1:名無しさん@おーぷん:20/11/24(火)23:41:53 :Av7
Twitterで書いていた140字ssに少し加筆してまとめた短編集です。趣味をこれでもかと詰め込みました。
取り留めのない話が多いですが、気に入ったものが一つでもあればいいなと思っています。良ければぜひ。
取り留めのない話が多いですが、気に入ったものが一つでもあればいいなと思っています。良ければぜひ。
2:名無しさん@おーぷん:20/11/24(火)23:42:13 :Av7
【 Amber Colored Kiss 】
◇
灰色の空が揺れる。それを引き連れた髪色は一段と輝いていた。軽く手に取ると、水のように消え去ってしまう。流れるように静かに、落ちていくように滑らかに。
だから何度も、その髪を梳いた。
髪が落ちる速度と、氷菓子が溶ける速度。その二つだけが、今ここにある速度だった。
時間は、独(ひと)りでに過ぎていく。太陽が誰に見られずとも廻るように。
○
「ライラちゃん、アイス美味しいですか?」
「カエデさんもいかがでございましょうか?」
「あら。それならご相伴にあずかります。あ、そうだわ……」
「……それはー……?」
「ふふっ。オトナの飲み物です。一口……はいけませんから、じゃあ……」
ぴたり。
甘いキスの後味は、琥珀の香りだった。
【 Amber Colored Kiss 】
◇
灰色の空が揺れる。それを引き連れた髪色は一段と輝いていた。軽く手に取ると、水のように消え去ってしまう。流れるように静かに、落ちていくように滑らかに。
だから何度も、その髪を梳いた。
髪が落ちる速度と、氷菓子が溶ける速度。その二つだけが、今ここにある速度だった。
時間は、独(ひと)りでに過ぎていく。太陽が誰に見られずとも廻るように。
○
「ライラちゃん、アイス美味しいですか?」
「カエデさんもいかがでございましょうか?」
「あら。それならご相伴にあずかります。あ、そうだわ……」
「……それはー……?」
「ふふっ。オトナの飲み物です。一口……はいけませんから、じゃあ……」
ぴたり。
甘いキスの後味は、琥珀の香りだった。
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3:名無しさん@おーぷん:20/11/24(火)23:43:07 :Av7
【 Heat from behind your back 】
◇
できるようになりたい。
単純明快な、そんな思いが根底にあったのでした。
誰かに褒められたいとか、喜んで欲しいとか、そういうわけじゃなくて。ただひたすらに、自分の中だけで、できないものができるようになる喜びを味わいたい。
そんな衝動に突き動かされ、私は鏡に写る自分と動く体を同期していたのです。
【 Heat from behind your back 】
◇
できるようになりたい。
単純明快な、そんな思いが根底にあったのでした。
誰かに褒められたいとか、喜んで欲しいとか、そういうわけじゃなくて。ただひたすらに、自分の中だけで、できないものができるようになる喜びを味わいたい。
そんな衝動に突き動かされ、私は鏡に写る自分と動く体を同期していたのです。
4:名無しさん@おーぷん:20/11/24(火)23:43:22 :Av7
○
「はぁ……はぁ……んっ……もう一回……」
「頑張ってるな、歌鈴」
「えっ? あっ、プぴゃあ!」
「おわ!? 大丈夫か歌鈴!? すごい音したしすごい声出したぞ!?」
「だ、大丈夫です……いてて……」
「ん? もしかして捻ったか……!? ちょっと歌鈴、動くな」
「えっ、わっ……」
そう言ってプロデューサーさんは私の右足首を両手で押さえ、その後、ゆっくり押すようにして数カ所痛みを確かめます。……三回目で、バレちゃいました。
「……すまん。俺が不用意に声をかけたから……」
「そ、そんなことないです! 私が単にドジだったから……」
「いや、不用意だった。今からは……病院空いてるかな……」
「そ、そそそそそっそそんな、大丈夫ですって! 少し休めば、全然……!」
「いや。こういう時にちゃんと対応しなきゃなんだよ。社会人の義務ってやつさ」
「あ──……」
そ、そうですよね。自主練とは言っても、レッスン中に怪我しちゃったら、プロデューサーさんは色々対応しなきゃいけないんですよね。それがお仕事なんですから。
……お仕事、ですから。
○
「はぁ……はぁ……んっ……もう一回……」
「頑張ってるな、歌鈴」
「えっ? あっ、プぴゃあ!」
「おわ!? 大丈夫か歌鈴!? すごい音したしすごい声出したぞ!?」
「だ、大丈夫です……いてて……」
「ん? もしかして捻ったか……!? ちょっと歌鈴、動くな」
「えっ、わっ……」
そう言ってプロデューサーさんは私の右足首を両手で押さえ、その後、ゆっくり押すようにして数カ所痛みを確かめます。……三回目で、バレちゃいました。
「……すまん。俺が不用意に声をかけたから……」
「そ、そんなことないです! 私が単にドジだったから……」
「いや、不用意だった。今からは……病院空いてるかな……」
「そ、そそそそそっそそんな、大丈夫ですって! 少し休めば、全然……!」
「いや。こういう時にちゃんと対応しなきゃなんだよ。社会人の義務ってやつさ」
「あ──……」
そ、そうですよね。自主練とは言っても、レッスン中に怪我しちゃったら、プロデューサーさんは色々対応しなきゃいけないんですよね。それがお仕事なんですから。
……お仕事、ですから。
5:名無しさん@おーぷん:20/11/24(火)23:43:41 :Av7
○
「まずったなぁ……もう病院は空いてないみたいだ。すまん歌鈴、今日は一日家で患部を冷やして様子を見てくれ。明日の朝に迎えいくから、それで病院に行こう」
「……すいません。私が無理したせいで……それに、勝手にレッスンルームも使ってたのに……」
プロデューサーさんの顔を見ることができません。私のわがままで。私のドジで。私がうまくできなかったばっかりに、プロデューサーさんにご迷惑をかけて……
うまく顔が見れません。床を見つめていたら、流れるわけでもないのに涙が迫り上がってきました。悔しさなのでしょうか。申し訳なさなのでしょうか。痛みでは、ないと思います。少なくとも、足の痛みではないはずです。
声に出せない声が、頭の中でこだまします。
───急に、くしゃりと頭を撫でられました。踏めなかったステップを踏めるようにと右に左にと動いたせいで、髪の毛はきっと汗で濡れています。
「ふあ、ひゃう……!?」
「───歌鈴は、頑張ってるよ。ちょっと頑張り過ぎってくらい、頑張ってる。……自分ではそんなことないと思ってるかもしれないけど、それこそ、そんなことない。だから俺が褒めてやろうって、思ったんだけどな」
「ぷろ、でゅーさーさん……?」
「よくやってる。本当に頑張ってる。すごい。歌鈴はすごいよ。……だから、明日はちゃんと病院行って休もうな。……少し俯瞰して自分を見る時間も必要だよ」
───その目は。熱く、潤んでいた気がしました。
その熱がどういう感情なのか、私にはわかりません。
わからないけれど───こんなに、優しい言葉をかけられてしまって。
ドクン、と。体の中で、何かがはねた気がします。
この感情は、知っています。知っているけど、口にしてはいけない感情です。
でもそれは、一秒一秒、深くなって。
息は吐くばかりで、うまく吸うことができません。
「ぷろでゅーさーさん───」
ただ、名前を呼ぶことしかできなくて。次にプロデューサーがする行動に、何も反応することができませんでした。
「よっ……と」
「わわわ!? ぷ、プロデューサーしゃん!?」
気がつくと、目の前にはプロデューサーさんの背中があって。足は空に浮かんでいて。思ったよりも『あつい』背中に少しだけ頬を寄せてしまいました。
「今日はとりあえず送っていくよ。お家にはもう連絡は済ませたから、今日はゆっくり休んでくれ」
「え、え、えっとその……プロデューサーさん……! お、重いですから……それに、シャワーだって浴びてないから、汗だって……!」
「ん、大丈夫だって、気にするな」
「気にしちゃいます!」
一人の乙女として、それだけは引けません。そ、それは少しデリバリー……じゃないです。デリカシーがないと思います。
───でも、嬉しい。
誰にでも優しいプロデューサーさんだけど。
その優しさを今だけは私が独占していることが。災い転じて福となすなんて言ってしまうと、少し不純だけど。
───でもどうしたって、その優しさが嬉しかったのです。
○
「まずったなぁ……もう病院は空いてないみたいだ。すまん歌鈴、今日は一日家で患部を冷やして様子を見てくれ。明日の朝に迎えいくから、それで病院に行こう」
「……すいません。私が無理したせいで……それに、勝手にレッスンルームも使ってたのに……」
プロデューサーさんの顔を見ることができません。私のわがままで。私のドジで。私がうまくできなかったばっかりに、プロデューサーさんにご迷惑をかけて……
うまく顔が見れません。床を見つめていたら、流れるわけでもないのに涙が迫り上がってきました。悔しさなのでしょうか。申し訳なさなのでしょうか。痛みでは、ないと思います。少なくとも、足の痛みではないはずです。
声に出せない声が、頭の中でこだまします。
───急に、くしゃりと頭を撫でられました。踏めなかったステップを踏めるようにと右に左にと動いたせいで、髪の毛はきっと汗で濡れています。
「ふあ、ひゃう……!?」
「───歌鈴は、頑張ってるよ。ちょっと頑張り過ぎってくらい、頑張ってる。……自分ではそんなことないと思ってるかもしれないけど、それこそ、そんなことない。だから俺が褒めてやろうって、思ったんだけどな」
「ぷろ、でゅーさーさん……?」
「よくやってる。本当に頑張ってる。すごい。歌鈴はすごいよ。……だから、明日はちゃんと病院行って休もうな。……少し俯瞰して自分を見る時間も必要だよ」
───その目は。熱く、潤んでいた気がしました。
その熱がどういう感情なのか、私にはわかりません。
わからないけれど───こんなに、優しい言葉をかけられてしまって。
ドクン、と。体の中で、何かがはねた気がします。
この感情は、知っています。知っているけど、口にしてはいけない感情です。
でもそれは、一秒一秒、深くなって。
息は吐くばかりで、うまく吸うことができません。
「ぷろでゅーさーさん───」
ただ、名前を呼ぶことしかできなくて。次にプロデューサーがする行動に、何も反応することができませんでした。
「よっ……と」
「わわわ!? ぷ、プロデューサーしゃん!?」
気がつくと、目の前にはプロデューサーさんの背中があって。足は空に浮かんでいて。思ったよりも『あつい』背中に少しだけ頬を寄せてしまいました。
「今日はとりあえず送っていくよ。お家にはもう連絡は済ませたから、今日はゆっくり休んでくれ」
「え、え、えっとその……プロデューサーさん……! お、重いですから……それに、シャワーだって浴びてないから、汗だって……!」
「ん、大丈夫だって、気にするな」
「気にしちゃいます!」
一人の乙女として、それだけは引けません。そ、それは少しデリバリー……じゃないです。デリカシーがないと思います。
───でも、嬉しい。
誰にでも優しいプロデューサーさんだけど。
その優しさを今だけは私が独占していることが。災い転じて福となすなんて言ってしまうと、少し不純だけど。
───でもどうしたって、その優しさが嬉しかったのです。
6:名無しさん@おーぷん:20/11/25(水)00:00:46 :B1f
「すみませんプロデューサーさん……」
「はは。いいさ、おぶっても歌鈴は全然軽いなぁ。……足首は動かさないようにな。自分の身体、大切にしてやってくれ」
「……はい」
回した腕に熱をこめる。
ああ、聞けない。聞けません、そんなこと。 少しくらい私のこと、意識してくれていますか、なんて。……聞けません。
……うん。それを聞くのは、また今度。また、いつか。
──────いつか。次のステップを踏み出せた時に。
「すみませんプロデューサーさん……」
「はは。いいさ、おぶっても歌鈴は全然軽いなぁ。……足首は動かさないようにな。自分の身体、大切にしてやってくれ」
「……はい」
回した腕に熱をこめる。
ああ、聞けない。聞けません、そんなこと。 少しくらい私のこと、意識してくれていますか、なんて。……聞けません。
……うん。それを聞くのは、また今度。また、いつか。
──────いつか。次のステップを踏み出せた時に。
7:名無しさん@おーぷん:20/11/25(水)00:01:30 :B1f
【 Tonight, we will 】
◇
喧騒は緩和していく。残るのはただ、あの人の息遣いだけ。
彼がお酒を飲む音。口を開けた時に漏れる声。どこも見ていないようで、どこかを見ているようなその目線。……ちらりと、私の方を見てくれたこと、気づいていますよ?
夢には見れないような時間。日々の終わりにふと横を見るかのような、立ち止まった時間。
あなたと、過ごす時間。
また、夜は更けていく───。
○
「わがままを聞いてくださってありがとうござます。それじゃあ次はプロデューサーのオススメにいきましょう。夜はまだまだ長いですから」
「楓さん」
「はい」
「もう三軒目です」
「はい。次は四軒目ですね」
「そうではなく」
「はい」
「このままでは最早同僚同士がふらりと飲み屋で時間を潰すという名目が成り立ちません」
「そんなことないと思います」
「楓さん」
「はい」
「そもそもは適当に時間をつぶそうか、というきっかけから始まったはずです」
「そうでしたっけ」
「そうです。これ以上はもう」
「もう……?」
「本来の目的から離れ、自らの意思で二人の時間を過ごそうという段階へとすり変わってしまいます」
「つまり?」
「……いわゆるデートになってしまい、問題あるかと」
「───プロデューサーさん」
「おわかりいただけましたか」
「そう思っているのはプロデューサーさんだけですよ」
「まだ時間つぶしだと言い張るおつもりですか……?」
「いえ、そうではなく」
「?」
「何の問題もないじゃないですか、デート」
「は」
「それに、そもそもプロデューサーさんだっておかしいです。男と女が仕事終わりに二人で食事に行こうと約束して出てきているんですから、最初から目的はデートだったに決まってるじゃないですか」
「私はプロデューサーとして、楓さんはアイドルとして、なにか相談などがあるのではと思っていたのですが……」
「甘いです」
「甘い」
「激甘です」
「そうでしょうか」
「そうです。だからプロデューサーさんは私に付き合わないといけないのです」
「話のつながりが一切ないように思えるのですが……」
「いいえ、あります。そう感じるのは、プロデューサーさんが酔っているからです」
「そうでしょうか」
「そうです。だからプロデューサーさんは次のお店に行くまで私と手を繋がなければいけないのです」
「なぜですか」
「そういうものだからです」
「そうでしょうか」
「そうです。
──……だからほら、いいから、手を出してください……」
○
そう言って、私も手を差し出す。あの人から握ってほしいから。理屈にならない理屈を並べて、いろんなことを煙に巻いて、やってることはただ一つ、あなたに甘えているだけ。単純でしょう? 度しやすいでしょう? だからほら。
───もっと私に、優しくしてください。
○
夜はまた更けていく。でも身体はちっとも冷えていかない。
繋いだ手から伝わる熱が、そうさせなかった。
【 Tonight, we will 】
◇
喧騒は緩和していく。残るのはただ、あの人の息遣いだけ。
彼がお酒を飲む音。口を開けた時に漏れる声。どこも見ていないようで、どこかを見ているようなその目線。……ちらりと、私の方を見てくれたこと、気づいていますよ?
夢には見れないような時間。日々の終わりにふと横を見るかのような、立ち止まった時間。
あなたと、過ごす時間。
また、夜は更けていく───。
○
「わがままを聞いてくださってありがとうござます。それじゃあ次はプロデューサーのオススメにいきましょう。夜はまだまだ長いですから」
「楓さん」
「はい」
「もう三軒目です」
「はい。次は四軒目ですね」
「そうではなく」
「はい」
「このままでは最早同僚同士がふらりと飲み屋で時間を潰すという名目が成り立ちません」
「そんなことないと思います」
「楓さん」
「はい」
「そもそもは適当に時間をつぶそうか、というきっかけから始まったはずです」
「そうでしたっけ」
「そうです。これ以上はもう」
「もう……?」
「本来の目的から離れ、自らの意思で二人の時間を過ごそうという段階へとすり変わってしまいます」
「つまり?」
「……いわゆるデートになってしまい、問題あるかと」
「───プロデューサーさん」
「おわかりいただけましたか」
「そう思っているのはプロデューサーさんだけですよ」
「まだ時間つぶしだと言い張るおつもりですか……?」
「いえ、そうではなく」
「?」
「何の問題もないじゃないですか、デート」
「は」
「それに、そもそもプロデューサーさんだっておかしいです。男と女が仕事終わりに二人で食事に行こうと約束して出てきているんですから、最初から目的はデートだったに決まってるじゃないですか」
「私はプロデューサーとして、楓さんはアイドルとして、なにか相談などがあるのではと思っていたのですが……」
「甘いです」
「甘い」
「激甘です」
「そうでしょうか」
「そうです。だからプロデューサーさんは私に付き合わないといけないのです」
「話のつながりが一切ないように思えるのですが……」
「いいえ、あります。そう感じるのは、プロデューサーさんが酔っているからです」
「そうでしょうか」
「そうです。だからプロデューサーさんは次のお店に行くまで私と手を繋がなければいけないのです」
「なぜですか」
「そういうものだからです」
「そうでしょうか」
「そうです。
──……だからほら、いいから、手を出してください……」
○
そう言って、私も手を差し出す。あの人から握ってほしいから。理屈にならない理屈を並べて、いろんなことを煙に巻いて、やってることはただ一つ、あなたに甘えているだけ。単純でしょう? 度しやすいでしょう? だからほら。
───もっと私に、優しくしてください。
○
夜はまた更けていく。でも身体はちっとも冷えていかない。
繋いだ手から伝わる熱が、そうさせなかった。
8:名無しさん@おーぷん:20/11/25(水)00:01:50 :B1f
【 Tomorrow, you so 】
◇
喧騒は増加していく。どんな息遣いも酒の魔力に埋もれていく。
彼がお酒を飲む音。口を開けた時に漏れる声。どこも見ていないようで、どこかを見ているようなその目線。……そんなこともあったかもしれないけれどもはや記憶にはない。
夢には見れないような時間。見たとしたらそれは悪夢に違いない。
日々の終わりにふと横を見るかのような、立ち止まった時間。目をそらしたくなるような時間。
あなたと、過ごす時間。
また、夜は更けていく───。
○
「次のお店に行きまひょう!」
「美優さん」
「ろーしたんれすかぷろりゅーさーはん、夜はまだまだこれかられすよ!」
「もうねんねの時間ですよ、早く帰りましょう」
「むー……やだ!」
「わがまま言わないの」
「やだやだ! もうちょっとぷろりゅーはーさんとお話したいれす!」
「わかりました、わかりましたからここは一旦出ましょう。店員さんすいませんチェックで、あ、カードでお願いします」
「むー……いぢわる」
「いじわるしてないですよ。じゃあ美優さん、途中コンビニでなんか買っていきましょう」
「むむむ」
「いい子だから。ね?」
「……わかりました」
「あー良い子、良い子ですよ美優さん。我慢できて偉いねー」
「えっへへ……もっと撫でてくらしゃぁい……」
「はーいはいはい良い子良い子ー……あ、サインですね。暗証番号は大丈夫? はい、ありがとうございます……いつもすいませんホント。そういえば先日楓さんがいらっしゃったと……ああ、すいませんご迷惑をおかけしました」
「ぷろりゅーさーさん……もう撫でてくりぇないんれすか?」
「あーごめんね、良い子だから泣かないでね……じゃあすいません失礼します。また今度よろしくお願いします。さ、美優さんばいばいしよっか。ほら、ばいばーいって」
「ばいばーい!」
「はいよくできました。それじゃいきましょうか……あー、もう寒いな……」
「……ぷりょりゅーさーさん……手、繋いで!」
「はいはい、それくらいならまぁ」
「抱っこ!」
「それはいかんわ。美優さん、おーい美優さん。少し歩きましょう」
「ふみゅう……」
「ふみゅうはやばいって。成人女性なんですからホラ。致命傷くらいでやめといた方がいいですよ。美優さん毎回記憶残んだから」
「……だめ?」
「…………………………ダメじゃない、です、けど……」
「やったー! ぷろでゅーさーさんさん、だいすき!」
「でも抱っこしたままは歩けないからね。おうち帰ったらしてあげるからね」
「……いまはだめ、なんれすか……?」
「……おんぶなら」
「わーい! おんぶ! おんぶ!」
「はい、じゃあ乗っかって……よいしょっと」
「あっははははははははは! おんぶ、高い!
……プロデューサーさんの背中、あったかい──────」
「美優さん? ……美優さーん……。
──……おやすみなさい。良い夢を」
○
彼女は背中でくぅくぅと寝息を立てている。アイドルとしては痴態を晒したと言っても過言ではないのかもしれない。けれど、彼女は俺以外の人と飲むときは決してこんな姿を見せない。……程度の違いかもしれないが。
それでも、ここまで心のままを曝け出してくれるのはきっと俺だけなんだって、自惚れたくなる。この人は、いつもいろんなことを抱えて───抱え切れないのに、それでも背負おうとして、潰れそうになって……無理してしまう人だから。
だから、少しでも彼女が安らげるように。彼女の心に寄り添えるように。それが俺の仕事だから。……俺の、したいことだから。
月のように輝く彼女を際立たせる、深い夜になれるように。そんな願いを心新たに思い、俺は一歩一歩を踏み出していく。
この、星の見えない夜───満月の下に。
○
「まるくなっていたい」
「だから言ったのに……」
【 Tomorrow, you so 】
◇
喧騒は増加していく。どんな息遣いも酒の魔力に埋もれていく。
彼がお酒を飲む音。口を開けた時に漏れる声。どこも見ていないようで、どこかを見ているようなその目線。……そんなこともあったかもしれないけれどもはや記憶にはない。
夢には見れないような時間。見たとしたらそれは悪夢に違いない。
日々の終わりにふと横を見るかのような、立ち止まった時間。目をそらしたくなるような時間。
あなたと、過ごす時間。
また、夜は更けていく───。
○
「次のお店に行きまひょう!」
「美優さん」
「ろーしたんれすかぷろりゅーさーはん、夜はまだまだこれかられすよ!」
「もうねんねの時間ですよ、早く帰りましょう」
「むー……やだ!」
「わがまま言わないの」
「やだやだ! もうちょっとぷろりゅーはーさんとお話したいれす!」
「わかりました、わかりましたからここは一旦出ましょう。店員さんすいませんチェックで、あ、カードでお願いします」
「むー……いぢわる」
「いじわるしてないですよ。じゃあ美優さん、途中コンビニでなんか買っていきましょう」
「むむむ」
「いい子だから。ね?」
「……わかりました」
「あー良い子、良い子ですよ美優さん。我慢できて偉いねー」
「えっへへ……もっと撫でてくらしゃぁい……」
「はーいはいはい良い子良い子ー……あ、サインですね。暗証番号は大丈夫? はい、ありがとうございます……いつもすいませんホント。そういえば先日楓さんがいらっしゃったと……ああ、すいませんご迷惑をおかけしました」
「ぷろりゅーさーさん……もう撫でてくりぇないんれすか?」
「あーごめんね、良い子だから泣かないでね……じゃあすいません失礼します。また今度よろしくお願いします。さ、美優さんばいばいしよっか。ほら、ばいばーいって」
「ばいばーい!」
「はいよくできました。それじゃいきましょうか……あー、もう寒いな……」
「……ぷりょりゅーさーさん……手、繋いで!」
「はいはい、それくらいならまぁ」
「抱っこ!」
「それはいかんわ。美優さん、おーい美優さん。少し歩きましょう」
「ふみゅう……」
「ふみゅうはやばいって。成人女性なんですからホラ。致命傷くらいでやめといた方がいいですよ。美優さん毎回記憶残んだから」
「……だめ?」
「…………………………ダメじゃない、です、けど……」
「やったー! ぷろでゅーさーさんさん、だいすき!」
「でも抱っこしたままは歩けないからね。おうち帰ったらしてあげるからね」
「……いまはだめ、なんれすか……?」
「……おんぶなら」
「わーい! おんぶ! おんぶ!」
「はい、じゃあ乗っかって……よいしょっと」
「あっははははははははは! おんぶ、高い!
……プロデューサーさんの背中、あったかい──────」
「美優さん? ……美優さーん……。
──……おやすみなさい。良い夢を」
○
彼女は背中でくぅくぅと寝息を立てている。アイドルとしては痴態を晒したと言っても過言ではないのかもしれない。けれど、彼女は俺以外の人と飲むときは決してこんな姿を見せない。……程度の違いかもしれないが。
それでも、ここまで心のままを曝け出してくれるのはきっと俺だけなんだって、自惚れたくなる。この人は、いつもいろんなことを抱えて───抱え切れないのに、それでも背負おうとして、潰れそうになって……無理してしまう人だから。
だから、少しでも彼女が安らげるように。彼女の心に寄り添えるように。それが俺の仕事だから。……俺の、したいことだから。
月のように輝く彼女を際立たせる、深い夜になれるように。そんな願いを心新たに思い、俺は一歩一歩を踏み出していく。
この、星の見えない夜───満月の下に。
○
「まるくなっていたい」
「だから言ったのに……」
9:名無しさん@おーぷん:20/11/25(水)00:02:09 :B1f
【 A kiss shines brighter than moonlight 】
◇
アンドロメダは手に取れそうにないから、近くの星で我慢してあげる。
ここから一番近い、手を伸ばせば届きそうな星。
その砂を取ってきてくれるまで、一緒にいましょう。
○
部屋の電気は落としたまま、彼は仕事に戻る。スクリーンに映し出された白色の光に、黒く文字列が刻まれていく姿を、私は窓に背を預けながら眺めていた。
……打鍵音が一際高く響く。いつもより少し乱暴気味なキータッチは、機嫌が良い証拠。私を見ていないことだけが、少し不満だった。
「今日は月が遠いわ」
「歩いて行けない距離ではあるな」
「……そうじゃなくて。もう、ムードのない人」
「冗談だ。……なんで遠いんだ?」
「そんな気分だからかしら」
「根拠なしかよ」
……彼は一秒だってこちらに振り向いてはくれない。
目にしなければ、光っているかどうかだってわからないのに。それは自分勝手で自分本位で───とても自己中心的な考え方。
ええ、そう。私、首ったけだから、仕方ないの。
「───欲しいの?」
「それは奏の方だろ?」
「……ホント。そういうところ、ズルイのね」
「否定はしないよ。オトナだからな」
「……私はまだ子供ってこと?」
「それもある。そんで、そうじゃない意味もある」
「……何、それ」
「いつかわかるさ。わからんでも気にしなくて良い。奏の人生にはきっと関係ないよ」
「あなたのことなのに?」
「んー……まあ、俺のことなのにっていうか、俺のことだから、かな」
「……バカね」
「否定はしないよ。何度も言うように、大人だからね」
……エンターキーを最後に押し込んで、彼がわざとらしく背中を伸ばす。
あなたの顔が真横に来て、不意にどきりとする。
顔を覗くと、待っていましたと言わんばかりのその表情。
───ホント、食えない人ね。あなた。
○
言葉は流れていく。この場からも。頭からも。
何もかもを空っぽにして、あなたと唇を重ねる。
短く引いた糸は、艶やかに照らされていて───。
ねえ。その白光は、今度こそ何なのでしょうね?
【 A kiss shines brighter than moonlight 】
◇
アンドロメダは手に取れそうにないから、近くの星で我慢してあげる。
ここから一番近い、手を伸ばせば届きそうな星。
その砂を取ってきてくれるまで、一緒にいましょう。
○
部屋の電気は落としたまま、彼は仕事に戻る。スクリーンに映し出された白色の光に、黒く文字列が刻まれていく姿を、私は窓に背を預けながら眺めていた。
……打鍵音が一際高く響く。いつもより少し乱暴気味なキータッチは、機嫌が良い証拠。私を見ていないことだけが、少し不満だった。
「今日は月が遠いわ」
「歩いて行けない距離ではあるな」
「……そうじゃなくて。もう、ムードのない人」
「冗談だ。……なんで遠いんだ?」
「そんな気分だからかしら」
「根拠なしかよ」
……彼は一秒だってこちらに振り向いてはくれない。
目にしなければ、光っているかどうかだってわからないのに。それは自分勝手で自分本位で───とても自己中心的な考え方。
ええ、そう。私、首ったけだから、仕方ないの。
「───欲しいの?」
「それは奏の方だろ?」
「……ホント。そういうところ、ズルイのね」
「否定はしないよ。オトナだからな」
「……私はまだ子供ってこと?」
「それもある。そんで、そうじゃない意味もある」
「……何、それ」
「いつかわかるさ。わからんでも気にしなくて良い。奏の人生にはきっと関係ないよ」
「あなたのことなのに?」
「んー……まあ、俺のことなのにっていうか、俺のことだから、かな」
「……バカね」
「否定はしないよ。何度も言うように、大人だからね」
……エンターキーを最後に押し込んで、彼がわざとらしく背中を伸ばす。
あなたの顔が真横に来て、不意にどきりとする。
顔を覗くと、待っていましたと言わんばかりのその表情。
───ホント、食えない人ね。あなた。
○
言葉は流れていく。この場からも。頭からも。
何もかもを空っぽにして、あなたと唇を重ねる。
短く引いた糸は、艶やかに照らされていて───。
ねえ。その白光は、今度こそ何なのでしょうね?
10:名無しさん@おーぷん:20/11/25(水)00:02:28 :B1f
【 Imprison your/my emotion in the summer 】
◇
「ほたるちゃん。公園に、写真を撮りにいきませんか?」
藍子さんからそう誘われて、二つ返事で了承した私は今、事務所近くの小さな公園のベンチに腰掛けています。隣には藍子さんが。その隣を、緑の風が吹きぬけていきました。
「藍子さん、こ、これなんかどうでしょうか……!」
「わ。すごくきれい……世界が光ってるみたい」
すごいねほたるちゃん、なんて褒めてくれる横顔が空ろに揺れて。
また、ざあと大きく風が吹きました。
もう夏の装いは感じられません。乾いた空気がただひたすらに隣へと流れていく季節がやって来るんだなってと、そう感じました。
「藍子さんが、すごく丁寧に教えてくれたおかげです……! トイカメラでもこんなに綺麗な写真、撮れるんですね」
「うん。こだわろうとするといくらでもこだわれるって椿さんが言ってたけど……まだまだ私も勉強中なの」
えへへ、と笑いお互い下を向いてしまいます。言葉はもう既になく。一匹だけの蝉の音が、じいと聞こえました。汗よりも早い速度で、染みていきます。
むせ返るような夏の匂いだけが、過ぎた季節の名残りでした。
「何か、あったんですか」
そう聞くのは躊躇われて。藍子さんも話そうとは思っていないと思います。だからせめて、いつか藍子さんが私にしてくれたように───ただ、隣にいようと思います。
「ありがとね」
……藍子さんの口が僅かに動きました。それだけで、私が藍子さんのためにできることは何もないと、わかってしまったのです。きっとこうして隣にいることだってもしかしたら、藍子さんを苦しめているのかもしれません。
「───なんで、かなぁ。……わかってはいるんだけど……ね」
……藍子さんが、絞り出すように言葉を紡いでいきます。
「好きになっちゃったのが、だめだったんだよね」
「──────。」
つう、と。
涙が頬を伝います。
「あ、れ───。」
その涙は止まらなくて。どうしてかはきっと、藍子さんもわかっていなくて。
───私の目から流れる涙の意味を、誰が知ることができたのでしょうか?
ああ───でも。
きっとこれは、憐憫などではないのです。同情でも、憐情でもないのです。
ただその強さへの───終わりを迎えることを、きっと自ら望んだ藍子さんへの───、恭敬から来るものなのでしょう。
「───ありがとう、ほたるちゃん」
セピアの時間が、風に滲んでいきます。
「写真の中に、夏も閉じ込められたらいいのにね」
───その言葉は、どちらの口から漏れたのでしょうか。
【 Imprison your/my emotion in the summer 】
◇
「ほたるちゃん。公園に、写真を撮りにいきませんか?」
藍子さんからそう誘われて、二つ返事で了承した私は今、事務所近くの小さな公園のベンチに腰掛けています。隣には藍子さんが。その隣を、緑の風が吹きぬけていきました。
「藍子さん、こ、これなんかどうでしょうか……!」
「わ。すごくきれい……世界が光ってるみたい」
すごいねほたるちゃん、なんて褒めてくれる横顔が空ろに揺れて。
また、ざあと大きく風が吹きました。
もう夏の装いは感じられません。乾いた空気がただひたすらに隣へと流れていく季節がやって来るんだなってと、そう感じました。
「藍子さんが、すごく丁寧に教えてくれたおかげです……! トイカメラでもこんなに綺麗な写真、撮れるんですね」
「うん。こだわろうとするといくらでもこだわれるって椿さんが言ってたけど……まだまだ私も勉強中なの」
えへへ、と笑いお互い下を向いてしまいます。言葉はもう既になく。一匹だけの蝉の音が、じいと聞こえました。汗よりも早い速度で、染みていきます。
むせ返るような夏の匂いだけが、過ぎた季節の名残りでした。
「何か、あったんですか」
そう聞くのは躊躇われて。藍子さんも話そうとは思っていないと思います。だからせめて、いつか藍子さんが私にしてくれたように───ただ、隣にいようと思います。
「ありがとね」
……藍子さんの口が僅かに動きました。それだけで、私が藍子さんのためにできることは何もないと、わかってしまったのです。きっとこうして隣にいることだってもしかしたら、藍子さんを苦しめているのかもしれません。
「───なんで、かなぁ。……わかってはいるんだけど……ね」
……藍子さんが、絞り出すように言葉を紡いでいきます。
「好きになっちゃったのが、だめだったんだよね」
「──────。」
つう、と。
涙が頬を伝います。
「あ、れ───。」
その涙は止まらなくて。どうしてかはきっと、藍子さんもわかっていなくて。
───私の目から流れる涙の意味を、誰が知ることができたのでしょうか?
ああ───でも。
きっとこれは、憐憫などではないのです。同情でも、憐情でもないのです。
ただその強さへの───終わりを迎えることを、きっと自ら望んだ藍子さんへの───、恭敬から来るものなのでしょう。
「───ありがとう、ほたるちゃん」
セピアの時間が、風に滲んでいきます。
「写真の中に、夏も閉じ込められたらいいのにね」
───その言葉は、どちらの口から漏れたのでしょうか。
11:名無しさん@おーぷん:20/11/25(水)00:03:56 :B1f
【 Singular point 】
◇
「一般論では動物が強い個体の周りに集まるのは当然なんだ。でもそれは種の存続とかじゃなく、自分の命が惜しいだけ。
知ってる? 別に遺伝子は種を残そうとして進化を遂げているわけじゃない。進化に方向性なんてないんだ。ただ、その方向性を持ったものだけが生き残っているってだけの話。だからすぐに死んじゃうような個体の遺伝子は残されて行かないってわけ。
……ん?
そう、言うまでもなくキミだよ。あっちに行っては首を突っ込み、こっちにきては声を掛ける。自分自身にとっては何のプラスにもならないはずなのにさ。だってそうじゃん。それで得するのは例えばあたしたちであって
、例えば会社であって、例えばファンの人たちな訳でしょ? キミ自身に対するリターンなんてない。
でもキミは何の迷いもなくやり遂げてしまうんだよね。それが当たり前みたいに……どころの話じゃなくてさ。それがやりたかった、それを待っていた! みたいにテキパキハキハキとさ。ホーント理解できない。プレロジック的な発想だよ、それ。
ああ、そういえば日本のコミュニケーション文化は独特だよね。志希ちゃんがアメリカにいたときに数回日本人の研究者と食事したことあるんだけど、研究者って言えばそれでもロジックを積んで話をする人種じゃん。
その食事の時もさ、彼らは「どうしてあたしは全部わかってしまうのかな」ってことを思ってるんだろうけど口に出そうともしないの。口に出しちゃえば「そう言うものだから」とか「よくわかんない」とか反応できるけど、黙ってたら何の反応しようもないでしょ?
きっとね、期待してたんだよあたしに。「察してほしい」ってね。いわゆる腹芸ってやつ? 『皆まで言うな』『言わぬが花よ』ってやつ。あー、もちろんあたしも今の会話ではあえてあたしが察してあげたことを喋ってるけどね? できないわけじゃないんだよ。しないだけ。
だってさ、それってすっごいずるいじゃん。何も言わないでもわかって欲しいなんて、すっごくごーまーん、だと思うのです。相手に責任を丸投げしてるだけでしょ?
自分の言葉にすら責任を取れない人たちに自分の人生食い潰されるのなんて、志希ちゃんは容認できない。それなら第一原理計算でも進めてバンド図の一本でも書くよ。あたしがギフテッドであっても、単なる計算速度ではスパコンには勝てないからねー。
えーっと、何だっけ。ああそう。だからさ、そんなプレロジックのこと、アメリカでは「テレパシー」って言うんだよ。わかる? 彼らがやってることもあなたがやってることもこの国に住むいろんな人がやってることも、全部全部テレパシーでなりたってるわけ。あっはは、おっかしー。
だってそんな第六感じみた曖昧な概念に身を寄せてこの社会は回ってるんだよ? 健全じゃないでしょ、そんなの。
だからあたしから見ると不思議でしょうがないんだよね。例えばキミのやっていること。どうしてあたしたちを信じられるのかわからない。ボーカルレッスンだってダンスレッスンだって受けてるのはあたし。
それを見学していけるだろうって期待したとしても、やっぱり当日舞台に上がるのはあたしたちな訳じゃん? 機材トラブルで歌が入らないかもしれない。疲労骨折で立てなくなるかもしれない。
他にも、何かもっと面白そうなものを見つけて、そっちの方に出掛けてっちゃうかもしれない。そうでしょ?
キミがやってることは他人に期待をかけていると言うこと。何の保証もない、何の確信もない『テレパシー』に自分の貴重な時間を割いちゃってる。賭けちゃってるって言う方が正しいかもしれないね。
そんなさ、自分の時間を、自分が生きるために必要な時間を何の疑いもなく使えるなんて、異常者でしかないよ──少なくともあたしにはそう見えるよ、うん。誰かのために生きられる人なんて、正しくイレギュラーなんだよ。
キミみたいな動物が野生で繁栄することはまずない。キミはオンリーワン。この後にキミのいた記録は残るかもしれないけど記憶は残らない。この世から消えていく遺伝子だ。
だから、さ。
キミみたいな人に擒われちゃう動物もまた、まず間違いなくイレギュラーなのだよ。そんなイレギュラー、あたしは自分以外に認めようとは思わない。いや別にいたところで何かするってわけじゃないけどねー。……ああでも、ちょっとは嫉妬しちゃうかも?
志希ちゃんの嫉妬顔なんてなかなか見られないんだから、光栄に思ってくれたら嬉しいなー。それとも何か、も〜っと見られそうにない顔、見たい……?」
「ごめんなに?」
「も〜〜!」
【 Singular point 】
◇
「一般論では動物が強い個体の周りに集まるのは当然なんだ。でもそれは種の存続とかじゃなく、自分の命が惜しいだけ。
知ってる? 別に遺伝子は種を残そうとして進化を遂げているわけじゃない。進化に方向性なんてないんだ。ただ、その方向性を持ったものだけが生き残っているってだけの話。だからすぐに死んじゃうような個体の遺伝子は残されて行かないってわけ。
……ん?
そう、言うまでもなくキミだよ。あっちに行っては首を突っ込み、こっちにきては声を掛ける。自分自身にとっては何のプラスにもならないはずなのにさ。だってそうじゃん。それで得するのは例えばあたしたちであって
、例えば会社であって、例えばファンの人たちな訳でしょ? キミ自身に対するリターンなんてない。
でもキミは何の迷いもなくやり遂げてしまうんだよね。それが当たり前みたいに……どころの話じゃなくてさ。それがやりたかった、それを待っていた! みたいにテキパキハキハキとさ。ホーント理解できない。プレロジック的な発想だよ、それ。
ああ、そういえば日本のコミュニケーション文化は独特だよね。志希ちゃんがアメリカにいたときに数回日本人の研究者と食事したことあるんだけど、研究者って言えばそれでもロジックを積んで話をする人種じゃん。
その食事の時もさ、彼らは「どうしてあたしは全部わかってしまうのかな」ってことを思ってるんだろうけど口に出そうともしないの。口に出しちゃえば「そう言うものだから」とか「よくわかんない」とか反応できるけど、黙ってたら何の反応しようもないでしょ?
きっとね、期待してたんだよあたしに。「察してほしい」ってね。いわゆる腹芸ってやつ? 『皆まで言うな』『言わぬが花よ』ってやつ。あー、もちろんあたしも今の会話ではあえてあたしが察してあげたことを喋ってるけどね? できないわけじゃないんだよ。しないだけ。
だってさ、それってすっごいずるいじゃん。何も言わないでもわかって欲しいなんて、すっごくごーまーん、だと思うのです。相手に責任を丸投げしてるだけでしょ?
自分の言葉にすら責任を取れない人たちに自分の人生食い潰されるのなんて、志希ちゃんは容認できない。それなら第一原理計算でも進めてバンド図の一本でも書くよ。あたしがギフテッドであっても、単なる計算速度ではスパコンには勝てないからねー。
えーっと、何だっけ。ああそう。だからさ、そんなプレロジックのこと、アメリカでは「テレパシー」って言うんだよ。わかる? 彼らがやってることもあなたがやってることもこの国に住むいろんな人がやってることも、全部全部テレパシーでなりたってるわけ。あっはは、おっかしー。
だってそんな第六感じみた曖昧な概念に身を寄せてこの社会は回ってるんだよ? 健全じゃないでしょ、そんなの。
だからあたしから見ると不思議でしょうがないんだよね。例えばキミのやっていること。どうしてあたしたちを信じられるのかわからない。ボーカルレッスンだってダンスレッスンだって受けてるのはあたし。
それを見学していけるだろうって期待したとしても、やっぱり当日舞台に上がるのはあたしたちな訳じゃん? 機材トラブルで歌が入らないかもしれない。疲労骨折で立てなくなるかもしれない。
他にも、何かもっと面白そうなものを見つけて、そっちの方に出掛けてっちゃうかもしれない。そうでしょ?
キミがやってることは他人に期待をかけていると言うこと。何の保証もない、何の確信もない『テレパシー』に自分の貴重な時間を割いちゃってる。賭けちゃってるって言う方が正しいかもしれないね。
そんなさ、自分の時間を、自分が生きるために必要な時間を何の疑いもなく使えるなんて、異常者でしかないよ──少なくともあたしにはそう見えるよ、うん。誰かのために生きられる人なんて、正しくイレギュラーなんだよ。
キミみたいな動物が野生で繁栄することはまずない。キミはオンリーワン。この後にキミのいた記録は残るかもしれないけど記憶は残らない。この世から消えていく遺伝子だ。
だから、さ。
キミみたいな人に擒われちゃう動物もまた、まず間違いなくイレギュラーなのだよ。そんなイレギュラー、あたしは自分以外に認めようとは思わない。いや別にいたところで何かするってわけじゃないけどねー。……ああでも、ちょっとは嫉妬しちゃうかも?
志希ちゃんの嫉妬顔なんてなかなか見られないんだから、光栄に思ってくれたら嬉しいなー。それとも何か、も〜っと見られそうにない顔、見たい……?」
「ごめんなに?」
「も〜〜!」
12:名無しさん@おーぷん:20/11/25(水)00:06:15 :B1f
以上です。やはりID変わって申し訳ありませんが全部作者です。
いつもエンタメ性のない物語ばかりかいて自己満足に浸っています。もし少しでもいいな、と思ってくだされば望外の喜びです。
pixivに置いてあるのは肇の話も入ってるんですが、それはリライトして独立した話として投稿するためにこの短編集からは省きました。近日そちらも投稿いたします。
これらも含め、過去作もぜひよろしくお願いします。
【シャニマス短編集】手にとれなくて
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1606227718/l10
【ミリマス短編集】Before Birthday, 10 minutes.
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1606226595/l10
【シャニマスss】微睡レモン【樋口円香】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1601701787/l10
いつもエンタメ性のない物語ばかりかいて自己満足に浸っています。もし少しでもいいな、と思ってくだされば望外の喜びです。
pixivに置いてあるのは肇の話も入ってるんですが、それはリライトして独立した話として投稿するためにこの短編集からは省きました。近日そちらも投稿いたします。
これらも含め、過去作もぜひよろしくお願いします。
【シャニマス短編集】手にとれなくて
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1606227718/l10
【ミリマス短編集】Before Birthday, 10 minutes.
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1606226595/l10
【シャニマスss】微睡レモン【樋口円香】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1601701787/l10
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