2: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 22:55:05.29 :oKvYaFDpo
どれだけ経っても。どこにいても。
ステージに立つ前の私は、相変わらず緊張で足が震えます。
震えは今でも止まることはないけれど、でも。かつての私とは違っています。視線の向こうにはほら、私を待ってくれる大勢のファンがいるから。
そして、私に気づかせてくれたプロデューサーさんが、いるから。
私は、心地よい震えを感じながら、開幕のベルを待つのです。
どれだけ経っても。どこにいても。
ステージに立つ前の私は、相変わらず緊張で足が震えます。
震えは今でも止まることはないけれど、でも。かつての私とは違っています。視線の向こうにはほら、私を待ってくれる大勢のファンがいるから。
そして、私に気づかせてくれたプロデューサーさんが、いるから。
私は、心地よい震えを感じながら、開幕のベルを待つのです。

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3: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 22:55:52.59 :oKvYaFDpo
「こ、小日向美穂です!」
初めて事務所を訪れた日。自己PRを、とプロデューサーさんに言われ、私は言葉がうまく出せませんでした。
「ああ、緊張してるよね。うん、いいよいいよ。そのままそのまま」
「す、すみません……」
あうう……なかなか上手にできません。せっかくこんな私をスカウトしてくれたのに、いいとこなしです。
思えば、最初からこんな感じでした。
ひとりで。レッスンルームの鏡とにらめっこしながらステップを踏んでいたとき、プロデューサーさんは私に声をかけてくれました。それなのに、私はどう返事をしたらいいか分からなくて。
何を言ったのかすら、私自身覚えていません。でもプロデューサーさんの言葉はなぜか、耳に残っていたんです。
「あはは! うん、いいね! 君はそのままでいいよ!」
その笑顔に、私は救われた気がしました。
「こ、小日向美穂です!」
初めて事務所を訪れた日。自己PRを、とプロデューサーさんに言われ、私は言葉がうまく出せませんでした。
「ああ、緊張してるよね。うん、いいよいいよ。そのままそのまま」
「す、すみません……」
あうう……なかなか上手にできません。せっかくこんな私をスカウトしてくれたのに、いいとこなしです。
思えば、最初からこんな感じでした。
ひとりで。レッスンルームの鏡とにらめっこしながらステップを踏んでいたとき、プロデューサーさんは私に声をかけてくれました。それなのに、私はどう返事をしたらいいか分からなくて。
何を言ったのかすら、私自身覚えていません。でもプロデューサーさんの言葉はなぜか、耳に残っていたんです。
「あはは! うん、いいね! 君はそのままでいいよ!」
その笑顔に、私は救われた気がしました。
4: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 22:56:47.67 :oKvYaFDpo
アイドル。私の憧れ。
緊張しいの自分がなれるなんて、実のところあまり思っていませんでした。でもレッスンを受けていて、ひょっとしたら、もしかしたらって。そんな風に思っている自分もいて。
それが現実になるなんて……
プロデューサーさんに救われた私は、それだけで舞い上がってしまいました。でも、アイドルになるってことは、そこがゴールじゃなくてスタートなんだ、って。その時の私はよく分かってなかったんです。
正式に事務所所属のアイドルになって、レッスンの内容も数段濃くなって。私の毎日は、へこんでは立ち上がりの繰り返し。
「はああ……私、ほんとにアイドルになれるのかなあ……」
でも憧れが手の届くところにあるって、知ってしまったから。諦めたくありません。気合い一発自分を立て直し、またレッスンへ。
毎日。毎日。
そんな日々が続くと、さすがに心が疲れちゃうこともありました。
「あの……プロデューサーさん」
「ん? どうした?」
「私、本当にアイドルでやっていけるんでしょうか……」
引っ込み思案で緊張しいで。こんな自分を変えたくて養成所に入って。でも、何も変わってなくて、自分をコントロールできなくて。
恥ずかしい……悔しい……
アイドル。私の憧れ。
緊張しいの自分がなれるなんて、実のところあまり思っていませんでした。でもレッスンを受けていて、ひょっとしたら、もしかしたらって。そんな風に思っている自分もいて。
それが現実になるなんて……
プロデューサーさんに救われた私は、それだけで舞い上がってしまいました。でも、アイドルになるってことは、そこがゴールじゃなくてスタートなんだ、って。その時の私はよく分かってなかったんです。
正式に事務所所属のアイドルになって、レッスンの内容も数段濃くなって。私の毎日は、へこんでは立ち上がりの繰り返し。
「はああ……私、ほんとにアイドルになれるのかなあ……」
でも憧れが手の届くところにあるって、知ってしまったから。諦めたくありません。気合い一発自分を立て直し、またレッスンへ。
毎日。毎日。
そんな日々が続くと、さすがに心が疲れちゃうこともありました。
「あの……プロデューサーさん」
「ん? どうした?」
「私、本当にアイドルでやっていけるんでしょうか……」
引っ込み思案で緊張しいで。こんな自分を変えたくて養成所に入って。でも、何も変わってなくて、自分をコントロールできなくて。
恥ずかしい……悔しい……
5: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 22:57:42.39 :oKvYaFDpo
「なあ、美穂」
「……はい」
「緊張しいな自分を、変えたい?」
「それは……もちろん!」
それが私の目標でもあったから。
「そこが、さ。違うんだよ」
「え?」
プロデューサーさんは、私の意表を突きました。
「緊張することは必要なことだと思うな。むしろいい緊張をして、ありのままの自分をファンに観てもらう。それが大事だと思うよ」
こんな私でも? あまりに緊張して何もできない私でも?
「そのままの美穂が魅力的だから、僕はスカウトしたんだよ」
プロデューサーさんは笑って答えてくれました。
ほんとかな? ほんとに、このままの私で、いいのかな?
私はプロデューサーさんの言ってくれたことが、まだ理解できていませんでした。
「なあ、美穂」
「……はい」
「緊張しいな自分を、変えたい?」
「それは……もちろん!」
それが私の目標でもあったから。
「そこが、さ。違うんだよ」
「え?」
プロデューサーさんは、私の意表を突きました。
「緊張することは必要なことだと思うな。むしろいい緊張をして、ありのままの自分をファンに観てもらう。それが大事だと思うよ」
こんな私でも? あまりに緊張して何もできない私でも?
「そのままの美穂が魅力的だから、僕はスカウトしたんだよ」
プロデューサーさんは笑って答えてくれました。
ほんとかな? ほんとに、このままの私で、いいのかな?
私はプロデューサーさんの言ってくれたことが、まだ理解できていませんでした。
6: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 22:58:56.36 :oKvYaFDpo
「島村卯月です! 一緒に頑張りましょうね!」
「五十嵐響子です! よろしくお願いします!」
卯月ちゃんと、響子ちゃん。
プロデューサーさんは、まずはユニットで頑張ってみよう、と言って二人を紹介してくれました。
卯月ちゃんは、すでにアイドルとしてデビューしてる先輩。でも「同じ歳だから」と、明るくフランクに私に接してくれます。
響子ちゃんは年下なのに、私よりずっとしっかりしてて、家事なんでもござれのスーパーお姉ちゃんでした。
私たち三人はそれから、一緒にレッスンを受け、残っては練習を繰り返し。気晴らしに三人でお買い物行ったり、響子ちゃんにお料理習ったり。
明るい二人のおかげなんでしょう。私たちはすぐに打ち解けることができました。
レッスンで褒められたときは三人で喜んで、ダメ出しをくらったときは三人で努力して。喜びは三倍に。辛さは三分の一に。
三人でいるときは、緊張しいの私もそんなにプレッシャーを感じなくて、楽しくて、楽しくて!
「島村卯月です! 一緒に頑張りましょうね!」
「五十嵐響子です! よろしくお願いします!」
卯月ちゃんと、響子ちゃん。
プロデューサーさんは、まずはユニットで頑張ってみよう、と言って二人を紹介してくれました。
卯月ちゃんは、すでにアイドルとしてデビューしてる先輩。でも「同じ歳だから」と、明るくフランクに私に接してくれます。
響子ちゃんは年下なのに、私よりずっとしっかりしてて、家事なんでもござれのスーパーお姉ちゃんでした。
私たち三人はそれから、一緒にレッスンを受け、残っては練習を繰り返し。気晴らしに三人でお買い物行ったり、響子ちゃんにお料理習ったり。
明るい二人のおかげなんでしょう。私たちはすぐに打ち解けることができました。
レッスンで褒められたときは三人で喜んで、ダメ出しをくらったときは三人で努力して。喜びは三倍に。辛さは三分の一に。
三人でいるときは、緊張しいの私もそんなにプレッシャーを感じなくて、楽しくて、楽しくて!
7: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 22:59:48.59 :oKvYaFDpo
そして、ユニットデビュー。私が、本当にアイドルになる日。
『ピンクチェックスクール』
それが、私たちユニットの名前です。
初めてのテレビ収録。私も響子ちゃんも、あまりの緊張でうわの空。ドキドキは速くなるし、息も上がります。
そんな私たちを見て、卯月ちゃんが。
「大丈夫だよ? いっぱい練習したし、それにね?」
卯月ちゃんは私を見て、響子ちゃんを見て、言ったんです。
「この緊張が楽しくなれば、一人前のアイドルになれるよ」
でもあわてて卯月ちゃんは「これ、プロデューサーさんが言ったことなんですけどね、あはは」って、笑ってました。
緊張を、楽しむ、かあ……
卯月ちゃんに言われた言葉が不思議と私の中にカチッとはまって、ちょっとだけ勇気が湧いてきました。
そして。
「はじめまして! ピンクチェックスクールの小日向美穂です!」
その時。
私は、アイドルの一歩を踏み出すことができたんです。
そして、ユニットデビュー。私が、本当にアイドルになる日。
『ピンクチェックスクール』
それが、私たちユニットの名前です。
初めてのテレビ収録。私も響子ちゃんも、あまりの緊張でうわの空。ドキドキは速くなるし、息も上がります。
そんな私たちを見て、卯月ちゃんが。
「大丈夫だよ? いっぱい練習したし、それにね?」
卯月ちゃんは私を見て、響子ちゃんを見て、言ったんです。
「この緊張が楽しくなれば、一人前のアイドルになれるよ」
でもあわてて卯月ちゃんは「これ、プロデューサーさんが言ったことなんですけどね、あはは」って、笑ってました。
緊張を、楽しむ、かあ……
卯月ちゃんに言われた言葉が不思議と私の中にカチッとはまって、ちょっとだけ勇気が湧いてきました。
そして。
「はじめまして! ピンクチェックスクールの小日向美穂です!」
その時。
私は、アイドルの一歩を踏み出すことができたんです。
8: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:00:22.86 :oKvYaFDpo
まるで夢のようで。どこまでも飛んで行けるようで。
卯月ちゃんと響子ちゃんと三人なら、なんだってできる、どこまでも行ける、そんな気持ちになります。
「どうだい? 美穂」
「はいっ! 三人でのお仕事、すっごく楽しいです!」
私がプロデューサーさんに答えると、プロデューサーさんは「そうか」と言って、ちょっと困った顔をします。
「どうしたんです? プロデューサーさん?」
「なあ美穂……美穂のゴールはここじゃ、ないんだよ……」
まるで夢のようで。どこまでも飛んで行けるようで。
卯月ちゃんと響子ちゃんと三人なら、なんだってできる、どこまでも行ける、そんな気持ちになります。
「どうだい? 美穂」
「はいっ! 三人でのお仕事、すっごく楽しいです!」
私がプロデューサーさんに答えると、プロデューサーさんは「そうか」と言って、ちょっと困った顔をします。
「どうしたんです? プロデューサーさん?」
「なあ美穂……美穂のゴールはここじゃ、ないんだよ……」
9: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:01:05.78 :oKvYaFDpo
ソロのお仕事。私に与えられた試練でした。
少し考えてみれば当たり前のことだったのです。卯月ちゃんはもともとソロデビューのアイドル。ユニットの活動だけで終始することはありません。そしてそれは、響子ちゃんにも、私にも。
ユニットはユニット、その次は……
今まで三人でいることが当たり前で、楽しく自分らしくやっていた気がします。だからソロのお仕事を言われたとき、不安で仕方ありませんでした。
そのお仕事とはテレビ番組のインタビュー、とにかくやるしかありません。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせてインタビュースタジオへ。でも。
「う……ううっ……」
控室で。私は泣いていました。
思っていたことも、感じていたことも。緊張の前に全部吹き飛んで、私はただしどろもどろに受け答えするだけで。
何も出せない、何も伝えられない……ただそのことがひどく悲しかったのです。
「プロデューサーさん……プロデューサーさん!」
控室に帰ってきたプロデューサーさんに、私は思わず抱きついてしまいました。そして、声に出して泣きました。
「ダメでした……私、全然ダメでした!」
ソロのお仕事。私に与えられた試練でした。
少し考えてみれば当たり前のことだったのです。卯月ちゃんはもともとソロデビューのアイドル。ユニットの活動だけで終始することはありません。そしてそれは、響子ちゃんにも、私にも。
ユニットはユニット、その次は……
今まで三人でいることが当たり前で、楽しく自分らしくやっていた気がします。だからソロのお仕事を言われたとき、不安で仕方ありませんでした。
そのお仕事とはテレビ番組のインタビュー、とにかくやるしかありません。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせてインタビュースタジオへ。でも。
「う……ううっ……」
控室で。私は泣いていました。
思っていたことも、感じていたことも。緊張の前に全部吹き飛んで、私はただしどろもどろに受け答えするだけで。
何も出せない、何も伝えられない……ただそのことがひどく悲しかったのです。
「プロデューサーさん……プロデューサーさん!」
控室に帰ってきたプロデューサーさんに、私は思わず抱きついてしまいました。そして、声に出して泣きました。
「ダメでした……私、全然ダメでした!」
10: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:01:58.63 :oKvYaFDpo
プロデューサーさんは「そうか」と言いながら、私の頭をなでてくれました。それでも心は落ち着かずに、ただただ泣くしかなくて。
泣き疲れてようやく。私が落ち着いたところで、プロデューサーさんは私をソファーに座らせると、ゆっくり話しはじめました。
「頑張れなかった?」
「……はい」
「そうかな? 美穂はすごく頑張ったと、僕は思うな」
「でも……」
私には、とても頑張ったなんて思えませんでした。だって、結果を出せなかったんですから。結果がすべて、だと。
「……何も……できなかったし」
「……まあ、今日に限ればそうだな。ただ、僕に言えることはさ、美穂はいつだって頑張っているのを知ってる。結果は出せるよ」
「……」
ただ落ち込むだけの私に、プロデューサーさんは言いました。
「なあ美穂……超えよう」
「……超え、る?」
「うん。ちょっとでいい。昨日の自分を、超えよう。明日は、今日の自分を超えよう」
プロデューサーさんは「そうか」と言いながら、私の頭をなでてくれました。それでも心は落ち着かずに、ただただ泣くしかなくて。
泣き疲れてようやく。私が落ち着いたところで、プロデューサーさんは私をソファーに座らせると、ゆっくり話しはじめました。
「頑張れなかった?」
「……はい」
「そうかな? 美穂はすごく頑張ったと、僕は思うな」
「でも……」
私には、とても頑張ったなんて思えませんでした。だって、結果を出せなかったんですから。結果がすべて、だと。
「……何も……できなかったし」
「……まあ、今日に限ればそうだな。ただ、僕に言えることはさ、美穂はいつだって頑張っているのを知ってる。結果は出せるよ」
「……」
ただ落ち込むだけの私に、プロデューサーさんは言いました。
「なあ美穂……超えよう」
「……超え、る?」
「うん。ちょっとでいい。昨日の自分を、超えよう。明日は、今日の自分を超えよう」
11: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:02:40.53 :oKvYaFDpo
自分を、超える。今の私にそれができるでしょうか。
「ほんとにちょっとでいい。ささやかでいい。昨日より今日、今日より明日、ちょっとだけ高く飛んでみよう」
「高く……飛ぶ」
「そう、ちょっとだけ高く。今の美穂のようにものすごく落ち込んで、それでも飛ぶ努力を惜しまなかったアイドル、それが卯月だ」
「卯月ちゃん、が?」
「ああ。卯月は些細な努力を毎日続けている。それが今の卯月を支えてる」
私にとって卯月ちゃんは目標で憧れ。でもそんなアイドルらしいアイドルの卯月ちゃんでも、落ち込むことがあったんだ。
言われてみれば当たり前のことでも、私には新鮮でした。
「プロデューサーさん、私……飛べますか?」
私がプロデューサーさんに尋ねると、プロデューサーさんは。
「もちろん」
笑顔で、答えてくれました。
寮に戻って。私は部屋でぼんやりと考えていました。
自分を、超える。高く、飛ぶ。
その意味が知りたくて、私は卯月ちゃんへ電話をしたのです。
自分を、超える。今の私にそれができるでしょうか。
「ほんとにちょっとでいい。ささやかでいい。昨日より今日、今日より明日、ちょっとだけ高く飛んでみよう」
「高く……飛ぶ」
「そう、ちょっとだけ高く。今の美穂のようにものすごく落ち込んで、それでも飛ぶ努力を惜しまなかったアイドル、それが卯月だ」
「卯月ちゃん、が?」
「ああ。卯月は些細な努力を毎日続けている。それが今の卯月を支えてる」
私にとって卯月ちゃんは目標で憧れ。でもそんなアイドルらしいアイドルの卯月ちゃんでも、落ち込むことがあったんだ。
言われてみれば当たり前のことでも、私には新鮮でした。
「プロデューサーさん、私……飛べますか?」
私がプロデューサーさんに尋ねると、プロデューサーさんは。
「もちろん」
笑顔で、答えてくれました。
寮に戻って。私は部屋でぼんやりと考えていました。
自分を、超える。高く、飛ぶ。
その意味が知りたくて、私は卯月ちゃんへ電話をしたのです。
12: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:03:47.20 :oKvYaFDpo
『高く、飛ぶ?』
「うん。プロデューサーさんが言ってて……」
『……美穂ちゃん、頑張ってる。私も知ってるよ?』
電話の向こうの卯月ちゃんの声が、優しく響きます。
「どうしたら、飛べるかな」
『うーん……』
卯月ちゃんは少し考えて、答えました。
『練習、かな』
「練習?」
『うん。私、それしかできないから。失敗して辛くなったときは、いつも練習してる』
「……どうして?」
『だって、練習したら昨日の自分よりもっとうまくなれるかも、って。そう思うの。養成所のときから、そうだったから』
卯月ちゃんは『私、それしか知らないんだけどね』って笑います。
そっか。そうなんだ。卯月ちゃんはそんな練習の日々をずっと、毎日毎日続けてるんだ。今でも。
「私も、練習したら」
その時、ピンポーンとチャイムが。
『高く、飛ぶ?』
「うん。プロデューサーさんが言ってて……」
『……美穂ちゃん、頑張ってる。私も知ってるよ?』
電話の向こうの卯月ちゃんの声が、優しく響きます。
「どうしたら、飛べるかな」
『うーん……』
卯月ちゃんは少し考えて、答えました。
『練習、かな』
「練習?」
『うん。私、それしかできないから。失敗して辛くなったときは、いつも練習してる』
「……どうして?」
『だって、練習したら昨日の自分よりもっとうまくなれるかも、って。そう思うの。養成所のときから、そうだったから』
卯月ちゃんは『私、それしか知らないんだけどね』って笑います。
そっか。そうなんだ。卯月ちゃんはそんな練習の日々をずっと、毎日毎日続けてるんだ。今でも。
「私も、練習したら」
その時、ピンポーンとチャイムが。
13: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:04:26.04 :oKvYaFDpo
「響子です! 美穂ちゃん、ご飯作ったからよかったら一緒に食べませんか?」
「え? あ、あ……今卯月ちゃんと電話してて」
「あ! ごめんなさい!」
そしたら電話の向こうの卯月ちゃんが。
『響子ちゃんと一緒のご飯、いいな~……うん、一緒に食べておいで!』
もう、卯月ちゃんも響子ちゃんも。 ……嬉しいなあ、泣いちゃいそう。
「うん、卯月ちゃんも話聞いてくれてありがとう! 私、響子ちゃんにちょっと甘えてくるね!」
『は~い、いってらっしゃい』
「響子ちゃんありがと! 一緒にご飯、いいかな?」
「はいっ! ぜひぜひ」
卯月ちゃんに勇気をもらい、響子ちゃんに温かさをもらい。私は知りました。
たとえソロだとしても、二人の友情は変わりない。いつだって、私を支えてくれる。だから。
飛ぼう。
進もう。
二人のためにも、プロデューサーさんのためにも。そして誰より、私自身のために。
「響子です! 美穂ちゃん、ご飯作ったからよかったら一緒に食べませんか?」
「え? あ、あ……今卯月ちゃんと電話してて」
「あ! ごめんなさい!」
そしたら電話の向こうの卯月ちゃんが。
『響子ちゃんと一緒のご飯、いいな~……うん、一緒に食べておいで!』
もう、卯月ちゃんも響子ちゃんも。 ……嬉しいなあ、泣いちゃいそう。
「うん、卯月ちゃんも話聞いてくれてありがとう! 私、響子ちゃんにちょっと甘えてくるね!」
『は~い、いってらっしゃい』
「響子ちゃんありがと! 一緒にご飯、いいかな?」
「はいっ! ぜひぜひ」
卯月ちゃんに勇気をもらい、響子ちゃんに温かさをもらい。私は知りました。
たとえソロだとしても、二人の友情は変わりない。いつだって、私を支えてくれる。だから。
飛ぼう。
進もう。
二人のためにも、プロデューサーさんのためにも。そして誰より、私自身のために。
14: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:05:11.22 :oKvYaFDpo
次の日。
いつもより早くレッスンルームに入り、私は鏡に向かいます。
「うふふっ♪ ……ほんと、ひどい顔」
鏡の中の自分に言葉を吐き、私は祈るように目を伏せます。
「頑張れ……私。昨日を超えよう……」
そして目を開け、ステップを踏み始めます。
ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト。
ワン、ツー、さんっとっ、しっとっ、ファイブ、シックス、ななとっ、はちとっ。
ところどころ速いステップを挟んで。基本を繰り返し繰り返し。何度も。
はあはあと、息の音。きゅっきゅっと、シューズの擦れる音。
私は、ひとつひとつ繰り返します。
どのくらい時間も経ったか忘れるくらい、ひたすらに。
「美穂ちゃん、おはようございます!」
声をかけられて振り向くとそこには。
「卯月ちゃん……響子ちゃん……」
「えへへ♪ たぶん来てるんじゃないかなあって」 そう言って駆け寄る卯月ちゃん。
「久しぶりに三人で練習したくって!」 そう言う響子ちゃん。
「二人とも……うん、久しぶりに三人で、練習したい!」
そして私たち三人は、時間の許す限り練習をしました。昨日を、自分を、超えたいと思いながら。
頑張れ、今日の私。
見守っててね、明日の私。
きっと、飛んでみせるから。
次の日。
いつもより早くレッスンルームに入り、私は鏡に向かいます。
「うふふっ♪ ……ほんと、ひどい顔」
鏡の中の自分に言葉を吐き、私は祈るように目を伏せます。
「頑張れ……私。昨日を超えよう……」
そして目を開け、ステップを踏み始めます。
ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト。
ワン、ツー、さんっとっ、しっとっ、ファイブ、シックス、ななとっ、はちとっ。
ところどころ速いステップを挟んで。基本を繰り返し繰り返し。何度も。
はあはあと、息の音。きゅっきゅっと、シューズの擦れる音。
私は、ひとつひとつ繰り返します。
どのくらい時間も経ったか忘れるくらい、ひたすらに。
「美穂ちゃん、おはようございます!」
声をかけられて振り向くとそこには。
「卯月ちゃん……響子ちゃん……」
「えへへ♪ たぶん来てるんじゃないかなあって」 そう言って駆け寄る卯月ちゃん。
「久しぶりに三人で練習したくって!」 そう言う響子ちゃん。
「二人とも……うん、久しぶりに三人で、練習したい!」
そして私たち三人は、時間の許す限り練習をしました。昨日を、自分を、超えたいと思いながら。
頑張れ、今日の私。
見守っててね、明日の私。
きっと、飛んでみせるから。
15: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:06:06.50 :oKvYaFDpo
一度ソロ活動が始まると、流れは止まりません。プロデューサーさんと二人、忙しく日々を駆け回ります。
ソロ曲が決まり、練習の日々がさらに続きます。練習の合間に営業活動も。相変わらず緊張しいでうまくいかないけれど、その度にレッスンルームに通う私。
大丈夫、飛べる。飛べるよ。刻むステップ。
そんな繰り返しが過ぎ、いよいよデビュー曲のお披露目がやってきます。
CD発売のストアライブ。ちょっとしたトークもあって、私はさらに緊張を増すばかり。
ああ、また失敗したら……不安がよぎります。
「なあ、ちょっと来てごらん、美穂」
プロデューサーさんに呼ばれ、私は客席を覗き見ます。そこにはたくさんのファンの皆さんが。
どうしよう……そんな気持ちが膨らみそうになったとき、プロデューサーさんは言いました。
「みんなの目、見てごらん? きらきらしてないか?」
一度ソロ活動が始まると、流れは止まりません。プロデューサーさんと二人、忙しく日々を駆け回ります。
ソロ曲が決まり、練習の日々がさらに続きます。練習の合間に営業活動も。相変わらず緊張しいでうまくいかないけれど、その度にレッスンルームに通う私。
大丈夫、飛べる。飛べるよ。刻むステップ。
そんな繰り返しが過ぎ、いよいよデビュー曲のお披露目がやってきます。
CD発売のストアライブ。ちょっとしたトークもあって、私はさらに緊張を増すばかり。
ああ、また失敗したら……不安がよぎります。
「なあ、ちょっと来てごらん、美穂」
プロデューサーさんに呼ばれ、私は客席を覗き見ます。そこにはたくさんのファンの皆さんが。
どうしよう……そんな気持ちが膨らみそうになったとき、プロデューサーさんは言いました。
「みんなの目、見てごらん? きらきらしてないか?」
16: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:07:10.78 :oKvYaFDpo
そう言われ、私はもう一度ファンの皆さんの顔を見ます。
「……ほんとだ」
ピンクチェックスクールの小日向美穂じゃなくて、いちアイドルの小日向美穂を見に来てくれたみんな。
そっか。うん。
「緊張、してるね」
「……はい。足の震え、止まりません」
「でも、それは『いい緊張』だと、思うな」
「いい、緊張。ですか?」
プロデューサーさんがにっこり笑顔で答えます。
「そう。ファンのみんなの顔がちゃんとわかる緊張。それは自分を自分らしくさせる切り札になる。美穂は、その一歩を踏み出すんだ」
そう言われ、私はもう一度ファンの皆さんの顔を見ます。
「……ほんとだ」
ピンクチェックスクールの小日向美穂じゃなくて、いちアイドルの小日向美穂を見に来てくれたみんな。
そっか。うん。
「緊張、してるね」
「……はい。足の震え、止まりません」
「でも、それは『いい緊張』だと、思うな」
「いい、緊張。ですか?」
プロデューサーさんがにっこり笑顔で答えます。
「そう。ファンのみんなの顔がちゃんとわかる緊張。それは自分を自分らしくさせる切り札になる。美穂は、その一歩を踏み出すんだ」
17: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:07:53.29 :oKvYaFDpo
緊張しいを変えたい、引っ込み思案を変えたい。そう思って飛び込んだアイドルの世界。でもプロデューサーさんは言います。緊張はいいことだ、と。私らしくて、いいのだと。
ふと、何かをつかんだ気がしました。
足の震えを肌にとらえて、私は自然と思ったんです。
「ああ私、緊張してるな」
緊張してる私を私自身が、認めることができたんです。そしたら、なぜか心がむずむずしてきました。
早く、早くファンに会いたい。私の歌を聞いてもらいたい。
「よし。行っておいで」
プロデューサーさんが両肩をぽん、と。押してくれました。
私は自然に、ステージに歩んでいきます。そして。
「み、皆さん、ようこそ! ピンクチェックスクールじゃない、素顔の小日向美穂に会いに来てくれて、あ、ありがとうございます!」
まだ上ずった声だけど、でも。
今日の私は、少しだけ高く飛べた、気がしました。
緊張しいを変えたい、引っ込み思案を変えたい。そう思って飛び込んだアイドルの世界。でもプロデューサーさんは言います。緊張はいいことだ、と。私らしくて、いいのだと。
ふと、何かをつかんだ気がしました。
足の震えを肌にとらえて、私は自然と思ったんです。
「ああ私、緊張してるな」
緊張してる私を私自身が、認めることができたんです。そしたら、なぜか心がむずむずしてきました。
早く、早くファンに会いたい。私の歌を聞いてもらいたい。
「よし。行っておいで」
プロデューサーさんが両肩をぽん、と。押してくれました。
私は自然に、ステージに歩んでいきます。そして。
「み、皆さん、ようこそ! ピンクチェックスクールじゃない、素顔の小日向美穂に会いに来てくれて、あ、ありがとうございます!」
まだ上ずった声だけど、でも。
今日の私は、少しだけ高く飛べた、気がしました。
18: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:08:34.17 :oKvYaFDpo
一度気が付いてしまえば、歩んでいくことはできるのでした。
緊張しいは一朝一夕には直らないけど、でも亀の歩みでいいんだ、って。いい緊張なら、全然問題ないんだ、って。
「プロデューサーさん! 今日、ファンのみんなからこんなにいっぱい、プレゼントいただいちゃいました!」
「プロデューサーさん! 今日は昨日よりいっぱい声が出せました!」
「プロデューサーさん! 今日はいつも以上にうまく歌えました!」
プロデューサーさん!
少しずつ飛べていることが楽しい、少しずつ自分らしく表現できていることが楽しい。そして何より。
私を見出してくれたプロデューサーさんに、こうして報告できることが嬉しい!
その度にプロデューサーさんは「まだまだ飛べるよ」って、笑ってくれます。それを素直に信じられる自分がいます。
そんな日々が、続いていきました。
一度気が付いてしまえば、歩んでいくことはできるのでした。
緊張しいは一朝一夕には直らないけど、でも亀の歩みでいいんだ、って。いい緊張なら、全然問題ないんだ、って。
「プロデューサーさん! 今日、ファンのみんなからこんなにいっぱい、プレゼントいただいちゃいました!」
「プロデューサーさん! 今日は昨日よりいっぱい声が出せました!」
「プロデューサーさん! 今日はいつも以上にうまく歌えました!」
プロデューサーさん!
少しずつ飛べていることが楽しい、少しずつ自分らしく表現できていることが楽しい。そして何より。
私を見出してくれたプロデューサーさんに、こうして報告できることが嬉しい!
その度にプロデューサーさんは「まだまだ飛べるよ」って、笑ってくれます。それを素直に信じられる自分がいます。
そんな日々が、続いていきました。
19: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:09:31.30 :oKvYaFDpo
今日、何回目かのバースデーライブ。開幕のベルを待っています。
今日もやっぱり、足が震えてます。でも知ってます、これはいい緊張なんだって。プロデューサーさんが教えてくれたことですから。
そして、いつも傍らにはプロデューサーさんが。
「……プロデューサーさん」
「いい緊張、持ってるか?」
「はいっ! 今日も緊張してます!」
そう言ってお互いに笑います。
「うん、やっぱりいいな」
「え? 何がです?」
「ん。美穂はやっぱり、ライブをする時が一番、嬉しそうな顔してる」
それは、そうです。だって、ファンの皆さんと嬉しさと緊張を分け合えるんですから。
いよいよ、ベルが鳴りました。
今日、何回目かのバースデーライブ。開幕のベルを待っています。
今日もやっぱり、足が震えてます。でも知ってます、これはいい緊張なんだって。プロデューサーさんが教えてくれたことですから。
そして、いつも傍らにはプロデューサーさんが。
「……プロデューサーさん」
「いい緊張、持ってるか?」
「はいっ! 今日も緊張してます!」
そう言ってお互いに笑います。
「うん、やっぱりいいな」
「え? 何がです?」
「ん。美穂はやっぱり、ライブをする時が一番、嬉しそうな顔してる」
それは、そうです。だって、ファンの皆さんと嬉しさと緊張を分け合えるんですから。
いよいよ、ベルが鳴りました。
20: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:10:13.32 :oKvYaFDpo
「じゃあプロデューサーさん。行ってきます」
「おう、いっぱい楽しんで来い」
「はいっ! 終わったらまた、いっぱい話聞いてくださいね!」
両肩をぽん、と。プロデューサーさんの合図で今日も、私はステージへ駆け出します。
「みなさーん! みほたんワールドへようこそ!」
ファンの皆さんと、スタッフさんと、プロデューサーさんと、私と。
みんなの笑顔が光の中に交じり合い、緊張と一緒に会場へ溶けていきます。
「今日は私の、特別な日だから! いつも以上に笑って、楽しみましょうね!」
ファンの歓声と、私の声と。
いつまでもいつまでも、心に響きますように!
今日も私は、昨日より。
高く。
高く!
「じゃあプロデューサーさん。行ってきます」
「おう、いっぱい楽しんで来い」
「はいっ! 終わったらまた、いっぱい話聞いてくださいね!」
両肩をぽん、と。プロデューサーさんの合図で今日も、私はステージへ駆け出します。
「みなさーん! みほたんワールドへようこそ!」
ファンの皆さんと、スタッフさんと、プロデューサーさんと、私と。
みんなの笑顔が光の中に交じり合い、緊張と一緒に会場へ溶けていきます。
「今日は私の、特別な日だから! いつも以上に笑って、楽しみましょうね!」
ファンの歓声と、私の声と。
いつまでもいつまでも、心に響きますように!
今日も私は、昨日より。
高く。
高く!
21: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:10:59.44 :oKvYaFDpo
(おわり)
22: ◆eBIiXi2191ZO:2016/12/16(金) 23:11:39.07 :oKvYaFDpo
終わりです。お疲れさまでした。
皆さんに琴線に触れれば幸いです。
では ノシ
皆さんに琴線に触れれば幸いです。
では ノシ
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