- 杏子「くうかい?」 前編
杏子「くうかい?」 後編
元スレ SS速報VIP
25:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 19:24:05.02:T1omSHQ2o
◆◇◆◇
「さやかちゃんは、魔法少女になることを諦められたみたい。
上條くんの腕のことは、今はどうしようもないけど、
あたしの愛でいつか奇跡を起こしてみせる、だって。
さやかちゃん、すっごく真面目な顔でそんなこと言うんだもん。
わたし、思わず笑っちゃった」
「…………」
「こんなこと言ったら、さやかちゃんに怒られちゃうかもしれないけど、
わたしは、さやかちゃんが魔法少女にならなくて、本当に良かったって思うの。
もしも上條くんの腕が治って、それで二人が結ばれたとしても、
さやかちゃんはきっと、自分の体のことで悩み続けたと思うから……」
「…………」

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26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 19:24:51.74:T1omSHQ2o
盲目の者がすれ違ったとしても、
そこに二人の少女がいるとは、とても気づけなかっただろう。
誰かが携帯の相手と話しているか、独り言を喋っていると考えるに違いなかった。
無口な夜道の護衛役に、まどかは辛抱強く問いかけた。
「ねえ、ほむらちゃんは、さやかちゃんの話に興味がないの?
わたし、さやかちゃんから聞いたよ。
さやかちゃんを説得したのは杏子ちゃんで、
杏子ちゃんにそうするよう頼んだのは、ほむらちゃんなんでしょ?」
「…………」
「ほむらちゃんは全部知ってたから……。
魔法少女になるってことが、どういうことなのか全部分かってたから、
さやかちゃんを止めようとしてくれたんだよね?」
「…………」
まるで、厚い鉄の壁に話しかけているような感覚。
どうしてほむらちゃんは、何も言ってくれないんだろう。
「あのね、ほむらちゃん?
やっぱりわたしのこと……怒ってる?」
泣き出しそうな気持ちが、声の震えに表れていた。
27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 19:25:17.25:T1omSHQ2o
「わたしが何度もほむらちゃんとの約束を破ったから、
わたしのことを、嫌いになっちゃったの?」
ほむらは緘黙を解いて言った。
「わたしは……」
喉もとまで迫り上がった言葉を呑み込んで、
「……あなたが嫌いなわけじゃない。
わたしは、あなたの愚かしさが許せないだけ。
美樹さやかは魔法少女になることを諦めた。
なのに、どうしてあなたはまだ、こちら側の世界に立ち入ろうとするの。
人であることをやめてまで叶えたい望みなんて、あなたには無かったはずよ。
これ以上、わたしたちに関わる理由がどこにあるの?」
「……理由なら、あるよ」
28:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 19:26:09.53:T1omSHQ2o
まどかは足を止めて言った。
「わたしはね、ほむらちゃんたちのことが心配なの。放っておけないの。
わたしの知らないところで、ほむらちゃんたちが命懸けで戦っていると思ったら、
胸が苦しくなって、いてもたってもいられなくなるの。
迷惑だってことは、分かってる。
いつも後ろから見てばかりで、守ってもらってばかりのわたしが、
臆病で、卑怯な子だってことも……でも……」
街灯の蒼白い光が、まどかの両頬を伝う涙を照らす。
ほむらはまどかに近づくと、淡い藤色のハンカチを取り出して、そっと涙の粒を拭った。
「あなたが感じている責任は、あなた自身が作り出した幻想よ。
忘れてしまいなさい。誰もあなたのことを責めたりしないわ。
もしあなたを責める者がいたら、わたしがその存在を許さない」
「ほむらちゃん……」
29:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 19:26:39.22:T1omSHQ2o
「臆病でもいい。卑怯でもいい。
わたしたちが"初めて"会った日のことを思い出して。
家族や友達のことを、あなたは心から大切に思っている、と言ったわ。
その人たちとの幸せは、何よりも尊いもののはずよ」
まどかは泣き笑いの表情で言った。
「それじゃあ、やっぱりわたしは、ほむらちゃんのことを放っておけないよ。
だって……ほむらちゃんも、わたしの大切な友達だもん」
はらり、とほむらの手からハンカチが落ちる。
彼女はその行方を視線で追うように、顔を伏せて言った。
「……馬鹿なことを言うのはやめて。
わたしは友達扱いされるほど、あなたに親しくした覚えはないわ」
30:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 19:28:03.40:T1omSHQ2o
「そんなの関係ないよ。
キュウべえをわたしから遠ざけようとしてくれたこと。
自分の命を危険にさらしてまで、魔法少女の真実を教えてくれたこと。
魔女との戦いについていくわたしを、何度も守ってくれたこと……。
わたし、どんなにほむらちゃんに感謝しても、足りないと思ってるの。
それにね、それだけじゃないんだ。
こんなことを言っても、信じてもらえないと思うけど、
この世界とは違うどこか、別の遠いところで……、
わたしは何度も、ほむらちゃんと出会ってる気がするの」
既視感じゃない。
夢と現を見違えているわけでもない。
上手く表現できない気持ちを、まどかは精一杯、言葉に紡ぎ出す。
「ほむらちゃんは、ずっと前から……わたしの中に……いた……?」
32:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 19:56:55.23:T1omSHQ2o
「……わけが分からないわ」
ほむらの声はひどく震えていた。
まるで、何かに怯えているかのように。
そして悪い予感とは、往々にして現実となる。
「ねえ、わたし、ほむらちゃんの……ほむらちゃんたちの、力になりたい」
「………」
「キュウべえが教えてくれたの。
もしもわたしが魔法少女になったら、すごい魔法を使えるって。
ワルプルギスの夜を一撃で倒せるくらい、強い魔法少女になれるって」
「……やめて」
「確かに魔法少女になって、命をソウルジェムに変えることは怖いよ。
でもね、みんなの助けになれるなら、それでもいいかなって……、
そうするだけの価値があるんじゃないかなって、思えるんだ」
「……やめて、って言ってるじゃない!」
ほむらの手が、後ずさるまどかの両肩を捕まえる。
「あなたは……なんであなたは……そうやって、自分を犠牲にして……。
あなたを大切に思う人のことも、考えて。
いい加減にしてよ。
あなたを失えば、それを悲しむ人がいるって、どうしてそれに気づかないの?
あなたを守ろうとしてた人は、どうなるの?」
「ほむら、ちゃん?」
35:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 21:31:45.07:T1omSHQ2o
魂を結晶化し、肉体との結びつきが希薄になったところで、
人としての心まで失ってしまうわけじゃない。
魔法少女になることでわたしの存在が失われる、と断言するほむらのことを、
大袈裟だとさえまどかは思っていた。
「今から話すことをよく聞いて」
ほむらの両手が、痛いほどに強く、まどかの肩を握りしめる。
ほむらは楽観視していた。
ソウルジェムの仕組みを全員に明かし、美樹さやかに佐倉杏子を宛がい、
巴マミの孤独感を仲間意識で満たすことで、最悪の未来を回避できると思っていた。
それは大きな、とても大きな間違いだった。
が、今ならまだ間に合う。
まどかがキュウべえと契約を交わしていない、今の段階なら。
「魔法少女の秘密は、もう一つあるの。
それを前のように証明することはできないし、
キュウべえに聞いたところで、あいつはそれを認めない。
けれど、わたしが今からする話は、絶対の真実よ」
「わたしはほむらちゃんの話を信じるよ。
だから、教えて。魔法少女のもう一つの秘密が何なのか……」
そうしてほむらは最後の切り札を使い、
魔法少女の残酷な結末が、まどかの脳裏に刻み込まれた。
38:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 22:57:10.84:T1omSHQ2o
◆◇◆◇
加速度的に増加する知的生命体の萌芽、
その数だけの文明の開花により、宇宙は熱的死を迎えようとしていた。
その未来を予見し、憂慮するひとつの種族があった。
否、その表現は厳密には適切ではない。
感情を持たない彼らを突き動かしたのは、
超長期的な種の存続願望とも言うべき、本能だった。
彼らは『エントロピー増大の原理』を覆す未知のエネルギーを探し始め、
解決策の端緒すら見出すことができぬまま、数千万年の時が流れた。
が、彼らは偶然にも、ある高次の知的生命体が持つ『感情』が、
爆発的に変化したとき、途方もないエネルギーが発生することを突き止めた。
エントロピーをも陵駕する感情のエネルギーは、
しかし、その場で回収しなければすぐに霧散して消えてしまう。
彼らは効率の良いエネルギーの回収方法を考え、
その結果、循環型の感情相転移システムを考案した。
科学の究境に至って久しい彼らにとって、それを実現するのは造作もないことだった。
彼らは早速、当該知的生命体の母星に"孵化器"を派遣した。
ほどなくして挙げられた目覚ましい成果に、彼らは満足した。
弊害として当該知的生命体のいくつかが滅ぶこともあったが、
宇宙全体という巨視的な観点からすれば、仕方のない犠牲だった。
そして今、太陽系第三惑星、極東の島国に位置する市街の一角で、
"孵化器"のひとつは、史上類を見ない潜在能力を秘めた少女を追っていた。
40:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/08(金) 23:42:53.10:T1omSHQ2o
ビルの中に人気は無かった。
皆逃げ出してしまったのだろう、とインキュベーターは判断する。
厚いコンクリートの壁を透かして、避難警報のサイレンが聞こえていた。
「本当に逃げなくて良かったのかい、まどか?」
まどかは頷き、あちこちに浮かぶ刻印を見た。
そのうちのひとつに足を踏み入れた。
しんと静まり返ったモノクロの世界に、ローファーの硬い靴音が響く。
「はぁっ……はぁ……っ……はぁっ……」
まどかは息を整える間も惜しみ、グニャグニャに歪んだ螺旋階段を駆け上がった。
細い通路を抜けると、視界が開け、ホールのような空間に出る。
非常口を示すランプが、緑の光で存在を主張している。
彼女はランプの下に近づくと、体で押すようにして扉を開いた。
44:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 10:45:25.16:qHyJzCZDo
「あっ」
眼前に広がる、廃墟と化した見滝原市街地のレプリカ。
ワルプルギスの夜は、一言で表すなら、膨大な魔翌力の結晶体だ。
存在そのものが物理法則に影響を及ぼし、その周囲に局地的な無重力地帯を発生させる。
破砕された高層建築物がいくつも浮かんでいる光景は、まるで、何かの冗談のようだった。
まどかは巨大な梢に支えられた足場を進み、
灰色の空に君臨する機械仕掛けの魔女と、
高層ビルの屋上に並び立つ三人の魔法少女を見上げた。
戦端は、今まさに開かれようとしていた。
インキュベーターの優れた感覚器は、
まるで至近から見ているかのような、仔細な観測を可能にする。
フィジカル・エンチャントを発動した暁美ほむらが先陣を切り、
佐倉杏子と巴マミが、彼女の両脇を固めるように飛び立つ。
間髪入れず、ビルの構造体のひとつが、彼女たちに襲い掛かった。
杏子の長柄が、六尺はあろうかという薙刀に変化する。
一閃。
構造体は綺麗に二等分され、障害物としての役割を終えた。
杏子の活躍の影で、マミは空中に百を悠に超える数のマスケット銃を具現化させていた。
号令一下、霹靂神もかくやの大音声が響きわたり、
弾丸の嵐が、彼女らの背後に迫っていた樹木の搦め手を撃破する。
48:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 12:04:00.71:qHyJzCZDo
言葉はなくとも、自然と連携はとれていた。
彼女らは妨害を上手くかわし、さらに機械仕掛けの魔女に近づいていく。
が、その快進撃は長くは続かなかった。
彼方で何かが瞬き、次の刹那、いく筋もの赤い光が、四方八方から彼女たちを襲った。
魔法少女の反応速度をも凌駕する、純粋な魔翌力の拡散砲撃。
ワルプルギスの夜に挑んだ魔法少女の、
大半がここで命を落とし、一握りが生き残るとされている。
マミや杏子は前者で、ほむらが後者だろう――インキュベーターの予測は、しかし当たらなかった。
ほむらが"時間停止"の能力を限界まで駆使し、
すべての攻撃を左腕の盾で防ぎきったからだ。
が、彼女の能力も万能というわけではない。
短時間の連続使用でほむらは疲弊し、盾は強すぎる負荷に悲鳴を上げていた。
マミと杏子は、よろめくほむらを支えるようにして、ビルの影に身を潜めた。
「ほむらちゃんっ……!」
人間の不完全な感覚器にも、藤色の光が弱まるのは見えたらしい。
「仕方ないよ。
いくら彼女たちが力を合わせても、ワルプルギスの夜を超えることはできない」
ほむら一人が機械仕掛けの魔女に近づいたところで、
絶望的な火力差に為す術もなくやられてしまうだろう。
かといって火力差を埋めるために二人の仲間を伴えば、
辿り着くまでに防がなければならない拡散砲撃の数は、単純に三倍になる。
まどかは唇を噛み締め、何も出来ない自分を呪うかのように、きつく目を瞑った。
52:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 12:38:20.17:qHyJzCZDo
「諦めたら、それまでだ。
でも、君なら運命を変えられる。
避けようのない滅びも、嘆きも、すべて君が覆せばいい。
そのための力が、君には備わっているんだから」
「……本当なの?」
「もちろんさ。だから僕と契約して、魔法少女になってよ!」
インキュベーターは契約の成功を、ほぼ確信していた。
そして同時に、思考が白く染まるような、得体の知れない感覚に惑っていた。
彼らはより欺瞞性の高い人間性を獲得するために、
絶えず経験を得た個体と同期をとり、思考アルゴリズムの改善及び並列化を繰り返してきた。
そして新たな契約候補者の前に現れては、奇跡と引き替えに膨大なエネルギーを蒐集してきた。
ノルマを達成するか、人類が滅亡するそのときまで、彼らの作業は続くはずだった。
しかし鹿目まどかというイレギュラーの出現により、予定は書き換えられた。
もしも彼女が契約すれば、彼女は最強の魔法少女として、最大の敵を倒し、最悪の魔女となるだろう。
その時に生じる希望と絶望の相転移は、同時に途方もないエネルギーを生み出すだろう。
だからこの不思議な感覚は、人の感情でいう『喜び』なのかもしれない、とインキュベーターは思った。
53:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 13:35:30.26:qHyJzCZDo
果たして、まどかは首を横に振った。
「そうやって……他の子たちにも同じことを言って……魔女にしてきたんだね」
「何を言ってるんだい?
僕は君を魔女になんかしたりしないよ。
暁美ほむらに何を吹き込まれたのかは知らないが――」
「嘘をついてるのは、あなたでしょ、キュウべえ」
断言するようなまどかの物言いに、
インキュベーターは小手先の弥縫策が無意味だと知る。
「すべて知ってしまったんだね、まどか。
確かに君の立場に立てば、僕は魔女を生み出す全ての元凶に見えるかもしれない。
けれど、魔法少女が魔女になる直接の責任は、魔法少女自身にある。
彼女らが絶望に沈み、希望を捨てなければ、彼女たちが魔女になることもなかった」
「悪いのは自分じゃなくて、魔法少女になった女の子のほうだって言いたいの?
そんなの、絶対おかしいよ。間違ってるよ。
悲しんだり、喜んだり、怒ったり、笑ったり……それが人間なの。
いつでも幸せを感じていられる人なんて、いないんだよ」
「脆いよね。人間の心というのは」
絶句するまどかに、インキュベーターは諭すように言った。
「それが君たちの限界なんだ。
魔法少女としての寿命だと言い換えてもいい」
55:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 13:56:59.62:qHyJzCZDo
「そんな……」
「これまで倒してきた敵と同じ姿になることは、彼女たちにとって不本意なことだろう。
けど、彼女たちが魔法少女になったときの願いは、ただ一つの例外もなく遂げられているんだ。
それを実現した僕は感謝されこそすれ、恨まれるような道理はないはずだよ」
「みんなを騙しておいて、どうしてそんなことが言えるの?
魔女になるって知ってたら、みんな、あなたとなんて契約しなかったに決まってるよ」
「もう一度だけ言うよ、鹿目まどか。
僕は彼女たちを魔女にしたわけじゃない。魔法少女にしてあげたんだ。
だからもちろん、騙しているという意識もない。
事実として、彼女たちが希望を失わない限り、彼女たちが魔女になることはないんだからね」
まどかは救いを求めるような声で言った。
「……魔女にならずに、長く生き残った魔法少女はいるの?」
「前例はないね。ただ、可能性があるというだけさ」
56:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 13:58:12.16:qHyJzCZDo
たとえどれだけゼロに近くても、可能性が存在していることに変わりはない。
「君はさっき『みんな』という言葉を使ったね。
でも、これまで僕と契約してきた子の中には、
たとえ魔女になる未来を受け入れても、
魔法少女になりたがった子が存在したんじゃないかな」
例えば、交通事故に巻き込まれた巴マミや、
末期の小児ガンで、余命数ヶ月と宣告されていたシャルロッテの元の少女がそうだ。
「本当に困っている人に、他の選択肢なんてあるわけないよ」
「そういう君はどっちなんだい、まどか?」
「わた、し……?」
まどかの双眸が揺れたのを、インキュベーターは見逃さなかった。
「君は本気で、暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子の三人を救いたいと思っているんだろう?
それは魔女になる未来を受け入れても、叶えたい望みじゃなかったのかな?」
67:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 15:00:12.80:qHyJzCZDo
「…………」
「分かりやすく言い換えれば、こういうことだ。
君が魔法少女にならなければ、彼女たちは死ぬ。
君が魔法少女になれば、彼女たちは生き延びる。
魔女になるまでの時間的猶予が伸びるだけだと、君は思うかもしれない。
それでも、その猶予が彼女たちにとって、どれほど貴重で尊いものか想像してみるといい」
「…………」
「それに、悲観ばかりするのは不公平だ。
前例がなければ、君が……いや、君たちが最初の前例になればいい。
四人で励まし合って、希望を持ち続ければ、
みんないつまでも魔法少女のままでいられるかもしれないよ」
インキュベーターの言葉は巧みだった。
感情を理解できない彼らは一方で、蓄積された経験から、人の心理を操る術に長けていた。
頑なに契約を拒む何人もの少女を、自ら契約を懇願するようになるまで堕としてきた。
70:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 15:35:48.66:qHyJzCZDo
だが、まどかはインキュベーターよりも、ほむらを信じた。
インキュベーターの言葉にではなく、ほむらの言葉に縋った。
「ほむらちゃんは『絶対にワルプルギスの夜を倒す』って、わたしに約束してくれたの。
その代わりにわたしは『何があっても魔法少女にならない』って、ほむらちゃんに約束したんだ」
「その約束は今の状況でも、守り通す価値があるものかい?
たとえ彼女たちが死んでも、約束を守ったことを後悔しないと言えるかい?」
「後悔するよ。きっと死にたくなるくらい、後悔すると思う。
でもね、わたしはまだ諦めてないの。
ほむらちゃんが、ほむらちゃんたちが勝つことを、信じてるの」
まどかはそこで言葉を切り、伏せていた目をあげた。
遙か彼方の灰色の空に、三色の光が上がるのが見えた。
彼女は祈りを捧げるように、両手を胸の前で組み合わせた。
77:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 18:23:31.46:qHyJzCZDo
◆◇◆◇
幾重にも積み重なった瓦礫の影。
機械仕掛けの魔女の死角となる場所で、三人の魔法少女は息を潜めていた。
ランプのような温かい光が、ほむらの左腕を覆っている。
マミの治癒の魔法だった。
「だいぶ痛みは引いたわ。もう大丈夫よ」
ほむらはコンクリートの巨大な欠片に、背中を預けるようにして立ち上がった。
左腕の盾――巨大な腕時計――に魔力を注ぎ込み、抉れた表面を修復する。
自分の装備ばかりは、その構造を知り尽くしている自分にしか直せない。
彼女のソウルジェムは、既に半分ほどまで穢れが溜まっていた。
「にしても、流石に最強クラスの魔女だけあって強いねー。
避けられるもんじゃないよ、あんな攻撃。
あたしは背中に目なんかついてないっての」
「防ぐにしたって、暁美さんの盾みたいにピンポイントに魔力を集中させないと、
簡単に貫かれてしまいそうね」
防護壁の性能は、展開部の単純な魔力密度で決定される。
魔力に限りがある魔法少女にとって、防護壁の『範囲』と『厚み』はトレードオフの関係にあった。
79:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 19:07:40.31:qHyJzCZDo
「何言ってんのさ、マミ。
あたしたちには時間を止めてゆっくり盾を構える時間なんてないんだぞ」
ムッと頬を膨らませるマミを尻目に、杏子はほむらに話しかける。
「さっきはおんぶにだっこで悪かったね。
次から、自分のことは自分でなんとかするよ。
あたしたちが無事で、ほむらだけがボロボロだなんて不公平だ」
「あなたたちのことはわたしが守る。そのための"時間停止"よ」
「ダメよ、暁美さん。こればっかりは、佐倉さんの言うとおりだわ」
二人の剣幕に押され、渋々といったふうに頷くほむら。
背中に隠された彼女の右手が握り拳をつくり、
手のひらに血が滲むほど、深く爪を食い込ませた。
どうしてあなたたちは、保身に走らないの。
どうしてあなたたちは、自分を犠牲にすることを厭わないの……。
「さあ、そろそろ次の指示をくれよ、ほむら。
ワルプルギスの夜をぶっ潰すための、何かとっておきの秘策があるんだろ?」
「ええ、もちろんよ」
ほむらは瓦礫の影から、そっと顔を出す。
彼我の距離は直線にして400m弱といったところ。
「これから、魔女の手前まであなたたちを連れて行く。
わたしはそこから単独行動を取る。
あなたたちにはそこで、魔女の気を惹きつけてもらう。」
「おとり役ってことね?」
81:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 19:25:46.70:qHyJzCZDo
「そういうことになるわ」
「美味しい役所を譲るのは癪だが……」
杏子はクルクルと長柄を回して言った。
「……全力であいつの遊び相手をやってやるよ。
加減を間違えて倒しちまっても、後で文句言うなよな」
「ふふっ、期待しておくわ」
ほむらは微笑み、全身にフィジカル・エンチャントを施した。
杏子とマミがそれに続き、加えて、防護魔法を互いに重ね掛けする。
ワルプルギスの夜相手には気休め程度にしかならないが、それも承知の上だろう。
杏子の赤色の魔翌力光と、マミの黄色の魔翌力光が混じり合い、
淡い橙色の光が二人の体を包み込んだ。
「行くわよ」
ほむらは短く言って、瓦礫の影から飛び出した。
無重力圏内に突入した瞬間、足許に魔方陣を展開し、それを強く蹴りつける。
83:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 20:24:16.18:qHyJzCZDo
捕捉されている、という感覚があった。
それは何度もこの魔女と対峙してきたほむらのみが分かる、攻撃のタイミングだった。
彼女は"時間停止"を発動しかけ、
「なっ」
リボンがほむらの盾――腕時計――に巻き付き、魔力の奔流を止める。
動揺し、制動をかけたほむらの隣を、マミと杏子が素早く通り過ぎていく。
「待って!狙い撃ちにされるわよ!?」
「お守りはハナから要らないよ。
昔の人も言ってたじゃないか、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ってね」
「わたしはもう、暁美さんの足手まといにはなりたくない。
あなたは、あなたの役割に集中して」
ほむらがリボンを引き剥がした次の瞬間、
無数の魔力砲撃が、マミと杏子に降り注いだ。
しかし二人は被弾の有無を天に任せ、真っ直ぐに飛翔を続ける。
「………ッ」
ほむらは小さく舌打ちし、二人とは違うルートを選択した。
おとりは申し分なく効果を発揮した。
彼女は時折飛んでくる魔力砲撃を丁寧に盾でガードしつつ、ワルプルギスの夜に肉薄する。
立錐の余地もないほどの、大小様々な歯車の山。
機械仕掛けの魔女と呼ぶに相応しい壮観を目の前にして、
ほむらは盾の内側から、高性能プラスチック爆弾を取り出した。
95:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 22:00:59.82:qHyJzCZDo
使用爆薬は可塑性混合爆薬・Composition-4。
通称C-4爆弾と呼ばれるそれは、
見滝原市から程近い在日外国軍基地から、
ほむら単独で爆薬を盗み出し、自作したものである。
"時間停止"――発動。
彼女は『爆破』というものを熟知していた。
ただ大きな爆弾をポンと置くだけでは、最大の威力は発揮されない。
適切な量の爆弾を、効果的に配置したとき初めて、芸術的なまでの破壊効果が期待できる。
"時間停止"――解除。
ほむらは手の中のポケットベルを握りしめた。
母親が昔使っていたもので、電池を入れれば動いた。
ボタンを押せば、各所に設置したC-4爆弾が、同時に起爆する。
単純な仕組みだ。
が、ほむらはすぐにボタンを押さず、機械仕掛けの魔女の淵に立った。
91:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 21:30:08.01:qHyJzCZDo
マミと杏子は今や、絶妙のコンビと呼ぶに相応しい立ち回りを見せていた。
背中を合わせて互いの死角をカバーし、無数の拡散砲撃を相殺している。
二人の口元には笑みが浮かび、動きはダンスを踊っているかのように優雅だった。
それはともすれば、笑覧に堪える光景だった。
杏子の失われた左腕や、マミの脇腹から流れ出す夥しい血液から、目を逸らせばの話。
"時間停止"が使えない二人に、全ての攻撃をやり過ごせる道理が無かった。
あとしばらくもしないうちに、機械仕掛けの魔女は二人を仕留めるだろう。
これでいい、とほむらは自分に言い聞かせた。
いずれ魔女になる運命を知って、絶望のうちに死ぬよりも、
戦いの中で、希望を胸に抱いたまま死ぬほうがいいに決まっている。
なら、なぜ初めから二人をおとり役に使わなかったの?
なぜ二人の快い承諾に、あなたは胸を痛めたの?
心の奥からの問いかけに、答えることができなかった。
93:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 21:55:14.33:qHyJzCZDo
情に絆されてはダメ。
二人が力尽きる時を待つのよ。
ほむらは膝をついて、ポケットベルを胸に抱き締めた。
熱い塊のようなものが、喉元に込み上げてくる。
視界が霞み、耳は誰かの泣き声を聞いていた。
あなたは本当はどうしたいの?
再び、心の奥から声が聞こえた。
それはよくよく確かめるまでもなく、ほむら自身の声だった。
答え。そんなもの、考えるまでもない。
わたしは……わたしは、仲間を助けたい……!
たとえこれが合理に敵わない、愚かな選択だと分かっていても、
大切な仲間が死ぬところを、黙って見ていることなんてできない……!
震える指が、ボタンを押した。
次の瞬間、機械仕掛けの魔女は解体爆破され、煤煙と破片を撒き散らしながら墜落した。
110:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 00:28:55.53:K8kc1u+Po
結界が薄れていく。
高層建築物の残骸は、ボロボロと崩れて砂山と化し、
無限の生長を続けていた樹木は、燃え上がり灰燼に帰した。
金属質な断末魔の叫びと共に、結界は完全に消滅した。
――ぽつり。
何かがほむらの肩を濡らし、
空を仰いだ彼女の頬を、大きな雨粒が叩いた。
終わったのだ。
ワルプルギスの夜は明けた。
彼女はゆっくりと、辺りの惨状を見渡した。
ワルプルギスの夜は一般人に、災害として認知される。
見滝原市を襲った大地震の、直接の被害は軽微だった。
甚大だったのは、その後に生じた津波による被害だ。
高波は田畑や背の低い建築物を押し潰しながら、見滝原市沿岸部を水浸しにした。
ほむらはどこまでも続く水溜まりを歩き、二人の姿を探した。
「おーい。こっちだ、こっち」
声のするほうに顔を向けると、杏子が大きく右手を振っていた。
隣にはマミの姿も見える。
「生きてた、のね」
「ったりまえじゃんか。
って……そんな顔するなよな。
あたしたちは魔法少女なんだぞ?
腕の一本や二本、魔力を注いでりゃあ、そのうちニョキニョキ生えてくるさ」
111:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/10(日) 00:31:58.83:GZkPjUQgo
「いやあ、一発食らっただけで、二の腕から先が使い物にならなくなっちまってね。
あんまりにも邪魔だったんで、自分で切り落としたんだよ」
綺麗な断面だろ、と止血された傷口を見せつけてくる。
腕が完全に元通りになる確証なんてない。
ただ、そうなることを信じて、杏子は笑っていた。
それまで杏子に寄りかかるようにしていたマミが、薄く目を開き、
「……終わったのよね……?
暁美さんが……終わらせてくれたのよね……?」
言葉に詰まったほむらの代わりに、杏子が答えた。
「そうだよ。全部終わったんだ」
「そう……良かった……」
「無理に喋るなって。しばらくは大人しくしてたほうがいい。
この中で一番ダメージがデカいのはマミなんだからさ」
マミは腹部に白いリボン――見た目は包帯と同じだった――を巻いていた。
今はもう止血が済んでいるようだが、
リボンに滲んだ鮮やかな赤は、彼女の傷の深さを物語っている。
場所が場所だけに、治癒魔法をかけるのも難しかったに違いない。
126:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 12:55:11.15:K8kc1u+Po
でも、その努力も無駄なこと。
なぜならあなたたちはここで、わたしによって殺されるのだから。
「……何の冗談だい?」
「冗談じゃない。本気よ。
杏子は『全部終わった』と言ったけれど、それは違う。
あなたたちを殺して、わたしが死ななければ、この悪夢は終わらない」
ほむらは両手でベレッタを構え、杏子の額に狙いをつける。
対象は満身創痍で、この距離だ。
普通に撃てば外しはしないだろうし、ほむらには"時間停止"という保険もある。
一瞬後には死んでもおかしくない、という状況下で、しかし杏子は冷静に尋ねた。
「ちょいと落ち着きなよ。
理由を教えてくれたっていいじゃないか。
いきなりズドン、じゃ浮かばれないよ」
「わたしたちは、いずれに魔女になる。
ソウルジェムが濁りきるか、心が絶望に沈みきったとき、
ソウルジェムはグリーフシードに形を変える」
「……本当なのかい?その話は」
「ええ。これが、魔法少女の最後の真実よ。
魔女を倒すために魔法少女が生まれて、魔法少女はやがて魔女になる」
それは宇宙の存続を願う種族が定めた、絶対の規則。
人類が滅ぶその時まで絶えることのない、無限の円環。
129:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 13:31:26.27:K8kc1u+Po
マミの閉じた瞼の端から涙が滲み、
雨粒と一緒になって、頬を伝い落ちた。
「暁美さんは……初めから……こうするつもりだったの……?」
「ええ。一度魔法少女になった者に、救いはないわ。
あるのは、魔女になるまでの残された時間を、ひたすら戦い抜く運命だけ」
「…………」
重傷を負ったマミには、発狂する気力さえ残されていないようだった。
『ソウルジェムが魔女を生むなら、みんな死ぬしかないじゃないっ!』
ほむらの脳裏に、魔法少女全員で心中を計ろうとしたマミの狂態が浮かぶ。
あの時の彼女の選択は、ある意味では正解で、ある意味では不正解だった。
わたしが魔法少女となり、時間を遡った時点で、五人の明暗は分かたれていた。
既に魔法少女になっている、わたしと、佐倉杏子と、巴マミ。
まだ魔法少女になっていない、鹿目まどかと、美樹さやか。
死ぬのは、もう元には戻れない三人だけで良かったのだ。
ほむらがグリップを握りなおしたその時、マミがぽつりと言った。
「……辛かったでしょう?」
「えっ……」
135:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 14:06:49.48:K8kc1u+Po
「一人で抱えて……誰にも話せなくて……苦しかったわよね?」
ちゃぷん、と水音が聞こえた。
「でも……もうあなたには……二人も仲間がいるじゃない……。
みんなで支えあって……喜びも、悲しみも分かち合えば……。
きっと……魔女化を遅らせられるわ……」
「諸刃の剣よ。
長く生きた分だけ、死を怖れるようになる。
親しくなった分だけ、その人を見限れなくなる」
ソウルジェムが濁りきったわたしが、それでも自殺できなかったように。
オクタヴィアと化した美樹さやかを、杏子が諦めきれなかったように。
「ほむらは、何でもかんでも一人で背負い込みすぎなのさ」
と杏子が言った。
「あたしはね、あんたが思ってるほど弱くない。
ソウルジェムが限界になったら、その時は自分で自分のケリをつける。
左腕を切り落としたみたいにさ」
138:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 14:44:26.88:K8kc1u+Po
「心変わりしないとは、言い切れないでしょう?」
「確かにあたしも人間だ。体は別モンでも、心はね。
土壇場になって、ビビっちまってさ、自分可愛さに逃げ出すかもしれない。
だから……だからあたしは、ほむらやマミに、見張っておいて欲しいんだよ。
あたしも、ほむらやマミのことを見張ってるからさ」
この先、あたしが魔女になるまでずっとね、とはにかむ杏子。
「ねえ、暁美さん……この世界にはきっと……魔法少女が、たくさんいるわ……。
その子たちのほとんどは……何も知らないで、魔女と戦っている……可哀想な子たちよ……。
真実を知るわたしたちには……その子たちにも真実を伝える……義務があると思わない?」
「それを言うなら、キュウべえの活動を邪魔してさ、
新しい魔法少女が増えるのを未然に防ぐって仕事もあるんじゃないか?」
「うふふ……これから、忙しくなりそうね……」
ちゃぷん、と再び水音が聞こえた。
それはほむらが知らず知らずのうちに、後じさっている足音だった。
人差し指はトリガーガードの中で麻痺したように動かず、
膝の震えは上半身に伝わり、照準をあらぬ方向へ向けさせていた。
141:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 15:22:19.45:K8kc1u+Po
これは罠よ、とほむらは思った。
甘い誘惑に惑わされてはダメ。
ここで終わらせなければ、
これで、終わりにしてしまわなければ、必ず後で悔やむことになる。
噛み締めた下唇が切れ、血の味が口の中に広がった。
顎先から落ちた数滴の雫が、水溜まりに赤の波紋を作る。
こんなにトリガープルを重く感じたのは初めてだった。
わたしには……できない。
マミと杏子の生きたいという気持ちを、摘むことなんてできない。
思えば二人を見殺しにできなかった時点で、こうなることは決まっていたのかもしれない。
左手を正面にかざし、銃口をリングに押し当てる。
「ほむら、よせっ!」
「待って、暁美さんっ!」
死への恐怖は、慣れ親しんだものだった。
わたしは既に一度、死を経験している。
145:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 15:53:19.15:K8kc1u+Po
同じ時間を何度も巡り、たった一つの出口を探してきた。
まどかを絶望の運命から救う道を、永遠の迷路の中で探し求めてきた。
その一点に限って言えば、今のわたしが、やり残したことは何もない。
「さよなら、まどか」
ほむらは指先に力を込めた。
あれほど重く固かったトリガーは、今度はスムーズに動作した。
パン、と乾いた音が響いた。
左半身の皮を剥がれたような激痛が走り、次の瞬間、ほむらの体は浅瀬に倒れ込んでいた。
銀色の水面が、視界一面に広がる。
誰かの手が背中にまわり、ほむらを水中から抱え上げた。
「がはっ……けほっ……けほっ……」
何が起こったのかも分からずに、気管に入った水を、懸命に吐き出した。
どうして、わたしは生きているの?――死ねなかったことへの失望と。
「ほむらちゃんっ!」
どうして、ここにまどかがいるの?――最愛の友達と出会えた喜びと。
綯い交ぜになった感情の波に、ほむらの目から、大粒の涙が溢れ出す。
149:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 16:46:50.44:K8kc1u+Po
ほむらがトリガーを引いたのと、駆けつけてきたまどかが、
抱きつくように彼女を突き飛ばしたのは同時だった。
銃身がぶれたことにより、弾丸はリングの表面を、僅かに傷つけるに留まった。
ほむらが左半身に感じた激痛は、それによるものだった。
「ダメだよ、ほむらちゃんっ……。
ほむらちゃんが死ぬなんて、イヤだよ……絶対絶対、おかしいよっ!」
「……わたしは……魔法少女なんだよ?
いつか魔女になって……たくさんの人を悲しませるの……。
わたしは、そんな自分が許せない……だから……」
「ほむらちゃんなら、大丈夫だよ……きっと魔法少女のままでいられるよ。
わたし、ほむらちゃんが強い子だって知ってるもん。
もしも挫けそうになったり、辛くて泣きそうになったりしたときは、
いつだって、わたしが傍にいるから……だってわたしたち、友達でしょ?」
「まどか、お願い……これ以上、我が儘言わないで……。
あんまりわたしを、困らせないで……」
まどかは涙に濡れた顔を綻ばせて、
「ほむらちゃんを止められるなら、わたし、ずっと我が儘を言うよ。
ずっとずっと、ほむらちゃんのことを困らせ続けるよ」
152:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 17:35:44.00:K8kc1u+Po
胸の内側で、何かが燃え上がる感覚があった。
それはほむらが時間の迷路を歩む間に、消え入りかけていた埋み火だった。
普通に生きたい、という願い。
友達と幸せな時を過ごしたい、という願い。
赤々と燃え盛る焔は、彼女の中の冷たい氷を、みるみるうちに溶かしていく。
「まどか……ひぐっ……えぐっ……まどか……ぁ……ひぐっ……」
「もう、さよならなんて、言わないで」
「うん……」
「ずっと一緒にいようね。約束だよ?」
「うんっ……!」
泣きじゃくるほむらを、優しく抱き締めるまどか。
一部始終を見守っていたマミと杏子は、顔を見合わせ、安堵の笑みを零した。
最善の結末ではなかったのかもしれない。
いつか、不合理の積み重ねが合理を覆すと信じた今を、悔やむ瞬間が訪れるのかもしれない。
それでも今は……今だけは、この幸せを噛み締めていたい。
暗雲を見上げたほむらに、降り注ぐ光があった。
それは、まるで彼女を祝福するかのような、幾条もの天使の梯子だった。
158:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 18:25:20.08:K8kc1u+Po
◆◇◆◇
見滝原市の郊外には、忘れ去られた教会がある。
廃墟マニアも、肝試し好きも、自治体さえも立ち入らない。
聖域と呼ぶに相応しい場所だった。
外観がボロボロに朽ち果て、植物の楽園と化していなければ、の話だが。
今、その教会の前には、一人の少女が佇んでいた。
杏子はリンゴを囓りつつ、正門を蹴り飛ばそうと片足を掲げ、
「ふぅん……先客ねえ……」
パーカーを羽織りなおし、静かに扉を開いた。
外の状態と同じく、中も酷い有り様だった。
割れたステンドグラス。
朽ちた長椅子。
埃っぽい空気に軽く咳き込みながら、杏子は礼拝堂の傾斜を上っていく。
彼女が腐った板を踏み抜いた音で、さすがに先客も杏子に気づいたようだ。
「あっ」
「礼拝なら余所をあたりな。
ここじゃ、いくら待っても神父はこないよ」
杏子の冗談に、先客――さやか――はクスッと笑って、
「遅かったね、杏子」
「あたしのことを待ってたのか?」
162:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 19:00:55.39:K8kc1u+Po
「うん。杏子なら絶対、ここに寄っていくと思ったんだ」
「よくこの場所が分かったね?」
「あたしなりに調べたの。
かなり苦労したよ、ここまで辿り着くの」
「あははっ、だろうね……。
にしても、中で待ってたなんて度胸あるなー、さやかは。
この教会、見た感じはまんまお化け屋敷じゃん?」
「最初は怖かったよ。
でも一度中に入ったら、なんていうか、温かい感じがしてさ。
この朽ち果てた感じが、逆に風流っていうか……」
「物好きだね、あんたも」
「うるさいなーもー」
他愛のない会話をしながら、杏子は歩を進め、階段の最上段に腰を下ろした。
左隣に、さやかが座る気配がする。
「………」
「…………っ」
小さな沈黙があり、体の一部に視線を注がれている感覚があった。
165:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 19:13:25.93:K8kc1u+Po
杏子はそれを振り払うように言った。
「さやかと上條恭介は、あの日、ちゃんと逃げてたのか?」
「……うん。いくらきちんとした造りの病院でも、何があるか分かんないからさ。
一時退院して、って恭介に頼むあたしを、
お医者さんも、恭介の家族も、奇妙な目で見てたけど……恭介だけは、信じてくれた。
だからあの日はずっと、恭介の家にいたよ」
あの日。
ワルプルギスの夜が出現し、現実世界への影響として、大地震が起こった日。
「結局、病院に被害はなくて、退院した意味はなかったんだけど、
みんなには感謝されるし、エスパー扱いされるしで、今はちょっと困ってるの」
「ははっ、そりゃ傑作だね」
169:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 19:45:08.45:K8kc1u+Po
「もうっ、笑い事じゃないし……」
さやかは声のトーンを落として言った。
「ねえ……おかしいと思わない?
もしもワルプルギスの夜を放っておけば、
被害はもっと大きくなって、もっとたくさんの人が死んでたかもしれないのに、
あたしやまどかの他の、誰も杏子たちが頑張ってたことを知らない。
誰も杏子たちに、感謝しないなんてさ」
「あたしは誰かに礼を言われるために、魔法少女をやってるわけじゃないよ」
「……杏子がそうでも、あたしは納得できない。
だって……あの戦いのせいで、杏子の腕は……」
杏子は垂れ下がった左袖を右手で掴むと、
袖の先端でぺしぺしとさやかの頬をビンタした。
「ちょっ、何すんのよ!?」
「辛気臭い空気はあんたに似合わないよ、さやか。
第一、なんであたしが気にしてないことで、あんたがクヨクヨしなくちゃならないのさ?」
173:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 20:06:46.89:K8kc1u+Po
「気にしてないなんて、嘘でしょ?」
「本当さ。実際、左腕がなくなっても、だいたいのことは自由にできるもんさ。
利き腕がなくなったらそりゃあ一大事だろうが、あたしの場合は、こっちが利き腕だしね」
杏子は右腕をグルグル回して見せる。
「左腕はもう、治らないの?」
「これくらいの怪我になると、かけるのは治癒じゃなくて、再生の魔法になる。
必要な魔力は桁違いだし、中途半端に生やすのも気持ち悪いから……しばらくは放置するつもりだよ。
最悪の場合は、再生の魔法でも元に戻らないだろうけどね。
その時は大人しく義手をつけるさ」
「そんな……」
「だから、どうしてさやかが落ちこむんだい?
心配してくれるのは嬉しいけれど、
あたしは本当に、そこまで左腕に未練があるってワケでもないんだよ。
隻腕の魔法少女ってのも、なかなかカッコいいと思わないか?」
「バカじゃないの」
湿った笑い声を上げて、目の端を指で拭うさやか。
杏子は傍らの紙袋から、リンゴを一つ取り出して言った。
「くうかい?」
「………うん」
175:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/10(日) 20:08:31.99:FrCssHyYo
「どうだい、味は?」
「美味しい。すっごく美味しい」
「だろ?
やっぱりリンゴは、そのまま囓るのが一番美味い食べ方だよな」
それからしばらく、しゃりしゃりという小気味良い音が響いた。
さやかが半分ほどリンゴを食べ、
杏子がその間に二つリンゴを食べた頃、さやかが言った。
「杏子は、この街を出て行くんだよね?」
「あむっ」
杏子は最後に豪快に一囓りして、芯をポイと投げ捨てると、
「一つの街に、三人も魔法少女は要らないからね。古巣に帰るのさ」
結局ほむらは、今のポジションから退かなかった。
立派な契約違反だが、文句を言うつもりはない。
むしろ『見滝原市に留まらないか』というマミからの申し出を、杏子が辞退したのだ。
177:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 20:34:49.32:K8kc1u+Po
「あんたはやっぱり、グリーフシードのためだけに魔女を狩るの?」
「ああ」
「…………」
黙り込み、落ちこんださやかの表情を見て、杏子はカラカラと笑った。
「馬鹿だね、さやかは。
今のあたしには、余裕がないんだ。
見境なしに魔女に喧嘩をふっかけてたら、すぐにソウルジェムが真っ黒になっちまう。
だから、最初の一体を狩るまでは、前と同じようにやるしかない。
それくらいは、目を瞑ってくれてもいいだろ?」
「じゃあ、その後は……」
「市民の平和と安全を守る、正義の魔法少女に戻るさ。
いや、正義の隻腕魔法少女だね」
おどけた口調は、杏子の照れ隠しだった。
きっかけは、さやかに自分の過去を語ったことだった。
自分がなぜ魔法少女になり、なぜ自分のためだけに魔法を使うようになったのか。
それを思い出したことで、彼女は同時に、初志を取り戻したのだった。
179:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 20:47:40.47:K8kc1u+Po
「杏子」
「ん、なんだい……?」
名前を呼ばれ、顔を横に向けた杏子を、さやかがぎゅっと抱き締める。
「……な、なな、なんのつもりだよ、さやか」
「んー……したくなったから、してるだけ」
「あ、あた、あたしは男じゃないんだぞ」
「女の子同士で、抱き合ったらおかしいの?
あたしはまどかとも、よく理由もなく抱き合ってるけど」
「………」
杏子の顔が、紙袋のリンゴのように赤く染まる。
手を繋ぐだけで気恥ずかしさを覚える彼女にとって、
上半身を密着させる行為はハードルが高すぎたのだった。
185:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 21:00:03.29:K8kc1u+Po
「も、もういいだろ。勘弁してくれよ」
「ぷっ、変なの」
杏子の弱点発見~、と実に嬉しそうにさやかは言って、抱擁を解いた。
しばしの静寂があって、
「次は、いつこっちに戻ってくるの?」
「さあてね。
たまに顔を見せないと、マミのやつがうるさいから、
一ヶ月に二回くらいは、こっちに顔を出そうと思ってる」
「そうなんだ」
「なんでそんなことを聞くんだい?」
「そりゃあ、またあんたに会いたいからに決まってるじゃん」
「あ、会ってどうするんだよ……」
「どうするって、おかしなこと言うんだね。
友達が集まって、することなんて一つでしょ?
普通に遊ぶの。まどかや、マミさんや、転校生も一緒にさ」
189:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 21:21:28.30:K8kc1u+Po
「…………」
目頭が熱くなるのを感じて、杏子は顔を背けた。
誰かに友達と認められて、遊びに誘われたのはいつ以来だろう。
ミッションスクールに通っていた頃には、彼女にも友達と呼べる人間が何人かいた。
しかし神父である父親が、教義にないことをミサで話すようになると、みんな彼女から離れていった。
そのことで父親を恨む気持ちはなれなかった。
代わりに、友情の薄っぺらさを胸に刻みつけた。
もう友達なんて欲しくない、そんなものはあたしに必要ない、と言い聞かせた……。
「どうしたの、いきなり黙っちゃってさ」
「……なんでもないよ」
「そう?……あっ、あたし、良いこと考えちゃった」
さやかはにわかに立ち上がり、
半分残ったリンゴを左手に持ち、右手を杏子に差し出して、
「どうせなら、今から遊びに行かない?」
193:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 21:36:46.93:K8kc1u+Po
「い、今から?」
「うん。一ヶ月に二回って、よく考えたら頻度少ないし、
かといって、あたしの都合で会いに来てー、なんて言えないしさ。
こうやって杏子と会える時間って、結構貴重だと思うんだよね」
「あ、あたしは別に構わないけど、どこに行くんだよ?
あたしの知ってる遊び場なんて、ゲーセンくらいだぞ」
「じゃあ、途中で寄ろっか。
でもその前に、服、買いに行かない?」
「服?」
「あんた、いつもそのパーカとショートデニムでしょ?
ちゃんと洗ってるの?着の身のままだと、カビちゃうよ?」
「う、うるせーなあ。ちゃんと洗ってるっつうの。
人の服を汚いものを見るような目で見るなってんだ……」
杏子は上目遣いになって言った。
「なあ、本当に行くのか?」
「なあに?あたしと遊ぶのが不満なの?」
「や、服を買うなんて、随分久しぶりだからさ。
あたしは流行りにも疎いし、その……」
「大丈夫だって。あたしが超可愛い服選んであげるから。
杏子は着せ替え人形みたいに、じっとしてればいいの」
195:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/04/10(日) 21:40:52.79:yWWg3sVio
「その超可愛い服ってのは勘弁してくれよ。
あたしはどっちかっていうと、ボーイッシュな服が好みなんだ」
「えー、似合うと思うんだけどなぁー。
髪下ろして、スカート穿いたら、お嬢様みたいになったりしてさ」
冗談じゃねえ、と嫌な予感を覚えつつも、
杏子は右手で、さやかの右手を掴んだ。
「……あんたのセンスを任せるよ。今日はよろしくね、さやか」
「さやかちゃんに任せなさーい。
ま、大船に乗ったつもりで着いてきて」
そのとき、杏子はふと、今日の曜日を思い出した。
おいおい……さやかのヤツ、まさか……。
「あんた、今日、学校は?」
「ん?サボったよ」
「……何やってんのさ」
「学校の授業よりも、杏子に会うことのほうが、
あたしの中の優先順位が上だったってだけ。
あんた、黙って行っちゃうつもりだったんでしょ」
「この不良」
「あははっ、杏子にだけは言われたくないねー」
軽快な足取りで階段を駆け下りるさやか。
杏子は苦笑して、その後に続いた。
教会を出る前に、一度だけ振り返る。
もう、ここに戻ってくることはないだろう。
父親と母親と、小さな妹に別れを告げて……杏子はさやかの元へ歩き出した。
237:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 19:18:50.41:1QPrNnlCo
◆◇◆◇
夢を、見ていた。
微睡みから覚醒していくにつれて、夢の記憶は失われていく。
少女は唇の端で食べていた長い髪を摘み取り、
ふと、喉の渇きを覚えてベッドから身を起こした。
まるで水中をゴーグルなしで泳いでいるかのような、
何もかもが曖昧な世界は、彼女が眼鏡をかけた瞬間に輪郭を取り戻す。
彼女は水差しから、コップに半分ほど水を注ぎ、
銀色のタブレットケースから三種類の錠剤を取り出した。
「んっ……」
口の中に放り込んで、一度に飲み下す。
彼女は先天的に、虚血性心疾患を抱えていた。
激しい運動や、継続した興奮状態は、彼女にとって文字通りの命取りとなる。
これまでにした入退院の数は、片手の指では数え切れない。
半年前に酷い発作が彼女を襲い、長期入院を余儀なくされたとき、
彼女の両親は見滝原市への移住を決めた。
綺麗な海に面し、緑に恵まれた都会が、娘の良き静養地になると考えたからである。
239:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 19:47:43.14:1QPrNnlCo
彼女はドレッサーの前に座ると、
丁寧に櫛を通してから、髪を編み始めた。
手順は両手が覚えていた。
物心ついた頃から、ずっとこの髪型だったのだ。忘れようもない。
鏡の中の、赤ぶち眼鏡をかけ、髪を三つ編みにした、見るからに気弱そうな少女と視線があった。
彼女が微笑むと、鏡の中の少女も微笑んだ。
彼女は藤色のパジャマを脱ぎ捨て、見滝原市立中学校の制服に袖を通した。
こうして彼女の一日が始まった。
高く澄んだ蒼穹。
小止みない小鳥の囀り。
目も綾な木漏れ日の模様。
そんな何気ない日常の一瞬を切り取りながら、彼女は通学路を歩いて行く。
時折、ゆったりとした歩みの彼女の隣を、
同じ学生服を着込んだ同性のグループや、カップルが追い越していった。
彼ら、彼女らの背中を見送りながら、しかし、少女の歩調は変わらない。
242:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 20:20:40.59:1QPrNnlCo
通学路の中程、小川の走る自然公園で彼女は立ち止まった。
整った顔立ちに、ウェーブがかった髪を湛えた志筑仁美と、
セミロングの髪を小ぶりなツインテールにした、鹿目まどかが振り返り、
「お待ちしていましたわ、暁美さん」
「ほむらちゃん、遅いよぉ!」
彼女――暁美ほむら――は頬を掻きながら言った。
「おはよう」
挨拶するだけで、自然と笑顔が零れてくる。
仁美は人差し指を顎に当て、辺りを見渡しながら、
「遅いですわね、さやかさん。いつもは一番乗りですのに……」
「さやかちゃんは、今日、学校休むって」
「まあ!」
「何か、大切な用事があるみたいだよ」
その用事が何なのか、ほむらは知っていた。
美樹さやかにとって、恩人であり、友人でもある少女を見送るため。
244:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 20:49:39.33:1QPrNnlCo
二人と連れ立ち、他愛もない会話をしながら歩いていると、
明るい色の巻き髪が目立つ、上級生の後ろ姿が見えた。
「あっ、マミさんだ!」
大きな声で名を呼び、手を振るまどか。
ほむらも思わずその後に続きかけ、仁美の咳払いに、顔を赤くする。
「みんな、おはよう」
巴マミの向日葵のような笑顔には、よく目を凝らせば、若干の翳りがあった。
「マミさん、クマができてる」
ズバリと言ったまどかに、マミは目の下を指で擦りながら、
「ああ、やっぱり分かっちゃう?
昨日はついつい夜更かししちゃってね……。
熱くなりすぎないように気をつけないと。ねえ、暁美さん?」
「そ、そうですね」
「巴先輩と暁美さんは、昨晩、一緒にいらっしゃいましたの?」
「えっと……それは……」
答えに詰まるほむらと、ふふっ、と妖艶に息を漏らすマミ。
仁美は疑惑の目で二人を見つめ、何を勘違いしたのか、
「経験のない暁美さんに、巴さんが優しく手解き……。
ああっ、いけませんわお二方、女の子同士でなんて!
それは……それは禁断の恋のかたちですのよ~!」
とヒステリックに叫ぶや、走り去ってしまった。
247:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/11(月) 21:04:32.37:tvsqMI/DO
学校についてからのことが思い遣られる。
ほむらは誤解の発端を責めるべく、わずかに頬を膨らませて言った。
「全部、マミさんのせいですからね」
「うふふ、ごめんなさい。
でも、眼鏡をかけた暁美さんを見ていると、つい虐めたくなっちゃうのよ……」
じりじりと詰め寄るマミ。
「そ、そんなの、理由になってません」
立ち竦むほむら。
草原で出会った獅子と兎のような二人の間に、まどかが割って入り、
「ほむらちゃんを虐めちゃダメですよ、マミさん」
「あ、ありがとう、まどか……」
まどかは満面の笑顔で振り返り、
「ほむらちゃんを虐めていいのは、わたしだけだもんね~?」
「もうっ、まどかまで……」
「あははっ、冗談だよぉ!」
251:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 21:32:03.29:1QPrNnlCo
三つ巴にじゃれ合いながら、通学路を駆ける。
もちろんほむらの心臓を慮り、マミもまどかも、加減を心得ていた。
穏やかで、安らかで、幸せな時間が流れていく。
ともすれば身も心も溶けてしまいそうな幸福感の中で、
しかしほむらは"最後の時"を、心象の果てに見据えていた。
ワルプルギスの夜を倒し、
ほむらが仲間の殺害を断念し、
彼女自身の死をまどかが食い止めてから、しばらくして。
『実に見事な戦いだったね』
瓦礫の頂に実体化したキュウべえは、四人を見下ろすようにして言った。
『時間の牢獄から解放された気分はどうだい、暁美ほむら』
255:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 22:11:04.58:1QPrNnlCo
『てめぇ……よくもあたしたちの目の前に、ノコノコ出てこられたもんだな?』
右手に槍を構えた杏子を、ほむらは目線で制止し、
『あなたの目的は、なに?』
『そう殺気立たないでもらいたいね。
僕はただ、話をしにきただけさ。
君たちは今や生ける伝説だよ。
何と言ったって、あのワルプルギスの夜を倒したんだ』
『光栄の至りだわ』
『"時間操作"の魔術と現代兵器の組み合わせは、僕が想定していた以上に強力だった。
いや、それだけじゃない。君はあの魔女の弱点となる部位を知り尽くしていた。
まるで、何度もあの魔女と戦ったことがあるみたいにね』
『…………』
『事実、そうなんだろう?
時間の"遡行"こそが、君の主な能力だ。
"停止"は副次的なものに過ぎない。
君は約一ヶ月前を始点に、ワルプルギスの夜を終点にして、同じ時間を繰り返してきた』
キュウべえの推測は的を射ていた。
ほむらの盾は、精確に言えば巨大な腕時計であり、
さらに精確に言えば、特殊な砂時計だった。
砂時計を反転させると一ヶ月分の時が巻き戻され、
魔力を注いで砂の流れを止めることで、時の流れも静止するのだ。
259:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 22:40:06.04:1QPrNnlCo
『君の目的は鹿目まどかを魔法少女にさせないことだった。
それがどれほど艱難な道だったか、僕には想像もつかないよ。
何度繰り返したか、君自身、覚えていないんじゃないかな』
『ねえ、ほむらちゃん……キュウべえの話、本当なの……?
ほむらちゃんはわたしのために、何度も何度も、同じ時間を繰り返してきたの……?』
『いつか……いつか全部、話すから』
ほむらは優しくまどかに言って、再びキュウべえを睨み付けた。
『それで……あなたは結局、何が言いたいの?』
『まだ分からないのかい?
僕は君に、おめでとう、を言いにきたのさ。
君の目的は遂げられた。
鹿目まどかが魔法少女になる可能性は、今や完全に失われた』
『やけにあっさりと負けを認めるんだね?』
訝しげな杏子の言葉に、キュウべえは首を傾げて、
『元々は僕自身が蒔いた種だからね。
恐らく別の時間軸の僕は、暁美ほむらに時間を遡らせることで
鹿目まどかの魔法少女としてのポテンシャル、延いては感情エネルギーを、
最大限に引き出すことが出来ると考えたんだろう。
先輩としての巴マミ、親友としての美樹さやか、甚大な被害をもたらすワルプルギスの夜……。
まどかが強い祈りを捧げるファクターは、十分に揃っていた』
265:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 23:12:46.79:1QPrNnlCo
『でも暁美さんは……諦めなかったわ……。
残念だったわね、キュウべえ……あなたの目論見どおりに……いかなくて……』
『僕の見込みが甘かったことは認めるよ、マミ。
けれど今回の出来事で、僕は貴重な経験を得ることができた。
見方を変えれば、それを今後の契約に役立てられる、と考えることもできる。
まどかを魔法少女にできなかったことは、確かに残念だ。
が、それはあくまで、効率性の観点から見た場合の話さ。
まどか一人から莫大なエネルギーを得ることも、
平凡な魔法少女から少しずつエネルギーを集めることも、長い目で見れば同じだからね』
『そんな話をベラベラ喋っておいてさぁ、
あんた、ここから生きて帰れると思うのかい?』
キュウべえは唇を三日月型に歪めて言った。
『無駄だよ、杏子。
僕……いや、僕たちインキュベーターは、偏在する。
たとえ僕が死んだところで、別の個体が僕の記憶を引き継ぎ、活動を続けるだろう』
260:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/04/11(月) 22:40:54.81:Thr7JNFxo
マミは脇腹を押さえながらも、嘲笑うかのような口調で言った。
『それをわたしたちが……黙って見ていると思う……?
ふふっ……全力で……邪魔してあげるわ……』
『具体的には、どうやって?』
ほむらが言った。
『わたしたちは他の魔法少女に、魔女化の運命を伝える。
あなたが契約を持ちかけた人間に、あなたの正体が悪魔だと知らせる。
情報は魔法少女から魔法少女へ、人から人へ伝わるわ。
真実を知る者の輪は、加速度的に広がるでしょうね。
ソウルジェムがグリーフシードにならなければ、
魔女は魔法少女に狩られるだけの存在となって、いずれ完全に消滅する』
『理想を掲げるのは勝手だが、とても現実的ではないね。
たとえ君たちに同調する魔法少女が現れても、
彼女たちの全員に、魔女化の前に自害する覚悟は持てないだろうし、
たとえ僕の目的を知っても、奇跡を望む人間は絶えないだろう』
『あなたが思っているほど、人間は愚かじゃない。
いいように利用されていると知って黙っているほど、人間は甘くない。
魔法少女でいる限り、わたしは新たな魔法少女と、魔女の根絶を諦めない。
そして少なくとも今ここには、わたしと同じ考えの魔法少女が二人いるわ』
力強く頷く、マミと杏子。
275:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/12(火) 01:09:06.43:utiwWf6Io
『そうかい。
そこまでの覚悟があるなら、これ以上が僕が言うことは何もないよ』
『なら、消えなさい』とほむら。
『見逃してやるのは今回だけだ。次に見かけたら殺す』と杏子。
『二度と会うことが無いことを祈ってるわ……』とマミ。
キュウべえは溜息を吐いて、
『僕もずいぶんと嫌われたものだね……。
けど、君たちは魔法少女として、これまでにないまったく新しい選択をした。
その結果がどうなるのか、非常に興味深いところだ。
次に会えるときを楽しみにしているよ、暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子。
そして……さよなら、鹿目まどか。
君と会えて、良かったよ。美樹さやかにもよろしくね』
キュウべえの体が透けていき、やがて、何も見えなくなる。
そうして、一つの物語が終わり――。
――新たな戦いの系譜が、幕を開けた。
「ここまでね」
正門をくぐり、校舎に入ったところでマミが言った。
学年が違うほむらとまどかは、ここでマミと別れることになる。
277:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/12(火) 01:29:46.29:utiwWf6Io
「マミさん、今日は一緒に帰れますか?」
「うーん、クラスの用事があるから、
たぶん、鹿目さんたちの方が早く終わると思うわ。
待たせるのも嫌だから、今日は別々に帰りましょう?」
「えー……」
「また明日、一緒に帰ればいいじゃない。
そうそう、この前行きつけのお店で、珍しい茶葉を買ったの。
明日は帰りにケーキを買って、みんなでお茶会をしましょ?」
「本当ですか?やったね、ほむらちゃん!」
「うんっ」
それじゃあ、と別れの言葉を交わし、
マミと二人はそれぞれの道に歩き出す。
しかし数歩進んだところで、ほむらはマミに呼び止められた。
「暁美さん、ちょっと」
駆け寄ったほむらに、マミはこっそりと耳打ちする。
「今日の活動は、夜の七時からにしてもらえる?
さっきも言ったけど、クラスの用事が長引きそうだから……場所はいつもの自然公園ね」
「はい、分かりました」
と頷き、ほむらは何気ないふうを装いながら、まどかの元に戻った。
「なんだったの?」
「髪に糸くずがついてたみたい。
後ろから見えて、放っておけなかったんだって」
「そうだったんだぁ。わたしには内緒の話かと思っちゃった」
即席の嘘に、まどかは純真無垢な笑顔で騙されてくれる。
280:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/12(火) 01:58:15.37:utiwWf6Io
マミの言った『活動』という言葉の中には、複数の意味が込められていた。
魔女退治はもちろん、
他の魔法少女とのコンタクトや、
キュウべえに契約を迫られている少女の探索。
やるべきことは、山積している。
ほむらが近視で脆弱な心臓の持ち主に戻ったのは、
ソウルジェムが少しでも濁らないようにするための、彼女なりの努力だった。
眼鏡やリボンを外し、フィジカル・エンチャントを発動するのは、彼女が魔女と対峙した時だけだろう。
またワルプルギスの夜を倒した日から、彼女は"時間停止"の能力を使えなくなった。
あの日以来、彼女の砂時計は反転をやめた。その必要がなくなったからだ。
切り札を失った彼女は、しかし、それがなくても魔女と戦う術を確立していた。
それはたとえば、過去に山と盗み出した銃器類であったり、
自作の爆弾であったりと、相変わらず魔法ではなく科学に頼ったものだが、
魔女に効くなら何でも同じ、というのが彼女の哲学だった。
284:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/12(火) 02:32:28.35:utiwWf6Io
マミと共に活動を始めて五日、倒した魔女は三体、得られたグリーフシードは一つ。
コンタクトが取れた別の魔法少女は一人で、出だしはまずまずといったところ。
ワルプルギスの夜による震災の影響で、
見滝原市では一時的に、魔女の活動が活発化しているようだった。
しばらくは見滝原市界隈で活動を続けることになりそうだが、
街がある程度の落ち着きを見せれば、遠征することもマミや杏子と計画している。
杏子はしばらくは元の縄張りに戻り、
月に一度か二度は、見滝原市街地に顔を出すと言っていた。
その時はまたほむらの家が、彼女の寝床になることだろう。
いや、さやかの家に泊まることを勧めてみるのも面白いかもしれない……。
「――ちゃん、ほむらちゃん!前、前っ!」
「えっ?」
爪先が何かにぶつかる感触があり、続いて額に激痛が走った。
尻餅をついた状態で、ずれた眼鏡をかけ直すと、
そこには見落としようもないほどの大きな柱が立っていた。
「ああ、またやっちゃった……」
と涙目のほむらの元に、まどかが駆け寄ってきて、
「だ、大丈夫?」
「うん、いつものだから」
「ふふっ、おかしいよね。
ほむらちゃん、眼鏡外してるときはすっごくカッコいいのに、
眼鏡をかけた途端、超ドジッ子になっちゃうなんてさ」
287:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/12(火) 03:09:29.44:utiwWf6Io
「仕方ないでしょ……自分でもどうしてこうなっちゃうのか、分からないの。
それに眼鏡をかけてても、やるときはわたし、やるんだからね」
「ごめんごめん。さ、そろそろ行こ?
みんなほむらちゃんのこと見てるよ」
ほむらは今更になって、登校時間の混雑の中、
他の生徒の視線を一身に集めていることに気づく。
誰も彼も自分のことを笑っているような気がして、慌ててまどかの手を取った。
「赤くなってるほむらちゃんもかーわいい」
「も、もうっ……からかわないで。
ねえまどか、手、もう離しても大丈夫だよ」
「教室に着くまで、握っててあげる。
ほむらちゃんが壁にぶつかったり、転んだりしないように」
「……恥ずかしいよ」
と言いつつも、まどかの手を振りほどけないほむらだった。
手の中の温もりが、嬉しくて、愛おしかった。
わたしは今、永遠の迷路の中で恋い焦がれていた未来に立っている。
いつまでも続く幸せじゃない。遅かれ早かれ、終わりはやってくる。
でも、一つだけ分かっていることがある。
わたしが魔女になるのは、他の魔女と共にグリーフシードが絶滅し、
ソウルジェムが穢れを、どこにも移せなくなったときだけ。
暗い未来に絶望して、ソウルジェムを濁らせたりなんかしない。
だってわたしは、一人じゃないから。
心強い仲間と、大切な親友が……いつでもわたしの隣を歩いていてくれるから。
ほむらはまどかと手を繋ぎながら、ゆっくりと階段を上り始めた。
Fin
288:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岐阜県):2011/04/12(火) 03:11:25.47:w6dVfYF8o
盲目の者がすれ違ったとしても、
そこに二人の少女がいるとは、とても気づけなかっただろう。
誰かが携帯の相手と話しているか、独り言を喋っていると考えるに違いなかった。
無口な夜道の護衛役に、まどかは辛抱強く問いかけた。
「ねえ、ほむらちゃんは、さやかちゃんの話に興味がないの?
わたし、さやかちゃんから聞いたよ。
さやかちゃんを説得したのは杏子ちゃんで、
杏子ちゃんにそうするよう頼んだのは、ほむらちゃんなんでしょ?」
「…………」
「ほむらちゃんは全部知ってたから……。
魔法少女になるってことが、どういうことなのか全部分かってたから、
さやかちゃんを止めようとしてくれたんだよね?」
「…………」
まるで、厚い鉄の壁に話しかけているような感覚。
どうしてほむらちゃんは、何も言ってくれないんだろう。
「あのね、ほむらちゃん?
やっぱりわたしのこと……怒ってる?」
泣き出しそうな気持ちが、声の震えに表れていた。
「わたしが何度もほむらちゃんとの約束を破ったから、
わたしのことを、嫌いになっちゃったの?」
ほむらは緘黙を解いて言った。
「わたしは……」
喉もとまで迫り上がった言葉を呑み込んで、
「……あなたが嫌いなわけじゃない。
わたしは、あなたの愚かしさが許せないだけ。
美樹さやかは魔法少女になることを諦めた。
なのに、どうしてあなたはまだ、こちら側の世界に立ち入ろうとするの。
人であることをやめてまで叶えたい望みなんて、あなたには無かったはずよ。
これ以上、わたしたちに関わる理由がどこにあるの?」
「……理由なら、あるよ」
まどかは足を止めて言った。
「わたしはね、ほむらちゃんたちのことが心配なの。放っておけないの。
わたしの知らないところで、ほむらちゃんたちが命懸けで戦っていると思ったら、
胸が苦しくなって、いてもたってもいられなくなるの。
迷惑だってことは、分かってる。
いつも後ろから見てばかりで、守ってもらってばかりのわたしが、
臆病で、卑怯な子だってことも……でも……」
街灯の蒼白い光が、まどかの両頬を伝う涙を照らす。
ほむらはまどかに近づくと、淡い藤色のハンカチを取り出して、そっと涙の粒を拭った。
「あなたが感じている責任は、あなた自身が作り出した幻想よ。
忘れてしまいなさい。誰もあなたのことを責めたりしないわ。
もしあなたを責める者がいたら、わたしがその存在を許さない」
「ほむらちゃん……」
「臆病でもいい。卑怯でもいい。
わたしたちが"初めて"会った日のことを思い出して。
家族や友達のことを、あなたは心から大切に思っている、と言ったわ。
その人たちとの幸せは、何よりも尊いもののはずよ」
まどかは泣き笑いの表情で言った。
「それじゃあ、やっぱりわたしは、ほむらちゃんのことを放っておけないよ。
だって……ほむらちゃんも、わたしの大切な友達だもん」
はらり、とほむらの手からハンカチが落ちる。
彼女はその行方を視線で追うように、顔を伏せて言った。
「……馬鹿なことを言うのはやめて。
わたしは友達扱いされるほど、あなたに親しくした覚えはないわ」
「そんなの関係ないよ。
キュウべえをわたしから遠ざけようとしてくれたこと。
自分の命を危険にさらしてまで、魔法少女の真実を教えてくれたこと。
魔女との戦いについていくわたしを、何度も守ってくれたこと……。
わたし、どんなにほむらちゃんに感謝しても、足りないと思ってるの。
それにね、それだけじゃないんだ。
こんなことを言っても、信じてもらえないと思うけど、
この世界とは違うどこか、別の遠いところで……、
わたしは何度も、ほむらちゃんと出会ってる気がするの」
既視感じゃない。
夢と現を見違えているわけでもない。
上手く表現できない気持ちを、まどかは精一杯、言葉に紡ぎ出す。
「ほむらちゃんは、ずっと前から……わたしの中に……いた……?」
「……わけが分からないわ」
ほむらの声はひどく震えていた。
まるで、何かに怯えているかのように。
そして悪い予感とは、往々にして現実となる。
「ねえ、わたし、ほむらちゃんの……ほむらちゃんたちの、力になりたい」
「………」
「キュウべえが教えてくれたの。
もしもわたしが魔法少女になったら、すごい魔法を使えるって。
ワルプルギスの夜を一撃で倒せるくらい、強い魔法少女になれるって」
「……やめて」
「確かに魔法少女になって、命をソウルジェムに変えることは怖いよ。
でもね、みんなの助けになれるなら、それでもいいかなって……、
そうするだけの価値があるんじゃないかなって、思えるんだ」
「……やめて、って言ってるじゃない!」
ほむらの手が、後ずさるまどかの両肩を捕まえる。
「あなたは……なんであなたは……そうやって、自分を犠牲にして……。
あなたを大切に思う人のことも、考えて。
いい加減にしてよ。
あなたを失えば、それを悲しむ人がいるって、どうしてそれに気づかないの?
あなたを守ろうとしてた人は、どうなるの?」
「ほむら、ちゃん?」
魂を結晶化し、肉体との結びつきが希薄になったところで、
人としての心まで失ってしまうわけじゃない。
魔法少女になることでわたしの存在が失われる、と断言するほむらのことを、
大袈裟だとさえまどかは思っていた。
「今から話すことをよく聞いて」
ほむらの両手が、痛いほどに強く、まどかの肩を握りしめる。
ほむらは楽観視していた。
ソウルジェムの仕組みを全員に明かし、美樹さやかに佐倉杏子を宛がい、
巴マミの孤独感を仲間意識で満たすことで、最悪の未来を回避できると思っていた。
それは大きな、とても大きな間違いだった。
が、今ならまだ間に合う。
まどかがキュウべえと契約を交わしていない、今の段階なら。
「魔法少女の秘密は、もう一つあるの。
それを前のように証明することはできないし、
キュウべえに聞いたところで、あいつはそれを認めない。
けれど、わたしが今からする話は、絶対の真実よ」
「わたしはほむらちゃんの話を信じるよ。
だから、教えて。魔法少女のもう一つの秘密が何なのか……」
そうしてほむらは最後の切り札を使い、
魔法少女の残酷な結末が、まどかの脳裏に刻み込まれた。
◆◇◆◇
加速度的に増加する知的生命体の萌芽、
その数だけの文明の開花により、宇宙は熱的死を迎えようとしていた。
その未来を予見し、憂慮するひとつの種族があった。
否、その表現は厳密には適切ではない。
感情を持たない彼らを突き動かしたのは、
超長期的な種の存続願望とも言うべき、本能だった。
彼らは『エントロピー増大の原理』を覆す未知のエネルギーを探し始め、
解決策の端緒すら見出すことができぬまま、数千万年の時が流れた。
が、彼らは偶然にも、ある高次の知的生命体が持つ『感情』が、
爆発的に変化したとき、途方もないエネルギーが発生することを突き止めた。
エントロピーをも陵駕する感情のエネルギーは、
しかし、その場で回収しなければすぐに霧散して消えてしまう。
彼らは効率の良いエネルギーの回収方法を考え、
その結果、循環型の感情相転移システムを考案した。
科学の究境に至って久しい彼らにとって、それを実現するのは造作もないことだった。
彼らは早速、当該知的生命体の母星に"孵化器"を派遣した。
ほどなくして挙げられた目覚ましい成果に、彼らは満足した。
弊害として当該知的生命体のいくつかが滅ぶこともあったが、
宇宙全体という巨視的な観点からすれば、仕方のない犠牲だった。
そして今、太陽系第三惑星、極東の島国に位置する市街の一角で、
"孵化器"のひとつは、史上類を見ない潜在能力を秘めた少女を追っていた。
ビルの中に人気は無かった。
皆逃げ出してしまったのだろう、とインキュベーターは判断する。
厚いコンクリートの壁を透かして、避難警報のサイレンが聞こえていた。
「本当に逃げなくて良かったのかい、まどか?」
まどかは頷き、あちこちに浮かぶ刻印を見た。
そのうちのひとつに足を踏み入れた。
しんと静まり返ったモノクロの世界に、ローファーの硬い靴音が響く。
「はぁっ……はぁ……っ……はぁっ……」
まどかは息を整える間も惜しみ、グニャグニャに歪んだ螺旋階段を駆け上がった。
細い通路を抜けると、視界が開け、ホールのような空間に出る。
非常口を示すランプが、緑の光で存在を主張している。
彼女はランプの下に近づくと、体で押すようにして扉を開いた。
「あっ」
眼前に広がる、廃墟と化した見滝原市街地のレプリカ。
ワルプルギスの夜は、一言で表すなら、膨大な魔翌力の結晶体だ。
存在そのものが物理法則に影響を及ぼし、その周囲に局地的な無重力地帯を発生させる。
破砕された高層建築物がいくつも浮かんでいる光景は、まるで、何かの冗談のようだった。
まどかは巨大な梢に支えられた足場を進み、
灰色の空に君臨する機械仕掛けの魔女と、
高層ビルの屋上に並び立つ三人の魔法少女を見上げた。
戦端は、今まさに開かれようとしていた。
インキュベーターの優れた感覚器は、
まるで至近から見ているかのような、仔細な観測を可能にする。
フィジカル・エンチャントを発動した暁美ほむらが先陣を切り、
佐倉杏子と巴マミが、彼女の両脇を固めるように飛び立つ。
間髪入れず、ビルの構造体のひとつが、彼女たちに襲い掛かった。
杏子の長柄が、六尺はあろうかという薙刀に変化する。
一閃。
構造体は綺麗に二等分され、障害物としての役割を終えた。
杏子の活躍の影で、マミは空中に百を悠に超える数のマスケット銃を具現化させていた。
号令一下、霹靂神もかくやの大音声が響きわたり、
弾丸の嵐が、彼女らの背後に迫っていた樹木の搦め手を撃破する。
言葉はなくとも、自然と連携はとれていた。
彼女らは妨害を上手くかわし、さらに機械仕掛けの魔女に近づいていく。
が、その快進撃は長くは続かなかった。
彼方で何かが瞬き、次の刹那、いく筋もの赤い光が、四方八方から彼女たちを襲った。
魔法少女の反応速度をも凌駕する、純粋な魔翌力の拡散砲撃。
ワルプルギスの夜に挑んだ魔法少女の、
大半がここで命を落とし、一握りが生き残るとされている。
マミや杏子は前者で、ほむらが後者だろう――インキュベーターの予測は、しかし当たらなかった。
ほむらが"時間停止"の能力を限界まで駆使し、
すべての攻撃を左腕の盾で防ぎきったからだ。
が、彼女の能力も万能というわけではない。
短時間の連続使用でほむらは疲弊し、盾は強すぎる負荷に悲鳴を上げていた。
マミと杏子は、よろめくほむらを支えるようにして、ビルの影に身を潜めた。
「ほむらちゃんっ……!」
人間の不完全な感覚器にも、藤色の光が弱まるのは見えたらしい。
「仕方ないよ。
いくら彼女たちが力を合わせても、ワルプルギスの夜を超えることはできない」
ほむら一人が機械仕掛けの魔女に近づいたところで、
絶望的な火力差に為す術もなくやられてしまうだろう。
かといって火力差を埋めるために二人の仲間を伴えば、
辿り着くまでに防がなければならない拡散砲撃の数は、単純に三倍になる。
まどかは唇を噛み締め、何も出来ない自分を呪うかのように、きつく目を瞑った。
「諦めたら、それまでだ。
でも、君なら運命を変えられる。
避けようのない滅びも、嘆きも、すべて君が覆せばいい。
そのための力が、君には備わっているんだから」
「……本当なの?」
「もちろんさ。だから僕と契約して、魔法少女になってよ!」
インキュベーターは契約の成功を、ほぼ確信していた。
そして同時に、思考が白く染まるような、得体の知れない感覚に惑っていた。
彼らはより欺瞞性の高い人間性を獲得するために、
絶えず経験を得た個体と同期をとり、思考アルゴリズムの改善及び並列化を繰り返してきた。
そして新たな契約候補者の前に現れては、奇跡と引き替えに膨大なエネルギーを蒐集してきた。
ノルマを達成するか、人類が滅亡するそのときまで、彼らの作業は続くはずだった。
しかし鹿目まどかというイレギュラーの出現により、予定は書き換えられた。
もしも彼女が契約すれば、彼女は最強の魔法少女として、最大の敵を倒し、最悪の魔女となるだろう。
その時に生じる希望と絶望の相転移は、同時に途方もないエネルギーを生み出すだろう。
だからこの不思議な感覚は、人の感情でいう『喜び』なのかもしれない、とインキュベーターは思った。
果たして、まどかは首を横に振った。
「そうやって……他の子たちにも同じことを言って……魔女にしてきたんだね」
「何を言ってるんだい?
僕は君を魔女になんかしたりしないよ。
暁美ほむらに何を吹き込まれたのかは知らないが――」
「嘘をついてるのは、あなたでしょ、キュウべえ」
断言するようなまどかの物言いに、
インキュベーターは小手先の弥縫策が無意味だと知る。
「すべて知ってしまったんだね、まどか。
確かに君の立場に立てば、僕は魔女を生み出す全ての元凶に見えるかもしれない。
けれど、魔法少女が魔女になる直接の責任は、魔法少女自身にある。
彼女らが絶望に沈み、希望を捨てなければ、彼女たちが魔女になることもなかった」
「悪いのは自分じゃなくて、魔法少女になった女の子のほうだって言いたいの?
そんなの、絶対おかしいよ。間違ってるよ。
悲しんだり、喜んだり、怒ったり、笑ったり……それが人間なの。
いつでも幸せを感じていられる人なんて、いないんだよ」
「脆いよね。人間の心というのは」
絶句するまどかに、インキュベーターは諭すように言った。
「それが君たちの限界なんだ。
魔法少女としての寿命だと言い換えてもいい」
「そんな……」
「これまで倒してきた敵と同じ姿になることは、彼女たちにとって不本意なことだろう。
けど、彼女たちが魔法少女になったときの願いは、ただ一つの例外もなく遂げられているんだ。
それを実現した僕は感謝されこそすれ、恨まれるような道理はないはずだよ」
「みんなを騙しておいて、どうしてそんなことが言えるの?
魔女になるって知ってたら、みんな、あなたとなんて契約しなかったに決まってるよ」
「もう一度だけ言うよ、鹿目まどか。
僕は彼女たちを魔女にしたわけじゃない。魔法少女にしてあげたんだ。
だからもちろん、騙しているという意識もない。
事実として、彼女たちが希望を失わない限り、彼女たちが魔女になることはないんだからね」
まどかは救いを求めるような声で言った。
「……魔女にならずに、長く生き残った魔法少女はいるの?」
「前例はないね。ただ、可能性があるというだけさ」
書いててキュウべえぶん殴りたくなってきた
58:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府):2011/04/09(土) 14:00:24.06:ER63rMCvo>>56
イキナリ何いってんすか当然のことをwwwwww
61:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/04/09(土) 14:26:13.58:3b36lFNaoイキナリ何いってんすか当然のことをwwwwww
>>56いきなりだったから吹いたwwww
60:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東):2011/04/09(土) 14:23:22.45:l2cKtfnAOQBを殴りたいだけだなんて…
俺は踏みつぶしたい
64:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/09(土) 14:34:46.58:qHyJzCZDo俺は踏みつぶしたい
たとえどれだけゼロに近くても、可能性が存在していることに変わりはない。
「君はさっき『みんな』という言葉を使ったね。
でも、これまで僕と契約してきた子の中には、
たとえ魔女になる未来を受け入れても、
魔法少女になりたがった子が存在したんじゃないかな」
例えば、交通事故に巻き込まれた巴マミや、
末期の小児ガンで、余命数ヶ月と宣告されていたシャルロッテの元の少女がそうだ。
「本当に困っている人に、他の選択肢なんてあるわけないよ」
「そういう君はどっちなんだい、まどか?」
「わた、し……?」
まどかの双眸が揺れたのを、インキュベーターは見逃さなかった。
「君は本気で、暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子の三人を救いたいと思っているんだろう?
それは魔女になる未来を受け入れても、叶えたい望みじゃなかったのかな?」
「…………」
「分かりやすく言い換えれば、こういうことだ。
君が魔法少女にならなければ、彼女たちは死ぬ。
君が魔法少女になれば、彼女たちは生き延びる。
魔女になるまでの時間的猶予が伸びるだけだと、君は思うかもしれない。
それでも、その猶予が彼女たちにとって、どれほど貴重で尊いものか想像してみるといい」
「…………」
「それに、悲観ばかりするのは不公平だ。
前例がなければ、君が……いや、君たちが最初の前例になればいい。
四人で励まし合って、希望を持ち続ければ、
みんないつまでも魔法少女のままでいられるかもしれないよ」
インキュベーターの言葉は巧みだった。
感情を理解できない彼らは一方で、蓄積された経験から、人の心理を操る術に長けていた。
頑なに契約を拒む何人もの少女を、自ら契約を懇願するようになるまで堕としてきた。
だが、まどかはインキュベーターよりも、ほむらを信じた。
インキュベーターの言葉にではなく、ほむらの言葉に縋った。
「ほむらちゃんは『絶対にワルプルギスの夜を倒す』って、わたしに約束してくれたの。
その代わりにわたしは『何があっても魔法少女にならない』って、ほむらちゃんに約束したんだ」
「その約束は今の状況でも、守り通す価値があるものかい?
たとえ彼女たちが死んでも、約束を守ったことを後悔しないと言えるかい?」
「後悔するよ。きっと死にたくなるくらい、後悔すると思う。
でもね、わたしはまだ諦めてないの。
ほむらちゃんが、ほむらちゃんたちが勝つことを、信じてるの」
まどかはそこで言葉を切り、伏せていた目をあげた。
遙か彼方の灰色の空に、三色の光が上がるのが見えた。
彼女は祈りを捧げるように、両手を胸の前で組み合わせた。
◆◇◆◇
幾重にも積み重なった瓦礫の影。
機械仕掛けの魔女の死角となる場所で、三人の魔法少女は息を潜めていた。
ランプのような温かい光が、ほむらの左腕を覆っている。
マミの治癒の魔法だった。
「だいぶ痛みは引いたわ。もう大丈夫よ」
ほむらはコンクリートの巨大な欠片に、背中を預けるようにして立ち上がった。
左腕の盾――巨大な腕時計――に魔力を注ぎ込み、抉れた表面を修復する。
自分の装備ばかりは、その構造を知り尽くしている自分にしか直せない。
彼女のソウルジェムは、既に半分ほどまで穢れが溜まっていた。
「にしても、流石に最強クラスの魔女だけあって強いねー。
避けられるもんじゃないよ、あんな攻撃。
あたしは背中に目なんかついてないっての」
「防ぐにしたって、暁美さんの盾みたいにピンポイントに魔力を集中させないと、
簡単に貫かれてしまいそうね」
防護壁の性能は、展開部の単純な魔力密度で決定される。
魔力に限りがある魔法少女にとって、防護壁の『範囲』と『厚み』はトレードオフの関係にあった。
「何言ってんのさ、マミ。
あたしたちには時間を止めてゆっくり盾を構える時間なんてないんだぞ」
ムッと頬を膨らませるマミを尻目に、杏子はほむらに話しかける。
「さっきはおんぶにだっこで悪かったね。
次から、自分のことは自分でなんとかするよ。
あたしたちが無事で、ほむらだけがボロボロだなんて不公平だ」
「あなたたちのことはわたしが守る。そのための"時間停止"よ」
「ダメよ、暁美さん。こればっかりは、佐倉さんの言うとおりだわ」
二人の剣幕に押され、渋々といったふうに頷くほむら。
背中に隠された彼女の右手が握り拳をつくり、
手のひらに血が滲むほど、深く爪を食い込ませた。
どうしてあなたたちは、保身に走らないの。
どうしてあなたたちは、自分を犠牲にすることを厭わないの……。
「さあ、そろそろ次の指示をくれよ、ほむら。
ワルプルギスの夜をぶっ潰すための、何かとっておきの秘策があるんだろ?」
「ええ、もちろんよ」
ほむらは瓦礫の影から、そっと顔を出す。
彼我の距離は直線にして400m弱といったところ。
「これから、魔女の手前まであなたたちを連れて行く。
わたしはそこから単独行動を取る。
あなたたちにはそこで、魔女の気を惹きつけてもらう。」
「おとり役ってことね?」
「そういうことになるわ」
「美味しい役所を譲るのは癪だが……」
杏子はクルクルと長柄を回して言った。
「……全力であいつの遊び相手をやってやるよ。
加減を間違えて倒しちまっても、後で文句言うなよな」
「ふふっ、期待しておくわ」
ほむらは微笑み、全身にフィジカル・エンチャントを施した。
杏子とマミがそれに続き、加えて、防護魔法を互いに重ね掛けする。
ワルプルギスの夜相手には気休め程度にしかならないが、それも承知の上だろう。
杏子の赤色の魔翌力光と、マミの黄色の魔翌力光が混じり合い、
淡い橙色の光が二人の体を包み込んだ。
「行くわよ」
ほむらは短く言って、瓦礫の影から飛び出した。
無重力圏内に突入した瞬間、足許に魔方陣を展開し、それを強く蹴りつける。
捕捉されている、という感覚があった。
それは何度もこの魔女と対峙してきたほむらのみが分かる、攻撃のタイミングだった。
彼女は"時間停止"を発動しかけ、
「なっ」
リボンがほむらの盾――腕時計――に巻き付き、魔力の奔流を止める。
動揺し、制動をかけたほむらの隣を、マミと杏子が素早く通り過ぎていく。
「待って!狙い撃ちにされるわよ!?」
「お守りはハナから要らないよ。
昔の人も言ってたじゃないか、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ってね」
「わたしはもう、暁美さんの足手まといにはなりたくない。
あなたは、あなたの役割に集中して」
ほむらがリボンを引き剥がした次の瞬間、
無数の魔力砲撃が、マミと杏子に降り注いだ。
しかし二人は被弾の有無を天に任せ、真っ直ぐに飛翔を続ける。
「………ッ」
ほむらは小さく舌打ちし、二人とは違うルートを選択した。
おとりは申し分なく効果を発揮した。
彼女は時折飛んでくる魔力砲撃を丁寧に盾でガードしつつ、ワルプルギスの夜に肉薄する。
立錐の余地もないほどの、大小様々な歯車の山。
機械仕掛けの魔女と呼ぶに相応しい壮観を目の前にして、
ほむらは盾の内側から、高性能プラスチック爆弾を取り出した。
使用爆薬は可塑性混合爆薬・Composition-4。
通称C-4爆弾と呼ばれるそれは、
見滝原市から程近い在日外国軍基地から、
ほむら単独で爆薬を盗み出し、自作したものである。
"時間停止"――発動。
彼女は『爆破』というものを熟知していた。
ただ大きな爆弾をポンと置くだけでは、最大の威力は発揮されない。
適切な量の爆弾を、効果的に配置したとき初めて、芸術的なまでの破壊効果が期待できる。
"時間停止"――解除。
ほむらは手の中のポケットベルを握りしめた。
母親が昔使っていたもので、電池を入れれば動いた。
ボタンを押せば、各所に設置したC-4爆弾が、同時に起爆する。
単純な仕組みだ。
が、ほむらはすぐにボタンを押さず、機械仕掛けの魔女の淵に立った。
マミと杏子は今や、絶妙のコンビと呼ぶに相応しい立ち回りを見せていた。
背中を合わせて互いの死角をカバーし、無数の拡散砲撃を相殺している。
二人の口元には笑みが浮かび、動きはダンスを踊っているかのように優雅だった。
それはともすれば、笑覧に堪える光景だった。
杏子の失われた左腕や、マミの脇腹から流れ出す夥しい血液から、目を逸らせばの話。
"時間停止"が使えない二人に、全ての攻撃をやり過ごせる道理が無かった。
あとしばらくもしないうちに、機械仕掛けの魔女は二人を仕留めるだろう。
これでいい、とほむらは自分に言い聞かせた。
いずれ魔女になる運命を知って、絶望のうちに死ぬよりも、
戦いの中で、希望を胸に抱いたまま死ぬほうがいいに決まっている。
なら、なぜ初めから二人をおとり役に使わなかったの?
なぜ二人の快い承諾に、あなたは胸を痛めたの?
心の奥からの問いかけに、答えることができなかった。
情に絆されてはダメ。
二人が力尽きる時を待つのよ。
ほむらは膝をついて、ポケットベルを胸に抱き締めた。
熱い塊のようなものが、喉元に込み上げてくる。
視界が霞み、耳は誰かの泣き声を聞いていた。
あなたは本当はどうしたいの?
再び、心の奥から声が聞こえた。
それはよくよく確かめるまでもなく、ほむら自身の声だった。
答え。そんなもの、考えるまでもない。
わたしは……わたしは、仲間を助けたい……!
たとえこれが合理に敵わない、愚かな選択だと分かっていても、
大切な仲間が死ぬところを、黙って見ていることなんてできない……!
震える指が、ボタンを押した。
次の瞬間、機械仕掛けの魔女は解体爆破され、煤煙と破片を撒き散らしながら墜落した。
結界が薄れていく。
高層建築物の残骸は、ボロボロと崩れて砂山と化し、
無限の生長を続けていた樹木は、燃え上がり灰燼に帰した。
金属質な断末魔の叫びと共に、結界は完全に消滅した。
――ぽつり。
何かがほむらの肩を濡らし、
空を仰いだ彼女の頬を、大きな雨粒が叩いた。
終わったのだ。
ワルプルギスの夜は明けた。
彼女はゆっくりと、辺りの惨状を見渡した。
ワルプルギスの夜は一般人に、災害として認知される。
見滝原市を襲った大地震の、直接の被害は軽微だった。
甚大だったのは、その後に生じた津波による被害だ。
高波は田畑や背の低い建築物を押し潰しながら、見滝原市沿岸部を水浸しにした。
ほむらはどこまでも続く水溜まりを歩き、二人の姿を探した。
「おーい。こっちだ、こっち」
声のするほうに顔を向けると、杏子が大きく右手を振っていた。
隣にはマミの姿も見える。
「生きてた、のね」
「ったりまえじゃんか。
って……そんな顔するなよな。
あたしたちは魔法少女なんだぞ?
腕の一本や二本、魔力を注いでりゃあ、そのうちニョキニョキ生えてくるさ」
。・゚・(ノД`)・゚・。
113:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 00:50:45.63:AuSwmJMFo無事でよかった
114:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 00:59:37.48:K8kc1u+Po「いやあ、一発食らっただけで、二の腕から先が使い物にならなくなっちまってね。
あんまりにも邪魔だったんで、自分で切り落としたんだよ」
綺麗な断面だろ、と止血された傷口を見せつけてくる。
腕が完全に元通りになる確証なんてない。
ただ、そうなることを信じて、杏子は笑っていた。
それまで杏子に寄りかかるようにしていたマミが、薄く目を開き、
「……終わったのよね……?
暁美さんが……終わらせてくれたのよね……?」
言葉に詰まったほむらの代わりに、杏子が答えた。
「そうだよ。全部終わったんだ」
「そう……良かった……」
「無理に喋るなって。しばらくは大人しくしてたほうがいい。
この中で一番ダメージがデカいのはマミなんだからさ」
マミは腹部に白いリボン――見た目は包帯と同じだった――を巻いていた。
今はもう止血が済んでいるようだが、
リボンに滲んだ鮮やかな赤は、彼女の傷の深さを物語っている。
場所が場所だけに、治癒魔法をかけるのも難しかったに違いない。
でも、その努力も無駄なこと。
なぜならあなたたちはここで、わたしによって殺されるのだから。
「……何の冗談だい?」
「冗談じゃない。本気よ。
杏子は『全部終わった』と言ったけれど、それは違う。
あなたたちを殺して、わたしが死ななければ、この悪夢は終わらない」
ほむらは両手でベレッタを構え、杏子の額に狙いをつける。
対象は満身創痍で、この距離だ。
普通に撃てば外しはしないだろうし、ほむらには"時間停止"という保険もある。
一瞬後には死んでもおかしくない、という状況下で、しかし杏子は冷静に尋ねた。
「ちょいと落ち着きなよ。
理由を教えてくれたっていいじゃないか。
いきなりズドン、じゃ浮かばれないよ」
「わたしたちは、いずれに魔女になる。
ソウルジェムが濁りきるか、心が絶望に沈みきったとき、
ソウルジェムはグリーフシードに形を変える」
「……本当なのかい?その話は」
「ええ。これが、魔法少女の最後の真実よ。
魔女を倒すために魔法少女が生まれて、魔法少女はやがて魔女になる」
それは宇宙の存続を願う種族が定めた、絶対の規則。
人類が滅ぶその時まで絶えることのない、無限の円環。
マミの閉じた瞼の端から涙が滲み、
雨粒と一緒になって、頬を伝い落ちた。
「暁美さんは……初めから……こうするつもりだったの……?」
「ええ。一度魔法少女になった者に、救いはないわ。
あるのは、魔女になるまでの残された時間を、ひたすら戦い抜く運命だけ」
「…………」
重傷を負ったマミには、発狂する気力さえ残されていないようだった。
『ソウルジェムが魔女を生むなら、みんな死ぬしかないじゃないっ!』
ほむらの脳裏に、魔法少女全員で心中を計ろうとしたマミの狂態が浮かぶ。
あの時の彼女の選択は、ある意味では正解で、ある意味では不正解だった。
わたしが魔法少女となり、時間を遡った時点で、五人の明暗は分かたれていた。
既に魔法少女になっている、わたしと、佐倉杏子と、巴マミ。
まだ魔法少女になっていない、鹿目まどかと、美樹さやか。
死ぬのは、もう元には戻れない三人だけで良かったのだ。
ほむらがグリップを握りなおしたその時、マミがぽつりと言った。
「……辛かったでしょう?」
「えっ……」
「一人で抱えて……誰にも話せなくて……苦しかったわよね?」
ちゃぷん、と水音が聞こえた。
「でも……もうあなたには……二人も仲間がいるじゃない……。
みんなで支えあって……喜びも、悲しみも分かち合えば……。
きっと……魔女化を遅らせられるわ……」
「諸刃の剣よ。
長く生きた分だけ、死を怖れるようになる。
親しくなった分だけ、その人を見限れなくなる」
ソウルジェムが濁りきったわたしが、それでも自殺できなかったように。
オクタヴィアと化した美樹さやかを、杏子が諦めきれなかったように。
「ほむらは、何でもかんでも一人で背負い込みすぎなのさ」
と杏子が言った。
「あたしはね、あんたが思ってるほど弱くない。
ソウルジェムが限界になったら、その時は自分で自分のケリをつける。
左腕を切り落としたみたいにさ」
「心変わりしないとは、言い切れないでしょう?」
「確かにあたしも人間だ。体は別モンでも、心はね。
土壇場になって、ビビっちまってさ、自分可愛さに逃げ出すかもしれない。
だから……だからあたしは、ほむらやマミに、見張っておいて欲しいんだよ。
あたしも、ほむらやマミのことを見張ってるからさ」
この先、あたしが魔女になるまでずっとね、とはにかむ杏子。
「ねえ、暁美さん……この世界にはきっと……魔法少女が、たくさんいるわ……。
その子たちのほとんどは……何も知らないで、魔女と戦っている……可哀想な子たちよ……。
真実を知るわたしたちには……その子たちにも真実を伝える……義務があると思わない?」
「それを言うなら、キュウべえの活動を邪魔してさ、
新しい魔法少女が増えるのを未然に防ぐって仕事もあるんじゃないか?」
「うふふ……これから、忙しくなりそうね……」
ちゃぷん、と再び水音が聞こえた。
それはほむらが知らず知らずのうちに、後じさっている足音だった。
人差し指はトリガーガードの中で麻痺したように動かず、
膝の震えは上半身に伝わり、照準をあらぬ方向へ向けさせていた。
これは罠よ、とほむらは思った。
甘い誘惑に惑わされてはダメ。
ここで終わらせなければ、
これで、終わりにしてしまわなければ、必ず後で悔やむことになる。
噛み締めた下唇が切れ、血の味が口の中に広がった。
顎先から落ちた数滴の雫が、水溜まりに赤の波紋を作る。
こんなにトリガープルを重く感じたのは初めてだった。
わたしには……できない。
マミと杏子の生きたいという気持ちを、摘むことなんてできない。
思えば二人を見殺しにできなかった時点で、こうなることは決まっていたのかもしれない。
左手を正面にかざし、銃口をリングに押し当てる。
「ほむら、よせっ!」
「待って、暁美さんっ!」
死への恐怖は、慣れ親しんだものだった。
わたしは既に一度、死を経験している。
同じ時間を何度も巡り、たった一つの出口を探してきた。
まどかを絶望の運命から救う道を、永遠の迷路の中で探し求めてきた。
その一点に限って言えば、今のわたしが、やり残したことは何もない。
「さよなら、まどか」
ほむらは指先に力を込めた。
あれほど重く固かったトリガーは、今度はスムーズに動作した。
パン、と乾いた音が響いた。
左半身の皮を剥がれたような激痛が走り、次の瞬間、ほむらの体は浅瀬に倒れ込んでいた。
銀色の水面が、視界一面に広がる。
誰かの手が背中にまわり、ほむらを水中から抱え上げた。
「がはっ……けほっ……けほっ……」
何が起こったのかも分からずに、気管に入った水を、懸命に吐き出した。
どうして、わたしは生きているの?――死ねなかったことへの失望と。
「ほむらちゃんっ!」
どうして、ここにまどかがいるの?――最愛の友達と出会えた喜びと。
綯い交ぜになった感情の波に、ほむらの目から、大粒の涙が溢れ出す。
ほむらがトリガーを引いたのと、駆けつけてきたまどかが、
抱きつくように彼女を突き飛ばしたのは同時だった。
銃身がぶれたことにより、弾丸はリングの表面を、僅かに傷つけるに留まった。
ほむらが左半身に感じた激痛は、それによるものだった。
「ダメだよ、ほむらちゃんっ……。
ほむらちゃんが死ぬなんて、イヤだよ……絶対絶対、おかしいよっ!」
「……わたしは……魔法少女なんだよ?
いつか魔女になって……たくさんの人を悲しませるの……。
わたしは、そんな自分が許せない……だから……」
「ほむらちゃんなら、大丈夫だよ……きっと魔法少女のままでいられるよ。
わたし、ほむらちゃんが強い子だって知ってるもん。
もしも挫けそうになったり、辛くて泣きそうになったりしたときは、
いつだって、わたしが傍にいるから……だってわたしたち、友達でしょ?」
「まどか、お願い……これ以上、我が儘言わないで……。
あんまりわたしを、困らせないで……」
まどかは涙に濡れた顔を綻ばせて、
「ほむらちゃんを止められるなら、わたし、ずっと我が儘を言うよ。
ずっとずっと、ほむらちゃんのことを困らせ続けるよ」
胸の内側で、何かが燃え上がる感覚があった。
それはほむらが時間の迷路を歩む間に、消え入りかけていた埋み火だった。
普通に生きたい、という願い。
友達と幸せな時を過ごしたい、という願い。
赤々と燃え盛る焔は、彼女の中の冷たい氷を、みるみるうちに溶かしていく。
「まどか……ひぐっ……えぐっ……まどか……ぁ……ひぐっ……」
「もう、さよならなんて、言わないで」
「うん……」
「ずっと一緒にいようね。約束だよ?」
「うんっ……!」
泣きじゃくるほむらを、優しく抱き締めるまどか。
一部始終を見守っていたマミと杏子は、顔を見合わせ、安堵の笑みを零した。
最善の結末ではなかったのかもしれない。
いつか、不合理の積み重ねが合理を覆すと信じた今を、悔やむ瞬間が訪れるのかもしれない。
それでも今は……今だけは、この幸せを噛み締めていたい。
暗雲を見上げたほむらに、降り注ぐ光があった。
それは、まるで彼女を祝福するかのような、幾条もの天使の梯子だった。
◆◇◆◇
見滝原市の郊外には、忘れ去られた教会がある。
廃墟マニアも、肝試し好きも、自治体さえも立ち入らない。
聖域と呼ぶに相応しい場所だった。
外観がボロボロに朽ち果て、植物の楽園と化していなければ、の話だが。
今、その教会の前には、一人の少女が佇んでいた。
杏子はリンゴを囓りつつ、正門を蹴り飛ばそうと片足を掲げ、
「ふぅん……先客ねえ……」
パーカーを羽織りなおし、静かに扉を開いた。
外の状態と同じく、中も酷い有り様だった。
割れたステンドグラス。
朽ちた長椅子。
埃っぽい空気に軽く咳き込みながら、杏子は礼拝堂の傾斜を上っていく。
彼女が腐った板を踏み抜いた音で、さすがに先客も杏子に気づいたようだ。
「あっ」
「礼拝なら余所をあたりな。
ここじゃ、いくら待っても神父はこないよ」
杏子の冗談に、先客――さやか――はクスッと笑って、
「遅かったね、杏子」
「あたしのことを待ってたのか?」
「うん。杏子なら絶対、ここに寄っていくと思ったんだ」
「よくこの場所が分かったね?」
「あたしなりに調べたの。
かなり苦労したよ、ここまで辿り着くの」
「あははっ、だろうね……。
にしても、中で待ってたなんて度胸あるなー、さやかは。
この教会、見た感じはまんまお化け屋敷じゃん?」
「最初は怖かったよ。
でも一度中に入ったら、なんていうか、温かい感じがしてさ。
この朽ち果てた感じが、逆に風流っていうか……」
「物好きだね、あんたも」
「うるさいなーもー」
他愛のない会話をしながら、杏子は歩を進め、階段の最上段に腰を下ろした。
左隣に、さやかが座る気配がする。
「………」
「…………っ」
小さな沈黙があり、体の一部に視線を注がれている感覚があった。
杏子はそれを振り払うように言った。
「さやかと上條恭介は、あの日、ちゃんと逃げてたのか?」
「……うん。いくらきちんとした造りの病院でも、何があるか分かんないからさ。
一時退院して、って恭介に頼むあたしを、
お医者さんも、恭介の家族も、奇妙な目で見てたけど……恭介だけは、信じてくれた。
だからあの日はずっと、恭介の家にいたよ」
あの日。
ワルプルギスの夜が出現し、現実世界への影響として、大地震が起こった日。
「結局、病院に被害はなくて、退院した意味はなかったんだけど、
みんなには感謝されるし、エスパー扱いされるしで、今はちょっと困ってるの」
「ははっ、そりゃ傑作だね」
「もうっ、笑い事じゃないし……」
さやかは声のトーンを落として言った。
「ねえ……おかしいと思わない?
もしもワルプルギスの夜を放っておけば、
被害はもっと大きくなって、もっとたくさんの人が死んでたかもしれないのに、
あたしやまどかの他の、誰も杏子たちが頑張ってたことを知らない。
誰も杏子たちに、感謝しないなんてさ」
「あたしは誰かに礼を言われるために、魔法少女をやってるわけじゃないよ」
「……杏子がそうでも、あたしは納得できない。
だって……あの戦いのせいで、杏子の腕は……」
杏子は垂れ下がった左袖を右手で掴むと、
袖の先端でぺしぺしとさやかの頬をビンタした。
「ちょっ、何すんのよ!?」
「辛気臭い空気はあんたに似合わないよ、さやか。
第一、なんであたしが気にしてないことで、あんたがクヨクヨしなくちゃならないのさ?」
「気にしてないなんて、嘘でしょ?」
「本当さ。実際、左腕がなくなっても、だいたいのことは自由にできるもんさ。
利き腕がなくなったらそりゃあ一大事だろうが、あたしの場合は、こっちが利き腕だしね」
杏子は右腕をグルグル回して見せる。
「左腕はもう、治らないの?」
「これくらいの怪我になると、かけるのは治癒じゃなくて、再生の魔法になる。
必要な魔力は桁違いだし、中途半端に生やすのも気持ち悪いから……しばらくは放置するつもりだよ。
最悪の場合は、再生の魔法でも元に戻らないだろうけどね。
その時は大人しく義手をつけるさ」
「そんな……」
「だから、どうしてさやかが落ちこむんだい?
心配してくれるのは嬉しいけれど、
あたしは本当に、そこまで左腕に未練があるってワケでもないんだよ。
隻腕の魔法少女ってのも、なかなかカッコいいと思わないか?」
「バカじゃないの」
湿った笑い声を上げて、目の端を指で拭うさやか。
杏子は傍らの紙袋から、リンゴを一つ取り出して言った。
「くうかい?」
「………うん」
ここでくうかい入りました
176:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 20:20:38.13:K8kc1u+Po「どうだい、味は?」
「美味しい。すっごく美味しい」
「だろ?
やっぱりリンゴは、そのまま囓るのが一番美味い食べ方だよな」
それからしばらく、しゃりしゃりという小気味良い音が響いた。
さやかが半分ほどリンゴを食べ、
杏子がその間に二つリンゴを食べた頃、さやかが言った。
「杏子は、この街を出て行くんだよね?」
「あむっ」
杏子は最後に豪快に一囓りして、芯をポイと投げ捨てると、
「一つの街に、三人も魔法少女は要らないからね。古巣に帰るのさ」
結局ほむらは、今のポジションから退かなかった。
立派な契約違反だが、文句を言うつもりはない。
むしろ『見滝原市に留まらないか』というマミからの申し出を、杏子が辞退したのだ。
「あんたはやっぱり、グリーフシードのためだけに魔女を狩るの?」
「ああ」
「…………」
黙り込み、落ちこんださやかの表情を見て、杏子はカラカラと笑った。
「馬鹿だね、さやかは。
今のあたしには、余裕がないんだ。
見境なしに魔女に喧嘩をふっかけてたら、すぐにソウルジェムが真っ黒になっちまう。
だから、最初の一体を狩るまでは、前と同じようにやるしかない。
それくらいは、目を瞑ってくれてもいいだろ?」
「じゃあ、その後は……」
「市民の平和と安全を守る、正義の魔法少女に戻るさ。
いや、正義の隻腕魔法少女だね」
おどけた口調は、杏子の照れ隠しだった。
きっかけは、さやかに自分の過去を語ったことだった。
自分がなぜ魔法少女になり、なぜ自分のためだけに魔法を使うようになったのか。
それを思い出したことで、彼女は同時に、初志を取り戻したのだった。
「杏子」
「ん、なんだい……?」
名前を呼ばれ、顔を横に向けた杏子を、さやかがぎゅっと抱き締める。
「……な、なな、なんのつもりだよ、さやか」
「んー……したくなったから、してるだけ」
「あ、あた、あたしは男じゃないんだぞ」
「女の子同士で、抱き合ったらおかしいの?
あたしはまどかとも、よく理由もなく抱き合ってるけど」
「………」
杏子の顔が、紙袋のリンゴのように赤く染まる。
手を繋ぐだけで気恥ずかしさを覚える彼女にとって、
上半身を密着させる行為はハードルが高すぎたのだった。
「も、もういいだろ。勘弁してくれよ」
「ぷっ、変なの」
杏子の弱点発見~、と実に嬉しそうにさやかは言って、抱擁を解いた。
しばしの静寂があって、
「次は、いつこっちに戻ってくるの?」
「さあてね。
たまに顔を見せないと、マミのやつがうるさいから、
一ヶ月に二回くらいは、こっちに顔を出そうと思ってる」
「そうなんだ」
「なんでそんなことを聞くんだい?」
「そりゃあ、またあんたに会いたいからに決まってるじゃん」
「あ、会ってどうするんだよ……」
「どうするって、おかしなこと言うんだね。
友達が集まって、することなんて一つでしょ?
普通に遊ぶの。まどかや、マミさんや、転校生も一緒にさ」
「…………」
目頭が熱くなるのを感じて、杏子は顔を背けた。
誰かに友達と認められて、遊びに誘われたのはいつ以来だろう。
ミッションスクールに通っていた頃には、彼女にも友達と呼べる人間が何人かいた。
しかし神父である父親が、教義にないことをミサで話すようになると、みんな彼女から離れていった。
そのことで父親を恨む気持ちはなれなかった。
代わりに、友情の薄っぺらさを胸に刻みつけた。
もう友達なんて欲しくない、そんなものはあたしに必要ない、と言い聞かせた……。
「どうしたの、いきなり黙っちゃってさ」
「……なんでもないよ」
「そう?……あっ、あたし、良いこと考えちゃった」
さやかはにわかに立ち上がり、
半分残ったリンゴを左手に持ち、右手を杏子に差し出して、
「どうせなら、今から遊びに行かない?」
「い、今から?」
「うん。一ヶ月に二回って、よく考えたら頻度少ないし、
かといって、あたしの都合で会いに来てー、なんて言えないしさ。
こうやって杏子と会える時間って、結構貴重だと思うんだよね」
「あ、あたしは別に構わないけど、どこに行くんだよ?
あたしの知ってる遊び場なんて、ゲーセンくらいだぞ」
「じゃあ、途中で寄ろっか。
でもその前に、服、買いに行かない?」
「服?」
「あんた、いつもそのパーカとショートデニムでしょ?
ちゃんと洗ってるの?着の身のままだと、カビちゃうよ?」
「う、うるせーなあ。ちゃんと洗ってるっつうの。
人の服を汚いものを見るような目で見るなってんだ……」
杏子は上目遣いになって言った。
「なあ、本当に行くのか?」
「なあに?あたしと遊ぶのが不満なの?」
「や、服を買うなんて、随分久しぶりだからさ。
あたしは流行りにも疎いし、その……」
「大丈夫だって。あたしが超可愛い服選んであげるから。
杏子は着せ替え人形みたいに、じっとしてればいいの」
血溜まりスケッチがひだまりスケッチになっていく…!
196:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2011/04/10(日) 21:51:26.25:5HVTVCyAOやべぇ杏子マジでかわいい
199:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/10(日) 22:03:10.34:K8kc1u+Po「その超可愛い服ってのは勘弁してくれよ。
あたしはどっちかっていうと、ボーイッシュな服が好みなんだ」
「えー、似合うと思うんだけどなぁー。
髪下ろして、スカート穿いたら、お嬢様みたいになったりしてさ」
冗談じゃねえ、と嫌な予感を覚えつつも、
杏子は右手で、さやかの右手を掴んだ。
「……あんたのセンスを任せるよ。今日はよろしくね、さやか」
「さやかちゃんに任せなさーい。
ま、大船に乗ったつもりで着いてきて」
そのとき、杏子はふと、今日の曜日を思い出した。
おいおい……さやかのヤツ、まさか……。
「あんた、今日、学校は?」
「ん?サボったよ」
「……何やってんのさ」
「学校の授業よりも、杏子に会うことのほうが、
あたしの中の優先順位が上だったってだけ。
あんた、黙って行っちゃうつもりだったんでしょ」
「この不良」
「あははっ、杏子にだけは言われたくないねー」
軽快な足取りで階段を駆け下りるさやか。
杏子は苦笑して、その後に続いた。
教会を出る前に、一度だけ振り返る。
もう、ここに戻ってくることはないだろう。
父親と母親と、小さな妹に別れを告げて……杏子はさやかの元へ歩き出した。
◆◇◆◇
夢を、見ていた。
微睡みから覚醒していくにつれて、夢の記憶は失われていく。
少女は唇の端で食べていた長い髪を摘み取り、
ふと、喉の渇きを覚えてベッドから身を起こした。
まるで水中をゴーグルなしで泳いでいるかのような、
何もかもが曖昧な世界は、彼女が眼鏡をかけた瞬間に輪郭を取り戻す。
彼女は水差しから、コップに半分ほど水を注ぎ、
銀色のタブレットケースから三種類の錠剤を取り出した。
「んっ……」
口の中に放り込んで、一度に飲み下す。
彼女は先天的に、虚血性心疾患を抱えていた。
激しい運動や、継続した興奮状態は、彼女にとって文字通りの命取りとなる。
これまでにした入退院の数は、片手の指では数え切れない。
半年前に酷い発作が彼女を襲い、長期入院を余儀なくされたとき、
彼女の両親は見滝原市への移住を決めた。
綺麗な海に面し、緑に恵まれた都会が、娘の良き静養地になると考えたからである。
彼女はドレッサーの前に座ると、
丁寧に櫛を通してから、髪を編み始めた。
手順は両手が覚えていた。
物心ついた頃から、ずっとこの髪型だったのだ。忘れようもない。
鏡の中の、赤ぶち眼鏡をかけ、髪を三つ編みにした、見るからに気弱そうな少女と視線があった。
彼女が微笑むと、鏡の中の少女も微笑んだ。
彼女は藤色のパジャマを脱ぎ捨て、見滝原市立中学校の制服に袖を通した。
こうして彼女の一日が始まった。
高く澄んだ蒼穹。
小止みない小鳥の囀り。
目も綾な木漏れ日の模様。
そんな何気ない日常の一瞬を切り取りながら、彼女は通学路を歩いて行く。
時折、ゆったりとした歩みの彼女の隣を、
同じ学生服を着込んだ同性のグループや、カップルが追い越していった。
彼ら、彼女らの背中を見送りながら、しかし、少女の歩調は変わらない。
通学路の中程、小川の走る自然公園で彼女は立ち止まった。
整った顔立ちに、ウェーブがかった髪を湛えた志筑仁美と、
セミロングの髪を小ぶりなツインテールにした、鹿目まどかが振り返り、
「お待ちしていましたわ、暁美さん」
「ほむらちゃん、遅いよぉ!」
彼女――暁美ほむら――は頬を掻きながら言った。
「おはよう」
挨拶するだけで、自然と笑顔が零れてくる。
仁美は人差し指を顎に当て、辺りを見渡しながら、
「遅いですわね、さやかさん。いつもは一番乗りですのに……」
「さやかちゃんは、今日、学校休むって」
「まあ!」
「何か、大切な用事があるみたいだよ」
その用事が何なのか、ほむらは知っていた。
美樹さやかにとって、恩人であり、友人でもある少女を見送るため。
二人と連れ立ち、他愛もない会話をしながら歩いていると、
明るい色の巻き髪が目立つ、上級生の後ろ姿が見えた。
「あっ、マミさんだ!」
大きな声で名を呼び、手を振るまどか。
ほむらも思わずその後に続きかけ、仁美の咳払いに、顔を赤くする。
「みんな、おはよう」
巴マミの向日葵のような笑顔には、よく目を凝らせば、若干の翳りがあった。
「マミさん、クマができてる」
ズバリと言ったまどかに、マミは目の下を指で擦りながら、
「ああ、やっぱり分かっちゃう?
昨日はついつい夜更かししちゃってね……。
熱くなりすぎないように気をつけないと。ねえ、暁美さん?」
「そ、そうですね」
「巴先輩と暁美さんは、昨晩、一緒にいらっしゃいましたの?」
「えっと……それは……」
答えに詰まるほむらと、ふふっ、と妖艶に息を漏らすマミ。
仁美は疑惑の目で二人を見つめ、何を勘違いしたのか、
「経験のない暁美さんに、巴さんが優しく手解き……。
ああっ、いけませんわお二方、女の子同士でなんて!
それは……それは禁断の恋のかたちですのよ~!」
とヒステリックに叫ぶや、走り去ってしまった。
お薬出しておきますねー
248:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/11(月) 21:08:44.64:1QPrNnlCo学校についてからのことが思い遣られる。
ほむらは誤解の発端を責めるべく、わずかに頬を膨らませて言った。
「全部、マミさんのせいですからね」
「うふふ、ごめんなさい。
でも、眼鏡をかけた暁美さんを見ていると、つい虐めたくなっちゃうのよ……」
じりじりと詰め寄るマミ。
「そ、そんなの、理由になってません」
立ち竦むほむら。
草原で出会った獅子と兎のような二人の間に、まどかが割って入り、
「ほむらちゃんを虐めちゃダメですよ、マミさん」
「あ、ありがとう、まどか……」
まどかは満面の笑顔で振り返り、
「ほむらちゃんを虐めていいのは、わたしだけだもんね~?」
「もうっ、まどかまで……」
「あははっ、冗談だよぉ!」
三つ巴にじゃれ合いながら、通学路を駆ける。
もちろんほむらの心臓を慮り、マミもまどかも、加減を心得ていた。
穏やかで、安らかで、幸せな時間が流れていく。
ともすれば身も心も溶けてしまいそうな幸福感の中で、
しかしほむらは"最後の時"を、心象の果てに見据えていた。
ワルプルギスの夜を倒し、
ほむらが仲間の殺害を断念し、
彼女自身の死をまどかが食い止めてから、しばらくして。
『実に見事な戦いだったね』
瓦礫の頂に実体化したキュウべえは、四人を見下ろすようにして言った。
『時間の牢獄から解放された気分はどうだい、暁美ほむら』
『てめぇ……よくもあたしたちの目の前に、ノコノコ出てこられたもんだな?』
右手に槍を構えた杏子を、ほむらは目線で制止し、
『あなたの目的は、なに?』
『そう殺気立たないでもらいたいね。
僕はただ、話をしにきただけさ。
君たちは今や生ける伝説だよ。
何と言ったって、あのワルプルギスの夜を倒したんだ』
『光栄の至りだわ』
『"時間操作"の魔術と現代兵器の組み合わせは、僕が想定していた以上に強力だった。
いや、それだけじゃない。君はあの魔女の弱点となる部位を知り尽くしていた。
まるで、何度もあの魔女と戦ったことがあるみたいにね』
『…………』
『事実、そうなんだろう?
時間の"遡行"こそが、君の主な能力だ。
"停止"は副次的なものに過ぎない。
君は約一ヶ月前を始点に、ワルプルギスの夜を終点にして、同じ時間を繰り返してきた』
キュウべえの推測は的を射ていた。
ほむらの盾は、精確に言えば巨大な腕時計であり、
さらに精確に言えば、特殊な砂時計だった。
砂時計を反転させると一ヶ月分の時が巻き戻され、
魔力を注いで砂の流れを止めることで、時の流れも静止するのだ。
『君の目的は鹿目まどかを魔法少女にさせないことだった。
それがどれほど艱難な道だったか、僕には想像もつかないよ。
何度繰り返したか、君自身、覚えていないんじゃないかな』
『ねえ、ほむらちゃん……キュウべえの話、本当なの……?
ほむらちゃんはわたしのために、何度も何度も、同じ時間を繰り返してきたの……?』
『いつか……いつか全部、話すから』
ほむらは優しくまどかに言って、再びキュウべえを睨み付けた。
『それで……あなたは結局、何が言いたいの?』
『まだ分からないのかい?
僕は君に、おめでとう、を言いにきたのさ。
君の目的は遂げられた。
鹿目まどかが魔法少女になる可能性は、今や完全に失われた』
『やけにあっさりと負けを認めるんだね?』
訝しげな杏子の言葉に、キュウべえは首を傾げて、
『元々は僕自身が蒔いた種だからね。
恐らく別の時間軸の僕は、暁美ほむらに時間を遡らせることで
鹿目まどかの魔法少女としてのポテンシャル、延いては感情エネルギーを、
最大限に引き出すことが出来ると考えたんだろう。
先輩としての巴マミ、親友としての美樹さやか、甚大な被害をもたらすワルプルギスの夜……。
まどかが強い祈りを捧げるファクターは、十分に揃っていた』
『でも暁美さんは……諦めなかったわ……。
残念だったわね、キュウべえ……あなたの目論見どおりに……いかなくて……』
『僕の見込みが甘かったことは認めるよ、マミ。
けれど今回の出来事で、僕は貴重な経験を得ることができた。
見方を変えれば、それを今後の契約に役立てられる、と考えることもできる。
まどかを魔法少女にできなかったことは、確かに残念だ。
が、それはあくまで、効率性の観点から見た場合の話さ。
まどか一人から莫大なエネルギーを得ることも、
平凡な魔法少女から少しずつエネルギーを集めることも、長い目で見れば同じだからね』
『そんな話をベラベラ喋っておいてさぁ、
あんた、ここから生きて帰れると思うのかい?』
キュウべえは唇を三日月型に歪めて言った。
『無駄だよ、杏子。
僕……いや、僕たちインキュベーターは、偏在する。
たとえ僕が死んだところで、別の個体が僕の記憶を引き継ぎ、活動を続けるだろう』
杏・・・子・・・?
261:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/11(月) 22:47:15.15:y4sXKjNIO>>260
どうした?今はワル夜戦直後の会話だろ
262:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県):2011/04/11(月) 22:48:18.46:5GurDmo60どうした?今はワル夜戦直後の会話だろ
あ、これ回想か
274:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/12(火) 00:36:07.18:utiwWf6Ioマミは脇腹を押さえながらも、嘲笑うかのような口調で言った。
『それをわたしたちが……黙って見ていると思う……?
ふふっ……全力で……邪魔してあげるわ……』
『具体的には、どうやって?』
ほむらが言った。
『わたしたちは他の魔法少女に、魔女化の運命を伝える。
あなたが契約を持ちかけた人間に、あなたの正体が悪魔だと知らせる。
情報は魔法少女から魔法少女へ、人から人へ伝わるわ。
真実を知る者の輪は、加速度的に広がるでしょうね。
ソウルジェムがグリーフシードにならなければ、
魔女は魔法少女に狩られるだけの存在となって、いずれ完全に消滅する』
『理想を掲げるのは勝手だが、とても現実的ではないね。
たとえ君たちに同調する魔法少女が現れても、
彼女たちの全員に、魔女化の前に自害する覚悟は持てないだろうし、
たとえ僕の目的を知っても、奇跡を望む人間は絶えないだろう』
『あなたが思っているほど、人間は愚かじゃない。
いいように利用されていると知って黙っているほど、人間は甘くない。
魔法少女でいる限り、わたしは新たな魔法少女と、魔女の根絶を諦めない。
そして少なくとも今ここには、わたしと同じ考えの魔法少女が二人いるわ』
力強く頷く、マミと杏子。
『そうかい。
そこまでの覚悟があるなら、これ以上が僕が言うことは何もないよ』
『なら、消えなさい』とほむら。
『見逃してやるのは今回だけだ。次に見かけたら殺す』と杏子。
『二度と会うことが無いことを祈ってるわ……』とマミ。
キュウべえは溜息を吐いて、
『僕もずいぶんと嫌われたものだね……。
けど、君たちは魔法少女として、これまでにないまったく新しい選択をした。
その結果がどうなるのか、非常に興味深いところだ。
次に会えるときを楽しみにしているよ、暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子。
そして……さよなら、鹿目まどか。
君と会えて、良かったよ。美樹さやかにもよろしくね』
キュウべえの体が透けていき、やがて、何も見えなくなる。
そうして、一つの物語が終わり――。
――新たな戦いの系譜が、幕を開けた。
「ここまでね」
正門をくぐり、校舎に入ったところでマミが言った。
学年が違うほむらとまどかは、ここでマミと別れることになる。
「マミさん、今日は一緒に帰れますか?」
「うーん、クラスの用事があるから、
たぶん、鹿目さんたちの方が早く終わると思うわ。
待たせるのも嫌だから、今日は別々に帰りましょう?」
「えー……」
「また明日、一緒に帰ればいいじゃない。
そうそう、この前行きつけのお店で、珍しい茶葉を買ったの。
明日は帰りにケーキを買って、みんなでお茶会をしましょ?」
「本当ですか?やったね、ほむらちゃん!」
「うんっ」
それじゃあ、と別れの言葉を交わし、
マミと二人はそれぞれの道に歩き出す。
しかし数歩進んだところで、ほむらはマミに呼び止められた。
「暁美さん、ちょっと」
駆け寄ったほむらに、マミはこっそりと耳打ちする。
「今日の活動は、夜の七時からにしてもらえる?
さっきも言ったけど、クラスの用事が長引きそうだから……場所はいつもの自然公園ね」
「はい、分かりました」
と頷き、ほむらは何気ないふうを装いながら、まどかの元に戻った。
「なんだったの?」
「髪に糸くずがついてたみたい。
後ろから見えて、放っておけなかったんだって」
「そうだったんだぁ。わたしには内緒の話かと思っちゃった」
即席の嘘に、まどかは純真無垢な笑顔で騙されてくれる。
マミの言った『活動』という言葉の中には、複数の意味が込められていた。
魔女退治はもちろん、
他の魔法少女とのコンタクトや、
キュウべえに契約を迫られている少女の探索。
やるべきことは、山積している。
ほむらが近視で脆弱な心臓の持ち主に戻ったのは、
ソウルジェムが少しでも濁らないようにするための、彼女なりの努力だった。
眼鏡やリボンを外し、フィジカル・エンチャントを発動するのは、彼女が魔女と対峙した時だけだろう。
またワルプルギスの夜を倒した日から、彼女は"時間停止"の能力を使えなくなった。
あの日以来、彼女の砂時計は反転をやめた。その必要がなくなったからだ。
切り札を失った彼女は、しかし、それがなくても魔女と戦う術を確立していた。
それはたとえば、過去に山と盗み出した銃器類であったり、
自作の爆弾であったりと、相変わらず魔法ではなく科学に頼ったものだが、
魔女に効くなら何でも同じ、というのが彼女の哲学だった。
マミと共に活動を始めて五日、倒した魔女は三体、得られたグリーフシードは一つ。
コンタクトが取れた別の魔法少女は一人で、出だしはまずまずといったところ。
ワルプルギスの夜による震災の影響で、
見滝原市では一時的に、魔女の活動が活発化しているようだった。
しばらくは見滝原市界隈で活動を続けることになりそうだが、
街がある程度の落ち着きを見せれば、遠征することもマミや杏子と計画している。
杏子はしばらくは元の縄張りに戻り、
月に一度か二度は、見滝原市街地に顔を出すと言っていた。
その時はまたほむらの家が、彼女の寝床になることだろう。
いや、さやかの家に泊まることを勧めてみるのも面白いかもしれない……。
「――ちゃん、ほむらちゃん!前、前っ!」
「えっ?」
爪先が何かにぶつかる感触があり、続いて額に激痛が走った。
尻餅をついた状態で、ずれた眼鏡をかけ直すと、
そこには見落としようもないほどの大きな柱が立っていた。
「ああ、またやっちゃった……」
と涙目のほむらの元に、まどかが駆け寄ってきて、
「だ、大丈夫?」
「うん、いつものだから」
「ふふっ、おかしいよね。
ほむらちゃん、眼鏡外してるときはすっごくカッコいいのに、
眼鏡をかけた途端、超ドジッ子になっちゃうなんてさ」
「仕方ないでしょ……自分でもどうしてこうなっちゃうのか、分からないの。
それに眼鏡をかけてても、やるときはわたし、やるんだからね」
「ごめんごめん。さ、そろそろ行こ?
みんなほむらちゃんのこと見てるよ」
ほむらは今更になって、登校時間の混雑の中、
他の生徒の視線を一身に集めていることに気づく。
誰も彼も自分のことを笑っているような気がして、慌ててまどかの手を取った。
「赤くなってるほむらちゃんもかーわいい」
「も、もうっ……からかわないで。
ねえまどか、手、もう離しても大丈夫だよ」
「教室に着くまで、握っててあげる。
ほむらちゃんが壁にぶつかったり、転んだりしないように」
「……恥ずかしいよ」
と言いつつも、まどかの手を振りほどけないほむらだった。
手の中の温もりが、嬉しくて、愛おしかった。
わたしは今、永遠の迷路の中で恋い焦がれていた未来に立っている。
いつまでも続く幸せじゃない。遅かれ早かれ、終わりはやってくる。
でも、一つだけ分かっていることがある。
わたしが魔女になるのは、他の魔女と共にグリーフシードが絶滅し、
ソウルジェムが穢れを、どこにも移せなくなったときだけ。
暗い未来に絶望して、ソウルジェムを濁らせたりなんかしない。
だってわたしは、一人じゃないから。
心強い仲間と、大切な親友が……いつでもわたしの隣を歩いていてくれるから。
ほむらはまどかと手を繋ぎながら、ゆっくりと階段を上り始めた。
Fin
ありがとう
面白かった!
289:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県):2011/04/12(火) 03:16:22.67:uZDq4245o面白かった!
すばらしかった!
超乙!
290:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県):2011/04/12(火) 03:17:21.08:fsTnu6xB0超乙!
いつかは死ぬことになっても、それは負けじゃないんだな
292:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/04/12(火) 03:24:17.53:utiwWf6Ioこれにて終わりです
このSSはこれまで一人称視点の文章しか書いてなかった俺にとって
初めて三人称視点で書いた作品でもありました
なので読んでいて違和感を感じた方にはごめんなさい
あと細々とした文法・漢字ミス、ストーリーの矛盾も見逃してやってください
ほむほむの銃や爆弾関連の知識はwikipedia等から引用しました
ミリタリー関連の知識が深い人には失笑モノの描写だったかもしれません
俺が今までに書いたのは
ポケモンの二次創作
・ピカチュウ「昔はよかった……」シリーズ
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの二次創作
・京介「俺の妹がこんなに可愛いわけがない 8?」 シリーズ
の二つです
暇つぶしにでも読んで頂ければ嬉しいです
俺いもの方はまだ完結させてないので頑張らないといけない
でもまどマギSSが面白いのでまた浮気してしまいそう
ではまた、VIPのどこかで
293:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/04/12(火) 03:24:56.25:uqB6ynWOoこのSSはこれまで一人称視点の文章しか書いてなかった俺にとって
初めて三人称視点で書いた作品でもありました
なので読んでいて違和感を感じた方にはごめんなさい
あと細々とした文法・漢字ミス、ストーリーの矛盾も見逃してやってください
ほむほむの銃や爆弾関連の知識はwikipedia等から引用しました
ミリタリー関連の知識が深い人には失笑モノの描写だったかもしれません
俺が今までに書いたのは
ポケモンの二次創作
・ピカチュウ「昔はよかった……」シリーズ
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの二次創作
・京介「俺の妹がこんなに可愛いわけがない 8?」 シリーズ
の二つです
暇つぶしにでも読んで頂ければ嬉しいです
俺いもの方はまだ完結させてないので頑張らないといけない
でもまどマギSSが面白いのでまた浮気してしまいそう
ではまた、VIPのどこかで
超おつ
295:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸):2011/04/12(火) 03:27:03.19:Pd4zVeYAOアニメ本編なら二期できそうなエンド
何はともあれお疲れ様でした
こんな素晴らしいSSに出会えて良かった
296:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県):2011/04/12(火) 03:29:21.90:O0e3mVxw0何はともあれお疲れ様でした
こんな素晴らしいSSに出会えて良かった
乙乙
今まで読んだまどかSSで一番面白かった
こういうENDいいなぁ
というか俺妹の人だったんだな
相変わらず公式かと思うようなクオリティだったわww
299:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋):2011/04/12(火) 03:41:59.23:8tUHEH1W0今まで読んだまどかSSで一番面白かった
こういうENDいいなぁ
というか俺妹の人だったんだな
相変わらず公式かと思うようなクオリティだったわww
すごくよかった
乙です
300:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/12(火) 03:42:08.40:SDSlY5KE0乙です
いやあ、泣いた
名作おつ
301:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県):2011/04/12(火) 03:50:02.85:N2uPkomN0名作おつ
あんたやっぱすげーよ乙
302:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/12(火) 04:08:51.48:++AwYO+M0いいもん見せてもらったよ
乙!
304:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2011/04/12(火) 05:16:59.94:6+nR6mjAO乙!
超乙なんだぜ
すっげえ面白かったよ
307:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/04/12(火) 06:34:30.20:Oft3CEQJoすっげえ面白かったよ
大層乙だった
素晴らしいクオリティで文句なし
308:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/12(火) 06:47:32.03:jxTJ2fdIO素晴らしいクオリティで文句なし
初めはこんなスレになると思ってなかった
超面白かった乙
312:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海):2011/04/12(火) 07:32:33.28:zGXxHHwAO超面白かった乙
何か連載を追いかけてるみたいで楽しかった!
またどこかで会えることを祈ってます
今日はいい夢が見れそうだ
318:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/12(火) 08:29:12.41:xtOsydAIOまたどこかで会えることを祈ってます
今日はいい夢が見れそうだ
乙、面白かった
次のSSで出会える日を待っているよ
次のSSで出会える日を待っているよ

コメント 24
コメント一覧 (24)
ていうか、俺妹の人相変わらず上手いな
もうこれ二期でやっちゃえよw
とにかく感動した!>>1GJ!
綺麗な終わり方で感動した
原作が虚淵の時点で絶対こうはなりそうに無いけどなwww
描写がガチすぎる
最高でした
またこの人のは読みたいね
俺妹の完成度もすごいし、作者のファンになりそう。
いや、むしろそうであって欲しい。
IFのまどマギとしては、これが最高のハッピーエンドだと思うわ。
即興でよくこんなの書けるわ
本編も良かったけどこっちの終わり方が俺の好み
脳汁ヤバい。公式で映画かOVAにしてくれ・・・・!!
確か学生だったよな・・・
今までこういった予想図系のまどマギSSを読んできたが
こんなに好きで後味のいい終わり方は他にない
戦いのシーンも細かく書かれているので
長くても飽きず爽快感だけが続いた
素直に感動した。最後の最後まで諦めない、彼女達の力強さがとても感じとられた
良い作品がかける方のものは元ネタが変わろうともおもしろい。
そして、タイトルとセリフの使いどころが何より素晴らしい。