- 1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 22:19:38.98:wU+lgBfFO
僕は、古泉一樹としてそこにいた。寒さの広がる空に、音を鳴らす窓。
『彼』が作り上げたその場所に、僕達4人は毎日のように集まるようになった。
北高の文芸部室。これといって会話はないけれど、僕達を何かが引き寄せるのだ。
これも『彼』の置き土産なのかもしれない。
さっそうと現れ、さっそうと消えていく。
そんな雪のような彼が、今何をしているのか全く分からなかった。
彼がこの部屋から消えた後、涼宮さんはパソコンを操作し続けた。
しかし、そこにあるのは文字通りただのパソコンで、人をどこかに転送する不思議な機能は備わっていなかった。
彼女は、少しの間だけ落胆していたけど、すぐにこう宣言した。
彼にも届きそうなほど、高らかな声で。
「ここにいるメンバーを、ただ今をもってSOS団の団員として正式に認めます!
団の活動内容は……あいつを探すこと!」
涼宮さんは、迷った挙句彼のことをあだ名で呼ばなかった。
その方が不思議さが増すからなのか。
それともその名前を口に出してしまうと、
僅かに赤くなった瞳が耐え切れなくなるからなのかは、僕には分からない。
【画像】主婦「マジで旦那ぶっ殺すぞおいこらクソオスが」
【速報】尾田っち、ワンピース最新話でやってしまうwwww
【東方】ルックス100点の文ちゃん
【日向坂46】ひなあい、大事件が勃発!?
韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 22:22:22.53:wU+lgBfFO
でも、涼宮さんの本当の気持ちは、しっかりと伝わってきた。
だからこそ、僕は悲しさが生まれる前に、力強く涼宮さんを見つめて、
「ぜひ協力させて下さい」と言いながら、ゆっくりと微笑んだ。
SOS団が結成された今、僕にはケジメをつけなければならないことがあった。
「どうしたの?」
長い髪を揺らしながら、僕の目をジッと見つめる。
本当に、嘘のない、真っ直ぐな目。
心の芯の部分から、僕と会話をしてくれている。
涼宮ハルヒという女性は、純粋で、パワフルだ。
でも子供っぽくて、わがままで、心配性で、すぐに怒る。
次から次へと感情が飛び出してくる。
だからこそ楽しくて、だからこそ腹が立つ。
僕にはない、色々なものを与えてくれて、新しい景色を見せてくれる。
でも僕は、そんな彼女に、何も与えることができなかった。
仮面を被り、嫉妬深い。
僕は気がついてしまったんだ。
彼女を楽しませることができるのは、僕ではなく、彼の方だと。
理屈屋で、不思議を身に纏い、人のことをよく見ている。
彼のことだ。
だから僕は、ケジメをつけなければならない。
この感情を、思い出に変えなければならない。
拳を強く握って、弱々しく、でも、しっかりと伝わるように、ハッキリと言った。
「別れましょう」
不思議なことに、涙は一滴も流れなかった。
3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 22:29:05.09:Ojak6SemO
力無い表情で佇む僕。
涼宮さんは、何かを考えているのか、それとも言葉を躊躇しているのか、
しばらくの間、無言のままだった。
そんな涼宮さんの様子を見て、僕は居ても立ってもいられなくなった。
それは、涼宮さんの気持ちがわかってしまったからだろう。
きっと彼女は、僕に罪悪感を抱いている。
なぜなら、話さずとも僕が別れを告げた理由を理解してしまったから。
彼女は頭が良い。無理もない。
僕は、肩の力を抜いて、フッと笑った。
その気配を感じたのか、涼宮さんが顔を上げた。
「僕が願うのは、涼宮さんの幸せだけですよ」
上手く言えただろうか。
面と向かって相手に本心を告げることは、本当に久しぶりだった。
僕のその言葉に、涼宮さんは再びうつむいた。
やっぱり、伝わらなかったかな。
そう思った時、涼宮さんが小さく二つの言葉を呟いた。
「ごめんね、ありがとう」
その言葉を聞いて、僕は初めて涙を流した。
6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 22:45:22.18:wU+lgBfFO
それからというものの、毎日が雪崩のような早さで過ぎていった。
毎週の休日に行われる不思議探索。
もちろん不思議とは、彼のことだ。
街で聞き込みをしたり、彼と出会った場所で待機してみたり、
息抜きと称して思いっ切り遊んでみたり、
毎日が忙しくて、そして楽しかった。
そんな活動の中で、涼宮さんは全員にある質問をした。
それは、いかなる方法で彼に出会ったのか。
どのような事をしたのか。
それらの情報が、何か役に立つかもしれない、ということだ。
しかし、彼はどこまでも彼だった。
突然この部室にやってきた、廊下でいきなり声をかけられた、校門で突然話しかけられた。
朝比奈さんは、彼を雪のようだと言った。
突然降り始め、何かに触れるとすぐに消え、人々に水溜まりという記憶だけを残していく。
本当に儚くて、触れようと手を伸ばしたくなる存在。
なるほど、いかにも彼だと、
僕達はストーブで暖まる文芸部室で笑い合った。
9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 22:57:08.19:wU+lgBfFO
全員の話を聞き終えた後、涼宮さんは言った。
「あたし達3人で有希の文芸部に入部しましょう」
と。
それは、いかにも涼宮さんらしい提案で、長門さんも、朝比奈さんも、
そしてもちろん僕も、全員が賛成した。
涼宮さん曰く、文芸部室の部長は長門さんに任せるということで、
たまに放課後にそういった活動もしていこう、とのことだった。
何故文芸部に入部しようと言い出したのか、
何となく分かっていたけど、涼宮さんの口から聞きたくて、つい聞いてしまった。
「あいつがやらなかったことをやってやったわ!
これで悔しがってあいつが出てくるかもね」
涼宮さんは、そう言いながら冗談っぽく笑った。
僕もつられて笑ったけど、上手くごまかされてしまった。
でも、視界の端で、長門さんが恥ずかしそうに微笑むのを見ることができたので、
もうこの話はいいかと思い、追求をやめることにした。
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 23:07:51.67:wU+lgBfFO
その日の帰り道で、長門さんが急に立ち止まった。
「あ、あの……わたし、忘れ物があるから」
そう言って、小さな駆け足で道を引き返していった。
涼宮さん、朝比奈さんの3人で、長門さんを待つことにしたのだけれど、
長門さんは中々帰ってこなかった。
辺りも暗くなりはじめ、危険だと判断した僕は、
涼宮さんと朝比奈さんにまだ明るい内に先に帰るよう促し、長門さんは僕が送ると伝えた。
そうして僕は再び文芸部室へ向かい、扉をノックした。
「入りますよ?」
と、念のため一声かけてから、扉を静かに開いた。
そこには、一冊の本を目の前に置き、椅子に座っている長門さんがいた。
『ハイペリオン』
本の表紙には、そう記されていた。
13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 23:17:07.59:wU+lgBfFO
音のない会話が続く中で、僕は質問を投げかけてみた。
「忘れ物はその本ですか?」
長門さんは、力無く首を横に降る。
「……おもしろいのですか? その本は」
今度は、コクン、と頷いた。
そして、本をギュッと抱き抱えた。
「大切な本なんですね?」
彼女は、力強く頷く。
「……彼の……好きな、本」
そして、ポタポタと流れつたうその涙で、抱える本のインクを滲ませた。
耐えるように震える小さな体。
僕は思った。
彼女も、彼を思い続けている。
きっと、今日の活動で思い出話をしたことにより、蘇ってきたのだろう。
そして、堪えられなくなったのだろう。
僕は、何も話しかけることができずに、ただただ長門さんの隣に座った。
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 17:57:31.21:VplzMdkVO
どのくらいの時が経ったのだろう。僕には5分ほどのように感じられたけれど、
長門さんの中では何度も世界が繰り返されたのかもしれない。
赤く腫れぼったいその瞳を、カーディガンの袖で拭うと、
長門さんは再びその本を強く抱きしめた。
そして、決心したかのように、
「ごめんなさい」
と、一言だけ呟いた。
その言葉が、僕に向けられたものなのか、それとも彼に届けようとしたのかは、
僕には分からなかった。
だから、なるべく静寂を保ちながら、
「行きましょうか」
と、小さく微笑んだ。
同時に、『僕には何もしてあげられない』なんて、
お節介で、自分勝手な感情をひた隠した。
44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 17:58:47.38:VplzMdkVO
校門を出て少し歩くと、チラホラと雪が降ってきた。
それと同時に、「おーい!」と、満面の笑みで手を振る涼宮さんと、
遠慮がちに鞄を抱える朝比奈さんの姿が見えた。
そっと、気付かれないように、静かに長門さんの顔を覗いてみた。
雪が髪に触れ、じんわりととけた水滴を滑らせながら、長門さんは笑っていた。
かわいらしい鼻と、そのまわりの頬は、真っ赤だった。
寒さと、照れ臭さが、同時にやってきたのか。
長門さんは、小走りで二人のもとへと駆けていった。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 17:59:46.65:VplzMdkVO
元気な3つの声が前方で響く中、僕は考えていた。
もしかしたら、彼にはもう、会えないのかもしれない。
僕達の想像できないような世界へ行ってしまった彼に、会う方法なんてないのかもしれない。
そこまで考えて、僕の胸は締め付けられるように痛んだ。
みぞおちの奥深くを、キュッと摘まれたような。
それでは、彼を想う女性はどうなってしまうのだろうか。
一生、偶像を求め続けるのか。
そこまで考えて、またもや自らの自己中心的な考えに嫌気がさした。
皆さんが必要としているのは僕ではない。
彼なんだ。
僕には、何もすることができない。
いや、何もしないことが手助けなのか。
難しすぎて、分からなかった。
どうすれば、涼宮さんは幸せになれるのだろう。
僕は、ただただ、彼女を思い続けていた。
57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 20:50:06.43:VplzMdkVO
きっかけは些細なことだった。僕は、少し無理をしていたのかもしれない。
次の日の団活の後、偶然朝比奈さんと二人きりになった。
彼女が纏うその包容力に、僕の我慢強さはあっけなく負けてしまった。
聞いたというよりは、聞かざるを得なかったという感じだ。
朝比奈さんの優しさに、油断したのかもしれない。甘えたかったのかもしれない。
僕の口から、自然に、流れるように言葉がこぼれ落ちた。
「朝比奈さんは、とても大切な人の力になりたいと思った時、どうしますか?」
朝比奈さんは、少しだけ驚いた表情をした。
突然こんなことを言い出すのだから無理もない。
僕は、朝比奈さんの目をジッと見つめた。
ただ、答えが欲しかった。
けれど、朝比奈さんから返ってきた答えは、僕の想像とは全く異なるものだった。
「わかりません」
朝比奈さんは、まるで頭を撫でるように、優しく笑った。
58:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 21:05:59.98:VplzMdkVO
「ごめんなさい、わかりません。」
僕がどんな顔をしていたのかは僕にはわからないけれど、
朝比奈さんは僕の顔を見つめて、続けてこう言った。
「大切な人だからこそ、わからないんです」
そうして、肩にかけていた鞄を、そっと机の上に置いた。
僕は、その姿を見ながら、朝比奈さんが言った言葉を聞き返すように復唱した。
「はい。大切だからこそ、その人のことで悩めるんじゃないか、って思うんです。
でもね、自分がその人について悩んでいる時って、意外にその大切な人の方もどうすればいいのか、
何が正解なのか分かってないんですよ」
ふふっ、と笑う朝比奈さん。
「つまり……?」
「ただ側にいて、話しを聞いてあげるだけでも違うんじゃないかな?
そしたら、一緒に悩めますし」
「でもそれは、お節介ではないのでしょうか」
「うーん……そんなことないと思いますよ。
古泉くんは、古泉くんにとって大切な人が悩んでいることを知っていますし、
きっと、大切な人も、側にいてくれたら話してくれますよ。
なんか、上手く言えないですけど」
「いえ……ありがとうございます」
60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 21:21:51.15:VplzMdkVO
「古泉くんなら、力になれますよ。絶対。絶対です」
どこに根拠があるのかわからなかったけれど、
朝比奈さんの自信溢れる瞳を見て、僕はとても安心した。
だから、もう一度お礼を言おう。
「本当にありがとうございます」
「ううん、気にしないでくださいね」
そうして、朝比奈さんは文芸部室から出ていった。
その後、僕は一人で部室に居座りぼんやりと天井を眺めていた。
「話しを聞くだけで」か。はたして、涼宮さんは僕に聞かせてくれるだろうか。
そして、一緒に悩ませてくれるのだろうか。
あの、わがままな涼宮さんが。
僕は、ふう、とため息をつき、椅子に深くもたれかかった。
「彼を探す方が、簡単なことかも知れないな」
自分の独り言に、苦笑いした。
61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 21:40:02.58:VplzMdkVO
次の日、あれほど困難だと考えていたのに、チャンスはあっけなく来てしまった。
というのも、週末の不思議探索で、僕と涼宮さんがペアになったのだ。
僕は、涼宮さんに散々引っ張られた後、休憩をとることになった喫茶店のテーブルでうなだれていた。
「ちょっと飛ばしすぎたかしら」
そんな僕の様子を見て、涼宮さんがカラッと言う。
「午前中だけでフルマラソンした後みたいですよ」
そう言いながら差し出された水を飲む。
「まだまだこんなもんでへこたれてちゃダメよ!
午後も飛ばして、絶対にあいつを見つけてやるんだから」
拳に力を入れて意気込む彼女を見て、僕は素直に
「参ったな」と思った。
63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 22:03:53.30:VplzMdkVO
そんなこんなで午後も突風のように各所を巡り、
最終的には彼と初めて出会った場所……つまり、光陽園学院の前で張り込むことになった。
校門に座り込み、彼について調査する。
でもそれは建て前だ。
僕には、涼宮さんの心境が手にとるようにわかってしまった。
彼を思い出している。
その証拠に、涼宮さんの表情は憂いを帯びていた。
ジッとどこかを見つめ、ただただ待っている。
彼がまた突然現れるのを。
そんな姿を見て、僕は朝比奈さんの言葉を思い出していた。
「話を聞くだけで良い」
僕は、小さく首を横に振った。
僕にはまだ、早すぎるんだ。
僕には、涼宮さんの話を聞くことはできない。
そのかわり、こう思った。
「ずっと隣で待ち続けよう」
せめて涼宮さんが孤独を感じないように。何かを吐き出したい時に、
それを聞いてくれる誰かがいてあげないといけない。
ああ、そうか。
間違っていたのは僕の方だ。
それが、朝比奈さんの言う、『話を聞く』ということだったんだ。
69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/20(日) 23:09:30.44:VplzMdkVO
その後集合場所へ戻り、長門さん達の成果を聞いたけれど、
期待していたような答えは返ってこなかった。
辺りも暗くなりはじめ、今日は解散と団長が宣言したので、僕は帰路に着くことにした。
彼に関することは何も掴めなかったけれど、僕にとってはとても意味のある不思議探索だった。
僕が涼宮さんの手助けとしてできることが見つかったからだ。
さすがに、それをお節介と言うほど世間は残酷ではないだろう。
言ってしまえば、僕はただ待つだけなのだから。
それはただの自己満足じゃないかと言われると、そうかも知れない。
そのあたりは難しくてよく分からないけれど、なんだかこの選択は間違っていないような気がしてならなかった。
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 07:50:33.13:rkjqyY0MO
次の日、珍しく長門さんが紹介したい人がいると言い出した。
長門さんに対して、特別な感情があるかと言われれば、
それは持ち合わせてはいないけれど、『紹介したい人』などと言われると、
やはり少しドギマギしてしまう。
それは朝比奈さんも同じらしく、なんだか不安と期待が入り混じったような顔をしていた。
しかし、そんな僕達の勝手な妄想は、所詮妄想に過ぎず、目の前に現れたのは、
彼のクラスの学級委員こと朝倉涼子さんだった。
どうも長門さんと同じマンションに住んでいて、たまに夕飯を共にしているらしい。
そんな朝倉涼子さんを、涼宮さんは一瞬驚いた顔をした後、
すぐにいつもの笑顔――といっても彼が現れるまでは中々見ることができなかったけれど――に戻り、
「有希の親友ならもうそれはSOS団の仲間よ!」
と言い、快く受け入れた。
のだが、それを朝倉さんが遠慮してしまったのだ。
86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 07:52:47.85:rkjqyY0MO
曰く、
「残りの席を埋められるのはキョンくんだけだから」
とのこと。
その言葉を聞いて、涼宮さんは小さく、何度も頷いた。
しかし、涼宮さんのそんな姿を見てなのか、
「でも、たまに協力させてね。おでんくらいなら振る舞えるから」
と、朝倉さんは続けた。
その言葉に、涼宮さんはパァっと明るくなり、
「もっちろんよ!」
と叫んだ。
このことで、後に涼宮さんが涙を流すことになるなんて、誰も想像していなかった。
でもそれは、誰も悪くない。
そう、誰も悪くないんだ。
97:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 18:03:51.19:rkjqyY0MO
朝倉さんが紹介されたその日、SOS団は長門さんのマンションでおでんパーティーを開催することになった。
というのも、あの後早速涼宮さんが
「今日の夜おでんを振る舞ってちょうだい!」
と頼んだからで、その依頼を受けた朝倉さんもそれを快く承諾してしまったのだ。
そんなこんなで僕達は食材を買い集め、現在は長門さんの部屋へと招待されている。
ここはかつて彼が訪れた場所でもある。
涼宮さんが朝倉さんの自宅ではなく長門さんの自宅を指定した理由も、
もしかしたらそこにあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、料理を担当していた朝比奈さん、涼宮さん、朝倉さんの3人が
笑顔でリビングへやってきた。
涼宮さんの、
「古泉くん、このメンバーで更に手料理なんて贅沢しすぎなんじゃない?」
という、悪戯っぽい言葉と共に。
98:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 18:08:11.05:rkjqyY0MO
その時間は本当に楽しかった。会話で盛り上がり、涼宮さんの無茶振りで汗をかき、
おいしいおでんで頬を緩ませる。
ただ、一つだけ気になったことは、涼宮さんが彼の話を全くしなかったこと。
「絶対に見つけてやるんだから」とか、朝倉さんに教室での様子を尋ねたりはしていたのだけれど、
涼宮さん本人の、彼に対する何かを、彼女が口にすることはなかった。
でも、彼女は素直じゃない人だから、それも彼女らしいと思う。
彼女が、その思いを口にすることがあるのかはわからないけれど、
その時には、是非隣に彼が居てほしいと、素直にそう思った。
そして、もし彼にもう二度と会うことが出来ないのならば、
その隣に…………どうか、この僕を置いてはくれないでしょうか
と、心の中で願った。
今思えば、何を勝手な、と言いたいけれど、
この時の僕は楽しさにやられて、少しわがままになっていたのかもしれない。
99:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 18:09:09.83:rkjqyY0MO
全員が食べ終わった後、泊まる泊まらない等の話が出たけれど、結局そこで解散となった。
隠しきれない笑顔で長門さんと朝倉さんに手を振る僕の中では、
楽しさの後に襲うもったいなさと、寂しさが渦めいていた。
なんとも言えない虚無感を胸に抱えていても、先程までを思い出すと自然と笑みがこぼれる。
そんな僕を見て、朝比奈さんが
「またこうやって楽しみたいですね」
と、言ってくれた。
それに対して、
「今度は彼も誘って、ですよ」
と、どこかに向かって言ったら、視界の隅で涼宮さんが大きく頷いた。
100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 18:11:10.39:rkjqyY0MO
そして次の日、僕達はいつかの涼宮さんの言葉通り、文芸部として活動することにした。
もちろん取り仕切るのは長門さんで、今は部室の窓の前でひどく緊張している。
というのも、今日の活動内容を、今まさに発表しようとしているところなのだ。
全員の視線が、長門さんに集まる。
そんな中、長門さんは静かに口を開いた。
「ひ、一人ずつ……物語を書いてほしい」
5秒ほど間があっただろうか。
長門さんが困り果てた表情に変化すると同時に、涼宮さんが飛び上がって称賛した。
「素晴らしいわ有希! 第一回新生文芸部の活動として相応しい内容よ!」
と、いったような感じだ。
その言葉を聞いて、ホッとした表情を浮かべる長門さんに、ひたすら声をかけつづける涼宮さんにより、
「で、でも、文章なんて書いたことありません」
という朝比奈さんの意見は、なんなく掻き消されてしまった。
101:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 18:14:52.70:rkjqyY0MO
それから幾時間かかけて、僕達は短いながらもそれぞれの話を完成させた。
しかし、それから予想もしえない事態が発生した。
それは、長門さんによる
「そ、それじゃあ、一人ずつ発表を……」
という提案を、涼宮さんが全否定したのである。
全否定といっても、高圧的なものではなく、見るからにあわてふためいて、である。
その腕に抱えた作文用紙からは、怪しさが溢れでていた。
と、意地悪はこのあたりにしておいて、僕には……いや、僕達には全員その理由が分かっていた。
きっと、発表するなんて思いもよらなくて、涼宮さんは彼に対して何かを書いてしまったのだろう。
誰にも言わず、自分の内に溜め込んでいた何かを。
それは、気持ちを整理するためなのかもしれないし、
記憶に残しておくためなのかもしれない。
そればっかりは読まないと分からないし、それを読むことは恐らくありえないので、少しだけ悔やまれた。
114:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:43:32.37:rkjqyY0MO
事態は、それからいくつか経ったある日に、大きく動くことになる。
その日は、例の不思議探索の日だった。
喜ばしいことに、この日も僕は涼宮さんと同じグループに入ることができた。
グループ、という言い方をしたのは、そこに朝倉さんも参加しているからだ。
喫茶店で軽い昼食を済ませ、朝比奈さんと長門さんと別れた後、
僕達3人は最早恒例となっている光陽園学院の校門の前へと向かった。
そこで座り込み、3人で日が暮れるまで話す。
たった、それだけのことだった。
でも、意味の捉え方や感じ方は各々違うものであって、その違いはその場でも確かに発生していた。
具体的にいうと、朝倉さんと、僕だ。
115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:44:51.82:rkjqyY0MO
事の始まりは、僕にとって、涼宮さんのたった一度の呟きだった。
「やっぱり、あいつが作ったんだから、この団にはあいつがいないとね」
この言葉を言った後、涼宮さんは頬をわずかに赤くし、
「なんちゃって。あいつが喜びそうなこと言ったら出てくるかもって思っただけよ」
と言い、ごまかしていたけれど、その時ばかりは
僕は涼宮さんではなく朝倉さんの方をジッと見つめていた。
思えば、いつかのおでんパーティーの時からだったろうか。
彼女は、彼の存在が匂うたびに、何故か悲しげな表情になっていた。
と言っても、それはほんの一瞬だったけれど。
しかし、今は、違う。
涼宮さんの問い掛けに、
「なんでもないの」
なんて言って、普段より少し引き攣った笑顔で応えていたけれど、
僕には朝倉さんのその様子が気になって仕方がなかった。
というのも、僕には涼宮さんの先程の呟きで、悲しくなる理由が分からなかったからだ。
116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:45:55.17:rkjqyY0MO
不思議探索も終幕し、僕は一人帰路に着いていた。
結局あの後、僕は朝倉さんに尋ねることをしなかった。
というよりも、尋ねることができなかった。
それは、人の感情に土足で立ち入ることに対する抵抗感も確かにあったし、
何より不思議探索終了後、朝倉さんは涼宮さんと長門さんの3人で何かを話していたからだ。
まさかあの二人の前で尋ねる訳にもいかないよなあ、と考えた僕は、
こうして一人で帰路へと着いている。
まさかこの日、あんなことが起こるとは想像もせず、ただ、呑気に。
117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:47:28.99:rkjqyY0MO
ここから話は、少し前へと遡る。
初参加となる不思議探索の前日の夜、朝倉涼子は長門有希に尋ねた。
「キョンくんに……会いたい?」
ここ最近、長門有希は夜になると肩を落として俯いている。
朝倉涼子は、そんな長門有希の元気のない姿に、堪えられなくなっていた。
そしてその日も、長門有希は俯いていたのだ。
「……会えるの?」
長門有希のその言葉に、朝倉涼子は胸が詰まった。
118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:48:34.04:rkjqyY0MO
私には、長門さんを救うことができない。
私の力では、どうしても彼に会わせてあげることができない。
『本当の』長門さんが作り上げたこの世界で、
唯一、私とキョンくんだけが元の世界の記憶を引き継いでいた。
だからこそ、わかる。
私は、情報統合思念体によって作り上げられた奇異な存在。
エラーを起こし、この世界でしか生きることを許されていない、孤独な個体。
そして、今のこの世界では、私に空間移転能力を繰り返すほどの力は、備えられていない。
きっと、『本当の』長門さんが、私に世界を壊されないよう、
私に、彼の選択の邪魔をされないようにとった対策だと思う。
120:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:50:01.68:rkjqyY0MO
こっちの長門さんを、『本当の』世界に送ることはできるかもしれない。
そうすることによって、長門さんだけはキョンくんに会うことができる。
でも、それだけは、絶対にできない。
そんなことをしてしまうと、『本当の』長門さんは、こちらの長門さんを消すだけでは済まさないだろう。
きっと、こちらの世界の存在自体を、消し去ってしまう。
元々イレギュラーにより存続されたこの世界だけど、それでも、今の私にとっては、唯一の居場所だった。
じゃあ、どうすればいいのか。
私は、ずっと悩んでいた。苦しんでいた。
そう、長門さんや涼宮さんが、キョンくんの話をするたびに。
彼女達は、どうしても彼に会うことができないのを、知っているから。
121:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:51:34.08:rkjqyY0MO
苦しかったのだ。そんなことも知らずに、一喜一憂する彼女達の姿を見るのが。
それなら、どうすればいいのか。
方法は、簡単だった。
彼女達に、教えてあげればいいんだ。
彼には、もう一生会えないということを。
そうすれば、ある意味で諦めもつくと思った。
そしてそれができるのは、全てを知っている私しかいない。
罪悪感は、あった。
私はインターフェイスの中でも、感情豊かな個体だ。
罪悪感を感じない訳がない。
でも、それ以上に、長門さんの苦しむ姿をこの先見続けるのが、嫌だった。
子供じみていると思う。私は、本当に、未熟だ。
122:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:53:04.44:rkjqyY0MO
償い……と言うことすら、許されないことを、私はしてしまうのかもしれない。
私は明日、確実に二人を傷つける。
もしかしたら、長門さんに口をきいてもらえなくなるかもしれない。
「どうして」と怒られて、涙を流させてしまうかもしれない。
私は最低だ。分かっている。
長門さんや涼宮さんには、伝えることができないけれど、
私は、限りある特殊能力を、二人のために使うことに決めた。
さっきも言ったけれど、それを二人に対する「償い」などと呼ぶことは、許されないのかもしれない。
でも、誰でもいい。これはただのエゴだけど、
私は、その行動によって、誰かに私のした罪を許して欲しかった。
感情に豊かというのも、やっかいだ。
これくらいのわがままは、どうか許して欲しい。
今まで流したことなんて一度もなかった涙を流しながら、私は自宅の扉を開けた。
124:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:54:20.31:rkjqyY0MO
僕は、走っていた。ただただ、必死だった。
それが、自分のためなのか、涼宮さんのためなのか、分からなくなるくらいに。
始まりは、朝比奈さんから届いた、一通のメールだ。
不思議探索から帰り、一息をついた時だった。
『キョンくんには、もう会えないみたいです。
それを、二人が知ってしまったみたいです』
たった二行のそのメールが、僕をただただ走らせていた。
文面にある二人とは、考えたくもないけれど、長門さんと……そして、涼宮さんのことだろう。
辺り一面は真っ暗で、吐く息の白さすら、覆い隠してしまう。
とても寒かった。
焦るというより、心配だった。
世界はいつもと同じスピードで進んでいるのに、僕だけはその流れに逆らうように、全力疾走していた。
125:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:55:49.11:rkjqyY0MO
他校に夜侵入するなんて、普段の僕なら絶対にしないだろう。
しかし、今はそうもいっていられない。
辿り着いた文芸部室には、朝比奈さんの姿があった。
「古泉くん!」
涙目で、佇んでいる。
ずっと一人でここにいたのだろうか。
そういえば、ここにくるまでの鍵は、全て開いていた。
「やっぱり長門さんと一緒に帰ろうと思って、待ってたら……皆さんが出てきて……。
その、長門さん、泣いてました。事情を聞いたら、朝倉さんが全部知ってたって……
涼宮さんは……ずっと、黙ってました」
その言葉を聞いて、様々な疑問がでてきたけれど、
朝比奈さんが次の言葉で、僕の行き先を照らしてくれた。
「あの時の相談……今だと思うの。
古泉くん、行ってあげて?」
芯まで届いた。
その言葉に、僕は大きく頷き、一言お礼を言うと、慌ただしく部室を飛び出した。
126:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:57:58.58:rkjqyY0MO
一つの街灯に照らされた、光陽園学院の校門の前に、彼女はいた。
壁によりかかって、俯いている。
僕は、静かに、でも、確かに気づいてもらえるように、一歩一歩近寄った。
「古泉くん……どうしたのよ」
彼女は、笑っていた。
暗くもなく、明るくもなく、ただ笑っていた。
そんな涼宮さんの表情を見て、僕は暴れだしたい気分になった。
そんなに、涼宮さんらしくない顔を、しないでください。
心の中でそう呟きながら、僕は無言のまま涼宮さんの横の壁にもたれかかった。
127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 22:59:08.27:rkjqyY0MO
「朝比奈さんに、メールで聞きました」
「そう……」
「彼には、もう会えないって」
「そうみたいね……」
「……」
「……」
いたたまれなくなった。
涼宮さんは、強いけど、腹が立つ。
何故そこまでひた隠しにするのか。何故、そんなに溜め込むのか。
僕は、気がつくと、涼宮さんの両肩を掴んで、
「素直になって下さい」
と、頼んでいた。
128:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 23:00:01.82:rkjqyY0MO
僕自身も思いもよらなかった僕の行動に、
涼宮さんは驚いた顔をして僕を見上げた。
そして、数秒間硬直した後、涼宮さんの瞳に、涙が光った。
僕は、今度はしっかりと意識して、言った。
「素直になって下さい、涼宮さん」
表情は、自然と微笑んでいた。
そんな僕の顔をみて、涼宮さんの中で何かが弾けたのか。
「……キョンに、……会いたいよう……」
それまで溜め込んできた涙を一度に流しながら、涼宮さんはそう言った。
129:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 23:01:52.65:rkjqyY0MO
僕の一番の願いは叶わなかったけれど、それに付加された補助的な願いは、叶っただろう。
僕は、胸に頭を預け、次々と本音を吐く涼宮さんに相槌を打ちながら、あの時の願いを心の中で復唱した。
『そして、もし彼に、もう二度と会うことが出来ないのならば、
その隣には…………せめてこの僕に、居させてはいただけないでしょうか?』
そしてまた、心の中で、僕は神様にお礼を言った。
しばらくして、落ち着いた涼宮さんは、彼に対して怒りをぶつけていた。
散々本音を吐き出したので、一時的にふっ切れたのだろう。
「あんのバカキョン!!
なんであたしがあんなやつに会えないくらいで泣かなくちゃなんないのよ!!」
本当に、たくさんの感情を僕に見せてくれる人だ。
また、素直じゃない涼宮さんに戻ってしまったけれど、
その姿は僕を、少しだけ安心させた。
「なんなのよもう!!
あーもう腹が立つー!!」
ジダンダを踏む涼宮さんをなだめながら、僕は微笑んだ。
「全く、やれやれだな」
―終わり―
130:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 23:04:34.67:rkjqyY0MO
別の話。
彼は、ある二つの『本』を読んでいた。
一方は、見事な文章で感情が表現され、彼の心を熱くさせた。
もう一方は、ただがむしゃらに思いが羅列してあるだけなのだが、
何故かその思いが彼には真っ直ぐに届いた。
柄にもなく、涙を流しながらそれらを読み切った彼は、静かに『本』を手元に置くと、
すぐに携帯電話を取り出して、電話帳の「な」行を開いた。
そうして、必死に頼み込んだ。
131:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 23:06:10.24:rkjqyY0MO
それらの『本』は、彼が朝目覚めると、そこにあった。
一瞬戸惑った彼は、その表紙に書いてある文字を見て、
不思議な興味を持ち、読みはじめた。
そして、読んでいく内に、彼は確信したのだ。
「消えてなかったのか」
彼は、そう呟いた。
『消えなかった世界』の人物を思い、彼は涙した。
そして、表現できないほど、胸が苦しくなった。
だから彼は、読み終えた後、携帯を手に取ったのだ。
「無理も承知だ、頼む。
お願いだ、長門。
一日だけでもいい、俺をまた……」
ぎゅっと目をつぶる彼の手元に置いてある二つの『本』の表紙には、それぞれ、
『許してもらえますように』
とだけ、記してあった。
終わり
134:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 23:09:11.68:rkjqyY0MO
でも、涼宮さんの本当の気持ちは、しっかりと伝わってきた。
だからこそ、僕は悲しさが生まれる前に、力強く涼宮さんを見つめて、
「ぜひ協力させて下さい」と言いながら、ゆっくりと微笑んだ。
SOS団が結成された今、僕にはケジメをつけなければならないことがあった。
「どうしたの?」
長い髪を揺らしながら、僕の目をジッと見つめる。
本当に、嘘のない、真っ直ぐな目。
心の芯の部分から、僕と会話をしてくれている。
涼宮ハルヒという女性は、純粋で、パワフルだ。
でも子供っぽくて、わがままで、心配性で、すぐに怒る。
次から次へと感情が飛び出してくる。
だからこそ楽しくて、だからこそ腹が立つ。
僕にはない、色々なものを与えてくれて、新しい景色を見せてくれる。
でも僕は、そんな彼女に、何も与えることができなかった。
仮面を被り、嫉妬深い。
僕は気がついてしまったんだ。
彼女を楽しませることができるのは、僕ではなく、彼の方だと。
理屈屋で、不思議を身に纏い、人のことをよく見ている。
彼のことだ。
だから僕は、ケジメをつけなければならない。
この感情を、思い出に変えなければならない。
拳を強く握って、弱々しく、でも、しっかりと伝わるように、ハッキリと言った。
「別れましょう」
不思議なことに、涙は一滴も流れなかった。
消失古泉きたきたきた期待
4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 22:31:59.96:wU+lgBfFO力無い表情で佇む僕。
涼宮さんは、何かを考えているのか、それとも言葉を躊躇しているのか、
しばらくの間、無言のままだった。
そんな涼宮さんの様子を見て、僕は居ても立ってもいられなくなった。
それは、涼宮さんの気持ちがわかってしまったからだろう。
きっと彼女は、僕に罪悪感を抱いている。
なぜなら、話さずとも僕が別れを告げた理由を理解してしまったから。
彼女は頭が良い。無理もない。
僕は、肩の力を抜いて、フッと笑った。
その気配を感じたのか、涼宮さんが顔を上げた。
「僕が願うのは、涼宮さんの幸せだけですよ」
上手く言えただろうか。
面と向かって相手に本心を告げることは、本当に久しぶりだった。
僕のその言葉に、涼宮さんは再びうつむいた。
やっぱり、伝わらなかったかな。
そう思った時、涼宮さんが小さく二つの言葉を呟いた。
「ごめんね、ありがとう」
その言葉を聞いて、僕は初めて涙を流した。
それからというものの、毎日が雪崩のような早さで過ぎていった。
毎週の休日に行われる不思議探索。
もちろん不思議とは、彼のことだ。
街で聞き込みをしたり、彼と出会った場所で待機してみたり、
息抜きと称して思いっ切り遊んでみたり、
毎日が忙しくて、そして楽しかった。
そんな活動の中で、涼宮さんは全員にある質問をした。
それは、いかなる方法で彼に出会ったのか。
どのような事をしたのか。
それらの情報が、何か役に立つかもしれない、ということだ。
しかし、彼はどこまでも彼だった。
突然この部室にやってきた、廊下でいきなり声をかけられた、校門で突然話しかけられた。
朝比奈さんは、彼を雪のようだと言った。
突然降り始め、何かに触れるとすぐに消え、人々に水溜まりという記憶だけを残していく。
本当に儚くて、触れようと手を伸ばしたくなる存在。
なるほど、いかにも彼だと、
僕達はストーブで暖まる文芸部室で笑い合った。
全員の話を聞き終えた後、涼宮さんは言った。
「あたし達3人で有希の文芸部に入部しましょう」
と。
それは、いかにも涼宮さんらしい提案で、長門さんも、朝比奈さんも、
そしてもちろん僕も、全員が賛成した。
涼宮さん曰く、文芸部室の部長は長門さんに任せるということで、
たまに放課後にそういった活動もしていこう、とのことだった。
何故文芸部に入部しようと言い出したのか、
何となく分かっていたけど、涼宮さんの口から聞きたくて、つい聞いてしまった。
「あいつがやらなかったことをやってやったわ!
これで悔しがってあいつが出てくるかもね」
涼宮さんは、そう言いながら冗談っぽく笑った。
僕もつられて笑ったけど、上手くごまかされてしまった。
でも、視界の端で、長門さんが恥ずかしそうに微笑むのを見ることができたので、
もうこの話はいいかと思い、追求をやめることにした。
その日の帰り道で、長門さんが急に立ち止まった。
「あ、あの……わたし、忘れ物があるから」
そう言って、小さな駆け足で道を引き返していった。
涼宮さん、朝比奈さんの3人で、長門さんを待つことにしたのだけれど、
長門さんは中々帰ってこなかった。
辺りも暗くなりはじめ、危険だと判断した僕は、
涼宮さんと朝比奈さんにまだ明るい内に先に帰るよう促し、長門さんは僕が送ると伝えた。
そうして僕は再び文芸部室へ向かい、扉をノックした。
「入りますよ?」
と、念のため一声かけてから、扉を静かに開いた。
そこには、一冊の本を目の前に置き、椅子に座っている長門さんがいた。
『ハイペリオン』
本の表紙には、そう記されていた。
音のない会話が続く中で、僕は質問を投げかけてみた。
「忘れ物はその本ですか?」
長門さんは、力無く首を横に降る。
「……おもしろいのですか? その本は」
今度は、コクン、と頷いた。
そして、本をギュッと抱き抱えた。
「大切な本なんですね?」
彼女は、力強く頷く。
「……彼の……好きな、本」
そして、ポタポタと流れつたうその涙で、抱える本のインクを滲ませた。
耐えるように震える小さな体。
僕は思った。
彼女も、彼を思い続けている。
きっと、今日の活動で思い出話をしたことにより、蘇ってきたのだろう。
そして、堪えられなくなったのだろう。
僕は、何も話しかけることができずに、ただただ長門さんの隣に座った。
どのくらいの時が経ったのだろう。僕には5分ほどのように感じられたけれど、
長門さんの中では何度も世界が繰り返されたのかもしれない。
赤く腫れぼったいその瞳を、カーディガンの袖で拭うと、
長門さんは再びその本を強く抱きしめた。
そして、決心したかのように、
「ごめんなさい」
と、一言だけ呟いた。
その言葉が、僕に向けられたものなのか、それとも彼に届けようとしたのかは、
僕には分からなかった。
だから、なるべく静寂を保ちながら、
「行きましょうか」
と、小さく微笑んだ。
同時に、『僕には何もしてあげられない』なんて、
お節介で、自分勝手な感情をひた隠した。
校門を出て少し歩くと、チラホラと雪が降ってきた。
それと同時に、「おーい!」と、満面の笑みで手を振る涼宮さんと、
遠慮がちに鞄を抱える朝比奈さんの姿が見えた。
そっと、気付かれないように、静かに長門さんの顔を覗いてみた。
雪が髪に触れ、じんわりととけた水滴を滑らせながら、長門さんは笑っていた。
かわいらしい鼻と、そのまわりの頬は、真っ赤だった。
寒さと、照れ臭さが、同時にやってきたのか。
長門さんは、小走りで二人のもとへと駆けていった。
元気な3つの声が前方で響く中、僕は考えていた。
もしかしたら、彼にはもう、会えないのかもしれない。
僕達の想像できないような世界へ行ってしまった彼に、会う方法なんてないのかもしれない。
そこまで考えて、僕の胸は締め付けられるように痛んだ。
みぞおちの奥深くを、キュッと摘まれたような。
それでは、彼を想う女性はどうなってしまうのだろうか。
一生、偶像を求め続けるのか。
そこまで考えて、またもや自らの自己中心的な考えに嫌気がさした。
皆さんが必要としているのは僕ではない。
彼なんだ。
僕には、何もすることができない。
いや、何もしないことが手助けなのか。
難しすぎて、分からなかった。
どうすれば、涼宮さんは幸せになれるのだろう。
僕は、ただただ、彼女を思い続けていた。
きっかけは些細なことだった。僕は、少し無理をしていたのかもしれない。
次の日の団活の後、偶然朝比奈さんと二人きりになった。
彼女が纏うその包容力に、僕の我慢強さはあっけなく負けてしまった。
聞いたというよりは、聞かざるを得なかったという感じだ。
朝比奈さんの優しさに、油断したのかもしれない。甘えたかったのかもしれない。
僕の口から、自然に、流れるように言葉がこぼれ落ちた。
「朝比奈さんは、とても大切な人の力になりたいと思った時、どうしますか?」
朝比奈さんは、少しだけ驚いた表情をした。
突然こんなことを言い出すのだから無理もない。
僕は、朝比奈さんの目をジッと見つめた。
ただ、答えが欲しかった。
けれど、朝比奈さんから返ってきた答えは、僕の想像とは全く異なるものだった。
「わかりません」
朝比奈さんは、まるで頭を撫でるように、優しく笑った。
「ごめんなさい、わかりません。」
僕がどんな顔をしていたのかは僕にはわからないけれど、
朝比奈さんは僕の顔を見つめて、続けてこう言った。
「大切な人だからこそ、わからないんです」
そうして、肩にかけていた鞄を、そっと机の上に置いた。
僕は、その姿を見ながら、朝比奈さんが言った言葉を聞き返すように復唱した。
「はい。大切だからこそ、その人のことで悩めるんじゃないか、って思うんです。
でもね、自分がその人について悩んでいる時って、意外にその大切な人の方もどうすればいいのか、
何が正解なのか分かってないんですよ」
ふふっ、と笑う朝比奈さん。
「つまり……?」
「ただ側にいて、話しを聞いてあげるだけでも違うんじゃないかな?
そしたら、一緒に悩めますし」
「でもそれは、お節介ではないのでしょうか」
「うーん……そんなことないと思いますよ。
古泉くんは、古泉くんにとって大切な人が悩んでいることを知っていますし、
きっと、大切な人も、側にいてくれたら話してくれますよ。
なんか、上手く言えないですけど」
「いえ……ありがとうございます」
「古泉くんなら、力になれますよ。絶対。絶対です」
どこに根拠があるのかわからなかったけれど、
朝比奈さんの自信溢れる瞳を見て、僕はとても安心した。
だから、もう一度お礼を言おう。
「本当にありがとうございます」
「ううん、気にしないでくださいね」
そうして、朝比奈さんは文芸部室から出ていった。
その後、僕は一人で部室に居座りぼんやりと天井を眺めていた。
「話しを聞くだけで」か。はたして、涼宮さんは僕に聞かせてくれるだろうか。
そして、一緒に悩ませてくれるのだろうか。
あの、わがままな涼宮さんが。
僕は、ふう、とため息をつき、椅子に深くもたれかかった。
「彼を探す方が、簡単なことかも知れないな」
自分の独り言に、苦笑いした。
次の日、あれほど困難だと考えていたのに、チャンスはあっけなく来てしまった。
というのも、週末の不思議探索で、僕と涼宮さんがペアになったのだ。
僕は、涼宮さんに散々引っ張られた後、休憩をとることになった喫茶店のテーブルでうなだれていた。
「ちょっと飛ばしすぎたかしら」
そんな僕の様子を見て、涼宮さんがカラッと言う。
「午前中だけでフルマラソンした後みたいですよ」
そう言いながら差し出された水を飲む。
「まだまだこんなもんでへこたれてちゃダメよ!
午後も飛ばして、絶対にあいつを見つけてやるんだから」
拳に力を入れて意気込む彼女を見て、僕は素直に
「参ったな」と思った。
そんなこんなで午後も突風のように各所を巡り、
最終的には彼と初めて出会った場所……つまり、光陽園学院の前で張り込むことになった。
校門に座り込み、彼について調査する。
でもそれは建て前だ。
僕には、涼宮さんの心境が手にとるようにわかってしまった。
彼を思い出している。
その証拠に、涼宮さんの表情は憂いを帯びていた。
ジッとどこかを見つめ、ただただ待っている。
彼がまた突然現れるのを。
そんな姿を見て、僕は朝比奈さんの言葉を思い出していた。
「話を聞くだけで良い」
僕は、小さく首を横に振った。
僕にはまだ、早すぎるんだ。
僕には、涼宮さんの話を聞くことはできない。
そのかわり、こう思った。
「ずっと隣で待ち続けよう」
せめて涼宮さんが孤独を感じないように。何かを吐き出したい時に、
それを聞いてくれる誰かがいてあげないといけない。
ああ、そうか。
間違っていたのは僕の方だ。
それが、朝比奈さんの言う、『話を聞く』ということだったんだ。
その後集合場所へ戻り、長門さん達の成果を聞いたけれど、
期待していたような答えは返ってこなかった。
辺りも暗くなりはじめ、今日は解散と団長が宣言したので、僕は帰路に着くことにした。
彼に関することは何も掴めなかったけれど、僕にとってはとても意味のある不思議探索だった。
僕が涼宮さんの手助けとしてできることが見つかったからだ。
さすがに、それをお節介と言うほど世間は残酷ではないだろう。
言ってしまえば、僕はただ待つだけなのだから。
それはただの自己満足じゃないかと言われると、そうかも知れない。
そのあたりは難しくてよく分からないけれど、なんだかこの選択は間違っていないような気がしてならなかった。
次の日、珍しく長門さんが紹介したい人がいると言い出した。
長門さんに対して、特別な感情があるかと言われれば、
それは持ち合わせてはいないけれど、『紹介したい人』などと言われると、
やはり少しドギマギしてしまう。
それは朝比奈さんも同じらしく、なんだか不安と期待が入り混じったような顔をしていた。
しかし、そんな僕達の勝手な妄想は、所詮妄想に過ぎず、目の前に現れたのは、
彼のクラスの学級委員こと朝倉涼子さんだった。
どうも長門さんと同じマンションに住んでいて、たまに夕飯を共にしているらしい。
そんな朝倉涼子さんを、涼宮さんは一瞬驚いた顔をした後、
すぐにいつもの笑顔――といっても彼が現れるまでは中々見ることができなかったけれど――に戻り、
「有希の親友ならもうそれはSOS団の仲間よ!」
と言い、快く受け入れた。
のだが、それを朝倉さんが遠慮してしまったのだ。
曰く、
「残りの席を埋められるのはキョンくんだけだから」
とのこと。
その言葉を聞いて、涼宮さんは小さく、何度も頷いた。
しかし、涼宮さんのそんな姿を見てなのか、
「でも、たまに協力させてね。おでんくらいなら振る舞えるから」
と、朝倉さんは続けた。
その言葉に、涼宮さんはパァっと明るくなり、
「もっちろんよ!」
と叫んだ。
このことで、後に涼宮さんが涙を流すことになるなんて、誰も想像していなかった。
でもそれは、誰も悪くない。
そう、誰も悪くないんだ。
朝倉さんが紹介されたその日、SOS団は長門さんのマンションでおでんパーティーを開催することになった。
というのも、あの後早速涼宮さんが
「今日の夜おでんを振る舞ってちょうだい!」
と頼んだからで、その依頼を受けた朝倉さんもそれを快く承諾してしまったのだ。
そんなこんなで僕達は食材を買い集め、現在は長門さんの部屋へと招待されている。
ここはかつて彼が訪れた場所でもある。
涼宮さんが朝倉さんの自宅ではなく長門さんの自宅を指定した理由も、
もしかしたらそこにあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、料理を担当していた朝比奈さん、涼宮さん、朝倉さんの3人が
笑顔でリビングへやってきた。
涼宮さんの、
「古泉くん、このメンバーで更に手料理なんて贅沢しすぎなんじゃない?」
という、悪戯っぽい言葉と共に。
その時間は本当に楽しかった。会話で盛り上がり、涼宮さんの無茶振りで汗をかき、
おいしいおでんで頬を緩ませる。
ただ、一つだけ気になったことは、涼宮さんが彼の話を全くしなかったこと。
「絶対に見つけてやるんだから」とか、朝倉さんに教室での様子を尋ねたりはしていたのだけれど、
涼宮さん本人の、彼に対する何かを、彼女が口にすることはなかった。
でも、彼女は素直じゃない人だから、それも彼女らしいと思う。
彼女が、その思いを口にすることがあるのかはわからないけれど、
その時には、是非隣に彼が居てほしいと、素直にそう思った。
そして、もし彼にもう二度と会うことが出来ないのならば、
その隣に…………どうか、この僕を置いてはくれないでしょうか
と、心の中で願った。
今思えば、何を勝手な、と言いたいけれど、
この時の僕は楽しさにやられて、少しわがままになっていたのかもしれない。
全員が食べ終わった後、泊まる泊まらない等の話が出たけれど、結局そこで解散となった。
隠しきれない笑顔で長門さんと朝倉さんに手を振る僕の中では、
楽しさの後に襲うもったいなさと、寂しさが渦めいていた。
なんとも言えない虚無感を胸に抱えていても、先程までを思い出すと自然と笑みがこぼれる。
そんな僕を見て、朝比奈さんが
「またこうやって楽しみたいですね」
と、言ってくれた。
それに対して、
「今度は彼も誘って、ですよ」
と、どこかに向かって言ったら、視界の隅で涼宮さんが大きく頷いた。
そして次の日、僕達はいつかの涼宮さんの言葉通り、文芸部として活動することにした。
もちろん取り仕切るのは長門さんで、今は部室の窓の前でひどく緊張している。
というのも、今日の活動内容を、今まさに発表しようとしているところなのだ。
全員の視線が、長門さんに集まる。
そんな中、長門さんは静かに口を開いた。
「ひ、一人ずつ……物語を書いてほしい」
5秒ほど間があっただろうか。
長門さんが困り果てた表情に変化すると同時に、涼宮さんが飛び上がって称賛した。
「素晴らしいわ有希! 第一回新生文芸部の活動として相応しい内容よ!」
と、いったような感じだ。
その言葉を聞いて、ホッとした表情を浮かべる長門さんに、ひたすら声をかけつづける涼宮さんにより、
「で、でも、文章なんて書いたことありません」
という朝比奈さんの意見は、なんなく掻き消されてしまった。
それから幾時間かかけて、僕達は短いながらもそれぞれの話を完成させた。
しかし、それから予想もしえない事態が発生した。
それは、長門さんによる
「そ、それじゃあ、一人ずつ発表を……」
という提案を、涼宮さんが全否定したのである。
全否定といっても、高圧的なものではなく、見るからにあわてふためいて、である。
その腕に抱えた作文用紙からは、怪しさが溢れでていた。
と、意地悪はこのあたりにしておいて、僕には……いや、僕達には全員その理由が分かっていた。
きっと、発表するなんて思いもよらなくて、涼宮さんは彼に対して何かを書いてしまったのだろう。
誰にも言わず、自分の内に溜め込んでいた何かを。
それは、気持ちを整理するためなのかもしれないし、
記憶に残しておくためなのかもしれない。
そればっかりは読まないと分からないし、それを読むことは恐らくありえないので、少しだけ悔やまれた。
事態は、それからいくつか経ったある日に、大きく動くことになる。
その日は、例の不思議探索の日だった。
喜ばしいことに、この日も僕は涼宮さんと同じグループに入ることができた。
グループ、という言い方をしたのは、そこに朝倉さんも参加しているからだ。
喫茶店で軽い昼食を済ませ、朝比奈さんと長門さんと別れた後、
僕達3人は最早恒例となっている光陽園学院の校門の前へと向かった。
そこで座り込み、3人で日が暮れるまで話す。
たった、それだけのことだった。
でも、意味の捉え方や感じ方は各々違うものであって、その違いはその場でも確かに発生していた。
具体的にいうと、朝倉さんと、僕だ。
事の始まりは、僕にとって、涼宮さんのたった一度の呟きだった。
「やっぱり、あいつが作ったんだから、この団にはあいつがいないとね」
この言葉を言った後、涼宮さんは頬をわずかに赤くし、
「なんちゃって。あいつが喜びそうなこと言ったら出てくるかもって思っただけよ」
と言い、ごまかしていたけれど、その時ばかりは
僕は涼宮さんではなく朝倉さんの方をジッと見つめていた。
思えば、いつかのおでんパーティーの時からだったろうか。
彼女は、彼の存在が匂うたびに、何故か悲しげな表情になっていた。
と言っても、それはほんの一瞬だったけれど。
しかし、今は、違う。
涼宮さんの問い掛けに、
「なんでもないの」
なんて言って、普段より少し引き攣った笑顔で応えていたけれど、
僕には朝倉さんのその様子が気になって仕方がなかった。
というのも、僕には涼宮さんの先程の呟きで、悲しくなる理由が分からなかったからだ。
不思議探索も終幕し、僕は一人帰路に着いていた。
結局あの後、僕は朝倉さんに尋ねることをしなかった。
というよりも、尋ねることができなかった。
それは、人の感情に土足で立ち入ることに対する抵抗感も確かにあったし、
何より不思議探索終了後、朝倉さんは涼宮さんと長門さんの3人で何かを話していたからだ。
まさかあの二人の前で尋ねる訳にもいかないよなあ、と考えた僕は、
こうして一人で帰路へと着いている。
まさかこの日、あんなことが起こるとは想像もせず、ただ、呑気に。
ここから話は、少し前へと遡る。
初参加となる不思議探索の前日の夜、朝倉涼子は長門有希に尋ねた。
「キョンくんに……会いたい?」
ここ最近、長門有希は夜になると肩を落として俯いている。
朝倉涼子は、そんな長門有希の元気のない姿に、堪えられなくなっていた。
そしてその日も、長門有希は俯いていたのだ。
「……会えるの?」
長門有希のその言葉に、朝倉涼子は胸が詰まった。
私には、長門さんを救うことができない。
私の力では、どうしても彼に会わせてあげることができない。
『本当の』長門さんが作り上げたこの世界で、
唯一、私とキョンくんだけが元の世界の記憶を引き継いでいた。
だからこそ、わかる。
私は、情報統合思念体によって作り上げられた奇異な存在。
エラーを起こし、この世界でしか生きることを許されていない、孤独な個体。
そして、今のこの世界では、私に空間移転能力を繰り返すほどの力は、備えられていない。
きっと、『本当の』長門さんが、私に世界を壊されないよう、
私に、彼の選択の邪魔をされないようにとった対策だと思う。
こっちの長門さんを、『本当の』世界に送ることはできるかもしれない。
そうすることによって、長門さんだけはキョンくんに会うことができる。
でも、それだけは、絶対にできない。
そんなことをしてしまうと、『本当の』長門さんは、こちらの長門さんを消すだけでは済まさないだろう。
きっと、こちらの世界の存在自体を、消し去ってしまう。
元々イレギュラーにより存続されたこの世界だけど、それでも、今の私にとっては、唯一の居場所だった。
じゃあ、どうすればいいのか。
私は、ずっと悩んでいた。苦しんでいた。
そう、長門さんや涼宮さんが、キョンくんの話をするたびに。
彼女達は、どうしても彼に会うことができないのを、知っているから。
苦しかったのだ。そんなことも知らずに、一喜一憂する彼女達の姿を見るのが。
それなら、どうすればいいのか。
方法は、簡単だった。
彼女達に、教えてあげればいいんだ。
彼には、もう一生会えないということを。
そうすれば、ある意味で諦めもつくと思った。
そしてそれができるのは、全てを知っている私しかいない。
罪悪感は、あった。
私はインターフェイスの中でも、感情豊かな個体だ。
罪悪感を感じない訳がない。
でも、それ以上に、長門さんの苦しむ姿をこの先見続けるのが、嫌だった。
子供じみていると思う。私は、本当に、未熟だ。
償い……と言うことすら、許されないことを、私はしてしまうのかもしれない。
私は明日、確実に二人を傷つける。
もしかしたら、長門さんに口をきいてもらえなくなるかもしれない。
「どうして」と怒られて、涙を流させてしまうかもしれない。
私は最低だ。分かっている。
長門さんや涼宮さんには、伝えることができないけれど、
私は、限りある特殊能力を、二人のために使うことに決めた。
さっきも言ったけれど、それを二人に対する「償い」などと呼ぶことは、許されないのかもしれない。
でも、誰でもいい。これはただのエゴだけど、
私は、その行動によって、誰かに私のした罪を許して欲しかった。
感情に豊かというのも、やっかいだ。
これくらいのわがままは、どうか許して欲しい。
今まで流したことなんて一度もなかった涙を流しながら、私は自宅の扉を開けた。
僕は、走っていた。ただただ、必死だった。
それが、自分のためなのか、涼宮さんのためなのか、分からなくなるくらいに。
始まりは、朝比奈さんから届いた、一通のメールだ。
不思議探索から帰り、一息をついた時だった。
『キョンくんには、もう会えないみたいです。
それを、二人が知ってしまったみたいです』
たった二行のそのメールが、僕をただただ走らせていた。
文面にある二人とは、考えたくもないけれど、長門さんと……そして、涼宮さんのことだろう。
辺り一面は真っ暗で、吐く息の白さすら、覆い隠してしまう。
とても寒かった。
焦るというより、心配だった。
世界はいつもと同じスピードで進んでいるのに、僕だけはその流れに逆らうように、全力疾走していた。
他校に夜侵入するなんて、普段の僕なら絶対にしないだろう。
しかし、今はそうもいっていられない。
辿り着いた文芸部室には、朝比奈さんの姿があった。
「古泉くん!」
涙目で、佇んでいる。
ずっと一人でここにいたのだろうか。
そういえば、ここにくるまでの鍵は、全て開いていた。
「やっぱり長門さんと一緒に帰ろうと思って、待ってたら……皆さんが出てきて……。
その、長門さん、泣いてました。事情を聞いたら、朝倉さんが全部知ってたって……
涼宮さんは……ずっと、黙ってました」
その言葉を聞いて、様々な疑問がでてきたけれど、
朝比奈さんが次の言葉で、僕の行き先を照らしてくれた。
「あの時の相談……今だと思うの。
古泉くん、行ってあげて?」
芯まで届いた。
その言葉に、僕は大きく頷き、一言お礼を言うと、慌ただしく部室を飛び出した。
一つの街灯に照らされた、光陽園学院の校門の前に、彼女はいた。
壁によりかかって、俯いている。
僕は、静かに、でも、確かに気づいてもらえるように、一歩一歩近寄った。
「古泉くん……どうしたのよ」
彼女は、笑っていた。
暗くもなく、明るくもなく、ただ笑っていた。
そんな涼宮さんの表情を見て、僕は暴れだしたい気分になった。
そんなに、涼宮さんらしくない顔を、しないでください。
心の中でそう呟きながら、僕は無言のまま涼宮さんの横の壁にもたれかかった。
「朝比奈さんに、メールで聞きました」
「そう……」
「彼には、もう会えないって」
「そうみたいね……」
「……」
「……」
いたたまれなくなった。
涼宮さんは、強いけど、腹が立つ。
何故そこまでひた隠しにするのか。何故、そんなに溜め込むのか。
僕は、気がつくと、涼宮さんの両肩を掴んで、
「素直になって下さい」
と、頼んでいた。
僕自身も思いもよらなかった僕の行動に、
涼宮さんは驚いた顔をして僕を見上げた。
そして、数秒間硬直した後、涼宮さんの瞳に、涙が光った。
僕は、今度はしっかりと意識して、言った。
「素直になって下さい、涼宮さん」
表情は、自然と微笑んでいた。
そんな僕の顔をみて、涼宮さんの中で何かが弾けたのか。
「……キョンに、……会いたいよう……」
それまで溜め込んできた涙を一度に流しながら、涼宮さんはそう言った。
僕の一番の願いは叶わなかったけれど、それに付加された補助的な願いは、叶っただろう。
僕は、胸に頭を預け、次々と本音を吐く涼宮さんに相槌を打ちながら、あの時の願いを心の中で復唱した。
『そして、もし彼に、もう二度と会うことが出来ないのならば、
その隣には…………せめてこの僕に、居させてはいただけないでしょうか?』
そしてまた、心の中で、僕は神様にお礼を言った。
しばらくして、落ち着いた涼宮さんは、彼に対して怒りをぶつけていた。
散々本音を吐き出したので、一時的にふっ切れたのだろう。
「あんのバカキョン!!
なんであたしがあんなやつに会えないくらいで泣かなくちゃなんないのよ!!」
本当に、たくさんの感情を僕に見せてくれる人だ。
また、素直じゃない涼宮さんに戻ってしまったけれど、
その姿は僕を、少しだけ安心させた。
「なんなのよもう!!
あーもう腹が立つー!!」
ジダンダを踏む涼宮さんをなだめながら、僕は微笑んだ。
「全く、やれやれだな」
―終わり―
別の話。
彼は、ある二つの『本』を読んでいた。
一方は、見事な文章で感情が表現され、彼の心を熱くさせた。
もう一方は、ただがむしゃらに思いが羅列してあるだけなのだが、
何故かその思いが彼には真っ直ぐに届いた。
柄にもなく、涙を流しながらそれらを読み切った彼は、静かに『本』を手元に置くと、
すぐに携帯電話を取り出して、電話帳の「な」行を開いた。
そうして、必死に頼み込んだ。
それらの『本』は、彼が朝目覚めると、そこにあった。
一瞬戸惑った彼は、その表紙に書いてある文字を見て、
不思議な興味を持ち、読みはじめた。
そして、読んでいく内に、彼は確信したのだ。
「消えてなかったのか」
彼は、そう呟いた。
『消えなかった世界』の人物を思い、彼は涙した。
そして、表現できないほど、胸が苦しくなった。
だから彼は、読み終えた後、携帯を手に取ったのだ。
「無理も承知だ、頼む。
お願いだ、長門。
一日だけでもいい、俺をまた……」
ぎゅっと目をつぶる彼の手元に置いてある二つの『本』の表紙には、それぞれ、
『許してもらえますように』
とだけ、記してあった。
終わり
これで終わりです。怖くてお前らのレスが見れてない
何時間後くらいに残ってたらまた覗きにこようと思う
消失古泉が消失長門を慰める話が書きたかったんだけどいつの間にか全然違った
だからスレタイに直接そぐえなかった
ただハルヒSSがまた増えることを願う
135:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 23:21:24.26:+EeeCaMK0何時間後くらいに残ってたらまた覗きにこようと思う
消失古泉が消失長門を慰める話が書きたかったんだけどいつの間にか全然違った
だからスレタイに直接そぐえなかった
ただハルヒSSがまた増えることを願う
乙!
久々のハルヒSSというだけで満足じゃ
136:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 23:23:41.20:UQYZal9Y0久々のハルヒSSというだけで満足じゃ
古泉が催眠術でハルヒにえっちなことするSSかと思った
137:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/21(月) 23:37:49.93:rkjqyY0MO結局見に来ちゃったけど、満足してもらえなかったみたいだなすまん
勝手に解説しとく
・最後の「全く、やれやれだな」というのはキョンのつもりで書きました
でも古泉でもいいかなあと思う
・彼=キョンに本を届けたのは一度きりの空間転移能力を使った朝倉だけど、その本は文芸部としての
活動でハルヒと長門が書いた短い話。
どっちもキョンのことを書いていた。
って皆わかってるか。蛇足だった
140:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/22(火) 00:33:05.01:FLhmMI1EO勝手に解説しとく
・最後の「全く、やれやれだな」というのはキョンのつもりで書きました
でも古泉でもいいかなあと思う
・彼=キョンに本を届けたのは一度きりの空間転移能力を使った朝倉だけど、その本は文芸部としての
活動でハルヒと長門が書いた短い話。
どっちもキョンのことを書いていた。
って皆わかってるか。蛇足だった
乙
消失のハルヒ長門古泉は矢印がみんな一方通行だから辛いな。
おまえら一緒に追想待とうぜ
144:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/22(火) 01:31:01.37:u5465aGRO消失のハルヒ長門古泉は矢印がみんな一方通行だから辛いな。
おまえら一緒に追想待とうぜ
すげえよかった
145:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/22(火) 03:23:22.97:zCOp9l2r0久々にちゃんとしたSSだった
楽しめたよ、乙!
楽しめたよ、乙!
コメント 6
コメント一覧 (6)
アナザー板のキョンを団員に加える結末の方がまだ救われると思う。
そして朝倉、まさかの活躍だったな。