- 佐天「嫁にして下さい!」 一方通行「ゴメン、ちょっと待って」 前編
佐天「嫁にして下さい!」 一方通行「ゴメン、ちょっと待って」 後編
佐天「嫁にして下さい!」 一方通行「ゴメン、ちょっと待って」 エピローグ
1:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:12:04.61:0K5Poxg0
禁書目録のお話。
一方さん好きなので一方さんのお話。
多分一方佐天。あわきんとかミサワとかもある。
キャラ崩壊の傾向⇒アリ。
一方さん⇒アホの子。アホなので原作よりもボキャ貧。
上条さん⇒限りなく紳士に近い変態。でも空気。
お話の傾向⇒シリアスとかギャグとか、細かいことはこの際置いておく。
探りながら書くので文章がちぐはぐ。気にしないで。
上条さんはインデックスさんが大好きなので、御坂さんが命という人向けではないかもしれない。
予防線⇒張っておくけど、初禁書SSなので、容赦して欲しい。
眠れない夜のお供にしても良いと思ってくれるなら読んで欲しい。
原作をどれほどリスペクトしてるか厳正な審査をするつもりならそっとしておいて欲しい。
それでは以下から本編。
一方さん好きなので一方さんのお話。
多分一方佐天。あわきんとかミサワとかもある。
キャラ崩壊の傾向⇒アリ。
一方さん⇒アホの子。アホなので原作よりもボキャ貧。
上条さん⇒限りなく紳士に近い変態。でも空気。
お話の傾向⇒シリアスとかギャグとか、細かいことはこの際置いておく。
探りながら書くので文章がちぐはぐ。気にしないで。
上条さんはインデックスさんが大好きなので、御坂さんが命という人向けではないかもしれない。
予防線⇒張っておくけど、初禁書SSなので、容赦して欲しい。
眠れない夜のお供にしても良いと思ってくれるなら読んで欲しい。
原作をどれほどリスペクトしてるか厳正な審査をするつもりならそっとしておいて欲しい。
それでは以下から本編。
【画像】主婦「マジで旦那ぶっ殺すぞおいこらクソオスが」
【速報】尾田っち、ワンピース最新話でやってしまうwwww
【東方】ルックス100点の文ちゃん
【日向坂46】ひなあい、大事件が勃発!?
韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
2:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:15:22.79:0K5Poxg0
佐天涙子は上機嫌であった。
気合を入れて望んだ学校のテストは中々の出来であり、ベスト10内も射程距離だ。
一目惚れしてしまったワンピは最後の一着を手に入れ、予約していたBRDも買ってしまえば後はのんびり家で鑑賞会だ。
初春も見たがっていたのを思い出す。
彼女の風紀委員が何時に終わるか聞いてみて、それによっては一緒に見るのもいい。
「白井さんと御坂さんはどうだろう。四人で集まるって最近中々無いよね」
学年が変わったせいか今年は最初から何かとばたばたとしてきた。
ようやく片が付いたと思ったら今度は学園都市全体が大騒ぎのてんやわんや。
ふと一息吐いてみれば新しい学年の年も三分の二が経過していた。
ここらで四人で羽目を外すことも必要なのかもしれないな、と様々な計画を立てる。
根がお祭り気質なのか、楽しいことをアレコレ練るだけでわくわくしてくる。
スキップでもしそうな調子で佐天は裏道を通る。
じめっとした重く湿気った空気に一瞬怯むものの、大丈夫大丈夫と言い聞かせる。
確かに物騒ではあるが、多少ならば大丈夫だろう。
まさか、裏道を通って5分足らずで絡まれるようなことなど ―――
「ようようお姉ちゃんよぉ」
「くぁわいいじゃねぇかよ」
「ちょっと付き合えよ」
あったりする。こういう時ほど何でか人間そうなのだ。
4:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:19:11.29:0K5Poxg0
ホラやっぱりと大半の人がそう思っているだろうし、他のSSでも腐るほど目にしてきた展開なのだ。
だから今更真面目ぶって書くことは非常に馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいのであるがそれでも書かなければならないが文章の辛いところだ。
だから書く事にする。
モヒカン(世紀末仕様)が三人現れた。
股間は臨戦態勢バッチリである。
しかし、悲しいかなハンドガンレベルなので遠目にはわからない。
モヒカンは佐天に近づくと、臭い息を吐きながら荒々しい声で言い寄る。
「ちょ、まじ、まじパネェ。ッパネェ。ッネェって」
「うほ、いい女じゃねぇかよ」
「はぁ!?マジで。しかも乳でかくネェ?でかくネェ?」
「うひょー、ヤらなきゃ損だよな!」
舐るように佐天の身体を上から下へと眺めるモヒカン達。
(こ、怖い…ッ)
佐天は怖気の走る身体を抱きしめる。
背筋が凍るような、それは予感ともいえるものだ。
そして彼女の予感は正しい。
「へ、姉ちゃんよ。怖いことされたくなかったら俺達に着いて来いよ」
「痛いどころか気持ちいいことしてやんよ」
「アレ、でも最初は痛いんじゃネェ?あれってそうだろ」
「ああ、そうか。でもマジで痛いのか?膜破くんだから痛いのか」
「まぁ、経験ねぇからわからないけど、とにかく姉ちゃんよ、俺らといいことしようぜ」
「や、やめて下さい……ア、アンチスキル呼びますよ!?」
必死に声を張り上げる。
そうしなければ足元から恐怖で崩れ落ちてしまいそうだ。
脳裏に浮かぶのはとらの○なで販売されている数々の彼女そっくりの少女が出てくる薄くて高い本。
複数の男達にもみくちゃにされる姿は最早食傷気味のネタに過ぎないが、今の佐天にはこの上なくリアルな展開に思える。
まさかアレと同じ目に遭わされるのではないだろうか?
遭わされそうだ。クスリ漬けにされるのだ。しかし、それは薄くて高い本であればの話。
二次創作のSSにおいて、彼女は十割の確率で救いの手を差し伸べられるように世の中は出来ている。
5:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:22:54.82:0K5Poxg0
「オイオイオイ、人がせっかくの休みの日によォ。クソガキ共の襲撃も無ェオフだ。
そんな日に優雅にコーヒーでも飲んで過ごそうかなァって思ってる時にだ。なァにわかりやすいことしてんだァお前等ァ」
白髪、赤目、華奢、悪人面のイケメン、杖付いてる。
もうフックだらけだ。
あらゆるパーツを貪欲に取り込んだチートキャラが其処には立っていた。
「ああ?」
「なんだテメェは?」
「すっこんでろ」
「ボコられてぇのか?」
「痛い目見る前にさっさと帰んな」
「モヤシやろうが」
「「「wwwwwwww」」」
既にオチが見えている人ばかりなので、もう正直これ以上書くのってどうなのだろうか。
モヒカン達の挑発は実にわかりやすいものであり、それこそ嘲笑ものであった。
あまりのわかりやすい語彙力の無い挑発行為そのものに佐天は「うわぁ」と内心引いてしまったが、彼らは知らなかった。
自分達が今相対している男は学園都市最高の頭脳の持ち主であることを。
そして、学園都市最低の『沸点』の持ち主であることを。
男はおもむろにチョーカーのスイッチを入れる。カチリと渇いた音が路地裏に響くと共に、白髪頭の男の瞳に険悪な光が増した。
白い前髪を縫うように覗く赤い瞳に、佐天は心を打ち抜かれた。
普段、日常という温かい舞台に立つ彼女が目にしたこのない、そこいらのチンピラでは決して持ち得ないほどに、鋭くそして強靭さを秘めた瞳。
正直、こんなチンピラ相手に大人気ないことこの上ないのだが、佐天はそんなこと気にしない。
DQNでブサメンに人権が憲法で設定されていないのは何処の国でも同じなのだ。
カパリと三日月のように開いた赤い口。
白いモヤシ少年が、学園都市最強の怪物へと切り替わった瞬間であった。
6:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/11(土) 00:26:13.92:CyEyxTI0
「ひでぶ!」
「あべし!!」
「たわば!!!」
虐殺は一方的だった。
そもそも虐殺とは一方的なものであるが、そんな虐殺の中でも特に『これって一方的すぎんじゃね?』っていうくらい一方的であった。
虐殺オブ虐殺だった。
しかし、殺してはいなかった。
半殺しではなく九分の八殺しという感じだ。あとワンパンで死ぬ。そういう感じの理解で大体合ってる。
そんな光景を佐天は半ば放心したまま見つめていた。
呆然とした彼女の脳裏にある日の会話が甦る。だから此処から先は回想シーンだ。
一部の噂では花飾りはパイルダーであり、其処が本体となって指示を出していると噂の初春飾利との会話でのことだった。
『佐天さん、佐天さん、学園都市最強のレベル5ってどういう人なのか知ってます?』
『え、知らない知らない。都市伝説では冷蔵庫に似た人って…』
『それは第二位ですよ~第一位です第一位。掲示板に書かれていたんですけど。
目撃者の話だと白髪で、赤目で、もやしで、黒翼で悪人面で顔芸でイケメンでCV岡本信彦だっていう噂なんです』
『ちょww白髪ww赤目wwってww黒翼wwwwww』
『黒翼wwwwww』
『そんなラノベみたいなww』
『中二乙wwwwですよねwwwwww』
『だよねwwwwwwいるわけないしねwwwwww』
8:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:28:06.55:0K5Poxg0
「いたよ…」
「あ゛ぁ?」
モヒカンA、B、Cを血祭りに上げた一方通行を見ながら佐天は呟く。
ラピュタは本当にあったんだ。そう呟いたルフィの中の人の気持ちが今ならよくわかる。
無能力者の自分にとっては、第一位という存在はラピュタに等しい。
じゃあ龍の巣は何だよとか、そういう細かいことは言ってはいけない。
こういうのはフィーリングで理解するものだ。
「ったく、見たところ無能力者のガキのよォだが、こんなとこでうろついてンじゃねェよ。
輪姦されたって不思議じゃねェンだからよ」
「あ、あ、あの…その…」
自分の迂闊さに今更ながらに気付き、佐天は俯く。
羞恥で頬が赤く染まる。『輪姦される』という言葉への恐怖心よりも、目の前の少年に無知な子供だとはっきり思われていることが恥ずかしいのだ。
少年は小さく舌打ちをすると踵を返す。
「あ…」
「コレに懲りたら変なとこうろつくンじゃねェぞ」
こつこつと杖を突く音が遠ざかっていく。
徐々に小さくなっていく後姿を佐天は逸らすことなく見つめ続けていた。
10:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:32:53.12:0K5Poxg0
一方通行が佐天涙子を助けてから一週間後。
「インデックスが最近可愛くて生きているのが辛いんだけどどう思うあー君?」
「死ねばいいんじゃねェかァ?大体よォかみやン、最近可愛いってお前それ何度目だかわかってるゥ?」
『昼飯一緒に食べようぜ』という上条からの電話から30分後、一方通行は早くも帰りたい衝動に駆られていた。
いつも不況のせいでボーナスの八割をカットされたお父さんのような顔をしているツンツン頭の少年が上機嫌な顔であった時点で嫌な予感はしていた。
そして一方通行の予想通りファミレスに着くなり始まったのはウチの嫁自慢だった。
第三次世界大戦を切欠として友情を加速的に深め、二人は遂に親友同士となった。
そして、話を聞くに、彼はどうやら同時期に居候シスターとの間にあった見えない『壁』を乗り越えたようだ。
それ自体は構わない。
そもそも付き合っていないと聞いて驚いたくらいだから、あるべき関係にようやく収まったと捉えるべきであろう。
問題は、定期的にこうしてのろけてくるところにある。
正直しんどい。同じ言葉がループするのだ。ボキャ貧の惚気ほど性質の悪いものはない。
なお、二人の交際を知っている者は一方通行と此処にはいない浜面くらいだ。
「確か『最近料理の手伝いしてくれて、なんだか新婚みたいだ』って言ってたなァ。で、その前が『後片付けしてくれるなんて優しいにも程がある』でその前が『帰ったら風呂の支度がしてあって、嬉しさのあまり押し倒しそうになった』だっけか?」
「流石学園都市最高の頭脳。よく覚えてらっしゃる」
「何度も聞いてりゃ覚えちまうんだよォ」
「よせやい!照れるじゃねぇか。俺とインデックスの愛のメモリーが尽きることが無いって遠まわしに言ってよ!」
「皮肉も通じネェときたもンだ…」
とりあえず注文したハンバーグステーキが来たから、それが冷めないうちに話を切り上げて欲しい。切実な願いだ。
11:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:39:45.83:0K5Poxg0
「昨日インデックスがさ、初めて料理を作ってくれたんだ。カレーライスな」
「王道だなァ…」
それでこの上機嫌か。よほど美味かったのだろうか。
ハンバーグステーキ美味いなァと一口サイズを切っては口にする。
「でさ、まぁ味自体は美味くなかったんだよ。不味くもないけどルーは溶け残ってるし、
具はちぐはぐのサイズでご飯は水が多かったから柔らか過ぎだし。けどなんていうか、
そういう不慣れなところがまた可愛いっていうか、頑張ったんだな俺の為にって思えてさ。
娘が始めて手料理作ってくれた時ってこんな気分なのかって感動しちまって」
三杯も食べちまった、と照れくさそうに言う上条を冷めた目で一方通行は見る。
何となくこの話の着地点が見えてきた。
「で、感動した上条クンはデザートにシスターをいただきました、なんて言うつもりかァ?」
「嫌だわあーくん、とっても下品」
「違ったかァ?」
「いえ、頂いたんですけどね」
テメェ、さっきまで娘が云々とか言っておいて結局ヤッたんかい、とお冷の氷を噛み砕きながら内心毒づく。
「ご歓談の最中申し訳ございませんが…お客様?周りうのお客様もいらっしゃいますので…もう少しボリュームの方を」
「あ、すいませン。もう少ししたら黙らせますンで、ハイ」
と言いつつも内心は『ナイス、ウェイトレスのお姉サン!!』と喝采をあげる一方通行。
ここからピンク全開のエロトークをされたら敵わない。
流石の上条も最低限のTPOを弁えているのか、会話を中断させる。レバニラ定食というやたら精の付くものを頼んでいるのが何となく嫌だ。安いから頼んだに過ぎないと信じたいところである。
12:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:45:33.91:0K5Poxg0
「お前さぁ、外食の時必ずハンバーグかステーキ頼むよな」
「うるせェ…外食でくらい肉食わせろ」
溜息を零しながらナイフで丁寧に切り分けていく。溢れる肉汁が食欲をそそる。
「例の『通い妻』は健在ってことか」
「通い妻じゃねェし…ありゃァ単なる嫌がらせだァ」
下品な笑い声の憎いあんちくしょうの顔が浮かび、ナイフを握る手に力が篭る。
「アイツ昨日もよォ…」
『やっほー殺しに来たよ、第一位』
『帰れ』
『げひゃひゃひゃ、バッカじゃねぇ?ミサカがアンタの言う事聞くわけないじゃん。台所借りるよ。
ていうか答えは聞いてないんだけどさぁ。勿論勝手に使っちゃうから』
『オイ、コラ』
『けけけけ、番外個体様特性野菜尽し料理、モヤシは共食いでもしてろよ。キャハッ』
『テメェ…性懲りも無く野菜ばかりじゃねぇか!!肉はどうした!!』
『ミサカの生きがいはアナタに嫌がらせの限りを尽くすこと。15種類の野菜なんてアナタには拷問でしょ?
しかも塩分控えめの薄味で物足りなさを味わいな』
『チッ…しかも量多過ぎんだろォ…』(後でファミチキでも買いに行くつもりだったのによォ)
『これだけ多ければ後でファミチキでも買おうかなんて気も起こらないでしょ?』
『そこまで考えてやがったかァ!』
『ミサカがアナタの喜ぶことするわきゃねぇだろ~げひゃぐひゃひゃひゃッ』
『オイ、何勝手にベッドに入ってきやがる!?』
『この距離ならアナタがチョーカーに手を伸ばすよりもミサカが第一位を殺す方が早いよ?
つまりアナタの命はミサカの手の中ってわけ。寝首かかれる恐怖に怯えて、眠れない夜を過ごしな』
(く…そこまでしやがるか…そこまでしてオレを殺そうっていうつもりなのかよォ…いや、オレはそうされても文句が言えないだけのことをコイツらに……)
『けけけけ、こうすればアナタは逃げられないね~』
『!?』
(コイツ……オレの背中に腕を回してきやがった!?そうかコレはつまりいつでもオレの背骨を圧し折ってやれるってェ意思表示かッ)
13:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:49:11.87:0K5Poxg0
「へッ……わかってたハズなんだがなァ…オレ、オレみてェな極悪人が許されるはずがねェってことくらいよ…」
自らが犯してきた過ちの重さを改めて思い知る一方通行。
瞳を伏せ、悔い入るように唇をかみ締める。
「番外個体いい奥さんになるよ…」
(通い妻?奥さん?)
佐天涙子は凍り付いていた。
二人の座る席とついたてを挟んだ斜め後ろに位置取っていた彼女は、二人の会話を盗み聞きしていた。
詳細は聞き取れなかったが、どうやら彼の少年には所謂ステディな関係のおなごがいるらしい。
向かいには「メシウマwww」状態の初春。佐天は一方通行に助けられたその日のうちに初春の下を尋ねた。
時刻は日付が変わった頃。空気読まないにも程がある時間である。
一人暮らしの大学生でもいきなり来られるとムッとなる時間帯であったが、夜の住人―― ナイトウォーカーの肩書きを持つ初春にとっては放課後に遊びにこられるのと大差は無い時間帯である。
禁書スレを超電磁砲スレで乗っ取るという日課をこなしているときに突如尋ねてきた佐天を快く迎え入れた。
初春には佐天涙子という親友のことがよくわかっていた。
一見常識知らずなようでその実もっとも常識を弁えている少女。
そんな少女が血相を変えてやって来たのだ、何かがあったと思うのが当然であろう。
『う、ういはるぅ~~私、白い王子様見つけちゃったよぉ~!』
『白い?白馬の王子様じゃなくてですか?』
『うん、白いの。この前初春が言ってた学園都市第一位の……』
『一方通行…ですか?』
『うん!!そう、そのあくせられーたが王子様で、白くて私を助けてくれて、モヒカンが超電磁砲で』
『佐天さん落ち着いて下さい。文章がおかしいです。大体何があったのかわかりますけど』
『ど、どうしよう。お礼も言えなかったし』
『ああ…一目惚れしちゃったんだ…赤い実弾けちゃったんですね、佐天さん』
『ひとッ!?ひ、ひとめ惚れ……そうなのかなぁ…よくわからない』
『で、その報告をする為にこんな時間に来ちゃったんですか?あ、紅茶飲みます?』
『ううん、そういうわけじゃなくてね……紅茶よりコーヒーが欲しいかな?』
『?じゃあどういうつもりで?コーヒーなんてそんなに飲みましたけ』
『あの人の居場所ってわからないかなぁって。連絡先でも住所でもいいんだけど、そういうの街頭カメラとかでわからない?いや、お礼言いたいだけなんだけどね?ホントだよ』
その発想はストーカーです、とは言えなかった。あの能天気な佐天涙子が御坂美琴の如きリアクションを示したのだ、野暮なツッコミなど出来ようハズもない。
第一純愛とストーカーなんて紙一重なのだ、これくらい可愛いものだと初春は親友の為に一肌脱ぐことを決意した。
何よりも面白そうな予感がしたのだ。食いつかない黒春ではない。
「そんな……ようやく見つけたのに、そんな相手がいるなんて」
佐天はうなだれる。具体的にどうやって見つけたのかといえば一方通行と上条の電話を傍受したのだ。初春さんマジパネェ。
16:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:52:16.12:0K5Poxg0
「イケメンには既にお手付きなものですよ~」
「他人事だと思って初春~」
「いや、他人事ですし。それで、お目当ての王子様にはお相手がいるようですけどどうするんですか?」
「どうするって……」
「高校生で一人暮らししてて通い妻がいる。佐天さんはようやく中二に上がったばかりの子供。
相手にしてもらえるのか怪しいですよね~相手がロリコンなら違うかもしれませんけど」
「うううぅ…わかってるよ、ガキって言われたもん」
意地の悪い事を言っているなぁと自覚しながら初春は渾身の微笑を浮かべる。
悶々として思い悩む佐天をいじる機会など滅多に無いのだ。いじらないはずが無い。
頭を抱えながら佐天は目の前のクリームソーダを睨む。
溶けたアイスがソーダの海にゆっくりと沈んでいく。
やがて話が終わったのか、一方通行達が席を立つ。ぴくりと佐天の肩が震える。
流石に見るに見かねたのか初春はそっと背を押してやることにする。
「でも佐天さん。お礼を言うんだったら相手がいようといまいと関係ないと思うんですけど?」
「え?」
「お礼を口実にしてアプローチをしろなんて言いませんけど、ただ向こうが一途に慕ってくれる女の子に心変わりしちゃう可能性はゼロではないと思うんですよ」
「そ、そんな。泥棒猫みたいな真似……」
「盗むのは良くないですけど、勝手に心変わりしちゃうのは不可抗力ですよね?」
邪笑。
この初春、実に汚い。実に狡い。実に悪い。だがしかし真理だ。
少なくとも今の佐天にとって、それは自己を正当化するに足る程の真理を秘めている。
決意の炎が親友の瞳に点るのを満足げに見つめる初春。一つ頷くと、佐天は席を立つ。
向かう先は白い少年だろう。
17:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:55:55.97:0K5Poxg0
佐天は走る。目の前には華奢な少年の背中。
細くて白い、モヤシとか言うな、そんな背中である。
かったるそうに杖を突きながらよたよたと歩く後姿に、学園都市最強とは思えぬその後姿に向かって。
「待ってください、待って…まってください」
聞こえていないのか、一方通行が止まる気配はない。
呼びかけていくうちに『止まれよコンチクショウめ!!』という気持ちがムクムクと佐天の中に湧き上がる。
そして ―――
「待ってって言ってるだろうがごらぁぁ!!!」
「ぐふゥッ!?」
足下からすくい上げるような見事な、いや、美事な佐天の低空タックルが一方通行を捉えた。
反射を切った一方通行は平均以下の貧弱少年に過ぎない。
十分な加速と体重が乗ったタックルに耐えることも、ましてや巧みにそれを捌く技術も無い。
結果、佐天涙子は学園都市最強の怪物からノゲイラばりのテイクダウンと取ることに成功する。
18:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:58:20.37:0K5Poxg0
「てンめェ……何処の組織の差し金だァ?余程挽き肉にされてェみてェだなァァ」
顔面スライディングをかました一方通行は、すりむいた鼻を押さえながら若干涙目になりながらうなり声を上げる。
刺激に対して弱いことに掛けては定評があるのだ。
クール(ぶっている)な自分に顔面スライディングを決めさせた愚か者を血祭りに上げるべくチョーカーのスイッチを入れたところで、
足下にしがみついているのがセーラー服を着た何処にでもいるようなただの中学生だと気づく。
「あァん?てめェは確か…」
「あ、あの、私、この前貴方に助けてもらったんです。それで、お礼まだ言ってなくて…
ずっと言いたくて、たまたま貴方を見つけて」
動揺しつつもさりげなくストーカー行為を偶然に置き換えながら佐天は耳まで真っ赤な顔を一方通行の胸にぐりぐりと押しつける。
「最近の中学生ってなァ礼代わりにタックルかますもんなのかァ?」
「違います!!これは誤解で、ただ、ただ私」
貴方とお話してみたかったんです。
その言葉が何故か出てこなかった。
助けてくれた恩人への感謝の気持ち。
学園都市最強という自分にとってはラピュタのごとき幻想の存在への憧憬。
そして、一目見た瞬間から生まれてしまった言語化困難な感情。
会ってまだ一週間しか経っていない相手に対してストーカーまがいの真似までして居場所を突き止めた。
この自分を動かすこの感情を正確に把握するには佐天はまだ若すぎた。
どれだけワガママボディを誇っていようとも、所詮は13歳なのだ。
一年ちょっと前にはまだ赤いランドセルを背負っていたのだ。
だがそんなことを順序立てて説明できるはずもないし、動揺が口から言葉を奪っていく。
結果。
「ひっく…わ、わたし、私、ただ、ひっく…グス…」
佐天は彼女の名前の如く、大粒の涙を流し始めた。
19:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 01:04:51.76:0K5Poxg0
情緒不安定にもほどがある。こんなにも涙脆かったのだろうか自分は。
というよりも、どうしてこんな訳の分からない、無茶苦茶な行動に出ているのだ自分は。
見てみろ彼を、困惑を通り越して呆然としている。
それもそうだ、自分の中でこそこの一週間様々な葛藤があり、思わず「白い王子様」などと言ってしまったりもしたが、
一方通行にしてみれば一週間前に助けた女子中学生にいきなりタックルされたと思えば、目の前で突然泣き出されたのだ。
なんて迷惑な女だろうか。女というか子供だ。
恥ずかしい、穴があったら入りたい。
というかシャベルを誰かくれ、今すぐ人一人分が入れる穴を掘って埋まってやる。
(えェェッ!?ちょ、え?ちょ、オレなンもしてねェだろうがよォォォォォーーー!!!アレか、オレのツラが怖ェからかァ?だから泣いたのかァ?寧ろオレが泣きてェくらいなんだがよォ)
佐天がそんな思いで泣き出したのを見ながら、一方通行、彼は彼で静かにテンパっていた。
『おい、見ろよアレ…あれって痴話喧嘩だよな』
『如何にも女の子を弄んでそうな顔してるわよね』
『あんな可愛くて発育の良い中学生を泣かしてるぜ』
『あんなに必死に彼氏に縋りついちゃって…きっと別れ話切り出されたのね』
『女子中学生をポイ捨てとか、リア充爆発しろ』
『泣き顔ロリ巨乳とかメッチャ僕の好みや。あのモヤシどんなプレイ要求したんやろ…』
『もしかして堕ろせとか言われたんじゃ…』
『セロリたんの腋汗ペロペロしたいお』
(おいィィィィィィィィィィィィーーーー!!!光の速さでオレの社会的な生命が潰えようとしてませんかァァァ!?)
周囲から突き刺さる白い視線が実に痛い。
社会的な名誉とは程遠い、悪名の方が高い彼であるが、悪名にもピンからキリまである。
悪名。そう、忌まわしき名。たった一つのコラが学園都市中に広がることで生まれた名。
『一方通行(アクセロリータ)』
その名を聞くたびに血液が沸騰しそうな怒りと不条理さに身悶えしそうになる。
20:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 01:09:40.76:0K5Poxg0
一方通行は暗部で戦いながら二つのテーマを己に課してきた。
一つは、光の世界の人間には手を出さないこと。
そして二つ目はロリコン疑惑を晴らすこと。
最初に言っておくが、彼は打ち止めの事を大切に思っている。思っているがそれはあくまでも妹か娘に対する感情。
つまりは純粋な「家族愛」である。
しかし彼の不器用な打ち止めへの優しさ、過保護っぷりは『ツンデレ』という彼にとっては忌むべき俗称と共に
『家族愛』から『恋愛』へと勝手に区分けされてしまった。
オイオイ、しまうフォルダ違うんですけどォ~~!!!と言いたくとも、人の噂はベクトル操作できない。
そして付いた呼び名は『学園都市最強のロリコン、アクセロリータ』。
この屈辱的な汚名を濯ぐ為に、彼は血反吐を吐きながら学園都市の裏側で戦ってきた。
ある時は巨乳アラサー美女を学園都市の闇から助け。
またある時は横断歩道で立ち往生しているお婆ちゃんを学園都市の闇から救い。
またある時は夫の不倫で悩んでいる人妻を、彼なりに親身に相談に乗ってやりもした。
そしてまたある時は『一方通行って実はババァ好きなんだってよ』と掲示板に書き込んだりもした。
意識的に結標淡希と行動を共にしておっぱい好きのイメージを付けようという試みも怠らない。幸いだったのは、彼女が快く協力をしてくれたことだ。
22:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 01:14:34.90:0K5Poxg0
『頼む、(イメージを変えるために)オレの側にいてくれ。(巨乳好きと思われる為には)お前が必要なんだ。
(不測の事態に自分の身を自分で守れるだけの力を持った)お前じゃねェとダメなんだ!!!』
『!?………ふ、不束者ですが…』
林檎のように顔を真っ赤にして俯く彼女を見ながら一方通行は一つの真理を見た。
誠意を持って接すれば人は応えてくれるのだという至極まっとうな、人としての理を学んだといえる。
素直であることが如何に大切か。
心の内を素直に曝け出し、誠心誠意をもって接すれば自分のような救い難い社会のクズであろうとも、人はこうして手を差し伸べてくれるのだ。
(黄泉川…そうか、そういうことだったのかよォ!)
一体なにがそういうことだったのかはわからない。
しかし、彼がまた一つ、悪党という名のツンデレになったことだけは確かだ。
それもデレ寄りの。
それだというのに、この状況はどうしたことか。
このままでは努力が全て水の泡になってしまう。
嫌々ながらも自分につき合ってくれた、結標にも顔向けが出来ないではないか。
「オイ、泣くんじゃねェよ」
「泣いてません!!泣いてませんよぉ…これはただ目から水が出てるだけで」
「それを泣くってンだろうがァ!!」
「グスッ…」
「ああァッ」
明らかに困りきった顔がいけなかった。
佐天は、折角会えた一方通行を困らせてしまっている自分に情けなくなり、今にも消えてしまいたいと、更に涙を流す。
焦る一方通行、泣く佐天。正直ドツボとはこういう状況を言う。
「中学生はなァ…ババァなんだよ」疑惑が解けつつあるというのに、新たに
「中学生はなァ…食べごろなんだよォ」疑惑が生じる。
学園都市最高の頭脳をフル回転させた一方通行は、そこで一つの答えに辿り着く。
23:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 01:18:07.64:0K5Poxg0
「キャッ!」
能力を解放すると佐天の背中と膝の裏に腕を回す。
思わず一方通行の首に腕を回す佐天。いわゆる「お姫様抱っこ」である。
「舌噛むんじゃねェぞ…」
「ふえッ!?」
<『セロリタン、――カにもお姫様だっこぉ…』
言うやいなや、全力全開の能力によって一方通行は飛び上がった。
竜巻を周囲に生み出し、推進剤のように空を飛ぶ。それはさながらアトム。
人相のすこぶる悪い鉄腕アトムである。
「何処に行くんですかッ?」
新幹線の外側のように目まぐるしく流れていく景色を背に、佐天は一方通行の顔を見る。
「オレの部屋だァ!!」
一方通行の導き出した答えは至ってシンプルなものであった。
人目につかないところ、すなわち、自分の部屋にこの腕の中のこまったちゃんを連れていくことであった。
一方通行としては、そこでじっくりこの少女の話を聞き、対処法を検討する算段であるのだが、佐天涙子は違っていた。
首に抱きついたまま、息も触れる距離にある端正な顔に胸の鼓動が高まる。
本来ならば目も開けていられない速度のはずなのに、こうして普通に会話が出来。
それは彼がさりげなく佐天の周りの風のベクトルだけを逸らしてくれているからだろう。
それだけの状況を把握出来るほどに、彼女は落ち着きを取り戻していた。
(お、お持ち帰りされちゃったよぉ~ど、ど、どうしよう…まだ心の準備が)
そして、落ち着いて彼女は錯乱していた。
34:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/11(土) 09:51:20.58:leh/yYAO
「さぁって、ここでアイツの嫌いなチンゲン菜を入れてやることで対一方通行嫌がらせ野菜スープが出来上がる。
ウケケケケケ、アイツの嫌がる顔を想像するとミサカは笑いを堪えきれないなぁ」
「チンゲン菜は風邪の予防に良いのですね。ビタミンAが風邪の予防には最適だとミサカは耳寄りな情報を口にしつつ番外個体の健気さに若干拍手します」
「ハァ?何でミサカが健気なのさぁ。ミサカはねぇ、アイツの嫌がることをするのが存在意義にして趣味だったりするんだよね。それだけの話」
トントンと小気味良いリズムを立ててチンゲン菜を手ごろなサイズに切り分けると、煮立つ鍋に落とす。吹き零れないように火を調節するとスープを小皿にとり一舐め。
「うん、ちょっと物足りないくらいの味付けが丁度いいんだよね」
「ああ、あのモヤシは濃い味付けが好みですからね。塩分の取りすぎには注意してあげないと」
「ち、ちちち、ちっげぇーーし。アイツが『オイ、これ味がしねェぞ!!』て怒る姿を見たいだけなんだーての」
「しかし、白菜といい、今は野菜が高いのに、よくもここまで野菜尽くしにしましたねと、ミサカは番外個体の徹底ぶりと料理のレパートリーに女としてのレベルで遅れを取っている現状に危機感を覚えます」
御坂妹ことミサカ10032は憂鬱な溜息を吐く。偶々スーパーで買い物中の番外個体に出会い、そのまま一方通行の部屋にまで足を運ぶこととなった。
意外にも番外個体はシスターズと良好な関係を築いており、一方通行の部屋の合鍵を(勝手に)持っている番外個体に誘われて一方通行の部屋がミサカの溜まり場となることは珍しいことではない。
シスターズ的には一方通行のモノは自分のもの、自分のモノは自分のモノという認識が広がっているのだ。
中には一歩通行は自分のモノであるとか、自分は一方通行のモノであるとその思考を飛躍させている妹達もいるのだが、個性が出ることは素晴らしいことだと思う。
39:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:14:39.57:KVww07Y0
御坂妹はエプロン装備の番外個体に呆れた眼差しを向ける。
ちゃっかり自分専用のエプロンを用意して、一方通行宅においているのだ。
正直これってツッコミ待ちなのでしょうかと彼女は悩む。割りとガチで。
彼の現在住むのは元々彼が使っていた部屋。廃墟であった部屋はセキュリティ完備のマンションに代わり、彼はそこで一人暮らしをしている。
打ち止めを拾った頃の彼の部屋とは比べ物にならないほどに綺麗にされた部屋は、掃除の手が隅々まで行き届いているのがひと目でわかる。
「しかも、週に一回は必ず掃除とか。どこのメイドですか?いっそメイド服で誘ってみたらどうでしょうか?
とミサカはメイド服を購入しておきながら実行に移せない何処かのチキンハートのお姉さまをさり気無くディスりながらアドバイスを試みます」
「さ、誘う…ッ…ぎゃは、ギャはハハハ、ハハハ…馬鹿言ってやがるこの出来損ないてば。
一方通行への負の感情を率先してキャッチしてるミサカくらいになるとね、安易にアイツを馬鹿にしたり罵ったり挑発したりするなんて浅はかな嫌がらせなんてしないんだよ。
アイツは妹達にそうやって罵倒されればされるほど罰を受けてる自分に酔って満足するマゾ野郎なわけ。
だから、ミサカは逆転の発想でアイツを攻めてるんだよ。ミサカが自腹で高い野菜買ってきて、しかも自分なんかに食事を作ってる事態に自己嫌悪してやがるんだよ。
『ああ…俺ァコイツ等に金の上でも負担を掛けちまっていやがる…クソがァ…』ってね。ギャはッ。
しかも部屋の掃除までされちゃあ、きっと『ああァ…俺みたいな野郎の世話をアイツらにさせるなんてよォ…俺みてェな糞の価値もねェ野郎なンかのせいでアイツラの貴重な時間がァ…』なんつって一人でこっそり落ち込むんだぜ。
バッカみてェ~マジ受けるんですけど~!!」
口角を釣り上げ、下品な笑い声を上げる番外個体。
しかし、御坂妹は彼女の視線が決して鍋から離れていないのに気付いている。
野菜が嫌いだから野菜を食わせると言っては、レシピを研究して栄養バランスの良い野菜料理を作り。
自分の部屋のものを勝手に触られることに気味の悪さを覚えれば良いと言っては部屋の掃除を毎週欠かさない。
いつでも出て行けるように何も置かないようにしていれば、足枷を増やしてやると言っては打ち止め達と一緒に撮った写真をコルク板に飾る。
糞モヤシには似合わないキモイ部屋に変えてやると花を飾っては彩りを加え、カーテンやカーペットを華やかなものにする。
そして、独りの快適な空間を邪魔してやれと言っては彼の帰りを出迎える。
そして、寝首をかかれる恐怖に怯えろと言っては寝床に潜り込む。そして朝までガッチリホールドと来たもんだ。
40:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:16:00.58:KVww07Y0
「アナタのような『人を押しかけ女房』と言うのですねと、セロリ派を圧倒的に引き離す番外個体の積極性は見習うべき点が大いにあるとミサカは上条当麻攻略の糸口を探ります」
「に゛ゃっっ!?バッカじゃねぇ?マジ中坊の頭の沸きっぷりにドン引きしちゃうんだけど。大体あのモヤシの押しかけ女房とかあり得ないし。あんな白くてひょろくて中二病のクソセロリ ―――― あ!!」
突然何事か、番外個体がドアへと走っていく。確かめるまでもなく、彼女は一方通行が帰ってきたことにいち早く気付いたのだろう。
「おかえりーー殺しに来てやってんぞ糞ロリモヤシ~~~~!!」
スリッパをパタパタと鳴らしながら掛けていく姿は街頭アンケートを取ったら間違いなく100人中100人が『いいツンデレ新妻ですね(キリッ』と答えるものだ。
「言動が一致しないにも程があるとミサカは番外個体のツンデレっぷりに溜息を禁じえま ――――
『あああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!』
――― って何事でしょうか」
慌ててドアへと駆けつけると、番外個体がこれ以上ないくらいに目を見開き、固まっていた。
彼女の視線の先を辿ると、其処には。
「Oh……セロリは小学生から中学生に鞍替えしたのでしょうか、とミサカは女子中学生をお姫様抱っこする一方通行を指さしながら半笑いで問い掛けます」
「なンでいンだよこんな時に限ってよォォォォ………」
黒髪の美少女、セーラー服姿とかマジパネェッス一通さんと御坂妹が指差した先には女子中学生をお姫様抱っこする学園都市第一位の姿。
佐天涙子をお姫様抱っこした一方通行は顔を引きつらせながら番外個体と御坂妹に問い掛ける。
41:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:16:48.36:KVww07Y0
「随分とお早いお帰りで。今からお楽しみの予定でしたか?とミサカは中学生である自分にもモヤシの毒牙が伸びるのではないかと期待と危機感を抱きつつ、
慎ましやかな己のぱいおつをガードします」
「会うなりイキナリいい度胸だなァ人形ォォォ……どこを見てりゃァそンな愉快な台詞が出てくるンだァ?」
「何処を見るも何も、目の前に」
一方通行は己の姿を今更に確認する。
がっしりと落とさぬように少女の柔らかな肉体をdき抱いた学園都市第一位。
女子中学生を身体で包み込むように抱き上げる学園都市最強のレベル5。
幼女を救うために最近レベル(多分)6になりました、今では絶賛JCを抱っこしています、本当にありがとうございました。
「いいご身分じゃねぇかよ、第一位。暗部掌握ともなると中学生お持ち帰りし放題ってか?中学生とか、寧ろリアルに性癖過ぎんじゃね?つか気持ち悪いんだけどさぁ!
マジで、ホント喋りかけないでよっていうくらい気持ち悪い。ホント、上位個体にも話てやろうか?ああ?」
「ほれほれ、こうして健気さが武器の番外個体までご立腹ですが、何か申し開きはわりますか?とミサカは夫の浮気を詰る妻の如き台詞をのたまってみます」
番外個体さん(すっかり笑顔が可愛くなったと評判)がこめかみに青筋を浮かべる。
いつもの如き口汚い罵倒に、本気の怒りが込められているが、生憎と一方通行には通常運行にしか感じられない。
しかし、彼にもわかっているのは、この状況が非常にヤバイということ。
ミサッターやミサろだ、ミサミサ動画にみさつべ…ネガキャンにおいては最強の能力を誇るMNWを知るだけにかなり必死だ。
「いや、これはだなァ…色々ワケがあってだなァ…おイ、着いたンだからさっさと降りろ」
「にゃふふふふふ~ん♪」
「「にゃふふふふふ~ん!?」」
「おいィィィィィーーー!!何君?何でイキナリそンな具合になっちゃってるンですかァァ!?」
42:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:20:58.04:KVww07Y0
我等が佐天さんは一方通行の首にかじりついたまま、ご満悦のご様子だ。
すりすりと顔を擦り付けては、頬を染めてにゅふにゅふと笑う。
心なしか口も『ω』。
「おい、状況把握しろ。お前今の自分わかってンのかァ!?」
「クンクン…いい匂い…クンカクンカ…にゅふふふ~~にゃんふ♪」
「ちょ、え、君ィィィィィィィィィィーーーーー!!」
どうしてこうなったと思う方もいるだろう。
『山を飛び、谷を越え、僕等の街へやって来た』と古き時代の歌詞にあるが、一方通行は正に“その通りの方法”でやって来た。
一般的な、能力を持たぬ女子中学生が日常で経験するあらゆるアトラクションよりもスリリングな手段で、だ。
顔を凄まじい勢いで叩く風を一方通行がベクトル操作で防ごうとも、正直そりゃあ怖い。
紐無しバンジー?もしくは安全バー無しでフォールダウンを繰り返すようなものだ。
結果、佐天涙子は一方通行の身体に身体ごと押しつつけるようにしがみつくことで彼の温もりを感じ、彼の首筋に顔を埋めて安心することでその恐怖をやり過ごしてきた。
それでも怖いもんは怖い。
少なくとも「わぁ~風になったみた~い!!」だの「コレが空を飛ぶっていうこと…(うっとり」とはならない。
そりゃあ普通ならない。
そして、人間は恐怖を感じすぎると、快楽物質が出て恐怖から逃れようとする。
佐天涙子の場合は気になるあんちくしょうの『匂い』にそれが+αとなった。
相乗作用という言葉がある。恐怖から逃れるべく身体が快楽を求めようとし、異性の匂いがそれを増幅し、そして増幅した快楽物質が更なる快楽を貪るように…
と此処まで書いてきて何だか、ちょっとアレな感じだが、つまり、もっとわかりやすく一行で説明すると。
『佐天涙子は一方さんの匂いと温もりでヘブン状態になった』
こんな感じである。
うっかりその場にいる人間には黒い猫耳が幻視出来てしまいそうだ。
43:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:25:01.39:KVww07Y0
「は、は、はぁ~ん。さっすが第一位様。どうやって中学生の雌ガキ誑かしたのさぁ?クスリでも使ってぶち込みやがったのかよぉ?ぎゃははは」
(最近そういうケータイ小説読んでましたものね…とミサカは耳年増な番外個体の震える手に視線をやりながらこの状況を実況します)
ある意味惜しい番外個体。
クスリじゃないけど、佐天はへヴン状態だ。ちょっとキメた感じに。
しかし、一方通行は番外個体の言葉に舌打ちをかます。
普段であれば聞き流すが、彼にとって腕の中にいる少女は、『表の存在』であり、一種神聖な世界の人間である。
もう少しオーバーな言い方を抑えるとすれば、悪影響になりそうな汚い言葉に過敏な親御さんだ。
「ああァ?テメェにやァ関係ねーだろォが。つか、このガキは普通の『表』のガキだ。下らねェこと聞かせるンじゃねェよ。テメェのクソアバズレっぷりが感染るだろォが」
「!?」
ビクリと肩を震わせたのは番外個体。
これくらいの反撃なんとでも言い返せるはずなのに、彼女にとって衝撃だったのは、彼が見ず知らずの女を庇うように切り捨てるように言葉を放ったこと。
いつもの通りにじゃれ合いの様な言い合いではなく、ハッキリと自分の相手をしないという意思表示。
一方通行には当然そこまでの意識は無い。こんなガキの前であんまり教育上宜しくない言葉遣いをさせまいというただそれだけの事なのだが、どうやら様子がおかしい。
いつもなら真っ先に憎まれ口を叩いてくるはずの番外個体が黙っていることに気付く。俯いている彼女の表情は一方通行からはわからない。
「番外個体?」
「う…ッく…」
「オイ…どうした番外個体?」
「ひっく…グス……」
「え、ちょ、番外…個体さン?」
顔を上げた番外個体は目に溢れんばかりの涙を浮かべていた。
「うわぁぁぁぁーーーーん!!!一方通行のバカヤローーーーーーー!!!糞中二ロリコンモヤシーーーー!!!」
「またかよチクショォォォォーーーーーーーーーー!!!!!!!
「ビヤァァァーーーーーーー!!!」
ガン泣きである。
「ミサカぶっちゃけ空気じゃね?」
ひっそりと呟く御坂妹。
勿論、実況は怠らない。ブレない女はいい女の証拠だとばかりに。
「くんくんくん…すーはーすーはー」
「うッヒ、ひゃァァァァーー!!!深呼吸すンなァ!!」
「すーーーーはーーーー」
「自重してくンないィィィ?」
44:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:28:13.34:KVww07Y0
「で、結局その佐天さんっていう子が入り浸ってるわけか…あ、欲しい素材あるんだけどさ……まぁ心配する必要もなかったな」
「何だよ、何か言いたげじゃねェか…まだ持ってなかったのかァ?」
午前中で補習を終え、おそらく学園都市最強のコンビであろう二人はいつものごとく、ダラダラと過ごしている。
補習を終えた上条が仕事を終えて暇を持て余している一方通行にメールを入れてファミレスで合流するというパターンだ。
「ガンスってムズいだろそれ」
「慣れるまではなァ。コツを掴ンじまえば大したことァねェよ。俺が中学生のガキに何かするとでも思ってたのかァ?」
「いや、そうじゃなくてさ。お前のことだから変な事に巻き込みたく無いって言ってはねのけるんじゃないかって思ってた。
俺が心配してたのは、それが手荒じゃなかったのかっていう点だよ」
この不器用さが服を着て歩いているような男は、下手をすれば能力を使って脅しかねない。
悪役をやることには慣れきっているのだと、自分で自分を納得させてしまう。
それでは寂しいではないかと、常々上条は思っていた。
「最初はそうするつもりで部屋に呼ンだンだがなァ」
ジョウズニヤケマシタ~♪
「そうしなかったと。何かあったのか?ま、まさかひとめぼれ…流石はアクセロ」
「はり倒すぞォ三下ァァ…」
「すんません」
ロリコン疑惑が再燃し始めているだけに、一方通行は非常に敏感になっている。
特にラ行の発音なんかにはピリピリしている。ラ行[ピーーー]!!というまでにだ。
昨日ネットサーフィンをしていたインデックスが発見した書き込みは凄まじい反響であった。
確か内容は
セロリこと一方通行が「中学生はなァ…ババァなンだよ」
ではなく「中学生はなァ…食べごろなンだよ」だった件についてお前等どう思う?とミ○カはフラグ体質を発現し始めたセロリについて悪意と何故か苛立ちを持って書き込んでみる。
こういう内容だっただろうか。
レスが凄まじい速度で増えていき、中には携帯やデジカメから取った画像や動画をアップする者まであった。
45:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:32:34.09:KVww07Y0
「しかし、お姫様抱っこで空を飛ぶって……ラブコメ系のラノベのキャラでせうか」
「うン、スッゲー今イラッときたンだがァ…チッ、まァ実際みっともネェ真似しちまったのは確かだァ」
「お礼っていうと、やはり上条さん的には色々なピンク色な感じのエロコメイベントを想像するのですが?」
「お前さ、ほンとあのシスターとそういう風になってから頭の湧きっぷりに拍車が掛かったよなァ…
そもそもお前が聞きたいのかァそんなことをよォ?日常茶飯事だろうが」
「わかってない、わかってないなあーくん。上条さんのお礼イベントはあくまでも言葉の通り。
俺は自覚してるんですよ、そういうイベントは後ろに『ただしイケメンに限る』って付くことを。
故に、無駄な期待はしない。もしかしたら自分に限ってはオイシイラブコメが待っているんじゃ…
なんて期待はとうに捨て去りましたともさ」
ちっちっちと指を左右に振る気取った仕草にイラッとする。
その指をへし折るぞと言いたいが、本気でそう思っているようなので、一方通行は黙る。
この男の鈍感さ加減、無自覚なフラグメイカーぶりは伊達じゃない。
(超電磁砲も気の毒によォ…)
気分は報われない妹を持ってしまったお兄ちゃんだ。
一万人の妹を持つお兄ちゃん。胸熱だなぁとのたまったのはイカレグラサンアロハだったか。
「まぁいい…あのガキの話だったな。俺はよ、とりあえず話を聞くだけ聞いてから、部屋からつまみ出そうと思ってたんだ。
俺みたいなのにあンなガキが近づいていいはずがねェからなァ。最悪能力使って脅してやってもよかった」
「やっぱり使おうとしたんか…で?」
「珈琲でも飲むかって缶コーヒー出そうとしたら、俺ン家のドリッパー目敏く見つけやがってよ。で、当然淹れて飲まないのかっていう話しになったわけだァ」
「そりゃあ、そうだろう」
袋いっぱいに缶コーヒーを買う男がコーヒー好きじゃないはずがない。
部屋にドリッパーや豆など本格的なものがあれば尚更だ。それなのに缶コーヒーを奨めるというのは不思議に思うだろう。
上条は冷めかけたポテトをかじる。
「正直気が進まねェ。前に淹れてみたら飲めたもんじゃなかった。ンで、この前も淹れてみたら見事に泥水が出来上がったわけだ」
「わお。珍しい。お前料理とかできるのにな。滅多にしないだけで」
「ああ、レシピさえわかってりゃあ大体できる。能力でどうにでもなるしなぁ。
けどよ、どうにもああいう技術云々よかコツがいるモンは出来ねェ」
46:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:35:41.66:KVww07Y0
『うめェ…』
思わず口からこぼれた賞賛の言葉。
ツンデレキングこと一方通行が素直な賞賛を口にすることなど、青ピーのナンパが成功することに匹敵するほどのレアさである。
番外個体であろうとも、結標淡希であろうとも、彼に手料理を振る舞って素直に美味しいと言われたことなどない。せいぜいが悪くねェ止まりだ。
『好き→嫌いじゃねェ』
『なかなか美味しい→食えなくもない』
と変換されてしまうのだ。
『ホントですか?良かった~――― 特訓しておいて…』
『何だって?』
『あ、いえいえ、何でもないです。でも一方通行さんて器用な感じがしたんですけど、結構不器用さん?』
『うるせェ。悪いかよォ…』
『ああ、気を悪くしないで下さいよ。でも、珈琲好きなのに、豆があっても美味しく飲めないって結構生殺しじゃないんですか?』
『わ、わかるか?』
密かに己の抱えるジレンマに共感されたことが、一方通行の心をくすぐる。
『お仕事から帰って熱い珈琲を飲みたいなって思ってもコンビニで缶コーヒー買うわけになっちゃうんですよね?』
『お前…わかってンじゃねェかッ。ケッ…ガキのクセになかなか話せる奴だなお前』
友達いない歴が年齢の9割近くを占める一方通行は自分の気持ちに対して理解されることに極端に弱い。
ある意味においてメンタルが弱いのだ。
打たれ弱いのではなく、ガードが甘い。
悪意に対しての打たれ強さ、ガードは鉄壁であるというのに。
そんな長期政権を保有する王者が、好意的な感情を前にすると、とたんにグリーンボーイになってしまう。
悪意はベクトルで操作出来ても、イマイチ好意は操作出来ない一方通行だ。
悪意以外自分に向けられる感情など無いとばかりにオート反射スキルは伊達じゃない。
だから上手く反射できない好意は一方通行にとっては「魔法」のようなものなのだった。
47:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:36:58.47:KVww07Y0
『だったら、私が教えてあげましょうか?美味しい珈琲の淹れ方』
『それが礼ってやつかァ?』
『駄目ですか?缶コーヒーの味に飽き飽きしてる一方通行さんの日常に、ひとときの安らぎを!!』
『安らぎ…?』
『そうです。想像してみて下さい。仕事から帰ってきた、今日は大変だった、身も心も疲れている…お仕事ツライでしょう?』
『ああ…仕事はしンどいンだわ、確かに』
『そんな時、熱々の湯を用意する。ゆっくりと湯を注いでいく。ドリッパーから滴り落ちる滴の音、部屋に広がる香ばしい珈琲の香り』
『ああ……』
『一口飲むと口に広がるほろ苦く、深みのある豊かな珈琲の味わい…』
『ごくり…』
『そんな珈琲を淹れられるようになりたくはありませんか?』
『な、なりてェ…』
『教えて欲しくはありませんか?』
『欲しいぜェ…』
『私が教えちゃいます!!』
『た、頼ンじまってもいいのか…?」
『全然オッケーです。だからメアド教えて下さい!!』
『ああ、わかったぜ』
『これで一方通行さんに安らぎの日々をあげられます』
『安らぎ…安らぎかァ…く、くれンのかよォ…?』
『あげいでか。あげますよ。っていうかむしろ私をあげます!!』
『くれンのかァ!?(安らぎを)』
『あげますとも!!(佐天涙子を)』
『マジでかァ…お前…俺みてェな外道にそこまで…』
『お礼ですから』
『お礼ってだけで…くッ…眩しいなァ…これが光の世界の住人って奴か…』
『気にしないで下さい』
『そういう訳にはいかねェよ…でっけェ借りを作っちまったみてェだ』
『だったら、交換条件で通ってもいいですか?』
『ああ、教えてもらうンだからなァ』
『ほ、本当ですか?だ、だったら、合い鍵とか…ほら、入れない時とか困りますし、先に来ちゃって』
『わかったぜ、ホラ、こンなモンでよけりゃァ』
『えっへへへ~~~ありがとうございます!!』
「と、まァそういうやりとりがあってだな。あンなに親切なガキを突っぱねるなンざ俺にはァ出来なかったンだよ。ヘッ、いいぜ?情けないヤロウだって蔑んでくれてもよォ」
「上条さんは今までお前がキャッチセールスに引っかからなかったこと寧ろ感謝したいですよ、ホントに…」
やばい、コイツ思っていた以上にピュアな人だと、上条はドン引きしながらこのいろいろな意味で白い子の今後が心配になった。
59:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:22:28.73:llRuvQc0
「あ…」
短い声が佐天から零れる。思わずといった声に、咄嗟に口に手を当てて一方通行を見る。
二ィっと得意げに笑う。
くいっと顎でカップをしゃくり、肩を竦めてみせる。
気取った仕草が妙に可笑しく、そしてちょっと可愛いと佐天は思う。似合っているだけにだ。
イケメンじゃなかったら失笑ものだろう、本当に得な生き物だイケメン。あいつ等もう別の生き物だよ。
「どうだァ?中々のもンだろうが」
自分用のカップに淹れた珈琲を一口飲むと、フンと満更でもない様子。
ううぅと唸りながら佐天がずずずとわざとらしく音を啜る。
美味しいことは美味しいのだが、正直ブラックはそんなに飲めない。
子供扱いされるのがわかっているので口にはしないが。
「まァ、まだお前のには及ばねェがなァ」
「ふふ~ん、そうそう簡単に追いつかせませんよ~」
「ケッ、言ってろ」
佐天は飲み干したカップを流しに置くと、そのままセーラー服の上からエプロンを身に付けていく。
黒い色は彼女らしくない重いカラーリングであるが、佐天としてはこれでいい。
というかこれじゃなきゃ嫌だった。
何故なら、これは一方通行のエプロンだから。
コレを身に着けるだけで、佐天はむふ~と満足げになる。ご満悦だ。
60:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:25:00.67:llRuvQc0
「つーか、イイのかァ?メシなンざ適当に…」
「駄目です。そう言って放っておくとお肉しか食べないじゃないですか一方通行さん」
ファミチキ五千円分相当を見た時は卒倒しそうになった。
「番外個体みたいなこと言いやがる…」
番外個体という名に、微かにピクリと口元が引きつるが、一方通行はそれに気付くはずもない。
そんな細やかな配慮の出来る男のはずが無いのである。
「誰でも言いますよ。それにお料理するの好きですし」
しかもそれが気になる人に作るのだったら尚更燃える。
やる気満々だ。授業中にこっそり料理本を覗き見る回数と、教師に怒られる頻度が上がったのはご愛嬌。
ちらりと視線を戸棚に何気に移したところで佐天は何気に気になったことがある。
「そういえば一方通行さんって紅茶とかは飲まないんですか?」
「紅茶ァ?」
初めて聞いたぜそんな言葉、そう言いたげに眉を顰める一方通行に、妙案が浮かんだとばかりに佐天はにこっと笑う。
何かを企んているような笑みに、一方通行が見覚えがあった。
打ち止めが彼に我がままを言う時、悪戯を仕掛ける時、こういう笑みを浮かべたと思い出す。
清々しいほどに屈託がないというのに、滲み出る胡散臭さ。
「何か警戒してません?」
「!?テメェ……さては思考を…」
「読めませんから。無能力者ッすから自分」
この人予想以上にわかりやすいなぁ~と佐天は密かに思う。
顔芸というか、顔に感情がありありと出ている。
61:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:30:11.13:llRuvQc0
(いや、そうじゃないのか。多分オンオフみたいなんだ表情が)
攻撃性を出すか、無表情か。それだけなのだ、彼は。
御坂からレベル5がどのような子供時代を送ってきたかは聞いたことがある。
一番親しみやすい御坂でさえも子供らしいことをせずに成長してきた。
その反動で、あのようなイタイ…もとい子供らしい趣味を持っているくらいだ。
いや、キャラパンはキツイッスよ御坂さん、と何度佐天は思ったことだろう。
着替えで、お尻にデカデカと『オス、自分ゲコ太ッス。御坂の姐さんには可愛がってもらってるッス』と来た時にはドン引きした。
初春が言うには学園都市で一位と二位だけは“最初から一位と二位で不動だった”と聞いた。
一体それは彼がいくつの頃からだろうか。
感情の動きを攻撃性でしか表現できないようになってしまうのは一体。
不審そうに佐天を見る一方通行の姿に、一瞬野良猫を連想してしまうのは佐天の勝手な妄想だろうか。
「そうだ。今度明日私紅茶持って来ましょうか。淹れてあげますよ」
「いや、別に紅茶とか…ッてかお前また来るつもりかァ?」
「まぁまぁいいじゃないですか。美味しいですよ私の淹れる紅茶。
友達に常盤台のお嬢様がいて、その子直伝なんですよ。常盤台ですよ常盤台です」
「常盤台かよォ…いいイメージねェンだが」
脳裏に浮かぶのは自分を財布代わりに扱う憎たらしいクローンの中二達の顔。
無表情?冗談じゃない。アレを見てください。ありァあ悪魔の顔ですよ、エエ。
過去に何度買い物に付き合わされたことか。それだけならばまだマシかもしれない。
62:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:33:19.85:llRuvQc0
それ以上に厄介なのが個性の分化。
最初は人形そのものであった妹達に徐々に個性が芽生えていくのを、一方通行は内心喜ばしく思っていた。
口に出したことは無いが、彼女達がそれぞれ普通の少女達のように、何気ないことに喜びを見出し、何気ないことに怒り、泣き、笑いそして幸せを感じる。
そうなってくれたら、それはどれほど良いことか。
自己満足であり、自己欺瞞であるのを承知で、一方通行はそうなることを望んだ。
彼女達に個性が芽生えていくことを心より願った。
そう思っていた時期が俺にもありましたァ。
『オイ…こンな夜中に何で人の部屋にいるンだァ…?つか、その首輪は…』
『あ、あの……雌豚って…ミサカの顔を雌豚って言いながら踏みつけて…キャッ恥ずかしいってミサカはミサカは…』
『ェェェェェ……』
『なンでお前このクソ早い朝っぱらからゴミ捨て場にいンだァ…?』
『ハァハァ…ぐ、ぐぐぐぐ、グッモーニン…せ、セロリタン……ミ、ミサカに…ミサカにセロリタンのその今にも捨てようとしている使用済み下着のゴミ袋を…
いえ、代わりに捨てておくだけです。ええ…ハァ、そんなハァハァいかがわしいことになんてハァハァ…ちょっとクンクンモグモグするだけで…ハァハァ……
おかしなことにはハァハァハァ…うッ……ふぅ…』
『最後の“ふぅ…”って何だァ!?』
『……いえ、何でもありませんよ?ただミサカ達は一体何処から来て何処に行くのかが気になっただけで…』
『お前今賢者タイムに入ったろォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーー!!!』
「一方通行さんどうしたんですか?」
「いやァ…個性ってなンだろォなァ…」
63:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:37:01.92:llRuvQc0
土御門元春の目の前には、ソファに腰掛ける結標淡希と、彼女の隣りには学園都市最強の憎いアンチクショウこと一方通行。
ロリっ子好きの同士だと思っていたら、ボインちゃん好きの噂流しに奔走するという度し難い裏切りをかましてくれた男である。
一方通行は不機嫌そうに口元に箸を運んでは荒っぽく咀嚼する。
じっと一方通行を見つめる結標の視線は真剣そのものであり、一方通行といえば白い顔色をさらに白くさせている。
手の中にある弁当箱の中身を空にすると、心の底から疲弊しきっているかのような溜息を吐く。
ちらりと、土御門は視線を斜め向かいに向ける。
海原(偽)ことエツァリは、いつものごとく感情の読めない胡散臭い爽やかな笑みを浮かべる。
若干、そこに苦笑めいたものが浮かんでいるのは、土御門の気のせいではない。
「ン…まァ、悪くはねェンじゃねェの」
一方通行はかろうじてそれだけ言う。
声が…凄く震えています。
「本当?この前よりも美味しい。まだまだ用意できるけど?」
人はコレをムチャぶりと言う。
「調子に乗ってるンじゃねェよ。誰も美味いなンて言ってねェだろうがよォ」
箸を置くと、一方通行はソファから立ち上がる。
おそらく帰るのだろう。今日の依頼は予想外に早く終了している。
早く帰って横になりたいに違いない。土御門と海原は同じ思考に行き着く。
「そう…」
一方通行の置いた箸と弁当箱を片づけながら、結標の声はどこか暗い。
意気消沈しかけた結標に、一方通行の表情に焦りが浮かび上がったのを土御門は見逃さなかった。
64:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:44:45.02:llRuvQc0
「……まァ、この前よかはマシなンじゃねェかァ?
言っておくが、マシになっただけだ、マシになァ。勘違いしてンじゃねェぞ!」
舌打ちと共に大変素直ではない言葉が出る。
しかし、一方通行とそれなりのつき合いである土御門にはどれほどデレているのかがわかる。
(いっつーさんのデレいただきましたにゃー!)等と内心喝采を上げる土御門元春。
正直、かつての一方通行に比べればデレ期に完全に突入しているとしか思えない。
「まぁ、俺としちゃァ、もう少し薄味でも良いンじゃねェかと思うがなァ」
本当はすっごく味を薄めて欲しい。切に願う。
だって噛んでる最中にガリガリ音がしたンだもン。その言葉をグッと飲み込む。
無性に薄味の煮物が食べたいなどと、疲れたサラリーマンのお父さんのようなことを思う。
「そうなんだ…」
一瞬結標は無垢な、年相応の表情を浮かべるがそれを打ち消すように唇を尖らせる。
「って、そっちこそ何勘違いしてるのよ!どうせ自炊しないだろうアンタに同情したから残飯やってるだけなんだから。
味に注文付けるなんて片腹痛いわよ」
「ああァそうかい。そいつァ悪かったなァ。ったく、人がせっかくアドバイスしてやってンのによォ…」
いや、ほンと塩の塊とかキツイっスよ淡希さンと一方通行が思ったのかは定かではない。
しかし、アドバイスは事実を指しているのだ。
「よ、余計なお世話よ!!」
しかし、結標はカァっと赤くするとふんと、鼻を鳴らす。
一方通行は結標の相手はおしまいだとばかりにきびすを返す。
早く寝たい。疲れきった身体を癒したかった。一刻も早く。
「何よ…何だかんだ言ってきっちり食べてるじゃないの素直じゃない奴!!」
「それをお前が言うなっていう話しだにゃー」
「ですね」
「な、何よ!!」
ムッとした顔で睨みつけてくる結標に土御門と海原はやれやれと肩をすくめる。
「鏡見たほうが良いんだぜい。耳まで真っ赤だにゃー」
「あと失礼ですが、顔が緩んでますよ」
「一方通行が鈍い奴で良かったにゃ。いや、悪かったのか?」
「あにゃッ!?」
65:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:46:50.47:llRuvQc0
ニヤニヤと土御門がからかうと、結標は更に顔を林檎のように染める。
服装こそ露出多めの痴女ッ子丸だしのクセに、随分と初な反応だ。
土御門のいじめっ子属性がくすぐられる。
「それにしても盛大な残り物だにゃー。
学園都市御用達の保温性の高い弁当箱に入れてるのを差し引いても出来立てみたいだったにゃー」
「ええ、今の季節だと湯気が立ち上っているのがよくわかりますね」
海原ものっかる。
「な、ななななによ…レンジで昨日の夕飯の残りをチンしたのよ、そうよ、それだけよ!!」
「ほほう。ところで結標よ知っているかにゃ?お前の頬にソースが付いてるぜ?まるで調理してた時に付いたみたいだにゃー」
「!?」
とっさに頬に手を当てるが、結標の手には何も付かない。
「何もないじゃない!!」
「そうだにゃーでも、ドジっ娘は見つかったようだな」
暗部モードの有無を言わせぬ口調に結標の顔が凍り付く。
ゴゴゴゴゴという効果音と共に、にやりとした土御門の笑みがいやらしく深みを増す。
「健気だにゃー。そうは思わないか海原よ」
「ええロシアから彼が帰ってきてからですよね。
やたら一生懸命に苦手な自分の座標移動を克服したと思ったら、わざわざ帰って作って来るんですから」
「きっと味付けも明日は薄目にするんだぜい」
67:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:54:15.73:llRuvQc0
くすくす、にやにや、ひそひそ。
土御門と海原はちらちらと結標を横目に見ながらわざとらしく声を潜めて頷きあう。
こめかみをひきつらせながら、林檎のように顔中を真っ赤にさせた結標は、しかし土御門達の追求に二の句がつげられない。
何故なら全てが図星だから。
「アンタ等…今すぐに衣服だけ残して飛ばしてあげてもいいのよ?海原は常盤台にまっぱで飛ばしてあげようかしら?
愛しの超電磁砲に軽蔑の眼差しでも向けられることね」
剣呑な視線を向けながら、結標はわなわなと震える手に軍用ライトを取る。
半ば本気だ。しかし、土御門はもちろん、海原にも動揺は見られない。
土御門は結標は本気でやれはしないだろうとわかっていたし、海原にとってはやるやらないなどそもそも問題ではないからだ。
「御坂さんに裸を見られて、ゲジゲジを見るような目で見られる?
蔑みの眼差しで見られると?罵倒されるという目に遭わせると、そう仰るおつもりですか?
僕のアステカ式わんぱく棒ズを腐った蛆虫を見るような目で御坂さんに見られると!!
それなのに僕は裸に亀甲縛りで身動きが出来ずに転がることしか出来ない状況に甘んじるしかない。
そんなシチュエーションに僕を突き落とそうとするおつもりですか!?」
「い、いや…そこまでは…えっと…」
あわきんドン引き。
「ふふふ……甘いですね結標さん」
「海原…?」
「おい…どうしたんだ…海原…」
「そう、貴女がこっそりつけている『あわきんダイアリー』よりも甘いですよ!!」
「あ、アアアアアアアアアアア、アンタッ!!な、な、にゃんでそれを…ッ」
「その程度で僕が恐怖に竦むとでも?くくくく…僕の御坂さんへの愛はその程度では挫けません!!」
バンッとテーブルを叩くアステカの魔術師。
「あえて言いましょう。寧ろ望むところですよ、と」
「望むの!?」
アステカの魔術師にとって、御坂美琴の蔑む視線などご褒美らしい。アステカ、さすがはアステカといえよう。
ロマンと神秘に彩られた未知の世界には我々の常識にはない概念と価値観が山と存在するようだ。ストーキング行為を純愛とし、軽蔑の眼差し、罵倒をご褒美とする。結標淡希は初めてアステカという世界に戦慄を抱いた。
69:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:57:59.38:llRuvQc0
「それでさぁ、一方通行さんたらさぁ、結局『まァ悪かねェな紅茶もよォ』とか言っちゃってるくせにさ」
「はいはい」
「顔がほわぁって柔らかくなってるのに気づいてなくてね」
「ほうほう」
「その顔が無邪気っていうのかな、いつもみたいに眉間に皺寄せたり、二カァって笑ってる時と全然違ってて凄く可愛いの」
「へぇぇ~」
風気委員の雑務をこなしながら初春飾利は気のない返事ここに極まる。
正直仕事の邪魔、ぶっちゃけうざい。
その言葉は親友であるが故にグッと噛み堪えながら親友ののろけじみたテロにも匹敵する言葉の五月雨に耐える。
若干頭の本体さんも元気が無い。
しょぼんと花は萎れ
「飾利よ、涙子嬢のコレは一体いつまで続くんだ?」
と初春にい問いかけているかのようだ。
初春の精神をガリガリと削り取っている佐天涙子の表情には僅かたりとも罪の意識など垣間見えない。
無自覚の罪って一番罪深いよね何時の時代も。
「最初は頼りになる人かなって思ってたんだけどさ、最初っていうのは助けてもらった時ね。
実際に付き合ってみると可愛いんだよね」
「へぇ~付き合ってるんですか」
「やだなぁ初春。付き合うっていうのはそういう意味じゃないってば。
ま、まぁ、私としてはそういう意味になるのも全然オッケーつーか、むしろバッチ来いなんだけどさ。あははははは…」
それにしてもこの佐天さん、テンション実に高い。
70:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 01:59:50.41:llRuvQc0
(はっぱでもやってるのかなぁ佐天さん…)
思わずとてつもなく失礼なことを思い浮かべてしまうは、いい加減にして欲しいという初春の限界の顕れ。
手にした「美味しい珈琲への道」をぺらぺらとめくりながら、普段であれば快活さと華やかさの中に凛々しさを秘めたその表情はだらしなく緩んでいる。
どうしてこうなった、と尋ねれば自分のせいであるのだが。
最初は面白がって佐天の後押しをしたのは確かであるが精々適当にはぐらかされて終わりだろうとたかを括っていた。
勿論、佐天が弄ばれるという意味ではなく、子供扱いされて追い出されるものだろうと踏んでいたのだ。
彼は自分に表の世界の人間、すなわち自分や佐天のような人間が関わることをよしとしない。
故に、佐天を遠ざけると思っていたのだ。だからこそ楽観的に見ていた。
佐天が様々なアプローチを掛けていくのをこっそりカメラにハッキングして覗き見て、普段からかわれている復讐の材料に使うのも良い。
危なくなったら白井と共に助けに駆けつければいい。
初春にとっても命の恩人にあたる一方通行は調べれば調べるほどある単語に集約されていく。
それは『義賊』。
御坂美琴がお熱を上げている上条当麻をヒーローとすれば彼は偽悪的もしくは悩むヒーロー。
上条当麻がウルトラマンならば一方通行は仮面ライダーであろう。
キカイダーも捨てがたいが、ちょっとわからない人にはハードル高いから仮面ライダー。
どちらかというと昭和だ。平成はもっと下らないところでグルグル悩んでるから。
71:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 02:03:11.76:llRuvQc0
初春は佐天が深入りなどせずにさっさと切り上げざるを得なくなると予想していた。
しかし実際には異なった。
佐天の淹れた珈琲にすっかり気に入ってしまった彼は佐天が訪ねてくることを許容するようになってしまった。
もしくは、初春が気付かぬ『何か』に一方通行が魅かれて…そこまで考えて初春は思考を切り替える。
自分がアレコレ考えて結論の出る問題でもない。
「でも良かったですよね、一週間珈琲淹れる特訓した甲斐がありましたよ」
「ホント、ありがとう~~。初春には感謝してもしたりないよ~~」
「お礼なら寧ろ私達風紀委員の方が言わないといけませんってば。
佐天さんの珈琲が徹夜作業の唯一の慰めだっていう人多いんですから」
それから珈琲を淹れてくれる佐天さんの笑顔も、という言葉は言わない。
彼女の輝かんばかりの笑顔にこの一週間どれほどの風紀委員が使い物にならなくなったことか。
佐天が来ていないと途端にテンションだだ下がりの牙を抜かれた犬共の存在など露ほども知らずに、佐天はニコニコしている。
牙を抜かれた男共は、更には佐天がたった一人の男の為に美味しい珈琲の淹れ方を練習していたという事実を知ってから牙どころか去勢された犬に成り下がった。
奴等は既に駄犬だ。べりーしっと。初春は心の中で敗北主義者に舌打ちを見舞う。
佐天は先ほどからちらちらと時計を見ているが、今日もそろそろというわけであろうか。
「おや、もうこんな時間だ。あんまり長居すると迷惑になっちゃうから私は帰るね初春。また来週学校で」
長居しすぎて迷惑だなどと言ったことも無いくせに、最近はすっかり夕方には引き上げていく佐天。
彼女の向かう先などわかっている。タイムセールがあるのだろう。
そして向かう先は恩人の部屋。
「やれやれだなぁ」
初春は気晴らしに雑務を放り投げPSPのスイッチを入れる。
もう狩るしかねぇってばよ、得意の片手剣が今日も唸る。
この後帰ってきた白井に大目玉を食らうのは15分後の話である。
ドンマイ、初春。
80:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/12(日) 08:28:12.44:fc58SUAO
「それで、相変わらずじゃん?番外個体は」
「うん、今は10032号が中でお話してるけど、MNWを切ってるから状況がわからないって、ミサカはミサカは一人仲間外れな状況への不満を大人の余裕で耐えてつつヨミカワに報告してみる」
初めて出会った頃よりも背が伸び、アホ毛も凛々しくなったミニサイズの御坂美琴こと打ち止めがドアの前でジャージ姿の美女に心配そうな顔を向ける。
家主である黄泉川は視線をわずかにドアに向けると、髪をかきあげる。
「まったく……泣きながら帰ってきたと思ったら引きこもって一週間じゃん?いい加減顔くらいきちんと見せてくれないと安心出来ないじゃんよ」
打ち止めは、MNWが切れていることを確認すると、黄泉川をリビングへ手招きする。
万が一にも部屋の中にいる番外個体と御坂妹には聞かれたくない内容だと察すると、黄泉川はうなずく。
リビングのテーブルに向かい合い腰掛けると、打ち止めはミルクを一杯注いで飲む。
「番外個体はああ見えて一番幼いの。ああいうキャラだし、悪意を集めやすいっていう設定だからメンタルが強そうに見えるけど、それはミサカ達の悪意に慣れてるっていうだけ。
それって幼い自我だった番外個体にとっては自分の感情と変わらないんだよって、ミサカはミサカは今後の新巻の内容によってはデタラメにしかならないだろう番外個体の新事実を打ち明けてみる」
打ち止めさん、メタな発言は控えて頂けると、その、助かります。
85:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 18:56:47.63:llRuvQc0
「う~ん…要は他人の悪意と違って、自分の心の恨み言が鮮明に聞き取れてるだけっていうことじゃん?」
「当たらずとも遠からずだよ。ミサカ達は自我の何割かをみんなで共有してる。だから個々の自我が邪魔をしないで『ミサカ』という『群体』としてあの人をサポート出来てる。
未熟なミサカだったり、心が弱っているミサカによっては、他のミサカ達の感情に巻き込まれちゃって自分の感情と区別が出来ないの」
「そうなると、アイツの一方通行への態度は何なんじゃん?」
「番外個体は知識でしか知らなかったあの人とロシアで出会ってから、急速に自我が成長したの。
心は入れ物、器である身体に引っ張られて成長していくものだから、それは他のミサカ達よりも早いものだった。
黄泉川や芳川達と此処で暮らすようになってからの番外個体は悪意以外の感情を芽生えさせていってるんだよ。
だから、幼いながらも自我がはっきりと彼女の中で育っていったんだってミサカはミサカは黄泉川と芳川の保護者スキルにGJをしてみる」
グッジョブ。打ち止めは小さな親指でサムズアップする。
「照れるじゃん。それで、それで?」
「うん。けど番外個体がミサカ達のあの人への悪意を受けていることは変わらないの。
もちろんMNWでそれを修正するようにゲコ太のお医者さんと協力体制で取り組んでるんだけど、
すぐには上手くいかないの。悪意とは言え、いきなり感情を刺激するものがなくなれば
番外個体の精神は不安定になってしまうから。だから今、番外個体の中で二つの感情が
ぶつかり合ってるの」
86:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 18:58:47.89:llRuvQc0
黄泉川はぱちんと得心が行ったように指を鳴らす。
「そっか、つまり自分の感情だと思いこんでるアイツへの悪意と、番外個体自身のアイツへの感情が喧嘩してるってことじゃん?」
「うん、だからチグハグな態度に出ちゃうのってミサカはミサカはよく出来ましたって優しい先生のように黄泉川を絶賛してみる!わーパチパチパチ」
小さな手を叩いて喜ぶ打ち止めがちょっぴり小憎らしかったので、黄泉川はおでこにでこピンをする。
はうっとのけぞると、打ち止めは涙目で唸る。
「それで、アンタはいいじゃん?」
「何がなの?」
「御坂妹の話しじゃ、アイツが女の子連れ込んだって話しじゃん?昔みたいにミサカはミサカはアナタの浮気を疑ってみる~~!!って行かないじゃん?」
打ち止めの手からコップを取ると、ミルクを注いで一息に飲む。
メーカーは当然皆の、巨乳の、固法先輩の味方ムサシノだ。
「そもそもアンタって最近アイツにそっけないじゃん。アイツ寂しそうにしてたじゃん、この前」
折角打ち止めの為に、彼女が欲しがっていたぬいぐるみを持参してやってきたというのに、
殆ど部屋に篭って会わずしまいだった。
一方通行といえば、
『は、ははは、ま、べっつにィ~~クソガキの相手とかマジ疲れっからァ~?
イインですけどねェ~』
とテンプレの如き強がりの後にしょんぼりだ。
しょんぼりっぷりがあんまりにも可哀想だったり可愛かったりで、黄泉川は思わず
ぎゅっとしてしまったのだが、それは余談である。
87:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:01:07.93:llRuvQc0
「本当は甘えたいけど、あえて我慢するの」
「甘えたい盛りの子供が我慢するのはよくないじゃん。親や兄弟に甘えたい気持ちなら尚更」
「そうなの、兄弟が問題なのってミサカはミサカはヨミカワの口にしたワードに触れてみる」
「何がダメじゃん?アイツ相当素直になったから多分甘えさせてくれるじゃん。問題ないじゃん」
「ミサカは今まであの人とべったり一緒にいたがってた。
けど、そうするとあの寂しんぼウサギはすぐに『家族愛』で一括りにしたがるのってミサカは
ミサカはロシアで見たあの人の無邪気な笑顔を思い出しときめきと不満を覚えてみる」
「ええっと……つまりアレじゃん。あんまりくっつきすぎて家族としか見られなくなるのは困るってことじゃん?」
「そう!!素っ気なく振る舞ってあの人に、ミサカもお年頃の女の子であることを意識させる。
それから徐々に成長して光輝いていくであろうミサカを見せつけるの。
今誰とつきあっていようが、最終的にミサカがあの人の隣に立てばいいわけであって、
それまでは大目に見るつもりだよってミサカはミサカは大人の余裕を見せつけながら
『ミサカ五ヵ年計画』の概要を打ち明けてみる」
ふんす、と鼻息荒く力説する打ち止め。
自分が11歳の時はこんなにもガッツいていただろうか。黄泉川は十何年前の記憶を辿る。
「ああ……それで、番外個体は結局どうするじゃん?」
「あの子は意固地だから、多分素直に説得されないと思う。だから最終的には自分で答えを見つけるしかない
とミサカはミサカは甘いだけの姉とは違うのだよと言ってみる」
「つまり放置ってことじゃん…御坂妹…頼りにしてるじゃん…」
保護者としてのふがいなさを噛みしめながら黄泉川は番外個体と御坂妹がいる部屋へと視線を向けた。
88:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:03:18.94:llRuvQc0
一方通行さんのピュアさんっぷりに上条さんがちょっとドン引きしちゃった日の夜。
場所は上条さんの意外にも小奇麗で、正直高校生の癖にと思わないでもない男子寮である。
「へー、あくせられーたーって案外おバカさんなんだね」
「まぁ、馬鹿っていうかアイツの場合人と接することに慣れてないからさ、疑ってかかるか、逆に素直に言葉を受け止めちゃうしかないんだよ」
上条がアイロンをかけた洗濯物をインデックスが畳んでいく。
家事スキルを順当にマスターしていく彼女を指してインなんとかさんwwと呼ぶものはいない。シスター服を着る必要がなくなり、白いブラウスにブラウンのスカートを履く姿はどこにでもいる可愛らしい少女でしかない。
そこにはえげつねぇ処置をされていたり、その気になったらチートキャラすぎて蚊帳の外に置いておかれたりする姿はどこにもない。
「あくせられーたは人を無意識に善人か悪人で分けちゃうところがあるんだよ。だから極端に言葉の裏を読みとったり、純粋に信じちゃったり二分されちゃうのかも」
「極端から極端に走るっていうことか?」
「うん。とーまも同じことが言えるんだけど、とーまの場合は単純に頭の巡りが悪いせいなんだけどね。一方通行の場合は完全な経験値不足なんだよ」
人生経験はともかく、コミュニケーションの経験値が絶対的に足りてないかも、と膝の上でリズムよく畳むのは上条のパンツ。
ふと、隣のインデックスが畳むマイパンツに目をやると、そのままインデックスの膝に目がいく。
スカートからのびる膝と、黒と緑のストライプのニーソの絶対領域が不可抗力的に上条の網膜を突き抜け、青い衝動に火を点ける。
【上条REASON:90/100】
89:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:08:03.43:llRuvQc0
ニーソか網タイツかガーターか。
この譲れぬ主張を巡り、上条当麻、浜面仕上、そして一方通行の三人の学園都市の英雄が血で血を洗う戦いを行ったことは、記憶にまだ新しい。
人はこれを『千日っぽい戦争(ニューサウザンドウォー)』と呼んだ。
上条の説教が風を切り、浜面の巧妙かつえげつねぇ罠が炸裂し、一方通行のプラズマが周囲を焼き尽くした。
上条の腕が吹き飛び、うっかり中からドラゴンさんがこんにちはしたり、浜面が召還魔法むぎのんによって自らの首を絞め、一方通行の黒翼が唸りを上げた。
上条さんがドラゴンっぽいのと合体して「俺は前世だか向こう側の世界だか、なんだかんだで魔王サタンだったりする」と言えば、それに対抗するのはダークヒーロー担当一方通行さん。
一方通行はエンジェル化して、エイワスを倒した時に手に入れた力で「じゃあ俺はルシフェルだコラァ!!!」と中二病を悪化させたりもした。
その頃になると僕等の凡人、浜面仕上さんはむぎのんに追っかけまわされていてそれどころじゃないし滝壷さんはそんなはまづらを応援していた。
戦いは、結局インデックスが網タイツを履き、番外個体と結標淡希がニーソを履き、滝壺がガーターを履いたことにより互いを尊重することの大切さを学んだ三人の自主的停戦によって終結した。
上条はその時の網タイツに包まれたインデックスの白くしなやかな脚を思い出す。
まるで陸に上がってしまった幼い人魚姫のような、すらりとした、穢れ一つ無い脚。正直ムラムラすると上条はごきゅりと生唾を飲み下す。
「うふふ、とーまったらいやらしいんだよ目が」
「いや、何を言ってるのでせうかインデックスさん。上条さんは別に…」
「嘘ばっかり。とーまは隠し事をするときは頬をかく癖があるんだよ」
「んなことねぇよ」
「でも安心かも。一時はとーまってば本気でアレが使い物にならないんじゃないのかなって、幻想殺しの影響で、とーまのきかん棒にあるはずの思春期が打ち消されてるかもって思ってたんだけどね」
上条さん枯れ過ぎだろうと、誰もが思っていた。
もしかして彼はいつしか仙人の領域に…などという疑惑が学園都市、イギリス中を駆け巡ったりもした。
しかし、現実はそうではなかった。所詮というべきか、流石にというべきか、上条も漲るお年頃。
流石の幻想殺しも上条の思春期まではぶち殺せなかった。
顔を背け頬をかこうとした指をインデックスが掴む。
可愛い顔して、可愛い声で、そうとうキワドイことを口走るほとんど幼女に、上条は……正直ムラムラした。
インなんとかさんネタを乗り越えたインデックスは様々なスキルを操るようになっていた。
今の彼女はさながらインモラルさん。そして、夜では上条さん相手にインファイトさん(意味深)になる。
まったく10万3001冊マジぱねぇなぁ。
90:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:09:28.68:llRuvQc0
「ほら。言ってるそばから~とーま?」
自然とインデックスが下から上条を見上げる形になり、ブラウスの胸元が上条の視界に留まる。
(な、何だと!!)
なんと、そこには白い肌。胸元が普段よりも開いたブラウスから地肌がのぞいている。つまりは…
(付けていない!!)
【上条REASON:75/100】
上条の視線に気づいたのか、インデックスが胸元をわざとらしく押さえる。にんまりと笑った顔はイタズラを企む童女のそれだ。
「とーまが帰ってくる前にお風呂に入ってたんだよ。下着は乾かしてる最中だったから付けてないの。っていうかとーまのせいだもん」
「なぬッ!?」
インデックスは口元に妖艶さを貼り付け微笑する。
白い肌が羞恥でほんのり紅色だ。
「だって、とーまのせいでお風呂入れなかったもん。そのまましようって朝まで」
「Oh…Miss Index?」
このシスターは何をいきなり言い出すのだ、といきり立とうとするものの、
上条はそこで己のわんぱく棒ずがいきり立とうとしている事実に気づく。
上条は己の相棒にして、不肖の一人息子を叱責する。
め、お父さんとお母さんは今とても大事なお話をしてるんだから起きてくるんじゃありません。
91:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:15:45.79:llRuvQc0
「あッ…とーま?もう、ほんとにとーまはとーまなんだね。でもね、そんなとーまの為にインデックスはしっかり準備しておいたんだよ?」
「じゅ、じゅんび…ですと…」
「うん、とーまの好きな桃のボディーソープ。ほら、桃の匂いがするでしょ?」
インデックスが身体をすり寄せる。
その際、ふにゃんと柔らかいものが当たる感触に上条は唸り声を上げる。
「Shit!Shit!Very shit!!」
【上条REASON:45/100】
しかし、上条はそれを鋼の精神で押さえ込む。
紳士たれ。紳士であれ上条当麻。昨日さんざんイタしたというのに、お前はちょっとスリスリされたらもうこのザマか?
大切にするんだろ?守り抜くんだろう?泣き顔なんて見たくもないのだろう?だったらこれくらいの(誘惑の)プロローグで挫折してるんじゃない。誰だって紳士になりたいんだ。
しかし、このけしからんニンフェットは、更に上条の防壁をつき崩しにかかる。
「ほら、ほら、とーまってば。黙ってないでなんとか言うんだよ。ほら、ほら」
すりすりすり、ふにゅふにゅふにゅ。
いけないシスターは上条の幻想殺しを無効化していく。
耳にかかる吐息は竜王の吐息ならぬ妖精の吐息。
(効果は抜群だ!!)
【上条REASON:20/100】
「ねぇ、とーま。とーまったら。……いんだよ?」
「なに…?」
「我慢しなくてもいいんだよ?」
もじもじと、一転して恥ずかしがるインデックスはちらちらと赤い顔で見上げながら上条の裾を摘む。
「は、恥ずかしいけどね、とーまが我慢するくらいなら…いいんだよ?それに、とーま明日は補習もないし、お休みなんでしょ?」
「おう…」
「だから、とーまの好きな桃のやつで洗ったり…私も実は期待してたかも…」
恥ずかしいにもほどがあるとばかりに顔を伏せるインデックス。
彼女は気づいていなかった。
その仕草はヨハネのペンモード、通称「ペンデックスさん」時のクールビューティーっぷりを上回る色気を放っていることを。
インデックスの限界を超えたインデックスであることを。
92:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:16:56.95:llRuvQc0
『これがインなんとかさん。そしてこれがその限界を超えた……インデックス』
『つまらない変身なりにけるの』
『その限界を更に超えたこれが…ペンデックス……そしてこれが!!』
『!?』
『はったりですよねインデックス…』
『まさかあの子に更にその先が…』
『時間が掛かっちゃったかも。まだこの変身に慣れてないんだよ。これがインデックス3……いえ、』
『淫デックスさん』である。
93:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:18:22.11:llRuvQc0
「い、い、いいいい、インデックス。か、かみ、上条さんのライフポイントという名の理性はもうやばいのですが…」
「うん、私はシスターだから。もう元がつくけどシスターだから。とーまの思春期でパンパンに膨らんだ暴れん棒だって受け入れる所存なんだよ?」
淫デックスさん全開である。
そして上条当麻の普段は常人の半分以下しか活動していない脳が急速に回転を始める。
淫デックスさんの言葉から、彼女の本心を引き出していく。
その処理速度は凄まじく、10万と3001冊の魔道書から組み合わされた暗号を解読していく。
その処理速度は、嘗て聖歌を歌い上げた一方通行の行使した魔術にかぎりなく迫るものだった。
(い、インデックスから桃の香りが
⇒インデックスの桃尻?
⇒インデックスが食べてくれと言って桃尻を上条さんに差し出す?
⇒インデックスの桃尻?否、断じて否。あれは丸ごと上条さんの桃じゃあありませんか
⇒インデックスがわざわざ磨き上げてくれた上条さん専用桃尻?
⇒寧ろインデックスが上条さんにとっての果汁たっぷりの桃?
⇒インデックスが美味しく頂かれる為に自らを上条さん専用の桃に…?)
そして解き終えた暗号の先にあった彼女の隠された本心にたどり着く。
上条当麻は辿り着いたのだ。ずっと聞きたかった本心がそこにあった。
同時に、渇いた音がした。それは上条の中の『鎖』が崩壊する音。
【上条REASON:0/100】
人によってはその鎖を『理性』と呼ぶ。
94:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:23:37.16:llRuvQc0
「ウガァオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!!!!」
上条当麻のわんぱく棒ず、もとい暴れん棒は、すでに『棒君』へとワープ進化を果たしていた。
「オレ、インデックス、二、スグ、イン、スル。ナイテモ、オレ、ケッシテ、ヤメナイ。
オレ、インデックス、イタダキマンモス!!」
四つん這いになった上条は、すでに神浄すら超えている。
さぁ、戦争を始めようかインデックス。
魔道書の貯蔵は十分か?
ハイライトの消えた瞳、御坂妹などに使われる瞳 ――― 通称レイプ目、若い人には種割れ目と言うべきか。
上条の瞳にはどんよりとした魚の腐ったような濁り色のみが浮かぶ。
光なんざ映る必要など無い。
だってこれからは夜の戦いなのだから。でも、本当はライト全開で行いたい。
くっきりはっきりしゃっきり見ながらやりたいのだ上条当麻は。
しかし、紳士はそんなことはしない。男は黙ってサーチライト。
そんな紳士を鎮めることの出来る最後の希望は、ゆっくりと両手を広げた。
「delicious545…」
それはインデックスの新たなる魔法名。
『献身的な子羊は獣に美味しくいただかれます』を意味する。
その夜、制限時間三時間の三本勝負が始まった。
開始から四時間経過し、無制限デスマッチに試合形式が変わったことを。
佐天涙子直伝の珈琲術の研究に余念が無い一方通行は知らなかった。
そして知る必要もなかった。だって、どうせファミレスで聞かされるんだもの。
95:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:26:32.87:llRuvQc0
「おかえりなさ~い」
「……お前…また来てやがったのかァ…」
セーラー服にエプロンという上級コンボを繰り出す少女に、かける言葉の諦観の色が滲んでいる。
既に恒例と化しているやりとりに、受け手の少女佐天涙子はまともに取り合うつもりも無いのか視線を鍋に向けたままだ。
一方通行はコンビニ袋から缶コーヒーを取り出すと順繰りに冷蔵庫に放り込んでいく。
「お前…なに勝手に」
見慣れぬものがいくつか冷蔵庫に見受けられる。プリンであったり紅茶のケーキであったり、どう見ても自分が食べるものではない。
甘いものが苦手な一方通行でなければ犯人は佐天だろう。
「いいじゃないですか。一方通行さんの分もありますよ」
「俺は甘いものは嫌いなんだよォ…っていうかお前いいのか?」
「何がですか?」
「だからよ…お前らの年だと友達ってのと遊んだりすンだろうが。
馬鹿みてェに意味も無く集まっちゃァダベったりすンだろうが」
がしがしと頭をかく。わかっている。
どうにも自分らしくないことを言っている。
その自覚は十分にあるのだ。
「ちゃんと遊んでますよ。心配させちゃってすみません」
「ハッ、馬鹿言ってンじゃねェよクソガキが」
「ちょっとぉ、私には佐天涙子っていう名前があるんですから、ちゃんと呼んで下さいってば」
「わかったわかった、わかったってクソガキ」
「もう!!学園都市第一位ってもっと大人な感じの人だと思ってたのに。
こんなに意地悪だなんて」
96:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:27:40.82:llRuvQc0
ぶつぶつ言いながら佐天はできた料理を次々と並べていく。
肉じゃが、インゲンの和え物、サツマイモの味噌汁、鶏のささみとキュウリのサラダ。
「いろいろ文句は言いたいですけど、まずはご飯にしましょう」
「番外個体といい、俺ん家は花嫁修業の場所かァ?楽だからいいけどよォ」
しっかり自分の分まで作っている辺り良い根性をしている。
不思議とその図太さというか、抜け目なさが鼻に付かない。
「番外個体さんって、あの御坂さんのお姉さんの?」
「……まァな」
クローンであることは伏せ、御坂美琴の姉ということにしておいた。こんな普通に表の世界で生きている少女が知るようなことではない。
「あれから来ねェからなァ、正直お前がこうして飯作ってくれてるのはありがてェ」
結標淡希や番外個体が聞いたらいろいろな意味で卒倒しそうな言葉。彼にしては大盤振る舞いのほめ言葉だ。
「何だか悪いことしちゃいましたね」
「いいンだよ。どうせ暇つぶしに来てたんだろうが。飽きて来なくなるってンならそれに越したこたァねェ」
「…あの人が嫌いなんですか?」
「……いや、そうじゃねェ」
言葉を濁して、一方通行は味噌汁をすする。サツマイモの甘さが心地よい。
番外個体との関係をうまく佐天に伝えられる自信はなかった。そしてそれ以上に伝える気は起こらなかった。
「まぁ、あんまり俺の存在は教育に良くわねェからなァ」
「あっははは、何ですかそれ。お父さんみたいな台詞ですよそれ」
「みてぇなもンだ。つーか、結局コーヒー淹れてるよかこうして飯食ってる時間の方が長ェな」
「安らぎを与えますって約束したじゃないですか~安らぎません?母の味肉じゃがですよ。女の子に男の子が惚れる定番料理ですよ」
「馬鹿言ってンじゃねェよ、クソガキ」
97:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 19:28:22.88:llRuvQc0
安らぎ。確かにそうかもしれない。
こうして温かい食事をしながら穏やかに誰かと言葉を交わすのは久しぶりだ。
結標淡希や番外個体との憎まれ口の叩き合いも存外嫌いではないが、佐天とこうしている時間はまったう別ものだ。
学園都市最凶の悪魔と、一方通行ともあろう者が随分と腑抜けたものだ。
「あ…」
佐天の声に我に返る。物思いに浸ってしまっていたようだ。
つくづくどうかしている。佐天は目を丸くして一方通行を見ている。
「なんだァ?」
「い、いえ、なんでもないです、ええ、ほんと、なんでもないですよ!!」
「そ、そうかァ」
佐天は誤魔化すようにご飯をかき込む。
頬を赤くしているのは気のせいであろうか。
(今…笑ってたぁ…にこぉって…えへへへ)
佐天は嬉しくなってくる。
ずっと、憧れていた存在。『学園都市第一位』などと言う現実味の無い、名前だけしか聞かない存在。
一体どのような人間なのだろうかと想像の翼を広げていた頃が嘘のようだ。あの頃は勝手な想像が頭の中に溢れていた。
その頃の自分が今の自分を見たら『嘘ォ!?』と叫ぶだろう。
今こうして自分が食卓を囲んでいることが不思議だ。
まるで憧れのスポーツ選手といる子供のような浮ついた気持ちが佐天の中にあった。
100:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/12(日) 20:21:39.41:IrqpA7g0
「あら、アンタ達だけ?」
結標淡希は心なしか落胆したように呟く。
「愛しの一方通行は仕事だにゃ。今回のはアイツ一人で十分だからな。残念だったにゃあわきん」
「だ、誰が愛しのよ。あとあわきんと言うな!!」
ニヤニヤと笑う土御門を睨みつける。
「昨日から悩み事があるみたいですね、彼は。何かあったのでしょうか」
「昨日じゃないわよ、先週からずっとよ」
ふと、思い出したように本物よりも人気のある偽者こと海原光貴(偽)が眺めていた雑誌から顔を上げる。
『月刊 御坂美琴 冬の増刊号』という表紙を見なかったことにすると、結標は表情をかすかに曇らせる。
しかし、思わず口にした言葉に、ハッとなる。案の定というべきか、土御門と海原のによによ、にやにや、てかてかした笑みが結標を眺めている。
「あら、よく見てますこと。やっぱり気になるあんちくしょうのことはすぐに気が付くんでしょうかにゃ~海原さん」
「先週からずっとガン見してたなんて、まったく、若いって素敵ですわね、土御門さん」
ホント、若い頃を思い出しますわね奥様、あら、奥様こそまだまだお若い、と胡散臭い小芝居を繰り広げる。
暗殺などといったダークな仕事よりも、学園都市上層部の遺物でもある研究施設の残りの破壊といった方向へとシフトしつつある。
施設の破壊などグループにとっては造作もない。故に、彼らは暇を持て余すことが増えていた。
結果、一方通行の凱旋後、すっかりと変わってしまった結標をからかうことを、土御門と海原はライフワークとしているのである。
112:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/13(月) 23:27:30.67:ZIi8HSk0
「あ・ん・た・た・ち…」
「しかし、どうやら恋するお年頃なのはあわきんだけじゃねーみたいだにゃ~」
青筋を浮かべた結標がゆっくりとライトに手を掛けようとするタイミングを外すように土御門が不意打ちを放つ。
「え?」
ライトに伸ばした手はそのまま硬直させ、結標は土御門の顔を凝視する。
「物思いに耽っては切ない溜め息まで吐いて。あれじゃあ憧れの君を想うなんとやらだにゃ~」
あわきんみたいに、と意図的に土御門はその言葉を含ませる。
結標はゆっくりと彼の言葉を脳裏で咀嚼する。
「いいのかにゃ~?あわきんがツンツンしてる間に一方通行はかっさらわちまってるかもしれないぜい?」
「な、なななな、なに言ってるにょ、言ってるのよ」
「彼のように自分に向けられる好意に気づかない、もしくは信じられないタイプにツンデレは鬼門ですよ。ツンの部分しかキャッチしてもらえないですから」
まるで見てきたことのように、しみじみと語るアステカの魔術師の言葉に、結標は顔を青くした。
「ま、頑張るんだぜい。一方通行のお相手はパンピーみたいだからにゃー」
「……無能力者っていうこと?」
113:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/13(月) 23:28:33.40:ZIi8HSk0
「ま、平たく言うとそうだ。意外と庇護欲の強い一方通行的にはある意味うってつけかにゃー。
あわきんが勝つには健気属性を前面に押し出すこと。そしてその効果を倍増するために ―――」
土御門はがさごそとカバンから何やら取り出す。
土御門の取り出した『ブツ』を目にするや、結標の口元が引きつる。
「この土御門元春の最高傑作。十字教と陰陽道、アステカの奇跡のコラボレーション。『小悪魔ドジメイド』を着ることで、健気属性は界王拳20倍並に倍増するんだぜい!!」
「何その無駄な合作!?」
「これは意中の相手に見られると中が透けて見えるという新素材(特許申請中)で出来ているんだにゃー」
「アステカの魔道書を盗み出した甲斐があろうというもの。古代アステカ文明において、マンネリに悩んでいたカップルの声に応えるべく生み出された術式が役に立とうとは」
「そうだぜい。あたかも逆裸の王様状態。好きな人の目にだけすっぽんぽんに見えることによって安心かつ快適なプレイを」
「メイド服の意味無いじゃないそれじゃあ!!どんだけ本末転倒なのよ!!」
「「………?………――――― ハッ!!!」」
「おそい!!」
114:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/13(月) 23:30:03.15:ZIi8HSk0
「今日は何にしよっかな」
スーパーの特売品を眺めながら口にする言葉とは裏腹に、買い物籠に商品を入れていく手際に澱みなど無い。
既に特売日の品はチラシで把握済みなのだ。
「手羽先と大根を煮たやつ結構美味しいんだよね」
通常の半額になった手羽先のパックを早々にゲットし、意気揚々。
大根も手に入れた。昨日作ったきんぴらはおそらくまだ残っているはずだ。
メニューの味付けが濃いようなら汁物は味噌汁ではなくお吸い物にしようか。何処かうきうきしながら歩く佐天の前を学生カップルが通りかかった。
一人はツンツンとワックスで髪を立てた高校生くらいの少年。
もう一人外国人の少女。彼よりも頭一つ分背の低い少女だ。
『とーまってば、もやし買い過ぎなんだよ』
『もやしは安いんだって。安いは偉大なのでございますよ?』
『それでいつも買い過ぎて腐らせてたら意味が無いんだよ。そういうの“ほんまつてんとう”って言うんでしょ?』
『ぐ…インデックスに主婦スキルで負けた…だと?だがそんなインデックスもまた良し!!』
(わぁ~あれってプラチナブロンドっていうんだよね。キレーっていうか日本語上手~)
まるでお人形のように顔貌の整った少女に見惚れる佐天。
会話からして二人は同棲をしているのか、或いはそれに近い親密な仲のようだ。
115:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/13(月) 23:30:52.25:ZIi8HSk0
『ねぇとーま。お肉お肉。お肉買おう!!鶏肉でいいんだよ』
『お肉はブルジョワの食べ物なので認めません。それが例え地を駆けようとも空を飛んでいようとも関係ありませんとも』
『うううーーー!!』
『お、噛むか?噛むのか!?』
『いいもん……ああ…折角今日は“懺悔室”を解禁しようかなぁ~って思ってたのに。とーまにはがっかりかも』
『!?ざ、懺悔室をしてくれると…』
『お肉食べなかったら力が出ないから出来ないかも~チラり…』
『く…口でチラりとか…いや、その…ぐぬぬぬ…と、鶏肉ならば…』
『わーい!!とーま大好き~~!!今日は懺悔室に“聖体礼儀”も追加しちゃうんだよ』
『イェフゥゥゥゥーーー!!マンマミーア!!』
カップルの言っている言葉の意味の半分も理解できなかったが、仲睦まじいことだけは把握できた。
そして、多分それ以上の理解なんざ必要ない。知らなくても何の差し障りも無いのだから。
周囲の客が微笑ましくもドン引きする可愛いカップルを眺めながら佐天もあらあらうふふな視線を向ける。
仲良きことは素晴らしきかな。
(私もあんなラブラブカップルになりたいなぁ~)
カップルになるには当然相手が必要であるとはたと気付く。
では、誰と。一体誰とそうなりたいのだろうかと己に問い質す。佐天の脳裏にすぐに一人の人物が思い浮かぶ。
白くて赤くて細いあんにゃろうだ。顔が一気に熱くなる。
(いやいや、そんな。流石にそこまで。会ってまだどんだけよって話しでしょうが。アンタはそんな惚れっぽいのか佐天涙子)
そうは言いながらも火照った顔から熱は中々抜けてくれない。
116:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/13(月) 23:33:21.41:ZIi8HSk0
場所はグループのアジト。
ぷんすかぷんとばかりに怒って出て行ったあわきんの怒りの余韻が尾を引く中、男が二人、ソファに腰掛ける。
一人はグラサン金髪。一人は胡散臭い爽やか、っていうかウザやかイケメン。
「結標さん。受け取ってくれませんでしたね、小悪魔ドジメイド」
「そうだにゃー。一体何が行けなかったのかにゃー色使いか?いや、レースが足りなかったのか?」
「露出が足りなかったのでは?」
「そ・れ・だ!」
結標によって引き裂かれたドジメイド衣装を自前のアステカ式ソーイングセットからアステカ式縫い針とアステカ式縫い糸を取り出しちくちく補修する海原。
隣りでは土御門がテーブル一面に様々なデザイン案を広げている。ゴスロリ仕様からビッチ仕様、本場英国メイドまで。
この男にこれほどの絵心があったのか、と上条当麻が見ていれば驚愕に震えずにはいられないだろう。
「それにしても意外でしたよ。貴方がまさか結標さんを応援するなんて」
「何言ってるにゃー。土御門さんは恋する乙女諸君の味方なんだぜい。まぁ、それ以上にメイドさんの味方であり、妹と呼ばれる者の味方であるんだがにゃ」
こめかみをこりこりとペンの頭でdきながら土御門は海原を見ずに答える。
苦笑を浮かべながら海原は器用に縫い糸を通していく。
117:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/13(月) 23:33:49.87:ZIi8HSk0
「意外なのはその喋り方もですね。『そのキャラ』は友人限定では?僕達に仲間意識など無かったはずですが」
「んーまぁ確かに殺伐とした関係なのは否定しねんだがよぅ。上やんの言葉じゃねぇけど、これからも殺伐としてなきゃならねってわけじゃないからにゃー」
「新しい関係の構築というやつですか。さしずめこのドジメイドはその第一歩だと」
「流石に、結標が一方通行とくっ付く保証なんざないけどにゃーそれはまぁいいとして」
おや、と海原は土御門の言葉に含みがあることに気付く。
「その言い方だと、単純に結標さんを応援するだけじゃなさそうですね。一方通行が無能力者の表の世界の子と交流を持っているのと関係でも?」
「鋭過ぎると気味が悪いな。それもアステカの魔術か海原よ?」
「急に変わらないで下さい、違いますよ。ただ、御坂さんのことを見守っていれば、自ずと彼女の交流関係にも目は届くわけですので」
「佐天涙子。出来ればあの娘は関わらない方がいい。闇の世界なんて知らないに越したことはない。一方通行もそれがわかってるはずだ」
野暮だとはわかってるんだけどな。
苦味を含んだ土御門の言葉が重く響いた。
127:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:08:37.78:BQbw8is0
「最近佐天さんが輪をかけておかしいんですよ」
「それを私に言ってどうしますの?」
優雅な仕草で紅茶を一口飲む。
目の前の腹黒少女の愚痴は必ずといって良いほどどうでも良いことだ。まじめに取り合うだけバカを見る。
「おかしいって、どういう風におかしいの?」
御坂美琴は、黒子とは逆に、心配そうに身を乗り出す。
数少ない友人のこととなれば、根本的に優しくお節介なこの少女が心配しないはずもない。
「確か、一目惚れしちゃったっていう人のところに料理作りに行ってるんだよね」
佐天のことは初春から間接的に聞いていただけの御坂の認識はその程度である。
直接のろけ話に付き合わされていた初春にとってはその程度の認識ではすまない。
「もう何て言うか押し掛け女房ですね。珈琲の美味しい淹れ方とかもう口実ですらなくなってますから」
「押し掛け女房…すごいね佐天さん」
先天的な恥ずかしがり屋のせいか、会う度に致死量の電撃を浴びせるという強烈極まりないツンが炸裂しまくっていた。
それが災いしてか、未だに家に行ったこともなく、名前でさえまともに呼べない。
128:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:09:54.98:BQbw8is0
そんなウブでネンネな気質の御坂にとっては、出会って一週間で押し掛け女房となれる佐天の積極性は心底羨ましかった。
「上手く行ってるんじゃないの?」
「ある意味行ってるというか、予想外だったというか」
「はっきりしませんのね、初春」
要領を得ない初春の言葉に、黒子が眉を潜める。
初春はグラスの中をストローでくるくるとかき回す。
水っぽくなってしまったソーダの中で氷がからからと音を立てて回る。
「正直なところ、今回のはミーハーな気持ちで終わるんじゃないかって思ってたんです。相手はあまりにも世界が違う人だし、いずれは……」
「佐天さんがその殿方への気持ちを諦めてしまうだろうと思ったのですわね?」
「はい。佐天さんはすごくそういうところシビアに線引きする人だから、というか私がそう思ってただけなのかな」
「そういう言い方をするということは、諦める気配はないと」
水っぽくなったソーダの残りを不味そうに飲み干すと、初春は顔をしかめる。
「授業中なんか上の空で、溜め息吐いちゃったり、空をずっと眺めてたり。
あと一番変なのが、私のスカートをめくらないことなんです」
「「それはおかしい」」
129:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:11:04.85:BQbw8is0
御坂と黒子の声が重なる。
初春へのセクハラとイタズラが趣味から日課の領域へと達している。
そのライフワークを怠るなど。
戦慄が常盤台のツートップの間を駆け抜ける。
「そ、それは相当重傷ですわね確かに」
「でしょう?佐天さんがあそこまで本気になるなんて正直思いませんでした」
そこまで深みに入るとは思わなかったが、それ以上に、自分に構ってくれないことが初春は寂しかった。
一方で、御坂は手の中にあるカップのミルクティーに目を落とす。
佐天の気持ちが御坂にはわかる。
一人のことを思うと、その人以外のことへと思いを配れなくなる。
御坂はそんな思いとかれこれ一年以上付き合っているのだから。
「ういはる~?貴女が背中を押して差し上げたのでしょう?
寂しいのはわかりますが、もう少し応援する姿勢になってもよろしいのではありませんか」
う、と初春は言葉に詰まる。
130:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:16:09.37:BQbw8is0
「だって、、寂しいんですよ~最近遊んでくれないし、構っても上の空ですし~」
一番の親友が遠くに離れて行ってしまうような、嫉妬とも焦りにとも取れる感情が初春の中をぐるぐると回る。
「まったく……それが本音ですのね…ってお姉さま?」
黒子の隣りで御坂は己が掌を見つめる。
「私は常盤台の超電磁砲……出来る。私ならできる。大丈夫、大丈夫…」
「お、お姉さま…?」
ぶつぶつと独り言を繰り返す御坂に若干引き気味の黒子。
御坂は荒い息を吐きながら繰り返す。大丈夫、大丈夫、と。
「お礼…そうよ、お礼にお茶に誘うところから始めれば…」
「お姉さま…また…」
無駄な努力を、とは言わなかった。
あの類人猿がぁ~~とテンプレな嫉妬をするには、この一年余りにも涙ぐましい努力と空回りを繰り返してきた御坂。
それを思えば、失敗を願うことは酷に思えた。
131:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:19:31.00:BQbw8is0
今日は何の仕事もなく一日をソファに寝転がって過ごしていた一方通行は長針が刻む音を聞きながら目を通していた雑誌から視線を上げる。
そろそろだろうか。あのお節介というべきか、物好きなガキが来るのは。
と、この二週間ですっかりと覚えてしまっていることに気付く。舌打ちをしながら、雑誌をソファに放り投げる。
読んでいる雑誌はファッション雑誌であったり、上条が置いていった普通の少年漫画であったり、
番外個体が置いていった少女マンガであったりと日によってマチマチだ。
決してLOとか、そんなものは読んでいない。絶対だ、絶対。
一方通行の読むものにそこまでのこだわりはない。
彼のキャラ的に
『ハッ、くっだらねェ。学園都市第一位に少女マンガ読んで泣けってかァ?あぎゃは!!』
等と言いそうだがそれはちょっと違ったりする。
厳密には何でもいいのであって、どうでもいいのではない。
今まで切り捨ててきたものへの興味のベクトルがあらゆる方へ向いているから、何を読んでも興味深く読み込んでしまうのだ。
132:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:21:42.63:BQbw8is0
一方通行は空になったマグカップを手に取りキッチンに行く。
洗い場に置かれた青いマグカップ、一体いつから置かれていたのか、いつの間に置いていったのか。
手に取り、そこに何かが書かれているかを読み取ろうとするように紅の瞳がじっと眺める。
暫くしてから、ケトルを手に取りミネラルウォーターを注いでいく。
火を付け、フィルターとドリッパーを用意する。
冷蔵庫から豆の缶を取り出すと、一掬いフィルターに入れる。
「………」
再び冷蔵庫を開ける。
ミルクを取り出し、鍋に入れると火を掛ける。
さて、砂糖の入った瓶は何処だっただろうか。
一方通行は『らしくない』ことを自覚しながら戸棚を漁る。
グラニュー糖で良かっただろうか、ダイエットシュガーもあることはあるが、いや、そんな事にまで気を遣うなど馬鹿馬鹿しいか。
つまらぬ葛藤をしている間にすっかり熱したミルクを青いカップに半分程注ぐ。
ドリッパーには濃い目の珈琲を淹れ、雫がコーヒーサーバーに落ちるのを眺める。
自分がこのような静かな時間を過ごしていることが、急におかしなことに思えた。
133:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:23:09.23:BQbw8is0
ゆっくりと半分がミルクで満たされたカップに珈琲を注いでいると足音が聞こえた。
一方通行の視線はカップに向けられたまま、猫が物音に反応して耳だけを動かすように、ぴくりと片眉が動く。
鍵穴にキーを差し込む音がする。そこから暫しの沈黙。
『あれ~?』
間の抜けた声にやれやれと溜息を吐く。
あれ~じゃねェっての、と呟きながらグラニュー糖をひとさじ、ふたさじと入れていく。
阿呆みたいに警戒心の無い足音の時点で誰の足音かなどわかるのだが。
ガチャリとドアを開ける音、パタパタと玄関から近づいてくるのは打ち止めに少し似た落ち着きの無い慌ただしさ。
「今日は早かったんですね」
買い物袋をガサガサと音を立てながら佐天涙子が真っ赤な頬っぺたで微笑む。
寒い中を走ってきたのか、息が弾んでいる。
「ガキかァ…ッたく」
珈琲セットを片付け終えた一方通行が椅子に腰掛けたまま佐天に呆れたような一瞥をくれる。
夕食の材料とあれこれと取り出す佐天の姿をぼんやりと眺める。
てきぱきとした手付きで必要な食材を冷蔵庫に入れ、使う食材だけを並べていく。
「我が物顔よくもまァ頼まれてもいねェ飯作りに来るわ……モノ好きなやつ」
そうは言ってもお金をきっちり渡しているのは、一方通行が元々律儀な性格であるからだろうか。
134:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:25:24.50:BQbw8is0
「あ、何飲んでるんですか?」
あれ?と佐天は青いカップが一方通行の前に置かれていることに気付く。
いつもなら確か白いカップを使っていたはずだがと不思議そうにコートを脱ぎハンガーに掛けていると、フンと不機嫌そうに一方通行がそっぽを向く。
「俺のじゃねェよ。飲みたきゃ飲め。いらねェなら捨てろ」
「え?」
思わず佐天は一方通行とカップを見比べてしまった。
「え?」
「チッ……鬱陶しいんだよクソガキ。じろじろ見んな。ンなに珍しいンですかァァ?笑いたきゃ笑え。
どうせ暇つぶしに淹れただけなんだ。泥水の方がマシかもなァ、かかか」
憎まれ口、本当によくもまぁここまですぐに憎まれ口が叩けるものだなと佐天は呆れる。
一方通行の対面に座ると、青いカップを手にする。
くすりと、笑みが零れてしまった。一方通行が剣呑極まりない視線を投げてよこすが、どうにも決まらない。
散々羨んだキメが細かく、雪のように白い肌はこのような時に不便だ。
佐天の目の前には、耳まで赤くなった一方通行の不機嫌な横顔がある。
一口飲んでから、感嘆の溜息が漏れる。
「美味しい…」
心からの言葉だった。
「そォかい。そいつァよかったなァ」
どうでもいいとばかりにそっけない言葉を返すが、赤い顔では格好がつかない。
佐天はもう一度、くすりと笑みを零した。
135:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:28:37.48:BQbw8is0
わかっていたはずだ。
とっくにわかっていて、そして諦めたはずだった。
何を今更気にする必要があるのだろうか。
それはとうに乗り越えたはずじゃないのか。
去年、救いようのない過ちを犯してしまった夏。
もう少しで大切なものを失ってしまうところだった。
そして、大切なものをたくさん手に入れることが出来たはずだったのだ。
掛け替えの無い仲間たちと駆け抜けた夏の日。
あの思い出があるから自分は前を向いて歩いていけるのだ。
「涙子~どうだった~?」
「ううん~やっぱ駄目駄目だぁ~」
「私もだよ。まぁわかっちゃいたんだけどね」
「先生ってばもう慰めすら掛けてこないんだもん、嫌んなっちゃうよね」
「ほらほら、落ち込んでないでさ。それよりもお昼で終わりなんだからどっか遊びに行こうよ」
「涙子ってばホント変わったよね~」
そうだ、自分は変わったはずなのだ。
そのようなものに惑わされたりなどしない。
自分は自分なのだ。
『レベルなんて関係ないよ』
そうだ。そう彼女も言っていたじゃないか、『レベル0もレベル5も関係ないよ』と。
136:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:30:11.45:BQbw8is0
「でもさぁ、最近先生お決まりの台詞言わなくなったよね」
「ああ、そうだよね」
「お決まりの台詞?」
「ほら、『常盤台の御坂美琴さんも元はレベル1だったのを努力でレベル5になったんだ。だから皆さんも努力次第で云々かんぬん』て」
そう、その言葉を掛けてくれたのは『レベル5の』彼女だったではないか。
レベルなんて関係ないからこそレベル0の自分とレベル5の彼女は友達になれたのだ。
「そういや噂なんだけどさぁ。本当はレベル5になれる人間ってあらかじめ決まってるって、
DNAマップでわかるらしいよ」
「―――― え?」
今、彼女は何と言ったのだろうか。
「だから、御坂美琴はレベル5になれるからなれたっていうわけ」
「げぇぇ~~何それ~~じゃあカリキュラムって意味ないじゃん」
「結局0には何かけても0かぁ~~やってらんな~~い」
137:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:30:51.89:BQbw8is0
それじゃあ、一体自分は何をやってきたというのだ。
何のために“あんなもの”にまで手を出して、皆に迷惑を掛けてしまったというのだろうか。
最初から知っていれば。いや、そもそも、それでは何の為に此処にいるのだ。
レベルなんて関係ない?それを言うのか、彼女が。
「ま、いいじゃん。それよか遊びに行こうって、ね、涙子…てお~~い涙子?」
「あ、何?」
「何?じゃないよ。ボーッとして。今から遊びに行くんでしょ」
「うん、ゴメンゴメン。何処行こうかなって考えててさ~」
関係ないと、彼女が言うのか。
持つ者の彼女が、ニコニコと笑って。
佐天は自分が上手く笑えているのかわからなかった。
138:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:34:04.55:BQbw8is0
すっかり街は夜の空気を漂わせ、街灯やコンビニの灯りが街の輪郭を浮かび上がらせている。
「すいません。わざわざ送ってもらっちゃって」
「今更だなァ。そう言うならもっと早く帰ろうって思わねェのか?いつもいつも飯食って行きやがって」
「えへへへへ~」
ぺろりと舌を出す佐天に、一方通行は何も言わずに溜め息を吐く。二人は肩を並べて歩く。杖を付く一方通行の歩調に佐天が合わせる。
月を見上げながら佐天はぽつりとつぶやいた。
「ねぇ、一方通行さん。第一位って…どんな気持ちですか?」
一方通行は僅かに目を見開く。
向けられた質問にではない。
その質問自体はいつか向けられると思っていた。彼女は無能力者であるのだから。
一方通行が驚きに言葉を失ったのは、彼女の声。
いつもの佐天の声とは思えないほどに悲痛な声にだ。
知り合ってまだ二週間にもならないが、いつも笑い、驚き、明るい彼女は、一方通行からすればひまわりのような少女だ。
「……さァな。俺ァ超電磁砲とは違う。最初から一位だった。
だから達成感だとか、努力の秘訣だとか聞かれてもわかンねェ」
そォいう話しなら超電磁砲に聞けと、噛み締めるように呟いた。
自分に彼女を励ます気の利いた言葉が吐けるとは思っていなかった。
しかし、佐天はゆっくりと首を振る。
139:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:37:28.16:BQbw8is0
「御坂さんは能力なんて関係ないって言ってました。友達もみんなそう言ってます」
御坂美琴ならそう言うだろう。そういう少女だ。
「今日、能力測定があったんですよ。結果は相変わらずです。わかってたんですよ。それくらい」
けど、やっぱり悔しい。
消え入りそうな声でつぶやく。
一方通行は言葉を見つけあぐねる。
何となくだが、この少女の胸につかえていることの根本が見えた気がした。
御坂美琴ではその根本を理解しきることができないということもわかった。
「着いたぞ」
「あ…」
何時の間にという佐天の呟きを聞かぬフリをする。
自分にどうしろというのだ、という苛立ちがあった。
佐天の部屋のドアが目の前にある。思わず答えを委ねるように一方通行を振り返る。
佐天の目に映ったのは、自分に背を向ける一方通行の姿。
華奢な一方通行の背を見た瞬間、佐天は思わぬ衝動に突き動かされた。
背を向けた一方通行の裾を握ったのは反射的なものだった。
「不意打ちが上手ェなァ…お前は」
「待ってください。待って…」
裾を握り締める手が震えていることに、気付かぬフリをする。
溜息がひとつ零れた。
140:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:39:02.39:BQbw8is0
「俺に話してどォすんだ。どォして欲しいンだ?」
「………」
佐天がぎゅうっと裾を握る力を強める。
鬱陶しい、そう思っているのは本当なのに。
けれども一方通行はその手を不思議と振りほどく気になれなかった。
らしくも無い己の感情に戸惑うのは果たして何度目だろうか。
沈黙が、針のように降り注ぐ。頬が、首が、肌という肌が痛い。
耳鳴りがする。まるでこの沈黙を拒否しようと呻いているようだ。
その不思議な痛みが、大切に思っている人を、心ならずも傷つけようとすることから来る『罪悪感』であると、一方通行にはわからない。
「………そうですよね」
それは押し潰される寸前の悲鳴のような呟きだった。
今にも消えて無くなってしまいそうな、か細い泣き声だ。
「一方通行さんにはわからないですよね………私の気持ちなんて」
「あァ…?」
それは能力の事だけを指した言葉ではなかった。
普段可愛らしいとさえ思っている彼の鈍感さが、この上なく憎かった。
気にも留めない、留めてくれないこの少年が恨めしかった。
心の奥底に押し込めてきていたコンプレックスが、まとめて目の前の一人の男に向けて噴出そうとしているのを、
何処か冷めた頭で佐天は眺めていた。
141:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:42:53.78:BQbw8is0
「レベルなんて関係ない……よく言うよ。そんなもの、自分には有るから言える言葉なのに。
特別だから、特別なんてどうでもいいなんて言えちゃうんだ。
そんなの…そんな言葉言われても…喜べないよ……全然、全然嬉しくなんて……ない…」
握った裾に力が篭る。
少女の手を振りほどくことなく、少年はじっと言葉を受け止める。
少女の足元に小さなシミが浮かんでいることに気付かぬフリをしながら、一方通行は佐天涙子の言葉を待つ。
「そんな風に、無神経に気を遣って欲しくない……同情されても嬉しくない…ッ」
顔を上げた佐天涙子の大きな瞳には、透き通るような泪が湖面のように満ちていた。
月灯りを浴びて、小さな結晶の輝きのように光る雫が、顔を上げた拍子に零れる。
佐天の足元のシミが増える。
「見下した優しい言葉なんて ――― いらなかったッ!!!」
パタパタと零れ落ちる滴が、月色に彼女の瞳の淵を、頬を飾る。
赤く染まる頬の上を澄んだ泪の道が走る。
一方通行は不覚にも、僅かに息を呑む。
綺麗だ、言葉に現すとすれば、一方通行のその時の心情はその一言に言い尽くせる。
頬を赤くして、苦しげに眉を寄せて、潤んだ瞳は月明かりを浴びてぞくりとするような色気を放っている。
頬を伝うひとつひとつに佐天の思いが込められているように思えた。
142:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:44:20.18:BQbw8is0
「俺にはわからねェって言っただろう。無能力者の気持ちなんざァよ」
結局一方通行が向けることの出来る言葉はこれだけだった。
その言葉が少年の口から出た瞬間の佐天の表情を何と表現すればよいのだろうか。
わかっていたことだと納得、諦めの表情の中に、隠しきれない落胆と失望。
そして、裏切られた、堪えきれない哀しみがあった。
信じていた者、縋っていた者、期待していた者に、伸ばしたその手を払われた者の浮かべる表情の色。
それは一言で言ってしまえば『絶望』という色だ。
しかし、絶望の色に染まりきる前に、佐天の熱で赤くなった頬を白い手が覆った。
細長い指が佐天の目尻の泪を拭う。
「けどなァ…」
自分のしているおかしな、珍妙な、不可思議な振る舞いについてのツッコミを後に、一方通行は言葉を自分の中から探る。
引っ繰り返して、何か出てこないか振ってみる。
何が彼女にとって最適な言葉であるのかなどわからない。
自分はあの真っ直ぐな電撃姫でもなければ、目を覚ますような痛烈な言葉をぶつける幻想殺しの少年でもないのだ。
ただの語るに及ばぬ悪党。
144:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/14(火) 23:49:21.73:BQbw8is0
だから、この少女の目の前に広がる霧の存在を察知することは出来ても、晴らしてやることなどできようか。
そう、少なくとも一方通行は思っている。思い込んでいる。
だから、これは、単なる気まぐれだ。優しさなんかじゃ決して無い。
愚図る幼児を、下手にこれ以上騒がれたら面倒くさいからあやすようなものだ。それ以外であろうはずもない。
「お前にもわかんねぇよ。俺の、俺達の気持ちなんざよォ……」
「え…?」
不意に頭を撫でられた。
白く細長い指が絹のような髪を梳くように、優しく、柔らかに撫でる。
とくんと胸の奥が悦びに痛む。
「あァ……きっとわかンねェよ。俺がどんだけお前に かをなァ」
聞き取れぬほどに小さく絞られた言葉に、佐天は何かを擽られたように過敏に反応した。
呟いた彼の唇が余りにも優しい曲線を描いていたせいなのかもしれない。
俯けていた顔を上げようとすると、乱暴に撫でられる。佐天の行動を見越していた一方通行の方が上手だった。
くしゃくしゃと、乱暴に、そして優しさを多分に含んだ撫で方が、彼が打ち止めにしてやるのに似ていた。
もっとも、それを佐天が知ろうはずもない。
「じゃあな。くだらねェ話はしまいだ。ガキは夜更かししねェでさっさと寝ろよ」
かかか、と意地悪く笑うと、一方通行は今度こそ踵を返し、階段を降りていく。
佐天は裾を掴んでいた手を、そっと一方通行の撫でてくれた場所にあてる。まだ温もりが残っているように感じた。
愚痴ぐらい言わせてくれてもいいのに。相談にくらい乗ってくれてもいいのに。アドバイスの一つくらいくれたらいいのに。
言ってやりたい不平不満は山ほどある。山ほどあったのだ。
それなのに、佐天に出来ることは、彼の放った言葉を反芻するに留まる。
口からは悪態の一つも出てこない。
冬の夜風を浴びても、尚一向に引く気配を見せない頬の熱に戸惑うことすら忘れて、
佐天は一方通行の去っていった方向をただ立ち尽くし、見つめていることしか出来なかった。
158:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:20:52.20:plvK0H60
世話になっている黄泉川家、その一室に番外個体は間借りしている。
一方通行に借りを作ることなど真っ平ゴメンだとばかりに噛み付いたものの、『打ち止めを守るためには側にいた方が楽だろォ』という言葉に渋々従うことになった。
学園都市を始めとしたあらゆる闇から守れという彼の依頼を引き受けてしまった手前もある。
約束を反故にすることに抵抗があるあたり、番外個体もまた御坂美琴の律儀さ、真面目さを根本では受け継いでいるのかもしれない。
「だからぁ、何でミサカがあのバカん家に行くのは全部あのバカを殺す為なんだっての!!」
ベッドに寝転がりながら、宙に視線を向けたまま声を荒げる少女こそが、この部屋の主である番外個体。
下着姿にワイシャツ一枚という、はしたない格好でゴロゴロとベッドを転がる。
腕の中には目つきの悪いウサギの人形。
部屋を見渡せば所狭しと並ぶぬいぐるみの数々。
枕元には三頭身の可愛らしくデフォルメされた人形が四人仲良く座っている。
右から順に
一方クン(ウルトラマン)
一方クン(ダダ)
一方クン(冬)
一方クン(黒翼)
となっている。学園都市でも話題の三頭身のぬいぐるみである。
ちなみに芳川桔梗プロデュース。ネットオークションで高値で取引されている要因は製造数の少なさ。
一方クンは一番人気の上条クンに次ぐキャラクターである。
一番人気の上条クンは最低一万個売れると予想していた為、製造数を多めに作っておいたのに対して、一方クンはコアな人気だと当初芳川は踏んでいた。
蓋を開けて見れば予約が速攻で5000越え。上条クンを購入してくれたそっくりな顔をした一万人の女子中学生達の三割が一方クンの購入に走ったのが要因である。
これについて、芳川Pは『まさか、数字が後半になるにつれて一方派の割合が増えるなんてね。興味深いわ』とコメントをしている。
「はぁ!?何で抜け駆けなんだよ。意味わかんねぇっての。つーかさ、何度同じこと言わせるんだよ糞姉共が」
忌々しげに番外個体が舌打ちるする。
端から見れば独り言をぶつぶつ言っている危ない少女にしか見えないのだが、彼女は立派に会話をしている最中だ。
159:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:23:44.59:plvK0H60
会話の相手は彼女にしか見えない妖精さんだったりキューピット様であったり、スタンドでもない。
ミサカネットワーク、シスターズ同士の脳波によるネットワークによって、遠く離れた姉達と彼女は会話をしているのだ。
このままでは埒が明かないので、彼女達の会話を覗いてみることにしよう。
『出たーー!!ミサワさんの48の殺人技の一つ、『殺す殺す詐欺』だーーー!!
とミサカはいい加減マンネリと化してきた番外個体の口癖をディスってみます』
『大体、殺す事とセロリのヤツに飯作ってやることに何の関係があるんだよ。いい加減通い妻だって認めちまえよww』
「ちっげーし。あんなロリコンどうでもいいし。興味ねーっていうか、寧ろ目障りなくらいだし。
野菜嫌いのバカセロリに嫌がらせするために決まってるって言ってんだろう!!」
『その為に料理本に幾ら使ってるんだか…とミサカは試食に付き合わされて体重が3キロ増えた悪夢の日々を思い出し涙します』
『その挙句に、JCお持ち帰りしてきたセロリ見て泣きながら帰るし。
『ちょw修w羅w場w』ってwktkしながら全裸待機してたミサカの時間を返せww』
「泣いてねーし。あのモヤシが中学生どうしようが知らねーよ。大体どうしてミサカが泣かないといけねーんだよ」
『そう言いながらもメソメソ引きこもっている番外個体なのであった』
『wwwww』
『wwwww』
『wwwww』
『wwwww』
脳内で示し合わせたように広がる哄笑に、番外個体のこめかみがビキィと悲鳴を上げる。
噛みあわせた奥歯が軋みを上げる。
そして、頬、耳、首が見事に真っ赤に染まる。
怒りと屈辱と、羞恥にぬいぐるみを抱きしめた腕に力を込める。
160:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:28:35.95:plvK0H60
「メソメソしてないんだっての!!全然平気だし。あんな糞モヤシのことでミサカがウジウジ悩むこと自体ありえねぇから。
明日にでもあのバカん家襲撃かけて嫌がらせしてやるつもりだし。
あの中坊がいたらセロリ確定だねって弄り倒してやんよ。ぐげげげげけけけけ」
口元を歪に歪めると、挑発するように厭らしい笑い声を上げる番外個体。
端から見ると怖い光景であるが、それはこの際どうでもいいことだ。
((((一番お姉さまの負の面を再現しちゃってるよコイツ))))
何人もの妹達の溜息がミサカネットワークに木霊する。
ミサカネットワークの接続を切ると、番外個体はせいせいしたと鼻を鳴らす。
そうだ、あの憎くて憎くてしょうがないムカつく糞野郎に何の遠慮が必要だろうか。
深夜だろうと早朝だろうと、襲撃をかけてやろう。
そうだ、あの馬鹿の意思など関係ない。必要ない。
あの気に入らない第一位が嫌がる顔、困った顔をするのが自分の存在意義にして、一番の楽しみなのだ。
一方通行の呆れたような、困ったような、番外個体にだけ向けられる表情を思い出すと、
知らず知らずに頬が緩む。
「よっと」
しなやかな脚を上げ、スプリングを軋ませて勢いよくベッドから跳ね起きる。
立ち上がった拍子にきゅぅと小動物の鳴き声のような可愛らしい音がお腹からする。
あの日以来食欲が何故か湧かなかった為碌に食べていないのを思い出した。
そうと決まればまずは食事だ。
ふと鏡を覗き込むと、ボサボサの髪に、一層濃くなった隈。
何よりも日の光を浴びず、食事も碌に摂っていなかったせいか顔色が悪い。
唯一の救いは肌が荒れていないことだろうか。若さのおかげと言えよう。
しかし、それを差し引いても無惨な顔だ。年頃の娘の顔ではない。
こんな顔をぶら下げて一方通行に会うのか、とふと考える。
161:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:34:33.58:plvK0H60
「……食事したらお風呂だね。そう、あの糞っタレの中二もやしをいたぶりに行くんだから。
その為にはしっかり栄養取ってリフレッシュしておかないとね。うん、それだけそれだけ。
それ以外ありえねーし」
ブツブツ言いながら枝毛が無いかチェックをする。
枝毛が無いことに、うん、と何に対してか頷くとリビングへ足を運ぶ。
「ねーヨシカワ~~何か食べるもの無い~ミサカお腹空いちゃっ…… ――― た……?…」
「よォ。こンな時間まで寝てるなンざァ、いい身分だなァ」
テーブルで芳川桔梗と向かい合っているのは、先ほどまで話題の中心になっていた学園都市最強の真っ白しろすけ。
芳川は淹れたてであろうコーヒーを一方通行の前に置こうとしている。
番外個体は一方通行の姿を、一週間ぶりの姿をまじまじと見る。
顔色が良い。自分がいない間の食事はどうにかしていたのだろうか。
というか何を暢気に茶をしばいてやがる糞野郎。
大体誰のせいでミサカがずっとブルーだったと思ってるンだ。
少しは申し訳無さそうにしろよ、マジ屑男だな。
言いたい文句、罵詈雑言が浮かんではシャボン玉のように消えていく。
「しかしよォ。お前寒くねェのか?この冬にンな格好曝してよォ」
眉を顰める一方通行の視線を番外個体はゆっくりと追って行く。
シャツのボタンを殆ど留めずにおいた胸元からは薄水色のブラ。
胸元からはくっきりはっきりとした谷間がこんにちは。
姉とは似ても似つかぬ、妹達の血涙交じりの嫉妬を一身に浴びる困ったちゃんなバストがデンと存在を主張している。
引き締まったウエストには可愛らしいおへそがちょこんと収まっている。
そして、薄水色のブラとお揃いの薄水色のパンツと、そこからすらりと伸びた優美なラインを誇る脚。
ようやく番外個体は自分の格好を把握した。
そして、一方通行がそれを見ているという現状も把握する。
「死ね!!糞助平モヤシ野郎!!!!」
「ぶふッ!?」
気付けば憤怒と羞恥に真っ赤に顔を染めた番外個体は手にしていたぬいぐるみを全力で一方通行にぶつけていた。
162:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:36:18.85:plvK0H60
佐天涙子はパスタの陳列棚の前でパスタを手にしたままぼんやりとしていた。
一方通行と会わなくなって一週間が経つ。
一方通行に弱音を吐いた夜。彼が呟いた言葉が耳から離れない。
翌日は食事の用意だけして一方通行には会わずに帰った。
会うことに抵抗があった。一方通行に特別な非があるわけではない。
気まずいと勝手に佐天が思っているだけだ。一方通行に食事を作ることに抵抗はない。
元々面倒見の良いだけに放っておけば肉ばかり食べる一方通行の食生活は心配になる。
初春に話したこともあったが、一方通行を見ていると、佐天は無性に胸が痛くなることがある。
肩肘を張っている姿がどこか痛ましく思えることがある。
あの儚げな背中に、母性本能が擽られることがある。
けれども、三日前、帰りが早かった一方通行と鉢合わせてしまった時、佐天は逃げ出した。
自分を見て、一瞬の躊躇の後、唇が動くのを最後まで見ることなく、脱兎のごとく彼の前から走り去った。おかしな女の子だと思われただろう。
思えば第一印象からそうだったのかもしれない。
訳の分からない面倒くさい子供。そう思っているにちがいない。
パスタを棚に戻す。
「……止めよ。行きづらい」
163:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:41:03.70:plvK0H60
期間を開ければ開ける程行き辛くなるのはわかっている。
それでもどうしても一方通行の顔が見られない。
自分に向けた優しい笑み。
自分を撫でてくれた手の温もり。
そして、自分にくれたあの言葉。
彼がなにを思って言ったのかはわからないが、甘くて少し掠れた声を思い出す度に何故か頬が熱くなる。
今日の買い物はやめにしよう、そう無理矢理結論付ける。
佐天は考えごとをするあまり、俯きがちに振り返る。
「きゃッ」
ドンという衝撃とバサバサと本が落ちる音。
「あ、あの、ごめんなさい。私考えごとしてて」
謝りながら、慌てて相手の落としたであろう本を拾っていく。
「いえ、私の方こそよそ見してたから」
ぶつかってしまったのはよくよく見れば佐天とあまり年の変わらぬ少女だった。
細いラインに、グラマラスな身体。
髪を二つに結んだ少女は、一つか二つくらい年上だろうか。
整った顔立ちは、子供っぽさが抜けつつあり、可愛いというよりも綺麗と称されるものだ。自分には無い大人っぽさに目を奪われる。
(うわ、綺麗な人……大人っぽ…)
こんなに大人っぽいならば一方通行に子供扱いなどされないだろうに。
自然とそんなことを考えてしまうあたり重症であるが、佐天に自覚はない。
佐天は拾い上げた本を整える。自然と表紙が目に留まった。
164:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:42:38.76:plvK0H60
「お料理好きなんですね?」
「え?」
「あ、ごめんなさい。いっぱい料理の本買ってるなって思って、つい」
少女は手渡された本を受け取ると、困ったように眉間に皺を寄せる。
「まだ好きって言えるレベルじゃないんだけどね。目下練習中っていうところ」
「ああ、だからそんなにいっぱい買い込んでるんですか」
カートに乗せられた二つの買い物かごに目が行く。
一人分の食料には見えない。
「って私、いきなり会ったばかりなのに何立ち入ったこと言ってるんだか。気を悪くさせちゃったらごめんなさい」
「ううん、いいのよ。そういう貴女も買い物かしら?見たところ何もまだ買ってないみたいだけど」
少女の目線の先には空の佐天のかご。
「あはは、冷蔵庫の残り物でまだまだいけるなぁ~って気づいちゃって。今野菜高いし節約しないと」
本当は習慣と一方通行に食事を作りに行くつもりで来ていただけなのが、それを初対面のこの少女に話しても意味が無い。
少女は、佐天の言葉に少しだけ驚いた顔をする。何をそんなに驚いているのだろうかと首を傾げる。
「貴女って見たところ中学生みたいだけど、残り物とか作って料理出来ちゃう人?」
「え、ええ。まぁ」
「もしかして、料理得意だったりする?」
「得意かぁ…そうですね。一通りは作れますよ~」
事も無げに放った言葉は少女にとっては衝撃であったのか、口元ひくつかせる。
「一通りは…って、あっさり?そんな当然のスキルなの?」
自分で呟いた言葉にダメージを受けたのか肩を落とす。
「そっか~……そうね、貴女いかにも家庭的っぽいものね。料理なんて簡単なんだろうね」
「えっと、どうかしたんですか?」
「…気にしないで。ちょっと自己嫌悪に陥ってただけだから。野菜炒めすらまともに作れないだけだから」
165:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:43:19.11:plvK0H60
気にするなという方が無理な話だと言いたくなるほどにわかりやすくしゅんと項垂れる少女。
なにやらナーバスになるような切実な問題であったのだろう。佐天は急激に罪悪感に駆られる。
自分よりも大人びた少女が子猫のように項垂れる様は、一層痛ましい。こうなってしまっては、放っておけない。
佐天の世話焼き属性がムクムクと頭を擡げる。
「あぁ、あのですね。いきなりかもしれないけど、もしですよ?もし、よかったら何ですけど私で良かったら聞きましょうか?もしかしたらお役に立てるかもしれないし」
「役にって…料理の?」
佐天はにっこりと笑い、頷く。
「人の経験談って案外参考になるんですよ。ちょっとした失敗を直すだけで料理って結構味とか変わってきますし」
少女の瞳が驚きに丸くなる。
「いいの?本当に」
「ハイ、お姉さんが宜しければ。私も……ちょっと予定が無くなっちゃってて。だから全然オッケーですよ。あ、私、佐天涙子っていいます」
期待を瞳に秘め、少女がおそるおそる伺う。これではどちらが年上かわからないなと佐天は苦笑する。
「そっか。私も用事済んじゃったから大丈夫だよ。私は結標。結標淡希。よろしくね、佐天さん」
二つ結びの少女 ――― 結標淡希は何か慣れぬ事をするように頬を染めて、微笑む。
美人は笑うと更に美人なのだなと、佐天は感心と共に内心羨望の念を抱いた。
166:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:45:37.28:plvK0H60
「恥じらいを持つなンざァ…アイツもなンだかンだ言って成長してやがンだなァ……」
顔を真っ赤にした番外個体は荒々しくリビングを後にする。
彼女の出て行った方を見つめながら、しみじみと、感慨深げに呟いた一方通行に噴出す。
「なンだよ?」
「それ父親の台詞よ丸っきり」
「いいだろォが別に」
打ち止めだけではない。
番外個体、そして他の妹達は彼にとって守るべき家族である。
完全な庇護すべき対象として見る姿勢は兄というよりも父親。だからこそ、彼女達から向けられる暴言も受け止められるのかもしれない。
さながら思春期の娘を持った父親。
どれだけ暴言を吐かれようと邪険に扱われようと、娘を守ることを放棄する父親が居ないことに似ているのかもしれない。
「ま、それはいいとして。なるほどね…」
芳川桔梗が一方通行の前に彼専用のカップを置く。熱々の湯気が立ち上るカップを手にすると、一口だけ飲む。
安っぽく、舌にべとつく苦味。
インスタントの味に顔を顰める。すっかり自分が佐天の淹れる珈琲に慣れ親しんでいることに気付く。
その事を考えぬよう舌に絡まるべとつきを気にしながらコーヒーをもう一度口にする。
くすりと芳川が小さく笑う。
168:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:47:28.60:plvK0H60
「まさか貴方が無能力者の娘と仲良くなるなんて」
じろりと睨まれても、涼しい顔で芳川は自分のカップを傾ける。
舌打ちをすると、一方通行は顔を伏せる。
「仲良くなざァねェ。あのガキが勝手に入り浸っていやがっただけだ」
吐き捨てるように呟くと、コーヒーを一気に飲み干す。
熱くないのかしらなどと、気の抜けたことを思いつつ芳川は口を尖らせる一方通行を微笑ましく見る。
彼は気付いているのだろうか。
自分や黄泉川の前でだけは子供じみた仕草をすることを。
生い立ちが生い立ちだけに、それをおかしいとは思わない。
「その割には随分と元気がないのね。フラれた男みたいよ?それとも女房に逃げられた駄目亭主かしら」
くすくすと薄い唇に笑みを浮かべる。
舌打ちをするだけで何も言い返さない一方通行に、おや、と芳川は眠たげな瞳を僅かに見開く。
罵声、毒舌、挑発、憎まれ口、彼がその形の良い口から吐き出す言葉は悉くが碌なものでない。
それが誤解を招き、誤解が不和を呼ぶ。
彼を人から孤立させる要因であり、彼の望みでもある。
その言葉の裏の真意に、彼の性根に気付けるものにとっては精一杯虚勢を張っている子供にしか見えず可愛いのだが。
「で、能力の無いことへの苦悩をそっけなく跳ね除けたことに後悔してるわけだ」
「してねェよ。ンなモンするかよ。わからねェもンはわからねェし、仮にわかってたって俺に言えるかよォ」
役目があンだろうが、と苛立ちを言葉に込める。
やれやれ、本当にこの少年は。
169:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:48:50.38:plvK0H60
「優しいんだから」
「ああ゛ァ?」
剣呑な視線をそよ風のように受け流しながら芳川は苦笑を浮かべる。
「能力なんて関係無いなんて、そういう“無能力者を無意識に見下した能力者”が言うような言葉が
彼女にとって何の救いにもならないんだってわかってるんでしょう」
「 ――― 」
170:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:52:02.88:plvK0H60
持つ者が持たざる者に『持つことなど大したことではない』と言うこと程残酷な言葉はない。
それが悪意ではなく、純粋な善意、友愛、親切から来る言葉であればあるほど、
言葉を向けられた者はそれを受け止めなければならない。
悪意であれば、悪意を持って跳ね返せるけれども、善意を跳ね返すことは出来ない。
それが互いに善良な心根を持つ者であれば尚更。
無邪気さ、正直さは時として何よりも残酷なものになる。
優しさが悪意よりも鋭い言葉となることもあるのだ。
それを自覚していれば、上手く受け流すことも出来ようが、たかだか14年の人生しか生きていない少女には出来ようハズもない。
持たざる者の持ってしまった者への無理解から来る純粋な憧憬、嫉妬という形によって、一方通行はそれを十分に理解出来る。
そして、それは一方通行という少年がそれだけ傷ついてきているということを意味する。
だからこそ、一方通行はかけるべき言葉にためらったのだ。
「でもね、一方通行」
芳川桔梗は、一方通行の心を本当の意味で沈めてしまっている理由を指摘する。
「貴方、本当はその子が欲しがってる言葉をわかってるんでしょう?」
「………なンの話だ」
「その子が欲しがってる言葉よ」
だからこそ口から零れてしまったのだろう。
『あァ…きっとわかンねェよ。俺がどんだけ かをなァ』
などと言う言葉が。
「何を躊躇う必要があるのかしら?きっと佐天という子も望んでいると思うわよ?その言葉」
そして、その『先』も。
171:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:53:52.21:plvK0H60
「わかンねェよ…」
伏せた瞳を二、三瞬きさせる。一方通行の長く整った睫がふるふると揺れる。
そうか、要は怖いのだ。
自分の抱く感情を拒まれることがではない。
自分の抱く感情が分けがわからずに、混乱している現状そのものが。
それはまるで途方に暮れた子供のようだ。
抱きしめてあげようかしら。
芳川はらしくもない考えを抱く。
黄泉川が時折一方通行を抱きしめていたのを目にしていたが、なるほど、そうかと納得が行く。
学園都市最強のレベル5、裏世界を闊歩する最凶の化け物。暴君。
勝手にへばりついてきたこれらの肩書きは真実である一方で、欺瞞に満ちている。
彼が時折覗かせる幼さや脆さ、臆病さや危うさを知るとそのことがわかる。
そんな時、あの母性の強い親友は堪えられずに抱きしめるのだろう。
我が子を抱く母のように。
そして、一方通行は口では憎まれ口を言いながらも身を委ねるのだ。
10歳にも満たない打ち止めにすら母性を感じさせる程に、一方通行は脆く儚い。
「ま、それならそれでいいわ。わかるまで悩みなさい」
「はァ?」
「どうせ貴方のことだもの。私がこれはこうよって説明したって素直に聞かないでしょう?だったら答えがわかるまで精々悩みなさい」
学園都市最高の頭脳なんでしょう?と芳川はウインクをよこす。
悩んでいる自分が、その悩みを芳川に相談しようと足を運んでいたことが、その事にようやく気付いたことが一方通行は無性に馬鹿馬鹿しくなった。
「チッ…役に立たねェ保護者だなァ」
172:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/15(水) 22:57:28.02:plvK0H60
初めて知る女の芳香に、一方通行は眩暈のようなものを覚える。
女は誰もがそうなのか、それとも芳川桔梗だからこうなのであろうか。
すん
誘蛾灯に誘われる蝶のように無意識に一方通行は芳川桔梗の首筋に鼻を寄せる。
自分を酔わそうとするこの果実のような香りが何処からするのかを探るように。
芳川の肌は触れる先から吸い付き、溶けるように熱い。まるで一方通行を捕らえるように彼女の肌全部が別の生き物のように絡みつく。
「く…」
思わず掠れた声が一方通行から零れる。
彼女の中に埋めた半身から電流のような刺激が一方通行から理性を削ぎ取っていく。
それでも、これが本能であるというように、一方通行の手は、舌は、唇は、動きを止めない。
白い骨ばった手が芳川の上を滑る。
「んんッ…」
芳川の抑えた口から、甘い疼きのような音色がぽつんと零れる。
彼女もまた余裕が無かったのだ。先天的なものなのか、相性の問題なのか。
芳川は初めてだという一方通行に徐々に翻弄され始めていることに戸惑う。
久しく味わっていなかった根源的な女としての悦びに、芳川桔梗の身体が戦慄き、喜びに震えていた。
「ア…一方通行…」
普段の彼女からは想像の出来ない甘ったれた声。一方通行の瞳に驚きと、嗜虐の光が灯る。
「なンだァ?らしくねェじゃねェか。芳川ァ…」
「くあ…ッ」
くくくと、虚勢交じりの笑い声が耳朶を擽る。同時に、より深く抉られた芳川は思わず身を反らせる。細い顎と、白くキメの細かい喉が露わになる。
かぷりと、悪戯心に誘われたかのように、一方通行の犬歯が、芳川の喉を甘噛みした。
芳川は一方通行の首にするりと腕を回すと、しがみつくように抱きしめる。
身体の奥、彼を迎え入れている自身の“中”からぶるりとした、余震のような痺れが彼女にそうさせた。
多くは無いものの、過去に識っている経験から芳川の身体は予感を覚えているのだ。
ちゅうっと、鬱血の痕を首筋に一方通行が刻む。
その痕をつぅーっと熱い舌がなぞる。
ぽたりと、雫が芳川の頬を伝う。
目尻から零れた彼女の涙と、彼女の上に乗る一方通行から落ちた彼の汗。
一瞬二人の瞳が交差した。
そして ―――
193:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/17(金) 06:57:15.50:alREm520
「だって濃い味好きだって言ってたからさぁ」
「それで塩一掴みはやり過ぎですって。塩は基本最後にちょっと整える為の一つまみ、二つまみくらい入れるだけ。
それに煮物の味見は煮始めは薄いなぁって思うくらいで丁度いいんですよ」
というか味が薄いからと言って塩を一掴み。
豪快過ぎる。
見た目からして蓮っ葉な少女だとは思ったが料理まで何というか荒々しい。
まるで手掴みで取った魚を丸ごと焼いてそこに拳で砕いた岩塩を振りかけて『魚の塩焼きです』とでもほざきかねない。
そいつァ違うぜと、心の中だけでツッコミ。
佐天は結標の料理法に軽く腰が引けた。
「あと、濃い味としょっぱい味は違いますからね。醤油で安易に味付けしちゃうと結構失敗しちゃいますよ」
「え、ホント!?」
「一応聞きますけど…どんなくらい追加したんですか?」
「えっと……カップ2杯?」
おうふッ、と呻く。
コイツは予想以上のベイビーちゃんだぜと佐天は戦慄をもって結標を見る。
201:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:04:08.04:tx9S1z.0
「身体壊しちゃいますよソレ。よくその人食べてくれましたね…っていうか平気でしたね。
醤油で味付けするんだったら少しずつ。
もっと安全パイで行くなら麺つゆとかおススメですよ?」
「ええ~麺つゆ?」
「ああ、今麺つゆディスりましたね。麺つゆ出来る子なのに。汎用性高いのに。
何でも使えますよ。元々あれ自体にかつおやら昆布やら使ってるから手っ取り早く
味にコクが出るし」
結標はふむふむとメモを取りながら頷く。
佐天は冷めかけていたカフェ・オレを飲む。
苦味と甘みが程ほどにあっているが、正直普通の味、無難な味というやつだ。
「なるほどね。佐天さんって凄いのね。
本当に料理が作れるんじゃなくて“出来る”のね」
「弟いますからね。子供って正直なんですよ。特に兄弟なんて言ったらもう遠慮なんて欠片もないくらい。
折角作ってやっても『不味い』だの『これ食べたくない』だの。もうホント、言いたい放題なんですから。
アンタこれ作るのにどんだけ手間掛かったかわかってるのか~~!!って頭叩きたくなっちゃう」
実際叩いちゃうんですけどね、と舌を出して笑う。
結標はそんな佐天を羨ましいなぁと思う。
202:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:09:30.61:tx9S1z.0
「佐天さんは可愛いわね」
「え?いやぁ、照れちゃうな、結標さんみたいな綺麗な人にそう言われちゃうと。
あははは」
羨ましい。心から結標は思う。目の前の少女は、真っ当に“普通の女の子”をしている。
そのことが堪らなく羨ましい。
明るさと華やかさ。
可憐さと頼りなさ。
自分がこの目の前の少女のようであったら。
もし、そうであったならば、一方通行はどう思っただろうか。
「ホント…佐天さんみたいな可愛げがあったらなぁ…」
「ああ、そうすればもっと彼氏さんに大事にしてもらえるのににゃ~ん、っていうわけですね」
にんまりと笑う佐天の笑顔を前に、結標は自分が呟いた言葉にようやく気付く。
「いや、彼氏とかじゃないから、あんな奴!」
「あんな奴…ほうほう、片想いだと。
じゃあやっぱり料理を作ってあげてたのってお世話になってる保護者さんじゃなくてその人に」
「作ってあげたって言ってもホラ、毒見よ毒見。料理くらい上手じゃないとね、ホラ、女として?」
「女の子として見てもらいたいっていうことですよね、うんうん、わかりますよ」
「そ、そそ、そういうわけじゃなくて…」
「毒見なら自分ですればいいのに…」
「アイツに食べてもらわなきゃ意味ないじゃない!!」
「アイツってホラ、やっぱり意中のあんチクショウじゃないですか」
「だから違うんだってばぁ~~!!」
墓穴ってこういうことなのだろう。
墓穴を掘るまいとして、墓穴から目を逸らす為に他所に穴を掘る。
もぐら叩きの如く、墓穴だらけだ。佐天はさながらハンマー片手に出てくるあわきんモグラをぴこんちょと叩いていく図式。
佐天涙子、ゲーム得意です。(キリッ
203:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:12:09.01:tx9S1z.0
スカート捲りスキルとイジリスキルに掛けて佐天涙子は一家言持ちだ。
チェシャ猫の如くしししししと笑う年下の少女に対して良い様にからかわれているあたり、
日常生活におけるコミュ力の決定的な差が現れる。
「でも…食べてくれる人がいると料理って楽しいし上達も早くなりますからねぇ」
テンション一転。佐天は瞳を伏せる。
スプーンでコーヒーをくるくるとかき回しながらポツリと佐天が呟く。
おやおやぁ?と結標淡希は佐天の言葉の端になんともいえないものを感じる。
言葉の響きがなぁんとなく『甘い』のだ。
もっとも、それを嗅ぎ付けることが出来るのは、結標 ――― あわきんにも同様のものがあるのだからこそだ。
だがその事にはツッコンではいけない。
ツッコメば林檎のように彼女は顔を赤くするだろう。
あ、もうとっくにそうだった。
「ふふぅ~ん。貴女にもそういう人がいるわけね」
「そうですね、確かに料理を食べさせてあげたいなぁっていう人、いますよ」
「貴女あっさりと恥ずかしげもなく…」
204:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:15:40.84:tx9S1z.0
もうちょっとこう顔を赤面させて
『ち、ちち、違います!!そんな人なんて私には…もう!!イジワル!!』
みたいなリアクションを期待していただけに結標は肩透かしを食らう。
どもりまくりで照れまくりの自分は一体なんだというのだ。
中学生の方がもしかして大人じゃね?
あれ?私見た目お姉さんなのに経験値負けてね?
そんなことを思ったかどうかはわからぬが、結標の期待に反した素直な反応はカウンターのように結標を打ち据える。
「ところで“貴女にも”っていうことはやっぱり結標さんもそうなんじゃないですか。
認めちゃいましょうよ」
「はうッ!?」
今度はあわきんのターンかと思いきや、佐天はカウンターであわきんの柔らかいところを突く。
認識の外から打つパンチを人は究極のパンチというが、正に今のがそれである。
宮田君ばりのカウンター。
結標はとうとう観念したかのようにテーブルに突っ伏す。
耳まで真っ赤にしながら、潤んだ瞳を伏し目がちに泳ぐ。
呻くように
熱い吐息を吐くように
身体の中から、堪え切れない想いを解き放つようにぼそりと。
205:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:16:34.35:tx9S1z.0
「そうよ…ええ、そうよ、そうなの、そうですよ。
どうせ好きですよぉだ」
206:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:23:10.59:tx9S1z.0
頬を赤く染め、唇を尖らせる。
ピンクサラシでヘソ出し、肩出し、腋出しな上にミニスカ姿というとてつもねぇ格好をしていたオナゴとは思えない恥じ入りっぷりだ。
もっとも、今は冬のせいか自重しているが、おそらく冬でなくともしないだろう。
一度、あわきんは一方通行の前でポロリをしてしまった。
幸いだったのは一方通行しかいなかったことだろうか。
どちらにとって幸いかは推して知るべしだ。
とにもかくにも、サラシが取れたという事故が起こって以来、あわきんの露出は随分減った。
その際、あわきんをフォローしようとして一方通行が、
『あ…あァ…気にすンな。恥ずかしがるもンじゃねェよ。
えっとだ…おォ、寧ろ誇れるレベルだぜェ?
思わずむしゃぶりつきたくなっちまうくらいによォ』
などと言うとてつもねぇ発言をしたのだが、それは特に語る程でもなかろう。
『女の子をフォローするときは、とりあえず褒めるべし!!』(by浜面)
を間違った遵守の仕方をしてしまっただけなのだから。
207:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:24:43.09:tx9S1z.0
「ようやく白状しましたね~うんうん人間素直が一番」
「貴女…よく恥ずかしげもなく言えるわよね」
佐天は白い頬朱に染めると、やわらかな笑みを浮かべる。
「そりゃあ恥ずかしいですよ私だって。でも否定しようにも否定出来る要素が薄いというか…う~ん」
「それは違うって自分にいいわけが出来ない?」
「言い訳…そう、言い訳ですね。上手い言い訳が見つからないっていうか、
誤魔化す材料がどれだけ探しても見つかんなくて…
もういっそ認めちゃった方が楽だなぁって」
佐天は小さくはにかむと、くるくると髪を指に絡めては解く。
彼女は彼女なりに照れているのだ。
如何せん、自分は聞き手が多いし、仲良しメンバーで集まる時は御坂美琴オンステージなのである。
正直、自分のこういう感情を人に話すのは慣れていない。
「認めちゃった方が楽かぁ…」
思うところがあるのか、結標は小さく吐息を吐く。
カランと乾いた音を立て、彼女のアイスティーの氷が溶ける。
「認めちゃったら認めちゃったらで、また今度は色々悩んじゃうんですけどね。
今までの自分の言動とか振り返って、あれ無しにならないかなとか」
特に初対面でノゲイラばりのタックルからガン泣きとか。
くんかくんかすーはーすーはーとか。
思い出すだけで床を転がりたくなる。
というか、自室では何度転がったことだろうか。
嬉しいことを思い出しては転がり、恥ずかしいことを思い出しては転がる。
最近の佐天さんの部屋では、顔を真っ赤にして枕を抱いたまま転がる彼女の姿が毎日のように見ることが出来るであろう。
208:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:27:25.21:tx9S1z.0
「ああ、わかる。そういうのってすごく…」
ショタコン疑惑だけは晴らしたい。
ただ、小さい男の子が可愛いと思うだけで、決してやましい気持ちなど自分にはないのだと、知ってほしい。
「案外気にしてないかもしれないんですけどね。凄く鈍い人だから」
それはそれで困り者なのだが、佐天は憂鬱そうに溜息を吐く。
最近溜息が増えたと初春からよく言われる。
「ああ、貴女のところもそうなの?」
「そういう結標さんも?」
「うん。もうね、すっごく鈍感。しかもデリカシーが無いのよ!!」
苛立ちの籠もった声に興味を引かれたのか佐天が身を乗り出す。
「興味あるなぁ。どんな人なんですか?結標さんみたいな美人さんに
惚れられる人ってどんな人ですか?」
「惚れ…そうやって言葉にされると恥ずかしいんだけど」
「まぁまぁ、ここまで話した仲なんですから、とことん話しちゃいましょうよ!!」
「そうね…そうよね、恥ずかしがることもないものね」
「で、初めての出会いは?どういうのだったんですか?」
「……詳しくは言えないけど、ブン殴られた」
それも顔面真正面からだ。
209:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:29:06.01:tx9S1z.0
「殴った!?女の子の顔を?最悪じゃないですか!!ってごめんなさい…」
「ううん、いいの。私も同感だし。まぁ、私が悪かったんだけどね」
「それでも女の子の顔殴るなんて酷いですよ!!男女平等パンチとかちゃんちゃらおかしいですってば」
「そうなのよね…私だって腹は立ったし。
最初はもう憎たらしいやら悔しいやら怖いやらで…
とにかく大嫌いな奴だったなぁ…」
思い出すのは、憎まれ口を叩いていた頃。
今もそれは変わらないが、決定的に違っていたのは心から憎く思っていたこと。
「でもそうじゃなくなったと?」
暫く考えて、はにかみながらも結標は頷く。
「きっかけは何かあったんですか?こう劇的な何かとか…」
「きっかけか…」
多分明確にこれというのは無い。
きっかけと言えるものに一応の心当たりが無いこともない。
しかし、それで恋に落ちたということはなかった。
「きっかけっていう程でもないんだけどね。ただ…」
「ただ?」
興味津々に瞳を輝かせた佐天にどう答えたものかと顎に手を当てる。
「見直すきっかけ…はあったかな」
210:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:31:12.98:tx9S1z.0
一方通行がロシアから戻ってから、グループに入る仕事が極端に減った。
特に殺し関係の仕事が無くなったのが大きい。
暫くして、暗部に指示を下す者、学園都市上層部に大きな変化が起こったのだと知った。
土御門が調べた話しでは、一方通行が上層部に掛け合ったという。
交渉でも取引でも懇願でも妥協でもなく、上層部が一方通行に対して「何らか」の恐れを抱いているのだという。
それが何かはわからず、当の一方通行も何も語らなかった。
ただ、わかっていることは一つ。
彼が自分や自分達のような弱みを握られ、使い捨ての駒として消耗される者達を解放させたこと。
そして、それによってすべての闇を彼が引き受けることになったという事実である。
それを知ってから、結標は一方通行のことを目で追うことが増えた。
「へ~じゃあ、その人嫌な奴っていうわけじゃなかったんですね」
「ええ、そうね。寧ろ…」
優しい。
酷く不器用で乱暴だが、そうなのだろう。
「そういう佐天さんはどうなのよ?」
「私ですか。私はもうベッタベタですよ。不良に乱暴されそうになってたところを助けらたんです」
北斗の拳みたいなモヒカンに、と手でとさかを作っておどける。
実際、本当に見事なモヒカンだった。
しかし、おどけた態度とは裏腹に、佐天の顔は自慢する子供のように輝いている。
本当は聞いて欲しいことなのに、いざとなったら恥ずかしくて冗談めかしてしまう子供のように。
211:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:32:58.89:tx9S1z.0
「それで一目惚れ?」
「ひとめ…ぼれ…なのかな」
「?」
意外にも煮えきらない答えに結標は首を傾げる。
「そ、そうだ。それで結標さんの好きな人って、いくつくらいなんですか?」
「うん、同じ年…かしらね。佐天さんは?」
はっきりと年齢を口にしないが、少なくとも高校生の年だ。
「私は年上ですね。三つ年上…かな。とってもカッコいいんですよ。
コワイケメンって感じですね」
人相は悪いが、一方通行は基本端正な顔立ちをしている。
威嚇するような態度を取らず、力を抜けば普通にイケメンだ。
「でも寝顔が凄く可愛いくて、キュンって胸に来ちゃいました」
一度佐天が料理をしている間に眠りこけていた時ことがあった。
普段の険が抜け、幼さすら漂わせるその寝顔は綺麗であり、
そして、息を呑む程にあどけなかった。
普段の彼が如何に肩肘を張って生きているのか。
周囲に対して強くあろう、強くみせようとしているのか。
それを思った時、胸の奥に言いようのない痛みが走った。
212:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:35:25.18:tx9S1z.0
「そうよね、普段ツッパってる癖に寝顔可愛いとか反則よね」
「わかりますか?」
「うん、私も偶然見ちゃったことがあってね」
グループのアジトのソファで眠り込んでいる姿を見て思わず写メに撮ってしまったのは内緒の話しだ。
正直ずるいと思った。
もう少しだらしない間の抜けた寝顔だったり、歯ぎしりやイビキが酷ければ気にも留めなかったのに。
あれではまるで母親の帰りを待っている間に眠ってしまった子供だ。
「ああいうのって母性本能擽られますよね」
「そうよねー普段は凄く強気の癖に。っていうか寧ろ凶暴?」
「口調も乱暴で、素直じゃないっていうか天の邪鬼というか…」
「ああ、そうそう。そのくせこっちがシュンってなると結構焦ってフォローしてくるのよね」
「口べただから全然フォローになってないんですけどねぇ。年上の癖に妙に子供っぽいというか、すぐにムキになるし」
「男の子だから負けず嫌いなのよ基本」
「私なんて弟いるんですけど、たまに接し方同じ時ありますよ。
好きなおかず作ったら機嫌直っちゃうところとか一緒で」
「へぇ、そうなんだ」
「強くて頼もしい癖にそういうところが可愛いなって思っちゃうんですけどね」
「可愛いっていうのはあるわね。言うと怒るから言わないけど」
「男の人って可愛いって言葉に過敏に反応する人っていますよね」
「そういう人ばかりじゃないの?」
佐天は顔をしかめて首を振る。
213:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:38:04.99:tx9S1z.0
「まっさか~女の母性本能に甘えようってわざとらしく可愛さアピってくる奴、結構いますよ?」
大概そういう男はキモいんですけど、如何も嫌そうに顔を歪める佐天に思わず結標は噴き出す。
「そういうのは気持ち悪いわね確かに」
可愛くない男の可愛さアピールほど気持ちの悪いものはない。
「可愛い人に限って自分は可愛いのとは無関係だぜっていう態度とってたりするんですから。
もう!!そういうところが可愛いんだってって、言いたくなっちゃう!」
「そういう人なの?危ないところを助けてくれた白馬の王子様みたいに聞こえたけれど?」
ぴくりと、佐天の肩が揺れた。
「王子様…か。最初はそう思ってたんですけどね。結標さん。結標さんは…レベルっていくつくらいですか?
もし良ければ教えて欲しいんですけど」
一瞬の間を置いて、結標はぽそっと答えた。
「………レベル4」
4という数字を佐天は口の中で転がす。
その数字に何か重要なものが秘められているかのように。
214:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:39:51.09:tx9S1z.0
「私は0なんです。ようは無能力なんです」
「そう」
同情を込めるべきか、興味など全く無い風にするべきか。
迷った挙げ句、結標は素直な感情をひっそりと乗せることにした。
小さな憧憬を。
「最初は私舞い上がって、押し掛けちゃったんですよ。
カッコいい!!ヒーローだ!!って、王子様だって。
ミーハーな気持ちで。ただ、なんていうかちょっと違ったんですよ」
もちろん凄く強い人なんですよ?
そう前置きをして、佐天は言葉を一つ一つ、ひとかけらずつ手に取り眺めて確認するように舌に乗せていく。
「私にとって、あの人は憧れだったんです」
顔も知らない頃から。そう、「学園都市第一位」などと呼ばれている存在を知った時から。
一体この街の頂点に立った人が見る景色はどのようなものだろうか。
もし自分に学園都市最強の力が手に入ったら、そんな無意味なIFを何度思い浮かべたことだろうか。
「だから気づかなかった。本当はどんな人なのか…
会って話して、実際に向き合ってみるまで知らなかった」
215:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:41:27.80:tx9S1z.0
あんなに寂しそうな背中をした人を初めて見た。
華奢で、薄くて、儚げな背中。
守ってあげたいと思わずにはいられない背中。
キッチンに立って、彼が珈琲を淹れている時に、ふと思うことがある。
その背中をぎゅうっと抱きしめてあげたらどんな顔をするだろうか。
「誰も私の気持ちなんてわかってくれないって、どこかでいじけてたんです」
御坂美琴にさえ、心の底で思っていた。
それを一方通行は見抜いていた。
そして彼が去り際に放った言葉がある。
「でも、私もわかろうとしてなかった。あの人の気持ちも」
寂しそうな、打ち明けたい言葉を飲み込んだ子供のような瞳でつぶやいた言葉。
「本当は強い以上に寂しい人。寂しがり屋で、甘えたがりなんだと思います。
それがわかっちゃってから正直、すごく困ってしまいました」
「それは…」
じっと佐天の言葉に耳を傾けていた結標が真っ直ぐに佐天を見る。
「幻滅した…ということ?」
216:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:45:16.95:tx9S1z.0
佐天は困ったように首を振る。
頬を赤くしながら、指先でカップの縁をなぞる。
「逆です。憧れとか、浮ついた気持ちで。なんていうかノリが入ってたからあれだけどんどん近づけてたのに、
今ではもう…恥ずかしくて」
「本当に好きになっちゃったんだ?」
「おかしいですよね。会ってまだ一月もしてない相手に思い込んじゃって」
「そうかしら?」
結標は窓の外に視線を移す。
「落ちちゃうときは多分一瞬でしょ」
恋はするものではなく落ちるものだから。
使い古された陳腐な言葉だが、真理だと結標は思う。
落ちてしまうまでの時の長短など関係ない。
落ちてしまえば一緒だから。
そう、落ちてしまったら、もう観念するしかない。
「そうですかね」
「そうよ」
「そうですか」
「ええ」
奇妙な沈黙が降りた。
何というか、今日会ったばかりだというのに自分達はどうしてこんな話をしてしまっているのだろうか。
御坂はおろか、初春にもしていないというのに、佐天は不思議に思った。
それは結標も同じだったようで、二人は顔を見合わせた。
「そうですね」
「ええ、そうよ」
落ちてしまったのだから。
220:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/18(土) 00:53:02.05:bUY8RwQP
補習が終わり、上機嫌で上条当麻は下校の路に着く。
上機嫌なのは普段よりも補習が早く終わったから。
これから向かうのはスーパーであるが、狙うのは特売ではなく文房具。
頭の足りていない上条が、一念発起して勉強に精を出すことにしたという話ならば小萌先生感涙であるが、話は少し異なる。
上条が買うのはインデックスの為のものだ。
最近になってイギリスが手を回したのか、インデックスがこちらで本格的に学校に通えるように手はずが進んでいるのである。
いつから学校に通うことになるのか、何処の学校になるのかはわからぬものの、通えるようになることは確かである。
普段、上条の帰りをスフィンクスと一緒に寂しくお留守番をしていた彼女の姿に胸を痛めていただけにこれは吉報である。
まだまだ、依然として彼女の魔道書を狙う輩がいることはいるのであるが、激減したリスクと、
彼女の喜ぶ顔を秤に掛ければどちらを優先すべきかは一目瞭然である。
彼女を守る覚悟なら出来ている。
上条とていつまでもそげぶ(笑)のままではない。
『主役って言ってもさ、一方通行とか美琴に比べると映像映えしないよね』と言われるままでは済まさない。
本格的な格闘技を習い覚えようとしているのだ。
浜面と最近はボクシングジムに通ったりもしている。
デンプシーイマジンブレイカーをお披露目出来る日も来るかもしれない。
腰の強さには自信があるのだ。毎晩鍛えてますから(キリッ
234:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 21:39:15.85:2OChoWQ0
『わたしも学校に行けるんだよ。えへへへ、とーま、勉強おしえてね』
そう言ってはにかみながら頬を染めていたインデックスに萌えたというのもある。
自分の高校の制服に身を包んだインデックスを想像して、授業中に顔面が崩壊したのはご愛嬌。
土御門に『壮絶にキモイにゃーかみやん』と言われたが気にしない。
だってアイツもメイド義妹に手を出しているもん。
「壁薄いんだよな、あそこ…」
実に意味深な呟きをする。
ちなみに、上条さんは聞かれることに抵抗など無い。
寧ろ、聞かれることに羞恥心を覚えるインデックスさんの姿に「んんッ!!」となる。
流石は『ことラノ』第一位の男だ。
『ことラノ』とは『今年一番爆発すればいいと思うライトノベルキャラランキング』のことである。
けっしてこのラノと混同してはいけない。メタは逃げだ。
235:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 21:46:15.49:2OChoWQ0
上条は思春期全開の妄想に浸りながら歩くので当然周囲はドン引きだ。
スキルアウトの皆さんでさえもからむにからめない。
上条が普段の通学路の途中にある公園に足を運んだところで彼我に返る。
その表情には露骨な警戒心が露わになっている。
「や、や、やっほー…」
顔を赤く染めた美少女が、ぎこちなさげに手を振る。
そこには自販機キラー、学園都市家電達の怨敵、常盤台中の猫かぶり電撃姫こと『超電磁砲』御坂美琴の姿があった。
「戦略的撤退!!」
「え、ちょ…!」
文房具はまたの機会でいいんじゃないだろうか。
うん、そうだ、急いで買う必要があろうか。
文房具は決して逃げたりしない。
そうだ、そういえば今思い出した、急に思い出した、今日は小萌先生のお家に行くのだった。
彼女の同居人が野菜を買い込み過ぎて食べきれなくなった為にお裾分けを頂きに行くことになっていたのだ。
今は野菜が高い時期だというのに。
奮発してタマネギ、清水の舞台から飛び降りる覚悟を振り絞って四分の一カットの白菜を買う上条にしてみれば
その同居人はブルジョワジーだ。
先生の話では、好きな男に振舞う手料理の練習用とのことだそうだが、まったくもって果報者な男もいたものだ。
もげてしまえばいい。
そう顔も知らぬ小萌先生の同居人の想い人(ややこしいな)にジャブ程度の悪意を抱きながら、
元来た道をダッシュする上条の顔の真横を一閃の光が走った。
上条の眼前の警備ロボが『解せぬ』とばかりに黒煙を吹き沈黙する。
236:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 21:52:39.90:2OChoWQ0
「アンタはぁ~~スルーするのに飽き足らず人の顔を見るなり逃げ出すとかどういう了見なのかしらぁ?」
流石に登場シーンの派手さでは右に出るものがいない我等が電撃姫である。
何と言うかオーラが違う。
そう、さすがはとあるシリーズの稼ぎ頭である。
ボーカロイドで言えば初音さんくらいに。
稼ぎ的な意味であって、決してバストサイズではない。
寧ろそれだとリンだとか言ってはいけない。
「ま、まぁ、別に、あ、アンタが構ってくれないから怒ったわけじゃないんだからね!!」
擬音語に「ツン!」とか「デレ!!」とかそんなものが聴こえた気がしたが、それらのTND拡散力場は全て上条の右腕にぶち殺される。
掌の中に電気を滞留させながら近づく女子中学生に上条の背筋に冷たい汗が流れる。
可愛い顔と可愛い胸をしておきながら、この女子中学生がエゲツない電撃をぽんぽん撃ち出すことを嫌という程している。
骨身に染みるという言葉があるが、まさしくこのケースなどそれにあたる。
一方通行戦のダメージって大半がこの少女にやられたようなものだ。
237:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 21:54:22.51:2OChoWQ0
「な、なんの用でせうか御坂さん…上条さんはちょっと用事があるのですが」
気分はカツ上げされるいじめられっ子だ。
違うところは何かといえば、致死量の電撃をかましてくるかどうか。
電撃女子中学生こと御坂は急に顔を赤くするとモジモジとし始める。
「何って…その特別な用っていうか…そのね…」
モジモジ、モジモジ。
指をこねこねと胸の前で合わせる姿は何処にでもいる美少女中学生。
ああ、じゃあ、何処にでもいるというわけではないか。
「ほ、ほら、私さ、結局ちゃんとお礼したことなかったじゃないの」
妹たちのこととか、黒子のこととか、と更にモジモジ。
「ああ、そんなこと気にするなよ。全然、大したことじゃないんだから」
お前にいつも不意打ちで食らっている超電磁砲に比べれば、という言葉は飲み込んでおいた。
多分言えば即超電磁砲だ。
対上条限定では、一方通行よりも沸点の低いこのお嬢様は心臓に悪い。
出来るだけ上条は刺激しないように言葉を選ぶ。
238:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 21:58:13.98:2OChoWQ0
「俺が勝手に首突っ込んだだけなんだからさぁ。
助かってくれただけで俺にとっては十分なお礼っていうか。
大体そんな事気にするなよらしくないぜ御坂。
お前はいつも通り明るい御坂でいてくれればそれでいいんだからよ」
そして出来れば電撃は自重してくれないかなぁと心の中で付け加える。
基本ヘタレですから。
御坂はというと、上条の飾らない言葉に顔を林檎のように赤くしていた。
彼女の中では先ほどの上条のセリフがリプレイされているのだ。
『いつものお前でいてくれよ。いつものお前が一番イカしてるんだからさ』(キリッ
言ってません。
「い、いやぁだ…もう、いきなり何言ってるのよ~」
上条の言葉が、多少の脚色をされた上で御坂の脳裏をリフレイン。
基本、自分だけの現実が強い人は思い込み強いんです。
手を胸の前で合わせて湯気が出そうに真っ赤にする御坂は上条から見ても十分可愛らしかった。
普通の男ならその仕草だけでノックアウトされるだろう。
だが、上条は違った。
この状態になった御坂を下手に刺激すると、ふにゃーっという叫びと共に10億ボルトだ。
世界のリーダーを頼んでもいないのに自称する国在住の『アイツ』と双璧をなしつつある
国民的ネズミの実に一万倍。
それを如何に刺激せずに、速やかにこの場を去るか。
(誰かモンスターボール持ってきてくれよ、ハードル高いッスよこのピカチュー)
言葉には出さずに上条は叫ぶ。
基本ヘタレっすから。
239:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/19(日) 21:59:25.45:H.CweI.P
「………んじゃ、これで」
「待ちなさいよ」
「あふん!」
ビリッと来た。
右手以外は普通の頭の悪い高校生の上条さんの左肩を電撃を帯びた御坂さんの手がガッチリ掴む。
そして電撃。
電撃ってメジャーな能力だけど、電気で痺れるって何気に日常で味わうことが無い。
正座をした時か電気風呂に入ったときか静電気でビックリしたときくらいだ。
故に、上条さんは過敏に反応する。
びりってきた。スタンガンを押し当てられたみたいなものだ。
エグイ。実にエグイ。
「あ、あの御坂さん?」
「だ、だからね、そ、そうよ、お茶。お茶おごってあげるわ。どうせアンタいつもひもじい思いしてるんでしょうし。奢ってあげるわよ」
「ェェェェェェェ……いいよ別に。お礼とかそういうのは」
「うるさいわね。つべこべ言わずに付き合いなさいよ」
「夕飯の仕度もあるし(インデックス待ってるし)いいって。気持ちだけ受け取っておくからさ。じゃ…」
被せるように頬を風圧が掠めた。
ゲームセンターのコインがたちどころに近代兵器に。
これが常盤台のエース、御坂美琴の代名詞でもある超電磁砲。
放て刻んだ夢を未来さえ置き去りにして。 未来を置き去りにしたら本末転倒だと思う。
「いいからお礼させなさいよ。これ以上四の五の言うようなら超電磁キャッチボールよ?」
「此方から投げ返さないものをキャッチボールとは言いません」
打ちっぱなしって、それはサンドバックだ。
怖いので言えないが。
「で、付き合うわよね?」
「御坂さん…自分の発言の矛盾点に気付きませんか?」
「う、うっさいわね!!わかったんなら付き合いなさい!!」
逆切レールガンに手を引っ張られながら、上条は久しぶりにおなじみの言葉を吐いた。
「不幸だ……」
241:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:04:59.42:2OChoWQ0
それはまったくの偶然だった。
結標淡希が一方通行に会ったのは、彼女がお気に入りとしているパン屋。
カフェとパン屋が一つになったそのお店は木目調のログハウスを意識した造りで、彼女の好みに密かに合っていた。
無機質な学園都市において何処か時間がゆったりと流れているように感じさせる店だ。
ぼぅと考え事をしたい時、一人になりたい時、疲れた時、彼女は此処を利用する。
この店で一方通行に会ったのは今日が初めてであった。
「あ…一方通行…」
「……よォ」
無愛想此処に極まれり。僅か二文字足らずで挨拶を終える一方通行だが、これでも随分な進歩だ。
以前であれば無視。
酷ければ『気安く話しかけてんじゃねェぞクソがァ』という不当な罵声コースだ。
かなり丸くなったといえる。
結標は窓の外を見ている一方通行にバレぬようにさり気無く深呼吸をする。
脳裏に浮かぶのは先日友達になったばかりの無能力者の少女。
彼女との語らいを無駄にするまいと、結標は意を決する。
「と、隣りいいかしら?」
上ずった声に気付くこともなく、一方通行はちらりと結標を一瞥する。
「好きにしろ」
ぼそりと呟かれた言葉はぶっきらぼうであったが、拒絶ではない。
242:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:08:03.07:2OChoWQ0
(やったわ!!佐天さん、頑張ったわよ、私!!)
心の中でガッツポーズをとると、結標は一方通行との距離を気にしながら椅子を引く。
あまり近過ぎると心臓に悪いが、かといって離しすぎてしまうのも何だか勿体無い。
せわしなく微調整をする結標を怪訝な目で見つめながら一方通行はカップ珈琲を啜る。
結標は一方通行の持つトレーに目をやる。
ツナサンド二つ。
カツサンド三つ。
以上。
「相変わらずお肉ばっかり……野菜もっと摂りなさいよ」
「うるせェ。お前には関係ねェだろうが」
取り付く島もないとはこのことかと溜息を吐く。
「いっそ、私が今度作りに行ってあげようかしら」
「そういう台詞は飯が上手く作れるようになってからほざきやがれ」
「じゃあ、一方通行の部屋で料理の練習でもしようかしら」
「間に合ってンだよ。そういうのはァ……」
「……え?……それってどういうこと……?」
「何でもねェ。忘れろ」
聞き捨てならない言葉に、追求したい気持ちがムクムクと湧き上がる。
しかし、ヘタレな結標は結局その言葉を言わずに収める。
一方通行は結標と会話をするつもりなど無いのか、窓の外を眺めている。
何処となくその横顔が寂しそうに映り、結標の胸の奥にちくりとした痛みが走る。
何を思っているのだろうか。
そもそも、一方通行がこんな時間に起きて活動していることが不思議だった。
243:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:10:43.69:2OChoWQ0
「貴方がこんな所に来るなんて正直意外だわ。ていうか今まだ朝の7時よ?」
「ケッ……たまには俺だって、たまにはこンくらいの時間に起きンだよ」
「たまにはじゃなくて、もっと規則正しく生活しなさいよ」
「はッ……規則正しくたァ恐れ入った。まさかお前の口から出る言葉たァ思わなかったぜ」
くかかかと、三日月のように口を開けて渇いた笑い声を上げる一方通行に、結標はひと睨み利かせる。
一方通行の憎まれ口に顔を顰めながらも、これからもっと一方通行が早起きをしてくれれば
こうして朝食を共にする機会が増えるのではないだろうかと考える。
それともいっそ彼の部屋に料理を作りにいってやろうか。
一方通行の部屋で朝食を作って、一緒に食べる。
(駄目……想像が付かない……)
まず、手際良く朝食を準備している自分の姿が想像できない。
当然、それに連なる食事シーンも。
浮かぶのはせいぜい、グループのアジトで行われている毒見の風景。
やはりもう少し上手くなる必要がある。
佐天涙子に教わったレシピは試してみたら中々小萌には好評だった。
もう少し練習を重ねれば。などと悶々と考え込む結標を横目に見ていた一方通行は彼女のカップにふと視線を向けた。
ミルクとコーヒーが混ざり合い小麦色に染まっているカップをじっと見つめていることに結標はようやく気付く。
244:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:12:57.61:2OChoWQ0
「カフェオレが珍しい?」
「ンなわけねェだろォが。ただ……女はやっぱそういうやつが好きなンだなァ」
一瞬、瞳を伏せる一方通行。
内心首を傾げながらも、それ以上は触れない。
「まぁ一概に言えないけれど、ブラックが好きっていう人よりは多いんじゃないかしら。
口当たりがいいし。好きなように自分で作れるしね」
「お前がかァ?」
「何よ……料理がぶきっちょだからって言っても、コーヒーくらい淹れられるわよ。
何だったら今度淹れてあげましょうか?」
「……まァ、気が向いたら頼むわァ」
てっきり『テメェの淹れたコーヒーなんざ誰が飲むか。泥水飲ンでた方がマシなンだよ』とでも言われると思っていた。
呆れたわけでも馬鹿にしたわけでもない。
ただ、そういうものなのかと確認するような声のトーンに結標は違和感を覚える。
てっきり女子供の飲み物だと馬鹿にしてくることを予想していたのだ。
思わぬ反応に肩透かしを食らう。
いつもブラックばかり飲んでいるのだから、興味が湧いたのだろうか。
一方通行の方はといえば、話しはそれきりだとばかりに視線は既に外を向く。
遠くを見るようなその視線が無性に気に食わなかった。
「何か変わったわよね、一方通行」
「あァ?何急に言い出すンだァ?」
「ホラ、そうやって何だかんだ言って反応するじゃない。前は徹底的に無視してたのに」
245:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:14:49.94:2OChoWQ0
少し前の一方通行はコミュ力ゼロのもやしだった。
周りの声など雑音。
必要最低限の言葉を交わすだけの関係。
それは結標にとっても同じだ。目の前の男など恐怖と嫌悪の象徴ですらあった。
「それに、私の料理ちゃんと食べてくれる」
「ハッ…てめェが食えって言ってンじゃねェか」
「本当に食べたくなかったら捨てればいいじゃない」
「捨てて欲しかったのかァ?」
「嫌に決まってるでしょ。馬鹿じゃないの?そんな事されたら私泣くわよ?」
「……チッ……どうしろってンだァァ…」
がしがしと頭をかく。ぼやきたくなるのも最もだろう。
一方通行にとっては半ばイチャモンを付けられているような気分だ。
しかし、事実、以前の一方通行であれば結標の失敗した料理など口にしようともしなかった。
それどころか容赦なく彼女の前でゴミ箱に捨てるなり、たたきつけるなりしても不思議ではない。
「だけど最近はもっと変わったよね」
「?」
「わからない?」
指をすっと鼻先につける。
「その目。最近、ホントこの数日。ずっと遠くを見てる。寂しそうな目で」
「…くっだらねェ……何か変なドラマでも見たのかァ?俺が寂しいたァ…」
「そんな気がしただけよ。怒らないでよ?」
「イチイチそンな程度でキレてられるかよ…ッたく」
「ふふふふ」
子供のように拗ねる仕草が微笑ましくて結標の口に笑みが浮かぶ。
肩を震わせて小さく笑う結標に舌打ちをすると、一方通行は頬杖を付いてぷいっとそっぽを向く。
どうにも結標といると最近戸惑うことがある。
246:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:20:52.66:2OChoWQ0
不意に向けられる視線に含まれる感情に戸惑うのだ。
それが何か、一方通行には解析できない。それが一層彼を戸惑わせる。
「あ、そうだ…一方通行、アンタ今日って暇でしょう?」
「なンだよいきなり…つーか、何決め付けてくれてやがンですかァ?」
まぁ、暇なのだが。
それを即座に認めるのは悔しい気がするので黙っておく。
「アレ?予定でもあるの?というか貴方に友達なんて…」
「ムカつくなァホントにお前は……誰もダチと予定があるなンて言ってねェだろうが」
「え?友達じゃないなら…か、か、彼女とか…?」
「誰もいねェなンって言ってねェだろうが……ってオイ、なンでそこで涙目になる!?」
「う、うううう、うるさい。何よ、そンなのいるなンて…ぐす…」
目に泪を浮かべながら俯く結標に焦ったのは一方通行だ。
(何だ、何だよ、何ですかァァァァァーーーー!!!俺は何か最近したのか!?またコレかよォォォォォ!!)
軽い気持ちで、それっぽく振舞った結果がコレだよ。
これも一万人の少女を手に掛けた呪いなのであろうか。
周囲の白い目が白いもやしに突き刺さる。美少女が泣いている姿はそれだけで目を引く。
その相手が凶悪な顔をした少年であれば尚更だ。
性質の悪い男に酷い目に遭わされているいたいけな少女の図式が出来上がっているのかもしれない。
『ちょ、オイ、あの白髪野郎…』
『あんな可愛い子を、しかもナイスおっぱいを!!』
『一方通行様……ミサカともお茶して欲しいです』
『戸惑いセロリタン萌えス』
『チィィ!!今年もクリスマス終了宣言だというのに』
『いいなぁ~私もああいう彼氏欲しいな。ドSチックのビジュアル系とか…』
『何泣かせてやがるんや!!あんな子おったら僕なら速攻土下座からの靴舐めコース一択やっていうのに』
というか、かもしれないじゃなくて、確定していた。
(オイィィィィィィィィーーーーーー!!!何だ、何だよ、何ですかァ!?)
247:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:23:55.78:2OChoWQ0
一方通行の背筋に嫌な汗が流れる。
「(アイツといい女ってなァどうしてこうもホイホイ泣けちまうんだかなァ…)オイ、結標。泣くな」
「泣いて…泣いてないもん…」
「トナカイみてェな鼻しておいてかァ?嘘ならもう少しらしく付きやがれ」
「だ、だから、な、泣いてなん、なんか」
「どもりながら言っても説得力がねェンだよこの馬鹿女。
ッたく……冗談を真に受けてンじゃねェってンだ」
その言葉に結標が顔を上げる。
赤くなった鼻をおしぼりで隠しながら、潤んだ瞳で一方通行を見つめる。
「冗談?」
「俺に彼女なンてもンがいるように見えますかァァ?生憎とそンな物好きな女に心当たりなンざねェンだよ」
自分で言っていて悲しくなってくるが。
248:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:28:32.72:2OChoWQ0
「そ、それじゃあさ」
おしぼりを手の中でいじりながら、おそうおそると言うように結標が一方通行に視線を寄越す。
「……ちょっと付き合ってよ今日」
「はぁァァ?何で俺が……て泣くな泣くな!!わかった。暇だから何処でも付き合ってやらァ!!」
「本当?」
「ああ…ッたくじゃねェと泣き止まないだろうが」
「えへへへ、私行きたい映画あったんだよね」
心の底から嬉しそうに微笑む結標。
「………」
何処にでもいる女の子が一方通行の目の前にいた。
一方通行は不意にその笑みに見惚れた。
暗部の人間とは思えぬほど、裏の世界など知らない人間のような、屈託の無い笑顔。
黒いシャツにピンク色のカーディガン。
七分丈のジーンズという格好は確かに何処にでもいるような女の子である。
しかし、それ以上に結標の浮かべる笑みが、一方通行にとある少女を連想させた。
そう、一方通行に佐天涙子を連想させた。
何故あの少女を思い出すのかはわからない。
ただ、結標の浮かべる笑みは、決して佐天に見劣りするものではないほどに、どうしてか輝いて見えた。
笑顔だけではない、その瞳。
結標の瞳もそうだ。
彼女が自分を見つめてくる瞳に、上手く説明の出来ない感情が上っていると感じるのだ。
それは佐天にも共通する。
彼女達の瞳の奥にあるものが一方通行にはわからない。
ただ、わかっていることが一つだけ。その瞳に見つめられるとどうにも調子が狂う。
普段他者にそうするように、冷然と突き放すことが出来ない。
居心地が悪いが、不快でもない。では一体何かと問われても、わからない。
結標の抱いている感情の機微を察するには、この学園都市第一位は余りにも感情が幼過ぎた。
249:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 22:48:02.94:2OChoWQ0
お礼をしたい
⇒いいって別に
⇒電撃食らいたくなければお礼させろ
⇒ェェェェェ…
⇒四の五の言ったら超電磁キャッチボールな
⇒不幸だ…←今此処。
(上条の)生と死が交差するとき、新たな物語が生まれる。
「超電磁お茶会なう」
「何言ってるのよアンタ?」
「ちょっと書き込み」
フォローとかいらない。
ただ、今の不幸を吐き出しておきたかった。
御坂はモジモジてれりんと言わんばかりに赤面のまま上条を例によって例のごとくファミレスに連れ込んだ。
「(佐天さんも頑張ってるんだから私も頑張らなきゃね)そ、そういえば最近アンタどうなのよ。学校とか」
「お前は子供との話題に困ったお父さんか」
「う、うっさいわね!!アンタが相変わらず惨めな補習ライフを送ってるんじゃないのかって心配してやってるのよ」
「ううッ…痛いところをお突きになる…あたってるだけに何も言えませんが…そうだな、変わったと言えばダチのことかな」
「ダチって…土御門さんとか?」
「うんにゃ。一方通行」
「ああ……」
250:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 23:01:45.32:2OChoWQ0
御坂が複雑な表情になる。
一方通行との遺恨は既に無い。だって本編終了後だから。
打ち止めを始めとした妹達の事情を御坂は既に知っている。
御坂にとって一方通行は非常に複雑な立ち位置にある。
一万人の妹の命を奪った仇であると同時に、それ以上に一万人の妹達の命を救ってきた恩人。
自分が例の実験後、妹達の問題が解決したと暢気に思い込んでいた裏で
ずっと彼女達をぼろぼろになりながら守ってきたのは一方通行だ。
御坂は恨みと同時に、本来姉である自分が責任を持って負うべき使命(と少なくとも御坂は思っている)を担い続けた負い目がある。
故に、複雑なのだ。
「この前飯食った時にも話してたんだけどさ」
「仲良いわよねアンタ達」
「おう、たまに泊まりに来たり、泊まりに行ったりしてるからな」
そしてもう一つ複雑になる理由がここにあった。
上条と一方通行はやたらと仲が良い。
気の合う親友というべきか、戦友というべきか。似た者同士だからだろうか。
未だに上条の家に行ったことのない御坂としては、お泊り会とか、正直羨ましい。
251:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 23:06:01.89:2OChoWQ0
「最近アイツさ、ある女の子に気に入られちゃったのか、押しかけられて世話焼かれてるんだよ。
口では鬱陶しいとか邪魔臭いとか言ってるくせにどうも満更じゃないんだよなぁ~」
「押しかけって…アイツの家に?」
「そそ。夕食作りに来たりしてるみたいでさぁ。もう押しかけ女房だよ」
「それって番外個体じゃないの?」
ここでも番外個体の通い妻っぷりは有名らしい。
密かに番外個体が一番自分に似ているのではないだろうかと、御坂はにらんでいる。
色々な意味で。
「いや、違う違う。普通の女の子みたいだ。中学生って言ってたかな」
「そ、そうなの!?」
「まぁ、いくら中学生とはいえ、押しかけ女房だなんて羨ましいですよ上条さん的に
通い妻っていう方がいいのか?などとどうでもよいことで上条は首を傾げるが、御坂はそれどころではない。
佐天のように積極的な少女がいることに御坂は驚く。
もしかしたら、今時の女子中学生はそれくらいするのが当然なのだろうか。
ならば自分はそうとうアピールが下手ということになってしまう。
そんな焦る御坂の様子になど欠片も気付かず、気付くはずもなく、上条はコーラを暢気に飲んでいる。
「?アンタさぁ」
「おう?」
「随分嬉しそうじゃないの」
そう、御坂が言うように上条は上機嫌に一方通行の話題を出していた。
口では羨ましいといいながら、妬みや僻みは上条の表情にはない。
252:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 23:06:28.28:2OChoWQ0
「まぁな。実際嬉しいんだよ」
「どうしてよ。アンタには厳密には関係ないことじゃないの?」
そこまで喜ぶべきことだろうか。
疑問に答えるように、上条は飲み干したグラスを置くと、柔らかな笑みを浮かべる。
御坂はあまりにも優しい笑みに思わずどきりとする。
「だってよぉ、アイツのことを好きになってくれたんだぜ?何の関係もない、普通の女の子がさ」
そう、一方通行と何の因縁も無い相手だ。
打ち止めや番外個体のような一蓮托生であったり、悲劇や学園都市のどろりとした汚い闇によって引き合わされたわけではない、
もっとありきたりで、他愛もない出会い。
一方通行の、その素を、囚われるものの無い少女が好きになってくれた。
上条は素直にそれが嬉しかったのだ。
「アイツって未だに壁作ってるところがあるからさ。そういうの無しにしてくれたらなって思ってるんだよ。
これを切欠に、もっと遠慮なく表に出て来てくれたらなってさ、そう思って」
「そっか…」
御坂はこのお人好しめ、と熱っぽい視線で穏やかな上条の横顔を眺めていた。
281:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:33:06.63:InxzDA20
「なぁ…いい加減泣き止めよ」
というか泣き止んで下さい結標さン、と切に思う。
ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らし、何度も涙を拭ったせいか、目尻が赤く腫れている。
「う、うん、ゴメン。でも、ううう」
「ハァ…」
周囲の視線が痛いということはない。
映画館の地下に位置するカフェに来ている一歩通行と結標であるが、
周囲も結標と似たり寄ったりだ。
パンフレットを抱きしめてうっとりとする者。
友人と語り合いながら、思いだし泣きをするもの。
女連れの男には一方通行と同じくどうしたものかと途方に暮れた顔をしている者もいる。
見ず知らずの男達に一方通行は奇妙なシンパシーを覚える。
「まァ、良いけどよ…」
泣き止めと言って泣き止むものではない。
それを経験上よく知っている一方通行は無理に泣き止ませようという気はなかった。
「うん」
こくんと頷くと、結標はぽろぽろと流れる涙を丁寧に拭う。
282:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:36:05.23:InxzDA20
「ったく…面倒くせェな」
注文した珈琲を一口飲むと、苦いだけの後味の悪さに顔を思わずしかめる。
豆が悪いのかと思ったが、それは違うと即座に否定する。
以前佐天がインスタントコーヒーをびっくりする程美味しく淹れたことを思い出す。
そういえば佐天と顔を合わせなくなってもうすぐ一週間になる。
正確には四日程前に会っているのだが、その時彼女は一方通行の顔を見るなり逃げ出した。
(なンだよアイツ…人のツラ見て帰るとかケンカ売っていやがンのかァ?
つーか何でイキナリ来なくなンだよ)
思い出すとムカムカとした苛立ちが沸き上がる。
佐天が明らかに自分を避けていることが無性に面白くない。
そして、佐天に会えないことに苛立ちを抱いている自分のわけのわからなさも面白くない。
最近、正確には「この前の夜」以来佐天の行動は一方通行には不可解極まり無かった。
単純に来なくなるのではなく、一方通行が帰ると料理だけが作ってあるのだ。
置き手紙も何も無いのだがそれが彼女のものだとわかった。
味付けや、雰囲気、そして一方通行のエプロンに僅かに残る調理の残り香。
彼女のいた空気を敏感に感じ取っていた。
(くそっ…飯作っていきやがるならツラくらい見せやがれってンだ)
苛立ち紛れに不味いコーヒーを一気に飲み干す。
283:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:38:39.12:InxzDA20
四日前のことだ。
仕事も無く、一方通行は出かけることもせずに家でぼうっとしていた。
決して佐天がやってくることを待っていたわけではない。
ただ、何となく、このまま出かけずにおれば彼女に会うのではないかと思った。
だから、何となく出かけもせずに、時間がいたずらに経つのを待った。
鍵を開ける気配を察知した時、一方通行の中にちょっとしたイタズラ心が芽生えた。
それは自分を正体不明の苛立ちに落としてくれた少女への復讐も兼ねていた。
無警戒にドアを開けた佐天の目の前、玄関に一方通行は待ちかまえていた。
そして、結果。
佐天涙子は逃走した。
はぐれメタルばりに逃げた。
ダッシュで逃げた。
一目散に逃げた。
声を掛ける間などほとんどなく、走り去った少女の後ろ姿を呆然とみていることしかできなかった。
一方通行は佐天の顔が真っ赤になっていたことには当然気づいていない。死ねばいいのに。
(なンであンな態度取られンだァ?芳川の言ってたみてェに、アイツの望む言葉ってやつを
掛けてやンなかったから怒っていやがンのかァ?)
そこではない。そうじゃないんだと、誰も彼に突っ込むことはできない。
もげればいいと思うが、それも言ってやることは出来ない。
284:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:40:39.60:InxzDA20
「一方通行は」
「ンぁ?」
結標の声に、一方通行は一気に現実に連れ戻される。
「何とも思わなかったの?」
「?………ああァ…」
映画のことを聞いているのだ。一瞬何のことを言われているのかわからなかった。
結標はジッと涙で塗れた瞳で一方通行を見つめる。
不覚にも、その視線に一方通行はどきりとする。
「まぁカメラワークはいいンじゃねェかァ?ただ男がウジウジし過ぎだろォが」
映画の主人公を思い浮かべると、一方通行は顔を歪める。観ていてイライラする主人公だった。
やたらと感傷的で、理屈っぽく鼻に付いた。
傍観者を気取っている癖に、自分に想いを寄せる女の気持ちには全く気付かず肝心の部分が見えていない。
正直好きになれない主人公だ。
「もう。ロマンの欠片もないこと言うんだから」
「くはッ。俺にンな御大層なモンがあるよォに見えるんですかァお前は」
「あると想うわよ。貴方相当ロマンチストだものね、実は」
「て、テメェ…ッ」
「キャッ、こんなところで能力なんて使わないでよね?また来れなくなっちゃうでしょう」
「また来るつもりかよ…」
わざとらしく怖がるフリをする結標に起こる気力も萎えてしまう。
一方通行はあんな退屈な恋愛映画などにつき合わされるのかとうんざりする。
結標は上目遣いで一方通行を見る。
285:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:43:58.82:InxzDA20
「……嫌?」
そう、不安そうな顔で呟かれ、一方通行は言葉に詰まる。
寝言抜かしてるんじゃねぇ。
付き合いきれねぇ。
そんな言葉を言おうとして、彼の意思とは裏腹に口はぴたりと閉じる。
むぐむぐと行き場をなくした言葉を噛み砕くと、言葉を選び、一つ一つ押し出すように口に運ぶ。
「……アメコミだ。今度はこンなたりィ映画には付き合わねェ。
もうちっと見応えのあるモンにするぞ……」
スパイダーマンとかバットマンとか。
一方通行は意外なようで納得のヒーローもの好きだ。
一方さんは、というか禁書キャラは寧ろⅩ-MENに出てきそうだがそれは禁句だ。
そっぽを向く一方通行の横顔を見る結標の顔に徐々に喜色が浮かぶ。
「うん!!」
結標は頬を赤く染めると、はにかむように何度も頷く。
ちろりとそんな結標を横目に、不機嫌そうに一方通行はフン、と鼻を鳴らす。
「……オイ、さっさと行くぞ」
「?」
杖を手に、席を立つ一方通行を不思議そうに見上げる。
伝票を手に取りながら、結標の手を強引に引っ張り上げる。
286:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:46:44.20:InxzDA20
「飯だ。コレっぽちじゃ足りねェ」
「えっとお昼?」
「あァ?何当たり前の事言ってンですかァ?今日暇だっつただろうが。まだ映画観ただけだろォ」
結標は握られた手と一方通行の顔を何度も見比べている。
顔からは今にも蒸気が噴出しそうなほどである。
一方通行はとびきりの悪ガキのような笑みを浮かべた。
「俺ばっかり付き合わされるなンざ不公平だろォが。今度はお前が俺に付き合え」
「それって…」
デートってことなんじゃないのか、という言葉は恥ずかし過ぎて言う事が出来なかった。
握られた手を握り返しながら、結標は今更ながらに不安になる。
自分の服装は可笑しくないか。
メイクが崩れていないか。
そもそも、髪型は服装にあっているのか。
不安がグルグルと頭を占めていた。
一方通行は結標の手を握りながら、彼女とは別の意味で驚いていた。
(小っせェ…)
彼女の手の小ささに驚いていた。
女の子の手の小ささの比較基準が打ち止めか黄泉川という極端過ぎるため、驚く。
そういえば、番外個体も意外に手が小さかった。これが女というものなのかもしれない。
(アイツもそうなのかァ……?)
脳裏に浮かぶ、自分のエプロンを着て嬉しそうに調理をする佐天の姿が浮かんだ。
唇を噛むと、それを首を振って掻き消そうとしたが、脳裏には依然彼女の姿がぼんやりと浮かんでいた。
まるで、ひっそりと、そしてかたくなに存在を主張する真昼の月のように。
287:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:48:37.82:InxzDA20
一週間ぶりになるのだ。
佐天涙子が一方通行の部屋に来たのが。
彼に会おうと思って此処を訪ねたのがである。
佐天涙子は黒いエプロンをぎゅうっと抱きしめる。
一方通行のエプロン、自分が好んで身に着けるエプロンだ。
結標淡希という少女と出会い、話しをしたのはほんの数時間だった。
しかし、あそこまで、そう親友である初春以上に今の佐天の心情を吐露した相手は初めてであった。
こればかりは同じ悩みに直面している女同士でなければ分かち合えないのだ。
そして誰かに打ち明けてみて初めてわかることもある。
288:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:50:32.06:InxzDA20
自分の気持ち。
自分の一方通行に対する気持ちである。
最初は憧れ。
ピンチを颯爽と助けてくれたその姿に、心を奪われた。
御坂や初春の事を笑えない、自分にこんな乙女チックな面があるとは思わなかった。
自分の容姿が平均よりも上であるという程度の自覚はあった。
同級生からアプローチを受けたことは少なくなく、高校生からナンパを受けたこともある。
先日、不良に絡まれたのもナンパに端を発したものだ。
それらにイチイチ逆上せ上がったことはない。
イチイチ騒ぐ友人のノリに合わせながらも、内心は冷めていた。よく自分を知りもしないくせにと。
そこには無能力であることへのコンプレックスも手伝ってか佐天は自分の見目にだけ惹かれてくる異性に懐疑的であった。
そんな自分が、出会ったばかりの男の家に押し掛けている。
昔の自分が見たら目を白黒させるだろう。
289:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:54:55.34:InxzDA20
「いやぁ~~参った参った。あっはははは」
誰に対して誤魔化しているのか、佐天の大げさな独り言が誰も居ない一方通行の部屋に響く。
ぽりぽりと決まり悪そうに頬をかくと、佐天はスリッパを鳴らしながらリビングを後にする。
向かう先は、たった一つ。
佐天は、開き直りついでとばかりに、些か心の箍が外れている自分を自覚する。
だが、しかし。好奇心といつだって二人三脚な彼女は己の好奇心を留める術を知らない。
譲れない想いが今目覚めているというやつだ。
3LDKという一人暮らしの少年には大き過ぎる部屋の中の一室。
ドアを開けると、灯りも着けずにそろりと足を忍ばせる。
誰も居ないというのはわかっているのに、足音を忍ばせるのは自分がやましいことをしているという自覚があるからだ。
部屋に足を踏み入れると、佐天はとくんと胸に甘い痛みが走るのを覚える。
自然と手が胸を押さえる。
身体の奥が、身体の芯がじわりとした温かさに浸されるような心地。
もうこの感覚に、翻弄されることはない。その感情に身を任せればいいと知ったから。
ぼふんと倒れこむように佐天が身を預けたのは一方通行のベッドだった。
身体を預けると、枕を手繰り寄せる。ぱふっと顔を枕に乗せる。
「………えへへへへ」
だらしなく頬が緩む。
自分は匂いフェチではない。
匂いフェチではないのだが、仕方が無いだろう。
佐天は自分に言い訳をしながらゴロゴロと顔を押し付ける。
すんすんと鼻を子猫のように鳴らすと、ぎゅうっと枕を抱きしめる。
290:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/20(月) 22:58:09.45:InxzDA20
「えへへへへ~~あくせられーたさんの匂いだぁ~~」
もう見てらんない。
ホント、この子些かデレ過ぎじゃない?というくらいにだらしない顔だ。
マタタビの匂いに酔っ払った猫のようである。
御坂さんがこの領域にたどり着くのと、上条さんと一方さんがフラスコ逆さ人間をはっ倒すのとどちらが先だというレベルだ。
「だってしょうがないじゃんね」
もしかしたら自分は相当変な奴だと思われているのかもしれない。
一方通行の顔を見るなり、恥ずかしさに耐え切れず顔を合わせずに走って逃げてしまった。
失礼で挙動不審な奴だと思われているだろう。
しかし、それでもいいじゃないかと思っている。
既にこれは開き直りにも似た思いだが、結標との会話を思い出す。
「落ちちゃったんだもん。しかたないぜ」
ぎゅっと枕を抱きしめて一方通行の匂いを吸い込む。
しようと思ってするのではない。
落ちてしまうものなのだ。
だから仕方が無いのだ。
「………何話そうかな」
ゴロゴロと転がりながら弾む声を抑えきれずにくぐもった笑い声が漏れる。
赤い頬を隠すように枕に顔を押し付ける佐天の耳に、ドアに鍵を差す音が届いた。
314:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:21:01.57:wzltZAE0
「あの、クソモヤシきっと嫌がんだろうなぁ~けけけけ」
食材をパンパンに詰め込んだ買い物袋を両手に、番外個体は弾む声を抑えきれない。
エレベーターの点滅する数字を自然ともどかしい思いで目で追っていく。
「この時間だとまだ帰っていないはずだよね」
ここ数週間、一方通行の家には行ってなかった。
彼が自発的に自炊するとは考えにくい。きっと外食かコンビニで済ませていたに違いないとあたりをつける。
「案外コーヒーだけで済ませてたりして。ぷくくくく、ますますモヤシになちゃっうじゃん」
買い物袋を足下に置くと、キーを取り出す。
くるくると指先で弄ぶ。無理を言って打ち止めと自分の分を作らせた合鍵だ。
鍵穴にキーを差し込んだところで、番外通行はドアが開いていることに気づいた。
「あれ…?もう帰ってきてるのかぁ」
つまんないの、と唇を尖らせる。
口調とは裏腹に顔がゆるんでいる。意地の悪い笑みである。
しかし、悪意からくる歪んだ笑みといううよりイタズラを企む子供のそれだ。
315:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:28:52.66:wzltZAE0
「オーッス、生きてるかクソ一位~死んでたら返事するなよ~ていうか寧ろミサカに殺させ…」
パタパタと足音を立ててリビングに入ったところで番外個体の口が言葉を失う。
番外個体は玄関にある靴を確認しなかった。
故に、それは完全に彼女にとっては不意打ちであった。
先ほどまでの笑みは立ち消え、瞳にすぅっと冷ややかな光が走る。
「あ…」
「何で貴女がここにいるわけ?」
「あの…」
番外個体は目の前の不審者、少なくとも彼女にとっては不審者である、少女に剣呑な視線を向ける。
番外個体の視線を受け、少女は僅かに怯む。
ぎりっと噛みしめた奥歯が軋みをあげる。
番外個体は一歩前に踏み出す。
少女に見え覚えはある。問題は、どうして彼女が目の前にいるのかということだ。
少女の身に付けている黒いエプロンが目に留まる。
見覚えがある。
当然の話だ。
自分が買ったのだ。
打ち止めと番外個体が、一方通行にプレゼントしたのだ。
打ち止めはプレゼントとして、自分は嫌がらせも込めて。
ピンク、青、黒と色違いを購入した。
『おそろいおそろい~~ってミサカはミサカは家族のようにお揃いのエプロンで料理する光景を想像してみる』
『ハァ?何言ってくれちゃってンですかァクソガキ。俺が料理作るとかねーだろォが』
『何処の亭主関白なわけ~?今時男が料理くらい出来なきゃ相手にされるわけねーし。
って、貧弱白アスパラガスには相手なんかいねーか』
『似合わないのはお互いさまだろォが…』
『似合わなくて結構だし。べっつにミサカ料理なんて作れなくたって困らないからさぁ』
『ミサカは作れるようになりたいよ~アナタの為に毎食毎食味噌汁を作る出来る妻に
なってみせ ――― おっとと、これ以上は五ヵ年計画に支障が…』
『毎食とか塩分過多だなァオイ…』
『いいこと聞いちゃった。じゃあミサカが毎食作りに行ってやろうかしらん?
塩分で殺しちゃうよ?』
『むむむっ!!番外個体の通い妻宣言にミサカはミサカは危機感を覚えてみる』
『アホか…』
318:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/22(水) 00:30:45.03:HR3aLT.o
馬鹿みたいなやり取りであったが、番外個体はそれを決して不快なものとは思っていない。
それだけに、その思い出のエプロンを身に付けている少女が苛立たしかった。
「何で貴女がそれを着けてるわけ?」
声が震える。
それが怒りなのか、悲しみなのか、番外個体にはわからない。
しかし、一つだけわかっていることがある。
それは自分が、今はっきりとショックを受けているということ。
打ち止めと三人で揃えたエプロンを知らない少女が着ているという事実に。
何よりもこの場所にこの少女がいることにだ。
「どうして…そこはミサカの…ッ」
「ひ…ッ」
バチッと青白い光が番外個体の体からはぜる。
番外個体の敵意を表したかのように、青い舌をチロチロと出す蛇のように電気が電気が彼女を取り巻く。
本来、番外個体は一般の人間に対して能力を行使したりはしない。
一方通行に堅く禁じられていることもあるが、彼女自身が好むところではないのだ。
最低限、スキルアウトに絡まれた時に行使する程度であろうか。
そんな彼女が、今目の前のたった一人の少女を威嚇するように能力を見せている。
321:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:35:43.50:wzltZAE0
(何?何やってんのミサカってば。何でイラついてるわけ?アイツの部屋に、この乳臭いガキがいただけじゃんか。
セロリが本当にセロリだったっていうだけだっつーの。大笑いしてやればいいいじゃんか)
バチッと一際大きく青白い火花が爆ぜる。
ぎりっと噛み締めた奥歯が軋みを上げる。
目の前の少女の怯えた仕草でさえも癇に障る。
どこから見ても普通の、無力なか弱い少女だ。
それが一層番外個体を苛立たせる。
(ホントにホントのパンピーなわけ?何?あのモヤシはそういうのがいいわけ?ハァ?マジ似合わないしー。
つーか、身の程知れよってんだよ。ムカつく)
自ら生み出した自らの負の感情に神経を逆撫でされていく。
その感情の正体がわからないことが番外個体の苛立ちをより加速させる。
目の前の少女が、ここで怯えて逃げたとすれば、番外個体の溜飲は下がっていたのかもしれない。
それが一時的なものにしろ。
しかし、番外個体の予想に反して、目の前の少女は怯えはすれども逃げる気配を見せない。
それが、その真っ当で健全な気丈さが彼女を苛立たせる。
その苛立ちは憎悪に近い。
322:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/22(水) 00:36:04.46:vYjJhwAO
「これは…一方通行さんが使ってもいいって言ってくれたんです…」
『一方通行』の名に番外個体の瞳が細くなる。
どういうやり取りをしたのだ、すぐにでも目の前の少女の喉を締め上げて洗いざらい吐かせたくなる。
髪を引きずり回して、思い切り泣かせてやろうか。
凶暴な思考が暴れる番外個体を前に、少女は自らの言葉に首を振る。
「いや、そうじゃないか。私何一方通行さんのせいにしてるんだろ」
少女は俯きながら唇を噛みしめる。
自分の言葉を悔やむように、咎めるようにきつく一度瞳を閉じると、顔をあげ、真っ直ぐな瞳を番外個体に向ける。
その瞳の真っ直ぐさに怯むのは番外個体の番であった。
「私がそうしたくてそうしてるんです。一方通行さんに合い鍵も貰って」
合い鍵、という言葉に番外個体の眉がぴくりと動く。
握りしめていた手のひらに、爪が食い込む。
ぐぅっと握りしめた手を開くと、ひらひらと追い払うように、茶化すように振る。
324:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:43:02.27:wzltZAE0
「ははぁ~ん。アンタ何かあのモヤシに弱みでも握られてるのかにゃ~ん?この前のアレってアイツに拉致られてたわけでしょう?
それで無理矢理こんな陰気くてしみったれたところまでノコノコ来ちゃってるんだ。可愛い顔してるもんね。
あのセロリにぐっちゃぐちゃになるまで色々されちゃってたりするんだ?アヘ顔曝しまくってたりして~
アイツ鬼畜野郎だからそういうの好きそうだもんね~鬼畜っていうか屑野郎かな。
でもいいよ。もう帰っちゃって。ミサカからあのクソヤローには言っておくからさ。無理してこんなとこ来なくてもいいからさぁ
ホント、災難だったよね。そうだよ、そうでしょ?」
何を言ってるのか自分でもよくわからない。
ただ、番外個体にとって、今の自分はとても不愉快だということ。
生まれてから感じるなかでもっとも強い不快感を自身に覚えつつある。
「どうしてそういう風に言うんですか?」
番外個体の瞳をまっすぐに見つめて、少女は聞くに耐えないとでも言いたげに首を振る。
「どうしてあの人をそういう風に言っちゃうんですか?貴女も好きなのに」
向けられた何の飾り気も無い言葉に、何の駆け引きも探りあいも無い言葉に、番外個体はたじろぐ。
「は、はぁ?何言っちゃってるのかわかんない。ミサカが誰を好きなわけ?」
325:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:52:46.48:wzltZAE0
「一方通行さんを」
「!!……バカじゃねーの?」
ざらりとした感情が番外個体の喉を滑り落ちる。
掠れた声には、軽口を叩く時の歪な余裕は無い。瞳は目の前の少女を見ることも出来ず、宙をさまよう。
それでも、それでも言葉を搾り出そうと己の中にある感情を手当たり次第に拾い上げる。
不器用なパッチワークのように、整然さとかけ離れた言葉でも良かった。
目の前の少女に、苛立たせるこの女に何かを言わなければならない。
それが辛うじて番外個体に口を開かせた。
「ミサカがアイツを好きだなんてあり得ない。好きどころか寧ろ憎んでるんですけど~?
殺したいほど目障りで仕方がないんだけどさぁアンタ知らないの?アイツがどんだけ嫌な奴かって。
ていうか知ってたらこんなとこ来るはずないもんね~可哀想にさぁ、騙されちゃって」
嘲りを多分に含んだ言葉に、少女の眉が釣り上がる。
明確な怒りの表情。怒った顔一つとっても、素直でわかりやすく、そして曇りが無い。
番外個体の頬が微かに引きつる。
「あの人は凄く優しい人です!!ぶっきらぼうなだけで、すっごく優しい人なんですから!!」
「キャー!!熱い熱い~可愛い~~!!ムキになっちまってやがんの。あんな奴の為にムキになっちゃってさぁ。
すっかりかどわかされてんじゃん。馬鹿すぎて可愛い~ミサカ濡れちゃう~じゃあ、アンタは何?
もしかしてあのバカが好きだって言うつもりぃ?ぎゃははははははは!!!
まさかね、ないない。アイツのことを好きになるなんてそれがマジだったら超受けるわ」
326:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:53:12.40:wzltZAE0
お腹を抱え、身体をくの字に曲げて笑う姿は悪意に満ち満ちている。
まるで初めて一方通行に出会ったときの彼女のように。
嫌悪と怒り、苛立ちと怖気を与えるビニールが引っ張られたような醜い笑み。
「最っ高に最っ低のジョークだわ」
しかし、引き攣った笑みから洩れたのは、嘲弄など一切含まれていない言葉であった。
その一切を憎み、疎む鑢のような痛みを滲ませた声。
少女は、その声に一瞬怯む。
そう、僅か一瞬のみ。
そして、少女の唇はゆっくりと形を変える。
「 ――― ですよ」
「はぁ?」
「だから」
少女はチークのように朱色に染まった頬を僅かに緊張と羞恥に強ばらせる。
そして、そうっと慎重に、確かめるようにその一言を口にする。
327:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:53:42.95:wzltZAE0
「好きですよ」
328:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:55:26.67:wzltZAE0
ごくん、と苦くて重い塊を飲み下してしまったような気持ち悪さを感じた。
「は、ははは…はぁ?何マジ顔して言っちゃってやがんだよこの中坊が。あのバカと知り合ってどんだけっていうのよ?
つい最近でしょ?何勝手に思い入れてるの?思い詰めっぷりがキモすぎるんだけど?
ミサカも流石にちょっと引いちゃうんですけどね~~ぐけけ……けけけけ……」
震えてしまいそうな声を必死に抑える。
少女は頬を染めたまま、自嘲の笑みを浮かべる。
自分でも自分が不思議で、おかしいと自覚するように。
その素直な振る舞いが、番外個体の不安定な心を刺激する。
「ホント、その通りですよね。私もわかってるんですよ。これでも惚れっぽいなんて思ったこともないし。
アピられても結構客観的に見定めたり出来るほうだし。どっちかっていうと、こういうことに冷静なつもりだったから」
観念したように少女は、笑う。
自嘲の笑みではなく、晴れ晴れとした笑みを。
「でも、もうこうなっちゃってました。気が付いたら本当にびっくりするぐらいで。
貴女よりもあの人と知り合ってからの時間は短いんでしょうけど…でも、諦める気なんてないんです」
329:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:58:03.52:wzltZAE0
ざりざりと背中から心の芯までをやすりで擦られたような痛みが番外個体の中を走る。
とっさに返すべき皮肉や嘲笑、或いは軽口や減らず口がすべて霧散した。
悪意と負に満ちた彼女らしい、と、定義付けられている言葉の全てが霞のように消える。
そして僅かな間、番外個体の中に空白が生まれる。
不思議な間のようなものが二人の間に生まれる。
しかし、それは僅かなことであった。
空白になった番外個体の中に、次の瞬間すさまじい感情のうねりが沸き起こる。
「ざけんなよ…」
どろどろに冷えた溶岩のような、ぞっとするほど冷たく、何物も焼き尽くそうとするほど熱い感情。
「ふざけんじゃねーよ!!」
番外個体の叫びに呼応するように蒼い火花が散る。
「何が好きだよ。知り合った時間が短いけど関係ないって?はぁ?何だよ。何自分一人だけわかったような顔してんだよ。
ミサカの前でアイツのことわかったような顔してんじゃねーよ!!!アンタ何も知らないでしょ?
アイツのやってきたことなんて。何一つ。それで何でアイツのこと理解してますみたいな顔出来るわけ?」
生まれて初めて、番外個体は『一方通行以外の人間』に悪意をぶつけている。
それも、妹達から受信した一方通行への負の感情ではなく、番外個体自身の中から生じた負の感情だ。
330:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 01:01:24.81:wzltZAE0
「アイツのこと知ってたらアンタみたいな奴がアイツのこと好きになれるわけないじゃん。無能力者のくせに。
何も知らないで表でのほほんってしてるだけのガキの癖に。ウザいんだけど?
そんなガキが此処にいるなんていいわけないじゃん!!
表でのうのうとしてるアンタみたいなお嬢ちゃんにはわかるわけないだろ!!」
わかるのは自分達(妹達)だけでいいのだ。
拙く、いびつで、意固地な独占欲が番外個体の中を暴れまわる。
番外個体の剣幕に完全に少女は気圧されていた。
自然と荒くなる息を抑えるようにして、番外個体は唇を噛む。
自分の頭の中身が自分のものではないようだ。妹たちの意識が流れ込んでくる時の感覚とは異なる。
自分の知らない自分が、主導権を握って自分を操縦しているような感覚。未知の衝動に番外個体は困惑していた。
目の前の少女が、呆気にとられた顔をする。
番外個体の中に、ふっと影が忍び寄るように、唐突な悪意が降って湧く。
「そうだ…アンタ知らないんでしょう?知ってたら此処に来るはずないもんね」
これから話そうとすることに、番外個体の心に鈍痛が走る。
彼女の中の何かが軋みをあげる。
負の感情しか拾わないのではない、負の感情を拾いやすいということ。
つまりは負以外の感情も拾うということだ。
「アイツはね ――― 」
徐々に、目の前の少女の瞳が丸く見開かれていく。
そして、徐々に顔色が青ざめ、小さな震えが少女の身体に走る。
それは恐怖だと、番外個体にはわかっていた。
軋みが一層の高い音を立てていく。
彼女の中の、優先順位の下位にあたる感情。
軋みは番外個体の「良心」があげた悲鳴であった。
次へ
佐天涙子は上機嫌であった。
気合を入れて望んだ学校のテストは中々の出来であり、ベスト10内も射程距離だ。
一目惚れしてしまったワンピは最後の一着を手に入れ、予約していたBRDも買ってしまえば後はのんびり家で鑑賞会だ。
初春も見たがっていたのを思い出す。
彼女の風紀委員が何時に終わるか聞いてみて、それによっては一緒に見るのもいい。
「白井さんと御坂さんはどうだろう。四人で集まるって最近中々無いよね」
学年が変わったせいか今年は最初から何かとばたばたとしてきた。
ようやく片が付いたと思ったら今度は学園都市全体が大騒ぎのてんやわんや。
ふと一息吐いてみれば新しい学年の年も三分の二が経過していた。
ここらで四人で羽目を外すことも必要なのかもしれないな、と様々な計画を立てる。
根がお祭り気質なのか、楽しいことをアレコレ練るだけでわくわくしてくる。
スキップでもしそうな調子で佐天は裏道を通る。
じめっとした重く湿気った空気に一瞬怯むものの、大丈夫大丈夫と言い聞かせる。
確かに物騒ではあるが、多少ならば大丈夫だろう。
まさか、裏道を通って5分足らずで絡まれるようなことなど ―――
「ようようお姉ちゃんよぉ」
「くぁわいいじゃねぇかよ」
「ちょっと付き合えよ」
あったりする。こういう時ほど何でか人間そうなのだ。
ホラやっぱりと大半の人がそう思っているだろうし、他のSSでも腐るほど目にしてきた展開なのだ。
だから今更真面目ぶって書くことは非常に馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいのであるがそれでも書かなければならないが文章の辛いところだ。
だから書く事にする。
モヒカン(世紀末仕様)が三人現れた。
股間は臨戦態勢バッチリである。
しかし、悲しいかなハンドガンレベルなので遠目にはわからない。
モヒカンは佐天に近づくと、臭い息を吐きながら荒々しい声で言い寄る。
「ちょ、まじ、まじパネェ。ッパネェ。ッネェって」
「うほ、いい女じゃねぇかよ」
「はぁ!?マジで。しかも乳でかくネェ?でかくネェ?」
「うひょー、ヤらなきゃ損だよな!」
舐るように佐天の身体を上から下へと眺めるモヒカン達。
(こ、怖い…ッ)
佐天は怖気の走る身体を抱きしめる。
背筋が凍るような、それは予感ともいえるものだ。
そして彼女の予感は正しい。
「へ、姉ちゃんよ。怖いことされたくなかったら俺達に着いて来いよ」
「痛いどころか気持ちいいことしてやんよ」
「アレ、でも最初は痛いんじゃネェ?あれってそうだろ」
「ああ、そうか。でもマジで痛いのか?膜破くんだから痛いのか」
「まぁ、経験ねぇからわからないけど、とにかく姉ちゃんよ、俺らといいことしようぜ」
「や、やめて下さい……ア、アンチスキル呼びますよ!?」
必死に声を張り上げる。
そうしなければ足元から恐怖で崩れ落ちてしまいそうだ。
脳裏に浮かぶのはとらの○なで販売されている数々の彼女そっくりの少女が出てくる薄くて高い本。
複数の男達にもみくちゃにされる姿は最早食傷気味のネタに過ぎないが、今の佐天にはこの上なくリアルな展開に思える。
まさかアレと同じ目に遭わされるのではないだろうか?
遭わされそうだ。クスリ漬けにされるのだ。しかし、それは薄くて高い本であればの話。
二次創作のSSにおいて、彼女は十割の確率で救いの手を差し伸べられるように世の中は出来ている。
「オイオイオイ、人がせっかくの休みの日によォ。クソガキ共の襲撃も無ェオフだ。
そんな日に優雅にコーヒーでも飲んで過ごそうかなァって思ってる時にだ。なァにわかりやすいことしてんだァお前等ァ」
白髪、赤目、華奢、悪人面のイケメン、杖付いてる。
もうフックだらけだ。
あらゆるパーツを貪欲に取り込んだチートキャラが其処には立っていた。
「ああ?」
「なんだテメェは?」
「すっこんでろ」
「ボコられてぇのか?」
「痛い目見る前にさっさと帰んな」
「モヤシやろうが」
「「「wwwwwwww」」」
既にオチが見えている人ばかりなので、もう正直これ以上書くのってどうなのだろうか。
モヒカン達の挑発は実にわかりやすいものであり、それこそ嘲笑ものであった。
あまりのわかりやすい語彙力の無い挑発行為そのものに佐天は「うわぁ」と内心引いてしまったが、彼らは知らなかった。
自分達が今相対している男は学園都市最高の頭脳の持ち主であることを。
そして、学園都市最低の『沸点』の持ち主であることを。
男はおもむろにチョーカーのスイッチを入れる。カチリと渇いた音が路地裏に響くと共に、白髪頭の男の瞳に険悪な光が増した。
白い前髪を縫うように覗く赤い瞳に、佐天は心を打ち抜かれた。
普段、日常という温かい舞台に立つ彼女が目にしたこのない、そこいらのチンピラでは決して持ち得ないほどに、鋭くそして強靭さを秘めた瞳。
正直、こんなチンピラ相手に大人気ないことこの上ないのだが、佐天はそんなこと気にしない。
DQNでブサメンに人権が憲法で設定されていないのは何処の国でも同じなのだ。
カパリと三日月のように開いた赤い口。
白いモヤシ少年が、学園都市最強の怪物へと切り替わった瞬間であった。
wktk
7:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 00:26:39.22:0K5Poxg0「ひでぶ!」
「あべし!!」
「たわば!!!」
虐殺は一方的だった。
そもそも虐殺とは一方的なものであるが、そんな虐殺の中でも特に『これって一方的すぎんじゃね?』っていうくらい一方的であった。
虐殺オブ虐殺だった。
しかし、殺してはいなかった。
半殺しではなく九分の八殺しという感じだ。あとワンパンで死ぬ。そういう感じの理解で大体合ってる。
そんな光景を佐天は半ば放心したまま見つめていた。
呆然とした彼女の脳裏にある日の会話が甦る。だから此処から先は回想シーンだ。
一部の噂では花飾りはパイルダーであり、其処が本体となって指示を出していると噂の初春飾利との会話でのことだった。
『佐天さん、佐天さん、学園都市最強のレベル5ってどういう人なのか知ってます?』
『え、知らない知らない。都市伝説では冷蔵庫に似た人って…』
『それは第二位ですよ~第一位です第一位。掲示板に書かれていたんですけど。
目撃者の話だと白髪で、赤目で、もやしで、黒翼で悪人面で顔芸でイケメンでCV岡本信彦だっていう噂なんです』
『ちょww白髪ww赤目wwってww黒翼wwwwww』
『黒翼wwwwww』
『そんなラノベみたいなww』
『中二乙wwwwですよねwwwwww』
『だよねwwwwwwいるわけないしねwwwwww』
「いたよ…」
「あ゛ぁ?」
モヒカンA、B、Cを血祭りに上げた一方通行を見ながら佐天は呟く。
ラピュタは本当にあったんだ。そう呟いたルフィの中の人の気持ちが今ならよくわかる。
無能力者の自分にとっては、第一位という存在はラピュタに等しい。
じゃあ龍の巣は何だよとか、そういう細かいことは言ってはいけない。
こういうのはフィーリングで理解するものだ。
「ったく、見たところ無能力者のガキのよォだが、こんなとこでうろついてンじゃねェよ。
輪姦されたって不思議じゃねェンだからよ」
「あ、あ、あの…その…」
自分の迂闊さに今更ながらに気付き、佐天は俯く。
羞恥で頬が赤く染まる。『輪姦される』という言葉への恐怖心よりも、目の前の少年に無知な子供だとはっきり思われていることが恥ずかしいのだ。
少年は小さく舌打ちをすると踵を返す。
「あ…」
「コレに懲りたら変なとこうろつくンじゃねェぞ」
こつこつと杖を突く音が遠ざかっていく。
徐々に小さくなっていく後姿を佐天は逸らすことなく見つめ続けていた。
一方通行が佐天涙子を助けてから一週間後。
「インデックスが最近可愛くて生きているのが辛いんだけどどう思うあー君?」
「死ねばいいんじゃねェかァ?大体よォかみやン、最近可愛いってお前それ何度目だかわかってるゥ?」
『昼飯一緒に食べようぜ』という上条からの電話から30分後、一方通行は早くも帰りたい衝動に駆られていた。
いつも不況のせいでボーナスの八割をカットされたお父さんのような顔をしているツンツン頭の少年が上機嫌な顔であった時点で嫌な予感はしていた。
そして一方通行の予想通りファミレスに着くなり始まったのはウチの嫁自慢だった。
第三次世界大戦を切欠として友情を加速的に深め、二人は遂に親友同士となった。
そして、話を聞くに、彼はどうやら同時期に居候シスターとの間にあった見えない『壁』を乗り越えたようだ。
それ自体は構わない。
そもそも付き合っていないと聞いて驚いたくらいだから、あるべき関係にようやく収まったと捉えるべきであろう。
問題は、定期的にこうしてのろけてくるところにある。
正直しんどい。同じ言葉がループするのだ。ボキャ貧の惚気ほど性質の悪いものはない。
なお、二人の交際を知っている者は一方通行と此処にはいない浜面くらいだ。
「確か『最近料理の手伝いしてくれて、なんだか新婚みたいだ』って言ってたなァ。で、その前が『後片付けしてくれるなんて優しいにも程がある』でその前が『帰ったら風呂の支度がしてあって、嬉しさのあまり押し倒しそうになった』だっけか?」
「流石学園都市最高の頭脳。よく覚えてらっしゃる」
「何度も聞いてりゃ覚えちまうんだよォ」
「よせやい!照れるじゃねぇか。俺とインデックスの愛のメモリーが尽きることが無いって遠まわしに言ってよ!」
「皮肉も通じネェときたもンだ…」
とりあえず注文したハンバーグステーキが来たから、それが冷めないうちに話を切り上げて欲しい。切実な願いだ。
「昨日インデックスがさ、初めて料理を作ってくれたんだ。カレーライスな」
「王道だなァ…」
それでこの上機嫌か。よほど美味かったのだろうか。
ハンバーグステーキ美味いなァと一口サイズを切っては口にする。
「でさ、まぁ味自体は美味くなかったんだよ。不味くもないけどルーは溶け残ってるし、
具はちぐはぐのサイズでご飯は水が多かったから柔らか過ぎだし。けどなんていうか、
そういう不慣れなところがまた可愛いっていうか、頑張ったんだな俺の為にって思えてさ。
娘が始めて手料理作ってくれた時ってこんな気分なのかって感動しちまって」
三杯も食べちまった、と照れくさそうに言う上条を冷めた目で一方通行は見る。
何となくこの話の着地点が見えてきた。
「で、感動した上条クンはデザートにシスターをいただきました、なんて言うつもりかァ?」
「嫌だわあーくん、とっても下品」
「違ったかァ?」
「いえ、頂いたんですけどね」
テメェ、さっきまで娘が云々とか言っておいて結局ヤッたんかい、とお冷の氷を噛み砕きながら内心毒づく。
「ご歓談の最中申し訳ございませんが…お客様?周りうのお客様もいらっしゃいますので…もう少しボリュームの方を」
「あ、すいませン。もう少ししたら黙らせますンで、ハイ」
と言いつつも内心は『ナイス、ウェイトレスのお姉サン!!』と喝采をあげる一方通行。
ここからピンク全開のエロトークをされたら敵わない。
流石の上条も最低限のTPOを弁えているのか、会話を中断させる。レバニラ定食というやたら精の付くものを頼んでいるのが何となく嫌だ。安いから頼んだに過ぎないと信じたいところである。
「お前さぁ、外食の時必ずハンバーグかステーキ頼むよな」
「うるせェ…外食でくらい肉食わせろ」
溜息を零しながらナイフで丁寧に切り分けていく。溢れる肉汁が食欲をそそる。
「例の『通い妻』は健在ってことか」
「通い妻じゃねェし…ありゃァ単なる嫌がらせだァ」
下品な笑い声の憎いあんちくしょうの顔が浮かび、ナイフを握る手に力が篭る。
「アイツ昨日もよォ…」
『やっほー殺しに来たよ、第一位』
『帰れ』
『げひゃひゃひゃ、バッカじゃねぇ?ミサカがアンタの言う事聞くわけないじゃん。台所借りるよ。
ていうか答えは聞いてないんだけどさぁ。勿論勝手に使っちゃうから』
『オイ、コラ』
『けけけけ、番外個体様特性野菜尽し料理、モヤシは共食いでもしてろよ。キャハッ』
『テメェ…性懲りも無く野菜ばかりじゃねぇか!!肉はどうした!!』
『ミサカの生きがいはアナタに嫌がらせの限りを尽くすこと。15種類の野菜なんてアナタには拷問でしょ?
しかも塩分控えめの薄味で物足りなさを味わいな』
『チッ…しかも量多過ぎんだろォ…』(後でファミチキでも買いに行くつもりだったのによォ)
『これだけ多ければ後でファミチキでも買おうかなんて気も起こらないでしょ?』
『そこまで考えてやがったかァ!』
『ミサカがアナタの喜ぶことするわきゃねぇだろ~げひゃぐひゃひゃひゃッ』
『オイ、何勝手にベッドに入ってきやがる!?』
『この距離ならアナタがチョーカーに手を伸ばすよりもミサカが第一位を殺す方が早いよ?
つまりアナタの命はミサカの手の中ってわけ。寝首かかれる恐怖に怯えて、眠れない夜を過ごしな』
(く…そこまでしやがるか…そこまでしてオレを殺そうっていうつもりなのかよォ…いや、オレはそうされても文句が言えないだけのことをコイツらに……)
『けけけけ、こうすればアナタは逃げられないね~』
『!?』
(コイツ……オレの背中に腕を回してきやがった!?そうかコレはつまりいつでもオレの背骨を圧し折ってやれるってェ意思表示かッ)
「へッ……わかってたハズなんだがなァ…オレ、オレみてェな極悪人が許されるはずがねェってことくらいよ…」
自らが犯してきた過ちの重さを改めて思い知る一方通行。
瞳を伏せ、悔い入るように唇をかみ締める。
「番外個体いい奥さんになるよ…」
(通い妻?奥さん?)
佐天涙子は凍り付いていた。
二人の座る席とついたてを挟んだ斜め後ろに位置取っていた彼女は、二人の会話を盗み聞きしていた。
詳細は聞き取れなかったが、どうやら彼の少年には所謂ステディな関係のおなごがいるらしい。
向かいには「メシウマwww」状態の初春。佐天は一方通行に助けられたその日のうちに初春の下を尋ねた。
時刻は日付が変わった頃。空気読まないにも程がある時間である。
一人暮らしの大学生でもいきなり来られるとムッとなる時間帯であったが、夜の住人―― ナイトウォーカーの肩書きを持つ初春にとっては放課後に遊びにこられるのと大差は無い時間帯である。
禁書スレを超電磁砲スレで乗っ取るという日課をこなしているときに突如尋ねてきた佐天を快く迎え入れた。
初春には佐天涙子という親友のことがよくわかっていた。
一見常識知らずなようでその実もっとも常識を弁えている少女。
そんな少女が血相を変えてやって来たのだ、何かがあったと思うのが当然であろう。
『う、ういはるぅ~~私、白い王子様見つけちゃったよぉ~!』
『白い?白馬の王子様じゃなくてですか?』
『うん、白いの。この前初春が言ってた学園都市第一位の……』
『一方通行…ですか?』
『うん!!そう、そのあくせられーたが王子様で、白くて私を助けてくれて、モヒカンが超電磁砲で』
『佐天さん落ち着いて下さい。文章がおかしいです。大体何があったのかわかりますけど』
『ど、どうしよう。お礼も言えなかったし』
『ああ…一目惚れしちゃったんだ…赤い実弾けちゃったんですね、佐天さん』
『ひとッ!?ひ、ひとめ惚れ……そうなのかなぁ…よくわからない』
『で、その報告をする為にこんな時間に来ちゃったんですか?あ、紅茶飲みます?』
『ううん、そういうわけじゃなくてね……紅茶よりコーヒーが欲しいかな?』
『?じゃあどういうつもりで?コーヒーなんてそんなに飲みましたけ』
『あの人の居場所ってわからないかなぁって。連絡先でも住所でもいいんだけど、そういうの街頭カメラとかでわからない?いや、お礼言いたいだけなんだけどね?ホントだよ』
その発想はストーカーです、とは言えなかった。あの能天気な佐天涙子が御坂美琴の如きリアクションを示したのだ、野暮なツッコミなど出来ようハズもない。
第一純愛とストーカーなんて紙一重なのだ、これくらい可愛いものだと初春は親友の為に一肌脱ぐことを決意した。
何よりも面白そうな予感がしたのだ。食いつかない黒春ではない。
「そんな……ようやく見つけたのに、そんな相手がいるなんて」
佐天はうなだれる。具体的にどうやって見つけたのかといえば一方通行と上条の電話を傍受したのだ。初春さんマジパネェ。
「イケメンには既にお手付きなものですよ~」
「他人事だと思って初春~」
「いや、他人事ですし。それで、お目当ての王子様にはお相手がいるようですけどどうするんですか?」
「どうするって……」
「高校生で一人暮らししてて通い妻がいる。佐天さんはようやく中二に上がったばかりの子供。
相手にしてもらえるのか怪しいですよね~相手がロリコンなら違うかもしれませんけど」
「うううぅ…わかってるよ、ガキって言われたもん」
意地の悪い事を言っているなぁと自覚しながら初春は渾身の微笑を浮かべる。
悶々として思い悩む佐天をいじる機会など滅多に無いのだ。いじらないはずが無い。
頭を抱えながら佐天は目の前のクリームソーダを睨む。
溶けたアイスがソーダの海にゆっくりと沈んでいく。
やがて話が終わったのか、一方通行達が席を立つ。ぴくりと佐天の肩が震える。
流石に見るに見かねたのか初春はそっと背を押してやることにする。
「でも佐天さん。お礼を言うんだったら相手がいようといまいと関係ないと思うんですけど?」
「え?」
「お礼を口実にしてアプローチをしろなんて言いませんけど、ただ向こうが一途に慕ってくれる女の子に心変わりしちゃう可能性はゼロではないと思うんですよ」
「そ、そんな。泥棒猫みたいな真似……」
「盗むのは良くないですけど、勝手に心変わりしちゃうのは不可抗力ですよね?」
邪笑。
この初春、実に汚い。実に狡い。実に悪い。だがしかし真理だ。
少なくとも今の佐天にとって、それは自己を正当化するに足る程の真理を秘めている。
決意の炎が親友の瞳に点るのを満足げに見つめる初春。一つ頷くと、佐天は席を立つ。
向かう先は白い少年だろう。
佐天は走る。目の前には華奢な少年の背中。
細くて白い、モヤシとか言うな、そんな背中である。
かったるそうに杖を突きながらよたよたと歩く後姿に、学園都市最強とは思えぬその後姿に向かって。
「待ってください、待って…まってください」
聞こえていないのか、一方通行が止まる気配はない。
呼びかけていくうちに『止まれよコンチクショウめ!!』という気持ちがムクムクと佐天の中に湧き上がる。
そして ―――
「待ってって言ってるだろうがごらぁぁ!!!」
「ぐふゥッ!?」
足下からすくい上げるような見事な、いや、美事な佐天の低空タックルが一方通行を捉えた。
反射を切った一方通行は平均以下の貧弱少年に過ぎない。
十分な加速と体重が乗ったタックルに耐えることも、ましてや巧みにそれを捌く技術も無い。
結果、佐天涙子は学園都市最強の怪物からノゲイラばりのテイクダウンと取ることに成功する。
「てンめェ……何処の組織の差し金だァ?余程挽き肉にされてェみてェだなァァ」
顔面スライディングをかました一方通行は、すりむいた鼻を押さえながら若干涙目になりながらうなり声を上げる。
刺激に対して弱いことに掛けては定評があるのだ。
クール(ぶっている)な自分に顔面スライディングを決めさせた愚か者を血祭りに上げるべくチョーカーのスイッチを入れたところで、
足下にしがみついているのがセーラー服を着た何処にでもいるようなただの中学生だと気づく。
「あァん?てめェは確か…」
「あ、あの、私、この前貴方に助けてもらったんです。それで、お礼まだ言ってなくて…
ずっと言いたくて、たまたま貴方を見つけて」
動揺しつつもさりげなくストーカー行為を偶然に置き換えながら佐天は耳まで真っ赤な顔を一方通行の胸にぐりぐりと押しつける。
「最近の中学生ってなァ礼代わりにタックルかますもんなのかァ?」
「違います!!これは誤解で、ただ、ただ私」
貴方とお話してみたかったんです。
その言葉が何故か出てこなかった。
助けてくれた恩人への感謝の気持ち。
学園都市最強という自分にとってはラピュタのごとき幻想の存在への憧憬。
そして、一目見た瞬間から生まれてしまった言語化困難な感情。
会ってまだ一週間しか経っていない相手に対してストーカーまがいの真似までして居場所を突き止めた。
この自分を動かすこの感情を正確に把握するには佐天はまだ若すぎた。
どれだけワガママボディを誇っていようとも、所詮は13歳なのだ。
一年ちょっと前にはまだ赤いランドセルを背負っていたのだ。
だがそんなことを順序立てて説明できるはずもないし、動揺が口から言葉を奪っていく。
結果。
「ひっく…わ、わたし、私、ただ、ひっく…グス…」
佐天は彼女の名前の如く、大粒の涙を流し始めた。
情緒不安定にもほどがある。こんなにも涙脆かったのだろうか自分は。
というよりも、どうしてこんな訳の分からない、無茶苦茶な行動に出ているのだ自分は。
見てみろ彼を、困惑を通り越して呆然としている。
それもそうだ、自分の中でこそこの一週間様々な葛藤があり、思わず「白い王子様」などと言ってしまったりもしたが、
一方通行にしてみれば一週間前に助けた女子中学生にいきなりタックルされたと思えば、目の前で突然泣き出されたのだ。
なんて迷惑な女だろうか。女というか子供だ。
恥ずかしい、穴があったら入りたい。
というかシャベルを誰かくれ、今すぐ人一人分が入れる穴を掘って埋まってやる。
(えェェッ!?ちょ、え?ちょ、オレなンもしてねェだろうがよォォォォォーーー!!!アレか、オレのツラが怖ェからかァ?だから泣いたのかァ?寧ろオレが泣きてェくらいなんだがよォ)
佐天がそんな思いで泣き出したのを見ながら、一方通行、彼は彼で静かにテンパっていた。
『おい、見ろよアレ…あれって痴話喧嘩だよな』
『如何にも女の子を弄んでそうな顔してるわよね』
『あんな可愛くて発育の良い中学生を泣かしてるぜ』
『あんなに必死に彼氏に縋りついちゃって…きっと別れ話切り出されたのね』
『女子中学生をポイ捨てとか、リア充爆発しろ』
『泣き顔ロリ巨乳とかメッチャ僕の好みや。あのモヤシどんなプレイ要求したんやろ…』
『もしかして堕ろせとか言われたんじゃ…』
『セロリたんの腋汗ペロペロしたいお』
(おいィィィィィィィィィィィィーーーー!!!光の速さでオレの社会的な生命が潰えようとしてませんかァァァ!?)
周囲から突き刺さる白い視線が実に痛い。
社会的な名誉とは程遠い、悪名の方が高い彼であるが、悪名にもピンからキリまである。
悪名。そう、忌まわしき名。たった一つのコラが学園都市中に広がることで生まれた名。
『一方通行(アクセロリータ)』
その名を聞くたびに血液が沸騰しそうな怒りと不条理さに身悶えしそうになる。
一方通行は暗部で戦いながら二つのテーマを己に課してきた。
一つは、光の世界の人間には手を出さないこと。
そして二つ目はロリコン疑惑を晴らすこと。
最初に言っておくが、彼は打ち止めの事を大切に思っている。思っているがそれはあくまでも妹か娘に対する感情。
つまりは純粋な「家族愛」である。
しかし彼の不器用な打ち止めへの優しさ、過保護っぷりは『ツンデレ』という彼にとっては忌むべき俗称と共に
『家族愛』から『恋愛』へと勝手に区分けされてしまった。
オイオイ、しまうフォルダ違うんですけどォ~~!!!と言いたくとも、人の噂はベクトル操作できない。
そして付いた呼び名は『学園都市最強のロリコン、アクセロリータ』。
この屈辱的な汚名を濯ぐ為に、彼は血反吐を吐きながら学園都市の裏側で戦ってきた。
ある時は巨乳アラサー美女を学園都市の闇から助け。
またある時は横断歩道で立ち往生しているお婆ちゃんを学園都市の闇から救い。
またある時は夫の不倫で悩んでいる人妻を、彼なりに親身に相談に乗ってやりもした。
そしてまたある時は『一方通行って実はババァ好きなんだってよ』と掲示板に書き込んだりもした。
意識的に結標淡希と行動を共にしておっぱい好きのイメージを付けようという試みも怠らない。幸いだったのは、彼女が快く協力をしてくれたことだ。
『頼む、(イメージを変えるために)オレの側にいてくれ。(巨乳好きと思われる為には)お前が必要なんだ。
(不測の事態に自分の身を自分で守れるだけの力を持った)お前じゃねェとダメなんだ!!!』
『!?………ふ、不束者ですが…』
林檎のように顔を真っ赤にして俯く彼女を見ながら一方通行は一つの真理を見た。
誠意を持って接すれば人は応えてくれるのだという至極まっとうな、人としての理を学んだといえる。
素直であることが如何に大切か。
心の内を素直に曝け出し、誠心誠意をもって接すれば自分のような救い難い社会のクズであろうとも、人はこうして手を差し伸べてくれるのだ。
(黄泉川…そうか、そういうことだったのかよォ!)
一体なにがそういうことだったのかはわからない。
しかし、彼がまた一つ、悪党という名のツンデレになったことだけは確かだ。
それもデレ寄りの。
それだというのに、この状況はどうしたことか。
このままでは努力が全て水の泡になってしまう。
嫌々ながらも自分につき合ってくれた、結標にも顔向けが出来ないではないか。
「オイ、泣くんじゃねェよ」
「泣いてません!!泣いてませんよぉ…これはただ目から水が出てるだけで」
「それを泣くってンだろうがァ!!」
「グスッ…」
「ああァッ」
明らかに困りきった顔がいけなかった。
佐天は、折角会えた一方通行を困らせてしまっている自分に情けなくなり、今にも消えてしまいたいと、更に涙を流す。
焦る一方通行、泣く佐天。正直ドツボとはこういう状況を言う。
「中学生はなァ…ババァなんだよ」疑惑が解けつつあるというのに、新たに
「中学生はなァ…食べごろなんだよォ」疑惑が生じる。
学園都市最高の頭脳をフル回転させた一方通行は、そこで一つの答えに辿り着く。
「キャッ!」
能力を解放すると佐天の背中と膝の裏に腕を回す。
思わず一方通行の首に腕を回す佐天。いわゆる「お姫様抱っこ」である。
「舌噛むんじゃねェぞ…」
「ふえッ!?」
<『セロリタン、――カにもお姫様だっこぉ…』
言うやいなや、全力全開の能力によって一方通行は飛び上がった。
竜巻を周囲に生み出し、推進剤のように空を飛ぶ。それはさながらアトム。
人相のすこぶる悪い鉄腕アトムである。
「何処に行くんですかッ?」
新幹線の外側のように目まぐるしく流れていく景色を背に、佐天は一方通行の顔を見る。
「オレの部屋だァ!!」
一方通行の導き出した答えは至ってシンプルなものであった。
人目につかないところ、すなわち、自分の部屋にこの腕の中のこまったちゃんを連れていくことであった。
一方通行としては、そこでじっくりこの少女の話を聞き、対処法を検討する算段であるのだが、佐天涙子は違っていた。
首に抱きついたまま、息も触れる距離にある端正な顔に胸の鼓動が高まる。
本来ならば目も開けていられない速度のはずなのに、こうして普通に会話が出来。
それは彼がさりげなく佐天の周りの風のベクトルだけを逸らしてくれているからだろう。
それだけの状況を把握出来るほどに、彼女は落ち着きを取り戻していた。
(お、お持ち帰りされちゃったよぉ~ど、ど、どうしよう…まだ心の準備が)
そして、落ち着いて彼女は錯乱していた。
この組み合わせ好きだwktk
38:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/11(土) 17:10:50.63:KVww07Y0「さぁって、ここでアイツの嫌いなチンゲン菜を入れてやることで対一方通行嫌がらせ野菜スープが出来上がる。
ウケケケケケ、アイツの嫌がる顔を想像するとミサカは笑いを堪えきれないなぁ」
「チンゲン菜は風邪の予防に良いのですね。ビタミンAが風邪の予防には最適だとミサカは耳寄りな情報を口にしつつ番外個体の健気さに若干拍手します」
「ハァ?何でミサカが健気なのさぁ。ミサカはねぇ、アイツの嫌がることをするのが存在意義にして趣味だったりするんだよね。それだけの話」
トントンと小気味良いリズムを立ててチンゲン菜を手ごろなサイズに切り分けると、煮立つ鍋に落とす。吹き零れないように火を調節するとスープを小皿にとり一舐め。
「うん、ちょっと物足りないくらいの味付けが丁度いいんだよね」
「ああ、あのモヤシは濃い味付けが好みですからね。塩分の取りすぎには注意してあげないと」
「ち、ちちち、ちっげぇーーし。アイツが『オイ、これ味がしねェぞ!!』て怒る姿を見たいだけなんだーての」
「しかし、白菜といい、今は野菜が高いのに、よくもここまで野菜尽くしにしましたねと、ミサカは番外個体の徹底ぶりと料理のレパートリーに女としてのレベルで遅れを取っている現状に危機感を覚えます」
御坂妹ことミサカ10032は憂鬱な溜息を吐く。偶々スーパーで買い物中の番外個体に出会い、そのまま一方通行の部屋にまで足を運ぶこととなった。
意外にも番外個体はシスターズと良好な関係を築いており、一方通行の部屋の合鍵を(勝手に)持っている番外個体に誘われて一方通行の部屋がミサカの溜まり場となることは珍しいことではない。
シスターズ的には一方通行のモノは自分のもの、自分のモノは自分のモノという認識が広がっているのだ。
中には一歩通行は自分のモノであるとか、自分は一方通行のモノであるとその思考を飛躍させている妹達もいるのだが、個性が出ることは素晴らしいことだと思う。
御坂妹はエプロン装備の番外個体に呆れた眼差しを向ける。
ちゃっかり自分専用のエプロンを用意して、一方通行宅においているのだ。
正直これってツッコミ待ちなのでしょうかと彼女は悩む。割りとガチで。
彼の現在住むのは元々彼が使っていた部屋。廃墟であった部屋はセキュリティ完備のマンションに代わり、彼はそこで一人暮らしをしている。
打ち止めを拾った頃の彼の部屋とは比べ物にならないほどに綺麗にされた部屋は、掃除の手が隅々まで行き届いているのがひと目でわかる。
「しかも、週に一回は必ず掃除とか。どこのメイドですか?いっそメイド服で誘ってみたらどうでしょうか?
とミサカはメイド服を購入しておきながら実行に移せない何処かのチキンハートのお姉さまをさり気無くディスりながらアドバイスを試みます」
「さ、誘う…ッ…ぎゃは、ギャはハハハ、ハハハ…馬鹿言ってやがるこの出来損ないてば。
一方通行への負の感情を率先してキャッチしてるミサカくらいになるとね、安易にアイツを馬鹿にしたり罵ったり挑発したりするなんて浅はかな嫌がらせなんてしないんだよ。
アイツは妹達にそうやって罵倒されればされるほど罰を受けてる自分に酔って満足するマゾ野郎なわけ。
だから、ミサカは逆転の発想でアイツを攻めてるんだよ。ミサカが自腹で高い野菜買ってきて、しかも自分なんかに食事を作ってる事態に自己嫌悪してやがるんだよ。
『ああ…俺ァコイツ等に金の上でも負担を掛けちまっていやがる…クソがァ…』ってね。ギャはッ。
しかも部屋の掃除までされちゃあ、きっと『ああァ…俺みたいな野郎の世話をアイツらにさせるなんてよォ…俺みてェな糞の価値もねェ野郎なンかのせいでアイツラの貴重な時間がァ…』なんつって一人でこっそり落ち込むんだぜ。
バッカみてェ~マジ受けるんですけど~!!」
口角を釣り上げ、下品な笑い声を上げる番外個体。
しかし、御坂妹は彼女の視線が決して鍋から離れていないのに気付いている。
野菜が嫌いだから野菜を食わせると言っては、レシピを研究して栄養バランスの良い野菜料理を作り。
自分の部屋のものを勝手に触られることに気味の悪さを覚えれば良いと言っては部屋の掃除を毎週欠かさない。
いつでも出て行けるように何も置かないようにしていれば、足枷を増やしてやると言っては打ち止め達と一緒に撮った写真をコルク板に飾る。
糞モヤシには似合わないキモイ部屋に変えてやると花を飾っては彩りを加え、カーテンやカーペットを華やかなものにする。
そして、独りの快適な空間を邪魔してやれと言っては彼の帰りを出迎える。
そして、寝首をかかれる恐怖に怯えろと言っては寝床に潜り込む。そして朝までガッチリホールドと来たもんだ。
「アナタのような『人を押しかけ女房』と言うのですねと、セロリ派を圧倒的に引き離す番外個体の積極性は見習うべき点が大いにあるとミサカは上条当麻攻略の糸口を探ります」
「に゛ゃっっ!?バッカじゃねぇ?マジ中坊の頭の沸きっぷりにドン引きしちゃうんだけど。大体あのモヤシの押しかけ女房とかあり得ないし。あんな白くてひょろくて中二病のクソセロリ ―――― あ!!」
突然何事か、番外個体がドアへと走っていく。確かめるまでもなく、彼女は一方通行が帰ってきたことにいち早く気付いたのだろう。
「おかえりーー殺しに来てやってんぞ糞ロリモヤシ~~~~!!」
スリッパをパタパタと鳴らしながら掛けていく姿は街頭アンケートを取ったら間違いなく100人中100人が『いいツンデレ新妻ですね(キリッ』と答えるものだ。
「言動が一致しないにも程があるとミサカは番外個体のツンデレっぷりに溜息を禁じえま ――――
『あああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!』
――― って何事でしょうか」
慌ててドアへと駆けつけると、番外個体がこれ以上ないくらいに目を見開き、固まっていた。
彼女の視線の先を辿ると、其処には。
「Oh……セロリは小学生から中学生に鞍替えしたのでしょうか、とミサカは女子中学生をお姫様抱っこする一方通行を指さしながら半笑いで問い掛けます」
「なンでいンだよこんな時に限ってよォォォォ………」
黒髪の美少女、セーラー服姿とかマジパネェッス一通さんと御坂妹が指差した先には女子中学生をお姫様抱っこする学園都市第一位の姿。
佐天涙子をお姫様抱っこした一方通行は顔を引きつらせながら番外個体と御坂妹に問い掛ける。
「随分とお早いお帰りで。今からお楽しみの予定でしたか?とミサカは中学生である自分にもモヤシの毒牙が伸びるのではないかと期待と危機感を抱きつつ、
慎ましやかな己のぱいおつをガードします」
「会うなりイキナリいい度胸だなァ人形ォォォ……どこを見てりゃァそンな愉快な台詞が出てくるンだァ?」
「何処を見るも何も、目の前に」
一方通行は己の姿を今更に確認する。
がっしりと落とさぬように少女の柔らかな肉体をdき抱いた学園都市第一位。
女子中学生を身体で包み込むように抱き上げる学園都市最強のレベル5。
幼女を救うために最近レベル(多分)6になりました、今では絶賛JCを抱っこしています、本当にありがとうございました。
「いいご身分じゃねぇかよ、第一位。暗部掌握ともなると中学生お持ち帰りし放題ってか?中学生とか、寧ろリアルに性癖過ぎんじゃね?つか気持ち悪いんだけどさぁ!
マジで、ホント喋りかけないでよっていうくらい気持ち悪い。ホント、上位個体にも話てやろうか?ああ?」
「ほれほれ、こうして健気さが武器の番外個体までご立腹ですが、何か申し開きはわりますか?とミサカは夫の浮気を詰る妻の如き台詞をのたまってみます」
番外個体さん(すっかり笑顔が可愛くなったと評判)がこめかみに青筋を浮かべる。
いつもの如き口汚い罵倒に、本気の怒りが込められているが、生憎と一方通行には通常運行にしか感じられない。
しかし、彼にもわかっているのは、この状況が非常にヤバイということ。
ミサッターやミサろだ、ミサミサ動画にみさつべ…ネガキャンにおいては最強の能力を誇るMNWを知るだけにかなり必死だ。
「いや、これはだなァ…色々ワケがあってだなァ…おイ、着いたンだからさっさと降りろ」
「にゃふふふふふ~ん♪」
「「にゃふふふふふ~ん!?」」
「おいィィィィィーーー!!何君?何でイキナリそンな具合になっちゃってるンですかァァ!?」
我等が佐天さんは一方通行の首にかじりついたまま、ご満悦のご様子だ。
すりすりと顔を擦り付けては、頬を染めてにゅふにゅふと笑う。
心なしか口も『ω』。
「おい、状況把握しろ。お前今の自分わかってンのかァ!?」
「クンクン…いい匂い…クンカクンカ…にゅふふふ~~にゃんふ♪」
「ちょ、え、君ィィィィィィィィィィーーーーー!!」
どうしてこうなったと思う方もいるだろう。
『山を飛び、谷を越え、僕等の街へやって来た』と古き時代の歌詞にあるが、一方通行は正に“その通りの方法”でやって来た。
一般的な、能力を持たぬ女子中学生が日常で経験するあらゆるアトラクションよりもスリリングな手段で、だ。
顔を凄まじい勢いで叩く風を一方通行がベクトル操作で防ごうとも、正直そりゃあ怖い。
紐無しバンジー?もしくは安全バー無しでフォールダウンを繰り返すようなものだ。
結果、佐天涙子は一方通行の身体に身体ごと押しつつけるようにしがみつくことで彼の温もりを感じ、彼の首筋に顔を埋めて安心することでその恐怖をやり過ごしてきた。
それでも怖いもんは怖い。
少なくとも「わぁ~風になったみた~い!!」だの「コレが空を飛ぶっていうこと…(うっとり」とはならない。
そりゃあ普通ならない。
そして、人間は恐怖を感じすぎると、快楽物質が出て恐怖から逃れようとする。
佐天涙子の場合は気になるあんちくしょうの『匂い』にそれが+αとなった。
相乗作用という言葉がある。恐怖から逃れるべく身体が快楽を求めようとし、異性の匂いがそれを増幅し、そして増幅した快楽物質が更なる快楽を貪るように…
と此処まで書いてきて何だか、ちょっとアレな感じだが、つまり、もっとわかりやすく一行で説明すると。
『佐天涙子は一方さんの匂いと温もりでヘブン状態になった』
こんな感じである。
うっかりその場にいる人間には黒い猫耳が幻視出来てしまいそうだ。
「は、は、はぁ~ん。さっすが第一位様。どうやって中学生の雌ガキ誑かしたのさぁ?クスリでも使ってぶち込みやがったのかよぉ?ぎゃははは」
(最近そういうケータイ小説読んでましたものね…とミサカは耳年増な番外個体の震える手に視線をやりながらこの状況を実況します)
ある意味惜しい番外個体。
クスリじゃないけど、佐天はへヴン状態だ。ちょっとキメた感じに。
しかし、一方通行は番外個体の言葉に舌打ちをかます。
普段であれば聞き流すが、彼にとって腕の中にいる少女は、『表の存在』であり、一種神聖な世界の人間である。
もう少しオーバーな言い方を抑えるとすれば、悪影響になりそうな汚い言葉に過敏な親御さんだ。
「ああァ?テメェにやァ関係ねーだろォが。つか、このガキは普通の『表』のガキだ。下らねェこと聞かせるンじゃねェよ。テメェのクソアバズレっぷりが感染るだろォが」
「!?」
ビクリと肩を震わせたのは番外個体。
これくらいの反撃なんとでも言い返せるはずなのに、彼女にとって衝撃だったのは、彼が見ず知らずの女を庇うように切り捨てるように言葉を放ったこと。
いつもの通りにじゃれ合いの様な言い合いではなく、ハッキリと自分の相手をしないという意思表示。
一方通行には当然そこまでの意識は無い。こんなガキの前であんまり教育上宜しくない言葉遣いをさせまいというただそれだけの事なのだが、どうやら様子がおかしい。
いつもなら真っ先に憎まれ口を叩いてくるはずの番外個体が黙っていることに気付く。俯いている彼女の表情は一方通行からはわからない。
「番外個体?」
「う…ッく…」
「オイ…どうした番外個体?」
「ひっく…グス……」
「え、ちょ、番外…個体さン?」
顔を上げた番外個体は目に溢れんばかりの涙を浮かべていた。
「うわぁぁぁぁーーーーん!!!一方通行のバカヤローーーーーーー!!!糞中二ロリコンモヤシーーーー!!!」
「またかよチクショォォォォーーーーーーーーーー!!!!!!!
「ビヤァァァーーーーーーー!!!」
ガン泣きである。
「ミサカぶっちゃけ空気じゃね?」
ひっそりと呟く御坂妹。
勿論、実況は怠らない。ブレない女はいい女の証拠だとばかりに。
「くんくんくん…すーはーすーはー」
「うッヒ、ひゃァァァァーー!!!深呼吸すンなァ!!」
「すーーーーはーーーー」
「自重してくンないィィィ?」
「で、結局その佐天さんっていう子が入り浸ってるわけか…あ、欲しい素材あるんだけどさ……まぁ心配する必要もなかったな」
「何だよ、何か言いたげじゃねェか…まだ持ってなかったのかァ?」
午前中で補習を終え、おそらく学園都市最強のコンビであろう二人はいつものごとく、ダラダラと過ごしている。
補習を終えた上条が仕事を終えて暇を持て余している一方通行にメールを入れてファミレスで合流するというパターンだ。
「ガンスってムズいだろそれ」
「慣れるまではなァ。コツを掴ンじまえば大したことァねェよ。俺が中学生のガキに何かするとでも思ってたのかァ?」
「いや、そうじゃなくてさ。お前のことだから変な事に巻き込みたく無いって言ってはねのけるんじゃないかって思ってた。
俺が心配してたのは、それが手荒じゃなかったのかっていう点だよ」
この不器用さが服を着て歩いているような男は、下手をすれば能力を使って脅しかねない。
悪役をやることには慣れきっているのだと、自分で自分を納得させてしまう。
それでは寂しいではないかと、常々上条は思っていた。
「最初はそうするつもりで部屋に呼ンだンだがなァ」
ジョウズニヤケマシタ~♪
「そうしなかったと。何かあったのか?ま、まさかひとめぼれ…流石はアクセロ」
「はり倒すぞォ三下ァァ…」
「すんません」
ロリコン疑惑が再燃し始めているだけに、一方通行は非常に敏感になっている。
特にラ行の発音なんかにはピリピリしている。ラ行[ピーーー]!!というまでにだ。
昨日ネットサーフィンをしていたインデックスが発見した書き込みは凄まじい反響であった。
確か内容は
セロリこと一方通行が「中学生はなァ…ババァなンだよ」
ではなく「中学生はなァ…食べごろなンだよ」だった件についてお前等どう思う?とミ○カはフラグ体質を発現し始めたセロリについて悪意と何故か苛立ちを持って書き込んでみる。
こういう内容だっただろうか。
レスが凄まじい速度で増えていき、中には携帯やデジカメから取った画像や動画をアップする者まであった。
「しかし、お姫様抱っこで空を飛ぶって……ラブコメ系のラノベのキャラでせうか」
「うン、スッゲー今イラッときたンだがァ…チッ、まァ実際みっともネェ真似しちまったのは確かだァ」
「お礼っていうと、やはり上条さん的には色々なピンク色な感じのエロコメイベントを想像するのですが?」
「お前さ、ほンとあのシスターとそういう風になってから頭の湧きっぷりに拍車が掛かったよなァ…
そもそもお前が聞きたいのかァそんなことをよォ?日常茶飯事だろうが」
「わかってない、わかってないなあーくん。上条さんのお礼イベントはあくまでも言葉の通り。
俺は自覚してるんですよ、そういうイベントは後ろに『ただしイケメンに限る』って付くことを。
故に、無駄な期待はしない。もしかしたら自分に限ってはオイシイラブコメが待っているんじゃ…
なんて期待はとうに捨て去りましたともさ」
ちっちっちと指を左右に振る気取った仕草にイラッとする。
その指をへし折るぞと言いたいが、本気でそう思っているようなので、一方通行は黙る。
この男の鈍感さ加減、無自覚なフラグメイカーぶりは伊達じゃない。
(超電磁砲も気の毒によォ…)
気分は報われない妹を持ってしまったお兄ちゃんだ。
一万人の妹を持つお兄ちゃん。胸熱だなぁとのたまったのはイカレグラサンアロハだったか。
「まぁいい…あのガキの話だったな。俺はよ、とりあえず話を聞くだけ聞いてから、部屋からつまみ出そうと思ってたんだ。
俺みたいなのにあンなガキが近づいていいはずがねェからなァ。最悪能力使って脅してやってもよかった」
「やっぱり使おうとしたんか…で?」
「珈琲でも飲むかって缶コーヒー出そうとしたら、俺ン家のドリッパー目敏く見つけやがってよ。で、当然淹れて飲まないのかっていう話しになったわけだァ」
「そりゃあ、そうだろう」
袋いっぱいに缶コーヒーを買う男がコーヒー好きじゃないはずがない。
部屋にドリッパーや豆など本格的なものがあれば尚更だ。それなのに缶コーヒーを奨めるというのは不思議に思うだろう。
上条は冷めかけたポテトをかじる。
「正直気が進まねェ。前に淹れてみたら飲めたもんじゃなかった。ンで、この前も淹れてみたら見事に泥水が出来上がったわけだ」
「わお。珍しい。お前料理とかできるのにな。滅多にしないだけで」
「ああ、レシピさえわかってりゃあ大体できる。能力でどうにでもなるしなぁ。
けどよ、どうにもああいう技術云々よかコツがいるモンは出来ねェ」
『うめェ…』
思わず口からこぼれた賞賛の言葉。
ツンデレキングこと一方通行が素直な賞賛を口にすることなど、青ピーのナンパが成功することに匹敵するほどのレアさである。
番外個体であろうとも、結標淡希であろうとも、彼に手料理を振る舞って素直に美味しいと言われたことなどない。せいぜいが悪くねェ止まりだ。
『好き→嫌いじゃねェ』
『なかなか美味しい→食えなくもない』
と変換されてしまうのだ。
『ホントですか?良かった~――― 特訓しておいて…』
『何だって?』
『あ、いえいえ、何でもないです。でも一方通行さんて器用な感じがしたんですけど、結構不器用さん?』
『うるせェ。悪いかよォ…』
『ああ、気を悪くしないで下さいよ。でも、珈琲好きなのに、豆があっても美味しく飲めないって結構生殺しじゃないんですか?』
『わ、わかるか?』
密かに己の抱えるジレンマに共感されたことが、一方通行の心をくすぐる。
『お仕事から帰って熱い珈琲を飲みたいなって思ってもコンビニで缶コーヒー買うわけになっちゃうんですよね?』
『お前…わかってンじゃねェかッ。ケッ…ガキのクセになかなか話せる奴だなお前』
友達いない歴が年齢の9割近くを占める一方通行は自分の気持ちに対して理解されることに極端に弱い。
ある意味においてメンタルが弱いのだ。
打たれ弱いのではなく、ガードが甘い。
悪意に対しての打たれ強さ、ガードは鉄壁であるというのに。
そんな長期政権を保有する王者が、好意的な感情を前にすると、とたんにグリーンボーイになってしまう。
悪意はベクトルで操作出来ても、イマイチ好意は操作出来ない一方通行だ。
悪意以外自分に向けられる感情など無いとばかりにオート反射スキルは伊達じゃない。
だから上手く反射できない好意は一方通行にとっては「魔法」のようなものなのだった。
『だったら、私が教えてあげましょうか?美味しい珈琲の淹れ方』
『それが礼ってやつかァ?』
『駄目ですか?缶コーヒーの味に飽き飽きしてる一方通行さんの日常に、ひとときの安らぎを!!』
『安らぎ…?』
『そうです。想像してみて下さい。仕事から帰ってきた、今日は大変だった、身も心も疲れている…お仕事ツライでしょう?』
『ああ…仕事はしンどいンだわ、確かに』
『そんな時、熱々の湯を用意する。ゆっくりと湯を注いでいく。ドリッパーから滴り落ちる滴の音、部屋に広がる香ばしい珈琲の香り』
『ああ……』
『一口飲むと口に広がるほろ苦く、深みのある豊かな珈琲の味わい…』
『ごくり…』
『そんな珈琲を淹れられるようになりたくはありませんか?』
『な、なりてェ…』
『教えて欲しくはありませんか?』
『欲しいぜェ…』
『私が教えちゃいます!!』
『た、頼ンじまってもいいのか…?」
『全然オッケーです。だからメアド教えて下さい!!』
『ああ、わかったぜ』
『これで一方通行さんに安らぎの日々をあげられます』
『安らぎ…安らぎかァ…く、くれンのかよォ…?』
『あげいでか。あげますよ。っていうかむしろ私をあげます!!』
『くれンのかァ!?(安らぎを)』
『あげますとも!!(佐天涙子を)』
『マジでかァ…お前…俺みてェな外道にそこまで…』
『お礼ですから』
『お礼ってだけで…くッ…眩しいなァ…これが光の世界の住人って奴か…』
『気にしないで下さい』
『そういう訳にはいかねェよ…でっけェ借りを作っちまったみてェだ』
『だったら、交換条件で通ってもいいですか?』
『ああ、教えてもらうンだからなァ』
『ほ、本当ですか?だ、だったら、合い鍵とか…ほら、入れない時とか困りますし、先に来ちゃって』
『わかったぜ、ホラ、こンなモンでよけりゃァ』
『えっへへへ~~~ありがとうございます!!』
「と、まァそういうやりとりがあってだな。あンなに親切なガキを突っぱねるなンざ俺にはァ出来なかったンだよ。ヘッ、いいぜ?情けないヤロウだって蔑んでくれてもよォ」
「上条さんは今までお前がキャッチセールスに引っかからなかったこと寧ろ感謝したいですよ、ホントに…」
やばい、コイツ思っていた以上にピュアな人だと、上条はドン引きしながらこのいろいろな意味で白い子の今後が心配になった。
「あ…」
短い声が佐天から零れる。思わずといった声に、咄嗟に口に手を当てて一方通行を見る。
二ィっと得意げに笑う。
くいっと顎でカップをしゃくり、肩を竦めてみせる。
気取った仕草が妙に可笑しく、そしてちょっと可愛いと佐天は思う。似合っているだけにだ。
イケメンじゃなかったら失笑ものだろう、本当に得な生き物だイケメン。あいつ等もう別の生き物だよ。
「どうだァ?中々のもンだろうが」
自分用のカップに淹れた珈琲を一口飲むと、フンと満更でもない様子。
ううぅと唸りながら佐天がずずずとわざとらしく音を啜る。
美味しいことは美味しいのだが、正直ブラックはそんなに飲めない。
子供扱いされるのがわかっているので口にはしないが。
「まァ、まだお前のには及ばねェがなァ」
「ふふ~ん、そうそう簡単に追いつかせませんよ~」
「ケッ、言ってろ」
佐天は飲み干したカップを流しに置くと、そのままセーラー服の上からエプロンを身に付けていく。
黒い色は彼女らしくない重いカラーリングであるが、佐天としてはこれでいい。
というかこれじゃなきゃ嫌だった。
何故なら、これは一方通行のエプロンだから。
コレを身に着けるだけで、佐天はむふ~と満足げになる。ご満悦だ。
「つーか、イイのかァ?メシなンざ適当に…」
「駄目です。そう言って放っておくとお肉しか食べないじゃないですか一方通行さん」
ファミチキ五千円分相当を見た時は卒倒しそうになった。
「番外個体みたいなこと言いやがる…」
番外個体という名に、微かにピクリと口元が引きつるが、一方通行はそれに気付くはずもない。
そんな細やかな配慮の出来る男のはずが無いのである。
「誰でも言いますよ。それにお料理するの好きですし」
しかもそれが気になる人に作るのだったら尚更燃える。
やる気満々だ。授業中にこっそり料理本を覗き見る回数と、教師に怒られる頻度が上がったのはご愛嬌。
ちらりと視線を戸棚に何気に移したところで佐天は何気に気になったことがある。
「そういえば一方通行さんって紅茶とかは飲まないんですか?」
「紅茶ァ?」
初めて聞いたぜそんな言葉、そう言いたげに眉を顰める一方通行に、妙案が浮かんだとばかりに佐天はにこっと笑う。
何かを企んているような笑みに、一方通行が見覚えがあった。
打ち止めが彼に我がままを言う時、悪戯を仕掛ける時、こういう笑みを浮かべたと思い出す。
清々しいほどに屈託がないというのに、滲み出る胡散臭さ。
「何か警戒してません?」
「!?テメェ……さては思考を…」
「読めませんから。無能力者ッすから自分」
この人予想以上にわかりやすいなぁ~と佐天は密かに思う。
顔芸というか、顔に感情がありありと出ている。
(いや、そうじゃないのか。多分オンオフみたいなんだ表情が)
攻撃性を出すか、無表情か。それだけなのだ、彼は。
御坂からレベル5がどのような子供時代を送ってきたかは聞いたことがある。
一番親しみやすい御坂でさえも子供らしいことをせずに成長してきた。
その反動で、あのようなイタイ…もとい子供らしい趣味を持っているくらいだ。
いや、キャラパンはキツイッスよ御坂さん、と何度佐天は思ったことだろう。
着替えで、お尻にデカデカと『オス、自分ゲコ太ッス。御坂の姐さんには可愛がってもらってるッス』と来た時にはドン引きした。
初春が言うには学園都市で一位と二位だけは“最初から一位と二位で不動だった”と聞いた。
一体それは彼がいくつの頃からだろうか。
感情の動きを攻撃性でしか表現できないようになってしまうのは一体。
不審そうに佐天を見る一方通行の姿に、一瞬野良猫を連想してしまうのは佐天の勝手な妄想だろうか。
「そうだ。今度明日私紅茶持って来ましょうか。淹れてあげますよ」
「いや、別に紅茶とか…ッてかお前また来るつもりかァ?」
「まぁまぁいいじゃないですか。美味しいですよ私の淹れる紅茶。
友達に常盤台のお嬢様がいて、その子直伝なんですよ。常盤台ですよ常盤台です」
「常盤台かよォ…いいイメージねェンだが」
脳裏に浮かぶのは自分を財布代わりに扱う憎たらしいクローンの中二達の顔。
無表情?冗談じゃない。アレを見てください。ありァあ悪魔の顔ですよ、エエ。
過去に何度買い物に付き合わされたことか。それだけならばまだマシかもしれない。
それ以上に厄介なのが個性の分化。
最初は人形そのものであった妹達に徐々に個性が芽生えていくのを、一方通行は内心喜ばしく思っていた。
口に出したことは無いが、彼女達がそれぞれ普通の少女達のように、何気ないことに喜びを見出し、何気ないことに怒り、泣き、笑いそして幸せを感じる。
そうなってくれたら、それはどれほど良いことか。
自己満足であり、自己欺瞞であるのを承知で、一方通行はそうなることを望んだ。
彼女達に個性が芽生えていくことを心より願った。
そう思っていた時期が俺にもありましたァ。
『オイ…こンな夜中に何で人の部屋にいるンだァ…?つか、その首輪は…』
『あ、あの……雌豚って…ミサカの顔を雌豚って言いながら踏みつけて…キャッ恥ずかしいってミサカはミサカは…』
『ェェェェェ……』
『なンでお前このクソ早い朝っぱらからゴミ捨て場にいンだァ…?』
『ハァハァ…ぐ、ぐぐぐぐ、グッモーニン…せ、セロリタン……ミ、ミサカに…ミサカにセロリタンのその今にも捨てようとしている使用済み下着のゴミ袋を…
いえ、代わりに捨てておくだけです。ええ…ハァ、そんなハァハァいかがわしいことになんてハァハァ…ちょっとクンクンモグモグするだけで…ハァハァ……
おかしなことにはハァハァハァ…うッ……ふぅ…』
『最後の“ふぅ…”って何だァ!?』
『……いえ、何でもありませんよ?ただミサカ達は一体何処から来て何処に行くのかが気になっただけで…』
『お前今賢者タイムに入ったろォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーー!!!』
「一方通行さんどうしたんですか?」
「いやァ…個性ってなンだろォなァ…」
土御門元春の目の前には、ソファに腰掛ける結標淡希と、彼女の隣りには学園都市最強の憎いアンチクショウこと一方通行。
ロリっ子好きの同士だと思っていたら、ボインちゃん好きの噂流しに奔走するという度し難い裏切りをかましてくれた男である。
一方通行は不機嫌そうに口元に箸を運んでは荒っぽく咀嚼する。
じっと一方通行を見つめる結標の視線は真剣そのものであり、一方通行といえば白い顔色をさらに白くさせている。
手の中にある弁当箱の中身を空にすると、心の底から疲弊しきっているかのような溜息を吐く。
ちらりと、土御門は視線を斜め向かいに向ける。
海原(偽)ことエツァリは、いつものごとく感情の読めない胡散臭い爽やかな笑みを浮かべる。
若干、そこに苦笑めいたものが浮かんでいるのは、土御門の気のせいではない。
「ン…まァ、悪くはねェンじゃねェの」
一方通行はかろうじてそれだけ言う。
声が…凄く震えています。
「本当?この前よりも美味しい。まだまだ用意できるけど?」
人はコレをムチャぶりと言う。
「調子に乗ってるンじゃねェよ。誰も美味いなンて言ってねェだろうがよォ」
箸を置くと、一方通行はソファから立ち上がる。
おそらく帰るのだろう。今日の依頼は予想外に早く終了している。
早く帰って横になりたいに違いない。土御門と海原は同じ思考に行き着く。
「そう…」
一方通行の置いた箸と弁当箱を片づけながら、結標の声はどこか暗い。
意気消沈しかけた結標に、一方通行の表情に焦りが浮かび上がったのを土御門は見逃さなかった。
「……まァ、この前よかはマシなンじゃねェかァ?
言っておくが、マシになっただけだ、マシになァ。勘違いしてンじゃねェぞ!」
舌打ちと共に大変素直ではない言葉が出る。
しかし、一方通行とそれなりのつき合いである土御門にはどれほどデレているのかがわかる。
(いっつーさんのデレいただきましたにゃー!)等と内心喝采を上げる土御門元春。
正直、かつての一方通行に比べればデレ期に完全に突入しているとしか思えない。
「まぁ、俺としちゃァ、もう少し薄味でも良いンじゃねェかと思うがなァ」
本当はすっごく味を薄めて欲しい。切に願う。
だって噛んでる最中にガリガリ音がしたンだもン。その言葉をグッと飲み込む。
無性に薄味の煮物が食べたいなどと、疲れたサラリーマンのお父さんのようなことを思う。
「そうなんだ…」
一瞬結標は無垢な、年相応の表情を浮かべるがそれを打ち消すように唇を尖らせる。
「って、そっちこそ何勘違いしてるのよ!どうせ自炊しないだろうアンタに同情したから残飯やってるだけなんだから。
味に注文付けるなんて片腹痛いわよ」
「ああァそうかい。そいつァ悪かったなァ。ったく、人がせっかくアドバイスしてやってンのによォ…」
いや、ほンと塩の塊とかキツイっスよ淡希さンと一方通行が思ったのかは定かではない。
しかし、アドバイスは事実を指しているのだ。
「よ、余計なお世話よ!!」
しかし、結標はカァっと赤くするとふんと、鼻を鳴らす。
一方通行は結標の相手はおしまいだとばかりにきびすを返す。
早く寝たい。疲れきった身体を癒したかった。一刻も早く。
「何よ…何だかんだ言ってきっちり食べてるじゃないの素直じゃない奴!!」
「それをお前が言うなっていう話しだにゃー」
「ですね」
「な、何よ!!」
ムッとした顔で睨みつけてくる結標に土御門と海原はやれやれと肩をすくめる。
「鏡見たほうが良いんだぜい。耳まで真っ赤だにゃー」
「あと失礼ですが、顔が緩んでますよ」
「一方通行が鈍い奴で良かったにゃ。いや、悪かったのか?」
「あにゃッ!?」
ニヤニヤと土御門がからかうと、結標は更に顔を林檎のように染める。
服装こそ露出多めの痴女ッ子丸だしのクセに、随分と初な反応だ。
土御門のいじめっ子属性がくすぐられる。
「それにしても盛大な残り物だにゃー。
学園都市御用達の保温性の高い弁当箱に入れてるのを差し引いても出来立てみたいだったにゃー」
「ええ、今の季節だと湯気が立ち上っているのがよくわかりますね」
海原ものっかる。
「な、ななななによ…レンジで昨日の夕飯の残りをチンしたのよ、そうよ、それだけよ!!」
「ほほう。ところで結標よ知っているかにゃ?お前の頬にソースが付いてるぜ?まるで調理してた時に付いたみたいだにゃー」
「!?」
とっさに頬に手を当てるが、結標の手には何も付かない。
「何もないじゃない!!」
「そうだにゃーでも、ドジっ娘は見つかったようだな」
暗部モードの有無を言わせぬ口調に結標の顔が凍り付く。
ゴゴゴゴゴという効果音と共に、にやりとした土御門の笑みがいやらしく深みを増す。
「健気だにゃー。そうは思わないか海原よ」
「ええロシアから彼が帰ってきてからですよね。
やたら一生懸命に苦手な自分の座標移動を克服したと思ったら、わざわざ帰って作って来るんですから」
「きっと味付けも明日は薄目にするんだぜい」
くすくす、にやにや、ひそひそ。
土御門と海原はちらちらと結標を横目に見ながらわざとらしく声を潜めて頷きあう。
こめかみをひきつらせながら、林檎のように顔中を真っ赤にさせた結標は、しかし土御門達の追求に二の句がつげられない。
何故なら全てが図星だから。
「アンタ等…今すぐに衣服だけ残して飛ばしてあげてもいいのよ?海原は常盤台にまっぱで飛ばしてあげようかしら?
愛しの超電磁砲に軽蔑の眼差しでも向けられることね」
剣呑な視線を向けながら、結標はわなわなと震える手に軍用ライトを取る。
半ば本気だ。しかし、土御門はもちろん、海原にも動揺は見られない。
土御門は結標は本気でやれはしないだろうとわかっていたし、海原にとってはやるやらないなどそもそも問題ではないからだ。
「御坂さんに裸を見られて、ゲジゲジを見るような目で見られる?
蔑みの眼差しで見られると?罵倒されるという目に遭わせると、そう仰るおつもりですか?
僕のアステカ式わんぱく棒ズを腐った蛆虫を見るような目で御坂さんに見られると!!
それなのに僕は裸に亀甲縛りで身動きが出来ずに転がることしか出来ない状況に甘んじるしかない。
そんなシチュエーションに僕を突き落とそうとするおつもりですか!?」
「い、いや…そこまでは…えっと…」
あわきんドン引き。
「ふふふ……甘いですね結標さん」
「海原…?」
「おい…どうしたんだ…海原…」
「そう、貴女がこっそりつけている『あわきんダイアリー』よりも甘いですよ!!」
「あ、アアアアアアアアアアア、アンタッ!!な、な、にゃんでそれを…ッ」
「その程度で僕が恐怖に竦むとでも?くくくく…僕の御坂さんへの愛はその程度では挫けません!!」
バンッとテーブルを叩くアステカの魔術師。
「あえて言いましょう。寧ろ望むところですよ、と」
「望むの!?」
アステカの魔術師にとって、御坂美琴の蔑む視線などご褒美らしい。アステカ、さすがはアステカといえよう。
ロマンと神秘に彩られた未知の世界には我々の常識にはない概念と価値観が山と存在するようだ。ストーキング行為を純愛とし、軽蔑の眼差し、罵倒をご褒美とする。結標淡希は初めてアステカという世界に戦慄を抱いた。
「それでさぁ、一方通行さんたらさぁ、結局『まァ悪かねェな紅茶もよォ』とか言っちゃってるくせにさ」
「はいはい」
「顔がほわぁって柔らかくなってるのに気づいてなくてね」
「ほうほう」
「その顔が無邪気っていうのかな、いつもみたいに眉間に皺寄せたり、二カァって笑ってる時と全然違ってて凄く可愛いの」
「へぇぇ~」
風気委員の雑務をこなしながら初春飾利は気のない返事ここに極まる。
正直仕事の邪魔、ぶっちゃけうざい。
その言葉は親友であるが故にグッと噛み堪えながら親友ののろけじみたテロにも匹敵する言葉の五月雨に耐える。
若干頭の本体さんも元気が無い。
しょぼんと花は萎れ
「飾利よ、涙子嬢のコレは一体いつまで続くんだ?」
と初春にい問いかけているかのようだ。
初春の精神をガリガリと削り取っている佐天涙子の表情には僅かたりとも罪の意識など垣間見えない。
無自覚の罪って一番罪深いよね何時の時代も。
「最初は頼りになる人かなって思ってたんだけどさ、最初っていうのは助けてもらった時ね。
実際に付き合ってみると可愛いんだよね」
「へぇ~付き合ってるんですか」
「やだなぁ初春。付き合うっていうのはそういう意味じゃないってば。
ま、まぁ、私としてはそういう意味になるのも全然オッケーつーか、むしろバッチ来いなんだけどさ。あははははは…」
それにしてもこの佐天さん、テンション実に高い。
(はっぱでもやってるのかなぁ佐天さん…)
思わずとてつもなく失礼なことを思い浮かべてしまうは、いい加減にして欲しいという初春の限界の顕れ。
手にした「美味しい珈琲への道」をぺらぺらとめくりながら、普段であれば快活さと華やかさの中に凛々しさを秘めたその表情はだらしなく緩んでいる。
どうしてこうなった、と尋ねれば自分のせいであるのだが。
最初は面白がって佐天の後押しをしたのは確かであるが精々適当にはぐらかされて終わりだろうとたかを括っていた。
勿論、佐天が弄ばれるという意味ではなく、子供扱いされて追い出されるものだろうと踏んでいたのだ。
彼は自分に表の世界の人間、すなわち自分や佐天のような人間が関わることをよしとしない。
故に、佐天を遠ざけると思っていたのだ。だからこそ楽観的に見ていた。
佐天が様々なアプローチを掛けていくのをこっそりカメラにハッキングして覗き見て、普段からかわれている復讐の材料に使うのも良い。
危なくなったら白井と共に助けに駆けつければいい。
初春にとっても命の恩人にあたる一方通行は調べれば調べるほどある単語に集約されていく。
それは『義賊』。
御坂美琴がお熱を上げている上条当麻をヒーローとすれば彼は偽悪的もしくは悩むヒーロー。
上条当麻がウルトラマンならば一方通行は仮面ライダーであろう。
キカイダーも捨てがたいが、ちょっとわからない人にはハードル高いから仮面ライダー。
どちらかというと昭和だ。平成はもっと下らないところでグルグル悩んでるから。
初春は佐天が深入りなどせずにさっさと切り上げざるを得なくなると予想していた。
しかし実際には異なった。
佐天の淹れた珈琲にすっかり気に入ってしまった彼は佐天が訪ねてくることを許容するようになってしまった。
もしくは、初春が気付かぬ『何か』に一方通行が魅かれて…そこまで考えて初春は思考を切り替える。
自分がアレコレ考えて結論の出る問題でもない。
「でも良かったですよね、一週間珈琲淹れる特訓した甲斐がありましたよ」
「ホント、ありがとう~~。初春には感謝してもしたりないよ~~」
「お礼なら寧ろ私達風紀委員の方が言わないといけませんってば。
佐天さんの珈琲が徹夜作業の唯一の慰めだっていう人多いんですから」
それから珈琲を淹れてくれる佐天さんの笑顔も、という言葉は言わない。
彼女の輝かんばかりの笑顔にこの一週間どれほどの風紀委員が使い物にならなくなったことか。
佐天が来ていないと途端にテンションだだ下がりの牙を抜かれた犬共の存在など露ほども知らずに、佐天はニコニコしている。
牙を抜かれた男共は、更には佐天がたった一人の男の為に美味しい珈琲の淹れ方を練習していたという事実を知ってから牙どころか去勢された犬に成り下がった。
奴等は既に駄犬だ。べりーしっと。初春は心の中で敗北主義者に舌打ちを見舞う。
佐天は先ほどからちらちらと時計を見ているが、今日もそろそろというわけであろうか。
「おや、もうこんな時間だ。あんまり長居すると迷惑になっちゃうから私は帰るね初春。また来週学校で」
長居しすぎて迷惑だなどと言ったことも無いくせに、最近はすっかり夕方には引き上げていく佐天。
彼女の向かう先などわかっている。タイムセールがあるのだろう。
そして向かう先は恩人の部屋。
「やれやれだなぁ」
初春は気晴らしに雑務を放り投げPSPのスイッチを入れる。
もう狩るしかねぇってばよ、得意の片手剣が今日も唸る。
この後帰ってきた白井に大目玉を食らうのは15分後の話である。
ドンマイ、初春。
佐天つか皆可愛いなあ
84:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/12(日) 18:55:27.11:llRuvQc0「それで、相変わらずじゃん?番外個体は」
「うん、今は10032号が中でお話してるけど、MNWを切ってるから状況がわからないって、ミサカはミサカは一人仲間外れな状況への不満を大人の余裕で耐えてつつヨミカワに報告してみる」
初めて出会った頃よりも背が伸び、アホ毛も凛々しくなったミニサイズの御坂美琴こと打ち止めがドアの前でジャージ姿の美女に心配そうな顔を向ける。
家主である黄泉川は視線をわずかにドアに向けると、髪をかきあげる。
「まったく……泣きながら帰ってきたと思ったら引きこもって一週間じゃん?いい加減顔くらいきちんと見せてくれないと安心出来ないじゃんよ」
打ち止めは、MNWが切れていることを確認すると、黄泉川をリビングへ手招きする。
万が一にも部屋の中にいる番外個体と御坂妹には聞かれたくない内容だと察すると、黄泉川はうなずく。
リビングのテーブルに向かい合い腰掛けると、打ち止めはミルクを一杯注いで飲む。
「番外個体はああ見えて一番幼いの。ああいうキャラだし、悪意を集めやすいっていう設定だからメンタルが強そうに見えるけど、それはミサカ達の悪意に慣れてるっていうだけ。
それって幼い自我だった番外個体にとっては自分の感情と変わらないんだよって、ミサカはミサカは今後の新巻の内容によってはデタラメにしかならないだろう番外個体の新事実を打ち明けてみる」
打ち止めさん、メタな発言は控えて頂けると、その、助かります。
「う~ん…要は他人の悪意と違って、自分の心の恨み言が鮮明に聞き取れてるだけっていうことじゃん?」
「当たらずとも遠からずだよ。ミサカ達は自我の何割かをみんなで共有してる。だから個々の自我が邪魔をしないで『ミサカ』という『群体』としてあの人をサポート出来てる。
未熟なミサカだったり、心が弱っているミサカによっては、他のミサカ達の感情に巻き込まれちゃって自分の感情と区別が出来ないの」
「そうなると、アイツの一方通行への態度は何なんじゃん?」
「番外個体は知識でしか知らなかったあの人とロシアで出会ってから、急速に自我が成長したの。
心は入れ物、器である身体に引っ張られて成長していくものだから、それは他のミサカ達よりも早いものだった。
黄泉川や芳川達と此処で暮らすようになってからの番外個体は悪意以外の感情を芽生えさせていってるんだよ。
だから、幼いながらも自我がはっきりと彼女の中で育っていったんだってミサカはミサカは黄泉川と芳川の保護者スキルにGJをしてみる」
グッジョブ。打ち止めは小さな親指でサムズアップする。
「照れるじゃん。それで、それで?」
「うん。けど番外個体がミサカ達のあの人への悪意を受けていることは変わらないの。
もちろんMNWでそれを修正するようにゲコ太のお医者さんと協力体制で取り組んでるんだけど、
すぐには上手くいかないの。悪意とは言え、いきなり感情を刺激するものがなくなれば
番外個体の精神は不安定になってしまうから。だから今、番外個体の中で二つの感情が
ぶつかり合ってるの」
黄泉川はぱちんと得心が行ったように指を鳴らす。
「そっか、つまり自分の感情だと思いこんでるアイツへの悪意と、番外個体自身のアイツへの感情が喧嘩してるってことじゃん?」
「うん、だからチグハグな態度に出ちゃうのってミサカはミサカはよく出来ましたって優しい先生のように黄泉川を絶賛してみる!わーパチパチパチ」
小さな手を叩いて喜ぶ打ち止めがちょっぴり小憎らしかったので、黄泉川はおでこにでこピンをする。
はうっとのけぞると、打ち止めは涙目で唸る。
「それで、アンタはいいじゃん?」
「何がなの?」
「御坂妹の話しじゃ、アイツが女の子連れ込んだって話しじゃん?昔みたいにミサカはミサカはアナタの浮気を疑ってみる~~!!って行かないじゃん?」
打ち止めの手からコップを取ると、ミルクを注いで一息に飲む。
メーカーは当然皆の、巨乳の、固法先輩の味方ムサシノだ。
「そもそもアンタって最近アイツにそっけないじゃん。アイツ寂しそうにしてたじゃん、この前」
折角打ち止めの為に、彼女が欲しがっていたぬいぐるみを持参してやってきたというのに、
殆ど部屋に篭って会わずしまいだった。
一方通行といえば、
『は、ははは、ま、べっつにィ~~クソガキの相手とかマジ疲れっからァ~?
イインですけどねェ~』
とテンプレの如き強がりの後にしょんぼりだ。
しょんぼりっぷりがあんまりにも可哀想だったり可愛かったりで、黄泉川は思わず
ぎゅっとしてしまったのだが、それは余談である。
「本当は甘えたいけど、あえて我慢するの」
「甘えたい盛りの子供が我慢するのはよくないじゃん。親や兄弟に甘えたい気持ちなら尚更」
「そうなの、兄弟が問題なのってミサカはミサカはヨミカワの口にしたワードに触れてみる」
「何がダメじゃん?アイツ相当素直になったから多分甘えさせてくれるじゃん。問題ないじゃん」
「ミサカは今まであの人とべったり一緒にいたがってた。
けど、そうするとあの寂しんぼウサギはすぐに『家族愛』で一括りにしたがるのってミサカは
ミサカはロシアで見たあの人の無邪気な笑顔を思い出しときめきと不満を覚えてみる」
「ええっと……つまりアレじゃん。あんまりくっつきすぎて家族としか見られなくなるのは困るってことじゃん?」
「そう!!素っ気なく振る舞ってあの人に、ミサカもお年頃の女の子であることを意識させる。
それから徐々に成長して光輝いていくであろうミサカを見せつけるの。
今誰とつきあっていようが、最終的にミサカがあの人の隣に立てばいいわけであって、
それまでは大目に見るつもりだよってミサカはミサカは大人の余裕を見せつけながら
『ミサカ五ヵ年計画』の概要を打ち明けてみる」
ふんす、と鼻息荒く力説する打ち止め。
自分が11歳の時はこんなにもガッツいていただろうか。黄泉川は十何年前の記憶を辿る。
「ああ……それで、番外個体は結局どうするじゃん?」
「あの子は意固地だから、多分素直に説得されないと思う。だから最終的には自分で答えを見つけるしかない
とミサカはミサカは甘いだけの姉とは違うのだよと言ってみる」
「つまり放置ってことじゃん…御坂妹…頼りにしてるじゃん…」
保護者としてのふがいなさを噛みしめながら黄泉川は番外個体と御坂妹がいる部屋へと視線を向けた。
一方通行さんのピュアさんっぷりに上条さんがちょっとドン引きしちゃった日の夜。
場所は上条さんの意外にも小奇麗で、正直高校生の癖にと思わないでもない男子寮である。
「へー、あくせられーたーって案外おバカさんなんだね」
「まぁ、馬鹿っていうかアイツの場合人と接することに慣れてないからさ、疑ってかかるか、逆に素直に言葉を受け止めちゃうしかないんだよ」
上条がアイロンをかけた洗濯物をインデックスが畳んでいく。
家事スキルを順当にマスターしていく彼女を指してインなんとかさんwwと呼ぶものはいない。シスター服を着る必要がなくなり、白いブラウスにブラウンのスカートを履く姿はどこにでもいる可愛らしい少女でしかない。
そこにはえげつねぇ処置をされていたり、その気になったらチートキャラすぎて蚊帳の外に置いておかれたりする姿はどこにもない。
「あくせられーたは人を無意識に善人か悪人で分けちゃうところがあるんだよ。だから極端に言葉の裏を読みとったり、純粋に信じちゃったり二分されちゃうのかも」
「極端から極端に走るっていうことか?」
「うん。とーまも同じことが言えるんだけど、とーまの場合は単純に頭の巡りが悪いせいなんだけどね。一方通行の場合は完全な経験値不足なんだよ」
人生経験はともかく、コミュニケーションの経験値が絶対的に足りてないかも、と膝の上でリズムよく畳むのは上条のパンツ。
ふと、隣のインデックスが畳むマイパンツに目をやると、そのままインデックスの膝に目がいく。
スカートからのびる膝と、黒と緑のストライプのニーソの絶対領域が不可抗力的に上条の網膜を突き抜け、青い衝動に火を点ける。
【上条REASON:90/100】
ニーソか網タイツかガーターか。
この譲れぬ主張を巡り、上条当麻、浜面仕上、そして一方通行の三人の学園都市の英雄が血で血を洗う戦いを行ったことは、記憶にまだ新しい。
人はこれを『千日っぽい戦争(ニューサウザンドウォー)』と呼んだ。
上条の説教が風を切り、浜面の巧妙かつえげつねぇ罠が炸裂し、一方通行のプラズマが周囲を焼き尽くした。
上条の腕が吹き飛び、うっかり中からドラゴンさんがこんにちはしたり、浜面が召還魔法むぎのんによって自らの首を絞め、一方通行の黒翼が唸りを上げた。
上条さんがドラゴンっぽいのと合体して「俺は前世だか向こう側の世界だか、なんだかんだで魔王サタンだったりする」と言えば、それに対抗するのはダークヒーロー担当一方通行さん。
一方通行はエンジェル化して、エイワスを倒した時に手に入れた力で「じゃあ俺はルシフェルだコラァ!!!」と中二病を悪化させたりもした。
その頃になると僕等の凡人、浜面仕上さんはむぎのんに追っかけまわされていてそれどころじゃないし滝壷さんはそんなはまづらを応援していた。
戦いは、結局インデックスが網タイツを履き、番外個体と結標淡希がニーソを履き、滝壺がガーターを履いたことにより互いを尊重することの大切さを学んだ三人の自主的停戦によって終結した。
上条はその時の網タイツに包まれたインデックスの白くしなやかな脚を思い出す。
まるで陸に上がってしまった幼い人魚姫のような、すらりとした、穢れ一つ無い脚。正直ムラムラすると上条はごきゅりと生唾を飲み下す。
「うふふ、とーまったらいやらしいんだよ目が」
「いや、何を言ってるのでせうかインデックスさん。上条さんは別に…」
「嘘ばっかり。とーまは隠し事をするときは頬をかく癖があるんだよ」
「んなことねぇよ」
「でも安心かも。一時はとーまってば本気でアレが使い物にならないんじゃないのかなって、幻想殺しの影響で、とーまのきかん棒にあるはずの思春期が打ち消されてるかもって思ってたんだけどね」
上条さん枯れ過ぎだろうと、誰もが思っていた。
もしかして彼はいつしか仙人の領域に…などという疑惑が学園都市、イギリス中を駆け巡ったりもした。
しかし、現実はそうではなかった。所詮というべきか、流石にというべきか、上条も漲るお年頃。
流石の幻想殺しも上条の思春期まではぶち殺せなかった。
顔を背け頬をかこうとした指をインデックスが掴む。
可愛い顔して、可愛い声で、そうとうキワドイことを口走るほとんど幼女に、上条は……正直ムラムラした。
インなんとかさんネタを乗り越えたインデックスは様々なスキルを操るようになっていた。
今の彼女はさながらインモラルさん。そして、夜では上条さん相手にインファイトさん(意味深)になる。
まったく10万3001冊マジぱねぇなぁ。
「ほら。言ってるそばから~とーま?」
自然とインデックスが下から上条を見上げる形になり、ブラウスの胸元が上条の視界に留まる。
(な、何だと!!)
なんと、そこには白い肌。胸元が普段よりも開いたブラウスから地肌がのぞいている。つまりは…
(付けていない!!)
【上条REASON:75/100】
上条の視線に気づいたのか、インデックスが胸元をわざとらしく押さえる。にんまりと笑った顔はイタズラを企む童女のそれだ。
「とーまが帰ってくる前にお風呂に入ってたんだよ。下着は乾かしてる最中だったから付けてないの。っていうかとーまのせいだもん」
「なぬッ!?」
インデックスは口元に妖艶さを貼り付け微笑する。
白い肌が羞恥でほんのり紅色だ。
「だって、とーまのせいでお風呂入れなかったもん。そのまましようって朝まで」
「Oh…Miss Index?」
このシスターは何をいきなり言い出すのだ、といきり立とうとするものの、
上条はそこで己のわんぱく棒ずがいきり立とうとしている事実に気づく。
上条は己の相棒にして、不肖の一人息子を叱責する。
め、お父さんとお母さんは今とても大事なお話をしてるんだから起きてくるんじゃありません。
「あッ…とーま?もう、ほんとにとーまはとーまなんだね。でもね、そんなとーまの為にインデックスはしっかり準備しておいたんだよ?」
「じゅ、じゅんび…ですと…」
「うん、とーまの好きな桃のボディーソープ。ほら、桃の匂いがするでしょ?」
インデックスが身体をすり寄せる。
その際、ふにゃんと柔らかいものが当たる感触に上条は唸り声を上げる。
「Shit!Shit!Very shit!!」
【上条REASON:45/100】
しかし、上条はそれを鋼の精神で押さえ込む。
紳士たれ。紳士であれ上条当麻。昨日さんざんイタしたというのに、お前はちょっとスリスリされたらもうこのザマか?
大切にするんだろ?守り抜くんだろう?泣き顔なんて見たくもないのだろう?だったらこれくらいの(誘惑の)プロローグで挫折してるんじゃない。誰だって紳士になりたいんだ。
しかし、このけしからんニンフェットは、更に上条の防壁をつき崩しにかかる。
「ほら、ほら、とーまってば。黙ってないでなんとか言うんだよ。ほら、ほら」
すりすりすり、ふにゅふにゅふにゅ。
いけないシスターは上条の幻想殺しを無効化していく。
耳にかかる吐息は竜王の吐息ならぬ妖精の吐息。
(効果は抜群だ!!)
【上条REASON:20/100】
「ねぇ、とーま。とーまったら。……いんだよ?」
「なに…?」
「我慢しなくてもいいんだよ?」
もじもじと、一転して恥ずかしがるインデックスはちらちらと赤い顔で見上げながら上条の裾を摘む。
「は、恥ずかしいけどね、とーまが我慢するくらいなら…いいんだよ?それに、とーま明日は補習もないし、お休みなんでしょ?」
「おう…」
「だから、とーまの好きな桃のやつで洗ったり…私も実は期待してたかも…」
恥ずかしいにもほどがあるとばかりに顔を伏せるインデックス。
彼女は気づいていなかった。
その仕草はヨハネのペンモード、通称「ペンデックスさん」時のクールビューティーっぷりを上回る色気を放っていることを。
インデックスの限界を超えたインデックスであることを。
『これがインなんとかさん。そしてこれがその限界を超えた……インデックス』
『つまらない変身なりにけるの』
『その限界を更に超えたこれが…ペンデックス……そしてこれが!!』
『!?』
『はったりですよねインデックス…』
『まさかあの子に更にその先が…』
『時間が掛かっちゃったかも。まだこの変身に慣れてないんだよ。これがインデックス3……いえ、』
『淫デックスさん』である。
「い、い、いいいい、インデックス。か、かみ、上条さんのライフポイントという名の理性はもうやばいのですが…」
「うん、私はシスターだから。もう元がつくけどシスターだから。とーまの思春期でパンパンに膨らんだ暴れん棒だって受け入れる所存なんだよ?」
淫デックスさん全開である。
そして上条当麻の普段は常人の半分以下しか活動していない脳が急速に回転を始める。
淫デックスさんの言葉から、彼女の本心を引き出していく。
その処理速度は凄まじく、10万と3001冊の魔道書から組み合わされた暗号を解読していく。
その処理速度は、嘗て聖歌を歌い上げた一方通行の行使した魔術にかぎりなく迫るものだった。
(い、インデックスから桃の香りが
⇒インデックスの桃尻?
⇒インデックスが食べてくれと言って桃尻を上条さんに差し出す?
⇒インデックスの桃尻?否、断じて否。あれは丸ごと上条さんの桃じゃあありませんか
⇒インデックスがわざわざ磨き上げてくれた上条さん専用桃尻?
⇒寧ろインデックスが上条さんにとっての果汁たっぷりの桃?
⇒インデックスが美味しく頂かれる為に自らを上条さん専用の桃に…?)
そして解き終えた暗号の先にあった彼女の隠された本心にたどり着く。
上条当麻は辿り着いたのだ。ずっと聞きたかった本心がそこにあった。
同時に、渇いた音がした。それは上条の中の『鎖』が崩壊する音。
【上条REASON:0/100】
人によってはその鎖を『理性』と呼ぶ。
「ウガァオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!!!!」
上条当麻のわんぱく棒ず、もとい暴れん棒は、すでに『棒君』へとワープ進化を果たしていた。
「オレ、インデックス、二、スグ、イン、スル。ナイテモ、オレ、ケッシテ、ヤメナイ。
オレ、インデックス、イタダキマンモス!!」
四つん這いになった上条は、すでに神浄すら超えている。
さぁ、戦争を始めようかインデックス。
魔道書の貯蔵は十分か?
ハイライトの消えた瞳、御坂妹などに使われる瞳 ――― 通称レイプ目、若い人には種割れ目と言うべきか。
上条の瞳にはどんよりとした魚の腐ったような濁り色のみが浮かぶ。
光なんざ映る必要など無い。
だってこれからは夜の戦いなのだから。でも、本当はライト全開で行いたい。
くっきりはっきりしゃっきり見ながらやりたいのだ上条当麻は。
しかし、紳士はそんなことはしない。男は黙ってサーチライト。
そんな紳士を鎮めることの出来る最後の希望は、ゆっくりと両手を広げた。
「delicious545…」
それはインデックスの新たなる魔法名。
『献身的な子羊は獣に美味しくいただかれます』を意味する。
その夜、制限時間三時間の三本勝負が始まった。
開始から四時間経過し、無制限デスマッチに試合形式が変わったことを。
佐天涙子直伝の珈琲術の研究に余念が無い一方通行は知らなかった。
そして知る必要もなかった。だって、どうせファミレスで聞かされるんだもの。
「おかえりなさ~い」
「……お前…また来てやがったのかァ…」
セーラー服にエプロンという上級コンボを繰り出す少女に、かける言葉の諦観の色が滲んでいる。
既に恒例と化しているやりとりに、受け手の少女佐天涙子はまともに取り合うつもりも無いのか視線を鍋に向けたままだ。
一方通行はコンビニ袋から缶コーヒーを取り出すと順繰りに冷蔵庫に放り込んでいく。
「お前…なに勝手に」
見慣れぬものがいくつか冷蔵庫に見受けられる。プリンであったり紅茶のケーキであったり、どう見ても自分が食べるものではない。
甘いものが苦手な一方通行でなければ犯人は佐天だろう。
「いいじゃないですか。一方通行さんの分もありますよ」
「俺は甘いものは嫌いなんだよォ…っていうかお前いいのか?」
「何がですか?」
「だからよ…お前らの年だと友達ってのと遊んだりすンだろうが。
馬鹿みてェに意味も無く集まっちゃァダベったりすンだろうが」
がしがしと頭をかく。わかっている。
どうにも自分らしくないことを言っている。
その自覚は十分にあるのだ。
「ちゃんと遊んでますよ。心配させちゃってすみません」
「ハッ、馬鹿言ってンじゃねェよクソガキが」
「ちょっとぉ、私には佐天涙子っていう名前があるんですから、ちゃんと呼んで下さいってば」
「わかったわかった、わかったってクソガキ」
「もう!!学園都市第一位ってもっと大人な感じの人だと思ってたのに。
こんなに意地悪だなんて」
ぶつぶつ言いながら佐天はできた料理を次々と並べていく。
肉じゃが、インゲンの和え物、サツマイモの味噌汁、鶏のささみとキュウリのサラダ。
「いろいろ文句は言いたいですけど、まずはご飯にしましょう」
「番外個体といい、俺ん家は花嫁修業の場所かァ?楽だからいいけどよォ」
しっかり自分の分まで作っている辺り良い根性をしている。
不思議とその図太さというか、抜け目なさが鼻に付かない。
「番外個体さんって、あの御坂さんのお姉さんの?」
「……まァな」
クローンであることは伏せ、御坂美琴の姉ということにしておいた。こんな普通に表の世界で生きている少女が知るようなことではない。
「あれから来ねェからなァ、正直お前がこうして飯作ってくれてるのはありがてェ」
結標淡希や番外個体が聞いたらいろいろな意味で卒倒しそうな言葉。彼にしては大盤振る舞いのほめ言葉だ。
「何だか悪いことしちゃいましたね」
「いいンだよ。どうせ暇つぶしに来てたんだろうが。飽きて来なくなるってンならそれに越したこたァねェ」
「…あの人が嫌いなんですか?」
「……いや、そうじゃねェ」
言葉を濁して、一方通行は味噌汁をすする。サツマイモの甘さが心地よい。
番外個体との関係をうまく佐天に伝えられる自信はなかった。そしてそれ以上に伝える気は起こらなかった。
「まぁ、あんまり俺の存在は教育に良くわねェからなァ」
「あっははは、何ですかそれ。お父さんみたいな台詞ですよそれ」
「みてぇなもンだ。つーか、結局コーヒー淹れてるよかこうして飯食ってる時間の方が長ェな」
「安らぎを与えますって約束したじゃないですか~安らぎません?母の味肉じゃがですよ。女の子に男の子が惚れる定番料理ですよ」
「馬鹿言ってンじゃねェよ、クソガキ」
安らぎ。確かにそうかもしれない。
こうして温かい食事をしながら穏やかに誰かと言葉を交わすのは久しぶりだ。
結標淡希や番外個体との憎まれ口の叩き合いも存外嫌いではないが、佐天とこうしている時間はまったう別ものだ。
学園都市最凶の悪魔と、一方通行ともあろう者が随分と腑抜けたものだ。
「あ…」
佐天の声に我に返る。物思いに浸ってしまっていたようだ。
つくづくどうかしている。佐天は目を丸くして一方通行を見ている。
「なんだァ?」
「い、いえ、なんでもないです、ええ、ほんと、なんでもないですよ!!」
「そ、そうかァ」
佐天は誤魔化すようにご飯をかき込む。
頬を赤くしているのは気のせいであろうか。
(今…笑ってたぁ…にこぉって…えへへへ)
佐天は嬉しくなってくる。
ずっと、憧れていた存在。『学園都市第一位』などと言う現実味の無い、名前だけしか聞かない存在。
一体どのような人間なのだろうかと想像の翼を広げていた頃が嘘のようだ。あの頃は勝手な想像が頭の中に溢れていた。
その頃の自分が今の自分を見たら『嘘ォ!?』と叫ぶだろう。
今こうして自分が食卓を囲んでいることが不思議だ。
まるで憧れのスポーツ選手といる子供のような浮ついた気持ちが佐天の中にあった。
この上条さんはいろいろとダメだなwwwwww
それにしてもモテモテだな、一方通行。
111:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/13(月) 23:23:50.26:ZIi8HSk0それにしてもモテモテだな、一方通行。
「あら、アンタ達だけ?」
結標淡希は心なしか落胆したように呟く。
「愛しの一方通行は仕事だにゃ。今回のはアイツ一人で十分だからな。残念だったにゃあわきん」
「だ、誰が愛しのよ。あとあわきんと言うな!!」
ニヤニヤと笑う土御門を睨みつける。
「昨日から悩み事があるみたいですね、彼は。何かあったのでしょうか」
「昨日じゃないわよ、先週からずっとよ」
ふと、思い出したように本物よりも人気のある偽者こと海原光貴(偽)が眺めていた雑誌から顔を上げる。
『月刊 御坂美琴 冬の増刊号』という表紙を見なかったことにすると、結標は表情をかすかに曇らせる。
しかし、思わず口にした言葉に、ハッとなる。案の定というべきか、土御門と海原のによによ、にやにや、てかてかした笑みが結標を眺めている。
「あら、よく見てますこと。やっぱり気になるあんちくしょうのことはすぐに気が付くんでしょうかにゃ~海原さん」
「先週からずっとガン見してたなんて、まったく、若いって素敵ですわね、土御門さん」
ホント、若い頃を思い出しますわね奥様、あら、奥様こそまだまだお若い、と胡散臭い小芝居を繰り広げる。
暗殺などといったダークな仕事よりも、学園都市上層部の遺物でもある研究施設の残りの破壊といった方向へとシフトしつつある。
施設の破壊などグループにとっては造作もない。故に、彼らは暇を持て余すことが増えていた。
結果、一方通行の凱旋後、すっかりと変わってしまった結標をからかうことを、土御門と海原はライフワークとしているのである。
「あ・ん・た・た・ち…」
「しかし、どうやら恋するお年頃なのはあわきんだけじゃねーみたいだにゃ~」
青筋を浮かべた結標がゆっくりとライトに手を掛けようとするタイミングを外すように土御門が不意打ちを放つ。
「え?」
ライトに伸ばした手はそのまま硬直させ、結標は土御門の顔を凝視する。
「物思いに耽っては切ない溜め息まで吐いて。あれじゃあ憧れの君を想うなんとやらだにゃ~」
あわきんみたいに、と意図的に土御門はその言葉を含ませる。
結標はゆっくりと彼の言葉を脳裏で咀嚼する。
「いいのかにゃ~?あわきんがツンツンしてる間に一方通行はかっさらわちまってるかもしれないぜい?」
「な、なななな、なに言ってるにょ、言ってるのよ」
「彼のように自分に向けられる好意に気づかない、もしくは信じられないタイプにツンデレは鬼門ですよ。ツンの部分しかキャッチしてもらえないですから」
まるで見てきたことのように、しみじみと語るアステカの魔術師の言葉に、結標は顔を青くした。
「ま、頑張るんだぜい。一方通行のお相手はパンピーみたいだからにゃー」
「……無能力者っていうこと?」
「ま、平たく言うとそうだ。意外と庇護欲の強い一方通行的にはある意味うってつけかにゃー。
あわきんが勝つには健気属性を前面に押し出すこと。そしてその効果を倍増するために ―――」
土御門はがさごそとカバンから何やら取り出す。
土御門の取り出した『ブツ』を目にするや、結標の口元が引きつる。
「この土御門元春の最高傑作。十字教と陰陽道、アステカの奇跡のコラボレーション。『小悪魔ドジメイド』を着ることで、健気属性は界王拳20倍並に倍増するんだぜい!!」
「何その無駄な合作!?」
「これは意中の相手に見られると中が透けて見えるという新素材(特許申請中)で出来ているんだにゃー」
「アステカの魔道書を盗み出した甲斐があろうというもの。古代アステカ文明において、マンネリに悩んでいたカップルの声に応えるべく生み出された術式が役に立とうとは」
「そうだぜい。あたかも逆裸の王様状態。好きな人の目にだけすっぽんぽんに見えることによって安心かつ快適なプレイを」
「メイド服の意味無いじゃないそれじゃあ!!どんだけ本末転倒なのよ!!」
「「………?………――――― ハッ!!!」」
「おそい!!」
「今日は何にしよっかな」
スーパーの特売品を眺めながら口にする言葉とは裏腹に、買い物籠に商品を入れていく手際に澱みなど無い。
既に特売日の品はチラシで把握済みなのだ。
「手羽先と大根を煮たやつ結構美味しいんだよね」
通常の半額になった手羽先のパックを早々にゲットし、意気揚々。
大根も手に入れた。昨日作ったきんぴらはおそらくまだ残っているはずだ。
メニューの味付けが濃いようなら汁物は味噌汁ではなくお吸い物にしようか。何処かうきうきしながら歩く佐天の前を学生カップルが通りかかった。
一人はツンツンとワックスで髪を立てた高校生くらいの少年。
もう一人外国人の少女。彼よりも頭一つ分背の低い少女だ。
『とーまってば、もやし買い過ぎなんだよ』
『もやしは安いんだって。安いは偉大なのでございますよ?』
『それでいつも買い過ぎて腐らせてたら意味が無いんだよ。そういうの“ほんまつてんとう”って言うんでしょ?』
『ぐ…インデックスに主婦スキルで負けた…だと?だがそんなインデックスもまた良し!!』
(わぁ~あれってプラチナブロンドっていうんだよね。キレーっていうか日本語上手~)
まるでお人形のように顔貌の整った少女に見惚れる佐天。
会話からして二人は同棲をしているのか、或いはそれに近い親密な仲のようだ。
『ねぇとーま。お肉お肉。お肉買おう!!鶏肉でいいんだよ』
『お肉はブルジョワの食べ物なので認めません。それが例え地を駆けようとも空を飛んでいようとも関係ありませんとも』
『うううーーー!!』
『お、噛むか?噛むのか!?』
『いいもん……ああ…折角今日は“懺悔室”を解禁しようかなぁ~って思ってたのに。とーまにはがっかりかも』
『!?ざ、懺悔室をしてくれると…』
『お肉食べなかったら力が出ないから出来ないかも~チラり…』
『く…口でチラりとか…いや、その…ぐぬぬぬ…と、鶏肉ならば…』
『わーい!!とーま大好き~~!!今日は懺悔室に“聖体礼儀”も追加しちゃうんだよ』
『イェフゥゥゥゥーーー!!マンマミーア!!』
カップルの言っている言葉の意味の半分も理解できなかったが、仲睦まじいことだけは把握できた。
そして、多分それ以上の理解なんざ必要ない。知らなくても何の差し障りも無いのだから。
周囲の客が微笑ましくもドン引きする可愛いカップルを眺めながら佐天もあらあらうふふな視線を向ける。
仲良きことは素晴らしきかな。
(私もあんなラブラブカップルになりたいなぁ~)
カップルになるには当然相手が必要であるとはたと気付く。
では、誰と。一体誰とそうなりたいのだろうかと己に問い質す。佐天の脳裏にすぐに一人の人物が思い浮かぶ。
白くて赤くて細いあんにゃろうだ。顔が一気に熱くなる。
(いやいや、そんな。流石にそこまで。会ってまだどんだけよって話しでしょうが。アンタはそんな惚れっぽいのか佐天涙子)
そうは言いながらも火照った顔から熱は中々抜けてくれない。
場所はグループのアジト。
ぷんすかぷんとばかりに怒って出て行ったあわきんの怒りの余韻が尾を引く中、男が二人、ソファに腰掛ける。
一人はグラサン金髪。一人は胡散臭い爽やか、っていうかウザやかイケメン。
「結標さん。受け取ってくれませんでしたね、小悪魔ドジメイド」
「そうだにゃー。一体何が行けなかったのかにゃー色使いか?いや、レースが足りなかったのか?」
「露出が足りなかったのでは?」
「そ・れ・だ!」
結標によって引き裂かれたドジメイド衣装を自前のアステカ式ソーイングセットからアステカ式縫い針とアステカ式縫い糸を取り出しちくちく補修する海原。
隣りでは土御門がテーブル一面に様々なデザイン案を広げている。ゴスロリ仕様からビッチ仕様、本場英国メイドまで。
この男にこれほどの絵心があったのか、と上条当麻が見ていれば驚愕に震えずにはいられないだろう。
「それにしても意外でしたよ。貴方がまさか結標さんを応援するなんて」
「何言ってるにゃー。土御門さんは恋する乙女諸君の味方なんだぜい。まぁ、それ以上にメイドさんの味方であり、妹と呼ばれる者の味方であるんだがにゃ」
こめかみをこりこりとペンの頭でdきながら土御門は海原を見ずに答える。
苦笑を浮かべながら海原は器用に縫い糸を通していく。
「意外なのはその喋り方もですね。『そのキャラ』は友人限定では?僕達に仲間意識など無かったはずですが」
「んーまぁ確かに殺伐とした関係なのは否定しねんだがよぅ。上やんの言葉じゃねぇけど、これからも殺伐としてなきゃならねってわけじゃないからにゃー」
「新しい関係の構築というやつですか。さしずめこのドジメイドはその第一歩だと」
「流石に、結標が一方通行とくっ付く保証なんざないけどにゃーそれはまぁいいとして」
おや、と海原は土御門の言葉に含みがあることに気付く。
「その言い方だと、単純に結標さんを応援するだけじゃなさそうですね。一方通行が無能力者の表の世界の子と交流を持っているのと関係でも?」
「鋭過ぎると気味が悪いな。それもアステカの魔術か海原よ?」
「急に変わらないで下さい、違いますよ。ただ、御坂さんのことを見守っていれば、自ずと彼女の交流関係にも目は届くわけですので」
「佐天涙子。出来ればあの娘は関わらない方がいい。闇の世界なんて知らないに越したことはない。一方通行もそれがわかってるはずだ」
野暮だとはわかってるんだけどな。
苦味を含んだ土御門の言葉が重く響いた。
「最近佐天さんが輪をかけておかしいんですよ」
「それを私に言ってどうしますの?」
優雅な仕草で紅茶を一口飲む。
目の前の腹黒少女の愚痴は必ずといって良いほどどうでも良いことだ。まじめに取り合うだけバカを見る。
「おかしいって、どういう風におかしいの?」
御坂美琴は、黒子とは逆に、心配そうに身を乗り出す。
数少ない友人のこととなれば、根本的に優しくお節介なこの少女が心配しないはずもない。
「確か、一目惚れしちゃったっていう人のところに料理作りに行ってるんだよね」
佐天のことは初春から間接的に聞いていただけの御坂の認識はその程度である。
直接のろけ話に付き合わされていた初春にとってはその程度の認識ではすまない。
「もう何て言うか押し掛け女房ですね。珈琲の美味しい淹れ方とかもう口実ですらなくなってますから」
「押し掛け女房…すごいね佐天さん」
先天的な恥ずかしがり屋のせいか、会う度に致死量の電撃を浴びせるという強烈極まりないツンが炸裂しまくっていた。
それが災いしてか、未だに家に行ったこともなく、名前でさえまともに呼べない。
そんなウブでネンネな気質の御坂にとっては、出会って一週間で押し掛け女房となれる佐天の積極性は心底羨ましかった。
「上手く行ってるんじゃないの?」
「ある意味行ってるというか、予想外だったというか」
「はっきりしませんのね、初春」
要領を得ない初春の言葉に、黒子が眉を潜める。
初春はグラスの中をストローでくるくるとかき回す。
水っぽくなってしまったソーダの中で氷がからからと音を立てて回る。
「正直なところ、今回のはミーハーな気持ちで終わるんじゃないかって思ってたんです。相手はあまりにも世界が違う人だし、いずれは……」
「佐天さんがその殿方への気持ちを諦めてしまうだろうと思ったのですわね?」
「はい。佐天さんはすごくそういうところシビアに線引きする人だから、というか私がそう思ってただけなのかな」
「そういう言い方をするということは、諦める気配はないと」
水っぽくなったソーダの残りを不味そうに飲み干すと、初春は顔をしかめる。
「授業中なんか上の空で、溜め息吐いちゃったり、空をずっと眺めてたり。
あと一番変なのが、私のスカートをめくらないことなんです」
「「それはおかしい」」
御坂と黒子の声が重なる。
初春へのセクハラとイタズラが趣味から日課の領域へと達している。
そのライフワークを怠るなど。
戦慄が常盤台のツートップの間を駆け抜ける。
「そ、それは相当重傷ですわね確かに」
「でしょう?佐天さんがあそこまで本気になるなんて正直思いませんでした」
そこまで深みに入るとは思わなかったが、それ以上に、自分に構ってくれないことが初春は寂しかった。
一方で、御坂は手の中にあるカップのミルクティーに目を落とす。
佐天の気持ちが御坂にはわかる。
一人のことを思うと、その人以外のことへと思いを配れなくなる。
御坂はそんな思いとかれこれ一年以上付き合っているのだから。
「ういはる~?貴女が背中を押して差し上げたのでしょう?
寂しいのはわかりますが、もう少し応援する姿勢になってもよろしいのではありませんか」
う、と初春は言葉に詰まる。
「だって、、寂しいんですよ~最近遊んでくれないし、構っても上の空ですし~」
一番の親友が遠くに離れて行ってしまうような、嫉妬とも焦りにとも取れる感情が初春の中をぐるぐると回る。
「まったく……それが本音ですのね…ってお姉さま?」
黒子の隣りで御坂は己が掌を見つめる。
「私は常盤台の超電磁砲……出来る。私ならできる。大丈夫、大丈夫…」
「お、お姉さま…?」
ぶつぶつと独り言を繰り返す御坂に若干引き気味の黒子。
御坂は荒い息を吐きながら繰り返す。大丈夫、大丈夫、と。
「お礼…そうよ、お礼にお茶に誘うところから始めれば…」
「お姉さま…また…」
無駄な努力を、とは言わなかった。
あの類人猿がぁ~~とテンプレな嫉妬をするには、この一年余りにも涙ぐましい努力と空回りを繰り返してきた御坂。
それを思えば、失敗を願うことは酷に思えた。
今日は何の仕事もなく一日をソファに寝転がって過ごしていた一方通行は長針が刻む音を聞きながら目を通していた雑誌から視線を上げる。
そろそろだろうか。あのお節介というべきか、物好きなガキが来るのは。
と、この二週間ですっかりと覚えてしまっていることに気付く。舌打ちをしながら、雑誌をソファに放り投げる。
読んでいる雑誌はファッション雑誌であったり、上条が置いていった普通の少年漫画であったり、
番外個体が置いていった少女マンガであったりと日によってマチマチだ。
決してLOとか、そんなものは読んでいない。絶対だ、絶対。
一方通行の読むものにそこまでのこだわりはない。
彼のキャラ的に
『ハッ、くっだらねェ。学園都市第一位に少女マンガ読んで泣けってかァ?あぎゃは!!』
等と言いそうだがそれはちょっと違ったりする。
厳密には何でもいいのであって、どうでもいいのではない。
今まで切り捨ててきたものへの興味のベクトルがあらゆる方へ向いているから、何を読んでも興味深く読み込んでしまうのだ。
一方通行は空になったマグカップを手に取りキッチンに行く。
洗い場に置かれた青いマグカップ、一体いつから置かれていたのか、いつの間に置いていったのか。
手に取り、そこに何かが書かれているかを読み取ろうとするように紅の瞳がじっと眺める。
暫くしてから、ケトルを手に取りミネラルウォーターを注いでいく。
火を付け、フィルターとドリッパーを用意する。
冷蔵庫から豆の缶を取り出すと、一掬いフィルターに入れる。
「………」
再び冷蔵庫を開ける。
ミルクを取り出し、鍋に入れると火を掛ける。
さて、砂糖の入った瓶は何処だっただろうか。
一方通行は『らしくない』ことを自覚しながら戸棚を漁る。
グラニュー糖で良かっただろうか、ダイエットシュガーもあることはあるが、いや、そんな事にまで気を遣うなど馬鹿馬鹿しいか。
つまらぬ葛藤をしている間にすっかり熱したミルクを青いカップに半分程注ぐ。
ドリッパーには濃い目の珈琲を淹れ、雫がコーヒーサーバーに落ちるのを眺める。
自分がこのような静かな時間を過ごしていることが、急におかしなことに思えた。
ゆっくりと半分がミルクで満たされたカップに珈琲を注いでいると足音が聞こえた。
一方通行の視線はカップに向けられたまま、猫が物音に反応して耳だけを動かすように、ぴくりと片眉が動く。
鍵穴にキーを差し込む音がする。そこから暫しの沈黙。
『あれ~?』
間の抜けた声にやれやれと溜息を吐く。
あれ~じゃねェっての、と呟きながらグラニュー糖をひとさじ、ふたさじと入れていく。
阿呆みたいに警戒心の無い足音の時点で誰の足音かなどわかるのだが。
ガチャリとドアを開ける音、パタパタと玄関から近づいてくるのは打ち止めに少し似た落ち着きの無い慌ただしさ。
「今日は早かったんですね」
買い物袋をガサガサと音を立てながら佐天涙子が真っ赤な頬っぺたで微笑む。
寒い中を走ってきたのか、息が弾んでいる。
「ガキかァ…ッたく」
珈琲セットを片付け終えた一方通行が椅子に腰掛けたまま佐天に呆れたような一瞥をくれる。
夕食の材料とあれこれと取り出す佐天の姿をぼんやりと眺める。
てきぱきとした手付きで必要な食材を冷蔵庫に入れ、使う食材だけを並べていく。
「我が物顔よくもまァ頼まれてもいねェ飯作りに来るわ……モノ好きなやつ」
そうは言ってもお金をきっちり渡しているのは、一方通行が元々律儀な性格であるからだろうか。
「あ、何飲んでるんですか?」
あれ?と佐天は青いカップが一方通行の前に置かれていることに気付く。
いつもなら確か白いカップを使っていたはずだがと不思議そうにコートを脱ぎハンガーに掛けていると、フンと不機嫌そうに一方通行がそっぽを向く。
「俺のじゃねェよ。飲みたきゃ飲め。いらねェなら捨てろ」
「え?」
思わず佐天は一方通行とカップを見比べてしまった。
「え?」
「チッ……鬱陶しいんだよクソガキ。じろじろ見んな。ンなに珍しいンですかァァ?笑いたきゃ笑え。
どうせ暇つぶしに淹れただけなんだ。泥水の方がマシかもなァ、かかか」
憎まれ口、本当によくもまぁここまですぐに憎まれ口が叩けるものだなと佐天は呆れる。
一方通行の対面に座ると、青いカップを手にする。
くすりと、笑みが零れてしまった。一方通行が剣呑極まりない視線を投げてよこすが、どうにも決まらない。
散々羨んだキメが細かく、雪のように白い肌はこのような時に不便だ。
佐天の目の前には、耳まで赤くなった一方通行の不機嫌な横顔がある。
一口飲んでから、感嘆の溜息が漏れる。
「美味しい…」
心からの言葉だった。
「そォかい。そいつァよかったなァ」
どうでもいいとばかりにそっけない言葉を返すが、赤い顔では格好がつかない。
佐天はもう一度、くすりと笑みを零した。
わかっていたはずだ。
とっくにわかっていて、そして諦めたはずだった。
何を今更気にする必要があるのだろうか。
それはとうに乗り越えたはずじゃないのか。
去年、救いようのない過ちを犯してしまった夏。
もう少しで大切なものを失ってしまうところだった。
そして、大切なものをたくさん手に入れることが出来たはずだったのだ。
掛け替えの無い仲間たちと駆け抜けた夏の日。
あの思い出があるから自分は前を向いて歩いていけるのだ。
「涙子~どうだった~?」
「ううん~やっぱ駄目駄目だぁ~」
「私もだよ。まぁわかっちゃいたんだけどね」
「先生ってばもう慰めすら掛けてこないんだもん、嫌んなっちゃうよね」
「ほらほら、落ち込んでないでさ。それよりもお昼で終わりなんだからどっか遊びに行こうよ」
「涙子ってばホント変わったよね~」
そうだ、自分は変わったはずなのだ。
そのようなものに惑わされたりなどしない。
自分は自分なのだ。
『レベルなんて関係ないよ』
そうだ。そう彼女も言っていたじゃないか、『レベル0もレベル5も関係ないよ』と。
「でもさぁ、最近先生お決まりの台詞言わなくなったよね」
「ああ、そうだよね」
「お決まりの台詞?」
「ほら、『常盤台の御坂美琴さんも元はレベル1だったのを努力でレベル5になったんだ。だから皆さんも努力次第で云々かんぬん』て」
そう、その言葉を掛けてくれたのは『レベル5の』彼女だったではないか。
レベルなんて関係ないからこそレベル0の自分とレベル5の彼女は友達になれたのだ。
「そういや噂なんだけどさぁ。本当はレベル5になれる人間ってあらかじめ決まってるって、
DNAマップでわかるらしいよ」
「―――― え?」
今、彼女は何と言ったのだろうか。
「だから、御坂美琴はレベル5になれるからなれたっていうわけ」
「げぇぇ~~何それ~~じゃあカリキュラムって意味ないじゃん」
「結局0には何かけても0かぁ~~やってらんな~~い」
それじゃあ、一体自分は何をやってきたというのだ。
何のために“あんなもの”にまで手を出して、皆に迷惑を掛けてしまったというのだろうか。
最初から知っていれば。いや、そもそも、それでは何の為に此処にいるのだ。
レベルなんて関係ない?それを言うのか、彼女が。
「ま、いいじゃん。それよか遊びに行こうって、ね、涙子…てお~~い涙子?」
「あ、何?」
「何?じゃないよ。ボーッとして。今から遊びに行くんでしょ」
「うん、ゴメンゴメン。何処行こうかなって考えててさ~」
関係ないと、彼女が言うのか。
持つ者の彼女が、ニコニコと笑って。
佐天は自分が上手く笑えているのかわからなかった。
すっかり街は夜の空気を漂わせ、街灯やコンビニの灯りが街の輪郭を浮かび上がらせている。
「すいません。わざわざ送ってもらっちゃって」
「今更だなァ。そう言うならもっと早く帰ろうって思わねェのか?いつもいつも飯食って行きやがって」
「えへへへへ~」
ぺろりと舌を出す佐天に、一方通行は何も言わずに溜め息を吐く。二人は肩を並べて歩く。杖を付く一方通行の歩調に佐天が合わせる。
月を見上げながら佐天はぽつりとつぶやいた。
「ねぇ、一方通行さん。第一位って…どんな気持ちですか?」
一方通行は僅かに目を見開く。
向けられた質問にではない。
その質問自体はいつか向けられると思っていた。彼女は無能力者であるのだから。
一方通行が驚きに言葉を失ったのは、彼女の声。
いつもの佐天の声とは思えないほどに悲痛な声にだ。
知り合ってまだ二週間にもならないが、いつも笑い、驚き、明るい彼女は、一方通行からすればひまわりのような少女だ。
「……さァな。俺ァ超電磁砲とは違う。最初から一位だった。
だから達成感だとか、努力の秘訣だとか聞かれてもわかンねェ」
そォいう話しなら超電磁砲に聞けと、噛み締めるように呟いた。
自分に彼女を励ます気の利いた言葉が吐けるとは思っていなかった。
しかし、佐天はゆっくりと首を振る。
「御坂さんは能力なんて関係ないって言ってました。友達もみんなそう言ってます」
御坂美琴ならそう言うだろう。そういう少女だ。
「今日、能力測定があったんですよ。結果は相変わらずです。わかってたんですよ。それくらい」
けど、やっぱり悔しい。
消え入りそうな声でつぶやく。
一方通行は言葉を見つけあぐねる。
何となくだが、この少女の胸につかえていることの根本が見えた気がした。
御坂美琴ではその根本を理解しきることができないということもわかった。
「着いたぞ」
「あ…」
何時の間にという佐天の呟きを聞かぬフリをする。
自分にどうしろというのだ、という苛立ちがあった。
佐天の部屋のドアが目の前にある。思わず答えを委ねるように一方通行を振り返る。
佐天の目に映ったのは、自分に背を向ける一方通行の姿。
華奢な一方通行の背を見た瞬間、佐天は思わぬ衝動に突き動かされた。
背を向けた一方通行の裾を握ったのは反射的なものだった。
「不意打ちが上手ェなァ…お前は」
「待ってください。待って…」
裾を握り締める手が震えていることに、気付かぬフリをする。
溜息がひとつ零れた。
「俺に話してどォすんだ。どォして欲しいンだ?」
「………」
佐天がぎゅうっと裾を握る力を強める。
鬱陶しい、そう思っているのは本当なのに。
けれども一方通行はその手を不思議と振りほどく気になれなかった。
らしくも無い己の感情に戸惑うのは果たして何度目だろうか。
沈黙が、針のように降り注ぐ。頬が、首が、肌という肌が痛い。
耳鳴りがする。まるでこの沈黙を拒否しようと呻いているようだ。
その不思議な痛みが、大切に思っている人を、心ならずも傷つけようとすることから来る『罪悪感』であると、一方通行にはわからない。
「………そうですよね」
それは押し潰される寸前の悲鳴のような呟きだった。
今にも消えて無くなってしまいそうな、か細い泣き声だ。
「一方通行さんにはわからないですよね………私の気持ちなんて」
「あァ…?」
それは能力の事だけを指した言葉ではなかった。
普段可愛らしいとさえ思っている彼の鈍感さが、この上なく憎かった。
気にも留めない、留めてくれないこの少年が恨めしかった。
心の奥底に押し込めてきていたコンプレックスが、まとめて目の前の一人の男に向けて噴出そうとしているのを、
何処か冷めた頭で佐天は眺めていた。
「レベルなんて関係ない……よく言うよ。そんなもの、自分には有るから言える言葉なのに。
特別だから、特別なんてどうでもいいなんて言えちゃうんだ。
そんなの…そんな言葉言われても…喜べないよ……全然、全然嬉しくなんて……ない…」
握った裾に力が篭る。
少女の手を振りほどくことなく、少年はじっと言葉を受け止める。
少女の足元に小さなシミが浮かんでいることに気付かぬフリをしながら、一方通行は佐天涙子の言葉を待つ。
「そんな風に、無神経に気を遣って欲しくない……同情されても嬉しくない…ッ」
顔を上げた佐天涙子の大きな瞳には、透き通るような泪が湖面のように満ちていた。
月灯りを浴びて、小さな結晶の輝きのように光る雫が、顔を上げた拍子に零れる。
佐天の足元のシミが増える。
「見下した優しい言葉なんて ――― いらなかったッ!!!」
パタパタと零れ落ちる滴が、月色に彼女の瞳の淵を、頬を飾る。
赤く染まる頬の上を澄んだ泪の道が走る。
一方通行は不覚にも、僅かに息を呑む。
綺麗だ、言葉に現すとすれば、一方通行のその時の心情はその一言に言い尽くせる。
頬を赤くして、苦しげに眉を寄せて、潤んだ瞳は月明かりを浴びてぞくりとするような色気を放っている。
頬を伝うひとつひとつに佐天の思いが込められているように思えた。
「俺にはわからねェって言っただろう。無能力者の気持ちなんざァよ」
結局一方通行が向けることの出来る言葉はこれだけだった。
その言葉が少年の口から出た瞬間の佐天の表情を何と表現すればよいのだろうか。
わかっていたことだと納得、諦めの表情の中に、隠しきれない落胆と失望。
そして、裏切られた、堪えきれない哀しみがあった。
信じていた者、縋っていた者、期待していた者に、伸ばしたその手を払われた者の浮かべる表情の色。
それは一言で言ってしまえば『絶望』という色だ。
しかし、絶望の色に染まりきる前に、佐天の熱で赤くなった頬を白い手が覆った。
細長い指が佐天の目尻の泪を拭う。
「けどなァ…」
自分のしているおかしな、珍妙な、不可思議な振る舞いについてのツッコミを後に、一方通行は言葉を自分の中から探る。
引っ繰り返して、何か出てこないか振ってみる。
何が彼女にとって最適な言葉であるのかなどわからない。
自分はあの真っ直ぐな電撃姫でもなければ、目を覚ますような痛烈な言葉をぶつける幻想殺しの少年でもないのだ。
ただの語るに及ばぬ悪党。
だから、この少女の目の前に広がる霧の存在を察知することは出来ても、晴らしてやることなどできようか。
そう、少なくとも一方通行は思っている。思い込んでいる。
だから、これは、単なる気まぐれだ。優しさなんかじゃ決して無い。
愚図る幼児を、下手にこれ以上騒がれたら面倒くさいからあやすようなものだ。それ以外であろうはずもない。
「お前にもわかんねぇよ。俺の、俺達の気持ちなんざよォ……」
「え…?」
不意に頭を撫でられた。
白く細長い指が絹のような髪を梳くように、優しく、柔らかに撫でる。
とくんと胸の奥が悦びに痛む。
「あァ……きっとわかンねェよ。俺がどんだけお前に かをなァ」
聞き取れぬほどに小さく絞られた言葉に、佐天は何かを擽られたように過敏に反応した。
呟いた彼の唇が余りにも優しい曲線を描いていたせいなのかもしれない。
俯けていた顔を上げようとすると、乱暴に撫でられる。佐天の行動を見越していた一方通行の方が上手だった。
くしゃくしゃと、乱暴に、そして優しさを多分に含んだ撫で方が、彼が打ち止めにしてやるのに似ていた。
もっとも、それを佐天が知ろうはずもない。
「じゃあな。くだらねェ話はしまいだ。ガキは夜更かししねェでさっさと寝ろよ」
かかか、と意地悪く笑うと、一方通行は今度こそ踵を返し、階段を降りていく。
佐天は裾を掴んでいた手を、そっと一方通行の撫でてくれた場所にあてる。まだ温もりが残っているように感じた。
愚痴ぐらい言わせてくれてもいいのに。相談にくらい乗ってくれてもいいのに。アドバイスの一つくらいくれたらいいのに。
言ってやりたい不平不満は山ほどある。山ほどあったのだ。
それなのに、佐天に出来ることは、彼の放った言葉を反芻するに留まる。
口からは悪態の一つも出てこない。
冬の夜風を浴びても、尚一向に引く気配を見せない頬の熱に戸惑うことすら忘れて、
佐天は一方通行の去っていった方向をただ立ち尽くし、見つめていることしか出来なかった。
世話になっている黄泉川家、その一室に番外個体は間借りしている。
一方通行に借りを作ることなど真っ平ゴメンだとばかりに噛み付いたものの、『打ち止めを守るためには側にいた方が楽だろォ』という言葉に渋々従うことになった。
学園都市を始めとしたあらゆる闇から守れという彼の依頼を引き受けてしまった手前もある。
約束を反故にすることに抵抗があるあたり、番外個体もまた御坂美琴の律儀さ、真面目さを根本では受け継いでいるのかもしれない。
「だからぁ、何でミサカがあのバカん家に行くのは全部あのバカを殺す為なんだっての!!」
ベッドに寝転がりながら、宙に視線を向けたまま声を荒げる少女こそが、この部屋の主である番外個体。
下着姿にワイシャツ一枚という、はしたない格好でゴロゴロとベッドを転がる。
腕の中には目つきの悪いウサギの人形。
部屋を見渡せば所狭しと並ぶぬいぐるみの数々。
枕元には三頭身の可愛らしくデフォルメされた人形が四人仲良く座っている。
右から順に
一方クン(ウルトラマン)
一方クン(ダダ)
一方クン(冬)
一方クン(黒翼)
となっている。学園都市でも話題の三頭身のぬいぐるみである。
ちなみに芳川桔梗プロデュース。ネットオークションで高値で取引されている要因は製造数の少なさ。
一方クンは一番人気の上条クンに次ぐキャラクターである。
一番人気の上条クンは最低一万個売れると予想していた為、製造数を多めに作っておいたのに対して、一方クンはコアな人気だと当初芳川は踏んでいた。
蓋を開けて見れば予約が速攻で5000越え。上条クンを購入してくれたそっくりな顔をした一万人の女子中学生達の三割が一方クンの購入に走ったのが要因である。
これについて、芳川Pは『まさか、数字が後半になるにつれて一方派の割合が増えるなんてね。興味深いわ』とコメントをしている。
「はぁ!?何で抜け駆けなんだよ。意味わかんねぇっての。つーかさ、何度同じこと言わせるんだよ糞姉共が」
忌々しげに番外個体が舌打ちるする。
端から見れば独り言をぶつぶつ言っている危ない少女にしか見えないのだが、彼女は立派に会話をしている最中だ。
会話の相手は彼女にしか見えない妖精さんだったりキューピット様であったり、スタンドでもない。
ミサカネットワーク、シスターズ同士の脳波によるネットワークによって、遠く離れた姉達と彼女は会話をしているのだ。
このままでは埒が明かないので、彼女達の会話を覗いてみることにしよう。
『出たーー!!ミサワさんの48の殺人技の一つ、『殺す殺す詐欺』だーーー!!
とミサカはいい加減マンネリと化してきた番外個体の口癖をディスってみます』
『大体、殺す事とセロリのヤツに飯作ってやることに何の関係があるんだよ。いい加減通い妻だって認めちまえよww』
「ちっげーし。あんなロリコンどうでもいいし。興味ねーっていうか、寧ろ目障りなくらいだし。
野菜嫌いのバカセロリに嫌がらせするために決まってるって言ってんだろう!!」
『その為に料理本に幾ら使ってるんだか…とミサカは試食に付き合わされて体重が3キロ増えた悪夢の日々を思い出し涙します』
『その挙句に、JCお持ち帰りしてきたセロリ見て泣きながら帰るし。
『ちょw修w羅w場w』ってwktkしながら全裸待機してたミサカの時間を返せww』
「泣いてねーし。あのモヤシが中学生どうしようが知らねーよ。大体どうしてミサカが泣かないといけねーんだよ」
『そう言いながらもメソメソ引きこもっている番外個体なのであった』
『wwwww』
『wwwww』
『wwwww』
『wwwww』
脳内で示し合わせたように広がる哄笑に、番外個体のこめかみがビキィと悲鳴を上げる。
噛みあわせた奥歯が軋みを上げる。
そして、頬、耳、首が見事に真っ赤に染まる。
怒りと屈辱と、羞恥にぬいぐるみを抱きしめた腕に力を込める。
「メソメソしてないんだっての!!全然平気だし。あんな糞モヤシのことでミサカがウジウジ悩むこと自体ありえねぇから。
明日にでもあのバカん家襲撃かけて嫌がらせしてやるつもりだし。
あの中坊がいたらセロリ確定だねって弄り倒してやんよ。ぐげげげげけけけけ」
口元を歪に歪めると、挑発するように厭らしい笑い声を上げる番外個体。
端から見ると怖い光景であるが、それはこの際どうでもいいことだ。
((((一番お姉さまの負の面を再現しちゃってるよコイツ))))
何人もの妹達の溜息がミサカネットワークに木霊する。
ミサカネットワークの接続を切ると、番外個体はせいせいしたと鼻を鳴らす。
そうだ、あの憎くて憎くてしょうがないムカつく糞野郎に何の遠慮が必要だろうか。
深夜だろうと早朝だろうと、襲撃をかけてやろう。
そうだ、あの馬鹿の意思など関係ない。必要ない。
あの気に入らない第一位が嫌がる顔、困った顔をするのが自分の存在意義にして、一番の楽しみなのだ。
一方通行の呆れたような、困ったような、番外個体にだけ向けられる表情を思い出すと、
知らず知らずに頬が緩む。
「よっと」
しなやかな脚を上げ、スプリングを軋ませて勢いよくベッドから跳ね起きる。
立ち上がった拍子にきゅぅと小動物の鳴き声のような可愛らしい音がお腹からする。
あの日以来食欲が何故か湧かなかった為碌に食べていないのを思い出した。
そうと決まればまずは食事だ。
ふと鏡を覗き込むと、ボサボサの髪に、一層濃くなった隈。
何よりも日の光を浴びず、食事も碌に摂っていなかったせいか顔色が悪い。
唯一の救いは肌が荒れていないことだろうか。若さのおかげと言えよう。
しかし、それを差し引いても無惨な顔だ。年頃の娘の顔ではない。
こんな顔をぶら下げて一方通行に会うのか、とふと考える。
「……食事したらお風呂だね。そう、あの糞っタレの中二もやしをいたぶりに行くんだから。
その為にはしっかり栄養取ってリフレッシュしておかないとね。うん、それだけそれだけ。
それ以外ありえねーし」
ブツブツ言いながら枝毛が無いかチェックをする。
枝毛が無いことに、うん、と何に対してか頷くとリビングへ足を運ぶ。
「ねーヨシカワ~~何か食べるもの無い~ミサカお腹空いちゃっ…… ――― た……?…」
「よォ。こンな時間まで寝てるなンざァ、いい身分だなァ」
テーブルで芳川桔梗と向かい合っているのは、先ほどまで話題の中心になっていた学園都市最強の真っ白しろすけ。
芳川は淹れたてであろうコーヒーを一方通行の前に置こうとしている。
番外個体は一方通行の姿を、一週間ぶりの姿をまじまじと見る。
顔色が良い。自分がいない間の食事はどうにかしていたのだろうか。
というか何を暢気に茶をしばいてやがる糞野郎。
大体誰のせいでミサカがずっとブルーだったと思ってるンだ。
少しは申し訳無さそうにしろよ、マジ屑男だな。
言いたい文句、罵詈雑言が浮かんではシャボン玉のように消えていく。
「しかしよォ。お前寒くねェのか?この冬にンな格好曝してよォ」
眉を顰める一方通行の視線を番外個体はゆっくりと追って行く。
シャツのボタンを殆ど留めずにおいた胸元からは薄水色のブラ。
胸元からはくっきりはっきりとした谷間がこんにちは。
姉とは似ても似つかぬ、妹達の血涙交じりの嫉妬を一身に浴びる困ったちゃんなバストがデンと存在を主張している。
引き締まったウエストには可愛らしいおへそがちょこんと収まっている。
そして、薄水色のブラとお揃いの薄水色のパンツと、そこからすらりと伸びた優美なラインを誇る脚。
ようやく番外個体は自分の格好を把握した。
そして、一方通行がそれを見ているという現状も把握する。
「死ね!!糞助平モヤシ野郎!!!!」
「ぶふッ!?」
気付けば憤怒と羞恥に真っ赤に顔を染めた番外個体は手にしていたぬいぐるみを全力で一方通行にぶつけていた。
佐天涙子はパスタの陳列棚の前でパスタを手にしたままぼんやりとしていた。
一方通行と会わなくなって一週間が経つ。
一方通行に弱音を吐いた夜。彼が呟いた言葉が耳から離れない。
翌日は食事の用意だけして一方通行には会わずに帰った。
会うことに抵抗があった。一方通行に特別な非があるわけではない。
気まずいと勝手に佐天が思っているだけだ。一方通行に食事を作ることに抵抗はない。
元々面倒見の良いだけに放っておけば肉ばかり食べる一方通行の食生活は心配になる。
初春に話したこともあったが、一方通行を見ていると、佐天は無性に胸が痛くなることがある。
肩肘を張っている姿がどこか痛ましく思えることがある。
あの儚げな背中に、母性本能が擽られることがある。
けれども、三日前、帰りが早かった一方通行と鉢合わせてしまった時、佐天は逃げ出した。
自分を見て、一瞬の躊躇の後、唇が動くのを最後まで見ることなく、脱兎のごとく彼の前から走り去った。おかしな女の子だと思われただろう。
思えば第一印象からそうだったのかもしれない。
訳の分からない面倒くさい子供。そう思っているにちがいない。
パスタを棚に戻す。
「……止めよ。行きづらい」
期間を開ければ開ける程行き辛くなるのはわかっている。
それでもどうしても一方通行の顔が見られない。
自分に向けた優しい笑み。
自分を撫でてくれた手の温もり。
そして、自分にくれたあの言葉。
彼がなにを思って言ったのかはわからないが、甘くて少し掠れた声を思い出す度に何故か頬が熱くなる。
今日の買い物はやめにしよう、そう無理矢理結論付ける。
佐天は考えごとをするあまり、俯きがちに振り返る。
「きゃッ」
ドンという衝撃とバサバサと本が落ちる音。
「あ、あの、ごめんなさい。私考えごとしてて」
謝りながら、慌てて相手の落としたであろう本を拾っていく。
「いえ、私の方こそよそ見してたから」
ぶつかってしまったのはよくよく見れば佐天とあまり年の変わらぬ少女だった。
細いラインに、グラマラスな身体。
髪を二つに結んだ少女は、一つか二つくらい年上だろうか。
整った顔立ちは、子供っぽさが抜けつつあり、可愛いというよりも綺麗と称されるものだ。自分には無い大人っぽさに目を奪われる。
(うわ、綺麗な人……大人っぽ…)
こんなに大人っぽいならば一方通行に子供扱いなどされないだろうに。
自然とそんなことを考えてしまうあたり重症であるが、佐天に自覚はない。
佐天は拾い上げた本を整える。自然と表紙が目に留まった。
「お料理好きなんですね?」
「え?」
「あ、ごめんなさい。いっぱい料理の本買ってるなって思って、つい」
少女は手渡された本を受け取ると、困ったように眉間に皺を寄せる。
「まだ好きって言えるレベルじゃないんだけどね。目下練習中っていうところ」
「ああ、だからそんなにいっぱい買い込んでるんですか」
カートに乗せられた二つの買い物かごに目が行く。
一人分の食料には見えない。
「って私、いきなり会ったばかりなのに何立ち入ったこと言ってるんだか。気を悪くさせちゃったらごめんなさい」
「ううん、いいのよ。そういう貴女も買い物かしら?見たところ何もまだ買ってないみたいだけど」
少女の目線の先には空の佐天のかご。
「あはは、冷蔵庫の残り物でまだまだいけるなぁ~って気づいちゃって。今野菜高いし節約しないと」
本当は習慣と一方通行に食事を作りに行くつもりで来ていただけなのが、それを初対面のこの少女に話しても意味が無い。
少女は、佐天の言葉に少しだけ驚いた顔をする。何をそんなに驚いているのだろうかと首を傾げる。
「貴女って見たところ中学生みたいだけど、残り物とか作って料理出来ちゃう人?」
「え、ええ。まぁ」
「もしかして、料理得意だったりする?」
「得意かぁ…そうですね。一通りは作れますよ~」
事も無げに放った言葉は少女にとっては衝撃であったのか、口元ひくつかせる。
「一通りは…って、あっさり?そんな当然のスキルなの?」
自分で呟いた言葉にダメージを受けたのか肩を落とす。
「そっか~……そうね、貴女いかにも家庭的っぽいものね。料理なんて簡単なんだろうね」
「えっと、どうかしたんですか?」
「…気にしないで。ちょっと自己嫌悪に陥ってただけだから。野菜炒めすらまともに作れないだけだから」
気にするなという方が無理な話だと言いたくなるほどにわかりやすくしゅんと項垂れる少女。
なにやらナーバスになるような切実な問題であったのだろう。佐天は急激に罪悪感に駆られる。
自分よりも大人びた少女が子猫のように項垂れる様は、一層痛ましい。こうなってしまっては、放っておけない。
佐天の世話焼き属性がムクムクと頭を擡げる。
「あぁ、あのですね。いきなりかもしれないけど、もしですよ?もし、よかったら何ですけど私で良かったら聞きましょうか?もしかしたらお役に立てるかもしれないし」
「役にって…料理の?」
佐天はにっこりと笑い、頷く。
「人の経験談って案外参考になるんですよ。ちょっとした失敗を直すだけで料理って結構味とか変わってきますし」
少女の瞳が驚きに丸くなる。
「いいの?本当に」
「ハイ、お姉さんが宜しければ。私も……ちょっと予定が無くなっちゃってて。だから全然オッケーですよ。あ、私、佐天涙子っていいます」
期待を瞳に秘め、少女がおそるおそる伺う。これではどちらが年上かわからないなと佐天は苦笑する。
「そっか。私も用事済んじゃったから大丈夫だよ。私は結標。結標淡希。よろしくね、佐天さん」
二つ結びの少女 ――― 結標淡希は何か慣れぬ事をするように頬を染めて、微笑む。
美人は笑うと更に美人なのだなと、佐天は感心と共に内心羨望の念を抱いた。
「恥じらいを持つなンざァ…アイツもなンだかンだ言って成長してやがンだなァ……」
顔を真っ赤にした番外個体は荒々しくリビングを後にする。
彼女の出て行った方を見つめながら、しみじみと、感慨深げに呟いた一方通行に噴出す。
「なンだよ?」
「それ父親の台詞よ丸っきり」
「いいだろォが別に」
打ち止めだけではない。
番外個体、そして他の妹達は彼にとって守るべき家族である。
完全な庇護すべき対象として見る姿勢は兄というよりも父親。だからこそ、彼女達から向けられる暴言も受け止められるのかもしれない。
さながら思春期の娘を持った父親。
どれだけ暴言を吐かれようと邪険に扱われようと、娘を守ることを放棄する父親が居ないことに似ているのかもしれない。
「ま、それはいいとして。なるほどね…」
芳川桔梗が一方通行の前に彼専用のカップを置く。熱々の湯気が立ち上るカップを手にすると、一口だけ飲む。
安っぽく、舌にべとつく苦味。
インスタントの味に顔を顰める。すっかり自分が佐天の淹れる珈琲に慣れ親しんでいることに気付く。
その事を考えぬよう舌に絡まるべとつきを気にしながらコーヒーをもう一度口にする。
くすりと芳川が小さく笑う。
「まさか貴方が無能力者の娘と仲良くなるなんて」
じろりと睨まれても、涼しい顔で芳川は自分のカップを傾ける。
舌打ちをすると、一方通行は顔を伏せる。
「仲良くなざァねェ。あのガキが勝手に入り浸っていやがっただけだ」
吐き捨てるように呟くと、コーヒーを一気に飲み干す。
熱くないのかしらなどと、気の抜けたことを思いつつ芳川は口を尖らせる一方通行を微笑ましく見る。
彼は気付いているのだろうか。
自分や黄泉川の前でだけは子供じみた仕草をすることを。
生い立ちが生い立ちだけに、それをおかしいとは思わない。
「その割には随分と元気がないのね。フラれた男みたいよ?それとも女房に逃げられた駄目亭主かしら」
くすくすと薄い唇に笑みを浮かべる。
舌打ちをするだけで何も言い返さない一方通行に、おや、と芳川は眠たげな瞳を僅かに見開く。
罵声、毒舌、挑発、憎まれ口、彼がその形の良い口から吐き出す言葉は悉くが碌なものでない。
それが誤解を招き、誤解が不和を呼ぶ。
彼を人から孤立させる要因であり、彼の望みでもある。
その言葉の裏の真意に、彼の性根に気付けるものにとっては精一杯虚勢を張っている子供にしか見えず可愛いのだが。
「で、能力の無いことへの苦悩をそっけなく跳ね除けたことに後悔してるわけだ」
「してねェよ。ンなモンするかよ。わからねェもンはわからねェし、仮にわかってたって俺に言えるかよォ」
役目があンだろうが、と苛立ちを言葉に込める。
やれやれ、本当にこの少年は。
「優しいんだから」
「ああ゛ァ?」
剣呑な視線をそよ風のように受け流しながら芳川は苦笑を浮かべる。
「能力なんて関係無いなんて、そういう“無能力者を無意識に見下した能力者”が言うような言葉が
彼女にとって何の救いにもならないんだってわかってるんでしょう」
「 ――― 」
持つ者が持たざる者に『持つことなど大したことではない』と言うこと程残酷な言葉はない。
それが悪意ではなく、純粋な善意、友愛、親切から来る言葉であればあるほど、
言葉を向けられた者はそれを受け止めなければならない。
悪意であれば、悪意を持って跳ね返せるけれども、善意を跳ね返すことは出来ない。
それが互いに善良な心根を持つ者であれば尚更。
無邪気さ、正直さは時として何よりも残酷なものになる。
優しさが悪意よりも鋭い言葉となることもあるのだ。
それを自覚していれば、上手く受け流すことも出来ようが、たかだか14年の人生しか生きていない少女には出来ようハズもない。
持たざる者の持ってしまった者への無理解から来る純粋な憧憬、嫉妬という形によって、一方通行はそれを十分に理解出来る。
そして、それは一方通行という少年がそれだけ傷ついてきているということを意味する。
だからこそ、一方通行はかけるべき言葉にためらったのだ。
「でもね、一方通行」
芳川桔梗は、一方通行の心を本当の意味で沈めてしまっている理由を指摘する。
「貴方、本当はその子が欲しがってる言葉をわかってるんでしょう?」
「………なンの話だ」
「その子が欲しがってる言葉よ」
だからこそ口から零れてしまったのだろう。
『あァ…きっとわかンねェよ。俺がどんだけ かをなァ』
などと言う言葉が。
「何を躊躇う必要があるのかしら?きっと佐天という子も望んでいると思うわよ?その言葉」
そして、その『先』も。
「わかンねェよ…」
伏せた瞳を二、三瞬きさせる。一方通行の長く整った睫がふるふると揺れる。
そうか、要は怖いのだ。
自分の抱く感情を拒まれることがではない。
自分の抱く感情が分けがわからずに、混乱している現状そのものが。
それはまるで途方に暮れた子供のようだ。
抱きしめてあげようかしら。
芳川はらしくもない考えを抱く。
黄泉川が時折一方通行を抱きしめていたのを目にしていたが、なるほど、そうかと納得が行く。
学園都市最強のレベル5、裏世界を闊歩する最凶の化け物。暴君。
勝手にへばりついてきたこれらの肩書きは真実である一方で、欺瞞に満ちている。
彼が時折覗かせる幼さや脆さ、臆病さや危うさを知るとそのことがわかる。
そんな時、あの母性の強い親友は堪えられずに抱きしめるのだろう。
我が子を抱く母のように。
そして、一方通行は口では憎まれ口を言いながらも身を委ねるのだ。
10歳にも満たない打ち止めにすら母性を感じさせる程に、一方通行は脆く儚い。
「ま、それならそれでいいわ。わかるまで悩みなさい」
「はァ?」
「どうせ貴方のことだもの。私がこれはこうよって説明したって素直に聞かないでしょう?だったら答えがわかるまで精々悩みなさい」
学園都市最高の頭脳なんでしょう?と芳川はウインクをよこす。
悩んでいる自分が、その悩みを芳川に相談しようと足を運んでいたことが、その事にようやく気付いたことが一方通行は無性に馬鹿馬鹿しくなった。
「チッ…役に立たねェ保護者だなァ」
今日の投下は此処まで。
黄泉川ルートは少なくともこのお話には出てきません。
書こうと考えたら、ダイヤモンドヴァージンな黄泉川がひたすら一方通行にゴロゴロするだけの話しになりそうだったから。やんごとなきインモラルでね。
で、余談です。スルーして下さって結構です。
勝手な作者の脳内設定ですが、一方通行は芳川で筆下ろし済みです。こういうのを余計な一言と言うのでしょうね。それではおやすみなさい。
173:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/15(水) 22:59:26.10:cK5jpM20黄泉川ルートは少なくともこのお話には出てきません。
書こうと考えたら、ダイヤモンドヴァージンな黄泉川がひたすら一方通行にゴロゴロするだけの話しになりそうだったから。やんごとなきインモラルでね。
で、余談です。スルーして下さって結構です。
勝手な作者の脳内設定ですが、一方通行は芳川で筆下ろし済みです。こういうのを余計な一言と言うのでしょうね。それではおやすみなさい。
えっ
なっ、なれはじめとかは……?
174:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/15(水) 23:03:01.46:yWhf7A6Pなっ、なれはじめとかは……?
えっ
えっ
175:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/15(水) 23:05:02.18:.BQZ5ws0えっ
【審議中】
177:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/15(水) 23:22:54.96:AHSgXzgoいや、そこ大事。大事よ!!
178:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/15(水) 23:57:45.48:tz8odzg0うん? ……あれ?
あっれええぇぇぇぇぇ???!!!
183:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/16(木) 01:05:37.58:dXwhtUAOあっれええぇぇぇぇぇ???!!!
>>172
最後の最後に爆弾放り込みやがったな>>1ェ……
184:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/16(木) 02:34:53.22:7afUkyEo最後の最後に爆弾放り込みやがったな>>1ェ……
その脳内設定がよくわからないからもっと詳しく説明してくれ
1スレ分くらいの内容でな!
189:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/16(木) 16:31:49.47:9iCjdnQP1スレ分くらいの内容でな!
書けということで満場一致ですよ>>1さん書いてくださいよお願いしますよ
190:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/17(金) 04:25:35.80:sSKFqUU0初めて知る女の芳香に、一方通行は眩暈のようなものを覚える。
女は誰もがそうなのか、それとも芳川桔梗だからこうなのであろうか。
すん
誘蛾灯に誘われる蝶のように無意識に一方通行は芳川桔梗の首筋に鼻を寄せる。
自分を酔わそうとするこの果実のような香りが何処からするのかを探るように。
芳川の肌は触れる先から吸い付き、溶けるように熱い。まるで一方通行を捕らえるように彼女の肌全部が別の生き物のように絡みつく。
「く…」
思わず掠れた声が一方通行から零れる。
彼女の中に埋めた半身から電流のような刺激が一方通行から理性を削ぎ取っていく。
それでも、これが本能であるというように、一方通行の手は、舌は、唇は、動きを止めない。
白い骨ばった手が芳川の上を滑る。
「んんッ…」
芳川の抑えた口から、甘い疼きのような音色がぽつんと零れる。
彼女もまた余裕が無かったのだ。先天的なものなのか、相性の問題なのか。
芳川は初めてだという一方通行に徐々に翻弄され始めていることに戸惑う。
久しく味わっていなかった根源的な女としての悦びに、芳川桔梗の身体が戦慄き、喜びに震えていた。
「ア…一方通行…」
普段の彼女からは想像の出来ない甘ったれた声。一方通行の瞳に驚きと、嗜虐の光が灯る。
「なンだァ?らしくねェじゃねェか。芳川ァ…」
「くあ…ッ」
くくくと、虚勢交じりの笑い声が耳朶を擽る。同時に、より深く抉られた芳川は思わず身を反らせる。細い顎と、白くキメの細かい喉が露わになる。
かぷりと、悪戯心に誘われたかのように、一方通行の犬歯が、芳川の喉を甘噛みした。
芳川は一方通行の首にするりと腕を回すと、しがみつくように抱きしめる。
身体の奥、彼を迎え入れている自身の“中”からぶるりとした、余震のような痺れが彼女にそうさせた。
多くは無いものの、過去に識っている経験から芳川の身体は予感を覚えているのだ。
ちゅうっと、鬱血の痕を首筋に一方通行が刻む。
その痕をつぅーっと熱い舌がなぞる。
ぽたりと、雫が芳川の頬を伝う。
目尻から零れた彼女の涙と、彼女の上に乗る一方通行から落ちた彼の汗。
一瞬二人の瞳が交差した。
そして ―――
い、いや本番の話じゃなくて、モチロン本番も書いて欲しいんだけど……
こ、こう……そこに至った経緯とかさ、な?
194:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/17(金) 08:21:40.53:C9jbWVIoこ、こう……そこに至った経緯とかさ、な?
本番も大事だけどー!
大事だけどおおおおお!!!
…ふぅ
196:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/17(金) 10:31:11.52:aZhRO4Y0大事だけどおおおおお!!!
…ふぅ
お前ら注文多いなwww
あ、本篇も番外編も楽しみに待ってます
197:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/17(金) 22:07:47.25:jGEyvtAoあ、本篇も番外編も楽しみに待ってます
おつおつ
>>1、すごいな
安価でもないのに期待に応えるなんて
まあ、ともかくこれで『一方通行(アクセロリータ)』と呼ぶのは間違いだと証明されたわけだ
中学生に手を出すまでの話だがな!
200:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/18(土) 00:01:42.74:Ao8RpfQ0>>1、すごいな
安価でもないのに期待に応えるなんて
まあ、ともかくこれで『一方通行(アクセロリータ)』と呼ぶのは間違いだと証明されたわけだ
中学生に手を出すまでの話だがな!
「だって濃い味好きだって言ってたからさぁ」
「それで塩一掴みはやり過ぎですって。塩は基本最後にちょっと整える為の一つまみ、二つまみくらい入れるだけ。
それに煮物の味見は煮始めは薄いなぁって思うくらいで丁度いいんですよ」
というか味が薄いからと言って塩を一掴み。
豪快過ぎる。
見た目からして蓮っ葉な少女だとは思ったが料理まで何というか荒々しい。
まるで手掴みで取った魚を丸ごと焼いてそこに拳で砕いた岩塩を振りかけて『魚の塩焼きです』とでもほざきかねない。
そいつァ違うぜと、心の中だけでツッコミ。
佐天は結標の料理法に軽く腰が引けた。
「あと、濃い味としょっぱい味は違いますからね。醤油で安易に味付けしちゃうと結構失敗しちゃいますよ」
「え、ホント!?」
「一応聞きますけど…どんなくらい追加したんですか?」
「えっと……カップ2杯?」
おうふッ、と呻く。
コイツは予想以上のベイビーちゃんだぜと佐天は戦慄をもって結標を見る。
「身体壊しちゃいますよソレ。よくその人食べてくれましたね…っていうか平気でしたね。
醤油で味付けするんだったら少しずつ。
もっと安全パイで行くなら麺つゆとかおススメですよ?」
「ええ~麺つゆ?」
「ああ、今麺つゆディスりましたね。麺つゆ出来る子なのに。汎用性高いのに。
何でも使えますよ。元々あれ自体にかつおやら昆布やら使ってるから手っ取り早く
味にコクが出るし」
結標はふむふむとメモを取りながら頷く。
佐天は冷めかけていたカフェ・オレを飲む。
苦味と甘みが程ほどにあっているが、正直普通の味、無難な味というやつだ。
「なるほどね。佐天さんって凄いのね。
本当に料理が作れるんじゃなくて“出来る”のね」
「弟いますからね。子供って正直なんですよ。特に兄弟なんて言ったらもう遠慮なんて欠片もないくらい。
折角作ってやっても『不味い』だの『これ食べたくない』だの。もうホント、言いたい放題なんですから。
アンタこれ作るのにどんだけ手間掛かったかわかってるのか~~!!って頭叩きたくなっちゃう」
実際叩いちゃうんですけどね、と舌を出して笑う。
結標はそんな佐天を羨ましいなぁと思う。
「佐天さんは可愛いわね」
「え?いやぁ、照れちゃうな、結標さんみたいな綺麗な人にそう言われちゃうと。
あははは」
羨ましい。心から結標は思う。目の前の少女は、真っ当に“普通の女の子”をしている。
そのことが堪らなく羨ましい。
明るさと華やかさ。
可憐さと頼りなさ。
自分がこの目の前の少女のようであったら。
もし、そうであったならば、一方通行はどう思っただろうか。
「ホント…佐天さんみたいな可愛げがあったらなぁ…」
「ああ、そうすればもっと彼氏さんに大事にしてもらえるのににゃ~ん、っていうわけですね」
にんまりと笑う佐天の笑顔を前に、結標は自分が呟いた言葉にようやく気付く。
「いや、彼氏とかじゃないから、あんな奴!」
「あんな奴…ほうほう、片想いだと。
じゃあやっぱり料理を作ってあげてたのってお世話になってる保護者さんじゃなくてその人に」
「作ってあげたって言ってもホラ、毒見よ毒見。料理くらい上手じゃないとね、ホラ、女として?」
「女の子として見てもらいたいっていうことですよね、うんうん、わかりますよ」
「そ、そそ、そういうわけじゃなくて…」
「毒見なら自分ですればいいのに…」
「アイツに食べてもらわなきゃ意味ないじゃない!!」
「アイツってホラ、やっぱり意中のあんチクショウじゃないですか」
「だから違うんだってばぁ~~!!」
墓穴ってこういうことなのだろう。
墓穴を掘るまいとして、墓穴から目を逸らす為に他所に穴を掘る。
もぐら叩きの如く、墓穴だらけだ。佐天はさながらハンマー片手に出てくるあわきんモグラをぴこんちょと叩いていく図式。
佐天涙子、ゲーム得意です。(キリッ
スカート捲りスキルとイジリスキルに掛けて佐天涙子は一家言持ちだ。
チェシャ猫の如くしししししと笑う年下の少女に対して良い様にからかわれているあたり、
日常生活におけるコミュ力の決定的な差が現れる。
「でも…食べてくれる人がいると料理って楽しいし上達も早くなりますからねぇ」
テンション一転。佐天は瞳を伏せる。
スプーンでコーヒーをくるくるとかき回しながらポツリと佐天が呟く。
おやおやぁ?と結標淡希は佐天の言葉の端になんともいえないものを感じる。
言葉の響きがなぁんとなく『甘い』のだ。
もっとも、それを嗅ぎ付けることが出来るのは、結標 ――― あわきんにも同様のものがあるのだからこそだ。
だがその事にはツッコンではいけない。
ツッコメば林檎のように彼女は顔を赤くするだろう。
あ、もうとっくにそうだった。
「ふふぅ~ん。貴女にもそういう人がいるわけね」
「そうですね、確かに料理を食べさせてあげたいなぁっていう人、いますよ」
「貴女あっさりと恥ずかしげもなく…」
もうちょっとこう顔を赤面させて
『ち、ちち、違います!!そんな人なんて私には…もう!!イジワル!!』
みたいなリアクションを期待していただけに結標は肩透かしを食らう。
どもりまくりで照れまくりの自分は一体なんだというのだ。
中学生の方がもしかして大人じゃね?
あれ?私見た目お姉さんなのに経験値負けてね?
そんなことを思ったかどうかはわからぬが、結標の期待に反した素直な反応はカウンターのように結標を打ち据える。
「ところで“貴女にも”っていうことはやっぱり結標さんもそうなんじゃないですか。
認めちゃいましょうよ」
「はうッ!?」
今度はあわきんのターンかと思いきや、佐天はカウンターであわきんの柔らかいところを突く。
認識の外から打つパンチを人は究極のパンチというが、正に今のがそれである。
宮田君ばりのカウンター。
結標はとうとう観念したかのようにテーブルに突っ伏す。
耳まで真っ赤にしながら、潤んだ瞳を伏し目がちに泳ぐ。
呻くように
熱い吐息を吐くように
身体の中から、堪え切れない想いを解き放つようにぼそりと。
「そうよ…ええ、そうよ、そうなの、そうですよ。
どうせ好きですよぉだ」
頬を赤く染め、唇を尖らせる。
ピンクサラシでヘソ出し、肩出し、腋出しな上にミニスカ姿というとてつもねぇ格好をしていたオナゴとは思えない恥じ入りっぷりだ。
もっとも、今は冬のせいか自重しているが、おそらく冬でなくともしないだろう。
一度、あわきんは一方通行の前でポロリをしてしまった。
幸いだったのは一方通行しかいなかったことだろうか。
どちらにとって幸いかは推して知るべしだ。
とにもかくにも、サラシが取れたという事故が起こって以来、あわきんの露出は随分減った。
その際、あわきんをフォローしようとして一方通行が、
『あ…あァ…気にすンな。恥ずかしがるもンじゃねェよ。
えっとだ…おォ、寧ろ誇れるレベルだぜェ?
思わずむしゃぶりつきたくなっちまうくらいによォ』
などと言うとてつもねぇ発言をしたのだが、それは特に語る程でもなかろう。
『女の子をフォローするときは、とりあえず褒めるべし!!』(by浜面)
を間違った遵守の仕方をしてしまっただけなのだから。
「ようやく白状しましたね~うんうん人間素直が一番」
「貴女…よく恥ずかしげもなく言えるわよね」
佐天は白い頬朱に染めると、やわらかな笑みを浮かべる。
「そりゃあ恥ずかしいですよ私だって。でも否定しようにも否定出来る要素が薄いというか…う~ん」
「それは違うって自分にいいわけが出来ない?」
「言い訳…そう、言い訳ですね。上手い言い訳が見つからないっていうか、
誤魔化す材料がどれだけ探しても見つかんなくて…
もういっそ認めちゃった方が楽だなぁって」
佐天は小さくはにかむと、くるくると髪を指に絡めては解く。
彼女は彼女なりに照れているのだ。
如何せん、自分は聞き手が多いし、仲良しメンバーで集まる時は御坂美琴オンステージなのである。
正直、自分のこういう感情を人に話すのは慣れていない。
「認めちゃった方が楽かぁ…」
思うところがあるのか、結標は小さく吐息を吐く。
カランと乾いた音を立て、彼女のアイスティーの氷が溶ける。
「認めちゃったら認めちゃったらで、また今度は色々悩んじゃうんですけどね。
今までの自分の言動とか振り返って、あれ無しにならないかなとか」
特に初対面でノゲイラばりのタックルからガン泣きとか。
くんかくんかすーはーすーはーとか。
思い出すだけで床を転がりたくなる。
というか、自室では何度転がったことだろうか。
嬉しいことを思い出しては転がり、恥ずかしいことを思い出しては転がる。
最近の佐天さんの部屋では、顔を真っ赤にして枕を抱いたまま転がる彼女の姿が毎日のように見ることが出来るであろう。
「ああ、わかる。そういうのってすごく…」
ショタコン疑惑だけは晴らしたい。
ただ、小さい男の子が可愛いと思うだけで、決してやましい気持ちなど自分にはないのだと、知ってほしい。
「案外気にしてないかもしれないんですけどね。凄く鈍い人だから」
それはそれで困り者なのだが、佐天は憂鬱そうに溜息を吐く。
最近溜息が増えたと初春からよく言われる。
「ああ、貴女のところもそうなの?」
「そういう結標さんも?」
「うん。もうね、すっごく鈍感。しかもデリカシーが無いのよ!!」
苛立ちの籠もった声に興味を引かれたのか佐天が身を乗り出す。
「興味あるなぁ。どんな人なんですか?結標さんみたいな美人さんに
惚れられる人ってどんな人ですか?」
「惚れ…そうやって言葉にされると恥ずかしいんだけど」
「まぁまぁ、ここまで話した仲なんですから、とことん話しちゃいましょうよ!!」
「そうね…そうよね、恥ずかしがることもないものね」
「で、初めての出会いは?どういうのだったんですか?」
「……詳しくは言えないけど、ブン殴られた」
それも顔面真正面からだ。
「殴った!?女の子の顔を?最悪じゃないですか!!ってごめんなさい…」
「ううん、いいの。私も同感だし。まぁ、私が悪かったんだけどね」
「それでも女の子の顔殴るなんて酷いですよ!!男女平等パンチとかちゃんちゃらおかしいですってば」
「そうなのよね…私だって腹は立ったし。
最初はもう憎たらしいやら悔しいやら怖いやらで…
とにかく大嫌いな奴だったなぁ…」
思い出すのは、憎まれ口を叩いていた頃。
今もそれは変わらないが、決定的に違っていたのは心から憎く思っていたこと。
「でもそうじゃなくなったと?」
暫く考えて、はにかみながらも結標は頷く。
「きっかけは何かあったんですか?こう劇的な何かとか…」
「きっかけか…」
多分明確にこれというのは無い。
きっかけと言えるものに一応の心当たりが無いこともない。
しかし、それで恋に落ちたということはなかった。
「きっかけっていう程でもないんだけどね。ただ…」
「ただ?」
興味津々に瞳を輝かせた佐天にどう答えたものかと顎に手を当てる。
「見直すきっかけ…はあったかな」
一方通行がロシアから戻ってから、グループに入る仕事が極端に減った。
特に殺し関係の仕事が無くなったのが大きい。
暫くして、暗部に指示を下す者、学園都市上層部に大きな変化が起こったのだと知った。
土御門が調べた話しでは、一方通行が上層部に掛け合ったという。
交渉でも取引でも懇願でも妥協でもなく、上層部が一方通行に対して「何らか」の恐れを抱いているのだという。
それが何かはわからず、当の一方通行も何も語らなかった。
ただ、わかっていることは一つ。
彼が自分や自分達のような弱みを握られ、使い捨ての駒として消耗される者達を解放させたこと。
そして、それによってすべての闇を彼が引き受けることになったという事実である。
それを知ってから、結標は一方通行のことを目で追うことが増えた。
「へ~じゃあ、その人嫌な奴っていうわけじゃなかったんですね」
「ええ、そうね。寧ろ…」
優しい。
酷く不器用で乱暴だが、そうなのだろう。
「そういう佐天さんはどうなのよ?」
「私ですか。私はもうベッタベタですよ。不良に乱暴されそうになってたところを助けらたんです」
北斗の拳みたいなモヒカンに、と手でとさかを作っておどける。
実際、本当に見事なモヒカンだった。
しかし、おどけた態度とは裏腹に、佐天の顔は自慢する子供のように輝いている。
本当は聞いて欲しいことなのに、いざとなったら恥ずかしくて冗談めかしてしまう子供のように。
「それで一目惚れ?」
「ひとめ…ぼれ…なのかな」
「?」
意外にも煮えきらない答えに結標は首を傾げる。
「そ、そうだ。それで結標さんの好きな人って、いくつくらいなんですか?」
「うん、同じ年…かしらね。佐天さんは?」
はっきりと年齢を口にしないが、少なくとも高校生の年だ。
「私は年上ですね。三つ年上…かな。とってもカッコいいんですよ。
コワイケメンって感じですね」
人相は悪いが、一方通行は基本端正な顔立ちをしている。
威嚇するような態度を取らず、力を抜けば普通にイケメンだ。
「でも寝顔が凄く可愛いくて、キュンって胸に来ちゃいました」
一度佐天が料理をしている間に眠りこけていた時ことがあった。
普段の険が抜け、幼さすら漂わせるその寝顔は綺麗であり、
そして、息を呑む程にあどけなかった。
普段の彼が如何に肩肘を張って生きているのか。
周囲に対して強くあろう、強くみせようとしているのか。
それを思った時、胸の奥に言いようのない痛みが走った。
「そうよね、普段ツッパってる癖に寝顔可愛いとか反則よね」
「わかりますか?」
「うん、私も偶然見ちゃったことがあってね」
グループのアジトのソファで眠り込んでいる姿を見て思わず写メに撮ってしまったのは内緒の話しだ。
正直ずるいと思った。
もう少しだらしない間の抜けた寝顔だったり、歯ぎしりやイビキが酷ければ気にも留めなかったのに。
あれではまるで母親の帰りを待っている間に眠ってしまった子供だ。
「ああいうのって母性本能擽られますよね」
「そうよねー普段は凄く強気の癖に。っていうか寧ろ凶暴?」
「口調も乱暴で、素直じゃないっていうか天の邪鬼というか…」
「ああ、そうそう。そのくせこっちがシュンってなると結構焦ってフォローしてくるのよね」
「口べただから全然フォローになってないんですけどねぇ。年上の癖に妙に子供っぽいというか、すぐにムキになるし」
「男の子だから負けず嫌いなのよ基本」
「私なんて弟いるんですけど、たまに接し方同じ時ありますよ。
好きなおかず作ったら機嫌直っちゃうところとか一緒で」
「へぇ、そうなんだ」
「強くて頼もしい癖にそういうところが可愛いなって思っちゃうんですけどね」
「可愛いっていうのはあるわね。言うと怒るから言わないけど」
「男の人って可愛いって言葉に過敏に反応する人っていますよね」
「そういう人ばかりじゃないの?」
佐天は顔をしかめて首を振る。
「まっさか~女の母性本能に甘えようってわざとらしく可愛さアピってくる奴、結構いますよ?」
大概そういう男はキモいんですけど、如何も嫌そうに顔を歪める佐天に思わず結標は噴き出す。
「そういうのは気持ち悪いわね確かに」
可愛くない男の可愛さアピールほど気持ちの悪いものはない。
「可愛い人に限って自分は可愛いのとは無関係だぜっていう態度とってたりするんですから。
もう!!そういうところが可愛いんだってって、言いたくなっちゃう!」
「そういう人なの?危ないところを助けてくれた白馬の王子様みたいに聞こえたけれど?」
ぴくりと、佐天の肩が揺れた。
「王子様…か。最初はそう思ってたんですけどね。結標さん。結標さんは…レベルっていくつくらいですか?
もし良ければ教えて欲しいんですけど」
一瞬の間を置いて、結標はぽそっと答えた。
「………レベル4」
4という数字を佐天は口の中で転がす。
その数字に何か重要なものが秘められているかのように。
「私は0なんです。ようは無能力なんです」
「そう」
同情を込めるべきか、興味など全く無い風にするべきか。
迷った挙げ句、結標は素直な感情をひっそりと乗せることにした。
小さな憧憬を。
「最初は私舞い上がって、押し掛けちゃったんですよ。
カッコいい!!ヒーローだ!!って、王子様だって。
ミーハーな気持ちで。ただ、なんていうかちょっと違ったんですよ」
もちろん凄く強い人なんですよ?
そう前置きをして、佐天は言葉を一つ一つ、ひとかけらずつ手に取り眺めて確認するように舌に乗せていく。
「私にとって、あの人は憧れだったんです」
顔も知らない頃から。そう、「学園都市第一位」などと呼ばれている存在を知った時から。
一体この街の頂点に立った人が見る景色はどのようなものだろうか。
もし自分に学園都市最強の力が手に入ったら、そんな無意味なIFを何度思い浮かべたことだろうか。
「だから気づかなかった。本当はどんな人なのか…
会って話して、実際に向き合ってみるまで知らなかった」
あんなに寂しそうな背中をした人を初めて見た。
華奢で、薄くて、儚げな背中。
守ってあげたいと思わずにはいられない背中。
キッチンに立って、彼が珈琲を淹れている時に、ふと思うことがある。
その背中をぎゅうっと抱きしめてあげたらどんな顔をするだろうか。
「誰も私の気持ちなんてわかってくれないって、どこかでいじけてたんです」
御坂美琴にさえ、心の底で思っていた。
それを一方通行は見抜いていた。
そして彼が去り際に放った言葉がある。
「でも、私もわかろうとしてなかった。あの人の気持ちも」
寂しそうな、打ち明けたい言葉を飲み込んだ子供のような瞳でつぶやいた言葉。
「本当は強い以上に寂しい人。寂しがり屋で、甘えたがりなんだと思います。
それがわかっちゃってから正直、すごく困ってしまいました」
「それは…」
じっと佐天の言葉に耳を傾けていた結標が真っ直ぐに佐天を見る。
「幻滅した…ということ?」
佐天は困ったように首を振る。
頬を赤くしながら、指先でカップの縁をなぞる。
「逆です。憧れとか、浮ついた気持ちで。なんていうかノリが入ってたからあれだけどんどん近づけてたのに、
今ではもう…恥ずかしくて」
「本当に好きになっちゃったんだ?」
「おかしいですよね。会ってまだ一月もしてない相手に思い込んじゃって」
「そうかしら?」
結標は窓の外に視線を移す。
「落ちちゃうときは多分一瞬でしょ」
恋はするものではなく落ちるものだから。
使い古された陳腐な言葉だが、真理だと結標は思う。
落ちてしまうまでの時の長短など関係ない。
落ちてしまえば一緒だから。
そう、落ちてしまったら、もう観念するしかない。
「そうですかね」
「そうよ」
「そうですか」
「ええ」
奇妙な沈黙が降りた。
何というか、今日会ったばかりだというのに自分達はどうしてこんな話をしてしまっているのだろうか。
御坂はおろか、初春にもしていないというのに、佐天は不思議に思った。
それは結標も同じだったようで、二人は顔を見合わせた。
「そうですね」
「ええ、そうよ」
落ちてしまったのだから。
乙
あわきんに頑張ってほしいなぁ
しかしそれよりも芳川と一方通行の経緯を!SSじゃなくて設定だけでいいから抜くから!
222:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/18(土) 07:33:56.84:1cNKKiQ0あわきんに頑張ってほしいなぁ
しかしそれよりも芳川と一方通行の経緯を!SSじゃなくて設定だけでいいから抜くから!
やばい、この二人のガールズトーク可愛すぎる。
どうなるのかにゃー、思い人が同一人物って気づいたらどうなるのかにゃー。
229:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 19:44:56.55:E.z5.5g0どうなるのかにゃー、思い人が同一人物って気づいたらどうなるのかにゃー。
芳川ネタは妄想したら長くなりそうなので割愛。
イメージ的にはホルモンバランスが正常に戻ったら、今までの反動で持て余して(ナニとかね)困っていた一方さんを
興味34%、欲求不満半分56%、好意30%、アルコール30%の芳川さんが誘いましたというか、そういうなんていうかアレコレ。
「私で良かったらいつでも相手になるけど?」
「ざけンな、欲求不満だったら客引きでもやってろ。ニートも脱却できるしよォ。テメェならさぞかし稼げるだろォよ」
「あら?それって遠まわしに褒めてるのかしら?でも生憎運動って嫌いなのよね私。好きでもない男に身体を預けてまでしたいと思わないの」
「あァ?なに矛盾したこと言ってンだァ?」
「鈍い子ね。少なくともそういう行為に及んでもいい程度には一方通行の事を嫌ってないっていうことよ?」
「わっかりずれェ…果てしなくわかンねェよ」
「じゃあもう少しらしいことを言えば。私は欲求不満を解消できるし、貴方は後腐れなく処理できるし、ギブ&テイクじゃないかしら?」
「………チッ。保護者が言うセリフかァ?」
みたいなやり取りがあったり
「あら、愛穂何怒ってるのかしら?」
「桔梗、アンタ何考えてるじゃん!!相手はまだ子供じゃんよ!!」
「そう?あの子くらいの年頃なら性交渉なんて結構経験してることでしょう?」
「そういうこと言ってるんじゃない!!私達はあの子の家族じゃんか。それを…」
「別に否定はしないけれど……愛穂?私達はあの子の家族であっても母親じゃないのよ?」
「だから、それがどうしたん…」
「別に、あの子と寝ても、それを咎める必要なんてあるのかしら?」
「アンタ…本気で…」
「それとも……貴女があの子としたかったのかしら?」
「桔梗!!」
みたいなね。何かドロドロだ。止めておきます。
禁書は良い子の物語だから。それ以上はいけない。
忘れてください。今から出かけるので、投下は9時か10時くらいになると思います。
規制に巻き込まれていなければ。それでは。
230:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/19(日) 19:53:17.88:o9yft6Moイメージ的にはホルモンバランスが正常に戻ったら、今までの反動で持て余して(ナニとかね)困っていた一方さんを
興味34%、欲求不満半分56%、好意30%、アルコール30%の芳川さんが誘いましたというか、そういうなんていうかアレコレ。
「私で良かったらいつでも相手になるけど?」
「ざけンな、欲求不満だったら客引きでもやってろ。ニートも脱却できるしよォ。テメェならさぞかし稼げるだろォよ」
「あら?それって遠まわしに褒めてるのかしら?でも生憎運動って嫌いなのよね私。好きでもない男に身体を預けてまでしたいと思わないの」
「あァ?なに矛盾したこと言ってンだァ?」
「鈍い子ね。少なくともそういう行為に及んでもいい程度には一方通行の事を嫌ってないっていうことよ?」
「わっかりずれェ…果てしなくわかンねェよ」
「じゃあもう少しらしいことを言えば。私は欲求不満を解消できるし、貴方は後腐れなく処理できるし、ギブ&テイクじゃないかしら?」
「………チッ。保護者が言うセリフかァ?」
みたいなやり取りがあったり
「あら、愛穂何怒ってるのかしら?」
「桔梗、アンタ何考えてるじゃん!!相手はまだ子供じゃんよ!!」
「そう?あの子くらいの年頃なら性交渉なんて結構経験してることでしょう?」
「そういうこと言ってるんじゃない!!私達はあの子の家族じゃんか。それを…」
「別に否定はしないけれど……愛穂?私達はあの子の家族であっても母親じゃないのよ?」
「だから、それがどうしたん…」
「別に、あの子と寝ても、それを咎める必要なんてあるのかしら?」
「アンタ…本気で…」
「それとも……貴女があの子としたかったのかしら?」
「桔梗!!」
みたいなね。何かドロドロだ。止めておきます。
禁書は良い子の物語だから。それ以上はいけない。
忘れてください。今から出かけるので、投下は9時か10時くらいになると思います。
規制に巻き込まれていなければ。それでは。
……すばらしい
231:以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします:2010/12/19(日) 20:10:10.15:peveCRA0おかしなぁどう考えても100%超えるんだがどういう事だ?
一方さんへの気持ちが溢れかえってるってことか
233:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 21:34:59.60:2OChoWQ0一方さんへの気持ちが溢れかえってるってことか
補習が終わり、上機嫌で上条当麻は下校の路に着く。
上機嫌なのは普段よりも補習が早く終わったから。
これから向かうのはスーパーであるが、狙うのは特売ではなく文房具。
頭の足りていない上条が、一念発起して勉強に精を出すことにしたという話ならば小萌先生感涙であるが、話は少し異なる。
上条が買うのはインデックスの為のものだ。
最近になってイギリスが手を回したのか、インデックスがこちらで本格的に学校に通えるように手はずが進んでいるのである。
いつから学校に通うことになるのか、何処の学校になるのかはわからぬものの、通えるようになることは確かである。
普段、上条の帰りをスフィンクスと一緒に寂しくお留守番をしていた彼女の姿に胸を痛めていただけにこれは吉報である。
まだまだ、依然として彼女の魔道書を狙う輩がいることはいるのであるが、激減したリスクと、
彼女の喜ぶ顔を秤に掛ければどちらを優先すべきかは一目瞭然である。
彼女を守る覚悟なら出来ている。
上条とていつまでもそげぶ(笑)のままではない。
『主役って言ってもさ、一方通行とか美琴に比べると映像映えしないよね』と言われるままでは済まさない。
本格的な格闘技を習い覚えようとしているのだ。
浜面と最近はボクシングジムに通ったりもしている。
デンプシーイマジンブレイカーをお披露目出来る日も来るかもしれない。
腰の強さには自信があるのだ。毎晩鍛えてますから(キリッ
『わたしも学校に行けるんだよ。えへへへ、とーま、勉強おしえてね』
そう言ってはにかみながら頬を染めていたインデックスに萌えたというのもある。
自分の高校の制服に身を包んだインデックスを想像して、授業中に顔面が崩壊したのはご愛嬌。
土御門に『壮絶にキモイにゃーかみやん』と言われたが気にしない。
だってアイツもメイド義妹に手を出しているもん。
「壁薄いんだよな、あそこ…」
実に意味深な呟きをする。
ちなみに、上条さんは聞かれることに抵抗など無い。
寧ろ、聞かれることに羞恥心を覚えるインデックスさんの姿に「んんッ!!」となる。
流石は『ことラノ』第一位の男だ。
『ことラノ』とは『今年一番爆発すればいいと思うライトノベルキャラランキング』のことである。
けっしてこのラノと混同してはいけない。メタは逃げだ。
上条は思春期全開の妄想に浸りながら歩くので当然周囲はドン引きだ。
スキルアウトの皆さんでさえもからむにからめない。
上条が普段の通学路の途中にある公園に足を運んだところで彼我に返る。
その表情には露骨な警戒心が露わになっている。
「や、や、やっほー…」
顔を赤く染めた美少女が、ぎこちなさげに手を振る。
そこには自販機キラー、学園都市家電達の怨敵、常盤台中の猫かぶり電撃姫こと『超電磁砲』御坂美琴の姿があった。
「戦略的撤退!!」
「え、ちょ…!」
文房具はまたの機会でいいんじゃないだろうか。
うん、そうだ、急いで買う必要があろうか。
文房具は決して逃げたりしない。
そうだ、そういえば今思い出した、急に思い出した、今日は小萌先生のお家に行くのだった。
彼女の同居人が野菜を買い込み過ぎて食べきれなくなった為にお裾分けを頂きに行くことになっていたのだ。
今は野菜が高い時期だというのに。
奮発してタマネギ、清水の舞台から飛び降りる覚悟を振り絞って四分の一カットの白菜を買う上条にしてみれば
その同居人はブルジョワジーだ。
先生の話では、好きな男に振舞う手料理の練習用とのことだそうだが、まったくもって果報者な男もいたものだ。
もげてしまえばいい。
そう顔も知らぬ小萌先生の同居人の想い人(ややこしいな)にジャブ程度の悪意を抱きながら、
元来た道をダッシュする上条の顔の真横を一閃の光が走った。
上条の眼前の警備ロボが『解せぬ』とばかりに黒煙を吹き沈黙する。
「アンタはぁ~~スルーするのに飽き足らず人の顔を見るなり逃げ出すとかどういう了見なのかしらぁ?」
流石に登場シーンの派手さでは右に出るものがいない我等が電撃姫である。
何と言うかオーラが違う。
そう、さすがはとあるシリーズの稼ぎ頭である。
ボーカロイドで言えば初音さんくらいに。
稼ぎ的な意味であって、決してバストサイズではない。
寧ろそれだとリンだとか言ってはいけない。
「ま、まぁ、別に、あ、アンタが構ってくれないから怒ったわけじゃないんだからね!!」
擬音語に「ツン!」とか「デレ!!」とかそんなものが聴こえた気がしたが、それらのTND拡散力場は全て上条の右腕にぶち殺される。
掌の中に電気を滞留させながら近づく女子中学生に上条の背筋に冷たい汗が流れる。
可愛い顔と可愛い胸をしておきながら、この女子中学生がエゲツない電撃をぽんぽん撃ち出すことを嫌という程している。
骨身に染みるという言葉があるが、まさしくこのケースなどそれにあたる。
一方通行戦のダメージって大半がこの少女にやられたようなものだ。
「な、なんの用でせうか御坂さん…上条さんはちょっと用事があるのですが」
気分はカツ上げされるいじめられっ子だ。
違うところは何かといえば、致死量の電撃をかましてくるかどうか。
電撃女子中学生こと御坂は急に顔を赤くするとモジモジとし始める。
「何って…その特別な用っていうか…そのね…」
モジモジ、モジモジ。
指をこねこねと胸の前で合わせる姿は何処にでもいる美少女中学生。
ああ、じゃあ、何処にでもいるというわけではないか。
「ほ、ほら、私さ、結局ちゃんとお礼したことなかったじゃないの」
妹たちのこととか、黒子のこととか、と更にモジモジ。
「ああ、そんなこと気にするなよ。全然、大したことじゃないんだから」
お前にいつも不意打ちで食らっている超電磁砲に比べれば、という言葉は飲み込んでおいた。
多分言えば即超電磁砲だ。
対上条限定では、一方通行よりも沸点の低いこのお嬢様は心臓に悪い。
出来るだけ上条は刺激しないように言葉を選ぶ。
「俺が勝手に首突っ込んだだけなんだからさぁ。
助かってくれただけで俺にとっては十分なお礼っていうか。
大体そんな事気にするなよらしくないぜ御坂。
お前はいつも通り明るい御坂でいてくれればそれでいいんだからよ」
そして出来れば電撃は自重してくれないかなぁと心の中で付け加える。
基本ヘタレですから。
御坂はというと、上条の飾らない言葉に顔を林檎のように赤くしていた。
彼女の中では先ほどの上条のセリフがリプレイされているのだ。
『いつものお前でいてくれよ。いつものお前が一番イカしてるんだからさ』(キリッ
言ってません。
「い、いやぁだ…もう、いきなり何言ってるのよ~」
上条の言葉が、多少の脚色をされた上で御坂の脳裏をリフレイン。
基本、自分だけの現実が強い人は思い込み強いんです。
手を胸の前で合わせて湯気が出そうに真っ赤にする御坂は上条から見ても十分可愛らしかった。
普通の男ならその仕草だけでノックアウトされるだろう。
だが、上条は違った。
この状態になった御坂を下手に刺激すると、ふにゃーっという叫びと共に10億ボルトだ。
世界のリーダーを頼んでもいないのに自称する国在住の『アイツ』と双璧をなしつつある
国民的ネズミの実に一万倍。
それを如何に刺激せずに、速やかにこの場を去るか。
(誰かモンスターボール持ってきてくれよ、ハードル高いッスよこのピカチュー)
言葉には出さずに上条は叫ぶ。
基本ヘタレっすから。
いいノリだwwwwwwww
240:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/19(日) 21:59:57.34:2OChoWQ0「………んじゃ、これで」
「待ちなさいよ」
「あふん!」
ビリッと来た。
右手以外は普通の頭の悪い高校生の上条さんの左肩を電撃を帯びた御坂さんの手がガッチリ掴む。
そして電撃。
電撃ってメジャーな能力だけど、電気で痺れるって何気に日常で味わうことが無い。
正座をした時か電気風呂に入ったときか静電気でビックリしたときくらいだ。
故に、上条さんは過敏に反応する。
びりってきた。スタンガンを押し当てられたみたいなものだ。
エグイ。実にエグイ。
「あ、あの御坂さん?」
「だ、だからね、そ、そうよ、お茶。お茶おごってあげるわ。どうせアンタいつもひもじい思いしてるんでしょうし。奢ってあげるわよ」
「ェェェェェェェ……いいよ別に。お礼とかそういうのは」
「うるさいわね。つべこべ言わずに付き合いなさいよ」
「夕飯の仕度もあるし(インデックス待ってるし)いいって。気持ちだけ受け取っておくからさ。じゃ…」
被せるように頬を風圧が掠めた。
ゲームセンターのコインがたちどころに近代兵器に。
これが常盤台のエース、御坂美琴の代名詞でもある超電磁砲。
放て刻んだ夢を未来さえ置き去りにして。 未来を置き去りにしたら本末転倒だと思う。
「いいからお礼させなさいよ。これ以上四の五の言うようなら超電磁キャッチボールよ?」
「此方から投げ返さないものをキャッチボールとは言いません」
打ちっぱなしって、それはサンドバックだ。
怖いので言えないが。
「で、付き合うわよね?」
「御坂さん…自分の発言の矛盾点に気付きませんか?」
「う、うっさいわね!!わかったんなら付き合いなさい!!」
逆切レールガンに手を引っ張られながら、上条は久しぶりにおなじみの言葉を吐いた。
「不幸だ……」
それはまったくの偶然だった。
結標淡希が一方通行に会ったのは、彼女がお気に入りとしているパン屋。
カフェとパン屋が一つになったそのお店は木目調のログハウスを意識した造りで、彼女の好みに密かに合っていた。
無機質な学園都市において何処か時間がゆったりと流れているように感じさせる店だ。
ぼぅと考え事をしたい時、一人になりたい時、疲れた時、彼女は此処を利用する。
この店で一方通行に会ったのは今日が初めてであった。
「あ…一方通行…」
「……よォ」
無愛想此処に極まれり。僅か二文字足らずで挨拶を終える一方通行だが、これでも随分な進歩だ。
以前であれば無視。
酷ければ『気安く話しかけてんじゃねェぞクソがァ』という不当な罵声コースだ。
かなり丸くなったといえる。
結標は窓の外を見ている一方通行にバレぬようにさり気無く深呼吸をする。
脳裏に浮かぶのは先日友達になったばかりの無能力者の少女。
彼女との語らいを無駄にするまいと、結標は意を決する。
「と、隣りいいかしら?」
上ずった声に気付くこともなく、一方通行はちらりと結標を一瞥する。
「好きにしろ」
ぼそりと呟かれた言葉はぶっきらぼうであったが、拒絶ではない。
(やったわ!!佐天さん、頑張ったわよ、私!!)
心の中でガッツポーズをとると、結標は一方通行との距離を気にしながら椅子を引く。
あまり近過ぎると心臓に悪いが、かといって離しすぎてしまうのも何だか勿体無い。
せわしなく微調整をする結標を怪訝な目で見つめながら一方通行はカップ珈琲を啜る。
結標は一方通行の持つトレーに目をやる。
ツナサンド二つ。
カツサンド三つ。
以上。
「相変わらずお肉ばっかり……野菜もっと摂りなさいよ」
「うるせェ。お前には関係ねェだろうが」
取り付く島もないとはこのことかと溜息を吐く。
「いっそ、私が今度作りに行ってあげようかしら」
「そういう台詞は飯が上手く作れるようになってからほざきやがれ」
「じゃあ、一方通行の部屋で料理の練習でもしようかしら」
「間に合ってンだよ。そういうのはァ……」
「……え?……それってどういうこと……?」
「何でもねェ。忘れろ」
聞き捨てならない言葉に、追求したい気持ちがムクムクと湧き上がる。
しかし、ヘタレな結標は結局その言葉を言わずに収める。
一方通行は結標と会話をするつもりなど無いのか、窓の外を眺めている。
何処となくその横顔が寂しそうに映り、結標の胸の奥にちくりとした痛みが走る。
何を思っているのだろうか。
そもそも、一方通行がこんな時間に起きて活動していることが不思議だった。
「貴方がこんな所に来るなんて正直意外だわ。ていうか今まだ朝の7時よ?」
「ケッ……たまには俺だって、たまにはこンくらいの時間に起きンだよ」
「たまにはじゃなくて、もっと規則正しく生活しなさいよ」
「はッ……規則正しくたァ恐れ入った。まさかお前の口から出る言葉たァ思わなかったぜ」
くかかかと、三日月のように口を開けて渇いた笑い声を上げる一方通行に、結標はひと睨み利かせる。
一方通行の憎まれ口に顔を顰めながらも、これからもっと一方通行が早起きをしてくれれば
こうして朝食を共にする機会が増えるのではないだろうかと考える。
それともいっそ彼の部屋に料理を作りにいってやろうか。
一方通行の部屋で朝食を作って、一緒に食べる。
(駄目……想像が付かない……)
まず、手際良く朝食を準備している自分の姿が想像できない。
当然、それに連なる食事シーンも。
浮かぶのはせいぜい、グループのアジトで行われている毒見の風景。
やはりもう少し上手くなる必要がある。
佐天涙子に教わったレシピは試してみたら中々小萌には好評だった。
もう少し練習を重ねれば。などと悶々と考え込む結標を横目に見ていた一方通行は彼女のカップにふと視線を向けた。
ミルクとコーヒーが混ざり合い小麦色に染まっているカップをじっと見つめていることに結標はようやく気付く。
「カフェオレが珍しい?」
「ンなわけねェだろォが。ただ……女はやっぱそういうやつが好きなンだなァ」
一瞬、瞳を伏せる一方通行。
内心首を傾げながらも、それ以上は触れない。
「まぁ一概に言えないけれど、ブラックが好きっていう人よりは多いんじゃないかしら。
口当たりがいいし。好きなように自分で作れるしね」
「お前がかァ?」
「何よ……料理がぶきっちょだからって言っても、コーヒーくらい淹れられるわよ。
何だったら今度淹れてあげましょうか?」
「……まァ、気が向いたら頼むわァ」
てっきり『テメェの淹れたコーヒーなんざ誰が飲むか。泥水飲ンでた方がマシなンだよ』とでも言われると思っていた。
呆れたわけでも馬鹿にしたわけでもない。
ただ、そういうものなのかと確認するような声のトーンに結標は違和感を覚える。
てっきり女子供の飲み物だと馬鹿にしてくることを予想していたのだ。
思わぬ反応に肩透かしを食らう。
いつもブラックばかり飲んでいるのだから、興味が湧いたのだろうか。
一方通行の方はといえば、話しはそれきりだとばかりに視線は既に外を向く。
遠くを見るようなその視線が無性に気に食わなかった。
「何か変わったわよね、一方通行」
「あァ?何急に言い出すンだァ?」
「ホラ、そうやって何だかんだ言って反応するじゃない。前は徹底的に無視してたのに」
少し前の一方通行はコミュ力ゼロのもやしだった。
周りの声など雑音。
必要最低限の言葉を交わすだけの関係。
それは結標にとっても同じだ。目の前の男など恐怖と嫌悪の象徴ですらあった。
「それに、私の料理ちゃんと食べてくれる」
「ハッ…てめェが食えって言ってンじゃねェか」
「本当に食べたくなかったら捨てればいいじゃない」
「捨てて欲しかったのかァ?」
「嫌に決まってるでしょ。馬鹿じゃないの?そんな事されたら私泣くわよ?」
「……チッ……どうしろってンだァァ…」
がしがしと頭をかく。ぼやきたくなるのも最もだろう。
一方通行にとっては半ばイチャモンを付けられているような気分だ。
しかし、事実、以前の一方通行であれば結標の失敗した料理など口にしようともしなかった。
それどころか容赦なく彼女の前でゴミ箱に捨てるなり、たたきつけるなりしても不思議ではない。
「だけど最近はもっと変わったよね」
「?」
「わからない?」
指をすっと鼻先につける。
「その目。最近、ホントこの数日。ずっと遠くを見てる。寂しそうな目で」
「…くっだらねェ……何か変なドラマでも見たのかァ?俺が寂しいたァ…」
「そんな気がしただけよ。怒らないでよ?」
「イチイチそンな程度でキレてられるかよ…ッたく」
「ふふふふ」
子供のように拗ねる仕草が微笑ましくて結標の口に笑みが浮かぶ。
肩を震わせて小さく笑う結標に舌打ちをすると、一方通行は頬杖を付いてぷいっとそっぽを向く。
どうにも結標といると最近戸惑うことがある。
不意に向けられる視線に含まれる感情に戸惑うのだ。
それが何か、一方通行には解析できない。それが一層彼を戸惑わせる。
「あ、そうだ…一方通行、アンタ今日って暇でしょう?」
「なンだよいきなり…つーか、何決め付けてくれてやがンですかァ?」
まぁ、暇なのだが。
それを即座に認めるのは悔しい気がするので黙っておく。
「アレ?予定でもあるの?というか貴方に友達なんて…」
「ムカつくなァホントにお前は……誰もダチと予定があるなンて言ってねェだろうが」
「え?友達じゃないなら…か、か、彼女とか…?」
「誰もいねェなンって言ってねェだろうが……ってオイ、なンでそこで涙目になる!?」
「う、うううう、うるさい。何よ、そンなのいるなンて…ぐす…」
目に泪を浮かべながら俯く結標に焦ったのは一方通行だ。
(何だ、何だよ、何ですかァァァァァーーーー!!!俺は何か最近したのか!?またコレかよォォォォォ!!)
軽い気持ちで、それっぽく振舞った結果がコレだよ。
これも一万人の少女を手に掛けた呪いなのであろうか。
周囲の白い目が白いもやしに突き刺さる。美少女が泣いている姿はそれだけで目を引く。
その相手が凶悪な顔をした少年であれば尚更だ。
性質の悪い男に酷い目に遭わされているいたいけな少女の図式が出来上がっているのかもしれない。
『ちょ、オイ、あの白髪野郎…』
『あんな可愛い子を、しかもナイスおっぱいを!!』
『一方通行様……ミサカともお茶して欲しいです』
『戸惑いセロリタン萌えス』
『チィィ!!今年もクリスマス終了宣言だというのに』
『いいなぁ~私もああいう彼氏欲しいな。ドSチックのビジュアル系とか…』
『何泣かせてやがるんや!!あんな子おったら僕なら速攻土下座からの靴舐めコース一択やっていうのに』
というか、かもしれないじゃなくて、確定していた。
(オイィィィィィィィィーーーーーー!!!何だ、何だよ、何ですかァ!?)
一方通行の背筋に嫌な汗が流れる。
「(アイツといい女ってなァどうしてこうもホイホイ泣けちまうんだかなァ…)オイ、結標。泣くな」
「泣いて…泣いてないもん…」
「トナカイみてェな鼻しておいてかァ?嘘ならもう少しらしく付きやがれ」
「だ、だから、な、泣いてなん、なんか」
「どもりながら言っても説得力がねェンだよこの馬鹿女。
ッたく……冗談を真に受けてンじゃねェってンだ」
その言葉に結標が顔を上げる。
赤くなった鼻をおしぼりで隠しながら、潤んだ瞳で一方通行を見つめる。
「冗談?」
「俺に彼女なンてもンがいるように見えますかァァ?生憎とそンな物好きな女に心当たりなンざねェンだよ」
自分で言っていて悲しくなってくるが。
「そ、それじゃあさ」
おしぼりを手の中でいじりながら、おそうおそると言うように結標が一方通行に視線を寄越す。
「……ちょっと付き合ってよ今日」
「はぁァァ?何で俺が……て泣くな泣くな!!わかった。暇だから何処でも付き合ってやらァ!!」
「本当?」
「ああ…ッたくじゃねェと泣き止まないだろうが」
「えへへへ、私行きたい映画あったんだよね」
心の底から嬉しそうに微笑む結標。
「………」
何処にでもいる女の子が一方通行の目の前にいた。
一方通行は不意にその笑みに見惚れた。
暗部の人間とは思えぬほど、裏の世界など知らない人間のような、屈託の無い笑顔。
黒いシャツにピンク色のカーディガン。
七分丈のジーンズという格好は確かに何処にでもいるような女の子である。
しかし、それ以上に結標の浮かべる笑みが、一方通行にとある少女を連想させた。
そう、一方通行に佐天涙子を連想させた。
何故あの少女を思い出すのかはわからない。
ただ、結標の浮かべる笑みは、決して佐天に見劣りするものではないほどに、どうしてか輝いて見えた。
笑顔だけではない、その瞳。
結標の瞳もそうだ。
彼女が自分を見つめてくる瞳に、上手く説明の出来ない感情が上っていると感じるのだ。
それは佐天にも共通する。
彼女達の瞳の奥にあるものが一方通行にはわからない。
ただ、わかっていることが一つだけ。その瞳に見つめられるとどうにも調子が狂う。
普段他者にそうするように、冷然と突き放すことが出来ない。
居心地が悪いが、不快でもない。では一体何かと問われても、わからない。
結標の抱いている感情の機微を察するには、この学園都市第一位は余りにも感情が幼過ぎた。
お礼をしたい
⇒いいって別に
⇒電撃食らいたくなければお礼させろ
⇒ェェェェェ…
⇒四の五の言ったら超電磁キャッチボールな
⇒不幸だ…←今此処。
(上条の)生と死が交差するとき、新たな物語が生まれる。
「超電磁お茶会なう」
「何言ってるのよアンタ?」
「ちょっと書き込み」
フォローとかいらない。
ただ、今の不幸を吐き出しておきたかった。
御坂はモジモジてれりんと言わんばかりに赤面のまま上条を例によって例のごとくファミレスに連れ込んだ。
「(佐天さんも頑張ってるんだから私も頑張らなきゃね)そ、そういえば最近アンタどうなのよ。学校とか」
「お前は子供との話題に困ったお父さんか」
「う、うっさいわね!!アンタが相変わらず惨めな補習ライフを送ってるんじゃないのかって心配してやってるのよ」
「ううッ…痛いところをお突きになる…あたってるだけに何も言えませんが…そうだな、変わったと言えばダチのことかな」
「ダチって…土御門さんとか?」
「うんにゃ。一方通行」
「ああ……」
御坂が複雑な表情になる。
一方通行との遺恨は既に無い。だって本編終了後だから。
打ち止めを始めとした妹達の事情を御坂は既に知っている。
御坂にとって一方通行は非常に複雑な立ち位置にある。
一万人の妹の命を奪った仇であると同時に、それ以上に一万人の妹達の命を救ってきた恩人。
自分が例の実験後、妹達の問題が解決したと暢気に思い込んでいた裏で
ずっと彼女達をぼろぼろになりながら守ってきたのは一方通行だ。
御坂は恨みと同時に、本来姉である自分が責任を持って負うべき使命(と少なくとも御坂は思っている)を担い続けた負い目がある。
故に、複雑なのだ。
「この前飯食った時にも話してたんだけどさ」
「仲良いわよねアンタ達」
「おう、たまに泊まりに来たり、泊まりに行ったりしてるからな」
そしてもう一つ複雑になる理由がここにあった。
上条と一方通行はやたらと仲が良い。
気の合う親友というべきか、戦友というべきか。似た者同士だからだろうか。
未だに上条の家に行ったことのない御坂としては、お泊り会とか、正直羨ましい。
「最近アイツさ、ある女の子に気に入られちゃったのか、押しかけられて世話焼かれてるんだよ。
口では鬱陶しいとか邪魔臭いとか言ってるくせにどうも満更じゃないんだよなぁ~」
「押しかけって…アイツの家に?」
「そそ。夕食作りに来たりしてるみたいでさぁ。もう押しかけ女房だよ」
「それって番外個体じゃないの?」
ここでも番外個体の通い妻っぷりは有名らしい。
密かに番外個体が一番自分に似ているのではないだろうかと、御坂はにらんでいる。
色々な意味で。
「いや、違う違う。普通の女の子みたいだ。中学生って言ってたかな」
「そ、そうなの!?」
「まぁ、いくら中学生とはいえ、押しかけ女房だなんて羨ましいですよ上条さん的に
通い妻っていう方がいいのか?などとどうでもよいことで上条は首を傾げるが、御坂はそれどころではない。
佐天のように積極的な少女がいることに御坂は驚く。
もしかしたら、今時の女子中学生はそれくらいするのが当然なのだろうか。
ならば自分はそうとうアピールが下手ということになってしまう。
そんな焦る御坂の様子になど欠片も気付かず、気付くはずもなく、上条はコーラを暢気に飲んでいる。
「?アンタさぁ」
「おう?」
「随分嬉しそうじゃないの」
そう、御坂が言うように上条は上機嫌に一方通行の話題を出していた。
口では羨ましいといいながら、妬みや僻みは上条の表情にはない。
「まぁな。実際嬉しいんだよ」
「どうしてよ。アンタには厳密には関係ないことじゃないの?」
そこまで喜ぶべきことだろうか。
疑問に答えるように、上条は飲み干したグラスを置くと、柔らかな笑みを浮かべる。
御坂はあまりにも優しい笑みに思わずどきりとする。
「だってよぉ、アイツのことを好きになってくれたんだぜ?何の関係もない、普通の女の子がさ」
そう、一方通行と何の因縁も無い相手だ。
打ち止めや番外個体のような一蓮托生であったり、悲劇や学園都市のどろりとした汚い闇によって引き合わされたわけではない、
もっとありきたりで、他愛もない出会い。
一方通行の、その素を、囚われるものの無い少女が好きになってくれた。
上条は素直にそれが嬉しかったのだ。
「アイツって未だに壁作ってるところがあるからさ。そういうの無しにしてくれたらなって思ってるんだよ。
これを切欠に、もっと遠慮なく表に出て来てくれたらなってさ、そう思って」
「そっか…」
御坂はこのお人好しめ、と熱っぽい視線で穏やかな上条の横顔を眺めていた。
「なぁ…いい加減泣き止めよ」
というか泣き止んで下さい結標さン、と切に思う。
ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らし、何度も涙を拭ったせいか、目尻が赤く腫れている。
「う、うん、ゴメン。でも、ううう」
「ハァ…」
周囲の視線が痛いということはない。
映画館の地下に位置するカフェに来ている一歩通行と結標であるが、
周囲も結標と似たり寄ったりだ。
パンフレットを抱きしめてうっとりとする者。
友人と語り合いながら、思いだし泣きをするもの。
女連れの男には一方通行と同じくどうしたものかと途方に暮れた顔をしている者もいる。
見ず知らずの男達に一方通行は奇妙なシンパシーを覚える。
「まァ、良いけどよ…」
泣き止めと言って泣き止むものではない。
それを経験上よく知っている一方通行は無理に泣き止ませようという気はなかった。
「うん」
こくんと頷くと、結標はぽろぽろと流れる涙を丁寧に拭う。
「ったく…面倒くせェな」
注文した珈琲を一口飲むと、苦いだけの後味の悪さに顔を思わずしかめる。
豆が悪いのかと思ったが、それは違うと即座に否定する。
以前佐天がインスタントコーヒーをびっくりする程美味しく淹れたことを思い出す。
そういえば佐天と顔を合わせなくなってもうすぐ一週間になる。
正確には四日程前に会っているのだが、その時彼女は一方通行の顔を見るなり逃げ出した。
(なンだよアイツ…人のツラ見て帰るとかケンカ売っていやがンのかァ?
つーか何でイキナリ来なくなンだよ)
思い出すとムカムカとした苛立ちが沸き上がる。
佐天が明らかに自分を避けていることが無性に面白くない。
そして、佐天に会えないことに苛立ちを抱いている自分のわけのわからなさも面白くない。
最近、正確には「この前の夜」以来佐天の行動は一方通行には不可解極まり無かった。
単純に来なくなるのではなく、一方通行が帰ると料理だけが作ってあるのだ。
置き手紙も何も無いのだがそれが彼女のものだとわかった。
味付けや、雰囲気、そして一方通行のエプロンに僅かに残る調理の残り香。
彼女のいた空気を敏感に感じ取っていた。
(くそっ…飯作っていきやがるならツラくらい見せやがれってンだ)
苛立ち紛れに不味いコーヒーを一気に飲み干す。
四日前のことだ。
仕事も無く、一方通行は出かけることもせずに家でぼうっとしていた。
決して佐天がやってくることを待っていたわけではない。
ただ、何となく、このまま出かけずにおれば彼女に会うのではないかと思った。
だから、何となく出かけもせずに、時間がいたずらに経つのを待った。
鍵を開ける気配を察知した時、一方通行の中にちょっとしたイタズラ心が芽生えた。
それは自分を正体不明の苛立ちに落としてくれた少女への復讐も兼ねていた。
無警戒にドアを開けた佐天の目の前、玄関に一方通行は待ちかまえていた。
そして、結果。
佐天涙子は逃走した。
はぐれメタルばりに逃げた。
ダッシュで逃げた。
一目散に逃げた。
声を掛ける間などほとんどなく、走り去った少女の後ろ姿を呆然とみていることしかできなかった。
一方通行は佐天の顔が真っ赤になっていたことには当然気づいていない。死ねばいいのに。
(なンであンな態度取られンだァ?芳川の言ってたみてェに、アイツの望む言葉ってやつを
掛けてやンなかったから怒っていやがンのかァ?)
そこではない。そうじゃないんだと、誰も彼に突っ込むことはできない。
もげればいいと思うが、それも言ってやることは出来ない。
「一方通行は」
「ンぁ?」
結標の声に、一方通行は一気に現実に連れ戻される。
「何とも思わなかったの?」
「?………ああァ…」
映画のことを聞いているのだ。一瞬何のことを言われているのかわからなかった。
結標はジッと涙で塗れた瞳で一方通行を見つめる。
不覚にも、その視線に一方通行はどきりとする。
「まぁカメラワークはいいンじゃねェかァ?ただ男がウジウジし過ぎだろォが」
映画の主人公を思い浮かべると、一方通行は顔を歪める。観ていてイライラする主人公だった。
やたらと感傷的で、理屈っぽく鼻に付いた。
傍観者を気取っている癖に、自分に想いを寄せる女の気持ちには全く気付かず肝心の部分が見えていない。
正直好きになれない主人公だ。
「もう。ロマンの欠片もないこと言うんだから」
「くはッ。俺にンな御大層なモンがあるよォに見えるんですかァお前は」
「あると想うわよ。貴方相当ロマンチストだものね、実は」
「て、テメェ…ッ」
「キャッ、こんなところで能力なんて使わないでよね?また来れなくなっちゃうでしょう」
「また来るつもりかよ…」
わざとらしく怖がるフリをする結標に起こる気力も萎えてしまう。
一方通行はあんな退屈な恋愛映画などにつき合わされるのかとうんざりする。
結標は上目遣いで一方通行を見る。
「……嫌?」
そう、不安そうな顔で呟かれ、一方通行は言葉に詰まる。
寝言抜かしてるんじゃねぇ。
付き合いきれねぇ。
そんな言葉を言おうとして、彼の意思とは裏腹に口はぴたりと閉じる。
むぐむぐと行き場をなくした言葉を噛み砕くと、言葉を選び、一つ一つ押し出すように口に運ぶ。
「……アメコミだ。今度はこンなたりィ映画には付き合わねェ。
もうちっと見応えのあるモンにするぞ……」
スパイダーマンとかバットマンとか。
一方通行は意外なようで納得のヒーローもの好きだ。
一方さんは、というか禁書キャラは寧ろⅩ-MENに出てきそうだがそれは禁句だ。
そっぽを向く一方通行の横顔を見る結標の顔に徐々に喜色が浮かぶ。
「うん!!」
結標は頬を赤く染めると、はにかむように何度も頷く。
ちろりとそんな結標を横目に、不機嫌そうに一方通行はフン、と鼻を鳴らす。
「……オイ、さっさと行くぞ」
「?」
杖を手に、席を立つ一方通行を不思議そうに見上げる。
伝票を手に取りながら、結標の手を強引に引っ張り上げる。
「飯だ。コレっぽちじゃ足りねェ」
「えっとお昼?」
「あァ?何当たり前の事言ってンですかァ?今日暇だっつただろうが。まだ映画観ただけだろォ」
結標は握られた手と一方通行の顔を何度も見比べている。
顔からは今にも蒸気が噴出しそうなほどである。
一方通行はとびきりの悪ガキのような笑みを浮かべた。
「俺ばっかり付き合わされるなンざ不公平だろォが。今度はお前が俺に付き合え」
「それって…」
デートってことなんじゃないのか、という言葉は恥ずかし過ぎて言う事が出来なかった。
握られた手を握り返しながら、結標は今更ながらに不安になる。
自分の服装は可笑しくないか。
メイクが崩れていないか。
そもそも、髪型は服装にあっているのか。
不安がグルグルと頭を占めていた。
一方通行は結標の手を握りながら、彼女とは別の意味で驚いていた。
(小っせェ…)
彼女の手の小ささに驚いていた。
女の子の手の小ささの比較基準が打ち止めか黄泉川という極端過ぎるため、驚く。
そういえば、番外個体も意外に手が小さかった。これが女というものなのかもしれない。
(アイツもそうなのかァ……?)
脳裏に浮かぶ、自分のエプロンを着て嬉しそうに調理をする佐天の姿が浮かんだ。
唇を噛むと、それを首を振って掻き消そうとしたが、脳裏には依然彼女の姿がぼんやりと浮かんでいた。
まるで、ひっそりと、そしてかたくなに存在を主張する真昼の月のように。
一週間ぶりになるのだ。
佐天涙子が一方通行の部屋に来たのが。
彼に会おうと思って此処を訪ねたのがである。
佐天涙子は黒いエプロンをぎゅうっと抱きしめる。
一方通行のエプロン、自分が好んで身に着けるエプロンだ。
結標淡希という少女と出会い、話しをしたのはほんの数時間だった。
しかし、あそこまで、そう親友である初春以上に今の佐天の心情を吐露した相手は初めてであった。
こればかりは同じ悩みに直面している女同士でなければ分かち合えないのだ。
そして誰かに打ち明けてみて初めてわかることもある。
自分の気持ち。
自分の一方通行に対する気持ちである。
最初は憧れ。
ピンチを颯爽と助けてくれたその姿に、心を奪われた。
御坂や初春の事を笑えない、自分にこんな乙女チックな面があるとは思わなかった。
自分の容姿が平均よりも上であるという程度の自覚はあった。
同級生からアプローチを受けたことは少なくなく、高校生からナンパを受けたこともある。
先日、不良に絡まれたのもナンパに端を発したものだ。
それらにイチイチ逆上せ上がったことはない。
イチイチ騒ぐ友人のノリに合わせながらも、内心は冷めていた。よく自分を知りもしないくせにと。
そこには無能力であることへのコンプレックスも手伝ってか佐天は自分の見目にだけ惹かれてくる異性に懐疑的であった。
そんな自分が、出会ったばかりの男の家に押し掛けている。
昔の自分が見たら目を白黒させるだろう。
「いやぁ~~参った参った。あっはははは」
誰に対して誤魔化しているのか、佐天の大げさな独り言が誰も居ない一方通行の部屋に響く。
ぽりぽりと決まり悪そうに頬をかくと、佐天はスリッパを鳴らしながらリビングを後にする。
向かう先は、たった一つ。
佐天は、開き直りついでとばかりに、些か心の箍が外れている自分を自覚する。
だが、しかし。好奇心といつだって二人三脚な彼女は己の好奇心を留める術を知らない。
譲れない想いが今目覚めているというやつだ。
3LDKという一人暮らしの少年には大き過ぎる部屋の中の一室。
ドアを開けると、灯りも着けずにそろりと足を忍ばせる。
誰も居ないというのはわかっているのに、足音を忍ばせるのは自分がやましいことをしているという自覚があるからだ。
部屋に足を踏み入れると、佐天はとくんと胸に甘い痛みが走るのを覚える。
自然と手が胸を押さえる。
身体の奥が、身体の芯がじわりとした温かさに浸されるような心地。
もうこの感覚に、翻弄されることはない。その感情に身を任せればいいと知ったから。
ぼふんと倒れこむように佐天が身を預けたのは一方通行のベッドだった。
身体を預けると、枕を手繰り寄せる。ぱふっと顔を枕に乗せる。
「………えへへへへ」
だらしなく頬が緩む。
自分は匂いフェチではない。
匂いフェチではないのだが、仕方が無いだろう。
佐天は自分に言い訳をしながらゴロゴロと顔を押し付ける。
すんすんと鼻を子猫のように鳴らすと、ぎゅうっと枕を抱きしめる。
「えへへへへ~~あくせられーたさんの匂いだぁ~~」
もう見てらんない。
ホント、この子些かデレ過ぎじゃない?というくらいにだらしない顔だ。
マタタビの匂いに酔っ払った猫のようである。
御坂さんがこの領域にたどり着くのと、上条さんと一方さんがフラスコ逆さ人間をはっ倒すのとどちらが先だというレベルだ。
「だってしょうがないじゃんね」
もしかしたら自分は相当変な奴だと思われているのかもしれない。
一方通行の顔を見るなり、恥ずかしさに耐え切れず顔を合わせずに走って逃げてしまった。
失礼で挙動不審な奴だと思われているだろう。
しかし、それでもいいじゃないかと思っている。
既にこれは開き直りにも似た思いだが、結標との会話を思い出す。
「落ちちゃったんだもん。しかたないぜ」
ぎゅっと枕を抱きしめて一方通行の匂いを吸い込む。
しようと思ってするのではない。
落ちてしまうものなのだ。
だから仕方が無いのだ。
「………何話そうかな」
ゴロゴロと転がりながら弾む声を抑えきれずにくぐもった笑い声が漏れる。
赤い頬を隠すように枕に顔を押し付ける佐天の耳に、ドアに鍵を差す音が届いた。
「あの、クソモヤシきっと嫌がんだろうなぁ~けけけけ」
食材をパンパンに詰め込んだ買い物袋を両手に、番外個体は弾む声を抑えきれない。
エレベーターの点滅する数字を自然ともどかしい思いで目で追っていく。
「この時間だとまだ帰っていないはずだよね」
ここ数週間、一方通行の家には行ってなかった。
彼が自発的に自炊するとは考えにくい。きっと外食かコンビニで済ませていたに違いないとあたりをつける。
「案外コーヒーだけで済ませてたりして。ぷくくくく、ますますモヤシになちゃっうじゃん」
買い物袋を足下に置くと、キーを取り出す。
くるくると指先で弄ぶ。無理を言って打ち止めと自分の分を作らせた合鍵だ。
鍵穴にキーを差し込んだところで、番外通行はドアが開いていることに気づいた。
「あれ…?もう帰ってきてるのかぁ」
つまんないの、と唇を尖らせる。
口調とは裏腹に顔がゆるんでいる。意地の悪い笑みである。
しかし、悪意からくる歪んだ笑みといううよりイタズラを企む子供のそれだ。
「オーッス、生きてるかクソ一位~死んでたら返事するなよ~ていうか寧ろミサカに殺させ…」
パタパタと足音を立ててリビングに入ったところで番外個体の口が言葉を失う。
番外個体は玄関にある靴を確認しなかった。
故に、それは完全に彼女にとっては不意打ちであった。
先ほどまでの笑みは立ち消え、瞳にすぅっと冷ややかな光が走る。
「あ…」
「何で貴女がここにいるわけ?」
「あの…」
番外個体は目の前の不審者、少なくとも彼女にとっては不審者である、少女に剣呑な視線を向ける。
番外個体の視線を受け、少女は僅かに怯む。
ぎりっと噛みしめた奥歯が軋みをあげる。
番外個体は一歩前に踏み出す。
少女に見え覚えはある。問題は、どうして彼女が目の前にいるのかということだ。
少女の身に付けている黒いエプロンが目に留まる。
見覚えがある。
当然の話だ。
自分が買ったのだ。
打ち止めと番外個体が、一方通行にプレゼントしたのだ。
打ち止めはプレゼントとして、自分は嫌がらせも込めて。
ピンク、青、黒と色違いを購入した。
『おそろいおそろい~~ってミサカはミサカは家族のようにお揃いのエプロンで料理する光景を想像してみる』
『ハァ?何言ってくれちゃってンですかァクソガキ。俺が料理作るとかねーだろォが』
『何処の亭主関白なわけ~?今時男が料理くらい出来なきゃ相手にされるわけねーし。
って、貧弱白アスパラガスには相手なんかいねーか』
『似合わないのはお互いさまだろォが…』
『似合わなくて結構だし。べっつにミサカ料理なんて作れなくたって困らないからさぁ』
『ミサカは作れるようになりたいよ~アナタの為に毎食毎食味噌汁を作る出来る妻に
なってみせ ――― おっとと、これ以上は五ヵ年計画に支障が…』
『毎食とか塩分過多だなァオイ…』
『いいこと聞いちゃった。じゃあミサカが毎食作りに行ってやろうかしらん?
塩分で殺しちゃうよ?』
『むむむっ!!番外個体の通い妻宣言にミサカはミサカは危機感を覚えてみる』
『アホか…』
これはwww
320:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:31:46.53:wzltZAE0馬鹿みたいなやり取りであったが、番外個体はそれを決して不快なものとは思っていない。
それだけに、その思い出のエプロンを身に付けている少女が苛立たしかった。
「何で貴女がそれを着けてるわけ?」
声が震える。
それが怒りなのか、悲しみなのか、番外個体にはわからない。
しかし、一つだけわかっていることがある。
それは自分が、今はっきりとショックを受けているということ。
打ち止めと三人で揃えたエプロンを知らない少女が着ているという事実に。
何よりもこの場所にこの少女がいることにだ。
「どうして…そこはミサカの…ッ」
「ひ…ッ」
バチッと青白い光が番外個体の体からはぜる。
番外個体の敵意を表したかのように、青い舌をチロチロと出す蛇のように電気が電気が彼女を取り巻く。
本来、番外個体は一般の人間に対して能力を行使したりはしない。
一方通行に堅く禁じられていることもあるが、彼女自身が好むところではないのだ。
最低限、スキルアウトに絡まれた時に行使する程度であろうか。
そんな彼女が、今目の前のたった一人の少女を威嚇するように能力を見せている。
(何?何やってんのミサカってば。何でイラついてるわけ?アイツの部屋に、この乳臭いガキがいただけじゃんか。
セロリが本当にセロリだったっていうだけだっつーの。大笑いしてやればいいいじゃんか)
バチッと一際大きく青白い火花が爆ぜる。
ぎりっと噛み締めた奥歯が軋みを上げる。
目の前の少女の怯えた仕草でさえも癇に障る。
どこから見ても普通の、無力なか弱い少女だ。
それが一層番外個体を苛立たせる。
(ホントにホントのパンピーなわけ?何?あのモヤシはそういうのがいいわけ?ハァ?マジ似合わないしー。
つーか、身の程知れよってんだよ。ムカつく)
自ら生み出した自らの負の感情に神経を逆撫でされていく。
その感情の正体がわからないことが番外個体の苛立ちをより加速させる。
目の前の少女が、ここで怯えて逃げたとすれば、番外個体の溜飲は下がっていたのかもしれない。
それが一時的なものにしろ。
しかし、番外個体の予想に反して、目の前の少女は怯えはすれども逃げる気配を見せない。
それが、その真っ当で健全な気丈さが彼女を苛立たせる。
その苛立ちは憎悪に近い。
オラ、わくわくしてきたぞ
323:貧乏螺子 ◆d85emWeMgI:2010/12/22(水) 00:40:16.29:wzltZAE0「これは…一方通行さんが使ってもいいって言ってくれたんです…」
『一方通行』の名に番外個体の瞳が細くなる。
どういうやり取りをしたのだ、すぐにでも目の前の少女の喉を締め上げて洗いざらい吐かせたくなる。
髪を引きずり回して、思い切り泣かせてやろうか。
凶暴な思考が暴れる番外個体を前に、少女は自らの言葉に首を振る。
「いや、そうじゃないか。私何一方通行さんのせいにしてるんだろ」
少女は俯きながら唇を噛みしめる。
自分の言葉を悔やむように、咎めるようにきつく一度瞳を閉じると、顔をあげ、真っ直ぐな瞳を番外個体に向ける。
その瞳の真っ直ぐさに怯むのは番外個体の番であった。
「私がそうしたくてそうしてるんです。一方通行さんに合い鍵も貰って」
合い鍵、という言葉に番外個体の眉がぴくりと動く。
握りしめていた手のひらに、爪が食い込む。
ぐぅっと握りしめた手を開くと、ひらひらと追い払うように、茶化すように振る。
「ははぁ~ん。アンタ何かあのモヤシに弱みでも握られてるのかにゃ~ん?この前のアレってアイツに拉致られてたわけでしょう?
それで無理矢理こんな陰気くてしみったれたところまでノコノコ来ちゃってるんだ。可愛い顔してるもんね。
あのセロリにぐっちゃぐちゃになるまで色々されちゃってたりするんだ?アヘ顔曝しまくってたりして~
アイツ鬼畜野郎だからそういうの好きそうだもんね~鬼畜っていうか屑野郎かな。
でもいいよ。もう帰っちゃって。ミサカからあのクソヤローには言っておくからさ。無理してこんなとこ来なくてもいいからさぁ
ホント、災難だったよね。そうだよ、そうでしょ?」
何を言ってるのか自分でもよくわからない。
ただ、番外個体にとって、今の自分はとても不愉快だということ。
生まれてから感じるなかでもっとも強い不快感を自身に覚えつつある。
「どうしてそういう風に言うんですか?」
番外個体の瞳をまっすぐに見つめて、少女は聞くに耐えないとでも言いたげに首を振る。
「どうしてあの人をそういう風に言っちゃうんですか?貴女も好きなのに」
向けられた何の飾り気も無い言葉に、何の駆け引きも探りあいも無い言葉に、番外個体はたじろぐ。
「は、はぁ?何言っちゃってるのかわかんない。ミサカが誰を好きなわけ?」
「一方通行さんを」
「!!……バカじゃねーの?」
ざらりとした感情が番外個体の喉を滑り落ちる。
掠れた声には、軽口を叩く時の歪な余裕は無い。瞳は目の前の少女を見ることも出来ず、宙をさまよう。
それでも、それでも言葉を搾り出そうと己の中にある感情を手当たり次第に拾い上げる。
不器用なパッチワークのように、整然さとかけ離れた言葉でも良かった。
目の前の少女に、苛立たせるこの女に何かを言わなければならない。
それが辛うじて番外個体に口を開かせた。
「ミサカがアイツを好きだなんてあり得ない。好きどころか寧ろ憎んでるんですけど~?
殺したいほど目障りで仕方がないんだけどさぁアンタ知らないの?アイツがどんだけ嫌な奴かって。
ていうか知ってたらこんなとこ来るはずないもんね~可哀想にさぁ、騙されちゃって」
嘲りを多分に含んだ言葉に、少女の眉が釣り上がる。
明確な怒りの表情。怒った顔一つとっても、素直でわかりやすく、そして曇りが無い。
番外個体の頬が微かに引きつる。
「あの人は凄く優しい人です!!ぶっきらぼうなだけで、すっごく優しい人なんですから!!」
「キャー!!熱い熱い~可愛い~~!!ムキになっちまってやがんの。あんな奴の為にムキになっちゃってさぁ。
すっかりかどわかされてんじゃん。馬鹿すぎて可愛い~ミサカ濡れちゃう~じゃあ、アンタは何?
もしかしてあのバカが好きだって言うつもりぃ?ぎゃははははははは!!!
まさかね、ないない。アイツのことを好きになるなんてそれがマジだったら超受けるわ」
お腹を抱え、身体をくの字に曲げて笑う姿は悪意に満ち満ちている。
まるで初めて一方通行に出会ったときの彼女のように。
嫌悪と怒り、苛立ちと怖気を与えるビニールが引っ張られたような醜い笑み。
「最っ高に最っ低のジョークだわ」
しかし、引き攣った笑みから洩れたのは、嘲弄など一切含まれていない言葉であった。
その一切を憎み、疎む鑢のような痛みを滲ませた声。
少女は、その声に一瞬怯む。
そう、僅か一瞬のみ。
そして、少女の唇はゆっくりと形を変える。
「 ――― ですよ」
「はぁ?」
「だから」
少女はチークのように朱色に染まった頬を僅かに緊張と羞恥に強ばらせる。
そして、そうっと慎重に、確かめるようにその一言を口にする。
「好きですよ」
ごくん、と苦くて重い塊を飲み下してしまったような気持ち悪さを感じた。
「は、ははは…はぁ?何マジ顔して言っちゃってやがんだよこの中坊が。あのバカと知り合ってどんだけっていうのよ?
つい最近でしょ?何勝手に思い入れてるの?思い詰めっぷりがキモすぎるんだけど?
ミサカも流石にちょっと引いちゃうんですけどね~~ぐけけ……けけけけ……」
震えてしまいそうな声を必死に抑える。
少女は頬を染めたまま、自嘲の笑みを浮かべる。
自分でも自分が不思議で、おかしいと自覚するように。
その素直な振る舞いが、番外個体の不安定な心を刺激する。
「ホント、その通りですよね。私もわかってるんですよ。これでも惚れっぽいなんて思ったこともないし。
アピられても結構客観的に見定めたり出来るほうだし。どっちかっていうと、こういうことに冷静なつもりだったから」
観念したように少女は、笑う。
自嘲の笑みではなく、晴れ晴れとした笑みを。
「でも、もうこうなっちゃってました。気が付いたら本当にびっくりするぐらいで。
貴女よりもあの人と知り合ってからの時間は短いんでしょうけど…でも、諦める気なんてないんです」
ざりざりと背中から心の芯までをやすりで擦られたような痛みが番外個体の中を走る。
とっさに返すべき皮肉や嘲笑、或いは軽口や減らず口がすべて霧散した。
悪意と負に満ちた彼女らしい、と、定義付けられている言葉の全てが霞のように消える。
そして僅かな間、番外個体の中に空白が生まれる。
不思議な間のようなものが二人の間に生まれる。
しかし、それは僅かなことであった。
空白になった番外個体の中に、次の瞬間すさまじい感情のうねりが沸き起こる。
「ざけんなよ…」
どろどろに冷えた溶岩のような、ぞっとするほど冷たく、何物も焼き尽くそうとするほど熱い感情。
「ふざけんじゃねーよ!!」
番外個体の叫びに呼応するように蒼い火花が散る。
「何が好きだよ。知り合った時間が短いけど関係ないって?はぁ?何だよ。何自分一人だけわかったような顔してんだよ。
ミサカの前でアイツのことわかったような顔してんじゃねーよ!!!アンタ何も知らないでしょ?
アイツのやってきたことなんて。何一つ。それで何でアイツのこと理解してますみたいな顔出来るわけ?」
生まれて初めて、番外個体は『一方通行以外の人間』に悪意をぶつけている。
それも、妹達から受信した一方通行への負の感情ではなく、番外個体自身の中から生じた負の感情だ。
「アイツのこと知ってたらアンタみたいな奴がアイツのこと好きになれるわけないじゃん。無能力者のくせに。
何も知らないで表でのほほんってしてるだけのガキの癖に。ウザいんだけど?
そんなガキが此処にいるなんていいわけないじゃん!!
表でのうのうとしてるアンタみたいなお嬢ちゃんにはわかるわけないだろ!!」
わかるのは自分達(妹達)だけでいいのだ。
拙く、いびつで、意固地な独占欲が番外個体の中を暴れまわる。
番外個体の剣幕に完全に少女は気圧されていた。
自然と荒くなる息を抑えるようにして、番外個体は唇を噛む。
自分の頭の中身が自分のものではないようだ。妹たちの意識が流れ込んでくる時の感覚とは異なる。
自分の知らない自分が、主導権を握って自分を操縦しているような感覚。未知の衝動に番外個体は困惑していた。
目の前の少女が、呆気にとられた顔をする。
番外個体の中に、ふっと影が忍び寄るように、唐突な悪意が降って湧く。
「そうだ…アンタ知らないんでしょう?知ってたら此処に来るはずないもんね」
これから話そうとすることに、番外個体の心に鈍痛が走る。
彼女の中の何かが軋みをあげる。
負の感情しか拾わないのではない、負の感情を拾いやすいということ。
つまりは負以外の感情も拾うということだ。
「アイツはね ――― 」
徐々に、目の前の少女の瞳が丸く見開かれていく。
そして、徐々に顔色が青ざめ、小さな震えが少女の身体に走る。
それは恐怖だと、番外個体にはわかっていた。
軋みが一層の高い音を立てていく。
彼女の中の、優先順位の下位にあたる感情。
軋みは番外個体の「良心」があげた悲鳴であった。
コメント 20
コメント一覧 (20)
スパイス入れすぎて胡椒味になってるナルシス駄文。
悪いけれど逆にキモイ
ナナはすげぇ良かったんだけどな。
要らない文、補足は読んでると邪魔になる。
>>1的には、結構良いと思ってるかもね。けど、読む側の気持ちも考えなきゃ。
ま、内容は面白いけど..
しんどい、後編行く気起きないわこれ
コロコロに連載してるスーパーマリオの漫画の作者がたまにいれてるツッコミを延々と見せられてるみたい
メタネタは嫌う人はとかく嫌うもんね
俺はスゲェ引きこまれてるんだけどな
乳粥の臭いがする!
簡単にいえば「物語世界」のはずなのに、同人誌や初春の花飾りといったうちらのいる現実世界の話を出してるってこと。しかも物語世界にいるはずの佐天さん視点で話が進んでいるから、この話は余計に違和感があるのかな。
ナナの人の最初の禁書SSなんだなコレ。
どういう具合に進めて行けば良いのかという試行錯誤ぶりが此処までわかりやすく出るのも珍しい。
シリアス向けなのに、固くなり過ぎないように無理してギャグ入れて滑ってる感じ。
文章力自体は結構高いと思う個人的には。
読む人を選ぶ作品だけど純粋に普通のSS読みたい人には向かない
最初のコメが否定的なのだとつられて否定コメが多くなるよね
中学生みたい
語り口調は人を選ぶかもしれんが、扱う言葉はしっかりしてる
メタ口調嫌いは仕方ないが、読まずに否定的なコメすんなや