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1: 忍法帖【Lv=32,xxxPT】 :2011/06/19(日) 02:32:54.74:IefKiJ4q0
「今日もお疲れさまでしたー、これ、かがみちゃんの今日の分」
店長から渡された茶封筒を受け取り、中を見ると五千円札が一枚、それだけだった
「あっ、あの……、店長」
私に背を向け「渡すものは渡したからね」と目の前のPCに向かいながら答える店長
本当は日給8000円という話だったはずなのに、昨日も、そして今日も5千円だった
募集要項に乗っていた待遇と違う事ばかりだ
私が不満そうに立っていたことを察したのか、PCから目を離しこちらに振り向くと
「今時ね、かがみちゃんみたいな子を雇ってあげられるとこなんて無いんだよ?
それなのに、ウチでこうして働いて日給5000円も貰えるんだから感謝してもらわないと
かがみちゃんだって、今の仕事内容は不満?募集要項も、面接の時にも仕事の内容は説明して
それで納得の上でしょう?」
と、些細で都合の良い所だけ主張してくる店長
優しそうな笑顔を浮かべているけれど、その言葉の端々はトゲがあり、茨のように私の心にちくりと突き刺さり、絡まりつく
「……ありがとう、ございます」
それでも、ここで下手に刃向かうと明日のご飯だって買えなくなってしまうかもしれない
左手に握った茶封筒と右手のカスタネットを強く握り締め、込み上げてくる悔しさを食いしばり、私は頭を下げた
何で私は……こんな事をしているんだろう……
ID:E3jNWSq20
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2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:43:26.44:E3jNWSq20
家に帰り、扉を開けるとほのかに香る香辛料の匂い
「あっ、お姉ちゃんおかえりー」
笑顔で出迎えてくれたのは双子の妹のつかさ
相変わらずバイトをすることもなく、学生生活の甘い部分だけを堪能しているような喜びに満ちた笑顔だった
「今日はカレー?」
「うん、お姉ちゃん最近暑さのせいで食欲無さそうだったから
カレーだったら食欲ない時も食べたくなると思って」
食欲が無いのは……暑さのせいじゃあないけれど
でも体は正直で、カレーの匂いを嗅いだとたんに今まで感じていなかった空腹を覚える
「ありがと、つかさ」
「えへへ……」
柔らかなつかさの頭を撫でる
このつかさの優しそうな笑顔を見ると、少しくらいの疲れは吹き飛んでしまいそうだ
それでも私の足は一日の立ち仕事で悲鳴をあげて、今にでも倒れこんでしまいそうだった
3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:52:23.78:E3jNWSq20
夕食を終え、自室に戻るとそのままベッドに体を投じると
ぼすり、と優しくもなくそのベッドは私の体を柔らかな布団で抱きしめてくれる
このまま目を瞑ったまま眠ったらさぞかし気持ちがいいのだろうけど、まだ眠るわけにはいかない
明日の仕事の準備をしないと……
「はぁ……っと」
出てくるため息も、今ではもう掛け声のようなもの
ベッドの横に放り出した鞄から、仕事道具であるカスタネットを取り出す
何の変哲もない、極々普通の、赤と青のカスタネット
「明日の仕事でも使うからお手入れしておかないと」
頭の中で考えていることでも口に出すようになったのはいつ頃からだろう
独り言でさえ無意識に口から溢れてくる
カスタネットを固定する紐を右手の中指に通し、左手でカスタネットを挟みこむように叩く
「うん、たん、うん、たん」
カチ、カチ、と乾いた音を鳴らすカスタネットの音が、一人の部屋に響く唯一の音だった
4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:09:01.65:E3jNWSq20
ある程度カスタネットの調整をして、スケジュール帳を開き明日の予定を確認する
「明日は……よかった、遅番だ」
数日間の予定なんてもちろん頭に入っているけれど、改めて確認してそれが正しいと思うと安心できる
出勤時間は18時、そして終わるのは深夜の0時の遅番
明日は久しぶりに目覚ましをかけずに眠れると思うと、少し嬉しかった
でも、一時間単位で区切られた予定表の20時から21時の部分に書きこまれた文字を見ると、ため息がまた一つ
「このお客さん、また明日来るんだよなあ……」
私を指名してくれるのはいいんだけれど、この人だけは苦手……というか嫌だった
毎回、毎回、人の嫌がるような事をしてくる人
店長に相談しても、それでも店長は「お得意様だから」との一点張りで「少しなら我慢できるでしょう」と言ってきただけだった
今日だって、ギターのピックで……ああもう!思い出すだけで腹が立って頭を掻き毟りたくなる!
明日使う制服をクロゼットから取り出し、目の付く場所へ掛けておく
今日使ったものは汚れが酷いのでクリーニングに出すしかなさそうだった
明日は夏服……ああ、それとみかんと沢庵も用意しないと
つかさに買っておいてって頼んだけれど、買ってきてくれたかなあ……
7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:21:12.34:E3jNWSq20
翌日、昨日着ていた制服をクリーニングに持って行き、僅かに買い物をしただけで仕事の時間になってしまった
夕時の少しせわしない時間帯のバスに乗ると、見知った顔が――と言っても最近は連絡も取っていなかったけれど
長い髪をポニーテイルに束ね、その体には不釣合いな程の大きな紙袋を持ってバスの奥の方に立っていた
でも私はこなたに声を掛けられなかった
こなたにも私を見つけてほしくなかったし、今の姿を見られたくなかった
今何をしているの、なんて聞かれたらなんて答える?
そんな事ばかりが頭を埋め尽くし、こなたに声を掛けることはできなかった
きっと笑われる、いや、この年になってこんな事をしていたら軽蔑されるかもしれない
だから私はこなたに見つからないように、若干混み合うバスの中、早く目的地に付くことだけを考えていた
時々こなたの方を見たけれど、何か音楽を聞くことに集中しているみたいで
私がバスから降りるまで、こちらに気付くことは無かった
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:33:48.24:E3jNWSq20
「うんたん♪うんたん♪」
今日も私はただひたすら、音楽室を模して作られたプレイルームで一人カスタネットを叩く
変な掛け声に合わせて、嬉しそうにリズムよく、もちろん笑顔も忘れない
「うんたん♪うんたん♪」
愛想を振りまくように、左右に体を揺らしながら
いつもより少し高めの声を出しながら、カスタネットを叩く
「うんたん♪うんたん♪」
今日は昨日とは違い夏服なので、昨日よりは暑さを感じないことだけが救いだった
「うんたん♪うんたん♪」
途切れることなく、止めることなくその掛け声に合わせて体を振り、カスタネットを鳴らし、声をあげて
「うんたん♪うんたん♪」
長い長い時間をただひたすら、繰り返す
「うんたん♪うんたん♪」
ふと、今日バスで見た旧友の顔を思い出し、今の自分の姿を重ねてしまいそうになる
でも今は仕事中、どんな事があってもお客さんの相手をしている時は私ではない私でないといけないのだから
「うんたん♪うんたん♪」
だから今は、この掛け声に合わせてカスタネットを叩くことだけを考えればいいのだから
9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:38:22.11:e58PtQ7CO
「ただいま」
「あっ、お姉ちゃん、おかえ」
「ごめんつかさ、今日私夕飯いらないから」
帰宅後、出迎えてくれたつかさを殆ど無視するような形で要件だけ伝えて自室へ
扉を開けて、バッグを床に投げつけ、ベッドへ身を投げる
「っく……っなんで……!!」
拳をベッドに叩きつけるが、柔らかな布団はその音を包みこんでくれる
その音に隠れながら、扉を叩く音とつかさの声
でも私はその声に対して怒鳴りつけるように返事をすると、それ以上扉の音もつかさの声も聞こえなくなった
「なんでなのよ……!なんで……なの、よっ!」
ぼすり、ぼすり、ぼすり、と幾度も私は拳を布団へ振り下ろす
それでも感情は治まらず、布団を殴るたびに目頭が熱くなる
「くうう……!!」
それでも、留まることを知らない感情の波は行き場を失い、頭の中へとなだれ込んでくる
叩きつけていた両の手でその頭を、髪の毛を掻きむしる
「ああああっ!!こっ、こんな物!!こんな物ッ!!!」
掻きむしる手を止めてバッグを掴み、その中身を掻き出すように取り出し、その中にあったカスタネットを掴む
「こんな物ぁっ!!!」
感情に任せて、手に握ったカスタネットを壁へと力いっぱい叩きつけた
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:09:36.99:E3jNWSq20
壁に当たると、カスタネットは幾つかの青と赤の破片となって床へと散らばった
思いの外簡単に、壊れてしまった
「何がうんたんだよ!!うんたんうんたん、もうウンザリよ!!!」
誰に向かって言うわけでもなく、ただその叩きつけた壁とカスタネットの破片に浴びせかけるように言葉を吐き出す
感情の塊を胸の奥底から搾り出し、口から吐き出し、叩きつける
「毎回、毎回同じことをさせて!人を都合のいい玩具みたいに扱って……!」
足元にあったバッグの中身を手に取り
みかんを、ピックを、沢庵を、タイツを、制服を、手当たり次第に壁へと投げつけた
壊れて、汚れて……それでも、溢れてくる感情は何一つ落ち着かず、晴れることもなかった
悔しいのか、悲しいのか、怒っているのか、何なのか、もう分からなくなった私は
着ている服も全て床に脱ぎ捨てて、部屋の電気を消し布団に潜り込む
そして布団を被り、腹の奥に渦巻く感情の波をさらに口から叩きつける
「#○&△@¥●!!!!!!!!!!!!!!!」
もう、言葉にすることすらしなかった
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:25:31.55:E3jNWSq20
「――……ん」
携帯のアラームが鳴り、気がついたら、というより目が覚めたのは次の日の朝だった
カーテンから僅かに差し込む朝日が部屋の中の様子をうっすらと伝えてくる
脱ぎ散らかした服、下着、乱雑に散らばった仕事道具
それを見ても、昨日のような感情は溢れては来なかった
すべてを吐き出した結果がこの部屋の状態、それだけだった
「……はぁ」
そして湧き上がってきたのは、片付けないと、というごく普通の感情
仕事は……もう、これ以上は体も、心も無理だろう……
吐き出した後の胸の中は、もう何も残っていないと思うほどに軽く、空っぽになっていた
そんな冷静な状態でアラームを止めると、携帯には幾つかメールが入っていることに気がついた
送信者は……全部つかさだった
『お姉ちゃん、無理しないでね』
『私でよければ、力になるから』
つかさからのメールは……空っぽになった心に温かく注がれて行くようだった
でも――いまはその暖かさも傷口に染みるように、ピリピリと痛む
優しい言葉のはずなのに……
「私……なにやっているんだろうなぁ……」
答えの見つからない問いかけを、私は天井に向かって呟いていた
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:38:24.25:E3jNWSq20
「うんたん♪うんたん♪」
コスプレをして、カスタネットを叩いて、それでお金が貰えるなんて
これなら私でも簡単にできるよね
「うんたん♪うんたん♪」
お姉ちゃんも頑張っていたんだから、私も頑張ろう
それに、リコーダーよりカスタネットの方が簡単だよね
「うんたん♪うんたん♪」
でもすごいよね、こんな普通のマンションの一つの部屋が本物の音楽室みたいになっているなんて
ひとりでいるのには勿体無いくらい……っていうかちょっと広すぎて一人だと不安かも……
それとも、誰かどこかでこっそり見ているのかな?
「うんたん♪うんたん♪」
この私がコスプレしている『唯ちゃん』っていう子はどんな子なんだろう?
楽器が上手でギターが引けて、すごい優しそうだし、やっぱり男の子や女の子にも人気があるのかも?
「うんたん♪うんたん♪」
私もこの『唯ちゃん』みたいになれたらいいな
お姉ちゃん、私頑張るからね
「うんたん♪うんたん♪」
終
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:43:20.51:F2PyC/bV0
家に帰り、扉を開けるとほのかに香る香辛料の匂い
「あっ、お姉ちゃんおかえりー」
笑顔で出迎えてくれたのは双子の妹のつかさ
相変わらずバイトをすることもなく、学生生活の甘い部分だけを堪能しているような喜びに満ちた笑顔だった
「今日はカレー?」
「うん、お姉ちゃん最近暑さのせいで食欲無さそうだったから
カレーだったら食欲ない時も食べたくなると思って」
食欲が無いのは……暑さのせいじゃあないけれど
でも体は正直で、カレーの匂いを嗅いだとたんに今まで感じていなかった空腹を覚える
「ありがと、つかさ」
「えへへ……」
柔らかなつかさの頭を撫でる
このつかさの優しそうな笑顔を見ると、少しくらいの疲れは吹き飛んでしまいそうだ
それでも私の足は一日の立ち仕事で悲鳴をあげて、今にでも倒れこんでしまいそうだった
夕食を終え、自室に戻るとそのままベッドに体を投じると
ぼすり、と優しくもなくそのベッドは私の体を柔らかな布団で抱きしめてくれる
このまま目を瞑ったまま眠ったらさぞかし気持ちがいいのだろうけど、まだ眠るわけにはいかない
明日の仕事の準備をしないと……
「はぁ……っと」
出てくるため息も、今ではもう掛け声のようなもの
ベッドの横に放り出した鞄から、仕事道具であるカスタネットを取り出す
何の変哲もない、極々普通の、赤と青のカスタネット
「明日の仕事でも使うからお手入れしておかないと」
頭の中で考えていることでも口に出すようになったのはいつ頃からだろう
独り言でさえ無意識に口から溢れてくる
カスタネットを固定する紐を右手の中指に通し、左手でカスタネットを挟みこむように叩く
「うん、たん、うん、たん」
カチ、カチ、と乾いた音を鳴らすカスタネットの音が、一人の部屋に響く唯一の音だった
ある程度カスタネットの調整をして、スケジュール帳を開き明日の予定を確認する
「明日は……よかった、遅番だ」
数日間の予定なんてもちろん頭に入っているけれど、改めて確認してそれが正しいと思うと安心できる
出勤時間は18時、そして終わるのは深夜の0時の遅番
明日は久しぶりに目覚ましをかけずに眠れると思うと、少し嬉しかった
でも、一時間単位で区切られた予定表の20時から21時の部分に書きこまれた文字を見ると、ため息がまた一つ
「このお客さん、また明日来るんだよなあ……」
私を指名してくれるのはいいんだけれど、この人だけは苦手……というか嫌だった
毎回、毎回、人の嫌がるような事をしてくる人
店長に相談しても、それでも店長は「お得意様だから」との一点張りで「少しなら我慢できるでしょう」と言ってきただけだった
今日だって、ギターのピックで……ああもう!思い出すだけで腹が立って頭を掻き毟りたくなる!
明日使う制服をクロゼットから取り出し、目の付く場所へ掛けておく
今日使ったものは汚れが酷いのでクリーニングに出すしかなさそうだった
明日は夏服……ああ、それとみかんと沢庵も用意しないと
つかさに買っておいてって頼んだけれど、買ってきてくれたかなあ……
翌日、昨日着ていた制服をクリーニングに持って行き、僅かに買い物をしただけで仕事の時間になってしまった
夕時の少しせわしない時間帯のバスに乗ると、見知った顔が――と言っても最近は連絡も取っていなかったけれど
長い髪をポニーテイルに束ね、その体には不釣合いな程の大きな紙袋を持ってバスの奥の方に立っていた
でも私はこなたに声を掛けられなかった
こなたにも私を見つけてほしくなかったし、今の姿を見られたくなかった
今何をしているの、なんて聞かれたらなんて答える?
そんな事ばかりが頭を埋め尽くし、こなたに声を掛けることはできなかった
きっと笑われる、いや、この年になってこんな事をしていたら軽蔑されるかもしれない
だから私はこなたに見つからないように、若干混み合うバスの中、早く目的地に付くことだけを考えていた
時々こなたの方を見たけれど、何か音楽を聞くことに集中しているみたいで
私がバスから降りるまで、こちらに気付くことは無かった
「うんたん♪うんたん♪」
今日も私はただひたすら、音楽室を模して作られたプレイルームで一人カスタネットを叩く
変な掛け声に合わせて、嬉しそうにリズムよく、もちろん笑顔も忘れない
「うんたん♪うんたん♪」
愛想を振りまくように、左右に体を揺らしながら
いつもより少し高めの声を出しながら、カスタネットを叩く
「うんたん♪うんたん♪」
今日は昨日とは違い夏服なので、昨日よりは暑さを感じないことだけが救いだった
「うんたん♪うんたん♪」
途切れることなく、止めることなくその掛け声に合わせて体を振り、カスタネットを鳴らし、声をあげて
「うんたん♪うんたん♪」
長い長い時間をただひたすら、繰り返す
「うんたん♪うんたん♪」
ふと、今日バスで見た旧友の顔を思い出し、今の自分の姿を重ねてしまいそうになる
でも今は仕事中、どんな事があってもお客さんの相手をしている時は私ではない私でないといけないのだから
「うんたん♪うんたん♪」
だから今は、この掛け声に合わせてカスタネットを叩くことだけを考えればいいのだから
この狂気さがらきすたSSらしい
10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:52:06.38:E3jNWSq20「ただいま」
「あっ、お姉ちゃん、おかえ」
「ごめんつかさ、今日私夕飯いらないから」
帰宅後、出迎えてくれたつかさを殆ど無視するような形で要件だけ伝えて自室へ
扉を開けて、バッグを床に投げつけ、ベッドへ身を投げる
「っく……っなんで……!!」
拳をベッドに叩きつけるが、柔らかな布団はその音を包みこんでくれる
その音に隠れながら、扉を叩く音とつかさの声
でも私はその声に対して怒鳴りつけるように返事をすると、それ以上扉の音もつかさの声も聞こえなくなった
「なんでなのよ……!なんで……なの、よっ!」
ぼすり、ぼすり、ぼすり、と幾度も私は拳を布団へ振り下ろす
それでも感情は治まらず、布団を殴るたびに目頭が熱くなる
「くうう……!!」
それでも、留まることを知らない感情の波は行き場を失い、頭の中へとなだれ込んでくる
叩きつけていた両の手でその頭を、髪の毛を掻きむしる
「ああああっ!!こっ、こんな物!!こんな物ッ!!!」
掻きむしる手を止めてバッグを掴み、その中身を掻き出すように取り出し、その中にあったカスタネットを掴む
「こんな物ぁっ!!!」
感情に任せて、手に握ったカスタネットを壁へと力いっぱい叩きつけた
壁に当たると、カスタネットは幾つかの青と赤の破片となって床へと散らばった
思いの外簡単に、壊れてしまった
「何がうんたんだよ!!うんたんうんたん、もうウンザリよ!!!」
誰に向かって言うわけでもなく、ただその叩きつけた壁とカスタネットの破片に浴びせかけるように言葉を吐き出す
感情の塊を胸の奥底から搾り出し、口から吐き出し、叩きつける
「毎回、毎回同じことをさせて!人を都合のいい玩具みたいに扱って……!」
足元にあったバッグの中身を手に取り
みかんを、ピックを、沢庵を、タイツを、制服を、手当たり次第に壁へと投げつけた
壊れて、汚れて……それでも、溢れてくる感情は何一つ落ち着かず、晴れることもなかった
悔しいのか、悲しいのか、怒っているのか、何なのか、もう分からなくなった私は
着ている服も全て床に脱ぎ捨てて、部屋の電気を消し布団に潜り込む
そして布団を被り、腹の奥に渦巻く感情の波をさらに口から叩きつける
「#○&△@¥●!!!!!!!!!!!!!!!」
もう、言葉にすることすらしなかった
「――……ん」
携帯のアラームが鳴り、気がついたら、というより目が覚めたのは次の日の朝だった
カーテンから僅かに差し込む朝日が部屋の中の様子をうっすらと伝えてくる
脱ぎ散らかした服、下着、乱雑に散らばった仕事道具
それを見ても、昨日のような感情は溢れては来なかった
すべてを吐き出した結果がこの部屋の状態、それだけだった
「……はぁ」
そして湧き上がってきたのは、片付けないと、というごく普通の感情
仕事は……もう、これ以上は体も、心も無理だろう……
吐き出した後の胸の中は、もう何も残っていないと思うほどに軽く、空っぽになっていた
そんな冷静な状態でアラームを止めると、携帯には幾つかメールが入っていることに気がついた
送信者は……全部つかさだった
『お姉ちゃん、無理しないでね』
『私でよければ、力になるから』
つかさからのメールは……空っぽになった心に温かく注がれて行くようだった
でも――いまはその暖かさも傷口に染みるように、ピリピリと痛む
優しい言葉のはずなのに……
「私……なにやっているんだろうなぁ……」
答えの見つからない問いかけを、私は天井に向かって呟いていた
「うんたん♪うんたん♪」
コスプレをして、カスタネットを叩いて、それでお金が貰えるなんて
これなら私でも簡単にできるよね
「うんたん♪うんたん♪」
お姉ちゃんも頑張っていたんだから、私も頑張ろう
それに、リコーダーよりカスタネットの方が簡単だよね
「うんたん♪うんたん♪」
でもすごいよね、こんな普通のマンションの一つの部屋が本物の音楽室みたいになっているなんて
ひとりでいるのには勿体無いくらい……っていうかちょっと広すぎて一人だと不安かも……
それとも、誰かどこかでこっそり見ているのかな?
「うんたん♪うんたん♪」
この私がコスプレしている『唯ちゃん』っていう子はどんな子なんだろう?
楽器が上手でギターが引けて、すごい優しそうだし、やっぱり男の子や女の子にも人気があるのかも?
「うんたん♪うんたん♪」
私もこの『唯ちゃん』みたいになれたらいいな
お姉ちゃん、私頑張るからね
「うんたん♪うんたん♪」
終
泣いた
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:56:03.08:YxdKTwAK0
泣けるわ
SSではじめて泣いた。
SSではじめて泣いた。
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