- 1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 01:47:14.93:yuayTIDw0
「……あ、」
脱いだローファーを取ろうと腰を曲げた格好のまま見上げると、
靴箱を開けた状態で動きを止めている幼馴染の横顔。
ああ、と頭の隅で思い、それから口の端を上げる。
「ほう……またお手紙ですか。モテモテですなあ」
「うるさい」
澪は私が覗き込むより早く、靴箱に手を突っ込んだ。
上履きに乗せられているであろうそれがカサカサと音を立てる。
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2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 01:48:48.07:yuayTIDw0
「ん?今日は封筒じゃないのな」
「うん、」
澪は頬を淡い桜色に染め、取り出した紙袋を裏返し、また表を向ける。
水色の紙袋にラベンダー色のリボンできれいにラッピングされたそれには、
まるっこい文字で「澪先輩へ」と書かれたカードが添えられていた。
「学園祭が終わってから、増えたなあ」
「ああ……そうだな」
「ファンクラブの子?」
「どうかな」
「開けてみないのか?」
「あとで」
澪はそう言って肩に掛けた鞄のファスナーを半分ほど開け、紙袋を大事そうに仕舞った。
未だ靴下姿の私を一瞥し、置いてくぞとぶっきらぼうに言葉を投げてよこしたので
待ってよ澪しゃん!と大げさに慌ててみせ、ローファーを拾って自分の靴箱を開けた。
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 01:51:47.99:yuayTIDw0
「……あ、」
目にしたものを理解するより先に声が出た。
視界の端で澪が振り返り、疑問符付きで私の名を呼んだ。
「律?なにやって……んぁ?」
右手にローファーを掲げたままフリーズしている私の後ろから覗き込んだ澪は、
上履きにそっと乗せられたそれを見て、間の抜けた声をこぼした。
9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 01:53:02.10:yuayTIDw0
【3年2組 教室】
「なんと!」
「まあ……」
「へー、律にねえ」
HR終了から1限目が始まるまでの短い時間、
宿題を見せて下さいという懇願ついでに報告した靴箱での出来事について、
唯、ムギ、和から三者三様の感想を一言ずつ貰い受ける。
私は頬を掻きながら、鞄に入れてある手紙のことを思い返す。
オフホワイトの地にたんぽぽのイラストが入った可愛い封筒に、
その可愛さとは少々ギャップのある大人びた文字で「田井中 律 様」と書かれていた。
「それでりっちゃん、手紙にはなんて書いてあったの?」
「まだ読んでない」
「えー、早く読んでくれないと見れないじゃん!」
「当然自分も読みますよ、みたいな物言いだなおい」
「えへへ……だってぇ」
ニヘラと笑う唯に、小さく溜め息を落とす。
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 01:54:50.79:yuayTIDw0
「りっちゃんにファンレターかぁ……。はっ!ま、まさかラブレもがっ」
「そぉい!そこまでだ!」
唯が言い終わるより早く、てのひらを押し付けて口を塞いだ。
近くの席にいたクラスメイトの視線がちらりとこちらに向けられる。
きっと今、首を少し左にひねればニヤニヤと笑う澪と目が合うことだろう。
いつもとは逆転した立場に、後頭部辺りの髪が逆立ちそうな気分だ。
「ひょ、りっひゃんくるひぃ……」
「あ?ああっ、すまん」
もがく唯の口元から慌てて手を離した。
澪の、息を吐く音に似た笑い声が左耳に届く。
「まあ律はあんなふうに手紙貰うの初めてだろうから、恥ずかしがるのも無理ないよ」
「……なにその突然の上から発言」
「ふふっ、律が手紙貰うなんてなあ、ふはは、どんなことが書いてあるか楽しみだな」
「今ちょっとむかついたぞ、澪?」
「照れるなよ、手紙の感想は部室でゆっくり聞くからさ。……ぷっ、ふふっ」
「おいこら」
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 01:56:30.27:yuayTIDw0
……さて、あの手紙、いつ読もうか。
私の席は教室のいちばん前。授業中に読むと先生に見つかるリスクが高い。
移動教室で持って行くのもアレだし、休憩時間は澪たちの視線が気になるし、
トイレでコソコソ読むのもなんか違う気がする。
いや待て別にコソコソする必要なんてないだろ。唯がへんなこと言うからだ。
そんなふうに悶々と考えていたら、結局放課後まで封を開けることが出来なかった。
13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 01:58:09.25:yuayTIDw0
【放課後 音楽準備室】
「あ、りっちゃーん!待ってたよ!」
みんなより少し遅れて部室のドアを開くと、唯の声と一緒に甘い香りが流れてきた。
ティーポットを持ったムギが振り返り、ちょうどお茶を淹れたところよ、と微笑む。
「えーっと……梓はまだ、だな」
「うん、で、手紙にはなんて?」
はぐらかそうとした私の意思を華麗にスルーして、
席につくのも待ちきれない様子で唯が身を乗り出してくる。
軽くあしらって腰を落ち着けると、頬杖をついた澪と視線がぶつかった。
まじまじと私の顔を見る澪から出来る限り自然に視線を外し、
いただきます、と湯気の立つ紅茶を一口啜る。
「……あ、これうま」
「今日は甘めのバニラティーにしてみたの、ふふっ」
こころなしか、甘めの、の部分を強調してムギが笑い、
私はちょっと苦い顔で笑い返した。
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 01:59:50.85:yuayTIDw0
「もー、りっちゃん、読んできたんでしょ?」
私の左腕を掴んだ唯がなおも食い下がる。
ぐいと引かれた勢いで紅茶がこぼれそうになって、慌ててカップをソーサーに戻した。
「引っ張るなって。フツーにドラムと受験がんばってください的な内容だったよ」
「えーっ、それだけ?」
「それだけ」
「見せてもらっちゃいけませんか ♪」
「いけません ♪」
可愛い子ぶった唯に付き合いつつ、ばっさり断ってやる。
「ちぇー。……ほんとにそれだけ?」
「それだけだってば」
「なぁんだ、ラブレターじゃないのかぁ。ざーんねん」
「なんでそっちにもっていきたがるんだよ」
「だって、そのほうが乙女なりっちゃんをもっと見られ痛い痛い痛い」
「まあまあ、ふふっ」
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 02:01:08.47:yuayTIDw0
「……で、澪は?今朝のアレ開けてみた?」
唯の顔面に渾身のアイアンクローをかけたまま目線を移すと、
澪はちょうどティーカップに口をつけようとしているところだった。
「あら、澪ちゃんも何か貰ったの?」
私の言葉を受けて、ムギが目を輝かせる。
「んぐっ、……ああ、私も受験がんばってくださいって手紙。あと、クッキーが入ってた」
「おっ、手作りか?」
「うーん、多分」
ムギの眉がピンと逆八の字を描いた。ああ、何か思いついたな、今。
そして、なんとか王室御用達と書いてある高そうなパッケージを掲げるムギ。
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 02:03:21.70:yuayTIDw0
「今日のお菓子はクッキーだったのだけど……澪ちゃんは要らなかったかしら~」
「えっ」
予想外の冷やかしだったらしく、澪の頬が染まる。
ムギはいたずらな顔で微笑み、だってクッキーくれた子に悪いものね、と続けた。
「ムギっ……!?」
「ふふっ、どうする?澪ちゃん」
「ム、ムギのクッキーも美味しくいただきます!」
顔を赤らめたまま、まっすぐ左手を挙げ高らかに宣言する澪。
17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 02:04:48.52:yuayTIDw0
「太るぞー澪ぉー」
「うるさい!」
「あでっ」
机の下でスネを蹴り飛ばされ、はずみで唯のこめかみに掛けていた指がズリッと音を立てて滑った。
あひょぅ!と悲鳴をあげて悶絶する唯の隣で、私はスネをさすりながら唸る。
「うう……りっちゃん酷いよ……」
「くっ、澪め……」
「二人とも自業自得だ。ほら、お茶飲んだら勉強始めるぞ」
澪はそう言って、染まった頬を隠すように、手にしていた紅茶を一息で飲み干した。
18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 02:06:17.08:yuayTIDw0
西日が差し始めた部室に、ギターが作るリズムとノートにペンを走らせる音が混ざる。
梓はギターの練習、私たちは受験勉強。
私たち3年生にとって最後の学園祭が終わってからは、すっかりそのスタイルが定着した。
勉強に飽きた唯か私がたびたびお茶をねだり、そのたびに澪とムギにたしなめられてまた勉強。
そのうち我慢できなくなって、鞄に突っ込んだスティックに手を伸ばす。
集中しろと澪は叱るが、自身もベースを持ってきているのであまり強く言えない様子だ。
まあ、先輩方の勉強の邪魔をと詫びつつ嬉しそうな顔を隠し切れていない後輩にも
付き合ってやらないと、だよな?
19:M美のMはモブのM:2011/02/14(月) 02:08:09.67:yuayTIDw0
「なあ、梓」
「はい?」
長椅子の下に置いた鞄から新しいピックを取り出している梓に、小声で話しかける。
「梓の同級生にM美って子、いる?」
「M美ですか?……あー、1年のとき同じクラスにいましたよ」
「そっか」
「他に同じ名前の人がいるかは知りませんけど……。それがどうかしました?」
「いや、ちょっと聞いてみただけ……って?!」
視線を泳がせると、それぞれ楽器を触っていたはずの3人が一斉にこちらを向いていた。迂闊。
「ほぉ、律に手紙をくれた子、M美っていうのか」
「え、手紙って何ですか?」
「あずにゃん、今朝りっちゃんの靴箱にラブレターが入ってたんだよ!」
「え……。ええーっ!律先輩にラブレター!?」
「だからそういうのじゃねーって!」
いらんことを言うな、唯。
驚きつつなぜ半笑いなんだ、梓。
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 02:09:42.26:yuayTIDw0
「あずにゃんと同じクラスだったってことは、憂もその子のこと知ってるね」
「そのM美さんのことだったらそうですね。律先輩、名字はわからないんですか?」
「あ、うん、名前しか書いてなかった」
「あずにゃんが知ってるM美さんってどんな子?」
「ええと、あんまり話したことはなかったですけど……もの静かな感じの子でした」
もの静かな子、か。顔も知らないその子を想像してみる。
もっとも、そのM美さんと決まったわけではないのだけれども。
やや間があって、そういえば……と梓が記憶をたどるように視線を斜め上に向けた。
「いちどだけ、あの子に律先輩のこと聞かれたことがあったような……」
21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 02:11:10.33:yuayTIDw0
「なんて?」
「ドラム叩いてた先輩ってどんな人?って。去年の学園祭のあとくらいだったと思います」
「それで梓はどう答えたんだ?」
「えーと…………。あっ!えーと、けっ、軽音部の部長だよ、と」
「……ほう」
おい中野、いま確実に私に言えない何かを思い出しただろ。
どうせ練習しないとか大雑把だとかなんとか言ったんだろこら。
心の声が聞こえたのか、梓は静かに私から目を逸らした。
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:27:58.91:yuayTIDw0
帰宅時間を理由に、私への質問攻めを強制終了させた。
全ての片付けが済んだことを確認して、電気を消して部室の鍵を掛け
階段の途中で待つ皆に小走りで追いつく。
いつもの信号で唯、ムギ、梓と挨拶を交わしたら、澪とふたりの家路。
歩道に落ちている乾いた枯れ葉を、わざと踏んで歩く。
時折頬をかすめる風に、少しずつ冬が近づいているのを感じる。
「そろそろコートがいるかな」
「だなー」
道の先を見たまま澪が呟き、私は足下に目を向けたまま応える。
「なあ、律」
「んー?」
「手紙、本当はなんて書いてあったんだ?」
「……またその話かよ、もう勘弁して」
飽き飽きした、と言外に訴えて項垂れてみせるが、
澪が真面目な顔で私の横顔を見ているのがわかる。
25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:32:04.14:yuayTIDw0
「ほんとに、ただのファンレター?」
「……ん、何で?」
首だけひねって澪を見返し、視線が交差する。
澪は私から視線を逸らさず、言葉を続ける。
「ファンレターなら、逆に見せびらかしそうな気がするけど、律は」
「……それは、ほら初めてのことで恥ずかしいし?」
「なんだかんだと唯たちの質問もはぐらかしてたしさ」
「……」
「なんか、内容を知られるのを嫌がってる気がする」
「う……」
「……やっぱり、あれって、あれか?ラ、ラブレ…」
「あらやだ澪ちゃん妬いてんの?」
「それはない」
「即答かっ」
絶妙なタイミングで突っ込み、一瞬の間を置いて、同時に溜め息を落とす。
息が白くなるにはまだ季節が早いらしい。
26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:34:24.28:yuayTIDw0
「……まあ、なんでもないならいいんだけど」
そう独り言のように呟いて、ようやく澪が視線を外す。
「それより澪、貰ったクッキー美味かった?」
「え?ああ、いや、まだ食べてない」
「あらら、冷たいなぁ澪先輩」
「うるさいな、帰ったら食べるって。……律も1ついるか?」
そう言うと、澪は私の返事を待たずに鞄から水色の紙袋を取り出した。
クッキーを包んでいるのは、手作りを思わせる小さなビニール袋。
青いハートのシールで封がしてある。
澪が、長い指でココア色のクッキーを1枚つまみ上げ、私の口元に寄越す。
いいの?と目で尋ね、いいよ、と澪の眉が上がるのを確認して、ぱくりと噛み付いた。
……ん、なんかちょっと苦い。
28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:38:01.29:yuayTIDw0
…………
夕飯直後、突然お腹の中が音を立てて暴れ始めた。
1時間近くトイレで激痛と闘い、心配する母親に身振りで大丈夫と伝えて
フラフラしながらもなんとか自室に辿り着く。
携帯を掴んでベッドに倒れ込み、履歴の一番上を選んで発信ボタンを押す。
2コールのあと、いつもと変わらない声を確認した。
「ああ……澪は無事か」
『え、何? ていうか律、なんか疲れてる?』
「夕飯前だったらすみません、トイレの神様と小一時間仲良くお話してました」
『……夕飯前だけども。何、お腹壊したのか?大丈夫?』
「ああ……うん、なんとか……。なあ澪、あのクッキーもう食べた?」
かすかに澪のお母さんの声が聞こえて、
今電話中だからあとでー、と澪のくぐもった声が応える。
『ごめん。で、クッキー?まだだけど』
「えーと、あれ、食べない方がいいと思います、多分」
『……?意味がわからないぞ。ちゃんと説明しろ』
説明を始める前に、ベッドの上で横向きに寝直す。
29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:40:47.45:yuayTIDw0
夕飯を食べた家族も、一緒にムギの紅茶とクッキーを口にした澪も体調に変化はない。
昼に食べたお弁当が傷んでいたのなら、もっと早く症状が出るだろう。
そこまで一気に伝えて、はあ、と深く息を吐き出す。
『つまりあのクッキーが、傷んでたってことか?』
「ん……、多分」
そう答えながら別の可能性が頭に浮かんでいたけれど、とりあえず今は言わずにおく。
『じゃあ、食べるのやめとく。……なんかごめん、私が律にあげたから』
「澪が謝ることじゃないって。澪がなんともなくて良かったし」
『……うん、』
30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:43:21.31:yuayTIDw0
「それでさ、あれの贈り主って誰だったんだ?」
『えっと、ちょっと待って』
澪が移動する気配と、例の紙袋を探っているらしき音が受話器から漏れてくる。
少しして、あれ、という小さなつぶやきが聞こえた。
『名前……書いてない』
「匿名、か」
『書き忘れたのかな』
それならいいけどな、と内心で思う。
「手紙の内容は、普通だったんだよな?」
『うん、普通に、受験がんばってくださいって……。あのさ律、』
「ん?」
『なんでそんなこと聞くんだ?』
ああ、しまった。余計なことを聞いたか。
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:50:23.45:yuayTIDw0
『もしかして、律の手紙と私が貰ったプレゼントに何か関係あるのか?』
「……えーと」
『……私に、隠し事はナシだぞ』
「……」
『律』
あ、この声色は。本気で心配してて、本気で怒る一歩手前。
やっぱ誤摩化すのは無理……っていうか、もう隠さないほうがいいか。
「……わかったよ。でも、みんなにも話しときたいから」
『ん、』
「明日の放課後、みんなが部室に揃ったときでいいか?」
『わかった。じゃあ、今夜は大人しく寝るんだぞ。ちゃんと水分も摂るようにな』
「うん、サンキュ。おやすみ」
『おやすみ、お大事に』
通話を切って枕元に携帯を放り投げ、体の向きを変える。
鞄に突っ込んだままの手紙を思い出したら、無意識に溜め息が出た。
さて、あの手紙のこと、みんなにどう伝えたものか。
33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:53:00.00:yuayTIDw0
…………
【昼休み 3年2組 教室】
「唯ー、お客さん」
唯を呼ぶクラスメイトの声に振り返ると
教室の入り口に、赤いタイを着けた二人が立っていた。
「あれー、憂! 純ちゃんも」
唯は立ち上がり、オイデオイデと手招きで二人を呼んだ。
一緒にいるのは確か憂ちゃんと梓のクラスメイトの鈴木さん。
「みなさん、お昼休み中にすみません」
「どうも、お邪魔します……」
ぺこりとお辞儀して教室に入ってくるふたり。あれ、なんだか表情が硬い。
上級生の教室に来て緊張してるのか?
どうした、と私が聞くよりも早く、唯が妹の顔を覗き込んだ。
34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 03:58:18.65:yuayTIDw0
「憂、どうしたの?何かあった?」
姉の問いに、憂ちゃんの瞳がみるみる潤んでいく。
「えっ、う、憂?」
「あのねお姉ちゃん、梓ちゃんが……」
「あずにゃん?あずにゃんがどうかしたの?」
梓の名前を出したまま、憂ちゃんは言葉に詰まってしまった。
唯は唯で、妹の涙に動揺している。
鈴木さんが憂ちゃんの背中をさすり、言葉を繋ぐ。
「3時限目のあとの休憩時間に、梓、階段から落ちたんです」
梓が。
瞬間、全身の肌が粟立つのを感じた。
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:01:15.85:yuayTIDw0
「あっ、でも軽い打撲だけで酷い怪我はしてないって、」
憂ちゃんの手を握ってオロオロと取り乱す唯を見て、鈴木さんが慌ててフォローを入れた。
「唯、落ち着きなさい。それで、梓ちゃんは今どうしてるの?」
「あっ、梓は先生が病院に連れて行ってくれてます。もうすぐ戻ってくるそうです」
冷静な声で和が訊ね、鈴木さんは少し背筋を伸ばしてそれに答える。
「そう。大事にならなくてよかったわね」
「……えーと、それが……」
言い淀んで、2年生ふたりが視線を交わす。
小さく頷いた憂ちゃんは、目に溜まった涙を拭って私たちに顔を向けた。
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:03:44.66:yuayTIDw0
「梓ちゃん、階段を降りてたら後ろから突き飛ばされたって……」
「えっ」
憂ちゃんの言葉に、皆が絶句した。
「目撃した人もいなかったみたいで、誰なのかわからないそうなんですけど……」
「……梓がそう言ってたのか?」
私の問いに、憂ちゃんは不安そうな顔で頷いた。
「それで、あのね、お姉ちゃん」
「うん?」
繋がれた手を握り返す憂ちゃんに、唯が優しいまなざしを向ける。
憂ちゃんは少し上目遣いで、言葉を続ける。
「梓ちゃんすごく動揺してて、でも今日家に誰もいないらしくて」
「うん」
「今夜はうちに泊めてあげていいかなって、それを聞きにきたの」
「もちろんOKだよ憂。あずにゃんのこと安心させてあげよう!」
「……うんっ」
ぎゅっと手を握り合う姉妹の様子に、ほんの少し気持ちが和む。
39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:07:17.28:yuayTIDw0
「……じゃあ、今日は部室での勉強は中止だな」
「え、でも律、」
口を開きかけた澪を、無言で制す。
「憂ちゃん、鈴木さん、教えてくれてありがとう。もう予鈴鳴るから教室に戻りな」
「あ、はい。それじゃ失礼します」
ふたりの背中がドアの向こうに隠れるまで見送ってから、私は改めて4人の顔を見た。
「梓ちゃん、大丈夫かしら……」
全員の気持ちを代弁するようにムギが呟く。皆伏し目がちになり、空気が重い。
40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:10:38.27:yuayTIDw0
「……なあムギ、今日もおやつ持ってきてる?」
「え、うん、あるけど……?」
ムギの返答を聞いて、今度は唯に顔を向ける。
「唯、今日、私たちも家に行っていいか?」
「え?……あっ!」
唯の顔がぱっと晴れた。私が言わんとしていることに気付いたらしい。
「もちろんだよりっちゃん、今日はうちでティータイムだね!」
「そういうことだ」
笑顔でサムズアップしてみせると、皆ようやく表情を緩めた。
41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:15:57.89:yuayTIDw0
【放課後】
「……ご迷惑お掛けして、すみません」
「梓が謝ることじゃないだろー」
俯いて鼻をすする梓の頭を撫でてやると、はい、と消えそうな声が返ってきた。
「それじゃ、唯、ムギ。梓のことよろしくな」
「任せてりっちゃん!」
自分と梓の鞄を両肩に掛けてギー太を背負った唯が、私にピースを返す。
梓のギターケースは、ムギの右肩に掛けられている。
一旦着替えを取りに家へ戻る梓に、唯とムギが付き添ってくれることになった。
3人を見送って、さて、と腕を組む。
「律、私たちも一度家に帰るか?」
「いや、直接唯の家に行こう。……その前に、ちょーっと付き合って」
「え?どこに?」
首を傾げた澪に軽く口角を上げてみせ、じゃ行こうぜ、と目的の場所に向かう。
42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:18:34.07:yuayTIDw0
ドアを2回ノックして、返事を待たずにノブを回した。
「よっ、お邪魔するぞー」
「失礼しまーす……」
「あら、律? 澪も」
いつもの席で書類をめくっていた和が顔を上げ、私たちを見て眼鏡を上げ直す。
生徒会室にいたのは和ひとり。私にとっては好都合だ。
「今日は唯たちと一緒に帰るんじゃなかったの?」
「唯とムギには梓の家に付き添って貰ってる。私たちはあとから唯の家に行くよ」
「そう」
「で、ちょーっと和にお願いがあってさ」
「何かしら」
「今の2年生の、去年と今年のクラス写真を見せて欲しいんだけど」
「下級生のクラス写真?そんなもの見てどうするの?」
「んー、ちょっとなー」
言葉を濁した私に、和が眉をひそめる。
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:21:02.72:yuayTIDw0
「……理由が言えないなら、閲覧は許可できないわね」
「えっ」
和に頼めば簡単に見せてくれると思ったんだけど、思惑が外れた。
言い訳のひとつくらい考えてくればよかったと思うが、時既に遅し。
「見たいならちゃんと理由を言いなさい」
「あー……えっと……」
「……なあ律、もしかしてM美って子のこと調べるのか?」
私が答える前に、澪にそのものズバリ指摘された。
まあ昨日の今日だから、澪にはバレバレか。
「M美?」
和が、澪に視線を移す。
「律が昨日貰った手紙の差出人」
「ああ、あれね。それで、どうしてその子の事を調べるの?」
「……私もそれを知りたい。律、ちゃんと説明しろ」
澪と和の目が私に向けられる。
私は息を吐くと、肩にかけた鞄に手を突っ込んで例の手紙を掴み、
ふたりの前に黙って差し出した。
44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:23:46.68:yuayTIDw0
…………
「……何よコレ」
多少のことには動じない和も、さすがに戸惑っているのが見て取れた。
澪にいたっては予想通り青い顔をして絶句中だ。
「私にもわからん」
手にした便せんから私の顔に視線を上げた和に、苦笑いを返して肩をすくめる。
「ただ、澪のクッキーと梓の怪我がこの手紙に関係してるんじゃないかと思ってる」
「ひっ……!」
「あー、はいはい。ごめんな、何も説明しないでこんなの読ませて」
怯えきった澪の背中を、子供をあやす要領でさする。
私の腰にすがりついた澪の両手が震えているのが、制服越しに伝わってくる。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:26:12.19:yuayTIDw0
「さっきの律の説明だと、確かに3つの件は関係してると思っていいかもね」
「やっぱ、そうだよなあ」
結果的にこうなってしまったけれど、
和に手紙を読んでもらったのは正しい判断だったかもしれない。
「うぅ、ううう……り、律ぅ……」
……澪はこんなだし。
「それで、梓ちゃんとクラスメイトだった子のことを知りたいのね?」
私が頷くと、ちょっと待ってて、と和は本棚に向かい、2冊の小冊子を手に戻ってきた。
「ええと、去年のクラス写真は……これね」
和が開いたページを覗き込む。最前列に梓、3列目に憂ちゃんの顔を確認した。
写真の下に記載された名簿の中から、M美の文字を探す。
「あった。2列目の、左から4人目……この子だわ」
和の指先を目で追うと、昨日梓が言った通りもの静かな印象の女の子。
肩より少し長い黒髪を耳の下でふたつに結び、伏し目がちにしている。
46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:28:33.29:yuayTIDw0
続いて、今年の2年生のクラス写真からM美の姿を探す。
……いた。
伸びた髪が腰まで垂れているが、印象は1年生の時とさほど変わっていない。
「この子があんな手紙を?……信じられないな」
思ったことをそのまま口に出すと、そうね、と和が同意した。
「まだこの子って決まったわけじゃないのよね?」
「ああ、他のクラスや学年に同名がいるかもしれないし、偽名の可能性もある」
「……あれだけ律に執着した手紙を書くなら、偽名はないんじゃないかしら」
これは私の憶測だけど、と和が付け加える。
確かに、そうかもしれない。
48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:31:58.85:yuayTIDw0
「他のクラスにも同じ名前の生徒がいるか、調べたほうがいいわね」
「ああ。ごめんな、押し掛けたうえに付き合わせちゃって」
「いいのよ。それより、律」
「ん?」
「このことは、ちゃんと先生に相談するべきだと思うわ」
写真から顔を上げると、普段以上に真剣な顔をした和がまっすぐ私を見ていた。
「ん、わかった、あとでさわちゃんに話してみるよ」
ありがとうと言うと、和はどういたしまして、と小さく微笑んだ。
「……っと、ごめんちょっとトイレ。澪のこと頼む」
「ええ」
私の名を呼び震える澪をなんとか椅子に座らせ
すぐ戻ってくるからと頭を撫でて、私は生徒会室を出た。
49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:35:16.23:yuayTIDw0
【1階 トイレ】
とっくに用は済んでいるのだけど、
生徒会室に戻る前に混乱した頭を一度整理したかった。
個室の壁にもたれたまま、昨日からの出来事に思いを巡らせてみる。
それにしても、どうして私なんだろう。
あんな手紙を受け取る理由も、見ず知らずの人間に執着される原因も思い当たらない。
それに……あの手紙がタチの悪い冗談でないなら、
結果的に私が澪と梓を巻き込んだことになるのか?
昨日の時点で皆に言っていれば、梓は怪我せずに済んだのか?
答えの出ない自問自答に、思考が余計乱れてしまう。
「ああもう、なんなんだよ」
吐き捨てるように呟いて意味なく水洗ノブを回し、力任せに扉を開ける。
勢いのついた扉が個室を隔てる仕切りに当たって大きな音を立てた。
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:37:52.84:yuayTIDw0
「ぅひゃっ!!」
「ッ?!」
突然の悲鳴に飛び上がりそうになった。
悲鳴は、私が入っていた個室のひとつ奥からだ。
私が来たときにはすべて空いていたのに、いつの間にか2つ埋まっている。
自問自答に没頭しすぎて人が入ってきたことに気付かなかったらしい。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
思わず見えない相手に謝る。
「……その声、もしかして律先輩ですか?」
「えっ」
「ちょ、ちょっと待ってください。今出ますから」
あたふたと服を整える衣擦れの音から少し間を置いて水を流す音が聞こえ、
開いた個室の扉から顔を覗かせたのは、梓の友達……鈴木さんだった。
51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:40:15.87:yuayTIDw0
…………
「憂から聞きました。今日はみなさんが梓と一緒にいてくれるって」
洗った手をハンカチで拭きながら、鈴木さんが微笑む。
「先輩方と一緒なら、梓も安心できますね」
「ああ、鈴木さんも梓のこと心配してくれてありがとう」
「いえそんな。……友達ですから」
彼女は少し顔を赤らめ、スカートのポケットにハンカチを仕舞った。
「それじゃ私、部活に戻ります。梓によろしく伝えてください」
「うん、わかった。じゃあな」
癖のある髪を揺らしてペコリと下げた彼女にひらひらと手を振る。
トイレ入り口のドアが閉まるのを見届け、ひとつ溜め息を落としてから
私は勢い良く手洗い用の蛇口をひねった。
52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:42:23.31:yuayTIDw0
【生徒会室】
「M美って名前の生徒は、1年生に1人と、例の彼女のふたりだけみたいね」
全生徒の名前を調べ終え、
体の震えが止まる程度に落ち着きを取り戻した澪に話しかける。
「……なあ、和」
「なあに?」
膝の上で両手を強く結んだまま、澪が上目遣いに私を見た。
「あの手紙って……いったいどういうことなんだろう」
53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:45:05.28:yuayTIDw0
「そうね……。律はまったく身に覚えがないって言ってたし、」
「うん……」
「客観的に見ても、律を恋人と思い込んでいる子からの酷く一方的で病的な手紙、ね」
「……そのまんまだな」
「それ以外に表現のしようがないわ」
私の返答に、澪はそうだよな……と再び項垂れる。
こんなときは律のように頭を撫でてあげたほうがいいのかしら、と少し考える。
「わけがわからないけど、なんで、律なんだろう」
「……律にわからないことは私たちにもわからないわね」
「そう、だな」
澪が黙り込んで会話が途切れる。
私は何気なく、壁に掛けられた時計に目をやった。
律が生徒会室を出てから、20分以上過ぎていた。
54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:48:10.44:yuayTIDw0
「……律、ちょっと遅いわね」
「……うん」
「山中先生のところに行ったのかしら」
「もしかして、まだお腹の調子が悪いのかも」
「様子見に行ってみる?」
澪は少し戸惑う表情を見せたけれど、
やがて自分に言い聞かせるように、きゅっと口を結んで立ち上がった。
「私が行ってくるよ」
「大丈夫?」
「ああ、」
「じゃ、待ってるわね」
澪は硬い笑顔で頷き、すぐ戻ってくるから、と言い残して生徒会室を出ていった。
55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:50:52.68:yuayTIDw0
【1階 トイレ】
「ぷはっ」
冷たい水で顔を洗ったら、頭が少し冷えた気がした。
顔を上げて、濡れた自分の顔と対面する。
私が動揺してちゃいけない。皆にいらぬ心配をさせたくない。
口角を上げて無理矢理な笑顔を作ってみる。
「……あほくさ」
不細工な表情に呆れた。そういうことじゃないだろ、私。
ブレザーのポケットからハンカチを出して乱暴に顔を拭く。
56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:54:18.33:yuayTIDw0
濡れたハンカチをポケットにねじ込んで再び顔を上げた瞬間ーーー
心臓が止まるかと思った。
57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 04:59:51.62:yuayTIDw0
鏡越しに、入り口にいちばん近い個室の扉が音も無く開くのが見えた。
そこから私を見つめるのは、ついさきほど生徒会室で見た、あの子。
「……やっと、ふたりになれた」
そう言って薄く笑った彼女から、何故か目を逸らせない。
ああ、心底恐怖を味わうと声も出ないってのはホントなんだな、と、
頭の隅だけが妙に冷えている。
「ねえ?りっちゃん」
彼女は私の知らない声で、私の名を慣れ慣れしく呼んだ。
相手に動揺を悟られないように、出来る限りゆっくりと振り返る。
「……私は、あなたのことを知らないんだけど」
どうにか絞り出した自分の声が震えているのがわかる。
58:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:02:22.50:yuayTIDw0
「……ふふっ、今はふたりきりなんだから、お芝居しなくていいのに」
「……芝居?」
「私とりっちゃんの関係は、みんなには秘密だけど」
「……」
「今は、誰も聞いてないから大丈夫よ?」
彼女が何を言っているのか、理解できない。
「……昨日澪の靴箱にクッキー入れたの、お前か?」
「そうよ。だってりっちゃんにまとわりついて邪魔だったんだもん」
「……」
「まさかりっちゃんが食べちゃうとは思わなかったけど」
「梓を階段から突き飛ばしたのもお前か」
「そう。私たちの関係を皆にばらそうとしたから」
彼女は顔に笑顔を張りつけたまま澱みなく答える。
59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:04:32.96:yuayTIDw0
「なんで、」
声がかすれる。やけに喉が乾いている気がして、つばを飲み込む。
「なんで知ってるんだよ。クッキー食べたことも、梓がお前の名前を出したことも」
私の問いに彼女は一瞬キョトンとして、それから声を立ててわらった。
「なんでって、だって、私はいつもりっちゃんのこと見てるから」
「……ッ」
さも当然のように答えた彼女に、ぞくりと背中が震える。
60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:07:26.32:yuayTIDw0
「……だいたい、どうして私なんだよ」
「……え?」
「今まで一度も会ったことも、話したこともないのに」
そう言うと、彼女の顔から笑顔が消えた。
脱力したように俯き、長い前髪が彼女の表情を覆い隠す。
「……おい、」
「……ひどい」
「……」
「あいつら、ひどい」
「……え、」
「あいつらでしょ、りっちゃんにそんなこと言わせてるの」
「……は?」
「私とりっちゃんを引き離そうとして、無理矢理言わせてるんでしょ!」
彼女の顔が怒りでゆがみ、思わず身構える。
61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:09:56.51:yuayTIDw0
「どうしてなんて聞かないでよ」
「……」
「人を好きになるのに、いちいち理由が必要なの?」
「……」
「初めてりっちゃんを見た時から、ずっと想い続けてるのに」
「……」
「私はずっと、りっちゃんのこと見てきたのに」
「……」
「ねえ?りっちゃん……りっちゃんも私のこと、好きだよね?」
彼女は口元を笑みの形に歪ませ、ブレザーのポケットから何かを取り出した。
キチキチと弾くような音に、それがカッターナイフだと気付く。
62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:13:57.84:yuayTIDw0
頭の中で警告音が鳴り響いているのに体がうまく動かない。
彼女はいびつな笑顔を張り付けたまま、一歩ずつ私に近づいてくる。
「ねえ、りっちゃん?」
彼女の右手がゆっくりと胸の高さまで上がる。
そこに握られた鈍い光から、目を逸らすことができない。
「好きって、言ってよ……」
63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:16:36.39:yuayTIDw0
「律ー、いるのか?」
カッターナイフが振り上げられようとした瞬間、入り口のドアが開いた。
私がその名を呼ぶのと、彼女が振り返るのがほぼ同時だった。
「澪!」
「えっ」
澪は私を見て、それから一瞬遅れて、開けたドアの死角にいた彼女の存在に気付いた。
澪の口から声にならない悲鳴が漏れる。
「ッ、くそっ」
彼女が体を澪に向けたのを見て、咄嗟に腕を伸ばして彼女の右手首を掴んだ。
「澪!外に出ろ!」
「あ…う…」
「澪!!」
恐怖で立ちすくむ澪を怒鳴りつける。
澪はビクリと体を震わせ、よろけるように2歩、3歩と後ろへ下がった。
「早く、先生をーーーーー」
64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:20:01.58:yuayTIDw0
そう言いかけた瞬間、右手に鋭い痛みが走った。反射的に掴んでいた手を離す。
「っ……痛……」
「律……!」
悲鳴のような声で私を呼ぶ澪の声が耳に届く。
「いいから、早く先生呼んでこい!」
「あ、……う、うん」
開いたドアの向こうで転がるように走り出した澪を確認して、
私は再び彼女へと視線を戻した。
66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:22:19.41:yuayTIDw0
右手の甲を押さえる指の間から、じわりと血が溢れてタイルの上に落ちる。
心臓が右手に移動したかのように、そこだけが強く脈打って熱い。
彼女は無表情のまま、左手に持ち替えていたカッターナイフを右手で握り直した。
「どうして……?」
独り言のように、彼女が呟く。
「どうして私じゃないの?」
「……」
「どうして、あの人なの?」
「……何を、言ってるんだ?」
「何、って」
かくん、と彼女が首をかしげる。
「……決まってるじゃない。りっちゃんの、好きな人」
67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:24:57.75:yuayTIDw0
言われた意味が理解できなかったのは、右手の痛みのせいだろうか。
私の好きな人?
「一生懸命想い続ければ、りっちゃんはきっと気持ちに応えてくれるって」
「……」
「そう、思ってきたけど、」
「……」
「でも、ダメね」
「……」
「ダメなら、いっそ……」
「……ッ」
68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:28:32.10:yuayTIDw0
突然、どこからか携帯の着信音が鳴り響いた。
彼女がビクリと手を止めた隙を見逃さなかった。再び右手を掴んで力任せに壁に叩き付ける。
彼女は小さな悲鳴を上げ、カッターナイフを落とした。
蹴り飛ばしたカッターナイフは、耳障りな音をたてながらタイルの上を滑っていった。
69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:31:11.66:yuayTIDw0
「おい!なにやってるんだ!」
男の先生が数人トイレになだれ込んできて、彼女と私を引き剥がす。
呆然とした彼女が抱きかかえられる形で廊下に連れ出されるのと入れ違いに、
血相を変えたさわちゃんが飛び込んできた。
70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:33:18.12:yuayTIDw0
「あ、さわちゃん」
つい、間の抜けた声を出してしまう。
「りっちゃん大丈夫? ちょ、ちょっとその手……!」
「あ?……あぁ、そっか……」
言われて、自分の手から血が流れ落ちていることを思い出した。
上靴汚れちゃったなあ、洗濯して落ちるかなあ、と呑気なことを考える。
「とりあえず止血するから、傷口洗うわよ?」
さわちゃんはためらうことなく血だらけの私の手を取り、
手洗い用の蛇口まで引っ張った。
冷たい水が傷口に沁みて、ひぃっと情けない声が出る。
72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:36:27.44:yuayTIDw0
「取り乱した澪ちゃんがいきなり職員室に駆け込んでくるから、慌てたわよ」
「……へへ、ごめん」
「何があったのか、あとでちゃんと説明しなさい?」
「はーい」
さわちゃんは私の右手を肩の高さまで上げさせると、
ポケットから薄桃色のハンカチを取り出し、私の傷口を強く縛った。
肌触りの良い布地に血がにじむ。今度、似たハンカチを買って返そう。
「あ……そうだ、澪は?」
「澪ちゃんなら、そこにいるわよ」
ほら、とさわちゃんに促されてトイレの入り口を見ると、
顔を半分だけ覗かせた澪が、小動物のように震えながらこちらの様子を見ていた。
73:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:38:45.96:yuayTIDw0
「……おい、いるなら声掛けろよ」
「だって……律、血、血が…」
「はあ?血なんか毎月見てるだろ?」
澪の頭上に一瞬クエスチョンマークが浮かび、次の瞬間、首まで真っ赤になった。
「!? こ、こんな時に何言ってんだばか!」
「真っ赤になってんじゃねえよ。小学生か」
「小学生はお前だ!」
裏返った澪の怒鳴り声に、思わず噴き出してしまった。
隣を見れば、さわちゃんも笑っている。
「じゃ、とりあえず保健室に行きましょう?話はそこで聞くわ」
75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:41:21.82:yuayTIDw0
…………
【夜 平沢家】
相手があまりに取り乱していて話を聞ける状態ではないとのことで、今日は家に帰された。
さわちゃんに自宅まで送ってもらい、私服に着替えてから、澪と一緒に唯の家を訪ねた。
「りっちゃん、澪ちゃん!」
和から今日の事を聞いていたんだろう、玄関先で唯に力いっぱい抱きしめられた。
心配掛けてゴメン、と謝る。
リビングに入ると、テーブルを囲んで座るムギと梓、それから憂ちゃんと和。
私たちを見て、皆が安堵の溜め息を漏らした。
「和、今日は色々ごめんな」
騒動に気付いた和はトイレの前に駆けつけて、
何事かと集まる野次馬たちをうまくかわしてくれたのだとさわちゃんから聞いた。
私が保健室で止血してもらっている間に、事の経緯を先生に説明までしてくれたらしい。
「いいのよ。何より律が無事でよかったわ」
76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:44:11.14:yuayTIDw0
「律先輩、お怪我は……大丈夫なんですか?」
憂ちゃんと寄り添うように座っている梓が、おずおずと私に声を掛ける。
「ん?ああ、ちょっと引っかけられた程度だから、たいした事ないよ」
包帯が巻かれた右手をひらひらと振ってみせる。
ちょっと、というのはとっさに出た嘘だけれど、梓を安堵させるには充分だったようだ。
「それより、私が梓を巻き込んだんだよな。ごめん」
「……もう、律先輩が謝ることじゃないですよ」
ほんの数時間前に私が言った台詞をそのまま返された。
梓を顔を見合わせて、互いに笑う。
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:55:23.72:UqI803Gn0
「あー、それから。ありがとう梓。アレはほんと助かった」
「あ、いえ。ほんとに偶然でしたから。でも、よかったです」
「梓からも、鈴木さんにお礼言っておいてくれな」
「はい!」
あの時トイレで響いた着信音は、鈴木さんが置き忘れた携帯だったことをあとで知った。
そして、鈴木さんの携帯に電話したのが梓だったことも。
「……じゃあ今度、彼女もティータイムに招待しちゃおっか」
ムギがそんな提案をして、いいねと皆が声をそろえる。
「それじゃ、みなさん揃ったことですし、ご飯にしましょっか」
「おおっ、賛成!」
立ち上がった憂ちゃんに、手伝うわ、とムギと和が続く。
憂ちゃんがキッチンに向かうのと入れ違いで、唯が梓の隣に腰を下ろした。
80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 05:58:57.77:UqI803Gn0
「唯、ちょっとトイレ借りるなー」
「どぞー」
唯に一言ことわって、薄暗い廊下に出る。
トイレに向かおうと数歩進んだところで、突然足の力が抜けその場にへたり込んだ。
「あ、あれ……?」
体に力が入らず、それどころか全身が小刻みに震えている。
わけがわからずに軽くパニックを起こす。
リビングのドアが少し開いて、室内から漏れる光が私の顔を細く照らした。
「律?なんか物音がしたけど……そんなところでなにやってるんだ?」
ドアを閉めて近づいてきた澪が、私の異変に気付く。
「えっ、どうした、律?」
「だいじょぶ……だから、大きい声、だすな」
震える手をどうにか持ち上げ、澪の腕を掴んだ。
81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 06:02:20.05:UqI803Gn0
「……みんなの顔みたら、安心して……気が抜けた、みたい。はは、」
奥歯が鳴ってうまく喋れない。
「大丈夫、落ち着くまで待つから」
力の入らない体を澪が抱きしめてくれる。素直に体を預けて震えが収まるのを待つ。
「色々あったもんな。……すごく、怖かったし」
「うん……怖かった」
背中を撫でてくれる澪の手がやさしい。
82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 06:05:40.16:UqI803Gn0
澪の左肩にくっつけている額を収まりの良い位置までもぞもぞと動かすと、
澪はちょっと笑って私の頭を撫でてくれた。
「……なあ、澪」
「ん?」
「ちょっと……好き、って言ってみて?」
「は? なんで?」
「なんでって、聞くなよ。好きって言うのに、理由なんているのか?」
どこかで聞いたような台詞を口に出してみる。
「えー。…………いや、いるだろ」
「……ですよねー」
「変なやつだな」
83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 06:09:54.96:UqI803Gn0
キッチンから、美味しそうな匂いが漂ってくる。
カチャカチャと食器が運ばれる音も聞こえる。
何の料理かなと考えたら腹の虫が盛大に鳴いて、澪が噴き出した。
「律」
「んー?」
「震え、止まってるぞ」
「あ」
抱きついていた私を容赦なくひっぺがし、澪はさっさと立ち上がった。
「ほら、トイレ行くんだろ?」
「あ、うん」
差し出された澪の左手に、自分の左手を重ねる。
ぐいと引っ張られ、よろけながらもなんとか立ち上がれた。
84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 06:13:06.18:UqI803Gn0
「ここで待ってたほうがいいか?」
「いや、大丈夫。先に戻ってて」
軽く手を振って澪に背を向ける。背後からパチッと音がして、視界が明るく照らされた。
「電気、戻る時に消せよ」
「サンキュ」
「……律」
「何?」
名を呼ばれ、首だけひねって澪を見る。
「早く戻ってこいな」
「……ん、」
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 06:16:59.70:UqI803Gn0
白熱電球に照らされた幼馴染の柔らかな微笑みに、
ああ、と心の中で思い、気付けば私も笑顔を浮かべていた。
おしまい
86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 06:19:13.06:UqI803Gn0
「ん?今日は封筒じゃないのな」
「うん、」
澪は頬を淡い桜色に染め、取り出した紙袋を裏返し、また表を向ける。
水色の紙袋にラベンダー色のリボンできれいにラッピングされたそれには、
まるっこい文字で「澪先輩へ」と書かれたカードが添えられていた。
「学園祭が終わってから、増えたなあ」
「ああ……そうだな」
「ファンクラブの子?」
「どうかな」
「開けてみないのか?」
「あとで」
澪はそう言って肩に掛けた鞄のファスナーを半分ほど開け、紙袋を大事そうに仕舞った。
未だ靴下姿の私を一瞥し、置いてくぞとぶっきらぼうに言葉を投げてよこしたので
待ってよ澪しゃん!と大げさに慌ててみせ、ローファーを拾って自分の靴箱を開けた。
「……あ、」
目にしたものを理解するより先に声が出た。
視界の端で澪が振り返り、疑問符付きで私の名を呼んだ。
「律?なにやって……んぁ?」
右手にローファーを掲げたままフリーズしている私の後ろから覗き込んだ澪は、
上履きにそっと乗せられたそれを見て、間の抜けた声をこぼした。
【3年2組 教室】
「なんと!」
「まあ……」
「へー、律にねえ」
HR終了から1限目が始まるまでの短い時間、
宿題を見せて下さいという懇願ついでに報告した靴箱での出来事について、
唯、ムギ、和から三者三様の感想を一言ずつ貰い受ける。
私は頬を掻きながら、鞄に入れてある手紙のことを思い返す。
オフホワイトの地にたんぽぽのイラストが入った可愛い封筒に、
その可愛さとは少々ギャップのある大人びた文字で「田井中 律 様」と書かれていた。
「それでりっちゃん、手紙にはなんて書いてあったの?」
「まだ読んでない」
「えー、早く読んでくれないと見れないじゃん!」
「当然自分も読みますよ、みたいな物言いだなおい」
「えへへ……だってぇ」
ニヘラと笑う唯に、小さく溜め息を落とす。
「りっちゃんにファンレターかぁ……。はっ!ま、まさかラブレもがっ」
「そぉい!そこまでだ!」
唯が言い終わるより早く、てのひらを押し付けて口を塞いだ。
近くの席にいたクラスメイトの視線がちらりとこちらに向けられる。
きっと今、首を少し左にひねればニヤニヤと笑う澪と目が合うことだろう。
いつもとは逆転した立場に、後頭部辺りの髪が逆立ちそうな気分だ。
「ひょ、りっひゃんくるひぃ……」
「あ?ああっ、すまん」
もがく唯の口元から慌てて手を離した。
澪の、息を吐く音に似た笑い声が左耳に届く。
「まあ律はあんなふうに手紙貰うの初めてだろうから、恥ずかしがるのも無理ないよ」
「……なにその突然の上から発言」
「ふふっ、律が手紙貰うなんてなあ、ふはは、どんなことが書いてあるか楽しみだな」
「今ちょっとむかついたぞ、澪?」
「照れるなよ、手紙の感想は部室でゆっくり聞くからさ。……ぷっ、ふふっ」
「おいこら」
……さて、あの手紙、いつ読もうか。
私の席は教室のいちばん前。授業中に読むと先生に見つかるリスクが高い。
移動教室で持って行くのもアレだし、休憩時間は澪たちの視線が気になるし、
トイレでコソコソ読むのもなんか違う気がする。
いや待て別にコソコソする必要なんてないだろ。唯がへんなこと言うからだ。
そんなふうに悶々と考えていたら、結局放課後まで封を開けることが出来なかった。
【放課後 音楽準備室】
「あ、りっちゃーん!待ってたよ!」
みんなより少し遅れて部室のドアを開くと、唯の声と一緒に甘い香りが流れてきた。
ティーポットを持ったムギが振り返り、ちょうどお茶を淹れたところよ、と微笑む。
「えーっと……梓はまだ、だな」
「うん、で、手紙にはなんて?」
はぐらかそうとした私の意思を華麗にスルーして、
席につくのも待ちきれない様子で唯が身を乗り出してくる。
軽くあしらって腰を落ち着けると、頬杖をついた澪と視線がぶつかった。
まじまじと私の顔を見る澪から出来る限り自然に視線を外し、
いただきます、と湯気の立つ紅茶を一口啜る。
「……あ、これうま」
「今日は甘めのバニラティーにしてみたの、ふふっ」
こころなしか、甘めの、の部分を強調してムギが笑い、
私はちょっと苦い顔で笑い返した。
「もー、りっちゃん、読んできたんでしょ?」
私の左腕を掴んだ唯がなおも食い下がる。
ぐいと引かれた勢いで紅茶がこぼれそうになって、慌ててカップをソーサーに戻した。
「引っ張るなって。フツーにドラムと受験がんばってください的な内容だったよ」
「えーっ、それだけ?」
「それだけ」
「見せてもらっちゃいけませんか ♪」
「いけません ♪」
可愛い子ぶった唯に付き合いつつ、ばっさり断ってやる。
「ちぇー。……ほんとにそれだけ?」
「それだけだってば」
「なぁんだ、ラブレターじゃないのかぁ。ざーんねん」
「なんでそっちにもっていきたがるんだよ」
「だって、そのほうが乙女なりっちゃんをもっと見られ痛い痛い痛い」
「まあまあ、ふふっ」
「……で、澪は?今朝のアレ開けてみた?」
唯の顔面に渾身のアイアンクローをかけたまま目線を移すと、
澪はちょうどティーカップに口をつけようとしているところだった。
「あら、澪ちゃんも何か貰ったの?」
私の言葉を受けて、ムギが目を輝かせる。
「んぐっ、……ああ、私も受験がんばってくださいって手紙。あと、クッキーが入ってた」
「おっ、手作りか?」
「うーん、多分」
ムギの眉がピンと逆八の字を描いた。ああ、何か思いついたな、今。
そして、なんとか王室御用達と書いてある高そうなパッケージを掲げるムギ。
「今日のお菓子はクッキーだったのだけど……澪ちゃんは要らなかったかしら~」
「えっ」
予想外の冷やかしだったらしく、澪の頬が染まる。
ムギはいたずらな顔で微笑み、だってクッキーくれた子に悪いものね、と続けた。
「ムギっ……!?」
「ふふっ、どうする?澪ちゃん」
「ム、ムギのクッキーも美味しくいただきます!」
顔を赤らめたまま、まっすぐ左手を挙げ高らかに宣言する澪。
「太るぞー澪ぉー」
「うるさい!」
「あでっ」
机の下でスネを蹴り飛ばされ、はずみで唯のこめかみに掛けていた指がズリッと音を立てて滑った。
あひょぅ!と悲鳴をあげて悶絶する唯の隣で、私はスネをさすりながら唸る。
「うう……りっちゃん酷いよ……」
「くっ、澪め……」
「二人とも自業自得だ。ほら、お茶飲んだら勉強始めるぞ」
澪はそう言って、染まった頬を隠すように、手にしていた紅茶を一息で飲み干した。
西日が差し始めた部室に、ギターが作るリズムとノートにペンを走らせる音が混ざる。
梓はギターの練習、私たちは受験勉強。
私たち3年生にとって最後の学園祭が終わってからは、すっかりそのスタイルが定着した。
勉強に飽きた唯か私がたびたびお茶をねだり、そのたびに澪とムギにたしなめられてまた勉強。
そのうち我慢できなくなって、鞄に突っ込んだスティックに手を伸ばす。
集中しろと澪は叱るが、自身もベースを持ってきているのであまり強く言えない様子だ。
まあ、先輩方の勉強の邪魔をと詫びつつ嬉しそうな顔を隠し切れていない後輩にも
付き合ってやらないと、だよな?
「なあ、梓」
「はい?」
長椅子の下に置いた鞄から新しいピックを取り出している梓に、小声で話しかける。
「梓の同級生にM美って子、いる?」
「M美ですか?……あー、1年のとき同じクラスにいましたよ」
「そっか」
「他に同じ名前の人がいるかは知りませんけど……。それがどうかしました?」
「いや、ちょっと聞いてみただけ……って?!」
視線を泳がせると、それぞれ楽器を触っていたはずの3人が一斉にこちらを向いていた。迂闊。
「ほぉ、律に手紙をくれた子、M美っていうのか」
「え、手紙って何ですか?」
「あずにゃん、今朝りっちゃんの靴箱にラブレターが入ってたんだよ!」
「え……。ええーっ!律先輩にラブレター!?」
「だからそういうのじゃねーって!」
いらんことを言うな、唯。
驚きつつなぜ半笑いなんだ、梓。
「あずにゃんと同じクラスだったってことは、憂もその子のこと知ってるね」
「そのM美さんのことだったらそうですね。律先輩、名字はわからないんですか?」
「あ、うん、名前しか書いてなかった」
「あずにゃんが知ってるM美さんってどんな子?」
「ええと、あんまり話したことはなかったですけど……もの静かな感じの子でした」
もの静かな子、か。顔も知らないその子を想像してみる。
もっとも、そのM美さんと決まったわけではないのだけれども。
やや間があって、そういえば……と梓が記憶をたどるように視線を斜め上に向けた。
「いちどだけ、あの子に律先輩のこと聞かれたことがあったような……」
「なんて?」
「ドラム叩いてた先輩ってどんな人?って。去年の学園祭のあとくらいだったと思います」
「それで梓はどう答えたんだ?」
「えーと…………。あっ!えーと、けっ、軽音部の部長だよ、と」
「……ほう」
おい中野、いま確実に私に言えない何かを思い出しただろ。
どうせ練習しないとか大雑把だとかなんとか言ったんだろこら。
心の声が聞こえたのか、梓は静かに私から目を逸らした。
帰宅時間を理由に、私への質問攻めを強制終了させた。
全ての片付けが済んだことを確認して、電気を消して部室の鍵を掛け
階段の途中で待つ皆に小走りで追いつく。
いつもの信号で唯、ムギ、梓と挨拶を交わしたら、澪とふたりの家路。
歩道に落ちている乾いた枯れ葉を、わざと踏んで歩く。
時折頬をかすめる風に、少しずつ冬が近づいているのを感じる。
「そろそろコートがいるかな」
「だなー」
道の先を見たまま澪が呟き、私は足下に目を向けたまま応える。
「なあ、律」
「んー?」
「手紙、本当はなんて書いてあったんだ?」
「……またその話かよ、もう勘弁して」
飽き飽きした、と言外に訴えて項垂れてみせるが、
澪が真面目な顔で私の横顔を見ているのがわかる。
「ほんとに、ただのファンレター?」
「……ん、何で?」
首だけひねって澪を見返し、視線が交差する。
澪は私から視線を逸らさず、言葉を続ける。
「ファンレターなら、逆に見せびらかしそうな気がするけど、律は」
「……それは、ほら初めてのことで恥ずかしいし?」
「なんだかんだと唯たちの質問もはぐらかしてたしさ」
「……」
「なんか、内容を知られるのを嫌がってる気がする」
「う……」
「……やっぱり、あれって、あれか?ラ、ラブレ…」
「あらやだ澪ちゃん妬いてんの?」
「それはない」
「即答かっ」
絶妙なタイミングで突っ込み、一瞬の間を置いて、同時に溜め息を落とす。
息が白くなるにはまだ季節が早いらしい。
「……まあ、なんでもないならいいんだけど」
そう独り言のように呟いて、ようやく澪が視線を外す。
「それより澪、貰ったクッキー美味かった?」
「え?ああ、いや、まだ食べてない」
「あらら、冷たいなぁ澪先輩」
「うるさいな、帰ったら食べるって。……律も1ついるか?」
そう言うと、澪は私の返事を待たずに鞄から水色の紙袋を取り出した。
クッキーを包んでいるのは、手作りを思わせる小さなビニール袋。
青いハートのシールで封がしてある。
澪が、長い指でココア色のクッキーを1枚つまみ上げ、私の口元に寄越す。
いいの?と目で尋ね、いいよ、と澪の眉が上がるのを確認して、ぱくりと噛み付いた。
……ん、なんかちょっと苦い。
…………
夕飯直後、突然お腹の中が音を立てて暴れ始めた。
1時間近くトイレで激痛と闘い、心配する母親に身振りで大丈夫と伝えて
フラフラしながらもなんとか自室に辿り着く。
携帯を掴んでベッドに倒れ込み、履歴の一番上を選んで発信ボタンを押す。
2コールのあと、いつもと変わらない声を確認した。
「ああ……澪は無事か」
『え、何? ていうか律、なんか疲れてる?』
「夕飯前だったらすみません、トイレの神様と小一時間仲良くお話してました」
『……夕飯前だけども。何、お腹壊したのか?大丈夫?』
「ああ……うん、なんとか……。なあ澪、あのクッキーもう食べた?」
かすかに澪のお母さんの声が聞こえて、
今電話中だからあとでー、と澪のくぐもった声が応える。
『ごめん。で、クッキー?まだだけど』
「えーと、あれ、食べない方がいいと思います、多分」
『……?意味がわからないぞ。ちゃんと説明しろ』
説明を始める前に、ベッドの上で横向きに寝直す。
夕飯を食べた家族も、一緒にムギの紅茶とクッキーを口にした澪も体調に変化はない。
昼に食べたお弁当が傷んでいたのなら、もっと早く症状が出るだろう。
そこまで一気に伝えて、はあ、と深く息を吐き出す。
『つまりあのクッキーが、傷んでたってことか?』
「ん……、多分」
そう答えながら別の可能性が頭に浮かんでいたけれど、とりあえず今は言わずにおく。
『じゃあ、食べるのやめとく。……なんかごめん、私が律にあげたから』
「澪が謝ることじゃないって。澪がなんともなくて良かったし」
『……うん、』
「それでさ、あれの贈り主って誰だったんだ?」
『えっと、ちょっと待って』
澪が移動する気配と、例の紙袋を探っているらしき音が受話器から漏れてくる。
少しして、あれ、という小さなつぶやきが聞こえた。
『名前……書いてない』
「匿名、か」
『書き忘れたのかな』
それならいいけどな、と内心で思う。
「手紙の内容は、普通だったんだよな?」
『うん、普通に、受験がんばってくださいって……。あのさ律、』
「ん?」
『なんでそんなこと聞くんだ?』
ああ、しまった。余計なことを聞いたか。
『もしかして、律の手紙と私が貰ったプレゼントに何か関係あるのか?』
「……えーと」
『……私に、隠し事はナシだぞ』
「……」
『律』
あ、この声色は。本気で心配してて、本気で怒る一歩手前。
やっぱ誤摩化すのは無理……っていうか、もう隠さないほうがいいか。
「……わかったよ。でも、みんなにも話しときたいから」
『ん、』
「明日の放課後、みんなが部室に揃ったときでいいか?」
『わかった。じゃあ、今夜は大人しく寝るんだぞ。ちゃんと水分も摂るようにな』
「うん、サンキュ。おやすみ」
『おやすみ、お大事に』
通話を切って枕元に携帯を放り投げ、体の向きを変える。
鞄に突っ込んだままの手紙を思い出したら、無意識に溜め息が出た。
さて、あの手紙のこと、みんなにどう伝えたものか。
…………
【昼休み 3年2組 教室】
「唯ー、お客さん」
唯を呼ぶクラスメイトの声に振り返ると
教室の入り口に、赤いタイを着けた二人が立っていた。
「あれー、憂! 純ちゃんも」
唯は立ち上がり、オイデオイデと手招きで二人を呼んだ。
一緒にいるのは確か憂ちゃんと梓のクラスメイトの鈴木さん。
「みなさん、お昼休み中にすみません」
「どうも、お邪魔します……」
ぺこりとお辞儀して教室に入ってくるふたり。あれ、なんだか表情が硬い。
上級生の教室に来て緊張してるのか?
どうした、と私が聞くよりも早く、唯が妹の顔を覗き込んだ。
「憂、どうしたの?何かあった?」
姉の問いに、憂ちゃんの瞳がみるみる潤んでいく。
「えっ、う、憂?」
「あのねお姉ちゃん、梓ちゃんが……」
「あずにゃん?あずにゃんがどうかしたの?」
梓の名前を出したまま、憂ちゃんは言葉に詰まってしまった。
唯は唯で、妹の涙に動揺している。
鈴木さんが憂ちゃんの背中をさすり、言葉を繋ぐ。
「3時限目のあとの休憩時間に、梓、階段から落ちたんです」
梓が。
瞬間、全身の肌が粟立つのを感じた。
「あっ、でも軽い打撲だけで酷い怪我はしてないって、」
憂ちゃんの手を握ってオロオロと取り乱す唯を見て、鈴木さんが慌ててフォローを入れた。
「唯、落ち着きなさい。それで、梓ちゃんは今どうしてるの?」
「あっ、梓は先生が病院に連れて行ってくれてます。もうすぐ戻ってくるそうです」
冷静な声で和が訊ね、鈴木さんは少し背筋を伸ばしてそれに答える。
「そう。大事にならなくてよかったわね」
「……えーと、それが……」
言い淀んで、2年生ふたりが視線を交わす。
小さく頷いた憂ちゃんは、目に溜まった涙を拭って私たちに顔を向けた。
「梓ちゃん、階段を降りてたら後ろから突き飛ばされたって……」
「えっ」
憂ちゃんの言葉に、皆が絶句した。
「目撃した人もいなかったみたいで、誰なのかわからないそうなんですけど……」
「……梓がそう言ってたのか?」
私の問いに、憂ちゃんは不安そうな顔で頷いた。
「それで、あのね、お姉ちゃん」
「うん?」
繋がれた手を握り返す憂ちゃんに、唯が優しいまなざしを向ける。
憂ちゃんは少し上目遣いで、言葉を続ける。
「梓ちゃんすごく動揺してて、でも今日家に誰もいないらしくて」
「うん」
「今夜はうちに泊めてあげていいかなって、それを聞きにきたの」
「もちろんOKだよ憂。あずにゃんのこと安心させてあげよう!」
「……うんっ」
ぎゅっと手を握り合う姉妹の様子に、ほんの少し気持ちが和む。
「……じゃあ、今日は部室での勉強は中止だな」
「え、でも律、」
口を開きかけた澪を、無言で制す。
「憂ちゃん、鈴木さん、教えてくれてありがとう。もう予鈴鳴るから教室に戻りな」
「あ、はい。それじゃ失礼します」
ふたりの背中がドアの向こうに隠れるまで見送ってから、私は改めて4人の顔を見た。
「梓ちゃん、大丈夫かしら……」
全員の気持ちを代弁するようにムギが呟く。皆伏し目がちになり、空気が重い。
「……なあムギ、今日もおやつ持ってきてる?」
「え、うん、あるけど……?」
ムギの返答を聞いて、今度は唯に顔を向ける。
「唯、今日、私たちも家に行っていいか?」
「え?……あっ!」
唯の顔がぱっと晴れた。私が言わんとしていることに気付いたらしい。
「もちろんだよりっちゃん、今日はうちでティータイムだね!」
「そういうことだ」
笑顔でサムズアップしてみせると、皆ようやく表情を緩めた。
【放課後】
「……ご迷惑お掛けして、すみません」
「梓が謝ることじゃないだろー」
俯いて鼻をすする梓の頭を撫でてやると、はい、と消えそうな声が返ってきた。
「それじゃ、唯、ムギ。梓のことよろしくな」
「任せてりっちゃん!」
自分と梓の鞄を両肩に掛けてギー太を背負った唯が、私にピースを返す。
梓のギターケースは、ムギの右肩に掛けられている。
一旦着替えを取りに家へ戻る梓に、唯とムギが付き添ってくれることになった。
3人を見送って、さて、と腕を組む。
「律、私たちも一度家に帰るか?」
「いや、直接唯の家に行こう。……その前に、ちょーっと付き合って」
「え?どこに?」
首を傾げた澪に軽く口角を上げてみせ、じゃ行こうぜ、と目的の場所に向かう。
ドアを2回ノックして、返事を待たずにノブを回した。
「よっ、お邪魔するぞー」
「失礼しまーす……」
「あら、律? 澪も」
いつもの席で書類をめくっていた和が顔を上げ、私たちを見て眼鏡を上げ直す。
生徒会室にいたのは和ひとり。私にとっては好都合だ。
「今日は唯たちと一緒に帰るんじゃなかったの?」
「唯とムギには梓の家に付き添って貰ってる。私たちはあとから唯の家に行くよ」
「そう」
「で、ちょーっと和にお願いがあってさ」
「何かしら」
「今の2年生の、去年と今年のクラス写真を見せて欲しいんだけど」
「下級生のクラス写真?そんなもの見てどうするの?」
「んー、ちょっとなー」
言葉を濁した私に、和が眉をひそめる。
「……理由が言えないなら、閲覧は許可できないわね」
「えっ」
和に頼めば簡単に見せてくれると思ったんだけど、思惑が外れた。
言い訳のひとつくらい考えてくればよかったと思うが、時既に遅し。
「見たいならちゃんと理由を言いなさい」
「あー……えっと……」
「……なあ律、もしかしてM美って子のこと調べるのか?」
私が答える前に、澪にそのものズバリ指摘された。
まあ昨日の今日だから、澪にはバレバレか。
「M美?」
和が、澪に視線を移す。
「律が昨日貰った手紙の差出人」
「ああ、あれね。それで、どうしてその子の事を調べるの?」
「……私もそれを知りたい。律、ちゃんと説明しろ」
澪と和の目が私に向けられる。
私は息を吐くと、肩にかけた鞄に手を突っ込んで例の手紙を掴み、
ふたりの前に黙って差し出した。
…………
「……何よコレ」
多少のことには動じない和も、さすがに戸惑っているのが見て取れた。
澪にいたっては予想通り青い顔をして絶句中だ。
「私にもわからん」
手にした便せんから私の顔に視線を上げた和に、苦笑いを返して肩をすくめる。
「ただ、澪のクッキーと梓の怪我がこの手紙に関係してるんじゃないかと思ってる」
「ひっ……!」
「あー、はいはい。ごめんな、何も説明しないでこんなの読ませて」
怯えきった澪の背中を、子供をあやす要領でさする。
私の腰にすがりついた澪の両手が震えているのが、制服越しに伝わってくる。
「さっきの律の説明だと、確かに3つの件は関係してると思っていいかもね」
「やっぱ、そうだよなあ」
結果的にこうなってしまったけれど、
和に手紙を読んでもらったのは正しい判断だったかもしれない。
「うぅ、ううう……り、律ぅ……」
……澪はこんなだし。
「それで、梓ちゃんとクラスメイトだった子のことを知りたいのね?」
私が頷くと、ちょっと待ってて、と和は本棚に向かい、2冊の小冊子を手に戻ってきた。
「ええと、去年のクラス写真は……これね」
和が開いたページを覗き込む。最前列に梓、3列目に憂ちゃんの顔を確認した。
写真の下に記載された名簿の中から、M美の文字を探す。
「あった。2列目の、左から4人目……この子だわ」
和の指先を目で追うと、昨日梓が言った通りもの静かな印象の女の子。
肩より少し長い黒髪を耳の下でふたつに結び、伏し目がちにしている。
続いて、今年の2年生のクラス写真からM美の姿を探す。
……いた。
伸びた髪が腰まで垂れているが、印象は1年生の時とさほど変わっていない。
「この子があんな手紙を?……信じられないな」
思ったことをそのまま口に出すと、そうね、と和が同意した。
「まだこの子って決まったわけじゃないのよね?」
「ああ、他のクラスや学年に同名がいるかもしれないし、偽名の可能性もある」
「……あれだけ律に執着した手紙を書くなら、偽名はないんじゃないかしら」
これは私の憶測だけど、と和が付け加える。
確かに、そうかもしれない。
「他のクラスにも同じ名前の生徒がいるか、調べたほうがいいわね」
「ああ。ごめんな、押し掛けたうえに付き合わせちゃって」
「いいのよ。それより、律」
「ん?」
「このことは、ちゃんと先生に相談するべきだと思うわ」
写真から顔を上げると、普段以上に真剣な顔をした和がまっすぐ私を見ていた。
「ん、わかった、あとでさわちゃんに話してみるよ」
ありがとうと言うと、和はどういたしまして、と小さく微笑んだ。
「……っと、ごめんちょっとトイレ。澪のこと頼む」
「ええ」
私の名を呼び震える澪をなんとか椅子に座らせ
すぐ戻ってくるからと頭を撫でて、私は生徒会室を出た。
【1階 トイレ】
とっくに用は済んでいるのだけど、
生徒会室に戻る前に混乱した頭を一度整理したかった。
個室の壁にもたれたまま、昨日からの出来事に思いを巡らせてみる。
それにしても、どうして私なんだろう。
あんな手紙を受け取る理由も、見ず知らずの人間に執着される原因も思い当たらない。
それに……あの手紙がタチの悪い冗談でないなら、
結果的に私が澪と梓を巻き込んだことになるのか?
昨日の時点で皆に言っていれば、梓は怪我せずに済んだのか?
答えの出ない自問自答に、思考が余計乱れてしまう。
「ああもう、なんなんだよ」
吐き捨てるように呟いて意味なく水洗ノブを回し、力任せに扉を開ける。
勢いのついた扉が個室を隔てる仕切りに当たって大きな音を立てた。
「ぅひゃっ!!」
「ッ?!」
突然の悲鳴に飛び上がりそうになった。
悲鳴は、私が入っていた個室のひとつ奥からだ。
私が来たときにはすべて空いていたのに、いつの間にか2つ埋まっている。
自問自答に没頭しすぎて人が入ってきたことに気付かなかったらしい。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
思わず見えない相手に謝る。
「……その声、もしかして律先輩ですか?」
「えっ」
「ちょ、ちょっと待ってください。今出ますから」
あたふたと服を整える衣擦れの音から少し間を置いて水を流す音が聞こえ、
開いた個室の扉から顔を覗かせたのは、梓の友達……鈴木さんだった。
…………
「憂から聞きました。今日はみなさんが梓と一緒にいてくれるって」
洗った手をハンカチで拭きながら、鈴木さんが微笑む。
「先輩方と一緒なら、梓も安心できますね」
「ああ、鈴木さんも梓のこと心配してくれてありがとう」
「いえそんな。……友達ですから」
彼女は少し顔を赤らめ、スカートのポケットにハンカチを仕舞った。
「それじゃ私、部活に戻ります。梓によろしく伝えてください」
「うん、わかった。じゃあな」
癖のある髪を揺らしてペコリと下げた彼女にひらひらと手を振る。
トイレ入り口のドアが閉まるのを見届け、ひとつ溜め息を落としてから
私は勢い良く手洗い用の蛇口をひねった。
【生徒会室】
「M美って名前の生徒は、1年生に1人と、例の彼女のふたりだけみたいね」
全生徒の名前を調べ終え、
体の震えが止まる程度に落ち着きを取り戻した澪に話しかける。
「……なあ、和」
「なあに?」
膝の上で両手を強く結んだまま、澪が上目遣いに私を見た。
「あの手紙って……いったいどういうことなんだろう」
「そうね……。律はまったく身に覚えがないって言ってたし、」
「うん……」
「客観的に見ても、律を恋人と思い込んでいる子からの酷く一方的で病的な手紙、ね」
「……そのまんまだな」
「それ以外に表現のしようがないわ」
私の返答に、澪はそうだよな……と再び項垂れる。
こんなときは律のように頭を撫でてあげたほうがいいのかしら、と少し考える。
「わけがわからないけど、なんで、律なんだろう」
「……律にわからないことは私たちにもわからないわね」
「そう、だな」
澪が黙り込んで会話が途切れる。
私は何気なく、壁に掛けられた時計に目をやった。
律が生徒会室を出てから、20分以上過ぎていた。
「……律、ちょっと遅いわね」
「……うん」
「山中先生のところに行ったのかしら」
「もしかして、まだお腹の調子が悪いのかも」
「様子見に行ってみる?」
澪は少し戸惑う表情を見せたけれど、
やがて自分に言い聞かせるように、きゅっと口を結んで立ち上がった。
「私が行ってくるよ」
「大丈夫?」
「ああ、」
「じゃ、待ってるわね」
澪は硬い笑顔で頷き、すぐ戻ってくるから、と言い残して生徒会室を出ていった。
【1階 トイレ】
「ぷはっ」
冷たい水で顔を洗ったら、頭が少し冷えた気がした。
顔を上げて、濡れた自分の顔と対面する。
私が動揺してちゃいけない。皆にいらぬ心配をさせたくない。
口角を上げて無理矢理な笑顔を作ってみる。
「……あほくさ」
不細工な表情に呆れた。そういうことじゃないだろ、私。
ブレザーのポケットからハンカチを出して乱暴に顔を拭く。
濡れたハンカチをポケットにねじ込んで再び顔を上げた瞬間ーーー
心臓が止まるかと思った。
鏡越しに、入り口にいちばん近い個室の扉が音も無く開くのが見えた。
そこから私を見つめるのは、ついさきほど生徒会室で見た、あの子。
「……やっと、ふたりになれた」
そう言って薄く笑った彼女から、何故か目を逸らせない。
ああ、心底恐怖を味わうと声も出ないってのはホントなんだな、と、
頭の隅だけが妙に冷えている。
「ねえ?りっちゃん」
彼女は私の知らない声で、私の名を慣れ慣れしく呼んだ。
相手に動揺を悟られないように、出来る限りゆっくりと振り返る。
「……私は、あなたのことを知らないんだけど」
どうにか絞り出した自分の声が震えているのがわかる。
「……ふふっ、今はふたりきりなんだから、お芝居しなくていいのに」
「……芝居?」
「私とりっちゃんの関係は、みんなには秘密だけど」
「……」
「今は、誰も聞いてないから大丈夫よ?」
彼女が何を言っているのか、理解できない。
「……昨日澪の靴箱にクッキー入れたの、お前か?」
「そうよ。だってりっちゃんにまとわりついて邪魔だったんだもん」
「……」
「まさかりっちゃんが食べちゃうとは思わなかったけど」
「梓を階段から突き飛ばしたのもお前か」
「そう。私たちの関係を皆にばらそうとしたから」
彼女は顔に笑顔を張りつけたまま澱みなく答える。
「なんで、」
声がかすれる。やけに喉が乾いている気がして、つばを飲み込む。
「なんで知ってるんだよ。クッキー食べたことも、梓がお前の名前を出したことも」
私の問いに彼女は一瞬キョトンとして、それから声を立ててわらった。
「なんでって、だって、私はいつもりっちゃんのこと見てるから」
「……ッ」
さも当然のように答えた彼女に、ぞくりと背中が震える。
「……だいたい、どうして私なんだよ」
「……え?」
「今まで一度も会ったことも、話したこともないのに」
そう言うと、彼女の顔から笑顔が消えた。
脱力したように俯き、長い前髪が彼女の表情を覆い隠す。
「……おい、」
「……ひどい」
「……」
「あいつら、ひどい」
「……え、」
「あいつらでしょ、りっちゃんにそんなこと言わせてるの」
「……は?」
「私とりっちゃんを引き離そうとして、無理矢理言わせてるんでしょ!」
彼女の顔が怒りでゆがみ、思わず身構える。
「どうしてなんて聞かないでよ」
「……」
「人を好きになるのに、いちいち理由が必要なの?」
「……」
「初めてりっちゃんを見た時から、ずっと想い続けてるのに」
「……」
「私はずっと、りっちゃんのこと見てきたのに」
「……」
「ねえ?りっちゃん……りっちゃんも私のこと、好きだよね?」
彼女は口元を笑みの形に歪ませ、ブレザーのポケットから何かを取り出した。
キチキチと弾くような音に、それがカッターナイフだと気付く。
頭の中で警告音が鳴り響いているのに体がうまく動かない。
彼女はいびつな笑顔を張り付けたまま、一歩ずつ私に近づいてくる。
「ねえ、りっちゃん?」
彼女の右手がゆっくりと胸の高さまで上がる。
そこに握られた鈍い光から、目を逸らすことができない。
「好きって、言ってよ……」
「律ー、いるのか?」
カッターナイフが振り上げられようとした瞬間、入り口のドアが開いた。
私がその名を呼ぶのと、彼女が振り返るのがほぼ同時だった。
「澪!」
「えっ」
澪は私を見て、それから一瞬遅れて、開けたドアの死角にいた彼女の存在に気付いた。
澪の口から声にならない悲鳴が漏れる。
「ッ、くそっ」
彼女が体を澪に向けたのを見て、咄嗟に腕を伸ばして彼女の右手首を掴んだ。
「澪!外に出ろ!」
「あ…う…」
「澪!!」
恐怖で立ちすくむ澪を怒鳴りつける。
澪はビクリと体を震わせ、よろけるように2歩、3歩と後ろへ下がった。
「早く、先生をーーーーー」
そう言いかけた瞬間、右手に鋭い痛みが走った。反射的に掴んでいた手を離す。
「っ……痛……」
「律……!」
悲鳴のような声で私を呼ぶ澪の声が耳に届く。
「いいから、早く先生呼んでこい!」
「あ、……う、うん」
開いたドアの向こうで転がるように走り出した澪を確認して、
私は再び彼女へと視線を戻した。
右手の甲を押さえる指の間から、じわりと血が溢れてタイルの上に落ちる。
心臓が右手に移動したかのように、そこだけが強く脈打って熱い。
彼女は無表情のまま、左手に持ち替えていたカッターナイフを右手で握り直した。
「どうして……?」
独り言のように、彼女が呟く。
「どうして私じゃないの?」
「……」
「どうして、あの人なの?」
「……何を、言ってるんだ?」
「何、って」
かくん、と彼女が首をかしげる。
「……決まってるじゃない。りっちゃんの、好きな人」
言われた意味が理解できなかったのは、右手の痛みのせいだろうか。
私の好きな人?
「一生懸命想い続ければ、りっちゃんはきっと気持ちに応えてくれるって」
「……」
「そう、思ってきたけど、」
「……」
「でも、ダメね」
「……」
「ダメなら、いっそ……」
「……ッ」
突然、どこからか携帯の着信音が鳴り響いた。
彼女がビクリと手を止めた隙を見逃さなかった。再び右手を掴んで力任せに壁に叩き付ける。
彼女は小さな悲鳴を上げ、カッターナイフを落とした。
蹴り飛ばしたカッターナイフは、耳障りな音をたてながらタイルの上を滑っていった。
「おい!なにやってるんだ!」
男の先生が数人トイレになだれ込んできて、彼女と私を引き剥がす。
呆然とした彼女が抱きかかえられる形で廊下に連れ出されるのと入れ違いに、
血相を変えたさわちゃんが飛び込んできた。
「あ、さわちゃん」
つい、間の抜けた声を出してしまう。
「りっちゃん大丈夫? ちょ、ちょっとその手……!」
「あ?……あぁ、そっか……」
言われて、自分の手から血が流れ落ちていることを思い出した。
上靴汚れちゃったなあ、洗濯して落ちるかなあ、と呑気なことを考える。
「とりあえず止血するから、傷口洗うわよ?」
さわちゃんはためらうことなく血だらけの私の手を取り、
手洗い用の蛇口まで引っ張った。
冷たい水が傷口に沁みて、ひぃっと情けない声が出る。
「取り乱した澪ちゃんがいきなり職員室に駆け込んでくるから、慌てたわよ」
「……へへ、ごめん」
「何があったのか、あとでちゃんと説明しなさい?」
「はーい」
さわちゃんは私の右手を肩の高さまで上げさせると、
ポケットから薄桃色のハンカチを取り出し、私の傷口を強く縛った。
肌触りの良い布地に血がにじむ。今度、似たハンカチを買って返そう。
「あ……そうだ、澪は?」
「澪ちゃんなら、そこにいるわよ」
ほら、とさわちゃんに促されてトイレの入り口を見ると、
顔を半分だけ覗かせた澪が、小動物のように震えながらこちらの様子を見ていた。
「……おい、いるなら声掛けろよ」
「だって……律、血、血が…」
「はあ?血なんか毎月見てるだろ?」
澪の頭上に一瞬クエスチョンマークが浮かび、次の瞬間、首まで真っ赤になった。
「!? こ、こんな時に何言ってんだばか!」
「真っ赤になってんじゃねえよ。小学生か」
「小学生はお前だ!」
裏返った澪の怒鳴り声に、思わず噴き出してしまった。
隣を見れば、さわちゃんも笑っている。
「じゃ、とりあえず保健室に行きましょう?話はそこで聞くわ」
…………
【夜 平沢家】
相手があまりに取り乱していて話を聞ける状態ではないとのことで、今日は家に帰された。
さわちゃんに自宅まで送ってもらい、私服に着替えてから、澪と一緒に唯の家を訪ねた。
「りっちゃん、澪ちゃん!」
和から今日の事を聞いていたんだろう、玄関先で唯に力いっぱい抱きしめられた。
心配掛けてゴメン、と謝る。
リビングに入ると、テーブルを囲んで座るムギと梓、それから憂ちゃんと和。
私たちを見て、皆が安堵の溜め息を漏らした。
「和、今日は色々ごめんな」
騒動に気付いた和はトイレの前に駆けつけて、
何事かと集まる野次馬たちをうまくかわしてくれたのだとさわちゃんから聞いた。
私が保健室で止血してもらっている間に、事の経緯を先生に説明までしてくれたらしい。
「いいのよ。何より律が無事でよかったわ」
「律先輩、お怪我は……大丈夫なんですか?」
憂ちゃんと寄り添うように座っている梓が、おずおずと私に声を掛ける。
「ん?ああ、ちょっと引っかけられた程度だから、たいした事ないよ」
包帯が巻かれた右手をひらひらと振ってみせる。
ちょっと、というのはとっさに出た嘘だけれど、梓を安堵させるには充分だったようだ。
「それより、私が梓を巻き込んだんだよな。ごめん」
「……もう、律先輩が謝ることじゃないですよ」
ほんの数時間前に私が言った台詞をそのまま返された。
梓を顔を見合わせて、互いに笑う。
「あー、それから。ありがとう梓。アレはほんと助かった」
「あ、いえ。ほんとに偶然でしたから。でも、よかったです」
「梓からも、鈴木さんにお礼言っておいてくれな」
「はい!」
あの時トイレで響いた着信音は、鈴木さんが置き忘れた携帯だったことをあとで知った。
そして、鈴木さんの携帯に電話したのが梓だったことも。
「……じゃあ今度、彼女もティータイムに招待しちゃおっか」
ムギがそんな提案をして、いいねと皆が声をそろえる。
「それじゃ、みなさん揃ったことですし、ご飯にしましょっか」
「おおっ、賛成!」
立ち上がった憂ちゃんに、手伝うわ、とムギと和が続く。
憂ちゃんがキッチンに向かうのと入れ違いで、唯が梓の隣に腰を下ろした。
「唯、ちょっとトイレ借りるなー」
「どぞー」
唯に一言ことわって、薄暗い廊下に出る。
トイレに向かおうと数歩進んだところで、突然足の力が抜けその場にへたり込んだ。
「あ、あれ……?」
体に力が入らず、それどころか全身が小刻みに震えている。
わけがわからずに軽くパニックを起こす。
リビングのドアが少し開いて、室内から漏れる光が私の顔を細く照らした。
「律?なんか物音がしたけど……そんなところでなにやってるんだ?」
ドアを閉めて近づいてきた澪が、私の異変に気付く。
「えっ、どうした、律?」
「だいじょぶ……だから、大きい声、だすな」
震える手をどうにか持ち上げ、澪の腕を掴んだ。
「……みんなの顔みたら、安心して……気が抜けた、みたい。はは、」
奥歯が鳴ってうまく喋れない。
「大丈夫、落ち着くまで待つから」
力の入らない体を澪が抱きしめてくれる。素直に体を預けて震えが収まるのを待つ。
「色々あったもんな。……すごく、怖かったし」
「うん……怖かった」
背中を撫でてくれる澪の手がやさしい。
澪の左肩にくっつけている額を収まりの良い位置までもぞもぞと動かすと、
澪はちょっと笑って私の頭を撫でてくれた。
「……なあ、澪」
「ん?」
「ちょっと……好き、って言ってみて?」
「は? なんで?」
「なんでって、聞くなよ。好きって言うのに、理由なんているのか?」
どこかで聞いたような台詞を口に出してみる。
「えー。…………いや、いるだろ」
「……ですよねー」
「変なやつだな」
キッチンから、美味しそうな匂いが漂ってくる。
カチャカチャと食器が運ばれる音も聞こえる。
何の料理かなと考えたら腹の虫が盛大に鳴いて、澪が噴き出した。
「律」
「んー?」
「震え、止まってるぞ」
「あ」
抱きついていた私を容赦なくひっぺがし、澪はさっさと立ち上がった。
「ほら、トイレ行くんだろ?」
「あ、うん」
差し出された澪の左手に、自分の左手を重ねる。
ぐいと引っ張られ、よろけながらもなんとか立ち上がれた。
「ここで待ってたほうがいいか?」
「いや、大丈夫。先に戻ってて」
軽く手を振って澪に背を向ける。背後からパチッと音がして、視界が明るく照らされた。
「電気、戻る時に消せよ」
「サンキュ」
「……律」
「何?」
名を呼ばれ、首だけひねって澪を見る。
「早く戻ってこいな」
「……ん、」
白熱電球に照らされた幼馴染の柔らかな微笑みに、
ああ、と心の中で思い、気付けば私も笑顔を浮かべていた。
おしまい
こんな時間におつきあい下さった方、
支援してくださった方、ありがとうございました。
89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 06:48:49.06:+4RCJSCu0支援してくださった方、ありがとうございました。
乙。
しんみりとよかった
94:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 10:37:15.83:70xB4scW0しんみりとよかった
手紙の内容が気になるな
98:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 15:11:43.94:caZxdzkiOおつ
手紙みたいけど綺麗にまとまってるからいいか
102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/14(月) 17:53:14.12:66jAIuQo0手紙みたいけど綺麗にまとまってるからいいか
下手にラブラブしてなくてよいな
103:>>1です。:2011/02/14(月) 18:45:19.78:yuayTIDw0読んで下さったみなさんありがとうありがとう。
バレンタインは幻想です。甘い律澪期待した人すまんかった。
M美のMはモブのM。律視点がブレるので、彼女は掘り下げませんでした。
みなさんの豊かな想像力で補完してください。ノシ
バレンタインは幻想です。甘い律澪期待した人すまんかった。
M美のMはモブのM。律視点がブレるので、彼女は掘り下げませんでした。
みなさんの豊かな想像力で補完してください。ノシ
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でもない。あれにくらべたら……あれに…