1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:03:34.19:5bLqX6hHP

耳なし芳一をいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいい
ような話だが、それでも俺がいつまで耳を持ってかれた坊さんなどという想像上の琵琶弾きを信じていたかと
言うと、これはまた確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。

耳を引き千切るような平家の怨霊なんかいるわけないと理解していたし、記憶をたどると周囲にいた子供たち
もそれが本当だとは思っていないような目付きで昔話を語る寺子屋の先生を眺めていたように思う。

そんなこんなで実際に寺に入っていたわけでもないのに目が見えないからと言って琵琶を弾いてまわるという
坊さんの存在を疑っていた賢しい俺なのだが、百人斬りの武士や不死の侍や変若水を飲んだ羅刹がこの世界に
存在しないのだということに気付いたのは相当後になってからだった。
いや、本当は気付いていたのだろう。ただ気付きたくなかっただけなのだ。

 
2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:04:18.50:5bLqX6hHP

世界の常識たるものがよく出来ていることに感心しつつ自嘲しつつ、いつしか俺は周囲の浪士共が語る
怪談話や武勇伝をそう熱心に聞かなくなっていた。
百人斬りの武士? 不死の侍? 変若水を飲んだ羅刹?
そんな者いる訳がない……でもちょっといて欲しい、といった具合にどっちつかずなことを考えるくらいには
俺も成長したのだ。

壬生狼と呼ばれた新選組に入隊する頃には、俺はそんな子供じみた夢を見ることからも卒業して、
この世の普通さにも慣れていた。
そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨もなく新選組幹部となり――、
涼宮ハルヒと出会った。

 
4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:04:37.30:gdhpOF2gi
なんかハジマタ

 
5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:04:48.83:5bLqX6hHP

局長「では新たに入隊した皆に自己紹介をしてもらおう」

まあありがちな展開だし、俺も数年前にやったことだから驚くことでもない。
右端に座っていた奴から順に一人一人立ち上がり、氏名、出身、意気込みなどを喋っていく。
欠伸を噛み殺しながら半分を聞き終えた頃、自分の耳を疑うようなはっきりとした声が聞こえてきた。

ハルヒ「会津藩出身、涼宮ハルヒ」

ここまでは普通だった。

ハルヒ「ただの浪士には興味ありません。この中に百人斬りの武士、不死の侍、変若水を飲んだ羅刹
がいたら、拙者のところに来なさい。以上!」

さすがに眠気も吹き飛んだね。
ここ、笑うところ?

 
7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:05:38.35:5bLqX6hHP

長くてまっすぐな黒い髪を後ろできゅっと結び、隊士全員の視線を傲然と受け止める顔はこの上なく整った
目鼻立ち、意思の強そうな大きくて黒い目を異常に長いまつげが縁取り、薄く桃色の唇を固く引き結んだ
まるで女のように見える新入隊士。

こうして俺たちは出会っちまった。
しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。

 
8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:06:24.26:5bLqX6hHP

多くの隊士を混乱に陥れた自己紹介から数日後、忘れもしない、朝の稽古が始まる前だ。
涼宮ハルヒに話しかけるという愚の骨頂なことを俺はしでかしてしまった。

キョン「なあ、初っ端の自己紹介のあれ、どの辺まで本気だったんだ?」

ハルヒ「自己紹介のあれって何」

キョン「いやだから百人斬りの武士がどうとか」

ハルヒ「あんた、百人斬りしたことあんの?」

キョン「いや……ないけどさ」

ハルヒ「ないけど、何なの」

キョン「……いや、何もない」

ハルヒ「だったら話しかけないで。時間の無駄だから」

思わず「すみません」と謝ってしまいそうになるくらい冷酷な口調と視線であった。
というか俺はこれでも幹部なのだから敬語くらいまともに使ってほしいものなのだが。
ちなみに、後でわかったことだが涼宮ハルヒは俺の率いる八番組に入ることになるのであった。
やれやれ。

 
13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:08:11.37:5bLqX6hHP

五月に入ったある日、何か魔が差してしまったんだろう。
それ以外に思い当たるフシがない。
気がついたら涼宮ハルヒに話しかけていた。

キョン「男装してまで新選組に入りたかったのか?」

ハルヒ「……いつ気づいたの」

キョン「んー……ちょっと前だな」

というかカマをかけてみただけだったのだが、まさか本当に男装の麗人だったとは。

ハルヒ「あっそう」

ハルヒ「あたしのこと、局長に報告するの?」

初めて会話が成立した。

ハルヒ「隊士に女が混じってたなんて言ったら新選組の恥だもんね」

キョン「いや、局長には言わん。あの人は気づいてないみたいだしな」

ハルヒ「あっそ」

 
16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:09:19.47:5bLqX6hHP

きっかけ、なんてのは大抵どうってことないものなんだろうが、まさしくこれがきっかけになったのであろう。
あれ以来、朝の稽古前にハルヒと話すのは日課になりつつあった。

キョン「ちょいと小耳に挟んだんだけどな」

ハルヒ「どうせ碌でもないことでしょ」

キョン「交際を申し込んだ男を全部振ったというのは本当か?」

ハルヒ「何を聞いたか知らないけど、まあいいわ、多分全部本当だから」

キョン「一人くらいまともに交際しようと思う奴はいなかったのか」

ハルヒ「全然駄目。どいつもこいつも阿呆らしいほどまともな奴だったわ」

ハルヒ「あと告白がほとんど矢文だったのは何なのあれ。そういう大事なことは面と向かって言いなさいよ!」

キョン「まぁ、そうかな」

一応同意しておく。

キョン「なら、どんな男ならよかったんだ? やはりあれか、百人斬りの武士か?」

ハルヒ「百人斬りの武士、もしくはそれに準じる何者かね」

なんでこいつはそんなに普通以外を求めるんだか。

 
18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:10:24.30:5bLqX6hHP

五月も半ばに差し掛かった頃だった。

国木田「キョン、ちょっといいかい」

キョン「国木田か。何か用か?」

国木田「うん。キョンの八番組、体調不良の隊士が多くなってきてるだろ」

キョン「ああ。二十人中十五人が腹痛やらなんやらで碌に隊務もこなせない状況だ。頭が痛いぜ」

国木田「副長もそれを気にしててね。僕の一番組から何人か異動させるように言われたんだ」

キョン「そうなのか。で、誰をくれるんだ?」

国木田「とりあえず長門さんと朝比奈さんをそっちに移動させるつもりだよ」

キョン「あの二人か。また問題児を預けやがって」

国木田「まぁそう言わないでよ。キョンならなんとかできるだろうって局長のお墨付きだよ」

キョン「あまり嬉しくない。まぁ異動手続きが終わったら俺のところに来るように言っておいてくれ」

国木田「うん。わかった」

 
19以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:11:24.27:5bLqX6hHP

というわけで長門有希と朝比奈みくるが八番組に来ることになった。
朝比奈さんは部下ではあるが一応年上なので敬語を使うことにする。

キョン「じゃあ今日から宜しくな。長門に朝比奈さん」

長門「……」

みくる「あ、朝比奈です。よろしくお願いしましゅ!」

また二人とも女みたいな顔立ちだ。特に朝比奈さんの方だが。まさか――

キョン「もしかしてと思うが、お前らも女だったりするのか?」

長門「……わかる?」

みくる「な、長門さん! そんな簡単に認めちゃ……あ!……」

キョン「いや、気にするな。ちょっと聞いてみただけだ。隊務さえこなしてくれれば俺は女だろうが構わん」

みくる「よ、よかったぁ。ここの隊規って厳しいから切腹させられちゃうかと思いましたぁ」

キョン「女に切腹させるなんざ組の恥になりかねませんからね。まぁ男装だけは続けておいてくださいよ」

長門「了解した」

こうして八番組には女が三人もいるという異常な状況になってしまった。
どうなってるんだこの新選組はよ。

 
20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:12:29.75:5bLqX6hHP

数日後。夜もふけた頃、俺は長門に呼ばれて屯所の中庭に出て来ていた。

キョン「で、こんな人目につかない夜の中庭に連れだして何のつもりだ?」

長門「涼宮ハルヒのこと。それと、私のこと。あなたに教えておく」

キョン「涼宮とお前が何だって?」

長門「涼宮ハルヒと私は普通の隊士ではない」

キョン「なんとなく普通じゃないのは解るけどさ」

長門「私は彼女が言う『百人斬りの武士』」

キョン「は?」

長門「昨年に起きた天誅組の変、私はそこで百人斬りを果たした」

本気か? こいつは妄想癖でもあったりするのか?

長門「涼宮ハルヒは意識的にしろ無意識的にしろ、自分の意思を絶対的な情報として環境に影響を及ぼす」

長門「それが彼女が普通でないという理由。私が八番組に移動させられた理由」

キョン「……本気で言ってるのか?」

長門「もちろん」

 
22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:13:44.89:5bLqX6hHP

付き合いきれん。
そもそも日本刀で百人もの人間を斬るのは論理的に不可能だ。
刀で人を切れば血や脂が刃にこびりつく。斬れば斬るほど刀の切れ味は鈍っていく。
そんな刀で百人もの人間を斬ることなど到底不可能だ。

キョン「今の話は聞かなかったことにしてやる。妄想に耽ってないでお前もさっさと寝ろ」

長門は俺を止めなかった。
話は終わったということなのだろう。
全く、人と碌に話さずに妄想の世界に入り浸っているからあんなことを口走るんだ。
もう少し他の隊士と積極的に関わらせてみるか。

 
24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:14:41.51:5bLqX6hHP

そしてまた数日後。今度は朝比奈さんに呼び出され俺は夜の京を歩いていた。
何か嫌な予感がする。
またへんてこな話を聞かされるんじゃないだろうな。

みくる「すみません。こんなところまでお呼び立てしてしまって」

キョン「別に構いませんよ。それより何の用ですか?」

みくる「実は……涼宮さんとわたしは普通の人間じゃないんです」

嫌な予感が当たった。
またハルヒか。人気者だなハルヒ。

みくる「実は、わたしは涼宮さんの言う『不死の侍』なんです」

キョン「……」

みくる「……信じてもらえませんよね。でも本当なんです」

キョン「不死……って言いましたね。いつの時代から生きているんですか?」

みくる「……詳しい時代までは禁則に触れるのでお伝えできまえんが、まだ源平合戦が起こっていた頃です」

キョン「はぁ……」

 
25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:15:28.92:5bLqX6hHP

みくる「わたしは源義経公に仕えていた僧兵の一人でした。弁慶って知ってますよね?」

キョン「弁慶の立ち往生で有名なあの弁慶ですか?」

みくる「はい。わたしはあの人の部下でした。そして義経公が亡くなってからも生き続け……今に至ります」

正直、言葉が出なかった。
長門に引き続き朝比奈さんまでもとんちきなことを言い出したんだ。
どう反応しろって言うんだ。

みくる「涼宮さんには自分の願望を実現する能力があります。だからわたしは彼女と同じ八番組に来ました」

キョン「長門といいあなたといい随分涼宮を特別視するんですね」

みくる「やはり長門さんからもお話があったんですね」

朝比奈さんは一つ大きく息を吐いた。

 
26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:16:14.57:5bLqX6hHP

みくる「涼宮さんの能力は危険です。彼女が手柄を立てたいと願えばそれだけでおおきな戦争が起こりかねません」

キョン「だから監視している、と。そういう事ですか」

みくる「……はい」

キョン「朝比奈さん、正直今はあなたの話を信じられません」

みくる「……」

キョン「少しの間、保留にさせてください。あまり考え事が多くなると隊務に支障が出る」

みくる「はい。それで構いません」

最後に「ありがとうございました」と頭を下げて彼女は去っていった。
涼宮ハルヒ……一体お前はなんなんだ?

 
28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:17:08.75:5bLqX6hHP

元治元年六月五日、昼の巡察に出ていた国木田の一番組が長州の間者を捕らえてきた。
副長が拷問を行い吐かせた情報によると、今晩長州の志士共が会合を開くらしい。
場所は池田屋か四国屋のどちらか。

四国屋の方が可能性が高いとの副長の判断により、四国屋には副長が二十三名を率いて向い、
池田屋には局長が9人を率いて向かうこととなった。
俺たち八番組は池田屋に向かう局長隊への参加だ。
八番組と言っても動ける状態だったのは俺を含めたったの四人。
俺、ハルヒ、長門、朝比奈さんだ。情けないぜ全く。

しかも悪いことは続くもんだ。
結論から言おう。『当たり』は池田屋の方だった。
どうも新選組は博打に弱いようだ。
亥の刻が過ぎた頃、局長が呟いた。

 
29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:18:16.22:5bLqX6hHP

局長「……会津藩の援軍はまだか?」

国木田「まだのようです。お偉いさんは動くのが遅いですから。どうせ揉めてるんでしょう」

そう、俺たちは援軍を待っていた。
池田屋を囲んでいる新選組隊士はたったの九人。
そして池田屋の中には二十人以上の浪士がいると考えられているのだ。

国木田「どうしますか? このまま会津の援軍を待っていては会合が終わってしまうかも知れませんよ」

キョン「既に会合が始まってから一刻は経っているしな」

局長「……よし、今いる人数で突入するぞ」

局長がついに判断を下した。

 
31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:19:07.43:5bLqX6hHP

局長「国木田君の一番組は外を囲め。逃げ出そうとする長州の奴らがいたら討ち取れ」

国木田「はい!」

局長「八番組は俺と突入するぞ。準備はいいか!」

キョン「八番組! 突入準備!」

ハルヒ「とっくに出来てるわよ!」

長門「出来ている」

みくる「こ、こちらも大丈夫ですぅ」

局長「よし! 行くぞ!」

局長が先陣を切って飛び出し、俺たちが後に続く。

キョン「新選組の御用改めだ! 手向かいすれば容赦なく切り捨てるぜ!」

ハルヒ「かかってきなさい!」

 
33以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:19:57.61:5bLqX6hHP

瞬く間に池田屋の中は乱戦になった。
向かってくる浪士を斬る、斬る、斬る……
長門は局長の補佐にあたっているようだ。
局長の背後から斬りかかった浪士が長門の一閃で地に倒れ伏す。
ハルヒと朝比奈さんは二階に上がったか。
ハルヒはともかく朝比奈さんが心配だ。
俺も二階に上がろう。
そう思い、二階に上がりきった直後だった。

キョン「ぐっ!」

額に強い衝撃が走った。
斬られたのか? 額が熱い。思考が追いつかない。
鉢金も割れてしまったたようだ。
切れた額からの出血が酷く血が目に入って前が見えない。

浪士「死ねやぁっ!」

目の前から声がした。
あぁ、こんな状況だ。もちろん死を覚悟したさ。
次の瞬間――

 
34以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:21:08.39:5bLqX6hHP

??「ふんもっふ!」

浪士「へぶぁ!」

奇妙な掛け声とこれまた奇妙な悲鳴じみた声が聞こえた。
目に入った血をなんとか拭って前を確認する。
そこにはおよそこの場には似つかわしくない笑顔を浮かべた極上の不審人物がいた。

??「大丈夫ですか? 危ないところでしたね」

キョン「いきなり真面目な顔をするな、息を吹きかけるな、顔が近いんだよ気色悪い」

??「おや、これは失礼」

キョン「お前は誰だ。新選組のもんじゃねえな。長州の浪士か?」

??「いえ、ただの通りすがりですよ」

キョン「通りすがりがこんなところで何をしている」

??「たまたまこの建物の前を通りかかったのですが、何やら剣戟が聞こえてきたもので」

??「名をあげる良い機会になるかと思い、参戦してみようと思い立ったわけです」

 
35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:22:16.19:5bLqX6hHP

物好きな奴もいたものだ、と嘆息する。
京に住まう者なら普通は新選組を避ける。
新選組の評判は残念なことにあまり宜しくないからな。

だがこいつは俺たちを新選組と知りながらも池田屋に踏み込んで来たのだ。
……おそらくは外を囲んでいるはずの一番組の目を掻い潜って。

キョン「お前は、何者だ?」

??「あぁ、そう言えばまだ名乗っていませんでしたね」

古泉「古泉一樹と申します。以後どうぞ宜しく」

キョン「古泉、と言ったな。悪いが俺が聞いたのは名前じゃない。お前が『何者』なのかだ」

古泉「おや、何やら事情を知っていそうな物言いですね」

目の前のこいつは微笑を崩さないまま俺の目を見つめ、そして俺に『またか』と思わせる一言を言い放った。

古泉「変若水、と呼ばれる物を知っていますか? 僕はそれを飲んだ『羅刹』と呼ばれる存在です」

キョン「おち……みず……?」

 
37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:23:10.43:5bLqX6hHP

古泉「変若水というのは西洋から渡ってきた人を鬼に作り替える薬です」

キョン「お前が鬼? 角はどこにある」

古泉「鬼と言ってもあなたが想像しているのとはちょっと違うかも知れませんね」

浪士「クソ! 下へ降りて逃げるぞ!」

どうやら長話をし過ぎたらしい。
ハルヒと朝比奈さんが逃がしたと思われる浪士数名がこちらに向かって駆けてきていた。

キョン「そう簡単に逃がすかよ!」

まだ額は痛んだが、これくらいの傷で戦線を離脱するわけにはいかない。
羽織りを破り額に巻いて簡単な止血をすると俺は駆けてくる浪士たちに向い刀を構えた。

浪士「ちっ! 手負いにやられるような我々ではないわ!」

浪士が斬りかかってくる。
鍔迫り合いになれば負傷しているこちらが不利だ。
半身になって相手の刃をかわし腹部に向けて刀を突き出す。

浪士「ぐは……っ」

まずは一人。
残りは何人いる……?

 
38以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:24:10.46:5bLqX6hHP

暗闇の中、目を凝らすがこちらに駆けてきていた浪士の姿がない。
その代わりに、月明かりを浴びて白く輝く頭髪と赤く光る目を持つ、『人間ではない何か』がこちらを見ていた。

キョン「古泉……か?」

古泉「ええ。残りは僕の方で片付けさせていただきましたよ」

見ると古泉の足元には数人の浪士が横たわっていた。

古泉「これが『羅刹』の姿と力です」

キョン「俺の想像していた鬼とは随分違うな……」

古泉「先ほども申し上げた通り、変若水は元々が西洋の薬ですから日本の伝承にある鬼とは少々姿が異なります」

そう言い終わると同時に古泉の髪と目は黒くなっていき、やがて元通りの色に戻る。

古泉「僕が『羅刹』であるという話、信じて頂けましたか?」

目の前で見せつけられたんだ。
長門や朝比奈さんの妄言と違い、証拠を付きつけられたんだ。
……信じざるを得ない。

 
39以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:25:06.62:5bLqX6hHP

この後、四国屋に出向いていた副長の隊が合流し長州の浪士のほとんどを捕縛、または殺害することができた。
後に池田屋事件と呼ばれる今回の件での死者は一名。外で戦っていた平隊士だった。
そして負傷者は二名。一人は言うまでもなく俺。そしてもう一人は……国木田だった。
国木田は池田屋から飛び出してきた浪士を斬った直後、血を吐いて倒れたらしい。
局長や俺以外の八番組の面々はあれだけの乱戦だったというのに掠り傷一つなかった。

ハルヒ「あの程度の奴らを相手に怪我するなんて八番組組長ともあろうものが情けないわね」

確かに平隊士が五体満足だったというのに俺が怪我をするなんて情けない話だ。
耳が痛いぜ。

 
40以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:26:10.05:5bLqX6hHP

そうそう、古泉だが池田屋事件の後、新選組に入隊しやがった。
池田屋事件での活躍を耳にした局長が自ら推薦したらしい。
全く、ちゃっかりしてやがる。

大方予想はつくと思うが配置されたのは俺の率いる八番組。
これでハルヒの願った百人斬りの武士、不死の侍、変若水を飲んだ羅刹が勢揃いしたってことだ。
よりにもよって八番組にな。

しかしハルヒはそれを知らない。
ハルヒに真実を明かしたくないというのが長門、朝比奈さん、古泉の共通した見解だった。
なんでまた隠す必要があるんだか。
真実を知ったらあいつなら大喜びするだろうに。

 
41以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:27:09.08:5bLqX6hHP

池田屋事件以来、新選組の活動は忙しさを増していった。
二条城での将軍の警護、長州藩と真っ向から衝突した禁門の変。
人員不足を解消するために江戸へ行って隊士を募集するなんてこともした。

そしてこの江戸での隊士募集の際、俺は懐かしい人と出会う。
北辰一刀流繋がりで面識のあった伊東甲子太郎さんだ。
伊東さんは俺の話を聞くと二つ返事で新選組への入隊を決めてくれた。
しかも大勢の新入隊士を連れて。
皆が喜ぶと思ってくれていた。
しかし――

伊東「あなた方のやり方は野蛮です!」

副長「新選組は壬生狼と呼ばれてた頃からこうやって活動してきたんだ。今更文句を言われる筋合いはねえ」

俺以外の幹部は伊東さんに対しあまり好意的ではなかった。

 
42以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:28:10.53:5bLqX6hHP

ハルヒ「あの伊東って人なんか好きになれないんだけど」

ここにも伊東さんに不満を漏らす奴がいた。

キョン「まぁそう言わないでくれよ。誤解を招きやすいけど根はいい人なんだ」

ハルヒ「ふぅん。ま、あんたがそう言うならいいわ。個人的に好きになれないけど口には出さないでおいてあげる」

この頃からだろうか。
俺は新選組のあり方に疑問を持ち始めていた。
世間からは幕府の犬と呼ばれ、その幕府も力を失い始めている。
本当にこのままでいいのだろうか?

そんな時、総長が隊規に背き切腹をさせられるという事件が起きた。

 
43以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:29:06.27:5bLqX6hHP

キョン「副長! 総長を殺すとはどういうことですか!」

副長「殺すとは人聞きが悪い。お前も幹部なら隊規は知ってるだろう。山南さんはそれを破った」

キョン「しかし――」

副長「総長自らが隊規を破るなんて本来あっちゃならねえんだ。責任は取ってもらわないと示しがつかない」

キョン「……」

副長「話は終わりか? なら俺は行くぞ」

何も言い返せなかった。
副長の言い分は確かに正しい。
でも俺は、新選組がだんだんと壊れていっているような気がしてならなかった。

 
44以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:30:06.43:5bLqX6hHP

慶応三年の三月。
俺は伊東さんに呼ばれて彼の部屋を訪れていた。

キョン「話ってなんですか?」

伊東「あなた、今のままの新選組に居座り続けることに疑問を感じませんか?」

キョン「……どういうことです?」

伊東「実は孝明天皇から御陵衛士を結成して欲しいという話を持ちかけられているのです」

キョン「御陵衛士?」

伊東「簡単に言うと天皇を守るための組織です。最近の新選組は幕府に偏り過ぎている――」

伊東「そしてそれに不満を唱える者も少なくない。あなたもその口なのではありませんか?」

キョン「それは……」

伊東「局長には既に話を通してあります。近いうちに新選組は隊を割ることになるでしょう」

 
46以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:30:54.63:5bLqX6hHP

伊東「同じ門下だったあなたには是非一緒に来てもらいたいと思っています」

それだけ言うと伊東さんは「これでこの話はおしまい」とお茶を出してくれた。
考える時間をくれたということなのだろう。
確かに今の新選組に俺は疑問を感じている。それは事実だ。
でも新選組として、その幹部として、使命感を持って今の仲間たちと活動してきたつもりだ。

キョン「……新選組を離れる……?」

今までは考えもしなかったことだ。
でも、今の新選組は確かに俺の意に反する部分が大きい。
御陵衛士……か。

 
47以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:31:40.10:5bLqX6hHP

結局、俺は伊東さんについて新選組を離れることに決めた。

キョン「というわけで俺は新選組を離隊する。お前らはどうする?」

俺は八番組の面々を揃えて事情を説明していた。

ハルヒ「あの伊東ってやつは気に食わないけど、あんたが行くならあたしもついてくわ」

長門「私もついていく」

みくる「新選組を離れるですか……」

キョン「無理強いはしませんよ。自分の思うとおりの結論を出してください」

古泉「僕はあなたについて行きますよ。今の新選組には少し反りが合わないと感じる部分もありましたし」

みくる「……うん、決めました。わたしも組長についていきます」

キョン「後悔はしませんか?」

みくる「はい。自分で決めましたから」

こうして、八番組のほとんどは新選組を離隊して御陵衛士となることが決定した。
そして三月二十日、俺たちは長くを共にした新選組の面々と分かれたのだった。

 
48以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:32:28.59:5bLqX6hHP

その年の十一月十八日だった。

伊東「新選組局長が何やらお呼びのようなので少し出かけてきます」

嫌な予感がした。

キョン「御陵衛士と新選組の交流は禁じられていたのでは?」

伊東「まあ互いの近況を報告しようということらしいです。あちらもこちらの動向がきになるのでしょう」

キョン「……気をつけてくださいね」

伊東「大丈夫ですよ。あなたは昔から心配性ですね」

それが、俺の見た最後の伊東さんの笑顔だった。

 
49以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:33:20.58:5bLqX6hHP

伊東さんの遺体が発見されたと聞いて俺たちは現場に走っていた。

キョン「新選組の野郎共! やってくれやがって!」

ハルヒ「ちょっとキョン。気持ちはわかるけど冷静になりなさい」

古泉「この分だと伊東さんの遺体は罠でしょう。おそらく周囲には新選組が待ち構えているはずです」

冷静になれだって?
俺があの時伊東さんを止めていればこんなことにはならなかった。
罪悪感と怒りが胸を圧迫する。

やがて辿りついた現場では伊東さんが惨たらしい姿をさらされていた。

キョン「伊東さん!」

長門「既に絶命している。それよりも周りを見て」

路地の角から、建物の影から、続々と人影が現れる。
浅葱色の羽織り……新選組だった。

 
50以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:34:01.28:5bLqX6hHP

古泉「来ます!」

キョン「くそっ! なんでこんなことに!」

長門「数が多い。敵が薄いところを突破して撤退するべき」

俺たちは瞬く間に囲まれた。
一度は同じ志を持って共に戦った同志たち。
そいつらが今俺達に向かって刀を向けている。
何故だ。一体どうしてこうなっちまった。

戦闘が始まる。
御陵衛士の仲間たちが次々に倒れていく。
見たくない。こんな光景は見たくない!

 
51以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:34:36.66:5bLqX6hHP

気がつくと目の前にはよく見知った顔があった。

キョン「永倉さん……」

永倉「……」

永倉さんの顔色は闇に紛れて伺えない。
でもきっと良い顔はしていないのだろう。
この人はこういう汚い仕事を好まない人だから。

永倉「局長がな、お前は逃がしてやってくれと言っていた」

キョン「えっ?」

永倉「東の方の路地には見張りを配備させていない。そっちから逃げろ」

それだけ言うと永倉さんは俺の目の前から立ち去る。
局長が、俺を見逃せと命令を出したって言うのか?

 
52以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:35:22.69:5bLqX6hHP

逡巡した後、ハルヒ達に命令を出す。

キョン「こっちから回りこんで撤退するぞ! 続け!」

新選組の隊士を、かつての仲間を、一人斬り伏せて大声で叫ぶ。
一瞬ハルヒ達の方を向いたその時だった。

ハルヒ「キョン! 前!」

キョン「え?」

目の前には、刀を振りかざした新選組隊士がいた。

 
54以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:36:10.92:5bLqX6hHP

咄嗟に刀を振り上げたが、間に合わない。
左肩から右太ももにかけて袈裟懸けに斬られたようだ。
痛みは一瞬遅れてからやってきた。

ハルヒ「キョン! キョン!」

ハルヒの声がやたらと遠くで聞こえる。
体がどんどん冷たくなっていく。
死ぬのか? こんなところで。

古泉「しっかししてください! 今止血します!」

長門「近寄るな……近寄れば容赦なく切り捨てる」

なんか騒がしいな……でも、だんだん静かになってきた……
このまま眠ってしまえそうだ。
おかしいな、眠ってる場合じゃないはずなのに。

ハルヒ「こんな……こんな……!」

ハルヒ「こんな世界なんて、あたしは認めない!」

視界を、純白の光が染めていった。

 
55以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:37:12.47:5bLqX6hHP

キョン「んあ?」

みくる「あ、目が覚めましたかぁ?」

気づくと俺はいつもの部室にいた。
どうやら居眠りをしていたらしい。
昨日の夜ゲームをやり過ぎて寝不足だったからな。

古泉「なんだかお疲れのようですね」

キョン「あぁ。なんだか不思議な夢を見てた気がする」

おかげで全然寝た気がしないんだがな。

ハルヒ「やっほー! みんな集まってる?」

キョン「見てのとおりだ」

ハルヒ「じゃあ早速明日の不思議探索についてミーティングするわよ!」

 
56以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:38:09.93:5bLqX6hHP

いつも通りの一日だ。
しかし何か違和感を感じるのは何故だろうか。
さっき見た夢に何か関係あるのかもしれない。

ハルヒ「ちょっとキョン! あんた話聞いてるの?」

キョン「聞いてるよ。不思議探索って言ってもどうせいつものパターンだろ?」

あれは本当に夢だったんだろうか。
ハルヒ、最後に見たお前の姿がまだ目に焼き付いているんだ。

キョン「なぁ長門」

長門「なに」

キョン「新選組の本って何か持ってないか?」

長門「持っている」

キョン「じゃあ今度ちょっと貸してくれないか?」

長門「いい」

キョン「ありがとな」

 
58以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:39:49.34:5bLqX6hHP
終わりー
深夜のテンションで一気に書き上げたから山もオチも意味もない

 
62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 02:46:57.16:u17XcJBU0
キョンの前世は藤堂平助だったのか

 
66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 03:32:41.52:nFnvO4PI0
1の次回作に期待上げ

>>62
やっぱり平介だったか。
薄桜鬼を見ていたから余裕だぜ。

 
64以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 03:08:56.78:5bLqX6hHP
こんな時間だけど読んでくれた人ありがとね
心からの感謝を

 
65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/15(水) 03:09:58.49:p2P4zg9wO
良かった乙ー
次回作も期待してます
また読むぜ

 


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