-
京介「あやせ、結婚しよう」 あやせ「ほ、本当ですかお兄さん!?」
京介「俺の妹がこんなに可愛いわけがない 8?」 前編
京介「俺の妹がこんなに可愛いわけがない 8?」 後編
桐乃「そんな優しくしないで どんな顔すればいいの」
京介「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」
京介「桐乃…お前は昔は素直でいい子だったのよな…」
1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:24:36.24:+yIhwK3R0
安価SS
分かりやすく言えば俺妹ポータブルもどき
ルートは三種類
分岐点は最低一つ多くて二つ
最初の分岐点(といっても50レス目くらい)までしか書きためていないのであしからず
そこからは即興
分かりやすく言えば俺妹ポータブルもどき
ルートは三種類
分岐点は最低一つ多くて二つ
最初の分岐点(といっても50レス目くらい)までしか書きためていないのであしからず
そこからは即興
【画像】主婦「マジで旦那ぶっ殺すぞおいこらクソオスが」
【速報】尾田っち、ワンピース最新話でやってしまうwwww
【東方】ルックス100点の文ちゃん
【日向坂46】ひなあい、大事件が勃発!?
韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:25:29.50:+yIhwK3R0
十二月半ば。
寒風吹き荒ぶグラウンドを十周し、
精も根も尽き果て地面に仰向けになった俺の隣に、誰かが座る気配があった。
「なあ高坂、お前に相談事があるんだが」
声の主――赤城康平は、高校入学以来続いている数少ない友達の一人で、
元サッカー部エース(秋口に引退した)の爽やかイケメン男子でもある。
俺と同じ運動量をこなしたってのに、
見上げればほら、あんなもんは準備運動とばかりにケロリと――してねえ。
女子の長距離走に注がれた視線の源、二つの眼はよくよく確かめると遙か虚空を見つめていて、
頬の血色は悪く、唇はかさかさに乾いている。
まるで死相だ。
「どうしたんだ?」
「その……まあ……なんつーか……」
「歯切れ悪いなオイ」
「……瀬菜ちゃんのことなんだけどさ」
また兄バカの妹自慢か?と茶化せる空気じゃなかったね。
それほど赤城の面持ちはシリアスで、次に飛び出した言葉は、
赤城の精気が根こそぎ喪われている理由として充分すぎるものだった。
「瀬菜ちゃんに……彼氏ができたみたいなんだ」
4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:26:38.34:+yIhwK3R0
「またかよ」
実は瀬菜――赤城の妹――に彼氏疑惑が持ち上がったのはこれが初めてじゃないんだよな。
夏にも似たようなことがあって、あの時は結局、瀬菜の嘘だったことが後に判明したのだが……。
「今回はガチっぽいからマジ凹んでんだよ!」
「彼氏ができたってのは、アレか、瀬菜ちゃんか他の誰かに聞かされたのか?」
錆ついたブリキの玩具を彷彿とさせる動きで首を横に振る赤城。
「じゃあ、その話の根拠は?」
まさかとは思うが……携帯を勝手に盗み見たり、電話を盗み聞きしたりして……?
「んなことするわけねえだろ!
俺は一切疚しいことなんかしてねえ!」
前科者のテメーが偉そうに言えることかよ!
妹の部屋のクローゼットから実況メール送ってきたことは未だ記憶に新しいぞ。
赤城はぎり、と唇を噛んで、
「……瀬菜ちゃんの雰囲気が変わったんだ。
明らかに変わったんだよ。
休日に出かけるときは妙にソワソワしてて、
どこに行くのか聞いてもはぐらかされるし、
この前までパンツルックが多かったのが、
最近はミニスカートなんか履いたりしてさあ……。
こりゃもう、男ができたと考えるしかねえだろ!?」
酷い論理の飛躍を見た。
6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:27:51.27:+yIhwK3R0
「行き先を言わないのは詮索されるのが鬱陶しいだけで、
服装の変化は単純にお洒落の基準が変わっただけなんじゃねえの?」
「いんや、違うね。
俺がどれだけ瀬菜ちゃんの兄貴やってきたと思ってんだ?
あれは確実に恋してる目だ。
瀬菜ちゃんは、瀬菜ちゃんはなあ……、
お兄ちゃん以外の男を知っちまったんだよ!!」
あぁー、今の最高にキモい発言を
赤城ファンクラブを結成してる後輩女子どもに聞かしてやりてえ。
俺は言った。
「まあ落ち着けよ赤城。
瀬菜ちゃんに彼氏ができたって確証を得たわけじゃねえんだろ?
もしかしたら丸っきりお前の勘違い、ってことも有り得るんじゃねーか?」
「まあ……それはそうだけどよ……」
「ここは思い切って、本人に直接聞いてみたらどうだ?」
「無理だ」
即答された。
「なんで?」
「だって怖えもん」
……はぁ?
「もしまた瀬菜ちゃんに面と向かって
『彼氏がいる』なんて言われたら、俺、今度こそ立ち直れねえよ」
7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:29:32.54:+yIhwK3R0
体育座りになって膝頭に額を押しつける赤城。
前回のがよほど堪えていると見える。
自分で確かめられないとかどんだけヘタレだよ。
さて既にお気づきの方もいるだろうが、
察しの悪い奴らのために一応説明しておくと、こいつはシスコンである。
その溺愛ぶりたるや初孫ができた爺さんもかくやと思われるほどで、
瀬菜ちゃんの幸せのためなら心身も世間体も擲つことを厭わない、
まさに真性のシスコン戦士なのである。
しかし悲しいかな、
全ての可愛い妹を持つ兄貴に訪れる――訪れない人も中にはいるかもしれない――試練が存在し、
そいつは妹への愛情が深ければ深いほど、
『お兄ちゃん』の心に同じだけ深い傷を残すのだ。
俺は言った。
「なあ赤城。
へたれて逃げ続けるのも選択肢のひとつかもしれねえ。
でも、もし本当に 瀬菜ちゃんに彼氏がいるとして、
いつかはそいつとツラ突き合わして話さなくちゃならねえんだぜ。
お前はその時、どうするつもりなんだよ」
「ぶん殴る」
また安直な――と呆れた矢先、
「……のはできねえよなぁ」
お、意外と冷静?
9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:30:52.41:+yIhwK3R0
「俺とそいつの関係が取り返しの付かないことになるのは別にどうってことねえよ。
でも、んなことしたら、もう二度と瀬菜ちゃんが俺のことを
『お兄ちゃん』って呼んでくれなくなるかもしれねえ……」
そっちが自制する理由かよ!
赤城は面を上げると、暗い眼窩に一筋の光明を灯して言った。
「前にも同じことを高坂に言ったかもしれねーけどさ、
俺はポッと出の野郎に瀬菜ちゃんを渡す気はねえんだ。
これっぽっちもねえ。
けど、そいつが前々から瀬菜ちゃんと親交を温めて、瀬菜ちゃんの趣味を理解してて、
必然の流れで交際に至ったってんなら……交際を認めてやってもいいと思ってる」
「お前さ、その考えが瀬菜ちゃんの彼氏の目の前で揺らがない自信があるか?」
「…………正直、ない」
だろうと思ったぜ。
「でも、だからこそ心構えが必要だろ?」
心構え?
俺にはイマイチ赤城のいわんとしているところが分からなかった。
10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:32:39.51:+yIhwK3R0
「結局のところ、赤城は俺にどうして欲しいんだよ?
話を聞くだけでよかったのか?」
「いや、一応、頼みがある」
「オーケー」
深呼吸して、
「言ってみ?」
「瀬菜ちゃんに彼氏がいるのか、
もしも彼氏がいるならそいつがどんな奴が探ってきてくれねえか?」
「ブッ」
コイツ、とんでもねえ役回りを俺に押しつけてきやがった!?
「無理難題ってレベルじゃねえぞ!」
「頼む!高坂、この通りだ!
瀬菜ちゃんの彼氏がどんな奴か前もって知っておくことで、
そいつと会ったときに取る行動をシミュレーションしておきたいんだよ!」
心構えってそういうことかよ!
しっかし……なんで俺なんだ?
「高坂は部活で瀬菜ちゃんと話す機会があるじゃねえか」
部活……ゲー研ね。
夏休みの終わりに一度顔を出してからこっち、
受験勉強だの他のイベントだのに時間を取られて全然参加できていないことを思い出した。
実質的に引退したと言ってもいい。
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:34:24.58:+yIhwK3R0
「顔を出してそれとなく瀬菜ちゃんに探り入れるくらい、どうってことないだろ?な?」
「スポーツ推薦で早々に進学先を決めたお前と違ってな、こちとらバリバリの受験生なんだよ」
センター試験を約一ヶ月後に控え、
欠席者が目立つ学校にわざわざ出向いているのもひとえに人生のガイドラインこと麻奈実が
『学校はちゃんといこ?』と誘いかけてきたからであり、
『家に籠もって対策問題解いてる方がよっぽど有意義な時間の使い方なんじゃねーの?』
というのが本音の俺が、それでも麻奈実に逆らえないのは、
幼馴染みが同時に大恩ある家庭教師様でもあるからで……、
つまり何が言いたいかというとだな。
「俺は興信所ごっこしてるほど暇じゃねえ」
「頼む!高坂様の貴重なお時間をどうか俺のために!」
人の話聞いてねえなコイツ。
「この借りはきっと返す!俺たち親友だろ?なっ?」
平伏し額ずける赤城が見るに堪えなかっというのもあり、
「………はぁ。しゃーねーな、分かったよ」
俺は鷹揚に頷いて見せた。
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:38:05.81:+yIhwK3R0
「マジか!?」
「今日の放課後にでも足運んで、それとなく探ってくる」
「高坂!」
「わっ、寄ってくんな気色悪い!」
感激し抱きつこうとしてくる赤城をいなす。
長距離走を終えた女子数名の意味深な視線に、寒さとは別の理由で全身が粟立つのを感じた。
俺の考えすぎなのかね?
……秋葉のエロゲ即売会で大量の腐女子を見て以来、
どーも世の中には隠れ腐女子が相当数潜んでいる気がしてならねえのは。
それにしても、瀬菜にガチな交際疑惑か。
赤城、俺に相談したのは大正解だったぜ。
妹に初めて彼氏ができたかもしれない……その可能性を考えただけでも、
他のことが手に着かなくなるくらい心配になって、胸がムカムカするあの感覚が……今の俺にはよく分かる。
もしも瀬菜ちゃんの彼氏がチャラ男なら殴り飛ばすのを手伝ってやるし、
もしも瀬菜ちゃんの彼氏が真面目な好青年なら一緒に泣いてやる。
彼氏疑惑が丸ごとお前の勘違いだったときは……腹抱えて笑ってやるよ。
13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:39:02.92:+yIhwK3R0
◇◆◇◆
時は変わって放課後。
ところ変わってゲー研部室。
黒猫と連れだってドアを開けると、変わらぬ面々が温かく迎えてくれた。
「よぉ、高坂。久しぶりだな」
「ども」
のっぺりした前髪を額に貼り付けた痩せぎすの眼鏡男――部長に、
「高坂先輩!
もう来てくれないのかと思ってましたよ」
ゲー研唯一の良心とも言うべき小動物系毒舌家――真壁楓くん、そして、
「あっ、高坂せんぱぁい!」
俺の姿を見つけるや、眼鏡の奥の瞳を輝かせ、
豊胸を揺らして駆け寄ってくる本ミッションのターゲット――赤城瀬菜。
その他モブキャラについては、
俺に軽く目礼した後すぐに二次元ワールドに再没入してしまったので割愛する。
瀬菜は俺の隣の黒猫に気づくと、
「あ、五更さんも。来るとき一緒になったんですか?」
「まあそんな感じだ」
黒猫は無言でスイと隣を横切ると、自分に宛がわれたPCを立ち上げる。
俺のクラスの終礼が終わるまで、廊下で一人待ってくれていたことは秘密にしておくべきなんだろう。
なんとなく。
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:41:05.49:+yIhwK3R0
「五更さんも高坂先輩とお喋りすればいいのに……」
「わたしにはやり遂げなければならないことがあるの。
お喋りに興じている時間はないわ。
あなたがわたしの文章を模倣して、シナリオの再編纂を手伝ってくれるというなら話は別だけど?」
「それ、できないの分かってて言ってますよね!」
むう、と頬を膨らませる瀬菜。
俺はまあまあと癇癪を宥めつつ、
「瀬菜も黒猫も、今は別々にゲーム作ってるんだってな?」
「あっ、はい。
私たち、これまではずっと共同制作でお互いの欠点を補い合いながらゲームを完成させて来たじゃないですか?
でも、それじゃあ短所を放置したまま地力がつかないということで、
今度は一人の力で何か作ろうってことになったんです」
イヤな予感がぷんぷんするが、会話の流れからすれば訊かないのは逆に不自然だろう。
「その……瀬菜は何を作ってるんだ?」
「BLゲーですけど?」
ですよねー。
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:42:05.50:+yIhwK3R0
「それもただのBLゲーじゃないんですよ?
ハイスピードスタイリッシュメカボーイズラブアクションという、
まったく新しいジャンルのゲームで……主人公は逆カプ対応の二重人格設定……、
華奢な男の娘が無骨なロボットに乗って戦うギャップが……、
ボス戦の後はもちろん……もー高坂先輩、ちゃんと聞いて下さってますぅ?」
「ああ、すまん」
意識飛んでた。
俺は話の腰を折るつもりで言った。
「このゲームは冬コミに出すつもりなんだよな。全体の進捗度はどうなんだ?」
「それは問題ないです。
ゲームの骨子は夏コミが終わってからすぐの時点で完成していて、
後はそれにゆっくり肉付けするだけでしたから。デバッグ作業も順調で、」
そのとき、俺のこめかみに電流走る。
「テスターは?」
ま、まさか……ゲー研の萌豚一同にBLゲーのテストプレイを強制したのか?
拷問にも等しいその所業……赤城瀬菜……恐ろしい子……!
「僕が全部やりました。というか、現在進行形でやってます」
「マジで?」
「マジです」
真壁くんは爽やかな、同時に何か大切なモノを失ったような寂しい表情で頷く。
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:44:50.83:+yIhwK3R0
「僕は犠牲になったんですよ……ゲー研部員全員の犠牲に、ね……」
同情を禁じ得ない。
が、同時に俺は安堵していた。
だってさ、もしも軽い気持ちで夏休み以後も部室に顔を出していたら、
漏れなく俺にもテストプレイヤーの役割が与えられていたかもしれないんだぜ。
「あっ、そうだ」
瀬菜は悪意の欠片もない笑顔で言った。
「先輩も一度プレイしてみます?」
無自覚の害意ほど恐ろしいモノはねえ。
「遠慮しとく」
俺は即答し、瀬菜の相手を真壁くんに任せ、
先ほどから仏頂面でディスプレイと睨めっこしている黒猫に近づいた。
「なーにやってんだ?」
「…………」
「黒猫さーん?」
「………邪魔しないでちょうだい」
17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:45:48.96:+yIhwK3R0
「機嫌悪いな。切羽詰まってんのか?」
「もうあまり時間が残されていないのよ」
「瀬菜の方はもうブラッシュアップの段階に入ってるみたいだぜ?」
黒猫は横目でジロリと俺を睨め付けると、
「それは暗に、わたしに計画性が欠けていると言っているのかしら?
順調だったのよ。数日前まではね。
それが昨日、フローチャートに致命的な不備が見つかって、
大幅なテキストの書き直しが必要になったの」
「それは……」
ご愁傷様としか言いようがねえな。
「お前が作ってるのは、純粋なノベルゲーなのか?」
コクリ、と頷く黒猫を見て、俺は入室直後の黒猫と瀬菜の応酬を思い出す。
なるほど、瀬菜のデジタル版『直死の魔眼』も卓越したデバッグ技術も、
シナリオが完成しゲームとして体を成していなければ意味が無い。
ま、元々一人で一つのゲームを作り上げるというお題目だから、
今回ばかりは黒猫が本気で瀬菜に協力を仰ぐとは思えないけどな。
18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:47:10.01:+yIhwK3R0
俺は黒猫の背面に回り込み、
「フローチャートのどこに問題があったのか、簡単に教えてくれよ」
「まず……ここで主人公が覚醒するのだけれど……前世からの確執を解消して……、
心理変化を促される要因が……退魔の槍を入手する過程で……」
黒猫の語りに耳を傾けること十分。
「今の話を要約すると、共存ルートの終盤で敵が心変わりするシーンがあるけど、
その動機付けが不十分で読者の共感を誘えないってコトか」
「まあ、そういうことになるわね」
「不十分つったって、一応はそれなりの理由が用意されてあるんだろ?
それで妥協しちまうのは駄目なのかよ?」
「駄目よ。共存ルートは光ルート、闇ルートをクリアして初めて解放されるルートなの。
中途半端な理由で魔王を改心させてしまっては、最後の最後で興醒めてしまうわ。
それに……百パーセントでないと分かっていながら完成と銘打つのは、
自己欺瞞も甚だしいのではなくて?」
「完璧主義者だなあ、お前は」
「この世に不完全主義者はいないの。
諦観を知らぬ完璧主義者と挫折に甘える完璧主義者の二種類がいるのみよ。
そして私は前者というだけの話」
「お前が頑張るのは止めやしないさ。
で、実際問題……テキストの改変は冬コミまで間に合いそうなのか?」
「それは難しいと言わざるを得ないわね」
あっさりと言い切る黒猫。
誰よりも認めたくないだろうに、決して自分に嘘は吐かない。
黒猫のそういうところを、俺は結構好いていた。
19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:48:58.10:+yIhwK3R0
「何か俺に手伝えることはねえか?」
黒猫は可笑しそうに喉をくつくつと鳴らして、
「あなた、自分の立場を理解していて?
あなたは現役の受験生でしょう?
人生の明暗を分かつ大事な時期に、同人ゲームの制作を手伝う?
……っふ、暗愚の極みね」
黙って聞いてりゃ酷い言い草だな、オイ。
黒猫はワークチェアを一回転させて俺に向き直ると、
「……あなたの気持ちは嬉しいわ。とても嬉しい。
けど、残念ね。わたしは今のあなたに負担を強いることはできないし、したくないの」
尖らせた唇を三日月型にして、艶然と笑み、
「それにそもそも、文章力が乏しいあなたにできることなんて、
精々わたしの書いたテキストを読んで、感想を述べる程度のことでしょう?」
「あんまり俺をナメるなよ。
要は今あるテキストから、敵が改心するに足る動機を捻りだせばいいんだろ?
そうすりゃ書き直しも書き足しもしなくて済む」
「それができないから困っているのよ」
「俺の発想力でなんとかしてやるよ――」
「なんともはや頼りないわね――」
いつしか俺たちは、至近距離で言葉を交わし合っていた。
処女雪のように真っ白な頬に、黒蝶真珠のような泣きぼくろが浮かんでいるのがよく見える。
まるで魅了の魔法をかけられたみたいに、瑠璃の濡れた双眸に吸い込まれそうになる錯覚がした。
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:49:41.78:+yIhwK3R0
「…………」
「…………」
言葉が途切れ、小さな沈黙を埋めようとして何か言おうとして、
それが本当に言いたいことではないことに気づき、呑み込む。
俺たちはそうして、随分長いこと見つめ合っていたらしい。
シン――と静まり返った部室に真壁くんの声が響いた。
「高坂先輩?五更さん?ここどこだか分かってます?」
我に返る。
目の前には赤面した黒猫。
ああ、クソ。時と場所を弁えなかった結果がコレだよ!
「あー、なんか腹減ったな。
ちょっと購買でなんか買ってくるわ。
部長、真壁くん借りてってもいいスか?」
「お、おう」
「というわけで、行こうぜ」
俺は半ば強引に真壁くんの腕を引きつつ、部室から逃げ出した。
21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:51:57.29:+yIhwK3R0
◇◆◇◆
「お二人はいつから付き合っているんですか?」
「付き合ってねえ」
「嘘ですよね?さっきは完璧二人の世界に入ってるように見えましたけど」
「目の錯覚だろ」
「あのまま放置していればいつキスしだしてもおかしくない空気醸してましたけど」
「集団幻覚の一種だ」
「そんなにムキになって否定しなくてもいいですよ。
高坂先輩と五更さんの仲については、たぶん、部の全員が勘付いてますから」
うわあ、それ聞いたらますます部室に戻るのが怖くなってきた。
「付き合ってねえ、ってのはマジだよ」
「お二人が惹かれあっていることは否定しないんですね」
「ぐっ……」
真壁くん可愛い顔してSだよなあ。
言葉責めとか大好きだろ、絶対。
しかし攻められっぱなしというのも癪だ、ここらで攻守反転のカードを切らせてもらうぜ!
「真壁くんを連れ出したのには、一応、ワケがあるんだよ」
「はあ」
反応薄いな。
「真壁くんは瀬菜と仲がいいよな?」
「まあ……他の部員よりは、赤城さんと距離が近い自負はあります」
「ぶっちゃけ、瀬菜と付き合ってんのか?」
ぱさ、と購買のビニール袋が真壁くんの手からアスファルトに落下する。
22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:52:38.63:+yIhwK3R0
「あ、赤城さんと……ぼ、僕が?」
おいおい、動揺しすぎだろ。クロか?クロなのか?
「それはないですよ。どうしてそんなことを聞くんですか?」
俺は落胆を隠しつつ、真相を明らかにした。
「や、瀬菜に彼氏ができたみたいで、
その相手がどこのどいつか調べろって瀬菜の兄貴がうるさくてよ。
やっぱ一番可能性がありそうなのは真壁くんかな、と……」
最初にして最後の被疑者はシロ。
となれば、あとは本人に直接探りを入れるしか……。
「あのう、赤城さんに彼氏ができたというのは、本当の話なんですか?」
「さあ、それが俺にもよく分からねえんだ。
赤城――兄貴のほうな――が言うには、瀬菜は休日は欠かさず外出していて、
しかも妙に着飾って、行き先を聞いても口を濁すんだと」
「ああ……そういうことですか」
真壁くんはホッとした表情になると、しれっと爆弾発言した。
「赤城さんのお兄さんが想像している彼氏というのは、十中八九、僕のことですね」
23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:56:08.18:+yIhwK3R0
「なっ、お前……さっきのは嘘だったのかよ?」
「嘘はついてないです。実際に僕と赤城さんは付き合っていませんし。
ただひとつ言えるのはですね、
赤城さんの近頃の外出先が僕の家……正確には僕の自室だということです」
お、お前ら、いつの間にそんな関係に!?
「先輩が驚くようなことじゃないでしょう?
一時期、五更さんが頻繁に先輩の家に通っていたことがあったじゃないですか」
「そりゃお前、あれはゲーム制作の一環としてだな……あっ」
そこでやっと合点がいったよ。
真壁くんと瀬菜の関係が、春先の俺と黒猫の関係を準えていることにな。
「赤城さんがゲーム制作の場所として僕の家を選んだのは、
たぶん、部室だと作っているゲームジャンル――BL――の性質上、他の部員に気を遣わせてしまうと考えたか、
赤城さんのお家だと赤城さんの家族に、僕との関係を勘違いされてしまうと考えたからだと思います。
いずれにせよ、赤城さんに他意はありませんよ。
現にゲーム制作中、先輩後輩の関係を超えた雰囲気になったこともありませんしね」
高坂先輩や五更さんとは違って、と微笑と共に付け加える真壁くん。
俺はその発言を華麗にスルーして、
「瀬菜に他意はないとしても、真壁君のほうはどうなんだ?」
「ぼ、僕ですか?」
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:58:02.79:+yIhwK3R0
「瀬菜のことをどう思ってる?」
「赤城さんは僕の大切な後輩で……それ以上の感情は……って、高坂先輩、顔が怖いですよ」
「っと、すまん」
どうも同じ妹を持つ兄貴としては、
赤城(兄)の『妹に寄ってくる悪い虫を駆除したい』って気持ちに同調してしまうんだよな。
本来俺は瀬菜と真壁くんの仲を取り持つべき役回りだってのによ。
俺は両手で強張った頬の肉をほぐしつつ、
「で、話の続きだけど。本当に、それ以上の感情はないのか?」
「ない……と言えば嘘になります。
はっきり言って、赤城さんの専属テスターに名乗り出たのも、彼女と一緒に過ごす時間が増えて、
その流れで赤城さんともっと親しくなれるのでは、という下心があったからですし」
「今のところ成果は?」
「正直、微妙です。
変わったことと言えば、姉から赤城さんのことを僕の彼女だと勘違いされていることくらいで……あはは」
と虚しい笑い声を響かせる真壁くん。
ま、進展が無いのは、未だに名前を『赤城さん』『真壁先輩』と敬称付けで呼び合っていることから推して知るべしか。
真壁くんは溜息をついて言った。
「そもそもBL好きという赤城さんの性癖から考えると、
根本的に男女恋愛に興味がない可能性も否定できないんですよね……」
「BL好きイコール男女の恋愛に興味がない、ってのは流石に行き過ぎた考えだと思うぞ」
世間を見渡せば、彼氏持ちの腐女子はそこそこ見つかるんじゃねえか?
真壁くんはまたしても自嘲的に溜息をひとつ、
「すみません。そう考えるのが『逃げ』だということは、分かっているつもりです」
25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 17:59:02.49:+yIhwK3R0
俺は悩める後輩を慰めるつもりで言った。
「真壁くんが悲観するほど、真壁くんと瀬菜の関係はフラットじゃない気がするけどな。
いくら先輩後輩の関係でも、女が男の部屋に一人で上がり込むってのは勇気がいることだろうし、
それはとりもなおさず、瀬菜が真壁くんを信頼してることの現れだろ?
しかも赤城――瀬菜の兄貴な――の話じゃ、
瀬菜は真壁くんの家に行くとき随分とめかし込んでるみたいだぜ。
瀬菜も態度には示さなくても、真壁くんに単なる後輩としてだけじゃなく、
女の子として見てもらいたいと思ってるんじゃねーの?」
「高坂先輩はポジティブ思考の天才ですね」
それ、皮肉ってるわけじゃないよね?
「まさか」
と真壁くんは笑って、
「励まして下さって、ありがとうございます。元気が出ました」
「なんなら瀬菜に聞いてみてやろうか?
彼氏が欲しくないのか、とか、好みのタイプは どんなだとか、
もっと突っ込んで『真壁くんのことはどう思ってる』とかさ……」
「そ、それはやめて下さい!
もうしばらくは……自分一人の力で頑張ってみたいんです。
高坂先輩の力を借りるのは、最後の手段ということで」
「そっか」
26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:01:25.13:+yIhwK3R0
先輩に思い人の気持ちを探ってもらうなんて女々しい真似は、男のプライドが許さないよな。
どっかの兄貴に聞かしてやりたい台詞だよ、まったく……。
と、そのとき名案が浮かんだ。
「な、今度のクリスマスに、瀬菜をデートに誘ってみるってのはどうだ?」
「……つ、付き合ってもいない僕たちが、クリスマスデートなんかしちゃってもいいんでしょうか?」
ただの男女がクリスマスにデートしちゃいけねえ、なんて法は無かったはずだぜ。
「でも……まだデバッグ作業がいくらか残ってて……、
それがなくても赤城さんがオーケーしてくれるかどうか……」
あー、イライラしてきた。
「デスマしなくちゃならねーほどでもねえんだろ?
ゲーム制作の気分転換とでも称して誘えば、
瀬菜も照れずにオーケーしてくれるんじゃねえ?」
真壁くんと瀬菜の仲が進展しにくいのは、
真壁くんの部屋に二人きりという状況下でさえ、
二人の雰囲気が部活動の延長線上にあるからだと思う。
俺の押しが利いたのか、真壁くんはぎゅっと拳を握りしめて言った。
「……分かりました。誘ってみます」
「おう、その意気だ」
瀬菜の彼氏疑惑について一応の結着を見た俺は、部室に戻らずに帰宅することにした。
……黒猫とのことでゲー研の面子に弄られるのはご免だったしな。
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:04:19.07:+yIhwK3R0
◇◆◇◆
玄関にはローファーが四足並んでいた。
耳を澄ませば、階上から複数の嬌声が聞こえてくる。
……賑やかなこった。
冷えた両手を擦り合わせながらリビングに赴くと、
桐乃がお菓子やジュースのペットボトルを盆に乗せているところに鉢合わせた。
「ただいま」
「あっ、おかえり。今日は遅かったね」
「部活に顔出してたんだよ。学校の友達が来てるのか?」
「うん、そうだけど……」
桐乃はそこでハッとしたような顔になって、
「あたしたち、外に出てた方がいい?」
「なんで?」
「だって……、うるさくして、あんたの勉強の邪魔になったらヤだし?」
「大丈夫だよ。
お前らのお喋りくらい、ヘッドホン着けて音楽流してりゃ気にならねえっての。
それにお前だって、このクソ寒い時期に外に出たいとは思わねーだろ?」
「うん、まあね……。あ、コーヒー呑むつもりだった?」
俺が頷くと、桐乃は俺専用のマグカップを取り出し、
慣れた手つきでインスタントコーヒーを作ってくれる。
俺はその様子を、何も言わずに見守っていた。
「はい」
「サンキュ」
28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:05:19.21:+yIhwK3R0
湯気の立つ黒い水面に、そっと唇をつける。
コーヒーは火傷しそうなくらいの熱さが丁度いい。
馥郁たる香りが鼻孔を擽り、インスタントとしては申し分ない苦みが喉を滑り落ちていった。
マグカップを片手にソファに腰掛け、ふと顔を上げれば、桐乃はまだリビングにいて、
「美味しい?」
「ああ」
「そ。良かった」
どうやらもう少し、兄貴の話し相手になってくれるつもりらしい。
「そういえば、桐乃は今も瀬菜と連絡取り合ってたりするのか?」
「せなちーと?」
桐乃は突然出てきた名前に大きな目を瞬かせて、
「たまにメールはしてるケド?」
「その中で、瀬菜と恋バナしたりはしねーの?」
「まあ、普通にするよ?
……って、いきなり何聞いてきてるワケ!?」
誤解が誤解を呼ばないうちに、俺は慌ててことのあらましを説明したのだが……。
29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:06:35.84:+yIhwK3R0
瀬菜は男女間の恋愛自体に興味がないのではないか――という推測を語ったくだりで、
「はぁ?馬鹿じゃん?」
いきなり罵倒された。
「いくらせなちーがBL好きでもぉ、リアルの恋愛については別腹っしょ。
てか、せなちーにこの前好きな人がいるか聞いたら、普通にいるって言われたしィ。
年上の人で、せなちーの趣味も理解してくれる、すっごく優しい人なんだって~。
ぶっちゃけそれさァ、あんたの話に出てきた真壁って人なんじゃないの?
つーかその真壁さんて人さぁ、超草食系だよねー。
ほとんど両思い確定なのにどーして二の足踏んでるワケぇ?
エロゲだったら部屋に女の子で呼んだ時点でエッチシーン直行――」
慌てて桐乃の唇を塞ぐ。
でかい声で何口走ってんだろうね、このエロゲ脳は。
『表の友達』を家に呼んでることを完璧に忘れてやがる。
しかし、桐乃の言うことが正鵠を得ていることも事実。
真壁くんに足りないのは『押し』の一点に違いない。
「むぐ……」
桐乃が頬の膨張と収縮で、反省したことを訴えてくる。
30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:08:59.99:+yIhwK3R0
「瀬菜はその好きな人の名前までは教えてくれなかったのか?」
手を離してやると、桐乃はこほんと咳払いし、
「……うん。秘密なんだって」
口調を柔らかく穏やかなそれに戻した。
ここのところ、桐乃は俺の前では『普通な妹』であろうと努力しているようなのだが、
未だに感情が昂ぶると、さっきのように素の桐乃が顔を出す。
誰にそうしろと言われたわけでもなし、
兄貴としてはありのままの妹でいてくれた方が気楽でいいんだがな。
さっきみてーな暴走は別としてさ。
「せなちーにはあたしが話したって、絶対言っちゃ駄目だからね」
「分かってるって」
「でも、真壁さんには実はせなちーと両思いだってこと、教えてあげたほうがいいんじゃない?」
「そういうのは反則みたいで聞きたくないんだってさ」
俺は天井に視線をやって、
「お前、そろそろ二階に戻った方が良くね?
友達が待ちくたびれてる頃だぜ、きっと」
「うん、そだね」
31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:11:23.93:+yIhwK3R0
桐乃は盆の縁に手をかけて持ち上げたものの、
どうにも重心が定まらず、見ていて危なっかしいことこの上ない。
俺はマグカップをソファの前のガラステーブルに置いて、
「持ってってやろうか?」
「もう、大丈夫だってば。子供扱いしないでよね」
じゃあせめてこれくらいは、とリビングと廊下を隔てるドアを開けてやると、
桐乃は「ありがと」と言って、覚束ない足取りで歩いて行った。
しばらく経っても派手な音は聞こえてこず、俺はホッと息を吐いてソファにかけ直す。
さて、と。
本日の成果を依頼人に報告するとしますかね。
◇◆◇◆
「高坂か!?」
電話はワンコールで繋がった。
……どんだけ待ち侘びてたんだよ。
「ああ、俺だ」
「ちょっと待ってくれ高坂!
あと十秒……いや、二十秒ほど猶予をくれ。すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」
「……覚悟は決まったか?」
「ああ、いいぜ。どんな結果だろうと俺は受け止めてみせる!」
声がどうしようもなく震えていることには突っ込まない方向で。
33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:13:30.19:+yIhwK3R0
「良い知らせと悪い知らせがある」
俺はどうせならと演出に拘ることにした。
「どっちから聞きたい?」
「じゃあ、良い知らせから頼む」
「お前の妹に……」
某クイズ番組のようにたっぷりと間を設けて、
「……彼氏はいねえ」
「マジで?」
「ああ。色々あって本人に直接は聞けなかったんだが、ほぼ確実な情報だと思ってくれていいぞ」
「………く……っ」
コイツ、まさか男泣きしてねえよな?
桐乃じゃねえが、思わず「キモッ」て口走りかけたわ。
「おい、良い話と一緒に悪い話もあるって言ったろ」
「聞きたくない。ここで電話を切ろう、高坂。それが俺のためだ」
お前のためかよ。
おっかしーな、こんなヘタレ俺の友達の中にいたっけ?
34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:14:33.10:+yIhwK3R0
「赤城、お前が言ってきたんだぜ。
彼氏がどんな奴が予め知っとくことで、
そいつを瀬菜ちゃんに紹介された時にどう振る舞うか考えることが出来るってよ」
「ああ……言ったよ。確かに言った。
でも、実際に瀬菜ちゃんに彼氏はいなかったんだろ?
俺の勘違いだったんだろ?」
「瀬菜ちゃんに彼氏はいねえのは間違いないさ。
でも……近い将来、彼氏になりそうな奴ならいるぜ」
赤城は冷えた声で言った。
「今すぐそいつの名前と住所を教えてくれ。金は20万までなら出す」
いつから俺は情報屋になったんだ。
それにいくら金を積まれても人命は売れん。
「冗談はさておいて、そいつがどんな奴かだけ教えておいてやるよ」
「高坂はそいつのことを知ってるのか?」
「まあな。ゲー研のメンバーの一人で、今は瀬菜ちゃんの補佐をしてる」
赤城のガラスハートを慮り、現在瀬菜ちゃんがゲーム制作のため、
休日に真壁宅に通っていることは黙っておいた。
35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:15:21.36:+yIhwK3R0
「人となりは普通そのものだし、ツッコミが鋭いところ以外は常識のあるいい子だぞ。
瀬菜ちゃんの趣味も理解してるし、そういうのを踏まえた上で、
瀬菜ちゃんのことが好きなんだそうだ」
「……………」
「赤城?」
「……………」
頭のヒューズが溶けちまったのか?
ややあって、戸外の木枯らしにも負けそうな声が聞こえてきた。
「なあ、高坂」
「うん?」
「そいつと瀬菜ちゃんが付き合うことについて、お前はどう思う?」
客観的な意見を求められても困るが、あくまで俺の私見でいいなら、
「似合いだと思うぞ。
瀬菜ちゃんの趣味を真正面から受け止めてやれる奴は……まあ、そう多くないだろうし?
そいつはもう一年近くも瀬菜ちゃんと一緒にいて、付き合いが浅いわけでもねえ。
お前の言う、理想的な瀬菜ちゃんの彼氏像に十分合致するんじゃねえか?」
「……だよなぁ。それは俺も分かってんだよ。
もしそいつが瀬菜ちゃんの心を弄ぼうとしてるゲス野郎なら、
心置きなくバイクで轢き殺してやるところなんだがなぁ……クソッ!」
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:17:00.39:+yIhwK3R0
俺は深い同情を込めて言った。
「お前の葛藤はよく分かる」
「高坂……気ィ遣ってくれなくたっていいんだぜ」
「上辺だけで言ってんじゃねーよ。
実は俺も夏頃に、赤城と似たような経験しててさ。
いきなり妹に『彼氏が出来た』って言われて、
何の前置きもナシに彼氏を家に連れてこられて……。
しかもその彼氏は、非の打ち所が見当たらねー、
嫉妬するのもバカバカしくなるくらいの完璧超人ときたもんだ」
あの時ばかりは流石に参ったと思ったね。
「それで?高坂はどうしたんだよ?」
「別れさせた。よく知りもしねえ奴に妹は渡せねえって言ってやったよ」
「お前すげーな。俺の理想像だ。崇めてもいいか?」
「やめろ」
尊敬の響きが耳に痛い。
赤城に語ったのはかなり端折った上に脚色を加えた話で、
実際桐乃が連れてきたのは彼氏は後に偽者だったと判明、
しかもそいつに向かって俺は、思い出すのも憚られるほど小っ恥ずかしい啖呵を切っちまったのだ。
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:18:45.87:+yIhwK3R0
それでも俺は夏の日を反芻しながら、
「いくら妹が連れてきた彼氏が妹にぴったりだ、
コイツなら妹を幸せにしてやれるって、理屈では分かっててもな……。
絶対心のどっかには、納得できねえ部分が残るもんなんだよ。
他の男に掠め取られるのが我慢ならねえって気持ちは消えてなくならねえんだよ。
忘れたか?これ、お前がいつか俺にメールで送ってきた台詞だぜ」
「高坂……お前……」
「だからもしもの話、その子が瀬菜ちゃんの彼氏になって顔見せにきたときによ、
どうしても納得いかねーと思ったんなら――そのときは別れさせちまえばいいんじゃねーの?」
「…………んなことして大丈夫なのかよ?」
「あとはその子がどうするかだろ。
そこで諦めるなら所詮そこまでの奴だったってことでめでたしめでたし。
死に物狂いでお前に自分を認めさせようとしてきたら、
そのときはお前がもう一度、その子が瀬菜ちゃんの彼氏に相応しいか見定めてやりゃあいい」
「…………瀬菜ちゃんに嫌われねえかな?」
「そりゃ嫌われるだろうな。
でも、いつかは感謝されるんじゃねえ?
そうとでも思わなきゃ妹とその彼氏を無理矢理別れさせたりなんかできねーよ」
「高坂の場合はどうなったんだ?
妹との関係が拗れたりはしなかったのかよ?」
「俺たちのところは、元々拗れてたようなもんだったからな……なんとも言えん」
39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:20:24.27:+yIhwK3R0
それから三十秒ほどの沈黙があり、
「わかった。もう迷わねえ」
赤城は精気に満ちた声で言った。
「俺はもう迷わねえよ。
なあ、高坂。俺たちってさ――妹からしたら、つくづく面倒くせえ兄貴だよな?」
「ハッ、違いねえ」
それから俺たちは他愛もないことを話し、どちらからともなく電話を切った。
「ふぅ」
背もたれに深く背中を預け、ぬるくなったコーヒーを飲み干す。
程よい疲労感と達成感が、カフェインと共に血管を巡る。
あれ……顧みてみたら、俺、全然真壁くんと瀬菜の恋のキューピッドできてなくね?
赤城焚き付けて思いっきり二人の恋路邪魔してね?
真壁くんのことを思えば、赤城には『妹の恋愛に口出しするのはやめとけ』と諭しておくべきだったのか?
でもそれだと相談してきた奴には本心で応えるという、俺のポリシーに反するわけで……。
ま、なんにせよ後の祭りだ。
前途多難な真壁くんの冥福……じゃなかった、健闘を祈るしかない。
瀬菜と付き合うのは予定調和として、最高純度のシスコン兄貴を説き伏せるのは至難の業だろうが、
赤城も同じ人の子なんだ、真壁くんが諦めない限りは、
いつかは瀬菜の彼氏として認めてもらえる日が来るだろうさ。きっと。
40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:22:18.71:+yIhwK3R0
◇◆◇◆
数日後。
「ごちそうさま」
晩飯をほぼ同時に食い終わった俺と桐乃は、
リビングの時計をチラと見て、足早に各々の自室に直行した。
PCを立ち上げ、指定のチャットページにアクセスすると、
既に『沙織・バジーナ』と『千葉の堕天聖黒猫』の入室記録がある。
気の早い奴らだ。
まだ約束の時間まで半時間もあるぞ。
――ピンポン。
電子音が鳴り、
システムメッセージ:『きりりん』さんが入室しました
きりりん:お待たせ
沙織:ご機嫌よう、きりりんさん
黒猫:待ち侘びていたわ
沙織:京介お兄様はどうされましたの?>きりりん
きりりん:一緒に二階に上がってきたから、そのうち入ってくるんじゃない?
黒猫:早く入室してきなさいな。あなたがそこで見ていることは分かっているのよ。
わたしの『緋の眼(クレヤボヤンス)』はデジタルの障壁をも見透かす――。
きりりん:緋wwwwのwwww目wwww厨二病乙^^
そこでようやく俺はログインフォームの入力を終えた。
何もゆっくり打ち込んでたわけじゃないぞ。
コイツらのタイピング速度が異常すぎるんだよ。
41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:23:38.35:+yIhwK3R0
――ピンポン。
システムメッセージ:『京介』さんが入室しました
きりりん:あ、やっときた
黒猫:のろまね
沙織:ご機嫌よう、京介お兄様
京介:遅れてごめん
沙織:これで全員が揃いましたわね
黒猫:今日は皆に話があるのだったわね?>沙織
黒猫、桐乃、俺の三人に宛てられたメールには、
全体で意思の疎通を図りたいが外出する時間がとれず、
やむなくチャットで済ませることへの詫びと参加のお願いがしたためられていた。
きりりん:話って何なの?>沙織
数秒の間を置いて、
沙織:単刀直入にお尋ねしますわ。皆様は来たる十二月十四日、聖なる夜にご予定は?
円卓を囲んで自分以外の発言に耳を澄ます四人。
そんな光景が脳裏に描かれ、果たして最初に静謐を破ったのは桐乃だった。
きりりん:あたしはモデルの仕事
次いで黒猫が口火を切る。
黒猫:わたしは特に何も
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:25:48.76:+yIhwK3R0
沙織:京介お兄様は?
受験生にはクリスマスも正月もないのが普通だ。
京介:何もない
受験生の肩書きが孤独の言い訳に使えるのも、今年はこれで最後か。
去年は例外的に桐乃の小説取材に同行させられたが、
幼馴染みと一緒に侘びしくフライドチキンを囓るのが、これまでのクリスマスの常だった。
寂しい奴だって?
はん、自覚があるだけマシだろ。
ややあって、沙織が発言する。
沙織:実はわたくし、24日にプレゼント交換会を開こうと考えているのです
きりりん:プレゼント交換会?クリスマスパーティじゃなくて?
沙織:パーティなどという大それたものを開くつもりは毛頭ございません。
わたくしが提案するのはあくまでプレゼント交換会ですわ。
小さな時間で行える交換会なら、
受験勉強で日々多忙な京介お兄様のお邪魔にもならないかと
きりりん:ふーん。だってさ>京介
京介:気遣いはありがたいけど、俺は別にパーティでもかまわないぜ?
クリスマスくらい勉強をサボっても、合否には影響しない自信がある。
麻奈実の家庭教師によって培われた学力は伊達じゃない。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:27:32.43:+yIhwK3R0
沙織:正直に申し添えますわ。
パーティよりも交換会を推すのは、わたくしにとっても都合が良いからですの
きりりん:沙織にも何か予定があるワケ?
沙織:はい。どうしても欠席できない所用がいくつか……。
必然的に、皆様と歓談できる時間は限られてしまいます
黒猫:具体的には何時くらいがあなたの都合にあっているのかしら?>沙織
沙織:午後五時から六時までの一時間ほどですわ
黒猫:それは移動時間も含めて?
沙織:その点は考慮して頂かなくて結構ですわ。
他の用向きのために前夜から都内に滞在する予定ですので
きりりん:ふぅん。じゃあ時間は五時からで決まりだね
黒猫:参加する気まんまんのようだけど、
あなたには撮影の仕事があるのではなくて?>きりりん
きりりん:仕事は夜の七時半までに池袋着いてれば大丈夫だから。
交換会からその足で行けば余裕で間に合うでしょ?
黒猫:そう。それにしても、クリスマスまで仕事だなんて売れっ子モデルは大変ね?
きりりん:まあねー
沙織:きりりんさんも参加して頂けるようで何よりですわ。
場所については、以前京介お兄様の慰労パーティを催したレンタルルームで宜しいでしょうか?>ALL
きりりん:異議なーし
黒猫:問題ないわ
京介:おう
沙織:では、詳細は後ほどメールでお伝えしますわね
それから桐乃、黒猫、沙織の三人はハードなオタクトークで盛り上がり、
受験勉強に追われその方面の知識に疎くなりつつある俺は九割方が蚊帳の外、
時折同意を求められたときに「うん」とか「いや」とか応える他は高速で流れるチャットログを眺めているだけで、
九時に差し掛かった頃にようやくチャットルームは解散と相成った。
46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:28:17.33:+yIhwK3R0
さて、と……勉強モードに切り替えるか。
PCの電源を落としてノートを開く。
が、単語を一つ書き終わらないうちに控え目なノックの音が響き、
「兄貴、入ってもいい?」
桐乃がひょこっと顔を覗かせる。
「ああ、いいぞ」
「あのね、さっきチャットで言ってたクリスマスの仕事のことなんだけど……」
桐乃は俺のベッドに腰掛けながら、
「いつもみたいな撮影じゃなくてー……」
髪を指先でくるくると弄りつつ、
「ファッションショーに出るんだよね、あたし」
「ファッションショーって、あの、細長い台の上を行ったり来たりするやつか?」
「うん。それを屋外でやるの。……すごいでしょ?」
少し誇らしげに、上目遣いで同意を求めてくる。
俺は本心から言ってやった。
「ああ、すげえよ。
ティーン誌の読モから、一気に一流モデルの仲間入りじゃねーか」
47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:29:00.26:+yIhwK3R0
「ば、馬鹿じゃん?
一流モデルは言い過ぎだって。
本命は大人向けの第二部で、あたしたちのはその前座って感じなんだから」
あたし"たち"?
俺の表情から考えていることを読んだのか、
「第一部は、色んな雑誌の人気読モが、ティーン向けのショーをやんの。
だからあやせも一緒に出るよ」
「マジでッ!?」
「な、なんでそんなに食い付くの!?
そんなにあやせのことが気になるワケ?」
ムッと頬を膨らませる桐乃。
おい、それ以上自分で自分の顔を丸くするのはやめとけ。
元に戻らなくなったらどうするよ?
「うるさい!丸顔言うなっ!……あ」
部屋に反響した自分の声に驚いたみたいに肩を竦めて、
「あたしのは、気にならないんだ?」
急にしおらしい声出すなっての。
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「じゃあ、気になるんだ?」
48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:29:54.31:+yIhwK3R0
「見に行ってやるから、場所言えよ」
「ぷっ。見たいなら見たいって素直に言えばいいのに。
あんたがシスコンなのは分かってるんだからさぁ?」
「うるせえ」
桐乃は今度は嬉しそうに顔を綻ばせて、池袋某所の名前を口にした。
俺はそれを携帯のメモ帳に書き留める。
要件はそれで終わりかと思いきや、
桐乃は本棚から漫画を取り出すと、ベッドに寝転んで読み始めた。
「あのー……俺今から勉強するんですけど?」
「静かにしてたらいてもいなくても一緒でしょ?」
「いや自分の部屋で読めよ」
「動きたくない」
満面の笑顔で、
「運んでくれる?」
何を。
「あたしを」
「ふざけんな」
ヘッドホンを装着し、ボリュームのつまみを最大にしてメタルを流す。
これで邪魔者の存在は意識の枠外に……消えなかった。
漫画のページを捲るときの空気の震えや、女の子独特の匂い。
そういった桐乃の気配が、容赦なく俺の集中力を削ぐ。
早々にヘッドホンを外し、『邪魔なんで自室に戻ってもらえませんかね』オーラを発しつつ振り返ると、
漫画を読んでいるはずの妹と眼があった。
49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:30:54.78:+yIhwK3R0
桐乃はこれ見よがしに足を組みなおし、
「なに?」
お前な……王女様気取りも大概にしとけよ。
あとミニ穿いたまま足を大きく動かすな、はしたない。
「いい加減にしろ」
「それ……本気で言ってる?」
「ああ、お前がいるとどうも気が散る」
しつこく居座るかと思ったが、意外にも桐乃はすぐにベッドを下り、
「……馬鹿」
ぺろっと小さく舌を出して、自分の部屋に戻っていった。
なんで勉強を邪魔された挙げ句、馬鹿呼ばわりされなきゃならないんだろうな。
しかもあいつ、肝心の漫画持って帰るの忘れてるしよ。
届けてやるのも癪なので取りに来るのを待っていたが、
結局その日、桐乃が俺の部屋を再訪することはなかった。
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:32:14.16:+yIhwK3R0
◇◆◇◆
今日の俺は気分が良い。
どれくらい気分が良いかというと実年齢を忘れて童心に帰りスキップしたくなるくらいで、
無論それを実行に移さないくらいの分別は俺にもある。
『大切なお話があるんです』
メールの文面が脳裏に蘇る。
季節外れの春一番が心の中を吹き抜けた気がしたね。
ぐふっ……ぐふふ。
キモい?浮かれるな?死ね?なんとでも言いやがれ。
ラブリーマイエンジェルあやせたんからの逢い引きの誘いだぜ?
舞い上がらない方がどうかしてる。
喫茶店に到着した俺は、早速五感を駆使してあやせたんを捜索した。
未着の可能性はなきにしもあらずだが――いた。
桐乃と同じ中学校の冬服を身に纏い、
艶のある黒髪に縁取られた天使の如き爛漫な笑顔をこちらに向けて、
「あっ、お兄さん。こちらです」
他の席に詰めている男どもの、嫉妬の視線が心地よい。
うらやましいか?うらやましいよな?
残念でした。あの子俺の幼妻だから(脳内予定)。
「待たせたか?」
「いえ。ついさっき着いたところです」
などと言うあやせの手元には中身が三分の一ほどに減ったコーヒーカップがあって、
俺は結構な時間、あやせを待たせてしまったことを知る。
52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:34:57.04:+yIhwK3R0
世間話もそこそこに俺は言った。
「話ってのは?」
あやせは胸の前でもじもじと手を絡めつつ、
「お兄さんは、明明後日はお暇ですか?」
明明後日といえば、クリスマスの日か。
沙織主催のプレゼント交換会があるが、
まあ一時間だけだし、暇と言っても差し支えはないだろう。
「暇っちゃ暇だけど?」
「そうですか」
控え目な相槌とは裏腹に、よかったぁ、とばかりに大輪の花を表情に咲かせるあやせ。
な、何この反応。
お兄さん期待しちゃってもいいの?ねえ?
「実はわたし……クリスマスの夜に桐乃とファッションショーに出るんですけど……桐乃からはもう聞いてますか?」
「ああ。一応見に行く約束もしてる」
「んと……それで、ですね……わたし……お兄さんにお願いしたいことがあって……」
頑張れ。頑張れあやせ。
『お兄さんとクリスマスデートがしたいんです!』だろ?
それ絶対成功するから!
お兄さん受け入れ準備万端だから!
53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:36:26.44:+yIhwK3R0
しかし十秒、三十秒、一分と経ってもあやせの踏ん切りはつかず、
「先に僕のほうから用件を済ませてしまいましょうか」
都合良くその存在をシャット・アウトしていた聴覚と視覚が、
あやせの隣に座る超絶イケメン野郎を認める。
「京介くんは、」
「待て」
御鏡光輝――てめえにはまず第一に聞いておかなくちゃならねーことがある。
「あやせとはどういう関係だ?」
返答の如何によっては訴訟も辞さんぞ!
御鏡は長い上睫と下睫を数回交差させて、合点がいったように微笑むと、
「はは……安心して下さい。
僕と新垣さんは、京介くんに用がある、という一点で行動を共にしているだけですから」
「あやせとは前からの知り合いなのか?」
「ちょうど僕と桐乃さんの関係と同じです。
仕事で何度か顔を合わせただけですよ」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
……どうもコイツが俺の知り合い(女)と並んでいると、二言目には
『お付き合いさせてもらっています(笑)』
と宣告されそうな恐怖に襲われるんだよな。
桐乃の偽彼氏の件が軽いトラウマになっているのかもしれん、認めたくねえけど。
54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:38:48.97:+yIhwK3R0
まあここは、
「久しぶり」
とでも言っておくべきなんだろう。
「ええ、そうですね。最後に会ったのは八月の終わり頃でしたか。
あれからもお仕事の関係で、頻繁に桐乃さんとは顔を合わせているんですけど……ご存知ないですか?」
「いや、何も聞いてない」
「そうですか」
何が可笑しいのか御鏡はニコニコと笑って、
「本題に移りましょうか。
クリスマスに開催されるファッションショーの第一部のテーマは『背伸びする少女』、
男女二人で組を作って、主に女性側が衣装を披露するタイプなんですが――……」
御鏡は俺の反応を楽しむように、声に抑揚を付け、
「僭越ながら、桐乃さんの相方は僕が務めさせていただく予定になってます」
「お、お前が?なんで?」
混乱する俺に、御鏡は作り物めいた諦観の表情を見せて言った。
「美咲さんの差し金ですよ」
55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:40:58.53:+yIhwK3R0
ここでざっと御鏡と藤真美咲社長の二人と、桐乃の関係を復習しておこう。
藤真美咲社長(以下美咲さん)は
若い女性に絶大な人気を誇る高級化粧品メーカー『エターナルブルー』の代表取締役で、
御鏡は俺と同い年ながらエターナルブルーのサイドブランドを一任されている、いわばアクセサリデザイナーの金の卵。
桐乃が美咲さんに
『エターナルブルーの専属モデルにならないか』
と誘われたのが四ヶ月ほど前の話で、
美咲さんはその話が実を結んだ暁には、
桐乃をエターナルブルー本社があるヨーロッパに連れて行くつもりだったらしく、
今の居場所――日本――から離れたくなかった桐乃は、当然その話を断った。
が、それで桐乃を諦める美咲さんではなく、
しつこい勧誘に堪えかねた桐乃は『彼氏のために日本に残る』と大嘘をつき、
結果、俺が嘘を真にするため桐乃の彼氏の代役を務めることになってしまった。
しかし美咲さんもさるもの、桐乃の未練を断ち切るべく、
新しい彼氏としては申し分ないスペックの御鏡を桐乃に宛がおうとして……。
その結末は、思い出すだけで顔面から火を噴きそうになるので割愛させてもらう。
悪いな。
とにかく――美咲さんは未だに御鏡と桐乃の二人をくっつけようとしているようだ。
「そんなことをしても無駄だと、これまでにも何度か説得は試みているんですけどね。
今のところ、聞き入れてもらえる気配はありません。
社長の頑固さにはほとほと困ったものですよ」
あはは、と全く困っていないような声音で笑う御鏡。
同じイケメンでも、こいつの笑顔は赤城のそれとは別種のものだと感じた。
なんというか、同姓の俺でもクラッとくるような魅力を内包してやがるんだよ。
56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:42:05.42:+yIhwK3R0
「にしても、よくそんなわがままが通ったな?」
「どういうことですか?」
「美咲さんの恣意で、桐乃の相方をお前に差し替えたことだよ」
「それは"わがまま"、というと語弊がありますね。
なんといっても今回のファッションショーはエターナルブルーの協賛で、
出資額は他のスポンサーの軽く二倍だそうですから。
すべては美咲さんの"思うがまま"ですよ」
うまいこと言ったつもりかよ。
「それに、今回のファッションショーの主役は女性です。
男性側はあくまでその引き立て役にすぎません。
相方の男性の条件は、女性よりも年上であることと、一定の容姿であること……。
その二点さえ満たしていれば、"素人"でもまったく問題はないんです」
御鏡はそこでちらり、とあやせに意味ありげな視線を送る。
コクン、と頷くあやせ。
水面下でどんな意思疎通が図られているのか知らんが、
無性に腹が立つのは俺だけか?
既に俺の奥歯は歯軋りで摩滅寸前だ。
「ショーの概要は分かったよ。
お前が桐乃の相方を務めることについても了解した。
で、結局お前の用件ってのは何だったんだ?」
「僕の用件はもう達成されましたよ」
58:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:47:05.46:+yIhwK3R0
「は?」
「京介くんに、僕が桐乃さんの相方を務めることを了承してもらうこと――それが僕の目的でしたから」
ますますわけが分からない。
そんなことのためにわざわざ俺に会いに来たのか?
御鏡は実に女性的な柔らかい微笑を浮かべると、まるで暗唱するように無感動な声で言った。
「桐乃さんはとても魅力的な人ですが、僕には少々荷が重い相手です。
友達としてならともかく、桐乃さんの恋人なんて、到底僕には務まりません――。
京介くんには以前お伝えしましたが、忘れられている可能性もあったので、一応ね」
俺は眉間を押さえて俯く。
ああ……そういうことか。
コイツは今回のファッションショーに限らず、
美咲さんの差し金で自分が桐乃と関わる機会が増えていることで、
目の前のシスコン兄貴が鬱憤を溜め込んでいるのでは、と危惧していたのだ。
俺は言ってやった。
「んなことは一切考えてなかったから安心しろ」
むしろあいつとはどんどん仲良くしてやってくれよ。
表の世界でオタク趣味を明け透けにできる話し相手としてさ。
「そう言ってもらえると助かります。もっとも……」
御鏡は何か言いかけ、しかし思い直したように口を噤み、
「さあ、次は新垣さんの番ですよ」
とあやせに水を向けた。
60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:56:11.25:+yIhwK3R0
「………っ」
御鏡の手前、『クリスマスデートの誘い』ではないことにはなんとなく予想がついている。
さっきの会話の脈絡から真面目に推測するなら、
ファッションショーに関係することだろう。
でも、ファッションショーに関係することで、
俺があやせのためにできることって何だ?
……何もなくね?
あやせが意を決したように面を上げる。
白磁のような肌には淡く紅が差し、双眸は自信なさげに揺れていた。
「お兄さん」
しかし、紡がれた言葉ははっきりと俺に届いた。
「今度のファッションショーで……わたしの相手役になってもらえませんか?」
61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:57:51.44:+yIhwK3R0
◇◆◇◆
クリスマス当日。
俺と桐乃は時間に余裕を持って、四時前に家を出た。
天候は生憎の曇り。
空には代赭色の分厚い雲が果てしなく広がっている。
呼気は外気に触れたそばから白く凍り、
風邪でも引いたら洒落にならん、とマフラーに首を埋めた俺に、
「見て見て、今夜は雪が降るかもだって」
桐乃は嬉々とした様子で携帯を見せつけてくる。
どれどれ。
午後からの降水確率は80パーで、予報マークは雪だるま、ねえ。
帰るときの寒さを考えると今から気が滅入ってくるな。
「これ、絶対ホワイトクリスマスになるよねっ!」
「今日のファッションショーは屋外でやるんだろ?
寒くてやだなーとか、濡れたくねーなーとか思わないの?」
「全然?
雪降ったほうが幻想的な雰囲気出て、あたしも衣装も見映えするじゃん」
大したモデル魂だよ、まったく。
美咲さんが専属モデルに引き抜きたがる気持ちが分かる気がする。
懐かしのビル前に到着し、エレベーターで三階へ。
いつぞやの時のように、『高坂京介専属ハーレムなんちゃら』という、
俺を社会的に抹殺するためとしか思えない案内看板は置かれていない。
ふぅー、内心ヒヤヒヤしていたが、杞憂に終わったようだ。
62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 18:58:44.02:+yIhwK3R0
受付に向かって名前を言う。
「高坂桐乃様と、高坂京介様ですね」
そこまでは良かった。そこまでは。
受付嬢は視線を俺の顔と名簿の間で数往復させると、
「高坂京介……あ、伝説の」
今なんと?
「303番のお部屋になります。どうぞごゆっくり」
スルーされた!?
おい伝説って何だよ!
何?俺このレンタルルーム屋でメイド女侍らす伝説のジゴロ扱いされてんの!?
「ホラ、さっさと行くよ。
黒いのはもう来てるみたいだし」
桐乃に腕を引かれ、303号室前に到着する。
もういい、忘れよう。
次からここは利用しなければいいんだ、うん。
桐乃がノックもそこそこにドアを開く。
後に続いた俺は、半歩部屋の中に足を踏み入れたところで停止した。
視線はソファの上で蹲るようにしている黒猫――否――白猫に釘付けになって、
しばらくは自分の意志で動かせそうにない。
63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:01:02.09:+yIhwK3R0
「……お前」
「ち、違うのよ。
聖なる夜は闇の眷属の力が弱まるの……。
だから、そう……これは言うなれば擬態……。
天使の眼を欺くために、
あえて純白に身を窶しているに過ぎないわ」
「はいはい、厨二病乙」
桐乃はソファに近づき、いやがる黒猫の両脇を抱えて立たせる。
黒猫は俺をチラと盗み見て、しかし何も言わずに眼を逸らしてしまう。
桐乃はもう、と溜息をついて言った。
「照れ屋のあんたの代わりに、あたしが聞いたげる。
どう、兄貴?今度のもよく似合ってるでしょ?」
俺は黒猫の姿を改めて見直す。
くびれを強調する細身のトレンチコートに、膝丈のタック入りフレアスカート。
きゅっと体を縮こまらせる姿は、見るものにシャイなペルシャ猫を連想させ、
思わずちょっかいを出したくなるような愛らしさを放っている。
さすがは桐乃プロデュースといったところか。
脱帽だよ。
でもこれってさ……もしかして、いや、もしかしなくても……なあ?
64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:01:56.22:+yIhwK3R0
桐乃は俺の微妙な表情から何を疑っているのか察したのか、
慌てて胸の前で両手を振り、
「さすがに今度のはオリジナル!
ちゃんとあたしが、あたしの審美眼で、黒いのに似合う冬物選んであげたの。
だよね?」
「同意を求められても困るわね。
たとえあなたがお気に入りのエロゲヒロインを参考にしたのだとしても、
わたしには判別がつかないのだから」
「もうっ、あんたってホント素直じゃないよね!怒るよ!?」
黒猫はふっと目元を緩めて、
「ちゃんと分かっているわ。
わたしの服を選んでくれているときのあなたは、とても一生懸命だったものね」
「それならよし」
桐乃は満足げに頷くとずんずんこちらに歩み寄り、
俺の胸をつんと人差し指で衝いて、顎で黒猫を指す。
「ホラ、何か言うことあるんじゃないの?」
分かってるさ。
あんまりにも冬版の白猫が綺麗だったもんで、言葉を失ってたんだよ。
「似合ってるぞ、すごく」
「あ……ありがとう」
65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:02:58.62:+yIhwK3R0
黒猫は赤く染まった耳を隠すように髪を下ろし、俯いてしまう。
ああもう可愛いなあちくしょう。
いっそのこと褒め殺してやろうか――と思ったその時、
「ごきげんよう、みなさん」
沙織の声がした。
これで最後の一人が揃ったわけだ。が……。
肩越しに振り返れば、
そこにはフォーマルドレスを身に纏った貴婦人が佇んでいて、
「沙織……?」
「あんた……」
「ぐるぐる眼鏡はどうしたの……?」
三者同様の反応に、槇島家の才媛は申し訳なさそうに目礼する。
「場違いな格好でごめんなさい。
他の用向きの都合上、着替えている時間も場所もなかったのです」
他の用向きというのが何なのかは、おおよその予想がついていた。
沙織は歴としたお嬢様で、もしオタク趣味に走るような酔狂じゃなけりゃ、
一生俺たちとは関わり合いが無かったような存在だ。
ここのところ沙織が余暇を満喫していない様子なのも、
沙織が成熟するにつれて(体は出会った頃から大人の女性だが)、
社交界に顔を出す頻度が増えているからだろう。
それは本人が望む、望まざるに関わらず……。
今日だって俺たちとプレゼント交換をするために、
ぎゅう詰めのスケジュールから無理をして時間を作ってたきたに違いないんだ。
66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:03:46.73:+yIhwK3R0
そしてそんな想像に耽り、ちょっぴりセンチな気分に浸っているのは、
きっと俺だけじゃなくて……。
「あはっ、なんで沙織が謝るワケ?
あたしはこっちの沙織も全然好きだよ?」
「ふん、実に妬ましいプロポーションね。
その体の線がよくわかる薄手のドレスはわたしへの嫌味かしら?」
「まあ。黒猫さんの方こそ、とっても可愛らしいですわよ。
まるで雪の妖精みたい。ふふっ、これでは京介さんもイチコロですわね」
「ば、莫迦なことを言わないで頂戴……!」
楽しそうにじゃれ合う三人を見て、溜息をついた。
……先のことなんて、どうでもいいじゃねえか。
桐乃や黒猫を見てみろよ。今は今を楽しめばいい。
そうしなかった奴が、後で思い出不足に悩まされることになるのさ。
沙織が持ってきた慎ましやかながらとびきり美味いケーキを食べ、
他愛もないお喋りを半時間ほど楽しんだあと、
いよいよメインイベントであるプレゼント交換が行われることになった。
銘々がプレゼントの包みを取り出し、テーブルの上に置く。
包みの大きさは、大きい順に桐乃、俺、黒猫、沙織といったところか。
受付でA4のコピー用紙とマジックペンをもらい、線を引いていると、
「自分のに当たったらどうすんの?
まあ、あたしは別に自分のを当ててもヤじゃないケド、それってなんか虚しくない?」
「その時はもう一度やりなおせばいいだろ。沙織も黒猫も、それでいいか?」
同意を得たところで、線を書き終える。
紙の下の部分を折り曲げて、くじの完成だ。
67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:05:17.48:+yIhwK3R0
ここは是非とも黒猫か沙織のを引き当てたいところだが……。
じゃんけんで勝った順に名前を書き込み、折り曲げた部分を開く。
果てしてクジの結果や如何に――!?
「ふぅん、あんたのか」
「これが世界の選択……非情なものね……」
「まぁ、開封が楽しみですわ」
「ほっ、助かった」
反応だけで分かるとも思えないので(そんな奴がいたらエスパーだ)、結果を簡単に書く。
桐乃→黒猫
黒猫→桐乃
俺→沙織
沙織→俺
見事にマンツーマンなプレゼント交換になっちまった。
でもまあ、怖れていた『自分に自分でプレゼント』という事態は避けられたので、
わざわざやりなおす必要もないだろう。
「開けてもいいか?」
「わたしも開けても?」
俺と沙織は同時に笑って、包装紙に手を掛ける。
良識ある人物からのプレゼントとは、かくも安心して受け取ることができるのか。
これで相手が桐乃だったら、R-18のロゴが刻まれた直方体を警戒しなくちゃならねーところだ。
68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:07:35.13:+yIhwK3R0
果たして沙織の包みから出てきたのは、7、8インチの写真立てだった。
といっても実際に写真をはめ込むタイプではなく、
PCや記憶媒体から画像ファイルを取り込んで有機ELディスプレイに描写する、
いわゆるデジタルフォトフレームというやつ。
今どき珍しいモンでもねえが、箱裏に書かれていた簡易スペックを読んで魂消た。
え、何この画素数……しかも極めつきの3D対応!?
「おいおい、これ……スゲー高かったんじゃないか?」
コレと俺がお前にあげた置き時計なんかじゃ、全然価値が釣り合わねーぞ。
沙織はゆるゆると首を横に振り、
「無粋な質問はおよしになって、京介さん。
大切なのは気持ちです。
京介さんから頂いたこの時計、大事に使わせて頂きますわ」
愛おしげに、俺からのプレゼントを胸に抱く。
お前は本当にいい奴だよな……と感動したのも束の間、
隣から黒猫と桐乃の言い争いが聞こえてきた。
「あなたね……。
普通プレゼントというものは、相手の立場に立って考えるモノでしょう?」
「相手の立場に立って考えた結果がそれなんだケド?」
「お気に入りアニメの布教とはき違えているのではなくて?」
「うるさいなあ。
あんたが要らないなら、あんたの下の妹にあげればいいじゃん。
メルル好きなんでしょ?」
「……折角貰っておいて悪いけれど、そうさせてもらうわ。
きっと大喜びするでしょうね」
70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:09:46.62:+yIhwK3R0
視線を落とせばピンクの山、否、大量のメルルグッズが。
対して桐乃の手には見るからに温かそうな黒い毛糸の手袋がはめられている。
そりゃ黒猫も文句の一つも言いたくなるわな。
俺は沙織と顔を見合わせて苦笑した。
手元のフォトフレームを差し置いて、黒猫お手製の手袋が欲しいと思っちまったのは内緒だぜ。
◇◆◇◆
沙織を乗せた深緑のラグジュアリー・サルーンが遠ざかっていく。
『それでは、また近いうちにお会いしましょうね』
去り際の一言が、耳朶にこびり付いて離れない。
次に会えるのはいつになることやら。
俺は沙織の面影を振り払うように、今にも雪が降り出しそうな鈍色の空を仰いだ――。
「何を格好付けているの?」
「うわ、すっごい自分に酔ってる顔してる」
うるせーな。
空気を読め空気を!
桐乃は気遣わしげに俺の腕に寄り添い
『泣かないで、お兄ちゃん』
と言うところで、黒猫は気丈に振る舞いつつも
『沙織にはまたすぐに会えるわ』
と言うはずが嗚咽で言葉にならないシーンだぞ、ここは。
71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:11:19.30:+yIhwK3R0
「…………」
おいやめろ、頭がアレな人を見るような目で俺を見るな。
「沙織が忙しいのは一時的なことだと、沙織自身が言っていわ。
もっとも、あなたはこれから受験で沙織以上に多忙を極めるでしょうから、
しばらく会えなくなるというのはあながち間違っていないでしょうけどね………。
フン、そんなに沙織と会えなくて寂しいというなら、
そのフォトフレームに沙織の写真を入れて飾っておいたらどう?」
な、なんか酷くないっスか?
今日のお前は白猫だろ?
白猫は電波ワードと毒舌禁止なんだぞ!
「誰がそんなことを決めたのよ?」
いや、俺が勝手にそう思ってるだけです、ハイ。
黒猫と言い合っているうちに、沙織が欠けた物寂しさが紛れていく。
俺たちは最寄りの駅を目指して、雑居ビルを後にした。
ふと、誰かさんの口数が少ないことに気が付き、
黒猫の頭越しに桐乃の様子を盗み見てみれば……。
妹は俺と黒猫の遣り取りを、複雑な笑顔で眺めていた。
75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:20:03.74:+yIhwK3R0
しばらく歩くと、秋葉原駅の中央改札口が見えてきた。
桐乃はここからファッションショーの出演準備のために池袋に向かう。
そして俺は、
1、桐乃と同じ電車に乗る。"あやせ"との約束を果たすために
2、桐乃を見送る。ショーが始まる少し前まで、"黒猫"と秋葉で時間を潰すつもりだ
>>80までに多かった方
同一IDはノーカウント
この選択肢だけでルートが確定することもありえます
選択は慎重に……
76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:20:46.41:j1O/zDV/0
そして俺は桐乃を見送る。
ショーが始まる少し前まで、黒猫と秋葉で時間を潰すつもりだ。
脳裏に、数日前の光景が過ぎる。
――『わたしの相手役になってもらえませんか?』――
あやせからの申し出を、俺は熟考の末に断った。
何故か御鏡が
『素人でも問題はない』
『あやせさんは見知らぬ男性モデルよりも、知り合いであるあなたを望んでいる』
などと横から口を出してきたが、俺の気持ちは変わらなかった。
あやせと一緒にゴージャスな衣装を着て、
これみよがしに腕を組み、花道を歩くまたとないチャンス……だってのは分かってる。
でも、いくら御鏡がいいと言おうが、
俺は人目を浴びることに関しては超がつくほどの素人なのだ。
緊張で足が震える。
フラッシュの嵐でまともに目が開けられない。
段取りを忘れて後続に迷惑をかける……etc。
想定される失態を挙げればキリがない。
87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 20:00:48.75:+yIhwK3R0
ビビリ?悲観してばかりのヘタレ?
確かにお前らの言い分はもっともだし、そうじゃないと言えば嘘になる。
けどな……俺が一番気にしているのは、結局はあやせのことなんだよ。
馬鹿な失敗をやって、恥をかくのが俺だけなら別に構わねえ。
悲しい青春の思い出が、俺の人生史に刻まれるだけならな。
でも、実際はそうじゃない。
隣にいるあやせは俺と一緒にたくさんの白い目で見られることになるし、
俺を相方に推薦した張本人として、お叱りを受けることになるかもしれない。
今後の芸能活動に影響を及ぼすことが……ないとも言い切れない。
そういうことを考えると、俺には安易な気持ちであやせの誘いに応じることが出来なかったのだ。
『お兄さんの気持ちは分かりました』
俺の話を聞いて、あやせはすんなり納得してくれた。
光彩の失せた瞳で睨み付けられ、
『お兄さんには失望しました死ね』
とエッジの効いた暴言を吐かれるかと内心ドキドキワクワクしていたが、
そんなこともなく、
『お兄さんはショーを見に来てくれるんですよね?
桐乃だけじゃなくて、わたしのこともちゃんと見てて下さいね。
わたし……壇上からお兄さんの姿を探して、お兄さんに向かって手を振りますから』
と嬉しいことを言ってくれた。
90:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 20:18:02.61:+yIhwK3R0
「じゃ、あたし先に行くね。
秋葉で遊ぶのに夢中になって、あたしの出番見逃したら承知しないから」
「おう」
改札の向こう側に消えていく桐乃を見送る。
妹のライトブランの後ろ髪が群衆に紛れて見えなくなった頃、
俺は隣の黒猫に訊いた。
「これからどうする?」
「相も変わらず優柔不断な雄ね。
ただ歩くもどこかに立ち寄るも、あなたの好きになさいな。
所詮はあの女のショーを見るまでの、時間潰しなのでしょう?」
物事を詰まらなく表現することにかけては天才的だなコイツ。
「お前な……今は二人きりで、しかも今日はクリスマスだぜ」
「だ、だから何だと言うの?」
「たとえ時間つぶしでも、今の時間を楽しもうって言ってんだよ」
黒猫は何か言いたげな表情で、ぎゅっと下唇を噛む。
「わたしたちは……………でしょう?」
俺は黒猫の発言を聞き流し、時計を見る。
プレゼント交換会が沙織の都合で早めに終わったこともあり、まだ六時を少し過ぎたあたりだ。
「お前、腹減ってないか?」
「わたしは別に……」
「俺は減った。今のうちに、腹の中に何か詰めとこう」
93:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 20:33:53.27:+yIhwK3R0
そんなこんなでやってきたマックにて、俺たちは思わぬ二人組と遭遇した。
先に黒猫を席に着かせて二人分の注文を取ろうとレジ前に並んだところ、
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきて、何気なく振り返ると、
「~が~で、~だから、やっぱりわたしは輝貴受け帝攻めが最高だと思うんです」
「……そうですね」
絶賛BLトーク中の瀬菜と真壁くんがいたのだ。
なんたる偶然。
瀬菜が俺の存在に気づいてからは、
トントン拍子で相席をすることが決まり、
俺がおぼんを手に二人を引き連れて戻ると、黒猫はジト目で俺を睨み付けてきた。
これではとても落ち着いて食事がとれないじゃない、との文句が、
視線を通じてヒシヒシと伝わってくる。
や、俺が誘ったわけじゃないんだって。
瀬菜が半ば強引にだな……。
94:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 21:00:40.92:+yIhwK3R0
「あれ、五更さんも一緒だったんですか?」
黒猫の姿を認めた瀬菜が、驚いたように言う。
俺は今の今までクリスマスに俺が一人で秋葉に繰り出していたと思っていたお前に驚きだよ。
黒猫は自分の前に座った瀬菜をすげなく見据え、
「そうよ。わたしが一緒だったら悪い?」
「何も悪いとは言ってませんけど……。
テキストの作り直しで、とても外に出ている暇なんかないと思ってましたから」
「ゲーム制作は一時中断よ」
「五更さん、冬コミに間に合わせる気、ありませんよね?」
「そうね。……奇跡でも起こらない限り、出展を諦めざるを得ないでしょうね」
俺は女子二人を尻目に、ハンバーガーの包みを解きつつ考える。
現状を見る限り、真壁くんは勇気を出して瀬菜をデートに誘うことに成功したようだ。
瀬菜の服装は下はミニスカートに上は丈の詰めたジャケットという組み合わせで、
なるほど、赤城(兄)の言っていたとおり、イメージの中の瀬菜より随分フェミニンな印象を受ける。
胸は強調するまでもなく大きく、赤い縁の今風メガネに、
俺の心はときめかざるを得ない――あ、黒猫がこっち睨んでる。
俺は視線を真正面の真壁君に逸らして、
「今まで何をしてたんだ?」
97:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 21:16:08.40:+yIhwK3R0
真壁くんは薄い笑みにやるせなさを滲ませて言った。
「映画を観てました」
無難な選択だな。で、どんな映画?
「恋愛モノです」
スイーツ(笑)御用達の純愛(爆)映画かと思いきや、
真壁くんが挙げたタイトルは以前から大量のCMが打たれていた話題作で、
ストーリーも王道という、まさに今の瀬菜と真壁くんにぴったりなチョイスに思えたのだが――しかし。
「それが、恐ろしくつまらない内容で。
僕も赤城さんも、眠気を堪えるので必死でした。予告編詐欺にも程がありますよね」
「まあ、そういうこともあるさ」
新作映画を観るときは、ハズレを引く覚悟も必要だ。
「はは……」
消沈した様子の真壁くんに、俺は小声でアドバイスする。
「次に繋げられると思えばいいんだよ。
『前のは酷かったから、次はもっと面白いのを観に行こう』って、誘い文句が一個増えたと思えば」
100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 21:30:12.38:+yIhwK3R0
「そういう発想がすぐに出てくる先輩を尊敬しますよ」
俺自身、どうしてこんな言葉が口を衝いて出てくるのか分からない。
不思議なもんだ、なんでだろうな……と考えていると、真壁くんが真顔で訊いてきた。
「先輩、実は恋愛経験豊富だったりするんですか?」
「いや、ない。それはない」
真壁くん、いっぺん冷静になって俺の顔見てみ?
この地味顔がモテ顔に見えるなら、今すぐ眼科にかかることを勧める。
あれ、自分で言ってて物凄く悲しくなってきた。
「そうですよね。先輩に限ってそれはないですよね」
誘導しといてなんだが、スゲー侮辱された気分だよ。
「これからの予定は?」
「特には考えていません。
僕の独断で映画に連れて行って、無駄な時間を過ごさせてしまったので、
次は赤城さんの行きたいところに着いていこうかな、と……」
「あー、それはやめといたほうがいいぞ」
104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 21:49:07.43:+yIhwK3R0
「どうしてですか?」
クエスチョンマークの浮かんだ無垢な真壁くんに、俺は過去の自分を見たような気がした。
あのな、女ってのは基本的に男にリードして欲しがってるもんなんだよ。
多少強引でも、我を通すべきだ。
少なくとも相手の顔色伺って、場を白けさすよかよっぽど良い。
本当に瀬菜に行きたいところがあるなら、その意志を尊重するべきだけどな。
「その知識はどこで?」
「経験則だ」
「経験則、ですか……。
先輩の言っていることが、だんだん信用できなくなってきました。
さっきの言葉も嘘で、本当はこれまでに何人もの女性と……」
まーたコイツは妙な勘違いをしてやがる。
ああ、そうだよ、お前の言うとおり俺は女性経験が豊富だよ。
麻奈実との散歩や、実妹との偽装デート、
加奈子のパシリにあやせの手錠プレイを女性経験と呼ぶならの話だがな!
とその時、
「高坂先輩、真壁先輩、二人で何の話をしているんですか?」
と瀬菜が会話に割り込んできた。
105:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 22:11:22.64:+yIhwK3R0
俺は咄嗟に頭を捻り、
「瀬菜も真壁くんも、付き合い長いのに妙に堅苦しい呼び方してるなーって話だよ」
ちょん、と黒猫に脇腹を肘でつつかれる。
「口から出任せもいいところね」
小声で窘められた。
耳聡い奴だ。
瀬菜と話していながらも、しっかり俺と真壁くんの会話を聞いていたらしい。
一方、瀬菜はコロッと騙されてくれて、
「わたしと真壁先輩が?
わたしは普通に話してるつもりなんですけど……堅苦しく聞こえます?」
106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 22:17:23.76:+yIhwK3R0
「そう。まさにそれだよ。その『真壁先輩』ってのがまず堅い。
ここは部室の中でも、ましてや学校の中でもねえんだから、
もっと気軽に……そうだな、『楓さん』とでも呼べばいいんだよ」
「え、ええっ!?
そんな……わたし……今までずっと真壁先輩って呼んでたのに……。
いきなり名前で呼んじゃってもいいんですか?」
「いい。俺が許す」
そんでもって、そこで固まってる次期ゲー研部長候補。
お前もお前だ。
いつまで後輩に『赤城さん』なんて馬鹿丁寧な呼び方を使ってるんだ?
本気で瀬菜と付き合いたい気持ちがあるのか?あん?
「真壁くんはこれから瀬菜のことを『瀬菜ちゃん』と呼べ」
「そっ……それは流石に馴れ馴れしすぎるんじゃあ……」
動揺している瀬菜に、煮え切らない真壁くん。
世話の焼ける後輩だ。
俺は溜息をついて、軽く手を打って音頭を取ってやることにする。
せーの――。
「楓……先輩?」
「瀬菜……さん?」
なんじゃそりゃ。
107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 22:31:22.23:+yIhwK3R0
「及第点、といったところかしら」
黒猫が耳許でクスリと笑う。
俺が真壁くんと瀬菜の仲を取り持とうとしていることには、とっくに気が付いているに違いない。
まあ……理想的な呼び名からそれぞれワンランク下げた形だが、
前よりは確実に改善されているので、これでよしとしてやるか。
「こ、高坂先輩と五更さんは、どうして秋葉原に?」
と真壁くんが上擦った調子で言った。
自分と瀬菜から話題を逸らそうと必死な様子が伺える。
ちょっと弄りすぎたかもな……と俺はちょっぴり反省しつつ、
「そりゃあクリスマスなんだから、デートに決まっ――げふぅ」
「今のは戯れ言よ。聞かなかったことにして頂戴」
ちょ、黒猫さん……いきなり肘鉄は酷くね!?
「黙りなさい、この嘘つき」
俺は泣く泣く目線で訴える。
これにはワケがあるんだよ。頼むから話を合わせてくれ、な?
108:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 22:46:57.01:+yIhwK3R0
俺の祈りが通じたのか、黒猫はツンと顔を背けて、
「まあ、デートと言えないこともないわね」
「意見が二転三転してるが、お前らも知ってのとおり、こいつ照れ屋だからさ――ぐふっ」
痛ってぇなぁ!
コイツ加減てもんを知らねえのか!?
「はぁ、はぁ……とにかく、デートが目的で秋葉に来てるのは本当だぜ」
「そうだったんですか。まぁ、そんな気はしてましたけどね」
とさして驚いたふうもなく頷く真壁くん。
しかし瀬菜は得心していない様子で、
「高坂先輩と五更さんは…………」
長い沈黙を挟み、
「…………付き合ってるんですか?」
真顔で訊いてきた。
その文句は一見この前の真壁くんのそれと同じようで、
言葉に込められたニュアンスは180度違うように感じられた。
分かりやすくいうと、真壁くんが訊いてきたときのようなからかう感じ……"遊び"が一切感じられないのだ。
メガネの奥の瞳が、なんだか怖い。
112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 23:05:29.49:+yIhwK3R0
「あっ、ごめんなさい。変な空気になっちゃいましたね」
瀬菜は頬をぽりぽりかいて、
「……実は前からずっと気になってたんです。
でも、訊くまでもありませんでしたよね。
だって五更さんと高坂先輩、あたしが会ったときからずっと一緒じゃないですか?
これでくっついてないほうが、逆におかしいですよね……あはは」
真壁くんはオロオロと自分以外の顔を順番に見つめている。
俺はなるたけ黒猫を意識しないようにして、
「俺たちは……付き合ってない」
「またまたー。高坂先輩、隠さなくてもいいですよ?
五更さんが恥ずかしがりやで、秘密にしておいて欲しいって言われてるんですよね?」
もはや瀬菜が誤解するままに任せておいた方がいいような気がしてきた。
俺は無言を貫く。黒猫はアクションを起こさない。
やがて瀬菜はさっぱりした顔をで笑うと、
「あたし、こんな性格だから……そこのところ、きっちりさせておきたかったんです」
そういやこの子は、曖昧なことが大嫌いなんだったっけ。
俺は今更になってそんなことを思い出した。
さっきの真剣な眼差しも、きっとそれが原因だろう。
116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 23:23:42.88:+yIhwK3R0
「……冷めないうちに頂きましょう?」
という何気ない黒猫の一言で、俺たちの席を覆っていたおかしな空気が、
周囲の喧噪と融け合い、感じられなくなる。
それから俺たちは共通の話題――ゲー研の活動――で盛り上がり、
瀬菜が注文したフライドポテトLサイズを皆で食べ終えた頃には、七時を回っていた。
◇◆◇◆
雑踏に歩み出した真壁くんと瀬菜の後ろ姿は、すぐに人波に揉まれて見えなくなる。
「……ふぅ」
俺は深い息を吐いて、傍らの黒猫に話しかけた。
「デートってことにしておいて欲しかったのは、」
「わたしたちがあなたの妹のファッションショーが始まるまで時間を潰していることを知れば、
あの二人がわたしたちに同行すると言い出すと思ったから、でしょう?」
ご名答。
つーか、分かってたなら肘鉄食らわす必要無かったんじゃないスか?ねえ?
117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 23:37:04.74:+yIhwK3R0
「なんとなく腹が立ったのよ」
もうちょっと具体的な動機あげてくれないと俺の右脇腹が浮かばれないんだが。
「まあ、前もってお前に相談していなかったことは謝るよ」
黒猫は腕組みして嘆息する。うわ、説教モード入っちまった。
「忠告しておくわ。
二人の心の機微を同時に操ろうなんて愚かしい考えは捨てることね。
不器用なあなたがこんなことをしようというのがそもそもの間違いなのよ。
さっきの呼び名を変えるのにしても、一歩間違えれば二人の関係にヒビを入れていたかもしれないわ」
「結果的にはうまいこといったんだから、別にいいじゃんか」
別れ際、瀬菜が真壁くんに笑顔で言っていた言葉を、ド忘れしたとは言わせねえぜ。
――『"楓先輩"、次はどこに連れて行ってくれるんですか?』――
しかし黒猫はバッサリ、
「私は結果オーライという言葉が大嫌いなの」
と断った上で、
「あなたの目にはあの女のテンションの変わりようが、不自然には映らなかったの?」
118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 23:49:45.62:+yIhwK3R0
「別に?」
俺は本心からそう言った。
すると黒猫はまるで道路に捨てられ幾度も車に轢かれた軍手を見るような目で俺を見て、
「つくづく……鈍感な雄だこと」
と吐き捨て、一人勝手に歩き出す。
ま、待てよ。
どうしてお前が不機嫌になるんだよ。
お前はこの件で何も損してねえし、不利益を被ったわけでもねえじゃねえか?
つんけんした態度を崩さない黒猫の背中を見失わないよう、スゴスゴと追いかける。
これじゃまるで主従関係で、どう見てもデートではない。
嘘からまことが出ないもんかと期待してたんだが……人生はそんなに甘くないらしい。
119:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 00:04:00.75:vofPIk6m0
「やれやれ」
黒猫は結果オーライという言葉が嫌いと言ったが、
平凡な人生を謳歌すると決めている俺は、一方でこの運に身を任せた言葉が好きだったりする。
実際、瀬菜と真壁くんの仲は上手くいきそうな様相を呈している。
真壁くんにはせっかくのクリスマスなんだから夜景を見に行けばどうだ、と入れ知恵しておいたので、
ロマンチックなムードにも事欠かないだろう。
上手く事が運べば、キスくらいは……いや、そこまで真壁くんに期待するのは酷か。
肩を抱くくらいでいっぱいっぱいのような気がする。
他方、意外だったのは瀬菜の積極性だ。
マックの前で別れる直前は、思いっきり真壁くんのことを『楓先輩』と名前で呼んでボディタッチしていたっけ。
ハハッ、まるで何か吹っ切れたみたいにさ。
あの光景は、俺に桐乃の言葉を思い出させた。
『てか、せなちーにこの前好きな人がいるか聞いたら、普通にいるって言われたしィ。
年上の人で、せなちーの趣味も理解してくれる、すっごく優しい人なんだって~』
その年上の人とは、やはり真壁くんだったのだ。
つーか、それ以外に考えられねえよな、普通に考えて。
122:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 00:24:54.02:vofPIk6m0
しばらく歩いていると、黒猫の歩調がゆっくりになる。
隣にならんでもいいよのサイン。俺はそっと距離を詰める。
黒猫が不機嫌になった理由は、いまだもって分からない。
が、その原因が俺にあることはなんとなくわかる。
「悪かったよ」
「あなたが謝る必要はないわ。
これは……その…………」
これは、その?
黒猫は長い黒髪に表情を隠して、
「わたしが勝手に、機嫌を損ねているだけ。
あなたは『理不尽だ』と、むしろ怒って然るべきなのよ」
「お前……」
そんなふうに言われて、怒れる奴がいるか。
黒猫は今度は、足音に紛れてしまいそうなほど小さな声で言った。
「わたしはあの二人を見て――羨ましいと、感じてしまったの」
それは、俺たちの間だけでしか通じない告解だった。
俺たちの間だけでしか意味のない懺悔だった。
127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:03:45.13:vofPIk6m0
俺は何も言わずに、黒猫の手に自分の手を重ねた。
振り払われる。もう一度重ねる。……今度は、微弱な力で握りかえしてきた。
「厭らしい女ね。
こうしてあなたに弱音を吐いている自分が、大嫌いよ」
「そのお前を叱らずに、むしろお前の本音を聞けて嬉しいと思っちまってる俺よりマシだろ」
「莫迦……」
愛しみの込められたその言葉を聞いたとき、
心の箍が軋む音が、胸の内側から聞こえた気がした。
俺は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。
円満な未来を捨てて、現在の欲求不満を解消しようとしている。
後先のことから目を逸らし、約束を忘れ、ただ自分と黒猫の幸せだけを願っている。
それは……いつ訪れるとも知れない終わりを待たずに、自分で終わらせる選択肢。
目を瞑る。
それの何がいけないんだ、と誰かがせせら笑うように言った。
また同じ過ちを繰り返すのか、と誰かが窘めるように言った。
俺は――
1、踏みとどまった。さあ、そろそろ移動しないと"桐乃"のファッションショーに間に合わなくなる
2、もう終わらせてしまうことにした。これ以上"黒猫"への気持ちを抑えることはできない。
>>133までに多かった方
二つ目にしてラスト分岐です
128:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:05:11.15:iQKDyA890
俺は踏みとどまった。
溢れかけた暗い気持ちを心の奥底に仕舞い込んで、
今度こそ悪さをしないよう、厳重に封をする。
悪いな、お前はもうしばらく眠っててくれ。
然るべき時が来たら、出して自由にしてやるからさ。
やがて黒猫はスンと洟を啜り、
「取り乱してしまって、ごめんなさい」
取り乱す?……はて何のことだ?
お前、夢で見てたんじゃねーか?
俺はいつも黒猫が俺にそうするみたいに、フッと鼻で笑ってやる。
「ええ……そのようね。
夢の中でわたしは、途方もなくひ弱な、人間以下の生き物に成り下がっていたわ。
言ったでしょう?聖なる夜は闇の眷属の力が弱まり、天使が隆盛を極めるのよ。
大天使の一人がわたしを発見して、『真夜中の白昼夢(ホワイト・ナイトメア)』を発動したと考えるのが妥当かしらね」
146:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 02:04:51.91:vofPIk6m0
「その大天使とやらは、もうどっかに行っちまったのか」
「わたしの精神防壁の高さに恐れをなして逃げていったようよ。
もう……あんな夢を見ることもないでしょうね」
言葉を紡ぐごとに、黒猫の声に芯が通ってくる。
もう大丈夫だろう、と俺は胸を撫で下ろした。
黒猫が号泣して胸にしがみついてきたとして、
俺の鋼の自制心は耐えて30秒が限度だろう。
俺とコイツの今の関係は……双方の努力なくしては成り立たない。
どちから一方でも折れちまえば、なし崩し的に両方頽れちまう。
そんな、脆い関係なんだ。
いつまでも並んで歩いていたい気持ちを抑えて、俺は言った。
「そろそろ移動しようぜ。あいつのファッションショーに遅れちまう」
「あら、もうそんな時間なの?」
俺たちは駅を目指して面舵を切る。
黒猫と二人きりの時間は、あっという間に終わってしまった。
だから俺は指を絡めるやり方で、黒猫と手を繋ぎ直す。いわゆる恋人繋ぎという奴だ。
「あっ……」
「今だけだ」
俺を襲った甘い誘惑の名残を、右手の中に確かめる。
繋いだ手は、駅の改札口を通る前に解いて(かれて)しまうだろう。
それでもって改札を通れば、再び繋ぐ(がれる)ことはない。
だから――なあ、桐乃――束の間の恋人気分を味わうくらいは、許してくれてもいいだろう?
163:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 08:45:11.20:vofPIk6m0
◇◆◇◆
池袋駅で降車し、西口方面の某所を目指す。
ファッションショー自体はもう始まっているはずだが、
あやせや桐乃の出番は最後のほうと聞いているので、見逃す心配はない。
繁華街の奧に入っていくにつれて、
街を彩るイルミネーションはより煌びやかに、より大掛かりなものに変化していく。
隣の黒猫はさっきから視線をあちこちに泳がせている。
クリスマスは闇の眷属が云々と言っていたが、
店先のツリーや電光の瞬きに目を奪われているあたり……。
「どうしたの?人の顔をまじまじと見つめて」
「や、お前もフツーの女の子なんだと思ってさ」
ぎゅむ、と足を踏まれた。
失言?今の失言だった?
「綺麗なものを綺麗だと素直に受け取れないほど、わたしの美的感覚は捻くれていないわ。
静かに鑑賞できる場に行きたいものだけど……そんな場所はこの街のどこにも存在しないのでしょうね」
クリスマスで浮かれ騒いでいる連中が消えてなくなればいいのに、とか物騒なこと考えてそうだな。
「お前はそう言うけど、この賑やかな雰囲気もコミで――」
――クリスマスだろ、と言い終える前に携帯が鳴った。
着信音の種類からするに、メールではなく電話のようだ。
164:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 08:58:26.68:vofPIk6m0
「出てもいいか?」
黒猫は無言で頷いた。
携帯を開けば、画面にはあやせの名前が。
神速で通話ボタンをプッシュした。
「どうしたんだ、あやせ?
あと半時間くらいで出番だってのに、電話なんかしてる余裕あるのかよ?」
わざとからかうような調子で言う。
へへっ、言わなくても分かってるぜ。
愛しのお兄さんに緊張を解してもらおうと思ってかけてきたんだよな?
「お兄さんっ!?
き、きき、桐乃が……!」
桐乃?
「桐乃がどうかしたのか?」
嫌な予感しかしねえ。あやせは声を裏返して叫んだ。
「桐乃が……どこにもいなくなっちゃったんですっ!!」
165:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 09:34:04.58:vofPIk6m0
「桐乃がいなくなったぁ!?」
隣で澄まし顔をしていた黒猫が、ぴくりと反応する。
ここで俺まで取り乱せば、あやせはいよいよパニックに陥るだろう。俺は努めて冷静に尋ねた。
「あいつがいなくなったときの状況を、簡単に説明してくれ」
「さっきまで……ついさっきまで、控え室で一緒だったんです。
なのに桐乃……トイレに行ったっきり戻ってこなくて……、
流石に遅すぎると思って探しに行ったんですけど、どこにもいなくて……。
今は、手が空いてるスタッフの人たちみんなで探しています」
でも、とあやせはほとんど泣きそうな声で言った。
「もし桐乃が『自分の意志で』どこかに行っちゃったんだとしたら、見つかりっこないです!」
俺と黒猫の両脇を流れる、無数の人波を眺める。
桐乃が自ら雑踏に紛れたと仮定するなら、桐乃を探し出すのは困難を極めるだろう。
あいつの出演時間までに発見できる可能性は、さらに低い。なにやってんだよ、桐乃。
あやせや他のモデルに心配かけて、準備に忙しいスタッフの方々に迷惑かけてよ。
拉致されたってんなら話は別だが……お前に限ってそれはねえか。
ったく、ホントに傍迷惑な奴だよなあ、お前は。
「お兄さん……?」
あやせが黙りきりの俺を気遣うような声を出す。
捜索をすっぱり諦め、せめてあやせの出演だけでも目に焼き付ける――のが、合理的な選択肢なんだろう。
でもさ。
どんだけ理屈を捏ねくり回そうが、俺があいつの兄貴であることに変わりはなくて、
しかも俺は『お前の晴れ姿を見に行く』と、あいつと約束しちまってるんだよ。
166:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 09:51:26.99:vofPIk6m0
「すぐにそっちに向かう。もうだいぶ近いところまで来てるんだ」
来てどうするんですか、と訊かれる前に、
「俺も桐乃を探すよ」
通話を切って、黒猫に向き直る。
さて、聞き耳を立てていたお前には改めて説明する必要もないと思うが……。
「あなたの妹が失踪して、あなたは今からその行方を追うのでしょう?」
さすが黒猫。話が早い。
それで、だ。
「ちょっとばかし走ることになるが……着いてこれられるか?」
「冗談」
黒猫は自嘲気味に笑んで、
「仮初めの人型に身を窶しているわたしが、あなたの全力に追従できると思っていて?
置いて行きなさいな。遠慮は無用よ。
わたしはわたしのスピードであなたの後を追うから」
「すまん。あいつを見つけたら連絡する」
踵を返した俺の背中に、黒猫の微かな呟きが聞こえた。
「ふふっ、なぜかしらね……良いインスピレーションの予感がするわ」
167:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 10:24:15.62:vofPIk6m0
現在時刻、七時四十分。
ファッションショーの第一部は既に始まっていて、
ステージ前は既に多くの一般客やら報道陣やらで埋め尽くされている。
客層は出演モデルがティーン誌の人気読モということもあってか、十代の女の子が中心で、
そしてその中にはきっと、桐乃の姿を見るのが目的でやってきている子がいるはずだ。
「すんません、通して下さい」
人の壁を押し分け掻き分け奧に進み、ステージの裏手に回り込む。
「ちょっと君」
と警備員に声を掛けられたが、
「モデルの家族です」
と言って、そのまま舞台裏に直行――できるわけがなかった。
腕を掴まれ、
「そうやって舞台裏を覗こうとする人がたくさんいるんだよ。
モデルの家族って、君もね、つくならもうちょっとまともな嘘を、」
「その人はわたしのお兄さんです。通してあげてください」
169:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 10:41:39.95:vofPIk6m0
声のした方に視線をやれば、あやせが毅然とした態度でこちらを見つめていた。
年若い警備員は突然の出来事に狼狽えた様子で
「いや、しかし確認が……」
スゥ、とあやせの双眸から光彩が失せる。
「二度は言いませんよ?」
怖ぇ!
警備員の変わり身も早かった。
「ど、どうぞお入り下さい」
「行きましょう、お兄さん」
俺はあやせに手を引かれ、特設ステージの裏手に移動する。
舞台裏に当たるこの場所は、ちょうどステージと背後のビルの中間地点的な役割を果たしており、
仕切りによって観客席からは完全な死角になっている。
出演モデルはビル内の控え室で順番を待ち、
出番が近づくとここに移動してスタッフの最終チェックを受け、階段でステージに上る手筈になっているようだ。
今も見目麗しい女性モデルと男性モデルが数人控えていて、
戻ってきた組の男女と入れ替わるように、別の組の男女が出て行った。
皆、闖入者に注意を払うような余裕はないらしい。
170:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 11:06:52.43:vofPIk6m0
俺はほぼ答えを確信しながら、
「桐乃はまだ見つからないのか?」
あやせは力なく首を横に振る。
よくよく見てみれば、今日のあやせは一段と綺麗だった。
髪は派手すぎない程度に盛られていて、
耳には薄闇の中で静かに存在を主張する真珠のイヤリング、
身に纏った黒のショートドレスは妖艶さとあどけなさを兼ね備え、
まさに今回のショーのコンセプトである『背伸びする少女』に合致しているように思える。
ここは携帯カメラで写真を撮りまくり、褒めちぎった後で、
相方役の男性モデルに『俺のあやせたんに変なことしたら許さねえぞ』と釘を刺しておきたいところだが……。
「あいつはビルの中の控え室でいなくなったんだよな?」
今は桐乃のことに集中だ。
あやせは頷く。
「ビルの中は探したのか?」
「スタッフの皆さんが隈無く探してくれました。
でも、どこにも見当たらなくて……」
外に出た可能性が高い、と。
「その時、桐乃はもう衣装着替えしてたのか?」
「はい」
「どんな衣装なんだ?」
172:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 11:32:30.23:vofPIk6m0
あいつの顔は見間違えようもないが、後ろ姿で判断するのは難しい。
俺の質問に、あやせは口籠もりつつ、
「……白い……真っ白な衣装です」
白、ねえ。アバウトだが、重要な手がかりだ。
「あの、お兄さんはこれから、」
「ビルの中を探してみる。
スタッフの人たちが一度探したって言っても、漏れてる場所があるかもしれない」
外の人混みの中を当て所なく彷徨うよりは、
桐乃が失踪した場所に絞る方が、まだいくらか、見つけられる可能性が高いはずだ。
俺は脇のパイプ椅子に掛けられていた、イベントスタッフ用のウィンドブレーカーを拝借し、袖を通す。
これでビル内を歩き回っていても、不審な目で見られることはないだろう。
……希望的観測が過ぎるってか?
言われなくても分かってるさ。
それでも動かずにはいられないんだよ。
「そういや、桐乃の相方の御鏡は今どうしてるんだ?」
あいつも捜索隊に加わって奔走してるのか?
「控え室で待機されていると思います」
悠長なヤローだ。
173:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 11:58:09.52:vofPIk6m0
青息吐息でビルの方向に足を向けると、あやせが話かけてきた。
「あ、あの……お兄さん、わたしも桐乃を、」
「あやせは手伝わなくていい。
お前もこのファッションショーを盛り上げるモデルの一人だ。
自分の出番が終わるまで、桐乃のことはいったん忘れろ」
「そんなこと、できるわけがないじゃないですか!」
「どんな時でも笑顔でカメラの前に立つのが、本物のモデルだろ?」
「わたしは桐乃じゃない。桐乃みたいに強くないんですっ」
ファッションショーから逃げ出してさえ、あやせの中で、桐乃の立ち位置は変化していないようだ。
日頃のモデル撮影で、どれだけあいつが自分を律して、完璧な被写体を演じているか伺えるね。
俺は小指を差し出して言った。
「あいつは絶対に俺が連れ戻すよ。約束する」
「お兄さん……」
「だから、お前はちゃんとモデルをやれ。
お前が出るのを期待してる奴らは大勢いるんだ。
そいつらをガッカリさせないためにも、あやせはステージに上がらなくちゃならないんだよ」
かくいう俺があやせの晴れ姿を見られそうにないのは、非常に残念だがな。
あやせはおずおずと小指を絡めて、
「約束、守って下さいね?」
「おう。お前もな」
指に微かな力を込める。
もしも嘘をついたら――。
小さなメゾソプラノが、恐ろしい罰の内容を歌い上げた。
174:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 12:09:34.21:vofPIk6m0
小指を解き、踵を返す。
しかし少し歩いたところで、俺はもう一度だけ振り返った。
大切なことを言い忘れていたからだ。
「綺麗だぞ、あやせ」
◇◆◇◆
179:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 14:13:09.28:vofPIk6m0
ビル入り口に置かれているフロアガイドに目を通して、俺は自分の考えの甘さを思い知らされた。
クソッ、地下二階から地上十一階まであるのかよ。
これじゃあ全フロア見て回る頃には、ファッションショーが閉幕してるじゃねーか。
隠れ場所として有り得そうな場所――トイレの個室や婦人服売り場の試着室等――は、
スタッフが隈無く捜索したとあやせが言っていた。
また各フロアの販売員には、モデルの一人が行方不明との連絡が行き渡っているようで、
桐乃もそんなことは承知しているだろうから、人目が多いところは捜索範囲から削っていいだろう。
それにしたって、時間は大いに不足しているがな。
「はぁっ……はぁっ………」
階段を使って、地下一階から地上一階へ。
外の喧噪が、ビル内のBGMに負けじと聞こえてくる。
ファッションショーは良い盛り上がりを見せているみたいだな。
桐乃、と大声で名前を呼びたい気持ちを堪えて、直走る。
イベントスタッフ用のウィンドブレーカーが功を奏したんだろう、
客も従業員も俺を怪訝な目で見るだけで、咎められたりはしなかった。
人気のないバックヤードや搬入口を粗方チェックして、地上二階へ。
同じことの繰り返し。桐乃はいない。
地上三階へ。
階段を上る足がキツイ。
桐乃の姿は見当たらない。
地上四階へ。
冬なのに息は弾み、額や首筋に汗が滲んでいるのが分かる。
また同じことの繰り返し。やはり桐乃はどこにも見当たらない。
181:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 14:47:03.81:vofPIk6m0
ハッ。
壁に背中を預けて呼吸を整えていると、
カラカラに乾いた喉の奥から、笑いがこみあがってきた。
間に合わねえ。
間に合いっこねえよ、こんなんもん。
腕時計の針は、桐乃の出演時間までもう半時間もないことを示している。
桐乃を舞台裏に連れ戻して、衣装直しをさせるので10分かかると仮定すると、
純粋に捜索に当てられる時間は、もう20分も残っちゃいない。
地上五階から十一階、プラス屋上の8フロア……階段での移動時間を差し引きすると、
一つのフロアに当てられる時間はたったの2分にも満たない計算になる。
極めつけにそもそもこのビルに桐乃が存在していない可能性を加味すりゃあ、
考えれば考えるほど、一生懸命に妹を探していることが馬鹿らしくなってくるぜ。
「………」
諦めるか?
「………」
まさかな。
結局、俺は賭けに出ることにした。
各階を巡る時間が無いなら、一つのフロアに絞って探せばいい。
そんな安直な考えに従い、エレベーターに乗って地上十一階へ。
近くにあったエスカレーターを駆け上り、ガラス扉を押し開く。
186:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 15:23:53.92:vofPIk6m0
もしここで桐乃の姿を見つけられなかったら……。
すまんあやせ、お前との約束は守れそうにない。
地上のイルミネーションが放つ色取り取りの光は、光源から離れるほどに拡散して混じり合う。
淡い光の霞みで縁取られた屋上に立っていると、まるで光の海の孤島に立っているような錯覚がする。
屋上にはまばらに人がいた。
一階正面で行われているショーのことを知らないとは思えないので、
ここに集っている人たちの目的は恐らく、静かにクリスマスの夜景を楽しむこと、だろう。
俄に強い風が吹いて、俺はウィンドブレーカーのジッパーを首もとまであげた。
寒そうにしているのは見渡す限り俺だけだ。
そして同時に分かったことがある。
ここに桐乃はいない。
なぜそう言い切れるかって?
ハッ、他の奴らは全員、家族連れかカップルのいずれかで、
身を寄せ合っては温かそうに笑ってるからだよ、ちくしょうめ。
「くしゅん」
と、どこかで誰かがくしゃみをした。
187:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 15:44:59.14:vofPIk6m0
どうやら孤独な寒がりは、俺の他にもいたようだ。
さっきは見逃して悪かったな。
俺は声のした方に振り向き、二つ並んだ自販機の隣で、
膝を抱えてうずくまる白い人影を見つけた。
見慣れたライトブラウンのつむじがこちらを向いている。
妹を顔以外で判断するのは難しいと言ったな。
ありゃ嘘だ。
俺はウィンドブレーカーを脱いで、大きく露出した肩を覆うようにかけてやった。
「寒くねーか、こんなところでじっとしてて」
「……誰?」
不機嫌そうに眇められた碧眼が、俺を見た瞬間に丸くなる。
「な、なな、なんであんたがここにいるワケ!?」
その台詞、そっくりそのまま返していいか?
「お前が急にバックレたって連絡を受けてな。
大慌てで探しに来てやったんだよ」
190:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 16:06:18.02:vofPIk6m0
そいつ――桐乃――はぎゅっと下唇を噛み締め、ふいと顔を背ける。
労いの言葉のひとつもナシかよ。
まあ、そんなもんは初めから期待してなかったけどさ。
「で……、お前はなんだってこんなところにいるんだよ?」
無反応。
「アレか、お前まさか、プレッシャーに負けちまったのか?」
煽ってみても効果ナシ。
「お前がいきなり逃げ出すなんて、なにかよっぽどの理由があったんだな。
誰にもバラしたりしねえから、言ってみ?
ははっ、懐かしいなあ、人生相談」
「……………」
優しくしたら睨まれた。
「ッチ」
ついでに舌打ちも追加された。
久しく聞いていなかった、耳障りな音だ。
さてどうしたもんかね……と考えを巡らせていると、桐乃は怒気を孕んだ静かな声で、
「最初から全部、知ってたんでしょ?」
191:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 16:24:30.44:vofPIk6m0
最初から全部知ってた?
何のことを言ってるんだ、コイツは?
桐乃は八重歯を剥いて、
「トボけんなっ!
何もかも予定通りだったんでしょ?
分かってるんだよ、あたし……」
はぁ?
桐乃の言動の意味が分からない。
それよりもわけが分からないのは、桐乃の怒りの矛先が俺に向いている、という点だ。
いったい何がどうなってる?
無自覚に桐乃を傷つけてしまったことはこれまでにも何度かあったが、
今回ばかりは心当たりがないぞ。いや、マジな話。
「ふぅん、あっそ。あくまでも白を切るつもりなんだ?」
桐乃はまるで汚いものでも扱うように、
俺がかけてやったウィンドブレーカーを脱ぎ捨て、すっくと立ち上がり――。
「桐乃……お前……」
愕然としたね。
立ち姿を露わにした妹は、俺の知る妹よりも、何倍も、何十倍も綺麗で、
俺が想像すらしていなかった、特別な衣装に身を包んでいた。
まるで、いつか訪れる未来を垣間見ているような気分になる。
192:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 16:43:34.34:vofPIk6m0
御鏡の言葉が、あやせの言葉が耳許で交互にリフレインする。
『美咲さんの差し金ですよ』
『……白い……真っ白な衣装です』
『――男女二人で組を作って――』
ばらばらだったピースが、頭の中で一つの絵を成していく。
頭痛がした。ああ、こりゃ傑作だ。
「な、なによその反応………。
あんたまさか、ホントのホントに、何も知らなかったワケ?」
狼狽える桐乃。俺は頷く。
再び屋上を吹き抜けた一陣の風が、妹の長い髪と……白いウェディングドレスの裾を揺らした。
194:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 17:17:19.39:vofPIk6m0
ストラップレスでミニ丈のバルーンタイプという、
伝統に真っ向から喧嘩を売っているドレスだが、
それでもなぜか見る者に、これは儀式に堪える歴としたウェディングドレスなのだ、という印象を与える。
胸から腰までの絞られたラインからは、子供っぽさが微塵も感じられない。
まるで大人の桐乃と相対しているような錯覚がする。
桐乃は掠れた声で言った。
「でも……だって……御鏡さんは、兄貴が『いい』って言ったって……」
あいつめ、次会ったら承知しないからな。
「俺が許可したのは……つーか、俺が聞かされたのは、桐乃の相方を御鏡が務めるって話だけだよ。
お前がどんな衣装を着ることになるかなんて、今の今まで知らなかった。
お前も教えてくれなかったしな?」
「あ、あたしも今日、ここに来るまで知らされてなかったの!
他の子と同じ……大人っぽいドレス着せられるんだと思ってたんだから」
196:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 17:37:23.46:vofPIk6m0
それを聞いて、俺は最後のピースをはめ込むことができた。
新作のウェディングドレスを秘密裏に桐乃に宛がい、
ファッションショーと称して御鏡との即席の『結婚式』を演出する。
美咲さんの計画は、俺の想像の斜め上を行っていた。
彼女にとっての想定外は、桐乃が暴れたことだ。
一度ドレスを被せてしまえば、責任感が桐乃を縛る、と思っていたみたいだが……。
お生憎様、俺の妹はな、本気で嫌なことは生半可な強制では受け入れないんだよ。
それはこいつの兄貴をやってる、俺が一番よく分かってる。
そして……だからこそ不思議だった。
桐乃はウェディングドレスを着て、御鏡の隣を歩くことの、いったい『何』がそんなに嫌だったんだ?
女の子はフツー、こういうイベントに憧れを持ってるもんだろう?
「もう一度聞くぜ。
お前、どうして逃げ出したんだよ?」
「…………」
「たかが結婚式のフリじゃねえか。女優になったつもりでやれば、」
「うるさいっ!
あんたは分かってない。何も、分かってない」
197:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 17:41:29.74:OB8vHCQV0
俺は正直な気持ちを口にした。
「ああ、俺にはお前の気持ちが分からねえよ」
時間の猶予は、もうあとほんの僅かだ。
駄々を捏ねるお前を、有無を言わせず引きずっていくという選択肢もある。
なのになんで、俺がしつこく、お前に逃げ出した理由を尋ねていると思う?
気づいてるからだよ。
納得いかないままお前を引きずり出しても、それが結局、何の解決にもならないってことにな。
「だから、教えてくれ。お前は、何が気に入らないんだ?」
自販機の蒼白い蛍光を受けてなお、妹の頬が赤に染まっているのが見てとれる。
俺は辛抱強く待った。
やがて桐乃は両手でスカートを握りしめると、叩きつけるように言った。
「あたしはっ……あたしは、ヤだったの!
たとえフリでも……こんなドレス着て、誰かと一緒に歩いてるところを……、
あんたと黒いのに見られるのが、絶対絶対ヤだったの!」
209:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 19:40:57.29:vofPIk6m0
ここで「どうして見られるのが嫌だったのか」と訊くほど、俺の頭は鈍くない。
花道を正装で歩く桐乃と御鏡。
それを離れたところから、俺と黒猫が笑顔で眺めている……そんな光景を想像してみた。
たぶん、桐乃は怖かったんだろう。
自分自身の手で、怖がっている未来を明示してしまうことが。
桐乃は初めて俺が見つけた時のように、うずくまって、顔を隠してしまう。
俺は桐乃のとなりに腰を下ろして言った。
「気づいてやれなくて、悪かった」
「今の……すっごい恥ずかしかった。
いちいち言わせんな、馬鹿兄貴」
本当に恥ずかしかったみたいで、声が少し湿っている。
俺は桐乃の肩が微かに震えていることに気づき、
「寒くないか?」
「寒いに決まってんでしょ」
傍らのウィンドブレーカーを拾おうとしたら、服の左肘部分をつままれた。
「いい。ここにいて」
肩に重みを感じ、俺はますます身動きが取れなくなる。
213:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 20:08:43.59:vofPIk6m0
ゆらりと、脳裏を過ぎる記憶があった。
茹だるような夏の日に、木陰のベンチで、こうして桐乃に頭を預けられたことがあったっけ。
妹の体温が、触れあった部分を通して伝わってくる。
時の流れが緩慢になったように感じるが……、それは俺の願望がそう感じさせているだけだ。
現実の時間は正確に、無情に流れ続けている。
俺は言った。
「御鏡のことが嫌いってわけでもねえんだろ」
「嫌いなワケないじゃん。
超カッコいいし、親切にしてくれるし、優しいし、オタクだし?」
「じゃあ、俺や黒猫が見に来なけりゃ、お前はショーに出ても良かったわけだ」
「うん、そだね。……良かったカモ」
「なんでメールなり電話なりしなかったんだ。適当に理由つけて見にくんな、って一言言えばすむ話だろ」
「あんたさぁ、もしあたしがそうしてたら、見に来るのやめてた?」
それを言われるとぐうの音も出ない。
下手くそな言い訳なら、心配して様子を見に、
上手い言い訳でも、合流しようと結局はここに来ていたに違いない。
「絶対なんだかんだ言って、見に来てたでしょ。あんたシスコンだもんね」
215:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 20:33:46.38:vofPIk6m0
桐乃はクスッと笑って、しかしすぐに表情を曇らせると、
「本当のこと言うとさ、あんたに連絡しなかった理由、もう一つあるんだよね。
この際だから言っちゃうケド……」
桐乃は上目遣いになって訊いてきた。
「怒らないって、約束してくれる?」
ったく、らしくねえことを言うな。
去年の春、初めて人生相談しに真夜中俺の部屋に忍び込み、
馬乗りになって俺の寝顔ぶったたいた時のことを思い出してみろ。
お前への寛容さにかけては、右に出る者なしと謳われた俺だぞ。
怒らねえから、言ってみ?
「あたし、あたしね……、あんたと黒いのを、ずっと二人きりにしたくなかったんだ。
ショーを見に行く必要がなくなったら、あんたと黒いのが一緒にいる時間が増えて、
そのままあんたがあたしとの約束忘れちゃうんじゃないかって疑ってた」
桐乃は震えた声で、
「……ごめんなさい」
と付け足す。
217:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 21:00:36.78:vofPIk6m0
そんな理由を聞いて、怒れるわけがなかった。
謝らなくちゃならねーのは俺の方だ。
桐乃の疑念が現実になる一歩手前で踏み留まれたからよかったものの、
衝動に身を任せかけていた俺がいたのは、紛れもない事実なんだからな。
俺の話を聞き終えると、桐乃は穏やかな声音で呟いた。
「じゃあ、おあいこだね」
今日の桐乃は妙だ。
外見は普段より大人びているのに、話す言葉は普段よりもあどけない。
そしてそんな言葉を、すぐ近くで聞いているせいだろうか、
小さな頃の薄ぼんやりとした記憶が、徐々に輪郭を帯びていく。
「ねえ、もしあたしが最初からウェディングドレス着ること分かってたら、兄貴はどうしてたと思う?」
「どうしてたって……どうもしてねえよ。
さっきも言ったけど、所詮は結婚式の真似事だろ?」
「じゃあ、もしも本当の結婚式だったら?
止めにきてた?あたしが御鏡さん連れてきた時みたいに」
恥ずかしい記憶を思い出させるな。
馬鹿馬鹿しい例え話だと思いつつも、俺は真面目に答えてやった。
「お前に結婚はまだ早い」
「あはは……だよね。あたし、まだ十六歳じゃないし?」
「法律の話をしてるワケじゃねえよ」
「じゃあ、何の話してるの?」
「あー、それはだな……」
いかん、頭がこんがらがってきた。完全に桐乃にペースを握られている。
218:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 21:31:02.27:vofPIk6m0
「ねえ、なんであたしが結婚するのがイヤなの?」
あれ、そんな話してたっけ?
「兄貴は、あたしがいなくなっちゃうのがヤなんでしょ?」
どんどん話が別の方向に逸れていってないか?
「…………」
不意に、桐乃の愉快げな質問が止んだ。
どうかしたのか?と隣を見てみれば、
桐乃の視線は俺の腕時計に注がれていて、
「あたしの出番、終わっちゃったね」
「参ったな」
俺は腕時計を外して、ポケットの奧に仕舞い込みながら言う。
「あやせとの約束を破っちまった」
「約束って、何?」
「お前を時間内に、ステージまで連れてくって約束。
マジであやせが針千本持ってきたら、桐乃が止めてくれよ?」
「ぷっ……あんたあやせと指切りまでしたんだ?」
桐乃の作り笑顔を直視できない。
224:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 22:16:27.30:vofPIk6m0
美咲さんの計画は、ファッションショーのコンセプトに沿ったものだった。
――十代の女の子の憧憬を体現するのは、人気モデルの桐乃が相応しい。
今から思えば、美咲さんは純粋にそう考えていたのかもしれない。
御鏡を新郎役に選んだのは副次的なもので、真面目な仕事の話ありきの計画だったのかもしれない。
真偽のほどは本人に尋ねてみないと分からないが、少なくともそう"考えられないことはない"。
だから、桐乃は美咲さんを言い訳にすることができない。
ウェディングドレスは確かに『背伸びする少女』が理想とする衣装で、
それを着る義務を投げ出した原因は、結局は桐乃の私情にある。
そしてそんなことはもちろん、本人が一番よく分かっているはずで、
脆い笑顔の裏で、桐乃は罪の意識に苛まれているに違いなかった。
「なんで……わたしの我が儘に付き合ってくれたの?」
耳許で聞こえた囁き声が、俺を現実に引き戻す。
「あたしを見つけた時にさ、すぐに腕引っ張って、連れて行けばよかったじゃん。
そうしたら、間に合ってたかもしれないのに」
226:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 22:44:34.61:vofPIk6m0
俺は隣を見ないようにして言った。
「お前はどうしても嫌だったんだろ。
ウェディングドレスを着て、結婚式の真似事するのが」
「……うん」
「それ聞いたら、もういいや、って思ったんだよ。
滅多に弱音吐かないお前が、こうまで嫌がってんだから、無理に連れて行くこともねえかなって」
「…………」
「でも、そんなふうに思えるのは……多分お前がバックレたことで、俺が何の損もしてねえからだ。
お前が心配かけたモデル仲間や、お前を捜してくれていたスタッフ、
お前が今着てるドレスのデザイナーや、その他迷惑をかけた色んな人たちには、きちんと謝らないとな」
「……うん」
「ああ、謝りに行く時は、俺も一緒だぞ」
「なんで?兄貴は別に、誰にも迷惑かけてないじゃん……」
「最後の最後で、俺はお前の我が儘に付き合って、お前を甘やかしちまっただろ」
「あっ、あれは別に、兄貴のことを責めるつもりで言ったワケじゃなくて……」
229:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 23:04:50.15:vofPIk6m0
「んなことは分かってるっつーの。俺が自分で責任感じてんだ」
桐乃は洟を啜って、掌でぐしぐしと頬を拭い、
「あんたってさ……ホント、キモいくらい優しいよね」
「キモいは余計だ」
「……なんで?」
「なんでって、キモいなんて形容詞がついてたら、素直に誉め言葉として受け取れねーだろ」
「そういう意味じゃない。
なんであんたは、こんなにあたしに優しくしてくれるの?
なんであんたは、こんなにあたしに甘いワケ?」
俺はしばし逡巡して、
「………兄貴だからじゃねえの?」
と、いつかとまったく代わり映えのない台詞を口にした。
社会的な義務とか責任とか、そういったモンよりも当人の感情を優先してやるのが『家族』の役目だろ。
231:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 23:26:37.04:vofPIk6m0
桐乃は何か言いたげに、僅かに頬を膨らませる。
なんだよ、さっきの答えじゃ不満なのか?
「べ、別に」
「それなら、今日のところはもう帰ろうぜ。
いつまでもそんなカッコでいたら、いい加減風邪引くぞ」
長いこと放置されていたウィンドブレーカーを拾い上げて、汚れを払い、桐乃の肩に掛けてやる。
手を引いて立ち上がらせると、桐乃は顔を隠すようにそっぽを向いた。
崩れたメイクを見られたくないんだろう。
「服は控え室にあるのか?」
「……うん」
「とってきてやろうか?」
「いいよ。あたしが自分で行く。
謝れる人たちには、ちゃんと今日中に謝っておきたいし」
236:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 00:09:12.20:/W6DZXxt0
「そっか。偉いな、桐乃は――」
「あっ、今すっごい子供扱いしたでしょ?――」
そうして俺たちは屋上を後にした。
ガラス張りのエレベーターに乗りこむ。
地上十一階から一階までの夜景を眺めている間に、幼い頃の記憶は一段と輪郭を帯びていく。
今と家具の配置がほとんど変わっていないリビング。
俺はソファに座って、既に何度も見てすっかり内容を覚えてしまった『白雪姫』を観ている。
今はちょうど、横臥する白雪姫の周りに七人の小人が集まり、しくしくと泣いている場面。
そろそろ王子様の出番だな……俺は欠伸をしながらそんなことを考えている。
傍らには、クマの縫いぐるみを抱きしめた小さな桐乃が座っている。
こちらは初めて観るのか、映画の展開に興味津々な様子だ。
リビングに親父やお袋の姿は見えない。……当たり前だ。
二人は昼過ぎに外出して、俺たちは留守番を任されたのだから。
桐乃は俺から離れようとしなかった。
俺は早々に桐乃の相手に疲れ、適当に桐乃が喜びそうな映画を探して、ビデオデッキにセットしてやったのだ……。
そこから先は、依然靄に包まれたままだ。
なんで留守番の記憶なんか思い出したんだろうな……と訝しんでいるうちに、エレベーターは一階に到着する。
239:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 00:39:23.29:/W6DZXxt0
外は相変わらずの盛況だ。
時間的には、第二部の中盤に差し掛かったあたりだろう。
フロアを行き交うイベントスタッフは、それぞれ自分の業務で手一杯なのか、
それとも遅刻したモデルに構うだけ時間の無駄だと判断したのか、まるで俺たちに声をかけてこない。
俺は桐乃と連れ立って、ビル一階の空きテナントを利用した控え室に近づいていった。
と、壁際で話し合っていたいた二人のうちの一人が、こちらを認めて体を強張らせた。
たたた、と駆け寄ってくるその人物は、
桐乃にとっての唯一無二の親友で、俺が約束を果たせなかった相手でもある。
「桐乃……桐乃っ!」
「あ、あやせ?……きゃっ!」
あやせはもう離さない、とでも言うかのように、ぎゅっと桐乃を抱きしめて、
「桐乃の体、すごく冷たい……今までどこにいたの?」
「んと……ね……このビルの屋上に、ずっと」
「スタッフの人たちが、探しに行ったはずだよ?」
「あはは……そのときは上手く隠れてたんだ」
「もうっ、笑ってる場合じゃないよぉ~。
桐乃はわたしがどれだけ心配したか分かってるの?」
怒っているような言葉とは裏腹に、あやせは桐乃が無事見つかった喜びを隠せない様子だ。
俺は慎重にその場からの離脱を図り、
「お兄さん?」
243:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 01:08:08.65:/W6DZXxt0
ラブリーマイエンジェルボイスの甘く切ない響きが、今は怖い。
食虫植物は甘い蜜で獲物を誘うという。
……これは罠だ。
約束を果たせなかった俺を罰するための罠だ。
が、そうと分かっていても振り向いてしまうのが男の悲しい性である。
「ハ、ハイ……なんでしょうかあやせさん?」
あやせは裁縫セットから大量のまち針を取り出すと、
絶対零度の冷笑で『はい、あーん』と俺の口に突き入れて――こなかった。
不思議そうな顔で、
「どうして身構えるんですか?」
あれ?お前、怒ってねえの?
「何を勘違いされているのか知りませんけど……。
桐乃を見つけ出してくれて、ありがとうございました。
わたし、お兄さんなら約束を守ってくれるって、信じてました」
わたしも約束は守りましたからね、と天使の笑顔で報告してくるあやせ。
245:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 01:37:56.97:/W6DZXxt0
これは……いったいどういうことなんだ?
どうも俺とあやせの間で、重大な齟齬が発生しているような気がする。
俺は恐る恐る言った。
「確かに俺は桐乃を見つけたよ。
でもさ、このとおり……」
ポケットから腕時計を取り出して見せる。
「桐乃の出番はもうとっくに終わっちまってる。
これって実質的に、お前との約束を守ったことになってるのか?」
あやせは天使の微笑みを崩さずに答えた。
「ふふっ、時間のことなら大丈夫ですよ?
桐乃の出番は、第二部の一番最後に急遽変更されましたから」
「え?」
桐乃と声が重なる。
その瞬間を見計らっていたかのように、
先ほどまで壁際であやせと話していた超絶イケメン――御鏡光輝――がこちらに近づいてきて言った。
「噂によると、とあるスポンサーのトップが主催者側に進言して下さったようですよ。
少々の遅刻は大目に見て、出来る限り順番を後に遅らせるように、と」
ここで『とあるスポンサー』が何で、そのトップが誰かは、いちいち説明するまでもないだろう。
251:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 01:55:11.13:/W6DZXxt0
つうか、何が「噂によると~」だ。
偉いさん同士の遣り取りが現場に伝わるとは考えられねえし、
今回もお前が一枚噛んでるんじゃねえのか?
「ええ。僕のほうから美咲さんに電話しました」
とあっさりネタばらしする御鏡。
なら最初から暈かさずにそう言えっつーの。
しっかし、やっぱコイツもコイツで大物だよなあ。
世界のエタナーの代表取締役を仲介して、出演予定を変更させるなんてよ。
「はは……僕は桐野さんが失踪したことを、美咲さんに教えただけですよ?
後のことは、全て美咲さんの独断です。
あの人の桐乃さんへの執心は生半可なモノじゃありませんから、まあ、予想通りの結果ではありましたけどね」
264:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 09:47:15.77:/W6DZXxt0
あやせは桐乃の肩に手を置いて、
「良かったね、桐乃!」
「……うん」
桐乃の表情は沈んでいた。
ちら、と俺を一瞥して、すぐに俯いてしまう。
あやせも親友の機微を敏感に察知したのか、心配げな表情を見せている。
どうしたってんだ?
逃げ出して遅刻した汚名を返上する、またとないチャンスだぜ?
「ところで話は変わりますが……」
と桐乃を囲む輪の中で、一人動じた様子のない御鏡が言った。
「……桐乃さんが突然控え室からいなくなった理由を、お聞かせ願えますか?」
まさか馬鹿正直に答えないだろう、と考えていた俺が馬鹿だった。
上手い言い訳が思いつかなかったのかもしれないし、
嘘を重ねることに罪悪感を感じていたのかもしれない、とにかく桐乃は顔を真っ赤にして、
「見られたく、なかったの」
と言った。
あやせも御鏡も、「誰に?」とは訊かなかった。
265:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 10:02:30.34:/W6DZXxt0
お前らはどれだけ桐乃の心を読むのが上手いんだよ、と思う。
御鏡は言った。
「その気持ちは、今もお変わりありませんか?」
頷きかけた桐乃を制止する。
ちょっと待て。
お前が見られたくなかった理由は、屋上で聞いた。
そうすることでお前が心置きなくステージに上がれるなら、俺は黒猫と一緒に、一足先にこの場から立ち去ってもいい。
今日のことだって忘れてやる。
あんなことがあったな、なんて振り返りもしないさ。
「違いますよ、京介くん。
桐乃さんは、"記録"に残ってしまうことが嫌なんですよね?」
記録って……写真や映像のことか?
おいおい、そりゃねえだろ。
流石に報道陣や一般客の全員から、携帯やカメラを取り上げるなんて芸当はできねえぞ。
267:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 10:35:54.53:/W6DZXxt0
俺は万能の神様じゃねえ。
御鏡は喫茶店で見せたのと同じ作り物めいた困り顔で、
「はは……弱りましたね。
僕としても、嫌がる女性に無理強いするのは不本意ですし、
これでは桐乃さんの出演そのものを、最初から無かったことにする他ありません」
「そんなことが出来るのか?」
御鏡は携帯で電話をかけるジェスチャーをしながら、
「美咲さんは怒るでしょうが……不可能ではありませんよ。
要は桐乃さんと似通った体型の女性に、ドレスだけを委ねればいいんです」
桐乃は自分のことだってのに、じっと会話の流れを静観している。
あやせは奇跡を期待するような眼差しで、俺を見つめている。
そんな目で見るなよ、桐乃が何があってもステージに上がりたくないと言って、
しかもその我が儘が認められちまったんなら、俺にできることはもう何も……。
「ひとつ、僕に名案があります」
と御鏡が言った。
苦労の末山頂に辿り着き絶景を目の当たりにした登山家のような、実に晴れやかな顔をしている。
「名案?」
268:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 11:01:37.57:/W6DZXxt0
「本音を言えば、僕はやはり、桐乃さんに出演して頂くのが最良の形だと思っています。
改めて言うことでもありませんし、新垣さんの手前で恐縮ですが、
桐乃さんは読者モデルの中でも随一の美貌と魅力を兼ね備えていますからね。
今桐乃さんが着ているドレスにしても、桐乃さんの体型に合わせてデザインされたもので、
他のモデルが代わりに着たところで、服の真価が百パーセント発揮されるわけじゃありません」
ええい、もったいぶるのはやめろ。
桐乃が可愛いことはこいつが生まれたときから知ってるし、
この新作のウェディングドレスが桐乃にしか似合わねーことも承知してる。
「はは……すみません。つまり僕が言いたいのはですね、僕たちは可能な範囲で、
桐乃さんが『ステージに上がってもいい』と思えるような環境を整えるべきだ、ということなんですよ」
お前の言っていることは抽象的すぎて分からん。
「その環境作りには、京介くんの協力が必要不可欠です」
桐乃のために協力を惜しむつもりはねえが……。
「俺に何ができるんだ?」
御鏡はあやせと顔を見合わせると、可笑しそうに言った。
「京介くんには――」
270:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 11:27:57.65:/W6DZXxt0
さて、俺は現在、舞台裏で桐乃がやってくるのを待っている。
さっきから胃痛がヤバイ。
胃袋に砂礫をギッシリ詰まってるんじゃないかと疑うくらい、イヤ~な鈍痛がする。
傍らの御鏡が言った。
「非常に良くお似合いですよ。
お互いに細身の体型だったことが幸いしましたね」
「そうかい」
俺は溜息をついて、すぐ近くにある姿見に視線を移す。
髪をセットされ、薄いメイクを施され(もちろんこれが初めての経験だ)、
純白のスーツを着た男が、ガチガチに強張った表情でこちらを見つめていた。
マスケラのコスプレをしたときみたく、
『あれ……なんか俺カッコよくね?』と思っちまった自分に腹が立つ。
「なあ、御鏡?」
「はい、なんでしょう?」
「お前、最初からこうするつもりだったんじゃねーのか」
振り返れば、俺が桐乃を屋上から連れ戻してきたとき、
控え室の傍であやせと話していた御鏡は、既に"黒"のスーツ姿に着替えていた。
「桐乃さんが失踪したときには、色々な可能性を考えていました。
その後、新垣さんにあなたが駆けつけてきたことを知らされて……この結末が一番ありえそうかな、と」
お前の慧眼には怖れ入る。
271:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 11:54:02.63:/W6DZXxt0
携帯が鳴って、メールの着信を告げる。
受信フォルダを開くと、黒猫からの返事だった。
ただ一言、
本文:いいえ、行くわ
と書かれていて、暗澹たる気分がぐっと増した。
実は黒猫には桐乃を発見したという朗報とは別に、
そのまま一緒に家に帰るからステージに来ても意味がないぞ、という嘘メールを送っていたのだが、
流石は黒猫、人の羞恥心を弄ぶ格好のネタの匂いを嗅ぎつけたようで、こうなりゃもう腹を括るしかない。
と、背後からざわめきが聞こえてくる。
お姫様の長い化粧直しが終わったようだ。
振り向けば、あやせに付き添われた桐乃が、
出番の終わった先輩モデルたちに取り囲まれている。
人集りは徐々に移動し、やがて俺の前で止まると、その中から桐乃が歩み出てきた。
……これがプロの技って奴か。
薄桃色に染まった頬には、もう、涙の痕は見て取れない。
髪にはヘッドドレスが結わえられていて、これがまたよく似合っている。
俺は頬をかきつつ、
「綺麗だぞ、桐乃」
と正直な気持ちを言ってやった。
言葉綴りは同じでも……すまんな、あやせ、可愛さでは今の桐乃が上だ。
273:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 12:20:16.74:/W6DZXxt0
「そ、そんなの当たり前じゃん」
桐乃は軽く顔を背け、蚊の泣くような声で、
「その……さ……兄貴も……カッコイイよ?」
へいへい、ありがとよ。
たとえ世辞でも、誉められて悪い気はしないさ。
「良かったね、桐乃ちゃん」
「桐乃ちゃんはお兄ちゃんと結婚するのが小さい頃からの夢だったんだよねー」
周囲からの冷やかしに、はにかんで応える桐乃。
仕事場ではお兄ちゃん子の妹キャラを演じて、みんなから可愛がられているという話は本当だったようだ。
うまいことやってんだな、と感心していると、
「本当によく似合ってますよ、お兄さん」
あやせが話しかけてきた。
「ありがとな。でも、無理して誉めなくていいんだぞ」
「もう、お世辞じゃありませんってば。
お兄さんが加奈子のマネージャーをしてくれた時から、
わたしはお兄さんにスーツ姿がよく似合うことを見抜いてたんですから。
お兄さんはもっと、自分に自信を持って下さい。ね?」
274:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 12:34:50.69:/W6DZXxt0
お前はホントに良い子だよ。
あやせの頭を撫で撫でしたい気持ちを堪えつつ、
「お前の申し出を断っておきながら、こんなことになっちまってごめんな」
「いいですよ、もう。
わたしはお兄さんを恨んでもなければ、拗ねてもいません。
お兄さんは今は……桐乃のことだけを考えてあげて下さい」
「ああ」
さて、かなり今更感が強いが白状しよう。
御鏡の名案とは――俺が御鏡の代わりに桐乃の相手役を務めるということだった。
誰かと結婚式の真似事をして、それを見られたくない人がいるなら、
その"見られたくない人"を、一緒に結婚式の真似事をする"誰か"に挿げ替えればいい、という実に単純明快な理屈だ。
そしてその理屈に従うなら、桐乃の相手役は確かに、俺以外には有り得なかった。
『でも俺たち兄妹だぜ?』
とは言ってみたものの、
『どうせ真似事なんだから、関係ないじゃん?』
と桐乃に言われ、
『お前は俺が相手でもいいの?そしたらステージに上がるの?』
と訊くと、
『うん……いいよ』
と甘えた声を出す始末。それなら最初からそう言えよ、と思ったね。
280:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 13:14:13.78:/W6DZXxt0
まあ、すぐその後で、さすがにそれは自分から頼めないかと思い直したが。
今回は、夏に俺に彼氏役を頼んだ時とは訳が違う。
断られて当然だと、桐乃は最初から諦めていたに違いない。
そうこうしている間にもファッションショーは恙なく進行し、
前に控えていたモデルは次々と捌けていく。
「そろそろ準備の方お願いしまーす」
スタッフに誘導されて、俺と桐乃はステージに続く階段近くに移動した。
演出家の人がやってきて、壇上での振る舞い方について簡単な指導をつけてくれたが……。
すみません、ステージに上がった瞬間に全部忘れてると思います。
やがて控えのモデルが俺たちを含めて五人ほどまで減った頃、桐乃が言った。
「緊張してる?」
「俺が落ち着いてるように見えるか?」
「あんた、上がり症だったっけ?」
「や、上がり症ってほどでもねえけどさ……」
モデル経験のない素人がいきなりこんな状況に立たされりゃ、百人が百人、平静を失うだろう。
「ふぅん。なんか平気な顔してるから、緊張してないのかと思ってた」
表情筋が普段の顔のまんま凝り固まってるから、そう見えるだけだ。
心臓は胸郭を突き破る寸前で、膝は爆笑を必死に堪えてる状態なんだぜ、今の俺は。
281:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 13:33:42.34:/W6DZXxt0
「そういうお前はどうなんだ?」
「普通に緊張してるケド?」
「マジで?お前こそ全然そんなふうに見えねーよ」
「あたしだって人間だし、こんな大舞台だし、しかも大取だし……すごく緊張してる。
でも、緊張するのは、普段の撮影のときも同じ。
大事なのは、失敗したときのこと考えずに、成功したときのことだけを考えるコト。
よく言われてるケド、イメトレって超重要なんだよ?」
「やっぱ一流モデル様は言うことが違うな」
「茶化すなっ」
俺は瞑目し、舞台に上がった時のことを想像する。
あー駄目だ。失敗する未来しか浮かんでこねえわ。
桐乃は呆れたように息を吐いて、
「ていうか、あんたは精々、ステージから足踏み外さないように気を付けてるだけでいいの」
実際に足許を見るのは駄目だけど、と付け加える。
なんか矛盾してねえか?
俺はお前みたいに、壇上のスペースに気を配りつつ、
真っ直ぐ前を見て歩くなんて器用な真似できねーぞ。
「腕組むんだから、問題ないでしょ?」
桐乃がそっと身を寄せてくる。
久しぶりの感触……というわけでもないんだよな。
桐乃の買い物の荷物持ちをする時は、大概キャッチやナンパ避けと称して腕を絡められてる俺である。
283:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 13:54:42.91:/W6DZXxt0
それにしても、まさか俺が桐乃とこんなことになるとはな。
人生、何が起こるか分からねえもんだよ、まったく。
俺たちの前の人が、スタッフの合図を受けてステージに上っていく。
いよいよか。
大した意味もないと知りつつ深呼吸をして、その時不意に、
霞がかっていた幼い頃の記憶が、はっきりと輪郭を帯びた。
白雪姫を鑑賞し終えた桐乃は、俺の膝の上に座って言った。
『桐乃、白雪姫になりたい!』
『怖い狩人に心臓を狙われたり、酷い魔女に毒リンゴを食べさせられたりするんだぞ?』
『いいもん。王子さまが助けてくれるもん』
『王子様、かぁ』
俺は笑って、小さな桐乃の頭を撫でる。
『ねむってる桐乃にねぇ、王子さまはチューしてくれるの。
それからふたりは結婚してねぇ、いつまでも幸せにくらすの……』
『そんな王子様が、いつか桐乃の前に現れたらいいな』
すると桐乃はぎゅーっと俺の腰に抱きついて、
『桐乃の王子さまは、お兄ちゃんでしょー?』
『はは……じゃあ桐乃は、お兄ちゃんと結婚するのか?』
『うんっ、そうだよぉ。
桐乃はお兄ちゃんのお嫁さんになるの。まなちゃんにはあーげない』
セピア調の記憶から、色彩鮮やかな現実に回帰する。……ああ、そんなことがあったっけ。
288:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 14:56:02.27:/W6DZXxt0
俺は図らずとも、幼い桐乃が抱いていた夢を叶えてやっていたらしい。
桐乃はそれが分かっているのだろうか?
あの日の会話を覚えているのだろうか?
隣を見ると、俺の妹はあの日と変わらない笑顔でこちらを見つめていた。
視界の端に、スタッフの合図を捉える。
「いこ?」
「おう」
短い遣り取りを終えて、俺たちは階段に足をかける。
途中、帰ってくるモデルとすれ違った。
今、肩に何か光るものが――。
しかしそれを何なのか確かめる間もなく、照明とフラッシュの嵐が視界を灼いた。
眩む目で、ステージの上を大量に舞う何かを認める。
おいおい……これは流石に演出過剰じゃねーのか?
桐乃は不意に歩調を緩めると、陶然とした声で呟いた。
「……見て」
強い光に目が慣れてくる。
初め紙吹雪に見えたそれは、よく見れば、遙か空の彼方から降ってきていた。
無数の雪は照明に色を与えられ、フラッシュを浴びるたびにキラキラと輝く。
目も綾な光景に、緊張が解れていくのを感じる。
――『これ、絶対ホワイトクリスマスになるよねっ!』――
桐乃の予言は正しかった。
が、今になって降り始めるとは……粋な神様もいたもんだ。
俺はそんな神様の差配に感謝しつつ、ステージの奧に歩き出した。
289:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 15:09:19.98:/W6DZXxt0
◇◆◇◆
クリスマスから三日後。
「で、結局あの日はどこまでいったんだ?」
「聞いて驚いて下さいね。……かなり進展しましたよ」
「もったいぶらずにさっさと言え」
「僕のほうから手を繋ぎました」
「……は?」
「瀬菜さんにも拒まれませんでした」
「……いや、えーと……」
それだけ?
こう、夜景を眺めながら肩を抱いたり、甘い言葉を囁いたりは?
「やだなぁ、先輩。
僕にそんな高等テクニックが駆使できるわけがないじゃないですか。
僕は瀬菜さん、楓先輩と呼び方が変わっただけでも、大満足だったんです。
それに加えて、手を繋げたんですよ?
あの日の夜は目が冴えて眠れませんでした」
どんだけ初心なんだよこの子。
290:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 15:19:31.82:/W6DZXxt0
俺はベッドの上で寝返りを打ち、携帯を持つ手を変えて、
「次の予定は?」
「その点は抜かりありませんよ。
一緒に初詣に行く約束をしました」
おっ、いいじゃん。
何を祈願するかは、聞くまでもねえよな。
「はは……そうですね。このまま瀬菜さんと末永く仲良くできたらいいと……」
「いやいや待て待て!そこは瀬菜と付き合えますように、だろ!?」
いかん、この調子じゃ真壁くんが卒業するまでに交際がスタートするかも怪しい。
「真壁くんにミッションを与える」
「ミ、ミッションですか?」
「俺が卒業式までに、瀬菜に告白しろ」
「え、ええっ!?
先輩が卒業するまでって……あと三ヶ月しかないじゃないですか?」
「バーカ。三ヶ月も、あるんだよ。
急かすつもりはねーけどさ、あんまり悠長に構えてると、
他の男が瀬菜の魅力に気づいて取られちまうかもしれねえぞ?」
291:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 15:32:24.85:/W6DZXxt0
客観的に見て瀬菜は美人だ。
特殊な趣味を知ってなお、瀬菜と付き合いたい奴が現れても不思議じゃない。
「そう、ですよね。あんまり時間を掛けすぎるのも逆効果ですよね。
分かりました……頑張ってみます」
「とりあえずは、今度の初詣で"恋愛成就"を祈願するところからな」
性の乱れ甚だしい世の中に辟易している恋の神様も、
真壁くんの願いなら、きっと聞き届けてくれるだろうさ。
ところで、仮に真壁くんが瀬菜と付き合えたとして、
その後に待ち受けるラスボス――赤城(兄)――の存在を教えておくべきなのだろうか、
と思案した時、階下からお袋の声がした。
「わり、飯に呼ばれた。切るわ」
「はい、ではまた」
携帯を枕元に投げ出して、身を起こす。
いずれ直面することだし、今教えてビビらせることもねえよな。
292:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 15:45:11.90:/W6DZXxt0
飯を食い終わってリビングを出ると、
階段を上り終えたところで桐乃に追いつかれた。
「勉強するからエロゲの音量は小っさめでな」
「あたしの部屋に来て。良いモノ買ったから見せてあげる」
反論する間も与えずに、俺を自分の部屋に引き込む桐乃。
「良いモノって何だよ?」
「それは見てのお楽しみー」
桐乃はパソコンデスクに近づくと、
じゃじゃーんという効果音つきで、それを隠していたミニタオルを取っ払った。
スタンド一体型のマイク?
「お前、家でカラオケやるつもりか?」
「馬鹿じゃん?なんでそういう発想が出てくんの?
これはね……ちょっと待ってて」
桐乃はマウスを操作して、水色のアイコンをダブルクリックする。
293:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 15:54:30.61:5SYNu/3N0
立ち上がったウィンドウは二つに仕切られていて、
左側にはいくつかの項目が、右側には桐乃のプロフィールらしきものが見て取れた。
「これは何をするアプリなんだ?」
「左の方に、黒いのや沙織の名前のハンドルネームがあるでしょ?」
確かに『千葉の堕天聖黒猫』と『沙織・バジーナ』の名前がある。
「その隣に、丸っこいアイコンがあるじゃん?」
「ああ」
「それが緑だったら、オンラインってコト。
黄色は退席中、灰色はオフラインね。
で、今二人のアイコンは緑だから、あたしたちは二人を待たせちゃってるワケ」
桐乃がマウスを再び触って、左に並んだ項目から『オタクっ娘集まれー』を選択すると、
右側を占めていた桐乃のプロフが、チャットルームに変化した。
上の部分には黒猫と沙織の名前と、それぞれのアイコン画像がある。
と、そのすぐ下に、グループ発信なるボタンを見つけて……俺は閃いた。
「このソフトとマイクを使えば、あいつらと電話ができるのか?」
「そ。今まではチャットあるし、わざわざ買う必要もないかなーって思ってたんだケド、
あんたのタイピングいつまで経っても遅いままだしィ、
マジ苛々するから、今日あやせと撮影の帰りに秋葉寄って買ってきたの」
付き合わされたあやせも災難だな。
301:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 16:31:04.88:/W6DZXxt0
「いくらしたんだ?半分出すぞ」
「いい」
桐乃は俺の申し出をきっぱり断ると、
カーソルを『発信』に合わせて、クリックした。
家の電話や携帯を使ったときと、よく似た電子音が繰り返され……。
「ようやく此方の世界と其方の世界が接続(リンク)されたようね?」
「こんばんわでおじゃる、皆の衆」
よく知った声が、スピーカーから溢れ出してきた。
スゲー、まんま電話じゃねえか。
俺はマイクに口を寄せて、
「これさ、通話料とかいくらすんの?」
「莫迦ね、インターネット料金の定額が普遍化したこの時代に何を言っているの?」
「じゃあ、タダなのか?」
「どんなに長電話しても一円もかからないでござるよ」
マジでいい時代になったな。軽く感動したよ――って、痛ぇな、何すんだよ。
「さっきからあんたばっか喋ってるじゃん」
桐乃が俺を押し退ける。
おい、お前こそスペース取りすぎだろ。
302:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 16:52:43.06:/W6DZXxt0
押し合いへし合いの攻防を続けていると、
スピーカーから、黒猫が愉快げに喉を鳴らすのが聞こえて来た。
……嫌な予感しかしねえ。
「あなたたち兄妹というのは本当に奇妙な生き物ね。
三日前に『禁断の儀式』を済ませたかと思えば、またすぐに喧嘩しているんだもの」
「黒猫氏、『禁断の儀式』とは何のことです?」
おいやめろ。
俺と桐乃は同時に身を乗り出して、
「……ククク、言うと思った?」
ホッと背もたれに背中を預ける。
そこで安堵したのが間違いだった。
「拙者だけ除け者とは酷いですぞ、皆の衆~」
「拗ねないで沙織……私は"語り"はしないけれど、あなたに"見せる"ことはできるわ。
百聞は一見にしかずとも言うわよね?」
軽快な電子音が響き、ルームに画像ファイルがいくつかアップロードされる。
303:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 17:08:01.85:/W6DZXxt0
桐乃は「確認のため」とそのうちの一つをデスクトップに保存し、
ダブルクリックして画像を開いた。
「…………」
「…………」
即行で閉じた。
舞い散る雪の中、白いウェディングドレスを着た桐乃と、
同じく白いスーツを着た俺がステージの上で手を振っている写真は、
冷静に見返せば赤面必至のシロモノで、
さらに泣けるのはそれが黒猫が撮ったものではなく、
ニュースサイトに掲載された立派な広報画像だということだ。
「京介氏、きりりん氏……」
全てを知ってしまったらしい沙織は、深刻な声色で言った。
「……拙者も式に参列したかったでおじゃる」
「いやそれただのファッションショーだからね!?」
俺と桐乃の声がハモる。
詳細を聞かれると面倒なので、俺はかなり不自然だと自覚しつつも、
「そ、そういや黒猫、冬コミに出す予定だったゲームは、結局完成したのかよ?」
話題転換を試みる。
305:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 17:31:18.55:/W6DZXxt0
瀬菜にマックで
『五更さん、冬コミに間に合わせる気、ありませんよね?』
と訊かれたとき、黒猫は
『奇跡でも起こらない限り、出展を諦めざるを得ないでしょうね』
とハッキリ答えていたから、未完成に終わったんだろうと高をくくっていたのだが、
「昨日マスターアップして、今はCD-ROMにゲームデータを焼き付けている最中よ」
「間に合ったのかよ!どうやったんだ?」
「奇しくもあなたとあなたの妹の儀式を見物している最中に、素晴らしい着想を得たのよ。
魔族の大王と人間族の女王は、実は幼少期に既に興国の契りを交わしていた、という設定を付け加えたわ」
「へぇ。よくわかんねーけど、それで共存ルートの説得力が増したわけか」
「よく分からない、ですって?……なんともはや、つまらない反応ね」
なんだよ、もっと盛大に喜んで欲しかったのか?
「はぁ……そういう意味で言ったわけではないわ。
一度『暗喩』という言葉の意味を、辞書で引いてみることね」
失礼な。暗喩の意味くらい知ってるっつーの。
なあ?と桐乃に話を振ると、桐乃は「えっ?あ……うん」と上の空な反応。
微妙に顔が赤い。これが黒猫の望んでいた反応なのか?
308:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 17:50:11.34:/W6DZXxt0
それから俺たちは九時過ぎまでお喋りを続け、
俺が勉強のために自室に戻るのを機に、通話は終了した。
「また沙織や黒猫と喋るときは呼んでくれよ」
と言って席を立つと、「待って」と桐乃に呼び止められた。
エロゲを一緒に攻略するのも、シスカリで対戦するのも、
受験が終わるまで我慢しろって前に言わなかったか?
「ち、違うって。あんたに提案があんの」
桐乃はクローゼットを開き、見覚えのある紙袋から、
黒猫お手製の手袋を取り出すと、
「これとあんたが沙織からもらったフォトフレーム……交換しない?
きっと黒いのも、あたしが使うよか、あんたが使ったほうが喜ぶだろうし……?」
と言ってきた。
お前の気持ちは嬉しいし、実際プレゼント交換の場で俺も黒猫のが欲しいと思ってたから、
交換するに吝かじゃねーけどさ……。
「なんで三日も経ってから言うんだよ?」
「そ、そんなことは今どうだっていいじゃん!
あんたは黒いのが作った手袋、欲しいの?欲しくないの?」
「欲しいです!」
「じゃあ、さっさとフォトフレーム持ってきて!」
「はい!」
そんなワケで、俺は超高級デジタルフォトフレームを妹に手放し、
その代わりに、黒猫の愛情が編み込まれた(と信じたい)毛糸の手袋をゲットした。
309:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:03:41.89:/W6DZXxt0
それにしても桐乃に、いったいどんな心境の変化があったんだろうな?
部屋に飾りたい写真でも出来たのかね。
「ま、どうでもいいけどな……」
自室のベッドに仰向けになり、目を瞑る。
少し休憩するつもりが、いつしか深い眠りに落ちていた。
後日、掃除のために桐乃の部屋を訪れたお袋が、
兄妹にあるまじき衣装の俺たちをフォトフレームの中に見つけ、
元旦の朝から家族会議が開かれることを――そのときの俺は知る由もなかった。
おしまい
310:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:05:42.58:I6MmXK5+0
十二月半ば。
寒風吹き荒ぶグラウンドを十周し、
精も根も尽き果て地面に仰向けになった俺の隣に、誰かが座る気配があった。
「なあ高坂、お前に相談事があるんだが」
声の主――赤城康平は、高校入学以来続いている数少ない友達の一人で、
元サッカー部エース(秋口に引退した)の爽やかイケメン男子でもある。
俺と同じ運動量をこなしたってのに、
見上げればほら、あんなもんは準備運動とばかりにケロリと――してねえ。
女子の長距離走に注がれた視線の源、二つの眼はよくよく確かめると遙か虚空を見つめていて、
頬の血色は悪く、唇はかさかさに乾いている。
まるで死相だ。
「どうしたんだ?」
「その……まあ……なんつーか……」
「歯切れ悪いなオイ」
「……瀬菜ちゃんのことなんだけどさ」
また兄バカの妹自慢か?と茶化せる空気じゃなかったね。
それほど赤城の面持ちはシリアスで、次に飛び出した言葉は、
赤城の精気が根こそぎ喪われている理由として充分すぎるものだった。
「瀬菜ちゃんに……彼氏ができたみたいなんだ」
「またかよ」
実は瀬菜――赤城の妹――に彼氏疑惑が持ち上がったのはこれが初めてじゃないんだよな。
夏にも似たようなことがあって、あの時は結局、瀬菜の嘘だったことが後に判明したのだが……。
「今回はガチっぽいからマジ凹んでんだよ!」
「彼氏ができたってのは、アレか、瀬菜ちゃんか他の誰かに聞かされたのか?」
錆ついたブリキの玩具を彷彿とさせる動きで首を横に振る赤城。
「じゃあ、その話の根拠は?」
まさかとは思うが……携帯を勝手に盗み見たり、電話を盗み聞きしたりして……?
「んなことするわけねえだろ!
俺は一切疚しいことなんかしてねえ!」
前科者のテメーが偉そうに言えることかよ!
妹の部屋のクローゼットから実況メール送ってきたことは未だ記憶に新しいぞ。
赤城はぎり、と唇を噛んで、
「……瀬菜ちゃんの雰囲気が変わったんだ。
明らかに変わったんだよ。
休日に出かけるときは妙にソワソワしてて、
どこに行くのか聞いてもはぐらかされるし、
この前までパンツルックが多かったのが、
最近はミニスカートなんか履いたりしてさあ……。
こりゃもう、男ができたと考えるしかねえだろ!?」
酷い論理の飛躍を見た。
「行き先を言わないのは詮索されるのが鬱陶しいだけで、
服装の変化は単純にお洒落の基準が変わっただけなんじゃねえの?」
「いんや、違うね。
俺がどれだけ瀬菜ちゃんの兄貴やってきたと思ってんだ?
あれは確実に恋してる目だ。
瀬菜ちゃんは、瀬菜ちゃんはなあ……、
お兄ちゃん以外の男を知っちまったんだよ!!」
あぁー、今の最高にキモい発言を
赤城ファンクラブを結成してる後輩女子どもに聞かしてやりてえ。
俺は言った。
「まあ落ち着けよ赤城。
瀬菜ちゃんに彼氏ができたって確証を得たわけじゃねえんだろ?
もしかしたら丸っきりお前の勘違い、ってことも有り得るんじゃねーか?」
「まあ……それはそうだけどよ……」
「ここは思い切って、本人に直接聞いてみたらどうだ?」
「無理だ」
即答された。
「なんで?」
「だって怖えもん」
……はぁ?
「もしまた瀬菜ちゃんに面と向かって
『彼氏がいる』なんて言われたら、俺、今度こそ立ち直れねえよ」
体育座りになって膝頭に額を押しつける赤城。
前回のがよほど堪えていると見える。
自分で確かめられないとかどんだけヘタレだよ。
さて既にお気づきの方もいるだろうが、
察しの悪い奴らのために一応説明しておくと、こいつはシスコンである。
その溺愛ぶりたるや初孫ができた爺さんもかくやと思われるほどで、
瀬菜ちゃんの幸せのためなら心身も世間体も擲つことを厭わない、
まさに真性のシスコン戦士なのである。
しかし悲しいかな、
全ての可愛い妹を持つ兄貴に訪れる――訪れない人も中にはいるかもしれない――試練が存在し、
そいつは妹への愛情が深ければ深いほど、
『お兄ちゃん』の心に同じだけ深い傷を残すのだ。
俺は言った。
「なあ赤城。
へたれて逃げ続けるのも選択肢のひとつかもしれねえ。
でも、もし本当に 瀬菜ちゃんに彼氏がいるとして、
いつかはそいつとツラ突き合わして話さなくちゃならねえんだぜ。
お前はその時、どうするつもりなんだよ」
「ぶん殴る」
また安直な――と呆れた矢先、
「……のはできねえよなぁ」
お、意外と冷静?
「俺とそいつの関係が取り返しの付かないことになるのは別にどうってことねえよ。
でも、んなことしたら、もう二度と瀬菜ちゃんが俺のことを
『お兄ちゃん』って呼んでくれなくなるかもしれねえ……」
そっちが自制する理由かよ!
赤城は面を上げると、暗い眼窩に一筋の光明を灯して言った。
「前にも同じことを高坂に言ったかもしれねーけどさ、
俺はポッと出の野郎に瀬菜ちゃんを渡す気はねえんだ。
これっぽっちもねえ。
けど、そいつが前々から瀬菜ちゃんと親交を温めて、瀬菜ちゃんの趣味を理解してて、
必然の流れで交際に至ったってんなら……交際を認めてやってもいいと思ってる」
「お前さ、その考えが瀬菜ちゃんの彼氏の目の前で揺らがない自信があるか?」
「…………正直、ない」
だろうと思ったぜ。
「でも、だからこそ心構えが必要だろ?」
心構え?
俺にはイマイチ赤城のいわんとしているところが分からなかった。
「結局のところ、赤城は俺にどうして欲しいんだよ?
話を聞くだけでよかったのか?」
「いや、一応、頼みがある」
「オーケー」
深呼吸して、
「言ってみ?」
「瀬菜ちゃんに彼氏がいるのか、
もしも彼氏がいるならそいつがどんな奴が探ってきてくれねえか?」
「ブッ」
コイツ、とんでもねえ役回りを俺に押しつけてきやがった!?
「無理難題ってレベルじゃねえぞ!」
「頼む!高坂、この通りだ!
瀬菜ちゃんの彼氏がどんな奴か前もって知っておくことで、
そいつと会ったときに取る行動をシミュレーションしておきたいんだよ!」
心構えってそういうことかよ!
しっかし……なんで俺なんだ?
「高坂は部活で瀬菜ちゃんと話す機会があるじゃねえか」
部活……ゲー研ね。
夏休みの終わりに一度顔を出してからこっち、
受験勉強だの他のイベントだのに時間を取られて全然参加できていないことを思い出した。
実質的に引退したと言ってもいい。
「顔を出してそれとなく瀬菜ちゃんに探り入れるくらい、どうってことないだろ?な?」
「スポーツ推薦で早々に進学先を決めたお前と違ってな、こちとらバリバリの受験生なんだよ」
センター試験を約一ヶ月後に控え、
欠席者が目立つ学校にわざわざ出向いているのもひとえに人生のガイドラインこと麻奈実が
『学校はちゃんといこ?』と誘いかけてきたからであり、
『家に籠もって対策問題解いてる方がよっぽど有意義な時間の使い方なんじゃねーの?』
というのが本音の俺が、それでも麻奈実に逆らえないのは、
幼馴染みが同時に大恩ある家庭教師様でもあるからで……、
つまり何が言いたいかというとだな。
「俺は興信所ごっこしてるほど暇じゃねえ」
「頼む!高坂様の貴重なお時間をどうか俺のために!」
人の話聞いてねえなコイツ。
「この借りはきっと返す!俺たち親友だろ?なっ?」
平伏し額ずける赤城が見るに堪えなかっというのもあり、
「………はぁ。しゃーねーな、分かったよ」
俺は鷹揚に頷いて見せた。
「マジか!?」
「今日の放課後にでも足運んで、それとなく探ってくる」
「高坂!」
「わっ、寄ってくんな気色悪い!」
感激し抱きつこうとしてくる赤城をいなす。
長距離走を終えた女子数名の意味深な視線に、寒さとは別の理由で全身が粟立つのを感じた。
俺の考えすぎなのかね?
……秋葉のエロゲ即売会で大量の腐女子を見て以来、
どーも世の中には隠れ腐女子が相当数潜んでいる気がしてならねえのは。
それにしても、瀬菜にガチな交際疑惑か。
赤城、俺に相談したのは大正解だったぜ。
妹に初めて彼氏ができたかもしれない……その可能性を考えただけでも、
他のことが手に着かなくなるくらい心配になって、胸がムカムカするあの感覚が……今の俺にはよく分かる。
もしも瀬菜ちゃんの彼氏がチャラ男なら殴り飛ばすのを手伝ってやるし、
もしも瀬菜ちゃんの彼氏が真面目な好青年なら一緒に泣いてやる。
彼氏疑惑が丸ごとお前の勘違いだったときは……腹抱えて笑ってやるよ。
◇◆◇◆
時は変わって放課後。
ところ変わってゲー研部室。
黒猫と連れだってドアを開けると、変わらぬ面々が温かく迎えてくれた。
「よぉ、高坂。久しぶりだな」
「ども」
のっぺりした前髪を額に貼り付けた痩せぎすの眼鏡男――部長に、
「高坂先輩!
もう来てくれないのかと思ってましたよ」
ゲー研唯一の良心とも言うべき小動物系毒舌家――真壁楓くん、そして、
「あっ、高坂せんぱぁい!」
俺の姿を見つけるや、眼鏡の奥の瞳を輝かせ、
豊胸を揺らして駆け寄ってくる本ミッションのターゲット――赤城瀬菜。
その他モブキャラについては、
俺に軽く目礼した後すぐに二次元ワールドに再没入してしまったので割愛する。
瀬菜は俺の隣の黒猫に気づくと、
「あ、五更さんも。来るとき一緒になったんですか?」
「まあそんな感じだ」
黒猫は無言でスイと隣を横切ると、自分に宛がわれたPCを立ち上げる。
俺のクラスの終礼が終わるまで、廊下で一人待ってくれていたことは秘密にしておくべきなんだろう。
なんとなく。
「五更さんも高坂先輩とお喋りすればいいのに……」
「わたしにはやり遂げなければならないことがあるの。
お喋りに興じている時間はないわ。
あなたがわたしの文章を模倣して、シナリオの再編纂を手伝ってくれるというなら話は別だけど?」
「それ、できないの分かってて言ってますよね!」
むう、と頬を膨らませる瀬菜。
俺はまあまあと癇癪を宥めつつ、
「瀬菜も黒猫も、今は別々にゲーム作ってるんだってな?」
「あっ、はい。
私たち、これまではずっと共同制作でお互いの欠点を補い合いながらゲームを完成させて来たじゃないですか?
でも、それじゃあ短所を放置したまま地力がつかないということで、
今度は一人の力で何か作ろうってことになったんです」
イヤな予感がぷんぷんするが、会話の流れからすれば訊かないのは逆に不自然だろう。
「その……瀬菜は何を作ってるんだ?」
「BLゲーですけど?」
ですよねー。
「それもただのBLゲーじゃないんですよ?
ハイスピードスタイリッシュメカボーイズラブアクションという、
まったく新しいジャンルのゲームで……主人公は逆カプ対応の二重人格設定……、
華奢な男の娘が無骨なロボットに乗って戦うギャップが……、
ボス戦の後はもちろん……もー高坂先輩、ちゃんと聞いて下さってますぅ?」
「ああ、すまん」
意識飛んでた。
俺は話の腰を折るつもりで言った。
「このゲームは冬コミに出すつもりなんだよな。全体の進捗度はどうなんだ?」
「それは問題ないです。
ゲームの骨子は夏コミが終わってからすぐの時点で完成していて、
後はそれにゆっくり肉付けするだけでしたから。デバッグ作業も順調で、」
そのとき、俺のこめかみに電流走る。
「テスターは?」
ま、まさか……ゲー研の萌豚一同にBLゲーのテストプレイを強制したのか?
拷問にも等しいその所業……赤城瀬菜……恐ろしい子……!
「僕が全部やりました。というか、現在進行形でやってます」
「マジで?」
「マジです」
真壁くんは爽やかな、同時に何か大切なモノを失ったような寂しい表情で頷く。
「僕は犠牲になったんですよ……ゲー研部員全員の犠牲に、ね……」
同情を禁じ得ない。
が、同時に俺は安堵していた。
だってさ、もしも軽い気持ちで夏休み以後も部室に顔を出していたら、
漏れなく俺にもテストプレイヤーの役割が与えられていたかもしれないんだぜ。
「あっ、そうだ」
瀬菜は悪意の欠片もない笑顔で言った。
「先輩も一度プレイしてみます?」
無自覚の害意ほど恐ろしいモノはねえ。
「遠慮しとく」
俺は即答し、瀬菜の相手を真壁くんに任せ、
先ほどから仏頂面でディスプレイと睨めっこしている黒猫に近づいた。
「なーにやってんだ?」
「…………」
「黒猫さーん?」
「………邪魔しないでちょうだい」
「機嫌悪いな。切羽詰まってんのか?」
「もうあまり時間が残されていないのよ」
「瀬菜の方はもうブラッシュアップの段階に入ってるみたいだぜ?」
黒猫は横目でジロリと俺を睨め付けると、
「それは暗に、わたしに計画性が欠けていると言っているのかしら?
順調だったのよ。数日前まではね。
それが昨日、フローチャートに致命的な不備が見つかって、
大幅なテキストの書き直しが必要になったの」
「それは……」
ご愁傷様としか言いようがねえな。
「お前が作ってるのは、純粋なノベルゲーなのか?」
コクリ、と頷く黒猫を見て、俺は入室直後の黒猫と瀬菜の応酬を思い出す。
なるほど、瀬菜のデジタル版『直死の魔眼』も卓越したデバッグ技術も、
シナリオが完成しゲームとして体を成していなければ意味が無い。
ま、元々一人で一つのゲームを作り上げるというお題目だから、
今回ばかりは黒猫が本気で瀬菜に協力を仰ぐとは思えないけどな。
俺は黒猫の背面に回り込み、
「フローチャートのどこに問題があったのか、簡単に教えてくれよ」
「まず……ここで主人公が覚醒するのだけれど……前世からの確執を解消して……、
心理変化を促される要因が……退魔の槍を入手する過程で……」
黒猫の語りに耳を傾けること十分。
「今の話を要約すると、共存ルートの終盤で敵が心変わりするシーンがあるけど、
その動機付けが不十分で読者の共感を誘えないってコトか」
「まあ、そういうことになるわね」
「不十分つったって、一応はそれなりの理由が用意されてあるんだろ?
それで妥協しちまうのは駄目なのかよ?」
「駄目よ。共存ルートは光ルート、闇ルートをクリアして初めて解放されるルートなの。
中途半端な理由で魔王を改心させてしまっては、最後の最後で興醒めてしまうわ。
それに……百パーセントでないと分かっていながら完成と銘打つのは、
自己欺瞞も甚だしいのではなくて?」
「完璧主義者だなあ、お前は」
「この世に不完全主義者はいないの。
諦観を知らぬ完璧主義者と挫折に甘える完璧主義者の二種類がいるのみよ。
そして私は前者というだけの話」
「お前が頑張るのは止めやしないさ。
で、実際問題……テキストの改変は冬コミまで間に合いそうなのか?」
「それは難しいと言わざるを得ないわね」
あっさりと言い切る黒猫。
誰よりも認めたくないだろうに、決して自分に嘘は吐かない。
黒猫のそういうところを、俺は結構好いていた。
「何か俺に手伝えることはねえか?」
黒猫は可笑しそうに喉をくつくつと鳴らして、
「あなた、自分の立場を理解していて?
あなたは現役の受験生でしょう?
人生の明暗を分かつ大事な時期に、同人ゲームの制作を手伝う?
……っふ、暗愚の極みね」
黙って聞いてりゃ酷い言い草だな、オイ。
黒猫はワークチェアを一回転させて俺に向き直ると、
「……あなたの気持ちは嬉しいわ。とても嬉しい。
けど、残念ね。わたしは今のあなたに負担を強いることはできないし、したくないの」
尖らせた唇を三日月型にして、艶然と笑み、
「それにそもそも、文章力が乏しいあなたにできることなんて、
精々わたしの書いたテキストを読んで、感想を述べる程度のことでしょう?」
「あんまり俺をナメるなよ。
要は今あるテキストから、敵が改心するに足る動機を捻りだせばいいんだろ?
そうすりゃ書き直しも書き足しもしなくて済む」
「それができないから困っているのよ」
「俺の発想力でなんとかしてやるよ――」
「なんともはや頼りないわね――」
いつしか俺たちは、至近距離で言葉を交わし合っていた。
処女雪のように真っ白な頬に、黒蝶真珠のような泣きぼくろが浮かんでいるのがよく見える。
まるで魅了の魔法をかけられたみたいに、瑠璃の濡れた双眸に吸い込まれそうになる錯覚がした。
「…………」
「…………」
言葉が途切れ、小さな沈黙を埋めようとして何か言おうとして、
それが本当に言いたいことではないことに気づき、呑み込む。
俺たちはそうして、随分長いこと見つめ合っていたらしい。
シン――と静まり返った部室に真壁くんの声が響いた。
「高坂先輩?五更さん?ここどこだか分かってます?」
我に返る。
目の前には赤面した黒猫。
ああ、クソ。時と場所を弁えなかった結果がコレだよ!
「あー、なんか腹減ったな。
ちょっと購買でなんか買ってくるわ。
部長、真壁くん借りてってもいいスか?」
「お、おう」
「というわけで、行こうぜ」
俺は半ば強引に真壁くんの腕を引きつつ、部室から逃げ出した。
◇◆◇◆
「お二人はいつから付き合っているんですか?」
「付き合ってねえ」
「嘘ですよね?さっきは完璧二人の世界に入ってるように見えましたけど」
「目の錯覚だろ」
「あのまま放置していればいつキスしだしてもおかしくない空気醸してましたけど」
「集団幻覚の一種だ」
「そんなにムキになって否定しなくてもいいですよ。
高坂先輩と五更さんの仲については、たぶん、部の全員が勘付いてますから」
うわあ、それ聞いたらますます部室に戻るのが怖くなってきた。
「付き合ってねえ、ってのはマジだよ」
「お二人が惹かれあっていることは否定しないんですね」
「ぐっ……」
真壁くん可愛い顔してSだよなあ。
言葉責めとか大好きだろ、絶対。
しかし攻められっぱなしというのも癪だ、ここらで攻守反転のカードを切らせてもらうぜ!
「真壁くんを連れ出したのには、一応、ワケがあるんだよ」
「はあ」
反応薄いな。
「真壁くんは瀬菜と仲がいいよな?」
「まあ……他の部員よりは、赤城さんと距離が近い自負はあります」
「ぶっちゃけ、瀬菜と付き合ってんのか?」
ぱさ、と購買のビニール袋が真壁くんの手からアスファルトに落下する。
「あ、赤城さんと……ぼ、僕が?」
おいおい、動揺しすぎだろ。クロか?クロなのか?
「それはないですよ。どうしてそんなことを聞くんですか?」
俺は落胆を隠しつつ、真相を明らかにした。
「や、瀬菜に彼氏ができたみたいで、
その相手がどこのどいつか調べろって瀬菜の兄貴がうるさくてよ。
やっぱ一番可能性がありそうなのは真壁くんかな、と……」
最初にして最後の被疑者はシロ。
となれば、あとは本人に直接探りを入れるしか……。
「あのう、赤城さんに彼氏ができたというのは、本当の話なんですか?」
「さあ、それが俺にもよく分からねえんだ。
赤城――兄貴のほうな――が言うには、瀬菜は休日は欠かさず外出していて、
しかも妙に着飾って、行き先を聞いても口を濁すんだと」
「ああ……そういうことですか」
真壁くんはホッとした表情になると、しれっと爆弾発言した。
「赤城さんのお兄さんが想像している彼氏というのは、十中八九、僕のことですね」
「なっ、お前……さっきのは嘘だったのかよ?」
「嘘はついてないです。実際に僕と赤城さんは付き合っていませんし。
ただひとつ言えるのはですね、
赤城さんの近頃の外出先が僕の家……正確には僕の自室だということです」
お、お前ら、いつの間にそんな関係に!?
「先輩が驚くようなことじゃないでしょう?
一時期、五更さんが頻繁に先輩の家に通っていたことがあったじゃないですか」
「そりゃお前、あれはゲーム制作の一環としてだな……あっ」
そこでやっと合点がいったよ。
真壁くんと瀬菜の関係が、春先の俺と黒猫の関係を準えていることにな。
「赤城さんがゲーム制作の場所として僕の家を選んだのは、
たぶん、部室だと作っているゲームジャンル――BL――の性質上、他の部員に気を遣わせてしまうと考えたか、
赤城さんのお家だと赤城さんの家族に、僕との関係を勘違いされてしまうと考えたからだと思います。
いずれにせよ、赤城さんに他意はありませんよ。
現にゲーム制作中、先輩後輩の関係を超えた雰囲気になったこともありませんしね」
高坂先輩や五更さんとは違って、と微笑と共に付け加える真壁くん。
俺はその発言を華麗にスルーして、
「瀬菜に他意はないとしても、真壁君のほうはどうなんだ?」
「ぼ、僕ですか?」
「瀬菜のことをどう思ってる?」
「赤城さんは僕の大切な後輩で……それ以上の感情は……って、高坂先輩、顔が怖いですよ」
「っと、すまん」
どうも同じ妹を持つ兄貴としては、
赤城(兄)の『妹に寄ってくる悪い虫を駆除したい』って気持ちに同調してしまうんだよな。
本来俺は瀬菜と真壁くんの仲を取り持つべき役回りだってのによ。
俺は両手で強張った頬の肉をほぐしつつ、
「で、話の続きだけど。本当に、それ以上の感情はないのか?」
「ない……と言えば嘘になります。
はっきり言って、赤城さんの専属テスターに名乗り出たのも、彼女と一緒に過ごす時間が増えて、
その流れで赤城さんともっと親しくなれるのでは、という下心があったからですし」
「今のところ成果は?」
「正直、微妙です。
変わったことと言えば、姉から赤城さんのことを僕の彼女だと勘違いされていることくらいで……あはは」
と虚しい笑い声を響かせる真壁くん。
ま、進展が無いのは、未だに名前を『赤城さん』『真壁先輩』と敬称付けで呼び合っていることから推して知るべしか。
真壁くんは溜息をついて言った。
「そもそもBL好きという赤城さんの性癖から考えると、
根本的に男女恋愛に興味がない可能性も否定できないんですよね……」
「BL好きイコール男女の恋愛に興味がない、ってのは流石に行き過ぎた考えだと思うぞ」
世間を見渡せば、彼氏持ちの腐女子はそこそこ見つかるんじゃねえか?
真壁くんはまたしても自嘲的に溜息をひとつ、
「すみません。そう考えるのが『逃げ』だということは、分かっているつもりです」
俺は悩める後輩を慰めるつもりで言った。
「真壁くんが悲観するほど、真壁くんと瀬菜の関係はフラットじゃない気がするけどな。
いくら先輩後輩の関係でも、女が男の部屋に一人で上がり込むってのは勇気がいることだろうし、
それはとりもなおさず、瀬菜が真壁くんを信頼してることの現れだろ?
しかも赤城――瀬菜の兄貴な――の話じゃ、
瀬菜は真壁くんの家に行くとき随分とめかし込んでるみたいだぜ。
瀬菜も態度には示さなくても、真壁くんに単なる後輩としてだけじゃなく、
女の子として見てもらいたいと思ってるんじゃねーの?」
「高坂先輩はポジティブ思考の天才ですね」
それ、皮肉ってるわけじゃないよね?
「まさか」
と真壁くんは笑って、
「励まして下さって、ありがとうございます。元気が出ました」
「なんなら瀬菜に聞いてみてやろうか?
彼氏が欲しくないのか、とか、好みのタイプは どんなだとか、
もっと突っ込んで『真壁くんのことはどう思ってる』とかさ……」
「そ、それはやめて下さい!
もうしばらくは……自分一人の力で頑張ってみたいんです。
高坂先輩の力を借りるのは、最後の手段ということで」
「そっか」
先輩に思い人の気持ちを探ってもらうなんて女々しい真似は、男のプライドが許さないよな。
どっかの兄貴に聞かしてやりたい台詞だよ、まったく……。
と、そのとき名案が浮かんだ。
「な、今度のクリスマスに、瀬菜をデートに誘ってみるってのはどうだ?」
「……つ、付き合ってもいない僕たちが、クリスマスデートなんかしちゃってもいいんでしょうか?」
ただの男女がクリスマスにデートしちゃいけねえ、なんて法は無かったはずだぜ。
「でも……まだデバッグ作業がいくらか残ってて……、
それがなくても赤城さんがオーケーしてくれるかどうか……」
あー、イライラしてきた。
「デスマしなくちゃならねーほどでもねえんだろ?
ゲーム制作の気分転換とでも称して誘えば、
瀬菜も照れずにオーケーしてくれるんじゃねえ?」
真壁くんと瀬菜の仲が進展しにくいのは、
真壁くんの部屋に二人きりという状況下でさえ、
二人の雰囲気が部活動の延長線上にあるからだと思う。
俺の押しが利いたのか、真壁くんはぎゅっと拳を握りしめて言った。
「……分かりました。誘ってみます」
「おう、その意気だ」
瀬菜の彼氏疑惑について一応の結着を見た俺は、部室に戻らずに帰宅することにした。
……黒猫とのことでゲー研の面子に弄られるのはご免だったしな。
◇◆◇◆
玄関にはローファーが四足並んでいた。
耳を澄ませば、階上から複数の嬌声が聞こえてくる。
……賑やかなこった。
冷えた両手を擦り合わせながらリビングに赴くと、
桐乃がお菓子やジュースのペットボトルを盆に乗せているところに鉢合わせた。
「ただいま」
「あっ、おかえり。今日は遅かったね」
「部活に顔出してたんだよ。学校の友達が来てるのか?」
「うん、そうだけど……」
桐乃はそこでハッとしたような顔になって、
「あたしたち、外に出てた方がいい?」
「なんで?」
「だって……、うるさくして、あんたの勉強の邪魔になったらヤだし?」
「大丈夫だよ。
お前らのお喋りくらい、ヘッドホン着けて音楽流してりゃ気にならねえっての。
それにお前だって、このクソ寒い時期に外に出たいとは思わねーだろ?」
「うん、まあね……。あ、コーヒー呑むつもりだった?」
俺が頷くと、桐乃は俺専用のマグカップを取り出し、
慣れた手つきでインスタントコーヒーを作ってくれる。
俺はその様子を、何も言わずに見守っていた。
「はい」
「サンキュ」
湯気の立つ黒い水面に、そっと唇をつける。
コーヒーは火傷しそうなくらいの熱さが丁度いい。
馥郁たる香りが鼻孔を擽り、インスタントとしては申し分ない苦みが喉を滑り落ちていった。
マグカップを片手にソファに腰掛け、ふと顔を上げれば、桐乃はまだリビングにいて、
「美味しい?」
「ああ」
「そ。良かった」
どうやらもう少し、兄貴の話し相手になってくれるつもりらしい。
「そういえば、桐乃は今も瀬菜と連絡取り合ってたりするのか?」
「せなちーと?」
桐乃は突然出てきた名前に大きな目を瞬かせて、
「たまにメールはしてるケド?」
「その中で、瀬菜と恋バナしたりはしねーの?」
「まあ、普通にするよ?
……って、いきなり何聞いてきてるワケ!?」
誤解が誤解を呼ばないうちに、俺は慌ててことのあらましを説明したのだが……。
瀬菜は男女間の恋愛自体に興味がないのではないか――という推測を語ったくだりで、
「はぁ?馬鹿じゃん?」
いきなり罵倒された。
「いくらせなちーがBL好きでもぉ、リアルの恋愛については別腹っしょ。
てか、せなちーにこの前好きな人がいるか聞いたら、普通にいるって言われたしィ。
年上の人で、せなちーの趣味も理解してくれる、すっごく優しい人なんだって~。
ぶっちゃけそれさァ、あんたの話に出てきた真壁って人なんじゃないの?
つーかその真壁さんて人さぁ、超草食系だよねー。
ほとんど両思い確定なのにどーして二の足踏んでるワケぇ?
エロゲだったら部屋に女の子で呼んだ時点でエッチシーン直行――」
慌てて桐乃の唇を塞ぐ。
でかい声で何口走ってんだろうね、このエロゲ脳は。
『表の友達』を家に呼んでることを完璧に忘れてやがる。
しかし、桐乃の言うことが正鵠を得ていることも事実。
真壁くんに足りないのは『押し』の一点に違いない。
「むぐ……」
桐乃が頬の膨張と収縮で、反省したことを訴えてくる。
「瀬菜はその好きな人の名前までは教えてくれなかったのか?」
手を離してやると、桐乃はこほんと咳払いし、
「……うん。秘密なんだって」
口調を柔らかく穏やかなそれに戻した。
ここのところ、桐乃は俺の前では『普通な妹』であろうと努力しているようなのだが、
未だに感情が昂ぶると、さっきのように素の桐乃が顔を出す。
誰にそうしろと言われたわけでもなし、
兄貴としてはありのままの妹でいてくれた方が気楽でいいんだがな。
さっきみてーな暴走は別としてさ。
「せなちーにはあたしが話したって、絶対言っちゃ駄目だからね」
「分かってるって」
「でも、真壁さんには実はせなちーと両思いだってこと、教えてあげたほうがいいんじゃない?」
「そういうのは反則みたいで聞きたくないんだってさ」
俺は天井に視線をやって、
「お前、そろそろ二階に戻った方が良くね?
友達が待ちくたびれてる頃だぜ、きっと」
「うん、そだね」
桐乃は盆の縁に手をかけて持ち上げたものの、
どうにも重心が定まらず、見ていて危なっかしいことこの上ない。
俺はマグカップをソファの前のガラステーブルに置いて、
「持ってってやろうか?」
「もう、大丈夫だってば。子供扱いしないでよね」
じゃあせめてこれくらいは、とリビングと廊下を隔てるドアを開けてやると、
桐乃は「ありがと」と言って、覚束ない足取りで歩いて行った。
しばらく経っても派手な音は聞こえてこず、俺はホッと息を吐いてソファにかけ直す。
さて、と。
本日の成果を依頼人に報告するとしますかね。
◇◆◇◆
「高坂か!?」
電話はワンコールで繋がった。
……どんだけ待ち侘びてたんだよ。
「ああ、俺だ」
「ちょっと待ってくれ高坂!
あと十秒……いや、二十秒ほど猶予をくれ。すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」
「……覚悟は決まったか?」
「ああ、いいぜ。どんな結果だろうと俺は受け止めてみせる!」
声がどうしようもなく震えていることには突っ込まない方向で。
「良い知らせと悪い知らせがある」
俺はどうせならと演出に拘ることにした。
「どっちから聞きたい?」
「じゃあ、良い知らせから頼む」
「お前の妹に……」
某クイズ番組のようにたっぷりと間を設けて、
「……彼氏はいねえ」
「マジで?」
「ああ。色々あって本人に直接は聞けなかったんだが、ほぼ確実な情報だと思ってくれていいぞ」
「………く……っ」
コイツ、まさか男泣きしてねえよな?
桐乃じゃねえが、思わず「キモッ」て口走りかけたわ。
「おい、良い話と一緒に悪い話もあるって言ったろ」
「聞きたくない。ここで電話を切ろう、高坂。それが俺のためだ」
お前のためかよ。
おっかしーな、こんなヘタレ俺の友達の中にいたっけ?
「赤城、お前が言ってきたんだぜ。
彼氏がどんな奴が予め知っとくことで、
そいつを瀬菜ちゃんに紹介された時にどう振る舞うか考えることが出来るってよ」
「ああ……言ったよ。確かに言った。
でも、実際に瀬菜ちゃんに彼氏はいなかったんだろ?
俺の勘違いだったんだろ?」
「瀬菜ちゃんに彼氏はいねえのは間違いないさ。
でも……近い将来、彼氏になりそうな奴ならいるぜ」
赤城は冷えた声で言った。
「今すぐそいつの名前と住所を教えてくれ。金は20万までなら出す」
いつから俺は情報屋になったんだ。
それにいくら金を積まれても人命は売れん。
「冗談はさておいて、そいつがどんな奴かだけ教えておいてやるよ」
「高坂はそいつのことを知ってるのか?」
「まあな。ゲー研のメンバーの一人で、今は瀬菜ちゃんの補佐をしてる」
赤城のガラスハートを慮り、現在瀬菜ちゃんがゲーム制作のため、
休日に真壁宅に通っていることは黙っておいた。
「人となりは普通そのものだし、ツッコミが鋭いところ以外は常識のあるいい子だぞ。
瀬菜ちゃんの趣味も理解してるし、そういうのを踏まえた上で、
瀬菜ちゃんのことが好きなんだそうだ」
「……………」
「赤城?」
「……………」
頭のヒューズが溶けちまったのか?
ややあって、戸外の木枯らしにも負けそうな声が聞こえてきた。
「なあ、高坂」
「うん?」
「そいつと瀬菜ちゃんが付き合うことについて、お前はどう思う?」
客観的な意見を求められても困るが、あくまで俺の私見でいいなら、
「似合いだと思うぞ。
瀬菜ちゃんの趣味を真正面から受け止めてやれる奴は……まあ、そう多くないだろうし?
そいつはもう一年近くも瀬菜ちゃんと一緒にいて、付き合いが浅いわけでもねえ。
お前の言う、理想的な瀬菜ちゃんの彼氏像に十分合致するんじゃねえか?」
「……だよなぁ。それは俺も分かってんだよ。
もしそいつが瀬菜ちゃんの心を弄ぼうとしてるゲス野郎なら、
心置きなくバイクで轢き殺してやるところなんだがなぁ……クソッ!」
俺は深い同情を込めて言った。
「お前の葛藤はよく分かる」
「高坂……気ィ遣ってくれなくたっていいんだぜ」
「上辺だけで言ってんじゃねーよ。
実は俺も夏頃に、赤城と似たような経験しててさ。
いきなり妹に『彼氏が出来た』って言われて、
何の前置きもナシに彼氏を家に連れてこられて……。
しかもその彼氏は、非の打ち所が見当たらねー、
嫉妬するのもバカバカしくなるくらいの完璧超人ときたもんだ」
あの時ばかりは流石に参ったと思ったね。
「それで?高坂はどうしたんだよ?」
「別れさせた。よく知りもしねえ奴に妹は渡せねえって言ってやったよ」
「お前すげーな。俺の理想像だ。崇めてもいいか?」
「やめろ」
尊敬の響きが耳に痛い。
赤城に語ったのはかなり端折った上に脚色を加えた話で、
実際桐乃が連れてきたのは彼氏は後に偽者だったと判明、
しかもそいつに向かって俺は、思い出すのも憚られるほど小っ恥ずかしい啖呵を切っちまったのだ。
それでも俺は夏の日を反芻しながら、
「いくら妹が連れてきた彼氏が妹にぴったりだ、
コイツなら妹を幸せにしてやれるって、理屈では分かっててもな……。
絶対心のどっかには、納得できねえ部分が残るもんなんだよ。
他の男に掠め取られるのが我慢ならねえって気持ちは消えてなくならねえんだよ。
忘れたか?これ、お前がいつか俺にメールで送ってきた台詞だぜ」
「高坂……お前……」
「だからもしもの話、その子が瀬菜ちゃんの彼氏になって顔見せにきたときによ、
どうしても納得いかねーと思ったんなら――そのときは別れさせちまえばいいんじゃねーの?」
「…………んなことして大丈夫なのかよ?」
「あとはその子がどうするかだろ。
そこで諦めるなら所詮そこまでの奴だったってことでめでたしめでたし。
死に物狂いでお前に自分を認めさせようとしてきたら、
そのときはお前がもう一度、その子が瀬菜ちゃんの彼氏に相応しいか見定めてやりゃあいい」
「…………瀬菜ちゃんに嫌われねえかな?」
「そりゃ嫌われるだろうな。
でも、いつかは感謝されるんじゃねえ?
そうとでも思わなきゃ妹とその彼氏を無理矢理別れさせたりなんかできねーよ」
「高坂の場合はどうなったんだ?
妹との関係が拗れたりはしなかったのかよ?」
「俺たちのところは、元々拗れてたようなもんだったからな……なんとも言えん」
それから三十秒ほどの沈黙があり、
「わかった。もう迷わねえ」
赤城は精気に満ちた声で言った。
「俺はもう迷わねえよ。
なあ、高坂。俺たちってさ――妹からしたら、つくづく面倒くせえ兄貴だよな?」
「ハッ、違いねえ」
それから俺たちは他愛もないことを話し、どちらからともなく電話を切った。
「ふぅ」
背もたれに深く背中を預け、ぬるくなったコーヒーを飲み干す。
程よい疲労感と達成感が、カフェインと共に血管を巡る。
あれ……顧みてみたら、俺、全然真壁くんと瀬菜の恋のキューピッドできてなくね?
赤城焚き付けて思いっきり二人の恋路邪魔してね?
真壁くんのことを思えば、赤城には『妹の恋愛に口出しするのはやめとけ』と諭しておくべきだったのか?
でもそれだと相談してきた奴には本心で応えるという、俺のポリシーに反するわけで……。
ま、なんにせよ後の祭りだ。
前途多難な真壁くんの冥福……じゃなかった、健闘を祈るしかない。
瀬菜と付き合うのは予定調和として、最高純度のシスコン兄貴を説き伏せるのは至難の業だろうが、
赤城も同じ人の子なんだ、真壁くんが諦めない限りは、
いつかは瀬菜の彼氏として認めてもらえる日が来るだろうさ。きっと。
◇◆◇◆
数日後。
「ごちそうさま」
晩飯をほぼ同時に食い終わった俺と桐乃は、
リビングの時計をチラと見て、足早に各々の自室に直行した。
PCを立ち上げ、指定のチャットページにアクセスすると、
既に『沙織・バジーナ』と『千葉の堕天聖黒猫』の入室記録がある。
気の早い奴らだ。
まだ約束の時間まで半時間もあるぞ。
――ピンポン。
電子音が鳴り、
システムメッセージ:『きりりん』さんが入室しました
きりりん:お待たせ
沙織:ご機嫌よう、きりりんさん
黒猫:待ち侘びていたわ
沙織:京介お兄様はどうされましたの?>きりりん
きりりん:一緒に二階に上がってきたから、そのうち入ってくるんじゃない?
黒猫:早く入室してきなさいな。あなたがそこで見ていることは分かっているのよ。
わたしの『緋の眼(クレヤボヤンス)』はデジタルの障壁をも見透かす――。
きりりん:緋wwwwのwwww目wwww厨二病乙^^
そこでようやく俺はログインフォームの入力を終えた。
何もゆっくり打ち込んでたわけじゃないぞ。
コイツらのタイピング速度が異常すぎるんだよ。
――ピンポン。
システムメッセージ:『京介』さんが入室しました
きりりん:あ、やっときた
黒猫:のろまね
沙織:ご機嫌よう、京介お兄様
京介:遅れてごめん
沙織:これで全員が揃いましたわね
黒猫:今日は皆に話があるのだったわね?>沙織
黒猫、桐乃、俺の三人に宛てられたメールには、
全体で意思の疎通を図りたいが外出する時間がとれず、
やむなくチャットで済ませることへの詫びと参加のお願いがしたためられていた。
きりりん:話って何なの?>沙織
数秒の間を置いて、
沙織:単刀直入にお尋ねしますわ。皆様は来たる十二月十四日、聖なる夜にご予定は?
円卓を囲んで自分以外の発言に耳を澄ます四人。
そんな光景が脳裏に描かれ、果たして最初に静謐を破ったのは桐乃だった。
きりりん:あたしはモデルの仕事
次いで黒猫が口火を切る。
黒猫:わたしは特に何も
沙織:京介お兄様は?
受験生にはクリスマスも正月もないのが普通だ。
京介:何もない
受験生の肩書きが孤独の言い訳に使えるのも、今年はこれで最後か。
去年は例外的に桐乃の小説取材に同行させられたが、
幼馴染みと一緒に侘びしくフライドチキンを囓るのが、これまでのクリスマスの常だった。
寂しい奴だって?
はん、自覚があるだけマシだろ。
ややあって、沙織が発言する。
沙織:実はわたくし、24日にプレゼント交換会を開こうと考えているのです
きりりん:プレゼント交換会?クリスマスパーティじゃなくて?
沙織:パーティなどという大それたものを開くつもりは毛頭ございません。
わたくしが提案するのはあくまでプレゼント交換会ですわ。
小さな時間で行える交換会なら、
受験勉強で日々多忙な京介お兄様のお邪魔にもならないかと
きりりん:ふーん。だってさ>京介
京介:気遣いはありがたいけど、俺は別にパーティでもかまわないぜ?
クリスマスくらい勉強をサボっても、合否には影響しない自信がある。
麻奈実の家庭教師によって培われた学力は伊達じゃない。
沙織:正直に申し添えますわ。
パーティよりも交換会を推すのは、わたくしにとっても都合が良いからですの
きりりん:沙織にも何か予定があるワケ?
沙織:はい。どうしても欠席できない所用がいくつか……。
必然的に、皆様と歓談できる時間は限られてしまいます
黒猫:具体的には何時くらいがあなたの都合にあっているのかしら?>沙織
沙織:午後五時から六時までの一時間ほどですわ
黒猫:それは移動時間も含めて?
沙織:その点は考慮して頂かなくて結構ですわ。
他の用向きのために前夜から都内に滞在する予定ですので
きりりん:ふぅん。じゃあ時間は五時からで決まりだね
黒猫:参加する気まんまんのようだけど、
あなたには撮影の仕事があるのではなくて?>きりりん
きりりん:仕事は夜の七時半までに池袋着いてれば大丈夫だから。
交換会からその足で行けば余裕で間に合うでしょ?
黒猫:そう。それにしても、クリスマスまで仕事だなんて売れっ子モデルは大変ね?
きりりん:まあねー
沙織:きりりんさんも参加して頂けるようで何よりですわ。
場所については、以前京介お兄様の慰労パーティを催したレンタルルームで宜しいでしょうか?>ALL
きりりん:異議なーし
黒猫:問題ないわ
京介:おう
沙織:では、詳細は後ほどメールでお伝えしますわね
それから桐乃、黒猫、沙織の三人はハードなオタクトークで盛り上がり、
受験勉強に追われその方面の知識に疎くなりつつある俺は九割方が蚊帳の外、
時折同意を求められたときに「うん」とか「いや」とか応える他は高速で流れるチャットログを眺めているだけで、
九時に差し掛かった頃にようやくチャットルームは解散と相成った。
さて、と……勉強モードに切り替えるか。
PCの電源を落としてノートを開く。
が、単語を一つ書き終わらないうちに控え目なノックの音が響き、
「兄貴、入ってもいい?」
桐乃がひょこっと顔を覗かせる。
「ああ、いいぞ」
「あのね、さっきチャットで言ってたクリスマスの仕事のことなんだけど……」
桐乃は俺のベッドに腰掛けながら、
「いつもみたいな撮影じゃなくてー……」
髪を指先でくるくると弄りつつ、
「ファッションショーに出るんだよね、あたし」
「ファッションショーって、あの、細長い台の上を行ったり来たりするやつか?」
「うん。それを屋外でやるの。……すごいでしょ?」
少し誇らしげに、上目遣いで同意を求めてくる。
俺は本心から言ってやった。
「ああ、すげえよ。
ティーン誌の読モから、一気に一流モデルの仲間入りじゃねーか」
「ば、馬鹿じゃん?
一流モデルは言い過ぎだって。
本命は大人向けの第二部で、あたしたちのはその前座って感じなんだから」
あたし"たち"?
俺の表情から考えていることを読んだのか、
「第一部は、色んな雑誌の人気読モが、ティーン向けのショーをやんの。
だからあやせも一緒に出るよ」
「マジでッ!?」
「な、なんでそんなに食い付くの!?
そんなにあやせのことが気になるワケ?」
ムッと頬を膨らませる桐乃。
おい、それ以上自分で自分の顔を丸くするのはやめとけ。
元に戻らなくなったらどうするよ?
「うるさい!丸顔言うなっ!……あ」
部屋に反響した自分の声に驚いたみたいに肩を竦めて、
「あたしのは、気にならないんだ?」
急にしおらしい声出すなっての。
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「じゃあ、気になるんだ?」
「見に行ってやるから、場所言えよ」
「ぷっ。見たいなら見たいって素直に言えばいいのに。
あんたがシスコンなのは分かってるんだからさぁ?」
「うるせえ」
桐乃は今度は嬉しそうに顔を綻ばせて、池袋某所の名前を口にした。
俺はそれを携帯のメモ帳に書き留める。
要件はそれで終わりかと思いきや、
桐乃は本棚から漫画を取り出すと、ベッドに寝転んで読み始めた。
「あのー……俺今から勉強するんですけど?」
「静かにしてたらいてもいなくても一緒でしょ?」
「いや自分の部屋で読めよ」
「動きたくない」
満面の笑顔で、
「運んでくれる?」
何を。
「あたしを」
「ふざけんな」
ヘッドホンを装着し、ボリュームのつまみを最大にしてメタルを流す。
これで邪魔者の存在は意識の枠外に……消えなかった。
漫画のページを捲るときの空気の震えや、女の子独特の匂い。
そういった桐乃の気配が、容赦なく俺の集中力を削ぐ。
早々にヘッドホンを外し、『邪魔なんで自室に戻ってもらえませんかね』オーラを発しつつ振り返ると、
漫画を読んでいるはずの妹と眼があった。
桐乃はこれ見よがしに足を組みなおし、
「なに?」
お前な……王女様気取りも大概にしとけよ。
あとミニ穿いたまま足を大きく動かすな、はしたない。
「いい加減にしろ」
「それ……本気で言ってる?」
「ああ、お前がいるとどうも気が散る」
しつこく居座るかと思ったが、意外にも桐乃はすぐにベッドを下り、
「……馬鹿」
ぺろっと小さく舌を出して、自分の部屋に戻っていった。
なんで勉強を邪魔された挙げ句、馬鹿呼ばわりされなきゃならないんだろうな。
しかもあいつ、肝心の漫画持って帰るの忘れてるしよ。
届けてやるのも癪なので取りに来るのを待っていたが、
結局その日、桐乃が俺の部屋を再訪することはなかった。
◇◆◇◆
今日の俺は気分が良い。
どれくらい気分が良いかというと実年齢を忘れて童心に帰りスキップしたくなるくらいで、
無論それを実行に移さないくらいの分別は俺にもある。
『大切なお話があるんです』
メールの文面が脳裏に蘇る。
季節外れの春一番が心の中を吹き抜けた気がしたね。
ぐふっ……ぐふふ。
キモい?浮かれるな?死ね?なんとでも言いやがれ。
ラブリーマイエンジェルあやせたんからの逢い引きの誘いだぜ?
舞い上がらない方がどうかしてる。
喫茶店に到着した俺は、早速五感を駆使してあやせたんを捜索した。
未着の可能性はなきにしもあらずだが――いた。
桐乃と同じ中学校の冬服を身に纏い、
艶のある黒髪に縁取られた天使の如き爛漫な笑顔をこちらに向けて、
「あっ、お兄さん。こちらです」
他の席に詰めている男どもの、嫉妬の視線が心地よい。
うらやましいか?うらやましいよな?
残念でした。あの子俺の幼妻だから(脳内予定)。
「待たせたか?」
「いえ。ついさっき着いたところです」
などと言うあやせの手元には中身が三分の一ほどに減ったコーヒーカップがあって、
俺は結構な時間、あやせを待たせてしまったことを知る。
世間話もそこそこに俺は言った。
「話ってのは?」
あやせは胸の前でもじもじと手を絡めつつ、
「お兄さんは、明明後日はお暇ですか?」
明明後日といえば、クリスマスの日か。
沙織主催のプレゼント交換会があるが、
まあ一時間だけだし、暇と言っても差し支えはないだろう。
「暇っちゃ暇だけど?」
「そうですか」
控え目な相槌とは裏腹に、よかったぁ、とばかりに大輪の花を表情に咲かせるあやせ。
な、何この反応。
お兄さん期待しちゃってもいいの?ねえ?
「実はわたし……クリスマスの夜に桐乃とファッションショーに出るんですけど……桐乃からはもう聞いてますか?」
「ああ。一応見に行く約束もしてる」
「んと……それで、ですね……わたし……お兄さんにお願いしたいことがあって……」
頑張れ。頑張れあやせ。
『お兄さんとクリスマスデートがしたいんです!』だろ?
それ絶対成功するから!
お兄さん受け入れ準備万端だから!
しかし十秒、三十秒、一分と経ってもあやせの踏ん切りはつかず、
「先に僕のほうから用件を済ませてしまいましょうか」
都合良くその存在をシャット・アウトしていた聴覚と視覚が、
あやせの隣に座る超絶イケメン野郎を認める。
「京介くんは、」
「待て」
御鏡光輝――てめえにはまず第一に聞いておかなくちゃならねーことがある。
「あやせとはどういう関係だ?」
返答の如何によっては訴訟も辞さんぞ!
御鏡は長い上睫と下睫を数回交差させて、合点がいったように微笑むと、
「はは……安心して下さい。
僕と新垣さんは、京介くんに用がある、という一点で行動を共にしているだけですから」
「あやせとは前からの知り合いなのか?」
「ちょうど僕と桐乃さんの関係と同じです。
仕事で何度か顔を合わせただけですよ」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
……どうもコイツが俺の知り合い(女)と並んでいると、二言目には
『お付き合いさせてもらっています(笑)』
と宣告されそうな恐怖に襲われるんだよな。
桐乃の偽彼氏の件が軽いトラウマになっているのかもしれん、認めたくねえけど。
まあここは、
「久しぶり」
とでも言っておくべきなんだろう。
「ええ、そうですね。最後に会ったのは八月の終わり頃でしたか。
あれからもお仕事の関係で、頻繁に桐乃さんとは顔を合わせているんですけど……ご存知ないですか?」
「いや、何も聞いてない」
「そうですか」
何が可笑しいのか御鏡はニコニコと笑って、
「本題に移りましょうか。
クリスマスに開催されるファッションショーの第一部のテーマは『背伸びする少女』、
男女二人で組を作って、主に女性側が衣装を披露するタイプなんですが――……」
御鏡は俺の反応を楽しむように、声に抑揚を付け、
「僭越ながら、桐乃さんの相方は僕が務めさせていただく予定になってます」
「お、お前が?なんで?」
混乱する俺に、御鏡は作り物めいた諦観の表情を見せて言った。
「美咲さんの差し金ですよ」
ここでざっと御鏡と藤真美咲社長の二人と、桐乃の関係を復習しておこう。
藤真美咲社長(以下美咲さん)は
若い女性に絶大な人気を誇る高級化粧品メーカー『エターナルブルー』の代表取締役で、
御鏡は俺と同い年ながらエターナルブルーのサイドブランドを一任されている、いわばアクセサリデザイナーの金の卵。
桐乃が美咲さんに
『エターナルブルーの専属モデルにならないか』
と誘われたのが四ヶ月ほど前の話で、
美咲さんはその話が実を結んだ暁には、
桐乃をエターナルブルー本社があるヨーロッパに連れて行くつもりだったらしく、
今の居場所――日本――から離れたくなかった桐乃は、当然その話を断った。
が、それで桐乃を諦める美咲さんではなく、
しつこい勧誘に堪えかねた桐乃は『彼氏のために日本に残る』と大嘘をつき、
結果、俺が嘘を真にするため桐乃の彼氏の代役を務めることになってしまった。
しかし美咲さんもさるもの、桐乃の未練を断ち切るべく、
新しい彼氏としては申し分ないスペックの御鏡を桐乃に宛がおうとして……。
その結末は、思い出すだけで顔面から火を噴きそうになるので割愛させてもらう。
悪いな。
とにかく――美咲さんは未だに御鏡と桐乃の二人をくっつけようとしているようだ。
「そんなことをしても無駄だと、これまでにも何度か説得は試みているんですけどね。
今のところ、聞き入れてもらえる気配はありません。
社長の頑固さにはほとほと困ったものですよ」
あはは、と全く困っていないような声音で笑う御鏡。
同じイケメンでも、こいつの笑顔は赤城のそれとは別種のものだと感じた。
なんというか、同姓の俺でもクラッとくるような魅力を内包してやがるんだよ。
「にしても、よくそんなわがままが通ったな?」
「どういうことですか?」
「美咲さんの恣意で、桐乃の相方をお前に差し替えたことだよ」
「それは"わがまま"、というと語弊がありますね。
なんといっても今回のファッションショーはエターナルブルーの協賛で、
出資額は他のスポンサーの軽く二倍だそうですから。
すべては美咲さんの"思うがまま"ですよ」
うまいこと言ったつもりかよ。
「それに、今回のファッションショーの主役は女性です。
男性側はあくまでその引き立て役にすぎません。
相方の男性の条件は、女性よりも年上であることと、一定の容姿であること……。
その二点さえ満たしていれば、"素人"でもまったく問題はないんです」
御鏡はそこでちらり、とあやせに意味ありげな視線を送る。
コクン、と頷くあやせ。
水面下でどんな意思疎通が図られているのか知らんが、
無性に腹が立つのは俺だけか?
既に俺の奥歯は歯軋りで摩滅寸前だ。
「ショーの概要は分かったよ。
お前が桐乃の相方を務めることについても了解した。
で、結局お前の用件ってのは何だったんだ?」
「僕の用件はもう達成されましたよ」
「は?」
「京介くんに、僕が桐乃さんの相方を務めることを了承してもらうこと――それが僕の目的でしたから」
ますますわけが分からない。
そんなことのためにわざわざ俺に会いに来たのか?
御鏡は実に女性的な柔らかい微笑を浮かべると、まるで暗唱するように無感動な声で言った。
「桐乃さんはとても魅力的な人ですが、僕には少々荷が重い相手です。
友達としてならともかく、桐乃さんの恋人なんて、到底僕には務まりません――。
京介くんには以前お伝えしましたが、忘れられている可能性もあったので、一応ね」
俺は眉間を押さえて俯く。
ああ……そういうことか。
コイツは今回のファッションショーに限らず、
美咲さんの差し金で自分が桐乃と関わる機会が増えていることで、
目の前のシスコン兄貴が鬱憤を溜め込んでいるのでは、と危惧していたのだ。
俺は言ってやった。
「んなことは一切考えてなかったから安心しろ」
むしろあいつとはどんどん仲良くしてやってくれよ。
表の世界でオタク趣味を明け透けにできる話し相手としてさ。
「そう言ってもらえると助かります。もっとも……」
御鏡は何か言いかけ、しかし思い直したように口を噤み、
「さあ、次は新垣さんの番ですよ」
とあやせに水を向けた。
「………っ」
御鏡の手前、『クリスマスデートの誘い』ではないことにはなんとなく予想がついている。
さっきの会話の脈絡から真面目に推測するなら、
ファッションショーに関係することだろう。
でも、ファッションショーに関係することで、
俺があやせのためにできることって何だ?
……何もなくね?
あやせが意を決したように面を上げる。
白磁のような肌には淡く紅が差し、双眸は自信なさげに揺れていた。
「お兄さん」
しかし、紡がれた言葉ははっきりと俺に届いた。
「今度のファッションショーで……わたしの相手役になってもらえませんか?」
◇◆◇◆
クリスマス当日。
俺と桐乃は時間に余裕を持って、四時前に家を出た。
天候は生憎の曇り。
空には代赭色の分厚い雲が果てしなく広がっている。
呼気は外気に触れたそばから白く凍り、
風邪でも引いたら洒落にならん、とマフラーに首を埋めた俺に、
「見て見て、今夜は雪が降るかもだって」
桐乃は嬉々とした様子で携帯を見せつけてくる。
どれどれ。
午後からの降水確率は80パーで、予報マークは雪だるま、ねえ。
帰るときの寒さを考えると今から気が滅入ってくるな。
「これ、絶対ホワイトクリスマスになるよねっ!」
「今日のファッションショーは屋外でやるんだろ?
寒くてやだなーとか、濡れたくねーなーとか思わないの?」
「全然?
雪降ったほうが幻想的な雰囲気出て、あたしも衣装も見映えするじゃん」
大したモデル魂だよ、まったく。
美咲さんが専属モデルに引き抜きたがる気持ちが分かる気がする。
懐かしのビル前に到着し、エレベーターで三階へ。
いつぞやの時のように、『高坂京介専属ハーレムなんちゃら』という、
俺を社会的に抹殺するためとしか思えない案内看板は置かれていない。
ふぅー、内心ヒヤヒヤしていたが、杞憂に終わったようだ。
受付に向かって名前を言う。
「高坂桐乃様と、高坂京介様ですね」
そこまでは良かった。そこまでは。
受付嬢は視線を俺の顔と名簿の間で数往復させると、
「高坂京介……あ、伝説の」
今なんと?
「303番のお部屋になります。どうぞごゆっくり」
スルーされた!?
おい伝説って何だよ!
何?俺このレンタルルーム屋でメイド女侍らす伝説のジゴロ扱いされてんの!?
「ホラ、さっさと行くよ。
黒いのはもう来てるみたいだし」
桐乃に腕を引かれ、303号室前に到着する。
もういい、忘れよう。
次からここは利用しなければいいんだ、うん。
桐乃がノックもそこそこにドアを開く。
後に続いた俺は、半歩部屋の中に足を踏み入れたところで停止した。
視線はソファの上で蹲るようにしている黒猫――否――白猫に釘付けになって、
しばらくは自分の意志で動かせそうにない。
「……お前」
「ち、違うのよ。
聖なる夜は闇の眷属の力が弱まるの……。
だから、そう……これは言うなれば擬態……。
天使の眼を欺くために、
あえて純白に身を窶しているに過ぎないわ」
「はいはい、厨二病乙」
桐乃はソファに近づき、いやがる黒猫の両脇を抱えて立たせる。
黒猫は俺をチラと盗み見て、しかし何も言わずに眼を逸らしてしまう。
桐乃はもう、と溜息をついて言った。
「照れ屋のあんたの代わりに、あたしが聞いたげる。
どう、兄貴?今度のもよく似合ってるでしょ?」
俺は黒猫の姿を改めて見直す。
くびれを強調する細身のトレンチコートに、膝丈のタック入りフレアスカート。
きゅっと体を縮こまらせる姿は、見るものにシャイなペルシャ猫を連想させ、
思わずちょっかいを出したくなるような愛らしさを放っている。
さすがは桐乃プロデュースといったところか。
脱帽だよ。
でもこれってさ……もしかして、いや、もしかしなくても……なあ?
桐乃は俺の微妙な表情から何を疑っているのか察したのか、
慌てて胸の前で両手を振り、
「さすがに今度のはオリジナル!
ちゃんとあたしが、あたしの審美眼で、黒いのに似合う冬物選んであげたの。
だよね?」
「同意を求められても困るわね。
たとえあなたがお気に入りのエロゲヒロインを参考にしたのだとしても、
わたしには判別がつかないのだから」
「もうっ、あんたってホント素直じゃないよね!怒るよ!?」
黒猫はふっと目元を緩めて、
「ちゃんと分かっているわ。
わたしの服を選んでくれているときのあなたは、とても一生懸命だったものね」
「それならよし」
桐乃は満足げに頷くとずんずんこちらに歩み寄り、
俺の胸をつんと人差し指で衝いて、顎で黒猫を指す。
「ホラ、何か言うことあるんじゃないの?」
分かってるさ。
あんまりにも冬版の白猫が綺麗だったもんで、言葉を失ってたんだよ。
「似合ってるぞ、すごく」
「あ……ありがとう」
黒猫は赤く染まった耳を隠すように髪を下ろし、俯いてしまう。
ああもう可愛いなあちくしょう。
いっそのこと褒め殺してやろうか――と思ったその時、
「ごきげんよう、みなさん」
沙織の声がした。
これで最後の一人が揃ったわけだ。が……。
肩越しに振り返れば、
そこにはフォーマルドレスを身に纏った貴婦人が佇んでいて、
「沙織……?」
「あんた……」
「ぐるぐる眼鏡はどうしたの……?」
三者同様の反応に、槇島家の才媛は申し訳なさそうに目礼する。
「場違いな格好でごめんなさい。
他の用向きの都合上、着替えている時間も場所もなかったのです」
他の用向きというのが何なのかは、おおよその予想がついていた。
沙織は歴としたお嬢様で、もしオタク趣味に走るような酔狂じゃなけりゃ、
一生俺たちとは関わり合いが無かったような存在だ。
ここのところ沙織が余暇を満喫していない様子なのも、
沙織が成熟するにつれて(体は出会った頃から大人の女性だが)、
社交界に顔を出す頻度が増えているからだろう。
それは本人が望む、望まざるに関わらず……。
今日だって俺たちとプレゼント交換をするために、
ぎゅう詰めのスケジュールから無理をして時間を作ってたきたに違いないんだ。
そしてそんな想像に耽り、ちょっぴりセンチな気分に浸っているのは、
きっと俺だけじゃなくて……。
「あはっ、なんで沙織が謝るワケ?
あたしはこっちの沙織も全然好きだよ?」
「ふん、実に妬ましいプロポーションね。
その体の線がよくわかる薄手のドレスはわたしへの嫌味かしら?」
「まあ。黒猫さんの方こそ、とっても可愛らしいですわよ。
まるで雪の妖精みたい。ふふっ、これでは京介さんもイチコロですわね」
「ば、莫迦なことを言わないで頂戴……!」
楽しそうにじゃれ合う三人を見て、溜息をついた。
……先のことなんて、どうでもいいじゃねえか。
桐乃や黒猫を見てみろよ。今は今を楽しめばいい。
そうしなかった奴が、後で思い出不足に悩まされることになるのさ。
沙織が持ってきた慎ましやかながらとびきり美味いケーキを食べ、
他愛もないお喋りを半時間ほど楽しんだあと、
いよいよメインイベントであるプレゼント交換が行われることになった。
銘々がプレゼントの包みを取り出し、テーブルの上に置く。
包みの大きさは、大きい順に桐乃、俺、黒猫、沙織といったところか。
受付でA4のコピー用紙とマジックペンをもらい、線を引いていると、
「自分のに当たったらどうすんの?
まあ、あたしは別に自分のを当ててもヤじゃないケド、それってなんか虚しくない?」
「その時はもう一度やりなおせばいいだろ。沙織も黒猫も、それでいいか?」
同意を得たところで、線を書き終える。
紙の下の部分を折り曲げて、くじの完成だ。
ここは是非とも黒猫か沙織のを引き当てたいところだが……。
じゃんけんで勝った順に名前を書き込み、折り曲げた部分を開く。
果てしてクジの結果や如何に――!?
「ふぅん、あんたのか」
「これが世界の選択……非情なものね……」
「まぁ、開封が楽しみですわ」
「ほっ、助かった」
反応だけで分かるとも思えないので(そんな奴がいたらエスパーだ)、結果を簡単に書く。
桐乃→黒猫
黒猫→桐乃
俺→沙織
沙織→俺
見事にマンツーマンなプレゼント交換になっちまった。
でもまあ、怖れていた『自分に自分でプレゼント』という事態は避けられたので、
わざわざやりなおす必要もないだろう。
「開けてもいいか?」
「わたしも開けても?」
俺と沙織は同時に笑って、包装紙に手を掛ける。
良識ある人物からのプレゼントとは、かくも安心して受け取ることができるのか。
これで相手が桐乃だったら、R-18のロゴが刻まれた直方体を警戒しなくちゃならねーところだ。
果たして沙織の包みから出てきたのは、7、8インチの写真立てだった。
といっても実際に写真をはめ込むタイプではなく、
PCや記憶媒体から画像ファイルを取り込んで有機ELディスプレイに描写する、
いわゆるデジタルフォトフレームというやつ。
今どき珍しいモンでもねえが、箱裏に書かれていた簡易スペックを読んで魂消た。
え、何この画素数……しかも極めつきの3D対応!?
「おいおい、これ……スゲー高かったんじゃないか?」
コレと俺がお前にあげた置き時計なんかじゃ、全然価値が釣り合わねーぞ。
沙織はゆるゆると首を横に振り、
「無粋な質問はおよしになって、京介さん。
大切なのは気持ちです。
京介さんから頂いたこの時計、大事に使わせて頂きますわ」
愛おしげに、俺からのプレゼントを胸に抱く。
お前は本当にいい奴だよな……と感動したのも束の間、
隣から黒猫と桐乃の言い争いが聞こえてきた。
「あなたね……。
普通プレゼントというものは、相手の立場に立って考えるモノでしょう?」
「相手の立場に立って考えた結果がそれなんだケド?」
「お気に入りアニメの布教とはき違えているのではなくて?」
「うるさいなあ。
あんたが要らないなら、あんたの下の妹にあげればいいじゃん。
メルル好きなんでしょ?」
「……折角貰っておいて悪いけれど、そうさせてもらうわ。
きっと大喜びするでしょうね」
視線を落とせばピンクの山、否、大量のメルルグッズが。
対して桐乃の手には見るからに温かそうな黒い毛糸の手袋がはめられている。
そりゃ黒猫も文句の一つも言いたくなるわな。
俺は沙織と顔を見合わせて苦笑した。
手元のフォトフレームを差し置いて、黒猫お手製の手袋が欲しいと思っちまったのは内緒だぜ。
◇◆◇◆
沙織を乗せた深緑のラグジュアリー・サルーンが遠ざかっていく。
『それでは、また近いうちにお会いしましょうね』
去り際の一言が、耳朶にこびり付いて離れない。
次に会えるのはいつになることやら。
俺は沙織の面影を振り払うように、今にも雪が降り出しそうな鈍色の空を仰いだ――。
「何を格好付けているの?」
「うわ、すっごい自分に酔ってる顔してる」
うるせーな。
空気を読め空気を!
桐乃は気遣わしげに俺の腕に寄り添い
『泣かないで、お兄ちゃん』
と言うところで、黒猫は気丈に振る舞いつつも
『沙織にはまたすぐに会えるわ』
と言うはずが嗚咽で言葉にならないシーンだぞ、ここは。
「…………」
おいやめろ、頭がアレな人を見るような目で俺を見るな。
「沙織が忙しいのは一時的なことだと、沙織自身が言っていわ。
もっとも、あなたはこれから受験で沙織以上に多忙を極めるでしょうから、
しばらく会えなくなるというのはあながち間違っていないでしょうけどね………。
フン、そんなに沙織と会えなくて寂しいというなら、
そのフォトフレームに沙織の写真を入れて飾っておいたらどう?」
な、なんか酷くないっスか?
今日のお前は白猫だろ?
白猫は電波ワードと毒舌禁止なんだぞ!
「誰がそんなことを決めたのよ?」
いや、俺が勝手にそう思ってるだけです、ハイ。
黒猫と言い合っているうちに、沙織が欠けた物寂しさが紛れていく。
俺たちは最寄りの駅を目指して、雑居ビルを後にした。
ふと、誰かさんの口数が少ないことに気が付き、
黒猫の頭越しに桐乃の様子を盗み見てみれば……。
妹は俺と黒猫の遣り取りを、複雑な笑顔で眺めていた。
しばらく歩くと、秋葉原駅の中央改札口が見えてきた。
桐乃はここからファッションショーの出演準備のために池袋に向かう。
そして俺は、
1、桐乃と同じ電車に乗る。"あやせ"との約束を果たすために
2、桐乃を見送る。ショーが始まる少し前まで、"黒猫"と秋葉で時間を潰すつもりだ
>>80までに多かった方
同一IDはノーカウント
この選択肢だけでルートが確定することもありえます
選択は慎重に……
2
77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:23:58.85:yQ6QlGCbO2で
一番の正解は黒猫も一緒に連れていくことだと思うが
82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:35:38.87:H5SGsdp40一番の正解は黒猫も一緒に連れていくことだと思うが
2
俺も>>77に同意
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:24:14.18:2Vn82Ivi0俺も>>77に同意
2
79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:29:47.56:1nU82sOu02
83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:38:34.92:+yIhwK3R0そして俺は桐乃を見送る。
ショーが始まる少し前まで、黒猫と秋葉で時間を潰すつもりだ。
脳裏に、数日前の光景が過ぎる。
――『わたしの相手役になってもらえませんか?』――
あやせからの申し出を、俺は熟考の末に断った。
何故か御鏡が
『素人でも問題はない』
『あやせさんは見知らぬ男性モデルよりも、知り合いであるあなたを望んでいる』
などと横から口を出してきたが、俺の気持ちは変わらなかった。
あやせと一緒にゴージャスな衣装を着て、
これみよがしに腕を組み、花道を歩くまたとないチャンス……だってのは分かってる。
でも、いくら御鏡がいいと言おうが、
俺は人目を浴びることに関しては超がつくほどの素人なのだ。
緊張で足が震える。
フラッシュの嵐でまともに目が開けられない。
段取りを忘れて後続に迷惑をかける……etc。
想定される失態を挙げればキリがない。
ビビリ?悲観してばかりのヘタレ?
確かにお前らの言い分はもっともだし、そうじゃないと言えば嘘になる。
けどな……俺が一番気にしているのは、結局はあやせのことなんだよ。
馬鹿な失敗をやって、恥をかくのが俺だけなら別に構わねえ。
悲しい青春の思い出が、俺の人生史に刻まれるだけならな。
でも、実際はそうじゃない。
隣にいるあやせは俺と一緒にたくさんの白い目で見られることになるし、
俺を相方に推薦した張本人として、お叱りを受けることになるかもしれない。
今後の芸能活動に影響を及ぼすことが……ないとも言い切れない。
そういうことを考えると、俺には安易な気持ちであやせの誘いに応じることが出来なかったのだ。
『お兄さんの気持ちは分かりました』
俺の話を聞いて、あやせはすんなり納得してくれた。
光彩の失せた瞳で睨み付けられ、
『お兄さんには失望しました死ね』
とエッジの効いた暴言を吐かれるかと内心ドキドキワクワクしていたが、
そんなこともなく、
『お兄さんはショーを見に来てくれるんですよね?
桐乃だけじゃなくて、わたしのこともちゃんと見てて下さいね。
わたし……壇上からお兄さんの姿を探して、お兄さんに向かって手を振りますから』
と嬉しいことを言ってくれた。
「じゃ、あたし先に行くね。
秋葉で遊ぶのに夢中になって、あたしの出番見逃したら承知しないから」
「おう」
改札の向こう側に消えていく桐乃を見送る。
妹のライトブランの後ろ髪が群衆に紛れて見えなくなった頃、
俺は隣の黒猫に訊いた。
「これからどうする?」
「相も変わらず優柔不断な雄ね。
ただ歩くもどこかに立ち寄るも、あなたの好きになさいな。
所詮はあの女のショーを見るまでの、時間潰しなのでしょう?」
物事を詰まらなく表現することにかけては天才的だなコイツ。
「お前な……今は二人きりで、しかも今日はクリスマスだぜ」
「だ、だから何だと言うの?」
「たとえ時間つぶしでも、今の時間を楽しもうって言ってんだよ」
黒猫は何か言いたげな表情で、ぎゅっと下唇を噛む。
「わたしたちは……………でしょう?」
俺は黒猫の発言を聞き流し、時計を見る。
プレゼント交換会が沙織の都合で早めに終わったこともあり、まだ六時を少し過ぎたあたりだ。
「お前、腹減ってないか?」
「わたしは別に……」
「俺は減った。今のうちに、腹の中に何か詰めとこう」
そんなこんなでやってきたマックにて、俺たちは思わぬ二人組と遭遇した。
先に黒猫を席に着かせて二人分の注文を取ろうとレジ前に並んだところ、
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきて、何気なく振り返ると、
「~が~で、~だから、やっぱりわたしは輝貴受け帝攻めが最高だと思うんです」
「……そうですね」
絶賛BLトーク中の瀬菜と真壁くんがいたのだ。
なんたる偶然。
瀬菜が俺の存在に気づいてからは、
トントン拍子で相席をすることが決まり、
俺がおぼんを手に二人を引き連れて戻ると、黒猫はジト目で俺を睨み付けてきた。
これではとても落ち着いて食事がとれないじゃない、との文句が、
視線を通じてヒシヒシと伝わってくる。
や、俺が誘ったわけじゃないんだって。
瀬菜が半ば強引にだな……。
「あれ、五更さんも一緒だったんですか?」
黒猫の姿を認めた瀬菜が、驚いたように言う。
俺は今の今までクリスマスに俺が一人で秋葉に繰り出していたと思っていたお前に驚きだよ。
黒猫は自分の前に座った瀬菜をすげなく見据え、
「そうよ。わたしが一緒だったら悪い?」
「何も悪いとは言ってませんけど……。
テキストの作り直しで、とても外に出ている暇なんかないと思ってましたから」
「ゲーム制作は一時中断よ」
「五更さん、冬コミに間に合わせる気、ありませんよね?」
「そうね。……奇跡でも起こらない限り、出展を諦めざるを得ないでしょうね」
俺は女子二人を尻目に、ハンバーガーの包みを解きつつ考える。
現状を見る限り、真壁くんは勇気を出して瀬菜をデートに誘うことに成功したようだ。
瀬菜の服装は下はミニスカートに上は丈の詰めたジャケットという組み合わせで、
なるほど、赤城(兄)の言っていたとおり、イメージの中の瀬菜より随分フェミニンな印象を受ける。
胸は強調するまでもなく大きく、赤い縁の今風メガネに、
俺の心はときめかざるを得ない――あ、黒猫がこっち睨んでる。
俺は視線を真正面の真壁君に逸らして、
「今まで何をしてたんだ?」
真壁くんは薄い笑みにやるせなさを滲ませて言った。
「映画を観てました」
無難な選択だな。で、どんな映画?
「恋愛モノです」
スイーツ(笑)御用達の純愛(爆)映画かと思いきや、
真壁くんが挙げたタイトルは以前から大量のCMが打たれていた話題作で、
ストーリーも王道という、まさに今の瀬菜と真壁くんにぴったりなチョイスに思えたのだが――しかし。
「それが、恐ろしくつまらない内容で。
僕も赤城さんも、眠気を堪えるので必死でした。予告編詐欺にも程がありますよね」
「まあ、そういうこともあるさ」
新作映画を観るときは、ハズレを引く覚悟も必要だ。
「はは……」
消沈した様子の真壁くんに、俺は小声でアドバイスする。
「次に繋げられると思えばいいんだよ。
『前のは酷かったから、次はもっと面白いのを観に行こう』って、誘い文句が一個増えたと思えば」
「そういう発想がすぐに出てくる先輩を尊敬しますよ」
俺自身、どうしてこんな言葉が口を衝いて出てくるのか分からない。
不思議なもんだ、なんでだろうな……と考えていると、真壁くんが真顔で訊いてきた。
「先輩、実は恋愛経験豊富だったりするんですか?」
「いや、ない。それはない」
真壁くん、いっぺん冷静になって俺の顔見てみ?
この地味顔がモテ顔に見えるなら、今すぐ眼科にかかることを勧める。
あれ、自分で言ってて物凄く悲しくなってきた。
「そうですよね。先輩に限ってそれはないですよね」
誘導しといてなんだが、スゲー侮辱された気分だよ。
「これからの予定は?」
「特には考えていません。
僕の独断で映画に連れて行って、無駄な時間を過ごさせてしまったので、
次は赤城さんの行きたいところに着いていこうかな、と……」
「あー、それはやめといたほうがいいぞ」
「どうしてですか?」
クエスチョンマークの浮かんだ無垢な真壁くんに、俺は過去の自分を見たような気がした。
あのな、女ってのは基本的に男にリードして欲しがってるもんなんだよ。
多少強引でも、我を通すべきだ。
少なくとも相手の顔色伺って、場を白けさすよかよっぽど良い。
本当に瀬菜に行きたいところがあるなら、その意志を尊重するべきだけどな。
「その知識はどこで?」
「経験則だ」
「経験則、ですか……。
先輩の言っていることが、だんだん信用できなくなってきました。
さっきの言葉も嘘で、本当はこれまでに何人もの女性と……」
まーたコイツは妙な勘違いをしてやがる。
ああ、そうだよ、お前の言うとおり俺は女性経験が豊富だよ。
麻奈実との散歩や、実妹との偽装デート、
加奈子のパシリにあやせの手錠プレイを女性経験と呼ぶならの話だがな!
とその時、
「高坂先輩、真壁先輩、二人で何の話をしているんですか?」
と瀬菜が会話に割り込んできた。
俺は咄嗟に頭を捻り、
「瀬菜も真壁くんも、付き合い長いのに妙に堅苦しい呼び方してるなーって話だよ」
ちょん、と黒猫に脇腹を肘でつつかれる。
「口から出任せもいいところね」
小声で窘められた。
耳聡い奴だ。
瀬菜と話していながらも、しっかり俺と真壁くんの会話を聞いていたらしい。
一方、瀬菜はコロッと騙されてくれて、
「わたしと真壁先輩が?
わたしは普通に話してるつもりなんですけど……堅苦しく聞こえます?」
「そう。まさにそれだよ。その『真壁先輩』ってのがまず堅い。
ここは部室の中でも、ましてや学校の中でもねえんだから、
もっと気軽に……そうだな、『楓さん』とでも呼べばいいんだよ」
「え、ええっ!?
そんな……わたし……今までずっと真壁先輩って呼んでたのに……。
いきなり名前で呼んじゃってもいいんですか?」
「いい。俺が許す」
そんでもって、そこで固まってる次期ゲー研部長候補。
お前もお前だ。
いつまで後輩に『赤城さん』なんて馬鹿丁寧な呼び方を使ってるんだ?
本気で瀬菜と付き合いたい気持ちがあるのか?あん?
「真壁くんはこれから瀬菜のことを『瀬菜ちゃん』と呼べ」
「そっ……それは流石に馴れ馴れしすぎるんじゃあ……」
動揺している瀬菜に、煮え切らない真壁くん。
世話の焼ける後輩だ。
俺は溜息をついて、軽く手を打って音頭を取ってやることにする。
せーの――。
「楓……先輩?」
「瀬菜……さん?」
なんじゃそりゃ。
「及第点、といったところかしら」
黒猫が耳許でクスリと笑う。
俺が真壁くんと瀬菜の仲を取り持とうとしていることには、とっくに気が付いているに違いない。
まあ……理想的な呼び名からそれぞれワンランク下げた形だが、
前よりは確実に改善されているので、これでよしとしてやるか。
「こ、高坂先輩と五更さんは、どうして秋葉原に?」
と真壁くんが上擦った調子で言った。
自分と瀬菜から話題を逸らそうと必死な様子が伺える。
ちょっと弄りすぎたかもな……と俺はちょっぴり反省しつつ、
「そりゃあクリスマスなんだから、デートに決まっ――げふぅ」
「今のは戯れ言よ。聞かなかったことにして頂戴」
ちょ、黒猫さん……いきなり肘鉄は酷くね!?
「黙りなさい、この嘘つき」
俺は泣く泣く目線で訴える。
これにはワケがあるんだよ。頼むから話を合わせてくれ、な?
俺の祈りが通じたのか、黒猫はツンと顔を背けて、
「まあ、デートと言えないこともないわね」
「意見が二転三転してるが、お前らも知ってのとおり、こいつ照れ屋だからさ――ぐふっ」
痛ってぇなぁ!
コイツ加減てもんを知らねえのか!?
「はぁ、はぁ……とにかく、デートが目的で秋葉に来てるのは本当だぜ」
「そうだったんですか。まぁ、そんな気はしてましたけどね」
とさして驚いたふうもなく頷く真壁くん。
しかし瀬菜は得心していない様子で、
「高坂先輩と五更さんは…………」
長い沈黙を挟み、
「…………付き合ってるんですか?」
真顔で訊いてきた。
その文句は一見この前の真壁くんのそれと同じようで、
言葉に込められたニュアンスは180度違うように感じられた。
分かりやすくいうと、真壁くんが訊いてきたときのようなからかう感じ……"遊び"が一切感じられないのだ。
メガネの奥の瞳が、なんだか怖い。
「あっ、ごめんなさい。変な空気になっちゃいましたね」
瀬菜は頬をぽりぽりかいて、
「……実は前からずっと気になってたんです。
でも、訊くまでもありませんでしたよね。
だって五更さんと高坂先輩、あたしが会ったときからずっと一緒じゃないですか?
これでくっついてないほうが、逆におかしいですよね……あはは」
真壁くんはオロオロと自分以外の顔を順番に見つめている。
俺はなるたけ黒猫を意識しないようにして、
「俺たちは……付き合ってない」
「またまたー。高坂先輩、隠さなくてもいいですよ?
五更さんが恥ずかしがりやで、秘密にしておいて欲しいって言われてるんですよね?」
もはや瀬菜が誤解するままに任せておいた方がいいような気がしてきた。
俺は無言を貫く。黒猫はアクションを起こさない。
やがて瀬菜はさっぱりした顔をで笑うと、
「あたし、こんな性格だから……そこのところ、きっちりさせておきたかったんです」
そういやこの子は、曖昧なことが大嫌いなんだったっけ。
俺は今更になってそんなことを思い出した。
さっきの真剣な眼差しも、きっとそれが原因だろう。
「……冷めないうちに頂きましょう?」
という何気ない黒猫の一言で、俺たちの席を覆っていたおかしな空気が、
周囲の喧噪と融け合い、感じられなくなる。
それから俺たちは共通の話題――ゲー研の活動――で盛り上がり、
瀬菜が注文したフライドポテトLサイズを皆で食べ終えた頃には、七時を回っていた。
◇◆◇◆
雑踏に歩み出した真壁くんと瀬菜の後ろ姿は、すぐに人波に揉まれて見えなくなる。
「……ふぅ」
俺は深い息を吐いて、傍らの黒猫に話しかけた。
「デートってことにしておいて欲しかったのは、」
「わたしたちがあなたの妹のファッションショーが始まるまで時間を潰していることを知れば、
あの二人がわたしたちに同行すると言い出すと思ったから、でしょう?」
ご名答。
つーか、分かってたなら肘鉄食らわす必要無かったんじゃないスか?ねえ?
「なんとなく腹が立ったのよ」
もうちょっと具体的な動機あげてくれないと俺の右脇腹が浮かばれないんだが。
「まあ、前もってお前に相談していなかったことは謝るよ」
黒猫は腕組みして嘆息する。うわ、説教モード入っちまった。
「忠告しておくわ。
二人の心の機微を同時に操ろうなんて愚かしい考えは捨てることね。
不器用なあなたがこんなことをしようというのがそもそもの間違いなのよ。
さっきの呼び名を変えるのにしても、一歩間違えれば二人の関係にヒビを入れていたかもしれないわ」
「結果的にはうまいこといったんだから、別にいいじゃんか」
別れ際、瀬菜が真壁くんに笑顔で言っていた言葉を、ド忘れしたとは言わせねえぜ。
――『"楓先輩"、次はどこに連れて行ってくれるんですか?』――
しかし黒猫はバッサリ、
「私は結果オーライという言葉が大嫌いなの」
と断った上で、
「あなたの目にはあの女のテンションの変わりようが、不自然には映らなかったの?」
「別に?」
俺は本心からそう言った。
すると黒猫はまるで道路に捨てられ幾度も車に轢かれた軍手を見るような目で俺を見て、
「つくづく……鈍感な雄だこと」
と吐き捨て、一人勝手に歩き出す。
ま、待てよ。
どうしてお前が不機嫌になるんだよ。
お前はこの件で何も損してねえし、不利益を被ったわけでもねえじゃねえか?
つんけんした態度を崩さない黒猫の背中を見失わないよう、スゴスゴと追いかける。
これじゃまるで主従関係で、どう見てもデートではない。
嘘からまことが出ないもんかと期待してたんだが……人生はそんなに甘くないらしい。
「やれやれ」
黒猫は結果オーライという言葉が嫌いと言ったが、
平凡な人生を謳歌すると決めている俺は、一方でこの運に身を任せた言葉が好きだったりする。
実際、瀬菜と真壁くんの仲は上手くいきそうな様相を呈している。
真壁くんにはせっかくのクリスマスなんだから夜景を見に行けばどうだ、と入れ知恵しておいたので、
ロマンチックなムードにも事欠かないだろう。
上手く事が運べば、キスくらいは……いや、そこまで真壁くんに期待するのは酷か。
肩を抱くくらいでいっぱいっぱいのような気がする。
他方、意外だったのは瀬菜の積極性だ。
マックの前で別れる直前は、思いっきり真壁くんのことを『楓先輩』と名前で呼んでボディタッチしていたっけ。
ハハッ、まるで何か吹っ切れたみたいにさ。
あの光景は、俺に桐乃の言葉を思い出させた。
『てか、せなちーにこの前好きな人がいるか聞いたら、普通にいるって言われたしィ。
年上の人で、せなちーの趣味も理解してくれる、すっごく優しい人なんだって~』
その年上の人とは、やはり真壁くんだったのだ。
つーか、それ以外に考えられねえよな、普通に考えて。
しばらく歩いていると、黒猫の歩調がゆっくりになる。
隣にならんでもいいよのサイン。俺はそっと距離を詰める。
黒猫が不機嫌になった理由は、いまだもって分からない。
が、その原因が俺にあることはなんとなくわかる。
「悪かったよ」
「あなたが謝る必要はないわ。
これは……その…………」
これは、その?
黒猫は長い黒髪に表情を隠して、
「わたしが勝手に、機嫌を損ねているだけ。
あなたは『理不尽だ』と、むしろ怒って然るべきなのよ」
「お前……」
そんなふうに言われて、怒れる奴がいるか。
黒猫は今度は、足音に紛れてしまいそうなほど小さな声で言った。
「わたしはあの二人を見て――羨ましいと、感じてしまったの」
それは、俺たちの間だけでしか通じない告解だった。
俺たちの間だけでしか意味のない懺悔だった。
俺は何も言わずに、黒猫の手に自分の手を重ねた。
振り払われる。もう一度重ねる。……今度は、微弱な力で握りかえしてきた。
「厭らしい女ね。
こうしてあなたに弱音を吐いている自分が、大嫌いよ」
「そのお前を叱らずに、むしろお前の本音を聞けて嬉しいと思っちまってる俺よりマシだろ」
「莫迦……」
愛しみの込められたその言葉を聞いたとき、
心の箍が軋む音が、胸の内側から聞こえた気がした。
俺は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。
円満な未来を捨てて、現在の欲求不満を解消しようとしている。
後先のことから目を逸らし、約束を忘れ、ただ自分と黒猫の幸せだけを願っている。
それは……いつ訪れるとも知れない終わりを待たずに、自分で終わらせる選択肢。
目を瞑る。
それの何がいけないんだ、と誰かがせせら笑うように言った。
また同じ過ちを繰り返すのか、と誰かが窘めるように言った。
俺は――
1、踏みとどまった。さあ、そろそろ移動しないと"桐乃"のファッションショーに間に合わなくなる
2、もう終わらせてしまうことにした。これ以上"黒猫"への気持ちを抑えることはできない。
>>133までに多かった方
二つ目にしてラスト分岐です
111111
129:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:06:14.16:N0SWLSEK01
130:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:06:56.08:IyEZaj/e01
131:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:07:38.78:y0JR2HdF01
132:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:08:25.06:g2YeM25001
133:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:09:09.32:0j/AJvN+0真の男ってのは、約束は守るんだよ
だから1
138:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:10:20.24:75ppS4rGOだから1
何という結束力
143:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 01:34:13.62:vofPIk6m0俺は踏みとどまった。
溢れかけた暗い気持ちを心の奥底に仕舞い込んで、
今度こそ悪さをしないよう、厳重に封をする。
悪いな、お前はもうしばらく眠っててくれ。
然るべき時が来たら、出して自由にしてやるからさ。
やがて黒猫はスンと洟を啜り、
「取り乱してしまって、ごめんなさい」
取り乱す?……はて何のことだ?
お前、夢で見てたんじゃねーか?
俺はいつも黒猫が俺にそうするみたいに、フッと鼻で笑ってやる。
「ええ……そのようね。
夢の中でわたしは、途方もなくひ弱な、人間以下の生き物に成り下がっていたわ。
言ったでしょう?聖なる夜は闇の眷属の力が弱まり、天使が隆盛を極めるのよ。
大天使の一人がわたしを発見して、『真夜中の白昼夢(ホワイト・ナイトメア)』を発動したと考えるのが妥当かしらね」
「その大天使とやらは、もうどっかに行っちまったのか」
「わたしの精神防壁の高さに恐れをなして逃げていったようよ。
もう……あんな夢を見ることもないでしょうね」
言葉を紡ぐごとに、黒猫の声に芯が通ってくる。
もう大丈夫だろう、と俺は胸を撫で下ろした。
黒猫が号泣して胸にしがみついてきたとして、
俺の鋼の自制心は耐えて30秒が限度だろう。
俺とコイツの今の関係は……双方の努力なくしては成り立たない。
どちから一方でも折れちまえば、なし崩し的に両方頽れちまう。
そんな、脆い関係なんだ。
いつまでも並んで歩いていたい気持ちを抑えて、俺は言った。
「そろそろ移動しようぜ。あいつのファッションショーに遅れちまう」
「あら、もうそんな時間なの?」
俺たちは駅を目指して面舵を切る。
黒猫と二人きりの時間は、あっという間に終わってしまった。
だから俺は指を絡めるやり方で、黒猫と手を繋ぎ直す。いわゆる恋人繋ぎという奴だ。
「あっ……」
「今だけだ」
俺を襲った甘い誘惑の名残を、右手の中に確かめる。
繋いだ手は、駅の改札口を通る前に解いて(かれて)しまうだろう。
それでもって改札を通れば、再び繋ぐ(がれる)ことはない。
だから――なあ、桐乃――束の間の恋人気分を味わうくらいは、許してくれてもいいだろう?
◇◆◇◆
池袋駅で降車し、西口方面の某所を目指す。
ファッションショー自体はもう始まっているはずだが、
あやせや桐乃の出番は最後のほうと聞いているので、見逃す心配はない。
繁華街の奧に入っていくにつれて、
街を彩るイルミネーションはより煌びやかに、より大掛かりなものに変化していく。
隣の黒猫はさっきから視線をあちこちに泳がせている。
クリスマスは闇の眷属が云々と言っていたが、
店先のツリーや電光の瞬きに目を奪われているあたり……。
「どうしたの?人の顔をまじまじと見つめて」
「や、お前もフツーの女の子なんだと思ってさ」
ぎゅむ、と足を踏まれた。
失言?今の失言だった?
「綺麗なものを綺麗だと素直に受け取れないほど、わたしの美的感覚は捻くれていないわ。
静かに鑑賞できる場に行きたいものだけど……そんな場所はこの街のどこにも存在しないのでしょうね」
クリスマスで浮かれ騒いでいる連中が消えてなくなればいいのに、とか物騒なこと考えてそうだな。
「お前はそう言うけど、この賑やかな雰囲気もコミで――」
――クリスマスだろ、と言い終える前に携帯が鳴った。
着信音の種類からするに、メールではなく電話のようだ。
「出てもいいか?」
黒猫は無言で頷いた。
携帯を開けば、画面にはあやせの名前が。
神速で通話ボタンをプッシュした。
「どうしたんだ、あやせ?
あと半時間くらいで出番だってのに、電話なんかしてる余裕あるのかよ?」
わざとからかうような調子で言う。
へへっ、言わなくても分かってるぜ。
愛しのお兄さんに緊張を解してもらおうと思ってかけてきたんだよな?
「お兄さんっ!?
き、きき、桐乃が……!」
桐乃?
「桐乃がどうかしたのか?」
嫌な予感しかしねえ。あやせは声を裏返して叫んだ。
「桐乃が……どこにもいなくなっちゃったんですっ!!」
「桐乃がいなくなったぁ!?」
隣で澄まし顔をしていた黒猫が、ぴくりと反応する。
ここで俺まで取り乱せば、あやせはいよいよパニックに陥るだろう。俺は努めて冷静に尋ねた。
「あいつがいなくなったときの状況を、簡単に説明してくれ」
「さっきまで……ついさっきまで、控え室で一緒だったんです。
なのに桐乃……トイレに行ったっきり戻ってこなくて……、
流石に遅すぎると思って探しに行ったんですけど、どこにもいなくて……。
今は、手が空いてるスタッフの人たちみんなで探しています」
でも、とあやせはほとんど泣きそうな声で言った。
「もし桐乃が『自分の意志で』どこかに行っちゃったんだとしたら、見つかりっこないです!」
俺と黒猫の両脇を流れる、無数の人波を眺める。
桐乃が自ら雑踏に紛れたと仮定するなら、桐乃を探し出すのは困難を極めるだろう。
あいつの出演時間までに発見できる可能性は、さらに低い。なにやってんだよ、桐乃。
あやせや他のモデルに心配かけて、準備に忙しいスタッフの方々に迷惑かけてよ。
拉致されたってんなら話は別だが……お前に限ってそれはねえか。
ったく、ホントに傍迷惑な奴だよなあ、お前は。
「お兄さん……?」
あやせが黙りきりの俺を気遣うような声を出す。
捜索をすっぱり諦め、せめてあやせの出演だけでも目に焼き付ける――のが、合理的な選択肢なんだろう。
でもさ。
どんだけ理屈を捏ねくり回そうが、俺があいつの兄貴であることに変わりはなくて、
しかも俺は『お前の晴れ姿を見に行く』と、あいつと約束しちまってるんだよ。
「すぐにそっちに向かう。もうだいぶ近いところまで来てるんだ」
来てどうするんですか、と訊かれる前に、
「俺も桐乃を探すよ」
通話を切って、黒猫に向き直る。
さて、聞き耳を立てていたお前には改めて説明する必要もないと思うが……。
「あなたの妹が失踪して、あなたは今からその行方を追うのでしょう?」
さすが黒猫。話が早い。
それで、だ。
「ちょっとばかし走ることになるが……着いてこれられるか?」
「冗談」
黒猫は自嘲気味に笑んで、
「仮初めの人型に身を窶しているわたしが、あなたの全力に追従できると思っていて?
置いて行きなさいな。遠慮は無用よ。
わたしはわたしのスピードであなたの後を追うから」
「すまん。あいつを見つけたら連絡する」
踵を返した俺の背中に、黒猫の微かな呟きが聞こえた。
「ふふっ、なぜかしらね……良いインスピレーションの予感がするわ」
現在時刻、七時四十分。
ファッションショーの第一部は既に始まっていて、
ステージ前は既に多くの一般客やら報道陣やらで埋め尽くされている。
客層は出演モデルがティーン誌の人気読モということもあってか、十代の女の子が中心で、
そしてその中にはきっと、桐乃の姿を見るのが目的でやってきている子がいるはずだ。
「すんません、通して下さい」
人の壁を押し分け掻き分け奧に進み、ステージの裏手に回り込む。
「ちょっと君」
と警備員に声を掛けられたが、
「モデルの家族です」
と言って、そのまま舞台裏に直行――できるわけがなかった。
腕を掴まれ、
「そうやって舞台裏を覗こうとする人がたくさんいるんだよ。
モデルの家族って、君もね、つくならもうちょっとまともな嘘を、」
「その人はわたしのお兄さんです。通してあげてください」
声のした方に視線をやれば、あやせが毅然とした態度でこちらを見つめていた。
年若い警備員は突然の出来事に狼狽えた様子で
「いや、しかし確認が……」
スゥ、とあやせの双眸から光彩が失せる。
「二度は言いませんよ?」
怖ぇ!
警備員の変わり身も早かった。
「ど、どうぞお入り下さい」
「行きましょう、お兄さん」
俺はあやせに手を引かれ、特設ステージの裏手に移動する。
舞台裏に当たるこの場所は、ちょうどステージと背後のビルの中間地点的な役割を果たしており、
仕切りによって観客席からは完全な死角になっている。
出演モデルはビル内の控え室で順番を待ち、
出番が近づくとここに移動してスタッフの最終チェックを受け、階段でステージに上る手筈になっているようだ。
今も見目麗しい女性モデルと男性モデルが数人控えていて、
戻ってきた組の男女と入れ替わるように、別の組の男女が出て行った。
皆、闖入者に注意を払うような余裕はないらしい。
俺はほぼ答えを確信しながら、
「桐乃はまだ見つからないのか?」
あやせは力なく首を横に振る。
よくよく見てみれば、今日のあやせは一段と綺麗だった。
髪は派手すぎない程度に盛られていて、
耳には薄闇の中で静かに存在を主張する真珠のイヤリング、
身に纏った黒のショートドレスは妖艶さとあどけなさを兼ね備え、
まさに今回のショーのコンセプトである『背伸びする少女』に合致しているように思える。
ここは携帯カメラで写真を撮りまくり、褒めちぎった後で、
相方役の男性モデルに『俺のあやせたんに変なことしたら許さねえぞ』と釘を刺しておきたいところだが……。
「あいつはビルの中の控え室でいなくなったんだよな?」
今は桐乃のことに集中だ。
あやせは頷く。
「ビルの中は探したのか?」
「スタッフの皆さんが隈無く探してくれました。
でも、どこにも見当たらなくて……」
外に出た可能性が高い、と。
「その時、桐乃はもう衣装着替えしてたのか?」
「はい」
「どんな衣装なんだ?」
あいつの顔は見間違えようもないが、後ろ姿で判断するのは難しい。
俺の質問に、あやせは口籠もりつつ、
「……白い……真っ白な衣装です」
白、ねえ。アバウトだが、重要な手がかりだ。
「あの、お兄さんはこれから、」
「ビルの中を探してみる。
スタッフの人たちが一度探したって言っても、漏れてる場所があるかもしれない」
外の人混みの中を当て所なく彷徨うよりは、
桐乃が失踪した場所に絞る方が、まだいくらか、見つけられる可能性が高いはずだ。
俺は脇のパイプ椅子に掛けられていた、イベントスタッフ用のウィンドブレーカーを拝借し、袖を通す。
これでビル内を歩き回っていても、不審な目で見られることはないだろう。
……希望的観測が過ぎるってか?
言われなくても分かってるさ。
それでも動かずにはいられないんだよ。
「そういや、桐乃の相方の御鏡は今どうしてるんだ?」
あいつも捜索隊に加わって奔走してるのか?
「控え室で待機されていると思います」
悠長なヤローだ。
青息吐息でビルの方向に足を向けると、あやせが話かけてきた。
「あ、あの……お兄さん、わたしも桐乃を、」
「あやせは手伝わなくていい。
お前もこのファッションショーを盛り上げるモデルの一人だ。
自分の出番が終わるまで、桐乃のことはいったん忘れろ」
「そんなこと、できるわけがないじゃないですか!」
「どんな時でも笑顔でカメラの前に立つのが、本物のモデルだろ?」
「わたしは桐乃じゃない。桐乃みたいに強くないんですっ」
ファッションショーから逃げ出してさえ、あやせの中で、桐乃の立ち位置は変化していないようだ。
日頃のモデル撮影で、どれだけあいつが自分を律して、完璧な被写体を演じているか伺えるね。
俺は小指を差し出して言った。
「あいつは絶対に俺が連れ戻すよ。約束する」
「お兄さん……」
「だから、お前はちゃんとモデルをやれ。
お前が出るのを期待してる奴らは大勢いるんだ。
そいつらをガッカリさせないためにも、あやせはステージに上がらなくちゃならないんだよ」
かくいう俺があやせの晴れ姿を見られそうにないのは、非常に残念だがな。
あやせはおずおずと小指を絡めて、
「約束、守って下さいね?」
「おう。お前もな」
指に微かな力を込める。
もしも嘘をついたら――。
小さなメゾソプラノが、恐ろしい罰の内容を歌い上げた。
小指を解き、踵を返す。
しかし少し歩いたところで、俺はもう一度だけ振り返った。
大切なことを言い忘れていたからだ。
「綺麗だぞ、あやせ」
◇◆◇◆
ビル入り口に置かれているフロアガイドに目を通して、俺は自分の考えの甘さを思い知らされた。
クソッ、地下二階から地上十一階まであるのかよ。
これじゃあ全フロア見て回る頃には、ファッションショーが閉幕してるじゃねーか。
隠れ場所として有り得そうな場所――トイレの個室や婦人服売り場の試着室等――は、
スタッフが隈無く捜索したとあやせが言っていた。
また各フロアの販売員には、モデルの一人が行方不明との連絡が行き渡っているようで、
桐乃もそんなことは承知しているだろうから、人目が多いところは捜索範囲から削っていいだろう。
それにしたって、時間は大いに不足しているがな。
「はぁっ……はぁっ………」
階段を使って、地下一階から地上一階へ。
外の喧噪が、ビル内のBGMに負けじと聞こえてくる。
ファッションショーは良い盛り上がりを見せているみたいだな。
桐乃、と大声で名前を呼びたい気持ちを堪えて、直走る。
イベントスタッフ用のウィンドブレーカーが功を奏したんだろう、
客も従業員も俺を怪訝な目で見るだけで、咎められたりはしなかった。
人気のないバックヤードや搬入口を粗方チェックして、地上二階へ。
同じことの繰り返し。桐乃はいない。
地上三階へ。
階段を上る足がキツイ。
桐乃の姿は見当たらない。
地上四階へ。
冬なのに息は弾み、額や首筋に汗が滲んでいるのが分かる。
また同じことの繰り返し。やはり桐乃はどこにも見当たらない。
ハッ。
壁に背中を預けて呼吸を整えていると、
カラカラに乾いた喉の奥から、笑いがこみあがってきた。
間に合わねえ。
間に合いっこねえよ、こんなんもん。
腕時計の針は、桐乃の出演時間までもう半時間もないことを示している。
桐乃を舞台裏に連れ戻して、衣装直しをさせるので10分かかると仮定すると、
純粋に捜索に当てられる時間は、もう20分も残っちゃいない。
地上五階から十一階、プラス屋上の8フロア……階段での移動時間を差し引きすると、
一つのフロアに当てられる時間はたったの2分にも満たない計算になる。
極めつけにそもそもこのビルに桐乃が存在していない可能性を加味すりゃあ、
考えれば考えるほど、一生懸命に妹を探していることが馬鹿らしくなってくるぜ。
「………」
諦めるか?
「………」
まさかな。
結局、俺は賭けに出ることにした。
各階を巡る時間が無いなら、一つのフロアに絞って探せばいい。
そんな安直な考えに従い、エレベーターに乗って地上十一階へ。
近くにあったエスカレーターを駆け上り、ガラス扉を押し開く。
もしここで桐乃の姿を見つけられなかったら……。
すまんあやせ、お前との約束は守れそうにない。
地上のイルミネーションが放つ色取り取りの光は、光源から離れるほどに拡散して混じり合う。
淡い光の霞みで縁取られた屋上に立っていると、まるで光の海の孤島に立っているような錯覚がする。
屋上にはまばらに人がいた。
一階正面で行われているショーのことを知らないとは思えないので、
ここに集っている人たちの目的は恐らく、静かにクリスマスの夜景を楽しむこと、だろう。
俄に強い風が吹いて、俺はウィンドブレーカーのジッパーを首もとまであげた。
寒そうにしているのは見渡す限り俺だけだ。
そして同時に分かったことがある。
ここに桐乃はいない。
なぜそう言い切れるかって?
ハッ、他の奴らは全員、家族連れかカップルのいずれかで、
身を寄せ合っては温かそうに笑ってるからだよ、ちくしょうめ。
「くしゅん」
と、どこかで誰かがくしゃみをした。
どうやら孤独な寒がりは、俺の他にもいたようだ。
さっきは見逃して悪かったな。
俺は声のした方に振り向き、二つ並んだ自販機の隣で、
膝を抱えてうずくまる白い人影を見つけた。
見慣れたライトブラウンのつむじがこちらを向いている。
妹を顔以外で判断するのは難しいと言ったな。
ありゃ嘘だ。
俺はウィンドブレーカーを脱いで、大きく露出した肩を覆うようにかけてやった。
「寒くねーか、こんなところでじっとしてて」
「……誰?」
不機嫌そうに眇められた碧眼が、俺を見た瞬間に丸くなる。
「な、なな、なんであんたがここにいるワケ!?」
その台詞、そっくりそのまま返していいか?
「お前が急にバックレたって連絡を受けてな。
大慌てで探しに来てやったんだよ」
そいつ――桐乃――はぎゅっと下唇を噛み締め、ふいと顔を背ける。
労いの言葉のひとつもナシかよ。
まあ、そんなもんは初めから期待してなかったけどさ。
「で……、お前はなんだってこんなところにいるんだよ?」
無反応。
「アレか、お前まさか、プレッシャーに負けちまったのか?」
煽ってみても効果ナシ。
「お前がいきなり逃げ出すなんて、なにかよっぽどの理由があったんだな。
誰にもバラしたりしねえから、言ってみ?
ははっ、懐かしいなあ、人生相談」
「……………」
優しくしたら睨まれた。
「ッチ」
ついでに舌打ちも追加された。
久しく聞いていなかった、耳障りな音だ。
さてどうしたもんかね……と考えを巡らせていると、桐乃は怒気を孕んだ静かな声で、
「最初から全部、知ってたんでしょ?」
最初から全部知ってた?
何のことを言ってるんだ、コイツは?
桐乃は八重歯を剥いて、
「トボけんなっ!
何もかも予定通りだったんでしょ?
分かってるんだよ、あたし……」
はぁ?
桐乃の言動の意味が分からない。
それよりもわけが分からないのは、桐乃の怒りの矛先が俺に向いている、という点だ。
いったい何がどうなってる?
無自覚に桐乃を傷つけてしまったことはこれまでにも何度かあったが、
今回ばかりは心当たりがないぞ。いや、マジな話。
「ふぅん、あっそ。あくまでも白を切るつもりなんだ?」
桐乃はまるで汚いものでも扱うように、
俺がかけてやったウィンドブレーカーを脱ぎ捨て、すっくと立ち上がり――。
「桐乃……お前……」
愕然としたね。
立ち姿を露わにした妹は、俺の知る妹よりも、何倍も、何十倍も綺麗で、
俺が想像すらしていなかった、特別な衣装に身を包んでいた。
まるで、いつか訪れる未来を垣間見ているような気分になる。
御鏡の言葉が、あやせの言葉が耳許で交互にリフレインする。
『美咲さんの差し金ですよ』
『……白い……真っ白な衣装です』
『――男女二人で組を作って――』
ばらばらだったピースが、頭の中で一つの絵を成していく。
頭痛がした。ああ、こりゃ傑作だ。
「な、なによその反応………。
あんたまさか、ホントのホントに、何も知らなかったワケ?」
狼狽える桐乃。俺は頷く。
再び屋上を吹き抜けた一陣の風が、妹の長い髪と……白いウェディングドレスの裾を揺らした。
ストラップレスでミニ丈のバルーンタイプという、
伝統に真っ向から喧嘩を売っているドレスだが、
それでもなぜか見る者に、これは儀式に堪える歴としたウェディングドレスなのだ、という印象を与える。
胸から腰までの絞られたラインからは、子供っぽさが微塵も感じられない。
まるで大人の桐乃と相対しているような錯覚がする。
桐乃は掠れた声で言った。
「でも……だって……御鏡さんは、兄貴が『いい』って言ったって……」
あいつめ、次会ったら承知しないからな。
「俺が許可したのは……つーか、俺が聞かされたのは、桐乃の相方を御鏡が務めるって話だけだよ。
お前がどんな衣装を着ることになるかなんて、今の今まで知らなかった。
お前も教えてくれなかったしな?」
「あ、あたしも今日、ここに来るまで知らされてなかったの!
他の子と同じ……大人っぽいドレス着せられるんだと思ってたんだから」
それを聞いて、俺は最後のピースをはめ込むことができた。
新作のウェディングドレスを秘密裏に桐乃に宛がい、
ファッションショーと称して御鏡との即席の『結婚式』を演出する。
美咲さんの計画は、俺の想像の斜め上を行っていた。
彼女にとっての想定外は、桐乃が暴れたことだ。
一度ドレスを被せてしまえば、責任感が桐乃を縛る、と思っていたみたいだが……。
お生憎様、俺の妹はな、本気で嫌なことは生半可な強制では受け入れないんだよ。
それはこいつの兄貴をやってる、俺が一番よく分かってる。
そして……だからこそ不思議だった。
桐乃はウェディングドレスを着て、御鏡の隣を歩くことの、いったい『何』がそんなに嫌だったんだ?
女の子はフツー、こういうイベントに憧れを持ってるもんだろう?
「もう一度聞くぜ。
お前、どうして逃げ出したんだよ?」
「…………」
「たかが結婚式のフリじゃねえか。女優になったつもりでやれば、」
「うるさいっ!
あんたは分かってない。何も、分かってない」
桐乃可愛い
198:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 17:46:19.81:ksgnEWsmOこの桐乃は可愛いな
199:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 17:57:14.69:1jTEMt5L0桐乃はいつだってくぁいい
200:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 18:02:02.08:vofPIk6m0俺は正直な気持ちを口にした。
「ああ、俺にはお前の気持ちが分からねえよ」
時間の猶予は、もうあとほんの僅かだ。
駄々を捏ねるお前を、有無を言わせず引きずっていくという選択肢もある。
なのになんで、俺がしつこく、お前に逃げ出した理由を尋ねていると思う?
気づいてるからだよ。
納得いかないままお前を引きずり出しても、それが結局、何の解決にもならないってことにな。
「だから、教えてくれ。お前は、何が気に入らないんだ?」
自販機の蒼白い蛍光を受けてなお、妹の頬が赤に染まっているのが見てとれる。
俺は辛抱強く待った。
やがて桐乃は両手でスカートを握りしめると、叩きつけるように言った。
「あたしはっ……あたしは、ヤだったの!
たとえフリでも……こんなドレス着て、誰かと一緒に歩いてるところを……、
あんたと黒いのに見られるのが、絶対絶対ヤだったの!」
ここで「どうして見られるのが嫌だったのか」と訊くほど、俺の頭は鈍くない。
花道を正装で歩く桐乃と御鏡。
それを離れたところから、俺と黒猫が笑顔で眺めている……そんな光景を想像してみた。
たぶん、桐乃は怖かったんだろう。
自分自身の手で、怖がっている未来を明示してしまうことが。
桐乃は初めて俺が見つけた時のように、うずくまって、顔を隠してしまう。
俺は桐乃のとなりに腰を下ろして言った。
「気づいてやれなくて、悪かった」
「今の……すっごい恥ずかしかった。
いちいち言わせんな、馬鹿兄貴」
本当に恥ずかしかったみたいで、声が少し湿っている。
俺は桐乃の肩が微かに震えていることに気づき、
「寒くないか?」
「寒いに決まってんでしょ」
傍らのウィンドブレーカーを拾おうとしたら、服の左肘部分をつままれた。
「いい。ここにいて」
肩に重みを感じ、俺はますます身動きが取れなくなる。
ゆらりと、脳裏を過ぎる記憶があった。
茹だるような夏の日に、木陰のベンチで、こうして桐乃に頭を預けられたことがあったっけ。
妹の体温が、触れあった部分を通して伝わってくる。
時の流れが緩慢になったように感じるが……、それは俺の願望がそう感じさせているだけだ。
現実の時間は正確に、無情に流れ続けている。
俺は言った。
「御鏡のことが嫌いってわけでもねえんだろ」
「嫌いなワケないじゃん。
超カッコいいし、親切にしてくれるし、優しいし、オタクだし?」
「じゃあ、俺や黒猫が見に来なけりゃ、お前はショーに出ても良かったわけだ」
「うん、そだね。……良かったカモ」
「なんでメールなり電話なりしなかったんだ。適当に理由つけて見にくんな、って一言言えばすむ話だろ」
「あんたさぁ、もしあたしがそうしてたら、見に来るのやめてた?」
それを言われるとぐうの音も出ない。
下手くそな言い訳なら、心配して様子を見に、
上手い言い訳でも、合流しようと結局はここに来ていたに違いない。
「絶対なんだかんだ言って、見に来てたでしょ。あんたシスコンだもんね」
桐乃はクスッと笑って、しかしすぐに表情を曇らせると、
「本当のこと言うとさ、あんたに連絡しなかった理由、もう一つあるんだよね。
この際だから言っちゃうケド……」
桐乃は上目遣いになって訊いてきた。
「怒らないって、約束してくれる?」
ったく、らしくねえことを言うな。
去年の春、初めて人生相談しに真夜中俺の部屋に忍び込み、
馬乗りになって俺の寝顔ぶったたいた時のことを思い出してみろ。
お前への寛容さにかけては、右に出る者なしと謳われた俺だぞ。
怒らねえから、言ってみ?
「あたし、あたしね……、あんたと黒いのを、ずっと二人きりにしたくなかったんだ。
ショーを見に行く必要がなくなったら、あんたと黒いのが一緒にいる時間が増えて、
そのままあんたがあたしとの約束忘れちゃうんじゃないかって疑ってた」
桐乃は震えた声で、
「……ごめんなさい」
と付け足す。
そんな理由を聞いて、怒れるわけがなかった。
謝らなくちゃならねーのは俺の方だ。
桐乃の疑念が現実になる一歩手前で踏み留まれたからよかったものの、
衝動に身を任せかけていた俺がいたのは、紛れもない事実なんだからな。
俺の話を聞き終えると、桐乃は穏やかな声音で呟いた。
「じゃあ、おあいこだね」
今日の桐乃は妙だ。
外見は普段より大人びているのに、話す言葉は普段よりもあどけない。
そしてそんな言葉を、すぐ近くで聞いているせいだろうか、
小さな頃の薄ぼんやりとした記憶が、徐々に輪郭を帯びていく。
「ねえ、もしあたしが最初からウェディングドレス着ること分かってたら、兄貴はどうしてたと思う?」
「どうしてたって……どうもしてねえよ。
さっきも言ったけど、所詮は結婚式の真似事だろ?」
「じゃあ、もしも本当の結婚式だったら?
止めにきてた?あたしが御鏡さん連れてきた時みたいに」
恥ずかしい記憶を思い出させるな。
馬鹿馬鹿しい例え話だと思いつつも、俺は真面目に答えてやった。
「お前に結婚はまだ早い」
「あはは……だよね。あたし、まだ十六歳じゃないし?」
「法律の話をしてるワケじゃねえよ」
「じゃあ、何の話してるの?」
「あー、それはだな……」
いかん、頭がこんがらがってきた。完全に桐乃にペースを握られている。
「ねえ、なんであたしが結婚するのがイヤなの?」
あれ、そんな話してたっけ?
「兄貴は、あたしがいなくなっちゃうのがヤなんでしょ?」
どんどん話が別の方向に逸れていってないか?
「…………」
不意に、桐乃の愉快げな質問が止んだ。
どうかしたのか?と隣を見てみれば、
桐乃の視線は俺の腕時計に注がれていて、
「あたしの出番、終わっちゃったね」
「参ったな」
俺は腕時計を外して、ポケットの奧に仕舞い込みながら言う。
「あやせとの約束を破っちまった」
「約束って、何?」
「お前を時間内に、ステージまで連れてくって約束。
マジであやせが針千本持ってきたら、桐乃が止めてくれよ?」
「ぷっ……あんたあやせと指切りまでしたんだ?」
桐乃の作り笑顔を直視できない。
美咲さんの計画は、ファッションショーのコンセプトに沿ったものだった。
――十代の女の子の憧憬を体現するのは、人気モデルの桐乃が相応しい。
今から思えば、美咲さんは純粋にそう考えていたのかもしれない。
御鏡を新郎役に選んだのは副次的なもので、真面目な仕事の話ありきの計画だったのかもしれない。
真偽のほどは本人に尋ねてみないと分からないが、少なくともそう"考えられないことはない"。
だから、桐乃は美咲さんを言い訳にすることができない。
ウェディングドレスは確かに『背伸びする少女』が理想とする衣装で、
それを着る義務を投げ出した原因は、結局は桐乃の私情にある。
そしてそんなことはもちろん、本人が一番よく分かっているはずで、
脆い笑顔の裏で、桐乃は罪の意識に苛まれているに違いなかった。
「なんで……わたしの我が儘に付き合ってくれたの?」
耳許で聞こえた囁き声が、俺を現実に引き戻す。
「あたしを見つけた時にさ、すぐに腕引っ張って、連れて行けばよかったじゃん。
そうしたら、間に合ってたかもしれないのに」
俺は隣を見ないようにして言った。
「お前はどうしても嫌だったんだろ。
ウェディングドレスを着て、結婚式の真似事するのが」
「……うん」
「それ聞いたら、もういいや、って思ったんだよ。
滅多に弱音吐かないお前が、こうまで嫌がってんだから、無理に連れて行くこともねえかなって」
「…………」
「でも、そんなふうに思えるのは……多分お前がバックレたことで、俺が何の損もしてねえからだ。
お前が心配かけたモデル仲間や、お前を捜してくれていたスタッフ、
お前が今着てるドレスのデザイナーや、その他迷惑をかけた色んな人たちには、きちんと謝らないとな」
「……うん」
「ああ、謝りに行く時は、俺も一緒だぞ」
「なんで?兄貴は別に、誰にも迷惑かけてないじゃん……」
「最後の最後で、俺はお前の我が儘に付き合って、お前を甘やかしちまっただろ」
「あっ、あれは別に、兄貴のことを責めるつもりで言ったワケじゃなくて……」
「んなことは分かってるっつーの。俺が自分で責任感じてんだ」
桐乃は洟を啜って、掌でぐしぐしと頬を拭い、
「あんたってさ……ホント、キモいくらい優しいよね」
「キモいは余計だ」
「……なんで?」
「なんでって、キモいなんて形容詞がついてたら、素直に誉め言葉として受け取れねーだろ」
「そういう意味じゃない。
なんであんたは、こんなにあたしに優しくしてくれるの?
なんであんたは、こんなにあたしに甘いワケ?」
俺はしばし逡巡して、
「………兄貴だからじゃねえの?」
と、いつかとまったく代わり映えのない台詞を口にした。
社会的な義務とか責任とか、そういったモンよりも当人の感情を優先してやるのが『家族』の役目だろ。
桐乃は何か言いたげに、僅かに頬を膨らませる。
なんだよ、さっきの答えじゃ不満なのか?
「べ、別に」
「それなら、今日のところはもう帰ろうぜ。
いつまでもそんなカッコでいたら、いい加減風邪引くぞ」
長いこと放置されていたウィンドブレーカーを拾い上げて、汚れを払い、桐乃の肩に掛けてやる。
手を引いて立ち上がらせると、桐乃は顔を隠すようにそっぽを向いた。
崩れたメイクを見られたくないんだろう。
「服は控え室にあるのか?」
「……うん」
「とってきてやろうか?」
「いいよ。あたしが自分で行く。
謝れる人たちには、ちゃんと今日中に謝っておきたいし」
「そっか。偉いな、桐乃は――」
「あっ、今すっごい子供扱いしたでしょ?――」
そうして俺たちは屋上を後にした。
ガラス張りのエレベーターに乗りこむ。
地上十一階から一階までの夜景を眺めている間に、幼い頃の記憶は一段と輪郭を帯びていく。
今と家具の配置がほとんど変わっていないリビング。
俺はソファに座って、既に何度も見てすっかり内容を覚えてしまった『白雪姫』を観ている。
今はちょうど、横臥する白雪姫の周りに七人の小人が集まり、しくしくと泣いている場面。
そろそろ王子様の出番だな……俺は欠伸をしながらそんなことを考えている。
傍らには、クマの縫いぐるみを抱きしめた小さな桐乃が座っている。
こちらは初めて観るのか、映画の展開に興味津々な様子だ。
リビングに親父やお袋の姿は見えない。……当たり前だ。
二人は昼過ぎに外出して、俺たちは留守番を任されたのだから。
桐乃は俺から離れようとしなかった。
俺は早々に桐乃の相手に疲れ、適当に桐乃が喜びそうな映画を探して、ビデオデッキにセットしてやったのだ……。
そこから先は、依然靄に包まれたままだ。
なんで留守番の記憶なんか思い出したんだろうな……と訝しんでいるうちに、エレベーターは一階に到着する。
外は相変わらずの盛況だ。
時間的には、第二部の中盤に差し掛かったあたりだろう。
フロアを行き交うイベントスタッフは、それぞれ自分の業務で手一杯なのか、
それとも遅刻したモデルに構うだけ時間の無駄だと判断したのか、まるで俺たちに声をかけてこない。
俺は桐乃と連れ立って、ビル一階の空きテナントを利用した控え室に近づいていった。
と、壁際で話し合っていたいた二人のうちの一人が、こちらを認めて体を強張らせた。
たたた、と駆け寄ってくるその人物は、
桐乃にとっての唯一無二の親友で、俺が約束を果たせなかった相手でもある。
「桐乃……桐乃っ!」
「あ、あやせ?……きゃっ!」
あやせはもう離さない、とでも言うかのように、ぎゅっと桐乃を抱きしめて、
「桐乃の体、すごく冷たい……今までどこにいたの?」
「んと……ね……このビルの屋上に、ずっと」
「スタッフの人たちが、探しに行ったはずだよ?」
「あはは……そのときは上手く隠れてたんだ」
「もうっ、笑ってる場合じゃないよぉ~。
桐乃はわたしがどれだけ心配したか分かってるの?」
怒っているような言葉とは裏腹に、あやせは桐乃が無事見つかった喜びを隠せない様子だ。
俺は慎重にその場からの離脱を図り、
「お兄さん?」
ラブリーマイエンジェルボイスの甘く切ない響きが、今は怖い。
食虫植物は甘い蜜で獲物を誘うという。
……これは罠だ。
約束を果たせなかった俺を罰するための罠だ。
が、そうと分かっていても振り向いてしまうのが男の悲しい性である。
「ハ、ハイ……なんでしょうかあやせさん?」
あやせは裁縫セットから大量のまち針を取り出すと、
絶対零度の冷笑で『はい、あーん』と俺の口に突き入れて――こなかった。
不思議そうな顔で、
「どうして身構えるんですか?」
あれ?お前、怒ってねえの?
「何を勘違いされているのか知りませんけど……。
桐乃を見つけ出してくれて、ありがとうございました。
わたし、お兄さんなら約束を守ってくれるって、信じてました」
わたしも約束は守りましたからね、と天使の笑顔で報告してくるあやせ。
これは……いったいどういうことなんだ?
どうも俺とあやせの間で、重大な齟齬が発生しているような気がする。
俺は恐る恐る言った。
「確かに俺は桐乃を見つけたよ。
でもさ、このとおり……」
ポケットから腕時計を取り出して見せる。
「桐乃の出番はもうとっくに終わっちまってる。
これって実質的に、お前との約束を守ったことになってるのか?」
あやせは天使の微笑みを崩さずに答えた。
「ふふっ、時間のことなら大丈夫ですよ?
桐乃の出番は、第二部の一番最後に急遽変更されましたから」
「え?」
桐乃と声が重なる。
その瞬間を見計らっていたかのように、
先ほどまで壁際であやせと話していた超絶イケメン――御鏡光輝――がこちらに近づいてきて言った。
「噂によると、とあるスポンサーのトップが主催者側に進言して下さったようですよ。
少々の遅刻は大目に見て、出来る限り順番を後に遅らせるように、と」
ここで『とあるスポンサー』が何で、そのトップが誰かは、いちいち説明するまでもないだろう。
つうか、何が「噂によると~」だ。
偉いさん同士の遣り取りが現場に伝わるとは考えられねえし、
今回もお前が一枚噛んでるんじゃねえのか?
「ええ。僕のほうから美咲さんに電話しました」
とあっさりネタばらしする御鏡。
なら最初から暈かさずにそう言えっつーの。
しっかし、やっぱコイツもコイツで大物だよなあ。
世界のエタナーの代表取締役を仲介して、出演予定を変更させるなんてよ。
「はは……僕は桐野さんが失踪したことを、美咲さんに教えただけですよ?
後のことは、全て美咲さんの独断です。
あの人の桐乃さんへの執心は生半可なモノじゃありませんから、まあ、予想通りの結果ではありましたけどね」
あやせは桐乃の肩に手を置いて、
「良かったね、桐乃!」
「……うん」
桐乃の表情は沈んでいた。
ちら、と俺を一瞥して、すぐに俯いてしまう。
あやせも親友の機微を敏感に察知したのか、心配げな表情を見せている。
どうしたってんだ?
逃げ出して遅刻した汚名を返上する、またとないチャンスだぜ?
「ところで話は変わりますが……」
と桐乃を囲む輪の中で、一人動じた様子のない御鏡が言った。
「……桐乃さんが突然控え室からいなくなった理由を、お聞かせ願えますか?」
まさか馬鹿正直に答えないだろう、と考えていた俺が馬鹿だった。
上手い言い訳が思いつかなかったのかもしれないし、
嘘を重ねることに罪悪感を感じていたのかもしれない、とにかく桐乃は顔を真っ赤にして、
「見られたく、なかったの」
と言った。
あやせも御鏡も、「誰に?」とは訊かなかった。
お前らはどれだけ桐乃の心を読むのが上手いんだよ、と思う。
御鏡は言った。
「その気持ちは、今もお変わりありませんか?」
頷きかけた桐乃を制止する。
ちょっと待て。
お前が見られたくなかった理由は、屋上で聞いた。
そうすることでお前が心置きなくステージに上がれるなら、俺は黒猫と一緒に、一足先にこの場から立ち去ってもいい。
今日のことだって忘れてやる。
あんなことがあったな、なんて振り返りもしないさ。
「違いますよ、京介くん。
桐乃さんは、"記録"に残ってしまうことが嫌なんですよね?」
記録って……写真や映像のことか?
おいおい、そりゃねえだろ。
流石に報道陣や一般客の全員から、携帯やカメラを取り上げるなんて芸当はできねえぞ。
俺は万能の神様じゃねえ。
御鏡は喫茶店で見せたのと同じ作り物めいた困り顔で、
「はは……弱りましたね。
僕としても、嫌がる女性に無理強いするのは不本意ですし、
これでは桐乃さんの出演そのものを、最初から無かったことにする他ありません」
「そんなことが出来るのか?」
御鏡は携帯で電話をかけるジェスチャーをしながら、
「美咲さんは怒るでしょうが……不可能ではありませんよ。
要は桐乃さんと似通った体型の女性に、ドレスだけを委ねればいいんです」
桐乃は自分のことだってのに、じっと会話の流れを静観している。
あやせは奇跡を期待するような眼差しで、俺を見つめている。
そんな目で見るなよ、桐乃が何があってもステージに上がりたくないと言って、
しかもその我が儘が認められちまったんなら、俺にできることはもう何も……。
「ひとつ、僕に名案があります」
と御鏡が言った。
苦労の末山頂に辿り着き絶景を目の当たりにした登山家のような、実に晴れやかな顔をしている。
「名案?」
「本音を言えば、僕はやはり、桐乃さんに出演して頂くのが最良の形だと思っています。
改めて言うことでもありませんし、新垣さんの手前で恐縮ですが、
桐乃さんは読者モデルの中でも随一の美貌と魅力を兼ね備えていますからね。
今桐乃さんが着ているドレスにしても、桐乃さんの体型に合わせてデザインされたもので、
他のモデルが代わりに着たところで、服の真価が百パーセント発揮されるわけじゃありません」
ええい、もったいぶるのはやめろ。
桐乃が可愛いことはこいつが生まれたときから知ってるし、
この新作のウェディングドレスが桐乃にしか似合わねーことも承知してる。
「はは……すみません。つまり僕が言いたいのはですね、僕たちは可能な範囲で、
桐乃さんが『ステージに上がってもいい』と思えるような環境を整えるべきだ、ということなんですよ」
お前の言っていることは抽象的すぎて分からん。
「その環境作りには、京介くんの協力が必要不可欠です」
桐乃のために協力を惜しむつもりはねえが……。
「俺に何ができるんだ?」
御鏡はあやせと顔を見合わせると、可笑しそうに言った。
「京介くんには――」
さて、俺は現在、舞台裏で桐乃がやってくるのを待っている。
さっきから胃痛がヤバイ。
胃袋に砂礫をギッシリ詰まってるんじゃないかと疑うくらい、イヤ~な鈍痛がする。
傍らの御鏡が言った。
「非常に良くお似合いですよ。
お互いに細身の体型だったことが幸いしましたね」
「そうかい」
俺は溜息をついて、すぐ近くにある姿見に視線を移す。
髪をセットされ、薄いメイクを施され(もちろんこれが初めての経験だ)、
純白のスーツを着た男が、ガチガチに強張った表情でこちらを見つめていた。
マスケラのコスプレをしたときみたく、
『あれ……なんか俺カッコよくね?』と思っちまった自分に腹が立つ。
「なあ、御鏡?」
「はい、なんでしょう?」
「お前、最初からこうするつもりだったんじゃねーのか」
振り返れば、俺が桐乃を屋上から連れ戻してきたとき、
控え室の傍であやせと話していた御鏡は、既に"黒"のスーツ姿に着替えていた。
「桐乃さんが失踪したときには、色々な可能性を考えていました。
その後、新垣さんにあなたが駆けつけてきたことを知らされて……この結末が一番ありえそうかな、と」
お前の慧眼には怖れ入る。
携帯が鳴って、メールの着信を告げる。
受信フォルダを開くと、黒猫からの返事だった。
ただ一言、
本文:いいえ、行くわ
と書かれていて、暗澹たる気分がぐっと増した。
実は黒猫には桐乃を発見したという朗報とは別に、
そのまま一緒に家に帰るからステージに来ても意味がないぞ、という嘘メールを送っていたのだが、
流石は黒猫、人の羞恥心を弄ぶ格好のネタの匂いを嗅ぎつけたようで、こうなりゃもう腹を括るしかない。
と、背後からざわめきが聞こえてくる。
お姫様の長い化粧直しが終わったようだ。
振り向けば、あやせに付き添われた桐乃が、
出番の終わった先輩モデルたちに取り囲まれている。
人集りは徐々に移動し、やがて俺の前で止まると、その中から桐乃が歩み出てきた。
……これがプロの技って奴か。
薄桃色に染まった頬には、もう、涙の痕は見て取れない。
髪にはヘッドドレスが結わえられていて、これがまたよく似合っている。
俺は頬をかきつつ、
「綺麗だぞ、桐乃」
と正直な気持ちを言ってやった。
言葉綴りは同じでも……すまんな、あやせ、可愛さでは今の桐乃が上だ。
「そ、そんなの当たり前じゃん」
桐乃は軽く顔を背け、蚊の泣くような声で、
「その……さ……兄貴も……カッコイイよ?」
へいへい、ありがとよ。
たとえ世辞でも、誉められて悪い気はしないさ。
「良かったね、桐乃ちゃん」
「桐乃ちゃんはお兄ちゃんと結婚するのが小さい頃からの夢だったんだよねー」
周囲からの冷やかしに、はにかんで応える桐乃。
仕事場ではお兄ちゃん子の妹キャラを演じて、みんなから可愛がられているという話は本当だったようだ。
うまいことやってんだな、と感心していると、
「本当によく似合ってますよ、お兄さん」
あやせが話しかけてきた。
「ありがとな。でも、無理して誉めなくていいんだぞ」
「もう、お世辞じゃありませんってば。
お兄さんが加奈子のマネージャーをしてくれた時から、
わたしはお兄さんにスーツ姿がよく似合うことを見抜いてたんですから。
お兄さんはもっと、自分に自信を持って下さい。ね?」
お前はホントに良い子だよ。
あやせの頭を撫で撫でしたい気持ちを堪えつつ、
「お前の申し出を断っておきながら、こんなことになっちまってごめんな」
「いいですよ、もう。
わたしはお兄さんを恨んでもなければ、拗ねてもいません。
お兄さんは今は……桐乃のことだけを考えてあげて下さい」
「ああ」
さて、かなり今更感が強いが白状しよう。
御鏡の名案とは――俺が御鏡の代わりに桐乃の相手役を務めるということだった。
誰かと結婚式の真似事をして、それを見られたくない人がいるなら、
その"見られたくない人"を、一緒に結婚式の真似事をする"誰か"に挿げ替えればいい、という実に単純明快な理屈だ。
そしてその理屈に従うなら、桐乃の相手役は確かに、俺以外には有り得なかった。
『でも俺たち兄妹だぜ?』
とは言ってみたものの、
『どうせ真似事なんだから、関係ないじゃん?』
と桐乃に言われ、
『お前は俺が相手でもいいの?そしたらステージに上がるの?』
と訊くと、
『うん……いいよ』
と甘えた声を出す始末。それなら最初からそう言えよ、と思ったね。
まあ、すぐその後で、さすがにそれは自分から頼めないかと思い直したが。
今回は、夏に俺に彼氏役を頼んだ時とは訳が違う。
断られて当然だと、桐乃は最初から諦めていたに違いない。
そうこうしている間にもファッションショーは恙なく進行し、
前に控えていたモデルは次々と捌けていく。
「そろそろ準備の方お願いしまーす」
スタッフに誘導されて、俺と桐乃はステージに続く階段近くに移動した。
演出家の人がやってきて、壇上での振る舞い方について簡単な指導をつけてくれたが……。
すみません、ステージに上がった瞬間に全部忘れてると思います。
やがて控えのモデルが俺たちを含めて五人ほどまで減った頃、桐乃が言った。
「緊張してる?」
「俺が落ち着いてるように見えるか?」
「あんた、上がり症だったっけ?」
「や、上がり症ってほどでもねえけどさ……」
モデル経験のない素人がいきなりこんな状況に立たされりゃ、百人が百人、平静を失うだろう。
「ふぅん。なんか平気な顔してるから、緊張してないのかと思ってた」
表情筋が普段の顔のまんま凝り固まってるから、そう見えるだけだ。
心臓は胸郭を突き破る寸前で、膝は爆笑を必死に堪えてる状態なんだぜ、今の俺は。
「そういうお前はどうなんだ?」
「普通に緊張してるケド?」
「マジで?お前こそ全然そんなふうに見えねーよ」
「あたしだって人間だし、こんな大舞台だし、しかも大取だし……すごく緊張してる。
でも、緊張するのは、普段の撮影のときも同じ。
大事なのは、失敗したときのこと考えずに、成功したときのことだけを考えるコト。
よく言われてるケド、イメトレって超重要なんだよ?」
「やっぱ一流モデル様は言うことが違うな」
「茶化すなっ」
俺は瞑目し、舞台に上がった時のことを想像する。
あー駄目だ。失敗する未来しか浮かんでこねえわ。
桐乃は呆れたように息を吐いて、
「ていうか、あんたは精々、ステージから足踏み外さないように気を付けてるだけでいいの」
実際に足許を見るのは駄目だけど、と付け加える。
なんか矛盾してねえか?
俺はお前みたいに、壇上のスペースに気を配りつつ、
真っ直ぐ前を見て歩くなんて器用な真似できねーぞ。
「腕組むんだから、問題ないでしょ?」
桐乃がそっと身を寄せてくる。
久しぶりの感触……というわけでもないんだよな。
桐乃の買い物の荷物持ちをする時は、大概キャッチやナンパ避けと称して腕を絡められてる俺である。
それにしても、まさか俺が桐乃とこんなことになるとはな。
人生、何が起こるか分からねえもんだよ、まったく。
俺たちの前の人が、スタッフの合図を受けてステージに上っていく。
いよいよか。
大した意味もないと知りつつ深呼吸をして、その時不意に、
霞がかっていた幼い頃の記憶が、はっきりと輪郭を帯びた。
白雪姫を鑑賞し終えた桐乃は、俺の膝の上に座って言った。
『桐乃、白雪姫になりたい!』
『怖い狩人に心臓を狙われたり、酷い魔女に毒リンゴを食べさせられたりするんだぞ?』
『いいもん。王子さまが助けてくれるもん』
『王子様、かぁ』
俺は笑って、小さな桐乃の頭を撫でる。
『ねむってる桐乃にねぇ、王子さまはチューしてくれるの。
それからふたりは結婚してねぇ、いつまでも幸せにくらすの……』
『そんな王子様が、いつか桐乃の前に現れたらいいな』
すると桐乃はぎゅーっと俺の腰に抱きついて、
『桐乃の王子さまは、お兄ちゃんでしょー?』
『はは……じゃあ桐乃は、お兄ちゃんと結婚するのか?』
『うんっ、そうだよぉ。
桐乃はお兄ちゃんのお嫁さんになるの。まなちゃんにはあーげない』
セピア調の記憶から、色彩鮮やかな現実に回帰する。……ああ、そんなことがあったっけ。
俺は図らずとも、幼い桐乃が抱いていた夢を叶えてやっていたらしい。
桐乃はそれが分かっているのだろうか?
あの日の会話を覚えているのだろうか?
隣を見ると、俺の妹はあの日と変わらない笑顔でこちらを見つめていた。
視界の端に、スタッフの合図を捉える。
「いこ?」
「おう」
短い遣り取りを終えて、俺たちは階段に足をかける。
途中、帰ってくるモデルとすれ違った。
今、肩に何か光るものが――。
しかしそれを何なのか確かめる間もなく、照明とフラッシュの嵐が視界を灼いた。
眩む目で、ステージの上を大量に舞う何かを認める。
おいおい……これは流石に演出過剰じゃねーのか?
桐乃は不意に歩調を緩めると、陶然とした声で呟いた。
「……見て」
強い光に目が慣れてくる。
初め紙吹雪に見えたそれは、よく見れば、遙か空の彼方から降ってきていた。
無数の雪は照明に色を与えられ、フラッシュを浴びるたびにキラキラと輝く。
目も綾な光景に、緊張が解れていくのを感じる。
――『これ、絶対ホワイトクリスマスになるよねっ!』――
桐乃の予言は正しかった。
が、今になって降り始めるとは……粋な神様もいたもんだ。
俺はそんな神様の差配に感謝しつつ、ステージの奧に歩き出した。
◇◆◇◆
クリスマスから三日後。
「で、結局あの日はどこまでいったんだ?」
「聞いて驚いて下さいね。……かなり進展しましたよ」
「もったいぶらずにさっさと言え」
「僕のほうから手を繋ぎました」
「……は?」
「瀬菜さんにも拒まれませんでした」
「……いや、えーと……」
それだけ?
こう、夜景を眺めながら肩を抱いたり、甘い言葉を囁いたりは?
「やだなぁ、先輩。
僕にそんな高等テクニックが駆使できるわけがないじゃないですか。
僕は瀬菜さん、楓先輩と呼び方が変わっただけでも、大満足だったんです。
それに加えて、手を繋げたんですよ?
あの日の夜は目が冴えて眠れませんでした」
どんだけ初心なんだよこの子。
俺はベッドの上で寝返りを打ち、携帯を持つ手を変えて、
「次の予定は?」
「その点は抜かりありませんよ。
一緒に初詣に行く約束をしました」
おっ、いいじゃん。
何を祈願するかは、聞くまでもねえよな。
「はは……そうですね。このまま瀬菜さんと末永く仲良くできたらいいと……」
「いやいや待て待て!そこは瀬菜と付き合えますように、だろ!?」
いかん、この調子じゃ真壁くんが卒業するまでに交際がスタートするかも怪しい。
「真壁くんにミッションを与える」
「ミ、ミッションですか?」
「俺が卒業式までに、瀬菜に告白しろ」
「え、ええっ!?
先輩が卒業するまでって……あと三ヶ月しかないじゃないですか?」
「バーカ。三ヶ月も、あるんだよ。
急かすつもりはねーけどさ、あんまり悠長に構えてると、
他の男が瀬菜の魅力に気づいて取られちまうかもしれねえぞ?」
客観的に見て瀬菜は美人だ。
特殊な趣味を知ってなお、瀬菜と付き合いたい奴が現れても不思議じゃない。
「そう、ですよね。あんまり時間を掛けすぎるのも逆効果ですよね。
分かりました……頑張ってみます」
「とりあえずは、今度の初詣で"恋愛成就"を祈願するところからな」
性の乱れ甚だしい世の中に辟易している恋の神様も、
真壁くんの願いなら、きっと聞き届けてくれるだろうさ。
ところで、仮に真壁くんが瀬菜と付き合えたとして、
その後に待ち受けるラスボス――赤城(兄)――の存在を教えておくべきなのだろうか、
と思案した時、階下からお袋の声がした。
「わり、飯に呼ばれた。切るわ」
「はい、ではまた」
携帯を枕元に投げ出して、身を起こす。
いずれ直面することだし、今教えてビビらせることもねえよな。
飯を食い終わってリビングを出ると、
階段を上り終えたところで桐乃に追いつかれた。
「勉強するからエロゲの音量は小っさめでな」
「あたしの部屋に来て。良いモノ買ったから見せてあげる」
反論する間も与えずに、俺を自分の部屋に引き込む桐乃。
「良いモノって何だよ?」
「それは見てのお楽しみー」
桐乃はパソコンデスクに近づくと、
じゃじゃーんという効果音つきで、それを隠していたミニタオルを取っ払った。
スタンド一体型のマイク?
「お前、家でカラオケやるつもりか?」
「馬鹿じゃん?なんでそういう発想が出てくんの?
これはね……ちょっと待ってて」
桐乃はマウスを操作して、水色のアイコンをダブルクリックする。
いいなぁ。
俺の妹もこんなに可愛いければなぁ…。
294:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 16:10:43.66:/W6DZXxt0俺の妹もこんなに可愛いければなぁ…。
立ち上がったウィンドウは二つに仕切られていて、
左側にはいくつかの項目が、右側には桐乃のプロフィールらしきものが見て取れた。
「これは何をするアプリなんだ?」
「左の方に、黒いのや沙織の名前のハンドルネームがあるでしょ?」
確かに『千葉の堕天聖黒猫』と『沙織・バジーナ』の名前がある。
「その隣に、丸っこいアイコンがあるじゃん?」
「ああ」
「それが緑だったら、オンラインってコト。
黄色は退席中、灰色はオフラインね。
で、今二人のアイコンは緑だから、あたしたちは二人を待たせちゃってるワケ」
桐乃がマウスを再び触って、左に並んだ項目から『オタクっ娘集まれー』を選択すると、
右側を占めていた桐乃のプロフが、チャットルームに変化した。
上の部分には黒猫と沙織の名前と、それぞれのアイコン画像がある。
と、そのすぐ下に、グループ発信なるボタンを見つけて……俺は閃いた。
「このソフトとマイクを使えば、あいつらと電話ができるのか?」
「そ。今まではチャットあるし、わざわざ買う必要もないかなーって思ってたんだケド、
あんたのタイピングいつまで経っても遅いままだしィ、
マジ苛々するから、今日あやせと撮影の帰りに秋葉寄って買ってきたの」
付き合わされたあやせも災難だな。
「いくらしたんだ?半分出すぞ」
「いい」
桐乃は俺の申し出をきっぱり断ると、
カーソルを『発信』に合わせて、クリックした。
家の電話や携帯を使ったときと、よく似た電子音が繰り返され……。
「ようやく此方の世界と其方の世界が接続(リンク)されたようね?」
「こんばんわでおじゃる、皆の衆」
よく知った声が、スピーカーから溢れ出してきた。
スゲー、まんま電話じゃねえか。
俺はマイクに口を寄せて、
「これさ、通話料とかいくらすんの?」
「莫迦ね、インターネット料金の定額が普遍化したこの時代に何を言っているの?」
「じゃあ、タダなのか?」
「どんなに長電話しても一円もかからないでござるよ」
マジでいい時代になったな。軽く感動したよ――って、痛ぇな、何すんだよ。
「さっきからあんたばっか喋ってるじゃん」
桐乃が俺を押し退ける。
おい、お前こそスペース取りすぎだろ。
押し合いへし合いの攻防を続けていると、
スピーカーから、黒猫が愉快げに喉を鳴らすのが聞こえて来た。
……嫌な予感しかしねえ。
「あなたたち兄妹というのは本当に奇妙な生き物ね。
三日前に『禁断の儀式』を済ませたかと思えば、またすぐに喧嘩しているんだもの」
「黒猫氏、『禁断の儀式』とは何のことです?」
おいやめろ。
俺と桐乃は同時に身を乗り出して、
「……ククク、言うと思った?」
ホッと背もたれに背中を預ける。
そこで安堵したのが間違いだった。
「拙者だけ除け者とは酷いですぞ、皆の衆~」
「拗ねないで沙織……私は"語り"はしないけれど、あなたに"見せる"ことはできるわ。
百聞は一見にしかずとも言うわよね?」
軽快な電子音が響き、ルームに画像ファイルがいくつかアップロードされる。
桐乃は「確認のため」とそのうちの一つをデスクトップに保存し、
ダブルクリックして画像を開いた。
「…………」
「…………」
即行で閉じた。
舞い散る雪の中、白いウェディングドレスを着た桐乃と、
同じく白いスーツを着た俺がステージの上で手を振っている写真は、
冷静に見返せば赤面必至のシロモノで、
さらに泣けるのはそれが黒猫が撮ったものではなく、
ニュースサイトに掲載された立派な広報画像だということだ。
「京介氏、きりりん氏……」
全てを知ってしまったらしい沙織は、深刻な声色で言った。
「……拙者も式に参列したかったでおじゃる」
「いやそれただのファッションショーだからね!?」
俺と桐乃の声がハモる。
詳細を聞かれると面倒なので、俺はかなり不自然だと自覚しつつも、
「そ、そういや黒猫、冬コミに出す予定だったゲームは、結局完成したのかよ?」
話題転換を試みる。
瀬菜にマックで
『五更さん、冬コミに間に合わせる気、ありませんよね?』
と訊かれたとき、黒猫は
『奇跡でも起こらない限り、出展を諦めざるを得ないでしょうね』
とハッキリ答えていたから、未完成に終わったんだろうと高をくくっていたのだが、
「昨日マスターアップして、今はCD-ROMにゲームデータを焼き付けている最中よ」
「間に合ったのかよ!どうやったんだ?」
「奇しくもあなたとあなたの妹の儀式を見物している最中に、素晴らしい着想を得たのよ。
魔族の大王と人間族の女王は、実は幼少期に既に興国の契りを交わしていた、という設定を付け加えたわ」
「へぇ。よくわかんねーけど、それで共存ルートの説得力が増したわけか」
「よく分からない、ですって?……なんともはや、つまらない反応ね」
なんだよ、もっと盛大に喜んで欲しかったのか?
「はぁ……そういう意味で言ったわけではないわ。
一度『暗喩』という言葉の意味を、辞書で引いてみることね」
失礼な。暗喩の意味くらい知ってるっつーの。
なあ?と桐乃に話を振ると、桐乃は「えっ?あ……うん」と上の空な反応。
微妙に顔が赤い。これが黒猫の望んでいた反応なのか?
それから俺たちは九時過ぎまでお喋りを続け、
俺が勉強のために自室に戻るのを機に、通話は終了した。
「また沙織や黒猫と喋るときは呼んでくれよ」
と言って席を立つと、「待って」と桐乃に呼び止められた。
エロゲを一緒に攻略するのも、シスカリで対戦するのも、
受験が終わるまで我慢しろって前に言わなかったか?
「ち、違うって。あんたに提案があんの」
桐乃はクローゼットを開き、見覚えのある紙袋から、
黒猫お手製の手袋を取り出すと、
「これとあんたが沙織からもらったフォトフレーム……交換しない?
きっと黒いのも、あたしが使うよか、あんたが使ったほうが喜ぶだろうし……?」
と言ってきた。
お前の気持ちは嬉しいし、実際プレゼント交換の場で俺も黒猫のが欲しいと思ってたから、
交換するに吝かじゃねーけどさ……。
「なんで三日も経ってから言うんだよ?」
「そ、そんなことは今どうだっていいじゃん!
あんたは黒いのが作った手袋、欲しいの?欲しくないの?」
「欲しいです!」
「じゃあ、さっさとフォトフレーム持ってきて!」
「はい!」
そんなワケで、俺は超高級デジタルフォトフレームを妹に手放し、
その代わりに、黒猫の愛情が編み込まれた(と信じたい)毛糸の手袋をゲットした。
それにしても桐乃に、いったいどんな心境の変化があったんだろうな?
部屋に飾りたい写真でも出来たのかね。
「ま、どうでもいいけどな……」
自室のベッドに仰向けになり、目を瞑る。
少し休憩するつもりが、いつしか深い眠りに落ちていた。
後日、掃除のために桐乃の部屋を訪れたお袋が、
兄妹にあるまじき衣装の俺たちをフォトフレームの中に見つけ、
元旦の朝から家族会議が開かれることを――そのときの俺は知る由もなかった。
おしまい
乙!
314:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:08:32.92:fUldLH16O上手いことフォトフレームに繋げるなぁ
乙です
317:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:18:19.09:2u1D97AGO乙です
乙!
今回も良作だった
318:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:21:15.47:/W6DZXxt0今回も良作だった
ここまで読んで頂きありがとうございました
これは『桐乃ルート』でもあると同時に
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない 9巻(偽)-第三章』
でもありました
過去作品と合わせて時系列順に並べると
「俺の妹がこんなに可愛いわけがない 8?」 8
「あやせ、結婚しよう」 9-1
未定 9-2
本作←今ココ 9-3
「そんな優しくしないで どんな顔すればいいの」 9-4
未定 9-5
あやせ派、黒猫派の人には大変申し訳ありませんが
明日から多忙のため別ルートは書けません
ちなみに俺は桐乃派です
本心は思いっきり桐乃と京介のラブラブを書きたいんですが
原作最新刊の最後の一文がどうしてもボトルネックになってます
それではまたどこかで
320:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:27:52.82:wY1/CAah0これは『桐乃ルート』でもあると同時に
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない 9巻(偽)-第三章』
でもありました
過去作品と合わせて時系列順に並べると
「俺の妹がこんなに可愛いわけがない 8?」 8
「あやせ、結婚しよう」 9-1
未定 9-2
本作←今ココ 9-3
「そんな優しくしないで どんな顔すればいいの」 9-4
未定 9-5
あやせ派、黒猫派の人には大変申し訳ありませんが
明日から多忙のため別ルートは書けません
ちなみに俺は桐乃派です
本心は思いっきり桐乃と京介のラブラブを書きたいんですが
原作最新刊の最後の一文がどうしてもボトルネックになってます
それではまたどこかで
なんだ、ただの伏見か
乙!
322:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:41:38.86:PMsIp9Jz0乙!
乙!
次も期待して待ってるぜ
323:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:53:43.52:KPl4pKxK0次も期待して待ってるぜ
ここまで妹萌えのツボを抑えられるともはや何も言えねえ
次回作も楽しみにしてる
325:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 18:59:34.16:tRM9z586O次回作も楽しみにしてる
激乙
あやせも黒猫も可愛かったし、沙織の話も見てみたい
それはともかく、また時間ができたら是非続き書いてください
328:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/27(日) 19:11:46.50:OM3ZCvHZ0あやせも黒猫も可愛かったし、沙織の話も見てみたい
それはともかく、また時間ができたら是非続き書いてください
乙!
次回作も楽しみにしてるぜ!
次回作も楽しみにしてるぜ!
コメント 42
コメント一覧 (42)
あやせルートとかあやせルートとかあやせルートとか
あやせルートみてェ
やべぇ桐乃が可愛いすぎるw
作者どんだけ桐乃が好きなんだよww
俺も瀬菜ちゃんは京介が気になってると思う。
だが惚れてるとは言い切れんな・・・。
天然巨乳腐女子√カモン
別√書く予定ないのが本当に残念。
特にテーラードジャケットは高いぞ
次回作が楽しみ!!
素晴らしい
激乙
ラノベ作家になれ
次はあやせルート期待
作者すごすぎる。
まぁ桐乃可愛かったから許すけど
次は、是非あやせルートをやってほしいです。
8巻でもめたところから
最高!!!!
いつまでも待ってるんだが
原作はただ単に「お前何でそんなカッコしてんだ」程度で終わってしまったが、
こっちは兄妹間の恋愛や2人の不安を示唆してるし。
伏見なんじゃないかとまだ疑ってしまう
非常に面白い作品でしたwww
ただ、京介さんが俺の知ってる京介さんじゃない気ガスwwwww
SSいろいろ見てきたけど
ここまで完成度高いのはほんと初めてかもしれないw
乙でした♪
ストーリーもなかなか濃かったし、誤字脱字も気にならない。