- 1: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:41:54.21:tPaV4+i50
立ったら投下します
全40kb
コンセプトは「新約のあらすじを勝手に解釈する」
賞味期限の短いネタSSです。内容は短いですが
何かとリンクしているようにも読めるかもしれません。
なお、横解像度1024以上での閲覧を推奨します。
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韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
2: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:44:17.95:tPaV4+i5o
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
愛してその人を得ることは最上である。愛してその人を失うことはその次によい。
【ウィリアム・M・サッカレー [1811-1863]】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
3: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:45:51.49:tPaV4+i5o
ここは当麻のいる世界。
幸福に包まれた、世界―――。
ここはアイツのいない世界。
平和に包まれた、世界―――。
5: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:47:24.89:tPaV4+i5o
『告白』
大要塞と共にロシアの海中へと消えたはずのアイツが
いつものようにトボけた顔をして、ひょっこり戻ってきて間もない頃。
クリスマス商戦の華やかな雰囲気に包まれている街角で、
私はアイツから告白を受けた。
らしくない悪質なジョークだと思った。
粗暴で幼い私なんて、女として眼中にないとばかり思ってたのに。
でもアイツの表情がとても真剣で一途だったから、
私は自分が傷付きたくない一心で、私を選んだ理由を尋ねた。
「自分の存在があやふやになっちまうような空間の中で、お前が泣いてる夢を見たんだ。
顔をクシャクシャにして泣くお前を見ていたくなくて、すぐ起きちまったよ。
どうせ夢を見るなら、二人で同じ幸せな夢を見ていたいと思った」
「あの子じゃなくて……いいの?」
「アイツには、隠してた事を全部打ち明けて謝ったよ。
それで思い残しなく戦ったはずなのに、あと一つ心残りがあったんだろうな。
ええと、つまりだ……お前の事がどうしても気になって仕方なかったんだよ」
6: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:49:04.42:tPaV4+i5o
よくわからない例え話もあったけど、つまりアイツは
私の夢を見た事を切っ掛けにしてここに戻って来られたらしい。
やっぱり酷いジョークだ。
こんなにボロボロ泣いたのは子供の頃以来よ、バカ!
信じて欲しいと力強く言い放つアイツに、私は半ば強引に唇を奪われた。
初キスはしょっぱい涙の味だったけど、いたわるような暖かい温もりも伝わってきた。
そこまで言うなら仕方ないわね、といつもの調子であしらうつもりが、
気が付くとアイツの胸元に縋り付いて泣きじゃくっていた。
「私も大好きよ、当麻」
「……初めて名前で呼んでくれたな、美琴」
ここは当麻のいる世界。
幸せに満たされた、世界―――。
7: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:50:15.01:tPaV4+i5o
『空虚』
大要塞と共にロシアの海中へ消えたアイツ。
いつもトボけたツンツン頭の少年を、二度と見なくなった日常。
アイツの成した事を誰も知らぬまま、
ロシアと学園都市の戦争は終息した。
大規模な要塞の存在も、核弾頭の脅威も知らぬまま
都市の生徒達はいつものように笑って過ごしている。
勝ち取ろうともしないで得た平和を、誰もが湯水のように享受してる。
誰に知って欲しい訳でもないけれど、誰も知らないのが無性に悔しい。
8: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:52:25.05:tPaV4+i5o
誰もが不幸な思いをせずに、
誰もが笑って過ごせる世界。
みんなは笑って過ごしているけれど、
その笑顔が私にはどうにも不愉快で。
アイツが望んだ世界に、アイツだけが居ない。
これは私の望んだ世界なんかじゃ、ない……。
ここはアイツのいない世界。
平和に満たされた、世界―――。
10: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:54:48.79:tPaV4+i5o
『当麻とのクリスマス』
ツンツン頭の彼氏が出来てからの、初めてのクリスマス。
色恋に賑わう街の雰囲気に身を委ねたくなるクリスマス。
ちょっと気合を入れすぎて作った、手編みのマフラーと手袋。
黒子に隠し通しながら完成させるのは結構苦労した。
当麻は「俺の不幸に耐えられるのかなぁ」と変な心配をしていたから、
「無くしたら承知しないんだから!」とキツく念を押しておいた。
ありがとうと感謝の言葉を呟きながら、贈り物を身に着けるアイツを見ていると
私までほわほわとした暖かい気持ちに満たされる。
懐事情が寂しくてすまん、と前置きした当麻からのプレゼントは、
あの時ちぎれて壊れたはずのゲコ太ストラップ。
11: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:56:52.82:tPaV4+i5o
街中を駆けずり回って同じ物を探したというアイツの話を聞いて、
彼なりの苦労と思い遣りが感じられた。
こんな安物でもいいのか?と無神経な事を尋ねてきたものだから
鳩尾に肘鉄を叩き込みながら、こう叫んでやった。
「最高のプレゼントよ、バカ!」
「でしたらもうちょい手加減してくれませんかね美琴さん……ゲホッ」
その後は彼の家で、二人きりの静かな聖夜を過ごす。
泊まっていくかと尋ねられ、私は真っ赤になりながら首を縦に振ってしまう。
ここは当麻のいる世界。
恋人と一緒に過ごす聖夜が幸せな、世界―――。
13: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 21:59:14.51:tPaV4+i5o
『孤児院のクリスマス』
ロシアから学園都市に戻ってきた私は
無断失踪を厳しく咎められ、各方面にしこたま頭を下げさせられた。
教師達に、常盤台のエースとして相応の振る舞いを求められた私は自棄になって、
部屋に溜め込んでいたキャラクターグッズを全て投げ捨ててやった。
学園の、そして学校の広告塔としての、息苦しい立場から逃げ出したくなる毎日。
でも一端覧祭が終わると、打ち込むものも無くなって空虚になってしまいがち。
懲罰の一つとして課せられた、置き去り《チャイルドエラー》保護施設の
ボランティア活動だけが私の唯一の息抜きだった。
15: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:01:38.10:tPaV4+i5o
科学の先端を行くこの都市に生じている、いびつな社会現象の一つ。
親に捨てられ、能力開発の生体実験に利用されている哀れな子供達。
私には両親もいるし、自分を守る能力も備わっているけれど
この子達には強い同情と憐憫を感じてしまう。
育ち盛りのわんぱくな子供達に囲まれて、どちらが子供かわからない程
楽しくはしゃぐ一時だけが私を癒す。
園長や保母さん達には感心されるけれど、これは自分の為だけにやっている事。
ここはアイツを失った私にとっての拠り所なのだから。
サンタクロースに扮して、子供達と一緒にジングルベルを歌いながら
今日も私は偽善の奉仕に勤しむ。
ここはアイツのいない世界。
小さな子供達の幸せに満ちている、世界―――。
17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/09(水) 22:03:40.94:Hljdcnfv0
『実家に帰省』
レベル5が都市外に出るのは制約が多くて厳しいからと言ってあるのに、
それでもママは、正月くらいは帰って来いと執拗にせがんでくる。
仕方がないので折れて、面倒な手続きに気が重くなっていたら
一足先に帰省していたパパが色々と手配してくれていた。
当麻も私と同じように、両親にせがまれて実家に帰ると言っていたので
しばらく離れるのは寂しいねと、珍しく私から素直になってみた。
ところがお互いの実家の住所を交換したら、なんと隣町同士。
二人で顔を見合わせて笑い、だったら一緒に帰りましょうと約束を交わす。
「出来立ての恋人を連れてきなさい」とニヤつくママの言葉で、私は全てを悟った。
道理で誘いが強引だと思ったら、それが両親達の算段だったらしい。
20: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:07:47.58:tPaV4+i5o
私の両親を前にして、当麻が拳を握り締めながら男らしく交際を宣言すると
パパもママも拍子抜けするほど簡単に承諾してくれた。
同じように私も上条家で交際を報告すると、こちらも同じように大歓迎。
反対して欲しかった訳じゃないけど、話の流れが良すぎて戸惑ってしまう。
「避妊だけはしてくださいね」という詩菜さんの言葉にも仰け反ったけれど、
「しなくてもいいのに」と言ってのけるママはもっと非常識。私はまだ14よ!
さすがに男親達が血相を変えたので、何故か私がなだめる羽目に。
しないから、まだそんな関係じゃないからと強く言っても誰も信じない。
私と当麻は上座に座らされ、母親達手作りのおせち料理を振舞われながら
実家とは思えないほど居心地の悪い思いをした。
ここは当麻のいる世界。
両親達の愛に包まれた、世界―――。
22: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:10:42.96:tPaV4+i5o
『実家と連絡』
レベル5が都市外に出るのは制約が多くて厳しいからと言ってあるのに、
それでもママは、正月くらいは帰って来いと執拗にせがんでくる。
色々あったせいで、外出許可は当分下りそうにないと伝えたら
ママは電話の向こうで寂しそうに「仕方ないわね……」と呟いていた。
ママはどうやら、学園都市の教育方針に不信を抱いているらしい。
私の知らない所で色々と動いていたようだ。
今となっては私もこの街が好きではない。
この都市は、私達の知らない誰かに支配された箱庭だと思い知ったからだ。
23: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:13:48.02:tPaV4+i5o
出たいのは山々だけど、ママの不安を打ち消すような言葉を選びつつ、
せめて常盤台中学を卒業するまでは頑張りたいと伝える。
「パパも随分と心配してたわよ。くれぐれも気をつけてね、美琴ちゃん」
普段はおちゃらけた人達だけど、やっぱりこの人達は私の大切な両親。
神頼みの奇跡も起きないし、ヒーローすら奪い取った憎い世界だけれど
優しいママの愛情だけは変わらずにいてくれる。
ここはアイツのいない世界。
両親の愛に包まれた、世界―――。
24: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:16:53.12:tPaV4+i5o
『しっぽりと』
年が明けたあと、私は週末に彼の部屋へ泊まるのが習慣となっていた。
あの子の存在が気になるけれど、そこは当麻が上手くやりくりしてくれている。
四度目のお泊まりの日に、私達は初めて身体を重ねた。
下腹部に小さな痛みを残してあっという間に通り過ぎた、幻想的な時間。
お互いに奥手な私達としては思い切った行動だったけど、
おかげで私は彼とより強い一体感を感じるようになれた。
ところが当麻は何か思う所があったのか、その日の出来事を思い悩んでいたらしい。
五度目のお泊まりの日。私は彼の愛情と欲望を軽く見ていた事を痛感する。
丸一日身を重ね続け、幾度もお互いの名を叫びながら
現世から離脱しそうなほどの快楽に満たされて、私は彼の女になった。
26: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:20:10.04:tPaV4+i5o
何かが私の中で壊れる音がして。
何かが私の中で新しく生まれて。
詩菜さん許してください、避妊だけはちゃんとしましたから。
あなたの息子さんの思いやりのおかげで、私達は道を踏み外さずに済みました。
避妊薬を飲み始めようかと提案したら、当麻は慌てふためいたけど
お互いが安心して強く結びつく為の手段だと説得したら、理解してくれた。
二人で同じ夢を見ていたいと語る彼の凛々しい横顔がいとおしくて、
私は彼が眠りについてからもずっと、彼の頬に口付けていた。
ここは当麻のいる世界。
溺れそうなほどに幸せな、世界―――。
27: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:22:28.09:tPaV4+i5o
『リグレット』
年が明けた頃から、常盤台中学の三年生は一層忙しくなる。
卒論製作や進路指導にも熱が入り、外界からの勧誘も多く入ってくるからだ。
私の学校には、私と並ぶもう一人のレベル5が三年生にいる。
心理掌握《メンタルアウト》……私がこの学校で一番いけ好かなく思う女だ。
個人的には顔も合わせたくない存在だが、十徳ナイフのように便利な精神系能力は
私とは異なる意味で汎用性に優れ、引く手数多らしい。
彼女にはもう一つの側面がある。
学内に幾つかある「派閥」の中でも、最も大きな派閥の長である事だ。
私は彼女が台頭する派閥関係を嫌ってずっと一人でいたけれど、
近頃はそうも言ってられなくなってきた。
28: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:25:06.20:tPaV4+i5o
卒業間近の心理掌握が後継者を探しているという噂が立つと
程なくして白羽の矢が立ったのはやはり、私だった。
彼女には、そんな立場を押し付けられるのは絶対に嫌だと返答したのだが
彼女以外にも十を超える人物に継承を懇願されてしまうと、つい思い悩んでしまう。
学舎の園の外を知らない、籠の中の小鳥のようなお嬢様達は
力強く魅力的なリーダーを必要としているらしい。
私に人を導く素質があるから? 私しかレベル5がいないから?
私でなければならない理由を追及できないまま、私は遂に折れた。
ここはアイツのいない世界。
溺れそうなほど縋られる、世界―――。
29: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:27:44.85:tPaV4+i5o
『幸せなインデックス』
五度目のお泊まりの翌日。私はようやくあの子と……インデックスと和解できた。
和解の印に、間近に迫った当麻の誕生日パーティーを協力して開く事になった。
あの子の口から語られる、私の知らない女の子達の列挙に恐々としてしまい
身近な人物だけで慎ましく行おうとしたのに、結局は大人数になってしまった。
それ自体は彼の幸せを願う人が多い証だと喜びもしたのだけれど、
予定外の参加者の中に一人だけ、どうしても腹に据えかねる人物がいた。
「僕は天候のせいでフライトが遅れたところを、土御門に強引に連れ出されただけだ。
なんで僕が『盾の老朽化』をわざわざ祝わなきゃならないのかねぇ……」
当麻から何度か話にだけは聞いていた、ステイルという赤髪の青年だ。
未成年が集う室内で一人だけプカプカとタバコを燻らせていた、意地の悪い男。
30: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:30:09.14:tPaV4+i5o
「これは当麻の存在を幸せに思う人達が集って祝うパーティーなのよ!
当麻に向かって盾だの老朽化だの言うフザけた奴は出てけ! 二度と来んな!」
稲光の如く、いや烈火の如く怒り狂った私を押し留めてくれたのは当麻と黒子。
普段は当麻を類人猿とか呼んでるこの子ですら、一緒に祝ってくれているのに。
ふて腐れて帰ろうとした彼を呼び止める土御門のお兄さんを押しのけて、
私と同じく当麻の存在を一番幸せに思っているはずの、あの子が前に立ち塞がった。
「今のはステイルが悪いんだよ! ちゃんと謝らないと二度と口利いてあげないから!」
「い、いや、その、すまない……実は僕も内心、彼には恩義を感じてるんだ」
50センチも身長差がある少女に対して低頭に謝る光景を見て、
私も毒気を抜かれてつい許してしまった。時々凄いわね、インデックスって。
あとで土御門のお兄さんに、彼が私と同い歳だと聞いて吃驚した。
「アイツは君と同じツンデレだからにゃあ」というのは余計な一言だったけど。
ここは当麻のいる世界。
皆が当麻の存在を幸せに思う、世界―――。
33: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:33:23.19:tPaV4+i5o
『哀れなあの子』
アイツがこの世界から失われたあと、
私は一度だけあのちっこいシスターの姿を街中で見かけた事があった。
虚ろな瞳をして、都市の中をあてもなく捜し歩いていた、あの子。
その後ろから一組の男女が、掛ける言葉もなさそうに沈痛な表情で見守っていた。
一人は赤い髪をした、神父風の背の高い男性。
一人はパンクなジーンズ姿で、黒い長物を携行した女性。
私が現実を受け入れたあとも、あの子だけはアイツを捜し求め続けていたらしい。
アイツの生還を強く信じ続けているのか、それともただ単に諦めが悪いのか。
34: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:35:21.21:tPaV4+i5o
あの虚ろな表情を見る限り後者だと私は感じた。
一瞬声を掛けようか迷ったけれど、私だって掛ける言葉なんて見つからない。
私達は同じ想いを心に抱いたまま、永遠にアイツを失ってしまったのに
アイツのいなくなった現実をまだ受け入れられないでいる、可哀想な子。
つい視線が合ってしまった時、私は黙って首を横に振る事しかできなかった。
それを察したあの子は捜索を、いや信じる事を諦めて、元来た道を帰っていった。
ここはアイツのいない世界。
あの子の幸せが見つからない、世界―――。
36: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:38:18.11:tPaV4+i5o
『外泊の共謀者』
盛大な騒ぎになった誕生パーティーのあとも
寮監の目を盗んで、当麻の家に外泊を目論む週末が続く。
今まではルームメイトの黒子にすら内緒にしていた事。
二人の関係に一番口うるさい彼女にそれを打ち明けるのは、相当な勇気が要った。
突然「あの類人猿がァー!」と叫びだす奇怪な部分は相変わらずなのだけど、
パーティーを通じて心境の変化が生まれたのか、近頃の黒子は協力的だ。
門限の時間に寮監の点呼がある時だけは寮に戻り、
それが過ぎると黒子の空間移動《テレポート》で寮の外に送ってもらう。
38: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:40:42.63:tPaV4+i5o
帰りはその逆。寮の裏手に戻ってきたらあの子に携帯で連絡して
寮内に連れ戻してもらい、何食わぬ顔をして寮監に挨拶を掛ける。
門限破り、男子寮への外泊、寮内での能力使用……私の行動は違反だらけ。
しかし黒子はそんな不良娘を笑顔で送り出して、そして出迎えてくれる。
「でもやっぱり避妊だけはしてくださいまし!」
「だからそこは大丈夫だっての、もう!」
夜になって、黒子から首の痛みを訴えるメールが届いた。
ごめんね黒子。私にとっては当麻の次に大切な人なのに。
ここは当麻のいる世界。
黒子が笑顔で送り迎えてくれる、世界―――。
39: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:42:29.82:tPaV4+i5o
『心配な同居人』
同室に住んでいて、毎晩枕を並べている仲なのに
最近黒子と話す機会が減ってしまっている。
私が避けている訳じゃない。あの子もそうではないみたい。
ただ、お互い顔を合わせても左程会話をしなくなっていた。
昔は「お姉様~♪」と叫びながら鬱陶しいくらい抱きついてきたのに、
近頃は厭に大人びて、努めて淑女らしく振舞っている。
ある時、黒子が怪我をして帰宅した事があった。
私は慌てて救急道具を用意し、手当てをしてあげた。
事情を聞くと、窒素を身に纏う能力を持った少女と一悶着したらしい。
「不覚を取りましたの。お返しに三本程突き立ててやりましたが……」
40: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:45:11.27:tPaV4+i5o
小さな身体に打ち据えられた大痣の痛々しさに、自分の至らなさを呪う。
私は戦う事を忘れて久しい。止めろと言われて止めてしまえばこの様だ。
「ジャッジメントの苦労と理念はわかるけど、無茶はしちゃダメよ」
「ありがとうございます、お姉様。黒子は負けませんわ」
本当は誰よりも真面目で正義感の強い子。
でも、その一面しか見えない今は見ていて辛い。
この痣は、慕ってくれる気持ちを無碍にしていた私が受けるべき罰なのに。
この子は、今の私にとって一番大切な人なのに……。
ここはアイツのいない世界。
黒子の笑顔を久しく見ていない、世界―――。
43: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:49:49.34:tPaV4+i5o
『労わり』
春休みを迎えた学園都市。
せっかく当麻と一緒にいられる時間が増えると期待してたのに!
当麻は誰かの要請を受けて、またしても何かの事件に首を突っ込んでいるらしい。
連れて行けと頼んだけれど、電話の向こうでアイツは申し訳なさそうに謝るだけ。
マジュツがどうのという出来事に関わっているのだけは知っているけれど、
当麻はその詳細を話そうとはしてくれない。それが美琴の為だとアイツはうそぶく。
確かに、私が学園都市外に出て行く事は簡単ではないのだけれど
大切な人の安否をじっと待つだけというのは性に合わない。
もっと頼って欲しい。もっと力になりたい。
何度身体を重ねても、肝心な時に私は彼の支えになれないのだろうか。
数日後、彼が戻ってきたと連絡を受けたのは病院からだった。
案の定またしても大怪我をして帰ってきたらしい。
44: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:52:45.48:tPaV4+i5o
心配掛けるんじゃないバカ!と泣いて縋る事もできただろうけれど、
彼の迷惑になりそうな態度はグッと押し殺し「おかえり」とだけ声を掛けてあげた。
「数日見ない間に大人びたな、美琴」
「年頃の女は成長が早いのよん」
なんだ、こうすれば良かったんだ。
信じて待つ女になるのも悪くないと思い始めてしまう。
元気付くような報告があるからと耳を借りて、そっと囁いてあげた。
「産婦人科の先生に言われたの。もう、スキン無しでも大丈夫だよって」
真っ赤になって慌てる表情は可愛いけど、布団を押し上げる元気はどうしたもんかしら。
「君達、そういう事は退院してからね?」とカエル医者にまで言われちゃった。
ここは当麻のいる世界。
暖かい春の陽気に包まれた、世界―――。
45: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:55:55.57:tPaV4+i5o
『隔たり』
出会いと別れの季節を迎えた学園都市。
私は三学年に進級するに際して、新たな役目を負う事になった。
心理掌握というのは、能力にかこつけてお山の大将を気取る
高飛車な女とばかり思っていたけど、なかなかどうして保護欲は強いらしい。
自分の手元で派閥を一つに纏める事で、女生徒同士の不要な抗争を減らし
部活動や研究に費やす為の時間と資金を効率化していたようだ。
片手落ちなのは本人の性格がお高く留まっている点だろうか。
私や黒子のように、この女の性格を生理的に嫌う人間も少なくないのに。
46: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:58:20.87:tPaV4+i5o
彼女の手元で肥大化した派閥を上手く纏めるのが、私の引き継ぐ役割だった。
彼女に言われずとも、変なしこりを作らないように上手くやってやるわよ。
「ところで、あなたの傍にいつもいる、あの子の事を尋ねてもよろしくて?」
「……黒子がどうかしましたか?」
卒業式の前日。彼女と最後に交わした会話は、黒子の事だった。
性格や能力の特徴を幾つか尋ねられたので、無難な回答だけを返しておく。
別れ際に自分ではなく後輩の事をあれこれと探られた印象のせいで、
やはり私はこの女と仲良くするのは無理だと再認識した。
ここはアイツのいない世界。
春一番が吹き荒れている、世界―――。
47: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:00:06.15:tPaV4+i5o
『新学期初日』
年度が変わり、学園都市は新学期を迎えた。
私にとっては当然の事だけど、当麻にとっては苦難だったらしい。
春休みの補習を差し置いて、ヨソの事件に首を突っ込んでいた当麻が
なんとか留年を免れたのは、ひとえに担任の熱心な支援によるものだと彼は言う。
うずたかく積み上がった宿題を前にして、年下の私に拝み倒してくる恋人の姿は
ちょっと情けなかったけど、人助けしてきた分を差し引いてトントンにしてあげた。
お腹が減ったと訴えるインデックスに食事を作ってあげながら
当麻に勉強を教える私。なんだか二人の母親にでもなった気分。
50: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:03:15.78:tPaV4+i5o
時間が無いというのに、当麻のクラスメイトが入れ替わり立ち代わりやって来ては
進級の危うい彼に向かって「観念してオレ達の後輩になるにゃあ」とおちょくりだす。
不埒な侵入者は電撃で撃退したあと、私も意地になって彼に教え説いていく。
ようやく課題が完了したのは、始業式当日の早朝だった。
結局クラスメイト達は彼の進級を歓迎してくれたらしく、
また一緒のクラスで学べる事を喜んでくれたらしい。ったく現金な連中。
「みんなに愛されてて羨ましい限りだけど、ずっとお預けされてる私の事も考えてよね」
「俺だってお預け食ってたようなもんだぞ! ……あと一晩だけ、泊まっていけよな」
ここは当麻のいる世界。
皆の笑顔に満ちている、世界―――。
53: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:07:21.06:tPaV4+i5o
『新学期初日』
桜の花が開きだす、新学期の初日。
私の新生活は、新入生達を歓迎する事から始まった。
後輩達に一人ずつ挨拶を掛け、顔と名前を覚える事から始めていく。
こういう事は初日が勝負だ。モタモタすると勝手に連帯グループを作られてしまう。
派閥抗争には研鑽の意味合いもあるらしいけど、私はその方法を選びたくない。
みんなで仲良くするために、全員を面倒見るくらいの気持ちで私は挑む。
放課後は久々に初春さんと佐天さんと会い、黒子と四人でトークに盛り上がる。
でも私は心の中で一歩だけ離れて、三人が楽しく語り合う様子を見守っていた。
その日の夜。黒子が思い掛けない行動に出た。
あとから聞くに、心理掌握がそそのかした事らしい。あの女……!
54: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:11:28.97:tPaV4+i5o
過去を全て投げ捨てて、常盤台のエースに徹しようと決心した私が
唯一捨てられなかったのがゲコ太のストラップ。
ロシア北海の沿岸部で見つけた、アイツのたった一つの形見。
箱に鍵を掛けて隠していたはずのそれを、黒子が見つけ出して手にしていた。
たちまち頭に血が上ってしまい、何を喚いたのかよく覚えていない。
吹っ切れたあと、私は膝から崩れ落ちて泣いていた。
そんな私を哀れに思い、黒子は優しく語りかけてくれたけど、
忘れたい記憶を思い出してしまった私の耳には何も届かない。
アイツのいない世界は、寒々しくて息苦しい……。
どうして私はここに居るのだろう。
ここはアイツのいない世界。
皆の笑顔に満ちているはずの、世界―――。
57:勝手にラスボスを予想するのも私だ ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:15:27.55:tPaV4+i5o
『当麻やみんなに囲まれて』
思い返すに、あれは世界大戦をも凌駕する規模の戦争だった。
私と当麻と一方通行《アクセラレータ》と、あと浜面とかいう男とで挑んだ戦い。
学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。
そして、イギリス清教の最大主教、ローラ=スチュアート……だったかな?
この人間離れした二人の巻き起こした戦渦に
私は直前まで何も知らぬまま巻き込まれた。
片方は科学界の神として、妹達《シスターズ》を利用してマジュツの撃滅を計り、
片方はマジュツ界の総本山として、学園都市勢力の総取りを計画していたとか。
学園都市のレベル5は全員、あの不気味な理事長に飼われるモルモットに過ぎなかった。
インデックスが秘めていた膨大なマジュツの知識も、あの女の兵器扱いに過ぎなかった。
59: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:18:53.70:tPaV4+i5o
私達が過去巻き込まれてきたあらゆる事件は、結局はこの二人のバカげた陣取りゲーム。
幾多の命が失われ、多くの涙が流された悲劇に幕を引いたのは、やはり当麻の力だった。
私とインデックスの力が彼等に利用され、当麻との永遠の離別が頭を過ぎったその時
アイツに秘められていた"ドラゴン"の力が覚醒して、事態を収めてしまった。
科学もマジュツをも超越した、まるで神様のような万能の力だった。
私の彼氏は色々と突き抜けすぎてて困っちゃうな、もう。
だけど最後には皆で無事と平和を分かち合えた。それが一番の幸せ。
一息ついてたアイツに、インデックスと二人で両脇から飛びついてやった。
「愛してるわ、当麻!」
「大好きだよ、とうま!」
ここは当麻のいる世界。
私達の願う夢が叶った、世界―――。
61: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:21:45.80:tPaV4+i5o
『黒子やみんなに囲まれて』
三年生になってからの学園都市は、平穏そのものだった。
ロンドンやローマでは一騒動起きたらしいが、都市内には詳しい情報が入らない。
暗部も一時期騒いでいたらしいが、程なく鎮圧され今は何の諍いも起きていない。
アンチスキルやジャッジメントだけでも守っていける、穏やかな平和が続いている。
何の戦いも起こらない毎日。闇に関知しなくても済む毎日。
学園都市という箱庭の中で、空気を吸わされる退屈な毎日。
でもその中で誰もが笑っていられるのなら、それでもいいのかも知れない。
私が取り越し苦労をしなくとも、みんな自分の意志で生きているのだから。
62: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:24:27.79:tPaV4+i5o
黒子も元気を取り戻し、ジャッジメントとして毎日忙しく立ち回っている。
私も近頃は学校内で、女王《クイーン》などと呼ばれて持て囃されている。
派閥の取りまとめも概ね上手く行き、学生同士の陰湿な諍いも起きなくなった。
安心して次の後継者に委ねる事ができそう。こんなのやっぱり私の柄じゃない。
盛夏祭、大覇星祭、一端覧祭、そして卒業式……
学生達のイベントが順風満帆に過ぎていく、何の刺激もない穏やかな日々。
みんなが笑顔でいるのに、私一人だけがいつまでも笑えない。
海の向こうでは、あの子も同じ気持ちで過ごしているのかな。
ここはアイツのいない世界。
私の願う夢が叶ったはずの、世界―――。
63: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:26:37.71:tPaV4+i5o
交錯。
64: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:28:50.48:tPaV4+i5o
『幸せな夢』
「やっと起きたか美琴。おはよう」
「え……えっ!? アンタ……どうして……!?
ってかここは何処!? 常盤台の寮じゃないわよね!?」
「はぁ? どうしてもこうしても、気持ちよさそうにぐっすり寝てたからさ。
たまには上条さんクッキングの朝食でもご馳走しようかなと思いまして」
「アンタ……生きてたの!? いつ帰ってきたの!?」
「? 帰るもなにも、俺は昨日からずっと家にいただろ。
どうしたんだ美琴、変な夢でも見てたのか?」
65: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:31:05.76:tPaV4+i5o
「夢? そっか、夢か……夢……
ってきゃああ!! なんで私、何も着ないで寝てるのぉ!?」
「朝から大声出すなっての、また土御門にからかわれるぞ。
なんでって、お前から言い出したんじゃねーか。寝てる間もハダカでくっついてたいって」
「わ、私がそんな恥ずかしい事言う訳ないでしょバカァァァ!!
ってあわわわわ! アンタも前くらい隠しなさいよぉぉぉ!!」
「なんだか今朝の美琴たんはご機嫌斜めだなぁ……
昨日の夜はあんなに可愛く鳴いてた癖に、どうしちまったんだ」
「か、かわい……鳴いて……裸で……ふにゃあぁー」
「わっ、こらっ、布団の中でそれするのやめろっ、焦げるっ!
あっ、焦げると言えばフライパンが! あああ、やっぱし焦げてる……不幸だぁー!」
66: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:33:09.84:tPaV4+i5o
「どうして……私……」
「……本当に大丈夫か、美琴?」
「ごめん、今ちょっと混乱してるから……」
チュッ
「……は、ほぇっ、ふぇぇっ!? アンタ今何したあぁぁ!?」
「なんだよ、目覚めのキスをまだしてなかったから今しただけだぞ。
いつもは美琴からねだってくる癖に、今日は随分おしとやかだな。
耳まで真っ赤になって、なんだか俺達が初めてセックスした時みたいだ、ははっ」
「お、おねだりって……せっくすって……一体にゃにがどうにゃってるのおぉーーー!?」
「落ち着けっての。ほら、お前の大好きなハグしてやるからさ」
(これは何? ひょっとして夢なの?)
67: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:35:26.97:tPaV4+i5o
『幸せなはずの夢』
「ふわぁ……あれ? 私昨日は当麻の家に泊まってたはずじゃあ……」
「おはようございます、お姉様。珍しく遅起きですわね」
「あ、おはよー黒子。今日って日曜日じゃなかったっけ?」
「ええ、日曜日ですわよ。ではわたくしは先に食堂に向かってますので」
「なによ、愛想がないわね黒子のヤツったら。
ともあれ、起きたらピルを飲まなきゃね。……あれっ、見当たらない……」
「おはようございます、御坂様」
「おはようございます、御坂様」
「おはようございます、御坂様」
「お、おはよう……今日に限って後輩にやたらと挨拶される……」
68: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:37:29.49:tPaV4+i5o
「は、派閥!? 私が!?」
「ええ、御坂様には是非とも、今回のガイダンスを主導していただきたく」
「わ、私が派閥なんかに関知する訳ないでしょ!?
そんなのは心理掌握に全部……ってアイツ卒業したんだっけ」
「でも皆が御坂様のご采配に期待されてますから……」
「采配ぃ? 何でも人任せにするんじゃないの。
ひ弱な事言ってないで、自分で自分を育てなさいよ」
「し、しかし、昨日御坂様が『なんでも頼っていいのよ』と仰っていましたし……」
「はぁ? 私そんな事言ったっけ。ってかガイダンスとか何も承知してないけど?
……何がどうなってるの、これ?」
69: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:39:19.86:tPaV4+i5o
「おかえりなさいませ、お姉様」
「あ、黒子。ちょうど良かった、アンタに一つ聞きたいんだけど」
「はい?」
「私っていつから派閥の女王サマになっちゃってるんだっけ?」
「いつからも何も、春先にあの心理掌握から直々に引き継ぎなさいましたでしょう?」
「そんな覚え一つもないんだけど」
「はぁ……どうなさいましたの?」
(これは何? ひょっとして夢なの?)
71: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:42:11.57:tPaV4+i5o
『望む夢』
私がアイツと手を繋いで街中を歩く、楽しいデートの時間。
この世界が、私の知る現実じゃない事はすぐにわかってしまった。
アイツの右手ならたやすく叩き壊せるであろう幻想。
でも今の私にとっては手放したくない、甘美な麻薬。
夢の中のアイツは、すっかり私の彼氏気取りだった。
しっかりと私の手を握り締めて、頼もしくリードしてくれる。
なんだ、こんなカッコいい一面も持ってたのね。
フラフラしてボケッとしてる印象しかなかったのに。
当たり前のように二人で一つのクレープを食べたり、
当たり前のようにキスを交わし、抱擁を交わしたり。
72: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:44:49.23:tPaV4+i5o
幸せに満ち溢れたデートの時間はあっという間に過ぎて。
私は来週も泊まりに行く約束をしてからアイツと別れた。
寮に帰ると、出迎えてくれた黒子は妙にご機嫌だった。
少々の嫌味は言われたけれど、行為自体を咎める気はなさそう。
この夢の中では、黒子も私達の仲を応援してくれているみたい。
あまりに都合が良すぎて、つい夢と現実を混同してしまう。
この世界ではアイツと恋仲でいて、二人で一緒に笑っていられる。
寮に戻れば黒子の笑顔を見られるし、視界に映る何もかもが鮮やかな彩りを帯びている。
幸せすぎて目覚めたくない、桃源郷のような夢。
みんなの笑顔が眩しい幸せ。私の恋が叶った幸せ。そして、アイツの幸せ。
―――本当に?
73: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:47:21.25:tPaV4+i5o
『望まぬ夢』
いつの間にか、常盤台の女王として担ぎ上げられていた自分。
記憶と剥離した現実を垣間見て、これが夢だと気付くのに半日も掛かった。
どうしてなのか、黒子の態度が冷めている。
様子を問いただしたら、取り乱されているのはお姉様の方では?と来たもんだ。
しかも部屋に置いていたはずの、私の大切なグッズ達が全部消滅している。
当麻の代わりに抱き締めていた『きるぐまー』は何処行っちゃったのよ!?
当麻と言えば……無骨な携帯電話機の登録から、彼の番号だけがなくなっている。
厭な予感がしてアイツの寮に駆けつけたら、彼の部屋は無人の空室になっていた。
74: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:49:53.78:tPaV4+i5o
この世界にはアイツの存在そのものが残っていない……?
インデックスはどうしちゃったの!? このままじゃあの子だって寂しがる!
こんな寒々しい夢、受け入れられる訳がない。
世界からアイツ一人が欠けただけで、私の視野はこんなにも色褪せて見える。
どうしていつの間に死んだ事になってるのよ!?
アイツはロシアから生きて帰って来たじゃない!
私に告白してくれて、あんなに激しく愛してくれたじゃない!
両親達にもちゃんと報告して、交際の許可もらったじゃない!
みんなで誕生パーティーして、アイツの幸せを祝ったじゃない!
無事進級できたから、お祝いのデートしようって約束したのに!
―――本当に?
75: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:54:33.03:tPaV4+i5o
「お願い、その夢から覚めて。私に返して!」
「イヤよ、私はもうこの夢を離したくない!」
「それは私の日常よ! 私が掴み取った幸せよ!」
「アイツが帰ってこなかった事を忘れようとしたのが、私の現実よ」
「違うわ。あの時帰ってきたアイツを受け止めたのが、私の現実よ」
「これは……一つの分岐によって二つに分かれた、御坂美琴の世界なのね」
76: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:56:35.84:tPaV4+i5o
「だから今のアンタと私は、パーソナルリアリティが変わってしまってるの?」
「そう。常盤台の女王に成り果てる事で自分を維持してる、自分だけの現実」
「当麻を愛して、当麻と一緒の夢を信じている、自分だけの現実」
「どっちも昔の私とは違う。アイツのせいで私は変わってしまった」
「ううん、アイツのお陰で私は生まれ変われたのよ」
77: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 23:58:11.73:tPaV4+i5o
「どっちが本当の私なの?」
「わかんない。でも私とアンタの世界は別物だってわかる」
「アンタと私が入れ替わったら、世界がおかしくなるのかな」
「当たり前でしょ。私は常盤台の女王なんてやっていたくないわ」
「でもアイツを失った私には、もうそれしか拠り所が残ってない」
「そんな事ない。当麻を失ったからって捨鉢になるのはおかしいわ」
79: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/10(木) 00:00:01.04:kw1n11alo
「アンタはアイツと結ばれて浮かれ上がってるから、そうやって上から言えるのよ!」
「嫌味に聞こえたらゴメン。でも私だって何もしないで幸せを得た訳じゃない」
「アンタだって本当は怖かったんでしょ? もしアイツが帰ってこなかったとしたら……」
「そうよ、それが一番怖かった! だけどアイツは帰ってきてくれた!」
「私の世界では帰ってこなかった。泣きながら、震えながら、叫びながら受け入れたのに!」
「私の生き方はアイツ一人のせいでこんなにも揺れ動いちゃうのね……」
80: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/10(木) 00:01:24.92:kw1n11alo
「それは私達の心に、アイツが息づいているから?」
「そうね。私は当麻を愛してる。当麻の夢を信じてる」
「夢の中でなら言える。私はアイツが……上条当麻が、好き……」
「だったらアンタのために祈るわ。今度は夢じゃなくて現実で言えるように」
「うん、今度こそちゃんと伝えたい。だからアンタと一緒に祈らせて」
81: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/10(木) 00:02:18.81:kw1n11alo
「どうか当麻が、」
「どうかアイツが、」
「「無事に帰ってきますように……」」
83: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/10(木) 00:03:29.74:kw1n11alo
『夢から覚めて』
「おはよう、当麻。やっぱりあなたの胸の中が一番落ち着くわ」
「おはよう、美琴。すっかり甘えんぼさんになったなぁ、お前」
84: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/10(木) 00:04:24.63:kw1n11alo
『夢から覚めて』
「……所詮は夢か。……楽しい夢だったのになぁ……当麻……」
「おはようございます、お姉様。……泣かれているのですか?」
85: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/10(木) 00:05:13.50:kw1n11alo
- Fin -
87:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 00:06:22.85:uw9XNXsUo
118:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 23:39:10.36:VtAz1eZN0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
愛してその人を得ることは最上である。愛してその人を失うことはその次によい。
【ウィリアム・M・サッカレー [1811-1863]】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここは当麻のいる世界。
幸福に包まれた、世界―――。
ここはアイツのいない世界。
平和に包まれた、世界―――。
『告白』
大要塞と共にロシアの海中へと消えたはずのアイツが
いつものようにトボけた顔をして、ひょっこり戻ってきて間もない頃。
クリスマス商戦の華やかな雰囲気に包まれている街角で、
私はアイツから告白を受けた。
らしくない悪質なジョークだと思った。
粗暴で幼い私なんて、女として眼中にないとばかり思ってたのに。
でもアイツの表情がとても真剣で一途だったから、
私は自分が傷付きたくない一心で、私を選んだ理由を尋ねた。
「自分の存在があやふやになっちまうような空間の中で、お前が泣いてる夢を見たんだ。
顔をクシャクシャにして泣くお前を見ていたくなくて、すぐ起きちまったよ。
どうせ夢を見るなら、二人で同じ幸せな夢を見ていたいと思った」
「あの子じゃなくて……いいの?」
「アイツには、隠してた事を全部打ち明けて謝ったよ。
それで思い残しなく戦ったはずなのに、あと一つ心残りがあったんだろうな。
ええと、つまりだ……お前の事がどうしても気になって仕方なかったんだよ」
よくわからない例え話もあったけど、つまりアイツは
私の夢を見た事を切っ掛けにしてここに戻って来られたらしい。
やっぱり酷いジョークだ。
こんなにボロボロ泣いたのは子供の頃以来よ、バカ!
信じて欲しいと力強く言い放つアイツに、私は半ば強引に唇を奪われた。
初キスはしょっぱい涙の味だったけど、いたわるような暖かい温もりも伝わってきた。
そこまで言うなら仕方ないわね、といつもの調子であしらうつもりが、
気が付くとアイツの胸元に縋り付いて泣きじゃくっていた。
「私も大好きよ、当麻」
「……初めて名前で呼んでくれたな、美琴」
ここは当麻のいる世界。
幸せに満たされた、世界―――。
『空虚』
大要塞と共にロシアの海中へ消えたアイツ。
いつもトボけたツンツン頭の少年を、二度と見なくなった日常。
アイツの成した事を誰も知らぬまま、
ロシアと学園都市の戦争は終息した。
大規模な要塞の存在も、核弾頭の脅威も知らぬまま
都市の生徒達はいつものように笑って過ごしている。
勝ち取ろうともしないで得た平和を、誰もが湯水のように享受してる。
誰に知って欲しい訳でもないけれど、誰も知らないのが無性に悔しい。
誰もが不幸な思いをせずに、
誰もが笑って過ごせる世界。
みんなは笑って過ごしているけれど、
その笑顔が私にはどうにも不愉快で。
アイツが望んだ世界に、アイツだけが居ない。
これは私の望んだ世界なんかじゃ、ない……。
ここはアイツのいない世界。
平和に満たされた、世界―――。
『当麻とのクリスマス』
ツンツン頭の彼氏が出来てからの、初めてのクリスマス。
色恋に賑わう街の雰囲気に身を委ねたくなるクリスマス。
ちょっと気合を入れすぎて作った、手編みのマフラーと手袋。
黒子に隠し通しながら完成させるのは結構苦労した。
当麻は「俺の不幸に耐えられるのかなぁ」と変な心配をしていたから、
「無くしたら承知しないんだから!」とキツく念を押しておいた。
ありがとうと感謝の言葉を呟きながら、贈り物を身に着けるアイツを見ていると
私までほわほわとした暖かい気持ちに満たされる。
懐事情が寂しくてすまん、と前置きした当麻からのプレゼントは、
あの時ちぎれて壊れたはずのゲコ太ストラップ。
街中を駆けずり回って同じ物を探したというアイツの話を聞いて、
彼なりの苦労と思い遣りが感じられた。
こんな安物でもいいのか?と無神経な事を尋ねてきたものだから
鳩尾に肘鉄を叩き込みながら、こう叫んでやった。
「最高のプレゼントよ、バカ!」
「でしたらもうちょい手加減してくれませんかね美琴さん……ゲホッ」
その後は彼の家で、二人きりの静かな聖夜を過ごす。
泊まっていくかと尋ねられ、私は真っ赤になりながら首を縦に振ってしまう。
ここは当麻のいる世界。
恋人と一緒に過ごす聖夜が幸せな、世界―――。
『孤児院のクリスマス』
ロシアから学園都市に戻ってきた私は
無断失踪を厳しく咎められ、各方面にしこたま頭を下げさせられた。
教師達に、常盤台のエースとして相応の振る舞いを求められた私は自棄になって、
部屋に溜め込んでいたキャラクターグッズを全て投げ捨ててやった。
学園の、そして学校の広告塔としての、息苦しい立場から逃げ出したくなる毎日。
でも一端覧祭が終わると、打ち込むものも無くなって空虚になってしまいがち。
懲罰の一つとして課せられた、置き去り《チャイルドエラー》保護施設の
ボランティア活動だけが私の唯一の息抜きだった。
科学の先端を行くこの都市に生じている、いびつな社会現象の一つ。
親に捨てられ、能力開発の生体実験に利用されている哀れな子供達。
私には両親もいるし、自分を守る能力も備わっているけれど
この子達には強い同情と憐憫を感じてしまう。
育ち盛りのわんぱくな子供達に囲まれて、どちらが子供かわからない程
楽しくはしゃぐ一時だけが私を癒す。
園長や保母さん達には感心されるけれど、これは自分の為だけにやっている事。
ここはアイツを失った私にとっての拠り所なのだから。
サンタクロースに扮して、子供達と一緒にジングルベルを歌いながら
今日も私は偽善の奉仕に勤しむ。
ここはアイツのいない世界。
小さな子供達の幸せに満ちている、世界―――。
おおう
このギャップが凄まじい・・・。
18: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/09(水) 22:04:43.15:tPaV4+i5oこのギャップが凄まじい・・・。
『実家に帰省』
レベル5が都市外に出るのは制約が多くて厳しいからと言ってあるのに、
それでもママは、正月くらいは帰って来いと執拗にせがんでくる。
仕方がないので折れて、面倒な手続きに気が重くなっていたら
一足先に帰省していたパパが色々と手配してくれていた。
当麻も私と同じように、両親にせがまれて実家に帰ると言っていたので
しばらく離れるのは寂しいねと、珍しく私から素直になってみた。
ところがお互いの実家の住所を交換したら、なんと隣町同士。
二人で顔を見合わせて笑い、だったら一緒に帰りましょうと約束を交わす。
「出来立ての恋人を連れてきなさい」とニヤつくママの言葉で、私は全てを悟った。
道理で誘いが強引だと思ったら、それが両親達の算段だったらしい。
私の両親を前にして、当麻が拳を握り締めながら男らしく交際を宣言すると
パパもママも拍子抜けするほど簡単に承諾してくれた。
同じように私も上条家で交際を報告すると、こちらも同じように大歓迎。
反対して欲しかった訳じゃないけど、話の流れが良すぎて戸惑ってしまう。
「避妊だけはしてくださいね」という詩菜さんの言葉にも仰け反ったけれど、
「しなくてもいいのに」と言ってのけるママはもっと非常識。私はまだ14よ!
さすがに男親達が血相を変えたので、何故か私がなだめる羽目に。
しないから、まだそんな関係じゃないからと強く言っても誰も信じない。
私と当麻は上座に座らされ、母親達手作りのおせち料理を振舞われながら
実家とは思えないほど居心地の悪い思いをした。
ここは当麻のいる世界。
両親達の愛に包まれた、世界―――。
『実家と連絡』
レベル5が都市外に出るのは制約が多くて厳しいからと言ってあるのに、
それでもママは、正月くらいは帰って来いと執拗にせがんでくる。
色々あったせいで、外出許可は当分下りそうにないと伝えたら
ママは電話の向こうで寂しそうに「仕方ないわね……」と呟いていた。
ママはどうやら、学園都市の教育方針に不信を抱いているらしい。
私の知らない所で色々と動いていたようだ。
今となっては私もこの街が好きではない。
この都市は、私達の知らない誰かに支配された箱庭だと思い知ったからだ。
出たいのは山々だけど、ママの不安を打ち消すような言葉を選びつつ、
せめて常盤台中学を卒業するまでは頑張りたいと伝える。
「パパも随分と心配してたわよ。くれぐれも気をつけてね、美琴ちゃん」
普段はおちゃらけた人達だけど、やっぱりこの人達は私の大切な両親。
神頼みの奇跡も起きないし、ヒーローすら奪い取った憎い世界だけれど
優しいママの愛情だけは変わらずにいてくれる。
ここはアイツのいない世界。
両親の愛に包まれた、世界―――。
『しっぽりと』
年が明けたあと、私は週末に彼の部屋へ泊まるのが習慣となっていた。
あの子の存在が気になるけれど、そこは当麻が上手くやりくりしてくれている。
四度目のお泊まりの日に、私達は初めて身体を重ねた。
下腹部に小さな痛みを残してあっという間に通り過ぎた、幻想的な時間。
お互いに奥手な私達としては思い切った行動だったけど、
おかげで私は彼とより強い一体感を感じるようになれた。
ところが当麻は何か思う所があったのか、その日の出来事を思い悩んでいたらしい。
五度目のお泊まりの日。私は彼の愛情と欲望を軽く見ていた事を痛感する。
丸一日身を重ね続け、幾度もお互いの名を叫びながら
現世から離脱しそうなほどの快楽に満たされて、私は彼の女になった。
何かが私の中で壊れる音がして。
何かが私の中で新しく生まれて。
詩菜さん許してください、避妊だけはちゃんとしましたから。
あなたの息子さんの思いやりのおかげで、私達は道を踏み外さずに済みました。
避妊薬を飲み始めようかと提案したら、当麻は慌てふためいたけど
お互いが安心して強く結びつく為の手段だと説得したら、理解してくれた。
二人で同じ夢を見ていたいと語る彼の凛々しい横顔がいとおしくて、
私は彼が眠りについてからもずっと、彼の頬に口付けていた。
ここは当麻のいる世界。
溺れそうなほどに幸せな、世界―――。
『リグレット』
年が明けた頃から、常盤台中学の三年生は一層忙しくなる。
卒論製作や進路指導にも熱が入り、外界からの勧誘も多く入ってくるからだ。
私の学校には、私と並ぶもう一人のレベル5が三年生にいる。
心理掌握《メンタルアウト》……私がこの学校で一番いけ好かなく思う女だ。
個人的には顔も合わせたくない存在だが、十徳ナイフのように便利な精神系能力は
私とは異なる意味で汎用性に優れ、引く手数多らしい。
彼女にはもう一つの側面がある。
学内に幾つかある「派閥」の中でも、最も大きな派閥の長である事だ。
私は彼女が台頭する派閥関係を嫌ってずっと一人でいたけれど、
近頃はそうも言ってられなくなってきた。
卒業間近の心理掌握が後継者を探しているという噂が立つと
程なくして白羽の矢が立ったのはやはり、私だった。
彼女には、そんな立場を押し付けられるのは絶対に嫌だと返答したのだが
彼女以外にも十を超える人物に継承を懇願されてしまうと、つい思い悩んでしまう。
学舎の園の外を知らない、籠の中の小鳥のようなお嬢様達は
力強く魅力的なリーダーを必要としているらしい。
私に人を導く素質があるから? 私しかレベル5がいないから?
私でなければならない理由を追及できないまま、私は遂に折れた。
ここはアイツのいない世界。
溺れそうなほど縋られる、世界―――。
『幸せなインデックス』
五度目のお泊まりの翌日。私はようやくあの子と……インデックスと和解できた。
和解の印に、間近に迫った当麻の誕生日パーティーを協力して開く事になった。
あの子の口から語られる、私の知らない女の子達の列挙に恐々としてしまい
身近な人物だけで慎ましく行おうとしたのに、結局は大人数になってしまった。
それ自体は彼の幸せを願う人が多い証だと喜びもしたのだけれど、
予定外の参加者の中に一人だけ、どうしても腹に据えかねる人物がいた。
「僕は天候のせいでフライトが遅れたところを、土御門に強引に連れ出されただけだ。
なんで僕が『盾の老朽化』をわざわざ祝わなきゃならないのかねぇ……」
当麻から何度か話にだけは聞いていた、ステイルという赤髪の青年だ。
未成年が集う室内で一人だけプカプカとタバコを燻らせていた、意地の悪い男。
「これは当麻の存在を幸せに思う人達が集って祝うパーティーなのよ!
当麻に向かって盾だの老朽化だの言うフザけた奴は出てけ! 二度と来んな!」
稲光の如く、いや烈火の如く怒り狂った私を押し留めてくれたのは当麻と黒子。
普段は当麻を類人猿とか呼んでるこの子ですら、一緒に祝ってくれているのに。
ふて腐れて帰ろうとした彼を呼び止める土御門のお兄さんを押しのけて、
私と同じく当麻の存在を一番幸せに思っているはずの、あの子が前に立ち塞がった。
「今のはステイルが悪いんだよ! ちゃんと謝らないと二度と口利いてあげないから!」
「い、いや、その、すまない……実は僕も内心、彼には恩義を感じてるんだ」
50センチも身長差がある少女に対して低頭に謝る光景を見て、
私も毒気を抜かれてつい許してしまった。時々凄いわね、インデックスって。
あとで土御門のお兄さんに、彼が私と同い歳だと聞いて吃驚した。
「アイツは君と同じツンデレだからにゃあ」というのは余計な一言だったけど。
ここは当麻のいる世界。
皆が当麻の存在を幸せに思う、世界―――。
『哀れなあの子』
アイツがこの世界から失われたあと、
私は一度だけあのちっこいシスターの姿を街中で見かけた事があった。
虚ろな瞳をして、都市の中をあてもなく捜し歩いていた、あの子。
その後ろから一組の男女が、掛ける言葉もなさそうに沈痛な表情で見守っていた。
一人は赤い髪をした、神父風の背の高い男性。
一人はパンクなジーンズ姿で、黒い長物を携行した女性。
私が現実を受け入れたあとも、あの子だけはアイツを捜し求め続けていたらしい。
アイツの生還を強く信じ続けているのか、それともただ単に諦めが悪いのか。
あの虚ろな表情を見る限り後者だと私は感じた。
一瞬声を掛けようか迷ったけれど、私だって掛ける言葉なんて見つからない。
私達は同じ想いを心に抱いたまま、永遠にアイツを失ってしまったのに
アイツのいなくなった現実をまだ受け入れられないでいる、可哀想な子。
つい視線が合ってしまった時、私は黙って首を横に振る事しかできなかった。
それを察したあの子は捜索を、いや信じる事を諦めて、元来た道を帰っていった。
ここはアイツのいない世界。
あの子の幸せが見つからない、世界―――。
『外泊の共謀者』
盛大な騒ぎになった誕生パーティーのあとも
寮監の目を盗んで、当麻の家に外泊を目論む週末が続く。
今まではルームメイトの黒子にすら内緒にしていた事。
二人の関係に一番口うるさい彼女にそれを打ち明けるのは、相当な勇気が要った。
突然「あの類人猿がァー!」と叫びだす奇怪な部分は相変わらずなのだけど、
パーティーを通じて心境の変化が生まれたのか、近頃の黒子は協力的だ。
門限の時間に寮監の点呼がある時だけは寮に戻り、
それが過ぎると黒子の空間移動《テレポート》で寮の外に送ってもらう。
帰りはその逆。寮の裏手に戻ってきたらあの子に携帯で連絡して
寮内に連れ戻してもらい、何食わぬ顔をして寮監に挨拶を掛ける。
門限破り、男子寮への外泊、寮内での能力使用……私の行動は違反だらけ。
しかし黒子はそんな不良娘を笑顔で送り出して、そして出迎えてくれる。
「でもやっぱり避妊だけはしてくださいまし!」
「だからそこは大丈夫だっての、もう!」
夜になって、黒子から首の痛みを訴えるメールが届いた。
ごめんね黒子。私にとっては当麻の次に大切な人なのに。
ここは当麻のいる世界。
黒子が笑顔で送り迎えてくれる、世界―――。
『心配な同居人』
同室に住んでいて、毎晩枕を並べている仲なのに
最近黒子と話す機会が減ってしまっている。
私が避けている訳じゃない。あの子もそうではないみたい。
ただ、お互い顔を合わせても左程会話をしなくなっていた。
昔は「お姉様~♪」と叫びながら鬱陶しいくらい抱きついてきたのに、
近頃は厭に大人びて、努めて淑女らしく振舞っている。
ある時、黒子が怪我をして帰宅した事があった。
私は慌てて救急道具を用意し、手当てをしてあげた。
事情を聞くと、窒素を身に纏う能力を持った少女と一悶着したらしい。
「不覚を取りましたの。お返しに三本程突き立ててやりましたが……」
小さな身体に打ち据えられた大痣の痛々しさに、自分の至らなさを呪う。
私は戦う事を忘れて久しい。止めろと言われて止めてしまえばこの様だ。
「ジャッジメントの苦労と理念はわかるけど、無茶はしちゃダメよ」
「ありがとうございます、お姉様。黒子は負けませんわ」
本当は誰よりも真面目で正義感の強い子。
でも、その一面しか見えない今は見ていて辛い。
この痣は、慕ってくれる気持ちを無碍にしていた私が受けるべき罰なのに。
この子は、今の私にとって一番大切な人なのに……。
ここはアイツのいない世界。
黒子の笑顔を久しく見ていない、世界―――。
『労わり』
春休みを迎えた学園都市。
せっかく当麻と一緒にいられる時間が増えると期待してたのに!
当麻は誰かの要請を受けて、またしても何かの事件に首を突っ込んでいるらしい。
連れて行けと頼んだけれど、電話の向こうでアイツは申し訳なさそうに謝るだけ。
マジュツがどうのという出来事に関わっているのだけは知っているけれど、
当麻はその詳細を話そうとはしてくれない。それが美琴の為だとアイツはうそぶく。
確かに、私が学園都市外に出て行く事は簡単ではないのだけれど
大切な人の安否をじっと待つだけというのは性に合わない。
もっと頼って欲しい。もっと力になりたい。
何度身体を重ねても、肝心な時に私は彼の支えになれないのだろうか。
数日後、彼が戻ってきたと連絡を受けたのは病院からだった。
案の定またしても大怪我をして帰ってきたらしい。
心配掛けるんじゃないバカ!と泣いて縋る事もできただろうけれど、
彼の迷惑になりそうな態度はグッと押し殺し「おかえり」とだけ声を掛けてあげた。
「数日見ない間に大人びたな、美琴」
「年頃の女は成長が早いのよん」
なんだ、こうすれば良かったんだ。
信じて待つ女になるのも悪くないと思い始めてしまう。
元気付くような報告があるからと耳を借りて、そっと囁いてあげた。
「産婦人科の先生に言われたの。もう、スキン無しでも大丈夫だよって」
真っ赤になって慌てる表情は可愛いけど、布団を押し上げる元気はどうしたもんかしら。
「君達、そういう事は退院してからね?」とカエル医者にまで言われちゃった。
ここは当麻のいる世界。
暖かい春の陽気に包まれた、世界―――。
『隔たり』
出会いと別れの季節を迎えた学園都市。
私は三学年に進級するに際して、新たな役目を負う事になった。
心理掌握というのは、能力にかこつけてお山の大将を気取る
高飛車な女とばかり思っていたけど、なかなかどうして保護欲は強いらしい。
自分の手元で派閥を一つに纏める事で、女生徒同士の不要な抗争を減らし
部活動や研究に費やす為の時間と資金を効率化していたようだ。
片手落ちなのは本人の性格がお高く留まっている点だろうか。
私や黒子のように、この女の性格を生理的に嫌う人間も少なくないのに。
彼女の手元で肥大化した派閥を上手く纏めるのが、私の引き継ぐ役割だった。
彼女に言われずとも、変なしこりを作らないように上手くやってやるわよ。
「ところで、あなたの傍にいつもいる、あの子の事を尋ねてもよろしくて?」
「……黒子がどうかしましたか?」
卒業式の前日。彼女と最後に交わした会話は、黒子の事だった。
性格や能力の特徴を幾つか尋ねられたので、無難な回答だけを返しておく。
別れ際に自分ではなく後輩の事をあれこれと探られた印象のせいで、
やはり私はこの女と仲良くするのは無理だと再認識した。
ここはアイツのいない世界。
春一番が吹き荒れている、世界―――。
『新学期初日』
年度が変わり、学園都市は新学期を迎えた。
私にとっては当然の事だけど、当麻にとっては苦難だったらしい。
春休みの補習を差し置いて、ヨソの事件に首を突っ込んでいた当麻が
なんとか留年を免れたのは、ひとえに担任の熱心な支援によるものだと彼は言う。
うずたかく積み上がった宿題を前にして、年下の私に拝み倒してくる恋人の姿は
ちょっと情けなかったけど、人助けしてきた分を差し引いてトントンにしてあげた。
お腹が減ったと訴えるインデックスに食事を作ってあげながら
当麻に勉強を教える私。なんだか二人の母親にでもなった気分。
時間が無いというのに、当麻のクラスメイトが入れ替わり立ち代わりやって来ては
進級の危うい彼に向かって「観念してオレ達の後輩になるにゃあ」とおちょくりだす。
不埒な侵入者は電撃で撃退したあと、私も意地になって彼に教え説いていく。
ようやく課題が完了したのは、始業式当日の早朝だった。
結局クラスメイト達は彼の進級を歓迎してくれたらしく、
また一緒のクラスで学べる事を喜んでくれたらしい。ったく現金な連中。
「みんなに愛されてて羨ましい限りだけど、ずっとお預けされてる私の事も考えてよね」
「俺だってお預け食ってたようなもんだぞ! ……あと一晩だけ、泊まっていけよな」
ここは当麻のいる世界。
皆の笑顔に満ちている、世界―――。
『新学期初日』
桜の花が開きだす、新学期の初日。
私の新生活は、新入生達を歓迎する事から始まった。
後輩達に一人ずつ挨拶を掛け、顔と名前を覚える事から始めていく。
こういう事は初日が勝負だ。モタモタすると勝手に連帯グループを作られてしまう。
派閥抗争には研鑽の意味合いもあるらしいけど、私はその方法を選びたくない。
みんなで仲良くするために、全員を面倒見るくらいの気持ちで私は挑む。
放課後は久々に初春さんと佐天さんと会い、黒子と四人でトークに盛り上がる。
でも私は心の中で一歩だけ離れて、三人が楽しく語り合う様子を見守っていた。
その日の夜。黒子が思い掛けない行動に出た。
あとから聞くに、心理掌握がそそのかした事らしい。あの女……!
過去を全て投げ捨てて、常盤台のエースに徹しようと決心した私が
唯一捨てられなかったのがゲコ太のストラップ。
ロシア北海の沿岸部で見つけた、アイツのたった一つの形見。
箱に鍵を掛けて隠していたはずのそれを、黒子が見つけ出して手にしていた。
たちまち頭に血が上ってしまい、何を喚いたのかよく覚えていない。
吹っ切れたあと、私は膝から崩れ落ちて泣いていた。
そんな私を哀れに思い、黒子は優しく語りかけてくれたけど、
忘れたい記憶を思い出してしまった私の耳には何も届かない。
アイツのいない世界は、寒々しくて息苦しい……。
どうして私はここに居るのだろう。
ここはアイツのいない世界。
皆の笑顔に満ちているはずの、世界―――。
『当麻やみんなに囲まれて』
思い返すに、あれは世界大戦をも凌駕する規模の戦争だった。
私と当麻と一方通行《アクセラレータ》と、あと浜面とかいう男とで挑んだ戦い。
学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。
そして、イギリス清教の最大主教、ローラ=スチュアート……だったかな?
この人間離れした二人の巻き起こした戦渦に
私は直前まで何も知らぬまま巻き込まれた。
片方は科学界の神として、妹達《シスターズ》を利用してマジュツの撃滅を計り、
片方はマジュツ界の総本山として、学園都市勢力の総取りを計画していたとか。
学園都市のレベル5は全員、あの不気味な理事長に飼われるモルモットに過ぎなかった。
インデックスが秘めていた膨大なマジュツの知識も、あの女の兵器扱いに過ぎなかった。
私達が過去巻き込まれてきたあらゆる事件は、結局はこの二人のバカげた陣取りゲーム。
幾多の命が失われ、多くの涙が流された悲劇に幕を引いたのは、やはり当麻の力だった。
私とインデックスの力が彼等に利用され、当麻との永遠の離別が頭を過ぎったその時
アイツに秘められていた"ドラゴン"の力が覚醒して、事態を収めてしまった。
科学もマジュツをも超越した、まるで神様のような万能の力だった。
私の彼氏は色々と突き抜けすぎてて困っちゃうな、もう。
だけど最後には皆で無事と平和を分かち合えた。それが一番の幸せ。
一息ついてたアイツに、インデックスと二人で両脇から飛びついてやった。
「愛してるわ、当麻!」
「大好きだよ、とうま!」
ここは当麻のいる世界。
私達の願う夢が叶った、世界―――。
『黒子やみんなに囲まれて』
三年生になってからの学園都市は、平穏そのものだった。
ロンドンやローマでは一騒動起きたらしいが、都市内には詳しい情報が入らない。
暗部も一時期騒いでいたらしいが、程なく鎮圧され今は何の諍いも起きていない。
アンチスキルやジャッジメントだけでも守っていける、穏やかな平和が続いている。
何の戦いも起こらない毎日。闇に関知しなくても済む毎日。
学園都市という箱庭の中で、空気を吸わされる退屈な毎日。
でもその中で誰もが笑っていられるのなら、それでもいいのかも知れない。
私が取り越し苦労をしなくとも、みんな自分の意志で生きているのだから。
黒子も元気を取り戻し、ジャッジメントとして毎日忙しく立ち回っている。
私も近頃は学校内で、女王《クイーン》などと呼ばれて持て囃されている。
派閥の取りまとめも概ね上手く行き、学生同士の陰湿な諍いも起きなくなった。
安心して次の後継者に委ねる事ができそう。こんなのやっぱり私の柄じゃない。
盛夏祭、大覇星祭、一端覧祭、そして卒業式……
学生達のイベントが順風満帆に過ぎていく、何の刺激もない穏やかな日々。
みんなが笑顔でいるのに、私一人だけがいつまでも笑えない。
海の向こうでは、あの子も同じ気持ちで過ごしているのかな。
ここはアイツのいない世界。
私の願う夢が叶ったはずの、世界―――。
交錯。
『幸せな夢』
「やっと起きたか美琴。おはよう」
「え……えっ!? アンタ……どうして……!?
ってかここは何処!? 常盤台の寮じゃないわよね!?」
「はぁ? どうしてもこうしても、気持ちよさそうにぐっすり寝てたからさ。
たまには上条さんクッキングの朝食でもご馳走しようかなと思いまして」
「アンタ……生きてたの!? いつ帰ってきたの!?」
「? 帰るもなにも、俺は昨日からずっと家にいただろ。
どうしたんだ美琴、変な夢でも見てたのか?」
「夢? そっか、夢か……夢……
ってきゃああ!! なんで私、何も着ないで寝てるのぉ!?」
「朝から大声出すなっての、また土御門にからかわれるぞ。
なんでって、お前から言い出したんじゃねーか。寝てる間もハダカでくっついてたいって」
「わ、私がそんな恥ずかしい事言う訳ないでしょバカァァァ!!
ってあわわわわ! アンタも前くらい隠しなさいよぉぉぉ!!」
「なんだか今朝の美琴たんはご機嫌斜めだなぁ……
昨日の夜はあんなに可愛く鳴いてた癖に、どうしちまったんだ」
「か、かわい……鳴いて……裸で……ふにゃあぁー」
「わっ、こらっ、布団の中でそれするのやめろっ、焦げるっ!
あっ、焦げると言えばフライパンが! あああ、やっぱし焦げてる……不幸だぁー!」
「どうして……私……」
「……本当に大丈夫か、美琴?」
「ごめん、今ちょっと混乱してるから……」
チュッ
「……は、ほぇっ、ふぇぇっ!? アンタ今何したあぁぁ!?」
「なんだよ、目覚めのキスをまだしてなかったから今しただけだぞ。
いつもは美琴からねだってくる癖に、今日は随分おしとやかだな。
耳まで真っ赤になって、なんだか俺達が初めてセックスした時みたいだ、ははっ」
「お、おねだりって……せっくすって……一体にゃにがどうにゃってるのおぉーーー!?」
「落ち着けっての。ほら、お前の大好きなハグしてやるからさ」
(これは何? ひょっとして夢なの?)
『幸せなはずの夢』
「ふわぁ……あれ? 私昨日は当麻の家に泊まってたはずじゃあ……」
「おはようございます、お姉様。珍しく遅起きですわね」
「あ、おはよー黒子。今日って日曜日じゃなかったっけ?」
「ええ、日曜日ですわよ。ではわたくしは先に食堂に向かってますので」
「なによ、愛想がないわね黒子のヤツったら。
ともあれ、起きたらピルを飲まなきゃね。……あれっ、見当たらない……」
「おはようございます、御坂様」
「おはようございます、御坂様」
「おはようございます、御坂様」
「お、おはよう……今日に限って後輩にやたらと挨拶される……」
「は、派閥!? 私が!?」
「ええ、御坂様には是非とも、今回のガイダンスを主導していただきたく」
「わ、私が派閥なんかに関知する訳ないでしょ!?
そんなのは心理掌握に全部……ってアイツ卒業したんだっけ」
「でも皆が御坂様のご采配に期待されてますから……」
「采配ぃ? 何でも人任せにするんじゃないの。
ひ弱な事言ってないで、自分で自分を育てなさいよ」
「し、しかし、昨日御坂様が『なんでも頼っていいのよ』と仰っていましたし……」
「はぁ? 私そんな事言ったっけ。ってかガイダンスとか何も承知してないけど?
……何がどうなってるの、これ?」
「おかえりなさいませ、お姉様」
「あ、黒子。ちょうど良かった、アンタに一つ聞きたいんだけど」
「はい?」
「私っていつから派閥の女王サマになっちゃってるんだっけ?」
「いつからも何も、春先にあの心理掌握から直々に引き継ぎなさいましたでしょう?」
「そんな覚え一つもないんだけど」
「はぁ……どうなさいましたの?」
(これは何? ひょっとして夢なの?)
『望む夢』
私がアイツと手を繋いで街中を歩く、楽しいデートの時間。
この世界が、私の知る現実じゃない事はすぐにわかってしまった。
アイツの右手ならたやすく叩き壊せるであろう幻想。
でも今の私にとっては手放したくない、甘美な麻薬。
夢の中のアイツは、すっかり私の彼氏気取りだった。
しっかりと私の手を握り締めて、頼もしくリードしてくれる。
なんだ、こんなカッコいい一面も持ってたのね。
フラフラしてボケッとしてる印象しかなかったのに。
当たり前のように二人で一つのクレープを食べたり、
当たり前のようにキスを交わし、抱擁を交わしたり。
幸せに満ち溢れたデートの時間はあっという間に過ぎて。
私は来週も泊まりに行く約束をしてからアイツと別れた。
寮に帰ると、出迎えてくれた黒子は妙にご機嫌だった。
少々の嫌味は言われたけれど、行為自体を咎める気はなさそう。
この夢の中では、黒子も私達の仲を応援してくれているみたい。
あまりに都合が良すぎて、つい夢と現実を混同してしまう。
この世界ではアイツと恋仲でいて、二人で一緒に笑っていられる。
寮に戻れば黒子の笑顔を見られるし、視界に映る何もかもが鮮やかな彩りを帯びている。
幸せすぎて目覚めたくない、桃源郷のような夢。
みんなの笑顔が眩しい幸せ。私の恋が叶った幸せ。そして、アイツの幸せ。
―――本当に?
『望まぬ夢』
いつの間にか、常盤台の女王として担ぎ上げられていた自分。
記憶と剥離した現実を垣間見て、これが夢だと気付くのに半日も掛かった。
どうしてなのか、黒子の態度が冷めている。
様子を問いただしたら、取り乱されているのはお姉様の方では?と来たもんだ。
しかも部屋に置いていたはずの、私の大切なグッズ達が全部消滅している。
当麻の代わりに抱き締めていた『きるぐまー』は何処行っちゃったのよ!?
当麻と言えば……無骨な携帯電話機の登録から、彼の番号だけがなくなっている。
厭な予感がしてアイツの寮に駆けつけたら、彼の部屋は無人の空室になっていた。
この世界にはアイツの存在そのものが残っていない……?
インデックスはどうしちゃったの!? このままじゃあの子だって寂しがる!
こんな寒々しい夢、受け入れられる訳がない。
世界からアイツ一人が欠けただけで、私の視野はこんなにも色褪せて見える。
どうしていつの間に死んだ事になってるのよ!?
アイツはロシアから生きて帰って来たじゃない!
私に告白してくれて、あんなに激しく愛してくれたじゃない!
両親達にもちゃんと報告して、交際の許可もらったじゃない!
みんなで誕生パーティーして、アイツの幸せを祝ったじゃない!
無事進級できたから、お祝いのデートしようって約束したのに!
―――本当に?
「お願い、その夢から覚めて。私に返して!」
「イヤよ、私はもうこの夢を離したくない!」
「それは私の日常よ! 私が掴み取った幸せよ!」
「アイツが帰ってこなかった事を忘れようとしたのが、私の現実よ」
「違うわ。あの時帰ってきたアイツを受け止めたのが、私の現実よ」
「これは……一つの分岐によって二つに分かれた、御坂美琴の世界なのね」
「だから今のアンタと私は、パーソナルリアリティが変わってしまってるの?」
「そう。常盤台の女王に成り果てる事で自分を維持してる、自分だけの現実」
「当麻を愛して、当麻と一緒の夢を信じている、自分だけの現実」
「どっちも昔の私とは違う。アイツのせいで私は変わってしまった」
「ううん、アイツのお陰で私は生まれ変われたのよ」
「どっちが本当の私なの?」
「わかんない。でも私とアンタの世界は別物だってわかる」
「アンタと私が入れ替わったら、世界がおかしくなるのかな」
「当たり前でしょ。私は常盤台の女王なんてやっていたくないわ」
「でもアイツを失った私には、もうそれしか拠り所が残ってない」
「そんな事ない。当麻を失ったからって捨鉢になるのはおかしいわ」
「アンタはアイツと結ばれて浮かれ上がってるから、そうやって上から言えるのよ!」
「嫌味に聞こえたらゴメン。でも私だって何もしないで幸せを得た訳じゃない」
「アンタだって本当は怖かったんでしょ? もしアイツが帰ってこなかったとしたら……」
「そうよ、それが一番怖かった! だけどアイツは帰ってきてくれた!」
「私の世界では帰ってこなかった。泣きながら、震えながら、叫びながら受け入れたのに!」
「私の生き方はアイツ一人のせいでこんなにも揺れ動いちゃうのね……」
「それは私達の心に、アイツが息づいているから?」
「そうね。私は当麻を愛してる。当麻の夢を信じてる」
「夢の中でなら言える。私はアイツが……上条当麻が、好き……」
「だったらアンタのために祈るわ。今度は夢じゃなくて現実で言えるように」
「うん、今度こそちゃんと伝えたい。だからアンタと一緒に祈らせて」
「どうか当麻が、」
「どうかアイツが、」
「「無事に帰ってきますように……」」
『夢から覚めて』
「おはよう、当麻。やっぱりあなたの胸の中が一番落ち着くわ」
「おはよう、美琴。すっかり甘えんぼさんになったなぁ、お前」
『夢から覚めて』
「……所詮は夢か。……楽しい夢だったのになぁ……当麻……」
「おはようございます、お姉様。……泣かれているのですか?」
- Fin -
乙!
88:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 00:06:27.65:5fFvNKYIo(´;ω;`)ウッ…
89: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/10(木) 00:06:42.90:kw1n11alo投下完了です。
読んでいただいた方ありがとうございます。
新約あらすじの「上条当麻が存在しない世界」という一文に
かき立てられて書きました。あくまでパラレルなお話です。
要するに「新刊が待ち遠しいね」という内容なのですが、
いざ新刊(結論)が出たら恥ずかしくて読み返せない気がします。
誕生パーティーの部分は単独のSSにしようと考えていたのですが
どうにも話が膨らまなかったので、こういう形式になりました。
92:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 00:11:57.14:Dy6g/aato読んでいただいた方ありがとうございます。
新約あらすじの「上条当麻が存在しない世界」という一文に
かき立てられて書きました。あくまでパラレルなお話です。
要するに「新刊が待ち遠しいね」という内容なのですが、
いざ新刊(結論)が出たら恥ずかしくて読み返せない気がします。
誕生パーティーの部分は単独のSSにしようと考えていたのですが
どうにも話が膨らまなかったので、こういう形式になりました。
良いなぁ
発想と文章力を分けてくれ
94:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 00:13:53.77:0DUdTMyAO発想と文章力を分けてくれ
乙ですの!
ガチで面白かった、また書いて下さい。全力で支援させていただきます。
95:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 00:17:57.88:hJoR8QhAOガチで面白かった、また書いて下さい。全力で支援させていただきます。
胸が痛い…有難う
98: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/10(木) 00:19:48.14:kw1n11alo試験的なレイアウトを採用したので
携帯やスマホの人には見づらかったかも。すみません。
実は>>81と>>83の間に>>63をもう一度入れるはずでした。
これがないと解釈の違いが生じそうなので、
気になる人は脳内補完してください。
103:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 00:37:31.30:+8CWIFY50携帯やスマホの人には見づらかったかも。すみません。
実は>>81と>>83の間に>>63をもう一度入れるはずでした。
これがないと解釈の違いが生じそうなので、
気になる人は脳内補完してください。
すばらしいSSだ
108:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 02:25:11.44:P5Ni3qK+0 乙乙乙!!!!
この並行世界と、それを交差させる発想凄いな……
そのまま心の中入って来る表現力欲しいな
もう一回涙のリグレット読もう……
これ読んでると、本編で上条さんが無事に帰ってくることを祈るしかなくなる
109:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 02:49:14.95:+sJNF3M7Pこの並行世界と、それを交差させる発想凄いな……
そのまま心の中入って来る表現力欲しいな
もう一回涙のリグレット読もう……
これ読んでると、本編で上条さんが無事に帰ってくることを祈るしかなくなる
携帯からは読みづらいだろうけど、PCから読むといいレイアウトだな
116:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 17:27:58.55:rSJOuuJv0118:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 23:39:10.36:VtAz1eZN0
涙のリグレットと週末は~の味に深みが出たよ…。
GJです!
122: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/13(日) 18:44:30.81:OaE2VQiLoGJです!
このスレはまもなくdat依頼します
お読みいただいた方ありがとうございました
次回作(予告)
刀夜 詩菜 旅掛 美鈴「私達、離婚します!」 当麻 美琴「はぁ!?」
124:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 18:58:07.63:tyBqRtPNoお読みいただいた方ありがとうございました
次回作(予告)
刀夜 詩菜 旅掛 美鈴「私達、離婚します!」 当麻 美琴「はぁ!?」
カオスwwww
コメディですよね?
何にせよ楽しみだ
127:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 20:44:27.58:oGJkw1RDOコメディですよね?
何にせよ楽しみだ
次はママレードボーイですか?
128: ◆nE9GxKLSVQ:2011/02/13(日) 20:53:25.00:OaE2VQiLoなんでバレた…orz
誰か先鞭つけてましたっけ?
131:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:36:32.54:oGJkw1RDO誰か先鞭つけてましたっけ?
ダブル離婚っていったらあれしかないしねぇ・・
132:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 01:04:22.19:vZlk9gUY0次楽しみすぎるww
143:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/16(水) 11:34:49.87:vT0DdvDcoすげー良かった…左右に分けた手法も見やすかった
甘々なのも好きだけどリグレットみたいなシリアス系が大好きなんだよなー
>>2の言葉がすばらしい
次回作も期待してます!
甘々なのも好きだけどリグレットみたいなシリアス系が大好きなんだよなー
>>2の言葉がすばらしい
次回作も期待してます!
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