まった。
31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:39:05.00:+RVIhHVI0
放課後、かつての軽音部部室に向かう。
誰もいないことはわかっている。それでも放課後にいる場所といえばそこしか考えられなかった。
扉の取っ手に手を掛ける。空け慣れたはずのその扉。今はなんとも重く堅い。
紬(ええい、紬、しっかりしなさい!)
自分を奮い立たせゆっくりと取っ手を引く。
そこにあったのは予想通りの風景。
一年と少し前、初めて訪れた時のそのままの光景。
綺麗なホワイトボード。机も無い。椅子も無い。
当然ティーセットもそれを収める棚もなんにも無い。
変わらないのは寂しげに照らし込む橙色の西日だけ。
紬「本当になにもかも無くなっちゃったんだ」
本来机の置かれていた自分の場所に腰を落とす。
隣では澪が、前を向けば唯や律が、そして梓が、いつもの様にお茶を飲みながら笑っているようにみえた。
紬「やっぱり、きついな」
涙が出ない、わけがなかった。
静かに声を押し殺し、ひたすら泣いた。膝に顔を埋め、泣いた。
人はこんなにも涙が出るものだと初めて知った。
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:41:23.39:+RVIhHVI0
紬「よし!」
一通り泣きしきると涙を拭いて立ち上がった。
そしてホワイトボードにマジックでこう書き記した。
『目標:放課後ティータイム再結成!』
まず向かったのは生徒会室。
梓はいた。
だったら残りのメンバーもこの学校の別のクラスにいるのかもしれない。
生徒会室だったらそれが確認できるはず。
紬「失礼します」
生徒会室のドアをノックをして開ける。
中には数人の生徒会役員と思われる生徒がいた。
紬「あの、すいません」
声を掛けると1人の髪の長い女性がこちらに歩いてきた。
リボンの色を確認するとどうやら先輩の生徒ようだ。
???「はい、こんにちは。私は生徒会長の曽我部です」
33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:42:18.84:+RVIhHVI0
紬「こ、こんにちは」
いきなりの生徒会長の登場で少し戸惑ってしまう。
曽我部「あ、そんなに緊張しなくてもいいわよ。生徒会長といっても大したことないから」
微笑みながらこともなげにいうが、十分大したことに思えた。
曽我部「それで、生徒会にどういったご用件かしら?」
和「すいません! 遅れました!」
突然戸が開く音がして、後ろから聞き慣れた声が。
曽我部「あ、真鍋さん。丁度良かったわ」
和「会長、なにか?」
曽我部「あなたと同級生の子が困ってるみたいだから助けてあげて。もしかしたら知り合いかしら?」
本日2度目。
きっと和ちゃんも今朝の梓ちゃんと同じ。私を知らない。
私はとてもよく知っているのに。
35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:44:46.73:+RVIhHVI0
和「……。いえ」
紬「2年2組の琴吹紬、です」
和「2年1組の真鍋和です」
紬「どうしたの?」
和ちゃんはなにかいいたそうにこちらを見つめてくる。
和「いえ、昨日だったかしら、1組の教室から真っ青な顔して出ていった人が、あなたに良く似てたなと思って」
そういえばあの時1組の教室には和ちゃんもいなかったわね。
てっきりみんなと同じように消えていなくなっちゃったものとばかり思っていたれけど。
そんなに酷い顔してたのかしら。そう思うとなんだか恥ずかしくなってくる。
でも恥ずかしがってもいられない。
紬「実は、今日はそのことでお願いがあって」
いつの間にか曽我部という会長さんの姿は奥に消えていた。
紬「他のクラスに私の知り合いがいないか調べて欲しいんです」
和「知り合い?」
和ちゃんは訝しげな顔をしている。
当然だろう。
2年生になってもう半年以上が経過、二学期も終わろうとしているこの時期に未だ見知っていない知り合いが
同級生にいるかどうかなんていうのはおかしな話である。
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:46:09.96:+RVIhHVI0
紬「お願い、のど、真鍋さん! どうしても調べて欲しいの」
和「どうしてもっていうなら、構わないけど」
ちょっと待って。そういうと荷物を机に置き、書類の並んである棚の方に向かっていった。
和「琴吹さん、その知り合いは同級生ってことで大丈夫?」
紬「はい!」
棚から数冊名簿と思われるものを探し出すと、こちらの方に運んできた。
和「取り敢えず、そこに座ってもらえる」
和ちゃんが運んできた名簿が並べられた机の側にある椅子を指差している。
和「それでその知り合いの子の名前はなんていうのかしら?」
椅子に座ると和ちゃんは名簿を広げてこちらを見ている。
相変わらず仕事が速い。
その手際のよさに思わず見惚れてしまう。
紬(なんていうか、やっぱり和ちゃんは頼りになるなあ)
和「あの、名前なんだけど?」
紬「あ、ごめんなさい」
見惚れている場合ではなかった。
37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:47:47.68:+RVIhHVI0
紬「名前は、『秋山澪』さん、『田井中律』さん、『平沢唯』さんです!」
和「アキヤマさんにタイナカさん、ヒラサワさんね」
紬「はい!」
和「それにしても奇遇ね。私の知り合いにも『ヒラサワユイ』って子がいるわ。
でもこの学校の生徒じゃないから関係ないわよね」
ちなみに漢字ではこう書くわ。
そういってメモ用紙にさらさらと書かれた文字は『平沢唯』。
これってもしかして。
紬「その子ってもしかして和ちゃんの幼馴染!?」
和「ええ。でもなんで」
紬「小さい頃からの知り合いで、何処か抜けてるところがあって!」
和「確かにちょっと天然だけど」
紬「1つのことに集中したらとことんまでいっちゃう!」
和「なんでそんなにくわし」
紬「いつも失敗してばかりだけど、何処か憎めない!」
和「ねえ、なんでそんなに詳しいの? ていうか落ち着いて」
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:49:12.66:+RVIhHVI0
紬「和ちゃん!」
思わずその手を掴む。
和「え? え? え?」
気付いたら思いっきり抱きついていた。
紬「和ちゃん! ありがとう!」
いなくなってなんかいなかったんだ!
唯ちゃんに会える、唯ちゃんにまた会えるんだ!
それから他の生徒会の面々に宥められること数分。
なんとか落ち着きを取り戻すことが出来た。
ごめんなさい、和ちゃん。
でも『放課後ティータイム再結成』という目標に大きく近付いた。
41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:52:10.23:+RVIhHVI0
和「あの、あなたは唯のどういう知り合いなの。唯のこと随分詳しいみたいだけど」
ど、ど、どうしよう。
ここで実はこの学校で同じ軽音部で同級生で大の仲良しだったけど、突然ある日クラスから消えて
別れ別れになったなんて話を、正直に話しても信じてもらえるはずがない。
紬「実は前にお世話になって。そ、そう助けてもらったの色々と」
和「色々?」
紬「そう! だからお礼がいいたくてずっと探してたの!」
物言いたげな視線。じーっとこちらを見つめながらなにか考え込んでいる。
和「俄かには信じがたいけど」
紬「のど、いえ真鍋さん!」
和「和でいいわよ。まあ、あなたがいうなら間違いじゃないんでしょうね」
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:54:18.65:+RVIhHVI0
紬「えっと、それはどういうことでしょうか?」
恐る恐る尋ねる。
和「だって我が校きってのお嬢様として知られている琴吹さんがいってるんだもの。
もちろんそれだけじゃないけど」
紬「お嬢様?」
和「あら、本人にはあまり自覚がないみたいね。
あなたはこの学校ではあなたが思ってる以上に有名人なのよ」
そっか今の私はそんな風になっているのか。
和「だからそんな有名人の意外な一面を知ることが出来て良かったわ。あなたとなら良い友達になれそうな気がする」
そういって笑う和ちゃんの笑顔は、あまりによく見知ったもので、それは私の大切な思い出の中の1つで。
和「どうしたの?」
紬「え? 涙?」
気付いたら止め処なく溢れてくるのだった。
紬「ごめんなさい。なんでもないの」
でも、今は我慢。
涙を拭って前を向く。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:56:27.31:+RVIhHVI0
和「そう」
紬「うん」
それから和ちゃんから唯ちゃんが今通っている学校を教えてもらった。
なんでも唯ちゃんは和ちゃんと一緒にここを目指していたそうなのだが、
和ちゃんだけが合格し唯ちゃんは落ちてしまったそうだ。
そして今は滑り止めとして受験していた第2志望の高校に通っているらしい。
気付けばもう下校時間。続きは明日だ。
明日。明日唯ちゃんに会いに行く。
その日の朝はここ2日と比べ物にならないぐらい、すっきりとした目覚めだった。
テキパキと登校の準備を済ませると、朝食を済ませ急いで玄関に向かう。
急いでも放課後が早くやってくるわけではないというのに、とても落ち着いてはいられなかった。
斉藤「お嬢様、お車はこちらです」
紬「ごめんなさい! 今日は学校には電車で行くわ」
斉藤「左様でございますか。それではお気をつけていってらっしゃいませ」
見送る斉藤は、どこか嬉しそうにみえた。
やっぱり電車じゃないと落ち着かない。
だって私は間違いなくずっと毎日そうしてきたのだから。
46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 21:58:18.73:+RVIhHVI0
登校コース――私にとってはいつもの――を終え、学校につくとそこには梓ちゃんがいた。
昨日と同じ、下駄箱に向かっている途中。背中にはギター。
内心ドキドキしながらも後ろから近付いていく。昨日のことをちゃんと謝りたかった。
そして出来ることなら少しでも『今』の彼女のことが知りたかった。
彼女だって軽音部の欠かせない大事な仲間なのだから。
紬「おはよう」
梓「あっ」
紬「昨日はその」
梓「いえ、こちらこそ。それよりもう大丈夫ですか?」
紬「えっ、なにが」
梓「ずっと心配だったんです。昨日今にもどうにかなってしまうんじゃないかって顔して行ってしまったから。
私のせいだとしたら大変な事をしてしまったんじゃないかって」
その表情から本当に心配してくれてたんだということが痛いほど伝わってきた。
悪い先輩だな、私。
紬「中野さんは優しいのね」
梓「そ、そんなことないです」
照れてる。やっぱり梓ちゃんは可愛いな。
でも今は抱きつくのは我慢、我慢。
47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:00:55.89:+RVIhHVI0
紬「ごめんなさい。あれは私の勘違いだったの。私が悪かったの。だから気にしないで」
梓「そうですか。そういえば自己紹介がまだ、といっても先輩は
何故だか私の名前を既に知ってるみたいですが」
紬「あ、それは、その知り合いから聞いたの。
そう、とってもギターが上手で可愛い子が一年生にいるって」
梓「そんなに私有名ですか?」
紬「そうよ。あなたはあなたが思っている以上に有名人なのよ」
それから改めて自己紹介をして、色々と話をした。
朝の短い時間なので、そんなに長話も出来なかったが、今の梓ちゃんのことを色々と知ることが出来た。
梓ちゃんは入学してからずっとジャズ研に所属しているらしい。
でもなんだか肌に合わないらしく、今は学校の外でバンドを組もうと考えているそうだ。
先日珍妙な接触をしてきた見ず知らずの私に、短い時間だけど梓ちゃんはとっても親切に接してくれた。
梓「あのまたお話できませんか?」
別れ際、とても意外な言葉を掛けられた。
紬「いいの?」
梓「はい。なんだか先輩と話してると、とても落ち着くっていうか。
いきなり抱きつかれた時はびっくりしましたけど」
照れてる、照れてる。
ああ、もう可愛いな、梓ちゃん!
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:02:24.78:+RVIhHVI0
紬「私でよければ是非!」
梓「うわっ! えと、じゃあ携帯の番号交換しましょう」
そうえば携帯の電話帳からもみんなの名前全部なくなっていたわね。
またこうやって一からやり直しか。
まずは最初の一歩。梓ちゃん。
放課後までの時間はとても長かった。
やっぱり唯ちゃん、りっちゃんのいない教室は寂しい。
でもなんと和ちゃんが会いに来てくれるというサプライズもあり、
なんとか放課後まで耐えることが出来た。
和ちゃんには唯ちゃんのことも含めて、感謝してもしきれない。
そしていよいよその唯ちゃんに会いに行く。
場所は桜ヶ丘とはそんなに離れていなかった。
なるほど今でもたまに一緒に帰ることがあると和ちゃんがいっていたけれど、
この距離なら十分可能だろう。
校門の前で唯ちゃんが出てくるのを待つ。
そういえば唯ちゃん、部活はやっているのかしら。
だとしたらかなりの時間待っていなきゃならないかもしれない。
そう考えるとこの寒空の下、少し心細かった。
51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:04:18.53:+RVIhHVI0
女子生徒「あの、どうしたの? 誰か待ってるの?」
紬「あ、えっと」
そうしていると突然声を掛けられた。
短い髪をした、男っぽい女の子。
雰囲気はまるでりっちゃんみたいだった。
女子生徒「平沢に用があるの?」
唯ちゃんを待っている事を伝えると、どうやら知り合いのようだった。
女子生徒「あいつは色々と問題児だからな。この学校の2年の間じゃ結構有名だぜ」
なんだか唯ちゃんらしいや。
女子生徒「こっち来なよ。そんなところじゃ寒いだろうし、案内するよ、あいつのとこに」
通されたのはなんと「軽音部」と書かれた札の下がっている教室。
中からは色々な楽器の音が漏れてくる。
女子生徒「どうぞ」
すごい。
教室の中にはざっと数えただけでも十人以上もの人が。
その人たちは各々なにかしらの楽器を演奏している。
その中に唯ちゃんはいた。
52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:06:03.82:+RVIhHVI0
女子生徒「平沢。お前に会いたいって人が来てるぞ」
その声には気付かない様子で、ギター片手に音楽の参考書らしきものと
夢中になって格闘している。
女子生徒「ごめん。あいつギター弾きだすといつもこうなんだ。
なかなか腕は上がんない、くせして? って、え!?」
気付いたら駆け出していた。
紬「唯ちゃん!」
思いっきり抱きつく。
唯「うわっ! なにごと!」
唯ちゃんに会えた!
53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:08:18.06:+RVIhHVI0
年の瀬、今年も終わろうかという季節なのにアイス屋さんにはそれでもちらほらとお客さんがいた。
こんなに寒いのによくアイスを食べようなんて、と変に思われるという心配は必要なさそうだった。
唯「アイス美味しいー」
紬「そう、よかったわ」
今唯ちゃんとアイス屋に来ている。
そこはいつもみんなと帰りに寄り道していたアイス屋さん。
なにもこんな時分にといわれそうだが、なんとなく唯ちゃんとお話しようと思ったら自然に足が向いていたのだ。
紬「ごめんね、いきなり抱きついちゃったりして」
唯「いいよー。だってアイス奢ってくれたんだもん。なんでも許しちゃう」
幸せそうにアイスを頬張る唯ちゃんは、自分の良く知っている唯ちゃんそのものだった。
ただ違うのはその身に纏った制服だけ。
唯「ねえ、次はあれ頼んで良い?」
紬「良いわよ」
唯「やったあ、ありがとう。紬ちゃん大好き!」
『紬ちゃん』か。
私たちは今、出会ったばかりである。
いきなり抱きついちゃったりしちゃったけれど、普通なら不審がられるところを
和ちゃんの知り合いというだけで、一も二も無く私に着いて来てくれたのだ。
しかもいきなり下の名前で呼んでくれているし。
唯ちゃんらしいといえばらしいが、ちょっと心配になってしまう。
54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:10:00.90:+RVIhHVI0
紬「でも、そんなに食べて大丈夫?」
唯「平気だよー。アイスは別腹」
どうしよう。
目の前に唯ちゃんはいる。
だけど私はこれからどうしたら良いのだろうか。
会うことだけに頭が一杯でそれからのことを全く考えていなかった。
紬(……どうしよう)
唯「どうしたの?」
紬「え?」
唯「なにか私に用があるんじゃなかったの」
紬「うん」
唯「もしかして忘れちゃったとか。あー、私も良くあるんだあ。
それでいっつも和ちゃんや妹に注意されてばっかりで。えへへ」
こうしてみると私の知っている唯ちゃんとなにも変わらないな。
紬「友達になって、貰えませんか」
55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:11:34.74:+RVIhHVI0
だからなのかぽろっと口を突いて出た言葉。
私自身も予想外だった。
しかしいってしまった言葉の重大さを噛み締める間もなく。
唯「良いよ」
即答。
紬「本当に良いの!? 今会ったばかりよ!?」
唯「だって紬ちゃんは悪い人じゃないもん。それに暖かかったし」
いきなり抱きついた時のことを思い出し、少し恥ずかしくなる。
唯「だからもう友達だよ」
唯ちゃんだなあ。
唯「だから私のことは唯で良いよ」
帰り道。
唯「私ね、今軽音部のレギュラー目指してるんだ」
紬「レギュラー?」
56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:13:22.15:+RVIhHVI0
唯「うん。レギュラーになれば学園祭でみんなと演奏できるの。
我が校の軽音部は人が多くてね。上手くないとバンドに入れて貰えないんだ」
紬「唯ちゃんはなんで軽音部に入ったの?」
唯「最初はね、軽音部って軽い音楽って書くから、カスタネットでもやるのかなって。
入ってみたら全然違ったよ。あの時の恥ずかしさは今でも忘れられません!」
紬「ふふふっ」
唯「でもね私にギター始めてみればっていってくれた人がいたの。
それで試しにギターを始めてみたんだ」
背中に背負っていたギターを下して、両手で持つ。
唯「そしたらこれが面白くって。すっかり嵌っちゃいました。
ちなみにこの子はギー太っていうの。とっても可愛いんだ」
そのギターもといギー太に愛おしそうに頬擦り。
唯「でもね、なかなか上手になれなくて、一回もステージで演奏したことないの。
だからギー太が不憫でねえ」
ギターを袋ごと構えるように持ち直す。
唯「というわけだから卒業までに絶対ギー太を舞台に立たせてあげるんだ」
57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:14:37.55:+RVIhHVI0
紬「唯ちゃんならきっと出来るよ」
唯「そうかなあ」
紬「そうだよ」
だって唯ちゃんのギターの腕は誰よりも私が知っている。
『放課後ティータイム』には欠かせないリードギタリスト。
演奏しながら歌まで歌えるんだから。
唯「ありがとう。なんだか自信が出てきたよ。頑張ろうね、ギー太!」
不思議な感覚である。
今、唯ちゃんと私は友達になって、でも前から私たちは友達のはずだった。
そのかけがえのない思い出は消せるものではないけれど、梓ちゃん然り、
こうやって新たな関係を築いていくことが出来ている。
完全に元には戻らないけれど、元のような関係に限りなく近付くことも出来るのかもしれない。
それはそれで良いのかも、と思う。
何も全てに絶望することはない。始めからまたスタートすれば良いだけの話なのだ。
……でも、それで本当に良いのだろうか。
私が軽音部のみんなと過ごしてきたこの約2年間はそんな簡単に
忘れることが出来るようなものなのだろうか。
そもそも私は何のためにみんなに会おうと頑張っているのか。
――『放課後ティータイム再結成』――
元通り、軽音部を復活させる。唯ちゃん、梓ちゃん、律ちゃん、澪ちゃんのいる軽音部。
練習はちゃんとしないかもしれないけれど、最高の5人組『放課後ティータイム』。
59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:16:48.59:+RVIhHVI0
紬「唯ちゃん、また会えるかな」
唯「もちろんだよ! その時はまたアイスをよろしくお願いします」
紬「アイスも良いけど、紅茶とケーキはいかが?」
次はりっちゃんと澪ちゃん。
だけどこの二人については既に算段がついている。
梓ちゃんがいて唯ちゃんがいたなら二人も当然いるはず。
そして私はりっちゃんの家にお邪魔したことがある。
ということで唯ちゃんと連絡先を交換して別れてすぐ、りっちゃんの家に向かった。
日も暮れかけている。二人はもう家に帰った後だろうか。
だが意外にも簡単に再会することが出来た。
途中の信号でよーく見覚えのある二人組みを発見したのだ。
やはり見慣れない制服を着て。
紬「あの、こんばんは!」
律「お、おう?」
澪「うわっ!」
急に声をかけたのが不味かった。2人とも何事かと驚きの表情だ。
63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:20:40.29:+RVIhHVI0
紬「ご、ごめんなさい。あのー」
律「えーと、誰だっけ? 澪、知り合いか?」
澪「いや、私も知らない」
紬「初めまして。琴吹紬というものです」
律「琴吹さん? はてその琴吹さんがなんのご用でござりましょうか」
澪「こらっ、初対面の人だぞ。真面目にしろ!」
律「いてっ! 私はこれでも真面目だい!」
紬「ぷっ、くすくす」
思わず吹き出していた。
懐かしい、2人のお馴染みのやりとり。
それはあの音楽室で2人と初めて会った日のことを思い起こさせた。
お互いじゃれあう2人の姿があまりに愉快で楽しげで、
軽音部に入部することを決めたあの日のこと。
澪「あ、ごめんな。変なとこみせちゃって。それで私たちに何の用?」
64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:23:03.85:+RVIhHVI0
2日後。
授業が終わると、私はある場所に向かっていた。
その日学校は終業式で授業は昼までだった。
在りし日の軽音部部室。
時間までに準備することがあった。
まず机を五つ用意する。
それから楽器の搬入。父にお願いして特別に用意して貰った。
最後は肝心要のティーセット&ケーキ。お湯を沸かして茶葉も準備万端。
これでいつものティータイムがいつでも始められる。
あとはその時間がやって来るのを待つだけだ。
紬「本当にこれで良かったのかしら」
静かな部屋にぽつりと呟きが零れた。
それからしばらく経って、コンコン、と部屋の戸を叩く音がした。
時間が来た――。
唯「紬ちゃん、お邪魔しまーす」
律「ちわーっす」
澪「お邪魔します」
梓「琴吹先輩、こんにちは」
紬「みんないらっしゃい」
65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:24:59.08:+RVIhHVI0
外には和ちゃんがいた。
みんなの案内をお願いしていたのだ。
和「それじゃ、私はもういくね」
紬「和ちゃんありがとう」
唯「和ちゃん、また後でね」
和ちゃんを見送った。
唯「はい、これ。招待状ありがとう」
「招待状」それは私の軽音部のメンバー4人それぞれにあてた、お茶会の招待状だった。
『○○様
桜ヶ丘高校音楽準備室にてお茶会を催します。
つきましては、貴方をご招待したく此の手紙を送りました。
よろしければ開催日当日、日頃ご愛用の楽器と当招待状を持参の上、
桜ヶ丘高校までお越し下さい。
美味しいケーキとお茶を用意してお待ちしております。
開催日:12月××日 主催者:琴吹紬』
大体こんな内容。
一昨日知り合ったばかりの3人と梓ちゃんにそれぞれこの招待状を直接手渡したのだ。
来てくれるよう強く願って。
そして今日こうやってみんな集まってくれた。
66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:26:27.61:+RVIhHVI0
律「なあ私は流石にドラム運んで持ってくる訳にはいかなかったけど、良かったのか」
紬「大丈夫よ、ほら」
律「すげー、新品のドラムセット!」
紬「じゃあみんな、早速だけどお茶にしましょ」
用意していた机にみんなそれぞれ腰を下した。
4つを合わせて並べた机に1つだけくっ付けるように置いた机を除いて、
りっちゃんと澪ちゃん、唯ちゃんと梓ちゃんが隣同士になって座った。
私はそれを少し残念に思った。我が侭かも知れないけれど。
お茶をとケーキを配り終えると残りの席に私も腰を落ち着けた。
唯「美味い! こんな美味いケーキ生れて初めてかも!」
梓「本当、美味しいです、これ」
紬「ありがとう」
澪「なあさっきから気になってたんだけど、これって一体どういう集まりなんだ?」
紬「え、えっと、それはおいおいね。今はお茶会を楽しみましょ」
律「そうだぞ、澪。琴吹さんのいうとおりだ。こんな美味いケーキめったに食えねーぞ。ああマジうめー!」
澪「なら、まあいっか」
みんな美味しそうにケーキを食べてくれている。
少しホッとしていた。
67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:28:27.06:+RVIhHVI0
唯「ねえ、私みんなのこと知りたいな」
そんな中唯ちゃんが声を上げた。
唯「みんなご招待されてるっていうことは、紬ちゃんの友達なんでしょ」
律「うん、まあな」
唯「じゃあ、まず私のお隣の小さくて可愛いそこのあなた!」
梓「わ、私ですか。私は中野梓といいます。一応この学校の生徒です」
唯「次はカチューシャのあなた!」
律「私は田井中律。○×高校の2年だ。よろしく」
そうやって唯ちゃん司会の下、1人ずつ自己紹介していった。
それはなんともいえない光景。
私にとってはみんな良く知った相手で、それぞれ、お互いのことを語らずともわかるはずなのに、
今はこうやって改めて自己紹介しないとお互いの名前すらわからないのだ。
同じ空間、同じ面子、だけどやっぱり違う。
1人ずつ自分の名前を発表していく度に胸を抉られていくようだった。
少しずついたぶる様に私に残酷な現実を突きつけるのだ。
――ちょんちょん。
誰かが私を突いてくる。
69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:30:33.54:+RVIhHVI0
梓「先輩もお話に参加しなくていいんですか? なんだか皆さん盛り上がってますよ」
気付くととっくに自己紹介の時間は終わっており、みんな別の話題に華を咲かせていた。
梓「でもみなさん意外でした。ギターやってたり、ベースやドラムが出来たり。
私たちだけでバンドが組めそうですね」
唯「いいねえ、バンド! 私バンドで演奏するのが夢だったんだ!」
律「だってよ、澪」
澪「平沢さんには悪いけど、ベースには長いこと触ってないからなあ」
唯「でも弾けるんでしょ。だったら良いじゃん。ねえ、バンド組もうよお」
律「私は良いぜ。私の華麗なドラム捌きが日本音楽シーンに旋風を巻き起こすっぜ!」
澪「りーつー」
律「なーんてな。無理だよバンドなんて。
そもそも学校だってバラバラだし、何処で練習するんだよ」
唯「そっかあ、そうだよねえ。折角メンバーが揃ってるのにもったいないなあ」
70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:33:06.72:+RVIhHVI0
紬「あの!」
目の端にホワイトボードに書かれた文字が映る。
――目標:放課後ティータイム再結成――
紬「折角だから、一度でいいから合わせてみない?」
するとなにを今更といった風体でみんな顔を見合わせる。
律「わかってるよ。その為にこれに『楽器持参』って書いてあったんだろ」
そういって招待状を見せる。
澪「私はあんまり気が進まないな」
律「とかなんとかいっちゃって、ちゃっかりベース持ってきてるじゃん」
唯「私は大賛成!」
梓「一度だけなら私も構わないですけど、なにをやるんですか?」
紬「これっ!」
差し出したのはもう一度改めて書き起こした楽譜。
曲目は「ふわふわ時間」。
71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:34:40.50:+RVIhHVI0
律「ふむふむ、ふわふわ時間ね。なんかどっかで聞いたことあるようなタイトルだな」
楽譜を見た澪ちゃんは訝しげな表情を浮かべる。
律「どうした、澪?」
澪「いや、なんでも。なんでもない」
唯「……」
唯ちゃんは楽譜と睨めっこして難しそうな顔をしている。
紬「唯ちゃんどうしたの?」
唯「正直、演奏できる自信がありません」
紬「大丈夫よ。唯ちゃんはずっとギター練習してきたんだから。
だから自信持って、ね」
それからみんな自分のパートを各自練習。
そして小一時間すると、誰からともなくその練習の音が止まった。
律「よーし、こんなもんでいいだろ」
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:48:40.62:+RVIhHVI0
紬「じゃあ、始めましょう」
みんなで呼吸を合わせる。
静かな時間。
律「1,2,3,4でいくからな」
1人1人顔を見合わせる。
――1,2,3,4!
ゆっくりと演奏が始まる。
いつものような勢いはない。
当然だ。初めて合わせるのだから。
ゆっくり、ゆっくり、唯ちゃんのギターにみんな合わせる。
少しずつ音が1つになっていく――。
と、突然。
「あーあカミサマお願い」
澪ちゃんが歌いだした。
あの楽譜には歌詞なんて書いてなかったはずなのに。
みんなも驚いた表情を浮かべている。
82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:54:09.25:+RVIhHVI0
澪「二人だけの」
しかし意に介さない様子の澪ちゃんに、みんなもなにか吹っ切れたのか演奏に勢いが増してきた。
りっちゃんのドラムはどんどん走っていき、唯ちゃんも必死に追いすがろうとする。
それを丁寧サポートするかのような梓ちゃんのギター。
澪ちゃんのベースは歌いながらなのに、突っ走るりっちゃんに見事に合わせている。
私もうかうかしていられない。
――お気に入りのうさちゃん抱いて――
演奏はずっと拙いけれど、
――今夜もオヤスミ――
いつものような、今までのような、
――ふわふわ時間――
とっても心地よい、そんな演奏だった。
83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:55:09.19:+RVIhHVI0
紬「それじゃあ、いってきます」
12月も最終日、大晦日。私は唯ちゃんの家に向かっていた。
一週間以上前から楽しみにしていた年末パーティ。
今年は梓ちゃんもいる。きっと去年以上の賑わいになるだろう。
そんなわくわくに自然と足も速くなる。
今年も色んなことがあった。
でもこうやってみんなで一年を締めくくることが出来る。
きっと今年も良い年だったと胸をはっていえるだろう。
唯「あ、ムギちゃんいらっしゃい」
そしてきっと来年も良い年になるに違いない。
家の奥から聞こえてくる賑やかな声が私にそう告げていた。
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 22:57:40.14:+RVIhHVI0
梓「あの、私、クリスマスには予定が……」
律「彼氏ですよ奥さん」
唯「若い子はいいわねえ」
梓「違います!」
クリスマスパーティかあ、去年はとっても楽しかった。
唯ちゃんの家で、一杯色んなことをして。あんなに楽しいクリスマスは生れて初めてだったかもしれない。
唯「なら年末パーティはどう?」
唯ちゃんの鶴の一声で今年は年末パーティin平沢家が開かれることが決まった。
年末といえば今年は家族でニュージーランドで過ごす予定だったけど、みんなで過ごす年末の方が絶対楽しいに決まってる。
私はニュージーランドではなく唯ちゃんの家で年末を過ごすことを心の中で即断した。
ティータイムが終わると今度は練習。
といっても次の演奏の機会までまだ時間はだいぶんあるので本格的な練習ではなく、本当に軽く楽器に触る程度の練習。
律「今日はこんなもんかなー」
澪「そうだな」
唯「つかれたー」
帰り道、途中までまたみんなと一緒。
とりとめのない会話。その時間はあっという間。
みんなとの別れ道に差し掛かって、ああ、もう今日も一日が終わったのだ、と感じさせられる。
まずりっちゃん澪ちゃんと、次に唯ちゃん梓ちゃんと別れる。
律「唯、ムギ、梓、またなー」
澪「また明日」
唯「ムギちゃんまたねー」
梓「ムギ先輩また明日です」
今日が終わった。
――そしてまた新しい一日が始まる。
寒い。今日の朝もまた一段と寒い。
こうなると布団からは出たくないけど、そろそろ斉藤が起こしに来る時間だからそうもいっていられない。
まだ覚醒しきってない頭を全力で働かせて、今朝の準備に取り掛かる。
さあまずは起きなくっちゃ。
着替えを済ませ、髪をセット――冬は乾燥して大変――し、朝食を頂き登校の準備は万端。
何もおかしいところはないよねと、姿見で再確認。
紬「それじゃあ、いってきます」
斉藤「紬お嬢様、お車の準備は整っております。こちらに」
車? なにをいっているのかしら斉藤は。
紬「斉藤、誰が車を用意しなさいっていったの? 私は今日も電車で学校に行くわよ」
斉藤「はあ、電車、でございますか?」
紬「しっかりしなさい。斉藤らしくもない。朝から寝ぼけていては駄目よ」
どうしたのかしら、全く。斉藤らしくない。
何かの手違いかしら。
でも、それにしたって弛んでるわね。
紬「それじゃあ斉藤、いってくるわね」
斉藤「はあ、それではいってらっしゃいませ。どうかくれぐれもお気をつけて」
紬「それじゃあ斉藤、いってくるわね」
斉藤「はあ、それではいってらっしゃいませ。どうかくれぐれもお気をつけて」
はあ、今日は寒いわね。昨日も寒かったけどそれ以上。冬ねえ。
白い息を吐きながら、いつもの駅に向かう。
きっとこの寒さに斉藤なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
紬(あ、そろそろ改札だわ。定期、定期と)
確か鞄のポケットに。
紬(あれ、無い)
おかしいなあ、このポケットにいつも入れてたはず。別のところにしまっちゃったのかしら。
あ、他の乗客が、急がないと。
しかし結局、鞄をいくら探しても定期は見つからず、仕方なく今日のところは切符を買って済ませることにした。
どこかで落としちゃったのかしら?
なんとか電車に乗ることが出来、無事今日も桜高に登校することが出来た。
朝から奇妙なことが続いていた私は、またクラスでみんなに、りっちゃん唯ちゃん、そしてもちろん他のクラスの澪ちゃんや梓ちゃんに会えれば
全部すっきりして、いつもどうりの一日がスタート出来ると確信していた。
心なしかクラスへと向かう足は速まっていく。
紬「あれ?」
クラスに着いた時二人は姿はまだなかった。
私は取り敢えず他のクラスメートに挨拶を済ませると、自分の席に座った。
紬(りっちゃん、どうしたのかしら? いつもなら澪ちゃんと一緒のはずだから遅れることなんてないのに)
風邪かな? でも昨日のりっちゃんは元気そのもので、風邪を引くような気配は微塵もなかった。
朝のホームルーム前の時間、他のクラスメートは仲良し同士集まって他の休み時間と変わらない様子で会話に華を咲かせている。
そんな中いつまで経っても二人は姿を見せない。
紬(そっか! 澪ちゃんのクラスだ)
1組に向かう。
けれどそこには律もそして澪さえもいなかった。
紬(今日は三人仲良く遅刻かしら?)
朝のホームルームが始まる時間はすぐそこまで迫っている。
紬(取り敢えず教室に戻りましょう。もしかしたら唯ちゃんだけでも、もう来てるかもしれない)
教室に戻ると、クラスメイトたちは自分の席に着き始めていた。
すると、律の席に1人の生徒が座っていて他の生徒と話し込んでいた。
もうホームルームも始まろうかという時間だったのに。
紬「あのう。そろそろ自分の席に座った方が良いんじゃない?」
余計な気遣いだったかな、そう思っていると、
クラスメイトA「え、あ、そうだね」
しかしその生徒はそこからいっこうに動こうとはしない。
A「どうしたの?」
紬「あ、えっと、先生もうすぐ来ちゃうよ」
A「うん」
紬「そ、それにりっちゃんも」
A「りっちゃん? 誰それ?」
紬「りっちゃんはりっちゃんだよ。田井中りっちゃん」
なんで意地悪いうかな。あのりっちゃんをこのクラスのみんなが知らないはずないのに。
A「うん? 琴吹さんのお友達?」
紬「違うよ。それわざといってる? このクラスで一番元気なりちゃんを知らないはずないでしょ。酷いなあ」
A「田井中さんだって。そんな人いたっけ?」
クラスメイトB「私、知らない」
クラスメイトC「私も。聞いたことない」
あ、わかった。
紬「そうやってお喋りしてたいからそんなこというんでしょう。けど、ここはりっちゃんの席だから駄目よ」
B「なにいってるの。そこはAの席だよ」
C「そう。琴吹さんこそそろそろ席に戻った方がいいんじゃないの?」
そういうとまた三人は会話を始めた。
紬「ちょ、ちょっと待って、おかしいよそんなの」
A「琴吹さん、またー?」
だってそこはりっちゃんの席だもん。
B「冗談にしても度が過ぎてると思うよ」
紬「違うもん! そこはりっちゃんの席だもん!」
無理やりクラスメイトのAをどかそうとする。
A「な、なにするの琴吹さん!」
B「やめなよ!」
けれど急いで立ち上がってきたBとCに押さえられる。
紬「離して! 離してよ!」
大声と騒ぎに他のクラスメイトの視線が集まりだした。
紬「……ごめんなさい。ちょっと寝ぼけて、混乱、してたみたい。本当に、ごめんなさい」
さっきのクラスメイトがなにかいっていたようだが、耳に入らない。
背中で聞き流し自分の席に着く。
紬(きっとなにかの間違いよ。先生が来れば私が正しいってわかるわ、きっと)
項垂れながらふと唯の席に目をやると誰も座っていない。
紬(ほら唯ちゃんの席はちゃんとあるもの)
ガラガラと教室の扉が開く。担任の教師が教室に入ってきた。
1人も席を立っている生徒はいない。唯の席も依然空席のまま。
担任「それじゃあ出席をとるぞ」
1人1人生徒の名前が呼ばれていく。
担任「琴吹、琴吹紬」
紬「はい」
落ち着いて、落ち着くのよ紬。そう自分に言い聞かせる。
きっと「田井中律」、「平沢唯」の名前がこの後呼ばれるはず。
二人ともなにか理由があって遅刻しいているだけ。
座席だってあの子が勘違いしているだけよ。
担任「以上。今日は欠席者ゼロだな」
だが無常にも担任の教師は二人の名前を読み上げることはなく、出席簿をパタリと閉じた。
紬「待ってください!」
担任「どうした、琴吹?」
紬「まだ、来てない、名前を呼ばれてない生徒がいます!」
立ち上がると、教卓の担任の元に詰め寄る。
俄かに教室がざわめき立つが気にしてはいられない。
担任「どうしたんだ、そんなに血相を変えて。琴吹らしくない」
紬「ちゃんと呼んであげてください! 2人の名前を!」
担任「おかしいな。ちゃんと名簿にある名前は一通り読み上げたぞ」
紬「そんなはずないです! まだ『平沢唯』さんと『田井中律』さんがいます!」
おかしい、おかしい、おかしい。
先生までなにをいってるの。
担任「ヒラサワ? タイナカ? そんな生徒うちのクラスにいたか?」
紬「います! 絶対にいます! いない訳がないです! ねえ、みんな!?」
他のクラスメイトにも問い掛けるが皆一様に呆気に取られてしまって、何も答えない。
紬「ねえ、いたよね? りっちゃん、唯ちゃん?」
紬「いつも私と、りっちゃんと唯ちゃんと3人で仲良くしてたのみんな知ってるでしょ?」
紬「ほら、それに私たちついこの間、軽音部で学園祭で演奏して、みんな褒めてくれたじゃない!」
1人1人に聞きまわるのだが「うーん」とか、「そうだっけ?」といった歯切れの悪い返事しか返ってこない。
担任「こら、落ち着きなさい。そんなにいうなら名簿を自分で確認してみるかい」
担任の教師は名簿を開き差し出してきた。
急いで飛びつくと名前を確認していく。
紬(た、た、た……、ない)
次!
紬(ひ、ひ、ひ……)
……ない。
担任「気が済んだか? なら落ち着いて席に着くんだ」
こんなのおかしいよ。おかしい、おかしい、おかしい。
昨日まではちゃんといたのに、りっちゃんも唯ちゃんも。それがいなくなっちゃうなんて。
これはなんなの? どっきりカメラ? 誰かの悪戯?
クラス中みんなぐるになって。そうに違いない。
と、そこで気付く。皆が自分に向けてくる視線。
それは明らかになにか異形のものを見るような。
突き刺さる、心の奥まで痛々しく突き刺さる、突き放すような冷たい視線。
紬「……」
のろのろと席に戻る。
これは悪夢よ、きっとなにか悪い夢に違いない。すぐに覚めるのよ。
自分の足の腿を抓り上げる。
紬「痛い」
ホームルームの終了を告げるチャイムが虚しく鳴り響いた。
休み時間、もう一度1組の教室に向かった。
けれど自分のクラスと同じ。力なく1人1人尋ねるも、秋山澪、ましてや律や唯の存在を証言してくれる人は皆無だった。
紬(これはきっと何か悪い夢。じゃなかったら私、おかしくなっちゃったのかな)
それ以上考えることをやめた。
そうしないと、自分がどうにかなってしまいそうだったから。自身の生存本能がそうさせたのかもしれない。
自分のクラスに戻っても授業は頭に入らない。ただひたすら頭の中を空っぽにすることに努めた。
朝の授業が過ぎ、昼休みが終わり、また昼からの授業。
そして気付くともう放課後だった。
紬「帰ろう」
携帯を取り出し家に電話を掛ける。
紬「紬です。車をお願い。学校まで」
一方的に用件だけ伝えると携帯の通話を切った。
紬(帰ろう。きっと明日になれば、全てが元通り。きっと)
帰りの車の中、運転手の呼びかけにも応える気力はなかった。
これは現実じゃない、これは現実じゃない。
呪文のように何度も呟いた。
紬「これは、現実じゃない」
家に着くと着替える間も無くベッドに倒れ込んだ。
大きくふかふかのベッド。そこに体が沈みこんでいくのと同じように深く深く眠りに落ちていった。
次の日の朝。
いつもと同じように学校へと登校する準備をする。
しかし手元が覚束ない。それになんだか体が重い。
いつもより時間をかけなんとか準備を終える。朝食はとてもとる気にはなれなかった。
紬「斉藤、車は用意出来てるかしら?」
斉藤「はあ、一応念のため準備は済んでおりますが、今日はお車で?」
紬「ええ、もちろんよ」
学校へ向かう車の中、ふと思いついた疑問を問い掛ける。
紬「斉藤。私が車で高校へ通っているのはいつからだったかしら?」
斉藤「お嬢様は入学当初こそ電車で通いになられておられましたが、
一月もするとまた中学の頃のようにお車で通われるようになられました」
紬「そう、ありがとう。変なことを訊いてごめんなさい」
斉藤「いえ」
そっか今までのことは全部なかったことになっているのね。
りっちゃんも澪ちゃんもいなかったから私は軽音部に入ることもなかった。そして唯ちゃんに出会うことも。
中学生の時のようにただ琴吹家の1人娘として生きてきたのね私は。
斉藤「お嬢様?」
ルームミラー越しに問い掛けてくる。
紬「なに?」
斉藤「なにかございましたか?」
紬「……いいえ、なにも。なにもないわよ」
斉藤「そうですか」
車は桜高の校門前へと到着した。
車を降りるとゆっくりと学校の下駄箱へと向かう。
まだどこか夢見心地。昨日体感したあまりの現実に脳は完全に覚醒しきっていないようだった。
認めたくない。
軽音部のみんなは消えてしまったんだろうか。
……みんな?
突如横を通り過ぎる小さな影。
頭の両側から垂れ下がる長く黒い髪。愛くるしい小さな体。
忘れようにも忘れられない。放課後ティータイム5人目のメンバー。
その背中にはギターが背負われている。それはとてもよく見知った後姿。
2年生になって出来た天使のような可愛い後輩。
紬「梓ちゃん!」
夢中でその姿を追う。
紬(梓ちゃん! 梓ちゃん! 梓ちゃん!)
聞いて、ねえ、私とっても怖い夢をみたの!
紬「梓ちゃん!」
追いつくと後ろから思い切り抱きつく。
梓「きゃあ!」
紬「梓ちゃん! 会いたかったよ、梓ちゃん!」
梓「なにするんですか、いきなり!」
ドン、と体を突き飛ばされる。
紬「え?」
梓「あ、す、すいません! いきなりだったんでつい。大丈夫、ですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
梓「えっと、リボンの色が、あ、すいません、先輩の方ですか」
なんでそんな顔するの? 私よ、私。
いつもみたいに名前を呼んでよ。
梓「あ、でも、先輩だからって」
ねえ、お願い、「ムギ先輩」って。たった一言いってくれるだけで良いから。
梓「いきなり『知らない後輩』に抱きついてくるのはちょっと常識はずれじゃないかと」
紬「……」
梓「もしかして、人違いとか? あ、すいません突き飛ばしておいて。手、どうぞ」
差し出された手を無視するように立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
あとは覚えていない。
気付いたら教室の自分の机にへたり込んでいた。
今、何時間目だろうか。それとも休み時間だろうか。放課後だろうか。
時間の感覚も麻痺してしまっている。
ただ周りにいるクラスメイトが各々自由に歩き回ったり、話をしたりしているので恐らく授業中ではないのだろうということはわかった。
クラスメイトD「あの、琴吹さん?」
トントンと肩を叩かれる。
誰だろう。
D「大丈夫? 一日中臥せってたみたいですけど。授業中先生がいくら声を掛けても反応しないし」
紬「そうなの?」
体がだるい。動かない。
そのままの体制で振り返りもせず適当に相槌を打つ。
D「え、ええ。あの私、一応クラス委員だから、何かあったのなら相談して欲しいな」
紬「いいえ、大丈夫よ」
だからもう、放っておいて。
D「えっと昨日いってた、ヒラサワさんとタイナカさんだっけ?」
紬「知ってるの?」
D「ごめんなさい。私も知らないわ。名簿も確認したけどそんな人の名前はやっぱりなかった」
紬(でしょうね)
D「でもね、私思ったの。きっと琴吹さんは勘違いしてるんじゃないかって」
紬「勘違い?」
D「きっと他のクラスの子じゃないのかなって、2人とも」
と、チャイムが鳴り始める。恐らく授業の始まりを知らせるものだ。
D「ごめん、もう授業だね。じゃあまた」
他のクラス。他のクラス?
梓ちゃんがいたんだし、確かにその可能性もないとも限らない。
だけど例え見つかったとして一体私になにが出来る?
朝の梓ちゃんがそうであったように、きっとみんな私のことを忘れているはず。
会ったところでただの他人と変わりない。
もし無理に知り合いだと主張してもおかしな人と思われるだけだろう。
下手をすれば不審者扱いされかねない。
でも。
紬(会いたい、会いたいよ、みんな)
例え他人でもいい。自分のことを全く覚えてなくても知らなくてもいい。
もし存在するのなら、まだこの悪夢のような世界にいてくれるのなら、会いたい。
紬(みんなに会いたい!)
今まで頭を覆っていたもやもやが少しずつ晴れていく。
重い体が今なら少しは動く気がする。
目標は、決まった。
放課後、かつての軽音部部室に向かう。
誰もいないことはわかっている。それでも放課後にいる場所といえばそこしか考えられなかった。
扉の取っ手に手を掛ける。空け慣れたはずのその扉。今はなんとも重く堅い。
紬(ええい、紬、しっかりしなさい!)
自分を奮い立たせゆっくりと取っ手を引く。
そこにあったのは予想通りの風景。
一年と少し前、初めて訪れた時のそのままの光景。
綺麗なホワイトボード。机も無い。椅子も無い。
当然ティーセットもそれを収める棚もなんにも無い。
変わらないのは寂しげに照らし込む橙色の西日だけ。
紬「本当になにもかも無くなっちゃったんだ」
本来机の置かれていた自分の場所に腰を落とす。
隣では澪が、前を向けば唯や律が、そして梓が、いつもの様にお茶を飲みながら笑っているようにみえた。
紬「やっぱり、きついな」
涙が出ない、わけがなかった。
静かに声を押し殺し、ひたすら泣いた。膝に顔を埋め、泣いた。
人はこんなにも涙が出るものだと初めて知った。
紬「よし!」
一通り泣きしきると涙を拭いて立ち上がった。
そしてホワイトボードにマジックでこう書き記した。
『目標:放課後ティータイム再結成!』
まず向かったのは生徒会室。
梓はいた。
だったら残りのメンバーもこの学校の別のクラスにいるのかもしれない。
生徒会室だったらそれが確認できるはず。
紬「失礼します」
生徒会室のドアをノックをして開ける。
中には数人の生徒会役員と思われる生徒がいた。
紬「あの、すいません」
声を掛けると1人の髪の長い女性がこちらに歩いてきた。
リボンの色を確認するとどうやら先輩の生徒ようだ。
???「はい、こんにちは。私は生徒会長の曽我部です」
紬「こ、こんにちは」
いきなりの生徒会長の登場で少し戸惑ってしまう。
曽我部「あ、そんなに緊張しなくてもいいわよ。生徒会長といっても大したことないから」
微笑みながらこともなげにいうが、十分大したことに思えた。
曽我部「それで、生徒会にどういったご用件かしら?」
和「すいません! 遅れました!」
突然戸が開く音がして、後ろから聞き慣れた声が。
曽我部「あ、真鍋さん。丁度良かったわ」
和「会長、なにか?」
曽我部「あなたと同級生の子が困ってるみたいだから助けてあげて。もしかしたら知り合いかしら?」
本日2度目。
きっと和ちゃんも今朝の梓ちゃんと同じ。私を知らない。
私はとてもよく知っているのに。
和「……。いえ」
紬「2年2組の琴吹紬、です」
和「2年1組の真鍋和です」
紬「どうしたの?」
和ちゃんはなにかいいたそうにこちらを見つめてくる。
和「いえ、昨日だったかしら、1組の教室から真っ青な顔して出ていった人が、あなたに良く似てたなと思って」
そういえばあの時1組の教室には和ちゃんもいなかったわね。
てっきりみんなと同じように消えていなくなっちゃったものとばかり思っていたれけど。
そんなに酷い顔してたのかしら。そう思うとなんだか恥ずかしくなってくる。
でも恥ずかしがってもいられない。
紬「実は、今日はそのことでお願いがあって」
いつの間にか曽我部という会長さんの姿は奥に消えていた。
紬「他のクラスに私の知り合いがいないか調べて欲しいんです」
和「知り合い?」
和ちゃんは訝しげな顔をしている。
当然だろう。
2年生になってもう半年以上が経過、二学期も終わろうとしているこの時期に未だ見知っていない知り合いが
同級生にいるかどうかなんていうのはおかしな話である。
紬「お願い、のど、真鍋さん! どうしても調べて欲しいの」
和「どうしてもっていうなら、構わないけど」
ちょっと待って。そういうと荷物を机に置き、書類の並んである棚の方に向かっていった。
和「琴吹さん、その知り合いは同級生ってことで大丈夫?」
紬「はい!」
棚から数冊名簿と思われるものを探し出すと、こちらの方に運んできた。
和「取り敢えず、そこに座ってもらえる」
和ちゃんが運んできた名簿が並べられた机の側にある椅子を指差している。
和「それでその知り合いの子の名前はなんていうのかしら?」
椅子に座ると和ちゃんは名簿を広げてこちらを見ている。
相変わらず仕事が速い。
その手際のよさに思わず見惚れてしまう。
紬(なんていうか、やっぱり和ちゃんは頼りになるなあ)
和「あの、名前なんだけど?」
紬「あ、ごめんなさい」
見惚れている場合ではなかった。
紬「名前は、『秋山澪』さん、『田井中律』さん、『平沢唯』さんです!」
和「アキヤマさんにタイナカさん、ヒラサワさんね」
紬「はい!」
和「それにしても奇遇ね。私の知り合いにも『ヒラサワユイ』って子がいるわ。
でもこの学校の生徒じゃないから関係ないわよね」
ちなみに漢字ではこう書くわ。
そういってメモ用紙にさらさらと書かれた文字は『平沢唯』。
これってもしかして。
紬「その子ってもしかして和ちゃんの幼馴染!?」
和「ええ。でもなんで」
紬「小さい頃からの知り合いで、何処か抜けてるところがあって!」
和「確かにちょっと天然だけど」
紬「1つのことに集中したらとことんまでいっちゃう!」
和「なんでそんなにくわし」
紬「いつも失敗してばかりだけど、何処か憎めない!」
和「ねえ、なんでそんなに詳しいの? ていうか落ち着いて」
紬「和ちゃん!」
思わずその手を掴む。
和「え? え? え?」
気付いたら思いっきり抱きついていた。
紬「和ちゃん! ありがとう!」
いなくなってなんかいなかったんだ!
唯ちゃんに会える、唯ちゃんにまた会えるんだ!
それから他の生徒会の面々に宥められること数分。
なんとか落ち着きを取り戻すことが出来た。
ごめんなさい、和ちゃん。
でも『放課後ティータイム再結成』という目標に大きく近付いた。
和「あの、あなたは唯のどういう知り合いなの。唯のこと随分詳しいみたいだけど」
ど、ど、どうしよう。
ここで実はこの学校で同じ軽音部で同級生で大の仲良しだったけど、突然ある日クラスから消えて
別れ別れになったなんて話を、正直に話しても信じてもらえるはずがない。
紬「実は前にお世話になって。そ、そう助けてもらったの色々と」
和「色々?」
紬「そう! だからお礼がいいたくてずっと探してたの!」
物言いたげな視線。じーっとこちらを見つめながらなにか考え込んでいる。
和「俄かには信じがたいけど」
紬「のど、いえ真鍋さん!」
和「和でいいわよ。まあ、あなたがいうなら間違いじゃないんでしょうね」
紬「えっと、それはどういうことでしょうか?」
恐る恐る尋ねる。
和「だって我が校きってのお嬢様として知られている琴吹さんがいってるんだもの。
もちろんそれだけじゃないけど」
紬「お嬢様?」
和「あら、本人にはあまり自覚がないみたいね。
あなたはこの学校ではあなたが思ってる以上に有名人なのよ」
そっか今の私はそんな風になっているのか。
和「だからそんな有名人の意外な一面を知ることが出来て良かったわ。あなたとなら良い友達になれそうな気がする」
そういって笑う和ちゃんの笑顔は、あまりによく見知ったもので、それは私の大切な思い出の中の1つで。
和「どうしたの?」
紬「え? 涙?」
気付いたら止め処なく溢れてくるのだった。
紬「ごめんなさい。なんでもないの」
でも、今は我慢。
涙を拭って前を向く。
和「そう」
紬「うん」
それから和ちゃんから唯ちゃんが今通っている学校を教えてもらった。
なんでも唯ちゃんは和ちゃんと一緒にここを目指していたそうなのだが、
和ちゃんだけが合格し唯ちゃんは落ちてしまったそうだ。
そして今は滑り止めとして受験していた第2志望の高校に通っているらしい。
気付けばもう下校時間。続きは明日だ。
明日。明日唯ちゃんに会いに行く。
その日の朝はここ2日と比べ物にならないぐらい、すっきりとした目覚めだった。
テキパキと登校の準備を済ませると、朝食を済ませ急いで玄関に向かう。
急いでも放課後が早くやってくるわけではないというのに、とても落ち着いてはいられなかった。
斉藤「お嬢様、お車はこちらです」
紬「ごめんなさい! 今日は学校には電車で行くわ」
斉藤「左様でございますか。それではお気をつけていってらっしゃいませ」
見送る斉藤は、どこか嬉しそうにみえた。
やっぱり電車じゃないと落ち着かない。
だって私は間違いなくずっと毎日そうしてきたのだから。
登校コース――私にとってはいつもの――を終え、学校につくとそこには梓ちゃんがいた。
昨日と同じ、下駄箱に向かっている途中。背中にはギター。
内心ドキドキしながらも後ろから近付いていく。昨日のことをちゃんと謝りたかった。
そして出来ることなら少しでも『今』の彼女のことが知りたかった。
彼女だって軽音部の欠かせない大事な仲間なのだから。
紬「おはよう」
梓「あっ」
紬「昨日はその」
梓「いえ、こちらこそ。それよりもう大丈夫ですか?」
紬「えっ、なにが」
梓「ずっと心配だったんです。昨日今にもどうにかなってしまうんじゃないかって顔して行ってしまったから。
私のせいだとしたら大変な事をしてしまったんじゃないかって」
その表情から本当に心配してくれてたんだということが痛いほど伝わってきた。
悪い先輩だな、私。
紬「中野さんは優しいのね」
梓「そ、そんなことないです」
照れてる。やっぱり梓ちゃんは可愛いな。
でも今は抱きつくのは我慢、我慢。
紬「ごめんなさい。あれは私の勘違いだったの。私が悪かったの。だから気にしないで」
梓「そうですか。そういえば自己紹介がまだ、といっても先輩は
何故だか私の名前を既に知ってるみたいですが」
紬「あ、それは、その知り合いから聞いたの。
そう、とってもギターが上手で可愛い子が一年生にいるって」
梓「そんなに私有名ですか?」
紬「そうよ。あなたはあなたが思っている以上に有名人なのよ」
それから改めて自己紹介をして、色々と話をした。
朝の短い時間なので、そんなに長話も出来なかったが、今の梓ちゃんのことを色々と知ることが出来た。
梓ちゃんは入学してからずっとジャズ研に所属しているらしい。
でもなんだか肌に合わないらしく、今は学校の外でバンドを組もうと考えているそうだ。
先日珍妙な接触をしてきた見ず知らずの私に、短い時間だけど梓ちゃんはとっても親切に接してくれた。
梓「あのまたお話できませんか?」
別れ際、とても意外な言葉を掛けられた。
紬「いいの?」
梓「はい。なんだか先輩と話してると、とても落ち着くっていうか。
いきなり抱きつかれた時はびっくりしましたけど」
照れてる、照れてる。
ああ、もう可愛いな、梓ちゃん!
紬「私でよければ是非!」
梓「うわっ! えと、じゃあ携帯の番号交換しましょう」
そうえば携帯の電話帳からもみんなの名前全部なくなっていたわね。
またこうやって一からやり直しか。
まずは最初の一歩。梓ちゃん。
放課後までの時間はとても長かった。
やっぱり唯ちゃん、りっちゃんのいない教室は寂しい。
でもなんと和ちゃんが会いに来てくれるというサプライズもあり、
なんとか放課後まで耐えることが出来た。
和ちゃんには唯ちゃんのことも含めて、感謝してもしきれない。
そしていよいよその唯ちゃんに会いに行く。
場所は桜ヶ丘とはそんなに離れていなかった。
なるほど今でもたまに一緒に帰ることがあると和ちゃんがいっていたけれど、
この距離なら十分可能だろう。
校門の前で唯ちゃんが出てくるのを待つ。
そういえば唯ちゃん、部活はやっているのかしら。
だとしたらかなりの時間待っていなきゃならないかもしれない。
そう考えるとこの寒空の下、少し心細かった。
女子生徒「あの、どうしたの? 誰か待ってるの?」
紬「あ、えっと」
そうしていると突然声を掛けられた。
短い髪をした、男っぽい女の子。
雰囲気はまるでりっちゃんみたいだった。
女子生徒「平沢に用があるの?」
唯ちゃんを待っている事を伝えると、どうやら知り合いのようだった。
女子生徒「あいつは色々と問題児だからな。この学校の2年の間じゃ結構有名だぜ」
なんだか唯ちゃんらしいや。
女子生徒「こっち来なよ。そんなところじゃ寒いだろうし、案内するよ、あいつのとこに」
通されたのはなんと「軽音部」と書かれた札の下がっている教室。
中からは色々な楽器の音が漏れてくる。
女子生徒「どうぞ」
すごい。
教室の中にはざっと数えただけでも十人以上もの人が。
その人たちは各々なにかしらの楽器を演奏している。
その中に唯ちゃんはいた。
女子生徒「平沢。お前に会いたいって人が来てるぞ」
その声には気付かない様子で、ギター片手に音楽の参考書らしきものと
夢中になって格闘している。
女子生徒「ごめん。あいつギター弾きだすといつもこうなんだ。
なかなか腕は上がんない、くせして? って、え!?」
気付いたら駆け出していた。
紬「唯ちゃん!」
思いっきり抱きつく。
唯「うわっ! なにごと!」
唯ちゃんに会えた!
年の瀬、今年も終わろうかという季節なのにアイス屋さんにはそれでもちらほらとお客さんがいた。
こんなに寒いのによくアイスを食べようなんて、と変に思われるという心配は必要なさそうだった。
唯「アイス美味しいー」
紬「そう、よかったわ」
今唯ちゃんとアイス屋に来ている。
そこはいつもみんなと帰りに寄り道していたアイス屋さん。
なにもこんな時分にといわれそうだが、なんとなく唯ちゃんとお話しようと思ったら自然に足が向いていたのだ。
紬「ごめんね、いきなり抱きついちゃったりして」
唯「いいよー。だってアイス奢ってくれたんだもん。なんでも許しちゃう」
幸せそうにアイスを頬張る唯ちゃんは、自分の良く知っている唯ちゃんそのものだった。
ただ違うのはその身に纏った制服だけ。
唯「ねえ、次はあれ頼んで良い?」
紬「良いわよ」
唯「やったあ、ありがとう。紬ちゃん大好き!」
『紬ちゃん』か。
私たちは今、出会ったばかりである。
いきなり抱きついちゃったりしちゃったけれど、普通なら不審がられるところを
和ちゃんの知り合いというだけで、一も二も無く私に着いて来てくれたのだ。
しかもいきなり下の名前で呼んでくれているし。
唯ちゃんらしいといえばらしいが、ちょっと心配になってしまう。
紬「でも、そんなに食べて大丈夫?」
唯「平気だよー。アイスは別腹」
どうしよう。
目の前に唯ちゃんはいる。
だけど私はこれからどうしたら良いのだろうか。
会うことだけに頭が一杯でそれからのことを全く考えていなかった。
紬(……どうしよう)
唯「どうしたの?」
紬「え?」
唯「なにか私に用があるんじゃなかったの」
紬「うん」
唯「もしかして忘れちゃったとか。あー、私も良くあるんだあ。
それでいっつも和ちゃんや妹に注意されてばっかりで。えへへ」
こうしてみると私の知っている唯ちゃんとなにも変わらないな。
紬「友達になって、貰えませんか」
だからなのかぽろっと口を突いて出た言葉。
私自身も予想外だった。
しかしいってしまった言葉の重大さを噛み締める間もなく。
唯「良いよ」
即答。
紬「本当に良いの!? 今会ったばかりよ!?」
唯「だって紬ちゃんは悪い人じゃないもん。それに暖かかったし」
いきなり抱きついた時のことを思い出し、少し恥ずかしくなる。
唯「だからもう友達だよ」
唯ちゃんだなあ。
唯「だから私のことは唯で良いよ」
帰り道。
唯「私ね、今軽音部のレギュラー目指してるんだ」
紬「レギュラー?」
唯「うん。レギュラーになれば学園祭でみんなと演奏できるの。
我が校の軽音部は人が多くてね。上手くないとバンドに入れて貰えないんだ」
紬「唯ちゃんはなんで軽音部に入ったの?」
唯「最初はね、軽音部って軽い音楽って書くから、カスタネットでもやるのかなって。
入ってみたら全然違ったよ。あの時の恥ずかしさは今でも忘れられません!」
紬「ふふふっ」
唯「でもね私にギター始めてみればっていってくれた人がいたの。
それで試しにギターを始めてみたんだ」
背中に背負っていたギターを下して、両手で持つ。
唯「そしたらこれが面白くって。すっかり嵌っちゃいました。
ちなみにこの子はギー太っていうの。とっても可愛いんだ」
そのギターもといギー太に愛おしそうに頬擦り。
唯「でもね、なかなか上手になれなくて、一回もステージで演奏したことないの。
だからギー太が不憫でねえ」
ギターを袋ごと構えるように持ち直す。
唯「というわけだから卒業までに絶対ギー太を舞台に立たせてあげるんだ」
紬「唯ちゃんならきっと出来るよ」
唯「そうかなあ」
紬「そうだよ」
だって唯ちゃんのギターの腕は誰よりも私が知っている。
『放課後ティータイム』には欠かせないリードギタリスト。
演奏しながら歌まで歌えるんだから。
唯「ありがとう。なんだか自信が出てきたよ。頑張ろうね、ギー太!」
不思議な感覚である。
今、唯ちゃんと私は友達になって、でも前から私たちは友達のはずだった。
そのかけがえのない思い出は消せるものではないけれど、梓ちゃん然り、
こうやって新たな関係を築いていくことが出来ている。
完全に元には戻らないけれど、元のような関係に限りなく近付くことも出来るのかもしれない。
それはそれで良いのかも、と思う。
何も全てに絶望することはない。始めからまたスタートすれば良いだけの話なのだ。
……でも、それで本当に良いのだろうか。
私が軽音部のみんなと過ごしてきたこの約2年間はそんな簡単に
忘れることが出来るようなものなのだろうか。
そもそも私は何のためにみんなに会おうと頑張っているのか。
――『放課後ティータイム再結成』――
元通り、軽音部を復活させる。唯ちゃん、梓ちゃん、律ちゃん、澪ちゃんのいる軽音部。
練習はちゃんとしないかもしれないけれど、最高の5人組『放課後ティータイム』。
紬「唯ちゃん、また会えるかな」
唯「もちろんだよ! その時はまたアイスをよろしくお願いします」
紬「アイスも良いけど、紅茶とケーキはいかが?」
次はりっちゃんと澪ちゃん。
だけどこの二人については既に算段がついている。
梓ちゃんがいて唯ちゃんがいたなら二人も当然いるはず。
そして私はりっちゃんの家にお邪魔したことがある。
ということで唯ちゃんと連絡先を交換して別れてすぐ、りっちゃんの家に向かった。
日も暮れかけている。二人はもう家に帰った後だろうか。
だが意外にも簡単に再会することが出来た。
途中の信号でよーく見覚えのある二人組みを発見したのだ。
やはり見慣れない制服を着て。
紬「あの、こんばんは!」
律「お、おう?」
澪「うわっ!」
急に声をかけたのが不味かった。2人とも何事かと驚きの表情だ。
紬「ご、ごめんなさい。あのー」
律「えーと、誰だっけ? 澪、知り合いか?」
澪「いや、私も知らない」
紬「初めまして。琴吹紬というものです」
律「琴吹さん? はてその琴吹さんがなんのご用でござりましょうか」
澪「こらっ、初対面の人だぞ。真面目にしろ!」
律「いてっ! 私はこれでも真面目だい!」
紬「ぷっ、くすくす」
思わず吹き出していた。
懐かしい、2人のお馴染みのやりとり。
それはあの音楽室で2人と初めて会った日のことを思い起こさせた。
お互いじゃれあう2人の姿があまりに愉快で楽しげで、
軽音部に入部することを決めたあの日のこと。
澪「あ、ごめんな。変なとこみせちゃって。それで私たちに何の用?」
2日後。
授業が終わると、私はある場所に向かっていた。
その日学校は終業式で授業は昼までだった。
在りし日の軽音部部室。
時間までに準備することがあった。
まず机を五つ用意する。
それから楽器の搬入。父にお願いして特別に用意して貰った。
最後は肝心要のティーセット&ケーキ。お湯を沸かして茶葉も準備万端。
これでいつものティータイムがいつでも始められる。
あとはその時間がやって来るのを待つだけだ。
紬「本当にこれで良かったのかしら」
静かな部屋にぽつりと呟きが零れた。
それからしばらく経って、コンコン、と部屋の戸を叩く音がした。
時間が来た――。
唯「紬ちゃん、お邪魔しまーす」
律「ちわーっす」
澪「お邪魔します」
梓「琴吹先輩、こんにちは」
紬「みんないらっしゃい」
外には和ちゃんがいた。
みんなの案内をお願いしていたのだ。
和「それじゃ、私はもういくね」
紬「和ちゃんありがとう」
唯「和ちゃん、また後でね」
和ちゃんを見送った。
唯「はい、これ。招待状ありがとう」
「招待状」それは私の軽音部のメンバー4人それぞれにあてた、お茶会の招待状だった。
『○○様
桜ヶ丘高校音楽準備室にてお茶会を催します。
つきましては、貴方をご招待したく此の手紙を送りました。
よろしければ開催日当日、日頃ご愛用の楽器と当招待状を持参の上、
桜ヶ丘高校までお越し下さい。
美味しいケーキとお茶を用意してお待ちしております。
開催日:12月××日 主催者:琴吹紬』
大体こんな内容。
一昨日知り合ったばかりの3人と梓ちゃんにそれぞれこの招待状を直接手渡したのだ。
来てくれるよう強く願って。
そして今日こうやってみんな集まってくれた。
律「なあ私は流石にドラム運んで持ってくる訳にはいかなかったけど、良かったのか」
紬「大丈夫よ、ほら」
律「すげー、新品のドラムセット!」
紬「じゃあみんな、早速だけどお茶にしましょ」
用意していた机にみんなそれぞれ腰を下した。
4つを合わせて並べた机に1つだけくっ付けるように置いた机を除いて、
りっちゃんと澪ちゃん、唯ちゃんと梓ちゃんが隣同士になって座った。
私はそれを少し残念に思った。我が侭かも知れないけれど。
お茶をとケーキを配り終えると残りの席に私も腰を落ち着けた。
唯「美味い! こんな美味いケーキ生れて初めてかも!」
梓「本当、美味しいです、これ」
紬「ありがとう」
澪「なあさっきから気になってたんだけど、これって一体どういう集まりなんだ?」
紬「え、えっと、それはおいおいね。今はお茶会を楽しみましょ」
律「そうだぞ、澪。琴吹さんのいうとおりだ。こんな美味いケーキめったに食えねーぞ。ああマジうめー!」
澪「なら、まあいっか」
みんな美味しそうにケーキを食べてくれている。
少しホッとしていた。
唯「ねえ、私みんなのこと知りたいな」
そんな中唯ちゃんが声を上げた。
唯「みんなご招待されてるっていうことは、紬ちゃんの友達なんでしょ」
律「うん、まあな」
唯「じゃあ、まず私のお隣の小さくて可愛いそこのあなた!」
梓「わ、私ですか。私は中野梓といいます。一応この学校の生徒です」
唯「次はカチューシャのあなた!」
律「私は田井中律。○×高校の2年だ。よろしく」
そうやって唯ちゃん司会の下、1人ずつ自己紹介していった。
それはなんともいえない光景。
私にとってはみんな良く知った相手で、それぞれ、お互いのことを語らずともわかるはずなのに、
今はこうやって改めて自己紹介しないとお互いの名前すらわからないのだ。
同じ空間、同じ面子、だけどやっぱり違う。
1人ずつ自分の名前を発表していく度に胸を抉られていくようだった。
少しずついたぶる様に私に残酷な現実を突きつけるのだ。
――ちょんちょん。
誰かが私を突いてくる。
梓「先輩もお話に参加しなくていいんですか? なんだか皆さん盛り上がってますよ」
気付くととっくに自己紹介の時間は終わっており、みんな別の話題に華を咲かせていた。
梓「でもみなさん意外でした。ギターやってたり、ベースやドラムが出来たり。
私たちだけでバンドが組めそうですね」
唯「いいねえ、バンド! 私バンドで演奏するのが夢だったんだ!」
律「だってよ、澪」
澪「平沢さんには悪いけど、ベースには長いこと触ってないからなあ」
唯「でも弾けるんでしょ。だったら良いじゃん。ねえ、バンド組もうよお」
律「私は良いぜ。私の華麗なドラム捌きが日本音楽シーンに旋風を巻き起こすっぜ!」
澪「りーつー」
律「なーんてな。無理だよバンドなんて。
そもそも学校だってバラバラだし、何処で練習するんだよ」
唯「そっかあ、そうだよねえ。折角メンバーが揃ってるのにもったいないなあ」
紬「あの!」
目の端にホワイトボードに書かれた文字が映る。
――目標:放課後ティータイム再結成――
紬「折角だから、一度でいいから合わせてみない?」
するとなにを今更といった風体でみんな顔を見合わせる。
律「わかってるよ。その為にこれに『楽器持参』って書いてあったんだろ」
そういって招待状を見せる。
澪「私はあんまり気が進まないな」
律「とかなんとかいっちゃって、ちゃっかりベース持ってきてるじゃん」
唯「私は大賛成!」
梓「一度だけなら私も構わないですけど、なにをやるんですか?」
紬「これっ!」
差し出したのはもう一度改めて書き起こした楽譜。
曲目は「ふわふわ時間」。
律「ふむふむ、ふわふわ時間ね。なんかどっかで聞いたことあるようなタイトルだな」
楽譜を見た澪ちゃんは訝しげな表情を浮かべる。
律「どうした、澪?」
澪「いや、なんでも。なんでもない」
唯「……」
唯ちゃんは楽譜と睨めっこして難しそうな顔をしている。
紬「唯ちゃんどうしたの?」
唯「正直、演奏できる自信がありません」
紬「大丈夫よ。唯ちゃんはずっとギター練習してきたんだから。
だから自信持って、ね」
それからみんな自分のパートを各自練習。
そして小一時間すると、誰からともなくその練習の音が止まった。
律「よーし、こんなもんでいいだろ」
紬「じゃあ、始めましょう」
みんなで呼吸を合わせる。
静かな時間。
律「1,2,3,4でいくからな」
1人1人顔を見合わせる。
――1,2,3,4!
ゆっくりと演奏が始まる。
いつものような勢いはない。
当然だ。初めて合わせるのだから。
ゆっくり、ゆっくり、唯ちゃんのギターにみんな合わせる。
少しずつ音が1つになっていく――。
と、突然。
「あーあカミサマお願い」
澪ちゃんが歌いだした。
あの楽譜には歌詞なんて書いてなかったはずなのに。
みんなも驚いた表情を浮かべている。
澪「二人だけの」
しかし意に介さない様子の澪ちゃんに、みんなもなにか吹っ切れたのか演奏に勢いが増してきた。
りっちゃんのドラムはどんどん走っていき、唯ちゃんも必死に追いすがろうとする。
それを丁寧サポートするかのような梓ちゃんのギター。
澪ちゃんのベースは歌いながらなのに、突っ走るりっちゃんに見事に合わせている。
私もうかうかしていられない。
――お気に入りのうさちゃん抱いて――
演奏はずっと拙いけれど、
――今夜もオヤスミ――
いつものような、今までのような、
――ふわふわ時間――
とっても心地よい、そんな演奏だった。
紬「それじゃあ、いってきます」
12月も最終日、大晦日。私は唯ちゃんの家に向かっていた。
一週間以上前から楽しみにしていた年末パーティ。
今年は梓ちゃんもいる。きっと去年以上の賑わいになるだろう。
そんなわくわくに自然と足も速くなる。
今年も色んなことがあった。
でもこうやってみんなで一年を締めくくることが出来る。
きっと今年も良い年だったと胸をはっていえるだろう。
唯「あ、ムギちゃんいらっしゃい」
そしてきっと来年も良い年になるに違いない。
家の奥から聞こえてくる賑やかな声が私にそう告げていた。
以上です。
期待させた皆さんごめんなさい。
ムギが好きでムギを主役にした。
ただそれだけです。
質問、罵倒、苦情などあればどうぞ。
答えられる範囲で答えます。
89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 23:00:19.55:/7MG270j0期待させた皆さんごめんなさい。
ムギが好きでムギを主役にした。
ただそれだけです。
質問、罵倒、苦情などあればどうぞ。
答えられる範囲で答えます。
ありゃ?消失しっぱなし?
91:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 23:01:17.17:+RVIhHVI0正直消失ネタがやりたいってのが先に来てて
その原因を思いつくまでには至りませんでした。
なんというかあんまり現実離れしすぎたのも
けいおん!ぽくないかなとも思ったり
94:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 23:02:16.28:7ptDcpmS0その原因を思いつくまでには至りませんでした。
なんというかあんまり現実離れしすぎたのも
けいおん!ぽくないかなとも思ったり
乙
もっと膨らませてほしかったがムギが可愛かった
95:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 23:03:45.09:+RVIhHVI0もっと膨らませてほしかったがムギが可愛かった
ちなみに消失世界から戻れたかどうかは
皆様のご想像の中にお任せということで
97:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 23:06:47.60:CyRNfTNt0皆様のご想像の中にお任せということで
面白かったのにもったいない
多少無理矢理でも原因を作ってやって欲しかった
梓に絡むムギは可愛かったな
107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/07(月) 23:42:42.62:WKwAIjAR0多少無理矢理でも原因を作ってやって欲しかった
梓に絡むムギは可愛かったな
続編かくと言うなら保守を頼んでくれ
109:1:2011/02/07(月) 23:50:54.49:+RVIhHVI0>>107
続編はしばらく掛かりそうなのでこのスレはこのまま落としちゃって下さい。
完成したら改めて一から投稿し直そうと思います。
その時のスレタイは、
紬「放課後ティータイムの消失?」
こんな感じになるかと。
期待して下さるみなさんありがとうございます。
それではまた。
115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/08(火) 00:26:58.04:7vE2qidX0続編はしばらく掛かりそうなのでこのスレはこのまま落としちゃって下さい。
完成したら改めて一から投稿し直そうと思います。
その時のスレタイは、
紬「放課後ティータイムの消失?」
こんな感じになるかと。
期待して下さるみなさんありがとうございます。
それではまた。
乙そして続編期待
コメント 8
コメント一覧 (8)
消失はけいおんに限らず日常系のアニメでやっても中々面白いね