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1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 00:27:51.35:K/ROQ2RE0
人間の寿命が他の動物よりも極端に短い設定で誰か書いて
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2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 00:28:22.89:FqKrhEUC0
「なんかね、そんな風に猫に云われた気がしたのです」
私が子を産んで三ヶ月が経ったある日。義娘がそんな呟きを漏らした。
「だって、おかしーじゃないですか。自分の子なのに……」
私は今、17歳。
この国の女性は、16歳で法定再生産年齢を迎え、第一子の懐妊が義務付けられると同時に、13歳の後見義娘を受け入れる。
何しろ20歳で死んでしまうので、我が子は長くとも3歳ほどまでしか世話をできない。
この子も昨年に来たのだった。私の元で我が子を育てるのはこの子。
私も今は亡き義母の子を与っており、今は4歳。6歳になると一人暮らしが義務づけられているため、ちょうど死ぬまで面倒をみる形で。
9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 01:08:56.16:A2Il00PV0
「猫だってそのぐらいだよ。私達が近付いたんじゃないかな」
「猫の寿命は延びたのに、人間さんの寿命はひどく縮んでしまった。ふこーへーですよ」
むくれて義娘が云った。
「そうだね」
そう。そうとしか言いようがない。私達は長生きし過ぎてきたのかもしれないけれど。
やっぱり、理不尽に思われてしまう。もっと、生きたい。
「義母ぁさんは、はやくつくろうとは思わなかったのですか」
13、4歳の早産に敢えて踏み切る女性もいることを言っているのだろう。
我が子と長く居たいためにそうする場合もあれば、あるいは若くしてセックス溺れてそうなる場合もあり。
母体への危険から奨励されないだけで、違法と言うことにはならない。
「怖がっていたら、いつの間にかこんな歳になっていたわ」
今でも正直、母という感じがしない。まだまだ、やりたいこともあった気がする。
けれど、流れ流され、後見義娘として子育てに励み、いつの間にかもう"法再齢"だった。
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 01:32:53.02:A2Il00PV0
「貴方、もしかして。早産するつもり……?」
まだ一年の付き合いだけれど、この子も私の娘で。
「相手がおりませんよ。それに義母ぁさんの子もいるのに、余裕もないです。ただ、不思議だなーって」
「……そう、良かった。不思議、ホントに」
胸の内の心配が安堵に変わる。
「大変だろうけれど、よろしくね」
「はい。でも大変なのは義母ぁさんですよ。男の子ちゃんでしたから。また産まないと」
懐妊義務は女子を産むまで続く。私は落ち着き次第、新たに子を授からなくてはならない。
「いいことじゃない?私をもっと、この世に残しておける」
「そう、ですけど。身体は大事です、……義母ぁさんがこの世を去っては本末転倒ですよ」
そう呟いて、伸びをする義娘。心配してくれているらしい。
「ふふ、ありがと」
隣の部屋から義母の娘――義妹の声がした。お昼寝から目覚めたのだろう。
「あ、私がいきます」
初産以降、少し体調を崩していた私に代わって、この子はよく尽くしてくれていて。
良い義娘に恵まれない人もいるなか、私は救われていた。
13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 01:50:01.84:A2Il00PV0
あの子が不思議といったこと。
どうして人間は20歳で死んでしまうのか。
かつては、齢百を超えて生きていたというのに。
"そういうものなのだ"と刷り込むべく国は必死で。随分と情報統制がなされた。
今では自論を説くだけでも犯罪者になってしまう。
私より上の世代でも真相を知る者は半分くらいだろうか。
誰が悪いのかは分からない。
災いを災いとして見れなくなっていたのかもしれない。
いつしかこの国は毒に満ちていた。
いつの間にか私達は毒に染まっていた。
そんなことを義母さんが云っていた。
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 02:19:23.10:A2Il00PV0
「本当に相手いないの?」
夕食後にそんなことを聞いてみた。
義妹はたらふく食べたためか、すでに寝息を立てている。よく寝る子。
「なんですか、おりませんよ。男そのものが好きじゃないですし。義母ぁさんが不思議ですよ」
食卓を囲むのは基本的に女だけ。
少子化に伴い男性に課される役務は増え、ある家庭に定住する男というのはほとんどいない。
再生産の時ばかりは女性とかつての家族や恋人といった何かを演じることもあるが、基本的には二、三兼業した社会的役割に追われ日々を営む。
「まあ、仕方ないからね」
我が家も典型的な"家庭"であった。息子を授かる時も、お見合いでレベルの合いそうな男性にお相手頂いて、そのまま懐妊。
妊娠促進薬を用いたからでもあるが、どうにもさらっと、事は進んでいった。
なのでセックスの良さは私には分からない。少々の苦痛を伴う子作りの作業でしかなかった。
17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 02:28:47.81:A2Il00PV0
「私もそうなるんですかね」
呟いて、義娘は輸入水で淹れたダージリンを一口啜る。
「好きにすればいいと思うよ。ままならないことばっかりだから」
そして、分からないことばかりだったから。
「好きに?」
「そう。私なんてぼーっとしてて、いつの間にか、って感じだけど。貴方まだ時間があるもの」
迷ってしまうばかりの時間でなく。
「対して変わらないですよ、義母ぁさんも。義母ぁさんですけど」
「ふふ。でも、"法再齢"までの3年は大きい気がするかな」
この子らしい時間を過ごしてくれたら。
「ぜーんぶおっきいですよ。あっ、という間です」
「そう。それが分かるなら上出来」
「……うぅ。難しい。好きに、かぁ」
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 02:58:28.86:A2Il00PV0
それから二年が経った。
私は遺伝子操作された精子を体外受精し、第二子として、女子を授かっていた。
義妹は6歳になり私の元を去っていた。公営施設で学問の研鑽に励んでいる。
義娘は法再齢を迎え自らの義娘を選んだ。私から見れば義孫ができたことになる。
いよいよ私も死期が近い。
身体もまだまだ動くというのに。実感が湧かない。
「この時期はやっぱり葬儀が多いみたいですね」
義孫がラジオを聴きながら云った。
義務懐妊は役人の事務仕事なので、五月を迎えると機械的に処理していく。
結果として葬儀が増える時期も出てくる。
「ば、ばか。義母ぁさんになんてことを」
「あっ。……すいません」
それほど悪びれる様子もなく義孫が頭を下げた。義娘はそれほど娘に恵まれなかったのかもしれない。
「いいのよ」
と私が返す。返事はなく、そのままラジオの電源を切る義孫。食器籠を抱えて逃げるように洗浄場へ出掛けて行ってしまった。
「あらら、気を悪くさせたかな」
「すいません……後で云っておきます」
義孫よりも申し訳なさそうに手を合わせる義娘。
21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 03:09:59.86:A2Il00PV0
「本当にいいの。ちゃんと仕事はしてくれているんだし。貴方が良い子なのよ」
「すいません……うまくいかないですね」
「こんなもの、きっと」
家庭というものがそもそも幻想で。
近所の話でも良い話は聞いたことがない。
私もかえって気を遣ってしまって、家の内情を話せない程で。
「それに本当の話だし。同級生も7割くらいは逝っちゃった。私も近いかな」
「うぅ……」
「私が全然現実感ないのに、貴方の方が深刻そうね」
「そりゃそーですよ」
少し赤くなった双眸が私を見つめている。
「貴方は自分のことを考えないと」
「私のことは別じゃないですか」
「そうもいかないわ。法再齢だもの、ちゃんと子供を残さないとね」
そう投げかけるも、伏し目のまま義娘は黙っている。
「……どうしたの?」
23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 03:34:47.81:A2Il00PV0
「私。子供、いらないです」
「……国の保証がなくなる。暮らしていけなくなるよ」
「怒らないんですか……?犯罪者ですよ」
「悲しいだけ。貴方がそういう道を選ぶことが」
「悪いこと、ですよね」
「ううん。苦しいだろうから。4年てあっと言う間よ」
「知ってます。でも、子供は20年苦しむんです」
「そうとも、限らない。私達は後悔したかもしれないけれど。私は貴方といれて幸せだった」
「義理じゃないですか。親子じゃないじゃないですか」
「それでも」
「――はい、だから、血じゃないんです。私は義母ぁさんと出会えたから、幸せで」
「貴方の子も、そんな人を見つけるかもしれない」
「見つからない、かもしれない。それに、私、義母ぁさんがいないなら生きていたくない」
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 03:49:20.06:A2Il00PV0
「好きにしなさい。貴方が何としても私は逝くわ」
「……分かってます」
「じゃあ好きになさい。正直ね、私もつらいことしかなかったもの、子を産んでから。
実子に情も湧くけれど。誰の子でもないようで。
だけど3年少し、何とか生きてきた。
もし、これが苦しい時間なら。
同じ時間を貴方に与えたいとは思わないもの」
「苦しい時間なら……?」
「よく分からなかったの。自分の人生」
「……なんか、もっと、しっかりしてくださいよ」
「しっかり?」
「どうして。義母ぁさんが弱気だと。すごく不安で」
「私はいつだってこんな感じだった」
「違いますよ。義母ぁさんはいつも義母ぁさんだった」
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 10:22:31.39:A2Il00PV0
義娘は静かに言葉を紡いでいたけれど、駄駄を捏ねる子供のようだった。
我儘一つ云った事のないこの子。
だからこそ、抑圧された何かがあったのかもしれない。
「……私なんて、何も無かった」
モデルケースのような人生で。何かを得ようともしなかった。
「私も、です」
「ちゃんと忠告してあげたのにな」
「無理ですよ。後見義娘って忙しくて。何も考えてられなかった」
「そうね、私も。……私のせいかしら」
「そんなことはないです。楽しかった。でも、それしかなかった」
「じゃあこれから。好きになさい」
私は、逃避しているのだと思う。
自分でも分からなかったことをこの子に押し付けて。
何かを見つけてくれるような気がして。
「義母ぁさんの傍にいますよ」
「強情ね。私が逝ったら、後を追うの」
「犯罪者人生ですから。長居する理由、ないですよ」
48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 10:53:48.18:A2Il00PV0
義娘は冗談めいた口調で云ったけれど、嘘ではないように思えた。
「したくてもできないわ」
「だからこそ。義母ぁさんこそ何か、やり残したことはないのですか」
やり残したこと。そんなことばっかりの気もするけれど。
「何をすればいいか分からなくて」
「……意外です。さっきから、すごく」
「どうして。私なんていつも迷って、ウジウジして、生きてきた。貴方の前でも」
「でも。もっと、人生に期待しているようでしたから」
そうかもしれない。
「私は期待ばかりして、何も想像さえできていなかった」
「妄想に耽って。破滅していく人よりマシです」
「変わらないよ、きっと。……貴方はないの?やり残したこと」
答えに困って、私は疑問を振り返す。
「ないです」
即答だった。
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 11:21:05.27:A2Il00PV0
「本当に?」
「……死に際にやってみたいこと、ならありますけど」
「なになに」
促してみるも、義娘は躊躇うようにして口を噤む。
私には言い憚れることなのかと思う。聞くべきだろうかと思案を廻らしていると、
「……猫さんを撫でてみたいなって」
おずおずとそう呟いた。
53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 12:03:38.53:+vUEJcv+0
「壁の向こうに行くの……?」
居住区の向こう側。かつての悪意に満ちた世界。
「最期くらい触ってみたくて。モニター越しじゃなくて」
「……本当に、犯罪者になっちゃう」
「どっちみち一緒なら、同じです。出るぶんには簡単ですから。スラムの穴とか」
簡単と言うが、そう容易いことではない。
「……撫でて、それだけ?」
「のんびりしますよ。陽射しの下で。枯れ草に寝転んだりして」
「苦しいと思う」
人がどうなるのかは、知らないけれど。
「ころころしてる猫さん見てると、何だかいけそうな気がするのです」
「それは……」
「分かってますよ。だから、死に際、です。キャットフードになる覚悟です」
59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 13:44:23.28:A2Il00PV0
「何だかわくわくしませんか?」
義娘が見上げて云った。
「酷く、凄惨だと思う、実際は」
お気楽では、済まないはずだ。そう思いつつ、幾分感情の昂っている自分がいた。
「いいのです。猫さん撫でて、カメラ壊れるまでお外を撮り捲って、通信障害までデータを内側にリークして。
最期は、猫布団しで陽射しを避けながら、いたいなあ、くるしいなあ、とエンド。それだけですよ」
「それだけ……って」
「それだけです。終わったら、義母ぁさんのとこ、ちゃんと行きますから。オートマチックに」
この子は、思うよりもずっと、もがいていたらしい。
自分の死の意味を求めて。
「……私も、お供しようかな」
自嘲気味に微笑む義娘に申し出ると、吃驚が表情に滲んだ。
独りで行かせるわけにはいかなかった。
61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 14:13:48.33:A2Il00PV0
「何言ってるのですか。ダメですよ。義母ぁさんはもっと安らかに逝くべきです」
反発は案の定だ。この子はこういう時に頑固で。
「同じ言葉を返したいな。私も本当は許したくない。
でも、貴方が最後に見つけた好きな事ならいいかなって、そうも思う。
だから、折衷案。止めないから、一緒にいこ」
「ダメです」
「じゃあ。私、明日独りで行ってこようかな」
即答に私は意地悪く重ねてみる。
悩ましげに頭を揺らす義娘。
「……ずるい。……話さなければ良かった」
不満そうな視線をぶつけられる。
「スラムに限らず、郊外は内部でもあぶないよ。法再齢の子が独りで行くようなとこじゃない」
この子のやりたいことのためには、私が必要だと思った。
行くまでもそうだし、最期だって、そんな惨い終わりなんてさせたくない。
側にいて、この子が救われるというなら。
「私、幼く見えるからへーきです」
「まだ云うか」
私は、義娘を軽く小突いて。彼女は、少し笑った。
63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 14:35:24.07:A2Il00PV0
――――――
私達がそんな応酬を交わして、義母ぁさんに野望がバレて。
すぐにお外に旅立つかと思ったが、そうでもなかった。
義母ぁさん自身はピンピンしていて、いつでも大丈夫という感じだったけれど。
雪の日が続いていた。こんこんと深夜に降り積もり昼間の日射がそれを溶かすも、全体の積雪は増加していて。
モニターの猫さんもみんな放熱板に寄り添って丸まっている。
ビチョビチョの猫さんをモフッても仕方ない。
仕方ないので、私は待った。
もっと、もっと。
この世界を覆うほどに、降り積もれ。
終わりなんて来なくていいから。
この猶予が、ずっと続けばいい。
66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 15:09:48.58:A2Il00PV0
雪の日が続くので。
私は古書店を梯子して、この辺りの古地図を買い漁った。
いつものモニター前の猫さんとは残念ながら触れ合えないだろう。
私達が映ってはパニックになる。
この楽しみはもっとささやかに遂行されるべきだ。
河川の位置から生態系を予想し、壁内外温度差を視野に入れ、危険地帯にアタリをつけておく。
ひどく眉唾だ。けれど、義母ぁさんもいるのだから、なるべく綺麗な最期がいい。
私の義娘が居ない時を見計らって私達は、
猫さんにマタタビを用意しようだとか、お弁当を持って公園に行こうだとか、あれやこれやと画策した。
――どんな風に死のうか。
笑い合って、そんなことを真剣に話すのが楽しくて。
雪の日は結局、6日続いた。
充実した日々だった。
7日目の朝、義母ぁさんは目覚めなかった。
68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 15:30:19.98:A2Il00PV0
遺書も何もなかった。
ただ義母ぁさんの朝だけが、来なかった。
義娘が食卓でラジオを聴き、幼い義弟・義妹が寝ぼけ顔で歯を磨く、変わらぬ日常で。
突然、義母ぁさんだけが、消えてしまった。
手で取る脈も、耳を当てた心音もない。
――私は走り出す。
外に出よう。もう。早く、早く。
6日掛けて詰めた臨終リュックも、朝から作っていた二人分のお弁当も、何もかも持たないで。
猫も、雪も、どうでもいい。もう、どうでもいい。
地図は頭に入ってる。
早く。追い掛けよう。
義母ぁさんを。
一秒でも早く外へ。
71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 15:57:58.04:A2Il00PV0
郊外連絡路、補強板を蹴り抜く。粗末な作りだった。
一面に広がる紫黒の雪原。陽射しは快晴。
まだ、まだ。もっと先で。
弾んだ息で身体も弾ませるように走り出す。
泥濘んだ雪に足を捕られ、鈍色に倒れ込む。
眼に走る激痛。
思わず手を衝いて上体を起こすが、今度は掌が焼けていく、いや、火など無い。
立ち上がるが、薄眼でしか視界を維持できない。
頬、鼻先、耳朶は針に刺されるようで、手で拭っても止まぬ。
咄嗟に息を吸い、腹腔から血管を辿って広がっていく疼痛に仰け反る。
顎先を切る痛みを感じ、再び倒れそうになるのを一歩退いて、堪える。
まだ。死ねない。
二人で決めた場所をちゃんと、辿って。
それから、それから。
72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 16:23:34.18:A2Il00PV0
走り出す。目指すは直線距離1500m先に在る筈の廃公園。
もう血液は別の何かになったように、私を廻って身体中を掻き回す。
一歩、踏むごとに雪解けは靴に染み入り、足を焼いていく。
肌を刺す痛みは治まることなく、掌はもう閉じ難い。顔は包帯でぐるぐる巻きにしてしまいたい。
足跡を一つ形成する度に、私に響いて走る激痛。舞い上がる雪煙。
半分ほどの道程を消化して、左耳が断絶した。そんな音だった。鼓膜が破けたのだと分かった。
それから十歩と踏まぬ内に、右の聴覚も失う。
早く、三半規管もやられぬうちに。
そう思うのに、雪に足を捕られて思うように進めない。
チャコールグレイに満ちた雪景色を疾走する。
涙に滲む視界の遠景に赤い点描が見え始め、段々と増えて広がる。
あと、あと少し。
75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 16:57:13.72:A2Il00PV0
やっと、辿りついて。
私の見た点描が桜の大樹だと分かる。
痛みを顧みずに見開いていた。
小さな廃公園を彩る満開の八重桜。
豪雪を経て狂い咲いた紅い桜。
私が知る桜よりもずっと、ずっと紅い。
それは血のようで。
地平が煤色の雪解けに塗れ、私も、何もかも、黒く汚れているこんな世界に聳える。
深緋の大桜だった。
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:13:16.01:A2Il00PV0
――不意に平衡感覚を喪失して転倒。
全身に染み入る激痛。
眼も開けていられない。
何とか上体を起こし桜を眺めようとするも、力が入らない。
涙が止まらない。
きっと。
この光景を一緒に見られたなら、幸せというものがあったのかもしれない。
81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:18:38.54:A2Il00PV0
義母ぁさん。
私、ずいぶん馬鹿をしています。
約束も台無しにしちゃって。
それでも、意地も強情も我儘も、独りじゃダメなのです。
こんなに痛くても、私は義母ぁさんに逢いたくて。
逢えないなら、消えてしまいたくて。
83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:24:16.23:A2Il00PV0
もうすぐ、私も。
側に逝くかは、わかりませんけど。
こんなに近いなら、きっと、次は姉妹になるのかな。
お姉さん?……変なのです。
やっぱり、親子がいい。
しっくりきませんから、ね。
義母ぁさんは、義母ぁさんです。
あるなら、また、親子で。
末永く。
だったら、いいですね。
84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:31:08.59:A2Il00PV0
次は、猫さんが、不思議にならないくらい、素敵な人生を。
ねえ?
お母ぁさん。
(了)
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:34:50.35:dxar2hX40
それ読みたいかも
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 00:53:45.22:A2Il00PV0「なんかね、そんな風に猫に云われた気がしたのです」
私が子を産んで三ヶ月が経ったある日。義娘がそんな呟きを漏らした。
「だって、おかしーじゃないですか。自分の子なのに……」
私は今、17歳。
この国の女性は、16歳で法定再生産年齢を迎え、第一子の懐妊が義務付けられると同時に、13歳の後見義娘を受け入れる。
何しろ20歳で死んでしまうので、我が子は長くとも3歳ほどまでしか世話をできない。
この子も昨年に来たのだった。私の元で我が子を育てるのはこの子。
私も今は亡き義母の子を与っており、今は4歳。6歳になると一人暮らしが義務づけられているため、ちょうど死ぬまで面倒をみる形で。
「猫だってそのぐらいだよ。私達が近付いたんじゃないかな」
「猫の寿命は延びたのに、人間さんの寿命はひどく縮んでしまった。ふこーへーですよ」
むくれて義娘が云った。
「そうだね」
そう。そうとしか言いようがない。私達は長生きし過ぎてきたのかもしれないけれど。
やっぱり、理不尽に思われてしまう。もっと、生きたい。
「義母ぁさんは、はやくつくろうとは思わなかったのですか」
13、4歳の早産に敢えて踏み切る女性もいることを言っているのだろう。
我が子と長く居たいためにそうする場合もあれば、あるいは若くしてセックス溺れてそうなる場合もあり。
母体への危険から奨励されないだけで、違法と言うことにはならない。
「怖がっていたら、いつの間にかこんな歳になっていたわ」
今でも正直、母という感じがしない。まだまだ、やりたいこともあった気がする。
けれど、流れ流され、後見義娘として子育てに励み、いつの間にかもう"法再齢"だった。
「貴方、もしかして。早産するつもり……?」
まだ一年の付き合いだけれど、この子も私の娘で。
「相手がおりませんよ。それに義母ぁさんの子もいるのに、余裕もないです。ただ、不思議だなーって」
「……そう、良かった。不思議、ホントに」
胸の内の心配が安堵に変わる。
「大変だろうけれど、よろしくね」
「はい。でも大変なのは義母ぁさんですよ。男の子ちゃんでしたから。また産まないと」
懐妊義務は女子を産むまで続く。私は落ち着き次第、新たに子を授からなくてはならない。
「いいことじゃない?私をもっと、この世に残しておける」
「そう、ですけど。身体は大事です、……義母ぁさんがこの世を去っては本末転倒ですよ」
そう呟いて、伸びをする義娘。心配してくれているらしい。
「ふふ、ありがと」
隣の部屋から義母の娘――義妹の声がした。お昼寝から目覚めたのだろう。
「あ、私がいきます」
初産以降、少し体調を崩していた私に代わって、この子はよく尽くしてくれていて。
良い義娘に恵まれない人もいるなか、私は救われていた。
あの子が不思議といったこと。
どうして人間は20歳で死んでしまうのか。
かつては、齢百を超えて生きていたというのに。
"そういうものなのだ"と刷り込むべく国は必死で。随分と情報統制がなされた。
今では自論を説くだけでも犯罪者になってしまう。
私より上の世代でも真相を知る者は半分くらいだろうか。
誰が悪いのかは分からない。
災いを災いとして見れなくなっていたのかもしれない。
いつしかこの国は毒に満ちていた。
いつの間にか私達は毒に染まっていた。
そんなことを義母さんが云っていた。
「本当に相手いないの?」
夕食後にそんなことを聞いてみた。
義妹はたらふく食べたためか、すでに寝息を立てている。よく寝る子。
「なんですか、おりませんよ。男そのものが好きじゃないですし。義母ぁさんが不思議ですよ」
食卓を囲むのは基本的に女だけ。
少子化に伴い男性に課される役務は増え、ある家庭に定住する男というのはほとんどいない。
再生産の時ばかりは女性とかつての家族や恋人といった何かを演じることもあるが、基本的には二、三兼業した社会的役割に追われ日々を営む。
「まあ、仕方ないからね」
我が家も典型的な"家庭"であった。息子を授かる時も、お見合いでレベルの合いそうな男性にお相手頂いて、そのまま懐妊。
妊娠促進薬を用いたからでもあるが、どうにもさらっと、事は進んでいった。
なのでセックスの良さは私には分からない。少々の苦痛を伴う子作りの作業でしかなかった。
「私もそうなるんですかね」
呟いて、義娘は輸入水で淹れたダージリンを一口啜る。
「好きにすればいいと思うよ。ままならないことばっかりだから」
そして、分からないことばかりだったから。
「好きに?」
「そう。私なんてぼーっとしてて、いつの間にか、って感じだけど。貴方まだ時間があるもの」
迷ってしまうばかりの時間でなく。
「対して変わらないですよ、義母ぁさんも。義母ぁさんですけど」
「ふふ。でも、"法再齢"までの3年は大きい気がするかな」
この子らしい時間を過ごしてくれたら。
「ぜーんぶおっきいですよ。あっ、という間です」
「そう。それが分かるなら上出来」
「……うぅ。難しい。好きに、かぁ」
それから二年が経った。
私は遺伝子操作された精子を体外受精し、第二子として、女子を授かっていた。
義妹は6歳になり私の元を去っていた。公営施設で学問の研鑽に励んでいる。
義娘は法再齢を迎え自らの義娘を選んだ。私から見れば義孫ができたことになる。
いよいよ私も死期が近い。
身体もまだまだ動くというのに。実感が湧かない。
「この時期はやっぱり葬儀が多いみたいですね」
義孫がラジオを聴きながら云った。
義務懐妊は役人の事務仕事なので、五月を迎えると機械的に処理していく。
結果として葬儀が増える時期も出てくる。
「ば、ばか。義母ぁさんになんてことを」
「あっ。……すいません」
それほど悪びれる様子もなく義孫が頭を下げた。義娘はそれほど娘に恵まれなかったのかもしれない。
「いいのよ」
と私が返す。返事はなく、そのままラジオの電源を切る義孫。食器籠を抱えて逃げるように洗浄場へ出掛けて行ってしまった。
「あらら、気を悪くさせたかな」
「すいません……後で云っておきます」
義孫よりも申し訳なさそうに手を合わせる義娘。
「本当にいいの。ちゃんと仕事はしてくれているんだし。貴方が良い子なのよ」
「すいません……うまくいかないですね」
「こんなもの、きっと」
家庭というものがそもそも幻想で。
近所の話でも良い話は聞いたことがない。
私もかえって気を遣ってしまって、家の内情を話せない程で。
「それに本当の話だし。同級生も7割くらいは逝っちゃった。私も近いかな」
「うぅ……」
「私が全然現実感ないのに、貴方の方が深刻そうね」
「そりゃそーですよ」
少し赤くなった双眸が私を見つめている。
「貴方は自分のことを考えないと」
「私のことは別じゃないですか」
「そうもいかないわ。法再齢だもの、ちゃんと子供を残さないとね」
そう投げかけるも、伏し目のまま義娘は黙っている。
「……どうしたの?」
「私。子供、いらないです」
「……国の保証がなくなる。暮らしていけなくなるよ」
「怒らないんですか……?犯罪者ですよ」
「悲しいだけ。貴方がそういう道を選ぶことが」
「悪いこと、ですよね」
「ううん。苦しいだろうから。4年てあっと言う間よ」
「知ってます。でも、子供は20年苦しむんです」
「そうとも、限らない。私達は後悔したかもしれないけれど。私は貴方といれて幸せだった」
「義理じゃないですか。親子じゃないじゃないですか」
「それでも」
「――はい、だから、血じゃないんです。私は義母ぁさんと出会えたから、幸せで」
「貴方の子も、そんな人を見つけるかもしれない」
「見つからない、かもしれない。それに、私、義母ぁさんがいないなら生きていたくない」
「好きにしなさい。貴方が何としても私は逝くわ」
「……分かってます」
「じゃあ好きになさい。正直ね、私もつらいことしかなかったもの、子を産んでから。
実子に情も湧くけれど。誰の子でもないようで。
だけど3年少し、何とか生きてきた。
もし、これが苦しい時間なら。
同じ時間を貴方に与えたいとは思わないもの」
「苦しい時間なら……?」
「よく分からなかったの。自分の人生」
「……なんか、もっと、しっかりしてくださいよ」
「しっかり?」
「どうして。義母ぁさんが弱気だと。すごく不安で」
「私はいつだってこんな感じだった」
「違いますよ。義母ぁさんはいつも義母ぁさんだった」
義娘は静かに言葉を紡いでいたけれど、駄駄を捏ねる子供のようだった。
我儘一つ云った事のないこの子。
だからこそ、抑圧された何かがあったのかもしれない。
「……私なんて、何も無かった」
モデルケースのような人生で。何かを得ようともしなかった。
「私も、です」
「ちゃんと忠告してあげたのにな」
「無理ですよ。後見義娘って忙しくて。何も考えてられなかった」
「そうね、私も。……私のせいかしら」
「そんなことはないです。楽しかった。でも、それしかなかった」
「じゃあこれから。好きになさい」
私は、逃避しているのだと思う。
自分でも分からなかったことをこの子に押し付けて。
何かを見つけてくれるような気がして。
「義母ぁさんの傍にいますよ」
「強情ね。私が逝ったら、後を追うの」
「犯罪者人生ですから。長居する理由、ないですよ」
義娘は冗談めいた口調で云ったけれど、嘘ではないように思えた。
「したくてもできないわ」
「だからこそ。義母ぁさんこそ何か、やり残したことはないのですか」
やり残したこと。そんなことばっかりの気もするけれど。
「何をすればいいか分からなくて」
「……意外です。さっきから、すごく」
「どうして。私なんていつも迷って、ウジウジして、生きてきた。貴方の前でも」
「でも。もっと、人生に期待しているようでしたから」
そうかもしれない。
「私は期待ばかりして、何も想像さえできていなかった」
「妄想に耽って。破滅していく人よりマシです」
「変わらないよ、きっと。……貴方はないの?やり残したこと」
答えに困って、私は疑問を振り返す。
「ないです」
即答だった。
「本当に?」
「……死に際にやってみたいこと、ならありますけど」
「なになに」
促してみるも、義娘は躊躇うようにして口を噤む。
私には言い憚れることなのかと思う。聞くべきだろうかと思案を廻らしていると、
「……猫さんを撫でてみたいなって」
おずおずとそう呟いた。
逆に考えて
20年しか生きない猫の知覚の世界には20年以上生きた人間なんてのは存在しないよな
そもそも20年なんて単位は人間しか使わないわけだし
俺らって猫目線だと20年も生きてない扱いなんじゃね?
56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 12:59:55.77:A2Il00PV020年しか生きない猫の知覚の世界には20年以上生きた人間なんてのは存在しないよな
そもそも20年なんて単位は人間しか使わないわけだし
俺らって猫目線だと20年も生きてない扱いなんじゃね?
「壁の向こうに行くの……?」
居住区の向こう側。かつての悪意に満ちた世界。
「最期くらい触ってみたくて。モニター越しじゃなくて」
「……本当に、犯罪者になっちゃう」
「どっちみち一緒なら、同じです。出るぶんには簡単ですから。スラムの穴とか」
簡単と言うが、そう容易いことではない。
「……撫でて、それだけ?」
「のんびりしますよ。陽射しの下で。枯れ草に寝転んだりして」
「苦しいと思う」
人がどうなるのかは、知らないけれど。
「ころころしてる猫さん見てると、何だかいけそうな気がするのです」
「それは……」
「分かってますよ。だから、死に際、です。キャットフードになる覚悟です」
「何だかわくわくしませんか?」
義娘が見上げて云った。
「酷く、凄惨だと思う、実際は」
お気楽では、済まないはずだ。そう思いつつ、幾分感情の昂っている自分がいた。
「いいのです。猫さん撫でて、カメラ壊れるまでお外を撮り捲って、通信障害までデータを内側にリークして。
最期は、猫布団しで陽射しを避けながら、いたいなあ、くるしいなあ、とエンド。それだけですよ」
「それだけ……って」
「それだけです。終わったら、義母ぁさんのとこ、ちゃんと行きますから。オートマチックに」
この子は、思うよりもずっと、もがいていたらしい。
自分の死の意味を求めて。
「……私も、お供しようかな」
自嘲気味に微笑む義娘に申し出ると、吃驚が表情に滲んだ。
独りで行かせるわけにはいかなかった。
「何言ってるのですか。ダメですよ。義母ぁさんはもっと安らかに逝くべきです」
反発は案の定だ。この子はこういう時に頑固で。
「同じ言葉を返したいな。私も本当は許したくない。
でも、貴方が最後に見つけた好きな事ならいいかなって、そうも思う。
だから、折衷案。止めないから、一緒にいこ」
「ダメです」
「じゃあ。私、明日独りで行ってこようかな」
即答に私は意地悪く重ねてみる。
悩ましげに頭を揺らす義娘。
「……ずるい。……話さなければ良かった」
不満そうな視線をぶつけられる。
「スラムに限らず、郊外は内部でもあぶないよ。法再齢の子が独りで行くようなとこじゃない」
この子のやりたいことのためには、私が必要だと思った。
行くまでもそうだし、最期だって、そんな惨い終わりなんてさせたくない。
側にいて、この子が救われるというなら。
「私、幼く見えるからへーきです」
「まだ云うか」
私は、義娘を軽く小突いて。彼女は、少し笑った。
――――――
私達がそんな応酬を交わして、義母ぁさんに野望がバレて。
すぐにお外に旅立つかと思ったが、そうでもなかった。
義母ぁさん自身はピンピンしていて、いつでも大丈夫という感じだったけれど。
雪の日が続いていた。こんこんと深夜に降り積もり昼間の日射がそれを溶かすも、全体の積雪は増加していて。
モニターの猫さんもみんな放熱板に寄り添って丸まっている。
ビチョビチョの猫さんをモフッても仕方ない。
仕方ないので、私は待った。
もっと、もっと。
この世界を覆うほどに、降り積もれ。
終わりなんて来なくていいから。
この猶予が、ずっと続けばいい。
雪の日が続くので。
私は古書店を梯子して、この辺りの古地図を買い漁った。
いつものモニター前の猫さんとは残念ながら触れ合えないだろう。
私達が映ってはパニックになる。
この楽しみはもっとささやかに遂行されるべきだ。
河川の位置から生態系を予想し、壁内外温度差を視野に入れ、危険地帯にアタリをつけておく。
ひどく眉唾だ。けれど、義母ぁさんもいるのだから、なるべく綺麗な最期がいい。
私の義娘が居ない時を見計らって私達は、
猫さんにマタタビを用意しようだとか、お弁当を持って公園に行こうだとか、あれやこれやと画策した。
――どんな風に死のうか。
笑い合って、そんなことを真剣に話すのが楽しくて。
雪の日は結局、6日続いた。
充実した日々だった。
7日目の朝、義母ぁさんは目覚めなかった。
遺書も何もなかった。
ただ義母ぁさんの朝だけが、来なかった。
義娘が食卓でラジオを聴き、幼い義弟・義妹が寝ぼけ顔で歯を磨く、変わらぬ日常で。
突然、義母ぁさんだけが、消えてしまった。
手で取る脈も、耳を当てた心音もない。
――私は走り出す。
外に出よう。もう。早く、早く。
6日掛けて詰めた臨終リュックも、朝から作っていた二人分のお弁当も、何もかも持たないで。
猫も、雪も、どうでもいい。もう、どうでもいい。
地図は頭に入ってる。
早く。追い掛けよう。
義母ぁさんを。
一秒でも早く外へ。
郊外連絡路、補強板を蹴り抜く。粗末な作りだった。
一面に広がる紫黒の雪原。陽射しは快晴。
まだ、まだ。もっと先で。
弾んだ息で身体も弾ませるように走り出す。
泥濘んだ雪に足を捕られ、鈍色に倒れ込む。
眼に走る激痛。
思わず手を衝いて上体を起こすが、今度は掌が焼けていく、いや、火など無い。
立ち上がるが、薄眼でしか視界を維持できない。
頬、鼻先、耳朶は針に刺されるようで、手で拭っても止まぬ。
咄嗟に息を吸い、腹腔から血管を辿って広がっていく疼痛に仰け反る。
顎先を切る痛みを感じ、再び倒れそうになるのを一歩退いて、堪える。
まだ。死ねない。
二人で決めた場所をちゃんと、辿って。
それから、それから。
走り出す。目指すは直線距離1500m先に在る筈の廃公園。
もう血液は別の何かになったように、私を廻って身体中を掻き回す。
一歩、踏むごとに雪解けは靴に染み入り、足を焼いていく。
肌を刺す痛みは治まることなく、掌はもう閉じ難い。顔は包帯でぐるぐる巻きにしてしまいたい。
足跡を一つ形成する度に、私に響いて走る激痛。舞い上がる雪煙。
半分ほどの道程を消化して、左耳が断絶した。そんな音だった。鼓膜が破けたのだと分かった。
それから十歩と踏まぬ内に、右の聴覚も失う。
早く、三半規管もやられぬうちに。
そう思うのに、雪に足を捕られて思うように進めない。
チャコールグレイに満ちた雪景色を疾走する。
涙に滲む視界の遠景に赤い点描が見え始め、段々と増えて広がる。
あと、あと少し。
やっと、辿りついて。
私の見た点描が桜の大樹だと分かる。
痛みを顧みずに見開いていた。
小さな廃公園を彩る満開の八重桜。
豪雪を経て狂い咲いた紅い桜。
私が知る桜よりもずっと、ずっと紅い。
それは血のようで。
地平が煤色の雪解けに塗れ、私も、何もかも、黒く汚れているこんな世界に聳える。
深緋の大桜だった。
――不意に平衡感覚を喪失して転倒。
全身に染み入る激痛。
眼も開けていられない。
何とか上体を起こし桜を眺めようとするも、力が入らない。
涙が止まらない。
きっと。
この光景を一緒に見られたなら、幸せというものがあったのかもしれない。
義母ぁさん。
私、ずいぶん馬鹿をしています。
約束も台無しにしちゃって。
それでも、意地も強情も我儘も、独りじゃダメなのです。
こんなに痛くても、私は義母ぁさんに逢いたくて。
逢えないなら、消えてしまいたくて。
もうすぐ、私も。
側に逝くかは、わかりませんけど。
こんなに近いなら、きっと、次は姉妹になるのかな。
お姉さん?……変なのです。
やっぱり、親子がいい。
しっくりきませんから、ね。
義母ぁさんは、義母ぁさんです。
あるなら、また、親子で。
末永く。
だったら、いいですね。
次は、猫さんが、不思議にならないくらい、素敵な人生を。
ねえ?
お母ぁさん。
(了)
野生のプロ凄すぎ
87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:37:21.43:z8fYoQu50
まじで乙でした、是非また読みたい
89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:42:04.00:A2Il00PV0
随分延ばし延ばしになって申し訳ない
遅筆なのでアドリブはするまいと思いつつ設定に惹かれてつい
読んで頂いた方や保守下さった方などなど、ありがとうございます
90:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:43:30.52:z8fYoQu50遅筆なのでアドリブはするまいと思いつつ設定に惹かれてつい
読んで頂いた方や保守下さった方などなど、ありがとうございます
>>89
いやいやほんと乙でした!
遅筆でも即興でこれだけ書けるのは本当に凄いと思う、次回作期待してます
94:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 17:54:31.83:A2Il00PV0いやいやほんと乙でした!
遅筆でも即興でこれだけ書けるのは本当に凄いと思う、次回作期待してます
遅れましたが、何より良いお題をくれた>>1に感謝
コテはないです
オリジナルを書くのは初
最近3つほどまどかSS書いたけれど晒すと馴合い言われるんで晒さない方がいいかも
基本的にシリアスしか書けないのと、文体を見ればわかるかと
97:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 18:09:54.75:A2Il00PV0コテはないです
オリジナルを書くのは初
最近3つほどまどかSS書いたけれど晒すと馴合い言われるんで晒さない方がいいかも
基本的にシリアスしか書けないのと、文体を見ればわかるかと
それと、造語は眼を瞑って欲しいんですが
早産は誤用でした
早孕とか早胎みたいな造語にしておけばよかった
気を悪くした方いたら失礼しました
今度安価お題でなんか書こうかな
また機会がありましたらどうぞよろしくです
100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 18:19:11.48:w/dtF8O/0早産は誤用でした
早孕とか早胎みたいな造語にしておけばよかった
気を悪くした方いたら失礼しました
今度安価お題でなんか書こうかな
また機会がありましたらどうぞよろしくです
>>97
また、オリジナルSS書いてください
102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 18:26:14.16:tCIQC/hN0また、オリジナルSS書いてください
>>97
面白かったよ
書かれていない部分を想像するのも楽しい
ありがと
103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/19(木) 18:37:10.31:K/ROQ2RE0面白かったよ
書かれていない部分を想像するのも楽しい
ありがと
適当に立てたスレがいつのまにか傑作SSになっててワロタ
こちらこそ名作を作ってくれてありがとう!
こちらこそ名作を作ってくれてありがとう!
コメント 3
コメント一覧 (3)
ていうか猫視点かと思ったよ
細かい設定は上手に誤魔化されていて すんなり頭に入ってきた。
この作者の別の作品が読みたい。